異世界で淫魔師ハレム【完結】 (ドン・ドナシアン)
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【第1部 成り上がり冒険者】【1章 魔女からの逃亡者】
1   ふたりの魔道遣い


 素っ裸の美女が突進してきた。

 

 白い肌──。

 尖った耳──。

 

 そして、なによりも人間離れした美貌──。

 

 いわゆる“エルフ族”というやつだ。

 

 そのエルフ族の女がこれまた素っ裸の一郎に向かってくる。

 

 本来であれば、男として嬉し泣きをしなければならない状況だが、いまの一郎はそうはいかなかった。

 その裸のエルフ族の女の裸身が不意に目の前から消滅したと思った。

 

「ぐあっ」

 

 次の瞬間、一糸まとわぬ美女の回し蹴りが、ものの見事に一郎の脇腹に喰い込んでいた。

 

 絶息の苦しみと吐き気の発作に襲われて、一郎は全裸の身体をその場に崩れ落ちさせる。

 すかさず、全裸の美女が膝を一郎の顔に叩き込もうと距離を詰める。

 だが、それがわかっていても、もう一郎には抵抗する力も心もない。

 

 ただ覚悟するだけだ。

 

 その目の前にやってきた美女の小ぶりの乳房が揺れたと思った。

 

 一瞬、なにもかも忘れて女の裸身に意識が集中する。

 

 真っ黒な髪、白い肌、括れた腰、豊かな腰の肉付き……。

 そして、陰毛のない股間……。

 

 どれをとっても一郎の股間を膨張させるには十分な美しさだ。

 

 やはり、ここは異世界なのだ。

 

 彼女の美しさひとつとっても、それを納得するしかない。

 

 二日前──。

 

 一郎は突然にこの世界に召喚された。

 そして、ずっと理不尽に暴力を振るわれ続けている。

 それが、いまの田中一郎に陥った状況だ。

 

 痛みで縮こまった一物が、全裸の美女の姿にまたもや、おっ勃ってきた。

 この状況になっても、淫情に心が捉われる自分の性癖に我ながら呆れてしまう。

 

 しかし、その視界が女の膝で遮られた。

 

 女の膝が顔面に迫る。

 またもや、意識を失わせられると思った。

 気絶をすれば、魔道で覚醒させられて、そのときには気絶前に受けていた負傷も魔道で治療をされ終っている。

 そして、また次の「試し」を受ける。

 

 この二日ずっと繰り返していることだ。

 だが、何度繰り返しても、一郎は戦士としてはまったくの無能力者だ。

 それは、一郎自身がわかっている。

 

 いや、戦士としてだけでなく、魔道遣いとしても、暗殺者、特殊工作者、あるいは商人、農夫、職人……。

 あらゆることを試されたが、一郎からはなんの特殊能力も発見できないでいるようだ。

 異世界からやってきたまったくの平凡人──。

 それが一郎に与えたふたりの女の評価だ。

 

「やめよ」

 

 そのとき、突然に“声”が部屋に響いた。

 この見知らぬ部屋に連れてこられて以来、ずっと一郎を「支配」している声だ。

 全裸の美女は、跪いている顎を膝で蹴りあげる姿勢のまま、ぴたりと静止した。

 

「駄目だな……。筋力、耐力、敏捷性、すべてにおいて最低ランクだ。おまけに魔道を扱うための理力もほとんどないとなると戦士としては役立たずだ。魔道で探知してもなにかに役に立つ能力向上は検知できない……。もはや、奴隷以外に使い道もないぞ、エルスラ……。いや、奴隷でさえも役立たずかな。このわたし程度の生身の戦闘力に劣るとなれば、並の農夫の方が余程に力がある。しかも、若くもない。外界人としては三十五歳というのはかなりの老齢なのではないか?」

 

 「声」が苦笑混じりの嘆息とともに部屋に響いた。

 まだ、三十五歳だ。

 なにが、老齢だと思ったが、さすがに黙っていた。

 余計なことを言ったら、また惨い魔道を浴びせられることは、すでに身に沁みている。

 

「申し訳ありません、アスカ様……。わたしの召喚術が未熟なために」

 

「別にエルスラのせいではない。召喚術により連れてきた外界人の特殊能力は偶然性によって決まるのだ。どんな能力が傑出するかは、召喚してみなければわからんのだ。それにしても、これまで百人以上の外界人を召喚してきたが、なんの能力も向上していない個体は初めてだな……。三十を超えた検体が出現するのもな。どういうわけか、異世界からの召喚に引っ掛かるのは、男にしろ、女にしろ、若い個体が多かったのだがな」

 

 アスカと呼ばれた女の諦めたような声が響いた。

 

「ごめんなさい、アスカお姉様……」

 

 エルスラという名らしい、もうひとりの女のしおらしそうな声がした。

 そして、声の主であるアスカとエルスラのふたりが出現した。同時に、一郎をいたぶっていた「人形」が消滅する。

 このふたりが、いままでの二日間、「人形」を使って、あらゆる方法で、一郎を痛め続けたふたりの魔道遣いの女だ。

 

 ひとりはアスカ──。

 

 この城の女主人であり、召喚術という特殊な魔道で異世界から人間を呼び寄せ、それを魔道で奴隷のように従わせることで軍団を作って、この一帯を支配している女だ。

 こいつらは、ここをアスカ城と呼んでいるようだが、ここにいるのは、女領主であるアスカの「部下」たちだけらしく、アスカ城は、いわゆる人里からはかなり離れた辺鄙な場所にあるのだそうだ。もっとも、一郎も召喚されてから、この城から一歩も出てないので、詳しいことはわからない。

 それを支配しているのが、このアスカという女の魔道遣いであり、成熟した妖艶な大人の美女だ。つまりは、このアスカが、文字通りにアスカ城の「女王」ということだ。

 

 また、「召喚師」でもある。

 さっき蹴りあげた「人形」と同じ顔と身体をしている。

 アスカは、自分の姿身を映した「人形」を魔道で作って今回召喚した一郎の「試し」のために使っているのだ。

 最初こそ、いきなり出現した裸の美女の「人形」に色めきだったが、それは束の間だ。

 その全裸の美女の人形に、殴られたり蹴られたり、あるいは投げ飛ばされたりと散々な目に遭わされた。

 

 実に、とんでもない女だ。

 もうひとりの美女は、その弟子でエルスラというらしい。

 アスカが漆黒の髪をしているのに比べて、エルスラは黄金の髪をしている。

 ふたりとも、特徴のある長い耳をしていて、エルフ族というこの世界で高位種族になる人族だと言っていた。

 まるで、一郎がもともといた世界の「ファンタジー小説」のままだが、細くて美しい外見にも関わらず、力もあれば格闘術のようなものにも秀でている。この世界のエルフ族は本来狩猟民族なのだそうだ。

 

 このふたりが一郎をこの世界に呼び寄せた張本人であり、ふたりはこの魔道が支配するこの「ファンタジー世界」でも珍しい異世界の人間を呼び寄せることのできる「召喚師」というわけだ。

 「外界人」というのは、この世界における異世界人の呼び名らしい。

 

 召喚した外界人を「奴隷」にして使役する。

 そうやって、アスカという魔道遣いは、自分の支配する城を周辺から独立した地域として保っているのだ。

 なにしろ、異世界からやってきた外界人は、なんらかの形で傑出した能力が秀でて出現するらしい。その能力を使って、「奴隷化」した異世界人を兵にしたり、領域の統治をさせたり、あるいは、魔道遣いとして仕事をさせるというわけだ。

 

 それはここに召喚された最初に説明された。

 一郎の役割は、アスカが支配する領域を守る奴隷戦士になることだったらしい。

 

 この部屋に監禁されたのは、アスカとエルスラにより、ある程度の説明を受けながら城郭を見物してからだったが、二日間、閉じ込められているこの部屋の外には、そうやって呼び寄せられた多数の異世界人の男女が、アスカに支配されて働いてもいた。

 さっきアスカが、外界人は若い検体が多いと言っていたが、確かにほとんどが十代後半から二十代くらいに見えた。男もいるし、女もいる。人種もばらばらだ。ただ言葉は理解できた。一郎もこの世界にやってきた瞬間に、聞いたことがない言語だと認識しつつも、アスカたちの喋る言葉が理解できたし、喋れもした。そういうものなのだろう。

 

 城郭を案内されて見物した一郎は、城の城壁から見たこともない異邦の光景に接し、ここが一郎が生きていた世界ではないということに納得するしかなかった。

 そのアスカの召喚師としての弟子がエルスラであり、彼女が召喚師として生まれて初めて呼び寄せた異世界人の奴隷が一郎ということらしい。

 

 「召喚」の後で、一郎のこの世界における役割の説明を受け、アスカ城を見学させられて、ここが異世界であることを納得すると、早速、このなにもない部屋に強引に転送されて、いまやっている「試し」を受けさせられた。

 なにしろ、呼び寄せた異世界人は、「召喚」の影響により大抵は飛び抜けた身体能力を身につけているものらしいが、どんな能力を帯びて出現したかは、出現しないとわからないらしい。

 それで一郎も調べられた。

 

 それが二日続いたのだ。

 

 もっとも、それが本当に二日のことだったのかは、このなにもない部屋には時間を感じさせるものはなにもないので、はっきりとはわからない。

 ただ、何度も何度も気絶をしているあいだに、このふたりが二日目だということを話した気がして、二日経ったのだと思っただけだ。

 

 田中一郎──。

 

 それが自分の本名であり、二日前まではなんの変哲もない一介の社会人だった。

 幾つかの老人ホームをかけ持ちする雇われの介護員をしていて、安い給料で朝から夜まで働き、ときには夜勤までしながら、小さなアパートで独り暮らしをしているだけの男だ。すでに二親はなく、妻なく、子なく、貯金もない。たまにある休日の趣味といえば、エロゲームをするのとSM雑誌を眺めることであり、恋人なんていたこともない。ないない尽くしだが、死にたくもないという平凡な「おっさん」だ。

 だから、元の世界に未練などなかったし、異世界に召喚をされたと言われて、しかも、なんらかの能力を覚醒されたはずだと言われて、ちょっと期待したりもした。

 

 そして、二日間をかけて、あらゆる身体能力を調べられた。

 だが、それでわかったのは、どうやら一郎は、なんの傑出した能力の向上もないということだ。

 異世界である外界人を召喚すると、その作用により、なんらかの能力が飛び抜けるのが常識らしく、どれをとっても平凡な能力しかないというのは、ふたりにとっては極めて意外だったようだ。

 

 だから、通常は半日で終わる「試し」が二日間もかかった。

 

 しかも、最後には「試し」というよりは、単純な「拷問」だった。

 あらゆる方法で身体を痛めつけられて、何度も意識を手放すような目に遭わされた。

 そして、覚醒させられるたびに、ふたりの失望の声を浴びせられた。

 ときには、こうやって生身のふたりが出現して、直接に一郎の全身を調べたりもした。

 

 だが、何度やっても結論は同じだ。

 一郎は、召喚された異世界人としては初めての「無能力者」だったようだ。

 

 眼の前に現れたふたりには、もう次の「試し」をしようという素振りはない。

 ともかく、「拷問」から解放された一郎は、全裸でうずくまったまま安堵の息を吐いた。

 

 その一郎をアスカとエルスラのふたりの女が見おろしている。

 もちろん、ふたりは裸ではなくちゃんとした紺色のローブで身体を覆っている。それはアスカの隣にいるエルスラも同じだ。もっとも、アスカの紺色のローブに対して、エルスラのローブの色は灰色だ。

 なんとなく、色の違いは『魔道遣い』としての格の違いという感じだ。

 

「それにしても、こんな男なら『支配の首環』も惜しいな。高い魔力のこもった価値ある魔道具だ。役立たずの無能を繋ぎとめるために、使うのはもったいない……。だが、まあいいか……。こんな男でもなにかの役には立つであろう。とりあえず、身の回りの世話でもさせるかのう……。だが、異世界人は大概は一般的な生活の能力もないからなあ……。それも駄目だろうなあ」

 

 アスカが嘲笑の声をあげた。

 

 『支配の首環』というのは、一郎の首にある銀色の金属風の首環のことであり、ここではない召喚の部屋に出現して、すぐに電撃の拷問を浴びせられて、自ら首輪を装着することを余儀なくされた。

 そのときのアスカの説明によれば、この首輪をさせられると魔道具による支配が刻まれてしまって、首輪に込められている理力の持ち主であるアスカに逆らえなくなるようだ。

 なにかが変わったという感じはしないが、それでアスカに逆らえない「奴隷」ということになったようだ。

 

「なにが駄目だったのでしょう、お姉さま?」

 

 エルスラが一郎を残念そうに睨んだ。

 その視線には、一郎に対する蔑みの感情でいっぱいだ。

 エルスラはアスカの一番弟子として、今回生まれて初めて、本当の召喚術を試した。

 それで呼び寄せられたのが一郎であるが、結局のところ、一郎にはそれほどの能力もないとわかり、その不満を一郎にぶつけたいようだ。

 しかし、それはあまりにも理不尽というものだ。

 さすがにむっとした。

 

「おっ? 一人前に怒っているようだぞ。まあいい。召喚した異世界人の奴隷をしっかりと調教するのも『召喚師』としての大切な役割だ。いくら『支配の首環』をさせたとあっても、それは逃亡したり、主人に叛逆をしないというくらいの心の縛りつけしかできん。進んで命令に従うようにさせるには、しっかりとした『躾』が必要だ。練習代わりに、この奴隷を躾けてみよ、エルスラ───。場合によっては、やりすぎて殺しても構わん。この無能力者なら惜しくはないわ。まあ、それくらいしか役には立たんがな……」

 

「わかりました、お姉様……」

 

 エルスラが一郎に視線を向け直す。

 

「……じゃあ、立ちなさい、奴隷───。今から本格的な躾に入るわ。わたしのことを『ご主人様』と呼びなさいよ、イチ……。それとも……」

 

 エルスラが短い杖を一郎に向ける。

 一見、なんの変哲もない木の小枝に見えるが、これは魔道遣いが魔道を遣うための魔道の杖だ。これで周囲の魔力を集めて、魔道を施すのだそうだ。一郎も持たされて試しをさせられた。その結果、魔道遣いとしては無能力であることもわかったが……。

 しかし、エルスラは魔道の杖を使うものの、アスカは杖は使わない。なんとなくだが、能力が低い魔道遣いが補助的に使う道具という気がする。

 そして、“イチ”というのは、異世界から召喚された一郎にふたりがつけた名だ。

 田中一郎という本名から取ったのだ。

 いずれにせよ、魔道による罰の恐ろしさは骨身に沁みている。

 一郎は慌てて立ちあがる。さっき蹴られた身体がまだ痺れるように痛い。

 

「ま、待って、立つ……。立つよ……。もうやめてくれ……」

 

 さすがに両手で股間を隠す。

 これでも、二日前に召喚されたときには、出勤の途中だったので、ちゃんと介護用の制服も着ていたし、無論、下着も身に着けていていた。

 だが、この部屋に監禁されて「試し」が始まってすぐに、全部脱ぐように言われて取りあげられたのだ。

 この世界では異世界人の着てきた服というのは、それなりの貴重品であり、貴族の服として加工して提供されるようだ。無論、見知らぬこいつらに従って、全裸になるなど嫌がったが、魔道で呼吸を止められてしまい、服を脱ぐことを余儀なくされた。

 それ以来、身に着けているのは、首に装着している首輪だけだ。

 

 とにかく、趣味が鬼畜系のアダルトゲームとSM雑誌の一介のオタクのおっさんの自分がどうして、こんなことになったのかは判然としなかったが、ここまでのことは、時間が経つにつれて、少しずつ理解した「事情」だ。

 理解したというよりは、否応なしに受け入れさせられたといった方がいいかもしれない。

 それもあるいは、首輪か、アスカという女魔道遣いの力なのかもしれない。

 

「あぐうう」

 

 そのとき、鼻の奥に棒でも突っ込まれたような激痛が突然に走った。

 再びうずくまってしまった。

 

「立てと言われたら、別命のない限り両手は後ろよ。右手で左手首をしっかりと握りなさい。それが奴隷の仕草よ。覚えておくのよ。さっさと立つ。さもないと、もう一発いくわよ」

 

 顔を抑えてしゃがみ込んだ頭の上からエルスラの声が降ってきた。どうやら、いまの激痛はエルスラの魔道によるものだったようだ。

 仕方なく身体を再び立ちあがらせる。

 両手はしっかりと背中で組む。

 

 隠すことのできない珍棒が小さく項垂れている。

 この女の姿のふたりの本来の年齢がいくつくらいなのかは見当もつかないが、若い女ふたりに、なすすべもなく局部を晒すというのは途方もない屈辱だった。

 

 羞恥が襲う。

 だが、その心とは裏腹に得体の知れない感情が込みあがった。

 素っ裸の姿を蔑みの視線で見つめるふたりの女───。

 その惨めさが、なぜか一郎を欲情させたのだ。

 自分でも自分の感情にびっくりした。

 

 だが、もうどうにもならない。

 小さかった股間があっという間に逞しくなってしまった。

 

「なんだ?」

「わっ」

 

 呆れた声をあげたアスカに対して、エルスラは顔を真っ赤にして悲鳴をあげた。

 勃起した一物を前にして笑みを浮かべたアスカはともかく、狼狽の仕草を示したエルスラだが意外にも初心なのだろうか?

 エルスラの反応に少し溜飲がさがった気がした。

 

 そのとき、理解できないことが起きた。

 目の前のエルスラの身体の一部がほんのりと桃色に染まったのだ。それはちょうど、エルスラの股間の付近だ。

 それがぼんやりと桃色に包まれたのだ。

 しかも、少しずつ大きくなっていく。

 さらに、急に頭の中にふたつの数字が浮かびあがった。

 

 アスカは“三百”、エルスラは“五十”……。

 なんだろう、これ?

 

「一物だけは、並の男以上に元気のようだな……。だったら、女奴隷を産ませるための種付け奴隷にでもするか? それもよかろう」

 

 アスカが笑った。

 その隣にいるエルスラがはっと気がついたように顔色を変えた。

 

「な、なにを勝手に大きくしているのよ。ち、小さくしなさい──」

 

 エルスラが赤い顔をしたまま怒鳴って、手に持った杖で股間を軽く下から叩いてきた。

 

「あぎいい」

 

 絶叫した。

 そんなに力は加わっていなかったが、無防備な睾丸に杖の先が触れたのだ。

 そして、驚くことに、その衝撃によって勃起した股間からいきなり精が迸った。

 

「きゃあああ」

 

 目の前のエルスラが叫んだ。

 なんと股間から噴き出した精が前にいたエルスラの顔にかかったのだ。

 自分もびっくりしたが、エルスラはそれどころではなかったようだ。

 その場にしゃがみ込んで口の中をローブの袖で何度も擦るような仕草をした。

 どうやら、精が口の中に入ってしまったようだ。

 横でアスカが大笑いしている。

 

「困ったサルだのう。まあ、しっかりと調教せい、エルスラ。これを貸してやろう。その淫乱男の股間の根元に締め付けるとよい。射精を管理できる。ちょうどいい。エルスラ、練習代わりに、この男を調教してみろ。種馬として仕事ができるように、しっかりと性欲を管理してみな。うまくできれば、またご褒美に可愛がってやろう」

 

「ちょ、調教ですか?」

 

 エルスラが顔を真っ赤にした。

 すると、アスカが、しきりに口を拭いているエルスラの前になにかを放った。

 それは親指ほどの大きさの銀色の金属の輪っかだった。

 

 根元に嵌める──?

 射精を管理する?

 床に転がったその輪っかをぼんやりと見つめていた。

 

「こ、このう」

 

 そのとき、怖ろしい形相をしたエルスラが立ちあがって、魔道の杖を向ける。

 次の瞬間、すさまじい電撃が全身を直撃して、またもや一郎は意識を手放してしまった。



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 第1話   精液の呪術 
2   精液の呪術


「く、口を開くのよ、奴隷。し、しっかりと舐めなさい。だ、だけど、いやらしく、股間を大きくしたままだと、いつまでも痛みが増すわよ」

 

 跪いた姿勢のままエルスラの魔道で金縛りにさせられている一郎の口に、エルスラは手に持った模擬男根を突きつけた。

 エルスラが手にしているその模擬男根には、一郎の身体を熱くたぎらせる媚薬がたっぷりと塗ってあるのはわかっている。

 ここにはいないアスカが去り際に、そう言い残したのだ。

 

 一瞬、目の前の少女に対する反抗心が芽生えたが、エルスラが右手に手にしている杖をさっと動かした。

 すると不可思議な力が加わって、勝手に一郎の口は模擬男根を受け入れるかたちに開いてしまう。

 その口の中にエルスラは、媚薬を塗った男根を突き入れた。

 

「う、ううっ、あ、あっ……く、くりゅひい……れ……す……」

 

 一郎は、口の中に媚薬をなすりつけられながら呻いた。

 勃起状態の股間が強烈な媚薬によりさらに硬度を増したのがわかった。

 だが、股間の根元には、気絶しているうちに装着された『射精管理の輪』がしっかりと喰い込んでいる。

 それが太さを増した一物をぐいと締めつけるのだ。

 一郎は激痛に顔をしかめた。

 

「く、苦しければみっともなく大きくしているその道具を小さくしなさい、イチ。まったく、どうしようもない男ねえ。いやらしいことを想像したりして欲情すれば、お前の股間が容赦なく痛むのよ。それを身体で覚えるのよ。そうすれば、そのうちに、お前の股間は、た、勃たせたくても……勃たなくなるわ……。た、多分……」

 

 エルスラが言った。

 そのあいだにも、身動きのできない一郎の股間には強い痛みが走り続けている。

 無能力者の烙印を押された一郎に対するエルスラの「調教」が始まって一時間ほどが経過していた。

 ふたりの召喚術者のうち女主人のアスカはいなくなったが、そのアスカが弟子のエルスラに命じたのが、召喚してしまった一郎を「調教」して、性欲を管理できるようにして、繁殖のための種馬奴隷にしてしまうことだ。

 それでエルスラによる「調教」が始まった。

 まずは、勃起をしたり、鎮めたりを自在にするための練習だそうだ。

 

 そして、一郎は素っ裸のまま跪かされ、口の中に媚薬を塗った男の性器の張形を舐めるように強要された。

 逆らえば魔道による罰が与えられるし、能力の高い魔道使いであるエルスラは、魔道によっていくらでも一郎の身体を拘束もできるし、自由に動かすこともできる。

 一郎には逆らう術もなかった。

 

 しかも、失神しているあいだに、いつの間にか一郎の股間には、気を失う前にアスカが『射精管理』の魔道具だと説明していた淫具がしっかりと装着してあった。

 ふたりきりになって始まったエルスラの調教は、まずは一郎の性欲を完全に麻痺させてしまおうというもののようだ。

 そのために、一郎が勃起するたびに苦しみを与えるというのが、彼女のやろうとしていることらしい。

 

 もっとも、こういう「調教」をやれと細かく指示をしたのは、部屋から立ち去ったアスカであり、一郎の見たところ、エルスラはこういう行為が苦手なように思える。

 言葉と行為の冷酷さとは裏腹に、エルスラはかなりの汗をかいていて、顔が赤い。

 そして、口調もなんだかたどたどしい。

 

 それにしても、自分はどうしてしまったのか……。

 このエルフの美少女に性的嗜虐を受けながら、すっかりと欲情してしまっている自分がいる。

 まるでいけない一線を越えてしまった気さえする。

 もともと性欲の弱い方ではないことは確かだが、さっきから激しすぎる欲情を目の前のエルスラに抱き続けていて始末に困っている。

 この沸騰するようにたぎる淫情は媚薬のせいだけではない気がする。

 

 とにかく、自分でも信じられないくらいに欲情していた。

 魔道の枷で身動きできなくされて、美少女のエルフに勃起した怒張を弄ばれる……。

 考えてみると、これはこれで愉しいことなのかもしれない……。

 マゾ気のある男だったら泣いて悦ぶ状況であるのは間違いない。

 だが、一郎にはそんな気はない。

 女に苛められて欲情するという性癖はないはずだ。

 

 だが、これは……。

 

「ほら、勃起させるなと言っているでしょう」

 

 エルスラが手に持った杖で勃起した一郎の股間を突いた。

 

「ふうう」

 

 一郎の身体に一瞬にして強い淫情が走った。

 ぶるぶると震えるように熱い血がたぎる。

 

「いぎいい」

 

 その瞬間、一物の根元にまたもや激痛が加わった。

 のたうちまわる一郎を蔑むような視線で見るエルスラ……。

 いや、これはこれで、ちょっと気持ちいいかも……。

 一郎は倒錯の危険な行為に足を踏み入れてしまったような困惑を覚えた。

 

「お、お前──。さっきからちょっとくらい隠しなさいよ。そんなに股を開いてこっちに見せるんじゃないわよ」

 

 そのとき、ついに耐えきれなくなったように、真っ赤な顔をしたエルスラが叫んだ。

 だが、すぐに自分の言葉を後悔したような表情に戻った。

 

 あれ?

 いまの反応……。

 

 一郎は、異世界から召喚した男を奴隷として性調教をしているエルスラにおかしな違和感を覚えた。

 そう言えば、さっきまでいた女主人のアスカは、心の底からの女調教師という感じだったが、このエルスラはどちらかというと芝居がかっている気もする。

 「不慣れ」な行為を一生懸命に演じているようにも思えるのだ。

 しかも、だんだんと息が荒くなっていて、ちょっと欲情しているように甘い吐息が混ざっているような……。

 

 さらに、ほんのりとエルスラを包んでいた桃色のもやのようなものが、いまはエルスラの身体全体を覆っている。しかも、股間の部分の桃色がさらに濃くなっているようにも思えるのだ。

 そして、一郎の頭の中には、エルスラから“45”という数字を感じる。

 少し前までは、この数字は“50”だった。

 だが、一郎に対する調教が始まってから、その数字が下がったのだ。そのときには、エルスラの顔はいまのように少し欲情したように真っ赤になった。

 そのことと、一郎の頭の中に浮かんでいる数字には関係があるのだろうか……?

 

 いずれにしても、股間の激痛が一郎を追い詰めている。

 一郎の身体の中には、一郎自身が戸惑うほどの淫情が次々に込みあがるようになってくるし、ずっと強引に舐めさせられている媚薬が、あり得ないほどに股間の勃起を誘っている。

 それが性器の色が変わるほどに、淫具が股間の根元を締めつけるのだ。

 もう限界だ……。

 

「も、もう、股間の道具を外してくれよ……。た、頼むよ……」

 

 耐えられずに思わず一郎は言った。

 駄目でもともとだ。

 ずっと、接していてわかるが、エルスラは、少なくともアスカよりは御しやすい気がする。

 もっとも、比較問題であり、容赦なく一郎に魔道の激痛を加えることには変わりないが……。

 とにかく、弱音のようなものを吐くたびに容赦なく苦痛の電撃を与えられることがわかっているので我慢していたのだが、媚薬を無理矢理に舐めさせながら、勃起した股間を魔道具で締めつけるという冷酷な行為に、ついに一郎は耐えられなくなってしまった。

 

 だが、次の瞬間、一郎を驚かせることが起きた。

 

「は、はい……。わ、わかったわ……」

 

 エルスラがはっとしたように顔をあげると、なにかの魔道を放った。

 気がつくと、からからと音を立てて股間を締めつけていた淫具が床に転がり落ちていた。

 どうやら、エルスラが魔道で一郎の股間に施していた魔道具を外したようだ。

 一郎も驚いたが、エルスラはもっとびっくりしていた。

 

「ど、どうして……?」

 

 エルスラが呟いた。

 いまだに跪いたままの一郎を前にして、エルスラは呆然としている。

 だが、それは一郎も同じだ。

 

 なにが起きたのかを考えようとして、もしかしたら、一郎の“言葉”にエルスラが無意識に従ってしまったのではないかと思った。

 一郎が「股間の淫具を外せ」と命令して、エルスラがそれを受け入れてしまった……。

 いま起きたことは、そうとしか思えない。

 だが、その瞬間、一郎の中になにかの知識がぱっと沸き起こった。

 

 “淫魔力は、女に精を注ぐことによって、本格的に女を支配する”

 

 それは突然に起きた啓示だった。

 淫魔力というのがなんのことなのかも理解できなかった。

 しかし、一瞬にして、その知識が一郎の頭を過ぎったのだ。

 

「淫魔力……?」

 

 今度は一郎がつぶやいた。

 その瞬間、赤かったエルスラの顔色がさっと蒼くなった。

 

「い、淫魔力ですって……? あっ──。そ、それがお前の覚醒した能力……。そ、そうか。さ、さっき、わたしはお前の精を……」

 

 エルスラが口走った。

 そして、口を押さえて、さっと立ちあがった。

 魔道で女主人のアスカを呼ぼうとしているのがわかった。

 エルスラの顔が恐怖に包まれている。

 

 一方で、一郎にもなにが起きているのかを悟ることができた。

 おそらく、それは異世界から召喚されたことによる一郎の特殊能力の覚醒が引き起こしたものだ。

 一郎は自分がいつの間にか淫魔力を発揮して、目の前のエルスラを支配状態にしていたということを悟った。

 そして、エルスラも、自分が危機に陥っているという状況がわかったようだ。

 エルスラの口がなにかを叫ぶかたちで開く。

 

「待て。誰も呼ぶな──。なにもするな──」

 

 一郎は叫んでいた。

 

 エルスラの身体が凍りついたように静止する。

 そして、恐怖の顔を浮かべて一郎を見ている。

 一郎は、そのエルスラへ、にやりと微笑みかけた。

 自分の中に、本来の自分の力以外のものが込みあがろうとしているのがわかる。

 

 淫魔力──。

 

 性の力で異性を支配してしまうという呪力──。

 それが一郎が召喚されたことによって生まれた特殊能力だったのだ。

 

 そして、いまこそ、その呪力が覚醒して、一郎をして一郎以外の存在にしようとしている……。

 なにかに身体と心が乗っ取られるような……。

 一郎はそれを感じていた。

 だが、それを恐怖に感じることはなかった。

 むしろ、心地よい酔いのようなもので一郎は包まれている。

 

「俺の身体の縛りを解け、エルスラ。そして、この部屋を遮断しろ。外からの一切の介入を阻止する結界を張るんだ」

 

 そんな命令が自分自身の口が叫んだことに一郎は驚いたが、エルスラを完全に支配してやろうと思った瞬間に、そのための手段が一郎の頭の中にぱっと沸き起こった。

 おそらく、それも一郎の覚醒された能力のひとつなのだろう。

 ほかのことには頭が回らないが、女を支配しようとする限りにおいて、一郎は頭の回転は怖ろしいほどに回るらしい。

 次の瞬間、一郎の身体は完全な自由を取り戻していた。

 一方でエルスラは、いまや顔に恐怖の色を浮かべて茫然と立ち尽くしたままだ。

 

「どうやら、形成逆転のようだね……。あんたらの召喚のおかげで、俺には“淫魔力”というものが覚醒されたようだよ。それがどんなものかは、まだはっきりとは理解できないけど、それでもぼんやりとはわかるみたいだ。精を注いだ異性を奴隷のようにしてしまう能力のようだね……。その俺の精をさっきあんたはうっかりと口に含んでしまった……。だから、俺の支配に陥っているということだ……。よくも二日間、酷い目に遭わせてくれたね……。さあ、俺を元の世界に戻すんだ。だが、その前に仕返しくらいはしないとね。あんたに舐めさせられたもののおかげで、俺の股間はいまにも爆発しそうだ。まずは、それを処理してもらおうか」

 

 一郎は言った。

 

「ひっ」

 

 エルスラの顔が引きつったのがわかった。

 それはそうだろう。

 精液の力による淫魔力の受け入れには、相性というものもある。

 エルスラは一郎の精には相性がよすぎるのだろう。

 なにしろほんの一滴ほどの精を飲んだだけで、言葉による命令に逆らえないほどに支配に陥ったのだ。

 それがまとまった精を飲んでしまえば、どんなことになるかは目に見えている。

 エルスラは完全に一郎に支配される奴隷状態になるに違いないと思った。

 一郎自身は、なぜ自分自身にそんな知識が沸いたのかが不思議な感じだったが、どうやら一郎の推量は当たっているようだ。

 エルスラの表情からそれはわかる。

 

「ま、待って──。お、お前の首には支配の首環がかかっているのよ。わたしに酷いことをするとアスカ様が黙っていないわよ。や、やめなさい、イチ」

 

 エルスラは顔色を変えたまま声をあげた。

 しかし、抗議の声をあげながら、エルスラの身体は、一郎が与えた「命令」に従うために仁王立ちになった一郎の股間の前に跪いている。

 いまはまだ、身体が逆らえないだけだ。

 だが、この女が一郎の精を完全に飲めば、心の底からの支配に陥る。

 一郎にはその確信がある。

 

「だが、この首輪が支配を刻んでいるのはお前じゃない。あのアスカという女だ。だから、この首輪は関係ない」

 

「で、でも、アスカ様がお前がわたしにやったことを知れば、烈火の如くお怒りになるわ。あんたを殺すかもよ。わたしにこんなことをすれば、ただでおかないに決まっているわ」

 

「わかっているよ、エルスラ。だからこそ、俺がお前に精を飲ませるのさ。あのアスカに対するお前の忠誠心を横取りするんだ。お前の魔道でこの首輪を外すこともできるだろう……? お前を支配して、この首輪を外させてやる」

 

「そ、そんなことできるわけない。アスカ様の注いだ魔道をわたしが無効にするなんて……」

 

「なんでもいい。さっさとしゃぶれ──」

 

 一郎はエルスラの顎を掴むと、強引に勃起した怒張を突っ込んだ。

 

「んんんっ」

 

 エルスラが一郎の性器を受け入れながら顔を恥辱で歪めた。

 一郎は自分のやったことに、いまや心の底から驚いていた。

 正直にいえば、一郎は童貞だった。

 三十五にして童貞というのは恥ずかしいが、その機会がいままでなかったのだ。

 自慰はするが、生身の女を相手にしたことはない。

 だが、その一郎がまるで性に熟達した色事師のように、いま振る舞っている。

 しかも、心には、性に対する絶対の自信と余裕がしっかりと存在していた。

 これも隠された能力のひとつなのだろうか……。

 

 そのとき、エルスラの身体を包んでいた桃色のもやがさっと色を濃くした。

 同時に、エルスラに対して感じる数字が一気に“30”になる。不思議だが、エルスラを見ていると、はっきりと数字が頭に浮かぶ。

 さらに、怒張をねじ入れているエルスラの口が赤い光に包まれたように思えた。

 

 一郎は首を傾げた。

 エルスラの舌が口の中の一郎の一物の上を這いだす。

 震えるような快感が腰に拡がる。

 こんなこと不慣れな一郎にも、エルスラの技巧が稚拙ということはわかる。

 だが、たったいままで自分を苦しめていた女魔道遣いに、自分の股間を舐めさせるという行為に、一郎の隠れている嗜虐心が眼を覚ましたようになった。

 身体を包む快感に一郎は呻き声をあげた。

 

 29、28、27……。

 

 舌が一郎の股間を舐め続けるとともに、エルスラに感じる数字がだんだんと小さくなっていく。

 なんだろう、これは……?

 媚薬の影響もあり、あっという間に射精寸前の状況になった一郎の頭に、その疑念が掠った。

 

「んふっ、んんっ」

 

 奉仕を強要されているエルスラの鼻息が荒くなる。

 そのエルスラに感じる数字はさらに小さくなり、ついに、20を下回った。

 召喚して奴隷にしたはずの異世界人の股間を舐めさせられるという行為に、エルスラがなぜか逆に淫情を抱ていることは明らかだ。

 そして、エルスラの身体の濃い部分が一気に股間の辺りに拡がった。

 

 もしかして……?

 一郎はあの桃色の光は、あるいはエルスラが欲情を覚えている身体の部位なのではないかと思った。

 男の股間を舐めることで、エルスラが快感に染まりだした?

 それで性器を突っ込まれている口だけではなく股間にも桃色が映った?

 つまりは、エルスラは本当は強いマゾなのではないか?

 だから、簡単に欲情して桃色が濃くなった?

 一郎は跪いているエルスラの股間に手を伸ばしてローブの内側に差し入れた。ローブの下にはエルスラは長いスカートをはいていたようだ。それをまくって、赤い光を感じている部分の中心を下着越しに軽く手で擦ってみた。

 

「んふうううっ」

 

 一郎も驚くような反応を示して、エルスラがびくりと身体を震わせた。

 しかも、頭に感じる数字が一瞬にして一桁になった。

 

 これは……。

 

 さらに擦っていく。

 エルスラが震えだした。

 すぐに、頭の中の数字が5になり……。

 3になり……。

 2……。

 

「んふううう」

 

 エルスラの身体ががくがくと痙攣したように弾けた。

 絶頂してしまったようだ。

 そのときには、一郎の中にあるエルスラの数字は、“0”になっていた。

 

 だいたいの仕組みはわかった……。

 一郎はほくそ笑んだ。

 そして、股間に込みあがったものを躊躇うことなく、エルスラの口の中に迸らせた。

 

「一滴残らず、口の中に入れろ、奴隷。ざまあみろ、エルフ女」

 

 一郎は信じられないほどの征服欲を覚えながら、淫情に顔を呆けさせているエルスラに言い放った。

 そして、心の底からの笑いの雄叫びを部屋に響かせた。



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3   支配の力

「ああ、ああっ──。いぐうううっ──。いかせて──。いかせてくださいいっ」

 

 床に横たわっているエルスラが一郎の怒張を受けて、身体を弓なりに反らせた。

 本格的に性交を開始してからの何度目かの絶頂の仕草だ。

 しかし、一郎は仰向けに横たわっているエルスラに怒張を律動させながら、冷酷に首を振る。

 

「まだだ。まだいかせないぞ。そのまま我慢しろ」

 

「ああ、も、もう、だめえええっ、いかせてええっ」

 

 エルスラが恥も外聞もない様子で泣きじゃくった。

 一郎は、そんなエルスラの姿にすっかりと満足し、さらに腰を上下に動かす。

 エルスラが完全に我を忘れた様子で、一郎の背中にしがみついてくる。

 

 監禁されている部屋で開始したエルスラへのレイプだ。

 一郎は、これが生まれて初めての性交とは思えない冷静さと、圧倒的な支配欲に包まれながら、すっかりと濡れているエルスラの股間に怒張を埋めて犯し続けている。

 いまや、エルスラは全裸であり、灰色のローブは床の上で左右に拡げられて、性交をする一郎とエルスラの敷物の役割を果たしていた。また、エルスラがはいていたローブの下のスカートと下着は脱ぎ捨てさせて、横に無造作に放り投げられてもいる。

 一郎の精の支配を受け入れたエルスラは、それが当たり前であるかのように、無抵抗で一郎の指示に従って下半身から服を脱ぎ捨て一郎を受け入れた。

 一郎は、ついさっきエルスラの口の中に精を放ったばかりとは思えないほどに淫情をたぎらせていた状態だったのだ。

 

 ほとんど本能の赴くままに、一郎は目の前のエルスラを犯し始めた。

 一郎がエルスラの股間に怒張を貫かせたとき、すでにエルスラの膣は熱くなっていて、しかも、たっぷりと濡れており、すっかりと受け入れの準備が整っている状態だった。

 嫌がる仕草だったが、エルスラに容赦なく挿入した。

 エルスラの股間は思ったよりも狭くて、ぐいぐいと一郎の怒張を締めつけてきた。

 そして、本格的な律動を開始すると、すぐに抵抗の素振りは消滅して、快感によがり狂うようになり、エルスラは必死の様子で一郎の身体にしがみつくようにしてきた。

 なかなかの可愛らしい姿に、一郎の鬼畜が刺激されて、試しに、いきそうになったら口にすることと、勝手に絶頂しないことを命令してみた。

 漠然とだが、エルスラの身体を呪術で支配している感覚がある。

 だから、それを確かめてみたかったのだ。

 すると、本当にエルスラを管理できた。

 身体をがくがくと震わせて絶頂の仕草をするのだが、それでもエルスラは達することができないようなのだ。

 エルスラは、あっという間に泣き狂った。

 そして、いまに至っている。

 

「ああ、もうだめえっ、もうだめです──。ゆ、許して、許してください──。いくう、いきそうですうう」

 

 

「もっと溜め込め──。俺が達するときに許可してやる。それまで狂ってろ」

 

 一郎はそう言って、エルスラを犯し続ける。

 犯す直前のときには、エルスラを見て頭に浮かぶ数字は30であり、それは一郎が怒張を貫かせることで20まで下がり、いまは1と2をいったりきたりしている。さっき股間を愛撫して絶頂をさせたときのことを思い出せば、この数字が0になれば絶頂するのだろう。

 そんな感じだ。

 

 また、腰を中心として桃色のもやも全身に浮びあがっている。

 じっと身体を見ていると浮びあがる桃色や赤色のもやは、相手にしている女の性感帯ということに違いない。

 身体に次々に浮びあがる桃色のもやを追うように、一郎がエルスラの身体を手で擦ってやると、エルスラは面白いように興奮して、全身を激しく跳ねさせた。

 どうやら、エルスラはかなり感じやすい性質でもあるようで、大した愛撫でもないのに、一郎の手管に翻弄されたようにこれだけの反応をする。

 

 いや、あるいは、これも覚醒した力だろうか……。

 そもそも、生まれて初めての性交なのに、こんなに女を鬼畜に扱うことができることが、我ながら信じられない。

 

 とにかく、一郎はエルスラの身体に浮かぶ桃色のもやの誘導に従い、エルスラを愛撫しているだけなのだが、それはエルスラがもっとも感じる場所を的確に刺激をしているということでもあるようだ。

 そうやって弱点を晒している状態のエルスラを責めたてて追い詰めるのは、経験のない一郎でも、いとも容易いことだ。

 エルスラの裸体に浮かんだ桃色の濃い部分を探して、そこを指で擦ると、すぐにそこが真っ赤になり、さらにエルスラから感じる数字が下がっていく。

 すると、ほかにも桃色の濃い部分ができるので、愛撫の矛先をそこに移動させる。桃色のもやはそこでまた濃くなり、数字がさらに下がる。

 それを繰り返すだけだ。

 すると、エルスラはどんどん狂乱していった。

 

「だ、だめえっ。そ、そんな……。す、すごい。すごいです。ひいいっ──」

 

 一郎を受け入れているエルスラがすっかりと興奮状態で声をあげた。

 熱い果汁に溢れているエルスラの股間が一郎をさらに締めつける。

 さすがに、凄まじいばかりの興奮と衝撃が一郎を襲いもしていた。

 一郎はエルスラの痴態の誘惑に引かれるように、股間をエルスラの身体の中で前後させる。

 意識を集中すれば、エルスラの小さな膣そのものにも、桃色の斑を感じることができる。一郎はその桃色の強い部分に亀頭を押し当てることに留意しながら、怒張をエルスラの身体に打ちつけていった。

 

「い、いいい」

 

 エルスラが引き裂かれるような声をあげる。

 生まれて初めて味わう女体は衝撃の体感だった。

 エルスラを犯した瞬間に、一郎には未知の世界が一気に拡がっていく気がした。

 これが女との交わりというものなのか……。

 

「お、俺も気持ちがいいよ、エルスラ……」

 

 一郎はゆっくりと抽送をしながら絞り出すように声をあげた。

 やがて、エルスラの数字が1から動かなくなる。

 

「こ、こんなのすごすぎます。こ、こんなの……す、すごい──。すごい──あ、あああっ、また、いくううっ、いきたいいっ──。いかせてえ──」

 

 いまやエルスラの全身は、どこもかしも真っ赤なもやが浮かびあがっていて、膣の中もまるで熟した果実そのもののようにすべてが赤かった。それでも、幾らかでも濃い部分を探して、一郎は怒張を擦るように抽送していく。

 

「わかったよ。いっていい」

 

 その言葉の直後、エルスラの身体の数字があっという間に0になり、これまでとは比べものにならないくらいに激しく痙攣をした。

 エルスラの両手が助けを求めるかのように、上にいる一郎をすごい力でしがみついてくる。

 

「んぐううう」

 

 エルスラの口から絶息したような声が迸る。

 するとエルスラの数値が0からさらにさがって、(マイナス)と表示された。

 がくがくと震えるエルスラの膣の奥を構わず刺激を続ける。

 その状態でさらに数値が下がり、やがて、数字が一度消えて、“5”になった。

 

 一郎はその数字の変化の意味がすぐにわかった。

 頭に知識が注入されるように浮かびあがったのだ。

 即ち、エルスラはあまりにも激しい興奮により、これまでに味わった絶頂以上の快感を受けてしまい、それで一度マイナスの表示が出てしまったということだ。そして、絶頂の余韻状態になったことで、再び一桁の表示になったのだ。

 

「も、もういった──。い、いきました──。ああ、で、でも、またいきそう……。いぐうううっ」

 

 一郎は、畳みかけるようにさらにエルスラに激しく抽送を続けている。

 絶頂しそうになったら、口に出せと言われているエルスラが、恥ずかしいだろう言葉を大きな声で叫んでいる。

 

「わかった。今度は好きなようにいけ。いくらでもな……」

 

 一郎は言った。

 しかし、今度は数字が1か2になると一度一物の動きと愛撫の手を止め、数字が少し回復すると再開するということをやってみた。

 それをしばらく続けていると。あっという間にエルスラの反応が常軌を逸したようになり、腰の動きが激しくなってきた。

 

「ひいいっ、ゆ、許してえっ、イチ、イチ様ああっ」

 

 強い力で傘が吸いあげられてくる。

 こうなってしまうと、あまりの気持ちよさに一郎も耐えられなくなり、一郎は一気に精をエルスラの中に放った。

 それに合わせるようにエルスラがまたもや絶頂した。

 いや、絶頂に合わせるように、一郎が精を放ったと言っていいが……。

 

「エルスラ、エルスラ、お前は俺のなんだ?」

 

 一郎はほとんど無意識のうちに叫んでいた。

 そのあいだも一郎の精はエルスラの子宮に迸り続けている。

 エルスラは、まだ絶頂の途中にいる。

 

「あああっ、エ、エルスラは……イチ様の奴隷です──。いぐううう──」

 

 エルスラがほとんど白目を剥くような顔になり、一郎の腕の中で完全に脱力していった。

 

 

 *

 

 

「ふう……」

 

 床に横たわり激しく胸を上下させているエルスラから一郎はやっと身体を離した。

 精を放った満足感に包まれながら、一郎はだらしなく薄い恥毛で包まれた割れ目から精と蜜を垂れ流している女の痴態に眼をやった。

 改めて見る。

 信じられないような美女だ。

 本当にこの女を抱き、好きなように弄んだのだ。

 考えてみると、とんでもないことをした気がしてきた。

 

 

 

 “エルスラ

  エルフ族、女

  年齢18歳

  ジョブ

   魔道戦士(レベル11)

   魔道遣い(レベル25)

   召喚術師(レベル5)

  経験人数:男1、女3

  淫乱レベル:A

  快感値:50↑(回復中)

  一郎の性奴隷”

 

 

 

 そのとき、不意にその文字が頭に浮びあがった。

 一郎はびっくりした。

 

「エルスラ、お前は十八歳なのか?」

 

 浮びあがった幾つかの言葉に驚きもしたが、一郎はまずはそれに反応してしまった。

 エルスラは呆けたような顔をわずかにあげて、少しだけ驚くような表情を一郎に向けた。

 

「ど、どうして、それを?」

 

 エルスラは気だるように身体を起こした。

 

「つまり、十八なんだな? 思ったよりも若いんだな……。というよりは、もっと年齢が上だと思った。男の裸に平気みたいだったから、経験豊かだと思ったよ」

 

 一郎はちょっとからかい気味に言った。

 エルスラはきょとんとした表情をしている。

 だが、すぐに自分の状態に気がついたように、エルスラはさっと剥き出しの股間を両手で隠して、そばのスカートと下着を引き寄せた。

 一方で、一郎はエルスラの身に就ていたローブを取りあげて自分の身体を覆う。

 エルスラは抵抗しなかった。

 一郎にローブを手渡すと、剥き出しの身体を恥じるように慌ててスカートと下着を身に着けていく。

 

「け、経験豊かだなんて……。は、初めてです……。こんなに……気持ちよかったのも……」

 

 服装を整えながらエルスラが言った。

 しかし、口走った言葉を恥じるように、さっと手で口を覆った。

 そんな仕草がぞくぞくするほど可愛らしい。

 身体は処女ということはなかったが、抱いているときにはそれに近いような初心さも感じた。だが、愛撫に対する反応は、これ以上ないというくらいに激しくもあった。

 一郎はそのことと、頭に浮かんでいる文字について考えてみた。

 そして、やがて口を開いた。

 

「だけど、お前って、男との経験は俺が初めてだったんだな。女との経験は三人なのに」

 

「なっ」

 

 エルスラの顔が真っ赤になって、口を開いた状態のまま静止した。

 どうやら図星だったようだ。

 つまり、一郎の頭に浮かんだ文字は、エルスラの性経験を正確に表しているということだ。

 

「……じゃあ、魔術遣いとしてのレベルが25というのは、どのくらいすごいんだ?」

 

「レ、レベル? レベルって?」

 

 今度はきょとんとしている。

 “レベル”という言葉そのものがわからないという感じだ。

 一郎は首を傾げながら、今度は意識を自分自身に向けてみた。

 すると、エルスラに感じたような文字を、同じように一郎自身にも感じることができた。

 

 

 

 “イチ(田中一郎)

  人間族(外界人)、男

  年齢35歳

  ジョブ

   淫魔師(レベル55)

  経験人数:女1

  支配女

   エルスラ

  状態

   アスカの奴隷(首輪)”

 

 

 

「淫魔師……? 支配女?」

 

 一郎は思わず口走った。

 そんな一郎をエルスラが不思議そうに眺めている。

 

 それはともかく、とりあえずは、淫魔師というのがどういうものかは、一郎にもわかってきた。

 頭に浮かぶ数字や文字のことも、予想がつく。

 淫魔師は、精による呪術を武器に異性を支配する特殊能力者のことだ。

 その知識については、エルスラに口吻をさせる前に、不意に頭に浮びあがっていた。

 

 また、一郎とエルスラの性質を示す文字にある経験人数というのもわかりやすいくらいにわかる。

 これまでにやった性交の人数のことだろう。

 一郎に“女1”とあるのは、一郎の性交の経験はエルスラが最初だからだ。そう考えると、エルスラは女との経験はあるが、男は一郎が最初だったということにもなる。

 膣になにかを受け入れるという経験はあったが、本物の男を受け入れたのはこれが最初ということではないだろうか。

 それでいて、エルスラの反応はすっかりと感じるように躾けられた女のようにも思えた。

 性経験が乏しいということはない。

 

「お前は、あのアスカという魔女の愛人なのか?」

 

 訊ねてみた。

 そうではないかと思ったのだ。

 エルスラは半ば引きつったような表情になり、小さく数回うなずいた。

 やっぱり、そうだったようだ。

 

 また、やはり、レベルというのはエルスラには、わからないようだった。

 さらにいくつかの質問を続けてみて、一郎は、こうやって相手の性質を頭に感じることのできる能力というのは、エルスラも聞いたこともないような能力ということがわかった。

 これも覚醒した能力のひとつなのかもしれないが、相手のジョブや年齢やレベルを無条件で頭に察知できるというのは、魔術遣いでもあるエルスラも触れたことのない力らしい。

 

 無論、レベルという概念はない。

 何度訊ねても、エルスラはわけがわからないという顔だった。そこにはなにかを隠すという気配はない。

 

「まあいいや……。とにかく、元の世界に戻してもらうよ。あのおかしな魔術遣いが戻って来ないうちにね」

 

 一郎は思い出して言った。

 こんな可愛い女と性交の経験をすることができたのは有意義な体験だったが、それはもういい。

 この異世界の短い経験からすれば、ここは中世を舞台にしたRPGを思わせるような剣と魔術の世界のようだ。

 一郎がここで生きていけるとは思えない。

 だが、エルスラは床に座ったまま首を横に振った。

 

「も、元の世界に戻る方法はないわ……。い、いえ、もしかしたら、そんな方法もあるのかもしれないけど、わたしには無理よ……。多分、アスカ様もできないはずよ」

 

 あっさりとエルスラは言った。

 一郎は驚愕した。

 

「で、できない? 元の世界に戻せないって? それでも、強引に俺をこの世界に連れてきたのか。な、なんてことするんだ──?」

 

 激しい怒りが込みあがり、一郎はその場に立ちあがった。

 エルスラが床に座ったまま、竦みあがるような仕草をした。

 そのとき、なにかの強い気配を一郎は感じた。

 

「なんだ?」

 

 一郎はあたりを見渡した。

 肌に触れたのはなにかの揺れのようなものだ。

 それが迫っている。

 

「い、いけない。アスカ様よ──。アスカ様にわたしの結界を破られるわ」

 

 エルスラが慌てたように立ちあがった。

 一郎はそう言えば、このエルスラに外から干渉されないように結界を張れと命じたことを思い出した。

 次の瞬間、なにがが弾けるような衝撃を感じた。

 一郎は大きな風圧を受けたような感じになり、その場にひっくり返った。

 それはエルスラも同じだ。

 転がったために短いスカートから蜜に濡れた下着を剥き出しにした状態で、エルスラも倒れている。

 気がつくと、一郎とエルスラのあいだに、あのアスカという少女の姿の魔女が出現していた。

 

 

 

 “アスカ

  エルフ族、女

  年齢**

  ジョブ

   魔道遣い(レベル99)

   召喚師(レベル90)

   戦士(レベル5)

  経験人数:男**、女**

  淫乱レベル:S

  快感値:300(通常)

  支配奴隷

   …………

   …………

   イチ(首輪)”

  状態

   *****

 

 

 現れたアスカに感じたのは、その文字だった。

 

 レベル99……。

 この文字と数字が表すものが一郎の予測の通りなのであれば、アスカというのは、とんでもない能力を持った魔術遣いということになる。

 そして、所有物と書かれているたくさんの名の最後にイチとあるのは、一郎のことだろう。

 一郎は、アスカの『支配の首輪』の管理に陥っている。

 それを示しているのだと思う。

 

「エルスラ、どうしたんだい、結界なんて張って……? そんなことしなくても、こんな無能力者の調教には問題ないだろう?」

 

 現れたアスカは不審な表情で言った。

 だが、一郎がエルスラが身に着けていたローブをまとっているのを目にして、さっと顔を険しくした。

 

「お、お前、どういうことだ、イチ? 奴隷の分際で、なんでエルスラの外套を着ているんだい? そこに真っ直ぐに立て。そして、それを脱ぐんだ」

 

 アスカが怒鳴った。

 そのとき、一郎は自分の頭になにかの呪縛のようなものがかかるのを感じた。

 

 首輪だ。

 

 一瞬にして一郎は悟った。

 最初に嵌められた『支配の首環』が一郎の心を縛ったのだ。

 

 身体が勝手に真っ直ぐに伸びる。

 そして、一郎の両手はさっと身に着けていたエルスラのローブをその場で脱いだ。

 

「な、なんだい。わたしがつけてやった珍棒の輪っかも外しているじゃないかい。お前が外したのかい、エルスラ?」

 

 アスカがエルスラに眼をやった。

 

「そ、その……。こ、これは……ですね、アスカ様……」

 

 エルスラは焦った顔をアスカに向けた。

 だが、すぐにアスカは頬を和らげて、エルスラに微笑みかけたのがわかった。

 

「……まあいい……。まだ、お前には奴隷調教は早かったかもね……。無理な演技ができなかったかい……。根っからのマゾっ子だしね……。冷酷な女主人の役割はまだ難しいか……。いいさ。こいつの調教はわたしがやろう。お前はそこで見学してな」

 

 アスカが再び視線を一郎に向けた。

 

「さて、じゃあ、本格的な調教に入るよ、イチ。動物を躾けるために大事なことは、最初に徹底的にご主人様に対する恐怖心を植え付けることだ。これから、心の底にわたしたちに対する恐怖を刻んでもらう」

 

 アスカが手に持っていた小さな杖を一郎に向けた。

 その顔にはなにかの怒りのようなものも浮かんでいた。

 心の底からの恐怖をすでに一郎は感じた。

 

「た、助けて……」

 

 一郎は思わず言った。

 すると、次の瞬間、強い力が一郎の身体を包み込むのを感じた。

 

 

 

 

(第1話『召喚された外界人』終わり、第2話『ルルドの森の悪霊』に続く)






 *


【アスカ】

 諸王国時代の末期に存在されたとされる伝承の魔女。生年は不明。当時の諸王国のいずれにも属さない人里離れた蛮地に城を築いて棲み、鬼道を操って多数の人族を奴隷化し、さらに多数の魔族、妖魔を使役していたとされている。
 また、異世界から外界人を呼び寄せる召喚術を完成させたといわれており、その外界人を奴隷として、独自の勢力を保ったとある。異界の壁を超越した外界人は人智を越える異能を発揮したされ、当時の多くの書物等に外界人たちの驚くべき能力も記されている。(『外界人』の項を参照)。
 しかしながら、アスカの城が存在したという場所については、いまだ特定されておらず、また、アスカが完成させたとされる召喚術についても、サタルス朝の初代帝によって一切の研究が禁止され、関連する魔道書の徹底的な焚書が行われたため、現在では詳細はわかっていない。
 サタルス朝中期の歴史研究家マネによれば、アスカの正体は……。


ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


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 第2話   ルルドの森の悪霊
4   旅の始まり


 強い力が加わったと思った。

 

 それはエルスラだった。

 いきなり、エルスラが飛びかかって抱きついてきたのだ。

 アスカが呆気にとられた表情をするのがわかった。

 

 次の瞬間、目の前の景色が消滅した。

 なにが起きたのかわからなかった。

 監禁されていた部屋が消滅してどこかの屋敷の外にいた。

 そして、その景色も消滅して、別の場所になった。

 

 その風景も消滅した。

 

 同じことが五回ほど繰り返された。

 そのあいだ、エルスラは一郎にしがみついたままだった。

 やがて、どこか深い森のような場所に到着した。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 一郎を抱きしめたまま、エルスラがぐったりと倒れ込んだ。一郎はそのまま、エルスラに押し倒されたようなかたちになって地面にしゃがみ込んでしまった。

 

「ど、どうしたんだ? なにが起こった?」

 

 一郎はびっくりして言った。

 一瞬にして、風景が次々に変化して、どこか見知らぬ場所にやってきている。これはどうしたことだろう。

 

「ア、アスカ様からあなたを助けるには、これしか……。わ、わたしには……アスカ様から……イ、イチ様を守るだけの……ち、力はないの……。だ、だから、一気に移動術で瞬間移動を……」

 

 エルスラが右手に杖を握り締めたまま、まだ苦しそうな息をしながら言った。

 その顔は蒼白であり、かなりの体力の消耗をしたのがわかる。

 移動術というのは、どうやらテレポーテーションで時空を跳躍する魔道のようだ。

 アスカに魔道をかけられそうになった一郎を助けるために、エルスラはありったけの力で連続で瞬間移動を繰り返したに違いない。

 それで、これだけの疲労をしてしまったのだろう。

 

「だ、大丈夫か……?」

 

 一郎はエルスラを助け起こしながら言った。

 跳躍をしたときに、一郎の足元にあった灰色のローブもついてきていた。一郎は、エルスラの身体を起こすと、とりあえず裸身にローブを身に着けた。

 

「だ、大丈夫……です……」

 

 エルスラはまだ止まらない息切れをしながら、一度うなずいた。

 そして、にわかに起きあがると、持っていた杖を地面に押しあてて、いきなりへし折った。

 

 一郎は驚いた。

 

 エルスラは魔道を遣うときには、必ず杖を使っていた。杖がなければ、エルスラは魔道が遣えなくなるのではないかと思ったのだ。 

 慌てて、一郎が得た不思議な力でエルスラの“ステータス”を覗いた。

 

 

 

 

 “エルスラ

  エルフ族、女

  年齢18歳

  ジョブ

   戦士(レベル11)

   魔道遣い(レベル2)

  経験人数:男1、女3

  淫乱レベル:A

  快感値:70↑(回復中)

  一郎の性奴隷”

 

 

 

「な、なんで? お前の能力がいっぺんに下がったぞ」

 

 一郎は思わず言った。

 

 やっぱり、RPGでいえば「ジョブ」にあたる部分がことごとく低下している。特に、「召喚術師」のジョブは消え、「魔道戦士」とあったものは、「戦士」に変化している。エルスラが自ら折った杖はエルスラが能力を保持していた源だったに違いない。

 

 一郎の言葉にエルスラが自嘲気味に笑った。

 

「ふふふ……。あなたって、さっきも、“レベル”とかいう不思議な言葉を使って、他人の能力が洞察できるみたいなことを言っていたわね……。まあいいわ。能力が見抜けるなら、これが本当のわたしの能力よ。アスカ様から授けられた杖がなければ、まだまだ未熟で、三流の遣い手でしかない戦闘エルフよ」

 

「だ、だったら、そんな大切なものをどうして?」

 

「こ、この杖は、アスカ様から授かった物……。高い魔道が遣える反面、アスカ様は、この杖がどこにあっても、それを見つけられる……。でも、こうして、壊してしまえば、とりあえず、すぐにはわからないはずよ」

 

「えっ? つまり、俺を助けるために大切な杖を折ったというのか?」

 

 一郎は声をあげた。

 

「それしかなかったのよ……。アスカ様が魔力を伝って追おうとしても、杖を折って完全に魔力の繋がりを遮断した。それだけではなくて、あれだけ、移動術を繰り返せば魔力の痕跡も発散する。アスカ様は後を追えないと思うわ……」

 

「そ、そうか……」

 

 一郎は言った。

 

 だが、自分の能力を向上させていた杖を壊すというのは、大変な決心が必要だっただろう。必要なことだったとはいえ、それを躊躇なくやったエルスラに、一郎は少し感嘆していた。

 

「それで、杖がなくなっても、魔道は遣えるのか、エルスラ?」

 

「す、少しはね……。でも、大したことはできないわ。杖がなければ魔道の発揮に必要な魔力をうまく集められないのよ。まあ、新しい杖を手に入れれば違うと思うけど……。それでも、アスカ様の杖ほどのものが得られることはないと思うわ」 

 

 エルスラは深く息を吐いた。

 やはり、あの杖はエルスラにとって相当に大切なものだったようだ。

 

「新しい杖はどうやって手に入れるのだ? 店で買うのか?」

 

 一郎の質問に、エルスラが噴き出した。

 

「杖が店先で売っていることはないわ。杖は授かるものよ。能力の高い魔道遣いが魔力を込め、それを伝授される。そして、その杖を時間をかけて自分に馴染ませる。そうやってわたしたちエルフは魔道を操るようになるの。アスカ様のような高位魔道師ともなれば、杖なんか関係ないけど、本来のわたしじゃあ、魔道は三級よ」

 

「そういうものか」

 

 つまり、簡単には杖は手に入らないもののようだ。

 少しだけ、エルスラに申し訳ないという気持ちになった。

 まあ、あくまでも、少しだけだが……。

 

「とにかく、もう、わたしの魔道はあてにしないで……。アスカ様の杖が失われたいまは、こっちの方がまだ自信があるわね」

 

 エルスラはスカートの上から腰につけている革の鞘に入れた短剣を軽く叩いた。

 いずれにしても、これでわかったのは、一郎が見える相手の能力値は、装備している武器などによっても変化するということだ。

 

 いずれにしても、これからどうするかだ。

 一郎は、とりあえず周囲を見回した。

 ふたりが座っているのは、周囲に草木が茂る地面に短い草が拡がる場所だ。空は樹木が覆っていて、陽射しがかなり遮られている。

 小路のようなものはかすかにあるのだが、随分と長く使っていた形跡もないようだ。

 時刻は夕暮れだろう。

 

「それで、ここはどこなんだ?」

 

 一郎はエルスラを見た。

 

「さあ……。滅茶苦茶に連続で跳躍したから……」

 

「ここがどこだか、わからない? どこかの森の中のようだぞ? それにもうすぐ陽も暮れそうだ。得体の知れない獣でもいたらどうする──?」

 

 一郎はびっくりして言った。

 

「だ、だって、これしか方法が……。その支配の首環をしている限り、あなたはアスカ様の奴隷状態から逃れらないわ。そして、アスカ様はあなたを調教して心を潰し、完全に支配してしまうわ。そうやってアスカ様が召喚した外界人を心からの奴隷にしてしまうのをわたしは何度も見たわ」

 

 エルスラは一郎の首を指さした。

 一郎は手で首に触れた。

 確かに、まだ首には金属の輪でできている首輪が嵌まったままだ。そういえば、エルスラに魔道で脱出させられる直前、首輪を通じてアスカの支配を受け入れようとしている自分を感じた。

 自分の意思とは無関係に、自分の身体が動くのは恐怖だった。

 一郎はそれを思い出した。

 確かに、あのままにされるよりは、見知らぬ得体の知れない森にでも連れて行かれた方がましだろう。

 

「わ、わかったよ……。それでこれからどうするんだ?」

 

「あ、あなたの命令なので、わたしはあなたを助けるわ。わたしには無理だけど、力の強い魔道遣いを見つければ、アスカ様の魔道具を外せるとも思うの……。とにかく、アスカ様があなたとわたしを見つける前に、なんとか。それを外すしかないわ。もちろん、外せたところで、逃げ続けなればならないことは変わりないと思うけど……」

 

「逃げるって……。もう、逃げてきたんだろう?」

 

「まだ、逃げられてはないわよ──。アスカ様の力は大変なものよ。とりあえず、アスカ城と呼ばれるアスカ様の支配する小さな城郭の外には出たと思うけど、それだけよ。わたしにできたことは、当然、アスカ様にもできるわ」

 

 エルスラは真剣な面持ちで言った。

 

「も、もしも、追ってきたら、どうなるんだよ?」

 

「少なくとも、あなたについては、もしも、首輪を外す前に見つけられれば、その瞬間にあなたは、アスカ様の支配に戻るでしょうね。それまではとにかく逃亡するしかない……。あのアスカ様のことだもの。逃亡した奴隷をそのままにするわけないわ。裏切ったわたしのことも……」

 

「ど、奴隷って、俺のことかよ……。俺は奴隷になった覚えはないがな」

 

「受け入れたわよ。その首輪を自ら装着したじゃない──。それは奴隷になることを受け入れたと同じことよ。少なくとも、アスカ様はそう思ってるわ」

 

「ふ、ふざけるなよ。お前らがよってたかって俺を拷問して、首輪を強要したんだろうが。どの口でそんなこと言ってんだ──」

 

 一郎はかっとして怒鳴った。

 

 そして、思い切り尻でも叩いてやろうと思い、目の前のエルスラの生尻を平手で打つことを想像した。

 

「きゃあ」

 

 しかし、その瞬間、エルスラが尻に両手をあてて、背中を伸ばした。

 一郎は呆気にとられた。

 

「な、なに? い、いまのなんなの?」

 

 エルスラが当惑した顔で一郎を凝視した。

 だが、驚いたのは一郎も同じだ。

 一郎はエルスラの尻を叩こうとしただけであり、実際にはなにもしていない。それにも関わらず、エルスラはまるで本当に叩かれたような反応をした。

 

 これは、どういうことだろう?

 

 一郎が授かった「淫魔師」の能力に関係あるのだろうか?

 試しにもう一度やってみた。

 

 二度目はうまくいかなかったが、三度目は、できるだけ鮮明にエルスラの白い尻を想像してそれをしゃもじのようなもので叩くことを想像した。

 今度はエルスラは悲鳴をあげて立ちあがった。

 両手でお尻を押さえて、痛みに顔を歪めている。

 

「ま、魔道? あなたは魔道を遣えるようになったの? しかも、杖もなしに? で、でも、あなたには、まるで魔力がなかった。それは、何度も調べたわ」

 

 エルスラがお尻を両手で押さえながら数歩後退りをした。

 だが、一郎は、これは魔道というよりは、淫魔道と称すべき術であろうと思った。淫魔師という「ジョブ」により身に着けた力に違いない。想像だが、淫魔師は支配した「奴隷」の身体と身体の感覚を支配できるのではないのだろうか。

 

「ちょっと、尻を見せてみろ。スカートをまくって、こっちに向けるんだ」

 

 一郎は言った。

 

「なっ」

 

 エルスラが真っ赤な顔をして眼を大きく開いたが、エルスラが一郎の言葉に逆らうことができなくなっているのは、一郎も知っている。

 羞恥に身悶えるような仕草をしながら、エルスラが一郎に背中を見せて、スカートを大きくたくしあげた。

 

「下着を脱いで、こっちに放れ。ぐずぐずするな、奴隷」

 

 一郎の頭には、アスカとともに、二日間にもかけて、一郎をいたぶり続けたエルスラの姿がはっきりと残っている。そのエルスラを言葉ひとつでなぶるのはいい心地だ。

 一郎もこのエルフの少女の前で、素裸で酷い目に遭わされ続けたのだ。そのエルフ女のひとりを破廉恥になぶるのは、当たり前の権利だと思う。

 

 エルスラは、小さな声で「そんな」とか言いながら、スカートを腰までたくしあげたまま、片手で下着を足首まで落として、それを後ろに投げた。

 一郎はそれを拾って、裸身に身に着けているローブの内ポケットに入れた。このローブには、幾つかの内ポケットがあって、物を隠せるようにもなっている。

 

 剥き出しのエルスラの丸い尻が露わになる。

 エルスラの尻たぶには、叩かれたことによる痣はなかった。

 一郎のさっきの能力は、痛覚は与えられるが、実際には傷はつけないのだろうか……。

 

 それにしても……。

 

 一郎は目の前のエルフの美少女に、破廉恥な恰好を強いながら、びっくりするほど落ち着いている自分に驚いていた。これも覚醒した淫魔師としての能力なのだろう。

 じっくりとエルスラを観察することで、一郎に恥ずかしい姿を強要されているエルスラの下半身が小刻みに震えていることにもすぐにわかった。

 

「どうした、エルフ女? 恥ずかしいのか?」

 

 一郎は笑った。

 

「は、恥ずかしいわよ。へ、変なこと訊ねないで」

 

 エルスラのむっとしたような声が返ってきた。

 

 そのとき、一郎はエルスラの「快感値」がすでに“32”まで低下していることに気がついた。

 そういえば、このエルスラは根っからのマゾっ子だと、アスカが口走った気がする……。

 

「生意気言うな、奴隷─。お前たちが俺に二日間やったことだろうが……。尻はいい。ちょっと試してみるから、今度はこっちに身体を向けろ。もちろん、スカートをめくったままだ」

 

「ああ、そんな……」

 

 エルスラが大きく息を吐くのが聞こえた。

 

 一方で、エルスラの「快感値」は、一郎の言葉だけで、また“28”にまでさがった。

 

 そして、長い髪と同じ黄金色の薄い恥毛に包まれた股間の亀裂がこっちを向くと、数字が二十台にまで落ちる。

 エルスラが一郎による羞恥責めに、すっかりと欲情していることは明白だ。一郎に映るエルスラの身体には、いまやすっかりと桃色のもやで覆われているし、露わになっている腰部分は真っ赤になっているほどだ。

 じっと観察していると、だんだんとエルスラの息は荒くなり、赤色に染まっているように映っているエルスラの股間には、じっとりとした新しい蜜も出てきた。

 

 やはり、余程にエム気が強いに違いない。

 

「やああっ」

 

 エルスラの腰ががくりと砕けた。

 一郎が股間の赤い部分──、クリトリスの周辺を筆のようなものでくすぐる念を送ったのだ。

 エルスラが腰を突きあげるようにしながら膝を崩した。

 

「これはいいな。面白い力だ……。ほかにもいろいろできそうだな。淫魔師というのは、どんな能力があるんだ、エルスラ?」

 

 一郎はいったんエルスラに対する刺激をやめて言った。

 エルスラがスカートを両手であげたまま、姿勢をまっすぐに戻した。

 

「し、知らないわ……。淫魔師というのは、伝承でしか聞いたことがないような存在よ。淫術にすぐれ、その力で異性を支配していくと言われているわ。わたしには、それくらいしか……」

 

「嘘をつけ。知っていることを喋らないとこうだぞ」

 

 一郎は今度は服の下の乳房を揉むことを強く念じた。

 

「ひっ、ひっ、ひいっ」

 

 エルスラが全身をくねらせて、甘い声をあげた。

 

「ほ、本当に、なにも知らないわ。あなたには、もう嘘はつかない。信じて」

 

 エルスラが全身を真っ赤にして叫んだ。

 

「まあいい……。とにかく、慣れれば、もっと好きなように身体を操ることができそうな気がするな。少しずつ、いろいろと試させてもらうよ」

 

 一郎は刺激を与えるのをやめて笑った。

 

「はあ……、も、もう許してよ……。だ、だけど、な、なんで、こんなに上手なの……」

 

 脱力したエルスラが、泣き声のようなものをあげた。

 しかし、言葉とは裏腹にエルスラは、すっかりと淫情に染まっている。

 一郎はにやりと笑ってしまった。

 

「なにを言ってるんだ。苛められて悦ぶ変態のくせに。そうだろう、エルスラ? お前は変態だ。正直に言えよ。自分は苛められて悦ぶ変態だとな」

 

 一郎はわざと恥辱を誘う言い方をした。

 もっとも、内心ではそんな風に堂々といたぶりの言葉が使える自分自身に驚いてはいたが……。

 

「……わ、わたしは苛められて……悦ぶ……変態です……ああ……」

 

 すると、エルスラが顔を真っ赤にしてそう言った。

 変態だとエルスラが本当に返してきたことにはびっくりしたが、一郎は自分自身で「正直に言え」と命令口調でエルスラに言ったことを思いだした。

 エルスラは、それに従って、「正直」に口にしたのだろう。

 なんだか一郎は笑ってしまった。

 

「変態──変態──わたしは変態──」

「変態──変態──」

「悦ぶ──悦ぶ──」

 

 そのとき、周囲から不意に複数の幼い女の子のような声がした。

 一郎は驚愕して、声の方向を探そうとした。

 だが、声は嘲るように四方から繰り返される。

 一郎は思わず、その場から逃亡しようとした。

 

「モッカーよ。悪意はあるけど、所詮は物真似をするだけの小さな悪霊よ。落ち着いて」

 

 エルスラがスカートをあげた状態のまま真顔になって叫んだ。

 

「そ、その恰好はもういい。なんとかしろよ。あ、悪霊ってなんだよ」

 

 一郎は叫んだ。

 

 スカートをおろしたエルスラが走り寄ってきた。

 すでに腰の短剣を抜いている。

 そして、一郎を守るようにしっかりと自分の背を一郎に密着させた。

 

「しまったわ……。陽が落ちるまでわからなかったけど、この森には強い瘴気を感じる。失敗した。わたしたちは、悪名高いルルドの森にやってきてしまったようよ。しかも、ここはその中心部のようだわ」

 

 エルスラが絶望的な声をあげた。

 

「ルルドの森?」

 

 一郎は顔をしかめた。

 

 そして、周囲を見て、いつの間にかほとんど視界がなくなるくらいに陽が落ちてしまっていたことを悟った。

 

「ルルドの森は、わたしたちがいたアスカ城に隣接する魑魅魍魎の死霊どもが棲むとされる森よ。妖怪たちの領土──。妖魔たちの支配するルルドの森に間違って逃亡してしまったのだわ……」

 

 エルスラが失望のこもった舌打ちをした。

 会話をしているあいだにも、陽はかげり、すでに夜と呼ぶのに相応しい状態となっていた。

 そのとき、一郎は腐ったたくさんの肉の塊りのようなものがだんだんと近づいてくる匂いと気配を感じた。

 

「落ちている木の枝を拾って。早く──」

 

 エルスラが短剣を構えながら悲鳴のような声をあげた。

 そのときには、一郎も闇の中に光る無数の赤い目に気がついていた。そして、その赤い目のある方向からは、腐った肉のような悪臭が漂ってもくる。

 

「な、なんだ? なにが近づいているんだよ」

 

 一郎は気味の悪さに腰を抜かしそうになり叫んだ。

 

「お願いだから言うとおりにしてよ。グール避けの魔力を発散しているのよ。で、でも、杖なしじゃあ……、も、もう、出せない。跳躍でほとんどの魔力を使い果たしたし」

 

 エルスラが両手を前後左右に忙しく動かしながら怒鳴った。

 

「グ、グール?」

 

 一郎は悲鳴をあげた。

 

 グールとは食屍鬼──。

 つまり、アンデッドモンスター……。

 人間や動物の死骸を喰らって存在すると言われている邪悪な存在。

 

 それが現実に?

 

 だがそれは事実だ。

 得体の知れないものが闇の奥で一郎とエルスラを包囲しているのは感じる。

 月夜ではあるが、上に繁る樹木の葉で月光が遮られて周囲は真っ暗だ。

 なにも見えない。

 

 しかし、なにかがいる……。

 本当に間近に……。

 そして、すっかりと囲まれている。

 それがわかった。

 身体が金縛りになったように動かなくなった。

 

「だ、駄目。も、もう支えられない──」

 

 その言葉と同時に、エルスラが足元に魔道で火を放った。小さな炎が周囲の草むらに飛び散り、ほとんど夜闇に覆われそうになっていた周りがぱっと明るくなった。

 

「うわああ」

 

 一郎はその瞬間に、本当に腰を抜かして尻もちをついた。

 足元にできた炎の光に照らされたのは、いずれも手や脚の一部が欠けて、顔や身体のほとんどの部分が腐れて虫が湧いている人間や動物の死骸だった。それは二十匹以上いるだろう。

 それらが炎によって、一郎たちの周囲に浮びあがったのだ。

 だが、明るい火の光に照らされると、死霊たちが慌てたように後ろに退がっていった。

 

「ちっ」

 

 エルスラが不甲斐なくしゃがみ込んだ一郎を一瞥して舌打ちをした音が聞こえた。

 しかし、エルスラは、素早く屈んで一本の枝を足元から拾った。そして、その枝の先に魔道で火をつけて松明にした。

 

「うわっ」

 

 一郎は絶叫した。

 エルスラが身体を屈める隙を狙うようにして、凄惨な顔をした一匹のグールがエルスラに上から飛びかかったのだ。

 しかし、エルスラは素早く身体をかわすと、短剣でエルスラを掴もうとしたグールの腕を切りつけるとともに、片脚で胴体を蹴り飛ばした。

 

「くうっ」

 

 だが、そのグールの胴体は離れたが、切断された腕だけが残り、エルスラの首を掴んだ。

 エルスラは体勢を崩しそうになったが、左手で持っていた松明の炎をグールの腕につきつけた。

 死肉が焼ける嫌な匂いがして、腕はエルスラの首から離れる。

 すかさず、エルスラが地面に落ちた腕を遠くに蹴り飛ばす。

 

「は、刃物じゃ駄目──。斬り飛ばしても、それぞれの部分でグールの死霊が分かれるだけで、却って数が多くなるだけなのね」

 

 エルスラが焦ったような声をあげて、剣を腰の鞘に戻す。

 そのあいだ、一郎は尻もちをついたままでいた。

 

「な、なんだよ、こいつら──?」

 

 一郎は叫んだ。

 

「このルルドの森で死んだ人間や動物に巣食って乗り移ったグールよ。普通は死肉しか狙わないけど、ここのは、生きている人間を襲うくらい狂暴なので知られているわ。わたしたちを食べようとしているのだと思う。とにかく、立って──。戦うのよ──。死にたくなければね」

 

 エルスラは怒鳴った。

 その声の激しさに一郎はやっと立ちあがることができた。

 エルスラがその一郎に松明を押しやる。そして、さっと身を屈めて、なんとかもう一本の枝を拾うと、また、樹木の先に魔道で炎をつけた。

 二本目の松明はエルスラが持つ。

 松明が二本になると、少しはましになる。

 一郎は、エルスラと背中を合せるようにして、包囲しているグールを松明で威嚇する態勢になった。

 

「な、なんとかしろよ、お前。こ、こんなところに連れてきやがって──」

 

 一郎は松明を振りながら、声をあげた。

 

「わ、わかっている。なんとかする……。とにかく、その松明の火を消さないで……。連中は火を怖がるわ……。いいわね。火を消さないことだけを考えて……。そして、朝になるまで待つのよ」

 

「あ、朝って……。朝までなんてもつかよ……」

 

 一郎は松明を近づく腐肉の気配に向けながら泣き声をあげた。

 炎を向けるとグールが一瞬怯んだように退がっていく。だが、そうすると別のグールがまた近寄ってくる。

 だから、今度はそれに向かって炎を向ける。

 その繰り返しだ。

 しかし、最初にエルスラが足元に小さな炎の輪を作ってもいる。

 それもあり、グールどもが一斉に襲いかかってくるということはない。

 

「も、もっと火をつけろ、エルスラ。足元の小さな火が消えそうだ」

 

 一郎は松明を懸命に左右に動かしながら、背中のエルスラに言った。手に持っている松明はともかく、エルスラが地面に作った炎の輪は火の勢いが低すぎて、いまにも消えそうだ。

 消えればグールたちは、さらに一斉に距離を近づけてくる気がする。

 そんなことになれば、さすがに手に持った松明だけでは抵抗できないだろう。

 

「こ、この後に及んでなんだけど、さっき二本目の松明を作ったのが、わたしの最後の魔力よ……。も、もう、杖なしに魔道は遣えないわ……」

 

 エルスラが低い声で言い返した。

 そのエルスラも一郎と同じように、手に持った松明を一生懸命にグールに向け続けている。

 

「ま、また、素敵な告白だぜ……。だったら、火が消えれば、襲ってくるぞ……。連中に喰われちまう。お前、とにかく、俺を守れ。命令だ」

 

 一郎は絶望の声をあげた。

 周囲を囲む火の輪の勢いはいよいよ小さくなった。

 地面に生える草に燃え移る気配もなく、エルスラが作った火の輪は一気に力を失う様子を見せ始める。

 グールたちが一斉に色めきだったのがわかった。

 炎が下火になることで、大勢の腐肉の集団がじりじりと包囲を狭めてもきた。

 

「わ、わたしが囮になるわ……。わたしが離れれば、こいつら全部ついてくるはずよ。あなたは、そのあいだに逃げて──。そして、どこかに隠れるか、なにかして。とにかく、朝までなんとか生き延びて。絶対に松明を奪われないで──」

 

 エルスラが手に持っていた松明を一郎の空いている手にいきなり渡した。

 返事をする暇もなかった。

 エルスラは雄叫びをあげながら、ほとんど消滅しかけている炎の輪の外に駆け出していった。

 グールの集団が炎から離れた「獲物」を求めて、一斉に追いかけていく。

 一郎の周囲からグールの気配が一度に遠くなる。

 

「おい、待て、エルスラ」

 

 一郎は叫んだ



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5   瘴気の森の主

 唖然とした。

 

 しかし、取り残されたかたちになった一郎が躊躇したのは一瞬だけだ。

 すぐに二本の松明を掴んだまま、エルスラの駆けていった方向を追っていった。

 月明かりの届かない生い茂った樹木のしたであり、エルスラも、それを追っていったグールの集団もどこにいったのかわからなくなっていたが、幸いにも一郎は、エルスラの存在が近くなれば、それを感じることができる。

 

 いた。

 

 大きな樹木を背中にして、短剣を振り回している。

 だが、すでに胴体には切断したグールの腕が数本喰い込んでいて、その部分の皮膚が破れて血が流れている。

 また、二匹から三匹のグールに身体を掴まれて、いまにも押し倒されようとしていた。

 

「エルスラ、大丈夫か──」

 

 一郎は我を忘れて叫んだ。

 なにも考えていなかった。

 エルスラが殺される。

 その恐怖で頭が真っ白になっていた。

 

「な、なんで、来たのよ。逃げてって言ったのに」

 

 エルスラが一郎に気がついて、グールに押し倒されながら声をあげた。

 一郎の持っている二本の松明に、エルスラを囲んでいたグールたちがひるんだように動きをとめる。

 そのとき、一郎はグールたちの身体の一部に青いもやが灯ったような気がした。

 それは、エルスラに見える性感帯が赤いもやに染まるのと同じような感じだったが、いま感じたのは青い光だ。

 

 一郎は、半ば無意識のうちに、エルスラを押し倒して噛みつこうとしている二匹のグールに一目散に駆け寄ると、その青い光めがけて松明を押し当てた。

 炎を押し当てられたグールが、空気が切り裂けるような声をあげて闇の中に溶けていく。

 エルスラの正面のグールが消滅した。

 

「イ、イチ様?」

 

 エルスラが目を丸くしている。

 それは一郎も同じだったが、いまは考えている余裕はない。

 手当たり次第に青い光のあるグールたちの腐肉の部分に炎を押し当てる。

 次々にグールたちは消滅していき、闇の中に溶けるように消えいていく。

 それは切断されて分離した腕や脚だけのグールも同じだった。腐肉の一部に仄かに灯っている青い光があり、そこに炎を押し当てると、例外なくグールは消えていった。

 やがて、すっかりと一郎とエルスラの周囲からグールの気配が消えた。

 

「大丈夫か、エルスラ……?」

 

 一郎は樹木を背に倒れているエルスラに近づいた。

 あちこちを擦りむいた傷があり、服もかなりの部分が裂けて、そこから肌も露出している。グールの爪が喰いこんでいた腕からは出血もしているが、死ぬほどの負傷ということはないだろう。

 毒のようなものを受けた様子もない。

 ほっとした。

 

「な、なんで……。どうやって……? グールを倒してしまうなんて、どうしてそんなことができたの……? な、なんで……?」

 

 エルスラは呆然とした顔で一郎を眺めている。

 

 どうして、そんなことができたのか一郎にもわからない。

 ただ、青い光が見えたので、そこにグールの嫌がる炎を押し当てただけだ。

 おそらく、あの青い光はグールの弱点であったのだろう。

 ほとんど無意識のうちに、一郎はグールと戦う決意をした。

 それで一郎の頭に、敵であるグールたちの弱点を青い光として感じることができたのかもしれない。

 考えられることはそういうことだが、いまのことだけでは、実際にはなにが起きたのかはわからない。

 

 ともかく、一郎は自分の感じた青い光のことを説明した。

 エルスラは驚いて、言葉もない様子だ。

 ただ、青い光のことは語ったが、エルスラと性交をするときの桃色の光のことは黙っていた。ステータスを読めることもだ。

 あれは一郎の秘密だ。

 

「あ、青い光? だけど、光魔道の遣い手でも難しい死霊体の核を正確に見抜けるなんて……」

 

 エルスラは一郎に助け起こされながら、まだ判然としない様子で呟いた。

 心なしかエルスラが一郎を見る眼に、畏敬の念が籠っている気がする。

 ちょっと心地いい……。

 

「とにかく、傷の手当てを……。水のある場所に向かおう……。怪我の部分を洗わないと」

 

 一郎はエルスラの腰を抱えるようにして歩かせた。

 二本ある松明の一本をエルスラに持たせる。

 とりあえず、グールの集団は消えたが、このルルドの森にはまだまだ邪悪なものの存在を感じる。

 どこからそれらが襲ってくるかわからない。

 

「……水って……。こっちがそうなの?」

 

 一郎に歩かされながらエルスラは言った。

 それは一郎にもわからない。

 しかし、水辺に向かいたいと考えたとき、なぜかこっち側に向かえば、それがあるという確信が不意に心に浮かんのだ。

 

 果たして、一個の小さな泉のある場所に到着した。

 水辺には大きな巨木が一本あり、その根元から大きな泉が拡がっていた。

 

「ほ、ほんとに泉が……」

 

 エルスラは水辺を前にして声をあげた。

 一郎も自分自身びっくりしている。

 

「この泉からは邪悪なものの存在は感じないわ……。風が澄んでいて瘴気も消えている」

 

 エルスラが注意深く泉を観察してから言った。

 それは一郎も同じことを思っていた。

 さっきから森全体に感じたようなおぞましい存在の気配をここではまったく感じない。

 

「まあ、とにかく、傷の手当てをしよう……」

 

 一郎は言った。

 エルスラが小さくうなずき、水辺に身体を屈めて、手で水をすくって傷のある場所を洗い始める。

 一郎はそれを眺めていて、ローブの内ポケットにエルスラから取りあげた下着を入れたままだったことを思い出した。

 それで傷の周りの汚れを拭いてやろうとして取り出して水にその下着を浸す。

 布らしいものはこれしかない。

 

 だが、片手で松明を掲げながら水辺に屈んでいるエルスラを眺めると、急にむらむらと情欲が沸き起こってきた。

 よくわからないが、欲情が身体にたぎって仕方がない。

 横にいつでも手が出せる大美女がいると思うと、どうしても心の衝動がとまらないのだ。

 これも淫魔師に覚醒した影響だろうか……?

 

 こんな状況でと我ながら思ったが、気がつくと、エルスラの背後から腰に手をそっと伸ばして、スカートの下に手を入れていた。

 下着を身に着けていないエルスラのスカートの下は剥き出しの股間だ。

 一郎はわざとその股間に下から水を跳ねさせて当てる。

 

「ひゃん」

 

 エルスラが身体をびくりと跳ねさせた。

 

「な、なにするのよ、イチ様。もう、こんなときに、なんなのよ……。こんなときに……。こんなときなのに……」

 

 エルスラが振り向いて一郎を睨んだ。

 松明の灯りだけではよくわからないが、エルスラの顔は真っ赤になっているようだ。

 一郎はその様子に噴き出してしまった。

 なにしろ、一郎が悪戯をすると、エルスラの例の「快感値」の数値が“100”近い数字から、一気に“30”まで下がったのだ。

 顔や口調では取り繕っているが、実際には一郎に悪戯されて満更でもない様子だ。

 それがわかったのでおかしかったのだ。

 しかし、次の瞬間、一郎は背後になにかの存在を感じた。

 

 

 

 “ユグドラ

  精霊、女

  年齢 ****

  精霊(レベル100)

  経験人数:男:**、女**

  淫乱レベル:C”

 

 

 

 その文字が頭に不意に浮かんだ。

 驚いて一郎は振り返ったが、そこには誰もいない。

 ただ、大きな樹木が一本あるだけだ。

 

「きゃあああ」

 

 急に、エルスラの絶叫が響いた。

 一郎は驚いて振り返る。

 エルスラが足首を浸けていた泉の水が、水の触手のようなかたちに変わり、エルスラの全身に絡みついている。

 一郎は慌ててエルスラを水の外に引き出そうと腕をエルスラに伸ばした。

 

「水妖よ。来ちゃだめ───」

 

 エルスラが叫んだ。

 だが、すでに全身を水の触手に絡みつけられたエルスラは、身体の半分以上を水中に引きこまれようとしている。

 一郎はエルスラの片側の二の腕を掴むことに成功した。

 しかし、水面から出現した新たな水の触手が、今度は一郎の身体を包み込んでくる。

 

 くそう……。

 さっきの青い光のようなものは……。

 意識を集中させるが、なにも見えない。

 そのあいだも、ずるずると水の中に引っ張られていく。

 

「イチ様──」

 

 エルスラが叫んで、一郎を水の触手から解こうとする。

 だが、エルスラ自体も新しい触手に腕を新たに巻きつかれて動けなくされた。

 

「ぐうっ」

「ああっ」

 

 すごい力で締めつけられて、そのまま水の中に引きこまれてしまった。。

 そして、なにもかもわからなくなってしまった。

 

 

 *

 

 

 頭が朦朧としている。

 気がつくと、不思議な場所にいた。

 

 はっとした。

 そういえば、ルルドの森とエルスラが呼んだ死霊の棲む森で、泉の中で怪しげな水の触手に引っ張られて……。

 水の中……?

 ……ではないようだ。

 

 息もできるし、喋ることもできそうだ。

 暗くもあり、明るくもあった。

 暖かくもあり、冷たくもある。

 そんな感覚が一郎を包んでいる。

 

 そうだ……。

 エルスラは……?

 

 すると、水がぴちゃぴちゃと波立つ音が離れた場所から聞こえてきた。

 さらに、女の喘ぎ声も……。

 

「エルスラ?」

 

 一郎は叫んだ。

 我に返ることで、このなにもない空間の中で、水の触手にすっかりと身体を包まれているエルスラを見つけたのだ。

 エルスラは完全に素裸だった。

 そのエルスラの全身を水の触手が余すことなく舐め回すように、いやらしくうごめき続けている。

 喘ぎ声は、その刺激を受けているエルスラが洩らし続けているものだ。

 

「ああ……いい……はあ……うふう……い、いやあ……」

 

 意識があるのか、ないのかわからない。

 エルスラの眼は閉ざされ、ただ甘い息とともに声をあげるエルスラの唇が動き続けている。そのエルスラの手足を雁字搦めにしている水の触手と同じものが、エルスラの乳房と腰に群がり、さらに全身の肌を擦り回っている。

 

 

 

 “エルスラ

  快感値:7(↓:下降中)

 

 

 

 この文字が頭に浮かんだ。

 

「エルスラ──」

 

 一郎はもう一度叫んだ。

 そして、水の触手からエルスラを引き出そうとした。

 エルスラがかなり追い詰められていることは明らかだ。

 

 しかし、駆けだそうとした一郎の前に急に透明の壁が立ちはだかった。

 エルスラはその水の壁に遮られた。

 そのとき、背後に、またもや何者かの気配を感じた。

 

 

 

 “ユグドラ

  精霊、女

  年齢 ****

  精霊(レベル100)

  経験人数:男:**、女**

  淫乱レベル:C

  快感値:1000(正常)”

 

 

 

 その言葉が浮かんだ。

 一郎が振り返ると、さっきまで一郎が横たわっていた場所の付近に、ひとりの女が立っていた。

 腰の後ろまで伸びる緑色の髪をした美女だ。

 一糸まとわぬ素裸だった。

 その肌は白いというよりは、透けるような透明感がある……。

 

 いや……。

 よく見れば、本当に透けている。

 ユグドラはそこにいるようであり、あるいは、なにもいないかのようでもあった。

 ただ、存在だけははっきりと感じる。

 そして、ユグドラは面白がるような雰囲気で、一郎を微笑みながら見つめていた。

 

「エルスラを酷い目に遭わせているのは、あんたの仕業か? もう、やめてくれよ」

 

 一郎は怒鳴った。

 

 すると、笑みを浮かべたユグドラの眼が大きく見開いた。

 

「わたしの姿が見えるのかい? これは驚いたね。光魔道も遣うことなく死霊たちを呆気なく倒してしまった実力といい、お前は何者なんだい? 面白そうな素材だから、とり殺す前に観察してやろうと思って、ここまで導いてやったんだが、これは驚いたよ。わたしの存在を見抜けるとはね」

 

 ユグドラが感心したような声をあげた。

 

「俺もエルスラもただ間違って、この森に入ってきただけなんです」

 

 一郎は言った。

 

「もちろん、そうだろうさ。この森に好んで入る者などいないよ。大抵の者は間違って入るものさ。なにしろ、生きとし生ける者とあれば、見境なく喰らい殺してしまう妖魎が棲んでいるんだからね」

 

 ユグドラが声をあげて笑った。

 だが、言葉とは裏腹に、目の前のユグドラからは危険なものは感じなかった。

 もっとも、それはいつ豹変するかわからないような不安定なものだったが、とりあえず、いまこの瞬間は、ユグドラは一郎を殺そうとしていない……。

 そんな感じだ。

 根拠はない。

 ただの勘だ。

 しかし、確かに、そう思った。

 

「ユグドラさん、あなたはこの森の主の精霊ですか?」

 

 なんとなく一郎は訊ねた。

 そうではないかと思ったのだ。

 一郎が感じるユグドラのレベルは“100”だ。

 怖ろしいほどの力を持っているとエルスラが説明したアスカの魔道遣いとしてのレベルが“99”だったことを考えると、この世界における「強さ」の最高値がそれくらいなのではないかと思う。

 そうであれば、これほどの存在がこの森の一介の住人であるわけがない。

 しかし、一郎の言葉に、ユグドラの笑みが完全に消滅して、その顔が驚愕に包まれた。

 

 「床」から木の蔓のようなものが一斉に現れて、一郎の身体に先端を伸ばした。

 このときはじめて、一郎は自分もまた素裸であることに気がついた。

 

「答えるんだよ。お前は何者だい──? なんで、わたしの名を知っている──? わたしの名がユグドラであることなんて、三百年も誰にも教えていないよ。さあ、何者か言うのさ。さもないと、この蔓がお前の身体を一斉に貫くよ」

 

 一郎の裸身に迫っている木の蔓は槍先のように尖っている。

 それが十数本も間近にあった。

 

 しかし、やはり一郎は恐怖心を感じなかった。

 その理由はすぐにわかった。

 眼の前の蔓には実体のようなものが伝わってこないのだ。

 これは幻だ。

 なぜか、一郎にはそれがすぐにわかった。

 本物ではないと思うと、自分でも信じられないくらいに落ち着いていられた。

 

「とって喰らうと告げた者を殺すと脅すのですか? それはさすがに効果はないでしょう」

 

 一郎は言った。

 すると、今度は眼の前のユグドラが笑い出した。

 迫っていた槍のような木の蔓が消滅する。

 

「面白い坊やだね。度胸があるのは嫌いじゃないさ。空威張りするだけの能無しには興味はないけど行儀もいいようだ。いいさ……。それに免じて、命は助けてやってもいい。だけど、なんで、わたしの名を知っていたのかそれだけは教えてくれるかい」

 

 ユグドラが相好を崩した。

 

「なんでわかるのか、俺にもわかりません。わかるとしか説明のしようがないのです。俺はあなたの姿を感じたとき、あなたが精霊であるということと、ユグドラという名であることが頭に浮かびました。言葉になって文字として頭に浮かんだんです。感じたとしか……。それだけです」

 

 一郎は正直に言った。

 我ながら説明にもなっていないと思ったが、ユグドラの顔が驚愕に包まれた。

 

「なんとまあ……。お前は魔眼の持ち主なのかい?」

 

 ユグドラが声をあげた。

 

「魔眼?」

 

 今度は一郎が驚く番だった。

 魔眼とはなんだろう?

 

「おやおや、お前は自分の能力の名も知らないのかい? 面白い坊やだねえ。だが、魔眼の能力を持っているとなれば、わたしの名がわかったのも合点がいくね。もしかして、外界人かい? あの性悪のアスカに召喚でもされたのかい? 察すれば、あのエルフの小娘をそそのかして、アスカから逃亡してきたのかい? こりゃあ、ますます愉快な坊やだよ」

 

 ユグドラが嬉しそうに言った。

 

「あ、あの女を知っているんですか?」

 

「ああ、知っているとも。そもそも、この森が瘴気で溢れているのも、あの性悪女が見境なく召喚を繰り返して、この世の力の平衡を乱しているのが理由だからね」

 

「この森の瘴気は召喚が原因?」

 

 一郎は首を傾げた。

 

「まあ、それはいいさ……。ともかく、召喚された外界人といえば、幾つかの一部の能力の異常上昇が特徴だからね。もっとも、どんな能力が上昇するかは、召喚してみないとわからないんだが、お前は、魔眼を身に着けた外界人ということのようだね。これは凄いよ。数百年に一度の逸材ということになるじゃないかい」

 

 ユグドラが興奮したように言った。

 一郎は当惑してしまった。

 召喚された人間がなにかしらの特殊な能力を保持するというのは、アスカも言っていた。

 しかし、一郎のことを調べたアスカは、一郎がどんな能力も向上していない「無能力者」だと称した。

 その「魔眼」というのが、ユグドラの言うとおりに、すごい能力なのだとして、一郎に覚醒したのがそれならば、なぜ、アスカはそれを発見しなかったのだろう。

 もっとも、アスカは一郎が「淫魔師」としての能力を保持したことも見抜けなかった。

 それは、その能力が取るに足らないものだからだろうと思っていたのだが……。

 

「魔眼というのは、そんなにすごい力なんですか?」

 

 一郎は訊ねてみた。

 すると、ユグドラが声をあげて笑った。

 

「当たり前だろう。他人の名や能力がある程度見えるんだろう。それだけじゃなくて、無意識のうちに、“正しい道”というのがわかるんじゃないのかい? 魔眼保持者は、すさまじく勘が鋭くもなるはずだよ……。二百年前に出現した魔眼の能力を持った外界人はそんな力を持っていたよ。そういえば、その男は、確か、ど偉い王様とかになったんじゃなかったかねえ……。エルニアスっていったかねえ……? こりゃあ、ますます、殺すわけにはいかないね。もしかしたら、歴史に名を残す男になるかもしれないよ」

 

「でも、アスカという魔女は、俺が魔眼という能力があることを見抜けませんでしたが? そんなすごい力だったら、なぜわからなかったんですか?」

 

「そりゃあ、そうかもしれないね。あの女はせいぜい、二百年しか生きていない女じゃなかったかねえ。このわたしでさえ、魔眼保持者に接したのは二百年以上も前のことだからね……。あの女は、そもそも、魔眼という能力に接したことがないから、わからなかったんじゃないのかねえ?」

 

 ユグドラは愉快そうに言った。

 

「だったら……」

 一郎は訊ねてみることにした。

「……淫魔師というのは、どんな存在なんですか?」

 

 ユグドラが言うとおり、召喚によって一郎に備わったらしい「魔眼」という能力が非常に珍しいものだったという理由で、アスカの「調べ」に引っ掛からなかったとすれば、同じように、アスカには見抜けなかった「淫魔師」というジョブは、やはり、非常に珍しい存在ではないかと思ったのだ。

 

「淫魔師? まさか、お前が淫魔師というんじゃないだろうねえ? 淫魔師というのは、伝承では聞いているけど、実際には存在しないといわれているよ。自称淫魔師というのは珍しくはないんだけどね……。実際のところ、ただの操り術や媚薬の類いを駆使するだけの嘘っぱちさ。ただ寝るだけで呪術で女を虜にするなんて、わたしには信じられないね。わたしの知る限り、本物の淫魔師はいままでひとりだけだ。もう数千年……、いや、一万年以上も前のことさ……」

 

 ユグドラは肩を竦めた。

 

「……だったら、俺は、その淫魔師だと思います……。多分、間違いなく……。もっとも、なったばかりの淫魔師ですが……。俺の魔眼というやつが、それを示しているんです」

 

一郎は言った。

 ユグドラの言葉が正しく、一郎が「魔眼」という能力を持っているのであれば、その魔眼によって一郎が「淫魔師」と映ったのだから、一郎は淫魔師でもあるはずなのだ。

 すると、ユグドラの様子が変わった。

 

「本当かい? もしも、それが本当なら素通りを許すわけにはいかないねえ。その淫魔師の能力でわたしを抱いてみな。それで、このわたしを満足させることができたら、それこそ、なんでも望みをかなえてやるよ。あのクロノスが保持していたという伝承の能力だ。それを試させてもらおうじゃないかい」

 

「じゃあ、俺たちを解放してください。それと、この首輪を外すことができますか?」

 

 一郎は言った。

 

「そんなことかい。そりゃあ、アスカの使っている『支配の首環』の中でも、一番低級のものだね。それを外すのなんかわけないよ……。こりゃあ、愉しみになってきたねえ……。このわたしを女にしてくれる男が現れたのかい? まあ、偽者でない正真正銘の淫魔師の能力というのが、本当に伝承のとおりなら、話半分、いや、話十分の一でも満足さ……。さあ、抱いておくれ───。すべての女神がひれ伏したという伝承の技だ。その代わり、もしも、でまかせを言ったのなら、このわたしをからかった代償はしはらってもらうからね」

 

 ユグドラがその場にしゃがみ込んで、大きく股を開いた。

 一郎は唾を飲んだ。

 そこは、一本の恥毛もないことを除けば、普通の人間の女性器とまったく同じだった。

 満足させられなければ容赦しないという脅しよりも、いまは目の前の美女の精霊を抱きたいという淫情が遥かに上回っている。

 今日一日でエルスラを相手に三度精を放っているが、それは影響はなさそうだ。恐ろしく絶倫でいられるのは淫魔師としての力なのだろう。

 一郎の一物はすでに臨戦態勢だ。

 

「道具は立派だけど、平凡といえば平凡だねえ。さあ自称、淫魔師さん……。わたしを抱いておくれ」

 

 ユグドラがそれに目をやって、妖艶に微笑んだ。

 一郎は、ゆっくりとユグドラの身体に近づいていった。



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6   淫魔師の実力

「ふふふ、愉しみだね……。お前がもう精を出せなくなる前に、一度でもわたしを満足させてくれたら、命は助けてあげるよ……。その代わり、不甲斐ない結果に終われば、森の死霊たちの餌にする。あの死霊たちを人里に逃がさず、森に繋ぎとめておくには、時々は生きた餌を与え続けることも必要なのさ」

 

 ユグドラはくすくすと笑いながら言った。

 

「駆け引きはしません。あなたを愉しみたい。それだけです」

 

 一郎はユグドラを仰向けに寝かせて、その横にしゃがみながら言った。

 女を抱いた経験は逃亡の前にエルスラを抱いたのが初めてだというのに、性交になれば、自分でも驚くほどに落ち着いていられる。

 それだけではなく、異界の美女に対する純粋な欲情が一郎を包んでもいる。

 

 この精霊の美女と愉しみ、そして、愉しませたい。

 そんな感情だけが一郎を支配している。

 覚醒した淫魔の力がそうさせるのだろうか……。

 

「まあ、ぞくぞくさせるような殺し文句を言うね……。それも淫魔師としての技のひとつかい?」

 

 ユグドラが満更でもないように微笑んだ。

 

「そう思っただけです……」

 

 一郎は横たわるユグドラの美しい女体を感心したように見ていた。

 両脚を軽く開いて横になるすらりとした下肢はもちろん、全身に優美な伸びやかさは完璧な美しさだった。

 その中でふたつの乳房がつんと突き出し、その先端は光沢さえも感じさせるようなかたちのいい乳首が乗っている。

 本当に綺麗な身体だった。

 だが、一郎の眼には、その身体にどこにも桃色のもやを見つけることはできなかった。

 

 

 

 “ユグドラ

  淫乱レベル:C

  性経験:男**、女**

  快感値:1000(正常)”

 

 

 

 その文字がずっと一郎の頭の片隅に浮かんでいる。

 ユグドラの性経験は、男でも女でも経験に溢れている。それだけ性に関してはそれだけ百戦錬磨ということだろう。

 その女精をどうやったら満足させることができるだろうか……。

 それを考えていた。

 そのとき、ユグドラの脇の下に薄っすらとした桃色のもやを発見した。

 一郎はほとんど無意識にユグドラの腕を頭側に伸ばすと、顔を屈めてその脇に舌を這わせた。

 

「うっ」

 

 ユグドラの身体がぴくりと緊張した。

 その瞬間、全身に桃色の筋のようなものがさっと流れて、ユグドラの身体のあちこちが桃色に光りだす。

 そして、桃色の斑点のようなものが全身に浮かび始めた。

 さらに一郎が舌を片側の脇腹から脇にかけて這わせ続けると、ユグドラの身体から力が抜けたようになり、全身にある桃色のひとつひとつの斑点が大きくなって繋がり始める。

 一郎は胸をユグドラに乳房に押しつけるようにしながら、その桃色のもやの中でも一番赤い色に近かったうなじの部分に舌を這わせた。

 

 次に耳の後ろ……。

 こんなところに性感帯が……?

 それは女体の経験がほとんどない一郎には少し当惑することだったが、いまの一郎には、その桃色のもやの道しるべでしか、ユグドラを満足させることはできないだろう。

 

「ふううっ……す、すごいね……さ、さすがは淫魔師……わ、わたしの弱い場所を……て、的確に……つ、突いてくるじゃ……ないか……。くっ……こ、こんな少女のように当惑させられる気持ちになるのは……ひ、久しぶりだよ……」

 

 いま、一郎の舌はユグドラの耳たぶをしゃぶり、耳の縁をくすぐるように動いていた。ユグドラの声はすっかりと上ずっている感じだ。

 

 気がつくと、ユグドラの性的耐久度の数字は、900を下回って800台になっている。

 透明感のあるユグドラの皮膚はすっかりと薄桃色に包まれ、全身には汗のようなものでじっとり濡れていた。

 乳房や股間の当たり前の性感帯はすっかりともやが赤くなっている。

 だが、一郎はそこを直接愛撫することなしに、まったく別の場所を刺激することでユグドラが欲情していくことに興味を抱いていた。

 もやが赤い色に近くなっているユグドラのほかの性感帯を探すために、一郎は顔を一度あげた。

 

 あった……。

 腕をとり、身体を横倒しにするように背中をこちらに向けると、背の窪みに舌をつっと動かした。

 その線に沿って、濃い赤い線があったのだ。

 

「ひいっ」

 

 ユグドラが大きな声をあげた。

 

 しばらく舐めていると赤色が少し薄くなるような感じになる。

 これは刺激に慣れてしまうからだろうと考えた。

 ふと、見ると、足の指とお尻の部分に濃い赤いもやを見つけた。

 どちらにしようか迷ったが、一郎はユグドラの身体を仰向けに戻すと、身体をユグドラの足側に移動させた。

 そして、細くて長いユグドラの足の指を一本一本と吸いあげる。

 赤いもやを舐めとるようにして、丹念に付け根まで舌を動かしていった。

 

「こ、こんなに丁寧な愛撫は……は、初めてかもね……。も、もういいよ。来ておくれ」

 

 ユグドラが少し荒くなった息で言った。

 

「いいえ、まだこれからです。まだ、反対の足が残っていますよ」

 

 一郎は言った。

 ユグドラが乱れた部分を示し始めるのに反比例して、一郎自身はずっと落ち着いた気持ちになっていた。

 もっとじっくりとユグドラを堪能するのだ。

 そんな感情で満ち溢れている。

 本格的に抱き合えば、これだけの美貌の女霊を前に、一郎はあっという間に達してしまいそうな気がする。

 それはあまりにも勿体ない。

 それよりも、もっとユグドラを満足させたい。

 乳房や局部への直接的な愛撫よりも、それ以外の場所からじっくり責めることが性交には有効であることもわかってきた。

 

 ユグドラの性的耐久度の数字は、500台にまで一気に下がっている。

 一郎は反対側の足の指にも同じ愛撫を加えてから、ユグドラの肢体に十字になるかたちに被さり、再び腕をあげさせて、脇を指で擦りながら舌を這わせた。

 

「はあっ」

 

 ユグドラが大きな息を吐いた。

 一郎は舌や指で刺激をする場所だけでなく、その強さにも気を配るようにしていた。

 赤い色のもやで示された場所を刺激するだけではなく、それをどんな強さで愛撫するかによってユグドラから浮かびあがる数字の下がり方が違ってくる。基本的には、最初は触れるか触れないかの強さで繊細に触るのがいいようだ。

 それでユグドラの反応をしっかりと確かめながら、くすぐったそうにしたら少し舌や指先に力を加える。

 それが一番効果がある。

 くすぐったいままにしてしまうと、かえって数値が戻ってしまう。

 一郎は刺激の加え方と数字の変化をひとつひとつ確かめながら、愛撫のやり方を模索していった。

 また、指を這わせた場所を同じように舌でくすぐるという動きも使える。

 それをやるとユグドラは激しく反応を示した。

 

「こ、これは……想像とは違う……。い、いい意味でね……。お、女扱いを……十分に心得ている……ようだね……。はあ、あっ、ああっ───」

 

 ユグドラが背をのけ反らせた。

 一郎はユグドラの脇を責める舌を一転して、乳首に吸いつかせたのだ。

 そこのもやがぼんやりと赤みを増したからだ。

 ユグドラの両手が一郎の顔を抱くように締めつけた。

 

「女扱いなんて……。女は今日初めて覚えたばかりです……」

 

 一郎は一瞬舌をユグドラの胸から離して言った。

 そして、また、舌を乳房に戻す。

 舌先で乳首を転がしながら、指でも弾くように動かすということをすると、ユグドラの身体は、面白いように赤いもやでいっぱいになっていった。

 

 

 

 “ユグドラ

  快感値:211↓”

 

 

「じょ、冗談だろう。きょ、今日、初めて女を覚えた坊やに、このユグドラが追い詰められているというのかい……? お、お前がクロノスが持っていた伝承の技を持つ本物の淫魔師としてもね」

 

 ユグドラが息も絶え絶えに言った。

 一郎は刺激を加えている胸から放射的に伸びる赤い線を指でゆっくりと辿って、乳房の谷間から臍、そして、臍から下腹部の亀裂に指と舌を動かして言った。

 

「はうっ、はっ、はっ……」

 

 ユグドラが一郎の頭を掴む手の力が強くなった。

 一郎はユグドラの下腹部に顔を押しつけられるかたちになりながらも、舌を動かし続けた。

 そのとき、一郎はすでに真っ赤なもやで包まれているユグドラの下腹部そのものよりも、さらに下側のお尻の部分の方が、より色が濃いことに気がついた。

 そういえば、さっき背中を刺激したときにも、お尻の部分は強く反応していたことを思い出した。

 

「膝を立てて、うつ伏せになってください」

 

 一郎はそう言うとともに、ほんの少し抗いの態度を示したユグドラの身体を強引にひっくり返した。

 ユグドラの身体は驚くほどに軽かった。

 魔道で抵抗されない限り、力で強引にねじ伏せるのはそれほど難しいことはない。

 

「な、なによ?」

 

 ユグドラが見た目にもわかるほどに狼狽を示した。

 一郎は真っ赤なもやが集まっている尻たぶを両手で掴むと、尻の谷間に添って舌を動かし、尻の穴そのものに舌先をねじ入れるように押した。

 

「うああっ」

 

 ユグドラは身体を跳ねあげるように動かす。

 一郎はそれを全力で抑え込み、今度は股間に溢れていた蜜を指にまぶすと、それを潤滑油にして菊の蕾にじっくりと挿入していった。

 女体に触れたのはエルスラに次いで二人目だが、女扱いは知らなくても知識だけはある。尻責めというのを現実にやってみたかった。

 

「そ、そんなとこ……」

 

 ユグドラがはっきりとした拒否の態度を示した。

 しかし、伸びてきたユグドラの手を膝で押さえるようにして抵抗を防ぎ、一郎はさらに指を深く挿入していった。

 どのくらいの力を挿入する指に加えていいのかは、ユグドラの身体を染めている赤いもやの色に従えばいい。

 勢いが強すぎれば赤みや数字が戻っていく感じになる。

 それで調整するのだ。

 いずれにしても、ユグドラのお尻はしっかりと一郎の指を受け入れている。

 やがて、ユグドラのお尻は一郎の人差し指を根元まで飲み込んでしまった。

 

「すっかりと呑み込みましたね。じゃあ、次はこれを抜きます。ユグドラさんがここが一番弱いのはもうわかりました。だから、一生懸命にここを責めてみせます」

 

 一郎はそう言って、今度はゆっくりと指を抜き始める。

 

「ああっ、そ、そんなところを……」

 

 ユグドラが羞恥で顔を染めるような表情になった。

 

 

 

  “快感値:109……98……87……↓”

 

 

 

 ユグドラの快感値の減少速度が怖ろしいほど速くなった。

 この数値が0になると、女が絶頂するのはわかっている。

 下降しているのも、女が感じてくれている証拠だ。

 ユグドラはしっかりと快感を得てくれているみたいだ。

 ただ指を抜き挿ししているだけなのに、一瞬ごとに数字が加速度的に下がっていく。

 

 そして、指の抜き挿しを十回ほど続けると、ユグドラの身体の震えが止まらなくなっていた。

 そのあいだも一郎は肛門を責めている指に加えて、ほかの部分の赤い場所を責めている。

 

 数字が50を下回ったところで、一郎は肛門を責めている右手に対して、左手の指をユグドラのヴァギナに挿入した。

 そして、両側から左右の手の指を肉襞を挟んで押すようにしてみた。

 どんな反応をするかやってみたかったのだ。

 

「ひいいいっ」

 

 ユグドラの狂乱が大きくなる。

 さらに空いている指でクリトリスも刺激した。

 

「あ、あああっ、き、気持ちいい──。気持ちいいっ、ああああっ」

 

 ユグドラがうなじを反り返らせて、絹を裂くような悲鳴をあげる。

 数字はすでに30になった。

 

 もう少し……。

 

 ユグドラがはっきりとした欲情を昂ぶりを示しだす。

 激しくなるユグドラの興奮に対して、一郎はまだ冷静さを保っていた。

 

 ユグドラの身体の反応……。

 赤いもやの示す性感帯の道しるべ……。

 性の耐久度の数値の変化でわかるユグドラの欲情の度合い……。

 それらをすべて観察しながら、ユグドラを確実に追い詰めていく。

 

 数字が一桁になると、ユグドラは尻と股間を指で責められながら、がくがくと止まらない痙攣を始めた。

 一郎はエルスラを責めたとき、すぐに“0”にするよりも、1か2のところで長く保持するようにした方が気持ちよさそうにしていたことを覚えていた。

 だから、数字が0になりかけてユグドラの身体の震えが大きくなると、責め手を休めてじっとし、少し回復すればまた責めるということをやろうと思った。

 

「まだ早いですよ、ユグドラさん」

 

 快感値が0になりかける刹那を狙って、いったん責めを中断する。

 だが、すぐに再開して、また、0になりかけるとやめる。 

 それを数回繰り返しただけで、ユグドラは狂乱を示した。

 

「も、もう許して、もういいよ──。ああああっ」

 

 ユグドラが悲鳴のような声をあげた。

 身悶えが大きくなり、股間から滴らせる樹液の量もどんどんと増えていく。

 

「く、狂ってしまう。も、もう───。はあああ───」

 

 ユグドラが吠えるように叫んだ。

 そのとき、一郎は勃起している自分の怒張が膜のような油剤で覆われていることに気がついた。

 まるで潤滑油でも塗ったように粘り気のある汗で覆われていたのだ。

 

 少し驚いた。

 

 これは淫魔師としての一郎の本能がもたらしたものなのか……。

 尻責めでこれだけの反応を見せるユグドラは、まずは肛門に怒張を貫かせたいと考えたのだ。

 そう思っていたから、それが可能となるような処置が自然に自分の身体になされたことにびっくりした。

 

 あとは考えなかった。

 やりたいと思うことをするだけだ。

 一郎は前後の穴から指を抜き、指責めで開き気味になっているユグドラの肛門に怒張の先端を押し当てた。

 

「ま、待って。い、いきなり、そこを───」

 

 ユグドラは叫んだが、抵抗の力は弱かった。

 身体に至っては、言葉とは正反対に一郎の怒張を受け入れるように尻の角度と呼吸をしはじめる。

 一郎は静かにユグドラのお尻の穴に怒張を挿入していった。

 

 ほとんど本能のままだった。

 なにも考えていない。

 ただ、このユグドラの尻を責めたい。

 そう思っただけだ。

 

「う、うはあっ、あああああっ」

 

 半分ほど埋まったところでユグドラの性的耐久度の数字がついに“0”になった。

 ユグドラが絶頂してしまったのだ。

 細いユグドラの透明の身体が限界まで弓なりになる。

 

「まだまだですよ、ユグドラさん」

 

 身体を大きくのけ反らせて震えるユグドラの身体を一郎は強く押さえた。

 そして、さらに根元まで挿入する。

 ユグドラの声は断末魔のような悲鳴になっている。

 数字は“0”になったまましばらく保ち、さらに数字がさがりだした。

 さっきエルスラにも同じことがあったから、この意味はわかる。

 これは女体がこれまでの経験を遥かに越える快感を覚えたときに引き起こる現象だ。

 ユグドラのステータスの数字が、マイナスをどんどんと駆けさがる。 

 

「これからが本物の快感ですよ、ユグドラさん……」

 

 一郎は今度はゆっくりと抜いていく。

 そして、先端近くを抜きそうになったところで、逆に押し込んでいく。

 一方で一郎は、自分でも驚いていた。

 今日の今日まで、三十五歳にもなって童貞だった男だ。それなのに、なんの不安もなく、会ったばかりの女精に尻責めをしている。

 まるで、女体のことを知り尽くしているかのように、次々に女の扱いが頭に浮かぶ。

 また、尻の穴の中だって、どこに赤いもやがあるかを怒張の先に目があるかのように感じることができる。

 そこを亀頭で抉るだけだ。

 ユグドラはがくがくと痙攣を続けて激しく悶えている。

 すごい反応だ。

 一郎は美しい女精の痴態に息をのんでしまった。

 

 いずれにしても、これが淫魔師の実力……。 

 とにかく、ゆっくりと律動を繰り返す。

 ユグドラの声はほとんど奇声になっていた。

 数字はマイナスのまま動き続け、しばらくするとそれが“0”になり、また、さがっていく。

 そんな感じだ。

 ユグドラは、かなりの長いあいだ絶頂を継続している感じだ。

 大丈夫か……?

 そうも思ったが、どうしてもユグドラをもっともっと愉しませたいという気持ちが消えない。

 この女精にもっと尽くしてあげたい……。

 

 一郎はユグドラがさらに気持ちよくなるように、どんどんと抽送の速度や角度を変化させた。

 ユグドラの興奮状態が常軌を逸したものになっていく。

 それとともに、強い力で肉棒全体が圧迫もされる。

 

「ううっ、も、もうだめだ……」

 

 さすがに一郎は呻いた。

 一郎は、根元まで深々とユグドラの肛門に怒張を貫かせたまま、精を先端から放出した。

 

「はううう」

 

 ユグドラの身体が一番激しく揺れた。

 腰を抱えていたユグドラの身体から完全に力が抜けて、ユグドラは絶息するような息を吐いて動かなくなった。

 一郎はユグドラの尻から男根を抜いた。

 

「はあ、はあ、はあ……。す、すごい……。こ、これがあらゆる女神が平伏した伝説の技……。あ、ありがとう……。気持ちよかったよ。本当にありがとう……」

 

 ユグドラがうつ伏せに突っ伏したまま、息も絶え絶えに言った。

 一郎は声をあげて笑った。

 

「なにを言ってるんですか。いまのは前戯ですよ。これからが本物です。ほら起きて」

 

 一郎はユグドラの透明の裸体をひっくり返して、その上に覆いかぶさる態勢になる。

 瘴気の森の主の顔が引きつったのがわかった。

 

 

 *

 

 

「あっ、はっ、はっ」

 

 一郎の身体の下にあるユグドラは、大きく胸を喘がせながら一郎の腰の動きに合せるように腰をくねらせている。

 

「も、もう……い、いい……。た、頼む……。も、もう許して……。た、助けて──」

 

 ユグドラはもう白目を剥きかけていた。

 すでにユグドラが意識を失ったように脱力するのは二度に及んでいた。

 また、ユグドラが絶頂に達した回数は、もう一郎にも数えられない。

 ユグドラの快感値は一桁を上回ることはないし、いまもなお、絶頂とともに0よりもさがったりしている。

 

 一方で一郎がユグドラに精を放ったのは、最初に肛門に放った一度きりだ。

 ユグドラを長く抱くことでわかったのだが、一郎は精を放つのを自制しようと思えばいくらでも自制することができそうだった。

 実際にそうしたし、だから、いつまでもユグドラの膣に怒張を埋めたまま抽送を続けることができた。

 おそらく、これも淫魔師の力だろう。

 今日性交を覚えたばかりの一郎に、そんなことができるわけがない。

 

 だが、一度精を放つことで、かなり一郎も落ち着くことができたのも事実だ。

 そして、冷静にユグドラの身体の赤いもやを観察しながら責めたてていっている。

 ユグドラは狂乱した。

 

 一郎は自分の責めにより、ユグドラの数字ともやの色と場所が刻々と変化するのを愉しみながら、挿入の速度に緩急をつけたり、あるいは、深さを変えたりしている。

 また、忘れた頃にお尻の穴を指で刺激をしたりする。

 そのたびに、ユグドラが大きな反応を示すのが愉しかったし、自分の手管でこんなにも美貌の女精霊が快感をいっぱいにしてくれるのが嬉しかった。

 

 また、新鮮だった。

 一郎は飽きることなく、いつまでもユグドラを愉しめそうな気がした。

 

「はっ、はっ、はっ、はあっ」

 

 ユグドラの腰がまたもや大きく揺れて、数字が0を下回った。

 身体は大きくのけ反り、怒張を埋めている膣の隙間から大量の尿のようなものが噴き出た。

 一郎は身体を支える代わりに、両手を伸ばして胸から張りだしている乳房を握りしめた。

 

「はあああ」

 

 ユグドラは断続的な悲鳴をあげながら身体を弾ませた。

 すでに、どんな揉み方をすればユグドラが反応するかはわかっている。

 一郎は下側から捏ねあげるようにしながら、先端に近づくにつれて力を込めていく。

 ユグドラの乳房全体が真っ赤に熟れた果実のように染まるのがわかった。

 股間に抽送を受けながらの乳房の愛撫に、ユグドラは感じすぎるくらいに感じているのだ。

 

 しばらく、乳房を揉みながら、蜜に溢れている女陰を肉棒で責めたてるということを続けた。

 一郎にはユグドラの局部の内側のどこが感じる場所なのかということがはっきりとわかる。

 入口部に近い上の部分と最奥の部分だ。

 いずれもそこに小さな丘のような膨らみがあり、そこを亀頭の先端で押すように刺激すると、面白いようにユグドラは反応する。

 

 一郎は両者を繰り返し交互に責めた。

 

 入口部……。

 

 次は奥───。

 

 また、抜いて入口部───。

 

 今度は深く挿して最奥……。

 

 そのあいだも乳房はじっとりと揉み続けている。

 あまり何度も絶頂させてしまえば、また気を失ったようになるために、一時的に中断しなければならなくなる。

 そうならないように、責めながら緩やかにすることも覚えた。

 

「も、もう、許して……許して……」

 

 ユグドラは何度も同じことを言いながら、ついには泣きじゃくった感じになった。身体に起こっている大きな痙攣はもうかなりの長い時間止まっていない。

 そして、奇声のようなものをあげだした。

 

 これ以上は無理か……?

 そんな気もした。

 いずれにしても、一郎もそろそろ二度目の限界が迫っていた。

 ユグドラの膣は一郎の怒張全体に絡みつくように密着するし、柔らかくて温かい粘膜の感覚も心地いい。

 一郎は自制するのをやめた。

 

「ユ、ユグドラさん……、いきます……出しますね……」

 

 噴きあがる欲情と興奮のうねりのまま、一郎は乳房を離してユグドラの裸身を強く抱きしめた。

 自然と怒張がもっとも深く挿入された感じになる。

 

「お、おお……きて、来て───。おっ、おっ、おおおおっ……」

 

 ユグドラが大きな声を張りあげて、身体の震えを大きくした。

 一郎を包み込んでいるユグドラの腰が大きく動く。

 ユグドラの「快感値」がまたもや0になり、その状態で保持される。

 

「あううっ、あああ、あいいいっ」

 

 甘美の感覚に全身を痺れさせたようなユグドラがしゃくりあげるような泣き声をあげた。

 そのユグドラに今度はしっかりと精を放っていく。

 

「ひ、ひいっ、引き込まれる……。ああ、あはあああっ。引き込まれる──。ああああっ」

 

 一郎の精を受けながらユグドラが絶叫した。



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7   ふたつの神の技

「はあ、はあ、はあ……」

 

 一郎が身体を離しても、ユグドラは、仰向けのまましばらくはぴくりとも身体を動かさなかった。

 まるで死んでしまったかのように静かにしている。

 だが、かすかに胸が上下をしているので、ただ意識が失った状態になっているだけなのは明らかだ。

 

 一郎は半開きで横たわっているユグドラの股間に顔を移動させると、ユグドラの尿だか蜜だがわからないくらいに濡れた股間を舌で掃除していった。

 やはり気を失っているのか、一郎の舌に対してもユグドラの身体の反応はない。

 だが、やっと十を超えるくらいに例の数字が回復すると、ユグドラが身じろぎした。

 

「ひんっ──。あ、ありがとう……。で、でも、も、もういいわ……。も、もう、勘弁よ……。さすがは淫魔師の力ね……。まさに神の力……。こ、このユグドラがこれほどになるとはね……」

 

 ユグドラの声がして、彼女の両手が一郎の顔を押した。

 一郎はユグドラの肢体を見おろす態勢で横に胡坐に座った。

 

「ふふふ……すごいわね……。完全に征服された気持ちよ……。指一本動かないわ……」

 

 ユグドラが自嘲気味に笑った。

 その口調も心なしか優しげなものになっている。

 

「あれ?」

 

 そのとき、一郎はユグドラに感じる「ステータス」の見え方に、少し前と違いがあることに気がついた。

 

 

 

 “ユグドラ

  精霊、女

  年齢 ****

  精霊(レベル100)

  経験人数:男:**、女**

  淫乱レベル:A

  生命力:3000

  攻撃力:10

  魔道力:3000

  快感値:100(↑回復中)

  特殊能力

   精霊の癒し”

 

 

 

 性交の前にはなかった「生命力」「直接攻撃力」「魔道力」「特殊能力」の項目が増えている。

 だが、エルスラのように、精を放ったことで「奴隷状態」になったということはないようだ。淫乱レベルは、「C」から「A」に変わっているが……。もしかして、一郎が限界を越えるような性交をさせたので、身体の体質が変わった?

 とにかく、実際のところ、一郎もユグドラと一郎の関係が奴隷状態に変化したという感覚はない。

 今度は、自分自身に集中してみた。

 

 

 

 “イチ(田中一郎)

  人間族(外界人)、男  

  年齢35歳

  ジョブ

   淫魔師(レベル60)

   戦士(レベル1)

  生命力:20

  攻撃力:20

  魔道力:0

  経験人数:女2

  支配女

   エルスラ(エリカ)

  特殊能力

   淫魔力

   魔眼

  状態

   アスカの奴隷(首輪)”

 

 

 

 やはり、支配女にユグドラは増えていない。

 その代わりに、淫魔師としてのレベルがあがっている。

 また、戦士のジョブが増えている。これは、さっきのグールとの戦いによる経験値によるものなのだろうか……。

 そして、やはりステータスの項目が増えている。

 それにしても、ユグドラに比べれば、一郎の生命力の低さはなんとしたことだろう。

 

 そして、やはり、魔道力は0だ。

 やはり、一郎にはエルスラのように魔道を振るう能力は皆無のようだ。

 それでも淫魔力、魔眼という特殊能力が使えるのは、それらが魔力などとは別のものが力の根源になっているということなのかもしれない。

 さらに、注目したのは、エルスラのことだ。名前に続いて、“エリカ”という名前もある。

 イチとある自分の本名が、イチの次に「田中一郎」と付記してあることを考えたら、「エリカ」というのが本名ということか?

 まあ、本人に訊ねればわかるか……。

 

「どうしたの?」

 

 ユグドラがゆっくりと身体を起こした。

 

「いえ……。あなたと身体を交えることで魔眼の力があがったのですよ。これまで感じなかったことがわかるようになりました」

 

 一郎は言った。

 

「そう……。それはよかったじゃない……。魔眼という能力に、あなたの身体が慣れてきたからだと思うわね。そのうちに、もっといろいろなことがわかるようになると思うわ」

 

「それと、俺の淫魔師としてのレベルがあがったようです」

 

「“レベル”というのは、魔眼保持者だけに感じることができるという相手の能力値のことね? 二百年前に会った魔眼保持者は、“レベル”という言葉こそ使わなかったけど、似たようなことを言っていたわね……。いずれにしても、あなたが淫魔師として駆け出しで助かったわ。本当に、淫魔師の力というのは、伝承のとおりなのね……。一度目もそうだったけど、特に、最後に精を放たれたときには、わたしは、あなたに意識が吸い込まれるような感覚を味わったわ。あのまま、あなたに完全に支配されるのかと思ったわね……。まあ、それも悪くないかと思ってしまった。それくらいに、気持ちのいい思いをさせてもらったわ」

 

 ユグドラが優しげに微笑んだ。

 やはり、最初に会ったときと、言葉付きが変わっている。

 なんとなく、こちらの優しげな口調のユグドラが本来の性質という感じがする。

 

「淫魔師の伝承とは、どのようなものなんですか……?」

 

 一郎は訊ねた。

 身体に精を放ったことでエルスラは簡単に一郎の支配に陥った。

 だが、ユグドラは支配には入らなかった。

 その違いはなんだったのだろう。

 

「淫魔師の力というのは、まさに神の力……。あのクロノスが持っていた力のひとつで、クロノスはその力で女神たちを支配したのよ。もっとも、あなたたちは、淫魔師というのは闇魔道に通じる禁忌の技のように考えて、クロノスの支配力とは別のもののように伝えているようだけど、本当はクロノスの力なのよ。わたしに言わせれば、クロノスの力が闇の力のように伝えられてしまったのが可笑しいわ。まあ、確かに女にとっては危険すぎる能力だと思うけど」

 

 ユグドラがけらけらと笑った。

 しかし、言っていることの半分もわからない。

 そもそも、クロノスとはなんなのだ。

 一郎は訊ねた。

 ユグドラは目を丸くした。

 

「まさか、クロノスを知らないの? あなたたち人族の共通の神じゃないの? あなたが外界人だとしても、クロノスの名前くらいいくらでも耳にしたことがあるはずだけど」

 

「俺がこの世界の召喚されたのは、三日前でして……。しかも、アスカの城から逃亡してきたばかりです」

 

「なるほど……。まあ、いずれにしても、クロノスというのは、あなた方、人族が信仰している神の名よ。わたしにとっては、現実の人物だけど……。まあ、大昔の話ね……」

 

 つまりは、神話の中の人物であり、信仰の対象ということか……。

 だが、その神話の神を知っているような口ぶりだったが、このユグドラはどのくらい生きているのだか……。

 

「淫魔術がクロノスの技だと言いましたか?」

 

「そうね。クロノスの技よ。わたしはそれを知っているわ。もうわたしだけしか知らないと思うけど……。クロノスはその力で女神を従えて、いまでも神々の世界を支配しているのよ。だけど、さすがにわたしも本物のクロノスを知っているわけじゃないのよ……。いずれにせよ、とにかく、あなたは、神の力を引き継いだというわけね。わたしの知る限り、クロノスの秘密の能力を引き継いで誕生した人族はこれまでにいないはずよ。あなたが初めてね。自称淫魔師は大勢いたみたいだけど……。そして、魔眼はクロノスも持っていなかった能力で、クロノスの第一妻のメティスの能力よ。人族に生まれた魔眼保持者は、これもわたしの知る限り三人だけ。いずれも、歴史に名が残る人物になったわ。神の力をふたつも引き継いだのは、多分、あなたが最初なんじゃない」

 

 ユグドラが声をあげて笑った。

 

「神の技か……」

 

 そう言われても実感はない。

 すごい力だとは思うが……。

 

「だけど、さっきも言ったけど、自称淫魔師は大勢いたわよ。だから、あなたもそんなまがい者だと思ったわ。それに、クロノスも女には激しかったから、淫魔師というのは、女には見境いのない色情狂のようなものを想像していたわ。だけど、こうやって語っていると、あなたは随分と思慮深く物を考える性質であるように思うわね。わたしを抱くときにも、わたしの反応のひとつひとつをじっくりと確かめながら抱いていたようだったわ……。わたしは、これでも数万年の寿命がある。でも、こんな抱き方をされたのは久しぶりよ。まるで、少女時代に戻ったようだった……。ああ、伝承だったわね。淫魔師の伝承といえば、呪術で異性を支配するという話のことね? でも、最初にも言ったけど、これほどの長い年月を生きていたわたしでさえ、本物の淫魔師と会うのは初めてだったのよ。だから、わたしの話はあてにはならないわよ」

 

「それでもいいです。教えてくれませんか? その伝承について」

 

 一郎は言った。

 

「まあ、お安いご用だけどね……。わたしが知っているのは、クロノスの技である淫魔師の力は、自分よりも能力の低い女しか呪術で支配できないということよ。まあ、これは淫魔術に限らず、魔道全体でそうなんだけど、支配系や操り系の魔道は、能力が高い者を低い者が支配できないとされているわね。もっとも、その能力の前後というのは誰にもよくわからない。漠然と知られているだけだから……。でも、魔眼保持者にはその能力の段階がわかるんでしょう?」

 

「能力の段階……? それはレベルのことですか?」

 

「“れべる”という単語は知らないわね。なにしろ、わたしだって、魔眼は持っていないのだからね……。だけど、二百年前に出会った魔眼保持者は、どんな能力であろうと、能力値の低い者が高い者を支配することはできないと、はっきりと言っていたわ。わたしこそ訊ねたいわよ。そういうものなの? ついでに言えば、その男があなたのひとり前に、この世界に出現した魔眼保持者ね。いまのエルニア魔道王国の初代王であり、エルニア人だけの信仰の対象よ」

 

 ユグドラは笑いながら言った。

 エルニア魔道王国というのはまったくわからない。

 まあ、これも、後でエルスラにでもゆっくりと教えてもらうか……。

 

 それより、支配に影響を及ぼすという能力レベルのことだ……。

 ユグドラが言及した“能力段階”というのが、レベルであることは間違いない。

 また、そのジョブレベルの上下により、支配できるかどうかが決まってくるというのは理解できる話だ。

 

 エルスラと一郎であれば、アスカの杖を持っているときのエルスラのジョブレベルの最高値は“25”だった。それに対して、淫魔師としての一郎のジョブレベルは“55”だったと思う。

 それに比べて、ユグドラの精霊としてのレベルは“100”だ。

 だから、一郎の淫魔師の精の呪術でも、支配に置くことはできなかった。

 そういうことなのかもしれない。

 

 そう考えると、一郎とエルスラを追ってくるかもしれないアスカの魔道遣いとしてのジョブレベルは“99”だった。

 一郎がそれを上回るジョブレベルに達しない限り、アスカを支配することは難しいということになるのだろう。

 

「どうしたら、淫魔師としての能力はあがるのでしょう?」

 

 一郎は言った。

 ユグドラはそれを笑いで返した。

 

「淫魔師のあなたが、本物の淫魔師には会ったことがないと言っているわたしに訊ねるの? そんなのは知らないわね。たくさんの経験を積めばいいんじゃないの?」

 

 一郎はつまらない質問をしたことを少し後悔した。

 考えてみれば当然のことではないか……。

 一郎はユグドラと性交することで、淫魔師としてのジョブレベルが五段階も向上した。

 同じことをしていくしかない。

 そして、アスカの魔道遣いとしてのレベルに匹敵する能力になれば、あの魔女を怖がる危険もないということだ。

 

 そして、はっとした。

 

 エルスラ……。

 

 そういえば、どうなったのか……?

 一郎は慌てて、水の触手に拘束されて包まれていたエルスラに目をやった。

 エルスラは眠っているようだった。

 いまは触手は動いてはいない。完全に丸まっているエルスラの裸身をすっぽりと包むようにして静止している。

 

「どうやら、あのお嬢ちゃんの怪我の治療も終わったようね。もう大丈夫よ」

 

 ユグドラは言った。

 

「治療?」

 

「グールに襲われて随分と怪我をしていたからね。わたしの泉の水で包んでやったのよ。わたしの水には癒しの効果があるのよ」

 

 ユグドラは笑った。

 

 あれは治療のため……?

 一郎は少し驚いた。

 

 そうであれば、ユグドラは最初から一郎とエルスラを酷い目に遭わせるつもりはなかったのだろう。

 そういえば、一郎はユグドラに当初から、あまり邪悪なものも危険なものも感じなかった。

 

「じゃ、じゃあ、最初から助けてくれるつもりで?」

 

「あなたたちが、あの性悪女から逃亡してきたというのは予想がついたからね……。とりあえず、死霊どもからお前たちを匿ってやろうと思ったのよ。だけど、そのおかげで、こんなに素晴らしい思いができた……。さて、約束を守ろうかね。その首輪を外してあげるわ。それと、このユグドラの祝福をあげるわ。ユグドラの癒しがあなたを守り続ける……。ところで、わたしをあんなに気持ちよくしてくれたあなたの名はなんなの?」

 

「田中……一郎……」

 

「タナカ……、イチロウね……。忘れないわ……。おそらく、あなたは、こんな瘴気の森のことなんか忘れて、二度と近づかないと思うけど、それでも、いつか会いに来て欲しいわね。あなたは最高だったわ」

 

 ユグドラの両腕が一郎を抱きしめるように動いた。

 最初に首輪が外されるのがわかった。

 そして、ユグドラの唇が一郎の唇に重なる。

 随分と長いあいだ、ユグドラの唇は一郎の口に重なったままだった。

 それとともに、不思議な力で全身が包まれるのを一郎は感じた。

 

「おやっ?」

 

 しかし、不意にユグドラが唇を離した。

 柔和だった顔が険しいものに変化している。

 そのとき、突然に一郎たちがいる場所が強い力で弾かれるように消滅した。

 

 

 *

 

 

「な、なんだ?」

 

 はっとした。

 気がつくと、一郎を抱きしめていたユグドラの姿はいなくなっている。

 ここは、ユグドラのいる場所に引きこまれる前にいた大きな樹木と泉のそばだ。

 一郎は大きな樹木に向かい合うように座っていたようだ。

 服も裸ではなく、あの灰色のローブをちゃんと裸身の上に身に着けている。

 

 夢……?

 

 一瞬戸惑ったが、首に手を伸ばして、アスカに装着させられた首輪が消滅していることがわかった。

 ならば、いままでのは夢ではない……。

 そう思った。

 すでに夜は明けようとしていた。

 周囲は朝もやに包まれている。

 

「イ、イチ様……」

 

 エルスラの声がした。

 急いで振り向いた。

 泉のそばだ。

 

 彼女は泉の畔でうずくまっていたようだ。

 エルスラもまた、あの不思議な部屋に引き込まれる直前の服装のままだ。

 腰には短剣さえも装着している。

 エルスラは起きあがると、首を傾げながらすぐに一郎の方に歩いてきた。

 

「お前、怪我は?」

 

 一郎の言葉に、エルスラは自分の身体を見て、怪訝な表情をした。

 着ていた服のあちこちが破れて、ところどころから肌が見ているのはそのままだが、一郎から見ても負傷の痕はどこにもない。

 

「怪我はない……ようよ……。イチ様こそ?」

 

「俺は問題ない」

 

 一郎はきっぱりと言った。

 

「わ、わたし、どうしてたんでしょうか……?」

 

 エルスラが一郎を見る。

 一郎はいままでのことを説明した。

 ユグドラと名乗る瘴気の森の女精のことも言った。

 そのユグドラと愛し合ったことについて、どう説明すべきか少し迷ったが、そのまま伝えた。

 エルスラは、なんの感慨もないようだ。ユグドラの存在は知っていたような気配だ。

 しかし、淫魔師がクロノスの秘密の技だというユグドラの言葉には、はっきりと嫌悪するような表情になった。

 

「そんな話は信じられません。神々の父であるクロノスの秘密の技が淫魔術であるだなんて……。あっ、もちろん、イチ様のことを悪くいうつもりはないんですが……」

 

 エルスラが困惑している気配だ。

 一方で、一郎はステータスにあった名前について思い出した。

 

「そういえば、もしかして、エルスラは本当は、“エリカ”という名前か?」

 

 訊ねた。

 すると、エルスラの眼が大きく見開かれた。

 

「ど、どうして、それを? アスカ様にも本当の名前は教えてなかったのに──」

 

 エルスラがびっくりしている。

 そして、エルスラが説明した。

 “エルスラ”というのは本名ではなく、アスカに仕えるにあたって使った偽名なのだそうだ。

 エルスラは、ナタルの森と呼ばれるエルフ族の故郷の森の出身なのだが、自分が生まれた里を出るときに、思うところがあって、名乗りを変えたのだそうだ。

 それ以来、幾つかの偽名を使ったが、アスカには“エルスラ”と名乗ったらしい。

 

「エリカか……。そっちの方がいいんじゃないか。可愛い名だ」

 

 一郎は何気なく言った。

 すると、エルスラが真っ赤になった。

 

「そ、そんな……。か、可愛いだなんて……。そ、そうですか……。エリカの方がいいんでしょうか……。そ、そうですねえ……。どうせ、アスカ様から逃げるためには、名前を変えた方がいいでしょうし……」

 

 そして、ぶつぶつと言い出した。 

 一郎はその仕草に、なんとなく微笑んだ。

 しかし、そのエルスラの顔が急に真顔になった。

 

 エルスラが腰の短剣をさっと抜く。

 一郎もまた、なにか危険なものが迫っているということを悟った。

 眼の前の空間が揺れた。

 

 そして、気がつくと、そこにアスカが出現していた。

 一郎は恐怖に竦みあがってしまった。

 

「やっと見つけたよ、イチ……。随分と骨を折らせたじゃないかい……。この酬いはちゃんとするよ」

 

 アスカが言った。

 その口元は微笑んでいたが、眼はしっかりと怒りが表れている。

 

「イ、イチ様、逃げて──」

 

 エルスラが短剣の先をアスカに向けて、一郎とアスカのあいだに駆け込んできた。

 短剣はしっかりとアスカに向いている。

 すると、アスカの顔から笑みも消えて、完全な怒りの表情になった。

 

「エルスラ──。あんなにも可愛がってやったのに、お前もまた、わたしを裏切るのかい──」

 

 アスカの怒声が森に響き渡った。



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8   怒りの魔女

「イチ様、逃げて」

 

 エルスラが一郎の前に割り込んだ。

 その右手にはしっかりと短剣が握られている。

 

「エルスラ──。あんなにも可愛がってやったのに、お前もまた、わたしを裏切るのかい──。お前もまた──」

 

 アスカの怒声が森に響き渡った。

 顔から笑みも消えて、完全な怒りの表情になっている。

 

 お前も?

 

 一郎はなんとなく、その言葉が引っ掛かった。

 だが、すぐに我に返る。

 とにかく、そんなことよりも、いまの状況だ──。 

 

「あうっ」

 

 エルスラが悲鳴をあげた。

 なにが起きたのかわからなかったが、エルスラが手にしていた短剣を地面に落とし、苦しそうに身体を前に屈めた。

 だが、すぐにその身体が真っ直ぐに引き起こされ、さらに、 右脚が宙に浮いた。

 

 魔道だ。

 すぐにわかった。

 アスカがエルスラに魔道をかけて、身体を操っているのだ。

 しかし、一郎にはどうしようもない。

 ただ茫然とするしかない。

 

 そのあいだも、エルスラの右脚は完全に頭よりも上にあがった。当然に体勢を崩したエルスラは、その場に横倒しにひっくり返りそうになったが、身体そのものが宙に浮いて、エルスラが地面に倒れるのを防ぐ。

 このあいだも、さらに右脚が宙に浮き、やがてエルスラは完全に空中で逆立ちした体勢になり、エルスラの頭が地面から少し浮いたかたちになった。

 

 逆さ吊りになったところで、やっとエルスラの右脚が止まる。

 エルスラの長い金色の髪は地面に垂れているが、頭は三十センチくらいは浮いている。

 

「あっ、ああ……お、お許しを……。と、とにかく、こ、この人はもう解放してあげてください……。お願いです……。じ、自由にしてあげて……ください……」

 

 右脚を吊られて逆さ吊りになったエルスラが、自由な左脚を懸命に右脚の腿に擦るように持ちあげつつ、さらに落ちてくるスカートを両手で押さえながら言った。

 その口調はさすがに苦しそうだ。

 

「雇われ傭兵の女兵の中から拾いあげて、目をかけてやったのに、飼い犬に噛まれたとはこのことだよ……。わたしがお前に裏切られて、どんなにはらわたが煮え返っているかわかるかい、エルスラ……」

 

 アスカがエルスラに杖を向けた。

 スカートを押さえていたエルスラの両手が強い力で捻じ曲げられるようにエルスラ自身の背中側で腕を横に重ねるように動いた。また、左右の脚が大きく横に開いた。

 エルスラの両脚はほとんど地面に水平になるくらいまで開いて真っ直ぐに伸びている。

 

「い、痛い……う、ううっ……」

 

 エルスラが呻いた。

 アスカはエルスラに歩み寄ると、スカートが垂れ落ちて剥き出しになっているエルスラの恥毛の下の亀裂にいきなり指を突っ込んだ。

 

「ひぎいい」

 

 エルスラが逆さ吊りの身体を跳ねさせた。

 ほとんど乾いているはずの膣になんの前戯もなく指を挿入されたのだ。

 一郎は女ではないが、それが激痛だということはわかる。

 しかし、アスカはエルスラの悲鳴を愉しむかのように、無造作に指を膣の中でかき回している。

 

 エルスラは悲鳴をあげ続けた。

 アスカは鼻を鳴らすと、やっと指を抜いて、それを自分の鼻先に持ってきた。

 

「やっぱり、わずかだけど男の精の匂いがするね。さしずめ、この男の調教を命じたときに乳繰り合ったね? それで情が移って、ふたりでわたしから逃げようとしたということかい。いずれにしても容赦しないよ、エルスラ。それ相応の酬いは受けてもらうからね。お前は、今日から三百人はいる男兵の性便所だ。朝から晩まで犯されるだけの毎日を送るんだ。そのうち、孕むだろうから、そのときは豚小屋に繋げてやるよ。いいね」

 

 アスカはエルスラの股間に手を伸ばした。

 なにをするのかと思ったら、水平になっている脚の中心にある金色の陰毛を掴んだのだ。

 そして、無造作に毛を引き千切った。

 

「ぎゃあああ」

 

 エルスラがけたたましい声をあげた。

 アスカの指には引き千切ったエルスラの陰毛の束があった。アスカはそれを地面に落とした。

 

「性便所の身分に落とした証として、ここの毛を全部なくしてやるよ。ただし、急場なんで、なんの道具もないからね。仕方ないから手でむしることにするよ。我慢しな」

 

 アスカが愉しそうに笑って、再びエルスラの股間に手を伸ばした。

 

「や、やめろ」

 

 一郎は絶叫した。

 アスカはエルスラの股間に伸ばしかけていた手を止めて、虫でも見るような視線で一郎に顔を向けた。

 

「なんだい? お前の始末は後だよ。そこでじっとしてな……。おや? 首輪をどうしたんだい? まあいい……」

 

 アスカが今度は一郎に杖を向けた。

 

「うっ」

 

 突然に強い力が全身にかかった。

 太い透明の縄で全身を雁字搦めにされたような感じだ。

 気がつくと、一郎は直立不動の状態で動けなくなってしまっていた。

 

「いい加減にしなさい、アスカ」

 

 そのとき、突然に声が鳴り響いた。

 ユグドラの声だ。

 しかし、どこにもユグドラの姿もないし、気配もない。

 声は周囲の風そのものから響いている感じだ。

 

「なんだい。ルルドの女精かい……。お前の出る幕じゃないよ。引っ込んでな。これはわたしから逃亡した部下と奴隷だ。その罰を与えているところだ。お前には関係ないからどっかに行ってな。終われば帰るよ」

 

 アスカが面倒くさそうに言った。

 

「そうはいかないね。そのふたりはわたしの客人よ。手出しをするんじゃないよ」

 

 ユグドラの声がした。

 

「はっ。だったら、どうするんだい。このアスカにお前がなにかできるとでも思っているのかい。つべこべ言うと、この森を火の海にして焼き払うよ。前々から、わたしの城のすぐそばにあるこの妖魎の森は不快だったんだよ」

 

「ふっ、そっちこそ、そんなことをやれるものならやってみな。この森はもとはと言えば、ルルドの森と呼ばれて、癒しの水のある神聖な場所だったのよ。その森をこんな風にしたのはお前じゃないの、アスカ。わたしは何度も使いをやって忠告したはずよ。異世界から人間を召喚するたびに、この世界の理力の平衡が崩れて魔界の瘴気が漏れ出るのよ。それをわかっているの? その結果がこれよ。この森の浄化がなくなれば、あんたの城だってただじゃおかない。あっという間に死霊どもが雪崩込むことになるんだよ。わたしはそれを防いでるんだよ」

 

「だったらどうしたんだい? 好きで防いでいるんだろう? それに、その溢れた瘴気はお前が浄化すればいいだろうが。まあ、せいぜい頑張りな。確かに、この泉の周辺だけは瘴気もなくて澄んでいるよ。それ以外は目も当てられない状況だけどね……。ルルドの女精がいまや、死霊の森の主だからねえ……。落ちぶれたものさ」

 

「お、お前、わかっていてやっているのね。そもそも、この十年、お前は狂ったように召喚を繰り返しているけど、そんなに短い時間で繰り返せば、瘴気の洩れでは済まないわよ。恐ろしいことになるわよ。もうやめなさい。このままじゃあ、あんた自身だって……」

 

「知ったことじゃないと言っているだろう。止められるものなら止めてみればいいだろう。お前にできるのは、せいぜい浄化と癒しの術くらいしかないんだから、わたしが垂れ流す瘴気の毒をちまちまと掃除しな。百年もあれば、元の綺麗な森になるんじゃないかねえ」

 

 アスカは声をあげて笑った。

 一郎はふたりの会話に少し驚いていた。

 それによれば、本来、ユグドラはこの森にはびこっている死霊の主などではなく、それを浄化しようとしている森の精ということのようだ。それだけではなく、もともとはこの森は死霊など存在しない綺麗な森だったらしい。

 それがこうなったのは、アスカの召喚術の影響で「瘴気」というものが溢れているからであり、ユグドラはそれを懸命に浄化しようとしている存在ということのようだ。

 

 とにかく、この状況をなんとかしないと……。

 一郎は魔眼でアスカに集中した。

 

 

 

 “アスカ [影]

  魔道遣い(レベル70)

  生命力:0

  魔道力:5000(杖)”

 

 

 

 影?

 影とはなんだ?

 生命力も“0だ”。

 眼の前にいるのは、あのアスカではないのか?

 少なくとも、本物のアスカの魔道遣いとしてのジョブレベルは“99”に達していた。

 眼の前のアスカは、そこまでのレベルではないようだ。

 

 もっとも、一郎やエルスラからすれば、かないようもない能力であることには変わりないが……。

 

「まあいい……。終わりだよ、ルルドの女精。いまは、こいつらの始末だ。そこで黙って見てな。どうせ、癒しの術と幻影を見せるくらいの能力しかないんだろう。ほかにはなにもできないんだから……」

 

 アスカが一郎に向き直った。

 そして、歩み寄って身体に身に着けていたローブを剥ぎ取る。

 一郎はまたもや、アスカの前で素裸にされてしまった。

 

「この珍棒でエルスラを誑かしたのかい? それほどにご立派な道具には見えないけどね」

 

 アスカがまだ勃起していない一郎の性器をぐっと握った。

 しかし、身体は金縛りになっていて、身動きひとつできない。

 こうなったら、エルスラにやったことと同じことができないか……。

 一郎は股間を勃起させて、アスカの顔めがけて射精することを考えた。

 

「ぐうっ」

 

 しかし、なにかの圧迫感を男根の根元に感じた。

 アスカが手を離して、一郎から離れて再びエルスラに向かっていった。

 ふと視線を落とすと、一郎の性器の根元には細い革紐が喰い込んでいる。それが強い力で小さくなっている気がする。

 あっという間に、一郎の性器は青紫色になった。

 一郎はあまりの苦痛に呻いた。

 

 そのとき、身体が浮きあがるような感じになった。

 一郎の身体は、直立不動の態勢のまま地面を滑り動き、逆さ吊りになっているエルスラのすぐ正面に移動させられた。

 

「エルスラ、お前が連れて逃げた奴隷の罰を思いついたよ……。去勢だ。この男をこれから去勢するからね……。そこで、この男から性器が千切り落とされるのをじっと見てな」

 

 アスカが大股開きのエルスラの背後に回りながら大笑いした。

 

「そ、そんな。ぜ、全部、わたしのせいなのです……。わたしがイチ様をそそのかしました。この人に罪はありません。罰するのはわたしだけにしてください、アスカ様───」

 

 エルスラが悲痛な声で絶叫した。

 一郎をそそのかしたのがエルスラであるわけがない。支配された状態にあるとはいえ、そこまで一郎を庇ってくれようとするエルスラに感動のようなものを一郎は覚えた。

 いや、この生真面目さと真っ直ぐさは、このエルスラの天性のものなのだろう。

 

「お前が罰せられるのは当たり前じゃないかい。これはこいつの罰さ……。そこで、目の前にこいつの珍棒が落ちてくるのを待ってな」

 

「お、お願いです……。こ、この人は無関係です……。わ、わたしがそそのかしました。この人はなにも悪くありません。どうか───」

 

 エルスラはさらに声をあげた。

 すると、逆さ吊りのエルスラの身体の向こう側にいるアスカは、眉間をひそめて嘆息した。

 

「こりゃあ、どうなっているんだい? 本当にこいつに惚れちまったのかい? あの男嫌いのエルスラがねえ……。だったら、こうしてみるかい? これからお前の股を責めるけど、お前が気をやってしまうまでは革紐を縮めるのを止めてやるよ。つまりは、感じやすいお前が我慢しているあいだは、こいつの珍棒は落ちなくてすむということだ。ただし、お前が気をやってしまうと、その瞬間にこの奴隷の珍棒は革紐で千切り落とす……。この奴隷を守りたければ、一生懸命に耐えてみせるんだね」

 

 アスカは自分の思いつきを面白がるように笑うと、後ろからエルスラの股間と尻の穴付近を指で弄り始めた。

 

「あ、ああっ、そんな」

 

 一郎の足元にあるエルスラの美貌がはっとしたように歪んだ。

 アスカは意地の悪い笑みを浮かべながら、片方の指でエルスラの肛門を弄り、反対の手では開き切った股間の肉芽の周辺を揉みほぐすように動き出した。

 エルスラが背筋を緊張させて、舌足らずの悲鳴をあげた。

 

「いや、いやっ」

 

 エルスラは宙に浮かべられた身体を激しく身悶えさせだした。

 一方で、一郎の性器の根元に加わっていた圧迫感は一時的に消滅した。

 その代わり、エルスラが気をやるのと同時に、喰い込んでいる革紐は一気に縮まるに違いない。

 エルスラが非常に感じやすい体質であることはもうわかっている。

 そのエルスラが気をやるのに、いくらも時間はかからない気もする。

 

 

 

 “エルスラ(エリカ)

  エルフ族、女

  年齢18歳

  ジョブ

   戦士(レベル20)

   魔道遣い(レベル10)

  生命力:100

  攻撃力:1↓

   拘束状態

  魔道力:100(凍結)

  経験人数:男1、女3

  淫乱レベル:A

  快感値:30↓

  状態

   一郎の性奴隷

  能力上昇

   淫魔師の恩恵”

 

 

 

 エルスラのステータスを素早く見た。

 すでに、絶頂への度合いを示す快感値は三十を下回りどんどんと低下中だ。

 それにしても、昨日の晩には、魔道遣いのレベルは“2”でしかなかったはずだが、いつの間にか“10”になっている。戦士レベルも急上昇しているような……。

 それに、「淫魔師の恩恵」とはなんだろうか……?

 

 しかし、とにかく、エルスラのことだ。

 なんとかしなければ……。

 

「ああっ、だ、だめ、こ、こんなの我慢できない……。はああっ……」

 

 エルスラの鼻息は荒くなり、つらそうに顔を左右に振り始めた。

 

 その口からつっと赤い血が流れた。

 一郎は驚いた。

 

「おやおや、少しでも我慢しようと思って、唇を噛んだかい? まあ、それでどれだけ、快感を耐えられるかやってごらん……。お前の身体は知り尽くしているのさ……。ほら、ここが弱いんだろう? ここもいいだろう?」

 

 アスカが嘲笑しながら、さらにすでにたっぷりと果汁を溢れさせているエルスラの股間を緩やかにくすぐりだす。

 エルスラの喰い縛るような嬌声はだんだんと大きくなっていく。

 

「わかった。エルスラ、お前の奴隷状態を解く。もう、自由だ。俺を守るな」

 

 一郎は叫んだ。

 そして、エルスラの奴隷状態を解除しようと頭に念じた。

 それでエルスラは一郎の支配状態から脱するはずだ。

 

 

 

 “エルスラ(エリカ)

  エルフ族、女

  年齢18歳

  ジョブ

   戦士(レベル20)

   魔道遣い(レベル10)

  生命力:100

  攻撃力:1↓

   拘束状態

  魔道力:100(凍結)

  経験人数:男1、女3

  淫乱レベル:A

  快感値:10↓

  状態

   一郎の性奴隷

  能力上昇

   淫魔師の恩恵”

 

 

 

 しかし、なんの変化もない。

 一郎は呆然とした。

 一度、奴隷状態にしたら奴隷状態を解除できないのか……?

 そのとき、ユグドラのささやき声が聞こえた。

 

「……イチロウ……。一度結んだ奴隷状態は、支配側だけではなく、奴隷側の心の合意がなければ解除できないわ。少なくとも、エルスラさんには、イチロウを主人として認める心が芽生えてしまったようね……。こうなったら、どんな主従関係も簡単には破棄できないわ」

 

 ユグドラの声がそう言った。

 エルスラが一郎を認めている。

 それは意外な言葉だった。

 

「待ちな。いまのはどういう意味だい、イチ」

 

 アスカが険しい顔で一郎を見た。

 エルスラを責める手は中止している。

 

「エルスラは俺に操られて、俺を逃がしたんだ。彼女を許してやってくれ。俺は淫魔師だ。淫魔の力でエルスラを支配して、あんたから俺を逃亡させたんだ。エルスラを苦しめるのはもうやめてくれ」

 

 一郎は今度はアスカに向かって言った。

 

「イ、イチ様?」

 

 足元にあるエルスラの眼が大きく見開いている。

 

「淫魔師? あの伝承の? まさか……」

 

 アスカは呆気にとられていた。

 しかし、すぐに納得がいったという表情になる。

 

「なるほどね……。覚醒した能力が淫魔師かい……。神の技というやつだね……。こりゃあ、驚いた。精の力で女を支配するというクロノス伝承の能力が覚醒したということかい……。それで、エルスラを……。だったら、わたしも気をつけないとね……。うっかりしていると、わたしも取り込まれかねないところだ……」

 

 アスカが大きな声で笑った。

 

「だ、だから、エルスラを……」

 

「わかっているよ……。だったら、話は簡単だ。支配をしている淫魔師がいなくなってしまえば、エルスラの操りも解けるということじゃないかい……。まあ、正気に戻ったとしても、性便所の刑を許すわけじゃないけどね」

 

「だ、だめえ。おやめください、アスカ様───」

 

 アスカの言葉に突然にエルスラが恐怖に染まった悲鳴をあげた。

 一郎はどうしていきなりエルスラが叫んだのかわからなかった。

 だが、地面に落ちていたエルスラの短剣がふと宙に浮いているのが見えた。

 刃先が真っ直ぐに一郎の胸を向いている。

 

「やめるのよ、アスカ」

 

 ユグドラの声も鳴り響いた。

 そのときには、短剣の刃先は深々と一郎の胸を貫いていた。

 

「がっ」

 

 突然に視界が消滅した。

 

 同時に全身の金縛りが解けるのもわかった。

 支えを失った一郎の身体が音を立てて地面に倒れる。

 

「イチ様───」

 

 エルスラの絶叫も聞こえた。

 だが、相変わらず視界は戻らない。

 

 真っ暗闇だ。

 

 胸に刺さっていたものが強い力で引っ張られた。

 なにかが胸から噴き出したと思った。

 

 もう一度、エルスラが絶叫した。

 

 急速に身体が冷えていく。

 音が消えた。

 

 そして、なにもかもわからなくなった。



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9   魔女からの脱走

「……ロウ……」

 

 声がする。

 

「……イチロウ……」

 

 また、声がした。

 それがユグドラの声だと理解するのにしばらくかかった。

 

「声を出さないで……。まだ、アスカはそばにいるわ……」

 

 ユグドラの名を呼ぼうとして、強い口調でユグドラの声にたしなめられた。

 

 ここは……?

 自分は死んだのだろうか……?

 

 身体の下に地面を感じる。

 どうやら、地面に横たわっているようだ。

 また、身体の下に水溜りがあるのがわかった。

 ゆっくりと眼を開く。

 

 一郎はアスカに短剣を刺された場所で、そのまま横たわってた。

 水溜りと思ったのは一郎自身の血だまりだ。

 胸を刺されて大量の血を身体から流した。

 その血の上に一郎は横たわってるのだ。

 身体の痛みはない。

 だが、身体は痺れるようになっていて、力がうまく入らない。

 自分はどうしてしまったのだろう……?

 

 

 

 “イチ(田中一郎)

  人間(外界人)、男

  年齢35歳

  ジョブ

   淫魔師(レベル60)

   戦士(レベル1)

  生命力:5↑

  攻撃力:20

  魔道力:0

  経験人数:女2

  支配女

   エルスラ(エリカ)

  特殊能力

   淫魔力

   魔眼

   ユグドラの癒し”

 

 

 

 自分自身のステータスを覗いた。

 生命力が“5”になっているが、じわじわと上がってはいる。

 どうやら、死ななかったようだ。

 いつの間にか、“ユグドラの癒し”という特殊能力が増えている。

 

「……あなたは瀕死の状態だったけど、わたしの癒しの効果により、急速に身体が快復しているところよ……。いまも……、そして、これからも即死じゃない限り、大地に触れる場所であれば、あなたの身体はわたしの癒しの術によって、大地が魔力を集めて回復させる……。それが“ユグドラの癒し”の効果よ……。そのままじっとしていなさい……。アスカはあなたが死んだと思っているから、あなたを放っていくと思う。アスカが去れば、あなたは自由よ。もう追われることもない……」

 

 ユグドラの声が一郎の耳元でささやき続ける。

 一郎はそれでやっと状況がわかった。

 

「ああ、あっ、あっ」

 

 そのとき、エルスラの引きつったような啼泣の声が聞こえた。

 一郎はゆっくりと顔を動かして、声の方向に視線を向けた。

 少し離れたところで、股間に男根を生やしたアスカが仰向けになって手と脚を真っ直ぐに地面から伸ばした「ブリッジ」のかたちで身体を固定しているエルスラの股を犯していた。

 

 どのくらい犯され続けているのかわからないが、地面から浮いているエルスラの股間の真下にはおびただしいほどの蜜が拡がっている。また、その身体は汗びっしょりだ。

 無理な体勢を強いられて犯され続けているのだからそれも当然だろう。

 全身は真っ赤に染まっているし、エルスラの顔には涙の痕がくっきりと残っている。

 息はもう絶え絶えのようだ。

 

「ひいいいっ」

 

 アスカに犯されているエルスラが悲鳴をあげた。

 

「ほらほら、姿勢を崩すからだよ。糸で豆を引き千切られたくなければ、その姿勢をちゃんと保ってな」

 

 アスカがエルスラを犯しながら嘲笑した。

 そのときはじめて、一郎はエルスラの局部に細い糸が喰い込んでいるのがわかった。

 糸が巻きつけられているのは、どうやらエルスラの肉芽の根元のようだ。そこに繋がった糸が高い木の枝に結びつけられて、上側に引っ張られている。

 エルスラが無理な体勢で身体を持ちあげているのは、その仕掛けによるもののだようだ。

 

「ひいっ、ひっ……お、お願い……。イ、イチ様の手当てを……。お、お願いです……」

 

 エルスラが「ブリッジ」になっている身体を懸命に持ちあげながら哀願した。

 

「まだ、言ってるのかい。あいつは死んだよ……。それにしても、おかしいねえ……。支配側が死ねば、奴隷状態からは解放されるはずなんだけどねえ……」

 

 アスカが困惑している口調で言った。

 一方で一郎は、改めて目の前のアスカのステータスを確認した。

 

 

 

 “アスカ[影]

  魔道遣い(レベル70)

  生命力:0

  魔道力:5000(杖)”

 

 

 

 やはり、あれは本物じゃない。

 おそらく、本物はここにはおらず、まだあの宮殿にいるに違いない。

 また、あの魔道力の数字の横にある“杖”というのが気になる。

 そのとき、股間に怒張を生やしてエルスラを冷酷に犯しているアスカが、こっちに視線を向けたような気がした。

 一郎はほとんどなにも考えなかった。

 

 自分が起きあがったと自覚したときには、一郎はすでにアスカが右手に持っている杖に蹴りを向けていた。

 一郎が杖の表記を気にした途端に、そこが青い光で包まれていたのだ。

 杖になにかある。

 

「あっ、お前」

 

 アスカが驚きの声をあげた。

 そのときには、一郎の足はアスカの杖を持った右手を蹴りあげて、杖を遠くに飛ばしてしまっていた。

 

「イ、イチ様──」

 

 一郎が生き返ったと悟ったエルスラが、悦びの悲鳴をあげる。

 そのエルスラの股間を残酷に宙に吊りあげている糸を泉から伸びた水の触手が切断した。

 エルスラの身体が崩れ落ちる。

 

「ち、畜生」

 

 アスカが飛んでいった杖に向かって駆けた。

 そのアスカの胴体が青白く光っている。

 なにも考えずに、その青い光のある胴体にしがみついた。

 

「がっ」

 

 一郎はアスカを地面に引き倒す態勢になった。

 

「エルスラ、杖だ。杖を拾え」

 

 叫んだ。

 宮殿にいたときのアスカは、魔道を遣うのに杖など遣わなかったが、あの影のアスカはそうじゃないに違いない。 

 

「お前ら」

 

 アスカが怒りの声をあげた。

 しかし、視界に映ったものに、ぎょっとして顔を蒼くした。

 

 一郎も見た。

 アスカの視線の方向には、アスカが手放した杖を握って、その先端をアスカに向けている素っ裸のエルスラがいたのだ。

 その手はぶるぶると震えていた。

 

「動かないで、アスカ様。動けば、その首を魔道で切断します」

 

「お、お前にわたしが殺せるのかい、エルスラ? お前をあんなに可愛がってやった、わたしをね──」

 

 一郎はいま、アスカの上に馬乗りになっていた。そのアスカが激しい口調でエルスラに叫んだ。

 次の瞬間、凄まじい圧力を感じた。

 一郎の身体の下のアスカが身体を弓なりにして悲鳴をあげた。

 エルスラがなにかの魔道を発したのだとわかった。

 

 

  

 “アスカ [影]

  魔道遣い(レベル70)

  生命力:0

  魔道力:0(凍結)

  快感値:300(正常)

  状態:魔力凍結”

 

 

 

 魔眼によって、一郎はアスカの魔力が凍結されたのを知った。

 いまの魔道は、エルスラがアスカの魔道の杖を使って、アスカが魔道を遣えない状態にしたものだろう。

 もともと、杖を奪った時点で魔道は封じたと思うが、エルスラにより二重に魔道を封じたことになったと思う。

 

「イ、イチ様……。ア、アスカ様を犯して……。そ、それで、アスカ様はイチ様の支配に陥ります……」

 

 エルスラが杖を慎重にアスカに向けながら言った。

 

「な、なんだって。そんなことしたら、承知しないよ、小僧──」

 

 一郎に押さえつけられているアスカが叫んだ。

 しかし、一郎は首を横に振った。

 

「こいつはアスカの影だ。多分、本物のアスカは、まだあの宮殿にいるんだと思う……。それに、いまの俺の淫魔力では、本物のアスカも、この影のアスカも支配に陥らせることはできないよ……。それから、このアスカの影を殺すことにもまったく意味はない……」

 

 一郎も言った。

 

「そんな……」

 

 エルスラはがっかりしたような表情になった。

 

「……だけど……」

 

 一郎はアスカの身体を持ちあげると、泉に向かって投げた。

 

「うわあ──きゃあああ──」

 

 エルスラもそうだったが、エルフ族の女というのは見た目以上に軽い。一郎の力でも簡単に身体を持ちあげることができた。

 大きな水飛沫があがって、アスカの全身が泉の中に潜っていった。

 

「な、なにすんだい」

 

 水から頭をあげたアスカが抗議の声をあげる。

 

「捕まえてください」

 

 一郎は叫んだ。

 

 アスカがぎょっとした表情になった。

 水の触手が一斉に左右からアスカの身体に伸びてきたのだ。

 

「……だけど、影だとしても、多分、眼の前のアスカと、宮殿にいるアスカの身体は繋がっているんだろう? この影のアスカを通じて、これまでの仕返しにアスカを犯していくのも悪くない。俺の勘だけど、このアスカを犯せば、本物のアスカにも犯された感触は伝わるはずだ。なんの意味もないとしても、俺の溜飲はさがる。エルスラを苛めた仕返しにもなる」

 

 一郎はアスカを追って、泉に入り込みながらうそぶいた。

 そのときには、十数本の水の触手がアスカの身体に絡みついて、完全に自由を奪っている。

 一郎が立っている泉の深さは膝ほどの高さだ。

 

 ユグドラのくすくす笑いが響いた。

 

「ふふふ……。アスカ、あなたは、わたしの能力が浄化と幻影しかないと言ったけど、泉の水を自由に操る能力もあるのよ……。イチロウ、アスカ城にいるアスカとこのアスカの繋がりが切断できないように処置したわ。存分に犯してやって……。どんな体位がいい。あなたが上になるの? それとも、アスカを上にさせる?」

 

 ユグドラの声が愉しそうに言った。

 

「ふ、ふざけるんじゃないよ。こ、こんなことして、ただで済むと思っているんじゃないだろうねえ、小僧」

 

 水の触手に四肢を拘束されているアスカが喚いた。

 

 そのアスカがユグドラの水の触手によって、全身を水面の上にあげられた。両手を上にあげて、脚はM字に開脚した体勢だ。

 魔力を封じられた目の前のアスカの影は、エルスラを犯していたときの男根が消滅して、完全な女の股間に戻っている。

 アスカの股間はまったくの無毛だった。アスカの宮殿でアスカの「人形」と何度も戦わされたが、そのアスカの人形も無毛だったことを思い出した。

 

「四つん這いの格好にしてください。獣のように犯すことにします」

 

 一郎は言った。

 

「かしこまりました、あなた」

 

 ユグドラのおどけた声がした。

 アスカの身体がくるりと反転する。こっちにお尻を向け、水面上で四つん這いになった体勢になった。

 

「ち、畜生。や、やめないか、ルルドの女精──。イ、イチ──。こんなことをすれば殺すよ──。殺すからね──」

 

「一度、殺しただろう? 俺が仕返しをしようがしまいが、お前は俺やエルスラを殺しにくるはずだ。だったら、少しでも仕返しをしておくことにするよ」

 

 一郎はまずは、全身の血を泉の水で落とした。次いで、アスカの背後に立つと、桃色のもやのあるアスカの乳房に手を伸ばしてゆっくりと揉み始めた。

 

 それにしても……。

 影とはいえ、あんなに恐怖を感じていたアスカであるのに、犯すと決めたら、自分でもびっくりするくらいに冷静で冷酷な気持ちになれる。

 

 これも淫魔師の力なのだろう。

 いまの一郎は、どんなこともできる気がする。

 それくらいに自信に満ち溢れている。

 不思議な気持ちだ。

 

「あっ、くっ……」

 

 たちまちに水の触手に雁字搦めになっているアスカが悶え始める。

 アスカの身体には、アスカの性感帯を示す桃色と赤色のもやがいくらでもあった。

 一郎は片手で乳房を揉みながら、その赤い色を追って指で刺激を加えていく。

 たちまちにアスカの息が荒くなった。

 

「……どう、アスカ? 影を通してでも、このイチロウの凄さがわかるでしょう? これが淫魔師の力だそうよ……。殺すのは惜しいわよ。それよりも、お前も愉しみなさいよ……」

 

 ユグドラがアスカにささやいている。

 

「だ、誰が……」

 

 アスカが口惜しそうに叫んだ。

 しかし、一郎が赤い色に染まっているアスカの身体をくすぐるように刺激すると、たちまちその抗議が嬌声に置き換わっていく。

 このアスカの影の「快感値」は、本物と同じ“300”だった。

 だが、すでにあっという間に二桁にまでなってしまった。

 アスカは、エルスラ以上に快楽には貪欲で敏感のようだ。

 

「上半身については、耳と乳房と脇腹が性感帯です。そこを刺激してあげてください」

 

 嬉しそうなユグドラの笑い声とともに、泉から新たな触手が伸びて、一郎が示した場所をその触手が擦り始める。

 一方で、一郎は泉に跪くと、目の前に割り開かれているアスカの太腿の付け根に下から唇を押し当てた。

 

「はああ」

 

 アスカの身体が大きくのけ反ったのがわかった。

 一郎は真っ赤なもやの充実しているアスカの股を余すことなく舌を這わせ、あるいは唇を押し当てて吸ってやった。

 一番赤い部分は、真っ赤に熟れたようになっている花唇の部分だが、あえてそこは避けて、ほかの部分を刺激してやる。

 夕べのユグドラとの性交によって、そういうことが効果的であることを覚えていたのだ。

 

 しつこくそれを続けていくと、その部分の赤いもやは信じられないくらいに真っ赤になってしまった。また、アスカは耐えられなくなったように、腰を左右に振り続けてもいる。

 気がつくと、アスカの影の快感値の数字は、“30”にまで落ちている。

 股間は愛撫によって流れ出た蜜が滴るほどだ。

 数少ない経験だが、こうなってしまえば女体というのはもろいものだということを一郎も知っている。

 

「宮殿にいるアスカも俺の声が聞こえますね? 俺に犯されたくなったら言ってください。奴隷扱いしてくれた男の珍棒を挿入してあげますよ」

 

 一郎は言った。

 

「と、とぼけるんじゃないよ、このサルが」

 

 アスカが怒声をあげた。

 

 しかし、淫魔の力により、一郎はいくらでもアスカの身体から快感を絞り出すことができる。顔を股からあげた一郎は、今度は真っ赤に熟れたように赤い部分はそのままにして、まだ桃色の部分が真っ赤になるように刺激を加えていった。

 

「はあ、はっ、はあああっ」

 

 アスカが泣き声のような嬌声をあげた。

 一郎は、下半身を中心にして桃色の部分に刺激を集中した。そして、桃色の部分が赤くなれば、ほかの桃色の部分に移るのだ。そうやって、全身を真っ赤に染めたようにしていけば、どんな風になるかを知りたかった。

 そのあいだも、ユグドラの水の触手は、アスカの上半身の性感帯のあちこちを責めたてている。

 

 アスカは半狂乱になった。

 

「ち、ち、畜生……ああっ、ああっ、あああ」

 

 アスカの身体ががくがくと震えだした。

 数字はすでに一桁だ。

 これは絶頂の予兆だ。

 そのとき、一郎の指はアスカの肛門の付近をくすぐっていた。

 

「いったん中止です」

 

 一郎は大声をあげた。

 

 刺激を加えていた触手が一斉に離れる。

 一郎は指を信じられないくらいに真っ赤なもやに覆われている股間に挿した。

 股間の中のどこが感じる場所かも、いまの一郎には丸わかりだ。

 そこを指先で掻くように刺激を加えた。

 

「うはああっ」

 

 触手に押さえつけられたアスカの裸身が弓なりに跳ねた。

 一郎はさっと指を抜く。

 アスカの身体が脱力したようにがくりとなった。

 零になりかけていた数字が止まり、“1”と“2”のあいだをいったりきたりし始める。

 それがゆっくりとあがっていく。

 

「な、なんのつもりだい、小僧」

 

 アスカが喚いた。

 

「さっきも言ったでしょう、アスカ? 犯して欲しければ、奴隷の俺に頼むんですよ。一生懸命に頼んだら、犯してあげてもいいですよ」

 

 一郎は笑った。

 

 

 *

 

 

 長い性交が続いている。

 アスカはまだ堕ちない。

 もっとも、身体は屈している。

 一郎は、怒張をずぶずぶと開き切っているアスカの下肢の付け根に押し入らせていく。

 

「ああっ」

 

 濡れきったアスカの股間が一郎の勃起した肉棒の先端に触れるなり、びくりと竦んだ。

 

 “10”……。

 

 一郎はしっかりとアスカの「快感値」の数字を読んでいる。

 完全に濡れきっているアスカの股間は、呆気ないくらいに簡単に最奥まで一郎の肉棒を受け入れた。

 

「く、くそっ……」

 

 水の触手に雁字搦めにされて、四つん這いの態勢で泉の上に引きあげられているアスカの身体が激しく動き出す。

 特に腰の動きが凄い。

 そこだけ、まるで違う生き物のように淫らに揺れ動いている。

 一郎は数字が“5”に下がるまで待ち、両手でアスカの腰が動かないように固定してしまう。

 

「ああ……も、もう……」

 

「もう、なに、アスカ? 抜くよ……」

 

 一郎はゆっくりと慎重に怒張を抜いていった。

 

「ああ、ま、待って……。待って……」

 

 強い力でアスカの股間が逃がすまいとするかのように一郎の怒張を締めつける。

 一郎はこんなことができるのが自分でも信じられないと思いながら、ぎりぎりのところで、アスカの股間から怒張を抜いてしまった。

 

「ち、畜生……こ、こんなの……こ、こんなの……」

 

 宙に浮かんでいるアスカの身体が口惜しそうに震える。

 

 数字は“2”……。

 

 一郎は間髪入れずに、敏感な股間の蕾に手を伸ばして、ゆっくりといじり始める。

 アスカの身体はばね仕掛けの人形のように大きく跳ねた。

 だが、アスカの身体は敏感だが、ここを刺激するだけでは簡単には昇天することができないらしい。やっぱり、男の性器で股間を貫いてもらわないと、どうにもならないように思える。

 

 アスカの身体は膣の最奥を強く擦って欲しくて、快楽の責め苦で荒れ狂っている状態のようだ。一郎の魔眼の能力により、アスカの真っ赤な全身のもやのうち、そこだけが燃えるように赤黒くなっていた。

 一郎はすでに皮がめくれている肉芽を触れるか触れないかの程度でゆっくりと回し動いた。

 アスカの身体ががくがくと震えるとともに、口から切なそうな泣き声もあがった。

 

 数字は“1”。

 

 一郎は指を離した。

 アスカが吠えるような声をあげた。

 

「ふふふ……。さすがのお前もイチロウには形無しね。このイチロウを手放したのが惜しくなったでしょう? 冷たい仕打ちをしたから逃げられたのよ……。さあ、いまからでも頼めば……? どうぞ、奴隷にしてくださいってね」

 

 ユグドラの声が響いた。

 

「……ふ、ふざけるんじゃ……」

 

 アスカは悪態をついたが、いまやその口調は弱々しい。かろうじて虚勢を張っているという感じだ。

 

「頼まれても奴隷にはしませんよ。でも、頼めば、最後までいかせてあげますよ、アスカ……」

 

 “3”まであがったところを再び肉芽を指で刺激しながら、花唇の入口を亀頭で軽く叩くようにして“1”に下げる。

 

 だが、それでやめて放置する。

 アスカの腰が物欲しそうに揺れ出した。

 すでに十数回同じことを繰り返している。

 

 かなりの時間がすぎたが、アスカはただの一度も絶頂には達していない。ただ、ぎりぎりのところまで追いつめられては、刺激を中止されるという徹底した焦らしを受け続けているだけだ。

 もちろん、一郎はまだアスカに精を放ってもいない。

 

 アスカは少しも我慢できないのだろう。

 拘束された身体を狂ったように暴れさせている。

 その全身がすっかりと欲情しきっているのは、身体全体が真っ赤に燃えるようにもやがかかっていることでわかる。

 それに比べて、一郎はいくらでも射精を我慢できそうな気がした。

 これが淫魔力によって増強された性の力だろう。

 

 今度は“9”まで待つことにした。

 

 しかし、いまや、どんなに待っても、なかなかアスカの快感値の数字は、二桁にはあがっていかない。おそらく、十数回も繰り返された快楽の浮き沈みによって、身体の五感という五感が燃えあがり、どうしようもなくなってしまっているのだと思う。

 

「わかるわよ、アスカ……。こんなの耐えられないでしょう? 官能の地獄よね……。もう、イチロウにお願いしなさいよ。どうぞ最後まで犯してってね……」

 

 ユグドラが誘うようにアスカの耳元に声をささやき続けているのが聞こえる。

 今度は、一郎の決めた“9”にまで回復するのに、かなりの放置をしなければならなかった。

 

「さて、じゃあ、アスカ女王の欲しいものをあげますよ」

 

 一郎はアスカが腰を振って勝手に快楽をむさぼらないように、しっかりとアスカの腰を両手で押さえてから、再び肉棒を挿し始める。

 

「あはああっ」

 

 アスカが甲高い声をあげてうち震えるのがわかった。

 すごい力で腰を振ろうとして、さらに膣で一郎の肉棒を締めつけてくる。

 

 数字は“4”……。

 

 一郎は最奥の手前で挿入を停止した。

 腰を押さえつけている手を離す。

 

「あううっ」

 

 アスカが悲鳴のような声をあげて腰を振り、快感に溶けていくような声を出す。

 しかし、すでに一郎の怒張はアスカの股間から抜け出ようとしている。

 逃がすまいとするかのように腰だけで追ってくるアスカの股から一物が離れたとき、アスカの数字はちょうど“1”だった。

 

「いくらでもこれを繰り返すつもりだよ、アスカ……。俺におねだりする気になるまでね」

 

 一郎は言った。

 

 放置されているアスカの身体が口惜しそうに震えだした。

 眼の前のアスカは、アスカの影にすぎないが、アスカに加わっている性欲の焦燥感と屈辱感はアスカ本人のものだ。

 物欲しげに振り動いている腰を除いて、アスカの身体は恥辱でぶるぶると震えている。

 

 そして、同じことをさらに三回繰り返したところで、ついにアスカが屈服の言葉を発した。

 

「……して……。もう……しておくれ……」

 

 かすかだがはっきりとそう言った。

 一郎は抜いていた怒張をずぶずぶと挿していった。

 

「もっとはっきりと言うんだ。おマンコしたいとね……。さもないと、また抜くよ」

 

 一郎はアスカが刺激して欲しい膣の最奥の手前で挿入をいったん中止して大きな声をあげた。

 自分にそんなふるまいができるのが奇妙な感じだが、こうやってアスカを性の技で追い詰めることのできる自分自身が小気味いい。

 

「ひいいっ、したい……。もう許して──。おマンコして──。狂ってしまう──。しておくれ──」

 

 アスカの口が大きな声で叫んだ。

 ここまで追いつめれば満足だ。

 一郎はぐいと怒張を突きあげて、自分の亀頭の先端を刺激して精を放った。

 

「ほおおおっ」

 

 それを感じたアスカの口が迸るような声をあげた。

 だが、一郎にはアスカを満足させる気など最初からなかった。

 一郎は自分だけさっさと精を放つと、射精したばかりの一物を一気に抜いた。

 そのときのアスカの数字が、ほとんど零に近い状況であったが、まだ零には達していないことを一郎は確認していた。

 

「あっ、まだ」

 

 アスカが慌てたような声をあげた。

 

「ねえ、強引にあなたが繋げている宮殿のアスカと、このアスカの影の繋がりをこの瞬間に遮断したらどうなります?」

 

 一郎はユグドラに訊ねた。

 

「……すでにアスカをこれだけ追い詰めているものね……。影が受けたダメージと、本物が受けたダメージは同じだもの……。いま切断すれば、眼の前のアスカの影は存在を保てなくなって消えるわ……。それだけじゃなく、かき乱された精神力を復活させるのに、多分、丸一日はかかるでしょうね。それまでは魔力を集めることもできないはずよ」

 

 ユグドラの声がくすくすと笑った。

 

「そうだと思いました……。切断してください。さよならです、アスカ」

 

 一郎は笑った。

 眼の前のアスカの影が悲鳴のような吠え声を残して、その姿を消した。

 

 

 *

 

 

「くあっ──」

 

 宮殿にある私室に腰掛けていたアスカは、椅子の手摺りを両手で強く握りしめたまま大きな声をあげた。

 ルルドの女精の力により強制的に保持されていた「影」との繋がりが遮断されたのだ。

 

 無論、向こう側では「影」の姿は消滅しただろう。

 

 しかも、血を吐くような思いで口にしたのに、あのイチは屈辱の哀願を無視して、最後の最後までアスカに絶頂を与えることなく、繋がりを遮断したのだ。

 燃えに燃えながら、結局のところ絶頂に達することのできなかった焦燥感が狂ったように全身をうごめいている。

 

「ち、畜生、あいつら……。ゆ、許さないよ……。ぜ、絶対に追い詰めて殺してやる……」

 

 アスカは影を通した恥辱と達することが許されなかった欲情に苦しみながらひとりで声をあげた。

 そのとき、部屋の中に突然笑い声が響いた。

 アスカははっとして振り返った。

 

「醜態だな、アスカ」

 

 そこにいたのは、パリスだ。

 見た目は十歳くらいの人間族の子供だが、アスカ同様に見た目の姿と実際の年齢とは異なる。

 ただ、このアスカの宮殿においては、このパリスはアスカの家人ということにしてあった。ふたりきり以外のところでは、パリスはアスカが使う見習いの従者ということで通っている。

 無論、この宮殿の多くは、このパリスが本当は子供ではなく立派な成人であることは知らない。

 アスカが、本当はこのパリスに逆らえない「奴隷」であることを知っているのは限られた者たちだけだ……。

 

「お、お前、いつから、そこに?」

 

 アスカは声をあげた。

 

「お前が恥も外聞もなく、みっともなく泣き声を出し始めた頃からさ……」

 

 子供の姿のパリスが嘲笑を浮かべながら、アスカに歩み寄ってきた。

 あの醜態をずっと見られ続けた……。

 その恥辱がアスカを襲った。

 

「まあいいさ……。逃亡した外界人のことも、あのエルフの娘のことも忘れちまいな。召喚術を覚えさせたエルフがいなくなったのは残念だが、それはまた増やせばいい。お前の役目は、せっせと召喚を繰り返して、この世界における瘴気を増やして、あのお方の封印を解く環境を作ることだ……。結構、いい具合になっているよ」

 

「ちっ」

 

 アスカは舌打ちをして、パリスを睨んだ。

 なにが封印だ。

 なにも知らないとでも思っているのか……。

 

「……お前のおかげで、あのお方の復活の目途も立ってきた。これからもよろしく頼むよ……。召喚術をするだけの魔力を溜めるのは大変なんだろう? しばらくはじっとしてな。お前は召喚の繰り返しにより、この世界の力の均衡を崩すのが役割だ。ほかのことには気にかける必要はないさ」

 

 パリスが椅子に座っているアスカの横に来て言った。

 アスカはかっとなった。

 

「そ、そうはいかないよ。召喚はしばらくやめだ。あのふたりを捕まえてからだよ。さっそく追うからね。次の召喚はそれからだ」

 

 アスカは怒鳴った。

 あの小僧がアスカの影を見抜き、杖を通じて魔力を遠隔で注いでいたことを悟ったのは明らかだ。

 また、影を送っても、杖を奪われれば同じことの二の舞だ。

 それよりも、アスカ自身が追えばいい。

 いまなら、まだ追える。

 しかし、時間が経てば、魔道の残り香が完全に消えて、追いかける方法がなくなってしまう。

 アスカ自身が追えば、杖などなくても、あんな小僧、見つけ次第に木っ端微塵だ。

 

 次の瞬間、頬に火がついたかのような衝撃が走った。

 パリスに平手で打たれたとわかったのは、髪の毛を掴まれて、パリスによって椅子の下に引き摺り落とされてからだ。

 

「な、なにするんだい」

 

 アスカは叫んだ。

 

 だが、今度は反対側から頬を打たれた。

 一瞬、意識が飛ぶような凄まじい平手だった。

 強引に両手を背中側に捻じ曲げられた。

 いまのアスカは、心を大きく乱されまくったために精神の集中ができずに、魔道を結ぶほどの魔力が集められない。

 

 いずれにしても、魔道については、パリスに対しては封印をされてしまっている。まともな状態でも、アスカはパリスに魔道で抵抗することはできないのだ。

 後ろに捻じ曲げられた両手を横に組むようにされ、手首と腕に魔道の紐をかけられた。

 アスカは両手を封じられてしまった。

 

「しばらく、大人しくしていたから、本当はどっちの立場が上か忘れてしまったのか、アスカ。俺があのふたりは放っておけと命令したら、お前はそれに従うだけだ」

 

「ぐあっ」

 

 拘束された身体を引き起こされて、また平手を浴びせられた。

 アスカは受け身もとれずに無様に床に転がった。

 

「この城はお前の牢獄だ。それよりも、久しぶりに犯してやるよ。影を通じてなぶられて、焦燥感で狂いそうなんだろう? 欲しがっていたものを俺がくれてやる」

 

 さらに、パリスがアスカの髪を掴んで身体を引き起こし、上半身を椅子にうつ伏せに押しつけて倒した。

 後ろからアスカの身に着けている装束のスカートを下着ごと引き千切られたのがわかった。

 

「ああっ」

 

 アスカは大きな声をあげた。

 いきなり、パリスの指がアスカの股間に挿入されたのだ。しばらくのあいだ、膣の中のあちこちをまさぐられた。それだけではなく、入り口の部分や肉芽にも手は伸びてきた。

 なにかを塗りたくっていると知ったのは、すでにパリスの手がアスカの股から離れてからだ。

 しかも、すぐに狂うような痒さが襲ってきた。

 

「ああ、な、なにを塗ったんだい。か、痒い──」

 

 アスカは後ろ手のまま身体を激しく揺さぶった。

 怖ろしいほどの痒みがアスカの股間を襲い始めている。

 

「お前の好きな薬だ。いつもの痒み剤だよ。特製の魔道をかけてある。俺が解除するまで気が狂うような痒みが襲い続けるぞ。この部屋は俺が結界を刻んだ。吠えるような声をあげても外には洩れねえから、いくらでも泣きな」

 

 アスカの身体から手を離したパリスが嘲笑った。

 

「くああ、そ、そんな──。痒い──か、痒い──」

 

 アスカは悲鳴をあげた。

 

「ほれ、痒いところをほじって欲しければ、まずは俺を口で満足させろ──」

 

 再び髪を掴まれて、パリスの方を向かされたアスカの顔にパリスがズボンから出した怒張を向けた。

 子供のそれとは違う。

 並の大人以上の巨根だ。

 

 躊躇はなかった。

 アスカは大きく口を開き、喉の奥まで使ってパリスの怒張を咥え込んだ。

 

 

 *

 

 

 一郎は消滅したアスカの影にほっとして、泉のほとりにいるはずのエルスラに振り返った。

 アスカに服を破り奪われて素裸になっていたエルスラは、泉にいる一郎に対して横向きに跪いていた。

 だが、一郎が振り返ると、慌てたように手を股から除けて身体の横に動かした気がした。

 ふと見ると、その顔は真っ赤であり、額にかなり汗をかいている。

 

 一郎はにやりと微笑んだ。

 

「なにをしてたんだ、エルスラ?」

 

 一郎は意地悪く訊ねた。

 

「な、なにもしてないわ。なにもしてないわよ」

 

 エルスラが赤い顔のまま怒ったような声をあげた。

 一郎は魔眼でエルスラのステータスを覗いてみた。

 

 

 

 “エルスラ(エリカ)

  エルフ族、女

  年齢18歳

  ジョブ

   戦士(レベル20)

   魔道遣い(レベル5)

  生命力:50

  攻撃力:50

  魔道力:100

  経験人数:男1、女3

  淫乱レベル:A

  快感値:10↓

  状態

   一郎の性奴隷

   淫魔師の恩恵”

 

 

 

 性の耐久度の数字が“10”まで下がっている。

 一郎がアスカの影を犯すのを目の当たりにしながら、なにをしていたのか丸わかりだ。

 じっと見ていただけで、そんなに数字が下がるわけがない。

 一郎はエルスラに歩み寄った。

 エルスラがびくりと身体を竦ませたように見えた。

 

「まずはお礼を言うよ……。ありがとう……」

 

 一郎は言った。

 

 跪いているエルスラに対して、立っている一郎の股間は、ちょうどエルスラの顔の前にあるかたちになっている。

 眼の前に迫った一郎の剥き出しの股間に、エルスラは狼狽えたように顔を横に向けるとともに、思い出したように両手で裸の胸を隠した。

 

「お、お礼なんて……。わ、わたしは、あ、あなたを召喚した張本人よ……。せ、責任があるし……。そ、それに、まだ、なにもお礼を言われることはしてないわ……。アスカ様は必ず追いかけてくるわ。わたしたちがここにいたのは知れた……。すぐに逃げないと……」

 

「わかっている。それについては、エルスラになにもかも頼るしかない。これからも、俺を守ってくれ──。それと、エルスラを自由にはできない。そんなことをしたら、俺はこの世界で路頭に迷って野垂れ死ぬだけだ。だから、解放しない。エルスラは俺の性奴隷だ──。頼む、俺を守ってくれ」

 

 一郎がそう言うと、エルスラの顔がますます真っ赤になった。

 

「そ、そんなの……、も、もう、覚悟したし……。それに……」

 

「それに、なに?」

 

「な、なんでもない」

 

 エルスラは慌てたように口をつぐんだ。

 そんなエルスラの仕草に一郎は思わずほくそ笑んでしまう。

 

「じゃあ、奴隷。主人の俺に隠し事はよくないな。正直に言うんだ。俺がアスカの影を犯すのを見て、なにをしていた? お前に主人として命じる。今後一切、俺に嘘を言ってはならない。命令だ」

 

 エルスラの眼が大きく見開いた。

 一郎の性奴隷という刻みがエルスラの心を縛っている。

 「命令」には逆らえない。

 エルスラはそれを知っているから、はっとしたのだ。

 

「あ、あの……その……自慰を……」

 

 エルスラの口が恥ずかしそうに言った。

 

「なんで、そんなことしたんだ?」

 

「そ、そんなことを言わせるの……。そ、その……見ていたら……気がついたら……なんでと言われても……」

 

 エルスラがもじもじと身体を動かした。

 根っからのマゾっ子のエルスラだ。

 こんな言葉なぶりでしっかりと身体が反応することを一郎は知っている。

 魔眼で覗くと、少し回復していた快感値の数字がまた下降しはじめている。

 一郎は自分の心の中に、目の前のエルフの美少女に対する嗜虐の炎があがるのがわかった。

 

「奴隷の仕事だ。掃除しろ。ご褒美に自慰の続きをしてもいい……。お前がみっともなく達するところを見せながら、俺の股間を舐めろ」

 

 一郎は言った。

 

 エルスラは、「そんな」とかいう言葉をつぶやきながらも、抵抗もせずに一郎の一物を口に咥えた。

 その両手はエルスラ自身の乳房と股間をまさぐり始める。

 一郎に正面を向けたエルスラの股間は、びしょびしょの愛液で濡れているのがはっきりとわかった。

 

 この可愛らしいエルスラをどんなに風に苛めてやろうか……。

 

 一郎の頭には、その方法が十も二十も一度に浮かんでくる。

 まずは、いまやらせている自慰を数字が“1”のところでやめさせるというのはどうだろう……。

 

 あのアスカでさえ、あんなに苦しんだのだ。

 同じようにエルスラが一郎に哀願する姿を見てみたい。

 

 それから、このあいだやりかけていた身体を自在にコントロールするというのも、もっとやってみたい。

 人混みの中で、こっそり局部を刺激するというシチュエーションにも憧れていた。

 

 やってみたい……。

 

 一郎は浮き立つような気持ちになっていた。

 そのとき、ユグドラの声がした。

 

「……お取込み中のところだけど、ここから少し南に向かったところにある洞窟に、死霊たちが襲った犠牲者が残した衣類や武器が集めてあるわ。そのアスカの杖は足がつくと思うから持っていけないと思うけど、別の杖ならあったと思う。アスカの杖ほどの効果はないと思うけど、ないよりましでしょう? そこにあるものはなんでもいいから持っていきなさい。それがせめてもの餞別よ……。でも、あまりゆっくりとしないでね……。夜になれば、この森はまた死霊の巣になるわ。わたしには制御できない。それまでに森を出た方がいいわよ……。ねえ、聞いている、ふたりとも?」 

 

 ユグドラの声が続く。

 

 無論、一郎は聞いているが、その一郎の一物をしゃぶっているエルスラは、なにも聞こえてはいない気がする。

 そして、憑かれたように自分の男根を舐めている可愛いエルスラを眺めていると、このエルフ娘に対する心からの愛おしさが一郎の心に溢れてくるのだった。

 

 

 

 

 

(第2話『ルルドの森の悪霊』終わり)






 *


【ルルドの泉】

 ……現在、世界でもっとも美しい自然として有名なルルドの泉がかつては、呪われた場所として人々が忌み嫌った禁忌の土地であったことは、多くの者にとって、驚きとともに安易には受け入れられないことかもしれない。
 しかし、事実である。
 諸王国時代の末期の記録によれば……。
 ……
 ……
 観光の目玉はなんといっても、泉一帯の自然の美しさとともに、サタルス朝初代帝によって整備された荘厳な神殿と神殿に隣接する城館遺跡である。
 この城館は、サタルス朝初代帝が晩年を妻たちと過ごした場所であり……。


イザヤ=マクレーン編『ローム地方風土記』より抜粋


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 第3話   クリスタル石の陰謀
10  人里を避けて【地図有】



【大陸地図】

【挿絵表示】


 ストーリーの展開により、修正する可能性があります。

 *




「ほ、ほ、ほ、ほ、ほ……」

 

 一郎は奇声をあげながら山の斜面を横に走った。

 馬鹿馬鹿しいが、エリカが腹を満たしたければやれというのだ。

 

「ロウ様、いい感じです」

 

 エリカが遠くで声をかけてくれるのが聞こえた。

 

 「エリカ」というのは、エルスラの新しい名である。

 これからの逃避行のことを考え、新しい名乗りとして彼女が選んだのが「エリカ」なのだ。

 偽名というわけではなく、むしろエリカの生まれながらの名乗りらしい。エリカは、アスカに仕えるにあたり、本名ではなくずっと偽名を使っていたらしいが、これを機会に生まれ持った名に戻すことに決めたようだ。

 

 そして、一郎が決めた新しい名乗りは「ロウ」だ。

 “いちろう”の「ロウ」なので安易だが、エリカはどこにでもあるありふれた名であり、アスカの追っ手もわからないだろうと誉めてくれた。

 というよりも、一緒に旅をするようになり、エリカはなにをやっても、大袈裟なくらいに誉めてくれる。

 ちょっと照れ臭い。

 

 いずれにしても、エリカとロウという名が、ふたりの新しい名だ。

 ふたりの関係は、一応は一郎が主人であり、エリカがその性奴隷を兼ねた従者ということになっているが、旅の道を決めるためのことも、食べる物を確保するためのことも、野宿の寝床を整えることも、とにかく、あらゆることで、一郎はなんの指図もできないし、役に立たない。

 エリカの指示に従うだけだ。

 

 それでいまやっているのが、間抜けな叫び声をあげながら、山の斜面を横に走るということだ。

 一方でエリカは、少し離れた斜面の下側で小弓を構えている。

 半ば自棄になって駆けていると、斜面の下側から、降りて来いというエリカの声がした。

 一郎は斜面をゆっくりと降りていった。

 

 ルルドの森を脱して半月ほど経っている。

 一郎とエリカは、ナタル森林域と呼ばれる森林地帯にいた。

 

 召喚により一郎がこの世界に呼ばれたアスカ城とはかなり離れている。

 一郎とエリカは、アスカの追跡を逃れるために、アスカ城に近い地域を避けて道なき道を行き、ケス河と呼ばれる大河を右に見ながら河沿いに東に進んで、いまはハロンドール王国と呼ばれる大きな国の領域近くまでやってきている。

 目指しているのは、そのハロンドール王国だ。

 この異世界の主体であるらしい人間族、エルフ族、ドワフ族の三種族だけでなく、さまざまな少数亜人族の住む多種族国家であり、「冒険者」や「傭兵」などの多くの移民を受け入れている。

 

 そこに行くつもりだ。

 

 大国であり、人口も多いらしい。

 一郎とエリカなど、たちまちに人の海の中に紛れて、アスカの追跡から隠れることができるだろうとエリカは言っている。

 もっとも、この半月、予想していたアスカの追手はなにひとつなかった。

 そのことについてはほっとしている。

 このまま、無事にハロンドールに入国することもできそうな雰囲気だ。

 

 だが、問題がひとつある。

 ハロンドールに入るためには、入国税というものを支払わなければならないらしい。

 それだけでなく、領域内を進むとなれば、街道沿いにある関所を通過するにも関税が必要であるし、城郭に入るには人頭税がかかる。宿に泊まれば金が要る。移民が手っ取り早く生活費を稼ぐのに適当な「冒険者」になるためには、冒険者ギルドと呼ばれる機関への入会料も必要だ。

 

 とにかく、金が要るのだ。

 だが、金などない。

 

 一郎もエリカも、アスカのところから文字通り身ひとつだけで逃げてきたのであり、ルルドの森を去るときにユグドラからもらった服と最小限の装具と武器を持っているだけの無一文だ。

 だから、ハロンドール王国に入る前に、なんらかのかたちで金子を手に入れなければならない。

 

 財産らしい財産といえば、エルスラの名乗りとともに、エリカが捨てた長い黄金の髪だ。

 エリカは、アスカからの逃避行にあたり、少しでも印象が変わるようにと、腰近くまであった髪を肩の線でばっさりと切断してしまったのだ。

 驚いたが、エリカはこっちの方が動きやすいし、さっぱりしたと笑っていた。

 髪が短くなったエリカは、印象がかなり変わったが、やはり大変な美貌だ。そして、可愛らしい。

 そう言ったら、エリカはこっちがたじろぐくらいに照れ、そして、嬉しそうな表情になった。

 とにかく、その切断した髪は商人に売れば、幾らかの値がつくからと、まだ荷の中にある。

 

 しかし、行商人のような者には、まだ誰にも会ってない。

 それどころか、ずっと人里を避けて旅をしていたので、いかなる人間にも会ってない。

 いままではアスカからの追手を避けることを第一としていたが、これからは人里にも立ち寄り、路銀を手に入れるための算段もしなければならないと思う。

 ただ、それについては、エリカにはなにかあてがあるようだ。

 

 一郎は、斜面を降りて、エリカが待っている場所に着いた。そこはわずかに平地になっている場所であり、あまり樹木もない。

 すでに、エリカはそこで焚火をおこし終わっていた。

 二羽のウサギがさばいてあり、枝で作った串に刺して、すでに火にもかけられている。

 魔道も遣っていると思うが、あっという間の手捌きは、さすがは狩猟民族のエルフ族だ。その手際のよさは呆れるばかりである。

 また、得物に遣った小弓も、ほかの荷と一緒に焚火のそばに置いてある。

 

「相変わらず、すごいな、エリカ。今夜はウサギか」

 

 一郎は声をあげてしまった。

 

「幼い頃から狩猟については、徹底的に仕込まれます。それを通じて、弓でも、剣でも、魔道でも修練するのです。ウサギの狩り方なんて、子供時代に最初に習得させられる狩猟の技のひとつです。今日は、ロウ様がいたので、久しぶりに幼児時代に習った方法で狩りました」

 

 焚火周辺を歩き回っていたエリカが、いったん立ち止まって、やってきた一郎に微笑みを向けた。

 エリカは、いまは野獣避けの匂いを周辺一帯に魔道でつけ回っているのだ。夜になれば、人を襲うような獣が襲ってくることもある。それを避けるためだ。

 そのほかにも、この周囲一帯に不自然な魔力の動きなどがあれば、事前に警告が入るような仕掛けもしているようだ。

 そうでなければ、警戒のために、夜もずっとエリカが起きていなければならない。

 とりあえず、どんなかたちであれ、襲撃者や野獣などが近づこうとしても、容易にはやってこれないような魔道の処置をしているらしい。少なくとも、エリカは、停止している状況であれば、アスカであっても、まず、一郎たちを見つけることはできないと自信を持っている。

 人避けと獣避けの魔道は、エリカがもっとも得意な魔道なのだそうだ。

 

 まあ、エリカが大丈夫というのであれば、大丈夫なのだろう。

 それについて、一郎はまったくエリカを疑っていない。

 また、最初こそ、一郎に対して「ため口」を使っていたエリカだが、最近では丁寧な言葉で話しかけるようになった。

 別に普通でいいと一郎は言ったのだが、エリカはそれでは落ち着かないし、むしろ丁寧語を使う方が楽らしい。

 だから、放っておいている。

 

「子供時代に、ウサギ狩りなんて習うのか?」

 

 一郎はエリカが支度をした石の椅子に腰を下ろしながら声をかけた。

 野宿をするための準備はほかにもあるが、一郎にはなにもできることはない。

 食べ物の確保だけでなく、火を絶やさないための薪作りも、飲み水の確保や、寝床の準備ひとつについても、一郎はほとんど役に立たない。できるのは、エリカが準備した薪を焚火の中に放り込むくらいのことだろう。

 

「ウサギを狩るのは難しくはありません。素早く駆けることのできるウサギも、前脚が短いので斜面を下るときにはうまく駆けられないのです。のろのろしているので、簡単に弓で仕留めることができるというわけです。だから、子供の練習用に具合がいいのです」

 

 周辺の木々を回っているエリカが、少し離れた場所から一郎に声をかけた。

 

「なるほど、俺が馬鹿みたいに叫んだのは、穴にいるウサギを斜面の下に走らせるためだったのか」

 

「役に立ちました。ありがとうございます、ロウ様」

 

 エリカが戻ってきて、ウサギを焼いている串をくるりと回した。次いで、今度は枯葉を集めて、火の横に寝床を作り始めた。

 いまは焚火の横に置いてある背負い袋に大きな布が入っていて、それを集めた枯葉に被せるのだ。それをもう一枚の布を掛布にしてふたりで並んで寝る。

 いまは温かい季節なので、それだけで十分だ。

 これが寒い地方を旅する場合だったり、冬の季節の場合は、天幕なども準備しなければならないので大変らしい。

 

「崖の下に湧水があったので汲んできます。襲撃避けの処置は終わったので大丈夫と思いますが、もしも、なにかが近づくようなことがあれば、大声で叫んでください。お願いします」

 

 エリカはそう言うと、あっという間に視界から消えていった。

 一郎には、「魔眼」という特殊能力がある。

 ある程度の知性がある存在であれば、人や獣が近づくと、それを正確に察知できる。

 この十日の旅において、いまのところ「人」に会ったことは一度もない。

 エリカがそういう経路を選んだことと、一郎の魔眼の能力で、人がいれば必ず身を隠してやり過ごしていたからだ。

 

 しかし、昨日の夜に話し合って、いよいよ人里に向かおうということになった。

 ここまでくれば、アスカの権威も及ばないはずだ。

 アスカ自身が追ってくることとともに、懸賞を懸けられることを懸念したが、アスカ城に近い三公国からも離れてしまえば、さすがにそれを心配する必要もない。

 エリカがいなくなると、一郎は今朝、ルルドの森に一枚だけあった羊毛紙に、エリカに描いてもらった簡単なこの世界の地図を拡げた。

 しかも、便利なものであり、エリカが魔道を施して、現在地の概ねの場所が移動とともに表示されるようになっているのだ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 【エリカの描いた地図】

   

【挿絵表示】

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 いま、一郎とエリカのいる「ナタル森林域」には、エリカの魔道により表示されている旗がある。それが現在地だ。

 それにしても、最初に、エリカが地図と地名を書き込んだものを見たときには驚いたものだった。

 文字として書かれたものがまったくわからなかったのだ。

 

 この異世界に召喚されて以来、話し言葉が普通に理解できていたので、あまり感じてはいなかったが、そのことで改めて、一郎は実際にはまったく習ったことのない異世界の言葉を自分が話しているということを悟った。それが理解できたり、話したりできるのは、召喚術によりこの世界にやってきたときの、なんらかの能力覚醒の影響なのだろう。

 しかし、書き言葉となると、そうはいかないようだ。

 エリカが地図に書いた地名は、一郎には理解不能の記号でしかなかった。いま地図にあるのは、一郎が耳で聞いたものを元の世界の文字で書き直したものだ。

 それを見たとき、エリカは「これが異世界の文字なのか」と感心していた。

 

 いずれにしても、このナタル森林域、あるいは、ナタル地方と呼ばれる一帯は、エリカの故郷でもあるらしい。

 このナタル森林域には、エルフ族の里がたくさんあり、エリカはその中のひとつで生まれたそうだ。

 ナタル森林域を統治しているのは、エルフ族の長老である人物であり、いまはガドニエルという女長老がナタルの森の支配をしているそうだ。ただ、支配といっても緩やかなものであり、実際にはほとんどの里は自治により、各里で選んだ里長(さとおさ)が管理しているそうだ。

 一方で、ガドニエル女長老がいるのが、エルフ族の都と称される「エランド」であり、彼女はエルフ族長老としては珍しい女長老なので、「女王」とも呼ばれているそうだ。

 エリカも会ったことはないが、とにかく美しく尊い人物なのだと言っていた。

 

 エルフ族の都のエランドは魔道で管理される美しい都市であるのに比べれば、ナタル森林域に点在している里は、どこも昔ながらの自然を保っているのどかな場所だということだ。

 エリカが生まれ育ったのは、その里のうち「自由エルフの里」というここよりも、ずっと西側にある三公国地域に近い場所とのことだ。

 

 ただし、エリカの両親は早世している。

 そして、孤児として里の施設で教育と訓練を受けて育った。

 十五になって里を離れて旅に出て、三公国と呼ばれている「ローム帝国地方」を転々と流れているうちに、縁があってアスカに拾われたそうだ。

 そして、アスカに気に入られて愛人になり、特別な訓練も受けてアスカに次ぐ召喚師にまで抜擢されたが、最初の召喚だった一郎に捕えられて、ここまで一郎とともに逃亡するはめになったということだ。

 

 一方で、実は一郎もふた親をもう失くしている。

 交通事故だ。

 兄弟はいない。

 

 親が死んだのは中学一年のときであり、引き取ってくれたのは伯父だった。

 実の子供でもないのに、伯父は、十分すぎるほど大事にしてくれたと思う。一郎を養い、高校に進学もさせてくれた。

 だが、高校は寄宿舎のある遠方の高校を選んだ。

 やはり、実の親ではない親戚の家で過ごすというのは、窮屈な思いがあったからだ。

 それからはほとんどひとりの力ですごし、もちろん大学にいく金もなく、人材派遣のような会社に所属して、いろいろな職務を経験しながら、数年前から介護員として、いくつかの介護施設を掛け持ちするような仕事をしていた。

 もちろん、結婚をするような金もなく、それどころか、三十五歳に至るまで一度も特定の恋人がいたことはなく、たまに休みがあれば、ネット端末型のゲームで遊んだり、ひそかにエロゲーと呼ばれるものをするのがなによりの趣味だ。

 ひそかな性癖は、SMであるが、それ系の雑誌や本を眺めるだけで、実際にはやったことはない。

 男としては、かなり寂しい人生を送っていたと思う。

 それが、ある日突然に、この世界に召喚されてしまったのだ。

 元の世界で、突然に行方不明になっていると思う自分がどういうことになっているのかについては、いまは知りようもないが、大して心配する者もいないのが幸いだ。

 

「戻りました、ロウ様」

 

 エリカだ。

 

 水筒を二つ抱えるとともに、大きな革袋に水を汲んできている。

 一郎に水筒を渡すとともに、一郎の隣に準備してあった石にちょこんと座った。そして、革袋の水を背負い袋にあった土鍋に移した。

 エリカによれば、これは明日の朝にウサギ汁を作るということだ。

 そのエリカのはいているスカートは、太股の半分ほどの丈しかない短いものだ。

 座る石は低いので、座るとエリカの大部分の脚はスカートの外に出る。そして、かいがいしくエリカが動くたびに、スカートの下の白い下着もちらちらと見える。

 洞窟で服を選ぶとき、たくさんの衣類があったのだが、一郎がエリカには、いまはいているスカートよりも長い丈のものを身に着けるのを禁止したのだ。

 

 エリカの脚は本当に綺麗でかたちがいい。

 その脚を隠すのはもったいないというのが理由だ。

 エリカは、そんな短いスカートなどはいている旅の女などいないと不満を言ったが結局は従った。

 一郎の命令に、最終的に逆らうのは不可能なのだ。

 それに、エリカが言ったことは嘘だと思う。

 この世界で「ミニスカート」というのがあり得ないのであれば、あの洞窟に、このミニスカートが存在したわけがないのだ。

 あそこには、不幸にもルルドの森に入り込んでしまって、死霊たちに襲われて死んだ者が遺した物しかないからだ。

 

 エリカは、しばらくウサギ肉の焼き加減を調整していたが、やがて、焼きあがったらしく、火から出して、平たい石をまな板にして、小刀で肉を切り分けてくれた。

 

「うまいな」

 

 渡されたウサギの肉は脂が乗っていて美味だった。

 また、魔道で施したのか、軽く塩も振ってある。

 塩はエリカの魔道で簡単に大地から採集することができるようだ。

 よくわからないが、エリカによれば、一郎の性奴隷になったことで、なぜか魔道の能力も、武術の腕も日に日にあがっているらしい。

 一郎の魔眼で感じることのできるエリカの「ステータス」に、「淫魔の恩恵」という能力向上の文字がある。確かに、ルルドの森にいたときに比べても、魔術遣いのレベルも、ほかの数字もあがっている。

 どうやら、一郎がエリカを毎夜のように抱くことで、それがエリカの魔道向上をもたらしている気がするのだが、どういう関係になっているのかはまったく不明だ。

 

「ところで、ロウ様がよければ、明日には、わたしの知り人のいるエルフの里に立ち寄ろうと思います。通称“褐色エルフ”の里と呼ばれています。その名の通り、肌の黒いエルフ族の里です。もしかしたら、そこでなにかの仕事を世話してくれるかもしれません。その里で旅費をいくらか工面して、それからハロンドール王国に入るというのはどうでしょう。わたしの髪もそこで売れるかもしれません。信用のできる行商人でも探し出せれば、売っても足がつかないと思うのです」

 

 一羽分の肉をふたりで平らげた頃にエリカが言った。

 もう一羽のウサギは、すでに必要分を解体して土鍋の中に浸けている。食べない分については煙で燻していたから、それは保存用として持っていくつもりだと思う。

 

「褐色エルフの里か……。まあ、エリカに任せるけど、お前の知り人ということは、アスカも立ち寄ることは予想しているんじゃないか? 大丈夫か?」

 

 あの魔女をこっぴどくとっちめてから、ルルドの森から逃亡してきた。

 きっと怒っているだろう。

 随分としつこそうな性格をしていたような気もするし、こうやって人里を避けて転々としている分には、居場所を見つけられないと思うが、エリカの知人などということになれば、アスカも立ち寄りを予想して追手を事前に送っている可能性がある。

 だが、エリカは首を横に振った。

 

「その可能性は低いと思います。なにしろ、わたしの故郷について、アスカ様には一度も語ったことはないのです。本当の名も隠していましたし……。ましてや、褐色エルフの里は、わたしも初めて向かう場所です。ただ、イライジャがいるというだけで……」

 

「イライジャ?」

 

 初めて耳にする名に、何気なく一郎は訊ねた。

 

「故郷のエルフの施設で同じように育った幼馴染です……。あっ──」

 

 説明しかけていたエリカが真っ赤な顔をして、慌てたように両手を身体の前で左右に振った。

 

「イ、イライジャは人妻です──。人妻ですよ……。とても美人の褐色エルフですが人妻なのです──。里長の息子様という方に見初められて嫁いでいったのです。でも、人の奥さんで……」

 

「わかっているよ──」

 

 エリカがなにを慌てたのかがわかって、一郎はにやりと笑って、エリカの言葉を遮った。

 

「人妻には手を出さない……。淫魔師は色情狂の代名詞じゃないんだよ。むしろ、性欲はちゃんと制御できるから心配しなくていい……。ましてや、エリカの幼馴染に酷いことなどしないよ」

 

 一郎は言った。

 エリカはほっとした表情になった。

 

「す、すみません……。そんなつもりはなかったのですが……」

 

 じゃあ、どんなつもりだったんだと突っ込もうとしたがやめた。

 その代わりに、手を伸ばしてエリカを引き寄せて、エリカに身体を向けた一郎の正面に立たせるようにした。

 

「……その代わり、俺の性欲をしっかりとエリカが解消させるように頑張るんだね。そうすれば、俺もエリカの友達に手を出さなくて済む……」

 

 一郎はうそぶいた。

 

「そ、そんな……」

 

 エリカが困ったような顔になった。

 

「さあ、食事は終わりだ。寝るにはまだ早い──。いつもの調教の時間だ。この半月で随分と感じる身体になったからな。エリカをどこの誰よりも敏感で、あっという間に俺の愛撫で達してしまう玩具のような身体にするつもりなんだ……。さあ、いつもの調教の格好になれ」

 

 一郎はエリカの手首から手を離して言った。

 

「で、でも、まだ、お話が……。その里に入るときに、ひとつだけ問題が……。それをロウ様に判断していただきたくて……」

 

「いいから脱ぐんだ。話は調教のあとに聞いてあげるよ」

 

「は、はい……」

 

 エリカは面白いくらいに顔を真っ赤にすると、大きく息をして、諦めたようにその場で服を脱ぎ始める。

 

 “全裸になって一郎の前で手を背中に組んで跪く”

 

 それが、日頃命じている「調教の姿勢」だ。

 ルルドの森から脱して数日は、夜の襲撃を警戒して、このようなことは慎んでいたが、三日を過ぎたくらいから、遠慮なく夜はエリカを抱かせてもらっている。

 それに、エリカは事前に可能な限りの警戒と防護措置はするが、一郎がエリカを「調教」すること、そのものは駄目だとは言ってない。

 むしろ、それができるように、野宿の場所などを気を遣っているようだ。

 

 エリカは一郎の目の前で、一枚一枚服を脱ぎ、その場にきれいに畳んでいく。

 やがて、エリカは下着だけの姿になる。

 この世界の下着は、乳房については「胸巻き」とも称する布を巻いて揺れを防ぐ感じのものだ。一方で下着は、一郎の元の世界とほとんど同じであり、薄くて腰にぴったりと密着して股間を覆うだけのものだ。その下着も外し、エリカは一糸まとわぬ格好になっていく。

 

 一郎は焚火に照らされるエリカの裸身を愉しみながら、自分が背負っている袋から一本の道具を取り出した。

 柔らかい小禽の羽根で作った特製の「筆」だ。

 エリカに対する調教道具だ。

 

「今夜は、またこれでなぶってやるぞ……。そして、今夜はちょっと調教の段階をあげるからね」

 

 一郎はもうほとんど素裸になっているエリカの膝の後ろあたりをその柔らかい「筆」でほんの少しくすぐってやった。

 

「あっ、ひっ」

 

 エリカが小さな悲鳴をあげて、さっと脚を筆から避けるような仕草をした。

 

 本当に可愛らしい……。

 

「あ、あのう……。こ、今夜もよろしくお願いします……」

 

 きれいに畳まれた衣類の横に、素裸になったエリカが跪いた。

 両手を後ろに回して背中側で組み、脚は肩幅に開いている。

 一郎が命じている「調教」の姿勢そのものだ。

 拘束具は使っていないが、一郎の「命令」は拘束具と同じ効果がある。始まってしまえば、エリカは一郎の許可なく、この姿勢を崩せない。

 

 一郎は目の前のエリカをじっと見た。

 嫌がってはない……。

 むしろ、これからのことに期待してすっかりと欲情している……。

 魔眼を使うまでもなく、それはすでに息をあげているエリカの様子を見ればわかる。

 

「じゃあ、始めるよ」

 

 一郎は準備していたものを荷から出して、エリカの顔に近づけた。

 

「きゃ、な、なんです?」

 

 エリカが思わず、顔を後ろに避けて声をあげた。

 

「目隠しだよ──。調教の段階をあげると言っただろう」

 

 一郎はそう言うと、当惑した表情のエリカの顔にしっかりと目隠しを施した。

 

「んんんっ」

 

 特製の「筆」でエリカの無防備な乳房をすっと撫ぜると、エリカの喰い縛った口からは、我慢しようとしているらしい嬌声がこぼれ出た。

 

 すでに陽は落ちている。

 焚火の光だけが、この一帯の唯一の明かりだ。

 赤い炎に照らされているエリカの真っ白い肌は本当にエロチックだ。

 

 このエルフ族の美少女を好きなように弄ぶことができる……。

 もしかしたら、元の世界にいたのでは、あり得ない幸せを手に入れたのかもしれない……。

 そんなことを思いながら、今度は右の内腿を撫でるように筆でくすぐった。

 

「あんっ」

 

 エリカは布で目隠しをされた顔を大きくのけ反らせて歯を噛み鳴らした

 もちろん、筆など使わなくても、念じるだけで、同じ刺激をエリカの身体に送り込むことができる。

 それが淫魔力に支配された性奴隷と淫魔師の関係なのだ。

 だが、実際に「筆」でなぶるというのが風情があっていいのだ。

 いかにも、「調教」している感じがするので、一郎はこの「筆」責めが大好きだ。

 もちろん、表では嫌がる素振りのエリカが、実際では満更でもないのは魔眼の力でわかっている。

 

 

 

 “エリカ

  エルフ族、女

  年齢18歳

  ジョブ

   戦士(レベル20)

   魔道遣い(レベル10)

  生命力:100

  攻撃力(目隠し状態):20↓

  魔道力:100

  経験人数:男1、女3

  淫乱レベル:S

  快感値27↓

  状態

   一郎の性奴隷

   淫魔師の恩恵”

 

 

 

 絶頂への指標を表す「快感値」は、数回筆で擦るだけで、すでに“27”だ。

 この数字の示す意味は、いまや完全にわかっている。この数字が“0”になれば絶頂する。“30”を下回れば、すでに挿入可能なくらいに濡れているという状態だ。初期値は女の身体の敏感さに関係があり、いまは“100”くらいがエリカの初期値だ。おそらく、初期値の数値が低いほど、感じやすい身体ということになると思う。つまり、初期値の数値が低ければ低いほど、あっという間に絶頂に達してしまう快楽に弱い身体ということだ。

 また、淫乱レベルの記号も、その女体がどれだけ性的刺激に弱い身体をしているのかという指標だ。

 エリカは最初は「B」だったが、一郎が性奴隷にした直後に「A」になり、いまは「S」だ。Sになってからのエリカは、目に見えていままでと一変するくらいに敏感でいやらしい。

 

「はああ──」

 

 エリカが大きな声をあげて身体を震わせた。

 一郎は筆で胸の谷間から局部にかけて、すっと掃くように筆を動かしたのだ。一郎にはエリカのどこを責めれば欲情を誘うかがひと目でわかる。性交のとき、一郎には相手の「感じる場所」というのが、桃色や赤色のもやのようなもので示されるからだ。

 

 一郎はただ、そこを責めるだけだ。

 とにかく、それを指標にして、エリカの身体のあちこちに筆を動かし続けた。

 これがなければ、三十五歳になるまで、性経験のなかった一郎が、女を悦ばせる抱き方をするなど無理だ。

 毎夜の営みのたびに、エリカが狂ったように愉しんでくれるので、本当にこの淫魔師の能力には感謝している。

 もっともっと、エリカに感じてもらいたい。

 一郎は魔眼によるステータスと、淫魔師の能力による数値や色を確認したがら、エリカの身体を筆で愛撫し続けた。

 

 それにしても……と思う。

 

 性交とは関係ないが、エリカのステータスにある「直接攻撃力」については、通常の武器を持たない状態であれば、いまは「100」くらいの数値を示しているが目隠しをしたことで「20」になった。

 だが、「20」というのは、一郎の普通の状態と同じ数字なのだ。

 つまり、男の一郎だが、身体の細い女エルフのエリカに目隠しをさせて、初めて対等になるということだ。

 「直接攻撃力」というのは、文字通り、魔道などによらない身体や武器を遣った戦闘能力のことであり、その人物が素手であるのか、武器であるのか、あるいは拘束などをされているかによって数値は変わっている。極端にいえば、その日の体調によっても数字は変化する。

 そういうものなのだ。

 例えば、エリカの場合は素手のときの戦闘力は、いまは「100」だが、小弓を持たせれば「500」に跳ねあがる。短剣の場合は「400」だ。つまり、エリカは、短剣などの武器よりも、弓の方が得意なのだ。

 しかしながら、同じように一郎が武器を持っても、直接攻撃力の数字はそれほどは影響しない。

 素手のときの戦闘力が「20」の一郎だが、エリカの扱う小弓を持っても数値はやはり「20」のままだ。一郎は弓の扱いができないからだ。また、短剣を持っても、「20」が「21」に変わるだけだ。

 およそ、まともな戦闘には役に立たないということが自分でもわかる。

 

「はあ、はあ、はあ……、こ、怖いです、ロウ様……。怖いです……」

 

 いくらか筆で刺激を加えてから、今は焦らすようにしばらく間を置いているところだった。

 しかし、目隠しをされているエリカは、どこを責められるかわからない不安で、この待っている時間からも、強い欲情を誘ってしまうようだ。

 なにもしなくても、快感値が少しずつさがり続けていることでそれがわかる。

 今度は乳房の横のあたりをすっと筆で擦った。

 その辺りはエリカの性感帯であることを示す桃色のもやのぎりぎり外側くらいだ。

 

「はあっ」

 

 エリカが驚くくらいの反応を示すとともに、もうこれだけで身体がくたくたと力が抜けたような状態になった。

 また、筆の当たった場所に、ぱっと赤いもやが拡がり、その一帯周辺が桃色に包まれる。新たに快感の場所が増えたのだ。

 本当に反応が著しくて面白い。

 

 

 

 “エリカ

  快感値:15↓”

 

 

 

 すでに喘ぎの声が熱っぽい。

 股間からは滴るくらいに蜜も垂れ始めている。

 この瞬間でも挿入が可能なのだが、いまはもう少しエリカを苛めてみたかった。

 一郎は、同じように、乳房周辺のもやのぎりぎり外側を筆で刺激することで、さらにエリカの身体の上の赤色と桃色のもやを拡げながら、今度は淫魔の力で、アヌスの表面と茂みの奥にやはり筆の感触を送り込む。

 そこはすでにもやが真っ赤になっていた部分だ。

 

「あはあっ」

 

 エリカがたまらず後ろ手に組んだ身体を跳ねあげた。

 そこを刺激されたことで、徐々に下がっているだけだった耐久度数が一気に一桁になった。だが、これからはそんなに下がらない。

 筆程度の弱い刺激ではなかなか零に到達するほどの最終的な快感は集められないようなのだ。それでいて、一郎が赤い場所を拡げるように全身に刺激を加えているので、どんどんを身体を染めるもやの色と場所が濃く、そして、広くなる。

 

 しばらく、それを続けた。

 しかも、責めに慣れないように、一箇所の責めを長く続けることなく、巧みに短い時間で場所を変えていく。視界が隠されているエリカは、翻弄されてあられもない声をあげるようになった。

 乳房や局部や股間といった当たり前の場所だけではなく、頭の先からつま先まで考えられる部分のすべてに、「筆」と淫魔力で刺激を加えていく。

 

「あっ、あっ、あっ、く、苦しいです……。も、もう、狂いそう……ああ──」

 

 エリカがついに動転したような声をあげた。

 すでに、快感値は“2”と“3”の数値をいったりきたりするまでになっている。

 ここで強い刺激を与えれば、あっという間に数値は零になり、身体は絶頂に達するだろう。

 

 毎晩のようにエリカを抱かせてもらっている一郎にはそれがわかる。

 

 一郎は始まってからの時間を知るために空を見あげた。

 大きさの異なる三個の月が空に浮かんでいる。その位置の変化で時間の経過がわかるのだ。

 それにしても、こうやって複数の月が空に浮かんでいるのを眺めていると、やはり、ここは異世界なのだということを改めて自覚する。

 

 この世界に月は全部で五個あるらしい。五個の全部が夜空に浮かぶのは数年単位で起きるらしいが、逆に全部の月が隠れるというのは、エリカも聞いたことはないようだ。だから、この世界では、空が雲で覆われて月明かりがないときはあるが、空に月がない「闇夜」という概念はない。

 

 いずれにしても、それらの月の動きで時間を知る方法はエリカに教わっている。

 今夜の「調教」を始めてから、約「一ノス」というところだろうか。

 こっちの世界では、「ノス」というのが時刻の単位であり、一日は三十ノスだ。つまり、一ノスというのは、一郎の知っている時間の単位では、約四十八分に相当するらしい。ちなみに、一ノスは、五十「タルノス」であり、一タルノスは一分弱になる。また、一日の長さは、一郎のいた元の世界とほぼ同じのようだ。

 

 一ノスのあいだ、筆責めを受け続けているエリカは、すでに太腿の痙攣がとまらなくなっていて、目隠しをした顔は完全に上気している。

 筆を引きあげた一郎は、前々から試してみようと思っていた淫魔力をエリカにやってみることにした。

 

 じっとエリカの下腹部を凝視する……。

 膀胱のある辺り……。

 そこに水分が溜まっているイメージを膨らませる……。

 

「はううっ──。な、なにをしたんですか、ロウ様──。あ、ああっ、こんなの──」

 

 エリカの腰が前側にがくりと曲がった。

 

「おお……。うまくいったな……」

 

 一郎は我ながら感嘆の声をあげた。

 多分、できると思った。

 一郎がやったのは、奴隷化した相手の身体を操れるという淫魔の力でエリカの膀胱を水分でいっぱいにすることだった。

 いま、エリカは急激に襲った尿意に激しく狼狽しているところだろう。

 そのエリカをすでに準備されている「寝床」に横たわらせた。

 

「だ、だめえ──。で、出ちゃう……も、漏れます──。漏れちゃいます──」

 

 悲鳴をあげるエリカを無視して、下だけ裸になると、一郎は尿意に苦しむエリカの脚を開かせ、エリカの股間に怒張を埋めていった。

 

「あ、あふうっ、だ、だめえ──」

 

 エリカが悲鳴をあげた。

 構わず、一郎は勃起した男根をエリカの中に沈めていく。

 エリカは激しすぎる尿意と快感にどうしていいかわからないという感じで、顔を左右に振って狼狽えた声を出し続けている。

 

 

 

 “エリカ

 快感値:2……3……↓↑”

 

 

 

 いつもなら、挿入と同時に絶頂してしまうのに、今夜は尿意のためにそうはならないようだ。

 快楽に流れていくエリカを見ていると、強い愛情が生まれてくるのと同時に、もっと苛めてやりたいと思う気持ちも芽生えるのが不思議だ。

 

 いずれにしても、本当に寝床を汚されては困るので、一郎はこっそりとエリカの膀胱を封鎖してしまった。

 淫魔力で身体を操るということにも慣れてきた。

 エリカを毎晩のように抱くことでわかったのは、手にした性奴隷を操れるようになるには、ただ呪術で縛るだけではなく、相手の奴隷の身体を深く知ることが必要だということだ。

 淫魔力で尿意を生んだり、あるいは尿管を封鎖したりということは、最初はできなかった。

 

 しかし、毎晩、エリカの身体を観察し、調べ、犯すことにより、いまはできるようになった。身体の感覚を操るには、頭にはっきりとしたイメージを浮かべることが必要だからだ。

 もっとも、こうやって、命令を与えて身体を自在に操ったり、拘束したりするというのは、「性交」に関するときの場合だけなのだ。性交以外のこととなれば、まったく淫魔の力は働かない。

 たとえば、「嘘をつくな」という命令は、性行為をしているときや、性交に関する内容のときには有効であるが、そうでないときには、まったく効力を失う。

 まあ、そういうものなのだろう。

 

「あっ、あっ、あっ、ああ……」

 

 エリカは懸命に尿意の苦痛に必死に耐えながら一郎を受け入れている。

 一郎はそんなエリカを愉しみながら抽送を開始した。

 毎晩抱いていることでわかったのは、俺とエリカは性の相性が最高だということだ。

 エリカの身体は信じられないくらいに気持ちがいい。

 滑らかで豊かな粘膜の感触──。

 熱くて豊潤な愛蜜の果汁──。

 それらが鍛えられた股間の筋肉でぐいぐいと締めつけてくる……。

 

 いまもそうだ。

 

 たっぷりと味わいたいという気持ちと、すぐに放出したいという気持ちが交差する。

 出したいと思えばいつでも出せる。

 逆もそうだ。

 そんな風に、思うままに射精がコントロールできるのは、淫魔師となった一郎に備わった力のようだ。

 

「い、いきますう──」

 

 エリカが下から一郎の背中に抱きついてきた。

 快感値がは“0”──。

 エリカは達したようだ。

 

「ああっ、だ、だめえ……」

 

 絶頂の瞬間、股間が完全に緩んだのか、エリカが慌てたような声を出した。

 緊張を解いてしまったので、尿が漏れてしまうと思ったに違いない。

 だが、すぐに漏れ出ない尿に困惑の表情を見せ始めた。

 昇天しながら、そんな複雑な感情に襲われているエリカを抱きしめながら、一郎は最後の抽送をしていた。

 今夜はこのまま精を出す。

 そう決めた。

 エリカがまだ絶頂状態にあることを確認しながら、一郎は歓喜の白濁の汁をエリカの子宮にぶちまけた。

 

 

 *

 

 

「ああ、な、なにしたんですか……。こ、こんなの酷いです、ロウ様」

 

 余韻にひたりかけていたエリカが、がばりと身体を起こして両手で股間を覆って立ちあがった。

 尿意がすでに限界を越しているはずだ。

 それなのに排尿ができない苦痛にエリカは顔を歪めている。

 

「ちょっと、やってみたかったんだ……。悪いな……」 

 

 一郎は、エリカの目隠しを外してから、そのエリカの右の手首を引っ張っていくと、寝床から離して、まだ燃えている焚火の明かりのそばに連れていった。

 

「な、なんですか?」

 

 エリカは抵抗はしなかったが、ぎょっとした表情になった。

 一郎は食事のときに使った石の椅子に座っている。

 エリカはその前に立たされている態勢である。

 強い尿意のために、かなり前屈みの姿勢になっていた。

 エリカは完全な素裸であり、一郎は下だけなにもはいていないという格好だ。

 

「一度、女がおしっこするところを目の前で見てみたかったんだ。やってくれよ」

 

 一郎はできるだけ、なんでもない口調で言った。

 

「な、なに言ってんですか──。そ、そんなことできませんよ──」

 

 しかし、エリカはびっくりして、眼を大きく見開いた。

 

「できないって言っても、無理矢理やらされるのは知っているだろう? いい加減に慣れろよ。さあ、腕を後ろに回して、脚を開け」

 

 一郎は言った。

 命令に逆らえない淫魔の力がエリカの身体に刻まれている。

 拒否の言葉を訴えて身悶えするエリカだったが、その手足は一郎の命令のままに動いてしまう。

 

 たちまちに、エリカは一郎の目の前で指示したとおりの格好になった。

 

「ああ、や、やあっ……。む、無理です……。わ、わたしは、誇り高き……、お、女エルフで……た、た、立ったまま用を足すなんて……」

 

 エリカは恥辱に顔を真っ赤にして声を震わせた。

 しかし、恥ずかしいことをさせると、それがエリカの淫らな内心の興奮を誘うのも事実のようだ。

 余韻状態だったエリカの「快感値」が再びじわじわと下がりだす。

 

「じゃあ、我慢してみたら? できるものならね……」

 

 一郎は冷酷に言い放つと、止めていたエリカの尿管を解放した。

 

 次の瞬間、しゅっという大きな音とともに、激しい放水がエリカの股間から飛び出した。

 

「あっ、あっ」

 

 エリカが羞恥に打ちひしがれたような表情になった。

 

「へえ、これが誇り高きエルフ女の立小便ということか。いいもの見たな」

 

 わざとエリカを追い詰めるような言葉を使って、まだ放尿を続けるエリカをからかう。

 果たして、エリカは恥ずかしさで全身を真っ赤に染めている。

 一方で、エリカの快感値が、一気に“5”にまでなっていた。

 

 これは、もう一度できそうだな……。

 すっかりと、元気を取り戻した一郎自身の股間と、まるで気をやっているように頬を火照らせているエリカの姿を見て、一郎は思った。

 

 

 * 

 

 

 三個あった空の月は、いまは一個になっている。

 

 一郎は服を着たが、エリカは疲労のあまり素裸のまま寝入ってしまった。いまは、仰向けの一郎に裸身を寄せるようにして、静かな寝息を立てている。一郎は、そんなエリカを片手で抱くような体勢で横になっていた。

 無理もない……。

 快感の限界まで引き出すような性交を結局三回やった。

 最後には、エリカもまともに意識を保っていないような状態だった。

 

 三回とも中出しだ──。

 本当に気持ちよかった。

 

 ところで、この世界には、“サビナ草”と呼ばれる完璧な避妊効果と堕胎作用を持つ薬草が知られており、それを月に一度服用としておけば、どんなに精を注がれても受胎はしないらしい。

 エリカも戦闘エルフとして、平素から服用していたらしいが、この旅の途中でもそれを見つけて、エリカは魔道で丸薬を作っていた。全世界のどこにでもあるありふれた薬草であり、大抵の女はそれを使って妊娠をコントロールしているとも言っていた。

 一郎もサビナ草を見たが、確かにどこにでもありそうな小さな紫色の花の雑草だった。

 

 だが、そんなものがなくても、おそらく一郎には、女体を孕ませたり、あるいは、それを防いだりすることは自在にできる気がする。

 女体の身体に精を放つとき、心の一部にその選択を促すなにかが生まれるのだ。だから、一郎は自分が望まない限り女体を妊娠させることはないし、逆に、望めば確実に受胎させることができるのではないか……。

 

 なんとなく、そんなことを考えていたら眠くなった。

 一郎は睡魔に身をゆだねることにした。

 明日は、褐色エルフの里というところにいくはずだ。

 そういえば、なにか懸念事項があるとエリカが言っていたが、それを訊ねるのを忘れていた。

 

 まあいい……。

 明日のことだ……。

 

 一郎は、短くなったエリカの金色の髪に顔をつけながら、そのまま眠りに陥っていった。



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11  生娘凌辱

「つまり、エルフ族にしろ、人間族にしろ、ドワフ族にしろ、もともとは、このナタル森林域を発祥とする三大種族ということですね、ご主人様……。しかし、いつしか人間族もドワフ族も森を去り、いまはナタルの森はエルフ族の国であると……。そして、エルフ族は、この森で“里”と呼ばれる集落をひとつの単位として、この森林各地に数十に分かれて暮らしており、それらは、エルフ族長老を長とする族長会議という権威の支配にある……。そういうことですね、ご主人様……。だいたいのことはわかりました。本当に、ご教授ありがとうざいました、ご主人様」

 

 一郎はわざとらしく、“ご主人様”を繰り返しながら応じた。

 

 エリカと並んで歩く道は、昨日までの道とは異なり、明らかに人による手入れがなされているという感じになっている。

 道端には道しるべのようなものもある。

 

 一郎には読めないのだが、エリカによれば、通称“褐色エルフの里”と呼んでいる集落には、もうしばらく歩けば到着しそうであるようだ。また、エリカの説明では、そこに住む者は千人くらいだろうということだ。

 すでに遥かな北の地に去ったが、いまでも古い時代からの洞穴生活を続けているという小矩族のドワフとは異なり、エルフ族の里はほぼ人間族の社会と変化はないらしい。

 

「そ、そうですけど……。さっきからやめてください、ロウ様……。わたしの従者のふりをするのは里の近くになってからでいいんですから……。なんだか、からかわれているようで嫌なんです」

 

 エリカが困惑した口調で言った。

 だが、そんな困った表情もまた可愛い。

 いや、エリカは、その苦しそうな顔こそ、なによりも色気があるのだ。無論、からかっているだけなのだが、エリカのそんな顔を見ていると、なぜかもっと困らせてやりたくなる。

 

「でも、慣れておかないといけませんしね。ご主人様も俺のことを“ロウ”と呼び捨てにする練習をしておいた方がいいですよ。そうでないと、思わず、俺の性奴隷であるなどという本音の発言が出てしまって、里を叩きだされるかもしれませんからね」

 

「もうっ」

 

 やっと、からかい半分なのがわかったのか、エリカは怒ったように頬を膨らませた。

 一郎は思わず笑ってしまった。

 

「まあいいや……。でも、本当に遠慮なく、俺のことは従者扱いしてもらって大丈夫だ。もともと、俺はこの世界で生きていくためのなんの取柄もないことは自覚している。それにも関わらず、空威張りするほど、ずうずうしい性格でもないんでね。俺のことを主人扱いしてくれるのは嬉しいけど、俺としては、エリカに見捨てられなければいいんだ。従者でもなんでもするさ」

 

 一郎は言った。

 本心だった。

 一郎は、別にエリカのご主人様になりたいわけじゃない。この美少女なエルフ娘のエリカを好きなときに好きなやり方で抱き、そして、ついでに生きるための面倒を看てもらう。

 それが望みだ。

 

 その方法が淫魔力によりエリカを支配することだから、そうしている。

 望みさえかなうなら、別に日常において、エリカが主人で一郎が従者でも問題ないのだ。

 倍近い年齢の差があるが、それが気にならないほどに、エリカは優秀だ。

 エリカが主人で十分に納得だ。

 

 何度も繰り返すが、毎晩の相手だけしてもらえればいい。

 とにかく、淫魔師という能力は、かなり使い勝手がいいが、性欲だけは有り余っている。

 毎日発散できなければ、多分おかしくなると思う。

 その点、エリカは体力もあるし、とびきりの美女だ。それなのに、いい歳で外見も能力も凡庸の一郎の相手を喜んでしてくれる。まさに最高の女だと思う。

 

「でも、納得していただいてありがとうございます。“森エルフ”は、人間社会で暮らして、人間族に仕える“街エルフ”を軽蔑しているところがあるのです。もしも、わたしが本当はロウ様に仕える従者、ましてや、奴隷だとわかれば、その瞬間に恥ずべき者として、里を追い出されてしまうと思います」

 

「そういうものか?」

 

「はい、そういうものです。わたしなどそれで済むかもしれませんが、ロウ様が淫魔師であり、エルフ族のわたしを性奴隷にしているなどとばれれば、森エルフの者たちは、ロウ様を殺してしまうかもしれません。絶対に本当のことを言わないでくださいね」

 

 エリカは小声で言った。

 

「脅かすなよ」

 

 一郎は苦笑した。

 

「脅かしてません。本当のことです」

 

 エリカは真顔のままだった。

 どうやら大袈裟に語っているのではないようだ。急に恐怖を感じてきた。

 

「そんなに悪いことか? 淫魔の力でお前を支配しているというのが……」

 

「あ、当たり前じゃないですか──。冷静に考えてください。わたしはもう心がそれを受け入れているし、ロウ様を召喚という名の誘拐をしてしまったという負い目もあるからいまの境遇に納得もしていますが、森エルフは“誇り高き種族”という別称もあるくらいで、人間社会に溶け込んだエルフ族を軽蔑しているのですよ」

 

「同じエルフ族でか? なんか付き合いつらそうだな」

 

 一郎は率直な感想を口にした。

 

「森エルフは、エルフ族こそ、あらゆる種族の最高であると思っているのです。それを人間族が呪術で支配して、性奴隷にするなど……。あっ、わたしは、なんとも思っていませんよ。まったく問題ないと思っています。本音です。それが操られて生まれた意識であったとしてもです。でも、大部分の森エルフはそうは考えないのです。森エルフにとっては、人間族というのは短命の下等種族なのです。わたしではないですよ……。一般的な森エルフの価値観がそうだというのであって……。」

 

「わかった、わかった」

 

 一郎はくどくどと続きそうなエリカの言い訳を笑いながら遮った。

 

 このエリカが完全に一郎のことも、淫魔力のことも受け入れてくれているのは事実であり、一郎の性奴隷であることにも、すっかりと順応してくれているのは、内心でもこそばゆい限りである。

 

 それが呪術により作られたものであり、彼女本来の心ではないことは承知しているし、そんなことをしているのは卑怯極まりないというのも十分に理解しているつもりだ。

 これほどの女傑の美女が、本気で一郎の相手をしてくれるなどと自惚れるつもりもない。

 

 だが、一郎はこれからなにがあろうとも、もうエリカに刻んだ性奴隷の呪術を解くつもりはない。

 呪術を解くことで、エリカが離れていってしまうのであれば、一郎はこの異世界最大の卑怯者でちっとも構わない。

 

 とにかく、これから向かおうとしているのは、「褐色エルフの里」という数十ある同じような森エルフ族の集落のひとつであり、そこにはイライジャというエリカの昔馴染みの女エルフが集落の族長の息子に嫁いで暮らしているのだそうだ。

 その彼女を頼って、しばらく里の仕事をさせてもらい、それによりハロンドールに入る路銀を稼ぐというのが目的だ。

 

 ただ、そのためには、同じ森エルフの出身であるエリカは問題はないが、人間族である一郎は問題があるらしい。エリカは、朝からの道中で何度も説明してくれたが、森エルフは、同じエルフ族でありながら、ナタルの森を捨てて人間族の社会に混じった「街エルフ」の一派を軽蔑しており、ましてや、人間族はもっと嫌っているというのだ。

 

 だから、一郎については、エリカの「従者」ということにしようということになっている。

 人間族である一郎が、森エルフ出身のエリカを従者にしているなど、里のエルフの烈火の怒りを買うだろうが、逆に人間族を従者にしているのであれば、里に受け入れてくれるだろうとエリカは考えている。

 

 だからこそ、エリカも森を出て三公国と称されている人間族の国で生きるにあたり、エルスラという偽名を名乗ったのだそうだ。

 万が一にも、森エルフの知り人に、エリカが森を出たことがばれないためだ。

 しかし、もういいらしい。

 人間族の一郎がエルフの森で生きることはできないので、エリカもまた、もう森に戻らない決心がつき、これからは本名でいくという。

 エリカの名はアスカは知らないし、その点でも都合がいいそうだ。

 

 ただし、里にいるあいだ、エリカは一郎の「主人」であるふるまいをしなければならないし、一郎は大変居心地が悪い思いをすることは間違いないという。

 エリカは、それでも「褐色エルフの里」を訪ねてもいいかと一郎に判断を求めたのだ。

 

 一郎はそれは問題ないと即答した。

 いずれにしても、路銀を得なければ、旅はできない。

 その路銀を得るために、エリカの友人であるというイライジャを頼るというのは、いい方策だと思う。

 

「……それから、何度も同じことをいうようですが、淫魔師であるとか、他人の能力が見える力があるとか、あるいは、外界人であるというのも絶対に秘密にしてくださいね。そういうのは全部、軽蔑と怒りの対象ですから」

 

「肝に銘じているよ、エリカご主人様」

 

 一郎はおどけて言った。

 

「ありがとうございます、ロウ様……。その代わり、できるだけ早く里を出立できるようにしますから。なんとか、イライジャに頼んでみます」

 

「そのイライジャというエルフとは親しかったのか?」

 

 一郎は言った。

 

「とても親しいと言ってもいいと思います。わたしたちがすごしていた自由エルフの里で、孤児として同じ施設で暮らしました。イライジャは、わたしよりも二歳上で、わたしにとっては、本当のお姉さんと同じです」

 

「二歳上ということは、二十歳か」

 

「はい。ただ、旅に出て人間社会に入ろうとしたわたしに対して、イライジャはこのナタルの森に残ることを選びました。それで、偶然に故郷の里を訪れたいまの旦那様に見初められて結婚することになったのです。ところが、その旦那様はなんと、これから向かう森エルフの里の族長の息子さんだったんですよ。ロマンチックですよねえ」

 

 エリカは当時のことを思いだすようにうっとりとしている。

 それのどこかロマンチックなのかは一郎にはわからないが、察するに孤児でしかないイライジャというエリカの昔馴染みの少女が、ひとつのエルフ族の集落の族長の息子に見初められたというのがすごいことだと言っているのだろう。

 

「それはともかく、お前も、その人間嫌いの誇り高き森エルフのひとりなんだろう? そのエリカがなんで人間社会で暮らしてみようと思ったんだ?」

 

 一郎は言った。

 

 アスカに仕える前のエリカは、ローム三公国と呼ばれるデセオ、タリオ、カロリックという国々を短い期間転々としたことがあるようだ。

 それで、カロリック公国の公都を旅しているとき、そこにやってきていたアスカの手の者と出逢い傭兵として雇われて、アスカの宮殿に連れて行かれたらしい。そして、彼女の愛人兼部下となったらしい。

 

「ううん……。まあ、好奇心が人一倍強かったのかもしれません。わたしはもともと人間族に対するおかしな偏見もわだかまりもありませんし、ただ、いろいろな経験を積みたかったのです。それだけです」

 

 エリカは笑った。

 

「なるほどね……。ところで、エリカ、里に入ったら、俺だけじゃなくて、お前もいろいろと我慢しなきゃだめだぞ。俺たちの本当の関係がばれないようにね」

 

 一郎は軽い口調で言った。

 

「も、もちろんです。絶対に口外しません。でも、これも繰り返すみたいですが、わたしが冷たい態度になっても、それは演技ですからね。それだけはわかってください」

 

 エリカはあくまでも真面目だ。

 まあ、その真面目なエリカが、性的な刺激に弱いのが大きな魅力なのだが……。

 

「そういう意味じゃないんだなあ……」

 

 一郎は淫魔の力をちょっと込めた。

 

「うっ」

 

 エリカが一瞬たちすくんでから、がくりと膝をくの字に曲げた。

 淫魔の操りの力で、エリカのクリトリスに昨夜と同じ「筆」でくすぐる刺激を送ったのだ。

 

「も、もう……。ロ、ロウ様──」

 

 エリカが股間を両手で押さえながら、真っ赤な顔で抗議した。

 しかし、その顔は困惑しているが怒ってはいない。

 

「俺の鬱憤が溜まれば、いまみたいに容赦なく、淫魔力でエリカの身体を刺激して、うさを晴らす。そのとき、いまのようにわかりやすく感じないでくれと言ってるのさ」

 

「だ、だったら、そんなこと、しなければいいでしょう……」

 

 エリカが腰をもじつかせながら声をあげた。

 

 ただ、絶対にそんなことをするなとも言わないし、いまも一郎に苛められるのが満更でもない表情だ。

 そんな風に一郎の悪戯を受け入れてくれるのがエリカのいいところだ。

 

 そのときだった──。

 

 ふたりで歩いている道の先から、突然に誰かの悲鳴が聞こえた気がした。

 ここはナタルの大森林を縦横に貫く道だが、向かっている里まではしばらくあり、人気などまったくない地域だ。

 

「エリカ──」

 

 一郎は悪戯を即座にやめて声をかけるとともに、瞬時に魔眼を使った。

 

 

 

 “ユイナ

  エルフ族(褐色)、女

  年齢16歳

  ジョブ

   魔道遣い(レベル10)

   戦士(レベル1)

   ***(**)

  生命力:100

  攻撃力:1(拘束状態)

  魔道力:100(凍結)

  経験人数:なし

  淫乱レベル:D

  快感値:500(通常)

  状態

   魔力凍結”

 

 

 

 まず、頭に飛び込んできたのがそれだった。

 次いで、四人ほどの褐色エルフの男の情報も入ってきた。

 

 しかし、その四人のうちのひとりについては、すぐに情報が消滅してしまった。

 残りの三人のエルフ男たちは、いずれも剣を持っていて、戦士レベルは、“5”、“2”、“2”だ。戦闘力はひとりが“600”で、残りふたりは“50”と“60”──。

 

「エリカ、この先で三人のエルフ族の男がユイナという褐色エルフの少女を襲っていると思う──。三人のうちひとりは手練れだ。もうひとりいたんだが、その情報は消えた」

 

 一郎は素早く情報を伝えた。

 エリカは荷から弓と矢を取り出すと、残りの荷を横の茂みに投げ捨てた。

 

 エリカが駆け始める──。

 速い──。

 一郎も慌てて後を追う。

 

 だが、駆けているうちに、エルフ族の少女についても、襲撃者らしき三人の男の情報も途絶えた。

 魔眼で感知できる距離から離れてしまったのかもしれない。

 やがて、道に倒れているひとりの男を見つけた。胸から大量の血が流れ出ている。

 

「しっかり──」

 

 エリカが男に声をかけて、男の身体にしゃがみ込んだ。

 しかし、すぐに一郎に向かって首を横に振った。

 その男が死んでいるのは一郎の目にも明らかだ。男の胸にはたくさんの刺し傷がある。よってたかって殺されたのだろう。最初に一郎の魔眼から情報が消滅した男が彼だったに違いない。

 

 死んでいる男は旅姿であり、そばには旅支度の荷袋があるが、それは荒らされている。そして、なにかを取り出したような感じに荷袋の中身が道端に散乱していた。

 

 一郎は生まれて初めて見る本物の死骸に身体が竦む思いだ。

 

 ここは異世界だ……。

 死は常にそばにある……。

 一郎は懸命に自分に言い聞かせた。

 だが、次の瞬間、一郎の頭にもう一度、さっきの男と女の情報が入ってきた。

 

「エリカ、この近くにまだいる……。その場所もわかる……。それから……」

 

 一郎はささやいた。

 

 そして、そこでなにが起こっているかもわかってしまっていた。

 ついさっきまで、「経験人数:なし」と表現されていた見知らぬユイナというエルフ娘のステータスが、いまは「経験人数:男1」に変化していた。

 

「……俺が誘導する……。その弓で最初に手練れを射るんだ。残りはお前が負ける相手じゃないと思う、エリカ……」

 

 とにかく一郎は、まずはそれを言った。

 

 

 *

 

 

 

「ち、畜生、噛みやがった、兄貴──。痛ててて──」

 

 口と眼の部分だけをくり抜いた覆面で顔全体を被った三人の男のひとりがユイナに手を噛まれて悲鳴をあげた。

 そのまま食い破ってやろうと思ったが、もうひとりの男に強引に顎を掴まれて口を開かされる。

 

 その口にユイナから引き千切った服の切れ端を突っ込まれ、さらに上から紐をかけられて猿ぐつわをされた。

 すでに魔道の杖はへし折られた。魔力も凍結させられ、いまは、この身体だけが抵抗手段だ。

 

「んんんん──」

 

 ユイナはまだ拘束されていない脚で、力いっぱいユイナの口に布を突っ込んだ男の脛を蹴ってやろうした。

 すでにびりびりに破かれているユイナの服は、いまや服というよりは単なる布きれだ。

 暴れれば、隠したい場所が露出するのだが、そんなことはどうでもいい。

 ユイナは力いっぱい蹴りあげる。

 

「ひがっ」

 

 その男が足を抱えて、その場に倒れた。

 

「こいつ──」

 

 さっき手を噛んだ男がユイナの頬を力いっぱい張り飛ばした。

 後ろ手に縄で拘束されているユイナには、それを防ぐ方法などない。意識も飛ぶような衝撃とともに横倒しに地面に倒れた。

 すぐに身体を起こそうと思ったが、身体が痺れて動けない。

 

 情けない──。

 涙が出てきた。

 畜生──。

 口惜しい──。

 こんな連中に──。

 

 すると、いままでふたりの男がユイナを襲うのを見守っていた三人の襲撃者のリーダー格の男が笑い出した。

 

「お前ら、手を縛った小娘相手になにを手こずってるんだ。いいから、とりあえず足を揃えて縛ってしまえ。それと、ここじゃあ人目につくかもしれねえ。少し道から外れたところに、誰も使ってねえ猟師小屋があったろう。そこに連れ込め。犯すのはそれからだ」

 

 そのリーダーが言った。

 ユイナの身体をさっきのふたりの男がのしかかるように押さえつけた。ひとりが両脚を揃えて上に乗り、もうひとりが足首と膝に縄を掛けていく。

 

「んぐうう──」

 

 ユイナは暴れたが、さすがにどうしようもない。

 改めて腕を胴体に縛りつけられたユイナは、地面の上で芋虫のように動くだけで、今度は起きあがることすらできなくなった。

 

 助けを求めて、一緒にいた里の男を見た。

 しかし、少し離れた場所で倒れているその里の男は身動きひとつしない。

 

 ここまで血の匂いがするから死んでしまったのだろうか……?

 

 やっぱり、死んだのか?

 本当に死んだのか……?

 

「おい、お前は、小娘の連れの荷を調べろ。こいつの荷には告発書はなかった。もうひとりの男が持っているに違いないぜ」

 

 リーダの言葉でひとりが弾かれたように駆けていった。

 ユイナはそれで、この三人が誰の指示で動き、なんのためにユイナたちを襲ったのかわかった。

 

 さらに口惜しさが拡がる。

 

 こいつらの狙いは、ユイナたちがこれからエルフ族の長老に、新しい里長(さとおさ)の悪事を告発するための証拠を添えた文書だったのだ。それを奪われては、ユイナたちのやろうとしていることは無になる。

 

「さあ、死ぬまでの短い時間、おじさんたちが遊んでやるからな。元気のいいお嬢ちゃんだが、男遊びの経験はあるか?」

 

 すると、リーダーの男が地面に寝ているユイナの身体の横に屈みこんできた。

 ユイナの顔の前で、意味ありげに右手を拡げる。

 その右手に魔力が集中するのがユイナにはわかった。

 

「んんっ」

 

 びっくりした。

 リーダーの男の指が魔道であり得ないほどに細かく小刻みに振動をし始めたのだ。しかも、五本の指の全部がだ。

 その指が破かれて露出していたユイナの乳房にそっと触れた。

 

「んんん──」

 

 ユイナは口に突っ込まれた布の下から悲鳴をあげた。振動をしている指が乳房の頂点に乗せられて、得体の知れない感触がユイナを襲ったのだ。

 

「どうだ、なかなかいいだろう? その感じだと生娘か? 死ぬ前になんの経験もなく死ぬのは可哀想だからな。俺たちがきっちりと女にしてから、冥界におくってやろう」

 

 リーダー男の振動する指が破かれた衣服の隙間から入り込み、背筋から腰のくびれのあたりを這い始める。

 こんな男になぶられて、反応を示すなど血が凍るほどの屈辱なのだが、おかしな振動をする指に剥き出しになっている皮膚を刺激されると、ぞわぞわとした感覚が込みあがり、ユイナから全身の力を奪っていく。

 

「おう、なかなかの好き者か? じゃあ、ここはどうだ?」

 

 男の指が破れたスカートの内側に入り込み、下腹部に指を這わせる。

 

「んんああ──」

 

 ユイナは身体をばたつかせた。

 しかし、それをふたりがかりで押さえられる。

 振動する指が股間のあちこちをそっと触れて動く。ユイナは激しく拘束された身体をもがかせた。

 ユイナの反応を愉しむかのように、ふたりが大笑いした。

 口惜しさでまた涙が出る。

 そのとき、さっき駆けていった男が戻ってきた。

 

「おう、兄貴たちばかり、狡いじゃねえか──」

 

 その男が開口一番声をあげた。

 

「そう言うな。それよりも、見つかったか?」

 

 リーダー男がやっとユイナの身体から指を離した。とりあえずほっとした。

 だが、戻ってきた男が掴んでいたものを見て、ユイナは愕然とした。

 

 紛れもなく、告発書だ。

 ついに、見つけられてしまった……。

 

 これで、ユイナの運命も定まった。

 告発書を奪った以上、この三人が告発の使者であるユイナを殺すことは間違いない。

 すでに、ユイナの連れは殺された。いま、ユイナが生きているのは、この三人がユイナを殺す前に、身体を犯そうとしているからにほかならない。

 凌辱するだけ凌辱すれば、やはり、この三人はユイナも殺すと思う。

 

 仮にも里長のダルカンがこんな思い切った策を取るとは夢にも思わなかっただけに、たったふたりだけで重要な告発書を運ぼうとしたことが甘かったかもしれないと思った。

 それにしても、顔を隠しているのでよくわからないが、ユイナにはこの三人に記憶がない。同じエルフ族のようだが、おそらく別の里から派遣されたものだろう。ダルカンの手の者だと思うが、さすがに、人殺しなどという仕事を里の者にさせるのは躊躇ったに違いない。

 

「おう、それか?」

 

 リーダー男も、戻ってきた男が持っていた告発書に気がついた。それを受け取ると、すぐに中身を確認し、やがて、満足そうにうなずいた。

 

「間違いねえ──。よくやったぞ」

 

 リーダー男が大きくうなずいた。

 

「荷袋の内側が二重になっていて、内側が魔道で巧みに隠してあったんだ。もう少しで見逃すところだった」

 

「わかってるぜ。ご褒美に、最初にこの娘っ子を犯させてやるぜ」

 

 次の瞬間、リーダー男が持っていた告発書が大きな炎に包まれた。

 

 魔道だ──。

 ユイナの目の前で完全に書類が灰になる。

 

「本当か、兄貴? 俺が一番でいいのか?」

 

 男が奇声をあげた。

 

「ああ、俺の見たところ、この娘っ子は生娘だ。ちゃんと可愛がってから犯してやんな。よし、連れていけ」

 

 ユイナの身体をふたりの男が持ちあげた。

 もはや、ユイナにはなすすべもない。

 暴れるユイナの身体を軽々と運んで三人は道から離れていき、やがて森の中の猟師小屋に着いた。

 小屋の床に放り捨てられる。

 

 逃げようとした。

 なんとしても、逃げなければ……。

 ユイナは拘束された身体を転がして、必死に小屋の外に向かう戸に向かった。

 

「操れ、身体──」

 

 しかし、リーダー格の男が笑いながら叫んで、ユイナに向かって杖から魔道を放つ。

 ユイナの全身に強い魔力の縛りが加わったのがわかった。

 身体が動かなくなった。

 

「さすがに、もう抵抗できねえはずだ。俺が魔道で縛りつけてやるから拘束も解いていい。約束通り、最初はお前からだ」

 

 リーダー男が杖をユイナに向けたまま言った。

 再び、ふたりがかりで押さえつけられる。

 しかし、今度は縄を解かれていく。だが、まったく身体は動かない。縄を解かれても見えない縄で全身が拘束されているかのようだ。

 そして、全身にまとわりついていた衣服の切れ端が次々に剥ぎ取られる。ユイナは完全な素裸になった。

 

「いやああ──、誰か、助けてええ──」

 

 やっと口の中の布を抜き取られ、ユイナは力の限り悲鳴をあげた。

 

「いくらでも叫びな──。こんなところに助けなんかくるかよ──」

 

 だが、三人の男たちは嘲笑うばかりだ。

 やがて、ひとりの男がおもむろにユイナの前に進み出て、ズボンを下げた。

 醜悪な男の下半身が目の前にやってきた。

 勃起した男の性器にユイナの全身が強張る。

 すると、ユイナの身体は、まるで操り人形のように勝手に動いて、床に腰をつけて座る体勢になった。しかも、両脚の膝が立ち、大きく左右に開く。

 

「い、いやだああ──本当にいやああ──いやああ──」

 

 絶叫した。

 すでに拘束はないが、身体は動かない。

 しかし、顔は動く。

 ユイナは激しく頭を振り立てて悲鳴をあげた。

 身体が押し倒されて、男にのしかかられる。

 

「や、やめろおお──。やめてええ──」

 

 叫んだ。

 眼の前にユイナを犯そうとしている男の頭がある。

 ユイナは唯一動く頭を男の頭に叩きつけた。

 

「ぐあっ」

 

 男が頭を抱えて、一度ユイナから離れた。

 

「ち、畜生、さっきからなんてお転婆だ──」

 

 その男が今度は拳を振りあげた。

 殴られる──。

 

 ユイナは目をつぶって、歯を食い縛った。

 しかし、あのリーダー男の笑い声が響き渡った。

 

「やっぱり、駄目だな……。どけ、交代だ──」

 

 リーダー男がその男を押し避けると、すっと魔道の杖をユイナの股間に伸ばしてきた。

 

 ぎょっとした。

 その杖の先が、さっきのこの男の指のように魔道で小刻みに振動をしていたのだ。

 

「な、なにする気よ──。やめなさい──やめるのよ──」

 

 絶叫した。

 

「いいねえ……。最後まで、そんな風に抵抗してくれると愉しいんだがな……。すっかりと、諦めて人形のようになった娘を犯しても愉しくないしな」

 

 杖の先が大きく開かされているユイナの亀裂の上側にとんと当たった。

 

「や、やめええ──」

 

 ユイナは甲高い悲鳴をあげてしまった。

 杖の先が当たったのは、ユイナの一番敏感な肉の蕾の部分だ。そこに的確に振動する杖の先が触れたのだ。

 ユイナはもがいた。

 だが、さらに強い魔道がユイナの身体を縛るのがわかった。ユイナは今度は凍りつくように全身を動かなくされた。

 

「ああっ、だ、だめ……」

 

 喉が引きつる。

 なにかが身体の内側から込みあがる……。

 おかしな感覚に身体が揺さぶられる……。

 必死になって、杖から逃げようともがいた。

 でも、やはり動かない。

 大きく開いている脚もぴくりともできない。

 

「感じてきたか? じゃあ、振動をあげるぞ……」

 

「や、やめ……ろ───」

 

 ユイナは歯を食い縛った。

 股間に加えられる杖の先の振動が強くなったのだ。

 痺れるような衝撃が刺激を受けているところから全身に広がる……。

 

「腰が動き出したな……。腰だけ金縛りを解いてやるぞ」

 

 男が言った。

 腰を凍りつかせている魔道の力がなくなったが、それだけだ。手足は動かせない。

 それでも杖の先から逃げようと、ユイナは腰を捻ったり、左右に振ったりするのだが、杖は張りついたかのようにクリトリスの上の一点に乗ったままだ。

 狂おしい刺激だ。

 ユイナはだんだんと自分の身体を支配しようとしているものに恐怖した。

 

「兄貴、感じてきたようだぜ。濡らしてきたぜ」

 

「おう、いくらなんでも、あのままぶっさしたら、こっちも痛いだけだからな。少しくらい潤わせておかねえとな。どうだ、小娘? 感じてきたか?」

 

 杖の振動でユイナの股間をなぶっている男が笑った。

 

「か、感じる……もんか──。じょ、冗談……じゃない……あ、ああっ……」

 

 悪態をつこうと思って口を開いたら、自分でも思いがけずに甘い声が迸った。

 ユイナは慌てて口をつぐんだ。

 

「感じているくせに、あてつけがましく、しらけた顔をしてんじゃねえよ……。おい、そろそろ、いいだろう。いけ──」

 

 やっと杖がどかされた。

 ほっとすることはできなかった。

 それは、最初にユイナを犯そうとした男と入れ替わっただけだ。

 

 身体が倒されて仰向けにされた。

 脚は左右に開いて固定されたままだ。

 股間に覆いかぶさってきた男の勃起した性器の先端が当たるのがわかった。

 

 ユイナは絶叫した。

 股が引き裂かれる──。

 それを思わせる激痛がユイナに襲いかかった。

 股間になにかがめり込む──。

 ユイナはあまりの激痛にわけもわからずに悲鳴だけをあげ続けた。

 

 そんなユイナを見おろしながら、男ふたりが笑っている。

 ユイナの上に乗っている男が獣のような声をあげた……。

 

 

 *

 

 

 二人目の男がユイナの股間に精を放ったのがわかった。

 ユイナは泣く代わりに、自分を犯した男を睨みつけた。

 

「なかなか気の強い娘だな、兄貴──。まだ、こんな顔ができるんだからな───。殺すのは惜しいぜ。せめて、奴隷商に売っぱらっちまおうぜ」

 

 その男がユイナから離れながら言った。

 

「駄目だ──。必ず殺すというのが契約だ。可愛そうだが、こいつには死んでもらう」

 

 三人目はリーダー男だ。

 

「あ、あんたらの……雇い主は……ダルカンでしょう……」

 

 ユイナは口惜しさで歯噛みしながら言った。

 ダルカンというのは、里長だった祖父に替わって、一年前にユイナたちのエルフ村の里長になった男だ。もともとは余所者だったのだが、五年ほど前にユイナたちの里にやってきて里で商売をするようになり、そして、ある事件をきっかけに、祖父を引退させて、新たな里長になった男だ。

 つまり、いまの里の里長なのだ。

 

「さあな……。それを知ってもどうしようもないだろう」

 

 リーダー男はそう言うと、猟師小屋の床に仰向けになっているユイナの脚のあいだに立った。

 おもむろにズボンをおろし始める。

 

 そうかもしれない……。

 

 確かに、いまここでユイナがそれを知っても仕方がない……。

 おそらく、この男に犯されたあとで、ユイナは連れの男同様に殺される。

 せめて、この口惜しさだけでも、祖父やイライジャに伝えられたら……。

 

 そのときだった。

 

 突然に、ばたんと猟師小屋が開いたのだ。

 ユイナは驚いて視線をやったが、それは三人の男たちも同様だった。

 

「なんだ、お前──?」

 

 ひとりが叫んで、三人の持つ杖が一斉に突然の闖入者に向く。

 

 人間族?

 

 そこにいたのは、黒い髪をした人間族の男のように思えた。

 その男がなにかを投げたのがわかった。

 

「うわっ」

 

 ユイナの前にいたリーダー男が声をあげた。

 人間族の男が投げたのは、真っ赤に熟れた木の実だった。それが破れて、リーダー男の全身が赤い汁で染まったのだ。

 

「悪い──。取り込み中か──。じゃあな……」

 

 そして、あっという間にその人間族の男は逃げていった。

 

「いかん──。捕まえろ──。お前はここにいろ──」

 

 リーダー男はひとりを指名すると、小屋に残るように指示し、もうひとりの男とともに、杖をしっかりと握り直して、小屋の外に飛び出していった。

 

 

 *

 

 

 ふたりの男たちが小屋から飛び出してくるのがわかった。

 一郎はなにも考えずに地面にひれ伏した。

 

「いたぞ──」

 

 叫んだのは、三人の強姦魔のうち一番の手練れだ。

 よかった。

 その男が一番強い。

 

 

 

 “名前:****

  エルフ族、男

  年齢:45歳

  ジョブ

   魔道遣い(レベル19)

   戦士(レベル5)

  生命力:100

  攻撃力:600(必撃の剣)

  魔道力:500”

 

 

 

 それに比べれば、エリカは、戦士としてのレベルは格段に上だが、ほかの能力では劣る。それがどういうことなのかわからないが、とにかく、こいつを最初に討つべきだと思う。あとは雑魚だ。

 

 それには奇襲だ。

 どの男が手練れかは、一郎が印をつけてきた。

 エリカには、それで十分だろう。

 

「殺せ」

 

 その男が地面に伏せている一郎を認めて、もうひとりの男に短く言った。

 一郎には、手練れが用心深く杖を構え、もうひとりが杖を腰に差して剣を抜くのがわかった。

 そのとき、風の鳴る音がしたと思った。

 

「がっ」

 

 手練れの首に矢が突き刺さった。

 一郎には一瞬にして、手練れの生命力が消失するのがわかった。

 

 さらにもう一矢──。

 

 今度は頭に刺さった。

 一郎の頭から手練れの情報が消失した。

 ただの死骸に変わったということだ。

 手練れの身体が音を立てて倒れる。

 

「な、なんだあ──?」

 

 一郎に剣を向けていた男が異変に気がついて、声をあげた。

 そして、矢が刺さって死んでいる手練れの姿に悲鳴をあげた。

 

 風の音──。

 同じように首に矢が刺さり、男が倒れた。

 

「ロウ様──」

 

 少し離れた草の中からエリカが顔を出した。

 駆けてくる。

 一郎は立ちあがった。

 

「ぶ、無事ですか?」

 

 駆けてきたエリカは心配そうに一郎を声をかけてきた。

 

「問題ない……。もうひとりいる。小屋だ」

 

 一郎は小屋を指さした。

 中にいるのは、残った男ひとりと、ユイナという襲われていたエルフの少女だ。

 ただ、一郎たちが襲撃する直前に、魔眼で見えるそのユイナの「経験人数」というのが、「男1」から「男2」に変化した。

 

 小屋がどういう状況にあるのかを考えると暗い気持ちになる。

 だが、一郎は首を横に振った。

 

 せめて、助けるのだ……。

 命だけでも……。

 

 一郎は、エリカに小声で指示して、一郎自身は真っ直ぐに小屋に向かって歩いていった。

 近づく前に死んだエルフ男が持っていた剣を拾う。

 こんなものを一郎が持っても、大して役には立たないだろうが、相手はそうは思わないかもしれない。

 三人目の男はまだ小屋の中だ。

 小屋の外における異変には気がついていないようだ。

 その男がユイナというエルフ少女をからかう声が聞こえてくる。

 

 怖い……。

 

 足の震えが止まらない。

 しかし、さっきもそうだったが、襲われているのだと思うユイナという少女のことを考えると、なぜか勇気が出た。

 がくがくと恐怖に襲われながらでも、魔道の遣える三人の殺人エルフ男たちの前に飛び込むことができた。怖さで身体が凍りそうなのに、エリカに告げたとおり、しっかりとエリカが最初に殺すべき手練れに、果実の汁で印をつけることもできた。

 

 そんなことができた自分が不思議だ。

 なにも考えず、襲われている少女を助けようと思うことができた自分が信じられない。

 初めてエリカを抱いたときもそうだったが、どうも女が絡むと度胸も根性もどこからか生まれ出てくる気もする。

 淫魔力により強化されたすけべ心のなせる技か……?

 

 一郎は扉を蹴飛ばした。

 そして、さっと小屋の中を見た。

 

「お、お前、さっきの──。兄貴たちはどうした──?」

 

 全裸のエルフ少女の上に覆いかぶさるようにしていたその男が、ぎょっとした顔をこっちに向けた。

 だが、一郎の眼は、そのエルフ少女の姿を捉えている。

 股間に明らかに犯された痕がある。しかも、薄っすらと血の痕まで……。

 そのとき、その男の杖がこっちを真っ直ぐに向くのが見えた。

 

「やべえ──」

 

 ほとんどなにも考えずに、身体を引っ込めた。

 その次の瞬間、なにかの光線のようなものが一郎の身体すれすれを通り過ぎていった。

 一郎は度肝を抜かれた。

 

「近づくな、こいつを殺すぜ──」

 

 小屋から男の声がするとともに、少女の悲鳴がした。

 

「ふ、ふたりは死んだぞ──。観念して出てこい──」

 

 一郎は叫んだ。

 だが、内心で本当にこっち側に出てきたらどうしようという思いがある。そのときは、一目散に逃げるしかない。

 エリカには、剣の届く範囲内に絶対に近づくなと、念を押されている。

 

「来るな──。来たら、こいつを殺す──」

 

 男が叫び、次に反対側の小屋の壁にどんと身体を当てる音がした。

 

 しめた──。

 一郎の読み通り、そいつは反対側の壁に背をつけたようだ。

 

「ぐああああ──」

 

 叫び声がした。

 一郎は部屋にもう一度飛び込んだ。

 男が背をつけた壁の向こうから剣が貫かれ、男の胸から飛び出している。

 

 エリカだ──。

 男が呻いていたが、すぐに一郎の頭からその男の情報も消えた。

 

 死んだ。

 

「だ、大丈夫か……?」

 

 呆然としているユイナという少女に一郎は声をかけた。

 そして、見ては失礼だとは思いながら、その少女の裸からなぜか眼を離せないでいた。

 褐色エルフという言葉の通り、そのエルフ少女の肌は美しい褐色の肌をしていた。顔には幼さが残っている可愛らしい顔立ちだが、身体は完全な大人だ。

 胸は小ぶりだが品のいいかたちをしている。髪も陰毛も一郎と同じ黒色。身体全体はほっそりとしているのに、妙に腰回りだけは肉付きあり、色っぽい。

 一郎は、一瞬もその裸身から目を離せない自分を感じていた。

 

 その少女が震える身体で立ちあがった。

 一郎ははっとして、少女に駆け寄った。

 魔眼によって、ついさっきまでその少女に、魔道で身体が拘束されていたのはわかっていた。それが術者が命を失うことにより、魔力がやっと途切れて、たったいまやっと解除されたのだ。

 一郎はエルフ少女の身体を支えようとした。

 

「さ、さっきから、なにじろじろと見てんのよ──。触るんじゃない、人間──」

 

 だが、いきなりその少女から顔面に向かって拳が飛んできた。

 眼の前で火花が弾け、それでなにもわからなくなった。



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12  魔眼保持者の勘

「助けてくれてありがとうございます、エリカさん……。そ、それと、従者の方にも失礼しました……」

 

 小屋の中からユイナの声がする。

 ただ、明らかに言葉の前半と後半に感情の入れ方の違いがあった。人間族が嫌いなのはわかるが、少しくらい気持ちを隠せと言いたい。

 とにかく、しばらく興奮状態にあったユイナだったが、やっと普通に会話ができるまで落ち着いてきたようだ。

 

 一郎は、エリカとユイナが話をしている猟師小屋の扉の外で、小屋の壁にもたれるように座っていた。扉は開け放たれているので、ふたりの話し声は十分に聞くことはできる。

 ユイナに殴打された鼻には、まだ痺れのようなものがあったが、エリカの簡易な治癒で鼻血は完全に止まっているし、特段の外傷もない。

 

 三人の暴漢者を片づけたあと、助けたはずの被害者のユイナにいきなり顔面を殴られたのは不本意だったが、凌辱されたばかりのユイナの裸身を無遠慮にじろじろと見てしまったというのは、一郎も反省している。

 

 それにしても、大変に気の強いエルフ娘だと思った。

 

 生娘で強姦により処女を散らされて、それですぐに怒れるのだから、なかなかの根性だ。

 心が潰れて呆けてしまうよりはずっといい。

 さすがに最初はかなりのヒステリー状態だったが、いまは少しは気分も落ち着いてきたようだ。

 

 おそらく、あれから二ノスほど経っていると思う。一郎の元の世界の時間では、約一時間半というところだ。

 

 その時間のあいだに、小屋の中にあった死んだエルフ男の死骸も含めて、三人の暴漢者の遺体は、エリカとふたりで少し離れた森の中に移動させた。

 

 一郎が驚いたのは、その三人の遺体から、エリカが当たり前のように身ぐるみを剥がし始めたことだ。

 武器や装具、金子はもちろん、エリカは連中が着ていたものの中で、血で汚れていないものはすべて脱がせていた。さすがに下着までは奪わなかったが、それ以外のものは、いまは、すべて一郎が座っている場所の横に置いてある。

 躊躇の姿勢を見せる一郎に対して、エリカは殺した悪人から物を奪うことが、なぜ駄目なのか、さっぱりとわからないという感じだった。

 

 また、一度、置き捨ててきた元々の荷もここに持ってきている。

 そのとき、三人の暴漢者に殺されたユイナの連れの男がいたが、彼については、獣や虫などが近づかないようにエリカが魔道で処置をしてから、路傍に魔道で穴を掘り、その身体をその穴の中に横たえた。

 土は被せなかったが、それは後で遺族に確認をしてもらう必要があるかもしれないためだ。

 

 エリカによれば、エルフ族には、墓を作るという習慣はないらしい。死ねば、その場で土に埋める。土の上になにかを置いたり、飾ったりということはないようだ。

 ただ、埋めるだけなのだ。それがエルフ族のやり方だそうだ。

 エルフ族は大地から作られたと考えられていて、大地に埋めるというのは、元の大地に戻り、そして、新しい命に生まれ変わるという意味があるようだ。

 それがエルフ族の死生観らしい。

 

 だから、死んで土に埋められないというのは、大変な罰になるようだ。

 三人の暴漢者に対しては、エリカは木の枝を敷き詰めて、直接に身体が土に触れないようにしてから遺体を置いていた。

 土に戻さないということは、その魂をエルフには戻さないということであり、それが悪事を行った同族に対する処置なのだ。

 

 とにかく、思わぬところで路銀をつくることができた。

 一郎にはこの世界の金銭価値はわからないが、死んだ三人の暴漢者は、かなりの大金を持っていたらしい。

 さらに、不要な持ち物などを近傍の里で売り捌けば、それだけで、ハロンドール王国に入れそうだとエリカは言っている。

 

「まあ、いいのよ……。ただし、ロウ……に対しては、直接謝ってくれると嬉しいわね」

 

 エリカの声だ。少し口調に棘がある。

 一郎がユイナに殴られて半ば気を失ったとき、エリカはかなり激昂してくれていた。それをなだめて、問題ないから怒るなとエリカを納得させたのは一郎だ。あの感じだと、まだ少し腹をたててくれているようだ。

 

「は、はあ……」

 

 ユイナの気が進まなそうな返事が聞こえた。

 

 まあ、一郎としては、もうなんとも思っていないから、どうでもいいことであるのだが……。

 

「ところで、死んだ三人には、見覚えはないのね?」

 

 エリカだ。

 死んだ三人の暴漢者は顔を隠す覆面をしていたが、それを剥がして、ユイナに顔を確認してもらっていた。

 

 ユイナと殺された連れの男の荷のうち、無事だったものはすべて回収して、ここまで持ってきている。いまは小屋の中にある。

 一郎たちに助けられたときには、ユイナは完全な素裸だったが、三人の暴漢者の顔を確認してもらうために、エリカと一緒に小屋から出てきたときには、その荷にあった服を身に着けていた。

 

「初めて見る顔です。里の者じゃないです……。で、でも、あいつらダルカンの手先に違いないです」

 

「ダルカン?」

 

「褐色エルフの村の里長(さとおさ)です。あいつがあの三人を雇って、わたしたちを殺させようとしたんです。そうに違いありません。あいつは悪い奴なんです。悪党なんです」

 

「えっ、里長が?」

 

 いきなり、首謀者は里長だと言い出したユイナに、エリカが驚いた声をあげた。

 

「そうです。間違いありません。里の者もすごく窮迫してるんです。でも里長だから、大人しく従っているけど、でも、みんな怨嗟の気持ちでいっぱいです。そして、疲れてます。でも、黙っている者たちだけじゃあ、ありません。真剣に思いつめている者もいるんです。だから、その者たちと力を合わせて、ダルカンを始末しようと──。でも、そうするよりも、ダルカンの悪事を暴く証拠を握り、ガドニエル様に告発した方がいいと諭されて……」

 

「ガドニエルって?」

 

 思わず口を挟んだ。

 すると、明らかにユイナがむっとした顔になる。

 エリカが慌てたように、エルフ族の女長老だと短く言った。

 そういえば、そんな説明を受けたことを思い出した。

 ユイナが一郎を睨みつけている。

 しかし、すぐに、無視して、再びエリカだけに向かって口を開く。

 

「……それで告発状を運んでいたんですけど、その告発状をあの三人が襲って奪ったんです。それをやらせたのは、ダルカンに違いないんです──」

 

 ユイナがまくしたてた。

 しかし、一郎は少し驚いた。

 彼女は褐色エルフの村の者のようだ──?

 そうだとすれば、そこの里長は、エリカの昔馴染みであるイライジャが嫁いだ先の義父のことではなかったのだろうか……?

 

「えっ、あなた、褐色エルフ村の人? だったら、里長って、トーラス様という方じゃないの? そのご家族にはトードさんという人がいて、その奥様はイライジャよね?」

 

「トーラスというのは、わたしのお祖父さんです。イライジャというのは、死んだトード兄さんの奥さんです。叔母になります。わたしは、トード兄さんの姪になるんです。両親が早世したんでトード兄さんのところで育てられたんですけど……。もしかして、エリカさんは、イライジャ姉さんの知り合いなのですか?」

 

「死んだ? トードさんが死んだ? それはどういうことなの? イライジャはどうしているの?」

 

 エリカとユイナがそれぞれに困惑の声をあげた。

 開かれている扉から聞こえる声に耳を傾けている一郎も少しびっくりした。

 

「わたしは、イライジャと同じ里で育った昔馴染みよ。旅の途中で久しぶりに顔を見たいと思って、あなた方の里を訪ねようとしていたところだったの。一体全体どういうことになっているの? わたしは、わたしたちの故郷の里にやってきて、幸せそうにイライジャを連れて去っていったトードさんをよく覚えているわ。イライジャの旦那様のあのトードさんが死んだなんて……」

 

 エリカは呆然としているようだ。

 

「もう二年になります……。事故死だとされましたが、わたしは殺されたんだと思ってます。多分、あれもダルカンだったんです──」

 

 ユイナは憤慨した口調で語り始めた。

 

 それによれば、トードというイライジャの夫が死んだのは二年前のことであるそうだ。同じ時期に褐色エルフの村で、ある不正の存在が発覚していたらしい。よくはわからないが、それは「クリスタル石」と呼ばれる結晶に関するもののことのようで、それはエルフ族の禁制品であり、売買をするのは禁止されているものなのだそうだ。

 

 それが大量に褐色エルフの村というユイナたちの村から密売されているのがわかったらしい。

 それの調査にあたったのが、当時里長だったトーラスの息子のトードだったらしい。

 だが、トードはその調査の途中で崖崩れに巻き込まれて死んでしまったのだ。そして、驚いたことに、そのトードが遺した調査記録によって、禁制品のクリスタル石を売り捌いていたのはトード自身だったことがわかったのだ。

 それに責任を感じた里長のトーラスは、里長を引退して半ば追放されたかたちで、未亡人となったイライジャとともに、里外れに引っ込んだのだそうだ。

 

 エリカは明らかに動揺している。

 一郎もイライジャ夫婦に会うのをエリカが愉しみにしていたのを知っているので当惑する思いだ。

 

「クリスタル石とはなんなのですか?」

 

 一郎は部屋の中に声をかけた。

 

「いい加減にしてよ、お前。さっきから、口を挟むんじゃないわよ。ちょっと、向こうに行ってなさい──」

 

 すると、小屋側からユイナが怒ったような口調で強い声をあげた。

 

「ま、待って、ユイナ──。教えるわ、ロウさ……、いえ、ロウ……。クリスタル石というのは、森エルフ族だけが作れるとされる魔力が充満した結晶石よ。エルフ族の貴重な財産でもあり、その売買は族長会議と呼ばれるエルフ族の最高権威の絶対の管理下にされていて、各里が勝手に売買することは禁止されているのよ」

 

 エリカの慌てたような声がした。

 ユイナがいるので一郎はエリカの従者ということにしてある。

 一郎もエリカも、いままでユイナの前ではそのようにふるまっていた。

 

「つまり、エルフ族のご禁制の品ということですね」

 

「そういうことね……、ロ、ロウ」

 

 エリカが言った。

 口調が不自然なのは、一郎に対してぞんざいな言葉を遣うことには、相当の心の抵抗があるようだ。

 

「でも、そのクリスタル石を横流しすれば、大変な富になるということですね?」

 

「はあ? お前、馬鹿じゃないの──。そんなの当たり前でしょう」

 

 ユイナが口を挟んできた。

 

「あなたは黙っていて……。そ、そうよ、ロウ……。確かに、大きな富になるわ。実際、人間族の城郭では森エルフ族から正式に流れるクリスタル石以上の量のクリスタル石が取り引きされているわ。闇で売買されているような粗悪品を含めてね……」

 

「それは、大きな罪なのでしょうね、ご主人様?」

 

 ご主人様というのは、無論エリカのことだ。

 

「も、もちろんよ。もしも発覚すれば、顔に魔道で消すことのできない入れ墨をして、森エルフの世界から追放されるのが決まりよ。それがエルフ族の最高の処分なの……。でも、大抵はそれよりも、死を選ぶわね。自裁すれば、このナタル森林の土に埋まることを許されるから……。入れ墨をされると土が魂を拒否するの……。それは、わたしたちにとっては死以上の罪なのよ」

 

「でも、トードというイライジャ……さんの旦那がその闇でクリスタル石を売り捌いていたと……」

 

「な、なに言ってんのよ、お前──。トード兄さんは、ダルカンに嵌められたのよ──。トード兄さんはやっぱりなにもしてなかった。本当に悪いのは、ダルカンなのよ。あいつは自分の罪をトード兄さんのせいにして、しかも、トーラスお祖父さんを糾弾して引退させ、余所者の自分が里長になったのだわ。とにかく、さっきから話に入ってくるんじゃない──。エリカさんの従者だから、わたしも大人しくしているけど、あまり失礼なら、ただで置かないわよ」

 

 ユイナが小屋から怒鳴った。

 やっぱり、相当に気が強いのだ。

 さっき、犯されたばかりで、あれほどに怒れるなら心配ないだろう。

 

 それにしても、三人を片づけたのはエリカだが、一応は一郎も命懸けだったのだ。もう少し感謝の気持ちを持ってくれてもいいとは思うのだが……。

 

「ユ、ユイナ──、わ、わたしの従者よ──。あなたこそ、手を出したら承知しないわよ──。イライジャの姪でも、ロウさ……ロウに手を出したら、わたしが許さないわ──」

 

 今度はエリカが怒鳴りあげた。

 

「エ、エリカさん……。す、すみません……。わ、わたしも興奮して……。で、でも、ロウがあまりに失礼だから……」

 

 ユイナの不満そうな声がした。

 そのとき、床を叩く大きな音がした。

 

「エ、エリカさん……」

 

 ユイナの困惑した声がした。

 一郎も驚いてちらりと覗くと、激昂の表情のエリカがいまにもユイナに掴みかからんとするばかりに顔を真っ赤にして腰をあげている。

 

 いかん……。

 

 真っ正直で素直なのはエリカのいいところだが、あまりに、なんでも真剣にとりすぎる。

 一郎は、落ち着けと言葉でなだめる代わりに、淫魔の力でエリカのアヌスを舌で舐める刺激を送った。

 

「やんっ」

 

 また、どんと音がした。

 今度は、腰をあげたエリカが尻もちをつく音だ。

 一郎は刺激を送るのをやめた。

 

「ど、どうかしました……?」

 

 ユイナの不思議そうな声がした。

 

「な、なんでもないわよ……。と、とにかく、ロウの話にも答えてくれない?」

 

 エリカの取り繕うような口調に一郎はほくそ笑んだ。

 

「わ、わかりました……。なにか、訊きたいことがあるの、ロウ?」

 

 ユイナの気乗りのしない口調がした。

 従者ということになっているのだから、あまりふたりの話に割り込むのは不自然だということは承知している。

 しかし、一郎はユイナの話から、少し気になることが浮かんでいた。

 

 心にざわめきを感じるのだ。

 勘というやつだろう。

 

 この異世界にやってきてから、一郎の勘はよく冴えていると思う。

 それで、エリカなど、一郎の考えに一目も二目も置くようになっているところがあるが、とにかく、いまのユイナの話で一郎の心に触れるものがあった。

 

「……少し気になることがあるのです……。いずれにしても、壁越しでは話し難いので、そちらにいってもよろしいですか?」

 

 一郎はそう言うと、返事を待たずに、ずかずかと小屋に入っていった。

 ユイナはあからさまに嫌な顔をしたが、エリカの手前なにも言わなかった。

 一郎は、ふたりが座っている場所から離れた入口に近い床に胡坐で座った。

 

「そのダルカンという現在の里長はどんな男なのです? そもそも、トーラス様というユイナ様のお祖父さんが里長を引退したとしても、ダルカンという男が悪人であれば、里長には選ばれないのではないですか?」

 

 一郎は訊ねた。

 

 エルフ村の里長というのは、それぞれの里に住む者の全員の合意で選ばれるとエリカに教えられていた。つまりは、選挙のようなものだ。ユイナは、ダルカンという男が悪徳非道の男のように言うが、そんな男が里長に選ばれるというのはどうしてだろう?

 しかし、ユイナは不満そうに鼻を鳴らした。

 

「ふん──。あいつは商人で余所者よ。五年前にやってきたときには羽振りが良くて、たくさんの富をばらまいて、周りに人を集めたのよ。それに、里長になる前は、いまのように無知陋劣のふるまいをすることはなかったわ。それなりに抑えていたのよ。いまのように里に収める税を重くして、里の者から搾取するようになったのは里長になってからよ──。いまでは、里の者のほとんどがあいつを里長に選んでしまったことを後悔しているわ」

 

 ユイナが吐き捨てた。

 

「そんなひどい里長だったら、みんなで追い出してしまえばいいのでは? いや、ユイナ様の言うとおり、そいつがそんなに悪い里長ならばの話ですよ。どうして、里の者たちは、ダルカンという悪い里長に対して立ちあがらないのです」

 

「あ、わたしが嘘を言っている言い方をするのね、人間? ええ、もちろん、わたしたちは立ちあがるところだった──。罪を被されて死んでしまったトード兄さんの名誉を回復するためにも、わたしたちは立ちあがるつもりだった──。決起をするところだったのよ──。わたしやイライジャ姉さん……。ほかにも五人のエルフ族の若者がいる。その五人がリーダーになって、それぞれ十人ずつを率いて立つことになっていたわ。わたしを含めてね──」

 

「えっ、イライジャも?」

 

 エリカが驚いている。

 

「ええ……。そして、ダルカンとその一派を殺してしまう──。その直前だったのよ。その持ち場だって決めて、事を起こすところだった──。ダルカンが死ねば、あれでも里長だからという理由だけで従っているほかの者たちも目が覚める。わたしたちは決起の直前だったの──」

 

 ユイナが大きな声をあげた。

 

「でも決起しなかったんですね……? なぜです?」

 

「そ、それは、お祖父さんがとめたから……。もっとも、そんなに詳しいことを知っていたとも思えないわ。だけど、なにかを感づいたのでしょうね……。わたしとイライジャ姉さんは、お祖父さんに呼ばれて、同じ里の者同士で争うことはしてはならないと諭されたの……」

 

「お祖父さんというのは、つまり、前里長」

 

「そうよ。お祖父さんは、決起の代わりに、族長会議に訴えろと。お祖父さんは、トード兄さんが死んでから、ずっとひそかにひとりでダルカンの悪事の証拠を集めていたのよ。すでに証拠も揃っていて、告発状のかたちにもしてあった……。それで、イライジャ姉さんと話し合って、わたしがそれを持っていくところだったの。信用のできるトーラス家の元家人をひとり連れて……」

 

「なるほど、それで話がわかりました……。ところが、その道中に出たところを狙われたということですね……。そうであれば、少しばかり、まずいかもしれませんね。まあ、俺の想像が杞憂であればいいんですけど……」

 

「まずい? なんのこと?」

 

「つまりは、ダルカンという男はやっぱり悪い男であり、かつて、自分たちの罪をトードというあなたの叔父の罪にして、自分たちが罰せられるのを免れた……。同じことを連中はもう一度やるんではないかということですよ……。いまの状況は、俺からみれば、二年前にトードという方が罪をなすりつけられて“事故”で死んだのと同じ状況に思えます」

 

「ど、どういうこと、お前?」

 

 ユイナは眉をひそめた。

 

「かつて、連中の悪事を暴こうとしたのはトード様という人で、その人は死に、その後で見つかった証拠により、クリスタル石を横流しにしていたという濡れ衣を着せられた……。それがダルカンという男とその一派のやったことなら、連中は同じことができるということです……。いま、連中の悪事は、再びトーラス様の努力により露見としようとしている。そうであれば、そのダルカンは、今度もそのトーラス様を殺して濡れ衣を着せることができるのでは?」

 

 一郎の言葉にユイナがはっとしたように顔色を変えた。

 そして、黙って話を聞いていたエリカも険しい表情になった。

 

「ね、ねえ、ユイナ、話によれば、イライジャは里の外れに移り住んでいるトーラス様のそばにいるようだったけど、ほかに頼りになるような者は家にいるのかしら?」

 

 エリカがユイナを見た。

 

「……お、お祖父さんの身の回りの世話は、イライジャ姉さんとわたしがしていたのです。ほかには、小用をこなしてくれる者がいるだけで……」

 

 ユイナが初めて、一郎の言葉をまともに反応する顔になった。

 一郎はさらに口を開いた。

 

「もちろん、杞憂なんですけどね。ただの勘にすぎないし、ふと、思っただけなんです……。何事もなければ、それでいいんですが……」

 

 しかし、この異世界にやってきてから、随分と物事がはっきりとわかるようになった気もする。

 それが勘が働くということなのだろうか……。

 一郎は、魔眼保持者は、怖ろしいほどに勘が鋭くなると言ったルルドの女精のユグドラの言葉を思い出していた。



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13  未亡人拉致

 とりあえず、一郎たちは、急いで褐色エルフの里に向かうことになった。

 進んだのは、整備された道ではなく、裏道というべき荒れた小路だ。

 一郎の考えであり、まともに進むと里を横切ることになり、ユイナの姿を見られて、それが里長のダルカン一派に知られる可能性があるからだ。

 

 ユイナの言葉がすべて正しいと仮定すれば、ダルカンという悪い里長は、ユイナがダルカンが雇った男たちによって処分されたと考えていると思う。

 だが、連中は、処置が終われば、当然ダルカンに報告に向かうことになっていたと思うから、時間が経てば、報告がないことで、ユイナの処分に失敗したことを悟るであろう。もちろん、そのユイナが里に戻ってくれば、その時点で失敗に気がつくはずだ。

 そうなれば、なんらかの新たな動きに出てしまう。

 

 それよりも、こっちが先手を打つべきだ。

 なにしろ、相手は正式な里長だ。

 下手をすれば、こっちが動きを起こす前に捕らわれて終わってしまう。

 

 だが、荷を担いで道なき道を進むのは、思ったよりも大変だった。

 ルルドの森を出立してからいままでは、大部分の荷はエリカが持ってくれていた。

 とても残念なことに、一郎とエリカでは鍛え方が違うようであり、細い身体のエリカに、力でも健脚でも一郎はまるでかなわないのだ。

 だから、道中については、重いものはずっとエリカが持ち、一郎が担いでいたのは本当に身の回りのものだけだったのだ。

 

 だが、一応は従者ということになっている一郎が殆ど手ぶらで、「主人」のエリカが重いものを担ぐのでは恰好がつかない。だから、エルフの里に向かうあいだ、一郎は、自分たちの荷のほかに殺した連中から奪った物も一緒に背負っていたのだが、同じように荷を持っているエルフ少女のエリカとユイナの脚にまったくついていけずに、ついつい遅れがちになった。

 大汗をかいて遅れて歩いてくる一郎に、ユイナはずっと軽蔑の視線を向けていた。

 

 エリカは、何度も心配そうに振り返り、一郎の荷を自分が担ぐべきかどうか迷っている気配だったが、一郎もそこは踏ん張って、なんとか背負った荷を持ったまま、目的の場所に辿り着くことができた。

 

 トーラスというユイナの祖父である元里長の暮らしている家は、里のほかの集落とは外れた場所にあった。

 里長時代は、当然に里の中心部で暮らしていたらしいが、事件以来、ここでひっそりと暮らしているようだ。

 うっそうと茂った林があり、そこに隠れるように、小さな平屋の家がある。

 

「ひっそりとしているわ……。人の気配がない……。ここで待っていてください。あたし、中を見てきます」

 

 ユイナが不安そうに建物の入り口の前で言った。

 

「ロウ様……?」

 

 エリカがユイナに感づかれないように、一郎にそっと身を寄せてきた。

 一郎には魔眼という能力がある。周囲に誰かがいれば、それを事前に察知できるのだ。エリカが声をかけてきたのは、ユイナが向かおうとしている家の中がどういう状況なのかを一郎に教えてもらいたかったのだろう。

 怪しい者が待ち伏せでもしていれば、ユイナを行かせるわけにはいかないからだ。

 

 一郎は首を横に振った。

 

「……誰もいない……。この家の中は空だ……」

 

 小声で答えた。

 魔眼の力によって、家の中には誰もいないということがわかっている。

 トーラスという元里長についても、イライジャというエリカの昔馴染みについてもだ。

 一郎は、危惧していたことが当たってしまったということに嘆息した。

 ユイナは家の中にひとりで入っていった。

 そのとき、魔眼に新たに引っ掛かったものがあった。

 

「……いや、誰かいる──。家の裏の林だ……。こっちに……。家に向かっている……」

 

 一郎の言葉に、エリカが緊張した面持ちで、荷をおろして弓矢を担いだ。

 だが、一郎はそれを慌てて制した。

 

 

 

 “メイ

  エルフ族、女

  年齢:10歳

  ジョブ

   戦士(レベル1)

   魔術遣い(レベル2)

  生命力:10

  攻撃力:18

  魔道力:20

  経験人数:なし”

 

 

 

 魔眼に感じたステータスはそれだ。

 

「待て、エリカ……。ほんの子供だ。女の子のようだ。危険はない……」

 

 危険がないというのは、その女の子の攻撃力などを見ればわかる。それにしても、一郎はこの世界にやってきて、やっと自分の戦闘力に劣る他人を見つけてほっとした気分だ。

 もっとも、それは十歳の女の子だったが……。

 

 一方で、ユイナはなかなか戻って来なかった。

 ただ、危険はないだろうという一郎の言葉に、エリカも安心しているようだ。一郎としても、なにかがあればわかる。一郎の魔眼には、家の中にいるユイナのステータスがしっかりと映っていて、特に状態に変化がないことをずっと確認している。

 

「……ところで、エリカ、“必撃の剣”というのはなんだ?」

 

 一郎は、運んできた三人の男から奪った装備をまとめた荷から手練れの持っていた剣を手に取った。

 一郎の魔眼では、対象となる相手の装備しているものが「攻撃力」の数値とともにわかるのだ。

 

 あのとき、手練れの持っていた装備として、単に「剣」ではなく、「必撃の剣」と記されていたのを覚えていた。そもそも、あの手練れの「戦士レベル」は“5”だった。それに比べれば、エリカの戦士レベルは“20”だ。それにも関わらず、戦闘力そのものは、あの手練れはエリカが得意の弓を装備したときに匹敵する“600”だった。

 一郎に見える戦闘力は、相手が武器を装備したことにより増加したり、あるいは、拘束などで身動きできないことにより減少したりする。

 身体に備わった戦闘力ではなく、装備などを含めた実際の戦闘力が指標としてわかるのだ。

 あんなにジョブレベルが違うのに、戦闘力で上回られるというのは、余程の武器だったのではないかと考えていたのだ。

 もっとも、あの手練れは、エリカの弓の前になすすべなく呆気なく死んだが……。

 

「必撃の剣……? これのことですか……?」

 

 エリカは一郎に渡された剣を何気ない様子で握った。

 だが、すぐに顔色を変えた。

 

「まあ──。こ、これは、魔剣です」

 

 エリカは驚きの声をあげた。

 

「魔剣?」

 

 一郎は首をかしげた。

 

「魔力で強化されたなんらかの魔道の道具のことを“魔道具”と呼びますが、この剣は、高い魔力が込められた魔道具の剣です。つまりは、魔剣に間違いありません。驚きました。これは大変貴重なものですよ、ロウ様」

 

「やっぱりな……」

 

 一郎は頷いた。

 そうでないかと思ったのだ。

 

「どんな効果があるんだろう?」

 

「さあ、それはさすがに使ってみないことには……。で、でも、どんな効果があるかもわからずに遣うことは危険でもあります。魔力の込められた武器には、単に能力向上につながるものだけじゃなく、能力低下、ときには命を奪うような“呪い”のこもったようなものもあるんです」

 

「そういうものじゃないと思うな……」

 

 一郎は剣を受け取りながら言った。

 もしも、呪いのたぐいで能力低下のような影響があれば、それは一郎にも、魔眼でわかったはずだ。しかし、あの手練れの場合は単に戦闘力が向上しただけだった。

 試しに、ただ持つだけじゃなく、鞘を腰のベルトに挟んで装備してみた。

 

「おお……」

 

 その瞬間、一郎は思わず声をあげてしまった。

 

 

 

 “ロウ(田中一郎)

  人間(外界人)、男

  年齢35歳

  ジョブ

   淫魔師(レベル60)

   戦士(レベル1)

  生命力:20

  攻撃力:120(必撃の剣)

  魔道力:0

  経験人数:女3

  支配女

   エリカ

  特殊能力

   淫魔力

   魔眼

   ユグドラの癒し”

 

 

 

 剣を装備すると思った瞬間、魔眼で観察できる一郎自身のステータスにおける「戦闘力」が跳ねあがったのだ。

 それでも、普通の武器を持ったエリカにもかないようもないが、通常の剣を持ったところで、戦闘力が“20”台だった一郎にとっては、格段の進化だ。その証拠に、身体から力が漲る感覚が不意に襲っていた。

 

 一郎は剣を抜いた。

 軽い──。

 

 剣の持ち方など知らないはずなのに自然に構えることもできる。

 これは大したものだ……。

 一郎は少し感動している。

 

「マジックアイテムということか……」

 

 一郎は呟いた。

 

「まじっく……なんですか……?」

 

 エリカは訝しむ声をあげた。“マジックアイテム”という言葉は、この世界にはないようだ。

 

「なんでもない……。とにかく、これはすごいな……。ちょっと、試してみるか。離れてくれ……」

 

 一郎はそばにあった低木に向かって剣を構えた。

 

「だ、大丈夫ですか……? どこか、おかしなところはないんですか? 本当に……?」

 

 エリカが心配そうな声を出す。

 

「心配ない」

 

 一郎はエリカに距離をとらせると、その立ち木の幹に向かって剣を振りおろした。

 自分でも信じられないくらいの斬撃が飛んだ。

 気がつくと、その立ち木は幹の部分で真っ二つになって、上の部分が地面に落ちた。

 

「す、すごいです、ロウ様」

 

 エリカが目を丸くして拍手した。

 だが、一郎は急に剣の重さを感じてしまい、構えを解いて剣をおろした。

 

 

 

 “ロウ(田中一郎)

  攻撃力:21(剣)”

 

 

 

「あれ?」

 

 声をあげてしまった。

 戦闘力が落ちている。

 もしかして、一撃だけ?

 これで終わり?

 そんな──。

 

 とりあえず、一度剣を鞘にしまった。

 すると、また、力が漲る感覚が戻った。

 

 

 

 “ロウ(田中一郎)

  攻撃力:120(必擊の剣)”

 

 

 

 また、戦闘力があがっている。

 つまり、この必撃の剣は、いわゆる一太刀限定らしい。

 

「ふうん……。だいたいの仕組みはわかったな……。とりあえずは遣える……」

 

 一郎は頷いた。

 

 そのとき、家の中からユイナが戻ってきた。女の子を連れている。これはさっき、魔眼で感じたメイという子だろう。

 ユイナは深刻な表情をしている。

 

「エリカさん、あなたの懸念が当たりました……。お祖父さんとイライジャ姉さんは、さらわれてしまったようです……。この子はメイといいます。この家で住み込みで働いている小間使いです。さあ、この方になにを見たのか、もう一度言って、メイ……」

 

 懸念を告げたのは、エリカではなく一郎なのだがと思ったが黙っていた。

 メイの肌は褐色ではなく、エリカと同じように白い肌だ。目鼻立ちがはっきりとした可愛い娘であり、将来は美女になりそうな感じだ。もっとも、基本的にエルフ族は美貌で有名であり、誰も彼も美しいらしいが……。

 いずれにしても、いかにも利発そうな顔だと一郎は思った。

 

「ガルシアという方の指揮で、三十人ばかりの人が来ました。ユイナ様が出立してしばらくしてからのことです」

 

 メイははっきりと言った。

 

「ガルシアというのは、里長のダルカンの腹心の部下のひとりです。あたしたちは、ダルカンとともに、そのガルシアも殺すつもりでした」

 

 ユイナが横から言った。

 メイがさらに説明を続ける。

 

 それによれば、突然に踏み込んできた彼らは、家にいたトーラスとイライジャを魔術と剣で取り囲み、強引に連れていったということだった。そのとき、家にいたのは、ほかにはメイだけであり、メイは咄嗟に隠れたらしい。そのメイによれば、ふたりを拉致したガルシアたちは、さらに、この家にあったたくさんの書類を運んでいったようだ。

 

「エ、エリカさん、どうしたらよいのでしょう──。お祖父さんとイライジャ姉さんが捕縛されたようです──。どうしたら──」

 

 ユイナが泣きそうな声で言った。

 

「落ち着いて……。とりあえず……」

 

 エリカがそう言いながら、ちらりと一郎に助けを求める視線を送った。

 一方で一郎は、思ったよりも、相手が思い切った手を打ってきたことに驚いていたが、それでも冷静に自分の頭がまわっているのを感じていた。

 

「……まずは、どこに連れていかれたかです。それを突きとめることです」

 

 一郎は口を挟んだ。

 ユイナが不機嫌そうな顔でなにかを喋ろうとしたが、それよりも先にメイが口を開いた。

 

「それは、わたし、わかります──。隠れて聞いてたんです。旦那様とイライジャ様は、里の北にあるダルカン様の別宅に連れていくと連中が言ってました。わたし、しっかり聞いてたんです。この耳で──。それはもう、絶対に確かです──」

 

 メイが一生懸命に言った。

 

「ダルカンの北の別宅──? なんで、そんなところに──? 捕縛して連行するのであれば、里の中心にある罪人用の塔の牢だと思うけど……」

 

 ユイナは疑念の声をあげた。

 しかし、一郎は大きく頷いた。

 

「いや、やっぱり、そうなんでしょう──。連中は、まだ正式にトーラス様とイライジャ様を捕縛したわけじゃないのですよ──。それよりも、その前にすることがあるのです。連中の狙いはわかりました。いずれにしても、一刻を争う事態であることは確かですけどね……」

 

 一郎は言った。

 

 

 *

 

 

「と、とっとと殺しなさい──。その代わり、七代まで生き返って、お前らに復讐するからね──。どいつも、こいつも、しっかりと顔を覚えたわよ──」

 

 イライジャは喚き声をあげた。

 

 眼の前にいるのは、ガルシアというダルカンの部下であり、さらに五人ほどの者がいる。そのうちのひとりは女であり、しかも、エルフ族ではなく人間族だ。

 人間族の女はもちろん、ガルシア以外の者は里の者ではないようだ。イライジャには連中の顔に見覚えがない。

 また、ここがどこなのかもイライジャにはわからなかった。

 

 とにかく、突然に家を襲った数十人の男たちによってさらわれ、目隠しをされたうえに薬のようなものを嗅がされて意識を失わせられて、荷物のようにここまで運ばれてきたのだ。

 一緒に、義父のトーラスもさらわれたことまではわかっているが、そのトーラスがどうしているかはわからない。

 

 とにかく、気がついたら、なにもかも脱がされて素っ裸にされ、天井から縄で両腕を吊られて、こうやって床に立たされていたのだ。しかも、足首を棒の両端に拘束され、股を閉じることができないようにさせられている。

 杖は取りあげられているし、拘束されている縄とともに、手首に嵌められている金具は、イライジャが理力を集めるのを防ぐ魔道具のようだ。

 魔道は完全に封じられていた。

 

「さすがは、死んだトードが色狂いになったという美人の嫁だぜ。いい身体してやがる……。どれ、ちょっと味見でもするか」

 

 ガルシアがイライジャへ相好を崩して近寄ってきた。

 

「く、来るんじゃない──。舌を噛むよ──。噛むからね──」

 

 イライジャは絶叫した。

 だが、それをたしなめるように、人間族の女がガルシアを制した。

 

「遊ぶのは、やることをやってからさ。この告白状に自白を刻ませてからだよ。やることやったら、あとは好きなように愉しんだらいいさ」

 

 人間の女が言った。

 

「ちっ──。じゃあ、さっさと始めるか──。イライジャ、とにかく、そこにある告白状に向かって、“それは真実です”と喋るんだ。それだけでいい──」

 

 ガルシアが言った。

 イライジャは示された告白状に眼をやった。

 

 それは、罪人の供述などに使われる魔道のかけられた羊毛紙であり、これに向かって、“真実です”と言えば、それが羊毛紙に刻まれて、確かに供述をしたという証拠になるというものだ。

 だが、目の前の告白状には、まだ、なにも書かれていなかった。

 つまりは、この連中はなにも書かれていない告白状に、自白の証拠を先に刻めと言っているのだ。そんなことをすれば、後から好きなことを書き込んで、イライジャが、それを告白したということになる。

 

 そんなことができるわけがない──。

 

「ふ、ふざけるんじゃないよ。それは白紙だろう──。そもそも、わたしをなんでさらったんだい──。これは正式な調べなのかい──? わたしは、なにかの罪で捕えられたのかい──?」

 

 すると、人間の女がイライジャに近づいてきて、いきなり髪を掴んで、イライジャの顔を強引に自分に向けた。

 

「そんなことはお前が気にする必要はないんだよ。とにかく、あの理力のこもった羊毛紙に向かって、たったひと言──“真実です”──と口にするだけさ。ほかにはなにも考えるんじゃない──。それから、言っておくけど、舌を噛んで死のうとなんてするんじゃないよ。そんなことをすれば、あのじじいを拷問にかけるからね──。あたしはどっちでもいいんだけど、この連中がいたぶるんなら、若い女エルフがいいというからそうするんだ。お前が死んだら、じじいを拷問する。あんなくたばり損ないなんて、すぐに拷問で死にそうだけどね」

 

 人間の女はイライジャの髪を離し、ガルシアたちをイライジャの周りから離れさせると、横の台から小さな壺を手に取った。

 その中に指を突っ込み、粘性の油剤のようなものを指にのせている。

 そして、いきなり、それをイライジャの股間に塗り始めた。

 

「い、いやあ──。な、なにするのよ───。や、やめるんだよ───。ちょ、ちょっとなにを塗ってんのよ──?」

 

 女は開脚されて閉じることのできないイライジャの股間に無遠慮にその薬剤を塗り込んでくる。

 

「ふん──。なにを塗られたかすぐにわかるよ……。とにかく、お前がその白紙の告白状に、供述をしたという自白を刻みたくなる薬ということさ。告白したら、あとは好きなように遊んでもらいな」

 

 女は嘲笑った。

 そのあいだにも、その女は余すところなく、イライジャの股に薬剤を塗り込めてくる。

 しかも、股間の亀裂の内側だけでなく、肉芽の内側や菊座の中にまで塗りこみ続ける。イライジャは身動きのできない身体をのたうたせて、抗いの声をあげた。

 そんなイライジャの様子をガルシアたちが興奮した様子で見続けていた。

 そのことが、イライジャを血が凍るような恥辱に誘う。

 

「こんなもんだろうね……。まあ、ちょっと様子を見ようか……。抵抗できるようなら、さらに塗り足すけど、一ノスももたないんじゃないかね」

 

 女が笑いながらやっとイライジャから離れた。

 しかし、そのときには、なにを塗られたのか、イライジャにははっきりわかっていた。

 言語を絶するような苦しみが股間から襲いかかっている。

 

「痒い──」

 

 イライジャはあまりの痒さに歯を噛み鳴らしながら悲鳴をあげた。

 

「ああ、痒いだろうねえ──。このヴォロノサ特製の拷問油だからね。発狂するような痒みが襲い続けるよ。我慢できなくなったら、さっさと自白書に言葉を刻むんだ──。どうせ、我慢できるわけがないんだから、さっさとしな」

 

 ヴォロノサと名乗った人間族の女が酷薄な声をあげた。

 

 だが、イライジャは、それどころではなかった。

 とにかく、骨まで突きあげるような痒みが襲い続け、イライジャは狂ったように身体を揺さぶり続けた。



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14  人間族の軍師

「一刻を争うと思います」

 

 一郎は、集まった者たちに言った。

 

 里長のダルカンに対する決起の同士のひとりのプルトという男の家である。

 ほかに、セプテ、トリニス、タルト、エクトスというエルフ族の若者がいた。

 若者といっても、三十代から二十代であるが、平均寿命が五百年とされる長命のエルフ族では、それでも十分に若いのだ。

 部屋には、ほかにエリカとユイナ、そして、一郎がいる。

 全部で八人だ。

 

 エリカによれば、エルフ族は十五歳にして成人の儀を行うというものの、エルフ族の寿命を考えれば、まだ十代のエリカなどは、まだまだエルフ族では、半人前以下の年齢だという。

 ましてや、その「従者」ということになっている人間族の一郎が同士の集まりに混ざっていることなど、彼らにとっては不快でしかないことは予測がつく。

 だが、ここは勢いで押し切ることにした。

 一郎には、いまがどんなに危うい状況なのかがわかっていた。

 

 トーラスという元里長にも、イライジャというエリカの「昔馴染み」にも会ったことはないが、放っておけば間違いなく殺されると思う。

 一郎にはそれがはっきりと予想でき、それだけに、遠慮などしている場合ではないと自分を鼓舞していた。

 

 トーラスとイライジャがさらわれたということがわかったあと、一郎はユイナに進言して、すぐに「決起の同士」をここに集めてもらったのだ。

 プルトの家は、ふたりが捕らわれているはずの里長のダルカンの「北の別宅」と里の中央部の中間付近にあり、トーラスたちが襲撃をされて誘拐された里外れの家からもほぼ等距離にあった。

 一郎が考えている策の拠点としては、恰好の位置だ。

 

 決起の同士たちは、お互いに連絡を取り合う手段を魔道により準備していたらしく、ユイナがそれを使って五人をここに集めるのに、一ノス、すなわち、一時間弱の時間しかかかっていない。

 あとは、これから事を起こすまでに、どのくらいの時間が必要なのかだった。

 

「その前に、お前はなんだ? なんで、人間族がここにいるのだ。それを説明してもらおう」

 

 不機嫌そうに口を開いたのは、エクトスという男だ。

 一郎は魔眼の能力により、このエクトスというのが、プルトとともに、戦士としても、魔道遣いとしても手練れであることがわかっていた。特に、このエクトスは、ジョブレベルが「魔法戦士」であり、レベルは“20”だ。プルトは、それに次いで腕が立ち、戦士レベル15、魔道遣いレベル10。残りの三人は、いずれのジョブレベルも“4”を越えていない。

 

「彼はわたしの従者です。わたしはイライジャの昔馴染みであり、たまたま、この里を訪ねようとしている途中で、襲われているユイナを彼とともに助けたのです」

 

 エリカが素早く言った。

 エクトスはさらになにかを喋ろうとしたが、それをプルトが制した。

 プルトには、ここにやってきてすぐに、事情と一郎の策を大まかに事前説明していた。

 プルトも「決起」に関することに、人間族の一郎が参加するのは本意ではないとは思うが、そうも言っていられない事態だということは理解してくれていた。

 

「とにかく、話を聞くのだ──。トーラス殿とイライジャが連れていかれたというのは、さっき説明したとおりだ。いまは、このエリカやロウという男の素性を詮索している暇はない。俺はこいつの話を聞くと決めた。お前らも聞け」

 

 プルトが言うと、エクトスはとりあえずは口をつぐんだ。

 彼らの同士の中で、リーダー的な立場にあるのは、このプルトだ。

 年齢も一番上だし、事故で死んだことになっているトードの無二の親友だったらしい。最初に決起の同士を集め始めたのは彼であり、決起のための定期的な会合もここで行われていたようだ。

 全員が一郎に視線を向けた。

 

 一郎はまずは大きく深呼吸した。

 正直に言えば、この状況に戸惑いがないといえば嘘になる。

 なんで、こんなところで「軍師」のようなことをやろうとしているのか、自分自身でも当惑するばかりだ。

 一郎は、自分が英雄でもなければ、こうやって、自分よりも遥かに強いことがわかっている集団に加わって率先して主導的なことをしようとする性格でもないことは知っている。

 柄にもないことをやろうとしているのは十分に承知しているのだ。

 ましてや、これからやろうとしているのは、もしかしたら命を失うことになるかもしれない「人助け」だ。

 だが、これは必要なことだ。

 一郎の「勘」がそう言っている。

 

 そして、ここで一郎が勇気を失って遠慮すれば、おそらく、イライジャというエリカの昔馴染みは殺されると思う。トーラスというイライジャの義父も同じだ。

 

 なぜか、一郎にはそれが洞察できる。

 すぐに動き出さなければ……。

 一郎がなにもしなければ、おそらくそうなる。

 どうして、自分にそれがわかるのかは知らない。

 

 この異世界にやってきて、一郎は自分ではない自分になったという気がする。女など抱いたことがなかったのに、物怖じせずに、自信をもって性愛を交わすことができる。

 なぜか物事をはっきりと筋道を立てて理解でき、どういう行動をすれば有利なのかを見極めることができる。自分がやるべきことが不思議に頭に浮かんでくる。

 

 いまもそうだ。

 

 さらに、必要だと思えば、勇気を絞り出すことができる。

 それが、この異世界への召喚によって、一郎に与えられた能力のひとつなのだろうか……。

 

 とにかく、一郎はイライジャという女性とトーラスという男を救いたいと思った。そして、そのために全力を尽くすことを決めている。

 

「トーラス様とイライジャ様のおふたりは、まだ、逮捕されたわけではありません。さらわせたのは、里長のダルカンに間違いないと思いますが、そのダルカンは、クリスタル石の密売の悪事をふたりになすりつけるつもりなんです。そして、殺されます」

 

 一郎は言った。

 事前に話を説明したプルトとエリカ以外は、驚いた表情になった。

 一方でユイナは、蒼白な顔でさっきからずっと押し黙っている。トーラスの家に戻るまでは、ずっと一郎に対して軽蔑そのものの視線を向け、たびたび悪態もついていたが、いまはただ思いつめたように押し黙ったままでいる。

 

「さらわれたというのは承知しているが、ま、まさか……。そこまでするか?」

 

 セプテという男が信じられないという口調で言った。

 

「するでしょう。トーラス殿というお方は、ダルカンの不正の証拠をすっかりと暴き、それを長老殿のところに直訴するほどに整えていたのです。ダルカンは追い詰められたと思ったに違いありません。だから、これほど、思い切った策を取ったのです……」

 

「思い切った策?」

 

 セプテだ。

 

「追い詰められた者はなにをするかわかりません。考えられるのは、トーラス殿かイライジャ殿に自白書かなにかを強要して、自分たちの悪事をさらったふたりになすりつけることです。もちろん、トーラス殿が集めた証拠は、トーラス殿とイライジャ殿が悪事をしていたという証拠に置き換えられるでしょう」

 

 魔道が当たり前のエルフ族の里では、自白書を書かせるとき、自白の内容が書かれた羊毛紙に魔力を込め、それに告白の言葉を刻ませるのだと説明された。

 ただ「罪を認める」と呟くだけで、それが自白書として認められてしまうのだ。

 つまり、拷問でもなんでもいいから、とにかく、罪を認める言葉を言わせれば、とりあえずはそれは正式の裁きの証拠となるようだ。

 

「だったら、裁きの場で連中の策略など覆してやる。こっちにも連中の悪事の証拠はあるんだ。それこそ、族長会議に話を持っていけばいい」

 

 今度は、タルトが口を挟んだ。

 一郎は首を横に振る。

 

「連中は裁きなどするつもりはありませんよ。そんなことをすれば、自分たちに都合の悪いものが出るかもしれないのはわかっていますよ……。自白書に言葉を刻まさせれば、ふたりは自害というかたちで殺されます。彼らは悪党です。それを考えなければなりません」

 

 自分で説明しておいて、本当にそんなことになるだろうかという思いもしていた。

 だが、どう考えてもそうなるのだ。

 「自白書」を強要したら、あとは逆に生かしておくわけにはいかない。それを拷問で強制されたなどと言わせないためにも、イライジャとトーラスは殺さねばならない。

 

「た、確かに……。あのダルカンならやりかねん……。いや、考えてみれば、そうだ。そうに違いないぞ……。これは、一刻を争うのだ。この人間族の言うとおりだ──」

 

 エクトスが今度は血相を変えた様子で膝を叩いた。

 一郎はさらに続けた。

 

「……おそらく、ふたりは拷問を受けているでしょう。自白書を強要されているはずです。しかし、罪を認める言葉を一度言えば、殺されます。自白書は、どちらかひとりのもので十分です。ひとりが落ちれば、もうひとりも殺されます」

 

 一郎ははっきりと言った。

 どんな拷問をされているかまでは予想はつかない。

 ふたりはどのくらい頑張れるだろうか……?

 とにかく、ふたりが粘っているあいだに、ふたりを助け出さなければならない。

 

「すぐに立とう、プルト──。もはや、猶予はない。討つのだ──。ダルカンを殺して、ふたりを助ける──。これしかない──」

 

 大きな声をあげたのは、トリニスという男だ。

 だが、一郎はそれを制した。

 

「駄目です。うかつに動いては、最初にふたりが殺されてしまいます。ふたりは人質にとられているのです。それを考えなければなりません……」

 

 全員が一郎の話に耳を傾けている。

 一郎はさらに続けた。

 

「……まずは、ふたりを奪い返す。それから考えましょう。ふたりを奪い返してしまえば、連中がふたりを誘拐して、拷問をしたという生き証人です。そして、トーラス殿が集めた証拠も取り戻せれば、それが確かなダルカンの悪事の証拠になります。それでダルカンの罪は露見します。思い切ったことをするのはその後でいいのです」

 

「では、詳しく説明してくれ」

 

 さらにプルトが言った。

 

 一郎は策を語った。ある程度は、事前にプルトとエリカとユイナには説明している。

 まずは、大きく二手に分かれ、ひとつは里の中心において決起をするのだと噂を拡げるように騒ぎを起こす。そうすれば、ダルカンも身の回りを固めるために人を集めると思う。すると、当然に北の別宅の備えは緩む。

 その隙を突いて、奪い返す。

 

「……というわけです。それでどうでしょうか、皆さん?」

 

 一郎は言った。

 

「なるほど、ではすぐにやろう──。ほかに手段はないし、この人間族の言うとおりに事態は急迫している」

 

 プルトの決心は早かった。

 ほかの四人の全員がうなずく。一郎も見ていたが、異存はなさそうだ。とりあえず、一郎はほっとした。

 

「まずは、煽動組と救出組に分かれよう。煽動には、セプテ、トリニス、タルトがあたれ。救出は、俺とエクトスの組でやる。それでいいな──?」

 

 プルトが一郎に言った。

 さすがに、プルトも一郎を認めるつもりになったのだろう。

 一郎はそれで結構ですと応じた。

 そして、救出がなされたとわかるまで、騒動は起こしても、絶対に決起に至ってはならないと念を押した。

 最悪の状況は、早々に決起を起こして鎮圧され、イライジャとトーラスを救えずに、彼らも殺されることだ。

 あるいは、騒乱が思わぬかたちで大きくなれば、連中は、自白書が取れなくても、ふたりを殺して、証拠を隠滅してしまうかもしれない。

 全員が頷く。

 

「……ただし、問題がひとつあります。ふたりが捕らわれている場所が、本当にダルカンの北の別宅であることを確認しなけれなりません。救出組がそこを襲って空振りになれば、やはり、ふたりは殺される可能性が高くなります。連中はどんなことでもやるかもしれないと考えなければ……」

 

「でも、それは、どうする?」

 

 プルトだ。

 

 ここから先の話は、時間がなかったのでプルトには説明していない。エリカにもユイナにもだ。

 

「……ひとりを事前に潜入させます。確かに、そこにふたりがいることを確認できたら合図をします。それで突入するんです」

 

「なるほど、だが、誰が……」

 

 プルトが一同を見渡し始める。

 一郎はすかさず口を挟んだ。

 

「俺が行きます。なにか合図ができるような道具を与えてくれませんか? 俺が潜入して、確かにふたりがいると確かめることができたら、合図を送ります」

 

 一郎は言った。

 

「だ、だめよ、危険よ──」

 

 いきなり、大きな声がした。

 それは、いままでずっと黙っていたエリカだ。

 一郎が事前の潜入役になると立候補したことに驚愕している。

 

「俺でないとならないんですよ、ご主人様……。ふたりがいるかどうか……。それを見極めるのに、俺以上にうってつけの者はないと思いませんか?」

 

 一郎には、魔眼の力がある。

 事前に聞いた限りにおいては、別宅といっても大きな屋敷のようなので、屋敷の外からではわからないと思うが、中に入りさえすれば、ふたりがいるかどうかはすぐにわかる。

 

 しかし、それは危険だ。

 下手をすれば、忍び込もうとしたところで、その場で殺される可能性もある。

 一郎だって、あえて危険を冒したいわけじゃない。

 だが、なにをどうやって考えても、この役割にうってつけなのは一郎しかいないのだ。

 

「で、でも……」

 

 エリカは当惑している。

 

「危険なことになったら合図を送りますよ、ご主人様……。そのときは、必ず、助けてくださいね」

 

 一郎は言った。

 

「よし──。時間もない。お前を信じる。握りつぶせば、自動的にそれが待機している俺たちに伝わる合図の球体を渡す。それを持っていってくれ。頼むぞ、ロウ──」

 

 プルトが言った。

 エリカはまだ納得のいかない表情だったが、それ以上はなにも言わなかった。

 プルトが細かいやり方の説明を始めた。

 一郎はしばらく黙っていた。

 プルトの定める細かい各人の任務についてまで、口を挟むつもりはない。

 

 全員の役割は定まった。

 エリカは救出組に加わり、ユイナはここで連絡係をすることになった。

 

 解散した。

 一郎はさっそく北の別宅に向かうために出立をすることにした。

 

「あ、あの……」

 

 すると、ユイナが不意に声をかけてきた。

 

「はい」

 

 一郎は振り返った。

 ユイナはなにか言いたげに口を開いた。さすがにユイナは元気がなく、一郎に向かって悪態をつき続けたときの気の強さは影を潜めている。

 

「なにか?」

 

 なかなか口を開こうとしないユイナに一郎は言った。

 

「いえ、なんにも……」

 

 ユイナは家の奥に行ってしまった。

 結局のところ、なにか意味のある言葉がユイナから発せられることはなかった。

 

 

 *

 

 

「痒い──」

 

 イライジャはあまりの痒さに歯を噛み鳴らしながら悲鳴をあげた。

 

「ああ、痒いだろうねえ──。このヴォロノサ特製の拷問油だからね。発狂するような痒みが襲い続けるよ。我慢できなくなったら、さっさと自白書に言葉を刻むんだ──。どうせ、我慢できるわけがないんだから、さっさとしな」

 

 ヴォロノサと名乗った人間族の女が酷薄な声をあげた。

 だが、イライジャは、それどころではなかった。

 骨まで突きあげるような痒みが襲い続けている。イライジャは狂ったように身体を揺さぶり続けた。

 

 素っ裸で拘束された全身をダルカンの部下のガルシアをはじめとして、多くの男たちに見物されていたが、それを恥ずかしがるような感情はあっという間に吹っ飛んだ。

 怖ろしい痒み剤を股間の奥まで塗り込められた苦痛に、イライジャは絶叫した。

 

 男たちを一定の距離に遠ざけさせたあと、ヴォロノサはイライジャの正面に椅子を運ばせて、余裕たっぷりの表情で腰かけた。

 イライジャは痒い痒いと泣き叫び続けた。

 男たちの野次のような言葉はかけられるが、ヴォロノサ自身はしばらくのあいだ、にやにやと嘲笑を浮かべて、イライジャの狂態を見守るばかりだった。

 イライジャがヴォロノサに哀願するまでには、そんなに長い時間はかからなかった。

 しかし、ヴォロノサはイライジャの苦痛を見定めるように、イライジャが拘束された身体を激しくよじり、荒々しい喘ぎをするのをただ見るだけでいた。

 

「痒いかい、イライジャ?」

 

 やっとのことヴォロノサが言った。

 

「ああ、痒い──痒いの──。ああっ、お、お願い、許して──。痒い──」

 

 イライジャは吠えた。

 我慢できるような痒さではない。

 女としての尊厳も誇りもすべてを掻き消してしまうような苦しみだ。

 イライジャは自分がどうなっているかもわからなくなり、ただ、ぼろぼろと涙を流した。

 すると、顔の前に魔力のこもった一枚の羊毛紙がヴォロノサによってかざされた。

 イライジャははっとした。

 

「だったら、この羊毛紙に向かって、『認める』という言葉を刻むんだ。言葉を発するだけでいい」

 

「そ、そんなことは──」

 

 イライジャは悲鳴をあげながらも、はっきりと拒絶した。

 

「だったら、もう少し腰を振ってな。この痒み剤には解毒剤はないんだ。痒みを押さえるためには、股に男の精を放ってもらうしかない。早くしないと、あの男たちはどこかに行ってしまうかもしれないよ。そうなると、今度はあたしにだって、どうしようもなくなるんだ……。だから、さっさとしな。ほら、言うんだ──。『それを認める』ってね」

 

 しかし、イライジャは懸命に首を横に振り続ける。

 ヴォロノサがはじめて、笑みを消した。

 

「ふん──。思ったよりも、気は強そうだ。そんな顔をしているよ。よし、しばらく、放っておこう──。まだ、苦しみ方が足りないんだろうさ……」

 

 ヴォロノサが羊毛紙を引っ込めながら言った。

 そして、部屋の中にいる男たちを部屋の外に促し始める。

 

「ま、待って、置いていかないで──。き、気が狂う──。本当に狂う──」

 

 イライジャは激しく腰を揺さぶりながら、声を張りあげた。

 痛みにも似た痒みが、イライジャの精神力を根こそぎ削いでいく。

 

 これ以上耐えられない──。

 だが、耐えなければ──。

 応じてしまえば、どうなるかはわかりすぎるくらいにわかっている──。

 だが、こんなこと耐えられるわけがない。

 

 しかし、ヴォロノサは本当に男たちとともに立ち去ってしまった。

 イライジャは、部屋にひとり残された。

 

「痒い──ああ──か、痒い──。だ、誰か──誰か、助けて──」

 

 イライジャは大きな声をあげて泣きじゃくった。



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15  騒動の決着

 エリカが怒っていた。

 

 なぜ、危険な潜入を自ら引き受けたのかというのだ。

 だが、それには答えようもない。

 

 それが必要であり、あの場にいた誰よりも一郎が適役であることを一郎自身が知っていたからとしか応じようもなかった。

 あるいは、柄にもなく勇気を振り絞ってみたのは、一郎にとってこの世界はなんとなく現実離れしているからかもしれない。

 

 ともかく一郎は、十分に離れた場所で待機している救出組と別れて、ひとりでダルカンの北の別宅と称される場所に向かった。

 

 「必撃の剣」という魔道剣をしっかりと握っている。

 ダルカンの北の別宅というのは、案内の必要もなかった。

 向かった先に樹木に囲まれた大きな屋敷がそびえ建っていた。

 さらに近くまでいくと、その屋敷は、火避けの効果がある高い土壁が巡らせてあった。正門は頑丈そうな鉄の門だ。

 たかが里長の別宅としては厳重すぎる気がした。

 ここには、なにか秘密があるように思う。

 

 いずれにしても、屋敷の外壁の外からでは中の様子はわからない。

 一郎の魔眼の能力は、安定したところでは二十メートルくらいの範囲だ。ただ、ユイナが犯されていたときには、それを遥かに超える距離で魔眼の能力が働いたということもあった。

 魔眼の力と淫魔力については、なにか相関関係があるのかもしれない。

 

 とにかく、なんとか、屋敷内に入らなければ……。

 そう思って裏側に進むと、突然に大勢のエルフ族の男たちが近づく気配を魔眼で感じた。

 二十人近くだ。

 屋敷の内側からこっちに向かってくる。

 

 一郎は慌てて物陰に身を潜めた。

 すると、裏口のような小さな出入口がさっと開いて、慌てた様子の男たちが一斉に駆け出ていった。

 もしかしたら、さっそく里の中央付近で起こしている騒乱の効果が出たのだろうか?

 一郎は、男たちが出ていった戸に近づいてみた。

 その反対側に誰もいないことは確認している。

 

 開いている──。

 しめた──。

 

 どうやら余程に急いでいたようだ。

 一郎は外壁の内側に入り込んだ。

 土壁の向こうは低木が生い茂る庭だ。庭に外から水路が引き込んであり、それが複雑に経路を作っている。大きな屋敷がその向こうにあった。

 誰もいないことを確認しながら、一気に屋敷の近くまで進んだ。

 

 いた──。

 

 一郎の魔眼に、トーラスという男のステータスが入り込んできた。屋敷の中であり、一郎が立っている屋敷の壁の少し向こう側くらいだ。特に拘束はされていないようだが、魔力封印と出ている。また、すぐ近くに、戦士ジョブ“5”のエルフの男がふたりいる。

 状況から考えて、牢のような場所に閉じ込められて、ふたりの監視がついているというところだろう。

 

 トーラスがいるのはわかった。

 

 イライジャは……?

 そう思ったとき、突然にそのイライジャのステータスが飛び込んできた。

 

 

 

 “イライジャ

  エルフ族(褐色)、女

  年齢:20歳

  ジョブ

   戦士(レベル10)

   魔道遣い(レベル4)

  生命力:100

  攻撃力:1(拘束状態)

  魔道力:100(魔力凍結)

  経験人数:男1、女2

  淫乱レベル:B→S

   媚薬塗布

  快感値:10↓”

 

 

 

「なんだ……?」

 

 感知できた方向と距離も概ねわかる。

 おそらく、屋敷から少し離れた側面だ。なぜ、屋敷内にいるはずの大勢のダルカンの手の者の気配を通り越して、さらに距離のあるイライジャのステータスを魔眼で探知できたのかはわからない。

 

 とにかく、そっちに向かってみることにした。

 ただ、その前に懐からプルトに持たされた合図用の球体を取り出して、それを握りしめた。手のひらに収まるほどの白い玉だったが、力を入れると簡単に手の中で消滅した。

 

 まずは、屋敷の壁沿いに移動する。

 やはり、人が少ない。

 屋敷内にいる男たちを探知できるが、いまのところ十人もいない気がする。

 これなら、救出は成功するだろう。

 

 横に出た。

 そこもさっきと同じように低木と水路が入り組んだ場所になっていた。

 一方で、さらに魔眼で感じるイライジャの存在が強くなる。

 

 足の下──?

 目の前の庭の地下だ──。

 別の女がイライジャのそばにいる。

 ヴォロノサとある。

 

 人間族の女……。

 戦士レベルは2……。

 攻撃力も高くはない。

 ただし、毒遣いとある……。また、拷問師というよくわからないジョブもあり、その両方ともレベルは10だ。

 

 すると、喧噪が聞こえてきた。

 プルトやエリカたちが屋敷に飛び込んできたのだろう。

 まずは、さっきまで一郎がいた側の屋敷内から、人が駆けまわる音や喚き声が始まった。

 騒然とした雰囲気を屋敷の中から感じる。

 救出隊の三十人が屋敷に雪崩れ込むのも魔眼でわかった。

 もともと屋敷内にいた男たちが、次々に「負傷状態」で生命力を減じて動かなくなるか、あるいは、いきなりステータスが消滅したりしだした。ステータスの消滅は死んだということだ。

 

 トーラス──。

 

 そのステータスが頭に再び飛び込んできた。

 周りに屋敷内の男たちのステータスもあるが、あのエクトスのステータスもある。

 そこにプルトが加わった。

 そして、トーラスの周囲がエクトスとプルトだけになった。

 救出に成功したのだ。

 

 一郎はほっとした。

 そのとき、突然にこっちに男がやってきた。

 魔眼にガルシアとある。

 

 

 

 “ガルシア

  エルフ族(褐色)、男

  年齢:120歳

  ジョブ

   魔道遣い(レベル25)

   戦士(レベル4)

  生命力:100

  攻撃力:80(剣)

 

 

 

 ひとりだけだが、眼が血走っている。

 一郎は急いで隠れた。

 ガルシアは一郎の存在にはまったく気がついていないようだ。

 そのまま、庭の一角に走っていくと、子供ほどの大きさの白い石の銅像を軽く横に押した。すると、銅像が滑るように動き、地下に降りる階段のようなものが出現した。

 ガルシアは、走り降りていった。

 

 嫌な予感がした……。

 なにをするつもりだ……?

 一郎は一瞬だけ思案した。

 

「あっ」

 

 しかし、すぐに一郎は声をあげていた。

 なにをしようとしているかは明白だ。

 大事が起きたとわかり、ガルシアはまだ残っている人質をどこかに連れ出そうとしているのに違いない。

 同時に一郎の頭に閃いたのは、アスカ城からルルドの森に逃亡したときに、エリカが遣った「移動術」という跳躍魔道だ。

 エリカによれば、あれは相当に能力が高い魔道遣いだけが遣える術であり、あのときのエリカは、アスカにもらった魔道の杖によって魔道遣いとして強化されていたので遣えた技だと言っていた。

 あのときの特別な杖は折ってしまったので、いまのエリカはもう遣えない。

 

 ただ、そのときの強化されたエリカの魔道レベルが25だったことを一郎は覚えていた。

 通りすぎていったガルシアの魔道使いのレベルも25だ。

 

 合理的に考えて。遣える魔道というものは、ジョブレベルの上昇に応じて増えるのが普通だろう。そうであれば、あのときのエリカと同等のレベルにあるガルシアは、移動術を遣えるに違いない……。

 

 一郎は迷った。

 大きな声をあげて、助けを呼ぶべきか……。

 だが、喧噪はまだ屋敷の中だけだ。

 こっちからは遠い……。

 プルトたちがやってくる前に、ガルシアはイライジャを連れて魔道で逃亡してしまうような気がする。

 

 一郎は持っていた「必撃の剣」をぐっと握った。

 一撃だけであれば、いまの一郎にも、あのガルシアに立ち向かえる。

 

 一撃であれば……。

 

 だけど……。

 できるか……?

 しかし……。

 

 しかし、一郎の想像が正しければ、イライジャは救出隊がここまでやって来る前に、ガルシアに連れ出されてしまう……。

 一郎は駆け出した。

 必撃の剣の柄に右手をかけ、ガルシアの後を追って階段を駆けおりた。

 

 

 *

 

 

「お、お願いです。痒みを何とかして──。なんでも言う──。ほ、本当に気が狂う──」

 

 イライジャはもう見栄も体裁もなく、拘束された身体を激しく揺さぶって泣きじゃくっていた。

 ヴォロノサはその姿にほくそ笑んだ。

 

 なにか揉め事があったらしく、この屋敷内はばたばたとしていた。

 ガルシアもイライジャに関わっていられなくなり、この地下の隠し部屋から屋敷側に戻って、なにか慌ただしく指示をしている様子だ。イライジャの痴態を見物するために集まっていた大勢の男たちも、すっかりといなくなり、ここは、イライジャとヴォロノサのふたりだけになっている。

 

 まあいい……。

 

 ヴォロノサの役割は、このエルフ族の里で里長をやっているダルカンという強欲エルフを助け、クリスタル石をこれからも本国に横流しさせる態勢を維持させることだ。

 それが、アスカ城から請け負った仕事だ。

 そのためには、こんなところで、あのエルフ男に失脚してもらっては困る。

 ヴォロノサは、美貌の顔を激しく左右に振って、歯を噛み鳴らして痒みを訴えているイライジャに、例の羊毛紙をかざして詰め寄った。

 

「じゃあ、これに誓うんだよ。『認めます』とこれに向かって言いな。それで終わりだ。あとは、ここにいる男たちに股をほぐしてもらいな。一度精を放ってもらいさえすれば、嘘のように痒みは収まるよ」

 

「み、認めます──。認めます──。ああ、認めますから──」

 

 イライジャが大きな声で言った。

 ヴォロノサはにやりと笑った。

 白紙の羊毛紙の下側に紋章のようなものが浮き出て、なにかの魔力が刻まれたのがわかった。

 これでイライジャの白紙の自白書が完成したということだ。

 

「よくやったよ。とりあえず、足の縄を解いてやるよ」

 

 ヴォロノサは言った。

 そして、小刀で棒の両端に結んでいたイライジャの足首の縄を切った。

 

「ひ、ひいいっ──。か、痒い──痒い──。は、早く──早く、痒みを消して──、あああ──」

 

 イライジャは足を解いた途端に、太腿を強く擦り合わせ始める。だが、この痒みは腿を擦り合わせようと、指で掻こうと消えない。

 消えるのは、ただ男の精を受けたときだけだ。

 そういう魔道の込められた薬剤なのだ。

 

「痒みを消してやりたいけどね……。さっきも言ったけど、男の精がないと痒みは消えないのさ……」

 

「だ、だったら犯して──。後生ですから──。ああ、我慢できない──。お願いよ──。なんでもする──。犯して──犯して──」

 

 イライジャが激しく声をあげて絶叫した。

 いまのイライジャは、ただこの痒みをほぐして欲しいという思いだけで、なにも考えることができないに違いない。

 

「悪いけど、いま、みんな取り込んでいるみたいなんだよ……。まあ、そのうちに来るだろうからさ……」

 

 ヴォロノサはイライジャの狂態に苦笑した。

 そのとき、この地下の隠し部屋に誰かが降りてくる気配がした。

 

 ヴォロノサは視線を向けた。

 ガルシアだ。

 慌てているようだ。

 なにかあったのだろうか……。

 

「ああ、ガルシアの旦那……。イライジャが自白書を刻んだよ。ほら……。じゃあ、精を注いで痒みを消してやっておくれ──。このままじゃあ、本当に発狂してしまうからね」

 

 ヴォロノサは、とりあえずガルシアにイライジャの自白が刻まれた白紙の「自白書」を手渡した。

 

「よくやった、ヴォロノサ──。ただ、非常事態だ。ここが襲撃された。トーラスも奪い返されたかもしれん……。とりあえず、この女だけでも連れていく」

 

 ガルシアは、剣を抜くと、天井から両手を束ねて吊るされていたイライジャの縄を手首の上付近で切断した。

 イライジャの汗まみれの身体が力を失って床に崩れ落ちる。

 

「あ、あああ──、だ、だめえ──か、痒い──」

 

 その瞬間、手首を縛られたままの手でイライジャが自分の股間を掻きむしりだした。

 

「ああ、だめえ──。痒みが取れない──ああ、なんとかして──。なんでもするよ──。どんなことでも従うから──。ひい──」

 

 イライジャが自分の股間を自慰のように擦りながら叫ぶ。

 

「へっ、あの、気の強いイライジャが形無しだな……。まあ、逃げてから、ゆっくりと犯してやるぜ」

 

 ガルシアが相好を崩してイライジャを見た。

 次の瞬間、なにかの気配を感じた。

 

 男───?

 

 必死の形相をした若い男が走り込んでくる。

 ヴォロノサの眼には人間族のように思えた。

 なんでここに人間族が──?

 ……と思ったが、考える余裕などない。

 もう目の前だ。

 

「な、なんだ、お前──?」

 

 ガルシアも気がついた。

 剣を抜きながら振り返る。

 

「うわああああ──」

 

 だが、顔をひきつらせたその若い男は雄叫びをあげながら、ガルシアにそのまま突進してきた。その右手は剣の柄にかかったままだ。

 

「貴様──」

 

 ガルシアが剣をその若い男に向かって斬り払った。

 

「ぐあっ──」

 

 しかし、一瞬、その人間族の男の勢いが信じられないくらいに増し、直前で抜いた剣先がガルシアの腹に突き刺さった。ガルシアの剣は屈んだその若い男の頭上を空を切っていた。

 

「な、なんだ……? な、なんだ……?」

 

 ガルシアが目を丸くしたまま崩れ落ちて、自分自身の血だまりの中に身体を倒した。

 

「お、お前……、だ、誰?」

 

 ヴォロノサはびっくりして壁まで後退りした。

 殺される──。

 そう思った。

 ガルシアがそれなりの遣い手だったのを知っている。

 そのガルシアがひと太刀だ──。

 ヴォロノサなど一瞬だろう……。

 

 蒼白になっているその男が、血の付いた剣をヴォロノサに向けた。

 がくがくと震えているようだが、その剣は真っ直ぐにヴォロノサへ向いていた。

 

「ひ、ひっ」

 

 ヴォロノサは声をあげてしまった。

 

「い、行け……」

 

 そいつが言った。

 

「はっ?」

 

 ヴォロノサは思わず問い返した。

 

「行け──。どっかに行け──。さ、さもないと殺さなきゃならない……。た、頼む──。もう、行け──」

 

 その男は身体をがくがくと震わせながら、なにか必死の様子で怒鳴った。そして、手元の落ち着かない感じで、二度ほど失敗しながら一度剣を柄に入れた。

 すると、なぜか急に男が少し落ち着いた様子になり、殺気が襲ってきた。

 

 それ以上は考えなかった。

 行っていいというなら行くだけだ。

 ヴォロノサは、もはや振り返ることなく、一目散に地上に戻る階段に走った。

 

 

 *

 

 

 一郎は腰が抜けたように、その場に崩れ落ちた。

 ガルシアの死体がそばに転がっている。

 さっきまで生きてはいたが、いまは死骸だ。

 

 自分が……。

 一郎が殺した……。

 

 やらなければならないことだったとはいえ、自分自身で誰かを殺めたということに、一郎は愕然としていた。

 

 身体の震えが止まらない……。

 苦しい……。

 息が苦しい……。

 一郎は空気を求めて、必死で呼吸をした。

 その一郎にいきなりなにかが体当たりしてきた。

 

「うわっ──」

 

 イライジャだ。

 

 初めて会うが、魔眼の力でそれがイライジャであることはすぐにわかった。

 手首を拘束されていて、まったくの全裸だ。

 全身は汗びっしょりで目つきが不自然だった。

 

「い、イライジャさん……。無事で……?」

 

 なにかを語りかけようとしたが、イライジャがいきなりすごい力で一郎の腰に自分の股間を擦りつけてきた。

 

「お、お願い──入れて──。せ、精をちょうだい──。痒いの──痒くて死にそう──。せ、精を注いでもらわないと痒みが消えないの──。お、おねがい──。た、助けて──。精をちょうだい──。あんたの精液を注いで──」

 

 イライジャが狂気のように顔を振りながら、一郎の股間にイライジャの巣股を擦りつけてきた。

 

「う、うわっ」

 

 その勢いがすごくて、一郎はイライジャに押し倒されるかたちになった。

 馬乗りになったイライジャが、必死の形相で手首を拘束された前手で一郎のズボンに手をかける。

 

「ま、待って……。縄を……。縄を解きますから……」

 

「そ、そんなのいいのよ──。せ、精をちょうだい──。か、痒いのよ──。あ、あああ──」

 

 イライジャが暴れまわる。

 一郎は、なんとかそれを制して、とりあえずイライジャの下から抜け出し、まずはイライジャの手首の縄を解こうとした。

 

 だが、簡単ではなかった。

 常軌を逸したようになっているイライジャが、すぐに一郎にしがみつこうとするのだ。一郎はそれを押さえながら、やっと縄を解いた。

 しかし、縄が解けると、再びイライジャが一郎に馬乗りになってきた。

 イライジャが必死の形相で、また一郎のズボンを脱がせようとする。

 

 この時点で、一郎にも状況がみえてきた。

 痒いと叫び続けるイライジャは、おそらく股間に相当の痒み剤を塗られたに違いない。

 悲鳴に混じって口走っている言葉から考えて、痒みは擦っても消えないものであり、男の精を受けなければなくならないようになっているようだ。

 そんな都合のいい媚薬があるものかと思ったが、魔道が日常生活に浸透している世界だ。

 淫具や媚薬についても魔道的なのかもしれない。

 

 しかし、精を注いでくれと懇願している目の前のイライジャをそのまま抱いていいのだろうか……?

 一瞬だけ一郎の理性が動いたが、そのときにはすでにイライジャは一郎のズボンのベルトを解き終わっていて、震える手でズボンと下着を両手で引き下ろしてしまっていた。

 一郎の躊躇に関わりなく、一郎の分身は美貌の褐色エルフで若い未亡人の妖艶な裸身に、すっかり態勢が整っている。

 

 ええい──。

 

 一郎は状況に流されることに決めた。

 抱いてどうなるかは、あとで考えればいい。

 

「……は、早く……は、はやぐう──」

 

 イライジャは奇声のようなものまで発しだした。

 すると、その途端にイライジャの全身に例のもやが発生した。

 どうやら、女の性感の見える桃色と赤色のもやは、一郎が欲情しているか、それに近い心理状態に見えるようになるようだ。

 そして、イライジャの全身はすっかりと欲情して真っ赤だった。特に股間が赤い……。

 

 あとは、口の中に濃い赤が集中している。

 

 一郎は下だけ完全に脱ぐと、イライジャが自分で動きやすいように、座位になって自分の腰の上にイライジャの腰を乗せるようにしてやった。すっかり濡れきったイライジャの膣は、なんの抵抗もなく一郎の怒張を咥え込み、あっという間に最奥まで迎え入れた。

 

「あ、あああ、き、気持ちいい──。か、痒みが小さくなる……。も、もっと──、もっと擦ってええ──」

 

 イライジャが一郎の腰の上で裸身を狂ったようにうねり舞いさせる。

 

「おじり──おじりにも指を入れて──。そこも痒いのおお」

 

 イライジャが吠えた。

 一郎はイライジャの腰の後ろに手をやって、言われたとおりに菊座に指を入れてやる。

 薬剤を塗られている肛門は、それを潤滑油代わりにして一郎の指を受け入れた。

 

「はがあああ──き、きもじいい──。も、もっと──、お股も──股も犯して──。は、はやぐう──」

 

 男の一郎に掻かれれば痒みが少しはなくなるらしく、イライジャはすっかりと陶酔の顔で全身を震わせる。

 一郎はお尻の穴に指を入れたまま、イライジャの腰を上下に動かし始めた。

 

「あ、ああっ」

 

 がくがくとイライジャが身体を痙攣させる。

 もう達したようだ。

 しかし、それでもイライジャの狂態は終わらない。

 さらに、痒いといって一郎に抱きつき、一物を貫かれている腰をぐいぐいと動かし続ける。

 

「イ、イライジャさん……。も、もう少しです……。も、もうちょつと、頑張って……」

 

 一郎は息を荒くしながら言った。

 とにかく、早く精を出した方がいいだろう。

 本格的な抽送運動を始めた。

 片手はイライジャの腿の付け根を支え、もう片方の手の指はしっかりと指を肛門に埋めて、尻の下からイライジャの腰を持っている。

 

「うはあっ」

 

 抽送を続けると、あっという間にイライジャは二度目の絶頂をした。

 一郎は弓なりになったイライジャの身体を一度引き寄せ、大きく開いて涎を垂れ流している口の中に舌を入れた。

 イライジャの強い性感帯が口の中であることがわかっている。

 赤く見える口の中の性感帯を舌先で強く擦りまわした。

 

「あ、ああ……あはあっ、ああ、ああっ──」

 

 イライジャが呆けたような顔で甘え泣きのような声をもらす。

 そして、細い首をのたうたせて、膣いっぱいに咥え込んでいる怒張を締め動かすイライジャに対し、やっと一郎もまた射精の準備が整ってきた。

 一郎はイライジャの口をむさぼるのをやめた。

 

「だ、出しますよ──」

 

「出して、出して──。ほ、ほおおお──あ、ああん──あああ──またいぐうう──」

 

 イライジャが汗に光る首筋を限界まで突っ張らせた。

 

 一郎は精を放った。

 

 その精がイライジャの子宮に飲み込まれるのを感じる。

 イライジャはがくがくと身体を震わせて、感極まったように絶叫した。

 そして、一郎の背中にしがみついたまま、がくりと脱力した。

 

 軽く気を失ったようだ。

 

 だが、その顔は完全な満足感に染まっている。

 とりあえず、狂うような痒みはなくなったのだろう……。

 

 一郎はほっとした。

 

 そのとき、一郎の頭になにかの声のようなものが聞こえてきた。

 いや、正確にいえば、それは声ではなく、一郎自身が一郎に問いかける伝心のようなものなのだが、一郎の感覚としては質問を受けたような感じだった。

 

 “孕ませますか……? 孕ませませんか……?”

 

 そんな質問が急に頭に浮かんできた。

 

 “孕ませない───”

 

 一郎は慌てて、強く念じた。

 

 “性奴隷にしますか……? しませんか……?”

 

 また、質問が浮かんだ。

 

 それについてはちょっと迷ったが、すぐに我に返り、“しない──”と念じた。

 

 なにかの強いエネルギーのようなものが、ぱっと発散したような感覚が襲った。

 

 なんなのだろう……。

 いまのは……?

 一郎は呆気にとられた。

 

 しかし、そのとき、地上に繋がる階段に足音を感じた。

 我に返って、はっとした。

 

 プラム……。

 そして、エリカだ。

 

「ロウ、ここなの──? 大丈夫なの──。ねえ、返事して──。お願いよ──。どこにいるの──? ここにいるの、ロウ──?」

 

 エリカの必死の声が近づいてきた。

 一生懸命に一郎を探し回ってくれているのだと思ったが、そのエリカと一緒にプラムも降りてくるのが魔眼でわかる。

 

 しかし、エリカはともかく、プラムはまずい──。

 一郎は慌てて、腰の上のイライジャをどかそうとしたが、気を失ってるイライジャは結構重くて、簡単にはいかなかった。

 そして、まごまごしていると、ふたりが目の前にやってきてしまった。

 

「……ロウ……大丈夫……? うわあっ──ロ、ロウ様──?」

 

 エリカがびっくり仰天した声をあげた。

 

「き、貴様──、なにをしておるか──?」

 

 プラムの怒声も響き渡る。

 次の瞬間、石の塊りのようなものが頬に喰い込んだ。

 プラムの拳とわかったのは、その衝撃で身体が飛ばされて、全身を部屋の壁に叩きつけられたときだ。そのとき、イライジャの膣から一郎の一物もすぽんと抜けて、力を失っているイライジャの身体が横倒しになる。

 

「こ、殺してやる──この人間があ──」

 

 プラムが右手に持っていた剣を振り被った。

 すっかりと怒っている──。

 本当に剣が向かってきた。

 

「うわああっ」

 

 一郎は悲鳴をあげた。

 

「な、なにするんですか──」

 

 一郎の目の前で鋭い金属音が響いた。

 エリカがあいだに入ってきて、プラムの剣を剣で受けたのだ。

 

「ど、どかんか──。お前も斬るぞ──。その人間がなにをしたのか見ただろうが──」

 

「み、見ましたけど、それがどうかしたんですか──」

 

 プラムとエリカが剣を挟んで怒鳴り合った。

 次の瞬間、いきなりプラムの身体が後ろにのけ反った。

 そして、体勢を崩したプラムの頬で鋭い音が鳴る。

 

「落ち着きな、プラム──。その人はわたしを助けてくれたんだよ──。拷問のための薬剤でおかしくされたわたしが、その人を無理矢理に犯してしまったんだ。それをなんで殺そうとするんだい──。この馬鹿垂れが──」

 

 イライジャだ。

 全身が汗まみれであり、まだ、身体に力が入らないような感じだが、気はしっかりとしているようだ。イライジャがプラムの身体を引っ張り、思い切り頬を張ったというのがわかった。

 

「だ、だって、お前……」

 

 プラムが泣きそうな顔になった。

 その頬がまた鳴った。

 イライジャがまた平手を喰らわせたのだ。

 

「わたしの言葉が聞こえなかったの──。この人間族の男は、わたしを助けてくれたんだ──。それよりも、お義父さんは無事なの?」

 

「ト、トーラス殿は無事だ……。そ、それと、連中が持ち出したダルカンの密売の証拠も取り戻した……」

 

 プラムがさっきの権幕から一転して、おどおどとした口調で言った。

 

「だったら、いつまで、わたしを裸にさせておくのよ──。さっさと、どこからか着るものを見つけてきな、プラム──」 

 

 ものすごい迫力だ。

 一郎は呆気にとられてしまった。

 

 プラムが駆け去っていく。

 すると、イライジャが一郎に振り向いて、優しげな顔で微笑みかけてきた。

 

「すまなかったね、あんた……。あとでちゃんと謝らせるよ……。大丈夫かい……?」

 

「い、いえ……」

 

 一郎はそれしか言えなかった。

 プラムに殴られた頬は痛かったが、まあ平気だ。

 ユグドラの癒しという能力を授かっているので、外に出て大地に足をつければ治るはずた。

 

「大丈夫ですか、ロウ様……」

 

 エリカが一郎の頬に手を触れさせた。

 ひんやりとして冷たく、殴られて痛んでいた頬が楽になる。エリカは治療術は遣えないが、冷却魔道を施してくれているようだ。

 イライジャが、エリカに視線を向けた。

 

「エリカ、久しぶりね……。お前も助けてくれたのね……。どうして、ここにいるか知らないけど、この人間族の男は、お前の連れ?」

 

「ロ、ロウ様は……わ、わたしの大切なご主人様です……。で、でも、誰にも言わないで……」

 

 エリカはあっさりと、一郎とエリカの本当の関係をイライジャに白状した。

 これには、一郎も驚いてしまった。

 

 とにかく、ズボンと下着をはこうと、一郎は手を伸ばしてそれを引き寄せた。

 そして、それを身に着けていると、この部屋の奥の壁になにかの違和感を覚えた。

 理由はないが、なにか不自然なものを感じたのだ。

 

 一郎は奥の壁に寄ってみた。

 すると、目立たないが、壁の隅に突起のようなものがあるのがわかった。

 それを押すと、突然に壁が割れて、さらに奥にある部屋が出現した。

 

「な、なによ、これ?」

 

 イライジャが声をあげて駆け寄ってくる。

 一郎も奥の部屋を覗いた。

 エリカもやってきた。

 

「うわあ……」

 

「へえ……」

 

 イライジャとエリカが声をあげている。

 

 そこにあったのは、夥しい数の手のひら大の白色の球体だ。表面には光沢があり、とても美しかった。それが十個ずつ丁寧に木箱に梱包されていて、その木箱が十数箱も積み重なっている。

 

「クリスタル石……。ロウ様、クリスタル石です……。それも、こんなにたくさん……」

 

 エリカが驚嘆の声をあげた。

 

「これで、誤魔化しようのない里長の悪事の証拠が出たわね。やっぱり、あいつは、こうやってこっそりと里で作らせたクリスタル石の数を誤魔化して、密売してたんだわ」

 

 イライジャも言った。

 そのとき、また、階段から物音がした。

 今度は複数のエルフ男がいる。

 ただし、多くは階段の上で止まり、プラムだけが降りてきたのがわかった。

 

「イ、イライジャ、服だ──。とりあえず、これを着てくれ……」

 

 プラムが持ってきたのは黒色のローブだ。

 イライジャはそれを無造作に身体に身に着けた。

 

「それよりも、これを見なさい、プラム。この人間族の男が隠し部屋を見つけてくれたわ……。これで、ダルカンの悪事の証拠は完全に揃った──。さあ、あいつを糾弾するわよ──」

 

 イライジャが怒鳴った。

 

 

 *

 

 

 燭台の薄明かりの中、寝台に座っている一郎は、この三日間のことをぼんやりと振り返っていた。

 

 慌ただしい三日だった。

 

 もっとも、一郎は別だ。

 

 一郎は、この里外れのトーラスの家であてがわれた一室で、特にすることもなくぼんやりとしていただけだ。

 忙しそうにしていたのは一郎以外の者たちであり、トーラスを含め、ここではなく、里の中心部にある元々の屋敷を拠点にして、あの救出によって始まったダルカン追放のために、忙しく動き続けていた。

 エリカもイライジャに引きずられるように、強引に手伝いをさせられていた。

 

 それにしても、イライジャがあんなに気の強い女性だということは、まったくわからなかった。

 あの五人の決起の首謀者もイライジャには頭があがらないようだ。

 完全に男たちを牛耳っていたのはイライジャだ。

 

 そのイライジャとあの五人やユイナ、それにトーラスも加わった一連の働きによって、三日でこの褐色エルフの村の情勢は一変した。

 もっとも、一郎がその事態の進展をずっと見守っていたわけではなく、この里外れにあるトーラスの家にいる一郎に、エリカが逐次に状況を教えにきてくれていたのだ。

 

 ともかく、エリカの話によれば、三日前にイライジャとトーラスを救出したあと、イライジャたちは、取り返した証拠の書類と、なによりも北の屋敷で発見されたクリスタル石のひと箱を担いで、すぐに里の中心で煽動をしていた組と合流したようだ。

 

 そして、里の住民たちにダルカンの悪事の確かな証拠を提示して、改めて決起を呼びかけた。

 日頃からダルカンに不満を持っていた里の者たちは、示された証拠を前にして怒りの声をあげ、ついに大部分の住民たちが発起して里長だったダルカンの屋敷を取り囲んだのだそうだ。

 さすがにダルカンも観念するしかなく、ダルカンは捕えられた。

 

 主立つ者も一緒に捕らわれ、簡易裁判の末、首謀者は額に入れ墨の末に追放──。

 それ以外の者は単に追放となった。

 入れ墨を申し渡されたものは、多くの者が自裁をしたようだが、しかし、ダルカンについては、入れ墨を受け入れてしばらくしてから、監禁場所から脱走して、どこかに去ったとのことだ。

 手引きした者がありそうだが、逃亡先は不明とのことだ。

 

 いずれにしても、ダルカンは去り、暫定だかトーラスが里長代行となり、近く代行が外れるのは間違いない。

 事故で死んだイライジャの夫のトードの名誉も回復された。

 ただ、あれが本当に事故だったのか、それとも、ダルカンが手を回して殺させたのかということまではわからなかったらしい。

 ただ、イライジャやトーラスの様子を見れば、ダルカンの額に入れ墨をした時点で、もうその話は終わったことになったような感じであり、逃亡したダルカンを追うつもりもなさそうだ。

 

 そして、いまは三日目の夜だ。

 

 トーラスと家人の多くは、里の中心にあった元のトーラスの屋敷に移ったが、イライジャだけがエリカとともに、こっちの家に戻ってきていた。トーラスも完全に元の屋敷に戻ることになり、ここを引き払うので、その片づけがあるからということだった。

 

 あのユイナも一緒に来た。

 ユイナと会うのは三日ぶりだった。彼女もまた、ずっとこっちではなく、里の中心側でみんなと動いてたのだ。

 相変わらず人間族は嫌いらしく、一郎には冷たい素振りだ。ただ、時折、なにか言いたげに一郎を睨みつけるようにする。

 しかし、夕食のときに、イライジャとエリカとユイナの囲む席に一郎も同席することを拒まなかった。

 エリカがイライジャに、一郎はエリカの「ご主人様」とはっきり言ってしまったので、イライジャが一郎を同じ席に座らせるのは当然だが、一郎がエリカの従者だと思っているユイナが、一郎が一緒に食事をするのをユイナが受け入れるのはおかしなことのように思った。だが、少なくともユイナがそれについて、一郎の前で抗議をするような態度を見せることはなかった。

 

 食事は質素だが美味だった。

 そのとき、明日の夜にはほかの者とともに、改めてお礼の宴をするので、エリカと一郎に是非に受けて欲しいとイライジャが言った。

 エリカは即答せず、考えると応じていた。

 なんとなく気が進まないようだ。

 そして、エリカは、一郎に対して小さな声であとで相談したいとささやいた。

 やはり、なにかあるようだと思った。

 

 食事が終わり、部屋に引きあげた。

 そしていま、一郎は寝台の上に座ってる。

 エリカの従者ということになっているので、エリカとは離れてひとりの部屋だが、与えられた部屋は従者としてではなく、エリカと同じ客人としての扱いだ。

 これもイライジャの配慮だろう。

 

 一郎は待っていた。

 

 忙しそうにしていたエリカを昨夜も、その前の夜も抱いていない。

 相談事があると言っていたし、それに、エリカは一郎に抱かれにくるだろうと思った。

 果たして、扉が叩かれた。

 

「はい」

 

 驚いたことに、やってきたのはエリカだけじゃなく、イライジャもいた。

 ふたりが、一郎の腰掛けている寝台の下側の床に座った。

 一郎も慌てて、寝台から降りて床に座る。

 

「落ち着いたら、お礼がしたいと思っていたのよ、ロウさん……。でも、エリカによれば、早々に出立するというし……。それで連れてきてもらったのよ……」

 

 イライジャが意味ありげに言った。

 

「そ、それについては、理由を説明します、ロウ様……。そ、それよりも、イライジャは……」

 

 エリカがなにか言いたげにした。

 だが、イライジャがそれを制した。

 

「……わたしが自分の口で言うわ……。このロウさんだって、断る権利があるだろうし……。ふふふ……、やっぱりだめ……。断らせない……。あなたがエリカの色男だというのは、すっかりと白状させたわ……。このエリカは男嫌いだったのよ……。それがすっかりと夢中のようね……。それよりも、このイライジャのお礼を受けてくれない……」

 

 イライジャが意味ありげに言った。

 そして、立ちあがる。

 イライジャは身体に羽織る寝間着を思わせる姿だったが、一重の帯を解いてそれをはらりと床に落とした。

 

 なんと、その下は全裸だった。

 

「イ、イライジャさん……」

 

 一郎は声をあげた。

 そのイライジャが腰を屈めて、一郎の首に抱きついてきた。

 

「……エリカから聞いたわ……。わたしを助けるために、あなたに生まれて初めての人殺しをさせてしまったらしいわね……。そんなにしてくれたあなたに、なにをあげればいいんだろう……。こんなものでもよければ、わたしに礼をさせてくれない……?」

 

 イライジャが一郎にささやいてきた。

 しかし、一郎には淫婦のような真似をしているイライジャが、実際には大変に緊張しているということがわかった。

 一郎には、イライジャの男性経験は死んだ夫しかないことを知っている。

 そのイライジャが一郎に身体を与えるという……。

 つまりは、イライジャはそれだけのことを一郎にしてくれようというのだ。

 

 無論、断る理由はない。

 

 一郎は、イライジャを抱き寄せて口づけをしようとした。

 イライジャが口の中の刺激に弱いことはわかっている。

 そのとき、イライジャがエリカに振り向いた。

 

「なにをしているのよ、エリカ……。お前も脱ぐのよ──」

 

 イライジャが強い口調で言った。

 

「は、はい……、イ、イライジャお姉さん……」

 

 エリカが顔を赤らめ、慌てたようにその場に立ちあがって、イライジャが身に着けていたのと同じ寝間着を落とした。

 びっくりした。

 

 エリカもまた、その下はなにも服は着ていない。

 それはともかく、全身に縄がかけられていた。腕の拘束はないものの胴体に菱形模様の縄掛けがあり、乳房が縄から絞られるように引き出されている。

 また、股間には、しっかりと股縄が食い込んでいる。

 そのせいもあるのか、エリカはすっかりと欲情している。

 一郎にはそれがわかった。

 

「……ロウさん……。エリカはずっと昔、わたしのねこだったのよ……。エリカはロウさんには、それを隠す必要はないというので一緒に来たの……。ねえ、わたしと一緒にエリカで遊びましょう……。ふふふ……。こんなに興奮するのは久しぶり……。あなたたちはどこかに行くというし、今夜は忘れられない夜にしたいわね……」

 

 イライジャが笑った。

 驚いたが、それは嬉しい驚きだ。

 一郎はエリカを抱き寄せ、その乳房を揉みながら、イライジャに顔を向けて、思うままに口の中をむさぼり始めた。

 

 

 

 

(第3話『クリスタル石の陰謀』終わり)






 *


【ロウ・サタルス】

 …………。
 ……ロウ・サタルスの出生から青年期までの物語は、完璧に記録から削除されている。その記録の抹消は実に完璧でありすぎるため、その理由において、現在でもさまざなま憶測がなされているが、現在のところ万人を納得させる定説は存在していない。
 …………。
 最初にロウの記録が確認できるのは、当時「褐色エルフの里」と呼ばれていた小さなエルフ族の集落における事件であり、ロウとエリカであると推測される人物が、その里におけるあるクリスタル密輸事件に関与したという小さな記録が発見されている。
 その事件は、その里の自治代表者であった里長が、当時ナタル森林を支配していたガドニエル長老女王の統制に反して、余分に生産したクリスタル石を密輸していた陰謀を里に偶然に立ち寄ったロウが暴いたというものであるが、その事件の関係者が後にナタル森林に与えた影響を考えると、ロウがその里に立ち寄ったのは、意図的なものであり、「偶然」に立ち寄ったわけではないのではないと考える歴史家も多い。
 …………。


ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


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 第4話   冤罪裁判と禁忌の魔道
16  三人遊び


 口づけをしていた唇を離した。

 すると、両膝を寝床の床につけているイライジャがぐったりと脱力した。

 

「や、やっぱり……あ、あれは、薬が作らせた大袈裟な感覚じゃなかったのね……。すごいわ……。あなたのご主人様は大変なものね。苦労するわよ、エリカ」

 

 そして、イライジャは少し息を荒げたまま、縄掛けをされているエリカに笑いかけた。

 

「も、もちろん、ロウ様は素晴らしい人よ、イライジャ姉さん」

 

 エリカが少しはにかんだようになる。

 しかし、これには一郎も困ってしまった。

 この世界に召喚されるまで、なんのとりえもなく生きてきただけの三十過ぎの男だ。裸の美女ふたりに挟まれて、称賛されてもどうしていいかわからない。

 すると、イライジャがすっと姿勢を正した。

 

「改めてお礼を申し上げます、ロウさん──。そして、最大の功労者なのに、ここに放っておくようにしててすみません。本来なら里をあげて感謝しなければならないのに……。この里は、エルフ族のほかの里と比べて、極端に人間族を蔑視する感情が強くて……。今回のことも人間族のあなたに助けられたということが、これからの里の運営に支障があるからとか言って……」

 

 イライジャがそのまま頭をさげて床に額を擦りつけた。

 いわゆる全裸土下座だ。

 一郎はびっくりした。

 同時に、イライジャがなにを謝っているのか合点がいった。

 

「頭をあげてください、イライジャさん。トーラスさんは、俺の存在を里の者には公表しないことに決めたんですね?」

 

 そういうことかと思った。

 ユイナの態度だけでもわかるが、この里は相当に人間族を軽視する傾向が強い。

 もしかしたら、その人間族の一郎に、命を救われたというのは、それだけでもトーラスにとってはばつの悪いことなのかもしれない。

 そういえば、あの館でトーラスとイライジャを救出してから、一度もトーラスには会話をしていない。

 プルトたちともだ。

 まるで一郎を避けるようにしている気さえしている。

 たまに顔を見ることもあったものの、そういえばお礼のひとつもされてはいない。

 それを気にしているのだろうか。

 もしかして、それもあって、こうやって、身体を提供している?

 

「も、もちろん、そんなことは許されないわ。あなたの功績よ──。あなたがいなければ、義父もわたしも助からなかった。プルトも、いま説得しているところよ……。ちゃんと公表して、あなたには里としてのお礼を……」

 

「いや、それについては、気にしないでください。理由があって目立ちたくないんです。エリカも言ったかもしれませんが……」

 

 一郎はエリカをちらりと見た。

 エリカが慌てたように首を縦に振る。

 

「い、言いました、ロウ様──。イライジャ、それについては説明したとおりよ。ロウ様もわたしも、大々的な発表は困るの。とにかく目立ちたくないというか……」

 

 エリカが慌てたようにイライジャに言った。

 あの魔女に追われている身の一郎とエリカにとっては、この里でいきなり名前が出されるなど冗談じゃない。

 アスカは、一郎とエリカの情報が入った途端に、自ら乗り込むか、手の者を送り込んで、一郎たちを殺そうとするに決まっているのだ。

 

「だけど、そういうわけには……」

 

「これはこっちの都合です。お礼はこっそりと口だけで言ってもらえれば十分です……。いや、それも必要ないかな。こうやって、イライジャさんが来てくれたことだし。これをもって、手打ちにしましょう。ほかになにも要りません。その代わり、しっかりと相手をしてもらいますよ」

 

 一郎はわざと白い歯を見せた。

 こうなったら、イライジャを抱かないという選択肢はないだろう。

 エリカも公認のようだし……。

 それに、さっきから裸のふたりを目の前にして、一物がいきり勃っている。

 やっぱり、淫魔師に覚醒したこの身体は、相当に好色のようだ。

 以前の一郎だったら、たったいまイライジャに喋ったような卑猥な軽口など考えられない。

 イライジャがぷっと噴き出した。

 

「もちろん、わたしのことは好きにして構わないわ。こんな女でよければ」

 

 イライジャがお道化た口調で両手をさっと広げた。

 一郎も破顔した。

 

「じゃあ、早速愉しく遊びますか。エリカ、来いよ」

 

 一郎は向かい合って座っている一郎とイライジャに対して、少し離れた感じだったエリカを呼んだ。

 エリカの裸体には、イライジャが施したらしい、縄が菱形を描いてくいこんでいる。股間には股縄だ。

 一郎はさっきから気になっていたのだ。

 真っ赤な顔になったエリカを一郎とイライジャのあいだに招き入れる。

 

「これはイライジャの仕業?」

 

 一郎はすっとエリカの股縄に手を伸ばす。

 すでに、食い込んでいる縄がしっとりと湿っている。

 早くも股間を濡らしているのだ。

 

「あんっ」

 

 一郎に触られただけで膝を砕きそうになったエリカを支えて、そのまま立たせる。

 身体を回転させて、縄道を見ていく。

 前の世界ではSM雑誌を見るのが好きだったので、頭だけだが縄掛けの知識はある。

 この世界にも、こんな緊縛があるのかと感心した。

 

「あ、あんまり、見ないでください……」

 

 じろじろと縛られている身体を見られて、エリカが恥ずかしそうにする。

 そういえば、いつも抱くのは月の光と焚き火の光の中なので、こんな燭台の明るい部屋の中で抱くのは、初日以来だ。

 

「幼いころから、こんなことをして遊ぶのがわたしたちの秘密の行為……。わたしたちの育った“自由エルフの里”の神官さんがこんな縄掛けの遊びの艶本(えんほん)を持っていたの。それを隠し読んで、エリカたちとかに試すのが、ませた少女だったわたしの愉しみ……」

 

 イライジャが笑った。

 艶本か……。

 だが、この亀甲縛りは間違いなく、一郎の知っている元の世界のものだ。

 あるいは、一郎の前に召喚されたSM好きの者が、わざわざこの世界の緊縛法を伝えたのかな、と思った。

 そう思うと面白い。

 

「じゃあ、エリカがしっかりとマゾに育ったのは、イライジャさんのせいだったんですね。ちょっと結び直していいですか?」

 

 一郎は股間に喰い込んでいる股縄に手を伸ばした。結び目は腰の後ろ側にある。

 縄瘤が三個作ってあり、それがエリカの快感を覚える局部に当たっているが、ほんの少しだが角度と場所がずれている。

 これでは効果は半減だ。

 

「わ、わたしはマゾなんかじゃあ──」

 

 エリカが声を荒げた。

 だが、縄がかかっているだけで両手は自由だが、なんの抵抗もしない。

 それどころか、ステータスにある「快感値」の数値がどんどんとさがって、いまは“40”を切ったくらいだ。挿入可能の目安の“30”まではもうすぐだ。

 縛られただけで、愛撫なしでこれなんだから、ちゃんとしたマゾだ。

 一郎は、わざわざそれを否定するエリカがおかしかった。

 イライジャも笑った。

 

「自覚がないの? あんたは、ずっと昔からマゾっ子よ……。それよりも、なんとなく詳しそうですね、ロウさん。どうぞ、教えて。見よう見まねでやったから、縄責めの師匠はわたしにはいないんです。それと、わたしのことは、どうか、イライジャと呼び捨てで……。先日はため口で失礼しました。エリカから聞いたら三十五歳にもなるんですね。もっと若い方だと思っていました」

 

 イライジャがまた笑った。

 これには、一郎もなんと返していいかわからず、苦笑するしかない。

 前の世界にでは若そうなどといわれたこともないが、この世界では日本人の一郎は童顔の部類になるのだろうか。

 そういえば、あのアスカは、一郎のことを“小僧”と呼んでいたっけ……。

 

「師匠と呼ばれるほどのものじゃないですけどね……。でも、エリカの身体は知ってます。どんな風にすれば悦ぶかということも……」

 

 喋りながら一郎は、股縄を一度抜いて、結び目の大きさと間隔を調整する。

 生まれて初めての縄掛けだというのに、一郎の手はまるでこの道の玄人のように、素早く正確に動く。

 これも淫魔術の能力のおかげだろう。

 一方で一郎の目の前に立たされて、股間を覗き込まれるような感じのエリカは、もうどうしていいかわからないように、切なげに身体や顔をくねらせている。

 一郎はそのエリカに、調整した瘤付きの縄を改めて喰い込ませた。

 

「うっ」

 

 エリカが小さく呻いて、びくりと身体を震わせた。

 しかし、一瞬後には、縄尻は元の通りに腰の後ろで結び留めを終えている。

 我ながら、すごい手管だ。

 

「へえ……」

 

 イライジャも感心している。

 

「じゃあ、まずは腰を振って自家発電をしてもらおうか」

 

 一郎はぽんと軽くエリカのお尻を叩いた。

 

「あんっ……。じ、じかはつでんって……?」

 

 エリカは意味がわからなかったようだ。

 

「いいから、こっちに立って腰を振ってみろ」

 

 一郎は一郎とイライジャが見物しやすい側にエリカを押しやった。

 ちょっと前につんのめったエリカが、次の瞬間、うっと声を出して、身体を前に曲げる。

 一郎にかけられた結び玉がその本領を発揮したのだ。

 

「ああっ」

 

 そのまま膝をつきそうになった。

 だが、その動きでさらに縄瘤が局部に喰い込んで刺激を大きくする。

 そうなるように、縄掛けしているのだ。

 

「くふっ、はああっ」

 

 エリカはそのまま両手で股間を押さえるようにして、しゃがみ込んでしまった。

 一気にステータスの快感値がさがり、一瞬“0”になって、すぐに“10”くらいまで戻った。

 いわゆる、軽く達したという状況だ。

 

「しゃきっとしろ、エリカ。これも調教だ。まずは腰を振ってもう一度いけ。遊びはそれからだ」

 

 一郎は笑いながらエリカの腕を取って強引に立たせる。

 

「こんな可愛いエリカは久しぶり……。ねえ、ロウさん、エリカが一度達したら、そしたら、わたしに責めさせてくれない? だって、こんなに可愛いなんて」

 

 イライジャが完全に欲情したような上気した顔で言った。

 一郎は頷く。

 

「もちろん、だけど、こんなに若いエルフ女性ふたりの百合遊びを見物できるなんて、もう十分なお礼ですよ」

 

 一郎は笑った。 

 

 

 *

 

 

「うっ、ううっ、は、はああっ───」

 

 一郎が抽送を開始すると、それだけでエリカは泡を吹かんばかりに身悶え始めた。

 すでに、エリカは二度達している。

 

 もともと、刺激に弱いエリカだが、一度達すると、さらに身体の感覚が敏感になってエリカは感じやすくなる。

 だから、もうエリカは息も絶え絶えの状況だ。

 第一、一郎には抱いている女体がどこをどう触れば感じてしまうのかが、文字通り目でわかるのだ。

 一郎の眼だけに見える赤いもやは、相手の女がどこを刺激されたがっているかの目印だ。

 それを追って愛撫を加えてやるだけだ。

 

「ふわあああっ、い、いきます、いきそうですううっ、ああああっ」

 

 一郎が寝台に仰向けになっているエリカの腿を抱えて、貫かせている怒張で膣の中の赤い部分を強く擦るようにしてやると、エリカは感極まったような声をあげて、一郎の背中にしがみついてきた。

 菱形の縄化粧をされたエリカの裸身が一郎に密着する。

 

「いってもいいけどな。だけど、とりあえず、俺が満足しないと終れないぞ」 

 

 一郎は笑いながら、エリカの股間を貫いている怒張を律動させる。

 エリカがすごい力で一郎の背中に指を喰い込ませてきた。

 

「んふうううっ、ふうううううっ」

 

 身体をがくがくと震わせて絶息するような息を吐く。

 何度目の絶頂になるんだろう……。

 一郎はエリカを犯しながら、苦笑した。

 

 一郎の部屋に夜這いにやってきたイライジャたちとの交合が続いている。

 もうかなりの時間がすぎたと思うが、まだまだ前戯程度だ。

 お愉しみはこれからだ──。

 少なくとも一郎はそのつもりだ。

 

 最初に、エリカに股縄を施して腰を振らせて自慰をさせるという遊びから始まり、それからとりあえず、エリカいじめがずっと続いている。

 股縄ですっかりとエリカができあがってしまうと、イライジャがエリカを抱きたがったので、まずは、イライジャとエリカということになった。

 そして、イライジャが百合の手管で、エリカを続けて昇天させた。

 

 次はイライジャと一郎のふたりがかりのエリカ責めだ。

 これでエリカは完全に動けなくなってしまった。

 

 それを強引に引き起こして、一郎がエリカを抱いている。

 いまはその段階だ。

 

 すでに、エリカは口もきけないくらいに疲労困憊である。

 一方でイライジャは、そんなエリカと一郎の性行為を裸のまま食い入るように見ていた。

 なかなかに好奇心の強いエリカの「姉」だ。

 

「あらあら……また、あっという間にいっちゃったのね……。口惜しいけど認めるわ……。エリカは、もうわたしよりもあなたに抱かれた方が感じるみたいね……。でも、あの男嫌いのエリカがねえ……。あなたの性奴隷だと告白されたときには、びっくりしたけど、本当にそのようなのね……」

 

 横で見ているイライジャが軽口を言って笑った。

 

「性奴隷って、エリカが?」

 

 一郎はエリカの腰を突きながら言った。

 性奴隷というのは言葉のあやであり、淫魔術で支配しているのでそうなのだろうが、一郎としては、エリカを奴隷扱いしているつもりはない。

 ただ、抱くときは激しく鬼畜に抱く。

 それだけだ。

 わざわざ自分のことを「性奴隷」だと自己紹介するとは考えてもいなかった。

 

「言ったわ……。そして、そのことが満更でもなさそうだから、もっと驚いたわ。あなたは強くないけど、頼もしくて優しいそうよ。本当に嬉しそうにあなたのことを語っていたわ。でも、この子、気は本当に強いのよ」

 

「し、知って、いる」

 

 一郎は律動しながら応じる。

 一方で、エリカはもうイライジャの声など聞こえていないと思う。

 派手な嬌声をあげつづけているので、これではなにも聞こえないだろう。

 また、イライジャは一郎にぞんざいな物言いをしているが、これは一郎が強要したことだ。

 イライジャを呼び捨てにする交換条件だ。 

 

 かつてエリカとイライジャは、孤児同士で同じ里で育ち、いつしか娘同士で愛し合う仲になった間柄だったらしい。

 この「褐色エルフの里」はナタル森林の中でもハロンドール王国側に近いが、エリカたちが育った「自由エルフの里」はもっと西側で、三公国と呼ばれる「旧ローム帝国領」という地域に近かったそうだ。いまここにいる里がエルフ族の中でも。褐色エルフ、つまりは黒エルフしかいないのに対して、自由エルフの里はさまざまな人種がおり、人間族とエルフ族のあいだに生まれた「ハーフエルフ」もいたそうだ。

 エリカとイライジャと仲が良かった少女が、そのハーフエルフであり、よく三人で「百合遊び」をしたといっていた。

 まあそれは、性に興味を抱くようになったエルフ少女たちが誰でもする「遊び」のようなものであり、その関係が発展して、そのうちにイライジャが「ご主人様」で、エリカが「性奴隷」のような本格的な百合の関係になっていったそうだ。

 だが、そんなふたりの「遊び」も、イライジャがこのエルフの里のトードという男に見初められることで終わった。

 イライジャは、所要でやってきたこの里のトードと恋に落ちて、そのままここにやってきた。エリカが生まれ育った里を出て、三公国に向かったのもイライジャが里を去ってすぐのようだ。

 エリカを一郎とイライジャがふたりがかりで責めているあいだに、イライジャが一郎にそんなことを語った。

 イライジャとエリカが、孤児同士で同じ里で育った昔馴染みだということについては、エリカから知らされていたが、まさかそんな関係まであったということまでは想像もしなかった。

 つまりは、もともと感じやすい身体も、そして、マゾ気の強い性質も、このイライジャに仕込まれたということになるのだろうか……。 

 

「だ、だめええええっ、……いくうううっ、いきますううう、ああああっ、い、いぐうううっ───」

 

 またまた、エリカが声をあげて絶頂をした。

 どうでもいいことだが、このエリカは絶頂のときの声がとても派手だ。

 いまもイライジャがこの部屋から声が漏れないように結界で包んでくれていなければ、ほかの部屋で休んでいるはずのユイナが飛んできそうなくらいの声だ。

 

 エリカの「快感値」が“0”になる。

 同時に、エリカのステータスに「気絶状態」という表示が発生した。

 エリカが一郎の身体の下でがっくりと脱力している。

 完全に気を失っているようだ。

 一郎はエリカを離して、股間から一物を抜いた。

 

「あらあら、完全にいっちゃったわね……。それにしても、“ご主人様”を一度も満足させることなく、自分だけ満足して終わるなんて、悪い娘ね。お仕置きしないと」

 

 イライジャが笑いながら、杖をエリカに向けた。

 すると、エリカの胴体を包んでいた縄がぱらりと外れた。

 一郎のいままでに感じたところでは、魔道を遣うのに杖を使うのは、それほど魔道の能力の高くない魔道遣いのようだ。概ね、レベルが“10”以下だと、魔道に杖を使う傾向にあると思う。

 イライジャの魔道レベルは“4”だ。

 エリカは一郎が淫魔術で完全支配する前は“2”だったが、一郎による「淫魔師の恩恵」で“10”までレベル向上している。

 だから、このところ、エリカは魔道に杖を使わなくなってもきている。

 

「……でも、エリカはこの状態ですし……。だったら、それはお姉さん代わりのイライジャさんが責任を取ってくれないと……」

 

 一郎は、まだ逞しさを保ったままの怒張をイライジャに向けた。

 性愛であれば、なぜか一郎はどこまでも強気でいられる。いまは、この気の強い美貌のエルフの未亡人を抱くのになんの躊躇の感情も湧いてこない。

 

「そ、そうね……。せ、責任をとらないとね……」

 

 一郎を前にしたイライジャが、急に怖気づくような顔になったのがわかった。

 さっきから、イライジャが、エリカの性の先輩のようなふりをして、この場を仕切っているのは半分以上は演技であることはすでに気がついていた。

 一郎には、イライジャのステータスの「経験数」に、“男2、女2”とあるのが見える。

 男というのは、亡くなったトードという元夫と一郎だろう。

 

 つまりは、イライジャは、いま演じているような、行きずりの男である一郎に自ら抱かれにくるような性に開放的な女ではない。

 だが、このあいだ、媚薬でおかしくなっていたとはいえ、自分をいたぶった者たちに泣いて屈服したという事実……。

 まだ心に残っているであろう、その屈辱と羞恥……。

 また、あのとき、イライジャを助けるために、一郎が初めて殺人を犯したという事実を一郎以上にイライジャは重く受け止めてくれていた。それは、あれから、機会があるたびに、謝るような言葉を発することから知れる。それに対する呵責の気持ち……。

 

 さらに、エリカはイライジャのむかしの秘密の「遊び」の間柄だ。しかも、かなり深い……。そのエリカが「ご主人様」だと告白した一郎に対する興味……。

 これに加えて、どうやらトーラスが一郎に正式に「お礼」をしないという事実がわかったこと……。それについて一郎に対して申し訳ないという気持ち……。

 

 そんな複雑な感情がイライジャをこんな思い切った行動に駆り立てたのだろう。

 もっとも、イライジャが、これを一郎に対する「お礼」だと言っているのは、彼女の正直な気持ちであるのは間違いないと思う。一郎がとても「好色」であり、こういうことを拒まないことも、エリカから聞き出しているのかもしれない。

 それらのことが複雑にイライジャの気持ちの中で絡み合い、イライジャに「柄」にもない行為に走らせたに違いない。

 イライジャが、本当は演じているほどは、多淫ではないということくらいは、一郎にはわかるのだ。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい……。

 ここにいるのが、エルフ族であろうと、人間族であろうと、あるいは、異世界人であろうともう関係ない……。

 ただの素裸の男と女……。

 そうなれば、やることはひとつ……。

 遠慮する理由も皆無だし……。

 

「妹分の愛液でたっぷりと汚れているからね、しっかりと綺麗にしてもらうよ……」

 

 一郎はイライジャの口の中に怒張を強引に押し当てた。

 

「はっ、あっ……んんっ」

 

 イライジャは抵抗はしなかった。

 むしろ自ら求めるように、大きく口を開いて一郎の一物を咥え込んだ。

 しかし、一郎は舌を動かそうとしたイライジャを怒張で制して、肉棒を動かし始めた。

 膣を犯すように、イライジャの口を犯したのだ。

 イライジャが目を丸くして、当惑の声をあげた。

 

「はあっ、あっ、ああっ、あっ」

 

 一郎には、イライジャの口の中が局部と同じくらいに感じる場所でいっぱいなのがわかっている。

 こういう女性もいるのだと思ったが、とりあえず、一郎だけに感じることができる赤いもやを目印にして、亀頭の先端でその場所を擦ってやる。

 すると、イライジャの顔が蕩けたようになった。

 また、イライジャの「快感値」の数値が驚くくらいの速度で下がっていく。

 しばらく、続けた。

 イライジャは鼻息を荒くして、本当にかなりの興奮状態になっていった。

 

「あん、んんっ、おんっ、ああっ……」

 

 イライジャが耐えきれなくなったように声を出し始める。

 やがて、その全身が震えだす。

 快感値は一気に一桁だ。

 イライジャが一郎に対する口吻だけで、絶頂のうねりに飲まれそうになっているのがわかった。

 一郎はさっとイライジャの口から一物を抜いた。

 イライジャが完全に濡れきった眼で一郎を見あげた。

 

「まだまだだ。そう簡単には許さないよ……」

 

 一郎はうそぶくと、エリカの身体の下から縄を引き抜いた。

 訝しむ表情のイライジャの腕をとって、両手を背中に回させる。

 

「な、なあに……?」

 

 まだ、呆けたような眼をしているイライジャの両腕を背中に保持したまま、イライジャの後ろに回った一郎は、さっとその両腕を縄で縛ってしまった。

 イライジャが我に返ったようにはっとなったのは、一郎に完全に両腕を拘束されてしまってからだ。

 

「あっ、縄が───?」

 

 イライジャが初めてそれに気がついたような声を出した。

 

「やっぱり、罰という限りにおいては、それらしい格好にならないとね……。今夜は、縛られてもらう。あとで、エリカが起きたら、今度はエリカにもイライジャさんを責めさせる……。イライジャにも、エリカと同じように気を失うまで達してもらうからね」

 

 一郎は、まだ余っている縄でイライジャの右脚と左脚をそれぞれに折り曲げた状態で縛った。

 イライジャは抵抗はしなかった。

 むしろ、こういう遊びを愉しんでいる気配まである。

 イライジャの左右の脚を折り曲げた状態で縛った一郎は、仰向けにごろりと床に転がした。

 いわゆる、「M字縛り」だ。

 イライジャは想像以上の羞恥の格好になったことに、やっと狼狽えたような声をあげた。

 

「じゃあ、始めるよ……。俺の罰はけっこうつらいからね……」

 

 一郎はわざと酷薄そうな笑い声を出すと、拘束されたイライジャの身体に愛撫を加えながら、すっかりと開いているイライジャの股間に怒張を埋めていった。

 イライジャが身体を大きく悶えさせる。

 一郎はゆっくりと怒張を抽送しはじめた。

 イライジャの身体の赤いもやがどんどんと濃くなる。

 

「ああ、はあっ、か、感じる───。な、なんで───ああっ───」

 

 イライジャは拘束された身体で大きく暴れ出した。

 経験のしたことのないほどの急激な官能の炎の昂ぶりに、イライジャは耐えられなくなったのだ。

 

 当たり前だ。

 

 一郎には、どんな相手が性交の相手だろうと、それをあっという間に欲情させることのできる赤いもやの地図がある。

 イライジャの膣のどこを擦れば、この美貌のエルフ女性が狂ったように感じさせることができるかもわかる。

 絶頂のときに“0”になる、あの数値もよく見える。

 

 イライジャを昇天させるも、逆に焦らして乱れさせるのも思いのままだ。

 あられもない反応を示しだしたイライジャをじっくりと眺めながら、一郎はまずは、一回目の絶頂をさせるべく、膣の真っ赤な一点を強く擦りあげるようにして、腰を上下に律動させていった。

 

 

 *

 

 

「ふ、不潔よ───。く、屑よ、あいつ───」

 

 悶々とした気持ちを振り払い、ユイナはひとりで悪態をついた。

 眼の前の小さな水晶玉には、あの人間族の男が寝泊まりしている部屋で行われていることがぼんやりと映っている。

 部屋には、イライジャの魔道と思われる結界が結ばれていて、音も部屋の外には漏れ出ないように処置してあった。魔道による結界で部屋の外からは中を覗くこともできないように、しっかりと部屋が封鎖もされている。

 

 本来なら、こうやって一郎の部屋で起こっていることを外から垣間見ることなど不可能なのだ。

 しかし、ユイナは、目の前にある子供のこぶし大ほどの水晶玉をあの人間族の部屋にこっそりと事前に仕掛けている。

 いま、目の前にある水晶玉に映っている景色は、一郎の部屋にある水晶玉に映っている景色であり、それがユイナの魔道でここに転送されて、ユイナはそれをじっと見ているのだ。

 あらかじめ仕掛けてあったものだから、イライジャの結界では防げなかったようだ。

 

 それに、魔道遣いとしての純粋な能力なら、ユイナはイライジャに勝てると思っている。ユイナの魔道力は、祖父のトーラスでも一目置くほどの確かなものなのだ。

 

 ユイナがそんな魔道具を一郎という人間族の部屋に仕掛けたわけはなんでもない。

 あの人間族に、ひと言謝ろうと思ったのだ。

 ちゃんとお礼を言おうと思った……。

 公平に考えると、あの一郎は、人間族のわりにはよくやったと思う。

 犯されて殺されかけていたユイナの命を救い、放っておけば殺されるかもしれなかったトーラスを救い、イライジャも救った。

 里の危機を機転で助け、里に巣食っていたダルカンという悪い里長を追い出すきっかけも作ってくれた。

 

 全部、一郎のおかげだ。

 それはわかっている。

 

 だから、ちゃんとこれまでの態度を詫びて、お礼を告げようと、ずっと思っていた。

 だが、いざとなれば、あんなに失礼な態度をしていたことを思い出して、なにも言えない。

 自分の浅はかさを思い出してしまって、ユイナの口は凍りついたように強張ってしまう。

 

 それで思い余って、あの水晶玉をこっそりと一郎の部屋に仕掛けた。

 これがあれば、あの男が部屋にいる様子がここからでもわかる。

 あの人間族の男が寛ぎ始めた夜を待って、部屋にこっそりとひとりで行こうと思っていた。

 

 ユイナも若い娘だ。

 もちろん、若い娘が夜中に男の部屋にいくということがなにを意味するのかくらいはわかる。

 

 わかっている……。

 

 でも、ユイナはそれでもいいと思っていた。

 あの男が時折、エリカに対して、とても淫靡な視線を送ることは、とっくの昔に気がついていた。

 エリカの従者だというが、根はかなりの好色に違いないと確信していた。

 その視線がとてもいやらしいのだ。

 だが、さすがに、あのエリカは一郎を相手にはしないだろう。

 なにしろ、エリカは、美形で知られるエルフ族の中でも、美貌の持ち主に入ると思う。

 それに強い───。

 

 それに比べれば、一郎は頭はいいようだが、とても弱いし、外見もぱっとしない。年齢もエルフ族からすれば、若い範疇だが、人間族としては若くもない。

 十八歳のエリカが間違っても相手にしないくらいの年の差もある。

 いつもそばにいて従者として尽くしているのに、男として相手にもされないというのは、ちょっと可哀想かもしれない。

 

 また、少し小耳に挟んのだが、祖父のトーラスは人間族に助けられたということが外聞をはばかるので、ちゃんとしたお礼をあいつにしないようなのだ。

 

 だったら、ユイナが相手をしてやってもいいかな……?

 そんなことをちょっと思ったりもした。

 

 そもそも、あの一郎は絶対に好色だ。

 間違いない───。

 それは女を見る眼を見ればわかる。

 

 そんな男の部屋に夜遅く、ほかの者が寝静まるのを待ってから行く。

 また、人間族の男はあらゆる人種の中でもっとも色魔的だとも耳にする。

 

 一郎は、ユイナを求めるだろうか……?

 まあ、求めるだろう……。

 そのときは、これまでの無礼の詫びと里として正式にお礼をしない代わりに、抱かれてやるのもいい……。

 本当にそう思っていたのだ。

 

 あの男は、三人の強姦者に犯されたユイナの心の傷のことを本当に心の底から心配してくれた。

 それは言葉の端々や態度からわかった。

 本当はありがたかった。

 だが、犯されたくらいで、心が痛むようなユイナではない。

 ユイナはもう立ち直っている。

 いや、最初から、あんなものどうということはない。

 避妊のためのサビナ草は服用しているし、もともと、長命のエルフ族は貞操感はほかの種族に比して低いと言われる。

 まったくユイナは大丈夫だ。

 そのことを一郎に抱かれてやることで教えてあげたかったのだ。

 

 だが、先に休んだイライジャとエリカに頼まれた片づけを終えて、さらに水浴びをしてから覗いた水晶には、驚くべき光景が映っていた。

 素裸のイライジャとエリカをあの男が獣のように抱いていたのだ。

 びっくりして、血が凍るかと思った。

 しかも、イライジャは破廉恥な恰好で縄で縛られていて、自由を封じられた状態で一郎に犯されていたのだ。

 

 最初は、一郎がイライジャを無理矢理に襲っているのだと思った。

 しかし、そう思ったのは一瞬だけだ。

 強姦されているにしては、ちょっと様子が不自然だと思ったのだ。

 イライジャは欲情していて、いやがっている素振りはない。

 そして、拘束されていないエリカも水晶に映った。

 そのエリカも責めに加わった。

 イライジャはふたりがかりで責められて激しく身悶えている。

 そんな光景がずっと続いたのだ。

 

 やがて、ユイナにも、これは強姦ではなく、三人の「遊び」なのだとわかった。

 そう思うと、ユイナ自身にも理解できない感情が沸き起こった。

 

 腹が立った。

 なぜだか、頭にきた。

 エリカだって、イライジャだって、美貌で知られるエルフ族の中でも、抜きんでる美しさだ。

 それがあんな人間が破廉恥に接していいものではない。

 

 エルフ族は、あらゆる人種の中で最も優秀で、美しい種族……。

 あんな野蛮な人間族の男などに……。

 もっとも、ちょっと前までは、ユイナも一郎に抱かれてもいいと思っていたのだが、いまは、それをあまり思い出さなかった。

 

 それよりも、こんなのは間違いだ───。

 間違いなのだ───。

 ユイナは強く思った。

 

 だったら、間違いは正されなければならない……。

 それを強く思った。

 

 間違いだ───。

 これは間違いであり、あの一郎はやっぱり悪い男だったのだ───。

 そう思った。

 

 これは罪だ───。

 

 人間族風情がエルフ族の女を抱くなど……。

 

 許されぬ罪に違いない……。

 

 そして、ふと、あの男を思い切り懲らしめてやる絶好の方法を思いついた。あの色魔にはなによりの苦痛になるに違いない。

 ユイナは、喉から出てくる笑いを堪えながら、さっそくその準備にとりかかった。



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17  魔妖精襲来

「丸三日よ。それ以上でも、それ以下でもない。それが約束の時間よ。それが終われば、あの男を解放してもいいわ……。いいえ──。解放しなさい。わかったわね、……クンニ」

 

 ユイナの前に手のひらほどの白い肌をした小人が浮かんでいる。

 いまは、その小人の下は、ユイナが刻んでいる小さな魔道陣があり、小人はその魔道陣から離れることはできない。

 

 妖魔族だ。

 魔族種の一派なのだが、こうやって異界に居所を移して、人族と世界を異にしながら、条件によって召喚に応じるような種族を総称して「妖魔」という。これはその中でも魔妖精と呼ばれる種族であり、名を訊ねるとクンニだと答えた。

 ふざけた名だと思ったが、仕方なく名を呼ぶと、馬鹿みたいに大笑いした。

 絶対に本当の名ではないと思うが、妖魔召喚術で呼び出した妖精には、その妖精が名乗った名前でないと契約することができないのだ。

 仕方なく命令の最後に名を受け加える。

 

「はははは……、面白いね……。あんた、クンニ好き? それともフェラがよかった?」

 

 クンニと名乗ったそいつがけらけらと笑った。

 ユイナはかっとした。

 

「いいから契約よ。やるの? やらないの?」

 

「そうねえ……。面白そうな仕事だから、契約をしてやってもいいけどね……。まあ、条件次第かなあ……」

 

 魔妖精のクンニがなにかを探るように、周囲の匂いを嗅ぐような仕草をした。

 魔妖精というのは妖魔に属する妖精のことであり、妖魔というのは、かつて「亜域」を主とする異界に封印されている魔族種たちのことだ。

 

 いまは、もう神話のように伝えられている話であるが、かつて、この大陸には人族と称されるエルフ族、人間族、ドワフ族、獣人族などのほかに、魔族と呼ばれる種族もいたのだ。

 すべてがこのナタル森林が発祥といわれている。

 しかし、魔族はほかの人族と比べて暴力的で野蛮な連中であり、およそ人族とは違う価値観の中で生きていた。

 強い者が弱い者を魔道で縛って支配するというのが彼らの世界であり、彼らにあるのは、暴力と支配、退廃と暗黒だけだ。

 人族と魔族は、お互いを相容れない存在として、長く対立をし続けてきたのだ。

 

 もっとも、彼らが生きていくためには、「瘴気」と呼ばれる汚れた大気が必要であり、それはナタル森林を中心に点在していた。

 人族もまた、濃い瘴気は毒素と同じであり、人族は瘴気に溢れる地域で生きることができなかった。

 そのため、ナタル森林のうち、瘴気の強い地域には魔族が棲み、瘴気のない場所に人族が棲むという棲み分けをしていた。

 人族と魔族が同じ森で共存するなど、ユイナには信じられないが、ずっと昔にはそんな時代もあったらしい。

 それは、森林から人間族、ドワフ族、獣人族が出ていき、人族の世界が大陸全土に拡がり、ナタル森林で生活をする種族がエルフ族と魔族が主体になっても続いたのだ。

 

 しかし、あるとき、その共存を打ち破る者が出現した。

 『冥王』である。

 魔族の中に、冥王を自称する強大な力を持つ魔族の個体が出現して、各地に点在する魔族の各種族の統一支配に成功したのだ。

 そして、冥王は、すべての魔族を支配に置くことで得た力をもって、さらに、瘴気を拡散させることができるようになり、ナタルの森のすべてだけでなく、森を越えた人族たちの世界のすべても支配しようと目論んだ。

 

 それが伝承の冥王戦争だ。

 冥王はすぐにナタルの森のエルフ族に襲いかかり、当時のエルフ族の長老に一時的に阻まれると、今度はナタルの森の外にまで支配を無秩序に拡大しようとした。

 そして、あっという間に冥王戦争は、冥王の率いる魔族と人族との全面戦争の様相となり、一進一退の攻防を繰り返しながら戦いは長く続いたそうだ。

 

 もともと、人族はエルフ族、ドワフ族、人間族のほか各種族に分かれて生きており、統一された集団ではなかった。分裂して対立するのが常態である人間族など、十数個の国に分かれていたくらいだ。

 しかし、強大な魔族軍に立ち向かうには、人族の力を結集する必要があった。

 

 その人族の各集団をひとつにまとめたのが、人間族の英雄ロムルスだ。

 ロムルスは、最後の戦いによって冥王を倒して、冥王そのものを異界に封印することに成功し、さらにロムルスに協力するエルフ族が中心となり、魔族の力の根源である瘴気をナタルの森から一掃して、魔族の力を奪ったのだ。

 これにより、魔族たちはナタルの森を始めとする人族の世界に棲めなくなり、瘴気のあるさらに南の世界に逃れるか、あるいは、冥王とともに異界に封印されるかのいずれかの道を選ぶこととなった。

 こうして大魔戦争は終わった。

 

 ロムルスは人族のすべてを統一する国を作って、その初代皇帝となった。

 かつて、ナタル大森林の西にあった大ローム帝国だ。

 

 しかし、そのローム帝国は、第三王朝において衰退し、現在のカロリック、タリオ、デセオの三公国に分離してしまった。

 ローム帝国は名目的には存在するが、実際はタリオ公国内に認められた小さな領域しか支配していない。

 いまは人間族の大きな国であるハロンドール王国やエルニア魔道王国など、ローム帝国が建設された時代には存在もしなかった国だ。

 

 いずれにしても、妖魔というのは、その大魔戦争のときに、冥王に従うことなく、人族に協力した種族のことだ。

 魔族のすべては異界に完全封印されるか、南方荒地よりもさらに南に向かい、苛酷なその地で滅びることを選ばされたが、例外的に人族に協力した種族は、ロムルスから生存を許された。

 だが、人族に協力した種族であっても、ナタル森林から瘴気が消滅されてしまったので、生きていく場所がない。

 だから、ロムルスに従うエルフ族の召喚術者が、彼らのためにこの世界と密着している新しい亜域を準備した。

 だから、いまは冥王戦争で協力的だった種族のかなりが亜域にいる。

 その亜域にいる魔族種を「妖魔」と呼んでいるのである。

 もっとも、人族に協力的だった種族の末裔だとはいえ、魔族は魔族だ。

 彼らをこちらの世界に戻すことは、禁忌中の禁忌魔道である。

  

 しかし、実際には「妖魔召喚術」と呼ばれる魔道で呼び出せば、封印されている異界から妖魔を連れ出すことは可能なのだ。

 妖魔は特殊な価値観を持っていて、「召喚契約」という行為をすれば、絶対に契約者を裏切らない。

 また、もともと魔道に長けていたので魔族と呼ばれていたくらいなので、特殊な魔道だって多くの種がそれぞれに遣いこなす。

 だから、禁止されているにもかかわらず、多くの上級魔道遣いが、禁忌の妖魔召喚術を遣って、妖魔を使役し、さまざまなことをやってきた。

 

 いまでは、エルフ族に限らず、この世界のすべての人族には、生まれるとすぐに、「魔道十二戒」という絶対に破ることのできない魔道の封印を受けることになっていて、その結果、異界から妖魔を呼び出そうとして接触しようとすると、魔道の源である魔力が凍結されてしまうことになる。

 

 妖魔召喚術のような一連の禁忌魔道は、人族の歴史の中でそうやって封印された魔道でもあるのだ。

 だが、禁忌だからこそ、裏でその禁断を犯す者がいる。

 禁忌の力に触れたいと思うのは、およそ知性を持つ者なら誰でも望む当たり前の性だとユイナは思う。

 

 妖魔召喚術は、強大な力だ。

 だから、さまざまな独立的な賢者が、魔道十二戒の封印を解く方法をひそかに研究した。

 そして、実際に十二戒を出し抜く方法も編み出された。

 だが、その要領が書かれたものは禁書となっていて、伝承してはならない知識にもなっている。十二戒を破って禁忌魔道に触れる方法を書いた書物は、見つけ次第に焚書することになっていて、古い賢人たちが編み出した十二戒破りの禁忌魔道も、いまは完全に失われている

 

 だが、その禁忌魔道に触れる方法を書いた禁書がここに存在する。

 

 ユイナがそれを見つけたのは偶然のことだ。

 両親が死んで、祖父であるトーラスに引き取られてまもなくのことであり、トーラスの蔵書の中に、その古い禁書を見つけたのだ。

 古代語で書かれており、その知識のないトーラスには、それが禁書であること自体を知らなかったと思う。

 だが、禁止されている魔道を記されたこの禁書に、ユイナは興奮した。

 

 純粋な好奇心だ。

 魔道を極めることは、ユイナの夢だった。

 生まれつき他人よりも高い魔道の能力があったユイナは、それをもっと極めて、世界一の魔道遣いになりたいと思っていた。

 ひそかに古代語を勉強したのもそのためだ。

 

 ユイナは、トーラスの蔵書から禁書を持ち出した。

 十歳のときであり、もう六年も前のことだ。

 

 そして、十六歳のいま──。

 ユイナは、すでに妖魔を契約によって呼び出す方法を習得していた。

 

 やり方はそんなに難しくはない。

 妖魔を最初から完全に召喚するのではなく、魔道陣という魔道で描いた丸い紋様を描き、それにより、こちら側の世界と妖魔たちが封印されている異界の共有の空間を一度作るのだ。

 そして、呼び出したい妖魔の種に応じた魔力の波を作ってやる。

 召喚ではなく、ただ通り道を開けただけなので、十二戒には引っ掛からない。

 その後、召喚契約により、妖魔の身体にこちら側の使役魔道を刻んでしまう。

 すると、妖魔は召喚者に帰属する使役体となるために、妖魔の発する魔道波が召喚者の魔道波に覆われてしまい、魔道十二戒には反応せずに妖魔を共有空間の外に出すことができるというわけだ。

 

 いまもユイナは、そうやって、目的の魔道が遣える妖魔を呼び出した。

 それが目の前の妖精のような小人であり、クンニと名乗る魔妖精だ。

 いずれにしても、禁忌魔道が遣えることは、ユイナの絶対の秘密だ。

 ユイナはありとあらゆる手段で、自分のその能力を隠している。

 

「条件って、なによ?」

 

 ユイナは言った。

 条件というのは、呼び出した妖魔に仕事をさせるための「召喚契約」を結ぶ報酬だ。

 妖魔になにかをさせようと思えば、魔道陣の外に妖魔を出さなければならない。

 召喚契約は魔道契約の一種であり、魔道契約は、魔道を扱う者同士が結ぶ絶対の誓いであって、その破ることのできない誓いを妖魔と結ぶということだが、相互の意思の一致が必要だ。

 どんな手段でも、召喚契約を意思に反して結ぶことはできないので、向こうが気に入る条件を準備しなければならず、また、契約を結んでしまえば、召喚側もその魔道に心が縛られることになる。

 

「どうやら、この家には、おいしい魔石があるみたいだね。それでいいや──。あんたがさっき言ったロウという人間族の男を三日間、懲らしめるくらいの仕事なら、魔石一個でいいよ。それで引き受ける」

 

「魔石?」

 

 ユイナは首をかしげた。

 

「あんたらは、クリスタル石と呼んでいるんだろう? それを一個だ。それでいい」

 

「ク、クリスタル石を──?」

 

 ユイナはびっくりして声をあげてしまった。

 確かに、クリスタル石はこの家にある。

 もともと、あのダルカンが、密売のための北の屋敷に隠していたものであり、いまは、とりあえず、このトーラスの家の倉庫に運んで、トーラスたちが魔道で施錠している。

 そして、数日後にはすべて処分するとも聞いている。

 もともと、許可された個数を超えるクリスタル石を作成することは許されておらず、ダルカンが作った密売用のクリスタル石は、その存在そのものがご法度だ。

 

「そ、それは駄目よ──。持ち出すのは禁止なのよ。それに、わたしでも施錠は解けないわ。二重、三重に施錠されているのよ」

 

 ユイナは言った。

 だが、クンニは指を一本出して軽く左右に振った。

 

「……あんたがなにかをする必要はないさ。あんたは許可をくれるだけでいい。ぼくらにもいろいろな縛りがあってね。こっちの世界のものになにかをするには、こちら側の誰かの許しが必要なのさ。あんたが許可すれば、あとはぼくが自分でする。施錠なんて簡単に解けるよ」

 

「でも……」

 

 ユイナは渋った。

 だが、クリスタルの持ち出しなど絶対の掟破りだ。

 それを許すなど……。

 

「……もしかして、ばれるのを心配しているのかい? それは問題ないよ。絶対にばれない偽物を代わりに置いておくよ。もう魔力を失った空の魔石を置いていく。実際に使おうとしない限り、ばれやしないさ」

 

 クンニは言った。

 だったら……。

 

 ならば、ばれる心配はほとんどないと思う。

 トーラスたちは、あそこにあるクリスタルを処分するつもりなのだ。使おうとするわけじゃない。すりかえた偽物は、ほかの本物と一緒に処分されてしまうだけだ。

 処分されてしまえば、実際には偽物だったなどということはわかるわけがない……。

 

「……い、いいわ……。ただし、絶対にばれないような偽物を置いておきなさい。それから、ロウに悪戯をするときに、絶対にわたしのことがばれないようにもしなさい。そして、さっき示した罰を三日間与えるのよ」

 

 ユイナは言った。

 

「契約しよう。三日間、あんたのしもべになるよ」

 

 クンニが満足そうに言って、小さな腕を前に出した。

 

「契約する」

 

 ユイナもその小さな腕に指をつける。

 魔道契約の縛りがユイナを包むのがわかった。

 

 

 *

 

 

「逃亡したダルカンという男とあのアスカが繋がっている可能性──?」

 

 一郎は声をあげた。

 

 三人で遊んだ夢のような夜が明けて朝になっていた。

 一郎が目を覚ましたときには、イライジャは朝食の支度ということでもう姿はなく、エリカもすっかりと身支度が終わり、しかも、すでに出立の準備を整え終わっていた。

 荷は、いますぐにでも出発できるように部屋の隅に置いてある。

 

 一郎が目覚めると、夕べは、ほとんど気を失うようにして寝入ってしまったので相談できなかったがと前置きして、エリカがこのまま里をすぐに出ようと提案してきたのだ。

 いま、その理由を聞いているところである。

 びっくりすることに、里を逃亡したダルカンと、あのアスカが繋がっているかもしれないというのだ。

 

 

「繋がっているといえるかどうかまではわかりません。ただ、エルフ族が各里で作るクリスタル石には、それぞれ独自の波紋があります。アスカ様は、多量の魔力を召喚術のために必要としていたので、常にかなりの量のクリスタル石を手元に置いていました。わたしも、昨日気がついたのですが、アスカ様が使っていたクリスタル石の大部分は、あのダルカンが密売していたこのエルフの里産のものと同じ波紋のように思うのです」

 

「つまりは、あのアスカが、この褐色エルフの里と取引をしていたということか?」

 

 一郎は言った。

 そうであれば、なんらかのかたちでアスカが、ここに一郎とエリカがいることを知る可能性がある。

 いや、むしろ時間の問題だろう。

 そもそも、逃亡したダルカンが、アスカの手先だった可能性まである。

 ダルカンを逃亡させたのが、アスカの手の者だとすれば、アスカが一郎たちがここにいるのを知るのは時間の問題だ。

 

「同じ波紋かどうかについても絶対の自信があるわけじゃありません……。また、アスカ様がここから密売されていたクリスタル石を使っていたからといって、直接の取引があったとも断定できません……。でも、万が一のことを考えて、やはり、すぐにここを引き払って、ハロンドール国入りした方がいいと思うのです」

 

「賛成だな……。そうと決まれば、さっさと出よう──。もう、特に、ここに長居する理由があるわけでもないしな」

 

 一郎は大きくうなずいた。

 あのアスカに捕まるかもしれないと考えただけで、大きな恐怖が走る。

 捕まれば、今度こそ死んだ方がましな目に遭わされるだろう。

 いや、それとも速攻で抹殺されるかもしれない。

 いずれにしても、こことアスカが繋がっている可能性があるなら、すぐに出るべきだ。

 もともと、ここにやってきたのは、ハロンドールに入国する路銀を確保するためだった。

 それはユイナを助けたときに殺した三人から奪った金子と、エリカが里で売り払ってきた連中の装具代で賄えた。

 トーラスたちが礼金を払うかどうかは不明だが、それはもういい。

 すぐに出立すべきだ。

 

「ではイライジャに伝えてきます。朝食をとったら出ましょう」

 

 エリカが立ちあがって、一郎を置いて部屋から出ていく。

 一郎は寝台に座り直した。

 あとは呼びに来るのを待つだけだ。

 そのまま、ごろりと横になる。

 次の瞬間、突然に自分の身体の内部に、得体の知れない存在が入り込んできた感覚が襲ってきた。

 

「な、なに?」

 

 一郎は驚いて飛び起きかけた。

 だが、手足が動かない……。

 びっくりして助けを呼ぼうと思った、

 直後に喉になにかが詰まるような感触が襲いかかった。

 

「あっ……がっ……はっ……」

 

 声が塞がれた──。

 それだけじゃなく息もできない──。

 気管になにか異物のようなものが詰められたような感じだ。

 

 苦しい──。

 息が……。

 一郎は身体をもがかせようとした。

 しかし、やっぱり身体は動かない──。

 し、死ぬ──。

 た、助けて……。

 

“くくく……。もう無駄だよ。ロウの身体はぼくが乗っ取ったからね……。助けを呼ばないと誓えば、息を止めるのをやめてあげるよ──。だけど、もしも、誰かに助けを呼べば、その場で殺す……”

 

 声が聞こえた。

 正確には聞こえるのではなく、心の中に直接に話しかけられていた。

 さっき、身体の中になにかが侵入する感覚がしたので、その存在が一郎の身体を操っているに違いない。

 その存在のステータスも感じた。

 

 

 

 “クンニ:契約名(ベルルス)

  妖魔(魔妖精(淫魔族))、雌

  生命力:500

  攻撃力:10

  魔道力:1000

  経験人数

   男999↑、女999↑

  淫乱レベル:A

  快感値:1000(通常)

  状態

   契約中”

 

 

 

 とにかく、一郎は、心の中で約束を守ると念じながら、大きく首を縦に振った。なにしろ、いまも呼吸が停止させられている。死んでしまう。

 ベルルスというのが何者かさっぱりとわからないが、とんでもないことになったというのはわかる。

 それにしても、妖魔とか、淫魔というのはなんなのだろう……?

 また、この性行為の経験人数の多さも異常だ──。

 そう思っていると、不意に喉に詰まっていたものが消滅して息ができるようになった。

 

「ぷはあっ」

 

 一郎は盛大に呼吸をした。

 すると、一郎の身体の中に巣食っているベルルスとかいう存在が大笑いしたのが聞こえた。

 ただ、実際には、一切の声はしていない。

 一郎の心の中だけに聞こえているものだ。

 

“とにかく、ぼくの力はわかったね? じゃあ、契約に従って、あんたを懲らしめることにするよ……。好色男に罰を与えてくれと言われているんでね……”

 

 身体に巣食っているベルルスという存在が愉快そうに言った。

 すると、なにかが起きた。

 寝ている一郎の視線に、膨らんできた胸が入ってきた?

 そして、股間にも違和感が……。

 なんかあるべきものがなくなったような……。

 

「うわあっ──?」

 

 一郎は得体の知れない不思議な感触に声をあげた。

 そのとき、突然に身体の拘束がなくなった。

 一郎は慌てて、身体を起こして胸と股間に手を触れた。

 胸に乳房がある。

 逆に股間にはなにもない。

 

 女?

 女の身体?

 

 このベルルスは、一郎の身体を女にしたのか?

 あまりのことに、どう反応していいかわからなかった。

 そのとき、ベルルスの我慢できなくなったような笑い声がした。

 

「お、俺になにをしたんだ、ベルルス──?」

 

 一郎は絶叫した。

 そのとき、そのベルルスの笑い声が消滅し、恐怖に包まれたような悲鳴が部屋にとどろいた。

 

「ぎゃあああああああ──」

 

 なにかが突然に一郎の前に転がり出た。

 白い肌をした女の小人だ。

 身体が透けて見える薄い布をまとっていて、髪は見たことがないような澄んだ青だ。

 ただ、小人であるということを除いて、まったくの女体そのものだ。

 透けているのでわかるのだが、乳房もあれば局部もある。飛び出してきた衝撃で大きく股を曝け出すようにひっくり返ったので、スカートのような布がまくれあがり、そのベルルスという小人の股ぐら完全に露わになっていたのだ。

 

「な、なんで、ぼくの真名(まな)を──?」

 

 ベルルスが恐怖に包まれた顔になっている。

 そして、すっと寝台の上から宙に浮びあがって、一郎の顔をまじまじと凝視した。

 だが、すぐにはっとしたような表情になった。

 

 逃げるつもりだ──。

 咄嗟に思った。

 冗談じゃない──。

 女にされたままどこかに行かれてたまるか──。

 

「待て、どこにも行くな。止まれ──」

 

 一郎は叫んだ。

 

「は、はい」

 

 すると、驚いたことに、ベルルスが硬直したように宙で静止した。

 身体が恐怖に震えている。

 どうしたのだろう……?

 一郎は、目の前のベルルスのステータスを心に浮かべようと念じた。

 

 

 

 “ベルルス/クンニ

  妖魔(魔妖精(淫魔族))、雌

  生命力:500

  攻撃力:10

  魔道力:1000

  経験人数:男999↑、女999↑

  淫乱レベル:A

  快感値:1000(通常)

  状態

   契約中

   真名による支配(ロウ)”

 

 

 

 真名によって支配……?

 一瞬、考えたが、ふと思い至る知識があった。

 真名とは、妖魔の本名のことであり、これを他人に知られて名を呼ばれると、その支配に陥るという伝承だ。

 ファンタジーなどでよくある設定であり、一郎も元の世界で悪魔の真名を知ることで、悪魔を操るという小説かなにかを読んだことがある気がした。

 それと同じことが起きたのか……?

 

「ベルルス──。俺にかけた魔道を解け──」

 

 一郎は言った。

 

「は、はい、ご主人様」

 

 すると、乳房の重みがすっと消失した。

 股間に手をやる。

 確かな感触──。

 一郎はほっとした。

 そして、いまだに緊張した表情で宙に浮かんでいるベルルスを見た。

 

「なんだ、お前は? ベルルス、お前は何者だ?」

 

「も、もうぼくは支配に陥りました……。で、ですから真名を呼ばないで……。ほかの者にも真名を知られてしまいます……。お、お願いです。真名を誰にもばらさないで……」

 

 ベルルスがぶるぶると震えながら言った。

 やはり、真名で呼び掛けられると、その相手の支配に陥ってしまうということのようだ。

 ほかの誰かにも知られてしまうと、その支配にも入ってしまう。

 そのうちに、すべての者に真名を知られて、誰にも逆らえない奴隷になってしまう。

 それを恐怖しているようだ。

 

「……クンニと呼べばいいのか?」

 

 一郎は言った。

 ベルルスのステータスには、真名だという「ベルルス」とともに、「クンニ」という別の名も併記されている。一郎が真名を口にしたせいか、表記も変化しているが……。

 それにしても、もっとましな呼び名はないのか……?

 

「ク、クンニは契約名で……。ご主人様はなんでもご主人様の好きなようにつけてください……。だ、だけど、あなたは何者……? ど、どうして、ぼくのことを……」

 

 クンニことベルルスが目を丸くしている。

 一郎はベルルスの身体を手を伸ばして掴むと、手元に引き寄せた。

 ベルルスは抵抗しなかった。

 ただ、小さな恐怖の悲鳴をあげただけだ。

 そして、身体が真っ赤なもやで包まれた。

 これはベルルスが欲情している証拠だ。

 よくわからないが、一郎が掴むと急に身悶えを始めた。

 

「な、なにこれ……? へ、変だよ……。ど、どうして、こんなに……」

 

 手の中のベルルスが当惑したような声をあげた。

 

「……ベルルスでも、クンニでもいいけど質問に答えてないな……。お前は何者だと訊いてるだろう」

 

 一郎はベルルスの身体の正面にある赤いもやの部分に沿うように、すっと手をやった。

 

「ひゃ、ひゃああ──」

 

 ベルルスは一郎の手の中で激しく身悶えると、大きな声で嬌声を発した。

 一郎には、ベルルスの「快感値」が“1000”から“500”まで一気に下がったのがわかった。

 こんな小人でも、ちゃんと感じるようだ。

 

「な、なに……? なんで、こんなに……?」

 

 ベルルスが当惑している。

 随分と感じやすい性質のようだが、いきなり性感帯を的確に刺激をされてびっくりしたようだ。

 

「へえ、ちゃんと感じるのか……。じゃあ、待ってな──」

 

 一郎の心に、この小人の女妖精みたいなベルルスに、急に悪戯心が芽生えたのだ。

 よくわからないが、どうせ悪戯好きの妖精かなにかだろう。この世界では、こんな妖精も珍しい存在ではないのかもしれない。

 とにかく、一郎にとんでもないことをしようとしたのは事実だ。

 だったら、きっちりと懲らしめてはやろう──。

 一郎は、手の中にベルルスを掴んだまま、エリカがまとめていた荷のところに行った。

 

「確か、エリカが獲物を捕らえるときの罠に使っていたものがあったはずだ……」

 

 呟きながら荷の中を探していると、すぐに目的のものが出てきた。

 

 “トリモチ”だ。

 

 粘着力のある溶剤であり、それで罠を仕掛けるときに使うのだ。

 一郎は部屋にある小さな卓の上にトリモチを少しだけつけた。そして、ベルルスの手の先と両膝をトリモチで卓に密着させてやった。ベルルスは、両腕を頭の上に伸ばして、両脚をM字に開脚した体勢で貼りつけられて動けなくなる。身にまとっている布も捲くれあがり、局部が完全に露わな状態だ。

 怯えた表情のベルルスの身体を荷から一緒に取り出していた「筆」で擦ってやる。

 いつも、エリカを「調教」するときに使っている責め具だ。

 こんな小さな身体だと、筆は身体の表面を同時に一気になぞることになる。一郎はベルルスの身体に浮かんでいる赤いもやをできるだけ全部一緒に刺激するように筆で数回掃いた。

 

「ひゃあっ、ひゃあ、ひゃがあああ──」

 

 ベルルスが白目を剥いて暴れ出した。しかし、トリモチで台に磔にされているので、実際には多少左右に身悶えしているだけだ。

 一郎は続けて筆を動かしていく。

 

 面白い──。

 筆をひと掻きするたびに、百単位で快感値が低下していく。

 考えてみればそうだろう。

 脇から乳房、そして腹も横腹も曝け出している股間の全部を一気に刺激されるということだ。ほとんど性感帯を余すことなく同時に刺激をしているのだ。

 さすがに堪らないらしい。

 

 ベルルスは怖ろしいほどの速度でさがっていく「快感値」が示すように、白目を剥いてがくがくと震えて追い詰められていく。

 一郎はベルルスが呼吸をしようとするのを見計らって、それを邪魔するように連続で刺激をしてやる。

 さっきの仕返しだ。

 快感で呼吸を邪魔するのだ。

 すぐにベルルスがおかしな声を出し始めた。

 そう思ったら、“100”を切った快感値が一気に“0”になった。

 

「はがああ──」

 

 ベルルスがM字磔の身体を限界まで反らせて悲鳴をあげた。

 しかも、尿のようなものを股間から垂れ流した。

 

「魔妖精でも小便するんだな」

 

 一郎は笑いながら、続けて筆を擦り続ける。

 この小さな女が魔妖精であるというのは、ステータスを見ることでわかっている。もっとも、“魔妖精”というのがなんのことかはわからないが……。

 しかし、絶頂により“0”になった快感値の数字は、すぐに“200”以上に回復した。これはすごい。人族ではありえない回復速度だ。

 一郎は今度はベルルスの身体を指で擦った。

 

「あぎゃあああ」

 

 すると、あっという間に、そこから一気に“0”になり、ベルルスがまたもや身体を弓なりにしてがくがくと震えた。

 筆よりも、直接の指による愛撫の方が効果があるようだ。

 一郎は指による刺激に変えて、ベルルスの小さな局部をくすぐるように触ってやる。

 

「ひいいいいん」

 

 ベルルスが白目を剥いて悶絶する。

 すぐに回復するから、また指で瞬間絶頂をさせる。

 

 びっくりするほどの極端な反応を示す小さな女をいたぶるのが愉しくなってきた。

 同じことを続けざまに五回やった──。

 すると、ベルルスが口から泡のようなものを噴き出し始めた。

 

「ひゃがああ──ゆ、ゆるじて──。さ、さがらいまぜん──。ざからいません……。いいいいい……ひがああ──」

 

 ベルルスがまた絶頂の仕草をする。

 それでも指をとめない。

 すぐに全身が絶頂の仕草をする。

 

 七回目……。

 またもや、尿のようなものを股間から噴き出した。

 一郎はやっと指を動かすのをやめた。

 

「さあ、ベルルス──。さっさと白状しろ。お前はなんでここに来たんだ? 何者なんだ? 言わないと、これを百回繰り返すぞ。それとも、寸止めがいいか。お前を絶頂させるのも、ぎりぎりまで追いつめるのも好きなようにできるんだ」

 

 一郎はまだ痙攣のように身体を震わせているベルルスに指を突きつけて怒鳴った。

 

「はあ、はあ、はあ……。あ、あなたこそ何者……ですか? ぼ、ぼくをこうも簡単に……。お、おかしい……おかしいよ……。あ、あなた……ご主人様に責められると……、か、感じすぎる……」

 

 ベルルスが息も絶え絶えに言った。

 そう言われると、一郎もそんな気がした。

 ベルルスは愛撫とかは関係なく、ただ触っただけで性的絶頂に至る感じだった。

 まるで絶頂人形だ。

 

「……さあなあ……。もしかしたら、俺が淫魔師であることと関係があるかもなあ……。そもそも、お前は淫魔族なのか? 淫魔族ってなんだ?」

 

 一郎はぼつりと呟いた。

 もう一度、ステータスに注目すると、ベルルスは魔妖精の淫魔族とある。

 

「い、淫魔師──? あ、あなた様は淫魔師──? 淫魔族と淫魔師はもともと主従の関係……。だ、だから、ぼくはあなたの能力が見抜けなくて、うっかりと身体に入ってしまって……。そ、それだけじゃなくて、快感もあなたに……い、いや、ご、ご主人様にあっという間に支配されてしまうんだ……。く、くそう──。淫魔師のところに、ぼくをいかせるなんて……。あ、あいつ、ぼくを騙したなあ──」

 

 クンニが吠えるように怒鳴った。

 よくわからないが、やっぱり誰かにけしかけられて来たようだ。そう言えば、“契約中”という言葉もステータスにある。

 

「誰かに言われてきたというのは、契約したということか? 誰に頼まれたんだ?」

 

 一郎は今度は指でそっとベルルスの身体をなぞった。

 

「ひゃああ、その手で触らないでええ──」

 

 ベルルスが絶叫した。

 “300”くらいまで戻っていた快感値が瞬時に“0”になって、ベルルスが完全に脱力する。

 気を失った感じだ。

 改めて触って気がついたが、一郎がベルルスに直接触れると、そこが真っ赤なもやになり、ものすごい速度で快感値が低下する。

 どうやら、一郎の指が触った場所が、凄まじい性感帯に変化するという感じだ。

 それなら、本当になんでもない場所でも同じことがあるのだろうか……?

 一郎はベルルスの長い髪を指で繰り返し擦ってみた。

 

「う、うわああ──な、なに──? なに──? なに? あはああ──」

 

 驚いたことに髪を触っただけで、そこが真っ赤なもやに包まれた。意識を失っていたベルルスが悲鳴をあげて覚醒する。

 そして、快感を覚えている証拠に、快感値がどんどんと低下していく。

 やはり、この反応は一郎が淫魔師で、ベルルスが淫魔だということに関わりがあるに違いない。

 ベルルスは一郎に髪を撫ぜられるだけで、またもや昇天してしまった。

 

「な、なんれもする……。も、もう……ゆ、ゆるして……」

 

 クンニは息も絶え絶えに言った。

 

「淫魔は淫魔師に操られるものなんだな? 心も身体も……」

 

 なんとなくそんな感じだ。

 

「そ、そうです……。い、淫魔は仕える淫魔師には逆らえない……。流れている淫気がそうさせる……。あなた様が望むなら……、せ、正しもべになって……仕えます……。だ、だから、もう、もう許して……」

 

「正しもべ?」

 

「い、一時的ではなく、恒久的に隷属するということです。は、外して……。こ、このトリモチ……は、外して……」

 

 ベルルスが荒い息をしながら言った。

 もはや、逃げることもないだろう。

 一郎は、トリモチを剥がす“取り粉”を出すと、それでベルルスを磔から解放してやった。

 ベルルスは一郎の右手に掴まるようにしがみついてきた。

 しばらく、ぴったりと汗まみれの身体を密着させていたが、やがてすっと手首から離れて、宙に浮びあがった。

 ふと見ると、さっきまでベルルスの身体があった場所に、薄っすらとだが小さな紋様が描かれている、丸い円の中に幾何学的な線と図形、そして、読むことのできない文字らしきものがある。

 

「そ、それは魔道陣です……。それが亜域と繋がります。ぼ、ぼくを呼び出したいときはいつでもそれを擦ってください。そうすると、ご主人様の淫気の力がぼくのいる場所とこの世界の通路を作ります……」

 

 ベルルスが言った。

 よくわからないが、いつの間にか、この魔妖精をしもべにしたことになったらしい。

 どういうことだろう……?

 まあ、後でエリカに訊いてみるか……?

 

「……とにかく、誰にけしかけられたんだ?」

 

 一郎は言った。

 

「そ、それは契約で口封じされていて……。け、契約は破れないんです……。で、でも、もしもご主人様が契約解除を命じるなら……。淫魔の主従関係は通常の魔道契約に優先しますので……」

 

「だったら、契約なんて解除しろ──。誰に頼まれたのかを……」

 

「ありがとうございます──。ご主人様の命令で契約を解除します──。ぼ、ぼくを陥れたあいつに仕返しに行ってきます」

 

 ベルルスが満面の笑みを浮かべて姿を消失させた。

 

「うわっ──待て──」

 

 一郎は声をあげたが、すでにベルルスはいなくなってしまっていた。

 結局、誰に頼まれたのか、白状させられなかった……。

 一郎は、さっき右手首の魔法陣とかいう紋様を擦れば、やってくるとベルルスが言ったことを思いだして、それで呼び戻そうと思った。

 

 しかし、やめた──。

 まあいい──。

 実害はなかったのだ──。

 

 あんな変な存在だが、なにかの役に立つかもしれないし、どう対処すればいいか、エリカに訊いてからにしよう──。

 そう思った。



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18  魔妖精の仕返し

 ユイナは微睡みから目を覚ました。

 夕べはほとんど朝方までかかって、クンニとかいう魔妖精を召喚して、それと契約を交わすということをやっていた。

 それで、そのまま寝間着に着替えることなく、机に突っ伏して眠ってしまっていたのだ。

 

「あ、あれっ?」

 

 しかし、我に返って驚いてしまった。

 ここは外だ。

 いつの間にか、ユイナはトーラスの里外れの家だった場所から離れて、里の中心に向かう小路に立っていた。

 

 靴も服もきちんとしている。

 だが、なにか違和感があった。

 そもそも、なんでここにいるだろう──?

 どうして、ここに立っているかまるで覚えていない。

 

“くくく、やっと眼が覚めた? ぼくだよ。クンニだよ。あんた、しっかり眠っていたんでね……。それで、操ってここまで連れてきたんだ……。よくも、だまして、淫魔師のところなんかに、ぼくをけしかけてくれたよね……。おかげで、ぼくはあの淫魔師の本当の正しもべになっちゃったよ……。まあ、いいけどね……。あの人は本当に能力の高い淫魔師のようだから……。それは醸し出す特別な淫気でわかるのさ。優秀な淫魔師に仕えるのは、淫魔の悦びには違いないしね……。それはともかく、仕返しはちゃんとするよ……”

 

「ク、クンニ──?」

 

 ユイナは思わず声をあげた。

 声は心の中からする。

 

 それにしても、淫魔師──?

 正しもべ──?

 

 なんのことなのかさっぱりとわからない。

 そして、はっとした。

 ユイナがクンニと交わした召喚契約が破棄されている。

 召喚契約は相互縛りだ。

 だから、魔道使いのユイナには、それが消失すれば、それを感じることができる。

 ユイナとの契約は一方的に解除になっている。

 

 なんで──?

 そんなことどうやってできるのだ?

 だが、そのとき、ユイナはやけに股間が涼しいのを感じた。

 

「あ、あれっ?」

 

 また、声をあげてしまった。

 スカートがやけに短い……。

 腿の半分くらいまでの丈しかない。

 こんな短いスカートなど持っていなかったはずだ。

 そう思ったが、よく見ると鋏のようなもので、思い切り切断されている。

 

“気がついた? ぼくがあんたの身体を操って短くしたのさ。それだけじゃないよ。スカートの中を触ってごらん……”

 

 心の中にいるクンニがくすくすと笑うのがわかった。

 

「スカート……? あっ──」

 

 ユイナはスカートの中はなにもはいていないということを悟った。

 びっくりして、両手でスカートの前を押さえた。

 

“触れといったら触るんだよ──”

 

 そのとき、クンニの舌打ちするような音とともに声がした。

 

「ひっ──いや──。なによ──?」

 

 すると、驚いたことにユイナの手が勝手に動いて、スカートの下にもぐって股間に右手の指が触れた。

 左手は後ろからスカートをまくって、お尻の穴に指を軽く入れ込んだかたちになった。

 

 慌てて、手をスカートから抜こうとしたが外れない──。

 本当に身体が操られている。

 ユイナは恐怖に包まれた。

 

“さあ、どうしてやろうかな……。まずは、そのまま自慰でもしてもらおうか……”

 

 心の中にいるらしいクンニが愉快そうに笑った。

 

「そ、そんなことできるわけないでしょう──。こ、こんなことすると酷いわよ──。ただでおかないからね──」

 

 ユイナは強い口調で言った。

 

“あっ、そう──。だったら、そのみっともない恰好でいな。下着をはいていないスカートの中に両手を突っ込んだ体勢で里を行進だ──。さあ、出発──”

 

 クンニが言った。

 すると、ユイナの脚は勝手に道を進み始めた。

 ユイナは慌てた。

 本当に身体が自由にならない。

 この辺りは人が少ないから、行き交う者はまだいないが、このまま歩けば、すぐに集落の近くに着く。

 そうすれば、すでに仕事のために外に出ている者も少なくないはずだ。

 

 ユイナは焦った。

 魔道でなんとか……。

 そう思ったが、魔道が発生しない。

 おそらく、このクンニに身体に入られている影響だろう。

 

「わ、わかった──。や、やる──。やるから止まって──」

 

“早く始めた方がいいよ。あんたが昇天したら、手を尻の穴と股から抜いてあげる。その前に人に出会ったら、自慰をしながら歩いている上手な言い訳でもするんだね。言っておくけど、ぼくのことを喋ろうと思ったら、息が止まるよ。それだけじゃなく、もっとひどい目に遭わせる……。死んじゃうかもね──”

 

 クンニが笑った。

 だが、ユイナはそれどころじゃなかった。

 脚はどんどん里に向かって進んでいるし、手は股間と肛門に密着したまま、まったく動かせない。スカートは完全にまくれて股間が剥き出しだ。

 

「や、やめてよ、クンニ──。やめなさい。命令よ──」

 

 ユイナは叫んだ。

 

“命令なんかもう効かないよ──。あんたとの契約はぼくのご主人様が解除した……。それよりも、始めなくていいの? ぼくは本当にこのまま、あんたを里の真ん中まで連れていくからね”

 

 クンニが言った。

 ユイナは動転した。

 脚の歩みは止まらない。

 仕方なく股間とお尻に密着している指を動かし始める。

 すると、クンニの大笑いが心の中から響いてきた。

 

 

 *

 

 

「んんんっ」

 

 ユイナが歯を食い縛って身体をのけ反らせた。

 やっと達したのだ。

 

 運のいいことに、このエルフ娘はなんとか人とすれ違う前に自慰で達することに成功したようだ。

 ただ、すでに人家の並ぶ地域に差し掛かっている。

 家の中や塀に隠された庭には、人の気配がしていた。

 

 次はどんな悪戯をしてやろう……。

 ベルルスは、この小娘をからかうのが愉しくてわくわくしていた。

 ただ一応は約束だから、ユイナの身体に入っているベルルスは、とにかくユイナの腕と脚を自由にしてやった。

 

「くっ……」

 

 ユイナがさっと両手を股間から離して、皺ひとつ残さないくらいに強く、短いスカートの裾を引っ張った。

 内腿はべっとりと股間から溢れた蜜で濡れている。

 それを意識して、懸命に隠そうとしているのだろう。

 ベルルスはくすくすと笑った。

 

「も、もう、十分でしょう、ク、クンニ……。わ、わたしから出ていきなさい……」

 

 ユイナがまだ自慰の余韻の荒い息をしながらつぶやくように言った。

 クンニというのは、もちろん、適当に名乗ったこの小娘に対する呼び名だ。

 真名を名乗るわけにはいかないので、契約のための呼び名を適当に口にしたのだ。

 それにしても、あのロウという淫魔師様は、どうしてベルルスの名を知っていたのだろう?

 ベルルスのような魔物は、真名を知られると、その相手には本来の力を発揮することはできない。そして、個体の「能力値」というものに差があり、相手がそれを大きく上回る場合は、そのまま相手の支配下になってしまう。

 そういうものだとは知っていた。

 

 しかし、あんなにあっさりと支配下になってしまったのは驚いた。

 もちろん、ベルルスに初めての経験だった。それほどまでに、あのロウの淫魔師としての能力値が高いのだろう。

 

 まあいい……。

 

 支配下になったとはいえ、それは悪い気分ではない。

 ベルルスのような淫魔族は、本来は淫魔師に仕えるのが役割だ。

 淫魔族は淫魔師のしもべ……。

 それが淫魔族に生まれつき与えられている本能だ。

 ただ、淫魔師というのは稀有の存在だ。

 大抵の淫魔族は、仕えるべき淫魔師を見つけることなく、その長い寿命を終えてしまうのが常だ。

 だから、淫魔師を見つけることができたというのは、本当に運がよかったようにも思う。

 

 もっとも、そんな風に考えてしまうのは、支配下に陥ったことで生まれる相手に対する「奴隷根性」なのかもしれない。ベルルスだって、淫魔族の掟とも呼ぶべき、生まれつき備わっている本能のことは承知していたが、ロウに出会うまでは、たとえ淫魔師に出会っても、しもべになろうとは思わなかった。自由でいる方がずっと愉しいと思っていたのだ。

 ただ、あのロウに仕えるとなったとき、ベルルスは心の底からの満足感を覚えた。

 淫魔師のロウの正しもべになることを悦びとして感じた。

 

 まあ、実際の身体の満足感もすごかったが……。

 後にも先にも、ベルルスをあんなに昇天させてくれる相手はいないと思う。

 あれほどまでに、凄まじい快感を与えてくれるご主人様なんて……。

 ベルルスは思い出して、くすくすと笑ってしまった。

 

「き、聞いているの、クンニ──。出ていけと言っているのよ──。も、もう満足したでしょう──」

 

 ユイナが苛ついたような口調で言った。

 本当に生意気なエルフ娘だ。

 

「なに言ってんのさ。まだまだ、満足には遥かに足りないよ。あんたには、魔妖精を罠に嵌めるような真似をしたら、どんなことになるかしっかりと覚えてもらうからね」

 

 ベルルスは、ユイナの身体の中から言った。

 だから、実際にはベルルスの声は外には聞こえていない。傍目からでは、ユイナがひとり言を喋っているようにしか見えないと思う。まあ、力の強い魔道遣いがいれば、魔妖精に憑りつかれているのはすぐにわかるとは思うが……。

 とにかく、ベルルスを馬鹿にしたこのエルフ娘には、たっぷりとお仕置きしてやる。

 

「わ、わたしの中に入っているんだから、わたしの魔道遣いとしての力もわかるでしょう? あ、後で捻り潰してやるわよ──。すぐに出なさい──」

 

 ユイナがまた怒鳴った。

 確かに、このユイナの魔道遣いとしての能力は大したものだ。

 見たところ、まだ小娘のようだが、ユイナが接したことのあるエルフ族では、魔道遣いとしての能力は高い方だろう。もしも、普通に向かい合えば、ベルルスはこのユイナにはかなわないのは間違いない。

 どうやら、自分の力を隠蔽する能力まであるようだし、かなりの上級魔道遣いだ。

 

 だが、いまはベルルスは、完全にユイナの身体に憑りついている。

 相手に憑りつき、その身体や感覚を操ってしまうのが魔妖精の能力だ。

 仕返しのために戻ったとき、このユイナは卓に突っ伏して眠り込んでいた。さすがに眠っていれば、どんな者でも無防備になる。このユイナに憑りつくことも簡単だった。

 そしていま、ベルルスはユイナの身体の中に完全に憑りついている。こうなってしまえば、相手がどんな存在だろうと、ベルルスの思いのままだ。

 

「……偉そうなこと喋っていていいの? 気が強いのはわかったけど、状況を考えたら?」

 

 ベルルスはユイナの心の中でそう喋ると、クリトリスの辺りを強く振動させるような刺激を内部から与えてやった。

 さっき、自慰をさせたとき、ユイナがそこを一生懸命に擦っていたのを覚えている。

 多分、この小娘の性感帯がそこなのだろう。

 憑りついている感覚からわかる範囲において、このユイナはまだまだ性的な経験は少ないらしい。開発の余地はあるが、いまはこのクリトリスくらいが性感帯のようだ。

 

「んふうっ」

 

 ユイナが股間に手を当ててがくりと膝を曲げた。

 おあつらえ向きに、前から野菜などを乗せた籠を抱えた中年のエルフ女が三人ほど喋りながらやってきた。

 ユイナは慌てた様子で、必死に股間に力を入れ、内腿をすり寄せて脚を踏ん張っている。

 面白いから、さらにからかってやることにした。

 ユイナの手を操って、上衣の前のボタンを上からふたつほど開けて、乳房を半分ほど露出してやったのだ。

 

「や、やめて……。やめるのよ……」

 

 ユイナが漏れ出そうになる声を噛み殺しながら泣きそうな口調で言った。

 股間に与えている振動はかなりのものだ。

 一度、自慰で達して感じやすくなっている身体にはつらい刺激だろう。

 

「あら、ユイナ、おはよう──」

 

 三人が通り過ぎてきた。

 

「あ、あっ……お、おはようございま……す……」

 

 ユイナが懸命に平静を装って挨拶をした。

 本当に面白い……。

 このまま、手足を操って、素っ裸にさせてやったらどうなるだろう……。

 

 一瞬、そうしてやろうと思ったが、そんなことをすれば、魔妖精のベルルスが憑りついていることを悟られてしまうかもしれない。

 外からの魔道なら、簡単にベルルスは叩き出される。

 そうなったら、この愉しい遊びが終わってしまう。

 

「ねえ、ユイナ、服──。服を直しなさい──。あんた、胸が見えるわよ──」

 

 すると、もうひとりがしかめ面をしてユイナにささやいた。

 ベルルスはユイナの身体の内側で爆笑しながら、ユイナの腕を自由にしてやる。

 ユイナが慌てて上衣を元に戻す。

 ただ、振動はそのままだ。

 

「あ、ありがとう……ご、ございます……」

 

 ユイナが股間の衝撃に耐えながら、それだけを言った。

 

「ところで、ユイナも市に行くのかい? だったら、早く行った方がいいわよ。里長があんたのお祖父さんに戻って最初の市だからね。いままで高い税がかかっていたから出物もなかったけど、その税が廃止されて、みんな、いいのを出してくれているわよ」

 

 もうひとりがそう言って、その三人は立ち去っていった。

 ベルルスは振動をとめてやった。

 

「はあ、はあ、はあ……。な、なんてことを……」

 

 ユイナが荒い息をしながら、怒りに震える声で言った。

 本当に口惜しそうだ。

 だが、ユイナにはなんにもできないのだ。

 本当に小気味いい……。

 

「市って、あの市だよね……。人が集まる……。それで思ったよりも人通りがないんだね。きっと、そこに集まっているに違いないよ。じゃあ、行こうか、ユイナ」

 

「じょ、冗談じゃないわよ──。もう、気が済んだでしょう──。わ、わたしを解放するのよ──。それとも、これはあの人間族……ロウの差し金なの? わたしがあんたをけしかけたから──?」

 

 ユイナが言った。

 

「これは、ご主人様は承知のことじゃないよ。これは、ぼくを陥れたあんたに対するけじめさ……。それに、ぼくはまだちっとも気が済んでないよ。まあ、ご主人様がもうやめろと命令するんなら、あんたを解放するかもしれないけどね……。まあ、でも確かにそうか……。あんたは、ご主人様に酷いことをやろうとしたんだから、ちゃんと謝るべきだよね。そうだ──。謝ってもらおう。そうしたら、出ていくよ」

 

「だ、だったら、謝る──。謝るから、戻ってよ……」

 

「でも、それは、賑やかそうな市を散歩してからさ。さあさあ、そっちに行った──。脚は自由でしょう? 市に向かって歩くんだよ」

 

「い、や、よ──」

 

 ユイナが怒ったように言った。

 なんという気の強いエルフ娘だろう──。

 脚を操って無理矢理に歩かせるのもいいけど、それよりも、もっと愉しいことを思いついた。

 ベルルスはほくそ笑んだ。

 

「な、なに? な、なにをしたの? ひっ、ひいい──」

 

 ユイナが悲鳴をあげた。

 当然だろう。

 

 ベルルスは、ユイナの身体に強い排便の指令を送ってやったのだ。

 ユイナが突然にやってきた強い便意に悲鳴をあげた。

 

「道の真ん中でうんちを洩らしたくなければ、市に向かって歩くんだよ、ユイナ──。市をひと回りして、そして、ご主人様のいるところに戻れば、厠に行かせてあげるよ。それと、もしも、誰かにぼくがあんたに憑りついていることを悟られたら、我慢することが不可能な便意を与えるよ──。さあ、歩け、歩け、ウマ」

 

 ベルルスは大きな声で笑った。

 ユイナの肌に鳥肌が浮かんだのはわかった。

 まあ、それなりの便意を与えたから当然だ。

 ユイナはしばらく悪態をついていたが、ベルルスは返事の代わりに、尿意も発生させてやった。

 ユイナが悲鳴をあげてやっと前に進みだした。

 だが、その歩みはぎこちなくて、ふらふらだ。

 

 しばらくして、やっと市場に着いた。

 かなりの人出であり、ユイナが恐怖に包まれているのが、ユイナの身体の中でもわかる。

 

「へえ、結構、人が多いね……。それと覚えておいてね。ぼくのことがばれるようなことをしたら、今度は、その瞬間にお尻の筋肉緩めて、うんちを撒き散らせちゃうからね」

 

 ユイナの身体に入り込んでいるベルルスは言った。

 また、ユイナの身体を通して聞こえてくる周りのエルフ族の会話からすれば、この定期的に行われている市は、生活に必要な物を手に入れるための大切な場のようだ。

 取り引きに使われているのは大陸共通通貨であるローム貨幣だが、物々交換によって取引をしているのも多い。

 

 いずれにしても、大変な賑わいだ。

 その人手を避けながら、ユイナは出店の前を歩き続けている。

 いまは、このユイナは便意も尿意も限界寸前に違いない。

 この瞬間に、大便も小便も漏らしてもおかしくはないと思うが、一生懸命に頑張っている。

 

「お、お願い……。も、もう……」

 

 ユイナが震えだしたのがわかった。

 最初は下着をはかないまま短いスカートで人前に連れ出されたことの羞恥で赤くなっていたが、いまはすっかりと青ざめている。

 排泄感は断続的に襲ってくるようだ。

 再び波がやってきたのかもしれない。

 

「おはよう、ユイナ──」

 

 そのとき、また誰かが挨拶をしてきた。

 中年のエルフ女だ。

 ユイナが懸命に作り笑いをして返事をしている。

 どうやら、この小娘は、このエルフの里の里長の孫娘のようだ。

 それでひっきりなしに、誰かしらユイナに声をかけてくる。

 そのたびに、少し歩みを止めなければならないので、ユイナはとてもつらそうだ。

 さて、そろそろ、次の悪戯をしてもいい頃だろう……。

 このまま無事に終わらせてもつまらない。

 ベルルスは、ユイナのクリトリスに再び軽く振動の刺激を与えてやった。

 

「んあっ──」

 

 ユイナが悲鳴をあげて、がくりと膝を落とした。

 その慌てふためきが面白くて、ベルルスはユイナの身体の中で爆笑した。

 

「ど、どうしたの、ユイナ──?」

 

 眼の前のエルフ女がびっくりしている。

 

「な、なんでも……な、ないです……。ちょ、ちょっと急いで……い、いるので……」

 

 ユイナが足早で離れようとした。

 そのあいだも、股間に振動は続いているので、足元はふらふらだ。

 

「なんでもないですじゃないわよ……。あんた、顔が真っ青よ。汗もすごいし……。ちょっと、大丈夫?」

 

 すると、さっきの女がむんずとユイナの腕を掴んだ。

 これは、まずい──。

 ベルルスは、とりあえず振動を止めてやった。

 ユイナは、懸命にその女を振り切ると、急いでその場から立ち去った。

 

「あ、あんた……、な、なんて……ことを……」

 

 すぐに、怒りに震えたユイナのつぶやきが聞こえた。

 

「じゃあ、こんなのはどう?」

 

 ベルルスは笑いを懸命にこらえながら、今度はしっかりと肛門に筋肉の栓をしてから、お尻そのものをぶるぶると震わせてやった。

 淫魔族であるベルルスは、身体の操りの中でもこういう官能的な刺激の操作が得意中の得意だ。

 ベルルスがユイナに施したのは、お尻の快感を引き起こす淫らな刺激だ。

 

 だが、激しい排泄感に襲われている肛門に、強い快楽の刺激を加えられたユイナは、悲鳴をあげてその場にしゃがみ込んでしまった。

 これはやりすぎたか……?

 ベルルスはちょっと後悔したが、まあいいとすぐに思い直した。

 この辺りで一度気をやらせて、もうそれで勘弁してやるか……。

 ベルルスは、お尻への刺激に加えて、また股間の刺激も追加してやった。それもクリトリスだけじゃなく、ヴァギナそのものもだ。

 

 クリトリスとアナルには激しい振動──。

 ヴァギナにはゆっくりとした波のような振動──。

 

「ひっ、ひっ、ひいいっ」

 

 ユイナは耐えられずに、股間とお尻に手をやって、しゃがみ込んだまま身体をのけ反らせている。

 たくさんのエルフ族が周囲に集まってきた。

 

「ほら、立ちなよ、ユイナ……。そんな短いスカートでしゃがんだら、お尻が見えちゃうよ」

 

 ベルルスはからかいの言葉をかけた。

 

「だ、だって……ああっ、あっ、ぐうう……だ、だめ……も、漏れちゃう──」

 

 ユイナが耐えられずに声をあげた。

 周囲が騒然としはじめる。

 

「ユイナ──」

 

 すると、血相を変えた初老のエルフ族の男が人を掻き分けてやってきた。

 装束からして、それなりの身分の男のようだ。後ろには取り巻きのような者が数名ついてきている。

 

「お、お祖父ちゃん……た、助けて……」

 

 ユイナが呻くように言った。

 どうやら、この男はユイナの祖父だというこのエルフの里の里長のようだ。

 それにしても、このユイナは助けを呼ぶなというベルルスの命令に逆らった。

 ベルルスは封鎖していた肛門を解放してやった。

 

「あううっ──」

 

 ユイナが白目を剥いたのがわかった。

 ただ粗相はしていない。

 まだ、耐えているようだ。

 

 だったら……。

 ベルルスはユイナの身体を操り、強引にその場に立たせた。

 そして、着ているものを引き破らせた。

 

「きゃああ──な、なにすんのよ──、クンニ──。や、やめるのよ──」

 

 ユイナが泣き声をあげた。

 だが、ユイナに着せていたのは、ボタンで開閉する前開きの上衣と短いスカートだけだ。

 それを引き破らせて、この小娘を大勢の他人が見守る中で全裸にさせるのに、一瞬しかかからなかった。

 周りが大騒ぎになった。

 

「こ、これは、魔族か──?」

 

 あの里長が叫んだのが聞こえた。

 次の瞬間、なにかとてつもない衝撃が身体に加わった。

 

「ぎゃあああ──」

 

 強い激痛にベルルスは悲鳴をあげた。

 気がつくと、魔道によってユイナの身体から押し出されてしまっていた。

 

「これはもしかして、魔妖精か──?」

 

 里長の取り巻きが声をあげたのがわかった。

 

 はっとした。

 魔道が飛んでくる──。

 ベルルスは慌てて、魔道の光線を避けた。

 しかし、二射目、三射目と続けざまに飛んでくる。

 ベルルスは右に左にとそれをかわした。

 ふと見ると、ユイナが脱いだ服を身体の前に掴んで、広場の横を流れている小川に駆け込んだのがわかった。

 

 小川の中で排泄するつもりか……?

 ベルルスは、そんな見物を逃すわけにはいかないと、さっとそっちに向かって飛翔しようとした。

 

 その瞬間、激痛がまた走った。

 エルフ族の誰かの魔道を喰らったと悟ったのは、地面に落ちた身体をむんずと掴まれたときだ。

 そして、魔力の縛りをかけられる。

 魔道を封印された……。

 

「トーラス様、魔妖精です──。どうして、こんなところに──?」

 

 ベルルスを掴んだ男が、里長に振り向いた。

 ユイナの祖父であるこの里長は、トーラスという名前らしい。

 

「わからん──。だが、孫娘に憑りついていたのは確かじゃ──。魔妖精が現れているということは、召喚した者がいるはずじゃ。誰のしもべになっているか吐かせるのだ──」

 

 トーラスが叫んだ。

 

「うるさいねえ──。ぼくは、ロウ様の正しもべだよ──。汚い手で触るんじゃない──。ぼくに触っていいのは、ご主人様だけだ──」

 

 ベルルスは自分を掴んでいる男の指に思い切り噛みついた。

 

「うがあっ──」

 

 男はベルルスが魔道で逃亡するのは警戒していたようだが、直接の攻撃は予想していなかったようだ。

 手が緩むとともに、魔道の拘束も解けた。

 ベルルスは、その一瞬を突いて、亜域の中に逃げ込むことに成功した。



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19  捕縛命令 

「しまった──」

 

 魔妖精を手放してしまったプルトが叫んだのが聞こえた。

 だが、そのときには、魔妖精の雌は異界に姿を消してしまっていた。

 もう、追えない──。

 トーラスは舌打ちした。

 

「それにしても、なぜ、魔妖精がユイナに……?」

 

 セプテも当惑した声を発している。

 

 プルトとセプテは、ダルカンから事実上里長の地位を取り戻したトーラスが、新たに自警団の指揮を任せたふたりだ。

 ダルカンの追放に功績があったということで、その任を任せたのだ。

 自警団の任務は里の治安の維持になる。

 それで開かれた市の警備のためにトーラスとともに、見回りについていたところだ。

 ところが、驚くことに、魔妖精に出くわしてしまった。

 

「里長、あの魔妖精は、ロウが自分の主人だと口走りましたね」

 

 プルトが困惑したように言った。

 トーラスもそれは聞こえた。

 

 ロウというのは、ふらりとやってきたあのエリカというエルフ族の娘の従者である人間族の男だったはずだ。

 プルトたちによれば、従者というが、かなりの切れ者であり、ダルカン追放については、少なからず尽くしてくれたとは言っていた。

 トーラスやイライジャがダルカンにさらわれたときも、ロウという人間族の知恵がなければ、助けることはできなかったかもしれないということだ。

 だが、魔妖精の言葉からすれば、その従者のロウが魔妖精を召喚してユイナを苦しめたということになる……?

 トーラスは、そのロウという人間族に対する怒りがふつふつと沸くのがわかった。

 

「……ロウを捕えよ。その女主人のエリカという娘もだ──」

 

 トーラスは言った。

 いずれにしても、異界に接触して魔妖精を呼び出すなど、許すことのできない大罪だ。

 いかにダルカン追放に手を貸してくれたとしても、それをもって、罪を問わないということはできない。

 

 罪は罪なのだ──。

 それは誰であろうと例外ではない──。

 プルトが緊張した様子で頷くのがわかった。

 

 

 *

 

 

「エリカ、魔妖精とはなんだ?」

 

 朝食が終わってひと息つき、やっとイライジャから離れることができると、一郎はエリカに訊ねた。

 

 イライジャは、朝食のときに不在だったユイナを探しにいった。朝起きたときには部屋にはいなかったらしく、朝食は三人だけでとった。イライジャによれば、今日は朝早くから里の広場で市があるので、それに行ったのかもしれないということだった。

 とにかく、出立の前にちゃんと一郎に礼をさせたいので、連れてくるまで待っていてくれと言われていた。

 それで、一郎はエリカとともに、エリカにあてがわれている部屋に戻ったところだ。

 一郎の質問に、エリカは不審な表情を向けた。

 

「魔妖精というのは、妖魔族に属する妖精です。でも、魔妖精というのは、人の淫情を操って取り憑くとされる色魔です。とても悪意のある種族といわれてますが、その魔妖精がどうかしたんですか、ロウ様?」

 

「いや……。よくわからないんだが、俺はその魔妖精の主人ということになったらしい。正しもべになるとか言っていたな……」

 

「せ、正しもべ──? 魔妖精を──? ど、どういうことです──。話してください──」

 

 エリカが血相を変えた。

 どうやら、魔妖精というのはありふれた存在ではなかったようだ。

 この驚き方から判断すると、とんでもないことのような感じだ。

 とにかく、一郎は魔妖精が突然にやってきたが、簡単に一郎に倒されてしまったことと、向こうから正しもべになって仕えると言い出したことを説明した。

 ベルルスという真名については伏せた。

 

 エリカは信じられないというように目を丸くしている。

 だが、一郎が右手首に薄っすらとある魔法陣を見せると、びっくりしたようにそれを手で隠した。

 

「そ、それは誰にも見せないでください──。淫魔の魔妖精をしもべにしているなど、どこの場所でも大変な禁忌です。とにかく、人前でその魔妖精を出さないでください」

 

 エリカが慌てたように荷から布を取り出して、それを包帯のようにして一郎の手首に巻いた。

 

 そして、魔族と人族の分離についての神話を一郎に説明してくれた。

 ロムルスという人間族の英雄談であり、ロムルスが冥王という魔王を倒して、魔族を世界から追放したという物語だ。とにかく、魔族という魔族は異界に封印されたという物語だった。

 ただ、いまは伝承されていない古い魔道を遣えば、魔族の一部を召喚して仕事をさせることも可能であり、ベルルスもそうやって、やってきたのだろうと語った。

 いずれにしても、魔族と接触することも、ましてや、それをしもべにすることも、どこであろうと大変な罪になるようだ。

 

「それにしても、そもそも、なぜ魔妖精はロウ様の前に現れたんですか? 妖魔召喚の術は大変な魔道です。わたしにだってできません」

 

 エリカは言ったが、それについては一郎にもわからない。誰かにけしかけられたとは言っていたが、それを問いただす前に、ベルルスは消えてしまったのだ。

 とりあえず、一郎はそう言った。

 エリカは困惑している。

 

 そのとき、なにか騒然とした雰囲気が伝わってきた。

 大勢の人間の気配だ。

 一郎の魔眼にも、プルトをはじめ十人以上のエルフ族の男の情報が入ってきた。

 いずれも武装している。

 一郎は訝しんだ。

 

「なんでしょう……?」

 

 エリカが立ちあがった。

 そして、部屋の外に出るために、戸を開こうとした。

 

「きゃあああ──」

 

 しかし、戸が向こうから開いて、同時にエリカが吹っ飛ばされてきた。

 一郎はとっさにエリカを庇って、その身体の下に入った。

 

「うわっ」

 

 エリカの身体が一郎の身体に降ってきた。

 衝撃で思わず呻く。

 その一郎とエリカの身体の上に、なにかがかけられた。

 

「な、なんだ?」

 

「こ、これは魔力縛りの網。ちょ、ちょっと、どういうこと──?」

 

 一郎に次いで、エリカも声をあげた。

 かけられたのは網だ。

 しかも、もがこうとすると、どんどん網が縮まってくる。

 いまは、一郎とエリカはほとんど身動きできないくらいに密着させられてしまっていた。

 その周りを十人くらいの屈強なエルフ族の男たちが囲んだ。あのプルトもいる。

 胸に揃いの紋章のような印のある武具をつけていた。

 

「杖をもらうぞ」

 

 網の隙間からプルトが手を差し入れて、エリカから無造作に杖を奪った。

 同時に、エリカの右手首に輪っかが嵌められる。

 魔道封じ?

 確信はないが、勢いから判断して、そんな感じだ。

 

「こ、これはなんのまねです、プルト殿──?」

 

 エリカが叫んだ。

 そのエリカは完全に一郎に身体をくっつけているかたちだ。

 エリカの大きな胸が顔に押しつけられて、気持ちがいいとともにちょっと息が苦しい……。

 

「こんなことになって残念だ、エリカ……。だが、罪は罪だからな。ユイナにやったことも許すわけにはいかん……。お前たちは捕縛されたのだ。魔妖精を召喚して、悪意のある者を里に連れ込んだ罪でな──。広場で即刻裁判が行われる」

 

 プルトが言った。

 

 

 *

 

 

「お、お願いです……。ひ、人が来る……うっ、いや……か、看守が……あ、ああっ……」

 

 石壁に両手をついて、腰を後ろに突き出すような格好をしているエリカが、身体をよじりながら小さな悲鳴をあげた。

 そのエリカを一郎は背後から犯している。上衣の下から入れた手で乳房を揉みしだき、怒張は尻たぶの下から挿入していた。

 

「だ、だったら……布でも……指でも……なんでも……噛んで……声を……我慢したら……いいだろう……。なにせ……人生……最後の……交合かも……しれないしね……。悔いの……ないように……しないとな……」

 

 一郎はエリカに向かって腰を突きたてながら、息継ぎの合間を縫うように言った。

 

「は、はい……。だ、だったら、存分に…」

 

 エリカが言われたとおりに、上衣を口までたくし上げて自分の口で噛んだ。

 

「んんっ、んっ、んんっ」

 

 それでもどうしても声が漏れ出るようだ。

 だが、一生懸命に我慢している様子が一郎の嗜虐心をそそる。

 一郎はさらにエリカを追い詰めるべく、膣の中の赤いもやの集中する部分に亀頭を強く擦りたてた。

 エリカが、その強い快感に耐えきれなくなり顔をのけ反らせる。

 

 一郎とエリカがいるのは、この褐色エルフの里の広場に面する三階建ての塔の最上部の牢だ。

 ここは、里で罪を犯した者がとりあえず収容される牢であり、トーラスの郊外の家で捕らわれた一郎とエリカは、魔力縛りの網に完全に包まれたまま、この塔の牢に入れられたのだ。

 一郎とエリカの裁判は、すぐに行われるということだったから、そのうち呼びに来るのだろう。

 

 ともかく、一郎がやったのは、同じ牢に放り込まれたのを幸いに、とりあえずエリカを犯すことだ。

 おそらく、鍵をかけられた牢の鉄の扉の向こうには、看守代わりの見張りがいる。

 一郎の魔眼にもそれを感じているから確かだ。

 だが、一郎は構わなかった。

 

 エリカもまた、薄々それを感じて嫌がる素振りはあるものの、一郎が強引にエリカを犯し始めると拒否はしなかった。

 それが、マゾ体質のエリカの本来の反応なのか、それとも淫魔師の支配に陥っている性奴隷としての反応なのかは知らない。

 エリカはこんなところで性交をすれば看守に気づかれるのを承知で、一郎の求めに応じて下着を脱ぎ、命じられるままに壁に両手をついて、腰を一郎に突き出した。

 

 一郎は改めて、このエリカが一郎には絶対服従であることを知った。

 

 そしていま、そのエリカを犯している。

 感じやすいエリカは、早くも絶頂寸前の状況だ。

 

 さすがに、ゆっくりとエリカを愉しむ状況ではない。

 一郎はラストスパートをかけて、エリカを激しく責めたてた。

 おそらく、こうやって一郎が一方的にエリカに命令をして犯しているというのは、看守を通じて面白おかしくこの里の者たちに伝わるに違いない。

 

 一郎の狙いもそこにある。

 一郎とエリカが捕らわれたのは、あのベルルスという魔妖精を召喚したと思われているせいだ。

 それは、一郎とエリカをここまで連行したプルトたちの会話からわかった。

 そして、どうやら、召喚をしたのは、エリカではなく一郎自身だとも思われているようだ。

 連行しているあいだにわかったのは、あの魔妖精は、ユイナの身体に入り込んで、とんでもない悪戯をしたということだ。結局、ベルルスは里長のトーラスの魔道でユイナの身体から追い出されたものの、なんとか異界に逃亡することに成功したらしい。

 ただ、そのとき、自分の主人は一郎だと口走って逃亡したようだ。

 それで、捕縛の集団が一郎たちにやってきたのだ。

 

 まったく、迷惑な魔妖精だ──。

 

 いずれにしても、嫌疑をかけられているのは一郎であり、エリカが一緒に捕らわれたのは、エリカが一郎の女主人と思われているからだと思う。

 だったら、それをきっぱりと否定してやればいいのだ。

 

 一郎の方が主人だということがわかれば、連中がエリカを拘束する理由はまったくなくなる。

 だから、この牢で一郎が堂々とエリカを犯し、一郎が主人であるという証拠としてやっているのだ。

 

 まあ、それも理由の半分だが……。

 

 実際のところ、一郎はこんなところで犯されて、羞恥に震えながらも喘いでいるエリカを愉しんでいる。

 本当に虐められるのが似合うエルフ族の美少女だ。

 

「んんっ、んんっ、んふううう──」

 

 エリカが感極まった声をあげた。

 あっさりと絶頂したようだ。

 エリカの快感値は“0”になっている。

 一郎はエリカの子宮に向かって精を注ぎ込んだ。

 

「ほら、終わりだ──。奴隷──掃除をしろ」

 

 一郎はエリカの股間から一物を抜くと、まだエリカの蜜が滴っているそれをエリカに突き出す。

 エリカは荒い息をしながら、潤んだ瞳のままそれを咥え込んだ。

 気持ちのいい舌の刺激が一郎の男根を包む。

 最初の頃はぎこちなかったエリカの口による奉仕も、いまはすっかりとうまくなった気もする。

 ちゃんと一郎の快感を誘うように刺激を加えてくる。

 一郎はもう一回エリカに挿入したくなった気持ちを堪えながら、エリカの口から性器を抜いて、ズボンの中にそれをしまった。

 

「急いで、服を整えな──。迎えが来たぞ」

 

 一郎はエリカにささやいた。

 塔の下からまとまった集団があがってくるのを感じている。

 裁判の準備が整ったのだと思う。

 エリカがはっとしたように、急いで下着を身に着け、髪や服を直し始める。

 

「……エリカ、おそらく、魔妖精を召喚したのはユイナだ……。間違いない。あの魔妖精は、自分を召喚した者に仕返しをしに行くと言っていたんだ。魔妖精がユイナを操って悪さをしたなら、そのユイナが張本人だ……。もっとも、なぜ、ユイナが魔妖精なんかを俺にけしかけたかは知らんけどね。そんなに俺が気に喰わなかったのかねえ……」

 

 一郎はエリカの耳元で言った。

 エリカは目を見開いた。

 

「だ、だったら、ユイナが自白すれば、ロウ様の無実は証明できます」

 

「自白すればな……」

 

 一郎は肩を竦めた。

 だが、ユイナがそれを自白すれば、今度はそのユイナが魔妖精を召喚した罪で捕らわれることになる。

 それがわかっていて、ユイナは自白するだろうか……。

 ユイナからすれば、一郎など軽蔑の対象でしかない人間族であるし、エリカもそれほどの面識のない他人だ。

 一郎とエリカは、ユイナの命を救ってやった恩人ではあるが、その恩人の一郎に、魔妖精をけしかけて悪意ある魔道をかけさせようとしたのだ。

 そんな性根のユイナが、一郎とエリカを庇うために、なにひとつしないという予想は立つ。

 そもそも、ユイナはもう一郎とユイナが魔妖精を召喚したという罪で捕えられたことを知っているはずだ。

 それにも関わらず、まだ、ふたりが牢に入れられたままだというのは、ユイナが白を切っている可能性が高い。

 

 もしも、ユイナが知らぬ存ぜぬを決め込めば、一郎が召喚したのではないことを示すにはベルルスを召喚して喋らせるしかない。

 だが、それはここに放り込まれて、すぐにエリカに止められた。

 理由のいかんを問わず、他人の前で魔妖精など召喚すれば、その瞬間に一郎は改めて捕縛され、今度は裁判などなしに処罰されるだろうということだった。

 

 いずれにしても、試しに手首を擦ってみたが、ベルルスは出現することはなかった。

 ベルルスの言ったことが嘘とも思えなかったので、この牢では一郎の手首に刻まれている魔法陣の力も封印されているのだろう。エリカについても、牢は魔力も遮断されていて魔道は遣えなかったので、そういう力を阻止するなんらかの力が働いているに違いない。

 とにかく、一郎自身の無実の証明は、自分自身でしなければならないということだ。

 

 一郎はすばやくエリカに耳打ちした。

 エリカは神妙にそれを聞いて、数回うなずいた。

 

 その瞬間、扉が開いた。

 一郎とエリカをここまで連れてきたプルトをはじめ、五人のエルフ男が杖を向けて牢に入ってきた。

 

「釈放かい? それとも、裁判?」

 

 一郎はプルトに言った。

 もう従者のふりをするつもりはない。だから、口調も意図的に対等の言葉遣いにした。

 釈放ならユイナが自分が魔妖精を召喚したことを白状したということだ。予定通りに裁判が行われるなら、ユイナが白を切ることに決めたということだと思う。

 プルトは少し面喰ったような表情をしたがそれだけだ。

 そして、小さく首を振った。

 

「ダルカン追放のために力を尽くしてくれたお前たちがこんなことになって残念だ。だが、俺は裁判でお前たちの功績をしっかりと主張する。少しでも罪が軽くなるようにな」

 

 プルトは言った。

 つまりは、ユイナは白状しなかったということのようだ。

 やっぱり、一郎の勘は正しかった。

 プルトの指示で、一郎とエリカの足首と手首に鎖のついた金属の手枷と足枷がそれぞれ嵌められた。



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20  恩知らずの裁判

 裁判は一郎が知っているものとは完全には一致しなかったが、ある程度は一緒だった。

 手足に枷をつけられた一郎とエリカは、塔が面している里の広場に連れて行かれた。

 

 そこには腰の高さほどの木の柵に囲まれた場所が作られていた。

 正面に大きな木の机と椅子があり、そこには会ったことのないふたりのエルフ族が座っている。ひとりは老人の男で、もうひとりは女だ。

 一郎は魔眼の力で、老人を思わせる男が里長のトーラスであり、女はバロアという名だとわかった。

 

 ふたりとも、魔道遣いとしてのレベルはかなり高い。驚いたのは年齢だ。トーラスの年齢は以前ステータスを覗いたので知っていたが、バロアも二百歳をすぎている。しかし、一郎にはせいぜい四十くらいにしか見えない。

 さすがは長命のエルフ族だ。

 

 また、木の柵の周りにはたくさんの里の者が集まって、この場所を囲んでいた。

 ユイナはこの集団の中にいるのだろうか……。

 一郎はさっと見回したが、すぐに見つけることができた。正面に近い側に大人の女たちに、守られるように囲まれたユイナがいた。ユイナは下を向き、こっちは見ていなかった。

 

 一郎とエリカは、正面のトーラスたちに身体を向けるように立たされた。

 椅子などはなく、一郎たちの周りをプルトたちが用心深く杖を向けて囲んでいる。

 

「では、このふたりに対する裁判を開始します」

 

 バロアが言った。

 どうやら、この女性が判事役をするようだ。

 ふたつの机のうち、真正面の中央にバロアの机があり、トーラスはその隣だ。

 それにしても、隣りのトーラスは強い憎悪の視線を一郎に向けている。

 

 一郎は嘆息した。

 

 泣いて感謝してくれとは言わないが、こっちも命懸けで助けてやった相手に、あんな視線を向けられるとは理不尽なものを感じる。

 そもそも、一郎はトーラスと会うのは初めてであり、直接には礼も言われていない。

 まあ、一郎はエリカの従者ということになっているので、トーラスとしては直接に一郎に礼を述べる必要をなにも感じなかったのだとは思うが……。

 

「この男は魔妖精を召喚して、わしの孫娘を公衆の面前で辱めた。そこでわしは、従者のロウに一級処罰──。主人のエリカには五級処罰を与えたいと思う」

 

 いきなり、トーラスが発言した。

 一郎はびっくりした。

 もう、処罰が決まってしまったのだろうか──?

 それに一級処罰とか五級処罰というのはなんなのだろう……?

 

「……ロウ様、一級処罰は死刑……。五級は追放刑です……」

 

 エリカが一郎の疑念を見透かしたように耳打ちした。

 死刑──?

 さすがに一郎も鼻白んだ。

 ふと横を見ると、エリカの顔が真っ赤だ。

 どうやら、怒ってくれているようだ。

 

「こら──。ユイナ、そこにいないで前に出てきなさい。あんた自身が騒動の張本人なのはわかっているのよ──。なに、こそこそ隠れるようにしているのよ──」

 

 すると、突然に横のエリカが大きな声で叫んだ。

 これには、一郎も少し驚いた。

 

「だ、黙れ──。わしの孫娘がなにをしたと言っておるのだ、エリカ──?」

 

 トーラスが憤慨した様子で怒鳴り返した。

 

「それは、あんたの孫娘に訊くのね──。わたしたちは無罪を訴えます。わたしたちは、魔妖精の召喚についてなにひとつ関与していません。そもそも、わたしは、魔妖精を召喚できるほどの魔道力はないのです。ましてや、ここにいるロウは、魔道については無能力です。魔妖精を召喚するのは不可能です──」

 

 周りにいる傍聴人の里の者たちがざわついている。

 これまでも周囲の雰囲気は、一郎たちに対する敵意に満ちていたが、エリカの発言はさらをそれを拡大させた気がした。

 

 少し拙いな……。

 一郎は思った。

 

 そもそも、エリカの言葉ははったりだ。

 一郎は魔道遣いではないが、魔妖精の召喚はできる。

 ベルルスの言葉が間違いないとしての話だが……。

 

「魔妖精がロウに召喚されたと言っておるのだ。動かぬ証拠だ。お前たちの罪は明白。疑いの余地などない」

 

 トーラスが激昂した様子で叫んだ。

 

「トーラス、それは判事役であるわたしが決めます。まずは、この者たちの意見を聞いてからです。そして、里の者にも発言を求める者があるでしょうから、その者たちにも発言をさせます。その後で、判事であるわたしは、里長代行のあなたの意見を聞き、罪状を判断します……。里長としてではなく、裁判の発言者として喋るのであれば、わたしの統制に従ってもらわないと困るわ」

 

 バロアが苦笑しながら、やんわりと言った。

 トーラスは鼻を鳴らした。

 

「そんなもの──。さっきも、言ったが、あの性悪の魔妖精は、はっきりとそこにいるロウが主人だと言ったのだ、バロア──。明白な証拠だ。この人間族の罪を鳴らすのに、それ以上の証拠はいらん──。それに、わしはユイナの祖父じゃ。直接の被害者であるわしには、里長代行という立場のほかに、一級処罰された罪人の生殺与奪の権利もある」

 

 トーラスは言った。

 

「トーラス、これは最後の勧告と思ってちょうだい──。わたしの統制に従わないのであれば、あなたであっても、この場から退場をしてもらいます。発言をしていいのは、わたしに指名を受けた者だけです──。付け加えれば、このロウが一級処罰かどうかは、まだ決まってません」

 

 今度は少し強い口調でバロアが言った。

 トーラスはむっとしたように黙り込んだ。

 そして、バロアはこっちに視線を向けた。

 

「……それはあなたも同じよ、エリカ──。勝手に喋るなら、口封じの魔道をかけるわよ」

 

 バロアが言った。

 

「なら、発言を求めたい」

 

 すかさず一郎は言った。

 バロアが一郎を見た。

 

「発言を許すわ、ロウ。なにが言いたいの? あなたには、魔妖精を召喚したという疑いがかかっている。それを認めるのかしら?」

 

「その前に確認したいことがあります──。魔妖精の召喚についての疑いは俺──。そして、ここにいるエリカは俺の主人という立場により、俺に対する監督責任で、ここで裁きにかけられているのですね?」

 

「そういうことね──。通常であれば、主人にまで罪が及ぶことはないわ。でも、魔族召喚は別よ。それくらいに重い罪なのよ」

 

 バロアは言った。

 

「だったら……」

 

 一郎は鎖の嵌められた手で隣のエリカのスカートの裾を掴むと、いきなり股間の付け根まで引きあげた。

 

「きゃあああ──な、なにするんですか、ロウ様──」

 

 エリカが驚愕して、両手でスカートの裾を押さえようとした。

 

「触るな──。じっとしてろ──」

 

 一郎はスカートを押さえようとしたエリカに怒鳴った。

 エリカがびくりとして身体を硬直させる。

 別に淫魔の力は遣っていない。

 しかし、エリカの中にある心の奥底の奴隷願望……。

 その根っからの被虐癖がエリカの身体を凍りつかせている。

 一郎はエリカの耳元で小さくささやいた。

 

「……必要なことなんだ……。俺の女なら我慢しろ……」

 

 すると、エリカが諦めたようにスカートを押さえかけていた両手をすっと上にあげ、その代わりに手で羞恥で真っ赤になった顔を隠した。

 公衆の前で堂々とスカートをめくられて、下着を露わにされるという羞恥に、エリカは小刻みに震えている。

 

 周囲が大騒ぎになった。

 だが、一郎は素知らぬ顔をした。

 

 面白いのは、一郎だけに感じるエリカのステータスだ。

 この恥辱にエリカの身体が反応しているのだ。その証拠に、快感値が下がり始めている。

 エリカはもともとこの数字の初期値が異常に低いのだが、すでにその初期値の50から30台になった。

 いじめられて快感を覚えるというマゾっ子の性癖の本領発揮だ。

 

「……下着に新しい染みができてるぞ。こんなのも好きなようだね……」

 

 一郎はエリカの耳元でまたささやいた。

 それはすぐ近くにいる一郎にはよくわかった。さっき性交をして、そのまま下着をつけさせたので、もともと汚れていたのだが、それに新しい分泌液の染みが重なり始めている。

 おそらく、もう下着の内側は被虐の興奮でびっしょりだろう。

 

「も、もう──。ロ、ロウ様、意地悪です──」

 

 エリカは感極まったように声をあげた。

 一郎の言葉責めで、またエリカの快感値がさがった。

 思わずにんまりとしてしまった。

 

「ば、馬鹿なことはおやめなさい──。なんのつもりですか、ロウ──」

 

 判事役のバロアが怒鳴った。

 一郎はエリカのスカートから手を離して、できるだけ不敵そうに見えるようにバロアに笑みを向けた。

 

「俺の方が本当は主人だということを証明したかったんですよ。いくらなんでも、こんなことは芝居じゃあできないでしょう──。なんだったら、ここでエリカを犯してあげてもいいですよ。この女は俺に逆らうことはないんです。俺の女ですからね」

 

 一郎は言った。

 周囲が興奮したようにざわついている。

 

「それは本当なの、エリカ?」

 

 バロアが言った。

 

「ほ、本当です……。わ、わたしのご主人様はロウ様です……」

 

 エリカは顔を隠すのをやめて、はっきりと言った。

 騒然となった。

 集まっている者たちが一斉に野次のようなものを飛ばし始める。

 それはおおむね、驚愕と軽蔑と怒りの声に分けられそうだった。

 エルフ族の美少女であるエリカが、歳の離れた人間族の一郎の女だということに対する純粋な驚き──。

 

 しかも、人前でスカートをめくられて、なんの抵抗もしないほどに、すっかりと従順であること……。

 また、そんなエリカに対する心からの軽蔑──。

 さらに、一郎に対する怒りだ。

 その中の大部分は、一郎に対する激怒の声だった。

 

 衆人を静かにさせるために、バロアが何度か大声を張りあげた。

 

「エリカをこの裁判の対象から外します。エリカが女主人ではないと判明した以上、ロウに対する監督責任は存在しません……。いいわね、トーラス?」

 

 バロアが横のトーラスに言った。

 

「同意する」

 

 トーラスも言った。

 その表情はエリカに対する蔑みに満ちていたが、半分はほっとしたような感じだった。

 トーラスとしても、エルフ族のエリカを裁くのは本意ではなかったのだろう。命を助けられたという恩義もあるからだ。一方で、この恩義心は人間族である一郎には向けられはしないようだ。

 トーラスが一郎に向ける視線は、ますますの憎悪に満ちてきた。

 バロアの指示でエリカの手枷と足枷が外される。

 

 その瞬間に、エリカは後ろに駆け出して、集まっている里の者の輪の外に脱した。

 牢の中で最後に一郎が指示したことを行うためだ。

 

 一郎の勘が正しければ、ユイナはベルルスを召喚した直後に、そのベルルスに身体を乗っ取られて、里の中心部であるここまで連れてこられて、それから一度も戻っていないと思う。

 ベルルスが一郎のところにやってきて立ち去るまでに、いくらも時間は経っていなかった。

 あれから、すぐにユイナがベルルスに身体を乗っ取られて、外に出ていったとすれば、ユイナの部屋には、ベルルスを呼び出したときのなにかの痕跡が残っているかもしれない。

 エリカはそれを見つけるために駆けだしたのだ。

 

 もっとも、それはエリカをこの場から立ち去らすための方便だ。

 ユイナの部屋を探って、なにかが出てくるかどうかはわからない。

 一郎が本当にやりたかったのは、とにかく、エリカを裁判の対象から外して、この場から去らせることだ。

 

 そんな気などないが、もしも、この裁判で一郎が罪に落とされるということになれば、エリカは激昂して、その場で暴れはじめるかもしれない。

 生真面目だが、決してエリカが思慮深い方ではないことを一郎はよくわかっている。

 裁判の結果に憤慨したエリカが暴れたりすれば、なんの意味もなく、一郎とともに、エリカも捕え直されるだけだ。

 

 だから、立ち去らせた。

 

 仮に一郎が処刑になったとしても、いまはエリカを救いたい。

 どうなるかわからないが、これで最悪でもエリカだけは、この茶番に巻き込まれなくて済む。

 

 いままで、エリカはよく尽くしてくれた。

 

 淫魔の呪術の縛りがあるから一郎に従っていると思うが、一郎が死ねば我に返るだろう。

 

 ただ、別段、一郎がもう覚悟を決めたというわけではない……。

 一郎には、この危機を逃れる唯一の方策を思いついていた。

 

 おそらく、助かる……。

 まあそれは、ユイナ次第ではあるのだが……。

 

「いずれにしても、この人間族が破廉恥で鬼畜だということはわかった。人前で女を辱めるなど見下げた男だ。それを受け入れるエルフ族の女もな──。わしの孫娘は、この人間族のそんな性癖に巻き込まれたのじゃ」

 

 トーラスが吐き捨てるように言った。

 バロアが一郎に視線を向け直した。

 

「さて、一郎、発言の途中だったわね……。それとも、言いたいことは終わったかしら? あなたが魔妖精を召喚したことを認める?」

 

 バロアは言った。

 一郎は肩を竦めた。

 

「認めません──。エリカも言いましたが、魔道の遣えない俺にそんな能力があるわけありませんよ。俺が魔道遣いでないのは、あなた方からすれば明らかなのではないですか?」

 

 一郎はうそぶいた。

 こうなったら、嘘でもなんでも並べてなんとか言い逃れるだけだ。

 それにしても、さっきの行動でこの一帯にいる全員の悪意が一斉に一郎に集まった気配がある。

 ただ興味深いのは、判事役のバロアだけは、特に怒った様子もなく、むしろ、面白がっている感じであることだ。

 このバロアが冷静であることだけが、いまの一郎の救いだ。

 バロアが片手を出して、一郎に向けた。

 しばらくのあいだ、一郎に視線を集中していた。

 おそらく、一郎の言葉が正しいのかどうかを探っているのだろう。

 一郎は自分が淫魔師であることや、右手首にベルルスの遺した魔法陣がこれによって見つからないことを祈った。

 それが発覚すれば、もう終わりだ。

 どんな言い逃れもできないだろう。

 しかし、おそらく見つからないだろうと思った。

 

 大した根拠はないが、勘だ。

 魔道の力の源は、魔力と呼ばれる自然から溢れるエネルギーのようなものらしい。

 それに対して、一郎の淫魔師の能力は淫気という性の快感で生まれる別の力のようだ。ベルルスも魔方陣に働くのは淫気の力という意味のことを言っていたと思う。

 だから、魔力を探って、淫気の力は見えないのではないか……。

 

 バロアが腕をおろした。

 

「……このロウの言っていることは正しいわ。彼には魔力はひとつもない。彼が魔道召喚術を遣うのは不可能よ」

 

 バロアは言った。

 一郎はほっとした。

 

「そ、そんな馬鹿な──。じゃあ、誰が召喚したと言うんじゃ、バロア──?」

 

 トーラスが声をあげた。

 

「ユイナかもしれませんよ──。実はその魔妖精は俺のところにも来ましたよ。俺には、はっきりとユイナと契約をしたと告げましたよ」

 

 無論、出鱈目だ。

 だが、事実には近いはずだ。

 周囲から一郎に対する怒声が湧いた。

 

「な、なにを言っておるか──。ふざけたことを言うな──。ユイナはあの性悪の魔妖精に辱しめを受けたのだぞ──」

 

 トーラスが顔を真っ赤にした。

 

「もちろん、俺も信じていませんけどね……。でも、その魔妖精はそう言った。それだけのことです。魔妖精が俺が主人だと発言したことが、俺に対する嫌疑のすべてなら、俺にはその魔妖精は、ユイナに召喚されたと言ったのだから、ユイナもまた、この裁判の対象になるべきでしょう」

 

 一郎は言った。

 

「だ、黙れ──。人間族のことなど信用できるか──。ましてや、魔妖精のこともな」

 

 トーラスだ。

 一郎はわざとらしく噴き出してやった。

 

「それは道理が通りませんね。その魔妖精とやらが信用できないのであれば、そいつが俺のことを主人だと言ったことなど、なんの意味もないでしょう。それとも、俺に対する告発は真実と受け取り、ユイナに対する告発は嘘として受け付けないのですか? それは理不尽だ──」

 

 一郎は言った。

 ユイナを告発したことで全体が騒然となったが、バロアが再び大声で全体を静かにさせた。

 

「何度も言わないわよ──。今度、勝手に喋った者は、誰であろうと、沈黙の魔道をかけます。それができないものはこの場から、直ちに去りなさい」

 

 バロアが決然と言った。

 全体が静かになる。

 すると、バロアは一郎に顔を向けた。

 

「あなたがエリカの主人というのは本当ね──。ただの従者がそんな風に、うまく話を切り返すことなどできないでしょうしね……。とても、頭がいいのもわかる。ただ、疑いのかかっているあなたの発言を採用することはできません。それに比べて、魔妖精があなたを主人と言ったのは、たくさんの者が耳にしているわ」

 

「わかっています……。ただ、俺は魔妖精の言葉など、信用ならないということを申しあげたかったのです」

 

 一郎は言った。

 一方で、内心で自分がこんなにすらすらと発言できることに驚いていた。

 相手をやり込める言葉や考えがどんどん生まれてくる。

 

 一郎の頭は必死に回り続けている。

 どうやったら、この危機をうまく回避できるかということを懸命に考え続けている。

 

「確かに一理あるわね──。わたしも魔妖精の言葉は信頼できないものだとは思う。およそ魔族というのは悪意と邪心の塊りよ──。このロウが魔族召喚の術を遣ったという証拠はほかにあるかしら?」

 

 バロアが衆人に向かって声をあげた。

 

「わしが証言する。魔妖精が逃げるとき、あの魔妖精は確かにこのロウが主人だと口走った。あれは嘘を言っているという感じではなかった」

 

 トーラスが一度手をあげてそう発言した。

 

「同じ話を蒸す返すつもりですか? 魔妖精の言葉など信用ならない──。そう、判事様が言われましたよ」

 

 一郎は言った。

 

「わ、わしは里長だぞ──。わしの言葉が信用できないと言うのか、人間──」

 

「俺の言葉ではありません。魔妖精の言葉が信頼できないというのは、そのバロアさんが言われたことです」

 

「な、なにを──」

 

 トーラスが憤慨したように怒鳴ったが、そのとき、一郎の後ろでほかの者とともに杖を向けているプルトが手をあげたのがわかった。

 

「俺の発言を許可してください」

 

 プルトが言った。

 

「認めます」

 

 バロアがうなずく。

 すると、プルトがその場で語り始めた。

 

「俺もまた、里長とともに、ユイナが魔妖精に操られていた現場にいました。魔妖精は確かに、ロウが主人だと言いました。ただ、考えてみれば、あの妖精は出鱈目を言ったかもしれません。そういえば、そんな口調だったような気もします……」

 

 プルトの言葉に周囲がざわめいた。

 一郎はプルトが一郎を庇う発言をしたことに少し驚いた。ベルルスは本当に一郎のしもべになったのだから、ベルルスが一郎を主人と言ったなら、それは真実の言葉だ。

 だから、それが嘘のように聞こえたというのは、プルトが一郎を助けようとして嘘を言っているのだと思う。

 

「……それと、このロウの功績について語らせてください」

 

 プルトが続いて、トーラス救出に際して、一郎が力を尽くしたということを語り始めた。

 集まっている者たちがプルトの言葉に驚きのようなものを示し始める。

 おそらく、トーラス救出やダルカン追放に、一郎がなんらかの働きをしていたことは、まったく聞かされてはいなかったのだろう。

 プルトが語り続けることで、一郎に対する憎悪の感情がだんだんと小さなものに変わっていくのがありありとわかった。

 

「わたしにも発言させてください」

 

 プルトが語り終わると、今度は別の場所から声がした。

 イライジャだった。

 群衆の中に埋もれていたイライジャが木の柵の前までやってきた。

 そして、ちょっとだけ、一郎に笑みを向ける。

 

「わたしは、昨日の夜から今朝まで、ずっとロウと一緒に過ごしていました。だから、このロウが魔妖精を召喚するような行為を一切していないということを証明します」

 

 再びざわめきがあった。

 

「お前と、この人間がひと晩を一緒に過ごしたと?」

 

 トーラスが不快そうに言った。

 どうやら、ユイナの人間嫌いはトーラス譲りのようだ。

 このトーラスには、とにかく強い人間族に対する偏見があるようだ。

 

「なにをしていたかは訊かないでくださいね、お義父さん。このロウはわたしの命の恩人でもあるんです。わたしを助けるために、ガルシアを殺してくれたんですから……」

 

 イライジャが堂々と言った。イライジャが言葉に含めた意味は明白だ。

 トーラスが絶句するとともに、周りから悲鳴のような驚きの声があった。

 

 一郎も唖然とした。

 まさか、一郎の裁判を有利にするためとはいえ、一郎と寝たことをイライジャが公然と口にするとは思わなかった。

 バロアが騒ぎを制するように右手をあげた。

 それで衆人が静かになる。

 一郎は手をあげたあと、許しを得て口を開いた。

 

「ねえ、バロア様──。誰に魔妖精が召喚されたのか、真実を知っている可能性のある唯一の人物に証言をしてもらってはどうですか?」

 

「唯一の者?」

 

 バロアが一郎の言葉に首をかしげた。

 一郎はユイナを見た。

 周囲に隠れるようにして下を向いているのでよくわからないが、すっかりと青褪めて震えているようだ。

 

「……俺はよくは知りませんが、ユイナは魔妖精に身体を乗っ取られていたそうですね……。だったら、身体の中にいる魔妖精と会話をしたんじゃないですか……。だとすれば、ユイナは魔妖精が誰に召喚されたかをその魔妖精と話したかもしれません」

 

 一郎は言った。

 

「それもそうね……。ユイナ、前に出なさい──」

 

 バロアが言った。

 ユイナが促されるようにして前に出てくる。

 

「さあ、ユイナ……。あなたは、誰が魔妖精を召喚したかを知っている? もしも、知っていることがあれば話してちょうだい」

 

 バロアが言った。

 だが、ユイナはがくがくと震えていて、口を開かない。

 随分と気が動転しているようだ。

 無理もない。

 魔妖精を召喚したのはユイナだ。

 一郎はそれを知っている。

 しかし、その魔妖精を召喚したという冤罪で、一郎は裁判にかけられている。ユイナが人間嫌いで一郎を好んでいないとしても、一郎がエリカとともに、自分の命の恩人であるという自覚くらいはあるだろう。

 その一郎が自分のせいで処刑されかけているのだ。

 だが、一郎を救うためには、自分が魔妖精を召喚したことを自白しなければならない。

 

 そんなことをすれば、ユイナが処罰される。

 それだけじゃなく、祖父であり里親のトーラスも、義姉のイライジャの立場もなくなるだろう。

 だから、どうしていいかわからずに、ただ顔を青褪めて震えているだけなのだ。

 

 一郎はユイナをじっと見た。

 そして、さりげなく自分の額に指をやる。

 

 ユイナは聡い……。

 それは一郎はわかっている。

 このユイナならわかってくれるはずだ。

 

 すると、ユイナが気づいて、はっとしたように俯いていた顔をあげた。

 身体の震えもとまっている。

 

「わ、わたし、魔妖精から聞いています──。誰に召喚されたかを聞きました。ご、ごめんなさい──。い、いままで、気が動転していて喋れなかったのです。はっきりと知っているんです──」

 

 ユイナが大きな声で言った。



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21  嘘つき娘と嘘つき男

 一郎はさりげなく自分の額に紋様を描くように指を動かした。

 つまり、入れ墨の暗示だ。

 いまは、ここに集まっている者のすべての視線がユイナに注目している。一郎などには向いていない。

 ユイナは、一郎の仕草を見てはっとしたような表情になった。

 

「わ、わたし、魔妖精から聞いています──。誰に召喚されたかを聞きました。ご、ごめんなさい──。い、いままで、気が動転していて喋れなかったのです。はっきりと知っているんです──」

 

 ユイナが大きな声をあげた。

 

「ダルカンです──。魔妖精はダルカンに召喚されたと言っていました。それはもう、絶対に確かです──」

 

 ユイナの言葉に周囲がざわめき、すぐに怒声に変化した。

 無論、それは一郎に対してではない。

 追放されたダルカンは、この里の罪悪の象徴だ。

 そのダルカンに対する怒りの声だ。

 そして、里長だったダルカンは、エルフ族にとって、死刑判決以上の罪である入れ墨を顔に入れることを受け入れて、しかも逃亡してしまっている。

 廉恥心のない恥知らずと烙印を押された人物だ。

 エルフ族の掟を破って魔妖精を召喚し、トーラスの一族に復讐するというのは、いかにもダルカンのやりそうなことに思えただろう。

 

 一郎が額の入れ墨を暗示させる仕草をしたのは、追放されたダルカンのせいにしてしまえということをユイナに仄めかしたのだ。

 ダルカンが張本人なら誰もが納得する。

 里長をするくらいだから、やろうと思えば魔族召喚術とやらの魔道力もできそうだ。

 

 実際にそれができたかどうかは関係ない。

 つまりは、ここにいる者たちがそれに納得できればいいのだ。

 果たして、ユイナがダルカンが張本人だと叫んだ言葉は、ここにいる全員を信じさせたようだ。

 

「……裁判は終わりです。ロウは無罪。ただちに、枷を外して解放しなさい──」

 

 騒然とした怒声の中で、バロアの声があがった。

 

 

 *

 

 

「すまなかったな……。だが、真実が判明してよかった」

 

 プルトがエリカの杖を一郎に差し出しながら言った。

 魔妖精召喚の張本人が里を追放されたダルカンだということが「判明」し、里の広場では、改めて、それに対する処置についてトーラスを中心に話し合われている。

 ただ、一郎は拘束を解かれて、広場の外れに移動していた。それがどんな話し合いになろうとも、もう一郎には関係ない。

 騒ぎから一郎を引き放すように、ここまで引っ張ってきたのはプルトだ。

 

「確かに、真実が判明してよかったさ」

 

 一郎は杖を受け取って言った。

 その言葉に込めた皮肉には、プルトは気がつかないだろう。

 

 まあいい……。

 「真実」はこのまま、この異世界の旅に持ち去ってやろう。

 

「なあ、ロウ……。改めて、最初に出会った俺たち五人とそれにイライジャも含めて、お詫びと礼の宴をしたいんだ。受けてくれないだろうか?」

 

 プルトが言った。

 

「冗談だろう……。もう、これ以上は、この里にはいたくないよ。助けてやったのに、逆に無実の罪で処刑しようとするような恩知らずの里に長居なんかすれば、今度はどんな目に遭わされるかわからない」

 

 一郎は言った。

 このプルト自身が裁判で一郎を助ける発言をしたことは覚えているが、このくらいのことは言ってもいいだろう。

 すると、プルトは恥じ入るように黙ってしまった。

 

「ロ、ロウ様──」

 

 そのとき、広場に繋がる北側の道から叫び声が聞こえた。

 エリカだ。

 汗びっしょりで懸命に道を走ってきている。

 手に布の包みを持っているようだ。

 

「ロ、ロウ様……、ど、どうなった……のですか……?」

 

 ここまで駆けてきたエリカは、一郎にもたれかかるように、激しく息をしながら言った。

 

「大丈夫だ。無罪になった──。ありがとう」

 

 一郎はにっこりと笑った。

 エリカは一瞬、目を見開いて一郎をじっと見て、そして、いきなり強くしがみついてきた。

 

「よかったああ──」

 

 エリカが一郎に抱きつきながら叫んだ。

 そのあまりの歓びように、一郎も苦笑してしまった。

 そのとき、今度は広場側から、こっちに誰かがやってくるのがわかった。

 顔を向けると、トーラスとユイナとイライジャだ。

 広場の集まりから抜けて、こっちに歩いてきている。

 

「待っていてくれ……」

 

 プルトが三人をこっちに迎えるために走っていった。

 一郎はエリカの身体を離すと、エリカが手に持っていた包みを指さした。

 

「これは?」

 

「ユ、ユイナの……部屋に……ありました……。しょ、証拠です……」

 

 エリカが素早く一郎に耳打ちした。

 そして、一郎の身体に隠すようにして、布の包みを少しだけ開いた。

 それは一冊の小さな書籍だった。

 エリカがさっと開いた場所を見ると、そこには小さな文字でびっしりと書き込みがある。

 

「……こ、これは古代語で……書かれた……妖魔召喚術の……方法です。書き込みは……ユイナの文字……です。ユイナのほかの書きものと字体が一緒でした。間違い……ありません……」

 

 エリカが素早く言った。

 まだ、かなり息が荒い。

 どうやら、エリカは本当に、ユイナが妖魔召喚術をやっていた証拠を見つけてきたようだ。

 そして、少しでも早く戻って一郎を助けようと、懸命に全力疾走をしてきたに違いない。

 本当に健気で可愛い女だ。

 一郎は、それを受け取って、エリカに耳打ちした。

 

「俺はユイナにしっかりとお仕置きをしてやるつもりだ……。構わないな……?」

 

 一郎は言った。

 エリカは一瞬、当惑したような表情になったが、すぐにしっかりとうなずいた。

 

「イ、ロウ様のよろしいように……。ただ……」

 

「ただ、なんだ?」

 

 一郎はエリカがちょっと心配そうな表情になったのを訝しんだ。

 

「ただ、エリカのことを捨てないでくださいね……。約束ですよ」

 

 エリカの言葉に一郎は噴き出してしまった。

 

「それはこっちの言葉だ……」

 

 エリカに捨てられることを心配しているのは一郎だ。

 だから、これが破廉恥で卑劣なことだとわかっていて、それでも淫魔の呪術でエリカの心を縛っているのだ。

 いずれにせよ、エリカは、一郎が口にした「お仕置き」の意味がわかったのだろう。

 だから、そう言ったに違いない。

 

「エリカ、ロウ……」

 

 そのとき、トーラスたちがそばまでやってきた。

 エリカと並んで一郎は、やってきた三人に身体を向けた。

 トーラスはなにか不愉快そうな表情をしている。

 ユイナは柄にもなく、すっかりとしょげている感じだ。

 イライジャはその後ろで微笑んでいる。

 まず最初に、トーラスが口を開いた。

 

「……その……。いろいろと済まなかったな……。謝罪する。イライジャにも言われた。改めて、里の恩人ということで里の一員として迎えたい。受けてくれるな? エリカだけでなく、人間族の一郎も、この里に受け入れをすることを許すことにする」

 

 トーラスは言った。

 

 なんだが恩着せがましい物言いだ。

 さすがに一郎も腹がたった。

 

「プルトにも言ったけど、ご免ですよ。こんな恩知らずの里になんか……」

 

 一郎は言ってやった。

 

「な、なんだと──? わ、わしらが恩知らずだと言ったのか?」

 

「それ以外の言葉に聞こえたのなら、もう一度言いましょうか?」

 

 トーラスは一瞬だけ怒りに顔を真っ赤にしたが、しかし、すぐに大きく息を吐いた。

 

「……まあ、確かに言われても仕方がないことをしたのかもしれん……。孫娘のユイナが汚されたと思って、つい腹をたててしまったのだ……。すまん──」

 

 トーラスが深く頭をさげた。

 これには、一郎も意外だった。

 とりあえず、一郎自身も大きく深呼吸した。

 こんなところで、皮肉を言いあって得ることなどなにもない。

 

「……だったら、謝罪を受け入れます。それで終わりにしましょう。だけど、いずれにしても、俺とエリカは、もう旅立ちますよ。荷を泊まらせてもらっていた里外れの家に置いてあるので、それをとったら出立します……。このまま出ていきます。それと、ついでながら、ユイナはどこも汚されてはいないでしょう。魔妖精のちょっとした悪戯ですよ」

 

 一郎はきっぱりと言った。

 

「そうじゃな……。別に汚れてもおらん……。そうじゃな……」

 

 トーラスがまた嘆息しながら言った。そして、さらに、せめて、もう一日いてくれと言ったが、それも断った。

 すると、トーラスは、もう一度謝罪と礼の言葉を口にして、ダルカンについての対策の評議があるからと去っていった。プルトも一緒だ。

 ふたりが去っていく。

 

 次いで、イライジャと別れの言葉を交わした。

 一郎はイライジャに頼んで、なんでもいいから弁当を一食分持たせて欲しいと頼んだ。

 イライジャは嬉しそうにうなずくと、その準備をするために、里の家に向かっていった。

 

 最後はユイナだ。

 一郎は、イライジャが十分に遠くなるのを確認してから、樹木の影にユイナを誘導した。後ろからエリカがさりげなく着いてくる。そのエリカがしっかりと杖を握っているのを一郎は確認していた。

 

「あ、あんたには悪かったと思っているわ……。ごめんなさい……。そ、そして、最後は庇ってくれて、ありがとう……。それと助けてもらったのに、失礼なことばかり……」

 

 ユイナは一郎と面と向かうかたちになると、がばりと頭をさげた。

 一郎はすぐにはなにも言わなかった。

 ただ、手に持っていた袋の包みを少しだけ開いて、ユイナに見せた。

 

「あっ、そ、それは──」

 

 ユイナが叫んで、袋を奪い返そうとした。

 だが、一郎はそれをさっと避けて、近くまで来ていたエリカに投げ渡した。

 エリカがそれを宙で受け取って、すかさず杖をこっちに向ける。

 

「な、なにするのよ──。か、返して──。そ、それはわたしのよ──」

 

 ユイナが怒ったように声をあげた。

 杖を抜こうとする。

 だが、一郎はその手首をさっと掴んだ。

 

「大きな声を出すんじゃないぞ、ユイナ──。あの本が本当にお前のものだと知られていいのか? あれには、妖魔召喚術の方法がしっかりと書かれているそうじゃないか? しかも、ユイナの字で書き込みがびっしりと書いてあったらしいぞ……」

 

「なっ」

 

 ユイナが顔を真っ赤にして絶句した。

 

「……その杖を寄越すんだ。さもないと大声を出すぞ──。ここに、ユイナが魔妖精召喚の張本人である証拠があるってな」

 

 一郎は自分にもこんなことができるのだと驚きながら、硬直したように固まったユイナから、さっと杖を取りあげる。

 

「俺を馬鹿にしないことだな……。あまり小馬鹿にしたようなことをすれば、善人も怒るということさ……。まあ、俺は別に善人のつもりはないけどね」

 

 一郎は脅すような口調になるように、ゆっくりと言った。

 

「ど、どうするつもりなのよ……?」

 

 ユイナが気後れするような感じになった。

 

「どうするかだって? そうだな。この里で一番の恩知らずの娘にお仕置きをしてやることにするさ。あのエリカが持っているものは、これから俺たちが持ち帰り、エリカの魔道で、里のどこかの場所に隠してしまう──。放っておけば、本はそのうちに里で一番目立つところに出現するようにする……。どこに隠すかは、ユイナには教えてはやらん。ただし、それがユイナのものであるということだけは、すぐにわかるようにしておく。もちろん、それを阻止しようと、ユイナがつまらない抵抗をしようとしたり、魔道でなにかをしようとすれば、本は取り戻せずに、ユイナがあの本を持っていたことが、里の者に知れ渡るということになる。そんな風にしていく……」

 

「そ、そんな──」

 

 ユイナが声をあげた。

 

「そんな、じゃない──。ユイナはそれだけのことをしたんだ──。まあ、だが、そうならない方法もある」

 

 一郎はにやりとユイナに微笑みかけてやった。

 できるだけ、この小娘がぞっとするような表情で……。

 ユイナがごくりと唾を飲んだ。

 

「そ、そうならない方法って……?」

 

「俺たちが、最初にお前を助けた小屋を覚えているな? そこで待っている。夕方まで待ってやる。それまでに来れば、本を隠した場所と本を取り戻す方法を教える。この杖も返してやる──。ただし──」

 

 一郎はエリカの腿の付け根の少し下の辺りを持っていた杖でぐいと突いた。

 

「きゃあ──。な、なによ──?」

 

 ユイナは怒ったように叫んだが、はっと気がついたように口をつぐんだ。

 

「ただし、小屋にやってくるときには、ここよりも長いスカートをはくな。そして、下着は脱いで来い──。わかったな──」

 

 一郎は言った。

 そして、いまは顔を青褪めているユイナを手で押しやって突っ返した。

 ユイナが怯えた様子で立ち去っていく。

 

「……どうだった、エリカ? 俺の悪っぷりは?」

 

 一郎はエリカにユイナの杖を手渡しながら、うそぶいた。

 さすがに、いまの一郎には鼻白んだだろう。

 だが、あれくらいのことを言わないと、一郎の腹の煮えは収まらない。

 しかし、エリカは呆然としていた感じだ。

 気のせいか、眼が潤んでいる気もする。

 うっとりしている?

 そんなはずはないが、そんな風に見えるのだ。

 

「ひ、卑劣漢たっぷりの脅しでした。でも……」

 

 そのエリカが息を吐きながら言った。

 

「でも、なんだ?」

 

「あれはあれで、素敵だったかもしれません……。ちょっと、ぞくぞくしました……」

 

 エリカが呆けた顔のまま言った。

 そして、すぐにはっとしたように、顔を赤らめて口を閉じた。

 このエリカは、一郎がなにをやっても、嫌いになることはないようだ。

 

 一郎は苦笑した。



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22  懲罰浣腸

 夕方には、まだ十分に早かったが、ユイナはロウたちと初めて出逢った道外れの森に到着していた。

 猟師小屋はもうすぐだ。

 

 ユイナは、スカートの丈と下着をどうしようかと迷ったが、そのまま小屋に向かうことにした。

 ロウに言われたのは、はいてくるスカートを足の付け根ぎりぎりの短さにすることと、下着を身につけないで来ることだ。

 ただ、あまりにも馬鹿馬鹿しい指示だったので、ユイナは無視してここまでやって来ていた。

 

 あの好色男は、結局のところユイナを抱くのだろう。

 それについては、もう不満はない。

 大人しく抱かれてやるつもりだ。

 抱かれてやりさえすれば、満足するはずだ。

 だが、下着をつけてくるななんて、馬鹿じゃないか──。

 

 まあだけど、いずれにしても、あの人間族には世話になったし、借りもある。

 結局のところ、ロウには最初に命を助けられたのだし、ユイナが召喚したことで引き起こった魔妖精の騒動についても、一時はどうなることかと案じたが、うまい具合に乗り切ってくれて事なきを得た。

 

 人間族のわりには、大変に頭が切れるようだ。

 それに度胸もある。

 

 だから、抱かれてやろうと思った。

 しかし、馬鹿げた「遊び」につきあうつもりまではない。

 あの男がただ好色なだけでなく、「変態」だというのは、昨夜、あの男がイライジャとエリカを縄で縛って抱いたりしているのを覗き見して知っている。

 しかし、断じて、ユイナはそんな変態の仲間ではない。

 

 やがて、猟師小屋が見えてきた。

 小屋の少し前に、焚火の炎があがっている。

 はっとした。

 まだそれなりの距離があるが、焚火でできた明かりが薄暗い森を照らしているのだが、そこから少し離れた小屋の戸の前にロウが座っていたのだ。

 ちょうど炎で明るい部分が途切れて暗くなる位置であり、すぐにはわからなかったのだ。

 

 ひとりだ。

 一方で、エリカは小屋の中にいるのか、あるいは、どこか別の場所にいるのか知らないが、少なくとも見える範囲には見当たらなかった。

 

「とまれ」

 

 ロウが大きな声で言った。

 ユイナは大きな樹木の下を歩いていたが、ロウの言葉でその場で立ち止まった。

 ロウの座っている小屋まで声は届くが、少し距離がある。また、ユイナのいる場所とロウのいる真ん中に焚火があった。

 微妙な位置だ。

 魔道遣いとしての能力によるが、一般に魔道は至近距離でなければ効果は発動しない。ユイナが立っている場所とロウのいる距離は、ユイナにとってぎりぎり魔道が届くか届かないかくらいだ。

 しかも、あいだに焚火がある。

 炎のような大きな熱源があいだにある場合は、魔力が遮断されて魔道が途切れるのだ。

 

 ロウはわかっていてやっているのだろうか……。

 それとも、偶然か……?

 それにしても、ユイナをじっと見ているロウの顔には余裕めいた笑みがあり、また、身体全体からこっちを落ち着かない気持ちにさせる不思議な貫禄のようなものを醸し出している気がした。

 

 これほどの男だったのだろうか

 ユイナは訝しんだ。

 

「刻限には間に合ったが、服が違うようだ。スカートをめくってみな。下着を脱いできたかどうか点検だ」

 

 ロウが言った。

 ユイナがはいてきたスカートはふくらはぎを隠すくらいの丈がある。

 ごく普通のスカートだ。

 ユイナはスカートの裾なんて掴むことなく、指を一郎に向けた。

 

「下着は身に着けているわ。さあ、わたしの本を返して──。返してくれれば、わたしになんでもしていい。約束するわ。でも、返さないんなら、悪いけど、あんたを痛めつけるわ」

 

 ユイナは指を焚火から外すようにして、少し斜めに向けた。

 次の瞬間、小屋の近くの地面で轟音のようなものが鳴った。

 ユイナの発射した魔砲弾だ。

 

 脅しだ。

 そして、ロウに指を真っ直ぐに向け直す。

 

「さあ、返して──。あんたたちが里のどこにも本を隠していかなかったのは、すでに確かめてきたわ。多分、ここにある──。すぐに返して──。返してくれたら、わたしを抱いていい……。約束する……」

 

「嘘つきの約束は信用できないね。それにしても、杖なしで魔道を放てるのは、かなりの上級魔道遣いらしいじゃないか。大したものだ。だけど、もしかしたら、本当の実力は隠しているのか? 本当は妖魔召喚術を駆使できるくらいの魔道を遣えること」

 

 ロウは眉ひとつ動かさないで言った。

 ユイナは魔砲弾に顔色ひとつ変えないロウに少し驚いていた。

 

「その質問には答えないわよ」

 

「へえ……。つまりは、ユイナが非常に能力の高い魔道遣いというのを隠すために、とりあげた杖には逆にユイナの真の実力を隠す仕掛けがしてあったか?」

 

 ロウの言葉は、まさに図星だった。

 ユイナはやっぱり、この男は頭がいいということを改めて悟った。

 

「おしゃべりは終わりよ──。さあ、本を渡して──」

 

「まだだよ。だが、魔道遣いというのは案外に無敵じゃないな。杖なしで魔道を遣えるくらいの能力があるのに、この小屋で三人のならず者に犯されて純潔を失い、危うく殺されかけたんだ」

 

「うるさいわねえ。あれは不意を突かれて、魔道を封じる薬水をかけられたのよ。それで、魔道封じの術式の刻まれている縄で縛られて……」

 

 あのときのことを思い出せばかっとなる。

 不意さえ突かれなければ、ユイナの実力ならどうということのない相手だったのだ。

 だが、ユイナが油断したために、魔道を封じられ、同行していた決起の仲間を殺させてしまった。

 ユイナの純潔などどうでもいいけど、殺された男の命は戻らない。

 それについては、いまでも激しく悔悟している。

 

「だったら、次は油断しないことだね。失敗を教訓として成長するのは若者の特権だ」

 

 ロウがうそぶいた。

 ユイナは自分の頭に血が昇るのがわかった。

 いずれにしても、あの焚き火の熱が邪魔だ。

 ユイナは焚火を避けるために、横に移動しようとした。

 しかし、そのとき、さっと一郎が小屋の戸を開いた。

 

「あっ」

 

 ユイナは思わず叫んだ。

 戸が開いたすぐの床に、ユイナが大切にしている禁書が無造作に置いてあったのだ。

 

「きゃああああ」

 

 そのとき、いきなり頭から大量のみずをかけられた。

 全身がずぶ濡れになった。

 

「なに?」

 

 上を向いた。

 驚いたことに、そこには二本の樹の枝を足場にして、立っているエリカがいたのだ。

 険しい顔でユイナを睨みつけている。

 

「あっ、エリカさん──」

 

 ユイナは叫んだ。

 

「本当に性悪娘ねえ──。ロウ様に魔砲弾を向けるなんて、もう許さないからね──」

 

 エリカがユイナに杖を向ける。

 

「ま、待って──。あ、あれは脅しで……。あれっ?」

 

 そんなところにいるなんて、まったく気がつかなかった。エリカはずっと気配を殺していたのだろう。

 また、やっと気がついたが、魔道が封じられている。

 さっきの水だと確信した。

 かけられた水に、魔道を封じる術式が溶かされていたのだ。

 

「まだまだだな。失敗を教訓として成長しろと言っただろう。同じ手に引っ掛かるとはまだ未熟だぞ」

 

 離れているロウが立ちあがったのがわかった。ユイナの禁書を手にしている。しかし、まだ近づいては来ない。用心をしているようだ。

 エリカがさっと足でなにかを蹴った。

 すると、なにかが降ってきた。

 

「きゃあ」

 

 ユイナは思わず手で頭を避けたが、それは樹の枝から鎖で吊られた手枷であり、ユイナの身体まで落ちてくることなく、ずっと上のところで宙吊りになった。

 だが、ユイナには、その手枷が魔道遣いの魔道を封じる一般的な「魔力縛りの枷」であることが一発でわかった。

 

「その場で素っ裸になって、その手枷を自分の手首に嵌めろ。それとも、無理矢理にされたいか? そのときは、着ているものを全部びりびりに破くからな。そうしたら、明日の朝、里に帰るときに困ることになるぞ」

 

 ロウが言った。

 

「あ、明日の朝──? そんなにいれるわけないでしょう──。わたしのことを心配して里の者が探しにくるわ──。そうすれば、あんたらは、また捕まるわよ──」

 

 咄嗟に言った。

 しかし、ロウはせせら笑っただけだ。

 

「そんな危険なことをユイナはしないよ。もしも、里の者に助けられるような事態になれば、ユイナの禁書のことも発覚する可能性が高いしな。逆に、自分が里から離れたことを悟られないような処置さえしてきたんじゃないか?」

 

「くっ」

 

 ユイナは歯噛みした。

 その通りだからだ。

 トーラスには、イライジャのいる里の郊外にある家に泊まると言い、イライジャには、トーラスたちのいる里の中心の屋敷に戻ると告げて出てきた。

 なんだかんだで、明日中に戻れば、まず、誰も不審には思わないだろう。

 

 樹の枝からエリカが飛び降りてきた。

 そのまま自分の杖をユイナに向ける。

 

「ロウ様の言ったことをしなさい、ユイナ──」

 

 エリカが言った。

 

「そ、そんな……。た、助けてよ、エリカさん──。こ、このロウはわたしを犯そうとしているのよ──」

 

「助けてなんて、虫のいいこと言うんじゃないわ──。わたしは怒っているのよ──。ロウ様にしっかりと罰せられなさい」

 

「そ、そんな」

 

 ユイナは声をあげた。

 エリカは本当に腹をたてているようだ。そして、ロウがユイナを犯すということについても、まったくなにも抵抗はないようでもある。

 

 これは駄目だ……。

 ユイナも観念した。

 

「わ、わかったわ……。い、言うとおりにする……。だ、だけど、本だけは返して……。それは大切なものなの……」

 

 ユイナはロウに言った。

 

「それは、最後に考えるさ」

 

 ロウは笑っただけだ。

 こうなったら、ユイナも本当に覚悟を決めた。

 もともと、抱かれるつもりではいたのだ。

 立ちあがって、身に着けているものを脱ぎ始める。

 それに、身に着けていた服は魔道封じの薬液でびっしょりだ。これは早く脱いだ方がいい。

 そうすれば、魔道の復活も早くなる。

 

 また、機会さえあれば、ロウを魔道で人質にするつもりではいた。

 所詮は魔道を遣えない人間族だ。

 肌や髪が渇いて魔道が遣えるようになれば、ちょっとした拘束術くらいで十分だ。

 そして、ロウを人質にとれれば、あのエリカは絶対になにもしない。

 確信はある。

 なんであんなにきれいなエルフ族のエリカが、いい歳をした人間族に惚れこんでいるのかは意味不明だが、エリカがロウに絶対服従であるのは、見ていてわかる。

 

 とりあえず、ユイナは、スカートを足元におろし、上衣を脱ぎ、内衣……そして、上半身全体を密着して覆っているスーツを脱ぐ。

 しかし、ユイナが服を脱ぐあいだ、エリカは一度もユイナから眼を放さない。

 隙などない。

 これで上半身は完全な裸だ。最後に小さな下着に手をかけて足元までおろした。

 全裸になると、すぐに両手で身体を隠した。

 やはり、エリカは油断なく、ユイナに杖を向けたままだ。

 

「全部、まとめて、こっちに投げるのよ」

 

 エリカが言った。

 ユイナは言われたとおりにした。

 

「両手をあげて、手枷を嵌めろ」

 

 ロウが同じ位置で言った。

 ユイナは裸身を手で隠して立ったまま上を見た。

 真っ直ぐに両手を伸ばせば、吊ってある手枷に届くくらいの高さだ。

 しかし、これを嵌めてしまえば、もう終わりだ。

 外してもらうまで、一切の抵抗が不可能になる。

 両手を上にあげた無防備な恰好になるということよりも、魔道が封じられるということにユイナは躊躇した。

 

「ユイナ──。脚を開きなさい──」

 

 そのとき、突然にエリカが叫んだ。

 なにを言われたのか一瞬理解できなかったが、エリカが差し出している杖の先に魔力の塊りができているのは悟った。

 びっくりして、ほとんど無意識に大きく脚を開いた。

 

「きゃあああ──」

 

 ユイナは悲鳴をあげた。

 次の瞬間、魔砲弾がユイナの脚のあいだで弾け飛び、肩幅ほどの穴を開けたのだ。深さも同じくらいある。

 人を殺すほどの勢いはないようだが、まともに喰らえば大怪我は間違いない。

 

「次は全身に浴びせるわよ。早くするのよ──」

 

 エリカが怒鳴った。

 ユイナは恐怖に包まれた。

 慌てて、両手を伸ばして、両手首に手枷を嵌める。

 全身の魔力が完全に凍結するのがわかった。

 一方で、両脚については、さっき大きな穴を足元に作られてしまったので、肩幅に開いた状態から閉じられない。

 すると、やっとエリカが杖をおろした。

 さっきユイナが投げた服を抱える。

 

「じゃあ、ロウ様、わたしは少し離れたところで見張りをしています。人であろうと、獣であろうと、一切を近づけません。なにかあったら大声で呼んでください」

 

 エリカがロウに言った。

 

「ああ、頼むよ」

 

 ロウが本をもって近づいてくる。

 

「じゃあ、クグルス──。ロウ様を頼むわよ」

 

 クグルス──?

 

「ほーい。じゃあ、悪いけど、ぼくだけ愉しむね──。その代わり、エリカのこともまた今度可愛がってあげるよ……。ご主人様と一緒にたっぷりとね……」

 

「ばーか」

 

 エリカがなぜか顔を赤らめた。

 すると、突然、眼の前に、見覚えのある魔妖精が出現した。

 ユイナは驚愕した。

 

「ク、クンニ──? なんでここに──?」

 

「もう、クンニじゃないよ。クグルスだ。ご主人様たちが、ぼくの新しい名を名づけてくれたのさ。それよりも、ご主人様の命令だからね。ちょっと身体を操らせてもらうよ」

 

「な、なんですって?」

 

 ユイナは声をあげたが、そのときには、魔妖精がまたユイナの身体に憑りついてしまっていた。

 眠っていた今朝はともかく、起きてさえいれば、魔妖精の憑りつきを許すことなどないのだが、魔力封じの水と枷で魔力を凍結されたので、一切の抵抗能力が失われてしまったのだ。

 

「あっ……」

 

 思わず声をあげた。

 膝から下が完全に硬直した。

 ユイナの両脚は、股の下の穴を跨いだ状態で動かなくなってしまった。

 

「さあ、性悪娘にお仕置きの開始だ」

 

 ロウが拘束されているユイナの前までやってきた。

 

「な、なによ──。だ、抱くなら抱いていいわよ──。抵抗なんてしないから、もう許してよ」

 

 ユイナは鎖を揺すって言った。

 

「抱いてもらいたいのか? だけど、こんな喩えを知っているか? 耳掃除をしたときに気持ちがいいのは、耳掻きの方か? それとも耳の方か? これはお仕置きだと言っただろう? ただ抱くだけじゃあ、お仕置きになんかならないだろう?」

 

 ロウがユイナの股間に手を伸ばした。

 

「はんっ──」

 

 その瞬間、思い切り声が出てしまった。

 ロウがユイナの股間に触れた途端に、まるで電撃でも浴びたかと錯覚するような官能の刺激が走ったのだ。

 これはなんだ──?

 ユイナは喘ぎ声を我慢することができなかった。

 なんでもないような指の動きだと思うのに、ロウは確実にユイナの感じる場所を指で擦りあげてくるのだ。

 あっという間に、股間が濡れて、しかも、身体に震えのようなものまで走ってくる。

 

「あっ、ああっ……ちょ、ちょっと……こ、こんな……はあ……あああっ……」

 

 ユイナは声をあげていた。

 とても我慢できるようなものじゃない。

 まるで魔道のようだ。

 一番敏感な場所を刺激されているわけじゃない……。

 それなのに、信じられないくらいに淫情の波が次々に襲ってくる。

 ユイナはあまりにも感じるロウの指に恐怖さえ感じてきた。

 だが、ロウはさっと指を離して、なぜか、ユイナの後ろに回ってきた。

 とりあえず、あまりにも急激すぎる官能の呼び覚ましから解放されたユイナは、ほっと脱力した。

 

「……お仕置きはここだ……。明日の朝まで、たっぷりとここをなぶってやるからな。覚悟しろ、ユイナ」

 

 今度は指がすっとお尻の穴に入ってきた。

 指にまとわりついていたユイナの愛液を潤滑油代わりにして、指が一気に挿し込まれる。

 

「あっ、や、やめて──。そ、そんなところに触んないでよ──」

 

「だが、しっかりと感じる場所のようでもあるようだな……。俺には隠しても無駄さ。これなら、朝までほぐし続ければ、なんとか挿入も可能になるかもしれない。それがユイナへのお仕置きだ。俺はユイナの尻を犯す──。覚悟しろ。人間族のおっさんに、初めての尻を奪われるんだ。これこそお仕置きだ」

 

「ひ、ひどい──。そ、そんなの許さないわよ──。ちょ、ちょっと、前に──。前にならいくらでもしていいから──。し、縛られる──。縛ってもいい──。抵抗しない──。で、でも、お尻はいやああ──」

 

「なに言ってんだ。もう、拘束されているだろう? 抵抗できるならいくらでも抵抗してもいいさ」

 

 ロウがユイナのお尻の中で指をゆっくりと動かし続ける。

 その強烈な性感の沸き起こりにユイナは当惑した。

 

 本当に感じるのだ。

 さっき、股間を弄られたときと同じように……。

 いや、それを上回る快感がゆっくりと広がっていく。

 歯を食い縛って耐えようとするのだが、巨大な官能のうねりが、それすらもユイナに許さない。

 ユイナはいつの間にか大きな喘ぎ声を出していた。

 

「そろそろ、始めるか──。じゃあ、まずは掃除だ。心配するな。尻穴の調教は初めてだが、知識だけはあるんだ。なにせ、その手の専門書も読んだし、ネットで調べもした」

 

 ロウがわけのわからないことを喋りながら指を抜いた。

 

「いいぞ、クグルス」

 

 ロウが言った。

 身体の中に憑りついている魔妖精の愉しそうな笑い声がしたと思った。

 

「ひいいい」

 

 次の瞬間、ユイナは全身をのけ反らせて絶叫していた。

 凄まじい便意がユイナに襲いかかったのだ。

 今朝も排便欲を与えられて魔妖精にからかわれたが、そんなものとは比較にもならないような強い便意だ。

 ユイナはあまりの苦しさに気が遠くなる感じさえした。

 

「クグルスには、薬物入りの大量のお湯を腸に充満してもらった。これを二、三度繰り返す……。お湯しか出なくなったら本格的な尻穴調教をやるぞ、ユイナ」

 

 一郎はずっと手に持っていた禁書を無造作にユイナの足元の穴に放り込んだ。

 ユイナは愕然として悲鳴をあげた。

 

「ふ、ふざけないでよ、変態、鬼畜、ひとでなし──。ああっ、で、出る……。く、苦しい……」

 

 ユイナはありったけの気力を総動員して叫んだ。

 馬鹿じゃないか──。

 女に目の前で糞便をさせて、それを見物するなど……。

 ユイナは怖ろしいまでの便意に歯を喰いしばった。

 

「せいぜい派手にひりだしてくれ。言っておくけど、一回で終わりじゃないからな。腸がきれいになるまで何度もするぞ」

 

 ロウのからかいの言葉もほとんど耳に入らない。

 次の瞬間、ついにお尻の穴が決壊した。

 ユイナの肛門からどっと水便が迸るのがわかった。

 あとからあとから、どんどんと出てくる。

 

「エルフ族でも垂れ流すものは同じだな。尻の穴がぱっくりと開いているぞ。我慢せずに全部出せよ。どうせ、出すんだ。早く終わらせてしまった方がいい」

 

「ああ……」

 

 ユイナはまるでよがり声のような声で泣いてしまっていた。

 まるで永遠とも思える屈辱の時間だ。

 そして、水便とともに固形の便も落ちて、穴に入っていた大切な禁書の上にぼとぼとと落ちていく。

 ユイナは泣きじゃくった。

 

 

 *

 

 

 三度目の排便は、ほぼ完全なお湯だった。

 

 一郎が放り込んだ「本」はユイナが垂れ流した汚物とともに匂いを消すためにかけた土の下だ。

 ユイナは、透明の液体を尻穴から噴き出しながら号泣している。

 

 しかし、それでも、「許さない……許さない……」と呟き続けてもいる。

 それが、強制的に排便させられ、その姿を見物されたことの屈辱に対してなのか、あるいは、大切にしていた禁書をユイナ自身の汚物まみれにされたことに対する怒りに対してなのかは知らない。

 

 多分、その両方なのだろう。

 やっぱり気が強いのだと思った。

 

 数日前に、ここで強姦された後も、怒りはしていたが平然としていた。

 いまも、他人の前での強制排便にも、いまだ屈伏する様子もないのは大したものだ。

 

 だが、そんな気の強いユイナをこれから思う存分に凌辱するのだと思うと、一郎は震えるような興奮を感じた。

 もともと、以前の世界にいたときから、自分がSM好きの変態だという自覚はあったが、それは誰にも知られたくない心の奥底にずっと隠していたものだった。

 自分の性質が鬼畜だとは思わなかったし、隠れている性癖を表に出そうなど夢にも考えていなかった。

 

 だが、いまは違う。

 隠れていた鬼畜の心が騒いでいる。

 眼の前で泣いているエルフ娘をいたぶるのに、なんの躊躇の心も生まれてこない。

 それは不思議な感覚だった。

 やはり、自分はこの異世界に召喚されることで、別の人間になったのだろうかとも思う。

 あるいは、そうではなく、この異世界に召喚されたことで生起した一郎の力の向上が、一郎が生来持っていたものを外に引き出したのだろうか……?

 この世界にやってきてから、自分自身でも驚くくらいに頭がまわる。

 

 勘が鋭くなっている。

 他人の行動が読める。

 本来なら身が縮まるほどに力を持っていると感じる相手に、堂々と対等に立ち向かえる度胸もなぜかある。

 実際のところ、あのアスカにだって、ひと泡吹かせることもできたし、ダルカンという悪党の排除にも一役買った。

 ユイナのせいで処刑されるところだった裁判さえもうまく乗り切った。

 

 そして、人も殺した……。

 

 それらのことが、強い自信を一郎の心に作り、それが、一郎の隠れていた性癖を開放したのか……?

 いずれにしても、女に対することである限り、もはや、一郎はなんの物怖じも感じることはない。

 鬼畜だってやりたいからやる──。

 そんな感じだ。

 

 ましてや、このユイナは、自分勝手な都合のために、一郎だけでなくエリカさえも罪に陥して白を切り通そうとした娘だ。

 なにをやっても、一郎には良心の呵責を覚えない。

 一郎は準備していた洗い粉入りの水筒をユイナの尻穴にあてて、汚れを洗い落してやった。この洗い粉もエリカの魔道で精製したものであり、水に溶かして身体を洗うと、少ない水で信じられないくらいに身体の汚れを落としてくれるというものだ。

 旅の必需品でもある。

 

「うっ……くっ……あっ……」

 

 尻を洗われながら、ユイナが腰を動かしてよがり始めた。

 当然だ。

 一郎は何気なく尻を洗うふりをしながら、桃色のもやの覆っているユイナの尻付近の性感帯をまさぐっている。

 一郎の淫魔師としての魔眼からユイナが官能を逃れることはありえない。

 

「尻を洗っているだけで、もう感じているのか、ユイナ……? 人のことを変態だとは言えないんじゃないか? どうやら、しっかりと欲情しているようじゃないか?」

 

 一郎はからかった。

 

「だ、誰が……。うっ……くう……」

 

 ユイナは首をこっちに捻じ曲げて悪態をつきかけたが、一郎の指に翻弄されて、また甘い声をあげた。

 その様子が本当に口惜しそうで、却って一郎の嗜虐心をそそる。

 一郎は、次にユイナの首に後方に金具がついている首輪を嵌めた。そして、両手を吊っている手錠と鎖を離して、首輪の後ろの金具に接続する。

 魔道封じの上に、身体を魔妖精に憑りつかれてまでいるユイナは、まったく抵抗することはできない。

 それにしても……。

 

 

 

 “ユイナ

  エルフ族(褐色)、女

  年齢16歳

  ジョブ

   魔道遣い(レベル10)

   戦士(レベル1)

   ***(**)

  生命力:40

  攻撃力:1(拘束状態)

  魔道力:100(凍結)

  経験人数:男3

  淫乱レベル:D

  快感値:80↓

  状態

   魔力凍結”

 

 

 

 最初のステータスを確認したときにも思ったが、ユイナには隠れているジョブがある。おそらく、ユイナはなんらかの方法で、自分の能力が他人にはわからないように遮蔽しているのだ。

 それが、一郎の魔眼に対しても有効に働いているということだ。

 逆にいえば、ユイナは能力レベルが“60”である一郎に抗し得るくらいの強い遮蔽の術が遣えるということだ。

 このユイナには、まだまだ秘密があるな……。

 だが、まあいい。

 どうせ、明日の朝には関係ない他人になる娘だ。

 

「クグルス、一緒に連れて来い」

 

 一郎が声をかけると、ユイナの両脚が一郎に続いて歩き始める。

 ユイナの身体に入っている魔妖精のクグルスの身体を操っているのだ。

 すると、歩きながらユイナが悪態をつき始めた。

 本当に気の強い娘だ。

 小屋の中に入った。

 

「ちょ、ちょっと、な、なにするのよ──」

 

 ユイナが抗議の声をあげた。

 いまさら、なにをされるかはわかっていると思うが、ユイナが悪態をつくのは恐怖の裏返しだ。

 一郎にはそれがわかっている。

 

 中は燭台によって煌々と照らされていて、その灯りに、ユイナの裸身が浮かびあがる。

 一郎はクグルスに命じてユイナの脚を胡坐にさせた。

 準備していた縄でその脚を固定してしまい、次いで、足首を重ねた部分を縄で縛り、その縄尻を首の後ろにひと巻きして、ひと絞りしてから足首に繋げた。

 

 「海老縛り」だ。

 

 緊縛法などやったこともないはずだが、頭に思い浮かべるだけで、どういうように縄道を作ればいいか、勝手に手が動く。

 これも間違いなく、淫魔力だろう。

 ユイナは、両手を後ろに固定されている首を足首に寄せられて、苦しそうな声をあげている。

 もう完全に抵抗ができないことを確認し、一郎はクグルスに外に出てきてもいいと告げた。

 

「わお──。すごい恰好──。中にいるとよくわからないけど、これはすごい──。ご主人様って、いい感性している──。やっぱり、ぼくの見込んだご主人様だ」

 

 ユイナから飛び出して、一郎の横で飛翔しているクグルスがユイナの姿を見て、嬉しそうに声をあげた。

 別に見込まれて主人になったわけではなく、一郎が真名で呼び掛けてしまったことによる偶然なのだが、クグルスはすでにそんな気持ちなのだろう。

 

 一郎は苦笑した。

 

「ふ、ふざけるんじゃないわよ。いい加減にして──。いやよ、こんな格好──」

 

 ユイナが怒鳴った。

 一郎はそれを無視して、ユイナの肩をどんと突いてやった。

 体勢を崩したユイナが、悲鳴とともに胡坐のまま股間を上に向けた状態にひっくり返る。

 ごろりと股間を上にして転がってしまったユイナは、もう自分では起きあがることはできない。

 二穴を曝け出した思わぬ羞恥の格好には、さすがのユイナも泣き声をあげた。

 

「クグルス、これがまん繰り返しっていうんだぞ」

 

 一郎は横に浮かんでいる魔妖精に声をかけた。

 

「へえ、ぼく、まん繰り返しって好き──。なんでもしてちょうだいって感じで」

 

 クグルスが笑いながら、すっとユイナの股間の上に飛び降りた。

 そして、そこで足をばたばたさせて、踊るようなことをした。

 しかも、クグルスはわざとユイナのクリトリスやヴァギナの襞を踏み動かすようにしているのだ。だが、股間を上に曝け出した体勢を変えられないユイナは、甲高い声をあげ、クグルスの悪戯な足踏みから逃れようと懸命に腰を振るだけだ。

 

「ご主人様、足がねちゃねちゃし始めた。どんどん濡れてくる──。面白い──」

 

 クグルスが笑い声をあげた。

 

「クグルス、それよりも責め具を作ってくれ。アナルバイブというのを作って欲しんだけどな……」

 

 一郎は声をかけた。

 

 ここにやってきて、エリカの前で魔妖精を呼び出して、改めていろいろと話をした。

 それでわかったのだが、この魔妖精は淫魔族と呼ばれる妖魔族に属するのだそうだ。淫靡な目的のことであれば、かなり柔軟に凄い能力を発揮できるが、ほかのことでは対して役に立つような魔道は遣えないというちょっと残念な存在らしい。

 そして、エリカは魔妖精の存在を受け入れてくれた。

 魔人の召喚も、それをしもべにすることも、この異世界の人族の中では、禁忌中の禁忌だ。

 だが、エリカは、クグルスが淫魔師である一郎の正しもべとして、一郎に絶対服従を誓ったので、あっさりとこの魔妖精を認めたのだ。

 どうやら、いまや、エリカにとっての価値観は、一郎が満足するかどうかであり、彼女にとって、それが物事の良し悪しを決定する絶対的なことのようだ。

 

 いずれにしても、エリカは一郎が魔妖精をしもべにすることを了承した。

 しかも、クグルスという名は、エリカの提案だ。

 正しもべになった魔族に、主人となった者が名を付けるというのは、一種の儀式のようなものであり、それにより主従関係が強化されるようだ。真名を呼び名としては使えないので、新たに主人となった者が名を与えるのだそうだ。そして、正しもべというのは、その名が新たに主人専用の真名のようになり、今度はその名で呼ぶたびに、しもべの服従心が高まるらしい。

 

 よくはわからないが、エリカも同じような説明をしてくれたので、そういうものなのだろう。

 また、「クグルス」というのは、エリカが幼いころに過ごした里の孤児の施設で飼っていて、大好きだった子犬の名だということだった。一郎がそれでいいかと魔妖精に訊ねると、魔妖精は大いに喜び、それが新しい名になった。

 そして、そのとき知ったのが、クグルスという名になったこの魔妖精の面白い能力だ。

 クグルスは、もって生まれた淫魔族の力で、なにもないところからどんな淫具でも作り出すことができるのだ。

 無論、それはクグルスの理解できるものであるというのが条件ではあるようだが……。

 

「あ、あな……る……。ううんと……なんだっけ?」

 

 クグルスはきょとんとしている。

 さすがにアナルバイブはわからないようだ。

 

「一度、俺の中に入れ、クグルス」

 

 一郎は言った。

 クグルスが一郎に憑りつくのを確認すると、一郎は頭の中で、ビーズタイプで小さな玉が数珠繋ぎになっているアナルバイブを頭に想像した。先端の穴はビー玉ほどの大きさだが、根元になるほど大きくなるようなものを頭に浮かべた。

 しかも、手元にスイッチがあり、振動の強弱をそれで操作できる……。

 そういうものをどんどんと想像していく。

 一郎の中でクグルスが狂喜しているのがわかる。

 

 クグルスのような淫魔族にとっては、性の知識や技術が増えるというのは、それがそのまま淫魔族としての力の向上に繋がるのだそうだ。

 一郎が頭に描いたのは、この異世界には存在しないような淫具だ。

 その知識を一郎を通じて吸収したクグルスは、これがもたらす知識の向上によって、自分の力が漲るのを感じたようだ。

 それで悦んでいるのだ。

 

 クグルスが一郎から飛び出してきた。

 そのときには、一郎の手には、一郎が頭に描いた通りのビーズタイプのアナルバイブが握らされていた。

 

「ご、ご主人様、すごいよ──。ぼ、ぼく、ご主人様のしもべになれて本当によかった。こんな淫具が作れるようになるなんて、すごい、すごい──。しかも、お尻に挿し込んで淫気の力で振動をさせるなんて、どうして、そんなにすごいことを思いつくの──? ほんっとに、すごい──」

 

 クグルスが狂喜している。

 一郎もあまりにクグルスが悦ぶので嬉しかったが、一郎は元の世界にある当たり前の性具を想像しているだけだ。

 だが、考えてみれば、それはこの異世界には存在しないものを呼び起こすということなので、クグルスにとっては、信じられないような能力向上を引き起こすのかもしれない。

 魔道だの、魔族だのというものがあることを除けば、この世界の文明度は、一郎の元の世界における「中世」から「近世」のあいだくらいだろう。一郎のいた「現代」とは、性技についても、性具についても、数百年の開きがある。

 

 ある意味では、未来の知識にも等しいはずだ。

 とにかく、クグルスはすっかり興奮状態だ。

 

「いいから、ユイナの尻穴の中の体液を痒み液に変えてしまえ、クグルス」

 

 一郎は言った。

 クグルスが一郎に言われたことを淫魔族の術で実行したのがわかった。

 魔妖精であるクグルスが遣うのも魔道のようなものだが、魔道が大地から溢れる魔力を源とするのに対して、淫魔族のクグルスが遣う力は、男女が性の快感で迸らせる「淫気」というエネルギーが力の根源なのだそうだ。

 

 そして、その力を「淫魔力」という。

 

 それは一郎が淫魔師の能力を発揮するときの力と同等らしいが、いずれにしても、クグルスも身体に憑りついて身体を操る以外にも、エリカと同じような魔道のようなことができる。

 

「な、なにをしたの……? な、なに……。あっ──こ、こんな……くうっ……ふ、ふざけるんじゃ……。あっ、あぐううっ──」

 

 すぐにユイナが、上に向けたまん繰り返しの股間を激しく揺さぶり始めた。

 無理もない──。

 クグルスの力でユイナは肛門の内側の分布液や汗を痒みが生じる液体に変えられてしまったのだ。

 これが大した威力を発揮することは、昼間のあいだにエリカに試して、半狂乱になったことでよくわかっている。

 

「ユイナ、尻の調教を受け入れたくなったら、そう言ってくれ──。朝まで随分と時間がある……。その気になるまでいくらでも待ってやるぞ」

 

 一郎は本格的に痒い痒いと苦しみだしたユイナの横で、とりあえず、クグルスが作った「アナルバイブ」を横に置いて、じっと待つ態勢になった。

 しばらくすると、ユイナは引きつったような声で泣き始めた。

 一郎は特性の「筆」を取り出すと、激しく身悶えるユイナの身体を片手で押さえ、筆で意地悪くお尻の周りをゆっくりと擦りあげてやった。

 しかも、痒みが集中しているはずの肛門には、筆は一斉触れないのだ。一郎はその周辺だけをしつこく筆で刺激し続ける。

 ユイナがさらに声をあげて泣き始めるとともに、胡坐縛りを逆さにされた身体を狂ったように揺さぶり始める。

 

「どうだ、ユイナ? まだ、調教を受ける気にはならないか?」

 

「ああっ──。も、もう、限界──。調教して──。わ、わたしが悪かったの──。なんでもするから──。お願い、お尻を調教して──」

 

 ユイナが絶叫した。

 その苦しそうな悶え泣きぶりに、クグルスが拍手喝采している。

 淫魔の食物は、性の悶えで発する「淫気」なのだそうだ。

 ユイナからは激しくその淫気が発散しているのだろうか……?

 クグルスは本当に満足そうにしている。

 

 そのとき、一郎はあることに気がついた。

 ユイナのステータスで見えていた性耐久度数は最初が“300”で、一郎が愛撫をしたことでふた桁台に一気に下降していたものの、痒みや筆の刺激を受けたときについては、多少の反応はあったが、放っておけばあがってくるような感じであり、そんなに顕著なものではなかったのだ。

 それが「調教して」とユイナ自身が叫んだのを境に、ぐんぐんと下がり始めた。

 なにもしていないのに、突然に感じ始めるというのは奇妙な感じだ。

 

 だが、実際にそうなのだ。

 すすり泣いているユイナの性の数字は、もう“50”を切った。そして、ふと気がつくと、淫乱レベルが“D”から“B”に変化している。

 なにが変わったのか……?

 これは、ユイナが被虐の性癖に目覚めたという証拠なのか……?

 とにかく、一郎は筆をアナルバイブに持ち替えると、まずは先端の小さな球の部分をユイナの菊座にめり込ませた。

 

「はうううっ──」

 

 すると、ユイナはびっくりするような激しさで身体を跳ねあげ、火がついたかと思うような悲鳴をあげた。

 それとともに、一郎の魔眼に映っているステータスにある快感値の数字が一気に“10”までさがったのだ。

 もうユイナの股間は愛液でべとべとだ。

 

「うわあ、びっくり──」

 

 宙に浮かんでいたクグルスが風に煽られるようにのけぞった。

 

「どうした?」

 

 一郎は驚いて声をかけた。

 

「あ、あんまり強い淫気の迸りで……。ぼ、ぼく、思わずのけぞっちゃった……」

 

 クグルスがまるで酔ったような口調で言った。

 ともかく、一郎はユイナに視線を戻した。

 ユイナは狂乱している。

 そして、身体全体が真っ赤にもやがかかっている。

 これは、まだいける……。

 そう思った。

 

 痛みが快感を越えれば、この赤いもやは小さくなる。いまは、責めている肛門だけでなく、身体全体が快楽の度合いが強いことを示す赤いもやで覆われている。

 一郎はゆっくりとアナルバイブを埋めた。

 大きな抵抗もなく、ユイナは三個目までのアナルバイブの玉を飲み込んだ。

 ユイナは強い快感で痺れたようになっているようだ。

 痛みがないわけではないと思うが、やはり、痒みを与えさせていたのが正解だったのかもしれない。

 猛烈な痒みが癒える快感が、痛みを上回っているのだと思う。

 いすれにしても、ユイナはすでに、アナルバイブの三分の一を一気に飲み込んだ。

 ここからは慎重にやらなければならない。

 

 慎重に……。

 焦ることなく……。

 このエルフ族の小生意気な娘の身体に、尻穴で欲情する快感と屈辱を覚え込ませてやるのだ。

 一郎は手元のスイッチを操作して軽い振動を生じさせた。

 

「はううっ──ううううっ──ふぎゅうう──」

 

 ユイナが断続的な呻き声を洩らして、狂気したように顔を左右に揺さぶった。



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23  少女肛虐の一夜

 なにが起きているのかユイナは、ほとんど理解できなかった。

 ただ、自分が女としての場所ではなく、ただの排泄の場所をなぶられて、快感を覚えている……。

 それだけは認識するしかなかった。

 

 猛烈な痒みは、魔妖精の魔道だ。

 ロウが使っている奇妙な淫具も魔妖精が作ったものだ。

 

 だが、それによって肉が溶けるほどの熱い感覚を発生させているのは、間違いなくユイナ自身の肉体だ。

 ユイナは、あられもない声をあげながらも、背骨を貫いて頭の芯まで突き抜けるような快感を知覚している。

 

「だ、だめ……だめ、なにかくる──また、くる……。なにかきちゃう──あっ、ああっ──」

 

 ユイナは吠えた。

 何度もやってきた大きな波がまたもやユイナをどこかに飛翔させようとしている。

 

 突き抜ける──。

 毀れる──。

 絶叫した──。

 

「すっかりと、尻穴の快感を覚えたようだな。また、これで最後まで飲み込んだぞ。ご褒美にまたいかせてやるよ」

 

 ロウがささやくように言った。

 もう、なにもわからない。

 ロウが操作している淫具は、大小の玉が数珠繋がりに連なる棒状の張形のようだ。その張形にはなにかを塗っているのだろう。あまり、大きな抵抗もなくつるりと入ってくる。

 ロウは、それをゆっくりと一個一個ユイナの肛門に沈めたり抜いたりということを繰り返しながら、ひとつの玉ごとに、振動をさせてユイナを昇天させるということをやっている。

 

 すでにユイナの絶頂は七度に達した。

 

 それが、「絶頂」という感覚だというのも、ロウに言われて知った。

 とにかく、とてつもない疼きの大波がやってきて、ユイナを押し潰し、どこかとんでもなく高いところまで持ちあげる。

 

 それが繰り返す。

 

 ロウは、ユイナの菊座に一個の玉を沈めるたびに、それを強要するのだ。

 あまりの衝撃の大きさに、これ以上絶頂するのを避けようと思うのだが、ロウはちょっとしたひねりや抽送で、あっという間にユイナから、「絶頂」という感覚を引き出してしまう。

 ロウの前に、ユイナが「絶頂」から逃げることはまったくの不可能事だった。

 

 最初にあった激痛はない。

 むしろ、身体が痺れきり、酔いのようなものが全身に拡がっていくのを感じる。

 強い痒みが襲っていて、少し痛い方がそれが癒えて気持ちがいいというのもあるが、肛門への責めに関して、ロウはとても丁寧で慎重だ。

 痛みを伴わないように優しくしてくれているのを感じる。

 まるで壊れものでも扱うかのように、ゆっくりとゆっくりとユイナのお尻を「調教」してくれるのだ。

 

 おそらく、もう夜中だろう。

 

 ロウは、「あなるばいぶ」とかいう淫具をユイナのお尻に全部沈めるという行為だけで、夕方から始まり夜半まで以上の時間をかけたのだ。

 

「それ、いってしまえ」

 

 ロウが操作している淫具がまた振動を開始した。

 

「ふぐううっ」

 

 ユイナの中でなにかが弾けた。

 それが全身に拡がる。

 そして、大きなものが、また襲う──。

 

「あはあああっ」

 

 ユイナは拘束された全身を限界までのけ反らせた。

 また、「絶頂」させられたのだと思う。

 もう、なにもわからない。

 頭が真っ白になった。

 

 

 *

 

 

「……ナ……」

 

 なにかが聞こえる。

 

「ユイナ──」

 

 今度ははっきりと聞こえた。

 

 はっとした。

 

「は、はい──」

 

 慌てて返事をした。

 どうやら、一瞬だけだが気を失っていたのかもしれない。

 そして、それがロウの声だとわかるのに、もう一度呼び掛けられなければならなかった。

 

「どっちにするかと訊いているだろう」

 

 ロウが腕組みをして、ユイナを見おろしている。

 ユイナの朦朧とする視界には、腕組みをして満足気に笑っているロウの姿があった。

 その横には、あの魔妖精が宙を舞い、ロウになにかをささやいて笑いかけている。

 

「ど、どっちって……」

 

 そして気がついた。

 長時間にわたってユイナの肛門を責め続けていた淫具が抜かれている。

 それでわかったのだが、最初に感じたような気の狂うような痒みはもうない。その代わりに、信じられないような肉の疼きをユイナは感じている。

 ユイナが襲われたのは、強烈な空虚感だ。

 なんで責めるのをやめたのか……?

 どうして、もう「調教」が終わってしまったのか……?

 ユイナは思わず、抗議の声をあげようとした。

 

 だが、我に返った。

 

 いま、自分はなにを叫ぼうとしたのか……?

 もっと、犯されたいと思った……?

 お尻を……?

 しかし、いまのユイナはさっきまで与え続けられていた気を失うような情欲を求めている。

 もっとお尻を犯されることを渇望していた。

 

「前と後ろのどっちの穴を犯して欲しいか訊いているんだよ。そのびしょびしょの股か、それとも、たっぷりと調教してやった尻の穴かと訊いているんだ。ずっと頑張ったご褒美だ。ユイナに選ばしてやるよ」

 

 ロウが言った。

 

「そ、それは……」

 

 ユイナは当惑した。

 なぜ、そんなことを訊ねられるのか理解できなかったのだ。

 しかも、なんで、前……?

 答えは決まっている……。

 

 だが……。

 

「素直にならないと、なにももらえないよ。これも調教なんだよ」

 

 魔妖精がくすくすと笑って近づいてきた。

 

「そういうことだ。じゃあ、終わりにするか?」

 

 一郎が嘲笑うようにからかいの言葉を口にして、ユイナを置いて出ていく素振りをした。

 ユイナは慌てた。

 

「お、お尻を……お尻を犯して──」

 

 ユイナは口走っていた。

 自分がなにを言っているのかわからなかったが、一方で、はっきりと知覚をしてもいた。

 ユイナの半身は信じられないような自分の破廉恥な言葉を疑い、もう半身はユイナが躊躇することにより、お尻を犯される機会を失ってしまうことを大いに恐れている。

 

「……わかった……」

 

 ロウが勝ち誇ったように笑った気がした。

 すると、ロウがユイナの脚を縛っていた縄を解き始める。

 

「はあっ」

 

 縄で制限されていた首や脚の先への血の流れが復活して、大きな解放感がやってきた。

 ユイナは思わず声をあげた。

 

「うつ伏せになって、こっちに尻を向けるんだ」

 

 ロウがユイナの尻たぶをぴしゃりと叩いた。

 ユイナはもうなにも考えることができずに、言われるままの恰好をした。首輪の後ろに繋げられた手首の手錠はそのままなので、ユイナは顔を床につけてうつ伏せで膝立ちし、お尻を高く掲げる体勢になっている。

 それがどんなに破廉恥な恰好であるのかもう考えられなかった。

 後ろでロウがズボンを下げる音がする。

 

「ねえ、ご主人様……。お尻を犯すんなら、ぼくがご主人様の道具の表面に油剤をつけてあげようか? 一度、身体に入らせてくれれば、あっという間にできるよ」

 

 魔妖精だ。

 再びロウのそばに飛びあがり、ユイナの背後でロウに話しかけている。

 

「心配ない」

 

 ロウが言った。

 

「わおっ──。すごい。さすが、ご主人様。そんなこともできるんだ」

 

 どうしたのか知らないが、魔妖精が陽気な声をあげた。

 

「……お前の好きなものだぞ。たっぷりと味わえ」

 

 ロウの両手がユイナの尻たぶの両脇にかかった。

 すぐに、大きな肉の塊りのようなものが菊座の入口にぴたりとあてがわれる。

 

「あ、ああっ」

 

 ユイナは歓喜に震えた。

 心地よい圧迫感がお尻の内側にやってきたのだ。

 痛みはほとんどなかった。

 それよりも、大きな充実感のようなものがユイナを襲っている。

 

 背中から脳──。

 脳から全身──。

 甘美ななにかがゆっくりとさざ波のようにユイナを染め抜く。

 身体が震える。

 容赦のない喜悦が襲いかかる。

 

「ひと晩でしっかりと感じるお尻になったな、ユイナ……。ちゃんと肛姦の快感を覚えたようだ」

 

 ユイナのお尻に入っているものをロウがさらに奥に進めた。

 今度はユイナの口は甘い声を迸っていた。

 これが自分の声なのかと驚くような欲情の嬌声だ。

 ロウは性急ではなかった。

 ほんとうに慎重にユイナのお尻に肉を沈めていく。

 

 気持ちいい……。

 それは、快感というには、あまりにも途方もない衝撃だ。

 決して逃れられない。

 身体が燃える。

 

 また、来る。

 大きなものが──。

 絶頂……。

 また、いく。

 

「あああ、また、いくうっ──いぐうう──」

 

 凄まじい快感の上昇にユイナの身体は再び弾けた。

 

 もう何度目だろう……。

 自分の身体はどうしてしまったのか……。

 

「またいったのか? まあいい……。とにかく尻の奥まで入ったぞ。それにしても、生まれて初めての肛姦で、こんなに感じることができるなんて、余程に尻穴が敏感なんだな」

 

 ロウの嘲笑するような声がした。

 だが、なぜか屈辱感はない。

 それよりも、言葉で蔑まれて、なぜかぞわぞわという新しい快感が襲う。

 ユイナは絶頂による全身の痙攣をしながら、またもや失神に追い込まれかけた。

 

「いくぞ。力を抜け」

 

 ロウがゆっくりと肉を抜き始める。

 途端にユイナは襲いかかったものに耐えられなくて泣き声をあげていた。

 さっきまでユイナを絶頂に導いたものを遥かに凌駕する衝撃が襲う。

 

「いやあっ、いやっ、も、もういやっ、もういやあっ──くる──。また、くる──。飛ぶ──。飛んでくう──」

 

 自分でもなにを口走っているのかわからない。

 膨らんだ傘が力強く、粘っこく、ゆっくりとお尻の奥深い場所を抉るたびに、峻烈な絶頂が襲う。

 そして、それが抜けるときに、それを上回る快楽が襲いかかる。

 次々にその感覚が襲い、ユイナは押し寄せるその大波に飲み込まれていった。

 

 また、頭が真っ白になった。

 もう、駄目……。

 

 ユイナは全身の力が完全に抜けるのを感じた。

 

「出すぞ……」

 

 ロウが言った。

 熱いものがお尻の深い場所に迸ったと思った。

 なにかがユイナの心を力強く鷲づかみにする感覚が襲った。

 

 支配される……。

 それは、ユイナがユイナでなくなる感じだ……。

 だが、それは甘美な支配だった。

 

 気持ちいい……。

 

 それが、気を失う直前に、ユイナが最後に思ったことだった。

 

 

 *

 

 

 鳥の声……。

 

 ユイナは微睡みから覚めた。

 感じたのは、鉛のように重い自分の身体だ。

 ここがどこなのかわからなかった。

 だが、すぐに昨夜ひと晩かけて、お尻を凌辱された猟師小屋だとわかった。そして、拘束が解けていることも悟った。

 ユイナは素っ裸だ。

 

「ロ、ロウ?」

 

 ユイナはがばりと起きあがりながら叫んだ。

 小屋の中には誰もいない。

 ユイナがひとりで、床に横たわっていただけだ。

 戸は閉まっている。

 身体の横になにかがある。

 それはユイナの服のようだ。

 ほかにもなにかあり、それは畳まれた衣服の横に置いてあったが、それよりもロウたちがどこにいるのか気になった。

 ユイナは小屋の戸に視線をやった。

 

「ねえ、ロウ──?」

 

 大きな声を出した。

 返事はない。

 いや、人の気配もない。

 すでに外は陽の光で明るかったので、一瞬躊躇したが、ユイナは裸のまま小屋の外に出た。

 やっぱり誰もいない。

 焚火の痕はあるが、すでに火が消えて久しい感じだ。

 

 もう、出立したんだ。

 そう思った。

 

 そして、ふと大きな失望感がユイナを襲った。

 置いていかれた……?

 ユイナはがっかりしていた。

 

 だが、よく考えれば、ロウたちがユイナを連れていく理由などなにもない。

 ……というよりも、そもそも、旅の途中のロウたちがユイナを一緒に旅に連れていく道理などなにもない。そんな話などなかったし、ユイナもそんなことを一度も望んだことはない。

 それにも関わらず、ユイナを襲ったのは圧倒的な空虚感だ。

 置いていかれてしまった……。

 落胆がユイナを包んだ。

 

 ロウたちはいなくなり、ユイナはここに残った。

 それが当たり前であり、当然のことなのに、あってはならない理不尽なことをされた気分だ。

 まるで、大切なものを失って、突然にひとりぼっちにされたような……。

 でも、実際にはなにひとつ失ってはいない。

 それは知っている……。

 

 そう思って、はっとした。

 失ったといえば、さっき服の横にユイナの本のようなものがあった……。

 急いで小屋に戻った。

 そこには、ユイナの衣類一式があり、その横に糞便にまみれたはずの禁書があった。

 

「な、なんで……?」

 

 本を手に取ると、どこも汚れていない。

 まったくそのままだ。

 だが、昨夜、ユイナはロウに本を穴に放り込まれて、その穴の中に何度も大便をさせられたと思ったが……。

 だが、すぐにからくりがわかった。

 ロウは、最初からユイナの本を穴の中になんか入れなかったのだ。それに見せかけたなにかを入れただけだ。

 考えてみれば、あのときはすでに薄暗かった。

 そして、穴の中に放り投げられただけなので、直接に間近で見たわけじゃない。

 ロウはただからかっただけだったのだ。

 

 ほっとするとともに、本を汚さなかったロウに対する感謝の気持ちが沸いた。

 そのとき、本に小さな野草の花が挟んであることに気がついた。

 裏表紙の内側だ。

 なにかと思って開くと、そこに文字が書いてあった。

 

 

 “偉大な魔道遣いになることを祈っている。イチロウ”

 

 

 そこにはそう書いてあった。

 これは、エリカの字なのかな……?

 ロウは字が読み書きできないと言っていたし……。

 そんなことを思った。

 

 そのとき、服の下にもなにか物が置いてあることに気がついた。ユイナは服をめくって、そこにあったものを手に取った。

 

「な、なによ、これ──」

 

 思わず口走った。

 それは、昨夜、あの魔妖精が作ったもので、ロウがユイナを「調教」するときに使った「あなるばいぶ」というやつだ。

 それが置かれていたのだ。

 なにかの文字が柄の部分に刻まれている。

 

 

 “偉大なお尻つかいになることを祈っている。クグルス”

 

 

「ば、馬鹿にして──」

 

 ユイナはひとりで声をあげたが、実際はちっとも腹立たしい気持ちは起きなかった。

 それよりも襲ったのは、やっぱり失望感だった。

 そして、昨夜感じた圧倒的な充実感を思い出しながら、ロウたちがいなくなったということは、もうそれは二度と手に入らないものになったのだと思った。

 

 ユイナは自分の身体から力が抜けるのがわかった。

 

 

 *

 

 

「それにしても、ロウ様は、ユイナを性奴隷にはなさらなかったのですね?」

 

 森の道を進みながらエリカが言った。

 夜明けとともに猟師小屋を出発して、しばらく経つ。

 いまは、すでに褐色エルフの里も、その入口近くにあった猟師小屋も遠い。

 

「したよ」

 

 一郎は歩きながら言った。

 

「えっ? で、でも……」

 

 エリカが当惑するような声をあげた。

 性奴隷にしたのなら、ユイナを旅に連れてきたはずだ。そう考えたのだろう。

 一郎は昨夜やったことを正直にエリカに説明することにした。

 

「淫魔術の刻みはした。だけど、心の縛りはしなかった。ユイナが俺を慕うようなことをさせてない。ちょっとした精神作用を講じただけだ」

 

「せ、せいしん……さよう……ですか?」

 

 エリカはきょとんとしている。

 “精神作用”という言葉がわからなかったようだ。

 

「つまりは、心の中にある無数の糸のうち、ある種の糸を選んで、ユイナが俺に対して恨みを抱かないようにした。やったのはそれだけだ。追いかけてきて仕返しでもされたら困るからね。奴隷にするほどに強い束縛はしなかったが、仕返しを思いつかない程度には心を拘束した。そんな感じだな」

 

「そんなこともできるのですか?」

 

 エリカが驚いている。

 

「うん──。できるようになった。まあ、慣れてきたんだろうな」

 

 一郎は言った。

 

「大丈夫だよ、ご主人様──。そんなことしなくても、ユイナは仕返しなんてしないよ。それよりも、これからが大変さ。まあ、ご主人様に酷いことをしたエルフ娘だからね。それもいい気味さ。せいぜい苦しむといいのさ」

 

 口を挟んだのは魔妖精のクグルスだ。

 まだ、ここは人里から遠い。

 旅人が行き交うような道でもないし、姿を現して、一郎とエリカの旅に同行しているのだ。

 

「なにが大変なんだ?」

 

 一郎は不思議に思って訊ねた。

 

「だって、あれだけ途方もない快感をユイナは受けちゃったんだよ。しかも、お尻でね。忘れようとしても、忘れるものじゃないさ。頭はともかく、身体はね──。だけど、もう、その快感を与えてくれる者はいない。里の男エルフに言い寄っても、お尻を犯してくれる者なんて、滅多にいないと思うしね。これから、あのユイナは、味わってしまったお尻の快楽を求めて、夜な夜な苦しい思いをし続けることになるということさ……。まあ、ご主人様は、一番残酷な仕打ちをしたかもしれないよ」

 

 クグルスが笑った。

 

「そんなものか?」

 

「そうだよ。そもそも、ご主人様って、性の技が上手すぎるよ──。初めての肛姦であんなに感じるように調教をしちゃうなんて……。どうして、そんなことができるの?」

 

 クグルスが感嘆の声をあげた。

 だが、それは一郎に備わっている性の相手の「快感値」を感じれる能力と、相手の緻密な性感帯がもやとして感じられるという力のおかげだ。

 特に、技というほどのものじゃない。

 同じ力があれば、誰でもできることだと思う。

 

「まあ、できるのさ」

 

 しかし、ロウはそれだけを言った。

 赤いもやは、一郎だけの秘密だ。

 圧倒的な性の技を持っていると思われるのは悪い気持ちじゃない。

 

「ほかにどんなことができるの?」

 

 クグルスが何気なく訊ねた。

 

「まあ、こんなこととかな……」

 

 一郎は言った。

 

「ひんっ」

 

 次の瞬間、エリカが悲鳴をあげて、がくりと膝を折った。

 一郎はエリカの膣に、一郎の怒張が挿入されていて、それが抽送をするのと同じ感覚を送ったのだ。

 

「やっ……そ、そんな……あ、歩けません……ロ、ロウ様……」

 

 エリカが両手で股間を押さえて身悶えをしている。

 顔を真っ赤にしてしかめる様子が、とてもエロチックでいい。

 愉しくなって一郎は、さらに刺激を強めてやった。

 エリカは嬌声をあげて、その場にうずくまってしまった。

 

「へえ、身体を操れるんだ──。ぼくと同じことができるんだね」

 

 クグルスが言った。

 

「性奴隷になった相手だけな」

 

 一郎はそう言って、ふと、その力は魔妖精にも遣えるのだろうかと思った。

 精の呪術で縛ったわけではないが、一応はクグルスも淫魔の力で縛っているのだ。

 同じことができるはずだ。

 試しに、同じ感覚をクグルスに送ろうとしてみた。

 

「ひううう──。なに──? なにい──?」

 

 その瞬間、クグルスが両手を股間にやって、地面に落ちてしまった。

 奇声をあげて、身体をがくがくと震わせている。

 

「ひいっ、ひっ、ひっ、ご、ご主人様──、すごい……き、気持ちいい──。だ、だけど、強烈すぎて──ひいいっ」

 

 クグルスが悲鳴をあげている。

 

「わ、わたしも、もう、もうだめ……。駄目です──」

 

 エリカも横で叫んだ。

 その「快感値」はもう一桁だ。

 そして、すぐに“0”になり、エリカはあっという間に達してしまった。

 一郎は呆気なく絶頂してしまったエリカに思わず笑ってしまった。

 

「ああ、ダメダメダメ……だめええ──ご主人様──しゅ、しゅごい──だめええ──」

 

 一方でクグルスも地面の上にのたうちまわっている。

 快感値はすごい勢いで下がり続けている。

 一郎はクグルスの小さな膣だけじゃなく、クリトリスや肛門、乳房、口の中、とにかく、考えられるあらゆる場所に強い刺激を送り込んでやった。

 

「ひぎゃあああ──ご、ごしゅりんしゃまあっ──」

 

 まだ“100”以上あったクグルスの快感値が一度に“0”になり、クグルスは股間から尿のようなものを吹き出して悶絶してしまった。

 

 一郎は自分の口から鬼畜な笑い声が迸るのに驚きながら、自分のふたりの性奴隷が一郎の技で淫靡にのたうつ姿を心地よく眺め続けた。

 

 

 

 

(第4話『冤罪裁判と禁忌の魔道』終わり)





 *


【ロウ・サタルス】

 …………。
 ……ロウ・サタルス帝が多数の妻と愛人を持ち、その全員を大事にしていたことは有名な話であるが、ロウの女たちには詳細が残っていない女性も存在する。
 その中でも、“クグルス”という妻は、名前以外の記録があまり存在しない謎の女性である。
 しかしながら、サタルス朝の公的記録には、初代帝ロウの妻一覧の末項にクグルスの名があり、さらに、ロウが記した晩年の手記には、そのクグルスが冒険者時代以前からの親しい友人だという一文がある。
 ロウの古くからの女性であり、おそらく、冒険者時代の前の流浪時期を支えたのであろうと推測できる謎の女性クグルスは、多くの歴史研究家のみならず、様々な戯曲や小説などの文学作品の格好の題材にもなっている。
 …………。


ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


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【2章 王国への移民者】
24  鬼先生の猛特訓


「もう一度です。わたしだからといって、遠慮することはありません。敵だと思ってかかってきてください」

 

 棒を落としてうずくまってしまった一郎に、エリカが容赦なく言った。

 

「べ、別に、遠慮なんてしてないよ」

 

 一郎は土を払ってから、剣代わりの棒を手に取ると、ゆっくりと構えた。

 無造作に構えていただけのエリカがかすかに揺れた気がした。

 

「痛てえっ」

 

 なにが起きたかわからなかった。

 だが、我に返ると、エリカが目の前にいて、一郎は右手首を押さえてうずくまっていた。

 棒は地面に落ちている。

 

「隙だらけです、ロウ様。剣を構えたら……。いえ、構えなくても、常に油断してはだめです。いつ打ちかけられても対応できる。そんな風に構えてください。ましてや、稽古の最中に気を抜くなんてことがあってはなりません。限られた時間なのですから、一生懸命にやってください」

 

 エリカが真剣な口調で言った。

 

「い、一生懸命にやっているよ──。そもそも、いまのお前の剣なんて、まったく見えなかったぞ──。油断なんかしてないけど、見えない剣が避けれるか。もういい。やめだ、やめだ──。剣の練習なんて終わりだ。俺には素質がないんだ。それに、必撃の剣があるしな。地道に腕をあげる必要なんてまったくないだろう」

 

 一郎は吐き捨てた。

 そして、棒を放り捨てて、その場に胡坐をかいた。

 

「そ、そんな……。じゃ、じゃあ、もう少し優しくしますから……。お願いですから、もう少しやりましょうよ……。少しずつ上達していますよ……。そ、そうだ。じゃあ、素振りをしましょう。正しい姿勢で素振り百回……。それだけでいいです」

 

 エリカが困ったように言った。

 ハロンドールの国境に近いナタルの森の中の岩陰だ。

 エリカとの旅もかなりになった。

 一郎とエリカは、あと一日でハロンドール王国の国境の町であるドロボークに到着するというところにやってきていた。

 エリカによれば、おそらく、野宿は今夜だけで終わりであり、明日の昼には、ドロボークの国境監視団の検問所に到着するので、そこで入国料を支払えば入国できる。それ以降は、大陸街道の宿場町の宿に泊まることになるだろうということだった。

 

 一応の目的地は、ハロンドール王国の王都であるハロルドの城郭であり、そこで冒険者登録をしようと思っている。

 ハロンドールは、移民を大きく受け入れている国であり、移民がすぐに生活が立つように、冒険者制度を最初に作った国だそうだ。

 つまりは、冒険者ギルドという組合に一定の組合費を払って登録すれば、雑用から高額報酬の仕事まで、移民たちの能力に応じて、さまざま難易の雇い仕事を斡旋してくれるのだ。

 無論、難しい依頼ほど報酬も高くなり、実力さえあれば、一攫千金を手に入れるのも夢ではない。

 冒険者ギルドは、いまはハロンドール王国だけでなく、三公国やナタル森林内にも拡がっているらしいが、ハロンドール王国の王都内にある冒険者ギルド本部がすべての中心だということだった。

 

 いずれにしても、移民といえば、冒険者か傭兵であり、それでこれからの暮らしを立てていこうとエリカとは相談している。また、都を目指すのは、そこに人が多いからだ。

 すでにアスカ城からは遠いが、あの魔道遣いは、逃亡した外界人の奴隷の一郎と、裏切者のエリカを血眼になって探しているに違いないのだ。

 それから逃れるためには、人の海に紛れてしまうのが一番いい。王都のハロルドであれば、冒険者の数も膨大であり、目立たぬようにしていれば、まず見つからないだろうというのが、エリカの意見だ。

 

 ただ、冒険者に依頼される仕事には、大なり小なり危険が伴う。

 だから、少しでも一郎の武術の腕をあげるために、毎日夕方には、稽古をしようということになったのだ。

 それで、野宿の支度を終え、棒で作った木刀を剣代わりにして、今日もエリカに稽古をつけてもらっていたのだが、生真面目なエリカの稽古はとても厳しく、ついに今日は一郎も音をあげてしまった。

 

「素振り百回って……。なんでもいいから、百回だけやればいいのか?」

 

 一郎は顔をあげた。

 

「それでは駄目です。正しい振りでなければ、数には入れません。姿勢の悪い素振りは却ってよくありません。おかしな癖がついてしまいます。正確にできたらわたしが、“よし”と声をかけますから、それが百回になれば、終わりにしましょう」

 

「なんだよ──。それだったら、いつ終わるのかわかんないじゃないか。やだ──。やだったら、やだ──。もう疲れたんだ──。やめだよ」

 

「そ、そんなことを言わないで、稽古をしてくださいよ、ロウ様……。冒険者は危険な仕事なんです。腕を磨いておかなければ、ロウ様にもしものことがあるかもしれないし……」

 

「やだよ」

 

 一郎は首を振った。

 エリカが嘆息した。

 すると、ずっと稽古を見守っていたクグルスが大笑いした。

 

 魔妖精であるクグルスは、人前で出すにはいろいろと支障がある。

 だから、明日からの旅では、召喚できる時間は限られることになると思うが、このナタルの森を進むあいだは、行き交う者もいないし、ほとんどずっと一郎とエリカの旅に同行をしていた。

 

「エリカが厳しすぎるから、ご主人様が拗ねてしまうんだよ。エリカが悪い──。それに、ご主人様には、必撃の剣という魔剣があるんだから、剣をしまう練習をたくさんやったらいいんだよ。一度剣を振ったら、すぐにしまう。そして、また剣を抜く。それでいいじゃない」

 

 一郎の周りを飛んでいるクグルスが言った。

 

「あなたは口を出さないで、クグルス──。魔剣は確かにすごいけど、ロウ様に地力があれば、もっと魔剣は力を発揮するし、それに、もしも、一の太刀を受けられたら終わる話じゃない──。ロウ様に万が一のことがあれば……」

 

「ご主人様を守るのは、エリカの仕事だろう──。自分の役目を楽にするために、ご主人様を苛めるんじゃないよ」

 

「な、なに言ってんのよ──。もちろん、守るわよ──。命をかけてね──。でも、ロウ様自身にも強くなってもらう必要があるのよ。せめて、自分の身を守れるくらいには……」

 

「ほら、楽をしようと思っているじゃないか、エリカ」

 

「思ってないって言ってるでしょ。そもそも、口を出すんじゃない──。あんたの出る幕じゃないのよ」

 

 エリカが怒鳴った。

 険悪になりそうだったので、一郎も慌てて立ちあがった。

 

「待て、待て、待て──。やるよ。やる──。もう一度、稽古をつけてくれよ、エリカ──。ただし、今度は俺も本気を出す。だから、本気の稽古で俺が勝ったら、今日はやめだ。それでいいな?」

 

 一郎がそう言って棒を手にすると、エリカがほっとした表情になった。

 

「あ、ありがとうございます、ロウ様──。とにかく、剣の上達には王道はありません。毎日、毎日、こつこつと鍛錬を続けるしかないんです。一生懸命にお教えしますので、とにかく、続けて……」

 

「わかった、わかった……。ただし、さっきも言ったが、俺が勝ったら、今日はやめな。とにかく、本気出すぞ」

 

「はい。では、やりましょう」

 

 エリカは嬉しそうに再び棒を持った。

 それを構える。

 一郎も用心深く距離をとって、ゆっくりと構えた。

 

 無論、思惑がある。

 これ以上に続けたら、いくら“ユグドラの癒し”で傷や痛みがすぐに癒えるといっても、疲れて動けなくなってしまう。

 そうすれば、エリカと「愉しむ」ことができなくなる。

 

 だから、一郎は「本気を出す」と言った。

 その本気で負けたのなら、エリカも承知するだろう。

 もちろん、本気というのは、一郎の持っている力をすべて遣うということだ。

 

「んあっ、ひっ」

 

 前にいるエリカの体勢が急に崩れた。

 一郎の淫魔力による遠隔操作で、エリカの肉芽をゆっくりと擦ってやったのだ。

 

「ちょ、ちょっと、ロ、ロウ様……」

 

 エリカが真っ赤な顔でロウに困惑の視線を向ける。

 

「だから、本気だと言ったろう……?」

 

 ロウはエリカの股間に念を送り続けながら、無造作にエリカに近づく。

 

「くうっ」

 

 エリカが悲鳴をあげて、さらに体勢を崩した。

 肉芽だけではなく、膣にも刺激を送ったからだ。

 だが、不意に横から棒が飛んできたと思った。

 

「いたああっ」

 

 一郎は悲鳴をあげた。

 エリカが姿勢を崩しながらも、横から一郎の右手を思い切り払ったのだ。

 一郎は思わず、左手で右手を押さえた。

 すると、足と足のあいだに、エリカの片脚がすっと入ってくる。

 そして、気がつくと、身体が宙を舞っていた。

 一郎は背中から地面に投げ飛ばされてしまった。

 

「こ、これで……わ、わたしの……か、勝ちです……。さ、さあ、真面目に稽古を……」

 

 エリカが膝をがくがくと震わせながら腰を引く姿勢で言った。

 本当にしつこい女だ。

 

「まだまだ──」

 

 一郎は今度はエリカの足のあいだに、自分の足を延ばすと、自由に動くことができないでいるエリカの身体をひっくり返してやった。

 

「さあ、体術といくか……。それとも負けを認めるか」

 

 一郎はエリカの全身のもやの部分を主体に、次々に刺激の場所を変化させてやる。

 エリカに覆い被さる。

 

「そ、そんな……そんなの卑怯……。あっ、ああっ……」

 

 エリカが一郎の身体の下で激しく悶え始める。 

 

「だったら、諦めろよ──。もう、こうなったら、抵抗なんてできないだろう……?」

 

 一郎は笑いながら、エリカの乳房に手を伸ばした。

 だが、次の瞬間、みぞおちの付近になにか衝撃が走ったと思った。

 

「ぐうっ」

 

 一郎は息ができなくなって、その場に突っ伏した。

 エリカが這うように一郎の身体の下から出てくる。

 

「はあ、はあ、はあ……。ま、まだですよ……。ちゃんと、真面目に……」

 

 エリカが荒い息をしながら立ちあがった。

 なにをやったかわからないが、息が一瞬止まったせいで、エリカの身体の遠隔操作を解いてしまった。

 

 “快感値:24↓”

 

 すでに股間はべっとりと濡れているだろう。

 本当に頑張るやつだ……。

 一郎は息を整えながら、再びエリカに念を送った。

 

「はううっ」

 

 エリカがまたがくりと膝を崩した。

 そして、エリカは股間を両手で押さえて座り込んでしまった。エリカが絶頂するのに十分な刺激を遠隔操作で股間に送り込んだのだ。

 

「ああ、あああ、あはああ──」

 

 まるで断末魔のような悲鳴をあげて、エリカは身体を大きく反らせる。

 完全に達している。

 エリカの快感値は“0”だ。

 それがしばらく続き、やがてエリカは、がっくりと脱力して横倒しになった。

 

 こうなったら、とことん凌辱してやろうと思った。

 まるでレイプをしているようで、これはこれで風情があっていい。

 一郎は、まだ絶頂の余韻の残っているエリカの身体にのしかかった。

 腿の半分ほどしか覆っていないエリカの短いスカートから、下着を剥ぎ取ってしまう。

 エリカはまだ呆けている。

 ついでに、スカートの腰の留め具を外した。

 

「な、なに……?」

 

 エリカが我に返ったようだ。

 しかし、このときには、すでにエリカの腰からスカートをもぎ取ることにも成功していた。

 すでにエリカは下半身がすっぽんぽんだ。

 

「エリカ──。負けたら罰ゲームだよ──。罰ゲーム」

 

 組み合っている一郎とエリカの周りを舞っているクグルスがからかうように言った。

 

「そうだな。罰ゲームだ。俺が勝ったら、俺の淫魔力で尿道をクリトリス並みに敏感な場所に変えてやる。そして、おしっこだ。小便しながら気をやるという珍しい体験をさせてやろう」

 

「そ、そんな……」

 

 一郎の下にいるエリカが顔を真っ赤にした。

 だが、一郎は思いつきで口にした自分の言葉に大いに興味を抱いた。尿道で気をやらせる……。

 支配下にある性奴隷の身体の性感を自由に操れる淫魔師だからこそできる技だが、やってみたいと思った。

 

 いや、絶対にさせる──。

 そう決めた。

 

「だ、だったら……。わ、わたしが勝ったら、ちゃんと毎日、剣の稽古をしてください」

 

 身体の下のエリカが荒い息をしながら言った。

 

「ああ、約束してやる」

 

 一郎はそう言いながら、エリカの腰付近に身体をずらして、顔をエリカの剥き出しの股間に埋めた。

 淫魔力で支配しているエリカに、一郎が負けるわけがない。

 一郎は、エリカのびしょびしょの秘裂に舌を伸ばそうとした。

 

「や、約束ですよ……」

 

 そのとき、エリカの太腿が強い力で一郎の顔を挟んだ。

 

「うわっ」

 

 身体がひっくり返る。

 気がつくと、一郎は仰向けになり、下半身裸体のエリカに馬乗りにされてしまっていた。

 

「ほ、本気でいきます──。ロウ様のためですから……」

 

 エリカが両手を一郎の首の後ろに回した。

 それが強い力で引き寄せられた。

 

「んがあっ」

 

 一郎は白目を剥きかけた。

 首が圧迫されて、呼吸ができなくなったのだ。エリカは一郎を締め落とすつもりだ。

 咄嗟に淫魔力でエリカの脇の下にくすぐりの感覚を送り込む。

 

「ひやっ、ひいいっ」

 

 エリカの手が緩んだ。

 一郎はそのまま力任せにエリカを押し倒す。

 両腿を掴んで胸まで引きあげてやった。

 さっきの失敗をしないように、全身を舐めあげる感覚を送り続けている。さすがに、これではエリカも力が入らないようだ。

 身体を激しく悶えさせている。

 

 一方で一郎は、遠隔操作で責めすぎて、エリカが絶頂しないように刺激を加減している。

 いかせるのは一郎の性器でだ。

 そう決めた。

 

 エリカの快感値は、すでに“10”前後だから、その気になれば、あっという間に昇天させられるが、少し遊んでやろうと思った。

 とにかく、一郎は素早くズボンと下着を脱ぐと、一度の気で濡れているエリカの愛液を潤滑油にして、怒張を埋め込んだ。

 

「んあっ、んんんっ、ああっ、あああ──」

 

 膣を押し広げられて、エリカは呻くような声をあげた。

 エリカが強く感じているのは明らかだ。

 快感値が一気に下がっていく。

 

 いかん──。

 

 もう少し長く愉しむつもりだったが、エリカの敏感すぎる身体は、もう歯止めが効かなくなっているらしい。

 ただ挿入するだけで、二度目の絶頂を極めてしまいそうだ。

 エリカは一郎の背中につがみつき、身体を弓なりにしている。

 

 とまれ──。

 

 エリカの快感値が“0”になるのを頭で見守りながら、一郎は一瞬強く念じた。

 

「も、もうだめええ──、ああああ──。あっ──、あれ……? あっ……。な、なに……?」

 

 絶頂しかけていたエリカが急に当惑の声をあげた。

 それは一郎も同じだ。

 

 

 

 “エリカ

   快感値:0.1(凍結)”

 

 

 

 凍結……?

 なんだ、これ?

 一郎はびっくりしていた。

 

 たったいま、一郎はエリカの絶頂がとまれと念じた。

 そうすると、本当に停止してしまった。

 どうやら、これも淫魔の力のようだが、こんなこともできるのかと驚いてしまった。

 

「ああ……な、なにをしたんですか……。ひ、ひどい……。ひどいです、ロウ様……。こ、こんなのない……。こんなのあんまりです……。ゆ、許して、許してください──」

 

 エリカが身体を震わせて泣くような声をあげた。

 一郎はほくそ笑んだ。

 つまりは、エリカの快感値は、まさに絶頂の極限状態で固定されてしまったということだ。

 これは堪らないだろう。

 一郎は女ではないから、それがどんなにもどかしくて、つらい状態なのかはわからないが、その苦しみと快感は想像がつく。

 しかも、凍結したということは、一郎が解除しない限り、その絶頂状態が延々と継続するということだ。

 これは面白い。

 

「降参か、エリカ?」

 

 一郎は言った。

 

「ひぎいいいいっ、こ、降参です……。ま、参りました……。だ、だから……、あああっ、あああああっ」

 

 エリカがのたうち回って、泣き声をあげた。

 

「わかった……。だが、しばらく、そのままだ。我慢しろ」

 

 一郎は怒張の抽送を再開した。

 エリカが奇声をあげた。

 

 しばらく、狂ったように悶えるエリカを堪能した。

 一郎がエリカに精を放ったのは、エリカの膣を心いくまで愉しんでからだ。

 精を放った後、一郎は、すでにぐったりして虫の息に近いエリカから一物を抜き、エリカの絶頂のストッパーを解放してやった。

 

 一度やれば簡単だ。

 もう、自在に操作できる。

 その感覚も掴んだ。

 

「ひぎゃあ──ぎいいいいいいい──」

 

 すると、エリカがまるで発狂したかのような声をあげた。

 一郎も思わずたじろいだが、エリカはほとんどブリッジでもするかのように、腰を跳ねあげ、手足をばたつかせて全身をのたうたせる。

 

「ぎゃあああ──があああ──あがあああ──」

 

 エリカが凄まじい嬌声をあげ続けている。

 快感値がどんどんと下がり続けていた。

 “0”などとうの昔に通りすぎ、いまはマイナスの100を超して、マイナス150に達する勢いだ。

 

 あまりの反応に一郎は唖然としてしまったが、すぐにからくりはわかった。

 絶頂を凍結したものの、快感が消失したわけじゃなく、溜まりに溜まって、そのあいだに受けた快楽が、凍結を解除した瞬間に、まるで堰が切れたかのように、一度に相手の女に放流されるようだ。

 それで、本来であれば“0”にしかならない快感値が、どんどんとマイナスまで低下しているのだ。

 

 時間も長い。

 見ているとエリカは、本来であればあり得ないほどの時間を絶頂の状態で維持し続けている。

 

 やがて、エリカが止まった。

 気を失ったようだ。

 口から泡を吹いていて、だらしなく舌を出している。

 一郎はエリカが死んだのではないかと思って、慌てて胸に耳を当てた。

 

 ほっとした。

 エリカの心臓はこれ以上ないと思うくらいに激しく動いていはいるが、停止してはいない。

 いずれにしても、これは危険すぎる技だ。

 滅多なことでは遣うことはやめた方がいいだろう。

 一郎は思った。

 

「いいなあ、エリカ……。気持ちよさそう……」

 

 じっと見守っていたクグルスがぽつりと言った。

 一郎は微笑んだ。

 

「おいで……」

 

 一郎は片手を出した。

 クグルスが嬉しそうに飛んでくる。

 手に乗ったクグルスを柔らかく掴んで揉む。

 

「あっ、き、気持ちいい……。気持ちいい、ご主人様……はああ」

 

 クグルスが一郎の手の中で嬉しそうに悶え始める。

 普通に触るとなんでもないのだが、感じさせようと思って触れると、クグルスは特に技巧を使わなくても、一郎の肌が当たるだけでよがり始める。

 クグルスの快感値がどんどん下がる。

 

 それを見守りながら、一郎はさっきの技で、今度は完全に絶頂状態で静止させてみたらどういうことになるだろうかと思った。

 それこそ、エリカ以上にのたうちまわることは間違いない。

 エリカには危険だが、淫魔族のクグリスが悶え死ぬということはないだろう。

 

 一郎は、たったいま封印するつもりだったこの危険な技を、さっそく遣うことに決めて、手の中にいる小さなもうひとりの性奴隷が絶頂の状態に到達するのをいまや遅しと見守り続けた。



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 第5話   闇奴隷の罠
25  奇妙な入国審査


「移民か……。冒険者希望だな……? エルフ族の女と人間族の男か……。ご禁制のものは保有していないな?」

 

「ありません」

 

 机を挟んで椅子に腰かけている役人風の軍人にエリカが神妙に言った。

 

 入境審査官だ。

 このハロンドール王国に入国が許可されるかどうかを審査する役目の男らしく、入国希望者はここで、入国に問題がある人物かどうかの審査を受け、許可されて初めて、ハロンドールへの入国が許されるのだ。

 その審査だ。

 

 もっとも、積極的に移民を受け入れているハロンドール王国では、入国審査といっても、おざなりなもので、準備された羊毛紙の書類に入国する者の名や目的の街などを記入して、それをこの越境審査官に渡して終わりだ。

 一郎は初めてだが、エリカによれば、そういうものらしい。

 あとは、決められた税を支払って入国となる。

 

 いま、一郎とエリカは、その国境監視団の施設にやってきていた。文字通り、国境を取り締まるのが役割の施設であり、守りにあたっているものはすべて軍人らしい。目の前のどう見ても、役人にしか思えない小太りの男も、れっきとした軍人だそうだ。

 確かに、一郎の魔眼にも、目の前の男のステータスに、“軍人”というジョブがあるのが映っている。

 もっとも、レベルは“3”だ。

 軍人としては、それほど地位は高くないのかもしれない。

 

 そのとき、一郎はエリカが書類に書きものをしているその男の書類の下に、すっと銀貨を一枚滑り込ませるのを見た。

 銀貨一枚というのは、安宿にひと晩泊まれるくらいの額だとエリカが教えてくれていたので、それなりの額だと思う。

 

 この大陸には、大きく二種類の通貨があり、ひとつは大陸共通貨幣のローム貨幣、そして、もうひとつは、各国が作成している金貨や銀貨や銅貨だ。

 エリカが渡したのは、この国の王国で作られているハロンドール銀貨だ。

 流通する銀貨や銅貨の価値は、作成した王国に関わらず、価値が概ね安定しているそうだ。

 金貨一枚が銀貨百枚、銀貨一枚が銅貨百枚だ。

 価値が一定となるように、各国で金銀の含有量を守っており、粗悪品を作るとたちまちに他国で通用しなくなるので、王室といえども、価値を極端に逸脱する悪貨は作成できないようだ。

 

 また、ローム貨幣というのは、かつて、この大陸で唯一の国家だったローム帝国が特殊な魔道を込めて流通させていた金であり、それを管理していたローム帝国はもう実質的に滅んでいて、新しい貨幣は作られていない。

 ただ、その帝国がかつて流通させた紙幣と硬貨は健在であり、一クート紙幣が金貨一枚、一ラクト紙幣が銀貨一枚に相当する。

 また、それに相当する硬貨もあるそうだ。

 

 旧帝国の作成したローム紙幣については、各国も使用を認めており、それで全世界で通用する貨幣になっているのだ。

 金貨、銀貨、銅貨の価値観については、一郎はエリカからこの大陸のだいたいの物価を確認し、一応、金貨が十万円、銀貨が千円、銅貨は十円くらいだろうと見当を受けた。

 まあ、一郎のいた世界とは、生活レベルも異なり、銀貨十枚もあれば、三、四人の子供のいる庶民が十分に一箇月の生活をやっていけるのだそうだ。

 

 そう考えると、エリカはかなりの賄賂を贈ったことになると思うが、それは必要なことなのだろう。

 一郎は口を出すつもりはない。

 審査官は、書類から目を離さずに、すっとその下に差し入れた銀貨を手元に移した。

 

「審査は終わりだ。税はひとりにつき、銀貨二枚──。それを支払えば、反対の扉を出て、廊下を進め。そのまま先の出口から外に出ていい。そこから先はハロンドールだ」

 

 エリカが改めて、銀貨四枚を机に置く。

 審査官が紋章のある手のひら大の木板を二枚出した。

 手形というらしい。

 正式に手続きをして入国した者であることの証明証のようなものであり、これがないと街道にある関を通過できないし、冒険者ギルドへの登録も不可能になる。

 エリカがそれを大切そうに荷にしまった。

 

「ようこそ、ハロンドールへ」

 

 審査官が初めて微笑みを浮かべた。

 

「呆気ないものだな」

 

 部屋を出て廊下を進みながら一郎は言った。

 

「念のために、出身も名も出鱈目に登録しました。ただ、通称については、これまで通りにロウ様の名を使ってください。登録名と通称名が異なるのは普通ですし、これでわたしたちが王都で冒険者登録をしても、入国の時期は特定できないので、アスカ様の足がつくことはないと思います」

 

「入国の記録の名と、手形の名、そして、ギルドに登録するときの名が違ってもいいのか?」

 

「問題ありません。本当は違法ですが、珍しくないことです。手形が必要なのは、冒険者ギルドに正式登録ができるまでです。ギルドに登録すれば、今度はギルドの身分証明書が身分保障になります」

 

「そういうものか」

 

 一郎は頷いた。

 そのとき、出口に近い廊下にあった部屋の扉が開き、武器を持った三名の軍兵が前を塞いだ。

 

「エルフ女については、もう少し審査が残っている。この部屋から中に入れ。男は行っていい」

 

 ひとりが言った。

 三人ともジョブレベルは“3”だ。

 やはり、下っ端の兵なのだろう。

 身に着けている軍装の階級章らしきものも、そんな感じだ。

 

「どういうことです? 手続きは終わりましたが……?」

 

 エリカが当惑したように言った。

 

「なあに、追加の審査も形式的なものだ──。女については、この部屋でもう一度検査をするということになっているのだ。団長の命令でな──。すぐに終わる。とにかく入れ」

 

 ひとりが言った。

 どういうことだと一郎も詰め寄ろうと思ったが、一郎とエリカに次いで出てきた三人組の集団についても、その中の女のひとりが部屋に入るように指示を与えられた。

 どうやら、すべての女に別検査があるということのようだ。

 

「とにかく、行ってきます。外で待っていてください」

 

 エリカは、呼び止められたもうひとりの女とともに、部屋の中に入っていった。

 

 

 *

 

 

 エリカが示された部屋に入ると、そこには女兵士が待っていて、もうひとりの女とともに、さらに奥の部屋に連れて行かれた。

 男の兵士はそれで終わりだ。すぐに戻っていく。

 

 その部屋の先は、さらに左右の扉に分かれていた。

 すると左側の扉から人間族とドワフ族の三人連れの女が出てきた。若いが経験を重ねた冒険者という感じであり、数人組のパーティをすでに組んでいる一行なのだろう。

 

 パーティというのは、冒険者がより難易度の高い依頼をこなすために、複数名で目的の任務の攻略にあたる仲間となることだ。それにより、ひとりでは難しい任務をこなすことができて、利益も大きくなるし、危険もそれだけ少なくなる。

 むしろ、冒険者登録する者は、「パーティ」が通常であり、単独で依頼をこなす者は少数派だ。

 エリカも、ハロンドールの王都のハロルドで冒険者登録する場合には、ロウとエリカのパーティとして届けをするつもりだ。

 

 それはさておき、エリカと一緒に別検査を指示された女にしろ、すれ違った女連れにしろ、別検査に呼ばれるのは、若い女だけという感じだ。

 

「お前たちは、そこから入れ」

 

 待っていた女兵が言った。

 三人連れが出てきた側ではない右の扉だ。

 次の部屋に入った。

 そこは大きな広間になっていて、驚いたことに、乳房を丸出しにした下着一枚の姿になっている十人ほどの女が列を作って並んでいた。

 ほとんどが人間族だが、ドワフ族がひとりいた。エルフ族はいない。

 並んでいる先は扉だ。その先が検査場のようだ。列を作っている女たちの全員が竹かごを抱えていて、そこに脱いだ衣類や持ち物などを入れている。

 

「お前たちふたりも下着一枚だけになって並べ。手配されているある女を探している。身体にある特徴があるので、それを調べているが、検査はすぐ終わる。調べが終われば、そのまま奥から退出することになるから、ここには物を置いておくな。脱いだものとかは、どれでもいいから空いている籠に入れろ──。装具も全部外して、籠に入れるのだ──」

 

 この部屋を監督しているらしい女兵が言った。

 確かに、壁際に十個以上の籠が無造作に置いてある。

 エリカは、仕方なく、指示のとおりに服を脱ぎ、杖をはじめとする装具とともに籠に入れて、それを抱えて列に並んだ。

 エリカの前は、ひと目で踊り子とわかる妖艶な人間族の美女だ。

 後ろには、エリカとともに、この部屋に連れ込まれた女が並んだ。

 

 やがて、エリカの番になった。

 部屋に入ると、そこは小さな部屋だった。

 しかし、誰も検査官のような者は存在せず、前に並んでいた踊り子風の女が奥に向かって出ていくところだった。

 驚いたことに、女は素裸であり下着まで脱いでいた。

 その女が身体を籠に抱えて、先の扉から出ていく。

 

 エリカはその小さな部屋にひとりにされた。

 部屋の四隅には燭台があり、随分と明るかった。ほかにはなにもない。ただ、左右に白い壁があるだけだ。前後には扉だ。

 

「荷物を床に置いて、右の壁に向かってまっすぐに立ちなさい。手は身体の横よ」

 

 突然に声がした。

 ふと見ると、右の壁に小さな伝声管がついている。声はそこからしたようだ。命令をしてきたその声は女だった。若い声ではないが、年老いた声でもない。

 エリカはその通りにした。

 

「手を真っ直ぐに上──。ゆっくりと一回転しなさい」

 

 手を上にあげる。

 回る。

 なんなのだろう、これ……?

 

「片脚をあげて、横に開きなさい。両手は真横」

 

 声がする。

 下着一枚でする恰好としては、かなり恥ずかしいが、やらないわけにはいかない。エリカは壁に向かって片脚立ちになる。

 もしかして、壁の向こうからこっちが見えるのだろうか……?

 だとしたら、いやな感じだ。

 調べているのは女の気配だが、やはり恥ずかしい。

 

「そのまま唄をうたいなさい」

 

「えっ、ええっ? う、唄──?」

 

 思わず声をあげてしまった。

 

「命令に従いなさい」

 

 声──。

 

 そのとき、エリカはほんの少しだが、指示を出す女の口調が変化した気がした。

 気のせいだろうか……。

 

「は、はい……」

 

 それはともかく、急に唄と言われても、突然に出てくるものではない。だが、なんとか子供のころに覚えた童謡を片脚立ちのままうたう。

 

「いいわ。次は下着を脱いで、籠に入れなさい」

 

 壁から声がした。

 

「え、ええ──?」

 

 また、声をあげてしまった。

 

「言われたことをするのよ──」

 

 強い口調で怒鳴られた。

 エリカは、そういえば、エリカの前の順番だった女が、裸で出ていったのを思い出した。

 どうやら、全員がそういう検査をすることになっているのだろう。

 

 仕方がない……。

 

 諦めて下着を脱ぎ、サンダルだけの姿になると、丸めた下着を服の下に隠す。

 

「口を開いて──。乳房は自分で下から持ちあげるように──」

 

 また、おかしな指示──。

 

 命令に従う──。

 

 終わると、次の指示──。

 

 エリカは、壁の向こうの女の声の命じるままに、素っ裸で次々に不自然な痴態を取り続けた。

 それにしても、少し時間がかかりすぎなのではないか……?

 指示のままにおかしな恰好を続けながら、エリカは思った。

 この検査を受けるために並んでいたのだが、明らかにエリカに対する検査が長いという感じだ。

 前の女も、その前の女も、もっと早く解放された気がするのだが……。

 

「……最後の検査だ。両脚を曲げて真横に開き、自分の手でヴァギナを指で拡げなさい」

 

 女の声がした。

 

「な、なんですって──?」

 

 さすがにエリカは仰天した。

 そんな破廉恥な指示に従えるわけがない。

 

「異物検査よ──。ある若い女の工作員が、まさにそこに“ある物”を隠して我が国に潜入しようとしているという情報があるのよ。恥ずかしいだろうから、自分の指で拡げさせてあげているのよ。いいからやりなさい。さもないと、男の兵を送り込むわよ。時間がないんだからね──。お前ひとりに、いつまでも時間をかけられないのよ」

 

 苛立ったような女の声が目の前の壁の小さな伝声管から返ってきた。

 エリカはどうしようかと少し迷ったが、さらに女の怒鳴り声がして、指示に従うことにした。

 確かに、入国検査でこのような厳しい検査をされることは珍しいことではない。

 ご禁制の魔道具や魔草、あるいは、禁忌の魔道生物、または、特殊な武器を身体に隠して他国に潜入し、敵国を混乱に陥れるということはあるのだ。

 だから、入境検査で裸にされて調べられるというのは、エリカも初めてではない。

 エリカ自身、アスカと出逢ってアスカの愛人兼部下としてアスカ城に赴く前には、冒険者希望として入国したし、半年くらいだがデセオ公国の女隊において、そういう特殊工作員の訓練を受けたことがある。

 確かに、女の股間に武器を隠して入国する訓練も受けたことはあるのだ。

 

 だが、なんとなく、この入国検査はおかしい……。

 どことなく卑猥な感じがするのだ。

 気のせいだろうか……。

 

「いいわ……。だったら、いまから、そこに男の兵を入れる……。そのままでいなさい」

 

 壁から冷たい口調の女の声がした。

 エリカは慌てた。

 

「ま、待って──。やるわ。やるから」

 

 覚悟を決める。

 脚を拡げて中腰になり、大きく左右に開いた。

 さらに両手で膣の襞を割り開くように股間の肉を引っ張る。

 なんなのだ、これ……?

 心の中で悪態をついた。

 

 不意に、真下から明るい光が灯った。

 魔道だ。

 床に魔力が走ったのがわかった。

 

「きゃあ──」

 

 エリカはびっくりして姿勢を崩しかけた。

 

「動くんじゃない──。いま、検査をしているのよ──」

 

 女の怒鳴り声……。

 

 エリカは声に威圧されて、身体を硬直させた。

 そのとき、女の強い鼻息が聞こえた気がした。

 

「……ふっ、生娘じゃないのね。だけど、綺麗な股ね。鍛えられているし、しっかりと筋肉も発達している……。よく締まりそう……。それにしても、もしかして、ちょっと濡れてる? お前、入国審査で感じてるの?」

 

 突然に小馬鹿にしたように女の声が言った。

 

「な、なに言ってんのよ──」

 

 さすがにエリカは指を離して、股をしっかりと閉じ直した。

 いくらなんでも、そんなことを言われる筋合いはない。

 女の笑い声がした。

 

「ごめんね……。ちょっと、あんまり、あんたの反応が愉快だから、からかっただけよ。じゃあ、最後の検査よ。この声のする壁にぴったりとお尻をつけて、今度は指で肛門を開きなさい。そこに異物が混入していなければ解放よ」

 

 急に砕けた口調になり女の声が笑った。

 

「くっ……」

 

 からかわれたのがわかり、エリカは急に羞恥で顔が赤くなるのを感じた。

 

「急ぎなさい──」

 

 声がまた機械的な口調に変化する。

 エリカは諦めて、裸の尻をぴたりと壁に密着させ、尻たぶを両手で持って左右に開くようにした。

 

「……こっちも使ったことはあるのね……。まあ、いいわ。籠にあるものを身に着けなさい。検査は終わりよ」

 

「なっ?」

 

 おかしな言葉に、またもやエリカはかっとなった。

 身体をさっと壁から離す。

 しかし、すぐに思い直して、怒りを収めることにした。

 とにかく、終わったのだ。

 早く、ロウに合流しないと……。

 

「あっ──」

 

 そのとき、エリカはびっくりしてしまった。

 さっきまで籠に入れていた衣類や持ち物がすっかりと消えてしまっている。

 その代わりに、そこにあったのは、貞操帯を思わせる革製の下着だ。しかも、股間の内側の部分に大小二本の模擬男根がついている。

 かっとなった。

 

「どうしたの? 早く、それを身につけなさい」

 

 女がこらえきれなくなったかのように噴き出した。

 

 騙された……?

 エリカはやっぱり、この入国審査はただの検査ではないと悟った。

 しかし、そのとき、エリカは怒りよりも先に恐怖を感じた。

 罠に嵌まった?

 これがどういう罠かはわからないが、これは罠だ──。

 そう思った。

 

 次の瞬間、不意に蒸気のようなものが小部屋に立ちこめた。

 その蒸気を吸いこんだ途端にエリカの意識は遠のいていく……。

 

 しまった……。

 

 なにかの毒気だ──。

 そう思ったときには、エリカの身体は弛緩していた。

 もう、どうしようもない。

 身体が崩れるのを感じた。

 そして、突然に床が消滅した。

 エリカは、意識が完全に失われるのを感じながら、床の下にできた穴に吸い込まれていった。



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26  罠に落ちた女エルフ

「団長様、これは必要ありません。もう、次の女にしていいですよ」

 

 奴隷商のマニエルは肥えた腹を揺すって飲み物を手にすると、壁の向こうの女から意識を離した。

 向こうからはただの白い壁だが、こっちからは完全に透明になっていて、向こうが透けて見えている。

 

 いい女には違いないが、商品にはならない……。

 マニエルはそう判断した。

 一応は、入国審査用に書かれた羊毛紙の書類に視線をやる。

 

 人間族……。

 やっぱり、年齢は三十とある……。

 

 下着を脱がせる前は、それなりに見れたものだったが、素裸にさせた途端に、下着に隠れていた部分の肌の張り艶が年齢相応のものだったのだ。

 

 駄目だ──。

 

 美人だが、あれくらいのものなら、わざわざ、この国境監視団の団長に多額の代金を支払わなくても、正規の流通手段で手に入る。

 しかも、かなり性器を使い込んでいる。

 「調教」でそれなりの道具にはできるだろうが、それほどの手間をかける値打ちがあるとまでは思わない。

 違法な手段とそれに伴う多額の賄賂を支払ってまで、ハロンドール王国に入国しようとする若い女を「奴隷」として横流してもらっているのは、それに見合う超一級の女奴隷を得るためだ。

 

 つまりは、性奴隷だ。

 

 性奴隷は金になる。

 通常であれば、金貨五枚が相場である女奴隷が、愛玩用の美貌の性奴隷ともなれば、その十倍でも二十倍でも取引できる。

 だから、危ない橋を渡ってでも、性奴隷用の女を手に入れる価値はあるのだ。

 

「そう言うな、マニエル──。この女はなかなか有名な踊り子だそうだぞ。一座の花形らしい。調教して性奴隷にすれば、金貨十枚にはなるんじゃないか? あれなら、半分の五枚で売ってやろう」

 

 団長のゼッケルが壁の向こうの女の裸身に目をやりながら相好を崩す。

 マニエルは首を横に振った。

 

「冗談じゃありませんよ、団長様──。この程度の女では手間に見合う価値があるとは思いません。それに、この女は旅芸人の一座の一員なのでしょう? 同行の旅芸人の処分はそちらでやってくださるので?」

 

 マニエルは言った。

 国境監視団の入国審査の場で、堂々と女をさらってしまうといっても、同行の者からすれば、無法に連れがさらわれるのだ。性奴隷として女をここで誘拐するとなれば、後腐れのないように連れを「処分」する必要がある。

 マニエルが例外なくやっている処置であり、これを守っているから、いままで足が付かずにやってこれたのだ。

 

 その「手間」についても、団長から女を回してもらう奴隷商のマニエルの負担ということになっているのだ。

 だが、ひとりふたりの連れではなく、旅芸人の一座となれば、同行者は大勢だ。

 マニエルが飼っているアサシンといえども、人数が多くなれば、骨の折れる仕事になる。

 

「冗談ではない。旅の女をそっちに回した場合の、同行人の処分はお前がするというのは約束事だろう──。いくらなんでも、国境監視軍を派手に動かせば、人の噂の背に乗る。そうすれば、俺とお前がやっていることが、王都にも届くということがあるやもしれん──。そうすれば、お前も俺も縛り首だ──。まあいい。次の女を入れる」

 

 ゼッケルが手にしていた魔道具の伝声具を口に持っていった。

 

「……もういいわ……。検査は終わりよ。籠をそのまま持って出ていきなさい」

 

 ゼッケルが女言葉を口にした。

 その伝声具は特別なものであり、ゼッケルのようなだみ声でも、壁の先にいる向こうには、壁に取り付けてある伝声管を通じて、女の声に変換して聞こえるのだ。

 男が検査をしていると思えば、女も警戒して抵抗を強くしたりする。

 だが、女の検査官が機械的に指示をすれば、これも正式の検査なのだろうかと思ってしまい、抵抗なく指示に従うことが多いのだ。

 いままでも、かなりの数の女をああやって裸にし、検査の名を借りて卑猥な姿勢をさせたりしているが、この方法をとることで、ほとんどの女は逆らわなかった。

 「検査」のために、若い女の入国者を誘導する者を女兵だけにしてもらっているのもそのためだ。

 調べをするのが、同性ということになれば、卑猥な検査でも、多くの女は抵抗心が小さくなる。

 壁の向こうの女もそうだった。

 股間を両手で拡げていた女が、当惑した顔で籠を持って部屋から出ていく素振りになった。

 

「……次を入れろ」

 

 ゼッケルが傍らの部下に指示をした。

 この「審査室」にいるのは、マニエルとゼッケルを除けば、ゼッケルのふたりの部下だ。

 このふたりは信用できる。

 それは、ゼッケルが信用できると言ったからという理由ではなく、団長のゼッケルと同様に、マニエルの息のかかった複数の賭博場で借金を作らせて身動きのできない状態にしているからだ。

 実はこの三人には、街の数軒の賭博場で作ったかなりの借金があり、その支払金の一部をマニエルは肩代わりしている。

 つまりは、三人をマニエルは金で縛っているのだ。

 だから、信用できる──。

 

 だが、ふたりは無論、団長のゼッケルもまた、それらの賭博場とマニエルが後ろで結びついていることは知らない。そして、こうやって、入国審査を受けにきた女のうち、これはと思った女を捕えてもらい、ひそかにマニエルに渡してもらう見返りに渡す金貨も、この後で三人が向かうであろう賭場場で取り返してしまう。

 そうやって、マニエルはこの男たちを飼っているのだ。

 だが、ゼッケルたちは、マニエルのことを自分たちの作った借金を肩代わりしてくれる便利な小悪党の奴隷商くらいにしか思っていないだろう。

 

 しかし、マニエルがいなくなれば……。

 あるいは、マニエルがもたらすこの闇奴隷の商売がなくなれば、すぐにでも借金取りが押し寄せて、なにもかも失ってしまう立場であることは確かだ。

 だから、ゼッケルは、職権を生かしたこの「闇奴隷狩り」を続けるしかない。

 マニエルは意識を魔道の壁の向こうに移した。

 

「おおっ……」

 

 マニエルはそこに出現した女に思わず声をあげてしまった。

 

 凛とした顔立ち……。

 尖った耳……。

 なによりも、人間族にはあり得ない澄んだ美貌……。

 そして、真っ白い肌……。

 白エルフの娘だ──。

 しかも、美貌で知られるエルフ族の中でもこれは美しい……。

 マニエルは嘆息した。

 

「珍しいな、マニエル……。声をあげるとはな……。確かに、これは一級品だ」

 

 ゼッケルがにやりと笑っていた。

 そして、伝声具に口を持っていく。

 

「荷物を床に置いて、右の壁に向かってまっすぐに立ちなさい。手は身体の横よ」

 

 ゼッケルが言った。

 その声は女の声として伝わっているはずだ。

 壁の向こうのエルフ娘がびくりと身体を動かした。

 しかし、すぐにその女は言われたとおりのことをする。

 エルフ娘の抱える籠で隠していた乳房が露わになり、エルフ娘の美しい肢体がはっきりと見えた。

 

 乳房は大きくもなく、また、小さくもない。

 豊かであるべきところはきちんと肉がついていて、細くあるべき場所はしっかりと細い。

 身体はしっかりと鍛えられている。

 おそらく、武芸もできる。

 マニエルはゼッケルの部下が差し出した羊毛紙の書類に目をやった。

 どうやら、冒険者希望のようだ。

 連れは人間族の若い男がひとり……。

 少なくとも届けられているものには、ほかに係累もない。

 

 これはいい……。

 このエルフ娘をさらっても、それを気にするのは連れの男ひとりだ。

 それはどうにでもなる……。

 そして、エルフ娘に奴隷の首環を装着して売り飛ばす……。

 

 金貨六十……。

 いや、七十でも売れる……。

 ひと財産だ。

 

 マニエルは早くも、目の前のエルフ娘を性奴隷として売り飛ばすときの皮算用を始めた。

 

「手を真っ直ぐに上──。ゆっくりと一回転しなさい」

 

 ゼッケルが女言葉で指示した。

 娘が言われたとおりのことをする。

 エルフ族は大抵は気位が高い性質が多いが、この娘は素直な性質のようだ。

 

 素直な性格の女は「調教」がやりやすい。

 「調教」をしていない性奴隷を飼いたがる愛好家もいるが、やはり、商品としては「調教済」が高い。

 

 ゼッケルが次の指示をするために口を開いた。

「片脚をあげて、横に開きなさい。両手は真横」

 

 エルフ娘は少し面喰ったようだったが、それでも逆らわなかった。

 壁の向こうの娘が、下着一枚の姿で片脚をあげた。

 これは──?

 

「おっ?」

 

 マニエルはあることに気がついて、思わずほくそ笑むとともに、小さく声をあげた。

 片脚立ちをしているエルフ娘の股間に、女の蜜特有の丸い染みを見つけたのだ。

 明らかに、たったいまできたものであり、まだ新しい。

 このエルフ娘は自覚がないようだが、壁の向こうから与えられる指示に従って、下着一枚でやらされている痴態に、娘の身体はかなりの欲情を覚えているようだ。

 

 その視点で改めてエルフ娘を眺める。

 白い身体が火照ったように赤い。

 薄っすらとだが、汗もかいている。

 もしかして……?

 

「団長殿、それを貸してもらえませんか?」

 

 マニエルは、伝声具を握っているゼッケルに手を伸ばした。

 

「おう、珍しいな……。だが、あれは安くはできんぞ。この俺にだって、あのエルフ娘が一級品だというのはわかる。金貨二十枚以下では渡せん物件だ。それだけ払ってもらわねば、解放してしまうぞ」

 

 ゼッケルが笑いながら、伝声具をマニエルに手渡した。

 この欲深の警備団長は、壁の向こうのエルフ娘にマニエルが興味を抱いたのがわかったのだろう。

 だから、吹っかけてきたのだ。

 マニエルは面倒なことになる前に、釘を刺すことにした。

 

「さて、それに見合うかどうか……。もしも、生娘なら、それくらい支払っても安いですがね……。使い古した中古品であれば、性奴隷としてはそれなりですよ……」

 

 マニエルはわざと渋い顔で言った。

 

 無論、嘘だ──。

 

 性奴隷の価値に処女性を求める者は多いことは確かであり、処女はある程度は高額になるが、処女だからといって、どこまでも値が跳ねあがるわけでもない。処女が高いことはわかっているので、性奴隷を処女のままで売るように気をつけている奴隷商も多いからだ。

 

 案外と処女の性奴隷は珍しくはない。

 だが、真の好事家が性奴隷に求めるのは、生娘であるかどうかではなく、その性質だ。

 性交渉をさせなければ、処女は簡単に手に入る。どんな女でも、少なくとも人生の一時期までは処女だからだ。そんなものをありがたがる好事家はそんなにはいない。

 

 しかし、性奴隷に相応しい性質ともなれば別だ。

 

 たとえば、気が強いのに、身体はどうしようもなく感じやすいとか……。

 根っからのマゾっ子とか……。

 普段は心から貞節だが、男女の営みになれば、どこまでもいやらしいとか……。

 好事家の求める女はそれぞれだ。

 

 そして、真の好事家は、その性奴隷が自分の求める「性質」を持っていると判断した場合は、本当に信じられないくらいの代金を支払ったりする。珍しくもない処女に大金を投じる愛好家は多くはないが、それぞれの愛好家の求める「性質」に合致する性奴隷を手に入れるのは簡単ではないから、それを得るために金に糸目をつけない者は多い。

 

 だから、金になる。

 

 マニエルは、壁の向こうのエルフ娘の「性質」が、男に本質的に支配されること求める「マゾ」なのではないかと思った。理不尽に扱われれば、扱われるほど欲情してしまうという変態的な性癖ということだ。

 

 つまりは、被支配性が高いのだ。

 数多くの性奴隷を扱ってきたマニエルとしては、それぞれの女の性癖を見抜く目は商売道具だ。

 

 美貌のエルフ娘……。

 支配されたがるマゾ……。

 しかも、感じやすいのか……?

 

 マニエルは、それが確かなら、平気で金貨百枚でも平気で出すだろう顧客を少なくともふたり思いつくことができた。

 

「そうか……。だが、処女だろう──。処女検査をしよう。処女なら金貨二十枚出せよ。よいな──」

 

 ゼークトがかなり大きな声で言った。

 だが、伝声具を通さないこっちの声は壁の向こうには聞こえないから問題はない。

 

「いいでしょう……。しかし、処女でなければ、金貨十枚が限界ですね……。でも、その前にいくつか確かめさせてください」

 

 マニエルは言った。

 そして、片脚立ちのまま、唄をうたえと命じた。

 伝声具を通じた声は、マニエルに交代したとしても、同じ女の声として部屋の中に伝わるはずだ。

 エルフ娘は、ほんの少し違和感を覚えたような表情をしたが、大して怪しむことはなかった。

 すぐにエルフ族の童謡をうたいだす。

 

「おいおい、なにを遊んでいるのだ、マニエル?」

 

 壁の向こうで片脚立ちで唄をうたっているエルフ族の女を眺めて、ゼッケルが呆れた声をあげた。

 しかし、マニエルがこれによって確かめたのは、この娘がどれくらい従順な性質であるかどうかだ。

 いきなり唄をうたえを命じられても、大抵は抵抗する。しかも、下着一枚の姿でだ。

 だが、やはり、このエルフ娘は本質的に命令には逆らえないようだ。

 マゾ娘として売り込めば、金貨百枚──。

 マニエルは、それを確信してほくそ笑んだ。

 

 それからも、マニエルはできるだけ普通の女なら馬鹿馬鹿しいと怒り出すような様々な痴態を取らせてみた。

 娘はやはり逆らわなかった。

 一方でだんだんと股間の染みが大きくなる。

 

 本当に気がついていないのか……?

 かすかだが息も荒くなっている。

 マニエルは愉しくなってきた。

 

「おい、マニエル、いい加減にしろ。処女検査をしろ。処女検査を──。そして、忘れるなよ。生娘だったら、金貨三十枚だ──。いいな──」

 

 ゼッケルの苛立った声がした。

 マニエルは興が削がれたような気分になってしまった。

 まあいい……。

 確かに、金貨三十枚で仕入れたとしても安すぎる物件だ。

 

「……最後の検査だ。両脚を曲げて真横に開き、自分の手でヴァギナを指で拡げなさい」

 

 マニエルは指示した。

 さすがに抗議の声が戻ってきたが、マニエルが女検査官の口調で強く怒鳴り、早くしなければ男の兵を室内に入れると脅かすと、エルフ娘は結局は諦めたように、その場でがに股になって自分の指で股間を左右に開く。

 

 やはり、マゾッ気のある性質であるのは間違いない。

 通常の感性であれば、どんなに脅されても、そんな恥ずかしい行為を人に言われてやったりはしない。

 

 ゼッケルが操作盤を動かした。

 壁の向こうの部屋には、あらかじめ特別な魔道の仕掛けがあり、操作盤ひとつでいろいろなことができるようになっている。

 

 「処女検査」もそのひとつだ。

 床から特別な光を当てると、生娘だったら「赤」、そうでなければ「白」に光が照らすようになっているのだ。

 

 透明の壁の向こうの部屋の床が光った。

 床の光は白だった──。

 エルフ娘がびっくりして、脚を閉じかけた。

 

「動くんじゃない──。いま、検査をしているのよ──」

 

 マニエルは伝声具で大声をあげた。

 エルフ娘はびくりと身体を一度震わせて、崩しかけた身体を硬直させた。

 

 この反応……。

 

 つくづく、男の嗜虐欲を刺激する反応だ……。

 これだけでも、金貨百五十はいく……。

 一方で、ゼッケルの舌打ちが聞こえた。

 

「金貨十五枚支払いましょう。エルフ娘は珍しいですからね……。下からの映像に変えてもらえますか、団長様」

 

 マニエルは言った。

 十五枚どころか、その三倍でも惜しくない。

 

 思った通りに処女ではなかったが、むしろその方がいい。

 生娘ではなかったので、買い叩かれると思っていたのだろう。十五枚というマニエルの呈示に、ゼッケルが嬉しそうな表情になった。

 そのゼッケルが操作盤を動かした。

 目の前の透明の壁にある景色が、向こう側の部屋を下から見る映像に変化する。

 壁がエルフ娘の股間を大写しにした。

 

「おっ?」

 

 そのとき、マニエルは娘の股間が熟れたように真っ赤になっていることに気がついた。

 しかも、しっかりと愛液で濡れている……。

 

 この反応はもしかして……。

 実際に触ってみなければわからないが、これはすっかりと被虐に躾けられた女の身体の反応ではないだろうか……?

 

「……ふっ、生娘じゃないのね。だけど、綺麗な股ね。鍛えられているし、しっかりと筋肉も発達している……。よく締まりそう……。それにしても、もしかして、ちょっと濡れてる? お前、入国審査で感じてるの?」

 

 マニエルは口にした。

 すると、エルフ娘がさっと股間を閉じて、壁を睨んだ。

 これも意外だった。

 思いのほか、気は強いようだ。

 マニエルは、その表情を見て、エルフ娘の評価を改めた。

 

 あれは単に従順なだけの女ではない。

 気は強く、しっかりと自分を持っている女だ。

 だが、羞恥や恥辱でしっかりと反応する身体にされた……。

 そんな感じのようだ。

 

 つまりは、「調教済」ということだ……。

 

 ならば、金貨二百はいく──。

 マニエルは、拳をぐっと握っていた。

 

「ごめんね……。ちょっと、あんまり、あんたの反応が愉快だから、からかっただけよ。じゃあ、最後の検査よ。この声のする壁にぴったりとお尻をつけて、今度は指で肛門を開きなさい。そこに異物が混入していなければ解放よ」

 

 続けざまに言う。

 エルフ娘は少し戸惑っていたようだったが、結局はこちら側の壁に尻をしっかりと密着させて、肛門を左右に自ら開いた。

 こちら側はあまり使い込んでいないようだが、間違いなく手が加わっている。

 

 いずれにしても、マニエルは確信した。

 調教済だ──。

 掘り出し物だ──。

 

 だとしたら、調教したのは、連れの人間族の男か?

 頼りなさげでぱっとしない凡庸そうな男に思えたが、このエルフ娘をここまで調教したということか……?

 そういえば、随分と歳の差もある。

 男女のふたり旅など、信頼のおける者同士しかあり得ない。

 もしかして、あの男が目の前の女の性の相手でもあるのか?

 だったら、確実に係累は潰さないとな。

 そんなことを思った。

 

「もういいだろう、マニエル──。回収作業に入るぞ」

 

 ゼッケルが言った。

 エルフ娘は気がつかなかったようだが、その娘が向こうの小部屋の隅に置いていた籠が消滅する。

 その代わり、マニエルが奴隷女を調教するときに使用する張形付きの貞操帯が送り込まれる。

 

「……こっちも使ったことはあるのね……。まあ、いいわ。籠にあるものを身に着けなさい。検査は終わりよ」

 

 マニエルは言った。

 

「あっ──」

 

 すると、娘が叫んだ。

 初めて、自分の服が消え、卑猥な淫具にすり替わっていることがわかったのだ。 

 

「どうしたの? 早く、それを身につけなさい」

 

 マニエルは女言葉で言ったが、我慢しきれなくて噴き出してしまった。

 エルフ娘が怒りでさっと顔を赤らめた。

 やっと、これがただの入国審査でないことを悟ったのだろう。

 

 しかし、もう遅い。

 

 ゼッケルが小部屋に「眠り効果」のある風を瞬間にたちこめさせた。

 エルフ娘の身体が脱力して、崩れかける。

 次に床が消滅した。

 エルフ娘の身体は、床にできた穴に消えていった。

 

「……今日は、あの女だけで結構です、団長様──。金貨十五枚……いや、二十枚支払います。それとお二方にも、金貨三枚を……」

 

 マニエルは、準備していた鞄からハロンドール金貨をそれぞれに置く。

 

「これは悪いな……」

 

 ゼッケルが嬉しそうな顔になった。

 ふたりの部下も同じだ。

 それぞれがマニエルに礼を言った。

 

 ゼッケルは立ちあがっていた。

 さっそく、あのエルフ娘の身体を直接確かめたい。

 マニエルの見立てが正しければ、まったくの掘り出し物だ。

 

 調教済みのエルフ娘の美女──。

 しかも、マゾ……。

 

 金貨二百枚……。

 

 いや、これは競売にかけるべきだろう。

 好事家を集めた奴隷市を開くのだ。

 あのエルフ娘が「本物」だとすれば、連中は代金に糸目はつけないはずだ。

 

 部屋を出た。

 マニエルは、ふと、エルフ娘の連れの人間族の若い男のことを思い出していた。

 そういえば、あれを忘れずに処分しておかなければ……。

 後々面倒になってはならない。

 

「もう、終わりですか……?」

 

 部屋の外に待機をしていたコゼが顔をあげた。

 マニエルの奴隷であり、用心棒代わりに連れてきていたのだ。奴隷の象徴である金属の細い首輪をしている。

 主人に逆らうことを許さない「奴隷の首輪」であり、このコゼには「主人」として、マニエルを刻んでいる。

 

 人間族の娘だ。

 可愛らしい顔立ちをしているが、売り物ではなく、マニエル専用の奴隷である。

 

 そして、アサシンだ。

 

 もともと、税が払えないために家族から売られた十歳くらいの童女だったのだが、アサシンとしての素質をマニエルが見抜き、訓練を受けさせて暗殺者に育てあげた。

 いまの年齢は二十だったと思ったが、すでに五十人以上は殺している凄腕の暗殺者だ。

 

「終わりだ。掘り出し物を見つけた。待機している店の者たちに連絡して、いつもの場所に馬車を回させろ」

 

 マニエルは指示した。

 エルフ族の娘を落下させた穴は、国境監視団とは道を挟んで隣接した小さな倉庫に地下で繋がっている。店の者たちは、そこで運搬用の馬車とともにいる。

 

「わかりました」

 

 コゼが頷いた。

 すべてを諦めたような顔がそこにある。

 まったくの無表情だ。

 マニエルは、こいつが笑ったり、怒ったり、泣いたりしたところを見たことがない。

 この仕事をするようになって、すべての感情を失った。

 そんな感じだ。

 

「それから、コゼ。仕事だ──。ある人間族の若い男を殺してもらう……。この国境監視団で入国審査を受けたあるエルフ娘が行方不明になる……。それについて、あるひとりの男が外で騒ぎ始めるはずだ。そいつを殺せ。ただし、誰が殺したのかわからぬように密かに始末するのだ。物取りにでもやられたように見せかけろ……」

 

 マニエルは言った。

 

「わかりました、ご主人様……」

 

 コゼは相変わらずの無表情のまま言った。



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27  国境監視団の噂

「そんなはずはない──。絶対に出てきていない──。俺はずっと、ここで待っていたんだ。連れは一度も出てこなかった。もう一度、調べてくれ──。若いエルフの女なんだ──。ねえ──」

 

 一郎は、国境警備団の入国審査施設のハロンドール側の出入口に立っている衛兵に詰め寄った。

 

「何度、言ってきても答えは同じだ──。今日の入国審査は少し前に全部終わっているし、まだ審査中の者はもういない。お前の連れという女なんか知らん──。大かた、お前に飽きて、どこかに逃げたんじゃねえか──。なにしろ、外に出る門はここだけじゃなく、もうひとつある。そっちから出たんだろう。とにかく、あっちに行け──。門を閉めるぞ──」

 

 衛兵が開かれていた鉄の門を閉め始めた。

 一郎は慌てて、身体を差し入れて、それを妨害する。

 

 ハロンドール王国の国境の街であるドロボークだ。

 一郎がエリカとともに、ハロンドール王国に入国するための手続きをしたのは、まだ昼過ぎくらいの時刻だった。

 最初の審査そのものはあっという間に終わり、エリカの分を含めて手形も無事に受け取った。

 だが、施設を出ていく間際に、エリカのみ追加の検査があるということで、一郎だけが入国して外で待っていたのだ。

 

 しかし、いくら待っても、エリカが出てくることはなかった。

 挙句の果てに夕方になってしまい、慌てて、一郎は連れの女がどうなったのかを衛兵に訊ねたのだ。

 だが、衛兵が施設内の係に問い合わせた結果は、すでにエリカの検査も終わって、別の出口から入国しているだろうということだった。

 

 一郎はびっくりした。

 

 確かに、出口はもうひとつあった。

 一郎は、急いでそっちに向かい、手当たり次第に付近の者に訊ねまわったが、やはりエリカが出てきた形跡はなかった。

 

 エリカのような女を見なかったかと訊ねた相手の中に、入国してきた旅人目当ての料理屋の女主人がいて、女主人自身がずっと外を見ていたわけじゃないから断定はできないが、一郎が説明したエリカに該当する女は出てこなかっただろうと教えてくれたのだ。

 女主人の使っている小僧にずっと客引きをさせていて、その小僧が入国管理施設から出てくる者をずっと見ていたらしい。

 小僧もエリカのようなエルフ族の女は入国してこなかったときっぱりと言ってくれた。

 

 もうひとつの出口であるこっちには、ずっと一郎がいた。

 つまりは、エリカはまだ、入国審査の施設から入国していない。

 そうとしか考えられないのだ。

 一郎は、その料理屋に荷を預けて、もう一度、ここにやってきたのだ。

 

「な、なんだ、お前は──。そこをどかんか──。別に出口もあると教えたろう──。どかんか──。門が閉められんだろう」

 

 門にしがみつくようにしている一郎に、ひとりの衛兵が怒鳴った。

 

「いや、そんなはずはないんだ。絶対にまだ出てきていない。頼むから、なにがあったか教えてくれ──。あいつが俺を置いていくわけがないんだ──」

 

 一郎は叫んだ。

 

「お前か──。おかしなことを言って、騒いでいるという男は……」

 

 そのとき、将校らしき男が数名の兵とともに、施設側から出てきた。

 一郎は、連れの女がまだでてきていないと訴えた。

 すると、将校がいきなり蹴りつけてきた。

 

「うわっ」

 

 咄嗟に避けた。

 

「おっ? 避けたな──。畜生風情が──。構わん──。半殺しにしてやれ──。足腰が立たないようにしていい」

 

 将校が怒鳴った。

 拳が横から飛んできた。

 それも辛うじて避けた。

 

「押さえろ──」

 

 声が聞こえた。

 背後から抱きつかれる。

 動けなくなった。

 前から三人くらいがほとんど同時に打ちかかってきた。

 

 顔を殴られた──。

 腰を蹴られる──。

 身体が前のめりになる。

 顔に飛んできた足を避けることができなかった。

 眼の前に火花が飛び、気がつくと仰向けに倒れていた。

 滅茶苦茶に腹や腰を踏まれる。

 顔にも来た。

 堪らず横に転がって避けた。

 しかし、そこにまた蹴りが来る。

 まともに腹に喰い込んで息ができなくなった。

 襟首を掴まれて引きずり起こされる。

 顔面を殴られた。

 鼻と口から血が噴き出すのがわかった。

 

 眼の前が白くなる。

 そして、なにもかもわからなくなった。

 

 

 *

 

 

 どこにいるのか、わからなかった。

 視界に映ったのは、どこかの天井だった。

 そして、我に返った。

 一郎は、見知らぬ部屋の寝台に横になっていた。

 

「あれ、気がついたな?」

 

 すると、十歳ばかりの男の子の声がした。

 寝台の横の椅子に、男の子が座っていた。

 見覚えがある。

 エリカのことを訊ねまわったときに、こっちの出口からはエルフ女は出てこなかったと断言してくれた料理屋の小僧だ。

 そうすると、自分はその料理屋に寝かされているのか?

 ふと見ると、身体のあちこちに布や当て木が巻かれている。膏薬も塗られているようだ。

 

 どうやら、手当てをしてくれたらしい。

 もっとも、一郎には“ユグドラの癒し”の効果により、ほぼ完全に治療は終わっている。殴られて地面に倒れているあいだに自然治癒したのだと思う。だが、身体の治療の痕をみると、自分は余程に酷い状態だったのだろう。

 だがいまは、むしろ、腕や脚に巻かれている当て木が邪魔で動きづらい。

 

「ここは、さっきの料理屋かい?」

 

 一郎はその小僧に訊ねた。

 

「二階だよ。料理屋の二階が宿屋になっているんだ。お前は、国境監視団の兵たちに殴られて倒れていたんだ。それで、おいらとおかみさんで、ここに運んで寝かせたんだ」

 

「そ、そうか……。そりゃあ、ありがとう……。世話になったな……」

 

 一郎は寝台の上で身体を起こした。

 思い出した。

 エリカが国境監視団の施設から出てこなかったことで興奮し、そこの衛兵に喰ってかかったのだ。

 そして、殴られた。

 冷静になれば、よくも殺されなかったものだと思う……。

 

「ちょっと、待ってな──。おかみさんを呼んでくるから」

 

 小僧が駆け出していった。

 ひとりになって、改めて見回すと、確かに宿屋の一室という感じだった。部屋には二つの寝台があり、一郎が横になっていたのは、そのうちの奥側の寝台だ。小さな部屋であり、縦に並んだ寝台のほかには、木製の小さな卓と椅子が二つあるだけだ。その卓の上に、燭台に載せた一本の蝋燭がある。それで部屋が照らされているが、窓の外は完全に夜だった。

 

「おや、もう起きあがっているのかい? こりゃあ、たまげたねえ……。ヤンの言ったことは嘘じゃなかったんだねえ……。ほう……」

 

 女主人と小僧がやってきた。

 

 

 

 “レジーナ

  人間族、女

  年齢40歳

  ジョブ

   町人(レベル3)

  生命力:30

  攻撃力:18

  経験人数:男2

  淫乱レベル:C

  快感値:200(通常)”

 

 

 

 “ヤン

  人間族、男

  年齢10歳

  ジョブ

   町人(レベル1)

  生命力:20

  攻撃力:10”

 

 

 

 一郎は魔眼を使った。

 平凡な街の人間ということのようだ。

 本当に親切で一郎を助けてくれたのだと確信した。

 

「生まれつき身体だけは丈夫なんです……。助けてもらってありがとうございます……」

 

 一郎は頭を下げた。

 

「礼をいう必要はないよ。ちゃんと、宿代は払ってもらうからね──。あんた、旅人だろう? ここは旅人に食事をさせて、宿に泊まってもらう商売をしている場所だ。あたしに預けた荷はそこにあるよ。宿代は銀貨一枚。食事代は別だ」

 

 レジーナが豪快に笑いながら言った。

 その闊達さに一郎は思わず微笑んでしまった。

 そして、さっきは気がつかなかったが、ふたつの寝台のあいだに、一郎の荷が置いてあることがわかった。

 

「銀貨は二枚払います。治療をしてくれましたし……」

 

 一郎は言った。

 エルフの里で手に入れた路銀については、エリカと一郎でふたつに分けて荷に入れていた。

 一郎はヤンに頼んで荷を取ってもらうと、中から二枚の銀貨を出して、レジーナに差し出した。

 

「これは……。だったら、食事を運んでくるよ。今夜は、客も少ないしね。あんたのほかには、若い女がひとりと、ふたり連れの男が泊まっているだけだ。その食事も終わった。じゃあ、お客さんだね──。ゆっくりしていきな。あたしはレジーナだ──。よろしくね──。だけど、本当に丈夫なんだねえ……。腕や脚の骨とかも折れているように見えたんだけどねえ……。すっかりと元気じゃないかい……」

 

 レジーナがもう一度驚きの言葉を口にしてから、部屋の外に出ていきかけた。

 

「待ってください……。それと、連れを探すのに協力してくれたら、さらに銀貨を一枚……いや、二枚渡します」

 

 一郎はすかさず、さらに銀貨を二枚差し出した。

 まだまだ十分に路銀はあるし、そういえば、エリカは国境審査が早く終わるように、担当の兵に銀貨を賄賂で渡していた。

 やはり、他人にものを訊ねたり、なにかを頼む場合は、それが一番効果があるだろうと考えたのだ。

 

 だが、レジーナは銀貨を受け取ろうとはしなかった。

 そして、顔を曇らせて首を横に振った。

 

「……お連れの女の人のことは諦めた方がいい……。災難だったと思うしかないね……」

 

「どういうことです?」

 

 一郎はびっくりして声をあげた。

 諦めろとはどういうことだ──?

 災難……?

 

「どうと、言われてもねえ……」

 

 レジーナは、困った表情になり、ちらりと部屋の外を気にする仕草をした。そして、ヤンに夕食を温めなおすように言いつけて、部屋の外に出した。

 ふたりだけになると、レジーナは、ヤンが座っていた椅子に腰掛けた。

 一郎に顔を近づける。

 

「……これはあくまでも噂なんだけどね……。あの国境監視団にはおかしな話がある。つまりは、いままでも同じようなことがあったという噂がね……。若い女の旅人が入国しようとすると、その中の何人かがいなくなるのさ。とびきりの美女がね……。まあ、そういう話さ……」

 

 レジーナが小声で言った。

 一郎は驚愕した。

 

「そ、そんな──。国境監視団が人さらいを──?」

 

「声が大きいよ──。噂だと言っているだろう──」

 

 レジーナが叱咤した。

 一郎は慌てて、声をひそめた。

 

「……で、でも、そんなことは……。だ、だけど、女の旅人をさらってどうするんです?」

 

「それは知らないよ……。ただ、美女を誘拐してどうするかと言われれば、大抵は、奴隷にして売り飛ばすことを想像するね……。罪を犯してもない者や借金の形として売られた者以外を奴隷にするのはご法度だけど、切り抜ける方法はいくらもあるからねえ……。それに、奴隷の首輪を装着されたら、自分は誘拐されましたとも、奴隷は訴えられない。主人の命令には逆らえなくなるからねえ……。そうなったら逃げられない……」

 

「奴隷──。冗談じゃない──」

 

 一郎は身体に巻かれている当て木と布を剥がしだす。

 こんなところで横になっている場合じゃない。

 

「ちょ、ちょっと、お待ちよ──。どうするつもりなんだい?」

 

 レジーナが血相を変えた口調で言った。

 

「決まっています──。連れて行かれたエリカを取り戻します。だったら、その奴隷商とやらに行きます。この街の奴隷商の場所を教えてください」

 

「ま、待ちな──。こりゃあ、参ったねえ……。気持ちはわかるけど……。だけど、このドロボークには奴隷商はないんだよ──」

 

「えっ?」

 

 一郎は当て木を外していた手を止めて、レジーナを見た。

 

「この街には奴隷商はない。奴隷商といえば、もっと大きな城郭だよ。こんな国境に面した辺境の街になんかあるものかい」

 

「だ、だったら……」

 

「うん……。だから、噂だと言ったろう。とにかく、もう夜だ。今夜は大人しくしてな」

 

 レジーナは焦ったように言った。

 

 嘘だ──。

 咄嗟に思った。

 レジーナは嘘をついている。

 あるいは、なにかを隠している……。

 根拠はないが勘だ。

 一郎は確信した。

 

「レジーナさん、知っていることがあれば教えてください。彼女は俺の大切な人なんです。絶対に見つけないと」

 

「大切な人って……」

 

「恋人です」

 

 戸惑ったが、はっきりと言った。

 そうだ。エリカは大切な女だ。

 恋人であり、この世界で生きる方法を教えてくれる先生であり、一郎を護ってくれる護衛であり……。両親が早世している一郎にはずっといなかった家族のような存在になりかけていて……。

 

 レジーナが驚いたように目を見開いた。

 一郎は、さらにレジーナに詰め寄ろうとした。

 そのとき、廊下になにかの気配を感じた。

 

 誰かいる……?

 ヤン……?

 

 だが、そこにいる者のステータスを魔眼の力で覗いて一郎は驚愕した。

 しかし、次の瞬間には、すぐに行動に移していた。

 

「うう……。や、やっぱり、身体が……」

 

 一郎は、唸り声をあげながら、もう一度寝台に横たわって、掛け布で身体を覆った。

 

「ほら、ごらん──。やっぱり、まだ身体が痛むんだろう……? とにかく、いまは傷を癒すことだけを考えるんだ。ちょっと待ってな。なにか食べるものをすぐに持ってくるから……」

 

 レジーナが立ちあがった。

 すると、廊下の気配も消えた。

 どこかに身を隠したのだろう。

 

 この部屋をひそかに窺っていた者がいた……。

 一郎は寝台で小さな唸り声を出す演技をしながら確信した。

 

 それは……。



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28  女刺客と淫魔師

 音もなく、部屋の扉が開いた。

 

 入ってきたのは、黒いフード付きのマントで身体を覆っている人影だ。部屋の中は完全な闇だったが、そろそろ闇にも慣れた頃だったので、一郎の眼にはそれがはっきりとわかった。

 人影の右手には、銀色の小さな刃物がしっかりと握られている。

 その視線は、はっきりと寝台に横たわって小さな寝息をたてている膨らみに注がれていた。

 だが、その人影の動きがはっとしたように静止した。

 

 違和感を感じたに違いない。

 だが、そのときには、もう遅い。

 扉の影に隠れていた一郎は、入ってきた人影の背中を思い切り押してやった。

 

「きゃあ──」

 

 体勢を崩した人影がその場に倒れる。

 だが、すでに両脚はしっかりと床に密着している。そのまま、両手を床につけるかたちになった人影は、床に四肢を密着させてしまい、四つん這いの格好で動けなくなってしまった。

 

「な、なに?」

 

 人影が驚いている。

 

「クグルス、灯りをつけろ。もういいぞ」

 

 一郎は言った。

 

「アイアイサー」

 

 寝台にうずくまったように見せかけていた荷の塊りの横で、一郎のかく寝息をまねた音を出していた魔妖精のクグルスが陽気な声をあげて宙に浮かぶと、卓の上の燭台に指を伸ばした。

 蝋燭の火が灯る。

 部屋の中がぱっと明るくなった。

 

「な、なんだ、これは?」

 

 捕らわれたアサシンが驚いている。

 アサシンが見たのは、自分の身体を床に貼りつけるために、床一面に拡げられた粘着性のあるトリモチだろう。クグルスの魔道でさらに強化して、一度貼りついたら、絶対にひとりでは離れることができないようにされている。

 一郎は素早く、そいつが持っていたナイフを取りあげた。

 

「な、なんで?」

 

 やってきた刺客は、あまりのことに呆然としている様子だ。

 一郎はそいつの被っていたフードを剥ぎ取った。

 中から現れたのは、可愛らしい顔をした若い人間族の女の顔だ。

 

 

 

 “コゼ

  人間族、女

   奴隷

  年齢20歳

  ジョブ

   アサシン(レベル10)

   戦士(レベル10)

  生命力:50

  攻撃力:5↓(拘束中)

  魔道力:0

  経験人数:男25

  淫乱レベル:D

  快感値:700(通常)

  状態

   マニエルの奴隷(首輪)”

 

 

 

 一郎は魔眼を駆使して、もう一度捕えたアサシンのステータスを確かめた。

 

 アサシン……。

 すなわち、殺し屋だ。

 

 それがずっと一郎の周りをうろついたのはわかっていた。

 向こうとしては、気配を殺して接近していたつもりだったかもしれないが、魔眼保持者の一郎に対して、それは不可能だ。

 アサシンというジョブを持つ者がずっと付きまとっていることはすぐに気がついた。

 

 そのアサシンはなんとなく、一郎がひとりになるのをずっと待っていた気配だった。怪我で満足に動けないことになっている一郎には、レジーナかヤンが交代でついていてくれていたので、なかなかその機会がなかったようなのだ。

 それで、真夜中になる前にレジーナとヤンを追い返し、ひとりになる状態を作ってやった。

 

 案の定、そのアサシンは部屋にこっそりと忍び込んできた。

 あとは、どうということはない。

 一郎は事前に、床の上に強い粘着性のあるトリモチをクグルスに命じて敷き詰めさせていた。さらに、クグルスに頼んで、一郎の気配を消す魔道をかけてもらった。

 あとは、のこのこと部屋に入ってきたそのアサシンの背中を一郎はただ思い切り押しただけだ。

 

 まだ、二十歳……。

 若い……。

 それでジョブレベル10というのは、大したものだと思う。

 

 一郎も、この城郭にやってきて改めて知ったのだが、どんなジョブであろうと大抵は“5”以上になるのはまれだ。

 2から4──。

 それが常人のレベルのようだ。

 レベル10などというのは、ほとんど見かけることもない。

 だから、それが凄いものだというのはわかる。

 

 それを考えると、エリカの戦士レベルは、目の前のコゼというアサシンを上回る“20”だ。

 エリカもまた図抜けた戦士だというのが、それでわかる。

 

 いずれにしても、この女がエリカの居場所を知っているのは明らかだ。

 エリカをさらったものが、そのエリカの連れである一郎をさっさと始末するために、こいつを送り込んだに決まっているのだ。

 

「コゼっていう名なんだな? さあ、どういうことか、白状してもらうぞ。なぜ、ここに忍び込んだ? 大かた、エリカをさらった者と関係があるな……。さあ、喋るんだ──」

 

 一郎は、コゼの鼻先に取りあげたばかりのナイフを突きつけた。

 

「ふっ……。殺しなよ……。あたしとしたことがとんだへまだよ……。なんで、あたしの名を知っているのかわからないけど……。まあいいや……。大して未練のない命だし、さっさと殺しな……。あたしは、あんたを殺しに来た殺し屋だよ。喋れることはそれだけさ」

 

 コゼが無表情で言った。

 

「俺がこの刃物を使わないとでも思っているのか……? 言っておくが、俺は大事な連れをさらわれて激怒しているんだ……。情報を掴むためにどんなことでもするぞ。その顔を切り刻まれたいか──」

 

 一郎は精一杯の脅し文句を言った。

 こういうことは苦手なんだが、そんなことは言っていられない。

 しかし、コゼは眉ひとつ動かさなかった。

 

「顔でもなんでも切り刻みな──。最後にはしっかりと心の臓を抉ってくれるとありがたいね。この首輪のおかげで自殺もできないんだ。あたしをついに殺してくれる者が現れたなんて、なんて今日はいい日なんだろうねえ」

 

 コゼの顔がかすかに自嘲気味に笑った気がした。

 駄目だ……。

 まったく脅しは効いてないようだ。

 

 一郎はもう一度、ステータスを見た。

 

 

 

  マニエルの奴隷(首輪)

 

 

 

 確かに、このコゼの首には、銀色の金属の細い首輪がある。

 これが奴隷の首環というものだろう。

 一郎がこの世界にやってきたときに、最初にアスカに嵌められたものに似ている。

 この首輪によって、このコゼは奴隷状態になっているに違いない。

 

「……お前を送り込んだのはマニエル──。間違いないな?」

 

 一郎は言った。

 そのマニエルというのが何者かは知らないが、一郎の推理が正しければ、エリカをさらったのは、そのマニエルだと思った。

 そして、そのマニエルは、自分の奴隷であるアサシンのコゼに命じて、一郎を殺させようとしたのだろう。

 

「へえ……。あたしの名も知っていたし、何者なんだい、あんた? まあいいや……。だったら、あたしに質問なんてしなくてもいいだろう。さっさと殺しなよ。もう覚悟はできてるんだ。それに、拷問なんかしても無駄だよ。首輪の力で口封じをされている。喋ろうとしても喋れない。無駄なことはやめて、あたしを殺しておくれ」

 

「エリカを連れていったのは、マニエルだな?」

 

 一郎はかまをかけた。

 

「喋れないと言っているだろう……」

 

 コゼは呆れたという表情で小さく鼻を鳴らした。

 すると、一郎とコゼを見守っていたクグルスが大きな声で笑った。

 

「ご主人様、だったら、さっさと身体に聞けばいいよ。ご主人様の奴隷にしちゃいなよ。そうしたら、今度は逆に命じたことをなんでも喋らざるを得なくなるからさ」

 

 クグルスが笑いながら、コゼを捕えるために床一面に拡げていたトリモチを消滅させた。もちろん、コゼの手足を密着させている部分についてはそのままだ。

 コゼが初めて、ぎょっとした顔になった。

 

「な、なんだい、こいつ? これはなにさ?」

 

 コゼがクグルスを見て目を見開いた。

 ずっと無表情だった顔が初めて反応したという感じだ。

 

「魔妖精で淫魔のクグルスだよ──。ご主人様の正しもべだ」

 

「ま、魔妖精──? 妖魔……つまり、魔族ということ? な、なに? あんた、何者? 魔族を操っているの?」

 

 コゼが声をあげた。

 しかし、一郎は無視した。

 それよりも、クグルスの言ったことを考えていた。

 

 このコゼが奴隷としての主人であるマニエルに口封じの命令をされているというのは事実だと思う。

 だとすれば、いくら訊問しても、このコゼからは情報は取れない。

 

 しかし、一郎の性奴隷にしてしまえばどうなのだろう……?

 すでに、他の者の奴隷状態にある者を一郎の奴隷状態することができるのかどうかはわからないが、やってみる価値はある気がした。

 いま、こうしているあいだも、エリカがどんな目に遭っているかはわからないのだ。

 

「ねえ、どうする、ご主人様? ぼくがこいつの身体に入っちゃう? ぼくの淫魔級は二十だからね……。それに対して、こいつは十だ。エリカよりも低い。だから簡単だ。ぼくよりも、級の低い相手の身体はわけなく乗っ取れるよ」

 

 クグルスが言った。

 一郎は少し驚いた。

 

「お前にも、ジョブレベルがわかるのか?」

 

 クグルスが“級”と称したのは、一郎の魔眼に映っている“ジョブレベル”のことだろう。

 一郎は、魔妖精のクグルスもまた、レベルを読み取る力があるのは知らなかった。

 

「ジョブレベル? 能力級のこと? わかるよ。ぼくたち淫魔にとっては、取り込む相手の力を見極めるのは大事なことだからね。それができない淫魔なんていないよ。ご主人様の能力ももうわかるよ。最初はわかんなかったけどね。いまはわかる。淫魔師級は六十だ。そんな凄い級には出逢ったことないよ。そんな淫魔師に仕えているなんて、ぼく淫魔仲間の中では鼻が高いんだ」

 

 クグルスが朗らかに言った。

 だが、いまの説明には、少し腑に落ちないことがあった。

 淫魔が身体を乗っ取れるのが、能力級、すなわち、ジョブレベルの上下に関わりがあるのなら、淫魔師六十レベルの一郎をレベル二十のクグルスは乗っ取れなかったはずだ。

 しかし、一番最初、このクグルスは一郎の身体に入り込んで一郎を女にしかけた。それはよく覚えている。

 

 それについて聞いた。

 しかし、クグルスは笑って首を横に振った。

 

「あれは、実際には乗っ取ったんじゃなくて、吸い込まれたんだよ。いまではそれがわかる。淫魔は淫魔師の能力だけは外からではわからないんだ。あらゆる力が淫魔師には無効になるからね。だから、ぼくはご主人様を能力級が“一”だとしか思わなかったんだ。まあ、いまにして思うと、運がよかったよね」

 

 クグルスは笑って言った。

 

「い、淫魔師……? 淫魔? ほ、本当に、お前たちは何者?」

 

 会話を聞いていたコゼがびっくりしている。

 

「……それで、どうする? ご主人様……? ぼくが入る?」

 

 クグルスがもう一度訪ねた。

 だが、一郎は首を横に振った。

 

「不要だ」

 

 コゼの背後に回る。

 ナイフを横に置いて、コゼの身に着けていたマントをまくり上げ、さらにズボンと下着を引き下ろした。

 

「なに? 殺す前に犯すのかい……? まあ、当然か……。どうぞ……。つまらない身体らしいけど、それでもよければね」

 

 コゼが少しほっとしたような口調になった。

 犯されるとわかり、安心したような態度になったのはおかしなことだと思ったが、そんな反応だった。

 

 犯され慣れている……?

 一瞬、そんな感覚がよぎった。

 

 そういえば、コゼの経験数は、二十五人となっている。

 この世界の常識にはまだ慣れないが、二十歳の女としては、異常な数の多さだろう。

 それは、コゼが奴隷だということに関係があるのだろうか……?

 

 一郎はコゼのズボンと下着を床に張りついている膝までおろして、下半身を剥き出しにした。

 

 そして、後ろから股間の桃色のもやの部分をすっと撫ぜる。

 

 これまで接した女の中でもっとも薄いもやだ。

 ほとんど白に近い。

 しかも、大抵の女には、あちこちにもやが見えたが、いまのコゼには、ほとんどそれがない。

 

「はあっ」

 

 とたんに、コゼが四つん這いの背中をのけ反らせた。

 一瞬にして、コゼの身体に愉悦が走ったのがわかった。コゼの全身にぱっと股間にあったのと同じような桃色のもやが浮びあがったのだ。

 それは剥き出しに下半身であろうと、服を着ている上体であろうと、あちこちにある。

 

 こうなれば、容易い。

 

 一郎は股間をまさぐりつつ、そのもやのある部分を次々に手で刺激を加えていった。

 

 コゼがあっという間に喘ぎだすとともに、快感値がゆっくりと下がり始める。

 それは、薄い桃色のもやが、次第に色を濃くして拡がるにつれて、どんどんと加速度的に降下していく。

 

「な、なに、これ? なにが起きているのよ──、あ、ああっ、わ、わからない……。ああ、くうっ、はああ──」

 

 コゼがこっちまでびっくりするような反応をし始めた。

 一郎は慌てて、クグルスにこの部屋から声が廊下に漏れ出るのを防ぐ結界を張らせた。

 

 意外なほどの初心な反応だと思った。

 まるで、生まれて初めての快感を味わっているような感じだ。

 もしかしたら、これまでの性交では、コゼは自分が気持ちよくなるということを体験したことがないのか?

 一郎は背後からコゼの股間に顔をつけ、下側から舌を伸ばした。

 

「うふうっ」

 

 コゼの身体が激しく震えた。

 そのまま、赤いもやの部分を舌で追いかけ回すようにする。

 コゼはもうじっとしていられなくなったようだ。一郎が舌先で花弁の裏側を這いまわるようにすると、腰を左右に振り経てるように強くよがり始める。

 

「な、なにこれ──? な、なに? なに……?」

 

 コゼが喚いている。

 

「なによ、お前──? いままで男とやったことないの?」

 

 クグルスがからかっているが、もはやコゼには聞こえていないかのようだ。

 だが、一郎もそう思った。

 それにも関わらず、コゼはたくさんの男との性交の経験がある。

 

 やはり……。

 一郎は確信した。

 

 このコゼは、これまで一方的に犯されるような性交しかしてこなかったのだ。だから、初めて燃えあがろうとしている自分の身体に当惑をしているということのようだ。

 一郎には、これまでにコゼを抱いた男たちが、どれだけ冷たくコゼを扱っていたかということがそれだけでわかった。

 

「だ、だめ……。な、なにか変……。なにか変よ……。あ、ああっ……こ、こんなの……ああっ……変……へんよ……あ、ああ……」

 

 コゼは急激に襲いかかり続ける苛烈な快感に、興奮と歓喜を隠せないようになっている。

 すでに股間は愛液でびっしょりだ。

 

 快感値は“20”──。

 そろそろいいだろう……。

 

 一郎はコゼから顔を離すと、自分の股間を剥き出しにして、ゆっくりとコゼの股間を突いていった。

 しかも、膣の中の真っ赤なもやに染まった部分を突き押すように擦っていく。

 

「ああっ──」

 

 いきなりだった。

 コゼが頂上を極めたような声を放ったかと思うと、一気に快感値が“0”になり、膣を貫いている一郎の怒張が噴き出した蜜でべっとりとまとわった。

 

「ふふ……あっという間だね……。なあんだ──。こんなこと平気だよなんて、顔してたから、どうなるのかなあって思っていたけど、やっぱり、ご主人様の手管からは逃げられなかったね」

 

 クグルスがコゼの顔の周りを舞いながら笑った。

 だが、コゼはそれどころではないようだ。

 一郎の愛撫と抽送は続いている。

 しかも、一郎は、一度達したコゼの身体を解放することなく、赤もやを使って、次々に新たな強い刺激を送り続けている。

 コゼの快感値は、“5”から“3”の部分を前後している状態で維持させた。

 快楽の極みをずっと彷徨いつづけさせられている状態だろう。

 一郎はコゼを責め続けた。

 

 そのコゼに一郎が精を放ったのは、コゼが二度目の絶頂をしたときだ。

 コゼの心を鷲づかみにした感覚が襲う……。

 孕ませるも、性奴隷にするも自在だ。

 それが一郎にはわかる。

 

 孕ませない……。

 性奴隷にする……。

 

 一郎は念じた。

 コゼが一郎の支配に陥ったのがわかった。

 

 そのときだった……。

 突然に、コゼの首にあった奴隷の首環が音をたててふたつに割れてその場に落ちた。

 

「ご主人様の支配力が勝った──。奴隷の首環の支配よりも、ご主人様の支配力が遥かに強かったから首輪が外れたんだ──。こうなると思った──。やっぱり、ぼくのご主人様はすごいよ──」

 

 クグルスが陽気な声をあげた。

 一郎はコゼから怒張を抜いた。

 すると、コゼが身体を震わせて、しくしくと泣き始めた。

 一郎は驚いてしまった。

 

「あ、ありがとうございます……。ありがとうございます……。ありがとう……」

 

 しかも、小さな声でしきりに礼の言葉を繰り返している。

 一郎は困惑してしまった。

 

「クグルス、もういい。トリモチを外せ」

 

 とりあえず、一郎はコゼの拘束を取り去ることにした。

 すぐに、コゼの手足を床に貼りつけていたトリモチが消滅して、コゼが自由になる。

 コゼは支えるものがなくなって力尽きたかのように、横倒しに床に尻もちをついた。そして、いまだに泣きながら、ありがとうと繰り返してる。

 

「こいつ、どうしちゃったの? なんで、お礼言ってんの?」

 

 クグルスがコゼの周りを舞いながら呆れたように笑った。

 それは、一郎にもわからない。

 犯されて泣くというのはわかるが、礼を言われるというのは理解の外だ。

 

「ねえ、ねえ、お前、なんでお礼を言ってんの? そんなに気持ちよかったの?」

 

 クグルスがからかうように、コゼに言った。

 

「う、うん……。気持ちよかった……。こんなの初めて……。な、なんかわからないけど……お礼を言いたくなって……」

 

 すると、コゼが素直に頷いた。

 一郎はコゼの可愛い反応に、思わずにんまりしてしまった。

 

「とにかく、服を直せ、コゼ」

 

 一郎は荷から布を取り出してコゼに放った。コゼはまだ、ズボンと下着を膝まで下げたままの状態だ。

 

「あっ、はい……」

 

 しかし、布を受け取ったコゼは、それを持ったまま困惑したような表情になっている。

 

「なにをしている。さっさとやれ」

 

 一郎は呆然としている様子のコゼに言った。

 

「あ、は、はい……。で、でも、こんなにきれいな布を使っていいのですか……?」

 

「きれい?」

 

 一郎が渡したのは普通の布だ。洗濯はしているが、きれいというほどのものじゃない。

 

「は、はい……。あ、あたしみたいな女が使うのは雑巾じゃないといけないと……」

 

「雑巾? なにを言っているかわからないが、とにかく、それで股を拭いて、服を着ろ。訊ねたいことがある。マニエルという男の居場所を教えろ」

 

 一郎は言った。

 コゼが慌てたように動き始める。

 だが、布で股間をぬぐうのかと思ったら、膝立ちになって、自分の股間の真下に布を拡げ、指で自分の股間に手を入れて中の精を掻きだすようにし始めた。

 少しだけ一郎は驚いてしまった。

 

 それで気がついたが、コゼの股間には一本の恥毛もない。まるで童女の股間のように亀裂があるだけだ。

 やがて、指で始末が終わったのか、やっと布を持った。だが、困ったように手を止め、結局、その布の隅の方で遠慮がちに股間を拭いた。

 そして、下着とズボンを身に着けた。

 

「いつも、そんな風にやっているのか?」

 

 コゼが服を整えるのを待ち、一郎は訊ねた。

 なんとなく、そんな感じだった。

 

「い、いえ……。犯されたときは、いつも指で掻き出すだけで……。それから、井戸水と酢で自分で洗います。子種が残らないようにそうするように命じられてるんです……。あたしはアサシンですから……。孕めば仕事ができません……」

 

 コゼがつぶやくように言った。

 声が小さいのは、自分の心境の変化に当惑しているという感じだ。

 無理もない。

 たったいままで、コゼは奴隷の首環のために、マニエルという主人の支配にあった。

 それが、一瞬にして、見知らぬ一郎の奴隷状態になったのだ。心もそういうように陥っているはずだ。だが、頭がそれに追いつけずに、困惑状態にあるのだろう。

 

 それにしても、孕んだら困るというのはわかるが、この世界にはサビナ草という絶対の避妊薬がある。それを使わないのかと訊ねた。

 しかし、コゼはびっくりしたように首を横に振った。

 

「あ、あたしは奴隷です。そんな高価なもの……」

 

 これには、一郎の方が驚いた。

 サビナ草は安価だ。

 一郎も店に並んでいるのを見たが、二束三文で買える程度のものでしかない。そこら辺にある野草で、魔道の遣えるエリカなど、自分で作るくらいだ。

 それを高価というのだから、このコゼは余程にひどい扱いを普段から受けているのだろうか……?

 

「あ、あの……。あたし、どうしてしまったんでしょう……。なんで首輪が……」

 

 コゼはふたつに割れて壊れた首輪を茫然と見ている。

 

「お前は、ご主人様の奴隷になったんだよ。性奴隷にね」

 

 クグルスが言った。

 

「奴隷……? 新しいご主人様ということ……? で、でも、なんで首輪が……。それに、首輪がなくて、どうやって……」

 

 コゼがクグルスに視線を向けた。

 

「ご主人様は首輪なんてものは使わないんだよ。ご主人様が使うのは、ご自身の精だ。それで、お前は支配されたんだ」

 

「あ、ああ……。そういえば、淫魔師だとか……。つまり、あたしは呪術に捉われたということなんですね? それで首輪が弾けてしまったと……」

 

「まあ、そういうことだ。不本意だろうが、こうなったら覚悟を決めろ。お前は俺の囚われになったんだ。嫌でも俺に従ってもらうからな」

 

 一郎は横から言った。

 

「い、いえ……。全然……。不本意だとか、嫌だとかはまったく……。ただ、驚いただけです……。あ、あの、よろしくお願いします……。……というか……あたしを飼ってくれるんですか?」

 

 コゼが一郎に顔を向けた。

 しかし、一郎は戸惑ってしまった。

 エリカの居場所を吐かせるために、このコゼを奴隷状態にしたのだが、よく考えれば、奴隷にするということは、一緒に連れていくということになるのかもしれない。

 解放するという手もあるが、エリカもそうだったが、一度支配してしまうと、今度はそれをなくすのは、むしろずっと難しいのだ。

 

 まあいい……。

 それは後で考えることにしよう。

 それよりも、エリカのことだ……。

 

 一郎が訊ねると、コゼはエリカの居場所をあっさりと口にした。

 マニエルというのは、この城郭で金貸しをしている分限者だった。

 だが、金貸しの商売の傍ら、最近ではもっぱら闇奴隷の売買もやっているということのようだ。

 そして、国境監視団長のゼッケルと組んで、入国希望の旅人から、美貌で係累のないような若い女を見つけると、誘拐して奴隷の首輪を嵌めて闇奴隷として売り飛ばすという商売をしているらしい。

 

 レジーナがこの街には、奴隷商はいないと言っていたが、それは事実だったようだ。ただし、闇奴隷商はいた。

 もしかしたら、レジーナはマニエルのことを知っていたのかもしれない。

 なにかを隠している素振りを感じたのは、そのせいだったのだろう。しかし、教えると、怪我をしていると思い込んでいる一郎がそこに行くと思って、心配して隠したのだと思う。

 

 いずれにしても、エリカは、その闇奴隷商のマニエルに捕らわれてしまったのだ。

 居場所もわかった。

 分限者の屋敷に、さらった女を調教する場所があり、そこに監禁されているようだ。コゼ自身もエリカを運ぶのを手伝っていて、それは確からしい。

 ただ、分限者には、コゼのような腕の立つ用心棒が大勢いて、簡単に助け出すということにもいかないようだ。

 

 一郎は思案した。

 そして、壊れた奴隷の首輪にふと目をやった。

 

「クグルス、その首輪を直せるか? 装着されたものを支配する機能は壊れたままでいい。ただ、コゼの首輪を元通りに嵌めさせたいんだ。コゼに手引きさせて屋敷に侵入する。ただ、首輪がなくなっていては、コゼがマニエルの支配から逃れてしまったのが、ばれてしまうだろうしな」

 

「そんなの簡単だよ、ご主人様──。コゼ、首輪を首にあてて、両手で押さえてよ」

 

 クグルスがコゼに言った。

 

「こう?」

 

 コゼが素直に割れた首輪を拾って、両手で持って首に嵌める。

 クグルスが手を振った。

 首輪は元の通りにコゼの首に収まった。

 

「なにも変わらないわ……。ご主人様はこの方……。それは変化ないわ」

 

 コゼが一郎に視線を向けた。

 

「当たり前だよ。能力級六十の淫魔師様だよ──。その支配から逃れられるわけないよ。ロウ様だ。覚えておきな。一所懸命に仕えるんだよ」

 

 クグルスが偉そうに言う。

 一郎は笑ってしまった。

 

「そ、それはもちろん……。だけど……」

 

 コゼがすっと一郎から視線を外すように下を向く。

 

「だけど、なんだ?」

 

 一郎はコゼを見た。

 なんだか赤い顔をしている。

 

「そ、その……。あなたの……ご主人様の奴隷になったら……。そ、その……。また、あの気持ちいいことしてくれるんでしょうか……。と、時々でいいんです……。で、でも……できたら……。また、あのお情けをいただけたら……」

 

 コゼがもじもじしながら言った。

 一郎は思わず頬が緩むのを感じた。

 

「なに言ってんだよ、コゼ──。それが性奴隷の仕事だよ。このロウ様というご主人様は絶倫だからね──。いままではエリカひとりだけだったから、エリカも大変だったけど、これからはお前もいるから、少しはましになるだろう。とにかく、毎日、エリカと一緒にご主人様と性を交わすんだ。それがお前たち性奴隷の仕事だ。大変だけど頑張るんだ──」

 

「そ、それは、大変なんかじゃ……。むしろ嬉しいというか……」

 

 コゼが口の中でごにょごにょと言った。

 それにしても、クグルスの物言いは大袈裟だと思った。

 

「クグルス、俺はそんなに絶倫でもなければ、色気違いでもないぞ。まあ、確かに淫魔師に覚醒してから好色になってるのはわかるけど……」

 

 一郎は苦笑した。

 

「ええっ──? ご主人様、自覚ないの? 体力のあるエリカだから、もってるんだよ。普通だったら、エリカみたいに相手するのは無理なんだよ」

 

 すると、今度はクグルスが驚いた声をあげた。



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29  (かわや)女の逆襲

「あがああああ──」

 

 後手縛りで逆さ吊りされているエルフ娘の身体がのたうちまわった。

 エルフ娘の股に装着させている貞操帯の内側で肛門に挿し入れている棒状の淫具から、魔道で電撃を発生させたのだ。

 尻に強い電撃を浴びせられたエルフ娘は、あまりの苦痛に雄叫びをあげて、全身を痙攣させている。

 

 マニエルは椅子の手摺りに載せている指を軽くあげて合図をした。

 魔道具を操作している部下の調教師がエルフ娘に加えている電撃を止めた。

 貞操帯だけを身につけている脂汗びっしょりのエルフ娘の裸身ががっくりと脱力する。

 

「どうだ? ここにいる男たちの珍棒を口で咥える気になったか? ここには、俺を含めて十人の男がいる。その全員の珍棒から精を出し終えたら、逆さ吊りから解放してやろうと言っておるだろう」

 

 マニエルは、逆さ吊りのエルフ娘の正面に置かせた椅子に深く腰掛けたまま言った。

 すると、エルフ娘が険しい形相でマニエルを睨みつけた。

 長時間の逆さ吊りで、もう意識を保つのも大変だと思うのだが、まだまだ気力は保っている。

 

「ふ、ふざけるんじゃないわよ。わたしの口の中に汚らしいものを入れてごらんなさい──。どいつもこいつも、噛み千切ってやるからね──」

 

 そして、エルフ娘の口から唾が飛んできた。

 さすがに、もうここまで唾を飛ばす力もないようだが、それでもそんな悪態をつく力は残っているらしい。

 

「こ、こいつ、また──」

 

 エルフ娘の調教を手伝わせるために集まっている十人ほどの部下のうち、スラというマニエルの護衛長が血相を変えた

 直接調教をしているふたりの調教係と、椅子に腰かけているマニエル以外の全員が、手持ち無沙汰の様子で床に座っていたのだが、そのスラがすっくと立ちあがった。しかも、エルフ娘を殴り掛からんばかりの表情だ。

 マニエルは慌てた。

 

「待たんか、スラ──。それは売り物だぞ。傷をつけるな──」

 

 マニエルは怒鳴った。

 スラがエルフ娘に歩み寄りかけた足をとめて、面白くなさそうに再び元の位置に戻って座り込む。

 

「だけど、マニエル様、こんな小生意気なエルフ娘なんて、ちょっとばかり痛い目に遭わせてやれば、すぐにいうことをききますよ。こんなまどろっこしいことしてないで、殴りつけてやればいいじゃないですか」

 

 スラが吠えるように言った。

 忠実で頼りになる護衛長だが、血の気の多いのが玉に傷だ。

 それに、スラには尻穴に電撃を浴びせられるのが、どんなに残酷な拷問であるのか想像ができないようだ。

 殴ったり蹴ったりして屈服するくらいなら、電撃でとうの昔に落ちている。

 

 だが、こうやって逆さ吊りの態勢にしてから、もう二ノスは経つだろう。エルフ娘は屈伏の気配すらない。

 しかも、マニエルを主人として奴隷の支配を刻ませた奴隷の首輪をすでに装着させている。

 だが、エルフ娘の心は奴隷の首輪に支配された形跡がない。

 

 これはどういうことだろう?

 マニエルは初めてのことで当惑してしまっていた。

 この絶世の美女であるエルフ娘を国境警備団長のゼッケルから買い取ってこの屋敷の調教部屋に連れてきたのは、昼過ぎのことだ。

 すぐに、いつものように奴隷の首輪を嵌めさせ、まだ薬剤で頭が朦朧としている状態のときに、催眠の魔道で奴隷になるとはっきりと口にさせた。

 自覚があろうとなかろうと、言の葉として口に出せば、それで奴隷の首輪の支配はしっかりと刻まれてしまう──。

 

 そうなるはずだった。

 これまでもそうだったし、例外はなかった。

 

 しかし、このエルフ娘については、首輪の支配が効かないのだ。

 本来であれば、首輪の支配を利用して、ここに集めた男たちの性器を舐めさせ、首輪の支配だけでなく、はっきりと奴隷の心を刻み込んでやるつもりだった。

 

 だが、このエルフ娘は頑強に抵抗し続けている。

 もちろん、後ろ手に縄で縛っている両手の手首には、魔道封じの腕輪をさせているが、それがなければ、いまにも魔道でも、剣でも抵抗し続ける気配だ。

 

 とにかく大変に気の強い娘であり、国境警備団の検査で示したマゾ気質とは違う側面に接して、マニエルは少し意表を突かれていた。

 

 まあ、こんなに気の強い娘が、ひとたび性的嗜虐を加えれば、たちまちに屈服してしまうというのにたまらない魅力を感じる愛好家は大勢いると思うのだが、いずれにしても、奴隷として支配できないというのでは売り物にならない。

 マニエルは困ってしまっていた。

 

「ねえ、少し、俺に任せてくれませんか? 俺がちょっとばかり、痛めつけてやりますよ。怪我は魔道で治療してやればいいでしょう。こんな女、びんたの数発ですぐに落ちます。全員の珍棒を舐めることを承知させてやりますから」

 

 スラが壁に背をつけたまま大きな声で言った。

 

「な、殴るんなら殴りなさい──。その手でも足でも、思い切り噛みついてやるからね──」

 

 エルフ娘が怒鳴った。

 マニエルは感嘆した。

 これは大変な娘だ。

 

「な、なんだと──」

 

 スラの顔がまた真っ赤になった。

 マニエルは溜息をついた。

 

「やめんか、スラ──。暴力で屈するなら電撃で屈する。調教が進むまで黙っておれないなら、いいから出ていくがいい──。いや、今夜は無理かもしれんな……。しばらくは、俺と調教師だけでよい──。ほかの者は出ていけ」

 

 マニエルは言った。

 もともと、エルフ娘の調教は、見知らぬ大勢の男たちの性器を舐めさせるところから始めるつもりだった。

 だから、調教師ではないマニエルの部下たちを集めたのだ。

 だが、首輪の支配の効果がなく、心の屈伏から始めなければならないのであれば話は別だ。

 調教師以外の者は邪魔でしかない。

 

「ちぇっ──。面白くねえなあ──。今夜は、(かわや)女もいねえしな──」

 

 スラが舌打ちして立ちあがった。ほかの者も続く。

 厠女というのは、マニエルのもうひとりの用心棒であり、アサシンとしても使っている女奴隷のコゼだ。

 凄腕の殺し屋として便利に用いている彼女だが、スラをはじめ血の気の多い男の部下を慰めるための女としても、その身体を使わせている。

 スラが厠女と呼んだのは、男たちの溜まった精を抜くのに使う道具として、コゼが全員共用の抱き女のような立場にあるからだ。

 

 コゼは腕が立ち、スラたちよりも腕ははるかに上だ。

 だが、「主人」であるマニエルの命令により、スラたちには逆らわずに身体を提供するようにさせていた。

 そんなコゼをスラたちは厠女と呼んで蔑んでいるのだ。

 

「では、続けろ。もう一度、尻に電撃を流せ。今度は股間も同時にだ」

 

 ぞろぞろと出口に向かいかけたスラたちを確認しながら、マニエルは調教師に命じた。

 

「いぎいいいい──」

 

 エルフ女の身体が弾けた。

 けたたましい悲鳴をあげて、身体をくねらせる。

 

 そのとき、戸が外側から開いた。

 入ってきたのはコゼだった。

 コゼには、このエルフ娘の連れの人間族の男を殺すように命じていたのだが、もう終わったに違いない。

 

 それにしても、このエルフ娘を調教したというその人間族の若い男は、どうやって、この娘を飼い馴らしたのだろうか……?

 あっさりと殺す前に、それを聞いておくべきだったかもしれない。

 マニエルはちょっと後悔した。

 

「おう、厠女──。ちょうどいい──。新しい奴隷女に抜かせるつもりだったのが当てが外れてな──。お前の股を使うから、ちょっと横になれ」

 

 スラがコゼを掴んで怒鳴っている。

 マニエルは苦笑して、視線をエルフ娘に戻した。

 

「ぐあっ」

 

 そのとき、突然に呻き声が部屋にとどろいた。

 マニエルは驚いて、もう一度振り返った。

 

 

 *

 

 

 面白くなかった。

 

 スラは、苛つきをエルフ娘にぶつけ損なって、仕方なく座り込んだ。

 こんな女、スラのデカ珍を突っ込んで掻き回してやれば、ひいひい言って泣き喚き、あっという間に堕ちるに決まってる。マニエルがやるような、まどろっこしい「調教」なんて必要ないのだ。

 

「ねえ、少し、俺に任せてくれませんか? 俺がちょっとばかり、痛めつけてやりますよ。怪我は魔道で治療してやればいいでしょう。こんな女、びんたの数発ですぐに落ちます。全員の珍棒を舐めることを承知させてやりますから」

 

 だが、やっぱりスラは我慢できなくなり、マニエルに訴えた。

 

 とにかく、出したい。

 股でも、口でもどこでもいい。

 ぶちまけたい。

 今日はエルフ娘を犯せると聞いていたので、股間はいまや遅しと、その瞬間を待ち望んでいるのだ。

 たぎりたった性欲が沸騰しそうだ。

 

 予定では、もうすでに二、三発の精は放ち終わっている頃だ。入国検査でさらってきたこの性奴隷候補の首に「奴隷の首輪」を嵌め、マニエルの「命令」でエルフ娘にまずはここにいる全員の珍棒を舐めさせることになっていたのだ。

 

 だが、すっかりと当てが外れてしまった。

 なぜか、このエルフ娘にはマニエルが事前に施した「奴隷の首輪」の効果がないらしい。

 それで、マニエルは「調教」の手段として予定していた、マニエルの部下全員に舌奉仕をさせるのを取り止め、じっくりと屈服させるやり方に変更しそうな気配だ。

 

 だが、そんなことになったら、この珍棒はどうなる?

 溜まった精をどうやって処理すればいのだ。

 

 今夜は、いつもの厠女はいない。

 あのコゼは、マニエルに命じられて、なにかの仕事をしにいった雰囲気だ。

 

 それも、面白くない……。

 

 マニエルが、武芸の技については護衛長のスラよりも、女奴隷のコゼを買っているのはよくわかる。

 護衛が一名しかつけられない状況のときは、スラでなく、コゼを使うし、スラに教えることのない特命をコゼに与えたりする。

 本当に苛つくことばかりだ。

 

「な、殴るんなら殴りなさい──。その手でも足でも、思い切り噛みついてやるからね──」

 

 すると、いきなりエルフ娘が怒鳴ってきた。

 スラはかっとした。

 

「な、なんだと──」

 

 スラは今度こそ、生意気なエルフ娘を蹴り飛ばしてやろうと思った。

 逆さ吊りになっているエルフ娘の顔はちょうどスラの腰の高さだ。

 二、三発蹴りあげるのにちょうどいい。

 スラは再び腰をあげかけた。

 棒切れのように蹴り揺らしてやる。

 

「やめんか、スラ──。暴力で屈するなら電撃で屈する。調教が進むまで黙っておれないなら、いいから出ていくがいい──。いや、今夜は無理かもしれんな……。しばらくは、俺と調教師だけでよい──。ほかの者は出ていけ」

 

 しかし、マニエルに大声でたしなめられた。

 一応は、スラの雇い主だ。

 スラはこれ見よがしに舌打ちをした。

 だが、それはエルフ娘のけたたましい悲鳴にかき消された。マニエルがエルフ娘の股間と尻の穴に魔道具で電撃を流したのだ。

 もう、マニエルはスラを見ていない……。

 

 スラも、今夜はエルフ娘に精を放つことは不可能だと知るしかなかった。

 仕方なく、ほかの男たちを促して立ちあがった。

 

 とにかく、出したい。

 なんでもいい。

 誰でもいい……。

 犯したい。

 女に精を放ちたい──。

 

 心の中で罵りながら扉に向かうと、不意に、この地下の拷問部屋に入る扉が外から開いた。

 入ってきたのは厠女のコゼだ。

 スラは嬉しくて声をあげていた。

 

「おう、厠女──。ちょうどいい──。新しい奴隷女に抜かせるつもりだったのが当てが外れてな──。お前の股を使うから、ちょっと横になれ」

 

 スラは言った。

 

 このコゼを初めて犯してやったのは七年くらい前だった。

 コゼが十三くらいで、まだまだ童女の面影を十分に残していた頃だ。

 スラがマニエルに雇われる前であり、その腕を試すということでマニエルの奴隷のコゼと木剣で戦わされたのだ。

 結果はスラの完膚無き敗けだった。

 スラはたった十三歳の少女に、剣の腕で歯が立たなかったのだ。

 結果的にマニエルは、スラを雇ってくれることになったが、スラは負けたことが面白くなかった。

 それで、その日の夜に、数名を誘って、小娘のコゼを襲おうとした。

 そのときもスラは、逆にコゼに倒されてしまった。

 しかも、コゼは持っていた小さなナイフでスラの喉を掻き切ろうとしたのだ。

 

 あのときの恐怖はいまでも、頭に焼きついている。

 人を殺すことにほんの欠片の躊躇いもない……。

 そんな眼だった。

 

 もしも、その場にマニエルが駆けつけてくれなかったら、一瞬後にはコゼは間違いなくスラを殺していたと思う。

 だが、マニエルはコゼを止めた。

 コゼはマニエルを「主人」とする奴隷の首輪を首につけられている。

 一切の命令には逆らえない。

 命拾いした瞬間だった。

 

 しかし、そのときマニエルは意外な反応を示した。

 勝手に奴隷のコゼを襲ったスラを咎めるかと思えば、こんな童女で満足するなら、自由に使っていいと言ったのだ。

 つまり、マニエルはスラたちにコゼを犯すことを許可したのだ。

 ただし、身体を傷つけないことが条件だ。

 そして、マニエルはコゼに、これ以降、スラに逆らうことを禁止した。

 

 スラは呆気にとられた。

 そして、狂喜した。

 殺されると思った少女を思う存分に凌辱できるのだ。

 

 スラはコゼを犯した。

 まだ、処女だったが、その日からコゼはスラたち全員の厠女になった。

 

 そして、七年──。

 

 あのときには、まだ子供っぽかったコゼも、いまでは奮い起つようないい女に成長した。

 ただ、いまだにスラたちの厠女であることは変わりないが……。

 

「早く、服を脱いで、けつをこっちに向けな、コゼ──。また、おれのデカ珍で、ひいひい泣かしてやるぜ」

 

 スラはズボンをおろしながら言った。

 エルフ娘に精を出し損った一物はすでに勃起状態だ。

 コゼが無表情のまま、腰からなにかを抜いて、さっと手を払った。

 なにが起きたかわからなかったが、気がつくと股間から血が噴き出している。

 股から性器がなくなっていた。

 スラは絶叫した。

 

「ひとつだけ言っておくよ……」

 

 その場に跪いてしまったスラの喉にぴたりとコゼの持つ刃物が当たった。

 

「……あんたに犯されて、ひいひいなんて泣いたことはないね……。その方がさっさと終わるから、そう言っていただけよ……」

 

 コゼが刃物を横に払った。

 それがスラの最後の知覚になった。

 

 

 *

 

 

 騒然となった。

 

 一郎は扉の外から、コゼが大男を惨殺するのを目の当たりにして茫然としてしまった。

 

 一郎に犯されて、可愛らしくよがり狂った女の姿はそこにはない。

 ただ、冷酷に人を殺すアサシンとしての姿があるだけだ。

 

 一郎も淫魔道がなければ、股間と喉を斬り裂かれた男と同じ運命を辿っていたのだろう。

 改めて、ぞっとした。

 

 だが、考えている暇はない。

 一郎も部屋に雪崩れ込む。

 必撃の剣でとりあえず前にいた男を斬った。

 死んだのか、怪我をしただけかはわからないが、血飛沫をあげてそいつが倒れた。

 

 急いで剣を収める。

 一度剣を振ったら、すぐに収めて抜く。

 それしか、一郎には戦いようもない。

 

 そのあいだに斬りかかられれば終わりだが、その心配はなさそうだった。

 コゼがしっかりと一郎をガードするように前を防ぎながら、両手に持った短剣で、踊るように周りの男たちの喉を斬り裂いて回っている。

 

 それが凄まじい。

 

 ほとんどひと振りで確実に相手を仕留めている。

 コゼは両手に短剣を握っているので、一瞬ごとにふたりいなくなる計算だ。

 一郎がもう一度剣を抜いたときには、抵抗する者はいなくなり、数名が尻餅をついて震えているだけになっていた。

 

 一郎はエリカを探した。

 この部屋にいることは部屋に入る前からわかっている。

 

 いた──。

 

「エリカ──」

 

 叫んだ。

 エリカは革の貞操帯一枚の裸で逆さ吊りになっていた。

 両手は背中側に縄で縛られてもいて、拷問を受けていたらしく、かなり衰弱している感じだ。

 しかも、朦朧としている。

 

「な、なんだ、お前たちは──?」

 

 エリカの横にいる太った男が金切り声で叫んだ。

 一郎の魔眼に“マニエル”という名が映った。

 さらに、商人と奴隷商のふたつのジョブも見える。

 こいつが主犯だ──。

 一郎は剣を持ったまま、歩み寄った。

 

 一方で、戦闘はすでに終わっている。

 一郎がひとりを斬った以外はすべてコゼが倒していた。

 残りはマニエルを含めて三人──。

 三人とも武器を持っていないし、戦士のジョブもない。

 

「マニエル以外は皆殺しにしろ、コゼ──。ひとりも逃がすな」

 

 一郎は言った。

 ひとりでも逃がせば、一郎たちがマニエルの屋敷を襲ったのが発覚する。

 マニエルには国境監視団がついている。訴えられて、一郎たちの顔と名が割れれば、うまく逃げおおせても、その日からお尋ね者だ。

 

 可哀想だが全員に死んでもらうしかない。

 この屋敷には、ほかにも家人がいることはわかっているが、マニエルがやっていた闇奴隷商売を隠すために、この誘拐奴隷の監禁場所は屋敷とは隔離された場所にしていたようだ。

 それが幸いし、おかげで、ここまでうまく誰にも会わずに忍び込めた。

 帰りもコゼの手引きがあれば、うまい具合にこっそり逃亡できると思う。

 

 ただ、国境監視団がエリカを引き渡した夜に起こったマニエルたちの惨殺だ。

 逃亡したとしても、若いエルフ女と人間のふたりのことを思い出し、それと関連づけて、一郎たちに結びつく可能性はある。

 しかし、それはコゼが否定した。

 コゼは国境監視団長のこともよく知っていて、マニエルが死ねば、肩代わりしてもらっていた借金を返さなくてよくなり喜ぶだけで、犯人を探して追いかけようとする男ではないというのだ。

 むしろ、怖いのはマニエルの息のかかった者たちであり、それは主人を殺されたことを根に持ち、復讐を企てる可能性はあるそうだ。

 従って、この場にいる誰も逃がしてはならない──。

 それが結論だ。

 

「かしこまりました、ご主人様……」

 

 コゼが壁に張りついて怯えている男ふたりに歩いていった。

 一郎の魔眼には、ふたりのジョブは「調教師」とある。

 コゼがふたりの前で短剣を動かした。

 ふたりの悲鳴がかき消え、一郎の頭の中からふたりのステータスが消滅した。

 

「ロ、ロウ様……」

 

 逆さ吊りのエリカが一郎を認めて、ぼろぼろと涙をこぼし出した。

 

「な、なんだ、お、お前たちは──。コ、コゼ、こいつを殺せ──。命令だ──。お、お前の主人の俺の命令だ──」

 

 マニエルが悲鳴をあげた。

 

「新しいご主人様……。この男もあたしが殺していいですか……? この男は一度もあたしを人間扱いしませんでした……。あたしはずっとこいつを殺したいと思っていたんです……」

 

 コゼが血だらけの短剣を両手で握ったままやって来る。

 マニエルがひきつったような声をあげた。

 

「欲張るなよ、コゼ……」

 

 一郎は剣を抜いて、そのマニエルに刃先を突きつける。

 

「俺はエリカのご主人様だ……。エリカをおろせ……」

 

 自分でも信じられないくらいに冷静だった。

 一郎はいまからこのマニエルを殺すつもりだ……。

 だが、驚くほどに躊躇いがない。

 苦しそうなエリカの姿に接すると、エリカがどんなに酷い目に遭ったかというのは想像して余りある。

 エリカをそんな風に扱っていいのは一郎だけだ。

 一郎のはらわたは煮え返っていた。

 

「わ、わかった……。おろす……。おろすから……」

 

 マニエルが床を這い進み出す。

 どうやら、腰が抜けてしまったようだ。

 マニエルが壁にある操作具に取りついた。

 エリカの身体がさがり、床に横倒しなる。

 

「俺のものに手を出した酬いをくれてやる。それから、コゼはもらっていく。お前には勿体ない女だ……」

 

 一郎は剣を構えた。

 最初のひと太刀目までなら、殺し損なうことはない……。

 まだ、ひと太刀目だ。

 

「か、金なら……」

 

 それがマニエルの最後の言葉になった。

 一郎の剣は見事にマニエルの心臓を貫いた。

 二度目の人殺しには、まったくの動揺もない。

 死んで当然の男を殺した……。

 思ったのはそれだけだ……。

 

「エリカ……」

 

 一郎は剣を収めてエリカに振り向いた。

 エリカは嗚咽をして、泣きべそをかいている。

 一郎はまだ縛られたままのエリカを抱きかかえた。

 

「ロ、ロウ様……、だ、大丈夫ですか……? け、怪我は……?」

 

 エリカが泣きながらそう言った。

 一郎は苦笑した。

 この状況で、まず最初に一郎の心配をするなど、いかにもエリカらしい。

 

「俺は大丈夫だ……。それよりも、俺以外の者に嗜虐されやがって……。それで気持ちよくよがったか、このマゾ女? お仕置きするからな……」

 

 一郎はエリカの縄を解きながらうそぶいた。

 

「き、気持ちよくなんかありません──。ロウ様以外なんか、気持ち悪いだけです──」

 

 エリカが憤慨して怒鳴った。

 

「わかった、わかった……」

 

 一郎は笑った。

 

「あ、あのう、ご主人様……。これはエリカ様の足枷の鍵です……。殺した調教師が持っていました……。ただ、はかされているものを外す鍵がないんです。探したんですが、ご主人様も……いえ、マニエルも調教師のふたりも持っていませんでした……」

 

 コゼが鍵を差し出しながら困ったように言った。

 コゼはエリカを前にして緊張しているようだ。

 一郎は鍵を受け取り、まずは枷を外す。

 これで逃げられる。

 

 まあ、貞操帯はどうにでもなるだろう。

 エリカの身体が快復すれば、エリカ自身でも外せる……。

 しかし、拷問を受けて弱っているいまは無理だろうが……。

 

「このまま、エリカは連れていく。逃げさえすれば外すのはどうということもない。逃げるのが先だ……」

 

 一郎はそう告げてから、コゼをエリカの視線の前に導いた。

 

「……ところで、エリカ──。新しい旅の仲間だ。コゼという。お前を助けるために成り行きで性奴隷にした。一緒に連れていく……。よろしく頼むな」

 

「そう……。エリカよ。よろしく……」

 

 エリカはにっこりと微笑んだ。

 

「よ、よろしくお願いします、奥様──。奴隷のコゼです──。そ、それと、ご主人様のお情けをもらってしまいました。申し訳ありません」

 

 すると、なにを思ったのか、いきなり、コゼが短剣をその場に置いて、がばりとひれ伏した。

 一郎はびっくりした。

 だが、エリカは噴き出した。

 

「馬鹿ねえ……。わたしも性奴隷よ。ロウ様のね……。あなたもロウ様の性奴隷になったんでしょう? 仲良くしましょう」

 

 エリカは言った。

 

「えっ?」

 

 コゼが当惑した声をあげた。

 

「とにかく、話は後だ──。エリカの荷はもう把握している。杖も手形も無事だ。もう逃げるだけだ。そら、おぶされ、エリカ──」

 

「で、でも……」

 

 少しだけエリカが躊躇いの声をあげた。

 

「いいから」

 

 一郎は怒鳴った。

 

 エリカが少し照れたような表情になり、そして、一郎の首に手を回してぎゅっと抱きつくと、嬉しそうに背中に身体を預けてきた。



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30  ふたり目の性奴隷

 不思議な男だった。

 

 その男がふたりの女とともに、早朝に旅立つのを見届けてからレジーナは思った。

 どうということもない平凡な男だ。

 若くもない。

 

 しかし、それなのに美しいエルフ族の若い娘を連れていると、まったく違和感がない。

 お似合いだ。

 そう感じてしまうのが不思議だ。

 

 また、夕べは、この男は連れの女を恋人だと言ったが、確かにそうだ。エルフ族の女と男の雰囲気でふたりが男女の関係というのはわかる。しかも、あれはエルフ族の女の方がぞっこんだ。そんなのは、宿屋商売をするレジーナにはすぐにわかる。

 さらに、昨日の宿泊前の時点では、明らかに他人のはずだった可愛らしい顔をした人間族の小柄な女と仲良くなり、一緒に連れていった。

 本当に何者……?

 

 不可思議な気を醸し出す男だった。

 男……。

 

 レジーナは夫を流行り病で失ってから、ずっと感じてなかった、レジーナの中の女をあの男によって感じていた……。

 つまり、女の子宮を疼かせるような男……。

 そんな感じだった。

 

 顔立ちが特別いいわけでもない。

 どちらかといえば、顔は平凡だ。

 見るからに英雄然としているとか、喋り方が素晴らしくて女心をときめかせるとかというわけでもない。

 だが、なんとなく気になるのだ。

 

 喩えるならば、花の周りを動いている虫が蜜の匂いを放つ花にごく自然と引き寄せられるような感覚──。

 その男の放つ特別な気に不思議と心が捉えられる……。

 

 こんな気分になったのは、悪いが死んだ夫でもなかった。

 理由なく惹き寄せられる……。

 それが怖ろしい人食い花であったとしても、それがわかっていて自ら食べられるために近づいてしまう……。

 そういう不思議な男だった。

 

 ちょっとした気紛れでもいいから、あの男と男女の一夜をすごしてみたい……。

 そんな気持ちにさえ陥った。

 まあ、相手にもされないとは思うが……。

 あんなに若くて美人のエルフ族の女に慕われているのだ。

 レジーナなど……。

 

 もっとも、そんな機会などないし、あっという間にその若い男はいなくなってしまった……。

 

 最初にその男を見たのは、昨日のことであり、そろそろ夕方に差しかかろうという時期だった。

 彼は連れの娘を必死になって探しており、話を聞けば、入国検査を国境監視団で受けている途中で、突然にいなくなったのだという。それでこちら側の出口から出てこなかったのかと訊ねてきたのだ。

 

 すぐに思いつくものがあった。

 悪い噂だ。

 

 国境警備団長のゼッケルがこの城郭の分限者である金貸しのマニエルと組んで、入国をしようとする若い娘をひそかにさらって闇奴隷として売り捌いているという噂だ。

 俄かに信じられるような話ではないが、いかにもゼッケルやマニエルがやりそうなことだった。

 あのふたりについては、いい噂を耳にしない。

 もしかしたら、この男の連れの娘も同じ目に遇ったのだろうか。

 レジーナは心配になった。

 

 その娘は美貌で有名なエルフ族の娘であり、しかも、奴隷としては最高級とされている肌の白い白エルフの美少女だという。

 これは絶対にさらわれた。

 そんな予感がした。

 

 とにかく、店で使っているヤンという小僧を呼んで、彼のいうエルフ族の少女が国境監視団の施設から出てこなかったかと訊ねた。

 ヤンには、ふたつある入出国門のうち、そのひとつで客引きをさせていたのだ。

 

 ヤンはエルフ族の女など、絶対に出てこなかったと言った。

 レジーナは自分の勘が当たっている気がした。

 その男とは深い話をする間もなく、彼は荷を預かってくれとレジーナに頼んでから、もうひとつの入出国門に駆けていった。

 その姿は本当に必死であり、彼にとって、はぐれた連れのエルフ娘が本当に大切な存在であることがわかった。

 

 レジーナは、エルフ娘のことは単なる擦れ違いであり、自分の勘が絶対に当たって欲しくないと願った。

 ともかく心配になり、ヤンにその若者を追いかけさせた。

 すごく思いつめている感じであり、無茶なことをしやしないかと心配になったからだ。

 

 しばらくして、ヤンが血相を変えて戻ってきた。

 その男が国境監視団の将兵に食って掛かり、滅茶苦茶に殴られているいうのだ。

 急いでヤンとともに、その場所に向かうと、大怪我をして道端で意識を失っている彼がいた。

 顔面は血と青痣だらけであり、少なくとも両腕と片脚の骨は折れている。

 その若い男を背中に抱えて、店に連れて行った。

 

 レジーナの経営している料理屋は、二階が宿屋になっていて、夕方遅くに入国してくる客や早朝に出国しようとする客を目当てにした宿屋でもある。

 その一室に寝かせて、とりあえず治療をした。

 だが、治療をするといっても、高価な魔道の薬草があるわけでもない。ただ身体の汚れと血糊を落として、折れた腕や脚に当て木をして布で巻いただけだ。

 身体の中もやられたのか、かなりの熱もあった。

 ヤンには、彼の熱を水で冷やしながら、ついているように命じた。

 レジーナは、夕食を食べにくる客に料理を賄いながら、彼は大丈夫だろうかと思った。

 

 ヤンが二階から呼びにきたのは、すっかりと夜のとばりがおりてからだ。

 その日の泊り客は、明日早朝に出国したいという行商人風のふたり連れの男と黒いフードで顔を隠した若い娘だけであり、そのいずれも、すでに部屋に入っていて、店もひと息ついていたところだった。

 あがっていくと、彼は意識を取り戻していた。

 

 驚いたことに、もしかして死ぬのではないかと思うような怪我だったのに、かなり元気そうだった。

 レジーナは怪訝に思った。

 連れのエルフ少女のことを口にする彼に対して、レジーナは国境警備団にある黒い噂のことを教えた。

 

 だが、すぐにそれを後悔した。

 彼はそれを知って、すぐに起きあがろうとしたのだ。

 回復しているように見えるが、かなりの大怪我だった。

 起きあがるなどとんでもない。

 いまは、身体の回復に専念するべきだ。

 だから、とっさにこの城郭には、連れの少女が連れて行かれたと予想できる奴隷商はいないと言った。

 レジーナの頭の中には、金貸しのマニエルのことが過ぎっていたが白を切った。

 

 マニエルは、手にした闇奴隷をすぐには売らない。

 時間をかけて「調教」し、それをほかの城郭からも呼んだ愛好家たちに高い値で売っているという話だ。

 レジーナのやっているような店は噂話の宝庫だ。

 いろいろな話が入ってくる。

 とにかく、明日からその彼の連れがどこかに売られる前に、なんとか取り戻してあげることを考えようと思った。

 レジーナになにができるかわからないが、この男のためになにかしてあげたい──。

 そう思った。

 

 だが、いまは怪我を癒すことだ。

 レジーナはそう言った。

 起きあがろうとした彼は、心当たりがないというレジーナの言葉に、がっかりしたように再び寝台に横になった。

 とりあえず、レジーナはほっとした。

 

 それからのことはまったくわからなかった。

 ヤンとともに、ずっと交代で看病をしようとしたのだが、その若い男に部屋から半ば強引に外に出された。

 看病はもう不要だというのだ。

 

 レジーナはなにかあったらすぐに言ってくれという言葉を残して部屋を出た。

 だから、彼が夜中に部屋を抜け出して、建物の外に出て行ったなどということにはまったく気がつかなかった。

 

 ましてや、あのマニエルのところに乗り込んで連れの娘を助け出しに行くなど……。

 

 だが、もうすぐ夜も明けるかと思うときに、彼は外から戻ってきたのだ。

 背にかなり衰弱している様子のエルフ娘を背負っていた。

 そのエルフ娘には、大きなマントのようなものを被せていたが、その下は裸のようだった。

 その若い男とエルフ娘のほかに、もうひとりの若い女が一緒であり、驚いたことには、その女は食事なしで宿に泊まっていたひとり旅の女だった。

 

 その女からも、彼自身からも、血の匂いがした。

 レジーナはなにをしてきたのかすぐに思い立った。

 急いで三人を店に招き入れた。

 

「誰にも見られていない……」

 

 男はそう言った。

 それは確かのようだ。

 レジーナは三人を店に入れるときに、周囲に誰もいないことを確かめた。

 

 店に入ると、男とエルフ娘は二階にあがっていったが、もうひとりの若い人間族の女は、レジーナとともに一階に留まった。その女はエルフ娘のものと思われる荷を抱えていて、その荷とともに残ったのだ。

 そして、レジーナに、どこにも行かないようにと告げた。

 どうやら、レジーナを見張っているようだ。

 だが、レジーナには、彼を訴えるようなまねをするつもりはなかった。

 その女に見張られながら、大人しく一階で待っていた。

 

 男とエルフ娘が降りてきたのは、少し時間が経ってからだ。

 真っ暗だった外も、薄っすらと明るくなりかけていた。

 エルフ族の女はまだ弱っているようだったが、少なくとも自分の足で歩いていた。

 

「あのう……。鍵がかかっていたものは……」

 

 すると、待っていた女が心配そうに言った。なんのことかはわからない。

 

「大丈夫だ……。外れた……。物は荷の中だ。面白そうな玩具だから、いずれ、お前にも着けさせる。覚悟しておけよ」

 

 彼が冗談めかしく言った。

 

「そ、そんな……」

 

 すると、人間族の若い女がぱっと顔を赤らめた。

 レジーナには、その反応で、男と人間族の女もまた、男女の仲であることをそのとき悟った。レジーナの勘にすぎないが、おそらく間違いない。

 男とエルフ女もそういう仲だと確信したのも、このときだ。

 

 つまりは、この美女をふたりとも……。

 そのとき、レジーナはちょっと感嘆する気持ちになった。

 

「すぐに出る」

 

 そして、彼がレジーナに言った。

 レジーナはうなづいた。

 それがいいと、レジーナも思ったのだ。

 なにをしてきたのか詳しくはかわからないが予想はつく。

 

 おそらく、マニエルの屋敷は、朝とともに騒ぎになるのだろう。

 少なくとも、この城郭の治安も預かっている国境監視団が動く事態にはなる。

 そのとき、さらってマニエルに引き渡したはずのエルフ娘が城郭を歩いているのを見つければ、あのゼッケルは不審に思うに違いない。

 若者もエルフ娘も、城門が開くと同時に城郭を去る方がいい。

 もちろん、レジーナの店に残っていられても困る。

 完全な夜明けとともに、ハロンドール王国の中心に向かう街道に繋がる門は開く。

 開門とともに逃げるべきだ。

 

 彼はひとつの袋をレジーナの前に置いた。

 開くと金貨が十枚入っている。

 ひと財産だ。

 ハロンドール金貨ではなくローム金貨だった。

 断ろうと思ったが受け取ることにした。

 三人のことは口外しない。

 それを金貨を受け取ることにより告げたつもりだ。

 

 すると、彼は安堵の表情をして微笑んだ。

 思わず抱きしめたくなるような、そんな笑顔だった。

 

 三人はいなくなった。

 レジーナはほっとするとともに、とてもがっかりしたような気分になった。

 せめて、あとひと晩あればねえ……。

 しかし、だけど、あんなに若くて可愛らしい女をふたりも連れていくくらいの男だ。レジーナみたいなおばさんは相手にしないか……。

 いや、それでもせめて二日……。

 二日あったら、若い女には出せない熟女の色香で……。

 そんなことを思った。

 

 

 *

 

 

 一郎は、街道沿いにある宿場町に早めに宿に入ることにした。

 そのまま進めば、陽が暮れる前に次の宿場町に辿り着きそうだったが、やはり、エリカのことが心配だった。

 

 かなりの拷問を受けていて身体が弱っているにも関わらず、無理にドロボークの城郭を出てきたのだ。

 大丈夫とは言いながらも、やはり少しつらそうだ。

 健脚自慢のエルフ族が、今日は一郎と同じくらいの歩みで精一杯のようだった。

 もっとすぐに宿を求めたかったが、やはり、少しでもドロボークを離れておきたい。

 

 マニエルたち十人の全員を皆殺しにしてきた。

 今頃、ドロボークは大騒ぎかもしれない。

 

 泊まることを決めたのは、ドロボークを出発してから三個目の宿場町だ。

 夕食の時間にはまだ早いので、三人でまずは前払いで泊まることにした部屋に入った。

 すぐにエリカとコゼに、服を脱いで寝台に上体を突っ伏し、尻をこっちに向けるように指示した。

 

 コゼは戸惑っていたようだったが、エリカがすぐに服を脱ぎだすのに接して、自分も服を脱ぎ始めた。

 今日の旅のあいだ、さすがにまだふたりには打ち解けた雰囲気はなく余所余所しかった。

 特に、コゼは奴隷だったせいか、自分を卑下する雰囲気が強く、なかなかエリカに進んで口を開かない。なんとか、“エリカ様”と呼びかけることと、丁寧な言葉使いだけはやめさせたが、自分とエリカが同等だという気持ちにはなれないらしい。

 

 また、エリカをマニエルがさらうのに自分もひと役噛んでいる……。

 それも気にしているように思えた。

 

 そんなわだかまりを失わせるにはセックスだ──。

 一郎はまとめてふたりを犯すことにした。

 

「エリカはコゼの股間を、コゼはエリカの股間を愛撫しろ──」

 

 ふたりの白い尻が一郎に向かって並ぶと一郎はすぐに命じた。ふたりはぴったりと密着して並んでいる。手を伸ばせば簡単にお互いの股間に届く距離だ。

 

「そ、そんな……」

 

 戸惑いの声を出したのはコゼだ。

 

「さあ、コゼ……」

 

 一方でエリカはすぐにコゼの股間に触れ始めた。

 それを受け、コゼもおずおずとエリカの股に手を伸ばす。

 いずれにしても、性に関することでは、ふたりとも一郎の「命令」には逆らえない。

 

 進んでやるか、嫌がりながらもやるかの違いだけだ。

 

 本格的な愛撫になった。

 しばらくすると、エリカとコゼの喘ぎ声が始まる。

 声の大きいエリカに比べて、コゼは懸命に耐えるような控えめな声だ。

 まあ、いずれにしても、部屋にはエリカに防音の結界を刻ませた。いくら声を出しても、廊下に漏れることはない。

 

「コ、コゼ……か、感じる……。き、気持ちいい……」

 

「あ、あたしもです……。い、いえ、あ、あたしも、エ、エリカ……」

 

 そして、ふたりが相次いで声をあげた。

 やはり、すでに興奮状態のエリカに比べれば、まだコゼは大人しい感じだ。それに、もともとエリカには百合の性愛の傾向があった。それも関係あるかもしれない。

 

 いずれにしても、ふたりの白い肌は完全に充血して、それぞれの肌に薄っすらと汗を帯びるようになっている。

 一郎はお互いを責めさせながら、ふたりの菊座に指で愛撫を加えた。

 ふたりの反応が一気に激しくなる。

 

 ただ、絶頂までの耐久度を示している数字、すなわち「快感値」に余裕があるコゼには、感じる部分を激しく責めて数字を磨り減らすようにし、もうかなり追い詰められているエリカについては弱い刺激に留めている。

 コゼのよがり方がエリカと同じくらいに強くなる。

 

 しばらく続けた。

 ふたりともすっかりとできあがった。

 そろそろ、いいだろう……。

 一郎はまずはコゼの股間に後ろから怒張を貫かせた。

 すでに一郎も裸になっている。

 

「んんっ──。だ、だめえ──」

 

 コゼが耐えきれなくなったように大声を発した。

 膣の中の真っ赤なもやの部分を力強く亀頭で擦ってやる。

 一番感じる場所のはずだ。

 コゼがいきなり身体を弓なりにして絶叫した。

 しかし、数回突いただけで、すぐにエリカの股間に怒張を移動させる。

 同じように激しく反応するエリカを数度突き、またコゼに移動していく。

 

「な、なにを……?」

 

 エリカが戸惑いの声をあげた。

 そのときには、一郎はコゼに二度目の抽送を開始していた。

 

「うぐいすの谷渡しという技だ。ふたりとも同じようにいかせてやろう。もっと仲良しになれるようにな」

 

 一郎は腰を激しく動かしながら言った。

 コゼについては、さっきと同じように、一気に快感値が落ちるように強い性感帯を激しく突き、また、すっとエリカに移動する。

 エリカについては、わざと性感帯は外すように突いて、できるだけ快感値が持続するようにする。

 コゼに比べれば、エリカの快感値は最初から低い。

 ふたりをほぼ同時に昇天させるには、そういう「調整」が必要なのだ。

 さらに、コゼについては、エリカを犯しながらも指でさらに愛撫を続ける。

 コゼの反応が激しくなり、どんどんと快感値が下がっていく。

 

 それを続けた。

 

 ふたりの反応は激しくなり、やっとふたり同時にひと桁にすることに成功した。

 ふたりとも限界が迫っている。

 一郎は往復のピッチをあげた。

 

「ああ、あああ──あああ──」

 

「き、気持ちいです──、ご主人様──。こんなにしてもらってありがとうございます──あああっ──」

 

 最初は派手ではなかったコゼの声もエリカにあおられたかのように大きい。

 

「一生懸命に我慢しろよ。後に達した方に精をやろう──」

 

 一郎は同じようにふたりを犯しながら言った。

 すると、ふたりとも快感を耐えるような仕草をした。お互いに一郎の精が欲しくて、競い合う気持ちになったのは明らかだ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

 だが、やっぱりエリカが早かった。

 まずは、エリカが感極まったような声をあげて、全身を愉悦の頂点に導かせる。

 一郎はそれを見届けてから、怒張をコゼに移して、最後の抽送をした。

 

 コゼもまた声をあげて達する。

 一郎はそのコゼの中にたっぷりと精を吐き出した。

 

 

 

 

(第5話『闇奴隷の罠』)終わり



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 第6話   山の中の温泉
31  岩間の温泉


「へえ……」

「これは……」

 

 岩と岩のあいだに溜まった小さな泉から湯気が立ちのぼるのを目の当たりにして、エリカとコゼがそれぞれに声をあげた。

 

「里のじじいの話は本当だったようだな」

 

 一郎も言った。

 眼の前にあるのは、岩のあいだから染み出ている温泉だ。

 結構、広い。

 湯も汚れておらず、完全な露天風呂だ。

 

 ハロンドールを貫く街道を進んでいた三人だったが、アッピア峠という峠越えの山間道の入口に差し掛かったところで、麓の里で暮らす老人から、この山に沸いているという岩間の温泉の話を耳にした。

 それで、いてもたってもいられなくなり、山道の途中から街道を外れて、さらに山を登り、その「温泉」目指してやってきたのだ。

 

 果たして、その温泉は本当にあった。

 久しぶりに風呂に入れる──。

 一郎は嬉しかった。

 

 この大陸には、「入浴」という習慣は存在するものの、それは王侯貴族などの限られた富裕層の話であり、一般庶民や一介の旅人の話ではない。一郎もこの世界にやってきて、泉や川に浸かるということはあっても、湯に浸かるという経験は皆無だ。身体を洗うには、少ない水で身体の汚れを綺麗に落とすことのできる魔道の洗い粉もあるので、風呂に入らずとも清潔は保てるのだが、やはり時折は湯に浸かりたい。

 だから、目の前にある「温泉」の存在には、一郎も狂喜する思いだ。

 

「よし、入るぞ──。裸になれ、ふたりとも」

 

 一郎はそう言いながら、一郎はすでに半ば全裸になっている。

 日はまだ高く、中天を少し傾いたばかりだろう。

 道らしきものはここまでずっと存在していたので、ここがまったく人が通わない場所ということはなさそうだが、湯の沸いている岩場の周りにも一切の人工物のようなものはなく、また、周囲に人里のようなものはないこともわかっている。

 湯が沸いている岩の手前で立ち尽くしているエリカとコゼを尻目に、一郎はひと足先に湯に裸身を浸けた。

 少しぬるいくらいの心地よい湯加減だ。

 しかも、完全な自然の山あいの中に存在する温泉に浸かるというのは、素晴らしい爽快感でもある。

 一郎は気持ちよさに声をあげた。

 

「じゃあ、入ろうか」

 

「そ、そうですね、エリカ……」

 

 一郎が脱ぎ散らかしたものを畳みながらふたりが顔を見合わせている。

 数日前にエリカと一郎の旅に加わったコゼだが、名前こそ“エリカ”と呼び捨てだが、結局、エリカに対する言葉遣いも丁寧なものに戻ってしまい、その態度もどことなく余所余所しい。

 なんとかふたりを打ち解けさせたいのだが、十歳の頃から奴隷だったコゼには、対等な立場で簡単に人に馴染むというのは、すぐにはできないようだ。

 実際には二つ歳下のエリカにも、どうしても一歩引いた態度をとってしまうらしい。

 

 また、エリカはエリカで、新しく加わることになったコゼにどう接していいかわからないようでもある。

 コゼが旅に加わってから、毎晩ふたりを一緒に抱いているのだが、まだエリカとコゼのあいだに、見えない壁があることは確かだ。

 一郎はそれをなんとかしたいと思っていた。

 

「待て、せっかくの温泉だ。普通に入っても面白くない。ふたりとも俺の女だし、ちょっとひと縛りしておこうかな。エリカ、縄を持って来てくれ──」

 

 ふたりがすっかりと服を脱いで全裸になったところで一郎は声をかけた。

 

「えっ? 縄? は、はい……」

 

 エリカがちょっと当惑した様子ながら、ほんのりと顔を赤らめて荷から「調教用」の縄束を持ってくる。

 沸いている湯の高さは腿ほどの高さだ。

 一郎はふたりを湯の中に立たせて、まずはエリカの腕を背中に回させて、腰の上で水平に交差させてから短い縄で縛り合せた。そのエリカと背中合わせにして、今度はコゼの背中をエリカの身体に密着させ、ふたりの細い腰の括れを縛り合せる。

 

「で、でも、なんで括るんですか、ロウ様……?」

 

 エリカが控えめな抗議の声を発する。

 だが、一郎は無視した。

 そう言いながらも、エリカが興奮しかけているのは確かだ。

 すでに快感値の数値が、“45”から“40”になっていて、かすかに鼻息も荒くなっている。

 ほんとうに苛められるのが好きな女だな──。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

 一方で、コゼについては、縛られただけでは、まだエリカほどの縄酔いのような反応まではない。

 むしろ、エリカと裸身を密着させられたことで、少し緊張状態にあるようだ。コゼの身体がやや硬くなっているのが一郎にもわかった。

 身長はエリカとコゼでは、コゼの方が小さいが、ふたりの尻たぶがぴったりとくっつくように調整して、縄をベルトのように巻きつけて固定した。エリカは窮屈で動きにくそうだ。

 そのぎこちなさも調教だ。

 背中にはエリカの両手が挟まれるかたちだが、ふたりの腰はしっかりと括れて細いので、まったく邪魔にはなっていない。むしろ、ふたりの背中がしっかりと接し合うのを助けていた。

 その状態で、今度はコゼの両手を背後に回し、エリカの下腹部の手前付近に両手を持ってこさせて縄手錠をした。

 

 これだけ身体を接し合わせれば、少しは親しみの気持ちも湧くだろう。

 それがこの縄の狙いでもある。

 もっとも、それは目的の一部分であり、大半は一郎の愉しみのためだ。

 美女ふたりを好きなように弄ぶ──。

 これに勝る愉しみはない。

 

「そして、あれだ──。お前たちは俺の雌犬だ。雌犬といえば、やっぱり首輪だな」

 

 一郎は一度湯からあがり、今度は自ら荷からふたつの首輪を取り出してきた。これも調教用であり、しかも、一郎はふたつの首輪を指ほどの長さの鎖で繋げてしまった。

 それを湯で待っていたエリカとコゼの首にそれぞれ嵌める。

 ふたりの首も離れなくなり、腰にも縄を巻かれているふたりは、完全に背中を離せなくなった。

 

「さあ、もっと真ん中に来い」

 

 コゼの腕を掴んで誘導した。

 ふたりがカニ歩きで進んでくる。

 

「あ……」

「エ、エリカ?」

 

 感じやすいエリカが小さな声をあげ、それに対してコゼが怪訝な声を発する。

 これだけ背中を接し合っていると、ちょっとした身じろぎだけでじかに肌に刺激が伝わる。

 それでエリカが声をあげてしまったのだ。

 

「気に入ったみたいだな、エリカ……。さあ、身体を沈めろ。これくらいの湯加減なら、しばらく浸かっていてものぼせずにすみそうだぞ」

 

 ふたりに命じる。

 エリカとコゼのふたりがお互いに声をかけ合って、ゆっくりと腰を下ろした。

 

「どうだ、気持ちがいいだろう、コゼ?」

 

 一郎はコゼに声をかけた。

 

「そ、そうですね……。あ、あたしは温泉なんか初めてです」

 

「わたしも……」

 

 コゼに次いで、エリカも言った。

 しばらく湯に浸かっていると、だんだんとふたりとも気持ちが落ち着いてきたのがわかった。

 一郎は頃合いを見計らって、コゼの股間の亀裂にすっと指を伸ばした。

 

「あっ」

 

「自分がやられていることをエリカにするんだ」

 

 一郎はゆっくりとコゼの股間を弄りながら言った。

 コゼにエリカを責めさせる。

 そうするつもりだ。

 そのために、完全に両手を封じたエリカに対して、コゼは縄手錠という比較的手が動く縛り方にしたのだ。

 

「そ、そんな……。で、でも……」

 

 コゼが困惑したように顔を赤らめる。

 眉ひとつ動かさずに、人を屠る女アサシンが淫情に耽って身体をもじつかせる様子はなかなかいい。

 一郎は手を伸ばして、エリカの乳首を思い切り握りつぶした。

 

「い、痛い──」

 

 エリカが悲鳴をあげた。

 面白いのは、一郎がぐいと力を入れると、快感値の数字がまた少しさがることだ。

 やはりマゾなのだ。

 

「命令に従わなければ、エリカを痛めつけるぞ、コゼ」

 

 一郎は笑いながら反対の乳首も抓った。

 

「んぐううっ」

 

 エリカの身体が激痛に跳ねる。

 

「や、やります。やりますから──」

 

 コゼが慌てたように言った。

 一郎はほくそ笑み、もう一度、コゼの股間に指を伸ばす。

 

「ああ……」

 

 声をあげたのはエリカだ。

 一郎には、後ろ手でエリカの股間付近で縄手錠をされているコゼがエリカの股間に手を這い込ませたのがわかった。

 エリカの身体の悶えが、コゼの身体越しに伝わっている。

 

「ああ……、ご、ご主人様……」

 

 コゼも声をあげた。

 一郎は指でゆっくりとコゼの膣の中に感じる桃色のもやの部分を擦っている。あっという間に桃色は真っ赤になって、その場所が拡がり始める。同時に膣の中はコゼの愛液でしっとりと濡れてきたのもわかった。

 

 数日前に出会ったときのコゼの快感値は“700”だったが、いまは初期値が“300”だ。

 

 奴隷時代にたくさんの男たちに犯され続けてきたコゼだったが、絶頂したという経験はなかったようだ。

 そのコゼには、毎晩のように、最後には気絶するほどの連続絶頂を与え続けている。その「調教」の成果だろう。

 

「ちゃんと、同じようにやっているか?」

 

「は、はい……で、でも──あっ、そ、そこは……」

 

 一郎はコゼの膣の入口から少し進んだ上の部分のざらざらした感触を重点的に擦っている。

 いわゆるGスポットという場所だ。

 最初からここが異常なくらいに発達していたエリカに比べれば、コゼはほとんどそれがあるかないかの感じだった。

 しかし、一郎の淫魔術と魔眼により、ちゃんとコゼについても鍛えれば感じる場所になることはわかっていた。ここも数日で膨らみのようなものが顕著になり、いまではむしろエリカよりも反応が強くなっている気もする。

 

「んふう──。コ、コゼ……、あ、ああっ、感じます、ロウ様……。コゼを通じて、ロウ様の指を感じます──」

 

 背後でエリカが悶えながら言った。

 可愛い女だ……。

 どこまでも一郎を悦ばしてくれる。

 

「コゼ、口を開け……」

 

 一郎はそう言って、コゼに唇をむさぼり唾液を注ぎ込んだ。

 唾液を強力な媚薬に変えている。

 一郎はエリカに次いで、魔妖精のクグルスやコゼを新たな奴隷にした。そのことで、一郎の淫魔師としてのレベルは“65”になっていた。

 そのおかげかはわからないが、一郎は自分の身体の体液を好きなように媚薬に変化させることができるようになった。

 その効果もクグルスを含めた三人の奴隷に確認済だ。

 

「ご、ご主人様……こ、これ、また、媚薬……れす……ね……?」

 

 コゼが酔ったような口調になった。

 コゼは媚薬に弱い。

 同じ強さの媚薬でも、エリカに比して、格段に影響がある。

 湯で火照っていたコゼの身体が一気に真っ赤になる。目つきがとろりとして、口元も緩んだ。

 

 一郎はさらに唾液を注ぎ込む。

 コゼの快感値は、あっという間に二桁にまで落ち込んだ。

 一郎は口を離した。

 媚薬の効果により、ぐいとさらに快感値が低下していた。

 

 “30”──。

 

 抵抗なく挿入が可能となる数字だ。

 一郎はコゼを自分の腰に抱え込むようにして、自分の勃起している一物を埋め込んでいった。

 

「んんっ、は、はああああ──」

 

 コゼが身体を反らして声をあげた。

 自然とエリカの背も伸びることになる。

 

「エリカの股を責める指が止まっているぞ、コゼ──。さぼると、エリカに罰を与えるからな。ほらっ──」

 

 一郎はコゼに挿入している肉棒をゆっくりと動かしながら、エリカの下腹部に排尿の感覚を送り込んだ。

 

「ひっ」

 

 エリカが悲鳴をあげた。

 

「ろ、ろうしたん……れす、エリカ──?」

 

 コゼがエリカの悲鳴にびっくりしている。だが、媚薬の影響で舌が回らないようだ。

 

「ロ、ロウ様……、そ、そんな……」

 

 エリカが苦しそうに悶える。

 

「せっかくの綺麗な温泉なんだ。お前の小便で湯を汚すなよ」

 

 一郎はコゼを犯しながら言った。

 

「それと、コゼ──。エリカには丁寧語を使うなと命じたはずだ。いい加減に直せ──。お前もエリカも対等に俺の女だ──。そして、雌犬だ。俺の女に上下の関係を作ることは許さん──。お前がエリカに余所余所しい態度を取ることは、今後、先輩性奴隷のエリカの罰にする──。いいな──?」

 

「しょ、それは……。ああ、ら、らめえ──き、きもちいいれす……ああっ、はああ──」

 

 コゼが呂律の回らない口調で言った。

 さらにピッチをあげつつ、一郎はコゼがしっかりと後ろ手の指でエリカの股を弄っているのを確認している。

 コゼだけなく、エリカもまた、どんどんと快感値の数値が下がっている。

 一郎は手を伸ばして、エリカの乳房を両手で掴んだ。

 コゼの股間を犯しながら、エリカの胸を責めるということだ。

 エリカの快感が増幅され、絶頂に向かって一気に進みだす。

 

「エリカ、コゼはもうすぐ達する。お前も同時に達するんだ。さもないと、俺の性器はお預けだからな」

 

 よがっているコゼの快感値は“10”を切った。

 コゼはもうすぐいく──。

 エリカは、まだ、“15”の付近だ。

 

「そ、そんな──。コ、コゼ、まだ駄目よ──。いくときに声をかけて──。ねえ、お願いよ──」

 

 エリカが必死の口調で言った。

 しかも、自分で腰を動かして、コゼの指による快感を増幅させようとしている。

 そんなエリカに、一郎も思わず笑みを洩らしてしまう。

 

「じゃあ、頑張れよ、エリカ」

 

 一郎はエリカの胸から手を離した。

 両手をふたりが密着させられている腰に移して、腰の動きを速めた。

 

「ああ、いくうっ──いきましゅうう──」

 

 コゼが声をあげた。

 

「ま、まだよ──。我慢して──もうすぐだから──」

 

 一緒にいかないとお情けがもらえないと言われたエリカがコゼの後ろで一生懸命に腰を動かしている。

 その健気さが可愛い。

 

「は、はい……い、いえ……。わ、わかった……。れ、れも……が、がまん……れきない……」

 

 コゼが歯を食い縛って快感を耐える素振りで言った。だが、無駄だろう。

 一郎にはコゼを好きなように好きなときにいかせることができる。

 排尿を耐えているエリカが、それに合わせて快感をむさぼるなどということが難しいのは最初からわかっていた。

 コゼの快感値が“0”になった。

 若き女アサシンの絶頂の声が温泉に響き渡る。

 残念ながら、エリカの快感値は、まだ一桁になったばかりだった。

 

「じゃあ、お預けだな、エリカ……。次もコゼだ。次こそ、同時に達するんだよ」

 

 まだ精を放っていはいないが、コゼが達したところで、一郎は一度コゼから怒張を抜いた。

 

「そ、そんなの狡いです──。コゼばっかり──」

 

 エリカが不満そうに頬を膨らませたのがわかった。

 

「次は尻責めだ──。ふたりの尻に“ローター”を挿入してやろう。それで二回戦だ。ちゃんと息を合わせないと、いつまでももらえないぞ、エリカ」

 

 一郎は笑いながら湯から出た。

 先日、クグリルスに魔道で作らせた淫具の「ローター」を二個持ってくるためだ。

 魔妖精のクグルスには、どんな淫具でも自在に作ることができるという能力がある。

 それで一郎は、この世界には存在しないローターを作らせた。親指ほどの大きさで、電気ではなく、淫気という力で動かすことができるというものだ。魔道の源である魔力は一郎にはないが、淫魔師として淫気はいくらでも操れる。だから、ローターは念じるだけで自由自在に振動をしたり、うねらせたりできる。

 

「ご、ごめんなしゃい、エリカ……。さ、先にいって……」

 

 湯にあがろうとしていると、後ろからコゼがエリカに謝っているのが聞こえた。エリカも謝る必要はないと慰めている。

 ああやって、進んで会話をするのはいい傾向だ。

 あんな他愛のない言葉すら、コゼはなかなかエリカにかけようとしなかったのだ。

 一郎は荷からふたつのローターを取り出すと、たっぷりとゼリー状の潤滑剤を塗りつけた。エリカ自身に命じて魔道で作らせたものであり、痺れるような欲情を誘う強烈な媚薬だ。

 それを持って戻ると、一郎はふたりを立たせて、ぴったりと密着しているふたりの尻に手を割り込ませて、それぞれの尻穴にローターを挿入した。

 

「ああ……」

「ひんっ」

 

 ふたりがそれぞれに可愛らしい声を出して身体を悶えさせる。

 

「じゃあ、二回戦だな」

 

 一郎はふたりの尻穴に潜り込ませたローターに小さな振動を与えると、再びコゼの膣の中に肉棒を挿入していった。

 

「ふうううっ」

 

 悲鳴のような嬌声がコゼの口から迸った。

 

「コ、コゼ、お股を……お股を擦って──。ねえ──」

 

 一緒にいかないと挿入してもらえないと告げているエリカが後ろで必死の声をかけてきた。

 

「そ、そんなこと言われても……。あ、あああっ」

 

 コゼの身体が快感でがくがくと震えだす。

 

「コ、コゼ──。ま、待って──」

 

 コゼの状態に気がついたエリカが感極まった声で叫んだ。

 しかし、尻穴にローターの刺激を受けながら、前を一郎に犯されているコゼは、すでに二度目の昇天の一歩手前にある。

 背中合わせになっているエリカにもそれがわかっているはずだ。だから、必死にコゼが後ろ手に刺激する指から快感をむさぼり取ろうとしているのだろう。

 だが、淫魔の術で送り込んだ強い排尿感が邪魔で快感に没頭できないでいるようだ。

 エリカの耐久度数は、二桁と一桁のはざまでうろうろしている。

 

「エ、エリカ──。ああ、エリカ──。だ、だめ──だめです──。ああっ──」

 

 コゼが引きつった声をあげて、きりきりと歯を噛み鳴らしだした。必死になって自分を耐えようとしているのだ。

 一郎は再び快楽の頂点に追い詰められているのを確かめながら、容赦なくコゼを追い詰める。

 

「一緒でなければ、またお預けだぞ、エリカ──」

 

 一郎は笑いながらコゼを犯す。

 すでに、コゼの数字は“5”を切った。

 絶頂を我慢するのも限界だろう。

 

「コ、コゼ、わ、わたしと一緒に……ああ、待って──」

 

 エリカが一生懸命にコゼの絶頂に合致させようと、腰をうねり動かす。

 

「そ、そんなに動いちゃ──。ああ、あああっ」

 

 しかし、ぴったりと腰を密着させられているコゼの腰はエリカが激しく動けば、一緒に動くことになる。それで一層刺激が大きくなり、コゼの快感値はあっという間に“0”に達してしまった。

 

「んあああっ」

 

 エリカの腰の動きで、挿入されていた一郎の一物から容赦のない刺激を受けたコゼが、稲妻にでも打たれたかのように全身を痙攣させた。

 一郎は今度はそれに合わせてコゼの中に精を放つことにした。

 たっぷりとコゼの中に射精をする。

 一郎の身体に快感が染み渡っていく。

 

「ああん……」

 

 一方で、またしても一緒に絶頂し損ねたエリカが悔しそうな声を発した。

 

「また、お預けだな、エリカ」

 

 一郎はコゼの股間から一物を抜きながら笑った。



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32  尿意と剃毛と男の怒り

 とりあえず、ふたりの身体を密着させていた腰縄と首輪を外した。

 ただし、首輪は鎖を外しただけで、エリカとコゼの細い首には、ふたりの首に合わせて作った首輪がしっかりと嵌まっている。

 

 また、コゼの身体に浸透していた媚薬効果は、淫魔術で一気に消失させた。コゼは夢から覚めたような呆けた顔をしている。

 一方で、刺激を受けながらも、まだ達し損ねているエリカは、いまだ欲情の途中という感じだ。

 だが、強い尿意に苦しそうでもある。

 

 それにしても……。

 こうやって、のんびりと湯に浸かりながら、好き勝手な嗜虐をしていると、改めて、思わず手に入れてしまった幸運について考えたくなる。

 一郎は女たちを見た。

 この世界に来てから、やや強引な成り行きで、性の支配を刻んで女にしたふたりだ。

 

 まずは、エリカ……。

 もともとは一郎を奴隷にしようとした魔道使いであり、エルフ族の優れた女戦士でもある美少女のエリカ──。真面目な性格の下に、実は苛められると欲情するマゾ娘が隠れている面白い性癖でもある。愛すべき一郎の性奴隷第一号だ。

 エリカを性支配することは、一郎がアスカから逃亡するために必要だった。

 さもなければ、一郎はいまでもアスカの奴隷のままだったろう。

 

 そして、奴隷上がりの人間族のアサシンのコゼ……。

 人でなしの主人のために、少女時代を男たちの性欲を満たすための生きた性具として扱われ、自分自身の性の悦びを知らずに、性の経験だけを重ねてしまった可愛らしい顔をした童顔の女だ。さらわれたエリカを救出するために絶対に必要で性奴隷にすることにしたが、意外に性に純粋で可愛い。

 

 二匹の雌犬──。

 一郎の大切な女たちだ。

 

 しかも、ふたりとも本当に、鍛えられた美しい身体と顔をしている。

 それを好きなように抱き、好きなように弄ぶことができる。

 

 異世界に召喚されてしまって失ってしまったものもあったが、元の世界では手に入れることが不可能なものも得た。

 あの魔女からの逃避行の真っ最中であるものの、そう思うと、この世界での生活も悪くない。

 一郎はふたりを湯からあげて温泉の縁に座らせた。コゼの拘束はなくなっているが、エリカの後手縛りはそのままだ。

 

「脚を開け」

 

 一郎は命じた、

 ふたりがおずおずと閉じた脚を開いていく。

 一郎はまだ湯の中に浸かったままでいる。つまりは、一郎の顔の前にエリカとコゼの股が大きく曝け出されたかたちだ。

 さすがにふたりが恥ずかしそうな顔をしている。

 

「あ、あのう……ロ、ロウ様……わたし……」

 

 エリカが腰をもじもじと動かしている。

 一郎の淫魔道で膀胱に水分をいっぱいに溜めてやったままだ。いまだに排尿を許していないので、すでに尿意は限界に近いに違いない。

 

「小便か? まだ、我慢できるはずだ。エリカは俺の性奴隷だからな。性奴隷は許可なく、小便もしたら駄目だ。これも調教だ。いいな──」

 

「は、はい……。で、でも、ロウ様……」

 

 エリカが泣きそうな顔になった。本当に我慢できないに違いない。

 一郎の身体にぞくぞくとする嗜虐心が襲う。

 このエルフ女をもっと苛めてやりたい。

 そんな黒い欲求が一郎を充たしていく。

 一郎はエリカに排尿の許可を与えないことに決めた。

 今日は限界まで我慢させて、最終的にはお漏らしをさせてしまおう。

 そう決めた。

 

「そうだな──。じゃあ、小便は剃毛の後だ。こうやって見ると、コゼの股には余計な毛がなくて性奴隷らしいが、エリカには邪魔な毛が多すぎる。今日は剃るからな」

 

 コゼの股間には一本の恥毛もない。

 奴隷として前の主人のマニエルに飼われていたあいだ、その部下のスラたちから「厠女」扱いされていたらしいが、あるときに悪戯で一本残らず剃られたうえに、二度と生えないように魔道薬で毛穴を殺されたようだ。

 それで、まるで童女ように土手が無毛なのだ。

 だが、初めてコゼの股間に接して以来、絶対にエリカも同じように剃りあげてやりたいと考えていた。

 まさに性奴隷の股間に相応しい……。

 

「そ、剃ってもいいです……。で、でも先におしっこを……」

 

 エリカが消え入りそうな声で言った。

 

「先に剃毛だ──。聞こえなかったのか──?」

 

 一郎はぴしゃりと言った。

 

「は、はい……」

 

 エリカはうなだれた。

 そのとき、一郎は厳しい一郎の口調に当惑している様子のコゼの耳元にそっと口を寄せた。

 

「見てみろ、コゼ……。エリカの股を……。このエリカは本当は苛められると感じる性癖なんだ。そんなに驚いた顔をするな。その証拠にしっかりと股間が濡れているだろう……」

 

 一郎はささやいた。

 コゼがおずおずとエリカの股間に視線を向ける。

 そこは魔眼を使うまでもなく、はっきりと欲情の証がある。コゼは少し驚いているようだ。

 

「へ、変なこと言わないでください、ロウ様──」

 

 一郎の声が聞こえたエリカが大きな声を出した。

 

「違うというのか、エリカ? じゃあ、本当のことを言うんだ。命令だ、エリカ……。コゼに自分がどんな性癖なのかを教えるんだ。嘘は許さん」

 

 エリカの顔が引きつった。

 一郎の淫魔の呪術に縛られているエリカは、「性」に関することでは、一郎の命令に絶対に逆らえない。一郎が本当の性癖を白状しろと命じればそうするしかないのだ。だから、表情を変えたのだ。

 

「あ、ああ……。わ、わたしは……い、苛められて欲情する変態です……。で、でも、ロウ様だけです──。ロウ様以外には欲情しません。それも本当です──」

 

 エリカが恥ずかしさに必死の顔で言った。

 一郎はにんまりしてしまった。

 

「ほ、本当……?」

 

 コゼは当惑の表情のままだ。

 だが、コゼもまた、一郎の呪術を刻まれている。いまの「命令」では、エリカが本音を語るしかないことを知っている。

 

「本当かどうか教えてやれ、エリカ」

 

 一郎は命じた。

 

「あ、ああ……。ほ、本当よ、コゼ……。わ、笑わないで……」

 

 エリカが顔を真っ赤にさせて言った。

 だが、こうやって股間をあらわにしたまま恥ずかしい告白をさせていると、エリカの快感値はゆっくりと下降している。このエリカが正真正銘のマゾ娘だということがそれでわかる。

 

「へえ……。そうなんだ……」

 

 すると、コゼが乾いた唇を湿らすかのようにぺろりと自分の舌で口の周りを舐めたのが見えた。

 

 はっとした。

 一郎はその一瞬の仕草で、コゼの隠れた性癖を垣間見た気がしたのだ。

 ただの勘だが、間違いないと思う。

 おそらく、コゼはエリカと逆の性癖を持っている。自分でも気がついていないと思うが、このコゼにはエリカと反対に少しサドっ気があるようだ。

 正確にいえば、サドというよりは、百合の性交のときの“タチ側”というところだろう。

 一郎の勘が正しく、完全に“受け”の性癖のエリカに対して、コゼが“責め”の性癖であるとすれば、面白いことになってきたなと思った。

 これで三人の「プレイ」にはさまざまな変化をつけることができそうだ。

 それに、エリカとコゼにある「壁」を取り払うのに、これほど有効な材料はほかにない……。

 

 いずれにしても、この瞬間、一郎はこれからどんな風にコゼを「飼育」していくか思いついた。

 コゼには、エリカに対しては「女王様」的なことをさせるのを多くしようと思った。もちろん、一郎に対しては「性奴隷」的だ。そんな風に仕上げていこう……。

 そう思った。

 一郎は自分の思いつきに、顔が綻ぶのがわかった。

 

「じゃあ、コゼ、命令だ。これから、エリカの毛を剃ることにする。毛剃りのための泡代わりは、エリカ自身の愛液だ。エリカの股を手で擦ってやれ。エリカの股がたっぷりと濡れるまでな……」

 

「は、はい、ご主人様……」

 

 コゼは慌てたように立ちあがって、エリカに歩み寄る。

 淫魔術の縛りがあるコゼにとっても、性に関する一郎の命令は絶対だ。逆らうことは不可能なのだ。

 

「か、かんにんしてください……。も、もう漏れそうなんです。コゼの身体を汚してしまいます」

 

 エリカの腰は小刻みに震えている。

 一郎は改めて、エリカがいっぱいいっぱいであることを悟った。

 

「いいから、そこに寝そべるんだ、エリカ……。お前はただ黙って、小便を我慢していろ……。ところで、コゼ……。今日はお前はエリカの調教係だ。言葉や刺激でエリカを追い詰めろ。つまり、いまだけ、コゼはエリカの調教師になるんだ。好きなようにやれ。ただし、手加減するな。命令だぞ」

 

「あ、あたしがエリカを──?」

 

 身体を横にさせかけていたエリカの上に覆い被さろうとしていたコゼが、驚いて身体を硬直させる。

 

「そう言ったぞ、コゼ──。それに、さっきも告げたはずだ。エリカはそうされるのが好きなんだ。だから、心配するな。これは、俺たち三人だけの秘密の“ごっこ遊び”だ」

 

 一郎は言った。

 

「ごっこ遊び……ですか?」

 

 コゼが上目遣いで一郎を見る。

 

「そうだよ。ごっこ遊びだ……。エリカもいいな──?」

 

 一郎は言った。

 

「は、はい……。い、言われた通りにして、コゼ……。で、でも、できれば早く……。も、漏れそうなの……」

 

 温泉の縁の岩の上に横になっているエリカが苦しそうに言った。コゼはそのエリカの上に被さろうとする姿勢のままだ。

 

「ほ、本当に好きなように……していいんですか……?」

 

 コゼが呟くように言い、ごくりと唾を飲んだ。

 

「違うぞ、コゼ──。俺は命令しているんだ。逆らうな──。お前の欲望のままに行動することを命じる。エリカを責めろ──。こいつに泣きべそをかかせるまでやれ──。そして、いかせろ──」

 

 一郎は強い口調で言った。

 さらに、淫魔の力を迸らせる。

 そうしようと思えばできるのだ。

 やり方も覚えてきた。

 その力で性奴隷を完全に操る強い呪術の縛りをコゼにかける。

 一郎は、一郎の強い支配がコゼに及ぶのをはっきりと感じた。

 

「す、好きなようにですね……?」

 

 コゼがまた訊ねた。

 しかし、今度はさっきのような迷ったような口調ではない。コゼの顔に不思議な力強さのようなものがみなぎっている。

 

「そうだ──。エリカに対してコゼはご主人様だ。うんと苛めてやれ」

 

 一郎は言った。

 エリカが真っ赤な顔で「そんな」と小さく呟いている。

 コゼがぺろりと自分の唇を舐めた。

 

「じゃあ、やります……。ところで、ご主人様、エリカのお尻に入っているものを動かしてあげてくれませんか? きっと、おしっこを我慢する気が紛れると思いますから」

 

 コゼがエリカの身体に上から乗るようにしながら、にやりと一郎に微笑みかけた。

 エリカにもコゼにも、さっき挿入した「ローター」が菊座の奥に入ったままだ。もちろん、好きなように動かすことができる。

 一郎はその表情で、コゼもまたエリカにお漏らしをさせようと企んでいることを悟った。

 

「だ、だめよ、そんなの──」

 

 エリカがびっくりした声をあげた。

 しかし、一郎は容赦なく、エリカのお尻にある淫具を作動させた。

 

「ひいいいいっ」

 

 エリカは後手縛りの身体を思いきり反り返らせた

 始まったエリカとコゼの恥態に、一郎は思わずにんまりとしてしまった。

 

 

 *

 

 

 

「い、いやっ、はあ、はああっ」

 

 エリカが二度、三度と身体を跳ねあげた。

 菊座に埋まっているエリカの中の「ろうたあ」という淫具を振動させるようにロウに要求したコゼは、岩の上にエリカを仰向けにさせ、あろうことか尿意の限界に追い詰められているエリカの股間に顔を埋めて、ペロペロとエリカの股を舐め始めたのだ。

 滑らかで優しいコゼの舌の動きに、エリカの身体にはたちまちに全身を蕩けさせる峻烈な戦慄が襲った。

 

 だが、それよりも切迫している尿意がエリカを困惑させた。

 このままでは、それほども時間が経たないうちに、エリカの股は尿を漏らしてしまうだろう。

 しかし、その股間の正面にはコゼの顔があるのだ。この状態で失禁などすれば、まともにコゼの顔におしっこをかけてしまうことになる。

 かといって、我慢するのも限界がある。コゼの舌が粘膜の狭間や肉芯を這い回るだけでなく、お尻の中ではロウに挿入された淫具がエリカの身体を追い詰めているのだ。

 

 自分でも、まだ我慢できるのが信じられないくらいだ。

 

「だ、だめよ──。コ、コゼ、許して──。で、出ちゃう──。か、顔にかけちゃう──。よ、避けて──。顔をどかして──」

 

「まあ、そんなことを言わないで……。あたしは、おしっこなんてかけられないわ。エリカは誇り高きエルフ族様だもの……。まさか、人の顔におしっこをかけたりしないわよね。死ぬ気で我慢してよ──。それよりも、早く達してよ。そうすれば、ご主人様がエリカの股を綺麗に剃ってくれると思うわ。そしたら、ご主人様もエリカがおしっこをするのを許すと思う。だから、達して」

 

 コゼが一度口を離して、エリカに語りかけた。

 そして、すぐにエリカの股間に舌を戻す。

 

 エリカは狂乱した。

 確かに快感は限界までエリカを追い詰めている。

 気を許せばいまにもエリカは昇天すると思う。

 

 だけど、そんなことをすれば、その瞬間に、エリカはコゼの顔に尿をぶっかけてしまいそうだ。その尿意を耐えるのに夢中で、快感に没頭できない。

 快感も尿意も、もう猶予はない。

 エリカは自分でもどうしていいかわからず、泣き出してしまった。

 

「あらあら、泣いちゃいました、ご主人様」

 

 コゼが再び口を離して、呆れたような口調で言う。

 

「もしも、言いつけを守れずに漏らしたりしたら、罰だからな」

 

 ロウが笑って言った。

 

「ふふふ……、本当にいい顔してる……。エリカって、心の底からマゾっ子なのね……」

 

 コゼが舌舐めを再開した。

 もう尿意はどうしようもないところまで迫っている。

 ロウがエリカの股間を責めるコゼの顔の横に、食い入るように顔を差し込んできた。

 

「ひんっ──。ロ、ロウ様、か、顔をどかして……」

 

 エリカは泣きじゃくりながら首を激しく横に振った。これでいま粗相をすれば、コゼだけではなく、ロウにまでまともにかけてしまうことになった。

 

 とにかく、必死になって膀胱を締めつける。

 漏らさないこと……。

 それだけを考えた。

 しかし、そのとき、エリカの股間を舐め続けているコゼが喉の奥でかすかに笑うような音を出した気がした。

 

「や、やあっ、やめて──」

 

 次の瞬間、エリカは泣きながら悲鳴をあげていた。

 コゼの舌先がエリカの尿道を直接こじ開けるように動いたのだ。

 一瞬にして崩壊がやって来た。

 

「んぎいいっ」

 

 エリカは奇声を発していた。

 自分の意思に反して、怒涛のような奔流が股間から噴き出した。それがコゼとロウの顔を飛沫になって叩きつける。

 

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい──」

 

 エリカは泣きながら謝ったが、一度飛び出した放尿はもはやエリカにはとめることができない。股間から噴き出している尿はコゼとロウの顔を完全に汚してしまっている。

 

「いいのよ、エリカ……」

 

 尿を浴びながら、コゼがまたもや股間に舌を動かしてきた。

 エリカはあまりのことに動揺して、なにも考えることができないでいた。いまだに放尿は続いていて、その股間をコゼがエリカの尿まみれになりながら、舌の愛撫を続けているのだ。

 

 もう、なにがなんだかわからない。

 さらにロウのあの手がエリカの乳房を襲ってもきた。

 尿を迸らせながら身体を愛撫されるという恥辱と愉悦に、エリカはなにもかも忘れて解放された気分になった。

 不意に突きあげるものがやってきた。

 ふたりの舌と手を感じながら、エリカは五体を激しく痙攣させる。

 

「いぐうう──いぐううう──」

 

 エリカは大きく叫んだ。

 やっと尿は終わったが、大きな解放感と峻烈な悦びは終わらなかった。

 エリカは股間から残尿のようなものを出しながら欲情の頂点に達した。

 

 

 *

 

 

 エリカの尿まみれになった三人の身体は温泉からすくった湯で洗い落とされた。

 

 そして、エリカの剃毛となった。

 エリカは再び温泉の縁に仰向けにさせられ、今度は両膝を曲げて左右に開いた状態に縄で固定される。

 

 さらに責められることになった。

 コゼの舌責めでエリカの股間はたっぷりと濡れたのだが、それは湯で流れて、結局、まだ剃毛するには蜜が不足だというのだ。

 

 愛液を追加するために、ロウが取り出したのは「筆」だった。

 

 柔らかい獣の毛で作ったロウの責め具であり、エリカにとっては、恐怖の責め具だ。

 

 快感が大きすぎる。

 それでいて、繊細でなかなか達しさせてもくれない。

 この「筆」でこれまで、どれだけ泣き叫ばされたことか……。

 ロウはそれを二本取り出すと、一本をコゼに手渡して、ふたり掛かりで筆責めを加えてきた。

 しかも、コゼの提案でエリカには目隠しをされた。

 

 どこを筆で責められるかわからない緊張感の中、エリカの全身に二本の筆が這いまわり、たちまちエリカは絶頂の寸前に追い込まれた。

 だが、簡単には達しさせてはくれない。

 

 あまりの刺激にいきそうになると、まさに絶好のところで、ロウが声をかけて筆の刺激を中止させるのだ。

 

 それを繰り返される。

 エリカの全身はありえないほどの疼きと焦燥感でいっぱいになる。

 その筆責めの合間合間に、ふたりがエリカの股間に剃刀を徐々に動かしていった。

 筆責めにされながらの剃毛はかなり長く続いた。

 意識を保つのが難しくなった頃に、やっと目隠しを外された。

 

 首を曲げさせられて覗いたエリカの股間は、一本の飾り毛もなくなっていた。

 

「俺の奴隷である限り、常にその状態であるように毎日手入れをしろ。それは俺の奴隷である印だ。毛穴を殺す薬は使わせないぞ。毎日手入れすることで、俺のものであることを自覚するんだ。いいな──」

 

「は、はい……」

 

 エリカは小さくうなずいた。

 だが、恥辱とともに、じんと込みあげるものが下腹部を襲う。

 

 ロウの「奴隷」として辱められる。

 

 そう思うと、子宮がきゅんと疼いた感じになったのだ。

 

「やっぱり、エリカはマゾっ子なのね……。奴隷と呼ばれるだけで感じちゃったの?」

 

 上からエリカの股間を見ているコゼが、すかさずからかいの言葉をかける。

 

「そ、そんなこと言わないでよ、コゼ──」

 

 エリカは叫んだものの、股を開かされて拘束されているので、エリカが羞恥責めで欲情している証である股間を隠すこともできない。

 全身がかっと熱くなり、震えるような快感が迸るのがわかった。

 

「ねえ、ご主人様、今度もあたしがエリカを責めていいですか……? こんなに可愛いエリカを見ていると、なんだかもっともっと苛めたくなるんです」

 

 コゼが言った。

 

「いいとも、存分にやれ」

 

 ロウが横に移動する。

 

「ふふ……あたしと一緒ね、エリカ……。でも、ご主人様に剃ってもらえるなんて羨ましい……。あたしなんて……」

 

 そのとき、不意にコゼが我に返ったような表情になって顔を伏せた。

 エリカは少し当惑した。

 だが、それは一瞬だけだった。

 すぐに顔をあげたコゼは、再びさっきから浮かべている嗜虐的な笑みを口元にたたえている。

 

「また、舐め舐めよ、エリカ……。我慢するのよ……」

 

 すぐにコゼが再びエリカの股間に舌を這わせてきた。

 

「ひいっ、ひいっ、ひいいい──」

 

 エリカはあっという間に翻弄された。

 股間を余すところなくコゼが舐め回す。

 エリカは縄掛けされた身体をがくがくと震わせた。

 さっき、股間を剃られながら焦らされた快感が一気に暴発する。

 

「ああっ、そこお──すてきい──も、もうだめええ──コ、コゼ──いっちゃう──いっちゃう──いぐううう──」

 

 すぐに絶頂の快感がやってきた。

 しかし、ロウが身体を入れてきて、コゼの愛撫を中断させた。

 

「今度は俺がもらおう。奴隷らしい股になったご褒美だ……」

 

 ロウはコゼを横にどかすと、上から押し入れるように怒張を挿入してきた。

 

「……コゼ、俺がエリカを犯すあいだ、口づけをしたり、胸を舐めたりしてやれ」

「はい」

 

 コゼの身体が動いて、エリカの上半身を責め始める。

 すると、怖ろしいほどの愉悦がやってきた。

 コゼの舌もすごかったが、ロウから犯されて与えられる快感は桁違いだ。

 それがわかった。

 ロウが繋がったままの腰をゆっくりと動かしだす。

 

「あはあああ──」

 

 全身の震えが止まらなくなる。

 

「コゼ、エリカの顔に跨れ──。そして、今度はエリカがコゼの股を舐めろ──。ちゃんとやれば、いかせてやる、エリカ」

 

 ロウが言った。

 絶頂寸前のところで挿入された怒張の動きがぴたり止まる。

 その絶好の時機の見極めは、怒りさえ覚えるほどだ。

 エリカの顔の上にコゼの股間が乗った。

 中断された快感を手に入れるために、エリカは一心不乱に顔の上のコゼの股を舐め始める。

 

「ああん──き、気持ちいい──こんなの──」

 

 コゼが悶え始める。

 顔の上のコゼの股がエリカの鼻と口を塞いで息が苦しい。

 気が遠くなる。

 だが、いまのエリカには、その苦しさが快感だ。

 息苦しさが、途方もない愉悦に変わっていく。

 ロウの腰が動き出す。

 だが、それは焦らすような動きであり、エリカを達しさせるようなものではない。

 どうやら、ロウはコゼが欲情するのを待っているようだ。

 とにかく、エリカはコゼを感じさせるために、一心不乱に舌を動かした。

 

「ひっ」

「ああん」

 

 エリカとコゼは同時に嬌声をあげた。

 お尻に埋っている淫具が強く振動を始めたのだ。顔の上のコゼのお尻もぶるぶると動いている。

 

「いぐ、いく、いくいくいく──」

 

 やがて、コゼの反応が激しくなった。

 顔の上の股からみるみるとコゼの濃い汁が垂れ落ちてくる。

 

「いくぞ──」

 

 ロウの腰の動きが早くなる。

 今度はエリカを達しさせようとしている動きだ。

 さらに、精の迸りの予兆も感じる。

 やっと来た──。

 欲しい──。

 ロウの精が欲しい──。

 エリカは懸命にコゼの股間を舐める。

 

「いぐう──」

 

 エリカの顔の上のコゼの身体が跳ねた。

 コゼは絶頂したようだ。

 ロウの性器の抽送が激しい。

 エリカにも大きな波が襲う。

 

「あうううんん──」

 

 エリカはコゼに続いて達した。

 頭が真っ白になる。

 そして、ロウの精が放たれるのを感じた。

 エリカの頭は真っ白になる。

 三人で達した。

 そのことが、とんでもなく嬉しくて、エリカは大きな力に吸い込まれるようにして、意識を手放していった。

 

 

 *

 

 

 怒声で眼が覚めた。

 

 はっとした。

 どうやら、ちょっとのあいだ気を失ってしまっていたようだ。

 

 エリカは我に返った。

 温かい温泉の湧いている岩の泉の縁の石の上に寝ている。

 絶頂とともに意識を手放してしまったらしい。

 いつの間にか身体の縄は解かれているが、その縄はまだ身体の下にある。拘束を解かれてほとんど時間が経っていないと思う。

 

「もう一度、言ってみろ──。俺がそんな料簡でいたと思ったのか──?」

 

 すると、また怒声がした。

 怒っているのはロウだ。

 

 そして、怒鳴られているのはコゼだ。

 びっくりした。

 なにが起こったというのだろう。

 

「もう一度、言ってみろ、コゼ──」

 

 ロウがすごい形相でコゼの髪を掴んで、身体を引きあげた。

 そんな乱暴など一度もロウはやったことがなかったのでエリカは驚愕した。

 慌てて身体を起こした。

 

「ま、待って、なにが……?」

 

 エリカは止め立てしようとした。

 だが、大きな音がして、ロウに頬をはたかれたコゼがその場に横倒しになって崩れ落ちた。

 エリカは目を丸くした。

 

「俺を見損なうな──」

 

 そのコゼにロウが、また怒鳴り声をあげた。



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33  やり直しの破瓜

 顔に跨らせたコゼの股間を舌で奉仕するように命じると、エリカはすぐに一心不乱に、クンニリングスに励みだした。

 

 そのエリカの股間は一郎の怒張に占領されて犯されている。

 胎内に突き進む一郎の一物がエリカの性感帯を擦りあげるたびに、エリカは呻き声をあげて身体を跳ねあげているが、その鼻も口もコゼの股によって塞がれている。

 

 その苦しさと快感で、もうエリカは失神寸前だとわかる。

 一郎はエリカを蹂躙しながら、コゼの上半身を抱き寄せた。

 そして、淫らに腰を振って股間をエリカに舐めさせているコゼの乳房を愛撫し始める。また、顔を引き寄せて、コゼの口の中を舌でなぶる。

 

 今度はエリカとコゼを同時にいかせるつもりだ。

 そのために、ふたりの快感値を確認しながら、それを合致させるように、下半身でエリカを責め、上半身ではコゼを責める。

 

 すでにエリカはいつ昇天してもおかしくないくらいに追い詰められているので、一郎はコゼを徹底的に責め抜くことを追求した。

 下半身と上半身で別の女を抱くというのは不思議な感覚だったが、それはまた、この美女ふたりを完全に一郎のものにしたのだという満足感でもあった。

 

 しばらくすると、コゼの身体に絶頂の波がやってきたのがわかった。

 一郎はその波を逃がさないよう、コゼとエリカの菊座に挿入したままのローターを同時に振動させる。

 

「ひっ」

「ああん」

 

 ふたりが同時にがくりと震えた。

 一郎は股間のピッチをあげた。

 一方で、コゼの愛撫の手も速めていく。

 

「いぐ、いく、いくいくいく──」

 

 まず、最初にコゼが昇天した。

 そして、それを追うように、エリカが絶頂に達する。

 

 一郎は、コゼの舌の感触を舌で味わい、エリカの股間を突きあげながら、エリカの股間に精を噴射した。

 

 二射、三射……四射……。

 一滴残らず、精液をエリカの子宮に注ぎ込む……。

 

 そのあいだもエリカの絶頂はずっと続いている。

 一郎が最後の一滴をエリカに放ち終ったときには、エリカは完全に悶絶してしまっていた。

 

「はあ、はあ、はあ……。エ、エリカは……か、完全に気絶してしまいましたね……」

 

 コゼがエリカの身体からおりながら言った。

 

「そうだな……」

 

 とりあえず、一郎はエリカの縄を縄を解いてやった。また、お尻の中の淫具も淫魔道で抜き落とす。

 コゼのもだ。

 そのとき、コゼが小さな悶え声をしたので、一郎はにやりとしてしまう。

 

「でも、幸せそうに笑っている……。本当にご主人様とエリカは相性ぴったりなんですね……」

 

 コゼは岩の上にぺたりと尻もちをついたように座っていた。

 コゼもまた達したばかりだ。まだ身体が脱力したようになっているのだろう。

 

「エリカだけじゃないさ──。俺とコゼだって、そして、コゼとエリカの相性もぴったりだ。その証拠にほとんど同時に三人達することができただろう」

 

 一郎はうそぶいた。

 三人が同時に昇天したのは一郎の淫魔の性技によるものだが、正直に語る必要もないだろう。

 

 淫魔師の呪術に捉えたといっても、まだ、コゼは一郎やエリカに気を許すというところまではいっていない。それが三人一緒に抱き合い、さらに、一緒に果てたという事実で、コゼの心の壁が取り払われてくれればいいのだが……。

 

「馬鹿なことを言わないでください……。ご主人様とエリカの相性がいいのは当然ですが、それは、あたしなど入り込むことなどできないような強くて隙のないものです。ご主人様があたしを可哀想に思って抱いてくれていることはわかっています。これでも、馬鹿じゃないんです……。ただ、あたしは分をわきまえているから心配しないでください──。これからも、時々でもいいので、エリカのお裾分けを与えてもらえれば満足です……」

 

 コゼが言った。

 なんとなく気になる物言いだ。

 

「なんだかいじけた言い方だな……。言っておくが、俺はエリカを大切に思っているが、同じようにコゼも大事に考えている。一度、性奴隷にしたら、悪いが俺は一生手放すことはない。覚悟しておけよ──」

 

 一郎は笑いながら言った。

 しかし、コゼは首を横に振った。

 

「……さっきも言ったじゃないですか……。あたしは、自分の価値は知っています。あたしのような汚れた女は、女としてなんの価値もないことはわかっているんです……」

 

「価値がない……?」

 

「もちろん、前のご主人様にはアサシンとして育てられましたから、人殺しの道具としては役に立つということはわかっています。だけど、それだけです。ほかにはなにもありません。ましてや、女の価値など……」

 

「そんなことはないさ。コゼは美人だ。それが価値がないなどというと、世の女性たちに怒られるぞ」

 

 一郎は冗談めかしく笑った。

 だが、コゼは真顔のままだ。

 

「ご主人様、あたしに女としての価値などありません──。ご主人様も、もうご存知の通り、あたしは厠女と蔑まれて、男たちの精液を受ける壺女と馬鹿にされて生きてきました。毎日毎晩、屋敷の男たちの性欲を処理するために犯される。それがあたしの生活でした──。そのように生きて、すっかりと汚れた女に、本当に女としての価値があるとお思いですか?」

 

 コゼがやっと顔に笑みを浮かべた。

 しかし、それはとても悲しそうな自嘲気味の笑みだった。

 

「……別に女の価値が貞操にだけにあるわけでもあるまい」

 

 一郎はコゼの言葉に途方に暮れながら言った。

 どうやら、コゼの劣等感は随分と大きいようだ。

 もしかしたら、それが、これだけ身体を交わしながら、なかなか一郎にもエリカにも気を許したような感じがない理由なのかもしれない。

 

 一郎も察しがついてきた。

 コゼが殺したスラたちに犯され続けた日々は、確か七年間だと言っていた気がする。

 奴隷の首環に支配され、ただ性欲を処分する道具として身体を犯され続けた日々がどんなにつらかったかは想像して余りある。

 

 コゼに接して数日──。

 一郎には、奴隷だった彼女が、実は誇り高き女であることがわかってきていた。

 そして、その性癖は根っからのマゾっ子のエリカとは正反対のところにある。そんなコゼが、愛情などとは無関係に、ただ精液を受けるだけの行為を強要され続けたのは本当に心の潰れるほどの苦痛だったと思う。

 それがコゼの心に大きな黒い穴のようなものを作っているのだろう。

 

 なんとかしてやりたい……。

 

 淫魔道の呪術で支配して、意思に反して彼女の身体を犯している一郎がそう思うのは、虫のいいことだとは承知しているが、コゼの気持ちを楽にすることはできないだろうか……。

 

「……貞操にだけ価値があるなんて、あたしも言いません……。でも、女の価値のひとつではありますよね……。それに、エリカさんのお股はお綺麗ですよ……。それに比べて……」

 

 コゼが寂しそうに自分とエリカの裸身を見比べて言った。

 なるほど、これは迂闊だった……。

 一郎は思った。

 

 恥毛のないコゼを真似て、エリカの股間も同じように無毛の股にしてやったのだが、それによりコゼは自分の局部が、年齢に比して、すっかりと使い込まれたようになってしまっているのをはっきりと自覚してしまったに違いない。これまでは、まだエリカの股も恥毛に隠れていたから、そこまでは思わなかったのかもしれないが、同じように剃りあげてやれば、コゼに比べれば、エリカの股間はまだまだ桃色で張りもあり、少女特有の初々しさを保っている。

 

 その性器と自分を比べて、コゼは改めて劣等感を大きくしてしまったのだと思う。

 

「……コゼ、これだけは言っておくぞ。俺はエリカを意地悪く抱いても、しっかりと惚れて大切に思っている──。そして、それは、お前についても同じだ。俺は、女としてもコゼをとても美しくて、素晴らしい女性だと思っている。だから、呪術の力を遣ってでも支配した──。自分に女としての価値がないなどと口にするのはやめろ。それは、お前に価値を抱いている俺を馬鹿にする行為でもある」

 

 一郎ははっきりとコゼを見つめて言った。

 コゼは少したじろいだような顔になったが、やはりすぐに感情を殺したような表情になって、小さく首を振った。

 

「……あ、ありがとうございます……。で、でも、あたしなど、所詮は……」

 

 コゼが呟くように言った。その言葉の終わりは、彼女の口に中から外に出なかった。だから、コゼがなんと言ったのか、一郎には聞こえなかった。

 ただ、いずれにしても、これは相当に強い劣等感だ。

 一郎は大きく息を吐いた。

 

 こうなったら、理屈は不要だ。

 支離滅裂でもいいから、コゼの感情を圧倒する──。

 大きな感情でコゼの劣等感を吹き飛ばす。

 それしかないと思った。

 そして、圧倒的な肉欲で感情など追い払う。

 コゼの七年間に、彼女を押し潰している「厠女」としての記憶があるのであれば、一郎はそんなものを思い出すこともできないような凄まじい快感を与えてやる──。

 それで、コゼの心を軽くしてやろうと考えた。

 

「コゼ──、もう一度、言ってみろ──。俺は愛情を持ってお前を抱くとちゃんと言ったぞ──。それなのに俺を疑うのか──。俺がそんな料簡でいたと思ったのか──?」

 

 一郎は故意に感情を害したふりをして、コゼを怒鳴りつけた。

 別に怒ってはいない。

 ただ、コゼを混乱させたかっただけだ。

 

 あれこれと考えてしまうから悩むのだ。

 だから、考える余裕を与えなければいい。

 訳もわからず怒られれば、コゼはどう対応していいかわからなくなるだろう。

 それで頭の中を一度空にしてしまえばいいのだ──。

 その空っぽのコゼに最高の快楽を与えてやる。

 

「えっ? ご、ご主人様……」

 

 案の定、コゼは驚いた表情になった。

 彼女にしてみれば、なんで一郎が怒っているのか、よくわからないだろう。

 それは、一郎も同じだ。

 ただ、一郎は強い感情をコゼにぶつけているだけだ。

 怒りの感情は強い心の現れだ。

 コゼの暗い劣等感を吹き飛ばすには、これが一番いい。

 

「もう一度、言ってみろ、コゼ──」

 

 一郎は呆然としているコゼの髪を左手で掴んだ。

 

「わっ──? ご、ご主人様──?」

 

 コゼは混乱している。

 そして、特に抵抗することなく、一郎が乱暴に髪を掴んで身体を引き起こすのに任せた。

 

「ま、待って、なにが……?」

 

 そのとき、エリカの声がした。

 どうやら、失神から意識を戻したようだ。

 

「俺を見損なうな──」

 

 慌てて起きあがったエリカが一郎とコゼのあいだに割って入ろうとしているのがわかったが、一郎は構わずコゼの頬を右手で思い切り引っ叩いた。

 

「俺がお前を女として価値があるといえば、そうなんだ──。それを疑うような言葉を口にすることは許さん──」

 

 一郎は叩かれて、軽くよろめいたコゼに罵倒した。

 

「も、申し訳……」

 

 コゼは一郎の権幕に圧倒されたように驚いている。

 

「ロ、ロウ様、落ち着いてください──。ま、待って──」

 

 エリカが今度こそ、一郎とコゼのあいだに完全に身体を入れてきた。

 なかなかに、いいタイミングだ……。

 少し激昂が醒めた……という素振りを一郎はした。

 

「クグルス──」

 

 一郎は右手首を左手で強く擦って、魔妖精のクグルスを召喚する念を送る。

 眼の前の空間が歪んで、小さな身体のクグルスが出現した。

 

「呼ばれて飛び出て、じゃじゃじゃじゃああん──。クグルス参上──。ご主人様、来たよ──。わおっ、お湯だ──。気持ちよさそう──。身体を浸けていい?」

 

 クグルスがそばの温泉の泉に目をやって、陽気な声をあげた。

 

「それは後だ、クグルス──。それよりも、俺はいまからコゼの処女を犯す。コゼの身体に入って、処女膜を再生しろ。お前ならできるな?」

 

 一郎はクグルスに言った。

 

「そりゃあ、できるよ──。へえ、面白そうなことやってんだね。ぼくも一緒に破瓜を味わっていい?」

 

「それは、また今度だ、クグルス──。今日はコゼが本当に俺のものになる儀式なんだ」

 

 一郎はクグルスにそう言い、視線をコゼに戻した。

 

「コゼは、これから俺に初めてを奪われる──。そうすれば、お前のくだらない劣等感の原因なんて、なかったことになる──。なにしろ、コゼは処女を俺に奪われて、そして、俺の性奴隷になり、ずっと俺にしか抱かれないのだからな──」

 

 一郎は堂々と言った。

 理屈もなにもあったものじゃないが、それはいいのだ。

 コゼが、これで気持ちを入れ替えることができればいいのであり、そのためには圧倒的に強烈で、新しい記憶が必要だと思った。

 それで、ふと思いついたのが処女膜再生だ。

 とにかく、七年の忌まわしい厠女の記憶を上塗りできる強烈で新しい記憶になるのは間違いない。

 

「ご主人様?」

 

 案の定、コゼは目を白黒させている。

 

「ロ、ロウ様、どうしたのですか……?」

 

 コゼの前に身体を入れているエリカも驚いている。

 ただ、クグルスだけが相変わらずひとりだけ陽気だ。

 

「面白そう──。じゃあ、コゼ、今日は破瓜のやり直しだね。頑張ってよ」

 

 クグルスが姿を消した。

 

「ふぐう──ぐうっ? な、なに──? ひ、ひいっ」

 

 コゼが両手で股を押さえて、もがき出した。

 苦しいという感じではないが、身体の敏感な場所を再生されるのだ。相当に身体の違和感があるに違いない。

 しばらくのあいだ、コゼの悶えるような仕草が続いていたが、突然にクグルスが再び姿を現した。

 

「ご主人様、終わったよ──。いまのコゼは正真正銘の生娘だ──。まだ男を知らないときの新鮮な股に戻っているよ──。存分に犯してやって──。でも、ご主人様も鬼畜だよね……。破瓜の痛みなんて、とうに終わっているこのコゼを、わざわざ生娘に戻して、その痛みをもう一回味あわせるなんてね……」

 

 クグルスが笑いながら言った。

 

「……別に苦しめるつもりはないさ……」

 

 一郎はエリカに横に移動するように指示し、コゼを抱くような感じで引き寄せた。

 まずは、股間を押さえていたコゼの両手を身体の横にずらさせる。

 一郎はクグルスの魔道で生娘として再生した股間を凝視した。

 どちらかといえば、だらしなく緩んだ感じだったコゼの股はエリカと同じような初々しい少女の姿を取り戻している。

 

 どうやら、成功のようだ。

 

 それにしても、時折、思うのだが、もしかしたら、クグルスというのは実は大変な能力を持った存在なのではないだろうか。

 こんなこともあっという間にできてしまうというのは、すごいことだと思う。

 とにかく、これでコゼの劣等感の外見上のものはなくなった。

 残りはコゼの心の内側のことだけのことだ。

 

「コゼ、これから俺はお前の初めてをもらう……。いまのお前はまだ男を知らない綺麗な身体だ。それを俺に捧げるんだ……。いいな──」

 

「は、はあ……」

 

 コゼが当惑したようにうなずく。

 しかし、納得も理解もしてない……。

 ただただ困惑しているだけだ。

 

 まあいい……。

 

 これがなにかの変化のきっかけになってくれれば、それでいいのだ。

 一郎はコゼのほっそりとした首筋に口づけをした。

 そこに性感帯が潜んでいるのはわかっている。

 性感の昂りを示す桃色のもやの筋に唇をすっと動かしてやる。

 

「ふうっ」

 

 コゼの身体が弾けるように踊った。

 

「感じるか…、コゼ…? 生娘になったのだからな……。感じるはずだ。いいか──。コゼはこれが初めての性行為だ。だから、いままでの七年間なんかなかったことになる……。つまりは、そういうことだ──」

 

「ご、ご主人様、さっきからなにを……?」

 

 コゼが一郎に抱かれながら困ったような顔をした。

 構わず一郎は、コゼの首筋に密集している赤い小さなもやにキスを集中した。一方で両手は胸元や背中にある性感帯のもやをなぞっている。

 思考の余裕を与えないように、最初から濃いもやの場所を全力の性技で刺激する……。

 コゼのは反応が顕著になる。

 

「ああ……いや……はうっ」

 

 すぐに、コゼの震えが大きくなった。

 とにかく、考える暇を与えないこと。

 くだらない思い込みなど、一郎の性技で一瞬にして吹っ飛ばす。

 一郎は口でコゼの乳房の膨らみを頬張った。

 直接に見なくても、コゼの身体のどこに赤いもやがあるのかははっきりと感じることができる。

 一郎は舌でその赤いもやの中心である乳首を転がした。

 

「はあん──んふうう──」

 

 コゼの身体の力が抜けるのがわかる。

 一郎はコゼを完全に岩の上に横たわらせ、今度は股間にあるもやの部分を指でなぞっていく。

 そのあいだも、一郎の舌はまだコゼの乳房やその周辺を這いまわっている。

 

「はああ──、や、やっぱり、気持ちいい──。ご主人様に抱かれると気持ちいいです──」

 

 コゼが喘ぎながら言った。

 

「当たり前だ──。俺はコゼが好きだ。女として──。恋人として──。エリカもコゼも俺はしっかりと愛している。俺はお前たちに、抱くことで愛情を注いでいるんだ。だから、感じるんだ──」

 

 一郎はコゼに強く言った。

 本当は淫魔師としての能力のおかげであり、愛情の有無とは関係はないが、この際、“嘘”も許されるはずだ。

 一郎がコゼを愛おしく思っているのは事実なのだ。

 

「ううう……」

 

 すると、突然にコゼが感極まったようにぶるぶると大きく身体を震わせたのがわかった。

 驚いたことに、ただの言葉でコゼの快感値の数値は、一気に“150”以上も下がった。

 すでに数値は二桁になっていて、それがどんどんと下がっている。

 さっきの性行為で濡れていたコゼの股間から、さらにどっと蜜が溢れたのもわかった。

 

「ほ、本当ですか……? ほ、本当にあたしなんかを愛していただけるのですか……?」

 

「愛している──。本当だ──」

 

 一郎はコゼの身体に愛撫をしながら言った。

 

「あ、ありがとうございます──。う、嬉しいです──。こ、こんな、あたしを好きだと言ってくれて嬉しいです──。嘘でも嬉しいです──。嘘でもいいです──。あ、ありがとうございます──」

 

 コゼが大きな声で叫ぶように声をあげ、感極まったようにぎゅっと下から一郎の背中を抱きしめてきた。

 一郎は怒張をコゼの股間の内部に潜り込ませた。

 

「いぎっ」

 

 コゼの股間はたっぷりと濡れていたが、やはり強い圧迫感がある。いまのコゼは快感よりも痛みの方が激しそうだ。

 その証拠に“10”くらいまで下がっていた快感値は、一気に“50”くらいまで上昇した。

 一郎は思わず逃げようとしているコゼの腰を押さえつけた。そして、一気に性器を奥まで貫かせた。できるだけ赤いもやの部分を辿って奥まで挿し入れたつもりだ。

 

 だが、コゼは激痛に顔をしかめて、背筋を真っ直ぐに伸ばすように突っ張らせている。そして、半開きの唇をわななかせて、全身を石のように硬直させていた。

 一郎はコゼの「破瓜」の苦しさが緩まるように、唇や手で上半身の赤いもやの部分に刺激を加えて、コゼの快感を少しでも増幅しようとした。

 それでも、なかなか快感値の数値は下がってこない。

 やはり、生娘として犯されるというのは本当に痛いのだろう。

 

「コゼ、わかるな──? これが破瓜の痛みだ──。お前はほかの誰でもない。この俺に処女を奪われたんだ。それ以外のことなんて忘れてしまえ──。いいな──。命令だ──」

 

 一郎はコゼの膣深くに勃起した一物を貫かせたまま大きな声をあげた。

 

「は、はい──」

 

 コゼが歯を食い縛るようにしながら返事をする。

 

「耐えろ──。そして、この強烈な体験を頭に刻みつけろ、コゼ──。コゼ、好きだ──。俺も、エリカも、そして、クグルスもな──。みんな、仲間だ──。俺たちはお互いを愛し、愛され合う──。それを疑うな──。みんなを信じろ──」

 

「あ、ありがとうございます──。ご、ご主人様、思い切り突いてください──。だ、大丈夫ですから……。ご、ご主人様の想いは、う、嬉しいです──。で、ですから、思い切り……」

 

「わ、わかってるよ……」

 

 一郎は抽送を開始した。

 

「ぐうっ」

 

 コゼは白い喉をさらして、一郎の背にしがみついてきた。

 痛いのだろう。

 それが肌を介して、一郎にも伝わってくる。

 

 考えてみれば、一郎も生娘の身体を犯すのは、これが初めてということになると思う。エリカは男については処女だったが、女を相手に十分に性の経験はあった。処女に快感を与えるというのは本当に難しいのだということがわかった。

 だが、逆に一郎は気持ちいいかもしれない。

 処女特有の圧迫感が一郎の性器をぎしぎしと締めつけてくる。

 一郎自身の快感はだんだんと高まってくる。

 しかし、一方でコゼについては、上半身の赤いもやの部分の愛撫はするもののやっぱり数値はそれほどには下がらない。

 破瓜の痛みで快感を得ることができないようだ。

 一郎はこの性交でコゼを絶頂させることは断念した。

 

「コゼ、しっかり──」

 

 そのとき、エリカが一郎の背にあるコゼの右手の上に自分の手を重ねるようにした。

 

「う、うん──。ご、ご主人様、もっと思い切り……」

 

 コゼが一郎の後ろでエリカの手をしっかりと握ったのがわかった。

 

「ご主人様、コゼの痛みを緩めてあげようか? ご主人様は相手の女がもっとよがるのが好きなんだよね……?」

 

 宙を飛んで一郎とコゼを見守っていたクグルスが、一郎の顔の横に近づいてきて言った。

 

「これでいいんだ──。これは儀式だ──。俺とコゼの……、いや、俺たちとコゼが本当の仲間になるためのな──。それよりも、少しでも痛みが薄くなるように、乳首を刺激してやれ。コゼはそこが弱点なんだ……」

 

 一郎が言うと、クグルスがコゼの胸まで舞っていき、両手と口でコゼの片側の乳首をくすぐるように刺激を開始した。一方で反対側の乳首については、コゼの手を握っているエリカが、身体を倒して口で吸い始める。

 

「あっ、ああっ、ああ……」

 

 コゼの喘ぎがこぼれる。

 数値がやっと下がってきた。

 一郎はストロークのピッチをあげた。

 侵入を阻止するように絡みつくコゼの肉襞を強引に押し広げるように叩き込む。

 

「ううっ、うっ、うっ」

 

 コゼは泣くような声をあげている。

 しかし、それでも耐えている。

 

「出すぞ──。しっかりと受けろ──。俺の精を受け止めろ──。もっと完全に俺たちのところにやって来い──。お前は俺たちの仲間だ──。それ以外のことは忘れろ。つらかったことがあったのなら、それはもう忘れるんだ──」

 

 一郎は声をあげた。

 初めて肉塊を受けたことになるコゼの秘孔は素晴らしい緊縮力だ。

 一郎はありったけの精をコゼの股間に注ぎ込んだ。

 

「は、はい──。わ、忘れます──。そ、そして、ありがとうございます、ご主人様──」

 

 コゼが感極まったような声をあげた。

 射精をコゼの中に迸らせたとき、なにかが一郎とコゼとのあいだに繋がるのを感じた。

 コゼの心の黒い穴に触れることができたと思った。

 一郎はそれを強引に掴み取り、粉々に打ち砕いた。

 

 すると、真っ白で明るい空間がその場所を包んでいった。



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34  友愛の温泉

 コゼとクグルスは温泉の泉の中に浸かっている。

 一郎とエリカはその縁だ。

 エリカの両手は背中に回させて、軽く手首を縛っていた。コゼも同じようにさせている。

 

「はっ、あっ、あん」

 

 後手に拘束された裸身を一郎に布で擦られているエリカが耐えられない嬌声をこぼす。

 一郎は苦笑した。

 

「ただ身体の汚れを布で拭いているだけだろう。いちいち反応するんじゃないよ」

 

「だ、だって……」

 

 エリカが恥ずかしそうに顔をさらに真っ赤にした。

 だが、手足を擦り終わった布でわざともう一度股間の周囲を撫ぜるような仕草をすると、一郎の胡坐の上に腰かけていたエリカがぴんと身体を反らして声をあげた。

 すでに周囲は薄暗くなっている。

 泉のそばにはおこした焚火が煌々と燃えていて、その横にはみんなで準備した薪が積みあげられてもいる。

 

 コゼの「破瓜」を終えてから少しひと休みをすると、一郎は今日はここで野宿をすると宣言した。それでクグルスも含めた四人で支度をしたのだ。薪を準備し、寝床を整え、エリカの魔道で周囲に警戒の結界を刻んでもらった。食事は干し肉があったので、それを分けて食べた。

 そして、いまは、もう一度温泉の泉に入り、身体を温めようということになり、そのついでに、一郎が性奴隷たちの身体を布で洗ってやっていたところなのだ。

 

「もういい、交代だ──。いくら拭いてもここは蜜が溢れる。切りがない。もう、湯に入れ」

 

 一郎は笑いながらエリカを立たせた。

 

「は、はい……。も、申し訳ありません……。そ、それと洗っていただいてありがとうござます……」

 

 エリカが小さく頭をさげてから、両手を拘束されたまま温泉の泉に入っていく。

 

「ああ、また、温泉を見つけることができたら必ず立ち寄ろうな。そのときは、また、俺が三人を順番に洗ってやるよ──。それとも、ハロンドールの都で冒険者として成功したら、家に風呂を作りたいな。家の中に水を引いて、火で沸かせるようにするんだ。そうしたら、毎日、お前たちを洗ってやれる」

 

 一郎は笑った。

 

「ご主人様はぼくたちの身体を洗うのが好きなの? ぼくも洗ってもらうのは気持ちよかったけど……」

 

 湯の中に浸かっているクグルスがいまはうっとりとした表情で言った。一番最初に布で洗ってやったクグルスは、一郎の手が触れるたびに激しく悶え、簡単に三回以上も気をやった。

 いまはその疲れを癒すように湯に身体を浮かべている。

 

「ああ、好きだね。家に風呂を作る──。これを当座の冒険者としての目標にするよ」

 

 一郎は笑いながら言った。

 

「でも、ご主人様、家に風呂なんて、王侯貴族ですよ。水は共同井戸から運んでくるか、それとも、魔道遣いを五、六人奴隷にして、水を溜めさせる作業をやらせることができるようにしないといけないんです。エリカだけじゃあ、人が入るような大きな桶いっぱいに水を溜めることなんてできないと思いますよ」

 

 エリカと同じように後手に拘束されているコゼが、泉から出てきながら言った。

 昼間の「破瓜」の儀式の後、コゼは吹っ切れたように随分と明るくなった。

 そして、よく喋る。

 

 この明るい雰囲気が、本来のコゼの性質なのだろう。

 それが、奴隷として人殺しの道具として使われ、さらに、屋敷の男たちから「厠女」として身体を汚され続けた日々が、コゼを暗くしていたのだと思う。

 だが、あの性交のとき、一郎はそのコゼの心の影を掴みとって、それを力づくで壊すことに成功したと思った。

 それが本当であったのを示すように、コゼは急に表情が柔らかくなり、一郎やエリカやクグルスにも打ち解けたように接してきた。

 自分がなにをしたのか、実際のところよくわからないのだが、まあ、いい結果となってくれてよかった。

 

 一郎は満足している。

 

「エリカにそんなことはさせないよ。風呂が王侯貴族だけの特権なら、王侯貴族になるさ。これで目標もできた。きっと冒険者として成功してみせるぞ──。お前たちも協力しろよ」

 

 一郎はコゼの裸身を胡坐座りの膝の上に抱きあげて乗せた。

 布でコゼの乳首のあたりをそっと撫ぜる。

 

「あっ」

 

 コゼは乳首が弱い。

 ほんのちょっと触っただけで、コゼの乳首は見事なくらいに勃起してしまった。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「も、もちろん、あたしたちも、が、頑張ります……。ね、ねえ、エリカ?」

 

 コゼが身体をくねくねと悶えさせながら、湯の中のエリカに声をかけた。

 

「もちろんよ」

 

 エリカが元気よく言った。

 

「ぼくもいるよ──。また迷惑かけるから、ほかの人間の前にはなかなか姿を現せないけど、ぼくも頑張るからね」

 

 クグルスが身体を浮かべたまま、首だけを起こして言った。そして、また湯に全身をゆったりと浮かべる体勢に戻る。

 一郎は彼女たちの言葉に満足心をいっぱいにしながら、布でコゼの丸くて品のいい乳房を包み込むように揉んでやった。

 

「ううっ……ご、ご主人様……」

 

 性感の疼きに襲われているらしいコゼが甘い息とともに声をたてる。

 

「エリカもそうだが、やっぱり、コゼもいやらしいな……。ただ布で身体を拭いているだけなのに、そんなに感じたらだめだろう」

 

 一郎はわざとからかいながらコゼの全身を布で磨きあげていく。

 

「そ、そんな……。それはご主人様がいたずらをなさるから……」

 

 コゼが恥じらいで身体を赤くしながら言った。

 

「いたずら? いたずらというのはこんなことを言うんだ。布で身体を拭くのがいたずらに入るものか」

 

 一郎は指をコゼの股間に移動させると、指で肉芽をゆっくりと動かしてやる。

 

「ああ、だ、だめ──。あ、ああ……き、気持ちいいです……あっ、あああっ……」

 

 コゼは激しく悶え始めた。

 

「一応は破瓜を終えたばかりの女のはずだが、そんなに感じるなんて変だな。ここはどうだ……?」

 

「も、もう、ご主人様、いじわるばっかり……。や、やんっ、ああ──」

 

 コゼが突然に引きつった声をあげた。

 肉芽を弄っている一郎の反対の手の指をコゼのアヌスにつるりと潜り込ませたのだ。

 布は横に置いている。

 コゼの股を一郎が前後から指で弄るかたちになった。

「んんんっ」

 食い縛った口から喘ぎ声が洩れ、コゼの背筋がぴんと伸びた。

 

「破ったばかりの処女膜がある膣は今日はそっとしておいた方がいいだろうが、ここは大丈夫だろう? しっかりと一度気をやっておくか?」

 

 一郎は淫魔の力で自分の指の表面に潤滑油となる油剤をたっぷりと浮きあがらせていた。

 それが抵抗を作ることを阻止して、さらにもう一本の指をコゼのお尻の中に指の根元まで挿入することに成功した。

 一郎は指を交互に動かして菊門の内側を刺激してやった。

 一郎だけに感じることができるコゼのお尻の内側になる真っ赤なもやの部分でだ。

 

「うわああ──ご、ご主人様、それはだめえ──」

 

 コゼがエリカに負けず劣らぬ大きな声をあげた。

 一郎がしばらくそうやってお尻を弄っていると、コゼの股間の蜜がすっかりと溢れてくるのがわかる。

 

 

 

 “快感値:25↓”

 

 

 

 コゼはすっかりとできあがって全身にはしっとりと汗をかいている。

 そろそろ、いいだろう。

 一郎はコゼのアヌスから指を一度抜くと、コゼの小さな腰を抱え直して、すっかりと勃起している肉棒の上に菊座をあてがって挿し貫かせていく。

 もちろん、一郎の怒張にも淫魔力で潤滑油をしっかりと浮きあがらせている。

 おかげでなんの抵抗もなく、一郎の肉棒は完全にコゼのアヌスに吸い込まれた。

 

「きゃあああ──」

 

 心の準備のできていなかったらしいコゼが悲鳴をあげた。

 

「ああ、やっぱり、コゼのお尻は気持ちがいいな──。それに、俺のみたところ、コゼはエリカよりもお尻で感じる素質があると思うぞ。膣そのものより、お尻の感覚が高いようだ。これからしばらくは、お尻を専門に犯してやろうな──。エリカから洗い粉をもらって、毎日お尻の穴を綺麗にしておくんだ。いつでも、俺がコゼのお尻を犯せるようにな」

 

「は、はい……」

 

 コゼは荒い息をしながら数回首を縦に振った。

 まだ、動かしているわけでもないが、コゼは、ただ挿入するだけで、すでにかなり追い詰められている。

 エリカよりもコゼが、お尻が弱いのは本当だ。

 一郎にもそれがわかってきた。

 マニエルの屋敷でさんざんに男たちに犯されながらも、一度も快感を得ることができなかったのも、その辺にも理由があるのではないかと思う。

 一郎はコゼを挿し貫いている一物の表面に媚薬を浮びあがらせた。しかも、しっかりと掻痒効果のある媚薬だ。

 それをどんどんと発散していく。

 

「ああ、な、なんかおかしい……。お、おかしいです……。な、なにか変……」

 

 コゼがもじもじと腰を動かしだした。

 

 当然だろう。

 

 だんだんと挿入されているアヌスの内側が痒くなっているはずだ。

 それを癒すには、自分から腰を動かして、挿入されている一郎の一物でアヌスの内側を擦りあげるしかない。

 一郎はそうやって、コゼにお尻の快感を刻みつけてやるつもりだ。

 

「ふんっ、んんっ、なっ……ああっ……くうっ」

 

 コゼのお尻が前後左右に強く動き出す。

 そろそろ我慢できなくなる頃合いだ。

 

「息を吐け──。尻の力を緩めろ──。そして、自分で擦るんだ。そうやって、尻で気をやれ」

 

「お、おかしいです……。な、なにかしたんですか……? ああっ、か、痒い……。で、でも、気持ちいい……。だ、だめ……これはだめ……。おかしくなる……。あ、あたしおかしくなってしまいます……。ああっ──」

 

 コゼの官能の疼きがしっかりと股間にも拡がっているのがわかる。コゼの股から垂れる蜜が一郎の股間にも落ちてきている。

 コゼの快感の声はもう大きい。

 そして、その尻たぶは、一郎の胡坐の上でぐいぐいと一郎の股に強く擦りつけるように、激しく動き出していた。

 

 

 *

 

 

「は、恥ずかしいです……。こ、こんなの勘弁してください、ロウ様……。ねえ、コゼ……」

 

 エリカが両手で乳房と股間を抑えて、素裸の裸身を隠しながら言った。

 

 温泉の泉のあった場所からアッピア峠を通る山街道に戻る小路だ。

 朝も温泉にひと入りしてきたので、かなり陽も高い。

 その白昼の山道をエリカはコゼと一郎に挟まれるように、素っ裸で歩いている。

 

「駄目よ、エリカ──。忘れたの? あなたは、ご主人様の言いつけを守ることができなくて、あたしやご主人様の顔におしっこをかけたのよ。これはその罰なの──。服は街道の手前で返してあげるわ。ちゃんと歩かないと、手も括っちゃうわよ」

 

 コゼが嗜虐的な笑みを浮かべて言った。

 

「な、なに、言ってんのよ、コゼ。ちょ、調子に乗って……。あ、ああっ、そんなあっ」

 

 エリカが必死になって両手で身体を隠して、羞恥で真っ赤にしている顔を項垂れさせる。

 

 愉快なのはエリカのステータスの数字だ。

 快感値の数字は、挿入可能の目安となる“30”を下回り、“15”だ。横で見ていても、隠している股間から垂れた愛液が内腿を伝って、サンダル履きの足にまで垂れ落ちているのがわかる。

 

 エリカがこうやって全裸行進をすることになったのはほかでもない。

 コゼの提案だ。

 

 今日出立する前に、そういえば、昨日、温泉で最初にエリカたち抱いたとき、エリカがおしっこを我慢できなかったことで罰を与えることになっていたことを思い出したのだ。昨夜はそれを失念してしまい、すっかりと忘れていた。

 

 それで、どんな罰がいいかと、コゼに出立前に訊ねてみた。

 返ってきた答えが、この全裸歩きだったのだ。

 

 ひと皮むけたコゼのなかなかの鬼畜ぶりに、一郎も嬉しくなった。

 エリカは嫌がったが、もちろん、一郎だけではなく、コゼも加わった嗜虐指示に逆らえるわけもない。

 エリカは服どころか、下着まで奪われて素裸にされた。

 

 そして、こうやって歩いているところだ。

 まあ、昨日、温泉に向かうときには、街道から分かれたこの小路で一度も人には遭わなかった。

 今日、他人とすれ違う可能性も低いだろう。

 それに、この羞恥責めに、当のエリカもすっかりと欲情してしまっている気配でもあるし……。

 

 そのとき、一郎は目の前の草むらが不意にがさがさと動くのがわかった。

 魔眼を発揮する。

 

 盗賊だ──。

 五人──。

 

 武器を持っている──。

 それがわかった。

 

 だが、それほど危険でもなさそうだ。

 直接攻撃力の数値も低く、大して強い連中ではない。

 コゼひとりでも大丈夫なくらいだ。

 

 一郎は放っておいた。

 すると、草むらの横に差しかかったところで、武器を持った盗賊五人が飛び出してきて、一郎たちを囲んだ。

 

「きゃあああ──」

 

 エリカが悲鳴をあげて、その場にしゃがみ込んでしまった。

 

「おうおう、なにを遊んでいるのか知らねえが、別嬪ふたりを従えているとはいい身分だなあ。しかも、ひとりは素っ裸じゃねえか──。こりゃあいいぜ。男は逃がしてやる──。どっかに行きな。女は別だ。お前たちふたりは、俺たちがもらい受ける。大人しくしろ──」

 

 五人のうちのひとりが言った。

 全員がすでに武器を抜いていて、それを一郎たちにかざしている。

 連中が数を恃んでいるのと、三人のうちに男が一郎しかいないことで、のんでかかっているのは明白だ。

 一郎はしゃがんでいるエリカの腕を掴むと、強引にその場に立たせた。

 

「な、なにするんです──。いやあ、いやあ──」

 

 裸を晒されるかたちとなったエリカが悲鳴をあげた。

 構わず一郎は、叱咤と淫魔の縛りで嫌がるエリカをその場で脚を開かせて、さらに前屈みの姿勢にさせた。

 

「お前ら、この女たちが欲しいのか──? そりゃあ、できない相談だ。見ての通り、このエルフ娘は俺の性奴隷だ。こっちの人間族の美女もな──」

 

 一郎は呆気にとられている盗賊たちの前でいきなり一物を露出させた。

 そして、それを前屈の姿勢を強要されているエリカの股間に背後から挿した。

 

「ひいっ──そ、そんな──だ、だめええ──」

 

 エリカが絶叫した。

 たっぷりと濡れているエリカの股間に一物を貫かせるのは簡単だ。

 一郎はそのまま抽送を開始する。

 

「お、お前──?」

「こいつ、阿呆か──?」

「は、はじめやがったぜ──」

 

 盗賊たちが騒ぎ始めた。

 一郎は腰の左右に差している二本の短剣に手をかけているコゼに視線を向けた。

 

「俺がエリカに精を放ち終るまでに、この連中を殺すか、追い払うかしてくれ、コゼ」

 

 一郎はエリカの尻に腰を繰り返しぶつけながら言った。

 エリカは声を出して喘いでいて、早くも絶頂に快感を向かわせている。

 

「わかりました、ご主人様……。その代わり、あたしにもご褒美くださいね」

 

 コゼが短剣を抜いた。

 そして、囲んでいる男たちに斬りかかる。

 ひとりがあっという間に斬られて倒れると、ほかの男たちは呆気なく逃げ始めた。コゼがそれを追っていく。

 たちまちに一郎とエリカの周囲には人影がなくなってしまった。

 それを確認しながら、一郎はエリカの股間に嗜虐の欲望を叩きつけていった。

 

「ああ、ああ、あああ──」

 

 エリカの身体ががくがくと震えて、背中がのけ反った。

 道で盗賊たちに囲まれながら、全裸の身体を一郎に犯されるという異常な行為に、早くもエリカは興奮で達してしまったのだ。

 

 コゼが戻るにはもう少しかかるだろう。まだ、エリカを犯す時間はあるはずだ。

 一郎はすっかりと官能に酔ってしまった感のあるエリカをさらに激しく犯し続けていった。

 

 

 

 

 

(第6話『山の中の温泉』終わり)






 *


【コゼ・サタルス】

 サタルス朝の初代帝ロウ・サタルスの正妃のひとり。ハロンドール人。出生地は幾つかの説があるが定説はない。生年は……。
 サタルス帝には身分や種族を異にする多数の正妃がいたことは広く知られているが、コゼは奴隷階級出身であることを公言していた正妃のひとり。彼女の残した文書によれば……。
 文盲だったコゼが勉強のために始めたとされる『コゼ日記』は、サタルス帝の毎日の食事、面会者、性交の相手に至るまでの赤裸々な日常生活が克明に記録されている貴重な記録であり、これにより当時の宮廷生活の様子を現在において知ることができる。
 コゼは……。
 ……。
 ……。


 ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


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 第7話   歌姫と幼馴染
35  壁越しの声


 美しい歌声だった。

 なによりも声が素晴らしい。

 

 少女の面影さえ残る可憐そうな女の歌い手の唄は、大の男が怒鳴るよりもずっと大きく響き、そして、耳に心地いい。

 本当にあの若い娘がひとりで歌っているのかと疑うほどであり、声の色がさまざまに変化し、少女の声にも、妖艶な女の声にも、あるいは、男の声にも思える。だが、全部若いあの女の歌い手の声なのだ。

 騒がしかった宿屋の酒場は静まり返り、酔人たちはすっかりと歌い手の唄に聴き惚れていて、笑顔を浮かべる者、涙を流す者、さまざまだ。

 

 一郎も心を奪われていた。

 

 マイムという城郭の小さな宿屋だった。目的のハロンドールの都までは、もう徒歩で一日足らずの距離であり、マイムの城郭はハロンドールの西の入口という感じだ。市民や行商人で賑わうばかりではなく、国王直属の王国軍も駐屯していて、城郭は活気に溢れている印象だった。

 

 一郎たち三人は、このマイムの城郭の外れにある小さな宿屋で宿泊していて、いまは酒場になっている一階で夕食をとっているところだ。一階の酒場で食事や酒を飲んでいるのは、一郎たちのような泊り客ばかりではないようだ。近所の住民たちも集まっているようであり、席は混雑していた。

 一郎は、彼らが集まっている目的が、あの可憐な歌い手の唄を聴くことだということを悟った。

 

 曲が終わったとき、大歓声が一斉に起こった。

 

 ニーナ──。

 

 酔客たちが大声でその名を叫んでいる。

 あの歌い手はニーナという名のようだ。

 まだ、二十になっているかどうかだろう。

 それにしても素晴らしい唄だ。

 客たちの拍手は鳴りやまず、もう一曲を求める声が方々からあがっている。

 

「あっ」

 

 すると、向かいの席に座っているエリカが不意に小さな悲鳴をあげて、がたりと身体を動かした。

 エリカは手で自分の口を押えて、懸命に歯を食い縛っている。もう片方の手はなにかを我慢するように、しっかりとスカートの上から股間を押さえている。

 一郎は思わず微笑んでしまった。

 

「ほら、変な声出さないで、エリカ……。おかしな注目を浴びちゃうわよ」

 

 コゼが嗜虐的な笑みを浮かべて、エリカの顔に口元を近づけてささやくのが聞こえた。

 

「……だ、だって……コ、コゼ……、い、意地悪しないで……」

 

 エリカが真っ赤な顔をしてすがるような視線をコゼに向けている。

 

「意地悪は当然でしょう……。今夜はエリカの番なんだもの……。じゃあ、お尻はどう?」

 

 コゼが服の下に隠していた操作具を取り出して、卓の下で操作したのがわかった。

 

「はうっ」

 

 一瞬だけエリカが背伸びをするように、ぐんと身体を伸ばした。そして、すぐに身体を丸めるように前屈みになる。手は必死になって口を押さえて、込みあがる悲鳴を耐えているようであり、また、身体全体がぶるぶると震えていて、服の下の乳房が揺れ、椅子に座っている短いスカートから出る両腿が小刻みに動いている。

 

 仕掛けは簡単だ。

 

 エリカの股間と肛門には、一郎がクグルスに作成させた「リモコン式のローター」がそれぞれに埋まっている。それを操作具を持っているコゼが振動させたのだ。

 

 ここには出現させることができないクグルスという魔妖精には、様々な能力があるのだが、淫気と呼ぶエネルギーを駆使して、どんな淫具でも自在に作ることができるというのもそのひとつだ。

 一郎はクグルスに命じて、いまエリカが挿入されている「ローター」とリモコンを作成させていた。

 この異世界には存在しないものであるが、一郎の頭の中にあったものを再現させたものであり、一郎の元の世界にあったものとまったく機能は同じだ。元の世界では電池を使って作動させていたものが、ここでは淫気というエネルギーを使うのが違いなくらいだ。

 また、外に漏れるようなモーター音はまったく聞こえない。

 

 だから、声さえ出さなければ、真っ赤な顔で悶えているこのエルフ娘が、股間にそんな仕掛けをされていることは、周りの誰にもわからないだろう。

 ローターは、一階におりてくる前に、コゼがエリカに挿入したものだ。コゼは前後の穴に挿入した淫具のそれぞれに、たっぷりと媚薬を塗っていたようであったから、すっかりと薬剤で爛れた局部とお尻を淫具の振動で苛まれるエリカは、たまらない感覚に違いない。

 

 一郎が覗けるエリカのステータスでは、すでに絶頂までのカウントダウンの目安である「快感値」の数値が“10”を割っている。

 マゾっ子のエリカは、このまま大勢の客でひしめいている酒場の真ん中で達してしまいそうな勢いだ。

 

 もっとも、客たちが注目しているのは、前側で歌っているニーナという若い歌い女の唄だ。

 ちょうど反対側の一番後ろの席にいる一郎たちに注目している者など皆無だ。

 

 エリカが派手に嬌声でもあげなければ別だろうが……。

 

 コゼが加わった旅も一箇月近くがすぎ、国境の街のドロボークで加わった女アサシンのコゼは、いまではすっかりと打ち解けた淫行仲間だ。最初は遠慮がちなコゼだったが、彼女の心を頑丈に覆っていた垣根のようなものを取り払わせると、なかなかに魅力的で愉快な女に変わった。

 

 一郎の施す倒錯の性にすっかりと嵌まってしまい、意欲的に関わるようになったのだ。特に自分が嗜虐側になるのが大好きであり、ああやってエリカを淫靡に苛めては悦に浸っている。

 コゼ自身も一郎に「調教」される性奴隷のひとりでありながら、一方でエリカに対する「調教」に積極的だ。

 

 今夜も特に命じることもなかったのに、食事のときに淫具を挿入するのをエリカに強要し、いまのように、時折動かしては、エリカを追い詰めて悦んでいる。

 

 なかなかの女調教師ぶりだ。

 

 もっとも、ああやって、隠れている性癖を仲間に対して剥き出しにするように強要しているのは、一郎の淫魔の術によるものであり、一郎がそれを解放しなければ、悪戯好きのコゼの一面は一生隠れていたものであったに違いない。

 

 いずれにしても、責められているエリカだけではなく、責めているコゼもまた、欲情しているのは確かだ。

 エリカだけでなく、コゼの「快感値」もどんどんと数値がさがっていることでそれがわかる。

 いまでは、コゼの数値も“60”から“50”くらいだ。

 

 “100”を切れば、性的な興奮が顕著になった目安であり、“30”で挿入可能なくらいに股間はびっしょりと濡れる。“0”になれば絶頂だ。

 つまり、エリカだけでなく、コゼもかなり興奮しているのだ。

 

「……お、お願い……止めて……コゼ……こ、このままじゃ……あっ、あっ……」

 

 エリカの眼が虚ろになり、だんだんと声が大きくなった。

 そろそろ声を耐えるのも限界だろうと一郎が思い始めた頃合いを見計らったように、コゼがさっと操作具で振動を停止させた。

 エリカの耐久度数は、“10”を割っていたところだった。

 がくりと脱力したエリカが、恨めしそうにコゼに視線をやった。

 

「……ひ、ひどいわ……」

 

 エリカはそれだけを言った。

 

「さっきも言ったけど、今夜はエリカの番なんだもの。いいじゃない。あたしの番のときは、遠慮なくやっていいのよ」

 

 コゼが平然と言い、また操作具を動かした。

 

「ふううっ」

 

 がたりと音がして、エリカがぶるりと震える。

 しかし、すぐに脱力した。

 今度は短い時間だけ動かしたのだろう。

 

「ああ……意地悪……」

 

 エリカが涙目になっている。

 ぞくりとするほどの美しさだ。

 エリカは本当に被虐が似合う。

 苛めれば苛めるほど、可愛くなり、綺麗になる。

 一郎は恥辱で顔を歪ませるエリカがなによりも好きだ。

 無論、平然とエリカに性的嗜虐を加えて悦ぶコゼも気に入っている……。

 

「わ、わたしの番って……。じゃ、じゃあ、あなたの番というのは、いつなのよ……」

 

 エリカが不満そうに言った。

 一郎は噴き出しそうになった。

 

 「エリカの番」とか「コゼの番」とか言っているのは、毎晩の性交のときに、ふたりのどちらが「調教」を主体に受けるのかという順番のことだ。いつの間にか、コゼとエリカで取り決めをしていたようであるが、一郎が見る限り、建前上は代わりばんこということになっているものの、なんだかんだと理由と因縁をつけて、エリカばかりが責められ役になっているという感じだ。

 

 昨日もエリカだったし、その前もエリカだった。

 まあ、どちらの「順番」であろうと、それは最初の段階だけのことであり、最終的に一郎がふたりを嗜虐的に犯すという結果になるのは同じなのだが……。

 

 そのとき、ニーナの歌声がまた響き始めた。

 客たちのせがむ声に応じたようだ。

 今度は静かな唄だった。

 唄が流れ出すと、一郎の頭には雄大な原野に広がる朝焼けの想像が拡がった。ほかの男客たちもうっとりとした顔をしている。

 

 思い浮かべるものはそれぞれかもしれない。

 ただ、一郎の見るところ、共通するのは、男たちは誰も彼も、ニーナの唄にすっかりと惹き込まれているという事実だ。

 唄の流れる途中で、またがたりと音が鳴った。

 ふと目をやると、エリカが口に両手をやっている。

 コゼがまた淫具を操作したようだ。

 

 まったく、こいつらは……。

 

 こんな綺麗な唄にもかかわらず、完全に無視して淫情に耽るというのは、一郎も呆れて苦笑するしかない。

 おそらく、エリカの股間の前後の淫具が両方とも動いている。

 そして、今度もエリカが絶頂寸前で止まった。

 コゼは唄のあいだ、淫具のスイッチを入れたり、止めたりとするのを繰り返していた。

 唄はもう一曲続き、そして、ニーナは奥に引っ込んでいった。

 割れるような拍手がしばらく続いた。

 ニーナの唄はこれで終わりなのだろう。

 

 店では、それを目当てでやってきていた何人かの客たちが酒代を置いて帰り始めた。もちろん、まだ残って酒や料理を愉しむ者たちもいる。

 唄のあいだは、給仕が止まっていたので、注文の料理や酒があちこちの席に忙しく運び込まれだした。

 

「お待ちどうさま──」

 

 一郎たちの席に、大皿の肉料理と三杯のビールが運ばれた。

 ビールといっても、そんなにアルコールは強くない。一郎でも問題なく飲めるくらいだ。

 こんな下町では、不衛生な水よりもむしろ酒の方が身体にはいいのだ。ビールくらいの酒なら、この異世界では子供でも飲む。

 運んできたのは、この宿屋の女主人の息子だ。

 

 

 

 トーイ

  人間族、男

  年齢20歳

  ジョブ

   町人(レベル2)

  生命力:30

  攻撃力:40”

 

 

 

 一郎は魔眼でステータスを見た。

 どこにでもいる普通の市民という感じだ。

 小さな宿屋であり、普段はこのトーイと母親であり女主人のマリラのふたりで切り盛りしている宿屋と酒場のようだ。ただ、今夜はニーナの唄目当ての客たちが集まりすぎて、てんてこ舞いという感じだ。

 

「遅くなってごめん。ゆっくりしてください──。追加があれば、遠慮なく言ってください」

 

 トーイが元気よく言った。

 人当たりのいい気持のいい笑顔だ。

 

「問題ないですよ。素晴らしい唄だったし、退屈凌ぎもありましたしね……」

 

 一郎は微笑んだ。

 退屈凌ぎとは、エリカとコゼだ。

 すっかりと淫具で追い詰められているエリカは真っ赤な顔で荒い息をしている。

 コゼはにやにやと素知らぬ顔だ。

 

「そうでしょう──。ニーナの唄は最高さ。本当はこんな場末の酒場で歌ってくれるような歌い手じゃないんだけど、幼馴染の縁でああやって、わざわざ都からやってきてくれて、時々歌ってくれるんです」

 

 トーイが嬉しそうに言った。

 “素晴らしい唄”だと一郎が評したのに心をよくしたらしい。

 まるで自分のことを褒められたみたいに嬉しそうだ。

 

「じゃあ、あの歌い手さんは、この城郭じゃなくて都の人?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「そうさ。ハロンドールの都ハロルドの歌姫ニーナといえば、いまじゃ、かなりの売れっ子の歌い手だよ。都じゃあ、毎晩、もっと大きな舞台や国王も出席するようなパーティで歌うんだ。そのニーナの唄が聴けるというので、こんなに人が集まるのさ」

 

「幼馴染って?」

 

「俺とニーナがね。まあ、昔の話です。いまや、ニーナは立派な歌い手さんだしね」

 

 トーイが複雑そうな笑みを浮かべて、立ち去りかけた。

 そのとき、わっという声が一部で沸き起こった。

 一郎も目をやった。

 ニーナだ──。

 さっきまで美しい歌声を披露していたニーナが、今度は大きなエプロンをつけて、給女をやっている。

 

「ニ、ニーナ──。なにをしているんだ。そんなことは、やらなくていいんだ。引っ込んでいなよ」

 

 トーイが驚いたように叫んだ。

 

「なに言ってんのよ、トーイ。どうせ、今夜はここに泊まりだもの。それに、こんなにお客さんがいちゃあ、てんてこ舞いなんでしょう。わたしも手伝うわよ。お母さんの許可はもらったわ」

 

「し、しかし、お前は都でも有名な歌い手で……」

 

「だけど、ここじゃあ、ただの昔馴染みよ。それよりも、さぼってないで動いて、動いて」

 

 ニーナが酒や料理を配りながら陽気に返した。ニーナの行くところ、あちこちで歓声のようなものがあがっている。

 トーイの話によれば、成功した唄歌いの芸人ということだったが、かなり気さくな性質のようだ。

 この酒場の酔客にも馴染んでいて、うまく客もあしらっている。

 さっきまでは神々しいまでに素晴らしい歌い手だと思ったが、いまは、ずっとここで働いている宿屋の娘にも見える。

 不思議な女性だ。

 トーイが卓の前から去った。

 

「はああっ」

 

 エリカが声をあげた。

 また、コゼが悪戯をしたのだ。

 一郎は笑いながら、コゼから操作具を取りあげた。

 そして、淫魔師の力で、コゼの性感をエリカと繋げてしまう。エリカの感じている性感とまったく同じものをコゼの身体にも流れるようにしてやった。

 性交を繰り返すことで、コゼの身体もエリカの身体同様に自在に操れるようになり、そんなこともできるようになったのだ。

 さらに操作具を動かして、淫具の振動をお尻だけにする。

 

「あっ、ああっ……」

 

 コゼが真っ赤な顔で小さな悲鳴をあげた。

 このところ、コゼについては、徹底的に肛門調教を施している。

 お尻の感度については、すっかりとエリカ以上に感じる身体になっている。

 エリカも悶えているが、コゼの悶えはそれ以上だ。

 

「ふたりとも、早く食え。そして、二階に行くぞ。たっぷりと今夜も精を注いでやるからな。エリカは前……。コゼは後ろだ……」

 

 一郎はふたりに顔を近づけると小声で言って、大皿の肉をふたりに取り分けた。

 ふたりが真っ赤な顔で小刻みに震えながら、目の前にある皿の料理をフォークで口にし始めた。

 

 

 *

 

 

 ふらふらと足腰のおぼつかないエリカとコゼを連れて、二階に借りている部屋に戻ったのは、かなり夜が更けてからのことだ。

 

 結局、一郎は一階の酒場でエリカとコゼをリモコンローターによって、かなりの時間、念入りに責め続けた。

 ローターが挿入されているのはエリカの股間と肛門だが、一郎の淫魔術でふたりの性感は完全に同調させている。エリカを責めれば、コゼがまったく同じように刺激を受けてしまうようにふたりの官能を完全に繋げてしまったのだ。

 ふたりの身体を支配できる一郎にこそできることだ。直接にはエリカを責めたのだが、それによって、コゼもまた同じように感じてしまうというわけだ。

 

 この場合、同調しているのは刺激の強さではなく快感の度合いとなる。

 同じ刺激でも、エリカとコゼは、当然に受ける快感も異なってくるが、「感覚を同調」してしまうと、ふたりの「快感値」が完全に一致し、赤いもやの濃さで示されるもやもまったく同じになる。

 

 つまりは、局部であれば局部、胸であれば胸、お尻であればお尻で受ける快感がまったく同一となり、同じように追い詰められ、絶頂するときには完全に一緒に達する。

 

 ふたりは、そういう状態になっている。

 これにより、快感に弱いエリカの受ける状態に合致してコゼが感じ、エリカ以上にお尻が弱点のコゼの受ける尻と同じ欲情を受けてエリカが悶え狂った。

 

 それでいて、ふたりはまだ一度も達していない。

 なにしろ、ふたりの身体については、淫魔の力で、どんなに刺激を受けても必ず絶頂寸前で保持されるようにしている。

 

 何度も昇天していてもおかしくはない快感を受けながらも、いまだにいっていないエリカとコゼは、膨れあがった淫情で失神寸前だ。

 

 一郎はふたりに服を脱ぐように命じた。

 エリカとコゼが争うように服を脱ぐ。

 まるでおしっこを漏らしたように濡れているふたりの下着が露わになった。

 それも脱がせた。

 部屋の中が女の蜜の香りで充満した。

 ふたりが下着を取り去るあいだに、一郎もまた全裸になった。

 

「ふたりで舐めて、俺を満足させるんだ。さもないと、いつまでも淫具で責め続けたまま、寸止めを解除してやらないぞ」

 

 一郎は寝台のひとつに腰かけた。

 そして、エリカの股間と肛門に挿入しているローターを軽く振動させてやる。淫魔師の力で押し込んでいる淫具は、どんなことをしても一郎が力を解除しない限り抜け落ちることはない。また、エリカの身体に埋まっている淫具を動かせば、まったく同じ快感がコゼにも流れ込む。

 

「はうっ」

「ああ……、も、もう、許して……」

 

 素裸になったふたりが同時にがくりとその場に膝を落とした。

 ふたりの無毛の股間は愛液でびしょびしょで凄まじい状態だ。溢れた愛液がそれぞれの内腿を伝って足の指にまで達している。

 

「寸止めを解除して欲しければ、しっかりと奉仕しろよ」

 

 一郎は笑った。

 エリカもコゼも、快感値は“10”だったが、淫具を動かすことで一気に下がり、いまは“1”で静止している。

 

 息も絶え絶えのふたりが、ほとんど這うようにして一郎の股に寄ってきた。一郎は脚を開いて、跪くふたりを脚のあいだに迎え入れた。

 左右からエリカとコゼの舌が怒張に這い始める。

 

「……そうだ……。なかなか気持ちいいぞ。ふたりともうまくなったな……」

 

 一郎はふたりの舌が性器に這う快感をしっかりと受けとめながら言った。

 股間を淫具で責められ続けているふたりは、淫らに鼻息を鳴らしながら一心不乱に一郎の一物にむさぼりついていた。

 ふたりは、まずはふたりがかりで、一郎の亀頭の先から睾丸の根元まで、左右から余すことなく唾液でべっとり濡れさせると、次に、エリカが亀頭の先を口で含み、コゼが身体を屈めて睾丸をすっぽりと包み吸うように刺激を与えてきた。

 そして、ひと通り舐め終わると、すかさず、ふたりが奉仕の場所を入れ替えて、今度はコゼが亀頭を受け持ち、棹と玉の部分をエリカが担当する。

 それを交互に繰り返した。

 

 まるで事前に申し合わせていたかのようなふたりの連携に、さすがに一郎も快感に顔が歪んだ。

 一郎など一瞬で殺してしまえる実力を持ったふたりの女戦士がこんなに懸命に自分の性器を舐めている。

 また、そのことが一郎の全身に性的興奮を漲らせる。

 一方でずっと股間と菊座に果てしない淫具の責めを受け続けているエリカとコゼは、淫らに腰をくねらせて必死で一郎の肉棒を舐めあげ続ける。

 最高の快感が込みあがってきた。

 

「出すぞ。ふたりで半分ずつだ。一滴残らず飲め──」

 

 一郎は言った。

 そのとき、一郎の先端を口で覆っていたのはエリカだった。

 一郎は欲情のまま、エリカの口の中に精を放出する。

 エリカは音をたてて一郎の性器の先を吸い取っていく。命じたとおりに、一滴残らず、まずは口に集めようとしているのだろう。

 

 射精が終わると、エリカは一郎の股間から口を離して、口を開いて舌の上に乗っている射精したばかりの一郎の精液をコゼに示した。

 淫情に耽っている表情のコゼが舌を伸ばして、そこから半分を自分の口に持っていく。

 ふたりが一郎に向かって口を開き、それぞれに分け合った精液を示した。

 

「よし」

 

 一郎は言った。

 ふたりが精を飲み込んだ。

 一郎は満足した。

 エリカの股間と肛門に挿入しっぱなしの淫具を止めて、外に出してやった。

 鳥が卵を産むような感じで、エリカの股間からふたつのローターが床に落ちる。

 

「あんっ」

「はうっ」

 

 エリカとコゼが甘い声を同時にあげた。

 それだけで感じてしまったようだ。

 一郎はすでに腰砕けのふたりを寝台にあげた。

 精を放ったばかりの一物だったが、すでに勃起状態に戻っている。

 淫魔の力で、精を放った直後でも、すぐに勃起して続けて精を放つことができるのだ。

 限界まで試したことはないが、エリカを相手に十回連続で放ったことがあるから、そこまでは問題はないことはわかっている。

 

「まずは、エリカだ──」

 

 一郎はそう言うと、エリカを仰向けに寝かせた。

 そして、太腿を担ぐようにして、一気に秘孔に一物を貫かせる。

 

 すでに、寸止めの縛りは解除した。

 ただし、ふたりの快感の繋ぎはそのままだ。

 

「はっ、ああんっ、ああっ、ああっ──」

 

 エリカが大きな嬌声をあげた。

 

「い、いくうっ、いくっ、いきます──いぐうう──」

 

 一郎の怒張が膣の奥に達するか、達しないかという短さで、エリカはあっという間にいってしまった。

 

「んふううう──」

 

 寝台の隅で横座りになっていたコゼの裸身が後ろにひっくり返った。エリカが達したことで、快感を同調させられているコゼもまた絶頂してしまったのだ。

 一郎はあまりにも速いエリカの昇天に苦笑しながら、エリカから怒張を抜き、コゼの身体をうつ伏せにして腰を掲げる体勢にする。

 狭い寝台の上なので、まだ仰向けに倒れているエリカの身体の上にコゼを重ねる感じだ。

 

 今度は淫魔の力で怒張の表面に潤滑油を浮き出させる。

 まだ、エリカを通じた絶頂の余韻に浸っている状態のコゼの尻たぶを掴んだ。

 いまや、すっかりと一郎からの肛姦の虜になってしまった感のあるコゼのアヌスに押し当てた。

 挿入を開始する。

 

「んんんっ、ああっ、あくううっ」

 

 コゼが悶絶するような声をあげ、口をぱくぱくさせて、上体が浮かぶほど背中を反り返らせた。

 調教開始の頃はまだ固かったコゼの尻穴だが、一箇月も毎日のようにアヌスをほぐしているうちに、すっかりと気持ちのいい場所に変わったようだ。

 エリカのお尻も犯すことはあるが、コゼとは頻度が違う。いまやコゼのお尻は膣のように柔らかい。

 一郎はぐいと怒張を突き入れた。

 

「はうううっ」

 

 コゼが首を持ちあげて、ぶるりと震えた。

 

「コゼのお尻も最高だね」

 

 一郎は限界まで飲み込ませた怒張を今度は引き抜き始めた。

 アナルセックスは入れるときよりも、抜くときの方が気持ちいいものらしい。

 コゼの反応が激しくなる。

 

「くふうっ、ご主人様あああっ」

 

 と、コゼはさっそく達してしまった。

 エリカもコゼも昇天するのが早い。

 かなりの時間、寸止め状態だったから、それが効いているようだ。

 

「んふううう──」

 

 身体の下のエリカもまたコゼと同時に再び昇天した。

 快楽の同調のためだ。

 むしろ、直接にアヌスをほじられていないエリカに流れるのは、肛姦の苦痛はまったくなく、純粋な快感だけだ。

 堪らないのはエリカの方かもしれない。

 

「それにしても、俺が愉しむ暇がないじゃないか……。まあいい、今夜は俺は奉仕に徹するよ」

 

 一郎は苦笑しながら、コゼのお尻から一物を抜き、淫魔の力で一度潤滑油を汚れとともに蒸発させて清潔さを保つ作業を行うと、今度はもう一度エリカの股間に怒張を埋める作業を開始した。

 

 

 *

 

 

 完全にエリカもコゼも悶絶してしまった。

 

 とりあえず、ふたりの身体の汗と体液を布で拭いてやったが、ぴくりとも動く気配はない。

 それぞれに五回の絶頂を果たしたときに、ふたりとも完全に気を失ってしまったのだ。まあ、五回ずつというが、快楽を同調させていたので、間髪入れずに連続十回の絶頂となる。

 

 考えてみれば、当然の結果かもしれない。

 

 一郎は裸身のふたりを並べて横たわらせて、裸身を掛け布で覆うと、部屋にあるもうひとつの寝台に向かった。

 いつもは添い寝をすることが多いが、今夜は無理だろう。

 

 少しやりすぎたかもしれない……。

 

 一郎は燭台の蝋燭の灯かりで照らされているふたりの美女を改めて眺めた。

 可愛らしく寝息をたてている……。

 

 一郎は自分の頬に微笑みがこぼれるのを感じた。

 ふたりを照らしているのは、ただの蝋燭ではない。

 エリカが特別な魔道を込めた魔道具であり、燃え尽きることも風で消えることもない。野宿などでも重宝しているが、こんな魔道具の蝋燭一本作るのも、実は大した魔道力らしい。

 

 エリカは、エルフ族として弓術や剣術に長けているだけでなく、魔力もまたそこそこ使いこなす。

 

 また、コゼは超一流のアサシンだ。

 さらに、ふたりとも人目を引きつけるくらいに可愛らしい。

 そんなふたりを思う存分に抱き潰すまで味わうことができる。

 しかも、いつでもどこでもだ。

 どんなことをしても、このふたりは拒まない。

 さらに、ふたりとも、とても好色だ。

 一郎に対してだけであるが……。

 こんなに、いい想いをしてもいいのだろうか……。

 なんだか逆に不安を感じそうになる。

 

 そのとき、不意になにかの感情が一郎に流れ込んできた。

 息をするのも忘れるくらいの快感の感情だ──。

 一郎はびっくりしてしまった。

 

 

 

 トーイ

  人間族、男

  年齢20歳

  生命力:30

  攻撃力:40”

 

 

 

 ニーナ

  人間族、女

  年齢20歳

  ジョブ

   唄歌い(レベル40)

  生命力:40

  攻撃力:15

  経験人数:男1、女30

  淫乱レベル:A

  快感値:10↓” 

 

 

 

 ふたりのステータスも突然に頭に流れ込んできてしまった。

 

 いちいち他人のステータスを覗き見するのは、思考が邪魔されて頭がおかしくなりそうなので、普段は魔眼の能力を封印している。だが、時折強い感情のようなものがあると、一郎の意思に反して頭に強引にそれが映し出してしまうことがある。

 いまもそうだ。

 

 そして、その強い感情の正体もわかった。

 これは、ニーナの感情だ。

 びっくりするほどに大きな悦びの爆発だった。

 

 そのニーナの「快感値」があっという間に“0”になった。

 一郎はほくそ笑んでしまった。

 やっと、それが壁を挟んだ隣の部屋で行われている行為だということを悟った。

 

 トーイとニーナ……。

 

 なるほどね……。

 

 トーイはニーナのことを自分のことのように自慢げに喋っていて、とても大切に思っている気配だったし、ふたりは幼馴染だという話でもあった……。

 ニーナは、都の歌姫と称されるほどに有名な存在だということだったが……。

 つまりは、そういうことでもあるのか……。

 

 それにしても……。

 ちょっと興味にかられたのは、ニーナのステータスにあったニーナの性経験の数だ。

 

 随分と女性ばかりの数が多い、おそろしく偏った性経験だと思った。しかも二十歳だよなあ……。

 一郎は壁に耳でも当てて、様子を窺ってみようという誘惑にかられた。

 

 この部屋には、エリカに命じて、性行為の声が漏れにくいように、防音の魔道をかけさせているので、お互いの声が伝わりにくくなっているはずだ。しかし、本来は壁はそんなには厚くはない。

 耳を壁につければ、あのトーイとニーナの幸せそうな声が耳に入ってくると思う……。

 

 だが、やめた。

 なんで、そんな無粋なことを……。

 

 いずれにしても、前々から思っていたが、相手が性行為のできるような女の場合は、その女の快楽の度合いから、性経験数、身体の敏感さまでわかるのに、相手が男の場合や、性を交わせないような年齢の女性の場合は、そこまでのステータスはわからない。

 いまも、ニーナがどういう状態であるかはわかるが、その相手らしいトーイのステータスは本来の能力値程度の情報だ。 

 まあこれも、一郎が、淫魔師の能力と魔眼の能力の両方を持っていることに関係があるとは思うが……。

 

 とにかく、あのふたりが、やっぱり恋人同士であったことを知って、なんとなく一郎は嬉しくなった。

 

 一郎は寝台にひとりで横になると、掛け布を身体にかけて眠りについた。

 意識が睡魔に乗っ取られるのに、ほんの少しの時間しかかからなかった……。



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36  歌姫の依頼

「おはようございます、ロウ様……」

「おはようございます、ご主人様」

 

 軽く身体を揺すられた。

 一郎は目を覚ました。

 エリカとコゼが一郎を見おろしている。

 

 ふたりともすでにすっかりと身支度が終わっている。

 開かれている窓からは、朝の光と気持ちのいい風が差し込んできていた。

 そういえば、昨夜はふたりを完全に抱き潰してしまい、久しぶりにひとりで寝たのだということを思い出した。いつもは、ふたりの女のどちらかが、あるいは、両方が添い寝をしているので、隣りで身じろぎをすれば目を覚ましていた。

 だから、起こされるのは久しぶりだ。

 しかし、昨夜は完全にひとり寝だったので、どうやらふたりが起きあがって動いていたのに気がつかなかったようだ。

 あるいは、ふたりも一郎を起こさないように、気を使って静かにしていたのかもしれない。

 

「今日は、わたしが番です……」

 

 エリカが少しはにかんだ表情で一郎の唇に自分の唇を押し当ててきた。

 エリカにもコゼにも、一郎が目覚めたら、すぐに挨拶の口づけをするように命令をしている。

 エリカが、“わたしが番”だと言ったのは、どちらが先に口づけをするのかという順番のことだ。いずれにしても、ふたりとも口づけをすることになるのは変わりない。

 ときには、そのまま朝から性行為に陥ることもあるが、それもすべて一郎の気ままだ。

 

 一郎が求めれば、このふたりは拒否はしない。

 

 エリカにしても、コゼにしても、いまは一郎の女としての感情と価値観が、完全に身体に刻み込まれてしまった感じだ。

 

 一郎の口の中に生温かいエリカの舌が入ってきた。

 エリカは百合の性の経験があっただけに、口づけがとても上手だ。

 一郎の口の中で、エリカの舌が唇の内側を舐め、さらに歯茎をなぞっていく。さらに口腔中を這いまわる。

 とても、情熱的で煽情的なキスだ。

 一郎は、思わずそのまま押し倒したくなる誘惑にかられた。

 

「昨夜は、先に寝てしまって申し訳ありません」

 

 やっと唇を離したエリカが、一郎の口から洩れた涎を舐めとってから言った。

 

「謝る必要はないさ。調子に乗って抱き潰したのは俺だからな」

 

 一郎は苦笑した。

 

「でも、万が一、襲撃をされた場合の備えもしないで、正体なく寝入ってしまいました。それでは、ロウ様の護衛役としての役割は失格です」

 

 エリカはきっぱりと言った。

 多少要領の悪いところはあるが、生真面目でいつも一生懸命なのがエリカの特徴だ。

 エリカには、ずっと以前に、一郎を守ってくれと命じたことがあった気がする。

 それをずっと大切に考えているみたいだ。

 だから、常にどこであろうと休む前には、襲撃されたときの警戒のための結界などを魔道で処置してから、一郎の「調教」を受けにくる。

 ただ、昨日は、夕食時のいたぶりから、そのまま夜の営みに発展してしまったので、そんな余裕がなかった。

 それを申し訳なく思っているようだ。

 健気な女だ。

 

「気にするな。エリカはいつもよくやってくれているし……」

 

 一郎は手を伸ばしてエリカの頭を撫ぜた。

 

「あっ……。お、恐れ入ります」

 

 するとエリカが嬉しそうな顔になった。

 そのとき一郎は、掛け布の下の自分が完全な素裸であることに気がついた。昨夜は一郎も、エリカとコゼを抱き潰してからそのまま寝入ったのだった……。

 それを思い出した。

 

「大丈夫よ、エリカ。だったら、今夜もエリカが“調教の番”ということにしたらいいわ。罰としてね」

 

 コゼが元気な物言いで割り込んできた。

 一箇月前まで、マニエルという悪徳商人に飼われる正式の奴隷だったコゼは、主人の商人から商売仇などを始末する一流の暗殺者として使われながらも、主人の部下たちの性処理のための「厠女」として扱われる恥辱の日々を送っていた。

 それはコゼの人格に暗い影を落とし、少しのあいだコゼはとても消極的で一郎たちに一線を画した態度を取り続けていた。

 しかし、一郎の淫魔術により、そんな負の記憶によって押し殺された性格の闇の部分を消去してしまうと、随分と陽気な少し甘えん坊の女性に変化してしまったのだ。

 最初に出会ったときとは正反対であり、とても同一人物とは思えない変化だ。

 

 まあ、嬉しい変化ではあるが……。

 いまや、愉快なお調子者だ。

 これが本来のコゼの性質だったに違いない。

 

「な、なんで、わたしの番になるのよ──。あなただって、ロウ様の護衛じゃないのよ」

 

 真面目なエリカがコゼのからかいに、真っ直ぐすぎる反応をして声をあげた。

 

「あたしは性奴隷よ。もちろん、ご主人様を全力で守るけど、第一の役割はご主人様に抱かれることなのよ。そう言われたわ」

 

 コゼは平然と言った。

 そう言われれば、そんな風に告げたかもしれない。

 よくは覚えていないが……。

 

 まあ、実際のところ、コゼもエリカに負けず劣らずの強い戦士だ。エリカは弓術や剣術に長けた正統派の戦士だが、気配を殺して物陰から相手を瞬殺する技にかけては、エリカはコゼにかなわないだろう。まともに戦えば、エリカが強いかもしれないが、現実の殺し合いではコゼが勝つような気がする。

 いずれにしても、三人の中でなんの役にも立たないのが一郎であることは間違いない。

 

「だったら、今日もエリカが夜の調教を受ける番だな。どんな罰がいいんだ。とりあえず、コゼに任せるよ」

 

 一郎は笑った。

 

「そんな、ロウ様……。な、なんで、わたしだけ……」

 

 エリカが頬を膨らませた。

 

「愉しみね、エリカ」

 

 コゼが指先でちょんとエリカの胸の膨らみを突っついた。

 

「ひんっ──。な、なにすんのよ」

 

 エリカが両手で胸を押さえて飛び退がった。

 コゼが愉しそうに笑って、顔を屈めて一郎の唇に口を重ねてきた。

 朝の挨拶の続きだ。

 口づけの上手なエリカに比べれば、やはりまだまだコゼの技巧は稚拙だ。

 だが、それはそれで初々しい愉しさがある。

 性経験の多いコゼが、男については一郎しか知らないエリカよりも、性技に劣るというのは考えてみればおかしいのかもしれないが、実際にそうなのだ。

 一郎は今度はコゼが舌を入れてくるのを待たずに、自分からコゼの口に舌を差し入れた。

 

「んふっ、ふうっ……」

 

 コゼが鼻息を鳴らしながら、一郎の舌を自分の舌で舐め返してくる。

 一郎に口の中を舌で愛撫されて、欲情しているのだ。

 すぐにコゼの顔が真っ赤になり、魔眼で垣間見れる「快感値」も低下していっている。

 

 無論、仕掛けがある。

 

 コゼにはわかりようもないが、一郎がひそかに、コゼの口の中の感度を急上昇させて、一時的に性器並に敏感な場所に変化させているのだ。

 そうやって、口の中が感じる場所なんだということを頭に覚え込ませてしまい、コゼを一郎好みの敏感な身体にしていくというわけだ。

 

 これも「調教」だ。

 

 そのうちに、次第に一郎が淫魔術を使わなくても暗示を刻まれた心がしっかりと強い快感を覚える場所として認識してしまい、コゼの口腔はしっかりとした性感帯として「安定」してしまうはずだ。

 一郎はコゼの舌を味わいながら、コゼの口の中をたっぷりと味わった。

 お互いに口を開いた状態で舌と舌を奥に奥にと絡み合わせていく。

 

「あ、ありがとうございました……。と、とても感じました……。で、でも、あたし、どうしてしまったのでしょう……。ご主人様との口づけはいつも……す、すごく感じます……」

 

 唇が離れると、コゼは半ば茫然とした表情で言った。

 

「俺の口づけは、しっかりと愛情を注いでいる口づけだからな。俺もエリカもコゼの家族だ。だから、感じるんだ」

 

 一郎はうそぶいた。

 

 十歳のときに払えない税の代わりに家族から売られ、それから家族愛どころか、あらゆる愛情とは無縁の生活をしてきたコゼは、“家族”とか“愛情”いうものに飢えている。

 一郎は、コゼが官能に浸っているときに、それらの単語を使うと、コゼの身体が反応することを見抜いていた。だから、意識して“家族”や“愛情”という言葉を使うことにしている。

 

 一郎は起きあがった。

 すでに、コゼの口の中の感度は元の状態に戻している。

 エリカとコゼは一郎のために、身体を拭くための水と布を準備してくれていた。

 立ちあがった一郎は、ふたりが身体の前後から布で一郎の身体を拭くのに任せた。

 その後、エリカとコゼは、協力し合って一郎に下着をはかせ、衣類を整えさせてくれた。

 その間、一郎はなにもしていない。

 若い美女ふたりに、こうやって身支度をしてもらう時間は、一郎が一番好きな時間だ。

 

 まるで王様にでもなった心地いい気分になる。

 いや、実際に王様だ。

 このふたりの女傑を本物の奴隷のように扱うことができるのだ。

 それでいて、ふたりとも、一郎の世話をするのをちっとも嫌がっていない。

 なんといい身分なのだろう。

 

 そして、すっかりと準備が終わったところで、三人で連れだって廊下に出た。

 朝食をとるためである。

 

 しかし、廊下に出ると、女の泣く声が聞こえてきた。

 かなり激しいすすり泣きの声だ。

 隣の部屋からだ。

 

 一郎たちが泊まっていた隣の客室の扉がかすかに開いていて、そこから声が漏れ出ているようだ。

 一郎たちが泊まっていたのは、一階に下りる階段から二番目に遠い部屋だった。

 女の泣き声が聞こえるのは、一番奥の部屋だ。

 

 一郎は、昨夜、この宿屋の息子のトーイと都から戻ってきていたニーナという唄歌いが、そこで愛し合っていたのを魔眼を通して覗いたのを思い出した。

 

 泣いているのは、そのニーナに違いなかった。

 なにがあったのだろう……?

 

 あれは、なにかとても衝撃的な悲しみがあって泣いているという感じだ。夕べ、恋人と愛し合ったばかりの女が、どうして朝からあんなに悲しそうに泣く理由があるのだろう。

 不思議さが一郎の好奇心を刺激した。

 

「ご主人様、あれはニーナさんでは……?」

 

 立ち止まったままの一郎にコゼが声をかけてきた。

 

「そうだな……」

 

 一郎は頷いた。

 少し気になったが、だからといって、いきなり声をかけるのもおかしいし……。

 魔眼を使う。

 すすり泣きの声が聞こえる部屋にいるのはニーナだけのようだ。トーイのステータスは出てこない。

 

「ニーナって……?」

 

 エリカが首をかしげた。

 ニーナのことを覚えてないようだ。

 これには一郎もびっくりした。

 だが、考えてみれば、あのニーナの美しい歌声が響くあいだ、エリカはコゼからずっと淫具による羞恥責めに遭っていた。

 唄なんかに気を取られる余裕は皆無だったのかもしれない。

 

「ニーナといえば、昨夜の歌姫でしょう、エリカ──。まあ、呆れた。覚えていないの?」

 

 コゼがからかいの口調で言った。

 

「あ、あんたのせいでしょう──」

 

 すると、エリカがコゼに食って掛かった。

 一郎は思わず笑ってしまった。

 

「きゃあああ──。トーイ──」

 

 そのとき、突然に女の絶叫が階下から響いた。

 叫んだのはこの宿屋の女主人であり、トーイの母親のマニラのようだ。

 

 ただならぬ悲鳴に、一郎は一階に駆けおりた。

 一階は喧噪になりかけていた。

 人の集まりが宿屋の外にある。

 一郎は、その輪の中で地面に座り込んだマニラに抱かれて倒れているトーイを目撃した。

 トーイの顔色が真っ白だ。

 

 息をしていない……?

 そばには箒が転がっている。

 宿屋の外の通りを掃除でもしていたような感じだ。

 

「どうしたの、トーイ──。息をして──。トーイ──どうしたの?」

 

 気が動顚している様子のマニラが狼狽えて叫んでいる。

 

「動かしてはだめ──。毒が回るわ──。そこに横たえて──」

 

 大きな声がした。

 エリカだ。

 懐からすでに杖を抜いている。

 

「毒──?」

 

 マニラが顔をあげた。

 

 

 

 トーイ

  人間族、男

  年齢20歳

  ジョブ

   宿屋管理(レベル2)

  生命力:1↓

  攻撃力:0↓

  状態

   毒針による瀕死”

 

 

 

 一郎にもわかった。

 しかも、死にかけている。

 そして、トーイの身体の下に銀色に光る小さな物も見つけた。

 針だ──。

 

「いや、動くな──」

 

 一郎は叫んだ。

 毒針に違いない。

 一郎は針を指さした。

 コゼも気がついた。

 咄嗟に布を取り出して、針を拾いあげている。

 また、コゼは、両腰に提げている短剣のひとつを抜き構えて周囲を見渡した。

 はっとした。

 

 そうだ──。

 

 トーイが倒れたのは、毒針を刺されたためだと考えれば、それをやった犯人は、すぐそばにいるのかもしれない。

 

 一郎も魔眼で周囲を探る。

 だが、一郎の魔眼でもそれらしい者はいなかった。

 周囲にいるのは、マニラをはじめとして、この宿屋で朝食をとっていた客たちばかりのようだ。少なくとも毒針で武装している者は見つからないし、それらしいジョブの持ち主もいない。

 

 そのあいだ、エリカは杖をトーイの身体に向け続けている。

 おそらく、魔道で毒消しを施しているのだろう。

 だが、トーイの顔色はますます白くなり、生命力はややあがったものの“5”以上には上がってこない。

 一郎はトーイの左肩に青い光が浮かんでいることに気がついた。一郎の魔眼によるものだ。

 

「右肩だ──。服を裂け」

 

 一郎は素早く言った。

 コゼがトーイの身体に飛びつく。

 動顚しているマニラからトーイの身体を奪い取ると、短剣の先で服を裂いた。

 服の下のトーイの肩は紫色に腫れていた。

 

 そこが毒源だ。

 コゼが躊躇うことなく、短剣の先でそこを切り裂いた。

 トーイの肩から血が噴き出した。

 

「トーイ──。トーイ──。おお、トーイ──。な、なんで? どうして──?」

 

 女の絶叫が人混みの外から起こった。

 やってきたのはニーナだ。

 かなりのパニック状態になっていて、金切声をあげながら、コゼからトーイの身体を奪い取ろうとした。

 

「邪魔よ、あんた──」

 

 汗びっしょりで杖を向け続けているエリカが足でニーナを突き飛ばした。

 ニーナが横に倒れる。

 マニラがそれを助け起こした。

 

「な、なんでこんなことに──。なにがあったんです、お母さん──?」

 

 ニーナが叫んでいる。

 

「わ、わからないわ──。あたしは突然に外でトーイが倒れる音を聞いただけだから……。トーイは店の前の掃除をしていたのよ。あたしは厨房にいたんだけど、不意に大きな物音がしたから外に出て見たら、トーイがひとりで倒れていたの」

 

 マリラが応じた。

 一郎はトーイの状態を観察した。

 血が流れすぎて、それで身体が危うくなるようなら今度は止血が必要だ。

 それを見極めるためだ。

 

 

 

 トーイ

  生命力:11↑

   毒状態

  状態

   瀕死”

 

 

 

 大丈夫──。

 好転している。

 

「いいぞ──。回復してきている。そのまま、毒を出してしまえ──」

 

 一郎は叫んだ。

 やっとトーイの生命力があがってきた。

 

「わたしが──」

 

 ニーナがコゼを押し避けて、トーイの肩に口をつけた。

 今度はエリカもコゼも、ニーナを邪魔しなかった。

 ニーナは、服がトーイの血で汚れるのもいとわずに、必死の形相でコゼが開いた肩の傷に唇をぴったりとつける。

 

 血を吸い始める。

 すぐに一度地面に吐き出して、また、肩に口をつけた。

 しばらく、それが続く。

 

 やがて、トーイの呼吸が顕著なものになった。

 生命力は、“20”まで回復している。

 状態も「毒」の言葉は残っているが、「瀕死」というのは消えた。

 持ち直した……。

 一郎はほっとした。

 

「もう、大丈夫だ……。止血を──」

 

 一郎は言った。

 

「ふう……」

 

 エリカがその場でがっくりと腰を落とした。

 いつもは、“100”はあるエリカの魔力が、“10”を切っている。この短い時間でそれだけの魔力を搾り放てば、かなりのダメージもあるだろう。

 

「よくやったぞ、エリカ──。コゼもな……」

 

 一郎はふたりの肩を抱いた。

 その横でニーナとマニラが、いまはコゼが裂いた傷の止血をしている。

 もう問題はない。

 まだ、トーイは意識のない状態だが、すぐに回復をするだろう。

 それにしても、なぜ……。

 

「トーイ、しっかり──」

 

 そのとき、マニラの声がした。

 そっちに視線をやる。

 トーイが身じろぎをしていた。

 しかも、そのトーイの唇が動こうとしているのがわかった。

 

「……ま、まさか……まさか……」

 

 トーイが呟いた。

 まだ完全には意識は戻っていない。

 しかし、ほとんど無意識の状態のまま半ば覚醒した状態で、なにかを語ろうとしているようだ。

 

「なに、トーイ──。なにがあったの──? 誰にやられたの、トーイ──?」

 

 マリラが叫んだ。

 

「ニ、ニーナが……」

 

 それに応じるようにトーイの唇が告げたのは、その言葉だった。

 

「ニ、ニーナ?」

 

 マリラは声をあげた。

 一郎も少し驚いた。

 しかし、トーイは再び昏睡の状態に戻ってしまった。

 

 

 *

 

 

 マニラが二階から降りてきたのは、そろそろ昼になろうかという時間だった。

 一郎たちは、一階の食堂の卓のひとつを囲んでいた。

 

 客はほかにはいない。

 今日は店を開けないということをマニラが決め、朝食を待っていた客たちに食事代分の金子を返して立ち去ってもらっていた。

 一郎たちについては、マニラではなく、ニーナからお願いだからどこにも行かないでくれと頼まれて、それで一階の食堂で座っていたのだ。

 ここの女主人とニーナは、毒で倒れたトーイを看病するために、二階にあがったままだ。

 腹が減っていたが、さすがに勝手に厨房に入るわけにもいかずに、大人しくしていた。

 

「ありがとうございました。なんとお礼を申していいのか……」

 

 卓の前にやってきたマニラは深々と頭を下げた。

 

「トーイさんはどうなりました?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「大丈夫です。やっと意識を回復しました。とりあえず、横になっていますが、もう大丈夫だと思います。皆さんの迅速な処置がなければ、どうなっていたか……」

 

 マニラはほっとした表情で涙ぐんでいる。

 

「ところで、どうしてこんなことになったのですか? トーイさんは誰に命を狙われたのですか?」

 

 エリカが口を挟んだ。

 

「さあ……。トーイも覚えていないと言うのです。外で掃除をしていたら、不意にちくりと肩に刺激を感じて、気がつくと倒れていたと……」

 

 マニラは暗い顔で首を横に振った。

 すると、コゼが卓に布を出して開いた。

 それは、一郎がコゼに拾わせた針であり、倒れていたトーイの身体の下にあったものだ。

 

「マニラさん、これは倒れていたトーイさんのそばに落ちていた針です。調べると、サイの毒が塗ってありました。サイの毒はご存知ですね?」

 

 コゼが言った。

 

「サイの毒──? まさか──?」

 

 マニラが真っ蒼になった。

 だが、一郎にはわからない。

 エリカを招き寄せて、小声で訊ねた。

 

 それによれば、“サイの毒”というのは、この大陸で有名な致死性の猛毒だということだった。

 

「確かです。かすかですが、匂いの痕跡が残っています。とても危ないところだったと思います。たまたま、毒針を刺されたのが店の前であり、すぐに処置できる状況だったから、トーイさんは一命を取り留めました……。それはともかくとして、サイの毒は暗殺者が頻繁に用いる毒薬ですが、とても高価なものであり、誰かが気紛れに弄ぶという類いのものではありません。トーイさんは、プロの暗殺者に狙われたのではないかと思います」

 

 コゼがきっぱりと言った。

 一郎は少し驚いた。

 プロの暗殺者がこんな普通の宿の息子を狙うという状況が理解できなかったのだ。

 

「まさか……」

 

 マニラは動顚した様子だ。

 そのとき、誰かが上から降りてくる気配を感じた。

 ニーナだった。

 すでに階段の半分まで降りてきていて、神妙な顔でこっちに近づいてきている。

 

「ああ、ニーナ……。トーイは?」

 

「横になっています……。しっかりしていますし、大丈夫だと思います……。ところで、いまの話は本当ですか、皆さん? トーイはプロの暗殺者に狙われたというのですか?」

 

 ニーナは椅子を引っ張ってきて、一郎たちが座っている卓の前に腰かけた。真剣な表情をしている。立ったままだったマニラもニーナの横に椅子を持ってきて座った。

 

「あたしは、その可能性が高いと申しあげただけです。ただ、サイの毒は気紛れに使うようなものではありません。高価だというだけではなく、扱いが難しいのです。下手をすれば、毒を使おうとした者が逆に毒にあてられてしまうこともあるんです。だから、プロの仕事ではないかと思っただけです」

 

 コゼが言った。

 

「そ、そんな……」

 

 ニーナの顔も真っ青になる。

 まずいな……。

 一郎は顔をしかめた。

 

 そうだとすれば、トーイはまた命を狙われる可能性もあるということだ。プロの仕事だとすれば、失敗した暗殺はもう一度やり直して、今度こそ確実に仕留めようとするだろう。

 ニーナが降りてきたということは、いまはトーイがひとりでいるということだ。

 

「コゼ、トーイにとりあえず、ついていてくれ」

 

 一郎はとっさに言った。

 コゼは一流の暗殺者だ。同じ暗殺者がどんな風にやってくるか想像もつくだろう。

 それに遣い手でもあるコゼなら、侵入者が現れても対処できる。

 

「わかりました」

 

 コゼが立ちあがる。

 トーイが休んでいるのは、今朝、ニーナが泣いていた最奥の部屋のようだ。コゼがすぐに二階に駆けあがっていった。

 

「あ、あの……。トーイはどうして……? ねえ、お母さん、トーイが命を狙われる理由に心当たりはないの──? このままじゃあ、トーイはまた命を狙われるかもしれないわ」

 

 ニーナが焦ったように言った。

 

「さ、さあ……」

 

 マニラがエリカを一度見て、そして、小さく嘆息して首をまた小さく振った。

 しかし、一郎はなんとなく、マニラの様子に違和感を覚えた。

 

 理由はない。

 ただの勘だ。

 だが、ニーナの言葉に対するマニラの否定の態度に、なにか引っ掛かるものを感じた。

 ニーナが一郎たちに視線を向けた。

 

「あ、あの……。遅れましたが、トーイを助けてくれてありがとうございました。ところで、あなた方はもしかして冒険者ですか──?」

 

 ニーナが言った。

 

「そうです──。まだ、ギルド登録はしていませんが……。ギルド登録は、王都に到着次第に行うつもりでした」

 

 一郎の代わりにエリカが応じた。

 

「だ、だったら、わたしがあなた方に依頼します。トーイを守ってください。そして、トーイを狙う者を捕えるか、殺すかしてください──。報酬は金貨十枚……。いえ、十五枚支払います」

 

 ニーナが言った。

 

「じゅ、十五枚──?」

 

 エリカが甲高い声をあげた。

 一郎には相場がわからないが、エリカの態度から考えると、とんでもない依頼金なのではないかと思う。

 一郎の記憶では、確か、金貨十五枚もあれば、王都で小さな一軒家を買い取っても、まだ余りがあるくらいの額だったはずだ。

 そんな大金を支払うというのは、ニーナにとって、トーイがそれだけ大切な存在だということであり、また、ニーナがその報酬を簡単に準備できる立場だということでもあるのだろう。

 トーイが、ニーナは王都でも有名な歌姫だといっていたから、それだけの立場でもあるのだと思う。

 

「ニーナ、そんなに……」

 

 マニラも目を丸くしている。

 

「いいんです、お母さん……。わたしにできることはなんでもしたいの」

 

 ニーナがマニラに言った。

 

「ロウ様……?」

 

 エリカが一郎に判断を求める視線を送ってきた。

 

「冒険者として登録していないのに、冒険者としての依頼を受けることに問題はないのか、エリカ?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「それは問題ありません……。冒険者ギルドに登録したとしても、義務になっている数の依頼さえこなせば、ギルドを通さずに依頼を受けることもできます。ただ、ギルドを通さない場合、往々にして、実際の報酬の支払いの段階でもめることが多いとも聞きます」

 

 エリカが応じた。

 

「報酬は支払います。前払いでもいいです──。い、いえ、や、やっぱり、トーイの危険を排除してもらってから……」

 

 ニーナが素早く言った。

 それはそうだろう。

 報酬を先に支払えば、一郎たちが金子だけを貰って、そのまま逃亡する可能性がある。なにしろ、一郎たちは、まだギルド登録もしていないただの旅人だ。しかし、一度は先払いを口にしたところをみると、ニーナはこの手の交渉事には不慣れに違いない。

 

「先払いは金貨一枚と銀貨十枚……。それがいまの手持ちの全部なのです。でも残りの報酬はすぐに準備できます」

 

 ニーナがさらに言った。

 

「受けましょう」

 

 一郎はきっぱりと言った。

 どうなるかわからないが、冒険者となる前の予行練習のようなものだ。やってみようと思った。

 ニーナが少しほっとした表情になった。

 

「よ、よろしくお願いします。必ず、トーイを守ってください」

 

 そのニーナが頭を下げた。

 

「では、一応、正式に契約の誓いを交わしますか、ロウ様?」

 

 エリカが口を挟んだ。

 

「契約の誓い?」

 

「ギルドを通じた依頼の場合は、必要な契約の縛りはギルドがするのですが、個人で受ける場合は、それを行うも、行わないこともまちまちです。契約の誓いをすれば、魔道により、お互いに依頼の履行と報酬の支払いから逃れられなくなります」

 

「誓いをして、それを破ればどうなるのだ?」

 

「お互いの同意がないと破れません。心がそれに縛られるのです」

 

「任せるよ」

 

 一郎は肩を竦めた。

 

「あ、あなたは、契約の誓いの魔道が遣えるのですか?」

 

 ニーナは少し驚いている。

 

「遣えます。では、前金を……」

 

 エリカは肩に提げていた布状の鞄から二枚の銅貨を出した。

 

「誓いの品物はなんでもいいのですが、とりあえず、これを使います。これが契約の担保となります。失ってしまえば、相手の義務の履行の縛りが消滅してしまうので、契約中のあいだは失くさないようにしなければなりません」

 

 エリカが説明した。

 これは一郎に対して話しているのだろう。

 一郎は頷いた。

 

「ちょっと待ってください。前金を持ってきます」

 

 ニーナが一度席を立ち、ぱたぱたと階段をあがっていった。

 

「それにしても、金貨十五枚とはね。ニーナさんはお金持ちなのですね」

 

 ニーナがいなくなってから、一郎は何気なくマニラに言った。

 

「王都でも有名な歌姫ですから……。本当はもうあたしらとは、立場も身分も違うのです。でも、昔の縁を大切にしてくれていて、こうやって、月に一度ずっと以前のように歌いにきてくれるんです。本当に優しい娘で……」

 

 マニラが静かに言った。

 

「昔のように?」

 

「ええ……。ニーナはもともと、このすぐ近くに住んでいた職人の娘だったのですよ。トーイとも幼い頃から仲がよくて……。だから、こんなに大切にしてくれるんでしょうね……。もう、ただの幼馴染にすぎないのに……」

 

 マリラはそう言ったが、ニーナとトーイは、幼馴染には違いないのだろうが。「ただの幼馴染」ではない。一郎は、ニーナとトーイが夕べ愛し合っていたことを知っている。

 だが、マニラの口ぶりではふたりがそんな関係であることは知らないようだ。

 

「以前はここで歌っていたと?」

 

「十二のときに、お父さんが病気で倒れてしまいましてね。母親は早くに亡くなっていて……。それで、ここでニーナを雇ったのです。ニーナは本当に歌がうまくて、店で歌ってもらうと、すぐにニーナの唄は評判になりました」

 

 マニラの表情は昔をすごく懐かしむような顔だった。

 

「それがどうして、王都でも有名な歌姫に?」

 

「偶然に王都に住むドルニカ様という伯爵夫人がこの城郭にやってきてたとき、ニーナの評判を耳にして、唄を聴きにきたのです……。まあ、そのお方も貴族の割にはとても変わったお方で、しかも、とても気さくで……。それで伯爵夫人がニーナの唄にひと目惚れしたのです。ドルニカ様は、王都でも有名な芸術家をたくさん世話しているパトロンでもありまして……。それで、ニーナは彼女の世話を受けて、いまでは立派な歌姫になったのです……。ああやって、ここでは気さくにしていますが、いまや、王都では立派な屋敷に住んでいて、召し使いたちに囲まれるお嬢様なんです」

 

「へえ……」

 

 驚きの声をあげたのはエリカだ。

 一郎も同じ思いだ。

 ニーナが王都ではそんな生活をしているような女性には見えなかったのだ。夕べなど、唄を歌ったあとは、かいがいしく給女などをやったりしていたようだが……。

 

「その伯爵夫人とともに、王都に行ったのは、いつのことですか?」

 

「十四のときですね。もう、六年も前です」

 

「もしかして、そのとき、トーイさんとニーナさんのふたりは婚約していましたか?」

 

 一郎は訊ねた。

 あてずっぽうだ。

 だが、昨夜、ふたりが男女の営みをしていたことから、なんとなくそうではないかとふと思ったのだ。

 十四といえば、この世界ではもう大人だ。

 婚約も結婚もおかしくはない。

 

「まあ、どうしてそれを……? 確かにそんな話はありましたね。十四でニーナのお父さんが死んで、彼女の身寄りがいなくなってしまったときに……。でも、ニーナはドルニカ様とともに王都に行ったし、それは完全に無くなった話です」

 

 マニラは一郎が、かつてのふたりの関係を正確に指摘したことに、少し驚いているようだ。

 

「お、遅くなりました……。探すのに手間取ってしまって……」

 

 そのとき、ニーナが駆け降りてきた。

 すぐに袋に包んでいた金子を出して卓に置いた。

 さっき、ニーナが言った前金が確かにある。

 

「では、契約の誓いを交わします。ただ、依頼は、とりあえずトーイさんを守ることと、トーイさんを狙った者を明らかにすることとさせてもらえますか? 相手がわたしたちの手に負えない者だった場合は、危険の正体を明白にすることで、それに代えさせてもらいます」

 

「結構です。皆様はトーイの命を救ってくれました。皆様を信頼します」

 

 ニーナが頷く。

 エリカが杖を取り出して、呪文のようなものを唱えた。

 それはすぐに終わった。

 

「終わりました。では、それぞれで保管してください」

 

 エリカは二枚の銅貨を一郎とニーナの前に置いた。

 お互いにそれを手に取る。

 

 すると、外から馬車がやってくる音がした。

 視線を向けると、かなり豪華な二頭立ての馬車が宿屋の前に停まったところだった。

 中から出てきたのは、身なりのいい若い金髪の男だ。

 

 

 

 ステファン

  人間族、男

  年齢28歳

  ジョブ

   上級使用人(レベル3)

  生命力:30

  攻撃力:25”

 

 

 

「お迎えにあがりました、ニーナ様。お支度はお済みですか?」

 

 ステファンという男が優雅な仕草で頭を下げた。

 「上級使用人」という一郎が初めて接するジョブもある。どうやら、ニーナの使用人のようだ。

 執事といったところだろうか。

 

「予定が変わりました、ステファン──。王都にはしばらく戻りません。馬車は返してください。王都に戻るときには、こちらから人を使って連絡します。それまで迎えに来るに及びません」

 

 ニーナがはっきりと言った。

 

「は、はあ? そんな馬鹿な……。あっ、いえ、失礼──。そんなことはできませんよ。ここで過ごされるのは、月に一日だけというお約束です。それに、今夜も唄会の予定が……」

 

「予定は全部取りやめです。そう手配してください、ステファン──。トーイが襲われたのです。トーイの安全が確認できるまで、わたしはどんなことがあっても、トーイのそばを離れません」

 

 ニーナの言葉ははっきりとしたものだ。

 

「ト、トーイ? ここの宿の坊やでしょう? それがなんなのです」

 

「だから、襲われたんです。わたしは彼のそばを離れるわけにはいかないのです」

 

「ば、馬鹿な」

 

 ステファンの顔が明らかに真っ赤になった。

 彼が怒りに震えていた。

 

「駄目です──。そんな我が儘など──。第一、ドルニカ様がお許しになるはずはありません。今夜だけでなく、明日も、その次もずっと、たくさんのパーティで唄を披露する予定があるのです。それを全部取りやめるなど、大変なことになりますよ。ドルニカ様の面子が丸つぶれに──」

 

「ドルニカ様にはわたしからすぐに手紙を書きます。ドルニカ様はわかってくださるはずです」

 

「なりません。早く、お支度を──」

 

 ステファンがつかつかとやってきた。

 強引にニーナを連れて行こうとする気配だ。

 

「なんなの、あんた?」

 

 すると、エリカがニーナの前に立ちはだかった。

 

「お前こそ、なんだ? どけ──」

 

 ステファンはエリカを突き飛ばそうとした。

 しかし、エリカはさっと身体をかわす。

 

「痛い──。いた、いた、いたいいっ──」

 

 ステファンが叫び声をあげた。

 エリカはステファンの腕を掴んで、後ろに捩じりあげていた。

 

「な、なんだ?」

「ステファン様──」

 

 馬車から屈強そうな男ふたりが現れた。

 どうやら護衛のようだ。

 そのふたりが剣を抜くのがわかった。



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37  幼馴染の秘密

「痛い、いたたた──。こ、この女をなんとかしろ、お前ら──」

 

 エリカに片腕を背中側に捩じられているステファンが叫んだ。

 外からやってきた護衛たちはすでに剣を抜いている。

 

 いかん……。

 一郎も必撃の剣を構えた。

 

 ふたりの護衛のジョブは、「戦士」であり、ジョブレベルはそれぞれに“9”だ。

 ひとりならエリカは勝つだろうが、ふたり相手だと厳しい。

 

「ま、待ちなさい、あなたたち──。乱暴は許しません──」

 

 突然にニーナが前に進み出て、ふたりの護衛たちの前で両手を拡げた。

 さすがに護衛も当惑して動きを止める。

 

「お前もやめろ、エリカ──。手を離すんだ──」

 

 一郎もすかさず言った。

 

「は、はい」

 

 エリカが素直にステファンの腕を解いた。

 自由になったステファンは、反動でその場に跪いた。しかし、すぐに立ちあがって、険しい表情でエリカに詰め寄りかけ、そして、躊躇して止まった。

 さすがに、呆気なくやられてしまって懲りたのだろう。

 

「お、お前たちはなんだ──?」

 

 ステファンが指をエリカと一郎に突き出して声をあげる。

 

「俺たちは依頼を受けて、この店のトーイの護衛と襲撃の調査を任された者です。依頼者は、このニーナさんであり、俺の連れは、あなたが依頼者のニーナさんに乱暴をすると思ったのですよ。お許しください」

 

 一郎はすかさず言った。

 

「依頼? そういえば、トーイが襲撃されたと言ったか?」

 

 ステファンは少しだけ落ち着いた表情になった。

 一郎は簡単に事情を説明した。

 

「サイの毒……?」

 

 ステファンは顔色を変えた。

 だが、なんとなく思うところがあるような感じだ。一郎はそれが気になった。

 

「なにか心当たりがありますか?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「い、いや、ない──。まったく、ない」

 

 ステファンは首を横に振った。

 しかし、やはり、なにか知っている。

 ただの勘だが、一郎は思った。

 

「とにかく、トーイの安全が確認できるまで、わたしはここを離れるわけにはいかないのです。ステファン、お願いです」

 

 ニーナが頭を下げた。

 

「し、しかし──」

 

 ステファンが困惑顔になる。

 そのとき、一郎は階段に人の気配を感じて振り返った。

 トーイだ。

 コゼに身体を支えられて、階段を降りてきている。

 

「トーイ、な、なんで──? まだ起きては駄目よ。寝ていないと」

 

 ニーナが悲鳴のような声をあげた。

 マニラもたしなめる言葉を口にした。

 だが、トーイはそれを制してここまでやってくると、椅子のひとつに腰掛けた。

 顔色は悪く、まだ身体は完全には回復はしていないようだが、すでに致死の段階は遥かに通りすぎている。

 少なくとも死ぬような状態ではない。

 

「……ステファン殿の声が聞こえたんでね……。ステファン殿、ニーナを連れて帰ってくれ。彼女がここにいる必要はない。ニーナの安全こそ第一だ。ニーナを頼む」

 

 トーイが冷静な口調で言った。

 ステファンのことをよく知っている気配だ。

 よく考えれば、ニーナは毎月ここに一日やって来ていたという話だったから、その都度、ステファンは同じように送り迎えをしていたのだと思う。トーイがステファンのことを知っているのは当然だろう。

 

「な、なに言っているのよ、トーイ。わたしは、ここにいるわよ。あなたがなぜ、毒で狙われたのかわかり、危険が排除されるまで残るわ──。それに、わたしにはそれを見届ける義務もあるもの。依頼人としてね」

 

「依頼人?」

 

 トーイは怪訝な顔をした。

 

「俺たちが契約により依頼をされました。依頼主はニーナさんです。その内容は、あなたの安全を確保することと、あなたの命を狙った者を排除すること。あるいは、それを明確化すること──。報奨金は金貨十五枚です」

 

 一郎は言った。

 まだ事情を知らなかったコゼが少し驚いた顔になった。しかし、一郎が無言で頷くと、納得したような表情になった。

 

「き、金貨十五枚──? こんなどこの馬の骨ともわからない連中に──?」

 

 声をあげたのはステファンだ。

 

「その通りよ、トーイ、ステファン。だから、わたしはここから離れない」

 

 ニーナはきっぱりと言い切った。

 

「金貨十五枚なんて、冗談じゃない──。契約は取り消してくれ、ニーナ。そして、お前は王都に戻れ。お前には唄があるだろう。王都での歌姫の仕事があるはずだ。夢のためじゃないか──」

 

 すると、トーイが口を挟んだ。

 

「唄も夢もそんなものは、いまはどうでもいいのよ、トーイ──。わたしにはあなたのことが第一なのよ──。それに、わからないの? サイの毒よ。そんなものを使うのはプロの殺し屋の仕業よ──。誰があなたを狙ったのかつきとめないと、また狙われるのよ──」

 

「やめろ、ニーナ──。唄や夢がどうでもいいなんていうなよ──。だったら、俺がなんのために──」

 

 トーイが叫んだ。

 だが、言葉の途中で我に返ったように冷静な表情になり、一度口をつぐんでから、また口を開いた。

 

「……とにかく、王都に戻るべきだよ、ニーナ。唄の仕事は大切だ。俺なんかのために犠牲にするな」

 

「で、でも、わたしはあなたのそばに……」

 

 だが、ニーナは頑な表情をしている。

 

「やめろ──。もう一度言うよ、ニーナ──。依頼は取り消すんだ。そして、王都に戻って、唄を歌え。ニーナが有名な歌姫になったというのは俺の誇りだ。それを捨てるようなことはやめてくれ。大切な唄の仕事が待っているはずだ──。そうなんでしょう、ステファン殿?」

 

 トーイがステファンに視線を向ける。

 

「そ、そうです、ニーナ様──。仕事に穴を開ければ、あなたを支援しているドルニカ様がお怒りになります。トーイのことであれば、別に護衛を置いていきます。それでいいでしょう。それでトーイのことは守られます。あなたは王都にお戻りを……。とにかく、ドルニカ様がなんというか……」

 

「だから、ドルニカ様には手紙を書くと申したはずです」

 

「お言葉ながら、ドルニカ様は、勝手なことはお許しにはならないと思います」

 

「許してくださるわ、ステファン。あなたはドルニカ様を知らないのでしょう。ドルニカ様は優しい方です……。それは厳しいところもおありだけど、ちゃんとお願いすれば、わかってくれます」

 

「いいえ──。わかっていないのはニーナ様です。ドルニカ様はとても厳しい方です。とにかく、王都にはお帰りを……」

 

「い、や、よ」

 

 ニーナはきっぱりと言った。

 ステファンが嘆息した。

 

「ニーナ様、恐れながら、あなたの唄は芸術です。それを無暗に棒に振るようなことは許されるわけはありません。それを第一にお考えください。トーイのことは、あなたがここにいなくても問題はないはずです。この冒険者たちに依頼をしたのなら、任せればいいでしょう。報奨金も俺が準備をしておきます。だが、唄はあなたにしかできないのです。あなたの美しい唄声を待っている大勢の人が……」

 

「トーイのことが第一なのよ──。何度も言わせないで──」

 

 ニーナが言った。

 ステファンが途方に暮れたような表情になった。

 すると、トーイが口を開いた。

 

「……ニーナ、朝の返事をちゃんとしていなかったね。答えは、“いいえ”だ。俺はお前の申し出には応じられない。王都の歌姫が俺なんかのことを大事に思ってくれたのは、本当に夢のような信じられないことだったけど、だけど、俺には分にすぎることだ。悪いね……」

 

 トーイの言葉で、見る間にニーナの両眼に涙が溢れ出す。

 一郎は驚いた。

 

「そ、それはわたしが汚れた女になったから……?」

 

 ニーナが身体を震わせながら言った。

 

「汚れた女なんて思っていない──。そんなこともあるのだろうと思っただけだ……。昨夜のことも俺には夢のようだった……。だけど、俺はあれだけで十分だ。多分、俺もニーナも別々の世界の人間になったんだよ。こんなところに戻るな。せっかく、夢の世界に行けたのに」

 

「ゆ、夢の世界なんかじゃ──。わ、わたしは……。わたしはね、トーイ……」

 

「君は俺の誇りだ──」

 

 トーイがニーナの言葉を遮って、大きな声を張りあげた。

 ニーナの身体がぶるりと震える。

 

「……それを捨てないでくれ……。それが俺の答えだ……。そして、出ていけ──。もう、二度と戻らなくていい……。いままでありがとう……。そして、さよならだ」

 

 なんの話なのかは無論わかりようもないが、一郎にはなんとかく察しがついた。

 夕べふたりが愛し合っていたことも併せて考えると、ニーナはトーイに対して、歌姫をやめて、ここに戻りたいと求婚したのではないだろうか。

 そして、いま、トーイがそれを拒否した。

 そんなところではないかと思った。

 

「あ、あなたがなんと言おうが、それはわたしには関係ない……。わ、わたしの想いはもう決まっているの……。い、いいわ──。わたしはここを出ます」

 

 ニーナが目に溜まった涙を拭いて言った。

 

「おう、ニーナ様、ありがとうございます。では、さっそく、馬車に──」

 

 ステファンがほっとしたように声をあげた。

 

「でも、この城郭からは出ていきません。別の宿に泊まります。今回のことが解決するまで、わたしはこの城郭に留まって見届けます──」

 

 そして、ニーナはこの城郭の中心に近い高級宿屋の名を告げた。

 

「そ、そんな……」

 

 ステファンががっかりした声をあげた。

 だが、ニーナはそれを無視して、一郎たちに向き直った。

 

「ここには毎日来ます。どうか、依頼の件をお願いします」

 

 ニーナは一郎たちに深々と頭を下げた。

 これは大した頑固者だ。

 一郎はニーナの評価を改め直した。

 よく考えれば、こんな場末の宿屋の娘から、王都の歌姫にまで、この歳で昇り詰めたくらいの女性なのだ。

 芯はすごく強いのだろう。

 ステファンが再び盛大に嘆息した。

 

「……わ、わかりました。とにかく、数日のことについては俺がなんとかします。また、あなたには護衛をつけます……。俺はあなたの仕事に穴をあける処置をするために王都に一度戻りますが、そのあいだにお考えください。もう一度言いますが、あなたの唄は芸術です。俺はあなたの唄が大好きなのです」

 

 ステファンが言った。

 

「ありがとう、嬉しいわ、ステファン」

 

 ニーナがにっこりと微笑んだ。

 そして、馬車に向かっていった。

 荷物はそのままにしておいてくれと言っていたので、またここに来る気は満々なのだろう。

 あれだけはっきりと振られたのに、大した女性だ。

 

「……あれでいいんですか、トーイさん? あんなことを言って……」

 

 ニーナたちがいなくなると、ぽつりとエリカが言った。

 エリカはなんとなく不満そうだ。

 

「いいんだ」

 

 トーイはしんみりとした表情で応じた。

 

「……ところで、トーイさん」

 

 一郎は声をかけた。

 

「なに?」

「外で毒で倒れたとき、あなたは、ニーナさんの名を口にしました。“まさか、ニーナが”という言葉も……。それがどういう意味だったのか、覚えていますか?」

 

 一郎の言葉にトーイはびっくりしていた。

 そして、まったく覚えていないと答えた。

 だが、かなりの動揺をしていることは明白だ。

 

「……そうですか……」

 

 一郎はそれだけを言った。

 ふと、母親のマニラを見た。

 彼女は押し黙ったまま、とても複雑そうな表情をしていた。

 

 

 *

 

 

 トーイはひとりで寝台に横になったまま、昨夜のことを考えていた。

 夕べ、ここでニーナを抱き、愛し合った。

 あれは確かに現実のことだった。

 

 求めてきたのは、ニーナからだ。

 

 一階の片づけも終わり、トーイの寝室にしているこの部屋に、ニーナがやってきたのだ。

 そして、ニーナははっきりとトーイに抱いて欲しいと言った。

 

 トーイは驚愕した。

 

 ニーナと男女の関係があったのは六年も前だ。ニーナの病気の父親が亡くなり、身寄りがなくなったので、トーイの妻として正式に家族にするつもりだったのだ。

 トーイもニーナも十四歳だったが、結婚をする年齢としては早くはない。それに、この宿屋でニーナが働きだしたときから、トーイはそうなるものと思っていたし、それは、ニーナも同じだったろう。

 

 婚約をして、初めてニーナを抱いたのもこの部屋だった。

 

 もしも、突然にやってきたドルニカという王都の伯爵夫人が、ニーナの歌声を見初め、パトロンになることを申し出なかったら、いまでは、ニーナはこの小さな宿屋の若女将として、そして、トーイの妻として、一緒に働いていたはずだ。

 だが、トーイはニーナが王都で唄歌いになることを望んだ。

 こんな場末の小さな宿屋の娘が、王都の大きな舞台で唄を歌うなんて、夢のような話だ。

 

 ニーナの唄は最高だ。

 それを知っているトーイは有頂天になった。

 伯爵夫人のような人にニーナの唄が認められたことも、トーイは自分のことのように嬉しかった。

 ニーナは迷っていたが、トーイの強い勧めで伯爵夫人とともに、王都に行った。

 そして、すぐに有名になった。

 トーイは本当に嬉しかった。

 

 そのためにトーイが失ったものは大きかったが、それはニーナの夢のためだ。ニーナの成功はトーイの夢でもある。

 ニーナが“王都の歌姫”とまで称されるようになり、成功した芸人として、王都で屋敷を構え、召し使いまで使うようなったと耳にしたときには、ニーナが遠くに去ってしまった気もしたが、やはり誇らしかった。

 一方でニーナはトーイとは別の世界にいった人間だとも思い定めた。

 

 だけど、ニーナは一度もそんなつもりはなかったのだ。

 あれだけの有名な歌姫になりながらも、まだ、トーイのことを忘れてはいなかった。

 どんなに忙しくても、必ず月に一日だけは、この宿屋にやってきて、昔のように唄を歌ってくれた。

 月に一度の王都の歌姫の唄は、この宿屋の名物にもなった。

 

 そして、昨夜……。

 

 ニーナはここにトーイに抱かれにやってきて、トーイはニーナを抱いた。

 もう別の世界の人だと思っていたニーナの求めに応じたのは、トーイに衝撃を与えるような手紙を事前にもらっていたからだ。

 手紙というよりは脅迫文だ。

 もちろん、悪戯だと思っていたし、王都の歌姫が毎月足繁く通う小さな宿屋にいる歌姫の幼馴染だということで、それをやっかむような手紙はこれが初めてではない。

 

 気にはしないつもりだったが、そこに書かれている内容には真実味があった。

 そのこともあり、トーイはニーナの求めに応じた。

 

 その手紙には、ニーナがあのドルニカという女伯爵の愛人であり、鞭で打たれたり、大勢の女客たちの前で淫具で犯されたりする「性奴隷」だと書いてあった。

 そんなことは信じられるものでもないが、それらのことが本当に具体的で赤裸々に書かれてあり、それは衝撃的だった。

 

 トーイは確かめたかった。

 ニーナの裸身には、鞭の痕のようなものがあったりするのだろうか……?

 手紙に描かれていたように、ニーナはすっかりと「調教」されて、女夫人なしではいられないような淫乱な身体になっているのだろうか……?

 

 それを確かめずにはいられなかった。

 そして、ニーナを抱いた。

 燭台の灯りでニーナの裸身をしっかりと確かめた。

 ニーナの身体には、薄っすらとではあるが、無数の鞭の痕がある。

 

 そして、六年前とはまるで違う身体だった。

 とても、いやらしく……。

 淫らで……。

 色っぽかった……。

 

 トーイは手紙に書かれている内容が真実ではないかと思った。

 だったら、脅迫の内容も……。

 

 翌朝、ニーナはトーイに求婚した。

 歌姫をやめて、この宿屋に戻るというのだ。

 そして、六年間、トーイとの婚約を解消したつもりは一度もないと言った。

 

 驚いた。

 そして、もっと驚いたのは、ニーナが自分からドルニカ夫人とのことを説明したことだ。

 

 愛人であること──。

 淫らな関係であること──。

 それは、ドルニカ夫人が、ニーナの後継人となるにあたって出した条件であり、トーイの望む歌姫になるために、ニーナはそれを承知で受け入れたと説明した。

 

 だが、もう戻りたいとも──。

 ニーナは泣きながら哀願した。

 トーイは返事をしなかった。

 だから、ニーナは、自分がドルニカ夫人との関係を告白したことで、トーイが拒絶をしたと思い込んだのかもしれない。

 だが、トーイが考えていたのは別のことだ。

 

 脅迫のことだ。

 トーイは立ちあがって、机からあの手紙を取り出した。

 

 差出人の名はない。

 だが、なんとなく女の字を思わせる。

 長い手紙の大部分は、ニーナがどんな風に調教され、ドルニカ夫人やその女友達に嗜虐の性でいたぶられているかということの事細かい内容だ。だが、最後に、もしもニーナがトーイを求め、それを受け入れれば、トーイとニーナを殺すとも書いてあった。

 歌姫ニーナの幼馴染として、やっかみ半分の同じような脅迫文の悪戯は初めてではなかったが、この脅迫は本物ではないかと考えた。

 

 だから、ニーナに返事はできなかった。

 もしも、トーイがニーナを受け入れれば、トーイだけではなく、ニーナの命まで危うくなる。

 

 そして、今朝のことだ。

 ニーナを抱いた翌朝すぐに、トーイは突然に飛んできた針に刺されて倒れた。

 誰が、どこから狙ったのかまったくわからなかった。

 偶然に居合わせたあの冒険者たちがいなければ、トーイは死んでいだだろう。

 

 ぞっとした──。

 恐怖した。

 恐れたのは自分のことではない。

 それだけの力をもった暗殺者であれば、ニーナの命を奪うのも簡単だろうということを悟ったからだ。

 

 トーイがニーナを受け入れれば、おそらくトーイとニーナは殺される。

 自分のことよりも、ニーナが死ぬということに、トーイは耐えられない。

 その手紙には、トーイが誰かにこの脅迫のことを喋っても、ましてや、ニーナに告げても、トーイとニーナを殺すと書いてあった。

 トーイは意を決して、さっきはっきりとニーナを拒絶した。

 王都に戻って、トーイのことを忘れろとも言った。

 

 ニーナは大好きだ。

 妻にするのであれば、ニーナ以外の女性は考えられない。

 

 だけど……。

 

 しかし、ニーナは頑なだった。

 トーイの拒絶を受け入れず、この城郭に留まり続けるという。

 外見は穏やかだが、芯は強くて、絶対に自分の心は曲げない。

 

 それがニーナだ──。

 

 ニーナは絶対に自分の言葉を翻さないだろう。

 どうしたらいいのか……。

 

 トーイは脅迫文を握りしめたまま、途方に暮れてしまった。



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38  女伯爵の来訪

「あっ……あっ……ああ……」

 

 エリカが甘い声をあげながら、横で身悶えをしている。その右手の指はしっかりと股間の亀裂と肉芽の部分を上下していて、すでに指は愛液まみれだ。

 また、左手は服の上から乳房をしっかりと揉み続けている。

 エリカが座っているのは、寝台の横に置かれている椅子だ。その両膝はしっかりと両方の手摺りにかけさせている。おかげで美しいエルフ少女の卑猥な自慰行為を余すことなく見物することができる。

 

「はあ、はあ、はあ……。エ、エリカ、あ、あたしは……そろそろ、だめ……。も、もう、ご主人様に……お願いする……。わ、悪い……わね……」

 

 一方で一郎が上半身を起こして身体を横たえている寝台の足下では、やはりエリカと同じように下半身だけ裸になっているコゼが、曲げた膝を左右に大きく開いた状態で、エリカと同じように自慰をしていた。

 ふたりが自慰をしているのは一郎の命令であり、さっきふたりが脱いだ腰から下の服と下着はもうひとつの寝台の上に無造作に重ねてある。一郎のズボンと下着もそこだ。

 一郎の下半身も、なにも身につけておらず、すっかりと欲情して勃起した怒張が股にそびえたっている。

 コゼもエリカもその怒張を物欲しそうに視線を送ってくる。

 

「ご、ご主人様、も、もう、もらっていいですか……。そ、そろそろ、いきそうです……」

 

 コゼが身体をくねらせて言った。

 コゼの「快感値」は“15”というところだ。

 まだまだ、ぎりぎりではない。

 一郎は首を横に振った。

 

「まだだな。股間はもういい。今度は指を尻に入れろ。絶頂しそうになったら自分で愛撫をやめて、寸止めをするんだ。そうやって、三回、自分の力で寸止めをすることができたら、俺の性器を入れていいといったはずだぞ。あと一回だな。ずるはだめだ。俺には、ちゃんとお前たちがどのくらい欲情して、本当に寸止めを実行しているかどうかわかるんだ」

 

 一郎は笑って言った。

 

「は、はい……。で、でも、あたし、ずるなんか……」

 

「わかっているよ、コゼ……。まだ、絶頂寸前というのがどういう感じなのか、しっかりと覚えていないだけだ。俺が声をかけてやるから、そこで指を止めてみろ。それができたら精をやる。とにかく、お前たちは俺の女だからな。絶頂も俺の許可なしにはできない。それを身体と心で覚え込むんだ」

 

「は、はい……」

 

 すでに二度の寸止めで虚ろな表情になっているコゼが股間から指を離して、膝立ちするようなかたちで後ろに右手を移動させた。

 

「ふっ、ふうう……」

 

 大きく息を吐きながら、コゼがお尻に指を入れたのがわかった。コゼの指もまた、股間から溢れている愛液にまみれている。それを潤滑油にして簡単に指は根元まで入ったようだ。

 コゼの身体が小刻みに震え始める。

 

「二本だ──。二本入れろ」

 

 一郎はすかさず言った。

 

「は、はいっ」

 

 コゼが上ずった声をあげた。

 すぐに命じられたことを実行する。

 そして、二本の指を挿入したコゼは、この前教えた通りに、交互に弾くような感じで動かし始める。

 

「ああっ、あっ……い、いきます……。ま、まだですか……? い、いきそうです、ご主人様」

 

 コゼが大きな声をあげた。

 

「もう少しだ。続けろ、ただし、間違って達してしまうなよ。そうしたら、ご褒美はなしだ。夕食のあとまでお預けにするからな」

 

 コゼの快感値は“7”──。

 それが、“6”になり、“3”になる……。

 

「んんっ……だ、だめえ……ご、ご主人様……ゆ、許して……も、もういくの……」

 

 コゼが上ずった声をあげる。

 

「あとちょっとだ──。エリカなんて、すでに自力寸止めを五回もしているぞ。それなのに、いまはもらえないんだ。三回くらいの寸止めくらい自分をしっかりと制御しろ」

 

 一郎は言った。

 

「はっ、ああっ……イ、ロウ様……エ、エリカはまた、い、いきそうです……。せ、せめて、このまま達する許可をください……。い、一度だけ……」

 

 すると、横の椅子に座っているエリカが息も絶え絶えの泣き声をあげた。

 

「だめだ。今度も自分で寸止めだ──。失敗しても、手を抜いても、夜はお預けにするぞ。それが嫌ならしっかりと寸止めを続けろ、エリカ」

 

「は、はい……。う、うう……は、あああっ」

 

 エリカががくがくと身体を震わせた。

 快感値は“1”だ。

 

 荒い息をしているエリカの身体が静止する。

 さすがは一郎の性奴隷期間の長いエリカである。

 しっかりと寸止めに成功した。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

 コゼと同じで寸止め自慰をするように命じているエリカは、これで六回目の寸止めということになる。感じやすいエリカはコゼよりも達しやすいというのもあるし、一郎が「快感値」が“1”のところで止める本当の寸止めの感覚というのをすっかりと教え込んでいる。

 だから、たかが寸止めという行為でも、コゼよりも上手に繰り返せる。

 もっとも、それだけコゼよりもつらい状況に追い込まれなければならないということだが……。

 

 なにしろ、ニーナが今日の調査報告を受けにやってくる夕食の前のひと時である今については、エリカはこのまま寸止めだけで終わることになっている。

 今日は、エリカの“お預けの日”なのだ。

 一郎の精をもらって昇天することができるのは、今日の調査報告が終わる夕食後のことだ。

 

 それに比べれば、コゼはとりあえず、三度目の寸止めに成功すれば、一郎の精をやると告げている。もっとも、「快感値1」の本当の寸止めに失敗して達してしまえば、やっぱりお預けだ。

 

 コゼは歯を食い縛って、懸命に快感を耐えようとしている。

 快感を“1”で自力で静止させるのは、実は結構難しい。普通に愛撫をすれば、“1”なんかで快楽は止まらず、止まるのは“2”か“3”だ。あるいは、そのまま達してしまう。

 だから、コゼもエリカも、自慰で欲情を大きくしながら、一方でそれを静止するという矛盾した行為を続けなければならないというわけだ。

 淫魔力の力で強制的な寸止めをすることもできるが、それでは面白くない。

 いまは、その力は使わず、あくまでも自力寸止めの練習をさせている。

 

「よし、いまだ──。そこで止めろ──。いくな──」

 

 一郎は叫んだ。

 コゼの快感値が、まさに“1”になったのだ。

 

「んんっ、んんんっ──」

 

 コゼは身体を大きく弓なりにして突っ張り、白い喉をさらして唇を噛んだ。

 快感値が“1”で束の間安定し、それが“2”から“3”になる。

 コゼがやっと三度目の自力寸止めに達した。

 

「よし、こっちに来い。精をやろう──。今日の調査結果のご褒美だ」

 

 一郎は手招きをした。

 

「は、はい──。ありがとうございます──。ご主人様──」

 

 コゼが元気な返事をして一郎に寄ってくる。

 そして、一郎と身体を向き合わせるようにして一郎の股間を跨ぎ、腰を沈めて一郎の怒張をずぶずぶと自分の膣に入れていく。

 

「あ、ああ、き、気持ちいい──。す、素敵です、ご、ご主人様──あああっ」

 

 コゼが一郎の性器をしっかりと、股間で咥えながら声をあげた。

 すぐに全身が震えだす。

 

「好きなようにむさぼっていいぞ、コゼ。せっかく覚えた寸止めだ──。俺の性器で寸止めを繰り返して性交の時間を長くしてもいいし、それともすぐに達してもいい。とにかく、俺はコゼに合わせて精を放ってやろう……。ただし、ニーナさんがやってきたら、それで終わりな。すぐに放つぞ」

 

「うう……。ど、どうしよう──。ご主人様をもっと味わっていたいし、でも、もういきたい……。ああ、こうしているあいだにもいきそう……。だ、だめ……。ご主人様を受け入れながら我慢なんかできない……。や、やっぱり、あっという間にいく……。ああっ、もういく……。が、我慢なんてしたくない……。で、でも……も、もっと……」

 

 コゼが一郎の腰の上で夢中になって腰を振っている。

 どうやら、コゼはすぐにエクスタシーに達する選択をしたようだ。

 快感値の数字が“1”をすぎて、“0”に到達した。

 

「ああああっ──」

 

 コゼが声をあげる。

 一郎はそれを確認して、おもむろにコゼの膣に精を放った。

 それを感じたコゼがさらに深い絶頂を続ける。

 そして、コゼはがっくりと一郎の身体に倒れ込むように身体を預けてきた。

 

「よし、エリカも終わっていい──。股を拭いて、服を着ろ──。コゼは俺の性器を口で掃除してからだ。そろそろ、ニーナさんもやってくるだろう。準備をしよう」

 

「……は、はい……」

 

 結局、一度も達することができなかったエリカがやっと寸止め自慰から解放されて、恨めしそうに返事をした。

 一方でコゼはしっかりと股で喰い締めていた一物を名残惜しそうに抜くと、そのまま、抜いたばかりの一郎の性器に顔を被せて、舌で掃除をしはじめる。

 一郎は温かいコゼの口を感じながら、快感の余韻に耽った。

 

 ニーナからトーイの警護と襲撃の調査以来を受けて二日目の夕方だった。

 

 警護の任を受けながら、三人でこんなことをするのは不謹慎かもしれないが、この宿屋は今日も休業になっていて誰も客はいないし、エリカの魔道で警戒の結界を宿屋中に張り巡らせているうえに、あちこちに侵入者防止の罠も仕掛けた。トーイには、不用意に部屋から出ないように指示しているし、この宿屋から出ない限り、誰であろうと侵入はできないはずだ。

 むしろ、襲ってくれた方が手っ取り早く、そいつを捕えてしまうことができると思うので、それが望ましいくらいだ。

 

 ただ、この二日間、トーイが二度目の襲撃を受けることはなかった。

 そして、この二日間の調査でおおよそのことはわかってきた。

 トーイを襲った──いや、襲わせた者の正体はだいたいの見当がついた。

 

 ニーナのパトロンであるドルニカ伯爵夫人だ。

 

 ドルニカ夫人くらいになれば、子飼いの暗殺者くらい飼っている可能性がある。

 それを使ったに違いないと一郎は思っている。

 

 今夜は、それをニーナに報告するつもりだ。

 ニーナは決まって夕食時に、その日の調査報告を受けに、この宿屋にやって来ることになっている。

 昨日の夕方にはこれといった報告はできなかったが、それから今日一日の調査で、かなりのことが判明した。

 だから、今夜はそれを告げることになると思う。

 

 自分の信頼するパトロンがトーイを襲わせたと知れば、ニーナがどんな反応を示すのはわからないが、得られた情報から判断すればそうなるのだ。

 それ以外に一介の宿屋の息子であるトーイが、プロの暗殺者に狙われる可能性はない。

 母親のマニラも、今回の件でニーナの周辺の者が関わっていることを予想していた節がある。マニラもまた、この商売をしながらドルニカという伯爵夫人の危険な裏の評判について、少しは耳にしていたに違いない。

 

「もういいぞ。お前も服を着ろ──」

 

 一郎はコゼに声をかけた。

 コゼが離れていく。

 一郎は寝台を降りて立ちあがった。

 急いで身支度を整えたエリカが、すかさず駆け寄って、一郎に下着とズボンをはかせ始める。

 一郎がドルニカ夫人こそ、今回の騒動の張本人だと断定するに至ったのは、コゼが集めてきた情報によるものが大きかった。

 

 この依頼を受けたとき、すぐに一郎は、ニーナのパトロンであるドルニカ夫人のことが気になった。

 プロの殺し屋を雇えるとなれば、それだけの財と地位が必要だ。トーイの周囲にいる者でそれに該当するのは、ニーナを除けば、ステファンを含めたニーナの関係者だ。

 

 しかし、ステファンは白だ。

 それは、一郎の勘がそう知らせている。彼には裏表を感じない。

 ニーナのことで、トーイを嫉妬している可能性があるが、それで裏で暗躍するタイプではないと思う。

 だから、注目したのはドルニカ夫人だ。

 しかし、それについて、なんの確証もあったわけでもない。

 それで、夫人について集中的に調べさせた。

 

 特に、今日は、一郎がこの宿屋に留まって警護を担当し、エリカとコゼに外に出て、いろいろと調べまわらせた。そして、エリカはこれといって成果はなかったが、コゼはかなりの情報を掴んで戻ってきた。

 それでいま、コゼにご褒美の精を与えたところだ。

 

 コゼの情報収集要領は実にユニークだった。

 コゼは、今日一日かけて、この城郭にいる奴隷たち──。

 とりわけ、この城郭にもあるドルニカ夫人の別宅の奴隷たちや、その周辺の奴隷に聞き込みをして回ったのだ。

 

 この異世界には奴隷に人権などない。

 奴隷は主人の所有する「物」と同じ扱いだ。

 それだけに、この異世界の住人は、大切なことを平気で奴隷たちの前で喋ったりするようなのだ。

 喩えれば、それが外聞を憚る内容であろうとも、家具の前でその話を慎もうとは思わない。

 それと同じだ。

 この世界の人間は、奴隷を一人前の人間とは思っていない。

 だが、実際には奴隷は家具でも物でもない。

 耳も眼もあれば、口もある。

 

 コゼはわざわざ効果のなくなった奴隷の首環をしていって、自分も奴隷だと告げて、この城郭の奴隷たちを安心させ、ドルニカ夫人のことを訊ねまわったようだ。

 それでわかったのは、ドルニカ夫人は王都で多くの芸術家を育てている有名なパトロンでもあるが、同時に若い女が好きな百合の性愛の趣味を持っていて、夫人の保護を受けている芸術家たち──すなわち、クリエンスたちには、ニーナのような若くて、可愛い娘がほとんどだということだ。

 しかも、ドルニカ夫人は、奴隷たちも鼻白むほどのサディストであり、パトロンとして世話をしている若い女芸術家をほかの女友達とともに嗜虐して愉しむのを日常にしているらしい。

 

 そして、ニーナはドルニカ夫人のいま一番のお気に入りだ。

 この城郭にもドルニカ夫人の別宅がある。ニーナがドルニカ夫人にサディスティックに抱かれるのは多くが王都のことだが、この城郭にあるその別宅で抱かれることもあるとのことだ。

 

 そういうドルニカ夫人の屋敷内の内情について、館の奴隷たちは事細かくコゼに教えてくれたようだ。しかも、たまたま、今日になって王都にある夫人の館で働いている奴隷たちが、かなり、この別宅に送り込まれていて、王都の屋敷の内情に詳しい奴隷たちも、この城郭の夫人の別宅に集まっていたそうだ。

 

 その奴隷たちの情報によって、少し以前から、ニーナはドルニカ夫人に、もう歌姫をやめて宿屋に戻りたいと訴えていたということもわかった。

 それも王都から来ていた奴隷たちが教えてくれたことだ。

 性愛のときには、残酷とも思える行為を強いているドルニカだが、一方で普段はニーナには本当に優しい態度で接しているらしい。

 だから、ニーナはそんな扱いを受けながらも、ドルニカ夫人のことをとても信頼をしているのだ。

 

 しかし、奴隷たちによれば、嗜虐的な性愛を含めて、普段の夫人はあくまでも表の顔だという。

 本当の夫人は本当に恐ろしい人物だと、奴隷たちは口々に主張したようだ。

 

 裏の顔は怖い……。

 

 奴隷たちは断言したそうだ。

 しかし、ニーナ自身は夫人の表側しか知らないのだろう。

 だから、ニーナは、歌姫を引退することを夫人に訴え続けた。

 ドルニカ夫人は、ニーナの申し出を受け流しつつ、柔らかい口調で翻意を促していたようだ。

 

 だが、ニーナは頑固者だ。

 絶対に自分の意思は曲げない。

 

 結局のところ、ついに夫人は、ニーナが今度宿屋に戻ったときに、ニーナが自身がドルニカ夫人との関係をトーイに告白し、トーイがそれを受け入れたら、ニーナの思うとおりにしていいと言ったらしい。

 それが、今回この城郭にニーナが戻る少し前であり、おそらくニーナはそれを信じて、トーイに求愛をしたのだろう。

 そして、ニーナは自ら夫人との関係をトーイに喋ったはずだ。

 

 だが、トーイは拒絶した。

 それは一郎たちがこの依頼を受けた朝の状況から推測できる。

 ニーナがあの朝、部屋で号泣していたのは、告白の結果、トーイにそれを受け入れてもらえなかったためであり、トーイが襲撃を受けたあとで、ふたりが交わした会話についても、それで全部辻褄があう。

 

 しかし、ニーナはそれでも、トーイを諦めるつもりはないのだろう。

 依頼にかこつけて、毎日、トーイの前にやって来るのは、それでもトーイに自分を認めて欲しいという強い意思によるものだ。

 

 相当に心が強いのだ。

 だが、一方で、一郎にはトーイの態度にも気にかかるものがある。

 これについては、ただの勘だが、トーイがニーナを受け入れないのは、ドルニカ夫人との関係のことがあるからではないような気がするのだ。

 

 それよりも、もっと深刻なことがありそうだ……。

 

 しかも、トーイ自身ではなく、ニーナ自身のことについて、トーイは不自然なくらいに心配している。

 トーイは襲われたのが自分自身でありながら、まるでニーナが襲われたかのように、ニーナのことを気にかけている。

 それはこの二日、ずっと一緒だったからわかる。

 

 もしかしたら、トーイはなんらかの脅迫をされているのではないだろうか……?

 しかも、ニーナを受け入れたら、ニーナを殺すというような……。

 そして、実際に致死性の毒を使って、トーイが襲われるという事実をもって、その脅しが本当であることに、トーイが確信を持つに至った──。

 この二日のトーイの態度は、そう考えればしっくりくる。

 

 トーイがいまでもニーナを愛しているのは見ていて明白であり、しかも、トーイはまったく自分が命の危険を脅かされていると認識している態度がない。

 トーイが気にしているのは、ニーナの安全だけだ。

 ドルニカ夫人の嗜虐の性など、まだ優しい彼女の表の顔……。

 

 奴隷たちはそう言った……。

 それを信じれば、すべてが合致する。

 

 ドルニカ夫人は、ニーナの歌姫引退の強い申し出に優しい口調で応じながらも、一方でニーナを受け入れないようにトーイを脅し、実際に命まで消そうとした。

 それこそ、夫人の裏の顔なのだ。

 

 だが、当のニーナは夫人がそこまでやるとは、夢にも思ってないと思う。

 思っていれば、最近のことから、トーイを襲撃させたのは夫人であることを容易に察したはずだ。

 とにかく、今夜、ニーナが報告を受けにやってきたら、ニーナとトーイに対して、揃って一郎の想像をぶつけるつもりだ。

 それでなんらかのことがわかるだろう……。

 

「よし、そろそろ、降りるぞ、エリカ、コゼ──。コゼは部屋にいるトーイさんを連れてきてくれ。真相に近いものを掴むことができたから、ニーナさんと一緒に聞いて欲しいと伝えてくれ。俺たちは、一階に先に行って、ニーナさんがやって来るのを待つ」

 

 一郎は言った。

 コゼは大きく頷いた。

 

 

  *

 

 

 宿にしている城郭の中心街にある高級宿屋を出たときだった。

 ニーナはステファンがつけた護衛ふたりを連れていた。

 どんなときでも、護衛を離してはならないというのが、ステファンがこの城郭に留まることを許す条件だったからだ。

 

 そのニーナたちの前に、一台の豪華な馬車が突然に停まった。

 そして、その馬車の扉が開いて、目つきの鋭いひとりの女性が降りてきて、ニーナの進路を片手で塞いだ。

 不審に思い、視線を馬車に向けた。

 

 だが、ニーナは驚愕してしまった。

 馬車の中にはドルニカ夫人が乗っていたのだ。

 ほかに三人ほどの貴婦人が一緒にいる。

 四人がくすくすと笑いながら、ニーナを扉から覗き込んでいる。

 

「こ、これはドルニカ様……。こ、今回のことは大変に申し訳なく……」

 

 ニーナは慌てて、スカートの両端を軽く持って頭をさげた。

 

「ふふふ……可愛いニーナ……。いいのよ……。大変だったようね。唄会の件はいいわ。ステファンがいろいろと動き回って処置しているから──。それよりも、わたしの大切な女友達が地方から王都にやってきてね……。そこであなたの名前が出たのよ。それで、是非とも会ってみたいということになってね……。だからわざわざ王都からここに来たというわけよ──。さあ、乗りなさい──。お前の話はゆっくりと聞くわ……」

 

 ドルニカ夫人が言った。

 ニーナは困惑した。

 ドルニカ夫人の命令には逆らえないが、ドルニカ夫人の言葉の意味はわかってしまっている。

 夫人の女友達というのは、夫人と同じような嗜虐の性愛が大好きな同好の趣味の者に決まっている。

 

 そういう者たちを「接待」するために、「性奴隷」として相手をするのは、ドルニカ夫人の世話を受けているクリエンスとしての義務のひとつだ。ニーナは唄歌いとして成功させてもらうにあたって、それを受け入れた。そして、王都の歌姫と称されるまでにしてもらい、それなりの地位と財を築くに至った。

 

 だが、いまはトーイのことが……。

 

「あ、あの──。で、でも、これからトーイのところに……」

 

 ニーナは言った。

 トーイのところに行くのだ。

 

 いまはもう、夫人のところに戻りたくない。

 もう、ニーナの決意は決まっている。

 夫人はこのあいだ、ニーナに約束をしてくれた……。

 トーイがニーナを受け入れ、しかも、夫人に「調教」されたニーナの身体が夫人ではなく、トーイとの関係を選ぶことを許すなら、ニーナの申し出に応じてやると……。

 

 トーイは、まだニーナを受け入れるとは言ってくれないが、トーイに抱かれることで、ニーナは絶対的な確信をした。

 トーイとの性愛は、夫人がもたらす愉悦よりも、何十倍、いや何百倍も素晴らしかった。

 自分の身体も心もトーイのところにある。

 それがわかったとき、もうニーナは、これ以上、夫人の「愛人」を続けて、トーイから離れていることは不可能だと悟った。

 どんなに蔑まれても、疎まれても、絶対にもうトーイから離れない。

 

 もう、迷わない──。

 ニーナの肚は座った。

 

「いいから乗りなさい──。唄のことは許すわ──。でも“義務”のことまで許すつもりはないのよ──。別に王都に戻れとは言ってないわ。場所は、この城郭にあるわたしの別宅よ──。さあ、乗るのよ──」

 

 ドルニカ夫人が険しい表情で怒鳴った。

 これまでに接したことがないような怖い眼だった。

 ニーナは思わず、ぞっとしてしまった。

 しかも、さっきの目つきの鋭い女がニーナの片腕を掴んできた。その無礼さに腹がたったが、それ以上に彼女に不気味なものを感じた。

 そして、ニーナを厳しく睨むドルニカ夫人の視線……。

 ニーナは、まるで蛇に睨まれた蛙のような心境になり、それ以上逆らうことができなくなった。

 

「は、はい……」

 

 ニーナは仕方なく言った。

 

「さあ……」

 

 さっきの女がニーナを馬車の方向に押した。

 

「待ってください、我々も──」

 

「絶対にニーナ様から離れるなという命令をステファン様から与えられております」

 

 すると、ふたりの護衛が慌てて馬車に駆け寄ってきた。

 しかし、突然に、まるで糸が切れた操り人形のように、ふたりの身体がその場に崩れ落ちた。

 

「きゃああ──。ど、どうしたの、お前たち──」

 

 ニーナは驚いて叫んだ。

 

「さあ、どうしたんでしょう──? 突然、眠くなったのかしらね」

 

 女がくすくすと笑った。

 

「ブルド、ニーナを馬車に乗せなさい」

 

 ドルニカ夫人が言った。

 この女はブルドというらしい。ドルニカ夫人の部下のようだが、ニーナは顔を見るのは初めてだ。それにしても、いま、護衛たちが倒れたとき、このブルドの手が素早く動いた気がしたのだが……。

 そのブルドに、ニーナは強引に馬車の中に乗せられた。ただ、ブルドは馬車の中には入ってこなかった。

 

「ドルニカ様、例のものは片付けておきますか? 今度こそ、仕留めますが……」

 

 ブルドが馬車の下から言った。

 

「まだ、いいわ……。指示を待ちなさい。このニーナの態度次第だから」

 

「かしこまりました」

 

 ふたりが意味ありげな会話をした。

 扉が閉まる。

 すぐに馬車が動き出した。

 ニーナの席はない。

 四人が向かい合うように座っている席の中央に立たされる。

 

「本当に可愛いお嬢さんね……。とても、おいしそう……」

 

「座る場所がないわね……。わたしたちの膝に乗るといいわ」

 

「ハロルドの都では有名な歌姫なんでしょう? どんな声で泣いてくれるのかしら……。本当に愉しみ……」

 

 三人の女たちが卑猥な表情をして口々に言った。

 ニーナはぞっとした。

 

「さあ、両手を背中に回しなさい」

 

 ドルニカ夫人がいい、強引に手を後ろ手にされた。

 逆らうことは不可能だ。

 ニーナは四人がかりで押さえられ、あっという間に背中側で手首に手錠をかけられた。

 

「スカートの下に下着をつけている必要はないわね」

 

 女たちのふたりがニーナのスカートの中に手を入れてきた。

 下着を掴まれて足首に向かっておろされる。

 

「い、いや──。こ、こんなところで──」

 

 ニーナは身体を左右に激しく動かして拒否をしようした。

 これまでに、何度も「接待」を務めたが、それは館の密室に入ってからだ。こんな動く馬車の中でいたぶられたという経験はない。

 しかも、馬車とはいえ、ここは公道ではないか……。

 

「もう、お前を甘やかすのはやめたのよ、ニーナ──。ところで、スカートもはく必要もないわね。切り取ってしまいましょう」

 

 ドルニカ夫人がそう言って、小さな刃物を取り出した。

 夫人を含めた四人が馬車に立たせたままのニーナの腰の部分に切り込みを入れて、スカートを切り始める。

 

 スカートの中はもう下着は身に着けていない。

 ニーナは悲鳴をあげた。



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39  残酷な遊戯

「こ、こんなところでは、許してください……」

 

 ニーナは恥ずかしさに、息さえも止まるのを感じながら哀願した。

 四人掛けの席に腰かけるドルニカ夫人とその友人の四人にすっかりと囲まれるかたちで、ニーナはその中心に立たされていたが、すでに下半身は腰の括れの部分より下を完全に脱がされて素裸だ。上半身の部分だって、あちこちに切り込みを入れられて、いまや服というよりは単なる布切れをまとっているにすぎない。

 

 そんな格好のニーナを乗せた馬車は、ことさらゆっくりと城郭の通りを移動していて、しかも両側の窓はカーテンを全部解放してすっかりと外が丸見えになっている。

 すでに薄暗いので、外からでは馬車の中にいる者の顔まではわからないと思うが、座席の中央に立たされている半裸の女がいたぶられているということくらいは確実にわかると思う。

 

 しかも、ニーナの両手は背中側で手錠をかけられているうえに、両脚は大きく開かされて、そのあいだに四人の貴婦人の脚がしっかりと挟まっている。ニーナは脚を閉じたくても閉じることもできないのだ。

 そんなニーナを前側のドルニカ夫人ともうひとりの友人が肩を抱くようにしっかりとニーナの身体を固定しながら、ニーナの股間と肉芽をくすぐるように撫ぜあげてくる。

 そして、後ろ側からも尻たぶを両側から引っ張られて、お尻の穴を指で弄られ続けている。

 四人による六本から八本の手によって、前後から愛撫を受けているニーナの股間は、すでにすっかりと滴るような愛液を漏らしている。

 

 ニーナは息も絶え絶えだ。

 前だろうと、後ろだろうと、ちょっと愛撫を受ければ、あっという間に愉悦を感じるようにニーナの身体は調教されているのだ。

 だが、窓がすっかりと解放された馬車で声など出すわけにはいかない。

 ニーナは懸命に声を噛み殺しながら、か細い声で哀願をし続けた。

 

「お、お屋敷についたなら……い、いくらでも、ちょ、調教……をお、お、お受けします……。で、でも、こんな外では……」

 

 ニーナは必死に言った。

 

「ふふ、さすがは、ドルニカの玩具ね。調教のおねだり? もちろん、たっぷりとドルニカの屋敷でも可愛がるわ」

 

「恥ずかしがる仕草が初々しくていいわね。遠慮なく声をあげていいのよ」

 

「でも、とっても気持ちよさそうね。感じているんでしょう? 正直にお言いなさい」

 

「まったくよ、ニーナ。こんなに股で涎を垂れ流しながら、お許しくださいもないものね。いつものような泣き声をお上げなさい」

 

 ドルニカたちが次々にからかいの言葉をかける。

 そして、ニーナはついに、ひいっと大きな悲鳴をあげてのけ反ってしまった。ニーナの身体を知り尽くしているドルニカが、膣に二本の指を挿し込んで、一番感じる部分を強く刺激してきたのだ。

 慌てて口をつぐむ。

 

「本当に、この玩具は可愛いわ、ドルニカ──。さすがは、あなたの飼いネコだけはあるわね。本当にいやらしい身体……」

 

「そうでしょう……。でも、このところ、このわたしから逃げたいとか言っているのよね。それで、今回は“折檻”しようと思って……。それで、あなたたちに来てもらったのよ」

 

「ええっ、いいの? この歌姫はドルニカが、大事に置いておいた娘じゃなくて? もう六年も執着しているなんて、ドルニカにとっては初めてでしょう? それなのに、ついに“折檻”にかけるの? だから、わたしたちの自由にしていいということ?」

 

「いいのよ、徹底的に毀してやって。もう、そのつもりだから」

 

 ドルニカが不気味なことを言った。

 そのあいだも、四人の手はニーナの剥き出しの股間をまさぐり続ける。

 もうニーナはどうしていいかわからずに泣き声をあげた。

 さらにニーナは、いつのまにか、ドルニカ夫人の指にどろりとした半液状の潤滑油のようなものがたっぷりとついていることに気がついた。それを前側から、亀裂の周辺と内側や肉芽に塗り込められる。

 

 ニーナは歯を食い縛って、その刺激に耐えた。

 しかし、指が離れても、その液体を塗られた部分がどんどんと熱くなる。

 

 おかしい……。

 いや……。

 これは異常だ。

 

 ニーナはじっとしていられなくなって、自ら腰を激しく振り始めた。

 すると、後ろ側の女たちがくすくすと笑った、

 

「あらあら、ドルニカ、あんた、この媚薬を原液のまま使ったでしょう? そんなことしていいの?」

 

 媚薬──?

 原液のまま──?

 

 その言葉で、ニーナはドルニカがニーナの股に塗ったのが、どんな媚薬であるのか思いついた。

 しかし、まさか……。

 

 ニーナが想像する媚薬はこれまでの調教で何度も使われたことがあるものだと思う。

 この感触は、あの媚薬だろう……。

 媚薬だと言われてみると、匂いからも間違いない……。

 

 だが、これまでの「調教」では、十倍に薄めてしか使われていなかったはずだ。

 それでもニーナは、それを一度塗られたが最後、ひと晩中淫具による刺激を求めてもがき狂い、それでも足りないほどの官能を燃え立たせられた。

 まさかとは思うが、あの媚薬を本当に原液で使われたりしたのだろうか……?

 

「不満はないわよね、ニーナ──? もしかしたら、これが最後の夜になるかもしれないんだものね。最後くらい、思い切り狂わせてやりたいわ」

 

 ドルニカは笑った。

 

「うん、興味あるわね──。これまで誰もこの媚薬を原液で使ったらどうなるか試したものはないはずよ。確かに、もしも使ったらどうなるか一度見てみたいものね」

 

 ドルニカの女友人のひとりが賛同した。

 

「ドルニカ、もう一度訊ねるけど、本当に原液のまま使っていいのね?」

 

 もうひとりの女がさらに訊ねた。

 

「もちろんよ。さっきも言ったわ──。今夜は、この娘を徹底的に毀すのが目的よ──。無論、文句はないわね、ニーナ──? まさかとは思うけど、お前の想い人はお前を受け入れたりしなかったわよね?」

 

 ドルニカ夫人がくすくすと笑った。

 とても意味ありげな口調だ。

 

「ト、トーイは、絶対にわたしを受け入れてくれます──」

 

 きっぱりと言った。

 ニーナはトーイのことを信じている。

 

 そりゃあ、いまはあの“告白”のことが気にかかっているかもしれないが、誠意をもってわかってくれるように努力していれば、トーイはいつかニーナを受け入れてくれる。

 

 ニーナはそれを信じている──。

 いや、信じたい──。

 もしも、それが的外れだとしても、ニーナは“信じる”という行為を続けることはできる。

 もう、絶対にニーナはトーイと離れない。

 そう決めた。

 ニーナの心は、やはりトーイのところにあった。

 それをいまは、はっきりと悟っている。

 

「まあ、トーイって男友達? 生意気ね──。こっちもちょうだい」

 

 女のひとりが言った。

 それを合図にするかのように、ニーナの股間と菊座を中心に一斉にその媚薬が塗り込められだす。

 あっという間に、とてつもなく熱いものがニーナの股間から襲いかかってきた。

 異常な火照りだ。

 

「さあ、これでいいわね。屋敷まではもうしばらくあるわ。ちょっと、ニーナの尻振り躍りを見物しましょう」

 

 ドルニカ夫人のその言葉で、女たちの指が一斉に離れた。

 

「うう……」

 

 ニーナは呻いた。

 すでに怖ろしいほどの疼きがさっき媚薬を塗られた場所に襲ってきている。

 そして、いままで受けていた愛撫を突然に中止されたことで、信じられないような刺激に対する飢餓感に苛まれた。

 いくら歯を食い縛っても、どうしても甘い息とともに声が出てしまう。

 ニーナは後ろ手の身体をがちゃがちゃと揺らしながら身悶えた。

 じっとしていようとしてもできない。

 そのとき、これまで女たちの指が触れていた肛門に冷たい感触が襲いかかった。

 しかも、液体がどんどん注ぎ込まれてくる。

 

「な、なにをするのですか……?」

 

 ニーナは思わず声をあげた。

 

「もちろん、浣腸よ。なにを慌てているの? 悪戯をやめたから退屈になったでしょう? 退屈凌ぎをあげるわ」

 

「そ、そんな──。い、嫌です。そんなことしないでください──」

 

 ニーナは暴れて肛門に挿入されている嘴管のようなものを振りほどこうとした。だが、たちまちにほかの女たちに身体を固定されて身動きできなくされる。

 

「この嫌がりよう……。もしかしたら、この娘は浣腸の経験がないの?」

 

 ニーナを押さえながら、ドルニカ夫人の隣の貴婦人が言った。

 冷たい液体の感覚が襲いかかってきた。

 それがちゅるちゅると、尻穴を通じて腹の中に注ぎ込まれていく、

 さすがに、ニーナは鼻白んだ。

 一方で媚薬を塗られた場所が狂うほど熱い……。

 そうかと思えば、さらに、いきなり腹がよじれる苦しさもやってきた。

 

 疼きと便意の傷み……。

 それが一気に襲いかかる

 

「ええ、ないわ──。だけど、今夜から解禁よ。もう、特別待遇は終わったの──。この娘は、これまで育ててやった恩を忘れて、わたしのもとから去ろうとしてたのよ──。これは折檻しないとならないと思わない?」

 

「そ、そんな……。お、恩は、わ、忘れていません……」

 

 ニーナは言った。

 そのあいだも浣腸液は注ぎ入れられている。

 最初の管はもう空になり、いまは二本目だ。

 いったい何本、液体の入った管を準備しているのか……?

 すでに切迫した便意が襲いかかっている。

 

「……それで決めたのよ。例の薬剤を使うわ。屋敷にたっぷりと準備してあるのよ。このニーナはあの薬剤で中毒にさせる。それで二度とわたしからは離れられないわ。なにしろ、あれを使われたら最後、定期的にそれを受けないと、気が狂ってしまうんだもの。あれをどこに使うか、いまそれを考えているのよ。せっかくだから、お尻にしようかしら。このニーナが毎日のように、お尻に薬を塗ってくれと吠えるのを想像するのは愉しいわ」

 

 ドルニカが意味ありげに笑った。

 なにを言っているのだろう……。

 

 怖い……。

 どうなってしまうのか……?

 まさか、本当に恐ろしいことをするとは思わないが、今日のドルニカ夫人はいつもとは違う。

 ニーナはそれを肌で感じていた。

 

「それは愉しみね。そして、仕方ないわね──。じゃあ、お前、我慢しなさい──」

 

「お、お腹が……」

 

 ニーナは呻いた。

 それでも、容赦なく尻から浣腸液をどんどんと流し込まれる。

 結局、かなりの液剤を尻に注ぎ込まれてしまった。

 下腹部が妊婦のように小さく膨れている。

 ニーナはその苦しさに悲鳴をあげずにはいられなかった。

 

「さあ、着いたわ。降りるのよ」

 

 そのとき、急に馬車が停まった。

 扉が開く──。

 ニーナは顔をあげた。

 

 驚いた。

 

 てっきり、屋敷そのものの玄関に到着するのかと思っていたのだ。

 ところが、ここはドルニカの広い別宅の前庭の入口だった。屋敷までにはしばらくある。

 しかも、大勢の奴隷たちが集められていて、こっちを見ていた。

 

「い、いやあ──。ドルニカ様──。こ、こんなところではおろさないで」

 

 ニーナは悲鳴をあげた。

 

「来るのよ──」

 

 しかし、無理矢理に馬車をおろされてしまう。

 

「いやあ──」

 

 ニーナはほとんど裸の状態のまま、大勢の奴隷たちのいる庭に引き摺りだされた。

 

「さあ、しばらく、散歩するわよ、ニーナ──」

 

 ドルニカが言った。

 そして、そのドルニカがなにか合図をするような仕草をした。

 すると、奴隷たちの数名が大きな首枷を運んできた。

 

 大きな丸い木製の板だ。

 その外周は、ニーナの上半身と同じくらいの幅がある。穴が三個あり、それぞれの穴に首と両手首を入れて丸い板上に固定してしまうようになっている首枷だ。

 

「な、なにをするんですか──?」

 

 ニーナは声をあげた。

 だが、ドルニカは奴隷に命じて、ニーナにそれを嵌めさせようとする。

 抵抗することもできない。

 後ろ手の拘束を解かれたニーナは、あっという間に巨大な首枷を両手首と首に嵌められてしまった。

 

「おいで、ニーナ──。厠はこっちよ」

 

 ドルニカが意地の悪い笑い声をあげて歩き始めた。

 しかし、ニーナはそれどころではない。

 巨大な首枷が首と手首に嵌まり、あまりの重さで立っているのもやっとなのだ。

 しかも、浣腸液を注ぎ込まれたために強い便意が襲いかかっている。

 さらに、媚薬による荒々しい疼きだ。

 とてもじゃないが、動くことなどできない。

 

「どうしたの? そんなところで垂れ流したいの?」

 

 少し前を歩くドルニカが振り返って、容赦なく言った。

 

「少し気合いを入れてやりましょうか」

 

 不意に後ろの女のひとりが言った。

 ドルニカ夫人以外の三人はまだニーナの後ろにいるのだ。

 

「ひぎっ──」

 

 尻に焼けるような衝撃が走った。

 乗馬鞭で叩かれたのだとわかった。

 激痛と衝撃で身体が倒れそうになる。

 ニーナは慌てて脚を踏ん張った。

 

「もう一発よ」

 

 また、鞭──。

 今度は脇の下だ。

 

「あ、歩きます──。歩きますから──」

 

 ニーナは首枷の重みで押しつぶされそうな身体に耐えて、懸命に足を前に進め始めた。

 やがて、ニーナは庭隅の背の低い樹木が立ち並ぶ場所に連れていかれた。

 乗馬鞭も身体中に十数発も浴びせられた。

 歩き始めた場所から大して離れてはいなかったが、ここまでやってくるだけで、ニーナは鞭によるみみず腫と汗でびっしょりになってしまった。

 到着した場所には、薄気味の悪い黒い一本の縄が、樹木を使って、奥の方に向かって真っすぐに張ってある。

 

「出て来なさい」

 

 ドルニカが合図した。

 すると、物陰からぞろぞろと五人ほどの男奴隷が現れた。

 

「きゃあああ」

 

 ニーナは驚愕して悲鳴をあげた。

 男奴隷たちは、みんな裸だった。

 しかも、股間には勃起した性器がそそり勃っている。

 

「ふふふ……。彼らは、お前のためにわたしの女友達たちが準備してくれた男奴隷たちよ……。じゃあ、ゲームのルールを説明するわね、ニーナ」

 

 ドルニカが愉しそうに語り始める。

 

 ゲーム──?

 なにを言っているのだろう?

 

 ニーナはぞっとした。

 

「この庭には、たくさんの趣向を凝らした幾つかの障害が準備してあるわ。それを全部通過して厠に行く。それだけよ。ただし、途中で洩らしてはだめ。簡単でしょう? 罰ゲームは彼ら。お前が汚いものを尻から洩らした瞬間に五人の奴隷が汚物まみれになったお前を犯すわ──。どう? 面白そうでしょう?」

 

 ドルニカと女友達たちが笑った。

 ニーナは、便意の苦痛と媚薬の疼きに襲われている全身が一斉に総毛立つのがわかった。

 

「そ、そんな、あ、あんまりです、ドルニカ様──。ほ、本当ではないですよね?」

 

 五人の男奴隷の怒張を前にしてニーナは総毛立った。

 そして、恐怖した。

 これまでの六年間のドルニカ夫人との愛欲の日々において、ニーナは確かに数限りない辱めと苦痛を受けてきた。

 しかし、それはしっかりと閉鎖された密室のことであったし、局部を犯されることはあっても、それはドルニカ夫人やそのほかの女友人たちの操る淫具に限られたことであり、ただの一度も男に犯されたことはない。

 

 そして、夫人による嗜虐の淫獄が終われば、夫人はそれまでの態度は「プレイ」を盛りあげるための演出だったと微笑んでくれ、いつもニーナを屋敷の湯船に入れて、優しく鞭痕のついた身体を擦ってくれた。

 そんなドルニカはとても優しかった。

 だから、夫人の求める「プレイ」がどんなにきつくても、ニーナはそれを恐れることなく済んだ。

 

 それはあくまでも「演出」だとわかっているからだ。

 だが、大量の浣腸液を注がれたうえに、粗相をすればすぐさま男奴隷たちに犯させるなど、「演出」の範囲を大きく逸脱している。

 ニーナの控え目な抗議の言葉に、ドルニカ夫人をはじめ三人の女友達は大きな声で笑った。

 

「本当に決まっているでしょう、ニーナ──。この五人の男奴隷たちは、特別な薬剤で女を犯さないと勃起が収まらないように発情させているのよ。彼らを見なさい。お前を犯したくて狂いそうになっているわ。わたしたちが、ひと言、許可を与える指示を出せば、汚物まみれであろうが構わずにお前を犯しまくるでしょうね」

 

 夫人は酷薄に笑った。

 ニーナはその夫人の顔を見て、これは嘘でも冗談でも、「演出」でもないことを悟った。

 本当に犯される。

 ニーナは媚薬に苛まれて火照りきっている全身に、一瞬だけ冷や水を浴びたような感覚を覚えた。

 

「それだけじゃないわ。五人揃って犯した女を孕ませやすいように精の質が濃くなる処置もしているわ。だから、頑張って厠まで辿り着くのよ、歌姫さん──。彼らは精を外出しするような芸はないわ。ただ、獣のように犯して、あなたの子宮にたっぷりと精を注込むだけよ。男奴隷の子供なんて孕みたくないでしょう? だったら一生懸命に排便を我慢するのよ」

 

 ひとりが笑った。

 

「でも、この娘もサビナ草くらい服用しているんじゃなくて?」

 

 ほかのひとりも笑いながら口を挟んだ。

 

「もちろん、その処置も準備してあるわ。サビナ草の効果が消滅する薬を飲ませるつもりよ。さらに、逆に受胎しやすくなる薬もね──。男奴隷の子を孕んでしまえば、いくらなんでも昔の男のところに戻りたいなんて思わなくなるでしょうしね」

 

 ドルニカ夫人がそう言って、手で合図をした。

 周りにいる女奴隷のひとりがさっと近寄ってきて、緑色の液体の入ったグラスを夫人に手渡す。

 あらかじめ準備してあったもののようだ。

 

 ニーナは恐怖に包まれた。

 サビナ草というのは、巷に流通している絶対の避妊薬であり、まだ結婚をしていないニーナも若い女の嗜みとして定期的に飲んでいる。それを常用していれば、万が一強姦をされても、妊娠することはないのだ。

 だが、ドルニカ夫人はそれの効果を帳消しにするだけでなく、逆に妊娠しやすくなる薬物をニーナに与えるのだという。

 

 いやだ──。

 絶対にいやだ──。

 トーイ……。

 助けて……。

 

 ニーナはここにはいない想い人の名を心の中で叫んだ。

 だが、女友達のひとりの指示で、さっきの男奴隷たちがニーナの首枷の周りに集まり、ニーナを一度跪かせる。

 それだけでニーナはお尻から液剤が迸りそうになった。

 だが、なんとか耐えた。

 それよりも、男たちの勃起した性器から匂ってくる強い精の香りが、ニーナの肌を粟立たせる。

 

「いやああ──。そ、それだけはやめてください──。後生です──。そんなのは許して──」

 

 ニーナは絶叫した。

 ドルニカ夫人が薬剤の溶かされたグラスを持ってニーナに迫る。

 ニーナの首枷は後ろに倒されるようなかたちになっている。ニーナの顔はやや上を向いていた。

 

「許さないわ。これまで優しくしてやっていたから、わたしへの恩を忘れて、男のところに戻りたいなどと言うんでしょう? だから、もう優しくするのはやめたわ。奴隷の子を孕むといい。そうすれば、男のことは諦めるしかなくなるわね」

 

「わ、わかりました。もう言いません。歌も続けます。だから──」

 

 しかし、ドルニカ夫人は、もうニーナの哀願など無視して、グラスを口元に寄せる。

 ニーナは必死で口をつぐむ。

 

「口を開けなさい」

 

 ドルニカ夫人が、そのニーナの鼻を摘まんだ。

 だんだんと息が苦しくなる。

 首を振って鼻を摘まんでいる手を払いたくても、首は枷のために動かせない。

 ついに、強引に口を開かされた。

 グラスに入ったものの大部分を流し込まれる。

 それがすっかりと喉に流し込まれてしまうと、ニーナは泣き声をあげた。

 

「さあ、じゃあ、さっそく始めましょう。最初の障害は触手ペニス渡りよ。その縄を跨ぎなさい」

 

 夫人が離れた。

 ニーナは男奴隷たちによって再び立たされる。

 すぐそばには、黒い一本の太い縄が樹木から樹木に渡されている。その長さはちょっとした寝室ふたつ分くらいの幅はあるだろう。張られている高さはニーナの股よりも少し高いくらいだ。それを跨げば縄全体がニーナの股間を抉るのは間違いない。

 

「お、お願いです。苛めないでください……。か、厠に……」

 

 ニーナは無駄とわかっている許しを乞うた。

 すでに便意は切迫している。

 強烈な媚薬に疼く身体もつらいが、いまは便意の苦しみが遥かにそれを凌駕していた。

 ニーナは下肢の付け根からお尻の中心にかけて、必死になって筋肉を引き締めている。

 それは一度緩めたらそれが最後である筋肉の引き締めだ。

 

 これは便意が終わるまで──、つまりは、一体全体なにを準備しているかわからない夫人たちの用意した「障害」というのをすべて通過し、最終的に拘束を外されて厠に行くまで、絶対に緩めてはならない力だ。

 ニーナは重い木枠の枷を押されて、黒い縄が張ってある場所まで移動させられた。

 男奴隷たちがニーナの片脚を掴んで強引に縄を跨がせる。

 

「ひいいっ──」

 

 縄が股間に喰い込んだ。

 ニーナはそのおぞましさに声をあげた。

 男奴隷たちが離れていき、ドルニカ夫人たち四人が縄を跨いでいるニーナを囲む。

 

「じゃあ、最初の障害は、この触手ペニスの縄を渡ることよ。一番最初だから、クリア条件は簡単にしておいたわよ、ニーナ……」

 

 夫人が縄を掴んで一度大きく揺すった。

 

「ひうっ──」

 

 ニーナはそれだけで恐慌に見舞われた。

 だが、次の瞬間、ニーナは目の前に出現したものに目を見張った。

 なんの変哲もなかった縄の上面の部分に、いきなり十本ほどの男性器そのものの物体がにょきにょきと生えたのである。

 

 触手ペニス──。

 

 まさに、そうだった。

 

 魔道──。

 ニーナはいま跨いでいるのが魔道が刻まれた淫具であることを悟った。

 夫人がさっきから言及している「触手ペニス」──それはニーナの恐怖を煽るように、うねうねとうねり続けている。

 

「ニーナ──。それを一本一本、股で咥えて触手の先から白濁液を噴出させなさい。白濁液を出させれば、触手ペニスは消滅するわ。全部のペニスを失くせば、縄は下に落ちる。そうすれば、次の障害の場所に案内するわ。ぺニスから白濁液を出させる方法はこうよ──」

 

 夫人が真ん中付近の触手を無造作に掴んで、指で側面の部分を強く擦り始める。

 振動が縄に伝わり、ニーナは歯を食い縛った。

 夫人が十回ほど擦ったところで、かなりの量の白濁液が先端から飛び出してペニスが消滅した。噴出した白濁液はまったく男の精そのもののように思えた。

 

「でも、白濁液も、本物の男奴隷から採集した本物の精なのよね──。これを十本も受け入れれば、男奴隷に犯されるまでもなく、しっかりと孕むかもしれないわね。白濁液が出そうになったら、さっとペニスから股を出すといいわよ」

 

「そんなのは無理でしょう──」

 

 周りの女たちが愉しそうに嘲笑った。

 

「……ただし、いっては駄目よ──。ペニスを擦っているあいだにちょっとでも達すれば、それを縄が感知して全部のペニスが復活するわよ。そうしたら、今度は後ろに進みながらやり直すことになるからね、ニーナ」

「ああ……」

 

 ニーナは呻いた。

 やるしかないのだろう……。

 

 ニーナは最初の触手ペニスを股で咥えるために、縄を擦りながら進みだした。

 いつの間にか、ニーナは慟哭してしまっていた。

 

 媚薬で爛れきった身体では、縄を擦り渡るだけですぐにでも昇天しそうだった。

 しかし、これから十本近くもある触手ペニスを一本一本跨いで腰を振り、全部から白濁液を出させなければならない。

 

 すでに限界に達している状態のいま、そんなことが可能だとは到底思えなかった。だが、やらなければここで大便をまき散らすだけでなく、男奴隷たちに犯されて妊娠をしてしまう……。

 

 そんなことになれば、もうニーナはトーイに会うことなどできなくなる。

 だが、この触手ペニスについても、噴出する白濁液は本物の男の精だという。

 もう、ニーナはどうしていいかまったくわからないでいた。

 

 最初の触手ペニスの前にやってきた。

 

「さあ、始まるわね……」

「頑張ってね、歌姫さん」

 

 ドルニカ夫人をはじめ、女友達たちはニーナの真横にいて、愉しそうに見物している。

 

「ああっ」

 

 ニーナは声をあげて身体を突っ張らせた。

 半ば挿入しかかっていた触手ペニスがいきなり勢いよく動いて、ニーナの膣を深々と貫いたのだ。

 しかも、激しくうねっている。

 

「ひっ、ひいっ、ひいい──」

 

 ニーナは枷を嵌められた首を大きく突っ張らせた。

 あっという間にニーナは絶頂してしまっていた。

 強烈な媚薬を飲まされてしまったニーナの身体は、自分でも信じられないくらいに敏感な状態になってしまっていたのだ。

 ニーナは恐怖に包まれた。

 昇天した瞬間に、お尻の筋肉が緩みかけたのだ。

 

 だが、なんとか耐えられた。

 ニーナはとりあえず安堵した。

 

「あら、たったそれだけで達してしまったの? これじゃあ、先が思いやられるわね──。本当に十本のペニスを消滅させられるのかしら」

 

 ドルニカ夫人たちと女友達がニーナの横で爆笑した。

 ニーナの視界には、さっきドルニカ夫人が擦って消滅していたペニスが再び復活するのがはっきりと映った。

 

「とにかく、始めなさい──」

 

 夫人が怒鳴った。

 そして、無防備な腹を思い切り乗馬鞭で引っ叩かれた。

 

「んぎいっ」

 

 ニーナは苦痛の声をあげたが、いまはこの激痛がありがたい。

 痛みのおかげで、異常なほどの全身の火照りから少しだけ解放される。それは束の間だけのことだが、それでもニーナにはそれが必要だった。

 

「も、もっと、鞭をください──。もっと、ぶってください──」

 

 ニーナは訴えた。

 

「まあ、鞭をおねだりするなんて、はしたない歌姫ねえ」

 

「さすがはドルニカに躾けられたマゾ娘ね──」

 

 女たちが左右から一発ずつの鞭を浴びせた。

 ニーナはそれで身体の疼きを押さえて腰を前後に振り、なんとか触手ペニスを十回ほど膣に入れたまま擦ることに成功した。

 子宮に向かって白濁液が勢いよく飛び出すのがわかった。

 そして、触手がニーナの胎内からなくなる。

 

「さあ、次ね」

 

 ドルニカ夫人が笑った。

 ニーナは息も絶え絶えになりながら、それを続けた。

 永遠とも感じる地獄の時間がすぎる。

 激しい便意を耐える苦痛……。

 荒れ狂っている身体の疼きを我慢し、いきそうになりながら快感を制御するつらさ……。

 お尻の筋肉を締め続けながらも、膣に触手ペニスを自ら挿入させ、暴れまわるペニスを腰を振って擦る……。

 それを狂うほど火照りきった局部でやるのだ。

 あまりにも残酷な仕打ちの強要だ。

 とにかくニーナは、必死でそれらをこなした。

 なんとか半分ほどの触手ペニスを失くす。

 だが、まだまだ残っている。

 

「も、もっと打って──。お、お願いです──」

 

 ニーナは懸命に訴えた。

 便意も強烈になっているが、媚薬の火照りもまたニーナを追い詰めている。

 擦れば擦るほど、当然のようにニーナの身体の疼きは膨れあがる。

 快感の制御ができなくなる。

 だが、達するのは許されない。

 一度絶頂してしまえば、消した触手ペニスがまた復活してしまう。

 

 もう同じことをやるのは無理だ。

 そして、快感を耐えようとするには止まるしかない。

 しかし、じっとしていてても、怖ろしいほどの便意がニーナを苦しめ続ける。

 そうかといって、前に進んで触手を咥えるのも地獄だ。

 ペニスは一度入ると、すぐに嫌がらせのようにニーナの中で蠕動運動を仕掛けてくる。昇り詰めそうになり、腰の動きを止めても、それだけでいってしまう。

 それを耐えて昇天しないようにし、なおかつペニスを膣の内側で十回以上も擦りあげるなど、もう至難のことになっていた。

 

「お、お願いです。む、鞭で打ってください。もっと痛めつけて──」

 

 ニーナは繰り返した。

 

「ほほほ……。鞭で快感を誤魔化そうしているのね──。もう終わりよ、ニーナ──。あとは自力で耐えなさい──。それとも、ここで諦めて排便する? 大便をひり出しながら男奴隷に犯されるという貴重な体験ができるわよ」

 

「もちろん、一度だけで終わらないわよ。お前が確実に孕んだとわかるまで、毎日、男奴隷に犯させるわ。どうやら、ドルニカはお前を妊娠させたいようだからね」

 

 夫人たちが笑う。

 ニーナは泣き声をあげた。

 

 とにかく、次……。

 ニーナは進んだ。

 触手ペニスのある場所まで到達すると、それが鎌首をもたげてニーナの股間に侵入し、うねうねとうねる。

 ニーナは快感で眼の前に火花が飛ぶのさえ感じながら、必死に官能を抑えて腰を振って触手ペニスを擦っていった。

 

 しかし、これ以上の気力は出ない。

 

 快感を耐えるのも……。

 便意に耐えるのも……。

 限界──。

 

 ニーナは股間の中で荒々しく暴れる触手ペニスに呻きながらそう思った。

 

 トーイ──。

 

 ニーナは泣きながら腰を振り、心の中で必死にその名を叫んだ。



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40  依頼の取り消し

 十本目の触手ペニスが股間から消滅するとともに、股に喰い込んでいた縄もなくなった。

 

 ニーナはすべての気力を使い果たしたような気がした。

 媚薬の火照りと便意の苦痛はすでに限界を遥かに超えている。

 それでも、いまだに絶頂と排便を耐えているのは、トーイのことを想い続けていたからだ。

 

 トーイ……。

 

 もう、決めた。

 

 歌姫などやめる。

 やっと、はっきりと決心した。

 王都における華やかな生活と唄の世界などどうでもいい……。

 

 トーイのところに帰るのだ。

 そして、あの懐かしい宿屋で……。

 

 いまなら戻れる──。

 ドルニカ夫人によって淫らに調教されてしまったニーナだが、まだ、「男」はトーイしか知らない。

 

 汚れていない……。

 もう、王都には戻らない……。

 いまなら……。

 その想いだけで耐え続けていた。

 

「なんて美しい姿なのかしらね──。やっぱり、可愛い女が絶望の苦痛に顔をしかめるのはいいわねえ──。強烈な媚薬とさらに強烈な排便欲を我慢するのはどんな気持ち、歌姫さん?」

 

「でも、さすがは王都の歌姫だけあるわ……。最初の障害を耐えるとは思わなかったもの」

 

「これもドルニカの調教の成果かしら……」

 

 ドルニカ夫人の女友達たちが笑いさざめく。

 

「ほほほ、確かに頑張ったわね。わたしの躾けた雌犬だから、このくらいは耐えると思ったけどね。さあ、次の障害よ──。厠はあとふたつの障害の後よ」

 

 ドルニカ夫人も愉しそうに笑った。

 そして、歩き始める。

 三人の女友達たちがそれに続き、ニーナは重い首枷のままその後を追った。

 肛門からはいまにも抽入された大量の薬液が飛び出しそうだ。

 

 だが、ニーナが排便した瞬間に、薬物で勃起させられている五人の男奴隷にニーナを犯させると言われている。

 その五人は、血に飢えた獣のような息遣いと血走った目つきのまま、ほとんど裸身のニーナを取り囲んでいた。彼らの性器からは先走りの精液が垂れ落ちていて、その臭気がニーナを追い詰める。

 ドルニカ夫人の言葉によれば、ニーナの身体は服用している避妊薬の効果を取り消されて、逆に妊娠しやすい状態に変えられているはずだ。さらに、ニーナを囲んで歩いている全裸の奴隷男たちもまた、女を孕ませ易いように特別に精を濃くしているのだという。

 それをニーナにけしかけるというのだ。

 

 ドルニカ夫人は、「調教」に関しては嘘は言わない。

 彼女が「やる」といえば、絶対に「やる」のだ。

 

 ニーナが浣腸に敗北して糞便を巻き散らせば、ドルニカ夫人は容赦なく、男奴隷たちにニーナを犯す許可を与えるだろう──。

 

 ニーナは男奴隷の子を宿すかもしれない。

 いや、ドルニカ夫人は、ニーナがトーイのことを諦めざるを得なくなるために、意図的にそうするつもりなのだ。

 恐怖した。

 そうなれば、もう、トーイのところに戻るのは絶対に不可能になる。

 

 トーイのところに……。

 

「ふたつめの障害は鞭の林よ。左右に五十人の家人たちがいるわ。そのあいだを通り抜けなさい」

 

 ドルニカ夫人がそう言って振り返った。

 ニーナは顔をあげた。

 眼の前には両手間隔くらいに離れたたくさんの男の家人が、人による道を作っている。彼らの全員が乗馬用の鞭を持っていた。

 

「ああ……」

 

 ニーナは声をあげた。

 

 だが、進むしかない。

 さもなくば、男奴隷たちに孕ませられて、トーイのところに戻れない身体にされる……。

 

 絶望感がニーナを覆い尽くそうしていた。

 もう余力はない……。

 強烈な波が来る……。

 最初の障害を終えることができたのは、たまたま便意が引き潮だったからだ。

 しかし、もうすぐ便意の潮がまた満ちる……。

 ニーナはドルニカ夫人が集めた男の家人たちの鞭のあいだを進み始めた。

 

「あぐっ」

 

 尻たぶに最初の鞭が喰い込んだ。

 ニーナは歯を食い縛って耐えた。

 だが、反対側から乳房の上にまともに鞭が襲ってきた。

 ニーナは身体を竦ませて、腰を落としかけてしまった。

 

 身体がぐらつく。

 懸命に堪えた。

 倒れれば終わりだ。

 ひとりでは立ちあがることのできない首枷の重みだ。

 おそらくドルニカ夫人は、もしもニーナが倒れて自力で起きあがれなくなれば、ニーナがそこで糞便をするまで放置するに決まっている。

 ニーナは脚を踏ん張りながら一生懸命に足を進める。

 

 前に進むしかない。

 だが、残酷な重みの猛威を振るっている首枷は、ニーナに足速に進むことを許さない。

 ニーナは左右に首枷が揺れるのを防ぐだけで精一杯だ。

 そこに左右の鞭が喰い込む──。

 避けることも許されない。

 そんな動きをすれば、首枷のバランスが失われて身体が倒れるのだ。

 

 太腿に鞭が襲う──。

 

 次は脇腹──。

 

 腿──。

 

 そして、胸──。

 

 後ろからも──。

 

「力の限り打つのよ──。手を抜いているのがわかれば、懲罰部屋行きだからね」

 

 ドルニカ夫人が家人たちの後ろから愉快そうに声をかけ続けている。だから、家人たちも必死だ。

 懲罰部屋というのは、この別宅にも、王都の屋敷にもある地下牢のことだ。ニーナは入れられたことはないが、その暗い地下牢の恐ろしさは、よく耳にする。

 

 打擲が続く。

 しかし、ニーナはだんだんと鞭の痛みにも慣れてきた気がした。

 「痛み」には耐えられる……。

 それがわかった。

 むしろ、激しい媚薬の火照りに襲われているニーナには心地よい刺激だ。

 早く──。

 ニーナは自分に言い聞かせながら、重い足を引きずって進んだ。

 途切れることなく襲いかかっていた鞭の林がやっと終わった。

 

「二つ目も終わりね……。じゃあ、最後の障害よ。これが終われば、厠の場所に連れていくわ」

 

 息もたえだえのニーナにドルニカ夫人が声をかけてきた。

 今度は前庭に流れている小さな小川がそこにあった。

 幅は人の片腕ほどあり、さっきのようにドルニカ夫人の大勢の家人が人の道を作っている。

 ただ、さっきとの違いは、男の家人たちではなく、そこにいたのは女の家人だということだ。

 しかも、鞭ではなく細く長い棒の先に柔らかそうな鳥の羽根を持っている。

 

「川を跨いで進みなさい、ニーナ──。小川の水に足が触れたら失敗とするわ。そうなれば、最初の触手ペニスの縄からやり直しよ」

 

「お、お慈悲を……」

 

 ニーナは無駄だとわかっている哀願をした。

 しかし、戻ってきたのは容赦のないドルニカ夫人と三人の女友達の嘲笑だけだ。

 仕方なくニーナは最後の「障害」を進み始めた。

 

 だが、それは怖ろしい責め苦だということがすぐにわかった。

 激しい鞭責めで敏感になりすぎている身体に与えられる羽根の刺激は、気の狂うようなくすぐったさをニーナにもたらしたのだ。

 

 しかも、強烈な薬物で熟れきっている身体だ。

 腋の下や股間そのものを這いまわる羽根は、限界に陥っているニーナの身体をさらに快感で追い詰める。

 そして、必死に力を入れている肛門の筋肉を緩めようとさせる。

 

「ひゃあ、ひゃははは──や、やめて──もう、もう許して──か、かんにん──ひゃははは──」

 

 ニーナはいてもたってもいられないような感覚に襲われながら悲鳴をあげ続けた。

 それでも歩みはやめない。

 肛門の筋肉も必死に締め続けている。

 

 もう、止まれば終わりだ──。

 ニーナにそれがわかっていた。

 もう一度でも歩くのをやめれば、二度と歩けない……。

 

 便意も身体の火照りも、首枷の重みに耐えるのも、いまのが最後の気力だ。

 羽根が全身を襲い続ける。

 

 そして、小川を跨ぐために開いているニーナの股と尻たぶに羽根の責めが集中し始めた。

 ドルニカ夫人の指示だ。

 しかし、足を閉じることも、羽根を避けることもできないニーナは、ただそれを受け入れるだけだ。

 地獄のような責め苦を受けながら、ただ進んだ。

 汗のために目はかすみ、頭は朦朧とする。

 

 やがて、小川の幅がさらに広くなる場所にやってきた。

 もっと足を拡げなければならない……。

 考えたのはそれだけだ……。

 小川の水に足を触れてしまえば、最初からやり直し……。

 残酷なドルニカ夫人の言葉がニーナの頭をよぎる。

 

「あっ」

 

 そのとき、なにかが足首に当たったと思った。

 

 糸だ──。

 

 見えないくらいの細い糸が、意地悪にも足首の高さに張ってあったと悟ったのは、すっかりと態勢を崩して、小川の中に跪いてしまったときだった。

 ニーナは首枷の重みで、小川に落ちた状態で前屈みになってしまったまま動けなくなっていた。

 

「残念ね、ニーナ──。最初からやり直しよ。じゃあ、触手ペニスの縄の障害の位置に戻りなさい」

 

 ドルニカ夫人が言った。

 ニーナは泣き声をあげてしまった。

 そして、本当の最後の気力も完全に消滅した。

 ニーナの肛門からはついに決壊した大量の糞便が噴き出し始める。

 大量の糞便が小川の中に迸った。

 

「犯せ──」

 

 突然に、女友達のひとりが強く叫んだ。

 

「ひいいいっ、いやあああっ」

 

 いまだに肛門から浣腸液を噴き流しているニーナに男奴隷たちが群がって、小川から引きずり出された。

 首枷を外される。

 最初のひとりが雄叫びをあげながら、ニーナの膣に勃起した性器を突き挿した。

 いまだ、お尻からは汚物が噴き出し続けている。

 ニーナはあまりのことに絶叫した。

 

「男奴隷たちと糞まみれのセックスを愉しんだら、股とお尻にドラクスの薬をたっぷりと塗ってあげるわ、ニーナ──。とても気持ちがいいのだけど、その代わり、強烈な中毒症状ももたらす秘薬よ。それを一日一度、同じ場所に塗ってもらわないと、気が狂うほどの苦しみが襲うわ。だけど、ドラクスの秘薬は、そこらにはない貴重な薬剤よ。わたしから離れれば、お前はそれを貰えなくなり、苦しみ続けるしかないということね」

 

 ドルニカ夫人の狂気のような笑いが辺りに響き渡った。

 だが、ニーナはもうなにも聞いていない。

 

 ただ、糞便を流しながら犯されるというおぞましさと、それ以上に襲いかかる媚薬にただれた股間を抉る男奴隷の肉棒の気持ちよさに、頭が真っ白になった気分を味わっていただけだ。

 

 ニーナの肛門からはまだ糞便が垂れ続けている。

 それを厭わずにニーナを犯す男奴隷の狂喜の声を前に、ニーナの意識は急速に失われていった。

 

 

 *

 

 

 夜が明けた──。

 結局のところ、ニーナはやって来なかった。

 

 一郎はエリカとコゼとともに、早めの朝食を取っていた。

 ニーナにはニーナの予定があるのだろうから、急にやってこられなくなったというのは不自然なことではない。

 

 ニーナは王都でも有名な歌姫だ。

 その歌姫が宿泊しているとなれば、訪ねてくる客もいるかもしれない。

 しかし、トーイを襲った者について調べて、その危険を排除するという依頼の調査経過を訊ねるために、毎日やってくるとニーナは力強く宣言をしていたのだ。

 それがトーイに会いに来るための口実であるというのは、さすがの一郎にもわかる。

 

 ニーナはトーイを強く想っている。

 そのニーナが、毎日やって来ると言ったにもかかわらずに、昨夜は一度も顔を表さなかったということが気になった。

 

「ニーナさんを迎えに行くべきじゃないですか、トーイさん」

 

 朝食を食べていたエリカが、厨房の入口にある椅子に腰かけているトーイに不満そうに声をかけた。

 

「放っておいてくれと言ったはずです──」

 

 戻ってきたのはトーイの不機嫌そうな声だ。

 一郎は肩を竦めた。

 トーイを襲わせたのはニーナの後見人であるドルニカという伯爵夫人であろうという一郎の想像をトーイに話したのは昨夜のことだった。本当は、ニーナとトーイが揃ったところで聞かせるつもりだったが、そのニーナが結局現れなかったので、トーイだけに告げることになった。

 

 予想外だったのは、それを聞いたトーイがまるで動揺しなかったことだ。

 しかも、ニーナは歌姫を続けるために、ドルニカ夫人の後見を受け続けるべきだとはっきりと言ったのだ。

 

 ニーナはドルニカ夫人の「愛人」にされていて、この七年間、性奴隷のように「調教」されるという日々を送っていた。それが、ドルニカ伯爵夫人が、無名の町娘を王都一の「歌姫」にまでのしあげることに対するために求めた代償だったのだ。

 一郎はそう説明した。

 

 そして、おそらく、ニーナはドルニカ夫人に対して、歌姫をやめて、この宿屋に戻りたいと告げたに違いない。それを怒ったドルニカ夫人が、ニーナに隠して密かに送り込んだプロの殺し屋が、トーイを襲った毒遣いの正体だ。

 

 それが真相だと思う。

 しかし、それを教えられたトーイは、怒るでもなく、怖がるでもなく、ただ、納得したようにうなずいただけだ。

 そして、しばらく前に脅迫めいた手紙を送られていたことを一郎たちに教えてくれた。

 一郎もそれを読んだ。

 読んだといっても、実際には一郎は、この世界の文字は読めない。エリカに口に出して読んでもらったのだ。

 それによれば、トーイは脅迫されていたようだ。

 

 ニーナとよりを戻せば、トーイも殺すし、ニーナも殺す──。

 

 それには、そう書いてあった。

 それを送らせたのも、ドルニカ夫人に違いない。字体から女文字のようだとエリカも言っていた。

 トーイが脅されているのではないかと一郎も予想していたが、やはりそうだった。

 

 これで線は繋がった。

 今回の騒動の張本人はドルニカ夫人──。

 

 それに間違いない──。

 

 だが、トーイはむしろ安心したようだった。

 それならば、トーイがニーナを受け入れなければ、すべてはあるべきものに落ち着く。

 ニーナは歌姫を続けられるし、トーイの命が襲われることはない。

 トーイははっきりとそう言ったのだ。

 

「だけど、ニーナさんは、歌姫の地位を捨ててまでトーイさんのところに戻りたいという気持ちを持っているのに──」

 

 エリカはさらに不満そうにトーイに言った。

 ニーナがドルニカ夫人にそう訴えたのではないかというのは一郎の勘だが、それを信じているエリカは、そのニーナの想いに応じようとしないトーイに不平の気持ちを昨日から洩らし続けている。

 エリカには、大切に思っている女性が、女とはいえ、ほかの「恋人」に寝取られていることについて、許容した態度をとっているトーイの気持ちがまったく理解できないでいるようだ。

 

 エリカは、トーイがニーナを好きでないのかと詰め寄った。

 ニーナがトーイのことを想っているのであれば、それに応えればいいとも言った。

 

 ニーナだけでなく、トーイもまた、ニーナことを大切に想っているのは、その態度を見ればわかる。エリカも同じように感じたのだろう。

 

「いいんです──。唄歌いはニーナの夢だったんだ。そして、俺の夢でもある。その夢がかなったんだ──。だったら……」

 

 トーイは頑なそうな表情で首を横に振った。

 

「それでも男なんですか──? ニーナさんは、大切な唄を捨ててまで、あなたとよりを戻したいと思っているみたいなのに──」

 

 エリカがまた言った。

 

「だから、もう、放っておいてくれと言っているだろう、エリカさん──。ニーナは歌姫をやめない──。俺のところには来ない──。それで俺の危険も去る──。それで終わりだ。依頼は完了だろう。もう、口を出さないでくれ──」

 

 トーイが声をあげた。

 

「残念ながら、依頼者はあなたではないわ──。ニーナさんよ。わたしたちは、ニーナさんがどうしたいかという気持ちを尊重するわよ。それがドルニカ夫人を排除して、ニーナさんやトーイさんに加えている圧力を消すことなのであれば、わたしたちは依頼を果たすためにそうするわ」

 

 エリカが強く言った。

 伯爵夫人を排除することなど承知してはいないがな……と一郎は苦笑した。

 だが、エリカは随分と感情的になっているようだ。

 すっかりとドルニカという伯爵夫人からニーナを解放させ、歌姫から一介の宿屋の女に戻るというニーナの希望をかなえるつもりでいるらしい。

 

「そ、そんなことをすれば、ニーナは歌姫でいられなくなるじゃないか──」

 

 トーイが叫んだ。

 

「それがニーナさんの望みなのよ──。それがわからないの──?」

 

「やめろ──。歌姫はニーナの夢なんだ──」

 

「いまはもう違うわ──」

 

「違わない──。とにかく、もう依頼は取り消しだ。すべては解決した。ニーナが歌姫を続ければいいだけの話じゃないか──。依頼はもう終わりだ。俺の危険は排除された」

 

 トーイはきっぱりと言った。

 

「残念ながら依頼人はニーナさんよ。あなたじゃないわ──。あなたの指示には従えないわね。わたしたちは、ドルニカという伯爵夫人と戦って、ニーナさんを解放させる。それをするわ」

 

 エリカが断言した。

 

「落ち着きなさいよ、エリカ……。こんな意気地なしなんて放っておきなさい──。それよりも朝食を食べるわよ」

 

 コゼが声をかけた。

 ドルニカという伯爵夫人が歌姫の代償として、ニーナを「玩具」にしているということについて、コゼはエリカほどの怒りは感じていないようだが、それを許容するトーイについては、エリカと同じように不満ではあるように思う。

 しかし、エリカのように感情を表に露わにしてはいない。

 ただ、ドルニカ夫人の「脅威」と「影響」をニーナから取り除くことは、ニーナと「契約」した依頼の範疇だとは思っているようだ。

 

「だって、コゼ──」

 

 エリカが、またなにかを口にしようとした。

 そのとき、宿屋の前をたくさんの騎馬がやってきた。

 一郎は驚いて顔をあげた。

 

 軍だ──。

 

 前の通りを進んでいるのは、正真正銘の王軍の騎馬隊だ。華やかな兵装からそれがわかる。

 

 なぜ、こんな城郭の外れに──?

 そう思っていると、やがて、宿屋の前に一台の豪華な馬車が停まり、騎馬の一団も動きを止めた。

 どうやら、宿屋の前にいる王軍は、その豪華な馬車の護衛任務を負っているようだ。その証拠に、馬車の後ろにも騎馬隊の一団がいる。

 

 呆気にとられていると、馬車からニーナが降りてきた。

 すぐ後ろに、ひとりの目つきの鋭い女がぴったりとついている。

 

 

 

 “ブルド

  人間族、女

  年齢28歳

  ジョブ

   毒遣い(レベル11)

   魔道遣い(レベル2)

  生命力:50

  攻撃力:170(装備:サイの毒針)

  経験人数:男3、女5

  淫乱レベル:B

  快感値:250(通常)”

 

 

 

 一郎はその女のステータスを魔眼で覗いて愕然とした。

 トーイを襲ったのは、この女だ──。

 一郎は確信した。

 ジョブに毒遣いとある──。

 しかも、レベルは“11”──。

 そこそこの腕だ。

 

 サイの毒という致死性の毒薬でトーイを襲ったのは、このブルドという女に間違いない。

 一郎はしっかりと卓の下で必撃の剣を握った。

 

「あ、あの……。み、皆さん……。わ、わたしの依頼は取り消します……。こ、これは違約金としての金貨です……。ほ、報酬と同じ額です……。こ、これで依頼の解除を……」

 

 ニーナは、たどたどしい口調でゆっくりと語った。

 

 一郎は驚いた。

 その内容にではない。

 ニーナの様子にだ。

 

 眼が虚ろだ。

 しかも、薄っすらと涙が溜まっている。

 そして、息も荒い。

 顔も真っ赤だ。

 よく見ると、身体全体に脂汗のようなものをかいている。

 明らかに異常だ。

 一郎は魔眼でニーナのステータスを覗く。

 

 

 

 “ニーナ

  人間族、女

  年齢20歳

  ジョブ

   唄歌い(レベル40)

  生命力:40

  攻撃力:5↓

  (魔毒による弛緩)

  経験人数:男6、女30

  淫乱レベル:S

  快感値:40↓

  状態

   ドラクス中毒”

 

 

 

 ドラクス中毒──?

 なんだ、それは──?

 しかも、性交の経験人数が増えている。つい先日まで、ニーナの経験数は、女は常識外の人数だったが、男は明らかにトーイひとりだった。

 しかし、たったひと晩で五人も増えている。

 これは……。

 

 そのとき、一郎は、馬車の中に四人の貴婦人が乗っていることに気がついた。

 貴族女だ──。

 すぐにわかった。

 

 王軍騎馬隊も、彼女たちを護衛するために一緒にいるのだと知った。

 一郎はその中のひとりのステータスに注目した。

 

 

 

 “ドルニカ

  人間族、女

   伯爵

  年齢45歳

  ジョブ

   治政力:30

  生命力:50

  攻撃力:20

  経験人数:男10、女15

  淫乱レベル:A

  快感値:500”

 

 

 

 ドルニカ夫人──。

 

 彼女がそうか……。

 そして、はっとした。

 夕べ、ニーナがここに来なかった理由に思い当ったのだ。

 ドルニカ夫人がニーナを連れていったのだ。

 

 そこでニーナを「再調教」した。

 ドラクス中毒というわけのわからない状態も、男の経験数が増えているのも、それで合点がいく。

 ニーナが突然に依頼の解除を申し出たのも……。

 

「こ、これが契約の硬貨です……。さあ、契約解除です……」

 

 ニーナが一枚の硬貨を差し出しながら言った。

 それはエリカが魔道で魔道契約を施す証として相互に持つことを促した効果だ。

 もう片方は一郎が持っている。

 内ポケットにあるそれが反応した気がした。

 一郎はそれを出してみた。

 別になんの変哲もない。

 

「……け、契約は解除されました……。依頼人の正式な取り消しにより、それは成されました。違約金の支払いにより、魔道契約の解除が成立したのです……」

 

 エリカが呆気にとられた口調で言った。

 突然の事態の変化に、エリカだけでなく、コゼもびっくりしている。

 

「……トーイ……。さようなら……。もう、二度と来ない……。そ、そして、ごめんなさい……。いろいろと……」

 

 ニーナはトーイの顔を見ずに言った。

 そして、馬車に戻っていく。

 一郎はなにもすることができなかった。

 強引にニーナを連れ戻すのは不可能だ。

 王軍の騎馬隊がいる。

 暴れたとしても、一郎たち三人が殺されるか捕えられるかするのに、いくらもかからないだろう。

 

「ニ、ニーナ──?」

 

 トーイが大きな声をあげた。

 だが、そのときには、すでにニーナはドルニカ夫人のいる馬車へ乗り込んでいる。

 馬車はすぐに動き始めた。

 

 あっという間の出来事だった──。

 

 

 *

 

 

「ああ……。ド、ドルニカ様……く、薬を……薬をください……」

 

 馬車が動き始めた途端に、ニーナが馬車の床に跪いて叫んだ。

 このあいだのような四人掛けの小さな馬車ではない。八人乗りの大きな馬車だ。

 王都までの道中で、たっぷりとニーナを辱めるために、特別に準備した馬車だ

 ニーナが苦しそうに呻いている。

 

「ほほほ、さっそく、ドラクス中毒が始まったわね……。もっと、もっと苦しくなるわよ──。一度侵されたら最後、二度とは消滅させることのできないドラクスの毒よ──。しばらく、薬が途切れる苦しみを味わうといいわ、ニーナ──。そして、わたしから離れられなくなったということを思い知るのよ」

 

 ドルニカは笑った。

 ニーナが引きつったような声をあげた。

 夕べに塗ったドラクスの薬物中毒がさっそくニーナを苦しめ始めたのは明白だ。

 ニーナには繰り返し、あの魔毒を股間と尻穴にたっぷりと塗ってやった。

 これで日に一度以上、同じ薬をそこに塗らないと、死ぬよりも苦しい中毒症状にニーナは襲われることになる。

 だが、ドラクスの魔毒は、ブルドが特別に調合した秘薬だ。

 ほかには存在しない。

 だから、ニーナはドルニカから去ることが不可能だ。

 

「ああ、もう、思い知っています──。命じられたとおりに、依頼も取り消しました。トーイにも別れの言葉を言いました──。も、もう、意地悪しないで──」

 

 ニーナが泣き叫んだ。

 ドラクスの中毒は本当に苦しいらしい。

 試しに奴隷女に使って放っておいたら、本当に三日で狂死したと教えられた。

 そんなに怖ろしい魔毒なのだ。

 

「だったら、そこにいる男奴隷の精をまた受けなさい──。そうしたら、ドルニカに薬を与えてあげるように頼んであげるわ」

 

 女友達のひとりが愉快そうに言った。

 最後尾の座席に男奴隷をひとり積んでいる。

 股間を剥き出しにさせていて、その性器は勃起状態だ。

 

「そうね……。孕ませてくれと言いながら、その男奴隷の一物を股で咥えなさい。トーイとかいう男にもう未練がないという証にね──。できるだけ卑猥な言葉を叫びなさい。卑しい町娘らしくね」

 

「は、はい……。お、犯してもらいます……。孕みます。その代わり、もうトーイには……」

 

 ニーナが泣きそうな顔で、後ろに這い進んで言った。

 トーイを毒で殺すことを命じたのは、ほかでもないこのドルニカであることをニーナに教えた。

 

 ニーナは愕然としていた。

 そして、トーイにもう手を出さないことを条件に、ドルニカの命令には二度と逆らわないことを誓った。

 ドラクスの魔毒の苦しみか、それとも、トーイの命を守ることのどちらが、ニーナを突き動かしているのかわからない。

 しかし、ニーナはもうなんの躊躇いの様子もなく、男奴隷の股間に跨った。

 ニーナには下着をつけさせていない。

 

 ドラクスの魔毒は媚薬でもある。

 すでに股間は愛液でびっしょりだったに違いない。

 ニーナの膣は抵抗なく男奴隷の性器を受け入れた。

 

「は、孕まして、お願い──。おお、孕まして──おおっ、き、気持ちいい──あああっ」

 

 ニーナが感極まったような声をあげた。

 ドルニカと三人の女友達は、人が変わったような歌姫の姿に、しばらくのあいだ大きな声で笑い続けた。

 

 

 

 

(第7話『歌姫と幼馴染』終わり、第8話『女伯爵と寝取られ男』に続く)



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【3章 新米冒険者】
41  ランク昇任試験


 一郎の眼の前を人間の赤ん坊ほどの大きさもある“大ラット”が五匹駆け抜けてきた。

 

 ここは、壁にかけた松明に照らされているだけの薄暗い地下水路であり、ハロンドール王国の王都ハロルドである。

 無事に冒険者としてギルド登録をした一郎たちは、「クエスト」、すなわち、依頼をこなしている最中だ。

 

 クエストの内容は、『王都の地下水路の大ラット狩り』だ。

 正式の冒険者としての二度目のクエストであり、あの後味の悪かった歌姫ニーナからの依頼を含めれば、三度目のクエストということになる。

 

 この大ラット狩りは、冒険者としては初心者の冒険者の多くが、少なくとも一度は挑むクエストということであり、ギルド商会のデルタ・クラス用の受付のテリオ婆さんが紹介してくれたものだ。

 また、このクエストは、(チャーリー)ランクへの昇任試験を兼ねているのだ。

 二度目のクエストで、この依頼を勧められたということは、一郎たちが見込まれたということだ。

 もっとも、認められたのはエリカとコゼであり、一郎ではないことは自覚しているが……。

 

 報酬にしても、冒険者としては最下級ランクである(デルタ)ランクのパーティが受けられるクエストとしては最も望めるクエストであるらしく、確かに、一番最初にやった『エンゲル草集め』というクエストよりも、随分と割がいい仕事だと思った。

 なにしろ、先日のエンゲル草集めは、三人がかりで一日働いて、やっと銅貨二枚の報酬を得ただけだが、今日は、一匹につき銅貨二枚で買い取ってくれることになっている大ラットをすでに百匹以上は捕えたと思う。

 

 銅貨二百枚──。

 つまりは、銀貨二枚だ。

 

 眺めているだけでいい仕事としては、随分ともうかる仕事だ。

 ただ、本来はずっと危険な仕事であるのは間違いない。

 眺めているだけでいい状況になっているのは、一郎のちょっとした思いつきのおかげであり、本来は凶暴な大ラットを悪臭の漂う地下水路で追いかけ回しては狩るという本当に骨の折れる仕事なのだ。

 

 大ラットは都市部にも棲む巨大ネズミであり、一匹でも凶暴な猛獣だが、もっとも怖ろしいのはその集団性であり、十数匹の群れを作って獲物に一斉に襲いかかり、あっという間に、はらわたを噛み割いて食ってしまうそうだ。

 それを本来は、一匹一匹群れから切り離しては、生きたまま檻に入れるか、殺してから袋に入れて、ギルドに持ち帰らねばならない。

 

 すばしっこくて獰猛な巨大ネズミである大ラットを捕らえるのは、本当に難しく、生半可な初心者冒険者だと、すぐにやられてしまい、時には死ぬこともあるようだ。

 大抵は住み処としている地下水路から出てくることはないが、まれに地上に出てきて、王都内で人を襲ったりするので、ギルドに所属する冒険者の初心者クラス──つまり、(デルタ)ランクの冒険者パーティ用の「昇任認定試験用」の依頼として常に準備されているらしい。

 

 (デルタ)ランクというのは、冒険者ギルドに登録している冒険者の格付けとしては、もっとも下級のランクだ。

 

 ギルドに所属する冒険者のランクは、上から、“(シーラ)ランク、(アルファ)ランク、(ブラボー)ランク、(チャーリー)ランク、そして、(デルタ)ランクとなっていて、ギルドで斡旋してくれるクエストも、同じように、シーラ、アルファ、ブラボー、チャーリー、デルタと区分されている。

 冒険者は、自分のランクと同じか、下級のクエストを受けることはできるが、上級のクエストは受けられない。

 

 冒険者ギルドとしても、所属する冒険者のために集めてきた「日雇い仕事」を無暗に失敗されても困る。

 だから、そうやって、冒険者たちの実力と仕事の難易度が釣り合うようにしているのだ。

 当然、クエスト・ランクがあがるほど難易度もあがるが、報酬もあがる。

 しかし、報酬を望めるクエストは、冒険者ランクがあがらないので、成功するためにはクエストをこなして、冒険者ランクをあげなければならない。

 冒険者ランクがシーラともなれば、ギルド登録しているだけで、月に定まった額の年金も支給されるくらいだ。まあそれは、実力のある「冒険者」をギルドから逃がさないための施策でもあるようだ。

 

 いずれにしても、どの冒険者も、報酬の割がいい上級クエストを受けられるようになるために、ランク昇任にしのぎを削ることになる。

 ランクがあがれば、請け負える仕事が増えるというだけでなく、複数の冒険者パーティが、ひとつのクエスト請け負いに重複する場合は、上級ランクのパーティが優先になる。

 だから、ランクをあげなければ、割りのいいクエストは、上級ランクのパーティが取ってしまい、下級ランクのパーティには、この大ラット退治のような、危険が大きく、それに見合う報酬が望めないというものばかりになる。

 

 だから、パーティのランクアップは本当に大切なのだ。

 

 そして、初心者クラスとも呼ばれるデルタ・ランクの冒険者が、チャーリー・ランクにあがるための登竜門とされているのが、この『王都の地下水路の大ラット狩り』のクエストというわけだ。

 

 昇任認定試験といっても、本当に試験があるわけでもない。

 ただ、この仕事をうまくこなせば、チャーリー認定をギルドから申し渡されることが多いという噂があるだけだ。

 とにかく、どの程度の大ラットを捕えれば、昇任レベルとしてギルドが一郎たちの力を認めるのか知らないが、一郎は集めるだけ集めるつもりだ。

 

 そして、早く上級ランクに昇任して、市民権を得るほどの冒険者になりたい。

 市民権を得れば、王都に家を構えることも可能であり、そうなれば、風呂付きの家を買うという一郎の夢も近づくというものだ。

 

「うほおっ、やったね──。今度は五匹一緒にだよ──。それにしても、すごいよ。ご主人様も面白いことを考えつくよね。匂いで大ラットを自分から檻に入れさせるなんて、ぼくには思いもつかなかったよ」

 

 大ラット捕獲用の檻籠の横を舞っている魔妖精のクグルスが陽気な声をあげた。

 一郎がクグルスを呼び出してやらせているのは、あらかじめ準備した大ラット捕獲用の大きな籠のふたつのそれぞれに発情した雌と雄の強烈なフェロモンを中に蔓延させるということだ。

 クグルスは淫気の力を操ったり遣うことが得手中の得手である魔妖精だ。

 人間であろうと、動物であろうと、性欲を自由自在に操ることはできる。

 発情フェロモンというのも、もともとはそれぞれの生き物特有の淫気がその正体だ。

 知恵のない動物なら、ただのフェロモンに騙されて、檻の中に発情した異性の個体がいると思って、自分から檻に入ってくるのではないかと考えた。

 そして、実際にやってみたら、案の定、雌雄の大ラットの個体が、実際には空である檻の中に次々に入ってくる。雄の個体は発情した雌のフェロモンが蔓延した籠に飛び込み、雌はその逆だ。

 一郎の眼の前で、どんどんと大ラットでふたつの籠に埋まっていく。

 

「性欲は、食欲に勝る生き物の本能ともいうしな。異性と交合して子孫を残したいというのは、生命の存在意義の本質だ」

 

 一郎はうそぶいた。

 とにかく、この方法がこんなにうまくいくとは思わなかった。

 一郎の眼の前で、大量の大ラットが捕獲がどんどんと面白いように簡単に進んでいる。

 もっとも、働いているのは大ラットを集めるためのフェロモンを操っているクグルスと、集まった大ラットの入った大籠を地上で集めて、空の籠を地下におろすという作業をしているコゼだけだ。

 

 一郎たちのいる場所は、王都の地下を流れる水路と地上とを結ぶ竪穴の通路のすぐ脇だ。水路で大ラットを狩っている一郎たちに対して、地上にいるコゼが大ラットの詰まった檻を借りてきた荷車に載せ、代わりに交換用の新しい檻を縄でおろすという作業をやっているのだ。

 一方で、一郎とエリカなど、地下水路でただ集まってくる大ラットを見ているだけでなにもしていない。

 だから、退屈凌ぎの悪戯をする気分になるというものだ。

 

「そ、そんざいいぎ……? ご主人様も時々、難しい言葉を遣うよね……。まあいいや──。今度は雄用の檻もいっぱいになっちゃった──。上で待っているコゼに合図するね」

 

「ああ、頼むよ」

 

 一郎は水路の横を走る通路に持ち込んだ簡易椅子に腰かけながら頷いた。開いた脚のあいだには、背を向けて立たせているエリカがいて、一郎はさっきから、そのエリカの乳房を揉みしだいている。

 

「ううっ……いっ、はっ……。ロ、ロウ様……、い、悪戯は……け、警護に……し、支障が……」

 

 エリカが色っぽい声を漏らしながら、身体をくねらせる。エリカがやっているのは、大ラット狩りをするにあたって、万が一にも襲いかかってこないとも限らない猛獣から、一郎を守ることだ。

 それで、細剣を出して、一郎の前でしっかりと構えているのだ。

 しかし、しばらく「狩り」を続けていて、大した危険はないなと判断したところで、一郎の悪戯心が頭をもたげてしまった。

 それで、エリカには一郎の警護を命じたまま、一郎はその背後からエリカに「痴漢」をすることにしたのだ。

 エリカはびっくりしたようだが、性奴隷のエリカは性行為に類することでは一郎には逆らえない。

 従って、エリカは、一郎の傍若無人な手管の餌食になるしかないというわけだ。

 

「警護なんて必要ないよ、エリカ──。ご主人様の作戦は完璧だよ。獲物の動物たちは、ぼくらなんて見向きもしていない。檻の中に立ちこめさせている発情した異性の大ラットの匂いめがけて一目散だ。だから、安心して、ご主人様に遊ばれなよ……」

 

 クグルスが雄の大ラットでいっぱいになった大きな籠に縄を結び目を直しながら言った。

 そして、結び終わった紐を軽く二度引く。

 合図を確認したコゼが、籠を地上に引きあげたことで、籠が上昇していくのが脇目に映った。

 

「あっ……、そ、そうは……い、いかないわよ……。ロ、ロウ様を……ま、守るのが……わ、わたしの……や、役目……」

 

 エリカが身をよじらせながら言う。

 一郎はいつもエリカにはかせている短いスカートの中に手を入れると、下着をおろして足首から取り去った。

 そして、その下着を懐にしまい、すでにぐっしょりと濡れている股間に指を移動させる。

 

「はああっ──ロ、ロウ様……」

 

 エリカの身体ががくがくと震え始める。

 すでに快感値は“14”──。

 全身は性感帯の目印である赤いもやでいっぱいだ。

 もう、どこをどういじっても、エリカはすぐに達してしまうだろ。

 それでも、いまだに懸命に警護の役割を果たそうというつもりのようであり、エリカの剣は、鞘から出されて、しっかりと刃先を前に向けている。だが、それもぶるぶると小刻みに揺れていた。

 相変わらずの健気さと真面目さが本当に愛おしい。

 

「俺の性奴隷を兼ねた警護人であれば、たとえ、セックスをしていても、俺を守れるはずだ。犯されてよがりながらも、しっかりと理性を保って、俺を守り続けろ。俺が精を出す前に呆気なく達して、一瞬でも正体不明になったりしたら、罰としてギルドに成果報告を行くときは下着なしだ」

 

 一郎はエリカの腰の括れを両手で掴んで、自分の腰に引き寄せた。

 ズボンの前を開いて勃起した性器を外に出す。

 そして、エリカの両脚を大きく開かせて一郎の股の上に座らせるようにすると、その膣の中に天井を向いている一物を突き挿すようにエリカの腰を落とさせた。

 

「そ、そんな……。はああっ──」

 

 エリカが甲高い悲鳴をあげて、身体をのけ反らせる。

 挿入と同時に剣を落としそうになったのだが、それだけはなんとか持ち直したようだ。

 一郎はエリカの腰を持ったまま、エリカの身体を上下させる。

 肉襞の内側の粘膜は驚くほどにびっしょりと濡れていた。

 一郎は亀頭で、淫魔師の一郎だけにわかるエリカの膣の真っ赤な部分を強く擦るようにしていく。

 たちまちに、エリカはあられもない声をあげて、呼吸を荒くした。

 

「ロ、ロウ様……はああ──あああ──はううう──」

 

 エリカの乱れた息に甘い声が混じりだす。

 ただ、声が結構大きい。

 竪穴の上は、王都の南通りの脇だったと思う。

 それなりに人通りも多いはずだ。

 

「服をたくしあげて噛め。声を抑えろ」

 

 一郎は苦笑しながら言った。

 

「で、でも……そ、そんなことをしたら……け、警護が……」

 

 エリカは息も絶え絶えに言った。

 感じやすいエリカが達するのは時間の問題だ。

 

「いいから服を噛め。そうやって色っぽい声を奏でられると、大ラットどころか、地上から野次馬が集まってしまう」

 

 一郎は椅子に座ったままの態勢で、腰の上のエリカの股間を犯しながら笑った。

 今度はエリカは逆らわなかった。

 上衣を大きくたくし上げて、自分の口に噛んだ。

 当然、上衣の下のふたつの乳房が露わになる。

 ブラジャーのないこの世界だが、エリカのような女戦士は戦いの邪魔になるので、胸を固定するように、布を乳房に巻きつけている。

 ただ、さっきからさんざんに揉みしだくあいだに、すっかりとその胸当てもはだけてしまっていた。

 一郎は身体を支えている手を再びエリカの胸に移動させる。

 胸を強く揉みながら、エリカの身体全体を上下させた。

 

「んんんっ」

 

 エリカが鋭い反応を示して、身体をのけ反らせた。

 快感値が“0”になった。

 達したのだ。

 一郎はエリカの狂態を愉しみながら、エリカの絶頂に合せて精を放った。

 そのあいだもエリカのエクスタシーは続いている。

 そして、一郎が精を放ち終わるのに合わせたように、がっくりと身体を脱力させた。

 

「呆気なく達して、ちょっとだけだが、正体不明になったな、エリカ? 言い渡していたとおりに、冒険者ギルドのデルタ支部へは下着なしだ」

 

「い、一瞬、正体不明になったのは認めます……。だ、だけど、下着は……」

 

 いまだに一郎はエリカと繋がったままだ。エリカは絶頂の余韻に耽った様子のまま、控え目な口調で言った。

 

「だめだ。罰だ──」

 

 一郎はわざと強い調子で返す。

 

「ああ……」

 

 エリカが項垂れた。

 そのとき、上に繋がる竪穴から誰かが降りてきた。

 コゼだ。

 

「ねえ、ご主人様、もう空の籠がないですよ──。それにもう荷車もいっぱいだし……。うわっ──。なにやってもらっているの、エリカ──? 狡いよ──。あたしばっかり働かせて──。なにもしていないエリカがご褒美もらえるなんて──」

 

 コゼがエリカと一郎の姿を見て、大きな不平の声をあげた。

 そのあまりにも真剣な口調に、一郎は思わず苦笑してしまった。

 

 

 *

 

 

 大騒ぎだった。

 

 一郎は冒険者ギルドのデルタ支部から冒険者ギルド本部に向かう道すがら、昨日の喧噪を思い出していた。

 たった一日足らずで、大ラットを百匹以上も生け捕りにしてきたのは、冒険者ギルドの歴史でも前代未聞だというのだ。

 ギルドのデルタ支部の受付をしているテリオ婆さんなど、驚いて腰を抜かしたような状態になったほどだ。

 

 とにかく、支部にいたほかの冒険者たちの賞賛と羨望の眼差しを向けられるなか、一郎たちは報酬の銀貨二枚と銅貨二十四枚を渡されるとともに、今朝になって改めて、(チャーリー)ランクへの昇任手続きのために、ギルド本部に向かうように言い渡されたのだ。

 それでいま、こうやってエリカとコゼを連れて、王都の通りを歩いているところなのだ。

 

 冒険者としての最下級ランクのデルタ・ランク専用の冒険者ギルド支部は、“デルタ支部”とも称され、王都ハロルドの城郭でも外縁に属する下町にあるが、チャーリー以上のランクの冒険者とクエストを扱う冒険者ギルド本部、通称“ギルド本部”は、王都の中心部に近い繁華街にある。

 

 デルタ・ランクの冒険者は、ギルド本部への立ち入りは許されないので、一郎たちも本部に行くのは初めてだ。

 同じ冒険者でも、支部に集まるデルタ・ランクの冒険者など、日雇い仕事を受ける人足と変わらない。

 曲がりなりにも「冒険者」と堂々と名乗れるのは、チャーリー・ランク以上の冒険者のことをいうのだ。

 

「とにかく、早くも冒険者として一歩前進ですね、ロウ様。たった七日でチャーリー・ランクに昇任できるなんて、幸先がいいと思います」

 

 エリカもにこにことしている。

 

「そうだな。俺も満足しているよ」

 

 一郎は応じた。

 そして、この王都にやってきて、もう七日なのかと改めて思った。

 

 七日前……。

 

 一郎たち三人は、この王都に入る前に王都に近い西側の城郭マイムに立ち寄り、この王都の歌姫ことニーナという女と、その幼馴染であり、恋人のトーイという安宿の息子に関わった。

 一郎たちがその宿に泊まっているときに、偶然にもトーイが突然に何者かに襲われたのだ。

 そのとき、一郎たちがとっさに救護しなければ、サイの毒という致死性の猛毒で、トーイは間違いなく死んでいただろう。

 とにかく、そのときトーイの命を救った縁で、一郎たちはニーナから冒険者としての依頼を受けることになったのだ。

 すなわち、トーイの警護をするとともに、トーイを殺そうとした者を明らかにし、可能であればそれを排除するという依頼だ。

 

 ちょっとした調査で、すぐにその背景は明らかにできた。

 犯人は、ニーナのパトロンであり、一介の町娘のニーナを王都の歌姫にまで育てあげたドルニカという女伯爵だった。ニーナはしばらく前から、そのドルニカにもう歌姫をやめてトーイのもとに帰りたいと、再三にわたって訴えており、それに業を煮やしたドルニカが部下の毒遣いに命じて、トーイを殺させようとしたのだ。

 その毒遣いの正体もわかっている。

 

 最後にニーナが、一郎たちとトーイの前にやってきたとき、ニーナを見張るように一緒にいたブルドという人間族の女だ。一郎は、魔眼の能力によって、そのブルドという女が毒遣いというジョブを持っていることと、密かに毒針で武装していることをしっかりと見抜いたのだ。

 だが、そのドルニカという女伯爵やブルドという女毒遣いを排除して、ニーナとトーイたちをドルニカたちの悪意と脅威から解放するという仕事をしようとする前に、突然にその仕事は終わった。

 当のニーナが、トーイに別れの言葉を告げるとともに、成功報酬と同額の違約金を支払って依頼を取り消したのだ。

 

 その理由も明白だ。

 ドルニカ夫人だ。

 

 その女伯爵は、わざわざ王都からマイムの城郭にやってきて、ニーナを拉致すると、ニーナを調教という名の拷問で屈服させ、一郎たちへの依頼の取消しと、トーイとの別れを強要したのだろう。

 そうに決まっている。

 

 一郎の魔眼で垣間見ることのできた、ニーナのステータスにあった“ドラクス中毒”という言葉が証拠だ。その“ドラクス中毒”というのが、どういうものか、いまだにわからないが、たちのよくない薬物でニーナをヤク中にするか、それとも洗脳でもしたに決まっている。

 

 しかし、そのときはどうすることもできなかった。

 ドルニカ夫人たちの乗る馬車には、王軍騎馬隊の護衛がついていて、ニーナはドルニカ夫人たちの待つその馬車に、自らあっという間に乗り込んでいったのだ。

 一郎たちは、ただ呆然と見送るしかなかった。

 ニーナを見送ったあと、一郎はニーナが残酷な目に遭っている可能性をすぐにトーイにぶつけた。

 

 だが、トーイは頑なだった。

 

 トーイはニーナを歌姫としてくれたドルニカ夫人をある程度信じていて、女の「愛人」となるくらいの要求くらい仕方がないだろうというのだ。

 それよりも、ニーナのようなただの町娘が、歌姫として王都で生きるためには、ドルニカのような後ろ楯がどうしても必要だと繰り返した。

 

 一郎はニーナの立場は、「愛人」というような生半可なものではなく、娼婦以下の「性奴隷」だと言った。

 しかし、トーイは、あのときのニーナの不自然な様子や、自分の命が狙われたという事実を前にしても、すでに王都の歌姫ほどの立場になったニーナをドルニカ夫人があまりにも酷い目には遇わせるわけがないというのだ。

 それよりも、ニーナの歌は、ニーナとトーイの「夢」なのだという同じ言葉を繰り返すだけだった。

 

 トーイの煮え切らない態度に、さすがの一郎も腹が立ち、同じように立腹しているエリカとコゼを促して、あの宿屋をあとにした。

 

 それで終わりだ。

 

 依頼はもう正式に取り消されている。

 依頼人のニーナも、関係者であるトーイも、この事件に対する一郎たちの関わりを拒絶したのだ。

 一郎がさらに首を突っ込むいかなる理由も、いまは存在しない。

 

 もっとも、この王都にやってきてから、一応はニーナがどうなったかは調べてみた。

 それで明白となったのは、ニーナはドルニカ夫人とともに王都に戻ってから、ただの一度も歌会のようなものはやっていないという事実だ。

 

 屋敷にも戻っていない……。

 まあ、どこにいるかは容易に想像はつく。

 ドルニカ女伯爵の屋敷だ──。

 

 そこでいまだに、ドルニカ夫人の残酷な「調教」を受け続けていて、苦痛と恥辱に喘いでいるのではないかというのが一郎の勘だ。

 まず間違いない……。

 だが、あの依頼は終わったのだ。

 一郎は軽く首を振って、ニーナたちのことを頭から排除した。

 

「どうかしましたか、ロウ様?」

 

 エリカが怪訝な顔を向けた。

 

「なんでもない。ところで、エリカはこのハロンドールではないが、旧ローム帝国の公国でも、冒険者をしていたんだろう? そのときはどんなランクだったんだ? エリカほどの者でも、デルタ・ランクから脱却するのに、それなりに時間がかかったか?」

 

 一郎は後味の悪かったあの事件を忘れるために別の話題を口にした。

 一郎がこの世界に召喚されたときには、エリカはあの性悪召喚師の愛人で弟子のような立場だったが、その前には三公国を渡り歩く冒険者だったと聞いている。

 国は違っても、それぞれの国々にある「冒険者ギルド」は、このバロンドール王国を基点に拡がった共通するひとつの組織だ。

 ランク制度やクエスト制度などの基本的なルールは共通のはずだ。

 

「わたしは、ブラボー・ランクのパーティに勧誘されて加わってたんです。だから、今回のように最下層から昇格したということはしませんでした。それから、雇われ兵のようなことをしたり……。そして、あのアスカ様に拾われて……」

 

 エリカが答えた。

 なるほど、エリカほどの実力があれば、そんな風に上級パーティに誘われるということもあるだろう。

 そう考えると、この三人の中で、本当にデルタ・ランクに相応しかったのは一郎だけであり、エリカにしても、コゼにしても、本来はもっと上級ランクの実力があるのだという当たり前の事実を一郎は悟った。

 

「ところで、今夜も宿屋に戻ったら、あたしにも、もっとご褒美くださいよ、ご主人様」

 

 横にいるコゼが口を挟んできた。

 なんとなく口調に棘がある。

 昨日、大ラット狩りをしていたとき、コゼがたったひとりで重い檻籠を揚げ下げする作業をしているあいだ、一郎とエリカが地下水路でのんきに交合に励んでいたのをいまだに根に持っているようだ。

 だが、一郎はそのとき、ふと思いついたことがあって、ほくそ笑んだ。

 コゼに対する悪戯の口実が頭に浮かんだのだ。

 

「それもそうか……。だったら、いまやろう」

 

 一郎は大通りを歩きながら何気ない口調で口にした。

 まだ、夕方には時間がある刻限だ。

 そして、ギルド本部に通じる通りには、かなりの人通りがある。

 

「えっ?」

 

 コゼが怪訝な顔をした。

 

「ひうっ」

 

 次の瞬間、コゼは引きつったような声とともに息を吐いて、その場に立ち止まった。

 しかも、背をぴんと伸ばして、両手をお尻にやって、顔を真っ赤にしている。

 一郎は淫魔師の力でコゼのお尻の中に、一郎の性器とまったく同じ大きさと感触の疑似ペニスを発生させたのだ。

 しかも、それをうねうねと動かしてやる。

 立ち竦んでいるコゼは、がくりと膝をくの字に曲げた。

 一郎は、コゼについては、特に念入りにアナル調教を施している。性交のときには、必ず肛姦を加えることにしているし、淫魔師が性奴隷に与えられる力を駆使して、アナルを犯されるコゼに最大の快楽が全身に迸るように身体を操ってもいた。

 お尻で感じる激しい快楽をコゼの頭に刻み込んでしまうためだ。

 

 いまや、コゼはすっかりとアナルを犯される肉欲の虜になり、淫魔力で身体の感度を操らなくても、ちょっとお尻をいじるだけで狂うような快感を覚えるようになっている。

 そんなコゼにとって、お尻を疑似ペニスで刺激されるというのは、いまや耐えられない快楽責めのはずだ。

 それを賑やかな大通りでされてしまったコゼは、必死に片手で口を押えて声を殺しながら、身体を震わせてその場に立ち止まっている。

 

「コゼ?」

 

 突然に歩くのをやめてしまったコゼに、一郎の反対側にいるエリカが当惑した声をかけた。

 

「どうしたんだ、コゼ? 欲しがっていたものだ。俺の一物と同じ感触だろう。たっぷりと味わってくれよ……。そうだ──。確かにランクアップのきっかけの大ラット狩りは頑張ったからな。前にもご褒美だ」

 

 一郎はコゼの膣の中にも疑似ペニスを発生させる。

 そして、後ろの疑似ペニスと同じように蠕動運動と回転運動を与えた。

 しかも、それを激しくする。

 

「うくうっ、くくくうっ」

 

 コゼの喰い縛る口から苦悶の声が洩れた。

 前後同時の疑似ペニスによる攻撃は、それほどまでにとてつもない感覚と甘美な刺激を与えたのだろう。

 

「ご、ご主人様……こ、ここでは……。や、宿屋に戻ってから……」

 

 コゼが身体をくねらせながら必死に小声で言った。

 三人の横を通る通行人たちが、不思議そうな表情を向けながら過ぎていく。

 しかし、そんな視線を感じながらも、コゼは耳たぶまで真っ赤に上気して、下腹部を抑えるような姿勢をしている。

 短いスカートをはかせているエリカに対して、コゼは黒くて細いズボンをはかせている。

 そのズボンに、コゼの股間から漏れ出た愛液がコゼの股に大きな染みを作りだしたのがわかった。薄い下着だが、それを通り越してズボンに染みを作るのだから、かなりの愛液を迸らせているのだろう。

 コゼもそれがわかっているから、手で前を隠すような仕草をしているのだ。

 

「コ、コゼ……? ロ、ロウ様……?」

 

 エリカが顔を真っ赤にして、一郎とコゼを交互に見た。

 やっと一郎のやっている淫靡な悪戯のことをエリカも悟ったようだ。

 そのとき、城郭の大神殿の鐘が鳴りだした。

 

 この大陸の時間単位である“一ノス”ごとに鳴る鐘だ。一ノスは、一郎の元の世界の時刻に換算すれば、約五十分くらいだ。この異世界も、一郎の元の地球も一日の時間は約二十四時間と一致しているようだが、ここでは大陸共通の時刻単位として、その二十四時間を三十区分して、そのひとつを“ノス”としている。

 鳴り始めた鐘は正午と夜の中間であることを示す鐘だ。

 確か、一郎の感覚でいう“一分”くらい鐘が鳴り続けるはずだ。

 

「コゼ、この場でそのまま気をやれ。鐘が鳴り終わるまでにな。できなければ、夜はコゼだけお預けだ。裸にして四肢を寝台の端に革紐で縛り、その上で俺とエリカがセックスするのをただ眺めるだけにさせるぞ」

 

 一郎は笑った。

 我ながら鬼畜だと思う。

 このところ、以前は我慢していたもののタガが外れたようになって、嗜虐の欲情が迸る。

 そして、それを実際にやらずにおられない。

 また、その一郎の変化は、エリカとコゼの存在が後押ししているというところもある。

 一郎の過激な要求に対し、どんなことをしても拒まず、それだけではなく、むしろ辱しめれば辱しめるほど、被虐の酔いのような淫情を示すふたりの美女に、一郎の鬼畜度はどんどんと膨れあがってくるのだ。

 

「コ、コゼ──。わ、わたしが前を隠すから……」

 

 エリカが心配そうにコゼの前に回って、コゼの身体を覆い隠すようにしながら、何気ない仕草で肩を支えた。

 コゼが全身の力を抜いたのがわかった。

 一郎にしか見えないコゼの“快感値”がどんどんと下がっていく。

 一郎の命令に従って、城郭の真ん中で気をやることを決心したようだ。

 

「んんん──」

 

 やがて、コゼが前に立つエリカに掴まるようにして、ぶるぶると身体を震わせた。

 

 気をやったのだ。

 鐘の音はまだ響いている。

 コゼがちゃんと言いつけを守れたことに一郎は満足した。

 ふと、コゼの股間に視線をやった。

 

 コゼのズボンはしっかりと大きな愛液の染みが浮き出ている。ただ、黒いズボンはそれほど染みを目立たせてはいない。

 

「よくやったぞ、コゼ──。ご褒美は夜、改めて与えてやる。それこそ、気を失うまで繰り返し絶頂させてやろうな。愉しみにしていろ」

 

 一郎は笑って歩き出した。

 ほっとしたように、エリカとコゼが後を追ってきた。



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 第8話   女伯爵と寝取られ男
42  新たな依頼


 ギルド本部はちらほらと冒険者に溢れていた。

 最初に一郎が思ったのは、広くて施設が充実しているなという感想だ。

 

 デルタ支部には、クエストを紹介する壁一面の張り紙と、受付に座るテリオ婆さんの机があるだけで、あとは床があるだけの殺風景な場所だったが、この本部の広間は、冒険者の集いの場所のようにもなっていて、壁一面のクエスト紹介の張り紙は同じだが、ほかにも、たくさんの長椅子や卓、五個ほどの受付、冒険者に必要な魔道具や武具などを扱う店らしきものや、食事もできる食堂のような場所もある。

 

 人もそこそこ多い。

 広間に広がる卓にはただの雑談に興じている冒険者らしき者たちもいるが、真剣な表情で話し込んでいるグループもいる。

 真剣な雰囲気で話をしている者たちは、なんとなく商談という感じだ。

 

「ああやって、クエスト内容に応じたメンバーの引き抜きや、成功報酬の取り分の話し合いなどをしているんです。わたしたちのような固定されたメンバーによるパーティも多いですが、逆に報酬次第でクエストごとに、別々のパーティに参加する流しの冒険者もいます」

 

 エリカがささやいた。

 一郎がじっと視線を送っていたので教えてくれたのだろう。

 とりあえず、チャーリー登録をするために空いている受付を探した。

 

 デルタ支部のテリオ婆さんによれば、すでに連絡がいっていて、受付でパーティ長の一郎の名を出せば、話は通じると聞いている。

 それにしても、冒険者の人数が多かったのに比して、受付がひとつしかなかったデルタ支部は、依頼を受けるために受付に向かうのも行列だった。

 だが、ここはなんとなく余裕もある感じだ。

 

「おうおう、見かけねえ面だなあ、若いの──。新入りか──? しかも、別嬪連れか──」

 

 すると、いきなり背後から声をかけられた。

 振り返ると一郎の倍の幅もありそうな巨漢がふたりいる。ひとりはスキンヘッドで、もうひとりは長髪だ。共通しているのは全身にある無数の傷だ。それは剥き出しの腕だけでなく、頬にも大きな縫い傷のようなものもある。

 この世界には、身体に残る傷などきれいさっぱりと消してしまう魔道薬もあるから、わざわざ顔の傷まで残してあるのは虚仮威しだろう。

 また、どことなく顔も似ている気もする。

 もしかしたら、兄弟なのかもしれない。

 しかも、ふたりとも顔が赤い。

 明らかに昼間から酒を喰らっていて、かなり酔っているという気配だ。

 とりあえず、魔眼でふたりの能力を覗く。

 

 

 

 ドク

  人間族、男

   冒険者(ブラボー)

  年齢34歳

  ジョブ

   戦士(レベル11)

  生命力:100

  攻撃力:150(剣)

   魔道反射の指輪

 

 

 

 ベク

  人間族、男

   冒険者(ブラボー)

  年齢32歳

  ジョブ

   戦士(レベル10)

  生命力:100

  攻撃力:145(剣)

   魔道反射の指輪

 

 

 

 これは相当のものだ。冒険者ランクも“(ブラボー)”とある。

 しかも、おそらく魔道具だと思うが、“魔道反射の指輪”という得体の知れないものを装備している。そういえば、ふたりとも指に奇妙な飾りと紋様のある銀色の指輪をしている。

 いずれにしても、腕の振り一発で一郎など吹っ飛びそうな身体だ。

 一郎はぞっとするとともに、なんで一郎に絡んできたのかと不安な気持ちになった。

 

 まわりがざわめている。

 その雰囲気から、このふたりが性質のよくないふたり連れだということがわかった。

 

「なあ、ドク──。俺はこの人間女の方でいいぜ──。ちょっと、この新入りに貸してもらおうぜ」

 

「だったら、俺はこっちのエルフ娘か? いいぞ──。じゃあ、新入り、ちょっと、この女たちを借りていくぞ」

 

 ドクという男がそう言って、いきなりエリカの短いスカートに手を触れようとした。

 一郎はびっくりした。

 

「な、なにすんのよ──」

 

 エリカが激怒した声をあげて、ドクを蹴り飛ばそうとしたのがわかった。

 だが、その動きが一瞬だけ躊躇した。

 そういえば、エリカには、一郎の悪戯であの短いスカートの中の下着を取りあげて、ノーパンにさせていたのだ。

 それを思い出したエリカがちょとだけ、動くのを迷ったに違いない。

 だが、その一瞬でドクにとっては十分だったようだ。

 ドクはエリカを羽交い絞めにして、エリカの動きを止めてしまった。

 

「きゃあああ──。は、離しなさい──」

 

 エリカが悲鳴をあげた。

 さすがのエリカもこの巨漢にまともに抱きつかれては抵抗などできない。

 

「こ、この──」

 

 エリカが形相を変えた。

 魔道か──?

 エリカは杖なしでも、そこそこの魔道を遣える。エリカは魔道を迸らせて、ドクを振りほどこうとしているのだろう。

 だが、さっき魔眼で見えた“魔道反射の指輪”というアイテムが、なんとなく気になる。

 一郎はとっさに、エリカをとめようと思った。

 

「ぐあああ──」

 

 次の瞬間、ドクに抱きつかれているエリカが絶叫するとともに、がくりと身体を脱力させた。

 

「わははは──。俺に電撃の魔道でも食らわそうとしたのか、エルフ娘──? 無駄だ──。どんな魔道でも跳ね返して、逆に術者に打ち戻す防御具をしているのだ。自分の電撃にあてられたのだろう?」

 

 ドクが大笑いしている。

 

「こらっ、エリカになにすんのよ──」

 

 コゼがさっと動く。

 それをすかさず、もうひとりのベクという巨漢がそれを身体を入れて邪魔をした。

 

「邪魔よ──」

 

 コゼがベクの右手をとって捻った。

 大きなベクの身体がその場で一回転する。

 大きな音がして、ベクの巨体が床に叩きつけられたのが横目で見えた。

 

 一方で、一郎はエリカに抱きついているドクに飛びかかっていた。

 ほとんどなにも考えていなかった。

 エリカに手を出した男に対する怒りで、なにも考えられないくらいに頭が熱くなっていた。

 

 しかし、なにかが飛んでくるのを感じた。

 考えるよりも先に身体が動いた。

 咄嗟に避けた顔面にドクの蹴りがかすったのがわかった。

 まともには当たらなかったが、衝撃だけでひっくり返る。

 天地がひっくり返った。

 

「ご主人様──」

 

 コゼの悲鳴がした。

 だが、まともには当たってない。

 蹴りが飛んでくるような勘が動いて、それが一郎の身体をかわさせてくれた。

 

「おっ、うまく避けたか?」

 

 ドクが愉しそうに笑う。

 かっとなった。

 床に倒れていた一郎が見たのは、大きな腕で羽交い絞めにして、無遠慮にエリカの身体を触っている巨漢のドクの姿だ。

 一方で自分の電撃にあてられてしまったエリカは、その衝撃で脱力してしまっていた。

 それをいいことに、ドクは服の上からエリカの胸や腿のあたりを触りまくっている。

 その瞬間、一郎の全身にこれまで感じたことのないような怒りが満ち溢れるのがわかった。

 

「コゼ、手を出すな──」

 

 一郎はすぐさま起きあがると、飛びかかろうとしているコゼを制して、もう一度ドクに向かって飛び込んだ。

 一郎の中のなにかがぶっ飛んだ。

 怒りで血が沸騰した。

 思わず、腰にさげている必撃の剣を握る。

 だが、わずかに残った冷静な部分が、こんな場所で剣を振るえば、下手をすれば咎められるのは一郎の方だという理性も働かせる。

 一郎は鞘を抜かないまま、腰から剣を外した。

 

 一郎はもうひとりの与太者のベクを倒して、ドクに飛びかかろうとしたコゼを制して、ドクにもう一度飛び込んだ。

 眼の前の巨漢に勝てるとか、勝てないとかいう考えはない。

 

 エリカの身体を汚い手で触れているという行為に対して、ただ血が熱くなっていた。

 そのとき、目の前のドクの踵の付近がぼんやりと青く光っているのに気がついた。

 

 はっとした。

 

 なにも考えない。

 ただ、その青い光めがけて、鞘にしまったままの剣を棒のように振って打ち据えた。

 

「いたあっ」

 

 ドクが悲鳴をあげて体勢を崩す。

 力の緩んだ腕からエリカが抜け出た。

 

「こ、このお──、くそが」

 

 ドクが真っ赤な顔して、一郎に向かって腕を振りあげる。

 右脇に青い光──。

 そこを突く。

 

「ぐあっ」

 

 今度は完全にドクは体勢を崩した。

 

「よ、よくも、やったわね、この酔っぱらい」

 

 やっと意識をはっきりさせたエリカが、そのドクの顔面に拳を叩き込んだ。しかも、受け身が取れないように、横にいたコゼが手を伸ばして、ドクの腕を固めて頭が下にくるように腕を固めてしまっている。

 受け身なしに頭を床に叩きつけられたドクは、呻き声をあげただけで完全に床に崩れ落ちた。

 

「ロ、ロウ様、怪我は──?」

 

 すぐにエリカが駆け寄ってくる。

 

「だ、大丈夫だ……。お前こそ……」

 

 一郎は息を整えながら言った。

 ドクの装備していた魔道具の指輪で、自分の電撃を逆に浴びることになったエリカこそ、まだ身体がだるそうだ。

 それにしても、さっきの青い光はなんだったのだろう……?

 そういえば、以前にも同じようなことがあった。最初はルルドの森でエリカが妖魔に襲われていたときであり、二度目は同じルルドの森でアスカの影に追ってこられて、エリカが拷問を受けていたときだ。

 いずれも、一郎は強い怒りのような感情に支配されていた。

 そして、そのときの青い光は、自分の危機というよりも、性奴隷として支配したエリカの危機のときに発動した。

 これも淫魔師としての力なのだろうか……?

 それとも、魔眼?

 

 そして、気がついた。

 いつの間にか、一郎たち三人と、ひっくり返っているドクとベクの周りを大勢の冒険者たちが囲んで人垣を作っている。

 一瞬のことで呆気にとられていた雰囲気だった彼らが、一斉にわっと喚声をあげた。

 

「ご主人様、エリカ、大丈夫ですか?」

 

 コゼもやってきた。

 そのとき、大きな拍手がして、一郎たちに集まりかけていた人の輪が割れた。

 

 そこに現れたのは、身体の線にぴったりの革の上下を身につけたひとりの女性だ。

 最初は、元の世界における小学生くらいの年齢なのかと思った。

 背の高さが一郎の半分ほどしかなかったのだ。しかも、童顔で顔も子供っぽい。

 だが、醸しだす雰囲気は妙齢の女性だ。また、少し肩幅が少し広いのを除けば、身体つきもスマートだ。身体の大きさの割には乳房が大きく、革のスーツの胸の部分には、見事な谷間を作っている。

 胸の大きさだけは、完全に大人の女性と同じだ。

 とにかく、美しい大人の女性を小学生並の背丈に縮小したような感じなのだ。

 

 

 

 ミランダ

  ドワフ族、女

   副ギルド長(冒険者ギルド)

   元冒険者(シーラ)ランク

  年齢60歳

  ジョブ

   戦士(レベル40)

   ギルド運営(レベル30)

   魔道遣い(レベル5)

  生命力:200

  攻撃力:800

  魔道力:100

  経験人数:男10

  淫乱レベル:B

  快感値:300(通常)

 

 

 

 やってくる女性を一郎は魔眼で確認した。

 

 ドワフ族──。

 

 人間族が中心のハロンドール王国の中で、エルフ族と並ぶ二大異人種族がドワフ族だ。エルフ族のように、もともとは森林の中で生活をする種族だったが、いまでは、かなりの一族が人間世界に同化しているらしい。

 

 ただ、一郎自身は、これまでドワフ族に接する縁がなく、このミランダが初めてのドワフ族ということになる。

 しかも、六十という年齢に驚いた。

 エルフ族もドワフ族も、人間族に比して長命であり、エリカにいわせれば、特にドワフ族の年齢はわかりにくいという。

 一郎の眼にも、魔眼で六十とわかるミランダというドワフ族の女性が、どうしても童女のようにしか見えない。

 

 これがドワフ族か……。

 改めて一郎は感嘆した。

 

「デルタ・ランクから昇格したロウのパーティね。デルタ・ランクのクエストとはいえ、大ラットを半日で百匹以上も捕まえてきた実力だと報告を受けているわ。実力のあるパーティは大歓迎。あたしは、ミランダ。このハロンドールギルド本部の副ギルド長よ」

 

 ミランダがにっこりと笑った。

 笑うと本当に子どものような顔になる。

 しかし、声と口調は完全な大人の女性だ。

 さらに、胸元の大きな谷間……。

 そのアンバランスに戸惑う。

 

「ちょっと、待っていて……」

 

 ミランダは声をかけて周りに集まっていた野次馬たちを追い払った。

 そして、頭を床に打ち付けて、まだぐったりしているドクとベクに近づいた。

 右手で握りこぶしを作り、中指に嵌めた大きな指輪をふたりに突きつけるようにした。

 

「……エルフ族が杖を遣って魔力を増幅させることに対して、ドワフ族は彼ら独特の錬金術で作った貴金属で魔力を増幅させます……。おそらく、あの指輪がエルフ族の遣う杖の役割を果たしているのだと思います……」

 

 エリカが小声でささやいた。

 

「なるほど……。ところで……」

 

 一郎は上衣の内ポケットに隠しているエリカの小さな下着を丸めたまま、エリカの手に押しつけた。

 

「……どこかではいてこい──。さっきみたいに、恥ずかしくて動けなくなるようならな」

 

「ちょ、ちょっと、こんなところで渡さなくても……」

 

 エリカが顔を真っ赤にして、その下着をひったくるようにして手の中に隠した。

 そして、きょろきょろと周りを見回して、ほっとしたように息を吐いた。そして、一郎に赤らめた顔を向けた。

 

「……で、でも、ありがとうございます……」

 

 小さな声で言って、少しだけ頭を下げた。

 

「いや……」

 

 一郎は首を横に振る。

 悪いのは一郎だ。

 ちょっと調子に乗っていた。

 ここは平和惚けした一郎の元の世界とは違うのだ。

 常に死と隣り合わせである剣と魔道の危険な世界である異世界だ。このところ、エリカとコゼというふたりに守られていい気になっていたと思う。

 嗜虐欲にかまけて、羞恥責めなんてプレイをしてなければ、エリカはこんな与太男に不覚をとることはなかったろう。

 

 一郎は少しだけ反省した。

 あくまでも少しだけだが……。

 

 視線をミランダに戻した。

 そのミランダの手に向かって、ドクとベクが首にかけていた金属の細い鎖が浮びあがった。鎖には丸い銀色の金属がぶら下がっていて、それには紋章のようなものが刻まれている。

 首飾りのようだ。

 

「なっ?」

「なんだ?」

 

 ドクとベクのふたりがやっと正気に戻って起きあがった。

 だが、そのときにはふたりがしていた首飾りは、ミランダの手の中にある。

 

「……あれは、ギルドに登録されている冒険者であることを証明する首飾りです。わたしも三公国で冒険者ギルドに登録をしていた頃にはもらっていました。大陸中の各地の冒険者ギルドに自由に入れるほか、あれそのものが手形の代わりになって、自由に旅をすることができるようになります」

 

 エリカがすかさずささやいた。

 だが、デルタ・ランクとして登録していたときには、そんなものはなかったから、もしかしたら、チャーリー・ランクにあがったことで、一郎たちもそれをもらえるのだろうかと思った。

 

「ベク、ドク、あんたらふたりは、デルタ・ランクに格下げよ。今度、騒動を起こせば、厳罰にすると警告していたはずよ。さあ、出ていきなさい──。それとも、叩き出されたい?」

 

 ミランダがふたりの首飾りを握ったまま、両手を腰に当てて睨んだ。

 一見するだけでは童女にしか思えないミランダが、巨漢のふたりに凄む光景は奇妙なものだったが、一郎の魔眼には、素手のミランダの直接攻撃力が巨漢の男ふたりを遥かに凌ぐ“800”もあることを見抜いている。

 ミランダの実力は、ここでは周知のことなのだろう。

 ベクとドクは、ただの冗談だったと釈明めいたことを口にしたが、結局このギルド本部から外に出されてしまった。

 それとともに、エリカがどこかにさっと駆け去った。

 きっと、一郎が返した下着をはきにいったのだろう。

 ミランダは、空いている席に一郎たちを促し、一度奥に引っ込んだ。

 だが、すぐに戻ってくる。

 エリカもまた帰ってきた。

 四人でひとつの卓を囲んだ態勢になる。

 

「さっきも自己紹介したけど、この本部の副ギルド長のミランダよ。ここで、あなた方のような冒険者の相談役のようなことをしているわ。なにか困ったことがあったら言ってちょうだい──。デルタ支部のテリオのお墨付きだけあって、さすがの実力ね。あのドクとベクの兄弟は、このギルドでも鼻つまみ者だったのよ。何度もほかの冒険者たちとトラブルを起こしていたの。だけど、実力だけはあったのよね──。それを呆気なくやっつけるなんて大したものよ」

 

 ミランダが笑った。

 とても気さくな笑顔だ。

 

「あ、あの……。わたしたちは、チャーリー・ランクにあがったばかりの新米冒険者パーティなんですけど、昇格してきたパーティには、いちいち副ギルド長が対応されるんですか?」

 

 エリカがおずおずと訊ねた。

 それは一郎も少しだけ不思議に思った。

 冒険者ギルドに登録している冒険者の数は多い。

 それをいちいち副ギルド長ほどの人物が面談をするというのは異例ではないかと思った。

 

「もちろん違うわ。あなた方にはある理由があって、あたしが直接に面談することにしたのよ。少しどんな人物なのか見極めたくてね。なにしろ、冒険者ギルドというのは、依頼されるさまざまな仕事をクエストという任務に直し、それを遂行する人材を供給するということで成り立っている組織よ。つまりは、適材を的確なクエストにあてがうことは大切な要素なの。だから、特に気になるパーティとは、こうやって面と向かって話すことにしているのよ」

 

「俺たちが気になるパーティということですか?」

 

 一郎は言った。

 

「そうね。まあ、その理由は説明するわ──。それよりも、冒険者ギルドの掟は知っている? 改めて説明した方がいい? デルタ・ランクには一切の恩恵もない代わりに、なんの義務もないから、テリオは説明をしなかったと思うけど、チャーリー・ランク以上になれば、所属冒険者には権利と義務が伴うわ。知らなければ説明するけど」

 

 ミランダは言った。

 何度も思うが、本当にこのミランダは一郎の感覚では“小学校の高学年”の美少女というところだ。

 大きな乳房はアンバランスだが……。

 

 だから、そのミランダに偉そうに話しかけられると、とても違和感がある。まあ、それだけの実力があることは、ステータスを覗けば明白なのだが……。

 また、こんな童女体型なのに、性の経験は十人もある。

 もっとも、六十という年齢であれば、常識的な数だろうが……。

 いずれにしても、その十一人目になったら、どんな感じなのだろう。

 一郎の心に危ない心が芽生えてくる。

 

「わたしは以前、ローム三公国で冒険者ギルドに登録していましたから、ある程度はわかります。でも、このロウ様とコゼは冒険者の経験はありません。できれば、簡単に説明してくれればありがたいです」

 

 エリカが口を挟んだ。

 ミランダがうなずいた。

 身体を動かすと、大きな乳房がぶるぶると揺れる。

 一郎はごくりと唾を飲んだ。

 

「じゃあ、簡単に──。ギルドに登録する冒険者の大きな権利は、ギルドの影響下を及ぼすことのできる土地であれば、どこでも好きなように定住することも、旅をすることもできることよ。証明書はギルドが渡す紋章付きの首飾り。これが身分保障になるの。魔道のかけられた魔道具だから、他人がしても意味はないわ。その場合は消滅してしまう。そういう魔道をギルドがかけているの。だから、身分証明書になるのよ。もうひとつの権利はクエスト。成功すれば報酬が与えられる仕事がクエストして与えられる。それが生活の手段ということね……。次は義務よ。その義務が絶対であることは、以前に登録していたのなら承知ね、エリカ?」

 

 ミランダがエリカに視線を向けた。

 

「わかります。冒険者ギルドに登録している者はギルドの掟に強く拘束されます。それを怠ったり、無視したりすれば、ギルドは所属する冒険者を裁く権利も持っています。裁きの最高刑は処断です。ほかにもランク降格や権利の剥奪、追放などの刑罰があります」

 

 エリカが応じる。

 

「そういうことね。代表的な義務は、所属する冒険者は一定期間に定められた数のクエストをこなす必要があるということね……。それを怠れば処罰がある。ほかにも、クエストの失敗を繰り返せばやはり処罰があるし、クエストによっては損害補償金として罰金を取られることもある。払う能力がなければ、奴隷にして売ってでも払わせる。そういうことよ……。ほかにも、チャーリー・ランク以上の冒険者には、城郭が危機に陥ったとき、国王や城主の動員に応じる義務もあるわ。それを嫌がる冒険者は、義務を放棄して、あえてデルタ・ランクに留まる者もまれにいるわ。デルタ・ランクは現実には冒険者ではないけれど、最低限の日雇い仕事の斡旋と城郭内に定住する権利は許されるわ。それで満足する者も多いのも事実ね。あなた方はどうなの?」

 

「義務には応じます。俺たちは昇格を望みますから」

 

 一郎は言った。

 ミランダがうなずく。

 

「それと、もうひとつの義務は、クエストの強制請負よ。もっとも、これはブラボー・ランク以上の登録パーティだけなんだけどね。普通は各冒険者が自ら選択して応じるクエストだけど、ギルドが請負を特に指示する場合は、それを強制的にやらなければならないという義務もある。まあ、こんなところかしら。質問はある?」

 

「強制クエストの場合でも、失敗には罰則があるのですか?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「あるわ。自ら選択したクエストと同じよ。ただ強制クエストの場合は、それを決めたギルド職員側にも罰則がある。能力に見合わないクエストを強制させたという罰がね」

 

「わかりました」

 

 一郎は頷いた。

 

「じゃあ、冒険者として正式登録ということでいいわね? ようこそ、冒険者ギルドへ」

 

 そして、ミランダは懐から三つの首飾りを取り出した。

 さっきドクたちからとりあげたものと同じ銀色の丸い金属がぶら下がっている。

 

「これは?」

 

 エリカが驚いたような声をあげた。

 

「どうしたんだ、エリカ?」

 一郎はエリカを見た。

 

「これはブラボー・クラスの紋章です、ロウ様─。チャーリー・ランクは銅、ブラボーが銀、アルファは金色、最高位のシーラ・クラスは白金製の白です。これは、ブラボー・ランクです」

 

「ブラボー・ランク?」

 

 一郎も驚いた。

 ミランダが頬を綻ばせた。

 

「一気に二ランク昇進は珍しいことじゃないけど、例外には違いないから、こうやって面接しているのよ。本当は、能力を試すようなこともするつもりだったけど、いい具合に、あの馬鹿兄弟がちょっかい出してくれたから、あなたたちの力を見極めることができたわ。あの馬鹿ふたりは、あれでもブラボー・ランクだったのよ。それを手もなくやっつけたんだから、あなた方は少なくとも、ブラボー・ランクの能力があると認めるわ」

 

 ミランダが三個の首飾りを一郎たちに押し近づけた。

 それぞれに受け取って首にかける。

 

「……あたしも冒険者に……。一人前の人間として認められたんですね……。ご主人様のおかげです……」

 

 コゼが控えめながら感無量の口調で呟いた。

 

「ご主人様? あなた、この女傑に“ご主人様”なんて呼ばれているの? この小さな身体でベクの巨体をひっくり返した技はびっくりしたわ……。確か、登録名はコゼだったわね……。そして、こっちのエルフ族の娘さんはエリカ……。コゼとエリカが猛者であることは、すぐに身のこなしでわかったわ。でも不思議なのはあなた。最初は弱いのかと思ったけど、ドクの急所と隙を見事に突いて倒していたわね。蹴りもうまくかわしていたし……。まあ、とどめはエリカだったけど。不思議な技を使うのね? 少し驚いたわ」

 

 ミランダが興味深そうに笑った。

 一郎は弱い。

 それは自覚している。

 

 ただ、あのとき、以前にも感じた青い光をドクの身体に感じることができた。それは闘いに際して弱点というよりは、闘う相手に発生する隙のようなものを浮かびあげてくれる能力だと思う。

 一郎はそれをただ攻撃しただけだ。

 最初に間一髪で避けられたのも奇跡のようなものだ。なにかが飛んでくるという勘がとっさに動いたのだ。

 魔眼保持者特有の勘だと思うが、なんで避けられたのか見当もつかない。

 

「俺は弱いですよ。得意は武術ではありませんし……。俺なんか、このエリカやコゼが本気になれば、瞬殺されるでしょうね」

 

 一郎は笑った。

 

「だけど、魔道遣いというわけでもなさそうね。それでも、このふたりほどの女が大人しく従っているところをみると、リーダーとしての能力には長けるのでしょうね? 専ら頭脳担当というところ?」

 

 ミランダはかまをかけるように言った。

 何気ない会話を装っているが、ミランダが一郎たちを見極めるという作業を続けていることは明白だ。

 

「彼女たちが俺に従っているのは、もっと本質的なものですよ」

 

 一郎はにこにこと笑いながら言った。

 

「本質的なこと?」

 

 ミランダは首をかしげている。

 一郎はミランダの耳に口を近づけた。

 

「……俺の得意は房中術です。つまりは閨の技ですね……。ふたりとも俺の与える性愛の技に夢中ということです……」

 

 一郎はうそぶいた。

 もっとも、これは本当のことだ。

 それにエリカとコゼが一郎の女であることを隠す理由はひとつもない。むしろ、堂々と宣言をしておく方が面倒はない気がする。

 

「ロウ、ロウ様」

「まあ、ご主人様」

 

 エリカとコゼがあからさまな一郎の告白に焦ったような声をあげた。

 

「ね、閨の技?」

 

 しかし、意外なのはミランダの反応だ。

 百戦錬磨の女副ギルド長のように思えた彼女が、顔を真っ赤にしてたじろぐような仕草を見せたのだ。

 意外すぎる初心な反応に一郎の方が驚いてしまった。

 だが、ミランダは、慌てたように咳払いして平静を装う。

 その態度がものすごく可愛らしい。

 

 そのとき、一郎の眼にはミランダの身体に浮かぶ、たくさんの桃色のもやが見えた。

 いまなら、一郎は百パーセントの確率でミランダをいかせることができる。

 そう思ったが、さすがに自重した。

 まあ、童女にしか見えないドワフ族の女傑が閨でどんな風に泣くのか興味がないといえば嘘になるが……。

 

 いずれにしても、一瞬でも目の前のミランダの優位に立ったことで少し落ち着いてきた。

 なぜ、ミランダが一郎たちの能力を見極めてまで、ブラボー・ランクまで引きあげたようとしているのか予想がついたのだ。

 さっきミランダは、ブラボー・ランク以上の冒険者パーティには、強制的なクエスト受けの義務があると言った。

 それに関わりがあるのだと思う。

 

「……それで、俺たちをブラボー・ランクに引きあげて、どんな強制クエストを与えようとしているんです? そろそろ教えてください、ミランダさん?」

 

 一郎はにっこりと笑った。

 ミランダはまたも目を大きくして驚きの表情を示した。

 

「……驚いたわね。随分と勘がいいのね……」

 

 ミランダが感嘆の息を吐きながら言った。

 

「それだけは自信があります、ミランダさん」

 

「ミランダよ……。今度、このあたしに丁寧な言葉遣いをしたら、副ギルド長権限で処断するわよ」

 

 ミランダが言った。

 今度は一郎が当惑する番だった。

 ミランダがにっこりと笑った。

 

「新米のあなた方指名のクエストが一件入っているわ……。一応は依頼人の希望を尊重するのが決まりだけど、ただ、このクエストはわたしは少なくともブラボー・ランク以上の案件だと判断している。だから、ほかの熟練のパーティに回すつもりだった……。もしも、あたしの目にあなた方がかなわなければね」

 

「それで結論は、ミランダ?」

 

 一郎は言った。

 

「合格よ。強制クエストを発動するわ。依頼人はマイム市に住居するトーイという青年。依頼内容は、彼の婚約者を彼の元に連れ戻すこと。そのために、彼と一緒に行動して欲しいそうよ。成功報酬は金貨三枚。彼はあなた方を指名しているわ」

 

「トーイさんが?」

 

 声をあげたのはエリカだ。

 一郎もびっくりした。

 

「請負いパーティの指名は珍しいことじゃないけど、デルタ・ランクに所属していたパーティを指名してきた依頼は今回が初めてよ。まあ、いまはブラボー・ランクだけどね……。いずれにしても、なんでも初めてづくしのパーティね」

 

 ミランダが微笑んだ。

 

「そりゃ、どうも」

 

 一郎は肩をすくめた。

 それにしても、トーイが……。

 煮えきらない男だったが、なにか思うことがあったか?

 それとも、やっと腰をあげる気になったか?

 

「ただし」

 

 すると、急にミランダが真顔になった。

 

「……このクエストに限り、失敗しても咎めはない。危ういと思えばやめなさい。依頼人は隣室に待たせているわ。この奥よ。いきなさい」

 

 ミランダは言った。

 どうやら、ミランダもある程度の事情を承知している気配である。

 

 一郎は頷いた。



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43  晩餐会の奴隷歌姫

 ニーナの唄が響いている。

 

 だが、それはステファンの知っているニーナの唄とはまったく別のものだ。声に張りがなく、あの独特の感情の抑揚も失われている。

 また、多くの客がニーナに注目しているものの、彼女の唄にはまったく興味を抱いていないのがわかる。

 

 それも悔しい。

 

 彼らが愉しんでいるのはニーナの声ではなく、首輪を嵌めただけの完全な裸身で唄を歌わされている歌姫の惨めな姿であり、羞恥と媚薬の火照りに全身を真っ赤にしているニーナの憐れな状況だ。

 

 女伯爵のドルニカの主催している晩餐会だった。

 男客もいれば、女客もいる。

 人数は五十人くらいだろう。

 共通するのは、集まっている客たちの全身が顔の上半分を隠す仮面をしているということだ。

 この中で素顔を晒しているのは客たちの真ん中にいるニーナだけだ。

 

 ステファンがニーナを見るのは十日ぶりだ。

 十日前──。

 

 あのニーナを最後に見たのは、ニーナの幼馴染であり、元婚約者のトーイという青年の働くマイムの城郭の安宿だ。

 ニーナは歌姫として、この王都で、ステファンのような家人を雇い、屋敷を構えるほどの身分になりながらも、あの安宿のことを大切にしていて、月に一度は必ず泊まりがけで、そこに唄を歌いに行っていた。

 

 十日前も、月に一度の訪問日であり、ニーナの執事でもあるステファンは、ニーナを出迎えるために、マイムまで馬車で行ったのだった。

 しかし、その日、ニーナはトーイが何者かに命を狙われたと狼狽えていて、トーイの危険が去るまで絶対に王都には帰らないとステファンに告げたのだ。

 ステファンは驚愕した。

 

 しかも、ステファンが敬愛するニーナが、そのトーイという青年にまだ未練があるのは、さすがに薄々わかっていた。

 だから、ニーナがトーイのために、あんなに動揺しているのに接したときは、怒りで腹が煮え返りそうにもなった。

 いずれにしても、名目ではステファンの主人はニーナであり、ニーナの屋敷の執事業務と、彼女の歌姫としての活動の管理が任務だ。

 ニーナの指示には従う義務がある。

 

 仕方なく、ステファンは王都にひとりで帰り、しばらく王都には戻らないと宣言したニーナの命に従い、予定をされていた多くの唄会の仕事を中止するための業務に翻弄していた。

 無論、事の経緯は正直にニーナのパトロンであるドルニカ夫人にもすぐに伝えた。

 

 実は、ステファンはニーナに仕える執事であるが、本来の雇い主はドルニカ伯爵夫人なのだ。

 歌姫となったニーナの公私の管理を任されており、ニーナがしばらく唄をやめるなどということは、すぐにドルニカに報せる義務があった。

 

 もっとも、ステファンも、それがこんなことになるとは夢にも思わなかった。

 ステファンがドルニカにすぐに一報したのは、ニーナが唄会を勝手に中止したことをドルニカが怒り、ニーナから唄を取りあげるような事態に陥らないようにするためだった。

 

 ニーナの唄は芸術だ──。

 素晴らしいものだ──。

 それを失わせてはならない──。

 その一心だった。

 

 ステファンの本当の雇い主はドルニカだが、ステファンの心はニーナの唄にある。

 

 あの素晴らしい唄という芸術にすべてを捧げる──。

 

 そのつもりだった。

 ニーナを裏切るつもりは露ほどもなかった。

 まさか、こんなことになるとは……。

 ステファンは変わり果てたニーナの姿と、すっかりと声がかげった唄に仮面の下で涙をこぼしかけた。

 

「……どう愉しんでいる、ステファン? 長くあんなただの町娘に執事として仕えてくれたご褒美よ。今夜はうんと愉しんでちょうだい──。お前には、本来相応しい新しい職務を準備するわね」

 

 ステファンは振り返った。

 それは美しいドレスに身を包んだドルニカだった。

 ステファンは慌てて姿勢を正した。

 

「こ、これは奥様……。こ、今夜はいつもに増してお美しく……」

 

 ステファンはありきたりのお世辞を口にした。

 だが、本当に言いたいのはニーナのことだ。

 ニーナの扱いを中止させ、ニーナを歌の世界から離してはならない──。

 それを訴えたかった。

 だが、できない……。

 

 ドルニカに抗議するには、ステファンはドルニカの怖さを知りすぎている。

 ブルドという恐ろしい毒遣いのことも……。

 だから、ただ言葉もなく、項垂れることしかできない。

 

 ドルニカからニーナの歌姫としての活動をやめさせ、今後は単なる性奴隷として扱うと知らされたのは三日前のことだ。

 ステファンは驚愕した。

 

 ニーナがドルニカ夫人とともに、マイム市から王都に戻っていることは薄々承知していたのだが、そのニーナにも、ドルニカにもステファンは連絡が取れないでいた。

 ドルニカ夫人がニーナをこの王都の屋敷に連れ込んで、そのまま、夫人の屋敷内に留めているのも、大体感づいていたのだが、ステファンが訪問しようとしても、どうしてもドルニカはステファンに会ってくれなかったのだ。

 

 いまにして思えば、それは、このドルニカ夫人がニーナの再調教という「遊び」にかまけて忙しかったからだとわかる。

 ドルニカから連絡があったのは三日前であり、ニーナに与えていた屋敷と財をすべて処分せよという指示だった。

 

 衣類もすべて処分して構わない──。

 なにしろ、ニーナは二度と服など身体に身に着けることもないだろうから……。

 そんな内容まで書かれた指示書が届けられたのだ。

 まるで、手紙の向こうからドルニカの下品な嘲笑が聞こえてくるような文面だった。

 

 驚いたステファンは、大急ぎでドルニカの屋敷に向かった。

 これまでと同じように門前払いされそうになったが、今度は強引に屋敷に入った。

 

 そして、そこで、変わり果てたニーナを見たのだ。

 ニーナは三人ほどの男奴隷の性器にむしゃぶりついていた。

 よくわからないが、ニーナはとても苦しそうであり、懸命に「薬を……」と口にしていた。

 そんなニーナをドルニカは何人かの女友達とともに嘲笑して愉しんでいたのだ。

 ドルニカの家人を振り払うようにしてやってきたステファンをドルニカは咎めなかった。

 それどころか、長年、この本来はそれに相応しくない身分であるただの町娘に仕えてくれたお礼に、今夜の晩餐会に招待しようと言ってくれたのだ。

 

 ステファンは呆然とした。

 そして、愕然した。

 

 ドルニカは、あれほどステファンが愛したニーナの唄を、本気で取りあげてしまうつもりでいることがわかったのだ。

 しかし、ステファンにはどうすることもできない。

 ドルニカに翻意を促す言葉を告げるのは怖い。

 恐怖で舌が凍った。

 それを知らずに、ドルニカに逆らった者の末路がこのニーナだ。

 ニーナは唄も屋敷も財もすべて取りあげられて、この晩餐会で見世物のような姿をさらされている。

 

「は、はい……」

 

 いまも、ステファンはただそう返事することしかできなかった。

 ドルニカが手に持っていた葡萄酒の杯を一気に呷った。

 杯が空になる。

 

「ニーナ──。もう、そんな唄はいいわ──。こっちに来て、葡萄酒を注ぎなさい。ほかのお客にもよ──」

 

 ドルニカがニーナに向かって叫んだ。

 ニーナがはっとしたように唄をやめて、慌てて、そばのテーブルから葡萄酒の瓶を抱えて駆け寄ってくる。

 

 ニーナの唄を途中でやめさせた──。

 

 それだけでステファンには、このドルニカという女伯爵が本当は芸術家を支えるパトロンの資格などなにもないことを悟った。

 ニーナがドルニカの杯に酒を注ぎに来た。

 

「ド、ドルニカ様……。お、お願いです……。言われたとおりに裸でパーティに出ました……。唄も歌いました……。給仕でもなんでもします……。で、ですから、今日の分の薬を……」

 

 葡萄酒をドルニカの杯に注ぎ終わったニーナが、苦しそうに言った。

 ニーナがステファンの存在に気がついた様子はない。顔を半分を隠しているとはいえ、ステファンはニーナに五年以上も仕えていた。そのステファンにニーナは気がつかないのだ。

 そのことにも愕然とした。

 さらにそのニーナが三日前に垣間見たときと比べて、もっとやつれていることにも気がついた。

 唄声が鈍っているのは、ニーナの身体が随分と衰弱しているからだろう。

 こんなに身体がぼろぼろでは声など出せるわけがない。

 

「ほほほ……。薬はあげるわ。やることをやったらね──。まだ、挨拶が終わってないでしょう、ニーナ──。わたしはお前に命じたはずよね。晩餐会ではわたしの客にちゃんと挨拶をしろとね──。やることをやってから、欲しいものを要求するものよ」

 

 ドルニカが笑った。

 ニーナが項垂れた様子になった。

 だが、すぐに諦めたようにその場に四つん這いになった。

 ステファンは少し驚いた。

 

「ああ……わ、わたし、ニーナは……ド、ドルニカ様に仕える雌犬です……。ご主人様のお友達には……お、同じようにお仕えするように命じられております……。で、ですから……どんな命令にも従います……」

 

 ニーナが強要されたような雰囲気で、大きな声でそう叫ぶように言った。

 そして、さらに大きな声で泣き始めた。

 ステファンはそれ以上いたたまれなくなった。

 

「それだけかい、雌犬──?」

 ドルニカが足を大きく踏み鳴らした。

 

「あ、ああ……。そ、それで、もしも、しょ、小尿をなさりたい方がおりましたら、わ、わたしがすべて口で飲ませて頂きます……。ど、どうか、遠慮なく……」

 

 ニーナは泣き出してしまった。

 

「まったく、この雌犬はめそめそと……。挨拶もちゃんとできないのかい」

 

 ドルニカは苛ついた様子で舌打ちした。そして、自分のスカートをたくし上げて、そこから乗馬鞭を取り出した。

 

「前──」

 

 ドルニカが怒鳴った。

 いつの間にか、この晩餐会に集まった全員の客がここを取り巻いている。

 ニーナは弾かれたように立ちあがると、両手を頭の上に組んで、足を開いて、がに股にするような格好になり、腰を前に突き出した。

 それだけでも羞恥に息が止まるような恥辱だろう。ニーナの股間には一本の恥毛も生えていない。

 いずれにしても、言葉ひとつですぐにそんな破廉恥な格好になるのは、ニーナがこんなことをずっとこのしばらく続けさせられていたということを悟れる。

 ステファンはニーナの苦しみと屈辱がそれだけで理解できた。

 そのニーナの股間にドルニカは思い切り乗馬鞭を打ち据えた。

 ステファンは叫びそうになった。

 

「ひぎいいい──」

 

 ニーナがその場にひっくり返ってのたうちまわる。

 

「だれが勝手に姿勢を崩していいと言ったんだい、雌犬──。まったく、こいつは言いつけひとつ守れないのかい──。そんな料簡なら薬を抜くよ──。まったく──」

 

 ドルニカが大笑いしている。

 

 薬……。

 

 やはり、ニーナは薬が切れると、怖ろしい苦しみが訪れるような薬物中毒にさせられているのだと思った。

 ステファンは改めて、ドルニカの恐ろしさを認識した。

 もともとは一介の町娘とはいえ、ニーナほどの歌姫をそんな惨めな目に遭わせるとは……。

 

「も、申し訳ありません──。も、もう一度機会を……」

 

 ニーナが慌てて立ちあがる。

 さっきと同じような姿勢になる。

 

「もういいよ……。じゃあ、お前、雌犬らしく、そこでおしっこをするのよ」

 

 ドルニカがテーブルから料理の入った平たい器を手に取った。

 そして、ニーナががに股に開いている脚のあいだに笑いながら置く。

 皿の中身はサラダと卵が絡めてある料理のようだった。

 

「その器にこぼさないようにするのよ。一滴もこぼさずに皿の中に注ぐことができたら薬を塗ってあげるわ」

 

 ドルニカが言った。

 ニーナの顔が引きつった。

 

「……お、お慈悲を……」

 

 ニーナは命令されたことのあまりの内容に震えていた。

 ステファンは正視をすることができず、こっそりと下を向いた。

 ドルニカがニーナに怒鳴り、それを周りの客たちが嘲笑とともにからかいの言葉をニーナにぶつける。

 

 こいつら全員狂っている──。

 ステファンは握りこぶしをぐっと握った。

 やがて、ニーナの慟哭の声が大きくなったと思った。

 じょろじょろと皿に水滴が落ちる音が始まった。

 ニーナはドルニカの命令に逆らうことができずに、本当に料理の入った皿に尿を始めたのだろう。

 客たちの野次のような声が一斉に沸いた。

 

「まあまあ、随分とこぼしたじゃないのよ──。それじゃあ薬はあげられないわね……。ところで、腹も減ったでしょう、ニーナ──。食事をお食べ。また四つん這いになるのよ──」

 

 ドルニカの酔ったような声に、ステファンは顔をあげた。

 ニーナは泣きながら四つん這いの姿勢に戻った。

 ドルニカは横の卓から肉を摘まむと、それを自分の口でしばらく咀嚼を始めた。そして、それをさっきニーナが尿を放出した皿に吐き出した。

 ステファンは信じられない行為に目を見開いた。

 

「どれ、わしもやろう──」

「じゃあ、わたしも──」

 

 五人ほどの客がそれぞれの口の中でしばらく噛んだ食べ物をニーナの前にある皿に次々に吐いていく。

 その皿には、最初に入っていた料理の余りのほかに、ニーナが垂れ落とした尿が満ちているはずだ。

 それに、今度はドルニカやその客たちの咀嚼中の食べ物が加わる。

 

 ニーナはあまりのことに呆然としている。

 無論、ステファンもだ。

 

「まあ、美味しそうね──。じゃあ、お食べ──。わかっていると思うけど、ひとつ残らず口に入れるのよ──。もちろん、手を使わずにね。床にこぼれたものも、すべて舐めとりなさい」

 

 ドルニカが大笑いした。

 ニーナの前にある皿からは、ここまで不潔な匂いが漂っていた。

 

「そ、そんなあんまりです……。こ、これ以上辱めないでください。そ、それに薬を……。ほ、ほかのお方がいない場所なら、本当になんでもします──。でも、い、嫌なんです──。こんなに大勢の人の前で辱められるのは……」

 

 ニーナはそこまでしか言葉を喋れなかった。

 それからはただ泣きじゃくった。

 だが、ドルニカはなにを言っても聞き入れることはないだろう。

 ニーナの嘆きは嘲笑で返されるだけだ。

 やがて、ニーナは諦めたように、皿の上に顔を屈め、惨めで不潔な「料理」を口にし始めた。

 

 ステファンが耐えられたのはそこまでだ。

 すでにドルニカがステファンの存在など忘れていることは明らかだ。

 これ以上は耐えられない。

 ステファンはこの晩餐会を後にすることにした。

 

 会場から抜け出ようとするとき、入れ替わるように五人ほどの男奴隷が会場に入れられるのとすれ違った。

 男奴隷の全身が下半身だけが裸だった。

 しかも、すでに勃起している。

 まさかと思い、ステファンはもう一度ニーナのいる方向に、もう一度だけ視線を向けた。

 

 客たちの身体を越しだが、皿に顔を埋めているニーナを背後からすぐに男奴隷たちが後ろから犯し始めたのが見えた。

 しかも、ニーナは「食事」を続けることを強要されている。

 

「早く、孕むのよ──。この男奴隷たちのどの精がお前を孕ませるのか愉しみね──。女友達たちと賭けをしているのよ。生まれてくる赤ん坊の髪の色がどんな色かをね」

 

 ドルニカが狂ったように叫んでいる。

 ステファンは、その言葉で男奴隷たちの髪の色がすべて異なるということに気がついた。

 

 いずれにしても、そこまでだ。

 

 ステファンは、もう二度とドルニカには関わるものかと決心して、晩餐会の行われている場所から立ち去った。



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44  歌姫無惨

「あ、あっ、ああっ──」

 

 男奴隷の怒張がニーナの股間を貫く。

 自分でも恥ずかしいくらいに身体が反応している。

 ニーナの股間にやっとあのドラクスの薬が塗り足してもらえた。

 そして、男奴隷の怒張がそこを貫く。

 薬の欠乏でおかしくなりかけていたニーナの全身にとてつもない快楽の暴流が流れ始める。

 

 これだ──。

 この快感だ──。

 もうニーナにはなにも考えられない。

 あとは狂うだけだ──。

 この快感があれば、もうなにもいらない……。

 

 ニーナは最高の愉悦とともに、雲にでも乗っているような心地よさを味わい続けることができる。

 

 だが、怖ろしいのはその後だ。

 やがて、薬の効果が途切れるときがやってくる。

 それは怖ろしい苦しみだ。

 心も身体もじわじわと引き裂かれるような、なにかに踏み躙られるような凄まじい苦痛が少しずつ広がっていくのだ。

 そして、息をするのも苦しくなり、薬を再び塗ってもらいたくてたまらなくなる。

 その苦しみは言語を絶する。

 

 だが、ドルニカ夫人は簡単には薬を与えてくれない。

 膣に──。

 お尻に──。

 それを塗ってもらわなければ、ニーナはおそらく発狂して死んでしまうと思うのに、さまざまな苦役や恥辱の行為と引き換えでなければ、ドルニカ夫人はニーナに薬を与えてくれないのだ。

 

 だから、ニーナはなんでもした。

 

 男奴隷の精を受け入れろと言われれば、躊躇なく股を開いて腰を突き出したし、性器を舐めろという命令ならその通りにした。

 男奴隷の尻を舐めろという言葉でさえも、ニーナは躊躇う気にはならなかった。

 

 逆らえば薬はもらえない。

 だが、いまはもらえた。

 それでいい。

 

 途方もない快楽──。

 この世のものとは思えない愉悦──。

 

 男奴隷たちの性器が、ドラクスの薬を塗ってもらったばかりの膣を犯してくれている。

 

 最高だ。

 だが、これがもらえるのは簡単ではない。

 ドルニカ夫人は、ニーナが満足するような頻度では薬を与えてはくれない。

 薬の欠乏でどうしようもなくニーナが苦しみ、薬を与えるだけの辱しめをニーナが受けたと判断したときにしか、薬を追加してくれない。

 

 ニーナは薬を塗ってもらうために、本当になんでもした。

 

 どんなに屈辱的なことでも、薬が欲しくて進んでそれを実行してしまう自分がいる。

 ニーナはこの屋敷の内外を裸で四つ足で這い、自分自身を含めたあらゆる者の尿を飲み、残飯を食べ、寝るときは檻に入った。

 

 男奴隷たちの精も悦んで受け入れた。

 ニーナを孕ませるための精の抽入は日に三度──。

 五人の男が毎回準備される。

 

 そして、日に三度とも、その男奴隷たち全員の精を子宮に受け入れるのだ。

 ドルニカはニーナが妊娠しやすくなる薬物を必ず摂取させていたし、逆に男奴隷は精を強くする薬物を飲まされているようだ。

 ドルニカはニーナに男奴隷の子を孕ませるつもりなのだ。

 そうすれば、トーイのことは諦めざるを得ないし、二度とドルニカ夫人から逃亡しようと考える気は起きないと思っているようだ。

 そして、おそらく、産まれた子もまた、ニーナから奪われ、ニーナを従わせる道具として使われるのだと思う。そんなことをドルニカ夫人が話していたのを聞いた気がする。

 

 だが、もうどうでもいい……。

 トーイの子でなければ、誰の子を孕ませられても一緒だ。

 

 トーイと会えないのであれば、もうニーナはずっとここに監禁されたままでもいい。

 

 トーイのところでないなら、どんな牢獄でも同じだ。

 

 そこが地獄であろうとも……。

 

 トーイとは二度とは会えないということが地獄だ……。

 しかし、もうトーイには会えない……。

 

 しっかりと薬物依存症にされてしまい、もはや、トーイのことを考えられなくなっている。

 また、毎日のように、これだけ男奴隷の精を注がれれば、おそらく妊娠していると思う。

 腹に男奴隷の子を宿したことがわかる頃には、ニーナはトーイのことを思い出すことができなくなっている気がする。

 

 いまでも、朝から晩まで、起きているあいだに考えているのは薬の事ことだけなのだ。

 この瞬間だって、一生懸命に考えないとトーイのことを思い出せない。

 

「はぐううう──」

 

 獣のような声がした。

 それが自分自身の声だとわかるのに、少しの時間が必要だった。

 これ以上、なにも考えられない。

 とてつもない波がニーナを襲い、もうなにもかもわからない。

 

 たったいま誰のことを考えていたのか……。

 それもわからない……。

 愉悦が襲い続ける……。

 また獣の声がした。

 激しい戦慄がやって来る。

 

 それは我慢するには、あまりにも凄すぎる快美感だった。

 ニーナは男奴隷の精がたっぷりと子宮に迸るのを感じながら、吠えるような雄叫びをあげた。

 

 

 *

 

 

 ニーナが涎を流しながら、男奴隷に精を注がれるのを横目で見ながら、ドルニカは、ブルドからの報告を受けていた。

 

 ブルドはドルニカの使う毒遣いであり、トーイというニーナの元婚約者の監視を命じてあった。ブルドは手の者をマイムの城郭に送り、ずっとニーナの想い人である、あの宿屋の息子を見張らせていたのだ。

 

 そのトーイという若者は、なかなかの愚図ぶりを発揮して、ニーナの告白を断り、さらに、ニーナが雇った冒険者を追い出して、ニーナはドルニカのもとにいるべきだと繰り返していたということだった。

 どうやら、万が一にもニーナを奪い返そうと行動を起こす気概も無さそうだった。

 だから、放っておいたのだが、この数日で動きに変化があったということで、ブルドから報告を受けているところだ。

 

「……それで、その宿屋の息子はどうしているの、ブルド? まさか、ひとりでこの屋敷に乗り込んで来て、ニーナを奪い返そうとしているんじゃないでしょうねえ? まあ、そうなったら面白いけどね。もののついでに、ニーナもろとも性奴隷として、飼ってやってもいいかもしれないわね。あの性奴隷の男奴隷たちは借り物だけど、そろそろ、わたしも男の性奴隷を持ってもいいかも」

 

 ドルニカは笑った。

 すると、ブルドが当惑したような表情でニーナをちらりと見た。

 ニーナの前で堂々と、トーイを捕らえてしまえとドルニカが仄めかしたことに驚いたのだろう。

 

「この雌犬のことだったら、気にしなくていいわ。もうドラクスの薬と男奴隷の性器が気持ちよくって、訳がわからなくなっているわ。もしも、聞いていたとしても、いまさらどうしようもないしね」

 

 ドルニカは笑った。

 ニーナは四つん這いの体勢で男奴隷たちに犯されている。

 眼は虚ろで、だらしなく舌を出して、大声で吠える姿には、もはや知性は感じられない。

 ああやって、日に三度、五人の性奴隷たちに犯させ、朝、昼、晩と精液を子宮に注がせているので、そろそろ、妊娠してもおかしくはないが、それがわかるのは、まだしばらくはかかるだろう。

 

「そうですか……。では、言いますが、宿屋の息子は確かに王都にやってきています。三日前のことですが……。そして、冒険者ギルドに、ニーナを見つけてくれと依頼を出したようです」

 

 ブルドが言った。

 

「冒険者ギルド? それで、まさかギルドは、その依頼を受けたのではないでしょうね?」

 

 ドルニカは眉をひそめた。

 

「受けたようです。トーイは、自分の婚約者を探して欲しいと依頼をしたようです。ギルドとしては断る理由もなかったようですね」

 

 ドルニカは舌打ちした。

 たかが冒険者と放置したいところだが、あのギルドには一騎当千の実力を持った者も多く、油断すると足元をすくわれるということもある。ほとんどの冒険者の構成員がもともと異国人だったり、風来坊だったりするので、貴族に対する遠慮のようなものはない。

 クエスト達成のためなら、世の中の権威くらい平気で踏みにじるような野蛮人だ。

 

 もともとは国力を向上させるための移民受け入れの施策として作られた冒険者ギルドだが、いまでは、他国にまで拡がったりして、馬鹿にならない戦力を抱える、国境を跨いだ一大勢力だ。

 それなりの独立した権威であり、宮殿もその力を認めている。

 だから、一介の貴族程度では、抑えきることは難しい。

 厄介なことになる前に手を打った方がいいと思った。

 

「……いいわ。わたしも、宮廷に手を回してその依頼が取り消されるように図るわ。知っている将軍に頼んで、屋敷の警備も回してもらう。ところで、そのトーイとかいう宿屋の坊やと、雇われた冒険者がどこにいるかはわかっているの?」

 

「彼らは外壁に近い安宿に泊まっていたのですが、いまはそこを引き払っています。どこかに身を隠したようです──。でも、問題ありません。いま手の者に探させています。すぐに見つけます」

 

「いいわ。じゃあ、見つけ次第、処置しなさい。お前はお前で、その依頼を受けた冒険者を片付けるのよ。死体にして道端に放逐しなさい。それと、依頼をした息子のトーイは生け捕りにしておいで──。このわたしに逆らう者はどういうことになるか、いい機会だから世間に示しておくことにするわ」

 

「かしこまりました」

 

 ブルドが頭を下げる。

 ドルニカは満足して頷いた。

 

 そのとき、ニーナが吠えるような声をあげた。

 すっかりと正体を失くしていて、男奴隷の珍棒が気持ちよくて仕方がないという感じだ。

 堂々と、トーイを捕まえるということを話していたのに、それが聞こえた様子もない。

 

 情けないニーナの姿にドルニカは苦笑した。

 

 

 *

 

 

「ふざけたことを言うな、てめえ──。どいつもこいつも、虫けらだ──。臆病者で、卑しい心しか持たない禄でなしだ──」

 

 ステファンは酒をあおって叫んだ。

 その罵詈雑言が誰に向かって叫んでいるのかはもはやわからない。

 いや、わかっている。

 この憎悪はステファン自身への怒りだ。

 

 ニーナの唄を愛しながらも、それを救うためになにひとつやろうとしない、自分自身への感情の迸りだ。

 覚えているのは、居酒屋を三軒飲み歩いたところまでだ。

 それぞれの店で滅茶苦茶に酒を飲み、周囲に当たり散らしたところで、店を叩きだされた。

 

 だが、金ならいくらでもある。

 ステファンを酔わせてくれる酒場に事欠くことはない。

 追い出されれば、次の店で飲むだけだ。

 そうやってステファンは、居酒屋を巡り続けた。

 

 酔いたいのだ。

 酔って苦しみから逃れたい──。

 

 ニーナ──。

 

 ニーナの唄を──。

 

 情けない──。

 自分はなんという情けない男なのだ──。

 

 敬愛しているニーナがあんな目に遭っているというのに……。

 

 なにもしない……。

 なにもしようとしない……。

 

 自分は愚物だ──。

 どうしようもない意気地なしだ──。

 なぜ、ニーナを助け出そうとしない……。

 どうして、最初から諦めている……。

 ニーナの唄に人生を捧げると誓ったのではないのか……。

 あのニーナの可哀想な姿……。

 

 畜生──。

 

 畜生……。

 

 ステファンは酒を飲もうと手を伸ばした。

 だが、その胸倉が不意に掴まれて、身体を椅子から引き起こされた。

 

「ふざけるな──。さっきからうるさい奴だ──。喧嘩を売りたいなら買ってやる──。表に出ろ──」

 

 怒鳴っている男が誰だかわからないが、どうやらステファンは、その男に悪態をつき続けていたようだ。

 本当はステファン自身に対する言葉なのだが、その男は自分に向けられていると思ったらしい。

 実際に、その男に向かって罵っていたのだろうが……。

 

「表に出たらどうする──? 俺を殴るのか──? はっ──。だったら、殴れ──。殴ることができるならな──」

 

 ステファンは怒鳴った。

 すると、突然に天地がひっくり返った。

 

 泥の匂いがした。

 顔が痛い。

 口に血の味がする。

 殴られたのか──?

 だが、よくわからない。

 

 しかし、それで頭がかっと熱くなった。

 どうしようもない怒りが全身に込みあがってきた。

 情けない──。

 情けない自分に対する怒りだ──。

 

「ど、どいつもこいつも、殺してやる──」

 

 ステファンは喚いた。

 

「くせになるぜ、のしちまえよ──」

 

「放っておけよ、酔っぱらいだろう──」

 

「いいから殴れよ──。殴れってばあ──」

 

 いつの間にか、大勢の野次馬のような者に囲まれていた。

 けしかける者もいれば、たしなめる者もいる。

 男もいれば、女もいる。

 

「くそおっ、殺せ──。俺は生きる価値のない人間だ──」

 

 誰かが馬乗りになって、ステファンの首を絞めている。

 そいつに向かって叫んだ。

 

 殺すなら殺せ──。

 

 ステファンに生きる価値がないというのは知っている。

 命を捧げると思った女が、残酷な目に遭っているのを目の当たりにしながら、なにもしなかった臆病者だ──。

 ステファンには生きる価値はない──。

 

 殺せ──。

 殺すなら殺せ──。

 

 ステファンは喚いた。

 

 だが、急に首を絞める手が緩んで、身体に乗っている重みもなくなった。

 身体が持ちあげられる。

 誰かに肩を抱かれている。

 

 柔らかい……。

 そして、小柄……。

 女?

 どうやら、女に肩を抱えられて立たされているようだ。

 

「この人はあたしの知り合いよ──。迷惑をかけてご免なさい──。連れ帰るわ。本当にご免なさいね……」

 

 その女が一生懸命に周りに話している。

 ステファンを殴っていた男や、取り囲んでいたい男女が去っていく。

 

「ちょっと、あんた、金持ってんでしょう? 自分の勘定はしてよね」

 

 肩を担いでいる女がステファンにそう言い、懐に手を突っ込んだ。

 金子を入れている革袋がそこにある。

 女はそこから幾らかの硬貨を取り出して、追ってきた店の者に支払った。

 

「歩くわよ、ステファン」

 

 女が言った。

 そして、ステファンは肩を担がれたまま、歩かされ始めた。

 だが、ステファンはその女が誰なのかわからなかった。

 どこかで見た気もするが……。

 誰だろう……?

 歩きながら女の顔を見た。

 若い──。

 結構美しい顔立ちだ。

 そして、やっと思い出した。

 この女は冒険者だ。

 ニーナが最初に雇った三人連れの冒険者のひとりだ。

 

「あ、あんたは……ぼ、冒険者……らな……。ニーナ……様が……雇った……」

 

「そうね──。コゼというわ。いまの依頼者はトーイさんだけどね」

 

 コゼという女が言った。

 

「トーイ──? トーイがいるのか──? あの男──?」

 ステファンは声をあげた。

 

「いいから歩いて──。ほ、本当に身体を預けないでよ──。ちょっとくらい歩けるんでしょう──。頑張って歩いて──」

 

 女が言っている。

 

「トーイといったか? お、俺はあいつに言いたいことが……ある──。そこに連れて……行け……。ニーナさ、様のことを……言いたい……。トーイは禄でなしだ──。ニーナ様は口惜しいが、あの男のことが……好きだったんだ──。そ、それなのに……な、なんで、トーイは……ニーナ様を……守らなかったんだ──。お、俺は……ニーナ様を……守ることが……で、できなかった──。お、俺は、ろ、禄でなしら……。なあ、きいてくれ──。俺は禄でなしなんら──」

 

「わかったから、歩いて──。そのトーイさんのところに向かっているのよ──。いいから歩くのよ──」

 

 コゼが苛立ったように声をあげた。

 だが、ステファンは言わなければならないと思った。

 自分はどうしようもない意気地なしなのだ。

 それを話さなければならないと思った。

 あんな変わり果てたニーナ……。

 それなのになにもしなかった。

 

 ニーナ……。

 

 涙が出てきた……。

 どうしようもなく悲しかった……。

 情けない──。

 

「コゼ、俺は情けない男なんだ──」

 

 ステファンは喚いた。

 

「う、うるさいわねえ──。重いったら──」

 

 コゼが叫び返してきた。

 

 

 *

 

 

「あなたは最低の男です──。ニーナさんが助けて欲しいときに、突き放して見捨て、いまさら助けようと思うなんて──。今日一日だけで、ニーナさんがどんな目に遭い続けているかわかったでしょう──。あなたは悩んだというけど、そのあいだニーナさんは、あのドルニカという性悪女のために、悲惨な目に遭い続けているんですよ──。ニーナさんが大切な存在だと思っているのなら、どうして、もっと早く決心しなかったのです──」

 

 トーイに対するエリカの罵詈雑言が続いている。

 一郎はもはや苦笑するしかなかった。

 

 王都の一画にある廃屋だった。

 今回のクエストのために、わざわざ借りた家であり、家主には数日間のみということで借りたのだ。

 破格の借り賃を支払ったが、その代わり、一郎たちのことは他言無用ということで頼んだ。

 これから女伯爵と対決しなければならない。

 そのための処置だ。

 

 相手は伝手を使って王軍の将軍のひとりやふたりくらいは自由に動かせるくらいの権力の持ち主だ。

 しかも、子飼いの暗殺者もいる。

 うっかりと宿屋なんかにいたら、先手を打たれて軍を派遣され、理由をつけて捕えさせるということもやりかねない。

 

 冒険者ギルドもひとつの権威だが、所属する冒険者が不当な理由で捕らわれたくらいでは動いてはくれないだろう。

 このクエストを受けたとき、あの副ギルド長のミランダが、わざわざ“危ないと思えば、この一件からは手を引け”という忠告をした。

 それは、ミランダもこの一件には、権力を握る女伯爵が絡んでいることが、わかっていたからに違いない。

 

 そのうえで、これに関与するなら、あとは自分たち自身の責任でやれ、ということを仄めかしたのだ。

 だから、念のために、ずっと使っていた宿は引き払い、一度姿を消すことにした。

 

 また、今日一日の情報収集だけで、ニーナの悲惨な状況は十分すぎるほどわかった。もう一度聞き込みにいったコゼはまだ戻っていないが、たった一日、調査をするだけで、ニーナがかなりの悲惨な状況になっていることが判明したのだ。

 

 やはり、ニーナが監禁されているのはドルニカの屋敷だ。

 

 いずれにしても、確かなのは、王都におけるニーナの屋敷はすでに売りに出されているということだ。

 十人ほどいた家人も全員が数日以内に解雇されている。

 

 あのステファンという執事も行方不明だ。

 

 ニーナ自身はドルニカの屋敷にずっといるようだが、彼女の境遇は悲惨を通り越して、言語を絶するものだ。

 いまのところ確証もなく、単なる噂にすぎないが、家人たちやドルニカ家の奴隷たちへの聞き込みによれば、ニーナは明らかに薬物中毒の状態であり、毎日、毎晩、男奴隷たちに犯され続けているということらしい。

 

 また、先日はドルニカの屋敷で晩餐会も行われていて、それに関与した者たちによれば、ニーナは首輪ひとつを身に着けただけの素裸で唄を歌わされ、客たちの目の前で料理の入った皿に放尿させられ、しかも、それを犬食いで食べさせられたという。

 それを男奴隷たちに犯されながらやらされたという話だ。

 

 その後、酔った客たちの尿を飲み、男客や女客の性器を舐め、最後にはすりこ木を渡されて、客たちの囲む卓の上で、自ら尻で自慰をやらされたという話もあった。

 

 話半分としても凄まじすぎる酷い仕打ちだ。

 

 だが、薬物中毒のニーナは、逆らえば薬がもらえないので、もはやどんなことでもドルニカの命令には逆らえないらしい。

 

 聞けば聞くほど、無惨な状況であり、もはや、トーイに聞かせるのは憚られたが、エリカはトーイはそれを知るべきだと主張して、いま話している。

 

 トーイはあまりの内容に呆然としていた。

 いまは、身体を震わせて涙を流している。

 

「お、俺が馬鹿だった……。ド、ドルニカ様……いや、あのドルニカを信用していたばかりに……」

 

 トーイが言った。

 

「それについても、わたしたちは忠告しましたよ──。あの女伯爵は危ない女だと──。それなのに、あなたはニーナさんが雇ったわたしたちを放逐して、ニーナさんが、あの鬼畜女に拷問されるに任せたのですよ──。もしも、あのとき、すぐにニーナさんを助けることをやっていたら……。こ、こんなことには……」

 

 エリカが感情を制御できなくなったかのように、上ずった声になって言葉を詰まらせた。

 ふと見ると、エリカもまた口惜しそうに泣いていた。

 一郎は黙って、エリカを引き寄せて肩を抱いた。

 

 エリカの怒りは、ニーナとドルニカに関わりながら、一郎やエリカたちも彼女の一件から手を引き、その結果、取り返しのつかない状況になってしまっていたことについての自分たち自身への苛立ちでもあるのだろう。

 一郎自身も、ギルドを通じた新たなクエストとして依頼されるまで、完全に手を引くこと以外に、なにかできたのではないかと思わなくもない。

 

 少なくとも約十日前のニーナがドルニカに王都に連れ戻された直後であれば、ニーナが受けた恥辱や苦役は少ないもので済んだと思う。

 調べる限りでは、ドルニカ家の警護は厳重だが、手が出せないというほどではない。

 一郎の不思議な力や、エリカやコゼの武術があれば、そこに捕らわれている女のひとりくらいを助けだすことはできると思う。

 

 だが、なにもしなかった。

 一郎たちもまた、この王都でのほほんとした日々を送っていただけだ。

 それに対する悔悟の気持ちは、一郎にもある。

 

「ところで、トーイさん──」

 

 一郎は口惜しさにすすり泣きをしているトーイに声をかけた。

 これだけは、はっきりさせないとならない。

 

「は、はい……」

 

 トーイが一郎に視線を向けた。

 

「ニーナさんの状況は、いまエリカが語ったとおりです。話半分だとしても、酷い状況です。ニーナさんは毎日のように男奴隷に汚され、薬物中毒に苦しみ、心を引き裂かれるような目に遭い続けています──。うまく助け出したとしても、ニーナさんは、元のニーナさんじゃないかもしれません。それでも、ニーナさんを受け入れられますか?」

 

「あ、当たり前だ──。ニーナの心が傷ついていたとしても、この俺が癒してみせる──。今回の依頼で長年の蓄えは消えたけど、借金をしてでも薬物中毒についても治療の手段は探す──。もう、迷わない──。俺にはニーナが必要だ。歌姫ニーナではなく、ただニーナが必要なんだ──」

 

「もしかしたら、男奴隷の子を宿していても?」

 

「ニーナの子は俺の子だ──」

 

 トーイはきっぱりと言った。

 その眼に迷いはないし、言葉にも一瞬の躊躇もなかった。

 

 とりあえず、一郎はほっとした。

 ニーナを助け出したとしても、トーイがそれを受け入れられないのであれば、ニーナは救われない。

 だが、少なくともトーイは、ニーナを受け入れると言った。

 一郎はトーイを信じることにした。

 

「……わかりました。だったら、俺たちは全力でニーナさんと救い出します。薬物中毒もなんとかなるかもしれません……。確約はできませんが……」

 

 話を聞いている限りにおいて、ニーナが侵されているドラクスの魔薬というのは、媚薬に属するもののようだ。

 そうであれば、一郎の淫魔力で影響を消せるかもしれないし、クグルスもいる。

 

 おそらく、大丈夫だと思う……。

 ただ、薬物の影響は消せても、傷ついたニーナの心の傷を消すことはできない。

 それを癒せるのは、おそらく世界にただひとり、トーイだけだ。

 

 そのとき、外に通じる戸がノックされた。

 決められた回数と間隔で戸が叩かれる。

 

 コゼだ──。

 エリカが立ちあがり、杖を持ったまま戸に向かう。

 この家全体に、エリカの魔道により結界がかかっている。エリカでなければ、罠が作動して侵入者はそれに捕らわれる。

 戸が開く。

 やはり、コゼだ。

 だが、誰かの肩を担いでいるようだ。

 完全に泥酔した男がそこにいる。

 

「ご主人様、珍しい拾い物をしましたよ」

 

 コゼがそう言って、その男を家に連れ込んで、床に寝かせた。

 

「こいつは──」

 

 驚いた。

 そいつはステファンだ。

 一郎たちの調べでは、この数日、行方不明になっていたステファンだ。

 だらしなく酔っていて、服もぼろぼろであちこちに傷もあるが、確かにニーナの執事だったステファンという男だ。

 

 そのステファンが眼を開いた。

 最初は状況がわからないらしく、床に寝たまま一郎たちに視線を彷徨わせていたが、トーイの姿を見つけた瞬間に、いきなりがばりと起きあがった。

 そして、驚いたことに、トーイに掴みかかったのだ。

 

「お、お前は、ニーナ様の幼馴染の宿屋の息子──。ど、どうして、ニーナ様を見捨てた──。なんで、あの女伯爵にニーナ様を渡した──」

 

 明らかに呂律の回らない状況ながら、ステファンはトーイの襟首を掴んで罵倒を浴びせ続ける。

 一郎はエリカたちと協力して、やっとのことでステファンを引き離した。

 だが、まだ暴れそうな気配だ。

 

「仕方ないわね……」

 

 エリカがステファンに杖を向けた。

 すると、ステファンがまるで糸の切れた操り人形のように脱力して床に崩れ落ちた。

 見ると、寝息をかいている。

 

「目が覚めたら、正気に戻っていると思います」

 

 エリカが言った。

 

「どうしたんだ、これ?」

 

 一郎はコゼに視線を向けた。

 

「酔って暴れていたんです。それで連れてきました」

 

 コゼが言い、簡単に事情を説明してくれた。

 

 それによれば、ステファンはかなり自暴自棄な感じで、無理な酒をあおってって暴れていたのだという。

 それをコゼが偶然に見つけて、連れてきたのだそうだ。

 そして、コゼが最初にニーナに雇われていた冒険者のひとりだと気がつくと、一転して泣きながらニーナのことを訴えたらしい。さらに、ドルニカに対する悪口を言い続け、また、ニーナの唄は最高の芸術だと喚き散らしたとのことだ。

 

 言葉の合間には、ニーナを助けられないステファン自身が情けないと繰り返し泣いたようだ。

 

「本当に持て余しました──」

 

 コゼが疲れたように言った。

 

「だけど、よくやってくれた……。そうなのであれば、このステファンという男は、もしかしたら、使えるかもしれないな……」

 

 一郎はふと思いついた策があり、頬を綻ばせた。



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45  毒をもって毒を

「あいつらです」

 

 ステファンがささやいたのは平凡な顔立ちの若い男だった。若いエルフ美女をひとり連れている。

 ブルドはどこかで見たふたりだと思った。

 そして、すぐに、確かニーナをマイム市から連れ出すときに、トーイと一緒にいた冒険者だと思い出した。あのときの契約はニーナがドルニカ伯爵の命令で解除したはずだが、トーイは彼らをギルドを通じて雇い直したのだろう。

 男は平凡だが、エルフ女はちょっと忘れることのできないくらいの美女だ。それでわかった。

 

 ここは王都でもメティス通りと呼ばれている場所であり、クロノス大通りと呼ばれる王都中心を縦断する通りに次いで大きな通りだ。

 あの冒険者ふたりが歩いている界隈は、王立学問所や私塾が立ち並ぶ地域であり、かなりの若者で賑わっている。

 陽はまだ西に傾きかけたばかりの日中だ。

 

 ニーナの執事だったステファンがドルニカ家の屋敷に接触してきたのは今朝のことだ。

 ステファンは、ドルニカがニーナの屋敷と財産を処分するように命じてから、その処置の中途で不意に姿を消していて、数日行方がわからなくなっていた。

 

 そのステファンが突然やってきてブルドに面会を求めたのだ。

 応対をしたブルドは、この数日どこに行っていたのだと訊ねたが、ステファンは、飲み歩きながら娼館に泊まり続けていたと悪びれることなく言った。

 

 「そんなことよりも……」とステファンがブルドに語りだしたのは、ドルニカからニーナを取り返そうとしている冒険者がいるという情報だった。

 

 すぐにブルドは、あの宿屋の息子のトーイが冒険者ギルドで雇った冒険者のことだと思った。ドルニカ夫人からは、その冒険者の処分を命じられていたが、まだ昨日の今日のことであり、ブルドはその冒険者の居場所も人物の特定もできていなかった。無論、冒険者と一緒にいるはずのトーイのこともわからない。

 手の者を動かして、あちこちを探させてはいたが、まだ有力な情報はない状況だった。

 

 ブルドは喜んだ。

 そして、こうやって、そのステファンの案内で冒険者がいるという場所にやってきたのだ。

 

「あのふたりには見覚えがあるわ。トーイのことで、ニーナが最初に雇った冒険者ね」

 

 ブルドは、距離を保ちながら人に紛れて、ステファンとともに、ふたりを尾行(つけ)ている。ほかにも、すでに数名の手の者を周りに自然なかたちで配置していた。

 ブルドの合図があれば、彼らはすぐに動くことができる。

 

 ふたりは警戒した様子はなかったが、妙に密着したり、あるいは少し立ち止まったりしながら、群衆の中を歩いていた。なにをしているかわからないが、なんとなくエルフ女の歩き方はぎこちない気がする。それに比べて、男は悪戯っぽくからかうような表情をエルフ女に向けたりしていた。さすがに、この距離ではふたりの会話まではわからない。

 

「そうです。トーイはニーナがもともと雇った冒険者を指名で雇ったのですよ。男はロウ、女はエリカという名です。もうひとり仲間の女がいて、そいつの名はコゼといいます」

 

 ステファンがささやいた。

 それはブルドの持っている情報と合致する。

 ブルドはステファンの情報が確かなものだと認めた。

 そのあいだも、ブルドはステファンとともにゆっくりと歩き続けている。

 

 少し前を歩いているロウとエリカというふたりの冒険者の男女は、妙にゆっくりなので、自然なかたちで尾行するのは、多少気を遣う。

 ただ、ふたりはまったく警戒をしている様子もない。

 どちらかといえば油断している感じだ。

 

「それにしても、トーイは自分の婚約者がいなくなったので、一緒に探して欲しいと依頼したらしいですよ。まだ、ニーナの婚約者のつもりでいるとは、ずうずうしい奴です」

 

 ステファンの口調は憤慨した感じだ。

 

「そのトーイはどこにいるの?」

 

 ブルドは訊ねた。

 ドルニカ夫人には、冒険者は皆殺しにするように指示されているが、トーイは、ニーナとともに性奴隷として飼うので生け捕りにせよと命じられている。だから、トーイの居場所がはっきりと確認できるまでは、まだ手を出すつもりはない。

 

「コゼという女と一緒のはずです。俺が泊まっていた娼館にいると思います。まあ、着いていけばわかるとは思いますが」

 

 ステファンは言った。

 ブルドは頷いた。

 

 屋敷にやってきたステファンの最初の説明によれば、ステファンがトーイや冒険者たちのことを知ったのは、まったくの偶然のことのようだ。ステファンが娼館で女を抱き、そのまま寝入っていると、その娼館の隣室に、トーイのほか冒険者が潜んでいるのを発見したのだそうだ。

 

 ステファンはトーイの声も顔を知っていたので、こっそりと彼らの会話を壁越しに盗み聞きしたようだ。そして、彼らがニーナを奪い返そうと目論んでいるのがわかったらしい。

 それでステファンは、今朝になり、すぐにドルニカ夫人の屋敷を訪れて、その情報をブルドにもたらしたというわけだ。

 

「それにしても、娼館に隠れていたとはね……。どうりで、王都中の宿屋を調べさせても発見できなかったわけね」

 

 ブルドは呟くように言った。

 トーイと冒険者を見つけるために、ブルドは手の者を使って、あちこちに宿屋を探らせていたが、ステファンがやってきた時点では、まだ、彼らを見つけるに至っていなかった。

 娼館に隠れていたとは意外だ。

 どうりでわからなかったのだと思う。

 

「……それよりも、俺の情報が役に立ったのなら、俺の願いを聞いてくれるように、ドルニカ様に口を利いてくださいね。頼みますよ──」

 

 ステファンは思いつめた感じで言った。

 

「何度も言わなくてもわかっているわよ。大丈夫よ。ドルニカ様に、それとなく仄めかしたけど、ドルニカ様もニーナの嗜虐にそろそろ、ひと工夫欲しいところだったみたいだから乗り気のようよ。毎度、男奴隷に種付けさせてきたけど、もうニーナも慣れちゃって、あまり嫌がらないから刺激が欲しいと思っていたみたいね──。ドルニカ様は、好きだった男を目の前で拷問するのも面白いと言ったけど、元部下に凌辱されるなんてのも、惨めでいいじゃないの──。奥様好みの鬼畜な設定よ」

 

 ステファンがこの情報と交換に要求したのは、ニーナをステファンも犯したいということだった。ステファンがいうには、以前からニーナのことは密かに気に入っていて、いつか凌辱したいと思っていたのだそうだ。

 

「鬼畜か……。それなら、俺に、もっといいアイデアがありますよ」

 

 するとステファンが言った。

 

「アイデア?」

 

 ブルドはずっと前を歩いているロウとエリカに目を向けたまま言った。

 

「犬ですよ」

 

「犬?」

 

 さすがにちょっと驚いて、ブルドはステファンに視線を向けてしまった。

 慌てて顔を元に戻す。

 

「犬をどうするのよ?」

 

 ブルドは訊ねた。

 

「性交用の犬を手配できる見世物業の男に伝手があるんです。ニーナに、その犬をけしかけるんですよ。ドルニカ夫人に使われる前には、そんなプレイに興味のある貴婦人に仕えたことがありましてね……。そういう犬を手配するのも俺の役目だったんです」

 

 ステファンが横でくすくすと笑った。

 

「そ、それはまた……」

 

 獣姦とは、さすがにブルドも嫌な気分になったが、ドルニカ夫人は喜ぶだろうとは思った。

 

「まあ、奥様には話しておくわ」

 

「頼みます、ブルド殿──。その代わり、そのときのニーナの調教係にも俺も加えてもらいますよ。なにしろ、獣姦のできる犬は俺にしか手配できないんですから」

 

「わかったわよ」

 

 ブルドはそれだけを言った。

 

 しばらく歩いていると、再びロウとエリカが立ち止まるような速度になった。

 道はそろそろメティス通りを過ぎて、娼館の多く並ぶ町並みに変化する地域だ。

 

「それにしても、なにをしているの、あのふたり?」

 

 ブルドは不思議に思って言った。

 

 止まったり、進んだり、速度をあげたかと思えば、またゆっくりと歩いたりしている。

 まさかとは思うが、尾行しているのに、とっくに気がついていて、周りに配置して歩かせている手の者を炙りだすためにやっているのではないかと勘繰りたくなる。

 だが、ステファンがくすくすと笑った。

 

「なにをしているか、よく見てみていればわかると思いますよ、ブルド殿──。あいつらはいちゃついているだけです。昨夜、盗み聞きしたところによれば、ああいう羞恥責めがあの男のお気に入りなのだそうです。だから、日に一度、あのロウはああやって、エルフ女のエリカを外に連れ出しては悪戯をしてるらしいです」

 

「羞恥責め?」

 

 びっくりした。

 だが、それを証明するかのように、遠くにいるあのふたりが、横の建物の壁に張りつくように移動した。

 ブルドは驚いた。

 

 ロウという男は、周囲からは見え難いように身体で視界を遮っているが、遠目であるものの、ブルドの位置からは男がエルフ女のスカートに手を入れて、股間をまさぐっているのがはっきりと見える。

 それに対して、エルフ女は顔を俯かせて顔を真っ赤にしているが、抵抗そのものはせずに、男が無遠慮にスカートの中をいじるのに任せていた。

 ブルドは白昼堂々と行われている破廉恥な行為に呆れてしまった。

 

「本格的に、始めそうですね──」

 

 ステファンが笑っている。

 呆気にとられて見ていると、男がさっとエリカのスカートから手を抜いて、女を路地に導いた。

 

「行きましょう」

 

 物陰に消えたふたりを追うように、ステファンは足を速めた。

 ブルドも一緒に急ぐ。

 すでに、ふたりの姿は路地の奥に消えていた。

 見失うわけにはいかない。

 ブルドはふたりが入り込んだ路地の入り口までやってきた。

 

「あっ」

 

 路地を曲がったところで、ブルドは叫んでしまった。

 そこで、ロウとエリカのふたりが待ち構えていたのだ。

 たったいままで、白昼の通りで性行為まがいのことをやっていた気配はない。

 エリカはやや赤ら顔でありながらも鋭い視線で杖をブルドに向けているし、男は腰にさげた剣の柄を握っている。

 

 しまった──。

 

 ブルドは心の中で舌打ちした。

 尾行していたのがばれていたのだ。

 ブルドは慌てて合図の口笛を放った。

 

「無駄よ。あんたが周りに配置していた手の者は、ひとりひとり炙りだして、あたしが始末したわ」

 

 後ろから声がした。

 振り返る。

 そこには黒髪の小柄な女がいた。

 この女も見覚えがある。

 眼の前の冒険者の仲間だ。

 

 コゼ……。

 これも手練れだ──。

 ブルドは背に汗が流れるのがわかった。

 

 そして、口笛で殺到するはずの手の者がまったくやってこない。

 すでに手の者を片付けたというコゼのいうことは本当だろう。

 ロウとエリカが、不自然な速度で歩いていたのは、やっぱり周囲に配置していたブルドの手の者を炙り出すためだったのだ。

 本来なら警戒していたと思うが、このふたりが本気で破廉恥な行為をやりだしたのと、横でステファンが羞恥責めなどと戯言を耳打ちしたために、ブルドの判断力が鈍ってしまった。

 

「ブルド殿……」

 

 ステファンが怯えたようにブルドに近寄ってきた。

 

「邪魔よ──」

 

 ブルドは手首に隠してある毒針に右手を伸ばしながら怒鳴った。

 だが、次の瞬間、背中に衝撃が走った。

 

「がっ……あ……が……」

 

 なにが起きたかわからなかった。

 いつの間にか、身体が痺れてブルドは地面にうずくまっている。

 そして、なにが起きたか、やっとわかった。

 

 ステファンだ──。

 

 この男が背中から、なにかの魔道具で強力な電撃をブルドの身体に流したのだ。

 いまは、いつの間にか取り出していたその魔道具を手に握ったまま、コゼという女の後ろに隠れるようにしている。

 

「凍りつけ──」

 

 エリカの杖から光線のようなものが流れた。

 魔道の縛りが全身を拘束したのがわかった。

 ブルドは完全に動けなくなってしまった。

 コゼがブルドを蹴り飛ばして、さらに完全な路地の中に送り込んだ。

 ブルドの身体は抵抗することもできずに、奥に転がされた。

 

「気をつけろ──。あちこちに毒針を隠しているぞ。まずは、右手首だ。左手首にもある。それから、右の足首……。いや、靴の中だな。服の下にも身に着けている。それから内腿だ。構わん──。ここで全部脱がしてしまえ──。おや? 驚いたな。尻の穴にもあるぞ。膣の奥にも毒を仕込んでいる。全身毒の武器だらけじゃないか」

 

 ロウという男が苦笑しながら言っている。

 次々に毒針や暗器の隠し場所を言い当てられて、ブルドは驚いてしまった。

 

「声が出ないように、喉を凍結させます、ロウ様──。コゼ、服を脱がして。毒に気をつけてね」

 

 エリカが新たに魔道を放ったのがわかった。

 ブルドの口からは空気が漏れるような音しか出せなくなった。

 

「誰に向かって言っているのよ、エリカ──。万が一にも毒になんか触れたりしないわよ──。それにしても、ご主人様、膣の中にも毒があるなら、犯すのは危険じゃないですか? こいつを淫魔の力で支配して、あの貴族女を捕えるために、性奴隷にするんですよね?」

 

 コゼという女が金縛りになっているブルドから服を剥がしながら言った。

 随分と手際がいい。

 あっという間にブルドの身体からは衣類と隠し武器が外されていく。

 

 下着だけになった。

 隠し針も器用に外していく。

 下着も剥がされた。

 完全な全裸になった。

 ブルドの肌に冷たい風が当たる。

 やっと恐怖心が芽生えてきた。

 

「性奴隷なんかにはしないよ。道具にはなってもらうがな──。まあ、命令に逆らえないようにするくらいなら、口から精を飲ませるくらいで十分だ──。コゼ、口を開けさせてくれ──。口の中には毒針は仕込んではいないようだ」

 

 ロウは言った。

 なにをしようというのか……?

 ブルドは眼を見張った。

 ロウが目の前で性器を露出したのだ。

 

「さあ、口を開けるのよ」

 

 コゼに身体を起こされた。

 得体の知れない恐怖にブルドは口をつぐもうとしたが力が入らない。

 顎を掴まれて簡単に口を開かされる。

 その口の中にロウの勃起した性器が入り込んできた。

 

「愉しませてやるつもりにはなれないな。とっとと出すか」

 

 ロウがそう言って、数回ブルドの口の中で性器をしごくようにしたかと思うと、いきなり生温かい精が口の中に放出された。

 

 その瞬間、なにかが心を縛るのがわかった。

 今度こそ本物の恐怖がブルドに走る。

 なんだこれは──?

 ブルドの中に、別のブルドが沸き起ころうとしている。

 なにかとてつもないものに支配される……。

 

 なんだ──?

 

「一滴残らず、飲むんだ──」

 

 ロウが言った。

 

「声と口の凍結を解きます……」

 

 エリカだ。

 魔道が再び放出されて、首から上が自由になった。

 だが、自由になったのは首から上の肉体だけだ。

 抵抗しようという意思は戻らない。

 なぜか、この男に逆らって逃亡しようという気持ちにならない……。

 

 ぞっとした。

 支配されている……?

 自分の意思がなくなっている?

 

 その証拠に、口の中にはたったいま放出されたばかりの精があったが、ロウの言葉に慌てたように舌が動いて、その精を喉の奥に送り込んでいる。

 すると、余計に男の支配が強くなるのを感じた。

 

「抵抗心を強くするな──。心が沈んで本当に自分でなくなるぞ。俺の淫魔力による支配は強すぎるんだ。おかしな抵抗をすると心が潰れる。抵抗するな。受け入れろ。抵抗しようともがいても廃人になるだけだ」

 

 ロウ……いや、ご主人様がそう言った。

 抵抗してはならない……。

 その優しい言葉にブルドの心に愉悦が走る。

 

「て、抵抗しません……」

 

 そう口にしたとき、全身に強い快感が迸った。

 支配を受け入れる……。

 それは、なんという甘美さだろう……。

 素晴らしい幸福感だ……。

 たった一瞬前、ブルドはその支配を恐怖したと思う。

 いまはなぜ、ご主人様に支配されるという快感を拒もうと考えたのか理解できない。

 

「ブルド、もう一度、俺の精を飲め──」

 

 ご主人様が言った。

 

 その股間には性器がそそり勃っている。

 さっき精を出したばかりだというのにもう逞しくなっている。

 再び、口の中にご主人様の一物が捻じ込まれた。

 ブルドは夢中になって、その愛おしい性器を舐め吸った。

 全身に強い快感が走る。

 ぞくぞくとずるような戦慄だ。

 これまでに感じたことのないような愉悦が迸る。

 だが、今度も呆気なく精が放たれてしまった。

 ブルドに失望感が走る。

 せめてものと思い、今度も一滴残らず精を飲んだ。

 

「エリカ、もういい。金縛りを解除しろ──。もう、完全に支配した。大丈夫だ」

 

 ご主人様が言い、エリカが魔道でブルドの身体の拘束を解いたのがわかった。

 

「ブルド、ドラクスの毒を知っているな。お前が調合したもののはずだ?」

 

 ご主人様が訊ねた。

 

「はい──。ここにもあります」

 

 ブルドはコゼによって脱がされた服に手を伸ばした。

 上衣の隠しポケットに小さな瓶があり、そこにニーナを中毒にさせたドラクスの毒が隠してある。ドルニカ夫人からトーイを捕まえるときに、ニーナと同じようにその魔道薬で中毒にしろと命じられていたので、持ってきていたのだ。

 

「油剤だな? ちょうどいい。自分の股間に塗れ──。それによって、支配したお前の身体を通じて、俺にもそれがどういうものか感じることができるはずだ」

 

 ご主人様が言った。

 ブルドは驚愕した。

 

「そ、それはできません。ドラクスの毒は一度塗れば、死ぬまで中毒から解放されることはない劇薬です。定期的に塗らなければドラクスの薬が切れて、発狂するような苦しみを味わうことになるのです」

 

 ブルドは訴えた。

 

「知ったことか──。そんな薬をお前たちは、残酷にもニーナに与えたのだろうが──。いいから塗りたくれ──。そうすれば、淫魔の力で俺はそれでドラクスの毒の成分がわかるんだ。おそらく、そのドラクスの薬物効果も俺は支配できるようになると思う」

 

 ご主人様が言った。

 

「で、でも、これは強力な媚薬なのです。塗れば、もうまともな感情ではいられません。誰かとセックスをしたくてたまらなくなるのです」

 

「お前は薬を調合できるんだろう? いくらでも作れ。朝から晩まで、セックスがしたくなったら、お前の女主人から男奴隷でも借りればいいだろう。その残酷な薬をお前は何人に使った――」

 

 ご主人様が怒鳴った。

 ぞっとするような冷たい声だった。

 それ以上逆らうことは不可能だ。

 いずれにしても、ブルドはご主人様の命令に従いたがっている。

 ブルドの指は瓶の栓を開けて、たっぷりとドラクスの毒を股間に塗りたくり始めた。

 

「ああ……」

 

 ブルドは怖ろしくなった。

 これを塗ればどうなるか、ブルドには知りすぎている。

 しかし、ブルドの手は、それにお構いなく薬を塗り足し続けていた。

 すぐに、人に与えていい許容量を遥かに超えた。

 途中でそれを訴えたが、まったく聞いてくれない。全部塗れと言われただけだ。

 

「……成程……。わかってきた……。もう少し、苦しみ出すくらいに効いてくれば、もっとわかると思う……。大丈夫だ。これで俺にもドラクスの力が使えるはずだ。なんとかなりそうだ……」

 

 ご主人様が言っている。

 やがて、すべての薬がブルドの股間に詰め込むように塗り込められた。

 

「さて、どのくらいで苦しくなるんだ? とりあえず、俺たちの隠れ家に行くぞ、ブルド。その大きな袋に入れ。裸で歩きたければそれでもいいがな」

 

 ご主人様が嘲笑うような口調で言った。

 いつの間に準備していたのか、人が入れるような麻袋がブルドの前に放り投げられた。

 もちろん、すぐにその通りにしようとした。

 

 だが、すでに薬の影響が始まっている。

 淫情への途方もない餓えだ。

 苦しい……。

 そして、身体の強烈な火照りも襲ってきた。

 熱いのだ……。

 身体が……。

 しかも、手が震えて袋が掴めない。

 いや、全身が震える……。

 

 ブルドは恐怖した。

 やはり、許容量を超えすぎたのだ。

 これでは、新たに薬を塗っても苦痛は去らない……。

 そして、欲しい……。

 股間が焼ける。

 少しもじっとできない……。

 

「苦しくなってきたな、ブルド? おかげで薬の成分がもっとわかってきた……。エリカ、やはり、もう一度、声を消しておけ。袋の中で自慰でもやりそうだ……。ブルド、構わんぞ。袋に入ったら股間を弄っていい。それこそ、サルのようにやるといい。屋敷に乗り込むのは夜だ。それまでは狂ったように、自慰でもなんでもやれ。お前なんかを犯してくれる者は、俺たちの中にはいないからな」

 

 ご主人様が言った。

 すぐに、エリカの魔道で再び声が封鎖されたのがわかった。



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46  女伯爵と牡馬

 天井から両手を束ねて宙吊りにしているニーナが両腿を擦りつけながらのたうちまわっていた。

 

「か、痒い──。た、助けてください──ひぐううっ──」

 

 脂汗まみれのニーナは必死の声で喚いている。

 ドルニカは、可愛い女奴隷のニーナの悶え泣きに心からの満足を覚えながら、立ちあがって、痒みの苦しみに歪んでいるニーナの顔を覗き込んだ。

 

「そんなに痒いの? ほほほ、お前がねだるからドラクスの薬を股とお尻に塗ってあげただけじゃないのよ。もっとも、今日の薬からドラクスの薬のほかに、強烈な痒み剤も混ぜてあげたんだけどね」

 

 ドルニカは笑った。

 ニーナは必死になって脚を擦り合わせて痒いと泣き叫んでいる。

 

「……今日からはもっと愉しくなるわね、ニーナ。ドラクスの薬切れに苦しむか、それとも、ドラクスの薬に混ぜてある痒み剤に苦しむかのどちらかしかないんだから……。しばらく、その発狂するような痒みを味わいなさい──。ブルドから連絡があったのよ。もうすぐ、お前の想い人がやってくるわ。そうしたら、お前の痒い場所を快くまでひっかいてあげるわ」

 

 すると、ニーナがすすり泣きのような声を一瞬止めて、眼を大きく見開いた。

 

「ど、どういうことですか、ドルニカ様? ま、まさか、トーイを……?」

 

 ニーナが恐怖に包まれたような顔になった。

 本当にぞくぞくずる。

 この女奴隷をいたぶればいたぶるほど、愉悦を感じる自分がいる。

 どうやったら、自分を裏切った歌姫をもっと苦しめることができるか?

 どうやったら、この女を不幸のどん底に突き落とすことができるか?

 どうやったら、ニーナの顔を屈辱と痴情で歪められるか?

 それを考えると、本当に心にうずうずとした悦びが走るのだ。

 

「あの男は生意気にも、お前をわたしから奪い返そうと、いろいろと動いていたのよ。それで見せしめに捕えて、ここでお前もろとも性奴隷にすることにしたわ。嬉しいでしょう? お前が好きな男と今夜から一緒に調教を受けられるのよ」

 

 ドルニカは笑った。

 ニーナが大きな悲鳴をあげた。

 

「そ、そんな約束が違います──。ああ──。ト、トーイには手を出さないって、や、約束したじゃないですか──お願いです。トーイにはなにもしないで──」

 

 ニーナが絶叫した。

 そのあいだも、ニーナの脚は狂ったようにに擦り合わせ続けられている。

 少しもじっとしていられないのだろう。

 

 無理もない。

 強烈な痒み剤だ。

 それをドラクスの薬に混ぜてやったのだ。

 

 いまは、まだ理性が働いているが、しばらくすれば、あまりの痒さになにもかもわからなくなるはずだ。

 しかし、それでは面白くない。

 ドルニカは痒みが少し癒えるように、指をニーナの尻に挿入してやった。ニーナが奇声をあげながら、凄まじい勢いで腰を動かしだす。

 

「もっと、腰を振りなさい。気持ちいいでしょう? そうやって淫らに指で尻をほじられているところを恋人に見せてあげなさい。ほほほ……」

 

 ドルニカは笑った。

 

「い、嫌です──。こ、こんなところをトーイには見せないで──」

 

 ニーナが叫んだ。

 

「あっ、そう──。だったら、なにもしてやらないわ。そうやって腰を振りながら、死ぬような痒みを朝まで我慢するのね。そのくらい時間が経てば、痒みもなくなるわ。もっとも、その頃には、またドラクスの薬切れの苦しみがやってくると思うけどね。そのときには、痒み剤入りのドラクスの薬を塗るのか、それとも、そのままでいるのか選ばせてあげるわ。いずれにしても、トーイはもうすぐここに来るわ」

 

 ドルニカは笑った。

 痒みをほぐす手段だったドルニカの指を尻穴から抜かれたニーナが悲痛な声をあげる。

 

 それが想い人のトーイがさらわれてくることに対する悲しみの声なのか、それとも、痒みに狂う呻きなのかはわからない。

 おそらく、両方なのだろう。

 このニーナを恋人の目の前で男奴隷たちに犯させるつもりだ。しかも、痒みに狂って、それを自分からねだらせる。

 

 その光景を恋人のトーイも男奴隷に尻を犯させながら見せるのだ。

 ふたりがどんな顔で泣くか、いまでも愉しみだ。

 自分の思いつきに満足して笑いが込みあがってきた。

 

 ドルニカは、痒みの苦痛で悶え狂うニーナのそばから離れて、その姿を長椅子に腰かけて見物する態勢に戻った。

 横の台に手を伸ばす。

 だが、グラスの葡萄酒が空になっていた。

 そういえば、さっき酒を持ってくるように命じたのを思い出した。ところが、その侍女が戻ってきていない。

 それを思い出した。

 

 ドルニカは苛立ちに舌打ちすると、もう一度鈴を鳴らした。

 だが、いつもなら間髪入れずに登場するはずの侍女たちの誰もやってこない。

 ドルニカは首を傾げた。

 

 そのとき、扉がいきなり開いた。

 入ってきたのはブルドだった。

 トーイを後ろに連れている。それをふたりの手の者に連行させてきたようだ。手の者は、ひとりは男でひとりは女だ。

 手の者については、見覚えがない。ふたりとも人間族で男は三十歳すぎで、女は小柄で若い。

 

「ト、トーイ──。ああ、わたしを見ないで──トーイ──ああ、お願いです──トーイをここから出して──なんでもいたします──だから、トーイは許してあげて──」

 

 ニーナが叫んだ。

 

「大丈夫だ、ニーナ。助けにきたんだ──」

 

 トーイが脱兎のごとくニーナに向かって駆けた。

 そして、宙吊りになっているニーナの裸身をがっしりと抱いて支えるようにした。

 ドルニカは呆気にとられた。

 

「な、なにを勝手なことを──。ブルド、なぜ、拘束していないのよ──」

 

 ドルニカは大声をあげて立ちあがった。

 

「ブルド、ニーナの拘束を解け。すぐにだ」

 

 そのとき、ブルドの連れていた手の者のうち、男の部下が口を開いた。

 

「は、はい……、ご、ご主人様……。その代わり……」

 

 ブルドが走っていく。

 ドルニカのことは完全に無視だ。

 結局、ブルドはドルニカに断りもなく、壁の操作具でニーナを吊っている鎖を床におろしてしまった。

 床におろされたニーナはトーイに抱きしめられている。

 

 ドルニカは目の前で起きていることが信じられないでいた。

 ニーナも突然のことに驚きを隠せないようだが、ドルニカはそれ以上だ。

 なぜ、ブルドが──?

 

「ご主人様、ニーナの枷の鍵は、その女が身に着けているはずです」

 

 ブルドがさっきの男の部下に言った。

 ドルニカは混乱した。

 ご主人様──?

 部下ではないのか──?

 しかも、これはどういう状況なのか?

 

「わかった、ブルド──。それよりも、トーイさん、ニーナさんは痒み剤を塗られて苦しんでいるようです。そこでとりあえず抱いてあげてはどうです? 俺たちに遠慮はいりません……。隣室でふたりだけで抱き合わせてあげたいのですが、ニーナさんにも、この伯爵夫人への仕返しを見物させてあげたいのですよ」

 

 男が言った。

 

「ニーナ、大丈夫か? なにも考えるな。俺が悪かったんだ。マイムに帰ろう。俺の嫁になってくれ。そして、宿屋で唄を歌って欲しい。結婚しよう。この数日のことは忘れよう」

 

 トーイが言った。

 ニーナは泣きながら拒絶の言葉を発したが、トーイがそれを妨げるように、ニーナの股間を手で弄り始めると、激しく悶え出した。ニーナはトーイにもう自分は戻れないから帰ってくれと訴えつつ、一方でトーイの指で股間の痒みを癒されて愉悦の声をあげている。

 そして、すぐにニーナが発するのは、快感による嬌声だけになった。

 ドルニカは我に返った。

 

「ブ、ブルド、説明をしなさい──。これはどういうことよ──? まさか、裏切ったの?」

 

 ドルニカは金切声をあげた。

 

「ブルドはこっちに来い。奉仕しろ。うまくできれば、小便を飲ませてやる。それでいまの苦しさはなくなるはずだ」

 

 男がこっちやってきた。

 ドルニカは咄嗟に逃げたが、男はさっきまでドルニカが立っている場所の後ろにある長椅子に腰をおろしただけだった。

 ブルドが、嬉しそうに長椅子に座った男の脚のあいだに跪いた。そして、嬉々とした雰囲気で男の股間から性器を出して、それを口に含む。

 ドルニカはなにが起きているのかまったくわからないでいた。

 

「お、お前は誰よ──?」

 

 ドルニカは男に声をあげた。

 やっと、この場を支配しているのが、自分でもなく、ブルドでもなく、この男だということがわかったのだ。

 

 この男はブルドの手の者ではない──。

 

 それどころか、どういう手段を使ったのかわからないが、ブルドはすっかりと手懐けられているようだ。それでこの男と女とトーイを手引きしたに違いない。

 この屋敷には、知り合いの将軍に頼んで厳重な警備の兵を周りに配置してもらっている。だが、ブルドが引き入れたのなら、なんの問題もなく屋敷に入り込めただろう。

 

「コゼ、その女の服を剥ぎ取れ。それから、そのテーブルに上半身を倒して、テーブルの両脚に足首を縛りつけてくれ──」

 

 男がブルドの奉仕を受けながら、一緒にやってきた女に言った。

 

「大人しくしなさい、あんた──。ご主人様の命令よ。素っ裸になりなさい」

 

 コゼと呼ばれた女だ。

 いきなりドルニカの腕を掴んだ。

 

 逃げようとした。

 しかし、小柄のくせに力が強く、たちまちにその場に跪かされた。

 はっとした。

 右手に刃物を持っている。

 

「ひいい──いやああ──」

 

 ドルニカが悲鳴をあげたときには、すっぱりと服の前の部分が真っ二つに切り裂かれていた。

 さらに背中側も切断される。

 ドルニカはもがくが、おかしな技を使っているようであり、軽く押さえられているだけなのに、両手を動かせない。

 あっという間に下着まで切り裂かれて、ドルニカは生まれたままの姿にされてしまった。

 

「ご主人様、鍵です」

 

 コゼがドルニカが持っていたニーナの手首の枷の鍵を差し出した。

 

「トーイさん、鍵ですよ」

 

 男がトーイにそれを放った。

 トーイはそれを受け取ったが、いまはニーナと繋がった状態であり、そのまま行為を続けている。

 ドルニカにやっと恐怖が走った。

 これは異常事態だ。

 

「だ、誰か来なさい──。賊よ──、賊よ──、誰か来るのよ──。外にいる警備隊長に報せて──」

 

 ドルニカは悲鳴をあげた。

 しかし、コゼはドルニカの腕を取って強引に長椅子の横にある卓に連れて行った。

 男が手を伸ばして卓からグラスや酒瓶をおろす。

 コゼがドルニカの上半身を押しつけた。

 卓は大きなものではないので、ドルニカの身体が乗ると、両手は反対側の脚に届くような感じになる。

 コゼは腰にかけていたらしい縄束を出すと、まずはドルニカの両腕をテーブルの向こう側の左右の脚に縛り、次いで、暴れるドルニカの両足首をこちら側のテーブルの左右の脚に縛ってしまった。

 ドルニカは、あっという間に素っ裸で尻を突きだすような格好で、小さなテーブルに身体をうつ伏せにした状態で拘束された。

 

 そのあいだ、ブルドは男が股間から出している性器にむしゃぶりついたままだ。

 ドルニカには目もくれない。

 しかも、こんなに叫んでいるのに、誰も出てこないというのも不思議だ。

 そして、この男は余裕たっぷりの表情だ。

 ドルニカが騒いでも、絶対に大丈夫だという自信があるに違いない。

 自分がとんでもない危機に陥っていることを悟って、ドルニカの背に汗が流れる。

 

「下手糞な奉仕だな、ブルド──。まだ、エリカやコゼの足元にも及ばないな。だが、まあいい──。俺もいつまでもしゃぶられるのも面倒だし、小便はしてやろう。口を開いて上を向け」

 

 男が言った。

 

「あ、ありがとうございます──」

 

 ブルドが男の性器から口を離して顔を上に向けた。

 男が立ちあがって、ブルドの顔にいきなり放尿をし始めた。

 

「ああ──あああ──」

 

 顔に尿をかけられているブルドが恍惚の表情をして、大きな口で一心に男の尿を口に入れている。

 ドルニカはテーブルにうつ伏せに縛られた状態で、首だけをそっちに向けてその様子を眺めていた。

 ブルドの姿には呆気に取られるしかない。

 

「お、お前は誰よ──。せ、説明しなさい──。も、もしかして、雇われた冒険者というのはお前ね──?」

 

 ドルニカは声をあげた。

 

「そのとおりだ。俺はロウという冒険者だ。だけど、あんたも気が強いな」

 

 ロウと名乗った男が一物をズボンにしまいながら笑った。

 ブルドは顔をロウの尿まみれにして、まだ顔に残っている尿を自分の手で集めて、美味しそうに舐めている。

 その顔には理性の欠片もない。

 

「お前、ブルドになにをしたの?」

 

 ドルニカにはブルドの変わりようが信じられなかった。

 トーイと、そのトーイが雇った冒険者の居場所がわかったという報せを受けて出て行ったのは今日の昼前だ。

 それが夜になったいま、完全にこの男に支配されきっている。

 どうして、そんなことがあり得るのだろう?

 

「別にどういうこともない。ブルドには、こいつが持っていたドラクスの毒をありったけ自分に塗らせたんだ。そして、そのままじゃあ、気の毒だから、男の小便を飲めば、その薬切れの発作が収まるように身体を変化させた。ブルドは尿が美味しくて仕方がないのさ。これから毎日、一日に一度、誰でもいいから、いまのように跪いて尿をむさぼり続けることになるのだろうな……。なにしろ、ただ小便を飲むだけじゃ、発作は止まらないんだ。直接に顔にかけてもらわないと薬切れの苦痛はなくならない。そんな暗示も与えたしね」

 

 男が笑った。

 ドルニカはぞっとした。

 この男は呪術師なのか?

 そんなことは魔道遣いではできないはずだ。

 古い書物でそんな呪術が遣えるという存在の伝承に接したことがある。

 それがこの男──?

 

「いずれにしても、そんな格好にされたのに、まだ気丈でいられるとは頼もしいね。感心したよ──。だったら、これから始まることにも、気を強く保てるだろうね。あんたみたいな鬼畜女にはどんなお仕置きをしたらいいか考えて、趣向を凝らしたよ。気に入ってくれるといいね──。エリカ、クグルス──」

 

 ロウと名乗った男が大声をあげた。

 すると、部屋の扉が開いて、大きな黒い影が入ってきた。

 ドルニカは目を見張った。

 

 黒い影に見えたのは一頭の牡馬だった。

 それを若いエルフの美女が引っ張っている。

 この屋敷内の馬小屋で飼育している馬だと思う。

 

 だが、普通の状態ではない。

 明らかに発情している。

 口の端から泡をため、股間に巨大な陰茎を突出させているのがわかった。

 その馬が近づいてくる。

 

 まさか──?

 

 ドルニカは悲鳴をあげるのも忘れて、その馬を凝視した。

 エルフ女はしっかりと発情した馬を制御しながら、こっちに馬を近づけてくる。

 

 いやな予感がした。

 

「だ、誰か──誰か来るのよ──。は、早く──早く──」

 

 はっとしたドルニカは力の限り叫んだ。

 そのあいだに、馬は完全にドルニカの背後にまわった。

 馬が興奮したような息が聞こえる。

 ドルニカは恐怖に包まれた。

 

「いくら叫んでも無駄よ、あんた──。ブルドがこの屋敷からすべての家人を追い払ったわ──。それよりも、酬いを受けなさい」

 

 背後にいるエルフ女の声がした。

 その声は怒っていた

 そのとき、突然に背後の馬がさらに興奮したように嘶いた。

 ドルニカは今度こそ、心の底からありったけの声で悲鳴をあげた。

 だが、やはり誰かが駆けつける気配もない。

 

「ご主人様、指示のとおりに、この貴族女の股間に、このあいだ教えてもらった“ふぇろもん”という牝馬の匂いをまぶしたよ」

 

 ドルニカはびっくりした。

 いつの間にか、青い肌をした小さな小人が顔の前に飛んでいる。

 

 魔妖精──?

 魔人族──?

 この男は本当に何者──?

 

「さあ、ドルニカさん、あんたには、これから説明するふたつから、好きな方を選ばせてやる。ひとつは、このまま、なにも濡れていない状態で、発情した牡馬に犯されるというやり方だ──。そして、もうひとつは、事前に股間にドラクスの油剤をたっぷりと塗るというやり方だ。油剤を塗れば、少しはましだろうからね。ただし、今夜が終われば、ブルドはこの王都から追い払う。発作が始まっても、新しいドラクスの薬剤を手に入れる方法はない──。どっちがいい?」

 

 ロウが鬼畜な笑い声をあげた。

 

「い、いやああ──。いやよおお──。そんなことはしないで──。お、お願いよ──」

 

 ドルニカは身体を揺すって叫んだ。

 だが、コゼがしっかりと卓に縛られているドルニカを押さえつけている。

 

「ふたつの方法から選択だよ。それ以外にはない」

 

 ロウがまたくすくすと笑った。



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47  小さな宿屋の歌姫

 長く尾を引くような悲鳴が続いた。

 

 牡馬の巨大な陰茎が深々とドルニカの股間に突き挿さっている。

 ドルニカを縛っている小さな台だけでは、馬の巨体を支えられなかったので、馬が前脚を置くことのできる台替わりに手頃な高さの家具を配置していた。

 その家具に前脚を置き、牡馬は狂ったようにドルニカの股間を犯し続けている。

 

 クグルスの魔道だ。

 クグルスはこの屋敷で飼育している牡馬を発情させ、さらに、ドルニカの股間から雌馬のフェロモンを発生させて犯させているのだ。しかも、まだ牡馬に射精を許していない。だから、本来であればすぐに大量の精を発して終わるはずの牡馬による強姦がいつまでも終わらないというわけだ。

 

 ドルニカはほとんど虫の息だ。

 途中まで雄叫びのような悲鳴をあげていたが、いまは呻き声に近い。

 また、股間の下の床は、ドルニカの膣が裂けて滴っている血溜まりができている。

 

 結局のところ、ドルニカはドラクスの油剤を受け入れることだけは拒否したので、ドルニカは、まったく乾いている股間に股間を貫かれることになった。ドルニカは挿入の瞬間に「お母様」と絶叫して気を失い、そして、興奮しきった牡馬がドルニカにのしかかったまま激しく腰を動かしだしたときに、再び激痛で覚醒した。

 

 その惨い光景に耐えられなくなったのか、コゼとエリカは、少し離れた位置で途中で真っ蒼な顔して眼を反らせた。

 ただ、エリカの魔道でドルニカが拘束されている卓とドルニカの身体についてはしっかりと床に密着させている。さらに、ブルドにも、ドルニカの身体を押さえるように命じている。

 

 暴れる牡馬に犯されているドルニカを女ひとりで支えるのは大変のようだが、ブルドは必死の形相で、つい数刻前まで自分の女主人だったドルニカが牡馬に犯される手伝いをしていた。

 その姿には、ドルニカに対する忠誠心は微塵も見られない。

 

 一郎の淫魔術の完全な支配下に陥っているし、自ら股間に塗りつけたドラクスの毒に侵されていて、正常な判断力を保てない屍同然になっているのだ。もはや一郎の命じたことを黙ってこなすだけの生き人形だ。

 

 また、少し離れたところで性交に及んでいたトーイとニーナは、しばらくは引きつった顔でドルニカが巨大な馬に犯されるのを凝視していたが、いまはふたりとも、恐怖の顔を浮かべて完全に眼を閉じている。

 

 ただ、一郎だけがじっと、女伯爵が馬に犯され続けるのを見つめていた。

 

 一方で、この状況を作っているクグルスは、いまは一時的に姿を消している。

 一郎の指示でいまはニーナの身体の中にいるのだ。

 ニーナが侵されたドラグスの薬の影響を消すためだ。

 

 一郎は完全支配したドラクスの毒を中和する能力を事前にクグルスに付与していた。

 それで、クグルスはトーイと性交を始めたニーナにひそかに入り込んで、毒の中和にいそしんでいるというわけだ。

 つまり、クグルスはその力で、ニーナの身体の中でニーナを「治療」している真っ最中ということだ。

 

 もともと媚薬を操るのはクグルスのような魔妖精の最大の能力でもある。

 一郎が自分の得たドラクスの魔毒の知識をクグルスに与えると、クグルスはすぐにドラクスの毒を自分の扱う媚薬能力のひとつにした。

 新しい媚薬を扱えるようになったクグルスは狂喜していた。

 

 ついでに、クグルスには、ニーナが男奴隷たちの子を宿しかけていたら、それも消滅させろと指示はしていた。

 

 だが、それは必要なさそうだ。

 

 一郎は魔眼の力で、ニーナが受胎をしていないことを確認していた。

 ニーナがドルニカによって、男奴隷たちの精で孕ませられようとしていた時期はまだ十日だ。

 たまたま、その十日にニーナが妊娠できる時期が重ならなかったに違いない。

 それについては、一郎はほっとしていた。

 

 さらに、クグルスには、ドルニカに惨い目に遇わせられ続けたこの十日のニーナの記憶をできる限り封印しろとも言った。

 それは魔妖精の専門能力とは異なるので、どこまで可能かはわからないが、とにかく頑張るとクグルスは応じた。

 

 いずれにしても、一郎がドラクスの薬を支配する力を得るのは難しいことではなかった。一郎は淫魔術で支配した女の身体を淫魔術の力で淫情に耽らせたり、性感を高めたりとさまざまなことができる。淫具でなぶっているのと同じ刺激を自在に与えたりもできる。

 その淫魔の力の中で「媚薬」に関する能力は、魔妖精のクグルス同様に、もっとも得意なものだ。

 自分の体液を媚薬に変化させることもできるし、支配している女の身体に媚薬を与えたのと同じ影響を与えたりもできる。

 支配したブルドを通じて、ブルドの身体に汚染させたドラクスの毒を自分の扱う媚薬として吸収することは簡単だった。

 それだけでなく、ドラクスの持つ「禁断症状」効果だけを抜き出して応用する能力まで、ほんの少しの時間で身につけることもできた。

 

 試しに、ブルドには、一度汚染させたドラクスの毒の効果を打ち消し、「男に小便を顔にかけられる行為」に対する禁断症状を与えてみた。

 だから、今後の人生において、ブルドは一日に一度、誰でもいいから男に尿を顔にかけてもらわないと、ドラクスの毒と同じような禁断症状に苦しむことになる。

 これはブルドの作ったドラクスの毒ではないから、ブルドにも解くことは不可能だ。

 

 そして、この一件が片付いて、ブルドを放り出すときには、一郎たちに近づくと死ぬような苦しみがやってくる暗示も与えるつもりだ。淫魔力で支配されているブルドが一郎に逆らうことはあり得ないと思うが、それにより、万が一にも仕返しはできないだろう。

 

 そのとき、ニーナの背中からクグルスがぱっと飛び出してきたのが見えた。

 ニーナに対する処置が終わったのだろう。

 しかし、ドルニカが牡馬に犯されている光景に恐れおののいて目を閉じているトーイとニーナは気がついていない。

 クグルスは嬉しそうに一郎に向かって飛んできた。

 

 よかった……。

 うまくいったのだ。

 

 クグルスの力で無理だったら、ニーナが侵された毒を癒すには、一郎がニーナを性奴隷として支配することが必要なところだった。

 この性悪の女伯爵によって、十日に及んで男奴隷たちに犯され続けたニーナをさらに一郎の精で汚したくはなかったのだ。

 

 トーイには、ニーナを毎日愛してやれば、ニーナが侵された毒の禁断症状は発生しないと説明している。

 それを信じて、トーイは毎日、ニーナを抱くのだと思う。

 それで、ニーナの傷ついた心は少しずつ癒されるはずだ。

 あとはふたりの絆を信じるしかない。

 

「クグルス、そろそろ終わらせろ」

 

「わかったよ、ご主人様。でも、その前にご褒美ちょうだい」

 

 クグルスがぱっと一郎の手の中に飛び込んできた。

 一郎はクグルスの肌を柔らかく擦ってやる。

 小人のクグルスと一郎は性交はできないが、クグルスは一郎に愛撫をされると途方もない愉悦を感じるようだ。

 

「ううっ、うううっ、うふううう──」

 

 クグルスがたちまちに絶頂して、股間から可愛い尿のようなものを噴き出させた。

 潮噴きだ。

 一郎は蜜でねっとりとなっているクグルスの股間をさらに指で揉んだ。

 

「はひいい──。そ、そんにゃに──」

 

 絶頂中だったクグルスがさらに絶頂を重ねて悶絶するような声をあげた。

 そして、ほんの少しだけ脱力したようにぐったりとしていたが、すぐに元気に飛びあがった。

 絶頂による淫気はクグルスのエネルギー源だ。

 達すれば達するほど、クグルスは元気になる。

 クグルスがほとんど呻き声に近い悲鳴をあげ続けているドルニカの上を舞う。

 すると、発情していた牡馬がさらに大きく腰を動かした。

 

「ひぎゃあああ──」

 

 ドルニカが大きな声をあげて全身を動かす。

 クグルスが牡馬に射精を許したのだ。

 

「うあっ」

 

 ドルニカを押さえているブルドも声をあげた。

 牡馬とドルニカが暴れ出したので、ひとりでは支えられなくなったのだ。

 エリカが慌てたように、杖を伸ばして、魔道で卓や家具を強く固定する。

 

 馬の射精は長い。

 そして、量も半端なものではない。

 それを子宮に注がれ続けているドルニカは白目を剥いている。

 しばらくして、やっと射精が終わった牡馬がドルニカから離れた。

 牡馬の巨根が外れると、ドルニカの膣から、さらにまとまった血と逆流した牡馬の精液が垂れ流れた。

 

 エリカが馬に駆け寄って手綱を掴んで、馬を部屋の隅に移動させた。

 興奮状態だった牡馬からは、クグルスによる発情が消滅していて、さっきの暴れぶりが嘘のように大人しくなっている。

 一郎は長椅子から立ちあがると、ほとんど放心状態のドルニカに向かい、その顔の前で、ズボンから一物を取り出して突きつけた。

 

「舐めろ。そして、精を飲め。一滴でも外に出したら、次はもうひとつの穴もあの馬に犯させる」

 

 一郎が言うと、ドルニカの顔が真っ青になった。

 慌てたように、一郎の怒張に顔を伸ばす。

 しばらく、ドルニカに奉仕をさせてから、一郎はドルニカの口の中に精を放った。

 ドルニカはそれを懸命に喉に押し込んでいる。

 

「また、出すぞ──。飲めよ」

 

 一郎はそう言うと、一度目の射精に引き続き、すぐに二度目の射精をした。

 ドルニカはそれを飲む。

 もう一度やった。

 一度でも飲めば、一郎の呪術に支配されてしまう精液を三回分飲んだのだ。

 一郎はドルニカの心と身体が完全に自分の支配に陥る感覚を味わった。

 ドルニカの口から怒張を抜く。

 一郎の股間は淫魔の力でいまだに勃起状態だ。

 背後に回った。

 両手で尻たぶを持って左右にぐいと開く。

 ドルニカの肛門に怒張の先を当てた。

 

「息を吐け」

 

「は、はい……」

 

 ドルニカがすぐに返事をして、尻の力を緩めた。

 淫魔力で支配されたというのもあるが、牡馬をけしかけられた衝撃で、もう一郎に逆らうという感情がまったくなくなってしまったのだろう。

 

「んんっ」

 

 一郎がドルニカの尻穴に怒張を貫かせ始めると、ドルニカは背をのけ反らせて全身を硬直させた。

 

 きつい──。

 

 油剤代わりにドラクスの薬を怒張の表面から大量に放出させているが、それでもドルニカの尻は一郎を拒否するように圧迫してくる。ドルニカが尻を犯された経験がないのは明らかだ。

 他人に尻で自慰をすることを強要するような女が、自分ではなにもやったことがないというのがなんとなく面白い。

 

「力を抜け──。それともやはり、牡馬がいいか?」

 

 一郎は大声をあげた。

 

「お、お許しを……お許しを……」

 

 ドルニカが懸命に言った。

 力が抜けるのがわかった。

 ついに、一郎の怒張は根元までドルニカの尻に突き挿さった。

 

「出すぞ」

 

 一郎は言った。

 

「は、はい」

 

 ドルニカが返事をする。

 しかし、出すのは精ではない。

 

「ひっ、ひいいっ」

 

 ドルニカが奇声を発した。

 一郎は貫いている男根で放尿したのだ。

 しかも、ドラクスの薬剤効果と同じ禁断症状が襲いかかる成分を混ぜている。本物のドラクスに多少のアレンジを加えているが、禁断症状の苦しみはそれ以上だ。

 

「ドルニカ、よく聞け──。これでお前もドラクスの魔毒に侵された。毎日、お前が集めた男奴隷たちに種付けをされろ。それで禁断症状は収まる。禁断症状から抜け出したければ、頑張って孕むんだ。そうすれば、ドラクスの毒は嘘のように身体から抜ける」

 

 一郎は放尿を続けながら言った。

 ドルニカはただ空気が抜けるような声を出すだけだ。

 放尿の終わった一郎はドルニカの尻から一物を抜き出した。

 

 一郎は合図をした。

 呆けたように眺めていたコゼが、ドルニカが拘束されていた縄を急いで切断しにきた。

 コゼがドルニカを卓から自由にする。

 拘束から解放されてもドルニカは、もう逃亡の素振りもない。

 ただ、ぐったりと座り込んでいるだけだ。

 完全に腰が抜けたようになっているドルニカに、一郎はまだ露出したままの男根を突きつけた。

 

「舐めろ──。お前の尻で汚れた道具だ」

 

「は、はい──」

 

 ドルニカの顔が恐怖に包まれた、

 余程に怖かったのだろう。

 急いで一郎の性器を口にした。

 ついている汚れを気にした様子もない。

 

「馬車を準備しろ、ドルニカ──。いますぐに出るぞ。ニーナが着る服を持って来い。それとこの屋敷にある金貨と宝石類も馬車に積め。ニーナは歌姫を引退する。その退職金だ」

 

「な、なんでもします……。で、でも、お腹が……」

 

 ドルニカが手で下腹部を押さえた。

 一郎の魔薬混じりの放尿が尻にたっぷりと注がれたのだ。

 それが浣腸液の効果を生み、ドルニカは腹痛を感じてきたのだろう。

 

「俺の命令を実行する前に、自分の欲求を優先するのか、ドルニカ?」

 

 一郎はわざと威すような口調と表情をドルニカに向けてやった。

 

「ひっ」

 

 ドルニカが叫んで、言われたことをやるために、這うように動き始めた。

 

 

 *

 

 

 王都ハロルドは別名、不夜城とも称する。

 その賑わいは夜になっても終わることはなく、その外門が閉じられることもない。

 

 その中でも噴水広場と呼ばれる市民広場は、貴族と一般市民が入り混じって、たくさん並んでいる屋台で購った酒や食べ物を口にしながら、鳴り止まない音楽で歌やダンスに興じるような場所だ。

 身分の隔てなく若者たちが愉しめる場所として、夜ともなればたくさんの男女が集まり、賑やかな時間がやってくる。

 

 彼は数名の仲間とともに、いつものようにそこで愉しい時間を過ごしていた。

 

 そのとき、突然に一台の馬車が広場の隅に停まった。

 何気なくそこに目をやっていると、ひとりの女がよろよろと馬車から降りてきた。

 

 歳は四十くらいだろうか。

 ただ肌の色が白く、結構美人だ。

 そして、なぜか素足だ。

 さらに身体を大きな布のようなものでまとっている。

 

 女は助けを求めるような表情で、馬車の下から馬車の中の人間に、なにかを喋ったが、ここからではその声は聞こえない。

 馬車から男の手が伸びた。

 女が身体にまとっている布を掴む。

 そして、引き剥がした。

 

「うわっ」

 

 彼は声をあげてしまった。

 自分だけでなく、周囲からも一斉に声があがった。

 その声でさらにほかの者も女に注目して眼をやった。

 布を奪われたその女は素っ裸だった。

 女は必死になって両手で裸身を隠して立ち尽くしている。

 その女を置いて、馬車は立ち去ってしまった。

 それにも驚いた。

 

「な、なにあれ?」

「どうしたの?」

 

 いきなり出現した裸の女に周りが騒然となった。

 

「あれはドルニカ夫人じゃないの?」

「そ、そうよ──。ドルニカ伯爵夫人よ──」

 

 すると、若い貴族の女の集団から声がした。

 ドルニカ夫人──?

 

 無論、彼は貴族には縁がないから顔も知らないが、名くらいは知っている。

 芸術家好きで多くの芸術家を世話していることで有名な女貴族であり、しかも、気性が激しいことでも知られていた。

 

 だが、なんで、そんな貴族夫人がこんな場所に素裸で──?

 

 驚いている彼の眼に、さらに驚愕することが起きた。

 ドルニカ夫人がよろよろと逃げるように数歩向こう側に進んだかと思うと、いきなりしゃがみ込んで尻から糞便をし始めたのだ。

 

 王都の広場が大騒ぎになった。

 

 

 *

 

 

 素晴らしい唄だった。

 小さな宿屋の酒場に、ニーナの声が響き渡っている。

 ステファンはそれを大勢の客の集まっている酒場の隅で聞き惚れていた。

 

 やはり、彼女の唄はいい……。

 最高の芸術だ……。

 

 あの唄がなくならなくてよかった。

 ステファンは満足している。

 

 やがて、唄が終わった。

 一斉に拍手が起き、唄を披露したニーナに客たちの大喚声があがった。

 

 ニーナがマイムに戻ってから三日ほど経っていた。

 ステファンは王都を離れて旅をする決心をしている。

 いろいろと旅立つ前に片づけることもあり、出立が今日になってしまった。

 だが、ステファンは、どうしてもニーナのことが気がかりでマイム市に立ち寄らずにはいられなかった。

 そして、ニーナが、トーイと働きながら店で唄を昨日から始めたというのを耳にして、いてもたってもいられなくなり、その唄を聴くために、この宿屋に近づいたのだ。

 

 本当は、ニーナがまだ心に傷を負っているような感じだったり、立ち直っていなかったりしたら、なんとか元気づけるようなことをしてやりたいと思っていた。

 

 だが、店の外からこっそりと垣間見たニーナは元気そうだ。

 あんな酷い拷問に毎日遭い続けたというのに、いまではそれもなかったかのように愉しく笑っていた。

 それを見届けた以上、ステファンはもう素通りするもりだったが、旅の前に、もう一度ニーナの唄を聴くという誘惑に負けた。

 宿屋から聞こえてきたニーナの歌声に誘われるように、ステファンはここに立ち寄ってしまった。

 

 トーイがやってきた。

 肉の料理とビールを持っている。

 それをステファンがひとりで座っているテーブルに置いた。

 

「頼んだ覚えはないけどね」

 

 ステファンは苦笑した。

 

「あんたから代金なんかとるものかい──。それよりも、ステファン殿、寄ってくれてありがとう。それに、今回のことでは、あなたにも助けてもらったと聞いた。なんとか、礼をしたいと考えていたんだけど、もうニーナを王都には近づけたくはないし、まだ、ニーナをひとりにはできなくて……」

 

 トーイが言った。

 

「ニーナ様が元気そうで安心した……。あんなことがあったのにね……。やっぱり、ニーナ様はお前のところに戻るべきだったんだろうね。あんなに愉しそうな顔は王都ではすることがなかった……」

 

 ステファンは言った。

 

「それが不思議でね……。ニーナはこの十日のことをよく覚えていないらしいんだ。思い出そうとしても、夢の中の話だったように、ぼんやりとしかわからないらしい。ニーナが覚えているのは、この宿屋の前で俺が毒針で倒れるまでのようなんだ。ドルニカという夫人のこともほとんど忘れている……。なにが起きたのかわからないけど、こんなにも早くニーナの笑顔が戻って俺も嬉しい」

 

 トーイは言った。

 ステファンは少し驚いた。

 あんなに激しい性拷問のことや、ドルニカ夫人のことを忘れるというのは信じられないことだ。

 だが、トーイが雇ったあのロウとかいう冒険者は、不思議な呪術を使っていた。

 また、ステファンには秘密にしてくれと頼まれたが、魔妖精を(しもべ)にしたりして、その魔族の力でも不可思議な現象を起こしたりしていた。

 きっとその力で、ニーナから苦しみの記憶を消し去ったりしたのだろう。

 不思議で頼もしい冒険者だ。

 

「ステファン、来てくれたのね──。突然に王都の仕事をやめたりしてごめんなさい。あなたにも迷惑をかけたでしょう?」

 

 ニーナも来た。

 身体に前掛けをしてきて、板についた宿屋の若女将という感じだ。

 屈託のない笑顔だ。

 本当によかった。

 

「王都のことはなんの問題もありません、ニーナ様。すべて片づけておきました。あなたが引退したことで問題となるようなことはもうなにもありません。ご安心ください」

 

「ゆっくりしていってくれるんでしょう? よければ店が終わるまで待っていてくれない? トーイと三人でここで飲みましょう? いいでしょう?」

 

 ニーナが言った。

 

「残念ですが、そうもいかないんですよ。別に宿を取っているんです。これで戻ります。俺は別れの挨拶に来ただけなんです」

 

「別れ?」

 

 トーイが訊ねた。

 

「旅に出ることにしたんだ。ニーナ様のことも終わったし、いい機会だ。以前から、もっと見聞を広めたいと思っていたんだ」

 

 ステファンはトーイに言った。

 だが、本当はニーナのことを忘れるために旅に出るのだ。

 いまにして思うと、自分はニーナに恋をしていたのだと思う。ニーナの唄を愛し、その唄を歌うニーナを愛していた。

 

 そのニーナはトーイと結婚をする。

 ニーナのことをすっぱりと心から消し去るには、旅にも出ることが必要だと悟った。

 

「そ、そんな──? 旅だなんて──。どっちにしても、水臭いわよ。宿屋なんて引き払ってよ。ここも宿屋なのよ。ここに泊まって──。お母さんに頼んで部屋を準備してもらうから」

 

 ニーナが声をあげた。

 トーイも口を揃えてそう言った。

 

 さらに、トーイはステファンに渡したいものがあるとも言った。

 それを聞いて、ステファンはもしかしたら、それは冒険者たちがドルニカからとりあげた財ではないかと思った。

 あの冒険者たちは、ドルニカの屋敷を出るときに、屋敷にあった財を馬車に積ませ、それを全部をトーイとニーナに渡したらしいのだ。トーイは、その一部をステファンにも分けたいと思っているのではないかと考えた。

 

 しかし、ステファンは首を横に振った。

 そんなものは欲しくない。

 ステファンが望むのはもっと別のものだ。

 だが、それはもう手に入らない。

 

「……だったら、お願いがある。それをかなえてくれたら、ひと晩、ここに厄介になる」

 

「なに、ステファン──。なんでも言って」

 

 ニーナが言った。

 

「あなたが、最初に俺の前で歌った唄が聴きたいですね。報われない恋をする男の唄です……。それを聴かせてください」

 

 ステファンはにっこりと笑った。

 

「お安いご用よ。あなたのために一生懸命に歌うわ」

 

 ニーナが前掛けを外して、その場で歌い始めた。

 美しい唄が宿屋に流れ始めた。

 

 

 

 

 

(第8話『女伯爵と寝取られ男』終わり)



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 第9話   男嫌いの女騎士
48  女副ギルド長の心配と忠告


「確かにロンド村からも依頼達成を確認しています。ご苦労様でした。報奨金の金貨十枚です、ロウ殿。それと“特異点”の発見と封印についても、村からの連絡で承知しています。これについては、王宮政府から特別金の金貨十枚が出ています。あわせて、金貨二十枚です──。お確かめください」

 

 王都ハロルドの冒険者ギルドの受付に、任務終了の報告に向かうと、すでに依頼主だったロンド村の長からクエスト完了の連絡がしてあったらしく、すぐに報奨金の話になった。

 受付のマリーの並べた金貨二十枚に、周囲の冒険者からどよめきと羨望の声がした。

 

 これで、ギルドに属してからのクエストは、デルタ・ランクで受けたふたつを含めて、六個目になるが、ひとつのクエストでこれだけの報酬を得たのは、一郎も初めてだ。

 ほかの冒険者がうらやむ声が上がるのは無理もないと思った。

 

 今回の依頼は、王都から一日程度の距離があるロンド村の裏山に凶暴な野獣が出没するようになったから退治して欲しいというものだった。

 すでに十人ほどの人死にも出ており、山に入れなくなったロンド村では深刻な事態になっているようだった。

 一郎はその依頼を受けることにして、一日かけて、そのロンド村に行った。そこで事情を聞き、さっそくその問題となる裏山に入った。すでに村では山には立ち入り禁止の処置がなされており、余人とすれ違う可能性がないことを確認した一郎は、魔妖精のクグルスを呼び出した。

 

 クグルスによれば、山全体に薄く瘴気が漂っているということだった。

 どうやら、村人たちを困らせていた野獣の正体は、単なる野獣ではないようだと思ったのはそのときだ。

 瘴気で溢れているということは、魔界からやってきた生物がそこにいる可能性が高い。

 クグルスは、この山に潜んでいるのは魔獣ではないかと意見を言った。

 それについては、エリカも同意した。

 

 野獣ではなく、魔獣ということになれば、パーティ・ランクがブラボーの一郎たちには、本来は荷が重い。

 魔獣と確信した時点で、クエストを中止して引き返すという選択肢もあった。だが、一郎はクエストを継続することにした。

 

 魔獣というのは、かつて冥王と魔族とともに封印された魔族界に属する生物であり、すべての瘴気を消滅させ、魔族ごと異界に封印してから、この世界には存在するはずのない過去の生き物だ。

 しかし、魔妖精のクグルスや冒険者としての経験のあるエリカによれば、ここ最近、魔族界とこの人族界の接触点が増えていて、そこから魔族界にある瘴気がこの世界に漏れ、こちら側に魔獣が出現することが珍しくないということだった。

 

 その瘴気の漏れ出る場所を、こっちの人族たちは「特異点」と呼んでいる。

 特異点は、なんらかのきっかけで、人族界にできあがった異界との出入口ということだ。

 そこから瘴気が噴き出し、その密度が濃くなれば、異界に封印されている生き物たちは、次々にこっちの人族界にやってくることになる。

 

 たとえば、ユグドラが制御していた「ルルドの森」がそうだ。あそこは瘴気が溢れかえり、死霊族、すなわち、アンデッドモンスターの巣窟のようになっていた。

 洞窟などに特異点ができあがると、瘴気の密度が一気に高まるので、その洞窟には、異界からやってきた魔獣が棲み付いて、異界の凶暴な生物で溢れかえることになる。

 そんな場所をこっちの人々は、“ダンジョン”と呼ぶ。

 

 基本的に魔獣たちは、瘴気の濃い場所から出ることはないが、まれにその外に彷徨い出た魔獣が人族を襲うこともある。だから、そんなダンジョンや魔族退治は、冒険者ギルドを通じて、たくさんの依頼が入っている。

 いずれにしても、異界の生き物は瘴気のない場所では、長く生きられないものの、瘴気のある場所であればどこでも拡がってくる。また、魔獣も瘴気を帯びており、魔獣そのものが瘴気のもとになることもあるので、魔獣を放っておくと、さらに瘴気が拡大して、どんどんと異界の生物が入り込むことになる。

 

 しかし、人族は瘴気そのものを感じることは難しいし、特に害になるということはない。

 だから、わかりにくい。

 とはいえ、まだ瘴気の薄いうちは、魔界の生物のうち、比較的力の弱い生物しかやってこないからいいのだが、時間が経って濃くなれば濃くなるほど、凶暴で力の強い種がやってくる。

 

 最悪は災害級の凶悪魔獣の大発生だ。

 いや、最悪は異界への綻びがもっと拡大し、魔獣どころか、魔族や冥王そのものが、こちらに出てくることだろう。

 そうなれば、もう歴史の彼方の冥王戦争の再来ということになるということだ。

 

 いずれにしても、できるだけ早く瘴気を見つけ、まだ瘴気の薄いうちに、その場所で瘴気を異界から呼び込んでいる特異点を封印し直すことが重要だ。

 だから、特異点封印には、冒険者ギルドからのクエスト達成金の報奨のほかに、王国そのものからも褒賞が出るのだ。

 

 ところで、瘴気のないところでは、長く生命を保てない魔族の住人の例外が、クグルスのような淫魔族だ。

 淫魔族は、かつてにおいても、魔族でありながら、瘴気のない場所に生息し、人族界の男女が発する淫気というエネルギーを餌とするのだそうだ。

 従って、淫魔族というのは、ほかの魔族とは異なり、完全に封印された種族というわけではなく、ある程度は人族界に残っているらしい。クグルスのような魔妖精は有名らしく、その大きさから、すぐに魔族とわかるが、淫魔族の中には、大きさや外見が人族と大差がないものもいるようだ。

 そういうものは、人族の中に混じっていても、なかなか発見することは難しいとも言っていた。

 また、冥王とともに封印された魔族に対し、冥王戦争で人族に従い、この人族界に接触を保つ別の異界に移住をした種を「妖魔」と呼んだりするらしく、色々と複雑だ。

 

 ともかく、瘴気を容易に感じることのできるクグルスの存在により、魔獣の居場所を見つけるのは難しくはなかった。

 一郎たちは、捜索開始の最初の一日目にして、魔獣に遭遇した。

 果たして、その山を徘徊していたのは、「ガリス」という巨大な鷹の身体にライオンの顔がある凶暴な魔獣だった。

 

 それが三匹──。

 その巣も見つけた。

 そして、クグルスを含む三人の性奴隷の活躍により、かなり呆気なく三匹とも退治することができた。

 例によって、ほとんど一郎が活躍できなかったのは言うまでもない。

 さらに、一郎たちは魔獣退治に引き続いて、瘴気が溢れる原因である「特異点」そのものも見つけて、封印することに成功した。

 異界と人族界を結ぶ特異点を封印するには、特異点を保持しているエネルギー体である「魔瘴石(ましょうせき)」という結晶体を破壊すればいい。

 

 特異点には、必ずその結晶体ができる。

 それを壊せば、特異点は消滅するのだ。

 魔瘴石は、路傍の石の如く、特異点の発生した場所に無造作に地面などにある場合もあるし、出現した魔獣が魔瘴石を喰らって体内に収めている場合もある。

 魔瘴石を喰らった魔獣は、大きく力を増大するので、それを退治するのは容易ではない。

 いわば、一郎が元の世界でやっていたゲームにおける「ボスキャラ」のようなものだ。

 

 ともかく、ガリスという魔獣が出現したということは、どこかに特異点の象徴である魔瘴石があるということだ。

 ガリスたちのどれも、魔瘴石を喰らった形跡はなかったので、どこかに存在すると考えた。

 

 それはすぐに見つかった。

 魔瘴石は巣のそのものにあった。

 一郎が必撃の剣で破壊して、その山に漏れていた「特異点」を封印することに成功した。その証として、魔瘴石の欠片をロンド村の長に渡したのだ。

 

 ロンド村の長は、自分たちの暮らす、すぐそばに特異点が出現していたと知って驚愕していたが、それも破壊されたとわかり、本当に安堵した。

 一郎たちは歓待を受け、翌日の今日、また一日かけて戻ってきて、ここにいるということだ。

 

 そのあいだに、あのロンド村から魔道通信で特異点発生とその封印が報告されたのだろう。

 一郎たちは、それに対する王宮からの褒賞を本来の報奨金に追加されたのだ。

 

「金貨はどうなさいますか? このままお持ち帰りに? それとも、ギルドの契約している両替商に預けますか?」

 

 受付の女性が言った。

 両替商というのは、一郎の世界でいう銀行のようなものだ。

 ただし、利子はつかない。

 しかしながら、物騒なこの世界で大金をずっと持ち歩くのは危険であるので、その保管をしてくれるのが両替商だ。ひとつの両替商がなんらかの理由により、その預かっている金を奪われたりしても、両替商は全世界にギルドが拡がっているので、そのギルドが肩代わりしてくれるので安心だ。

 また、「手形」という魔道により、全土に広がる両替商ギルドのどこでも預けた金を受け取ることができる。

 なかなかに便利な存在なのだ。

 

「両替商で頼みます」

 

 一郎が言うと、受付の女性が水晶玉のようなものを取り出して、テーブルの上に置いた。

 一郎は右手を出すとともに、自分だけでなく、エリカとコゼにも右手をかざさせた。

 この水晶玉に手をかざすことにより、魔道が刻まれて、預けた金貨を受け取ることができるのが、この三人のいずれかに限られるのだ。

 これが「手形」だ。

 無論、この受付嬢のマリーも魔道遣いだ。

 さすがはギルドに仕える女性であり、受付嬢であっても、魔道使いのレベルは“10”もある。

 相当の能力を持った魔道遣いだ。

 

 そのとき、ギルドの待合ロビーの奥の部屋の扉が開き、副ギルド長のミランダが出てきた。

 外見は童女だが、小矩族のドワフ族であり、実際には年齢は六十に達するベテランの女性だ。

 ミランダは、いつものように身体の線にぴったりの革の上衣とズボンの上下を身に着けていた。ボンテージファッションだ。

 このミランダとは、「歌姫事件」のときが最初だったから、そろそろ出逢ってから一箇月になる。

 この一箇月、一郎とエリカとコゼのパーティは、立て続けに大きな依頼を受け、なぜか、その都度ミランダが対応していたので、結構頻繁に会っている。

 そろそろ、打ち解けもしてきた感じだ。

 

 だから、一郎には、なぜミランダが、こんなセクシーさを強調したような服装をしているかわかってきた。

 ミランダは、どうやら自分がドワフ族であり、しかも童顔で、どうしても年齢が低く見られるのが嫌なようだ。

 それで敢えて、あんな服装をしているらしい。

 つまりは、あれは劣等感の表れなのだ。

 しかしながら、何度見ても、一郎はミランダを“小学生”のようにしか思えない。

 異常に乳房の大きい可愛らしい小学生だ。

 一郎は思わず出た笑みを手で咄嗟に隠した。

 

「飛ぶ鳥を落とす勢いとはこのことかしら──。これで六個目のクエスト成功になるわね、ロウ、エリカ、コゼ──。しかも、今度は特異点の封印付きとはね……。やっぱり、あななたちはただ者じゃなかったわ。さあ、(ブラボー)・ランクの紋章を返してくれる。新しい紋章を渡すわ」

 

 ミランダがにこにこしながら言った。

 

「ランク昇格……、ですか?」

 

 エリカが驚いた口調で言った。

 

「そうよ。(アルファ)・ランクに昇格よ。いくらなんでも、特異点封印のキャリアを持つパーティをブラボー・ランクにしておくわけにはいかないわ──。実績があって、最初からアルファ・ランクで登録されるパーティは珍しくないけど、(デルタ)・ランクからわずか一箇月でアルファに昇りつめたのは、あんたらが最初よ。さあ、奥で乾杯しましょう。どうぞ」

 

 ミランダが示したのは、ミランダが出てきた副ギルド長室ではなく、アルファ・ランク以上のパーティにだけ使用が許されている個室だ。十部屋程度準備してあり、空いていれば、アルファ・ランクと(シーラ)・ランクのパーティはいつでも使用ができることになっていたはずだ。

 

 ミランダは、その空き室の一室に招き入れてくれたのだ。

 一郎たちはその部屋に初めて足を踏み入れた。

 広くはないが、狭くはない。

 中央に向かい合う肘掛付きの長椅子があり、その真ん中にはテーブルがある。

 また、壁には書籍がびっしりと並んでいた。

 

「……地政学、薬学、生物学……それに、著名なクエスト攻略の記録……。ロウ様、これまでに集められたギルドの資料のようです。これは大変に貴重なものだと思います」

 

 一郎が書物に視線をやっているのに気がついて、エリカが感心したようにささやいた。

 

「魔道がかかっているので、この部屋から持ち出すことはできないけど、アルファ・ランク以上の冒険者は無料で読めるわ……。まあ、有能な冒険者に対するギルドからの優遇措置のひとつね」

 

 ミランダが付け加えた。

 もっとも、一郎はこの世界の文字の読み書きはまだできない。

 奴隷あがりのコゼもそうだ。

 三人の中で文字が読めるのはエリカだけであり、そういう点ではなにかの調べものをするときには、エリカに頼り切りになっている。

 

 ミランダに誘導されて、向かい合う横長の肘掛け椅子に四人で腰かけた。一郎とミランダが向かい合うように腰かけ、一郎の横にエリカとコゼが座った。

 

「おめでとう──。あなた方は、これでアルファ・ランクよ。申請すれば、定住権ももらえるわ」

 

 ミランダがにこにこしながら、卓の上に三個の首飾りのメダルを置いた。

 一郎たちは、首にかけているブラボー・ランクであることを示す銀色のメダルを外してミランダに渡し、テーブルの上の金色のメダルを首にかけた。

 

「卓の上の鈴を鳴らせば、給女が来るわ。簡単な食事や飲み物なら準備できるわよ。こっちは有料だけどね」

 

 ミランダがそう言いながらテーブルの上の鈴を鳴らす。

 あらかじめ準備してあったらしく、すぐに給女が盆に四つの飲み物を載せてやってきた。

 一郎たちの前に順番に置かれる。

 温かいはちみつ酒のようだ。

 

「今日はあたしのおごりよ。乾杯しましょう」

 

 ミランダが陽気に言った。

 しかし、一郎は魔眼の力で、すぐに目の前に置かれたはちみつ酒の不自然さに気がついた。

 

 どうやら、なにか一服盛ってある。

 ミランダが、一郎たちに、ひそかに薬物入りの飲み物を口にさせようとしていることには驚いた。

 ただ、毒の類いではないようだ。

 その薬物の効果の内容もわかった。

 はちみつ酒を運んできた給女のステータスを垣間見ることで、薬物入りの飲み物が、給女の「装備」として表現されたのだ。

 だから、わかった。

 一郎は腰にさげている必撃の剣の鞘を留めている紐をわざと外した。

 大きな音をたてて、剣が床に落ちた。

 

「わっ──。な、なんですか?」

 

 エリカが驚いたような声をあげた。

 ミランダも声こそ出さなかったが、視線は完全に音がした床に向かった。

 一郎はすかさず、自分の目の前にあったはちみつ酒とミランダの前のはちみつ酒を入れ替えた。

 

「すみません。紐が緩んでみたいです」

 

 一郎はわざとらしく照れ笑いをして頭を掻いてみせた。

 そして、床から剣を拾って腰掛けている椅子の上に引きあげる。

 

「じゃあ、乾杯しましょう」

 

 一郎ははちみつ酒を手に持った。

 持っているのは、本来はミランダの前に置いてあったはちみつ酒だ。

 ミランダはすり替えられたことには気がつかなかったようだ。

 四人のコップが真ん中で合わさる。

 そのとき、コゼが悪戯っぽく微笑んだのがわかった。

 コゼは一郎が杯を入れ替えるのを見ていたようだ。

 一郎も微かな微笑みでコゼに返した。

 エリカにも警告してやりたいが、それをすると、すり替えたのをミランダに悟られてしまう。

 

 まあいい……。

 

 命に別状のある薬物ではなさそうだし……。

 ミランダは自然な仕草を装ってはちみつ酒を口にする。ただし、ミランダが口にしたのは、本当は一郎の前に置いてあったはちみつ酒だ。

 

 一郎も飲む。

 しかし、これはミランダの前にあったものであり、なにも入っていないことはわかっている。

 コゼは一郎のやったことで、なにかに気がついたのだろう。

 一郎が見る限り、飲んだ振りをして、そのまま杯を巧みに背中側に回して、少し中身を減らした。

 エリカはなにも気にせずに、口にしたようだ。

 

「さて、ところで、ミランダ、俺たちの飲み物に、なぜ薬剤を混ぜたりしたのか教えてもらえますか? さしづめ、告白剤という魔道薬のようですね」

 

 一郎は言った。

 ミランダがぎょっとした表情になった。

 

「こ、告白剤?」

 

 エリカが叫んで立ちあがった。

 

「な、なんで……? こ、これは絶対に見破ることのできない特殊な魔道がかかっているのものなのに……」

 

 一方でミランダは、びっくりしたように目を丸くしている。

 しかし、次の瞬間、その口が一度閉じて、すぐに再び開く。

 

「……つ、次のクエストの条件として、どうしても、あなた方の……、特に、ロウの性質について確認する必要があって、それで、やむなく……」

 

 ミランダがそれを告げ、今度こそ、ぎょっとしたように顔色を変えた。

 告白剤の効果により、さっきの一郎の質問に対して、ミランダの口が勝手に言葉を発したのだろう。

 ミランダは驚いた表情になった。

 

「エリカ、座れ。別に毒じゃない──。おそらく、一時的に影響を与えるだけの軽いものだ──。それにしても、なるほど、ミランダが口にした通り、絶対に見破ることができないというのは本当なんだね。なにしろ、それを仕掛けたミランダ自身が、告白剤入りのはちみつ酒を口にしたことを見抜けないんだから……」

 

 一郎はくすくすと笑った。

 

「い、いったい、どうやって……。あっ──。さ、さっき、あなたが剣を落としたときに……」

 

 ミランダがはっとしている。

 そして、失敗したという顔になる。

 

「あ、あたしとしたことが、とんだ間抜けね……」

 

 ミランダは口惜しそうだ。

 

「それにしても、俺の性質を知りたいというのはどういうこと、ミランダ? あなたに隠し立てをするつもりはない。普通に訊ねれば、なんでも教えるつもりはあるよ」

 

 一郎は言った。

 もっとも、それは方便だ。

 実際には、一郎には口にすると都合の悪いことがたくさんあり、告白剤などというものを飲まされて、根掘り葉掘り訊ねられるのは都合が悪い。

 

 知られるわけにはいかないことのひとつは、一郎が異世界人であるということだ。

 エリカには、召喚された異世界人に対する侮蔑意識は高いから、絶対に口にするなと忠告されている。

 それから、魔眼保持者であるということ。

 エリカとコゼには、一郎の淫魔術のことも、魔眼のことも説明しているものの、誰でも自分の能力や年齢や名前が覗き見されていると知れば気持ちが悪いだろう。

 そもそも、魔眼という能力がこの世界の神話にしか出ないような伝承の能力だ。

 そんなものを一郎が保持していると世間にもれれば大変なことになる。

 

 さて、その魔眼だが、なかなかに便利な能力だ。

 武器としてなにかを装備していれば、それを隠していてもわかる。その武器を持った状態での「直接攻撃力」の数値が読み取れるのだ。

 

 たとえば、ミランダは、いまはなにも装備していない。

 だが、直接攻撃力は“800”もある。

 弓の達人のレベルのエリカが弓を装備したときの直接攻撃力が“700”であり、アサシンだったコゼが両手に暗殺用の暗器を持ったときの直接攻撃力は“700”だから、素手で“800”というのも、相当の怪力と体術の猛者ということだ。

 一郎など、片手で首の骨を折るに違いない。

 さすがは、怪力で知られているドワフ族というところだ。ギルドの職員になる前は、シーラ・ランクの歴戦の冒険者だったという話だったから、女だてらにかなりの活躍もしたのだろう。

 しかも、一郎には、相手が妙齢の女であれば、その女性の性歴や身体の感度、感じやすい身体であるのか、そうでないのかなどが丸わかりなのだ。

 

 たとえば、目の前のミランダなどであれば……。

 

 

 

 ミランダ

  ドワフ族、女

   副ギルド長(冒険者ギルド)

   元冒険者(シーラ)ランク

  年齢60歳

  ジョブ

   ギルドマスタ(レベル30)

   戦士(レベル40)

   魔道遣い(レベル5)

  生命力:200

  直接攻撃力:800

  魔道力:100

  経験人数:男10

  淫乱レベル:B

  快感値:300(通常)

  状態

   告白剤の魔毒

 

 

 

 ……となる。

 

 これまでに身体を合わせたことのある男は十人。

 淫乱レベルは“B”──。

 一郎の魔眼によれば、淫乱レベルは、エリカのように、特に感じやすい身体であれば、“S”と表現されるし、それに次ぐのが、“A”、そして、“B”、“C”、“D”の順になる。“B”というのは、やや感じやすいという感じだ。コゼも、最初はDだったが、いまは“B”だ。

 一度だけ、“E”という女に接したことがあるが、これは「不感症」レベルだと一郎は思っている。

 

 また、ミランダの「快感値」は“300”──。

 この数値は、どれくらい愛撫に弱いかという指標になり、この数値を基礎数として、女が淫情を覚えると、数値は下がり始める。

 だから、エリカは、通常値が“100”だが、これはちょっとでも触れれば、たちまちの股間に蜜が溢れてしまうという性質となる。

 ミランダの“300”は、まあ女としては、人並みだろう。

 コゼもかつては、“700”だったが、いまは、この基礎数が“300”になっている。

 この数値は、「調教」により変化するのだ。

 いずれにしても、そんなことを「見られている」というのは嫌だろう。

 

 これも言えない……。

 

 また、他人に知られたくないものといえば、なによりも、一郎が「淫魔師」であるということだ。

 淫魔師の最大の武器は、精液を使って女を支配し、呪術で心や身体を操ることができるということだが、そんな能力があると知られれば、忌避されるどころか、このギルドからの討伐対象にもされるような気もする。

 そんな目には遭いたくはないので、それも言えない。

 そうやって考えてみると、一郎には他人に隠しておかなければならないことは多い。

 

 ところで、一郎の淫魔師としての力は、短い時間で急激に成長している。

 一箇月前の「歌姫事件」で、ドラクスの媚薬を修得することにより、淫魔師レベルは、“67”にあがっていた。

 淫魔師である一郎が精で支配できるのは、ジョブレベルの数値が下回る女であるが、“67”などという途方もないジョブレベルは、まずあり得ない。

 

 伝説的な冒険者だったという目の前のミランダは冒険者ジョブが“60”でありとんでもないが、一郎はすでにミランダを上回っている。

 エリカは戦士ジョブが最高で“20”、コゼもアサシンジョブが“20”であるが、これすらも滅多に存在しない高さであり、大抵は、どんな者でも、もっとも最上位のジョブが“10”を超えない。

 一般庶民ともなれば、職業にしているジョブが“2”か“3”、高くても“5”だ。

 つまりは、ほとんどの女は、一郎に犯されれば、すぐに一郎の下僕になってしまうということになる。

 一郎には目の前のミランダさえも、精の力であれば屈服させる自信はある。

 

 あの「歌姫事件」で性奴隷にしたドルニカは、噂によれば、王都を出て、領地に引っ込んでしまったらしいが、一郎の淫魔師の力で、ドラクスの禁断症状を与えたままであり、その禁断症状を止めるために、いまでも一日に数名の男奴隷の生出しを受けていることだろう。そして、それはドルニカが男奴隷の子を孕むまで続くはずだ。

 また、領地に戻ってしまったドルニカだが、一郎と再び出逢うことがあれば、その瞬間に、どんな破廉恥な命令にも逆らえない一郎の性奴隷に成り下がる。

 そんな状態にすることが、一郎には可能なのだ。

 いずれにしても、告白剤などを飲まされて、それらのことを口にするわけにはいかない。

 

「ま、参ったわねえ……。このあたしが告白剤を飲まされるなんて……。しかも、本当はあたしが、飲ませようとしたんだから、文句もいうわけにはいかないわね……。まあ、先に謝っておくわ。ごめんなさい……」

 

 ミランダが頭を下げた。

 一郎は微笑んだ。

 

「それで、俺に告白剤を飲ませて、なにが知りたかったの、ミランダ?」

 

 ミランダに対して、一郎はタメ口を使っているが、それはミランダの希望によるものだ。

 この気さくな女副ギルド長は、余所余所しい態度を取られるのが苦手らしく、誰に対しても、そんな風に話しかけられるのを望む。

 

「じゃあ、言うわ──。あるクエストをあんたらの強制クエストにしようかと思っているの。だけど、それについて、まずは、ロウが女たらしでないことを……つまりは、女とみれば、すぐに手を出すような野蛮人でないことを確認する必要があって……」

 

 ミランダが言い難そうに喋った。

 

「ロ、ロウ様は、野蛮人なんかじゃありません。そりゃあ、慎み深いお方だとは言いませんけど──」

 

 すると、横のエリカが憤慨したように声をあげた。

 

「まあ、少なくとも、女とみれば、すぐに手を出す方じゃないわね。でも、女たらしだとは思うけど……」

 

 コゼだ。

 エリカとコゼの言葉に、一郎は苦笑した。

 

「で、でも、あんたらふたりを閨の技で支配しているとか……。それから、房中術が得意とか言っていたし……」

 

 ミランダが少しはにかむような口調で言った。

 そういえば、最初に面談したときに、そんなことを喋った気もする。

 

 それはともかく、一郎はミランダの意外な反応に驚いた。

 ミランダが一郎の性の技について言及したとき、ミランダの「快感値」が“300”から“240”まで、一気に下がったのだ。

 一郎はびっくりした。

 そして、一郎には、その理由もすぐに想像がついた。

 これは、ミランダが一郎を性の対象として意識しているという兆候に違いない。

 だから、百戦錬磨のはずの副ギルド長が、なんとなく、一郎に対して、たじろいだような雰囲気なのだ。

 これはちょっと面白いな──と思った。

 

 性のことで相手に優位に立っていることがわかると、一郎の心には大きな自信のようなものが漲ってくる。

 かなうはずのない相手に、どんどんと強気になれるのだ。

 これも淫魔師としての能力のひとつだとは思うが……。

 

 それはそうとして、いまは、ミランダの言及した新しい強制クエストのことだ。

 強制クエストというのは、通常は冒険者側が選択して受けるものであるクエストを、ギルド側から強制的に割り当てるもののことだ。

 ランク上位のパーティは、ギルド側からの強制クエストを断れないという掟がある。

 

「それは事実だけど、誰彼となく、女を犯すわけじゃないよ。たとえば、俺はミランダを女として意識しているし、できれば抱きたいと思っているが、襲いかかるということはしない。こうやって、普通に応対している。そういう意味では常識人だ。安心して欲しいね」

 

 一郎はわざとミランダをからかうような言葉を告げた。

 

「な、なんで、あたしなのよ──。あ、あたしなんか──」

 

 すると、ミランダは目に見えて動揺した。

 反応が素直で愉快だ。

 しかも、ミランダのステータスにある「快感値」がまた下がって、“200”にまでなった。

 本当に面白い……。

 

「ところで強制クエストの内容はなんですか、ミランダ?」

 

 コゼが冷静に言った。

 ミランダは赤らんでいた顔をはっとしたように平静にした。

 そして、咳払いして語り始めた。

 

「……もういいわ。じゃあ、クエストの内容を説明するわ。王都から二日の距離にあるジーロップ山という大陸街道沿いに、小さな盗賊団が棲みついているの。規模は大きくない。せいぜい、十人程度の盗賊よ。アルファ・ランクに一箇月で昇任したほどのあんたらなら、どうということはないでしょう──。とにかく、その盗賊団を捕えて、少なくとも首領の身柄を当局に引き渡すこと。この際、生死も問わない──。それがクエストの内容よ」

 

 ミランダが言った。

 その程度であれば、どうということはない気もする。

 だが、不思議な感じだ。

 盗賊団であれば、本来は軍が取り締まるべきものだ。

 もっとも、この世界では、あちこちに盗賊団のようなものが存在して、その数も多いので、限られた軍では手に負えないということはある。そんな仕事が冒険者ギルドに回ってくることは珍しくはない。

 しかし、場所は大陸街道沿いだという。

 城郭警護と主要な街道の警護は、完全な王軍や地方軍の管轄だ。

 わざわざ、冒険者ギルドに依頼してきたのはなぜだろう?

 しかも、ミランダは、さっき、一郎に告白剤を飲ませてまで、女に対する慎みの度合いを測ろうとした。

 なにか裏がありそうだ。

 

「それだけ、ミランダ?」

 

 一郎は言った。

 

「もちろん、それだけじゃないわ。このクエストの条件は、その盗賊団退治の任務には、シャングリアという若い女騎士が同行するということね。彼女と一緒に盗賊団を退治する。それが条件よ」

 

「シャングリア?」

 

 一郎はどこかで耳にしたことがあるような気がして、首を傾げた。

 

「モーリア男爵家のお嬢様よ」

 

 ミランダは言った。

 

「ああ──」

 

 一郎は思い出した。

 

 この一箇月で数回耳にしたことがあるお転婆で有名な若い貴族娘の名だ。姿は見たことはないが、随分と美人だとも聞いた。

 ただ、男勝りで、女扱いされることが大嫌いであり、騎士団の有名な女傑だ。

 また、モーリア家といえば男爵家だが、いまの代になり、飛ぶ鳥を落とすほどに成長した家とかで、やり手の男爵が領地経営に大成功し、並の伯爵家よりも余程に高い経済力があるそうだ。

 

「そのシャングリア嬢と一緒に、盗賊退治をするということですね?」

 

「そうよ、エリカ──。ただし、物言いには気をつけてね。そんな風に、女扱いされるのが大嫌いなのよ。男として扱ってあげて」

 

 ミランダが言った。

 

「女なのに?」

 

 コゼが含みのある口調で言う。

 

「そうよ──。女だけど、女扱いしないのよ──。そのシャングリアが同行する。手を出さないでね、ロウ──。それがモーリア家の依頼条件よ。本当は、女だけのパーティを望まれたんだけど、信頼のできるパーティで、女のみのパーティはないのよ。それで、あなたたちなら、三人のうちふたりが女だし、しかも、女性の方が猛者で、あなたはそれに守られている感じで、モーリア家の条件に近い気がすると思ってね……。報酬は金貨五枚よ」

 

 告白剤の影響もあるのか、ミランダは歯に衣を着せない物言いをした。

 暗に一郎は弱いと言っているようだが、それは真実だから、一郎も返す言葉はない。

 ただ、笑うしかなかった。

 

 だが、これでわかったが、このクエストの依頼主は彼女の実家のモーリア家のようだ。

 どうやら、裏もわかってきた。

 モーリア家としては、騎士団に所属している自家のシャングリアという娘に手柄を立てさせたいのだ。

 それで、手頃な冒険者のパーティを同行させようとしているのだろう。

 つまりは、一郎たちは、その女騎士の護衛であり、噛ませ犬ということだ。

 

「なるほど、俺たちの役割がわかったよ。そのシャングリア殿を守って、手柄をたてさせればいいんだね、ミランダ?」

 

「いいえ、彼女を警護することはクエストには含まれないわ。あんたらの役割は、あくまでも盗賊退治よ。ただ、彼女と一緒に行けばいいだけ。そして……」

 

「……そして、手を出さない。それは承知したよ」

 

 一郎は笑った。

 ミランダはほっとした顔になった。

 

「よかった。じゃあ、強制クエストを発動するわ。よろしく頼むわね。シャングリアは王軍騎士団の詰所にいるわ。さっそく、明日にでも接触して、出立の日付を決めてちょうだい」

 

「わかった──。じゃあ、これで、クエストの件は終わりだね?」

 

 一郎は言った。

 

「そうね。行っていいわ」

 

 ミランダが立ちあがろうとした。

 

「待って──。まだだよ。行ってはだめだ。俺に告白剤を飲ませようとしたでしょう? その始末が終わってないじゃないか」

 

 一郎は笑いながら、ミランダを制した。

 ミランダは不審な表情で座り直した。

 

「そ、それは謝ったじゃないのよ」

 

 ミランダは言った。

 

「でも、罰は与えないとね。しこりが残らないように──」

 

 一郎は言った。

 

「ば、罰──?」

 

 ミランダがびくりと身体を一度震わせて、声をあげた。

 その激しすぎる反応に、一郎はほくそ笑んだ。

 一郎の勘が正しければ、このミランダは……。

 

「さあ、告白してもらおう。ミランダの性の歴史をね──。最初に性交したのはどんな相手だった?」

 

 一郎はくすくすと笑いながら言った。

 ミランダは告白剤を飲んでいる状態だ。質問をされれば、正直に喋るしかない。

 しかし、そんなことを訊ねれば、通常であれば、烈火の如く怒るはずだ。

 ミランダが怒りの反応を見せれば、一郎は冗談だったとやめるつもりだった。しかし、なんとなく、ミランダはそうは言わない気もする。

 副ギルドマスターという立場や元冒険者としての強さの反面、性的なことについての「押し」には弱い──。

 強く男に言い寄られれば、どうしても断れない。

 実は、それがミランダの本質のような気もする。

 しかも、エリカと同じように、“マゾっ気”も強いと思う。

 ただの勘だが、この手のことで、一郎は自分の勘が外れること予想していない。

 

「な、なんで、そんなこと訊ねるのよ──」

 

 ミランダが目に見えて、顕著に顔を赤くした。

 素手の直接攻撃力が“500”もある怪力のドワフ女が、そんな言葉ひとつで狼狽えるのは、本当に面白いし、とても、魅力的だ。

 一郎は思わず笑った。

 

「さあ、喋るんだ」

 

 一郎は強く言った。

 

 そして、結局のところ、告白剤の力により、ミランダは一郎によって、簡単にではあるが、十人の性遍歴を全部喋らされた。

 やっぱり、思った通りだ。

 ミランダは、言い寄られると、たちまちにたじたじになるらしく、その都度、素直に男に応じてきたところがあるようだ。

 だが、うまくもいかなかった……。

 

 その理由も一郎にはわかる。

 このミランダは、おそらく被虐の性質があり、少し乱暴に扱われた方が興奮するのだと思う。

 しかし、あまりにも強いミランダをそんな風に扱う男はいなかった。

 それで、すぐにうまくいかなくなっていったのだろう。

 

 最近では、副ギルド長にまでなった伝承のシーラ・ランク冒険者のミランダに言い寄る男もなく、すっかりと「お見限り」になってもいるようだ。

 ミランダの「告白」のあいだ、一郎の魔眼にはミランダの全身に浮かぶ桃色のもやがどんどんと色を濃くするのがわかったし、「快感値」の数値はついに二桁になり、最後には“50”にまでなったのも確認した。

 ここまで下がれば、ミランダの股間はねっとりと蜜で濡れているはずだ。

 思った通りに、ミランダはマゾっ気が強い。

 薬剤の力で「告白」なんてさせられて、かなりの性的興奮もしているのがわかる。

 

 このまま性交に及んで、そのまま支配してしまうということも可能な気もした。

 だが、まあやめた。

 一郎は、この辺りで許してあげることにした。

 

「……も、もういいでしょう──。告白剤なんて、飲ませようとして悪かったわよ──。もう、やめてよ」

 

 ミランダがついに我慢できなくなったように声をあげた。

 

「そうだね。じゃあ、これで許してあげるよ、ミランダ──。それよりも、今度家に遊びに行くよ。たしか、ひとり暮らしだよね。今度のクエストが終われば、三人で遊びに行くからね──。拒否は許さない──。その代わり、今回はミランダに恥ずかしいことを喋らせちゃったから、そのときは、俺たちの性癖を教えるよ。愉しみにしてよね」

 

 一郎は立ちあがった。

 ずっと呆気にとられたように横で聞いていたエリカとコゼも慌てて立ちあがった。

 ミランダがはっとしたような顔になった。

 

「いいね、ミランダ──。約束したよ──。とにかく、クエスト処理に行ってくる」

 

 一郎は強い口調で言った。

 

「う、うん……」

 

 やっぱり、ミランダは拒否することはなかった。

 たじろいだような表情ながらも、しっかりと首を縦に振った。



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49  災いを呼ぶ女

 騎士シャングリアについては、大変なものだと一郎は思った。

 

 銀色のプレート・アーマーを身につけた六人の騎士が馬上のまま練兵をしている。

 岩の多い山あいの土地を想定しているらしく、やってきた練兵場の一画は、たくさんの大きな岩が無造作に置かれていた。

 その岩を縫うようにして、三騎と三騎の王軍騎士の紋章のある銀色の鎧を身につけた騎士が馬を操りながら、木製の長い棒を槍と想定して相互に戦っているのだ。乗っている騎馬の面覆いが赤白に分かれており、それが敵味方の目印のようだ。

 

 あの六騎の中で、どれがシャングリアという女騎士なのかは、すぐにわかった。

 男の騎士に混じって、一騎だけ小柄だ。

 だが、その小柄の騎士の動きが一番いい。

 巧みに馬を操りながら、敵と想定されている騎士の横に後ろにと回り込んでいる。

 二組に分かれている六騎は、当初はそれぞれ三騎で連係し合うように動いていたが、やがて、さっとシャングリアだけが突出した。

 相手の三騎は、シャングリアを囲むように動いたが、シャングリアはそれをかわして包囲の外に出て、三騎の背後に完全に出た。

 そして、持っている槍代わりの棒で一騎の騎士を突く。

 体勢を崩した相手が馬からそのまま突き落とされた。

 

「なかなかのものです」

 

 練兵場の外側の柵にもたれながら、横で一緒に見守っていたエリカがそう言った。

 

 王都の郊外にある練兵場だ。

 

 一郎は、クエストで与えられたジーロップ山の盗賊退治を実行するために、王軍騎士に所属するモーリア男爵家の娘であるシャングリアという女騎士に面会に来たのだ。その女騎士とともに、盗賊退治をするというのが、今回のクエストの条件なのだ。

 

 最初は詰所に面会に行ったのだが、今日は練兵場にいると教えられて、ここまでやってきた。

 王軍騎士団の練兵場は、王宮に隣接されている騎士団の詰所とは異なり、王都の外壁に近い場所にある。別に警護の者などいなかったので、一郎たちは、誰にも咎められることなく、この練兵場の柵までやって来れた。

 

 それでこうやって、見物をしているところだ。

 一郎が真ん中で、エリカとコゼが一郎を挟むようにして、柵にもたれている。

 

 シャングリアだと思われる騎士が二騎目も棒で打ち倒した。

 残りは一騎。

 すると、シャングリアの味方の騎士二騎が動きを止めて、シャングリアを見守る態勢になった。

 一騎討ち──。

 シャングリアは残りの一騎と馳せ違う。

 どっという音がここまで聞こえて、その一騎も馬から落ちた。

 

「凄いねえ。ひとりでやっつけたよ」

 

 一郎は正直な感嘆を口にした。

 シャングリアといえば、美人だが男勝りのお転婆というのが世間の評価だが、少なくとも、お転婆については、その言葉に間違いはないようだ。

 一郎が見る限り、相手の三騎が特に弱いというわけでもなさそうだ。シャングリアが強いのだ。

 

「きちんと訓練を受けた正統派の武術ですね」

 

 コゼだ。

 

「でも、お前なら勝てるだろう、コゼ?」

 

 一郎は訊ねてみた。

 

「こっそりと寝首をかけと命じられればできます」

 

 横を向くと、コゼがにっこりと笑った。

 

「じゃあ、あんな風に戦場で立ち合えと言われれば?」

 

「逃げます。あたしは逃げ足にも自信はあります」

 

 コゼの物言いに一郎は笑った。

 

「だけど、俺は駄目だな。お前たちのように馬には乗れない。逃げても馬で追いつかれて終わりだ」

 

「ロウ様のことは、わたしが守ります。心配いりません」

 

 すると、エリカが真面目な顔でそう言った。

 さらに見守っていると、練兵が終わったのか、それぞれに銀色の仮面を外し始めた。

 シャングリアも銀の仮面を外す。

 見事な白銀の長い髪が現れた。

 確かに美人だ。

 しかし、遠目でも気の強そうな性格が顔によく出ていて、笑みひとつ浮かべずに、ほかの者たちと馬上のまま話をかわしている。

 やがて、散開した。

 ほかの五騎は、練兵場の外に向かって去っていく。

 

 ただ、シャングリアだけが、こっちに馬のままやって来た。

 どうやら、一郎たちには気がついていたようだ。

 

「こっち側に入って来い」

 

 声の届く距離になると、シャングリアが大きな声をあげた。

 柵は立て杭を二本の横材で繋げているだけで、その横材の隙間からいくらでも身体を入れることができる。

 一郎たち三人は、その言葉に従って、練兵場の中に入っていった。

 

「お前たちは、大伯父が言っていた冒険者だな? わたしの従者として、ジーロップの盗賊退治に同行する冒険者たちで間違いないか?」

 

 シャングリアが一郎たちのそばまでやって来た。

 ただし、馬に乗ったままだ。

 それにしても、いきなり“従者”と言われたことには、少し驚いた。

 

「伯父という人のことは知りません。俺たちは、冒険者ギルドから、あなたと一緒に盗賊退治をするというクエストを受けています。ついでながら、従者の指示は受けていませんね」

 

 一郎は言った。

 そのとき、目の前のシャングリアが馬上で持っていた棒をさっと動かしたように思った。

 

「ロウ様──」

「ご主人様──」

 

 エリカとコゼの叫び声がした。

 なにが起きたのかわからなかった。

 左肩に激痛が走り、一郎は宙を飛んでいた。

 馬上のシャングリアに棒で突かれたとわかったのは、視界に青空がはっきりと映ったときだ。

 そして、背中に地面がどっと当たった。

 突き倒されたのだ。

 

「な、なにすんのよ、お前──」

 

 エリカだ。

 倒れている一郎の前に立って、すでに細剣を抜いている。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 コゼが屈みこんで、一郎の頭を抱き起すようにした。

 

「お前とはなんだ、エルフ女──?」

 

 シャングリアはエリカを睨むように見たが、すぐに視線を一郎に戻した。

 

「まあいい……。それよりも、男──。従者でなくて、なんなのだ? 一人前に一緒に戦うというような生意気を言ったから試したのだ。それにしても弱すぎるな。話にならん。従者なら連れて行ってもいい。ジーロップまでは二日かかる。火おこしをしたり、食糧を運んだりする者たちは必要だからな。だが、冒険者ごときと一緒に戦おうとは思わん。盗賊団など、わたしひとりで十分だ」

 

 シャングリアが口元に小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。

 さすがに一郎も腹がたった。

 

「冗談じゃないわよ──。ロウ様に謝りなさい──」

 

 エリカがすっと剣を動かした。

 やばい──。

 やる気だ──。

 一郎にはエリカが怒りに震えているのがわかった。

 そのまま、シャングリアに突っかかっていきそうだ。

 

「ま、待て、エリカ──。やめろ──。俺は大丈夫だ──」

 

 一郎は慌てて叫んだ。

 そして、心配そうなコゼの手をどけて、立ちあがる。

 一郎の身体に刻まれている“ユグドラの癒し”のおかげで、すでに打たれた肩は治っている。

 

「で、でも、ロウ様……」

 

 憤慨した表情のエリカが振り返った。

 

「いいんだ……。コゼ、柵の外に落ちている小枝を拾ってきてくれ」

 

 一郎はエリカを制して、その前に出ながら、コゼに言った。

 コゼは一瞬、当惑した表情になったが、すぐに柵の外に出た。柵の外には背の低い樹木が何本かあり、地面にはその樹から落ちた枝がたくさんあったのだ。

 

「ほう、丸一日は肩があがらんとは思ったがな。打たれ強いのだな」

 

 相変わらずの馬鹿にしたような笑みのまま、シャングリアが口元を綻ばせた。

 一郎は魔眼でシャングリアを見た。

 

 

 

 “シャングリア(モーリア=シャンデリカ)

  人間族、女

   騎士

  年齢22歳

  ジョブ

   戦士(レベル15)

  生命力:60

  攻撃力:300(模擬槍)

  経験人数:なし

  淫乱レベル:A

  快感値:100(通常)”

 

 

 

「シャンデリカ? あんた、シャンデリカというのか?」

 

 思わず言った。

 口にして、しまったと思った。

 魔眼で垣間見た情報を口にするのは不適切だ。

 だが、シャングリアが顔を真っ赤にした。

 

「な、なんで、わたしの本当の名を──。わ、わたしは騎士シャングリアだ。“シャンデリカ”という、そんな女っぽい名前など──」

 

 シャングリアが顔を真っ赤にしたのは、怒りのためのようだ。

 “シャンデリカ”に比べて、“シャングリア”が男っぽいということはないだろうが、シャンデリカというのは、一郎の知識では“光り輝く”という意味だ。

 耳で聞く言葉については、この異世界も、元の世界も変わりはないことを一郎は知っている。

 シャングリアの様子から予想すると、シャングリアの本名は、その銀色の髪に相応しく、光り輝く“シャンデリカ”というのだろう。しかし、それを嫌って、騎士としては、“シャングリア”と名乗っているということのようだ。

 

「これでいいですか、ご主人様? でも、なにに使うんです?」

 

 コゼが何本かの小枝を持ってきた。

 一郎はその中で、ちょうど乗馬鞭くらいの長さと太さ、そして、しなりを持っているものを選んで手に取った。

 

「まあ、見てろ、コゼ……」

 

 一郎はコゼと、そして、まだシャングリアを睨んでいるエリカを一郎の後ろに下げた。

 

「じゃあ、ちょっと俺と果し合いをしよう。俺が勝ったら、一緒に盗賊退治に行くことを認めてもらうよ」

 

 一郎はにっこりと笑った。

 

「わ、わたしと果し合い?」

 

 シャングリアが愉快な冗談でも聞いたというような顔になった。

 

「な、なにを言っているんです、ロウ様──。そんなことはさせられません。こいつを懲らしめるんなら、わたしがやります」

 

 エリカが叫んだ。

 

「こ、懲らしめるだと──。生意気を言うな、エルフ女──」

 

 すると、シャングリアがエリカに怒鳴った。

 一郎はふたりを宥めるように手をあげて、シャングリアに近づく。

 

「まあまあ、シャングリア……」

 

「わ、わたしを呼び捨てにするな──」

 

 シャングリアが怒鳴った。

 

「じゃあ、俺が勝ったら、仲間として呼び捨てにするよ、シャングリア様」

 

 一郎は言った。

 すでに、一郎はシャングリアが乗っている馬の前にいる。

 

「お前が勝つだと? ふざけるな──。だったら、そのエルフ女と戦ってやる。その女がそれなりの心得があるのは、剣の構えでわかる──。逆に、お前など素人だ。武芸の心得はないだろう──?」

 

「確かにないね。この三人の中で、飛びぬけて俺が弱いということは確かだということは認めるよ。でも、その俺に負けたら、少しは俺を認めな」

 

「あり得ん──。だ、だが、まあいい──。戦ってやる。その代わり、骨の一本や、二本は覚悟しろ──」

 

 シャングリアが馬から降りようとした。

 しかし、一郎はそれを制した。

 

「待って──。まずは、勝負のルールを決めないと……。いくら果し合いといっても、まさか殺し合うわけにはいかないしね」

 

 一郎はわざと陽気な声をあげた。

 

「ル、ルールだと──? そんなものあるか──。どっちかが参ったというまでだ」

 

 シャングリアが声をあげた。

 

「なるほど……。だったら、ルールなしでいこう」

 

 一郎はいきなり、シャングリアが乗っている馬の鼻先を持っていた小枝で力いっぱい引っ叩いた。

 びっくりした馬がいななきをあげて、前脚をあげて胴体を縦にする。

 

「きゃああ」

 

 シャングリアが悲鳴をあげた。

 すかさず、一郎はシャングリアが足にかけていたあぶみから片足を外す。

 完全に体勢を崩したシャングリアが馬から落ちて、背中から地面に叩きつけられた。

 

「あぐうっ──」

 

 呻き声をあげたシャングリアに一郎はのしかかった。

 

「誰か、“始め”の合図をしてくれ」

 

 一郎はプレート・アーマーの隙間を使って、小枝を胸のあたりに差し込みながら言った。

 

「始め」

 

 エリカが早口で言う。

 一郎の眼には、シャングリアの性感帯が桃色のもやでしっかりと映っている。

 そこをめがけて小枝を差し込んでくすぐるように動かした。

 

 プレート・アーマーは重い。

 さすがのシャングリアも容易には起きあがれない。

 しかも、一郎はシャングリアの力が入らないように、一番敏感な場所を探して刺激しているのだ。

 シャングリアは悲鳴をあげてもがくだけで、馬乗りになっている一郎をどかせられないでいる。

 もちろん、シャングリアが身に着けているプレート・アーマーは自力で起きあがれないような重すぎるものではないはずなのだが、一郎がシャングリアの力が入るのを邪魔しているので、シャングリアは重いプレート・アーマーを起こせないのだ。

 重い鎧があだになったかたちだ。

 

「や、やめろ──。ひ、卑怯……ぐうっ、くっ──。お、お前、さっきから、なにを……」

 

 シャングリアが真っ赤な顔で身体を捩じって、一郎を下から掴んで上からどかそうしている。

 しかし、一郎もそうはさせない。

 

「卑怯も、くそもあるか。相手は盗賊だ──。どんな手でも使うぞ。自分ひとりで大丈夫などとおこがましいことを言うな」

 

 一郎は、シャングリアの脇の下にあるプレート・アーマーの継ぎ目に小枝の先を突き差してくすぐった。

 

「ひやあ、ひゃははは──や、やめろ──く、くすぐったい──やめえ──」

 

 シャングリアが笑い出した。

 一郎には、シャングリアがとても感じやすい性質であり、脇の下が弱いことがわかっている。

 そこをくすぐられて、シャングリアの力は完全に抜けた。

 一郎は片手でシャングリアの腕を押さえて、さらに小枝でくすぐる。

 単純な力だけなら、男である一郎が上だ。

 そのうえに、シャングリアは重い金属の鎧を身に着けているのだ。

 一郎のくすぐりで力の入らないシャングリアは、逃げられないでいる。

 

「コゼ、さっきの小枝を全部投げろ」

 

 一郎は言った。

 小枝が飛んでくる。

 一郎は足を延ばして、シャングリアの両手を完全に足で押さえた。

 そして、無防備になった両方の脇の下に小枝を差すと、そこを思い切りくすぐる。

 プレート・アーマーの下は布の下衣のようだ。

 しかし、魔眼と淫魔師の力で赤いもやを見ながらくすぐっている一郎にかかっては、シャングリアはくすぐったさから逃れることはできないはずだ。

 シャングリアは、苦しそうに笑いながらも、しばらくは頑張ったが、やがて、諦めたようにぐったりとなった。

 

「ま、参った……」

 

 シャングリアがついに言った。

 

「よし、勝負あったな」

 

 一郎は笑いながら、シャングリアの身に着けているプレート・アーマーの隙間から脇をくすぐるのをやめた。

 そして、馬乗りになっていた身体をシャングリアからどかそうとした。

 そのとき、一郎の脚をやっと自由になったシャングリアの腕が掴んだ。

 

「うわっ」

 

 次の瞬間、一郎は地面に放り投げられていた。

 

「ゆ、許さん。こ、殺してやる──。ひ、卑怯な手を使いやがって……」

 

 シャングリアが真っ赤な顔をして、さっきまで乗っていた馬に走った。その鞍に剣が結んであり、シャングリアはそれを掴んだのだ。そして、鞘をそのままにして剣だけを抜く。

 シャングリアが上段に構えた剣が陽に当たって光った。

 

 まずい……。

 怒っている……。

 シャングリアは怒りに震えているようだった。

 

 一郎はとっさに腰の必撃の剣を握ろうとしたが、さすがに躊躇した。

 必撃の剣は、攻撃だけができる魔剣だ。

 受けるだけということはできない。

 これを抜くということは、シャングリアを斬りつけるということが前提だ。

 それに、咄嗟に覗いたシャングリアのステータスでは、剣を持ったことで、直接攻撃力がさらに“400”に跳ねあがった。

 必撃の剣を装備した一郎よりも直接攻撃力はずっと上だ。

 こりゃあ、まずいな……。

 一郎は逃げることに決めた。

 しかし、立ちあがろうとする前に、シャングリアが迫ってきた。

 

「ま、待て、正当な勝負だろう──」

 

 一郎は尻餅をついた状態で叫んだ。

 

「なにが正当な勝負だ──。この卑怯者──」

 

 シャングリアが剣をおろす態勢になったのがわかった。

 だが、そのシャングリアがぱっと後ろに跳び除けた。

 なにが起きたかわからなかったが、一郎とシャングリアのあいだの地面に矢が突き刺さっている。

 

 顔を向けた。

 エリカだ。

 

 エリカは剣のほかに、背に小弓と矢束を抱えていたのだが、それを険しい表情でつがえている。

 

「それ以上、一歩でも動いてごらん、シャングリア──。脳天に矢を突き射すわよ──」

 

 エリカが怒鳴った。

 そして、風のようなものを感じた。

 コゼが一郎の前に割り込んだのだ。

 すでに両手に短剣を持っている。

 

「な、なんだ、お前たちは──? だ、だいたい、いまのを見ていただろう──? こいつは卑怯だ。わたしは卑怯な手でやられたのだ……。わ、わかった。もういい──。その代わり、もう一度だ。もう一度勝負しろ──」

 

 シャングリアは、ふたりから武器を向けられて、ほんの少し冷静さを取り戻したようだ。

 いまにも飛びかかってきそうな表情は消えている。

 剣をすっとおろした。

 一郎はほっとして、立ちあがった。

 

「冗談言うなよ。もう一度やれば、お前が勝つに決まっているだろう、シャングリア──。だが、これが実際なら、お前さんは、すでに俺という敵に捕らわれて負けている」

 

 一郎は服の土を払いながら言った。

 

「もう一度だ──」

 

「やめなさい、シャングリア──。あんたの負けよ。ロウ様のいう通りよ。いまのが本当なら、あんたはロウ様に捕らわれた。敵なら殺されたでしょう。卑怯だなんて罵ったところで死ねば負けよ。あんたは死んだのよ。死人がなにもいう権利はないわ」

 

 エリカが言った。

 エリカは引き絞った弓を離してはいない。

 シャングリアは、まだ荒い息をしている。

 一郎はもう一度、シャングリアのステータスを覗いた。

 

 

 

 “シャングリア(モーリア=シャンデリカ)

  人間族、女

   騎士

  年齢22歳

  ジョブ

   戦士(レベル15)

  生命力:60

  攻撃力:400(剣)

  経験人数:なし

  淫乱レベル:A

  快感値:50↓”

 

 

 

 一郎はシャングリアが怒っている理由がわかった。

 さっきのくすぐりで、どうやら性的刺激を感じまくってしまったようだ。

 快感値が“50”にもなっている。

 それだけさがれば、シャングリアの股は蜜でびっしょりと濡れているはずだ。

 男勝りのシャングリアは、それも許せなかったのだろう。

 それにしても、あれっぽっちのくすぐりでそんなに感じてしまうとは、かなりの感度のよさだ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「ふたりとも構えを解け──。シャングリアはもうかかってこない」

 

 一郎は声をあげた。

 エリカとコゼがやっと武器をおろす。

 

「とにかく、明日の朝、出発にしよう、シャングリア。ジーロップ山に近づくにあたっては、行商人を装いたいと思う。俺たちで荷を積んだ馬車を準備する。馬車を曳く馬もな──。街道沿いの村で喜ばれそうな女の小物や衣類を積む。それで街道沿いの里を二、三箇所、周りながらを情報を集めながら進もう」

 

「行商人だと――」

 

「そうだ。うまくいけば、ジーロップの山街道に差し掛かったときに、向こうから俺たちを襲ってくれるかもしれない。あんたは、俺たち行商人に雇われた用心棒という格好をしてくれ。あんまり強い恰好をしないでくれよ。間違っても、王軍騎士団の鎧はやめてくれよな。女たらしの俺に雇われた美人用心棒ということがいいな」

 

「な、なんだと──。お前の指図は受けん──。わたしがリーダーだ。それに、わたしは女の格好はせん──」

 

 シャングリアが怒鳴った。

 

「別に女の格好をしなくても、それだけ美人なら女にしか見えないだろう」

 

 一郎は笑った。

 だが、シャングリアが再びおろした剣をあげる気配を示した。

 その瞬間、エリカとコゼがまた武器を掴んだ。

 

「やめろって、ふたりとも──。だったら、あんたがリーダーでいい、シャングリア──。なあ、リーダー、俺の提案でいいかい?」

 

「それでいい──」

 

 まだ赤い顔をしているシャングリアが一郎を睨んだまま言った。

 

 

 *

 

 

「災いを呼ぶ女──?」

 

 一郎は思わず繰り返した。

 

「本人は知りません。だけど、騎士仲間たちはひそかにシャングリアのことをそう呼んで陰口を使っているようです」

 

 コゼが説明した。

 住まい代わりにしている宿屋の一室だ。

 部屋にはふたつの寝台があるが、一郎たちはそれを横に繋げて、「ダブルベッド」のようにしていた。

 いまは三人ともその寝台の上にいる。

 

 この王都に居つくようになってから、この一箇月──。一郎たちは、適当な宿屋を転々として暮らしてきた。

 だが、宿屋暮らしもそろそろ終わりにしようと思っている。

 (アルファ)ランクの冒険者に昇格したことで、届けをすれば、王都周域に定住して家を買う権利をもらえることになった。

 

 家を買うとなれば、かなりの資金が必要だが、このあいだの特異点封印の賞金もあるし、それ以前のクエストも淡々とこなしたので、すでにかなりの蓄えもある。

 郊外に小さな家を購うくらいのものは十分にある。

 今回のクエストが終われば、ミランダに相談してみようと思う。

 副ギルド長のミランダだったら、いろいろとアドバイスをしてくれると思うし、あるいは、いい家を紹介してくれる気もする。クエストが終われば、三人でミランダの家に遊びにいくことになっているし、そのときにでも話をしてみようと考えている。

 

「災いを呼ぶ女なあ……。だけど、なんで災いなんだ? あれだけ強ければ、戦場では活躍するだろう」

 

 一郎は、今日の午後にシャングリアの人となりについて聞き込みに回ったコゼからの報告を受けながら、コゼの服を脱がした。

 コゼの身体はすでに一郎に抱かれる期待感で熱くなっている。

 あっという間に生まれたままの姿にしたコゼを抱き寄せると、一郎は両手でコゼの引き締まった腰の括れを撫ぜあげ、さらに脇腹から小ぶりの乳房に手をやった。

 一方で一郎の唇は、コゼの肩口の付近を這いまわっている。

 いずれもコゼの身体に浮かんでいる赤いもやの部分だ。

 それをなぞるように手や唇を動かしているのだ。

 

「あ、ああ……ご、ご主人様って……い、いつもすごい……。あ、あっという間に気持ちよくなる……。ま、まるで魔道みたい……」

 

 コゼが一郎の両腕の中で悶えながら言った。

 

「それよりも報告だ、コゼ──。なんで、シャングリアは騎士仲間から疎まれているんだ? それに、エリカ──。呆けてないで、コゼの報告を一緒に聞かないか──。起きろ──。起きて、俺の一物をしゃぶっていろ──。そして、こっちに耳だけ傾けていろ──」

 

 一郎は、コゼの愛撫をいったんやめ、裸のまま寝台の隅で丸くなっていたエリカを足で小突いて起こした。

 騎士団の詰所や男の騎士たちが立ち寄る酒場で聞き込みをしていたコゼに対して、エリカにはここで一郎の性の相手をずっとやらせていた。

 一回どころか、十回くらいの気をやらされたエリカは、ぐったりとしている。

 だが、一郎に起こされたエリカは、気だるそうな身体を必死に起こして、抱き合っている一郎とコゼに這い寄ってきた。

 

「ロ、ロウ様、すみません……。コ、コゼ、お帰り……。お疲れさまね……」

 

 エリカが一郎の股間に顔を寄せながら言った。

 

「お疲れさまは、エリカね……。大丈夫?」

 

 一郎の腕の中のコゼが苦笑している。

 

「だ、大丈夫じゃないわ、コゼ……。わ、わたしはもうだめ……。ロ、ロウ様……。わ、わたし、もう限界です……。コゼをいっぱい愛してあげてください……」

 

「そのつもりだ」

 

 一郎は笑った。

 エリカが一郎とコゼの身体に顔を強引に差し込むようにして、一郎の一物を口で咥えた。生温かいエリカの口の粘膜と舌に包まれた股間から快感が込みあがる。

 

「ほら、コゼ……」

 

 一郎は中断していたコゼへの責めを再開した。

 

「はううっ」

 

 コゼが一郎の腕の中で身体を弓なりにする。

 

「シャ、シャングリアは……、お、男勝りなのは……い、いいけれど……ふううっ、ロウ様……そ、そこは──」

 

 コゼが悲鳴のような声をあげた。

 一郎の指がコゼの尻の亀裂を動き、すっと菊座に指の先を埋めたのだ。いまや、すっかりと後ろの穴の快感の虜になっているコゼは、それで耐えきれない愉悦を感じてしまったようだ。

 

「やめるな──。報告しろ」

 

 一郎は意地悪く指をコゼの尻穴の中で動かしながら言った。

 

「……シャ、シャングリアは、み、身勝手な……ふ、振る舞いが……多くて……、せ、先日、あ、ああっ……はっ……はうっ……お、王軍が出動して、賊徒討伐にいったときも、と、討伐には……せ、成功しても……味方に……そ、損害が……。ご、ご主人様……ちょ、ちょっと、しゃ、喋っているあいだは……」

 

 コゼが必死に快感と戦うような仕草で言った。

 かなり、コゼの身悶えが激しくなっている。

 絶頂までの余裕の度合いを示す快感値は、すでに“12”だ。

 一郎はコゼの股間が滴るくらいの蜜で溢れていることを知っている。その状態まで欲情させられて、一方でまともに報告することを強いられるのはつらいだろう。

 一郎は思わず、にやにやとしてしまう。

 

「しっかりと報告するんだ。俺の精が欲しくないのか?」

 

 一郎はコゼの尻穴から指を抜いて、その腕でコゼを抱くようにしながら、今度は反対の手でコゼの肉芽の付近をまさぐった。

 コゼが悲鳴のような嬌声をあげる。

 

「ひうううっ、欲しい……。欲しいです……。ご主人様の精……、ほ、欲しいです……」

 

 コゼが哀願の声を発する。

 

「だったら、ちゃんと報告しろ」

 

「シャ、シャングリアは、か、勝手なんです──。だ、だから、実際の戦いで、仲間と連携……で、できなくて──。じ、自分はいいけど、な、仲間を守らないから、そ、損害も出るんです……。そ、それで、疎まれて──災いを呼ぶ女と悪口を言われているんです──」

 

 コゼが一気に早口でまくしたてた。

 そして、がっしりと一郎に抱くようにしがみつく。

 可愛い女だ。

 

 しかし、それでなんとなく、シャングリアの実家が冒険者を雇ってまで、シャングリアに別の手柄を立てさせようとしているかがわかった。シャングリアの性格から引き起こったことだが、騎士団の仲間から疎まれているという状況を心配した実家が、悪い評判を払拭する功績をシャングリアにあげさせようと考えたのだろう。

 それで、適当な盗賊団に目をつけたに違いない。

 一郎は合点がいった。

 コゼをさらに引き寄せる。

 

「よくできました……。じゃあ、俺がコゼに入っていくぞ。気持ちよく迎えてくれ」

 

 一郎がそう言うと、それを察したエリカが、一郎の怒張からさっと口を離した。

 一郎は向き合った座位の態勢ままコゼの腰を持ちあげて、コゼの股間の亀裂に怒張の先をあてがった。

 そして、腕をぱっと離す。

 

「ふうううう──」

 

 一郎の怒張に股間を落とされるかたちになったコゼが、一気に子宮近くまで一郎に貫かれた快感の衝撃に、上肢をぴんと伸ばして悲鳴をあげた。

 だが、構わず一郎は、コゼの腰を持ったまま身体を上下させて律動を開始する。

 

「あうっ……はっ……ああっ……」

 

 コゼが大きく喘ぎ始める。

 そして、一郎の怒張に膣の内側を擦られるたびに、とめどのない蜜を噴き出させた。

 あっという間にコゼは絶頂を迎える状況になった。

 一郎はコゼを押し倒した。

 正常位の体勢だ。

 

「コゼ、もっと脚を開け──。エリカ、俺とコゼが繋がっている場所を舐めろ──。コゼをもっと悦ばしてやれ──」

 

 一郎は律動を再開して言った。

 

「は、はい──。コ、コゼ、もっと気持ちよくなってね……」

 

 エリカが一郎とコゼの結合部分で舌を動かしだす。

 

「はううう──。そ、そんなの凄すぎる──。エ、エリカ──いっちゃう──。あ、あたし、いっちゃううう──。ご、ご主人様──お、お願い──。口づけさせて──口づけさせてください──」

 

 コゼが叫んだ。

 一郎はコゼの口を吸ってやった。

 

「ん、んんっ、んんんっ──」

 

 コゼが一郎の舌をむさぼるように舌を動かし始める。

 一方でエリカの舌は、コゼの激しい愉悦にあてられたかのように、動きに勢いが増している。

 火の出るような歓喜が一郎にも拡がってくる。

 一郎だけでなく、エリカの舌にまで責められているコゼはなおさらだろう。

 

「んふうううっ──ありがとう……ありがとうございます、ご主人様──。ありがとう、エリカ──」

 

 コゼが一郎から唇を離して絶叫した。

 エクスタシーの暴発がコゼの全身を貫いたのだ。

 コゼが全身を弓なりにして、力いっぱい一郎の背中を抱きしめてきた。

 一郎はコゼの中に精を放つ。

 コゼはさらに興奮した声をあげた。

 そして、膣の中で膨れあがった一郎の怒張を締めあげながら、二射目、三射目の一郎の精の迸りに、さらに全身を歓喜にわななかせた。



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50  四人で囲む焚き火

 野宿をしている夜闇に炎が浮かんでいる。

 焚火は馬車のそばで熾しており、そこからいい匂いが立ち込めてきた。

 夕食の煮炊きができあがってきたようだ。

 入っている食材は、最初の里で手に入れた野菜と新鮮な肉だ。女物の小物と衣類を渡す代わりに、幾らかの食糧をもらったのだ。

 

 行商人に扮して、ジーロップ山に向かう旅の一日目だ。

 今朝早く王都を出て、昼過ぎに街道沿いに近い小さな山里に立ち寄り、さらに、その里を夕方前に出発して、いま、この山中で野宿をしようとしているところだ。

 目的のジーロップ山までは、まだ距離がある。馬車の移動で、あと丸一日というところだろう。

 

 第一夜目は野宿となったが、野宿といっても今回は馬車のある旅だ。

 徒歩の旅の野宿ほどつらくはない。

 それに一郎は、野宿は嫌いではない。

 エリカたちの野外料理は美味しい。

 それを味わえるからだ。

 

 ここに辿り着く前に、立ち寄った里では一郎たちが積んできた女物の小物や衣類は悦ばれた。

 城郭から離れた里などでは、王都で流行っている小物や衣類が入ってくることはない。里長に許可をもらい、一郎たちが行商人を装って売りに出すと、たくさんの女たちが集まってきた。

 一般に女というのは話し好きだ。

 

 噂話を集めるのに、女を集めて訊ねるよりも、手っ取り早い方法はないと思う。この先のジーロップ山に巣食う盗賊のことを一郎が問いかけると、すぐに女たちは一斉に喋り出した。

 

 その里は、ジーロップ山とはまだまだ遠いので、それほど有益な情報はなかったが、確かに半年ほど前から、ジーロップ山には小さな盗賊団が巣食っているようだ。

 それほど大きなものとはいえないようだが、大陸街道沿いに出没するので、時折やってくる行商人たちは難儀をしているようでもあるとも女たちは話していた。

 ただ、幾らかの金さえ払えば、命までは奪わないらしく、たくさんいる盗賊団の中でも危険な方には数えられてはいない感じだ。

 

 ジーロップ山の盗賊団を退治するという話をギルドに持ってきたのは、大伯父と呼ばれているシャングリアの実家の男爵だ。

 その大伯父は、シャングリアの育ての親であり、シャングリアに盗賊団を退治させて、功績に箔をつけてやりたいと考えた。

 そうかといって、あまりにも危険すぎるものだと、シャングリアにもしものことがあるかもしれないから心配だ──。

 そんなことを考えて、適当な対象として、ジーロップ山の盗賊団に目をつけたのだろう。

 

 この辺りは国王の直轄領のはずだが、王都からは遠い。

 王都から二日かけて遠征して討伐するほど目立つ存在でもないから、まだ討伐は行われていないが、主街道の安全は領域の治安を維持するために重要な任務だ。

 大きな脅威でなくても、それをひとりで果たしたとなれば、まあ、そこそこの手柄としては数えられるだろう。

 一郎は納得した。

 

 一郎が座っているのは馬車の御者台だ。特にすることはない一郎は、そこでなんとなく、手持ち無沙汰にしていた。

 馬車を曳かせていた一頭のウマは、いまは御者台の先にはない。

 この大陸のウマは力が強く、一頭でも十分にこのくらいの馬車は曳く。そのウマは、いまは馬具を外して、この周辺を自由にさせている。放しても逃げない。適当に草を食べ終わり、水場で水分を取って、朝までには戻ってくるはずだ。

 

 また、野外での野宿だが、誰も警戒のようなことはしていない。

 エリカがこの馬車の周りに、警戒のための結界魔道を張り巡らせていて、それで十分に安全が保てるからだ。エリカが刻んだ結界の外からでは、この焚火と馬車が見えないようになっているとともに、近づこうとしても、いつの間にか方向を逸れてしまって、不審な者や危険な獣がやって来れないような魔道の仕掛けがあるらしい。

 だから、寝ずの番などの警戒をしなくても、比較的に安全に野宿をすることができるのだ。

 

 従って、一郎にしても、シャングリアにしても、特にすることもなく、それぞれに、ぼんやりと時間を潰していた。

 一方で、エリカとコゼはふたりで協力して、夕食の支度を続けている。

 

「ロウ様、もう少しでできあがります。待っていてくださいね」

 

「ご主人様の好きな米も入れましたよ」

 

 焚火で素焼きの土鍋で料理を作っているエリカとコゼが声をかけてきた。このふたりは意外にも料理は上手だ。

 エリカは狩猟族として、故郷の里で鍛えられたらしく、野外における動物の肉の捌き方、食べられる野草、あるいは香草の使い方をしっかりと身に着けている。

 

 コゼは、前の主人の奴隷だった時代に、アサシンの腕を鍛えられながらも、余裕のあるときには、厨房の手伝いもさせられていたということであり、そこで料理のやり方を学んでいたようだ。

 一郎はこのふたりと旅をするようになってから、料理というものをしたことがない。やろうとしても、料理器具の使い方もわからないので、うまくはできないと思う。

 また、異世界人の一郎には、元の世界の料理の知識などないから、独創的な料理をこの世界に生み出して大儲けする自信も皆無だ。

 本当にエリカとコゼが料理の腕があってよかったと思っている。

 

 また、食事について、なによりも嬉しいのは、この大陸にはしっかりとした米文化があるということだ。

 だから、米が食べられる。

 もっとも、本来、稲作が盛んなのは、このハロンドール王国を含む大陸の南側ではなく、北側のエルニア王国らしい。南側のハロンドール王国や、エリカが以前に旅をしたローム三公国の付近は小麦粉文化だ。従って、こっちの本来の主食は、小麦の粉から作るパンであり、あるいはパスタだ。

 だが、いまでは、北側から稲作も伝わっていて、場所によっては米も作っているし、主要な城郭では食米が流通している。米を手に入れることは難しくない。

 エリカもコゼも、一郎が米が好きだということを知っているので、こうやって野外で料理をするような機会があれば、積極的に米を食事に入れてくれる。

 

 一郎は本で学んだことがあるが、一郎の元の世界でも、米文化だったアジアに対して、小麦文化だった欧州があった。その結果、アジアの人口密度は高く、欧州の人口密度は低いという現象が歴史で起こった。欧州文明が世界の中心となったのは、欧州で産業革命が起きて、技術的な格差が大きくなったためであり、それがなければ、世界史の中心的な役割は、人口密度が高かったアジアだったはずだというような話だったように思う。

 一般に、米は作地単位面積辺りの産出穀物量が多いので、狭い地域でも多くの人口を支えられるのに対して、小麦粉文化の地域では、粉にする手間があるので拡散する穀物が少なくなり、大きな人口にはなりにくいからだ。

 

 この大陸も同じだ。

 南側のハロンドール王国やローム三公国に比べれば、北側のエルニア王国は人間族の人口も多く、そのため国力ももともと強い。

 その結果として、同じ人間族が主体の国でありながらも、ハロンドールやローム三公国が移民を奨励し、エルフ族やドワフ族のような亜人種を積極的に受け入れているのに比して、エルニア王国は閉鎖的らしい。

 向こう側では、エリカのようなエルフ族でさえ、賤民扱いされて差別される。移民も基本的には受け入れていないようだ。

 そもそも、国境を閉鎖しており、原則として出入国を禁止している。誰もエルニア国の実態さえ、知らないのだ。

 

「シャングリア、もうすぐ、食事らしいぞ──。こっちに来いよ」

 

 一郎は馬車とは離れて石にもたれて座っているシャングリアに声をかけた。

 シャングリアは昨日のような王軍騎士団の鎧ではなく、傭兵を思わせるような灰色の上下布衣と革の鎧を身に着けて腰に剣をさげている。白銀の髪は後ろで無造作に束ねているが、やはり、美人だけあって、そんな姿さえ華やかに感じる。

 

「不要だ──。わたしは、遠征用の乾燥パンを携行している。お前たちの世話にはならん」

 

 夜闇の中から声が戻ってきた。

 一郎は息を吐いた。

 そして、御者台から降りて、シャングリアが腰かけている石に歩いていく。

 なるほど、シャングリアは、平らで大き目のビスケットのようなものをちまちまとかじっていた。

 

「ちょっと、それを食べさせてくれ」

 

 一郎はそう言うと、返事を待たずに、シャングリアの手元からそれを無造作に取りあげた。

 

「な、なにをするか──」

 

 シャングリアが血相を変えた様子で怒鳴ったが、一郎はそれを手で制して、少し端っこを折って食べてみた。

 お世辞にもうまいとはいえない。

 

「こんなもの、うまくもなんともないじゃないか。そんなものは、しまっておけよ。それよりも一緒に鍋を食べるんだ。あんたの分の食器もエリカたちは準備しているんだ」

 

 一郎は乾燥パンを返しながら言った。

 

「お前たちの世話にはならん。わたしはこれで十分だ。この仕事のあいだに必要な食事の分は携行しているのだ」

 

「だけど、うまくないだろう。エリカとコゼの作る鍋はうまい。一緒に食べてくれ」

 

「食事にうまい、不味いなどどうでもいい──。そんなことを気にするのは女だ。この乾燥パンは栄養もあるし、十分に空腹は満たせる。放っておいてくれ」

 

 シャングリアは不機嫌そうに言った。

 だが、焚火で煮ている鍋の匂いがここまで漂ってきていて、本当にうまそうで食欲を誘う。

 一郎も御者台から、シャングリアが仕切りに鍋を気にして、ちらちらと視線をやっていることに気がついていた。

 あの料理に興味を抱いていないはずはないのだ。

 一郎はもう一度、さっと乾燥パンを取りあげた。

 

「ま、また──。いい加減にしろ、返せ──」

 

 シャングリアが怒鳴って立ちあがった。

 

「頼むから一緒に食事をしてくれ。明日には二個目の里に立ち寄ることになる。一個目の里では、大した情報を得ることはできなかったが、明日立ち寄るのは、ジーロップ山の麓の里だ。なにか有益なことがわかるはずだ。それについて、食事でもしながら話し合いたいのだ。リーダーがいてくれないと、話し合いにならない」

 

 一郎は言った。

 この女騎士は、本当に気位が高くて扱いが面倒だ。事実上の指図をしているのは一郎だが、シャングリアをリーダーということにしていないと、機嫌が悪い。

 しかも、冒険者である一郎たちを見下す態度が強くて、こっちから話しかけても、禄に返事もしない。

 本当に面倒くさい。

 

「ふん──。なにが情報だ。そんなものはどうでもいい──。里になど立ち寄らずに、真っ直ぐにジーロップ山に行けばいいのだ。そして、そこにいる盗賊団を残らず退治する。それだけでいい」

 

「そんな闇雲に向かっても、連中の隠れ処を探すだけでも大変だぞ。それにどんな連中かわからないのに、こっちから仕掛けるのは危険だ。しっかりと情報は集めないと……」

 

「だから、お前たちはただ着いてくるだけでいいと言っているだろう──。討伐はわたしひとりで十分だ──」

 

 シャングリアは怒鳴った。

 無計画で無鉄砲なシャングリアの言葉に一郎は呆れてしまった。

 そのとき、焚火側から声がした。

 

「ご主人様──。できました──。おいでください──。シャングリアも来たければ、来れば──」

 

 コゼだ。

 

「そんなわからずや、放っておけばいいですよ──。こっちで食べましょう、ロウ様」

 

 エリカの声もした。

 コゼはそうでもないが、エリカはこの一日だけで、態度の悪いシャングリアをはっきり嫌いだと決めたようだ。

 放っておけば、大喧嘩をしそうなふたりのあいだで、なだめ役に回っていたのは一郎だ。

 

 一郎は嘆息した。

 そして、ちょっと考えて、ものの言い方を変えることにした。

 

「あんたの言い分はもっともかもしれないが、俺たちとしてもその麓の里で情報を取るつもりで、行商人に成りすますために積み荷を仕入れたんだ。儲けるわけにはいかないが、元手くらいは取り返さないとならない。だから、里には寄りたい。頼むから寄ってくれ──。それに、情報はあって困るものではないはずだ」

 

「金に汚い冒険者らしい物言いだな──。まあいい──。認めてやる──。とにかく、それを返せ──」

 

 シャングリアが一郎が取りあげた乾燥パンを取り戻そうと手を伸ばした。

 一郎はさっとそれを避けた。

 

「いや──。これは俺にくれ。一度、軍人用の携行糧食というものを味わってみたかった。これは後で俺がもらう──。その代わり、鍋料理を食べてくれ」

 

 一郎は言った。

 

「なに? つまりは交換ということか? まあいい。それが欲しいならやる。確かに冒険者ふぜいには珍しいものだろうからな──。その代わり、お前たちの食事をもらうぞ。これは交換だ」

 

「それでいい。来てくれ」

 

 一郎はシャングリアを焚火の側に促した。

 本当に面倒くさい。

 

「あら、来たの?」

 

 焚火のところまでやってくると、エリカが嫌味な言葉をシャングリアに向けた。

 シャングリアがむっとして、エリカを睨んだ。

 

「やめないか、エリカ」

 

 一郎は声をあげた。

 エリカの気持ちはわかる。

 この一日、最初はエリカもシャングリアに打ち解けようと、積極的に声をかけたりしていた。だが、シャングリアから戻ってくるのは、その都度辛辣な言葉か、あるいは意図的な無視だ。

 それに冒険者である一郎たちを蔑んでいるのは態度で明白だし、とにかく、エリカは、なによりも、自分のことよりも、一郎に対するシャングリアの態度が気に入らないようだ。

 それですぐに険悪な雰囲気になった。

 

 それに比べれば、コゼはシャンゼリアとはそれほどの雰囲気はない。

 コゼは、一郎とエリカに対しては、打ち解けた態度も取るが、基本的には、ほかの人間には人見知りの傾向があるので、シャングリアに話しかけもしないし、進んで接しようともしない。

 だから、仲違いの状況にはならないのだ。

 

 いずれにしてもエリカの言葉が、言葉だけのことなのはわかっている。

 焚火の周りには、石を並べて、ちゃんと四人分の席があるし、四人分の食器もある。

 一郎はシャングリアを座らせて、一郎自身も石に腰かけた。

 四人で焚火を囲むかたちになった。

 

「ご主人様、どうぞ」

 

 コゼが一郎に、鍋から取り分けた料理の入った椀と木製のフォークをくれた。

 鍋の中身は肉と野菜と米と香草で煮込んだものだ。鼻を刺激する香りが渡された椀から放たれている。

 

「あんたも、ほら」

 

 エリカがシャングリアに椀を渡した。

 

「こ、これは物々交換したのだ。わたしは、こいつに軍人用の乾燥パンを渡したのだ。お前たちに恵んでもらうわけではないぞ」

 

 シャングリアがエリカから椀を受け取りながら言った。

 

「随分と長い“ありがとう”ね」

 

 エリカが皮肉を言った。

 コゼとエリカも自分たちで料理をよそった。

 食事になった。

 やっぱり、エリカとコゼの料理は美味しい。一郎は口の中に拡がる味に思わず舌鼓を打った。

 

「お、美味しい──。これは美味しいぞ──」

 

 すると、突然にシャングリアが大きな声をあげた。

 打って変ったあまりにも、シャングリアの素直な言葉に一郎は少し驚いた。

 だが、シャングリアは顔全体に悦びを浮かべて、料理をどんどんと口に入れている。

 その姿は見ていて気持ちがいいほどだ。

 ふと見ると、エリカとコゼも呆気にとられている。

 

「これは美味しい──。わたしはお前たちを軽く見ていた。こんな美味い料理を作れるのだ──。大いに感心した」

 

 シャングリアは食べながら言った。

 これまでの頑な態度からは考えられないような素直な言葉に、一郎は呆れるとともに驚いた。

 だが、もしかしたら、知らない者に壁を作るような態度も、素直さの表れであり、シャングリアとしては、ただただ素直に振る舞っているだけだったのだろうか。

 そんなことを思わせるような、大袈裟な賛辞の言葉だ。

 

「そ、そりゃあ、どうも……」

 

 エリカは当惑したように返事をした。

 シャングリアの椀はあっという間に空になる。

 エリカがその椀を取りあげて、シャングリアに二杯目を入れた。

 その中身もあっという間にシャングリアは食べ終わった。二杯目は無言だった。そのあいだに、一郎たちも食事をした。

 

 やがて、鍋が空になった。

 コゼが全員から食器を集めて土鍋を持った。

 

「ご主人様、洗ってきます」

 

 今夜はコゼが片づけ係のようだ。

 一郎は頷いた。

 コゼが去っていく。

 すぐそばに小川がある。

 そこにいくのだろう。

 

「……この闇の中をひとりで?」

 

 シャングリアは歩き去っていくコゼの背中を眺めて、ちょっと驚いた顔で言った。

 コゼが照明の類を持っていかなかったことが意外だったようだ。月明かりはあるが、この辺りは樹木が生い茂り、真っ暗だ。

 

「コゼは夜目が利くんだ。それについては、エルフ族のエリカも同じだけどな。このふたりは、俺が歩けないような闇の中でも平気で走ったりする」

 

 一郎は笑った。

 コゼはもともとアサシンだ。闇の中を気配なく近づいて、相手の寝首を掻くという仕事をずっとしていた。それで夜目が得意なのだ。また、狩猟民族であるエルフ族のエリカが、元来目がいいのはいうまでもない。

 

「そうなのか……。すごいな。本当に走れるのか、エリカ?」

 

 シャングリアが感心した声をあげながらエリカを見た。

 

「そ、そうね。このくらいなら明るいくらいよ」

 

 エリカが当惑した口調で言った。

 戸惑いの理由は一郎にも理解できる。

 おそらく、シャングリアからエリカに話しかけたのは、これが初めてだろう。

 美味しい食事をすることで気持ちが安らいだのか、シャングリアもやっと緊張を解いたような感じなのかもしれない。

 とりあえず、いい傾向だ。

 

「そうか……。走れるのか……。わたしはこの暗さでは駄目だな。灯りなしには進めない。昨日の練兵場でも、あのコゼとエリカは見事な武器さばきを示したし、わたしはお前たちを理由もなく、低く見ていたのかもしれない。さっきの食事も一流の料理人並みの美味しさだった。お前たちは実はすごいのかもしれん。謝っておく」

 

 すると、シャングリアはエリカにすっと頭を下げた。

 一郎は驚愕したが、無論、エリカはそれ以上だ。

 シャングリアに頭を下げられて、エリカは目を白黒している。

 一郎にはやっぱり、このシャングリアの本質は素直さだと確信した。

 頑なに感じた態度は、冒険者というものをシャングリアが蔑んでいたからであり、一方ですごいものはすごい。美味しいものは美味しいと賞賛する度量は十分に備わっているようだ。

 

「だが、エリカとコゼがそれなりの女傑であることは認めてやるが、やっぱり、お前は平凡だ。今日一日観察していて思ったが、ロウはふたりに比べて見劣りがする。弱いし、わたしと同じで夜目は利かないのであろう? 料理ができるわけでもないし、ウマの扱いは、エリカとコゼがずっと交代でやっていたな。確かに歳は上だがそれだけだ。なんで、お前にエリカとコゼが従っているのだ?」

 

 シャングリアはロウに視線を向けた。

 さすがに、一郎も苦笑するしかない。

 まさか、女傑ふたりを性の力で調教して、従わさせているなどと口にはできない。

 

「ロウ様のことを悪くいうと怒るわよ、シャングリア。ロウ様は頭がいいわ。洞察力に優れていて、間違った決断はなさらないわ」

 

 エリカはむっとした口調で言った。

 エリカはそう言うが、一郎は自分が洞察力に優れてもいなければ、頭もよくないことは自覚している。

 エリカやコゼの足元にも及ばない平凡人であることは間違いない。

 少なくとも、一郎はそう思っている。

 エリカの誉め言葉も、一郎には皮肉にしか感じない。

 もっとも、一郎には、魔眼保持者として、相手の能力などを瞬時に見分ける能力と、魔眼保持者の付加能力であるらしい勘のよさはある。エリカには、それが洞察力と感じるのかもしれない。

 

「そうか……。まあ、エリカがそう言うならそうなのかもしれん……。ところで、ずっと気になっていたのだが、訊いていいか、ロウ?」

 

 すると、シャングリアが言った。

 

「なんでも訊いてくれ」

 

 一郎は言った。

 やはり、いい変化だ。

 一緒に美味しい食事をしたことで、やっとシャングリアは、一郎たちと打ち解けてもいいという気持ちになったのかもしれない。

 一郎もほっとした。

 

「お前をご主人様と呼ぶあのコゼ、そして、このエリカ──。随分と親密な感じがするのだが、もしかしたら、どちらかはお前の愛人なのか? それとも、どちらとも、本当はそんな関係ではないのか?」

 

 シャングリアが真面目な顔でそう言った。

 突然のシャングリアの突っ込んだ質問に一郎は面食らった。

 どう応じようかと考えていると、エリカが口を開いた。

 

「ふたりともそうよ。お優しいロウ様は、わたしもコゼも、同じように愛してくださるわ」

 

 エリカがあっさりと答えた。

 エリカとしては、隠し立てするなんの理由も見出せなかったのだろう。

 だが、一郎がエリカとコゼのふたりの女傑とも恋人にしているとエリカから伝えられたシャングリアは目を丸くしている。

 

「お、お前たちほどのふたりが、この平凡な男を揃って受け入れているのというのか? 信じられん」

 

 シャングリアの正直すぎる反応が返ってくる。

 横で聞いている一郎は苦笑するしかない。

 

「いい加減にしなさいよ、シャングリア──。さっきから、ロウ様を馬鹿にするような言葉ばかり……。いくら、ロウ様のご命令でも、そろそろわたしも切れるわよ」

 

 エリカがむっとして言った。

 

「いいさ、エリカ。俺が平凡な能力……というか、普通以下の能力しかないことは確かだしな。お前たちふたりがいなければ、野垂れ死ぬだけの男だ。それは自覚もしているから、いちいち怒らなくていい」

 

 一郎は笑いながら言った。

 だが、エリカが憤慨した様子で首を横に振った。

 

「ロウ様はすごい能力を持っておられます。もっと自信を持ってもいいと思います」

 

 エリカが断言するように言った。

 こんなエルフの美少女の女傑に、そんなことを言われて嬉しくはないはずはないが、一郎のすごい能力といっても、一郎に思いつくのはひとつしかない。そして、それはとても褒められた力でもない。

 

「すごい能力というのは……これか?」

 

 一郎は手のひらを上にして右手を出し、空中で股間を愛撫するように指を動かした。

 焚火の炎に照らされて赤いエリカの顔が、さらに真っ赤になった。

 

「ち、違います──。そ、それもすごいけど……。で、でも、わたしが言っているのは、他人を見抜く能力とか……正確な判断力とか……。今回だって、前回だって、その前だって、全部、ロウ様の考えた策でクエストを成功させたんです。わたしもコゼも、ロウ様に従って動いただけですよ。ロウ様は、冒険者パーティのリーダーとしての素晴らしい素質があります。これは絶対です──。このわたしが保証します」

 

 エリカが言った。

 そう言われれば、そうかもしれない……。

 一郎はふと思った。

 

 エリカとコゼのふたりが尽くしてくれるので、いつの間にか一郎も本当のリーダーであるという気分になり、何事も一郎が指図するようになっていたように思うが、それでいままでにクエストを失敗したことがない。

 あのミランダも、クエスト成功率が完璧の期待の新人パーティだと、いつも褒めてくれる。

 もしかしたら、本当に性技以外でも、ある程度の取柄があると自分で思ってもいいのだろうか……?

 そんなことを思った。

 

 まあ、性奴隷の支配がかかっているエリカの言葉だから、一郎への褒め言葉など、話半分以下に聞いておくことが正しいだろうが……。

 

「い、いまのロウの手付きはどういう意味だ? まさか、お前たちはこの男と身体の関係もあるのか?」

 

 すると、シャングリアが声をあげた。

 心なしかその声は上ずっているように感じた。

 

「は、反応するのは、そこ──? あるわよ。ロウ様はわたしもコゼも同じように愛してくださると言ったでしょう──。それについて、ほかにどんな意味があるのよ」

 

 エリカが呆れたというような口調で言った。

 

「つ、つまり、お前たちは、この男に抱かれているというのか? しかも、ほかの女をこいつが抱くのも許容していると──?」

 

「なに、あんた? ヤハフ教徒?」

 

 エリカが眉をひそめた。

 ヤハフ教徒というのは、一郎もよくは知らないが、北側のエルニア王国を中心として拡がっている唯一神の宗教らしく、エルニア王国以外のほとんどの人種が信仰しているティタン信仰とは一線を画するようだ。

 一郎がエリカに教えられた知識では、ティタン信仰は、人間族だけでなく、エルフ族、ドワフ族、海洋民族、獣人族の主神まで取り込んだ多神教だが、ヤハフ教徒には、彼らが「我が主」と呼ぶ唯一神しか存在しないようだ。

 

 ティタン信仰の特徴は、他人種の信仰に寛容なことであり、むしろ、各人種の主神が集まって、ひとつの信仰を形成しているのがティタン信仰なのだ。

 

 たとえば、人間族の主神は、農耕の女神であるヘラティス──。

 エルフ族の主神は、狩猟と戦いの女神であるアルティス──。

 ドワフ族の守り神は、鉱山と工芸の女神であるミルネバ──。

 エルニア王国のさらに北方にある少数種族や遊牧民族の女神であるテルメスも、ティタンの神々に加えられている。

 そして、この各種族の共通の守り神は、知恵の女神こと、メティスであり、これらの五人の女神を妻にしているのが、太陽神であり男神のクロノスだ。

 ちなみに、一郎の持つ魔眼の能力はメティスの能力であるらしい。

 いずれにせよ、クロノスと五人の妻は、ティタンという神界にいるとされるために、総称してティタン信仰と呼んでいるのだ。

 

 このように、ティタン信仰が、ほかの信仰の神を取り込むとともに、各種族の他信仰に寛容であるのに比べて、ヤハフ教徒はほかの信仰を認めないので排他教とも言われるらしい。

 

 また、ティタン信仰では、神々の頂点のクロノスに五人の妻がいるくらいだから、一夫多妻は別にタブーではない。

 エリカが、シャングリアをヤハフ教徒かと訊ねたのは、一郎がふたりの女を恋人にしているということに、シャングリアが嫌悪感のようなものを示したからだろう。

 ヤハフ教徒は、唯一神であるほか、一夫多妻を認めずに一夫一妻が教義のひとつだ。しかも、快楽のための性行為を認めず、性行為は子作り以外にはかわしてはならないともされるらしい。

 まあ、一郎には受け入れられない信仰だ。

 

 ちなみに、この世界には五個の月がある。五個の月が一度に出ることもないが、月の出ない夜もない。クロノスの五人の妻は、それぞれの五個の月になぞらえられていて、夜空に浮かぶ月に表された女神をそれぞれの夜にクロノスは抱いているのだとされるらしい。

 月の出ない夜がないことから、“クロノスはひとり寝をしない”という言葉もあるのだそうだ。

 つまりは、クロノスは絶倫の神の代名詞でもあるのだ。

 

 いずれにしても、ティタン信仰であるこの世界の大部分の者は、他信仰に寛容だといっても、自分たちの神を否定するヤハフ教徒は好きではない。

 エリカが顔をしかめたのは、シャングリアがヤハフ教徒的なことを言ったと感じたのだろう。

 

「わ、わたしはヤハフ教徒ではない──。だが、この男がクロノスだというのか?」

 

 シャングリアは言った。

 妻をたくさん持つ男のことを五人妻を持つクロノス神をなぞらえてそう呼ぶ。

 一夫一妻がタブーではないものの、それはすべての男女にあてはまるということではない。

 妻をたくさん持っていいのは、クロノスにあやかってもいいくらいの“能力の巨大な男”だけだという不文律もあり、大抵の男女は、やはり、夫と妻はひとりというのが普通でもあるのだ。

 

 さらに言えば、この世界では、一郎の元の世界に比して、女の力が強い。元の一郎の世界では、男の役割だった役割にも、たくさんの女性がそれらの職につき、社会の中で貢献している。

 

 従って、一夫多妻だけではなく、一妻多夫も社会的に認められている。

 一妻多夫の女神といえば、クロノスの五人目の妻であるテルメスだ。テルメスは、クロノス以外にも夫がいて、たくさんの子を産んでいるということになっているようだ。

 テルメスは“多淫”の代名詞でもある。

 

「ロウ様は、わたしたちのクロノスよ──。放っておいて──」

 

 エリカは不機嫌そうに言った。

 

「それほどの者なのか……?」

 

 シャングリアが考え込むような仕草をした。

 

「俺たちのことよりも、シャングリアはどうなんだ? それだけの美人だ。恋人はいるのか?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「な、なに──? お前、わたしを愚弄するのか──。恋人などいない──」

 

 シャングリアがいきなり怒鳴った。

 これには一郎も当惑した。

 

「なんで、恋人がいることが愚弄することになるんだ?」

 

「わたしは男にうつつを抜かすような女ではない──。いや、女でもない──。わたしは女扱いされるのがなによりも嫌いなのだ──。だから、わたしに言い寄るような不届きな男は、片っ端からとっちめているのだ。そんな男は、公衆の面前でわたしの剣で叩きのめしてやっている」

 

 シャングリアは怒鳴った。

 さすがに、一郎もびっくりした。

 

「あ、あんたは、あんたに言い寄る男をそんな目に遭わせているのか?」

 

「当然だ。わたしよりも弱いくせに、わたしを女扱いするなんて許せないからな。わたしは女扱いされるのに我慢ならんのだ。わたしに言い寄るということは、わたしを女だと考えているということだ。わたしにはそれが許せない」

 

 シャングリアがきっぱりと言った。

 

「だけど、あんたは女だろう……」

 

 一郎は困惑して言った。

 

「女ではない。騎士だ」

 

 シャングリアが大きな声をあげた。

 

「なんで、そんなに女扱いをされることが嫌なんだ?」

 

 一郎は訊ねた。

 これだけ女が社会で認められている社会で、女であることを頑なに拒む理由が一郎には理解できないでいた。

 

「わたしは強い。それなのに、もっと弱い男の騎士の配下につかされている。それはわたしが女であるからなのだ。わたしが男であれば、もっと上の地位にわたしは着いていたはずだ。わたしは男に産まれたかった。そうであれば、弱い男の下で働くなどという恥辱を味わわなくてもよかったのだ」

 

 シャングリアがきっぱりと言った。

 だが、一郎は王都を出立する前に集めたシャングリアの評判について思い出した。

 シャングリアが騎士団で認められない理由は、シャングリアが女であることではないと思う。シャングリアは、自分勝手でほかの騎士仲間を無視して勝手な行動ばかりする。それがシャングリアの評判であり、シャングリアが個人的な強さの割りに騎士団で認められていないのは、その辺りに原因があると一郎も思う。

 しかし、シャングリアにとっては、自分が女であるから認められないと思い込んでいるようだ。

 

 そのとき、一郎たちが囲んでいる焚火に人が近づく気配がした。

 コゼだ。

 鍋と食器を洗って戻ってきたのだ。

 

「賑やかね。ずっと声が聞こえていたわ」

 

 コゼが馬車の荷台に鍋と食器を載せながら言った。

 そして、一郎たちがいる焚火に戻ってくる。

 

「コゼ、お前もエリカと同じように、このロウをクロノスだと認めるのか?」

 

 シャングリアが言った。

 

「クロノス? ああ、妻をたくさん持つほどの男と認めるのかという意味ね……? ふふふ……。それ以上よ……。あたしは、ご主人様のためなら死んでもいいと思っている……。嘘じゃないわ……。本当よ……。ご主人様は、あたしを救いだしてくれた……。その恩に報いるなんて不可能よ……。それなのに、ご主人様はあたしを愛して、そして、仲間だと……家族だと言ってくれる……。本当にありがたいと思っているわ」

 

 コゼが静かに言って微笑んだ。

 

「コゼ……」 

 

 一郎はコゼの言葉に驚いて絶句した。

 コゼがそれほどまでに、一郎のことを想っていてくれているとは思わなかったのだ。

 

「お前という女傑までエリカと同じように、この男に参ってしまっているのか、コゼ? お前も一流の遣い手なのであろう? それは身のこなしでわかるのだ。それなのに、こんな男に仕えて満足なのか?」

 

 シャングリアが不満そうに言った。

 どうやら、さっきから突っかかってくるのは、シャングリアが一目置くことに決めたエリカやコゼが、普通の能力にしか思えない一郎に慕っている様子を示すのが気に入らないからのようだ。

 シャングリアの価値観では、強い女は男に従うべきではなく、ましてや、そんな女が男に媚びるというのは許せないに違いない。

 

「……満足しているわよ、シャングリア。でも、あたしもあんたの気持ちがなんとなくわかる気もする……。あたしも女になんて生まれてきたことを後悔していた……。もしも、男だったら……。そんな風にずっと思っていた……」

 

 コゼがぽつりと言った。

 そして、みるみる顔が暗くなっていく。

 まずい……。

 一郎は思った。

 

 コゼがいま考えているのは、一郎に出逢う前、男たちの性便所のような扱いを受けていたあの恥辱の少女時代のことだろう。

 でも、一郎はそのことをコゼには思い出してもらいたくはない。

 あんなことが現実だったなんて、コゼには思ってもらいたくないのだ。

 

「そうだろう、コゼ。そうであるはずだ。お前もそれなりの女傑だ。わたしは認めている。コゼが男として産まれていれば、もっと活躍の場が与えられたに違いない。わたしもそう思う。そして、わたしもそうなのだ。男に産まれていれば、きっと……」

 

 シャングリアが喜色ばんで言った。コゼが自分に同意してくれたような発言をしたのが嬉しかったのだろう。

 しかし、コゼはそんなシャングリアを小馬鹿にしたような表情で見た。

 

 一郎はどきりとした。

 あんな表情は、一郎たちと旅をするようになってから、すっかりと消滅していたものだ。

 コゼの本質は明るさだ。

 そして、屈託のない笑顔だ。

 だが、笑うこともできないような現実がずっとコゼを押し潰し続けた。

 それがあんな笑みをかつてのコゼに作らせていた。

 その表情が戻りつつある……。

 

「なに言ってんのよ。あんたみたいなおめでたい女と一緒にしないでよ……。女でなければ出世できた? なに馬鹿げたことを言ってんのよ。女に産まれてきたくなかったなんていう言葉は、あたしのような地獄を味わってから言いなさいよ」

 

 コゼの笑顔が自嘲気味なものに変わった。

 やはり、あの笑みはよくない。

 一郎は思った。

 

「地獄……?」

 

 だがさらに、シャングリアが反応した。

 

「地獄よ。女どころか、あたしはこの世に産まれてきたことさえ、後悔し続けた。このロウご主人様と出逢うまでは……」

 

「なに、言っておるのだ? どんな地獄を味わったというのだ、コゼ? 説明せよ」

 

 シャングリアが言った。

 だが、一郎はこれ以上はコゼが危険だと判断した。

 この話題はコゼが心の底に封印したものを心の表側に浮き出させてしまうに違いない。

 

「うるさい、シャングリア。どんな地獄でも知ったことか。それ以上、訊ねるな」

 

 一郎は怒鳴った。

 

「な、なにを言っている……」

 

 いきなり一郎に叱るような声をあげられたシャングリアは、一瞬にして険しい表情に変化したが、一郎はそれを無視した。

 

 それよりもコゼだ。

 

「コゼ、考えるな。いまだけのことを考えろ。お前は俺に愛されるために産まれてきたんだ」

 

 一郎は大きな声で言った。

 そして、手を伸ばして、強引にコゼを引き寄せる。

 コゼの暗い心の影は一郎が淫魔師の力で打ち砕いた。

 だが、ともすればいまのように、すぐにその影が顔をもたげることがある。

 

 コゼは苦しいのだ。

 

 奴隷の首環で男たちの性の処理をする道具のように扱われていた長い少女時代のことを考えると、コゼは心が裂けるような気持ちになるらしい。

 そんなときは、そんなことを思う余裕がないほどに抱いてやる。それでコゼは心の平静を保てる。

 あの闇に吸い込まれずに、いつもの明るいコゼでいられる。

 一郎はそれを知っていた。

 

「ご、ご主人様……?」

 

 いきなり、一郎に抱き寄せられたコゼが顔を真っ赤にした。

 一郎は石に座っていたが、引き寄せたコゼは一郎の脚のあいだに両膝をたてるように跪いている。

 

「シャングリア、これからは大人の時間だ。勝手を言って悪いが、馬車の中で先に休んでくれ。エリカ、毛布を二、三枚おろせ……」

 

 一郎は言った。

 エリカが立ちあがる。

 

 エリカもまた、コゼがときどき暗い気分に襲われて、発作のように心が苦しむことがあることを承知している。そんなときは、その都度、一郎が激しくコゼを愛してやって、コゼが心の穴に落ち込まないように「処置」していることも承知している。

 

「な、なにをするつもりだ。まさか、ここでふしだらなことをするつもりではないだろうな」

 

 シャングリアがびっくりして怒鳴った。

 

「……ふしだらなことをしているつもりはない……。コゼ、顔をあげろ……」

 

 コゼがうっとりとした表情で顔をあげる。

 一郎はコゼの口に唇を合わせた。

 口の中を蹂躙してやる。

 コゼの鼻息が荒くなっていく。

 一郎が性感帯として鍛え、一郎が教えてやった口吻の快感だ。つまりは、一郎が教えてやった官能の歓びだ。

 コゼは口を愛撫される愉悦については、一郎しか知らない。

 だから、コゼを黒い心の闇に吸い込まれないように繋ぎとめられる。

 

「な、な、なにをするのだ。やめないか。わたしの前だぞ」

 

 血相を変えたシャングリアの声がする。

 しかし、一郎は無視した。

 

「ほら、ロウ様に馬車に引っ込んでいろと言われたんでしょう、シャングリア。さっさと中に入りなさいよ──」

 

 エリカが馬車にあった毛布を運んできながら言った。

 

「な、なんで、わたしがロウの指示に従わねばならんのだ。わ、わたしはどこにも行かんぞ──。だ、だから、やめんか──」

 

 シャングリアが喚きたてた。

 だが、もう一郎もさすがに面倒くさくなった。

 それに、いまはコゼをしっかりと抱いてやりたい。

 エリカも、もうシャングリアを無視するつもりになったようだ。

 持ってきた毛布を焚火のそばに拡げている。

 

「……コゼ、いいか……?」

 

 一郎はコゼをエリカが拡げてくれた毛布の上に導いてささやいた。

 シャングリアは、てこでも動くものかと駄々を捏ねている。このまま抱いていいかとコゼに訊ねたのだ。

 しかし、コゼがくすりと笑った。

 

「いつも、平気で人前で辱める鬼畜なご主人様のくせに……。ふふふ……。あたしは、ご主人様が愛してくれるのなら、もっと人の多い城郭のど真ん中でも嬉しいです……」

 

「愉しいことをいうねえ……。じゃあ、今度、それもやろう……。エリカ、お前も来い──。三人で愛し合おう……」

 

 一郎は毛布の外に立っているエリカに声をかけた。

 そして、コゼの服を脱がしていく。

 

「はい……」

 

 エリカもまた、その場で服を脱ぎだしている。

 横でまだ喚き続けている女の声がするが、もう、一郎にはその声は頭に入らない。

 見たければ見ればいい……。

 たっぷりと熱い三人を魅せつけてやる……。

 

 いや……。

 

 やはり、いまはそれもいい。

 少なくとも、この瞬間は、コゼと、そして、エリカのことだけを考えるのだ……。

 一郎は裸にしたコゼの小柄な身体を横たえた。

 

「エリカは乳房でコゼの乳房を擦り合せろ。そして、お互いの肌を舐め合え」

 

 一郎はそう命じてから、顔をコゼの股間に近づけた。

 下肢を押し割り、舌でコゼの股間の亀裂を押し広げていく。

 

「はうううっ」

 

 コゼの身体が反り返った。

 一方で、コゼの乳房と乳房を擦り合わせはじめたエリカからも甘い声が洩れだす。

 

 誰かが悲鳴をあげながら、馬車の中に駆け込んでいくのがわかった。



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51  奇妙な事件

 一郎たちが荷を馬車の前に並べだすと、すでに集まっていた女たちがわっと声をあげて品物に群がった。

 行商人を装っている一郎たちが馬車に積んできたのは、女たちが悦ぶ飾り物や衣類だ。エリカとコゼが王都の商家を回って、流行のものを揃えたのだ。それだけに、女心をくすぐるらしく、里の女たちが嬉しそうに品物を選んでいる。

 

「……ご主人様の考えは大当たりですね……。本当にこれを仕事にしてもいいんじゃないですか? きっと儲かりますよ……。ねえ、エリカ、冒険者なんてやめて、これを仕事にしようよ──」

 

 売り子として、女客をさばいているコゼが行商人となっている一郎と同じ売り子に扮しているエリカに寄ってきて、悪戯っぽくささやいた。

 

「駄目よ、コゼ──。ハロンドール国では、商売をするには商人ギルドに入って、行商の許可をもらわないとならないのよ。もしも、闇で商売をしていることがわかれば、商人ギルドからの闇討ちだってあるし、なによりも、里長がわたしたちを受け入れないわよ。商人ギルドでない行商人を受け入れたことがわかったら、この里は商人ギルドと交易ができなくなる。ここの里長は、わたしたちがクエストの一環だとわかっているから、里で行商をすることを許したんだから……」

 

 エリカがその言葉を耳にして、慌てたように叱咤の声をコゼに小さく発した。

 

「わかっているわよ、エリカ……。あんたって、本当に真面目ねえ……」

 

 コゼがけらけらと笑った。

 からかわれたとわかったエリカが顔を赤くしてむっとなった。

 よかった……。

 いつものコゼだ。

 一郎は安心した。

 

 夕べは発作のようなものが起こり、コゼの心の中にある闇のようなものが表に出かけた。

 そんなときは昨夜のように激しく抱いてやるのだ。

 それでコゼは心の闇に捕らわれなくて済む。

 いつもの明るいコゼでいられるのだ。

 

 だが、そのことですっかりと静かになった女もいる。

 シャングリアだ。

 一郎がコゼを、そして、その後、引き続いてエリカを激しく抱くのに接して、あの小生意気な女騎士が今日は大人しかった。

 馬車の中ではずっと無口だったし、いまも少し一郎たちからは距離をとるような感じで馬車から離れている。

 どうやら、昨夜の激しい淫行に、すっかりと驚いてしまったようだ。

 気性の激しいシャングリアだが、男女の営みに関しては、まったく知らないただの生娘だ。

 つまりは、本当の性行為を目の当たりにして、完全に圧倒されてしまったようだ。

 一郎は、ちらりちらりと遠慮がちに覗き見するように、こっちに視線をやるシャンゼリアに思わず笑みをこぼしてしまった。

 

 ここは、今回のクエストで与えられた退治すべき盗賊団がいるというジーロップ山の麓の里だ。

 この里から先はすでにジーロップ山であり、盗賊団が出没するという山間道となる。つまりは、この里から一歩進めば、すぐに目的の盗賊団の縄張りということだ。

 朝に野宿をしていた場所から出立して、この里に到着したのは夕方に近かった。

 

 一郎たちは、まずは里長のところに向かい、実は行商人ではなくて、クエスト実行中の冒険者であるが、それを隠して行商人として、ここで女物の衣類などを売りたいと申し出た。

 最初は訝しんだ里長だったが、クエストの目的がジーロップ山の盗賊団退治だと説明すると、大いに喜んでくれた。昨日立ち寄った里とは異なり、この里では、盗賊たちが棲みつくようになってから、入会地の山にも入れなくなっていて難儀をしていたらしい。

 

 また、それ以外にも奇怪な事件が数日前から村で発生するようになっていて、それで当惑していた矢先のことだったようだ。

 王軍に討伐を頼むとしても時間がかかるだろうし、あてにはならない。

 それよりは、冒険者ギルドに依頼することも考えていたらしく、そんなときに、一郎たちの側から盗賊退治という名目でやってきてくれたのだから、里長としては渡りに舟の話というだけでなく、タイミングのよさにびっくりもしていた。

 

 里長は是非とも聞いてもらいたいことがあるということだったが、とりあえず、一郎は行商を始めさせてもらいたいと頼んだ。ぼやぼやしていれば、陽が暮れそうだったからだ。

 

 一方で、一郎からのもうひとつの申し出には、もっと里長は喜んだ。

 行商によってこの里で得た代金の始末のことだ。

 商売が目的ではないので、里の女たちの支払った金子は最終的には不要だし、商人ギルドに入っていないので、儲けるわけにはいかない──。

 

 だから女たちから売りあげて得たものについては、すべてを里長にまとめて渡し、その代わり、それに見合う農産物でももらえないかと頼んだのだ。

 あとで商人ギルドともめないためのエリカの知恵だが、里長はなにもしなくても、女たちが支払った金を手に入れ、この里で得た産物で余ったものを渡せば事足りるというわけだ。

 一郎たちにしても、得られたものを王都に持って帰れば、いくらかのものにはなるし、たとえ大した額で売れなくても、クエスト報酬で十分に必要経費を賄える。

 

 喜んだ里長は、一郎たちに宿も提供してくれるということになった。

 里長の家だ。

 今夜は野宿はしないでい済みそうだ。

 一郎は賑やかな女たちを相手に、衣類などを売り捌いているエリカとコゼに視線を戻した。

 

 ふたりは品物を売りながら、巧みに女たちに「明日にはジーロップ山に進むのだが盗賊は出るのか」というようなことを訊ねている。また、それとなく、商売のためのまとまった買付金を馬車に積んでいるというようなことも匂わせてもいる。

 もしも、この里に盗賊団の耳目になる者が隠れているなら、一郎たちの馬車を恰好の「獲物」だと考えるはずだ。

 それに対して、女たちも、エリカとコゼに対して、この半年くらいのあいだに出没するようになったというジーロップ山の盗賊団についての話をしてくれている。

 それなりの情報が集まりそうな感じだ。

 

「……あの盗賊団といえば、なんか仲間割れがあったんじゃないかという噂だねえ」

 

 そのとき、ひとりの中年の女がそう口にした。

 

「ああ、あの奇妙な男のことだろう? おかしな死に方だったけど、まあ、所詮は盗賊をするような連中さ──。碌な死に方はしないのは当然か」

 

 すると、それに同調する女たちが何人が出てきた。

 

「それは、どういうことなんですか、奥さん?」

 

 コゼが訊ねている。

 すると、女たちが語りだした。

 

 それによれば、ほんの五日前くらいのことらしい。

 左肘から下の腕を失った男がジーロップ山の方から、里に彷徨い歩いてきたという事件があったそうだ。

 どうやら、その男は盗賊団のひとりのようであり、同じ盗賊団の者に襲われたと口にしていたようだ。

 ただ、口にすることは常軌を逸しており、失った腕も自分で切断したと言っていたようだ。とにかく、大きな恐怖に襲われるということがあったらしく、ほとんど狂っている状態だったという。

 里の者で手当てをしようとしたが、結局はそのまま衰弱して死んだようだ。

 そんなことがあったのだそうだ。

 

 仲間割れ……?

 それとも、なにかの裏切りや失敗をした仲間を自分たちで処分した……?

 そんなところだろうか。

 

 また、女たちの話から、その盗賊団が根城にしていそうな洞窟の位置もわかった。

 山の中腹に大きな洞窟があるらしく、盗賊たちがそこを隠れ処にしているようだということは、里の者たちもすでに察していて、特にそこには近づかないようにしていたようでもある。

 

「エリカ、コゼ、俺は、もう一度里長のところに行ってくる。こっちを頼む」

 

 頃合いを見計らって一郎は言った。

 到着したのが夕方だったので、とりあえず、行商人として品物を並べるのを優先させてもらったが、さっき、里長が話したがったことについても、いまのうちに聞いておこうと思ったのだ。

 

「わかってます、ロウ様──。こっちはお任せください」

「わかりました、ご主人様──」

 

 女客たちをあしらいながら、エリカとコゼが元気に返事をした。

 

「行こう、シャングリア──。ついてきてくれ」

 

 一郎はこっちを見守るように離れて立っていたシャングリアに声をかけた。

 

「あっ、ああ……」

 

 シャングリアが一瞬びくりとし、そして、慌てたようにこっちに来る。

 そのおどおどとした態度には本当に笑ってしまう。

 気の強いシャングリアだが、やはり、昨夜の一郎たちの性行為は衝撃的だったようだ。

 特に、一郎に対する態度が急に余所余所しいような遠慮がちになったのは笑える。

 一郎はエリカとコゼを抱くときには、本当に容赦なく抱き潰す。

 その光景にシャングリアは、すっかり度肝を抜かれてしまったようだ。

 

 また、一郎は、一郎がコゼとエリカを抱き始めたとき、すぐに馬車に隠れてしまったシャングリアが、ひそかにずっと一郎たちを覗き見していたのを知っていた。

 それだけでなく、シャングリアは馬車の中で一郎たちを見て、我慢できなくて、こっそりと自慰をしたようだ。

 一郎には、魔眼で見えるシャングリアのステータスの変化でそれがわかった。

 

 もちろん、そんなことを一郎が察しているなどということは黙っている。

 ただ、男勝りのシャングリアにも、男女の営みを覗いて、こっそりと自分の股間に手を伸ばすというような可愛いところがあると思うと、ちょっと可笑しくなるだけだ。

 一郎は、気後れしたようなシャングリアともに、もう一度里長のところに行った。

 

「冒険者殿、お待ちしておりました。実は見て頂きたいものが……」

 

 一郎たちが里長の家に着くと、待っていたらしく里長が入口で出迎えてくれた。

 

「冒険者ではない。わたしは王軍騎士だ。このロウたちは冒険者だが、それは今回の任務のために、わたしが雇っているのだ」

 

 そのとき、シャングリアが口を挟んだ。

 

「お、王軍騎士?」

 

 里長が驚いた表情になった。

 一郎は嘆息した。

 

 それは事実なのだが、クエストを受けてやってきた冒険者パーティが盗賊退治をしようとしていることについては、特に説明を要することではないが、王軍騎士のひとりが、軍と離れて単独でやってきたということには説明が必要だ。

 それが事実だとしても、余計な勘繰りを里長にされては、必要な情報を得難くなる。

 

 こういう田舎の里では、軍に対する警戒心が強い。軍というものは盗賊と同様に厄介なものと思っているのだ。

 短い期間だが、王都から離れた場所では王軍や領主の軍などあまり信頼されておらず、むしろ、金で動く冒険者こそ、一般の人間が信頼を置いているものであることを一郎は肌で感じ始めていた。

 軍が動けば、徴発による兵糧の接収、宿泊場所の提供、場合によっては畠は荒れ、不良軍人による婦女子の強姦というのもある。いつの時代の、どこの軍でも同じだが、軍の入来というのはトラブルそのものだ。

 それに比べれば、数名でやってきて困難を解決してくれる実力者集団という位置づけの冒険者に、世間の人々が頼りたくなる気持ちは理解できる。

 

「クエストの一環です。これは王軍の仕事ではありません、里長。それよりも見せたいものとは?」

 

 一郎は里長を促した。

 里長は当惑気味の表情で首を傾げながら、家の裏に一郎とシャングリアを案内した。

 

「……シャングリア、ここは任せてくれ。こういうことは、俺たち冒険者の専売だ。あんたの役目は盗賊たちを一網打尽にすることだ……。情報収集なんていう下働きの仕事は、俺たちのすることだ。王軍の女騎士様ともあろうものが正面に立たなくていい」

 

 一郎は歩きながらささやいた。

 

「わ、わかっている」

 

 シャングリアは横を向いて言った。

 

「見てもらいたいものは、とりあえず、ここに運ばせたものなのですが……」

 

 里長の家の裏は大きな広場になっている。

 そこには、里で収穫した産物を置いておく倉庫も幾つか並んでいた。一郎たちが連れて行かれたのは、その広場からもずっと奥であり、里を横切っている道路のさらに向こうだった。

 そこに縄で囲んである場所があり、そこに得体の知れないものがあった。

 

「ひっ、な、なんだ、これ?」

 

 シャングリアが大きな声をあげた。

 一郎もその異質さに顔をしかめた。

 縄の中には、大きな家畜のウシの死骸が数頭あった。

 だが、奇妙なのはその家畜の死に方だ。

 全身の水分をすっかりと抜き取られたかのように骨と皮だけになって萎んでいる。それが数体だ。

 一郎はそんな奇妙な死に方というのを見たことがない。

 

「この数日、連続して、夜になると一頭ずつ里で飼育している家畜がこうやって死んでいくのです。男衆が交代で番をしているのですが、なにかが里に夜に侵入しているという気配はありません。でも、朝になると、こうやって必ず一頭がやられてしまっているのです」

 

 里長が途方に暮れた表情になった。

 一郎も驚いた。

 これはとてつもなく異常だ。

 つまりは、この里に夜な夜な侵入しては家畜を骨と皮だけにして、中身を喰らっていく何物かが存在するということなのだろうか? だが、里長は侵入者はいないという。

 死んでいるウシは大きい。

 これだけのものとなると、なにが襲ったとしても、とても大きなものになると思うのだが、男衆の不審番がなにも発見できないでいるというのも奇妙だ。

 一郎は嫌な予感がした。

 とても、危険なものの匂いがする。

 ただの勘だが……。

 

「どうでしょう? これをクエストとして受けては頂けないでしょうか、冒険者殿? 里には大きな蓄えもないのですが、金貨二枚くらいは準備できます。収穫した産物でよければ、それに匹敵する物も準備できます」

 

 里長が言った。

 

「ギルドを通さない臨時クエストというわけですか……?」

 

 一郎は言った。

 ギルドから与えられる一定数のギルドをこなせば、ギルドを通さずに直接に依頼を受けることも可能だ。ギルドを通すクエストからは、依頼者が支払う報酬の数割を調査費としてギルドが天引きしているので、直接に受けた方が冒険者にとっては実入りがいい。

 その代わり、クエスト終了後の報酬支払のトラブルなどについては、冒険者が直接に解決しなければならないし、クエストに潜む危険性について、事前にギルドから情報を受けられるということもない。

 

「だめだ。お前たちへの依頼はわたしが優先だ。ジーロップ山の盗賊団の退治に協力するのが約束のはずだ」

 

 シャングリアが横から声をあげた。

 一郎は里長に視線を向けた。

 

「……というわけです。俺たちは盗賊団退治のクエストを遂行します。家畜を襲撃するものについての調査は、別のクエストとして、ギルドを通すのがいいでしょう」

 

 一郎は言った。

 

「そうですか」

 

 里長は少しがっかりした表情になった。

 ただ、そうは言ったものの、この家畜の変死とジーロップ山の盗賊団は無関係ではない気もする。

 そして、とても危険な匂いもする。

 これは、もしかしたら簡単な盗賊退治ではないかもしれないぞ──。

 一郎は思った。

 

 さらに一郎は、女たちから耳にした彷徨ってきた盗賊のひとりという男の話について、里長に訊ねた。

 里長の話も、女たちの話に合致していた。

 

 自分で腕を切断したと口にしたこと。

 仲間に襲われたと言ったこと。

 なにかの恐怖で半分狂っている状態だったということ。

 そして、すぐに衰弱して死んだということ。

 全部一致した。

 

 それから、盗賊団の住み処としていると思われる洞窟の場所も里長は承知していて、それについては、あとで地図を描いて渡してくれることになった。

 

「……これで連中の居場所もわかった。明日の朝、さっそく出発しよう、ロウ。いずれにしても、盗賊退治はあっさりと終わることができそうだな」

 

 シャングリアが嬉しそうに言った。

 果たして、そうだろうか……?

 一郎は一抹の不安が心に過ぎるのを感じた。

 

 

 *

 

 

「洞窟だ」

 

 シャングリアが小さな声で言った。

 一郎は茂みに身体を潜めながら頷いた。

 視線の先には、麓の里で入手した情報から盗賊団の隠れ処だとわかっている洞窟がある。

 ジーロップ山の麓の里を朝に出立した一郎たちは、とりあえず、当初の予定に従って、馬車でゆっくりと山間道を進んだ。そこで盗賊団が襲ってくれれば、逆に返り討ちにして、そのまま連中の根城にやって来るという策だったのだ。

 

 だが、しばらく進んでも、目の前に盗賊たちが出現する気配はなかった。

 それで、第二の策として、途中で馬車を放置し、連中の根城とわかっている洞窟にこちらから向かうことにした。

 

 その洞窟の場所も明白だ。

 昨夜のうちに、麓の里の里長に地図を描いてもらっていたので、簡単にそこに辿り着くことができた。

 洞窟の入口まで、特に警戒をしている様子もないし、罠のようなものもなかった。

 あっさりと洞窟の前に到着して、いまは草むらに隠れて、その入口を覗いているところだ。

 入口では、武器を持った賊徒がひとりで座り込んでいる。

 見張り役だろう。

 ただ、なにか顔色が悪い気がする。

 

「よし、行くぞ、ロウ……」

 

 シャングリアが剣を抜いて、茂みから出ようとするのを一郎は片腕を横に伸ばして制した。

 

「まて、シャングリア、ちょっと様子が不自然だ」

 

 一郎はシャングリアを留めたまま、魔眼を使った。

 少し距離があるが、ここからなら、ぎりぎり洞窟の前にいる男のステータスくらいはわかると思う。

 

 

 

 “……

  人間族、男

  年齢25歳

  ジョブ

   盗賊(レベル1)

  生命力:30

  直接攻撃力:65(剣)

  状態

   オーヌよる支配”

 

 

 

 オーヌよる支配……?

 なんのことだ……?

 人の名前か……?

 

「……ロウ様、確信はありませんが、あの洞窟には魔力以外の魔力の流れを感じます。もしかしたら、瘴気かもしれません」

 

 エリカがささやいた。

 

「瘴気?」

 

 一郎は思わず言った。

 だが、確かに、一郎自身も、あの洞窟にはおかしなものを感じる。

 洞窟内から瘴気がこぼれているすれば、すでにあの洞窟は「ダンジョン化」しているということになる。

 そうであれば、あまりにも危険だ。

 ダンジョンというのは、瘴気が洞窟や地下迷宮のような密閉された場所で発生し、異常な濃さになっている場所のことだ。そして、瘴気があるということは、奥に特異点が存在するということになる。つまりは、そこから異界に封印された魔獣がこちら側に侵入している可能性が極めて高いということだ。

 

 エリカはそこそこ高い能力の魔道遣いだ。

 だから、瘴気のような邪悪の気を感じることできる。

 

 ただ、実際のところ、エリカには完全に瘴気の存在を感知する能力はない。魔道遣いであるエリカが感じることができるのは、魔道の源となるエネルギーである魔力だ。エリカは、魔力とは異質のものが流れているのを漠然と感じているだけのはずだ。 

 魔族であるクグルスを呼び出して調べさせれば、すぐにわかるとは思うが、シャングリアのいる前でクグルスを呼び出すのはまずい。

 

「……オーヌというものに心当たりはあるか、エリカ?」

 

 一郎はささやいた。

 

「オーヌ……? さあ……」

 

 エリカは首をかしげた。

 わからないようだ。

 しかし、一郎の心には強い不安がよぎっている。

 

「ここまできて、なにをまごまごしておるのだ、ロウ──。目的の盗賊団はあの洞窟の中だ──。一気に行くぞ。洞窟の中なら連中は逃げ出せん。袋のネズミだ。一緒に連中を一網打尽にしよう」

 

 シャンデリアが焦れたように言った。

 

「いや、シャングリア、やめよう……。もしかしたら、あの洞窟はダンジョン化しているかもしれない。この数日間、里の家畜を襲撃しているというおかしな事件も、あるいは、この洞窟から抜け出している魔獣が関与している可能性もある……。一度、麓の里まで戻って、出直そう──」

 

 一郎は決断した。

 おそらく間違いない。

 

 夕べこそ出なかったが、それまで数日続いていたという謎の家畜の襲撃事件は、かなりの確率で、あの洞窟から抜け出している魔物の仕業だと思う。

 無論、それは、あの洞窟がダンジョン化していて、洞窟がダンジョン化し、内部が魔獣の住み処になっているとしてのことだが、間違いない気がする。

 とにかく、一度出直して、シャングリアのいないところで、もう一度、クグルスを呼び出して確認させたい……。

 それで確かなことがわかるはずだ。

 

「や、やめる──? ふ、ふざけるな、ロウ──。この期に及んで臆するのか──?」

 

 囁き声ながらも、シャングリアが憤慨した様子で言った。

 

「臆するさ……。あそこがダンジョンだとすれば、俺たちでは荷が重い。最悪、クエストの中止も考えなければな……」

 

 一郎がそう言うと、シャングリアが盛大に舌打ちした。

 

「わかった……。所詮は冒険者だな──。やはり、あてにはならんか……」

 

 シャングリアがすっと立ちあがった。

 一郎は驚いた。

 

「お前たちはここにいろ──。盗賊退治はわたしひとりでいい──」

 

「わっ──。馬鹿──」

 

 一郎は叫んだ。

 しかし、止める暇もなかった。

 シャングリアは草むらを飛び出すと、洞窟の入口に向かって駆け出してしまったのだ。

 気がついた見張りの盗賊は、すぐに洞窟の中に逃げ込んでいった。

 シャングリアは、そのまま洞窟に駆け入っていく。

 

「あ、あいつ──」

 

 エリカも声をあげた。

 

「ご主人様、どうしますか?」

 

 コゼが一郎に視線を向けた。

 さすがに躊躇した。

 しかし、一郎の勘が正しければ、里で大きなウシを襲って骨と皮にしたような得体の知れない魔獣が洞窟内に存在するはずだ。

 そこに、シャングリアは無鉄砲にも飛び込んだのだ……。

 すぐに連れ戻さないと危ない……。

 

「くそうっ──。仕方ない──。追うぞ──」

 

 一郎も立ちあがった。

 

「コゼ、先頭を行け──。なにか不審な気配があればすぐに言うんだ──。俺は魔眼で周囲を探知しながら真ん中を行く。エリカは後ろだ──。罠の予感もする──。とにかく、シャングリアを見つけて連れ戻すぞ──。エリカ、シャングリアが引き返すのを拒むようなら、魔道でもなんでもかけて、大人しくさせろ──。とにかく、あの無鉄砲な女を早く連れ戻さないと──」

 

「わかりました、ロウ様」

 

 エリカが右手に細剣を持つとともに、左手で杖を構える。

 コゼが無言で両手に短剣を握った。

 一郎は燭台を持つ。

 その燭台にエリカが魔道で火を灯した。



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52  見えない魔物

 シャングリアは憤慨しながら洞窟を進んでいた。

 洞窟の中に逃げ込んでいった見張りに立っていた盗賊の男は、すぐに見失ってしまった。

 だが、幸いにも洞窟はいまのところ横道のない一本道だ。どこに逃げたとしても、このまま歩いていけば、そいつの居場所に辿り着くはずだ。

 そして、おそらく、そこには残りの盗賊の一味もいるはずだ。

 そいつらと出逢えば、全員を一網打尽にして、捕えるか、殺すかする。

 ただ、それだけの仕事だ。

 

 さらに、幸いだったのは、この洞窟の壁が奇妙な光を照らしていることだった。手筈では、全員で洞窟を入るということになれば、燭台を持つのはロウの役割だったから、シャングリアはなにも持っていなかったのだ。

 もしも、この洞窟の岩壁が光っていなければ、たちまちに闇で動けなくなっていたと思う。

 

 それにしても……。

 

 シャングリアは、この期に及んで、臆病風を吹かせて洞窟に入るのを躊躇ったロウに怒っていた。

 

 やっぱり、所詮は冒険者だ。

 あてになるものではない。

 改めてそれを思い知った……。

 

 腹が立っていた。

 煮え返っている。

 許せない……。

 そう思った。

 

 いや……。

 違う……。

 

 許せないのは、ロウではない。

 あれは単なる冒険者だ。

 冒険者などあてにはならないと最初から思っていたし、もともと、大伯父が持ってきたこの任務は、シャングリアひとりでやるつもりだった。

 

 許せないのは、シャングリア自身だ……。

 洞窟の入口で、ロウが襲撃をやめると決断したとき、シャングリアは失望した。

 

 がっかりしたのだ。

 

 一郎が襲撃の中止を決めたとき、シャングリアは落胆してしまった。

 それが許せなかった。

 

 いつの間にか、自分自身がロウをあてにしていたことを悟って、そのことにシャングリアは腹が煮え返っていた。

 

 ロウ……。

 

 とにかく、いままで会ったことのない男だということは認めざるを得ないだろう。

 

 強くはない……。

 

 おそらく、シャングリアがいままで接したことのある男の中では弱い方に入ると思う……。

 

 でも、なぜか弱さを感じさせない。

 空威張りをするとか、はったりを言うとかそういうものでもない。

 そんなものなら、シャングリアはすぐにわかる。

 

 シャングリアを前にして、わざと気取った態度を取ったり、虚勢を張ったりする男は大勢いる。あるいは、妙にへりくだったりしたりだ。

 なぜか、シャングリアを前にすると、大抵の男はそうなるらしい。

 

 だが、ロウは違った。

 弱いくせに、いつも毅然としていて、堂々としている。

 しかも、不思議な頼もしさを持っていて、しっかりとした考えを持って行動をしているように感じた。

 

 シャングリアは自分が気が短く、いつも周りに当たり散らすような態度ばかり取っていることを知っている。

 自分でも後悔はするのだが、そういう性格なのだ。

 それで、大抵の男が呆れて逃げるか、苛立って怒鳴ったりするか、それとも、完全に無視を決め込んで相手にしなくなるということになるのだ。

 

 だが、それもロウは違った。

 シャングリアの感情的な言葉を風になびく柳のように受け流し、それでいて、いつの間にか、しっかりとロウの思うままに、シャングリアを動かしたりするのだ。

 

 そんな男はいままでにいなかった。

 いつの間にか、シャングリアは、そんなロウに頼もしさのようなものを感じ始めていた。

 

 信頼……だろうか……。

 

 そんなものは、シャングリアにとって初めての感情なのでよくわからない。

 しかし、確かに、シャングリアは、ロウを信用のできる相手のように考えていた気がする。

 

 それに、一昨日の夜──。

 

 突然に馬車の外で、コゼとエリカを抱き始めたロウは、それまでのロウのどのロウとも違っていた。

 

 とても、怖くて……。

 とても、頼もしくて……。

 とても、淫乱で……。

 鬼畜で……。

 どきどきした……。

 

 おそらく、生まれて初めて、男として誰かを意識した……。

 それに気がついたのだ。

 

 だから、ロウが襲撃の中止を決断した瞬間、シャングリアは大いに失望した。

 もともと、ロウたちがシャングリアと一緒に来なくても、盗賊退治はひとりでやるつもりだった。

 ひとりでも十分であると信じているし、ロウたちなど協力しようが、すまいが関係ない──。

 

 それなのに、ロウがシャングリアと一緒に戦ってくれないとわかったとき、シャングリアはがっかりした。

 

 すぐにその理由がわかった。

 ロウを男として惹かれ始めていたのだ。

 それを悟ってしまったとき、シャングリアは自分自身の感情に腹が煮え返った。

 

 シャングリアはかなり長い洞窟を進み続けた。

 どのくらい歩いただろうか……。

 シャングリアは、やっと先に人の気配を感じた。

 改めて、剣の柄を力強く握る。

 

 いた……。

 五人……。

 

 洞窟が大きく広がっている場所があり、そこに五人の盗賊らしき男たちがいた。

 全員が武器を持っている。

 そして、怯えるような表情でシャングリアの方を見つめていた。

 

「……お前らがこの山に半年ほど巣食っていた盗賊たちだな……? 大人しく投降すれば、王都でちゃんと裁きを受けさせてやる。だが、抵抗するなら皆殺しだ──。好きな方を選べ──」

 

 シャングリアは五人に声が届く十分な距離まで近づくと言った。

 盗賊たちは動かなかった。

 シャングリアは違和感を覚えた。

 彼らは抵抗しようとしていない……。

 シャングリアは彼らから、まったく殺気や闘争心のようなものを感じなかったのだ。

 

 感じるのは怯え……。

 なにかをとても恐れている……。

 しかし、シャングリアの言葉に屈服したということとも違う……。

 なにか、とてつもないものに対する恐怖心……。

 それを感じた。

 

「ふふふ……よく来たな、シャングリア──。俺のことを覚えているか……?」

 

 そのとき、五人の背後から大きな笑い声がした。

 誰かがやって来る……。

 すると、五人の盗賊たちの顔が強張った。

 この五人がとてつもなく恐怖を抱いているのはその笑い声の男……。

 シャングリアには、それがわかった。

 

「誰──?」

 

 シャングリアは大きな声をあげた。

 

「俺だよ、オーヌだよ……。久しぶりだな……」

 

 五人の盗賊たちが左右に割れた。

 そこに現れたのは、小太りの小柄な男だ。身体全体を覆う灰色のケープを身にまとっている。

 

「オーヌ……?」

 

 シャングリアは訝しんだ。

 眼の前にやってきた男には、確かにどこかで会ったことがある気がする。

 だが、一方でこんな男には一度も会ったことがないとも断言できる。

 おかしな気を発する男だ。

 こんな男に以前に出会っていれば、忘れるわけがない。

 

「わからないか……? お前が手酷く振った男は大勢いるからな……。いちいち覚えていないか……。あるいは、俺が変わりすぎたのかな──。なにしろ、お前に復讐するために、俺は俺自身の身体に魔族の源を憑依させたのだからな……」

 

 オーヌと名乗った小男が言った。

 シャングリアが振った男……?

 そして、シャングリアはやっと眼の前の男のことを思い出した。

 

 そう言えば、半年ほど前、シャングリアに言い寄ってきたオーヌという魔道遣いを叩きのめしたことがある。

 一度断ったのにしつこい男で、そいつは、シャングリアの周りをずっと付きまとい続けた。

 それで、ついに堪忍袋の緒が切れたシャングリアは、騎士団の練兵場で徹底的に叩きのめし、最後には顔を踏んづけてやった。

 すっかりと忘れていたが、この洞窟で待っていたのは、あのオーヌに間違いない。

 

 だが、雰囲気が違う。

 なにか、おどろおどろしいものをこのオーヌから感じる。

 だから、すぐにわからなかったのだ。

 それにしても、あのオーヌがなんでここに?

 シャングリアがオーヌを手酷く痛めつけてから、いつの間にか行方不明になったと噂で耳にした気がする……。

 まあ、いまのいままで、気にもしていなかったが……。

 そのとき、天井と壁の光がさっと移動した気がした。

 

「な、なに──?」

 

 シャングリアは思わず悲鳴をあげた。

 突然に両脚をなにかに掴まれたのだ。

 

「うわっ」

 

 いつの間にか両足首から下が粘性の物質に浸かっていた。

 それで足が動かなくなっている。

 

「な、なんだ、これ?」

 

 シャングリアは足元の「もの」に向かって剣を刺した。

 だが、次の瞬間、刃を刺した粘性の物質が、そのまま刃を伝って柄まであがってきた。あっという間に柄を持ったシャングリアの腕ごと、粘性のなにかが包んだ。

 

「きゃあああ──」

 

 今度こそ、心の底からの悲鳴をあげた。

 粘性のものに飲み込まれた剣全体と包んでいる腕の部分の衣類が一瞬にして、それに溶けていったのだ。

 しかも、腕だけではない。

 両脚からもどんどんと粘性のものがせりあがってくる。

 それがシャングリアが身に着けているズボンや装具のすべてを溶かしながら、どんどんと胴体に向かってあがってくる。

 

「な、なに──。なによ──。こ、これはお前の仕業か──? やめて──。やめなさい──いやああああ──」

 

 すでに腰から下が全部、粘性のものに包まれた。

 身に着けていたものはすべて溶かされている。

 いまや、なにも身に着けていない下半身を直接に粘性のものが覆っているのだ。

 気持ち悪い……。

 しかも、さらに上半身を伝いあがってくる。

 

「へええ、シャングリアのような男勝りの女も、そんな女のような悲鳴をあげるんだね……。俺の身体に特異点を憑依させてまで、お前に復讐しようとした甲斐があったよ……」

 

 オーヌが笑った。

 そのあいだにも、粘性のものは、ゆっくりとシャングリアの服を溶かしながらあがってくる。

 このままでは、もうすぐ頭の先までその物質に包まれてしまう……。

 

「こ、これはなんだ──? なんだ、これは──?」

 

 シャングリアは叫んだ。

 もはや、なんの抵抗もできない。

 粘性のものは、すでに首の下にまで来ている。

 両手もすっかりと包まれた。

 

 これは生き物だ──。

 シャングリアは思った。

 しかも、魔獣だ──。

 こんな生物が存在するとすれば、それは魔獣でしかありえない──。

 

「それはウーズだよ、シャングリア──。スライム型の魔獣さ……。知性はほとんどないが、あらゆるものを飲み込んで溶かして成長し続ける。夕べは里に行かなかったから腹も減っているようさ。俺はお前に復讐をするために、俺自身の身体に特異点の源を憑依させて魔獣を召喚し、召喚したウーズ遣いになることに成功したのさ──。そして、ずっと、シャングリアに復讐する機会を探していたんだけど、シャングリアがここの盗賊退治をすると耳にしてね……。それで、先回りして、数日前にこの盗賊団を乗っ取って待っていたのさ……。それにしても、素敵な身体だね。ウーズの食事にしてしまうのは惜しすぎるよ」

 

 オーヌの大笑いが聞こえた。

 それが最後の知覚になった。

 粘性のスライムがシャングリアの顔全体を包んで、全身が冷たいものに包まれた。

 

 そして、シャングリアの意識は完全に消滅した。

 

 

 *

 

 

 シャングリアを追って洞窟に入った。

 

「シャングリア──。戻って来い──。すぐにだ──」

 

 一郎は怒鳴った。

 だが、すでにシャングリアの姿は見えなくなっていた。

 ただ、見る限り、ずっと向こうまで分岐のない一本道のように思える。

 急いで追いかければ、すぐに追いつけるだろう。

 

「ご主人様、岩が光ってます……」

 

 しかし、少しだけ進んだところで、ふと、先頭を進んでいたコゼが立ち止まった。

 まだ、洞窟に入ったばかりの位置だ。後ろには、洞窟の入口がはっきりと見えている。

 

「どうかしたの、コゼ?」

 

 突然に立ち止まったコゼに、一郎の後ろのエリカが不審が声をあげた。

 

「なんで岩が光っているのだろうと思って……。これって、光苔ではないわよねえ……。よく見れば、ぬるぬるした感じをしているもの……。こんなの見たのは初めてだから……」

 

「ぬるぬる……?」

 

 一郎はコゼのそばまで進んで、手に持っていた燭台を壁に近づけてみた。

 エリカの魔道で火が消えないようになっている蝋燭を簡単な蝋燭立てに載せたものであり、たった一本の蝋燭でもかなりの光源を発している魔道の道具だ。

 そして、一郎が蝋燭を壁に近づけると、いきなり、その壁が前後左右に激しく動いた。

 岩壁に張りついていた粘性のものが一斉に散ったのだ。

 

「な、なに?」

「なんだ?」

 

 コゼと一郎は同時に声をあげた、

 

「きゃああ──」

 

 次の瞬間、コゼが悲鳴をあげた。

 一郎はコゼを見た。

 すると、コゼの腕が、手に持っている短剣ごと壁から伸びた粘性の物体に掴まれている。

 しかも、一郎の見ている前で、粘性の物質に覆われている短剣が粉々に砕けて溶けた。そして、その粘性の物体は、コゼの片腕を捕えたまま、さらにゆっくりと胴体に向かって伸びている。

 

「ご、ご主人様、エリカ──。逃げて──。これは生きているわ──。苔でもなんでもない。壁全体に透明の不定形生物が張りついて、それが光っているのよ──」

 

 コゼが絶叫した。

 

「ウーズよ──。魔界の粘性生物だわ──。ロウ様、離れて──」

 

 エリカが後ろから叫んだ。

 光線のようなものが飛ぶ──。

 エリカが杖で魔道を発したのだ。

 

「あぐううっ」

 

 コゼが苦しそうな悲鳴をあげた。

 エリカの放った光線は、コゼの腕が包まれている粘性の部分に見事に当たったが苦しんだのはコゼだ。

 ウーズとかいう粘性の物体にダメージを与えた感じはない。

 

「駄目──。魔道は効かない──」

 

 エリカが悲鳴のような声をあげた。

 

「いいから、エリカ──。ご主人様を連れて外に逃げなさい──」

 

 コゼが叫んだ。

 そして、コゼは捕らわれている右手に向かって、反対の左手を振りあげた。コゼは左手にも短剣を持っている。

 一郎は、コゼが自分の右手を切断するつもりだと悟った。

 

 それしか逃げる方法はないのか──?

 

 一郎は昨日耳にした腕を失って逃亡してきた盗賊のひとりの話を思い出した。もしかして、その男はこうやってウーズに腕を掴まれ、逃亡するために自ら腕を斬って逃げてきたのだろうか……。

 

「待て──。早まるな、コゼ──」

 

 一郎は燭台を床に置いて剣を抜いた。

 とりあえず、壁全体のウーズ本体とコゼの腕を包んでいる部分を切り離そうと思ったのだ。

 

「駄目です、ご主人様──。逃げてください──。エリカもよ──。あたしのことは放っておいて──」

 

 コゼが絶叫した。

 構わずに一郎は必撃の剣を振りあげた。

 そのとき、一郎は眼の端に青いもやが見えた気がした。なにに対して青いもやが見えたのかわからなかった。とにかく、一郎は剣を粘性体に叩き込んだ。

 手応えはない。

 それどころか、ウーズの粘性体が剣を包み込んで捕まえてしまい、そこから一郎の右手首までも捕まえられてしまった。

 

「ロウ様──」

 

 エリカが叫んで、こっちに飛び込んでいる気配がした。

 だが、エリカの声が急に遮られた。

 振り返ると、エリカは天井から降ってきたウーズに全身をすっぽりと包まれてしまっている。

 

「エ、エリカ──」

 

 一郎は驚いて叫んだ。

 

「あ、ああ……。も、もう、だ、だめえ──」

 

 コゼの苦しそうな声がした。

 コゼはすでに右腕だけでなく、抵抗をしていた左手もウーズという粘性生物に捕らわれている。

 そして、身体全体もあっという間にウーズに覆われていく。

 

「これは魔剣のようだな……。いい剣のようだ。溶かしてしまうには惜しいか……。ちょうどいい……。もらっておくか……。ところで、お前たちはシャングリアの連れか……?」

 

 そのとき、不意にどこからか声がした。

 しかし、一郎の魔眼では、その声の持ち主のステータスが読めない。

 おそらく、この声の持ち主はここにはいないのだと悟った。

 もしかしたら、もっと奥にいて、魔道による遠隔操作で声だけをここに飛ばしているのかもしれない。

 そして、多分、このウーズとかいうスライムのような粘性生物を自在に操っているのも、この声の男だ……。

 

「そうだ――。お、お前こそ、誰だ──?」

 

 一郎は叫んだ。

 すでにエリカとコゼは、ウーズに全身を飲み込まれている。ふと見ると、装具も服も武器もすべて、ウーズの中で溶かされてしまっている。

 ウーズの透明の粘性の中でふたりの裸身が浮かんでいる。

 それは、一郎も同じだ。

 いま一郎の身体は、首から下のすべてをウーズに包まれていたが、身に着けているものは全部溶けてしまっていた。

 粘性の物質に捕らわれている一郎もまた、完全な素っ裸になってしまっていた。

 

「口のきき方に気をつけることだな。このまま、ウーズにお前たちを食べさせることもできるのだ──。そのときは、骨と皮しか残らないぞ……。まあいい──。俺はオーヌだ──。シャングリアに恨みを持つ者で、ここでシャングリアを待ち受けていたのだ──。ところで、お前たちはなんだ?」

 

 オーヌと名乗った男の声が言った。

 

「お、俺はロウ──。シャ、シャングリアの仲間だ──」

 

 一郎は叫んだ。

 

「仲間──? あのシャングリアの仲間だと? あの性格の悪い女を受け入れることのできる者がこの世に存在するとはな……? だが、それなら、都合がいい……。あいつを俺のものにする道具になってもらうか……」

 

 オーヌの声が響いた。

 そして、一郎の顔全体もウーズの中に包まれてしまった。



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53  淫魔師対魔物遣い

「……ま……」

「……様……」

「……ロウ様……」

「……ご主人様……」

「ロウ……」

 

 大きな声があちこちからかけられている。

 

 はっとした。

 一郎は自分が薄暗い場所で丸まって横になっていることを見つけた。

 

「ロウ様──」

「よかった、ご主人様──」

 

 エリカとコゼの嬉しそうな声がした。

 

「ロ、ロウ─、とりあえず、無事なのだな──」

 

 シャングリアの声もした。

 

「み、みんな──」

 

 一郎は起きあがった。

 

「危ない──」

 

 エリカの声が横から飛んでくると同時に、思い切り硬いものに頭をぶつけた。

 

「いたあっ」

 

 一郎は声をあげてしまった。

 ぶつけたのは鉄格子の天井だ。

 一郎は、高さが異常に低い檻に入れられていたようだ。それに気がつかずに、思い切り身体を起こしてしまったために、天井に頭をぶつけてしまったようだ。

 一郎は改めて、自分が入っている檻を観察した。

 

 本当に狭い檻だ。

 立つことはおろか、座ることもできない。

 一郎の感覚では、大型犬がやっと入るくらいの高さを幅と奥行きしかない。

 そんな狭い場所に一郎は閉じ込められていた。

 この檻の中でできる姿勢は、横に待って丸まって寝ることか、四つん這いになることだけだろう。

 

 しかも、完全な素裸だ。

 ここは、全体が広くなっている洞窟の中の一室のようだ。部屋の四隅の壁には燭台があり、それで全体が照らされている。

 一郎を裸で閉じ込めている小さな檻は、片側の壁に接する洞窟の床の一部に無造作に置かれていた。

 とりあえず、周囲にはあのウーズとかいう粘性生物はいないようだ。

 

「ロウ様、大丈夫ですか?」

 

 エリカだ。

 エリカもまた、同じような檻で素裸で閉じ込められている。エリカの檻は一郎のすぐ隣にあった。やはり、エリカも一郎と同じように四つん這いだ。

 反対側にはコゼの檻もある。

 コゼは横になったままだったが、意識はしっかりとしている。

 

「シャングリアは?」

 

 一郎は叫んだ。

 さっき、シャングリアの声もしたと思った。

 

「わ、わたしは、ここだ……」

 

 控えめなシャングリアの声がした。

 顔をあげると、一郎たちの小さな檻が並んでいる側とは反対側の壁側にシャングリアはいた。

 一郎たちのように異常に狭い檻ではない。

 壁をくり抜いて鉄格子の壁を取り付けた牢屋のような場所にシャングリアはいた。

 シャングリアは両手で裸身を隠して、心配そうな顔をこっちに向けていた。

 

「少なくとも、みんな死んではいないようだな……」

 

 一郎は、とりあえず、ほっとした。

 魔眼で三人のステータスを覗いたが、怪我もしていないようだ。ただ、エリカだけは、魔道を封じる魔道をかけられている気配だ。

 

 とにかく、よかった……。

 

 あのウーズとかいうスライムの化け物に顔を包まれたときには、死も覚悟した。

 おそらく、あのウーズは、あのまま一郎たちを殺すことも可能だったと思う。しかし、それはしなかったようだ。

 

「す、すまない……。わたしのせいだ……。お前がとめたのに、わたしは無鉄砲にも洞窟に入って罠に嵌まったのだ……。言い訳もできん……。しかも、お前たちは、わたしを助けようとして追って来てくれたのだな──。それはオーヌから教えられた。なにもかも、わたしのせいだ……。本当に申し訳ない……」

 

 シャングリアが柄にもなく意気消沈している。

 

「オーヌって?」

 

 一郎は首を傾げた。

「わたしたちをウーズを使って捕えた男です。さっき一度来ました。どうやら、シャングリアの昔の知り合いのようです」

 

 エリカが早口で言った。

 

「ああ」

 

 一郎は思い出した。

 ウーズの粘性体に全身を包まれる直前に、声だけの何者かが、オーヌと名乗り、シャングリアに恨みを抱いているというようなことを言っていたと思う。

 

「……つまりは、あいつは、わたしが昔こっぴどく振った魔道遣いのようなのだ……」

 

 牢の中のシャングリアが語り始めた。

 それによれば、オーヌというのは、将来を期待されていた優秀な王軍魔道師のひとりであり、騎士団に所属したばかりのシャングリアにずっといい寄っていたようだ。

 半年くらい前のことらしい。

 しかし、シャングリアのこの気性だから、それこそ、手酷く振ったのだろう。

 そして、それを恨みに抱いたオーヌは、王都から行方不明になり、あろうことか自分の身体に特異点を憑依させるという禁忌の魔道で魔族を召喚できる技を身に着け、そして、ウーズという粘性生物遣いになったということのようだ。

 さらに、オーヌはシャングリアに恨みを返そうと考え、シャングリアがジーロップ山の盗賊団退治をすると耳にして、急遽、数日前に盗賊団を乗っ取って、待ち構えていたらしい。

 里にやってきた片腕を失った男というのは、オーヌが盗賊団を乗っ取ろうとしたときに、自分の腕を切断してオーヌから逃亡した盗賊のひとりであり、残りの盗賊たちは、オーヌの支配を受け入れて奴隷になるか、あるいは粘性生物のウーズの餌になってしまったようだ。

 

 一郎は驚いてしまった。

 だが、それですべての辻褄は合う。

 この数日間、里の家畜を襲っていた存在も、やはり、オーヌが操っているウーズの仕業だったのだろう。

 それらのことをシャングリアから説明を受けるとともに、一郎が目を覚ます前に一度やってきたオーヌが語った話として、エリカが話してくれた。

 

 そのとき、この洞窟の部屋に奥側から誰かがやって来る気配がした。

 

 

 

 “オーヌ

  瘴気体、男

  年齢30歳

  ジョブ

   魔獣遣い(レベル1)

   魔道遣い(レベル15)

  生命力:90

  攻撃力:120(必撃の剣)

  魔道力:200

  所有物

   ウーズ(魔生物)”

 

 

 

 瘴気体──?

 

 一郎の魔眼で見えるステータスにはそうある。

 シャングリアとエリカのいまの説明によれば、オーヌは、禁忌の魔道により、自分の身体に特異点を憑依させたらしい。

 憑依させたものは、このあいだクエストの一環として、特異点封印に成功したときに破壊した“魔瘴石”のことだと思うが、それを身体に取り込むことで、もはや、人間でもなくなり、「瘴気体」という別の生き物になったということか……。

 

 そう考えていると、すぐにそのステータスの本人が目の前にやってきた。ケープを全身にまとっていて、腰には一郎から取りあげた魔剣をさげている。

 また、青白い顔で怯えている五人の盗賊たちを従えていた。

 五人はそれぞれに武器を持っていたが、一郎はその五人の中のひとりが腰に鍵束を吊っているのを見た。

 ステータスを観察する限り、怯えた表情の五人の中では一番の腕っぷしのようだ。あるいは、オーヌがここにやって来る前には、盗賊団の頭領だったのかもしれない。

 

 いずれにしても、大したことはない。

 エリカでもコゼでも、もちろん、シャングリアでも相手にはならないだろう。ただ、こうやって素裸で檻に閉じ込められている状況では、どうにもできないが……。

 

 辛うじて勝機があり得るとすれば、オーヌという男は、おそらく、自分の身体に特異点を憑依させて魔獣遣いになったのは、まだほとんど日が浅いに違いないということだ。

 オーヌの魔獣遣いとしてのレベルは、まだ“1”でしかない──。

 つまりは、あのウーズという粘性生物の扱いそのものにも、あまり慣れていないはずだ。

 

 付け入る隙があるとすれば、それだけか……。

 

 とにかく、あのウーズに一郎たちをあのまま殺させなかったということは、オーヌには、一郎たちを生かしておいてもいいという考えもあるということだろう。

 殺すつもりなら、あのまま殺してしまったはずだ。

 

「おっ、男もやっと目を覚ましたか? じゃあ、シャングリア、さっきの返事を聞かせてもらおうか──」

 

 オーヌが言った。

 

「わ、わかっている──。だが、オーヌ、神にかけて誓え──。本当に、わたしが、お前を主人とする奴隷の首輪を受け入れれば、ロウたち三人を解放するのだな? その保障をしろ──」

 

 シャングリアが叫んだ。

 奴隷の首環──?

 なんだ、それは……?

 一郎は眉をひそめた。

 

「神にだと──? 魔道十二戒を破り、魔族を封印している異界を解放する特異点を自らの肉体に憑依させた俺に、今更、神に誓うことに意味があるとは思えんがな……。まあいい──。俺が欲しいのはお前だけだ──。さあ、首輪をしろ──。そして、俺に謝罪するとともに、奴隷になると誓え──。そうすれば、この三人には用はない。俺が欲しいのはお前だけだ、シャングリア──。三人は解放してやる」

 

 オーヌが身に着けているケープの内側から金属の首輪を出して、シャングリアの牢に差し込んだ。

 一郎は目を見張った。

 

 あれは“奴隷の首環”だ──。

 一郎の呪術の支配力により、コゼの首から割れ落ちたものと同じものだ。人を奴隷状態にして、「主人」の命令に逆らえないようにする支配の魔道具だ。コゼもその首輪で長い年月苦しめられ続けた。

 オーヌの目的は、シャングリアを自分の奴隷状態にすることのようだ。

 しかし、奴隷の首環はただ嵌めるだけではだめなのだ。奴隷自身の意思で「奴隷になる」という言葉を発する必要がある。

 それで、魔道による支配の縛りが、心に縛りつけられるのだ。

 どうやら、一郎たちは、シャングリアがオーヌの支配を受け入れる「人質」にされているようだ。

 だから、オーヌは、侵入者である一郎たちを殺さなかったのだろう。

 

「……さっき、ロウ様がまだ意識がないとき、あのオーヌがやってきて、わたしたちを助ける代わりに、シャングリアに自分の奴隷になれと言ったんです……」

 

 横の檻にいるエリカが小声でささやいた。

 やはり、一郎の想像の通りだ。

 しかし、そんなことをさせるわけにはいかない。

 

「い、いかん──。やめろ、シャングリア──。そんなことをする必要はない──」

 

 一郎はそれを聞いて絶叫した。

 

「ロ、ロウ──。これはすべて、わたしのせいなのだ──。自分の始末は自分でつける──」

「なにを言っているんだ、シャングリア──。限られた時間とはいえ、俺たちは仲間だ──。もっと、仲間に頼るんだ──。仲間を信じろ──」

「わ、わたしを仲間だと言ってくれるのか、ロウ……。嬉しいぞ……。嘘でもな……。ありがとう……」

「うるさい──。簡単に諦めるな、シャングリア──。この馬鹿女──」

 

 一郎は声をあげた。

 

「わ、わたしを馬鹿女だと言ったか──。ゆ、許さんぞ、ロウ──」

 

 シャングリアが顔を真っ赤にして言い返した。

 一郎はほくそ笑んだ。

 それでこそシャングリアだ──。

 

「うるさい奴だなあ──。おい、お前たち、ちょうどいい──。部屋の燭台の蝋燭をこいつら三人の檻の上に置いてやれ」

 

 すると、オーヌが意地の悪い表情を浮かべて、背後の五人に言った。

 命令を受けた盗賊たち五人が弾かれたように動いた。

 余程に恐怖が染みついているのだろう。

 岩壁にあった四個の蝋燭がこっちに運ばれてきた。

 一郎たち、三人の檻の上に乗せられる。

 四個あったので、エリカとコゼの檻の上には一個──。一郎の上には二個だ。

 

「あ、熱い──。あ、熱いって──」

 

 すぐにぽたぽたと蝋が垂れ落ちてきた。

 しかし、檻の中は身体を反転もできないような狭さだ。

 逃げることのできない肌の上に、次々に灼熱の垂蝋が襲ってくる。

 

 だが、同時に一郎は悟った。

 やはり、この男は魔獣遣い……、とりわけ、粘性生物のウーズ遣いとしては、まだ素人だ。

 一郎は確信した。

 

「熱い──」

「ひい──」

 

 エリカとコゼも両側で悲鳴をあげている。

 

「や、やめよ、オーヌ──。わたしは首環を受け入れる──。お前の奴隷になる──。だから、やめるのだ──。ロウたちは、わたしのせいで巻き込まれたのだ──。お前が恨みに思っているのはわたしだけであろう──」

 

 シャングイリアが大きな声をあげた。

 そして、眼の前に放り投げられた「奴隷の首環」を掴んで自ら首に嵌める。

 

「そんなことをする必要はないと言っているだろう──。この馬鹿女──。早まるな──」

 

 一郎は垂蝋の熱さに耐えながら絶叫した。

 そして、右手首の紋様の痣を擦った。

 

 一郎は右手の紋様を擦った。

 檻の外にクグルスが出現した。

 

「じゃじゃじゃじゃああん──。クグルスだよ。ご主人様、お呼び出しありがとう──。わおっ、三人で裸ん坊で檻の中でなにやってんの? 新しい遊び?」

 

 クグルスが陽気な声をあげた。

 

「呑気なことを言ってんじゃない、クグルス──。俺たちは殺されそうになってんだ。助けてくれ──。そのケープの男か、それとも、あの腰に鍵束を吊っている男の身体を乗っ取れ──」

 

 一郎は指示した。

 魔妖精のクグルスの技のひとつは、能力レベルの低い相手の身体を乗っ取って、本人の意思とは無関係に身体を自由に動かすことだ。一番最初に一郎の前に出現したとき、エルフの里のユイナというエルフ少女の身体を乗っ取って大騒ぎを起こした。

 それを一郎は思い出していた。

 

 一瞬、クグルスはきょとんとした表情で、きょろきょろと周囲を見回していたが、すぐにある程度の状況を認識したようだ。

 

「あの身体に魔瘴石の塊りを宿している男がご主人様の敵だね──? 身体の中に特異点があるね。だけど、こいつは無理──。すでに人間でなくなっているもの──。ぼくは人間種か亜人種の身体しか乗っ取れないんだ。魔族は無理なんだ」

 

 クグルスは、そう言って、五人いる男のうち、鍵束を腰にさげている男の胸に飛び込んだ。

 そして、身体が消滅する。

 

「な、なんだ? いまのは魔物だろう──? 魔妖精だな? お前も魔族を召喚できるのか──?」

 

 オーヌが目を丸くして叫んだ。

 しかし、一郎はそのオーヌの背後にいる男の股間がズボンの下で勃起状態になったのを見た。

 クグルスの支配が成功したようだ。

 その男が剣を抜いて、オーヌに向かって振りあげる。

 

「なに?」

 

 オーヌが気がついた。

 さっと、身体を前に倒して、男の剣の一撃を避けた。

 クグルスが操っている男がさらに倒れたオーヌを追う。

 しかし、オーヌは転がりながら、必撃の剣を抜いている。

 オーヌの握る必撃の剣が、男の剣を巧みにかわして、深々と腹を切り裂いた。

 

「あぐうっ」

 

 男が口から血を噴き出して前のめりに崩れる。

 だが、倒れながら、腰の鍵束を一郎たちに向かって放った。

 

 洞窟の床を転がりながら、うまい具合にエリカの檻の前に鍵がやってきた。

 素早くエリカが鍵を取り、自分の檻の鍵を開いて、檻の外に這い出ていく。

 

「コゼ、ロウ様を──」

 

 エリカはひと声叫ぶと、鍵束をコゼの檻に向かって放り投げ、そのまま腹を斬られて倒れた男に飛びついた。その男の剣を奪おうとしているのだ。

 

 一方で、その男の体内から飛び出したクグルスは、呆気にとられている残りの盗賊たちのひとりの身体に入り直した。

 その男の股間も勃起して、さらに剣を抜いてオーヌに斬りかかる動きを示した。

 

 また、エリカも倒れている男の剣を取ることに成功していた。

 ふたりがかりで、オーヌに剣を向けている。

 だが、オーヌは態勢を戻していて、さっとふたりから距離をとった。

 すでに、オーヌが落ち着いた雰囲気でいるのを一郎は見た。

 しかも、天井でなにかが動いているの。

 

「エリカ──。こっちに退がれ──。蝋燭を取れ──」

 

 一郎は叫んだ。

 素裸のエリカがさっと反応して、一郎たちのいる方向に跳躍した。

 たったいままでエリカがいた場所に、天井からウーズの塊りが落ちてきた。

 エリカは間一髪でウーズの粘性体に飲み込まれずに済んだが、クグルスの操っている盗賊を含めて残りの男たちの全員は、全身をウーズの粘性体に飲み込まれてしまった。

 

「ご主人様──」

 

 やっと鍵束で檻から出たコゼが一郎の檻を開いてくれた。

 戻ったエリカが檻の上に放置されていた蝋燭を手に取って前にかざした。

 すると、迫っていたウーズがさっと退がっていく。

 一郎を檻から引き出したコゼは、今度は鍵束をシャングリアの牢に投げた。

 

「コゼも蝋燭を手に取れ──。ウーズの弱点は火だ。こいつはさっきから火を怖がっているんだ──」

 

 一郎は檻から出るとともに、檻の上においてある蝋燭を手に取った。

 

「火が弱点──? なんでそんなことを──?」 

 

 オーヌがびっくりしている。

 すでに部屋の半分をウーズの粘性体が覆っていて、オーズはその中心でウーズをけしかける仕草をしている。

 だが、すかさず蝋燭を掴んだエリカとコゼと一郎のかざす蝋燭の火に、ウーズが尻込みするかのように、こっちへの進行を止めている。

 

「な、なんで、向かっていかんのだ──? ひ、火が弱点だって──。そ、そんなことは知らんぞ──」

 

 動かなくなったウーズに、オーヌが焦ったような声をあげた。

 やはり、オーヌはウーズ遣いになったのが最近だったようであり、ウーズという粘性生物の弱点を知らなかったようだ。

 

 しかし、一郎にはわかった。

 最初にウーズに襲われて捕らわれたとき、一瞬だが一郎の魔眼には、なにかに対して青いもやを反応させた。あのときはわからなかったが、あれは一郎が手に持っていた燭台の炎に反応したのだ。

 それなのに、一郎はそれを手放して、剣で粘性体を斬ろうとした。だから、襲われたのだ。

 いまは、炎に対して青いもやが包んでいるのが明確にわかる。一郎の魔眼が、襲いかかろうとしている粘性生物のウーズの弱点をそうやって教えているのだ。

 

「ご主人様──」

 

 クグルスも操っていた盗賊の中から逃げ出して、こっちに戻ってきた。

 また、ほかの盗賊の身体はすでにウーズの粘性体に飲み込まれている。

 オーヌは、クグルスに盗賊たちの身体が乗っ取られるのを察して、ウーズに殺させることを選んだのだろう。

 

「ぼくに任せて──」

 

 クグルスが空中で叫ぶとともに、床に炎の壁がさっとあがった。

 炎の壁は天井まで届いている。床と天井に拡がっていたウーズが一気に後退していく。

 

「ロウも魔族遣いだったのだな──。あとで説明してもらうぞ」

 

 解錠に手間取っていたシャングリアも、やっと牢から飛び出してきた。

 素っ裸の四人の男女と魔妖精が炎の壁を挟んで、ウーズを操るオーヌと対決する態勢になった。

 

「説明する気はないね──。見たものは忘れてくれ──」

 

 一郎はシャングリアの白い裸身に一瞬だけ目をやって、しっかりと視界に刻みつけると、視線を前に戻してクグルスに指示を出す。

 

「この部屋の後ろにも炎の壁を作れ、クグルス──。炎と炎でウーズを挟むんだ──」

 

「わかった」

 

 クグルスが飛翔して、天井すれすれまであがった。

 この洞窟の部屋の先のオーヌの向こう側でも炎の壁ができあがる。

 オーヌを中心に集まっているウーズの前後が大きな炎の壁に挟まれた。

 

「狭めろ──」

 

 一郎は叫んだ。

 

「あいあいさあ──」

 

 クグルスが陽気な声をあげるとともに、ふたつの炎の壁がぐっと狭まっていく。

 それとともに、その中間にいるウーズが暴れ出した。まるで湯が沸騰するかのように粘性体を波打たせている。

 

「うわっ──。やめろ──。助けてくれ──。や、やめろお──」

 

 炎の壁のあいだでは、ウーズが暴れ狂い、オーヌが悲鳴をあげいている。

 炎に迫られてパニック状態になっているウーズを制御する能力をオーヌは失ったようだ。

 

「エリカ、その剣を貸してくれ──」

 

 シャングリアがエリカが持っている剣を奪った。

 

「これでも喰らえ──」

 

 シャングリアが剣を槍のようにして、炎の向こうのオーヌに投げた。

 

「ぐあああ──」

 

 ものの見事に、シャングリアの投げた剣はオーヌの胸に吸い込まれる。

 なにかが砕けるような大きな音がした。

 真っ白い光と白い破片が周囲に迸る。

 咄嗟に女たちの身体を庇おうと思ったが、破片は一郎たちの身体を傷つけるほどには勢いよく弾けなかった。

 オーヌが自らの肉体に憑依させていたという特異点の根源である“魔瘴石”が弾けたのだ。

 オーヌはウーズという粘性生物を召喚して操るために、自分の肉体に特異点を憑依させたはずだ。

 それが、オーヌが死ぬことで特異点を維持する力を失い、魔瘴石が壊れてしまったのだろう。

 

「ご主人様、瘴気が消えていくよ」

 

 クグルスがほっとしたように言った。

 炎の壁の向こうのウーズはまだ狂ったように暴れているが、確かに心なしか勢いが弱まったようにも見えた。

 

「一応、クエスト終了か……」

 

 一郎は地面に落ちている魔瘴石の破片を幾つか拾いながら言った。

 これが証拠になって、特異点の封印の功績も追加になるはずだ。

 

「それにしても……」

 

 一郎はいまだに暴れている炎の壁の向こうのウーズを恨めしげに眺めた。

 瘴気が消え、魔界との接触を失い、さらに操っていたオーヌもいなくなることで、ウーズは完全に制御を失った状態になっている。いまやオーヌの肉体もウーズの体内に飲み込まれていた。

 つまりは、オーヌが持っていた一郎の剣もウーズに飲み込まれたということだ。

 

「今回の代償は高かったな──。あいつめ、俺の愛剣を持ったまま、ウーズに飲まれやがった……」

 

 一郎の武器だった必撃の剣は、オーヌの肉体とともに、すでにウーズの粘性体の中だ。

 瘴気が消滅した以上、ウーズはこの洞窟から出ることもないし、数日で存在を留めることも不可能になるのだとは思うが、飲んでしまった剣は戻って来ない。

 

 一郎は溜息をついた。

 そのとき、突然になにかが、どんと一郎にぶつかった。

 シャングリアだ。

 素っ裸のシャングリアがいきなり一郎に抱きついてきたのだ。

 

「ロ、ロウ──、お前、最高だ──」

 

 シャングリアは叫ぶなり、一郎の唇に自分の口を思いきり重ねてきた。一郎はびっくりしたが、それだけシャングリアも感情が昂っていたのだろう。一郎は、シャングリアの口づけを受けながら、シャングリアの首にある首輪を外してやった。

 

「あ、ありがとう、ロウ……。お、お礼のしようもない。ほ、本当にお前は命の恩人だ……」

 

 唇を離したシャングリアが真っ赤な顔で言った。

 

「それはいいがな……。そんな格好で抱きつかれると、収まるものも、収まらなくなるぞ」

 

 一郎は笑った。

 シャングリアのような美女に裸で抱きつかれて、下半身が勃起状態だ。

 

「ひっ──。ひゃああっ──」

 

 シャングリアが悲鳴をあげて飛び退いた。

 一郎は笑いながら、淫魔力を総動員して下半身の興奮を収める。勃てるのも鎮めるのも、実は自在にできる。それも淫魔師の力なのだ。

 

「……魔剣がなくなっても、ロウ様には、わたしが剣技を基礎からちゃんとお教えしますから……。また、一緒に稽古をしましょう」

 

 エリカが、シャングリアの突発的な振る舞いなどなにもなかったかのように、にこにこしながら言った。

 エリカは、以前から魔剣に頼りがちの一郎のことを快く思っておらず、きちんと武術の稽古に毎日励むべきだと主張していたのだ。

 なんだかんだと逃げ回っていたが、魔剣が失われた以上、一郎としても、自分の身を自分で守るくらいの腕をつけないと、冒険者を続けることは難しい。

 観念するしかないのかもしれない……。

 

「駄目だよ、エリカはご主人様に厳しすぎるからね──。ご主人様は、また嫌がってやめてしまうことになるだけさ。もっと、教えるのが上手な人を探すのがいいよ。優しく丁寧に教えられる人がね」

 

 クグルスがからかうように言った。

 確かに、一郎だってちゃんと剣を覚えようと努力したこともある。だが、生真面目なエリカの教授は本当に厳しいのだ。

 一郎はたちまちに音をあげてしまって、それ以来、鍛錬をさぼっていた。

 しかし、コゼの技もアサシンとして特化しすぎていて、他人に教えるのは向かないだろう。

 

 やはり、エリカか……。

 

「な、なに言ってんのよ、クグルス──。武術に王道はないのよ──。毎日の地道な努力──。これしか上達の方法はないの──。なにも知らないくせに黙ってなさい──」

 

 エリカが噛みつくようにクグルスに声をあげた。

 そのとき、シャングリアが再び一郎の前にすっと出てきた。

 一糸まとわぬ素っ裸のシャングリアは、やっと羞恥を思い出したかのように、両手で胸と股間を隠して赤い顔でもじもじしている。

 

「あ、あのう……。わたしでは……駄目か……?」

 

 すると、シャングリアが言った。

 

「駄目かって……? なにが?」

 

 一郎は首をかしげた。

 

「だ、だから、剣を教えるということだ。わたしは、こう見えても、王軍騎士団では女兵を相手に武術を教える仕事もしているのだ。最近では、実任務は干されることが多くて、そういうことしかやらせてもらえなくてな……。だ、だから、力も技術にも乏しい女に、ある程度のことを教えるのはいつもやっている。わたしなら、うまく教えられると思うぞ……。よ、よければ、お前にわたしは武術を教えたい……。せ、せめてものお礼に……。そ、そして、お詫びに……」

 

 シャングリアが照れたように言った。

 

「シャングリアがか?」

 

 なにを馬鹿なと言いかけたが、エリカの教え方に容赦がないことは一郎も閉口している。

 女兵に教えるような優しいやり方なら、いくらなんでも、一郎も音をあげなくてすむかもしれない。

 

「そうだな、頼もうかな……」

 

 一郎は言った。

 

「えっ、ええっ?」

 

 エリカが不満そうな声をあげた。

 

「あ、ありがとう──。じゃ、じゃあ、王都に戻ったら一生懸命に教える。お前はわたしの命の恩人だ……。それに報いるように頑張るな……。よろしく頼む、ロウ……」

 

 シャングリアが破顔した。

 笑うとこんなに可愛い顔になるのかを驚くくらいの素晴らしい笑顔だ。

 思わず見とれていると、その笑顔がちょっと困ったように歪んだ。

 

「だ、だけど、お前も少し隠してくれないか、ロウ……。め、目のやり場に困るのだ」

 

 シャングリアが顔どころか、全身を真っ赤にして言った。

 そういえば、一郎もまた前を隠すことなく裸で立っている。

 それで、気の強いシャングリアもどこに眼をやっていいかわからないように、視線が泳いでいるのだ。

 

「隠すと言ってもなあ……。いまさら……。それに、俺たちの服は全部、あのウーズが溶かしてしまったしな……。とりあえず、馬車を置いてきた場所までいけば、売れ残りの女物の衣類がまだ積んであるが、そこまで辿り着くまでは、四人で素っ裸でいくしかないな」

 

 一郎は笑った。

 

「そういえば、ご主人様、この裸ん坊の女は誰──? こいつも美人だね。それに、淫乱そうな身体しているよ──。新しい性奴隷?」

 

 クグルスが一郎の前に飛んできて言った。

 

「せ、性奴隷──?」

 

 シャングリアがクグルスの言葉に驚いている。

 

「クグルス、余計なことを言うな──」

 

 一郎は怒鳴った。

 しかし、クグルスはまったく気にすることなく、シャングリアの裸身をまるで点検するかのように周囲を飛び回っている。

 

「もしかして、生娘なのか、お前──? しかも、まだご主人様に女にしてもらっていないんだな? だったら手をつけてもらいな──。ご主人様はお優しいからね。そうしたら、きっと、お前をご主人様の性奴隷にして、仲間に迎えてくれるぞ」

 

 クグルスがシャングリアの周りを飛びながら言い続ける。

 シャングリアは困惑している。

 

「やめんか、クグルス──」

 

 一郎はクグルスのお喋りをやめさせようと手を伸ばした。

 だが、クグルスはさっと空中を移動して、一郎の手をかわした。

 

「いいじゃないか、ご主人様──。絶倫のご主人様には、エリカとコゼだけじゃ性奴隷は足りないよ──。ねえ、エリカ、コゼ──?」

 

 クグルスが笑いながら言った。

 

「そ、そういうことじゃない──」

 

 シャングリアの前でこれ以上、クグルスにべらべらと喋られると、一郎が魔妖精をしもべにしていて、しかも、淫魔師であるということが誤魔化しようがなくなる。

 もう遅いかもしれないが……。

 

「なあ、お前、ご主人様の性奴隷はいいぞ──。本当に死ぬような快感を毎日くれるんだから──。それにこっちの都合もある。このエリカもコゼも性奴隷だけど、ご主人様はますます絶倫になるから、毎日、ご主人様の相手をふたりだけでするのは大変そうなんだ──。だから、お前もご主人様の性奴隷になれ──。よくわからないけど、どうやら、ご主人様にお前は助けてもらったみたいじゃないか……。お前は、いい身体だし、美人だし……。うん──合格だ──。だったら……」

 

 クグルスがからかうような言葉をシャングリアに言い続ける。

 

「いいから、戻って来い──」

 

 一郎はやっとのこと、宙を舞うクグルスを捕まえた。

 

「こいつ──」

 

 一郎は折檻の意味を込めて、クグルスの身体を滅茶苦茶に擦ってやった。クグルスは淫魔師である一郎に触られるだけで死ぬような快感を受けてしまうのだ。

 

「ひぐううう──」

 

 いつもよりも激しい愛撫を受けたクグルスが、絶息するような悲鳴をあげて、一郎の手の中でのたうち回り始めた。



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54  新たなる騒動

 ねちゃねちゃと淫らな音が馬車の荷台に響いている。

 コゼが馬車の荷台に仰向けに寝そべっている一郎の怒張を股間で上下するたびに、結合している部分が水音をさせているのだ。

 

「ご、ご主人様……、コ、コゼはもう……」

 

 服の上から後手縛りをさせているコゼが全身をぶるぶると震わせながら言った。服の上から縛っているといっても、それは上半身だけのことだ。下半身については、完全な裸にして、しかも、股間で一郎の一物を咥えさせている。

 

 コゼにやらせているのは、寝そべっている一郎をコゼが騎乗位で犯すことだ。コゼには、そうやって一郎の股間の上で両足をM字にして跨り、股間を上下する運動をずっと続けさせていた。

 かなりの長い時間同じことをやらせているので、体力的にもつらいのかもしれないが、まだ一度も気をやるのを許していない。それがコゼを追い詰めている。

 いまも、「快感値」の数字が一桁にまでなっている。

 このまま腰を動かし続けるだけで、もうすぐコゼの待ち望む絶頂が襲うはずだ。

 しかし、一郎はもう少しコゼが性の拷問に苦悩する光景を味わうつもりだ。

 

「お預けだ。止めろ」

 

 一郎は寝そべったまま大きな声をあげた。

 

「ああ、また……。も、もう、勘弁してください……。そ、そろそろ、お情けを……」

 

 コゼが喉を大きくのけ反らせて、泣くような声をあげた。

 それはそうだろう。

 一郎が声をかけたとき、コゼの数字は“1”から“0”に変化する刹那だったのだ。コゼはまさに絶頂しかけていたのに、そこでそれ以上の刺激を中止させられたのだ。

 

 本当に苦しそうだ。

 一郎は自分の中の鬼畜がかっかと燃えてくるのを感じた。

 

「駄目だ──。そのままだ。しばらく、じっとしていろ。そうしたら、また絶頂寸前まで刺激をむさぼっていい」

 

「そ、そんな……。そろそろ、一度、いかせてください。お願いします」

 

 コゼが必死の口調で言った。

 

「だったら、俺が精を放ちたくなるように擦るんだな。どうやったら、俺を悦ばせることができるか考えながら腰を動かすんだ。つべこべ言わずに、じっとしていろ」

 

 一郎はうそぶいた。

 快感を取りあげられたコゼは荒い息をしながら、がっくりと顔をさげた。

 だが、実際には淫魔師の「命令」の縛りはコゼには、いまは与えていない。だから、コゼは一郎の言葉を無視して、そのまま腰を動かして絶頂に至る快楽をむしり取ることもできるはずだ。

 しかし、それはコゼはしない。

 それは、コゼが一郎からの「調教の躾」をすっかりと身体に刻み込んでいるという証拠だろう。

 

「さて、もうひとりの女戦士殿はどうかな?」

 

 一郎は首を曲げて、両手両足を背中側で束ねるという拘束をされている全裸のエリカを見た。

 エリカの全身には「ローター」が全身に装着されている。両乳首には乳首を挟むように二個ずつ、肉芽にも二個、肛門には三個のローターが埋め込まれ、さらに菊門そのものに蓋をするようにローターが置かれている。圧巻は股間だ。五個のローターを押し込まれ、外襞にもローターがついている。

 すべてがクグルスの「とりもち」で接着してあり、暴れても外れないようになっている。

 動かしているのはクグルスだ。

 クグルスは仰向けになっているエリカの腹の上で胡坐をかき、十七個のローターを操っているのだ。

 もちろん、ローターという淫具は、この世界にはもともと存在しない。一郎がクグルスの淫魔の能力を使って、わざわざ作らせたものだ。

 

「あうう、ぐううう、ふぐうう──」

 

 エリカが獣のような声で吠えてがくがくと全身を震わせ、そしてがっくりと脱力した。

 

「また、いったね──。ご主人様、これで三十二回目だよ。もしかしたら、新記録かも──」

 

 とりあえず、エリカに装着している全淫具の振動を止めたクグルスが陽気に言った。

 三十二回というのはもちろん、エリカが達した回数だろう。

 それだけの絶頂を続けざまにさせられたエリカは、すでに二度の失禁をし、口からは泡を吹いている。全身の穴という穴から体液という体液が噴き出していて、凄まじい状態だ。

 しばらく前までは、必死の哀願をしていたが、いまは喋ることもできないらしく、ただ、はあはあと激しく息をするだけだ。

 

「だが、気絶をさせるなよ、クグルス──。最後は、俺の怒張で終わらせるつもりなんだ」

 

「わかってるよ、ご主人様──。もしも、気を失いそうになったら、電撃を浴びせて起こすよ。実際、もう三回電撃を浴びせたけどね」

 

 クグルスがけらけらと笑った。

 

「ほら、エリカ、じゃあ、三十三回目を頑張ろうか──」

 

 クグルスがいうと、再びエリカが大きな声で吠えた。

 一郎はエリカに装着しているローターが一斉に最大振動で動き出したのがわかった。

 クグルスはエリカの狂態を愉しむように、さらにエリカの裸身の上を歩き回り、脇をくすぐるような悪戯をしている。

 度重なる絶頂で、全身が敏感になりすぎているエリカは、クグルスの悪戯に対しても、狂ったように四肢を背中に回した胴体だけの姿をのたうたせている。

 

 王都に帰る馬車の中だった。

 

 往路と同じで二日がかりの馬車の移動であり、今夜は野宿となる。

 すでに陽は暮れていて、食事とその片づけも終わった。一郎たち三人は休むために、馬車の中にランプを持ち込んで荷台にあがってきていた。

 

 シャングリアは、すでにいない。

 事後処置のために麓の里に残った一郎たちに対して、シャングリアが王都に戻ったのは、オーヌを倒した翌朝のことだ。

 どうしても、早く王都に戻って、処置をしたいことがあるということで、ひと足先に王都に戻っていったのだ。その足にするためのウマは、里でシャングリア自身が購ってウマを用立てていた。

 よくはわからないが、とにかく急いで帰りたいようだった。

 

 まあ、考えてみれば、なにもかも直情的な女騎士だった。

 面白かったのは、それまでの態度とは打って変わって、急に一郎にしおらしい態度を取り始めたことだった。まあ、そうはいっても、あの性格だから、ぞんざいな態度と口調はそのままなのだが、「軽蔑」そのものの視線を向け続けていた当初とは大違いだ。

 

 とにかく、シャングリアはそうやって戻っていった。

 一方で、一郎たちは、ウーズという魔界の粘性生物を操ってシャングリアを襲おうとしたオーヌという男を倒してから二日間、麓の里に留まった。

 必要な残務処置を終えるのに、それだけの時間が必要だったのだ。

 

 洞窟の中に残ったウーズが完全に死滅するのに一日。

 さらに、急遽やってきた政府の魔道師の小役人に、特異点の発生とその消滅を確認してもらうのに一日だ。

 また、魔界の生物のウーズとそれを操っていたオーヌという男の報告を受けた魔道師の小役人は、特異点が地物や魔獣ではなく、人間にも憑依可能だということに驚いていた。

 

 だが、とにかく、何事もなく封印されたということで、安堵の声をあげていた。

 それは里の者も同じだ。

 一郎たちは、改めて、実は行商人でなく、盗賊退治のクエストを受けていた冒険者であるということを紹介されて、里の者たちからのお礼の歓待を受けた。

 

 すべての事後処置が終わり、王都に向けて馬車を出立したのは、今朝のことだ。そして、一日目の移動が終わり、一郎たちは馬車での野宿をしようとしているところだ。

 夜になれば、いつもの営みと決まっている。

 この数日間は、里長のところに宿泊したので、激しいことはできなかった。

 その憂さを晴らすつもりで、一郎はエリカとコゼを限界まで搾りあげるような「調教」をしているのだ。

 

「よし、動かしていいぞ──」

 

 一郎はコゼに言った。

 コゼが腰を動かしだす。

 だが、さっきよりは上半身もくねらせたりして、一郎を誘うような仕草も加えている。

 一郎を悦ばせるようにやれという言葉をコゼなりに忠実に実行しようとしているのだろう。

 

 可愛い女だ。

 一郎はにんまりとしてしまった。

 

 結局のところ、一郎がコゼに絶頂を許し、精を与えたのは、さらに五回の寸止めを繰り返してからだった。

 

「んはああ──ご、ご主人様、ありがとうございます──」

 

 ほとんど発狂寸前のようだったコゼは、凄まじい歓喜を爆発させて、一郎の股間の上で泣き叫んだ。

 そして、まるで糸でも切れたかのように、そのまま失神してしまった。

 

「次はエリカだな。クグルス、膣のローターを外に出せ」

 

 一郎は完全に気を失っているコゼを床に横にして、白目を剥いているエリカの前にやってきた。

 

「もう、四十九回だよ、ご主人様──。次で五十回──」

 

 クグルスが笑って言った。

 そして、一郎がエリカの前に屈むと、まるで卵でも産むかのようにぼとぼとと振動を続けるローターが大量の愛液と一緒に床に次々に落ちた。

 一郎はエリカの腰を引き寄せて、一気に怒張を貫かせた。

 

「ほおおお──」

 

 エリカは、ほとんど意識のない状態だったが、一郎の性器が挿入されたのはわかったのだろう。エリカは顔いっぱいに悦びを示して、あられもない声をあげた。

 

 そして、挿入しようとする刺激で一回──。

 子宮近くまで押し込まれて一回──。

 さらに、律動を開始して、二度続けての絶頂をした。

 

 一郎は壊れたように絶頂を繰り返すエリカに苦笑した。

 そして、おもむろにエリカの体内に精を放った。

 そのとき、エリカは、さらに二度連続の絶頂をした。

 

 総計五十五回──。

 

 ほとんど死の一歩手前まで追い詰められて、エリカもまた、壮絶に意識を失った。

 

 

 *

 

 

 馬車とウマを業者に返し、一郎たちはクエスト終了の報告をするために、冒険者ギルドにやってきた。

 なんとなく騒然とした気配のあるギルドのロビーを横切り、空いている受付に近づこうとすると、奥の扉が開いて、副ギルド長のミランダがやってきた。

 まるで待ち構えていたかのような、いそいそとした感じだ。

 それにしても、相変わらずの「小学生」を思わせる小柄な身体と童顔だ。いつものように、童女のような外見に似合わない、身体の線がはっきりとする革のスーツを身に着けている。

 

 そのミランダは、なんとなく複雑な表情をしている。

 怒っているような、困っているような、あるいは、呆れているような……。

 とにかく、そんな複雑な表情だ。

 

「やってくれたわね、ロウ──。あれほど言ったのに……。依頼人はかんかんよ。残念ながら、今回はクエスト成功とはみなせないわね……。依頼人は報酬は支払わないと言っているもの……。まあ、特異点封印の功績については、あなたたちの冒険者の加点として扱うわ。ただ、宮廷からの報奨金はギルドで没収するわ。罰金だと思ってちょうだい」

 

 ミランダが両手を腰に置いて言った。

 口調は厳しいが、なんとなくミランダはそんなには怒ってはいない感じだ。周りには多くの冒険者が取り巻いているので、その連中の手前、一応の叱責をしようとしているという雰囲気だ。

 

 ただ、なんのことかわからない。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ──。なんのことを言っているのさ、ミランダ──。失敗したクエストって、ジーロップの盗賊退治のことを言っているんじゃないよね?」

 

 一郎は言った。

 

「そのジーロップのクエストよ」

 

 ミランダは、まるで苦虫でも噛み潰したような顔で言った。

 

「あ、あのう……。クエストは終わらせました。盗賊は退治をしました。盗賊団はオーヌという魔獣遣いに乗っ取られてたんです。でも、そのオーヌも倒し、特異点の封印もしました」

 

 エリカが横から口を挟んだ。

 

「すべて、確認しているわ、エリカ。それについては、ご苦労様。さすがはあなたたちね。ただ、ロウ……。あんた、クエスト条件を覚えているの?」

 

「条件?」

 

 一郎は首を傾げた。

 すると、ミランダがぐいと一郎に近づいた。

 

「……シャングリアに、手を出すなと言ったでしょう……。出したわね……」

 

 ミランダが周りを憚った小さな声で言った。

 一郎は驚いた。

 そう言えば、そんな条件があったのは覚えているが、断じて手は出していない。

 最後に口づけはしたが、まあ、あんなのは手を出したうちには入らないだろう。

 

「だ、出してない──。出してないよ、ミランダ──」

 

 一郎は言った。

 

「だったら、なんでこんなことになっているのよ……。それにしても、あんたって、本当に女たらしねえ……」

 

 ミランダが我慢できなくなったかのように噴き出した。

 そのとき、さらに奥の扉が開いた。

 

「ロウ、戻ってきたのか──?」

 

 嬉しそうな声をあげて出てきたのはシャングリアだ。

 だが、驚いたのは、その服装だ。

 なんとなく女冒険者を思わせる格好であり、しかも、スカートだ。あんなに、頑なに嫌がった女の服を身につけている。

 それだけでも驚きなのだが、なによりもスカートが短い。

 一郎がエリカに強要しているようなミニスカートだ。

 シャングリアの登場にギルドのロビーが騒然となった。

 

「シャングリア、騒ぎになるから、奥に引っ込んでいろと言ったでしょう──」

 

 ミランダが声をあげた。

 

「だが、ロウが戻ってきたのだろう──。わたしはロウに用事があるのだ」

 

 シャングリアが言った。

 そして、一郎にさっと視線を向けた。

 

「ロウ、すべて片付いた──。お前が戻るまでに処置をしようと思って急いだのだ──。わたしは王軍騎士団を退職した。これからは冒険者となる──。お前と一緒に仕事をする──。よろしく頼む──」

 

「えっ、ええ──?」

 

 一郎はびっくりした。

 

「シャングリア、あなたの退職は正式には認められていないと確認しているわ。仮にも、騎士は直接に国王の任命を受けて、騎士の職を授かるのよ。簡単にやめるとかいうのはできないのよ」

 

 ミランダが呆れたという口調で言った。

 

「だが、わたしは決めたのだ──。どうせ、騎士団にいても、嫉まれて邪魔にされるだけだ。それよりも、このロウはわたしを受け入れ、仲間にしてくれた。わたしはこっちがいい──。なあ、ロウ、わたしをお前のパーティに入れてくれ──。お前をクロノスと認める。どうか、わたしをお前に仕える女に加えてくれ」

 

「ま、待て、待てよ、シャングリア、落ち着けよ──。なにがなんだか……」

 

 一郎は困って、横にいるエリカとコゼに視線を向けた。

 ふたりとも呆気にとられた表情をしている。

 

「なあ、いいであろう──。頼む──。好色なお前が気に入るように、こんなに短いスカートもはいてきたのだ。なにをしてもいい……。性奴隷になる──。それに、わたしはエリカやコゼと同じように、冒険者としても役に立つぞ。頑張るから──」

 

「性奴隷──?」

 

 横で聞いていたミランダがシャングリアの言葉に驚いて声をあげた。

 

「うるさい、シャングリア──。そ、そうだ──。とにかく、奥に行こう──。ミランダ、個室を借りる──。空いている個室を使わせてくれ」

 

「そうね……。それがいいわね……。そして、話が片付いたら、ちゃんと報告してちょうだい。さっきも言ったけど、シャングリアの実家のモーリア家はかんかんよ。なにしろ、騎士団に所属していた一族の女が、騎士をやめて、冒険者ふぜいになんかに成り下がろうとしているんだもの……」

 

 ミランダは言った。

 すると、シャングリアがさっとミランダに視線を向けた。

 

「それもわかっている、ミランダ──。実家とはちゃんと話をして納得させる。男爵の大伯父にはわたしが説明する。クエストの報酬も払うように言う──」

 

 シャングリアが声をあげた。

 

「そうしてもらえると助かるわ、シャングリア──。なにせ、今回は強制クエストだから、クエスト失敗はロウたちだけでなく、それを決めたあたしにもペナルティがあるのよね──。あんたがちゃんと、その辺りのことを始末してくれるなら、とりあえず、ロウのパーティに入れるように、あたしからもロウに頼んであげてもいいわ──。なにせ、シャングリアほどの女騎士が冒険者ギルドに加入ということになれば、話題にもなるし、まあ、大きく考えればギルドにとってもいいことでもあるかもしれないわね」

 

 ミランダが悪戯っぽく笑った。

 

 

 

 

(第9話『男まさりの女騎士殿』終わり、第10話『性奴隷試験』に続く)



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 第10話  性奴隷試験
55  性奴隷志願の女騎士


「本気なのか、シャングリア?」

 

 とりあえず、一郎は背負い袋を横に置き、長椅子に腰かけながら訊ねた。

 アルファ・ランク以上の冒険者パーティのみが使用を許されるギルド本部にある冒険者用の個室だ。

 

 眼の前には、ジーロップの盗賊退治のクエストのときとは打って変わって、女冒険者の服装をした……しかも、ミニスカートをはいてきたシャングリアがいる。

 クエスト完了の報告をしに、数日ぶりに王都のギルド本部に戻ってくると、「騎士をやめるから、一郎のパーティに入れてくれ」と懇願するシャングリアが待ち受けていたのだ。扉の外の広間では、美貌のお転婆女騎士として有名なシャングリアが、冒険者を希望してギルドにやってきたと大騒ぎだ。

 

「な、なにをいうか、ロウ──。わたしは本気だ。わたしは、お前たちとともに冒険者として生きていくことに決めたのだ。しかも、さっきも言ったが、お前をクロノスと認めて仕える覚悟もある。どうか、お前のパーティに加えて、エリカやコゼ同様に扱って欲しい」

 

 シャングリアが一郎の前に立ったまま言った。

 

「そりゃあ、シャングリアほどの者が、俺にそんなことを言ってくれるのは嬉しいけど……。ちょっと信じられなくてな……」

 

 一郎は困った。

 この美貌の女騎士に興味がないといえば嘘になる。

 だが、この女騎士は、どこまで本気で言っているのだろうか……?

 一郎が抱けば、一郎の精に備わっている淫魔師の呪術の力で、今度はシャングリアの意思とは無関係に性奴隷としてシャングリアの心を縛ってしまうことになる。

 将来もあり、立派な係累もあるシャングリアの残りの人生をそうやって、一郎のような若くもない男が奪ってしまうのは、さすがに少しばかり躊躇するものがある。

 

「お、お前は、わたしの本気を疑うのか──」

 

 シャングリアが血相を変えた口調で言った。

 

「まあ、座りなさいよ、シャングリア──。あんたって、何事も直情的なのよ。あんたがわたしたちのパーティに加わりたいだなんて、わたしだって半信半疑よ」

 

 エリカが口を挟んだ。

 

「なにを言う、エリカ──。あの魔妖精のクグルスだって、ロウの相手はふたりだけじゃあ大変だから、わたしが加わってもいいと言っていたぞ。わたしも体力はある方だ。十分にロウの性奴隷は務まるはずだ──」

 

「ク、クグルスのことを不用意に口にするんじゃないわよ──。いいから、座りなさい──」

 

 エリカが慌てたように低い声で言った。

 確かにそうだ。

 ここは、他人の耳もあるギルドの本部だ。

 一郎が魔妖精をしもべにしているなどと誰かに聞かれれば、一郎は王軍に捕縛され、悪くすれば処刑だ。

 個室はいえ、「魔妖精」などという単語を出すべきではない。

 

「そうね……。とりあえず、ここにおいで」

 

 コゼもそう言って、シャングリアを無理矢理に一郎の向かいの長椅子に引っ張っる。

 一郎に向き合う長椅子に、シャングリアを真ん中にした三人の女がぐっと密着したかたちで腰をかけるかたちになった。

 

「それにしても、ほんとに本気なの、あんた? 気紛れでロウ様に仕える冒険者になるとか言って、それで、しばらくしたら、やっぱりやめたとかいうような気儘をされれば、迷惑がかかるのはロウ様なのよ──。一体全体、どんな了見で……」

 

「いや、そんなことはないはずだ。わたしは、ちゃんとあのクグルスから聞いたぞ──。このロウは淫魔師であり、呪術で女の心を縛ってしまうそうじゃないか。ロウ、わたしの心を縛っていい──。わたしは、お前というクロノスに、一生仕えるつもりなのだ。この心に揺るぎはない。わたしの心を疑うというのであれば、ロウの呪術でわたしを支配すればいい。わたしはそれでいい──」

 

 シャングリアはきっぱりと言い切った。

 一郎は、シャングリアが一郎が淫魔師であるということや、精の呪術について知っているということにびっくりしてしまった。さらに驚くのは、シャングリアが、それを承知で一郎に仕えたいと主張しているということだ。

 一方で、あっさりと一郎の呪術を受け入れるとまで言ってのけるシャングリアの覚悟にも驚きだ。

 

「こらっ、声に出すなと言ってんでしょう──。それにしても、クグルスったら──。あいつ、どこまで、こいつにべらべらと喋ってんのよ──」

 

 エリカが怒った口調で言った。

 確かにそれは一郎もクグルスに苦言を呈したくなった。

 そういえば、ジーロップ山でオーヌというウーズ遣いをやっつけたとき、魔妖精のクグルスは、シャングリアにしきりに一郎の性奴隷になれとからかっていた。

 そのとき、クグルスがシャングリアに喋ったのだろうとは思うが、このシャングリアも、そのクグルスの言葉をまともに受けて、それで一郎のところに正式にやってこようと決心したに違いない。

 

 それにしても、クグルスめ……。

 あとでしっかりと折檻してやろう……。

 

「……と、とにかく、あんたって、ロウ様にお仕えすることがどういうことかわかっていないと思うけど……」

 

 エリカがシャングリアにさらになにか言おうとした。

 だが、コゼが反対側から手を出して、それをとめるような仕草をした。

 

「な、なによ、コゼ……?」

 

 エリカが当惑した表情でコゼを見る。

 

「まあまあ、エリカ──。わたしはいいと思うわよ。もちろん、ご主人様次第だけど、シャングリアは確かに戦力だしね──。冒険者パーティとしては戦力が充実していいことじゃない……。だけど、エリカの言うとおり、本当にご主人様にお仕えする覚悟はあるのかしら……?」

 

 コゼがそう言いながら、悪戯っぽくシャングリアの胸の膨らみにすっと手をやった。

 

「な、なにをする──」

 

 驚いたシャングリアが赤い顔して、ぱっとコゼの手を払った。

 

「はい、不合格──。言っておくけど、このご主人様は、とってもいやらしくて、鬼畜よ──。あたしとエリカだって、ご主人様のご命令で、愛し合ってたりさせられるのよ。ご主人様の性奴隷になるということは、あらゆる辱めを受けることになると考えていいわ。ちょっとばかり、あたしたちに、胸を触られたくらいでいやがるようじゃあ、ご主人様に仕えることは無理ね」

 

 コゼが笑った。

 えらい言われようだが、なんとなく面白いことになりそうだから一郎は黙っていた。

 

 ちょっと人見知りの傾向のあるコゼだが、実はひそかに「エス気」が強い。それで時折、エリカを相手に淫靡な悪戯をして愉しんだりもしたりする。無論、それをけしかけるのは一郎なのだが、この自称性奴隷志願者の女騎士を前にして、コゼのその嗜虐の癖がむらむらと沸いてきたに違いない。

 

「そ、そんなことはない──。い、いまのはちょっとびっくりしただけだ。わたしは、お前たちとも仲良くやるつもりだ……。い、いや、仲良くする──。む、胸くらい触れ」

 

 シャングリアがさっと両手をおろした。

 

「へえ、触っていいの……? じゃあ、遠慮なく……」

 

 するとコゼは、今度はシャングリアの短いスカートの裾にすっと手を入れた。

 

「わっ──な、なんだ──。む、胸だと言っただろう──。なにをするんだ──」

 

 シャングリアの太腿に手を這わせたらしいコゼの悪戯に、シャングリアが真っ赤になって手を押し払った。

 

「ほら、ごらん──。ご主人様に仕えるなんてやめなさい──。あなたのようなお高くとまった女騎士さんには無理よ」

 

 コゼがけらけらと笑った。

 

「コゼ、あんたねえ……」

 

 エリカは横で呆れたような顔をしている。

 しかし、一郎には、いまのコゼの悪戯で、シャングリアの性的興奮の目安であるステータスの「快感値」が初期値の“100”から、すでに“60”にまで落ちているのを発見した。

 

 ほう……。

 

 一郎は思わずほくそ笑んでしまった。

 男勝りの気性のわりには、このシャングリアは、案外にマゾっ気があるようだ。

 これは面白いことになった……。

 

 コゼだけではなく、一郎の嗜虐の火もついてしまった。こうなったら、とことん愉しむことに決めた。

 

「そうだな──。じゃあ、試験をしてやろう、シャングリア。これから、夕方まで、この先輩冒険者のエリカとコゼと散歩をしろ。俺もついていくが、体裁としては三人で散歩だ。それで音をあげなかったら、俺たちのパーティに加えてやろう」

 

「散歩?」

 

 一郎の言葉に、シャングリアがきょとんとした。

 

「もちろん、ただの散歩じゃない。夕方までの散歩のあいだ、シャングリアは先輩ふたりのやることに一切抵抗しない。それが条件だ──。もしも、逆らったら、それで終わりだ。試験は終わり、シャングリアは騎士団に戻る。そういうことにする」

 

「や、やるぞ──。わたしは本当にお前に仕えると決めたのだ。なにをするつもりか知らないが、わたしが本気だということを証明してみせる」

 

 シャングリアがきっぱりと言った。

 本当に直情的で愉しい女だ。

 なんか嬉しくなってくる。

 

「じゃあ、証明してくれ……」

 

 一郎は長椅子の横にある荷に手を伸ばして、小さな淫具を取り出した。

 クグルスに作らせた「ローター」だ。コゼたちが自在に遠隔操作できる操作具もある。

 ジーロップ山のクエストを終わらせてから、借りていたウマと馬車を返して、直接にこのギルド本部にやってきた。それで、旅の荷を持ったままだったのだ。だから、荷の中にエリカとコゼを「調教」するための淫具一式も入っていたのだ。

 

「な、なに、出すんですか、ロウ様──。そ、そんなの──」

 

 エリカが顔を真っ赤にして声をあげた。

 一郎はエリカの言葉を遮るようにさっと片手をあげる。

 エリカがぎょっとしたように口を閉じる。

 

 一郎の淫魔の支配が動いているのだ。

 淫魔師の力で、エリカの心のたがをちょっとばかり緩めてやっている。あとで元には戻すが、どこまでも生真面目なエリカにほんの少し悪戯心が芽生えるようにしようと思った。

 エリカの眼がとろりとなる。

 催眠が成功したようだ。

 

「そ、そうね……。ちょっとばかり遊びましょうか、シャングリア……。杖なしでもそこそこの魔道はいけるのよ……。両手を出して……」

 

 エリカがシャングリアの両手首をぐっと握った。

 

「な、なんだ……?」

 

 シャングリアは当惑しているが、すぐにはっとしたように眼を大きく見開いた。

 エリカが手を離した。

 シャングリアの両手がだらりとシャングリアの身体の横に垂れた。また、その両手首にはうっすらとした灰色の線が刻まれている。

 

「て、手が……」

 

 シャングリアはもがくような仕草をしているが、どうやら、まったく腕が動かなくなったらしい。

 

「……魔錠を刻んだわ。これであなたの両手はわたしが魔道を解くまで、まったく動かせないわよ……。でも、動かしたくなったらいつでも言って──。元に戻すから……。もちろん、試験はそれで終わりだけどね……」

 

 エリカがにやりと微笑んだ。

 いつものエリカには見られない嗜虐の欲情に酔ったような微笑みだ。一郎の施した心の操りが、エリカの心を「女サディスト」として縛っているようだ。

 これで、準備は整った。

 一郎は淫具と操作具をコゼに手渡す。

 シャングリアもそれに目をやっているが、シャングリアは小さな卵のようなかたちをした「ローター」が淫具であることもわからないっぽい。

 

「素敵ですね、ご主人様……。でも、あの油剤も貸してくださいますか。あたしたちが大嫌いで、ご主人様が大好きな油剤です。これをシャングリアに装着するときに、たっぷりと塗ってあげたいんです」

 

 淫具を受け取ったコゼが妖艶に微笑んだ。

 一郎には、コゼが要求したのがなんであるのかはっきりとわかった。

 さらに、背負い袋から小さな容器を出した。

 中身は強い掻痒剤だ。

 それをコゼに渡す。

 

「……なにをしてもいいが、シャングリアは生娘だ。それだけは傷つけるな」

 

「な、なんで、それを……」

 

 自分に性経験がないのを言い当てられて、シャングリアは顔を真っ赤にしている。

 だが、コゼがローターに掻痒剤をたっぷりと塗りたくってシャングリアに向けると、やっと顔に怯えるような色が走った。

 

「な、なにをするつもりだ?」

 

 シャングリアが身体をコゼから離すようにした。だが、その背をエリカが前に押すような動きをする。

 

「立つのよ、シャングリア……。さあ、試験の始まりよ……」

 

 エリカがそのままシャングリアの腰を持って、ぐいと立たせた。さらに背後からスカートをめくりあげて、シャングリアの小さな白い下着を露わにする。

 

「わっ、わっ、わっ、お前たち──。な、なんなんだ──? ちょ、ちょっと……」

 

 シャングリアは思わず、手でそれを遮る仕草をしたが腕の自由はエリカにより奪われている。その手は体側に下がったままだ。シャングリアは片脚を曲げて、脚で下着を隠すようにしている。

 一郎は目の前で行われている美女三人による淫靡な行為に、思わず股間が充実するのを感じた。

 

「あら、もう、試験を中止するの、シャングリア? なら、そう言って、すぐにやめるから」

 

 コゼがくすくすと笑った。

 すると、シャングリアが身体をびくりとさせた。

 そして、一度大きく息を吐き、今度は挑戦的な視線をコゼに向けた。

 

「わ、わかった……。なんでもしろ──。お、お前たちの試験を受けてやる──。だ、だが、わたしがそれに合格したら……」

 

「わかっている、シャングリア──。夕方まで俺たちと一緒に散歩ができたら、俺たちのパーティに加えることを約束するよ──。そのときは、もう二度と俺はお前を離さない。死ぬまで俺と離れられない呪術を加えてしまう」

 

 一郎は言った。

 

「ほ、本当だな──。約束だぞ、ロウ──」

 

 すると、シャングリアが嬉しそうに微笑んだ。

 

「じゃあ、頑張ろうね、シャングリア……。ご主人様はこういう遊びが好きなのよ。それにお付き合いするのもあたしたち性奴隷の仕事……」

 

 コゼがシャングリアの下着に手を伸ばして、シャングリアの股間にたっぷりと掻痒剤を塗ったローターを差し入れた。



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56  先輩性奴隷たちの洗礼

 ミランダを呼び出したロウがなにかを話し、シャングリアたちは冒険者ギルドの裏口から外に出ることになった。

 冒険者ギルド本部のある場所は、王都の街並みでも賑やかな場所になるので、外の通りはかなりの人手がある。

 シャングリアはその人通りの多い大通りをエリカとコゼに挟まれるように歩きだした。ロウは、少し離れた場所からついてきているようだ。

 

 とにかく、夕方までの時間を一緒に散歩をして、そのあいだエリカとコゼに逆らわずにすごすこと……。

 

 それが、シャングリアがロウという「クロノス」に仕えることを許すにあたって示した条件だ。

 

 なんとしても合格してみせる。

 シャングリアは強い意思で決心していた。

 

 ロウは生まれて初めて、シャングリアが好きになった男だ

 そのロウと一緒にいたい……。

 エリカやコゼと同じように……。

 最初は戸惑った自分自身の感情だが、一度決心してしまうと簡単だった。なんで、もっと早く素直にロウに接しなかったのかと、自分自身の頑固さに驚くほどだ。

 とにかく、シャングリアは生まれて初めて抱いた、その自分の気持ちに素直に応じることにした。

 

 ロウにシャングリアを認めてもらって、その女のひとりにしてもらう……。

 そして、冒険者として生きる……。

 ロウとその仲間の女とともに……。

 

 もう、シャングリアはそう決めている。

 そのためには、なんとしても、この試験に合格しなければ……。

 

 だが、ギルド本部を出てから、大して歩かないうちに、それが簡単なことではないことを悟ってしまった。

 スカートに包まれている下着に入れられた異物の刺激だ。

 これがシャングリアに途方もない苦悶を与えていた。

 

「ふ、ふう……」

 

 シャングリアは何度目かの熱い息を吐いた。

 

「もう降参?」

 

 コゼがからかうような言葉をかけてきた。

 

「だ、大丈夫だ……。わ、わたしは、し、試験に合格して、お、お前たちと同じように、ロ、ロウの性奴隷にしてもらうのだ……」

 

 シャングリアは歩みを進めながら言った。

 

 それにしても……。

 なんという苦しさ……。

 

 シャングリアは必死に歩みを進めながら思った。

 

 ギルド本部を出る前、このコゼによって、シャングリアは、下着の中に小さな卵のようなものを差し入れられていた。それには、接着剤のようなものが塗ってあったらしく、ぴったりとシャングリアの肉芽の上に密着して、脚を進めるたびに、その異物がシャングリアの股間を刺激する。

 それがシャングリアを悩ませている。

 

 しかも、それだけではない。

 その異物には痒み剤のようなものまで塗ってあったのだ。

 すぐに激しい痒みが襲ってきたことで、シャングリアにはそれがわかった。

 なんでもやれと言ったものの、シャングリアは愕然とした。とてもじゃないが我慢できるような痒みではなかったからだ。

 脳天を突き抜けるほどの痒みとは、まさにこのことだ。

 

 もしも、腕が自由なら、人目をはばからずに股間を擦っていたかもしれない。だが、シャングリアの両手は、ギルドの中でエリカが施した魔道により、完全に力を失って、だらりと体側に垂れているだけだ。

 まあ、そういう意味では、腕が動かなくてよかったかもしれない。

 

 いずれにしても、信じられないくらいに痒い……。

 その痒い部分が、足を前に出すたびにぐいぐいと下着に挟まれている異物に擦られる。

 それは、奈落の底に落ちるような絶望感をシャングリアに味わわせていた。

 

 もしかしたら、この責め苦に自分は耐えられないのではないかという恐怖だ。

 それくらい異物の刺激と痒みが与える苦しみは凄まじい。

 あっという間にシャングリアの全身は汗まみれになっていた。

 そして、足がもつれた。

 

「くっ」

 

 シャングリアはよろけてしまった脚を踏ん張ろうとした。すると、その動きで股間にまた余計な強い刺激を感じてしまう。

 ついにシャングリアは、身体の奥から突きあげるような痒みと刺激に、その場で立ち止まってしまった。

 とてもじゃないが、これ以上歩けない。

 なによりも、痒みが我慢ができない。

 

「あら、どうしたの、シャングリア? もう、終わり? ご主人様は少し離れて歩いているわ。だったら降参を宣言するといいわよ。そうすれば、こんな馬鹿げたことをやらなくて済むわ」

 

「ロウ様ががっかりなさるかもしれないけどね」

 

 両脇のコゼとエリカがからかうような声をささやいてきた。

 そうだ……。

 ロウに認めてもらって、ロウの女にしてもらうのだ……。

 

「こ、このくらい……ど、どうということはない……」

 

 シャングリアは大きく息を吐いた。

 

「頼もしいわね。さすがは、女騎士様だけあるわ……。じゃあ、頑張って」

 

 コゼが愉しそうに声をかける。

 

「わ、わかっている。が、頑張って、ロウに認めてもらう……」

 

 シャングリアは歩みを再開させるために足を前に出そうとした。

 だが、次の瞬間、股間に信じられないような衝撃が走った。

 

「うふうっ」

 

 声をあげていた。

 なにが起きたのかわからなかった。

 股間の異物がいきなり振動を始めたとわかったのは、立ち止まってしまったシャングリアが完全に腰を屈めるように沈めてしまったときだ。

 シャングリアは、一生懸命に悲鳴を飲み込んだ。

 ここは公然の大通りだ。

 必死の思いで声を耐える。

 だが、身体を支えられない。

 がくりと膝が曲がって、脚を真っ直ぐにできない。

 

「ちょっと……な、なんだ、これ……? ふうっ、ふくっ、ま、股が……」

 

 シャングリアは歯を喰い縛った。

 振動は続いている。

 

 なんだ、これ──?

 なにが起きているのだ──?

 シャングリアはなんとか姿勢を真っ直ぐに戻そうとした。

 だが、できない……。

 声を我慢するだけで限界だ。

 

「ほらほら、シャングリア──。そんなに短いスカートで屈むと、下着が見えるわよ。それに目立つし──。周りの通行人に注目を浴びたいの?」

 

 コゼが笑いながら言った。

 

「そ、そんなこと言われても……」

 

 立てないのだ。

 敏感な肉芽に直接に振動を加えられると、まったく力が入らない。

 腰が震えてくる。

 シャングリアはとうとう座り込んでしまった。

 

 だが、そのとき、がっしりと片腕が掴まれた。

 エリカだ──。

 シャングリアの身体が引きあげられ、なんとかその場に立つことだけはできた。

 

「せめてもの情けよ……。それと、これだけは言っておくわ。コゼもさっき言ったけど、ロウ様は自分の女をこんな風に辱めに合せるのがお好きなのよ……。ロウ様に気に入られたければ、こんなことも受け入れなさい……。きっと、ロウ様はあんたを女にしてくれると思うわ……」

 

 エリカが耳元で言った。

 その声には、どことなくシャングリアに対する同情と親しみが込められている気がした。

 

 そして、振動が止まる。

 シャングリアは荒い息をしながら、コゼを見た。

 さっきの突然の振動は、コゼがやったことのように思ったのだ。

 コゼは手に小さな板のようなものを手にしていた。

 もしかしたら、それで自在に異物を振動させることができる?

 つまりは、魔道の淫具──?

 シャングリアは目を疑った。

 

「こんなものは、ご主人様の使われる淫具の中では優しい方よ……。もっと、つらい責め具もあるわ。それをあんたみたいな気位の高い女騎士が受け入れられるの?」

 

 コゼが笑った。

 そして、すっと板に手をやった。

 

「あふっ」

 

 再びぶるぶると股間の異物が動いた。

 しかも、さっきよりも振動が激しい──。

 やはり、間違いない。

 いま、コゼは確かに、手に持っている板でなにかの操作をした。その瞬間に、振動が始まった──。

 これは魔道の淫具だ。

 

「ううっ、くうっ……と、とめて……くれ……。も、もう……」

 

 シャングリアは、エリカが持ってくれている腕に身体を預けるようにして、喰い縛っている歯のあいだから哀願した。

 だが、これは苦悶というには、あまりにも甘美だった。

 とてつもない痒さが淫具の振動で吹き飛んで、一瞬にして快楽の源泉に変化するのだ。

 震えるような愉悦がシャングリアの全身を走り抜ける。

 しかし、ここは人目の多い王都の城郭のど真ん中だ。

 この快感に身をゆだねるわけにはいかない。

 大通りの隅で、密着するように接している三人の女には、どうしても注目が集まるらしく、人の眼がこっちに向けられるのを感じる。

 そんな状況の中で、激しい快美感を迸らせる刺激を受けるのは大きな恐怖だ。

 

 だが、気持ちいい……。

 

 シャングリアが、コゼの操る淫具の衝撃を必死になって耐えながら、一方でまるで酔いのような陶酔感がシャングリアを支配しようとしているのを感じていた。

 それは、これまでのシャングリアの人生ではありえなかったものだ。

 こんな人目の多い場所で、なすすべなく淫靡な責め苦を受けて、それにのたうつ……。

 

 なにもできない……。

 抵抗など無理……。

 ただ、我慢し……。

 押しつけられる快感を受け入れる……。

 もう、なにも考えられない……。

 頭が朦朧とする……。

 

 そのとき、やっと振動が止まった。

 シャングリアはがっくりと自分の身体が脱力するのを感じた。

 

「とめてあげたわよ、シャングリア……。でも、本当にとめていいのかどうか考えた方がいいんじゃない? 痒みはもっとつらくなるわよ。夕方までなんて、とてもじゃないけど、淫具で刺激をしてもらわなければじゃないともたないわ……」

 

 コゼがシャングリアの顔を覗き込むようにした。

 

「はあ……はあ……はあ……」

 

 しかし、シャングリアはなにも喋ることができなかった。

 それは生まれて初めての経験だった。

 追い詰められて、なにも話せない──。

 そんな自分を想像したことはなかったが、いま、シャングリアはそういう状況に陥っていた。

 コゼの言うとおり、この痒みを刺激なしに夕方まで耐えることは不可能だろう。振動を受けることで、痒みの苦しさがなくなるのは事実だ。

 しかし、こんな人手の多い場所で股間を刺激されるのは、耐えがたい恐怖と戦慄でもある。

 だから、シャングリアは、コゼになにを頼めばいいのかわからなくなってしまったのだ。

 

「ふふふ……。いい顔になってきたわね……。ご主人様は喜びそう……。とにかく、歩くわよ、シャングリア──」

 

 コゼが進み始める。

 エリカもシャングリアから手を離して歩き出した。

 シャングリアも慌ててふたりを追う。

 しかし、それは苦悶の時間だ。

 コゼの言うとおり、股間の刺激がとまった瞬間に、すぐに痒みが襲いかかってきた。

 しかも、さっきまでは、歩行によって動く異物の刺激で、少しは痒みが癒えていたのに、振動による刺激を受けた後では、歩くくらいの刺激では微弱すぎて、痒みが消えていかない。

 それどころか、中途半端すぎて、かえって焦燥感と掻痒感が拡大する。

 

「あ、ああ……」

 

 シャングリアは歩きながら声をあげてしまった。

 自分でもびっくりするくらいの甘い声だ。

 

「どうしたの、シャングリア?」

 

 横を進むコゼはシャングリアに顔を向けた。

 

「た、頼む……」

 

 シャングリアはコゼに訴えた。

 これ以上は無理……。

 振動が停止すれば気が狂うような痒み──。

 まだ、振動で苦しめられた方がましだ。

 振動は、覚悟して我慢すればいい……。

 でも、痒みには耐えられない……。

 

「なにを?」

 

 コゼが微笑みながら言った。

 

「す、少しだけ動かしてくれ……」

 

 シャングリアは小声で言った。

 だが、コゼが突然にくすくすと笑いだした。

 

「だ、め、よ──。まだ、苦しみ方が足りないわね。もう少し苦しんだら、痒みを癒してあげるわ……。それとも試験を中止する? そうしたら、すぐに解放してもらえるわよ」

 

 試験……。

 そうだ……。

 これはロウの女にしてもらうための試練だった……。

 それを思い出した……。

 

「い、いやだ──。わ、わたしはロウの女に……なりたいのだ……」

 

 これを乗り切れば、ロウの女に加えてもらえる。

 そう考えると、このくらいの苦しさには耐えなければならないような気もしてきた。

 

「いい根性ね……。やっぱり、あんたって面白いわ。ご主人様があんたを受け入れてくれるといいわね……。そうしたら、毎日、愉しいかもしれないわ……。だから、いまは、もっともっと辱めてあげる……。そうしたら、ご主人様は我慢できなくなって、あなたに手を出すでしょうし……。それで、あんたはあたしたちの仲間よ……」

 

 コゼが意味ありげに微笑んで、再び板を出した。

 あの板だ……

 はっとしたが、それよりもコゼのたったいまの言葉が気になった。

 

「そ、それは、本当か?」

 

 シャングリアはコゼを睨んだ。

 

「なにが?」

 

 しかし、コゼはきょとんとしている。

 

「さ、さっきの言葉だ──。わたしが辱しめられれば、ロウがわたしを受け入れるという話だ。そうなら、そうしてくれ。わたしは、このパーティに加わりたい」

 

 シャングリアははっきりと言った。

 

「へえ……。あんたって、思い込んだら、意外に一途なのね。わたし、あんたのことが好きになってきたかも……」

 

 すると、反対側からエリカが感心したような声を出した。

 

「本当ね……。じゃあ、欲しがっていたものをあげるわ……」

 

 コゼが言った。その声の響きにも、心なしかの優しさがこもっている気もした。

 

「んんっ」

 

 シャングリアは声を飲み込んだ。

 股間に振動が襲ったのだ。

 あまりもの快感に天を仰ぐように全身を硬直させる。

 だが、その腕をコゼが掴んだ。

 今度は強引に歩かされた。

 

「ま、待って、そんな……」

 

 シャングリアは狼狽した。

 歩くのが速い──。

 振動を受けながら進むには、難しい歩幅でコゼはシャングリアを前に進ませる。

 

「こっちに来なさい──」

 

 すると、エリカも反対の腕を掴んだ。

 ふたりに連行されるように、無理矢理前に歩かされる。

 しかも、振動がとまらないままだ。

 

「ま、待て──。そ、そんなに速くは……」

 

 シャングリアは抗議をしようとして、辛うじてそれを飲み込む。

 逆らってはならないのだ。

 それを思い出した。

 

「大丈夫よ。わたしたちに、なにもかも任せなさい」

 

 エリカが意味ありげに言った。

 だが、シャングリアはそれどころではない。

 どんどん刺激が強まる。

 抜き差しならないところに追い詰められた。

 もう、なにもわからない。

 なにかが込みあがる。

 目眩まで襲う。

 

 そして、不可思議で強烈なものが襲ってくるのを感じていた。

 それは、快感の絶頂の迸りに違いない。

 シャングリアも実は自慰の経験はある。

 だから、快感で達するということは知っている。

 しかし、いま襲っているのは、そんなものとは違っていた。

 まるで次元の違う衝撃がシャングリアを飛翔させようとしている。

 

「だ、だめ……だめだ……。あ、歩けない……」

 

 シャングリアはついに完全に足をもつれさせてしまった。

 その場に崩れ落ちる。

 エリカとコゼが支えようとしたが、完全に力の入らないシャングリアは、そのまま地面にしゃがみ込みかけた。

 だが、背後から誰かががっしりとシャングリアの腰を掴んで引きあげた。

 

 ロウだ──。

 すぐ後ろまでやってきていたロウがシャングリアを掴んでくれたのだ。

 

「ロ、ロウ──」

 

 シャングリアはあまりの嬉しさに叫びだしそうになった。

 嬉しさに理由はない。

 ロウがそこにいたのが嬉しかったのだ。

 ただ、嬉しかった。

 それだけだ。

 ふと気がつくと、いつの間にか異物の振動が止まっている。

 しかも、ここは大通りではなく、人気の少ない路地だった。

 いつの間にか、シャングリアは、コゼたちから路地に連れ込まれていたようだ。

 

「頑張っているな、シャングリア──。これは、ご褒美の前渡しだ」

 

 ロウがシャングリアの身体をくるりと回して抱きしめてきた。

 そして、口を吸われる。

 びっくりした。

 だが、それは嬉しい衝撃だ。

 ロウの唾液が口の中に注がれ、口中のあちこちを舌で刺激されていく。

 

 すごい……。

 シャングリアは我を忘れた。

 こんなにものすごい口づけをシャングリアは想像したことがなかった。

 ロウの舌のひと舐め、ひと舐めが震えるような快感を呼び起こす。

 シャングリアは今度こそ、立っていられないくらいに全身が震えるのがわかった。

 しかし、ロウがしっかりと抱きしめてくれて、シャングリアの身体を支えてくれている。

 もうなにもいらない……。

 そう思った。

 

 この瞬間に死んでもいいとさえ思った。

 それくらいに激しい悦びだ。

 頭が白くなる。

 息が止まるような口吻が続いている。

 なにもわからなくなる。

 身体の芯から、とてつもないものがやってきて、シャングリアの全身を包む。

 それに蹂躙される……。

 

「んんっ、んんっ、んあああっ」

 

 シャングリアはロウの口づけを受けながら、真っ白い光に包まれたような気がした。

 そして、全身を激しく痙攣させていた。

 なにが起きたかわからない。

 

「淫乱な女騎士殿だな……。口づけだけで達したか?」

 

 ロウが口を離して笑った。

 達した……?

 わからない……。

 しかし、言われてみればそんな感じだ。

 自分はロウに口を刺激されて、それで絶頂した?

 信じられないが、おそらく、そうなのだろう。

 シャングリアは、いまだに強い愉悦の中にいた。

 これは絶頂の余韻に間違いない。

 だが、全身の熱さが続いている。

 おかしい……。

 余韻とするには、異常な火照りがシャングリアの全身に襲いかかっている。

 

「ふふふ……。ご主人様、やりましたね? 唾液に媚薬を混ぜたんでしょう? シャングリアの様子がおかしいもの」

 

 コゼがくすくすと笑った。

 だが、眼が回りそうな衝撃を受けているシャングリアには、コゼの言葉がわからない。

 いや、言葉は理解できる。

 しかし、それは意味のある言葉として頭に入ってこないのだ。

 それよりも、頭が朦朧とする。

 

 熱い……。

 とてつもなく全身が熱い……。

 そして、股が……。

 

 シャングリアは、自分の内腿にかなりの愛液が垂れ流れているのがわかった。それは脚の内側を伝い、すでに足の指にまで達している。

 そして、ここがいまだに城郭の中心に近い野外であることを思い出し、シャングリアは強い羞恥に襲われた。

 

「コゼ、俺は先に宿に戻る──。お前がシャングリアを俺たちの宿に連れて来い──。まだ、夕方には早いが、もういいだろう──。ただし、遠回りをして戻るんだ。それで終わりにする──。シャングリア、俺の女にしてやる」

 

 ロウがシャングリアの身体をコゼに渡しながら言った。

 

「ほ、本当か……? 本当だな……」

 

 シャングリアは歓喜が全身に迸るのを感じた。

 ロウがシャングリアを認めた。

 認めてくれたのだ。

 

「ほらね、シャングリア……。あなたがとてもいやらしかったから、ご主人様が焦れて、試験を終わらせてくれたわ──。さあ、ご主人様があなたを抱いてくれるそうよ……。でも、もう少しね……。ご主人様は遠回りして宿に戻れという命令だわ。だったら、これが最後の試練ね……」

 

 コゼがシャングリアを促した。

 シャングリアはうなづいて歩こうとした。

 だが、愕然とした。

 全身にまったく力が入らない。

 歩けないのだ……。

 

「あら……、ご主人様の口づけで力が抜けちゃったようね……。そんなに感じちゃうなんて、本当にご主人様が好きなのね。ふふふ……。まあ、いいわ。手伝ってあげる……」

 

 コゼがシャングリアと腕を組む。

 コゼに引っ張られることで、やっとシャングリアは足を前に出すことができた。

 

「エリカは俺と一緒に来い──。宿に戻って、俺の相手をしてもらう。ちょっと、むらむらしすぎた──。身体を使わせろ」

 

 ロウがエリカに言っている。

 

「は、はい──」

 エリカが嬉しそうな声をあげて、ロウのところに小走りに進んでいった。

「あっ──。ず、ずるい──。あたしもそっちがいい──」

 

 すると、コゼが立ち止まった。

 当然、進みかけていたシャングリアも足を止めることになる。

 

「いいから、コゼはシャングリアをしっかりと連れて来い──。破瓜の痛みが大きいことはお前も知っているだろう? だから、シャングリアが少しでも楽になるように、シャングリアを徹底的に追い詰めておくんだ。いいな──」

 

「ずるいです、ご主人様──。エリカなんて、なにもしなかったのに──」

 

 コゼが不満そうに言った。

 

「じゃあね、コゼ……。シャングリア、しっかりね……」

 

 だが、エリカはさっとロウにくっついてしまった。そのまま、ふたりでどこかに行ってしまう。

 

「もう──」

 

 コゼは不満そうにそれを見送っている。

 ふたりは、角を曲がって見えなくなった。

 シャングリアはコゼと二人きりで残された。

 

「仕方ない。行くわよ」

 

 すると、やっとコゼが言った。

 次の瞬間、まるで腹癒せのような振動が股間に襲いかかってきた。

 

「ひううっ」

 

 シャングリアは悲鳴をあげた。

 

「さあ、歩きなさい──」

 

 少し怒ったようなコゼが、シャングリアの腕を組んだまま、強引に大股で歩き出した。



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57  女騎士の屈服

「ああ、も、もうだめっ、また、また、いきます、ロウ様──。ま、また、いきます──。い、いっていいですか──」

 

 寝台に上体を倒すようにさせているエリカを一郎は背後から犯していた。そのエリカが寝台の敷布を鷲づかみにして、上体を大きくのけ反らせる。

 

 ふたりとも素っ裸だ。

 

 ジーロップのクエストをする前から使っている宿屋であり、ずっと家代わりに寝泊りをしていた部屋だ。

 一郎は、そこでエリカの上半身を寝台の上に押し倒し、背後から獣のように犯していた。

 脱ぎ散らかしたふたりの衣類がもうひとつの寝台の上に無造作に重ねられている。

 

「さあ、どうするかな? 俺はまだ満足してないしなあ……」

 

 一郎は腰を動かしながら、意地悪く言った。

 エリカに申し渡しているのは、許可なく達してはならないということだ。許可なく達すれば、罰ということになっている。だが、すでに一郎によって、すっかりと感じやすい身体にされてしまっているエリカに、快感を制御するなんてことができるわけがない。

 もうすでに二度、無許可で達したことになっていて罰は決定している。それでも三度目のいまも、なんとか一郎の「命令」に応えようと必死で快感を我慢しようとしているのだ。

 

「残り二十回擦るまで待て──。そうしたら、いっていい──。そのときには、俺も精を出す」

 

 一郎は言った。

 だが、一方で一郎はエリカの膣の中に感じることのできる真っ赤なもやの部分を強く擦るように亀頭を動かす。

 

「あはあっ──だ、だめえええ──」

 

 エリカが絶息するような声をあげて、上体をのたうたせた。

 相変わらずの大きな嬌声だ。

 もしも、エリカが音を遮断する魔道をこの部屋にかけていなければ、何事かと宿屋の者がやってくるのは間違いない。

 

 そして、結局、呆気なく達してしまった。

 しかも、二十回と言い渡してから、まだひと擦りをしただけだ。

 一郎もこれには苦笑するしかない。

 まあ、こんなに感じやすいというのもエリカの魅力なのだが……。

 

 こんなエリカだが、実は魔道も駆使する一流のエルフ戦士であり、並の男では歯が立たないような武辺を示す。特に弓術にかけては、おそらくエリカの右に出る者などいないと思う。

 そんな女傑をこんなふうに女奴隷扱いして、好きなように犯すことができる。

 なんと素晴らしい人生だろう。

 

 いまなど、まだ陽の明るい昼下がりだ。

 こうやって、思う存分にエリカを犯しているのも単なる気まぐれだ。

 シャングリアを路上で羞恥責めにするコゼたちを眺めていると、どうにも性的興奮が我慢できなくなり、ひと足先にエリカだけを連れて宿に戻り、性欲を発散することにしただけだ。

 そんな風に気分次第に凌辱のようなことをしても、エリカやコゼは嬉々として受け入れてくれる。本当に一郎には過ぎた女たちだ。

 

 そして、今日からは、さらに新しい性奴隷にシャングリアという女騎士が加わる。

 立派な家柄に生まれた女騎士でありながら、どこの馬の骨ともわからないはずの一郎の性奴隷になりたいと向こうから言ってきた奇特な女だが、男勝りの強さと気性、そして、人並み外れた美貌で知られる国都の有名人でもある。

 そんな女傑が、一郎の女になりたいと一途に告白してくれ、はいたことなどないはずの丈の短いスカートまで身につけてきたのだ。

 さらに、一郎が言い渡した馬鹿げた羞恥責めを「試験」だと受けとめ、コゼたちの施す淫具と掻痒剤による苦痛と快感に顔を歪めていた。

 

 そのことを思い、さらに女同士の淫靡な悪戯の光景を眺めていると、どうにも一郎は興奮が収まらなくなってしまった。

 もちろん、一郎は、もうシャングリアを自分の女にすることは決めている。

 「試験」などと言ったのは、単なる遊びだ。

 

 自ら望んでやってきた美人の女騎士に手を出さないほど、一郎は慎み深い男ではない。それに、シャングリアは可愛いし、いい女だ。抱きたいに決まってる。

 一郎はいまだにエリカの中に怒張を入れたまま、真っ白いエルフ美女の裸身を見下ろした。

 三回目は余程に深い絶頂だったのか、エリカの身体の震えは、いまだに続いている。

 これ以上は、快感よりも苦痛が強くなるだろう。

 もちろん、一郎はそれをいとわずに、毎夜のようにエリカやコゼを責めるが、いまは、まだ昼間だ。

 一郎は自重することに決めた。

 

 それにしても……。

 

 改めていまの一郎の立場を考えると、少し怖くなる。

 なにせ、元の世界では想像もしたことのない美女というだけでなく、まだ若くて一騎当千の女たちが、一郎の命令に絶対服従であり、一郎の言葉ひとつで、進んで股でも、口でも、尻の穴でも提供する。

 とにかくやりたい放題だ。

 こんなに、いい思いをしてもいいのだろうか……?

 このエリカに召喚されたことで始まった異世界生活だが、いまは召喚してくれたことに感謝している。

 やっと、エリカの三度目の長い絶頂の震えが小さなものになった。

 

「ご、ごめんなさい……。ま、また、いってしまいました……」

 

 かなりの時間、興奮しきった喜悦の迸りを示していたエリカだったが、やっと我に返ったような感じでか細い声をあげた。

 

「三度目も我慢できなかったな。夜は罰ゲームだぞ……」

 

 一郎は笑いながら、まだ勃起状態の怒張を抜いた。

 ただ、まだ一郎の欲情は鎮まらない淫欲に猛り狂っている。

 エリカの二度目の絶頂のときに一度精を放っていたが、このところ、一郎は二度や三度の精ではとてもじゃないが満足することはない。

 そのために、毎夜のようにエリカとコゼを抱きつぶすことになるほどだ。

 それでも、エリカとコゼのふたりはよく尽くしてくれている。

 

「は、はい、罰でいいです……。で、でも、ロウ様はまだ満足してないですよね……。あ、あのう……。もう一度、どうぞ……。どうか、わたしの身体を心ゆくまで使ってください……」

 

 怒張を抜いたことで、力尽くように床に崩れ落ちたエリカが、顔を一郎に向けて言った。

 しかし、一郎は首を横に振った。

 

「いや、口でしてくれ。そろそろ、コゼとシャングリアが戻ってきてもいい頃だと思う。エリカの口は最高だしな。どうか、口で頼む」

 

 一郎がそう言うと、エリカが嬉しそうな表情になった。

 すぐに、一郎の前に膝立ちをする姿勢になる。

 エリカがごくりと喉を鳴らして、舌を差し出した。

 口吻が始まる。

 粘っこい舌遣いで、一郎の亀頭の先端やそそり立つ幹の裏側などを次々に舐めてくる。

 

「ふう……」

 

 一郎は思わず息を吐いた。

 気持ちがいいのだ。

 エリカの舌の奉仕の技は最高だ。

 いまはすっかりと、一郎という「男」の愛人になっているエリカだが、もともとは、百合の性癖の強いマゾ少女であり、一郎と出逢う前には、アスカという女領主の愛人のようにされていた。また、少女時代には、イライジャという姉貴分の幼馴染の少女と百合の関係にあった。いずれも、エリカは相手に「調教」される側であり、それぞれに舌で奉仕する技を徹底的に仕込まれたらしい。

 

 だから、舌技はすごいのだ。

 奉仕に徹するということを骨の髄まで刻んでいて、こうやって命じると、それこそ、一郎の些細な反応を見逃さずに、一郎の感じる場所、感じる場所にと舌の触れる場所を変えてくる。

 

 テクニックも多彩だ。

 甘噛みしたかと思えば、ねちっこく舐め、あるいは、唇全体で横に動かして刺激をしてきたり、はたまた、先端から汁を吸いだすようにしたりもする。

 睾丸への奉仕も忘れない。

 いまも、エリカはぴんと反り返った怒張から一度口を離すと、両手で捧げ持つように一郎の袋を手の上に乗せて、一個一個唇に押し当ててきた。

 

 最初は片方ずつ──。

 それが終わると、ふたつ両方を頬張って吸いつくように力を入れた。

 一郎がこの刺激に弱いことをしっかりと記憶しているのだ。

 その様子は本当に淫らだ。

 普段は生真面目な女エルフの少女が、一郎だけに見せる淫らな一面でもある。

 股間を一心不乱に舐めるエリカのおかげで、一郎の欲情は一気に高まった。

 

 そろそろ、精を出そう……。

 一郎は思った。

 

 すると、まるで一郎の心を読んでいるかのように、エリカが怒張全体を喉近くまで頬張るようにした。

 一郎はすかさず、淫魔師の力でエリカの口の中を膣と同じくらいの感覚にしてやった。

 

「んんっ」

 

 エリカが戸惑いの声をあげる。

 舌で奉仕しているつもりが、いきなり股間を律動されるときのような快感が襲ってきたはずだ。

 鋭い歓喜に襲われたのか、エリカの舌が止まった。

 

「やめるな──。続けろ」

 

 一郎は強く言った。

 エリカが慌てたように奉仕を再開する。

 しかし、すぐにエリカの身体が震えてきた。

 さっきまでと異なり、エリカは口の中を「性器」そのものの感度にされている。

 奉仕をすればするほど、エリカは追い詰められていくのだ。

 実際、一郎の魔眼でも、エリカがあっという間に達しそうになったのがわかった。

 

「んんっ、んんんっ、んんっ……」

 

 口に一郎の一物を頬張りながらも、エリカの洩れてくる声がはっきりと聞こえだす。

 一郎の眼には、いまや性感の密集地帯に変化しているエリカの口中のどこをどう刺激すれば、エリカが快感を覚えるかがはっきりとわかる。

 エリカの頭を後ろから片手で掴み、真っ赤なもやの部分に一郎の亀頭の先端が当たるようにして、二度三度と強く擦った。

 

「んんぐうう──」

 

 エリカが一瞬喉を大きくのけ反らせて吠えた。

 絶頂に達したのだ。

 一郎はがくがくと身体全体を痙攣しはじめたエリカの口に精を放った。

 それに気がついたエリカが夢中になって、一郎の精を吸い取っていく。

 

「そのまま飲め」

 

 完全に精を放ち終わった一郎は、性器をエリカの口から抜きながら言った。

 エリカがうっとりとした表情で精を飲み干していく。

 

 そのとき、タイミングよく、この部屋にやってくる人の気配を一郎は魔眼によって感じた。

 コゼとシャングリアだ。

 一郎の頭の中には、ふたりのステータスがしっかりと映っている。

 扉が外から叩かれた。

 

「エリカ、開けろ」

 

 一郎が命じると、素裸のままのエリカが気だるそうに立ちあがって、扉に向かった。

 扉が開く。

 汗まみれのシャングリアが転がるように入ってきて、一郎の足元にしゃがみ込んだ。

 

「ロ、ロウ──は、早く──。早く、犯してくれ──。お、お願いだ──」

 

 シャングリアに続いて部屋に入ってきたコゼが扉を閉めるなり、シャングリアが叫んだ。

 常軌を逸したようなシャングリアの乱れように、一郎は苦笑してコゼに視線を向けた。

 

「相当にきているな……。派手に苛めたのか?」

 

 一郎は笑いながらコゼに言った。

 

「派手に苛めたのはご主人様でしょう。シャングリアにご主人様の唾液を媚薬にして飲ませたりしたから……。あたしは、預かっていた掻痒剤を服の下の胸や股間の亀裂にたっぷりと塗り足してあげただけです。すっかりと奥の奥まで痒み剤が沁み入っていっているんじゃないですか……。それで、淫具の刺激もずっと与えなかったから、狂いそうになっているんだと思いますね」

 

 コゼがそう言いながら、手から「ローター」を出した。シャングリアをコゼに預けてやって来る前、シャングリアの肉芽の上に装着していたものだ。

 それを使って、痒み剤をたっぷりと塗ったシャングリアの股間を責めて羞恥責めをさせていたのだが、一方で、その淫具の振動は、あまりの痒みでシャングリアが狂ってしまわないようにという処置でもあった。

 

 どうやら、コゼはその痒みを癒す唯一の手段までとりあげて、さらに痒み剤を塗り足して、シャングリアをここまで「連行」してきたようだ。

 おかげで、シャングリアは半狂乱だ。

 

「シャングリア、自由が利かなくなっていた腕の拘束を解除してやるから、自分で服を脱げ──。エリカ──」

 

 一郎はエリカに視線を向けた。

 エリカは、シャングリアとコゼが入ってきたことによって、解除されてしまったこの部屋の防音と遮断の魔道をかけ直していたが、一郎の指示を受けて、シャングリアの前までやってきて、その両手首を掴んだ。

 シャングリアの手首には、エリカが施した「魔錠」の魔道がかけられ、まったく動かない状態になっていたのだ。

 それを解除している。

 いつもは魔道の杖で魔道を駆使するエリカだが、あのウーズという粘性体の魔獣に杖を飲み込まれて失くしてしまった。それでああやって、直接に触れなければ魔道がかけられなくなっていて、このところ苦労している。

 発動そのものは、杖がなくてもいいらしいが、魔道に必要な魔力を集めるためには、杖を懐に入れていた方が効率がいいようだなのだ。

 エリカのために、すぐに新しい杖を見つけてやらなければと思った。

 

「ああっ」

 

 両手が自由になったシャングリアは、いきなり狂ったように自分の胸を揉み始めた。

 それだけ、痒みの苦しみが激しかったのだと思う。

 一郎はシャングリアの頬を平手で一度はたいた。

 

「きゃあ──。な、なに──?」

 

 そんなに力は入れていないので、大きな痛みはなかったはずだが、シャングリアは、叩かれたということ自体に衝撃を受けたようだ。

 痒みの苦しささえも忘れて、シャングリアは身体を硬直させた。

 そして、険しい視線で眼の前に立つ一郎の顔を睨んだ。

 さすがは気の強い女騎士だ。

 ここまで追いつめられても、そんな視線ができるのだと思った。

 

「なにじゃない──。俺はなんと命令した──。俺の女なら、まずは、俺に命じられたことを実行しろ。許可なく、自分の身体に触るな──」

 

 わざと大きな声で怒鳴る。

 シャングリアの顔が少し正気に戻ったようになる。

 

「わ、わたしは、お前の女か?」

 

 激しい息をしながらシャングリアは言った。

 その全身は悶えるように続けている。

 コゼが塗った掻痒剤がシャングリアの全身を責めたてているはずだ。それで動きを止めることができないのだ。

 

「俺は自分の女を徹底的に鬼畜に扱うのが趣味なんだ──。そんなことは知らなかったかもしれないが、もう、逃げられないと思え。こんな俺に、女にしてくれと自分から言ってきたのはお前だ──」

 

 一郎はにやりと笑った。

 

「し、知っている──。お、お前は鬼畜だ──。そ、そして、好色で……変態で……。で、でも、わたしはお前が好きだ……。もう、離れられない……。お、お願いだ──。わたしを本当にお前の女に……」

 

 シャングリアはそれだけを言い、すぐに慌てたように服を脱ぎ始めた。

 一郎はシャングリアが素裸になるのを待ち、どんと肩を寝台に向かって押した。

 さっきまでエリカと一郎が愛し合っていた場所だ。

 その上に、シャングリアが押し倒されるかたちになった。

 

「わっ、な、なにを──」

 

 びっくりしたシャングリアが叫んだ。

 だが、一郎はシャングリアの身体を仰向けに固定した。

 

「エリカ、コゼ──」

 

 声をかける。

 エリカだけでなく、コゼもまた、すでに全裸だ。

 ふたりは、なにを命じられたか、あれだけでわかったのだろう。

 それぞれに、シャングリアの頭側と足側に移動すると、最初から取り付けてあった隅の革紐にシャングリアの手首を足首を結び始める。

 しばらくこの部屋を使っているので、エリカやコゼの「調教」のための仕掛けが、寝台などに施してある。この寝台の四隅も革紐もそのひとつだ。

 

「な、なにをするのだ、ロウ──? し、縛らなくても、わたしは抵抗しない──。暴れない──」

 

 あっという間に寝台の上に大の字に固定されてしまったシャングリアが狼狽の声をあげた。

 

「どうかな? シャングリアは俺がこれからやることついて、抵抗しようとすると思うし、暴れるとも思うがな」

 

 一郎は荷から取り出した三本の「筆」のうち、二本をエリカとコゼに手渡した。

 そして、シャングリアが拘束される寝台に乗ると、自分が持っている一本の筆で、手前側のシャングリアの乳首をずっとなぞりあげた。

 

「うふうう──」

 

 まるで電流でも流されたように、シャングリアの身体が跳ねあがった。

 一郎は、すっかりとそそり勃っているシャングリアの乳首に向かって、豊かな膨らみを裾野側から「筆」ですっとなぞりあげた。

 

「ふううっ──な、なにを?」

 

 シャングリアが狼狽の声をあげて、筆を避けようと反対側に身体を咄嗟に向けた。

 だが、しっかりと四肢が伸びきるように革紐で手首と足首を縛られているシャングリアの身体は、一郎の筆から逃げ切るには至らない。しかも、その反対側には、寝台にあがっているコゼの筆が待ち受けている。

 コゼが一郎がやったのと同じように、反対側の乳房を筆でくすぐった。

 

「いやあっ」

 

 シャングリアが今度は一郎に向かって身体をよじる。

 すかさず、また乳首を筆で擦ってやる。

 反射的にシャングリアの身体は、またコゼ側を向く。

 しかし、そこにも筆だ。

 

「はああ──も、もう、意地悪をしないでくれ──ふぐううう──」

 

 左右どちらに逃げても、筆の攻撃から逃れられないシャングリアは、身体を上側にのけ反らせてブリッジの体勢になる。

 

「可愛い声で泣きだしたな、シャングリア。痒み剤を塗られた身体をこうやって筆でくすぐられるのはたまらないだろう? そのうち、病みつきになって、この責めが待ち遠しくなるぞ」

 

 一郎は弓なりになることで、大きく突きあげたかたちになったシャングリアの太腿の付け根をするりと撫ぜた。

 

「はああっ──か、痒い──た、助けてくれ──あああっ」

 

 シャングリアが悲鳴をあげながら、筆が撫ぜあげるままに、股間をさらにぐいと浮きあがらせた。

 

「ほら、シャングリア、もっと逃げなさい。さもないと、筆が襲うわよ」

 

 コゼが笑いながらシャングリアの無防備な脇の下に筆を向けた。

 どうしても身をよじらずにはいられないシャングリアの半身がこっちに向いたところで、股間から筆を後ろに差し入れて、尻の亀裂を撫ぜあげた。

 

「ひううう──も、もう、いやああ──ロウ、許して──許して──」

 

 シャングリアはすでに半狂乱だ。

 構わずに、ふたりがかりで左右からシャングリアの全身を筆で責めたてる。

 一郎とともに、シャングリアを興に乗ってくすぐっているコゼは、すっかりと嗜虐酔いしたような笑みを顔に浮かべている。

 マゾ気の強いエリカと異なり、コゼは実はエス気が強い。

 気の強いシャングリアが体液をまき散らしながら、泣き叫ぶのが愉しくて、すっかりと興奮してきたようだ。

 

 一郎も、負けじとシャングリアを責めたてる。

 すでに一郎は、シャングリアを自分の精の呪術で性奴隷にすることを決めている。そうと決めれば、一郎はこの気の強いお転婆女騎士を徹底的に一郎好みのマゾ女に仕上げるつもりだ。

 幸いにもこのシャングリアは、実はかなりマゾ気が強いようだ。

 さっきまでの外での羞恥責めもそうだったし、いまのように手足を拘束して痒みを助長するような筆責めに対しても、ステータスに映る「快感値」がみるみる下がっていく。

 

「ほら、エリカ、なにをぼうっとしているのよ──。なんのために、ご主人様から筆を渡されたと思っているのよ」

 

 コゼが、おろおろとした様子で筆を持ったまま立っていたエリカに声をかけた。そのあいだも、コゼの筆はシャングリアの首筋から肩、さらには腕から手首へと這わせ続けている。

 一郎は一郎で、魔眼を駆使して、シャングリアの裸身に浮かぶ真っ赤な性感帯のもやをしっかりと筆で刺激している。いまや、赤いもやはシャングリアの全身に及んでいて、赤くない部分を探すのが大変なくらいだ。

 

「う、うん……で、でも、どこを……?」

 

 エリカが慌てたようにやってきた。

 いつも責められ側に回ることの多いエリカは、責め側に回っても、なにをしていいかわからないようだ。

 やはり、エリカは根っからのマゾっ子なのだ。

 このシャングリアと組み合わせれば、責めのバリエーションも増えそうだ。

 一郎はいまから、すでにわくわくする気持ちを味わっている。

 

「もういい、エリカ。筆はコゼに渡せ。その代わり、シャングリアの足の指を舐めてやれ。お前の舌の技でシャングリアの足のすべてを舐めあげて来い」

 

 一郎は言った。

 

「あっ、は、はい」

 

 エリカがコゼに筆を手渡して、シャングリアの足側に顔を伏せた。そして、跳ねまわるシャングリアの脚を両手で掴んで固定し、足の指を口で含む。

 エリカの舌が動き出すのと同時に、シャングリアの漏らす声に甘い官能の響きが大きく混じるようになった。

 

「シャングリア、ここが痒い? 痒いわよねえ……。あんなにたっぷりと乳首にも痒み剤を塗りつけたものね……。それをこうやって筆で撫ぜられると、もっと痒くなって苦しいのよね。わかっているわ……。あたしたちも、何度もご主人様にやられているもの……」

 

 コゼは、エリカから渡された筆を左手に持ち、今度は二本の筆で、シャングリアの左右の乳首を同時に擦り始めた。

 今度はシャングリアは右にも左にも逃げられない。

 

 唯一の逃げ場は上だ。

 だが、その上から、一郎は、突きあがってくる肉芽をそろそろと撫ぜてやる。

 シャングリアは勢いのいい魚のように、寝台というまな板の上で激しく跳ね続けた。

 すでに快感値は一桁にまで下がった。

 痒みも筆のくすぐったさも、いまは完全に快感を目覚めさせる愉悦に変わったはずだ。

 シャングリアの銀色の恥毛からまるでおしっこでももらしたかのような潤沢な蜜が溢れてきている。

 

 これだけ濡れれば、破瓜とはいえ、痛みは大きくないとも思う。

 とにかく、処女膜を破られる痛みさえも、ある程度は快感として受け取ってしまえるくらいに、もっと責めたてようと思った。

 

 一郎はさらに筆責めを続けた。

 それに、シャングリアの限界がどこまであるか見極めたい。

 これから、このシャングリアとも長い関係になるはずだ。

 シャングリアの心も身体も、一郎の「調教」で一郎好みのマゾ女に完全に変えてしまう事になると思うが、そのためには、そういう知識は絶対に必要だ。

 

 コゼとふたりがかりの左右からの筆責め──。

 エリカの舌による足責め──。

 それをしばらく続けた。

 かなりの時間をシャングリアは耐え続けた。

 

 いつしか、さすがのシャングリアも、すっかりと気の強さが消えてしまい、すすり泣くようなか細い悲鳴をあげるだけになった。

 いまや、筆から逃げ回る力まで尽きてしまい、ただ、身体を震わせて筆にくすぐられるままだ。

 一方で、これだけ筆で弄られても、実は、気をやるほどの刺激には繋がらないのだ。

 痒みも癒えず、昇天することもできず、それなのに快感の猛りだけが、天井知らずに昇っていく。

 そんな状況に追い詰められて、シャングリアはほとんど意識を保つのさえ難しくなっていきているはずだ。

 

 そろそろ限界だろう──。

 一郎は頃合いだと判断した。

 

「もういい。革紐を解け」

 

 一郎は宣言した。

 責めをやめたコゼとエリカがシャングリアの四肢の革紐を解く。

 しかし、拘束を解かれてもシャングリアはぐったりとしたままだ。

 もう、筋肉が弛緩して動くこともできないのだろう。

 

「……エリカとコゼは、しばらく、ふたりで愛し合うんだ。どちらかが果てるまでやれ。まずは、シャングリアを俺が犯す。それが終われば、四人で一緒に愉しむからな」

 

 一郎は言った。

 そして、淫魔術でコゼだけ身体の感度を急上昇させた。

 

「ふううっ」

 

 コゼががくりと膝を割った。

 あっという間にコゼの全身が真っ赤になる。

 

「コゼ?」

 

 エリカはコゼの様子のいきなりの急変にびっくりしている。

 コゼの感度だけをあげたのは、エリカに対するハンデだ。

 普通にやらせたら、いつもの嗜虐心を発揮して、コゼが主導権を握るのはわかりきっている。コゼに責められて、エリカは気絶するまで、連続絶頂をさせられるに違いない。

 だが、コゼを風が吹いても感じてしまうくらいに肌を敏感にしてやった。

 その状態では、コゼとはいえ、いくらももたないとは思う。

 まあ、たまには、エリカに主導権を握らせてやるのもいいと思ったのだ。

 コゼとエリカが、隣の寝台にあがっていく。

 ふたりの裸身が絡み合い始めた。

 すぐにふたりの大きな嬌声が部屋に響き始める。

 

「さあ、そろそろ、いくぞ、シャングリア……」

 

 一郎は寝台で喘ぎ声のような息をし続けているシャングリアに集中した。



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58  三人目は女騎士

「さあ、そろそろ、いくぞ、シャングリア……」

 

 一郎は寝台で喘ぎ声のような息をし続けているシャングリアに集中した。

 しかし、返事はない。

 まるで(おこり)でも起きたかのように、荒々しい息をして全身を痙攣させるだけだ。

 

「シャングリア」

 

 一郎は大きな声でシャングリアの名を呼んだ。

 

「は、はい──」

 

 びっくりしたようなシャングリアの声が戻ってきた。

 だが、まだ完全には正気には戻っていないようだ。

 構わず、一郎はシャングリアの身体に覆いかぶさった。

 もう、前戯は不要だ。

 一郎はシャングリアの様子を見て思った。

 ……というよりは、これ以上刺激を加えると、シャングリアは事が終わるまで意識を保てないと思う。

 すでに、シャングリアは虫の息だ。

 一郎は両手でシャングリアの両腿を抱えた。

 シャングリアの腿は妖しく震えている。

 一郎はすっかりとそそり勃っている肉棒の先端をびっしょりと濡れたシャングリアの亀裂に押し当てる。

 シャングリアがやっと、我に返ったように眼を開けた。

 

「ロ、ロウ……?」

 

 シャングリアの眼は虚ろではあるが、しっかりと一郎を見つめてきた。

 

「いくぞ……。お前を俺の女にするぞ……」

 

「う、うん……。き、来て……。ロ、ロウの……お、女に……」

 

 シャングリアは大きくうなずいた。

 一郎は魔眼を駆使する。

 シャングリアの膣の中をまるで目の前にある景色のように感じることもできる。

 腰をゆっくりと突き出していった。

 

「ううっ」

 

 怒張を挿し入れることで痒みが消失する快感か、あるいは、一度も男を受けいれたことのない膣を無理矢理に男の性器で貫かれる痛みなのか、とにかく、シャングリアの裸身が大きく跳ねた。

 おそらく、その両方の反応だと思う。

 一郎は、なるべくシャングリアに痛みを与えないように、できる限り真っ直ぐに怒張の楔をシャングリアに打ち込んでいった。

 

 さすがにきつい──。

 だが、さすがにこれだけ濡れていると、ある程度の滑らかさを保って奥に挿入することができる。

 思った以上の抵抗はない。

 

「ううっ──ぐううう──んぐううう──」

 

 シャングリアが全身をのけ反らせた。

 一郎の怒張が、いまシャングリアの処女膜を突き破った。

 それがわかる。

 一郎は、淫魔力と魔眼を駆使して、シャングリアの身体を感じようとしていた。

 

「痛ければ、俺にしがみつけ。爪でもなんでも立てろ」

 

 一郎はさらに猛った肉棒をさらに奥深くに侵入をさせながら言った。

 

「ち、違う。き、気持ちがいいのだ。い、痛くはない。そ、それよりも、もっと乱暴に……したっていい……。す、好きなように……んぐううっ──。わ、わたしの身体は……ロ、ロウの好きなように……。あがああ──」

 

 シャングリアが声をあげた。

 そして、一郎の背中をがっしりと両手で掴んできた。

 痒みが消失する快感で痛みは軽減されているは思うが、まったく痛くはないことはないはずだ……。

 

 しかし、シャングリアは痛くないという。

 一郎はシャングリアの受ける感覚のすべてを感じようとした。

 すると、だんだんとシャングリアの味わっている衝撃が一郎にも伝わってくる。

 シャングリアは、本当に一郎との初めての交合で快感を受けとめているようだ。

 

 強がりではない。

 感じているのだ。

 確かに、シャングリアの快感の度合いを示す数字は一気に下がった。

 挿入の最初は、シャングリアが激痛を感じることで、「快感値」の数値が一瞬上昇したが、いまは“0”に向かって、どんどんと下がっている。

 一郎は少し驚いたが、やはりシャングリアはマゾッ気が高いのだ。破瓜の痛みでさえも、快感に変えることができるらしい。

 あるいは、相手が一郎であるということが、シャングリアを性の陶酔に追い込んでいるのだろうか……。

 

 一郎は慎重に怒張をシャングリアに埋めていく。

 シャングリアの息がかなり荒くなった。

 だが、やはり圧迫感は大きくない。

 膣の窮屈さを打ち消す蜜がどんどん一郎が挿入している肉棒の周りで充実していく。

 ついに、一郎の怒張は真っ直ぐにシャングリアの膣の奥深くまで完全に貫くことに成功した。

 

「奥まで入った。頑張ったな、シャングリア」

 

 一郎はその状態で律動を行うことなく、両手でシャングリアの乳房を柔らかく揉みしだいた。

 

「はんんっ」

 

 シャングリアの全身がのけ反った。

 シャングリアの乳房にも、コゼがたっぷりと痒み剤を塗り、さんざんに筆で焦らし責めにかけた。それを一郎が魔眼を使って、痒い場所をなくすように揉んでいるのだ。

 凄まじい快楽を感じているはずだ。

 さらに今度は片手をシャングリアの下腹部に這わせて、肉芽をいじる。

 そして、上半身を倒すと、シャングリアに体重をかけすぎないように注意しながら、シャングリアの口も舌で蹂躙した。

 

「んんっ、んああああ──」

 

 シャングリアが声をあげた。

 一郎の魔眼を駆使した峻烈な四箇所責めだ。

 いくら処女でも、これで達しないわけがない。

 

「あああ──」

 

 舌を差し入れられているシャングリアが、我慢できなくなったように顔を横に曲げて一郎の舌を外に出して、声を張りあげた。

 全身をがくがくと震わせる。

 

 完全なエクスタシーにシャングリアを追い込んだ。

 一郎はほっとするとともに、大きな達成感を覚えた。

 生まれて初めて性交をする女に、挿入で絶頂を極めさせることができたのだ。

 シャングリアがまさに大きな絶頂状態にあるのを魔眼で確認しながら、一郎は挿入した怒張から動かさないまま精を放った。

 

「シャングリア。お前に、俺から二度と離れられない呪術をかける。お前は死ぬまで俺の性奴隷だ」

 

「あ、ありがとう。わ、わたしを──し、支配してくれ──んああああっ──ロウ──ロウ──。わ、わたしをロウの女……性奴隷に」

 

 シャングリアが声を張りあげ泣き声をあげた。

 一郎の心に、シャングリアの心を鷲づかみにする感覚がはっきりとやってきた。

 

 

 “この女を俺の性奴隷にする”

 

 

 一郎はありったけの呪術をシャングリアに刻み込んだ。

 

 

 *

 

 

「ロウ、わたしは、しばらく王都を離れることになる。男爵の大伯父のいる領地に戻らなければならない。それで、わたしが騎士をやめることを納得させてくるし、例のジーロップのクエストについても、きちんと冒険者ギルドに成功報酬の支払いをするように説得する。本当は、もっとみんなと一緒にいたいのだが、こればかりは早く処理をしないと、お前にも、ギルドにも迷惑をかけるしな」

 

 向かいに座っているシャングリアが言った。

 一郎たちが泊まっている宿屋の食堂だ。

 もう、朝というには、少しばかり遅い時間だ。

 昨日は、新しい仲間になったシャングリアの歓迎する乱交を四人で夜遅くまで続けた。

 おかげで、四人揃って寝坊してしまい、陽がかなり高くなるまで、起きることができなかったのだ。

 

 もっとも、クエストを実行していないときの冒険者など、ただの風来坊と同じだ。

 別に予定があるわけでもなし、朝、何時に起きようが問題はない。

 ただ、普通に仕事をしている者であれば、とっくの昔に働き始めている時間になっても、まだ寝ていたというだけのことだ。

 だから、宿に泊まっていたほかの客はもういない。

 一郎たち四人のいるテーブルのほかには、誰も客はいなくなっていた。

 料理を運んでくれた宿屋の主人も、いまは厨房の奥に引っ込んでいる。

 

「どのくらいで戻るの、シャングリア?」

 

 コゼがスープにパンを浸しながら訊ねた。

 今日の朝食は、パンに塩豚、じゃが芋と人参の入ったスープに、水のような飲み物だ。ほかに生野菜のサラダもある。スープは各人にあるが、ほかのものは四人が囲むテーブルの真ん中にある大皿に集めて置いてある。

 それを好きな分だけ、それぞれに目の前の皿にとって食べるというやり方だ。

 

「街道を馬で駆け抜けるが、男爵領は西の国境沿いだ。それなりの日数がかかる。でも、半月以内には戻りたいな。そのときは、昨日の仕返しをするぞ、コゼ。覚えていろよ」

 

 シャングリアが苦笑しながら言った。

 昨日は、このコゼがシャングリアを相手に、洗礼代わりの羞恥責めと痒み責めをして、シャングリアを徹底的に追い詰めた。そのことを言っているのだ。

 

「でも、シャングリアは、責める方よりも、責められるときの方が気持ちよさそうだったわ。このエリカと同じようにね」

 

 コゼが言い返す。

 

「わ、わたしの名を出すんじゃないわよ。それに、こんなところで、そんな話はしないの」

 

 エリカが顔を赤らめてぴしゃりと言った。

 叱られたような感じになったシャングリアとコゼが顔を見合わせて、照れたように笑った。

 なんだかんだで、昨日は四人で恥という恥を曝け出して、痴態を見せ合った。それがよかったのだろう。

 すっかりと三人の女は打ち解けたような感じだ。

 一郎もほっとしている。

 

「説得できそうか、シャングリア……?」

 

 一郎はシャングリアに視線を向けた。

 シャングリアの大伯父というのは、シャングリアの属するモーリア一族の当主であり、すでに二親を失っているシャングリアの親代わりの存在らしい。

 「大伯父」とはいうが血の繋がりは薄く、親族が尊敬の意味を込めて呼ぶ愛称のようなものだそうだ。

 

 元はといえば、シャングリアは前代のモーリア男爵の嫡女であり、本来であれば、シャングリアが死んだ父親を継いで女男爵になってもおかしくはない立場だったようだ。

 しかし、当時は、まだシャングリアが幼かったこともあり、なによりも、女が一族の当主になることを嫌った一族の者たちが、遠縁だが、やり手と評判の高いユンケルという男を当主に選んだのだそうだ。それがシャングリアが「大伯父」と呼ぶいまの当主だ。

 そういうこともあって、シャングリアは、女扱いされることに、異常な反応を示したのだろう。

 しかし、たったひと晩で、シャングリアも吹っ切れた感じだ。

 とにかく、そんな経緯もあり、いまの当主は、先代の実の娘であるシャングリアのことを可愛がっていて、ずっと大切に面倒を看てくれていたようだ。

 

 そもそも、一郎たちとシャングリアが親しくなるきっかけとなったジーロップ山の盗賊退治のクエストも、王軍騎士団で疎まれたかたちになっていたシャングリアを心配して、なんとか箔のつく功績を作ってやりたいという配慮だったのだ。

 それが、王軍騎士団をやめて、よりにもよって冒険者になるなど、烈火のごとく怒るのではないかと思わないでもない。

 

「まあ、大丈夫だと思う。大伯父は昔から、わたしには甘いからな。なんだかんだで、最後にはわたしの言い分を聞いてくれると思う。まあ、簡単ではないだろうがな。だから、大丈夫だ」

 

「ならいいがな。どうしても、説得できないようなら逃げて来いよ。別に、このハロンドールで冒険者をどうしてもやらないとならない理由はない。お前の大伯父さんが納得しないなら、お前を連れてみんなで逃げてやる。もう、俺たちは一心同体だ。それを忘れるなよ」

 

「あ、ありがとう……。う、嬉しいよ。だが、大丈夫だ。まあ、そのときは、よろしく頼む」

 

 シャングリアがはにかむように視線を落とした。

 どうやら、柄にもなく照れているようだ。

 すっかりと一郎たちに溶け込んだ感のあるこのシャングリアだが、実は、他人と協調することが不得手で、王軍騎士団では、ほかの騎士から浮くように感じになってしまっていたのだ。

 

 だが、このパーティーに限ってそんなことはない。

 一郎の淫魔術の呪術を介してのことだが、強い信頼と愛情で結びついている。一郎が心を縛っているので、お互いを裏切ることや不審を抱くことが不可能なのだ。

 シャングリアもそれを肌でわかっている。

 だから、いま、シャングリアは生まれて初めて、信用のできる仲間を得た心を味わっているはずだ。

 それはシャングリアをすっかりといい方向に変質させたように思う。

 最初に出会ったときの頑固女の雰囲気は、いまのシャングリアには皆無だ。

 

「それと、ふたりともありがとう。昨夜のうちに、わたしの服を洗濯してくれたのだったな。感謝する。戻ってきたら、わたしにも洗濯や料理を教えてくれ。冒険者になったのだから、そんなこともできるようにならないとな」

 

 シャングリアがエリカとコゼに軽く頭をさげた。

 シャングリアがいま着ている服は、昨日一郎と冒険者ギルドで再会したときのミニスカートのままの服装だ。

 コゼたちの責めでかなり汚れていたので、コゼとエリカが夜中にふたりがかりで洗濯をしてあげたらしい。

 それに対して、シャングリアは感謝の言葉を告げたのだ。

 

「そんなことはいいわよ。まあ、教えもするけどね……」

 

 コゼが笑った。

 シャングリアに対して、よくコゼが喋る。

 そのことを改めて、一郎は心地よく眺めていた。

 このコゼは人見知りの傾向があり、あまり他人には積極的には話さない。そのコゼがこれだけ自分から話すということは、すでにシャングリアを身内のように思っている証拠だろう。

 まあ、あれだけ徹底的にシャングリアを苛めたコゼだ。

 それも当然とは思うが……。

 

 そうやって、しばらく、他愛ない話をして朝食を続けた。

 やがて、食事も終わった。

 シャングリアは、さっそく王都を発つために、一度騎士団の軍営に戻るということだった。まだ、シャングリアの生活の品物はそこにあるので、旅の支度はそこに置いてあるのだという。

 シャングリアは名残惜しそうに、宿屋を去っていった。

 

「結構、付き合ってみると、いい子でした。仲良くやれると思います」

 

 シャングリアがいなくなると、エリカが言った。

 ジーロップのクエストのときには、いまにも斬り合いでも始めそうな険悪なエリカとシャングリアだったが、すっかりと仲良しになったようだ。

 もっとも、それは、昨日の乱交の顛末が理由でもある。

 四人で淫らにもつれ合って愛を交わしていると、次第にそれぞれの性癖がはっきりと顕著になり、いつの間にか一郎とコゼが責め側になり、エリカとシャングリアが受け側になるというように分かれてしまった。

 それで、エリカとシャングリアは、結局のところ、一郎とコゼに、さんざんに一緒に責められたのだ。

 それがふたりに奇妙な連帯感を生んだのかもしれない。

 

「そうですね……。とっても、仲良くやれると思うわ」

 

 コゼも言った。

 だが、コゼの「仲良く」というのは、裏の意味もあるだろう。

 そんな表情をしている。

 一郎は苦笑した。

 

 そのとき、宿屋の外から大きな声がした。

 誰かが争うような声だ。

 女が男に向かって怒鳴っているように思える。

 訝しんだ一郎だったが、その声がシャングリアの声だとわかり、すぐに宿屋の外に飛び出した。

 エリカとコゼも続く。

 果たして、宿屋からいくらもいかない辻のところで、シャングリアがふたりほどの男を打ちのめしている光景に遭遇した。

 

「どうしたんだ、シャングリア。やめないか」

 

 一郎はびっくりして、さらに男たちを蹴り飛ばそうとしているシャングリアを止めた。

 

「ひ、ひいっ、す、すみません。ま、まさか、シャングリア様だとは……」

「も、もうしわけありませんです。か、勘弁してください」

 

 シャングリアの足元でうずくまっているふたりの男が喚いている。

 たちの悪そうな与太者という感じだ。

 ただ、二、三発殴られたか、蹴られたかして、その場で自分の身体を抱えてうずくまっていた。

 

「なんの騒ぎなんだ、シャングリア?」

 

 一郎は憤慨している様子のシャングリアを羽交い絞めするようにしながら言った。

 一緒に来たエリカとコゼも、シャングリアの権幕に横で呆気にとられている。

 すでに、たくさんの野次馬が集まりかけている。

 

「どうしたも、こうしたも。こ、こいつらは、このわたしに向かって下品な言葉をかけてきたのだ。とても卑猥な言葉をな」

 

 シャングリアは声をあげた。

 一郎は嘆息した。

 そんなことか……。

 

「その程度で怒るな、シャングリア。そんなに可愛い恰好をしていれば、そんなこともよくあるだろうさ。いちいち反応していたら、お前、城郭中の男を殴ってすごさないとならないことになるぞ」

 

 一郎は言った。

 すると、怒っていたシャングリアが急に脱力したようになった。

 

「そ、それ、本当か?」

 

 そして、さっと振り返って、一郎に顔を向けた。

 その顔はとても嬉しそうで真っ赤だ。

 シャングリアの態度の急変に、一郎はちょっとたじろいでしまった。

 

「な、なにがだ?」

 

 思わず言った。

 

「い、いまの言葉だ。わたしのことについて、可愛い恰好と言ったぞ」

 

「えっ? ああ、そうだ。とても可愛いさ。スカートも短いしな。俺好みだ」

 

 一郎は慌てて言った。

 すると、シャングリアがますます相好を崩した。

 

「そ、そうか……。可愛いか……。へへ……よかったな……。だったら、戻ってきたときにも、同じような短いスカートをはいてくるな。いや、お前の前では、ずっと短いスカートをはく……。そ、そうか……。可愛いか……。へへ、嬉しいな……」

 

 シャングリアが本当に嬉しそうに微笑んだ。

 あまりの無邪気な笑みに、一郎の方がたじろぐほどだ。

 

「……あんたら、行きなさい……」

 

 横では、いまのうちにと、エリカがシャングリアに殴り倒された与太者を追い払っている。

 それにしても、すっかりと気性が穏やかになったと思ったのは、一郎たちに対してだけのことのようだ。

 

 やっぱり、シャングリアはシャングリアだ。

 一郎は、目の前でにこにこと微笑んでいるシャングリアを見て、改めてそう思った。

 

 

 

 

(第10話『性奴隷試験』終わり)



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 第11話  ゴースト屋敷
59  城郭外の一軒家


 ギルド本部の前の大通りで二度、本部の正面玄関で三度声をかけられた。

 いずれも冒険者らしい顔だったが、一郎には面識がなかった。ただ、とても親しげな感じだった。

 違和感を覚えながら、一郎はギルド本部のロビーに足を踏み入れた。

 

 おかしな雰囲気は、そこでも続いていた。

 ギルド本部のロビーは広く、冒険者たちの溜まり場のようになっているのだが、たまたまいた冒険者たちが、一斉に一郎たちに視線を向けた気がしたのだ。

 ほとんどの表情は好意的なものだったが、いくらか敵意のようなものも感じた。

 ただ、言えることは、まだ、一郎たちには親しく話のできる冒険者の知り合いなどいないということだ。

 一郎は不思議に思った。

 

「気のせいかな? なんか急に人気者になったみたいだな」

 

 一郎は横のエリカにささやいた。

 

「気のせいじゃありません、ロウ様。みんなこっちに視線を向けています。念のために、わたしから離れないでください。コゼ、後ろを頼むわ」

 

「わかっている」

 

 エリカが小さくささやき、コゼがさっと一郎の後ろをカバーする位置に移動した。

 

「おいおい、大袈裟だろう」

 

 一郎は苦笑した。

 そのまま一郎は、ロビーを横切って、いくつかある受付のうち、空いている席の場所に座った。

 ただ、エリカとコゼは座らない。

 警護をするように一郎の後ろに立つ。

 だが、ここはギルド本部の中だし、なにも、そこまで用心しなくてもと思ったが、黙っていた。

 

「やあ、マリー。ミランダを頼むよ。呼び出しを受けたんだ」

 

 一郎は、受付係の人間族の女性の名を呼んだ。マリーというのは彼女の名だ。こうやって、なんでもないように受付係をしているが、実はレベル5の魔道遣いだ。

 マリーは、にっこりと微笑むと席を立った。

 

 すぐに、奥からミランダがマリーとともに現れた。

 ミランダは、相変わらずの童女体型に不似合の革のスーツだ。

 ただ、なんだか疲れているようだった。

 心なしか顔が青白い。それに、げっそりとしている感じに見える。

 まあ、ミランダは、このところ面倒な案件が続いて、忙しいような気配なのだ。ジーロップのクエストが終わったら、みんなでミランダのところに遊びにいくと約束をしたものの、それもまだ果たせないでいる。

 

「やあ、あんたたちね。座ってくれる。わざわざ、呼びだてして済まないわね。先日のジーロップのクエストの成功報酬を支払うわ。マリー、準備して」

 

 さっきまでマリーが座っていた席に座ったミランダが、後ろに立っているマリーに声をかけた。

 

「ジーロップのクエストが成功扱いになったんですか?」

 

 後ろからエリカが訊ねる。

 あのクエストは、一郎がクエスト条件だった“シャングリアに手を出さない”を破ったことになっていて、失敗クエストとみなされていた。そのため、成功報酬ももらっていないし、特異点封印による王宮からの賞金についても没収となっていたのだ。

 

「そうよ、エリカ。成功クエスト扱いに変更よ。成功報酬の金貨五枚。それと、クエスト失敗とみなして没収扱いになっていた王宮からの特異点封印の賞金も返すわ。あわせて、十五枚。いつものように、手形でいいわね?」

 

 マリーによって、盆に乗った金貨十五枚が並べられた。さらに、「手形」の手続きをするために、マリーは小さな水晶玉も取り出した。

 手形というのは、「両替商ギルド」が拡げている便利な魔道制度であり、手持ちの財貨を預け、「手形」という魔道によって、支払いをしたり、預けていた財貨を取り出したりできるというものだ。手元に大量の財を置いたりすれば、それを盗まれたり、あるいは財を狙って命が狙われるということがあるが、それを回避できるのだ。

 

 「手形」の使える両替商ギルドは、このハロンドール王国だけでなく、大陸中の各国の主要都市にあるので、旅をするときも財貨を持ち歩かなくていい。

 また、最近では、商家でも、「手形」の水晶玉が置いてあるところも多くなったので、「手形」の手続きだけで支払いができる。

 もちろん、どこの冒険者ギルドでも「手形」で預けていたものを引き出すこともできる。

 

 一郎は手を水晶玉にかざす。エリカとコゼも同じようにした。これで三人の誰もが、預けた財貨と同じ額をどこでも引き出すことができる。

 マリーが魔道を遣ったのわかった。

 これで、金貨十五枚が一郎たちの財として登録された。

 なんだかんだで、一箇月そこらで金貨五十枚くらいの報酬をもらったはずだ。一郎の感覚では、金貨一枚が十万円くらいだから、五百万くらいの財を得たということだ。

 すでに一財産だ。

 

「これで、クエスト連続成功記録の更新続行ね。本当に、あんたらみたいな優秀なパーティばかりだと助かるんだけどねえ……。実際には、失敗したり、依頼者ともめたりして、クエスト遂行先で面倒を起こしたりするパーティが多くて参るわ。このところ、それが続いてね……。その後始末で忙しくて……」

 

 ミランダが愚痴めいた言葉を吐いた。

 いつも闊達なミランダにしては、珍しいことだと思った。それで少し疲れた雰囲気があるのだろう。

 

「俺たちにできることがあれば、協力するよ、ミランダ」

 

 一郎は言った。

 すると、ミランダがにっこりと微笑んだ。

 

「ありがとう。だけど、あんたらには、すでに一箇月で強制クエストを二回受けてもらっているしね。まあ、大丈夫よ」

 

 ミランダは言った。

 

「ところで、ジーロップの案件が成功になったということは、もしかして、シャングリアの実家から成功報酬がギルドに支払われたんですね?」

 

 エリカが口を出した。

 シャングリアが実家の大伯父と呼ばれる男爵を説得するために王都を去ったのは半月ほど前だ。シャングリアが騎士団をやめて、冒険者になることに怒ったシャングリアの大伯父が、ジーロップのクエストの成功報酬の支払いを拒否したことについて、説得に向かっていたのだが、その大伯父がギルドに報酬を払ったということであれば、シャングリアは大伯父を納得させることができたということになる。

 

「その通りね。支払いがあったわ。シャングリアは、大伯父のモーリア男爵家の領地に戻ったんでしょう? それだけでなく、シャングリアを冒険者にするということについても、同意したようね。向こうの地方ギルドにそんな話があったそうよ。これで、あんたたちは有名人よ。あのお転婆シャングリアが望んで加わったパーティだものね」

 

 ミランダが笑った。

 

「有名人?」

 

 一郎は眉をひそめた。

 

「あらっ──? 気がつかないの? あんたらは、すでにここのギルドに加わっている冒険者で知らない者のいない有名な存在よ。女騎士シャングリアが加わったパーティとしてね」

 

 ミランダがくすくすと笑った。

 それでいきなり声をかけられることが多くなったり、多くの視線を感じるようになったのだと思った。

 一郎は合点がいった。

 

「……ねえ、ロウさん。あのシャングリア様が、ロウさんを好きになって、それで冒険者になることにしたというのは本当ですか?」

 

 そのとき、いきなりマリーが口を挟んできた。

 

「こ、こらっ、マリー。立ち入ったことを訊くんじゃない」

 

 ミランダがマリーを叱るような口調でたしなめた。

 だが、それでいて、ミランダは、一郎の返事を待つように、興味深げにこっちをちらりと見てもいる。

 一郎は苦笑した。

 

「シャングリアも俺の女になりました。隠しても仕方のないことだから言います」

 

 一郎が言うと、マリーが「ひゃあ」と声をあげて破顔した。

 ミランダは微笑みながらも呆れた表情をしている。

 

「ふう……。そうなれば、あたしがジーロップのクエストをあんたに任せたのは、やっぱり判断ミスだったんでしょうね。あんたは、希代の女たらしよ」

 

 ミランダは喉の奥で笑った。

 

「じゃあ、俺たちはこれで」

 

 一郎は席を立とうとした。

 

「あっ、ちょっと待って」

 

 すると、ミランダが慌てたようにそれを留めた。

 そして、なにかを探すように、手に持っていた紙束を探り出した。

 

「あっ、あった……かな? このメモだったかしら……? 多分、そうね……。ねえ、ロウ、あんた、あたしの紹介した斡旋屋に住居となる家を探してもらうように頼んだでしょう?」

 

 ミランダが一枚の紙を渡しながら言った。

 そこには、なにか文字が書いてあるが一郎には読めない。そのまま、エリカに手渡す。

 

「ええ、頼みましたね」

 

 シャングリアが立ち去ってすぐに、一郎はミランダのところに行き、定住するための家を斡旋してくれる者を紹介して欲しいと頼んでいた。

 それで教えてもらった斡旋屋に向かい、すぐに注文したのだ。

 一郎たちは、アルファ・ランクにあがることで、冒険者ギルドのお墨付きがついたかたちになり、町役に申し出れば住居を借りることができる。

 一箇月以上も宿屋暮らしだったのだから、家を得れば少し楽になる。

 すると、ミランダが噴き出した。

 

「でも、大変な注文をしたんでしょう? あの斡旋屋が困っていたわよ。それで、あたしのところに話を戻してきたのよ。あたしの紹介だから、注文に応じたいけど、そんな物件はないってね。あんた、どんな家を注文したの?」

 

「そんな大したものじゃないよ。ただ、家に風呂を作りたいから、家の中に井戸があるか、上水を引き込んでいる場所がいいと言ったかな。まあ、そんなものだよ」

 

 一郎は言った。

 

「ほかにも言っていましたよ、ロウ様。声が洩れるのが嫌だから、壁が隣に接しているところはいやだとか……」

 

 エリカだ。

 

「垣根の高い庭付きがいいとも言いましたね。庭でいろいろとできるように……」

 

 コゼも口出ししてきた。

 

「あとは馬車を置きたいから、ウマを飼育する厩があった方がいいとか……」

「天井はしっかりとしろとか……。ちょっとした地下もあるといいなあとか……」

 

 エリカとコゼがさらに言った。

 

 いろいろと希望を告げたのは、すべて、新しい住まいでやる「調教」のことを考えてのことだ。

 風呂は入浴をしながら、女たちの身体を弄ぶことができるように……。

 声が洩れるのが嫌だというのは、うちの女たちはみんな嬌声が大きいので、それに対する配慮だし、垣根付きの庭は、家の外でもプレイもできるようにだ。

 また、馬車があれば、クエストのために移動しながらでも、軽易に女たちを抱けるし、しっかりした天井も地下も、プレイの幅を広げるためだ。

 次々に注文をつける一郎に、確かにエリカとコゼは呆れ顔だったような気もするが……。

 

「呆れたわね。あなた貴族の屋敷にでも住むつもり、ロウ? とにかく、いま渡した物件で我慢しなさい。そこに書かれている物件で、あの斡旋屋が午後から待っているそうよ。とにかく、一度見てきなさい」

 

 ミランダが言った。

 そのとき、奥からミランダが呼ばれる声がした。

 ミランダは一郎に挨拶をして、そのまま戻っていく。

 

「ミランダは、忙しそうだな」

 

 一郎は残ったマリーに言った。

 

「そうですね。このところ、たて込んでいて……。でも、ロウさんたちの対応には、必ず出てきますから、やっぱり、ミランダのお気に入りなんですね」

 

 マリーが受付に座り直しながら言った。

 

「俺たちがミランダのお気に入り?」

 

「俺たちというか……“俺”ですけど……。ミランダは、ロウさんのことがちょっと気になっているんじゃないかという専らの噂でなんですよ……」

 

 マリーが悪戯っぽく笑いながら、ひそひそ声で一郎に告げた。

 

 

 *

 

 

 メモに従ってやってきたのは、郊外の一軒家だった。

 斡旋を頼んだのは、ハロルドの城郭内のつもりだったから、城壁よりもさらに外側で、しかも、居住区からもずっと離れた郊外の一軒家に辿り着いたときには、少し驚いてしまった。

 だが、エリカによれば、渡されたメモに従えば、ここで間違いないということだった。

 

 到着したのは、背の低い樹木の林に囲まれた石造りの建物だ。

 一階建てだが、外から見ている限り、かなり広そうだ。少なくとも、門から先にもちょっとした前庭が拡がっている。

 また、家の裏は川に面しているようだ。ここからではわからないが、庭もそれなりにあると思う。

 

「ここ、いいんじゃないか? 俺の注文にぴったりと思うぞ。周りに住居がないから、遠慮なく好きなように遊べる。しかも、家の後ろは川だ。きっと水には苦労しない」

 

 一郎は嬉しくなって声をあげた。

 ミランダは、一郎の注文した家などあり得ないと言っていたが、しっかりと、それなりのものを斡旋してくれていたのだ。

 

「でも、王都から少し離れていますね。それは不便ですよ、ロウ様」

 

 エリカが口を挟んだ。

 確かに、ここまで歩いてくるのに、一郎の時間感覚で“小一時間”かかっている。この世界の時間単位であれば、“一ノス”というところだ。

 

「でも、王都の城門が閉じることはないから、夜、閉じ込められるということはない。城郭に行くには、やっぱり馬車を買えばいい。それくらいの蓄えはあるだろう、エリカ?」

 

「まあ、それはそうなんですけど……。で、でも、これって、家というよりは、貴族の屋敷みたいな感じですよ。こんなすごい建物を冒険者に斡旋?」

 

「いいじゃないか、エリカ。中であの斡旋屋が待っているんだろう? とにかく、話を聞いてみよう……。コゼは、どうだ? いいと思わないか?」

 

「お、思います……。ここがあたしたちの家になるかもしれないと思っただけで、あたし、幸せです」

 

 コゼが溜息のような息を吐きながら言った。

 一郎たちは、そのまま門をくぐり、前庭を通りすぎた。

 前庭はちゃんと手入れをされている。

 玄関に着く。

 エリカが呼び鈴を鳴らした。

 だが、誰も出てこない。

 

「まだ、斡旋人は来ていないんでしょうか?」

 

 エリカが一郎に視線を向けた。

 

「まあ、とにかく、入ってみるか」

 

 一郎は扉に触れてみた。

 鍵はかかっていない。

 一郎たちは中に入ってみた。

 入口の向こうは大きなホールになっている。

 やはり、広い。

 中央には数個のソファや卓、また調度品などが整然と置かれている。

 やはり、人の気配はない。

 ただ、家……というよりは屋敷だが、中は清潔であり、掃除も行き届いている感じだ。

 

「ロウ様、あれを?」

 

 エリカがホールの中央付近の壁に飾られている一枚の大きな絵を指さした。

 そこには夫婦か恋人を思わせるひと組の男女が描かれてる。それが大きな明かり窓に照らされている。

 

「……なんとなく、ロウ様に似ていませんか?」

 

 エリカがくすりと笑った。

 確かに、そんな感じだ。

 髪の色は違うが、背格好も顔立ちも、一郎に似ている気もする。無論、ただの偶然だろうが……。

 それに対して、女については若い美女であるが、一郎の知っている誰とも似ていなかった。年齢は三十……くらいだろうか。

 だが、なんとなく構図が奇妙に感じた。

 描かれているのは、男女が横向きに向かい合う姿なのだが、椅子に座っている男に対して、女が跪いている。そして、男がじっと女を見ているのに、女の視線は床に落ちていた。

 

「でも、変な絵ですね……」

 

 コゼも言った。

 そのとき、一郎は微かな違和感をその絵に感じた。

 陽射しに雲でもかかったのか、窓からの明かりが少し小さくなったとき、絵に変化が起きたような気がしたのだ。

 

「コゼ、明かり取りの窓のカーテンを閉じてみろ。エリカは燭台に火をつけてくれ」

 

 一郎は命じた。

 コゼが窓に駆け寄って、紐を引いてカーテンを閉じていく。

 カーテンを閉じるための紐は部屋の隅にあり、それを引くと絵画の正面の明かり取りだけではなく、ホール全体の窓にカーテンがかかっていく。

 一方で薄暗くなった部屋を照らすために、エリカが魔道で燭台に炎を灯した。

 燭台は壁に飾ってある絵の下側の棚の上にある。

 

「あっ」

「わおっ」

 

 エリカとコゼがそれぞれに声をあげた。

 一郎もびっくりしてしまった。

 絵を照らす光が、陽の光から燭台に変わった瞬間に、絵の中身が変化したのだ。

 構図は同じだ。

 しかし、いままで着ていた女の服が消滅して、完全な全裸になった。しかも、女の首に鎖のついた首輪も出現した。

 そして、その首輪に繋がった鎖は、椅子に座った男が手に持っている。

 つまりは、飾られた絵画の中で、一郎に似た男が、目の前に跪いている若い女を裸にして跪かせ、その首に首輪をつけて鎖を持っているのだ。

 

「か、隠し絵……ですね……。で、でも、なんでこんな絵……」

 

 そのとき、突然に入ってきた扉にがちゃりと鍵がかかる音がした。ほかにも、部屋のあちこちで鍵が閉じる音が続く。

 

「なに?」

 

 エリカがさっと入口の扉に走った。

 コゼは腰の短剣をさっと抜く。

 そして、一郎のそばで警戒をする態勢になった。

 

「だ、だめです。鍵が開きません。なにか魔道のようなものがかけられています」

 

 扉にとりついたエリカが声をあげた。

 続いて、エリカは、外に面する窓に向かった。やはり、外に向かう場所はすべて封鎖されているようだ。

 

「どういうこと、これは? エリカ、あなたの魔道は?」

 

 コゼも一郎を守るように短剣を構えながら声をあげた。

 

「無理よ。杖なしのわたしの魔道なんて、比べ物にならないくらいの、かなり強力な魔道だもの。わたしの力じゃあ無理よ」

 

 エリカが叫んだ。

 

「……ピエール、お帰りなさい。随分と長くかかったわね。心配したわ。ところで、そのふたりは誰? とっても美人のおふたりね。もしかしたら、あなたの新しい女奴隷? だったら、わたしに躾けさせてくれない? きっと、立派に調教してみせるわ。そして、あなたへの贈り物にしたいの……。いいでしょう?」

 

 次の瞬間、突然に声がした。

 一郎は今度こそ驚愕してしまった。

 そこにひとりの女がいたのだ。

 しかも、絵の女だ。

 その女がそこにいる。

 

 そして、なによりも驚いたのは、一郎の魔眼で、目の前の女のステータスが読めないことだ。

 ステータスのわからない相手など、一郎には初めての経験だ。

 さらに、驚いたのはそれだけではない。

 女の身体は薄っすらと透けている。

 女の身体を通して、向こう側が透けて見えるのだ。

 

「ゴ、ゴーストです。ロウ様。それはゴーストです。気をつけて」

 

 離れていたエリカが叫んだ。

 ゴースト?

 つまり、幽霊?

 一郎はびっくりした。

 

「どうしたの、ピエール? わたしを忘れたような顔をしているわよ。まさか、妻を忘れたわけじゃないわよね?」

 

 ピエール?

 

 もしかしたら、さっきから、一郎のことをそう呼んでいるのか?

 一郎は訝しんだ。

 そのとき、さっと女のゴーストの身体が目の前に移動した。

 

「な、なによ」

 

 コゼがさっと短剣を振った。

 しかし、剣は虚しく宙を切っただけだ。

 

「まあ、生意気な女奴隷たちね─。じゃあ、さっそく調教を始めるわね、ピエール。もしも、わたしのやり方が生ぬるいようだったら言ってね」

 

 ゴーストがくすくすと笑いながら言った。

 どうも話が噛み合わない。

 一体全体、なにを言っているのだろう?

 

「うわっ」

「きゃああ」

 

 コゼとエリカがそれぞれの場所で悲鳴をあげた。

 不意にふたりの身体が浮きあがったのだ。

 また、コゼは一郎のすぐ前にいたのだが、エリカのいる場所まで宙を移動していった。

 そして、エリカもコゼも、空中で大の字のかたちで固定された。

 しかし、ふたりの手足を縛っているようなものはなにもない。ふたりが浮いている高さは、足先がほんの少し浮くくらいだ。

 

「エリカ、コゼ」

 

 一郎はとっさにクグルスを呼び出そうと思った。

 手首の紋様を強く擦る。

 この仕草がきっかけとなり、一郎とクグルスの淫魔力が結びつき、クグルスがやってくる異界との結界が開くはずだ。

 しかし、なにも起きない。

 一郎は呆然とした。

 

「……さあ、ピエール。さっそく始めるわね。最初は媚香を嗅がせるわ。たっぷりとね」

 

 女ゴーストがくすくすと笑った。

 いまや、ゴーストは一郎の眼の前だ。

 見ていると、エリカとコゼが浮いている床からいきなり白い煙が噴き出してきた。

 

「なにっ?」

「ちょ、ちょっと、これって……?」

 

 エリカとコゼの顔色が真っ赤になった。

 すぐに一郎には、その煙の正体がわかった。

 あれは媚薬の煙だ。

 しかも、かなりの強力なものだ。

 あんなものを嗅ぎ続けたら大変なことになる。

 一郎はとっさにふたりのところに駆け寄ろうとした。

 

「ピエール。どこに行くの? あのふたりは、まずは、わたしに任せてったら」

 

 女ゴーストが不本意そうな声をあげた。

 構わずに、一郎はゴーストの横を通りすぎた。

 

「うわっ」

 

 だが、急に身体が宙に浮いたと思った。

 いや、実際に浮いている。

 しかも、浮かんだまま強烈な力で背中側に移動させられている。

 

「ぐうっ」

 

 背中を叩きつけられて、一郎は思わず呻き声をあげた。

 一郎はロビーにあった長椅子のひとつに、すごい力で押しつけられてしまったのだ。

 しかも、背中が椅子の背に張りついたように動かない。

 そのとき、一郎の頭にひとつのステータスが飛び込んできた。

 

 

 

 “シルキー

  屋敷妖精、雌

  支配者

   マーリン(ゴースト)”

 

 

 

 シルキー?

 屋敷妖精?

 だが、それらしい姿はない。

 それにしても、マーリンとは?

 もしかして、目の前の女ゴーストがそうなのか?

 

「お、俺はピエールなどではありません……。ロウという冒険者です……」

 

 とにかく、一郎は女ゴーストに言った。

 しかし、女ゴーストはまるで意に介した様子はない。

 それよりも、なにかを探すように部屋をきょろきょろと見回している。

 

「シルキーね? ピエールになんてことするのよ? ピエールに酷いことをすると折檻よ。この屋敷の旦那様なのよ。姿を現しなさい、シルキー」

 

 ゴーストが金切声で叫んだ。

 だが、なにも出てこない。

 一方で、強力な媚香を嗅がせ続けらているエリカとコゼのふたりの身悶えがかなり激しいものになってきている。

 一郎の魔眼では、すでにふたりの「快感値」が二十以下になったのがわかる。エリカなどもう十だ。こんなに短い時間でそこまで快感をあげられてしまうというのは、あの煙がかなりの危険なものだという証拠だ。

 一郎は焦った。

 

「マーリン、訊いてくれ。俺たちは……」

 

 一郎はもう一度叫んだ。

 だが、女ゴーストの雄叫びのような奇声で一郎の言葉は遮られた。

 

「そうよ、マーリンよ。おお、やっと思い出してくれたのね。そうよ、わたしは妻のマーリンよ」

 

 そのとき、押しつけられている長椅子の横になにかの気配を感じた。

 十歳くらいの可愛らしい少女だ。紺色のメイド服を身に着けている。

 その少女が、突然に、空中から出現したのだ。

 いや、少女ではない。

 

 一郎はとっさに思った。

 これは人間ではない。

 おそらく、彼女こそ屋敷妖精のシルキーという存在だ。

 一郎の勘がそれを確信させた。

 

「……どこの誰かわからない旦那様……。助かりたければ、話を合わせてください……。さもないと、あなたも連れの女の方々も死ぬだけです……。なぜ、マーリン様の名を知っているのかわかりませんが、マーリン様は強力な魔道遣いです。ゴーストになったいまでも、一瞬であなた方を殺せます……。たとえ、すっかりと狂っているとしても……」

 

 屋敷妖精だと思われる少女姿のシルキーが、一郎だけに聞こえる声でささやいた。



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60  狂ったゴースト

「……どこの誰かわからない旦那様……。助かりたければ、話を合わせてください……。さもないと、あなたも、あの連れの女の方々も死ぬだけです……。なぜ、マーリン様の名を知っているのかわかりませんが、マーリン様は強力な魔道遣いです。ゴーストになったいまでも、一瞬であなた方を殺せます……。たとえ、すっかりと狂っているとしても……」

 

 人間の少女の姿そのものの屋敷妖精のシルキーがささやいた。

 

「えっ?」

 

 一郎は思わず、問い返した。

 しかし、シルキーは「静かに」という意味の警告の音を鳴らした。

 すると、密着させられていた長椅子に対する拘束力がなくなった。

 この屋敷妖精のシルキーが魔道を解除したのだろう。

 

「……マーリン様を支配する主人を演じてください。あなたをピエールご主人様と思っているあいだは、マーリン様は大人しいです。でも、そうでないと思った瞬間に、あなたたちを殺します」

 

 再びシルキーが早口で語った。

 一郎はとっさに、ここは彼女に従うべきだと判断した。

 いずれにしても、エリカとコゼが危険な状態だ。

 あの媚香は強烈すぎる。

 一郎は、ふたりのステータスを確認した。

 

 

 

 “エリカ

  エルフ族、女

   冒険者(アルファ)

  年齢18歳

  ジョブ

   戦士(レベル20)

   魔道遣い(レベル10)

  生命力:5↓

  攻撃力:1(拘束状態)

  魔道力:100

  経験人数:男1、女3

  淫乱レベル:S

  快感値:2↓

  状態

   一郎の性奴隷

   淫魔師の恩恵

   媚香による泥酔(危機状態)”

 

 

 

 “コゼ

  人間族、女

   冒険者(アルファ)

  年齢20歳

  ジョブ

   アサシン(レベル18)

   戦士(レベル20)

  生命力:5↓

  攻撃力:1(拘束状態)

  経験人数:男26

  淫乱レベル:B

  快感値3↓

  状態

   一郎の性奴隷

   淫魔師の恩恵

   媚香による泥酔(危機状態)”

 

 

 

 やはり、あの煙は危険だ。

 媚薬の煙とゴーストは称しているが、効果が強烈すぎて毒と同じだ。

 おそらく、これ以上あれを吸えば、そのまま頭の線が切断されて元に戻らなくなる。

 すでに生命力があんなに低下するほどに影響を与えているのだ。

 ふたりとも口から泡を吹き、鼻水も涙も垂れ流し放題の凄まじい状況だ。

 

「マーリン、女たちへの責めをやめよ」

 

 一郎は叫んだ。

 すると、女ゴーストのマーリンが一郎を険しい表情で睨んだ。

 一郎は一瞬、恐怖に包まれた。

 さっきまでの穏やかそうな表情が一変している。

 眼は血走り、栗毛の長い髪がまるで下からの風に煽られたかのように逆立っている。さらに、表情には怒りと憎しみの感情がありありと噴き出ている。

 

「な、なんで……なんで、そんなことをいうの、ピエール……? お前は誰……? ピエールが女奴隷を調教するのを邪魔するはずがない……。そんなことはないはずだ……。お前はピエールではないのか……? もしかしたら、そうなのか……? もしかしたら……もしかしたら……もしかしたら……」

 

 マーリンが呟き始めた。

 そして、その声がだんだんと大きくなる。

 

「……だ、旦那様……。いけません……。マーリン様が違和感を覚え始めています……」

 

 横にいるシルキーが焦ったような口調で小さくささやく。

 一郎は緊張で溜まった唾液を飲む。

 

「やめろといったら、やめよ。なんという生ぬるい方法で調教をしているのだ。見よ。このままでは発狂するぞ。いきなり狂わせてしまうような緩い調教をしてどうする」

 

 一郎はわざと怒るような声をあげた。

 一方で、淫魔術を駆使して、エリカとコゼの回復を図ろうとした。媚薬の吸いすぎに関する影響であれば、一郎の淫魔術でそれを消せるはずだ。

 だが、あの媚香は強すぎて、遠隔操作では操作はできなかった。

 ならば、直接に身体に精を注げば……。

 

「ご、ごめんなさい、ピエール。ああ、わたしの調教は生ぬるかったのね……。狂わせてはならない……。そうね……。その通りだわ……」

 

 マーリンの態度と表情が急に大人しいものに変わった。

 次の瞬間、媚香の煙だけは消滅した。

 だが、エリカとコゼの意識がほとんどない状態であることには変わりない。

 よくはわからないが、一郎がピエールとかいう彼女の夫のふりをし、しかも、彼女に対して支配的に振る舞う限り、マーリンは安定するようだ。

 だが、シルキーが諭した通り、一度怒らせれば終わりなのだろう。

 マーリンの強力な魔道で三人とも殺すことができるというのは、その通りかもしれない。魔眼でステータスの読めないゴーストのマーリンだが、凄まじい力だけは感じることができる。

 とりあえず、まずは、マーリンを支配しなければ……。

 

「……それよりも、久しぶりの俺の帰還なのだぞ。挨拶はどうした、マーリン? 調教を受けねばならないのは、俺の連れてきた女奴隷ではなく、お前ではないのか?」

 

 尊大な口調で一郎はマーリンに言った。

 

「おおおおっ」

 

 マーリンが喜悦のこもった雄叫びをあげる。

 

「……その調子ですよ……。上手ですね、旦那様……。地下に調教室があります……。とりあえず、マーリン様を下に行かせてください……。あの女たちには申し訳ないですが、マーリン様に、あの女たちの躾をしろと命じれば、マーリン様は、女たちを連れて、地下の調教室に行くはずです……。そのあいだに、旦那様には事情を説明します……」

 

 屋敷妖精のシルキーが小声で言った。

 マーリンがすっと一郎に近づいてくる。

 一郎はとっさに片足をすっと前に出した。

 ほとんど無意識の行動だったが、マーリンは再び悦びの声をあげて、その一郎の足の前に触れ伏した。

 さらに、その足に接吻をするように、マーリンは顔を一郎の足に密着させた。もちろん、ゴーストのマーリンが口づけをしても、まったくなにかが触れたという感じはしない。

 ただ、マーリンは一心不乱に一郎の足に口づけをしている。

 やがて、ひれ伏した状態のまま、一郎に対して顔をあげた。

 

「……妻であり、卑しい奴隷のマーリンでございます。お帰りなさいませ、あなた……。そして、どうか、旦那様への挨拶を忘れたわたしに罰をお与えください……」

 

 マーリンは言った。

 その表情はすっかりと被虐の酔いに染まっている。

 これは完全にピエールという夫に躾けられたマゾ女の顔だ。

 とにかく、ピエールというマーリンの夫を演じ切ることだ。

 

「罰か……。そうだな……。では、俺はいまから、あの女奴隷を犯す。お前の罰は、それをじっと見ていることだ。お前の愛する夫が、ほかの女に精を注ぐのを片時も目を逸らさずに見続けよ。それを見ながら自慰をするのだ。それがお前への罰だ」

 

 一郎はそう言って立ちあがった。

 

「おお──。この妻であるマーリンの前で、ほかの女を抱くと……? そして、それを黙って見続けて、しかも、自慰をせよというのですね……。なんという残酷な仕打ち……。なんという鬼畜な命令でしょう……。おおっ、おおおおっ……」

 

 マーリンが感極まった声をあげた。

 その口調は悲しみの響きではあるが、心から悲しいというよりは、嘆き悲しむ自分に酔っているという感じだ。

 一郎は立ちあがって、宙に浮かんでいるエリカとコゼのところまでやってきた。

 ゴーストのマーリンがついてくる。

 

「マーリン、ふたりをおろせ。そして、ここで、じっと見ているのだ」

 

 エリカとコゼの身体が床に落ちた。

 しかし、ふたりとも痙攣のような震えをするだけで、ほかの反応はない。

 まずは、エリカの背後に回って、スカートと下着をおろす。

 股間はまるで尿でも洩らしたような大量の愛液で溢れていた。

 一郎は仰向けにしたエリカの両腿を抱えると、ズボンから取り出した怒張を一気にエリカの膣に滑り込ませた。

 

「んふうううっ」

 

 失神状態だったエリカが身体をのけ反らせた。

 すぐさま精を注いだ。

 淫魔術は精を注ぐことで相手の女の身体と心を強く支配することができる。それは、すでに支配に落ちている女であっても同様だ。

 マーリンの媚香でおかしくなっていたエリカの身体を精の支配の力で、元の状態に近づけていく……。

 

「んふっ、んふうっ、ふうっ……」

 

 エリカの息が強くなる。

 一郎は律動を開始した。

 すぐそばでマーリンが食い入るように一郎とエリカを見ている。不自然な態度があれば、この狂ったゴーストがいきなり怒り出すかもしれない。

 途中でもう一度精を放つ。

 そのあいだも、一郎は腰を突きあげ続ける。

 エリカの生命力が急速に快復していく。

 

「あはあああっ──」

 

 エリカが絶叫して身体を震わせた。

 あっという間に達したようだ。

 身体が回復したことで、一郎の怒張の律動に快感を覚えることができるようになったのだ。

 一郎は怒張をエリカの子宮に打ち続けながら、エリカに身体を覆い被せた。

 そして、耳を舌で愛撫するような仕草で、エリカの耳に口を寄せる。

 

「……エリカ、コゼとともに、しばらく耐えろ……。話を合わせるんだ。俺はピエールというゴーストの夫を演じる……。そして、なんとか脱出方法を探る……。お前たちは抵抗するな……。下手に抵抗すれば、全員が死ぬ……」

 

 エリカが目を見開いた。

 聞こえたようではあるが、まだ完全には状況を飲み込めないらしく、不審と驚きの表情が顔に浮かんでいる。

 まあいい……。

 とりあえず、理解はできただろう……。

 

「そら、精を放つぞ。マーリン、見ているか? 俺が、お前という妻の前で、ほかの女を抱くのを見ているか?」

 

 一郎は叫んだ。

 律動を続けながら横を見る。

 

「おおおっ、見ております、ピエール……。あなたの残酷な命令をこのマーリンは忠実に実行しております。わたしは、あなたがほかの女を犯すのを見ながら自慰をしております」

 

 女ゴーストは、自分で股間をまさぐる動作を続けている。

 だが、一郎の淫魔術をもってしても、さすがにゴーストの身体に性感帯の地図である例の赤いもやは見えない。

 

「ああ、いく、いく、いきます──いぐうう──」

 

 一郎に犯され続けているエリカが声をあげて、身体をのけ反らせた。

 再び、エリカは達したようだ。

 

 

 

 “エリカ

  ……

  生命力:45↑

  快感値:0

  状態

   一郎の性奴隷

   淫魔師の恩恵”

 

 

 

 とりあえず、もう大丈夫だ……。 

 一郎はがくがくと身体を震わせるエリカのステータスを確認しながら思った。さっきはあった“媚香による泥酔(危機状態)”という言葉も消滅している。

 ほっとした。

 それとともに、一郎の精の力でゴーストを支配できないかとも考えた。

 実体のないゴーストを愛撫することなど不可能だが、精をかけることで支配に陥らせたりはできないだろうか……?

 まあ、とりあえず、やってみて損はない。

 

「口を開け、マーリン。口を開くのだ」

 

 一郎は声をあげた。

 陶酔したような表情で横に跪いて股間をいじる動作を続けていたゴーストが、はっとしたように眼を見開いた。

 

「は、はい」

 

 ゴーストの口が開いた。

 一郎はエリカの膣からまだ勃起している怒張を出すと、その口めがけて、精を発した。

 

「ほおおお──」

 

 マーリンは興奮しきった声をあげた。

 だが、一郎の放った精はそのままマーリンの半透明の顔を突き抜けて、反対側の床に落ちた。

 淫魔術で支配に陥らせたという感覚はない。

 

「ほおおお──ピエール──ありがとうございます──ピエール──」

 

 だが、マーリンはまるで昇天したような表情と態度で全身をびくびくと痙攣のように震わせている。

 

「もうひとりだ。同じように見ていろ」

 

 一郎はコゼに寄っていきながら、エリカを見た。

 意識を戻したエリカが暴れ出したりしないかと心配だったのだ。

 だが、とりあえず、エリカはさっきの一郎の指示がわかったのか、荒い息をして床に横になったままでいる。

 一方で、コゼはさっきまでのエリカと同じように、まだ虫の息だ。

 コゼのズボンもまるで水でも浴びたかのように股間部分がびしょびしょだ。

 それを脱がせて、下半身を裸にした。

 普通に抱こうと思ったが、ちょっとだけ悪戯心が芽生えた。

 コゼのお尻を引き寄せる。

 脱力をして意識が感じられないコゼの身体をうつ伏せにして、尻の亀裂を左右に開いて、肉棒の先端を菊門にあてる。

 一郎の怒張の周りに油剤を浮かばせる。

 

「おお、そんなところまで……」

 

 女ゴーストのマーリンが横で声をあげた。

 すっかりと調教の終わっているコゼの肛門だ。

 一郎が挿入を開始すると、コゼは楽々と一郎の勃起した一物を根元までお尻で咥え込んだ。

 エリカと同じように、薬剤でも抽入するように、最初に精を注ぐ。回復を念じると、コゼの身体が一気に回復していくのがわかった。

 ゆっくりと律動をはじめた。

 しばらくしてから、二度目の精を注ぐ。

 

「んああっ、ああっ、はあああっ」

 

 コゼの意識が戻った。

 乳房を両手で掴んでぐいと上半身を反り返らせた。

 

「んふううっ」

 

 体勢が変わったことで、お尻の敏感な粘膜を擦られたコゼが、興奮したように大きくの震えた。

 声をあげるコゼに、さっきエリカにささやいたことと同じ内容を告げる。

 コゼが目を開いて、顔を後ろに向けた。

 そして、強く二度頷く。

 これでいい……。

 あとはただ犯すだけのこと……。

 一郎はコゼの乳房をそのまま揉みながら、お尻を本格的に犯し始めた。

 

「ほおおっ、はあっ、はああっ」

 

 コゼが悲鳴のような嬌声をあげる。

 やがて、何度目かの律動のときに、コゼは最初の絶頂をした。

 さらにストロークを続ける。

 しばらくすると、コゼが二度目の官能の歓びを爆発させた。

 一郎が精を放ったのは、コゼの三度目の絶頂のときだ。

 

「ほわあああっ、ご主人様──」

 

 感極まって絶叫するコゼに、一郎は最後の精を放った。

 コゼの生命力も完全に回復させることができたのを一郎は確認した。

 一郎はコゼのお尻から肉棒を抜く。

 一度振って滴を落とすと、そのままズボンにしまった。

 

「マーリン、地下に行って、このふたりの躾をせよ。さっきのような失敗はするな。決して傷つけるな。決して殺すな。無論、決して発狂もさせるな。後で見に行く。それまでは、躾をやめるな」

 

 一郎は荒い息をしながらこっちを見ている女ゴーストのマーリンに言った。

 

「は、はい……。あなたの期待に応えられるように頑張るわ……。この女奴隷ふたりの調教をする……。あなたに褒められるように、しっかりと躾けてみせる……」

 

 マーリンはそう言うと、さっと両手を拡げた。

 次の瞬間、マーリンだけでなく、エリカとコゼの身体も消滅した。

 

 移動術……?

 つまりは、テレポーテーションの魔道術だ。

 

 それができるということは、この異世界における一郎の知識によれば、マーリンは魔道遣いとしては、少なくともレベル25以上の能力はあるということだ。

 おそらく、それよりも遥かに強力な魔道師に違いない。

 それだけあれば、確かに一郎たちを瞬殺できるのは間違いない。

 

 そのとき、部屋に小さな拍手が起こった。

 一郎は視線を向けた。

 少女姿のシルキーが手を叩いていた。

 

「素晴らしいですわ、旦那様……。本当に素晴らしい……。あんなにうまくピエール旦那様を演じなさるとは思いもしませんでした……。まるで、本当にピエール様が生き返ったのかと思いました……。わたくしめは、たったいままで、女たちは無理でも、あなただけでも逃がすことはできないかと考えていました。でも、それはやめます。どうか、お願いです。可哀想なマーリン様を助けてあげてください。それが地下に連れて行かれた女たちを含めたあなた方の全員が助かる唯一の方法とも思います」

 

 屋敷妖精のシルキーが言った。

 

「唯一の方法? つまり、それに成功しなければ、全員死ぬということか?」

 

 一郎は眉をひそめた。

 

「おそらく……。もしかして、旦那様は冒険者の方でしょうか? これまでも、この幽霊屋敷を解放するという目的で、何度か冒険者の方々が来られました。その中の何人かは逃げることがかないましたが、多くの方はマーリン様に殺されてしまいました」

 

 マーリンという女ゴーストがいなくなると、屋敷妖精のシルキーがすぐに口を開いた。

 

 

   

 “シルキー

  屋敷妖精、雌

  支配者

   マーリン(ゴースト)”

 

 

 

 改めて、彼女のステータスを確認した。

 眼の前に立っている童女のような存在が、屋敷妖精と呼ばれるものであることは間違いない。

 おそらく、支配者がマーリンとあるので、シルキーはこの屋敷に仕える者として、この屋敷の持ち主であるマーリンの支配にあるのではないかと思った。

 

 それにしても、ミランダめ……。

 一郎は内心で舌打ちした。

 

 ここが斡旋屋が紹介した一郎たちの住まいであるわけがない。

 おそらく、冒険者ギルドでメモを渡したとき、ミランダは間違ったメモを寄越したに違いないのだ。

 

「冒険者には違いないが、この屋敷にはクエストでやってきたわけじゃない」

 

 一郎は言った。

 

「おお、でも冒険者には変わりないのですね。お願いです。マーリン様の魂を救ってください。奥様は旦那様のピエール様が亡くなられたことを受け入れることができず、ああやってゴーストになって、この屋敷に縛りつけられているのです。どうか、マーリン様の魂を解放してあげてください」

 

 シルキーは言った。

 厄介なことになったものだ。

 一郎は嘆息した。

 

「……それよりも、エリカとコゼは大丈夫か?」

 

 一郎は訊ねた。

 シルキーの言葉によれば、この屋敷には地下があり、そこが調教部屋になっているのだという。ふたりは、そこに連れ込まれたはずだ。

 

「おそらくは……。あなた様があんなに念を押しましたしね。酷いことにはならないとは思います。でも、マーリン様は、あのふたりをピエール旦那様が連れてきた女奴隷だと思い込んでいるので、あのおふたりを調教しているのです……。調教といいますのは……」

 

「いや、いい……。調教というのが、なにをするものかはわかる。俺にもその趣味はあるんだ」

 

「おお、そうでしたね。なかなかに堂に入った“ご主人様”ぶりでした。あんなに興奮したマーリン様は久しぶりです。まるで、ピエール旦那様が戻ってきたかのようでした」

 

 シルキーが思い出したように、嬉しそうな声をあげた。

 

「しかし、そのピエールという方は亡くなられたんだな? そして、あのマーリンも死んだ。ふたりが生きているときは、マーリンはピエールという人の妻でありながら、被虐の調教を受けていた。そういうことなのだな? つまりは、“遊び”として」

 

「まあ、それがおふたりの趣味でしたから……。それで、おふたりは幸せだったのです」

 

 シルキーは息を吐いた。

 

「さっきみたいに女奴隷や娼婦を連れ込んで、マーリンに調教させるとかもやったか?」

 

 一郎は訊ねた。

 マーリンの反応は、そういうことが日常であるような自然な反応だった。

 

「そんな“遊び”もなさっておいででしたね」

 

「もしかしたら、最初はマーリンに調教をさせておいて、途中で攻守を交代させ、責めさせていた女奴隷にマーリンを責めさせるとかやったか?」

 

 なんとなく訊ねた。

 もしも、一郎がピエールだったら、そうすると思ったのだ。

 これまで責めていた相手に逆に責められる……。

 これにまさる惨めさはないだろう。

 

「おおお……。やっぱり、あなた様は、救いの人なのかもしれません。本当に何者ですか? マーリン様の名前もご存知でしたし、本当に偶然にやって来られた冒険者なのですか? ピエール様がお亡くなりになる前に、一度だけそんな“逆転遊び”をなさったことがあります。そのときは、本当にマーリン様は興奮なさいました。まったく、なぜ、それをご存知なのですか?」

 

 シルキーがびっくりしたような声をあげた。

 

「……ただの勘だ」

 

 一郎は肩を竦めた。

 ピエールがどういう男だったかは知らないが、嗜虐の性癖については、一郎と似たようなところがあったのかもしれない。

 だが、その“遊び”の記憶があの狂った女ゴーストにあるとすれば、エリカとコゼを殺してしまうには至らないだろう。

 

 もっとも、度を越すとさっきの媚香責めのようなこともある。

 絶対の安全はない……。

 それにしても、この屋敷妖精のシルキーは、夫婦間の赤裸々な話をよく知っているものだ……。

 

「とりあえず、マーリンのことと、マーリンがどうして、ゴーストになったのかを説明してくれ」

 

 一郎は言った。

 すると、シルキーが語り出した。

 

 それによれば、マーリンはある地方領主の娘であり、将来を嘱望された天才的な女魔道遣いだったようだ。

 それに対して、ピエールはマーリンの父に仕える執事の子であり、本来であれば、結びつくことは許されないような身分の違いの男女だった。

 だが、ふたりは恋に落ちた。

 しかも、ただの人間であり、庶民の身分であるピエールが、自分の父親が仕える主人の娘を性的に調教をするというかたちでだ。

 無論、許される恋であるはずがない。

 

 だから、ふたりは駆け落ちした。

 当然、ふたりはそれぞれの実家から絶縁状態となった。

 そして、紆余曲折の末、落ち着いたのが、この屋敷だったようだ。この屋敷はピエールとマーリンの夫婦が建てたもので、シルキーはマーリンの魔道の力で引き寄せられた屋敷妖精であり、それでふたりに仕えるようになったそうだ。

 

 屋敷妖精というのは、魔妖精クグルスのような魔族とは違う。

 この世界ではよく知られている妖精であり、主人に仕えて、屋敷の掃除や手入れなどを行う召し使いのような存在らしい。もっとも、どの屋敷にもいるというものでもなく、珍しい存在には違いないようだが……。

 

 いずれにしても、この屋敷でふたりは、嗜虐と被虐という屈折した愛を毎日のように交わした。

 ふたりの愛の生活は十年以上続いたが、ある日、突然に終わった。

 ピエールが不慮の馬車の事故で死んでしまったのだ。

 だが、嘆き悲しんだマーリンは、それを信じなかった。

 戻ってくるはずのない夫を待ち続け、待って、待って、それでも待ち、ついには、衰弱して死んでしまった。

 

 シルキーによれば、マーリンが息を引き取ったときには、あまりの哀しみのあまり、すっかりと狂ってしまっていたようだ。

 だが、死によってもマーリンの魂は救われず、彼女はこの世から離れることを拒否して、屋敷に留まってゴーストになってしまったのだ。

 しかも、すっかりと記憶を歪めていて、馬車で出かけたピエールをいまだに待ち続けているということだった。

 

 いずれにしても、それはもう数十年以上は前のことのようだ。

 そのあいだ、この屋敷に留まり続けた狂ったマーリンとともに、屋敷を維持してきたのは、この屋敷妖精のシルキーの仕事なのだろう。

 そして、これまでにも、何度か冒険者らしき者が、この屋敷に住む怪を取り除こうとやってきたことがあるらしい。

 だが、いずれもマーリンの凄まじい魔力の前に、殺されるか、追い出されるかしたようだ。

 

「……なるほどなあ……。だが、彼女の魂の救うといっても、どうしてやったらいいんだ? 俺は神官なんかじゃない。ただの冒険者なんだ」

 

 一郎は言った。

 

「神官なんかでは、マーリン様は救えません。マーリン様が望んでいるのは、ピエール様にもう一度愛してもらうことです。このままピエール様として、最後まで彼女を満足させてあげてください。そうすれば、マーリン様の魂は満足し、この屋敷から離れると思うのです」

 

 シルキーが言った。

 

「最後まで愛するって?」

 

「マーリン様を犯してあげてください。そして、快楽の極みを与えてあげてください。ピエール様は、いつも、“遊び”の最後には、マーリン様を優しく抱いてあげていました。それがあれば、マーリン様の魂は浄化されると思います」

 

 シルキーは言った。

 

「簡単に言うなよ。相手はゴーストだぞ。実体のない相手をどうやって犯せばいいんだ?」

 

 一郎は声をあげた。

 

「駄目ですか?」

 

 シルキーは悲しそうに言った。

 

「駄目とか、そういう問題じゃない。犯しようがないだろう。俺はマーリンには触れられないんだ」

 

「でも、さっきはいい感じでした。マーリン様は、あなたが、あのまま続ければ、最後には、気をやったかもしれません。あんなに興奮状態になったマーリン様を眺めるのは久しぶりのことでした。わたくしめは、本当に嬉しかったのです」

 

「だが、なあ……」

 

 一郎は困惑して言った。

 つまりは、マーリンに触れることなく、マーリンを絶頂させる快楽を与えなければならないということだ。

 そんなこと可能なのだろうか……。

 しかし、そのとき、ふと思いついたことがあった。

 

「なあ、シルキー──。そのピエールという男がマーリンを調教するときに使っていた淫具があるはずだ。それはどこかにないか?」

 

 一郎は訊ねた。

 調教に淫具は付き物だ。

 直接に犯さなくても、ピエールが使った淫具で犯す真似をしたら、あるいは、マーリンは本当に刺激を受けたときと、同じような愉悦を覚えるかもしれない。

 つまりは、ピエールの与える調教の歓びをはっきりと思い出させる淫具で、彼女の心から絶頂の快楽の記憶を呼び起こしてしまうのだ。

 しかし、シルキーは首を横に振った。

 

「……申し訳ありません。わたくしめは、ピエール様とマーリン様にお仕えして、この屋敷の隅から隅までを掃除をし、あるいは、庭の手入れをして守って参りました。でも、ピエール様がそのようなものを残している場所というのは存じません」

 

 シルキーは言った。

 一郎はがっかりした。

 

「ただ……」

 

 しかし、シルキーがつけ加えた。

 

「ただ、なんだ?」

 

「……ただ、中庭には、わたくしめも、マーリン様も絶対に入ってはならないとピエール様に厳命されていた霊廟があります。そこは小さな部屋になっておりますが、もしかしたら、そのようなものがそこにあるのかもしれません。マーリン様もそこには入りません。ピエール様の言いつけでございますから……。もちろん、わたくしめもそうです。なにしろ、生前のピエール様は、その命令を解除することなく、亡くなられたのです……」

 

「わかった。ならば、その場所を教えてくれ。早速行ってみることにする」

 

 一郎は立ちあがった。



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61  屋敷妖精の報酬

「おい、シルキー。あの管はなんだ?」

 

 屋敷の裏側にある庭に案内をされた一郎は思わず声をあげた。

 屋敷の裏も広く、そこは芝生の拡がる庭園になっていたのだが、その隅を横切る木製の木管を発見したのだ。それは裏の川から続いていて、庭の途中から地中に潜っている。

 

「あれは水道です。ピエール様のご希望で川の水を屋敷の中に引き込めるようにしたのです。屋敷の地下室にある浴室内の堰き止め栓を外せば、濾過された川の水が浴槽に流れ込みます。ピエール様は、よくその浴槽に水を注ぎ、温かい湯にしてから、マーリン様や、わたくしめとともに入浴を愉しまれたものです。いまは、使っていませんが、浴槽を常に整えておくのも、わたくしめの仕事でした。懐かしいです」

 

 シルキーは思い出すような口調で言った。

 

「浴槽だって? ここの屋敷の地下には浴場があるのか? もしかして、いまも、使おうと思えば使えるか?」

 

「もちろんです。ピエール様も、マーリン様やわたくしめを縛めて浴槽の中で悪戯なさるのが、それはそれは、お好きだったのです」

 

 シルキーは何気ない口調で言った。

 だが、一郎はその言葉を訝しんだ。

 

「ちょ、ちょっと待てよ。お前、屋敷妖精だろう? それなのに、もしかしたら、ピエールという男やマーリンという魔女の性の相手を務めていたのか?」

 

 一郎は驚いて言った。

 

「屋敷妖精は、屋敷の主人に従うものでございます。屋敷の掃除や手入れをするのが屋敷妖精の本能でありますが、命令でございますれば、主人の“趣味”にお付き合いも致します」

 

 シルキーはあっさりと言った。

 一郎は唖然としてしまった。

 同時に納得もいった。

 このシルキーは、この屋敷の元夫婦の性の関係を随分詳しく知っていると思ったが、そういうことだったのだ……。

 

 だが、一方である考えが沸き出てきた。

 この屋敷は、なにからなにまで一郎の希望していた家そのものだ。

 もしも、マーリンという女ゴーストの浄化に成功した場合は、ここを住まいにできないものだろうか。

 つまりは、一郎がこの屋敷の主人になり、さらに、シルキーの主人に取って変わるということだ。

 この屋敷の持ち主は文字通り昇天していなくなる。

 しかも、ピエールとマーリンは、親族と絶縁状態だったため、この屋敷を相続する者もいないに違いない。

 ましてや、この建物が建てられたのは、数十年も前のことだ。

 正式の相続者は消えているだろう。

 

 また、この屋敷には、すでに屋敷妖精のシルキーが住み着いており、ここに住めるのは、新たな主人とシルキーが認めた者でなければならないはずだ。

 逆に考えれば、ゴーストがいなくなった後に、この屋敷の主人に一郎がなることをシルキーに認めさせれば、一郎たちは、「主人」としてこの屋敷に住める。

 

 無論、そのためには、なんとか、あのマーリンという女ゴーストを浄化しないとならないが、もしも、それができなければ、エリカとコゼはもちろん、一郎もここで殺されるだろう。ここは、マーリンの魂を救い、その浄化がかなうものとして、次の手を打っておいてもいい。

 

 それに、ここに住むということは、一郎やエリカにとって、大いに都合がいいことがひとつある。

 おそらく、ここは、冒険者ギルドでクエストとして扱っている幽霊屋敷のはずだ。

 つまり、対外的には、ここにはゴーストが住み着いている無人の屋敷なのだ。だから、クエストが未解決の状態であれば、常識的には、ここに人が住んでいるとは誰も考えないと思う。

 従って、この幽霊屋敷は、アスカの追っ手のことを警戒しなければならない一郎とエリカにとって、最適の隠れ家になる。

 ただ、解決したクエストを未解決のまま置いておくというのは、ミランダが簡単に許すとは思えない。

 

 しかし、ミランダを「説得」する方法はある……。

 絶対に逆らえない「縛り」をミランダにかける手段もある……。

 あの人のいいミランダを罠にかけることになることには、気が咎めるが……。

 

 いずれにしても、とりあえずは、いまの一件が解決した後、一郎たちがここで暮らすことをシルキーに認めさせることだ。

 それをやろうと思った。

 拷問を受けているはずのエリカやコゼには悪いが、それほど時間のかかることをやろうとしているわけではない。

 いまのうちに、ここを入手するための処置をしておくのは、決して無駄な時間潰しではないはずだ……。

 

「なあ、シルキー……。もしも、俺がマーリンの浄化に成功すれば、この屋敷の持ち主はいなくなる。そうしたら、俺を主人と認めて、俺たちがここに住むことを許すか? そうであれば、お前の希望のとおり、マーリンの浄化に俺は全力を尽くす」

 

 一郎は言ってみた。

 

「あなた様が……でございますか……? まあ、屋敷妖精は、屋敷に縛られるものですから、あなた様がわたくしめを支配してくだされば、もちろん、それは構いません……」

 

 シルキーは小首を傾げながら一郎をじっと見た。

 だが、しばらくして首を横に振った。

 

「申し訳ありませんが、どうやら、あなた様には、わたくしめを繋ぎとめる魔道力が備わっていらっしゃらないようです。わたくしめの魂を繋ぎとめるだけの支配力がなければ、屋敷妖精をしもべにはできません。わたくしめは、あなたをこの屋敷の主人と受け入れることができません。申し訳ないことです。これはわたくしめのせいではないのです。わたくしめのような屋敷妖精の全員に存在する本能でありまして……」

 

「シルキー、俺の性器を舐めろ」

 

 一郎はシルキーの言葉を遮って怒鳴った。

 

「へっ?」

 

 シルキーが意表を突かれたように目を丸くした。

 

「俺たちはこの屋敷に不本意にも捕らわれて、命の危機に瀕している。そして、お前の願いに従って、俺はマーリンという怖ろしい魔道使いの女ゴーストを浄化する仕事をやろうとしている。つまりは、俺は冒険者であり、冒険者には仕事に対する報酬がなければならないということだ。このクエストの要求はなんだ?」

 

「報酬……でございますか?」

 

「そうだ。報酬だ。これは、お前がいま言った“本能”と同じようなものだ。報酬がなければ、冒険者は力を発揮することはないのだ。屋敷妖精であるお前が、魔道遣いによる魔道の縛りがなければ、屋敷妖精として存在できないのと同じだ。お前は、冒険者である俺に望みの仕事をさせるために、報酬を払わなければならない」

 

「そ、そういうものなのですか……? まあ、わかるような気もします。でも、その報酬が、わたくしめがあなたの性器をお舐めするということなのですか? そんなことでよろしいので?」

 

「よろしいのさ。さあ、舐めてくれ」

 

 一郎は一物をズボンから取り出して、にやりと笑った。

 精に備わる淫魔術で、この屋敷妖精を取り込んでやろうと思っていた。

 

「承知しました。わたくしめでいいのであれば……」

 

 シルキーの姿は人間族の十歳くらいの童女と同じだが、そのシルキーが一郎の前に跪いて小さな口を開いた。

 屋敷妖精の貞操観念や道徳心は、人間族社会とは異なるのだろう。

 シルキーには、特に躊躇った様子もない。

 手慣れた感じで一郎の性器を片手で優しく掴むと、もう片方の手を一郎の腰に回して、自分の身体を支える体勢になった。

 シルキーの舌が亀頭の皮を押しあげ、亀頭全体を剥き出しにする。そして、まずは、その先端にキスをした。

 

「それは、ピエールというこの屋敷の主人だった男に教えられたのか?」

 

 一郎は訊ねてみた。

 

「そうです。マーリン様と一緒にいろいろなことを学びました。愉しい思い出です……」

 

 そして、シルキーが小さな口いっぱいに一郎の性器を包んで擦り始める。

 その口調や表情からは、屋敷妖精のシルキーの感情は読めない。

 だが、シルキーが単なる屋敷妖精と主人という関係以上の感情をマーリンたちに抱いているのは事実だろう。

 

 本格的な口による愛撫が始まった。

 なかなかのテクニックだ。

 快感が拡がっていく。

 半勃ちだった一郎の性器はすぐに最大限に膨れあがった。

 だが、シルキーには戸惑った様子はない。

 さらに強く、あるいは、弱く、一郎の性器を巧みに舌で刺激してくる。

 

 一郎は魔眼でシルキーを観察した。

 残念ながら、魔眼ではシルキーの性的興奮は感じない。

 あるいは、このような口吻はシルキーにとっては作業のようなものであり、性的行為とはかけ離れたものなのかもしれない。

 一郎はしばらくシルキーの素晴らしい舌技を味わってから、おもむろに、シルキーの口の中に精を放った。

 

「んっ、んんっ」

 

 シルキーが苦しそうな鼻息をしたのは、ほんの少しだけだ。

 次の瞬間には、当然のように、口に放出された一郎の精を喉の奥に流し込み出した。

 シルキーが一郎の精を飲み込んでいくにつれ、一郎は、だんだんと呪術の支配がシルキーの心の糸に触れるのを感じることができた。

 そして、ついにしっかりと心の根元に届く。

 そのまま、触れた糸をぐっと掴んだ。

 

「んんっ?」

 

 そのとき、シルキーの身体が初めて震えた。

 そして、ぱっと口を離した。

 次には、慌てたように口に指を入れて、喉の奥に突っ込むような仕草をした。

 

「吐き出すな──。毒じゃない。受け入れろ。俺を受け入れるんだ──。マーリンのことは支配から外さなくていい。マーリンが存在する限りにおいては、お前はマーリンに仕えるしもべだ。ただし、マーリンが浄化されていなくなれば、俺に従え」

 

「は、はい。従います」

 

 マーリンによる支配を外さなくていいと告げた瞬間に、シルキーの心から抵抗のようなものが消滅した。

 やはり、シルキーにとっては、マーリンやピエールとの関係は、屋敷妖精と主人という関係以上のものなのだろう。

 

「そ、それにしても、あなた様は何者……? な、なにで、わたくしめを支配なさったのです? わたくしめは、こんなに強い支配を受けたのは初めてです……。でも、あなた様は、魔道を遣うための魔力はお持ちじゃない……。それは確かなのに……」

 

 シルキーは戸惑った声をあげている。

 また、一郎の支配が浸透したことで、シルキーの身体に変化が起きた。全身に赤いもやが浮かび上がったのだ。

 

「まあ、それは事が終わったら、ゆっくりと教えるさ。まずは、例の霊廟というところに行ってみよう……。だが、その前に……」

 

 一郎は好奇心を抑えられなかった。

 

「……お前はピエールという男から、快感の極みを受けたことがあるか?」

 

 そう訊ねてみた。

 

「快感の極みですか……? 残念ながらわたくしめのような屋敷妖精は、そのような悦楽を得ることはできないようなのです。旦那様のピエール様は、それについては、とても残念がっておいででした……」

 

 シルキーは消沈した様子で言った。

 一郎はなんとなく、そうではないかと思ったのだ。

 シルキーの表情は、快楽を得ることのできない自分の身体が残念だというよりは、主人夫婦の期待に応えられなかったことが無念だったという感じだ。

 

 だが、おそらく、いまのシルキーは、普通の人間族の女のように快楽を得ることができるようになったのではないだろうか。一郎の支配に落ちたことで、淫魔術によって、肉体に変化が起きたのだと思う。

 その証拠に一郎に見えるシルキーのステータスに変化が起きている。

 

 

 

 “シルキー

  屋敷妖精、雌

  年齢:**

  屋敷妖精(レベル20)

  経験人数:男1、女1

  淫乱レベル:A

  快感値:100(通常)

  支配者

   マーリン(ゴースト)

   ロウ”

 

 

 

 ステータスの変化や、シルキーの身体にあの赤いもやを感じることができるようになったことを考えると、一郎の呪術をシルキーが受け入れたことで、シルキーが快感を得ることができる身体になったと考えるのが妥当だろう。

 

「だったら、俺が経験させてやろうか?」

 

「えっ? そ、そんなことができるのですか?」

 

 シルキーは驚いている。

 一郎はシルキーの前に屈みこんだ。

 シルキーが身に着けているのは、白いフリルのついた紺色のワンピースだ。それに真っ白い前掛けをしている。いわゆる、メイド服だ。

 

 一郎は、シルキーのスカートの裾の下からシルキーの股間に手を入れた。そこには、下着のようなものはなかった。

 触れた感じにおいて、シルキーの股間は人間のそれと同じような感じのようだ。恥毛のようなものはない。

 淫魔術で感じる桃色のもやの地図に従って、シルキーの股間に指を這わせた。そして、肉芽に当たる位置を探して、くるくると指で擦る。

 童女のそれのように、まだまったく発達はしていないが、確かに、そこに官能の源が隠されている。

 

「はうっ。な、なんですか、これ……。ふわあっ──」

 

 シルキーがびくりと震えた。

 一郎はその一点をしばらく動かしてから、すっと亀裂に添ってするりと指を滑らせた。

 

「あっ、あっ、ああっ」

 

 シルキーの身体が小刻みに震え出した。

 しかも、すぐに、たっぷりと濡れてきた……。

 一郎は指を穴に送ってみた。

 小さくて狭い。だが、柔らかい……。柔軟性もある。

 一度ならず、何度もここに性器や淫具を挿入したことがある感じだ。

 

「うんんっ──」

 

 シルキーが電撃にでも打たれたように、ぶるりと震えた。そして、支えになるものを求めるように、両手で一郎の肩をぐっと掴む。

 

「主人夫婦にここを犯されたことはあるな、シルキー?」

 

 一郎は指をシルキーの膣の中に感じる真っ赤なもやの部分に移動させ、そこを強く擦った。

 

「はあ、はあ、な、なにが起こっているのですか……? ピ、ピエール様やマーリン様が、あんなにいじってくださったのに、わたくしめの身体はなんの反応を示さなかったのに……」

 

 シルキーが荒い息をしながら言った。

 

「つまりは、ここを犯されたことはあるんだな?」

 

 一郎は指で肉芽と膣の一部を交互に擦っている。いずれも、いまのシルキーの身体の中では一番真っ赤なもやが浮かんでいる部分だ。

 

「は、はい……。お、おふたりは、こ、ここを犯されました。潤滑油をつ、使って……。わ、わたくしめを家族になさりたいと……。はあ、はうっ……おかしいです……。熱い……。とても、熱い……。熱くて……ああっ」

 

「熱くて、どうした? 気持ち悪いか……?」

 

 一郎は指を動かしながら、意地悪く言った。

 赤いもやは、いまや股間全体に拡がっている。

 それだけでなく、胸や耳、足も、首も……。ほかにも普通に人間族なら当たり前の場所に、次々に性感帯の印である赤と桃のもやが浮びあがってくる。

 やはり、一郎の手により、この屋敷妖精の肉体が、性行為を受け入れることができるものに変化していっているのだ。

 

「い、いえ……。き、気持ちいいです……。ああっ、こ、これがピエール様やマーリン様がおっしゃっておられた……快楽の極みと……いうものなのですか……? はあ、はあ、はあ……あうっ──ううっ」

 

「快楽の極みは、この先にある……。これは、快楽の極みに通じる性の快感だ」

 

 一郎は指をシルキーの膣の中で動かし続けている。

 シルキーの股間からはとめどのない汁が溢れていた。

 その感受性の豊かさは驚くほどだ。

 すでに股間はびっしょりだ。

 それにしても、屋敷妖精という人間族とも亜人族とも異なる存在だが、見た目も、身体の作りも、人間の童女とまったく変わらない。しかも、顔は可愛らしい十歳くらいの少女そのものだ。

 こうしていると、まるでメイド姿の十歳の童女を犯している気分だ。

 

 興奮しないといえば、嘘になる。

 我ながら、変態だと思いながらも、一郎もまた、官能に喘ぐ幼そうなシルキーの顔を見ていると、むらむらと欲情が昂ぶってくる。

 

 

 

 “シルキー

  ……

  淫乱レベル:A

  快感値:25↓”

 

 

 

 一郎はステータスをもう一度確認した。

 すでに、挿入可能の目安である“30”を下回った。

 

「シルキー……ここを性器で犯していいか……? つまりは、これも報酬だ」

 

 一郎は、もう自分の欲情を我慢できずに言った。

 もっとも、我慢する気もなかったが……。

 

「ど、どうぞ……。わ、わたくしめでよければ……。はううっ……はああ……ああっ」

 

 いまや指を動かすたびにシルキーは激しく身体を悶えさせる。

 一郎はすぐそばにあった庭のベンチにシルキーを連れていった。

 そこに一郎が腰かけ、シルキーを向かい合うように一郎の腰の上に座らせた。そして、ズボンから引き出した怒張の上に座らせるようにシルキーの股間を導く。

 

「おおおっ」

 

 シルキーが大きくのけ反った。一郎はしっかりとシルキーの身体を支えた。

 一郎の一物がずぶずぶとシルキーの股間に埋まっていく。

 シルキーは、ちゃんと大人の男を受け入れることのできる身体だ。

 一郎はシルキーの腰を下から抱えて、上下運動させることにより律動を開始した。

 

「はう、はあっ、ああ、ほっ、す、すごい……で、です……。な、なにかが、あ、あがってきます……。ひっ、ひいっ……」

 

 一郎はメイド服のスカートに包まれているシルキーの股を犯し続けた。

 しかも、亀頭の先はシルキーの膣の中の赤いもやをしっかりと擦るように角度を選んでいる。

 シルキーの反応が激しいものになった。

 

「んふううう──」

 

 やがて、シルキーは大きく背中を反り返らせて声をあげた。

 達したようだ。

 

「出すぞ。股で受け入れるんだ」

 

 一郎は声をあげた。

 そして、シルキーの小さな身体をぐいと自分の股に引き寄せて、怒張が奥にぐいと食い込むようにしてから精を放った。

 

「んふうっ──。き、気持ちいいです……。だ、旦那様──」

 

 シルキーが感極まったように叫んだ。

 一郎が射精を続けるあいだ、シルキーはか細くて甲高い声を出し続けた。

 

 一郎は精を放ち終わった。

 すると、挿入されたままのシルキーが、がっくりと一郎の身体にもたれかかった。

 しばらく、そうさせてやったが、少ししてから、一郎はシルキーの身体を起こした。

 こんなことをゆっくりとしている場合ではないことを思い出した。

 今頃は、エリカもコゼも少しつらい目に遭っているに違いないのだ。

 一郎が身体を動かすと、シルキーもまた、動き出す。

 

「あんっ」

 

 シルキーは一郎の一物を膣から抜くとき、可愛い悲鳴をあげた。

 一郎の座る長椅子の前に一度立ちあがったシルキーだったが、すぐにその場にしゃがみ込んでしまった。

 

「こ、これがマーリン様が感じておられた快感の極みなのですね……。わ、わたくしめにも、それを受けることが可能だとは思いませんでした……。ありがとうございます、旦那様」

 

 シルキーがまだ荒い息をしながら言った。

 一郎は性器をズボンにしまうと、シルキーの身体を抱えて、長椅子に座り直させてやった。

 

「どうした? 腰が抜けたか?」

 

「は、はい……。そんな感じです……。とても、気持ちがよくて……。そ、それに、まだ力が入らなくて……」

 シルキーはあっけらかんと言った。

 

 一郎は微笑んだ。

 

「そこで待っていろ。行ってくる」

 

 一郎は、シルキーを置いて、ひとりで歩き出した。

 

 

 *

 

 

「くふっ、くうっ、ふうっ」

 

 エリカは素っ裸で、魔道で動く床の上をひたすらに走らされていた。 

 両手は背中側で水平に曲げさせられていて、それが外れないようにしっかりと革帯が巻きつけられている。

 さらに、口には小さな穴の開いた丸い嵌口具を咥えさせられていた。

 

 いずれも、この地下の部屋にあらかじめ置いてあったものであり、あの女ゴーストの魔道で強引に装着させられたものだ。

 下半身の服は最初から身に着けていなかったが、上半身の衣類は自分で脱いだ。

 ゴーストに自ら脱ぐように命令されたからだ。

 

 逆らうことは不可能だった。

 反抗するどころか、すこしでも拒否するような表情をすると、容赦なく魔道による「苦痛」を与えられた。

 本当に凄まじい苦痛だった。

 電撃や鞭のような激痛とも違う。

 苦痛は「苦痛」そのものなのだ。

 身体の内側から発生するものであり、耐えることも、慣れることも不可能な感じだった。

 それをあのゴーストは容赦なく笑いながら繰り返すのだ。

 

 そして、素裸で拘束状態になったエリカをこうやって動く床の上に乗せた。

 床には白い枠線が四角で描かれていて、その枠線を少しでも足がはみ出すと、あの「苦痛」が襲ってくるという仕掛けだ。

 だが、床は動き続ける。

 

 だから、枠線内に居続けるためには、懸命に走り続けなければならない。

 それをかなりの時間続けている。

 もう、エリカは限界だった。

 

 一体全体、これはどういう状況なのだろう。

 まるで状況が読み込めないが、ここにゴーストに連れ込まれる直前に、一郎がエリカのことを抱きながら、しばらく耐えろと耳打ちした。

 それだけが、エリカの心を繋ぎとめている。

 とにかく、一郎を信じて、エリカは強要される激しい運動を続けた。

 

「ほほほ、まるで犬ね。涎を流して、はあはあとみっともなく走る姿はまさに犬よねえ……」

 

 宙に浮かんでいる女ゴーストが意地悪く笑った。

 エリカは懸命に駆けながら、口惜しさに歯噛みした。

 だが、出るのは嵌口具の穴から涎とともに洩れるヒューヒューという音だけだ。

 

 それにしても、このゴーストはなんなのだろう……?

 この屋敷にやってきたときに、あの淫靡な絵に描かれていた女なのは間違いないと思うが、不意に出現して強力な魔道の拘束を受けてからの記憶はほとんどない。

 辛うじて記憶に留まっているのは、拘束されて宙に浮きあがった後、おかしな煙を下から吹き上げられ、それを吸い込んだ途端にわけがわからなくなったことだ。

 そして、気がついたら、ロウがエリカを抱いてくれていて、意識を取り戻した。

 だが、すぐにここに連れてこられて、この屈辱的な拷問だ。

 

「エルフ女、もっと速度をあげてあげるわ。力を入れて走りなさい」

 

 ゴーストが愉しそうに笑った。

 その瞬間、床の動きが一段階あがった。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ……」

 

 エリカは涎が迸るのも構わず、懸命に脚を前に出し続けた。

 体力には自信はある方だが、このゴーストが操る床は意地が悪いくらいの速度で動き続ける。

 いまや、エリカはほとんど全力疾走に近い。

 しかも、後ろ手に拘束されて、まったく腕を使えないのだ。

 それだとバランスを取り続けるだけで大変なのだ。

 

「ひゅー、ひー、ほおっ──」

 

 一方で、少し離れた場所からは、コゼの苦しそうな声も聞こえ続けている。

 動く床を走らされているエリカに対して、コゼは床に描かれた八個の円の上を次々に飛び跳ねて動くという運動をさせられている。

 八個のうち光る円はひとつだけであり、コゼが光る円の上に両足を載せると、すぐにほかの円が点滅し始める。

 点滅の時間は数瞬だけであり、そのあいだに移動しないと、やはり、エリカと同じように、あの「苦痛」が襲いかかるというわけだ。

 光の移動は速く、コゼも汗びっしょりだ。

 また、コゼもエリカ同様に穴の開いた嵌口具を嵌められている。

 しかも、コゼはそれを張形を股間に喰い込まされた貞操帯を装着されてやらされているのだ。

 

「んっがあああっ──」

 

 コゼがひっくり返る音がして、大きな悲鳴が聞こえた。

 光の穴を踏み外してしまったのだろう。

 苦しそうな絶叫は、あの「苦痛」が襲いかかったために違いない。

 

「うぐううっ──」

 

 エリカは言葉にならない声でコゼに呼びかけた。

 

「ほら、転がっていても苦しみは続くだけよ。立って光を追いかけなさい、お前」

 

 女ゴーストの残酷な声が響く。

 そのあいだも、コゼの苦しそうな声は続いている。

 

「ぐうっ」

 

 エリカもまた声をあげた。

 あまりの全力疾走の継続に限界がきたのだ。

 苦しさで速度ががくんと落ちたのがわかった。

 次の瞬間、衝撃が全身に走った。

 エリカの足は白枠の後ろにはみ出してしまった。

 

「あがああ──」

 

 その瞬間、女ゴーストの笑い声とともに、あのものすごい苦痛がエリカに襲いかかってきた。

 

 

 *

 

 

 一郎は中庭をひとりで進んだ。

 霊廟はすぐに見つかり、中庭の隅にあった。

 

 一郎は霊廟の扉に鍵を差し入れた。

 鍵は屋敷の中のピエールの部屋だった書斎にあり、それはシルキーが取り出してくれていて、一郎はすでにそれを受け取っていた。

 開いた。

 やはり、霊廟に見えるのは、外観だけのことだった。

 内部はびっしりと棚が作ってあって、夥しい性具が所狭しと整然に並べられている。

 

「よくもまあ、これだけ集めたものだ」

 

 一郎は独り言を呟いた。

 

 中の広さは畳み二枚分というところだろう。

 だが、責め具の小道具がそこにびっしりと並んでいる。棚にも壁にもだ。一郎は感心してしまった。

 さて、マーリンを落とすには、この中から、どの淫具を選べばいいだろう……?

 そのとき、なにかの気配を霊廟の中に感じた。

 一郎ははっとして、そっちを振り返った。

 

「……数十年間、待ち続けた。時間も忘れ果てるほどに……。やっと、この霊廟を開いてくれる者が現れた……」

 

 そこにいたのは、ゴーストだ。

 一郎はびっくりした。

 そして、それが、誰のゴーストなのか、一郎にはすぐにわかった。

 

「あ、あなたは、ピエール……さん」

 

 一郎は言った。

 ゴーストの顔は、屋敷のロビーにあった絵にあった男の顔そのものだ。一郎にも少し似ていたが、一郎よりもやや歳を取っている。

 

「その通り、ピエールだ。事故で死んで魂だけになった私だが、なんとかマーリンのところに戻ろうとしてきた。そして、この霊廟までは魂を移動して来れたのだが、これ以上は進めなかった……。だが、屋敷で起こっていることは、ここで見守ることはできた……。しかし、私の魂はこの霊廟に縛りつけられ、どうしても、ここから出ることはかなわなかったのだ。それよりも、ロウ殿……」

 

 ピエールのゴーストが一郎を見た。

 

「お、俺の名を?」

 

「知っている。この屋敷で起きていることはすべてを感じることができるのだ……。さっきの悪戯も知っておるぞ。シルキーは感激していたようだな。私にはできなかったが、シルキーを女にしてくれたようだ」

 

 ピエールが悪戯っぽく笑った。

 この屋敷に仕える屋敷妖精のシルキーを勝手に犯したことがばれているとわかり、一郎は少しばつが悪くなった。

 

「いや、よいのだ……。シルキーは子供のいなかった私たち夫婦の子供のような存在であり、また、共通の恋人でもあった。大切にしてやってくれ。この屋敷とともにな」

 

「えっ?」

 

 一郎はピエールの言葉に、思わず声をあげた。

 

「それよりも、行こう。私をマーリンのところに連れて行ってくれ。エリカとコゼへの拷問がそろそろエスカレートしそうな気配だ……。さあ、その張形を持っていけ。それですべては終わる……。マーリンを救えるのは私だけなのだ……」

 

 ピエールが言った。

 そして、ひとつの棚を示し、さらに、そこに並んでいた二十個ほどの張形から、もっとも男性器にそっくりな肌色の張形を指差した。



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62  ふたりのゴースト

「そろそろ、自分たちが、わたしたちの飼う雌豚だと認めたくなったんじゃないの?」

 

 女ゴーストがすぐ近くまでやってきてしゃがみ込んで、エリカの耳元でささやいた。

 逆さ吊りのエリカの耳元は床すれすれにあり、エリカの金色の髪は床に向いて垂れさがっている。

 一方で両足首は、大きく股を開いた状態で天井を向いていた。

 つまりは、エリカは全裸で開脚逆さ吊りの状態にされているのだ。

 足首には拘束具のようなものはないが、女ゴーストの魔道で宙に縛りつけられたように動かない。また、両腕は背中側に水平に曲げた状態で革帯で拘束されている。

 

「ふ、ふざけるんじゃないわよ、この馬鹿ゴースト……」

 

 エリカは荒い息とともに、悪態をついた。

 

「エ、エリカ……」

 

 エリカと同じように逆さ吊りになっているコゼがたしなめるように強い言葉を吐いた。

 コゼの顔はエリカと向かい合うようにエリカを向いている。

 そのコゼの顔が小さく横に振られた。

 このゴーストを無駄に刺激するなと言っているのだ。

 だが、いい加減にエリカの怒りの沸点は通りすぎてしまった。

 ロウが我慢しろとささやいたあの言葉も、もうエリカの自制心を保持する役には立っていない。

 

「お、お前、また、このわたしをゴーストだと言ったわねえ。許さないよ」

 

 女ゴーストがまた金切声で叫んだ。

 そして、右手に持った魔道の杖がさっと、こっちに向いた。

 エリカはその動作に心からの恐怖を覚えてしまった。

 女ゴーストのこの動作こそ、一瞬後に始まる拷問の開始の仕草なのだ。

 

「ぐああああ──」

 

 凄まじい電撃が股間を直撃した。

 女ゴーストの魔道だ。

 

 エリカは逆さ吊りの身体を激しく振りながら悲鳴をあげた。股間への単純な電撃の激痛に加えて、同時にあの女ゴーストによって、全身に「苦痛」も与えられている。内面から湧き出る凄まじい苦痛に加えられる直接的な股間への電撃は、さすがに怖ろしい衝撃をエリカに与え続ける。

 向かい合うコゼも大きく口を開いて、悲鳴をあげてのたうちまわっている。

 また、眼は大きく開き、顔は苦痛に歪んでいた。

 

 やがて、「苦痛」と電撃が止まった。

 エリカはがっくりと全身が脱力した。

 そのとき、つっと冷たいものが、上からエリカの顔に流れてくるのを感じた。

 どうやら、エリカ自身の尿のようだ。

 さっきの電撃でエリカは失禁をしてしまったのだ。

 

「自分の尿まみれになった姿なんて、雌豚そのものじゃないの、女エルフ。さあ、言うのよ。わたしは醜い雌豚であり、このマーリンとわたしの夫のピエールの奴隷だとね」

 

 マーリン……?

 このゴーストの名はマーリンというのか……。

 

 初めて、このゴーストが名乗ったことで、エリカはそのことを知った。

 このマーリンという女ゴーストが、この屋敷の一階のロビーに飾ってあった絵の女であることは間違いない。その絵の中で、マーリンは、夫であるらしいピエールの前で跪き、首輪を嵌められていた。

 さっきからの口ぶりから判断すれば、マーリンは、ロウのことをピエールと勘違いをしているようだ。そして、そのピエールからエリカたちの調教を命じられたと思い込んでいる。

 その辺りがどういうことなのか、エリカには判断できない。

 ロウが命じたのが、このマーリンの拷問を受け続けろという意味だったのか、それとも、屈辱に耐えて服従しろという意味なのかもわからない。

 

 ただ、いずれにしても、エリカは、ロウ以外の者に服従の言葉を口にするのは、絶対に嫌だった。

 相手がロウであれば、なにをしてもいいし、どんな恥辱的な言葉でも口にもできる。

 しかし、ロウではない誰かに屈服するのは、どうしてもできないのだ。

 

「わ、わたしが……あ、あんたらの奴隷のわけないでしょう──。いい加減にしなさい」

 

 エリカは気力を総動員して怒鳴った。

 怒鳴っていなければ、意思を保てそうにない。

 

 怖かった。

 

 これ以上、この拷問を続けられれば、あるいは、エリカの強い気持ちに反して、エリカはこの女ゴーストの奴隷だと口にしそうだ。

 言葉だけのことならいい……。

 だが、もしも、言葉にしてしまったら、気持ちさえも屈服するような気がする。

 

 ロウ以外の誰かに屈服する……。

 それは、心からの恐怖だ。

 

「ま、まったく強情ねえ。じゃあ、お前は、人間女──? さっきから喋らないけど、お前は自分がわたしたちの奴隷だと認める? そうすれば、とりあえず逆さ吊りからは解放して、少し休ませてやるわよ」

 

 マーリンがコゼに視線を向けた。

 

「……ふん、あたしはロウご主人様の性奴隷よ。当たり前のことを訊かないでよ」

 

 コゼが嘲笑するように、頬を綻ばせた。

 エリカは息を飲んだ。

 羨ましいくらいの意思の強さだ。

 エリカは、同じように拷問を受けているコゼが、この苦痛にほとんど影響を受けていないということをはっきりと悟った。

 

「い、いい覚悟ね……。だったら、拷問を一段階あげるわ……。これでも、自分たちが雌豚だと認めないかい……」

 

 女ゴーストのマーリンの顔に酷薄な色が浮かんだ気がした。

 

「なっ」

「くうっ、こ、これは──?」

 

 エリカとコゼは、同時に悲鳴をあげた。

 猛烈な勢いで下腹部が膨れてくる。

 

 これは浣腸液だ。

 

 マーリンは魔道で大量の浣腸剤を直接に肛門の中に送り込んできたのだ。それが下腹部に流れ込み、あっという間に猛烈な便意をエリカに引き起こした。

 

「くうっ……ぐう……こ、こんな……」

 

 エリカは歯を食い縛った。

 あまりにも凄まじい便意だ。

 

「はっ、はああ……」

 

 コゼの苦しそうな声がした。

 向かい側のコゼを見る。

 コゼの顔も蒼白だ。

 痙攣したように震えているコゼの下腹部は、まるで妊婦のそれのように膨れていた。おそらく、エリカの下腹部も同じように膨らんでいるはずだ。

 エリカは必死になって肛門に力を入れている。だが、いまにも噴き出してきそうだ。

 しかし、この状態で大便すれば、エリカの全身は排便まみれになってしまうだろう。

 エリカは歯を喰い縛り続けた。

 

「さあ、じゃあ、さっきの拷問を繰り返そうかねえ……。自分が排便まみれになったら、やっと雌豚だという自覚ができるのかもしれないしね」

 

 マーリンが嘲笑した。

 エリカは耳を疑った。

 この状況で、あの電撃と苦痛を与える?

 いま、ただこうやって我慢しているだけでぎりぎりなのだ。

 お尻の力を寸分も緩ませないまま、あの激痛と苦痛に耐える自信はない。

 次の瞬間、内面からの「苦痛」と股間への電撃が全身を貫いた。

 

「うわああああ」

 

 エリカは雄叫びをあげた。

 コゼの悲鳴も聞こえる。

 考えているのは、必死になって肛門の筋肉を締めつけることだ。

 一瞬でも気を抜けば終わりだ。

 だが容赦のない苦痛と電撃がエリカの思考をもぎ取り、意識さえ失わせようとする。

 エリカは頑張り続けた。

 そして、電撃と苦痛が止まった。

 

「さあ、もう一度、訊ねるよ。まずは、エルフ女からよ」

 

 マーリンが笑いながら言った。

 エリカはただ息をした。

 さすがに、もう悪態はつけない。

 

 二度目はない……。

 エリカはそれを確信した。

 

 一度目の衝撃には耐えたが、もう一度同じことをされれば、エリカは逆さ吊りのまま糞便を噴出させてしまうと思った。

 だから、これは大便まみれになるか、それとも、屈服の言葉を口にするかの選択なのだ。

 エリカが口を開かないので、マーリンは同じことをコゼに訊ねた。しかし、コゼも荒い息をして押し黙っている。

 

「……どっちでもいいよ。早く、屈服した方だけ厠で排便させてあげるわ。遅かった方は、そのまま豚のようにして、自分の糞便にまみれるのよ」

 

 マーリンが焦れたように言った。

 

「くっ」

 

 エリカは歯を食い縛った。

 

 どちらか、ひとり……。

 その底意地の悪い仕打ちに、エリカの腹は煮え返る。

 そのとき、この拷問室の扉が音をたてて開く音がした。

 

「ロ、ロウさ……」

 

 入ってきたのはロウだ。

 あまりの嬉しさに、ロウ様と叫びそうになり、懸命にそれを飲み込んだ。

 この女ゴーストは、ロウを夫のピエールだと思い込んでいる。だから、ロウの安全は保たれているのだが、そうでないと悟った瞬間に、このゴーストの怒りがロウに襲いかかると思ったのだ。

 

「マーリン、お愉しみだな……。だが、それまでだ。俺の女を床におろせ。もう、遊びは終わりだ」

 

 ロウが言った。

 

「な、なにを言っているの、ピエール? この女奴隷たちはもうすぐ屈服するわ。そうしたら、あなたに渡せるわ。ねえ、もう少し、わたしに任せてくれない」

 

「俺の命令が聞こえないのか、マーリン。ふたりをおろせ」

 

 大きな声ではないが、ロウの声ははっきりとした怒りに満ちていた。エリカは、ロウが怒っているのだということをそれで悟った。

 頭と肩が床に着く。両足もおろされて、エリカは後ろ手に拘束された状態で寝かされるかたちになった。

 コゼも同じだ。

 しかし、魔道による束縛はなくなったが、両手は後手に拘束されたままだ。また、いまにも漏れそうな便意は続いている。エリカは必死にお尻に力を入れ続けていた。

 

「ねえ、ピエール……」

 

 マーリンが甘えるような声を出した。

 だが、ロウが険しい顔でマーリンを睨んだ。

 

「よくも、俺の女たちをいたぶってくれたものだ……。それから、俺をピエールと呼ぶな。俺はロウ。この女たちのご主人様だ」

 

 ロウがはっきりと言った。

 エリカはびっくりした。

 

「ピ、ピエールではない? あああああああ──。や、やっぱりそうか──。さっきから、おかしいと思った。そうだ。お前はピエールではない。ピエールではない。お前はピエールじゃない。お前はピエールじゃない。お前はピエールじゃない。お前はピエールじゃない。お前はピエールじゃない。お前はピエールじゃない……」

 

 マーリンの口調が常軌を逸したようなものに変化した。

 顔は怒りで真っ赤になり、髪が逆立って浮いている。

 エリカには、マーリンの身体に信じられないような魔力が迸るのがわかった。

 

 危険だ──。

 

 おそらく、マーリンは一瞬でロウを殺すことができる。

 ロウが殺される。

 そう思っただけで、エリカは全身が凍るような寒気を覚えた。

 

「ロ、ロウ様──。い、いえ、ピエール様──。そのピエール様とマーリン様に屈服します──。奴隷だと認めます」

 

 エリカは上体を起こして絶叫した。

 

「ご、ご主人様──。あ、あたしも認める。認めるから、殺してはだめえ──」

 

 コゼも叫んだ。

 

「お前はピエールじゃない。お前はピエールじゃない。お前はピエールじゃない。お前はピエールじゃない。お前はピエールじゃない。お前はピエールじゃない……」

 

 だが、もうマーリンはそれを聞いていない。

 杖を出して、大きな殺人の魔道をロウに向ける体勢になった。

 

「ロウ様──」

「ご主人様──」

 

 エリカとコゼは叫んだ。

 そのとき、ロウがすっとなにかを前に突き出した。

 本物そっくりな肌色の張形だ。

 それを見て、マーリンがちょっとだけ訝しむ表情になった。

 ロウの持つ張形を食い入るように見ている。

 

「どうした、マーリン? 私の一物を見忘れたか?」

 

 そのとき、突然に男の声が部屋に響いた。

 それは、ロウの声ではない。

 驚いていたが、さらに驚くべきことが起こっていた。

 ロウが張形から手を離して、少し後ろに退がったのだが、張形は床に落ちることなく、その場に浮かんだままになったのだ。

 

 そして、男のゴーストが出現した。

 薄地の灰色のガウンのようなもので全身をまとっていたが、そのガウンのあいだから、さっきの張形を出すような姿だ。つまりは、張形が、その男のゴーストの怒張に変化している。

 

「お、おおお……。ピ、ピエール、ピエール……。や、やっと、やっと……。会いたかった……。会いたかったの……。おお、ピエール……。おおお……」

 

 女ゴーストのマーリンがその場にがくりと膝を落とした。

 マーリンは涙をこぼして震えている。

 エリカには、あの男のゴーストが、ロビーにあった絵の男であることがわかった。

 これは本物のマーリンの夫のピエールのゴーストだ。

 エリカは、思わず、息を飲んだ。

 

「なにをぼうっとしている。挨拶をせんか、マーリン。私がお前に股間を向けたときはどうするのだ? どうやら、一から躾け直さんといかんらしいな」

 

 ピエールが言った。

 

「し、躾けてください、あなた……。一から……。どうか……」

 

 マーリンが泣きながらピエールに這っていく。

 そして、顔をピエールの股間に近づけようとして、思い出したように、身に着けているものを脱ぎだした。

 女ゴーストのマーリンの薄っすらと透けている裸身が露わになった。

 マーリンの唇がピエールの性器の先に触れそうになった。

 だが、マーリンががくりと首を倒した。

 

「あ、あなた、わたし……わたし……わたしは……」

 

 そして、号泣をし始めた。

 マーリンの顔には、さっきまで宿っていた狂気の色はない。完全に穏やかさを取り戻している。

 

「なにも考えるな。もう、終わったことはいい……。お前がここにやって来た者たちにやった仕打ちは、お前の主人である私の受けるべき責めだ。だが、もういい……。ここは、私たちのいる場所じゃない。お前も、それはもうわかっているのだろう? お前への躾は、次の世界に着いてからにしよう。さあ、それよりも、久しぶりにお前の奉仕を受けたい。いつまで待たせるのだ」

 

 ピエールの声は慈愛に満ちていた。

 マーリンは、まだぼろぼろと涙をこぼしていたが、嬉しそうに微笑むと、ピエールの怒張の先端に口づけをした。

 そして、口を開いて性器を舐め始める。

 

「さあ、マーリン……」

 

 ピエールが手に出現させた首輪をマーリンの細い首に嵌めた。その首輪には鎖が繋がっていて、その先はしっかりとピエールの手の中にある。

 あの絵と同じだ。

 マーリンに自分の性器を舐めさせているピエールが、さっとロウに顔を向けた。

 

「ロウ殿、感謝する。感謝という言葉では言い表すこともできないが、心からの感謝をロウ殿に送る。この屋敷については自由にしていい。私からロウ殿に譲渡するとはっきりと記した紙を私の書斎に置いた。ゴーストの私の書いた譲渡書など、大きな意味はないかもしれんが、せめてもの気持ちなのだ。それから、マーリン…」

 

 ピエールがマーリンに視線を戻した。

 

「は、はい」

 

 マーリンがピエールの性器から口を離して、ピエールの顔を見上げる。

 

「ここに来るまでに、ロウ殿と少し話したのだが、お前の魔道の杖をその女エルフのエリカ殿に譲ってやってくれ。また、この屋敷にあるお前の魔道具も彼らに渡したい」

 

「あなたに従います」

 

 首輪に繋がれたマーリンはそれだけを言って、再び奉仕の動作に戻る。

 そして、一本の杖が不意にエリカの前の床に出現した。

 

「では、行く、ロウ殿。この屋敷のものは、すべて自由に使ってくれ。それと、シルキーのことを頼む」

 

「わかりました。そして、どうか、お幸せに……」

 

 ロウが言った。

 

「ああ……」

 

 ピエールがうなずいた。

 

 すると、ピエールとマーリンの姿が真っ白な光に包まれた。

 ふたりの姿が光に溶けるように消滅していく。

 そして、ことんと音がして、あの張形が床に落ちた。

 もう、ふたりのゴーストの姿はない。

 

「ふたりとも浄化したようだな……。ところで、大丈夫か、お前たち?」

 

 ロウがにっこりと微笑んで、エリカとコゼに視線を向けた。

 

「ロウ様──」

「ご主人様──」

 

 声をあげた。

 ロウが歩み寄ってきて、エリカとコゼの前に屈み、手を拡げてふたりの身体をしっかりと抱きしめてくれた。

 身体の芯から熱いものが込みあがる。

 しかし、こうもしてられない。

 エリカはすでに切羽詰まった状況にある。

 

「あ、あの、ロウ様……。き、訊きたいことは山ほどあるんですが……。そ、その前に厠に行かせてください……。も、漏れそうなんです」

 

 エリカは言った。

 もう便意が限界だ。

 この瞬間にもお尻から排便が噴き出しそうだ。

 

「あ、あたしもです……」

 

 コゼも苦しそうに言った。

 

「ああ、その便意のことか? それなら、大丈夫だ。ここに入ってきて、お前たちが、どうやら浣腸剤を腹に入れられて苦しんでいるということはわかってる」

 

 ロウが笑いながら、隠し持っていた短い鎖で繋がるひと組の足枷で両足首に嵌められてしまった。

 エリカはびっくりした。

 コゼも同じようにされた。

 これでは動けない。

 

「……ロ、ロウ様、ちょ、ちょっと待ってください。と、とにかく、さ、先に厠に行かせてください……。う、腕の拘束も解いてくれませんか……」

 

 エリカもコゼも、背中側で革帯で後手に拘束されている。これは魔道ではなくて、普通の拘束具なので、マーリンがいなくなっても外れることはない。

 

「なんで? 折角だ。お前たちが排便するところを見物させてもらうつもりだ。いずれにしても、厠は一階にしかない。さあ、わざわざ時間がかかるように足首を繋いでやったんだ。よちよち歩きしかできないんだから、早く進んだ方がいいんじゃないか? 行くぞ」

 

 一郎が笑いながらエリカとコゼの腕を持って立ちあがらせた。

 しかし、エリカは、いまのロウの言葉に驚愕してしまった。

 

「い、いま、わたしたちが排便するところを見るとおっしゃいましたか? まさか、本気ではないですよね」

 

 エリカは言った。

 横のコゼも驚きで目を見開いている。

 

「もちろん、おっしゃったよ。それに本気だ。さあ、いくぞ──。それだけじゃない。排便をするときに股間を弄ってやる。一度、それをやってみたかったんだ」

 

 ロウが嬉しそうに笑いながら、にやにやと笑ってる。

 エリカはぞっとした。

 これは本気だ。

 

「そ、そんな……。て、手を外して。あ、足も……。そんなの嫌です」

 

 エリカは叫んだ。

 信じられない言葉だった。

 いままで、いろいろな調教を受けたが、排便姿だけは見られたことはない。

 

「嫌でもやらせるよ。抵抗できないくせに、駄々をこねるな。さあ、歩け」

 

 ロウが進み始める。

 仕方なく追うが、足首が繋がっていて、ほとんど前に歩けない。

 これで、一階まで?

 ぞっとした。

 絶対に間に合わない。

 いまにも漏れそうなのだ。

 

「ま、待って、杖が……」

 

 それに、さっきの魔道の杖が床に置いたままだ。

 

「そんなのは後だ。そら、着いて来い」

 

 ロウは容赦なく進んでいく。

 猛烈な便意に襲われているエリカはとにかく進むしかない。

 コゼも同じようによちよち進んでいる。

 エリカもコゼも、腰を引くようなみっともない姿だ。

 

「ロ、ロウ様、お願いです。とにかく、ロウ様の前で排便なんて、許してください」

 

「そ、そうです。あ、あたしは許して。エリカだけでいいじゃないですか」

 

「な、なに言ってんのよ、コゼ。わたしを売る気?」

 

 エリカは怒鳴った。

 しかし、ロウは笑うだけだ。

 そして、そのロウが愉しそうに鼻唄を口ずさみながら、廊下に出る扉を開けた。

 

 

 

 

(第11話『ゴースト屋敷』終わり)



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 第12話  新たなる日常
63  性奴隷たち集合


「……とにかく、そういうことだ。まあ、俺の自己紹介はこんな感じだな」

 

 一郎は集まっている女たちに向かって言った。

 

「なるほど……。新しい旦那様は、外界人であり、淫魔師様だったのですね。そうですか。改めてよろしくお願いします」

 

 童女体型の素裸の身体に、白いエプロンだけを身につけているシルキーが一郎に向かって、深々と頭を下げた。

 改めて、屋敷妖精のシルキーの裸身を眺めると、やはり、人間と同じようでありながら、やっぱり同じではないのだと悟った。

 体型こそ人間の十歳くらいの童女そのものであり、一郎の性器を受け入れることができた下腹部も人間の女と同じなのだが、シルキーには腰まで届く長髪を除く体毛が一本もない。恥毛はもちろん、肌にも毛穴のようなものはなく、光沢を感じるつるつるとした肌をしている。

 人間というよりは、人形を思わせる。

 

「わたしも、ロウが淫魔師であることは知っていたが、外界人であることは知らなかった。ましてや、ロウを召喚したのがエリカとはな。少しびっくりだ」

 

 胸を片手で隠しながら、シャングリアが床に置いてある大皿から一口サイズに作られたホットケーキを摘まみながら言った。

 

「そ、それは、悪かったと思っているわ……。だ、だから、わたしなりの精一杯の償いを……」

 

「いや、エリカ。謝る必要はないさ。俺は召喚してもらって、いまでは感謝している。元の世界なら、こんなふうに美女、美少女を裸にして、周りに侍らすなど考えられないしな。しかも、こんな、おっさんだ」

 

 一郎は謝罪の言葉を口にしかけたエリカに口を挟んで、自嘲気味に笑った。

 

 すると、エリカとコゼとシャングリアの三人が一斉に「おっさん」ではないと否定した。

 一郎も思わずにんまりとしてしまう。

 

 ところで、シャングリアとエリカもそうだが、一郎も完全な裸だ。

 ほかにも、コゼ、それに、魔妖精のクグルスまでいる。

 いずれも、一糸まとわぬ素裸だ。

 三人の女たちが素っ裸になって、恥ずかしそうに手で裸体を隠しながら、床に座って食事をするのは、実に風情ある朝の景色だ。

 

 揃いも揃って全裸なのは、一郎が全員で服を脱いで素っ裸で朝食を取ろう言ったからだ。

 例外は屋敷妖精のシルキーであり、給仕をしなければならないので、素肌に直接にエプロンをしている。

 とにかく、そんなあほうげた要求にまで、彼女たちは応じてくれる。

 一郎にはもったいない女たちであり、本当に一郎がこうやって、淫魔術で支配してしまっているのは申し訳ないと思う。

 まあ、解放する気は皆無だが……。

 

 ここは、昨日まで、マーリンとピエールというゴーストが支配していた王都郊外の川辺の館であり、一郎がふたりのゴーストからこの館を譲渡された最初の朝だ。

 

 ミランダの手違いにより、一郎たちが、世間的には「幽霊屋敷」と呼ばれているこの館にやってきたのは、昨日の昼過ぎだ。

 そして、紆余曲折の末、ここに住んでいたふたりのゴーストを浄化し、ゴーストにこの館を管理を任されていた屋敷妖精のシルキーとともに、屋敷を譲ると託されたのが昨日の夕方のことだった。

 

 それから、一郎は、ちょっとした悪戯ののち、エリカとコゼとともに一度王都に戻り、馬車とウマを購い、さらに商家を回って、食材をはじめ、ここで暮らし始めるための最小限のものは手に入れ、それらの荷をその馬車で運んで戻ってきたのだ。

 すでに、ウマは、屋敷の裏の(うまや)に入れており、屋敷妖精のシルキーの管理下になっている。

 ただ、宿泊をしていた宿屋については、まだ引き払いの手続きはしていない。それどころか、荷も置いたままであり、まるで一郎たちが行方不明になっているような体裁にしている。

 それはこれから企てようと考えているある処置のためだ。

 

「……ところで、シャングリア、ジーロップの案件について、大伯父さんが認め、お前が冒険者になることを承知したというのは耳にしていたが、うまく説得できたのか?」

 

 一郎はシャングリアに訊ねた。

 

「そ、そうだ。それを説明しないと……」

 

 にっこりと笑顔を浮かべたシャングリアが顔をあげる。

 シャングリアは、国王に任命された正式の王軍騎士だ。

 美貌で知られている反面、男勝りの勝気な性格であり、銀髪のじゃじゃ馬とも称されている。

 しかし、そんなシャングリアも、ジーロップ事件がきっかけとなり、一郎の性奴隷になりたいと進んでやってきた。

 すでに精の呪縛を刻んでいて、一郎から離れることが不可能になっている。

 

 このシャングリアは、騎士をやめて冒険者になることを承諾してもらうため、育ての親であるモーリア男爵である大伯父のいる領地に戻っていた。

 だから、一郎たちは、シャングリアが戻ってきたら、この館がわかるように、シャングリアの所属している騎士団に伝言を置いてきたのだが、なんとシャングリアが戻ったのは、昨日の夜遅くだったのだ。

 

 どうやら、夕べ遅く王都に到着したシャングリアは、騎士団の詰所で一郎の伝言を受け取ると、その足で急いでここにやって来たようだ。

 そのとき、シャングリアの使っていたウマも、いまは厩の中にいる。

 とにかく、それでやっと、一郎の女たちが、この新しい一郎の家に集まることができたということだ。

 

「いろいろと話し合ってな、ロウ。とりあえず、わたしは、騎士は辞めないことになった。だが、籍を置くだけで、実際には冒険者として活動をする。まあ、そういうことになった」

 

「なるほど……。だが、ひとつだけ言っておきたいことがあるんだが……」

 

 一郎はシャングリアを見た。

 騎士の身分のままであるということは、シャングリアは、この王都、少なくともハロンドールという国に縛られるということだ。

 だから、話しておかなければならないことがある。

 

「いや、わかっている……。わたしも、さっき事情を聞いて承知した。お前とエリカを探しているアスカという魔女のことだな? 承知だ。もしも、お前たちが、アスカに見つかってしまい、このハロンドール王国を逃げる必要があれば、わたしも一緒に行く。だから、それについての心配はいらない」

 

 シャングリアの力強い言葉に、一郎は安心して頷いた。

 

「まあ、いずれにしても、俺の望みは、ここにずっと永住することだ。こんなに俺の理想とする住まいは二度と手に入れることもないだろうしな。本当にいい館だ。とにかく、よろしく頼むな、シルキー」

 

「はい、旦那様」

 

 シルキーがにっこりと笑った。

 

「それにしても、お前、ご主人様に女にしてもらったというのは本当か? 妖精族が人間の男と普通に交合して、感じることができたというのは信じられないぞ」

 

 全員が集まって床に直接に座っている上を舞っているクグルスが、興味深そうにシルキーの前にやってきた。

 魔妖精をクグルスも、この集まりに参加してもらうために、さっき呼び出したところだ。

 

「わたくしめにも、それはよくわからないのです、魔妖精さん。ただ、この旦那様に触られると、とても気持ちよくなりました。そして、性の快感と快楽の極みを教えていただきました」

 

「股にご主人様の性器を挿してもらったのか?」

 

「もらいました。精も頂きました。なんともいえず、いい気持ちでした。まるで宙に浮きあがるような……」

 

 シルキーがにこにこしながら言った。

 クグルスは、半信半疑という感じだ。

 

 シルキーは人間社会に同化している屋敷妖精であり、クグルスは魔族に属する淫魔族の魔妖精という違いはあるが、突き詰めれば、同じ妖精族という括りにもなるらしい。だから、クグルスは、同じ妖精であるシルキーがロウと結ぶことができたというのが信じられないようだ。

 

 実際に、クグルスも一郎とは直接的な性行為はしない。クグルスが小さすぎて、現実的に無理だという話もあるのだが、クグルスは一郎が愛撫することで、直接に淫気を身体の表面から注がれるというかたちで快楽を得る。クグルスにとっては、そういう淫気の交換というのが、妖精族の性行為であり、人間族のような性器の結合によって愛を交わすというのは、自らはやらないらしい。

 ただ、合点がいったところもある。

 実はクグルスのステータスには、男女とも“999人”を超える性経験があるとなっている。

 接触だけで性行為が成り立つなら、それも頷ける。

 

 それはともかく、この屋敷妖精というのは、本当に便利な存在だ。

 館の持ち主に支配されて屋敷妖精として棲み付くと、その屋敷の管理に関して、魔道を駆使することができるのだ。

 だから、屋敷の掃除や手入れ、庭の管理、飼育するウマなどの世話、あるいは、屋敷にやってくる侵入者の警戒など、屋敷の管理をなんでも魔道でやってくれる。

 

 朝食として、床に並べている料理もそうだ。

 一郎たちが起きてくるのに合わせて、シルキーが準備したものであり、大きな皿に焼きたてのホットケーキ、焼き菓子、ビスケット、塩焼の肉、生野菜や果物などが三個の皿に分けて置いてある。飲み物は、杯とともに横のトレイに乗せていて、果汁入りの水、コーヒー、赤葡萄酒、お茶などを自由に選んで飲めるようになっている。

 すべて、シルキーが準備したものだ。

 

 一郎は水をもらっていた。

 ほかの者も、それぞれに好きな飲み物をとり、食材を手掴みで食べている。

 ただ、食事をする必要のないシルキーとクグルスだけは、なにも口にしていない。

 

 いずれにしても、これが一郎が淫魔師の呪術で性奴隷にした女たちが、新しい住まいであるこの館で一同に会して食事をする最初ということになる。

 

 もっとも、まだ、この館を完全に一郎が手に入れたというわけではない。

 この館を手に入れるためには、もうひとつ、冒険者ギルドという関門があるのだ。

 一郎の予測では、この幽霊屋敷は、ギルド預かりのクエスト案件になっているはずだ。それをなんとかしないと、幽霊退治にやってきた冒険者にたびたび襲われるということになってしまう。

 

 ならば、幽霊屋敷のクエストを一郎たちが解決したことにしてもらえばいいのだが、できれば一郎は、ここを未解決の幽霊屋敷のまま、住みたいと思っている。

 遠く離れていて、いまだ、追手の気配のないあのアスカだが、おそらくは、行方をくらませた一郎やエリカの居場所をいまでも血眼になって探しているはずだ。

 だから、幽霊屋敷ということになっているこの館は、そんな一郎とエリカの隠れ処として好都合だ。まさか、そんなところに隠れているは考えにくい。

 あとは、冒険者として、これからはあまり目立つ存在にならないようにしなければならないというのがある。

 

 冒険者として、この王都ですごすようになって、一箇月余り──。

 

 意図に反して、随分と目立つ存在になってきている気もする。それについても、なんとかしなければ、なにがきっかけで、あのアスカの目がこの王都ハロルドに向くかわからない。

 

 それには、ミランダの協力を得るのがいい──。

 

 すでに、一郎は今回のことをきっかけにして、ミランダを取り込むことを考えている。

 性奴隷にまでする必要はないが、進んで一郎の望みに協力するような関係にはしておきたい。

 まあ、一郎の精の呪術は影響が強いので、あの人のいいミランダを精の力で支配するというのは、ミランダを罠にかける気もして、少し気が咎めるが……。

 

「さて、話は変わるが、せっかく、こうやって、家と定める場所にみんなで集まったんだ。どうだろう。改めて、それぞれを披露し合うことにしないか? ひとりずつな」

 

 一郎は言った。

 

「紹介とはなんですか? いまさら、改めて教え合うこともないと思いますけど……」

 

 エリカが口を挟んだ。

 

「いや、俺が言っているのは、生い立ちとか、知りあうきっかけとか、そういうことを披露しようということじゃないんだ。身体の披露だ。性感帯がどこであるとか、性癖がどうであるとか……。みんなの前でひとりずつ達するんだ。順番にな」

 

「い、嫌です。そんなの──」

 

 エリカが身体まで真っ赤にして抗議した。

 だが、もちろん、聞く耳は持たない。

 一郎はシルキーに腕を背中で拘束する革帯を持ってくるように命じた。

 

「はい、旦那様」

 

 シルキーがなにかをすくうように両手を上に向けた。

 屋敷妖精のシルキーは、この館内においての屋敷の管理に関する限り、自在に魔道を遣える。

 次の瞬間には、この館の持ち主だったピエールというゴーストの男が集めた淫具が置いてある裏庭の霊廟から、シルキーは一郎が命じた物を魔道で取り寄せていた。

 革帯が一郎に渡された。

 

「まずはエリカから行きなさいよ。なんといっても、一番奴隷なんだから」

 

 エリカの隣に座っているコゼが笑ってけしかけた。

 コゼは、一郎が拘束具を取り寄せさせたことで、なにをしようとしているか悟ったのだろう。

 

「わ、わたし? で、でも、最初だなんて……」

 

 しかし、さすがに、エリカも、ほかの女がまだ平然としている前でひとりだけよがるのは恥ずかしそうだ。

 

「な、なあ、ロウ。もしかしたら、ひとりひとり披露というのは、ひとりひとりをお前が可愛がってくれるということなのか?」

 

 すると、シャングリアが真面目な顔をして口を挟んできた。

 

「まあ、そういうことだ、シャングリア。なんだ、お前からやりたいか?」

 

 一郎はからかうような声をかけた。

 

「そ、そうだ。で、できれば……。だ、だって……」

 

 すると、シャングリアが顔を赤くして、大きく首を縦に振った。

 ちょっと一郎は驚いた。

 しかし、考えてみれば、シャングリアは最初に女にして以来、半月以上抱いてない。どうやら、シャングリアは一郎に抱いて欲しいようだ。

 一郎はほくそ笑んでしまった。

 まあ、素直で自分の心に正直なのはシャングリアのいいところだ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「わかった、来い……」

 

 一郎はシャングリアを呼んだ。

 素裸のシャングリアが嬉しそうに寄ってくると、一郎に向かって背を向ける。そして、自ら両手を背中に回すと、腰の括れの後ろ付近で水平に合わせた。

 

「シャングリアはまだ、数が少ないから、縛らずに抱いてやろうか?」

 

「なにを言ってる。わ、わたしは括られたいんだ」

 

 顔を真っ赤にしたシャングリアが振り返って声をあげた。その顔は縛らないと一郎が口にしたことが不満そうだ。

 一郎は思わず吹き出した。

 

「わかった。縛ろう。でも、淫乱な女騎士殿だな。俺好み」

 

 改めてシャングリアに背中を向けさせると、一郎はシャングリアの両腕を束ねて革帯で巻いて、しっかりと固定する。

 そのまま、一郎のあぐらの上にシャングリアの腰を乗せ、背後から両手でシャングリアの豊かな乳房を掴みあげた。

 

「ふうっ」

 

 シャングリアが大きく息をして、顔を俯かせる。

 いきなり激しい反応だ。

 一郎は嬉しくなった。

 

 すでにシャングリアの全身は、一郎に抱かれるのを待ち望んでいたように、あちこちに赤いもやが浮いている。一郎はとりあえず、挑発的に上を向いて突き出している乳首を指で摘まみ、左右の乳房を手でゆっくりと揉んだ。

 そこはまだ薄い桃色の状態だったが、一郎が愛撫を加えると、瞬時に真っ赤なもやの場所に変化した。

 

「はあ、はあん、はあ……」

 

 一郎のあぐらの上で後手に拘束されているシャングリアが身体を悶えさせ始める。

 

「全員、集まれ……。こうやって、ひとりずつ抱くからな。しっかりとほかの女がよがるのを見てやれ」

 

 一郎はシャングリアの胸を揉みながら、ほかの女に言った。

 女たちがシャングリアに接するくらいに集まってくる。

 

「うううっ」

 

 シャングリアがぶるぶると身体を震わせてきた。

 すでに、「快感値」の数字が“30”に近い。

 胸だけを少し揉んだだけで、こんなになるというのは、異常なくらいの感じ方だ。

 

「随分と感じているな、シャングリア……。もしかしたら、半月も俺に会えなかったことで、身体が疼いていたか? それで急いで戻ってきたか?」

 

 一郎はシャングリアをからかった。

 シャングリアの実家のモーリア男爵領は、一郎たちがやって来たナタル森林に近い国境近くだ。一郎たちは、そこから一箇月くらいかかって王都にやってきた。

 ウマとはいえ、同じ距離を半月余りで往復するというのは、かなりの強行軍だろう。

 しかも、到着したのは夜だ。

 夜を撤して進んできたということであり、余程に急いで戻ってきたということに違いない。

 

「そ、そうだ……。う、疼いた……。た、たった一晩抱いてもらっただけなのに、次の夜には、お、お前に抱かれたくて、と、とっても……ああ、き、気持ちいい……。む、胸だけで……こ、こんなに……ああっ……」

 

 シャングリアの正直すぎる告白に嬉しくなるとともに、この勝気な女騎士への愛おしさが大きく膨らむ。

 このシャングリアは、本当に一郎に早く再会するために、急いで戻ってきたのだと思った。

 胸を揉む手管に一層心を込めながら、やはり、赤いもやで包まれている耳を唇で挟み、耳の穴に舌を這わせる。

 

「ふわあっ」

 

 シャングリアが身体をもがかせた。

 そのとき、一郎は、シャングリアの激しい反応に、目の前の女たちの身体が反応しはじめたのがわかった。

 さすがにクグルスには浮かんでいないが、エリカ、コゼの身体には、欲情している証拠である赤色や桃色のもやが浮かんでいる。

 ただ、驚くのは、屋敷妖精のシルキーにも同じような反応が見えることだ。

 この屋敷妖精も一郎の呪術を受けたことで、すっかりと感じる身体と心に変化しただろう。

 

「さあ、白状しろ、シャングリア……。いまは、赤裸々な告白をする時間だ。俺に会えないあいだに、自慰をしたか? 正直にいうんだ」

 

 一郎は、すでに胸揉みだけで息を切らしているシャングリアに言った。

 

「し、した……。で、でも気持ちよくなかった……。か、却って苦しくなるだけで……。も、もう、お前じゃないと駄目だ。た、頼む……。わ、わたしを……お、お前に仕えさせてくれ……。い、一生……あああああっ──」

 

 シャングリアが弾かれたように身体を反応させた。

 一郎が、すっと片手をシャングリアの股間に移動させ、シャングリアの恥毛に添って、すっと頂きをなぞったのだ。

 さらに、肉芽の周囲に刺激を与え続ける。

 シャングリアの悶えがさらに激しくなる。

 

「もう一生、お前は俺に仕えると決まっている……」

 

 一郎は微笑みながら言った。

 そして、一度手を離して、シャングリアの身体を前倒しにした。

 腕を後手で縛られているシャングリアが、両肩を床に密着させて、臀部を高く掲げた体勢になる。

 一郎は尻の亀裂の下から、勃起している一物をシャングリアの股間に滑り込ませた。

 

「うんっ」

 

 シャングリアは裸身をおののかせた。

 すでにたっぷりとシャングリアの股は濡れている。

 半月前に処女を奪ったばかりのシャングリアの膣はまだ狭かったが、一郎にかかれば、挿入に問題ない。なぜか、自分の身体のように、シャングリアの膣道を把握できる。

 一郎はシャングリアに負担が掛からないように、まっすぐ中心を貫く。

 怒張があっという間に根元までシャングリアを貫いた。

 律動を開始した。

 

「ああ、ああ、ああっ……」

 

 シャングリアが大きく喘ぎだした。

 一郎は背後からシャングリアを犯しながら、前後で抱える手で肉芽とお尻の穴を刺激している。

 感じる場所のもやの地図を駆使した三箇所への責めに、あっという間にシャングリアの絶頂への数字は一桁になった。

 

「シャングリア、やっぱり縛られた方が感じるか?」

 

 一郎はシャングリアの腰に股間を打ちつけながら言った。

 

「し、縛った方が……く、括られた方が感じる……。こ、これからも……で、できれば……く、括られて……抱かれ……たい……。も、もう……もういく……。いぐうう──」

 

 シャングリアががくがくと震え始めた。

 確かにもう達するようだ。

 シャングリアの身体に官能の昂ぶりが満ち切っているのが伝わってくる。

 

「はああんん──」

 

 シャングリアの身体がのけ反った。

 そのシャングリアの絶頂に合わせて、一郎は力強く精を放った。

 

「ありがとう、シャングリア。気持ちよかったぞ」

 

 一郎は満足して男根を抜く。

 すると、うつ伏せで尻を高くあげていた姿勢のシャングリアが、力尽きたように横倒しになった。

 

「わ、わたしこそ……あ、ありがとう、ロウ……。き、気持ちよかった……」

 

 シャングリアが倒れた体勢のまま、肩で息をしながら言った。

 気の強い女騎士の精魂尽きたようなあられもない姿に、一郎はくすりと笑ってしまった。

 だが、こんなに若くてきれいな女騎士を犯して、お礼を言われるなど、男冥利に尽きるというものだ。

 

「……ほら、シャングリア、呆けている場合じゃないわよ。ちゃんと、ご主人様のお道具を綺麗にしないと」

 

 コゼが笑いながら、シャングリアに声をかけた。

 

「ああ……。そ、そういうものか……。つ、つまり、口でするんだな……」

 

 シャングリアが気だるそうに、まだ後手に縛られたままの身体を起こした。

 

「大丈夫です。わたくしめが致します。前の旦那様たちから、そういうことも習いましたから……」

 

 一郎は胡坐に座り直していたが、その一郎の一物を裸エプロンの童女姿のシルキーがさっと口で一郎の一物を含んだ。

 一度や二度の射精では、淫魔師の一郎の怒張は収まることはない。

 シルキーが一郎の勃起状態のままの性器を口腔の粘膜で締めあげながら、舌先でシャングリアの愛液で汚れた一郎の性器を舐めあげてくる。

 この童女人形の屋敷妖精の素晴らしさは、驚くような舌遣いの巧みさだ。おそらく、ゴーストになる前のこの屋敷の元主人の夫婦は、それこそ徹底的にシルキーを仕込んだのだろう。

 シルキーも倒錯しているとはいえ、ふたりの愛情に精一杯に応じようと、懸命にそれを覚えたのだと思う。

 その結果、やたらにフェラ上手の屋敷妖精が誕生したというわけだ。

 

「おう、シルキーか……。じゃあ、次はシルキーにするか」

 

 一郎は両手をシルキーのエプロンの舌の胸に移動させた。童女体型のシルキーの胸はなんの膨らみもないが、そこにもしっかりと性感が隠れていることは、一郎の眼にはしっかりと映っている。

 一郎はその性感の地図であるもやに従って指を揉み動かした。

 

「んんっ」

 

 口に一郎の性器を含んだままシルキーがぶるりと震える。

 

「あっ……」

「ず、狡い……」

 

 エリカとコゼが同時に呟いた。

 だが、次の瞬間、ばつの悪そうな表情になり、恥ずかしそうにふたりとも、一郎とシルキーから眼を反らした。

 一郎は笑ってしまった。

 

 シャングリアを一郎が犯すのをじっと見ていたふたりの身体が、すっかりと火照った状態になってしまったことは、一郎にはわかっている。

 だから、エリカもコゼも、次は自分が抱いてもらおうと思っていたのかもしれない。

 だが、屋敷妖精のシルキーに先を越された感じになり、思わず不満の声を出してしまったに違いない。

 しかし、それをはっきりと表に出してしまったので、急に恥じらいの仕草を示したのだ。

 

「ところで、シャングリア」

 

 一郎はシルキーの胸を刺激しながら、後手のままぼんやりとこっちを見ている女騎士に声をかけた。

 

「な、なんだ……?」

 

「性奴隷のくせに、主人の俺の後始末を忘れた罰だ。今日は一日、その腕の拘束は解いてやらん。ひとりだけ、ずっと裸ですごせ」

 

 一郎はにやりと笑った。

 

「そ、そんな……。ひ、ひとりだけなんて……。み、みんなもそうするんだろう?」

 

「馬鹿を言うな。いまやっている朝の遊びが終われば、ちゃんと服を着るさ。だが、シャングリアはそのままだ。これは罰だからな。一日中、そのままでいるんだ」

 

 一郎は言い放った。

 

「だ、だって……。そ、そうしたら、小用とかのときはどうするのだ? 一日中だなんて……」

 

 シャングリアが焦ったように言った。

 

「心配するな、腕が使えなくても股は丸出しなんだ。厠にしゃがむ分には問題ないだろう。汚れた股を拭くのは誰にでも頼め。どの女であっても、舌できれいにしてくれるよ。大きいときは俺を呼べ。俺が拭いてやる。これでも、そういうのは得意だ」

 

 一郎は笑った。

 嘘じゃない。

 召喚される前は、介護員として数年の経験があり、何百人も他人の糞便の始末をした。

 抵抗などない。

 ましてや、シャングリアなど大歓迎だ。

 

「そ、そんなあっ」

 

 シャングリアは抗議の声をあげて、全身を真っ赤にさせた。

 だが、そのくせ、一郎だけに見える「快感値」の数値が一気に下がりもした。それが下がったというのは、シャングリアの真の心は、そんな恥辱責めに満更でもないと感じているという証拠だ。

 今日一日、後手縛りのまま裸で過ごさなければならないと言い渡されたことに対して、シャングリアは羞恥による抵抗心の一方で、性的な興奮もしているらしい。

 

 本当に愉快なマゾ騎士だ。

 

「ねえ、ご主人様、そのときには、昨日、エリカにも使ったお尻洗浄用の専門の筆で洗ってあげましょうよ……。ねえ、エリカ、あれは気持ちよかったでしょう?」

 

 コゼが横から茶々を入れ、隣りのエリカをからかうように声をかけた。

 

「う、うるさいわよ、コゼ──。あ、あんた、卑怯よ。なんだかんだで、昨日はひとりだけ免れちゃって……。わ、わたしにだけ、あんなに恥ずかしいことさせるなんて……。こ、この裏切り者──」

 

 エリカが昨日のことを思い出して、怒りを爆発させた。

 コゼがぷっと噴き出した。

 当事者の一郎もつられて笑ってしまう。

 

 昨日、女ゴーストのマーリンが、エリカとコゼを調教するために、大量の浣腸をふたりに施した。

 結局は、その直後に一郎がゴーストからふたりを解放してやり、マーリンもピエールとともに浄化して消えたのだが、ふたりの激しい便意はそのまま残された。

 それを面白がった一郎は、ふたりを一郎の前で排便させようと、地下室から一階の厠まで連れていったのだ。

 

 だが、途中で、コゼが浣腸後の責めのアイデアとして、ただ汚れを拭くだけではなく、筆で水洗いするという思いつきを一郎に提供した。

 一郎はそれを喜び、コゼが一郎の前で排便するのだけは許し、エリカだけに一郎の眼の前で排便させた。

 もちろん、排便をしながらエリカの股間を悪戯し、排便が終わってからも、エリカは汚れた肛門を繰り返し、一郎とコゼから筆で水洗いされた。

 エリカはもがき泣いた。

 そのことについて、エリカはまだ怒っているようだ。

 

「裏切り者はないわよ。ご主人様の決めたことじゃないのよ」

 

 しかし、コゼは、悪びれることなくけらけらと笑うだけだ。

 エリカが思い出したように、全身を羞恥に染めて、唸り声のようなものを出した。

 

「それよりも、エリカ、シルキーの股を後ろから舐めてやれ……。シャングリア、遠くにいないで、近くで見学させてもらえ。エリカは百合の性癖もあるからな。女責めも意外にうまいぞ」

 

 一郎は言った。

 今日一日、全裸で後手拘束の罰を言い渡されたシャングリアは、いまだに困惑した表情だったが、一郎に声をかけられて、身体をこっちに寄せてきた。

 

「は、はい……」

 

 一方で、エリカについては、怒りの表情を収め、シルキーの腰の後ろにやってきて、四つん這いの体勢になる。

 一郎はシルキーに両足を開くように指示した。

 シルキーは肩幅の倍くらいに大きく脚を開く。

 エリカが開脚したシルキーの股間に顔をくぐらせるようにして、舌を這わせだす。

 

「んふうっ」

 

 シルキーの身体がぴんと跳ねる。

 エリカの舌がシルキーの股間を動き続ける。

 その舌は、シルキーのお尻の穴と女の源泉、そして、その間のわずかな皮膚の表面を丁寧に這いまわっている。

 一郎には、シルキーが股間のもやを赤黒く変色させたのがわかった。

 シルキーも感じているようだ。

 

「エリカ、もっと舐めてやれ。シルキーは気持ちよさそうだ」

 

 一郎は言った。

 その指示でエリカの舌がさらにねちっこくシルキーの股間を舐め動き出す。

 

 強く……。

 弱く……。

 そして、強く……。

 ふたつの股間の穴とその周囲一帯を余すことなく……。

 

「んっ、うむっ」

 

 鋭い歓喜に見舞われたらしく、シルキーが舌を動かす余裕がなくなって動かなくなった。

 

「やめるな、シルキー、舌を動かすんだ」

 

 一郎はそう言ってから、淫魔の術で屋敷妖精のシルキーの身体の感度を操れるかどうかを試してみた。

 一郎は性奴隷にした女たちの身体を好きなように遠隔操作で刺激を与えたり、心や身体を操ったりできる。

 ただ、シルキーと一郎は屋敷妖精と主人というかたちで支配が結びついていることになっている。そうであれば、一郎の淫魔術で操るということはできないはずだ。だが、いま、一郎には、屋敷妖精のシルキーの身体を支配できるという感覚がある。つまりは、一郎は屋敷妖精としてシルキーを支配したのではなく、淫魔術による性奴隷として支配したのではないだろうか……。

 

 そんな気がするのだ。

 一郎は一心不乱に奉仕に耽っているシルキーの口を一気に十倍くらいに感度をあげることを念じた。

 おそらくできる……。

 

「うううううっ、うむむむむっ」

 

 シルキーが目を大きく見開いた。

 舌を動かしているシルキーが凄まじいばかりの欲情に見舞われたのがわかる。

 一郎は自分がはっきりとシルキーの身体の感覚を鷲づかみにして操っているのを悟った。

 

 やっぱりできた……。

 

 一郎は我ながら感心した。

 淫魔師としての一郎は、屋敷妖精という人間族でも、亜人族でも、淫気で結びつく淫魔族でもない相手まで支配することができたのだ。

 しかも、少し以前までは、こうやって性奴隷の身体を操るには、かなりの性行為の繰り返しが必要だった。

 いまは、たった一度性行為をしただけの性奴隷の女を自在に操れる。

 自分の淫魔師のとしての能力がまたあがっていることがわかった。

 自分のステータスを覗いてみる。

 

 

 

 “ロウ(田中一郎)

  人間(外界人)、男  

  年齢35歳

  ジョブ

   淫魔師(レベル70)

   戦士(レベル1)

   冒険者(レベル10)

  生命力:20

  直接攻撃力:20

  魔力:0

  経験人数:女10

  支配女

   エリカ

   クグルス(魔妖精/淫魔族)

   コゼ

   シャングリア

   シルキー(屋敷妖精)

  特殊能力

   淫魔力

   魔眼

   ユグドラの癒し”

 

 

 

 やっぱりだ。

 

 淫魔師としてのレベルが70までなっている。ついでに、冒険者としてのジョブレベルも10だ。ちっとも鍛練してない戦士ジョブは1のままだが……。

 

「す、すごいな……。本当にこの屋敷妖精はしっかりと感じているぞ。全身から淫気がたくさん発散している。すごい、すごい──」

 

 クグルスが一郎とシルキーの周りを飛び回りながら陽気な声をあげた。クグルスは淫魔族という種族に属する魔妖精であり、人間族が性行為で発散するという淫気をエネルギーとして喰らう魔族の一種だ。

 

 クグルスはシルキーから放出される淫気を吸い込んでいるのだと思うが、とても満足そうに身体を震わせている。

 しばらく、困惑顔のシルキーに奉仕を続けさせていたが、間もなく、そのシルキーがぶるぶると大きく身体を震わせた。

 

 達したのだ。

 

 感度を十倍にもあげられた口で一物を舐めるということは、ほとんど性器に怒張を貫かれていると同じだ。

 しかも、股間はエリカからの舌責めだ。

 前と後ろに激しい刺激を受けていたシルキーはひとたまりもなく昇天してしまったのだ。

 

「よし、もういい、シルキー。昨日と同じように、俺に抱きつくようにして、腰の上に乗れ」

 

 一郎は命じた。

 

「は、はい……、だ、旦那様……」

 

 絶頂の影響の残るシルキーが、おぼつかない足取りで一郎に寄って来る。

 シルキーがそそり勃つ一郎の怒張に跨るように股間を乗せてきた。

 童女体型のシルキーと抱き合うと、まるで子供でも抱いているような感じだ。

 その小さな股間にしっかりと一郎の怒張の先端を合わせる。

 シルキーの膣に一郎の一物が突き挿さっていく。

 狭くて小さいシルキーの股間だが非常に柔軟性がある。

 シルキーの性器はしっかりと一郎の怒張を包み込んでくれた。

 一郎は小さなシルキーの身体を抱きしめるようにしながら、怒張を締めあげるシルキーの股間を上下に激しく動かした。

 

「ああ、き、気持ちいです……。わ、わたくしめ……こ、これ……好き……ああっ……」

 

 シルキーが嬉しそうな声をあげた。

 

「あんっ、あんっ、ああんっ」

 

 さらに、シルキーは熱っぽい声をあげながら顔を仰向かせる。

 横では「すごい、すごい」と嬉しそうな出して、クグルスが飛び回る。

 

 やがて、シルキーは一郎の腕の中で感極まった声をあげて、全身をわななかせた。

 すっかりと性交の歓びを覚えた屋敷奴隷の今日二度目の昇天だ。

 一郎は、あっという間に二回目の絶頂に達したシルキーの股間にたっぷりと精を迸らせた。

 シルキーはさらにオルガニズムに身体を振るわせ続けた。

 

「はあ……。だ、旦那様……。本当に気持ちよかったです……。あ、ありがとうございました……」

 

 少しのあいだ余韻に耽ってたようにしていたシルキーは、しばらくして一郎の股間から身体をあげ、再び口で一郎の一物を舐める動作になった。

 

 掃除フェラだ。

 だが、さっき十倍にした感度を保持させたままだ。

 口腔に一郎の亀頭が触れるたびに、シルキーは官能に身体を震わせる仕草を示す。

 

「ご主人様、すごいよ──。本当に屋敷妖精まで性奴隷にしちゃったんだね。こいつ、とても喜んでいたよ。ぼくにはそれがよくわかった」

 

 クグルスが悶え震えるシルキーを見つめて感心したように言った。

 一郎は、見た目は童女のシルキーの身悶えを堪能してから、やっとシルキーを解放してやった。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 シルキーは今度はすぐに喋ることもできずに、その場で腰が抜けたように脱力してしまった。

 

「じゃあ、次は、お前だ、クグルス」

 

 シルキーを解放した一郎は、今度はクグルスを呼び寄せて、手のひらに乗せた。

 そして、両手でクグルスを包んで、揉むように動かしてやる。

 

「ふうううんん」

 

 クグルスが快感の戦慄に手の中でのたうちまわった。

 一郎のしもべである魔妖精のクグルスは、一郎の愛撫によって加えられる淫気を肌から吸い取るようにして、身体の内部に快感を取り込む。

 だが、クグルスによれば、一郎の発散する淫気は強すぎるらしい。

 たちまちに二度、三度、そして、四回、五回と連続で昇天し、クグルスは一郎の手の中からほとんど転げ落ちるように床に落ちていった。

 

「あ、相変わらず、ご主人様の愛撫はすごすぎだよ……。こ、こんなのが味わえるというだけで、ぼく、ご主人様の正しもべになってよかった」

 

 床に横倒しになったクグルスは、全身で息をしながら一郎に向かって嬉しそうに笑った。

 

「あ、あの……」

 

 エリカが一郎に近寄ってきた。

 だが、さっとコゼがそのエリカを押しのけた。

 

「つ、次は、あたしにしてください」

 

 前に出てきたコゼが言った。

 

「あっ、ず、狡いわよ、コゼ」

 

 割り込みされたようになったエリカが頬を膨らます。

 

「へへへ、エリカ、悪いわね」

 

 言葉とは裏腹に、コゼには悪びれた表情はまったくない。

 一郎は、飛び込んできたコゼを四つん這いにさせると、当然のようにアナルを犯し始めた。

 一郎のところに集まった性奴隷たちの中で、アナルでまともに一郎の相手ができるのは、実はまだコゼだけだ。

 性奴隷になったばかりのシャングリアはもちろん、エリカにもまだ肛門調教はしていない。

 お尻を犯されてよがり狂うコゼをほかの女たちが圧倒されたように眺め続けた。

 

 最後はエリカだ。

 エリカについては、シャングリアと同じように、両手を後手に拘束をして犯した。

 エリカの特徴は、感じやすい身体だ。

 一郎はうつ伏せに寝かせたエリカの局部に触れず、あえて、足の指から責めてやった。

 足の指を一本一本としゃぶられ、さらに指と指の付け根を音がするほどに吸いあげてやると、エリカは甘い声ですすり泣きのような声を放った。

 指の次はふくらはぎ──。

 そして、立膝にさせた太腿の内側を舐めあげる。

 

「はああああ」

 

 そのとき、エリカが最初の絶頂をした。

 だが、休ませはしない。

 間髪入れずに一郎は、太腿の付け根に顔を近づけ、美しくも悩ましく濡れているエリカの股間を舌で左右に引っ張るように押し開く。

 さらに、肉芽を舌で刺激する。

 とにかく、赤いもやのある股間を余すことなく舐めあげてやる。

 

「ふううっ、い、あああっ」

 

 エリカが大きな声をあげて、全身をのけ反らした。

 二度目の絶頂だ。

 結局のところ、エリカは舌の愛撫だけで四度達し、怒張によって膣を犯すことで、さらに二度昇天した。

 そして、最後に一郎が精を放つときにも絶頂した。

 併せて七回の絶頂だ。しかも、まったく間隔を与えなかった。

 それを立て続けにやったエリカは完全に失神状態だ。

 

「エリカも罰だな。シャングリアと同じだ。後始末ができなかったのだからな」

 

 一郎は完全に気を失って横になっているエリカから性器を抜きながら笑った。

 

「わ、わたしが……」

 

「い、いいわ、シャングリア……。あたしがするから……」

 

 すかさず、シャングリアとコゼが寄ってきて、争うように一郎の男根を口にしようとした。

 結局、左右からふたりの美女が一郎の性器を舌で綺麗にしてくれた。

 こんなにも美女、美少女が集まり、一郎の性器を競って奪い合ってくれる。

 男冥利に尽きるとはこのことだろう。

 一郎は心からの満足を覚えた。

 

 そのときだった。

 シルキーが急に真面目な表情で一郎の前に進み出てきた。

 

「……あ、あの、旦那様、お取込み中のところですが、この屋敷に誰か来ました。屋敷に入る門のところに誰かがやってきたのを感じます……。そ、それに……武器を持っているようです……」

 

 ちょうどふたりがかりの掃除フェラが終わった頃だった。

 屋敷妖精であるシルキーは、この屋敷に誰かがやってくれば、それを魔道で感知することができるのだ。

 

「どんな人物だ?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「背の低い女性の方です……。革製の上下のスーツを着ています。背丈と同じくらいの大きな斧を両手に持っています……。おそらく、ドワフ族ではないでしょうか」

 

 シルキーが意識を集中した様子で、ここからは見えない遠い景色について説明した。

 

「ドワフ族の女で、革のスーツ……? もしかして、ミランダか?」

 

 後手の拘束から解放されていないシャングリアが小首を傾げた。

 

「確かに、ミランダだな……。シルキー、それはひとりか? それとも、ほかにも誰か一緒か?」

 

 一郎はシルキーに訊ねた。

 そろそろ、ミランダがやって来るころだとは思っていた。

 昨日、斡旋屋は一郎たちに紹介する家の場所のメモを渡すつもりで、ミランダが、この幽霊屋敷の場所のメモを間違って渡したのは明らかだ。

 そして、昨日のうちか、あるいは、今朝になり、その斡旋屋からミランダに対して、一郎たちがやって来なかったことを知らされただろう。

 そのとき、ミランダは、初めて自分が誤った場所を一郎たちに教えたことに気がついたと思う。

 

 ミランダは焦ったはずだ。

 なにしろ、ここは、何人もの冒険者がゴーストに殺されているような危険な幽霊屋敷だ。そんなところに、なんの準備もしていないはずの一郎たちを行かせてしまったとなれば、ミランダが驚き焦るのは間違いない。

 一郎たちが幽霊屋敷に捕らわれてしまったという体裁を作るために、昨日まで泊まっていた宿屋には、荷を置いてそのままにしている。

 

 ミランダは一郎たちの宿屋を知っている。

 危険なゴーストのいる幽霊屋敷のメモを渡したと気がついたら、ミランダはすぐに、まずは一郎たちが宿屋にいるかどうかを確認しようとしたと思う。

 そして、そこに自ら向かったか、あるいは、人をやるかしたならば、一郎たちが戻っていないことも知っただろう。

 ミランダの気性であれば、自分の失敗を取り戻すために、一郎たちを救おうとして、急いでこの幽霊屋敷に駆け付けるのではないかと予想していた。

 

「ひとりです……。それに、随分と焦っている感じです。門を壊すような気配もあります」

 

 千里眼で屋敷の門の前を見ているシルキーが言った。

 一郎はほっとした。

 ミランダが、数名の仲間とともにやって来る可能性もあった。

 その場合は、ミランダだけをこの屋敷に入れるために、凝った処置をすることが必要だった。しかし、ミランダだけでやってきたなら話は簡単だ。

 

「門を開け、シルキー。そして、お前は、服を急いで身に着けて迎えに行け……。ほかの者も手筈通りだ……。みんな、遊びは終わりだ。ミランダが来たぞ──。ミランダ攻略作戦の開始だ──」

 

 一郎は、ほかの女たちに声をかけた。

 もっとも、性交の疲労で三人娘はのろのろとしか動けない。

 エリカなど、コゼに揺すり起こされて、まだ身動きもしないでぼうっとしている。

 一郎は笑ってしまった。



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64  遅れてきた救援者

「じゃあ、ぼくもいくよ、ご主人様。また遊びのときは呼んでね」

 

 クグルスが宙を跳んで、一郎の前までやってきた。

 

「ああ、クグルス。またな」

 

 一郎は声をかけた。

 性奴隷たちだけの場所ならともかく、副ギルド長のミランダの前では、魔族の一種であるクグルスの存在は都合が悪い。

 とりあえず、クグルスは異界に戻ってもらうことにした。

 

 また、屋敷妖精のシルキーは、屋敷にやってきたミランダへの対応のために離れ、エリカ、コゼ、シャングリアの三人は地下の浴室だ。

 

 この屋敷の素晴らしいところは、前の主人の趣味で、豪華で大きな浴室があることだ。

 濾過をした川の水を引き込んで、シルキーの魔道で湯温と湯のきれいさを保持しているものであり、シルキーに訊ねると、まったく負担でなく、ずっと適温の湯を湛えておいても、なんの問題もないと笑っていた。

 だから、そうしてもらってる。

 いつでも使用できる「二十四時間大浴場」ということだ。

 

 すでに、昨日に使ってみたが、十人ほどが入ってもゆっくりと浴槽に浸かれるほどに広い。また、嗜虐好きの前主人が浴場でも「プレイ」ができるように設計されていて、洗い場になる場所もゆったりとある。

 一郎はひと目で気に入ってしまった。

 

 とりあえずは、エリカたちは、先に向かって自分たちの身体を洗っているはずだ。

 もっとも、一郎の思いつきでエリカとシャングリアは、革帯で後手に拘束したままだ。洗うといっても、コゼが洗うしかないのだが、あのコゼのことだ。エリカとシャングリアの身体を洗うついでに、悪戯もしていることだろう。

 

「そういえばさあ、ご主人様。最近、ぼく、気がついたことがあってね。前から、ご主人様に教えようと思っていたことがあるんだよ」

 

 クグルスが不意に思い出したように言った。

 

「教えようと思っていたこと?」

 

「うん……。ほら、この王都にご主人様たちがやってきたばかりのとき、みんなで大ラット狩りをしたよねえ」

 

「ああ、やったな」

 

 それは、新人冒険者として、まだデルタ・ランクの冒険者扱いだったときの王都の地下下水に棲みつく大ラットという小型猛獣の狩りをするというクエストだった。

 このクグルスに協力してもらって、クグルスの力で大ラットをおびき寄せるための異性のフェロモンを発散させ、次から次へと罠に飛び込ませるというやり方で狩りをしたのだ。

 後で聞いたところ、後にも先にも前代未聞の捕獲数であり、その大量捕獲が評価されて、一郎たちは二階級昇進して、一気にブラボー・ランクの冒険者となったのだ。

 

「あのとき、ご主人様に教えてもらった“ふぇろもん”というやつさあ……。ぼくも、いろいろと勉強したんだ。それでわかったんだけど、ご主人様も、そのふぇろもんを発散しているよ。それも、かなり強いやつ。それを一度教えておこうと思ってね」

 

「おれがフェロモンを?」

 

 一郎は驚いて声をあげた。

 

「うん。人族の女なら、ご主人様の前にやってきたら、必ず影響されてしまうようなものをずっと出し続けている。ご主人様は、それを知らないようだから、教えておこうと思ったんだ」

 

 クグルスの言葉に一郎は呆気にとられた。

 つまりは、一郎はただ存在するだけで、異性が寄ってくるような匂いのようなものを発散させているということになるのだろうか。

 一郎は当惑した。

 

「じゃあ、またね、ご主人様」

 

 だが、そんな一郎をそのままにして、クグルスは別れの言葉とともに姿を消滅させてしまった。

 

 

 *

 

 

 やはり、侵入経路はここしかない。閉じている門をぶち破るか……。

 ミランダは決心した。

 

 この屋敷全体が得体の知れない魔道に包まれていることはすぐにわかった。ミランダも魔道を操る魔道使いの端くれだ。

 魔道の存在を肌で感じることができる。

 

 この屋敷は大きな結界のようなもので包まれていて、この門の場所でなければ、中に進めないようになっていた。

 ほかの場所から侵入しようと思えば、いつの間にか道に迷って、屋敷の敷地の外に出ているというような魔道の結界がかけられている。

 屋敷内に入ろうとすれば、目の前にある門から前庭の小路を進むしかない。

 だが、目の前の門は堅く閉ざされている。

 

 ミランダは、片手に持った二本の大斧を握る手に力を入れた。

 かつては、怪力ミランダの二つ名で鳴らした(シーラ)ランク冒険者のミランダだ。

 

 こんな門くらいは、簡単にぶち壊せる。

 それにしても……。

 

 ミランダは、自分の犯した失策に歯噛みする思いだ。

 よりにもよって、斡旋屋から託された一郎たちに紹介する家の場所を記したメモと間違えて、狂った女ゴーストが棲みついているという王都郊外の幽霊屋敷の場所のメモを渡してしまうなど……。

 

 ミランダが自分の愚かさに泣きたくなってしまう。

 

 忙しい日々が続いていた。

 だからといって、すでに大勢の犠牲者も出ている(シーラ)級クエストの幽霊屋敷に、なんの準備もさせずに、ロウたちを送り込むような真似をしてしまうとは……。

 なんという失態……。

 

 ここは、もう十年近くもずっと冒険者ギルド預かりになっている物件だ。

 うっかりと入り込めば、殺人ゴーストに殺されてしまうという幽霊屋敷だが、ゴーストが屋敷の外に出て悪さをするということはなく、入り込みさえしなければ問題ない。

 近傍に居住区もないので、危険な幽霊屋敷とされている割には、クエストとしての優先順位は下だった。

 だから、ずっと放っておいていたクエストだ。

 そもそも、もはや依頼料を支払う者も消えていて、冒険者ギルドとしても持て余していた案件だった。

 

 それでずっと放置されていたのだが、ミランダとしても、本クエストの扱いについて検討するために、場合によっては、自分自身で状況を確認しておこうと思って、場所をメモしていたのだ。

 それが、斡旋屋から託されたメモと紛れてしまい、ロウに渡してしまったということだ。

 

 もっとも、王都に住んでいる者であれば、知らぬ者のない王都郊外の幽霊屋敷である。こんなところに不用意に近づく者などいない。

 だが、ロウたちは王都にやってきて一箇月余りの新人だ。

 それで、そのメモを信じて、そのまま屋敷の中に入ったに違いない。

 今朝になり、斡旋屋から約束の場所にロウたちが昨日やってこなかったと知らされたミランダは、初めて自分の失敗に気づいたのだ。

 

 すぐに冒険者ギルドを飛び出し、ロウたちが宿泊しているはずの宿屋に向かった。

 ブラボー・ランク以上のギルドに所属する冒険者は、ギルド側から連絡が可能なように、常に連絡先を明確にする義務がある。

 ロウたちの連絡先も教えられていた。

 

 果たして、ロウたちはいなかった。

 荷はそのままだったが、宿屋の亭主によれば、昨夜は戻っていないということだった。

 ロウたちが幽霊屋敷に捕らわれたのは間違いないと確信した。

 

 ミランダは、そのまま、かつて冒険者として名を響かせたときの二本の大斧の得物を担いで、その足でここにやってきたというわけだ。

 

 ロウたちを助けなければ……。

 これはミランダの責任だ……。

 もっとも、ロウたちが屋敷に入ってから、ひと晩以上が経過している。

 手遅れになっていなければいいが……。

 

 ミランダは、門を壊そうと大斧を構えた。

 怪力で知られるドワフ族の男でも、両手で扱う大斧だ。

 ミランダは、それを左右の両手で一本ずつ遣う。

 同胞のドワフ族さえも驚く筋力だ。

 

 これでぶち壊してやる……。

 そのとき、突然、音もなく閉じていた門がすっとひとりでに開いた。

 ミランダは訝しんだ。

 

 どうすべきか迷ったが、ここは進むしかないだろう……。

 ロウたちは、前庭の向こうに見える石造りの屋敷の中にいるに違いない。

 ミランダは用心深く前庭を貫く路を進んでいった。

 懐には、ギルドから持ち出した転移魔具を仕込んでいる。

 使い捨てだが、それを作動させれば、移動術が働いてミランダの身体は冒険者ギルドの事務室に一瞬に戻ることができる。

 捕らわれているロウたちを見つけて、その魔道具で全員で逃亡する。

 それがミランダの考えていることだ。

 

 だが、それには、ロウが生きていてくれていなければどうしようもない。

 屋敷の玄関の前に着いた。

 すると、向こう側から屋敷の戸が開いた。

 

 身構えるミランダの前に現れたのは、ひとりの可愛らしい童女だ。

 ドワフ族の特徴により、人間族やエルフ族の子供の丈しかないミランダだが、そのミランダよりも背が低い。

 紺色のワンピースに白いエプロンを身に着けている。

 いわゆるメイド服だ。

 怖ろしい女ゴーストの登場を予測していただけに、その童女の出迎えに、ミランダは意表を突かれた。

 

「……屋敷……妖精か?」

 

 ミランダは言った。

 一瞬、当惑したミランダだが、目の前に現れたのが、人族でないことはすぐにわかった。

 これは妖精族だ。

 しかも、屋敷妖精に違いない。

 

 人族社会に同化している妖精であり、屋敷の主人と契約して、屋敷の手入れや主人たちの世話を魔道で行ってくれるという召し使い妖精だ。

 便利な存在だが、屋敷妖精を繋ぎとめるのは、極めて高い魔力が必要とされており、そう簡単に目撃できるものではない。

 

 なにしろ、屋敷妖精は仕える主人そのものが、高い魔力を保持していなければならないので、王侯貴族であっても屋敷妖精を飼うことは難しい。王侯貴族が自分の屋敷に屋敷妖精を飼おうと思って、高い能力の魔道遣いを屋敷内に住まわせても駄目なのだ。

 あくまでも、屋敷妖精は、「屋敷の主人」と「高い魔力の持ち主」が一致するときでなければ棲みつかない。

 結果的に、非常に珍しい存在ということになる。

 

 その屋敷妖精が目の前にいる。

 だが、それでわかったのは、こんなに強い警戒の結界の魔道がかかっているのは、屋敷妖精の存在が理由だということだ。屋敷妖精は屋敷の管理に関することに限定して、ほぼ無限の魔道を駆使できる。

 そういう存在なのだ。

 これだけの強い結界の存在は、屋敷妖精ならでに違いない。

 

 とにかく、この屋敷に巣食う女ゴーストは、屋敷妖精を繋ぎとめるくらいの魔力を持った魔道遣いでもあるということだ。

 単なるゴーストではなく、魔道まで遣うとなれば、それはミランダの予測外だ。

 

 これは危険だ。

 ミランダは判断した。

 ここはいったん退いて、もう少し人数の態勢を整えてから出直すべきかもしれない。

 

 ミランダは思った。

 だが、時間が経てば経つほど、ロウたちの救出は望みのないものになるだろう。

 もっとも、それは、いまだにロウたちが生きているとした場合の話しだが……。

 

「屋敷妖精のシルキーです。旦那様がお待ちです。どうぞ、ミランダ様」

 

 シルキーがにこにこしながら言った。

 ミランダはびっくりした。

 

「なぜ、あたしの名を?」

 

「旦那様から教えられました。そろそろ、ミランダ様がやってくるだろうから、お通しするようにと……。どうぞ中にお入りください」

 

 予想とまったく違う応対に、ミランダは呆気にとられた。

 さすがに躊躇する。

 最初の予定通りに、強引に入り込んでロウたちを見つけて屋敷の外に逃亡するべきか……。

 それとも、一時的に退却すべきか……。

 

「どうぞ、遠慮なく、ミランダ様。エリカ様もコゼ様もシャングリア様も、旦那様と一緒にお待ちですよ」

 

 シルキーが言った。

 ミランダは今度こそ、本当に驚いた。

 

「ちょ、ちょっと待て。旦那様というのは誰のことよ?」

 

 屋敷妖精が“旦那様”と呼ぶのは、てっきり女ゴーストのことだと思い込んでいた。

 だが、エリカたちの名が出たということは……。

 

「もちろん、旦那様はロウ様です」

 

 シルキーがにこにこしながら嬉しそうに答えた。

 ミランダは呆気にとられた。

 

「さあ、どうぞ」

 

 シルキーがさらに言った。

 ミランダは不審の念に襲われながらも屋敷の中に入った。

 入ったところは、大きなホールだ。

 

「よろしければ、武器はお預かりします」

 

「いや、これは持っていく」

 

 ミランダははっきりと言った。

 なにかの罠だと思った。

 これは絶対に手放してはならない。

 強く思った。

 

「そうですか……。では、そのまま、どうぞ」

 

 しかし、シルキーは呆気なくそう言った。

 シルキーはをどんどんと進んでいく。

 ホールのような場所を通りすぎた。

 さらに奥の廊下に進む。

 

「どこに行くのだ、シルキー? ロウはどこにいる?」

 

 ミランダは歩きながら声をあげた。

 

「地下におられます。ほかの方々もご一緒です」

 

 シルキーがにこにこと応じる。

 特に、ミランダを罠に嵌めようとしているような怪しい気配はない。

 むしろ、自然体すぎるくらいだ。

 ただ、シルキーのいまの言葉に気になるものがあった。

 

「地下?」

 

 ここには地下があるのかと思った。

 ミランダは胸の下に隠している転移魔具を確かめた。胸を強く叩けば、瞬時に魔道が発動して、両手を拡げた大きさくらいの円周内に存在する者を巻き込んで、この屋敷から脱出することができる。

 それはちゃんと機能している。

 ミランダは、魔道の力で探ったが、その転移魔具の効果までを打ち消すような結界は感じない。

 これなら、いまのところ大丈夫だが、地下となればわからない。

 地下があるとすれば、ロウたちが捕らわれているのは、地下の可能性があるが、もしも、地下室に罠があるのであれば、ミランダ自身の危険もそれだけ増すということだ。

 

 それにしても……。

 

 ミランダは、さっき屋敷妖精がロウのことを旦那様と呼んだことが気になっていた。

 それがどういう罠なのかを考えようとした。

 だが、わからない。

 ここは、少しかまをかけて対応を見てみよう。

 ミランダは決心した。

 

「ここを降ります」

 

 シルキーが指し示した。

 そこにあるのは地下への階段だ。

 ミランダは進むことを拒否するように、立ち止まった。

 

「どうかしましたか?」

 

 シルキーが振り返った。

 

「その前に訊ねたい。お前はロウのことを旦那様と呼んだな?」

 

「はい。ロウ様は旦那様です。昨日からそういうことになりました」

 

「だが、それはおかしい。屋敷妖精は、魔力の高い魔道遣いに仕えるというのが本能だろう。しかし、ロウには魔力などない。それなのに、屋敷妖精のお前が支配に陥るわけがない……。なにかの罠なら、ここで白状しろ。ロウは無事なのか?」

 

 ミランダは怒鳴った。

 すると、シルキーがにっこりと微笑んだ。

 その笑みがあまりにも無邪気で嬉しそうだったので、ミランダは思わずたじろいだほどだ。

 

「……そうですね。新しい旦那様は魔力はお持ちではなかったです。わたくしめも、ロウ様の支配になれるとは思いませんでした……。でも、なぜか、ロウ様はわたくしめを支配してくださったのです。とっても気持ちがよかったです」

 

 シルキーが思い出し笑いのようなものをしながら、階段をおりていく。

 ミランダは仕方なく、シルキーについて階段をおりていった。

 階段を降りたところは、燭台が照らす石造りの廊下になっていた。

 左右には、幾つかの鉄の扉があり、それが幾つかある。突き当りには扉のようなものがある。

 シルキーは、その廊下を進んでいく。

 

「横の扉の向こうは、どういう部屋なのだ?」

 

 ミランダは前を歩くシルキーに訊ねた。

 

「調教室です」

 

 シルキーはあっさりと言った。

 ミランダは驚いた。

 

「ちょ、調教室だって──。つまりは、拷問室ということか?」

 

 ミランダは緊張して声をあげた。

 

「拷問室とは呼びません。調教室です。趣向ごとに分かれた部屋になっています。全部で六個あります。でも、旦那様たちがお待ちなのは調教室ではありませんよ。つきあたりの浴室です。そこでお待ちです」

 

「浴室?」

 

 次々に出ていくる意外な言葉に、ミランダは混乱気味だ。

 

「ここです」

 

 シルキーが立ち止まって振り返った。

 そこは突き当りであり、両側に横に開く造りの木製の扉がある。

 そのとき、扉の向こう側から、確かにロウやエリカたちの声がかすかに聞こえた気がした。

 

 シルキーが扉を開く。

 確かに浴室だ。

 そこは広い脱衣所のようになっていて、木網の椅子が並べられていた。隅に台があり、清潔そうなタオルも重ねて置いてある。脱衣所の奥にはさらに扉があり、そこが浴槽のある部屋という感じだ。

 ロウたちの声は、その奥から聞こえる。

 

「……あ、うう……」

 

 そのとき、エリカの苦しそうな声が向こう側から響いた。

 はっとしたミランダは、大斧を持ったまま勢いよく扉を開いた。

 しかし、その中に光景にミランダは硬直してしまった。

 

 扉の向こうは、間違いなく浴室だった。

 広い洗い場があり、浴槽もある。

 その浴槽も大きい。

 一郎とエリカとコゼとシャングリアは、四人でその浴槽に浸かっていた。

 だが、その光景に、さすがにミランダもたじろいだ。

 その浴槽に浸かっている四人の真ん中が一郎であり、三人の女たちが密集するように一郎にくっついているのだ。しかも、エリカなど、浴槽に座る一郎を椅子にして乗るように座らせられている。

 無論、四人が素っ裸なのは明らかだ。

 

「……あっ、ロ、ロウ様……お、お願い……そ、そんなこと……ああっ……」

 

 エリカが真っ赤な顔をして声をあげている。

 さっき苦しそうな声を思ったのは、どうやらエリカの嬌声のようだ。

 一郎の両手はエリカの胸を掴んでいて、一郎が手を淫らに動かしているのだ。

 しかも、湯の中でよくわからないが、エリカの両手は背中側で括られているように背中側から動かない。

 それで抵抗ができないでいるみたいだ。

 

「わっ、すまない」

 

 思いもよらぬ、淫靡な光景に動揺して、ミランダは慌てて扉を閉じようとした。

 

「ミランダ、待っていたよ。とにかく、話があるんだ。入ってきてくれ」

 

 そのとき、エリカを前に抱いたままの一郎が顔をあげ、強い視線をミランダに向けた。



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65  性意ある謝罪要求

「わっ、すまない」

 

 明らかに動揺しているミランダが、真っ赤な顔になって扉を閉めようとした。

 

「ミランダ、待っていたよ。とにかく、話があるんだ。入ってきてくれ」

 

 すかさず、一郎は言った。

 だが、ミランダは目を白黒している。

 ミランダの背丈ほどもある大きな大斧を両腕に抱えて、完全武装をしているところを見ると、狂った女ゴーストと対決するために、ミランダは余程に気合を入れて、ここにやってきたのだろう。

 それなのに、屋敷妖精のシルキーに案内されて連れてこられたのは、一郎たち四人が素っ裸で浴槽に浸かっているという、およそ緊張感のない場面だ。

 しかも、一郎がエリカを膝の上に抱き、淫らにいたぶりをしているというおまけつきだ。

 ミランダの思考は吹っ飛んでしまっただろう。

 まずは、第一段階は成功というところだ。

 一郎はエリカを膝からおろして、横に移動させた。

 

「は、入るって……。な、なんで……?」

 

 明らかにミランダは動揺している。

 人生経験も豊富で、冒険者としても百戦錬磨のミランダが、意外に男女の関係については初心であることを一郎は知っている。

 別に経験がないわけでもない。

 性体験の数も多分人並みだ。

 

 ただ、押しに弱く、性格的に、男女の性交となると、どうしても主導権をとれないようだ。

 だから、そのミランダを混乱させるには、こういう状況が一番いいのはわかっていた。

 案の定、ミランダはすでに思考停止状態に陥った様子だ。

 

「話があると言ったろう。なにしろ、家を紹介してもらうつもりでやってきたら、おかしな女ゴーストに捕らわれて、殺されそうになったんだからな。このエリカとコゼなんて、とんでもない目に遭ったんだ」

 

 一郎は言った。

 

「そ、そうね。そのことだったわ。それは、全部あたしが悪いのよ。謝るわ……。でも、一体全体、どういうことになっているの?」

 

 ミランダがはっとしたように声をあげるとともに、早口で昨日間違った場所のメモを一郎に渡したことを説明して、謝罪した。

 

「お、女ゴースト? そういえば、ここは有名な幽霊屋敷だったな。なんで、ロウはここの主人ということになったのだ?」

 

 そのとき、シャングリアが横から口を出した。

 そういえば、シャングリアがやって来たのは昨日の夜中であり、ゴースト騒動はすっかりと終わっていた。

 特に詳しい説明もしなかったので、シャングリアは幽霊のことは知らないのだ。

 

 だが、ここでシャングリアに出てこられると話が面倒になる。

 一郎は黙っていろという言葉の代わりに、淫魔力を遣って、シャングリアの肉芽の付近に、ローターでも当てたような振動の刺激を加えてやった。

 

「う、うわっ」

 

 シャングリアの頭が湯の中に潜った。

 いきなり、股間を刺激されて、体勢を崩してしまったようだ。

 だが、シャングリアの両手は背中でしっかりと拘束している。脚をばたばたさせて、溺れるような格好だ。

 一郎は笑いながら、シャングリアの腕を掴んで身体を起こしてやった。

 だが、シャングリアの股間の刺激はそのままだ。

 

「ちょ、ちょっと、ロウ……。ミ、ミランダがいるのに……」

 

 シャングリアが必死に悲鳴を噛み殺して、すがるように一郎を見た。その慌てふためく仕草が愉快で、少しのあいだ刺激を続けてから、振動を止めてやった。

 シャングリアががっくりと脱力した。

 

 さて、いまはミランダだ。

 ミランダに視線を向けると、ミランダが顔を真っ赤にして、こっちを凝視している。

 

「エ、エリカもそうだけど、シャングリアも手を拘束されているの? な、なんで?」

 

「どうということはないさ。これは罰だ」

 

 一郎はにやりと笑った。

 

「ば、罰? あ、あんた、シャングリアに罰を?」

 

 ミランダは驚いたような声をあげた。

 一郎は、なぜミランダがそんな声をあげたのかわからなかったが、すぐに、シャングリアが、実際にはモーリア男爵家に繋がる令嬢であり、国王から騎士の称号をもらった女騎士であるほどの身分であることを思い出した。

 

 ミランダは、シャングリアが望んで一郎の女のひとりになったことを知っている。

 それでも、一介の冒険者である一郎が、シャングリアに罰を与えるという状況をすぐに受け入れることができなかったのだろう。

 

「俺の女たちのルールでね。セックスの後では、ちゃんと口で舐めて綺麗にする。それを忘れたから、こうやって罰を与えているんだ……」

 

「セ、セックス?」

 

 ミランダの声が裏返っている。

 一郎は思わず笑ってしまった。

 

「まあ、気にしないでよ。こんなのは俺たちの“ごっこ遊び”のようなものさ。なあ、シャングリア?」

 

 一郎はミランダを煽るように、シャングリアの肩を抱き寄せて、ふっと耳に息を吹きかけてから、ペロペロと耳の穴に舌を這わせる。

 

「ロ、ロウ、そ、それはだめ……」

 

 シャングリアがくすぐったそうに、拘束された裸体を悶えさせた。

 

「き、気にしないでって……」

 

 だが、ミランダの息が荒い。

 本人にその自覚があるかどうかは知らないが、ミランダの隠されている被虐の性癖に一郎は気がついている。

 ミランダは、一郎がエリカやシャングリアを拘束していたぶっているような場面に遭遇し、かなり身体が熱くなってきたようだ。

 ミランダのステータスには、はっきりとその兆しが表れている。

 しかも、ミランダは、これで一郎たちがいままで男女の営みをしていたことをはっきりと悟っただろう。

 無論、こんな光景をあからさまに見せているのは、ミランダを冷静さを失った状態にしておくためだ。

 

「そんなことはいいよ。それよりも、早く湯に入ってきなよ。話があると言っただろう」

 

 一郎は言った。

 

「あ、あたしに、そこに入れって言ってんの? そ、そこに? そ、そこに一緒に?」

 

 ミランダが困惑した声をあげた。

 一郎はおかしかった。

 冒険者ギルド本部では、いつも颯爽としている副ギルド長のミランダが、たかが男女の性行為を連想させる行為を目の当たりにしただけで、あんなに狼狽えるとは……。

 

「いいじゃないですか、ミランダ。それに、ミランダだって、なにかひと言、二言、ご主人様だけじゃなく、あたしたちにも言うべきことがあるんじゃないですか。あたしも、エリカも本当に酷い目に遭ったんですよ……。ねえ、エリカ」

 

 コゼだ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 いつも、あまり他人の前では自らは話をしたがらないコゼだが例外はある。

 コゼの隠れている性癖である嗜虐に火がついたときだ。コゼは、すっかりとたじたじになっているミランダに、マゾ女の匂いを察したのだろう。

 一郎は、コゼの気の強そうな声にそれを感じた。

 

「うわっ──。さ、触るんじゃないわよ、あんた──」

 

 そのとき、横でエリカが悲鳴のような声をあげた。

 ふと横を見ると、コゼの手が湯の中でエリカのお尻を触っている。

 だが、後手に拘束されているエリカには、その手からうまく逃げることができないのだ。

 いちゃついているように裸身を接するふたりに、一郎は笑ってしまった。

 すると、ミランダがごくりと唾を飲む音が聞こえた。

 

 一郎は、視線をミランダに向けた。

 落ち着きがない……。

 いい感じだ。

 そのとき、一郎はミランダと視線が合った。

 

「と、とにかく、い、一階で待っているわ。そこで話をしましょう」

 

 ミランダは慌てたように、戸を閉めようとした。

 

「駄目だ、ミランダ──。話があるんだ──。そのまま入って来い──」

 

 一郎はわざと大きな声で怒鳴った。

 動揺を隠すことができないでいるミランダがびくりとなった。

 そして、立ち去ろうとするミランダの動きが硬直したように止まる。

 一郎はほくそ笑んだ。

 ミランダの性の本質が、実は強気の男の言葉に逆らえない従順さにあることも知っている。

 それは先日、告白剤で白状させた。

 もしも、これが男女の営みと関係のないことであれば、こんなにもミランダは、一郎ごときにたじろぐことはなかっただろう。

 だが、ミランダは予想外の一郎たちの行動に動揺をしている。

 すでに、思考停止状態になっているのだ。

 

「ここでしか話のできないことがある。だから、わざわざ浴室に来てもらったんだ。とにかく、入ってきてくれ」

 

 一郎は言った。

 ミランダがちょっとだけ険しい表情になった。

 

「こ、ここでしか話せないことって……。それは、クエストに……つまりは、ゴーストに関係あること……? もしかして、ゴーストはまだ、この屋敷に……?」

 

 ミランダがさっと周囲を見回すとともに、警戒するような表情になった。

 

 一郎の言葉でなにを連想したかは知らない。

 あるいは、ゴーストの影響が屋敷に残っていて、それはここでないと、まだ危険な状態であり、一郎があえて、浴場にミランダを招いたとでも思ったのかもしれない。

 そんな表情をしている。

 まあ、勝手になんでも想像してくれればいい。

 とにかく、ミランダに湯舟に浸かってもらえばいいのだ。

 それで、詰む。

 

「恥ずかしければ、そこにあるタオルでも、なんでも使えばいい。とにかく、入ってくれ。急いで──」

 

 一郎はすかさず言った。

 

「わ、わかったわ……」

 

 ミランダは真面目な顔になり、脱衣所の奥に引っ込んだ。

 気配を殺したように控えているシルキーが見えた。

 シルキーは、ミランダの後ろでずっと立って待っていたのだ。

 一郎は静かにうなずいた。

 もしも、あくまでもミランダが湯に浸かるのを拒むようであれば、屋敷妖精としてのシルキーの魔道で、ミランダを拿捕してしまうことも考えていた。

 

 だが、かつてはシーラ・ランクの冒険者として名を馳せたミランダを強引に捕えるのは危険だ。

 できれば、それは避けたかった。

 一郎が目で合図したことで、その必要がなくなったことを察したのだろう。

 シルキーはにっこりと微笑んだ。

 

「は、入るわ」

 

 そのとき、ミランダの声がした。

 顔だけでなく全身を羞恥で真っ赤にしているミランダが入ってきた。

 準備してあったタオルは大きなものではない。だから、身体に巻きつけて裸身を隠すというようなことはできない。

 ミランダは裸身の胸から股間の前を白いタオルで隠して、浴場側に入ってきた。

 

「湯を浴びて入ってきてくれ。話をするから」

 

 一郎は言った。

 ミランダは一郎の視線を気にするように、必死の感じでタオルで前を覆って押さえている。その仕草と緊張ぶりが面白い。

 まるで少女のような恥ずかしがりようだ。

 そして、しっかりと前を隠しながら、湯桶で身体を濡らしてから、湯に入ってくる。

 

 湯舟の高さは、大人の腰よりも少し低いくらいだ。

 人間族の子供並みの身長しかないミランダは、大きく股をあげないと入れない。

 一郎は、ほくそ笑みながら、湯舟に入ってくるミランダの裸身の風景を愉しむことにした。

 改めて思ったのは、やはり身体が小柄であるだけで、身体の曲線はしっかりと大人の女であるということだ。

 スタイルのいい女をそのまま縮小したような感じだ。

 それに胸が大きい。

 いや、実際にそれほど大きいというわけでもなく、単純な大きさとしては、エリカやシャングリアと変わらない感じだ。

 だが、「小学生並み」の背丈のミランダの胸に、あの大きさの乳房があると、随分と大きく感じるのだ。

 

「ミランダ、そんなに恥ずかしがらないでいいじゃないですか。それに、ご主人様に教わったんですけど、こういう皆で入る湯船には、タオルは浸けてはならないらしいですよ」

 

 コゼがさっと手を伸ばして、ミランダが身体を隠している小さなタオルを奪い取った。

 さすがは、熟練のアサシンだけある。

 ミランダの隙をついた早業だ。

 

「わっ、ちょっと、コゼ──」

 

 ミランダが慌てふためいて、両手で前を隠しながら、さっと湯の中にどぼんと身体を沈めた。

 だが、一郎はミランダの見事なくらいに鍛えられた腹筋の割れ目と、小さな身体には及びもつかないような大量の陰毛をしっかりと見た。

 あれがドワフ族の女の身体なのだと感心した。

 

「面白いですね、ミランダ……。まるで、純情可憐な少女みたい」

 

 ミランダから奪ったタオルを湯舟の縁に置いたコゼがけらけらと笑う。

 

「あ、あんたねえ……」

 

 ミランダがコゼを睨んだ。

 しかし、いまは羞恥に動揺しているだけだろうが、すぐにそれ以外のものに襲われるはずだということを一郎は知っている。

 いや、すでに効いてきたようだ。

 本能的に身体を護るように自分を抱いているミランダの身体がもじもじと動き出した。

 まだ気がついていないようだが、身体は先に反応してしまったようだ。

 

「それよりも、ミランダ。ゴーストの話だ」

 

 一郎は言った。

 すると、ミランダが我に返ったように一郎に視線を向けた。

 

「そ、そうだったわ。なによ、話というのは?」

 

 ミランダが一郎を見た。

 さすがに、少し距離を置くように離れている。

 だが、大丈夫……。

 

「……お前たちはあがっていろ」

 

 一郎は周りにいる女たちに声をかけた。

 三人がさっと立ちあがる。

 予定の行動だ。

 

「ちょ、ちょっと、あ、あんたたち、行くの?」

 

 一郎と湯舟でふたりきりにされると悟ったミランダが動揺した声を出した。

 一方で、その視線は、エリカとシャングリアの後手の拘束に見入ってもいる。本当に腕を拘束されていることに、呆気にとられてもいるようだ。

 

「はい、行きます。ごゆっくり、ミランダ……。では、ご主人様」

 

 コゼが返した。

 

「じゃ、じゃあ、ロウ様……」

 

 コゼに腕を掴まれるように湯舟から出されたエリカが小さく頭をさげた。

 続いて、シャングリアも湯舟から出る。

 

「ロウ、ほ、本当に、これ、明日まで外してくれないのか? こ、このコゼ、わたしたちが自由を奪われていることをいいことに、意地悪ばかりするのだ」

 

 すると、シャングリアが言った。

 

「罰なんだから我慢しろ、シャングリア」

 

 一郎は笑って言った。

 三人は脱衣所側に出て行った。

 浴室の扉がぴしゃりと閉じる。

 一郎は、ミランダとふたりきりで湯舟に浸かるかたちになった。

 

「……あ、あんた、いつも、自分の女たちをあんな風に……?」

 

 ミランダが茫然とした表情で言った。

 

「まあね。でも、あんなのは遊びだよ。彼女たちも、別段嫌がっている雰囲気でもなかったろう?」

 

「ま、まあ……」

 

 ミランダは小さな声で頷いた。

 

「ところで、ミランダ、ゴーストは浄化させた。この屋敷はすでに安全だ。そして、そのゴーストの遺言により、この屋敷は俺に譲渡された」

 

 一郎はミランダに言った。

 すると、ミランダの顔が真面目なものになった。

 

 

「つまり、あなたたちによる安全化が終わったということ? それは確か?」

 

 

 一郎は簡単に昨日のことをミランダに説明した。

 話を聞き終わったミランダは、納得したように数回うなずいた。

 

「……わ、わかったわ。それがゴーストの意思であれば、あなたを屋敷の新しい主人として認めるわ。そのゴーストの手紙というのを実際に確かめてからになるけど……。とにかく、それは請け負う。正式に手続きもするから、安心して……。特に問題は生じないと思う。この屋敷そのものは、すでに冒険者ギルドの預かりになっていて、持ち主は消えているのよ……」

 

「おう、それはよかった。もうすっかりと気に入っていて、取りあげられたらどうしようかと思ってた」

 

 一郎は本心から言った。

 

「それと、もう一度、あなたたちに謝罪するわ。今回のことは、なにからなにまで、あたしの失策よ。実は、このクエストには依頼者がいない状態になっているんだけど、あたしが依頼主になるわ。報酬はあたしの個人的な資産から支払う……。それにしても、これは、シーラ・ランク級のクエスト案件だったんだけど、それを一日で解決してしまうなんて、さすがはあなた方ね」

 

 ミランダが微笑んだ。

 

「それなんだけどね、ミランダ。実は、お願いがある。この幽霊屋敷は未解決のクエストとして扱って欲しい。俺たちが、ゴーストに代わって、この屋敷の当主になったというのは、対外的には伏せて欲しいんだ……。それと、今後は、この案件だけに関わらず、俺たちの名は極力、外には出さないで欲しい。クエストはこれまで通りに受けるけど、俺たちの名は記録から適当に削除してもらいたい……。これが、今回のクエスト成功の報酬の要求だ」

 

 一郎の申し出に、ミランダは驚いている。

 

「ど、どういうこと?」

 

 不審の表情を見せたミランダに、一郎は、詳しい事情は言えないが、一郎とエリカは、不当な理由により命を狙われていて、あまりにも冒険者として名が売れてしまうと、自分たちの命を狙う集団に居場所がばれてしまうからだと説明した。

 ミランダはとりあえずは、理解だけはしてくれたようだ。

 だが、湯舟に出ている首をはっきりと横に振った。

 

「……なんとなく事情があるというのは理解したわ。だけど、それはギルドの規則に反するわ。解決したクエストを未解決のままとすることはできない。また、命を狙われているというのは気の毒だけど、あなたたちだけを特別扱いというわけには……」

 

 ミランダは困ったように言った。

 一郎は嘆息した。

 そう返されると予想していた。

 残念だが、やはり、第二案の策に移行するしかなさそうだ……。

 

「……わかったよ、ミランダ。だったら、要求する報酬を変更するよ。別のものを要求させてもらう」

 

 一郎の言葉に、ミランダはほっとした表情になった。

 

「わ、悪いわね……。さっきも言ったけど、これはあたしの資産で適切な報酬をきちんと支払う。これは、シーラ・ランク級のクエストだったし、ちゃんとそれなりの代価を準備するわ」

 

「金子による報酬はいらないよ……。俺が要求するのは別のものだ、ミランダ。そのために、ここで話をすることにしたんだ」

 

 一郎はにやりと笑った。

 ミランダが眉をひそめた。

 一郎の表情に、なにか危険なものを感じたのだろうか……?

 

「べ、別のもの……? そのために、ここで?」

 

 ミランダの顔に不審の色が浮かんだ。

 

「そう、別のものだ……。実は、ミランダも知っている通り、俺はいい女に目のない女たらしでね……。報酬はミランダでいい。抱かせてもらうよ。つまりは、謝罪報酬というところかな。月並みな悪党もどきの物言いで悪いが、身体で払ってもらうよ」

 

 一郎は笑いながら、すっと湯の中でミランダに近寄る。

 ミランダが身体をびくりと震わせて、逃げ腰になった。

 だが、もう遅い……。

 すでに、処置は済んでいる。

 

「そ、そんなわけには……」

 

 ミランダは動揺している。

 やはり、ミランダは、男の性的な押しに弱い。

 一郎は改めてそう思った。

 

「いいだろう、ミランダ」

 

 一郎はミランダの身体に手を伸ばす。

 

「あ、あがるわ──」

 

 だが、ミランダは一郎の手を避けようと、慌てて湯舟から逃げようとした。

 だが、ちょっとだけ浮きあがっただけで、すぐに湯舟に戻ってしまった。

 

「な、なんで……? か、身体が……?」

 

 ミランダが慌てている。

 もう遅いのだ。

 

 実は一郎は、ミランダが湯舟に入り、三人娘が浴槽から出た瞬間から、弛緩効果のある大量の媚薬を身体の表面から発散していたのだ。

 ミランダは、この湯に浸かっているあいだ、強烈な媚薬風呂に入っているだけでなく、すっかりと身体の筋肉を弛緩させられてしまっていたというわけだ。

 ずっと真面目な顔で一郎の話を聞いていたミランダだが、媚薬の影響がしっかりと出ていたことは、一郎はステータスを覗いてわかっていた。

 一郎はがっしりとミランダの腕を掴んだ。

 そして、自分に向かって引き寄せる。

 

「嫌なら、強引に俺を突き飛ばすなり、殴るなり、それとも、殺すなりしてよ……。さもないと、俺はミランダを犯すからね」

 

 一郎はミランダの裸身を抱きしめながら、さっと手をミランダの身体に浮かんでいる赤いもやに這わせた。

 

「ふうっ、ちょ、ちょっと、だ、駄目だったら……。は、離しなさい……。ああっ、わっ、な、なんで、こんなに……」

 

 ミランダは懸命に逃げようとしているが、力が入らずに逃げられないでいる。しかも、一郎はミランダの性感帯をしっかりと刺激しているのだ。

 媚薬風呂に浸かって、すっかりと火照っている女体を無理矢理にものにすることなど、いまの一郎には赤子の手を捻るようなものだ。

 あっという間に、ミランダの息はあがり、甘い声が口から漏れ始めた。

 

「どうしたの、ミランダ? 逃げないのであれば、合意してくれたものとみなすからね……。逃げないと、本当に大変なことになるよ。俺は、今日一日、ミランダを犬にしてしまうつもりなんだ。雌犬にね……」

 

 一郎は懸命にもがき動いているミランダをさらに引き寄せると、後ろから抱くような体勢に変え、ミランダの乳房を無遠慮に揉み始めた。

 豊かな乳房と陰毛を除けば、小柄なミランダは本当に子供のような大きさだ。

 また、弛緩剤で力が入らないようにさせているので、抵抗らしい抵抗はできないが、それでもささやかに抵抗している。

 それが一郎の鬼畜心を煽る。

 

「い、犬? な、なにを馬鹿なことを……。わっ、ああっ……ちょっと……か、身体が……動かない……た、助けて……」

 

 ミランダが激しく悶えだした。

 

「助けてはないでしょう……。こんなのは、ただのごっこ遊びさ。雌犬なんてのも一日だけのことだ。それにしても、ミランダは逃げないね。だったら、合意したものと考えるよ」

 

 一郎はミランダの乳房を揉みしだきながら笑った。



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66  欲情という名の浴場

「ちょ、ちょっと、ロウ……。い、いきなり、そんなこと言われても……」

 

 ミランダは当惑して、乳房を揉みしだくロウからなんとか逃げようともがいた。

 だが、全身の腕からはまったく力が入らない。

 それに、異常なほどの身体の火照りだ。

 湯に弛緩剤が混入されていたことは察しがついたが、まさかとは思うが、いま浸かっている湯には、媚薬のような成分が混じっているの……?

 それがミランダの身体を熱くし、しかも、全身を弛緩させている……?

 おそらく、間違いないと思う……。

 だが、そこまでやるということは、ロウがミランダを犯すと言っていることが、嘘でも冗談でもないということだ。

 それにしても、湯に細工をしてるなら、一緒に浸かっているロウにも影響がありそうだが、ロウはなんともなさそうだ。

 どうなっているのか……。

 

「俺はミランダを犯す。それで、ミランダの失敗で俺たちが危険な目に遭ったことは水に流そう。大人しく抱かれてくれ」

 

 ロウがくすくすと笑いながら言った。

 

「そ、そんなこと言われても……」

 

 確かにミランダの失敗で、ロウたちを危険なゴーストの巣食う幽霊屋敷に行かせてしまったのは事実だ。彼らの力でなんとか危険は回避してくれ、しかも、ゴーストの浄化にまで成功してくれたようだが、間違っていれば、ロウたちが死んでいてもおかしくはなかったとは思う。

 そう考えると、逆らってはいけないような気もするし……。

 だからといって、身体を?

 

「いいから、いいから……。とにかく、これは預かっておくよ」

 

 ロウがそう言いながら、乳房から手を離して、ミランダの右の指から魔道の指輪、すなわち「魔道リング」をすっと抜いた。

 

「あっ、それは──」

 

 ミランダは思わず叫んだ。

 ドワフ族は、指に嵌めている魔道の指輪の力で魔力を集めて魔道を発揮する。それを奪われたら、ドワフ族はまったく魔道を遣えなくなる。

 エルフ族や人間族たちにとっての魔道の杖のようなものだが、ドワフ族にとっての「魔道リング」はもっと切実だ。エルフ族や人間族は、杖がなくても、ある程度は魔道の力は多少は発揮できるし、高位魔道遣いになれば、杖は懐に入れておくだけでよく、発動そのものに杖は要らない。

 

 しかし、ドワフ族は指輪がないと、まったく魔道が遣えなくなるのだ。

 だが、ロウはあっさりと、ミランダから指環を抜いた指環を浴場の隅にあった小さな棚に置いた。

 これで、身体を弛緩させられたうえに、完全に魔道も遣えなくなったということだ……。

 つまりは、ミランダはまったくの無力の状態にされたのだ。

 

 どうしよう……。

 ミランダの身体を大きな不安が襲う。

 

「なにも考えない……。俺の与える快感に酔えばいい、ミランダ……」

 

 ロウがそう言いながら、改めて、背後からミランダを抱いて乳房を蹂躙するように揉み始めた。

 ミランダは、慌てて歯を喰い縛った。

 

 少しでも口を開けば、恥ずかしい声が迸ってしまいそうだったからだ。

 だが、ドワフ族の女が快感に負けて、はしたなく嬌声をあげるなど恥だ。戦闘種族であるドワフ族が快楽に押し流されて我を忘れるなど、あってはならないことだとされている。

 実際、ミランダもこれまでに経験した性行為において、絶頂を極めることはあっても、大きな声をあげて達したという経験はない。

 もちろん、身体を愛撫されながら快感で声を発したということはない。

 それがドワフ族の女なのだ。

 

 しかし、ロウの愛撫は、そんなミランダの懸命の我慢などあっという間に砕ききってしまうかのように凄い。

 だんだんとミランダの息もあがる。

 だが、ロウは無造作そうにミランダの乳房を揉んでいるだけだ。

 それなのに、ミランダはもうすっかりと追い詰められている自分を感じていた。

 これほどまでに圧倒的な性の波濤というのを経験したことはない。

 

 そういえば、最初に出会ったとき、ロウは自分の得意は、房中術、つまりは、性技だとうそぶいたことがある。

 あのときは、彼特有の少し品のない冗談だと思っていたが、こうやって実際に愛撫を受けると、それが嘘でも誇張でもないことがはっきりとわかる。

 ロウの手管は、ミランダがこれまでに感じたことのないくらいの性の技だ。なにがどうなっているのかわからないが、ロウに裸身を直接に触られると信じられなくらいの愉悦が全身を駆け巡る。

 

 ロウが触るところから快感が走るというよりは、ロウが触れることにより、ミランダの身体の内部から官能という官能が絞り出されるような感じだ。

 ミランダは、すでに自分が理性を保つことが難しいくらいになってしまいつつあるということを悟った。

 

「は、はあっ……」

 

 やがて、耐えられなくなって、ついにミランダの口から甘い声が出てしまった。

 大きな羞恥がミランダを襲う。

 

「ううっ、くっ、はあ……」

 

 さらに、また続いて出た。

 一度出てしまうと、もう歯止めが利かない。

 声を我慢できないのだ。

 ミランダは恥辱に包まれるのを感じながら、自分の口が小刻みに甘い声を出すのを静止できないでいた。

 そのとき、ふと後ろのロウが笑った気がした……。

 

「ふわっ」

 

 次の瞬間、全身に衝撃が走った。

 なにが起きたということはない。

 

 ロウが片手を乳房から離してすっと肩口に擦った。

 それだけのことだ……。

 

 それなのに、ミランダは自分でも信じられないくらいの身震いをして、悲鳴に近い声をあげてしまった。

 また、かっと恥ずかしさがミランダを包む。

 だが、ロウの手はまるでミランダの身体の芯に潜む性感の中心に直接の攻撃をしてきたかと思うくらいに衝撃だった。

 

「こんなところに性感帯かな、ミランダ?」

 

 ロウがもう反対の手も乳房から離して、二の腕と脇のあたりに走らせてくる。さざ波のような愉悦の波が一気にそこから身体を駆け抜ける。

 

「くっ……。な、なにを言っているのよ……」

 

 ミランダは言い返したが、その声はどうしようもなく震えている。

 とにかく、性行為であっても、興奮したりせず、常に自分を保持する……。

 それがドワフ族の女……。

 ミランダは強く自分にそれを言い聞かせる。

 

「そうかなあ……。俺にはここもしっかりとミランダの性感帯だと思うけどねえ……」

 

 ロウが愉し気な口調で、脇と二の腕を擦る手の力を強めた。

 

「くううっ、ううっ、むううっ」

 

 ミランダは今度こそ大きな声をあげた。

 ロウがほんの少し力の調子を変化させただけで、ミランダの身体を破壊的な快感が襲ったのだ。

 

「そして、ここだ……」

 

 ほかの部位に刺激の矛先が移動することで油断していた乳房に再びロウの手が撫ぜまわった。

 

「あああ──」

 

 また、ミランダの声が浴場に響き渡った。

 目の覚めるような快楽の連続に、ミランダは我を忘れそうになる。

 

「ミランダの感じている声は素敵だ……。とても可愛いし……」

 

 ロウがくすくすと笑った。

 だが、ミランダはその言い方に思わずかっとなりかけた。

 

「か、可愛いなんて、ドワフ、族の、女への、ぶ、侮辱よ」

 

 ミランダは怒鳴った。

 

「でも、可愛いものは、可愛いのさ」

 

 ロウが手のひら全体で乳房の表面をなぞりまわした。

 

「おおっ」

 

 乳首をくりくりと刺激されて、ミランダはたまらずに顔を上にあげた。

 もう、だめだ……。

 ミランダは思った。

 

 これ以上、声を噛み殺すことも、理性を保つことも無理……。

 ミランダは思った。

 それくらい襲ってくるものが凄まじい。

 拡がっていく甘美感の峻烈さは、ミランダが想像できるものを遥かに凌駕している。

 

 おそらく、湯の中でロウに受けた刺激は、時間にすればそれほど長いものではなかっただろう。

 だが、すでにミランダは押し寄せる愉悦の大波の中にすっかりと飲まれそうだ。

 そして、なによりも歯痒いのは、ロウの与える快感を悦んでいるもうひとりのミランダがいることだ。

 そのミランダが、このまま、ロウに犯され尽くすことを欲している。

 もう、どうしようもない……。

 

「はああっ」

 

 ミランダは何度目かの大きな声をあげた。

 ロウの手が初めてミランダの下腹部に伸びて、ミランダの豊かな陰毛をかけ分けるように動き回ったのだ。

 肉芽を軽く二度三度と撫ぜられる。

 ロウの指で感じた灼けるような熱さに、ミランダは全身をおののかせた。

 

「そろそろ、入れるよ、ミランダ」

 

 ロウがミランダの身体をくるりと反転させた。

 ミランダの顔がロウの顔とほとんど密着するようになる。

 

「はああっ……」

 

 その瞬間、なぜかミランダの身体から完全に力が抜けていた。

 ロウの体臭を感じた途端に、ミランダの身体に酔いのようなものが走っていた。

 考えてみれば、最初からそうだった……。

 このロウの不思議な体臭……。

 それは、いつもミランダを落ち着かなくさせた。

 なぜか、ロウの匂いを感じると、股間の中心がきゅっと熱くなった。

 

 その理由はわからない。

 とにかく、恥ずかしいのだが、ロウの体臭を感じるくらいに近づくと、ひそかに身体が欲情に襲われた。

 そして、いま、これ以上ないくらいに、ロウの体臭を嗅がされている。

 もう、だめ……。

 ミランダは覚悟を決めた。

 

「ねえ、いいね、ミランダ? これはクエスト完了の報酬の一環なんだ。ミランダはそれを受け渡す義務がある。そうだろう?」

 

 ロウは湯の中でミランダの身体を腰の下から持って浮かびあげる。

 

「ふうっ──」

 

 ヴァギナの入口にロウの怒張の先が当たったのを感じた。

 

「これはミランダの義務だ。いいね……」

 

 ロウが強い口調で言った。

 

「え、ええ……」

 

 ミランダは賛同の言葉を発していた。

 もう、どうでもいい……。

 とにかく、この快感に身を委ねたい。

 これは、クエスト報酬の一環だ──。

 自分に向かって、ミランダは心の中で言い聞かせた。

 

「ふううっ」

 

 ロウの怒張にミランダの股間が落とされていく……。

 男の性器を受けるのは久しぶりだ。

 ロウに向かい合って抱かれるようなかたちで股間をロウの一物で貫かれながら、ミランダはひとりの女として、めくるめく官能の歓びに浸った。

 ミランダの両脚は胡坐に座るロウを跨ぐようにさせられているので、信じられないくらいに大きく開いている。

 その股間をロウの男性器が下から出し入れする。

 なんだろう、この快感は──。

 ミランダは広がってくる感覚に我を忘れた。

 ロウの怒張がミランダの股間を貫くたびに、快感の激しさが倍加する。

 

 二度目よりは、三度目──。

 三度目よりは、四度目──。

 

 ミランダのヴァギナをロウの怒張が出し入れするごとに、どんどんと快美感が拡大する。

 十回を超える頃には、すっかりとミランダの腰の動きはリズミカルになっていた。

 いまや、腰を動かしているのがロウなのか、それともミランダ自身なのかわからない。

 ロウの怒張はまるで、魔道のそれのようだ。

 一打一打が凄まじい快感を呼び起こす。

 ミランダはいつの間にか、吠えるような嬌声をあげ続けていた。

 

 やがて、とても大きなものがミランダの身体に込みあがってくるのがわかった。

 圧倒的で……。

 激しく……。

 

「んぐうううっ」

 

 ミランダは灼熱の劣情のままに全身をのけ反らせて震えさせた。

 ロウががっしりとミランダの小さな身体を抱きしめる。

 

 とてつもない快感……。

 ああっ……。

 

 ロウの腕に抱かれながら、ミランダは全身を震わせて快感の極みに到達していた。

 

「ミランダ、俺もいく」

 

 ロウが初めて余裕のない声を発した。

 次の瞬間、ロウの精の熱い迸りがミランダの子宮に勢いよく到達するのがわかった。

 そして、なにかに心をぐっと掴まれる。

 それは、決して嫌なものではなかった。

 

 大きなものに身も心も包まれて支配される……。

 満たされる……。

 

 ミランダの意識が、与えられるものの巨大さに耐えられずに、すっと遠のいていく。

 薄らぐ意識の中でミランダは、全身が快美感そのものになって、いつまでもがくがくと痙攣が続くのを感じた。

 

 

 *

 

 

「ミランダ……、ねえ、ミランダ……、ねえっ」

 

 声がした。

 ミランダは目を覚ました。

 目を開くと、にこにこと笑っているコゼが、上からミランダを見おろしていた。

 コゼは床に直接に座っていて、その前にミランダは横たわっている。

 コゼを通したさらに上には、どこかの屋敷を感じさせる豪華な燭台が吊られた天井が見える。

 

 一瞬、どういう状況なのかわからなかったが、そういえば、浴場でロウに犯されて、それから、なにもかもわからなくなったのだということをぼんやりと思い出した。

 まさか、あのときに失神……?

 

「ミランダも可愛いところがあるんですね。ご主人様に浴場で犯されて、たった一度で失神しちゃたんですってね。そんなに気持ちよかったですか?」

 

 ミランダを見おろしているコゼが愉しそうに笑った。

 どうやら、コゼは裸のようだ。

 ミランダの視界には、にこにこと微笑んでいるコゼの小ぶりの乳房がはっきりと映っている。

 しかも、コゼの首には赤い革の首輪が嵌まっていた。

 

 それはともかく、一体全体、自分はどうしたのだろう……?

 疑問が走る。

 覚えているのは、浴場でロウに犯され、経験したことのない快感に我を忘れたことだ。

 そして、怒涛のような愉悦に気が遠くなるほどの感覚を味わった。

 

 もしかして、本当に気絶?

 

 たった一度の性交で気を失うほどの快楽を得てしまうなど、信じられるものではないが、どうやらそれは事実なのだろう。

 そして、ここまで運ばれてきたということなのか……?

 よくはわからないが、そういうこととしか考えられない。

 

 やがて、次第に頭がすっきりとするにつれて、ここがどこなのかもやっとわかった。

 ここは、つい昨日までは幽霊屋敷と呼ばれていた場所のホールであり、ミランダがここにやってきたとき、シルキーという屋敷妖精の案内を受けて通りすぎた場所だ。

 いずれにしても、浴場でロウに犯されてあられもない姿をミランダがさらしたことをコゼが知っているということに羞恥が走る。

 

 そして、ミランダは愕然とした。

 絨毯に横たわっているミランダは完全な裸だ。

 なにも身に着けていない肌に、部屋の風が直接に触れる感覚がはっきりと伝わる。

 

「な、なに?」

 

 驚いて上半身を起こした。

 すると、がちゃりと鎖の金属音がした。

 そのとき、はじめてミランダの首にも、コゼが嵌めているのと同じような首輪が嵌まっているようだということに気がついた。

 しかも、両手首にも革枷が嵌められていて、手首と手首のあいだには肩幅ほどの細い鎖で繋がっている。さらに、首輪の真ん中から別の鎖が繋がっていて首輪と繋げられている。

 首輪と手首の枷を繋げる鎖は短いものであり、どんなに伸ばしてもミランダの胸辺りまでしか伸びない。

 

 そして、気がついたが、足首にも同じような革枷が嵌められいて、それも肩幅程度の鎖で繋がっている。

 ミランダは呆然としてしまった。

 

「ミランダ、気がついたか? 今日はミランダのために趣向を凝らしたよ。俺の雌犬たちと一緒に雌犬ごっこだ。どうか、ゆっくりと愉しんでいってくれ」

 

 ロウの声がした。

 視線を向けると、脚を開いて椅子に腰かけている素裸のロウが、童女に股間を口で奉仕させていた。

 それが誰なのか、一瞬ではわからなかったが、あの屋敷妖精だということはすぐにわかった。

 その屋敷妖精の童女も裸だ。

 やはり、屋敷妖精の首にも赤い首輪があり、それがロウの股間の前で動いている。

 

「こ、これは、あんたの仕業なの、ロウ? ちょ、ちょっと、どういう状況なのよ?」

 

 ミランダは狼狽えて声をあげた。

 だが、次の瞬間、全身に違和感を覚えた。

 熱い……。

 股間が……。

 お尻が……。

 

「うわっ、なに──?」

 

 ミランダは叫んでいた。

 胸や股間に不快な掻痒感が襲いかかってきたのだ。

 

「か、痒い」

 

 ミランダは悲鳴をあげた。

 なにがどうなっているのかはわからない。

 ミランダはほとんど無意識に、手を痒みの中心である股間に伸ばそうとした。だが、首輪に繋がった鎖のために、それが阻まれる。

 仕方なく、太腿の擦り合わせて痒みを癒そうとした。

 だが、とてもじゃないが、そんなものでは痒みは消えてなくならない。

 コゼがけらけらと笑った。

 

「眠っているあいだに、ミランダのお股とお尻にたっぷりと痒みの剤を塗りました。怒らないでくださいね。ご主人様の命令ですから……」

 

 コゼが背中から壺を出した。

 そこからはつんとするような刺激臭がした。

 気絶しているあいだに、掻痒剤をミランダの股間に塗った?

 

「な、なんですって?」

 

 その信じられないコゼの言葉にミランダは愕然としてしまった。

 

「でも、これを塗ると、とっても素直になれますからね。見てください、エリカとシャングリアを……」

 

 ミランダはコゼが示す方向を見た。

 びっくりした。

 

 気がつかなかったが、部屋の片隅では吠えるような声をあげて、汗まみれの裸身を擦り合わせているエリカとシャングリアの姿があった。

 驚くことに、ふたりは股と股を合わせるようして脚を絡み合わせ、狂ったように股間を擦り合わせている。

 

 ふたりの両手は、浴場で見たままの革帯で背中側で括られていて、さらにふたりの首にも赤い首輪がある。しかも、エリカとシャングリアは、その首環と首輪を鎖で繋げられていて、ふたりの口には小さな穴が幾つか空いた嵌口具が嵌められていた。

 ふたりはその嵌口具の穴から大量の涎を垂れ流しながら、大きな声を出し、乳房と乳房、股と股と懸命に擦り合わせているのだ。

 その姿には、あのエリカとシャングリアの平素の姿はまったくない。

 常軌をすっかりと逸してしまったふたりの雌の姿があるだけだ。

 ミランダは唖然とした。

 

「この薬を塗られて放っておかれると、あんな風にどんなに恥ずかしいことでも、素直にできるようになります。だんだんと薬が効いてきますからね。どんな風にミランダが変わるのか愉しみです」

 

 コゼが笑った。

 

「コゼ、あいつらに薬を塗り足してやれよ。その薬は塗れば塗るほど、痒くなるんだ。せっかくのいい機会だ。もっと仲良くなってもらおう」

 

 ロウが意地悪い口調でにんまりと笑った。

 

「はい、ご主人様」

 

 コゼが元気よく返事をして、壺を抱えてエリカとシャングリアのいる方に歩いていく。

 ミランダは、愉しそうにふたりに向かって歩いていくコゼの裸の後ろ姿に呆然と目を送った。

 はっとして、ロウを見る。

 

「あ、あのふたりにもこれを塗って苦しめているの? ど、どうして?」

 

 ミランダはロウに向かって声をあげた。

 だが、そのあいだもミランダは狂おしい掻痒感に追い詰められている。

 一度、意識すると収まることのない痒みだ。

 あっという間にミランダの全身には汗が吹きだした。いくら歯を食い縛って平静を保とうとしても、保つことなどできない猛烈な痒さだ。

 

「ただの“ごっこ遊び”だよ、ミランダ。“調教ごっこ”さ。これが俺の愛し方でね……。それよりも、おいで。痒いところを癒してあげるよ」

 

 ロウがぽんと屋敷妖精の肩を叩いた。

 屋敷妖精がロウの前からどいて横に移動する。

 ロウの逞しい怒張がミランダの視界に映る。

 無意識のうちにミランダは息を飲んだ。

 かっと身体が熱くなるのがわかる。

 なぜか、ロウの言葉に逆らえない。

 

 それにしても、ロウという男がまったくわからなくなった。

 いつもギルドで会うロウは、どちらかといえば、冒険者としては大人しい部類になり、礼儀も正しい。

 だが、目の前のロウには、ミランダさえたじろぐような威厳と迫力、そして、鬼畜さを感じる。

 

 なんなのだ……?

 

 また、ミランダは、ロウに見すくめられると、とても落ち着かず不安な気持ちになる。

 ロウのような男程度に、このミランダが気後れするなどあり得ないと思うのだが、どうしても、ミランダには、いまのロウに逆らうという気持ちが沸かない。

 とにかくミランダは、ロウの「命令」に従い、ロウに向かって移動しようした。

 

 ロウは、媚薬の入った湯の中に誘い込むという罠のような手段でミランダを強姦し、いまは、鎖を嵌めて自由を奪い、さらに掻痒剤のようなものを使って、ミランダを追い詰めているような男だ。

 そんな理不尽で卑怯なことをされているというのに、ミランダは少しもロウに対する怒りの感情が起こらない。

 むしろ、どちらかといえば、この状況を愉しもうという気分が強い気がする。

 ミランダには、自分の感情が理解できないが、いまは、このおかしな状況に圧倒されてしまって呆然としている感じだ。

 

「駄目だ、ミランダ。四つん這いで来るんだ。犬のようにね」

 

 ロウが微笑みながら言った。

 口調は優しげだが、やはり、内容は鬼畜だ。

 しかし、ミランダはまるで操られるようにロウの言葉に従っていた。

 二本脚で歩こうとした体勢から、両手を床に着けた体勢になる。だが、手首と首輪を繋げる鎖が短すぎて、ミランダはほとんど床に顔を密着させたような格好しかできない。自然と尻は大きく天井方向にあげた状態になる。

 這うようにしてミランダは歩いた。

 不思議だが、ぞくぞくとした愉悦が全身を包む。

 

「よくできたな、ご褒美だ。こっちに尻を向けろ」

 

 ロウの前に辿り着くと、ロウが椅子を降りた。

 ミランダは命令のまま、高く掲げたお尻をロウに向ける。

 なぜ、こんなにロウの言葉に従順になれるのかわからない。だが、ロウには絶対に逆らいたくない。

 その気持ちがミランダを支配している。

 

 自分の感情が理解できない。

 いずれにしても、これ以上我慢できない。

 股間の痒みはどうしようもないところに来ていた。

 脳天を突き刺すような痒みが股間を襲い続けている。

 

「そんなに腰を振って恥ずかしくないか、ミランダ」

 

 ロウがミランダの尻たぶに手を触れながら笑った。

 

「もう、意地悪言わないで、早く痒みを癒してよ」

 

 ミランダは声を張りあげた。

 

「生意気な雌犬だな……。まあいいや。とにかく、使うのはこれだよ。いいね、ミランダ」

 

 一郎が手を伸ばして、ミランダの顔の前に一本の張形を見せた。

 太さは普通だが、表面にねばねばとした油剤がたっぷりと塗ってある。

 しかも、つんとする刺激臭……。

 ミランダは思わず、目を見開いた。

 その張形から、さっきコゼが示した壺の中の油剤と同じ匂いがする。

 

「これは痒み棒という責め具でね、ミランダ。こんなものを股間に挿入されれば、痒くて痒くて死にそうになる。しかも、重ね塗りすればどんどんと痒くなる油剤が、際限なく表面に浮かぶようになっている」

 

 ロウが痒み棒という名の張形を股間側に持っていく。

 

「う、嘘っ」

 

 ミランダは竦みあがった。

 だが、次の瞬間には、背後からミランダの花唇に痒み棒の先端がぐいと当たった。

 その刺激で痒みが弱まる気持ちよさは、全身が溶けるような心地だ。

 思わず、うっとりと目を閉じたミランダの股間に痒み棒がぬるりと入ってきた。

 

「はあああっ」

 

 ミランダは我を忘れたような声をあげた。

 痒みが消滅する快感と安堵感……。

 同時に全身を痺れさせる快感……。

 ミランダはがくがくと全身を震わせていた。

 股間から熱い果汁がどろりと流れるのがはっきりとわかった。

 

「ああっ、あっ、ううっ、あああっ」

 

 ロウによる痒み棒による挿入が続く。

 ミランダは愉悦と恍惚に震え続けた。

 声を耐えるなど不可能事だった。

 それどころか、自分でも信じられないような甘い声のすすり泣きが口から迸る。

 

 なんという快感……。

 痒みが癒えていく。

 全身に染み透るような愉悦……。

 

 もう、どうでもいい……。

 女副ギルド長としての矜持や誇りなど、いまは捨て去っていた。

 それよりも、ロウのいうこの“調教ごっこ”に身も心も委ねよう……。

 ミランダは心の底からそう思った。

 

 痒み棒の挿入が続く。

 怖ろしいほどの快感がミランダを包み込む。

 だが、同時にそれは、取り残された一点の痒みの苦しさを増長させてもいた。

 股間の痒みを癒される気持ちよさが大きいだけに、いまだに刺激を受けていない菊座の痒みはミランダは発狂させるほどの苦しさを与えている。

 

「ロ、ロウ、お尻もして……。お、お尻も……」

 

 恥ずかしいとか言ってはいられない。

 駆け引きもない。

 股間の愉悦とお尻の掻痒感の狭間で、ミランダは心の底からの欲望を叫んだ。

 

「はしたないドワフ女だな。自分から尻をほじってくれというのかい?」

 

「い、いまはドワフ女でも、副ギルド長でもないわ……。ただの雌犬よ。だ、だから、お尻を」

 

 ミランダは言った。

 自分が戦闘種族のドワフ族だとか、ハロルドに集まる大勢の冒険者の強者を事実上束ねる副ギルド長だとか考えると、こんな仕打ちに耐えられるはずもなかった。

 だが、これはただ一時だけの“ごっこ遊び”の一環だと考えれば耐えられる。

 このめくるめく恥辱の快感に酔うことができる。

 

「そうだったな……。いまのミランダは、ただの雌犬だ。俺が悪かった……」

 

 ロウの笑う声がした。

 次の瞬間、ついにお尻の穴に痒み棒が押し入ってきた。

 

「あはあっ」

 

 ミランダは愉悦の声を迸らせた。

 だが、ミランダは生まれて初めて味わう肛姦の快感に震えあがった。

 あまりにも気持ちよすぎる。

 ミランダは怖くなり、無意識のうちにお尻を激しく振って、痒み棒を拒んでしまっていた。

 

「じっとしてくれよ、ミランダ。それとも、急にお尻が恥ずかしいという当たり前のことに気がついたのか」

 

 ロウがくすくすと笑って、すっと痒み棒を引っ込めてしまった。

 その瞬間に火を噴くような痒みがお尻の内側から襲いかかる。

 

「ああ、だめえっ──。ご、ごめんなさい。挿して──、挿してよお」

 

 ミランダは泣き叫んだ。

 

「どっちだい、ミランダ? お尻に挿すのかい? 挿さないのかい?」

 

「さ、挿して──挿して、ごめんなさい。挿して欲しいのよ」

 

 もうわけがわからない。

 痒いのか、熱いのか、くすぐったいのかも判別できない。

 とにかく、お尻に刺激を受けたい。

 さもないと発狂してしまう。

 いや、刺激を受けるのも怖い。

 あまりの快感に、おそらくミランダはミランダでなくなってしまう。

 それが怖い。

 再び、痒み棒がお尻に押し当てられる。

 

「それ、欲しいものだ」

 

 ずんという衝撃とともに、ミランダの菊座の中心に痒み棒が力強く押し入った。

 

「あああっ」

 

 ミランダは窮屈な前のめりの四つん這いの裸身をのけ反らせた。

 初めて味わうお尻への挿入は、圧倒的な愉悦のうねりとなってミランダの全身に襲いかかった。

 これまで味わった性の歓びとは桁外れのものがミランダの肉という肉を打ち抜く。

 息をするのさえ苦しいような快楽がミランダに襲い続ける。

 

「奥まで入ったぞ、ミランダ。どうやら、アナルセックスが病みつきになりそうな感じだな」

 

 ロウが愉しそうな声をあげた。

 

「これが好きなんだな、ミランダ。俺にはわかる」

 

 ロウがそう言いながら痒み棒をすっとお尻から抜いてしまった。

 はしたなくも抗議の声をあげようとしたミランダに、新しい衝撃が加わった。

 張形ではない。

 ロウの怒張そのものだ。

 それが痒み棒が抜かれた菊座を貫き始めた。

 

 お尻が灼ける──。

 全身が──。

 脳天が──。

 

 ゆっくりとロウの一物がミランダの肛門を出入りしていく。

 巨大な快楽の波濤がミランダを揉みくちゃにする。

 

「はあっ、はああっ」

 

 ただ叫んだ。

 快感と呼ぶには、あまりもの衝撃だ。

 ロウの肉棒がミランダの肛門を出入りするごとに、砕けるような巨大な快楽がミランダを圧倒する。

 あっという間に絶頂感に追い詰められる。

 ミランダは我を忘れた。

 

「いきそうだな、ミランダ。今度は気絶するなよ……。それから、いくときには“いく”というんだ。それが、俺の雌犬の掟だ」

 

 ロウがからかうような声をあげながら抽送を続ける。

 しかし、もうミランダには、それはどこか遠くで喋っている声のようにしか聞こえない。

 

 なんという快感……。

 なんという愉悦……。

 ミランダは自分が解き放たれるのを感じた。

 

「いぐうう──」

 

 ミランダは声をあげた。

 強烈な快感が全身を貫いていた。

 

「俺の精だ──。しっかりと受け入れろ。言っておくが、俺の精を受けるたびに、俺に逆らえなくなるぞ」

 

 ロウが言った。

 熱いものがお尻の奥で迸るのを感じた。

 そして、あの支配されるという大きな快感が、ミランダの心を再び鷲づかみにした。



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67  最強ドワフ女の陥落

 一郎は、ミランダがまたもや快感の頂点を極めようとしているのに合わせて、仰向けにして両腿を胸に押しつける体勢で犯しているミランダの膣の中の肉棒の動きを速めてやった。

 

「ロ、ロウ、いく、いく、また、いく……。いぐううっ──いぐうう──」

 

 ミランダは、足首の枷と、首輪に繋がっている手枷の鎖をガチャガチャと鳴らして、絶息するような息を吐きながら背をのけ反らせた。

 

 また達したのだ。

 本格的な性交になってから、ミランダの絶頂は二桁に達している。

 あの百戦錬磨の副ギルド長のミランダが、すでに半狂乱だ。

 無理もない。

 

 前の穴も後ろの穴も、特別に調合した媚薬入りの掻痒剤をたっぷりと塗りつけていて、犯すたびに怖ろしいほどの快感が全身に走るようにさせている。しかも、少しでも犯されるのをやめると、怖ろしい痒みが襲いかかるという仕掛けだ。

 ミランダは、どんなに精根尽きかけていたとしても、意識を失う寸前まで、望んで凌辱され続けるしかない。

 それくらい切羽詰まった痒みのはずだ。

 

「いくら達してもいいよ。ミランダのよがる姿は本当に可愛いよ」

 

 怒張に噴き出したミランダの愛液が絡みつくのを味わいながら、一郎は中断することなく抽送を続けている。

 絶頂の余韻に耽ることも許されず、さらに高みに昇らされようとしているミランダはますます狂乱状態だ。

 

 それにしても……。

 

 ミランダの膣は、まるで吸いつくようにぐいぐいと力強く一郎の怒張を締めつけてくる。

 一見、小学生ほどの童女にしか見えないミランダだが、やはり、股間は大人のそれだ。

 しかも、怪力で知られているドワフ族においても有名な女傑だけあり、股間を締めつける力が凄まじく強い。

 自分の性欲をコントロールできる淫魔師の一郎でさえ、ミランダの膣の締めつけには、思わず精を搾り出されそうになる。

 しかも、締めつけるだけではない。

 膣の中の襞がまるで生き物のように肉棒に絡みついて吸いつくのだ。

 

 “蚯蚓(みみず)千匹”──。

 そんな古めかしい女の名器の言い回しを思い出す。

 ミランダがそんな名器の持ち主なのは間違いない。

 これが、もしも淫魔師でない並の男であれば、どんな男でもたちまちに達してしまうのではないかと思った。

 

 だが、ミランダの股間がそんな風に名器の現象を起こすのは、ミランダが二度、三度と達して、すっかりと乱れてからのことだ。

 だからこそ、このミランダの股間を味わうには、ミランダの膣の気持ちよさに長く耐えて、ミランダを続けざまに昇天させられる男でなければならない。

 だが、そんな男はこれまでにいなかったと思う。

 先日、自白剤を飲ませて白状させたミランダの性遍歴によれば、ミランダの身体を抱いた男は十人いるが、誰も性交を長く続けられた男はいないらしい。

 つまりは、どの男もこの乱れるミランダを引き出すことはできなかったのだ。

 

 もしも、ミランダのこの秘密を知っていれば、どんな男でもミランダを手放しはしなかったに違いない。

 一郎はミランダの膣の奥にある子宮に近い一点を強く擦ってやった。

 そこは淫魔師である一郎だけにわかるミランダの最大の性感帯だ。

 

「んぐうううっ」

 

 ミランダが吠えた。

 また、絶頂したようだ。

 さらに、ミランダは汗みどろの顔を一郎の胸にぐいと押しつけてきた。

 小矩のミランダは、こうやって抱き合うと頭が一郎の胸までしか来ない。ミランダは、なにかを探すように口を開き、一郎の二の腕にがぶりと噛みついた。

 

「んぎいっ」

 

 思わず悲鳴をあげそうになるくらいに痛かった。

 だが、ミランダには一郎に噛みついているという意識はないだろう。

 一郎は冷静にミランダを観察しながら一度怒張を抜いた。

 それをさせまいとするかのように、ミランダの股間はぐいぐい奥に一郎の怒張を引っ張り返そうとしてくる。

 構わずに引き抜くと、ぽんという吸盤が離れるような音とともに一物が抜け、ミランダの大量の愛液がどっと股間から垂れ落ちた。

 

「ああ、まだ、まだよ。待って、ロウ──。やめないで──」

 

 ミランダが必死の声をあげた。

 一郎はあまりのミランダの切羽詰った様子に笑ってしまった。

 

「やめやしないよ、ミランダ。でも、そろそろ、また後ろをほじって欲しいだろう。さあ、後ろを犯すあいだは、これを咥えておけよ」

 

 一郎は横に置いていた痒み棒をたったいままで一郎の性器が貫いてたミランダの膣に捩じり込んだ。

 

「んああっ」

 

 ミランダはそれだけの刺激で、またもや昇りつめそうになった。

 あまりもの休みのない連続絶頂で、ミランダの全身は弾けるほどに敏感な状態になっているのだろう。

 一郎は淫魔の力でさらに捩じり棒に回転と蠕動の運動をさせた。

 ミランダの股間で激しく痒み棒の張形が暴れ出したのがわかる。

 張形の表面にある強烈な掻痒剤をたっぷりとまき散らしながら……。

 

「ひいいっ、ひいっ、ひいいっ」

 

 ミランダが奇声をあげて全身を悶えさせる。

 首輪に繋がった手錠に拘束されている両手首が、右に左にとミランダの上半身とともに激しく動く。

 その姿は本当に可愛い。

 一郎はミランダの身体をひっくり返して、ミランダの小さな菊座に亀頭を当てた。

 淫魔の力で一郎の性器の表面に潤滑油を浮かべなくても、さっきから数回ミランダの尻の穴に精を注ぎ込んでいるので、それが潤滑油の役割を果たしてくれる。

 

 ぐいと怒張を肛門深くに貫かせていくと、ミランダが快感が迸るような悲鳴をあげた。

 こうやって、犯している一郎にも、肉壁を通じて、膣で振動をしている張形の刺激が股間に伝わってくる。

 敏感な前の穴でそれを受けながら、尻を犯されているミランダは堪らないだろう。

 ミランダの全身に強烈な快美感が暴れ狂っているというのは、一郎にはわかっている。

 

 そのミランダに肛姦の悦楽を極めさせながら、一郎は広間の隅でこっちを見守っている女たちにちらりと視線を送った。

 さっきまでは、女たち同士で百合の性愛をかわしていたが、いまは、責め役のコゼも、受け役のエリカとシャングリアも、こっちをじっと見ている。

 あの三人がミランダの狂乱にあてられて、すっかりと身体が昂ぶっているのは丸わかりだ。

 三人のステータスにもそれが表れている。

 

 だからといって三人はもうお互いで愛を交わし合わそうとはしない。やはり、女同士で得られるものでは、満足感は中途半端のようだ。

 三人が一郎に犯してもらいたがっているというのは、あの顔つきを見ればわかる。

 先に精を与えた屋敷妖精のシルキーは、いまは家事をするためにここを離れているが、あの三人にはまだ一度も一郎の精を与えていない。

 

 今日はミランダを徹底的に犯すと告げているので、割り込んでくるようなことはしないが、ミランダがひと段落つけば、争って一郎に飛びかかってきそうな目つきだ。

 

 まるで、雌の肉食獣のようだな……。

 一郎は彼女たちを眺めて思った。

 長い夜はまだまだ続きそうだ。

 激しく乱れるミランダの尻を犯しながら、一郎は思わずほくそ笑んでしまった。

 

 

 

 

 目覚めたのは、ギルド本部内にあるミランダの部屋だった。

 ミランダが執務をするための部屋だが、隣接する寝泊りをする場所もある。以前は、このギルド本部のほかに、ちゃんとした家もあったのだが、ほとんど帰ることもないし、家族もいないミランダは、そこをほとんど使っていなかった。

 もったいないから、いまでは、そこは引き払って、このギルド本部の部屋がミランダの「家」だ。

 

「くっ」

 

 いつも使っている簡易寝台から起きあがろうとして、ミランダは思わず声をあげた。

 それは、昨日のロウによる凌辱のあとで、帰り際にはかされた下着によるものだった。

 夕べは夜になるまで、あの「幽霊屋敷」でミランダは繰り返しロウに犯された。

 

 ロウの抱き方は激しく、そして、鬼畜だった。

 強姦まがいのセックスを繰り返し強要され、ミランダはほとんど思考停止状態に陥った。

 だが、一方で、あれだけの快感を与えられたのは、生まれて初めてのことだった。

 そのまま監禁でもされるのかと思ったほどだったが、ロウはそれほど遅い時間になる前にミランダを解放し、このギルド本部の裏まで馬車で送り届けてくれた。

 

 しかし、その前に、この下着を装着されたのだ。

 腰の部分が鎖で、股間に当たる部分が細い革製のベルトのような構造の下着だ。隙間から指を差し入れたりすることができない構造になっているうえに、勝手には外せないようになっているのだ。

 特殊な魔道がかけられている魔道具であるらしく、返してもらった「魔道リング」を用いたミランダの魔道でも外すことはできなかった。

 ロウによれば、ロウの告げる「合言葉」でなければ、外すことはできないらしい。

 そして、ミランダを悩ましているのは、この下着の意地の悪い仕掛けだ。

 股間に当たる部分の内側に大小の突起が幾つか付いていて、ミランダが身じろぎするたびに、ミランダの敏感な股間を刺激するようになっているのだ。

 

 一応は小尿はできる。

 尿道の部分には小さな穴が開いていて、下着が汚れるのを気にしなければ、なんとか、そこから尿を外にだすことだけはできる。ただ、排便は不可能だ。突起が膣だけではなく肛門の入口を埋めるようにしっかりと食い込んでいる。

 

 いずれにしても、なんともいやらしい「魔道の下着」だ。

 ロウは、朝のうちのギルド本部に顔を出すと話していたし、そのときに、合言葉を教えてもいいと言っていた。

 もっとも、それは、ミランダがそれを望めばということだ。

 

 ミランダは、股間の疼きに耐え、洗面をするために寝台を降りた。

 おしっこがしたかったが、まだ限界というほどではない。

 我慢しようと思った。

 ロウはそれほど遅くならないうちに、やってくるはずだ。

 尿でびしょびしょに汚したこの下着をやってきたロウに眺められるのは嫌だ。

 

「ああ……」

 

 顔を洗うための水が準備してある部屋の隅に向かおうとして、ミランダは、甘い声の混じった息を漏らしてしまった。

 股間の刺激にどうしても声が出てしまう。

 ミランダは歯をぐっと噛んだ。

 ひと晩中、これを身に着けていたために、さすがにいくらか慣れたものの、動くと股間の内側の突起が女体の敏感な場所をこれでもかというほどに刺激してくる。

 

 ミランダはすでに革帯の内側がびっしょりと濡れているのをはっきりと感じていた。

 この突起のせいで、昨日あれほど激しく抱かれたのに、満足する眠りを得ることができなかった。

 いまでも、身じろぎするたびに加わる突起の刺激が、昨日の途方もない絶頂の残り火を掻きたてるような疼きを沸き起こさせる。

 それでも疼きに耐えながら洗面を終わらせる。

 

 次に、寝着の上下を脱ぎ、ロウに装着された革帯の下着一枚だけの姿になった。布を桶に入れた水に浸して身体を拭く。

 ミランダの全身は汗びっしょりだった。

 それを丹念に拭い取っていく。

 だが、そんな動作のひとつひとつが革帯の突起の動きを呼び、ミランダの局部を刺激する。

 やっと、なんとか身体を拭き終わった。

 最後は股だ。

 ミランダは、次に大きく息を吐いてから布で股間を拭った。そこは革帯で押さえることのできなかった大量の蜜が隙間からにじみ流れている。

 

 それにしても……。

 頭がぼうっとしたように重い……。

 身体の手入れを終えたミランダは、半裸のまま、そばの椅子に腰をおろした。

 頭だけではない。

 身体も熱い……。

 とても気だるくて力が入らない。

 無論、原因はわかっている。

 昨日のロウとのセックスだ。

 あの経験のない激しい快感が、甘い疼きをまだミランダの身体の中に残したままだ。

 しかも、この股間に嵌められている革帯の淫具がさらに新たな性感を刺激して、ミランダを悩ませ続ける。

 そのとき、ミランダの私室と執務室を隔てる扉が外側から叩かれた。

 ミランダはどきりとした。

 

「あたしです……。サラです」

 

 声をかけてきたのは、ミランダ付きの当番の女従者だ。ギルド本部で寝泊りをしているミランダに交替でついている侍女だ。

 

「な、なに? い、いま着替え中なのよ。開けないで」

 

 ミランダは慌てて叫んだ。

 

「冒険者のロウ殿がロビーに来ています。面談の約束があると言っておられますが……」

 

 ミランダは息を呑んだ。

 やって来るとは思っていたが、こんなに朝早く訪れるとは思っていなかったのだ。

 

「そ、そうね……。そうだったわ。忘れていたの。空いている個室に案内しておいて」

 

 ミランダはそう指示してから、横の机に置いたままだった二種類の服に視線をやった。

 一枚はいつもミランダが身に着けている革製の上下のスーツだ。身体にぴったりとする材質であり、ミランダはそれを好んでいつも身に着けていた。

 

 人間族やエルフ族に比べれば、小矩であるドワフ族は、一見だけでは彼らの子供程度の年齢に思われるほどの背の丈しかない。しかも、ミランダは童顔であり、人間族の少女のような外見はミランダの劣等感だ。

 だから、ミランダは、普段は、あえて少女が身に着けることがない身体の線がぴったりと浮き出るような服をいつも着ている。

 その革のスーツが机の左側に乗っている。

 

 もうひとつの服は、その隣に拡げてあり、昨日帰り際にロウに渡されたものだ。

 同じような革の布地だが、下がズボンではなくスカートになっている。しかも、スカートの丈が短く、ミランダの腿の半分くらいの長さしかない。

 あのロウは、自分の女に短いスカートをはかせるのが好きなのだ。

 素早い動きが持ち味のコゼは、動きを妨げるスカートははかないが、エリカのスカートは短い。シャングリアもロウ好みの短いスカートしかはかないと宣言をしている。

 

 いつもの革のスーツのズボンか、あるいは、昨日渡されたスカートのいずれを身に着けてロウの前にやって来るかが、ミランダに与えられている選択だ。

 

 つまり、やってきたロウの前にミランダがズボンをはいてくれば、昨日のことはすべてなかったことにして、あれはひと晩限りの「遊び」と割り切り、これまでの通りの副ギルド長と冒険者という関係を続けるということになっている。

 もちろん、股間の下着を外す合言葉が告げられ、二度とこれが装着されることもないと言っていた。

 

 だが、もしも、ミランダがロウの渡したスカートをはいてロウの前に行けば、それはミランダがこの関係を受け入れたということになる。

 ロウは、一郎の性奴隷になった洗礼として、少なくとも十日はこの股間の革帯を装着したまま暮らしてもらうと言っていた。

 つまり、ミランダが、副ギルド長の立場にありながら、ロウの命令で身体を犯される情婦、「性奴隷」になるということど。

 

 そういうことになっている。

 いずれにしても、ミランダの選択は終わっている。

 大して迷うこともなかった。

 そんなものは、自明の理だ。

 そして、テーブルの上にある片側の衣服を身に着け始めた。

 

 

 *

 

 

「ま、待たせたわね」

 

 待っていた個室にやってきたミランダは、しっかりと一郎が夕べ渡したミニスカートを身に着けていた。

 ほっとした。

 

 淫魔の力により、すでにミランダの心は一郎が好きなように操りの呪術を加えられるようになっているが、ロウはミランダの心を操作していない。

 いまだに、ミランダはしっかりと自分自身の意思を保った状態のままのはずだ。

 ロウは、強要されていないミランダの本来の意思を確かめたかったのだ。

 だから、ズボンかスカートかという選択をミランダにさせた。

 果たして、ミランダはしっかりとロウが選んだミニスカートの服装をしてきた。

 

「あなただけ?」

 

 ミランダは部屋を見回しながら言った。

 部屋で待っていたのは一郎だけだったからだろう。

 一郎がロウがギルド本部に、ひとりでやってきたのは初めてだ。

 

「コゼが一緒だ。ただ、外で待たせている。馬車の馭者番をしているんでね」

 

 一郎は言った。

 残りのエリカとシャングリアは、まだ屋敷にいる。

 夕べ、ミランダを返してから、三人の性奴隷たちを代わる代わる抱いた。

 そのとき、少しばかり激しく抱きすぎたらしく、あのふたりはまだ横になっていると思う。

 コゼも身体がだるそうだったが、一郎が無理矢理に連れてきたのだ。

 

「それよりも、スカートを身に着けてきたということは、覚悟は決まったということでいいね、ミランダ?」

 

「あ、あなたに従うわ、ロウ……。あたしを調教して……」

 

 ミランダは苦悩するような表情で眉間に皺を寄せていたが、その瞳はすっかりと官能で潤んでいて、顔は上気している。

 とても淫らな表情だ。

 一郎は頷いた。

 

「じゃあ、俺のお願いも聞いてくれるね?」

 

 “一郎のお願い”というのは、もちろん、一郎たちが住み処とすることにしたあの郊外の幽霊屋敷を未解決のクエスト扱いにすることと、ギルドの記録から一郎とエリカの名を消すことだ。

 一郎はミランダのそばに寄り、一郎の前に立っているミランダのスカートをたくし上げて、革帯の喰い込んでいる付け根の近くの内腿の表面を撫ぜた。

 

「そ、それは心配しないで……。ちゃんとやっとく……。で、でも、ちょっと、ここで……?」

 

 ミランダは抵抗はしなかったが、驚いた表情になった。

 

「ここでもどこでもだ……。俺の情婦になるということは、俺にどんな抱かれ方をしても、嫌だとは言わないということだ……。まあ、エリカたちのように、四六時中というわけにはいかないと思うけど、時々、幽霊屋敷に来るといい……。たっぷりと可愛がってあげるよ」

 

 一郎は股間の革帯をぐいぐいと下から捏ねあげる。

 

「うう……お、お願いよ……。ここでは……」

 

 ミランダは腰を引きながら、頭を振って懇願した。

 だが、手では抵抗しようとしない。

 いまだに、呪術の縛りをしていないミランダは、この一瞬でも一郎を振りほどき、望めば片手で一郎の首の骨を折ることもできるはずだ。

 しかし、ミランダはそれをしようとする素振りも見せない。

 ただ、強張ったまま頬を真っ赤に染めるだけだ。

 

 一郎は、“合言葉”を口の中で呟いた。

 その瞬間、ミランダの股間にはまっていた淫具が音をたてて床に落ちる。

 そのまま、ロウはミランダをテーブルに押し倒して、スカートを腰の上まで完全にたくし上げて、両脚をM字に曲げさせた。

 すっかりと股間は濡れている。

 なんの前戯も必要ない。

 一郎はズボンから一物を取り出すと、真っ赤に熟れているミランダの股間に怒張をずぶずぶと挿し入れていった。

 

「はああっ」

 

 ミランダが大きく背を反らせて、かすれるような声をあげた。

 

「一度、達したら、今日からしばらく、その貞操帯を装着したまますごしてもらうからな、ミランダ。その代わりに、貞操帯を装着しているあいだは、毎日通おう」

 

 一郎はミランダの蜜壺を激しく犯しながら宣言した。

 だが、それを聞いているのか、聞いていないのか、ミランダは一郎の与える怒張の快感によがり悶えるだけだ。

 

 しかし、今日は昨日以上の「調教」がミランダには待っている……。

 今度はミランダには、それを逃れるすべはない。

 一郎はミランダを犯しながら、今度こそしっかりと呪術の縛りをミランダに与えた。

 

 この百戦錬磨の副ギルド長を羞恥責めできる……。

 一郎はそれを愉しく想像しながら、ミランダの股間に股間を叩きつけ続けた。

 

 

 

 

(第12話『新たなる日常』終わり)



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 第13話  操られたエルフ女
68  女衒男への依頼


 ランがジョナスに案内されてやってきたのは、大きな商家の建ち並ぶ界隈の片隅にある建物のひとつであり、そこから地下通路に降りた場所にあった最初の小部屋だった。

 調度品もほとんどない殺風景な部屋だ。部屋には簡易寝台がひとつと椅子と部屋を照らしている壁際の燭台があった。ほかにはなにもない。

 ただ、地下全体には、まだまだ、部屋もたくさんある感じだ。しかし、一階の階段からおりて、もっとも手前の部屋がここであり、さらに地下の奥側については、ランにはわかりようもない。

 

「きょ、今日はここで……ですか……?」

 

 ランは横にいるジョナスに視線を向けた。

 さまざまな場所でランを抱いて辱めるのが常のジョナスだったが、今夜はふたりきりで抱いてくれるのだろうかと思った。

 鬼畜趣味のジョナスとしては、大人しいシチュエーションだ。

 

「一切の質問は禁止と言ったはずだ、ラン……。とにかく、後ろに腕を回せ。服は着たままでいい」

 

 ジョナスは下品な笑い声をあげた。

 ランは、この笑いに接するたびに、どうして自分がジョナスというこの中年男に惹かれるのだろうかと疑問に思う。

 だが、好きなのだ。

 好きだという気持ちに理由などない。

 ランは、この鬼畜趣味のジョナスを愛していた。この気持ちは、もうどうしようもない。

 

 この髭面の四十男の恋人になってから、なにも知らない少女だったランは、ありとあらゆることを覚えさせられ、あらゆることをされた。

 当たり前の場所だけではなく、口やお尻を使ってジョナスを悦ばすことも覚えた。

 半裸に近い恥ずかしい服装で賑やかな城郭を歩かされたこともある。

 酒場のテーブルで他の酔客の見ている前で、ジョナスに犯されたこともある。

 また、ジョナスは、自分の女を他人に抱かせて眺めるのも趣味であり、縄で括られて三人の男に犯されたこともある。

 大便や小便さえも、辱めの材料にされた。

 ジョナスは、これを「調教」と呼ぶ。

 とにかくジョナスは、女が恥ずかしがったり、屈辱に顔を歪めたりするのがなによりも好きなのだ。

 

 ジョナスは好きだが、鬼畜な調教に慣れることはない。

 見世物のような辱めを受けるたびに、ランの心は嫌悪感で覆われる。

 それでも、ランがジョナスと離れないのは、ジョナスを心から愛しているからだ。

 

 ジョナスと出逢ったのは三箇月前だ。

 そのころ、ランは小さな食堂で働いていて、数週間後に結婚式を控えていた青年もいた。

 

 ジョナスは、ランが働いていた食堂にふらりとやってきた冒険者であり、お世辞にも素敵な男性とは思えなかった。

 ぱっとしない風采だ。決して美男子というわけでもない。なによりも十八歳でしかないランにとっては、ジョナスなど父親の年齢に近い中年男だ。

 また、心を奪われるような魅力が溢れているという感じでもない。

 話がうまいわけでもない。

 むしろ、客としてやってきたジョナスは、あからさまにランに好色な視線を送っていて、しかも、露骨な口説き文句を語ったりして、ランはすぐに腹がたったのを覚えている。

 

 だが、なぜか、そのジョナスが店を出るときには、ランはジョナスから離れられないという気持ちになっていた。

 その感情を説明することなどできない。

 ランは、店を飛び出してジョナスに声をかけ、連れ込まれた安宿で処女を捧げた。

 そして、ジョナスの女になった。

 

 ジョナスに命じられるまま、働いていた食堂をやめ、婚約も解消した。

 そのまま、ブラボー・ランクのフリーの冒険者だという彼の身の回りの世話をする「妻」のような立場になり、彼が家として使っている安宿の部屋に寝泊りし、彼の求めるままに身体を捧げた。

 ランはどんなことでもした。

 

 ジョナスが望めば、どこであろうと身体を許したし、それがどんなに破廉恥で受け入れることができないことであろうと、受け入れた。

 捨てられたくなかったのだ。

 血が凍るほど嫌なことでも、逆らえば、ランを捨てると言われれば、もうランには逆らう気力がなくなった。

 ジョナスに捨てられるというのは、いまのランにとっては、死ねと言われるのと同じなのだ。

 

 ランが背中に回した細腕に革帯がしっかりと巻かれて固定される。腰の括れの後ろで水平に重ねるように腕を回していたが、重ねた二本の腕全体を覆うように革帯を巻きつけられたのだ。

 

「いつも、可愛いぞ、ラン」

 

 ジョナスが後ろから耳元にささやいた。

 たったそれだけで、ランの身体にはぞくぞくとした期待感が胸に込みあがる。

 

「舌を出せ」

 

 ジョナスがランの身体を自分に向かせた。

 ランは大きく口を開いて舌を出して伸ばす。

 命じられたら、どんなことでも逆らってはならない。

 それが、この三箇月間、ジョナスにしっかりと刻まれた躾だ。

 すでに心にも身体にも刻み込まれている。

 ジョナスは、思い切り舌を前に出しているランの顔を満足気に眺めてから、おもむろにランの舌を舐め始めた。

 そして、舌全体を口で包み込み、長い時間をかけてランの舌と口腔を口で愛撫した。

 

 やがて、ジョナスは口を離した。

 まだ、舌を戻していいと言われていないので、ランは涎の垂れる舌を出したままだ。

 

「これで終わりかと思うと、もう少し長く愉しんでもよかったかと思うな。まあ、未練が残るくらいが潮時なのだろう。次のご主人様にも可愛がってもらえ」

 

 ジョナスが笑った。

 ランは、ジョナスの言葉に目を丸くした。

 

「さよならだ。達者でな。普段は“奴隷の首環”を装着させてから売っ払うんだが、魔道具で服従を余儀なくされている女を調教しても面白くないという先方の注文でな」

 

 それだけを言い、ジョナスはランを突き放すように部屋から出ていく。

 驚いているランの前に、ジョナスと入れ替わるように入ってきたのは、腹の出た初老の男だった。後ろに付き人のような男を従えていた。

 男はその右手に細い杖のようなものを持っている。

 とりあえず、ランはジョナスがいなくなったので舌を引っ込めた。

 

 これはどういうことだ?

 いまのは別れの言葉?

 ジョナスがランをいまさら捨てるということはないと思うが、これはなにかの演出なのだろうか?

 

「お前がわしの新しい奴隷か?」

 

 初老の男が、ランの姿態を眼踏みするように上から下までじっくりと見回す。

 

「あ、あの、あなたは……?」

 

 誰だと訊ねようとしたら、男が持っている杖が伸びて、ランの腹をぐいと突いた。

 

「んぐううっ」

 

 凄まじい苦痛に、ランは悲鳴をあげてその場にうずくまってしまった。

 着衣の上からだったが、その杖が触れた場所に、怖ろしいほどの激痛が加わったのだ。

 

「な、なにを……」

 

 下から男を見つめ返すと、すかさず杖が首筋に突きつけられた。

 

「あがああっ」

 

 ランはスカートがめくれるのを構うこともできずに、ひっくり返った。

 

「立て──立たんか──。さもないと、何度でも『電撃棒』を食らわせるぞ」

 

 電撃棒──?

 

 すでに、それがどういうものであるかは、ランはすでに身体で知った。

 相手に怖ろしいほどの電撃の苦痛を与える魔道具に違いない。

 とにかく、ランは懸命にその場に立ちあがった。

 電撃棒による苦痛と恐怖はまだ続いていて、立ちあがったランの膝はがくがくと震えていた。

 

「お前は、今日からわしの奴隷だ」

 

「ち、違います。わ、わたしはジョナス様の……」

 

「ジョナスは、わしにお前を売った」

 

「う、嘘です──」

 

 ランは信じなかった。

 しかし、男は再び電撃棒をランに向けた。

 鞭の先が当たったのは、ランが身に着けていた短いスカートの内側だ。

 ランはジョナスの命令で、いつも膝の半分よりも短いスカートをはいていたのだが、その裾をめくるように男の杖が入ってきた。

 

 はっとした。

 しかも、棒の先はランのはいている下着の中心に触れている。

 

「うぐううっ」

 

 避ける暇もなかった。

 思考が飛ぶような激痛が股間に拡がった。

 気がつくと、ランは失禁とともに、その場にしゃがみ込んでいた。

 

「小便をもらしおったか。ちょうどいい──。その小便の上に土下座をしろ。それが奴隷の挨拶だ」

 

 電撃棒が伸びる。

 ランは慌てて退がろうとした。

 だが、いつの間にか、あの部下らしき男がランの背後に立って、逃げ場を塞いでいる。

 逃げられない。

 やむなく、ランはその場に両膝をついて、自分が作った尿だまりの上に正座をして頭を下げた。

 

「遅い──。それに、額をちゃんと床につけんか、奴隷──」

 

 肩にずんという衝撃がした。

 またもや電撃棒だ。

 ランは自分の尿の上にひっくり返った。

 

「勝手に寝るな──。今度痛がる素振りをしたら、我慢できるようになるまで、百発ほど電撃を食らわせるぞ、奴隷──。言っておくが、この電撃棒はこれが最大じゃない。まだまだ、電撃をあげられるのだぞ」

 

 ランは今度こそ、心の底からの恐怖に覆われた。

 もう、男に逆らうという気持ちは消し飛んでいた。

 ランは起きあがると、しっかりと正座をして、額を自分の尿がこぼれている床に擦りつけた。

 

「お前はわしのなんだ?」

 

 男が上から叫んだ。

 

「ど、奴隷でございます」

 

 ランは声をあげた。

 大きな哄笑が頭の上から聞こえた。

 

 

 *

 

 

「お愉しみでしたね、ルロイ様」

 

 ジョナスは口にしていた杯をテーブルに置いて頭をさげた。

 富豪のルロイがランを責めあげる状況は、この別室からずっと見守っていた。

 この地下は、ルロイが趣味である嗜虐の性癖を満足させる場所であり、ランが拷問まがいの凌辱を受けた部屋は、ルロイが「調教室」と呼んでいる部屋だ。

 その調教室の状況については、ルロイが調教室の壁に設置した魔道具により、この部屋の壁に映し出されていた。

 ランという新しい「玩具」をルロイに連れてきたご褒美というところだ。

 いまでも、そのランの姿は壁に映し出されている。

 

 最初は着衣のままルロイの操る電撃棒で打ちのめされ続けていたが、やがて、鎖で宙吊りにされ、身に着けているものをびりびりに破かれて、ルロイに前と後ろの穴を一発ずつ犯された。

 そのあいだも、繰り返し電撃棒を浴びていたので、すでに虫の息だ。

 

「まあ、小娘だがいい味だった。だが、簡単に鞭で屈伏したのは興醒めだったな。もう少し抵抗して欲しかったところだ……。まあいい。一箇月程度は愉しませてもらう」

 

 ルロイはジョナスと向かい合う椅子に座りながら言った。

 ジョナスは苦笑した。

 

 操り師の呪術で心を支配したとはいえ、あのランをあそこまで仕込むには、三箇月かかった。

 それなのに、この好色男は一箇月しか愉しむつもりはないらしい。

 まあ、ジョナスとしては元手はかかっていないし、支払うものだけ払ってもらえれば、捨てられた小娘など、どうなっても知ったことではない。ただ、面倒なことにならないように、離れる前にランからジョナスに関する記憶を抜き取っておく必要はあるだろう。

 

 ジョナスは、相手の顔を眺めることで、その感情を読心して、その感情を操ることができる。

 それがジョナスの密かな能力だ。

 特に、相手が若い女の場合は、ほぼ完全に相手の心を操ることが可能だ。

 記憶さえも操作できる。

 

 ジョナスは、自分に備わるその呪術の力で、目の前の女の心を捩じってジョナスに対して猛烈な恋心を抱くように心を操り、さんざんに弄んだ挙句にこうやって売り飛ばすということを生業にしていた。

 

 つまりは、女衒だ。

 

 ランのように、好色家の気に入りそうな若い女を見つければ、呪術の力で虜にしてさらい、弄んだ末に、こうやって適当な好事家に売りつけるのだ。

 

 それなりの金になった。

 娼婦や奴隷女には飽きている分限者は事欠かず、ジョナスが連れてくる本当の素人女を寝とりたいという好き者は多い。

 いまでは、客が客を呼ぶようにもなっていて、ジョナスの得意先もかなり増えた。

 目の前のルロイも以前に女を収めたことのある客の紹介で取引することになった「客」だ。

 これでも、商業ギルドの重鎮で、かなりの実力のある男らしい。

 

 

 この女衒商売は、最初は冒険者の仕事の傍らに始めた商売だったが、いまでは、こっちが本職で、冒険者が片手間のようになっている。

 ただ、冒険者としてギルドに席を置いていないと、移民であるジョナスは、この王都に居続ける権利を失ってしまう。

 だから、一応はジョナスはまだ冒険者だ。

 しかも、ブラボー・ランクだ。

 

 ジョナスがいつ頃から、この呪術を目覚めさせたのかは忘れた。

 ただ、はっきりと自分には他人の心を操れる能力があるとわかったのは、十年前のことであり、ジョナスが三十歳のときだ。

 もっとも、その事実は、目の前のルロイを始めとして誰も知らない。もしも、ジョナスにそんな能力があるとわかれば、おそらく世間はジョナスの存在を許さないだろう。

 危険な人物として捕らわれ、なにかの陰謀に利用されるか、あるいは、抹殺されるかだ。

 いずれにしても、ジョナスにとって、愉快な未来は想像できない。

 だから、ジョナスは、自分が他人の心を操れるという秘密を墓場まで持っていくつもりだ。

 

 第一、ジョナスの操り師としての能力は万能には程遠い。

 なにしろ、操り師として強い呪術を加えられるのは若い女だけなのだ。

 男や老女などには、かなり限定される。

 漠然と相手の感情くらいは読めるが、相手の心に抵抗がある方向には感情は操れないし、操作できるのも、あくまで感情だけだ。

 男相手に記憶操作まではできない。

 

 たとえば、目の前のルロイにここで死ぬということを命じることはできない。なにかのきっかけで、ジョナスに対して恐怖心を抱くようにはさせられるが、死にはしないだろう。

 また、全財産をジョナスに貢がせるという感情を与えることも不可能と思う。

 ジョナスにできるのは、満足したルロイがジョナスに支払う代金を上乗せしてもいいという感情を抱かせたり、ジョナスのことを秘密にして、絶対に他言しないという縛りを与えることくらいだ。

 それは、本来のルロイの感情を増幅することであり、簡単なのだ。

 いずれにしても、相手の心に反して恋心を抱かせるというような強烈な「刷り込み」の力を駆使できるのは若い女だけのことだ。

 それでは、能力を生かせる状況は限られてしまう。

 それで始めたのが、女衒の商売だ。

 

「代金は金貨でいいかな……。それといい仕事をしてくれたので上乗せしておく」

 

 ルロイが合図をした。

 影のように従っている男がテーブルの上に十枚ほどの金貨を乗せた。もちろん、余分な金貨を払いたくなるように、ルロイの心に影響を与えている。

 

「どうも、ありがとうございます」

 

 ジョナスは頭を下げ、布袋を取り出して金貨を袋に入れた。

 

「ところで、最後にランに会って帰ります。一応は別れの言葉を告げて、因果を含めたいので……」

 

 ジョナスは言ったが、それは実は別れの言葉のためではなく、もう一度呪術を遣って、ランからジョナスの記憶を抜くためだ。

 呪術で支配をしていても、これをそのままに放置していると、いずれは操りが解けて、不可思議な術で心を操られたということに、女たちが気がつくのだ。

 そうすると、女たちのひとりから、どんなかたちでジョナスが操り師であることが洩れないとも限らない。

 だが、いまのうちに記憶を抜いておけば、二度とジョナスのことを思いだすことはない。

 

 ランの場合は、自分の意思で家族や婚約者を捨てたという記憶は残るが、それがどういう動機だったかは思い出すことができなくなるはずだ。

 これまでの経験からジョナスは、それがわかっている。

 

 だが、そのとき、ルロイの心に、ジョナスの発言に対する不快な気持ちが沸いたのがわかった。

 ルロイは、すでにランをジョナスから買い取っている。

 それなのに、ランの昔の男のような振る舞いをされるのは気に喰わないのかもしれない。

 

「なあに、俺に売られたとはっきりと悟れば、ルロイ様の調教にもこれから身が入るというものでしょう。それで抵抗心が生まれれば、それはそれで愉しいでしょう。どの道、ランは逃げられんのだし」

 

「それも、そうか……」

 

 ジョナスの言葉で気をよくしたのか、ルロイの心にあった「不快感」が小さくなった。

 すかさず、ジョナスは、操り術でルロイの感情を操って、発生した不快の感情を完全に沈めてやった。

 相手が男でも、その程度はできる。

 

「そうか、わかった」

 

 ルロイは、あっさりとうなずいた。

 ジョナスが操り師であることを知らないルロイには、ジョナスがルロイの感情を操ったことはわからないだろう。

 

「……ところで、ジョナス。いい仕事をしてくれたお前に、手に入れて欲しい女がいる。以前からひそかに目をつけている女で、それが手に入れば、さっきの金貨の五倍……いや、十倍支払うがどうだ?」

 

 そのとき、不意にルロイが言った。

 ジョナスは驚いた。

 十倍といえば、金貨百枚だ。

 女を売って得られるものとしては破格だ。

 

「エルフ女だ。名前はエリカ……。お前と同じ冒険者だ。以前、偶然城郭で見かけてな。あまりの美しさに驚いて、部下に調べさせたら、冒険者ということがわかったのだ。あの女を愉しみたい。それをかなえてくれれば、金貨百枚払う」

 

 ルロイが真剣な表情で言った。

 どうやら本気のようだ。

 ジョナスは思った。

 

 エリカという女エルフは知っている。

 たしか三箇月ほど前にやってきた冒険者であり、やたらと美女が集まっている平凡そうな三十男がリーダーのパーティに属する女だったと思う。

 あの女騎士のシャングリアが加入したパーティということでも有名だ。

 嘘か本当か知らないが、その男がシャングリアの情夫という噂もあり、ハロルドの冒険者ギルドに属する者で、あのパーティを知らない者はいないだろう。

 それに、ギルド加入して、まだ三箇月程度のはずなのに、すでに数個の特異点封鎖の功績もある、いま、一番勢いのあるパーティであることは間違いない。

 

 あのエルフ女か……。

 

 ジョナスは黄金の髪をして、いつも短いスカートで颯爽としている若いエルフ女のエリカのことを頭に思い浮かべた。

 女ながらも遣い手だったはずだ。

 まあ、そうはいっても、このジョナスの操りの技を遣えば、大して手こずることもないだろう。

 ちょっと呪術をかけて連れ出し、眼の前の男に引き渡す。

 それで大儲けだ。

 

 リーダーの男やほかの女が邪魔をするようなら、女は根こそぎジョナスが奪ってもいいし、女たちがいなければ、あのリーダーの男はどうということもなさそうだ。

 なにしろ、金貨百枚の仕事だ。

 女衒の仕事としては、生涯に一度あるかないかの大仕事であることには間違いない。

 

 うまくいったら、そろそろ頃合いだし、ハロンドールを出るか……。

 ジョナスの能力があれば、どこでもやっていける。

 さて、どこに向かおう……。

 

 エルニア魔道王国は不可能だが、三公国もいいな……。

 いま、遣り手の若い大公に代わってから、やたらに景気のいいタリオ公国……。

 獣人奴隷の売り買いが盛んなカロリック公国……。

 それとも退廃と背徳の文化のデセオ公国もいいな。

 いずれにせよ、ハロンドールでの最後の大仕事を成功させてからか……。

 

「やりましょう」

 

 ジョナスははっきりと言った。



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69  作られた恋愛感情

「しゃきっとしなさいよ、エリカ。ご主人様がいないからって、少しだらしないんじゃない」

 

 コゼが笑った。

 ギルド本部のロビーにあるテーブルのひとつに突っ伏すようにして休んでいたエリカは、むっとして顔をあげた。

 

「ど、どの口で言ってんのよ、コゼ。あ、あんたのせいでしょう。ぜ、絶対に夕方には仕返しするからね」

 

 エリカは声が周りに漏れないように注意しながら、コゼに向かって声をあげた。

 

「なんで、あたしのせいなのよ、エリカ? ご主人様がエリカたちに命令したんでしょう?」

 

「あ、あんたが、ロウ様に入れ知恵して、けしかけたせいじゃない。酷いわよ……」

 

「でも、最終的に命令したのはご主人様よ。それをあたしのせいなんていうのは、八つ当たりでしょう。それに責められたのは、あんただけじゃないじゃないのよ。シャングリアを見なさいよ。しゃきっとしているわよ」

 

「ふ、ふざけるんじゃないわよ」

 

 エリカは思わず声をあげた。

 このコゼの小馬鹿にしたような態度に腹が煮える。

 エリカがこんなにも疲労困憊しているのには理由がある。

 ここにやってくる前まで受けていた責めのためだ。

 

 すなわち、「どじょう責め」だ。

 責めの材料に使われたどじょうについては、もともと普通に料理するために、川辺を歩いていた物売りから購ったものだったのだが、コゼがそれに目をつけて、「どじょう責め」という「ぷれい」を思いついたのだ。

 

 ロウとロウに支配された女たちのあいだで、取り決められている遊びのルールがひとつある。

 

 それは、ロウが悦ぶような「責め」のアイデア──つまり、「ぷれい」を思いつき、それがロウに採用されたならば、アイデアを出した女が、それを指名する者に試していいという取り決めだ。

 今朝は、コゼが「どじょう責め」というアイデアをロウに提供し、それを気に入ったロウが採用して、エリカとシャングリアは、朝から「調教」を受ける羽目になったのだ。

 

 ロウは、そういう遊びを「ぷれい」と呼んでいるのだが、どじょう責めの「ぷれい」は、快感とはほど遠い拷問そのものだった。

 犠牲者の「指名権」を得たコゼにより、当然のようにエリカとシャングリアが指名され、エリカたちは地下の調教室で全裸で両足を左右から逆さに吊られた。

 

 そこに、“くすこ”という膣を拡げる道具を股間と肛門に挿し込まれて穴を拡げられ、それぞれにどじょうを数匹ずつ入れられたのだ。

 繰り返し……。

 暴れまくるどじょうの気持ち悪さと苦しさに、エリカもシャングリアも泣き喚いた。

 

 それを一ノスは続けられたのだ。

 エリカの体力と気力がまだ回復しないのは、自分でも無理もないと思うのだ。

 

「前から思っていたのだが、エリカはロウの調教が好きではないのか?」

 

 そのとき、シャングリアが何気ない口調で訊ねた。シャングリアの声も周りを憚って小さなものだ。

 

「す、好きとか、嫌いとか……。で、でも、あんたもわたしと一緒にあんな目に遭ったのに大丈夫なの?」

 

 エリカはシャングリアに言った。

 朝っぱらから、どじょう責めという馬鹿馬鹿しい責めを受けたのはエリカだけではなく、シャングリアもそうだ。

 しかし、シャングリアは比較的、しっかりとしているように思う。

 

「あれはつらかったが、ロウのやることだからな……。終わった後は、なんというか、充実感を感じる。ロウに命じられたことを頑張り抜いたぞ──という嬉しい気持ちだ。調教がきつければ、きついほど、終わった後で嬉しくなるのだ。だけど、それは頑張り抜かないと、そんな気持ちにはならない。そういう意味で、疲れはあるが、いまはいい気持ちだ」

 

 シャングリアはにっこりと笑いながら言った。

 エリカは驚いてしまった。

 

「そんな風に思えるの?」

 

 膣や尻穴にどじょうを何匹も入られて、苦しむ姿をロウやコゼに嘲笑されながら見物され、それに充実感を覚えるなど、エリカには到底受け入れることのできない感性だ。

 すると横で聞いていたコゼがくすくすと笑った。

 

「な、なによ?」

 

 なんとなく意味ありげなコゼの笑いに、エリカは眉をひそめた。

 コゼはもう一度周囲を見渡して、こっちに耳を傾けている者がいないことを確かめてから、エリカとシャングリアにぐっと顔を近づけるようにした。

 

「……あんたらは、同じマゾなのに性質が違うのよね……。エリカもシャングリアも責められて感じる身体をしているくせに、エリカは心ではそれを受け入れていないみたい。それに比べれば、シャングリアは責められるのも積極的よね。つまりは、消極的なマゾと積極的なマゾ……」

 

 コゼが愉しそうに喉で笑った。

 

「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。わ、わたしだって受け入れているわよ。ロウ様のすることなら……。それが償いでもあるし……」

 

 ロウという外界人をこの世界に召喚したのは、ほかならぬエリカだ。ここに召喚される前には、ロウにもロウの人生があり、友人がいて、家族がいたのだ。それをすべて捨てさせて、ロウにとってまったくの異世界に連れてきてしまった。

 それも、ロウの意思に反して、奴隷にするという目的のためにだ。

 いま考えると、エリカは償おうとしても償うことのできない仕打ちをロウにしてしまったと思う。

 だから、ロウのことは受け入れるし、ロウの命令であればどんな仕打ちでも受ける奴隷でも甘んじてなっている。

 

「それよ、それ──。あんたって、ときどき“償い”という言葉を口にするわよね。そういう意味では、ご主人様の奴隷であるということを本質的に受け入れていないのよ。まあ、誇り高いエルフ族だものね。それはわかるけど」

 

 コゼはにやにやと微笑みながら言った。

 

「な、なによ……。随分と嫌な言い方するじゃないのよ……。わ、わたしはロウ様の性奴隷よ……。それを受け入れているわ」

 

「ほらね……。あんたは、“性奴隷であることを受け入れている”──。そういうことなのよ。別に悪いと言っているんじゃないわよ。ただ、あたしとは違うんだなあって、前から少しだけ思っていたのよね」

 

「なにが違うというのよ、コゼ?」

 

 なんだか含みのある物言いだ。

 エリカはなんとなく気に入らない。

 なんだかんだで、エリカは一番最初にロウの性奴隷になった。

 だが、コゼのいまの言葉は、コゼの方がロウの支配を積極的に受け入れて、エリカはそうではないとでも言いたい感じだ。

 

「まったく違うわ、エリカ……。あたしにとっては、ご主人様は救世主よ。受け入れるとか受け入れないとかじゃない。ご主人様がいなければ、あたしは死ぬよりもつらい人生を送っていた。こんな風に笑える日が来るなんて夢にも思わなかった。あたしはご主人様から受ける調教は好きよ。喩えれば、違う人生が百回あっても、あたしは、ご主人様の性奴隷になりたいわ」

 

「なに言ってんのよ──。なんだかんだで、あんたって、ロウ様にすり寄って、責め側に回るじゃないのよ。そりゃあ、そんな気持ちになるわよ」

 

 エリカは頬を膨らませた。

 今朝もそうだが、三人の中では、なぜかコゼはエリカやシャングリアを責める立場になることが多いのだ。もちろん、同じように「調教」も受けるのだが、責められる数は圧倒的にエリカが多いと思う。

 

「じゃあ、シャングリアにも聞いてみなさいよ──。ねえ、シャングリア、あんたは、どんな気持ちでご主人様の調教を受ける?」

 

 コゼがシャングリアに話を向ける。

 

「わたしか? そうだな……。ロウは鬼畜で好色だ。だけど、どうやら、このわたしも好色だったようだ。それがこの二箇月でよくわかった。最初は、“まぞ”という言葉がよくわからなかったが、説明を受けると、わたしはそうなのかもしれない……。うん──。多分、そうなんだろう。わたしはまぞなのだな。ロウ専用だが……。だから、不満はない。正直に言えば、ロウに拘束されて、なにをされるかわからない状態になると、本当にぞくぞくする」

 

 シャングリアはあっけらかんと言った。

 エリカは唖然としてしまった。

 

「もういい──。なんだが、調教を嫌がるわたしが悪者みたい」

 

 エリカは立ちあがった。

 

「どこ行くの、エリカ?」

 

 コゼがからかうような口調で言った。

 

「厠よ」

 

 エリカは声をあげた。

 なんだか、自分を否定されたような気分になった。

 エリカは苛ついた気持ちのまま、ギルド本部を出て、その裏に回る。

 ギルド本部の厠は、入口を一度出て、裏側に回った場所にあるのだ。

 用足し場の並ぶ厠に着く。

 

 裏庭の隅に大きな仕切り壁があり、その向こうに木の壁に囲まれた用足し場がある。女の冒険者も多いので、さらに奥には女専用の用足し場が準備されていた。いずれの用足し場も地下下水に直結してあり、糞尿はそこに直接に流れ込まれるようになっているようだ。

 エリカの故郷の里でも、以前冒険者をやっていた三公国でも、厠の糞便は、糞尿屋という買い取り業者が汲み取りをするというやり方だった。だが、この王都では、水道だけでなく、下水も発達していて、汚物そのものを城郭に集めないようになっている。

 だから、とても清潔な感じがして、エリカはそれには感心していた。

 

 最奥の厠に入って、戸の鍵を閉める。

 四隅を壁に覆われた厠には小さな穴があり、そこにしゃがんで用を足すのだ。エリカは戸に向かって身体を向けるような体勢で、穴を跨いでしゃがみ込んだ。

 股間を緩めて放尿をした。

 そのとき、鍵をしたはずの戸が外から開かれた。

 

「なっ?」

 

 あまりの驚きで、エリカは絶句して目の前に立つ男を見つめた。

 知らない男だった。

 年齢は四十前後だろうか。顔の下半分が髭で覆われている。

 

「あ、あんた、なに?」

 

 立ちあがりかけて、エリカはその場に座ったままの姿勢に戻った。

 まだ放尿は続いている。

 一度出したゆばりは、自分の力では止めようがない。

 

「へへ、エルフ女の小便姿か……。いいもんだな」

 

 男が笑った。

 

「な、なによ、あんた──。出て行って──」

 

 エリカは狼狽して叫んだ。

 覗かれているのはわかっているが、放尿は続いている。エリカは男が目の前にいるのにも関わらず、股を閉じられないでいた。

 

「もっと、怒りな……。怒れば、どんな人間でも心に隙ができる……。だ、だが、これは……」

 

 男が呻きのような声をあげた。

 やっと、エリカの頭に激怒の感情が昇った。

 あまりのことに、まったく頭が回らなかったのだ。

 しかし、そのとき、なにかが心の中に入ってきたと思った。

 

 エリカは愕然とした。

 急に、その男に対する切なさのような感情が芽生えたのだ。

 操り……?

 そう考えたのは一瞬だった。

 次の瞬間には、頭が真っ白になり、なにも考えられなくなった。

 やっと放尿が終わった。

 しかし、エリカは動くのも忘れて、身体を硬直させたままでいた。

 

 眼の前の男──。

 誰だか知らないが、とても親しみを感じるその男は、蒼白になって荒々しく息をしていた。

 

「はあ、はあ、はあ……。な、なんだ、これは……。なんでこんなに抵抗が強いんだ? こんなのは初めてだぜ……。心が無防備なときでなければ、うまくいかなかったかもしれねえ……。危なかった……。本当に危なかった……」

 

 男は独り言のような言葉を口にした。

 エリカははっと思い立って、慌てて立ちあがって下着をはいた。

 股間を布で拭くことなく下着を身に着けたので、残りしずくで下着の股間の部分が濡れたが、そんなことに構う余裕もない。

 

「あ、あなたは……誰……?」

 

 エリカは訊ねた。

 自分はこの男を知らないはずだ。

 だが、どうしようもなくこの男を愛しいと思う自分がいる。

 エリカの中のなにかが完全に封印されているのがわかる。おそらく、この男はエリカの感情を支配して、理性を消し去ろうとしていると思う。

 それがわかっているのに、身体も思考も自由にならない。

 身体がいうことをきかないのだ。

 それどころか、男に対する抵抗心は、どんどんとエリカの心の壁の奥底に沈没して隠れていく。その代わりに、この男に進んで従おうとする別のエリカが出現して、エリカを支配しようしている。

 

「俺はジョナス。お前の恋人だ。俺に従うな、エリカ?」

 

 ジョナスが笑った。

 

「も、もちろん……」

 

 エリカは答えていた。

 心からの悦びとともに……。

 

 

 *

 

 

 最初は驚いた。

 ジョナスの操り術が跳ね返されそうになったのは、初めての経験だったのだ。

 

 無論、ジョナスの操り術は完璧ではなく、若い女に絶対の力を駆使できるジョナスの力でも、男や老女には効かない。

 しかし、それは、もともとジョナスの能力が若い女を主体にした能力であるということであり、術が跳ね返されるということとは異なる。

 だが、エリカに支配を及ぼそうとしたとき、紛れもなく、ジョナスの操りに対する強い壁のようなものを感じた。

 

 そんなことは生まれて初めてだった。

 だが、エリカは女がひとりで放尿をしているという、考えられる限り最高に無防備な心の状態だった。また、分厚い壁のように感じた心の抵抗も、思ったよりも強固なものではなかった。

 だから、ジョナスの支配の操りを最終的には及ぼすことができた。

 

 ほっとはしているが、いまでもジョナスは動揺している。

 こんなことは初めてだ。

 なんなのだ……?

 

「あ、あなたは……誰……?」

 

 エリカがきょとんとした表情で訊ねた。

 大丈夫──。

 もう、完全に支配している……。

 

 ジョナスは念のために、エリカの感情を握る手ごたえを確認したが、すでに完全支配の状態にある。

 さっきの感覚がなんだっだのかは不明だが、おそらく、なにかの勘違いだったのだろう……。

 

 しかし……。

 

「俺はジョナス。お前の恋人だ。俺に従うな、エリカ?」

 

 ジョナスは微笑みかけた。

 

「も、もちろん……」

 

 エリカも釣られるように満面の笑みを浮かべた。

 ジョナスは頷いた。

 いずれにしても、これでエリカを捕えることに成功した。

 すでに、この女はジョナスの操り人形だ。

 

 あとは、それなりに調教して、依頼主に渡すだけだ。

 それで金貨百枚──。

 簡単な仕事だ。

 

 だが、さっき垣間見たエリカの仲間の女ふたりもまた、美貌の女だった。シャングリアは当然として、もうひとりの黒髪の女もまた、美人だ。あの黒髪の女は、エリカと同程度の値段で好事家に売れると思う。

 

 そして、ジョナスは、前々から、あのシャングリアに個人的に興味があった。

 少し以前までは、男嫌いのお転婆姫と評判だったが、このところ冒険者ギルドに出入りするようになり、決して、そうではないことを知った。

 むしろ、男に媚びるような可愛らしさを垣間見せることが多かった。

 無論、それは、あのロウという男だけに示す態度なのだが、それをジョナスにも向けさせたい。

 男勝りのシャングリアに、自分だけに女っぽく甘えた態度をとらせる。

 こんなに男として心地いいことはないだろう。

 

 エリカの仕事が終われば、金貨百枚が手に入る。

 それに加えて、あの黒髪女を売り飛ばした金──。

 それだけあれば、しばらくは金に不自由することもない。

 女衒で荒稼ぎしたから、このハロルドもそろそろ潮時だろうということはわかっている。

 だから、この仕事を機にバロンドールを立ち去ることは決めている。

 

 冒険者の籍を抜き、ほとぼりの冷めるまで流浪することになると思うが、そのときシャングリアをジョナス専用の性奴隷にするというのもいいと思う。

 あのシャングリアなら、流浪を慰める格好の玩具になる。

 エリカのついでに、残りのふたりも連れていく──。

 ジョナスは決めた。

 

「エリカ、お前は俺の恋人だ……。なんでもいうことを聞くな? さもないと、俺はお前を捨てなければならない」

 

 すると、エリカの目が大きく見開かれた。

 

「そ、そんな……。捨てるだなんて──。なんでもする。なんでもするから……」

 

 エリカが狼狽えた声あげた。

 

「わかっている……。だったら、俺に従え。いいな?」

 

「従うわ」

 

 エリカが必死の口調で言った。

 ジョナスは満足した。

 最初に感じた抵抗力は、いまは微塵もない。

 やはり、ジョナスの操り術は絶対だ。

 この力にかなう者があるわけがない……。

 

「ならば、まず、お前はふたりの女のところに戻れ。俺は入口のところで待っている。うまく言い含めて、外に連れ出すんだ」

 

「わ、わかったわ」

 

 エリカはしっかりと頷いた。

 厠の並ぶ裏庭から表に回る。

 ジョナスはエリカとともに、冒険者ギルドのロビーに入った。ジョナス自身は入口から入ってすぐの場所に目立たないように壁にもたれてエリカを見守る態勢になる。

 エリカはそのまま、仲間の待つ女の方に歩いていく。

 

 エリカがなにかを話しかけ、シャングリアともうひとりの女がこっちに歩いてきた。

 眼の前にエリカとシュアグリア、さらにもうひとりの女がやってきた。

 

「誰、こいつ?」

 

 シャングリアが不思議そうな表情をした。

 ジョナスは、すかさず、ふたりの女に刷り込みを開始した。

 

 だが、できない──。

 弾き返される──。

 ジョナスは焦った。

 

「な、なに……?」

「な、なんか……おかしい……」

 

 シャングリアとコゼはぼんやりとした口調で呟いた。

 ジョナスはありったけの力を込めて、ふたりの支配を完成しようした。しかし、やはり、抵抗力が強すぎる。

 ジョナスはこれだけ力を増幅して、それでも受け付けないふたりの心の壁の強さにびっくりしていた。

 

 これはまずい──。

 とっさに思った。

 支配しようとするのを諦め、シャングリアたちに与える影響を「支配」ではなく、ジョナスについての「忘却」に切り替える。

 

 こっちは大丈夫だ。

 ジョナスのことなど忘れてしまうということについては、ふたりはまったく抵抗はしなかった。

 

 ふたりの顔が虚ろになる。

 これで、シャングリアともうひとりの女は、ジョナスを見ているが、まったく心ではそれを認識できない状態だ。

 

 だが、なぜだ──?

 ジョナスは途方に暮れた。

 そのとき、奥の個室の扉が開き、黒髪の若者がこっちに進んでくるのが見えた。

 

 ロウだ──。

 エリカたちのパーティリーダーの男だ。

 不味い──。

 ジョナスは慌てて入口の反対側に身体を隠した。

 

「ジョナス?」

 

 エリカが訝しんで声をあげた。

 ジョナスは全身全霊の力を込めて、エリカの心にあのロウに対する憎悪の感情を与えた。

 なにかのときに、エリカにジョナスを守らせるためだ。

 

 それにしても……。

 ジョナスは狼狽していた。

 どうして、シャングリアや黒髪の女に、ジョナスの操りが通じないのだ……?

 

 とにかく、ありったけの力をエリカに込める──。

 そして、こっちには操りの感覚はある。

 やはり、エリカには効果があるようだ……。

 それなのに、どうして……?

 

「そこでなにをやっているのだ、お前たち?」

 

 ロウが三人の女のいるギルド本部の入口までやって来た。

 ジョナスは入口の向こう側に隠れているので、ロウにはジョナスの存在はわからないはずだ。ジョナスは完全に入口の反対側に隠れ、感情の読み取りだけで、壁の向こうのエリカやロウの気配を見守る態勢になった。

 

「んっ?」

 

 しかし、ロウの注目が真っ直ぐにこっちに向いたのがわかった。

 隠れていたジョナスを見つけられたのだ。

 ロウの感情の動きから、それがわかった。

 さらに、わかったことがある。

 最初にエリカに感じた心の壁も、シャングリアたちを守る心の防壁も、このロウの影響だ。

 感情を読むという行為を通じてロウの心に触れたとき、ロウの心に、三人の心にあった防壁と同じ性質であり、遥かに凌ぐ強固なものを感じた。

 ジョナスは、その正体はわからなかったが、本能的な恐怖を覚えた。

 とにかく、ジョナスは焦った。

 

「エリカ、そいつを刺せ──」

 

 咄嗟にジョナスはエリカに壁越しに言った。

 次の瞬間、エリカの心で極限まで膨らませたままだった憎悪の塊りが爆発した。

 

「うぐうううっ」

 

 ロウの呻き声がした。

 ジョナスはさっと入口から入って、エリカの手首を掴んだ。

 エリカは腰の剣を抜いて、深々とロウの腹に剣を突き刺していた。

 致命傷だ。

 ひと目でジョナスにはわかった。

 

「きゃあああ──ご主人様──」

「エリカ──なにをするのだ──」

 

 黒髪の女とシャングリアが狼狽の悲鳴をあげた。

 だが、ふたりともさっきのジョナスの操りの効果により、ジョナスのことは認識できないでいるようだ。

 

「来い──」

 

 ジョナスはエリカの手首を掴んだまま駆けだした。

 とにかく、逃げるのだ──。

 ただ、それだけを思った。



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70  危険な情事

「んんっ、ううっ、さ、猿ぐつわ……。猿ぐつわして、ロウ」

 

 ミランダは必死になって言った。

 テーブルの上に上半身をうつ伏せに押しつけられているミランダは、執拗な肛門への愛撫をロウから受け続けている。

 そうやって、ロウに犯され始めて、まだいくらも経っていない。

 だが、ロウの指で愛撫されているお尻の穴からは、すでに尋常ではない疼きが拡がっている。秘部にもすっかりと愛液が溢れていて、肛門と秘部がひと塊になって異様な熱さを全身に流れわたらせる。

 

「この個室で俺たちがなにをしているかなんて、とっくの昔に知れ渡っているよ、ミランダ。遠慮なく声をあげろ」

 

 ロウが片手でミランダの首をテーブルに押しつけ、もう一方の手で尻穴への愛撫を続けているロウが、嘲笑するような声で言った。

 ミランダは上半身は衣服を身に着けていたが、腰から下にはなにも身に着けていない。

 ギルド本部のアルファー・ランク以上のパーティが使うことができる個室のこの一室にロウが入って来るなり、待っていたミランダからスカートと下着を奪い取ったのだ。

 そして、背中側で手錠を嵌められ、こうやって部屋の真ん中にあるテーブルに上半身を突っ伏すように押さえつけられて、お尻の穴に指を入れられたのだ。

 すると、たちまちミランダは、全身を凄まじいばかりの甘美感に覆い尽くされた。

 

 ロウに定期的に抱かれるようになって二箇月余り──。

 

 ミランダの肉体は、いまや、どこをどう触れられても、あっという間に快感によがり狂うほどの敏感な肉体に変えられていた。

 特に、お尻を犯される快感にミランダは弱い。

 いまも、ロウが菊座を指でまさぐるようにするたびに、峻烈な愉悦が巻き起こしている。

 

「ううっ、お、お願いよ、ロウ……。こ、声が……。布を……なんでもいいから……」

 

 ミランダは狼狽の声をあげた。

 ロウに犯されているこの部屋は、鍵もかかっていないギルド本部の一室だ。一方の扉は大勢の冒険者の集まる広いロビーに繋がっているし、反対側の扉はギルドの職員の執務室に通じている。

 いまこの瞬間にも、誰が入ってきてもおかしくない。

 壁だって、特に防音の処置もない薄いものだ。

 ミランダの許可なく誰かがここに入ってくるわけはないが、ミランダが淫らな声をあげれば、何事かと訝しんだ誰かが扉を開かないとも限らない。

 しかし、後手に拘束されているミランダには、手で自ら口を塞ぐこともできないのだ。押しつけられている硬いテーブルでは、なにかを噛んで声を堪えるというようなことだって不可能だ。

 

「ミランダと俺がこういう関係だということは、みんな薄々感づいているさ……。なにしろ、俺がクエストを受けにギルド本部にやってくると、必ず、こうやって、最初にミランダと俺がふたりきりで個室にこもる……。そして、しばらくすれば、ロビーで待っているエリカたちが呼ばれる……。そういうことを繰り返しているしね……。ギルドにやって来るたびにミランダを俺が個室で犯しているということはもうばれてるよ」

 

「そ、そんな」

 

 ミランダは声をあげた。

 だが、ロウのいうことは、当たっているかもしれないと思う。

 このところ、職員がミランダを見る目に、なにかからかうような、あるいは、親しみ込めたようなものが混ざっているような気がするのだ。

 それに、ロウの情婦のひとりになってから、ミランダはかなり頻繁にスカートをはくようになっている。

 ロウがそれを好むからそうしているのだが、エリカといい、シャングリアといい、コゼを除くロウの女は、みんなスカートが短い。

 

 ロウという冒険者が複数の女を愛人にしていることは、すでに有名になりつつあり、そのロウが自分の女に短いスカートをはかせることも知られている。

 そんな状況で、ミランダもまた、短か目のスカートをはき、それに加えて、ロウたちがギルド本部にやって来ると、必ず最初に、ロウだけがミランダと個室でふたりきりになってこもるのだ。

 確かに、余程に勘の鈍いものでなければ、ロウとミランダが特別な関係であるということはわかるだろう。

 

 もっとも、知られたところでどうということはないし、それで、副ギルド長としてのミランダの指導力が損なわれるわけじゃない。

 しかし、ミランダともあろうものが、ひとりの男にこれほどに、のめり込んでいることを知られるのは、やはり恥ずかしい。

 

 だが、やめられない。

 

 ミランダもまた、このギルド本部の個室におけるロウとの情事を愉しみにしているのは事実だ。

 ロウに命じられると、まるで操られるように股間を開くミランダがいる。

 服を脱げと命じられれば服を脱ぐし、手錠をするから背中に手を回せと言われると、期待感とともにミランダは進んで自由を奪わさせた。

 

 なぜか、ロウには逆らえない。

 それは、まるでなにかの魔道のようでもあった。

 魔道を使うための指環は指にあるのだから、魔道で逃げることも可能だが、とてもその気にならない。

 

 もしかしたら、ロウは呪術的なものでミランダの心を縛っている……?

 そんなことも考えることもある。

 

 だが、それ以上は考えられない……。

 ミランダの思考は、それでとまってしまうのだ。

 ロウには秘密があるような気がする……。

 そう思っているのに、どうしても、その秘密を知ろうという気持ちが起きない。

 それは不思議なことだった。

 

「なにも考えるな、ミランダ……。ミランダは、こうやって俺が与える快感を味わえばそれでいい」

 

 ロウが肛門だけでなく、びっしょりと濡れている股間にも指を挿入してきた。しかも、ふたつの穴を貫いている二本の指をミランダの薄い肉の壁越しに擦り合わせるようにしてきた。

 

「……んぐうっ、いやああ、そ、それいやあ──」

 

 蕩けきっているふたつの穴の粘膜を擦られて、ミランダは大声をあげて悶絶しかけた。

 しかし、首を押さえるようにしていたロウの手がミランダの口を塞いだ。おかげで、大きな声を出さなくて済んだ。

 しかも、手錠を背中側でかけられ、口を塞がれて背後から責められるのは、いかにも犯されているという感じであり、ぞくぞくとした震えが身体を駆ける。

 ミランダの身体に、まるで電撃でも浴びたように衝撃が走った。

 

「んぐうっ」

 

 あまりもの快感でミランダは、まったく考えることもできずに全身を悶えさせた。

 どうして、こんなにも感じてしまうのかわからない。

 しかし、いつもロウの愛撫は、我を忘れるほどの快楽をミランダに与えてくれる。

 

「ミランダの好きなものだ」

 

 ロウはそう言うと、お尻に喰い込んでいる指をそのままに、股間を抉っていた指だけを抜いた。

 そこにロウがズボンから出した一物を押しつけられた。

 

「んんんっ」

 

 ミランダは息をのんだ。

 股間にロウの怒張がめり込むように入ってくる。

 押し入ってきた瞬間からミランダは快美のうねりに巻き込まれる。

 指でさえも、これほどの快感はありえないと思う。

 だが、本物のロウの性器を挿入されたときの気持ちよさは桁違いだった。

 

 この長さ──。

 この太さ──。

 このかたち──。

 

 もうすっかりと身体が覚え込んでしまったロウの幹がミランダの膣を最奥まで貫いた。

 ミランダの全身に苛烈なまでの愉悦が拡がる。

 

 律動が開始された。

 驚くほどに速く、ミランダは股間が溶けるような快感を味わっていた。

 すぐに五体を揉み砕くような絶頂感が襲いかかってきた。

 ミランダは夢中になって股間を締めつけた。

 

「おおっ」

 

 そのとき、ロウの怒張全体が膨れあがったと思った。

 股間の奥にロウの精がはっきりと迸るのを感じた。

 

「んあああっ」

 

 ミランダもそれを受けて、全身を貫く快感の矢に貫かれ、一気に昇天してしまった。

 

「はああっ」

 

 ロウの手がミランダの口からずれた。

 それによって、ミランダから甲高い嬌声が洩れてしまった。

 ミランダは必死に口をつぐむ。

 

 しかし、そんなミランダの努力を嘲笑うかのようにロウの律動が続く。

 ロウとの性交の怖さは、一度の射精で終わらないことだ。

 放出したばかりだというのに、ロウは抜くことなく、少しも変化のないリズムでミランダの腰に股間を叩きつける。

 異常なほどの身体を火照りは続いていて、昇りつめてもミランダの欲情は収まる気配もない。 

 辛うじて自制心は残っていたが、それももう限界だった。

 ミランダは懸命に歯を食い縛った。

 気を抜くと吠えるような声をあげてしまいそうだ。

 

「あうっ、はうっ」

 

 しゃくりあげるような声がロウが股間を突くたびにミランダの口から洩れる。

 早くも二度目の絶頂の波がやってきた。

 そして、再びミランダの全身を快美感が襲った。

 

「ああっ」

 

 あられもない嬌声とともに、ミランダは瞬く間に絶頂に駆け昇っていた。

 

「次は尻だ」

 

 ロウがミランダの中から一物を抜いた。

 

「も、もう、いいわ……。お、お願い……ロウ……」

 

 ミランダは息も絶え絶えに言った。

 あまりにも短い時間で二度も達したために、息が苦しくて死にそうなのだ。

 ミランダともあろうものが、こんなにも露わな反応を示すのは恥ずかしすぎる。

 

 しかも、ミランダはドワフ族だ。

 快感をあからさまに表に出すのは恥とされる。

 だが、ロウに責められて、自制を保つというのは、ほとんど不可能事だ。

 そのとき、ミランダの尻たぶが思い切りロウの手によって張られた。

 

「いっ」

 

 ミランダは尻の痛みよりも、叩かれたということに衝撃を受けた。

 もちろん、尻を叩かれるという行為に屈辱感はある。

 だが、尻打ちを受けたとき、まるで激しい愛撫でも受けたような大きな興奮が全身を貫いたのだ。

 

 危険だ……。

 このロウとの性交は危険すぎる……。

 ミランダは本能でそれを悟った。

 屈辱感が圧倒的である分、全身を駆け巡る興奮が強烈すぎる。

 

「尻をもっとあげて上を向けるんだ」

 

 ロウがもう一度ミランダの尻を叩いた。

 ミランダはもう我慢できなかった。

 ほとんど膝を伸ばすようにして、尻の穴をロウに向けるように掲げる。

 その尻たぶにロウが怒張を上から突きおろす。

 

「ふうううっ」

 

 ロウの灼熱の幹が貫くなり、ミランダの身体には肛門から響き渡る愉悦が大きく拡がっていった。

 そして、ロウの亀頭の先端が尻の中にある快感の一点を突いた。

 

「はああっ」

 

 ミランダは大きく喘いだ。

 もう耐えられない。

 

「あおおっ」

 

 ミランダの身体を三度目の絶頂の戦慄が駆け巡る。

 極めようとしていた頂上よりも、遥かに高い絶頂に一気に引き上げられ、ミランダは一瞬頭が真っ白になった。

 次の瞬間、ロウの怒張がミランダの尻の奥に劣情の証を浴びせたのを感じた。

 そのまま、かなりの時間、ミランダはロウの男根を尻穴に受け入れたまま震えていたと思う。

 

 やがて、ロウがやっと怒張を抜いて、ミランダの身体を離した。

 そして、ミランダの手錠を外して胡坐の上にミランダを横抱きにするようの乗せる。

 ミランダは小柄だ。

 身体を丸めると、ミランダの身体はロウの脚のあいだにすっぽりと収まる。

 ミランダはしゃくりあげるような声を漏らしながら、ロウの股の上でしばらく快感の余韻に酔い続けた。

 興奮が鎮まるのには、それなりの時間が必要だった。

 そのあいだ、ロウはずっとミランダの身体を脚の上で抱いていてくれた。

 

「はあ、はあ、はあ……。も、もう、大丈夫……」

 

 ミランダはゆっくりとロウの身体から離れた。

 身体を起こして、長椅子の上にあるスカートを手に取る。

 

「さて、そろそろ、仕事の話をするか、ミランダ?」

 

 ミランダが離れると長椅子に座り直していたロウがくすくすと笑った。

 さっきまでの鬼畜さはすっかりと影をひそめて、なにもなかったかのように平静な表情だ。

 

 なんだか口惜しい。

 一方のミランダは、いまだに興奮が収まっておらず、こうやって普通に立つだけでしゃがみ込みたいほどの疲労なのだ。

 しかし、ロウはすっかりといつもの少し大人しそうな平凡人に戻っている。

 ひとりの男に、ミランダが身も心も夢中になってのぼせあがっている。

 そう思うとたまらなく恥ずかしいと感じるが、逆に不思議な高揚感にもミランダは包まれている。

 すべてを捧げるべき男に、自分は犯され、腰を振り、淫らに振る舞う権利を与えられているのだという満足感だ。

 このロウの女のひとりになれて、心から満足している──。

 それは嘘のない真摯なミランダの感情だった。

 

「そ、そうね……。クエストの話をしましょうか……」

 

 とりあえず、ミランダは乱れた髪を手で整えて、ロウに向かい合う場所に座った。

 

「待って。あいつらを呼んでくるよ。クエストの話なら一緒に聞かないとね」

 

 ロウが微笑んで立ちあがった。

 ロビーで待っているはずのエリカとコゼとシャングリアを呼ぶためだ。

ロウが離れていく。

 

 待っているあいだ、長椅子の背もたれに身体を預けて、ミランダは、ふと、ロウのことを考えた。

 なぜ、自分がロウという男に惹かれるのだろう……?

 考えても答えはない。

 

 だが、考えてみれば、ミランダは、最初にギルド本部にエリカとコゼとともにやってきたロウに接したとき、一瞬にしてロウに「男」を意識していたと思う。

 それでも、それを表には出さないというくらいの分別はあった。

 ミランダは、ロウに対してどうしても異性を意識してしまう心を封印し、ロウとは、数ある冒険者のひとりとしての関係を続けた。

 

 だが、それはある日、呆気なく崩れた。

 ミランダの失敗により、危険な幽霊屋敷にロウたちを訪問させてしまった代償として、ロウがミランダの身体を求めたのだ。

 拒否することはできなかった。

 もともと、ミランダがロウに好意を抱いていたということもあるが、ミランダに性欲を剥き出しにしたロウは、ミランダの知っているロウではなかった。

 

 押しが強くて……。

 好色で……。

 鬼畜で……

 淫乱で……。

 

 なによりも、怖ろしいほどの性の技巧と持久力を持っていた。

 このロウに裸身を触れられるだけで、電撃にでも浴びたかのように愉悦が駆け廻る。

 あの魔道のような手から正気を保つことなど、ミランダにはできなかった。

 そして、ロウの愛人のひとりとしてのミランダの生活が始まった。

 

 あれから、二箇月──。

 

 ロウが暮らしている幽霊屋敷をミランダが訪問するときには、乱交のような性愛が始まるのが常だが、このギルド本部でロウがミランダを抱くときには、必ずロウは女たちをロビーで待たせて一対一で抱いてくれる。

 よくはわからないが、それはロウなりのミランダに対する敬意と線引きなのだろう。

 

 いずれにしても、ロウと一緒に暮らしている三人に対して、ミランダがロウに抱かれるのは、十日に一度か二度くらいだ。

 だからこそ、ロウがミランダだけに集中して抱いてくれるこのギルド本部での情事は、ミランダにとって大切な時間でもある。

 ギルド本部の中で性愛に耽るというのが、危険な行為だとわかっていても、ミランダはもうこれをやめることはできない。

 

 そのとき、だった。

 大きな喧噪がロビーで起こった気がした。

 ミランダは首を傾げながら、ロビーに向かう扉に向かった。

 

「きゃあああ──ご主人様──」

「エリカ──なにをするのだ──」

 

 コゼとシャングリアの悲鳴が扉の外に聞こえた。

 同時になにかが床に倒れる音もした。

 ミランダは、びっくりしてロビーに飛び出した。

 

 騒然としていた。

 ロビーには二十人ほどの冒険者やギルド職員がいたが、誰もが茫然とその場に立ち尽くしているという感じで突っ立っていた。

 その中心に腹から大量の血を流して倒れているロウがシャングリアとコゼに抱きかかえられている。

 ロウは荒い息をしながら、傷を負った腹を手で押さえている。

 その手も真っ赤だ。

 

「ロ、ロウ──。どうしたのよ──?」

 

 ミランダは血相を変えて怒鳴った。

 駆け寄る。

 だが、ロウの身体からは完全に力が抜けている。

 ロウのまぶたは閉じたままだ。

 ミランダは、服がロウの血で汚れるのも厭わず、ロウに駆け寄る。

 

「こ、これはどうしたの? 誰が刺したの──?」

 

 ミランダは声をあげた。

 ロウの傷が誰かに刺された傷であることは確かだ。

 このギルド本部の中で襲撃──?

 さすがのミランダも、その信じられない事象に面して、自分が狼狽えるのがわかった。

 

「エ、エリカだ──。よくわからないのだ──。突然にエリカがロウを刺したのだ」

 

 シャングリアが狼狽した声をあげた。

 

「エ、エリカが──?」

 

 そのシャングリアの言葉に、ミランダは声を失った。

 しかし、シャングリアとともに、ロウを抱きかかえているコゼも顔を真っ蒼にして頷く。

 どうやら、本当のことのようだ。

 

「そ、そのエリカは、どこ──?」

 

 ミランダは周囲を見回して言った。

 辺りには人だかりができていたが、見える範囲にエリカの姿は見当たらない。

 

「飛び出して逃げて行きました。一体全体、なにが起きたのか……」

 

 コゼも信じられないという口調で言った。



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71  刷り込まれた感情

「と、とにかく、止血剤を──。急いで──」

 

 血相を変えたミランダの大声が耳に入ってきた。

 一郎は目を開いた。

 手で押さえている傷口はもう閉じている。エリカの剣で刺されたときに一気に大量の出血をしたので、少しだけ意識を失った状態になったが、もう大丈夫だ。

 建物の中なので、ユグドラの癒しの効果が遅いが、それでも大地からやってくる加護の力は開かれたままの扉からでも伝わってくる。おかげで、すでにかなりの傷は塞がれた。

 建物の外に行けば、すぐに完全回復するだろう。 

 

「ミ、ミランダ、必要ない……。もう、大丈夫だ……。それよりも、替えの服をくれ。これじゃあ、エリカとあの男を追えない……」

 

 一郎は立ちあがった。

 

「そんな、ロウ。動いちゃだめだ……」

「そうです。エリカならあたしたちが捜しますから──。ご主人様、だめです──」

 

 シャングリアとコゼが慌てたように、一郎の身体を両側から掴んで引きとめた。

 一郎は苦笑した。

 そういえば、このふたりには、一郎が授かった「ユグドラの癒し」の力について説明していなかった。

 

 一郎は説明した。

 ふたりは呆気に取られていたが、コゼが思いついたように、外に通じる扉を全開にし、さらに窓という窓を開放する。

 すると、大地からの風が一郎に当たり、傷が急速回復した。

 

「大丈夫だ。ありがとう、コゼ」

 

 一郎はふたりの支えを離させて、ひとりで立った。

 そのとき一郎は、そのシャングリアとコゼのステータスに奇妙なものが存在することに気がついた。

 

 

 

 “シャングリア

  人間族、女

  ……

  状態

   一郎の性奴隷

   淫魔師の恩恵

   刷り込み(ジョナス)”

 

 

 

 “コゼ

  人間族、女

  ……

  状態

   一郎の性奴隷

   淫魔師の恩恵

   刷り込み(ジョナス)”

 

 

 

 刷り込み……?

 ジョナス?

 あの男のことか……?

 

 一瞬だったから完全には読み取れなかったが、扉の外に隠れていて、エリカに一郎を刺せと叫んだ髭面の男……。

 

 あの男のステータスには、“操り師”というジョブがあった。

 確かレベルは“25”……。

 名は、確かにジョナス……。

 人間族、年齢は四十歳……。

 

 あいつめ……。

 動機はわからないが、あのジョナスがエリカを操りの技で支配し、一郎を殺させようとしたのは間違いない。

 一郎は、コゼが運んできた椅子に腰掛けさせらながら、自分の腹が怒りで煮えたぎるのを感じた。

 

「ロ、ロウ、大丈夫なのだな? 本当に、本当にもう大丈夫なのか? なあ、大丈夫なのだろう──?」

 

 シャングリアが完全に気が動転した感じで、座っている一郎の前にしゃがみ込んできた。そのあまりにも動揺している姿に思わず苦笑してしまう。

 一方で、コゼはほっと安堵の表情をしている。一郎の様子を見て、もう危ない状況ではないことがわかったのだろう。

 

「ロ、ロウ、あんた、大丈夫なの? さっきの傷は、致命傷になりかねない深い傷だったわ。本当に大丈夫なの?」

 

 ミランダだ。

 あの百戦錬磨の元冒険者のミランダが、狼狽えているのが少し面白かった。ミランダは部下からギルドで保管していた「万能治療薬」の魔道薬を受け取り、それを一郎に持ってきたが、一郎はそれを手で制して断った。

 すでに、ユグドラに与えられた治癒力で出血した血も戻っている。貧血で頭がくらくらする状況も脱した。

 

「問題ない……。深くは説明していなかったが、俺には自己治癒能力があるんだ……。それより……」

 

 一郎は、ジョナスという冒険者のことを訊ねようとした。

 あのジョナスには、操り師というジョブのほかに、冒険者というジョブもあった。

 もしも、ハロルドで暮らしている冒険者であれば、ミランダが知っているはずだ。

 

「なあ、ロウ──。なにがあったのだ──? エリカはロウを刺して、ひとりで逃げていってしまったぞ。さっぱりわからない」

 

 そのとき、シャングリアが口を挟んだ。

 

「えっ?」

 

 一郎は驚いた。

 ひとりで逃げるもなにも、一郎はエリカに刺されたとき、血相を変えた様子の髭面の男がエリカの腕を掴んで駆け去っていくのをはっきりと見た。

 それなのに……。

 一郎はコゼに視線を向けた。

 

「コゼ、お前はどう見たんだ? エリカはひとりで逃げていったか? エリカと一緒にいた男を覚えているか?」

 

「お、男……? エ、エリカはひとりで逃げていきましたけど……」

 

 コゼは一郎の問い掛けに当惑して答えた。

 一郎には、ふたりのステータスにあった“刷り込み”というのが、具体的には、さっきのジョナスという操り師のことを「忘却」するという暗示だと悟った。

 そういえば、エリカに刺される直前に、一郎の心に何者かの意思が侵入してくる感触を味わった。

 あるいは、あれは、あの操り師が一郎の心に接触しようとした兆候なのかもしれない。

 

 だが、あの操り師が“レベル”というものを理解できる力を持っているかは知らないが、一郎の淫魔師としてのレベルはすでに“70”だ。それに対して、あのジョナスの操り師としてのジョブは、わずか“25”──。

 もしも、ジョナスが一郎を操ろうとしても、それはできなかったはずだ。

 そういう意味では、コゼもシャングリアも、レベル“70”の淫魔師である一郎の呪術で支配されている女たちだ。

 ジョナスという操り師は、このふたりを操ろうとしたものの、支配するという状態に陥らせることができず、「忘却」という処置をしたのかもしれない。

 

 だが、同じ一郎の支配にあるはずのエリカは、どうやら、ジョナスの操りに陥ってしまったようだ。

 一郎はそれについて、忸怩たる思いに陥っている。

 これは一郎の甘さが原因だ。

 

 なぜ、エリカに対する一郎の支配がコゼやシャングリアに比して弱かったのか……。

 支配側である一郎には思い当ることがあるのだ……。

 いずれにしても、いまは後悔するよりもすることがある。

 まずは、目の前のふたりを睨む。

 

「コゼ、シャングリア──。お前たちは個室に行け。俺がすぐ行くから、しゃがんで口を開いて待ってろ──。俺が精を注ぎ込んでやる。それで、刷り込みは解ける」

 

 一郎は怒鳴った。

 ふたりは面喰った顔をしたが、一郎の権幕にすぐに小走りに駆けていった。

 部屋に入ったふたりは、一郎の命じたまま、床に膝立ちをして口を開いて待つことだろう。

 すぐにふたりの口に精を注ぐつもりだ。

 一郎の精の縛りのあるふたりについては、一郎の精を注げば、おそらく、あの操り師が手を出した心の縛りは解除できる。

 

 そういう意味では、連れ去られたエリカも、もう一度精を注げば、あっという間に正気に戻るはずだ。

 問題は、ジョナスがエリカをどこに連れて行ったかだ……。

 すぐに追えればよかったが、そういう状況ではなかったし……。

 

「ロ、ロウ……精を注ぐとか……そんなことは、ここでは……」

 

 そのとき、困惑顔のミランダが赤い顔をしてささやいた。

 ふと見ると、周りには、まだほかの冒険者やギルド職員の人だかりができている。

 一郎のさっきのシャングリアたちへの言葉にざわめきを交わしている。

 

「ミランダ、周りの連中を解散させてくれ」

 

 とりあえず、一郎は言った。

 ミランダが周りの人間に立ち去るように指示する素振りをする。

 周囲からやっと人だかりが消えた。

 

「ミランダ、ジョナスという冒険者のことを洗いざらい喋ってもらうぞ。ここに所属する冒険者だと思う。ミランダならそいつの居場所を把握しているだろう? エリカが操られて連れていかれた。とにかく、すぐに追う──。早く、喋れ」

 

 一郎は立ちあがって、個室で待っているシャングリアたちのところに向かいながら言った。

 とにかく、時間が惜しい──。

 こうしている間にも、ジョナスに操られてるエリカをあの操り師がどんなふうに扱うか……。

 もっとも、あのとき、エリカには淫魔術で特別な仕掛けはした。最悪に不愉快なことだけは避けられるはずだが……。

 

「ジョナス──? そのジョナスがどうかしたの? ジョナスという冒険者はこのギルドにもいるけど……。でも、理由を説明してくれないと、あんたに情報を渡すわけには……」

 

 横を着いてくるミランダが訝しむような声を出した。

 一郎は苛立った。

 立ち止まって、小さなミランダの頭に手を伸ばして髪を鷲づかみにする。

 

「ひっ──。な、なに──? ちょ、ちょっと、ロウ──?」

 

 ミランダがびっくりして声をあげた。

 

「いちいち詮索するな。面倒だ──。説明は後でする──。とりあえず話せ──。それと、そのジョナスを追いかけるから、ミランダもついて来い──。コゼやシャングリアだと、あいつの操りに支配される可能性がある。その点、ミランダなら大丈夫だ。俺で仕留められないときは、ミランダが俺を助けろ」

 

 一郎は怒鳴りつけた。

 エリカを連れ去られたことで、怒りで血が煮えたぎっている。

 その腹いせをミランダにぶつけたかたちだ。

 

 一度離れた者たちが、副ギルド長のミランダを一郎が乱暴に扱って、大きな声をあげる場面に面して、びっくりしているのがわかった。

 だが、いまこの場では、もうそういう斟酌をする気にもなれない。

 

 とにかく、エリカだ──。

 

「ま、待って、ロウ……。て、手を離して……。ほかの者が見てる……。と、とにかく、中に……。個室に入りましょう……」

 

 一郎に髪を掴まれているミランダが慌てたように、ロウを個室に向かって身体を押した。

 

 

 *

 

 

 住まいにしている宿の部屋に辿り着いたジョナスは、懸命に息を整えながら、やっとエリカの手首を離した。

 まだ、心臓が破裂しそうに激しく鼓動している。

 ここまで全力で走ってきたからだというのもあるが、目の前で人が死ぬのを見たのは、あれが初めてだったのだ。

 

 ジョナスは、女なら完全にだが、男であっても、ある程度の感情統御はできる。

 だから、血を見るような仕事をする必要がなかったのだ。

 しかし、あのロウという若い冒険者は死んだだろう。

 実際に殺したのはこのエリカだが、手を下させたのはジョナスだ。

 ジョナスが殺した……。

 その興奮でジョナスはまだ身体が燃えるように熱かった。

 

「あ、あの……」

 

 エリカが困惑したような顔でじっとジョナスを見つめながら声をかけた。

 ジョナスは、所在無げに部屋の中で立っているその美貌のエルフ娘を見た。

 

 このエルフ娘は、おそらく人を殺すことには慣れている。

 そう思った。

 殺人を犯したことに、少しも動揺している気配がないのだ。

 もちろん、いまはロウのことを憎い敵のように暗示を加えている状態なので、本来は同じパーティ仲間だという感情はない。殺すべき相手だったと思っているだけだ。

 だから、仲間に手を下したという後悔のようなものはあるわけはないが、ただ、人を殺したことには変わりないはずだ。

 しかし、このエリカは、すでにさっきのことなどなかったように平然としている。

 ついでにいえば、これだけ全力で走ったのに、息ひとつ乱していない。

 エルフ族は、本来は森林で生きる狩猟種族だというが、それは本当のようだ。

 いずれにしても、こうなったら、念のためにも、ここはすぐに立ち去った方がいいだろう。

 ジョナスの顔を誰かが覚えていれば、ブラボー・ランクの冒険者であるジョナスは、連絡先をギルドに届けているので、すぐにここが判明する。

 

「大丈夫ですか? ちょっと顔色が……」

 

 エリカが心配そうに、ジョナスの顔を覗いてくる。

 どうやら、ジョナスを心配してくれているようだ。もしかしたら、ジョナスは余程に蒼い顔をしてたのかもしれない……。

 だが、ジョナスは苦笑してしまった。

 直接に人を殺したのは、エリカであって、ジョナスではない。しかも、本来はエリカは死んだ男の女だろう。

 それにも関わらず、ジョナスの方がエリカよりも動揺するなんて……。

 

「問題ない。もう、落ち着いた」

 

 ところで、こうやって面してわかったが、このエルフ娘はただ美しいだけじゃない。びっくりするほどの色香が漂っている。

 とても、我慢できるもんじゃない……。

 とりあえず、このエリカと一発やるか……。

 猛りきっている血を沈めたい……。

 その時間くらいは十分にあるはずだ。

 

「脚を開いて、スカートをめくれ」

 

 ジョナスは声をあげた。

 いずれは顔が割れるとはいっても、それはすぐのことではない。

 エリカの仲間のシャングリアと黒髪の女には顔は見られているが、あれはジョナスの能力で記憶を封印した。

 また、死ぬ直前にロウもまた、ジョナスの顔を見ているが、おそらく、すでに死んでいる。

 あのギルド本部のロビーの中のどれくらいの人間が騒動に気がついて、視線を向けていたかだが、ジョナスは目立たないように、ギルド本部のロビーの入口のところで大人しくしていたので、ほとんどの者はジョナスのことなど見ていないはずだ。

 

 しかし、いずれにせよ、こうなったら、あのルロイという商業ギルドの幹部にエリカを引き渡すのはやめた。

 ああいう男は情報に目敏い。

 冒険者ギルドの騒ぎは知るだろうし、エリカを注文したのはあいつなので、ジョナスが殺させたことは悟る。

 訴えはしないとは思うが、今後の脅迫の材料に使われる可能性はある。

 とにかく、すぐにハロンドールを離れる。

 そう決めた。

 だが、それはなにはともあれ、目の前のエリカを一発犯してからだ。

 

「は、はい?」

 

 エリカがびっくりしたように声をあげた。

 

「早くしろ――。命令だ。それとも、俺に逆らうのか?」

 

「ま、まさか……。そ、そんなに怒らないで……」

 

 エリカは、腰の剣を外して寝台の上に置くと、慌てたように、そろそろと両脚を開いた。そして、短いスカートを両手で持っておずおずとそれをめくりあげていく。

 ふたりきりとはいえ、まだ昼間だ。

 さすがに恥ずかしいのだろう。

 顔が真っ赤だ。

 さらに、羞恥に耐えられないように、エリカは顔を横に向けて目を伏せている。

 

 だが、同時に、エリカは興奮もしている。

 それに気がついた。

 エリカには、ジョナスに対する強烈な愛情の感情を抱かせている。いまのエリカにとっては、ジョナスは死ぬほど愛している恋人と同じだ。

 つまりは、愛している男の前で痴態を演じるという状況に、エリカは欲情をたぎらしつつもあるようだ。

 エリカのスカートが完全にまくれあがった。

 そこには、白い下着がむんむんと息づいている。

 

 ジョナスはしばらくのあいだ、それをじっと見つめた。

 これから、この美貌のエルフ娘を好きなように凌辱して弄ぶことができる。

 そう考えただけで、あっという間に股間が硬くなった。

 

「下着を脱げ」

 

 ジョナスは言った。

 エリカはたくしあげていたスカートから手を離してスカートの中に両手を入れた。

 

「違う──。スカートはまくりあげていろ。そのまま、片手で下着を脱ぐんだ」

 

 ジョナスは怒鳴った。

 

「は、はい」

 

 エリカがジョナスの声にびくりと身体を竦ませた。

 そして、片手でスカートをまとめるようにして押さえたまま、腰を屈めて下着を足首から抜く。

 驚いたが、エリカの股間には一本の恥毛も生えていなかった。

 成熟した女の股間に、童女のような無毛の股間──。

 その不似合さがジョナスを異様な興奮をもたらした。

 

「まずは、自慰をしろ。自慰をしながら、服を脱いでいけ──」

 

 ジョナスは興奮して命じた。

 エリカが目を見開いて、驚くような顔になった。

 

「どうした? できないのか? 俺を愛しているならできるはずだ。それとも、愛していないのか? だったら、どこでも出ていくがいいさ。俺は俺を愛してもいない女などいらん」

 

 ジョナスはわざと笑った。

 

「で、できます……。自慰をしながら服を脱ぎます……」

 

 エリカが慌てたように言った。

 そして、大きく息を吸う仕草をする。

 そのあいだにジョナスはエリカの前に椅子を運んできて腰掛け、目の前のエルフ女の自慰をしながらの脱衣を愉しむ態勢になった。

 エリカがスカートの横の留め金を器用に片手で外し始めた。

 一方で、右手はしっかりと股間に伸びて、自分の股をいじり始める。

 

 美貌のエルフ娘に、娼婦でもしないような破廉恥な行為を強要する──。

 ジョナスの興奮は最高潮に達した。

 

「ああ……あっ? あれ……? な、なんで……?」

 

 そのとき、突然、エリカが困惑した表情でさっと自分の股間に顔を向けた。服を脱ぐ手も股間をまさぐる手も止まっている。

 

「どうした?」

 

 ジョナスも違和感を覚えた。

 エリカが自分の股間を触ったときの手付きが不自然だった。

 ジョナスも思わず、エリカの股間に手を伸ばした。

 

「あっ……」

 

 恥部に直接に触られたときに、エリカの身体をびくりと震えた。

 だが、それどころではなかった。

 ジョナスは驚愕してしまった。

 エリカの股間は、まるで石のように硬かったのだ。

 驚いて、指を無理矢理に捻じ込もうとしてみた。

 

「んふっ」

 

 股間を強く押されて、エリカが甘い鼻息を鳴らした。

 しかし、とんでもなく硬い。

 筋肉が完全に硬直している。

 指を挿し入れるなど到底無理だ。

 これでは性交どころか、自慰も無理だ。

 ジョナスは途方に暮れた。

 

「……どうした、ジョナス? 俺の女だが、遠慮なくぶち込めよ──。お前の一物が石よりも硬ければ、あるいは穴の入口に届くかもしれないぞ……。もっとも、膣も尻も筋肉を石みたいに硬化させたから、穴に捻じ込むのはほぼ不可能と思うがな」

 

 部屋の入口から声がした。

 驚いて振り返る。

 

「あっ、お前は──?」

 

 ジョナスは叫んだ。

 そこには、間違いなく致命傷を負ったと思ったロウが、怖ろしい形相でジョナスとエリカを睨んでいた。

 その後ろには、大斧を持っているミランダがいる。

 

 しかし、ジョナスの視線は、ロウの持っている武器に吸いつくように引き寄せられていた。

 ロウは右手に短銃を構えている。

 王軍の騎士隊などが持つことが多い銃身の短い銃だ。

 引き金を引いて弾丸を発射する武器であり、眼の前のものは二連発式のようだ。

 一介の冒険者が持つには非常に高価なものだ。

 だが、ロウはそれを握っていて、さらに銃口が真っ直ぐにジョナスの身体に向けられている。

 

「俺に武術を教えてくれようとした女がいるんだが、どうにも俺は剣の扱いには向いていないようでな……。それで、王軍の騎兵で装備しているこの短銃ならどうかと持ってきてくれたんだ──。まだ、練習を始めたばかりだが、この距離なら外しようがない」

 

 ロウは言った。

 その声にははっきりとした殺意を感じる。

 ジョナスは背にどっと冷たい汗が流れるのがわかった。



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72  赦しの代償

「ま、待てよ」

 

 自分に向けられている短銃に、真っ蒼になったジョナスが咄嗟に椅子から立ちあがろうとしたのがわかった。

 一郎は手にしている短銃の引き金に力を加えていく。

 

「う、撃たないで、ロウ様──。撃ってはだめ──」

 

 そのとき、エリカが一郎とジョナスのあいだに立ちはだかって大きく両手を拡げた。

 さっきまで、この下衆男の命令で自慰をしようとしていたので、エリカの下半身はスカートと下着を身に着けていない裸だ。

 それでも、その姿でエリカはジョナスを庇うために、一郎の構える銃口の前に身を投げ出してきた。

 必死の形相だ。

 操られている状態とはいえ、一郎の心に怒りの炎が宿る。

 

「……俺のことはわかるんだな、エリカ……?」

 

 一郎は銃口を真っ直ぐにジョナスに向けながら言った。

 ただ、その銃線には、エリカの身体が存在している。

 

「わ、わかります……。この人を撃たないで……」

 

 エリカは一郎をじっと見返しながら注意深く言った。

 この状況でも、エリカはほんの少しの隙も見逃すまいとするように、一郎の仕草を観察しているのがわかる。おそらく、エリカは機会さえあれば、一郎に飛びかかってくると思う。

 いまは、完全にエリカは、ジョナスのことを大事な恋人かなにかと勘違いしている状態だ。

 つまりは、操り状態なのだ。

 

 しかし、それでも一郎の内心は腹が煮えたぎっている。

 感情を操られていたとしても、エリカの頭には、一郎と旅をしてきた記憶は消えてはいないのだ。それにも関わらず、いまのエリカにはなんの葛藤もなく、一郎を敵とみなし、ジョナスを「主人」のように思っている。

 それが口惜しかった。

 

「ジョナス、少しでも動けば、お前を殺す」

 

 一郎は言った。

 嘘ではない。

 

 一郎はジョナスを殺すつもりだ。

 だが、いまはエリカの身体が邪魔で撃てない。ただ、それだけのことだ。ジョナスが立ちあがれば、的は大きくなり当たりやすくなる。

 しかし、そのときは、エリカが身を投げ出してでも、ジョナスを庇おうとする気がする。

 

「う、撃ってはだめです、ロウ様……。お、お願い……。わたしたちを逃がして……。ねっ? いいでしょう? さ、さっきは申し訳ありませんでした……。で、でも、ロウ様には治癒能力がありますから大丈夫だったんでしょう……?」

 

 エリカが媚びるような笑みを浮かべた。

 もちろん、エリカの内心は、一郎に対する親しみなど微塵も沸いてはいない。一郎にはそれがわかった。

 ただ、いまは、憎しみを抱いている一郎に媚びてでもジョナスを救いたいという一心があるだけのようだ。

 また、エリカのいまの発言で、エリカの心にある感情は歪められているようだが、記憶は確かに存在しているということを改めて確信した。エリカは、一郎がルルドの精霊のユグドラから自己治癒能力を与えられたことを知っている。

 それを覚えているということは、エリカにはやはり、一郎や仲間たちとの記憶はあるのだ。

 

 つまりは、エリカが一郎を刺したとき、あれくらいでは一郎は死なないことはわかっていただろう。

 そういう意味では、エリカには一郎を殺す気まではなかったともいえる。

 だが、エリカが一郎を刺したという事実には相違はないが……。

 

 いずれにしても、エリカは、記憶を留めているにも関わらず、いとも簡単にジョナスの支配下に陥った。

 一郎のエリカに対する怒りは理不尽とはわかっているが、一郎にはそれが赦せない。

 いまのエリカがそうであるように、いまの一郎もまた、「理解」と「感情」は別なのだ。

 

「……わかった。逃がしてやる。ただし、こいつだけだ、エリカ──。エリカ、お前は残るんだ……。それから、ジョナス──」

 

 一郎は怯えた様子で椅子に座っているジョナスに怒鳴った。

 

「ひっ──。な、なんだ……?」

 

 ジョナスがびくりと身体を震わせた。

 

「なんだじゃねえ──。さっきから俺の心を操ろうとして、術を侵入させようとしているのはわかっている。お前の操りに支配される俺じゃないが、目障りだ──。やめろ──。それと後ろのミランダにもだ。今度、操りをしようとすれば殺す──。場合によっては逃がしてもいいと思っているが、操り術を遣おうとすれば、殺すからな。俺はお前が操り術を駆使しようとすればわかるんだ」

 

 一郎は言った。

 その瞬間に、心に侵入しようとしていたジョナスの関与がさっと消滅したのがわかった。

 同時に、ジョナスの顔に一郎に対する怯えがありありと浮かんだのもわかった。

 もちろん、いまの一郎の言葉は、半分は洞察だが、半分ははったりだ。

 一郎にわかるのは、一郎自身にジョナスの術が侵入しようとしてきたときだけだ。ミランダに対してはわからない。だが、この状況であれば、ジョナスは一郎の感情を操ろうとするとともに、無言で身構えている後ろのミランダにも操りを施そうとするはずだ。

 

 もちろん、それは無駄なことだ。

 ここに来る直前に、コゼやシャングリアにあったジョナスの刷り込みを消去しただけでなく、ミランダに対する一郎の影響力を強めてきた。

 それは一郎の精液を飲むという行為を通じて行ったのだが、それによって、もともと、ジョブレベルがジョナスよりも高いミランダに、さらにレベル“70”の一郎の支配の防壁を与えている。

 ミランダがジョナスの操りに屈することはあり得ない。

 

「お、お前も操り師か……?」

 

 ジョナスが当惑した表情で言った。

 

「さあな……」

 

 一郎はそれだけを言った。

 

「ところで、エリカ……」

 

 一郎はジョナスに視線を向けたまま、エリカに声をかけた。

 

「は、はい……」

 

「さっきも言ったが……この男を助けてもいいが、お前は、俺のところに残ることになる。それでも、お前はこいつを助けたいか……?」

 

 一郎は訊ねた。

 エリカが一瞬、返事に窮した顔になった。

 

 いま、エリカが考えていたのは、この状況をなんとか打破して、恋する──そう思い込んでいる──ジョナスととともに、一郎から逃げることだけだったろう。

 だから、ジョナスは救われても、エリカは逃げられないということには、咄嗟には返事ができないのだ。

 しかし、エリカはもともと自己犠牲の精神の強い女だ。

 エリカがジョナスを助ける決心をするというのは予想している。

 元はと言えば、一郎にエリカが従ったのも、その自己犠牲が下地になっている。

 

「エ、エリカ──。俺を助けろ──。助けるんだよ──。なにを迷っているんだ──」

 

 ジョナスが怒鳴った。

 むかっ腹が立ったが一郎は我慢した。

 だが、ジョナスの言葉でエリカは決心できたようだ。エリカの顔から迷いのようなものが消滅した。

 

「わ、わかりました……。従います、ロウ様……」

 

 エリカが静かに言った。

 

「ロウ、口を挟んでいい?」

 

 そのとき、背後のミランダから声がかけられた。

 

「いや、駄目だ、ミランダ──。言いたいことはわかっている。だけど、それじゃあ、駄目なんだ」

 

 一郎は前を向いたまま返事をした。

 ミランダがなにを喋ろうとしたのかはわかっている。

 エリカの操りをジョナスに解かせようとしないのを怪訝に思っているに違いない。それをさせれば、エリカがジョナスを庇おうとする状況は消滅する。

 エリカも正気に戻り、すべては解決する──。

 ミランダはそう思っていると思う。

 

「でも、逆に、殺してしまったら……」

 

「それも、わかってる。それよりも、手枷をふたつ、エリカの前に投げてくれ」

 

 一郎は言った。

 ジョナスが操り師であることは、すでにミランダに説明した。おそらく、エリカは、そのジョナスの操り状態にあるとも……。

 すると、ミランダは、そうであるなら、ジョナスにまずは、エリカへの暗示を解かせろと忠告してきた。

 万が一、暗示が残ったままジョナスが死ねば、最悪、エリカの暗示を解く手段がなくなる可能性もあるようだ。

 しかし、一郎はそれは心配してない。

 コゼとシャングリアの暗示を解いたように、もう一度エリカの身体に一郎の精を注げば、簡単に暗示は解ける。

 もっとも、一郎は簡単に解くつもりはないが……。

 

 なにしろ、これは一郎のせいだ。

 ジョナスという操り師は、心を操れる能力を持った者としては小者だろう。しかし、その小者にエリカはつけ込まれた。

 それは一郎に責任があるのだ。

 一郎はエリカを淫魔師の呪術で支配している。

 だが、その支配の力は極めて弱いものだったのだ。

 身体を自在に操ることについては、最大限のことができるほどに強化しているが、実は、心への接触は最小限にしていた。それはコゼやシャングリアについても同じだ。

 

 そして、女たちとの生活が長くなり、淫魔師の力に頼らずとも心の絆ができてくると、それに応じて、さらに心の支配を弱めていっていた。

 だから、三人への呪術の支配など、実際にはほとんどない状態だったのだ。

 そこをこのジョナスにつけ込まれた。

 そして、それはすべて、一郎の甘い考えが理由だ。

 

 一郎は、自分の愛している女たちの心を操りたくはなかった。

 だから、可能な限り心の支配を弱めようとしていた。

 それがエリカが、ジョナスの関与を許して支配に陥った原因だ。

 一郎が最初の頃のように、エリカを強く淫魔師の呪術で支配していれば、ジョナスにつけ入る隙はなかったに違いない。

 それでも、コゼとシャングリアは、記憶操作は受け入れてしまったが、ジョナスの感情操作までは受け入れなかった。

 それに対して、エリカは受け入れてしまった。

 

 その理由もわかる。

 それは、三人が一郎の支配に陥った状況の違いだ。

 つまり、一郎の呪術の根っこの部分の強さの差なのだ。

 コゼとシャングリアについては、一郎が呪術で支配する直前に、一郎の支配に陥るという自己意思がちゃんと存在していた。

 

 奴隷だったコゼは、主人の命令で一郎を殺そうとして、逆に捕らわれた瞬間にすべてを諦めて一郎に身を任せる境地になっていたし、シャングリアは押しかけ性奴隷だ。

 ふたりとも、もともと自分自身の意思で一郎に屈しており、そこに一郎の呪術が刻まれたという状態なので、一郎との呪術の絆が強いのだ。

 

 それに比べて、エリカは違う。

 エリカの意思は完全に無視して、最初に一郎が支配した。

 だから、呪術の縛りは弱いものだったのだ。

 それにも関わらず、一郎はエリカの呪術の支配をどんどんと弱めていっていた。

 その結果、エリカは、本来は強靭であるはずの一郎による呪術の防壁を受けられずに、ジョナスの心への侵入を許してしまったのだ。

 

 いまこそわかる──。

 淫魔師として女を支配するには、実のところ、精の呪術で支配する前に「堕ちる」という状態が必要だ。

 それにより支配が著しく強化される──。

 今後、女を支配する状況になったときには、それを覚えておこうと思った。

 

 だから、一郎はエリカの支配を強化する。

 このジョナスは小者だったが、今後、もっと力の強い操り師が目の前に出現する可能性もある。そのときに、心への関与を許さないように、エリカの淫魔師の支配を根っこから強める必要がある。

 つまり、エリカを呪術の支配以前に、自分自身の意思で「堕ちさせる」のだ。

 そのため、一郎は、ジョナスの操りで一郎に対する反抗心が頂点になっているいまの状況を利用するつもりだ。

 

「投げるわよ」

 

 ミランダの声がして、ふたつの手枷が床を流れて、エリカの足元に届いた。

 

「ひとつをとって、自分の足首にかけろ」

 

 一郎は言った。

 エリカは、きっと一郎を睨みつけてから、ゆっくりと屈んで手枷のひとつを手にした。

 枷は、それを嵌めるときには簡単に締るようになっているが、開くときには鍵がないと開錠できない仕組みのものだ。枷と枷のあいだには拳二本ほどの長さの細い鎖が繋がっていて、それを嵌めてしまえば、もうよちよち歩きしかできない。

 

「嵌めました」

 

 エリカが屈んでいた上体をあげた。

 

「もうひとつを手に取れ。それで手首を繋ぐんだ。ただ、手錠は股間を通して、右手は後ろにして、身体の前側で左手首に繋げ」

 

 一郎は言った。

 

「なっ──」

 

 エリカが一瞬、反抗するような声をあげたが、一郎の構える短銃に視線を向けると、すぐに口をつぐんだ。

 無言で指示された格好になる。

 エリカは股間を通して、両手首を拘束された状態になった。

 そのとき、ジョナスが口を開いた。

 

「お、俺の能力がわかってるみたいだな……。だったら、言っておく……。俺を殺せば、この女に与えた刷り込みは……」

 

「黙れ。勝手に口を開くな。すぐに引き金を引くぞ――」

 

 一郎は怒鳴りあげた。

 余程の形相をしてしまったのか、ジョナスの顔が真っ蒼になった。

 

「撃ってはだめ、ロウ様。ジョナス様、ここはわたしに任せて」

 

 エリカが素早く言った。

 一郎はエリカを見た。

 

「エリカ、股の筋肉の凍結は解除してやった。鎖で股を擦って自慰をしろ。さっきの続きだ──。俺が百数える。そのあいだに達することができれば、ジョナスは解放してやる。だが、それができなければ、ジョナスは死ぬ」

 

「な、なんですって──?」

 

 エリカが目を丸くした。

 

「聞こえなかったのか、エリカ? 鎖で自慰だ。あと九十だぞ。俺が心の中で数え終わったら、引き金を引くからな」

 

 一郎はわざと頬に笑みを作った。

 エリカについては、徹底的に再調教する──。

 そう決めている。

 それが必要なのだ。

 

「は、早くしろ、エリカ──。さっさとやれよ──」

 

 ジョナスが焦ったように怒鳴りあげた。

 一郎は腹が煮え返るのをぐっと耐える。

 

「や、約束よ──」

 

 エリカは屈辱で真っ赤になった顔を一郎に向けた。

 そして、捨て鉢になったかのように、いきなり激しく鎖で股間をしごき始めた。

 

「んっ……んっ……んんっ……」

 

 始まってしまえば、感じやすいエリカの身体だ。

 あっという間に、エリカの「快感値」の数字は下がり始める。鎖に蜜がまとわりつきはじめ、エリカの身体が小刻みに震え出すのに、それほどの時間はかからなかった。

 一郎は、エリカの身体を操作して、「快感値」が“5”よりも下がらないように操作した。

 これでエリカは際限なく快感は膨れあがっても絶頂だけはできない。

 そのあいだも、エリカは羞恥から逃れるように、必死になって卑猥な作業に没頭している。

 

 エリカの反応がいよいよ大きくなった。

 すでに“5”だ。

 だが、そこでエリカの快感値は止まった。

 

「……あ、ああ……な、なんで……」

 

 エリカは懸命に股間を擦っている。

 だが、あと少しのところでいけなくて、動揺をし始めた。

 

「は、早くしろよ、愚図め──。お前が達しないと、俺は殺されるんだ──。わかってんのか──」

 

 ジョナスが大きな声をあげた。

 

「は、はい……。わ、わかってます……。で、でも、なんでか……」

 

 エリカが泣きそうな表情で言った。

 そして、鎖で擦るのをやめ、前側の手で直接に肉芽をいじり始める。

 さらに後ろ側の手はお尻の穴に入れたようだ。

 必死に達しようとしている健気な姿に、一郎はほくそ笑みながら、一方で、その必死さが背後のジョナスのためなのだと思うとどうしようもなく腹が立った。

 

「あと三十だ」

 

 一郎は宣告した。

 

「……ああ……そんな……そんな……」

 

 エリカは腰を振り出した。

 少しでも快感を増幅しようとしているのだ。

 後ろでは早くいけとジョナスが喚いている。

 黙っていろ──と引き金を引きそうになり、一郎は自重した。

 

「残り十、……九……八……」

 

 一郎はカウントダウンと始める。

 

「……ま、待って……ちゃんといく……いきますから……ま、待って……」

 

 エリカはもう涙目を浮かべている。

 下半身になにも着けてない女が一生懸命に鎖で自慰をして腰を振るさまは、滑稽であり卑猥だ。

 一郎はカウントダウンが五になったところで、絶頂を止めていた縛りを解除してやった。

 

「ああ、い、いきます──あうううう──」

 

 エリカが大きく背中をのけ反らせた。

 絶頂を凍結していたため、そのあいだに溜め込んだ淫情が一気に全身に貫いたようだ。

 エリカは驚くほどに激しく反応して、その場に崩れ落ちるように膝をついた。

 一郎はその姿を確認しながら、ジョナスに視線を向けた。

 

「行っていいぞ。二度と、俺たちの前に現れるな」

 

 一郎はそう言って、銃をおろした。

 ジョナスがほっとしたように脱力したのがわかった。

 椅子から立ちあがったジョナスが、跪いたまま肩で息をしているエリカの横を通り抜ける。

 一郎は、完全に油断しているジョナスに銃を向け直した。

 轟音が鳴り響き、至近距離で心臓を撃ち抜かれたジョナスが、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。

 

「いやああ──ジョナス──ジョナス──」

 

 エリカが発狂したように声をあげた。

 拘束された状態のまま、エリカはジョナスの死体に取りすがろうとした。一郎は、むんずとエリカの髪の毛を掴んでそれを阻止する。

 

「ひいい──痛い──。う、嘘つき──。騙したわね──。この人を許すと言ったくせに──」

 

 髪を掴まれて動けなくなったエリカが泣き叫んでいる。

 そのとき、外からコゼとシャングリアが部屋に飛び込んできた。

 このふたりは、ミランダと異なり、ジョナスの操りの侵入を許す可能性があった。だから、気配を探られないように、部屋の外に隠れているように申し渡してたのだ。

 

「エリカ、しっかりしなさいよ。あんたは、こいつに操られていたのよ」

「そうだ、エリカ──。ロウがこいつを殺してくれた。もう、大丈夫だ」

 

 コゼとシャングリアがエリカを両側から抱きかかえるようにした。

 一郎はエリカの髪を離した。

 

「は、離してよ──。こいつが──こいつが──」

 

 エリカは泣き喚いている。

 

「俺が憎いか、エリカ?」

 

 一郎は銃を上着の内側にしまい直すとエリカに視線を向けた。

 

「に、憎いわ──。憎い──。憎いに決まっているでしょう──。この卑怯者──」

 

 エリカは目に涙を浮かべたまま、一郎を睨みつけた。

 

「そうか……」

 

 一郎は頷いた。

 すでに、エリカを操っていた術師のジョナスは死んだ。

 しかし、術者が死んでも暗示は解けてない。そういう操り術だったのだろう。

 

「……だか、その憎い俺にお前は屈服することになる。屋敷に戻るぞ、エリカ──。しっかりと調教し直してやる」

 

「だ、だれが、あんたに屈服なんて……」

 

「だが、屈服することになる。最後にはな……」

 

 一郎は笑みを浮かべた。

 口惜しそうな表情のエリカが、突然に一郎に向かって唾を吐きかけた。

 その眼には、憎しみしかこもっていない。

 

「エ、エリカ──?」

 

 一郎に向かって唾を吐いたエリカに、シャングリアが目を丸くしている。さらに、エリカの身体を押さえながら一郎に顔を向けた。

 

「なあ、ロウ──。エリカの状態を戻さないのか? わたしたちにやったようにすれば、エリカは正気に戻るのではないか?」

 

 シャングリアが言った。

 

「多分な……。だが、それは、いまのエリカが屈服してからだ。とにかく、馬車まで連れていけ──」

 

 一郎は、いまの状態のままのエリカを屈服させると決めている。

 エリカに自分の意思で一郎の支配に陥ることを決心させるのだ。

 それにより、コゼとシャングリア同様の強い呪術の支配が刻まれるはずだ。

 やり直しの支配だ。

 簡単に戻してしまえば、エリカが一郎に従うのは当然であり、元には戻るものの、同時にエリカが自分の意思で一郎を支配を受け入れる機会もなくなり、淫魔術による洗脳魔道への防壁が得られない。

 

「とにかく、エリカ、さあ……」

 

 拘束されながらも、それでも暴れようとするエリカをコゼとシャングリアがふたりがかりで押さえつけて立たせた。コゼが横の寝台からシーツをとって、エリカの身体を隠す。

 三人が部屋を出ていった。

 

「……エリカを再調教なんて本気? 可哀想に……。正気に戻してあげればいいじゃないの」

 

 ミランダが静かに言った。

 

「冗談言うなよ、ミランダ──。エリカをもう一度、屈服させる愉しみを失って堪るものか」

 

 一郎はうそぶいた。

 ミランダには淫魔術のことを細かく説明したくない。

 すると、ミランダが呆れた表情で肩を竦めた。

 

「……ところで、ミランダ。こいつの後始末を頼めるか?」

 

 一郎はジョナスの屍体を顎で指した。

 

「まあね──。こいつも冒険者ギルドの一員だったわけだし、あたしの方で当局に届けておくわ……。こいつがエリカを使ってあんたを殺そうとしたことは目撃者もいるし、それをあんたが返り討ちしたということにしておく。それで問題も起きないはずよ……。それにしても、心を操る者だなんて、とんでもない者もいたものね」

 

 ミランダがジョナスの死体に目をやった。

 心を操る者か……。

 一郎は心の中で呟いた。

 ミランダの心は一郎が操作しているので、ミランダが一郎に対する懸念を抱くことはないが、一郎もまた「心を操る」能力を持った存在だ。

 そして、ジョナスもそうだった。

 つまりは、珍しい存在なのかもしれないが、他人の心に関与できる者は決して唯一無二ではないということだ。

 

「さて、じゃあ、行くよ」

 

 一郎はミランダに声をかけた。

 そして、再調教をすることに決めているエリカが待っている馬車に向かった。

 

 一郎が憎いと叫んだエリカに対する理不尽な怒りと、そのエリカ再調教できる心の浮き立ちとともに……。

 

 

 

(第13話『操られたエルフ女』終わり、第14話『新しい関係』に続く)



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 第14話  一番奴隷との新しい関係
73  …木馬責め


 テーブルの上には、卵とじゃが芋の料理があった。冷やした薄肉もある。ほかには熱いスープと木苺のデザートだ。飲み物は冷やした果実水が準備してあった。

 屋敷妖精のシルキーが一郎の指示でエリカにつきっきりなので、コゼとシャングリアがふたりで準備したもののはずだ。

 コゼとシャングリアは先に夕食を済ませたらしく、食事は一郎の分だけが準備してあった。

 ふたりが食事をする一郎の給仕ができるように、一郎が座る広いテーブルの両側に腰かける。

 

「うまそうだな。もらうぞ」

 

 一郎は席に着くなり、すぐにテーブルにあるものを口にした。

 腹が減っていた。

 喉はもっと乾いていた。

 好きな嗜虐だが、延々と悪態を続ける女を拷問し続けるというのも、案外疲れるものだ。

 それがわかった。

 

 「拷問」には体力を使う。拷問を受ける側が体力を削ぎ取られるのは当然だが、拷問をする側も同じくらい疲れる。

 一郎はそれを今回のことで知った。

 

「なあ、ロウ、エリカはどうなのだ?」

 

 シャングリアが声をかけてきた。

 

「頑なだ……。俺のことは憎みきっているからな。もう少し時間がかかりそうだ。それに、堕とすにも、もう少し体力を削ぎ落とさないと駄目だ。だが、さすがは、狩猟種族のエルフ族だ。生半可なことじゃ音をあげもしない。半日のあいだ、延々と俺に悪態をつき続けた。大した根性だよ。まあ、大変さ──」

 

 一郎は目の前の料理を口にしながら言った。

 

「それにしては、ご機嫌ですね?」

 

 コゼがからかうような口調で言った。

 

「そりゃあ、ご機嫌さ、コゼ。なにせ、あのエリカをもう一度調教できるんだ……。本当のことを言えば、エリカは最初から呪術で支配してしまったから、実は一度も俺はエリカを屈服させたことはないんだ。それを体験できるんだ。こんな愉しいことはないよ」

 

 一郎はコゼとシャングリアに会心の笑みを向けてみせた。

 ふたりの顔に苦笑が浮かんだのがわかった。

 

「だが、エリカが可哀想ではないのか、ロウ? ロウの精を与えれば、簡単にジョナスの操りは解けるのであろう? いずれ正気に戻ったときに、すごく罪悪感があると思うのだ。エリカは真面目だし、考え込むかもしれないぞ」

 

 シャングリアだ。

 

「逆だ。エリカは俺を刺したんだぞ。それこそ、簡単に戻せば、そっちの罪悪感に潰れるかもしれない。あんなのどうでもよくなるような、壮絶な調教をあいだに挟んでやる」

 

「だけど、ご主人様に悪態をつき続けているんですよね。それだって、エリカからすれば、あとで思い出して、相当に後悔すると思うんですけど……」

 

 コゼも心配顔だ。

 一郎は微笑んだ。

 

「まあ、そのときには、お前たちが慰めてやってくれ。俺がエリカの再調教を本当に愉しんでいたとな。それに、これは必要なことなんだ。何度も説明したぞ」

 

 一郎は言った。

 今回のことについては、シャングリアにもコゼにも、エリカがジョナスのような操り師の支配を受けないようにするために必要であり、そのためには、いまのエリカが一郎に対して「自らの意思で屈服する」という行為が必要であることを繰り返し説明した。

 ふたりとも一応は納得もしているが、半信半疑という目つきをしている。

 エリカの再調教を一郎が愉しみたいだけではないかと、いまだに半分は疑っている感じだ。

 

 それに、エリカのことは心配なのだろう。

 また、恐怖も感じているようだ。

 ふたりが知っているのは、とにかく、一郎に一途のエリカの姿だったはずだ。

 それが操りひとつであんなに豹変してしまうのだ。

 この屋敷に連行するまでのエリカの人が変わったような様子に、本当にコゼとシャングリアは驚いていた。

 それは一郎も同じだ。

 エリカが頑固で真面目なのは元々だが、ひとたび「敵」に回ると、本当に態度にも言葉にも容赦がないということも、改めて今回わかった。

 

「……それに、また操られて、仲間に危害を加えるようなことがあれば、その方がエリカが可哀想だ。俺だから助かったが、同じことをお前たちにやっていたら、助かっていないぞ。改めて思い出したが、俺やエリカを追っている女には、一騎当千のさまざまな特殊能力を持った奴隷戦士がたくさんいるしな」

 

 一郎とエリカを追っている女というのはアスカのことだ。

 今回のジョナスがアスカの手の者かどうかはわからないが、なんとなく違う気がする。少なくともジョナスのステータスには「外界人」の表記はなかった。召喚された異世界の人間なら、その表記があるはずだ。

 まあ、ジョナスの背景などについてミランダが調査をしてくれているが……。

 

 しかし、いずれにせよ、エリカの強化は必要だ。

 アスカは、召喚術で連れてきた外界人を奴隷にして、自分の戦力にするというやり方で、小さな範囲とはいえ、どの勢力にも支配されない独自の世界を保っている女だ。

 一郎もそうだが、召喚術で連れてきた異世界の外界人には、召喚の影響により、この世界に到着した段階で、なにかの特殊能力が覚醒する。

 アスカは、そんな特殊能力者を奴隷の首環で支配して、自分の道具のようにしているのだ。

 

 心を操る能力が、決して一郎の専売特許ではないとわかった以上、できる限りの防御策をしておく必要がある。特殊能力者集団を率いているアスカのところに、ジョナスという小者など比較にならない操り師がいてもおかしくない。

 

 それに対抗できるのは、一郎の持っている淫魔師の呪術だけであることは確かだ。

 すでに、一郎の淫魔師としてのレベルは“70”ある。

 まともに、一郎の呪術が女たちに影響を与えていれば、ほかの操り師などの影響を受けることなどほぼあり得ないはずだった。

 だが、一郎は自らの意思により、意図的に女たちへの精神支配を弱める処置をしていた。だから、ジョナスのような小者に女たちがしてやられる羽目になったのだ。

 特に、エリカについては、もともと、一郎の呪術支配の土台が弱いこともあって、あっさりとジョナスの術の侵入を許してしまった。

 

 その理由もいまでは明白だ。

 淫魔師の呪術で女を支配するという行為には、「正しいやり方」というものがあったのだ。

 つまりは、呪術で支配する前に、支配しようとする女に自分自身の意思で一郎の支配に陥ることを決心させることだ。

 それは、どんな方法でもよいのだが、呪術で支配しきってしまう前に、屈服の意思があるとないとでは、呪術の強さがまったく違うのだ。

 

 実のところ、それは、この世界で一般的な「奴隷の首環」あるいは、「支配の首環」についても同じだ。一郎も最初にアスカに捕らわれたとき、アスカに首輪をつけられて、支配の首環で奴隷状態にされた。そのとき、アスカは一郎に、一郎自身の言葉で「奴隷になる」ということを口にさせてから術式を刻んでいた。

 

 それが必要だったのであり、この世界におけるあらゆる支配魔道の常識だったのだ。

 そうでなければ、どんなものでも支配の刻みは不完全となり、操りは不安定になる。

 強い術で支配しているはずのエリカへの呪術が、遥かに支配力の劣るジョナスのような操り術で塗り替えられたのもそのためだ。

 

 呪術による支配前に一郎に屈服した経験のないエリカに対して、コゼとシャングリアは、一郎に支配されるということを納得済みで一郎の呪術を受け入れた。

 だから、一郎との関係が強固だ。

 それに比べて、エリカは一度も、エリカ自身が一郎の性奴隷になるということを決めることなく、一郎に支配されることになった。だから、コゼやシャングリアの結びつきに比べれば、いまのエリカの呪術の支配度はもともと弱い。

 

 従って、エリカにも、かつてアスカが一郎にやったことと同じように、屈服してもらう。

 それで、エリカに刻む一郎の呪術は完全なものになるはずだ。

 そのために、一郎は、エリカがジョナスの影響で一時的に一郎の支配から脱しているこの状況を利用して、エリカを支配しなおすつもりだ。

 これにより、エリカと一郎の結びつきは、これ以上ないというほど強固なものになるはずだ。

 

「なあ、ロウ、コゼとも話し合ったのだが、わたしたちがエリカを説得するというのはどうだろう?」

 

 一郎の食事がやや落ち着いてきたのを見計らうように、シャングリアがふたりを代表するという感じで口を開いた。

 

「お前たちが?」

 

 一郎は食事をする手を休めて顔をあげた。

 

「そうです、ご主人様、あたしたちが、エリカへの“再調教”に加わるというというのは駄目ですか? エリカは、別に記憶を失くしているわけじゃありません。すでに、性奴隷になっているあたしたちが説得すれば、案外にあっさりとエリカは応じるかもしれないじゃないですか。エリカはご主人様をジョナスの術で憎んでいるかもしれませんが、あたしたちに対しては、そこまでの感情の縛りはないようですし……」

 

 コゼも言った。

 だが、一郎は首を横に振った。

 

「だめだ」

 

「なんでだ? エリカが頑固なのは知っているから説得に応じるとは限らんが、やってみても損はないと思うぞ、ロウ」

 

 シャングリアがさらに言った。

 

「シャングリアやコゼの言うことも一理あるが、まあ無駄だろう。そんなに簡単に納得するなら、もう堕ちてる──。もう、エリカへの拷問を開始して半日になるんだぞ。それに大きな問題もある」

 

「大きな問題ですか?」

 

 コゼだ。

 

「そうだ──。大きな問題だ、コゼ。それであっさりとエリカが応じてくれたら、俺が愉しくないだろう。せっかくの機会だ──。俺は、たっぷりとエリカへの拷問を愉しませてもらうよ」

 

 一郎はにやりと笑った。

 コゼとシャングリアが呆気にとられた顔をした。

 

「なあに……。いずれにしても、何日もかかることじゃない。どうしても、手こずるなら、精を与えて元に戻し、俺の支配を強化する要領は別に考えてもいい──。まあ、とにかく、俺に任せておけ──。これは、俺の愉しみでもあるんだ。エリカを再調教できるんだぞ。こんな機会を逃してたまるか」

 

 一郎はうそぶくと、目の前にある残りの料理と飲み物を口の中にかき入れた。

 

 

 *

 

 

 地下に下り、エリカを監禁している調教室に戻ったのは、食事を終えてから自室にしている部屋でひと休みしてからだった。

 ちょっと微睡むだけのつもりだったが、気がつくと、すっかりと陽も暮れていて、時間にして、一時間半ほどが経過していた。この世界の時間単位では、“二ノス”というところだ。

 

「むう……ううっ……うぐうう……」

 

 ロウを認めたエリカが吠えるような声をあげた。

 その表情から見ると、すでにかなり参ってはいるようだが、心が折れるには程遠いとわかる。

 いずれにしても、エリカの口には小さな穴の開いたボールギャグを噛ませているので言葉を喋ることはできない。だから、エリカがなにを一郎に叫んでいるのかはわからない。

 あまりに悪態をつき続けるから、懲らしめのために咥えさせたのだが、エルフ美女のボールギャグ姿というのはそそるものがある。

 ボールギャグのおがげで、口から垂れ流れる涎を防ぐことのできないエリカの唾液は、エリカの首筋から裸身の胸の谷間へと伝い落ちている。

 なかなかの惨めな姿だ。

 一郎は自分の股間がすっかりと欲情して固くなるのを感じた。

 

「ふぐう、ふう、ふう……」

 

 一郎がそばまでやってくると、エリカは一郎を睨んで、憎しみたっぷりの視線で睨みつけた。

 だが、エリカの強気の態度の一方で、その姿には一郎に対する敵愾心に加えて、すでに苦痛の限界であることが表れていた。

 なにしろ、エリカを乗せているのは、頂点が天井を向いている大きな三角木馬だ。

 一郎は、全裸のエリカを三角木馬に跨らせて放置した状態で、一階に食事をしに戻ったのだ。

 

 また、エリカの両手は背中側に曲げ、ウエストの後ろで水平に重ね合わさせて、しっかりと革帯をしている。そして、ひとり残されても、尖った木馬の上から勝手におりることができないように、首輪を嵌めさせて、天井にある金具に鎖で繋げていた。

 もちろん、完全に床から離れている両方の足首には重しをしっかりと繋いでいる。

 

 圧巻は三角木馬の頂点が喰い込んでいる股間だ。

 エリカの肉芽の根元には、硬い糸が根元に喰い込んでいて、それを木馬の前側の端に糸で繋いでいる。

 この状態で一時間半だ。

 

 かなりつらいはずだ。

 ただでさえつらい三角木馬に跨らされて、身体のもっとも敏感な場所を繋いだ糸で固定され、さらに首輪に引っ張られて真っ直ぐに木馬の上で伸ばすように身体を固定されているのだ。

 エリカの裸身には夥しい脂汗が浮かんでいるし、重しが繋がれた足首の下には汗による水溜りがふたつできていた。三角木馬の頂点は、一応は股間を傷つけることがないように、少しは丸く削ってはいるが、乗せられることで激しい苦痛が加わる程度には尖っている。

 

「ふぐうううっ──んぐうう──」

 

 さらに、エリカがまたなにかを叫んだ。

 ボールギャグに阻まれた声は意味のある言葉として一郎の耳には届かなかったが、一郎には汗まみれのエリカがなにを叫んでいるのかがやっとわかった。

 

 エリカは、いまだに一郎に対して悪態をついているのだ。

 一郎はエリカの精神力の強さに舌を巻く思いだった。

 およそ一時間半も先端の尖った三角木馬に跨らされて、相手に哀願ではなく、罵りの言葉を叫び続けることができる女がどれだけいるというだろうか。

 改めて、その支配を外してしまうと、よくもこんな気の強い女を性奴隷にすることができたものだと我ながら感心する。

 

 だが、一方でエリカの股間はしっかりと汗以外の体液でびしょびしょに濡れていた。一郎が垣間見ることのできる「ステータス」にも、苦痛に喘ぐエリカが、一方で欲情を覚えていることも示していた。

 こんな苦痛に喘ぎながらも、根っからのマゾ体質のエリカの身体はしっかりと感じてもいるのだ。

 愉しい拷問になりそうだ……。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「シルキー、水の入った瓶を出せ。俺が準備しておくように命じておいたやつだ」

 

 一郎は調教室の空間に向かって声をあげた。

 すると、一郎がいないあいだ、万が一のことがないように、姿を消してエリカを見守らせていた屋敷妖精のシルキーが出現した。

 その手には、一郎の注文した水の入った瓶がある。

 

「どうぞ、旦那様」

 

 シルキーが差し出す瓶を受け取った一郎は、エリカの首の後ろに片手を回してボールギャグを外した。

 

「喉が渇いたろう、エリカ」

 

 一郎はエリカの口に水の入った瓶を押し込む。

 さすがにこれだけの汗だ。

 余程に喉が渇いていたのだろう。

 エリカは喉を鳴らして、むさぼるように水を飲んだ。

 あっという間に、瓶の水の大半がなくなる。

 

「はあ、はあ、はあ……。い、いい加減にして……。お、おろしなさい……。こ、こんなことをしても……む、無駄よ……。あ、あんたに屈服しろと……いう……話であれば……こんなこと……いくらやっても……」

 

 エリカが肩で息をしながら、一郎を睨んだ。

 一郎はエリカの肉芽の根元に喰い込んでいる糸を無造作に引っ張ってやった。

 

「ぎゃああああああ──」

 

 エリカが絶叫した。

 股間の激痛の衝撃でエリカの身体が揺れて、首輪の鎖が思い切りエリカの細い首を引きあげる。そのために、エリカは悲鳴をあげながらも激しく咳き込んだ。

 一郎は肉芽に繋いだ糸から手を離してやった。

 

「その調子で頑張ってくれよ、エリカ……。そして、一生懸命に抵抗を続けてくれ。俺が愉しめるようにな……。それから言っておくが、エリカを屈服させるための拷問なんて、まだ始まってもいない。これは、俺に悪態をついたことを謝らせるためにやってるんだ。木馬からおろして欲しければ、まずは、俺に酷い言葉を使ったことについて詫びをしろ」

 

 一郎はそう言って、再び肉芽を糸で引っ張り出すと、木馬の頂点の上に伸ばされたエリカの陰核を反対の手の親指でぐいと押してやった。

 エリカのけたたましい悲鳴が再び調教室にとどろいた。

 

 

 *

 

 

「ひぐうううう──」

 

 エリカは目を見開いて、声をあげた。

 ロウが肉芽の根元に喰い込んでる糸を思い切り引っ張り、肉芽を股の肉から引き出すと、それを親指で木馬の背にぐりぐりと押したのだ。一気に脳天まで突き抜けるような衝撃だった。

 エリカの想像を遥かに超える痛みだ。

 

「ひぎゃあああ──ぎゃああああ──」

 

 エリカはなにも考えられずに、ただ悲鳴をあげた。

 苦痛をやわらげるために股間を前に出すこともできない。長時間にわたって座らせられた三角木馬はいまやエリカの股間にしっかりと喰い込んでいて、腰を少しでも身じろぎさせただけで、激しい苦痛が沸き起こるようになっていた。両足首にぶら下げられている重りに逆らって、自ら動かすことなど不可能だ。

 エリカにできるのは、ただ雄叫びのような悲鳴をあげるだけだった。

 

「さあ、謝罪の言葉を口にする気になったか?」

 

 ロウがやっと肉芽から指を離して、くすくすと笑った。

 

「はああ……」

 

 エリカはがくりと脱力した。

 しかし、ロウは、まだ肉芽を引っ張る糸はしっかりと握ったままだ。

 なにも答えられない……。

 

 謝罪の言葉を口にしなければ、ロウは容赦なくいまの苦痛をエリカにまた与えるだろう。肉芽に繋がった糸をロウがしっかりと握っていることで、エリカは極限までの緊張を味わっている。

 だが、もう一度、あれを受ける気になれない。

 

 口惜しい……。

 口惜しい……。

 ただ、口惜しかった。

 

 こんな風に抵抗できない状態にされて、卑劣な拷問を加えられることは耐えがたい苦痛だ。だが、それ以上に口惜しいのは、こんな卑怯者の男に何度も身体を許し、全身全霊を捧げて仕えたというエリカ自身の記憶だ。

 

 騙されていたのだろうか……。

 そんな言葉が頭に浮かぶと、そうに違いないという思いが心をいっぱいにした。

 

 自分は騙されていたに違いない。

 そうでなければ、こんな卑劣な男に、なにもかも捧げようという気になるわけがないのだ。

 

 だが、エリカはこの男と起居をともにし、戦い、激しく愛し合った日々のことも覚えている。そこにあった堪らない充実感のことも、エリカはありありと思い出すことができる。

 あの日々は、エリカにとって大切な悦びの日々だった。

 ロウがいて、コゼやシャングリアという本当に心を許せ合う仲間もでき……。

 

 愉しかった。

 

 両親の記憶のないエリカにとって、生まれて初めて「家族」という感情を抱いた者たちだ。

 確かに、ロウとの日々は素晴らしい時間だった。

 

 混乱した。

 

 ロウを憎いという感情と、ロウとの生活を懐かしむ感情……。

 どちらが本当なのか……。

 

 だが、そのとき、エリカはこの男の能力が女に精を与えて、呪術で支配することだということを改めて思い出した。

 精の呪術でエリカを支配し、女たちを言いなりにして、自分を守り、仕事をさせて金を稼ぎ、それでのうのうと生きるような卑劣漢だ。

 ロウに対する愛しみのような感情も、この卑劣漢が意図的に作ったものであるに違いない。

 そうに決まっている。

 

 しかし、同時に恐怖も走った。

 この男はこの瞬間にも同じことができる……。

 また、精を注がれたら……。

 

 いや、精を注がれなくても、いまも、エリカがこの男の支配下にあることは間違いない。ジョナスが死んで、この男に囚われなおされた瞬間から、エリカの魔道の力は完全に封印されている。それは、この男がやっていることに決まっている。

 このロウは、すでに精の力で支配しているエリカの身体を好きなように操ることができる。

 

「考え込みだしたな、エリカ……。なにを考え始めたかどうかまではわからんが、だいたいの想像はつく……。俺は卑怯者だ。精の力で女を支配して、言いなりにするような卑怯者だ……」

 

 ロウが静かな口調で語るように言った。

 心を見透かすようなロウの物言いにエリカはどきりとしてしまった。

 だが、さらに動揺が走ったのは、ロウが糸で引っ張っている肉芽にすっと指を伸ばしてきたことだ。

 

 また、あの激痛が襲う──。

 エリカははっとした。

 しかし、襲ってきたのは触れるか触れないかというくらいの柔らかい愛撫だった。

 

「はあっ、はっ、ああっ」

 

 エリカは火がついたような快感の迸りに、堪らずに鋭い悲鳴をあげてしまった。

 

「……だが、その卑怯者にどうしようもなく快感を覚えるのも確かだろう……。そら、思い出すんだ。この快感を……。この性の疼きを……。俺はお前のありとあらゆることを知っている。どんなに苦痛に喘ぐお前からでも、あっという間に快感を絞り出すことができる……。自分に正直になれ。考えるな。どうだ、エリカ……?」

 

 ロウは木馬の背に乗っているエリカの肉芽をこれ以上ないというくらいに優しく小刻みにしごいている。

 ただでさえ、根元を糸で縛られて、怖ろしいほどに敏感になっている肉芽だ。

 それを今度は一転して、優しく愛撫されるのは堪らなかった。

 じんという疼きが、腰骨から背骨にかけて貫いた。

 思わず腰を悶えさせた。

 しかし、その瞬間に木馬の頂点が喰い込んでいる股間に激痛が走った。

 

「ううっ」

 

 エリカは呻いたが、肉芽から与えられる快感の気持ちよさと、股間の痛みの苦しさが混ざり合い、果たして自分は苦しんでいるのか、悦びを感じているのかわからなくなった。

 三角木馬に座らせられている苦痛が快楽に変わりそうだ……。

 そして、ロウの肉芽への愛撫は続いている。

 

「なにも考えるな、エリカ。この気持ちよさだけを感じろ。これだけは本物だ。あとは全部、嘘だ。俺を憎いという気持ちも……。俺を愛する気持ちも……。感情はいくらでも操りや呪術で作り出せる……。しかし、俺の指を感じているお前の快感だけは本当だ……」

 

 ロウがささやきながら肉芽へのくすぐりを続ける。

 苦痛と愛撫──。

 それが混ぜ合わさってささやかれるロウの言葉は、それ自体が魔道のようだった。よくわからないが、ロウの言葉のひとつひとつがエリカを動揺させる。

 

 エリカは自分が毀れていく感覚を覚え始めた。

 なにかがいまのエリカを崩そうとしている。

 これは本当ではない……。

 誰かがそう心の中でささやいている。

 そして、それは別のエリカの声だった。

 

 それがわかった。

 

 いまのエリカではない、別のそのエリカが心を支配しようともしている。

 戸惑った。

 そのエリカが頭をもたげたとき、それこそが本当の自分だという気持ちが沸いたのだ。

 だが、すぐにそれは心の混乱とともに、なにもわからなくなった。

 

 あるのは快感……。

 ロウの指で与え垂れる途方もない気持ちよさ……。

 

 快楽とロウ……。

 

 そのロウに対する激しい憎しみ……。

 

 だが、それに相反するようなロウに対する愛情……。

 

 仲間……。

 

 なにが本当で……なにが嘘なのか……。

 どれが真実の心で……どれが作られた嘘の感情なのか……。

 

 混乱した……。

 怖い……。

 

 自分が自分でなくなるのが怖い……。

 だが、そんなエリカの思考を奪うようなロウの愛撫……。

 

「いやああ──や、やめてええ──」

 

 エリカは我慢できなくなり、悲鳴をあげた。

 そのとき、ある違和感が下腹部を襲いだした。

 

 尿意だ。

 なんでこんなに急激に……?

 そう思ったが、さっきロウによって瓶に入った水を飲まされたことを思い出した。

 もしかしたら、それに尿意を沸き起こす薬剤が入っていた?

 とにかく、尿意は急激にエリカを苦しめ始める。

 そのあいだも、ロウのいやらしい指遣いは続いている。

 尿意と快感……。

 もうエリカはどうしていいかわからなくなった。

 

「も、もう、やめて──」

 

 エリカは叫んだ。

 怖い──。

 なにがなんだかわからない……。

 こんな愛撫なんて……。

 

「狼狽えるな、エリカ……。どっちが欲しいんだ。快楽か……? それとも苦痛か……? どっちでもいい。選ばせてやる。だが、快楽を選べば、その先にあるのは、俺の精による呪術の支配だ。そのときには、お前は再び俺に支配される。俺の奴隷になるんだ……。だが、苦痛を選べば、少なくとも自分は保っていられる。ただし、苦しい拷問を受けながらの話だ。さあ、どっちだ? 苦痛か? それとも、快感か……?」

 

「や、やめて……やめて……」

 

 エリカはどうしようもなく身体が燃え立ち始めたことを意識した。

 股間に喰い込む三角木馬の苦しみでさえ、いまはエリカを追い詰める材料だ。

 エリカに怖ろしいほどの快感を湧き起らせているのは、ロウの指一本だが、たった指一本によって、全身に大きな陶酔が込みあがってくる。

 

 悶えることさえ許されない木馬の上──。

 もはや、なにをしてもこの淫らなロウの責めからは逃れられない。

 エリカはそう自覚した。

 

 そして、おしっこが……。

 なにも考えられない……。

 思考が飛んでいく……。

 

 その瞬間、快感の度合いが大きくなった。

 わからない……。

 

 なにをしても無駄だと諦めたとき、受ける快感が倍になった気がする。

 ロウの肉芽への愛撫は続いている。

 腰から背中にかけてじんじんという鋭い快感が貫いた。

 エリカは悲鳴をあげた。

 重しをつけられて床方向に引っ張られている太腿が激しい発作のような痙攣を起こした。

 

「どっちだ? 快感で支配されたいか──? それとも、それを拒否して苦痛を選ぶのか──」

 

 ロウが耳元で怒鳴った。

 エリカは一瞬我に返った。

 

「く、苦痛よ──。もう、許して──」

 

 エリカは慌てて叫んだ。

 そのときには、内側からつきあげてくる大きな甘美感が、すべての思考を一気に弾き飛ばそうとしていた。

 だが、愛撫を続けていたロウの指がまた肉芽をぐっと押した。

 

「ひがあああ──」

 

 エリカは絶叫した。

 一瞬にして快楽は消え去り、激痛が全身を貫く。

 ロウはすっとエリカの股間から指を離した。

 

「さすがに簡単には落ちないか……。だが、あのまま、昇天する方を選びそうだったがな」

 

 ロウが意地の悪い笑い声をあげた。

 エリカは羞恥と屈辱でのたうちたくなった。確かに、さっきの一瞬、エリカは自分があのまま昇天したいのか、それともそれを拒否したいのかわからなかった。苦痛を選んだのは、ほとんど意識してのことじゃない。

 もう一度、同じことをされれば、今度はあのまま快感に溺れることを選んだかもしれない。

 そう思うと、自分の浅ましさに気が狂いそうになる。

 

「なあ、エリカ、賭けをしないか?」

 

 そのとき、不意に一郎が言った。

 

「か、賭け?」

 

 エリカは顔をあげた。



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74  …蝋燭の数

「なあ、エリカ、賭けをしないか?」

 

 そのとき、不意に一郎が言った。

 

「か、賭け?」

 

 エリカは顔をあげた。

 

「ああ、そうだ。賭けだ。これから三日間、俺はみっちりとお前を調教する。つまり、俺はこれ以上調教を受けるくらいなら、俺の精を受けて奴隷になり、楽になった方がましだと思うような目に遭わせ続けるということだ。お前はその調教を進んで受けるんだ。その代わり、もしも、三日間、音をあげずに、俺のことを拒否しつづけることができれば、お前のことを解放してやろう。どうだ?」

 

 ロウが言った。

 なにを馬鹿なことを……。

 

 一瞬、そう思ったが、この男から逃れるためには、それにすがるしかないのかもしれないとも思った。

 そうでなくても、この男はその気になれば、エリカの身体に自分の精を注ぎ込んで、いつでも支配することができる。

 この申し出を断ったところで、ロウは簡単にエリカの支配を取り戻せるのだ。

どういう気紛れで、そんなことを言っているかわからないが、この申し出を断っても、ロウが呪術でエリカを支配できるのだから、エリカがこの申し出を受けても、損をすることはない。

 拒否した場合は、ロウはあっさりとエリカを精の力で支配し直すだけだろう。

 だったら、可能性がある分だけ、申し出を受けた方がいい。

 騙されたとしても、もともと、騙されても同然のことだ。

 エリカが三日間の約束を頑張り抜いたところで、ロウが約束を翻さないという保障はないが、エリカがこの男から逃れる可能性のあるのは、そこにしかない……。

 

 そのとき、エリカはふとあることに気がついた。

 この男は魔道や魔道のからくりに疎い……。

 それを利用すれば、どうだろうか……。

 

「い、いいわ……。う、受ける……。そ、その代わりに……け、契約の魔道を……。約束して……。わ、わたしが三日を……た、耐え抜けば……必ず……か、解放すると……」

 

 エリカは股間に喰い込む木馬の突起の痛みと肉芽の根元に喰い込む糸の疼きに耐えながら言った。

 もう、息もするのも苦しい。

 だが、耐えてみせる……。

 この男から逃れるためなら……。

 

「いいだろう」

 

 ロウがにやりと笑った。

 かかった──。

 エリカは内心でほくそ笑んだ。

 この申し出にロウが乗るとは思わなかったが、やはり、この男は魔道には疎いのだと確信した。

 

 契約の魔道を交わせば、それはもうお互いの同意がなければ拒否できない。

 ロウが簡単にエリカの申し出に応じたことを考えると、あるいは、三日すれば、約束など反故にして、精の支配をしてしまえばいいと思っているかもしれない。

 だが、それは不可能なのだ。

 契約の魔道を交わせば、お互いの心が契約に縛られる。

 裏切ることはできない。

 おそらく、この男は魔道契約を軽く考えているのだと思う。

 

「シ、シルキーに術を……」

 

 エリカは言った。

 屋敷妖精のシルキーは、部屋の隅に影のように控えている。

 彼女は魔道を遣える。

 彼女を介添人として契約の魔道を交わせばいい……。

 

「シルキー、来い」

 

 ロウがシルキーを呼んだ。

 シルキーが横にやって来る。

 

「ただし、こっちも条件だ。契約の魔道を交わす以上、エリカも俺の調教を甘んじて受けろ。それが条件だ。さらに、俺に悪態をついたことに対する詫びを入れろ」

 

「う、受けるもなにも……どうやったって……う、受けさせるんでしょう……。ま、まあいいわ。それは誓う……。そして、悪態をついたことは謝ります……。こ、これでいい……?」

 

 エリカは言った。

 

「ああ、それでいい……。シルキー、木馬を消せ」

 

 次の瞬間、エリカが跨らされていた三角木馬が消滅した。

 

「きゃああ」

 

 エリカの身体はそのまま床に尻もちをつくように落ちた。

 すでに疲労の限界を超えていたエリカは自分の身体を支えることができなかったのだ。

 もしも、首輪に繋がれていた鎖がそのままだったら、エリカの首は完全に鎖で吊られた状態になっていたと思うが、エリカの身体が木馬の支えを失った途端に崩れるのを予期していたのか、鎖はエリカの身体が沈むのと合わせて、緩んでエリカと一緒に床に垂れた。

 床に尻もちをついたエリカはしたたかに腰を打って顔を歪めた。脚を閉じようとしたが、強張った筋肉がエリカが股を閉じることを許さない。

 

「さあ、誓いだ、エリカ。三日間、エリカは俺の調教を受け、それに耐え切れば、お前を解放する──。シルキー、契約を刻め──」

 

「た、ただ、解放……す、するだけじゃなくて……、せ、精の呪術を与えることなく……か、解放して──」

 

 エリカはすかさず付け加えた。

 

「いいだろう……。シルキー、契約の魔道とやらを結べ」

 

 ロウがうなずく。

 エリカはロウがあっさりと応じたことに喜んだ。

 いまのエリカの言葉に隠されていることをロウが悟ったかどうかはわからないが、エリカがひと言加えたことで、ロウは三日間の調教のあいだ、エリカの同意なしに、エリカに精液の呪術をかけることができなくなったのだ。

 呪術を刻めば、三日後に「精の呪術を与えることなく解放」することができなくなる。

 

「では、契約を結びます、旦那様、エリカ様」

 

 シルキーが言った。

 エリカはしっかりと自分の身体に魔道契約の結びが走るのを感じた。

 これで、あとは三日間、耐えるだけだ。

 それで、この卑怯者からは解放される……。

 ただ、三日間は、エリカもまた、調教を逃れるために、この屋敷から逃亡するということは許されない。

 エリカは三日間の調教を受けなければならない──。

 それも魔道契約の縛りなのだ。

 

「そ、それよりも、ロウ……ロウ様……か、厠に……」

 

 小尿をさせてもらいたいと頼もうと思った。

 すでに尿意が限界に達している。

 さっきの愛撫や、肉芽を指で押しつぶされた衝撃には耐え切れたが、さすがにもう我慢できない。

 そのときエリカは、いつの間にか、ロウの手に真っ白な細い棒状の杖が握られていることに気がついた。

 それがなんなのかを考える余裕はなかった。

 その棒状の先が剥き出しの尻たぶに触れたかと思うと、肉体を粉砕するかと思うような激痛が全身に走った。

 

「ひぐううう──」

 

 それが電撃だとわかるのに、数瞬が必要だった。

 咄嗟に逃げようともがいたが、長時間の三角木馬の影響で、エリカの身体はどうしようもなく弛緩している。

 それに腕は背中で拘束され、首輪には緩んでいるとはいえ、天井に繋がった鎖が結ばれている。

 逃げられない。

 悄然となっているところに、二発目の電撃が加わった。

 

「うぐううう」

 

 あまりの衝撃にエリカはのたうった。

 ロウが持っているのが電撃鞭という拷問具であることは明白だ。

 

「立て、エリカ」

 

 首輪に繋がった鎖ががらがらと引きあがり始める。

 全身は疲労と電撃鞭の衝撃による弛緩でくたくただったが、首輪によって無理矢理に身体を引き起こされた。

 エリカは脚を踏ん張ってなんとか立った。

 

「あ、あのう、ロウ様……、か、厠に行かせてください……」

 

 エリカはやっと言った。

 もう膀胱が破裂しそうだ。

 

「後だ──。それよりも、正面の壁の前にある燭台がわかるな。あそこに、蝋燭が何本ある?」

 

 ロウは突然に言った。

 そこにあったのは金属製の蝋燭立てだ。

 平たい金属の板の上に二本の火のついた蝋燭が差してあった。

 

「二本よ……」

 

 エリカは答えた。

 そのとき、さっと電撃鞭の先端がエリカの下腹部を突いた。

 

「あぐううっ」

 

 エリカは声を迸らせた。

 その一発でエリカはその場に崩れ落ちそうになった。だが、なんとか脚に力を入れて立つ。尿意にも耐えた。

 

「そこにあるのは、三本だ」

 

 

 ロウがすっと、電撃鞭の先を乳首に当ててきた。

 

「ひいっ」

 

 エリカは思わず悲鳴をあげたが、やってきたのは凄まじい電撃の苦痛ではなく、棒の先端で乳首を弾かれることで起きる快感だった。

 すでにエリカの身体には、長い三角木馬の責めと数発の電撃で、ほとんど抵抗力が残っていない。エリカの身体はロウの意地の悪い電撃鞭の先端による愛撫で鋭い反応を示せずにはいられなくなっていた。

 

「三本だ……。俺が三本と言ったら三本だ。あそこには三本の蝋燭がある。もう一度訊ねるぞ。燭台の蝋燭は何本だ?」

 

 かっとなった。

 ロウは本当は二本しかない蝋燭の数を三本とエリカに答えさせようとしているのがわかったのだ。

 意地でも三本とは答えてやるかと思った。

 

「に、二本よ──。二本──」

 

 エリカは叫んだ。

 乳房にどすんという衝撃が走った。

 電撃鞭だ。

 

「蝋燭は何本だ、エリカ?」

 

 ロウがまた訊いた。

 

「二本──」

 

 エリカは絶叫した。

 今度は腹に衝撃──。

 腕──。

 太腿──。

 

「に、二本よ──あぐうううう──」

 

 エリカは数を訊かれるたびに、二本だと叫んだ。

 まだ始まったばかりの調教だ。

 これに耐えられずして、どうして三日耐えられるというのか──。

 

 蝋燭は二本──。

 

 三本と答えることを続けられたら、三日間の責め苦に耐えることについての望みも生まれる。

 エリカはそう思った。

 電撃が十発を超えたとき、エリカの脚は完全に踏ん張る力を失った。

 一瞬だが、完全にエリカの身体は首で宙吊りの状態になった。

 だが、すかさず、ロウがそれを支えた。

 ロウは首環につながっていた鎖を二本の腕に巻いている革帯に繋げ直した。

 

「エリカ、蝋燭は何本だ?」

 

 エリカの身体を背中の腕で天井から引きあげる体勢に変更した一郎は、そのまま股間の頂きに指を差し込んでいじり始めた。

 

「い、いやあ……ううっ……ああっ……くう……」

 

 忌まわしいと思うと同時に、どうしようもなくその愛撫から大きな快感が発生した。

 あっという間に感じてしまう自分の身体が恨めしい……。

 エリカの口からはたちまちに甘い声が洩れ始める。

 

「……蝋燭は何本だ? 三本だな?」

 

 ロウがエリカの股間の亀裂で指をいやらしく動かしながら耳元でささやいた。

 

「ううっ、い、いやっ、うっ、ああっ……」

 

 ロウの指がエリカの股間に亀裂を動き回る。

 情けないくらいに反応してしまう自分の身体が恨めしかった。

 

「蝋燭は何本だ? 三本だということを認めれば、気持ちよくさせてやろう……。だけど、そうでないことを答えれば、また、電撃だ」

 

「い、いやあ……あっ、はあ……はあ……」

 

 股間に加えて、ロウの指が片側の乳房に伸びた。

 ぼろぼろになった身体をロウがしっかりと抱きしめて、上と下に淫らに指を這わせてくる。すべての抵抗力を失っている身体に与えられる愛撫に抵抗する力はエリカにはもうなかった。

 

 全身に震えが走る。

 ロウの指が這いまわる乳首がつんと上を向く。さらなる快感を求めて、エリカの胸は自然にロウの手に向かうように前に伸びた。辛うじて残る理性が、浅ましすぎる自分の身体の行動を拒否しようとするが、身体はますますロウに甘えるようにロウにしだれかかって悶え続ける。

 

 ロウの手管がすべての思考をもぎ取る。

 なにも考えられない……。

 

 わからない……。

 なにもかも……。

 ねっとりとしたロウの手の感覚……。

 身体の奥底から本当の快感が沸きあがる。

 

 股間が……。

 胸が……。

 身体が熱い……。

 全身に震えが走る……。

 

「……蝋燭は何本だ……? 三本だな……」

 

 ロウの声が耳元でささやいた。

 三本……。

 喉まで出かかった言葉をエリカは、辛うじて飲み込んだ。

 

「に、二本──」

 

 ロウの指が離れていく。

 どうしようもないほどの失望感がエリカを襲った。肌に触れていたロウの手が遠のいたことで、堪らない寂しさのようなものを感じた。

 

 ロウをがっかりさせた……。

 それを残念に思った。

 だが、次の瞬間はっとした。

 なぜ、自分はそんな気持ちになったのか……。

 

 そして、エリカは自分自身の身体は、ロウの愛撫をどうしようもなく求めているのだと悟った。恐怖と憎悪しか感じないはずのロウをエリカの身体はすっかりと受け入れているとのだと感じた。

 

 やはり、なにかがおかしい……。

 エリカはそう感じてきた。

 感情と理性が完全に離脱している。

 

 しかも、そのふたつが単純に対立しているわけじゃない。

 感情はふたつあり、理性もふたつある。それがエリカの心の中で複雑にいる入り乱れている。

 自分がロウに愛など感じるわけがなかった。

 ロウは呪術の力でエリカを支配していたような卑怯者なのだ。

 だが、エリカの心の中には、もうひとりの激情に陥っていない冷静なエリカもいて、彼女はロウの与える愛撫を素直に受け取り、それに悦びを感じたいと思っている。

 エリカには、そのもうひとりのエリカが淫乱で愛に飢えた存在に思えたが、そのエリカは、ロウの望むことを切々と受け入れたいと考えているようだった。

 

「エリカ、反抗には罰だ。そして、服従には快感だ。それを身体で覚えるんだ」

 

 ロウの口調は優しげだったが、エリカの裸身に向けているのは、あの恐ろしい電撃棒だ。

 電撃棒がエリカの身体のあちこちに連続して与えられ始める。

 

「ぐううっ──きゃあああ──」

 

 エリカは髪を振り乱して、逃げ惑った。

 もちろん、天井から吊られている鎖で後ろ手の両手を繋げられているので、本当に逃げることなど不可能だった。汗まみれの裸身に容赦のない電撃が加えられ続ける。

 

 十数発の電撃がエリカの裸身に浴びせられた。

 さすがのエリカも、反発心のようなものが自分から消え失せるのがわかった。自分でも驚いたが、十発を超えた頃からエリカはすすり泣きをしていた。さらに、数発を加えてから、ロウは電撃棒を下におろした。

 がっくりと脱力し、完全に吊られている鎖に身体を預けているように前のめりに倒れているエリカの身体を再びロウが抱きしめて、愛撫を始めた。

 

「ああっ、あっ、はあっ……」

 

 気が狂いそうだった。

 身体はなぜかこれ以上ないというほどに燃えあがっている。

 ロウに全身を撫ぜられる場所が燃えるように熱くなった。しかも、電撃棒の連続で、エリカにはロウの与える快感に抵抗する気力が奪われてしまっている。

 深い苦痛の後の反動だからだろうか……。

 快感が深すぎる。

 そして、鋭い……。

 

「ああ、ああっ、はああっ」

 

 すでにエリカの股間はたっぷりの愛液で溢れている。その愛液の水音を奏でながら、ロウが指を股間や乳房を刺激してくる。すでにエリカの身体は完全にできあがっていた。絶頂はすぐそばまでやってきていて、エリカは自分の口からほとばしる甘い声を止められないでいた。

 

 だが、達しそうで達しない。

 そんなぎりぎりのところでエリカの快感は止められていた。

 ロウが意図的にそうしているのは明らかだ。

 エリカの身体がロウから与えられる愉悦に耐えられずに達しそうになると、すっとその指が離れて、ほかのなんでもない場所に移動する。そして、そこでも達しそうになると、愛撫の場所がほかの場所に変わる。それを繰り返されている。

 エリカはおかしくなりそうだった。

 

 そして、尿意……。

 少しでも気を抜けば、漏れ出てしまいそうだ。

 

「はあ、ああっ、お、お願い……。も、もう、漏れます……。お、おしっこが……」

 

 エリカは耐えられなくて言った。

 ロウは簡単にはエリカが排尿をするのを許しそうにないが、すでに我慢の限界を遥かに超えている。

 

「蝋燭の炎が三つだと答えれば、ひとりだけで小便をさせてやる。だが、そう答えない限り、垂れ流しだ。もちろん、罰もあるぞ。粗相には当然、罰がある。お前もそれが当たり前と思うだろう、エリカ?」

 

 内容は鬼畜なのに、口調が優しいので、まるで愛でもささやかれているような錯覚さえ思える。

 いや、エリカの一部は、このロウの残酷な言葉にも酔っている。

 それがわかる。

 心の中のふたつのエリカ……。

 どっちが本当で、どっちが偽者か……。

 だんだんとエリカも、それに自信が持てなくなる。

 それにしても、尿意が……。

 エリカはもう泣きべそをかいている。

 

「……さあ、蝋燭は何本だ?」

 

 ロウがエリカの身体を愛撫しながら訊ねた。

 どう見ても、炎も蝋燭も二本しかない……。

 三本じゃない……。

 

「二本……」

 

 最後の抵抗だった。

 これが崩れれば、すべてが崩れる。

 エリカにはもうそれがわかっている。

 自分の心と身体だ。

 二本しかない蝋燭を「三本」だと答えてしまえば、あとはロウの「調教」に飲み込まれるように屈服するだろう。

 もうひとりのエリカに、いまのエリカは取って代わられる。

 エリカはそう確信した。

 

 ロウが、喉で嬉しそうに笑いながら、エリカから離れていく。

 電撃棒だ──。

 エリカは覚悟を決めた。

 

「……さすがはエリカだな。あくまでも抵抗して俺を愉しませてくれる。その調子でずっと頑張ってくれよ。心では屈していないのに、身体はどうしようもなく屈してしまう。それが嗜虐の醍醐味なんだ」

 

 ロウがすっと電撃棒を向ける。

 エリカは歯を食い縛った。

 一方で、エリカはさっきのロウの言葉を心の中で反芻していた。

 ロウはエリカが抵抗し続ければ悦ぶのか……。

 その言葉は、まるでこうやってエリカが反撥を続けていることに大義名分を与えられたような嬉しさだった。

 自分の一部がそう考えているというのは怖ろしいことだったが、ロウの言葉は確かに、エリカの心を熱くした。

 抵抗しなければ……。

 エリカは思った。

 

「はうううう──ふぐうううう──」

 

 電撃棒の苦痛が始まった。

 だが、さっきとは違ってもいる。

 苦痛は苦痛なのに、エリカはそこに愉悦も感じている。

 苦悶の中であるが、エリカはロウに電撃棒で苦しめられる自分に悦びを見出していた。

 自分がロウの思うままに解体され、弄ばれる悦びだ。

 愛撫を受けているわけでもないのに、まるで愛撫を続けられているように股間からは樹液が噴き出し続ける。

 そのとき、ロウの電撃棒の先端がまともに股間の亀裂に喰い込んだ。

 

「ぎゃあああああ」

 

 あまりの衝撃にエリカは一瞬気を失いそうになり、身体をがくがくと震わせた。

 全身の力は完全に抜けていた。

 

「あ……だ、だめ……そ、そんな……ああ……」

 

 ついに、股間から小水が漏れた。

 始まった失禁は、もう止めようもない。

 エリカの股間から流れる尿は股間から太腿を伝わり、無残な奔流となってしたたり落ち続ける。

 

「漏らしたな……。罰だな。今夜の調教は終わりだ。明日の朝、もう一度、蝋燭の数を訊ねてやる」

 

 ロウが電撃棒を投げ捨てた。

 部屋の隅に立っていた屋敷妖精のシルキーがそれを無言で拾う。

 そのシルキーにロウは何事かをささやいた。

 シルキーが頷き、魔道で取り寄せたなにかをロウに手渡すのがわかった。

 ロウが近づいてくる。

 

「こ、こんなことをいつまでも……やっても……む、無駄よ……。わ、わたしはあなたの……奴隷にはならない……」

 

 エリカは自分が作った尿の水溜りの上に立ったまま言った。

 

「そんなことはどうでもいい……。俺が訊ねているのは蝋燭の数だ。あれは三本だ」

 

 蝋燭の数は二本だ──。

 そう叫びそうになったが、ロウがエリカの口になにかを突っ込んだ。

 それはずっと嵌められていた小さな穴が幾つかある球形の嵌口具だった。それを口に入れられて首の後ろで縛られる。

 次いで、ロウは股間に手を伸ばした。

 思わず視線をそっちに向けて、エリカは仰天した。

 ロウは、木馬責めのときから繋げたままだった陰核の根元を縛っている硬い糸を手にしたのだ。

 それを引きあげていく。

 

「んふううっ、ふううううっ」

 

 エリカは悲鳴をあげた。

 なにをしようとしているのがわかった。

 ロウが伸ばした反対の手に向かって、天井から鎖付きの金具がゆっくりと降下してきたのだ。

 

「暴れるなよ。痛いのが好きなら、いくらでも暴れればいいがな」

 

 股間に鋭い激痛が走った。

 

「ぐふううっ」

 

 エリカは泣き声をあげた。

 ロウが肉芽に繋がっている糸をぐいと引っ張っている。

 まるで刃物にでも刺されたかと錯覚する激痛が股間に迸る。

 

「んんんんっ、むんぐうううっ」

 

 

 エリカは無駄だとわかっている哀願をした。

 しかし、その哀願さえも、嵌口具に阻まれて言葉にはなってくれない。ただ、穴の開いた嵌口具から涎が飛び散るだけだ。

 ロウは股間を引っ張っている糸を下りてきた金具に器用に結びつけた。

 そして、その鎖がからからと引きあがっていく。

 

「んはああ、んんんん」

 

 エリカは必死で声をあげた。

 だが、ロウは口元に愉しそうな薄笑いを浮かべたままだ。

 

「んぐうう──」

 

 エリカは絶叫した。

 糸がぴんと引き搾られた。

 脳天まで貫くような激痛が走った。

 凄まじすぎる激痛に、エリカは嵌口具をぐっと噛みしめて、少しでも痛みをやわらげようと、爪先立ちになって股間を上にあげた。

 みっともない姿であることなど構っていられない。

 だが、その状態からさらに少し上昇してから糸の引き上げは終わった。

 さらに、後手に拘束されている両手に繋がっていた天井からの鎖は外された。つまりは、いま、エリカは陰核を天井から引っ張られた糸だけでつま先立ちさせられている状態だ。

 エリカは絶望的になった。

 腕に繋がっていた天井の鎖が外されたことで、その鎖に身体を託して、苦痛を和らげることさえできなくなった。

 すでに、つま先立ちの脚に震えが走りだす。

 そのため、糸が刺激されて抉るような激痛が股間に走る。

 エリカは呻き声とともに、箝口具を噛みしめた。

 

「気を緩めるなよ。気を緩めれば、肉芽が根元から切断されて落ちるからな。まあ、そうなっても、クグルスがいるから綺麗に治してやるさ。とにかく、朝まで頑張れ。朝になったら、また戻ってやる。そのとき、もう一度訊ねてやる。蝋燭の数をな」

 

 ぞっとした。

 確かにクグルスだったら、エリカの肉芽が千切れ落ちようとも、それを元の状態に回復することができるだろう。つまりは、本当に引き千切っても、大丈夫だとロウが考えているということだ。

 エリカは必死で弓なりになった身体を爪先立ちにした。

 

 本当にこのまま朝まで──?

 エリカはそれが絶望的なことだということがわかった。

 この瞬間にも、無理な体勢で身体のあちこちに痛みが走っている。無論、一番つらいのは限界まで引きあげられている肉芽だが、それに加わって全身の筋肉がひきつるように痛い。

 

「それと朝まで退屈しないように、もうひとつ贈り物だ」

 

 ロウが酷薄な笑いとともに、ぐいと糸を引っ張った。

 

「んぐうううう」

 

 エリカはのけぞらせた身体を激しく波打たせて、悲鳴をあげた。

 ロウがなにかを糸にとりつけている。

 そして、ロウが手を離したとき、それがなにかがわかった。

 「ろーたー」というロウがクグルスに作らせた淫具だ。

 長細い球体であり、それが淫らに振動をするという淫具だ。エリカはそれを何度も股間やお尻に装着されて外出させられ、羞恥責めにされた記憶がある。

 ロウはそれをエリカの股間を吊っている糸に縛りつけて固定したのだ。

 

「んんんん」

 

 次の瞬間、エリカは目を見開いた。

 「ろーたー」が振動を開始し、それによって糸全体がぶるぶると震えだした。

 当然、その振動は根元を縛られて鋭敏になっている陰核に伝わってくる。たちまちに、大きな疼きが股間に拡がる。

 

「じゃあ、お休み、エリカ──。明日の朝にはいい子になっているといいな。シルキーも休んでいいぞ」

 

 ロウの言葉で屋敷妖精のシルキーの姿がぱっと消滅した。

 そして、ロウが部屋の外に出ていく。

 

「んんぐうう」

 

 行かないで──。

 エリカはそう叫んだ。

 だが、嵌口具のために言葉にならない。

 エリカは意地を張ったことを激しく後悔した。

 いま、さっきと同じことを訊ねられたら、躊躇なくエリカは「蝋燭は三個」だと答えただろう。

 しかし、もう、それを答える手段まで奪われた。

 

 明日の朝まで──?

 

 そんなこと不可能に決まっている。

 いまが夜のどのくらいなのかはわからないが、まだ朝までには遥かに時間が必要だということはわかる。

 

「じゃあな、エリカ」

 

 だが、残酷にもロウはそのまま出ていき、エリカはひとり残された。

 正面の壁には燭台の蝋燭がゆらゆらと揺れている。

 すでに眼が汗と涙でかすみかけている。

 

 その蝋燭の数がふたつなのか、それとも、三つなのかもはやエリカにはわからなくなっていた。

 わかるのは息をするたびに、糸に強く抉られる肉芽の痛みだ。

 じんと腰骨までが痺れきり、もう声も出せない。

 

 エリカは必死になって爪先立ちの足を延ばした。



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75  …陰核吊り放置

 隣室のエリカを密かに見張らせているシルキーが一郎の前に現れたのは、夜半すぎのことだった。

 両腕を天井からの鎖で固定しているとはいえ、股間を天井に向かって突き出し、さらに限界まで爪先立ちの状態を維持しなければ、根元から千切れてしまうくらいに、エリカの陰核を吊りあげて放置してきた。

 

 もちろん、本当に放置しているわけではなく、姿を消したふりをしてシルキーには、ずっとエリカを見守らせていたし、すぐに対応できるように一郎もこうやって隣室に待機している。

 まあ、限界がやってくるまでせいぜい一時間程度かな……と思っていた一郎の予想は外れた。

 エリカはあの状態のまま、実に五時間近くも耐え続けたのだ。すでに夜半がすぎている。

 こちらの時間単位であれば、六ノスというところだ。

 

「すぐ行く」

 

 一郎は立ちあがって、廊下に出ると、エリカのいる調教室の扉を開けた。

 

「……はひ……ひい……ふう……」

 

 エリカは一郎が五時間前に放置してきた格好のまま、立ったまま両脚の踵を限界まであげて、股間を天井に向ける姿勢を保持していた。体重は後ろ手の腕に繋げている鎖に預けるようにしていたが、かなりに不自然な体勢であることは確かだろう。

 すでに限界を越えていて、まともに意識を保っていないのか、一郎がやってきても、エリカはそれに対する反応はまったくなかった。

 

 また、エリカの足元は夥しい体液で溢れている。

 電撃棒の拷問の最中に失禁したままにしていたというのもあるが、それ以上に大量の汗がしたたり落ちている。しかも、垂れているのは汗だけではない。陰核を吊っている糸を絶え間なく振動されているため、その刺激による愛液が呆れるほどに内腿を伝って足の指まで繋がっている。それも足元に拡がる体液の溜まりに混じっていた。

 顔はボールギャグのために防ぐことのできない涎でびっしょりであり、苦悶に歪むエリカの美貌は涙と鼻水でぐしょぐしょだ。

 

 一郎はエリカの正面にある蝋燭立てに目を向けた。

 そこには二本の蝋燭が立っている。

 この屋敷にある燭台は、屋敷妖精のシルキーの魔道で、消して消えることも短くなることもない。一郎がエリカをここに放置したときの長さのまま、煌々とこの調教室を照らしている。

 一郎はエリカの視界に入るように、その正面に移動した。

 

「んふうっ、ふううっ、ふう──」

 

 すると、エリカが懸命になにかを訴え始めた。

 おそらく、許しを乞いているのであろう。

 さすがに、この陰核吊りは堪えたようだ。

 

「まだ、朝には早いが小便がしたくなってな。一度だけ、機会をやろう。もう一度、訊ねてやる」

 

 一郎はエリカの唾液で汚れたボールギャグを外してやった。

 

「……はあ、はあ、さ、三本……。三本です……。三本……三本……」

 

 嵌口具を外すなり、すぐにエリカは荒い息とともに、エリカが必死の口調でそう言った。

 一郎は満足した。

 

 糸に貼りつけてあるローターの振動を止めるとともに、手をあげてシルキーに合図した。シルキーの姿は見えないが、エリカがこの調教室に監禁され始めてから、ずっとここでエリカを見守らせている。なにかあったら、すぐに対応して、一郎を呼び出しさせるためにだ。

 

 糸が緩んだ。

 それを認めたエリカが、精魂尽きたようにがくりと脱力した。

 続いて、エリカの腕を吊っていた鎖も緩む。

 エリカはそのまま、跪くかたちになった。

 そのままうずくまりそうになるのを一郎は、エリカの黄金色の髪を掴んで、強引に跪いている体勢を保持させるとともに、顔を上にあげさせる。

 

「はっ、な、なにっ……?」

 

 エリカが呆けた顔で言った。

 その眼は虚ろで、疲労の限界をとっくに越えているというのがわかる。おそらく、頭も回っていないと思う。

 いまは、まともな思考ができる状態じゃない。

 一郎は、これにつけこんで、このまま一気にある程度落とし込むつもりだ。

 ここまで体力も気力も削ぎ落としてしまえば、どんなに反発心があっても、とてもじゃないが、抵抗の態度を保持することはできない。

 

「言ったろ、エリカ。俺は小便がしたくなった。お前、便器になれ。それに応じれば、朝まで寝かせてやる。だが、断れば、朝までさっきの続きだ。今度は腕の支えもしてやらん。本当に肉芽だけで吊りあげてやる」

 

 一郎は片手でエリカの髪の毛を掴んで顔をあげさせたままで保持させ、もう片方の手でズボンの前から一物を取り出した。

 エリカの目が恐怖で大きくなった。

 

「……心配ない。魔道契約の縛りがあるからな。出すのは小便だけだ。精液の呪術はかけん。ただし、便器として俺の小便を飲め。拒否すれば、肉芽吊りの続きだ。応じれば休息だ……。それにお前は俺の三日間は調教を受けると誓ったはずだ。これは“調教”だ。それを破るのか?」

 

 エリカは荒い息をしたまま、少しのあいだ考えるような表情になった。

 だが、その顔には一郎に強要されていることに対する屈辱よりも、いまはさらに続けられるかもしれない肉芽吊りへの恐怖心でいっぱいのようだ。

 それに、誓いを盾にして要求したことも、エリカを追い詰めている。エリカは律儀で真面目だ。調教を受けると約束したなら、それが理不尽でも、一郎との約束は守ろうとする。エリカはそういう女だった。

 もっとも、さすがに、すぐには応じなかった。

 一郎はわざとらしく、不満そうに鼻息を大きく鳴らした。

 

「……そうか。せっかくの機会だったのにな。じゃあ、朝までしっかりやれ。俺がいつ起きてくるか、今度はわからんがな。朝とはいっても、昼過ぎかもしれんぞ」

 

 ロウはまだ繋がっているエリカの肉芽に結んでいる糸をぐいと握った。

 

「ひいい──。な、なります。便器になります──」

 

 エリカが引きつったような声で叫んだ。

 その顔には、昼間ずっとあった一郎に対する憎しみのような視線が消えている。あるのは一郎に対するひたすらの怯えだ。

 一郎はエリカの口に股間を突きつけた。

 エリカは涎だらけの小さな口を精一杯に開けてそれを頬張った。エリカに何度、こうやって口で一郎の性器を咥えさせたかわからないが、おそらく、勃起していない性器を口に入れさせたのは初めてだと思う。

 

「いくぞ……。こぼすなよ」

 

 一郎はエリカが一郎の尿を飲み続けることができるくらいに量を制限しながらエリカの口に放尿をした。

 エリカは必死にそれを喉に入れている。

 一生懸命に一郎の尿を飲んでいるエリカは、本当に健気でいとおしい。

 エリカは、ついに一滴残らず、一郎の尿を飲み干してみせた。

 

「いい子だ。ご褒美だ」

 

 一郎は体液の水溜りを避けて、エリカを押し倒した。

 

「な、なに……?」

 

 エリカが当惑した声をあげた。

 

「服従にはご褒美だ。よくやったぞ。気持ちよくしてやる。今度も心配するな、魔道契約の縛りがあるから、俺はお前の許可なく、エリカの身体に精は注げない。安心してよがり狂え」

 

 一郎は押し倒したエリカのびしょびしょに濡れた股間を指で押し開くようにした。

 

「ふううっ、い、いやあっ」

 

 エリカの身体がおこりでも起こしたようにがくがくと震えた。

 すでに、エリカの快感が頂点近くに達していたことは、もちろん一郎は知っていた。

 エリカは、あの陰核吊りからもしっかりと激しい悦楽を得ていたのだ。

 一郎が濡れたエリカの股間に指を入れ、糸で根元を縛られて真っ赤に腫れあがったようになっている肉芽をくすぐると、エリカはあっという間に最初の絶頂をした。

 

「んふううううう──いぐううううう──」

 

 エリカが身体を弓なりにして、大きな声をあげる。

 そのとき、一郎は快感によがるエリカの表情に、一郎に対する憎しみや憎悪の気配が全くないことに気がついた。

 

 一郎は嬉しかった。

 そして、ほっとした。

 

 いくら感情が歪められているとはいえ、一郎が教え抜いた身体の快感だけは忘れられるわけがない。感情は歪められたが、エリカの一部はしっかりと一郎に対する本当の感情を覚えていてくれているのだと思った。

 昇天の瞬間、エリカは心からの愉悦の表情と、快楽の極みに達する悦びを身体いっぱいに現わした。

 憎い相手との性交で、こんな表情ができるわけがない。

 エリカは、身体を一郎の与える快楽でいっぱいにすることで、それを通じて、なにかを取り戻そうとしているのかもしれない。

 

 一郎は姿勢を変え、エリカの両脚を抱えるようにすると、すでに硬直している怒張を濡れきったエリカの股間に押し当てた。

 エリカが震えあがった。

 それは怯えのためというよりは、これから始まることへの期待感に対する震えのように一郎は感じた。

 一郎が挿入しようとしているのに、エリカの身体は拒否しようともしなかった。やはり、いまの瞬間、エリカはジョナスの刻まれた一郎に対する憎しみの感情を完全に忘れているようだ。

 

 このまま精を放てば、エリカは元に戻ってくる。

 実のところ、エリカと交わした魔道の契約など、最初から無効になっている。一郎が三日間の賭けのことをエリカに告げれば、当然に、エリカが魔道契約のことを持ち出すということは、一郎の想定に入っていた。

 

 だから、事前にシルキーに言い含めて、そのときには、魔道契約が正当に行われたという錯覚を与える術をエリカに施すように指示していたのだ。だから、いまのエリカは、魔道契約があるから、三日間の調教を受けなければならないと思い込んでいるだけだ。

 しかし、実際にはそんな縛りはない。

 エリカにもなければ、一郎にもない。

 だが、真面目なエリカに、一郎の調教を受け入れさせるには、それで十分だ。

 

 いずれにしても、この瞬間にも、一郎はエリカに精を放って、エリカの支配を取り戻すことができる。

 だが、それではなんにもならない。

 

 エリカが自分の意思で一郎の奴隷になることを応じさせなければならないのだ。

 そうすれば、一郎の呪術は強化され、一郎の淫魔術の支配の度合いを強めることで、ほかの操り師の心の接触を防ぐことができるようになる。つまり、心の支配を極限にまで弱めて心への関与を最小限度にし、女たちの自我を保ち、それでいて、他者の関与に対する防壁を強くした状態にしておくこともできるのだ。すでに、コゼもシャングリアもその状態にある。

 

 彼女たちの精神は、大部分が彼女たち自身の意思の管理下にあり、一郎によって心を歪めたりはほとんどしておらず、しかも、高い操り術への護りを保持している。支配の基盤の強いコゼとシャングリアについては、やってみたらそれはできたのだ。

 

 だが、支配の基盤が異なるエリカには、いまはそれはできない。

 エリカの自我を残したまま、一郎の支配による心の防壁を強化するには、やはり、エリカが「堕ちる」ということがどうしても必要だ。

 

 ただ、三日間の調教でどうしても、エリカが堕ちなければ、一郎は精を放って、一郎の支配下に戻すつもりだ。

 

 卑怯者になろうが、それはいい。

 一郎は、どんなことがあろうとも、エリカを手放す気にだけはない。エリカが一郎の奴隷に甘んじてなることを同意してくれなければ、そのときには、彼女が意思のない人形になっても、一郎はエリカにそばにいて欲しい。

 一郎は怒張をエリカの股間にあてがったまま、両手でエリカの肩を抱いて、ずぶずぶと先端を押し入れて突き進んだ。

 

「あああっ」

 

 エリカが二度目のエクスタシーに達したのがわかった。

 すでに呆けた表情のエリカを休ませずに、さらに一郎は突き続けた。

 射精をコントロールできる淫魔の力があっても、こんなに可愛らしくよがり達するエリカへの射精を我慢するのはつらかった。

 だが、一郎は耐えた。

 そして、激しく股間を突き続ける。

 エリカが三度目の絶頂をしたとき、一郎はやっと律動をやめた。

 

「口づけだ」

 

 一郎はエリカの身体を引きあげて、唇を交わそうとした。

 悦楽にぼうっとしていた感じだったエリカが、それに気がついて、慌てて顔を横に背けた。

 

「ふふふ……。身体はよがり狂っても、キスは嫌か?」

 

 一郎は笑った。

 

「ち、違う……。わ、わたしの口……き、汚ないし……」

 

 エリカが戸惑うような口調で言った。

 汚い……?

 首を傾げそうになって、そういえば、さっき一郎自身の尿を飲ませたことを思い出した。それに長時間のボールギャグのために、エリカの口の周りは夥しい涎で汚れている。

 

「……気にするな。俺とお前の仲だ……。好きだよ、エリカ……」

 

 一郎はささやくと、再び唇をエリカの口に近づけた。

 今度はエリカは拒否しなかった。

 エリカの素晴らしいことも、そうでないことも、綺麗なところも、汚いところも、すべてが好きだ。

 なにがあろうとも、一郎はエリカを手放すつもりはない。

 一郎はエリカの股間に怒張を貫かせたまま、しばらくのあいだ舌を絡ませ合った。

 

「はううっ」

 

 口づけが気持ちいいのか、エリカがますます一郎の舌にしゃぶりついてくる。

 

「わ、わからない……ああっ……あ、あんたが……憎い……はず……ああっ……んん……んなあっ……ああ……はずなのに……き、気持ちいい……これ……気持ちいい……ああ……んん……」

 

 憑かれたようにエリカは一郎の口をむさぼっている。

 感情は操られていても、身体は本能に従っている。

 だからだろう。

 エリカの身体は一郎から与えられる快感を忘れていないのだ。だから、官能の本能がエリカを支配しているいまは、エリカはジョナスの刻んだ感情統制の外にいるに違いない。

 いまのエリカには、ジョナスの支配で一郎に憎しみを抱いていた片鱗もない。

 

 一郎はエリカと口づけを交わしたまま、対面にあるエリカを乗せた状態で腰を動かし始めた。

 エリカの興奮が大きくなる。

 噴きあがる官能の大波に溺れるかのように、エリカはさらに舌を一郎の口に這わせてくる。

 四度目の絶頂を与えるべく、一郎は股間を上下する速度をあげた。

 

「あっ、ああっ、ああああっ」

 

 突きあげられるたびに全身を甘美感に震わせるエリカは、いつの間にか自らも腰を使い始めてきた。

 そして、達した。

 淫らに腰を動かしながら、エリカはいつものように咆哮のような雄叫びをあげて、昇り詰めていった。

 そして、一郎の腕の中でがっくりと脱力した。

 意識を失ったようだ。

 一郎はエリカの股間から一物を抜いた。

 まだ、一郎の性器は隆々と天を向いている。

 一度も射精をしていないので当然だろう。

 

「シルキー」

 

 一郎は声をかけた。

 すぐにシルキーが消滅させていた身体を出現させた。

 

「エリカを休ませる。腕や足首の枷を外してやれ。肉芽の糸もな。意識が戻ったら、湯に入れて身体を洗ってやれ。食事もさせるんだ。次の調教開始は、明日の午後からだ。そう伝えておけ」

 

 一郎の言葉にシルキーは頷いた。

 拘束はしなくても、三日のあいだはエリカは逃げない。

 魔道の縛りがあってもなくても、エリカは一郎との約束は破らない。

 

 そんな気がする。

 たとえ、一郎を憎んでいたとしてもだ……。

 

 ジョナスに施された暗示で、一郎を憎む気持ちがあるのは確かだろうが、やはり、心の奥底には、一郎を好きでいてくれるエリカも確かに残っている。一郎はエリカを抱くことでそれを確信した。

 その葛藤がある限り、エリカは一郎から逃げ出さない。

 

「指示されたことは伝えます、旦那様……。ところで、よろしければ、わたくしめが、旦那様の精をお抜きしましょうか? それとも、コゼ様や、シャングリア様を呼び出しましょうか? おふたりとも眠っておられますが、申しつけてくだされば起こしてまいります」

 

 シルキーが言った。

 一郎の股間はいまだに勃起状態だ。

 それを見て、シルキーはそう言ったのだろう。

 一郎は苦笑しながら、性器をズボンにしまった。

 

「いや、いい。悪いが、いまはエリカのことだけを考えたい。わかってくれ。俺は隣の部屋にいる。ただし、エリカには、俺が壁一枚隔てたそばに、ずっといることは伝えるな」

 

「かしこまりました」

 童女姿のシルキーがうやうやしくお辞儀をした。



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76  …電撃鞭

 ロウが部屋に戻ってくるのが「調教」開始の合図だ。

 

「今日の調教を始めるぞ、エリカ」

 

 部屋に入ってきたロウが嬉しそうに言った。

 むかっと腹立たしくなる気持ちと、思わず竦みあがる気持ちのふたつの感情が同時に襲った。

 

 二日目が始まった……。

 とにかく、エリカは、覚悟とともに気持ちを整えることに徹した。

 

 夕べ、怖ろしい陰核吊りのあとでロウに犯されている途中でエリカは気を失い、そのまま眠ってしまったようだが、起きたときにはロウはいなかった。

 その代わりに、屋敷妖精のシルキーが待っていて、シルキーの世話で食事と入浴をした。

 入浴はひとりで入ることを許された。そのとき洗い粉などが準備されている台に置かれてある剃刀で、いつものように陰毛の手入れをした。

 エリカは、ロウから毎日自分の陰毛をつるつるに剃りあげるように指示されていた。その習慣で自然と始めたのだが、途中で我に返って違和感を感じた。

 

 エリカはいまはロウの呪術が消えて、命令に従うという暗示が消滅しているはずだ。ロウを憎いと思う感情はいまははっきりと存在する。それなのに、ロウに命じられた陰毛の手入れはやらなければならないという思いも強く存在していた。とにかく、普段やっているのと同じように、慣れた手管で産毛に至るまでしっかりと股間を剃りあげると、もう一度身体を洗って湯に浸かった。

 湯は気持ちがよかった。

 身体の疲労感はまだかなり残っているが、この疲れには奇妙な充実感もある。

 

 とにかく、三日──。

 

 残りは二日ということになるのだろう。

 ロウとの契約で、三日間の調教を受けると約束したのは、昨日の夕方のはずだ。ここは地下なので正確な時刻はわからないのだが、シルキーに訊ねたところによれば、いまは(ひる)に近いらしい。

 シルキーを通じて、調教は午後からだと申し渡されているから、それが始まってひと晩耐え、さらに一日過ぎて、翌々日の夕方までの時間が終われば、それが魔道契約の完了だ。

 そのときまで、エリカがロウの奴隷になるということを口にしなければ、すべてが終わる。

 ロウと別れて、エリカがこの屋敷を出ていくことを許されるのだ。

 

 そう思った瞬間、なぜか、エリカは不思議な寂しさを覚えた。

 自分の気持ちが、どういう感情なのかすぐにはわからなかったが、エリカは自分の一部がロウとの関係が終わることを嫌がっているということを悟った。

 このことに気がついて、エリカは愕然とした。

 エリカを不当に支配して、怪しげな呪術で命令を強要してきたロウだ。そのロウとの関係を断てるのであれば、悦びしか存在しないはずだ。

 

 それなのに、エリカの一部はそれを望んでいない……?

 わからない……。

 やはり、自分はおかしくなっているのだ。

 おそらく、昨夜はあんな壮絶な拷問を受けたから気が弱くなっているのだと思った。

 

 それに、その後の交合……。

 口惜しいが、あれは信じられないくらいに気持ちがよかったと認めざるを得ない。

 ロウに優しく抱かれているあいだ、エリカが文字通り、天にも昇る快感に包まれていたことは確かだ。

 

 さらに思い出すのは、ロウがエリカを抱いているとき、エリカの身体はそれを完全に受け入れていたことだ。

 エルフの里で育ったエリカは、戦闘手段などをそこで幼少時代から訓練された傍ら、敵に捕らえられたときに犯されない方法も教えられてきた。

 女エルフは敵に捕らわれれば、その美しさから犯されることが多い。

 だから、そんなことも先輩の女エルフから教えられるのだ。

 つまりは、犯されるときに、ひたすら腰を暴れさせるのだ。

 腰が安定しなければ、どんな男でも無理矢理に男性器を膣に捻じ込むのは無理らしい。

 暴力や薬剤、それに耐えて、腰だけで強姦から拒否し続けるなど、どれくらい可能なのか当時でさえ疑問だったが、とにかく、そういうことも学んだ。

 

 しかし、昨夜……。

 エリカはロウに犯されようとしたとき、まったく拒絶の気持ちは起きなかった。

 それどころか、嬉々として受け入れ、自分から淫らに腰まで振った。

 拒否するためではなく、快感を高めるために腰を動かしたのだ。

 思い出しても、羞恥に身体が熱くなる。

 エリカの身体はロウに抱かれるのをとても喜んでしまった……。

 

 駄目だ──。

 エリカは奇妙な感情を懸命に振り払った。

 

 あと二日──。

 それで終わらせるのだ。

 それ以外に考えるな──。

 自分に言い聞かせた。

 

 風呂を出て調教室に戻った。そこでシルキーがエリカの髪をはじめとする全身の手入れをしてくれた。

 それは、とても念入りで身体の細部にまで至っていた。それが終わったところで、待ち構えていたようにロウが部屋に戻ってきた。

 そのロウが、たったいま、調教開始を宣言した。

 

「調教の開始だ。脚を開いて跪き、腕を頭の後ろで組め──。それが奴隷の格好だ」

 

 ロウはあの電撃棒を手にしていた。

 エリカはそれを見ただけで、全身に恐怖が走るのを感じた。

 屋敷奴隷のシルキーがロウに一礼して姿を消す。

 シルキーとともに、エリカがいままで座っていた椅子や、化粧台なども消えた。シルキーが一緒に移動術で持ち去ったのだろう。

 

「わ、わたしは奴隷じゃないわ……」

 

 立ちあがることになったエリカは、自分の恐怖を振り払うように、身体の前を両手で隠しながらロウを睨んだ。

 

「だが、調教を受けると誓った明日までは奴隷だ。それが嫌なら、契約を解除してもいい。俺はシルキーに魔道でお前を拘束させるか、クグルスを呼び出して、改めてお前を捕えさせる。そして、お前を犯して呪術で支配する。それだけの話だ」

 

「くっ」

 

 ロウの余裕のある態度に口惜しさが込みあがる。

 だが、なぜかそれ以上、逆らう気になれない。

 確かにエリカは、甘んじて、三日の調教を受けると約束した。

 そして、ロウもまた、エリカとの魔道契約に応じて、エリカが望まない限り、淫魔師としての精液の呪術をかけ直さないと誓った。

 それは、確かに公平な態度だとは思う。

 本来であれば、ロウはエリカの申し出など無視して、魔道契約などで自分自身の行動を縛らなくても済んだのだ。

 

 それなのに、ロウはエリカの申し出を受けて、エリカが調教を受けているあいだは、呪術の支配をしないという魔道の縛りを受け入れた。

 それについては、ロウは誠実だと思う。

 こんな考えに陥るのは自分自身でも奇妙だとは感じるが、ロウは卑怯で憎い男だが、確かに誠実ではある。

 それは思った。

 

「あ、あと二日よ……。二日で終わり……。あんたの調教は大人しく受けてあげる。その代わり、それが終われば他人よ」

 

 エリカは自分に沸いた気持ちを振り払うために悪態をつくと、ロウに言われたように、両膝を開いて床につけ、両腕を頭の後ろで組んだ。

 

「それでいい……。では調教開始だ。調教のあいだは、エリカは俺に絶対服従だ。それを守れ。指一本、息ひとつだって俺に逆らってなにかをするな──。わかったな──」

 

 ロウが怒鳴った。

 むっとしたが、仕方がない。

 エリカは小さく頷いた。

 

「じゃあ、まずは、悲鳴をあげるな──。これからやるのは、これから毎日の調教開始の儀式だ。三十発耐えろ」

 

 三十発──?

 エリカは耳を疑ったが、一郎の持つ電撃棒の先がエリカの片側の太腿に当てられた。

 

「ひっ、むううう──」

 

 肌を焦がすような衝撃が身体を突き抜けた。頭の先からつま先まで響く、びりびりとした不快な痛さだ。

 

「声が出たな。数には含めない。残り三十だ」

 

 ロウが今度は腹に電撃棒の先端を差す。

 エリカは歯を食い縛った。しっかりと眼も閉じる。

 凄まじい激痛が腹から全身に拡がる。

 

「勝手に眼を閉じるな。残り三十──」

 

 ロウが冷たく言い放つ。

 エリカの心に怒りが込みあがる。

 電撃を加える前に言えと、思った。

 目を見開く──。

 杖の先端が乳房のやや上付近──。

 エリカは必死に覚悟をする。

 

「ん……」

 

 か細い悲鳴が沸き出た。

 はっとしたが、ロウは駄目だとは言わなかった。

 

「あと二十九──」

 

 ロウが言った。

 エリカはほっとした。

 今度は肩──。

 次の瞬間には、電撃の怖ろしい洗礼にエリカの身体が襲われる。

 今度は完全に耐えた。

 エリカは、怖さで目が閉じそうになるのを我慢して、一生懸命にロウをじっと見続けた。

 

 また、太腿──。

 反対の脚──。

 横腹──。

 脇──。

 反対側──。

 

 次々に電撃が全身に走り続ける。

 骨にまで響くような衝撃だ。

 電撃の激痛の不快さはエリカの想像を遥かに越えて、エリカの身体の中にあるなにかを確実に破壊していく。

 まるで痛み止めの薬剤なしに、歯をのこぎりのようなもので、ごりごりと削られているような苦しみに似ていた。

 どのくらいの衝撃なのかもわかる。

 それがどこに来るかもわかる。

 それなのに、どんなに身構えても、なんの役にも立たなかった。

 とにかく、声を出さないこと──。

 エリカはロウに命じられたことを守ることだけを必死で考えた。

 

「いいぞ。そのまま、頑張れ──。残り、十だ」

 

 ロウの電撃棒は乳房と乳房のあいだに当たった。

 衝撃で乳房がぶるぶると震えた。

 だが、声は出さない。

 

「すごいぞ、エリカ。もう少しだ──」

 

 ロウがさっきの場所から拳ひとつくらい下の部分に棒の先端を当て直す。

 ロウに褒められたとき、不可思議な悦びが身体に走った。

 エリカはそれに焦った。

 

 なんでだ──。

 なぜ、こんな男に褒められて嬉しいのだ。

 

 しかも、こんな理不尽な拷問を与えているのは、このロウ自身なのだ。

 それにも関わらず、エリカは褒められて嬉しかった。

 もっと頑張ろうという気持ちが沸いた。

 

「んっ──」

 

 今度は少し声が出たと思う。

 しまったという気持ちで、すがるようにロウの顔を見た。だが、ロウは気がつかなかったかのように、さらに拳一個分下に電撃棒の先端を当てる。

 冷酷で意地悪な電撃の衝撃がまたやってきた。

 

「残り七──。頑張れ──。声を出すな──」

 

 ロウが叫んだ。

 臍の少し上あたりを電撃が襲う。

 エリカは声を喉の奥で必死に抑えつけた。

 

 次の一発は臍だ。

 これにも耐えたが、もうエリカには耐える力がない気がした。

 頭の後ろで組んでいる手の力さえ緩む。

 もう、この姿勢を保つのさえ難しくなってきた。

 

 また、衝撃──。

 今度は臍の下──。

 これにも耐えた。

 

 電撃棒の拷問を受けながら、エリカはなぜ、自分は抵抗しないのだろうかと考えた。

 もちろん、誓いを立てているからだというのはあるのだろう。しかし、エリカは、それがなくてもロウには逆らうことはないと思う。とにかく、あと二日だけは、大人しくロウの調教を受けてやる──。

 そう考えていた。

 

 そして、それは妙なことでもある。

 いま、エリカは拘束されていない。

 両手も自分の意思で頭の後ろに回している。

 それなのに、まるで実際には手枷でも嵌められているかのような感じで動かせない。

 動かす気になれないのだ。

 それはロウの命令だからなのだが、そんな気持ちになるのが妙なのだ。

 

 この瞬間にも、エリカはロウを倒すことができる。

 首の骨を折って瞬殺できるのだ。

 そうすれば、ロウの治癒能力は関係ない。

 ロウは死ぬ。

 エリカは二度と支配されることはない。

 だが、エリカはそうしようとは思わない。

 ロウもまた、エリカが暴力を向けてくるとは考えていないようだ。

 

「……んっ……」

 

 臍のやや下──。

 今度の電撃はかなり下腹部に近かった。

 さすがに声を我慢するのは不可能ごとに近くなった。

 そう思ってはっとした。

 だんだんと股間に近寄っている……?

 つまり、このままで行けば……。

 

「残り、三発だ。ここで声を出せば、罰として三十発からやり直しだ」

 

 ロウが先端を股間の亀裂にまた近づけた。

 

「んっ──」

 

 慌てて抗議しそうになり、エリカは懸命に口をつぐんで、激しく左右に首を振った。

 今度の電撃棒の先端はエリカの肉芽そのものに当たっている。

 これを我慢するなどできるわけはない。

 

「んんっ」

 

 エリカはひっくり返りかけた身体を辛うじて支えた。

 失禁したかと思うようななにかが股間から迸った気がした。

 

「あぐううう──」

 

 だが、間髪入れずに同じ場所に電撃が加えられたとき、エリカはついに悲鳴を発していた。

 これまで一発づつしか打たなかった。

 それが二発続けだ。

 予期していなかっただけに、悲鳴を我慢はできなかった。

 

「……残念だな。やり直しだ」

 

 ロウが無慈悲に言った。

 エリカはあまりの言葉に目から悔し涙が溢れるのがわかった。

 二順目はまた脚や肩などの外側の部位から開始された。

 

「……残り十──。次はしくじるな」

 

 胸から少しずつ下腹部に下りていくという最後の十発がまた開始された。

 乳房のあいだから臍に……。

 さらに股間に……。

 エリカは懸命に口をつぐむ。

 

「残り、三──」

 

 また肉芽──。

 二発続く──。

 

「ふっ」

 

 溜息が漏れるような音はしたが、声は出なかったと思う。

 

「偉いぞ、エリカ──。最後だ。だが、これで声が出ればやり直しだ」

 

 エリカは次の瞬間、愕然とした。

 この責めの最大の難関は、最後の一発を残した二発続けての肉芽への連発だと思っていた。

 しかし、それは違った。

 ロウは電撃棒の先を手で曲げて屈折させると──それは簡単に手で曲げられるようになっていたようだが──エリカの膣の奥にすっと挿し入れたのだ。

 

「ひっ」

 

 それだけで、エリカは悲鳴をあげてしまった。

 

「いまのはおまけしてやる」

 

 ロウはにやりと笑うと、さらに電撃棒の先を奥まで突っ込んだ。

 これから与えられる苦痛に対して、悲鳴を耐えることなどできないと思ったが、それでもエリカは歯を噛みしめた。

 だが、なかなかやって来ない。

 意地の悪いことに、ロウはこの状態でたっぷりと時間をかけようとしているようだ。

 いつやってくるかわからない衝撃に、エリカの恐怖はどんどんと倍加していく。

 

「あがあああ──」

 

 エリカは絶叫した。

 子宮そのものに流れる強い電撃──。

 エリカはひっくり返った。

 気がつくと、股間からじろじょろと尿が流れていた。

 

「やり直しだ」

 

 ロウが残酷に告げた。

 三順目は途中で声を出すことはなかった。

 最後から二番目の二発続けての肉芽への衝撃──。

 これにも耐える……。

 そして、最後の試練──。

 膣にずぶずぶと電撃棒が突っ込まれる。

 

「いくぞ……」

 

 ロウが言った。

 今度はすぐに襲ってきた。

 眼の前に火花が飛んだ。

 一瞬視界が消滅して、周囲が回転している。

 だが、声だけは出さなかったと思う。

 がっしりと身体が掴まれた。

 

「よくやった、エリカ」

 

 ロウだ。

 ロウが嬉しそうにエリカをぎゅっと抱きしめてくれている。

 心の底から悦びが沸く。

 もう、それを奇妙なことだと思う心の余裕はない。

 ただただ、やり遂げたという圧倒的な充実感を覚えただけだ。

 

「ご褒美だ……」

 

 ロウの指が花唇の中心に入ってきた。

 驚いたが、エリカの膣はたっぷりと愛液で濡れていたようだ。

 なんの抵抗もなく、ロウの指が二本──。

 それが、エリカの股間に挿入される。

 膣の中でロウの指が弾かれる。

 エリカは喜悦に身体をよがらせた。

 

「今度も耐えろ。声を出すな……。出せば、電撃鞭三十からやり直す」

 

 ロウが怒鳴った。

 懸命に口をつぐむ。

 しかし、同時に恐れおののいた。

 声を出さない?

 そんなこと無理……。

 これは気持ちよすぎる……。

 大きな快感が拡がる。

 滑らかに出入りする指とともに、肉芽が指で転がされ始める。

 筋肉は完全に消耗している。

 もう、エリカは動くことはできない。

 しかし、性感を駆け巡る甘美感で下肢だけが別の生き物であるかのように切なげにくねりだす。

 しかも、別の指が肛門の入口をいやらしくとんとんと軽く触れ続ける。

 それが堪らない愉悦を生む。

 これで声を耐えるなんて──。

 

「て、手を……手を動かさせて──」

 

 エリカは叫んだ。

 エリカの両手はいまだに頭の後ろで組んだままだったが、この状態では声を我慢するのは不可能だ。

 もう、ロウのことを憎いなどとは感じていられない。

 それに、なぜかいまは憎くない。

 むしろ、愛おしい……。

 なぜ、そんな風に思うのか考える余裕もない。

 考えていたのは、どうやったら声を漏らさずに済むかだけだ……。

 声を出せば、また電撃のやり直し……。

 それは恐怖そのものだ。

 

「自由にしていい……」

 

 ロウが笑ったような声で言った。

 

「あ、ありがとう……」

 

 エリカはロウの背中をがっしりと抱きしめた。

 なにかにすがるものがあれば……。

 だったら耐えられるかも……。

 股間を愛撫する指の動きが速くなる。

 

 駄目……。

 声が……。

 エリカは力の限りロウの背中を抱きしめた。

 

「……俺の肩でもなんでも噛め。その代わり声を出すな……」

 

 ロウが愛撫しながら笑った。

 エリカは目の前のロウの肩の肉を思い切り噛んだ。

 

「ぐうっ」

 

 ロウが一瞬苦しそうな声を出した。

 だが、指の動きはますます速くなる。

 凄まじいものが身体の奥底から込みあがる。

 

「んぐうう──」

 

 エリカは力一杯にロウを抱き、そして、肩の肉を噛んだ。

 声を我慢することに成功したかどうかもわからない。

 圧倒的な愉悦の戦慄がエリカの全身を駆け抜けた。

 気の遠くなるような快感……。

 エリカは全身の力が抜けるのがわかった。

 

「達したな……。そして、まあ、認めてやろう。合格だ」

 

 ロウが抱いているエリカの頭を優しい手つきで撫ぜてくれた。

 エリカはまるで繭にでも包まれている幸せな気持ちになり、束の間、ロウの身体にぐったりと身を任せた。

 

 その首にがちゃりとなにかが嵌まるのがわかった。



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77  …犬化訓練

 首輪を装着された感覚とともに、ちくりという小さな痛みが首の周りに走った。

 

「ばう、ばう──」

 

 思わず声をあげようとして、口から迸ったのは、犬そのものの鳴き声だった。

 エリカは驚愕した。

 ロウが、エリカの身体を離しながら愉しそうに笑った。

 

「人間の声が喋れなくなる魔道の首環だ。今日は雌犬として躾ける。まあ、お前としても嬉しいはずだ。少なくとも、この首輪をしているあいだは、屈服しないで済むんだ。なにせ、喋れないのだからな」

 

 犬の鳴き声しか出せなくなる魔道の首環?

 怒りというよりは、怖くなってエリカは思わず首輪に手を触れた。

 

「ばがああああっ──ばう、ばぐううっ──」

 

 エリカはいきなり襲いかかった凄まじい衝撃に絶叫してひっくり返った。

 首輪に手を触れようとして、全身に電撃が襲いかかったのだ。

 心臓を締めつけられるような打撃だった。

 だが、口から出るのは、やはり犬そのものの声だ。

 ロウがエリカの様子を見て、さらに笑い声をあげた。

 

「……おいおい、説明を聞かないうちに動くからだ。さっきも説明したが、この首輪は、人間を完全に“犬”そのものにする首輪だ。まず、首輪を外そうとすると、いまのように電撃が全身に走る。もっとも、触ったところで、主人として魔道で登録してある俺以外には外せないがな。それから、移動するときは四歩脚だ。両方の手のひらと足の裏を床につけてしか移動できない。二歩脚で動こうとすれば、やはり、電撃の洗礼だ」

 

 そんな……。

 

 犬の真似などというのは、エルフ族であるエリカにとっては耐えられない恥辱だ。

 だが、さっきの電撃は魂も凍るほどの苦痛だった。

 いまの一発を浴びてしまっては、もうエリカも、ロウに抗議をする気力は完全に失っていた。

 

「……それから、躾に従わなかったり、命令を実行できなかった場合、あるいは、なんらかのことで俺を失望させた場合……。そのときには、こんな風に罰が与えられる」

 

 ロウが指を鳴らした。

 

「ばぐううう──ばぎいいいっ──」

 

 再び電撃だ。

 しかも、電撃は首輪を装着されている首輪ではなく、股間から襲ってきた。もちろん、耐えられるわけもなく、エリカは再び仰向けにひっくり返った。

 

「みっともない恰好で寝るんじゃない、エリカ──。恥ずかしいとは思わないのか?」

 

 ロウが揶揄するようにからかいの言葉をかけてきた。

 エリカは大股を開いて、まるで蛙が仰向けになったような格好になってしまっていたのだ。

 全身に羞恥が走る。

 慌てて身体を起こして、両手で股間を隠した。

 

「ばぐううっ──」

 

 また電撃が襲いかかった。

 

「お前、馬鹿か、エリカ? 犬の格好をしないと電撃だと説明しただろう。許可なく、四つん這いの姿勢を解くな。電撃の苦痛を浴び続けたいなら別だがな」

 

 嫌も応もない。

 考えることもできずに、エリカは両手を床につける。

 すでに肩で息をしていた。

 繰り返される強烈すぎる電撃のために、すっかりと全身が弛緩しかけている。

 

「まずは、号令に対するそれぞれの雌犬姿勢を教える」

 

 ロウが説明を開始した。その手にはあの電撃棒だ。

 

「……まずは、“伏せ”の姿勢だ」

 

 この号令は、四つん這いの体勢から頭を床に密着させ、真っ直ぐに膝を伸ばすこと。

 ロウがにやつきながら言った。

 その小馬鹿にするような表情に胸がむかつく。

 当然、尻が高々と突きあがる恥ずかしい格好だ。

 さっそく、やらされた。

 だが、恥ずかしいなどと考えることはできなかった。

 この号令をかけられて、瞬時でも戸惑ったら首輪に備わった魔道の電撃だ。

 エリカは連続で十数回、それを練習させられた。

 号令をかけられてから、行動を終わらせるまでの余裕は、まさに瞬時だけだ。

 息をつく時間もかけられない。

 考えるよりも早く、行動を終えないと電撃の苦痛だ。

 エリカはそれを繰り返された電撃によって、身体で覚えさせられた。

 

「次は“待て”だ。この号令をかけられたら身動きするな。どんな体勢であってもだ。ぴくりとでも動けば電撃だ」

 

 これば比較的簡単だと思った。

 要は動かなければいいのだ。

 

「やってみるか。“伏せ”──。“待て──”」

 

 続けざまに号令が飛ぶ。

 最初の号令でエリカの身体は、思うよりも速く動いて、尻あげのポーズになる。そして、続く、“待て”の号令で静止した。

 

「そのままだぞ」

 

 ロウがなにかを企んでいるようにくすくすと笑いながら、エリカの背後に回る。

 しかし、それを覗くことはできない。

 顔は額を床に密着させている。それを動かすと、電撃に襲われる。

 

「ばう、ばうう──?」

 

 びっくりした。

 突然にお尻の穴になにかが捻じ込まれたのだ。

 反射的にお尻をよじってしまった。

 

「ばぐううううっ」

 

 また、電撃──。

 エリカは横倒しに倒れた。

 だが、エリカの尻の中には、すでにロウによって、“なにか”が捻じ込まれている。

 それがなにかはすぐにはわからなかった。

 ただ、倒れたときに、ふさふさした毛の感触が尻に当たった気がした。しかも、挿入された部分がぶるぶると淫らな振動を続けている。

 なにかの淫具だとは思うが、挿入した部位には潤滑油のようなものを塗っていたのか、一瞬にして、かなり深くまで挿入されてしまっている。

 とにかく、エリカは慌てて姿勢を戻した。

 そうしなければ電撃が止まらないのだ。

 

「よく似合うな。“よし──”。動いていいぞ。この号令で命令解除だ。後ろを見てみろ」

 

 ロウが愉しそうに言った。

 

「ばう?」

 

 驚いて声をあげ、それが犬の声だったので、慌てて口をつぐむ。

 エリカの尻に挿さっていたのは、エリカの髪の色と同じ金色の房毛のある尻尾だった。しかも、ぷるぷると左右に動いている。また、尻穴に挿入されている部分についても、相変わらず、微弱だが淫らな振動を継続している。

 

「それはお前が性的快感を覚えると、房毛の尾が左右に動くようになっているんだぞ。どうやら、その尻尾付きの尻棒が気に入ったようだな。よかった」

 

 ロウが笑った。

 エリカはかっと全身が熱くなるのがわかった。

 確かにエリカは、お尻に挿入された淫具のために、淫らな疼きがあっという間に全身を覆ってしまっていた。

 だが、それをあからさまに、他人がわかる道具など恥ずかしすぎる。

 しかも、これも紛れもなく魔道の力らしく、挿入された部分はまるでエリカの身体の一部にでもなったかのように抜けるような感触がない。

 

「それから、“ちんちん”の姿勢。これを言われたら、二本脚で身体を起こして、曲げている両膝を身体の真横まで開け。両手は顔の横だ」

 

 あまりもの格好だが、逆らえば、やはり首輪の電撃だ。

 従うしかない。

 エリカは身体を起こして、曲げている両足を大きく開いて性器をこれ見よがしに曝け出す格好になる。

 

「もう、そんなに感じているのか、エリカ? 股がねちょねちょだぞ。それに尻尾の動きもすごいな。やっぱり、エリカはマゾ女だなあ」

 

 エリカの股を覗くようにしたロウが笑った。

 羞恥が身体を駆け巡る。

 しかし、姿勢は崩せない。

 崩した瞬間に電撃の罰だ。

 それに、口惜しいがロウの指摘は本当だ。

 こんな恥ずかしい仕打ちを受けると、エリカは昔からかっと熱くなり、股間が濡れてくる。

 そんな自分の体質をエリカは激しく嫌悪しているのだが、どうしてもそうなってしまうのだ。

 いまもそうだ。

 感じているのは、尾になっている淫具の振動のせいだけではない。ロウにからかうような言葉をかけられるたびに、じんじんと股間が疼く。

 

「最後のひとつだ。号令は“小便ポーズ”だ。これを告げられたら、四つん這いのまま、どっちでもいいから片足首を頭よりも高くなるように片脚をあげろ。つまりは、雄犬が小便をするポーズということだ。お前は雌犬だが、特別だ」

 

 ロウが笑った。

 その姿勢も十数回練習をさせられる。

 次いで、「総合訓練」と告げられ、繰り返して全部の号令を順次に不規則にかけられならが、それに対応して動く練習をさせられた。

 

 “伏せ”は尻上げ。

 

 “待て”は静止。

 

 “ちんちん”は、身体を起こして、がに股開き。

 

 そして、“小便ポーズ”で片脚上げ──。

 

 少しでも動きの開始が遅れると電撃──。

 もちろん、一瞬の躊躇も許されない。

 とにかく、容赦のない電撃──。

 

 また、姿勢が悪いと言っては、ロウが指を鳴らして電撃──。  あるいは、電撃棒による電撃の打撃──。

 

 一体全体、いつまでやるのだろうと思うくらいに、果てしなく繰り返しやらされる。

 いつしか、エリカの身体は汗びっしょりになっていた。顎の下からはぽたぽたと汗の滴が流れ落ちるようになっている。

 全身は火照りきっていた。

 尻の尾も激しく動き続ける。

 もう、なにも考えられない。

 

 

 *

 

 

 エリカは汗びっしょりで、疲労困憊だ。

 号令により動く回数は、百回、二百回ではきかない。

 千回を軽く超したと思う。

 もう身体はくたくただ。

 それでもロウは止めない。

 無慈悲にも思える態度で、淡々と号令をかけるだけだ。

 やがて、どのくらいの時間が経過したのかわからなくなった。

 数もわからない。

 全身の筋肉が針にでも刺されたかのように痛み出した。

 ロウも余分なことを喋らなくなった。

 

 “伏せ”──。

 

 “待て”──。

 

 “ちんちん”──。

 

 “小便ポーズ”──。

 

 “伏せ”──。

 

 “待て”──。

 

 “ちんちん”──。

 

 “小便ポーズ”──。

 

 “伏せ”──。

 

 “待て”──。

 

 “ちんちん”──。

 

 “小便ポーズ”──。

 

 延々と続く。

 

 頭が朦朧として、なにも考えられない。

 すでにエリカの身体は、言葉に反射して、瞬時に動くほどに反応できるようになっていた。

 調教を開始する寸前に食事をしたにも関わらず、空腹を感じ始めている。

 おそらく、それだけの時間が経ったのだろう。

 調教が開始したのが、昼過ぎだとすれば、いまは夕方──?

 そう思った。

 

「よし──。いいだろう。頑張ったな。喉が渇いただろう」

 

 やっとロウはそう言った。

 エリカはその場に崩れ落ちるように突っ伏した。

 ロウは部屋の隅に歩き、部屋の隅の台から水差しを手に取った。見ているとロウは、水差しからコップに水を移して、立て続けに三杯飲んでいた。

 エリカは、それを荒い息とともにじっと見ていた。

 喉が渇いていた。

 とてつもなく……。

 すると、ロウが水差しだけを持って戻ってきた。

 

「飲め」

 

 ロウが水差しの水をエリカの目の前の床にじょろじょろと落とした。

 呆気にとられた。

 床にこぼれた水を舌で舐めろということだろう。

 しかし、精魂尽きてしまっていたエリカには、もう逆らう気力も、反抗する心もわかなかった。諦めの境地でエリカはその場に顔を伏せて、舌で床の水をぺろぺろと舐める。

 

 おいしかった……。

 渇き切った身体に与えられた水は全身に染み透るように美味しかった。

 悲しいくらいにおいしかった……。

 

「来い──。じゃあ、運動だ。廊下に出ろ」

 

 ロウが急に廊下に向かう扉に向かった。

 エリカはくたくたの身体に鞭打って、慌てて四つ足でそれを追おうとした。

 

「うばあああ──」

 

 だが、数歩も移動しないうちに、股間に電撃が迸り、エリカは犬の声で悲鳴をあげながら、その場に倒れた。

 ロウが指を鳴らしたのだ。

 

「命令を受けたら返事をしろ──。今度、黙っていたら、気絶するまで電撃でのたうちまわらせるぞ──」

 

 すごい剣幕でロウが怒鳴った。

 その態度には、いささか芝居じみたものを感じたが、それでも、エリカの身を竦ませるには十分な迫力だった。

 

「ばうっ」

 

 エリカはほとんど無意識のうちに犬の声で返事をしていた。

 すると、ロウがにっこりと笑って破顔した。

 

「いい子だ……。いまのは、考えるよりも先に反応ができたな……。そうやって、身も心も立派な雌犬になるんだぞ。ご褒美だ。小便ポーズ──」

 

 エリカの身体はぱっと片脚上げのポーズになる。

 片脚の足首を頭よりも高く上げないとならないというかなりにつらい姿勢なのだが、いまのエリカは、考えるよりも先に身体が動く。

 そのことに強い屈辱を感じたが、すぐにそんな余裕は消えた。

 ロウがさっとエリカの背後に回ったのだ。

 

「ばう──?」

 

 いきなりだった。

 房毛の尾のある尻たぶの下から、股間に向かってロウの怒張がすっと突き挿された。

 

「ば、ばうううっ、くうう──」

 

 疲労しきっていた身体が生き返ったように弾けた。

 同時に、こんなにも敏感なのかと驚くほどに、性感が異常な急上昇をした。全身の性感という性感が瞬時に沸騰した感じだった。

 

「ぎゃうううう──」

 

 次の瞬間、全身に激しい電撃の苦痛が襲った。

 どうやら、いつの間にか足上げの高さが足りなくなっていたようだ。

 しかし、今度は倒れることはなかった。

 ロウが背後から腰を支えて、エリカを犯しているからだ。

 束の間、エリカは電撃を浴びながら膣を凌辱されるかたちになった。

 それはそれで怖ろしいほどの快感でもあった。

 とにかく、エリカは一生懸命に片脚をあげた。

 

「ばおおっ、おおっ」

 

 口から出るのは犬の声だ。

 しかも、すっかりとさかりのついた欲情した雌犬だ。

 エリカはロウに支えられながら、快楽のうねりに身体を揉み抜かれた。

 

「房毛をそんなに暴れさせるな──。くすぐったい」

 

 ロウが笑った。

 エリカは羞恥に熱くなる。

 だが、そんな羞恥も遠くなる。

 気持ちがいい──。

 やはり、このロウとの性交は気持ちがよすぎる。

 それだけは認めざるを得ない──。

 

 ロウは憎い──。

 いや、憎い?

 

 そんな自分の感情もわからなくなる。

 あるのは、雌犬として犯される肉の悦びだ。

 そして、大きな淫情の波が股間から全身に急激に拡がる。

 

「きゃううううう──」

 

 いななきのような鳴き声がエリカの口からあがった。

 絶頂感が全速力で駆け抜けていた。

 エリカは、全身をぶるぶると震わせて、束の間、歓喜の衝撃に震え続けた。

 

「……よし。脚を下ろしていい」

 

 しばらくしてから、ロウが言った。

 エリカはがっくりと全身を脱力させた。絶頂の余韻に浸っているあいだ、エリカの股間に留まり続けていたロウの一物がすっと抜けた。

 やはり、精は放たなかったのだ。

 エリカは思った。

 呪術の支配のようなものは感じない。

 そのとき、エリカはおかしな空虚感を覚えた。

 不可思議な物足りなさだ。

 それがなにかわからなかったが、ロウがまた扉に向かって歩き出していた。

 

「ばうっ」

 

 それを認めたエリカは、ひと声吠えてから、四つ足でそれを追った。

 

 廊下に出た。

 地下室の廊下も結構長い。廊下の両端には、一階にのぼる階段と、反対側に浴室があり、その間の距離は二十べス──すなわち、大人の男の大股で二十歩分はある。

 

 エリカたちがいたのは、その廊下の左右にある幾つかの調教部屋のうち、もっとも浴室に近い部屋だったのだが、その部屋を出た廊下に、丸い球体に根元が刺さっている張形があった。

 

「エリカ、運動だ──。取ってこい──。ただし、口も手も使うな。股で取ってくるんだ──」

 

 ロウがそれを手に取って、思い切り廊下の反対側に向かって投げた。

 一瞬、躊躇した。

 すぐに、はっとしたが、そのときは遅かった。

 ロウの悲しそうな舌打ちがして、電撃の苦痛を浴びせられた。

 しばらく、のたうっていると電撃が止まる。

 

「ばう」

 

 吠えてから、今度は四つ脚で駆ける。

 命令には返事──。

 それはさっき覚えた。

 だが、数歩も進まないうちに、電撃で転ばされる。

 遅いとロウに叫ばれた。

 

 仕方なくエリカは、今度は跳ぶように駆けた。

 張形の位置に着く。

 

 張形の根元にある丸い球体は底に重りがついているのか、どんな状態で転がっても、必ず張形の先端が天井を向くように動くようだ。

 エリカは張形の先端に股間を当てるように屈むと、ゆっくりと腰を沈めていった。

 

「ばぐうううっ」

 

 また電撃──。

 動きが遅いと言っているに違いない。

 起きあがったエリカは、もう躊躇せずに股間を一気に張形の先端に沈めた。これにもなにかを塗っているのか、ぬるぬるとした潤滑油の感触がある。

 

「ばうああ?」

 

 しかし、エリカは、びっくりして、思わず腰を跳ねあげた。

 エリカが張形が膣に少し入った瞬間に、ずっと動いていなかった張形が淫らな蠕動運動を開始したのだ。

 驚いたエリカは、腰を跳ねあげて張形を落としてしまっていた。

 

 

「ばぐうううっ」

 

 再び、凄まじい全身への電撃だ。

 そのエリカのしくじりをロウから電撃で叱られたのだ。

 ひっくり返った身体をなんとか起こして体勢を作り直す。

 今度はしっかりと覚悟した。

 腰を屈めて張形を股間だけで挿入する。

 振動が開始する。

 エリカは歯を食い縛った。

 締めつける。

 しかも、一連の行動に少しでも躊躇は許されない。

 止まった瞬間に電撃だ。

 股間でそれを締めつけたまま戻る。

 

 張形の反対側の球体は結構な重さだ。

 それを落とさないようにするには、かなりの力で張形を締め続けなければならなかった。

 しかし、振動をする張形を力一杯に股で締めるという行為は、感じやすいエリカにはつらい仕打ちだ。

 とにかく戻る。

 だが、今度はさすがに、そんなに急いでは動けない。

 

「ばぐううっ」

 

 すると、電撃──。

 駆けるしかない──。

 だが、股間に張形を咥え、尻に挿入された尾の根元は休むことなく振動を続けているのだ。それらがふたつの穴で暴れまわる。

 泣きそうなくらいの官能の波だ。

 へなへなと倒れそうになるのを我慢して、ロウのところにやっと戻った。

 しかし、ロウから電撃棒で気絶寸前まで電撃を与えられた。

 

「まったくなってない──。遅すぎる──。もう一度だ──。それでも俺の雌犬か──」

 

 ロウが再び球体付きの張形を思い切り投げた。

 

「ばうっ──」

 

 すでに精根尽きていたが、エリカはもう考えることもできずに、それを四つ脚で駆け追っていった。

 

 

 *

 

 

 十回──。

 二十回──。

 

 果てしなく同じことが繰り返される。

 首輪と電撃棒で浴びせられる電撃は、もう百回を遥かに超えて、もう数えられない──。

 ロウを失望させるほどに遅ければ、激しい苦痛──。

 しかし、ロウを満足させても、また、次は苛酷だ。

 ロウが悦べば、股で咥えてきた張形で、ご褒美の絶頂が与えられるのだ。

 気持ちがいいのだが、数が重なればやはりそれも拷問だ。

 しかも、昇天してすぐに、再び張形を投げられて、取りに戻らなければならないのだ。

 やがて、エリカはどんなに電撃を浴びせられても、もう一歩も動けなくなった。

 

「まあ、これで許してやるか」

 

 ロウが言った気がした。

 そのとき、エリカは浴びせられた電撃の衝撃で完全に朦朧としていた。

 だから、ロウの怒張がエリカの肉孔に根元まで挿入されているということに気がつかなかった。

 

「ばう?」

 

 相変わらずの犬の鳴き声──。

 悲鳴や嬌声さえも犬の声だ──。

 

 エリカをうつ伏せに押し倒したロウが、ゆっくりと腰を動かし始めた。

 瞬く間に、快感が拡がった。

 

「終わったら、動く床で四つん這いで駆け足だ。そのあとは、電撃縄跳びだ。まだまだ、続くぞ」

 

 ロウがエリカの腰を突きながら、愉しそうに笑った。



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78  …くすぐり責め

「あははははは……ばう、ばう、ばう──ひひひひひ、はははははは──ばう、ばう、ばう……はははははは──ばうばう──」

 

 天井から伸びる左右の縄で両手を頭の上に拡げて拘束されているエリカの裸身が狂ったように揺れている。また、エリカは、両脚も大きく拡げて床の杭に結びつけていた。

 そのエリカの身体を一郎は、ひたすら棒の付いた羽根でくすぐり続けている。つまり、エリカは四肢を大きく拡げて立たされている状態で、延々とくすぐり責めを受けているのだ。

 

「……ばう、ばう、ばう──ひひひ、あははは、ひいいっ」

 

 エリカは美しい顔を、いまはみっともなくぐしゃぐしゃにして、苦悶の笑いをしていた。

 これを初めて、すでに半日はすぎていると思う。

 エリカは半狂乱だ。

 

 縄がかかっている手首と足首には、暴れすぎで縄で肌が破けたりしないように柔らかい布を巻いて、その上から縄を掛けていた。また、念のために淫魔術による身体の操りで、手首付近の筋肉は弛緩させてもいる。

 それで、なんとか怪我はさせないですんでいた。

 

 そうでなければ、とっくの昔に縄の当たっている手首と足首は、皮膚が破れて出血してしまっていただろう。

 それくらいエリカの暴れ方はすごい。もっとも、いまは激しい身体のよがりで体力も使い果たしたらしく、少し大人しくなってきた気もする。

 いずれにしても、まるで発狂したかのような暴れぶりだ。

 

「犬の鳴き声と、人間の笑い声と忙しいことだな、エリカ」

 

 ロウはからかいながら、今度は後ろに回って横腹あたりをさわさわと羽根でくすぐる。もう、何百回も繰り返して刺激をしている場所だが、これも淫魔の術で刺激に慣れさせないように細工をしている。しかも、皮膚感覚を通常の十倍にあげてもいた。

 

 そのうえに眼隠しだ。

 この身体でくすぐり責めに遭うのは堪らないだろう。エリカの常軌を逸したような激しい反応で、いかにエリカが笑い苦しんでいるかが悟れる。

 

「はははははは──あははははは──ひいっ、ばう、ばう、ばう──くふふふふふふ──ははははは──ばう、ばう──」

 

 エリカは苦しそうに泣きながら笑い続ける。

 一郎は羽根の矛先を脇に変えた。しかも、両手に持っている羽根で左右の脇を同時にだ。

 脇は感度をさらにあげて二十倍にしている。

 

「ばうばうばうばう──ひぎゃあああ、あははははは──」

 

 エリカは悲鳴のような奇声混じりの笑い声をあげて身体を前後に動き暴れる。少しでも羽根を避けようと必死なのだ。

 だが、そんなことができるわけがない。一郎の羽根は、拘束されたエリカがどこに身体をずらせても、執拗に脇を追って、感度二十倍の脇をひたすらくすぐる。

 

「あはははははは、ばうばう、はははははは──」

 

 エリカは笑いと笑いのあいだに、懸命になにかを訴えて言葉を発しようとしている。

 だが、それはすべて、エリカの首にある魔道の首環で、犬の声に変換されている。一郎にも人間の言葉として理解できない。

 

 ただ、なにを叫んでいるのかはわかる。

 エリカは、奴隷になることに応じるので、くすぐり責めをやめてくれと必死で叫んでいるのだ。

 

 しかし、一郎に装着された首輪の力で、意味のある言葉を喋ろうとすると、すべてが犬の鳴き声になるようにさせている。

 今度は、笑い声や嬌声については、人間の声で発することができるのだが、なにかを話そうとすると魔道具の力が働いて、人間の声が遮断されて、犬の声になるという仕掛けだ。

 

 だから、エリカは激しい笑い声に混じって、犬の声でひたすらに吠え続けているというわけだ。

 もともとは、この責めを始める前には、犬の首環の魔道具は外していたのだ。犬の吠え声を出させて辱めるのもいいが、嬌声や笑い声については、普段のエリカの声で悲鳴を聞きたかった。

 

 だが、痒み責めやくすぐり責めというのは、もしかしたら電撃鞭や木馬責めよりも苛酷なのかもしれない。

 この責めが小一時間も続いて、エリカが最初の気絶から回復した直後、エリカは「奴隷になるのに応じるから、責めるのをやめてくれ」とついに叫んだ。

 だが、一郎は聞こえなかったふりをして、犬化の首輪を嵌め直してしまった。だから、いまはエリカは、もう奴隷になると宣言して哀願をすることはできない。

 

 一郎がついに発したエリカの屈服の言葉を無視した理由は簡単だ

 まだまだ、エリカにやってみたい趣向はたくさんあるからだ。

 このくすぐり責めというのも、そのひとつだ。

 

 一郎は朦朧とする頭で、エリカとやってみたい趣向をひとつひとつ思い浮かべる。

 エリカはすでに限界を越しているが、それは一郎も同じだ。

 人を三日間も責め続けるというのは、体力も気力も必要な仕事だ。

 それがわかった。

 いや、それよりも、エリカのことだ……。

 エリカをもっと泣き叫びさせるための趣向だ……。

 

 焦らし責め用に調整した貞操帯もあるから、それを装着させて数日間も放置するというのもやってみたい。

 その後は、エリカもかなりの度合いでマゾ化が進み、電撃鞭の痛みを快感に変えるような体質に近づいてきているが、まだまだ完全ではない。それも進めたい。

 ほかにも、肉芽をもう一度糸吊りをして媚薬漬けにして、親指の先ほどの大きさに拡張するということも考えている。エリカは肉芽が最大の弱点だ。きっと泣き叫ぶだろう。

 

 まだ、エリカには屈服してもらう必要はない。

 どうせ、エリカを堕とすための時間はいくらでもある。エリカは三日間我慢すれば終わりだと思い込んでいるかもしれないが、エリカが堕ちなければ、四日目もあるし、五日目もある。

 

 ただ、それまで一郎がもつかだ。

 エリカを犯しながらも、精を放たないというのは限界に近かった。

 それにしても、エリカとともにこうやって、地下にこもって、いまはどのくらいの時間が経ったのだろうか?

 

 二日目──?

 それとも、そろそろ三日目か──?

 

 エリカだけでなく、一郎もまた、この光のない地下でずっとエリカと一緒だ。

 エリカと付き合い、エリカを限界まで責め抜いては休ませ、休ませては責めるということを続けていた。

 

 時間の感覚はすでに消えている。

 昼も夜もない。

 ただ、エリカとの時間だけがすぎていた。

 

 エリカを責めては苦しめ、苦しめては愛し、愛しては責める。

 体液という体液を絞り出させ、その強い雌の香りを嗅ぎながら、一郎はエリカという美女の裸身に接し続けている。

 エリカだけではなく、一郎もまた自分がおかしくなっているような気がしてきた。

 いや、おかしくなっているだろう。

 一郎には、自分の思考が不自然になっている自覚がある。

 

「はがががが──ひゃ、ひゃはははは、ひゃひゃひゃひゃ、ひゃああああ──」

 

 そのとき、エリカの笑い声の調子がおかしなものに変化した。

 また、気絶するのかもしれない。

 もう二十回以上は、くすぐり責めの挙句に窒息寸前になって意識を保てなくなって気を失っている。

 だから、これがその兆候であることはわかるのだ。

 

「気絶するなよ。今度、気絶したら、また意識を失っているあいだに、陰核に痒み剤を塗るからな」

 

 一郎はそう言いながらも羽根を動かし続けている。そして、片側の脇責めをそのままに、もう片側の羽根は股の後ろから肉芽周辺をゆっくりと撫ぜるようにした。

 エリカの肉芽には、十回近くも塗り直した掻痒剤がべっとりと塗ってある。

 エリカはくすぐりだけでなく、この痒みにも発狂寸前の苦しさであるのは間違いない。

 そこに刺激を受けるか、受けないか程度の些細なくすぐりを受けるのだ。

 堪らないだろう。

 

 エリカの身体ががくがくと大きく揺れるとともに、エリカの口から絶息するような音がした。

 そして、がっくりと首を垂れて、全身の力が抜ける。

 またもや、気絶だ。

 そのとき、エリカの股間からは小便と大便が一度にじょろじょろと垂れ落ちた。

 

「シルキー、また、仕事だ。床とエリカの身体を綺麗にしてやれ。終わったら、肉芽に痒み剤を塗り足せ」

 

 一郎はそう言って、エリカから離れて、部屋の隅にある椅子にどっかりと座り直した。

 入れ替わるように、屋敷妖精のシルキーが姿を出現させる。

 ずっと姿を消しているシルキーだが、実は四六時中、エリカを監視させている。

 しかも、一郎がこうやって責めているあいだについても、できるだけ見守らせて万が一のことがないようにさせている。

 

 一郎は椅子の背もたれに身体を沈める体勢になって眼を閉じた。

 かなり、自分も疲れている……。

 一郎は思った。

 だが、責め側の一郎がこれだけ疲れるのだ。

 責められ続けているエリカは、堪ったものじゃないだろう。

 しかし、一郎はまだ責め足りない。

 

 もっともっとエリカを苛めたい。苛めて苛めて、苛め抜いてから愛するのだ。

 まだまだ、やりたいことはある。

 一郎の頭には、エリカを責め抜く趣向が次から次へと湧き出してくる。

 エリカは俺の女だ。

 誰がなんといっても、エリカ自身がなにを言おうとも、一郎の女なのだ──。

 だから徹底的に理不尽に扱っても、なんの問題もない。

 

「かしこまりました、旦那様……。ところで、さっき一階に戻ったとき、コゼ様やシャングリア様が寂しがっておられましたよ……。それとミランダ様が来られました。旦那様とエリカ様は、まだ地下におられるとお伝えすると、また、夕方にでも様子を見に来るといって戻られましたが」

 

「ミランダが?」

 

 一郎はうつらうつらしていた顔をあげた。

 

 すでに、エリカが床に垂れ流した汚物は、シルキーの魔道により清潔な状態になっていて、もう匂いもない。

 いまは、シルキーは湯の入った桶を出現させて、エリカの尻と股間をその湯で浸した布で拭き始めている。

 

 一郎とともにエリカを見張るように指示しているシルキーだったが、屋敷への訪問者には、屋敷妖精として対応する必要がある。

 それで、一階に戻り、訪問してきたミランダや、一階でずっと待っているコゼやシャングリアと話したのだろう。

 

「はい。やはり、ミランダ様もご心配だったのでしょうね。エリカ様のこともそうですが、旦那様のことも気にしておいででした。旦那様に食事をちゃんととらせるようにと、わたくしめに厳しく告げて帰っていかれましたよ……。旦那様が休まれる隣室に、簡単に口にできるものを準備しているのに、旦那様はエリカ様が休まれると、すぐに眠ってしまわれて、ほとんど口にされてませんね」

 

 シルキーがエリカの身体を拭きながら言った。

 確かに一郎は、ここにこもってから、まともに食事をしていない気がする。

 最後にちゃんと食べたのは、最初の日にエリカを木馬責めにして放置しているあいだに、コゼたちと一階で食べたのときだろう。

 

 それ以降は、エリカの責めが苛酷になったこともあり、ずっと地下にいてエリカをシルキーとともに監視している。

 そのあいだは、エリカは一日に一食しか食べさせていない。

 水はふんだんに飲ませているが、体力を削ぐためにそうしているのだ。

 

 調教はまずは、相手の体力を可能な限り落とすところから開始する。

 それは基本だ。

 体力がなくなれば、気力も削がれる。

 責め手に対する反抗心を保つことができなくなるのだ。

 

 そして、生きるためのすべてのことを責めの手段に変える。食事もそうだが、眠ること、休むこと、用便さえも調教の種だ。考えられるもののすべてを、服従に対する褒賞と反抗に対する罰をエリカの心と身体に刻む材料にするのだ。

 そうやって、ひとつひとつ追い詰めていく。

 

 エリカにそんな時間を強要しているので、一郎だけ十分に栄養を取るのは申し訳ない気がして、それでなんとなく、一郎は食事を控えめにしていた。

 もちろん、責めているあいだに、エリカの前で食事をしないので、一日一食以上を一郎も口にすることはない。

 

「エリカが堕ちたらゆっくりとみんなで食事をするさ。一階でな──。それにしても、ミランダがやってきたって? いまは夜中じゃないのか? それに昨日もやって来ただろう」

 

 一郎は苦笑した。

 一郎が殺したジョナスの処置が終わったと、ミランダがこの屋敷に伝えに来たのは、エリカへの調教を開始した日の夜のことだ。

 そのときには、すでに一郎はこの地下に詰めきりになることに決心してここに留まっていたので、ミランダとは会っていない。だが、ミランダの訪問と用件は、屋敷妖精のシルキーから教えられていた。

 すると、シルキーがにっこりと微笑んだ。

 

「いまは、朝でございますよ、旦那様。それにミランダ様が前回来られたのは、二日前でございます」

 

「朝? 二日前?」

 

 一郎は訝しんだ。

 

 だが、朝と言われれば、朝かもしれないと思い直した。

 しかし、だったら、いまは調教を開始して何日目ということになるのだろうか……?

 

 初日にやったのは、逆さ吊りに木馬責め……。

 陰核吊りで数時間放置……。

 とにかく、最初にやったのは、反抗には罰というのをエリカの身体の芯まで刻み込むことだ。

 これで、さすがにロウを憎む暗示を刻まれているエリカといえども、一郎への反抗心を外に出すことはできなくなった。

 

 それを認めた一郎は、それから半日ほど休ませてから、次の段階に移行した。

 すなわち、いまも装着させている「犬化の首環」で、徹底的に“雌犬”として躾けて、自分のことを本当に犬としか考えられないくらいに犬の行動を繰り返させた。

 これは、自分を愚かな者としか考えられなくするための洗脳のようなものだ。頭で考えることができなくなるくらいに、身体に“犬”としての行動を叩き込んでやった。

 

 あれはどのくらい続けたか……。

 どうにも記憶が曖昧だ。

 

 一昼夜──?

 それとも、もっと続けた?

 

 とにかく、エリカを四つん這いにさせて、虐待もどきのさまざまな責め苦を与えるだけでなく、食事も用便も身体の洗浄さえも、犬としてさせた。

 

 それが終わって次は浣腸責めだ。

 ひたすらに大量に排便させ、淫具でよがりながら大便を繰り返すということを一郎の前でやらせた。

 

 回転責めというのもやった。

 丸太に身体を逆海老に拘束し、高速で回転させるのだ。

 疲労した身体で受ける回転責めは応えたらしく、エリカは泣き叫んでいた。

 

 その間、なにかと理由をつけて電撃鞭で苦痛を与えた。

 自分は家畜のように鞭打たれて躾けられるような存在だとわからせるためだ。

 一方で、一郎の言いつけに従えたり、素直な服従な態度を見せたりすれば、逆に精一杯の快感を与えた。

 

 反抗には罰──。

 服従には快感──。

 尊厳は徹底的に潰して、一郎の奴隷としての心を刻み込む──。

 それをやり続けた。

 

 一連の「調教」がどのくらいの効果があったのかはわからない。ただひとつ言えることは、初日にあったような一郎に対する憎しみの態度は、いまのエリカにはまったく見られなくなったということだ。

 エリカへの調教は進んでいる。

 一応はそう見なせると考えている。

 このくすぐり責めを開始した直後の頃には、追い詰められていたとはいえ、「奴隷になる」という言葉を口にしたくらいだ。

 シルキーがくすくすと笑った。

 

「旦那様、もうすでに、丸三日経ちました。初日の夕方に、旦那様の言いつけで、わたくしめは、旦那様とエリカ様の三日間の約束についての魔道の契約を仲介したふりをいたしました。あれから、四回の夜がすぎました。つまりは、いまは四日目ということになります」

 

 一郎はびっくりしてしまった。

 すでに三日が終わった──?

 それでミランダがやってきたのだ。

 

 初日の夜にやってきたとき、ミランダはエリカへの再調教の時間が“三日”だと耳にしたはずだ。だから、その三日が終わった今朝にやってきたということだ。

 

「そうですよ、旦那様。だから、コゼ様もシャングリア様も、こちらがどういう状況なのか、大変に気をもんでおいでです。わたくしめなど、さっきは質問責めになりました」

 

 シルキーが桶と布を床に置いた。

 エリカの身体の手入れが終わったのだ。

 そのエリカはいまだに目が覚めてはいない。

 

「待て、シルキー──。掻痒剤を塗り足すのはいい。最後の責めに入る」

 

 一郎はさっきの一郎の命令によって、さらに肉芽に痒み剤を足そうとしていたシルキーを制した。

 

「最後……ですか?」

 

 シルキーが手を止めて、一郎に視線を送る。

 潮時だろう。

 一郎は思った。

 

「うん、最後の責めだ──。最後は俺の淫魔力を総動員した責めになる。そして、仕上げは例のものだ。あれは準備できたか?」

 

 一郎はにっこりと笑った。



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79  …時間遮断

 感じたのは静寂そのものだった。

 そして、なにもない空間だ。

 

 エリカの目の前には、完全な“無”が拡がっていた。

 闇とも違う。

 暗闇ではない。

 ただ、光もない。

 

 “無”だ。

 

 目が覚めた直後は、目隠しをされているからだと思った。しかし、なんとなく違う気がした。顔になにかを巻かれている感じはない。

 いや、顔だけじゃない。

 身体の感覚がない。

 エリカは、いまの自分が立っている状態なのか、それとも、寝ているのかわからなかった。

 

 身体の感覚という感覚が消滅している。

 

 エリカは戸惑った。

 なにもない空間……。

 エリカがいるのはそういう場所だ。

 自分自身でさえも存在しない。

 そんな感じだった。

 

「だ、誰か……」

 

 声を出してみると、ちゃんと言葉を発することができた。魔道で強要されていた“犬”の鳴き声じゃない。どうやら、ずっと装着されていた魔道具の首環は外されているようだ。

 しかし、一瞬後にはその自信もなくなった。

 もしかしたら、いまのは、人間の声が出せたと思っただけで、実際には犬の鳴き声だったのではないか……。

 いや、むしろ、本当に声は発したのだろうか?

 

 なにかおかしい。

 そう思った。

 もう一度、声を出してみた。

 

 

 

 

 誰か──。

 

 

 

 

 

 はっとした。

 今度は声にならない。

 

 なんだこれ?

 エリカは怖ろしくなった。

 いまの自分の状態がどうしてもわからない。

 身体の自由がないのは拘束されているからだろうかと考えた。

 しかし、動かないというよりは、身体そのものが存在しないという感じだ。

 

 存在しないものを動かしようがない。

 

 なにも見えない。

 なにも聞こえない。

 なにも感じない。

 これは、もしかして、“死”?

 エリカは強烈な不安に襲われた。

 

 それとも、ロウがなにかをしている……?

 わからない。

 エリカは懸命に記憶を思い起こした。

 

 ロウに目隠しをされて、延々と身体を羽根のようなものでくすぐられた。覚えているのはそれだけだ。息ができなくなって何度も失神し、覚醒するたびに繰り返し同じことをされた。股間にも痒み剤を塗られた。

 

 やがて、正気を保てなくなった。

 辛うじて、呼び起こせるものはそれだけだ。

 ほかは、わからない。

 それからどうなったのか……?

 なにも見えない……。

 なにも聞こえない……。

 なにも感じない……。

 

 エリカは強烈な不安に襲われた……。

 なにも見えない……。

 なにも聞こえない……。

 なにも感じない……。

 なにも……。

 ない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリカは待った。

 なにかが起きるのを待っていた。

 このなにも感じることのできない状態に陥ってかなりの時間がすぎたと思う。

 

 少なくとも丸一日は経ったはずだ。

 しかし、相変わらず、エリカはなにも感じることができない。

 

 視界もない。

 音もない。

 肌に触れるものもなにもない。

 自分自身の存在さえ感じることができない。

 そんな状態で放置されたままだ。

 眠りはある。

 延々とも思えるような状態が続き、しばらくすると眠気のようなものを感じる。

 それに身を任せると寝ることはできる。

 それが一日の終わり。

 

 だが、覚醒すれば、同じこの世界が待っている。

 そして、眠気はあるが、食欲はない。

 喉の渇きもない。

 なにも存在しない世界──。

 それがエリカがいまいる世界のすべてだ。

 

 ロウ……。

 ロウ様……。

 

 呼びかけてみようとする。

 しかし、口から声が出ることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おかしい。

 これは異常だ。

 自分は死んだのだろうか……。

 どのくらいの時間が経ったのか……?

 

 少なくとも二日……。

 あるいは三日……。

 

 ここでは、時間の感覚を保持するのは困難だ。

 まったく、なにも感じることのできない時間がすぎるだけなのだ。

 存在するのは、エリカ自身の意思のみ。

 ほかにはない。

 

 あるのは、睡眠によって隔てられる一日という時間……。

 それすらも怪しい……。

 起きて──。

 眠って──。

 再び、起きて……、そして、寝る……。

 

 それの繰り返し……。

 

 とにかく狂いそうだ。

 

 なにもない。

 本当にここは死後の世界?

 エリカはそう感じ始めていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう駄目だ。

 

 エリカは気が狂いそうだった。

 何日がすぎたか、わからなくなった。

 なにも感じることのできない場所で、ただただ覚醒して眠るだけの生活……。

 

 気が狂う。

 あるいは、もう狂っているのか……?

 誰か……。

 誰でもいい……。

 自分をここから出して──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然のことだった。

 胸に誰かが触れる感触──。

 

 エリカは絶叫した。

 実際には声が発することはなかったが、エリカの心の中ではそうだった。

 この状態になって数日ぶりに、なにかを感じたのだ。

 ここではエリカの身体など存在しないかのようだったのに、誰かの手を乳房に感じたとき、はっきりとエリカは、エリカ自身の乳房の感覚を取り戻していた。

 

 しかも、これは、ロウ──。

 これはロウの手だ。

 エリカは狂喜した。

 

 怖ろしく長い時間がすぎて、初めて得た感覚の存在だ。誰の手であっても嬉しかっただろう。しかも、ロウというエリカの知っている存在の手の感触だ。エリカは心の奥底からの快感を感じた。

 エリカは遮断されていた世界から、やっと元の世界との接触を果たしたのだ。

 そして、かなりの長い時間、ロウの手はエリカの乳房に触れたままだった。

 揉むのでもなく、擦るのでもなく、ただ手を当てているだけ──。

 

 だが、その手が、ついに遠のいた。

 エリカは大きな失望に包まれた。

 待っていたが、もう一度、その手の感触が戻ってくることはなかった。

 

 エリカは、またもやひとりぼっちで放置された。

 

 

 *

 

 

 エリカの乳房に触れていた手をどけた。

 時間としては、数瞬のことにすぎなかったと思う。だが、いまのエリカには、かなりの長い時間、触られたと思っているに違いない。

 

「エリカ様は悲しそうな顔をしておられます。どうしたのでしょう? そもそも、いま、エリカ様はどういう状態なのですか? 眠っているような感じですが、そうでもない感じもします。でも身動きしませんね」

 

 シルキーが不思議そうに言った。

 一郎はエリカを横にさせている寝台の横に座っていたが、シルキーはその横に立っている。

 寝台の上のエリカの裸身は天井を向いて仰向けになったまま身動きひとつしない。

 こういう状態が始まって、小一時間というところだろう。こちらの時間単位なら一ノスだ。

 

「俺の淫魔力で、エリカの五感の完全遮断をしている。いまのエリカは、なにも見えず、聞こえず、匂いも感じず、自分自身の身体を含めてあらゆることを感じることはできないという状態だ。つまり、感覚の完全遮断の状態にあるということだな」

 

「そんなことができるんですか、旦那様?」

 

 屋敷妖精のシルキーがびっくりしている。

 

「できる。支配している性奴隷だけのことだけどね。それだけじゃない。いまはエリカの時間感覚を狂わせて、百倍以上の速度でエリカの体内時間が流れているように感じさせている。つまりは、エリカはなんにも感じることができなくなる状態になって、すでに数日が経っているという感覚のはずだ──。言っておくが、これは生易しい拷問じゃないぞ。俺の知識では、人を発狂させるには、半日も感覚を完全遮断すれば十分のはずだ。それをエリカは数日間も味わっているんだ」

 

「旦那様は、エリカ様を狂わせてしまわれようとしているのですか?」

 

 シルキーが目を見開いた。

 

「まさか……。エリカについては、発狂もできないようにしている。いま、俺は俺の持つ最大の淫魔の力でエリカのありとあらゆることを制御しているんだ。発狂はさせない。ただ、俺という存在をエリカから離れることができないように、エリカの心に刷り込みたいだけだ……。何日も何日も、なんにも感じることはできず、その状態で突然に誰かの存在を感じたら、人はどうなると思う?」

 

「想像はできませんが、それを強烈な存在として、ありがたく受けとめるのではないでしょうか」

 

「俺もそう思う。きっと、発狂するほどの恋しさを感じるだろうさ。相手に対して、どんなに恐怖や憎悪があったとしても、そんなものは忘れ去り、相手の支配から一生抜けられないほどの愛情を覚えるはずだ」

 

 一郎はエリカの無防備な股間に手を伸ばすと、肉芽を指で押してくるくると回してから手を離した。

 

 

 *

 

 

 いきなりだった。

 

 股間に衝撃が走った。

 存在を感じることができなかった身体に再び指の感覚──。

 さすがに誰の指なのかということはわからないが、きっとロウだと思う。

 

 この不思議な感覚の空間──。

 刺激遮断の末の数日間の完全放置──。

 そして、突然に与えられる狂おしいほどの快感──。

 

 こんなことができるのはロウだけだ。

 だが、これがロウの仕掛ける調教の手段だとわかっていても、もうエリカはそれを拒否できない。

 

 これは気持ちよすぎる──。

 いま、エリカに感じることができる感覚は、肉芽に触れている指の愛撫だけだ。

 それ以外にはなにもない。

 肉芽だけがいまのエリカのすべてだ。

 そこが激しい喜悦に包まれる。

 つまり、エリカの全身は愛撫による快楽のみの存在になっている。

 エリカは自分自身のなにかが木端微塵に打ち砕かれるような感覚に陥っていた。

 

 これはロウの罠だ。

 それはわかる。

 辛うじて残る理性がそれをエリカに教えている。

 しかし、身体も心もいうことをきかない。

 情けないが、エリカはこの激しい愉悦を心から欲していた。

 ロウの愛撫が続く……。

 

 長い──。

 果てしなく長い時間、ひたすらに股間がいじられ続ける。

 単に快感と呼ぶには相応しくないほどの巨大な戦慄が全身を駆け抜け続ける。

 エリカは絶叫したかった。

 身体を心ゆくまで悶えさせたかった。

 

 しかし、なにもない。

 あるのは、いまこの瞬間も触れられ続けている肉芽だけだ。

 その異様すぎる甘美感に、エリカはほとんど夢うつつになった。

 エリカは我を忘れた。

 だが、その刺激は唐突に終了した。

 

 指が離れた。

 そして、肉芽の感覚さえ消滅した。

 エリカはまたもやひとりぼっちで放置された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

「エリカ様、とても嬉しそうな表情でした。でも、とても悲しそうな表情になりました」

 

 シルキーが言った。

 

「そんな感じだな。こんなに効果があるとは思わなかったな。少なくとも、俺に触られて、嫌がる感じではなかったようだ。もう一度やってみるか。今度は声も送ってみる」

 

 一郎は「エリカ」と呼びかけてから、もう一度肉芽をくすぐるように刺激した。

 

 

 *

 

 

「エリカ」

 

 突然に頭の中に声が響いた。

 ロウの声──。

 間違いない。

 いきなりの股間への刺激に接してから、おそらく半日近くがすぎている。

 やっぱり、ロウだった──。

 そして、安堵した。

 

 次の瞬間、また肉芽への刺激を感じた。

 それに接した瞬間、これはエリカが待ち望んでいたものだとわかった。

 

 身体が熱い──。

 自分の肉体を知覚することはできなかったが、熱さは感じる。

 もう、達しそう……。

 抗うことのできない力──。

 それがロウの愛撫だ。

 気持ちいい……。

 頭が白くなる……。

 快感……。

 

「エリカ、俺の性奴隷になれ」

 

 また、突然の声──。

 

「……えっ?」

 

 だが、もっと驚愕したのは、エリカ自身の口から言葉を発することができたことだ。

 それはいきなりのことだった。

 口と舌の感覚が不意に蘇ったのだ。

 だから、とっさに言葉を喋ることができなかった。

 

 次の瞬間、股間にあったロウの指の感覚が消滅した。

 聞こえていたと思った聴覚を遮断された感覚も襲った。

 

 エリカは再び「無」に戻された。

 

 信じられなかった。

 そして、愕然とした。

 すぐに返事をしなかったので、愛想を尽かされたのだろうか……?

 そう思った。

 

 深い悔悟がエリカを襲った。

 心のどこかにロウを拒絶しているエリカも存在していたが、それは大きなものではなかった。

 エリカは、もしかしたらロウを受け入れることを伝える唯一かもしれない機会を失ったことを激しく後悔した。

 

 

 *

 

 

「エリカ、俺の性奴隷になれ──」

 

 一郎はそう言ってから、エリカの口の感覚を戻した。

 どんな風に反応するかを知りたかったのだ。

 

「えっ?」

 

 だが、エリカの口から漏れ出たのは、純粋な当惑の声だった。

 一郎は苦笑した。

 考えてみれば、当然だろう。本当の時間は大したものではないが、エリカにとっては、十日以上も失われていた言葉感覚の復活だ。

 突然に喋ろというのは無理か……。

 

 それに、考えてみれば、もう少し時間をかけた方がいい。

 もっともっと追い詰める──。

 外部刺激からに対する極限までの飢餓状態にしていから、最後の質問をしよう……。

 そう思った。

 

 それでエリカは堕ちる。

 一郎は確信している。

 愛撫をしていたエリカの股間から手を離すとともに、エリカの感覚遮断を元に戻した。

 時間の急激な流れの錯覚も戻し直す。

 再び、エリカの中で通常の百倍もの時間が流れ始めたはずだ。

 

「シルキー、半ノスほど寝る。その時間がすぎたら、必ず起こしてくれ」

 

 一郎はそうシルキーに告げてから、壁の椅子に深く腰をかけた。

 

 半ノス──。

 

 一郎の時間感覚なら約二十分──。

 

 百倍時間の感覚を与えているエリカにとっては、一日とちょっとだ。

 いずれにしても、一郎は強い疲労感に襲われていた。

 これだけの淫魔力を全力でかけ続けているのだ。

 

 もう疲労困憊だ。

 一郎はあっという間に眠りについた。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 睡魔に襲われ、一日がすぎたのがわかった。

 エリカはもう絶望的な気持ちになっていた。

 ロウが愛想を尽かしたのは、もう間違いないと思っていい。

 

 どうして、すぐに返事をしなかったのか……。

 エリカは、ずっとそればかりを考えていた。

 

 ロウの指が股間に触れてきたときの幸せな思い出──。

 それはもう跡形もない。

 

 このなにもない空間の中で取り残された悲しくて寂しさ──。

 

 それを救ってくれる唯一の人物がロウであり、ロウはそうしようとしたのだ。だが、エリカはそれを無視という最低のかたちで拒絶してしまった。

 

 もう一度……。

 もう一度、機会があれば──。

 

 だが、その機会はあるのだろうか?

 胸が張り裂けそうになった。

 

 エリカは絶望とともに、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリカは覚醒した。

 しかし、そこにあるのは、完全な「無」の空間──。

 

 なにもない──。

 エリカは恐怖に襲われた。

 

 ロウ──。

 

 ロウは今日は来てくれるだろうか……?

 

 もう一度だけ、エリカのことを思い出して戻ってきてくないだろうか……。

 もう一度だけ、エリカに性奴隷になるかと訊ねてはくれないだろうか……。

 

 もう一度だけ……。

 

 もう一度だけ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう一度だけ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

「……旦那様……」

 

 シルキーの声がした。

 一郎は眼を開いた。

 

「半ノスか?」

 

 たったいま眠りについたと思ったが、もうそれだけの時間が経ったのだと思った。

 だが、綿のように疲れていた身体と頭が妙にすっかりしている。

 短い時間だが、かなりの深い眠りについていたのだと思った。

 一郎は立ちあがって、エリカが横たわっている寝台の前にやってきた。

 相変わらず、エリカは身動きひとつしない。

 

 とりあえず一郎は、エリカを支配している時間感覚を操る淫魔術を解除した。

 これでエリカの脳が感じる時間は、現実の時間と一致したはずだ。

 すると、エリカの唇がかすかに動き出した。

 また、閉じられている両眼の端からつっと涙もこぼれた。エリカの五感はいまだに遮断したままである。

 エリカは意識をして身体を動かすことはできない。

 しかし、エリカの無意識がやっていることは別だ。

 いま、エリカの身体が反応を示しているのは、エリカの心の中の感情が噴き出しているからだと思う。

 エリカの体内速度を外時間と一致させたことで、エリカの無意識反応が外からわかるようになったのだ。

 

「……エリカ様はなにかを呟いているようですね……」

 

 シルキーがエリカを眺めながら言った。

 

「……そうだな」

 

 一郎はエリカの言語感覚の遮断を解いた。

 

「……もう一度……もう一度……もう一度……」

 

 すると、エリカの口からそんな呟きが漏れ出した。

 

「もう一度?」

 

 一郎は首を傾げた。

 なにをもう一度というのだろう?

 

 まあいい……。

 一郎はエリカの聴覚を復活させる。

 続いて、触覚……。

 ただし、性器だけだ。

 その他の部位は遮断状態のままだ。

 一郎は寝台にあがって、エリカの腰の上に跨るような体勢になる。そして、一物を露出すると、指でエリカの股間の愛撫を開始した。

 

「……はあ……はっ……はあ……」

 

 半ば意識を失ったような感じの吐息がエリカの口から洩れた。

 しばらく、指で愛撫を続ける。

 すると、エリカの腰がもじもじと動き出した。

 息も荒くなって、こぼれる息に甘い声の響きが混じりだす。

 エリカの身体が一郎の与える快感に、意識することなく反応しはじめたということだ。一郎はさらに刺激を強めた。

 

 エリカの身体のことは隅から隅まで知っている。どこをどんなふうに刺激をすれば、エリカがよがり狂うかは完全にわかっている。

 エリカの身体の反応が激しくなった。

 

 一郎は肉棒をエリカの股間に挿入した。

 すでに蜜でびっしょりだ。

 エリカの膣はすんなり、一郎の怒張を受け入れた。まるで眠姦だが、エリカの膣はそこだけが別の意思を持っているかのように、ぐいぐいと一郎の性器を搾り締めてくる。

 ロウはエリカの嗅覚と聴覚を戻した。

 あと遮断しているのは視覚と性器以外の触覚だけだ。

 

「エリカ、俺の性奴隷になるな?」

 

 一郎はエリカに言葉をかけた。

 

「は、はい──。な、なります──。なりますから、捨てないで──」

 

 すると、エリカが必死の口調で叫んだ。

 

 

 *

 

 

 エリカは混乱していた。

 突然に始まった愛撫──。

 そして、いきなり襲った股間に男性器を貫かれる感触──。

 

 ロウ──。

 

 ロウの性器だ──。

 エリカの知っている唯一の「本物」の男性の性器──。

 もう、なにも考えずに、エリカは全身を包む快楽に身を委ねた。

 ほかの部分でなにも感じなくても、しっかりとロウを感じることができる。

 

 幸せだった。

 

 ロウの気配がエリカにのしかかる。

 それだけで、昇りつめそうになった。

 いや、達したのかもしれない。

 もう、自分が絶頂をしているのか、あるいは、そうではないのかわからない。それくらいの愉悦がロウに犯されているという実感により込みあがったのだ。

 

 そして、匂いがやってきた。

 ロウの汗の匂い──。

 ロウの香り──。

 たくましい──。

 ロウの匂い──。

 

 同時にエリカはパニックに陥りかけていた。

 ロウを繋ぎ留めなければ……。

 また、捨てられる──。

 あのひとりぼっちの空間に──。

 

「エリカ、俺の性奴隷になるな?」

 

 ロウの声がした。

 

「は、はい──。な、なります──。なりますから、捨てないで──」

 

 エリカは間髪置かずに答えていた。

 ロウの腰の動きが激しくなるのがわかった。

 エリカは我を忘れた。

 大きなものがエリカを包んだ。

 

 光がやってきた。

 

 最初の視界に飛び込んできたのは、エリカを犯してくれているロウの顔だ。

 

「ロ、ロウ様──ああ、いく、いぐうううっ──」

 

 絶頂の波に蹂躙されたエリカは、身体をぶるぶると痙攣させた。

 いつの間にか身体の感覚が戻っている。

 ここは屋敷の地下室だ。

 背に寝台の感触──。

 エリカは、寝台の上に仰向けになって一郎に股間を犯されていた。

 

「ああっ」

 

 最高の快楽──。

 エリカは激しく絶頂した。

 

「エリカ、戻って来い──」

 

 ロウが叫んだ。

 次の瞬間、エリカの中でロウの性器が微かに膨らむのを感じる。

 子宮にロウの精が迸るのがわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼の前の世界が劇的に変化する感触がエリカを襲った。



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80  一番奴隷の証

 唐突だった。

 

 エリカの身体は絶頂のうねりの真っただ中だったが、突然になにもかもが劇的に変化した。

 このロウに屈伏して性奴隷になると誓った。

 だが、それであっても、ロウが嫌な相手だということには変わりはなかったし、ロウが憎いという感情はそのままだった。ただ、これ以上の「拷問」には耐えられないと思ったし、なによりも、ロウの与えてくれる快感は、心で拒絶するには抗しがたい魅力があった。

 

 だが、濡れきった膣の奥でロウの怒張が一段と熱く膨れあがり、ロウの精が子宮に弾け飛んだと思った瞬間に、途方もない快感とともに、ロウが好きだという感情が戻ったのだ。

 

「あ、ああ、あああっ」

 

 エリカはこれまでに経験したこともないような歓喜に全身を震えさせた。

 絶頂は一度では止まらなかった。

 余波というには、あまりにも激しい快感の暴発の繰り返しがエリカの肉体を襲い続けている。

 エリカは陶然となりながら、声をあげ続けた。

 

 そして、同時にもの凄い衝撃がエリカを襲った。

 悔悟の感情だ──。

 いや、恐怖か──。

 

 ロウをこの手で刺したことをありありと思い出したのだ。この手でロウの腹を思い切り刺した。

 その記憶が蘇る。

 ユグドラの精霊の癒しの能力のあるロウだから、殺せないかもしれないとは思ったが、あの癒しは大地の力を必要とする。建物の中であるギルド本部内では、ロウが生き延びる可能性は五分五分だった。

 それにもかかわらず、致命傷となり、死ぬかもしれない斬鉄をロウの腹に叩き込んだのだ。

 なんの躊躇も覚えずに……。

 

 ぞっとした。

 ロウを死んでもいいという気持ちで……。

 それだけでなく、その後もロウを罵倒し続け……。

 憎しみを持って悪態をつき……。

 

「ああ、そんなああ、あああっ、そんなああ」

 

 恐怖がエリカを包んだ。

 ロウは生きている。

 それはわかる。

 しかし、あのときの感情を思い出して、エリカは悲鳴をあげた。 

 

「エリカ──」

 

 エリカを抱いているロウが大きな声を出した。

 

「いやあああっ、許して、許してください、いやあああ」

 

 エリカは絶叫した。

 許してとはいったが、それはエリカの本音とは異なる。

 許すことはできない。

 誰よりも、エリカ自身があのときのエリカの行為を許せない。

 絶対に──。

 

「エリカ──」

 

 もう一度、ロウが叫んだ。

 そして、ぐっと股間を貫いている怒張を一度抜き、もう一度挿し込む。

 

「んふうううっ」

 

 凄まじい快感が弾け飛び、エリカの思考が吹き飛んだ。

 律動する。

 気持ちいい……。

 あまりもの快感に、エリカは絶叫を嬌声に変えて、一郎にしがみついてしまっていた。

 それで気がついたが、エリカは拘束されてはいなかった。

 寝台の上に横たわっていて、上から覆いかぶさられているロウに犯されている真っ最中だ。

 

「ああ、ロウ様、ロウ様、あああっ、ご、ごめんなさい……。わ、わたし……わたし、あああっ」

 

 律動の中、快感で我を忘れそうになる隙間から、なにが起きていたのかわかってくる。

 失っていたわけでないが、滅茶苦茶だった感情と記憶が結びつき、頭に整理されていくのだ。

 

 つまりは、操られていた──。

 それがはっきりとわかった。

 ロウを憎むように暗示をかけられていたのだ。

 それをロウが何日もかけて解いてくれたのだ……。

 何日もかけて……。

 そのことは、たったいまこの瞬間にわかった。

 震えるほどの感謝の気持ちが、エリカを抱いているロウに対して湧き起る。

 しかし、そのロウをあんなにまで憎しみ続けた。

 操られていたとはいえ、そんな感情をロウに抱いたということが、エリカにはいまでも信じられないし、許せない──。

 

「ああ、あっ……ロ、ロウ様……ロウ様……」

 

 なにを言っていいかわからなかった。

 恐怖と怒りがエリカを襲った。

 ロウに捨てられるという恐怖だ。

 怒りは操られていたとはいえ、ロウを憎んだ自分が許せない。

 なによりも、取り返しのつかないことをするところだった。

 ロウを殺そうとしたのだ。

 あのときの殺意をはっきりとエリカは思い出すことができる。

 

「エリカ、戻ったな──。いいか──。忘れろ──。エリカは俺を殺そうなんて思ってない。あれはごっこ遊びだ。ただのプレイだ。いいから、忘れろ──。それよりも、気持ちいいか? ほら、この快感だ。これだけを感じろ。いまの俺を感じてくれ」

 

 ロウがエリカに腰を打ち込んでくる。

 敏感な場所を同時に刺激された感じになり、エリカの全身で閃光のような快感が弾ける。

 思考が吹っ飛んでいく。

 

「あああああっ」

 

 エリカは頭の中が真っ白になるのを感じながら、官能の叫びをあげた。

 なにも考えられない。

 エリカは、ただただロウの名を繰り返し呼び、両腕でロウを逃がすまいとするかのように、ロウの背中を力一杯に抱きしめた。

 

 やがて、強烈な絶頂感がエリカに再び襲いかかった。

 

「あはああああっ」

 

 エリカは一郎を抱き締めながら、身体を限界まで反り返らせた。

 身体はがくがくと震えている。

 すると、ロウの熱い迸りが子宮を打ったのがわかった。

 二度目の射精だ。

エリカは、はっきりと一郎の愛をそこに感じた。

 

「んぐううううっ」

 

 エリカは絶叫した。

 ロウの迸りを受けた瞬間に、エリカの全身を衝撃が駆け抜け、再び頭が真っ白になる。

 そして、完全に脱力した。

 ロウが腰を動かすのをやめて、怒張を抜く。

 エリカを抱き締めたまま、ロウが耳元で口を開いた。

 

「……戻ったな、エリカ。気分は大丈夫か? よく頑張ったな。どうやら三日で終わらせるつもりが、四日目に入ったらしい。どうする? 魔道の契約の通りであれば、三日以内にお前が堕ちなかったことで、お前には自由にする権利があるんだろうな? 俺から逃げたいか?」

 

 ロウがエリカの膣から一物を抜いて、エリカから離れた。

 エリカは絶望的な気分になった。

 もう、これで終わりだろうか?

 やっぱり、ロウはエリカを捨てるのか?

 暗闇の中で独りぼっちになったような気分が襲いかかった。

 なにふり構ってはいられない。

 自分の犯したことを償いもせずに我が儘だとは思うが、いまはロウに見捨てられないことだけしか考えられない。

 どんなに罵倒されようが、足蹴にされようが、ロウから離れたくない。これからもずっとロウといたい。

 ロウに愛されたい。

 ロウを愛したい。

 

「ロウ様、お願い──。捨てないで──」

 

 エリカは慌てて飛び起きて、ロウの足元にひれ伏そうとした。

 しかし、エリカを抱いているロウがエリカが身体を起こすことを許さない。

 

「じゃあ、契約は破棄だな。おかえり、エリカ」

 

 ロウが笑った。

 安堵した。

 エリカはロウに抱き締められながら、全身の力が抜けていくほどの歓びを感じていた。

 

 よかった……。

 まだ、一緒にいられる。

 ロウはエリカを見捨てない。

 それがわかった。

 でも、それでいいのか……。

 こんなことで許されてもいいのか……。

 

「よかったですね、エリカ様。暗示が解けて」

 

 声がかけられた。

 顔をあげた。

 屋敷妖精のシルキーだ。

 なにかを乗せた盆を持っている。

 

「シ、シルキー……」

 

 エリカは思わず名を呼んだ。

 なんだか、とてつもなく遠い場所を旅をしていて、やっと故郷に戻ってきたような気分だ。

 

 戻ってきた……。

 戻ってきたのだ……。

 

「……旦那様は、この数日間、ずっと付きっきりでエリカ様の暗示を解くために、この地下にこもっておられたのですよ。本当によかったです」

 

「ずっと?」

 

 そう呟いて、すぐに合点がいった。

 この数日の「調教」のことはよく覚えている。

 調教によっては、エリカは責め苦を受けながら、ひとりぼっちで放置されるということが多々あったが、いまこうやってすっきりした頭で考えれば、おそらく、ロウはすぐそばで隠れてエリカを見守っていたのだろう。

 ロウはそういう男だ。

 その優しさに、エリカはつっと涙が出てきた。

 

「なに、暗示を解くのはすぐにできた。だが、二度とああいう操り術を持っている敵に捉われないためには、お前が自発的に俺に屈服する必要があったんだ。悪く思うな。まあ、俺としても半分以上は、愉しみのためにやっていたんだがな。本気で抵抗するお前を調教するのは、実に愉しかった。ありがとうよ」

 

「そ、そんな言葉……。や、優しすぎます、ロウ様は……。だ、だって、わたしはロウ様を殺そうと……」

 

 エリカはどっと溢れた涙に、両手で顔を覆って震えた。

 そのエリカの肩をすっとロウが抱きしめてきた。

 しばらくのあいだ、エリカはロウの腕の中でさめざめと泣き続けた。

 

「さて、上にあがるぞ、エリカ。コゼとシャングリアをほったらかしだったからな。あいつらも相当に焦れているだろう……。だが、その前に、もうひとつ責め苦を受けてもらう。お前が強烈な罰を受けたという証くらいつけていかないと、あいつらもわだかまりが残るかもしれないしな」

 

 エリカに落ち着きが取り戻してきた頃、ロウはエリカから身体を離して、エリカの前に仁王立ちするような体勢になった。

 

「証……ですか……?」

 

 エリカは顔をあげた。

 

「そうだ。証だ──。これは罰だと思え。それで気持ちを入れ替えろ。操られていたとはいえ、お前は俺の腹を深々と刺したんだ。俺はショックだったし、痛かったぞ。だから、罰だ──。だが、これが終われば、それでおしまいだ。この件について、これ以上なにも考えることは許さん。謝ることも禁止する──。もっとも、お前には謝ることなど、なにもないけどな」

 

「そ、そんな……。罰を……罰を受けます。受けさせてください──。で、でも、そんなことでは、わたしのやったことは……」

 

 とにかく謝ろうとして、エリカは慌てて口を開いた。

 何百回、何千回謝っても許されるものじゃない。

 謝らずにはいられない。

 しかし、許されようが、許してくれなかろうが、エリカはロウからは離れられない。

 それだけは確かだ。

 だから……。

 だが、ロウが手でエリカが喋るのを制した。

 

「いいから罰だ。だが、痛いぞ。覚悟を決めろ。いいな──。お前の乳首と股間にピアスを施す。一番奴隷の性奴隷の証だ。それがお前の罰だ」

 

 ピアスはわかるが、乳首と股間?

 意味がよくわからない。

 

 続いて、ロウがシルキーの持っている盆から小さな箱のようなものを取り出す。

 ロウが箱を開いて、中身を見せた。

 中に入っていたのは、小さなケースに包まれた三個の小さな金属の細いリングだ。

 そのうちの二個は比較的大きく、もうひとつは非常に小さい。

 

「大きいリングは乳首だ──。小さなリングはクリトリスだ──。エリカのそれぞれの場所に穴を開けて、これを施す。拒否は許さない」

 

 一郎は静かに言った。

 穴を開けて、ピアスをする……。

 やっと意味がわかった。

 エリカは背中にどっと汗が流れるのがわかった。

 

 しかし、ロウが示すリングに目をやり、やっとこれがただのピアスではないことがわかった。

 三個ともリングの真ん中に極小の石が彫り込まれている。

 アマダスの石と呼ばれる宝石だ。

 大変に貴重なものだ。

 

「こ、これはアマダスの石……。でも、こんなきれいなアマダスの石は見たことがありません」

 

 そのアマダスの石の美しさに驚いてしまった。

 エリカも女の端くれだし、宝石の美しさには、さすがに目を奪われた。

 

「……これがピアスだ。これをエリカにつける。それが罰だ……。この屋敷の前の主人の蒐集品にひと組だけあったものでね。だが、未使用のようだ。さすがに、嗜虐好きの前の主人も、残酷だと思ったのか、それとも機会がなかったのか、妻に使用しなかったようだな。だが、俺はこれをエリカに装着することにする」

 

「こ、これを……」

 

 エリカはじっとアマダスの石の嵌まったリング、すなわちピアスを見つめていた。

 とても綺麗なピアス……。

 一見して、とても高価なものだとわかる。

 

「しかし、さっきも言ったがつける場所は……」

 

 ロウがもう一度、エリカの耳元に口を寄せ、これを装着するのは両方の乳首と陰核だと説明した。

 それぞれ、小さな針で穴をあけ、そこにリングを差し込み、自由に外せないようにするのだそうだ……。刺し込んでしまえば、リングは完全に閉じて、引き千切らない限りピアスが外れることはない……。

 ロウが淡々とエリカに言い聞かせる。

 流石に、そんな場所に穴をあけるなど言われると、顔が真っ蒼になって引きつった。

 

「わ、わかりました……」

 

 しかし、エリカは受け入れることにした。

 どんなに苦しくても、痛くても耐えよう……。

 これは罰なのだ。

 

「いい子だ。さすがは、俺の一番奴隷だ」

 

 ロウが満足そうに微笑んで寝台から完全におりた。

 エリカは寝台に寝そべったままだ。

 ロウがエリカの胸の前に屈み込み、口にエリカの片側の乳首を含む。

 そして、ぺろぺろと口の中で転がしだす。

 

「んふうっ、は、ああっ、ロ、ロウ様……」

 

 さざ波のような快感が迸り、エリカはすぐに悶えてしまった。。

 すると、ロウが手を伸ばして、三個のピアスのうちのひとつを手に取り、エリカの乳首を咥えている一郎の口の中に放り込んだのがわかった。

 そして、ピアスをエリカの乳首にぶつけるように口の中で転がす。

 

「あっ、ああっ、あああっ、き、気持ちいい……」

 

 ロウの口の中でリングで刺激されて、それが舌の刺激を重なり、エリカをさらに感じさせる。

 エリカはぐっと胸を持ちあげるように身体を反らせた。

 

「ひとつ目だ。これも淫魔術だぞ」

 

 しばらくして、口から乳房を離したときには、もう乳首の根元にピアスが嵌まっている。

 びっくりした。

 まるで魔道だ。

 淫魔術──?

 ロウは支配している女体に限り、魔道以上の操りをするが、これは神がかりだと思った。

 激痛を覚悟していただけに、エリカは、拍子抜けしてしまった。

 

「本来であれば、化膿などの心配もしなければならないが、俺に限り、そんなものは不要だ。まあ、少しのあいだは、動くとピアスが揺れるので、慣れるまで大変かもしれないけどな……。でも、痛みのようなものとは無縁のはずだ。感じすぎて動けなくても困るだろうから、平素は淫魔術で制御をしてやろう。だけど、愛し合うときには、快感は桁外れになる」

 

 ロウがくすくすと笑っている。

 

「ほ、本当に……もう……ですか?」

 

 そっと乳首ピアスに触れる。

 確かに嵌まっている。

 

「痛くなかっただろう? でも、もう穴は開いたぞ」

 

 ロウがエリカの乳首に嵌まっているピアスリングに手を伸ばしてピアスを指先で動かした。

 

「あんっ」

 

 エリカは甘い声をあげて、身体を仰け反らせてしまった。

 

「それと、この三個のピアスには、シルキーに指示して、黒文字で小さく文字を刻まれた。この世界の文字ではないが、俺の世界の文字だ。これを受け入れてくれたエリカに、この言葉を捧げようと思ってな」

 

 一郎はエリカにもわかるように、もうひとつの乳首用のピアスを示した。

 

 そこには小さく “PRIMUM AMAMS” と刻んでいる。

 

「……意味は、最初の恋人……。つまり、一番奴隷という意味だ」

 

「エリカ様のことだとのことです……」

 

 そばに待機しているシルキーが小さく言った。

 

「……最初の……恋人……。一番奴隷……」

 

 エリカはロウのその言葉を繰り返した。

 すぐに、顔が真っ赤になり、蕩けたように相好を崩れるのがわかった。

 さっきまでの恐怖など立ち消え、残りのピアスもまた愛おしく感じる。

 

「だが、嫌なら外して、コゼかシャングリアに着けてもいいぞ。あいつらは悦ぶとは思うけどな」

 

 ロウがからかうような物言いをして笑った。

 エリカはむっとしてしまった。

 

「い、一番奴隷はわたしです──。わたしが最初にロウ様の女になったんです──」

 

 そう言うと、ロウがなぜか声をあげて笑った。

 

「だったら、受け入れるな? コゼやシャングリアを羨ましがらせればいい。これは一番奴隷だけの装飾具だとな。でも、痛くないのは終わりだ。次からは装着に淫魔術は使わない。怖ろしいほどの激痛が走ると思え」

 

 エリカは口を真一文字にして大きく頷く。

 望むところだ。

 一番奴隷の証はエリカのものだ。

 

「も、もちろんです。そのぴ、ぴあす……でしたっけ? 受け入れます。そりゃあ、悦んで……」

 

「わかった……。じゃあ、覚悟しろ。次からが本当の罰だ。そして、ピアスを受け入れるというのは痛みとともに、俺の愛を受け入れるということだ。痛みは一瞬だ。だが、その痛みなしでピアスを装着してしまったら、それは俺を受け入れることにはならない……。儀式のようなものだが、大切なことなんだ。わかってくれ」

 

「もちろんです……。やってください。それにこれは罰ですから……。ロウ様の罰は甘すぎるくらいです」

 

 エリカはすぐに言った。

 そして、ぐっと歯を食い縛る。

 一郎が頷く。

 

 そして、さっきの箱から針のような形状の道具を出す。

 ロウが片側のエリカの乳首を掴んでぐいと引っ張った。

 そこに大きな針を突き刺す。

 

「ひぎいいっ」

 

 想像を超えた激痛に、身体を硬直させて、エリカは絶叫した。

 

「動くな──。危ない──」

 

 ロウの大喝に、エリカはびくりとして暴れ出すのをやめた。

 そのままぐいと、大きな針を刺していく。

 身体から、脂汗がどっと噴き出した。

 できたばかりの穴に、ロウが素早くピアスの金具を挿入する。

 針を抜いたときには、すでにピアスは閉じて繋ぎ目は消滅している。

 もう痛みは小さい。

 あっという間だった。

 

「やはり、淫魔師の力はすごいな……。一度もやったことがないのに、こんなにうまくできるんだ」

 

 ロウが笑っている。

 エリカも同じように思った。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 しかし、エリカはまだ荒い息が落ち着かない。

 すでに痛みそのものはもう発生していないが、乳首に穴を開けられた激痛は、一瞬だけで、エリカの息を荒くするくらいに衝撃的だったし、なによりも穴を開けられたという事実がエリカをまだ衝撃の中に残している。

 

「最後のひとつだ。膝を立てて股を開け」

 

 ロウがは寝台にあがり込んで、胡坐に座り、エリカの足側で例の針を持つ。

 左手には、最後のピアスを持っている。

 

「はい……」

 

 エリカは言われたとおりにする。

 怖い……。

 でも、ロウを信じるのだ。

 ロウがさっと道具を持ったまま、両手をエリカの股間に伸ばす。

 エリカは目をつぶって、歯を喰いしばった。

 

「ぎゃあああ」

 

 次の瞬間、激痛が股間に走った。

 エリカは悲鳴をあげた。

 だが、懸命に身体を静止させる。

 今度もあっという間だった。

 

「終わったぞ。よく頑張ったな。ご褒美だ。淫魔術で化膿も消している。もう問題ない」

 

 ロウがエリカにのしかかってくる。

 

「あ、ああっ、ロ、ロウ様……」

 

 エリカは狼狽えた声をあげてしまった。

 しかし、エリカの股間はすでに挿入可能な状態だったのだろう。ほとんど抵抗なく、エリカの股間は一郎の一物を深くまで受け入れた。

 

「いくぞ」

 

 ロウが律動を開始する。

 その瞬間、ピアスが刺激されて、大きな快感が一気に身体に流れた。

 

「ああっ、ロ、ロウ様が……う、動くと……ぴ、ぴあすが動いて……。ああ、ああっ、んふうっ」

 

 エリカが大きく悶えた。

 

「病みつきになるだろう? ニ、三日は歩くたびにピアスが揺れて感じてしまうかもな。まあ、いつかは慣れるさ……。ただし、クエストのときなどで戦闘モードになると自動的に刺激を与えないようになる処置はする……。それも心配するな……。いずれにしても大変なのは数日間だけだ……。とにかく、よろしく頼むぞ、一番奴隷」

 

 ロウがわざと股間のピアスを激しく擦るように肉棒を律動させる。

 エリカが最初の気をするのに、いくらもかからなかった。

 

「いぐうっ、いきます、ロウ様──。い、いかせてください──。はああっ」

 

 エリカは、さっそく身体を震わせて、大きな嬌声をあげた。

 

 

 *

 

 

「ば、馬鹿なことを言うな。そんなのは罰になるものか」

 

 シャングリアが大きな興奮の声をあげた。

 

「わ、悪かったと思っているわ……。も、もちろん、わたしのやったことは、こんなものじゃあ、罰にはならないと思っているけど……」

 

 エリカが項垂れた。

 

「ち、違う──。エリカは罰を受けるようなことはなにもない。そ、そんなことを言っているのではないのだ──。た、ただ、そんなのは罰じゃないといっているだけで……」

 

 シャングリアが慌てたように言った。

 屋敷の一階の大きなロビーだ。

 一郎は、エリカを全裸のまま連れて一階にあがってきた。

 謝罪の態度を示させなければならないので、両手は後手に手枷を嵌めている。

 その恰好で、全員に全裸土下座をさせた。

 ロビーにいたのは、コゼとシャングリアであり、ふたりはエリカに対するジョナスの暗示が解けたことを喜ぶとともに、エリカの白い裸身に装着されている乳首とクリトリスのピアスの存在に目を丸くしていていた。

 

 とにかく、一郎はコゼたちに、数日間の顛末を簡単に説明するとともに、エリカの股間に穴を開けてピアスを施す罰をしたことを改めて示し、これで許してやれと告げたのだ。

 すると、いきなりシャングリアが憤慨したように声をあげたところだ。

 

「……まあ、確かに罰じゃないわね。ご主人様、正直なところ、罰を受けたのは、あたしたちのような気分です。ずっと、一階で放っておかれたんですから……。正直言って羨ましいわ、エリカ──。ご主人様を四日間も独占できるなんて……。そのあいだ、あたしたちは、ずっとご主人様に会えなかったんだからね……。おかしいですよ、ご主人様」

 

 コゼもまた不満そうだ。

 どうやら、シャングリアもコゼも、すっかりと臍を曲げているようだ。

 一郎は苦笑した。

 確かに、数日間、エリカにつきっきりだった。

 このふたりは大いに鬱憤が溜まっているらしい。

 特に、この宝石付きのピアスには、すっかりと臍を曲げてしまったようだ。

 

「だが、一組しかないんだ。お前たちにも、そのうちになにか贈るよ。だが、これは懲罰としてしたんだ。クリトリスに痛み止めの魔道なしで穴を開けたんだ。痛いなんてもんじゃないんだぞ」

 

 一郎は笑って言った。

 この世界の性風俗については、興味があるのである程度は調べたが、性器に穴を開けるという性風俗は探すことはできなかった。

 この屋敷の前の主人が、どういう発想で乳首と性器へのピアスを作らせたかは知らないが、シルキーによれば、間違いなく性器へのピアスだという前の主人の説明が残されてあったそうだ。

 いずれにしても、だから、性器に嵌まったピアスを見せれば、ふたりとも恐れおののくと思ったが、むしろ羨ましがらせてしまったようだ。

 

「いいや──。納得できないぞ。そもそも、三個あるんだ。わたしたちに一個ずつでもいいんじゃないか。わたしも欲しいぞ。ロウのすることなら、どんな苦役だって耐えてみせる。ましてや、その苦痛のあとに、こんな贈り物をしてくれるなんて、ご褒美そのものだ。わたしも欲しい」

 

「えっ、あんた、もしかして、あんたもこんなところに穴を開けて、ご主人様のピアスとやらをしたいと思っているの?」

 

 コゼはちょっと意外そうに言った。

 シャングリアとは異なり、コゼはピアスそのものを羨ましいとは思っていないらしい。

 ただ、ずっと相手をしてもらえなかったのは不満な感じではあるが……。

 

「当り前だ。ロウの女である証だ。わたしも欲しい──」

 

 シャングリアが怒鳴った。

 すると、エリカが身体を捻って胸と局部を隠すような仕草をする。

 

「そ、そんなこと言われても……。これは一番奴隷の証ということで、ロウ様が……」

 

 エリカが不服そうな声をあげた。

 だが、一郎はエリカの物言いに、意外な気持ちがした。

 ちょっと優越感を覚えているような響きがあるとともに、三個のピアスを三人で分けるというシャングリアの提案には明らかに不満そうな感じだったからだ。

 ピアスを装着するときに、一番奴隷の証ということを強調して、エリカに両乳首と股間に穴を開けたが、それは意外にエリカを悦ばせたかもしれない。

 

「一番奴隷? これは一番奴隷の証なんですか?」

 

 コゼが眉を顰め、次いで一郎に視線を向ける。

 

「まあ、そうだ。とにかく、この件で、もうエリカを責めるのは禁止する。エリカは十分な責め苦を受けた。俺のきつい拷問だ。そして、ピアスまで施された。もう、許してやれ」

 

 一郎は長椅子にどっかりと座った。

 向かい合う長椅子には、コゼとシャングリアが並んで座っている。エリカはまだ、床に裸で座ったままだ。

 

「エリカのことは最初から、なにも思ってない──。わたしは、ピアスの話をしているのだ──。そんなのは罰じゃないと言っているのだ──」

 

 シャングリアがまた憤慨する。

 

「うーん、でも一番奴隷かあ……。まあ、だったら、仕方がないじゃない。あたしたちは諦めましょう、シャングリア……。とにかく、お帰り、エリカ。もう大丈夫なのね?」

 

 コゼが横から口を挟んだ。

 そして、シャングリアを宥めながら、エリカに視線を向ける。

 

「うん、ロウ様のおかげで……。あ、あのう、みんなにも迷惑を……」

 

 エリカが床に座ったまま、コゼとシャングリアに再び深々と頭をさげた。

 

「いいのよ、エリカ。そして、お帰り」

 

 コゼが優しい口調でエリカに声をかけて、椅子からおりて、床に座るエリカの隣に添うように腰をおろす。

 一郎もほっとした。

 シャングリアはまだ不満そうだが、コゼに宥められて、やっと文句を言うのをやめてくれし、コゼもわだかまりはないようだ。

 

 しかし、次の瞬間だ。

 エリカが突如としてけたたましい悲鳴をあげた。

 

「ひいいいいっ、コゼ──。やめてええ、んぎいいいい」

 

 びっくりして、エリカとコゼに視線を向けると、いつの間に準備したのか、コゼが細い紐を手に持ち、その端末をエリカのクリピアスに結びつけて、いきなり広間を駆け始めたのだ。

 エリカの両手は背中で拘束しているので、クリピアスに引っ張られれば、エリカはそっちに向かってついていくしかない。

 だが、コゼはかなりの速い速度で広間を駆け出し、それで、エリカが悲鳴をあげながら、コゼを追いかけだしたということだ。

 つまりは、コゼの悪戯だが、一郎は唖然としてしまった。

 しかも、コゼは、わざと卓の下や椅子の上を通りすぎたりして、エリカが簡単にはついてこれないような場所を走っている。

 

「コゼ──。んぎいいっ、やめてえ、ちょっと、とまって、やめてえええ」

 

 エリカが必死の様子で走りながら泣き叫んだ。

 

「ほほほ、捕まえてご覧なさい」

 

「んぎいっ、コ、コゼ――。ふ、ふざけないでえぇ」

 

「ははは、ちょっと面白いかも……。ご主人様、このまま庭を散歩していいですか。シャングリアもおいで。これ、面白いわよ」

 

 コゼがけらけら笑いながら、広間を駆けまわっている。

 

「な、なにが庭よ──。じょ、冗談じゃ……。んぎいいっ」

 

 怒ったエリカがコゼに追いつこうと足を速めたが、すかさずコゼがさっと方向を変えたため、ついて来れないエリカが、ぐんとクリピアスを引っ張ることになり、激痛に絶叫した。

 一郎は大笑いしてしまった。

 

 

 

 

(第14話『新たなる関係』)



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【4章 王都の色事師】
81  夜の蝶ごっこ


 神殿の外に出るのは十日ぶりだった。

 ひそかに神殿の自室に監禁されていたこの十日……。

 病気と称して閉じこもらされていた自室からやっと出れる。

 そう思ったが、スクルズは少しも愉しい気分にはなれなかった。

 むしろ、恐怖に包まれている。

 

「そろそろ、行くわよ、スクルズ。神殿の者たちはすっかりと寝静まっているわ。いまなら、見回りをかいくぐれば、誰にも見咎められることなく外に出れるわ。さあ、行きましょう」

 

 ノルズがくすくすと笑った。

 手には、細い鎖の繋がった小さな輪っかを持っている。それがなにに使う物かを知り抜いているスクルズは怯えおののいた。

 

 ここは、ハロンドールの誇る三神殿のひとつの「第三神殿」であり、ハロンドールの王都ハロルドの三神殿といえば、国王のいる雷陽宮と並んでハロンドール王都の象徴だ。

 

 スクルズは、その第三神殿の筆頭巫女だった。

 筆頭巫女というのは、神殿では、神殿長、副神殿長に次ぐ格式の役職であり、クロノスの五人女神を祀る三個のそれぞれの大神殿において、多くの巫女の序列第一位であることを意味する。

 また、男性神であるクロノスへの祭祀をする場合は、主宰は必ず女でなければならないと定められてるので、筆頭巫女が取り仕切ることになり、結果として大神殿における重要な祭祀はすべて筆頭巫女たちが主宰となるのだ。

 重要な役なのだ。

 その筆頭巫女に、わずか二十五歳にして就任しているスクルズは、同じ年齢で第一神殿と第二神殿の筆頭巫女になっていた神学校の同窓のウルズ、ベルズとともに、自分がハロルド市民が「美貌の三人巫女」と称賛してくれている存在のひとりであることを承知している。

 

 だが、この十日間──。

 スクルズは、目の前のノルズという女から、これまでの人生では考えられないような破廉恥な仕打ちを受け続けていた。

 

「お、お願いよ、ノルズ……。考えなおして……。か、隠れている建物の中であれば、もう、あなたの言うことはなんでもきくわ。でも、外に出るなんて、怖ろしいことは許して」

 

 スクルズは哀願した。

 

「ああ、構わないわよ。あなたが嫌なら、あたしは、この第三神殿を出て、第一神殿で筆頭巫女をしているウルズのところか、第二神殿のベルズのところに行くわ。あなたに仕掛けたものをあの二人の身体にも仕込んでいるのよ。それを暴発させるわ。あっという間に肉片になってしまうんじゃないかしら。できるだけ人の集まっている場所でやってあげるわ。多分、劇的な見物になるわね。ハロルドの王都でも有名な三人の美人巫女のうち、二人が突然に爆死してしまうんだから。周りにいる者たちを巻き込んでね」

 

 ノルズが意地悪く笑った。

 

「ああ……」

 

 スクルズは項垂れた。

 

「さあ、脚を開きなさい。言うことを聞かないと、あたしの部下に魔道の言玉を飛ばして指示を送るわ。そうすれば、すぐに、あいつらの周りにとりついているあたしの部下が魔瘴石を暴発させる。ふたりは死に、この王都の真ん中に特異点が二個できあがるということね。そこから出現するのが、どんな魔獣なのかは知ったことじゃないけど、おそらく、大騒ぎになるでしょうね」

 

 ノルズが意地の悪い口調で言った。

 

 この十日──。

 おそらく、同じ脅しを百回は聞かされた。

 本当にウルズとベルズにも、魔瘴石と呼ばれる瘴気の結晶体を仕込んでいるのかはわからない。

 だが、仕込んでいるのだろう。

 スクルズの体内にノルズが魔瘴石を魔道で埋め込んだのは確かなのだ。

 

 魔瘴石とは、かつて異界に封印された魔族や魔獣たちが生きるために必要な「瘴気」と呼ばれる悪の力の結晶体だ。

 通常、魔瘴石は、魔族や魔獣が封印された異界と、この世界側を繋ぐ「異界の門」、すなわち「特異点」にできるものだ。

 封印されているはずの異界との出入口が、なぜ時折、こっちの世界に出現するのかはわかっていないが、特異点ができるときには魔族や魔獣たちが生きるために必要な瘴気と呼ばれる彼らの力の源の一部が塊って、丸い結晶体を作る。

 それが魔瘴石だ。

 特異点が発生すると、封印されている魔獣がこちらの世界に出現する。だから、魔瘴石は魔獣の象徴ともされている。

 

 いずれにしても、魔瘴石が生まれると、そこから瘴気が漏れ出て、魔瘴石はそれを吸い込み、どんどんと成長して大きくなる。魔瘴石が大きくなると、最初は力の弱い魔獣程度だったものが、やがては、人類に危害を及ぼす大量の魔獣が出現できるようになる。

 だから、魔瘴石は発見次第に破壊されることになっていて、それを成した者には高額の褒賞金が与えられることになっているのだ。

 

 その魔瘴石がスクルズの腹の中に埋められている。

 ノルズがどうして、そんな魔瘴石を操れるのかは知らない。

 だが、重要なのは、十日前にこの神殿の見習い巫女として突如スクルズの前に現れた彼女が、魔瘴石を操る能力を持っていて、再会の喜びに油断しているスクルズの隙を突いて、小さな魔瘴石をスクルズの体内に魔道で入れたということだ。

 魔道の力を持つスクルズは、挿入された瞬間に、それが瘴気の塊りであることを悟った。

 それでいて、魔瘴石とともに仕掛けられていたらしい「魔道封じの紋様」が効果を及ぼし、スクルズ自身が魔瘴石を取り出すのは不可能になってしまったのだ。

 いまは、まだ魔瘴石が発動しておらず、魔界と人類世界を結ぶ通路は開かれてはいないが、それが発動しさえすれば、大きな瘴気が周囲に撒き散らされて、魔界との通路がこの王都に開けてしまうであろうということもわかった。

 スクルズは愕然としてしまった。

 

 しかも、ノルズは同じものをスクルズの幼馴染にして、いまでは、スクルズ同様に、王都の三神殿のうちのほかの二神殿の筆頭巫女になっているウルズとベルズにも、ひそかに魔瘴石を仕掛けたというのだ。

 また、ふたりに仕掛けたものは、スクルズのものとは異なり、自分ではそれを挿入されたかどうかわからないはずだという。

 さらに、ウルズとベルズのふたりの周りには、ノルズの部下がついていて、スクルズが誰かに助けを求めたり、ノルズのしていることを誰かに告げたりすれば、ふたりを見張らせているウルズとベルズに仕込んだ魔瘴石を暴発させて、ふたりを爆死させるとも威したのだ。

 

 スクルズにはどうしようもなかった。

 王都の危機という状況だが、スクルズには、ウルズやベルズを犠牲にして、誰かに危機を伝えるということはできなかった。そもそも、スクルズには、ノルズがいないときも、常に誰かが見張っている感じであり、スクルズが動くことで、魔瘴石を暴発させられて、特異点が解放されてしまうことになってしまうのだ。

 ノルズは、スクルズがノルズの命令に従っている限り、王都内で特異点も発生させないし、ベルズやウルズを殺さないとも言っているのだ。

 

 いずれにしても、ノルズが何らかの組織に属しているのは確実だろう。

 ノルズが属している組織がどういう組織であり、なにを目的に三人の前に出現したのかは教えてもらえなかった。

 ただひと言だけ、これは三人に対する「復讐」だとノルズは、スクルズに告げた。

 しかし、スクルズは、ノルズに復讐をされるなんの理由も思い出せない。

 だが、ノルズは、それ以上のことをスクルズに対して説明しようとはしなかった。

 とにかく、ノルズに言われたのは、病気と称して居室にこもり、看病の下級巫女にノルズを指名しろということだ。

 

 こうして、十日前からひそかに、この神殿の一画になる筆頭巫女の居室で、ノルズに「調教」されるという日々が開始された。

 

 逆らえば、ウルズとベルズの爆死と引き換えの王都内での特異点の発生と強力な魔獣の異界からの召喚──。

 スクルズは言いなりになるしかなかった。

 

 そして、十日目──。

 今夜は、久しぶりに神殿の外に出されるということになった。

 スクルズは踵の怖ろしく高いブーツを履かされただけの素裸だ。

 

「さあ、脚を開くのよ、スクルズ」

 

 スクルズは項垂れながら脚を開く。

 ノルズの指がスクルズの股間を淫らに弄りだした。

 数日前までは薄っすらと股間を覆っていた、髪の色と同じ栗毛の茂みはいまはない。

 ノルズによる「調教」の過程ですっかりと剃られてしまったのだ。

 

「あ、ああっ……」

 

 はしたない声が出る。

 この十日、朝昼晩と休むことなく快感漬けにされ、スクルズの身体は信じられないくらいに淫らなものになった。

 しかも、ノルズがスクルズに与える食事にも飲み物にも、強い媚薬が混ぜられているのだ。

 ただじっとしているだけで、悶え震える身体をこうやって指で弄られては、スクルズにはもう声を耐えることなどできなかかった。

 

「ふくうっ──」

 

 スクルズは悲鳴のような嬌声をあげてしまった。

 ノルズが、スクルズの股間を指でなぶりながら、肉芽を無造作に引き剥いて、その根元に手に持っていた輪を嵌めたのだ。

 その輪に繋がった鎖の端をしっかりとノルズは握っている。

 スクルズはこれからされようとしていることに震えた。

 ノルズは、犬のようにスクルズの身体に鎖をつけて、外に連れ出そうとしているのだ。

 しかも、繋げるのは首ではなくスクルズの肉芽だ。

 

 だが、どんなことをされても逆らえない。

 逆らえば、スクルズだけでなく、ウルズとベルズの爆死──。

 魔獣による王都住民への大被害──。

 どうしたらいいのか……。

 

「ふふふ……。十日前に比べて、随分とここに嵌めやすくなったわね。だいぶ大きくなったわ、スクルズ」

 

「あっ──。ひ、引っ張らないで、ノルズ……。おっ、お願い──」

 

 わざとらしく鎖を動かされて、スクルズは悲鳴をあげた。

 肉芽の根元をぎゅっと締めつけられると、スクルズはなんともいえない切なさのような感覚に包まれて、すっかりとノルズに逆らう気持ちを失ってしまう。

 ただでさえ、四六時中口にさせられている媚薬入りの飲食物のために、身体は火照りきっている。

 そのうえに肉芽を思い切り刺激する金属の輪に締めつけられてしまい、スクルズはたちまちに腰をくなくなと砕けさせてしまった。

 

「さあ、行くわよ」

 

 ノルズはそんな状態のスクルズに一枚のマントを投げた。袖のない肩に羽織るかたちの黒いマントであり、腰の部分で合わせ目を縛るだけのものだ。それを素裸に直接に着させられた。

 

「両手は自分で後ろ手になるのよ」

 

 スクルズがマントのベルトをしっかり縛っていると、ノルズが言った。

 スクルズは、両手首に金のブレスレットをはめさせられていた。その一部を互いに噛み合わせて捩じると、接合して離れなくなる仕掛けだ。

 つまりは、手錠になるのだ。

 一度嵌め合わすと、他人の誰かにブレスレットの合わせ目にできる突起を押してもらわなければないと外すことはできない。

 スクルズは、命じられるままにマントの中で自らを後ろ手に拘束した。

 

「これをしなさい。有名な三人巫女のひとりのスクルズだと知られたくないでしょう?」

 

 ノルズはスクルズの顔半分を覆う飾り羽根の付いた目の周りを覆う「目隠し」を嵌めた。

 完全に視界を妨げるわけではないが、くり抜いてある部分に薄布があり、前がよく見えない。

 スクルズは怖くなった。

 

「さあ、行きましょう。今夜は夜の蝶になるのよ……。きっと、愉しい夜になると思うわ、スクルズ……。だけど、こうやって調教をしていると、神学校時代を思い出すわね。懐かしいわ」

 

 神学校時代の思い出というのは、実はスクルズ、ベルズ、ウルズ、そして、ノルズは高位魔道遣いを目指す学生として同部屋であり、この四人はお互いの身体を慰め合う百合の関係だったのだ。

 しかし、そのまま神殿界に残って、王位魔道師としてあっという間に、揃って王都三神殿にまで昇りつめたのに対して、なぜか、ノルズについては突然に神殿界から去り、スクルズたちの前から姿を消していた。

 その理由はわからない。

 だが、少女時代のそんな関係があったから、スクルズは突如として現れたノルズを受け入れた。

 きっとベルズやウルズもそうだったに違いない。

 

「おいで、スクルズ」

 

 ノルズがスクルズの股間に繋がっている鎖をぐいと引いて笑った。

 

「んひいいっ」

 

 スクルズは悲鳴をあげて、慌てて脚を前に進めた。

 

 

 *

 

 

 夜の街とはいえ、スクルズが身にまとっているマントの合わせ目から伸びる鎖は、その気になれば、すれ違う男たちは、はっきりと認めることができたはずだ。

 しかも、素裸にマント一枚という格好でありながら、前がはだけないように両手で閉じあわすことができない。

 自然に合わせ目が次第に離れていき、歩くたびに白いスクルズの腿がちらちらと露出するようになっていた。

 さらに、ノルズがわざとらしく夜の繁華街を大股でどんどんと進んでいく。

 スクルズはマントの前が、身体の揺れで完全にはだけてしまったらと思い、もう生きた心地もしなかった。

 人の目に死にたくなるような羞恥が走る。

 

 しかも、脚を進めるたびに、肉芽が強く刺激されて、淫らな疼きが走り、股間に蜜が溢れかえる。

 悲鳴が出そうになるのを何度も堪えた。

 そして、足がもつれるたびに肉芽が強く引っ張られて、泣き声をあげそうにもなった。

 そうやって、しばらく、どこに向かうでもなく、ノルズに夜の王都を引きまわされた。

 

 やがて、薄暗い路地にやってきた。

 ノルズは、たまたまあった一本の低木の幹に、スクルズの肉芽に繋がっている鎖をひと巻きさせて結んだ。

 さらに、次の瞬間、ノルズは、いきなりスクルズのマントをはがし奪った。

 

「あっ、な、なにをするの──」

 

 路地とはいえ、人の多い王都の城郭の中だ。

 そんな場所で素っ裸にされたスクルズは、思わず腰を屈めて身体を隠そうとした。しかし、股間の鎖がそれを邪魔して許さない。

 スクルズは夜風を肌に感じて身を竦ませた。

 

「じゃあ、しばらく待っていてね。遊び相手を連れてくるから」

 

 ノルズがくすくすと笑いながら、どこかに行ってしまう。

 スクルズは正真正銘の恐怖を感じた。

 こんな格好で、たったひとりで取り残された。

 悲鳴をあげそうになった。

 だが、声を出すことはできない。

 助けを呼べば、こんな破廉恥な恰好をしているところをみんなに見られるだけでなく、ノルズに脅されていることを誰かに教えることにもなる。

 

 そんなことをすれば、ウルズやベルズが……。

 王都の住民が……。

 

 そして、スクルズがどうしていいかわからずに、狼狽えているうちに、完全にノルズはどこかに行ってしまった。

 スクルズはたったひとりで残されてしまった。

 だが、肉芽を繋がれた鎖を樹木に結ばれて、逃げることも、しゃがむこともできない。

 スクルズは途方に暮れた。

 

 そのとき、どやどやと誰かがやってくる声がした。

 スクルズは飛びあがりそうになった。

 やってきたのは、見知らぬ人夫風の男たちだった。

 三人ほどいる。

 スクルズは、飾り付きの目隠し越しに、少し酔っているような彼らの姿をはっきりと捉えた。

 

「おい、本当にいるぜ」

 

「本当だ。あの女の喋った通りだな」

 

「さっそく、やっちまおうぜ……。おい、見ろ。股間に繋いだ鎖で樹に繋がれていやがる──。こりゃあ、面白れえ──」

 

 男たちが躊躇なくスクルズを取り囲んだ。

 ひとりが樹の幹から鎖を外す。

 

「あっ、なにをなさるの?」

 

 スクルズは声をあげた。

 だが、ひとりに股間に繋がる鎖を握られている。

 これでは逃げられない。

 

「あっ、いや──。さ、触らないで──」

 

 身体の前後から男たちの手が伸びた。

 おぞましさにスクルズは死にもの狂いで身体を暴れさせようとした。しかし、肉芽に喰い込んだ輪が引っ張られて、それを阻止される。

 スクルズは大人しくするしかなかった。

 

「ああ、やめて──。さ、触らないで──」

 

 スクルズは控えめな悲鳴をあげた。

 この期に及んでも大声を出すことは憚られた。

 スクルズの身はともかく、ウルズやベルズが……。

 

「こんな痴女の格好をしながら、触るなもねえもんだ。まあ、遠慮なく騒ぎな」

 

 前側の男がスクルズの股間の亀裂に指を押し込んできた。後ろからは乳房を揉まれる。

 さらに、もうひとりはスクルズの口に舌を押し込もうとしてきた。

 

「いやあ──」

 

 スクルズを襲う三人の見知らぬ男の破廉恥な行為に、ほとんど無意識に身体を左右に捩じった。

 そのとき、顔につけていた目隠しが男のひとりに当たって外れた。

 

「ああ──見ないで──」

 

 とっさに顔を伏せて隠した。

 だが、三人の中のひとりがびっくりしたような声をあげた。

 

「あ、あんたはスクルズ様──」

 

 その男が叫んだ。

 すると、残りのふたりも呆気にとられたような表情になって、スクルズから手を離した。



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 第15話  女神の娘たち
82  淫魔師の朝


 ミランダは屋敷妖精のシルキーの案内でロウの屋敷の地下にやってきた。

 ロウたちは、四人とも地下の「調教室」にいると言われたのだ。

 シルキーの示す部屋に入ってまずミランダを襲ったのは、むっとするような精液と愛液の匂いだ。

 

 そして、四人の素裸の男女──。

 無論、ロウと三人の「性奴隷」。即ち、エリカとコゼとシャングリアだ。

 

 だが、そこで繰り広げられていた光景は、まさに「性の饗宴」と呼ぶのに相応しいような男女の倒錯の性愛だ。部屋の真ん中では小柄なコゼが四肢を拡げて立たされて、素裸のシャングリアに背後から指を乳房に喰い込まされていた。コゼは常軌の逸した様子でシャングリアの荒々しいとも思えるような愛撫に吠えるような声をあげている。

 しかし、その口には穴あきの嵌口具があり、喋ることができないようになっていた。

 コゼは唾液と汗にまみれている。

 また、よく見ると、その股間には細い皮の貞操帯が喰い込んでいて、その隙間から夥しい愛液がにじみ出ている。

 股間はぶるぶると淫らに震えていた。

 貞操帯におかしな仕掛けがあるのは明らかだ。

 

 さらに、部屋の奥では竹網の椅子に深く腰掛けているロウが大きく股を開いて、股間をエリカに奉仕をさせていた。

 両膝を床につけているエリカの金色の頭が、ロウの股間の前で踊るように動いている。

 エリカは四つん這いの状態であり、その股間はミランダの視界に露わなのだが、そこからは、可哀想なくらいに蜜が垂れ流れている。

 エリカもまたかなりの興奮状態のようだ。

 とにかくミランダは、朝っぱらから繰り広げられていた部屋の状況に圧倒されてしまった。

 クエストのないときの四人が、大抵はこんなことばかりしているのは承知しているが、やはり、慣れるということはない。

 

「ミランダ、久しぶりだな。こっちに来いよ。ちょうど、遊びの途中だ」

 

 ロウが声をかけてきた。

 ミランダははっとして、慌てて立ち止まっていた足を前に進ませた。そのとき、背後でがちゃんと音が鳴った。

 

 扉が閉じられるとともに、鍵が外から閉まったのだ。

 シルキーだと思うが、ミランダを落ち着かなくさせる緊張感が襲う。

 危険な状況ではないというのはわかっている。

 ミランダを害するようなことは絶対にしない。

 しかし、同じ状況で強引に、こういう性宴に巻き込まれた経験は数限りなくある。

 ミランダに緊張が走るとともに、知らず内腿が擦り合わせていたことに気がつき、はっとして身体をただす。

 

 いずれにしても、これでロウの指示なく、ミランダが部屋から出られるということはなくなったということなのだ。

 もちろん、ミランダの実力があれば、この四人が束になっても、全員を圧倒できると思う。

 だが、できるということと実際に実行することは別だ。

 それに、なぜかミランダはロウが苦手なのだ。

 どうしても逆らえない気持ちになってしまう。

 いまも、不思議な緊張と高揚感がミランダを襲っている。

 ミランダともあろうものが、ひとりの人間族の男を相手に、苦手意識を持つなど不可思議としか思いようもないのだが、それが現実だ。

 ミランダは、すでに力の強い大人の前に連れ出された童女のような気分に陥っている。

 とりあえず、口に溜まった唾を飲み込んでからミランダは、ロウの前に進んだ。

 

「んんんっ」

 

 だが、ミランダが横を通ったとき、シャングリアに責められていたコゼが四肢を突っ張らせるように身体を前に突き出した。

 しかし、その身体はすぐにがくりと脱力する。

 その顔は朦朧としていて、全身がかすかにぶるぶると震えていた。

 しかも、コゼはすすり泣きのように鼻を鳴らし始めている。

 このコゼが泣いているのに接して、ミランダはびっくりしてしまった。

 

「ど、どうしたのよ?」

 

 思わずミランダは、シャングリアに訊ねてしまった。

 すると、やっとシャングリアがミランダの存在に気がついたかのように、夢中になった様子の顔をあげた。

 

「ああ、ミランダか──。どうしたも、こうしたもない──。見てくれ、これを──」

 

 シャングリアが憤慨した様子で横の台からなにかを掴んで、ミランダの顔の前に突き出した。

 それは両端が男根のかたちをしている「双頭の張形」だ。

 

「そ、その淫具がなによ、シャングリア?」

 

 ミランダも、それを付きつけられて、そう返すしかない。

 その張形からはむっとするような女の匂いが染みついていた。

 眼の前の双頭の張形がちょっと前まで、その両端を女の股間に貫かせていたのは間違いない。

 

「この双頭の張形でエリカと愛し合うようにロウに命じられたのだ。今日は、百合の性愛を覚えるというのが、ロウの命令でな──。それはいいのだが、この張形の真ん中に数字を合わせるダイヤルがあるだろう。このコゼはわたしとエリカの股間にこれを挿入するときに、目盛を“五十”に合せたのだぞ。五十だ──。五十だぞ。信じられるか?」

 

 シャングリアが怒鳴った。

 だが、ミランダにはわけがわからない。

 

「五十だからなんだというのよ?」

 

「この張形はロウが特別な術で作らせた淫具であって、これを股間に挿入されると、数字の分だけお互いの絶頂をしないと淫具が外せないようになっているのだ。つまり、コゼがこれを五十に合せたということは、わたしとエリカは、ふたりで五十回の絶頂を繰り返さないとならなかったということだそれを起き抜けにやったのだぞ──」

 

「えっ、魔道の張形?」

 

 ミランダはびっくりした。

 なんという馬鹿馬鹿しい淫具だとは思ったが、考えてみれば、シャングリアの言葉の通りの魔道具なのであれば、どう考えても、かなりの複雑な術式が刻んであるといっていい。

 高位魔道師が存在しないロウたちの中で、それほどのことができる者はいないはずだ。

 エリカなど、魔道は遣えるが、戦闘の方が得意なくらいで、魔道具など作ったこともないはずだ。

 あるいは、シルキーかもしれないが、屋敷妖精は屋敷の世話しかしないので、淫具作りなどということには能力は発揮できないはずだ。

 この屋敷の前の持ち主が、ロウと同じような性癖の性具蒐集家であり、やはり魔道のこもったさまざまな責め具が屋敷になるのは知っているが、いま、シャングリアははっきりと言った。

 とにかく、ロウが精の力で女を支配する能力があるというのはやっとこの前に知ったが、それだけでなく、ロウには、ミランダの教えてもらっていない秘密がまだあるようだ。

 だが、ときどき、かまをかけても、なかなか教えてもらえない。

 

「本当にとんでもない悪戯をする女だ。ロウは十回に合せると指示したのに、コゼは数字を間違えたふりをして五十にしたのだからな──。だから、こうやって仕返しをしているところだ。もちろん、それもロウの命令だ」

 

 シャングリアは、その淫具を台に戻して、今度は絵筆を取り出した。そして、コゼの股間の前にしゃがみ込むと、革の貞操帯の縁をすっすっと絵筆で撫ぜだした。

 

「んふううっ」

 

 コゼが狂ったように腰を動かしだした。

 しかも、絵筆を避けるというよりは、絵筆の刺激を求めるように、いやらしく股間を前に突き出そうとする。

 だが、シャングリアはコゼが自ら前に股間を出すと、そこから逃げるように絵筆を引っ込めてしまう。

 そして、次には別の場所をくすぐる。

 その場所でも同じような状況が繰り返し、シャングリアはまた絵筆を引っ込める。

 思わず見入ってしまっていたミランダは、我に返って、口を開く。

 

「コゼはなにをされているの?」

 

 コゼが普通の状態でないのがやっとわかる。

 絵筆の刺激をくすぐったがって逃げるのではなく、それを求めて身体を突き出すなど異常だ。

 やはり、股間に喰い込む貞操帯の仕掛けがあるのだろうか……?

 

「なにをされているかと訊いたのか、ミランダ?」

 

 絵筆を操っていたシャングリアが手を止めて顔をあげた。

 

「んんっ、んんっ──」

 

 すると刺激を止められたコゼが切なそうな悲鳴をあげる。

 やはり不自然だ。

 

「コゼには気が狂うような媚薬を股間に塗った。わたしも何度も使われたが、本当に強烈な媚薬なのだ。それを股間に塗られると、ロウに犯されたくなって我慢できなくなる。それを塗ってから、貞操帯でコゼの股間を閉じたのだ。この貞操帯は“いけずの帯”という名の淫具だ」

 

「いけずの帯?」

 

 なんという馬鹿げた……。

 そして、とんでもない魔道具……。

 

「この貞操帯の内側にはふたつの孔を塞ぐ大小の張形があるのだが、それが絶えず淫らに動くが、装着している女の身体が絶頂をしようとすると、その振動がぴたりととまるという仕掛けが施されている。これを装着されると、絶対にほかの手段で刺激してもらわないと絶頂できない。つまりは、焦らし責めだな。そういう仕掛けだ」

 

「それも、ロウが作ったの?」

 

 ミランダは訊ねた。

 シャングリアが首を軽く捻る

 

「作った? いや、こっちはこの屋敷の蒐集品か……。とにかく、ミランダも知っているだろう? 焦らし責めはつらい。コゼにはいい薬だ。この女は最近、なにかにつけ、わたしやエリカを性の手段でからかうからな」

 

 シャングリアはそう言うと、再びコゼを絵筆で責める態勢に戻った。

 ミランダは呆然としてしまった。

 

「ミランダ、こっちに来な」

 

 ロウだ。

 慌ててロウの前に進む。

 すでにエリカはロウの椅子の横に横座りで床に腰をおろしている。

 肩で息をしている。おそらく、かなりの長時間、ロウに奉仕を求められていたのだと思う。

 また、そのためロウが大きく拡げている股には、ロウの男根がぶらりと垂れ下がっている。

 ミランダは自分の顔が少女のように赤くなるのを感じた。

 とにかく、眼を逸らして、それを気にしないようにする。

 

「ロ、ロウ、仕事の話よ……」

 

「仕事? やっと、エリカを嵌めようとした相手の正体がわかったのか?」

 

 一郎が訊ねた。

 だが、この男はミランダが目の前にいるというのに、下半身を隠そうともしない。

 さすがに、ミランダは目を逸らすようにした。

 

「ま、まだよ。だけど、この前は助かったわ。おかげで、少しはわかってきたわ。そっちの方は改めてね」

 

 ミランダは言った。

 ロウが口にしたのは、一箇月ほど前のことだが、エリカがジョナスという操り術の能力がある冒険者に操られてロウを刺したという事件のことだ。

 それについては、精の再支配をして、ロウがエリカの洗脳を解くことで終わったかと思ったが、ロウに頼まれて、ジョナスの周辺を探った結果、どうやらジョナスにはほかにも余罪があり、同じように手に入れて、操り術で洗脳をした挙句に、あちこちに売り飛ばした女が大勢いる気配なのだ。

 もっとも、どこに売り飛ばしたかということや、誰に売っていたかということはまだわからない。なにしろ、売り飛ばされた女たちは、記憶改変されていて、ジョナスのことはもちろん、ジョナスが直接に売った相手のことも、簡単な合言葉で忘却してしまう術がかかっていたらしく、当の女たちがまったく記憶がないのだ。

 しかし、本来は奴隷ではない者を魔道で洗脳して奴隷として売るのは犯罪だ。

 闇奴隷の売買は、ハロンドールでも重罪に当たる罪だ。

 

 だが、まだ全貌は不明だ。

 ここまでわかったのは、偶然にもランという若い女が娼館に売られて働かされていたことから発覚したのだ。

 ランは近所でも王都内の下町の小さな食堂で働いていた少女であり、婚約者もいたが、突然に行方不明になり姿を消していたのだ。

 娼館で新人の娼婦として働いていたのを、偶然に知っている者が見つけ、しかも、ランの様子が不自然だったので、ミランダに相談にきたのだ。

 ランについては、依頼料を支払う者がいなかったので、クエストにすることはできなかった。婚約者だった男も、逃亡したランに未練はないようであり、どうでもいいという態度だった。

 とにかく、ロウのこともあったので、クエスト抜きでミランダが私費で動き、ランについては、娼館の主人を脅迫半分で交渉して、冒険者ギルドに身請けさせ身柄を引き取った。

 

 そのときに、洗脳を抜いてもらったのはロウだ。

 ロウをこっそりと呼び出して、ランを抱いてもらい、封印された記憶を戻してもらったのだ。ロウの精にそんな力があると確信したのは、このときだ。エリカたちの封印を解いた経緯から、そうであることはわかっていたが、ミランダは改めて、ロウの秘密のひとつをそのときに目の当たりにした。

 ランは記憶を取り戻し、ジョナスに自分が騙されたことを言ったが、残念ながら自分がジョナスに売り飛ばされた分限者だという相手は覚えてなかった。顔を見ればわかると言っていたが、どうやら、その分限者は名乗ってなかったらしく、しかも、ジョナスが殺されたことで、すぐにランを手放したようであり、手掛かりらしいものはなかったのだ。

 それでも、ランに乏しい記憶を辿ってもらい、十数名ほどに的を絞っている。

 相手が特定でき次第に、ロウに伝えることになっていたのだ。

 

「それよりも別のクエストのことで相談に来たのよ……」

 

 ミランダは肩から下げていた袋から持ってきたものを取り出そうとした。

 しかし、ロウがそれを制して、手でミランダの右手を掴んだ。

 はっとした。

 なにをしようとしているのかわかっている。

 右の人差し指に嵌めている魔道の指輪を外そうとしているのだ。ドワフ族は、これを外されると魔道が遣えなくなる。ロウはこの屋敷でミランダを抱くときには、必ず指輪を外させる。

 ロウの嗜虐責めに抵抗できなくするためだ。

 

「ちょっと待って」

 

 右手を掴まれたミランダは、慌てて手を引っ込めようとした。

 だが、ドワフ族にとっては、指輪は本当に大切なものだ。それを他人に委ねるなど余程のときだけだ。

 だが、抵抗する気持ちにならない。

 おそらく、これはすでにミランダが、ロウの精支配に陥っているために他ならないと思うが、支配されているとしても、嫌な気分はない。

 それがロウだ。

 しかし、いまは、そんな場合じゃない。

 こんなことをしているときじゃないのだ。

 

「ミランダ。ほら」

 

「ひいっ」

 

 そのとき、思わず声をあげてしまった。

 いきなり、ロウの股間が勃起して逞しくなったのだ。

 情けないが、せりあがった男根を見せられて、それだけで動揺してしまい、その隙にさっと指輪を抜きとられてしまった。

 

「くうっ」

 

 ミランダは思わず口惜しくて声をあげてしまった。

 ロウが笑いながら、指輪をエリカに渡し、エリカがさらに横の小さな金属の皿にからりと指輪を落とす。

 すると、ふっと指輪が消える。

 シルキーの魔道だ。

 このまま、ミランダが屋敷を後にするまで、指輪を返してもらえないというのが、いつもの繰り返しだ。

 

「じゃあ、挨拶代わりに、スカートをまくってみなよ」

 

「ちょ、ちょっと話を……」

 

 ミランダは抗議しようとしたが、すると急に頭の中にもやがかかったようになり、なにも考えることができなくなった。

 

「いいから、ほら」

 

「あっ、う、うん……」

 

 ミランダはロウの促すような言葉に釣られるように、膝上の短いスカートをすっとたくし上げていた。

 突然に襲ったぼんやりとした感覚から我に返ったのは、すっかりと下着に包んだ股間が露わになってからだ。

 

「わっ、ロウ──。あ、あんた、また、淫魔術を遣ったわね──。それはやめてって、頼んだじゃないのよ──」

 

 かっとして怒鳴った。

 ロウが淫魔術の遣い手なのはもう知っているし、受け入れてもいる。

 だが、わけもわからなくされて、玩具にされるのはご免だ。

 ミランダはスカートをおろそうとした。

 だが、ぎょっとすることに、手が動かない。

 これも淫魔術か……。

 ミランダはが歯噛みした。

 

「悪かったね。だけど、約束を破ったことはミランダも同じだぞ。この屋敷にやってくるときには、下着を身に着けるなと言っていたろ」

 

 ロウが頬に笑みを浮かべたまま静かに言った。

 この物言いに弱い。

 どうしても、逆らえない気持ちになるのだ。

 

「で、でも……きょ、今日は遊びにやってきたのではなく、クエストの話で来たから……」

 

 仕方なく、ミランダはスカートをあげたまま応じた。

 この屋敷にミランダが訪れるのは、大抵はロウに抱かれるためだ。

 性の達人ともいえるロウは、意地悪な鬼畜趣味があって、確かにミランダは下着を身につけずに、この屋敷にやって来るということを前々から指示されていた。

 だが、今日は仕事が目的でやってきたのだ。だから、しっかりと下着は身に着けていた。

 

「言い訳は無用だよ。罰は重いものにしてあげる。後ろを向くんだ」

 

 ロウがにこにこと微笑みながら言った。

 ミランダはスカートをまくったままロウに背中を向けた。

 もやは、ミランダの意思なのか、勝手にロウに身体を動かされているのかわからない。

 とにかく、ロウに絶対に逆らえないということだけは確かだ。

 

 ロウの手がミランダのお尻に伸びる。

 次の瞬間には、背後から下着をさげられて、お尻に丸い塊りのようなものをぐいと押し込まれていた。

 

「ひっ、な、なにを入れたの?」

 

 ミランダはおぞましさに腰をよじった。

 しかし、そのときにはすでに異物がお尻の奥深くに沈んでしまっていた。

 潤滑油のようなものをたっぷりとまぶしてあったのか、その異物はまったく抵抗もなくミランダの肛門を滑り進んだのだ。

 

「こっちを向いて服を脱ぐんだ、ミランダ……。いや、エリカにやらせよう。今日のテーマは、“百合の性愛ごっこ”だったんだ……。エリカ、ミランダから服を脱がせるんだ。ミランダは一切の抵抗をするなよ。じっとしているんだ」

 

 ロウの言葉で、ミランダは金縛りになったように、スカートをたくしあげた格好のまま動けなくなってしまった。ただ、身体だけは反転してロウに正面にして向きなおる。

 まるで魔道だ。

 ミランダはいつもながら、魔道の遣えないはずの、ロウのこういった能力に驚愕する。

 しかも、ロウの積極的な性にはいつも圧倒される。

 おそらく、淫魔術なしでも、逆らう気持ちにはなれないだろう。

 

「は、はい、ロウ様……」

 

 疲れたような様子だったエリカが立ちあがった。

 前に立って、ミランダの身体から衣服を脱がし始める。

 ミランダは再びはっとした。

 こんなことをするつもりではなかったし、大切な用事があるのだ。

 どうも、このロウは苦手だ……。

 いつもいつも、ロウのペースに嵌まる。

 おそらく、これは淫魔術というだけじゃなく、ミランダ自身の気持ち的なもののあるとは思う……。

 

「ま、待って、聞いてよ、ロウ──。きょ、今日はクエストの話で来たのよ。強制クエストよ。あなたたち、この一箇月、ひとつもクエストを受けていないわよね。だから、強制クエストを受けてもらうわ」

 

 強制クエストというのは、通常であれば自分で選ぶクエストを、ギルド側から強制的に受けさせられるというものだ。一定以上のランクのパーティに義務付けられているものであり、原則として拒否できない。

 

「一箇月以内? もしかして、あのランという少女のことは、クエストに入ってない?」

 

「入ってないわ。あれは、あんたとわたしの友情でやってもらったただ働きよ。そもそも、ジョナスに関する調査は、ずっとあたしの私費でやってんのよ。もっと被害者が見つかれば、クエスト扱いにできるかもしれないけどね」

 

「まあそうか……。だけど、珍しいじゃないか。クエストなら、いつも俺たちを冒険者ギルド本部に呼びつけるだろう? なんでわざわざ、副ギルド長自らやってきたんだい……? いや、エリカ、手を休めなくていい。服は脱がしてしまえ……。まあ、遠慮なく話しなよ、ミランダ。別に嵌口具をつけるわけじゃないしね」

 

 ロウが言った。仕事の話になりかけたとき、エリカが気を遣うように、ミランダから服を脱がす手を止めたのでそう言ったのだ。

 

「ちょ、ちょっと、エリカ……。ね、ねえ、ロウ、クエストのことだって言ったじゃないのよ。いい加減に身体を解放してよ」

 

 ミランダは再び抗議した。

 いまだに、スカートを自らたくしあげている状態から身体を動かせないのだ

 一方で、ロウの言葉を受けたエリカは、再び黙々とミランダを脱衣させる作業に戻る。自分で動かせない身体も、なぜか、エリカが動かすと簡単に動く。

 結局、上衣を奪われ、ずっと裾を上げ持ったままだったスカートも奪われた。

 乳房を止めている革の胸当ても外された。

 スカートを取りあげられた瞬間に、やっと、両手が解放され、思わず、乳房を両手で隠す。

 すると、下着をエリカがすっとミランダの腰から引き剥がして足首から抜いた。

 完全に全裸にされてしまった。

 

「両手は後ろだ、ミランダ。シルキー、革帯を出してくれ。いつものミランダ用のやつだ」

 

「はい、旦那様」

 

 ロウが声をあげると、姿を消していた屋敷妖精のシルキーが革帯を両手に持って瞬時に出現する。

 

「さあ、遊びの時間だぞ、ミランダ」

 

 ロウが革帯を受け取って立ちあがる。

 ミランダは、焦った。

 このままでは、まったく話を聞いてもらえずに、なし崩し的にロウに抱かれて、わけがわからなくされるだろう。

 ミランダは、昔から男の押しに弱いところがあって、強引に男に迫られると、どうしても逆らうことができないのだ。

 そうやって、無理矢理に男女の関係になった相手は何人もいる。

 まあ、なかなかミランダに強引に迫ってくる男もいなかったが……。

 いずれにせよ、淫魔術のことを横においても、残念ながら、ミランダがロウに与えられる快感にすっかりとのめり込んでいることは認めざるを得ないだろう。

 だから、こんなことをされても文句を言えないのだ。

 

 とにかく、ロウはさまざまな不思議な淫具を持っている。その多様性にはたじろぎを覚える。

 こと倒錯の性愛に関しては、ロウの右に出る知識を持つ存在をミランダは知らない。

 今回のクエストをロウたちの強制クエストにしようと思ったのは、そのロウの知識が役に立つと思ったからだ。

 それに、今回のクエストは非常に繊細な内容だ。

 信頼のできるパーティにしかやらせることはできない。

 ミランダは、これまでに、あらゆる依頼への連勝記録を続けているロウのパーティに絶対の信頼を置いている。身体の関係を抜きにして……。

 

「こっち来いよ、ミランダ。まずは、挨拶代わりの一発といこうか。とりあえず、拘束させてもらうよ」

 

 ロウが手招きをする。

 ミランダはロウの身体に密着するために足を進みかけが、これについては懸命の意思の力でそれを拒んだ。

 

「どうしたんだ、ミランダ?」

 

 途中で行動を止めたミランダに、今度はロウが訝しむ表情になった。

 

「あ、あんた、あたしの話を聞いてたの? 今日はクエストの話っていったじゃないのよ」

 

「話は拘束されても、できるだろう? ちゃんと話は聞くから……。ほらっ」

 

 強引に抱き寄せられる。そして、ミランダのお尻にロウが手を伸ばして、尻たぶをちょんと揺するようにした。

 

「あんっ」

 

 尻穴に挿入されている異物がそれで刺激され、ミランダは脱力して膝を折りかける。

 力が抜けた瞬間を見逃さずに、ロウがミランダの身体を反転させ、両手をさっと掴んで、背中側で重ね合わた。

 それはともかく、気のせいか随分とお尻に挿入された異物の感触が小さくなったような……?

 

「や、約束よ」

 

 とにかく、ミランダはもう諦めた。ロウの為すがままにさせることにした。

 重ね合わされた両腕を革帯が包む。

 これでミランダは両手が封じられたということだ。

 

「ま、まずは話が先よ──。とりあえず、あたしが持ってきた荷を見てよ、ロウ」

 

 ミランダは肩に提げる麻布の袋に、今回の事件の手掛かりを持ってきていた。

 その袋はさっき脱がされたミランダの衣類とともに、エリカに奪われて一緒に置かれている。

 

「それか?」

 

 ロウがエリカの身体の横にある袋に視線を動かした。

 エリカがその袋をロウに渡す。

 ロウがその中身を確かめた。

 すると、まずは驚いた顔になり、次いでぷっと噴き出した。

 

 袋に入っていたのは、小さな輪が片側についている鎖とひと組の腕輪だ。

 いずれも、一昨日の朝に保護された第三神殿の筆頭巫女のスクルズが身に着けていたものだ。

 それを神殿長を通して、ギルドで預かってきていたのだ。

 

「……これは淫具だな。この鎖の輪は女の肉芽をぎゅっと締めつける仕組みになっているようだ。肉芽を締めつけて鎖で引くというのは、家畜の鼻輪よりも効果があるだろうね……。面白いよ。そして、この腕輪には特殊な凹凸がついていて、一見するだけではただの飾りのように見えるが、突起の部分とへこんでいる部分を合わせて捻ると、あっという間に手錠になるという仕組みのようだね。なんだい、これで遊んでもらいに来たの、ミランダ?」

 

 ロウが笑いながら言った。

 ミランダはかっと身体が熱くなるのを感じた。

 敏感な肉芽の根元を小さな輪っかで締められて、それを鎖を引かれる自分を想像してしまったのだ。

 いや、だめだ……。

 ミランダは妄想を振り払った。

 ロウに抱かれるようになって、そろそろ三箇月──。

 どうにも、ミランダは、自分がすっかりとロウが与える嗜虐の性の虜になりかけている。

 いや、すでにそうなっている。

 だから、今日も、この屋敷にやってくるなり、裸にされて拘束されるという理不尽な行為を受けて、大して抵抗もしなかったし、実際に、すでに早くも股間が反応して疼きを覚えていた。

 だが、ロウはさっそく、持ってきた淫具をミランダに施すような仕草した。

 ミランダは慌てた。

 

「ち、違うわよ──。それは手掛かりなんだから、使わないでよね」

 

「手掛かり?」

 

 ロウはやっと手をとめ、改めて、その淫具を眺める仕草になった。

 そして、すぐに眉をひそめる。

 

「……この淫具からは、おかしな気のようなものを感じるな……。魔道……ではなさそうだ。しかし、淫気でもない……。さて……?」

 

 ロウが首を傾げている。

 だが、ミランダは、ロウがあの淫具の不自然な力に気がついたことに驚いてしまった。

 やっぱりロウは凄い。

 魔道も遣えないのに、一流の魔道師にしかわからなかった淫具に流れている「気」の違いを感じることができるのだ。

 それにしても、“淫気”?

 あまり耳にしない単語だ。

 それはともかく、ミランダは口を開いた。

 

「……さすがにロウね。そうよ。それは、破廉恥事件で保護された第三神殿の筆頭巫女のスクルズが、神殿の者に発見されたときに、身体に身に着けていたものよ」

 

 ミランダは言った。

 

「破廉恥事件で保護された?」

 

 ロウが驚いた顔をミランダに向けた。

 当然だろう。

 一昨日の朝、あのスクルズが、数名の与太者相手に路上で性愛の営みをしていたという事実は、神殿による厳しい箝口が敷かれている。

 ……とはいえ、いずれは、噂が王都を蔓延するのは避けられないだろう。

 しかし、いまはまだ、ほとんどの市民もこの事件については耳にしていないはずだ。

 

「……クエストの内容について話すわ」

 

 ミランダは語り始めようとした。

 しかし、このとき、ミランダは下腹部に痛みのようなものが走るのを感じた……。

 それがなにかというのを考える前に、さっきお尻に入れられた異物の存在が消えていることに気づいた。

 その代わりに襲ったのは強い便意だ。

 

「おや、座薬が効いてきたようだね。まあ、とにかく、早くクエストの内容を話しなよ。約束だから、話を先に聞くよ」

 

 ロウがいつもの鬼畜な笑みをミランダに向けた。

 ミランダはぞっとした。



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83  筆頭巫女の醜聞

「おや、座薬が効いてきたようだね。まあ、とにかく、早くクエストの内容を話しなよ。約束だから、話を先に聞くよ」

 

 一郎は言った。

 

「あ、ああ……、う、うう……」

 

 さっと顔を蒼ざめさせたミランダが歯を食い縛り始める。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

 当然だ。

 さっきミランダのお尻に入れたのは、一郎がクグルスとともに開発した固形型の浣腸剤だ。

 子供の男根ほどの小さなものだが、取扱いが簡単で、どこでも挿入可能で便利であるばかりでなく、肛門に挿入するとあっという間に溶けて腸内に吸収されて、強力な浣腸液を抽入されたとき以上の効果を生む。

 全部が解け終わった瞬間に、急激な便意が発生するのだ。

 誰かに試すのは初めてだが、出来は成功のようだ。

 しかも、この固形浣腸の鬼畜さはそれだけではない。

 液体浣腸の場合は、排便は大量の水流とともに出るのだが、これは固形のまま便をひり出すことになるのだ。

 羞恥は液体浣腸の比ではないはずだ。

 

「ロ、ロウ、こ、こんなのないわよ……。さ、さっき、あ、あんたがお尻に入れたのって……」

 

 ミランダが早くも真っ蒼になって脂汗を流し始めた。

 ロウはひそかにミランダの心に淫魔の縛りを伸ばして、一時的にロウに対する抵抗心をさらに奪った。

 淫魔術のことはミランダには語ったが、どんなことができるのかということまでの詳細は話していない。

 まあ、それでも、ハロンドールどころか、いまや国境を越えて拡がる冒険者ギルドの大組織を事実上動かすミランダだ。

 一郎の淫魔術に、女に対する精の支配力があることには、ある程度のことは察しがついているとは思うが、それについては、ミランダはなにも言わない。

 自分の心が支配されている可能性もあるとは思っている節もあるようだが、それすらも受け入れてくれているようだ。

 まあ、実際には、こうやって性愛のときには、ミランダを支配するが、それ以外ではなにも手は出してない。

 ミランダが逆らわないのは、ミランダ自身の意思によるものだ。

 断じて、一郎の強要ではない。

 

「あ、あの……。ロウ様、ミランダはどうしたのですか?」

 

 固形型の浣腸剤というのに初めて接したエリカが不思議そうな顔をした。エリカに限らず、三人の性奴隷たちも、さっきの固形浣腸はまだ見たことがない。

 

「なんでもないさ、エリカ。ちょっと、お尻を出せ」

 

 一郎はエリカを強引に立たせると、一郎に向かってお尻を突き出させた。

 エリカは恥ずかしそうな仕草をしたが、もう諦めているのか特に抵抗はしない。一郎は、横の台にある入れ物から固形浣腸を取り出すと、エリカのお尻にもつるりと挿入した。クグルスとの共同試作品を十個ほど皿に載せて、横の台に置いている。そこから一つを取りだしたということだ。

 

 もともと、今日はこの試作品を三人娘に試すつもりだった。

 そんなところに、のこのこと訪れてしまったミランダも運が悪いものだ。

 また、この固形浣腸については、クグルスと作ったときに、淫気の込め具合により効果の発揮時間を変えられるようにした。

 ミランダには全部が解け終わるまで、排泄感が発生しないようにしたが、エリカにやったのは、すぐに効果が発揮して、だんだんと便意が大きくなる仕掛けにした。

 

「ひゃ、ひゃん」

 

 お尻に異物を入れられた刺激で、エリカが小さな悲鳴をあげて身体を弓なりにした。

 効果はすぐに出るだろう。

 案の定、すぐにエリカが顔色を変えて振り返った。

 

「ロ、ロウ様、こ、これって──」

 

「固形型の浣腸剤だ。試作品だ。強力だろう? しばらく、我慢するんだ」

 

 一郎はエリカの右手を強引に掴むと、その右手に手枷をかけて、反対側の枷を一郎の座っている椅子の手摺りに繋いだ。これでエリカは逃げることはできない。

 もっとも、この地下には厠というものは存在しない。

 それを知っているエリカは、ミランダ以上に悲痛な表情になった。

 

「なんだ、なんだ? 固形型の浣腸剤なのか?」

 

 シャングリアが近づいてきた。

 今日のシャングリアには、コゼを徹底的に責めるように申し渡している。

 どちらかというと嗜虐癖の強いコゼには、いつも「責め役」をさせることが多いが、たまに逆転をさせるのも面白いと考えたのだ。

 シャングリアの焦らし責めも容赦なさそうだが、コゼも満更でもないようだ。

 苦痛の様子の影にしっかりと被虐に酔うコゼの内心がしっかりとロウにはわかる。

 コゼもまた、しっかりと被虐の性は浸み込ませている。

 いまは苦悩の時間だが、もう少し責めさせた後、焦らし抜かれた股間をたっぷりと犯してやるつもりだ。コゼは腰を抜かすほど悦ぶに違いない。

 

「そういうことだ、シャングリア。コゼの責めにも使うか? あの貞操帯は外から金具を引っ張ることで、肛門に喰い込ませている内側の張形を引き抜くことができる。すると、そこに穴ができるから、そこからこの肛門浣腸を押し込むこといい」

 

 一郎は固形浣腸を入れている容器をシャングリアに差し出した。

 淫気を込めないとなんの意味もないが、シャングリアに差し出しながら、エリカに施したのと同じように淫気を注ぐ。

 

「もらう」

 

 シャングリアはその中から三個ほどを無造作に掴んだ。

 一郎はびっくりした。

 これは一個でも相当に強力な排便剤なのだ。一気に三個も入れられれば我慢などできずに、すぐに大便を噴き出してしまうだろう。

 

「そんなに使うなら肛門栓も持っていけ。浣腸剤を入れた後に、これを押し込むんだ。これを押し込んだら尻の中で先端が押し開くように変形するから絶対に漏れない。しかも、押し入れられた浣腸栓を締めつけると振動をするという優れものだ。これも屋敷の蒐集品のひとつだけどな」

 

 一郎は苦笑しながら、さらに横の台からプラグ型の浣腸栓を渡した。

 

「そうか。じゃあ、全部もらうぞ」

 

 シャングリアは嬉々とした表情で受け取った。

 もちろん、シャングリアが持っていった残りの固形浣腸の二個についても、ちゃんと淫気を注入する。

 

「ロ、ロウ、ひ、ひどいわよ……。か、厠に行くわ……」

 

 ミランダが後手に拘束されたまま、一郎の前から廊下に向かう扉に進み始める。

 だが、扉の前に進んだところで、外に出る手段は存在しない。

 一郎は放っておいた。

 ミランダは後手に拘束された背中側の腕で、少しのあいだ、鍵のかかった扉の取っ手と格闘していたが、やがてさらに悲痛な表情で振り返った。

 

「ロ、ロウ、悪ふざけはやめてよ──。か、厠に行かせてったら──」

 

 ミランダが怒鳴った。

 かなり激昂しているようだ。

 考えてみれば、ほかの三人とは異なり、浣腸責めというのは、まだやってない。

 この三人だって、最初は嫌悪感が凄まじかった。

 本来は気の強いミランダが簡単に受け入れるわけがない。

 一郎は慌てて、さらにミランダの心に入り込んで、一郎に服従をしようとする感情の線を強めて、逆に抵抗の線を弱めてやった。

 支配した女の心を操る。

 本来はこれが淫魔術なのだ。

 ミランダの顔から怒りの色が消えて、急に追い詰められたような表情になる。

 

「ね、ねえ……お、願いだから……」

 

 ミランダが後手に拘束された身体をくたくたと扉の前に崩れさせた。

 一郎は椅子から立ちあがって、ミランダの方に歩いた。

 椅子に手枷で繋げているエリカが弱々しい声で一郎を呼びかけたが、それは無視した。

 エリカは、浣腸責めもかなり経験をさせている。

 ミランダとは違い、まだまだ我慢ができるはずだ。

 

「ミランダ、俺を満足させたら排便をさせてあげるよ」

 

 一郎はミランダの前で胡坐に座り直すと、脂汗を出して小刻みに苦痛の震えをしているミランダを向かい合わせの態勢に抱え込んだ。

 そして、一郎の身体を跨ぐようにして、ミランダを胡坐の上に乗せる。

 大きく脚を開くかたちになったミランダは、それだけで悲痛な声をあげた。

 だが、抵抗はしない。

 さすがのミランダも、一郎の淫魔師としての呪術を前にしては、すっかりと抵抗心を抑えられてしまっている。

 一郎はミランダの股間に指を伸ばすと、ゆっくりと媚肉をいじりはじめた。

 

「ああ、い、いやあ──」

 

 ミランダが身体をのけ反らせた。

 一郎は片手で背後から抱えて引き寄せ、さらに指をミランダの肉襞に押し込みつつ、肉芽を親指で揉み動かした。

 

「や、やめて。も、漏れる──」

 

 ミランダが悲鳴をあげる。

 だが、ミランダの股間は驚くほどに熱くて、しかも、たっぷりとすでに蜜で溢れている。

 一郎に見えるミランダのステータスも、ミランダが早くも挿入可能なくらいに欲情していることが示されていた。

 浣腸を受けて、股間をいじられるという、あまりにも異常ないたぶりが、ミランダの感覚を昂ぶらせているようだ。

 しばらく愛撫を続けると、ミランダの身体から完全に力が抜けて、一郎への抗議の訴えがすすり泣くような喘ぎ声に変化した。

 一郎はミランダの股間から指を抜くと、まるで小学生のように小さなミランダの腰をすっかりと勃起している一郎の怒張の上に乗せ直した。

 

「うううっ、へ、変になる……。う、ううっ、あ、ああっ──」

 

 ミランダは身体をのけ反らせたまま、腰をがくがくと震わせた。

 浣腸を受けて排便の苦痛に喘いでいるときに、股間を犯されるというのがどういう感覚なのかは、一郎にははっきりとはわからない。

 ただ、同じことをすると、エリカもコゼもシャングリアも、必ず泣き狂う。

 汚辱感とともに膨れあがる便意の苦痛とない交ぜの愉悦というのは、それほどに強烈な甘美感なのだろうか……?

 

「……じゃあ、クエストについて説明してくれよ、ミランダ。そのために来たんだろう?」

 

 一郎はミランダの股間を貫かせたまま意地悪く言った。

 まだ、挿入をしただけで動かしてはいない。

 その代わりに、向かい合わせになっているミランダの大きな乳房に手を伸ばすと、下から包み込むようにして片側ずつ乳房と乳首を揉みしだいた。

 ミランダはあられもないよがり声をあげた。

 ほとんど苦悶に近い表情だが、それ以上に快感に溺れているというのは、魔眼で覗けるミランダのステータスでわかる。

 

「……こ、このままで、なんて……」

 

 ミランダが苦痛に顔を歪ませながら、呻き声のように言った。

 

「逆らうなら、さらに固形浣腸を挿入するぞ。シルキー、追加だ──」

 

 一郎は大きな声をあげた。

 すると、対面座位で繋がっている一郎たちの背後に、屋敷妖精のシルキーが出現する。

 スカート丈の短いメイド姿だ。

 一郎のお気に入りの格好であり、それを身に着けているシルキーは、ミランダと同じように、一郎の感覚では「小学生」のような体つきの美少女にしか思えない。

 

「はい、旦那様」

 

 シルキーがにこにこと微笑みながら言った。

 

「椅子の横の台から、固形浣腸の入った容器を持ってくるんだ。俺が指示をしたら、ミランダのお尻に追加しろ」

 

「畏まりました」

 

 シルキーが椅子に歩み寄っていく。

 

「か、勘弁してよ──。言うわ──。言うから──」

 

 ミランダは絶叫するような大声をあげた。

 やっと、ミランダが語りだす。

 一郎はミランダが冷静になることができなくなるように、挿入している股間を一郎の腰に押しつけるように動かしたり、愛撫を続ける乳房の責めを変化させたりした。

 ちょとした遊びだ。

 意地悪だが、すっかりと気心が知れている一郎と女たちが性愛をするときの約束のようなものであり、女たちはもう諦めて、そんな一郎の鬼畜癖を受け入れてくれている。

 それにしても、本当にこの世界に召喚されてよかった。

 一郎の周りに集まるのは、誰も彼も、この世界において一騎当千の女傑であり、しかも、美人だったり、美少女だったりして、見た目も素晴らしい女性たちばかりだ。

 それが、こうやって、一郎の好きな「SM」を受け入れてくれる。

 嫌がるが心からの拒否はする女はいない。

 このミランダでさえもだ。

 

 一郎もこの世界にやってきて、すでに半年だ。

 すでに、自分の女に対する遠慮というものはない。

 

 だが、ミランダの話に耳を傾けているうちに、その内容が驚くべきものであることがわかってきた。

 途中から、一郎も、ミランダをいたぶるのを忘れてしまっていたほどだ。

 

 ミランダが話したのは、この王都でも有名な三人美人巫女のひとりであるスクルズの醜聞事件についてだった。

 それによれば、一昨日の夜、あのスクルズが裸同然の姿で夜の王都に出現し、色町の裏通りの路地で大勢の与太者を相手に性交に及ぶという事件があったらしい。

 発見されたのは、その夜の夜半過ぎのことであり、スクルズを保護したのは、報せを受けて駆けつけた神殿の者だったようだ。

 

 ミランダが聞き及んでいるところによれば、神殿の者がスクルズを見つけたときには、スクルズは四人の男を相手にした乱交の中心にいたそうだ。

 そのとき、スクルズは手首に巻いた腕輪で後手に拘束した状態であり、さらに肉芽の根元を淫具で締めつけて、その輪を鎖で繋いで男たちに引っ張られて、性交を強要されていたらしい。

 また、ミランダのさらなる説明によれば、スクルズが最初に誘った男たちについては、その淫女が第三神殿の筆頭巫女のスクルズだと気がついて、恐れおののき逃げてしまったようだ。結局のところ、神殿に異変を報せたのも、その男のうちのひとりらしい。

 だが、そのあいだ、スクルズは、後からやって来た別の集団を相手に乱交を始めた。

 そういうことのようだ。

 

 二度目にやって来た男たちについては、酔っていたこともあり、スクルズとは気がつかず、ただの痴女だと思って犯していたらしい。

 最初に逃げた男たちの報せで駆け付けた神殿の者がスクルズを保護したのは、そういう状態のときとのことだ。

 そこまで詳しくわかっているのは、やってきた第三神殿の者たちが、いち早く現場を押さえて男たちを拘束し、それぞれから話を集めたからとのことである。

 しかし、スクルズ本人については、なにが起きたのか、ほとんど語っていないようだ。

 

「驚いたな。スクルズ殿といえば、王都でも有名な三巫女様だろう? そんな醜聞が?」

 

「まあ……醜聞そのものは……神殿が箝口令を……。男たちには……記憶改変の……魔道も遣ったようだから、おそらく、世間には出ないと思うけど……」

 

 ミランダが歯を喰いしばりながら言った。

 限界に迫っている便意もあるが、ミランダの股間には一郎の怒張を挿入しっ放しだ。刺激は中断してあげているとはいえ、ミランダは相当に追い詰められているようだ。

 一郎は対面座位の状態のミランダをぐっと抱き締めてやる。

 ミランダの荒い息遣いによる胸の動きが一郎の肌に伝わってくる。

 あっという間に脂汗びっしょりになったミランダの肌の熱さも……。

 

「記憶改変? スクルズ殿の名誉を守るため?」

 

「スクルズ……というよりは……。スクルズを犯してしまった男たちを……守るためということもあるわ……。な、なにしろ、スクルズはかなりの人気のある美人巫女だから……。合意のもととはいえ、スクルズに手を出したと知れたら、彼らが大変なことに……」

 

「合意のもと? いま、合意のもとと言った?」

 

 一郎は驚いて言った。

 面識があるわけじゃないが、王都にやってきてもう四ヶ月になり、三神殿の筆頭巫女の美しさも、人気も一郎は十分に認識している。

 そのスクルズに手を出したとあれば、酔っていたからと言っても許されないだろう。

 確かに世間に知られれば、王軍に捕縛される前に、その男たちが世間から八つ裂きにされかねない。

 それくらいに、三巫女は人気のある女神官なのだ。

 だが、合意のもと?

 

「す、少なくとも、ス、スクルズは……無理矢理じゃないと言っている……。男たちとは合意のうえだと……。ね、ねえ、いい加減に許してよ」

 

「まだだよ。そもそも、スクルズ殿が輪姦されていたときに、後ろ手に拘束されていたって言わなかった? クリトリスに金具を装着されて、鎖で引っ張られていたとか……」

 

「……そ、それは、さ、さっきの腕輪よ……。あ、あれは腕につけておけば、自分で自分を拘束できる……のよ……。に、肉芽の淫具もそう……。スクルズは自分で自分の肉芽にそれを締めつけて、さらに腕輪で自縛をしたと言っている……。そして、男たちを誘ったと……。だから、自分を犯していた男たちには罪はないとね……」

 

「まさか……。スクルズ殿は貞節な巫女だろう? それが信じられないような破廉恥なやり方で、夜の街で男を漁ったりするか?」

 

 あり得ないな。

 一郎は自分で口にして思った。

 スクルズは神に仕える敬虔な巫女だ。

 合意のもとに、夜の王都の路地で輪姦ごっこなんて、まさか……?

 

「で、でも、そう自分で証言しているわ……。い、いまは、所属の第三神殿の一室で監視付きで監禁されているけど……。あ、あたしも直接に話をした……。長い時間でなかったけどね……。確かに……スクルズは……そう言ったわ……。で、でも、スクルズが……て、貞節かどうかはともかく……。男を漁るような女ではないことは……た、確かね……。ねえ、も、もう、限界──。お願いだから……。あ、あんたにかかる……。もう許して──」

 

 ついにミランダが泣き声をあげた。

 すでに全身に鳥肌が立っている。

 かなりの便意なのだと思う。

 ぶちまけるならぶちまけても構わないが、おそらく、ミランダはまだ我慢できる。

 そういうことを見極めるのも、一郎の淫魔術だ。

 

「まだまだ我慢できるさ……。それよりも、ミランダは、そのスクルズ殿の知り合いなのか?」

 

 一郎は訊ねた。

 なんとなくミランダの物言いは、スクルズと親しそうな感じだ。

 

「し、知ってる……。ス、スクルズだけじゃなく……ウ、ウルズと……ベルズともね……」

 

 ウルズ、ベルズ、スクルズは、この揃って王都の三大神殿の筆頭巫女というだけでなく、同じ神学校で同窓として修行をした姉妹のように仲のいい親友同士だというのは周知のことだ

 この美貌の三人は、その優秀さによって、揃って同じ時期に地方神殿から王都の三神殿にそれぞれに招かれたのだ。そして、瞬く間に出世して、以前からの修業巫女をごぼう抜きされたのだそうだ。

 そして、若くして筆頭巫女にまでになった。

 一郎でも知っている有名な話である。

 やはり、ミランダは、そのスクルズたちと知り合いなのだ。

 だから、この案件については、ミランダの個人的な思いもあるかもしれない。

 

「……だ、だけど……こ、これはそんな簡単な話じゃない……。さ、さっきの淫具……。これは魔族の瘴気の気が満ちている……。つ、つまりは、魔族の力のこもった淫具……。スクルズはこれを自分の持ち物だと言い張っているけど……。そのまま、彼女がそう主張を続けるなら……スクルズは処刑されるしかない……」

 

「処刑──?」

 

 一郎は驚いて声をあげた。

 さらにミランダは説明を続けた。

 つまりは、一郎も違和感を覚えたミランダが持ってきた拘束具と淫具は、人間族の魔道師の力の源である「魔道の気」ではなく、魔族の力の源である「瘴気」の気がこもっているということだった。

 すなわちスクルズは、なんらかのかたちで、異世界に封じたはずの魔族と関わりがあるということになるらしい。

 

 スクルズはそれを自分のものだと主張しているようだ。

 だが、一方でスクルズは、それをどこで手に入れたかは、忘れたとも主張しているらしい。

 だが、魔族に関わるのも、魔族の瘴気のこもった魔道具を手にするのも、この世界では「死刑」に該当するご法度だ。

 それをどうやって手に入れたか忘れたで済むことではない。

 

 ところで、この世界でよく知られている魔道の源である「魔道の気」と「瘴気」であるが、実は第三の力の源なのが、一郎や魔妖精のクグルスの駆使する「淫気」だ。

 ほとんど魔道の気と同じなので、ほとんどの者に区別はつかないようだが、ミランダに施した「固形浣腸」も、第三の力である淫気で作り出したものだ。

 

「……はあ、はあ、はあ……。ス、スクルズが発見されたとき、神殿の者……だ、だけじゃなく……。警邏中の王軍の兵も数名やってきて……。箝口令は敷かれているけど……、瘴気のことは……王軍側も……し、知っている……」

 

 いずれにしても、ミランダによれば、いまはまだ神殿の者がスクルズを訊問しているので、手酷い扱いは受けていないが、スクルズがあくまで黙秘同然の証言を続けるなら、王軍の魔道師隊に引き渡されるのは時間の問題のことらしい。

 そうなれば、スクルズが拷問をされるのも違いないようだ。

 

「……つまりは、俺たちに真相を解き明かせというのが、クエストの内容かい?」

 

 一郎は言った。

 ところで、ミランダの苦悶はますます激しくなっている。

 いまや挿入している一郎の肉棒は信じられないくらいの力でミランダの膣に締めつけられていた。

 

「ち、違う……。それは神殿か王軍でする……。ク、クエストの依頼主は……当のスクルズよ……。ウルズとベルズを救って欲しい。しかも、できるだけ密かに……。それが今回のクエスト……。あたしがスクルズと面談ができた短い時間の最後に……スクルズが……ひと目をはばかるように……小声でそれを……依頼したの……」

 

「ウルズ殿とベルズ殿──? なんで、それをスクルズ殿が……?」

 

 そう言って、一郎は途中で言葉を途切らせた。

 突然にある考えが、一郎の頭を過ぎったのだ。

 

 スクルズは誰かに脅迫されている?

 しかも、仲のいいウルズとベルズを人質にされている?

 一郎の第六勘がそれを告げた。

 そう仮定すると、スクルズの不自然な言動も辻褄が合う。

 

「……お、お願い……。た、多分、ウルズ……と……ベルズを調べることは……スクルズを救うことにもなる……。と……思う……」

 

 ミランダは息も絶え絶えの様子で言った。

 そして、成功報酬について告げた。

 悪くはない額だ。

 

「……そ、それと……役に立つ情報かもしれないから……お、教えておくわ……。ウルズ……ベルズ……スクルズは……実は百合の関係よ……。昔はね……。誰にも秘密にしてね……」

 

 ミランダが言った。

 これには一郎も驚いた。

 あの王都でも有名な三人巫女が百合の性愛の関係であるとは……。

 だが、巫女の修業というのは、男を排除した女だけの世界で行われる厳しいものだとも聞く。

 そういうこともあるかもしれないと思い直した。

 

「わかった──。引き受けるよ。もちろん、急いで着手する……」

 

 とにかく一郎は言った。

 このクエストに許される時間は少ない。

 それも悟った。

 この瞬間にも、スクルズは神殿から王軍魔道師隊に引き渡されるかもしれない。

 そうなれば、スクルズには苛酷な拷問が待っている。

 ただ、自分がそうなるのを知っていながら、「真実」を告げないスクルズだ。

 スクルズが拷問に負けて、なにかを喋れば、おそらく、さらに不幸なことが誰かによって引き起こされる可能性が高い。

 

「……あ、ありがとう……」

 

 ミランダが苦痛の顔にちょっとだけ安堵の色を滲ませた。

 

「わかった──。任せろ、ミランダ──。おい、遊びは終わりだ、みんな──。仕事だ──。シルキー、扉を解放しろ。コゼの拘束と貞操帯もだ」

 

 一郎は叫んだ。

 ひとりだけ拘束をされていないシャングリアがすぐに動き出すのがわかった。

 さっそく、コゼを気付け薬で正気に戻して、エリカを含めたふたりの拘束を解くだろう。

 シルキーも次々に魔道であちこちを解放させている。

 

「……じゃあ、ミランダも急ぐか」

 

 一郎は肉棒で貫いているミランダの腰を上下に揺さぶり始めた。

 

「ああ、いいっ……ああっ、あうっ」

 

 ミランダが大きなよがり声を放つ。

 一郎はいきなり激しく腰を動かしている。

 それだけではなく、さらに膣の中に浮かぶ赤いもやを擦るように肉棒の先端で強く擦るようにした。ミランダは激しくのけ反って突っ張らせた身体に痙攣を走らせ始める。

 

「うあああっ。だめええっ」

 

 激しい便意に襲われながら、一郎から快感を与えられだすミランダが悲鳴をあげた。

 そのとき、一郎も思わず声を放ってしまった。

 ミランダが、信じられないくらいに強く膣を収縮させたのだ。

 

「いくうっ──」

 

 ミランダが絶叫した。

 あっという間に追いあげられたミランダは、早くも達したようだ。

 しかし、一郎は責めをやめない。

 ますます激しくミランダの身体を揺り動かし続ける。

 絶頂の余韻が終わらないうちに、さらに高みに昇らされるミランダは、総身をますます激しく震わせた。

 それでいて、ミランダは急激に膨れあがる便意の苦痛にも追い込まれている。

 悶え方が狂乱状態に近くなっていく。

 

 ふと、一郎はミランダの背後に、影のように立っているシルキーに眼をやった。

 にこにこと微笑んで木桶を抱えている。

 準備万端というところのようだ。

 一郎は、このまま排便の我慢のぎりぎりまでミランダを犯し、そのままミランダに一郎の眼の前で、その木桶に排便させるつもりだ。

 一郎は突きあげの勢いを増した。

 

「ひいっ──」

 

 一方で、一郎たちの横を拘束を解かれたエリカが走り抜けていった。

 さっき鍵が外された扉を開いて全裸のまま駆け去っていく。

 一階にある厠まであのまま駆けていくのだろう。

 

「う、うう……だ、だめ……」

 

「しっかりしろ、コゼ──。ほら、気を確かに持て──」

 

 その後をシャングリアに抱えられたコゼが四つん這いで進んでいく。

 コゼは、朦朧として半分意識がない感じだ。

 それでも失神することも許されず、懸命に身体を這わせている。コゼはシャングリアから固形浣腸を三個注入されたはずだ。

 ふと見ると、四つん這いのコゼのお尻では、肛門栓がぶるぶると震えている。

 あれを外すと、一気に糞便が噴き出すだろうから、そのまま進むしかないのだろう。

 

「……すぐに……行く……。コゼの世話……を……頼むぞ……シャングリア」

 

 一郎はミランダを犯しながら言った。

 一方で、

 

「わかった。任せてくれ──。ところで、ロウ……。ミランダが終わったら、コゼを犯してやってくれ。コゼは焦らし責めで狂いそうになっているのだ」

 

 シャングリアがコゼを抱えて廊下に出ながら言った。

 

「わかっている」

 

 一郎は頷いた。

 

「さあ、あと少し頑張れ」

 

 三人が去っていくと、改めて一郎はミランダに声をかけた。

 ミランダは白目を剥きかけていた。

 そのミランダが、再び大声を放って、全身をよがらせる。

 一郎は、そのミランダの二度目の絶頂に合わせるようにして、ミランダの子宮めがけて精を迸らせた。

 

「んぐううううっ」

 

 ミランダが身体を限界まで反らせる。

 一郎は二射、三射とミランダの子宮に精を注いでいく。

 だが、すぐに抜いた。

 脱力しているミランダを反転させて、膝を後ろから手を入れて、まるで幼児が小尿をさせられているような格好に脚を開かせる。

 余りの便意でほとんど失神状態にあるミランダは、もう抵抗しない。

 

「ほら、ミランダ」

 

 シルキーが木桶を当てるのと、ミランダのお尻から糞便がぼとぼとと落ち始めるのがほぼ同時だった。



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84  巫女たちの秘密

「まだ、口を開くな。わたしが喋り終わるまで口をつぐんでいるのだ」

 

 ベルズという巫女がいきなり噛みつくように言ったので、一郎は開きかけていた口を閉じた。

 

 第二神殿にやってきた一郎に準備された面会のための一室だ。

 一郎はひとりでこの部屋で待つように指示されていた。

 一緒にやってきたエリカたち三人が同席することは許されなかった。

 だから、三人はいま隣室で待機している。

 

 そして、大して待たされることなく、ベルズはやってきた。

 ただ、ベルズはひとりではなかった。

 その背後には剣で武装した巫女が五人ほど並んでいる。

 いずれも手練れだ。

 一郎には彼女たちのステータスを急いで走り見てそう思った。

 一方でベルズは武器らしいものは持っていない。

 まあ、王都の筆頭巫女ほどの女性だ。

 武器などなくても、魔道の力は強いに違いない。

 そのベルズは、ベルズは髪の色と同じ真っ赤なショールを頭にかけていた。噂以上の美人だと一郎は思った。

 

「冒険者ふぜいと長話をするつもりはない。見ての通り、わたしにはわたしを守ってくれる者がついている。彼女たちは役に立つし、信用もできる。お前たちとは違う。だから、冒険者ごときにわたしを守ってもらう必要はない。お前たちに会うのはミランダ殿が頼むからだ。会わずして断れば、ミランダ殿の顔も立たんと思ってな。とにかく、答えは“否”だ。お前たちの申し出は必要ない」

 

 これは大変な女だと一郎は思った。

 気の強さが態度にも口調にも表れている。

 王都でも有名な三人美人巫女のうち、ベルズは一番の気の強さでも有名だったが、実際には噂以上のようだ。

 とりあえず、一郎は魔眼の力でステータスを覗いた。

 

 

 

  “ベルズ

   人間族、女

    第2神殿筆頭巫女

   年齢26歳

   ジョブ

    魔道遣い(レベル25)

   生命力:50

   攻撃力:10

   魔道力:200(凍結)

   経験人数:女3

   淫乱レベル:S

   快感値:300

   状態

    ***”

 

 

 

 やはりかなりレベルの高い魔道遣いでもあるというのはわかる。

 ただ、ベルズのステータスには、なにかの異常状態であるというような兆候があった。魔道も凍結状態だ。

*ただ、いつもなら、“状態”という項目で垣間見ることのできるそれが、余程に強いなにかの力で隠されていて、一郎でも読むことができない。

 いまの段階では、一郎にも、それがなにであるのかわからない。

 魔眼の力だけでなく、淫魔力も遣えば、その正体が見抜けるかもしれないが……。

 

「しかし、あなたとウルズ殿を守るというのが俺の受けたクエストでありましてね。俺としても、あなた方を危険からお守りしなければ、クエスト達成ができないんですよ。冒険者にとって、与えられたクエスト実行の厳しさはお聞き及びとも思いますが……」

 

「黙れ──。それはそっちの勝手な都合であろう。だいたい、誰がわたしを守れなどという依頼を出したのだ──? いや、答えんでもいい。ともかく、頼みもせんのに、守ってもらう必要はない。わたしの護衛については間に合っているのだ」

 

「別に護衛をするつもりはないですよ。あなたがそれは必要ないとおっしゃるのであればね。ただ、あなたに振りかかっている危険は勝手に排除させてもらいます。それが俺たちのクエストでありまして……。ですが、せめて、どんな危険が迫っているのかくらいは教えて頂けませんか?」

 

「危険などない」

 

 ベルズははっきりと言い放った。

 しかし、一郎はわざとらしく笑い声をあげた。

 

「それは嘘でしょう。あなたがなにかを怯えているというのは丸わかりです。冒険者である俺と面会をすることを、あなたがかなり渋っていたというのはミランダから聞いています。結局のところ、応じてはくれましたが、いまのように五人の護衛付きであり、しかも、全員に一度に会うことは拒否して、俺の連れの三人は別室で待機するように言われました。あなたが、なにかを怯えているというのはよくわかるのですよ。もしかして、それは可哀想なスクルズ様にも関係があるのではないですかね」

 

「スクルズ? なぜ、スクルズの話がここに出てくるのだ?」

 

 ベルズが眉間に皺を寄せた。

 いまだに世間に流れてはいないスクルズの醜聞だが、スクルズの百合の関係があるというほどの友人であり、同じように神官に仕える者であるベルズが、スクルズが大勢の男と野外で乱交したという事件は耳にしているに決まっている。

 予想のとおり、スクルズの名を出すと、ベルズの顔に大きな動揺が走ったのがわかった。

 

「クエストの依頼主はスクルズ様です。自分に起こった不幸を友人のおふたりから救いたいという心根のようですね。それで監視されていながらも、ひそかにおふたりを守ることをミランダに依頼しました……。それに、このままでは、スクルズ殿は王軍に身柄を移されて、拷問の挙句に処刑されるでしょう。どうか、ご協力をお願いします」

 

 一郎は頭を下げた。

 

「しょ、処刑──? な、なんでそんなことになるのだ? スクルズは気の弱い女だから、誰かに流されて破廉恥な行いをしてしまったというのはあるのだろうが、それで処刑というのは……。そもそも、なぜ、王軍が出てくるのだ? スクルズはなんの罪を犯したのだ?」

 

 ベルズが声をあげた。

 どうやら、ベルズはスクルズは夜の街で複数の男と性行為をしたということは聞いていたようだが、魔族の力である瘴気のこもった淫具を身に着けていたというのは知らないようだ。

 

「スクルズ殿は罪は犯していません。ただ、些か、不幸な状況にあるのは事実であり、放っておけば拷問死するか、拷問されたうえに処刑されるかのどちらかです。でも、スクルズ殿は誰かに脅迫されているのです」

 

「脅迫――?」

 

「おそらく、俺はベルズ殿やウルズ殿に関連することではないかと思うのです。つまりは、スクルズ殿は、ご自分のことではなく、あなたやウルズ殿を守るために犠牲になっているのですよ。あなた方を人質にされて、そのために破廉恥な行為を受け入れるしかなかったということです。それが今回の事件の真相です」

 

 一郎ははっきりと言った。

 もちろん、それははったりだ。

 本当はこの第二神殿にやって来る前に、第三神殿で監禁状態になっているスクルズと面談をしたかった。

 話ができないまでも、魔眼の力が及ぶほどに近づくことができれば、スクルズが、なぜ夜の道端で男と乱交をするということをやったのかという手掛かりがつかめると考えたのだ。

 しかし、それは副ギルド長のミランダの力を使っても無理だった。

 だから、スクルズが誰かの脅迫を受けて、破廉恥な行為を強要されたというのは、まったくの一郎の当て推量だ。

 ただ、当たらずとも遠からずだと思う。

 

 ミランダが今回のクエストの依頼を携えて、一郎たちが生活する屋敷にやってきたとき、ちょうどみんなで「プレイ」をしている最中だったので、ついついミランダには、作ったばかりの固形浣腸剤を試すことになったが、それが終わったあと、さらに詳しいことをミランダに話をさせた。

 

 いや、ミランダがたまたまブレイの最中に来たのが悪かったのだ。

 まあ、あのときは、ちょっとばかり、一郎も高揚してたし、そんなときにわざわざ、合わせたようにやってくるのは、ミランダにも責任があるだろう。

 あとで、我に返ったミランダに叱られたのは、決して一郎だけのせいじゃない。

 

 多分……。

 

 とにかく、そのときに知ることができたほかの事実や、半日のあいだに集めることができた周辺情報を総合的に整理し、一郎がいまベルズにぶつけたことは間違いないと一郎は確信している。

 それで、あとは三人の当事者たちと直接に会って話をすることが問題解決の早道だと判断した。その結果、ミランダのコネを使いまくり、とりあえず、面会の許可をえることができたのが、ベルズなのだ。

 

「ス、スクルズは、わたしを守るために、あんなことをやったというのか? そ、それにスクルズが死刑になるような罪とはなんなんだ?」

 

 ベルズが目を丸くした。

 

「それに心当たりがないとは言わせませんよ、ベルズ殿。あなたがなにかの危険に陥っていることは確かでしょう? だからこそ、こんなに物々しい護衛をつけているのでしょう?」

 

 一郎は言った。

 その指摘もただの勘だったのだが、やはりそれも正しかったようだ。

 ベルズは目に見えて動揺をした。

 

「……いずれにしても、これ以上の話は外聞をはばかります。どうか、お人払いを……。それと、スクルズ殿の命がかかっていることを忘れないでください」

 

 一郎は鋭い口調で言った。

 

 スクルズが誰かに脅迫されて、あのような破廉恥な行為に及んだということは、一郎の推測にすぎないのだが、そうであると仮定をすれば、スクルズを脅した何者かは、なんらかのかたちで通常は神殿に閉じこもっているだけのスクルズに接触できる存在だと思う。

 事実、半日かけて調べた限りの内容であるが、ほとんど全裸姿で夜の色町にやってくるということをしたスクルズは、それ以前の十日は、病という理由でずっと臥せっていたらしい。

 少なくとも、その間、スクルズは誰にも面会をしていない。

 

 つまりは、スクルズが誰かに脅迫されて、夜の街に半裸で連れ出されたとしても、それを実行したのは、神殿内部の者による行為としか考えられないのだ。無論、魔道力の強い者が外から魔道で跳躍をして侵入したということは考えられるが、神殿に限らず、王都の大抵の場所には、移動術などで外部から侵入できないように魔道避けが施されているのが普通だ。

 

 実際、この第二神殿も外部から魔道によって入り込むのは不可能らしい。それだけでなく、クグルスのような魔族が入るのもできないようになっているようだ。クグルスは魔妖精であり、ほかの魔族とは異なり力の源は「瘴気」ではなく、「淫気」だ。それでも、魔族が封印された異界に身を置いているために、その身体には幾らかの瘴気を帯びているらしい。従って、神殿や王宮などの魔族警告の結界が張り巡らされているところで出現させれば、その瞬間にあちこちに警告が飛び交う仕掛けになっているようだ。

 

 一郎もエリカからは、くれぐれも不用意にクグルスを出現させないようにと再三にわたって注意されている。

 とにかく、スクルズを脅迫した何者かは、同じことをベルズにもできるということだ。

 だから、ほかの者がいる状態では、あまり深い話をすることができない。

 

「ひ、人払い……? な、なんで……」

 

 ベルズが険しい表情をした。

 だが、その顔には困惑のようなものも浮かんでいる。

 ベルズはなんらか心当たりがある。

 一郎は確信した。

 とにかく、眼の前のベルズについては、一郎の魔眼でも垣間見れないなにかの異常がステータスにある。それが読めれば、スクルズにしろ、ベルズにしろ、どういう手段で脅迫されているのかわかる気が手っ取り早く判明する気がする。

 

 そのとき、置物のように静止していた五人の護衛のひとりが、ほんの少し身じろぎしたと思った。それはほとんどあるかないかの動きだったが、一郎は確かに自分の存在を主張するかのようにその護衛の女が動くのを見た。

 

「ふ、不要だ──。とにかく、話は終わりだ。もう、帰れ──。ミランダへの義理は果たしたはずだ」

 

 次の瞬間、ベルズの表情が急に頑なになった。

 一郎は、さっき反応のあった護衛のステータスに改めて注目した。

 

 

 

 “ノルズ

  人間族、女

  年齢:25歳

  ジョブ

   戦士(レベル20)

   魔道遣い(レベル15)

   魔獣遣い(レベル40)

   アサシン(レベル5)

  生命力:50

  攻撃力:450(暗器)

  魔道力:200

  経験人数:女3

  淫乱レベル:B

  快感値:300(通常)”

 

 

 

 魔獣遣い?

 

 さっきは気がつかなかったが、接したことのないジョブが異常に高い。

 

 このノルズという女は怪しい。

 そうであれば、すでにベルズは脅されている──?

 だったら、いくら一郎が警告を発しても、一郎になにかを訴えることはできないし、一郎になにかを告げることもないだろう。

 

 こうなったら、強硬手段だと思った。

 一郎の魔眼は、一郎ももうひとつの能力である淫魔師としての力により強化されている──。

 魔眼の力に淫魔師の力を足せば、注意深く封印されている“なにか”についても、一郎は読み取れるに違いないと思う。

 

 ものは試しだ。

 やってみて損はない……。

 

 それに、一郎の勘はいま考えている方法により、一郎の淫魔力がベルズに繋がりを持つことになり、魔眼による透視が強化されることを告げている。

 

「……だったら、もう少しだけ知りたいことがあります」

 

 一郎はさっと立ちあがった。

 

「な、なにを?」

 

 ベルズが躊躇した表情を示したが、一郎は一瞬の隙も見せずにベルズの両肩を椅子に押さえつけていた。

 そして、いきなりベルズの唇に一郎の唇を重ねると、強引に舌を入れ込んでベルズの唾液をすすった。

 本当は愛液がいいのだが、汗や唾でも多少の代用はできる。

 体液に直接に接すれば、ただ垣間見るだけのときとは比べものにならないくらいに、相手の能力などがはっきりとわかる。

 ついでに、ベルズの口を通じて、一郎の唾液を送り込む。考えられるくらいに強烈な媚薬をベルズの口に抽入してやった。一郎に抱きすくめられているベルズが瞬時に力を失ったのを感じた。

 なにかが迫った。

 一郎は手を離してベルズから飛びのいた。

 

「無礼者め──」

 

 大きな声がした。

 さっきまで一郎がいた場所に斬撃が突き刺さった。

 五人の護衛のうちのノルズという名の女護衛だ。ほかの者は呆気にとられていて、剣すら抜いていない。

 ただ、すでに一郎はベルズたちのいる壁の反対側まで退がっている。

 ノルズが剣を抜いたまま前に出てくる。ほかの女護衛が、やっと慌てたように剣を抜いた。

 

「動くなよ」

 

 一郎は短銃を服の下から出して、真っ直ぐに銃口をノルズに向けた。すでに引き金を引けば弾が出るように準備が終わっている。この部屋に入る前に、腰の剣は取りあげられたが、別に身体検査までをされたわけじゃなかったので、短銃は隠し持ったままでいたのだ。

 そのとき、外に通じる扉が勢いよく開いた。

 

「な、なに事ですか──? わっ、ロウ様?」

「ロウ──?」

 

 飛び込んできたのは隣室に控えていたエリカとシャングリアだ。

 

「ご主人様」

 

 続いて、コゼ──。

 さらにほかの神官たちも雪崩れ込んできた。

 

「失礼しました。これで退散させていただきます。あなたを悩ませているものの正体はわかりました。必ず、危険を排除してみせます。俺を信用してください」

 

 一郎は短銃を構えたまま、ベルズに言った。

 エリカたちは当惑している。

 それでも、一郎を守るように一郎の前に壁を作った。エリカとシャングリアは、武器を預けたままなので丸腰だ。ただ、コゼは一郎と同じように、暗器を身体に潜ませている。

 一郎たちを剣を抜いたノルズという女を含む五人の女護衛が迫り、それを部屋の外からやってきた大勢の神官たちが取り囲んでいるというかたちになった。

 

「な、なんの騒ぎでもない。みんな、落ち着くがいい──。と、とにかく、全員、武器を収めよ──。この神殿で殺生騒ぎは許さん。ロウとやら、大人しくせよ」

 

 必死の声がした。

 ベルズだ。

 一郎は微笑んだ。

 ベルズの顔は赤い。

 すでに一郎の唾液を飲んでしまい、それが身体に浸透してしまった証拠だ。

 

 若い女である限り、一郎の淫魔師レベルの七十に達しない者は、すべて一郎の淫魔術から逃れることはできない。精液を股間に施せば、性奴隷して完全支配できるが、唾液や汗のような体液にだって、効果は低いがそれなりの支配効果はある。

 一郎の唾液をすすってしまったベルズに、一郎に対して女としての心を焚きあがらせるくらいのことなら少しはできるのだ。

 一郎は淫魔師の力を総動員して、ベルズの心が一郎に傾くように仕向けていた。

 それでも怒りに震えていることには違いないが、ここで一郎を捕縛させたり、あるいは、殺してしまうことを躊躇うくらいには心を操作することはできるはずだ。

 

「大人しくしますよ。もうなにもしません。俺たちを退散させてください」

 

 一郎は素早く言った。そして、短銃を懐にしまう。

 

「道を開けなさい──。さっさと出ていけ、ロウ──。二度とわたしにも、神殿にも近づいてはならん。いずれ、冒険者ギルドには話をつける」

 

 ベルズが言った。

 一郎はほっとした。

 

「寛大なご処置に感謝します。お邪魔しました」

 

 殺到していた神殿の者たちを押し退けるように、急いで外に出る。

 エリカたち三人が慌てて、それを追ってきた。

 一郎は扉を出て行きながら、もう一度、ベルズのステータスを確かめた。唾液をすすったことで、さっきは見えなかったベルズの異常状態の内容を知ることができている。

 

 

 

 “ベルズ

  人間族、女

  ……

  ……

  状態

   魔瘴石(封印状態)の憑依”

 

 

 

 魔瘴石の憑依──。

 ベルズは体内に封印された魔瘴石を植え付けられている。

 一郎にはそれがはっきりとわかった。

 

 

 *

 

 

「じゃあ、三番勝負の最後の勝負だ。この勝負の勝者はご褒美に俺が犯してやるうえに、下の服を返してやる。負ければ、ミランダが戻るまでそのままですごせ」

 

 一郎はただひとり椅子に座って、跪いて密着するように向かい合っているエリカとコゼに言った。

 手には三人の女たちから取りあげた下着があり、また、エリカとシャングリアのスカート、そして、コゼのズボンは、それぞれに一郎の椅子の手摺りに引っ掛けてある。いずれも、この部屋にやってきてしばらくしてから脱ぐように命じたものだ。

 エリカもコゼも、上半身はきちんとしているが、腰から下は、履物以外はなにも身に着けていないすっぽんぽんだ。

 ふたりにやらせようとしているのは、向かい合ってお互いの股間を責め合い、どちらが先に相手をいかせることができるのかという勝負だ。

 

「ふふふ、負けないわよ、エリカ。ご主人様のお情けはあたしがもらうからね」

 

「こうなったら、もうどうでもいい……。とにかく、さっさと勝たせてもらって、服を返してもらうわ」

 

 ふたりがかすかに上気した顔で言った。

 ふたりとも、一度ずつシャングリアと勝負してかなり身体ができあがっている。ステータスを覗くことができる一郎にはそれがわかる。だが、ふたりを比べれば、余裕がないのはやっぱりエリカだろう。感じやすいエリカは、すでに快感値は四十台だ。それに比べれば、まだコゼは百以上の三桁を残している。

 

 冒険者ギルドの個室の一室だ。

 第二神殿のベルズの唇を奪うという騒動を起こして、いくらも時間が経たないうちに冒険者ギルドから派遣された者たちが、道を歩いていた一郎たちを取り囲むようにして、この冒険者ギルドに連れてきた。

 その対応の素早さと情報の確かさは、さすがの冒険者ギルドと感嘆するしかなかった。

 とにかく、一郎たちはそのまま拉致されて、冒険者ギルドの地下の一室に閉じ込められた。副ギルド長のミランダの指示だということだ。

 ミランダが戻るまで、ここにいろという命令だった。

 

 部屋には外から鍵を閉められた。

 だが、当のミランダはなかなか現れなかった。

 すでに、夜のとばりはおりて、外は完全な夜になっているはずだ。おそらく、もう四ノスは過ぎていると思う。

 元の世界の時間感覚であれば、三時間半というところだ。

 

 最初は大人しく待っていたのだが、ギルド職員たちが様子を覗くために部屋にやってくることがなさそうだと悟ると、一郎の悪戯心がむくりと頭をもたげてきた。

 そこで、嫌がる三人の下半身を裸にして百合の勝負を命じたのだ。ふたりずつ足を開いて跪いて向かい合い、手で相手の股を責めるという単純なものであり、一位になれば一郎が犯すというご褒美があり、負ければ罰だと申し渡した。

 意外にも三人は乗り気になり、こうして退屈凌ぎの百合勝負が始まった。

 一郎たちが閉じ込められたのは、いつものロビーに面した部屋ではなく、人の気配の感じない地下だ。

 それで三人とも、人が来そうにないということで、少し安心しているのかもしれない。

 

 とにかく、一郎の申し渡したくだらない勝負を三人は受け入れた。

 勝負の順番はくじで決め、最初はシャングリアとエリカになった。

 一郎の予想では、身体が敏感なエリカの負けだった。なにしろ、エリカの股間にはいじればたちまちに大きな愉悦が迸るクリピアスまであるのだ。

 だが、勝ったのは意外にもエリカだった。そういえば、エリカは一郎と出逢う前は、百合の性愛の性癖があり、女同士で愛し合うことには長けているのだ。エリカは的確にシャングリアの急所を探り当てて責め、あっという間にシャングリアは達してしまった。

 

 二回戦はシャングリアが負け残ることになり、シャングリアとコゼの勝負になった。

 この勝負は、一度達するとかなり不利になる。男の身体と異なり、女の身体は絶頂するほどに燃えあがると、簡単には身体の火照りは鎮まらない。エリカに昇天させられて、まだ昇天の余韻の残っていた股間をコゼに責められて、シャングリアは二度目の絶頂をした。

 そして、いよいよ、勝者同士のエリカとコゼによる三回戦になったというところだ。

 

「始め──」

 

 一郎は声をかけた。

 エリカとコゼが相手の股間にさっと手を伸ばす。

 

「あっ、ううっ」

「はああっ、くううっ」

 

 ふたりの口から甘い声がこぼれ出す。それぞれの股間でここまで聞こえるねちゃねちゃという水音も響きだした。

 

「ふうっ、ロ、ロウ……。こ、これ……た、ただの縄じゃないのだな……」

 

 そのとき、一郎の椅子の下で下半身裸のまま、床に横座りしているシャングリアがつらそうな声を出した。シャングリアの股間には、最下位の罰として、一郎が施した股縄が喰い込んでいるのだが、早くもその効果が発揮し始めたようだ。

 

「当然だ。罰なんだからな。お前の股間に喰い込んでいる縄には、たっぷりと媚薬が沁み込ませてある。まあ、愉しんでくれ」

 

 一郎は笑った。

 シャングリアの股間に喰い込ませた股縄に塗ったのは、怖ろしく強力な催淫剤だ。痒みで苦しめるような効果はないが、それを股間に塗ると凄まじい疼きが走り、一郎に犯してもらいたくてたまらなくなる。それを股間に喰い込ませてから、シャングリアの両腕は背中で水平に組ませて、腰の括れの後ろでしっかりと拘束した。

 淫魔師の能力で媚薬程度は自由自在に身体から出すことができるのだ。

 もちろん、縄にはいくつかの結び目を作っており、それがシャングリアの敏感な場所を刺激を与えるように施した。

 早くもシャングリアは腰を悶えさせている。

 

「だ、だけど……これ……ちょっと……つらい……。ま、股が熱くて……」

 

 シャングリアは媚薬の影響で、顔を火照らせ、すでにとろりと溶けたような表情をしている。その顔はぞくぞくするほどに色っぽい。

 

「……そうだな。確かに、それをしてほったらかしじゃあ可哀想だ。だが、罰は罰だしな。そうだ。その状態で腰を振って疼く場所を縄瘤で擦りつけろ。もしも、それで達することができたら、犯してやる」

 

 一郎は言った。

 

「ほ、本当だな──。絶対だぞ──」

 

 シャングリアが俄かに腰をあげて、跪く体勢になった。

 次の瞬間、狂ったように腰を振り始めた。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

 一生懸命に腰を動かしてはいるが、いくらなんでも簡単には縄瘤だけの刺激では、追い詰められるだけで昇天するほどには快感を集めることはできないはずだ。

 だが、気の強い女騎士殿が、こうやって一郎だけに痴態を見せてくれるのは、本当に愛おしくなる。しかし、愛おしいともっと苛めたくなるのが一郎の性分だ。

 一郎はひそかにシャングリアの身体に悪戯をした。

 身体の感度を三倍くらいにあげるとともに、昇天しそうになると快感が止まるように身体に操りを与えたのだ。

 これでシャングリアは、いきそうなのにいけないというもどかしさでもがき狂うことだろう。

 シャングリアへの処置の終わった一郎は、視線と意識をエリカとコゼに戻した。

 

「あっ、くうっああっ」

「はあ、ああっ」

 

 ふたりの喰い縛るような声が続いている。

 さすがに大きな声を出さないようには気をつけているようだが、それでも漏れ出る声はいやらしく響いている。

 

「だ、だめ……」

 

 音をあげるような声を最初に出したのはコゼだった。

 快感値はすでに十数にまで下がっている。

 それに比べてエリカは、まだ二十台だ。

 逆転している。

 一郎はさらにふたりの手管に注目した。

 コゼの股間にある性感帯を示す赤いもやをしっかりと責めているエリカに対して、コゼの愛撫はいま少し的確性を欠く感じだ。それがふたりの明暗を分けているようだ。

 これはエリカが勝ちそうだ。

 一郎は意外なエリカの才能を垣間見た気がした。

 

「んふううっ」

 

 しばらくするとコゼが身体を弓なりにして、がくがくと身体を震わせた。

 達したのだ。

 

「よし、終わりだ。エリカの勝ちだ。こっちに来い、エリカ」

 

 一郎は声をあげて、椅子からおりて、ズボンと下着を脱いだ。

 その足元にエリカがやってきた。

 一郎はその場にエリカを仰向けにすると、いきなり怒張をエリカの膣に捻じ込んだ。

 

「はううっ」

 

 エリカが大きな声をあげた。

 一郎は苦笑してしまった。

 ここは幽霊屋敷と称されている一郎たちの家ではなく、一応はギルド職員がいつ来るかわからないギルド本部の地下だ。さすがに一郎もエリカの口を塞ぎたくなる。

 しかし、もうエリカはそんなことを考えてはいられないだろう。

 挿入しただけで、すでにエリカは快感を身体いっぱいに示して、身体を痙攣するように震わせ始めた。

 精耐久度数が一気に一桁になる。

 いくらなんでも感じすぎだろう……。

 思わず心の中で揶揄してしまう。

 仰向けにしているエリカの両腿を両手で抱えるようにして、律動を開始した。

 

「あっ、ああっ」

 

 エリカは怒張を突きおろされるたびに、吠えるような声をあげて、しかも淫らに腰を使い始めた。

 ずぶずぶと粘膜の糸を引くような音が続く。

 エリカが最初の快感の暴発を起こしたのは、それほどの数を律動させていないときだった。エリカは感極まった声とともに、全身を激しく突っ張らせた。

 一郎は構わずに、腰を動かし続ける。

 

「ひいっ、ひっ、ロ、ロウ様……ああ、ロウ様──」

 

 エリカが両手で一郎の背中にしがみついてきた。

 

「馬鹿、声を落とせ──。いくらなんでもでかい──」

 

 今度はさすがに一郎も言った。

 それくらいエリカの声が大きかったのだ。

 

「だ、だって……、ピ、ピアスにロウ様のが、え、当たると、き、気持ちよくて……。ああ、ああっ、ロ、ロウ様──エリカはい、一生懸命に──み、淫らに……ロウ様に──ああっ、気に入られるように──淫らになります──。ロウ様に──ああっ──気に入られるように──」

 

 エリカが力強く一郎を抱きしめながら、感情を迸らせるように叫んだ。

 

「いまのままでいい……。淫らなエリカはもっと好きかもしれないがな……。いまのままで、俺は十分にエリカを気に入っている……」

 

 一郎は腰を動かしながら、ささやくようにエリカに言った。

 

「んんんんっ──う、嬉しい──」

 

 エリカがぶるぶると震えた。

 二度目の昇天だ。

 

 よくわからないが、一箇月ほど前の洗脳騒ぎの後から、エリカは一郎に対して怖ろしく積極的になった気もする。なにか思うところがあるのかもしれないし、心を操られたとはいえ、一郎を憎むような気持ちに縛られたことが余程にショックだったのかもしれない。

 いずれにしても、あれからエリカは一郎との性行為に対して、本当に貪欲そうに思える。

 考えてみれば、こんな場所で狂ったような性交に耽るなど、以前のエリカなら真っ先に反対しそうに思える。しかし、今日のエリカは一郎の申し渡しに反対しなかった。むしろ、積極的に参加して、こうやって一郎の愛をもらう立場を手に入れた。

 

「いく、いく、またいきます、ロウ様──」

 

 エリカが再び感極まった声を出し始めた。

 

「おう、いけ。俺もそれに合わせて達してやる」

 

 一郎はエリカに息つく余裕も与えないような勢いで腰を突き続けた。

 さらに口を伸ばして、エリカの唇に舌を差し入れる。

 エリカがむさぼるように一郎の舌に自分の舌を絡ませてきた。

 

「んはああっ」

 

 ついに、三度目の絶頂にエリカが達した。

 一郎もそのエリカにたっぷりと精を注ぎ込んだ。

 ありったけの精を注ぎ込んだ一郎は、やっと心の冷静さが戻った気がした。

 立て続けの三連続の絶頂にすっかりとエリカは脱力している。

 とりあえず、一郎は呆けた様子で身じろぎしないエリカから一物を抜いた。

 すると、さっとコゼがそこに這い寄ってきた。

 

「お、お掃除しますね……」

 

 コゼが媚を売るような視線を送りながら、エリカの身体から出たばかりの一郎の性器を舐め出す。

 そのコゼの股間に真っ赤な淫情の印が見える。

 きっとコゼも一郎に犯してもらいたいのだろう。

 だが勝負に勝った者だけと申し渡しているから、それも言い出せず、それで懸命な奉仕で満足しようとしているに違いない。

 コゼもまた可愛い。

 一郎は股間に吸いつくように舌を動かし続けるコゼの頭を撫ぜた。

 

「……んふうっ、だ、だめだ……い、いきそうなのに……いけない……も、もう少し……もう少しなのに……」

 

 そのとき、横から悲痛な声がした。

 シャングリアだ。

 ずっと股縄を施された腰を動かし続けていたのだが、達しそうで達することのできない苦しさに泣き声のようなものをあげたのだ。

 ふと見ると、すでに汗びっしょりで身体全体が火照りきって真っ赤だ。

 快感値は、“1”と“2”をいったりきたりしている。

 これは苦しいだろう。

 

「あ、あんた、なにやってんのよ?」

 

 お掃除フェラを終えたコゼが、シャングリアの狂態に気がついて声をあげた。

 

「な、なにって……。こ、これで達すれば──ご、ご主人様が──お、お情けを……く、くれるのだ──だ、だけど、もう少しなのに──ああっ」

 

 シャングリアが懸命に腰を動かしながら言った。

 すでに涙目だ。

 

「な、なんですって──。な、なんで最下位のあんたがお情けをもらえるのよ──。狡いわよ」

 

 するとコゼが抗議の声をあげた。

 

「し、知らん……。ロウ……がそう……言った……のだ……」

 

 シャングリアは腰を動かし続ける。

 だが、一郎が淫魔の力で身体に細工をしているので達することはできない。一郎は可哀想になり、絶頂を止めている縛りを解いてやった。

 

「いぐううっ」

 

 その瞬間、三倍の感度にあげられているシャングリアは激しく股縄で達して、後ろに倒れた。

 

「た、達した──。ロウ、わたしは達したぞ」

 

 シャングリアがなにかを成し遂げたかのような嬉しそうな顔を一郎に向けた。

 

「そうだな。達したな」

 

 一郎も喜悦を満面に浮かべているシャングリアにそう言うしかなかった。

 

「ず、狡いです、ご主人様──、ふ、不公平です。最下位のシャングリアにお情けがあるなら、あたしにもください」

 

 すると、コゼが声をあげた。

 ふと見ると、頬を大きく膨らませている。

 

「わかった。わかった。順番に犯すから心配するな。まずは、コゼからな」

 

 一郎は仕方なく言った。

 そのとき、布で隠している右腕の紋章に小さな疼きを覚えた。

 クグルスだ。

 この部屋にやってきてすぐに呼び出し、魔界に一度戻っていたクグルスが一郎に出現の合図を送っているようだ。

 

「ちょっと、待ってくれ」

 

 一郎はコゼたちにそう声をかけてから、布の下の紋章を指で擦った。

 

「クグルスだよ──。わおっ──。やっぱり、えっちなことしてる。すっごい淫気──。いただきまーす」

 

 一郎の目の前に出現した魔妖精のクグルスが嬉しそうな声をあげて、ぶるぶると身体を震わせ出した。男女の性行為のときに発する淫らなエネルギーは、淫魔である魔妖精のクグルスの大好物だ。クグルスは部屋にたちこめていた一郎たちの発した淫気にすっかりと堪能しているようだ。

 それから、ちなみに、“えっち”という言葉は、この世界の言葉ではない。ただ、一郎が元の世界の言葉だと教えたところ、言葉の響きがいいと、クグルスは最近、その言葉を好んで使っている。

 

「それよりも、さっき調べてくれと頼んだことはわかったのか、クグルス?」

 

 一郎は声をかけた。

 

「うん。人間に憑依した魔瘴石の外し方だね? わかったよ」

 

 クグルスが応じた。

 クグルスには、人間に憑依した魔瘴石をどうやって外したらいいのか、仲間の魔妖精の中に知っている者がいないか調べてもらっていたのだ。

 

「わ、わかったの、クグルス?」

 

 エリカだ。

 激しい性交の疲れで床に寝そべったままだったが、下半身丸出しの姿でこっちまで這ってくる。

 一郎はエリカに下着とスカート放った。

 エリカはそれをのそのそと身に着け始める。

 

「うん、わかったよ。人間に憑依した魔瘴石を外す方法は簡単に言えばふたつ──。それ以外の方法ではたとえ、憑依をさせた術遣いであっても外すことはできないらしいよ。つまりは、ひとつ目は、憑依されている者が生命を失うことだって──。魔瘴石に憑依されるというのは、身体を瘴気に支配されるということらしいよ。だから、死ねば支配から逃れられる。ほら──。いつかウーズ遣いのオーヌを殺したとき、オーヌが死ぬことで魔瘴石が外に弾け飛んだよねえ。憑依されている者が死ねば、あんな風になるんだって」

 

 クグルスは言った。

 一郎は首を横に振った。

 憑依されている人間が命を失えば、魔瘴石は壊れてしまうことは知っている。オーヌのときもそうだったし、魔瘴石を身体に入れて力を得た魔獣も、魔獣が死ぬと同時に、体内の魔瘴石が砕ける。そうやって特異点を封印するのだ。

 しかし、スクルズやベルズにはその方法は遣えない。

 だから、クグルスに調べてもらったのだ。

 

「……もうひとつは?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「もうひとつの方法は、魔瘴石を上回る力で憑依している相手に別の支配を刻んでしまうことだよ。別の支配をしてしまえば、魔瘴石は憑りついている者を支配することができなくなり、憑依が剥がれるのさ。つまりは、ご主人様だよ──。どうやら、ご主人様向きの方法のようだね」

 

 クグルスが一郎の前を飛びながら愉快そうに笑った。



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85  怒りの副ギルド長

「ご主人様がスクルズとか、ベルズとかいう巫女を犯して支配してしまえばいいんだよ。魔瘴石の憑依も一種の支配魔道だからね。それよりも、強い支配をしてしまえば、魔瘴石は外れるよ」

 

 クグルスは言った。

 

「つまり、性奴隷にしろということ? 神殿の筆頭巫女を?」

 

 エリカが驚いている。

 この世界で生きる者として、神殿というのがどのくらい権威のあるものかは、本来は異世界の人間である一郎には、それを肌で理解することはできない。

 ただ、一郎の淫魔師の力に慣れっ子になっているはずのエリカが、こんなにびっくりするのに接すると、それは大変なことだというのはなんとなくわかる。

 いずれにしても、ほかに方法がないだろうというのは想像がつく。

 

 ベルズのそばにいた謎の女──。

 今回の事件については、護衛のひとりにやつしていたノルズという若い女がなんらかの関係があるのは間違いないと思う。そのノルズのステータスには、“魔獣遣い”というジョブがあった。レベルは“40”だ。

 

 後でエリカに確かめたところ、魔獣遣いというのは、魔獣を使役し、その能力を遣って術を振るう存在のようだ。一郎も淫魔師として、淫魔族であり魔妖精のクグルスを使役するが、それを魔獣により行うものらしい。

 ただし、それを術として専門に行うことができる存在が“魔獣遣い”であり、少なくとも複数の魔族を召喚できるはずだと、エリカは言っていた。

 無論、魔獣召喚は禁忌の魔道だ。

 しかし、なんらかの方法でそれを極めたのが、魔獣遣いなのだそうだ。

 

 あのノルズという若い女護衛は魔獣遣いだ。当然に、魔獣の力の源である瘴気もある程度は操るのだと思う。

 ベルズが魔道を凍結されて、魔瘴石に憑依されていたという事実や、スクルズの突然の振る舞いに、あの妖術師のノルズが関係あるのは間違いないだろう。

 魔瘴石は瘴気の結晶体だし、瘴気を操るのであれば、魔瘴石も使いこなしそうだ。

 

 しかも、ノルズの魔獣遣いとしてのレベルは“40”だ。

 三大神殿の筆頭巫女のひとりのベルズの魔道遣いとしてのレベルが“25”だったことを考えると、“40”というジョブレベルが常識外れだというのはわかる。

 その能力があれば、他人の身体に特異点を作り、魔瘴石を憑依させるというのもできるだろう。魔獣を召喚する魔獣遣いの力は、その魔族を呼び出すための瘴気の出口をこの世界に作るという能力そのものはずだ。

 

 ノルズがベルズたちの身体に魔瘴石を憑依させたと仮定すると、それを上回るレベルの能力で支配するには一郎の淫魔師の力しかない。

 一郎の知る限り、どんなジョブであれ、この王都でレベル40を超えるジョブレベルの持ち主は一郎のほかにはいない。

 

 問題は、ノルズが主犯であるのか、あるいは、ノルズは、もっと大きな組織の一部にすぎないのかということだ。

 ただ、王都の三大神殿の筆頭巫女に、次々に魔瘴石を憑依させるという大仕事だ。

 これをあの若そうな女ひとりでやったとも思えない……。

 まあ少なくとも、ノルズという魔獣遣いという禁忌の存在が神殿の中に入り込んでいるという事実と、スクルズやベルズの異変が無関係であることはあり得ない。

 

「……なるほどな……。ところで、もしかしたら魔獣遣いのような存在が、人間に魔瘴石を憑依させたとして、その影響力で憑りつかせた存在を殺すことは可能か?」

 

 一郎はクグルスに訊ねた。

 ベルズが魔瘴石に憑依されているのはわかった。

 最初の勘が正しければ、夜の街で淫らな行為に及んだ第三神殿の筆頭巫女のスクルズは、ベルズなどを人質にされて脅迫されていたのだと思う。

 スクルズ自身も魔瘴石に憑依されている可能性は高いが、脅迫の材料は、かつては百合の関係すらあった親友の身体に魔瘴石を憑依されていることではないだろうか。

 現に、ベルズは魔瘴石に憑依されている。

 さもなければ、王軍に逮捕されて処刑される可能性が高いという状況の中で、自分の命を犠牲が危機にあるのに、スクルズがいまだに、なにかを隠そうとしていることの辻褄が合わない。

 クグルスは少し考えるような仕草になった。

 そして、口を開いた。

 

「……もしかしたら、憑依させている人間の能力を超える瘴気を一気に雪崩れ込ませれば、それに耐えられなくなった肉体は破裂するかも……。いや、多分、そうだね」

 

「つまり、憑依させている人間に、体内の魔瘴石を通じて、肉体が耐えられない瘴気を溢れかえらせる魔道をかければ、その相手を殺すことができるということだな。もしも、体内に魔瘴石がある人間が破裂すればどうなる?」

 

「憑依している人間が死ねば、魔瘴石は砕けるよ。それでおしまい。あとはなにもなくなる」

 

 クグルスは言った。

 

「そ、そうなの? 特異点が破裂して、周囲に瘴気が溢れれば、そこが新しい特異点になるんじゃないの?」

 

 エリカが口を挟んだ。

 しかし、クグルスは首を横に振った。

 

「……そう考える人間族は多いみたいだけど、それは嘘だよ。特異点や瘴気の仕組みのことは、魔族のぼくたちはよく知っている。特異点が破裂したら、それで終わりだよ。特異点を封じられてしまっておしまい。そういうことなんだ」

 

 クグルスは言った。

 一郎は頷いた。

 つまりは、特異点として存在を保持するためには、憑依した人間が死んではならないということだ。

 ノルズ、あるいは、その背後にあるものの目的がなんであるかによるが、彼らの目的が、ハロルドというハロンドールの王都の真ん中に、魔族や魔獣の出入りできる特異点を作ることだとすれば、魔瘴石を憑依させた対象を殺してはなんにもならない。

 せっかく憑依させた対象を無暗に殺すことはないだろう。

 

 だが、殺す手段があるということは、脅迫の材料にはなる。

 スクルズは、少なくともベルズに魔瘴石が憑依させられたことを教えられたのだと思う。

 逆にベルズは、あの様子だとスクルズがそれを知っているとは思っていない感じだったが、スクルズはベルズの身体に魔瘴石が憑依させられ、おそらく、秘密をばらしたり、命令に逆らったりすれば、ベルズを殺すと脅されているのだろうと思う。

 

 そして、人の身体、ましてや、神殿の筆頭巫女ほどの存在に魔瘴石を憑依させたというような途方もない脅しを信じたのは、やはり、スクルズ自身も魔瘴石を憑依されている可能性が高い。

 だからこそ、ほかの人間が同じように魔瘴石を体内に入れられたことを信じたのだ。

 

 もしも、自分自身のことだけだったら、自分が王軍に捕縛されて処刑される可能性が発生した状況においては、自分の危機を他人に訴えるだろう。だが、スクルズ自身だけでなく、ベルズの命も危ういとなれば、自分自身が殺されても、誰にもそれを訴えることはできない……。

 少なくとも、スクルズはそう考えているのではないだろうか……?

 

 ほとんど一郎の当て推量だが、状況証拠から判断して、それが事実ではないかと思う。

 これ以上、裏を取っている時間は惜しい。

 ベルズの護衛のひとりにやつしていたノルズがなんらかの関与をしているとすれば、あのとき、ノルズの前で一郎は不用意に動きすぎた。一郎がなんらかのことに気がついたのを仄めかしてしまった。

 すでに警戒もされているだろう。

 

 第三神殿の筆頭巫女のスクルズ……。

 第二神殿の筆頭巫女のベルズ……。

 このふたりが揃って魔瘴石に憑依させられたとすれば、おそらく、もうひとりの筆頭巫女である第一神殿のウルズも……。

 

 いずれにしても、大きな仕事になりそうだ。

 

 それにしても、人の身体に魔瘴石を憑依させて特異点を作るなど、とんでもないことを考えたものだ。

 自然地物や魔獣に特異点を憑依させるのとは違い、この方法であれば、王都のような魔族や特異点に対する警戒がしっかりと取られている場所にでも、自在に魔族や魔獣の出入口である特異点を作ることができる。

 それこそが、ベルズたちに魔瘴石を憑依させた者たちの狙いのような気もするが……。

 

「……それよりも、ちょっと待て。込み入った話になってきそうだな……。コゼ、シャングリア、大仕事になりそうだから、さっきの続きを先にする。どうやら危険な仕事のようだ。やり残したことがあったんじゃあ、命はかけられん。その前に一発やっとこう。まずは、コゼからだ。コゼ、頭を床につけて尻をこっちに向けろ」

 

「は、はい」

 

 一郎の言葉が言い終わるや否や、コゼが言われたとおりの体勢になった。

 コゼの白い尻に集中しながら、一郎はゆっくりとコゼのアナルに指を埋めていった。

 すっかりと調教の終わっているコゼの肛門は、一郎の指を感じると柔らかく筋肉が緩まり、かっと熱を帯びて開いたような状態になる。

 一郎はしばらく、コゼのアナルにゆっくりと指を出し入れした。

 

「あっ……はあ……はっ、はあ……」

 

 コゼが腰を淫らに震わせながら荒い息をし始める。

 

「わおっ──。すごく濃い淫気が溢れ始めたよ。よかったね、コゼ。ご主人様に犯してもらえて」

 

 クグルスがからかうような口調でコゼに言った。

 

「う、うるさい、クグルス──。ご、ご主人様のお情けに集中できないじゃない──」

 

 コゼが怒鳴る。

 一郎はコゼの尻をいたぶりながら、思わず笑った。

 

「……コゼ、そんなに長い時間はかけられないから一回だけだ。お尻を犯してもらいながら、前をいじられるのがいいか……。それともお尻を指でいじられながら、前を犯してもらうのがいいか。どっちがいい?」

 

「お、お尻を……」

 

 コゼがそう口にするのに、そんなに長い時間はかからなかった。

 一郎はほくそ笑むと、ズボンから一物を取り出して、コゼの肛門の入口に先端を押し当てた。そして、じわじわと力を入れていく。

 

「ふうっ、はあっ、はあっ」

 

 コゼの小柄な体がびくりと震える。

 だが、しっかりと挿入されているアナルからは力を抜いている。ちゃんと教えたとおりの息遣いで、一郎の怒張をお尻で受け止めていっている。

 

「さあ、奥まで入ったぞ」

 

 一郎は完全に結合した男根をコゼのお尻深くに埋めたまま、空いている片手でコゼの乳房を服の上から掴んだ。そのまま四つん這いの姿勢だったコゼの上体を起こしていく。

 

「あっ……いや……ああ……」

 

 コゼが狼狽のような声をあげた。

 正面を向かされて恥ずかしいだけでなく、身体を起こしたことで繋がりが一層増したはずだ。

 

「ああ……。し、痺れちゃう……。き、気持ちいい……」

 

 コゼがうっとりと呆けたような声を出した。

 

「エリカ、前からコゼの股間を責めてやれ」

 

 一郎はすでにスカートをはいて服を整えていたエリカに声をかけた。エリカが慌ててコゼに寄ってきた。

 

「……コ、コゼ、ごめんね。ロウ様の命令だから……」

 

 エリカがコゼに謝りながら、指でコゼの媚肉と肉芽をまさぐり始める。一方で一郎はそれに合わせるように、ゆったりとした速度でコゼのお尻を貫いている怒張の抽送を開始した。

 

「ああ──」

 

 コゼが大きな声をあげて腰をよじりたてた。

 前後から責めたてられて気持ちがいいのだろう。

 コゼの身体が淫らにくねり始める。

 

「エリカだけじゃなくて、ぼくも参加するよ──。ほらっ、呆けていないで、シャングリアも加わりなよ」

 

 クグルスが声をあげた。

 クグルスはコゼの前に回って、一郎が掴んでいる乳房の片側にとりつき、魔道でコゼの上衣をはだけさせると、露わになった乳首を両手でいじり始めた。

 

 一方でシャングリアは、媚薬漬けの股縄を股間に喰い込まされていて、いよいよ正体がおかしくなりかけていたが、クグルスの言葉に操られるようにコゼの身体に寄ってきた。

 そして、クグルスの魔道で露出した乳首を口で含む。

 そのあいだも、一郎はゆっくりとコゼの尻を責めたてている。

 

 股間をエリカ──。

 両方の乳首をクグルスとシャングリア──。

 この四人責めには、さすがにコゼの快感値がものすごい速度でに零に近づく。

 すでに狂乱状態だ。

 

「し、死んじゃうう──」

 

 やがて、コゼが大きく叫んで、身体を激しくのけ反らせた。

 コゼの全身が突っ張り、肛門を咥えているアナル全体にぶるぶるという震えが走る。

 絶頂したのだ。

 一郎はそれに合わせるように、コゼの肛門にたっぷりの精液を送り込んだ。

 

「次はシャングリアだ。コゼは服を着ろ」

 

 すぐに一郎はコゼから男根を抜いた。

 そのまま、後手に拘束されているシャングリアを掴んで押し倒す。

 仰向けになったシャングリアを口づけを交わしながら、片手で股縄を解いた。

 

「ああっ……んふう……んんっ……」

 

 シャングリアが一郎の舌をむさぼる。

 一郎はシャングリアの口腔を味わいながら、股縄のなくなったシャングリアの股間を指でまさぐった。シャングリアの股間はとても熱く、そして、すっかりと濡れそぼっていた。

 花唇はすっかりと開いている。

 なんの前戯も必要はないようだ。

 

 一郎は体勢を変えて、シャングリアの股間に一物を埋めていった。

 二度や三度の射精では、一郎の一物は鎮まることはない。

 まだまだ一郎の怒張は逞しいままだ。

 

「ああっ、ロ、ロウ……う、嬉しい……あ、ありがとう……ああっ」

 

 媚薬で朦朧としていたシャングリアがやっとロウに犯されていることに気がついたようだ。

 シャングリアの顔が喜悦に満ちてぱっと顔が綻ぶ。

 それとともに、シャングリアの反応が激しくなる。

 

「縄よりも、俺の性器の方が気持ちいいだろう、シャングリア?」

 

 一郎はシャングイリアを激しく突きながら言った。

 

「う、うん──。い、いい……な、何倍も──ああっ、ロウ──も、もういく──。あっという間にいっちゃう──。精を──精をちょうだい──いくう──」

 

 シャングリアが吠えるように言った。

 今度はなにも命じることなく、エリカがシャングリアに寄ってきた。

 そして、犯している一郎の反対側からシャングリアの上半身に覆いかぶさる。

 

「……シャングリア……」

 

 その口をエリカが自分の唇で塞いだ。

 

「んんんんっ」

 

 シャングリアがエリカの舌に自分の舌を絡ませながら、大きく身体を弓なりにして身体を痙攣させた。

 

 

 *

 

 

 ミランダがやってきたのは、一郎がエリカを犯し、その後、コゼとシャングリアを犯し、再びエリカをもう一度犯してすぐだった。

 ミランダが地下におりてくる気配を感じたので、一郎は慌ててクグルスを魔界に戻すとともに、三人に服を着るように命じた。

 だから、ミランダが地下の扉の鍵を外から開いて、怒りの形相で部屋に入ってきたときには、一応の態勢は整えていた。

 

「なんてことをしでかしてくれたのよ、ロウ──。事もあろうに、面会に応じてくれた第二神殿の筆頭巫女のベルズの唇を強引に奪うなんて──。気は確か? 神殿はかんかんよ。冒険者ギルドとしても厳しい処分をせずにはいられないわ。本当に、どうしちゃったのよ──」

 

 顔を出したミランダは、いきなり一郎に向かって怒鳴りつけた。

 ミランダは怒りのために顔を真っ赤にしている。

 しかも、その顔は汗びっしょりだ。

 おそらく、ミランダは一郎のやったことを収めるために、あちこちを走り回っていたのだろう。

 さぞや一生懸命に動き回ってくれたに違いない。だから、随分と時間がかかったのだと思う。

 

 ミランダの怒りは、一郎に対する心配の裏返しだ。

 一郎もそれはわかっている。

 第二神殿で騒動を起こした一郎たちを、部下に命じてここに監禁したのは、実は監禁が目的ではなくて、一郎がベルズの唇を奪ったという騒動により、神殿の手の者や、その報せを受けた王軍に捕縛されることを防ぐためだ。

 つまりは、ミランダは一郎を保護するために、身柄をこのギルド本部の地下に隠したのだ。

 

「ミランダ、文句はロウの話を聞いてからにしたらいい。わたしも最初は面喰ったが、話を聞けば、ロウのやったことは成程と納得できるものもある。とにかく、時を争う事態だと思うぞ」

 

 シャングリアが横から口を挟んだ。

 

「ミランダ、シャングリアの喋っていることは本当よ。ロウ様の洞察が正しければ……わたしは正しいと思うけど、スクルズ殿だけじゃなく、ベルズ殿も、途方もない相手に……」

 

「いや、エリカ、もういいのよ……。あんたたちに対するクエストは取り消しよ。それと、ランクについては、(アルファ)ランクから(ブラボー)に降格──。さらに懲罰金を支払ってもらうわ」

 

 ミランダが早口で言った。

 

「そ、そんな……。それは酷いわよ」

 

 抗議の言葉を最初にあげたのはコゼだ。

 もちろん、ほかのふたりもミランダの言葉に面喰った表情になった。

 ただ、一郎は肩を竦めてみせただけだ。

 ミランダの処置は一見厳しいものに思えるが、実は一郎のことを思ってのことだ。ギルドとして厳しく処罰をするのは、それにより、一郎への懲罰が終わったと神殿などに報告するために違いないと思う。

 

 しかし、いずれにしても、この事件に関して、ここで手を引くつもりはない。

 この事件の解決は一郎の力なしではできない。

 可哀想なスクルズを救うのも、おそらく一郎にしかできないことだ。

 

「ミランダ、それどころじゃない……。おそらく、これはこの王都の大きな危機だと思うよ。まあ、話を聞きなよ」

 

 一郎は言った。

 

「話? なにか、言い訳があるというの? あなたが女たらしだというのはわかっているけど、第二神殿の筆頭巫女のベルズの唇を突然に奪ったということに対して、納得できるような理由があるなら教えて欲しいわね──。もちろん、あなたが、王都で一番の女好きだというのは抜きにしてね」

 

 ミランダが怒った口調で言った。

 一郎は苦笑した。

 

「……まあ女好きだというのは認めるけどね……。とにかく、ベルズ殿は身体に魔瘴石を憑依させられている。おそらく、スクルズ殿も……。もしかしたら、もうひとりの筆頭巫女のウルズ殿も危ないね──。ノルズという女がなにかを関与しているのは間違いないと思う……。とりあえず、ミランダにも動いて欲しい。そのノルズの背景を探って身柄を押さえるんだ。ほかにもミランダには協力して欲しいことがある……。ギルドには貴重な魔道具がたくさん保管してあるはずだ。それを俺に貸してもらいたい」

 

「魔瘴石ですって? それに、冒険者ギルドの魔道具を貸せ? なんのこと?」

 

 ミランダが目を丸くした。

 

「いいから、話を聞けよ」

 

 一郎はわざと怒鳴りあげた。

 ミランダがたじろぐ表情になり、びくりと身体をすくませた。

 一郎は語り始めた。



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86  国軍の捕縛隊

 まもなく、そのときがやって来る。

 

 第三神殿の副神殿長であるボーランは、王軍の指示書を前にして、何度目かの溜息をついた。

 

 “王軍の一個隊が今日の午後に筆頭巫女であるスクルズを迎えに来るので、その隊に、スクルズの身柄を引き渡すように──”。

 

 その書類にはそうあった。

 同じ内容の指示を昨日の朝も王軍から受けていた。

 しかし、それについては、まだ神殿としての調べが終わっていないという理由で断った。

 

 だが、今日も来た。

 同じ内容の命令だが、今度は第三神殿の権威では断れない立場の者からの「身柄引き渡し命令」という形態をとっていた。

 これ以上の引き伸ばしをすることは、ボーランには不可能だった。

 スクルズを逮捕しに来るのは、王軍隊長のひとりのロンガン──。

 

 その指示書にはそうあった。

 

 ロンガンにスクルズを引き渡さなければならない──。

 しかし、ボーランには、第三神殿の筆頭巫女にして、敬虔で優秀な神官のひとりであるスクルズが、破廉恥な男遊びをするとともに、理由もなく魔族と関わったというのは、とても信じられなかった。

 

 ボーランはスクルズをよく知っている。

 あれほどの実力のある魔道遣いとしての能力がありながら、生真面目であり、魔道力の高さを少しもそれを鼻にかけたりはしない優秀な神官だ。

 そして、心優しい女性でもある。破廉恥な恰好で男遊びなどとんでもない。

 ましてや、禁忌の淫具をひそかに隠し持っていたなどあり得ることではない。

 

 だが、それは事実だった。

 スクルズは素裸同然の姿で、股間に魔族の瘴気のこもっている淫具を装着し、複数の与太者と性行為に及んでいるところを報せを受けて駆けつけた神殿の手の者に保護された。

 報告を受けたボーランは、とても信じられなかったが、保護をした手の者も、破廉恥行為の目撃者も、なによりも、スクルズ自身がそれを認めた。

 ボーランは唖然としてしまった。

 

 しかし、それ以上に愕然とするしかなかったのは、スクルズがそのときに身体に帯びていた淫具や拘束具が禁忌の魔族の瘴気を帯びていたという事実だ。

 それは、筆頭巫女のスクルズの神官身分の剥奪と神殿からの破門というようなことで済むことではない。

 禁忌の魔族の魔道具の保持は死刑に値する罪だ。

 きっとなにかの事情があるに決まっている。

 だが、スクルズはそれは自分の物だと主張している。

 

 ──どこで手に入れたかは忘れた。しかし、ほかの誰でもなく、スクルズの物であることには間違いない。

 

 スクルズはその一点張りなのだ。

 ボーランを始めとして、神殿の誰が訊ねても、スクルズはそれ以上のことを主張しようとしなかった。

 

 しかし、淫具とはいえ、禁忌の魔道具をどこで手に入れたのかわからないなどということで済むわけがない。

 ボーランは、スクルズに、王軍がスクルズを逮捕しようとしており、もしも、そうなれば、こんな訊問などというものではなく、拷問をしてでも、王軍は瘴気の魔道具の入手先をスクルズに白状させるだろうし、その先に待っているのは、見せしめのための惨たらしい処刑だと諭した。

 さらに、もしも、誰かを庇っていたりしているのであれば、悪いようにはしないので、どうか真実を打ち明けて欲しいと何度もスクルズに頼んだ。

 

 だが、スクルズは頑なに首を横に振り続けるだけだった。

 ボーランには途方に暮れていた。

 そのとき、ボーランの執務室の扉が叩かれた。

 返事をすると、若い見習い神官が部屋に入ってきた。

 

「ボーラン様……。神殿の玄関にロンガンと名乗る王軍将校が兵とともに来られました。馬車も一緒です」

 

「ついに来たか……」

 

 ボーランは立ちあがった。

 刻限には少し早かったが、予定が繰りあがったのだろう。

 ボーランは、見習い神官に、ロンガンについては、そのまま入口に待たせておくようにと伝え、ボーラン自身は、その足でスクルズの自室に向かった。

 スクルズの自室の前は、男の神官たちによる厳重な交替の見張りが立っている。ボーランは、彼らに声をかけてから、ひとりで部屋に入った。

 

「ボーラン様……」

 

 スクルズは机に向かって座っていたが、ボーランの姿を認めて、立ちあがって礼をした。特に拘束はないが、首には魔道封じの首環が嵌まっている。スクルズの逃亡を防ぐための神殿としての処置だ。

 部屋には、やはりスクルズの侍女を兼ねた見張りの任を帯びている女神官が三人いる。ボーランは、その者たちを外に出した。

 

「ついに、王軍がやって来たよ、スクルズ。連中はお前を逮捕して連れて行こうとしているのだ。これ以上は守りきれない……。このままではな……。どうか真実を話してはくれまいか……。必ず力になると約束するから……」

 

 ボーランはふたりきりになると、スクルズに言った。

 スクルズはなにかに怯えるように震えていた。

 そして、なにかを話したいかのように、ボーランに一度顔を向けた。

 だが、その口が開かれることはなかった。

 結局、蒼褪めた顔で小さく首を横に振り、「なにも言うことはありません」と消え入るような声で告げただけだった。

 ボーランは嘆息した。

 

「お願いだから」

 

 ボーランはもう一度言った。

 王軍にスクルズの身柄が渡れば、連中は容赦のない訊問をするに決まっている。

 

「王軍の調べはきつい。女として耐えられない辱めを受けるかもしれない。なあ、どうか……」

 

 ボーランはさらに言った。

 しかし、スクルズは追い詰められた表情で首を横に振るだけだ。

 ボーランは嘆息するしかなかった。

 敬虔な神殿の筆頭巫女という評判の以前のスクルズであれば、あるいは、慎みのある扱いを受けられたかもしれないが、箝口令を敷かせたものの、調べをする尋問官は、事情を承知しているはずであり、スクルズが破廉恥な男遊びをした淫乱女という認識があるだろう。取り扱いは遠慮のないものになる可能性が高い。

 ボーランよりも遥かに優秀な魔道遣いでもあるが、若いスクルズのことをボーランは、自分の娘のようにさえ思っていた。

 そんなスクルズが酷い目に遭うということに、ボーランはとても耐えられそうにない。

 

「あ、あの……ウルズとベルズは変わりありませんか……?」

 

 そのとき、スクルズは不意に言った。

 第一神殿のウルズと第二神殿のベルズとは、スクルズは同じ地方神殿で修行時代を過ごした仲良しだというのはボーランも知っている。

 揃って美貌で優秀な魔道遣いの巫女であった姉妹のようなこの三人は、時を同じくして、それぞれに王都の三大神殿の筆頭巫女になっていた。この三人がいまでも仲のいい親友以上の関係だというのは、ボーランもよく承知している。

 

「あのふたりに変わりはないが……」

 

 ボーランもそう告げるしかなかった。

 今回の事件については、ウルズもベルズもすでに耳にしているに決まっている。だが、あれほどの仲のいいふたりなのに、今回のことでなにも神殿に問い合わせもしないし、スクルズに会いにも来ない。

 禁忌の力を帯びた淫具、つまり魔道具を保持していて処刑の危機にあることは、まだ隠しているが、淫らな男遊びの醜聞により監禁になっていることは耳に入っているはずだ。

 

 それについてはボーランも不満だったが、ボーランの立場では、それについてもなにもすることはできない。

 もっとも、彼女たちが困難に陥っているスクルズに関わろうとしない理由について、ボーランには思い当ることがあった。

 

 実は少し前から、彼女たちの三人のうちのひとりに、ハロンドール第二の都市であるバルドランド市の神殿長に任命しようという動きがあったのだ。

 地方都市とはいえ、バルドランドの神殿長といえば、女性神官として望み得る最高の出世といえる。また、バルドランドの神官を五年程度、問題なく務めあげれば、再び王都に戻り、今度は三大神殿の神殿長という話も見えてくる。

 大きな出世が待っているのだ。

 その人選をしようとしている大切な時期である。

 

 友人とはいえ、醜聞を起こしたスクルズに、ベルズやノルズが関わりを持ちたくないと考えるのは、ボーランにも理解できることだ。

 しかし、ボーランには不満ではある。

 いかに出世のための重要な時期とはいえ、姉妹のように仲のいいと評判だったふたりが、スクルズの危機になんの救いの手をかけようとしないのはあまりにも寂しいことではないか。

 ボーランは、またもや大きな嘆息をついてしまった。

 

 実は、バルドランドの女性神殿長に選ばれるかということについて、三人の中で一番有力だったのは、このスクルズだったのだ。

 三人のうちで一番性格が穏やかであり、しかも魔力も強く魔道遣いとしては三人の中では抜きんでている。

 もしも、こんなことがなければ、彼女こそが女性神官として輝かしい出世が約束されているバルドランドの神官長に選ばれたのは、ほぼ間違いないことだったと思う。

 

 しかし、いまや、それは夢のまた夢だ。

 たとえ、今回のことがなにかの間違いだったとしても、評判の落ちたスクルズが、もうどこかの神官長になることはないだろう。

 それどころか、このままではスクルズは、禁忌の魔道具に手を出した罪人として、王都の広場で晒されたうえに処刑されるという磔刑が待っている。

 

「……そうですか……。変わりないのですね……」

 

 しかし、なんだかスクルズは心なしかほっとした表情になったように思えた。

 そのとき、部屋の外で大きな喧噪がした。

 そして、扉が開いた。

 そこに立っていたのは、王軍隊長のロンガンだ。

 背後にふたりの女兵を連れている。

 

「ボーラン殿、スクルズを引き渡してもらいます。さあ、スクルズ、来るのだ。両手を背中に回せ」

 

 スクルズの前に立っているボーランを女兵が押し避けるようにして、スクルズの両側から腕を掴んだ。ロンガンがスクルズに近づく。その手には短い鎖で繋がった手枷があった。

 

「な、なにを──。仮にもスクルズは、第三神殿の筆頭巫女なのだぞ。それを卑しい罪人のように拘束して連行しようというのか」

 

 ボーランは声をあげた。

 

「スクルズは罪人です。しかも、禁止されている魔族の力に関わった大罪人なのです。とにかく、引き渡してもらいますよ──」

 

 ロンガンがスクルズの背中に回って、女兵が押さえている両手に手枷を嵌めた。

 スクルズの顔に恐怖が走ったのがわかった。

 

「手荒な真似は……」

 

 部屋から連れ出されるために、スクルズがボーランの横を通り過ぎるとき、ボーランは思わず言った。

 

「約束できませんな」

 

 ロンガンがにやりと笑った。

 

「お、お世話になりました。ボーラン様には、なんとお詫びを……」

 

 スクルズが悲しそうな声をあげた。

 だが、その言葉の続きはあっという間にスクルズが部屋から連れ出されてしまったことで、途中で聞こえなくなってしまった。

 ボーランは深く溜息をついた。

 そして、重い足取りで自室に戻った。

 

 しばらくのあいだ、ボーランはなにもすることができなかった。

 ただ、なぜこんなとこになったのか……。

 それを呆然とする思いで考え続けた。

 そのボーランの部屋に、再びさっきの見習い神官が駆け込んできたのは、それなりの時間がすぎてからだ。

 

「な、なんだって──?」

 

 ボーランは報せに来た見習いの言葉に驚愕して部屋を飛び出した。

 一目散に神殿の玄関に向かう。

 そこには、少し前にスクルズを連れていったはずのロンガンがいた。今度はふたりどころではない。十数人の隊が一緒だった。罪人輸送用の檻のついた馬車もある。

 

「ボーラン殿、お手数ですがスクルズ殿をこちらに引き渡して頂きます。それに関する指示書は、すでに到着していることと思いますが」

 

 ロンガンが丁寧な口調で言った。

 ボーランはわけがわからなかった。

 

「……スクルズは、ロンガン殿自身が少し前に連れて行ったのですが……」

 

 ボーランはそう答えるしかなかった。

 

 

 *

 

 

 スクルズは、後手に手錠をされたまま、ロンガンという迎えの王軍将校とその部下の女兵によって、神殿に玄関まで連れてこられた。そこに待っていたのは、予想していた檻付きの護送馬車ではなく、一見して普通の馬車だ。

 馭者台にはやはり、女兵が座っており、ほかに兵はいなかった。

 それについてはスクルズは意外だった。

 

「できるだけ目立たない乗り物を支度しました。第三神殿の筆頭巫女ほどのお方が、罪人のように城郭を引きまわされるのはお気の毒と思いましてね。その代わり、大人しくしてください」

 

 ロンガンは言った。

 

「は、はい……」

 

 スクルズは項垂れたまま言った。

 恐怖が身体を席巻している。

 これから待っているであろう拷問や処刑を恐れているわけではない。

 それはもう覚悟している。

 恐怖しているのは、果たして自分が王軍から受ける拷問に耐え、体内に魔瘴石を埋められていることや、それを施したのが、ノルズという、かつて、スクルズたちと一緒に地方神殿で修業した幼馴染であるということを隠し通せるのかという不安だ。

 すでに自分自身のことはいい……。

 

 いずれにしても、男たちに汚されたという事実が明らかであるスクルズが神官として生きる望みはない。

 スクルズ自身が、惨たらしく処刑されるだろうということも、最早どうでもいい。

 ただ恐怖しているのは、スクルズが処刑の前に待っている拷問に屈し、ノルズのことを口にしてしまうということだ。

 そうすれば、ノルズは、今度はウルズやベルズの体内にしかけているという魔瘴石で彼女たちを殺してしまうだろう。

 

 スクルズが恐れているのは、ただそれだけだ。

 しかし、それを誰にも打ち明けるわけにはいかない。

 

 あの事件以来、ノルズはスクルズのそばから離れたが、ノルズの息のかかった者が常にスクルズを見張っていると念を押されている。うかつなことを口にすれば、その手の者がノルズに、それを報せるに決まっている。

 それに、スクルズやウルズたちの体内に、いつの間にか魔瘴気を埋め込まれたことをほかの神官に知られれば、理由はどうあれ、自分たち三人の神官としての身分の終わりであることは間違いない。

 自分についてはもういい。

 

 だが、王都で立派な神官になることは、地方神殿で修業をしていた時代からの三人共通の夢だった。

 そして、いまその夢がかなったのだ。

 スクルズのその夢はもう消滅したが、ウルズとベルズはまだ望みがある。

 もしも、魔瘴石のことを誰にも知られることなく、ひそかに処分することができたら……。

 

 ウルズやベルズはなんとか救いたい。

 唯一の頼みの綱は、事件直後に面談にきた『冒険者ギルド』の副ギルド長のミランダだ。

 彼女にこっそりと、ウルズとベルズのことを「密かに」守って欲しいと依頼をした。

 冒険者ギルドは王都のどんな権威とも独立している。

 依頼人の不利になるような秘密も絶対に暴露しない。

 だから、スクルズは、万にひとつの望みをかけて、ミランダにウルズとベルズを「密かに」守って欲しいと依頼したのだ。

 

 副神殿長のボーランも、ミランダとは懇意であり、一時的に問題の瘴気のこもった淫具そのものを貸した気配もある。

 ミランダのところには、冒険者という、無頼の徒だが一騎当千の男女が大勢いる。

 もしかしたら、冒険者ギルドだったら、ノルズの企てを打ち砕いて、しかも、誰にも知られないようにウルズやベルズに埋め込まれた魔瘴石を処分してくれるのではないだろうか。

 そんな奇跡のようなことを望むのは、現実的ではないとも思わないでもないが、スクルズに残されているのは、もうそれしかないのだ。

 

 スクルズは馬車に押し込まれるように乗せられた。

 馬車は向かい合わせに席のある四人掛けだ。

 スクルズの両側にスクルズを連行してきた女兵が座る。二人掛けの幅に無理に三人座っているので、完全に密着している状態だ。そして、ロンガンはスクルズたちに向かい合うように腰掛けた。

 扉が閉まる。

 馬車の窓には黒いカーテンが閉まっていて、外から中が見えないようになっていた。

 すぐに馬車が動き出した。

 

「口を開けて」

 

 少し動いたところで、突然に隣の女兵が言った。

 そのときはじめて、スクルズは自分の隣にいる女兵のひとりがエルフ女だということに気がついた。頭に王軍兵の兜を被っていたのでわからなかったのだ。

 

「んあっ」

 

 次の瞬間、反対側の女にいた女がスクルズの口に小さな球体を押し込んだ。球体には革紐がついていて、口から出せないように顔の後ろで繋ぎとめられた。

 

 シャングリア──?

 

 スクルズは驚愕した。

 スクルズの口に嵌口具を押し込んだエルフ女の反対側の女兵は、王軍騎士のシャングリアだったのだ。確か、王軍騎士のまま、冒険者になったと耳にしている。

 なぜ、ここに──?

 騎士隊が動いているのか?

 ただ、シャングリアは兵の格好をしていて、騎士の姿はしていない。

 

 しかし、思考を整理できない状況がさらに起こった。

 眼の前に座っていたロンガンが手首にあった腕輪を数回触ると、ロンガンの顔が消滅して、そこに黒髪の男の顔が現れたのだ。

 馬車にいる三人が、次々に王軍の軍装を脱いで、座席の下に隠していく。

 スクルズは呆気にとられた。

 

「ロウ、ここでスクルズを犯すのか?」

 

 シャングリアが言った。

 犯す──?

 スクルズは耳を疑った。

 しかし、抵抗はできない。

 エルフ女とシャングリアが完全にスクルズの身体を両側から押さえている。しかも、両手は背中側だし、首には魔道封じの首環もあるのだ。

 

「いや、それは城門を無事に出て屋敷に着いてからにしよう……」

 

 男が言った。

 そして、スクルズににやりと笑いかけた。

 

「スクルズ、しばらくのあいだ、これで気を紛らせてくれ」

 

 ロンガンの姿から黒髪の別の男の姿になった正面の男が、いきなりスクルズのスカートに手を伸ばしてめくりあげた。

 

「んんっ」

 

 スクルズは身を捩って阻もうとしたが、両側のふたりがスクルズの身体を押さえつける。それどころか、ふたりは男の仕事を助けるように、男と一緒になってスカートをスクルズの腰の上まで持ちあげた。

 

「んふうっ」

 

 スクルズは恥ずかしさに声をあげた。しかし、嵌口具に阻まれた声は、どこか遠くであげたような声にしか聞こえない。

 男の手がスクルズの白い下着にかかる。

 スクルズはさらに声をあげた。

 そのときはじめて、スクルズは男が手に楕円球の小さな物体を持っていることに気がついた。

 球体が下着の中に挿入されて、股間に押しつけられた。

 男が下着から手を抜く。

 あっという間の出来事だった。

 

「ご主人様、もうすぐ、城門を出ますよ」

 

 馭者台から声がした。

 それとともに、御者台からも兵の服が投げ込まれた。エルフ女がそれをさっと座席の下に足で押し込む。

 

「ちょっと我慢してくれ」

 

 シャングリアが横からスクルズに大きな袋のようなものを被せた。しかも、そのまま椅子から落とされる。

 なにがなんだかわからない。

 スクルズは袋に包まれて、馬車の床に寝かされてしまったようだ。

 

「んふううっ」

 

 だが、次の瞬間、スクルズは袋の中の闇の中で身体を激しく弓なりに反らせた。

 さっき股間に装着された異物が突然に振動を始めたのだ。

 しかも、異物はしっかりとスクルズの敏感な肉芽に密着している。

 それに、振動が激しい。

 スクルズはあまりの衝撃に、袋の中で悶絶して身体を暴れさせた。



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87  愚か女の失策

「わ、わたしはこんなことまで要求しておらん。なんとかしなさい、ノルズ──」

 

 寝台を椅子代わりにして座っているウルズが怒鳴った。

 第一神殿の筆頭巫女であるウルズの私室だ。

 ノルズはだんだんと冷静さを失っていく様子を見せるウルズの声を右から左に受け流しながら、卓の上にある葡萄酒を味わっていた。

 筆頭巫女であるウルズの私物品だが、さすがに性質のいいものだ。濁りがなく、とても味が澄んでいて、なによりも香りがいい。貴族とは名ばかりの没落した実家からこんないいものを贈られるわけはないから、伯爵家が実家のベルズからの贈り物だろうか。それとも、王都三大神殿の筆頭巫女ともなれば、こんな最高級の葡萄酒の贈答も普通なのか?

 いずれにしても、こんなにいいものを葡萄酒の味もわからないウルズにはもったいない。

 

「聞いているのか、ノルズ──? すぐにスクルズが王軍に逮捕されないように手を回すのだ。お前に命じたのは、スクルズではなく、このわたしがバルドランドの神殿長に選ばれるようにしろということだけだ──。スクルズを酷い目に遭わせろとは言わなかった。すぐになんとかせよ──」

 

 ウルズが大きな声をあげた。

 まったく、この馬鹿女は──。

 ノルズは内心で舌打ちした。

 私室とはいえ、まだ陽は高い昼間だ。

 感情のまま言葉を走らせ、それが壁越しに誰かの耳に入ったらどうなるかということを考えないのだろうか。

 

 まあ、考えないのだろう。

 だから、ノルズという久しぶりに再会したかつての女友達の口車に乗って、スクルズとベルズを蹴落として、ウルズが女神官としての大きな出世の機会であるバルドランド市の神殿長に選ばれるための工作を行うなどということに、手を出してしまうのだ。

 

 この女は昔から変わらない。

 気位が高く、自分がなんでも一番であるべきだと思い込んでいる。それでいて、実力は大したことなく、そのために思わぬ失敗を繰り返す。

 それを尻拭いして助けているのは、いつもベルズやスクルズという友人たちなのだが、本人は助けてもらっているなどとは考えず、女友達がウルズを助けるのは、当たり前くらいにしか思っていないのだ。

 

 この女は、少女時代の百合の関係がいまでもずっと続いていると思い込んでいる。

 だから、三人巫女の中で、ひとりだけに将来の出世が約束されている地方神殿長の椅子の機会が与えられるというときになったとき、それが自分ではなく、スクルズになりそうだったことに我慢ができなかったのだ。

 

 図体の大きいだけの子供だ。

 ノルズは改めて思った。

 だからこそ、ノルズが、ウルズに取り入って、第一神殿だけでなく、スクルズのいる第三神殿やベルズのいる第二神殿にも、入り込む立場を手に入れることに成功したのだが……。

 

 まだ、少女だった時代──。

 ウルズ、ベルズ、スクルズ、そして、ノルズは、小さな地方都市にある神学校の生徒だったのだ。同窓であり、寮の部屋もずっと一緒だった。

 ほんの幼い頃から修行を続けていた四人だったが、初潮を向かえ、身体が童女から大人の女にと変化し始めると、いつしか、四人はウルズを中心とした百合の性愛をする間柄になっていた。

 

 神官の修行というのは、神官としての知識や仕来たりを学ぶほかに、魔力を駆使する魔道遣いとしての修行もある。

 魔道は心の平静を伴わないと力を発揮できない。心を穏やかにするには、自分の欲望や感情をうまく統御するのが大切なこととされた。

 

 特に、淫欲は、あらゆる人間の欲求の中で、魔道遣いがもっとも克服しなければならないもののひとつだ。

 抑えるのではなく、必要なときに発散するのだ。

 それが、魔道遣いとしての成長に繋がる……。

 なぜ、性欲の発散が、魔力の上達に通じるのかについては、まだ解明されていないが、実際にそうなのだ。

 

 そのため、魔道力を学ぶ神官たちにおいては、自慰や仲間うちの性愛は黙認され、むしろ、奨励される部分がある。世間にはあまり知られてはいないが、幼い頃から神官修行している者は、物心ついたときから、そうやって厳しい修業と並行して、性欲を発散することを早くから覚えるのだ。それが魔道力を高めることになることが知られており、ひそかに高等クラスの神官修行には、仲間うちの淫行が修行に取り入れられている。

 

 実際、高い魔道力を駆使する者は大抵は、幼い頃から解放的な性愛の習慣がある。

 欲望や感情をコントロールするという点では、このウルズは四人の中でもっとも下手だった。 しかし、四人の中の性愛に関してはいつも中心的な立場にいた。

 だが、そういう関係は、ノルズが神殿から追い出されて三人の前からいなくなり、また、ウルズたちが、三人揃って王都の三大神殿に務めることになったことで自然解消した。

 

 しかし、ウルズだけは、その関係はずっと昔のままなのだ。

 だから、深く考えもせずに、ノルズという闇の一味にどっぷりと心を染めている者を、ただ幼馴染だというだけで信用して神殿に招き入れてしまったのだ。

 

 そして、今度のバルドランドの神殿長の人選で、スクルズとベルズが候補になっていて、ウルズは候補から外れていると教えると、それに怒り狂い、そして、彼女たちではなく、ウルズが選ばれるようにしてやるとノルズにささやかれると、深く考えることなしに、第一神殿だけではなく、第三神殿、第二神殿にも自由にノルズが出入りできるような立場をノルズに与えたりするのだ。

 つまりは、この女は思慮のない馬鹿女でしかない。

 

「ノルズ、返事をなさいよ。どうするつもりなのよ──。スクルズは、男遊びをした罪で、今日か、明日にも王軍が身柄を拘束すると聞いているわ。その前になんとかしなさい──。いいから、すぐに動くのよ。別にスクルズを殺したいわけでも、神官身分を剥奪させて、王都から追い出したいわけじゃないの──。ただ、わたしが神殿長に選ばれるようになればいいだけなのだ。わかっている?」

 

 ウルズが金切声をあげた。

 ノルズはそろそろうんざりしてきた。

 馬耳東風の然をとってきたノルズだったが、そろそろ潮時だ。ハロルドの神殿界に対する工作については、一歩先に進めるようにという指示も、「あのお方」から届いている。

 

 馬鹿女には馬鹿女に相応しい処遇を与えることにしよう。

 ウルズがノルズを利用しているのではなく、自分がとんでもない組織に悪用されている道具にすぎないということを思い知らせてやる時期だ。

 ノルズは手にしていた飲みかけの葡萄酒のコップをテーブルに置いて、ウルズに真っ直ぐに顔を向けた。

 これまでと少し違うノルズの強い視線に、ウルズが少しだけたじろいだ感じがした。

 

「はっきりとさせておこうと思うわ──。スクルズは助からない。スクルズは夜中に神殿を抜け出して、淫らな男遊びをしたことをとがめられているのではないわ。スクルズは禁忌の瘴気の淫具に手を出したのよ。それが彼女の罪なの。だから、王軍が捕縛をしようとしているのよ。巫女が男遊びをしたくらいで、王軍が逮捕するわけないじゃない。馬鹿じゃないの」

 

 ノルズはせせら笑った。

 ウルズがぎょっとした表情になった。

 

「瘴気の淫具? なんのこと?」

 

 ウルズはわけがわからないという顔をした

 当然だろう。

 

 ノルズは、スクルズを出世争いから蹴落とすというのは約束したが、どういう手段を使うかは完全には説明しなかった。

 また、ノルズがどういう組織に属するものかということも、ウルズは知らない。ノルズのことは、ただ、たまたま、ウルズという昔馴染みを訪ねてきて、女神官としての出世争いに遅れをとりそうな状況だった彼女に、それを覆す闇工作を持ち込んだ便利な女とくらいしか思っていないと思う。

 

 ノルズがどういう狙いで、ウルズを出世させる手立てを与え、それにより、どんな利益がノルズにあるかということを考えもしないのだ。

 ウルズを騙すための、二重三重の言い訳や工作も準備してあったのだが、この女は、ただ三人の中の出世競争に勝たせてやると仄めかしただけで、ノルズが三大神殿の全部に自由に出入りできる立場を与えてくれた。

 本当におめでたい女だ。

 

「あんたが、なんのことかを知る必要もないわ──。ただ、あたしはあんたに、女神官として出世する機会を与えた。三人の中で一番魔力が低く、スクルズやベルズという能力の高い魔道遣いがいなければ、大して目立つこともなかっただろうあんたにね──。とにかく、ほかのことは気にしなくていい。あんたには、これからも競争相手をどんどんと蹴落として出世させてやる──。それだけじゃない。低かった魔力もどんどんと拡大するわ。魔道使いとして、途方もない力も得ることになる。ただ、その代わり、裏ではあたしたちの道具となってもらうけどね。それを代償として、表側では大きな栄華を約束してあげるわ」

 

「こ、これからも出世──? 魔力の拡大──? な、なんのことよ?」

 

 ウルズが唖然としている。

 ウルズ、スクルズ、ベルズの三人は、三人美人巫女として並び称されることが多いが、実は、ウルズは、ほかのふたりに比して魔道遣いとしての能力は遥かに劣る。

 それが長いあいだのウルズの密かな劣等感だったことをノルズはよく知っていた。

 それでいて、三人の中で一番出世欲が高く軽薄だ。

 ウルズに目をつけたノルズの判断は正しかった。

 この女は面白いくらいに呆気なく、ノルズたちの工作に乗ってくれた。

 

「聞いたままのことよ……。そろそろ知ってもいい頃だから、教えておくわ──。あんたの身体の中には封印された魔瘴石が埋まっているのよ。魔力の低いあんたにはわからなかっただろうけどね……。これから、少しだけ封印を解放してあげるわ。そうすれば、言葉で説明するよりも、自分の立場がよく理解できるというものだろうしね……」

 

 ノルズは自分の妖力を遣って、封印しているウルズの体内の魔瘴石をほんの少しだけ活性化させた。

 

「こ、これは……」

 

 ウルズが目を丸くしている。

 魔瘴石を活性化したことで、ウルズは自分の体内にある魔瘴石の存在に、やっと気づくことができたのだ。

 ウルズの顔が恐怖で真っ蒼になる。

 

「わかるわね──。スクルズとベルズの中にも同じものを仕掛けたわ。彼女たちがどんなに力の強い魔道遣いであろうとも、眠っているとき、自慰をしているとき、女同士の性愛に我を忘れているとき……。そういうときは必ず無防備になる。だから、近くに侍ることができさえすれば、そういう隙はいくらでも見つけることができたわ。おかげで、彼女たちに魔瘴石を仕掛けるのは難しいことじゃなかった──。ありがとう、ウルズ」

 

 ノルズは笑った。

 ウルズは恐怖でぶるぶると震えだした。

 無理はないだろう。

 魔瘴石というのは、異界に封印されている魔族の力そのものだ。それを身体に宿されたのだ。いつの間にか、魔族の力の源に侵されているというのは、戦慄するほどの怖さであることに間違いない。

 

「……スクルズとベルズにも仕掛けたけど、彼女たちには別のことを言ったわ。逆らえば、その魔瘴石で殺すと告げている。魔瘴石を一気に解放して、大量の瘴気で身体を充満させれば、そうなるしね……。だから、スクルズは言いなりになったのよ……。だけど、あんたには、いい目を見させてあげるわ。知らないと思うけど、魔道遣いの体内に魔瘴石を置いて、それを遣って、制御された瘴気を溢れさせると、実は体内の魔力が異常上昇するのよ。つまりは魔道遣いとしての能力が怖ろしく向上するということよ……。いまも、かなりの魔力があがったのが自分でもわかるでしょう?」

 

 ノルズは微笑んだ。

 

「た、確かに……」

 

 ウルズが自分の胸の辺りを押さえた。

 ウルズはいま急上昇した自分の魔力の存在を感じているはずだ。

 その力でさらに魔力に対して鋭敏になり、瘴気の存在とともに、倍以上に拡大した魔力の凄さを体感していると思う。

 これまでの人生において、ずっと密かに抱いていた魔道遣いとしてのウルズの劣等感を払拭するだけの魔力の向上だ。

 それがいきなり与えられたのだ。

 ウルズは魔瘴石の恐怖とともに、その魅力にも傾くと思う。

 案の定、ウルズの表情は単純な恐怖心ではない、複雑なものに変化した。

 

「あたしたちに従いなさい、ウルズ……。そうすれば、望むものが手に入るわ。身体にある瘴気をもっと活性化してあげる。偉大な魔道遣いになれるわ。その力があれば、誰もがあなたが神官として頂点に立つのも当然と思うはずよ」

 

「で、でも、魔瘴石の存在など……」

 

 ウルズが困惑した様子で言った。

 やっぱり、この女は愚か者だ。

 この魔瘴石のために、スクルズが処刑されかけているということを束の間忘れた感じだ。まずは、自分のことなのだ。

 

 まあ、それもいいだろう。

 ノルズは本当に、このウルズにこの王都一の女神官になってもらうつもりだ。体内に魔瘴石を持ち、いつでも活性化が可能な生きた特異点になってもらう代償としてだ。

 あのお方が考えている、来たるべきときに、それを利用するために……。

 

「誰にもわかりはしないわ。隠しおおせるだけの魔道遣いになるんだから。世間から見れば、あなたが急に魔力が向上して、魔道遣いとしての能力に開眼したとしか考えないでしょうね。年齢を重ねて、魔道遣いとしての力があがることは珍しいことではないし」

 

「わ、わたしは能力の高い魔道遣いになれるのか……?」

 

 ウルズが小さな声で言った。

 ノルズはほくそ笑んだ。

 

「なれるわ……。あたしたちに従いなさい」

 

 ノルズは言った。

 ウルズは考え込む様子になった。

 まあ、ウルズがどういう選択をしようとも、もはや関係ない。ノルズたち組織の「道具」になってもらうというウルズの運命は決まっている。ただ、それにウルズが進んでそうするか、無理矢理にさせられるかの違いだけだ。

 ウルズが魔瘴石の力でどんなに偉大な魔道遣いになっても問題もない。

 魔瘴石で向上した魔力では、その魔道がノルズたちには効かないのだ。そんな風に細工をしている。

 だから、いくらでも魔力を活性化させて、魔道力を向上させても問題はない。

 

「そ、そうだ。スクルズ……。スクルズは──?」

 

 ウルズが思い出したように言った。

 

「スクルズのことは大丈夫よ。まあ、神官として生きるのはもう無理でしょうけど、処刑にだけはならないように、あたしたちが処置するわ。奴隷送りくらいですむように工作する。無論、あんたが、あたしたちに従えばだけどね。いずれにしても、あいつは邪魔よ。魔道遣いとして優秀すぎるのよ」

 

「もしも、わたしが従わなければ……?」

 

「スクルズは放っておくわ。惨たらしく王都の広場で磔にされて殺されるんでしょうね……。だけど、あんたがわたしたちに加わると誓えば、あたしたちの能力を駆使して、犯罪奴隷送りにとどめてやるわ。神官でなくなり、魔道力も封印されれば、あんな女友達ひとり、どうということもないしね。なんだったら、奴隷になったスクルズをあげようか? あんた、神学校時代からあの女をいじめるのが好きだったものね」

 

 ノルズはけらけらと笑った。

 スクルズのことは、いまのいままで放っておくつもりだったが、なんとなく、スクルズを助けてやると言った方が、早くウルズが堕ちる気がしたのだ。

 処刑でなく、奴隷化処分に変えさせることも、手を回せばできないこともなさそうだ。

 まあ、ノルズとしても、スクルズはむかしは百合遊びの仲間でもあったわけだし……。

 

「わたしたちって……。あ、あんたって、なにかの組織のひとりなの? もしかして、わたしをなにかの組織に加えようとしているの?」

 

 ウルズは言った。

 ノルズは爆笑してしまった。

 

「あたしが、なにかに属する組織のひとりではないかと、やっと疑問に思ったの? そうね。なにかの組織のひとりに違いないわね」

 

 ノルズは、椅子から立ちあがって、ウルズの座っている寝台に向かった。

 ウルズがぎょっとした顔になる。

 

「な、なにを……?」

 

 大声をあげる気配を示したウルズを、ノルズは魔力で黙らせた。

 瘴気で活性化した「似非魔道遣い」は、瘴気を駆使するノルズのような魔獣遣いに対して、魔道の効果がないだけでなく、こちら側からの力を簡単にかけることができる。

 

「んんん──?」

 

 声が出なくなったウルズが目を白黒している。

 ついでにウルズの身体全体を金縛りにしてやった。そのまま仰向けに寝台に突き飛ばす。

 

「んんっ」

 

 ウルズはみっともなく寝台に仰向けになった。ウルズの閉じられた口から強い呻き声が鳴る。

 

「……だけど、あたしたちが何者かだなんて、あんたが気にする必要はないわ。あんたはあたしたちの奴隷……。それだけを知っていればいい……。その代わりに、あんたをあたしたちは力の強い魔道遣いに変身させて、そして、全力で出世させる……。それでいいでしょう?」

 

 ノルズは巫女のスカートを腰の上まで完全にたくしあげると、手を伸ばして下着を引き下ろした。

 そのとき、部屋の扉が決められた合図で規則的に叩かれた。

 

「……ちょうどいいタイミングで来たわね」

 

 ノルズはほくそ笑んだ。

 術で封印していた扉を解放する。

 そこから入ってきたのは、この神殿の神官のひとりであるリーナスだ。

 もちろん以前から入り込んでいたノルズの属する組織の男である。

 

「んふううっ」

 

 ウルズが悲鳴をあげた。

 口を封印していてよかった。

 この女は大きな声を出すと殺すと脅したところで、こういう状況では、ついつい感情的になって大きな声をあげる──。

 そういう女だ。

 

「始まってますね、ノルズ殿」

 

 リーナスが下半身剥き出しの格好で寝台に横になっているウルズを一瞥してにやりと笑った。

 

「……ちょうど引導を渡そうと思っていたところよ。これからはあんたがこの女を管理しなさい。ウルズ、あんたはこのリーナスを知っていると思うけど、この男は実はあたしの息のかかった部下でもあるわ。これからは、お前への命令はリーナスがする。リーナスには絶対服従。いいわね──」

 

 ノルズは言った。

 リーナスが相好を崩した。

 

「ほう……。私がウルズ様を?」

 

「ただ、ちょっとばかり、おつむが弱いからね。躾けるのは手間がかかるかもよ」

 

「承知しました」

 

 リーナスが嬉しそうに微笑んだ。

 一方でウルズは、眼を見開いて驚いている。そして、必死になって、ノルズの金縛りから逃れようと身体を悶えさせ始めた。

 だが、無駄なことだ。

 もうすでに完全に術がかかっている。

 ノルズが解かない限り、ウルズは寝台の上から逃げることもできないし、手足を自由にできない。

 

「……ところで、第三神殿のスクルズですが……」

 リーナスが急に真面目な顔になり、ノルズに耳打ちした。

 

「スクルズが?」

 

 話を聞いて、ノルズは驚いてしまった。

 リーナスが報告したのは、スクルズが行方不明になったという情報だった。

 未確認だが、今日の午前中に、スクルズを捕縛に来た王軍にやつした何者かによって、さらわれたらしいのだ。

 いま、王軍と神殿が血眼になって、スクルズを探しているが、まだ捕えていないらしい。

 スクルズを連れて行ったのが、誰であるかもわかっていないようだ。

 

「……へえ、おかしなこともあるものね。まあいいわ……。魔瘴石を入れたままいなくなったのは惜しいけど、まあ、もうふたりいるし、ひとりくらい行方不明になってもどうということはない……。それよりも、ちょうどいいから、早速、この女を犯しなさい。この女に自分があたしたちの奴隷であることを思い知らせるのよ」

 

「でも、本当にいいんですか?」

 

 リーナスがにんまりと笑った。

 

「いいのよ。あたしも忙しくなりそうだしね……。いつまでも、この馬鹿女に関わっていられないのよ。それに、頭はともかく、この美貌と身体だもの。興味はあるでしょう?」

 

 ノルズはうそぶいた。

 

「そりゃあ、もちろん……。ウルズ様……いや、ウルズの美しさは、この王都でも有名ですからね。それを犯すことができるというのは光栄です」

 

「犯すだけじゃないわ……。しっかりと躾けるのよ……。あたしたちの言いなりになる奴隷としてね。自分があたしたちの奴隷だと、身体に染みつくまでしっかりと調教するのよ──。媚薬でも、淫具でもなんでも使いなさい。身体が壊れない限り、なにをしてもいいわ。とにかく、まずは、お前のいいなりになるように、徹底的に調教しなさい」

 

 ノルズは言った。

 

「ありがたき……」

 

 リーナスはすぐに、下半身を剥き出しにして、ウルズのいる寝台にあがった。

 

 一方で、ノルズはスクルズをさらったという何者かについて考えていた。なんとなく、昨日、第二神殿でベルズの唇を突然襲った頭のおかしな黒髪の若者のことを思い出した。そういえば、ベルズやスクルズのことを助けると叫んでいた気がする。

 あのときは、たかが冒険者と気にも留めていなかったが……。

 

「んふう、んんっ、んん──」

 

 言葉を封じられているウルズが泣き声のようなものをあげた。

 リーナスがウルズの股間に指を伸ばして刺激し始めたのだ。

 ノルズはそれ以上の興味を失い、テーブルに戻って葡萄酒を味わう態勢に戻った。

 

 しばらくは、眼を閉じて、その葡萄酒を味わった。

 本当にいい味だ。

 やがて、ウルズの鼻息に甘い声が混じり始めた。

 顔をあげた。

 ウルズの女陰にリーナスが怒張をめり込ませようとしている。

 

「んおっ」

 

 ウルズが泣くような声をあげた。

 

「さすがは、筆頭巫女の高級おまんこですね。締まりが随分といいですよ」

 

 リーナスが下品な言葉を口にしながら、本格的な抽送を開始する。

 ノルズは立ちあがると、部屋の隅に置いていた荷から革製の貞操帯を取り出した。

 内側には大小の二本の男根をかたどった張形が着いていて、鍵で閉じ合せるようになっている。

 

「犯し終ったら、これでこいつの股間を塞いでしまいなさい。たっぷりと媚薬を張形に塗ってからね。そうやって、こいつの性欲を管理するのよ。それから、大便も小便も必ず見ている前でさせるの──。数日もすれば、それで身も心も奴隷に成り下がるわ」

 

 ノルズは、ウルズとリーナスが乗っている寝台に、その貞操帯を放り投げた。

 リーナスは、ノルズの言葉が聞こえなかったのか、夢中になってウルズを犯し続けている。

 ノルズは苦笑して、空になった杯に葡萄酒を注ぎ足した。

 

 しばらくすると、リーナスがまるでサルのような奇声をあげた。

 ウルズの股に精でも放ったのだろう。

 ただ、リーナスによるウルズへの淫行は終わる気配がない、それどころか、身体を動かせないウルズから、さらに上衣を剥ぎ取って服を脱がそうとしている。

 

 まだ、夕方には時間があるが、リーナスのことだから、夜までウルズを犯し続けるかもしれない。

 この男に目をつけたのは、神官でありながらの、女に対する素行の悪さだ。それを利用して工作したら、たちまちに弱味を握ることに成功し、あっという間にノルズたちの飼い犬になった。神殿や宮廷に、リーナスのような者を何人か作ったが、まだまだ、増やせそうだ。

 いまのところ、バロンドール工作も順調だ。

 

 ノルズは大きく背伸びをして、長丁場になりそうな、ふたりの性交を見守る態勢になった。

 

 

 

 

(第15話『女神の娘たち』終わり、第16話『冥王のしもべ』に続く)



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 第16話  冥王のしもべ
88  信仰との戦い


「俺を主人と認めて、どうか性奴隷にしてくれと大きな声で叫んで、自分で股を開く。どうして、こんな簡単なことができないんですか、巫女様?」

 

 スクルズと向かい合うように床に胡坐で座っているロウという男が言った。

 だが、スクルズには同じことを繰り返すしかない。

 

「で、でも、わ、わたしは……主である女神様たち、そして、天空神クロノスに心を捧げた身……。そ、それにも関わらず、あ、あなたを主人と、く、口にするのは天空神様への裏切りであり……」

 

「……しぶといですねえ。じゃあ、もう少し悶えてもらいますか」

 

 ロウはスクルズの言葉を遮って、傍らに置いてあった操作具を手に持った。

 

「もう、やめて」

 

 それに気がついたスクルズは悲鳴をあげた。

 その操作盤がどういう役割をするものかは、もうさんざんになぶられて骨身に染みている。

 

「あっ、あはあっ、いやあっ、あああ」

 

 だが、すぐに、巫女服の下の下着の中に押し込まれている小さな淫具が激しく振動をして、スクルズの肉芽を震わせ始めた。

 スクルズは体勢を崩してしまい、正座している身体を後ろに倒しそうになった。

 だが、スクルズの両手を背中側で水平に拘束している革帯に繋がっている鎖がスクルズが倒れるのを阻んだ。スクルズの後手に繋がっている鎖は天井に繋がっている。その鎖がスクルズが横に身体を倒すのを阻むくらいに天井から張られているのだ。

 

「気持ちいいでしょう、スクルズ様? いい加減に諦めたらどうですか? こんなことを言うのも失礼だとは思いますが、すでに生娘というわけじゃないのでしょう。俺の珍棒を股に入れて、ありったけの精を受け入れれば、あなたを悩ましている存在は綺麗さっぱりに消滅するんですよ。それをどうして拒むのかわかりませんね」

 

「な、なんと言われても……。女神様や天空神様以外を、あっ、ああ、主と認めることは……し、信仰への裏切り……あ、あっ、あああっ……も、もうやめて……頭が……お、おかしく……なります……あああっ」

 

 スクルズは腰が砕けんばかりの痺れに、懸命に耐えながら言った。

 しかし、止まらない股間の振動がスクルズの理性を吹き飛ばすかのようにスクルズの頭を白くさせる。

 もう耐えられない。

 スクルズは全身を悶えさせながら思った。

 この地下室に連れ込まれてから、二度にわたって飲まされた媚薬が身体を蝕んでいる。

 そのうえに下着の中の淫具で責められては、スクルズにはもう、この男の言葉に逆らうのが難しくなっていた。

 

「おかしくなるのは頭じゃなくて股でしょう……。意外にしぶといですね。でも、どうしても、精を与える前にあなたに屈服してもらわないとならないのですよ」

 

 ロウが余裕たっぷりの表情で操作盤を操作した。

 やっと振動が止まり、スクルズは鎖の許す範囲で、がっくりと前のめりに身体を突っ伏した。

 しかし、淫具の振動の停止は、別の苦しさの復活でもある。

 それもわかっていた。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 スクルズは懸命に息を整えながら、たちまち襲い直してきた股間の疼きに歯を食い縛った。

 淫具で責められているあいだは、襲いかかる快感でなにも考えられなるくらいに追い詰められるのだが、淫具が止まったことで、今度は淫情への餓えの狂いが始まるのだ。

 そして、その強い疼きがたちまちにスクルズの全身をただれさせる。

 

 この屋敷に連れ込まれてから飲まされたおかしな媚薬のせいなのもわかっている。

 それが信じられないくらいにスクルズの身体を火照らせているのだ。

 とにかく、刺激がなくなってしまうと、途端に股間が疼いて堪らなくなる。

 

 そして、淫具の刺激が始まると、頭を白くするほどの快感──。

 だが、止まると、身を揉むような激しい疼き──。

 刺激を加えられても、とめられてもスクルズはのたうち回るような淫情に苦しめられる。

 魔道は封じられており、拘束にも媚薬にも逆らえない。

 快感にあがらう方法がない──。

 

 スクルズはそうやって追い詰められていた。

 しかし、ティタン神と称されている天空神クロノスとクロノスの五人妻の女神の神々に仕える自分が、神々以外に「主人」を認めるのは信仰の否定……。

 

 それだけはできない。

 

 だが、あとどのくらい、この快楽地獄から抵抗できるか……?

 本当は、スクルズは自分が思わず、この男に屈服の言葉を発してしまうことを恐怖していた。

 でも、もうスクルズは、この男に負けそうだ。

 おそらく、すでに身体は屈している。

 

 いまもスクルズは、知らず股間の異物に敏感な場所を自ら擦りつけるように腰を動かしてしまっていた。

 それを目の前のロウに眺められているのもわかっている。

 現に、ロウはスクルズの痴態を困惑の混ざった笑みを浮かべて眺めている。

 でも、身体を止められない。

 ただれるような股間の痺れを癒す小さな快感がスクルズの身体をせりあがる。

 

 だが、小さすぎるのだ。

 とてもじゃないが、こんなものでは身体の異常さは消えない。むしろ、物足りなさが却って、スクルズを追い詰める。

 

「ねえ、わかってくださいよ、スクルズ様……。あなたに巣食っている魔瘴石は俺が考えていた以上に強くあなたに刻まれているんです。それを問題なく外すには、あなたに対する支配を最初から強化するしかないんです。そのために精の支配の前に、あなたが、すでに俺の支配に落ちているのが効果的なんです。それなら、最初から強力な支配を刻めますしね」

 

 ロウが何度も繰り返している説明を再び行った。

 でも、スクルズは無言でそれを返した。

 何万回説明されても、スクルズはすべてを捧げた神々以外の支配を認めるわけにはいかないのだ。どんなに身体は汚れても、心だけは純潔でなければならない……。

 しかし、それを拒ませるような股間の疼き……。

 スクルズは歯を喰い縛った。

 

 それにしても、ここはどこなのだろう……?

 そして、本当はこのロウたちは何者だろう……?

 このロウが王軍の将兵でもないでもないことはもうわかった。ロウとともに、スクルズを神殿から連れ出すことに加担したシャングリアやエルフ女、もうひとりの小柄な可愛らしい顔をした女もまた、王軍とはかかわりのない者たちだ。シャングリアはまだ王軍騎士だったとは思うが、今回はそれを隠して一介の女兵にやつし、スクルズを神殿から誘拐したのだ。

 

 ロウとあの女たちが、本来、どういう関わりなのかについても、この屋敷に連れ込まれてからは、スクルズの目の前からあの三人がいなくなってしまったのでわからない。おそらく、冒険者仲間だとは思うのだが、あの可愛らしい顔をした女たち、ましてや、王軍騎士ほどの立場のシャングリアが、この男がやろうとしているスクルズへの凌辱行為を容認しているのか、否かは不明だ。

 とにかく、スクルズは馬車の中で袋のようなものに包まれたまま、どこか人里離れた郊外を思わせる場所に到着した。

 

 おそらく、どこかの屋敷なのだと思う。

 だが、馬車が城門を越えたのはわかったが、それからどの程度、移動したかはわからない。移動のあいだ、下着の中に挿入されていた淫具がスクルズを翻弄し続けていて、馬車がどのくらい進み続けたのかなどを探るのは不可能だったのだ。

 そして、袋に閉じ込められていたスクルズが、やっと馬車が停まったのを感じたとき、シルキーとロウたちが呼んだ童女のような声の存在が現れて、魔道でここに転送された。

 

 訳がわからなかった。

 しばらくして、やっと袋から出されて見ることができたのが、この地下室を思わせるこの場所だったのだ。

 袋からスクルズを出したのはロウであり、いまのところ、スクルズの前に姿を見せたのはこのロウだけだ。それから、ロウ以外の存在は、まだ見ていない。

 

 そのとき、ロウは手錠をされていたスクルズの拘束を一度外して、いまのように両手を背中で水平にさせた状態に直してから、天井から伸びている鎖に腕を繋げた。

 そして、得体の知れない液体を無理矢理に飲ませられた。

 それが強力な媚薬だと教えられたのは、その液体によりスクルズの身体が苛まれてからだ。

 いずれにしても、馬車の中で下着の中に挿入された淫具は、ずっと激しさと微弱さを繰り返す不規則な振動を継続していた。だから、袋から出されたときも、拘束をされ直されたときも、身体に媚薬を注ぎ込まれるときにも、なんの抵抗もできなかった。

 

 そして、このロウへの屈服の強要が開始された。

 いや、違う……。

 

 ロウは、当初は、馬車の中で続けられた淫具責めに、頭がおかしくなりかけていたスクルズをいきなり犯そうとしたのだ。

 おそらく、あのまま股間をロウの性器で貫かれても、スクルズには一切の抵抗は不可能だっただろう。長い時間の股間への淫具責めで、ほとんどスクルズはなにも考えられない状態だったのだ。

 また、いまもそうだが、身体を汚されることはもう諦めている。スクルズには、ロウの強姦を拒む抵抗心は最早ない。そのときも、股間の淫具は動いていて、スクルズはまるで操られるように、ロウがスクルズの口を吸うのを許していた。

 

 しかし、朦朧としているスクルズがロウが口づけをして唾液を吸われた直後、ロウはスクルズを犯すことを不意にやめたのだ。

 スクルズから口を離して首を傾げたロウは、当初は戸惑ったような表情をした。だが、すぐに、なにかを決意したような顔になり、いまのように拘束し直した。

 

 そして、驚くことに、スクルズに対して、ロウの性奴隷にしてくれという屈服の言葉を口にするように求めたのだ。

 やっと股間の淫具の振動を止めてもらえたのは、そのときだ。

 我に返ったスクルズはそれを拒んだ。

 

 当然だ。

 

 問答無用で犯されることは、仕える神への裏切りにはならない。だが、性奴隷になると誓うことは完全なる裏切りだ。一応はまだ筆頭巫女の身分であるスクルズに、この見知らぬロウの性奴隷になることを承知することなど不可能だ。

 神々への裏切りの言葉はかりそめにも口にはできない。

 スクルズは拒否した。

 そして、この責めが始まった。

 

「そんなにやせ我慢しなくてもいいじゃないですか、スクルズ殿。俺はあなたを助けてあげたんですよ。あのまま、放っておけば、あなたは王軍に捕えられて、拷問をする兵たちの玩具にされた挙げ句、火炙りにされていたのは間違いないのです。その代償として、俺の性奴隷になってもらう。いい取引とは思いますがね」

 

 ロウが再び操作盤を操作した。

 

「んぐううっ」

 

 また、股間の淫具が激しく振動を開始した。

 スクルズの思考は吹っ飛び、悶え狂うだけの束の間の時間がやってくる。

 しばらくのあいだ、スクルズは巫女服に包まれている身体を激しく悶えさせた。媚薬にただれた股を刺激されて、怖ろしいほどの甘美感がスクルズを支配する。

 声をあげた──。

 なにも考えられない。

 そして、振動が止まる。

 スクルズはがくりと身体を倒した。

 

「ねえ、いい加減に諦めてくださいよ。あなたが事前に堕ちてくれないと、精の支配だけでは、俺の支配が不十分になって、無理矢理に魔瘴石を外すことになり、あなたの心に復活できない損傷を与えそうなんです」

 

 ロウが言った。

 

「か、身体は……か、構いません。で、でも心をあげるわけには……」

 

 スクルズにはそう応じるしかなかった。

 すでに媚薬による股間の疼きが復活している。

 スクルズの悶え苦しみは始まっていた。

 繰り返されている追い詰めに、スクルズは泣きそうになった。

 

 股間の異物──。

 

 馬車の中で下着に挿入されたたった一個の小さな楕円球の異物が、スクルズをどうしようもなく狂わせている。敏感な肉芽に張りつくように密着している異物は、スクルズがどんなにもがいても、スクルズの敏感な場所から少しも離れていかない。

 服はまだ脱がされてはいなかった。

 だが、このロウが要求しているのは、スクルズが巫女服のスカートがはだけるくらいに自ら股を開いて、ロウの性奴隷にしてくれと叫ぶことだった。

 

 そんなことができるわけがない。

 数日前にノルズの残酷な命令により、王都の色町の裏通りで、見知らぬ男たちに汚された身体であったとしてもだ──。

 スクルズには神に仕える者としての誓いがある。

 しかし、ロウが要求しているのは、スクルズの神々への誓いを捨て、ロウの破廉恥な仕打ちに屈服して、スクルズ自らロウを求めることだ。

 

 犯されるのはいい。

 でも、神々を裏切る言葉を口にしろというのは、スクルズにとっては酷い命令だ。

 どんなに汚れた身体になったとしても、それだけは許されない。

 しかし、このロウ……。

 不思議だ……。

 これだけのことをされているのに、ちっとも悔しいとは感じない……。

 ロウのやることは鬼畜で女の尊厳を馬鹿にしたものだが、なぜかその下にある愛情に似たものを感じる。

 あのままでは、スクルズが残酷な運命に陥っていたのは事実だし……。

 この男には、スクルズを無条件に信頼させるような、なにかがあるような……。

 不思議な男……。

 それはともかく、とにかく、神々への誓いを破るわけには……。

 

「……本当に頑張りますね、スクルズ様。もっと簡単に屈服すると思いましたよ。だけど、何度も説明した通り、あなたの身体に仕込まれている魔瘴石を取り除くには、あなたが進んで俺の性奴隷になることを誓ってもらうことが必要そうなんですよ。お願いですから、屈服してもらえませんか」

 

 ロウがにこにこと笑いながら、再び操作盤を操作する素振りを示した。

 

「で、でたらめ言わないでください──。もう、やめて──」

 

 スクルズはそれを見て再び悲鳴をあげた。

 ロウはスクルズを犯すことによって、スクルズの身体の中に埋められている魔瘴石を取り除いてやると言っているが、そもそもそれが信じられない。

 スクルズがこの男の性奴隷としての支配を受け入れれば、それにより魔瘴石が安全に外に出ていくとロウは説明したのだが、そんな途方もない話をどうして信じることができるだろうか。

 

 だが、この男に接していると、やはり得体の知れない不可思議な力を感じる。

 おそらく、この男に性奴隷になることを誓って犯されたりしたら、本当に心を支配される……。

 根拠はないが、そんなことも感じるのだ。

 いずれにしても、スクルズは神に仕える身……。

 身体はともかく、心をほかに捧げることは許されない……。

 スクルズは、その言葉だけを心に繰り返す。

 

「じゃあ、もう少し媚薬を追加してみますか」

 

 ロウが立ちあがった。

 そして、横の台に置いてある小瓶を手にとる。

 スクルズは恐怖した。

 あれは、二度ほど飲まされたことにより、身体中の血が燃えるように熱くなった強烈な媚薬だ。

 それをさらに飲ませようとしている──。

 

「も、もう、やめてください──。それだけは……」

 

 スクルズは戦慄した。

 

「快楽を否定してはだめですよ、スクルズ殿……。受け入れるんです……。それで、あなたは救われますから……。信じて……」

 

 ロウが無理矢理にスクルズに媚薬を飲ませる。

 拒否したくても、もうそんな抵抗力などなく、強引にひと瓶飲み足さされた。

 身体が燃えるように熱くなり、全身に爛れるよう疼きが走り直す。

 

 そのとき、地下室の扉が外から叩かれた。

 スクルズは扉に視線を向けた。

 

「ご主人様、シルキーから手こずっているという話を聞きました。お手伝いしましょうか?」

 

「おお、コゼか」

 

 ロウが言った。

 入ってきたのはロウの仲間のひとりの小柄な女だった。スクルズを神殿からさらったときに、馭者役をしていた女だ。この女はコゼという名前らしい。

 

「……ね、ねえ、助けて──、コゼさん。わ、わたしを解放して──」

 

 スクルズは万が一の可能性にかけて叫んだ。

 しかし、コゼは肩を竦めて、呆れたような表情を向けただけだ。

 

「解放してもらってどうするんです、スクルズ様? あなたのことは王軍と神殿の両方が懸命に探しているんですよ。ここから出ていけば、すぐに捕まって王軍で拷問を受けるだけです。あたしからすれば、なんでご主人様を受け入れないのか不思議です。さっさと、犯されたらどうなんです?」

 

 コゼが冷たい口調で言った。

 

「ああ……」

 

 スクルズに絶望の気持ちが走る。

 コゼの言う通りなのだ。

 スクルズに逃げ場はないのはわかっている。

 だが、第三神殿の筆頭巫女でもある自分が、他人から無理矢理に犯されるというのではなく、自らこの男に身を捧げると口にするのは、信仰に対する裏切りだ。

 それだけは死んでも容認できない。

 

「で、できない……。そ、それはできません……」

 

 スクルズは気持ちを鼓舞するためにも、激しく首を横に振った。

 

「……それにしても、ご主人様。どうして、さっさと犯さないのです? ご主人様の力であれば、スクルズ様の股に精を注げば、それで支配ができてしまうのではないのですか?」

 

 コゼが言った。

 スクルズは同性とは思えない酷いコゼの言葉に、血が凍るような気持ちになった。

 

「それはそうなんだが、それでは俺の支配が中途半端に強すぎて、スクルズ殿が危険かもしれないんだ……。スクルズ殿の唾液をたっぷりと口にすることでわかったんだが、思ったよりも魔瘴石はスクルズ殿の身体に強く繋がっているようでな……」

 

「ご主人様でも無理なんですか?」

 

「いや、剥がすだけなら簡単だ。俺の支配が不十分だと、剥がれることには剥がれるだろうが、もしかしたら、魔瘴石の支配が剥がれるときに、スクルズ殿の心に損傷を与えるかもしれない。何度も繰り返し犯せば、俺の精の支配は強化されるが、最初の一発目だけでは、どうしても支配力も限られるからな。だから、精の支配前からある程度屈服しておいて欲しいんだ。そうすれば、一発目で強力な支配を刻める」

 

 ロウがコゼに言った。

 スクルズはそれを無言で聞いていた。その内容は、ロウがずっとスクルズにしていたのと同じだ。

 一方で、スクルズの太股はスカートの中で激しく揉み合わされていた。スクルズの淫欲の本能がやらせることだったが、その浅ましさに自分を嫌悪したくなる。

 

「……そんなものですか……。いずれにしても、お手伝いしますよ。今度はこれを使ったらどうです?」

 

 コゼが言った。

 そのとき初めて、スクルズはコゼが手に小壺を持っていることに気がついた。

 

「おう、それか──。まあ、可哀想だが使うか。このままだと、埒も明かんしな」

 

「承知しました」

 

 コゼがにっこりと微笑んだ。

 そして、スクルズに近寄ってきた。

 

「じゃあ、ご主人様のお許しも出たので、あたしがいいものをお股に塗ってあげますね。ご主人様が“姫殺し”と名づけた塗り薬です。お婆さんでも誰かに犯されたくなって泣き叫ぶ強力な薬ですよ。あたしも塗られたことがありますが、それはそれは大変でした」

 

 コゼがくすくすと笑いながら、スクルズの巫女服のスカートの下に手を突っ込んだ。

 そして、下着を掴む。

 

「い、いやああ──。や、やめて。なにをするのです──」

 

 スクルズは必死で脚をばたつかせた。

 でも、抵抗は無理だ。

 たちまちに、コゼに淫具ごと下着を剥がされてしまった。

 

「まあ、びちょびちょじゃないですか。こんなになって、よく我慢できますねえ。ご主人様のお情けは気持ちいいですよ。早く、屈服しましょうよ」

 

 コゼが揶揄するような声をあげる。

 羞恥にかっと身体が熱くなる。

 しかし、コゼは、スクルズの股に刺激臭のする薬剤を塗り込み始めた。

 

「ひ、ひいっ──。や、やめて──」

 

 淫具に責め苛まれて疼きの頂点にあった股間に、コゼの指が這う。そのおぞましさと気持ちよさの混ぜ合わさった感触に、スクルズは泣き叫んだ。

 すでに媚薬で追い詰められている身体に、さらに得たいの知れない媚薬を塗られる……。

 スクルズはそのことに恐怖した。

 

 主よ……。

 主たる女神メティス様……。

 天空神たるクロノス様……。

 どうか、あなたへの信仰の心を保たせてください……。

 あなた様への信仰の誓いを守らせてください……。

 

 スクルズはコゼの指に耐えながら、心の中で必死の祈りを繰り返した。

 そのコゼの膣肉の隅々に、コゼが媚薬を塗り続ける。

 

「あ、ああ、だ、だめ……許して……許して……」

 

 スクルズは呻き続けた。

 それが怖ろしいほどの媚薬だというのは、塗られた直後から始まった異様な感覚で悟った。

 

「お豆にもぬりぬりしましょうね」

 

 コゼが邪魔なスカートに頭を潜り込ませるようにした。

 その直後、ぺろりと肉芽の皮がめくれるのがわかった。

 そこに這いだしたコゼの指の感覚に、スクルズはさらに悲鳴をあげた。



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89  巫女屈服・一匹目

「ひ、卑怯です……。ああっ、お願いです……。こ、こんなの卑怯です……」

 

 異様な感覚が股間の粘膜に拡がり、スクルズは悲鳴をあげた。

 

「心の底から屈服する……。そんなに悪いものじゃないですよ、スクルズ様……。ご主人様になにもかもお任せください……」

 

 コゼというロウの女のひとりが、笑いながらスクルズの背後に回った。

 そして、スクルズの腿の裏に手を廻して、ぐいと真横に左右に開く。まるで赤ん坊が母親に脚を抱えられて小尿をするような格好だ。

 しかし、スクルズはたったいま、このコゼに下着を剥ぎ取られて、巫女服のスカートの中は剥き出しの股間なのだ。

 スクルズはあまりの羞恥の姿に悲鳴をあげた。

 

「あ、ああ、な、なにをするのです──」

 

 股間を曝け出している目の前には、笑みを浮かべているロウがいる。必死になって脚を閉じようとするが、小柄なくせに、コゼは思いのほか力が強く、どんなにスクルズが脚をばたつかせても開いた股を閉じることができない。

 それに長い時間、媚薬で責められ続けている身体には、もはや、まったくといっていいほどに力が入らない。

 

「い、いやあ、離して──。離してください、あなた──」

 

 スクルズはコゼの手をなんとか振りほどこうともがいた。

 だが、コゼは背後からスクルズの身体をしっかりと固定しながら、けらけらと笑うだけだ。しかも、縄を持っていたらしく、それで後ろから両方の膝と腰に縄掛けして、脚を大きく開脚したまま閉じられなくしてしまった。

 

「意地なんて張らないことです。それに、ご主人様はスクルズ様を助けようとしているのですよ。それなのに我が儘ばかり……。罰として、スクルズ様にはこうしてさしあげます」

 

 続いてコゼは、スクルズの上衣の隙間から両手を内側に差し込むと、胸当ての内側に手を入れて、スクルズの胸を揉み始めた。

 

「い、いやっ、やめて、コゼさん──」

 

 スクルズは悲鳴をあげた。

 コゼがスクルズの乳房に、たっぷりと媚薬を塗っているのがわかったのだ。さっき、股間に塗られた塗り薬と同様の異様な感覚が、乳房にもあっという間に拡がっていく。

 

「どうですか、巫女様? こうやって、媚薬でただれる身体を苛められるのは?」

 

 コゼが笑いながら乳房を揉みあげていく。

 

「……あ、ああっ」

 

 思わず声が出た。

 コゼの手管は同性ならではの巧みなものがあった。

 差し入れた両手で乳房を根元からきつく絞りあげて、ゆさゆさと円を描くように揺すらせたかと思うと、指先を小刻みに動かしてねっとりと揉んだりもする。

 それをスクルズの反応を読みながら交互に繰り返すのだ。

 また、時折、指であっという間に勃起した乳首をこりこりと動かす。

 刺激が変化するたびに、スクルズは淫らな身悶えを繰り返してしまう。

 しかも、コゼは手のひら全体に、あの媚薬を塗り足しながら、それをやっているのだ。そのため、揉まれるたびにスクルズの乳房は怖ろしいまでに敏感なものになってしまっていく。

 

「さあ、おっぱい全体にも媚薬を塗ってさしあげました。もう、ご主人様におねだりをしたくなったんじゃないですか?」

 

 コゼが胸を刺激しながら言った。

 

「こ、こんなことをして……。か、神の……」

 

 スクルズは必死になって理性を保とうとしながら言った。

 自分は敬虔な巫女だ……。

 こんなことに屈してはならない……。

 自分に言い聞かす。

 

 さもなければ、媚薬とコゼの手管に、瞬時に意識が吸い込まれるような気がする。

 もう、身体が怖ろしく疼き、冷静さを保つのさえ難しくなっている。全身の力は抜け、完全にコゼにもたれかかっているありさまだ。

 

「神様がどうかしたんですか、巫女様? エリカやシャングリアは、まだ巫女様を責めるのは抵抗があるようでしたから来ませんでしたけど、あたしは違いますよ。あたしは神様を信じていません。そんなものはいませんでした。あたしを救ってくれたのはご主人様です。なにもしてくれなかった神様なんて、糞くらえです。だから、あたしはご主人様の望むことなら、なんでもするんです……」

 

 コゼが言った。

 それで、目の前のロウの視線を思い出してはっとした。

 ロウは目の前で、コゼに責められるスクルズの痴態を愉しそうに眺めている。

 コゼに翻弄されて、あられもない姿を晒してしまったことに、スクルズは羞恥した。

 しかも、愛液を垂れ流して、どろどろに溶けている局部をいまもはっきりと凝視されている。

 

「……コゼのおかげで、いい感じにスクルズ様も仕上がってきつつありますね。じゃあ、俺も参加するか……。でも、汗びっしょりで、いい加減に服を着たままじゃあ可哀想か……。コゼ、スクルズ様の巫女服を脱がしてあげろ。びりびりに破いて構わん」

 

 ロウが言った。

 スクルズは悲鳴をあげた。

 だが、コゼはロウの指示に元気に返事をすると、胸揉みをやめて、腰から短剣を抜いた。あっさりと、スクルズの腰に刃を差し入れてスカートを留めている紐を切断してしまった。

 

「……ちょっと立ちましょうか」

 

 ロウが悪戯っぽい口調で言って、壁に移動する。ロウが向かったのは、スクルズの後手に繋がっている鎖を操作する突起だ。

 すぐに天井からスクルズの後手に拘束されている両腕に繋がっている鎖が引きあげられだす。

 

「い、いやあっ」

 

 スクルズは叫んだ。

 抵抗することもできずに、鎖によって腰を浮かせられる。だが、スカートは腰で切断されているので、そのまま床に留まり、下着のない剥き出しの下半身だけをあげたかたちになった。

 しかも、さっき膝を開脚に縄掛けされたので、大きく股を開いた状態だ。

 ロウは、スクルズが中腰になったところで、鎖の引き上げをやめた。

 身体に力の入らないスクルズは、自分では腰をあげることができず、みっともなく両脚を開いて立った状態になった。

 

「こ、こんなこと卑怯です……。も、もうやめて……ください……」

 

 スクルズは言った。

 だが、その声は自分でもびっくりするくらいに頼りなく、しかも、甘い声をしていた。

 そのあいだに、コゼは残っている巫女服の上衣を上下に切断して完全に左右に切り開いた。さらに、内衣と胸当てが肩から切断されて抜かれる。

 スクルズはほとんど全裸の状態になってしまった。

 

「巫女様のがに股姿というのも、いやらしくていいな。さあ、俺と口づけをしましょうか。性奴隷になると口にするのが抵抗があるなら、まずは口づけを受け入れてください。そうすれば、言葉なんてどうでもよくなります……。俺にすべてを委ねるんですよ」

 

 ロウが正面から近づいてきた。

 

「さあ、ご主人様の言うとおりに……」

 

 コゼがそう言って、さっきの胸揉みを再開した。

 それでスクルズは、もうなにも考えられなくなる。

 乳房全体が火がついたように熱くなる。

 しかも、媚薬を塗られたままの股間が熱い。

 知らず、スクルズは自分が中腰の腰を淫らに震わせていることがわかった。

 

「……スクルズ様、俺の唾液を吸うんですよ……。そうすれば、もっと気持ちよくなりますから……。俺の支配を受け入れやすくなります……。我慢しないで……。快楽に逆らってはだめですよ……」

 

 気がつくと、ロウの顔はスクルズの顔の真正面にあった。

 ロウの優しげな声に、スクルズはまるで、操られるように口を寄せかけた。

 しかし、直前で我に返る。

 

「いやっ」

 

 スクルズは顔を横に動かしてロウの口を避けた。

 動揺が全身を包む。

 いま、あっさりとロウを受け入れかけた……。

 そのことに愕然とする。

 

「お、犯すなら犯して構いません……。で、でも、あなたの支配は受けるわけにはいきません──」

 

 スクルズはなんとか懸命に拒絶の声をあげた。

 

「これは困りましたねえ……。何度も繰り返しますが、堕ちるのはあなた自身のためなんですよ。堕ちる前に俺の精を受けてしまっては、魔瘴石があなたの心から剥がれるときに、あなたの精神に傷をつけてしまうかもしれないのです」

 

「な、なんと……、あ、ああ……い、言われようとも……ああっ……」

 

 スクルズは抵抗の言葉を叫ぼうとしたが、コゼの胸への刺激に感じすぎて、もう、うまく言葉を発せられない。

 

「コゼ、スクルズ様がいい子になるように、股も刺激してさしあげろ」

 

「はい、ご主人様」

 

 コゼが責める場所を乳房から、すっかりと蜜にまみれているスクルズの粘膜に移動させる。

 そして、卑猥な動きで内側を刺激し始めた。

 しかも、勃起した肉芽も一緒にだ。

 

「ううっ、あはあっ」

 

 スクルズは大きく身体をのけ反らせた。

 

「ふふふ……熱いですよ、スクルズ様のお股の中は……。ご主人様、スクルズ様は、もう十分にできあがってます。いつでも犯せます」

 

 コゼが指でスクルズの膣をかき回し続ける。

 膣に指を入れる前に、媚薬の入った小壺に指を入れるような仕草をしていたと思うから、あるいは、膣奥深くまで、またもや媚薬を塗り込まれたのかもしれない。

 とにかく、もうなにも考えれない。

 頭は完全に朦朧として、いまがどういう状況であり、誰に責められているのかということもわからなくなりかけている。

 

「これ以上我慢すると気が狂いますよ。あなたに塗り込めたのは、それくらい強烈な薬剤なんです。これだけ我慢すれば神様はお許しになりますよ……。」

 

 正面にいるロウが言った。

 しかし、なにを言われたのか半分も意味がわからない。

 身体が熱い──。

 腰の後ろから伸びている指も気持ちいい……。

 抵抗のできない快感が込みあがる。

 

「……さあ、まずは口づけです。それで俺を受け入れるんです……」

 

 男の声……?

 はっとした。

 横に背けて荒い息を続けているスクルズの唇に、またもや唇が迫ったのだ。

 それでやっと状況を思い出した。

 

 これはロウ……。

 スクルズを助けるとか言って、スクルズに信仰を放棄させて性奴隷になるということを口にさせようとしている男……。

 この男に屈するわけには……。

 

「だ、だめです……」

 

 スクルズはやっとのこと、反対側に顔をそむけた。

 もう泣きそうだ。

 犯すなら犯して欲しい……。

 スクルズの身体はそれを欲している。

 しかし、どうしても神への裏切りの言葉を口にするわけには……。

 

「強情ですねえ……。じゃあ、もう少し、我慢してみますか?」

 

 ロウが言った。

 それが合図だったかのように、コゼが激しく股間を責めるのをやめて手を引く。

 ふたりがスクルズから距離をとるように離れるのがわかった。

 

「あ、ああ……くっ……くうっ」

 

 しかし、刺激が失われたことで、スクルズの口からはおかしな声が洩れ出てしまった。

 身体の疼きが凄まじい。

 股間がただれるように熱い。

 少しもじっとしていられない。

 

 そして、愕然とした。

 

 自分の身体は、刺激を止められると、こんなにも淫情に狂うほどに追い詰められていたのだと悟ったのだ。

 スクルズは無意識に腰を自分で動かしていた。

 それに気がついて羞恥に真っ赤になったが、最早それを止めるのは不可能だった。

 乳房も堪らない。

 膨らみの裾野から先端にかけて、無数の虫が這いまわっているようだ。

 身体への刺激が中断されたことで、スクルズは自分の身体が怖ろしい状態になっていることを改めて自覚した。

 

「……ひ、ひどいです……。こ、こんなやり方は……」

 

 スクルズは震える声で言った。

 

「俺を受け入れて、口づけをするんです。そうすれば、身体を触ってあげますよ」

 

 男が言った。

 いや、ロウだ……。

 この男はロウ……。

 

 屈してはならない危険な男……。

 でも、もう屈したい。

 屈してもいい……。

 彼には、スクルズを信頼させてくれるなにかがある。

 問題ない……。

 

 スクルズは懸命に頭を振った。

 思考がおかしくなっている。

 すると、ロウの口がまたもや、スクルズの唇に近づいていた。

 スクルズは慌てて、顔を背ける……。

 でも、もう限界だ。

 これ以上、抵抗できない……。

 もう断崖絶壁にまで追いつめられている気分だ。

 媚薬を塗られた股間と乳房は、まるでスクルズの意思とは無関係に淫らに身悶えを続けている。

 

「……さあ、俺に屈服するんです。あなたを救ってあげますから……。さっきのコゼの言い草じゃありませんが、神様では、あなたを救えません。あなたを救えるのは俺だけです……。さあ、口づけを」

 

 ロウが舌を伸ばして、横に向いているスクルズの頬を舐めだす。

 そして、頬から耳へ……。

 さらに耳たぶ……。

 

「ひ、ひやっ……」

 

 スクルズは舌足らずの口調で抵抗の声をあげた。

 だが、もう、顔を避ける力も出ない。

 

「……まだ、我慢するんですか……? だったら、もう一度、あれを使いますか?」

 

 なにを言われたのか、わからなかったが、とりあえず、ロウが一度スクルズから離れた。

 

「コゼ、床に転がっている淫具を寄越せ」

 

 ロウが言った。

 はっとした。

 それは“ろーたー”とかいう卵型の振動する淫具だ。

 それで長い時間、翻弄され続けていたが、コゼに外されて床に放置されていたのだ。

 

「どうぞ、ご主人様」

 

 コゼがロウにそれを渡したのが見えた。

 

「俺の力でスクルズ様が淫らに腰を振っても、絶対に外れないようにしてあげます……。遠慮なく悶えてください」

 

 ロウが淫具をスクルズの無防備な股間にあてがった。

 

「ひぐううう──」

 

 スクルズは絶叫した。

 ぴたりと肉芽に密着させられた淫具がいきなり激しく振動したのだ。

 だが、動いたのはほんの少しの時間だけだ。

 すぐに静止して、刺激は中断される。

 跳ねあがった身体が一気に脱力した。

 

「も、もう、許して……くだ……さい」

 

 スクルズはたった一度の振動だけで、もう息も絶え絶えの状態になった。

 

「なにを許すんです。もう一度繰り返しますけど、俺はあなたを助けようとしているんですよ。あなたを襲っている死の恐怖からね」

 

 ロウが言った。

 だが、スクルズの恐怖は神への信仰を束の間でも忘れることだ。

 死は少しも怖くない。

 しかし、神ではなく、ロウを受け入れると口にすることは、まさに神への裏切りだ。

 

 それを自分の口が告げてしまうのが怖い……。

 自分がロウに屈してしまおうとしているのが怖い……。

 いずれにしても、股間に密着された淫具は、まるで粘着剤でもつけてあるかのように、スクルズの肉芽から離れない。

 

 これはなんの力だろう。

 まるで魔道のようだが、このロウにはまったく魔力のようなものは感じない。

 スクルズは魔力封じの首輪をされてはいても、魔力は感じることができる。

 だから、ロウには魔道を遣うための魔力がないのはわかる。

 それにも関わらず、ロウは時折、魔道遣い同様の力を遣うことがある。スクルズにはそれが不思議でならない。

 それだけに、ロウには怖ろしいものを感じる。

 この男は何者なのか……。

 ロウの支配に陥るというのはどういうことなのか……?

 

「……もう一度やりますよ……。この刺激の続きが欲しくないですか……。そのためには、まずは口づけです……。それを受け入れてください。次は屈伏の言葉……。そして、俺の精を身体に受けるんです……。それでなにもかも解決します」

 

 ロウが言った。

 

「はううう」

 

 再び淫具が振動する。

 その瞬間、思考も理性もなにもかも消滅した。

 股間から全身に恐ろしいほどの快感が拡がる。

 スクルズは嬌声をあげて、媚薬に焼けた身体を悶えさせた。

 だが、あっという間に淫具が静止する。

 中断された快楽に、スクルズは凄まじい快感の餓えに襲われた。

 

 

 *

 

 一郎はスクルズの股間に貼りつけているローターの振動をスクルズが達する寸前のところで停止させた。

 

「ううっ、うっ……あ、ああ……ゆ、許して……ください……。も、もう……」

 

 脱力したスクルズが泣くような声で呻いた。

 もう、十数回続けている作業だ。

 強烈な媚薬を飲ませ、さらに淫乱剤を股間と乳房に塗りつけたことで信じられないくらいに淫情に蕩けた身体を、繰り返し寸止め責めにしている。

 これで堕ちないわけがない。

 

 実際、さすがの敬虔な筆頭巫女のスクルズも、一郎とコゼのふたりがかりの色責めに落花無惨の様子だ。

 いまも憐れなくらいに股間から愛液を垂れ流しながら、取りあげられた快感を求めて、腰をよじり、開いた内腿を痙攣させて、あられもない声で悶え泣きをしている。

 

 当然だろう。

 一郎は女ではないので体感を共有するはできないが、絶頂寸前でいくのをやめるというのを繰り返す「焦らし責め」は、女が一番狂乱する責めだということは知っている。

 いま半分興味本位でスクルズを堕とす行為に協力しているコゼも、屋敷の一階で待っているはずのエリカやシャングリアも、「焦らし責め」には泣き叫ぶ。

 

 しかも、一郎には、淫魔術に補強された魔眼の能力があり、女が達するまでの過程を「ステータス」の数字として感じることができる。だから、本当にぎりぎりまで追いつめてから、寸止めするということが可能だ。

 すでにスクルズは、朦朧として、半分は意識がないような状況だ。

 神様がどうのこうのと繰り返して訴えていたが、もはや、意思を貫く限界を遥かに越してしまっただろう。

 

「……許して……許して……許してください……」

 

 スクルズは腰をよじってよがり泣いている。

 

「……ご主人様に口づけをしてもらってください、スクルズ様……。それでなにもかも解決します……。ご主人様がスクルズ様を助けてくれます……。さあ、信じて……」

 

 中腰状態で立たされているスクルズの背後から、ねちっこく乳房を刺激しているコゼが、スクルズの耳元でささやくように言った。

 スクルズはその言葉に操られるように、虚ろな顔で口を半開きにした。

 スクルズの表情に抵抗の色がなくなった。

 一郎はスクルズの唇に自分の唇を当てた。

 

「……あん……あはあ……」

 

 いきなり濃厚な口づけになった。

 一郎が眼の前の巫女の口腔に舌を差し入れると、スクルズが自ら舌を一郎の舌に絡ませてきたのだ。そして、かぐわしい香りを吐きかけながら、甘い鼻息とともに、一郎の口の中の粘膜をねっとりと舐め回してくる。

 

 おそらく、スクルズは誰と口づけをしているのかということが、もうわかっていないに違いない。

 一郎は一気に大量の唾液をスクルズの口の中に注ぎ込んだ。

 スクルズが喉をあげて、それを無意識の様子で飲み干していく。

 すると、スクルズの目つきがいよいよ妖しくなった。

 さらに、いよいよ情熱的に一郎の舌に自分の舌を絡ませる。

 

 しばらくのあいだ、お互いに舌を出したり、引いたりということを繰り返した。その間、本当にスクルズは情熱的な仕草を示した。一郎が舌を引くと、未練っぽく声をあげて、さらに舌で追いかけてじゃれあわせて来たりするのだ。

 

「……ほら、ご主人様に身を任せると、こんなに気持ちがいいのですよ、スクルズ様……。もっとお願いすれば、さらに気持ちがよくなりますよ……」

 

 コゼがスクルズの身体に背中からぴったりと寄せて、媚薬漬けの乳首をこりころと揉んだ。

 脱がせてわかったが、この筆頭巫女殿はかなりの巨乳だ。

 その胸がぶるぶると動く。

 

「あああっ」

 

 スクルズの顔がのけ反り、一郎の口から離れた。

 それを期に一郎は、スクルズのびしょびしょの股間に手を伸ばした。そして、膣の中の赤いもやを刺激するとともに、淫魔術の力でスクルズの肉芽に貼りついているローターを微弱に振動させる。

 

「んはあああっ──」

 

 スクルズの裸身がぶるぶると数回のたうつ。

 一郎は再びスクルズの口に唇を寄せた。

 スクルズがむさぼるように、またもや舌を絡めてくる。

 一郎はどんどんと赤黒くなる膣内に浮かぶもやを追って、潜っている指先の場所を移動させた。一方でローターの振動を一気にあげる。

 

「はあああ──」

 

 スクルズが鼻先から切羽詰った呻きを発する。

 一郎はコゼに頷いた。

 それを受けたコゼがさっとスクルズから離れる。

 一郎もまた、スクルズの膣から指を抜き、同時にローターの振動をとめた。

 

「あああ──ま、また──ああ……」

 

 スクルズががっくりと力を抜き、恨めしげな悲鳴をあげた。

 このときのスクルズの「快感値」の数字は、ほとんど“0”になりかけていた。しかし、“0”ではない。

 

「……あ、ああ……」

 

 スクルズは、はあはあと胸を波打たせながら、まるで気を失ったかのように完全に首を下に垂らした。

 

「……さあ、スクルズ様……なにか言うことがあるんじゃないですか……」

 

 コゼがスクルズの後ろから再び手を這わせ始めた。

 

「ひううっ」

 

 スクルズの身体が跳ねた。

 大した刺激じゃないのに大きな反応だ。

 それだけ、スクルズの身体が極端に鋭敏な状態になっているのだろう。

 しかし、すぐに、コゼは離れる。

 またもや、スクルズは一郎とコゼから放置されたかたちになった。

 

「……ど、どうにか……して……ください……」

 

 そのとき、か細い声が下を向いているスクルズの口から洩れた。

 

「なんですか、巫女様?」

 

 一郎はわざとらしくとぼけた。

 

「……い、意地悪を言わないで……も、もう……だめ……」

 

 スクルズが顔をあげた。

 その表情には一郎に対する憎々しげな恨みのようなものが浮かんでいる。そして、その顔は汗と涙と涎でぐしょぐしょだ。

 

「俺の性奴隷になりますね?」

 

「……ど、どうしても……口にしないとならないのですか……」

 

「口にしなければ、これを繰り返すだけです。あと半日でも、一日でも……三日でも……」

 

 すると、スクルズはもどかしげに身体を悶えさせながら、肩を揺すって泣き始めた。

 

「……さあ、スクルズ様……」

 

 一郎は畳みかけるように言った。

 

「な、なります……性奴隷に……」

 

 スクルズが小さな声で哀願をした。

 一郎はにやりと微笑んだ。

 

「もう一度、大きな声で──」

 

 一郎はスクルズの腰を両手で抱いた。そして、コゼに指示をする。

 コゼが壁の操作具を動かして、スクルズの後手に繋がっている鎖を完全に緩めた。

 スクルズの身体が支えるものを失って、一郎の両腕の中に沈める体勢になる。

 一郎はスクルズの打ち震えている股間を見た。いま、この瞬間もまるで水が漏れるように股間から愛液が滴り落ちている。

 おそらく、スクルズはもう発狂寸前まで淫情に追い詰められているだろう。

 

「な、なります──性奴隷に──。だから、どうにかしてください──」

 

 スクルズがやけくそのよう声をあげた。

 そのとき、一郎はスクルズに対する淫魔の支配が急激に強力になるのがわかった。

 スクルズが口先だけではなく、心から屈服したからだろう。

 

「あなたを性奴隷にします……」

 

 一郎はスクルズを床に横たえた。

 スクルズの両脚はコゼによって、開脚に開かれたままだ。

 真っ赤に熟れたスクルズの花唇が、まるで独立した生き物であるかのようにぱくぱくと開いたり閉じたりしている。とりあえず一郎は、スクルズの股間にあった淫具を身体から離れさせた。

 スクルズをいたぶったローターがころころと床に転がる。

 一郎は、素早くズボンと下着をその場で脱いだ。

 急いで駆け寄ったコゼが、それを受け取った。

 

「いきますよ」

 

 一郎は怒張の先端をスクルズの股間に当てる。

 

「あ、あああ──」

 

 スクルズはそれだけで狂ったように首を振り立てた。

 そのまま荒々しく怒張を突き挿す。

 

「ひうううう──」

 

 スクルズが狂乱の声をあげた。

 さっそく達したようだ。

 一郎はスクルズの凄まじい狂乱をじっくりと愉しみながら、本格的な抽送を開始した。

 

「ああっ、ああっ、ううっ、はああ──」

 

 スクルズがよがり泣いている。

 その眼からつっと涙がこぼれた。

 これだけの快感に酔っていても、心の奥底には、まだ信仰に対する強い思いが残っているのだろう。

 

 しかし、可哀想だがこれで終わりだ。

 スクルズに巣食っている魔瘴石を安全に分離するためには、一郎が性奴隷として強い支配をするしかない。

 一時的とはいえ、とりあえず、それが必要なのだ。

 一郎が数回律動をすると、またもや、スクルズは全身を弓なりにして昇天した。

 

「……ああ、と、とまらない……とまらない……ああっ……あああっ──」

 

 スクルズは呻くように言った。

 激しい腰の上下運動を続けながら、一郎は昇天により“0”になったスクルズの快感値が、絶頂によりほんの少し落ち着き、すぐに下降していっているのがわかる。

 スクルズの官能の歯止めは、ほとんど暴走状態になったようだ。

 さすがの敬虔な巫女も、これだけ快感を破壊的に与えられてはどうにもならないだろう。

 

「ああ、あああ、気持ちいい……気持ちがいい……ああ、だめ……だめなのに……気持ちがいい……なにこれ……これなに……あああっ」

 

 スクルズが混乱したような言葉を吐き出し始めた。

 まだ精を放っていないが、さらに淫魔の支配が強化するのをはっきりと感じた。

 スクルズの屈伏の度合いがさらにあがったのだ。

 一郎は股間を肉棒で責めたてた。

 スクルズはひっきりなしに甘えた悲鳴をあげ、上気した裸身をいやらしくくねらせて、全身で淫情に陶酔している仕草を示した。

 

「いくときはいくと言うんですよ、巫女様」

 

 一郎は律動を続けながら意地悪く言った。

 

「いくうっ」

 

 スクルズは今度は抵抗の様子を見せずに、一郎の命じるまま恥辱的な言葉を叫ぶとともに、またもた絶頂していった。

 

「あああっ」

 

 そして、全身を弓なりにして果てる。

 しばらくのあいだ、宙に持ちあげられてる爪先が強く内側に捩じられた。だらしなく開き切った口からは、涎が流れ続けている。

 

「いくらでも気をやってください。あなたが、どんどんと俺の深い支配に陥っているのがわかりますよ」

 

 一郎はスクルズの腰に怒張を突きたてながら言った。

 

 

 *

 

 

「いぐうう──」

 

 スクルズは悲鳴をあげた。

 もう、なにも考えられなかった。

 絶頂のときには、そう叫べ──。

 ロウにそう言われたから、そうする──。

 

 懸命に考えていたのはそれだけだ。

 ほかのことは一切、思考から抜けていた。

 あるのは、途方もない快感──。

 それがスクルズを支配していた。

 どのくらい犯され続けているのだろうか……。

 

 いまや、背中で水平に合わせて革帯で拘束されている両腕はそのままだが、それに繋がっていた天井からの鎖は外されたし、両脚を開いたまま緊縛していた縄もない。

 だが、一切の抵抗は不可能だ。

 もうスクルズの身体は、完全に力が抜けてしまって自由にならなかった。

 

 そんなスクルズをロウは、時間をかけて、様々な体位で犯した。

 いまはうつ伏せにされ、高く掲げた尻側から股間を犯されている。

 

「……さあ、また体勢を変えましょう。今度は対面座位という体位ですよ」

 

 ロウが一度スクルズから性器を抜く。次いで、胡坐になったロウに向かい合わせの体勢に抱き寄せられる。

 そして、ロウの股間の上に、スクルズの股間を乗せた。

 

「んふうう」

 

 またもや軽く達してしまい、スクルズはロウの腰の上でむせび声をあげた。

 

「……さあ、もう一度、言うんです、スクルズ殿……」

 

 ロウが腰に乗せたスクルズを上下に動かしながら言った。膣の内襞がロウの性器で擦れて、途方もない快感が拡がる。

 

「ああ……ス、スクルズは……ああっ──ロウの性奴隷……はあ、はあ……です……」

 

 スクルズはほとんど操られるように、その言葉を口にした。

 “スクルズは、ロウの性奴隷──”。

 その言葉をロウは繰り返して口にすることをスクルズに強要した。

 もはや、抵抗の意思さえ浮かべることのできないスクルズは、言われるままに、それを言葉に発した。

 そのたびに、身体を接しているロウに心が吸い込まれるような気がした。

 

「いい子ですね……。じゃあ、ご褒美です。また、口づけをしましょう……」

 

「あ、ああ……」

 

 向かい合っているロウがスクルズに唇を合わせてきた。

 スクルズは、なにも考えられずに、口の中に入ってきたロウの舌に自分の舌を絡ませた。

 かつて、ウルズ、ベルズ、そして、ノルズという親友たちと、愛を交わし合って覚えた接吻だが、ロウとの口づけは、そんな口づけとはまったく違っていた。

 女同士の口づけよりも、遥かに淫靡で……強烈で……激しく……、そして、興奮した……。

 スクルズはしばらくのあいだ、ロウの舌による口への蹂躙に酔った。

 

「……そろそろ、十分だと思います……。あとは俺に任せて……。俺に心を預けてください」

 

 ロウが口を離した。

 そして、再びスクルズの身体を床に仰向けにして、上から犯す体勢に戻す。

 

 ロウに心を委ねる……。

 

 そんな当たり前のことを改めて命じられた理由がわからなかったが、とりあえず、スクルズは数回うなずくとともに、ロウに身を委ねると口から発した。

 ロウが満足そうに笑って、また律動を始める。

 

「あああ、ああっ、はあっ、ひやあっ、ああっ」

 

 スクルズは喘ぎ声をあげた。

 何度達しても……。

 どんなに疲労困憊でも……。

 

 快感に際限はない。

 

 世の中にこれほどの快楽があったのかという思いだ。

 

 それを与えてくれているロウ──。

 そのロウの支配を受け入れる──。

 それは、当たり前すぎることだ。

 再び絶頂の兆しがやって来る。

 

「いく、いきます──」

 

 スクルズは吠えた。

 

「俺もいく……。今度は俺の精をやる。それで終わりだ……」

 

 ロウが言った。

 律動が速くなる。

 スクルズは身体を弓なりに反らせた。

 圧倒的な情感の大波がやって来る。

 スクルズは頭が真っ白になる気分とともに、果てしない甘美感の陶酔に包まれた。

 そのとき、スクルズを貫いているロウの怒張がかっと熱くなるように感じた。

 

「ああ──」

 

 スクルズは絶叫した。

 力強いなにかがスクルズを覆い尽くす。

 心が誰かによって鷲づかみにされる──。

 それを感じた。

 吠えた。

 包まれる──。

 なにかがスクルズを覆い尽くす……。

 

「う、うっ」

 

 スクルズの上のロウが小さな声を発した。

 それにより、ロウがやっとスクルズに精を発したのだと悟った。

 いずれにしても、もうなにも考えられない。

 スクルズの心の中で、なにかが消滅して、そして、なにか巨大なものが誕生した。

 そんな気分に陥った。

 

「……終わりましたよ、スクルズ殿」

 

 ロウがスクルズから身体を離した。

 

「……終わった……?」

 

 スクルズは疑念の言葉を発した。

 すると、ロウが、手のひらに乗るくらいの大きさの真っ黒い石のようなものをスクルズに示した。

 

「……あなたの身体にあった魔瘴石です……。無事に外せました。まだ、壊れていない魔瘴石ですよ。ご気分はいかがですか……。どこか、おかしな具合はないですか?」

 

 ロウが言った。

 その顔には、とても優しげな笑みが浮かんでいる。

 とても、安心できる微笑みだ。

 この微笑みを最初は忌み怖れていた……。

 ロウに犯される前の感情の記憶が残っているスクルズは、そのことを不思議に思った。

 

「……おかしな具合は……ありません……。とても、気持ちがいいです……。で、でも、い、意地悪です、ロウ……様は……」

 

 スクルズは正直に答えた。

 すると、ロウが愉しそうに声をあげて笑った。

 

「それが、俺ですから……。でも、その代わり、一度、受け入れたら、全力で守ります……。スクルズ殿を……、いや、皆さんを助けます。その代わりに、スクルズ殿も俺を受け入れてください」

 

 ロウが笑った。

 スクルズはロウに抱き締められながら、もう一度頷いた。

 

「受け入れてます……。どうか、わたしたちをお救いください……、ロウ様……」

 

 スクルズは言った。



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90  厠からの誘拐・二匹目

 ベルズは、厠に行くと告げて、礼拝堂から一緒に戻っていたほかの巫女たちを先に行かせた。

 誰も厠についてくる者はいなかった。

 ベルズはほっとした。

 

 今日は、いつも護衛巫女の中に紛れて、ベルズを見張っているあのノルズはいない。

 だから、いつもよりはベルズの監視は緩いようだ。

 誰も一緒についてくると主張することもなく、べルズはひとりで厠に向かうことを許された。

 

 ノルズがこの第二神殿に籍を置きながら、第三神殿にも第一神殿にも名を変えて見習い神官のひとりとして出入りしていることをベルズは知っている。

 だから、今日はそのどちらかに行ったのだろう。

 ノルズは、ノルズ自身がいなくても、常にひそかに神殿に紛れた手の者がベルズを監視しているから、おかしな行動をするなと脅していたが、あるいは、今朝、回りにいた巫女たちの中に、ノルズの手の者はたまたまいなかったのだろうか。

 

 まあ、油断はできない。

 いずれにしても、身体に入れられた魔瘴石により脅されているベルズには、なんの抵抗もできないことはすでに悟っている。

 ただ、ノルズがいないとなるとほっとすることは確かだ。

 とにかく、今朝については、護衛巫女たちの誰も、厠にまでついてくることはなかった。

 このところ、寝るときだって、誰かしらにそばに侍られているベルズは、久しぶりにひとりだけになれた気がする。

 とにかく、今朝はたまたまひとりになれたが、厠まで監視される生活に、ノルズはぎりぎりまで排尿を我慢するようにしていた。

 だから、ちょっと洩れそうだ。

 

 ベルズは渡り廊下を離れて、ひとりで厠に向かった。

 朝の務めである礼拝を終えた早朝であり、まだ神殿の庭は朝もやのたちこめる薄暗さに包まれている。

 神殿では、これから朝食の支度をして、それから朝食となる。

 食事の支度するのはほかの巫女たちなので、筆頭巫女であるベルズは、食事の支度が整うまで少し暇だ。

 だから、しばらくは時間の余裕がある。

 ベルズは、厠の個室に入り、鍵を内側から閉めた。

 

 神殿の厠は庭を流れる小川を利用したものであり、流れる水流の上に厠の穴をこしらえ、それらを個室として壁を作って連ねているものだ。その中で用を足せば、汚物が水で流れて、王都の下水に繋がるという仕組みになっている。

 ベルズは下着をおろし、巫女服のスカートを腰までまくり上げて、穴に跨って腰を落とした。

 股間の力を緩める。

 股から放尿がしゅっと飛び出した。

 その直後だった。

 突然、鍵を閉めていたはずの扉が外から開かれたのだ。しかも、そのまま進んで、ベルズの前に立ちはだかった。

 

「えっ?」

 

 あまりの衝撃に、ベルズは目の前の男に向かって間抜けな声をあげることしかできなかった。

 

「お、お前は──」

 

 しかし、そこにいたのは、二日前に、スクルズからベルズを守るという依頼を受けたと称して、この神殿にやってきた冒険者だ。

 

 確か、名はロウ……。

 

 そして、やっと我に返って立ちあがりかけた。

 しかし、すぐにその場にしゃがんだ。

 まだ、放尿が続いている。

 一度始まったゆばりは、自分の力では止めようがない。

 

「こんなところを襲ったりして申し訳ありません。ただ、あなたにはいつも護衛が周りに侍っていて、なかなか隙がなかったものですから……。それで、やっとひとりになったところを追いかけたのです。すると、その先が厠だったということなんでして……」

 

「な、なにをくだらんことを──」

 

 ベルズはやっとまともに口をきくことができた。

 そして、ようやく巫女服の内側にある杖のことに思い至ることができた。あまりにも気が動転していて、とっさに頭が回らなかったのだ。

 だが、さらに気がつく。

 ベルズの魔道は、ノルズによって封印されていたのだった。

 すると、ロウがさっと、ベルズの懐にてを入れては杖を取りあげた。

 

「魔道は遣えないようですが、念のためです」

 

 ロウがにやりと微笑む。

 

「と、とにかく、み、見るな──。出ていけ──」

 

 抗議の声をあげた。

 そして、大声で助けを呼ぼうとした。

 

「大きな声をあげちゃだめですよ。命令だ」

 

 そのとき、すかさずロウが言った。

 すると、なぜか大声で助けを呼ぼうとする意思がなくなってしまった。

 いずれにしても、まだおしっこが終わらない。

 溜めていた分だけ長い……。

 

「……まあ、声を出したところで、この厠の部屋を防音の結界で包んでもらいましたから無駄ですけどね。誰にも聞こえないと思います……。いずれにしても、俺のことは気にせずに、小便を終わらせてください……。いやあ、実のところ、以前、俺の女が厠で小便をしていたのを襲われたということがありましてね。腹がたつので一度やろうと思ってたんですよ」

 

 ロウが、わけのわからないことを言いながら、ベルズの前にしゃがみ込んで、股を覗き込むような格好になった。

 

「や、やめろ──」

 

 ベルズは反射的に捲りあげているスカートの裾を掴んだ。

 だが、放尿が続いている限り、どうしようもない。

 動くこともできないし、魔道も封じられてしまっている。

 そして、やっとゆばりの勢いが弱まってきた。奔流がしずくのようなものになったところで、ベルズは構わずに腰をあげた。

 

「まだ、途中でしょう」

 

 ベルズの放尿姿を凝視していたロウが笑った。

 ベルズは無視した。

 とにかく、スカートをさげる。

 だが、下着を掴もうとしたところで、ロウに手首を掴まれた。

 

「あっ」

 

「抵抗するな──。あんたは、すでに俺の唾液を飲んでいて、俺の支配に少し陥っている。下手に抵抗すれば、心が分裂して取り返しのつかない損傷を受けてしまうかもしれない。俺に身を委ねるんだ」

 

「な、なにを血迷い事を──」

 

 ベルズはロウの手を振りほどこうと後ずさった。

 しかし、さすがに男のロウの力は強く、振り解くことなどできない。しかも、膝までおろしている下着が脚に絡んだままだ。蹴って抵抗することもできない。

 

「い、いやだ、誰か──」

 

 最初の衝撃からようやく解放されはじめてきた。

 やはり、助けを呼ぶ──。

 それしかない。

 防音の結界などと言っているが、そんな高等魔道を一介の冒険者が駆使できるわけがない。それに、ここは大勢の神官がひしめいている神殿内だ。

 大騒ぎをすれば、すぐに誰かが来てくれるはずだ。

 

「静かにして、ベルズ──。このロウ殿に任せるのよ。ロウ殿はわたしたちを助けてくれようとしているのよ」

 

 そのとき厠の外から姿を見せた人物に、ベルズは驚愕した。

 そこにいたのは、スクルズだった。

 

 黒いマントとフードで身体と顔を隠していたが、フードから覗く顔は間違いなくスクルズだった。

 王軍に連行されようとしていたスクルズが、昨日、何者かにさらわれて行方不明になったことはベルズも知っていた。

 ベルズも王軍と第三神殿の者の両方から、昨日のうちに訊問のようなものを受けている。

 ただ、なにも知らないと答えた。

 実際になにもわからないからだ。

 

 ただ、この冒険者のロウに一昨日会ったとき、スクルズが王軍に捕えられる可能性が高く、もしも、そうなれば、かなりの高い確率で死罪になることは間違いないと告げられ、すぐに手を回して調べたところ、それが事実であることが判明した。

 だから、スクルズが逃亡したということについては、ほっとしていた。

 そのスクルズが目の前にいる。

 ベルズは混乱した。

 

「……ごめんね、ベルズ……。だけど、すぐにあなたにもわかるわ。だから、このロウ様に屈服してね──」

 

 スクルズがベルズに杖を向けた。

 次の瞬間、ベルズの全身は金縛りにかけられたように動かなくなった。

 

 魔道だ──。

 

 そう思ったが、どうしようもない。

 ベルズの身体はまるで棒切れのように真っ直ぐに伸びたまま、厠の壁に倒れていく。

 その身体をロウが手を伸ばして支えた。

 悲鳴をあげることもできない。声さえもスクルズの魔力で凍結されている。

 

 どうして、スクルズが……?

 しかし、ベルズは、動顚して考えをまとめることもできなかった。

 

「お前たち、手伝え」

 

 硬直したままのベルズを抱えているロウが外に声をかけた。

 すると、三人の女がすぐに入ってきた。

 ベルズは、その女たちを見て、さらに驚いてしまった。

 そのうちのひとりがベルズと瓜二つの顔をしていたのだ。

 どういうことなのかさっぱりわからない。

 女たちとロウによって、ベルズは厠の個室の外に出された。

 厠の外の床には大きな毛布が敷かれている。

 ベルズは、その毛布の上に横たえられた。

 

 すると、ベルズそっくりの顔をした女がいきなり服を脱ぎ始めた。

 残りふたりの女は、ベルズに向かって来る。

 そのふたりの顔には見覚えがある。ロウの冒険者仲間だ。

 一昨日にロウが、ベルズに口づけをして騒動を起こしたとき、少しだけ彼女たちの顔を見ていた。

 ひとりは、お転婆騎士こと、あのシャングリアだ。もうひとりは小柄な人間族の若い女だ。ただ、もうひとり、エルフ女がいたと思ったが、この中にはいない。

 

 あるいは、ベルズとそっくりの顔をしているのが、そのエルフ女か?

 ふと見ると、服を脱いで下着姿になったベルズそっくりの女は、指に魔道の指輪をしている。

 魔力は凍結されても、それを感じることはできる。

 ベルズは、下着姿になった女の指にある指輪に、強い魔力の波を感じることができていた。

 一方、ベルズに群がった女たちはベルズから服を剥ぎ取ろうとしている。次々に彼女たちが脱がす筆頭巫女の装束を自分そっくりの女が着込んでいく。

 

「……手伝いますね、エリカさん」

 

 驚愕することに、慣れない巫女服を着るのに手間取っている女の着付けをスクルズが手伝いだした。

 エリカ?

 その女の名か?

 

 とにかく、一体全体どういうことになっているのだろう?

 スクルズには、このロウたちに脅されたりしているという雰囲気はない。

 むしろ、進んで加担している感じだ。

 やがて、ベルズは完全に巫女服を剥がされてしまった。膝に絡まっていただけの下着も呆気なく脱がされる。

 一方で、ベルズにそっくりの女は、ベルズから脱がせた巫女服を着終わっている。

 

「エリカ、なんとか半日頼む。それで、このベルズ様を落とす。そのあいだ、なんとか時間を稼いでくれ」

 

 ロウが言った。

 

「わかっています、ロウ様。誰にも悟られずに、身代わりをしてみせます」

 

 女が言った。

 やはり、このベルズと同じ顔の女は、このロウの仲間の女だ。

 ベルズは悟った。

 

「コゼも頼むぞ。コゼは、エリカに万が一のことがないように、隠れて見張ってるんだ。このベルズ殿には、ノルズの手の者が見張ってるはずだ。できれば、その連中の誰にもばれないように、ベルズ殿から魔瘴石を剥がしたいが、エリカの身が第一優先だ。もしも、ばれそうになったら、ふたりで暴れて逃げて来い」

 

「わかりました、ご主人様」

 

 黒髪の小柄の女が真剣な表情で応じた。

 

「しばらく我慢してね、ベルズ。でも、あなたにもわかるわ。ロウ様に身を委ねるのよ」

 

 スクルズがにこにこしながら言った。

 毛布でベルズをすっぽりと全身を包まれる。

 ベルズの視界は完全に失われた。

 

 それにしても……。

 ベルズは驚いていた。

 このロウがすべてを承知していることにだ。

 ロウは、完全にベルズとノルズの関係、そして、魔瘴石のことを認識している。ノルズの手の者がベルズをずっと監視していたことまで見抜いて動いている……。

 そのうえで、女たちに指図している。

 しかし、思考はそれで終わりだった。

 毛布に包まれたベルズの身体にはらわたがねじれるような感覚が襲った。

 

 それは、『移動術』──。

 瞬間移動の魔道だ──。

 

 それを遣えるのは、この王都ではただふたりだけのはずだ──。

 ひとりは、ベルズ自身──。

 もうひとりは、スクルズ──。

 

 もうひとりの筆頭巫女であるウルズや、ほかの王族、王軍の魔道師たちにも遣えないはずだ。

 だから、この跳躍はスクルズが自分自身の意思で魔道を遣った証拠に違いない。

 もしも、なんらかの魔道で操られているとすれば、そんな高等魔道を刻むほどの魔力を集中するのは不可能だからだ。

 本当に進んでスクルズが、このロウに協力を?

 そして、ベルズは、自分がこの神殿からどこかほかの場所に連れさられるのをはっきりと感じた。

 

 

 *

 

 

「まあまあ、落ち着いてくださいよ、ベルズ殿」

 

 一郎はベルズを全裸で縛りつけた寝台に腰をおろして言った。

 

「そうよ、ベルズ。そんなに興奮しないで」

 

 寝台の反対側に立つスクルズがにこにこしながらベルズをなだめるように言う。そのスクルズも全裸だ。一郎がベルズをこうやって寝台からおりれなくしているあいだに、自ら服を脱いだのだ。

 

「ふざけるな。なにするつもりだ、スクルズ……。お前たち、冗談はやめよ」

 

 ベルズは羞恥で顔を真っ赤にしている。

 しかし、全裸で寝台に乗せられているベルズは、しっかりと革紐で後ろ手に拘束されているし、暴れることができないように、足首にも革枷を嵌めて、左右の足首の枷に繋がった鎖が、寝台の左右に繋げられている。

 また、ベルズの足首に繋がっている鎖は、ベルズが完全には脚を閉じることができない長さに調整されているので、ベルズは素裸に剥かれた身体で脚を開いて、寝台の真ん中に座らされた体勢だ。

 

 ここは一郎の暮らしている通称「幽霊屋敷」と呼ばれている建物の地下だ。

 ベルズを第二神殿から拉致した一郎は、この地下の一室にベルズを監禁し、スクルズとふたりかかりで、凌辱する態勢になっている。

 

 とりあえず、この部屋にいるのは、一郎とベルズとスクルズの三人だ。

 シャングリアと屋敷妖精のシルキーは一階である。

 

 ギルドから借りている貴重な『変身リング』を遣ってベルズに変身しているエリカと、その護衛役のコゼは、ベルズに変身して第二神殿だ。ベルズになりすまして第二神殿に残ったエリカは、気分が悪いと称して、部屋に閉じこもることで人との接触を避ける算段だが、どんなに頑張っても、日没を越える時間を稼ぐことは難しいだろう。

 

 なんとか、それまでに、ベルズを屈伏させてから、精を刻んで性奴隷にする。

 それで安全に魔瘴石をベルズから外すことができる。

 犯すだけなら容易いが、まずは性奴隷になることを了承してもらわなければならない。

 時間がない。

 

 とにかく、それがこれから一郎がやろうとしていることだ。

 もっとも、それはスクルズのときほど、手間のかかることではないとは思う。

 なにしろ、先日、唾液を飲ませることで、ベルズは多少は、淫魔師としての一郎の支配に陥っている状況だ。だから、すでにベルズの内心は、一郎の支配に傾いている。

 しかも、そのベルズを幼馴染みであり、親友のスクルズのふたり掛かりで追い落とすのだ。

 一郎は、午前中のうちには終わる仕事だと思っている。

 

「ねえ、何度も説明したでしょう、ベルズ。このロウ様はわたしたちを助けてくれるのよ。おそらく、ウルズのことも……。だから、このロウ様の性奴隷になると誓ってよ」

 

 寝台にあがり、拘束されているベルズの後ろ側に全裸のスクルズが腰をおろす。

 スクルズはこの状況に至るまで、ずっとベルズに一郎のやろうとしていることを説明して、ベルズを言い聞かせようとしていた。

 

 ベルズは最初は、まったく信じていなかったが、いまはスクルズの言葉だけは理解してくれた。

 ただ、納得はしてない。

 一郎の淫魔術でも、まだベルズが一郎に完全に屈服した状況ではないのは明白だ。

 これでは、まだ精を刻んで奴隷にはできない。無理すると、魔瘴石の分離とともに、ベルズの心が離反して、精神に傷をつける可能性があるのだ。

 従って、まだ犯せない。

 

「な、なにを言っているのはわかっているのか、スクルズ。と、とにかく、魔瘴石を抜くために性交が必要というのは理解した。抵抗はしない。この冒険者がわたしを犯すのを許す。だが、性奴隷になど……」

 

「まあ、許すだなんて、なんてことを言うの、ベルズ。ロウ様に対して失礼よ。この人は、本当に親切心でわたしたちを助けようとしてくれているのに……」

 

「なにが親切心だ。さっきから、わたしたちを色狂いの男そのものの目つきで見ているぞ──。それにしても、スクルズ──。どうして、こんな冒険者ふぜいに諾々と従っているのだ。どうかしたのか──? まあいい──。と、とにかく、お前、わたしを抱いても構わないから、この拘束を解け」

 

 ベルズが寝台の横にいる一郎に向かって怒鳴った。

 だが、強気の口調とは裏腹に、その表情にははっきりとした怯えの色がある。

 無理もないか……。

 

 このベルズは、これが生まれて初めての男との性交になる。

 スクルズによれば、スクルズやベルズたちが女同士で愛し合うときにも、張形を使ったりしたそうなので、身体については処女ではない。

 だが、やはり、男に犯されるというのは恐怖のようだ。

 それに、やはり、こうやってがっちりと拘束されたうえに、脚さえ閉じることができないようにして裸身を一郎の前に晒すというのは、羞恥の極みに違いない。

 身分の高い筆頭巫女としてのプライドもあるだろうし、そもそも、このベルズは、スクルズとともに、この王都で一、二を争う力のある魔道遣いだ。

 そんな自分が、こんな風に魔道を封じられ、股を開いて全裸にされるというのは、身を揉むような屈辱に違いない。

 本当に口惜しそうであるし、また、女の本能がそうさせるのか、ベルズは閉じることのできない脚をなんとか閉じ合せようと、後手縛りの身体をもがかせている。

 

 しかし、一方で、ベルズを捕らえる前にスクルズの言っていたことは本当のようだ。

 ベルズはまだ、自分でも気がついてないらしいが、開かせている股間から愛液がじわじわと滴っている。

 スクルズが言うには、平素の気の強い言葉使いの反面、淫行のときにはベルズは完全に「受け」であり、マゾなのだそうだ。少なくとも、かつて少女時代の百合遊びのときの関係はそうだったらしい。

 同じ神学校の寮部屋で過ごした四人は、スクルズとベルズが受ける側で、ウルズとノルズが「責め」。かなり、過激なことまでやってたそうだ。

 そんな赤裸々な告白まで、一郎が必要だから教えて欲しいと頼むと、スクルズは隠すことなく教えてくれた。

 

「まあ、そんなことを言わないでくださいよ、ベルズ殿。もちろん、あなたのことは、おいしく頂くつもりです。ただ、あなたの身体に巣食っている魔瘴石を安全に外すためには、ただ性交をするだけじゃ駄目なんですよ。ちゃんと心から屈服してもらわないと……」

 

 一郎は立ちあがって、身につけているものを脱ぎ始めた。

 ベルズがびくりと身体を震わせて、腰を寝台につけたまま後退りするような仕草をする。だが、後ろにいるスクルズが、身体を密着して、それを阻んでしまう。

 

「わっ、ス、スクルズ──」

 

 ベルズが慌てたように、スクルズに振り向いた。

 

「いいから、ロウ殿に性奴隷にしてくれと言ってちょうだいよ、ベルズ。とにかく、その身体にある魔瘴石を取り去ってもらわないとならないことはわかっているでしょう。わたしを見てよ。わたしもまた、魔瘴石を身体に入れられて、あのノルズに脅迫されていたのよ。だけど、いまはもうないのがわかるでしょう?」

 

 スクルズが諭すような物言いでベルズに言った。

 

「そ、それはわかっているが……。わっ、わっ、まだ、あがってくるな、お前──」

 

 ふたりと同じように全裸になった一郎は、改めて寝台にあがる。一郎がベルズと向かい合うように寝台に胡坐で座ると、ベルズが明らかに怯えた。

 一郎はベルズの狼狽ぶりがなんとなく面白くて、くすくすと笑ってしまった。

 

「……な、なにがおかしい、お前──。わ、わかった。お前に抱かれる。性奴隷にもなる。だから、さっさとやれ。もう観念するから、魔瘴石をとにかく外してくれ──。だが、本当にお前に抱かれれば、魔瘴石が外れるのだな? くだらない物言いで騙したのなら、あとでその身体を後で八つ裂きにするぞ──」

 

 ベルズが一郎に向かって怒鳴った。

 一応は性奴隷の誓いをした──。

 それを確認した一郎はすかさず、淫魔術でベルズの支配度を確認した。

 しかし、まだ、だめだ。

 一郎はスクルズに向かって小さく首を振った。

 まだ、不十分だという合図だ。

 

 すべてを承知しているスクルズが肯くのがわかった。

 スクルズについては、“性奴隷になる”と口にすることで、心が観念した状態になって、一郎に対する屈服の度合いが高まり、性奴隷になる心ができあがってしまったが、ベルズについては、同じことをしても、心から一郎に堕ちるという状態にはまだまだ遠いようだ。

 

 この場で必要なのは、口先で性奴隷になると告げることではなく、心で屈伏することなのだ。ベルズの場合は、言葉で納得したということを口にしただけでは、心が堕ちた状態にはならないようだ。

 

 まあいい……。

 

 とにかく、あとは肌を合わせながら、少しずつ感情を解いてやるしかないだろう。それで心が一郎に対して緩めば、精を放つことでベルズを完全支配する態勢が整うと思う。

 

「……まあ、そんな怖いことを言わないでくださいよ、ベルズ殿……。それよりも、スクルズ殿に聞いたんですが、いつもは気の強いベルズ様ですが、スクルズ殿たちと愛し合うときには、いつも必ず責められ役をしたらしいですね……」

 

 一郎はベルズが悩ましくうねらせている太腿に軽く手を乗せた。

 

「うわっ──、や、やめて──」

 

 ベルズがはっとしたように、身体を硬直させた。

 そして、顔を捻じ曲げて、今度はスクルズを睨む。

 

「ス、スクルズ──。お、お前、わたしたちの秘密をこの男に喋ったのか──?」

 

 ベルズがスクルズに怒鳴った。

 

「だって本当のことじゃない、ベルズ……。いいかげんに、意地を張るのをやめるのよ。実は、あなたがさっきから、この状況に身体を熱くして、お股を濡らしているのはお見通しなのよ。ほら、ロウ殿、見てください。ベルズはもうこんなに濡れているんですよ」

 

 スクルズが悪戯っぽく笑って、ベルズの股間に手を伸ばし、敏感な肉芽の付近を指でなぞった。

 

「んふうっ」

 

 ベルズが憐れなくらいに昂ぶった声をあげて、身体をびくりと反応させた。

 その激しい反応には、一郎も欲情を大きくしてしまう。

 

 

 

  “ベルズ

   人間族、女

    第2神殿筆頭巫女

   年齢26歳

   ジョブ

    魔道遣い(レベル25)

   生命力:50

   直接攻撃力:1(凍結状態)

   魔道力:200(凍結)

   経験人数:女3

   淫乱レベル:S

   快感値:40↓

   状態

    魔瘴石(封印状態)の憑依”

 

 

 

 まだ、ほとんど愛撫も受けていないベルズの快感値が、これだけさがっているというのは、ベルズがいまの状況に激しく欲情している証だ。

 

 気の強い女が、実は閨ではマゾというのは、珍しくないことなのかもしれない。

 エリカ、コゼ、シャングリア、ミランダなどという、一郎がいつも愛している女たちは、いずれも気の強い大変な女傑たちだが、一郎との交合では、全員が強い被虐癖を示す。

 まあ、それは、一郎の淫魔術のなせる業でもあるのだろうが……。

 ただ、ベルズがマゾであるのは明白だ。

 ステータスを覗くまでもなく、現にベルズの股間はもう愛液でてかてかと光っている。

 

「お、お前、さっきから、わたしをじろじろと見るな」

 

 ベルズが大きな声をあげる。

 

「いいえ、しっかりと見ますよ。スクルズの言うとおり、あなたがマゾっ子というのは正しいようですね。縛られただけで、そんなに欲情する女は初めてですよ」

 

 一郎は意地悪くそう言い、ベルズの太腿に置いていた手をさらに付け根に向かって動かした。

 すると、スクルズもそれに合わせて、反対の腿に手を動かし、さわさわとくすぐるように動かす。

 スクルズにはベルズを落とすのに協力させるように、強く淫魔術で強要しているわけじゃない。むしろ、スクルズにはもう心の縛りはひとつもしてない。

 しかし、ベルズを追い込む行為を進んで行ってくれる。

 支配してわかったが、実のところ、このスクルズはかなり、性愛に対して積極的だ。

 

「くっ」

 

 ベルズは歯を食い縛って顔をしかめる。

 ふたりがかりの愛撫に反応すまいとして、必死に耐えているようだ。

 その姿はなかなかに可愛い。

 

「ベルズ、もっと、気を楽にしてよ。さあ、このロウ様に愛してもらいましょう。わたしも、あなたと一緒にロウ様に愛してもらうのが愉しみなのよ。心を委ねて……。それに、ロウ様はとてもお上手よ」

 

 スクルズが愉しそうに笑った。

 

「ス、スクルズ、お前、なんでこんな男に──。と、とにかく、スクルズ、お前になら屈する。屈するから、この男をどこかにやってくれ。魔道でこいつを金縛りにしてくれ。頼む」

 

「ロウ様をどこかにやってどうするのよ、ベルズ。このロウ様の精をもらわないとならないのに……。変なベルズね」

 

 スクルズがくすくすと笑ってベルズの乳房を揉み始める。

 ベルズが声をあげた。



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91  巫女屈服・二匹目

 スクルズがくすくすと笑いながら、背後からベルズの乳房を愛撫している。一郎は前側だ。閉じることのできないベルズの内腿をゆっくりと撫でている。

 ベルズの悶えがかなり大きくなる。

 

「あっ、あっ、だ、だから、最終的には精を受ける。それでいいのだろう。さ、最初はふたりでやろう、スクルズ。それで最後には、この男を受け入れる。そ、それだけは約束する。そして、こいつを追い払うときには、わたしたちのことについての記憶を魔道で抜け。そうしてくれ──。あんっ、そ、そこは」

 

 ベルズが必死の口調で言った。しかし、そのあいだも、感極まった声を時折挟んでくる。

 なかなかに可愛らしい反応だ。

 まだ、大した愛撫ともいえないのに、ベルズはだんだんと息があがり、内腿の震えも大きくなってきた。

 余程に感じやすいたちに違いない。

 

「いい加減にしなさいよ、ベルズ──。なんで、そんなに我が儘なの? わたしたちを助けようとしているロウ様にそんな態度を取り続けるなんて、わたしが恥ずかしいわ」

 

 スクルズが少し怒ったような口調になった。

 一郎は怪訝に思ったが、スクルズの表情を見ると、別段、演技といういうわけでもなく、ベルズの一郎に対する態度に、純粋に少し怒ったようだ。

 そして、なにをするのかわからないが、魔道を放つ気配を示した。

 とりあえず、一郎はベルズの腿に置いていた手を離す。

 

「ひぎっ──」

 

 次の瞬間、ベルズが苦痛の声を発して、身体を弓なりにした。だが、すぐに慌てて、体勢を真っ直ぐにする。

 驚いたことに、一瞬にして、ベルズの乳首の根元には細い糸がしっかりと食い込んだ状態で発生し、その先端がスクルズの指に引っ掛かっている。

 どうやら、スクルズは魔道で、ベルズの乳首に糸を結びつけたようだ。それを軽く引っ張ったのだとわかった。

 

「ロウ殿、このベルズは、さっき申しあげたように、マゾっ子です。少々痛いくらいが感じます。どうぞ、お好きなようにお仕置きしてあげてください」

 

 スクルズが手に持っている糸を一郎側に渡すように引っ張った。

 

「ひぎいいっ──い、痛い──や、やめて──」

 

 乳首を糸で引っ張られたベルズは悲痛な悲鳴をあげた。

 

 

 

 “ベルズ

  ……

  快感値:30↓

  ……”

  

 

 だが、スクルズの言葉は真実だった。

 苦痛を与えられたとき、ベルズの興奮は一気に高まり、欲情の度合いを示す快感値の数値が一気に下がった。

 この数字が“0”になると絶頂状態なのだが、“30”というのは、すでに挿入可能なくらいに膣が愛液に溢れる状況だ。

 つまりは、ベルズは乳首に糸をつけられて痛めつけられただけで、いよいよ股間を激しく濡らしたということだ。

 

 これは大変なものだと思った。

 だが、これで、ベルズの攻略法が見えてきた。

 

「スクルズ殿、ベルズ殿の両足の裏を合わせて離れないようにしてください。さらに、その乳首に繋がっている糸をそれぞれ左右の足の親指に結びつけてください」

 

 一郎は命じるとともに、ベルズの足首を固定していた足枷を外した。

 

「な、なにをするのだ──」

 

 ベルズは抵抗しようとしたが、すかさずスクルズに魔道で動けなくされた。

 一郎は悲鳴をあげるベルズの脚を強引に胡坐に近い状態に曲げて、左右の足の裏が密着するようにくっつけさせた。

 そして、スクルズに合図する。

 スクルズが、向かい合っているベルズの左右の五本の足の指をそれぞれに魔道で縛った。

 これでベルズは大きく股を拡げて座った状態から姿勢を崩せなくなったということだ。

 その状態のベルズの足の親指に、さっき繋がっていた乳首からの糸を結んでしまう。

 少し前屈みの格好になったベルズが悲痛な声を出した。

 

「仕上げです。肉芽にも結んでください、スクルズ様」

 

 一郎は言った。

 さらに魔道が走る。

 ベルズの足の親指に、さらに肉芽の根元にかかった糸が発生した。

 三点縛りの糸の全部がベルズの足の指に繋がれたという格好だ。

 ベルズはさらに大きな悲鳴をあげた。

 

 身じろぎすることで、肉芽と乳首に激痛が走ったからだと思うが、これはいわゆる「海老縛り」の格好だ。

 ただでさえ苦しい姿勢を乳首と肉芽に繋がっている糸で強要されているベルズは、本当につらいと思う。

 なにしろ、この窮屈な姿勢でありながら、少しでも姿勢を崩すと乳首と肉芽に耐えられない激痛が走るという仕掛けだ。

 

「さあ、これでぴくりとも身動きできませんね。じゃあ、俺に対して心が解れるまで、たっぷりとベルズ様に泣いてもらいましょう」

 

 一郎はそう言うと、一度寝台をおりて、壁にある棚から二本の責め具を持ってきた。

 寝台にあがり直した一郎は、そのうちの一本をスクルズに手渡す。

 

「な、なんだ、それ──」

 

 一郎たちが持ってきたものが視界に入ったベルズが狼狽の声をあげた。

 一郎が持ってきたのは、二本の筆だ。この世界には、刷毛はあっても「筆」はない。それを責め具として特別に作らせたのだ。

 

「泣いてもらうと言ったでしょう」

 

 一郎はそう言って、痛々しく筆の先で糸で引っ張られている片側の乳首をなぞった。

 

「ひううっ──ひぎいい──」

 

 ベルズが絶叫した。

 最初の悲鳴は筆責めのくすぐったさによる悲鳴であり、次の悲鳴は身体を思わず跳ねさせたことで、乳首と股間に激痛が走ったことによる絶叫だ。

 

「ぴくりとも動いちゃいけませんよ、ベルズ様。まずは、泣きべそをかいてもらいます。俺があなたを犯すのは、それからですよ」

 

 一郎は続いて反対側の乳首を筆先でくすぐる。

 さっきと同じようにベルズが激しく反応して、悲鳴をあげた。

 

「じゃあ、わたしはここを責めます。ベルズはここが弱点なんです」

 

 スクルズがくすくすと笑って、渡された筆をベルズの無防備な耳に動かした。

 

「ひううっ、や、やめて──。屈伏する──屈伏するから──」

 

 ベルズが早速、泣き声をあげた。

 しかし、一郎は中断を指示しない。

 さらに一郎はスクルズとともに、ベルズを責めたてる。

 そうやって、しばらくスクルズとふたりがかりで、ベルズを翻弄し続けた。

 

 一郎は、根元が足の親指と糸で繋げられているベルズの陰核を筆先で執拗に撫ぜあげる。スクルズは全身だ。

 大して長い時間もかからず、ベルズの股間は無惨なくらいに愛液でびしょびしょになった。

 敏感な肉芽だけでなく、身体中を筆でくすぐられては、ベルズはどうしても身体を弾くように反応させてしまうしかない。

 だが、ぴくりとも動けば、乳首と肉芽に繋げられている糸がぴんと張ってしまい、その瞬間に魂も凍るような衝撃を受けるのだ。

 ベルズは何度も何度も、あぐら状に横に拡げた脚に身体を前のめりに倒す「海老縛り」の姿勢を崩してしまい、汗びっしょりの身体をのけ反らせて悲鳴をあげた。

 そして、ベルズが甘い声で悶えだす。

 しかも、嬌声に泣き声のようなものが混じりだす。

 

「ふふふ、ロウ様、見ててください。ベルズが変わりますから……」

 

 すると、スクルズが筆を動かしながら、くふくすと笑った。

 変わる?

 

「んふうっ、お、お願い……します……。き、気が……気が狂い……ます……。あぎいい──」

 

 んっ?

 確かに、なんとなく雰囲気が変わったか?

 さっきまでの強気の口調がなくなり、か細く哀願するような弱々しい物言いになってきたような……。

 

「も、もう屈伏……し、します……。屈伏すると言っているでしょう──あ、ああっ」

 

 ベルズは必死の声をあげた。

 とにかく、かなりいいところに進んできた。

 だが、一郎の淫魔術で感じるところでは、ベルズの一郎に対する反抗心の壁が完全に崩れるまでもう少しだ。

 崩れそうであることは確かではあるが、心にはいまだに、一介の冒険者の一郎の「性奴隷」に堕ちるということを納得していないと思う。

 そのとき、スクルズが含み笑いのような声を出した。

 

「ふふふ、ロウ殿、ベルズは痒み責めにも弱いですよ。わたしたちの少女時代では、ひとりが縛られて、どれだけ泣かせることができるかということで競争したこともあります。まあ、やられるのはいつも、わたしかベルズですけど……。実のところ、ベルズは痒み責めが大嫌いです。いつも泣きべそかいてました」

 

 いまやすっかりと一郎の言いなりになって、ベルズを責め続けているスクルズがやはり根元に糸が喰い込んでいるベルズの乳首に筆先を這わせながら言った。

 

「ふぐううう──、ス、スクルズ──あ、あんた、なんてことを──」

 

 ベルズは開いている両腿を硬直させて、上ずった声で抗議の言葉を吐いた。

 かつての少女時代の醜聞をべらべらと一郎に語るスクルズの豹変が、ベルズには信じられないようだ。

 

 いずれにしても、ベルズやスクルズとともに、もうひとりの三巫女の一員の第一神殿のウルズと、今回の事件を引き起こしたノルズという女の四人の幼馴染みが、百合遊びの仲間というのは、スクルズから詳しく聞いた。

 

 四人は幼いながらも、高い魔力を保持していた将来を嘱望されていた見習い巫女だったそうだ。初めて聞いたが、魔道の修行には性欲を深め合うという行為もあるらしく、スクルズたちは魔道修行の一貫として、夜な夜な百合遊びを繰り返したとのことだ。

 当時の四人の中では、ノルズは抜群に優れた魔道遣いであり、それに次ぐ実力があったのはウルズだったようだ。スクルズなど、内心で絶対にノルズにはかなわないと思っていたらしい。

 

 もっとも、このベルズもそうだったらしいが、スクルズも遅咲きで神学校を出た後で魔道力が一気に覚醒し、王国随一の魔道遣いと称されるようになった。

 これについては、一郎も周辺調査で知ったが、ノルズはともかく、三人の筆頭巫女については、確かに神学校時代には、ウルズの成績が上だったようだ。だから、ウルズは最初から王都の大神殿に配置され、スクルズとベルズは地方神殿が最初の任地だ。

 ところが、スクルズとベルズは、それぞれに魔道力が急上昇して、王国でも並ぶ者のない魔道遣いと認められ、若くして王都大神殿の筆頭巫女に大出世したのだ。

 それが二年前だ。

 ウルズが第一神殿の筆頭巫女になったのは、一年前だそうだから、出世争いではスクルズとベルズが抜いたかたちだろうか。

 とにかく、そんな経緯で、三人は同窓で揃って王都三神殿の筆頭巫女という立場になったのだ。

 

 一方で、もっとも優秀だったノルズは、禁断の魔道を求めて、魔族の研究に手を出し、それが発覚したことで、ノルズは修行をしていた神殿に捕らわれて軍に引き渡されて、その後脱走した。

 それからノルズがどうなったのか、スクルズも知らなかったようだ。

 

 いずれにしても、魔道十二戒の制限を受けない魔族の魔道は、魔道遣いとしての高みを求める者にとっては、それだけの魅力に溢れるもののようだ。

 一郎は、同じように、魔道遣いの高みを得たくて、古代文字に手を出していた褐色エルフの里のユイナという娘のことを思い出していた。

 そういえば、あいつ、どうしているだろうか……?

 

 それはさておき、そのノルズが久しぶりに、第三神殿の筆頭巫女のスクルズの前に現れた。

 連れていたのはウルズであり、スクルズは驚愕したそうだ。

 ノルズは憐れっぽくスクルズに泣いてみせ、自分の正体を隠したまま、このまま神殿で受け入れてくれとひれ伏して頼んだらしい。

 ウルズの横からの頼みもあり、スクルズはそれを受け入れた。

 ノルズが、かつて、禁忌の罪を犯して神殿に捕らわれた手配人であることを承知しながら、ひそかに神殿に受け入れることを決めたのだ。

 スクルズにとっては、ノルズは昔と代わらない大切な親友だったのだ。

 その結果、助けたはずのノルズの罠に嵌まり、魔瘴石を身体に埋められた。そして、ノルズに脅迫されて、夜な夜な破廉恥な調教を受けることになり、あの夜、神殿の外に連れ出されて、見知らぬ男とまぐわいすることを強要されたということだ。

 

「そうですね。じゃあ、痒み責めにしますか。うちの三人娘も好きですよ。いつも、泣き叫びます」

 

 一郎は言った。

 

「まあ、三人娘なんて、羨ましい言い方ですね」

 

 すると、スクルズがくすくすと笑う。

 スクルズは随分と笑い上戸のようだ。さっきから、いまみたいによく明るく笑う。

 

「そ、そんな……。も、もう許してください……。スクルズ、ロウ殿……。痒み責めなんて……」

 

 とにかく、彼女たちだけの秘密だったらしい修業時代の百合愛をスクルズに次々に暴露されて、ベルズは屈辱で顔を歪めている。

 だが、愉快なのは、すっかりとベルズの表情や口調が変化してきたことだ。

 いまは、最初の時とは違う。

 気の強そうな態度が消えかかり、気の弱い少女のように大人しくなっている。

 この二重人格のような一面がベルズの秘密でもあるようだ。

 

 一方で、身体は激しく欲情をしている。

 股間からは、夥しい愛液が垂れ流れている。

 それだけでなく、淫魔術と魔眼で覗くことができるベルズのステータスによれば、糸吊りの激痛と言葉による恥辱責めで、ベルズが興奮を激しく昂ぶらせているのは一目瞭然だ。

 なにしろ、ゼロに近づくにつれて、絶頂が迫っていることを示す「快感値」はずっと一桁のままだ。

 ベルズは実はマゾだというスクルズの言葉が正しいことをこれでも明白だ。

 

 一方でこれだけ追い詰められながらも達してはいない。

 どんなに快感が大きくても、筆程度の刺激では、絶頂に達するほどの快楽が集まらないはずだし、昇天しようとしても、身体を動かせば、たちまちに激痛が走って、それを妨げてしまう。

 絶頂することができないのに、快楽ばかりが積みあがっているベルズは、もう極限状態になっているようだ。

 

「じゃあ、痒み責めですよ、ベルズ殿……。ところで、別に薬剤はいりません。俺の唾液は特殊でしてね。どんな媚薬にも成分を変化させることができます」

 

 一郎はそう言って、海老縛り状態のベルズの身体を押して、仰向けにひっくり返した。

 

「あがああ──」

 

 当然に体勢を崩したベルズは、足の指で乳首と肉芽を思い切り引っ張ってしまい、慌てて大きく拡げ直した脚をがくがくと揺すってけたたましい声をあげた。

それとともに、ベルズの快感値が「1」と「2」の間くらいまでさがった。

 やはり、痛みさえも本当に快感に変化させてしまうのだ。

 一郎は正直、感嘆した。

 

「敬虔で誇り高い巫女様とは思えない傑作な姿ですよ。まるで蛙がひっくり返ったような格好です。ほら、しっかりと脚をあげないと、糸で引っ張られて痛いですよ」

 

 一郎はわざとらしくからかった。

 そして、糸で縛られたうえに陰核と繋がれたために動かすことのできない両脚のあいだに顔を潜り込ませて、濡れほぞっている股間にたっぷりの唾液をつけるように舌で舐めあげる。

 もちろん、淫魔術の力で唾液を強烈な痒み成分に変化させている。

 しかも、即効性だ。

 数回舌を前後させて顔をベルズの股から離す。

 

「あっ、ああっ、こ、これは──」

 

 すぐにベルズが絶叫してのたうち始めた。

 だが、身じろぎは急所を抉る激痛を生み出す。

 ベルズの身体が硬直する。

 しかし、痒みに耐えられなくて身悶えしてしまう……。

 すると、身体を引き裂くような激痛……。

 ベルズは短い時間でそれを激しく繰り返した。

 やがてベルズは、進退窮まった感じで、これまでになかった勢いで号泣し始めた。

 

「ああ、か、痒いです──。ああああっ、酷いです……。ひぐううう──か、痒いいい──いぎいい──」

 

 意味のある言葉を吐いたのはそれが最後だった。

 それからベルズの嗚咽が一段と高まり、唇はなにかを喋ろうとするかのように、ぴくぴくと動くだけになった。

 これ以上は耐えられないだろう。

 あとは放っておけば、自然にベルズの理性は崩壊する。

 崩壊してしまえば、心から屈服させて性奴隷にするのは簡単なことだ。

 一郎は少し待つことにした。

 

「……じゃあ、あとはベルズ様の心が毀れるのを待ちましょう。そのあいだ、愉しみましょうか、スクルズ様。一生懸命に協力してくれているご褒美です。こっちに来てください」

 

 一郎は仰向けになっているベルズの視界にはっきりと入る位置で、スクルズに対して両手を拡げた。

 

「まあ、嬉しいですわ、ロウ様」

 

 すると、スクルズが顔を赤らめて、すぐに一郎に寄ってくる。

 スクルズが昔のように親友のベルズを残酷に責めるという行為を通じて、かなりの欲情をしていることは、スクルズのステータスを観察することでわかっていた。

 一郎は、胡坐にしている自分の股間の上に、向かい合わせにスクルズの股間を乗せた。

 

 正面座位だ。

 

 これは一郎の一番好きな体位のひとつだ。

 スクルズが、一郎に肌を密着させ、顔を一郎の頬に擦りつけてきながら大きく脚を拡げて跨がり、そそり勃っている一郎の怒張で自分の股間を埋めていく。

 前戯の必要はない。

 すでにスクルズの股は挿入可能の状態だ。

 そのスクルズの股間の粘膜が一郎の男根を包み込む。

 一郎はわざと肩に力を入れて、スクルズの膣を一気に沈めさせた。

 もちろん、一郎に見えるスクルズの膣の中の赤もやをしっかりと擦りあげるように怒張の角度も調整している。

 

「ああっ、き、気持ちがいいです、ロウ殿」

 

 スクルズが一郎の腰の上で身体を大きくのけ反らせた。

 股がっているスクルズの裸身を上下運動させることで、結合部の律動を開始させた。

 

「あはあっ」

 

 ステータスの中の快感値の数字が一気に低下する。

 一郎は意図してかなり激しく腰を動かした。

 また、片手はのけ反るスクルズの背中を支え、反対の手で乳首を中心とする乳房の赤いもやの一帯を刺激してやる。

 そして、淫魔術で見極められる膣の赤いもやをこれでもかと亀頭で擦る。

 

「ひあああ──おかしくなりますうっ──」

 

 スクルズが絶叫した。

 

「おかしくなればいいでしょう。スクルズ殿が望むなら、いくらでも犯してさしあげますよ。事件が解決するまではここで暮らしてもらいますから」

 

「ま、まあ、だ、だったら、解決しなくていいかも……。あっ、そ、そこ、気持ちいいです、ロウ様――」

 

 スクルズが一郎の腰の上で身体を弓なりにして悶えた。

 一方で一郎は音がするほどに強くスクルズの股間を上下に跳ねさせている。

 早くもスクルズが快感の頂点に差し掛かってきたのがわかった。

 

 また、一郎は、意識の半分を一郎たちの横で放置されているベルズにも向けている

 一郎の唾液によってもたらされた痒み狂ったまま放置されて、脚をあぐら状に拡げた体勢で仰向けになった格好で動くこともできないベルズは悲痛な声で狂乱状態だ。

 股間からはまるで尿でも洩らしたかのように愛液が股間から尻穴を濡らしており、粘性のある体液が寝台に垂れ落ちている。

 

 「快感値」は“5”から“1”のあいだを行ったり来たりしている。

 それが長く続いている。

 すでにベルズは正常な判断はできない状態に違いない。

 

 さらに、一郎はベルズの内心の変化にも気がついていた。

 ベルズがついに、一郎に屈服するような状態になったのだ。

 やっと、それを感じた。

 あるいは、自分の目の前で、親友であり百合の関係でもあったスクルズが、完全に堕ちて一郎と情交するのを目の当たりにして、なにかを吹っ切ったのかもしれない。

 とにかく、一郎はスクルズに最後の数打を貫かせた。

 

「ひぐうう──いくうう──」

 

 スクルズが一郎にしがみつくようにして、腰をぶるぶると震わせた。

 昇天したのだ。

 

「……じゃあ、待ってくださいね。あなたの親友の番です」

 

 まだ絶頂の真っただ中にあるスクルズの唇に優しく口づけをしてから、とりあえず、怒張を抜いてスクルズを横たわらせる。

 一郎たちが乗っている寝台は、もともと、一郎が女たち全員と一緒に愛し合えるくらいに広いものだ。脱力しているスクルズが横たわる十分な余裕がある。

 

「……さあ、待たせましたね……。では、ベルズ殿、とりあえず、俺に犯されますか」

 

 一郎は淫魔術でベルズの局部や乳首を足の親指に繋いでいる糸を切り離した。足の裏を密着させている糸はそのままだ。

 糸は魔力の高いスクルズの魔道によるものだが、淫魔師としてのレベルは一郎が遥かに上回る。だから、淫行関連の行為に限り、一郎はスクルズの魔道を無効にできる力を発揮できるのだ。

 

 とりあえず糸を解除されたベルズは、まずは精魂尽きたように全身を脱力させた。

 ただ、局部の痒みはそのままであるので、振っても激痛がなくなった腰を、すぐに狂気のような声をあげながら、一層大きく淫らに振り出した。

 一郎は再び、足の裏を重ねさせている脚のあいだに身体を潜らせるようにして、ベルズの身体の上に乗る。

 そのとき、一郎はベルズの口からうわ言のような言葉が微かに洩れ続けていることに気がついた。

 顔を寄せて、耳を近づけてみる。

 

「……屈服します……。屈服します……。屈服します……」

 

 ベルズは泣きながら、その言葉をつぶやき続けていた。

 ほとんど夢遊病のようだなと思った。

 普段は気の強い虎、寝台の上では受け身の少女……。

 それがベルズのようだ。

 いずれにしても、これでベルズを助けられる。

 一郎はほっとした。

 すでに快感値は、ほとんどゼロの状態だ。

 一郎はベルズの股間に怒張を貫かせた。

 

「ああっ、ああっ──」

 

 ベルズがひきつった声をあげた。

 最初の一突きでもう達しそうな感じだ。

 一郎は、狂態を示すベルズをもっと愉しみたくなった。

 だから、快楽の度合いを低めてベルズの昇天を妨げ、じっくりと遊ぶ誘惑にかられた。

 だが、なんとかそれは自重した。

 これは一郎の愉しみのための交合ではないのだ。

 ベルズが昇天して果てるのに合わせて、一郎はすぐに精を放った。

 ありったけの精をベルズの子宮に注ぎ込む。

 心をわしづかみにする感覚が沸き起こった。

 

 

 “この女を性奴隷にする──”

 

 

 一郎は大きな念をベルズの心に注ぎ込んだ。

 

「ああ、あはああ──」

 

 次の瞬間、ベルズの悲痛の色が混じっていた悲鳴が、歓喜そのものに変化した。

 すると、黒い透明色の完全なこぶし大の球体がベルズの身体から分離して横に転がる。

 

 魔瘴石だ。

 分離に成功した。

 

 あとはベルズの安全を確認することだが、淫魔術で確認する限り、ベルズの魂は傷ついていない。

 ただ、一郎の支配に陥ってしまっただけだ。

 

「や、やった──。やったわ。あ、ありがとうございます、ロウ様──。ベ、ベルズ、魔瘴石が外れたわ──やったわ──。やったのよ」

 

 スクルズが歓喜の声をあげた。

 ただ、ベルズはそんなことを気にした様子もなく、一郎にまだまだ虚ろな顔をじっと向けた。

 

「……あ、ああ……。や、やめちゃ、やです……。も、もっとしてください……」

 

 ベルズが人が変わったような甘い笑みを一郎に向けた。

 一郎は苦笑してしまった。

 そのとき、大きな物音が部屋の外から起こった。

 

 一郎が振り返ると、扉を開いて血相を変えた様子のシャングリアが飛び込んできた。

 驚いたことにミランダも一緒だ。

 なんでここにミランダが?

 しかし、ゆっくりと物を考えたのは一瞬だけだ。

 ミランダが手にしているものに気がつき、一郎の冷静な思考は吹き飛んだ。

 

「ロ、ロウ、こんなものがギルドに届けられたの。誰が持ってきたかは不明よ。いつの間にかあったのよ。手紙も一緒に……」

 

 蒼い顔をしたそのミランダが言った。

 

 その手には、ベルズに変身していたはずのエリカが身につけていた巫女服と、やはりコゼが着ていた服がずたずたに切り裂かれたものが抱かれていた。



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92  ただいま潜入中

「では、失礼いたします、ベルズ様。お大事になさってください」

 

 護衛役のひとりでもある若い巫女が、空になった食器を載せた盆を手にしたまま、ぺこりと頭を下げた。そして、ベルズの私室から扉から出ていく。

 寝台に横になっているエリカは、ほっとして息を吐いた。

 すると、カーテンの隙間に身を隠していたコゼが姿を現す。

 

「いい感じだったわよ、エリカ。特に疑った様子もなかったわね。いつも一緒にいる護衛巫女も怪しまないんだから、大したものだわ」

 

 コゼが、エリカが寝ている寝台に無遠慮に腰をおろした。

 

「他人事だと思って……。冗談じゃないわよ。こっちは、いつ、ばれるんじゃないかとひやひやものなのに……。ロウ様も、ベルズ様になって時間を稼いでいろなんて無理を言うんだから……。まあ、引き受けはしたけど、早く、迎えに来てくれないかしら……」

 

 エリカはさっきの若い巫女がいたために、横になっていた身体を起こしながら言った。

 魔道具の力でベルズに化けているエリカは、できるだけ人と接触するのを避けるため、今日は具合が悪いと称して、私室に閉じこもっている。

 だから、さっきの巫女がいたあいだは、寝台に伏した姿でいたのだ。

 

「大丈夫よ。まあ、プライドが高くて、気が強い小生意気な性格は、エリカとベルズ様は似ているからね。まったく違和感はなかったわ」

 

 コゼが笑った。

 

「なによ、その言い方──。ベルズ様はともかく、わたしはプライドが高くもないし、小生意気でもないわよ」

 

「あら? 自覚がないの──? まあ、いいわ。とにかく、頑張ってね。ご主人様の期待に応じることができれば、たっぷりと可愛がってもらえるんだろうから……。あたしは、ご主人様に愛されたいのよ……。でも、昨日はスクルズ様ばっかりで、今日は今日で、ベルズ様にかかりっきりになるんだろうし、おこぼれもらえるかなあ?」

 

「おこぼれってねえ……」

 

 エリカは呆れて言った。

 

「なによ。だって、ベルズ様を性奴隷になさったら、次はウルズ様にかかるわけでしょう? なかなか、あたしたちには回ってこないわよね。まあいいわ。ご主人様がベルズ様を性奴隷にし終わって、あたしたちを迎えに来てくれたとき、お願いして一度抱いてもらおう。やっぱり、ご主人様の精を一日に一度はもらわないと、生きているという感じがしないのよね」

 

 コゼがごろりと寝台に身体を倒した。

 エリカはコゼの正直な物言いに、思わず笑ってしまった。

 そして、コゼと入れ替わるように寝台から離れて、机の前にある椅子に移動した。

 一応は軽い病ということにしているが、ベルズから奪った筆頭巫女としての装束はそのままだ。

 

 神殿になど務めたことがなかったから知らなかったが、巫女は寝るときには寝着のようなものは着ないらしい。驚いたことに、夜に寝台に入るときには、一切の身に着けているものを脱いで、全裸で寝具の中に入ることになっているようだ。

 

 全裸で休むということが、どういう習わしから始まったのか知らないが、ともかく、休むときには、絶対に全裸──。

 それが決まりだそうだ。

 だから、ここには寝着のような服はないのだ。

 しかし、さすがに昼間から全裸になって横になるわけにはいかない。

 だから、エリカは巫女服のまま横になっていた。

 

 ここは、第二神殿の中の神官居住区にあるベルズの私室だ。

 ともかく、エリカの役割は、ミランダを通じてギルドから借りている魔道具の『変身リング』でベルズの姿になり、一郎が屋敷でベルズを責め堕として魔瘴石を取り除くという作業をしているあいだ、ここでベルズに成りすまして過ごすということだ。

 

 なにしろ、ベルズに魔瘴石を埋めたノルズという女は、ベルズを見張らせるために、ひそかに第二神殿に自分の息がかかっている者を忍び込ませているという話だ。

 だから、ベルズがさらわれたということになれば、すぐに手を打って、それを阻止しようとするかもしれなかった。それをさせないように、ベルズがいなくなったことを気づかれないようにするというのがロウの策だった。

 

 しかし、ロウの命令というものの、筆頭巫女に成りすますなど、エリカには荷が重い役割だ。しかも、普段、ベルズと接している者たちを出し抜かなければならないのだ。

 一応は、いまのところ、今日は具合がすぐれないということで、こうやって、私室に閉じこもって、ほかの神官と接触しないようにしてやり過ごしている。

 

 幸いなのは、昼間は巫女も男神官も神殿の務めがあるので、こっちの居住区には人はほとんどいないことだ。

 また、べったりとついている護衛の連中も、今日はひとりで休むというと、隣室に行き、この私室からは出ていった。

 もしかしたら、ここでベルズに成りすましているあいだ、彼女たち護衛の視線を受けながら過ごすことになるのかもしれないと覚悟していたので、それにはほっとした。

 

 とにかく、護衛の連中は、隣室の控室に待機をしていて、さっきのように、時折はやってくるが、ずっとこの私室に侍っているわけではない。

 だから、ずっと隠れているはずだったコゼもこうやって、部屋の中で自由にできる。

 今までのところは、順調だ。

 

「……まあ、いずれにしても、これで昼餉も終わったから、次に、隣の部屋の護衛巫女がやってくるまでには、しばらくあるわよね。そろそろ、ご主人様の仕事も終わるだろうし、なんとかなるんじゃない」

 

 コゼが横になったまま言った。

 すっかりと緊張を解いたように思えるその姿に、エリカも苦笑してしまう。

 まあ、こうやって安心していられるのも、この部屋にあったベルズを平素から見張る監視のための魔道具を無力化してからのことだ。

 このベルズの私室には、ひそかにこの部屋の状況をどこかに送る魔道具が五個も隠されていた。いまは、そのどれもが、エリカの魔道により、実際の映像とは異なるものをどこかに送り続けるように細工をしている。

 

 それらを全部発見し、ほかにはないとがわかるまで、エリカとコゼは、必死になって、あちこちを点検したのだ。

 ロウに事前に言われたのは、ベルズを見張るものは、「人」よりも「物」──。

 特にベルズの私室には、なんらかの監視具を隠している可能性が高いだろうということだった。

 ロウの考えでは、次のようなものだった。

 

 

 “──ノルズは、ベルズだけでなく、第一神殿のウルズも魔瘴石を埋めて人質状態にしている。従って、ベルズを四六時中、自ら見張るわけにはいかない。だから、手の者に監視をさせているから、下手な動きをするなと脅しているようだが、それははったりが半分だろう。

 なにしろ、ノルズが何者に属する組織なのかは、まだよくわからないが、魔族と関わるというのは、人間族の禁忌中の禁忌だ。

 そんな組織がふんだんな人をそんなには準備できるわけがない。

 無論、何人かの手の者は潜んでいるではあろうが、ベルズの周りを完全に手の者で固めるほどは多くないはずである。

 だからこそ、ノルズ自ら、護衛の中に潜んでベルズを見張るということをしなければならないのだ──。

 従って、見張りを出し抜くことも大事だが、なによりも監視魔道具を無力化しろ――。”

 

 

 それが、ロウの指示だった

 実際に、その通りのようだ。

 監視役だと思っていた護衛巫女もそうだった。

 彼女たちは、ベルズを四六時中守れと強く命じられているだけで、監視をしているつもりはなさそうだ。

 また、接してわかったが、ベルズの護衛たちは、純粋にベルズの身を守ろうとしている感じであり、悪意のようなものは感じない。その証拠に、ベルズになっているエリカが、今日はできるだけ、ひとりだけで休ませてくれと頼むと、特に抵抗することなく隣室に控えるだけの態勢に変えてくれた。

 逆に、ロウの予測通りに、むしろ、この部屋には、「物」による監視具がいっぱいだった。

 いずれにしても、とにかく、このままやり過ごせば、誰にも気づかれることなく、身代わり役は終わるだろう。

 

「……それにしてもさあ、エリカ。このクエストが終わってからのことだけど……。ちょっと不安じゃない?」

 

 コゼが不意に言った。

 

「不安?」

 

 エリカはコゼに視線を向けた。

 

「だって、これで、ご主人様の性奴隷は、ミランダだけじゃなく、スクルズ様、ベルズ様……。そして、多分、ウルズ様も加わるんでしょう。なんか、あたしたちなんか、相手にしてもらえないんじゃないかと不安になるのよね」

 

「まさか……」

 

 エリカは苦笑したが、ふと見ると、コゼは軽口を言っているという感じではなく、本当に心配そうな表情だ。

 慌てて、口元から笑みを消す。

 

「わたしたちをないがしろになさるような、ロウ様じゃないわ。それに、スクルズ様たちのことは、魔瘴石を取り除くためだけのことだと、ロウ様はおっしゃっていたわ。本当の性奴隷にするつもりはないと言っていたじゃない」

 

 エリカは言った。

 

「そりゃあ、ご主人様はそのつもりかもしれないけど、スクルズ様たちがどう思うかよ。ご主人様って、ほら、上手じゃない……。だから、スクルズ様たちの方が、ご主人様を手放さないんじゃないかなあって……」

 

 そう言われると、エリカも急に不安な気持ちになった。

 スクルズ、ベルズ、ウルズの三人は、王都でも有名な三美女であり、筆頭巫女ほどの身分の女たちだ。彼女たちに迫られれば、確かに、もうエリカたちのような女がいらなくなるかもしれない。

 あのロウがエリカたちを見捨てることはないとは思うのだが、これまでのように、ずっと相手をしてくれるということはなくなるのだろうか……。

 

「……で、でも、ロウ様は鬼畜よ。き、きっと、スクルズ様たちじゃあ、ロウ様のお相手は務まらないわよ。恥ずかしいこともさせられるし、まあ、あの方々たちじゃあ無理ね」

 

 エリカは内心の不安を払拭するように言った。

 

「でも、ご主人様なら、スクルズ様やベルズ様が嫌がっても、無理矢理に鬼畜なことをなさるわ。性奴隷になれば、ご主人様のご命令には逆らえないんだし……」

 

「だけど、ロウ様はお優しいわ。わたしたちに冷たくすることなんかないわよ」

 

 エリカはきっぱりと言った。

 まあ、半分はそう思いたいというエリカの気持ちだ。

 

「そ、そうよねえ……。まあ、絶倫のご主人様のことだから、お相手をする女が少しくらい増えたところで、あたしたちの相手をしてくれることがなくなることはないとは思うけど……」

 

 コゼも、自分に言い聞かせるような口調で言った。

 

「そ、そうよ──。ロウ様は絶倫だもの……。その相手を最後までできるのは、わたしたちだけよ」

 

 エリカは強く言った。

 そうだ。

 そうに決まっている。

 あれだけの人だし、ロウを好きになる女は多いとは思うが、ロウとエリカたちは心が結び合っている……はずだ。

 女が増えたからといって、冷たくなるなど……。

 一番奴隷だって言われたし……。

 エリカは服の上からそっと、胸のぴあすに手で触れた。

 

「そ、そうよねえ……」

 

 コゼがちょっとほっとしたようにうなずく。 

 

「そうよ──」

 

 エリカはもう一度言った。

 そのときだった。

 妙な気の動きを感じたのだ。

 大きな魔力の波の変化だ──。

 

 おそらく、移動術。

 何者かが、魔道による瞬間移動でここにやってこようとしている……。

 エリカに緊張が走る。

 

「コゼ──」

 

 エリカは真顔になって、コゼに小さく声をかける。

 そのときには、すでにコゼは素早く起きあがって、さっきのようにカーテンの隅に隠れる態勢に戻りつつあった。

 コゼは魔道は遣えないが、魔道の波の変化がわかるくらいの能力はある。エリカに注意を受けるまでもなく、コゼも異変に気がついたのだろう。

 

 あっという間に、コゼは完全に気配を消して隠れてしまう。

 その見事さには、エリカも感心した。

 こうやって、コゼが隠れているとわかっているエリカでさえ、もう、コゼがそばにいるという感じがしない。なにも知らずに入ってくれば、誰であろうと、絶対にコゼの存在には気がつかないだろう。

 一方で、いよいよ魔力の波が大きくなった。

 

 誰が……?

 ロウたちではないはずだ……。

 

 ベルズから魔瘴石を外すことに成功をした場合は、ロウはベルズとともに迎えに来ることにはなっていたが、その場合は、まずは、シャングリアが表からやってきて接触を果たすという手筈になっていた。

 なにしろ、いまは、結果的にいつもずっといる護衛たちは隣室に追い払うことに成功したものの、ロウにそれがわかりようもない。

 いきなり現れれば、彼女たちと出くわす可能性が高かった。

 だから、お互いの状況がわかってから、また用心深く、エリカと本物のベルズが入れ替わることになっている。そのための策も数種類準備してあった。

 目の前の空間が揺れて、人影が出現した。

 

「あっ──」

 

 エリカは思わず、相手の名を呼びそうになって、慌てて口をつぐんだ。

 移動術でやってきたのは、第一神殿の筆頭巫女のウルズだ。

 そして、見習い巫女の装束の女もいる。

 

 確か、こいつはノルズ……。

 エリカは、ロウが最初にこの神殿でベルズに口づけ騒動を起こしたときに、ちょっと接しただけであり、しかも、あれがノルズだと後で教えられただけなので、あまり顔は覚えていなかったのだが、おそらく間違いないと思う。

 

 エリカは、いきなり姿を出現させたノルズに、身を強張らせた。

 なにしろ、ベルズの身体には、ノルズにより魔瘴石が挿入されたことになっている。

 もちろん、エリカには、そんなものはない。

 

 ただ、冒険者ギルド秘蔵のこの『変身リング』は、ただ姿を同じにするだけでなく、変身の対象をリングに覚えさせたときに、その人物から発する魔力やそのほかの気配のようなものまですべてを似せることができるというものだ。

 外観からでは、錯覚とはいえ、ノルズでも、エリカの体内から魔瘴石の存在が醸し出すはずの瘴気を感じるはずだ。

 

「あんたが病気だと、第一神殿にも知らせが入ったのよ、ベルズ。それで様子を見に来たんだけど、どうやら、元気そうじゃない」

 

 ウルズと一緒にいた女が意地の悪そうな笑みをした。

 やはり、この女はノルズだ。

 そして、とりあえず、ベルズに化けている目の前のエリカに違和感を覚えた様子はない。

 エリカはほっとした。

 

「……や、休んでいたら、よくなったのよ……。今日は、一日、務めは休むわ」

 

 エリカは言った。

 魔道具のおかげで、エリカの口からはベルズの声が出ている。しかし、面と向かっているときに、ベルズがノルズに対して、どんな口のきき方をしているかはわからない。

 以前は友人だと言っていたので、ざっくばらんに会話をしていたのだと思うけど、あるいは脅迫されているのだから、丁寧な言葉遣いをしているのだろうか……?

 まあ、口調や態度は、ノルズの反応を見ながら臨機応変に対応するしかないだろう。

 

「あっ、そう……。まあ、都合がいいわね。今日は、あんたに贈り物を持ってきたのよ。ほら、出しなさい、ウルズ」

 

 ノルズが、一緒にやってきたウルズに振り向いた。

 エリカの態度について、ノルズはなにも言わなかった。

 よかった……。

 エリカはそれにも安堵した。

 

「う、うん……」

 

 気押されしている雰囲気のウルズが、なにも持っていない両手を身体の前に出した。

 すると、再び空間が揺れて、そこにひとつの布の袋が出現した。

 取り寄せ術だ──。

 

 エリカは驚いた。

 瞬間移動の移動術と同じような技だが、これは自分自身を瞬間移動させるのではなく、自分は動かずに、ほかの他人や物を移動させる術だ。

 移動術よりも遥かに上位の高等魔道だ。

 

 王都の三巫女として、スクルズ、ベルズ、ウルズは、能力の高い魔道遣いというのは承知している。しかし、エリカが知る限り、ウルズは、魔道遣いとしての能力については、ほかのふたりより劣るはずだ。

 それにも関わらず、おそらく、スクルズでさえもできないと思う、取り寄せ術をウルズがやったことに驚いてしまった。

 

「ちゃんと移動術もできたし、取り寄せ術にも成功したようね、ウルズ。これで、あんたも、この王都で移動術を操れる三人目の女に昇格よ。あたしに感謝するのね。とにかく、これはご褒美よ」

 

 ノルズが言った。

 

「あっ、はああっ、や、やめて──」

 

 次の瞬間、ウルズが両手で股間を抑えて、がくりと膝を落とした。

 

 エリカはびっくりした。

 

「ううっ、ううっ、ああっ」

 

 ウルズは真っ赤な顔で身体を悶えさせて、必死になにかの刺激に耐えるような仕草を続けている。

 エリカは唖然とした。

 ウルズが股間に淫具かなにかを装着されていて、それを魔道でノルズが動かしているのは明白だ。

 ウルズの声は、一生懸命に口から洩れる淫らな声を我慢しているものだ。

 

「あんまり、悶え声を出すんじゃないわよ、ウルズ……。まあ、リーナスに四六時中、犯され続けて、すっかりと淫乱なオマンコになったようね……。いや、考えてみれば、淫乱なオマンコなのは昔からか……」

 

 ノルズが笑った。

 

「ど、どうしたのよ、ウルズ……は?」

 

 エリカは思わず訊いてしまった。そのとき、思わず“様”をつけそうになり、なんとか自重する。

 

「どうしたのかって? ウルズ、見せてあげなさい。スカートをまくってね」

 

 ノルズの口調には嘲笑の響きがある。

 すると、歯を食い縛って声を耐えている感じのウルズが、懸命な様子で姿勢を真っ直ぐにする。

 そして、震える手で巫女服のスカートを大きくたくし上げていく。

 

「あっ」

 

 エリカは小さく叫んだ。

 思った通り、その股間には革の貞操帯がしっかりと食い込んでいた。その内側に張形のようなものがあり、それが膣を貫いているのは明らかだ。しかも、やはり、股間の部分が大きく振動している。

 かなりの快感を呼び起こされているようであり、その貞操帯の両脇から女の蜜があふれていて、べっとりと股を濡らしている。

 

「……あんたにも同じものをしてもらうわよ、ベルズ。どうやら、ロウとかいう冒険者が、あんたをさらおうと、うろうろしているみたいだしね。多分、スクルズを誘拐したのもそいつよ……。だから、これをしてもらうわ。これはあんたを愉しませてくれるだけじゃなく、どこに行っても、あたしにその居場所を教えてくれる仕掛けになっているのよ」

 

 ノルズがそう言って、さっきウルズが取り寄せた布の袋を開いた。

 中身が寝台に放り投げられる。

 それは、ウルズがしているものと同じ貞操帯だった。しかも、その内側に当たる部分には、大きさの異なる張形が二本装着されている。

 

「さあ、ベルズ、寝台に手をついて、尻をこっちに向けるのよ。早くしな。逆らえば、魔瘴石を暴発させるわよ」

 

 ノルズが酷薄そうに笑った。

 

「さあ、尻をこっちに向けなさい、ベルズ」

 

 ノルズが言った。

 すると、エリカの意思に反して、身体が寝台に向かって跪いた。

 魔道だ。

 どうするか……。

 このくらいの魔道なら、エリカなら遮断できるが、本物のベルズはノルズにより、魔道を凍結させられていたはずだ。

 魔道で抵抗すると、おかしなことになる。

 迷っているうちに、寝台に向かって跪いた両脚が勝手に開いていく。

 

「世話を焼かさないのよ。貞操帯を装着したら夕方まで遊んであげるわ。久しぶりに、あたしがあんたを調教してあげるわね。まずは、その貞操帯をはいたまま、寝台にあがって、ウルズとどちらかが気絶するまで愛し合うのよ」

 

 ノルズが笑った。

 そして、スカートを後ろからまくりあげて、下着を引き下ろす。

 

「いやっ」

 

 嫌悪感にエリカは思わず声をあげた。

 ノルズがむき出しにしたエリカの双臀越しに指を挿入してきたのだ。

 ひんやりとした感触──。

 エリカは全身を竦ませた。

 

「じっとしているのよ、ベルズ。暴れれば、魔瘴石を使って苦しめるわよ。全身を瘴気が荒れ狂う苦しさをまた味わいたくはないでしょう? まあ、何回かいたぶったから、すっかりとその恐怖は覚えていると思うけど」

 

 ノルズがベルズに変身しているエリカの股間の亀裂の表面をまさぐる。

 しかし、脅されるまでもなく、ノルズの魔道で身体を拘束されているエリカは、ぴくりとも抵抗することができない。

 

「ううっ、あっ、や、やめ……」

 

 エリカは悲鳴をあげた。

 ノルズが無遠慮に股間に手を伸ばして、肉芽に指を伸ばしてきたのだ。

 悔しいが、一瞬にして強い甘美感が襲ってくる。

 

「あらっ、今日は随分と感じやすいわねえ……。みるみるとお(つゆ)があふれてくるわ。まあいいわ。たっぷりと声を出しなさい。いつものように、この部屋の声は外には漏れないように細工をしているから」

 

 ノルズが笑った。

 その言葉で、侵入者が現れたというのに、壁一枚の隣室に待機しているはずの護衛が反応しないことに、エリカは合点がいった。

 そう言われてみると、確かに結界のようなものをこの部屋一帯に感じ取ることができた。

 とにかく、これで隣室から誰かが駆けつけるということはありえないことがわかった。 

 そのとき、ノルズが指をエリカの股間の亀裂にずらしてぐいと力を入れた。

 

「えっ?」

 

 次の瞬間、急にノルズが怪訝な声をあげた。



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93  女傑対女傑

 急にノルズが怪訝な声をあげた。

 エリカは振り返った。

 

 コゼだ。

 短剣を手にして、すでに音もなく、ノルズの背後にすり寄っている。

 ノルズが振り返ると同時に、コゼの短剣の剣先だけ刺さり、ノルズの首から血が噴き出した。

 

「んぐうっ」

 

 不意に後ろにいるノルズの絞り出すような声がした。

 同時に、エリカを金縛りにしていた力が一度に緩む。

 エリカは抵抗魔道により、魔道を遮断して身体の自由を取り戻し、振り向き様に腹に拳を叩き込む。

 

「ぐほっ」

 

 首から血を流すノルズが胃液を少し吐いて跪く。

 コゼの短剣は致命傷ではない。

 わざと弱らせるだけでやめたのだろう。

 

「きゃあああ──ノルズ──」

 

 悲鳴があがった。

 部屋の隅で淫具で悶えていたウルズだ。

 

 とりあえず、エリカは乱れた服を直す。

 コゼがノルズの髪を掴んで顎をあげさせ、改めて短剣の刃を首にあてた。

 

「お、お前、誰……?」

 

 ノルズが苦しそうに呻く。

 

「誰でもいいでしょう? ご主人様の許可なく殺すわけにもいかないから、死ぬ一歩手前でとどめたわ。でも、少しでも抵抗すれば、今度は引き裂くわよ。あんたは一瞬で死ぬわ」

 

 コゼがノルズの首に刃を当てたまま、上半身を寝台に押し付けた。もう一方の手で首の横当たりをぐっと押している。

 

「いぎいいい──。痛い──」

 

 すると、ノルズが悲鳴をあげた。

 

「痛いでしょうね。凄まじい痛みが走るように、痛点をしっかりと刺激しているからね。死にたければ暴れなさい。あっさりと刃物で喉を裂いてあげるわ。楽に即死できるわよ」

 

 コゼが言った。

 さすがはコゼだ。

 一流のアサシンであるコゼは、魔道遣いとの戦い方も熟知しているようだ。

 魔道というのは、要するに心の集中だ。

 痛みで気を統一できなければ、魔道は発動できない。

 ノルズの魔道は封じられたということだ。

 

「これは、もらうわね」

 

 エリカはさっとノルズの服の内側に手を伸ばして、魔道の杖をとりあげた。

 

「エリカ、魔道封じの首輪を──」

 

 コゼが叫ぶ。

 エリカはすぐに寝台の横の台に隠していた魔道封じの首輪を取り出す。

 あるいは、こんなものを使うこともあるのではないかと思って、ひそかに持ち入れていたものだ。

 早速、役に立った。

 すかさず、ノルズの首にはめる。

 ノルズの身体の中にある魔力のようなものが完全に停止するのがわかった。

 

 それにしても、ノルズは魔道遣いのような能力があるようだが、遣っているのはエリカたちのような「魔力」とは異なるもののようだ。

 もっと違うなにかを力の根源にしているらしい。

 まあ、とにかく、それがなんであれ、魔道封じにより、力が封印されたのは確かだと思う。

 

「……あ、あんた誰よ……? ベルズじゃないのね……?」

 

 部屋の隅で呆気にとられていた感じのウルズがやっと口を開いた。

 ノルズの魔力が封じられたので、ウルズを淫靡にいたぶっていた股間の淫具も動きをやめたらしい。ウルズは、ずっと真っ赤な顔で悶え続けていたが、いまは呆けた顔でこっちを見ている。

 

「もう大丈夫です、ウルズ様。わたしたちは、あなた様たちを助けるというクエストを受けた冒険者です。わたしはベルズ様ではありませんが、本物のベルズ様は、こいつに埋められた魔瘴石を外すために別の場所にいます。安全です。心配いりません。あなたの魔瘴石も安全に外せます」

 

 エリカはウルズに早口で説明した。

 もっとも、魔瘴石を外すには、ロウの性奴隷にならないといけないのだが、まあ、いまそれを言う必要はないだろう。

 それとも、このノルズなら魔瘴石を外せるか?

 

 指のリングを操作して、変身を解く。

 ウルズが驚きの声をあげる。

 一方で、エリカは、すぐに寝台の下に隠していた荷から、縄を出すとノルズの腕を背中に回して両手首を縛っていく。

 

「止血は?」

 

「必要ないわ。掠り傷しか与えてないわ。すぐに自然にとまるわよ。まあ、血の気の多そうな女だから、多少は抜いた方がいいかもね」

 

 コゼが言った。

 その通り、すでに出血は小さくなっているようだ。

 

 とりあえず後手に手首を縛り終わり、エリカはコゼにうなづいた。

 すると、コゼがゆっくりと刃をノルズの首から放す。

 そのとき、ノルズがさっと身体を捻って、コゼから逃れようとしたた。

 

「いぎいいい」

 

 しかし、すかさず痛点を押されて、ノルズは寝台に押さえつけられ直す。

 

「動くなと言ってんでしょう、この性悪女──。面倒かけると殺すわよ」

 

 コゼが今度は肩の関節を決めてノルズの動きを封じる。

 

「……お前たちは、エリカと……コゼね……。そ、そうか、迂闊だったわ。ベルズじゃなかったのね……。その指にあるのが、どうやら、変身をするための魔道具ね……」

 

 ノルズが荒い息をしながら言った。

 コゼに関節を押さえられて痛そうだ。

 

「あら? あたしたちの名を知っているの?」

 

 コゼがお道化た口調で応じて、血の付いた短剣を腰の横の革の鞘に収めた。

 

「……し、知っている……。あたしらの周りをうろついている……ロウとかいう冒険者の……女でしょう……。ちっ、あ、あたしとしたことが……」

 

 ノルズが口惜しそうに舌打ちした。

 

「さて、どうする、エリカ? このまま、ここの神殿の連中に引き渡す……。というわけにはいかないか……」

 

「そうね……。まあ、ロウ様が迎えに来るまで待って、判断を仰ぎましょう。こいつを王軍か神殿に渡すのはそれからでもいいわ」

 

 エリカは言った。

 このまま、神殿の連中にノルズを引き渡すのは簡単だが、それだと、スクルズやベルズの身体に魔瘴石が刻まれて、脅迫されていたということが明らかになってしまう。

 神殿界のことは知らないが、問題がなくなったとしても、一度でも瘴気を身体に帯びさせたということは、権威ある巫女としては男遊びよりも余程に醜聞だ。それくらい、魔族の力の源の瘴気は禁忌の存在だ。

 それでも、クエストは達成したことになるのかもしれないが、ロウだったら、もっといい知恵があるのではないだろうか。

 

「……ノルズを引き渡す……?」

 

 そのとき、ウルズが不意に声を出した。

 その口調になんとなく、気になるものを感じてエリカは、ウルズの方に視線を向けた。

 すると、突然だった。

 凄まじい衝撃を感じた。

 そして、急に目の前が真っ白になり、いきなり視界が失われた。

 

「がっ……あがっ……」

 

 隣からコゼの呻き声がする。

 なにがどうなっているかわからなかった。

 すぐにぼんやりと視界が戻った。

 やっと戻った視界に映ったのは部屋の天井だった。

 それでエリカは、エリカ自身とコゼが仰向けにひっくり返っているというのがわかった。

 

 しかし、わからないのは、なにが起こったのかということだ。

 手足が痺れている。

 余程に強い電撃を浴びたのだろうか……。

 電撃……?

 エリカははっとした。

 そうだ──。

 電撃だ。

 これは強烈な電撃を浴びたのに違いなかった。

 

「……大丈夫、ノルズ……? いま、助けるわね……」

 

 ウルズの声がした。

 辛うじて動く首だけを向ける。

 ウルズが心配そうに、ノルズを助け起こしている。

 そのウルズは杖を手にしていて、まずはその先をノルズに向けた。

 すると、ノルズを縛っていた縄がほどけるとともに、首にあった首輪が外れた。

 また、首の傷もあっという間に塞がっていく。

 

 あれは、完全に傷を消してしまう一級治療術だ。

 高等魔道の中でも最高魔道に入る術のはずである。

 エリカは気が動転して、うまく目の前の状況を理解することができないでいた。

 ウルズがノルズを助けたということも理解の外だ。

 あれほどの魔道力をウルズが持っているというとも知らない。

 

 しかし、なぜ……?

 エリカは混乱した。

 だが、次の瞬間、再び、ウルズが杖をこっちに向けた。

 エリカの思念はそれで止まった。

 

「ふがあああ──」

「ふぐううう──」

 

 エリカは、コゼとともに全身を反り返らせて絶叫した。

 ウルズの杖から出た光線がふたりを襲ったのだ。

 しかも、浴びせられた電撃の衝撃は、エリカの想像を遥かに越していた。

 エリカとコゼはあまりの苦痛に雄叫びをあげ続けた。

 

「この部屋は、ノルズが防音の処置を施しているわ。いくらでも泣き叫びなさい──。それにしても、ノルズ、こいつらは、このまま殺してしまう? こいつらは、せっかくわたしをこれ程までの魔道遣いにしてくれたあんたを殺そうとしただけじゃなく、魔瘴石の秘密も知っているわ。生かしておくわけにいかないわ」

 

 ウルズがノルズに視線を向ける。

 

「……ふふふ、駄目よ。こいつらは殺せないわ。まだね──。こいつらには、ロウというリーダーがついている。そいつが、あたしたちのことを邪魔する張本人なのよ。そいつを捕らえる餌にしないと……。それよりも、よくやったわね、ウルズ。ご褒美をあげるわ。そこに跪きなさい」

 

 ノルズが嗜虐的な笑みを顔に浮かべた。

 また、一方のウルズは、なにかに期待するようなうっとりとしたものになり、ノルズの命令に従って、その場に跪く。

 しかも、命令には与えられていないにも関わらず、背中で自分の腕を掴んだ体勢になった。

 

「ああっ、あっ、き、気持ちいい……。気持ちいい……あああっ」

 

 すぐに、ウルズが悶えだした。

 さっきのように、再び、ウルズの股間の淫具が発揮し始めたようだ。

 エリカは、そのふたりの表情を見て、いまのふたりの関係がどういうものかというのをはっきりと理解した。

 

 つまりは、ウルズは、実はすでにすっかりとノルズに手なずけられていたのだ。

 それが、調教という手段であるのか、魔道による洗脳なのか、あるいは、自ら納得してのことかはわからない。

 とにかく、ウルズは完全にノルズに堕ちているのであり、拷問を受けていたように見えていた貞操帯による責めも、実は、いわゆる“ぷれい”の一環ということなのだろう。

 エリカたちが、いつもロウと興じているように……。

 

 それにしても、迂闊だった……。

 まさか、ウルズがノルズ側だとは……。

 まだ、朦朧としている意識の中でエリカは歯噛みした。

 

「さて、どうしてやろうかね、お前ら……。とりあえず、まずは、このあたしに刃物を突き刺したコゼに仕返しをしないとね……」

 

 そのとき、ノルズの声に強い憎しみの響きが混じった気がした。

 

「ぎゃああああ──」

 

 コゼの全身が飛び跳ねながら、見たこともないような激しさで痙攣を始めた。

 しかも、みるみるうちに服がズタズタに裂けていくとともに、さらに露わになっていくコゼの肌が血が滲んでいく。

 

「コゼ──」

 

 エリカは叫んだ。

 なにが起きているのかわからなくて、エリカはコゼに目を凝らした。

 そして、やっと、コゼの身体に透明の粘性体のようなものが薄っすらとまとわりついているということに気がついた。

 それがコゼの全身を覆って動き回っている。

 しかも、コゼを包んでいる内側の部分は、無数の細かい針のように尖った形状になっている。

 

 つまり、不思議な透明の物質が薄くコゼの身体を覆い、それがコゼの身体の表面で動き回っているのだ。しかも、全身のあちこちで、コゼに触れている部位がまるで、やすりのように、コゼの肌を服ごと削りまくっている。

 だから、服がある部分は裂け、服がない部分は皮膚が削れて血が滲んでいくということだ。

 

「ひいいい、いぎいいい──」

 

 皮膚が削り落とされる痛みでコゼが絶叫してのたうち回っている。

 すでに、衣服は無数の布辺に変わっている。

 コゼはいつも全身に暗器を隠しているが、それも全部取れ落ちている。

 露わになったコゼの身体は、コゼ自身の血で真っ赤に染まっていた。

 

「や、やめて、やめてあげて──」

 

 エリカは力を振り絞って、コゼに取りついた。

 コゼを覆っている不可思議な物質を取り除こうとしたのだ。

 だが、ぬるりとしか感触が戻ってきただけだ。

 

「こ、これは、ウーズ──」

 

 エリカは驚愕して叫んだ。

 手で触れた感触でわかった。

 この不思議な物体は、おそらく粘性生物のウーズ──。

 あれは、シャングリアと最初にクエストをやったときのことで、ジーロップという山での事件だった。

 オーヌという新米魔獣遣いが、シャングリアへの恋の恨みから、自分の身体に魔瘴石を憑依させて、このウーズを操って襲ったのだ。

 

 だが、なぜ、ここにウーズが……?

 そして、エリカはすぐに、ノルズが魔獣遣いだということを思い出した。

 それを指摘したのはロウだったが、魔獣遣いというのは、魔族と使役してその力を遣うというだけでなく、魔族や魔獣を召喚する能力を持っている存在だ。

 ノルズが魔族界の生物であるウーズを召喚したのだろう。

 エリカは恐怖に襲われた。

 

 しかも、このウーズは、オーヌが操っていたものとは、まったく違う。

 オーヌが操っていたものは、固さのない粘性体であり、単純な動きで床や壁を這い動いて物質を溶かすだけだったが、これは、遥かに複雑な動きをしている。

 しかも、ノルズの操るウーズは、形状を自由にできるだけでなく、本来は柔らかいウーズの固さを好きなように変化をさせることさえできるようだ。

 あの粘性生物のウーズをここまで自由自在に操ることができるということに、エリカは驚愕した。

 

 とにかく、エリカは杖を出した。

 ウーズの弱点は火──。

 それを思い出したのだ。

 杖の先に火が灯る。

 それをコゼの身体に近づけると、コゼの身体についていたオーズが潮が引くように、あっという間に離れていった。

 

「コゼ、しっかり──」

 

 エリカはコゼを助け起こそうとした。

 服をずたずたに裂かれて血だらけのコゼは、もう虫の息だ。

 エリカはコゼを抱きかかえた。

 そのとき、強い力が加わって杖が弾き飛ばされた。

 

「ほう、ウーズの弱点を知っているとはね。もしかしたら、あのオーヌの馬鹿垂れを殺した冒険者というのは、あんたたちかい? そういえば、オーヌをジーロップ山で殺したのは、男ひとりと女三人のパーティの冒険者だったと耳にしたね」

 

 振り返った。

 声の主はノルズだ。

 手に長い透明に近い色の鞭を手にしている。

 魔道で新たに出したのだろうか。

 どうやら、たったいまエリカの杖を弾き飛ばしたのも、その鞭によるものだろう。

 

「オーヌを知っているの?」

 

 エリカは叫んだ。

 ノルズがオーヌの名を口にしたことに驚いたのだ。

 

「ああ、知っているよ。あたしが、命令により、このハロルドに手を伸ばすにあたって、最初に選んだのがあの阿呆だったからね。新しい力を欲しがっていたから、あたしが魔瘴石を身体に入れて、あたしの力を分けてやり、魔獣遣いにしてやったんだ。そしたら、なにをとち狂ったのか、王都を離れて、なんとかという女騎士に仕返しするために、つまんない盗賊団を乗っ取ったりしたんだよ……」

 

「……はは、あ、あの間抜けは、あ、あんたの手下……? せ、世間は、せ、狭いわね……」

 

 血まめれのコゼがエリカの腕の中で、ノルズに向かって弱々しく笑いながらもからかう。

 

「ふん――。部下なんかじゃないよ。とにかく、腹が立ったから殺してやろうと思ったけど、すでに冒険者に退治されていたということさ……。ああ、そうか。あのとき、オーヌが手を出したのが、あんたらのもうひとりの仲間のシャングリアかい──。へえ、これは因縁だねえ」

 

 ノルズは感嘆したような声をあげた。

 エリカもびっくりした。

 あのときの事件については、結局のところ、オーヌがどういう経緯で魔瘴石を手に入れて身体に憑依させ、しかも、魔獣を遣うという能力を得たのかということはわからなかった。

 どうやら、それは、このノルズが裏にいたようだ。

 そのとき、エリカははっとした。

 さっきのウーズが再び、コゼに向かって這い寄って来ていたのだ。

 

「や、やめて──。これ以上、コゼを痛めつけるのは──。コゼが死んでしまうわ」

 

 エリカは悲鳴をあげた。

 すると、コゼの身体の直前で、ウーズの動きが停止した。

 

「へえ、だったら、お前、服を脱ぎな。もう、抵抗しないという証にね。そうすれば、命だけは奪わないでやるさ。まだね」

 

 ノルズが言った。

 ウーズはエリカとコゼの前でとまったままだ。

 

「や、やめてよ。脱ぐわ。脱ぐから」

 

 エリカは慌てて、巫女服を脱ぎ始める。

 

「その便利な魔道具も寄越すのよ。それは役に立ちそうだしね」

 

 ノルズが言った。

 エリカは『変身リング』を外した。すると、ノルズの手元の鞭がさっと伸びて、指輪を奪っていった。

 そのときエリカは、鞭のように思えたノルズの手元にあるものもまた、粘性体のウーズだとわかった。

 

「ほらっ、手がとまったよ」

 

 そのとき、鞭状のウーズがエリカの身体に伸びて、太腿の表面を叩いた。

 

「ひいっ」

 

 エリカは思わず、叩かれた場所を手で押さえた。

 そこは叩かれた衝撃で、布地が完全に裂けている。

 しかし、すぐに二発目が襲ってきた。

 今度は巫女服のスカートの裏側だ。

 そこも布が裂けて、皮膚が破ける激痛が起きる。

 

「や、やめてっ」

 

 エリカは抗議した。

 だが、ノルズの身体の横から発生する鞭状のウーズによる攻撃は止まらない。

 次々にエリカの全身に向かって飛んできて、服と肌を切り割いていく。

 それにしても、あの粘性体のウーズをここまで自在に変形させ、しかも、固さを変えることができるというのは、ノルズの魔獣遣いの能力は凄まじい。

 

「遅いよ──」

 

 今度は横腹だ。

 エリカは仕方なく服を脱ぎ捨てていく。

 下着姿になるのに、それほどの時間はかからなかった。

 

「さっさと下着もとらないかい」

 

 再び腿──。

 しかし、肌を直接に叩かれる激痛は、布越しに叩かれるのと比べものにはならなかった。

 ウーズの鞭で打たれた場所の肌が裂けて、また血が飛ぶ。

 

「い、いま、脱いでいるわよ」

 

 エリカは腰の両側に手を伸ばした。

 

「いまって、いつよ。いまというのは、いまだろうが」

 

 ノルズが酷薄そうに笑った。

 そして、鞭状のウーズがエリカの指を弾く。

 

「ひうっ」

 

 エリカは文字通り飛びあがった。

 しかも、打たれた指が痺れて動かない。

 

「ほらっ、ほらっ、脱がないと、いつまでも鞭が飛んでくるよ」

 

 面白がっているようなノルズがさらに鞭状のウーズを飛ばしてくる。

 エリカは歯を食い縛って、下着に手をかけた。

 そこを待っていたかのように、股間めがけて、ウーズの鞭が襲う。

 エリカは絶叫して、下着を脱ぎかけた体勢のままひっくり返ってしまった。

 

 ノルズの嘲笑の声が部屋に響き渡るとともに、鞭のウーズが飛んできた。

 しかし、今度は鞭打つのではなく、形状を変化させて、エリカの身体をすっぽりと覆ってくる。

 その気持ち悪さに、エリカは悲鳴をあげた。

 だが、抵抗はできない。

 あっという間に首から下の全部がウーズの粘性体に包まれた。

 

「変わったものしてるねえ。股間と乳首に飾りかい? まあいいや……。ところで、面白いことしてやるよ。このウーズは、あたしが好きなように形も固さも変えられるのさ。粘性体の不定形生物に犯されるというのはどうだい?」

 

 ノルズが言った。

 すると、急に股間に違和感が襲った。

 膣の内側でなにかが膨らんでいる。

 ウーズだ──。

 しかも、いきなり小刻みな振動を開始した。

 

「ううっ、ひいいっ」

 

 エリカは声をあげてしまった。

 得体の知れない魔界生物に犯されるのは、血も凍るような恥辱であり、屈辱であったが、一方でそのウーズの張形は、確実にエリカが感じるように刺激を加えてきて、どうしても込みあがる快感を我慢できなかったのだ。

 

「反応のいい愉快な身体ね。用済みになったときに、殺してしまうのが惜しいくらい……。後ろはどう? もしかして、こっちも開発済み?」

 

 すると、今度は肛門の内側に張形が膨らむ感触が襲った。

 そして、淫らに蠕動運動を開始する。

 

「ああ、あああっ」

 

 エリカの口から耐えることのできない嬌声が迸った。

 

「後ろも一応の調教はされているようね……」

 

 ノルズが笑った。

 だが、エリカはそれどころではなかった。

 前後ふたつの穴でウーズの張形が暴れまわっている。

 エリカはのウーズの中でたうち回った。

 

「さて、こうしてもいられないか。こいつらを使って、ロウという男を捕らえる罠を張らないとね。さあ、ウルズ、ここから逃げるわよ。王都の城門の外がいいわね。どこか人気のない場所で、ロウを捕らえる仕掛けを作ることにしようか。そして、お前にもやって欲しいことがあるわ」

 

 ノルズがウルズにそう言ったのが聞こえた。

 すると、ずっと悶え声を発していたウルズの声が止まった。

 あれからずっとウルズは、ノルズの施す貞操帯の刺激に悶え続けていたみたいだ。

 やっと刺激をとめてもらえたのか、ウルズががっくりと脱力した。

 

「はあ、はあ、はあ……、わ、わかった、ノルズ……」

 

 ウルズが荒い声をしながら言ったのが辛うじて聞こえた。

 次の瞬間、腹が捻じれる感覚が沸き起こる。

 すると、目の前の景色が一変して、エリカは、冷たい風が襲う野外に瞬間移動していた。



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94  三匹目と四匹目

「ロ、ロウ、こんなものがギルドに届けられたの。誰が持ってきたかは不明よ。いつの間にかあったのよ。手紙とともに……」

 

 蒼い顔をしたミランダが言った。

 その手には、ベルズに変身していたはずのエリカが身につけていた巫女服と、コゼが着ていた服がずたずたに切り裂かれたものが抱かれていた。

 しかも、コゼの服には明らかにコゼ自身のものを思われる血がべっとりとついている。

 一郎は頭の血が沸騰するのを辛うじて抑えた。

 エリカとコゼが捕らわれたのは明らかだろう。

 おそらく、ノルズに違いない。

 一郎は、ノルズというスクルズやベルズの幼馴染の女を少し甘く見ていたことを後悔した。

 

「ベルズ、スクルズ──。やっぱり、ここにいたの──? そ、それにしても、その恰好……」

 

 ミランダの顔が驚きの表情に変化した。

 その視線は、寝台に全裸で後手縛りで拘束されているベルズと、その横でやはり裸身のままのスクルズに注がれている。

 寝台にあった敷布は、とっさに一郎が身体を覆うのに身体にまとったので、スクルズとベルズのふたりは、身を隠すものもなく、素裸で寝台に乗ったままだ。

 

「ミ、ミランダ殿──。これにはわけが……」

「あ、あの……わたしたちは……」

 

 ベルズとスクルズが同時に狼狽えた声をあげた。

 そして、スクルズが思い出したかのように、魔道でベルズを拘束している革紐を取り去る。

 とりあえず、ベルズの拘束が解けた。

 

「ロウ、それよりも、エリカたちがさらわれたようだ。ふたりを殺されたくなければ、ロウがひとりで王都の郊外の中州に来るように書いてある。どうする──?」

 

 シャングリアが一郎の前に割り込むように出てきた。

 その手には手紙のようなものが握られている。

 どうやら、それがノルズの書いた一郎にあてた脅迫状なのだろう。

 しかし、一郎はとりあえず、目の前のミランダに立ち向かう必要があった。

 ……それにしても、舐められたものだ。

 まあ、ノルズは、一郎に魔眼の能力があることは知らないのだ。

 無理からぬこととは思うが……。

 

「ま、待て──。そ、それは、魔瘴石──。そ、そなたたち、魔瘴石を身体から抜くことができたのか?」

 

 ミランダの声が上ずったようになった。

 その視線がずっと、寝台の上に向けられていたのは気がついていた。

 このミランダがやって来たのが、まさにスクルズとベルズのことを確かめるためであるのは、そのことからも明白だ。

 

「……スクルズ殿とベルズ殿がどういう状況なのかを確かめに来たのか、ウルズ? 洗脳されているとしても、俺は俺の大切な女を傷つけられて手加減するほど、お人好しじゃないぞ」

 

 一郎はそう言った。

 

「なに?」

 

 寝台の上に無造作に転がっていた魔瘴石に見入るようにしていたミランダの顔が一郎に振り向く。

 しかし、そのときには、一郎の拳はミランダの腹に叩き込まれていた。

 

「あぐっ」

 

 ミランダの身体が吹っ飛ぶ。

 そして、その手から隠し持っていた魔道の杖が離れた。

 

「なにをするのだ、ロウ?」

 

 壁に向かって身体を二転させたミランダの身体を見て、シャングリアが血相を変えた声をあげた。

 

「ミランダじゃない、シャングリア──。これがミランダなら、俺ごときの殴打でひっくり返ったりはせんよ。それに、ドワフ族のミランダは杖は遣わん」

 

 一郎は叫んだ。

 ミランダは、怪力無双で伝説的な名をあげた元冒険者だ。

 一郎のパンチなど、虫が止まったくらいにしか感じないだろう。

 殴られて、身体が跳ぶなどあり得ない。

 一郎の言葉で、シャングリアがはっとした顔になった。

 

「何者だ──?」

 

 シャングリアが腰の剣を抜く。

 

「そいつはウルズだ。おおかた、ノルズの指示で状況でも探りに来たんだろう」

 

 一郎は短く言った。

 そのときには、すでに立ちあがりかけた偽のミランダの頭を掴んで、膝を腹に食い込ませている。

 

「がっ」

 

 ミランダに変身しているウルズががくりと膝を割った。

 それにしても……。

 

 

 

 “ウルズ

  人間族、女

   第1神殿筆頭巫女

  年齢25歳

  ジョブ

   魔道遣い(レベル60)

   生命力:50

   攻撃力:20

   魔力:500↑(魔瘴石)

   経験人数:男3、女3

   淫乱レベル:S

   快感値:100

   状態

    魔瘴石の憑依

    洗脳状態”

 

 

 

 一郎が見ることのできるウルズのステータスに示されている魔道遣いとしてのレベルの高さはなんとしたことだろう。

 これほどの魔道遣いのレベルの持ち主など、一郎はあのアスカ以外には会ったことはない。

 すると、不意にふわりと身体が浮いたと思った。

 次の瞬間、ものすごい勢いで、天井に背中を叩きつけられていた。

 ウルズの魔道だ──。

 見えない力で天井に身体を押しつけられている。

 その力の大きさに、一郎は悲鳴をあげることもできないでいた。

 

「ロウ──」

 

 シャングリアが叫んで、ウルズに剣で飛びかかった。

 ウルズが腕を振る。

 部屋に暴風のようなものが吹き、シャングリアを吹き飛ばした。

 そのあいだも、一郎は天井に身体を押し付けられたままだ。

 

「暴れるのをやめなさい」

 

 スクルズだ。

 寝台の上で杖を構えているスクルズからミランダの身体のウルズに向かって光線が飛ぶ。

 しかし、ミランダの身体のウルズは、それを腕で光線を跳ね返す。

 

「きゃあああ──」

 

 自分の放った電撃を返されたスクルズが身体を弓なりにして寝台から転げ落ちた。

 

「あ、あんた、本当にウルズ? だったら、どういうことなのだ?」

 

 ベルズがスクルズを助け起こすために、寝台から飛び降りながら叫んだ。

 

「それはこっちの言葉よ、ベルズ──。まさかとは思うけど、その冒険者にすっかりと寝取られちゃったんじゃないでしょうね。とにかく、この男は殺すわ」

 

 ミランダの身体のウルズが指にある変身リングに触れる。

 すると、魔道が解けて、ウルズそのものの姿が現れた。

 そのウルズが手を前にかざした。

 

 いかん──。

 

 一郎は天井に当たっている背中に冷たい汗が流れるのがわかった。

 それにしても、どうして、こんなに凄まじい魔道遣いとしての力をウルズは振るえるのか?

 一郎たちの調査では、魔道遣いとしての能力は、ウルズは、スクルズやベルズに劣るという評判のはずだった。

 しかし、目の前にいるウルズは、明らかに魔道遣いとして、スクルズたちとの格の違いのようなものを示している。

 

「わたくしめの屋敷で好き勝手は許しません」

 

 しかし、そのとき、突然にシルキーの声がした。

 同時に一郎を天井に張りつかせていた力が緩む。

 

「ロウ──」

 

 天井から落ちてくる一郎をシャングリアが下から抱えるように掴んだ。

 一郎はシャングリアとともに、床に転がる。

 

「屋敷妖精か──。人間様に逆らうとは身の程知らずよ。分をわきまえなさい」

 

 ウルズが怒りの声をあげる。

 部屋にシルキーが出現する。

 すかさず、ウルズが両手を広げて、シルキーに暴風のようなものを叩き込んだ。

 だが、シルキーは両手を顔の前にやって、辛うじてそれを耐える。

 

「ウルズ、どうしたのよ、あんた?」

 

 今度はベルズから光線が飛んだ。

 だが、ウルズはそれもなんなく腕で跳ね返す。

 返ってきた光線をスクルズが魔道でなんとか弾く。

 跳ねたエネルギーの塊のようなものが壁に跳ぶ。

 

「シルキー、この部屋にある魔力を消滅させろ──。完全に魔力の空洞を作るんだ。できるか?」

 

 一郎は叫んだ。

 魔道遣いの力の源は、魔力と称される気だ。

 魔力は大地や植物、風の中や川や水という自然の中から発散し、大気に溶け込むようにあふれているものらしい。

 魔道遣いたちは、それを自分の身体に取り込んで、「魔道」と呼ばれる不思議な力を遣うのだ。

 だが、この屋敷内に限り、屋敷妖精のシルキーは屋敷を「管理」するためのあらゆる力を発揮することができる。

 だから、屋敷の中から魔力を消失させることはできると思った。

 魔力がまったくなくなれば、どんなに力の強い魔道遣いであろうとも、魔道を起こすことはできない。

 

「はい、旦那様──」

 

 シルキーが手をあげた。

 

「な、なに?」

 

 ウルズがぎょっとした表情になるのがわかった。

 一郎にはわからないが、シルキーによって、この部屋の魔力が一時的に消失したに違いない。

 ウルズは明らかに動揺した様子になっている。

 

「こいつ──」

 

 シャングリアがウルズを飛びついて倒す。

 

「い、痛い──」

 

 ウルズが床に抑え込まれる。

 一郎は部屋の壁から魔道封じの首輪を取り出して、シャングリアが押さえているウルズに取りついた。

 ウルズの細い首に首輪をかける。

 

「ち、畜生──」

 

 ウルズが筆頭巫女には似つかわしくない悪態をついた。

 

「ス、スクルズ、ベルズ、助けておくれ──。わたしは冒険者にさらわれたあんたたちを助けに来たのよ。この冒険者たちをなんとかしてちょうだい」

 

 シャングリアにうつ伏せに押さえられているウルズが声をあげる。

 しかし、スクルズとベルズは当惑したように、一郎に顔を向けるだけだ。

 おそらく、どうして、ここにウルズがやってきて、しかも、ミランダに変身していたりしたのか、さっぱりとわからないのだろう。

 

 しかし一郎には、ウルズがやってきた理由は、はっきりとはわからないものの、だいたいの見当をつけることはできる。

 ウルズのステータスには、「洗脳状態」という言葉がある。

 つまりは、ウルズの心は、すでにノルズの操り状態にあるということだ。

 

 エリカとコゼの身柄がノルズの手にあるのは間違いないだろう。

 そして、ノルズは、スクルズたち三巫女の支配を邪魔しようとしている一郎が目障りに違いなく、エリカたちを人質にして、一郎を捕らえるか、殺すかしたいと考えていると思う。

 だが、同時に、ノルズには、一郎が連れていったスクルズとベルズがどういう状態にあるのか皆目見当がつかなかったのだとも思う。

 

 だから、エリカから奪った変身の魔道具で、ウルズをミランダに変身させて、ついでに状況を探ろうとしたに違いない。

 あわよくば、そのまま、ウルズにミランダのふりをして、一郎を手紙に示している場所まで誘導して騙し討ちにさせるか、あるいは、ウルズだけで一郎を捕らえて、面倒な騙し討ちなどなしに、屋敷であっさりと一郎を捕らえるということも考えていたかもしれない。

 しかし、魔眼を駆使できる一郎に呆気なく見破られ、行動を起こす前に、逆に捕らえられたということだ。

 

「わ、わたしに手を出すと、あんたの仲間がひどい目に遭うわよ。わたしが戻らなければ、ノルズは、手紙に示す場所にはやってこない。エリカとコゼは、あんたの知らない場所で殺す。そういうことになっているのよ」

 

 ウルズが早口で言った。

 

「まあ、ウルズ、なんてことを──」

 

「ウルズ、あんた、自分がなにを喋っているのかわかっているのかい──。神に仕える巫女ともあろう者が、無辜の民を殺すというの? 不殺の誓いを忘れたか──?」

 

 素裸のままのスクルズとベルズのふたりが、ウルズの言葉に目を丸くしている。

 

「な、なにが無辜の民よ──。こいつらは、ノルズの仕事を邪魔する厄介者よ。どうしても排除をしなければならない相手なのよ──」

 

 ウルズは言った。

 そして、一郎をにらむ。

 

「いずれにしても、お前、わたしの言ったことは本当よ──。わたしを解放しなさい。そうすれば、あの女ふたりが捕らえられている場所に連れていくわ。ノルズも別に、殺す必要があるとまでは考えていないわ。ただ、二度と、手を出すことができなくして、放逐するだけよ」

 

 ウルズが言った。

 一郎は嘆息した。

 

「……ゆっくりと、洗脳を解いてから支配してやりたいが、そんな時間はないようだ。悪いが手っ取り早く処置させてもらうよ」

 

 一郎はベルズの後ろに回った。

 そして、ウルズのスカートを腰まで一気にまくり上げた。

 

「きゃああ──。な、なにをするのよ──」

 

 ウルズがびっくりして悲鳴をあげた。

 

「大人しくしろ──。ロウがお前を女にしてくれるのだ。感謝するんだな」

 

 暴れようとするウルズをシャングリアがしっかりと押さえつけた。

 

「わたくしめも手伝います。部屋の魔力は少しずつ回復しています。この女の身体を拘束することくらいはできます、旦那様」

 

 シルキーが言った。

 魔道封じの首輪でウルズを無力化したので、魔力の消失をやめたのだろう。

 

「だったら、四つん這いにさせてくれ」

 

 一郎は言った。

 すると、ウルズの身体が起きて、四つん這いの姿勢になる。

 

「う、うわっ、な、なにを……」

 

 ウルズがぎょっとしている。

 

「スクルズ殿、ベルズ殿、申しわけありませんが、ウルズはこのまま犯さないとなりません。ゆっくりと時間をかけている暇がないのです。どうやら、俺のエリカとコゼは、このウルズとノルズによって、捕らえられているようなのです。ウルズは死にはしません。でも、どうなるかは……」

 

 一郎はまくり上げているウルズの腰から下着をおろしながら言った。

 

「し、仕方ありません……」

「そ、そうだな……」

 

 スクルズとベルズがそれぞれに言った。

 ただ、ウルズはふたりの親友でもある。

 魔瘴石を強引に剥がすという行為は、ウルズの心に傷をつける可能性があるというのは、再三説明している。

 一郎の淫魔術に支配もされているふたりは、一郎の言葉に逆らうつもりはないと思うが、一方で、ウルズのことを思って悲痛な表情になっている。

 

「な、なにをするのだ──。や、やめよ──。やめてくれ──。う、うわっ──ス、スクルズ、ベルズ、助けてくれ──。この男はわたしを犯そうとしている」

 

 ウルズが叫んだ。

 そのあいだ、一郎の指はウルズの股間をまさぐり、ウルズの股間に灯りだした性感帯のもやを刺激し続けている。

 あっという間に、ウルズの息に甘い声が混じりだす。

 スクルズによれば、ウルズは三人の中では一番嗜虐側の傾向の強い責め役だったということだが、身動きのできない状態で、好き勝手に股間をいじられるという行為に、かなりの興奮を示している。

 ウルズの股間が一郎を受け入れられる状態になるのに、そんなに時間はかからなかった。

 

「や、やめて……やめてよ……やめて……」

 

 ウルズはいまや半泣きの声になっている。

 一郎は身につけているズボンと下着を膝まで落とす。

 勃起させた肉棒があらわになった。

 十分に濡れているウルズの股間に、一郎は一気に怒張を貫かせた。

 

「くうっ」

 

 ウルズが身体をのけぞらせて声をあげた。

 

「力を抜くんだ、ウルズ……。すぐに終わる」

 

 一郎は言った。

 その言葉の通り、一郎は、二、三回律動しただけで、すぐにウルズの中に射精をした。

 そして、淫魔術の力でウルズの心を鷲掴みする。

 ウルズの心にまるで蔦が絡まっているような異物のまとわりを感じた。

 一郎はそれを強引に引き離した。

 

「あああああああ──」

 

 ウルズが吠えるような絶叫をした。

 

「俺の性奴隷になってもらいますよ、ウルズ」

 

 一郎はウルズの尻に腰を押しつけながら、静かな口調で言った。

 

 

 *

 

 

「ああっ、もうやめて──」

 

 エリカは思わず悲鳴をあげてしまった。

 粘性生物のウーズによって、直立不動状態に真っ直ぐに固定された身体が、斜めに回転し始めたのだ。

 王都の城壁からかなり離れた人里に遠い河の中州だった。

 中洲の地面からは、水生の樹木が数本立っていて、その中の一本の樹木の下で、エリカは素裸のまま、球体に変形した粘性生物の内側に拘束されている。

 

 少し離れた場所の樹木の枝に、頭を下にしてぶら下げられているコゼは、まるでみのむしのような姿だ。ぶらさげているのは一本の縄だが、やはり、その身体を粘性体が包んでいるのだ。

 コゼの裸身を包むウーズの透明の体を通じて、全身から滴る真っ赤な血が見えている。

 全身の肌を刻まれたことによって流れている血を治療されることなく、逆さ吊りされているコゼは、ずっと意識のない状態だ。

 

 一方でエリカは、内部が空洞になっている球体状に変化した粘性体のウーズのより膝から下と肘から上の部分だけを上下に包まれて、球体自体を繰り返し回転させるという責め苦を受けていた。

 嗜虐好きのノルズの退屈凌ぎだということだが、不安定な姿勢のまま不規則に高速回転させられるというのは、想像以上の苦痛だ。

 

「も、もういやああっ──。やめて──やめて──」

 

 エリカは斜めから逆さまになり、元に戻ったかと思えば、今度は逆向きになったりという中州から見える風景を見ながら、いやでも疲弊しきった四肢に力を入れないわけにはいかなかった。

 今度は十回転ほどしたところで、エリカの身体はやや頭を下にした斜め向きになって止まった。

 肩から二の腕、太腿の筋肉が痛いほどに張りつめている。

 息をするだけで、身体が苦しくて震えた。

 なによりも、ぐるぐる回っている目が、エリカに激しい嘔吐感を与え続けている。

 

「まだ、あたしに悪態をつく元気はあるかい、エルフ女?」

 

 ノルズが嘲笑を浮かべて、ウーズが作っている球体の表面に手を触れて、軽く押した。

 

「ああっ」

 

 再び予期せぬ方向に回転させられてエリカは悲鳴をあげた。

 予想のつかない回転をする身体を支えるためには、背中や腹筋、あらゆる場所に瞬時に対応しなければならない。少しでも楽なように身体を支えようとするのだが、疲労困憊しているエリカには、うまく対処することができず、果てしない苦痛に包まれ続けている。

 

「……も、もう許して……。そ、そして、コゼを助けて……。お願い……。治療して……。死んでしまうわ……」

 

 やっと回転が静止すると、エリカは必死に言葉をついた。

 いまでも目の前の景色はぐるぐると回っている。

 今度はほぼ完全に逆さになっているらしく、エリカの朦朧としている視界には、反転したノルズの身体が揺らいで見えていた。

 

「心配ないよ。ウーズには最小限度の治療効果もあるんだ。死なない程度には止血はできている。だから、わざわざウーズに包ませているんだ。だけど、残りの治療は、お前たちのご主人様だというロウを捕らえてからだ……。それにしても驚いたね。あたしの仕事を邪魔をした冒険者というのが、まさか、あのアスカのところから逃げ出した外界人と、そいつにたらしこまれたアスカの部下とはね。まあ、世の中は広いようで狭いねえ」

 

 ノルズが笑った。

 このノルズが、あのアスカのことに言及し始めたのは、この中州に転送されてすぐだった。

 ロウとどういう関係であるのかということを喋るように命じられ、素直にしゃべらないとコゼを殺すと脅されたのだ。

 エリカは、差しさわりのない範囲で、自分の生い立ちや、コゼとともにロウに抱かれる女のひとりだと説明したのだが、ノルズはそれだけで、エリカがアスカ城から逃げ出したエルフ女だということに気がついたようだ。

 

 どういうことなのかわからないが、どうやらノルズはアスカのことを少しは知っている気配だ。

 それ以上のことはわからない。

 ノルズがさらに語ろうとはしないからだ。

 ただ、少なくとも、アスカ城にいたエリカには、ノルズとの面識がなかったことは確かだ。

 ただ、アスカを呼び捨てにして、アスカを含める大きな組織のひとりであるかのようなことを仄めかしている。

 これは、どういうことなのだろう……?

 

「……じゃあ今度は、股間を愛撫されながら、五十くらい回転してみようか。それが終われば、二十発のビンタを与えてやろう。それで真っ直ぐに立ってられたら、コゼの逆さ吊りだけは解放してやるさ」

 

 ノルズが言った。

 抗議の言葉を放つ余裕もなく、身体が回りだした。

 四肢がばらばらになるような苦痛とともに、めまいと吐気に襲われた。顔が中州の地面すれすれになったかと思うと、次の瞬間には真横になり、あるいは、斜めになり、そして、回転しながら上になる。

 しかも、股間に潜り込んでいるウーズの張形が容赦なく蠕動運動を開始している。

 今度は回転に備えるために、身体を反応させることもできなくなった。張形で与えられる快感に翻弄されて、ほかのことに対処することは不可能なのだ。

 

 もう駄目だ……。

 激しい回転をさせられながらエリカは思った。

 だが、回転が十回転を超えたと思ったところで、不意に身体の回転と股間の振動が静止した。

 

「……来たようだね。残念だけど、退屈しのぎは終わりだよ」

 

 ノルズが言った。

 エリカは頭を下にした状態にあった。

 そのとき、エリカに、エリカたちのいる中州の一部の空間が揺らぐ感覚が伝わってきた。

 すると、少し離れた場所に、ロウとウルズが移動術で跳躍して出現してきた。

 

「ロ、ロ、ロ……ウ……さ……ま……」

 

 エリカは叫んだが、自分でも驚くくらいに舌が回らない。

 ロウはどうやら後手に拘束されているようであり、両手を背中に回していて、両足首にも鎖で繋がった金属の枷をしている。その後ろに、ロウを見張るように、あのウルズが魔道の杖を握って立っていた。

 

「……ノルズ、事前に知らせた通り、こいつの屋敷には、スクルズもベルズもいなかったわ。こいつがどこかに隠していることは確かだと思うけど、とりあえず、口を割る感じじゃなかったら、連れてきたわ」

 

 ウルズが言った。

 エリカは愕然とした。

 ここに連れてこられてすぐ、エリカから取りあげたギルドの魔道具である「変身リング」によって、ウルズがミランダに変身したのは見ていたが、ロウはあっさりと捕らえられてしまったのだろうか。

 

「まあ、いいさ。身体に訊ねる方法はいくらでもあるしね」

 

 ノルズがロウに向かって、さっと手をあげた。

 すると、エリカの身体からウーズがさっとなくなり、ロウに向かっていった。

 そして、ロウの顔から下を粘性体で包む。

 とにかく、自由になったエリカは、ノルズに襲い掛かろうと立ちあがった。

 だが、自分の身体であるのに、まるで他人のものであるかのように、いうことをきかない。

 エリカは呆気なく、その場で四つん這いになってしまった。

 

「じたばたするんじゃないよ、エルフ女」

 

 ノルズが叫んだ。

 すると、両足首を束ねて縛る魔道の枷のようなものが出現して、エリカの足を縛った。

 エリカはその場に倒れてしまった。

 ふと見ると、逆さ吊りのコゼの身体からも粘性体がなくなっている。

 いま、すべての粘性体は、ロウの身体を襲っているのだ。

 

「もっと、手間がかかると思ったけど、案外、すぐに捕らえられたね。もっと、いろいろと罠を準備してあったのに、無駄になってしまったじゃないか」

 

 ノルズはロウに向き直って笑った。

 

「エリカとコゼを解放しろ、いますぐにだ。そうすれば、少しは優しく扱ってやるぞ」

 

 すると、ロウが言った。

 ノルズはそれを聞いて、大きな笑い声をあげる。

 

「ウーズに包まれて絶体絶命の状態で、よくも、そんな言葉が告げられるものさ。とにかく、女のことよりも、自分のことを心配しな。いま、この瞬間にも、あたしはウーズにお前を溶かさせることができるんだよ……。まあ、だけど、お前については、殺しはしないよ。エリカともども、アスカのところに送り返してやる。あの馬鹿女が、少しは喜ぶだろうさ」

 

「アスカを知っているのか──?」

 

 ロウが驚いたような声をあげた。

 しかし、声の動揺ぶりとは裏腹に、ロウの顔はほとんど無表情のままだ。エリカは、それに少し違和感を覚えた。

 

「知っているさ。同じ主に仕える同志のようなものだしね」

 

「同志?」

 

「まあいいさ。お前には関係のないことだよ」

 

 ノルズが肩をすくめた。

 

「……そうか……。よくはわからないが、まあ、じっくりとあんたの身体に訊ねてやるさ」

 

 ロウが言った。

 そのとき、ロウの背後にいるウルズが不思議な動きをしたと思った。

 ロウから離れるように、するすると後退していったのだ。

 ノルズも訝しむ様子を見せたと思った。

 

「なにしているんだい、ウルズ……?」

 

 ノルズが呟いた。

 だが、次の瞬間、轟音が轟いて、目の前に大きな光が拡がった。

 なにが起きたのかを理解したのは、一瞬後だ。

 ウーズに包まれていたロウが突然に爆発炎上したのだ。

 

「うわあ──」

 

 爆風に巻き込まれたノルズが飛ばされて転がる。

 火炎そのものを飲み込んでいるかたちとなったウーズが狂ったように暴れだす。

 どうやら、ロウだと思っていたものは、内部に油かなにかを充満させた人形だったようだ。それを誰かが魔道で引火させたに違いない。

 しかし、そうであれば、ロウはどこに……?

 

「エリカ、大丈夫か?」

 

 そのとき、目の前から突然、ロウとシャングリアが出現した。

 「透明布」だ。

 ミランダから、変身リングとともに借りていたギルドの宝物のひとつであり、全身を包むと、完全に内のものを透明にしてくれ、あらゆる気配を遮断してくれる魔道具だ。

 それで身を隠して、人形のそばでロウは声を出していただけなのだと悟った。

 

「ロ、ロウ様──」

 

 エリカは嬉しくて名を告げるだけしかできなかった。

 

「コゼ、いま、助けるぞ」

 

 剣を抜いているシャングリアが、コゼを吊っている縄に向かって剣を振るう。

 縄が切断されて、コゼの身体が落ちた。

 それをシャングリアが受け止める。

 

「終わりだ。大人しくしろ。ウルズもすでに捕まえてる。お前がウーズを操っていることも喋ってくれたぞ。ちょっとばかり、情報を聞き出すのが大変だったけどな」

 

 ロウが険しい表情で、射撃準備の整った短銃をノルズに向けた。

 

「な、なにを──」

 

 尻もちをついたままのノルズがさっと腕を振って、魔道を放つ気配を示したと思った。

 しかし、それよりも前に、ロウは短銃を放って、ノルズの腿に弾を貫かせていた。

 

「あがああ──」

 

 ノルズの魔道が中断されて、ノルズがその場でのたうち回る。

 

「ノルズ、大人しくせよ」

 

 ウルズ──と思っていたベルズが指に嵌めていた「変身リング」に触れて変身を解くと、なにかの魔道をノルズに放った。

 ノルズの身体がなにかに縛られたように真っ直ぐになる。

 

「もう、終わりよ、ノルズ」

 

 そのとき、再び空間が揺らいで、スクルズも出現した。

 やはり、ノルズに向き合うように、杖を向けている。

 そして、反対の手に持っていた首輪をノルズに嵌めた。

 

「ロウ殿、ノルズの魔道は封じました。これで大丈夫です」

 

 スクルズが振り返った。

 すると、ロウがうなずく。

 

「ノルズの脚を魔道で治療してやってください、スクルズ殿。それから、コゼを頼みます。エリカの手当ても……」

 

 ロウが言った。

 スクルズがすぐに魔道を放つ。

 弾丸を撃ち抜かれたノルズの脚が癒えていくのがわかった。

 そして、すぐにスクルズがコゼに向かう。

 

「わ、わたしは大丈夫です……。ロ、ロウ様、ありがとうございます……。そ、それと、申しわけありませんでした……」

 

 まだ目まいは続いているが、かなりましな感じだ。

 すでに足の拘束は消滅している。

 エリカは、裸身を両手で隠しながら、なんとか立ちあがった。

 

「俺こそすまない。ノルズのことを甘くみすぎた。とにかく、無事でよかった」

 

 ロウがエリカの裸身を引き寄せるようにぎゅっと抱いてくれた。

 それだけでエリカは夢心地の気分になった。

 エリカもロウを抱き締めさせてもらった。

 

「さてと、じゃあ、完全に引導を渡してやるか」

 

 そして、エリカから離れたロウが、身動きできないでいるノルズに向かう。

 そして、襟首に両手を向かわせると、一気にノルズの身に着けているものを左右に引き破った。

 

「な、なにをするんだい──」

 

 乳房を露わにされたノルズが狼狽えた声をあげた。

 しかし、次の瞬間には、ノルズはロウによって、スカートを破られ、下着も引きちぎられた。

 

「あんたを強姦してやろうと思ってね。このまま、まったく濡れていないまま、股間を貫かれるのがいいか。それとも、しっかりと愛撫をしてから犯してほしいか。好きな方を選びな」

 

 ロウが言った。



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95  死の呪文

「あんたを強姦してやろうと思ってね。このまま、まったく濡れていないまま、股間を貫かれるのがいいか。それとも、しっかりと愛撫をしてから犯してほしいか。好きな方を選びな」

 

 ロウは言った。

 

「あ、あたしを犯す? ふ、ふざけるなよ」

 

 ノルズが恐怖の表情で身体を跳ねあげようとした。

 しかし、すかさず、ベルズが魔道でノルズの身体を押さえつける。

 

「ベ、ベルズ、あ、あんた、あたしをこの男に犯させようというのかい? そ、そんなことをすれば、あんたらの……。あれっ?」

 

 ノルズが険しい表情で、ベルズをにらみつけたが、すぐに当惑の表情になった。ベルズだけでなく、少し離れた場所でコゼの治療をしているスクルズの身体にも魔瘴石が存在しないことに、やっと気がついたのだろう。

 

「どの口でそんなことを言うのだ、ノルズ? よくも、好き勝手やってくれたな」

 

 ベルズが怒りの声をノルズにぶつけた。

 

「彼女たちの身体に、あんたが植えつけた魔瘴石は、俺が取り外させてもらったよ。ついでに言えば、のこのことやってきた、ウルズのものもね」

 

「そ、そんなこと、どうやって……? ひうっ、な、なにすんのよ──」

 

 ノルズが引きつったような声をあげた。

 一郎が魔道で拘束されているノルズの胸にすっと手を伸ばして、左右の乳首を根元からこすりあげるようになぞってやったからだ。

 ほんのりと桃色に光るもやのおかげで、ノルズがなかなかに敏感な乳首をしていることがわかっていた。

 

「なにするって、あんたを犯すと言っただろう。それとも、やっぱり、愛撫なしに突き挿して欲しいのか? まあ、だけど、それだと、俺も痛いしな。少しくらいは濡れていた方がいい。残酷に扱われるのが趣味なら付き合ってもいいけどね」

 

 一郎は笑いながら、左手を破った服の下に潜り込ませて、脇の下をくすぐるように動かす。もちろん、右手は片側の乳首を責め続けたままだ。

 

「ううっ」

 

 ノルズの身体が弓なりにのけぞって、ノルズの顔が歪んだ。

 一郎の愛撫に手も無く反応を示してしまう自分が口惜しいようだ。

 しかし、一郎の性の責めから逃れることは不可能だ。

 一郎は赤と桃色のもやの道しるべに従って、ノルズの裸身のあちこちに手を動かす。

 すると、一郎に次々に快楽のつぼを暴かれるノルズが激しい反応を示しだす。

 そして、ノルズの快感値の数字が、一気に二百以上もさがった。

 一郎は再び脇の下の柔らかい部分に添って指を這わせ、くるくると円を描いては下がるということを繰り返した。

 最初にノルズにくすぐりと愛撫の両方を与えたとき、強い反応を示したからだ。

 

「いやあっ」

 

 ノルズが声をあげた。

 どうやら、くすぐりのような刺激にノルズは弱いようだ。

 ノルズがいよいよ感じ始めた。

 一郎の責めで、ノルズが性感をすっかりと目覚めさせてしまったのは明らかだ。

 一郎はノルズに覆いかぶさると、今度は空いている乳首を口に含んで吸いあげる。

 

「うふううっ」

 

 ノルズの食い縛った口から甘い声が迸った。

 そのまま、舌でねっとりと舐めあげる。

 ノルズの乳房全体に真っ赤なもやが拡がる。

 それを追って、一郎は舌の愛撫を拡大していく。

 

「あうっ」

 

 狼狽の声がノルズが洩れる。

 一郎は一度口を離して、ノルズの身体を改めて確認した。

 いまや、すっかりと全身が赤い靄で包まれている。

 こうなってしまえば、もう、ノルズをどうするのも一郎の自在だ。

 そろそろいいだろう……。

 一郎はしっとりと濡れてきているノルズの恥毛の中の亀裂に指を動かした。

 

「ああっ」

 

 ノルズが激しく反応する。

 しかし、一郎はあえて性急にすることなく、あえて、まだ薄い桃色のもやでしかない太腿に手を移動させた。

 すると、面白いことに、性感帯を示すもやがぱっと内腿全体に拡大した。

 

「ああ……な、なんで、あたしが男なんかに……」

 

 ノルズが屈辱の表情で左右に顔を激しく振る。

 望まぬ快感を与えられて、心の底からノルズが口惜しがっているのが肌を通してわかる。

 一郎は片側の手で太腿への愛撫を続け、反対の手でどんどんと新しく増える性感帯のもやを追うように動かしていった。

 しばらくすると、ノルズの脚は小刻みな痙攣のようなものを始めた。

 全身のもやは、いまや身体全体を覆っている。

 快感値は“28”──。

 すでに挿入可能な状態だ。

 

「ご、ご主人様……」

 

 そのとき、後ろからコゼの声がした。

 一郎はノルズの愛撫をやめて振り返った。

 素裸のコゼがシャングリアに支えられて歩いてきていた。

 さっきまで、コゼの身体は全身のあちこちの皮膚が破れて、そこから滴る血で包まれていたが、いまは、スクルズの治癒魔道により、まだ血の痕はあるものの傷は塞がっている。

 まあ、よく見れば、まだ傷のあった部位に薄っすらと残っているが、これくらいなら、一郎の淫魔術だけでも元のきれいな肌に戻すことができるだろう。

 一郎は、性奴隷にした女との関係が深まるにつれて、その女体の身体を自在に操ることができるようになる。

 その能力を駆使すれば、自分の性奴隷に限り、一郎にはスクルズが遣ったような治癒術も施すことができるのだ。

 

「コゼ殿、まだ動いてはなりません。治癒術はまだ終わっていませんよ」

 

 スクルズがコゼに声をかけている。

 

「いや、もう十分です、スクルズ殿。そこまで治療してもらえれば、残りは俺がやります。俺がコゼの傷という傷を全部舐めてやります。それでコゼは完全に元通りに元気になりますから」

 

「ほ、本当ですか、ご主人様」

 

 すると、コゼが破顔した。

 

「ああ──。俺の読みが甘くて、エリカとコゼには迷惑をかけたからな。罪滅ぼしに、コゼとエリカについては、風呂にでも浸かりながら全身を舐め尽くしてやろう。もちろん、それだけで終わりじゃないぞ。今夜は腰が抜けるまで可愛がってやる。疲れているだろうが眠れると思うなよ」

 

「へ、へへ……。愉しみだな……へへ……」

 

 コゼが嬉しそうに顔を真っ赤にする。

 

「あっ、いいなあ……。わ、わたしはどうなのだ、ロウ?」

 

 横のシャングリアが声をあげた。

 

「もちろん一緒に抱いてやる。ただ、最初はコゼとエリカだ。だから、コゼ──。夜までに少しは体力を戻しておけよ。風呂では脚のつま先から頭までの舐め地獄だ。結構つらいかもしれないぞ」

 

「だ、大丈夫です。ご主人様に愛されるなら、どんなことでも……」

 

 コゼがにこにこと微笑んで言った。

 

「そ、そうだ。ウルズは──? あの女はどうなったのですか、ロウ様? わたしたちは、ウルズの魔道でやられてしまったのです。ミランダに化けて、ロウ様を襲いに行ったと思いますが……」

 

 そのとき、いままで、ロウがノルズを責めるのを圧倒されたように押し黙って眺めていたエリカが、思い出したように口を開いた。

 

「ああ、ウルズなら問題ない。俺がすっかりと支配した。ちょっとばかり困った状態になったけど、まあ、あれはあれで……。とにかく、それから、ウルズに白状させた情報で、今頃は、ギルドを通じて王軍と神殿が動いている。手始めは第一神殿のリーナスだな」

 

「リーナスって、あのリーナス神官ですか?」

 

 エリカが目を丸くした。

 よくはわからんが、少しは有名のようだ。

 

「どのリーナスかは知らんが、そいつはノルズの命令で、ウルズの調教をしたノルズの部下だそうだ。すでに捕縛の手が動いている。ほかにもいるとは思うが、今度はリーナスが仲間のことを白状するだろうさ。徹底的に拷問で情報を搾り取られるだろうしな」

 

 一郎は言った。

 

「な、なんだって──。あたしの手の者たちに手が回っている? なんで、そんなことが──」

 

 一郎の前にいるノルズが驚きの声をあげた。

 

「なんでって、当たり前だろう。ウルズが知っていることは、全部口にさせた。俺は、その内容をすべてギルドに伝えてからこっちに来たんだ。今頃は、あんたの身柄も血眼になって王軍は探しているはずだ──。お仕置きとして、犯すだけ犯したら、引き渡してやるよ──。さて、じゃあ、続きをするか。そろそろ、犯してやるぞ、ノルズ」

 

 一郎はノルズに向き直った。

 

「ま、待って、ウルズは……。ウルズも王軍に捕らえられたのかい?」

 

 すると、ノルズが必死そうな声をあげた。

 一郎は首を横に振った。

 

「いや、今回のことに、ウルズもまた絡んでいたことは話していない。第一神殿の筆頭巫女様自らが、得体の知れない組織を神殿に呼び込んだなどというのは、神殿も喜ばんだろうしな」

 

 一郎はにやりと笑った。

 

「く、くそう……。そもそも、どうして、ウルズがそんなにあっさりと情報を……。拷問されても情報を洩らさないように強い暗示をかけていたのに……。あ、あんた、何者?」

 

「さあ、何者かなあ。まあ、ウルズがあんたを売って俺の命令に従ったのは、俺に抱かれて気持ちがよかったせいじゃないか……。さて、とにかく、これでお喋りは終わりだ」

 

 一郎はそううそぶくと、また両手をノルズの身体に伸ばした。

 すぐにノルズが喘ぎだす。

 愛撫の中断で、ノルズの全身は少しだけ淫情から回復したようになっていたが、さっきのように全身を真っ赤なもやで覆わせるのに、それほどの時間が必要なかった。

 

 快感値がもう一度“30”を下回ったところで、一郎はズボンをおろして怒張をむき出しにし、ノルズの身体を腰に引き寄せた。

 ノルズの全身は、ベルズの魔道により金縛り状態になっている。

 抵抗することもできずに、ノルズが大きく開脚した股間の中心に一郎の性器の先端を当てられた体勢になる。

 

「い、いやあ──。男になんて……。た、助けて……いやあっ、いやよお」

 

 ノルズが初めて泣き声のようなものをあげた。

 かつての親友を冷酷に性調教するノルズだが、男はこれが最初なのは、ステータスでわかっている。

 しかし、構わず、一郎はずぶずぶと肉棒を貫かせていく。

 

「あふうっ、なんで、なんで、なんで……」

 

 ノルズの口から嬌声が洩れ続ける。

 身体を震わせるノルズが信じられないという表情で顔をしかめた。

 一郎の責めに感じすぎる自分の肉体に当惑しているのだろう。

 そして、襲い掛かる愉悦から逃れようとするかのように、眉間をひそめた顔をしきりに横に振り続ける。

 

「昔の女友達に、男と関係することを強要するような性悪女のわりには、ここは使い込んではいないようだね。だけど、気持ちいいだろう? ほら、こことか……。それともこことか……」

 

 一郎はノルズの膣の中にある性感帯のあちこちの赤いもやを肉棒の先で強く刺激するようにしてやった。

 すると、ノルズの股間の中で大量の蜜が一郎の性器の傘の先端にまとわりついてくる。

 

「い、いやあ、いやあ、誰か……誰か──」

 

 ノルズは悲鳴をあげた。

 もちろん、ここには、ノルズを助けようとする者はいない。

 スクルズもベルズも、いまやノルズを憎々しげに眺めて、一郎に犯されるノルズを見守っている。

 一郎はノルズの尻たぶを下から支えるようにして腰を引きつけ、本格的な律動を開始した。一方で指先をノルズの肛門に何気ないしぐさであてがう。

 

「おふううっ、はああっ」

 

 ノルズが走り抜ける衝撃に驚くかのように身体を反応させる。

 その瞬間に、一郎の怒張を締めつけてくる強烈な膣の収縮感に、一郎の身体にも緊張が走る。

 一郎はしばらく抽送を続けた。

 

「い、いい、い、い、いい……」

 

 ついに、ノルズが大きな声を放った。

 そして、全身をのけぞらせて、ぶるぶると身体を震わせる。

 達したのだ。

 一郎はおもむろに、ノルズの子宮に向かって精を放った。

 

「このまま妊娠させてやろうか? 俺にはそういうことも自在にできるんだぞ。俺の子を孕むというのはどうだ?」

 

 一郎は二射、三射と精を放ちながら言った。

 

「いやあ、そんなことはやめて──。お願い──お願いします──」

 

 ノルズが泣き叫んだ。

 一郎はすっかりとノルズが屈服したのに満足すると、淫魔術を駆使して、ノルズに性奴隷の刻みを施した。

 

「な、なに……? なにが起きたの……? なに、なに、これ……?」

 

 いまだ一郎に貫かれたままのノルズが困惑の声をあげた。

 一郎の強い支配に陥る心の刻みが入り込んできたからだろう。

 それに対する恐怖にノルズが怯えているのだ。

 だが、それも、すぐに一郎に対する強い情念と思慕の感覚に置き換わるはずだ。

 一郎はそれを知っている。

 その通り、ノルズの顔に急に安堵の色が浮かびだす。

 ノルズの中に、一郎に対する恋愛の感情が作りあげられたのだ。

 

「……さあ、じゃあ、さっき口走ったことを教えてもらおうか……。あんたは、あのアスカと同じ主に仕えるとかいうことを口にしたね。一体全体、それは誰のこと? あのアスカが仕える者がいるということか?」

 

 ノルズがアスカのことを知っているというのは驚きでしかないが、どうやら複雑な事情がありそうな気がする。

 あの傍若無人のアスカに、仕える主が存在するというのは驚愕すべきだが、ノルズはなにかの秘密を知っているという気がするのだ。

 ただの勘だが……。

 

「……そ、それは……」

 

「それは?」

 

 しかし、ノルズはなかなか口にしようとはしない。

 焦れったくなった一郎は、ありったけの淫魔師の力を遣いながら、ノルズに知っていることを白状するように強く命じた。

 すると、ノルズがぶるぶると震えだす。

 やがて、やっとその口が開いた。

 

「……め、冥王を……パ、パリスが……」

 

 そして、ノルズがぼそりと口にした。

 パリス?

 

「冥王?」

「冥王?」

 

 しかし、パリスという名よりも、冥王という言葉にスクルズとエリカが大きな声をあげた。

 一郎は振り返る。

 ふたりだけでなく、ほかの女も「冥王」の名に、恐怖と驚愕の表情をしている。

 

「あがっ、が、が、が、が……がああ──」

 

 そのとき、ノルズがいきなり苦悶の声をあげだした。

 一郎はびっくりしてノルズに視線を戻す。

 すると、さっきまでの欲情の色はすっかりとなくなり、ノルズの顔は血の気がなくなったかのように真っ蒼になっている。

 しかも、全身が痙攣のような震えを始めだす。

 一郎は訝しんだ。

 だが、性奴隷にしたばかりのノルズの身体の変化を一郎ははっきりと感じることができた。

 ノルズの身体に異常なことが起きようとしている。

 それは間違いない。

 

「ロ、ロウ殿、これは死の呪文です──。ノルズには、なにかをきっかけに、全身に毒が充満するように、身体を改造されているようです。早く、ノルズから離れて──。さもないと、ロウ殿にも毒が──」

 

 スクルズが狼狽の声をあげた。

 一郎は慌てて、ノルズから一物を抜いた。

 

 

 *

 

 

 全身に怖気が襲った。

 心臓の鼓動が信じられないくらいに激しくなり、同時に目の前が暗くなった。

 

「ロ、ロウ殿、これは死の呪文です──。ノルズには、なにかをきっかけに、全身に毒が充満するように、身体を改造されていたようです。早くノルズから離れて──。さもないと、ロウ殿にも毒が──」

 

 スクルズが声が聞こえた。

 死の呪文──?

 そんな馬鹿な……。

 口に出そうとした。

 だが、なぜか言葉が発せられなかった。

 洩れたのは咳のような息だった。

 そして、その息さえも満足にできなくなった。

 

 死──?

 死ぬのか──?

 自分の身体に、なにかのきっかけで死に瀕するような刻みが与えられていた……?

 

 そんな……。

 だが、それは確かのようだ。

 自分は死にかけている……。

 それをはっきりとノルズは悟った。

 

「ええっ?」

 

 ロウが驚いたようにノルズから離れるのがわかった。

 ロウの怒張が抜かれる。

 そして、たったいままでノルズを犯していたロウがノルズの身体を放り出したことで、ノルズは地面に投げ出されるかたちになった。

 

 薄暗い視界が歪んだ。

 歪んだ視界の中に、心配そうにノルズを見下ろすロウの顔があった。

 だが、それはすぐに消えた。

 まるで闇夜に引き込まれたかのように、ますますなにも見えなくなった。

 

 それにしても、なぜ死の呪文など……?

 なにが起きているのか……?

 ノルズは懸命に記憶を探った。

 

 まさか、パリスがノルズに……?

 だが、そうであるのだと思うしかなかった。

 ノルズを「同志」と呼んで、覇道の成就に協力させることにした彼らは、ノルズに危険な任務を遂行させながら、一方で容赦なく切る捨てることも考えていたのだ。

 

 つまり、任務に失敗した場合は、ノルズの命が失われるように、あらかじめ細工をしていたのだろう。

 そう考えるしかない。

 おそらく、死の呪文の発動のきっかけは、他者への屈服──。

 間違いないと思う……。

 

 ロウに抱かれたとき、なぜかノルズはロウに対する強い思慕の感情に襲われた。あるいは、それはこの得体の知れない力を持つ男の特殊な能力なのかもしれないが、ノルズは、あの一瞬、「同志」のことよりも、ロウのことを想った。

 ノルズは紛れもなく、このロウに対して逆らえないという強い屈服の気持ちに襲われ、ロウに訊ねられるままに、口にしてはならなかったはずの質問に答えようとした。

 

 その瞬間に、異常な身体の変調に襲われた。

 理由はわかった。

 だが、愕然とした。

 

 ノルズは、「同志」のために、全身全霊を尽くしていたつもりだ。

 それは、任務に失敗したからには、死も免れないのかもしれない。

 だが、命をかけた任務に送り出す「同志」に対して、あらかじめ勝手に「死の呪文」を刻むなど、まるで道具に対する扱いではないか……。

 

 立場と身分は違えど、志が同じである限り、同志は同志──。

 彼らはそう言った。

 だから、ノルズは裏切ってはならぬ者たちを裏切ってまで、彼らの野望に尽くそうとしたのに……。

 

 だが、彼らにとって、ノルズは単なる道具……。

 同志などではない……。

 

 道具……。

 死ぬ……。

 人としてではなく……。

 役に立たなかった道具として……。

 

 死……。

 死ぬんだ……。

 そう思った。

 ノルズは諦めの境地に達した。

 

「ノルズ、死ぬな──」

 

 そのとき、ふわりと誰かに再び抱き起されたのがわかった。

 

 誰──?

 確かめようとしたが、相変わらず目の前が暗くてわからない。

 

「危険です、ロウ殿──。ノルズの身体には死の呪文により、毒が急速に蔓延しています。そんなことをすれば、ロウ殿にも毒がうつる危険が……」

 

 スクルズ?

 喋っているのはスクルズ……?

 そして、抱いているのは……?

 

「わかっている──。だが、俺にはノルズに刻まれているのがなんであろうと、それを打ち消して、俺の支配に陥らせる力があるんだ。俺の支配が強くなれば、多分、ノルズを覆っている別の支配は取り払える。死の呪文だって、ある意味では支配魔道だろう──」

 

 ロウが叫んだのが聞こえた。

 ロウ──?

 いま、ノルズを抱いているはロウ……?

 ロウはなにをしようと……?

 

「あっ、ああっ」

 

 声が出た。

 いきなり、固いものに股間を貫かれたのだ。

 そして、うねる情感と喜悦に飲み込まれた。

 

 ロウ──。

 この快感はロウ……。

 確信した。

 

 男に抱かれるのは初めてだったが、この途方もない快感を瞬時にノルズに与えることができる者など、ロウ以外にあり得ない。

 しかし、なんでロウが……?

 そんなことをすれば、ロウが危険に違いない。

 

 さっき、スクルズが言った。

 死の呪文による毒が身体に回っているノルズを抱けば、ロウに死が及ぶかもしれないと……。

 

 ロウが死ぬ。

 この男が何をしようとしているか判然としないが、ロウが死ぬなど許せない。

 ノルズ自身の死よりも、ロウが死ぬということに対して、大きな憤怒の感情がノルズを包み込んだ。

 

 駄目だ……。

 そんなことはさせられない。

 そんなことは……。

 

「ロ、ロウ……駄目……あ、あなたが……ああっ」

 

 ノルズは最後の力を振り絞るようにして言葉を口にした。

 

「そうだ。戻って来い──。俺の支配をもっと受け入れろ。進んで受け入れるんだ。それで支配が強まる。多分、死から免れる──」

 

 ロウが言った。

 そのあいだも、ロウの怒張はノルズを犯し続けている。

 この世の最期にロウに抱かれて死ぬのか……。

 

 それも悪くない……。

 そう思った。

 だが、ロウが……。

 

「戻れ。戻って来い」

 

 ロウがまた叫んだ。

 熱い精の迸りを子宮に感じた。

 

「ああっ、あああっ」

 

 強い声が口から迸った。

 なぜか、少しだけ、力が身体に戻った気がする。

 

「また、出すぞ──。受け入れろ。俺の性奴隷になるんだ。いまだけでいい。それを受け入れるんだ」

 

 精を放ったばかりのはずのロウがなおも激しく、ノルズを抱き続ける。

 

 性奴隷──。

 ロウの──。

 

 屈辱的な言葉のはずなのに、なぜか少しもそれを嫌悪するようなものとは感じなかった。

 それよりも、説明のしようのない妖しい魂の揺らめき──。

 それを自分自身の中に感じる。

 

 ロウの性奴隷……。

 悪くない……。

 いや、まったく悪くない……。

 

「せ、性……奴隷……。悪く……ない……まったく……悪く……ない……」

 

「そうだ──。俺をもっと受け入れろ。死の呪文を跳ね返せる──」

 

 ロウが律動を続けながら言った。

 そのあいだにも、ロウは次々にノルズに精を放っている。

 信じられないようなことだが、ロウは数擦りで射精をし、休むことなく律動し、また射精をするということを繰り返している。

 何回連続で出すんだ?

 男のことは、よくは知らないけど、こんなに続けて出せるもの?

 

 とにかく、次々に子宮に精が与えられる。あまりの量に、ぷっくらと下腹部が膨らむほど……。

 ロウの心が少しずつノルズの心に入ってくるのを感じる。

 その都度、ノルズの全身に力がだんだんと漲る。

 

 受け入れる……。

 ノルズはそう口にしようとした。

 そのとき、突然に目の前が明るくなった。

 

 ロウ……。

 

 ロウが見えた。

 ノルズを抱いていた。

 必死の形相だ。

 

 痺れるような喜悦が股間から全身に拡がる。

 ロウがあんなにも一生懸命にノルズのことを……。

 ノルズを助けようとする理由など、なにひとつないのに…。

 

 ああ、世の中には、こんな男もいたのか……。

 大して未練のない人生だったが、こんな男もいることを知れてよかったかもしれない……。

 

 この男の性奴隷か……。

 悪くないな……。少なくとも、人としての扱いだろう。道具じゃないな。たかが道具に命をかける男はいない……。

 ロウの奴隷になると決心したとき、なにもかも新しくなった感じになった。

 

 性奴隷になる。

 ロウに支配されよう……。

 そうすると、この快美感は、どんな風に、さらなる濃密な深淵を見せるだろうか……? 

 

 ロウの性奴隷になるのだ……。

 ロウの支配を受けるのだ。

 ロウを受け入れるのだ。

 

 凄まじい力がノルズを包み込む。

 圧倒的なものがノルズを席巻する──。

 

「きゃああああ──」

 

 なぜかノルズは悲鳴をあげていた。

 急激に途方もない快感が襲った。

 昇り詰めるという言葉ではとても表現できない。

 

 快感の刃が──。

 ノルズを……。

 襲った……。

 

 気持ちよさが頂点に達し……。

 木っ端微塵に弾け……。

 粉々になる……。

 

 苛烈な喜悦の炎に……。

 包まれる……。

 目の前が白くなる……。

 

 どうやら、気を失おうとしているようだ……。

 だが、それは死などではない……。

 

 もっと……。

 

 もっと。

 

 

 *

 

 

「ふうっ……」

 

 一郎はすっかりと脱力したノルズの身体から手を離すと、貫いたままだった肉棒を抜いた。

 性器を抜くと、ノルズの股間から夥しい白濁液が一緒に垂れ流れてきた。

 

 無理もない……。

 

 短い時間でノルズを強い支配に陥らせるために、まるで機関銃のように精を放ちまくった。

 さすがに疲れた。

 だが、これで大丈夫だ。

 ノルズの心に完全にロウの支配が刻み込まれた。

 それを感じる。

 

 その結果として、それ以前にノルズの心にあったほかの支配は、すべて消失した。

 死の呪文という「呪い」も同様だ。

 それ以前にあった他者の「支配」を退けさせて、そこに一郎の「支配」を新たに置く──。

 それにより、ノルズに刻まれていた死の呪文を打ち払う……。

 とっさの機転だったが、うまくいったようだ。

 

 一郎はノルズを見た。

 ノルズは度の越した快感で意識を失っただけだ。

 息は止まっていない。

 安心した。

 

「な、なんてことを──」

 

 そのとき、突然に誰かに強い力で身体を揺らぶられた。

 

「スクルズ様が毒がうつるかもしれないから危険とおっしゃったのに、なんであんなことをしたのですか、ロウ様──? ねえ、お身体に変調は? どこか痛いところは? 苦しくはないですか──?」

 

 一郎の身体を強く引き寄せながら、まさぐるようにあちこちを触ってきたのは、素っ裸のエリカだ。

 

「そ、そうだ、ロウ──。エリカの言うとおりだ。なんで、ノルズを助けようとしたのだ──? あいつはコゼたちをひどい目に遭わせた女なのだぞ」

 

「そうですよ、ご主人様。どうせ、王軍に突き出せば、死罪は免れない女なのです。さっきのように、命を危険にしてまで助ける価値などあったのですか?」

 

 シャングリアとコゼも迫ってきた。

 エリカだけではなく、このふたりも怒っているようだ。

 

「わっ、ま、待てよ。服を整えるから……」

 

 一郎は慌てて言った。

 いまだ、ズボンをおろして下半身をむき出しにしたままだったのだ。

 あまりにもみっともない。

 

「と、とにかく、落ち着けよ……。まあ、なんでと言われてもなあ……。とっさのことだったから……。つい、夢中になって……」

 

 一郎はぶつぶつと言った。

 どうしてノルズを救おうとしたかなど、一郎にもわからない。

 ただ、スクルズがノルズには死の呪文が刻まれていたと口にした。

 そのとき、なぜか、一郎には、どうすればノルズを助けられるかという知恵が突然に沸いたのだ。

 急にその唯一の方法が思い浮かんだ。

 

 あとは夢中だった。

 目の前に死のうとしている女がいた。

 そして、一郎には、それを防ぐ方法がわかった。

 だから、それをした。

 それだけだ。

 

「……大丈夫です。ロウ様には、どこにも異常は見られません。それとノルズにも……」

 

 そのとき、スクルズがそばに寄ってきて言った。

 スクルズはうっとりとした視線を一郎に向けている。

 表情に一郎に対する感嘆の気持ちがあふれていた。

 

「そうだ。わたしにも、ロウ殿が問題ないというのはわかる。どんな力を遣ったのかはわからないが、ロウ殿は凄いのだな……。それと、ノルズを救ってくれてありがとう……。こんな女でも、かつてはわたしたちの親友だったのだ。救えるものなら救いたい。この通りだ……。感謝する」

 

 そして、ベルズも一郎の前までやってきて頭を下げた。

 

「本当です。ありがとうございました」

 

 スクルズもベルズに倣って頭をさげる。

 一郎には、頭を下げる美人巫女ふたりに、一郎に対する強い畏敬の念がこもっているのがわかった。

 スクルズ、ベルズといえば、本来で言えば、一介の冒険者である一郎には、まともに会話することも許されない身分の高い巫女だ。

 そして、とびきりの美女だ。

 そのふたりに、こんな風に接されるのは、悪い気分ではない。

 

「まあ、助かってよかったです……。ノルズは、罪は償うべきなのかもしれないが、あなた方もノルズには訊きたいことも、言いたいこともあるのでしょう。死ぬのは、それが終わってからでも遅くない」

 

 一郎は言った。

 

「よ、よくなどありません──。いまのは許せない行為です。ロウ様に万が一のことがあったら、わたしたちは、どうすればよかったのです。死の呪文など、スクルズ様にも、ベルズ様にも手が負えないに違いないのですよ。死んで当然の敵を救うために、危ない真似をするなど──。わたしには絶対に許せません」

 

 エリカが再び怒鳴った。

 とにかく、びっくりするような権幕だ。

 ロウはたじろいでしまった。

 

「わっ、わっ……。まあ、落ち着けよ、エリカ……。とにかく、屋敷に戻ろう、みんな……。じゃあ、スクルズ殿、俺たちを送ってください。とりあえず、ノルズの身は預けます。まだ、呪いの刻みの影響も出るかもしれないし、しっかりと観察した方がいいでしょう……。それと、ノルズにはまだ、問いたださないとならないことがあるので、逃がさないでくださいね──。それまでは王軍にも引き渡さないでください……。さあ、エリカ、屋敷に戻るぞ──。しっかりと可愛がってやるからな。とりあえず、戻ろう。なっ?」

 

 一郎はなだめるように言った。

 

「誤魔化されませんからね──。わたしは怒っているんです──。ノルズを助けるのは結構ですけど、ご自分の命を危険に晒すなど……」

 

 しかし、素っ裸のエリカがさらに一郎に詰め寄ってきた。

 一郎は面倒になり、目の前のエリカの裸身に手を伸ばすと、股間の亀裂と背中の筋をすっと同時になぞりおろした。

 

「ひゃん」

 

 すると、エリカが甲高い悲鳴をあげて、その場に座り込んだ。



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96  筆頭巫女の性奴隷志願

「おはようございます、ご主人様」

 

 まどろみを迎えたとき、柔らかいものが口に当たるのを感じた。

 まだ、夢心地の一郎の口の中に、舌が差し入れられてきたのがわかった。

 そして、その舌が一郎の舌にまとわりつき、唇全体で挟み付けるように吸いあげてくる。

 この積極的な口づけは、甘えん坊のコゼだろう。

 

 一郎は目を開いた。

 果たして、やはり、この朝の挨拶はコゼだった。

 視界を覆っているコゼの黒髪が目に映る。

 

「おはよう、ロウ。次はわたしだ」

 

 コゼが一郎から口を離すと、割り込むようにシャングリアが一郎に抱きついてきた。シャングリアの乳房が一郎の胸に乗り、その唇が一郎の唇に重なる。

 どうやら、今日の朝の挨拶は、コゼ、シャングリア、エリカという順番のようだ。

 四人で重なり合うようにして寝ることがほとんどの日々の中で、いつの間にか三人の女たちの決まり事のようになったのが、この朝の「挨拶」の順番だ。

 三人で誰が最初に一郎に口づけをするかというのを日替わりで決めているらしく、必ず毎日異なった順番で口づけをしてくる。ただ、どういう順番なのか、いつも不規則なので、一郎にもわからない。

 

 一郎は今度は、自分からシャングリアの口の中に舌を差し入れた。

 コゼもそうだったが、シャングリアも完全な素裸だ。

 昨夜は、四人でかなり遅くまで交合を繰り返し、三人の性奴隷たちは、ひとりひとり力尽きるようにして失神していった。

 三人が完全に意識を失って、寝息を立てるのを見届けてから、一郎もこの寝台で三人の裸女を肉布団にするようにして休んだので、一郎も裸だ。

 もっとも、四人どころか、屋敷の一階の奥にあるこの寝室の寝台は十人が同時に寝ても十分な広さのある特別製の寝台だ。

 四人で休んでも、十分に余裕がある。

 

「あ、ああ……」

 

 一郎がシャングリアの口の中に感じる桃色のもやを部分を余すことなく舐めまわしていると、シャングリアが我慢できなくなったかのように声をあげた。

 

「次はエリカだな」

 

 しばらくシャングリアの口腔を舌で愛撫してから、一郎はシャングリアの後ろで遠慮がちに待っているエルフ美女に声をかけた。

 三人の中で一番に感度がよくて、ひとたび抱けば、とても淫乱な反応を示すくせに、なぜかエリカは自分から求めるのは少し苦手のようだ。

 いまも、ふたりが一郎と口づけするのを物欲しそうな顔で、ちょっと距離をあけた感じで見守っていた。

 

「はい」

 

 一郎が声をかけると、エリカの顔がぱっと明るくなる。

 いそいそと裸身を近づけてきて、一郎の顔に顔を重ねた。

 一郎は、エリカとも、たっぷりと口づけを愉しんだ。

 

「さて、今日は、まずはギルドに行くぞ。クエストが成功したことになるのかどうかは、あやふやでわからないけど、一応は事件は解決したし、ミランダに正式に報告しないとな。それから、第三神殿だ。スクルズとベルズがノルズをどう扱うか知らんが、王軍などに身柄を引き渡される前に、あのアスカとの関係を聞き出さないといかんし」

 

 三人との「挨拶」が終わると、一郎は寝そべったままで、座った姿勢で一郎を取り囲んでいる裸身の三人に言った。

 すると、三人が怪訝な表情になった。

 

「クエストは成功だろう、ロウ。騒動の張本人のノルズは捕らえて無力化した。スクルズ殿とベルズ殿、それから、ウルズ殿の身体に植えつけられていた魔瘴石も取り除いた。魔瘴石を届けたとき、ギルドのミランダもロウを絶賛していたじゃないか。それなのに、成功したかどうかがあやふやとはどういう意味なのだ?」

 

 三人を代表するようなかたちで、シャングリアが疑問を口にした。

 今回の事件の張本人が、あのノルズという三人の幼馴染の女であり、王都で有名な三巫女のウルズ、ベルズ、スクルズは、ノルズによって魔瘴石を身体に挿入されて、脅迫されていたのだという「真相」は、すでに、昨日のうちにギルドに報告している。

 ノルズに捕らえられたエリカとコゼを救出に向かう直前のことであり、三人から取り除いた魔瘴石についても、そのときにギルドに渡した。

 

 ギルドのミランダは、すぐに対処してくれた。

 その結果、ギルドからの通報を受けた王軍が動き、三個の神殿には、次々に王軍の手入れが入った。

 ウルズの「証言」により、リーナスがノルズの手の者と発覚したことで、まずはリーナスを捕らえ、次いで、そのリーナスに後遺症が残るほどの強力な自白剤で仲間を喋らせ、それを次々に捕縛したのだ。

 これにより、王都がいつの間にか大きな危機に瀕していたというのが明らかになり、同時に、その危機が回避されたということにもなった。

 功績が大きすぎることは少し気になるが、ともかく、その功績は一郎たちのパーティによるものだ。

 

 ついでに、もうひとつの一郎の「処置」も成功したようだ。

 ノルズとともに、もうひとりの騒動の張本人の第一神殿のウルズには、「男狂い」の醜聞を負ってしまったスクルズの名誉を回復するために一役買ってもらった。あの男漁りをやったのは、実は変身の魔道でスクルズに変身していたウルズの仕業だということにすることにしたのだ。

 

 そのために、ミランダが偽情報を徹底的に王都に流すことになっている。世論操作は冒険者ギルドを統括するミランダの得意分野らしい。ミランダは自信を持った様子で引き受けてくれた。

 スクルズの醜聞を知るものは、それほど多くなかったようだが、それも、早晩、あれはウルズが変身してやった男漁りということに落ち着くはずだ。

 悪いが、ウルズにはスクルズの醜聞打ち消しにひと役買ってもらう。

 

 とにかく、すでにミランダの情報操作は始まっている。

 王都の市民にとっては、三大神殿に王軍の手入れがあったことよりも、ウルズが実は「色狂い」だったというのが、大きな話題になったようだ。

 それは、夜になって、事件の顛末を知らせてきたミランダからの伝言の手紙で知った。

 それによれば、市民の中では、スクルズについては、ただウルズを救うために「真相」を黙っていただけであり、最初の破廉恥な事件も、本当はウルズのやったことだという結論になってくれつつあるようだ。

 

 あのとき、神殿と王軍で問題となった、スクルズが身に着けていた瘴気のこもった淫具の存在についても問題はない。

 そもそも、それについては市民はよくは知らないし、事件がある程度の内密で終わった以上、権威を保持したい神殿側と王軍とのあいだで、適当な辻褄合わせが行われることになるだろう。

 

 まあ、それはもはや、一郎には大きな興味はない。

 スクルズの代わりに、「汚れた女」の醜聞を担うことになったウルズには悪いが、そもそもノルズを神殿に引き入れてしまったのは、ウルズ自身にも責任があることであるようだし、このくらいの「お仕置き」は仕方がないだろう。

 いずれにしても、すべてがうまく処理できた。

 それにも関わらず、一郎がクエストの成功がしたのかどうかわからないと主張したことで、三人は、一郎の言葉に疑問の表情を浮かべたのだ。

 

「忘れたのか、シャングリア。俺たちのクエストは、王都に迫っていた危険を回避することじゃなかったんだぞ。ウルズ殿とベルズ殿を助けることであり、依頼人はスクルズ殿だ。それなのに、ウルズ殿はあの調子だ。それでクエスト解決とみなせると思うか?」

 

 一郎は言った。

 すると、三人がはっとした顔になった。

 あのウルズについては、無理矢理に魔瘴石を剥がした後遺症により、幼児返りしてしまって、命令には背かないが、自分からなにかを他人に告げるということができないような状態になっている。

 まるで、大人の美女に幼女の心を入れたような感じだ。

 まあ、時間が経てば、少しずつ心も回復するだろうとは思うが、一郎の目から見ても、もうウルズは筆頭巫女は続けられないだろうし、当面はどこかにとじ込もってもらうしかない。だから、スクルズの代わりに醜聞を受け持ってもらうことにしたのだ。

 いずれにしても、あのとき焦った。

 幼女のようになってしまい、片言喋りになったウルズから、スクルズとベルズが催眠魔道を使いまくって、やっとのこと、リーナスのことと、粘性生物のウーズのことを聞き出したのだ。

 

 とにかく、スクルズとベルズは、責任をもって、ウルズの面倒を看るとは言っているが、とてもじゃないが、あれでは、「ウルズを助けた」とはみなせないような気がする。

 

「まあ、でも、功績には違いないと思いますよ、ご主人様。しかも、王都の危機を冒険者ギルドが事前に回避したということにもなるはずです。ギルド組織としても、今度のことは大きな組織の手柄になるはずです。きっと特別報酬も出ますよ」

 

 コゼだ。

 

「そうだろうか」

「そうです」

 

 コゼはきっぱりと言った。

 

「……それにしても、ノルズのことは気になりますね。あのアスカ様は、今回のことをどのくらいに知っているのでしょう……?」

 

 そのとき、心配そうな顔になったエリカがぼそりと口にした。

 それについては、一郎も気になることだ。

 

「そうだな。それが一番の問題かもな……。ノルズについては、完全支配に近いくらいに心を制御したから、もはや、俺に不利になるようなことをアスカに知らせることはないとは思うが……」

 

 一郎は言った。

 ノルズの身柄は、昨日については、第三神殿のスクルズが引き取っていった。死の呪文の影響から完全にノルズが逃れられたのかどうか、治癒魔道の能力もあるスクルズが監視する必要があったからだ。

 ともかく、ノルズについては、仕掛けられていた「死の呪文」から助けるために、連続射精という荒業で、かなりの深い精神支配をした。

 アスカに一郎たちの居場所を知らせれば、一郎にとって不幸なことになると知っているノルズが、もはや、アスカに一郎の情報を告げることはないという確信はある。

 

 ただ、問題は、すでにノルズがアスカにそれを告げ終わっているかどうかだ。

 もしも、アスカに、一郎とエリカの居場所が発覚しているのであれば、そのときは、身を隠すための逃避行を再び行わないとならないのかもしれない。

 昨日については、ノルズを訊問する状況ではなかったから、それらのことを今日、確認する必要がある。

 

「……この屋敷も、王都ハロルドの生活も気に入っているんだがな……」

 

「とにかく、ノルズに問いただせばわかるのだろう。くよくよするな、ロウ。旅をすることになっても、それはそれでいい……。いずれにしても、ノルズに訊ねればわかることだ。それに、ノルズが口にした“冥王”のことも訊かないとな。なんで、あんなことを言ったのかは知らないが」

 

 シャングリアが口を挟んだ。

 一郎は頷いた。

 

 「冥王」というのは、伝承の存在であり、かつて、この世界の人族が魔族と対立をしていたとき、人族の世界を征服するために、魔族軍を率いて侵略を企てた魔族の王のことのようだ。

 そのとき、お互いに分裂していた人族は、ロムルスという人間族の英雄のもとに一致団結し、魔族軍の侵略を防ぎ、ロムルスは冥王をその部下の魔族とともに、異世界に封印した。

 この世界では、知らぬ者のいない伝説だ。

 

 そして、ロムルスは、この人族の世界を束ねる最初の皇帝となり、ローム帝国が形成された。

 このハロンドール王国も、北方のエルニア王国も、元はと言えば、そのローム帝国が植民した開拓地だったそうだ。

 

 もっとも、いまでは、そのローム帝国も衰退し、属国扱いだったハロンドールとエルニアは、完全な独立国の体裁となっている。また、皇帝直轄領域だった地域もタリオ、デセオ、カロリックという三公国に分かれ、事実上の独立国となっている状況だ。

 ローム皇帝家は辛うじて、現在でも存在するものの、その末裔の老人がローム皇帝を名乗り、タリオ公国の一部に私領を認められるだけの存在になっているだけらしい。

 

 また、ノルズがもうひとつ口にした“パリス”はもっとわからなかった。

 エリカも、アスカに仕える近習の中に同名の少年がいたが、思い当たることはないという。

 

「そうだな。シャングリアの言うとおりだ。まだ情報がないのに、心配しても仕方がない。それよりも、朝の挨拶の続きをするか。エリカ、背中で腕を組め。淫魔術で離せないようしてやる。俺の性器を舐めろ。お前たちを犯して、そのままだから昨夜から汚れたままだ。舌で掃除しろ」

 

 一郎は言った。

 

「は、はい」

 

 エリカが慌てたように腕を背中に回した。

 一郎はすかさず、淫魔術でエリカの両手を拘束する。

 性奴隷に施す淫魔術の縛りは、縄や革紐で拘束する以上の絶対の緊縛だ。これで、一郎が解除するまで、エリカの腕が自由になることはない。

 

「あっ、エリカだけずるいぞ。わたしもする」

 

 するとシャングリアが自ら両手を背中に回して、不満そうにそう口にした。

 一郎は苦笑しながら、シャングリアの両手も淫魔術で拘束する。

 すぐに、エリカとシャングリアのふたりが、左右から一郎の股間に顔を伏せて、舌を這わせ始めた。

 

「コゼは、俺の身体を洗え。ただし、乳房でな。乳房を布代わりにして、俺の身体に擦りつけて洗うんだ」

 

 一郎は寝台の頭側にあった水差しを手に取ると、自分の胸から腹にかけて水をこぼした。

 そして、コゼについてもエリカとシャングリアと同じように後ろ手に拘束する。

 

「わ、わかりました、ご主人様。では、洗います……」

 

 コゼが真っ赤な顔になり、身体を押し倒して乳首を一郎の胸付近に押しつけてきた。

 すかさず、淫魔術でコゼの乳房の感度を数倍にまであげてやる。

 

「んんんっ」

 

 コゼの身体が弓なりになり、その端正な鼻から震えを帯びた溜息が洩れた。

 

「休むな、コゼ。もっと強く擦るんだ。エリカとシャングリアもな」

 

 一郎は今度はエリカとシャングリアの舌をそれぞれの肉芽の感覚と結びつける。

 

「あああっ」

「はううっ」

 

 たちまちにエリカとシャングリアのふたりも奇声をあげた。

 肉芽の感覚と舌の感覚を繋げられたことで、ふたりにとっては、一郎の怒張を舐めるということが、肉芽そのものを一郎の性器に自ら擦りつけるというのと同じことになったのだ。

 今回の事件が終わったことで、いつの間には一郎の淫魔師レベルは、“75”にまでなった。

 もはや、支配している女の身体を操ることなど、自由自在だ。

 胸で一郎の肌を擦っているコゼとともに、ふたりからも強い雌の香りが漂いだす。

 

「旦那様、お客様です。スクルズ様が屋敷にお越しになりました……。なにか、慌てているようです」

 

 そのとき、屋敷妖精のシルキーの声がした。

 

「スクルズ殿が?」

 

 一郎は訝しんだ。

 巫女の朝が早いというのは知っているが、まだ夜明けくらいの時間だ。他人の家を訪問するには非常識な刻限である。

 なんだろう……?

 

「ここに通せ」

 

 ちょっと考えてから、一郎は姿のないシルキーにそう返した。

 まあ、いいだろう。

 スクルズには、もう一郎の好色はばれてる。

 一郎の言葉に、一郎に奉仕を続けている三人の女たちがびくりと反応する。

 

「お前たちは、そのまま仕事を続けろ。これは絶対の命令だ」

 

 一郎はほくそ笑むと、強い口調でそう言った。

 支配者である淫魔師の命令には、絶対にエリカたちは逆らえない。

 スクルズがここにやってくるというのに、卑猥な奉仕をやめることのできなくなった三人がそれぞれに抵抗の声をあげた。

 特にエリカについては泣き声のようなものを出す。

 しかし、一郎はもう一度、同じことを強い口調で口にした。

 これで、三人は一郎への奉仕を続けるしかない。

 やがて、寝室の扉が外から叩かれた。

 

「どうぞ」

 

 一郎は返事をした。

 扉が開き、屋敷妖精のシルキーとともに、巫女服のスクルズが部屋に入ってきた。

 

「こ、これは」

 

 シルキーはまったく気にも留めていない顔だが、スクルズについては、部屋の中の光景を見て、絶句して立ち止まった。

 無理もない。

 

 寝台に寝そべっている一郎の裸身に、やはり裸身の三人の美女たちが喘ぎ声をあげながらまとわりついているのだ。しかも、ふたりが股間を、もうひとりが乳房で上半身に奉仕をしているという淫靡な光景だ。

 敬虔な巫女であれば、四人の男女がもつれ合う姿というのは、とても想像できないような卑猥な情景だろう。

 まだ、十分に若い女のスクルズは、すぐに顔を真っ赤にした。

 

「スクルズ殿、こっちのことは気にしないでください。それよりも、なにか用事があるのでは?」

 

 一郎はにやりと笑いながら言った。

 男女の恥態を恥ずかしがる高位巫女を眺めるのも愉しいものだ。

 我ながら意地悪で鬼畜とは思うが、どうにも歯止めが効かない。もしかしたら、どんどんと淫魔師レベルがあがり続けていることに関係がある気もするが、一郎は自分の鬼畜と好色の制御が難しくなっているのを自覚している。

 まあ、なんとかしようとも思わないが……。

 

「スクルズ殿」

 

 一郎はまだ呆然と一郎たちの恥態を凝視したままのスクルズに、もう一度声をかけた。

 スクルズがはっとしたように真顔になる。

 

「そ、そうでした。実は……。その、申しわけありません、ロウ殿。ノルズがいなくなってしまいました。しかも、預かっていたギルドの魔道具の変身リングも一緒です」

 

 スクルズがそう言って、がばりと頭を下げた。

 

「いなくなった?」

 

 一郎は驚いて声をあげた。

 淫魔術による命令で奉仕を中断できないエリカたちは、そのままの行為を続けているが、彼女たちもそれぞれに驚くような反応を示した。

 

「夜のあいだに……。探しましたが、神殿にはいません。どうやって逃げ出したのか……。見張りの目をかいくぐって、いつの間にか……。本当に、申しわけありません。しかも、記憶にある人物に好きなように変身のできる変身の魔道具を持って逃げたとあっては、どうやって探していいか……。本当に面目ないことです」

 

 スクルズが本当に申しわけなさそうな口調で言った。

 一郎は嘆息した。

 ノルズはスクルズの幼馴染だ。

 王軍に引き渡されて処刑されるくらいならと、故意にスクルズが逃がしたということも考えられるが、スクルズにはそんな気配はない。

 

 まあいい……。

 逃げてしまったものは仕方がないだろう……。

 そう思い直した。

 逃亡されたところで、これからについては、ノルズについては一郎の不利になるようなことはやらないという絶対の自信はある。

 ただ、アスカに一郎たちの居場所が知らされた可能性があることは気になるが、それは成り行きで対処するしかないだろう……。

 よくよく考えれば、ノルズが逃亡しようと、するまいと、それは変えられない事実だ。

 

「……わかりました、スクルズ様。ノルズのことは考えます。お前たち、そういうことらしい」

 

 一郎は淫魔術の縛りを解く。

 破廉恥な行為を強要されていた三人が脱力して座り込んだ。

 

「ロウ様、ノルズが逃亡したなら、もしやアスカ様にここが……」

 

 エリカが息を整えながら、心配そうに言った。

 しかし、一郎は首を横に振り、ノルズが逃げ出したのは、処刑されたくないからだろうが、一郎を裏切ることはないと断言した。

 エリカだけでなく、ほかのふたりも不審な表情になったが、一郎がもう一度問題はないと強く言うと、それ以上はもうなにも言わなくなった。

 

「とりあえず、状況はわかりました、スクルズ殿。もう、いいですよ」

 

 一郎は言った。

 すると、スクルズが顔を赤くして、もじもじと落ち着かない仕草を始めた。なにか言いたいことがありそうだ。

 一郎は首を捻った。

 

「どうかしましたか、スクルズ殿?」

 

「そ、そのう……。そのですね、ロウ様……。つ、つまり、わ、わたしとしては、ノルズを逃がしてしまったことを大変申し訳なく思ってます……。やはり、ば、罰を受けるべきかと……。あ、後で都合のよいときに罰を受けに参ります。だから、それを……」

 

 スクルズが真っ赤な顔のまま、おずおずと言った。

 一郎は少しびっくりしたが、どうやら、スクルズは一郎に罰せられたいみたいだ。

 あれから、スクルズたちへの淫魔術の縛りは解除してもないが、強くもしてない。

 スクルズの申し出は、完全にスクルズの自由意思によるものだ。

 

「えっ、罰か?」

 

 シャングリアは声をあげた。

 

「はあ? なに、この巫女様。ノルズを逃がしたうえに、ご主人様のお情けもらいたいの?」

 

 コゼなど遠慮のない口調で口を挟んできた。

 一郎は苦笑した。

 

「やめなさいよ、コゼ。失礼よ……」

 

 エリカがたしなめたが、ちらりとスクルズを見ている。なんだか、ちょっと心配そうな表情だ。

 いずれにしても、一郎は思わずにんまりしてしまった。

 最初にも感じたが、実はこのスクルズは結構好色かもしれない。

 外見は清楚で美しく、まったくそのようには見えないのだが……。

 

「なるほど、それもそうですね。確かに、責任を果たせなかった巫女様には罰が必要でしょう。だったら、すぐに服を脱いでもらいましょうか。そこでどうぞ」

 

「すぐ? あっ、ここで、いま? いえ、は、はい。も、もちろん、すぐに……」

 

 スクルズは最初面食らったようになったが、すぐに破顔した。

 とても嬉しそうだ。

 一郎もちょっと笑ってしまった。

 

「俺たちの秘密を知っているノルズを逃がしてしまった無能の巫女様には、まずは俺の足の指でも舐めてもらいましょう。素っ裸になって、寝台にあがってくるのです。みんなも再開だ。朝食前に一発ずつだ」

 

 一郎は笑った。

 地位も権力も、実力もある第三神殿の筆頭巫女のスクルズに、一郎の足の指を舐めさせる。

 考えれば、なかなかに鬼畜な仕打ちだ。

 想像しただけで、一郎の一物はますます固さを増す気がした。

 

「は、はい」

 

 スクルズは、戸惑いの表情を示すことなく、すぐに、その場で巫女服を脱ぎ始める。

 背後に立っているシルキーが、当然のようにスクルズの服を回収していく。

 また、三人娘は奉仕を再開した。

 今度は淫魔術による強要はないが、気のせいか、心なしか熱がさっきよりも入ったような気もする。

 

「シルキーはスクルズ殿の服を片付けたら、いつもの調教用の痒み剤の壺をもって来い……。スクルズ殿、ちょっとつらい責めになりますよ。だけど、決して抵抗してはいけませんよ。それは罰なんですから」

 

「は、はい。ロウ殿の気の済むようにおなぶりください。どうかよろしくお願いします」

 

 すでに最後の一枚になっているスクルズが、その一枚を腰からおろしながら言った。

 

 しかし、そのスクルズの顔に、なにかに期待するような妖艶な笑みが浮かんでいることに気づいて、一郎はふとほくそ笑んでしまった。



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97  波乱の予感

 パリスは勢いよく扉を開いた。

 すると、目の前に飛び込んできたのは、ラタン椅子に腰かけた素裸のアスカが、股を開いて腰に跨がせている美しい少女と口づけを交わしている光景だった。

 いや、少女と思ったが、よく見れば、その股間には立派に勃起した男性器そのものがある。

 

 ふたなりか……。

 しかし、その股間にはしっかりとした男性器があるものの、その胸には少女らしい小ぶりの乳房もあるし、アスカの指はその少女の男性器をしっかりと握りしめつつも、一本の指だけは少女の勃起した肉棒の下にある膣穴に入り込んでいる。

 それにしても、まだ、太陽が中天に差し掛かるほどの昼間だ。

 淫乱体質のアスカとはいえ、お盛んなものだ。

 

「あ、ああっ、アスカ様、そんなにされては……。だ、だめ、出ちゃう。出ちゃいます」

 

 アスカの腰に乗っている少女が喘ぎ声をあげだした。

 

「どっちが気持ちいいんだい、エマ? 女の穴かい? それとも、男の性器かい」

 

 アスカが少女の股間で動かす手を速めながら言った。

 

「あっ、ああっ」

 

 やがて、エマと呼ばれた少女の乱れ方がかなり激しくなった。

 そして、ついにアスカが擦っている男性器の先端から白濁液が勢いよく飛び出す。

 それがアスカの白い腹に飛び、アスカの肌にどろりと垂れ乗る。

 

「駄目じゃないかい、エマ。今度は男の方は我慢して、女の方で気をやれと言ったろう。ちゃんと言いつけを守れないと、わたしの愛人は務まらないよ」

 

「も、申しわけありません。あ、あの、汚れたものを……」

 

 エマが申し訳なさそうな表情で、アスカの腰から降りる気配をした。

 しかし、それをアスカが手でとどめる。

 

「そんなものは後でいい。それよりも、もう一度だ。今度こそ、男の方は我慢して、女の穴だけで気をやるんだ。うまくいくまでやめさせないよ」

 

「そ、そんな……。もう、勃ちません。出したばかりなんです」

 

 すると、エマが泣きそうな顔になった。

 

「心配いらないよ。お尻をお出し。男の性器は、尻の穴と快感が繋がっていて、そこに男の一物の勃起を引き起こす秘密の場所のようなものがあるんだ。そこを刺激すれば、いくらでも勃つさ。ほら、腰をあげな」

 

 アスカが言うと、エマが恥ずかしそうに腰をあげた。

 だが、パリスは小さく舌打ちした。

 エマはともかく、アスカは、パリスが入ってきたことに気がついているはずだ。それなのに、知らないふりをして続けるつもりなのだ。

 パリスは大きく咳払いをした。

 

「きゃあ、パ、パリス」

 

 エマがびっくりした声をあげた。

 ほんの数名の真の腹心以外のときは、少年の姿のパリスは、アスカの従者ということになっている。だから、エマもパリスには敬語は使わない。

 このところ、少し本国に戻っていたので、このアスカ城から離れていたが、どうやら、このエマは、その間に作ったアスカの新しい愛人ということのようだ。

 

「なんだい。取り込み中だよ、パリス」

 

 アスカがにやりとこっちに意地の悪そうな笑みを向けた。

 やはり、気づいていたようだ。

 

「重大な要件です。お人払いを、アスカ様」

 

 パリスは静かに言った。

 やっと、アスカがエマを離した。

 

「調教室で待っておいで、エマ。また、魔道の稽古をつけてやろう。それから、召喚術の修行だ。もちろん、ふたりきりでやるよ。なにひとつ身に着けることなく、素っ裸で待っているんだ。いいね、エマ」

 

 アスカが優し気な口調で言った。

 

「はい、アスカ様」

 

 エマは床に落ちていた薄物をまとうと、上気した顔のまま部屋を出ていく。

 扉が閉じて、ふたりきりになるとパリスは口を開いた。

 

「いまのは、お前の新しい愛人か、アスカ?」

 

 パリスはつかつかとアスカのところに歩み寄った。

 この部屋には、アスカが腰かけていたラタン椅子ひとつしかない。

 ほかには絨毯をしきつめてある床があるだけだ。

 パリスがやってくると、アスカがしぶしぶという感じで立ちあがる。

 当然のようにパリスは少年の身体をそこに埋めた。

 

「ちっ、随分と女くせえなあ。一体全体、どれだけ、ここで乳繰り合ってんだ、アスカ」

 

「ほんの朝からだよ……。いや、昨夜からかねえ。ずっとふたりで愉しんで、そのまま床の上に抱き合って寝て、起きてから、また愛し合ってたんだ」

 

 アスカがにやりと笑みを浮かべた。

 

「呆れたぜ。将来のあったエルフ女王候補が、いまじゃあ、こんな辺鄙な深淵の城で淫行三昧かい。ここまで落ちぶれたくはねえもんだね」

 

「ふん、お前に言われたくないね。お飾りの城主魔女としては、愛人の娘と乳くり合うくらいしかやることはないものでね。それとも、いい加減にわたしをこの城に監禁するのをやめてくれるのかい、パリス?」

 

「あと百年くらいしたら、考えてやるよ。影が外に出る分は許可してるだろうが。それよりも、俺の幹部部下をタリオから連れてきている。いつものように相手しろ。命令で強要して欲しいか? それとも、命令なしで股を開くか?」

 

「夕食の後にしな。それまではエマと愛し合いたいんだ」

 

 アスカが不機嫌そうに言った。

 なにがあっても、どんな命令でも、このエルフ女はパリスに逆らえない。そういう支配の刻みをしているのだ。

 かつては、娼婦の真似事をしてパリスの直接の部下の相手をしろと言えば、自尊心が傷つくのか、烈火のごとく怒っていたが、最近では観念してるのか大人しい。

 パリスとしては、アスカができるだけ嫌がることを強要したいので、もっとこいつがパリスを憎むようなことをさらに考えようかと思った。

 

 こいつが、もっとパリスに恨みを抱くような……。

 エマか……。

 ふうん……。

 

「ふん、それで、あれは男か、それとも女か? どうせ、お前が魔道で身体をいじったんだろう」

 

「エマは女だよ。見た通り人間族のね。ただ、わたしが魔道でふたなりにしてやったんだ。あたしの腹心にする代償さ」

 

 アスカは床にあったローブを身に着けると、椅子に座るパリスの前に胡坐に座った。

 

「腹心? つまりは、新しい召喚士の候補ということか? それにしては、魔力が足りない感じがしたな」

 

 パリスは思い出して言った。

 以前に召喚士候補だったエルスラというエルフ女が逃亡してから、アスカは自分の手伝いをさせる召喚士を作ってはいなかったが、どうやら、やっとそれを見つけたようだ。

 

 もっとも、この馬鹿女は、召喚士としての高い魔力があるかどうかを気にせず、愛人として気に入るかどうかで人選したらしい。

 どう見ても、あのエマは大した魔道遣いではない。

 以前の召喚士候補だったエルスラも、魔道遣いとしては実力不足なところがあり、それを特殊な杖を持たせることで能力を上乗せしていたが、あのエマは遥かにそれ以下だろう。

 

「だから、お前たちの能力でエマの身体に魔瘴石を入れてやっておくれ。そうすれば、高い魔力を帯びれるようになるんだろう? それで召喚士としての素養ができる。あとはわたしがなんとかするさ」

 

「魔瘴石を?」

 

 パリスは言った。

 確かに魔瘴石を身体に入れると、身体に蓄える瘴気の影響により、魔力もまた大きな向上を見せる。それをすれば、あのエマだって、召喚士にするくらいの魔力を得させることができるかもしれない。

 

「まあ、いいだろう。ただ、それだけでは不足だな。だったら、召喚士として、エマが仕事をするたびに、洩れ出る瘴気をお前の身体側に蓄積させるようにさせてもらう。もともとの魔力の素質が乏しくては、召喚による瘴気の洩れをあいつじゃあ、支えられないだろうしな」

 

 パリスは言った。

 もちろん、そんなことは出鱈目だ。

 召喚術を遣うのに、瘴気の発生を身体で支える必要などない。

 体内に魔瘴石がある限り、召喚により発生する瘴気は、勝手に魔瘴石が吸い込むのだ。

 このアスカは知らないが、アスカの役割がまさにそれだ。

 アスカのもともとの大きな魔力の素質を生かして、巨大な瘴気の蓄積場にする。

 それがパリスが「道具」として選んだアスカの役割だ。

 

 アスカには、「冥王」の復活をもくろむために、召喚によって発生する瘴気をアスカ城周囲にばらまいているのだと説明しているが、真実は、限界を超えるまでの瘴気を集めているのは、まさにアスカの身体そのものだ。

 アスカを生きた巨大な瘴気の特異点にしようとしているのだ。

 

 この城の周りに洩れ出ているのは、アスカの体内にある魔瘴石で集積できなかったわずかな瘴気が自然に洩れているだけにすぎない。

 実際のところ、アスカの身体にある魔瘴石とアスカの身体は、いまや信じられないくらいの瘴気を集めている。

 このまま、アスカへと瘴気の吸収が進めば、おそらく早晩、アスカは生きた巨大特異点になる。

 無論、そのときには、最終的にはアスカは自我をも失って、事実上、死んだも同然になるだろう。

 

 もともと稀代の魔術遣いであるアスカは、その体内に信じられないくらいの魔力を蓄積できるが、それを利用して魔力ではなく瘴気を蓄積させているのだ。

 つまり、瘴気体に変えてやるのだ。

 それで、大きな特異点体にアスカがなれば、アスカと異世界にある瘴気が繋がり、そのアスカをどこにでも連れていくだけで、そこが瘴気をだくだくと垂れ流し続ける瘴気の発生源にすることができる。

 生きている特異点は、当人が死ねば終わりだが、幸いにもアスカは魔力が高く、簡単には死なない身体でもある。

 動く瘴気の発生体とするには、うってつけの実験台だ。

 

 召喚術は瘴気発生には効率がいいが、大きな魔道を必要とするし、召喚可能な星の位置が限られているので、アスカへの瘴気蓄積はゆっくりとしか進められないが、アスカだけでなく、エマの召喚により発生する瘴気もアスカ側に集めることにしてやれば、アスカの中の瘴気の蓄積速度は、これまでの二倍になる可能性もある。

 

「もちろん、いいさ。まあ、よろしく頼むよ」

 

 なにも知らないアスカがにこにこと微笑んだ。

 知らないとはいえ、自分の命を縮めることになる取引に、アスカは喜々として応じた。

 やっぱり愚かな女だ。

 

「それよりも、わざわざエマとの愉しみを邪魔したのは、わたしに、お前の部下の接待を指示するのが目的かい?」

 

 パリスは、その言葉でやっと用件を思い出した。

 

「そうだった。いい知らせだ。あのイチの行方がわかったぞ。どうやら、イチはハロンドール王国の王都に身を隠していたらしい。そこでちょっとした事件があってな。それでわかったんだ」

 

 パリスは言った。

 知らせが入ったのは、つい今朝のことだ。

 それで急きょ、皇帝家の私領のあるタリオ公国から、移動術で跳躍して、ここに戻ったのだ。

 知らせを届けたのは、ハロンドールの王宮に潜り込ませているパリスの直接の手の者だ。

 

 それによれば、ハロンドール工作を担任させていたパリスの部下のノルズは、任務に失敗したようだ。

 ノルズに命じていたのは、いずれ、パリスたちが冥王の力を借りて蜂起することになるとき、その邪魔をしないよう、ハロンドール国内に騒乱を起こさせるための魔族軍の出入口を作ることだ。

 つまり、パリスたちの計画とは、かつて人族を征服しようとした魔族の王である冥王を復活させ、その力を借りて皇帝家が本来所有すべき版図と権力を取り戻すことだ。

 そのために、冥王を復活させて、魔族軍を皇帝軍として操る。

 それが一応、パリスの属する皇帝家の闇組織の企みだ。

 

 まあ、一応、そういうことになっている。

 

 冥王を言いなりにするための皇帝家伝承の秘宝は、代々皇帝家に伝わっているそうだ。皇帝家は冥王を復活させて、その力を利用することができると言っている。

 パリスに言わせれば、人族が冥王を操るなど世迷い事もいいところだが、まあ、馬鹿どもは勝手に踊ってくれればいい。

 あいつらは、パリスの真の目的のために役に立つ。

 

 とにかく、ノルズには冥王を利用して、皇帝家の権力を取り戻すための「同志」として、パリスがここでアスカを利用してやっていることと、同じことをさせようとしていた。

 すなわち、大きな魔力を持つ人族の個体を探して、魔瘴石を宿させ、移動する瘴気の発生体としてしまうことだ。

 

 ただ、ノルズは失敗した。

 ノルズの工作はハロンドールの宮廷に明るみになってしまったらしい。ノルズ自身がどうなったのかは現段階では不明だが、ノルズにつけた手の者もほとんど捕らえられてしまったようだ。それを魔道の通信手段で知らせたのは、ノルズとは別にハロンドール王宮に潜ませているパリスの直属の手の者だ。

 

 いずれにしても、これで、パリスが伸ばしていたハロンドールへの工作はいったん潰えた感じになってしまった。

 そして、それでわかったのだが、そのノルズの計画を見破り、パリスの企てを失敗させたのは、どうやら、以前、このアスカから逃亡した外界人らしいのだ。

 アスカの愛人だったエルスラも一緒であり、ふたりは冒険者ギルドに所属する冒険者となっていて、それで今回のことに関与したようだ。

 

「イチ? 誰だい、それ? わたしの知っている男かい?」

 

 しかし、アスカは首を傾げた。

 これには、さすがのパリスも呆れ返ってしまった。

 

「もう忘れたのか、アスカ。お前から逃亡した外界人の奴隷だろうが。エルスラというエルフ女をたらしこんで逃亡した……。あのとき、お前は怒り狂って、すぐに追っ手を差し向けてやるとか息巻いていただろうが──」

 

 パリスは大きな声をあげた。

 アスカがやっと大きく頷いた。

 

「ああ、あの奴隷かい。イチなんていう名だったかねえ。へえ、エルスラも一緒かい。あいつら、まだ生きてたのかい?」

 

 アスカが声をあげて笑った。

 パリスは呆然としてしまった。

 

「お、お前、興味ないのかい、アスカ。それと、いまはロウと名乗っているらしいぞ。とにかく、お前をひどい目に遭わせた憎たらしいふたりだろうが。そいつらの居場所がわかったんだ。追わなくていいのかよ?」

 

 パリスは怒鳴った。

 

「追う? そういえば、あのときは腹も立ったし、殺してやろうとも思ったけど、まあ、昔の話だからねえ……。それよりも、エマのことさ。可愛い娘だろう。なんといっても、寝屋でよがるときの表情が最高なんだ。しばらくは、エマのことで忙しいから、連中のことはそれからにするさ。とにかく、エマに植えつける魔瘴石のことは頼むよ。エマは引き立てるからね。このアスカ城の重臣にするんだ。そのためには、まずは、あいつに大きな能力の源になる魔力を与えないと……」

 

 アスカがにこにこと言った。

 なにが昔の話だ。

 まだ、半年前の話だろうに……。

 パリスは嘆息した。

 いずれにしても、エマか。

 アスカが幸せそうだと腹が立つ。

 ちょっと、ちょっかいでも出してやるか……。

 パリスは舌打ちした。

 

「……じゃあ、ロウとエルスラのことはいいんだな? まあいい……。そっちは俺の方で処置する。お前の部下の外界人の奴隷を二、三人借りるかもしれないぞ。ちょっとばかり、俺の仕事を邪魔されたんで、懲らしめたいんだ」

 

「誰のことだい? ああ、エルスラと、その男のことだったね……。好きにしな。ただ、奴隷にした外界人は、とりあえず、わたしの直接の命令にしか従わないからね。お前の部下として使えるようにするには、ちょっとばかり手間暇かかるかもよ。わたしも忙しいんだ」

 

「お前、ぶん殴るぞ。とにかく、どの奴隷をあの外界人への刺客にするかは、俺が見繕う。お前は、それを俺の命令に従うように、操りを変更するんだ。わかったな」

 

「はいはい。そのうちにね。それよりも、エマのことはちゃんとやってくれるね。本当に可愛い娘だろう。とても、いい娘なんだ。このわたしにすっかりとなついてねえ……」

 

 アスカがエマのことを語り始める気配を示した。

 パリスは馬鹿馬鹿しくなって、荒々しく席を立つと、アスカを置き去りにして、この部屋を後にした。

 

 

 *

 

 

「奇妙なことだな、ミランダ。一体全体、これはどういうことになっておるのだ? 数日前に大きな話題になった三巫女のことは、わたしだって耳にしておる。それで、ギルドの報告書を読むことにしたのだが、この記録には、クエストを解決した冒険者の名が存在のしない冒険者の名で記録されておるのう……。おかしなこともあるものじゃな。三巫女事件を解決した冒険者の名が、お前が記録した名とはまったく異なるということは、もう調べ済みじゃ。嘘をついても無駄ぞ、ミランダ」

 

 目の前の人物が屋敷に呼び出したミランダを前にして、皮肉のこもった口調で言った。

 ミランダは背に冷たい汗が流れるのを感じた。

 

「そ、それについては理由が……。申し開きをさせてください、姫様……」

 

 ミランダは言った。

 すると、相手が不快そうに大きな音を足で床を踏んで鳴らした。

 

「姫様と呼ぶなと、いつも申しておろう」

 

「失礼しました、ギルド長」

 

 ミランダは慌てて訂正をした。

 そして、困ったことになったと思った。

 もちろん、ミランダが名を伏せて、別名でギルドの記録に載せたのは、ロウのやったクエストだ。

 ロウは、ある事情があり、ハロンドールだけでなく、冒険者ギルドであれば、世界に散らばるすべてのギルドで閲覧可能な魔道の記録に自分の名を掲載するのを嫌がってるのだ。

 それで、そのロウに懇願されたミランダは、ロウたちパーティの仕事については、存在しない架空の冒険者の名で記録に載せていたというわけだ。

 

 だが、それがギルド長である目の前の相手にばれた。

 ギルドの仕事など、大して興味のないお飾りのギルド長だが、たまたま興味を引いてしまったのだろう。

 今回の事件は、それくらい影響が大きすぎたのだ。

 それで、これまでのことも併せて、辻褄の合っていない部分を記録に見つけられ、こうやって呼び出されて詰問を受けているところなのだ。

 いずれにしても、困ったことになったと思った。

 

「……今回のことだけではないな。最近、ギルドでは特異点解決のクエスト報告が立て続けにあがっていたが、そのいずれも架空の冒険者の名じゃな、ミランダ? しかも、全部別々の名じゃ。記録改竄はギルドの掟では、絶対にやってはならんご法度じゃ。どうして、こんなことをした?」

 

「そ、それは……」

 

 ミランダは返事に窮した。

 懸命にうまい言い訳を考えようとしたが、どうしてもそれを思いつかない。

 ミランダ自身が、どうして、ロウの言いなりになって、そんな大それたことをやったのかわからないくらいなのだ。

 すると、突然に目の前の相手が笑い声をあげた。

 ミランダは呆気に取られて、相手の顔を見た。

 

「……まあよい。いままで真面目に、わたしやギルドに尽くしてくれたミランダのことじゃ。それなりのわけがあるのじゃろう。それが、ロウという男とねんごろになり、ついつい、そいつの言いなりになってしまったという理由だとしてもな」

 

 相手が笑いながら言った。

 ミランダは愕然としてしまった。

 やっぱり、全部調べ終わっている。

 そして、もやは、観念するしかないと悟った。

 

「そ、そのロウについては、ギルド法に触れるようなことはしていません。罪はこのミランダにあります。どうか、ロウについては……」

 

 ミランダは言った。

 ロウには、自分の功績をどうにかして隠してもらいたいと頼まれていたが、すでに相手はロウのことを知っている。もはや、隠そうとすることは無意味だ。

 こうなってしまっては、せめて罪がロウに及ばぬように処置するしかない。

 ミランダは、もう自分自身のことは諦めた。

 だが、なんとかロウたちだけは……。

 しかし、目の前の相手は当惑したように首を捻った。

 

「ほう……。あの伝説的な冒険者でもある怪力無双のミランダが、ロウという人間族の男に完全にたらしこまれたというのは本当のことなのじゃな。驚いたのう……。いや、そんな顔をするな。わたしは、そのロウについても、ミランダについても、別に責めを負わそうと考えているわけではない。ロウという冒険者は、なんといっても、この国の危機を救っていくれた恩人でもあるしな。ミランダについても、これまでの功績については、ギルド長のわたしが一番よく知っておる。とにかく、もう記録のことはいい。これは不問にする」

 

「あ、ありがとうございます……、ギ、ギルド長」

 

 ミランダは“姫様”と口にしそうになり、慌てて“ギルド長”と言い直して、相手に頭を下げた。

 目の前のハロンドール国王の娘にして、第三王女のイザベラ姫に──。

 まだ十六だが、前ギルド長であり、タリオ公国に公妃として嫁いだ第二王女のエルザから、二年前にその地位を譲り受けた正式のギルド長だ。

 

 冒険者ギルドは、ハロンドールにおける一大勢力とも呼べる実力集団の組織だが、王家の権威の外にある組織であり、それだけに宮廷政府から敵視されやすいという性格がある。

 従って、宮廷政府から不要な危険視をされないよう、代々、ギルド長は王家の一族から推戴を受けるのを慣例していた。

 つまりは、ギルドの最高権力者を王家の者にすることで、制度上ではなく、実質的に王家の傘下に入ってしまおうということだ。

 それにより、冒険者ギルドとしては王家の権威を活用することができるし、王家としても、冒険者ギルドのもつ実力を王家の自由にできるという利点がある。

 

 それで、いまのギルド長は、この若い第三王女が受け継いでいるというわけだ。

 とにかく、イザベラ姫がこうやってミランダを呼び出したのは、ロウの記録に関する工作が発覚したことによる処罰のためではないようだ。

 ミランダはほっとした。

 

「……ただし、許すには、条件がある」

 

 すると、イザベラが言った。

 その顔が不敵に笑っている。

 ミランダは不審に思った。

 

「条件とは?」

 

 ミランダは言った。

 

「そのロウという男に興味がある。一度、忍んでおうてみたい。その手配をせよ。問題はない。わたしについては、名も隠すし、ギルドにある変身リングで顔も変える。一介の冒険者として、一度、そのロウとパーティを組む。適当なクエストを準備せよ、ミランダ」

 

 イザベラが言った。

 ミランダは驚愕した。

 

 同じようなことをして、いまやすっかりとロウの愛人のひとりになってしまったシャングリアのことを思い出したのだ。

 この王女が気まぐれで、好奇心が強いのはよく知っているし、言い出したら、他人の忠告など相手にしないわがまま娘だということもわかっている。

 ただ、なんの気まぐれかしらないが、ロウと一緒にしばらくすごしたいなど、この姫君が危なすぎる。

 

「そ、それはなりません。実は、ロウは希代の女たらしなのです。姫様として会われるならともかく、ただの冒険者として会うなど危険すぎます。はっきりと申しあげます。姫様の美貌であれば、あのロウは姫様に手を出します。なりません」

 

 しかし、イザベラは声をあげて笑った。

 

「ますます愉しみじゃ。わたしも年頃じゃ。いずれは、適当な高級貴族の婿をあてがわれるかもしれんし、あるいは、どこかの王族に嫁ぎ、政略結婚の道具になるかだ。大切にする貞操でもないし、その前に処女を捨てておくのもよい。いいから、手配せよ。絶対に、わたしのことを教えてはならんぞ。わたしは、ただの冒険者として、そのロウに接するからな。余計なことをすれば、ミランダもそのロウもただではおかん。ギルドの掟に従い、厳しく処分する。よいな、ミランダ」

 

「ねえ、姫様、お願いでございます」

 

 ミランダは困って言った。

 

「そう呼ぶなと申したであろう──」

 

 すると、イザベラが再び足で床を踏んで、怒鳴り声をあげた。

 

 

 

 

(第16話『冥王のしもべ』終わり)



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 第17話  淫神の巣食う神殿
98  突然の緊急クエスト


 二日ぶりに屋敷に戻ったのは、そろそろ太陽が西の空に傾きかけていはいるが、夕食にはまだまだ時間があるという刻限だった。

 

「おかえりなさいませ、シャングリア様。馬は世話をしてから(うまや)に入れておきます。夜通しの騎士団の演練参加、お疲れ様でした」

 

 屋敷内の前庭に入ったところで、シルキーが目の前に出現した。

 シャングリアは馬から降りて、手綱をシルキーに渡す。

 しかし、出迎えた屋敷妖精のシルキーの姿に驚いた。

 上半身はきちんとしたメイド姿なのに、スカートの局部の部分が丸くくり抜いてあり、そこからはっきりと局部が丸出しになっているのだ。

 もちろん下着もない。

 童女というよりは、まるで人形のような亀裂がはっきりと露出している。

 

「どうしたのだ、その恰好は?」

 

 思わず、シャングリアは訊ねた。

 

「旦那様の言いつけです。今日の午後は、みんなで“破廉恥ふぁっしょんしょー”をなさるということで、全員に趣向に富んだ、いやらしい格好をするようにお命じになられたのです」

 

 シルキーがにこにこしながら言った。

 

「ふぁっしょんしょー?」

 

 聞いたことのない言葉だ。

 外界人であるロウはときどき、おかしな発想でなにかを思いつくことがある。

 今回もそうなのだろう。

 

「はい、つまりは、旦那様がお喜びになるような奇抜な装束を身に着けて、旦那様を愉しんでもらうのです。旦那様がお気に入りなされば、ご褒美にお情けがもらえます」

 

 シルキーがにこにこしながら言った。

 よくわからない。

 だが、なんだか愉しそうなのは確かだ。

 もちろん、シャングリアも参加するつもりだ。

 ロウがそれで愉しいのなら、どんな格好でもやってあげたいし、ロウが悦ぶとシャングリアも嬉しい。それに、恥ずかしい恰好も破廉恥な行為も、ロウと一緒にやるとなぜか快感に変わる。

 夜通しの演練で疲れてはいるが、そんなときほど、ロウに抱き潰されて休みたい。

 シャングリアは、すでにぞくぞくとした期待感に襲われている自分に気がついていた。

 

「なるほど……。それで、わたしもその格好をした方がいいのか?」

 

 次いで、それを訊いた。

 それにしても、シルキーが身に着けているのは、遠目ではまともなのに、近くに寄ると卑猥このうえない。

 相変わらずの好色なロウだと思った。

 

「これは、わたくしめの言葉が足りませんでした。旦那様がお命じになられたのは、旦那様が悦ぶような恥ずかしい恰好を考えて披露することです。どんな格好をするかは皆様のご判断です。でも、それに応じて、旦那様はたっぷりと可愛がってくださります。それと、どんな服装をなさるかお決めくだされば、わたくしめが魔道で作らせていただきます」

 

「ああ、そういうことか。それが、ロウが悦ぶような趣向を凝らすということか?」

 

 なんとなくわかってきた。

 

「そういうことです。次が三度めになるのですが、一回目も二回目も、旦那様には随分と喜んでいただきました。おかげで、旦那様はわたくしめにも、たっぷりと精をくれました」

 

 シルキーがにっこりと微笑む。

 

「今度が三回目?」

 

「そうです。同じ恰好をしてはならないのです。とにかく、旦那様を悦ばせる格好です。旦那様が合格と判断すれば、精をいただけます。実は、これはわたくしめは、一回目のときの装束です。まだ三回目は始まりませんので、一回目のものを身に着けているだけです。二回目のときには、裸にぎざぎざに切り刻みを入れた召使いの装束にしました。いずれも喜んでいただき、精をいただきました」

 

 シャングリアは屋敷に戻りかけて、立ち尽くして考え込んでしまった。

 ロウが悦ぶような恰好とはなんだろう。

 どうやら、それに知恵を絞らなければならないようだ。

 

「エリカやコゼはどんな格好をしたのだ?」

 

 訊いてみた。

 

「コゼ様は、最初は裸に紅白の布紐を巻いて、まるでコゼ様がなにかの贈り物のようないでたちをなさいました。次には、お乳首のところがくり抜かれている胸当てと、ものすごく短いスカートをおはきになりました。いずれも、旦那様は満足されて、コゼ様はわたくしめと一緒に旦那様にお情けをもらうことができました」

 

「エリカは?」

 

「エリカ様はまだもらわれてないと思います。最初は下着だけの恰好をなさって、旦那様は普通だと言ってお認めになりませんでした。次は素裸になられたんですけど、やはり旦那様は、もっと破廉恥な恰好をしろと言われて……」

 

 シャングリアは唸った。

 なるほど、ロウを悦ばせるのは、ただ裸になればいいということじゃないらしい。

 馬鹿になったつもりで、思い切り恥ずかしい恰好をするということか……。

 

「とにかく、まだお時間がありますので、部屋にお入りになってからお考えください。それとも、お休みにならなくてよろしいのですか? 旦那様は、徹夜で騎士団の演練にご参加なさったシャングリア様まで、ご強要する様子はありませんでしたが」

 

「なにをいう。参加するぞ。ひと晩くらい寝なくても問題ない。もともと、騎士として鍛えていたし、ロウの女になってからも、体力だけはついた」

 

 シャングリアは笑った。

 実をいうと、ロウと出逢って三箇月というところだが、騎士団の訓練に明け暮れていた時期よりも、余程に体力がついたと思っている。

 なにしろ、ロウの女の抱き方はすさまじく、毎夜にわたって抱き潰されるまで交合を求めるのだ。これは誇張ではない。

 本当に気絶するまで抱かれる。

 

 特に、「三巫女事件」とロウが称した王都三神殿の筆頭巫女が揃って魔瘴石を体内に埋められた事件以来、さらにロウの好色の度が激しくなった気もして、毎夜どころか、朝に、昼に、晩に、夜にと求めてくる。

 少し前までは、三人で夜伽の順番のようなものを作っていたが、この半月は毎回三人がかりだ。

 しかも、ロウの抱き方は特殊なので、女側も体力を使う。

 まあ、そのロウの鬼畜がシャングリアは大好きなのだが……。

 

「いずれにしても、三回目には時間がございます。実はミランダ様がお越しなのです。なにやら、緊急クエストということでございまして……。それで、皆さまはお話し中です。よければ、広間にどうぞ」

 

「ミランダがわざわざか? ここに? しかも、クエスト?」

 

 シャングリアは驚いた。

 実のところ、三巫女事件の後、一度クエスト報酬の話に行ったとき、しばらくは、クエストは回さないし、受けさせない。

 しばらくは休暇を取れと、半ば強制的な当面のギルドへの出入り禁止を申し渡されたのだ。

 まったくわけがわからなかったが、三巫女事件の懲罰というわけでもなさそうだ。

 報酬の支払いは受けたし、ギルドからの特別報酬もあった。後日、神殿側からも礼金が支払われるということだったし、あのクエストが成功扱いだったのは確かだ。

 

 そもそも、失敗扱いを受ける理由などない。

 スクルズの名誉も回復され、神殿と王都に忍び込んでいた危機も排除された。

 ギルドへの出入り禁止を申し渡される理由などないのだ。

 もっとも、あのときのミランダの様子は、なにか焦っているみたいであり、ロウにギルドに来てもらいたくない別の理由があるようだった。

 

 ロウも不審がっている様子もあったが、当面は休暇ということについては不服もないようであり、そういうことになった。

 だから、シャングリアも、定期的な参加を義務づけられている騎士団の演練参加の日程を入れたのだ。

 だが、あれから十日も経たないのに、また緊急クエストとはどういうことだろう。

 しかも、ミランダがわざわざ来るとは……。

 

 とにかく、シャングリアは、立ち話をやめて、屋敷の中に入った。

 果たして、屋敷に入ってすぐの広間の奥側にある向かい合うソファには、ミランダとロウが卓を向かい合いに座っていた。また、エリカとコゼもいる。

 エリカとコゼは、ロウの両隣にいるのだが、ロウとミランダが普通の服装なのに比べれば、エリカとコゼはどうやら、裸身に大きめの布を巻いているだけのようだ。

 身体にぴったりの幅と長さしかないようであり、乳首のぎりぎり上から股間の付け根までしか布は隠していない。

 まるで、全裸でいるところを突然にやって来られて、急遽裸身を覆ったという感じだ。

 まあ、実際にそうなのだろうが……。

 

「あら、お帰り、シャングリア」

「お帰り、お疲れ様」

 

 シャングリアに気がついたエリカが声をかけてきた。

 話をしていたロウとミランダも、シャングリアを見る。

 

「おお、戻ったな、シャングリア。夜通しの演習も大変だったろう。地下室の湯は、シルキーのおかげで年中無休だ。汗を流して休んだらどうだ?」

 

 ロウがシャングリアを手招きした。

 少し離れた長テーブルで具足を外していたシャングリアは、とりあえず鎧類を外して、上下布地の軽装になると、ロウに寄っていった。

 すると、手を取られ、ロウの顔に向かって前屈みになるような体勢になるように腕を引っ張られた。

 ロウの唇がシャングリアの口に重なり、舌を入れられる。

 

「んふっ」

 

 思わず声をあげた。

 ただ口の中を舌でくすぐるように舐められるだけなのに、身体が蕩けるような愉悦が一気に走ったのだ。

 そして、素肌が焼けるように熱くなり、腰から力が抜けて、しゃがみそうになった。

 ロウがシャングリアを支え直して、唇を離す。

 

「口づけひとつで、腰が抜けたか? 淫乱な騎士様だ。それとも、やっぱり疲れているか?」

 

 ロウがからかうように笑った。

 シャングリアは、息を整えながら、ロウに向かって首を横に振る。

 

「ロウが上手すぎるのだ……。それと、休息はいい。シルキーから聞いたけど、面白いことをしているそうじゃないか。わたしも参加するぞ。休むのはそれからでいい」

 

 シャングリアはロウたちが座っている長椅子に座ろうとした。

 だが、すかさずコゼとエリカがロウにぴったりと密着するように身体をずらして、シャングリアが割り込む隙間を無くしてしまう。

 仕方なく、小柄なコゼをぐっとロウ側に押し、強引に同じ長椅子に座り込む。

 もともと三人掛けに椅子に四人も座るのだから、ぴったりと四人でくっつく感じになる。

 長椅子はまだ空きもあるから、反対側のミランダが少し呆れた顔でこっちを見ていた。

 

「だんだんと仲良くなるわね、あんたたち……。ところで、いないと思ったら、シャングリアは騎士団の訓練に参加だったのね。ご苦労さん」

 

 ミランダが声をかけてきた。

 シャングリアは頷く。

 

「大伯父との約束だからな。完全に騎士団から席を抜かないのが、冒険者になる条件だ。騎士団長とは、月に一日から二日程度演習に参加すればいいと言われている。その予定を入れていてな……。ところで緊急クエストか? 当面は休暇じゃなかったのか?」

 

 シャングリアは訊ねた。

 すると、ロウが横で笑った。

 

「俺たちもちょうど同じことを言ったところだ。まあ、ほかならぬミランダの頼みだから、クエストを受けることについてはやぶさかじゃないんだが、条件が変わっていてな。それで理由を訊ねようとしてるんだが、このミランダは話そうとしないんだ」

 

「話したわ──。急いでいるのよ──。とにかく、すぐに王都から離れてちょうだい。それが今回のクエスト条件よ。詳しいことは現地で確認して……。もともと、地方クエスト案件だったから、こっちでは、あまり詳細を把握してないのよね。向こうのギルドには、直接に依頼主とあんたたちが交渉することについては了承してもらっているわ。とにかく、遅くとも明日の朝には出発してちょうだい」

 

 ミランダが言った。

 確かに様子が不自然だし、ミランダに似つかわしくなく、なんだか焦っている感じだ。

 なんだろう……?

 

「クエストの場所は、王都でないのだな?」

 

「ガラヴィという馬車で二日くらいの小さな里だそうよ、シャングリア。細部は向こうで訊ねないとならないみたいだけど、その里の近くに廃神殿があり、そこで不審な事件があったんだって……」

 

 エリカが簡単に説明してくれた。

 それによれば、ちょっとした調査クエストのようだ。

 

 里から離れていたこともあり、ずっと誰も近づかない廃神殿があるらしいが、少し前に、そこに盗賊のような集団が数名住みついたのだそうだ。

 それで困っていたら、その盗賊たちが姿を現さなくなり、しばらくしたら、記憶を失って素っ裸で呆けている盗賊たちの集団が森の中で発見されたのだという。

 気味が悪いので、簡単な調査依頼を冒険者ギルドに出したところ、今度はそれを受けた冒険者が廃神殿から戻って来なかったということのようだ。

 

「なんだ、そのクエストは? それが緊急クエストなのか? いまのところ、犠牲になっているのは、盗賊たちと冒険者ということか? 住民に被害はないのだな?」

 

「これから被害が出るかもしれないのよ、シャングリア。戻って来ない冒険者たちはとにかく、廃神殿から脱走してきたと思う盗賊たちの見つかり方が問題なのよ」

 

 ミランダだ。

 

「問題?」

 

 シャングリアはミランダを見た。

 

「彼らは完全に正体を失っていたらしく、結局何も情報が取れなかったみたいだけど、裸で森の中で呆けているのを発見されたとき、大量の金貨や宝石の入った袋をひとりずつ持っていたらしいわ。彼らが廃神殿に入り込むまでの状況から、それが彼らの元々の荷ではないことは確かなの。それで、あの廃神殿には、大量の宝物があるんじゃないかと噂になっているみたいで……。里長は住民には近づくのを禁止したようだけど、噂が噂だけに、危険を賭して入り込む住民がいないとも限らないとかで……」

 

「それで、なにかが起きる前に、調査をしておきたいということか。クエストランクはどのくらいだ?」

 

 クエストランクというのは、クエストの困難さに応じてギルドが付与する位置づけのことだ。

 これは冒険者ランクに対比していて、最大級に困難なクエストは、(シーラ)ランクであり、以下、(アルファ)(ブラボー)(チャーリー)の順でランクが下がり、最下級の小間使いクエストが(デルタ)クエストとなる。

 もちろん、ランクが上位であるほど、成功報酬も大きくなる。

 また、受けられるクエストは、保有する冒険者ランク以下となっていて、シャングリアたちのパーティは、(アルファ)なので、受けられるクエストランクは、それ以下だ。

 まあ、ミランダが持ってきた強制クエストなので、ランク的に受けられないということはありえないが……。

 

「クエストランクは、、(チャーリー)だそうよ。奇妙な事件だけど、まだ、犠牲者はいないしね。戻って来ない冒険者は除いて……。まあ、それも訊ねていたのよ。どうして、まだ緊急性をギルドとしては認めていない(チャーリー)ランクのクエストが緊急クエストなのかってことをね……。依頼料だって、あたしたちにしては低いわ」

 

 コゼが横から言った。

 すると、ミランダが顔を赤くする。

 

「だ、だから、人助けでしょう──。これから、犠牲になる者がでるかもしれない。あっ、それに、うまく解決してくれれば、廃神殿内にあるかもしれない宝物を自分たちのものにするのは認めさせるわ。どういう謂れのものかわからないから、確約はできないけど、まあ、それでもあたしの力で……。それで依頼料の不足は補填して」

 

 ミランダが焦ったように言った。

 やっぱり、態度が不自然だ。

 

「だけど、それも捕らぬ狸の皮算用じゃないか。調査しなければ、そもそも宝物があるかどうかもわからない」

 

 ロウが笑っている。

 あの顔はどうやら受けるつもりだろう。

 ミランダの態度の不自然さも感じているようだが、どちらかというと、問い質そうというよりは、いつもと違うミランダを愉しんでいる様子だ。

 

「それを調査するのが依頼よ。いずれにしても、遅くても明日の朝に出立──。それから、これが大事だけど、クエストが早々と片付いても十日以内には王都には戻らないで──。戻っても冒険者ギルドには来ないこと──。伝言を寄越してちょうだい。あたしがここにやって来るから」

 

 ミランダの言葉にはシャングリアもびっくりした。

 なんだそれ?

 

「なっ、おかしなクエスト条件だろう? そもそも、ミランダはいつから、クエストを御用聞きみたいに、冒険者のところまでやって来るようになったんだ? しかも、十日も戻らずに、クエスト完了報告はギルドにはいかずに、伝言を寄越せっていうんだからな。しかも、さっきから脈絡もない理由を言うばかりで、説明もない。つまりは、クエストだとは言っているけど、俺たちを王都から離したいというのは、よくわかるんだけどね」

 

 ロウが我慢できなくなったように噴き出した。

 ミランダの顔がますます赤くなる。

 

「う、うるさい……。い、色々とこっちは苦労して……。とにかく、ギルド権限で強制クエスト発動よ。出立は明日の朝で、十日は戻らず、当面はギルドに接近しない──。その理由を訊ねないのも、クエスト条件よ──。拒否は認めないわ」

 

 ミランダが開き直ったように声をあげた。

 

「そんなに怒鳴らなくても、まあ、応じるよ。ミランダには借りもあるしね。なにかあるようだけど、わかったよ。理由も聞かない。明日の朝、そのガラヴィとやらに出発するさ」

 

 ロウが笑いながら言った。

 ミランダが目に見えて、ほっとした表情になる。

 シャングリアも呆気にとられた。

 

「……その代わりに……」

 

 すると、ロウがさらに口を開いて、なにかを言いかけた。

 ミランダががばりと立ちあがって、ロウを睨んだ。

 

「ご免よ──。これでも死ぬほど、忙しいのよ──。あんたのくだらない思いつきの、破廉恥なんとかには参加できないわ──。言っておくけど、あんたの怪しげな術であたしを無理矢理に引き留めたら、許さないわよ。ここでこうやっている時間だって惜しいんだから──」

 

 ミランダが吠えるように言った。

 

「破廉恥ファッションショーだ」

 

 ロウが応じる。

 ミランダがきっとロウを睨んだ。

 ロウはにやにやと笑ったままだ。

 すると、コゼが横から、口を開いた。

 

「死ぬほど忙しいなら、あたしたちを呼びつけたらいいじゃないのよ、ミランダ。あたしたちは、全員が死ぬほど暇よ」

 

「とにかく、緊急クエストを頼んだわよ、ロウ」

 

 ミランダがコゼの言葉を無視して、そのまま屋敷を出る仕草をする。

 そのとき、シルキーが突然に姿を現した。

 

「旦那様、スクルズ様が魔道で跳躍をしてこられます。いつものとおり、ここにお通しします」

 

 屋敷妖精のシルキーが言った。

 

「あいつ、また来たの──?」

 

 コゼが大きな声をあげた。

 

「コゼ、失礼よ。スクルズ様なのよ──」

 

 エリカがたしなめた。

 コゼがわざと鼻息を鳴らす。

 

「なにが失礼なのよ。毎日、毎日、ご主人様にべったりと……」

 

 コゼが不満そうに言った。

 

「毎日って、スクルズって、毎日ここに来ているの?」

 

 ミランダだ。

 ちょっと驚いているみたいだ。

 

「毎日どころじゃないわ。移動術で一瞬にして跳躍できることを利用して、一日に二度も三度も来るわ」

 

 コゼが面白くなさそうに言った。

 シャングリアも苦笑した。

 実際の話、あの三巫女事件以来、スクルズがほとんど入り浸るように、毎日理由を作って、いや理由がなくても、ロウに会いに来る……。

 というよりは抱かれに来る。

 コゼとしては、スクルズが来るたびに、ロウにくっつく時間が減るので、最近少し苛立ち気味だ。

 

 そして、シルキーが立っている場所の横の空間が揺らいだと思った。

 すぐに、筆頭巫女の装束に身を包んだスクルズが出現した。

 

「ロウ様、ご機嫌いかがですか? 今日の午前中に、神殿にいる巫女が修行の一環として、貧しい子供に配るための菓子を焼いたのです。それでお口に合えばと思いまして……」

 

 スクルズがにこにこしながら、なにもない空間から、油紙に包んだ温かそうな砂糖餅を出して、ロウの前の卓に置く。

 収納魔道というやつだ。

 かなりの高等魔道であり、スクルズは数日前から急に使いこなせようになったと言っていた。

 亜空間に物を収容して、いつでも好きなときに取り出すことができるという魔道らしい。

 もちろんシャングリアは、そんな高等魔道に接するのは初めてだったので、見世物小屋の手妻かと思ったくらいだ。

 

「筆頭巫女様って、本当にお暇なんですね……。それに、わざわざ、お菓子を持って来るために、高等魔道の移動術をお使いになるなんて、魔道の無駄遣いじゃないですか」

 

 コゼが皮肉っぽく言った。

 エリカがロウ越しに、コゼをたしなめた。

 

「いえいえ、コゼさん。決して暇ではありませんが、なんとか二ノスほどの空き時間を作りました。だから、それまでご一緒させてください。それと、この屋敷とわたしの神殿の私室には、移動ポッドを繋げさせていただいております。ほとんど、魔道は遣いませんのよ。これは双方向ですから、ロウ様やコゼさんたちがやって来ることもできますわ。いつでも遊びにいらしてください。よかったら、今夜にでも……。あっ、そういえば、一昨日はウルズのことありがとうございました、ロウ様。やっぱり、ロウ様に抱かれると調子がいいようです……。できれば、また……」

 

 スクルズはコゼの皮肉に気を悪くする気配は微塵もなく、愉しそうに微笑んでコゼ、次いでロウに笑いかけた。

 コゼは嫌な顔をしている。

 

 ウルズのことと言ったのは、一昨日のことだが、このスクルズの移動術で神殿の奥の部屋に全員で跳躍して、幼児返りしてしまったウルズに会いに行ったのだ。

 向こうでは、ウルズととももに、スクルズとベルズが待っていた。

 ミランダはいなかったが、まあ、ロウの新旧の女がやっと初会合したかたちだ。

 

 そのときには、シャングリアも改めて驚いたが、ウルズの中身は完全に幼児であり、外見は大人の成熟した美女だが、中身は赤ん坊ということになっていたのだ。

 

 よくはわからないが、魂に密着していた魔瘴石を強引に剥いだため、ウルズのこれまでの人生で大きくなっていた魂の表面を一緒に剥ぎ取ったかたちになったらしく、それで生まれて間もない幼児のような魂に戻ってしまったようなのだ。

 ああなったら、スクルズの治療術でも、ロウの淫魔術でもどうしようもなく、もう一度育ち直すしかないらしい。

 

 それはともかく、ウルズがずっと赤ん坊のように泣いてばかりで、ちょっと困っていたスクルズとベルズだったが、ロウの顔を見た途端に、突如としてウルズがご機嫌になり、さらに、結果的にはだめだったが、淫魔術でウルズの幼児退行を回復できないかと目論んだロウがウルズを抱いたところ、ウルズの心が目に見えて安定し、それでスクルズたちのことを受け入れてくれるようになったみたいなのだ。

 だから、ふたりは、これからも定期的にウルズを抱いてあげて欲しいと、ロウに頼み、まあ、そういうことになった。

 

 また、移動ポッドというのは、スクルズの移動術の魔道紋を常続的に繋いで、いつでも誰でも魔道で瞬間移動できるようにする魔道のことのようであり、術者がいなくても移動術が活用できるという移動術よりも遥かに難しい魔道らしい。

 それがなぜかできるようになったとスクルズが言いに来て、地下にある姿見とスクルズの私室にある姿見を移動ポッドで繋げてしまったのだ。

 だから、スクルズがいなくても、地下の姿見を潜れば、そのままスクルズの私室の姿見から出現できるようになっている。

 スクルズはそれを私室の寝室の横に置いているようなので、いつでもロウに夜這いに来てくれと口にしているようなものだ。

 ここまで、あからさまだとシャングリアも、この筆頭巫女殿が可愛く思えてくる。

 コゼは逆に苛立つようだが……。

 

「スクルズ、あんたって、毎日来ているの、この屋敷に?」

 

 屋敷を出ていこうという仕草だったミランダが声をあげた。

 スクルズが目を見開いた。

 

「まあ、ミランダ、ミランダもここに? どうして……、あっ」

 

 スクルズがはっとしたように、口に手を当てた。

 ミランダもまた、ロウの女のひとりであることについては、すでにスクルズたちには説明している。

 おそらく、淫らなことを想像したに違いない。

 シャングリアも、この敬虔で清楚な見た目のスクルズが、実はかなりの好色体質であることがわかってきた。

 もっとも、スクルズもまた、ロウ限定のようだが……。

 

 それよりも、ミランダに気がつき、急にスクルズがそわそわしだした。

 スクルズは、やっとエリカとコゼが布一枚を裸身に巻いただけの姿なのに気がついたみたいで、そっちを眺めてから、立っているミランダに視線を戻したのだ。

 

「も、もしかして、途中でしたか……? わたしが邪魔を……? で、でも……。あっ、そうだ。だったら……。いえ、わたしはご一緒でも気になりませんが、やはり、ミランダは一緒は嫌なものですか……? だけど、わたしも二ノスしかありませんし……。ここは、一緒というのは……」

 

 ミランダが顔を真っ赤にする。

 

「な、なんか変なこと想像してるんじゃないでしょうねえ──。あ、あたしは、ロウにクエストを依頼に来たのよ。緊急クエストよ──」

 

 ミランダが赤い顔のまま言った。

 シャングリアはくすりと笑ってしまった。

 どうやら、スクルズはミランダがロウに抱かれようとしている直前だと思ったようだ。

 かといって、ロウを譲る気はあまりないようであり、一緒に抱かれるのはどうかと提案しかけたらしい。

 

「どうして、あんたは抱かれる気満々なのよ──。ご主人様は、なにもおっしゃっていないのに──」

 

 コゼが怒鳴った。

 エリカが目を丸くした。

 

「コ、コゼ、なんて口をきくのよ──。スクルズ様なのよ──」

 

 エリカが声をあげた。

 だが、コゼが頬を膨らませる。

 

「ただの淫乱巫女よ──。神殿の午前と午後の務めの間隙に、ご主人様に抱いてもらいに来るような女よ」

 

 コゼが爆発した。

 

「落ち着けよ、コゼ」

 

 すると、ロウがすっとコゼのお尻に手を動かすのが見えた。

 

「あんっ」

 

 コゼがびくりと身体を伸ばして、甘い声をあげた。

 よくわからないが、ロウの手がコゼのお尻のあたりで、もぞもぞと動いている。

 悪戯をしているのだろう。

 ほんの少しの時間だったが、ロウが手を引っ込めたときには、コゼががくりと脱力したみたいになった。

 しかも、無意識なのか、ロウの手がなくなっても、ぎりぎりのところが布で覆われただけの内腿を擦り合わせるような仕草を続けている。

 顔も真っ赤なままだし、息も乱れている。

 さすがはロウの愛撫だ。

 シャングリアも唾を飲んでしまった。

 

「心配しなくても、コゼのことはしっかりと可愛がるよ。だけど、コゼは毎日毎日、ずっと俺と一緒だけど、スクルズ殿はそうじゃないんだ……。スクルズ殿、俺でよければ、もちろんお相手させてもらいますよ。ちょうど、破廉恥ファッションショーの真っ最中でしてね。よければ、時間の許す限り、ご一緒はどうです?」

 

 ロウが言った。

 最初こそ、王都でも高位貴族に匹敵する立場の筆頭巫女のスクルズが積極的にロウに抱かれにくることに面食らっていた感じのロウだったが、こう毎日ともなると、さすがにスクルズへの遠慮も消滅したようだ。

 この数日は、ロウのスクルズへの扱いも、シャングリアたちと同じようになり、容赦もないし、鬼畜度もあがっている。

 

 スクルズも、ロウなら鬼畜の方が嬉しいようであり、ますます積極的に通ってくる。

 コゼが愉快でないのは、そうやって、かなりのロウの時間をスクルズが奪っていくというのもあるが、これだけの身分の筆頭巫女のスクルズが、ロウに意欲的になることで、危機感のようなものを感じているのかもしれない。

 

「ええっと……。破廉恥ふぁっしょんしょー……とはなんでしょう?」

 

 スクルズが首を傾げている。

 ロウが簡単に説明した。

 スクルズが目を輝かせた。

 

「だ、だったら、ちょどいい魔道具が……。取りに行かせてください、ロウ様。きっとご期待に添えると思います。すぐに戻ります……。ああ、でも調整が……。ううん……、午後の務めの準備もあるし……」

 

 スクルズがちょっと高揚気味に言った。

 なにか考えていることがあるようだ。

 ちょっと食いつきが違う。

 シャングリアは思わず微笑んでしまった。

 

「ねえ、ロウ様なら、きっと喜んでくださる魔道具があるんです。でも、ちょっと魔道の調整に時間が……。わたしの回については、明日というわけには……。あれをロウ様好みに調整するには、やっぱり時間が……。夜の務めが終わって、夜中を使って、朝までには調整を終わらせますので、明日ご披露させていただけませんか?」

 

 スクルズが懸命の口調で言った。

 

「夜中って、どれだけ一生懸命なのよ……。どっちにしても、残念ですけど、巫女様。あたしたちは、明日の朝からクエストです。少なくとも十日は留守にするので、この屋敷に来てもいませんから」

 

 コゼが皮肉っぽく言った。

 スクルズが飛びあがらんばかりに驚いた声をあげた。

 

「十日も? そんな、そういえば、クエストとか……。ねえ、ミランダ、どんなクエストなのです?」

 

 ミランダは、ちょっと足止めを喰らっていたみたいになっていたのだが、スクルズの権幕に逆に面食らった表情になる。

 

「ガラヴィという里の廃神殿に調査クエストです」

 

 エリカが口を挟んだ。

 スクルズがエリカに顔を向ける。

 

「ガラヴィ……? あっ、もしかして、廃神殿に巣食った盗賊がいて、奇妙なことが起きたとかいう事件のことですか?」

 

 スクルズが言った。

 どうやら、スクルズも事件のことを知っているようだ。

 そうだと、ミランダが言うと、スクルズが少しだけ怪訝な表情になる。

 

「でも、あれは、王都の冒険者ギルドで扱うクエストになったのですか? 確か、里に近い地方ギルド扱いになったと耳にしましたが……。それに優先順位も高くなかったような……。どうして、あのクエストをロウ様たちが?」

 

「い、色々とあるのよ──。とにかく、これは緊急クエストなのよ。それよりも、スクルズ、あたしを王都まで送ってよ。移動ポッドだと、あんたの寝室に出るから不都合だけど、転送先を変えるくらいなら、どうということもないでしょう? 案件を抱えたまま、ここに来たから、少しでも早く戻りたいのよ。あたしを送りなさい」

 

「それはいいですが、ちょっと待ってください──」

 

 スクルズが顔をミランダからロウに向け直した。

 

「ロウ様、その事件はわたしも報告書を読んだばかりですが、多少は事情を承知しております」

 

「報告書? 冒険者ギルドの案件なのに?」

 

 シャングリアは口を挟んだ。

 スクルズが大きく頷く。

 

「一応、廃神殿ではありますが、かつては教会の持ち物だったのです。だから、王都の神殿にも報告書が来ていました。もっとも、その手の報告など、通常は受けて、それで書類に綴じて終わりですが、ロウ様が赴くということであれば、事情は変わります。神殿からの代表ということで、わたしもお供させてください。神殿長にはいまから戻って、許可を受けますので」

 

 スクルズが言った。

 これにはシャングリアも驚いた。

 

「あ、あんた、クエストにまでついてくる気なの?」

 

 コゼが声をあげた。

 かなり、失礼な物言いだが、今度はエリカもコゼを叱らなかった。コゼ同様に、スクルズの申し出にびっくりしている。

 

「もちろんです、コゼさん。仮にも地方のこととはいえ、その廃神殿は教会にも関わりがあることですから……。わたしが代表として同行するのは義務のようなものでしょう。ロウ様、ついていかせてください。もしかしたら、浄化魔道のようなものが必要となる可能性もあります。わたしは光魔道が一番得意なのです」

 

「それは構わないというか、むしろ、ありがたいですが……。今日の明日で、大丈夫なのですか?」

 

 ロウが苦笑しながら言った。

 すると、スクルズが破顔した。

 

「なんとかなると思います……。というか、なんとかします。今日はもう戻ります。これから、急ぎあちこちと調整をしないとなりませんので……。残念ですが、これで失礼します。その代わり、明日からよろしくお願いします。旅の支度をして、ここに参ります……。さあ、王都に戻るなら、行きましょう、ミランダ。こうなったら、忙しいです」

 

 スクルズが言った。

 ミランダも目を丸くしている。

 

「スクルズ、あんた本気なの? 定期的な祭祀だってあるんでしょう? 筆頭巫女でなければならない務めとか……」

 

 ミランダが言った。

 スクルズは首を横に振る。

 

「なんとかならない務めはありません。どうしてものときには、ベルズに代行をお願いもします。さあ、行きましょう」

 

「やっぱり、筆頭巫女って暇なの?」

 

 唖然とした口調でコゼがスクルズに言った。



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99  淫乱ファッションショー

 屋敷の地下である。

 慌ただしくやって来たミランダとスクルズが戻ったところで、やっと淫乱ファッションショーを再開することになった。

 

 つまりは、三人娘たちに破廉恥で奇抜な服を考えさせ、それを一郎に順番で披露しろと命じているのだ。一郎が気に入れば、その都度、女たちを可愛がってやると言っている。

 すでに、ミランダたちの訪問を挟んで二回やっていて、今度が三回目の披露になる。

 

 一騎当千の女傑たちを相手に、我ながら、なんという尊大な態度だろうと思うが、女たちはやる気だ。

 三回目については、月に数日だけ参加を義務づけられている騎士団の訓練に参加して戻ったばかりのシャングリアに加え、ミランダが戻ったところで、魔妖精のクグルスも呼び出した。

 

 さすがに、魔族の一員である魔妖精のクグルスをしもべにしていることについては、どんな反応が来るか予想できないので、新しい女たちには、しばらくは隠しておくことにしている。

 もっとも、毎日のように訪れているスクルズには、数日前に、ついにクグルスに会わせた。

 さすがはスクルズであり、驚いてはいたが、大きな動揺はしていなかった。

 だが、あの真面目そうなミランダには、当面は教えない方がいいだろう。魔族が仲間にいるというのは、ちょっとばかり刺激が強い気がする。

 

 ともかく、だから、三回目は三人娘とシルキーに加えて、クグルスも参加だ。

 どんな工夫に富んだ服装でやって来るのか、いまから愉しみだ。

 

 まあ、しかし、実のところ、こんな馬鹿げた遊びにかまけるのは間違っていて、急遽ミランダが持ってきた緊急クエストのために、明日の朝に出立ということになったのだから、本当は準備をした方がいいのだろう。

 だが、まあ一泊程度の馬車の旅でもあるし、大袈裟な支度はなく、屋敷にあるものを詰め直すくらいなので、明日早めに起きて支度をすれば、間に合うだろうと思い、一郎は自分の好色を優先させることにした。

 

 それにミランダは、早く出立しろとは言っていたが、あれは、どう見ても、このクエストが急ぎの案件というわけじゃないだろう。

 理由はわからないが、とにかく、一郎たちを王都から離したいようだ。

 それで、どうでもいいとは言わないが、まあ、わざわざ地方ギルドから、それらしいクエストを探して引っ張ってきてまでして、一郎に強制クエストをかけたのだ。

 

 どうしても本当の理由を言いたがらないのは気になるが、まあ、訊ねないことにした。

 危険という感じでもなさそうだし、一郎が知るべきなら、ミランダはちゃんと教えるはずだ。

 ミランダの態度は、むしろ、一郎が知らない方がいいという感じだった。

 一郎には、その辺りの勘のよさはある。

 強引に身体に訊ねるというやり方もあるが、まあ、いまはそのときでもなさそうだ。

 

 いずれにしても、明日出立のクエストには、第三神殿の筆頭巫女のスクルズも同行することになった。

 なんだかんだで、一郎にわかりやすく懐いてくるので、一郎としても、身分の高いあの清楚そうでありながら、実はかなり好色のスクルズが可愛くある。

 

「ロ、ロウ様、一番、エリカです……」

 

 そのとき、待っている扉の外から声がした。

 順番に趣向をきかせた破廉恥な姿を一郎に見せに来ることになっている。

 (くじ)で順番を決めたはずだが、三回目の今回は、エリカが一番最初のようだ。

 

「どうぞ」

 

 一郎が応じると扉が開いた。

 裸体に、白い(ふんどし)だけをしたエリカが入ってきた。

 前に垂らすのではなく、股間を包んで喰い込ませるやり方の「六尺褌」というものだ。

 もちろん、この世界には、そんなものはない。

 二回目が終わったときに、破廉恥な服装の一例として教えたのが、この「六尺褌」だったのだ。

 締め方も教えた。

 

 一郎は思わずにんまりとしてしまった。

 エリカの肌は白い。なによりも、エリカは美形だというエルフ族の中でも際立って美しくて可愛らしいと思う。

 その白いエリカが褌だけをしている姿というのは確かに卑猥だ。

 また、剥き出しの乳首には、一郎が一番奴隷の証に装着させた小さな宝石付きのピアスリングが食い込んでいる。

 真面目なエリカが乳首や股間に淫靡なピアスをつけているというのは、そのアンバランスさが一郎の好色を刺激する。

 一郎はズボンの中の股間が固く勃起するのがわかった。

 

「ロ、ロウ様、さっき教えていただいた、ふ、ふんどしをしてきました。これはどうでしょうか──?」

 

 気合を入れた感じのエリカが、一郎の前に駆けてきて直立不動になる。

 教えはしたが、褌など見たことのないはずのエリカだ。

 しかし、一応は締め方は合っている。

 一度で覚えるとは大したものだ。

 

 ところで、本当は自分で考えることに意義があるのだが、エリカだけに一例を示したのは、ほかの女に比べて、エリカだけがちっとも「奇抜」でも「趣向」に富んだものでもなかったからだ。

 破廉恥な恰好だというと、一回目は下着姿で、二回目は全裸になってきた。あまりにも工夫がないので、気に入れば可愛がると申し渡していたものの、不合格として精はやらずに、例えばの話で、一郎の全世界の知識から褌を教えたのだ。

 それにしても、その一例のままの恰好をしてくるのは、まあエリカらしいだろう。

 

 とにかく、なかなかに卑猥で素敵であり、エリカほどの女が、一郎のためにそんな恰好をしてくれるのは嬉しくなるが、どうにも、エリカに接していると、一郎の意地悪の虫が込みあがる。

 

「白ふんか……。ふんどしは赤だな。赤ふんでないとな」

 

 一郎はからかった。

 すると、エリカは見るからにがっかりした顔になるとともに、耐えられなくなったかのように、両手で胸を抱くようにしてうつむいてしまった。

 

「……い、意地悪です、ロウ様……。わたしばっかり除け者にして……」

 

 エリカは恨みがましく呟く。

 これは少しからかいすぎたようだ。

 一郎はエリカの裸身をさっと抱き寄せた。

 顔をあげさせて唇を吸う。

 

「んっ……んんっ」

 

 エリカの口の中にある性感帯を舌で強く擦りあげていく。

 たちまちにエリカは、一郎の腕の中で脱力したようにしだれかかって来た。

 すかさず、一郎はエリカの腰の後ろに手を回して、結んであったふんどしの結び目をさっと解いた。

 

「あっ」

 

 解けてしまった腰の布に気づいて、エリカが羞恥の声をあげる。

 これだけ毎日のように裸を見て抱いているのに、まだまだ恥ずかしがるような仕草をするのがいい。

 

「随分と緩いな。俺が巻きなおしてやる。脚を開け」

 

 一郎はエリカの前にしゃがみ込む。

 

「は、はい……」

 

 エリカは大人しく脚を開いた。 

 一郎はふんどしの布のうち、股間に食い込んでいた部分を一度外すと、途中を何度か縛って三個の大きな結び目を作った。

 一度あてがってみる。

 いいようだ。

 ぴったりとエリカの肉芽と女陰と菊門に結び目が当たる。

 これだけ簡単にこの手の技ができるのも、淫魔師の能力のひとつなのだろう。

 そんなことを考えながら、的を狙うように思い切りエリカの股間に布を食い込ませた。

 

「ううっ、ロ、ロウ様……」

 

 エリカがよろけて、支えを求めるように一郎の両肩に手を着いた。

 構わずに一郎は、今度は立ちあがって、さらに布を力一杯に引っ張る。

 結び目つきの布は完全にエリカの股間に食い込み、エリカの無毛の亀裂に深々と埋もれる。

 一郎は布が緩まないように注意しながら、エリカの腰の腰を絞っている布に繋ぎとめた。

 

「もう動いていいぞ、エリカ。その代わり、腰を振って自家発電だ。やれ」

 

「じ、じかはつでん……?」

 

 エリカは意味がわからなかったようだ。

 そして、ただ立っているだけでも身体の敏感な部分に結び玉の刺激を覚えるのか、閉じることを許した脚をもじもじと揺らしている。

 

「腰を振って自慰をするんだ。手を使うのは駄目だぞ。達したら、いままでの分も合わせてたっぷりと抱いてやろう」

 

「ほ、本当ですか──?」

 

 エリカが顔を赤らめて、ぱっと破顔した。

 しかし、物欲しそうな顔をした自分に羞恥を感じたのか、すぐに慌てたように表情を隠す。

 一郎はそんなエリカの姿に苦笑した。

 エリカが腰を左右に動かし始める。

 

「そうじゃない。腰を前後に動かしてみろ。結び目の効果がわかるはずだ」

 

「は、はい」

 

 エリカは今度は腰を前後に大きく動かしだした。

 

「あっ」

 

 だが、股間を押さえて、腰を屈めてしまった。

 その哀れな姿に一郎は思わず笑ってしまった。

 

「いい気持ちになるだろう。とにかく、さっさとやるんだ、エリカ。もっと気分が出るように腕も縛ってやるな」

 

 一郎は壁にかけてある縄束のひとつを手に取って、エリカの背後に回った。

 まだなにも言う前に、エリカは両腕を背中の後ろで重ねるように回す。一郎はエリカの腕に縄掛けをすると、乳房の上下と首の両側に縄を通して身体に固定した。

 

「ほらいけ、俺の一番奴隷様」

 

 一郎は軽くエリカの乳首のピアスを軽く弾いた。

 

「やんっ」

 

 エリカは身体を反応させて、顔どころか全身を瞬時に真っ赤にした。一郎の眼には、エリカの身体が反応している証拠である赤いもやが浮かびあがり、まるで白い肌にまるで赤い花がぱっと咲いたように見える。

 とても、卑猥で、そして、きれいだ。

 エリカは、すぐに一郎がさっき命じたまんまに腰を上下に大きく腰を振り始める。

 その健気さが愛しい。

 

「あっ、ああ……」

 

 エリカはすぐにあえぎ始めた。

 そして、しばらく続けているうちに、ぶるぶると身体を震わせるような反応を示しだし、顔を小さく左右に振り始める。

 一郎はそんなエリカの破廉恥な姿に満足しつつも、心の中でほくそ笑んでいた。

 

 実のところ、一郎はエリカの身体にひそかに悪戯をしていた。

 淫魔術の力で、いくら快感が燃えあがっても、最後の絶頂には達しないように細工をしたのだ。いきたくてもいけない自慰を続けるエリカは泣き狂うだろう。

 そうやって限界まで追い詰めたところで、エリカを抱くのだ。

 いまから愉しみだ。

 

「やっほっ、来たよ」

 

「ご主人様──」

 

 そのとき、部屋の外から声がした。

 クグルスとコゼだ。

 クグルスは、ミランダたちがいなくなってから呼び出して、少し前に呼び出したばかりだが、趣旨を説明すると大喜びで、準備をするためにコゼと一緒に部屋を飛び出していった。

 

 クグルスはいつもは白い肌を包む半透明の服だ。そんなクグルスは、一郎を悦ばせるような趣向を凝らした服装といわれて、どんな格好をするつもりなのだろう。

 

 また、コゼは、一郎の思いつきで始めたこの破廉恥な遊びを一番愉しんでいるようだ。

 このところのコゼは明るい。

 ともすれば、心が締めつけられたかのように、発作的に、かつての不幸な時代の記憶に押し潰されたようになることがあるコゼだが、最近はそんなこともない。

 今日だって、最近やたらにやって来るスクルズを相手に嫌味のような毒を何度も吐いていた。

 一郎は嬉しかった。

 そうやって、あんな経験があったなんて、まるで偽物の人生だったかのように、いつまでも無邪気でちょっと毒のあるコゼでいて欲しいと願っている。

 

 いずれにしても、スクルズたちを支配して、一郎の淫魔師としてのレベルは“75”まであがった。

 だんだんとわかってきたのは、どうやらレベルの高い女を支配することで、一気にレベルがあがるようだということだ。

 今回、成り行きで 支配するに至った三巫女だが、最初から魔術遣いのレベルが高かった。そんな女を支配することで、一郎の淫魔師レベルはあがり、それによりさらに能力があがる。

 そういうことになっているようだ。

 今回、それがわかった。

 

 例えば、前からエリカたちの感情の動きがわかってしまうようになところがあったが、淫魔師としてのレベルが、さらにあがってから、なんとなく女たちの感情を動かせる気もする。

 それだけでなく、もっと好色をこめれば、なんでもできるような……。

 

「あれ? エリカは、ご主人様が二回目の終わりのときに言っていたふんどし?」

 

 コゼがからかうような物言いをした。

 そのコゼは、裸身にたくさんのカードを張り付けていた。

 この世界の「トランプ」のようなものであり、それを胸から股の部分の前後にびっしりと貼りつけている。

 

「えっ、そうなのか、エリカ? それぞれに工夫するのが、今回の決まりだろう? そのまんまやってどうするんだ。ところで、なにやってんの?」

 

 クグルスが宙を飛んで、縄こぶ自慰を続けているエリカのところに近づいた。

 クグルスは、いつもの薄物の服じゃなくて、「レオタード」のようや全身にぴったりのを身につけているようだ。クグルスの肌には、鮮やかな黄色いレオタードがぴったりとくっついている。

 

「う、うるさい。ロ、ロウ様がこのまま達すれば、お情けをくれると言ったのよ─。あっ、あっちいって、き、気が散るわ」

 

 エリカが怒鳴った。

 そのエリカの身体はすでに真っ赤だ。

 全身には薄っすらと汗を帯びている。

 一郎には、エリカがすでに絶頂に達するだけの快感に達してしまったのがわかっていた。

 

 魔眼で見えるエリカの「快感値」が“1”と“2”のあいだをいったりきたりしているからだ。

 さすがは一郎の調教が一番長いエリカだけある。

 感じやすいその身体には一郎も嬉しくなる。

 だが、一郎の意地悪で、絶頂しそうになると少し快感が戻るのだ。

 その理由がわからないエリカは、苛立ちのような感情に包まれ始めているみたいだ。

 

「それにしても、なんだこれ? どうやって貼りつけているんだ?」

 

 それはともかく、なんとなく気になって、一郎はコゼの股間に手を伸ばして、ちょうど陰部にあたる場所を一枚めくった。

 

「んふっ」

 

 手で触れると、貼ってあるカードは簡単に外れた。

 コゼがくすぐったそうな声を出す。

 はぐった部分からは、コゼの恥毛に包まれた亀裂が見えた。

 これはこれで、なかかなに卑猥だ。

 しかも、演出がユニークだ。

 特に、全身をカードが覆っているのに、一番肝心な部分だけ露わになって、そこで陰毛がはっきりと剥き出しになっているのがいい。

 それにしても、コゼの股間も、立派で、いやらしい女の股間になってきた。

 毎日自ら剃らせているエリカと異なり、一郎はコゼにはしっかりと陰毛を生やすようにさせていた。

 そもそも、最初に会ったとき、いまのエリカと同様に、コゼには一本の恥毛もなかった。分限者の奴隷時代のとき、コゼは分限者の部下の男たちの厠女としてすごすあいだに、連中の悪戯で一本残らず剃られて、毛穴を殺す魔道薬を塗られたのだ。

 しかし、一郎は淫魔術の力で復活させた。

 そして、一郎は奴隷時代のコゼの名残りを欠片も残したくはなかった。だから、あえて、一郎はコゼについては、恥毛を剃ることをさせていないのだ。

 

「ど、どうですか、ご主人様?」

 

 コゼが声をかけてきた。

 

「そうだな……」

 

 一郎はほくそ笑んだ。

 剥がしてみると、コゼの股がすっかりと濡れていたからだ。

 

「濡れているな、コゼ。もう、いやらしい気分になっているのか?」

 

「ご主人様に抱いてもるえるかもしれないと思うと濡れるんです……。また、お情けをください」

 

 コゼが媚びるような表情をした。

 

「さて、どうするかな……?」

 

 一郎は微笑んだまま、何気なく剥がしたカードの裏を見た。

 どうやって貼っているのだろうと疑問に思ったのだ。

 そんなにぴったりとくっついているわけでもないようだが、コゼが歩いたり動いたりしても、剥がれる様子もない。

 

「糊のようなものがついているのか……」

 

 一郎はそれを見て言った。

 だが、そんなに粘着力が強いというものでもない感じだ。コゼの股には、糊の残骸はついていない。

 

「シルキーに身体に害を与えず、剥がせば完全に身体から剥がせるのに、逆に簡単には身体から外れないような“糊”をつくってもらったんです」

 

 コゼが言った。

 

「なるほど……」

 

 一郎は感心した。

 同時に、ちょっとした悪戯心が芽生えて、この不思議な糊を使って、コゼを苛めたくなった。

 そう思った瞬間に、一郎はこの糊を淫魔術の力で作れるということがわかった。

 なぜ、そうなったのかわからないが、その感覚は突然にやってきたのだ。

 おそらく、それは淫魔力だろう。

 いやらしい思いつきや、好色に関係することであれば、一郎はまるでこの世界の魔道師のように不思議なことができる。

 一郎が念じた瞬間、すでに一郎の指先には、コゼのカードの裏にあった「糊」が生み出ていた。

 

「クグルス、ローターを出せ」

 

 一郎は言った。

 魔妖精のクグルスは、いつでもどこでも、好きなように媚薬でも淫具でも作り出すことができる。

 ローターはこの世界にはない淫具だが、一郎が前に教えたので、クグルスはいつでも作ることができる。

 

「はい、ご主人様」

 

 クグルスが空中から取り出すようにして、一郎の手にローターを乗せる。

 一郎は指先の「糊」をまぶしてから、たったいまカードを外した場所に、ローターを押しつけた。

 もちろん、しっかりと振動をさせている。

 しかも、一郎がローターを密着させたのは、まさにコゼの肉芽そのものだ。

 

「んんんっ」

 

 コゼががくりと両膝を曲げた。

 

「耐えろよ、コゼ。俺が許可するまで達しなかったら、しっかりと抱いてやる。その代わり、我慢できなかったら明日までお預けだ。もちろん、当たり前だが淫具には触るな。エリカの隣で立っていろ」

 

「そ、そんな──」

 

 コゼが泣くような声をあげた。

 その股間ではローターがぶるぶると激しい振動をコゼに与えている。

 コゼは必死になって股間を閉じ、与えられる快感と戦っている。

 その姿はなかなかにそそる──。

 

「もっと出せ、クグルス」

 

 一郎は、コゼの敏感な場所のカードを次々に外すと、そこにクグルスが作り出すローターを貼ってやった。

 乳首を挟むように二個ずつの四個、臍、両脇に横腹、陰部には五個、さらに肛門、太腿の内側にも貼ってやった。

 全部で二十個──。

 それがコゼの全身で振動を与えだす。

 また、粘性体については、一度やれば簡単だ。一郎は自由自在に自分が粘性体を操っていることに気がついていた。

 

「あっ、ああああっ」

 

 コゼが全身をがくがくと震わせだす。

 一郎はどんとコゼの背中を突いて、エリカの横に押しやった。

 

「あふうっ」

 

 それでさらに股間を擦ったのか、コゼが達するような仕草をした。

 コゼの身体が伸びあがり、その状態で束の間静止する。

 しかし、耐えたようだ。

 コゼは持ちこたえた。

 ステータスを知る力により、一郎はそれをしっかりと確認した。

 

「頑張れよ、コゼ。ところで、エリカ、もう少しだな。ほら、すっかり腰を振れよ」

 

 一郎はコゼに声をかけるとともに、もはや、汗びっしょりで必死に布瘤で自家発電を続けているエルフ美女にも声をかける。

 

「んんっ、んんんっ、は、はいっ」

 

 一郎の悪戯でぎりぎりで絶頂できなくなっているエリカが、それがわからず、懸命に腰を卑猥に振りながら返事をする。

 

 また、一方で、一郎はエリカの前にいるクグルスが、水着のようなレオタードを着ているにしては、あまりにもぴったとしていることに気がついた。

 

「おお、クグルス、それは自分の肌に直接描いたのか」

 

 一郎は声をあげた。

 クグルスは裸だった。

 ただ、地肌にまるでレオタードを着ているかのように、絵で直接描いているのだ。

 

「そうだよ。やっと気がついてくれた? どう、ご主人様?」

 

 クグルスが陽気な声をあげて一郎の前にやってきた。

 そして、股間を一郎に向けると大きく脚を拡げて開脚する。

 小さくても、ちゃんとクグルスにも局部はある。

 実際には服を着ていない証拠に、拡げた局部には女の股ぐらがはっきりと見えた。

 

「これは凄いな。大合格だ」

 

 一郎はクグルスの身体を掴むと、指で乳房の部分と股の部分を揉むようにしてやった。

 

「くううっ、んふうううっ、むふううっ」

 

 クグルスが奇声をあげて大きく悶える。

 淫魔でもある魔妖精のクグルスは、一郎に愛撫されると、身体に充満している淫気が暴発してしまい、それだけで激しく絶頂を繰り返してしまうのだ。

 連続絶頂に襲われたクグルスを五回ほど昇天させてから、一郎はやっとクグルスを離した。

 

「ふうっ……うわああっ……ああっ……。や、やっぱり、ご主人様の淫気は凄いよ。これだけの純度の濃い淫気なんて、ほ、本当にありえないよ……。ご、ごちそうさま……。ふうっ」

 

 クグルスは、一度落下しそうになったが、すぐに元気になって、また宙に舞ってきた。

 淫気はクグルスの食事だ。

 激しく絶頂してもすぐに、クグルスは元気を取り戻す。

 

 そのとき、部屋にシャングリアがやってくる気配を感じた。

 シルキーもいるようだ。

 扉が叩かれ、一郎は返事をする。

 すると、ふたりが入ってきた。

 

「ロ、ロウ、わたしの恰好はどうだ? 欲情してもらえるだろうか……?」

 

 シャングリアがはにかんだような顔で言った。

 

「おお」

 

 一郎は思わず声をあげていた。

 シャングリアは完全な軍礼装姿だった。

 羽根飾りのある帽子に、白と赤と黄金の刺繍のある紺色の上衣、手には真っ白い手袋もしている。腰には儀礼用のサーベルもあった。

 ただし、ズボンはない。

 下着もない。

 股間は完全な剥き出しだ。

 膝の下までの革の長靴から上の部分から、上衣の裾が届いている腰の上のあいだは裸なのだ。

 その食い違いが破廉恥だ。

 一方でシルキーもいい。

 シルキーが身につけてきたのは、いつもの女召使いではなく、執事のような装束だ。しかし、上半身は完全なスーツ姿なのに、下半身は裸体だ。

 

「ふたりとも素晴らしいぞ。横になれ。ふたりとも犯してやろう」

 

 一郎がそう言うと、嬉しそうにふたりが床に横たわって一郎を迎え入れられるように立膝をして脚を開いた。

 

「そ、そんなの、シ、シルキーの、真似よ……。シ、シルキーは……。最初にその格好したわ……」

 

「そ、そうよ。真似よ──」

 

 コゼとエリカが抗議の声をあげた。

 エリカは一郎に絶頂を止められたままで、コゼはコゼで二十個ものローターに身体を責められているのに絶頂を耐えるように命令されていて、ふたりとも苦しそうだ。

 

「だ、黙れ──。せ、せっかくロウがその気になってくれたのに──」

 

 シャングリアが怒鳴った。

 

「コゼもエリカも頑張れよ。このふたりの次はお前らだからな」

 

 一郎はそう言った。

 すると、エリカもコゼもさっきの一郎の命令に没頭する様子になる。

 一郎は、シャングリアとシルキーのあいだに座ると、左右の手でそれぞれの股間を愛撫を始めた。

 ふたりの股間がたっぷりと湿り、挿入可能な状態になるのに時間はかからなかった。

 一郎はまずはシャングリアの股間に怒張を貫かせた。

 

「ああっ、いいい──。ロウ、き、気持ちいい──」

 

 律動を開始すると、上半身だけ正装のシャングリアが一郎の身体に手を回して悶え始めた。

 しかし、数回腰を振ったところで、すぐに抜く。

 今度はシルキーの股間を同じように貫いた。

 

「ああっ、だ、旦那様──」

 

 シルキーが絶息するような声をあげる。

 快感を知らなった屋敷妖精のシルキーも、いまや人族と同じようにしっかりと感じる身体になった。

 シルキーが快感を覚えている証拠に、シルキーを犯しだすと、シルキーの小さな局部が一気に収縮する。

 だが、またもや数回だけ律動して抜く。

 今度は、またシャングリアだ。

 

「ふたり同時に昇天させてやるからな。待ってろ」

 

 一郎はシャングリアの膣を怒張の先で擦りながら言った。

 そして、ふと、部屋の隅で頑張っているふたりにも視線を向けた。

 

「クグルス、全身をくすぐる羽根の嵐を出せ……。待たせているエリカとコゼに贈り物だ」

 

 一郎はシャングリアを犯しながら言った。

 

「はあい」

 

 クグルスが陽気な声で返事をする。

 

「そ、そんな」

「ご、ご主人様」

 

 エリカとコゼの抗議の声もした。

 一郎は、エリカたちに構わず、シャングリアとシルキーを犯すことに戻る。

 一方で、すぐにエリカとコゼがけたたましい悲鳴をあげだす。

 一郎は、その苦悶の声をBGMにしながら、勃起した怒張をまたまたシャングリアから童女姿のシルキーに移動させた。 



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100 性奴隷たちの鍛錬

「魔道を無効にする方法は、思ったよりも少なくないわ。まず、魔道というのは、魔道遣いが魔力の噴き出し口である魔道紋を構築して、そこに集めた魔力を注ぎ込むということよ。入り口側の魔道紋は、魔術遣い自身にもあるし、制御するために、さらに身体の正面に入り口の魔道紋も構成する。そして、魔道効果を及ぼしたい場所の魔力の吐き出し口の魔道紋もね……。魔道の発動というのは、その自分自身の魔道紋から、作成した魔道紋に向かって魔力を瞬間移動させるということによって引き起こるわ。優れた魔道遣いは、これを瞬時に行うので、無から現象を発生させているように思えるけど、実はかなりの複雑なことをしているの……。これを基本認識して、魔道遣いとの戦いを考えるのよ」

 

 自分自身が魔道遣いであるエリカは、わかりやすいように、目に見える形で目の前の宙の魔道紋を投影し、少し離れた場所の空中に、やはり魔道紋を出現させた。

 本来、魔力も魔道紋も目に見えるものじゃない。それなりの熟達者が、わずかな空間などの揺らぎで感じることができるくらいだ。

 だが、それを眼に見えるようにしたのだ。

 

 エリカは、体内の魔力に光を帯びさせて、まずは、目の前の魔道紋に弾き飛ばした。

 すると、一瞬後、離れているもうひとつの魔道紋からその魔力が弾き跳び、魔道砲の衝撃波となって、さらに先の樹木の幹に当たって発散した。

 

「なるほど、理屈はわかっていたが、いまみたいに可視化してくれると理解が早いな」

 

「エリカにしては、わかりやすいわ」

 

 シャングリアとコゼが横で見守りながら、からかうような物言いで言った。

 ちょっとむっとしたが、まあ、褒めているのだと思い直すことにした。

 

「じゃあ、次は通常の速度でいくわよ。魔道砲も魔力を凝縮させて、力を密集させるわね。つまりは、効果の範囲を小さくする代わりに、注ぐ魔力を全部そこに集めるのよ。そうすると、効果範囲は小さくなるけど、当たった箇所に与える魔道が集めた分だけすさまじいものになるの。魔道効果を密集させるのは、実はかなり技術が必要だけど、高位魔道遣いほど、自由自在に魔力を操作するわ」

 

 エリカは今度は目の前の魔道紋をそのままにして、樹木側の魔道紋を可能な限りに小さくする。

 さっきと同じ魔力を注ぐ。

 すると、吐き出し口側の魔道紋が小さい分、魔道砲が同じ魔力のまま小さくなり、力が凝縮して、さっきと同じ幹に当たる。

 今度はしゅんという風を切るような音がして、小指の先ほどの小さな穴が幹に生まれた。

 幹からは樹が焦げたような匂いがしてくる。

 

「ほう、今度はすごいな。あれが頭に当たれば、まず即死だな」

 

 シャングリアが感嘆の声をあげる。

 実のところ、驚いているのはエリカ自身も同様だ。

 いまやったような魔力操作は、ロウと出逢う前のエリカには絶対にできなかった。アスカの愛人になっているあいだは、能力向上の効果のある魔道の杖を渡されていて、それで大きな魔道は遣えるようになっていたが、そのときだって、たったいまみたいな魔力制御なんてできなかったのだ。

 もともとのエリカの魔道技術が低かったからだ。

 しかしながら、ロウと一緒になってから、気がつくとできるようになっていた。

 おそらく、ロウが淫魔師であることに影響があると思う。

 

 ここは、クエストに向かう途中で野宿をすることにした山越えの街道から、少し奥まった林の中であり、今夜の露営場所だ。

 まだ、完全に陽が落ちるには少しあるが、事前調査によれば、この先には手頃な露営の場所もないので、早めの露営準備ということになった。露営準備とはいっても、馬車があって、夜はみんなで固まって寝るだけなので、盗賊や野獣避けの結界を張って、夕食の支度をするくらいであり、両方とも急遽同行をすることになったスクルズがやってくれることになった。

 

 よくわからないが、強引に今度のクエストに同行してきたあの筆頭巫女は、今回の旅で張り切りまくっていて、夕食の支度についても、警戒のための結界についても、一手に引き受けるといって、買って出てくれたのだ。

 いまは筆頭巫女という高位の立場の女神官だが、かつては新米巫女の修行の一環として家事一般についてなんでも叩き込まれたそうだ。

 滅多にない機会なので、是非ロウに食事を披露したいと言っていた。

 筆頭巫女ほどの高位な立場のスクルズに懇願されては拒否もできないし、その気持ちもわかるので、全てをスクルズに任せることにした。

 スクルズは、ロウと一緒に馬車のところである。

 馬車はここから離れた小川のそばだ。

 

 ミランダの緊急の強制クエストによって、ガラヴィという小さな里に向かうことになったエリカたちだが、今朝王都郊外の屋敷を馬車で出発して、最初の一日の行程が終わったところだ。

 ガラヴィの里へは、同じようなゆっくりとした速度で向かっても、順調であれば明日の夕方前には届くはずである。

 ロウの率いる冒険者パーティが王都から出向くというのは、ミランダを通じて、ガルヴィに近い都市にある地方冒険者ギルドに魔道通信で伝達されているはずであり、どんなに遅くとも明日の早いうちには、ガルヴィの里長には知らされるはずだ。

 到着次第に、詳しいクエストの内容を確認して、いよいよ調査クエストに着手することになると思う。

 

 それはともかく、早めに今日の行程を終えて、さらに夕食の支度もスクルズがやってくれることになったので、エリカたちはちょっと離れた場所にやってきて、最近になって開始した「特訓」をやろうとしているところだ。

 つまりは、魔道遣い対策だ。

 

 先日の「三巫女事件」のときには、魔瘴石により一時的に魔道力が向上したウルズに、不意を突かれたとはいえ、なすすべなく破れ、ノルズに捕えられて、ロウを罠に嵌めるための人質にされてしまった。

 幸いにも、ロウの事前の機転で、逆にノルズを罠に嵌めて、事件を無事に解決することができたものの、本来はエリカたちの役目はロウの護衛であり、ロウの身を守ることだ。

 それにもかかわらず、逆にロウに救出されるというのは、エリカとして自分が不甲斐ないことこの上ない。

 だから、コゼとシャングリアを誘って、魔道遣い対策のための特訓をすることにした。

 それに、ロウは大丈夫とは言っているが、ノルズの逃亡を許した以上、アスカが追っ手を差し向けてくる可能性もあるし、アスカ自身がやって来ることも考えられるのだ。

 立ち向かうための手段を整えることも必要だ。

 

「魔道の技術には、いろいろとあるけど、突き詰めれば、いまのがすべてよ。魔力を集める。魔道紋を刻む。魔道紋に魔力を流す。すると、魔道紋に刻んだ紋様に添って魔力が様々な効果を生むというわけよ。高位魔道遣いになれば、瞬時に複雑な魔道紋も刻むし、距離が離れた場所に魔力の吐き出し口側の魔道紋を刻むことができる。さらに魔力の流し方を制御することができる。高位魔道遣いと、下級魔道遣いの違いはこれだけであり、原理は一緒なのよ」

 

 エリカは説明してから、もう一度可視化した魔道紋を宙に刻んだ。

 だが、今度は吐き出し口を同時に十個出す。火炎玉の魔道にした。

 魔力を連続で五回飛ばして、その間に魔道紋を複雑に前後左右に移動させる。

 すると、魔道紋を移動させた範囲の空間に火炎玉が四方八方に飛び出して、お互いに影響し合って、爆炎を発して火炎で周囲を大きく包み込む感じになった。

 

「すごいわね。まあ、でも襲ってくるかもしれない魔道遣いは、エリカ以上なんだろうから、エリカの魔道で驚いたりしたら駄目なんでしょうけどね。とにかく、最初はエリカの魔道に抵抗するのが目標ね」

 

 コゼが苦笑している。

 

「じゃあ、本題ね。もう一度言うけど、魔道遣いの魔道発動までの流れは、魔力を集める、魔道紋を刻む、魔力を流すよ──。集める、刻む、流す──。このどこかを遮断すれば、どんな魔道遣いも魔道を発揮できないわ。いわゆる、魔道封じの枷や首輪は、最初の段階の魔力を集めることを阻止するか、魔道紋を刻もうとすると瞬時に魔道紋を消去してしまうというものね。そうやって、元を断つのが理想だけど、戦いの中でとなると、有効なのは術者を攻撃して意識を魔道発動に向かうのを邪魔するか、吐き出し口の魔道紋を破断するかよ。魔道紋を離れた魔力は簡単に発散するから、攻撃魔道では必ず身体の近くの空中に魔道紋を刻まれると考えていいと思うわ」

 

「とりあえず、やってみるか。魔道紋を発動前に破断する訓練は騎士団ではよくやるものだ。わたしからいくぞ」

 

 シャングリアが剣を抜いて、さっき魔道を発動させた位置に移動して構えた。

 つまりは、これからやろうというのは、エリカが魔道を発動して、それを武器で魔道紋を破断することで、魔道を阻止しようという鍛錬だ。

 結局のところ、戦いの中で魔術遣いに対抗するには、これが一般的な方法なのだ。

 また、ある程度の武術の鍛錬をした者が、武器で魔道紋のある宙を切りつければ、魔道紋が四散して無効化することがわかっている。

 

「大丈夫なの? まだ、何回か可視化して魔道紋を見た方がいいんじゃないの」

 

「問題ない。やってくれ。魔道紋の揺らぎを感じる訓練は、騎士団になって最初にやらされるものだ。新人いびりの一環としてな」

 

 シャングリアが剣を構えたまま言った。

 エリカは、電撃魔道を選んで魔道紋を構成することにした。電撃魔道なら、シャングリアが失敗して当たっても、激痛と痺れでしばらく動けなくなるだけだ。

 電撃魔道を発動する。

 手元側とシャングリア側に魔道紋を構成すると同時に魔力を発射する。

 

「さいっ」

 

 シャングリアの剣が見事にエリカの構成した魔道紋を切断して、魔力の流れが発動前に四散した。

 さすがはシャングリアだ。

 

「やるわね」

 

 エリカはさらに魔道紋を出す。

 ただし、吐き出し口側に同時に二個だ。

 

「ふんっ」

 

 シャングリアが一瞬消えたかと思うような素早い動きで、身体を回転させて二個とも切断する。

 だが、そのときには、エリカは三個目の吐き出し側の魔道紋を構成し終わっている。

 今度は地面だ。

 ずっと空中に刻んでいたので、シャングリアの反応が遅れた。

 しかし、それで十分だ。

 

「あぎゃあああ」

 

 シャングリアの身体に下側から電撃が発動し、全身を電撃に浴びさせてしまったシャングリアが絶叫してその場に倒れた。

 魔道砲を飛ばして、シャングリアが握っていた剣を弾いて遠くに飛ばしてしまう。

 

「同じ要領で来るとは限らないわ。油断してはだめよ」

 

 エリカは全ての魔道紋を四散させた。

 

「くっ、いたたたた……。油断したわけじゃないがな……。地面か……」

 

 出力を弱くしていたので、威力はそれほどじゃない。シャングリアはすぐに起きあがった。

 ちょっと口惜しそうだ。

 だが、本当は一度でも剣で魔道紋を切断できるというのは、シャングリアの剣技が尋常じゃないということでもあるのだ。

 空中に刻まれる魔道紋は意識を集中していれば、ある程度の武芸を極めた者なら空間の揺らぎで見抜くことは可能だ。

 問題は、そこに魔力が注がれる前に刃物で破断することであり、それにはかなりの早業を必要とする。

 その点、シャングリアの剣技は素晴らしいものだった。

 二個同時に魔道紋を切断したときなど、シャングリアの動きをエリカが見逃したくらいだ。

 それくらい、素早い動きだったと思う。

 

「慣れるしかないわね。これからも、数をこなして、いろいろなパターンでやりましょう。ロウ様を守るために」

 

 エリカは言った。

 

「次はあたしがやるわ」

 

 コゼが前に出た。

 だが、コゼのいつもの得物は両腰にぶらさげている細い短剣なのだが、それは抜こうとしない。

 手ぶらだ。

 それどころか、構えることさえしない。

 

「なに、武器を持たないの?」

 

 エリカは首を傾げた。

 だが、コゼは肩を竦めた。

 

「ちょっと試したいことがあってね。いつでもいいわよ」

 

 よくはわからないが、まあいい。

 エリカはシャングリアのときと同じように、まずは一個から魔道紋を構成する。

 しかし、魔力を注ぐまでもなく、それが一瞬にして崩壊した。

 

「えっ?」

 

 なにが起きたかわからない。

 コゼは特に動いた感じはなく、にこにこしている。

 驚いたが、すぐに三個の吐き出し口の魔道紋を構成しようとした。

 だが、今度は入り口側の魔道紋が四散して壊れた。

 

「なにっ? いたっ、あっ」

 

 どうして魔道紋が破壊されたかわからなかったが、入り口側の魔道紋まで壊れれば、すぐには発動できない。

 それだけじゃなく、なにか固くて小さいものが胸に当たり、エリカに衝撃を与えた。しかも、乳首にしているロウの乳首ピアスに、布越しだが得体の知れない極小のなにかが当たったのだ。

 これを刺激されると、エリカは脱力するほどの痺れのようなものが身体に走ることになっている。

 痛みはすぐになくなったが、意識の集中が遮断されて、完全に術式が途切れてしまった。

 驚きながらも、エリカは集中して魔道紋の攻勢をし直そうとした。

 しかし、びっくりすることに、コゼが目の前だ。

 

「きゃあああ」

 

 そのまま体当たりで引き倒された。

 しかも、倒れるあいだに、コゼはエリカの利き腕の肘を抱えて肘をきめている。

 動けない。

 

「油断しないことね。敵は同じように動くとは限らないわ。反撃して向かってくるかも……」

 

 コゼが笑いながら、エリカを抱えたまま、肘を固めている側のコゼの拳を拡げた。

 十歩ほどの小さな金属の小粒がぱらぱらと落ちる。

 エリカは目を見開いた。

 なんのことはない。

 コゼは、手に握っていたこの金属の小粒を魔道紋にぶつけて、剣で切断したのと同じようにしたのだとわかった。

 

「本当はアサシンというのは、仲間内であろうとも手の内は見せないんだけど、あんたらだけは特別よ。投げ刃、投げ飛礫(つぶて)はアサシンの技のひとつであり、あたしはむしろ短剣よりも得意なくらいよ……。それはともかく、魔道遣いを相手にするときには、魔道の刻むために意識を集中することを阻止することだったわね」

 

 コゼが笑いながら、きめている肘を抱えたまま身体を回転させ、エリカをうつ伏せにした。さらにコゼの身体全体でエリカの胴体に寝そべるようにして、エリカの身体を押さえた。

 そして、空いている片手をすっとエリカのスカートの中に差し込んできた。

 

「わっ、ま、待ちなさい、コゼ──」

 

 エリカはびっくりして悲鳴をあげた。

 阻止しようとしたが、身体をきめられて上手く動けないのだ。

 

「待たないわ。意識を集中させなければいいんでしょう? 魔道封じの枷を掴むまでもなく、エリカなんてこれで十分よ」

 

 下着の中に手を入れられる。

 

「ふ、ふざけないで──」

 

 エリカは必死に身体を捻って、コゼを除けようとするが、コゼも巧みに体勢を変化させて、エリカの反対の腕も押さえられてしまう。しかも、下着の中に入れている指でクリピアスを弾かれた。

 

「んふううっ、ああっ、な、なにすんの、ああっ」

 

 エリカは身体を弓なりにして悲鳴をあげた。

 コゼが大笑いしながら、エリカを放す。

 

「くっ」

 

 エリカは肘を撫でながら身体を起こした。次いで、乱れた服を整える。

 

「それもすごいな。お前たちは本当にすごい。いまのコゼの技は体術だな」

 

 シャングリアが感心したように言った。

 口惜しいが、まともにやって手玉に取られたのは確かなので、エリカも文句は言えない。

 しかし、一度疼きが走ると、ロウに開発されたこのエリカの身体は火照りが収まるまでにしばらくかかる。

 それを知っているくせに、わざと悪戯するコゼをエリカは恨めしく睨みつけた。

 

「魔道遣いとしては、まだまだね、エリカ……。だけど、あたしたちも連携すれば、相当の敵にだって立ち向かえると思うわ。シャングリアは感心してくれたけど、まともな剣技なら、あたしはシャングリアの相手じゃない。エリカだって、接近戦にならなければ、魔道と弓を同時に駆使できるあんたには、あたしは近づけない。お互いの能力を生かして連携する方法を考えましょうよ」

 

 コゼがさっきばらまいた金属の粒をひとつひとつ拾いながら言った。

 確かにそうだとエリカは思った。

 

「それにしても、前から思っていたんだが、以前のわたしとは比べものにならないくらいに身体が動くし、剣も遣える。実は先日の騎士団の演習でも驚かれたのだ。どうやら、わたしはずっと以前よりも、遥かに強くなったらしいぞ」

 

 そのとき、シャングリアが言った。

 エリカは自分でもそう思っていただけに、大きく頷く。

 

「やっぱり、シャングリアもそうなのね。わたしもよ……。そもそも、わたしは、こんなに連発で魔道を放てるような魔道遣いじゃないのよ。エルフ族の魔道遣いとしては三流で、それで武芸を鍛えたんだけど……」

 

「やっぱり、これはご主人様の能力なんだろうね」

 

 コゼが言った。

 エリカとコゼは、その可能性について考えていて、シャングリアが合流する前だが、ロウに訊ねたことがあるのだ。

 ロウには、性奴隷にした女の能力を引きあげる力があるのではないかと……。

 

 そのときロウは、肯定するでもなく、かといって、否定するわけでもなく、ただ笑っただけだった。

 しかし、こうなったら間違いない。

 間違いなく、ロウには、エリカたち女の能力を向上させる能力がある。

 つまりは、ロウに支配されると、おそらく、その女の能力の得意分野を中心に跳ねあがるに違いない。

 

 エリカは魔道と弓──。

 コゼはアサシンとしての素早い動きと、特殊武器の扱い──。

 シャングリアは純粋に剣技が向上した。

 

 しかも、最初にロウに支配されたときに比べても、少しずつだが能力の向上がある。

 なんとなくだが、ロウが支配する女が増えるたびに、エリカの能力も上がる気がするのだ……。

 だから、ロウがスクルズたちを支配することになったことで、エリカたちも自分たちの能力があがっていることを自覚できたということではないだろうか……。

 信じられないが、状況を積み重ねると、そういうことになる。

 これは、以前にコゼとも話し合ったことでもある。

 まったく、淫魔師というのは、つくづく謎の多い能力だ。

 

「ロウの能力? そうなのか?」

 

 一方でシャングリアは少しびっくりしたみたいだ。

 ロウが女の能力をあげることができることは、なんとなく、あれから口にはしなかった。

 だから、シャングリアについては、初めてその話題に触れるのだ。

 

「あんたにもわかるでしょう。それが、ご主人様の力なのよ……」

 

 エリカは言った。

 すると、コゼが続いて口を開く。

 

「多分、あたしたちだけじゃないわ。あの淫乱巫女も内心で気がついているのよ……。ご主人様に愛されれば愛されるほどに、能力があがることをね……。ああっ、こうなったら、戻りましょうよ。こうやって、地道に鍛錬なんかするよりも、ご主人様に愛される方が、ずっと効率よく能力をあげらるわ」

 

 コゼが苛立った口調で言った。

 エリカはそれを宥めた。

 

 もっとも、食事の支度を任せるということで、スクルズだけを残して三人で鍛錬にやってきたが、いまこうしているあいだも、ロウはスクルズに手を出しているに決まっている。

 ロウは好色だ。

 無防備に食事の支度をする美貌のスクルズを放っておくはずもないし、そもそも、あのスクルズはそうやって、ロウが襲ってくれるのを待ち構えているのだ。

 それは見ていてわかる。

 

 また、エリカの予測が正しければ、ロウはスクルズたち三人を新たに支配することで、ロウの淫魔師としての能力があがったと思う。

 それが、この数日のエリカたちの更なる能力向上をも導いた。

 しかし、おそらくロウの淫魔師の能力向上は、ロウの好色度もまた、跳ねあがらせている。

 あの事件以来のロウの性愛の激しさの変化に接すればわかる。

 スクルズたちの事件以前は、曲りなりにも、ロウの相手は三人で順番にこなしていた。

 ところが、あれから十日、ロウは三人を同時に相手にしても不足するみたいだ。

 エリカたちも頑張っているものの、ロウを満足させるには至っていないという自覚はある。

 そういう意味では、コゼは不満そうだが、スクルズが入り浸ってくれるのは、ありがたいくらいだ。

 

 それはともかく、いまは鍛錬だ。

 ロウに支配されたことによる能力向上は、望外の贈り物のようなものだ。

 そんなものに頼ることなく、ロウを守れる力を身につけなければ……。

 

「そうかもしれなけど、まだ、陽が落ちるまで少しあるし、連携について、もう少しいろいろと考えてみようよ……。ロウ様はいつでも、わたしたちを愛してくださるわ。だけど、そればかりに頼るというのも……。さあ、今度はわたしも油断しないわ。もう一度やりましょうよ」

 

 エリカは立ちあがって言った。

 

「やっぱり、エリカは真面目ねえ」

「わかった」

 

 コゼとシャングリアは、今度は嫌だとは言わなかった。




【100話現在のステータス(設定値)】


 注意1 経験人数に支配されている性奴隷同士の交合はカウントされない。
 注意2 “↑”は淫魔師の恩恵による能力向上

■ロウ(田中一郎)
 人間族(外来人)、男
  冒険者(アルファ)(パーティ長)
 年齢35歳
 ジョブ
  戦士(レベル2)
  淫魔師(レベル75)
 生命力:50
 攻撃力
  20(素手)
  21(剣)
  ***(短銃)
 支配女
  エリカ
  コゼ
  シャングリア
  ミランダ
  スクルズ
  ベルズ
  ウルズ
  ノルズ
 支配眷属
  クグルス
  シルキー(屋敷妖精)
 特殊能力
  淫魔力
  魔眼
  ユグドラの癒し

■アスカ(****)
 白エルフ族、女
  アスカ城城主
 年齢***歳
 ジョブ
  魔道遣い(レベル99)
  召喚師(レベル90)
  戦士(レベル5)
 生命力:30
 攻撃力
  50(素手)
 魔道力:8000
 支配する奴隷
  ***
 支配する眷属
  ***
 状態
  ***

■エリカ
 白エルフ族、女
  冒険者(アルファ)
 年齢18歳
 ジョブ
  戦士(レベル20)↑↑
  魔道遣い(レベル10)↑
 生命力:100
 魔道力:100
 攻撃力
  200(素手)↑
  400(剣)↑
  700(弓)↑↑
 経験人数
  男1、女3
 淫乱レベル:S
 快感値:100(通常)
 状態
  ロウの性奴隷
  淫魔師の恩恵

■ユグドラ
 精霊、女
  ルルドの森の女精
 年齢****歳
 ジョブ
  精霊(レベル100)
 経験人数:男:**、女**
 淫乱レベル:A
 生命力:3000
 攻撃力:10
 魔道力:3000
 快感値:1000
 特殊能力
  精霊の癒し

■ユイナ
 褐色エルフ、女
 年齢16歳
 ジョブ
  ***(レベル**)
  魔道遣い(レベル10)
  戦士(レベル1)
 生命力:100
 攻撃力
  50(素手)
 魔道力:100
 淫乱レベル:?
 快感値:?(通常)
 
■イライジャ
 褐色エルフ、女
 年齢20歳
 ジョブ
  戦士(レベル10)
  魔道遣い(レベル4)
 生命力:100
 攻撃力
  80(素手)
  100(剣)
 魔道力:50
 淫乱レベル:B
 快感値:200(通常)

■クグルス
 妖魔族(魔妖精:淫魔族)、女
  ロウの正しもべ(レベル50↑↑)
 生命力:500
 魔道力:1000

■コゼ
 人間族、女
  冒険者(アルファ)
 年齢20歳
 ジョブ
  アサシン(レベル22)↑↑
  戦士(レベル18)↑
 生命力:50
 攻撃力
  300(素手)↑↑
  300(短剣)↑
  700(暗器)↑↑
 経験人数
  男26
 淫乱レベル:A
 快感値:300(通常)
 状態
  ロウの性奴隷
  淫魔師の恩恵

■シャングリア(モーリア=シャンデリカ)
 人間族、女
  王軍騎士
  冒険者(アルファ)
 年齢22歳
 ジョブ
  戦士(レベル25)↑
 生命力:60
 攻撃力
  200(素手)
  700(剣)↑↑
 経験人数
  男1
 淫乱レベル:A
 快感値:100(通常)
 状態
  ロウの性奴隷
  淫魔師の恩恵

■シルキー
 妖精族、女
  ロウ家の屋敷妖精
 経験人数
  男2、女1
 淫乱レベル:A
 快感値:500(通常)

■ミランダ
 ドワフ族、女
  副ギルド長(冒険者ギルド)
  冒険者(シーラ)
 年齢60歳
 ジョブ
  戦士(レベル60)↑
  魔道遣い(レベル5)
 生命力:200
 魔道力:100
 攻撃力
  800(素手)↑
  1500(両斧)↑↑
 経験人数
  男11
 淫乱レベル:A
 快感値:300(通常)
 状態
  ロウの性奴隷
  淫魔師の恩恵

■スクルズ
 人間族、女
  筆頭巫女(王都第3神殿)
 年齢25歳
 ジョブ
  魔道遣い(レベル60)↑↑
 生命力:50
 魔道力:800↑↑
 攻撃力
  10(素手)
 経験人数
  男4、女3
 淫乱レベル:S
 快感値:100(通常)
 状態
  ロウの性奴隷
  淫魔師の恩恵

■ベルズ
 人間族、女
  筆頭巫女(王都第2神殿)
 年齢24歳
 ジョブ
  魔道遣い(レベル40)↑
 生命力:50
 魔道力:400↑
 攻撃力
  10(素手)
 経験人数
  男1、女3
 淫乱レベル:S
 快感値:100(通常)
 状態
  ロウの性奴隷
  淫魔師の恩恵

■ウルズ
 人間族、女
  巫女(王都第2神殿預かり)
 年齢24歳
 ジョブ
  魔道遣い(レベル15)
 生命力:50
 魔道力:150(凍結)
 攻撃力
  10(素手)
 経験人数
  男5、女3
 淫乱レベル:SS
 快感値:100(通常)
 状態
  ロウの性奴隷
  年齢退行

■ノルズ
 人間族、女
 年齢25歳
 ジョブ
  魔道遣い(レベル40)↑↑
  魔獣遣い(レベル60)↑↑
  戦士(レベル20)
  アサシン(レベル5)
 生命力:50
 魔道力:800↑↑
 攻撃力
  200(素手)↑
  300(剣)
  450(暗器)
 経験人数
  男1、女3
 淫乱レベル:B
 快感値:300(通常)
 状態
  ロウの性奴隷
  淫魔師の恩恵


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101 淫女バトルロイヤル(1)

「そうそう、なかなか上手ですよ、スクルズ殿。じゃあ、もう一度最初からやりましょうか。口を大きくあーんとあけて、それから舌先を絡ませるんです。俺の顔を見てください。気持ちのいいときには、そんな顔をしますから。それを目安に刺激する場所ややり方を変化させてください」

 

 一郎がそう言うと、何度も同じことをやらされて顎が疲れたのか、スクルズは一度大きく息を吐いてから、呼吸を整えるような仕草をした。

 また、焚き火の横で、馬車からおろした木製の椅子に腰掛けている一郎に対して、スクルズは一郎の脚の間で地面に跪いている。

 両手は後手に拘束させた。

 拘束しているのは、一郎の施した粘性体の縄だ。

 

 昨日のことだが、屋敷で破廉恥ファッションショーをしているとき、コゼが裸体に特殊な糊でカードを貼りつけてやってきたとき、一郎は同じようなことができないかと、ふと思ったのだ。

 淫魔師として、この世界に召喚された一郎は、性交のときに自分の思うままに怒張にゼリー状の潤滑油をまぶすことや、体液を自由自在に媚薬成分に変質させることなどが、最初からできた。

 だから、できるのではないかと思ったが、やったらできた。それは不思議な感覚であり、本当は前からできたのに、ただやろうとしていなかっただけだというような感覚だった。

 あまりにも、呆気なかったので、当の一郎が内心で驚愕したくらいだ。

 

 また、スクルズを後手に拘束しているのは、特段の意味はない。

 一郎がその方が興奮するからだ。

 いかにも、女を征服しているという気持ちになる。

 また、拘束で興奮しているのは一郎だけじゃない。

 スクルズもまた、一郎の性器を縛られて奉仕するという行為に、すっかりと欲情しているのは、ステータスを確認するまでもなく丸わかりだ。

 

「では、やらせていただきます。最初は口づけでしたね」

 

 スクルズが一郎の怒張の尖端に口づけをして、ぺろりと先っぽを舐めた。

 王都三神殿の筆頭巫女といえば、かなりの格式であり、スクルズ自身は貴族出身ではないようだが、それに匹敵する権威もある。

 しかも、スクルズは王都三大美女に数えられるほどの美貌である。さらに、人当たりのいい穏やかな性格ということでも有名で、王都で、民衆からもっとも慕われている女神官に間違いないだろう。

 そんな女に、生まれて初めてのフェラチオをやらせるというのも、少し怖い気持ちもあるが……。

 

「……至らないところは、どんどん教えてくださいね、ロウ様」

 

 スクルズがすぐに一郎が教えたままに、大きくはない口を精一杯に開いて、一郎の怒張を口の中に含ませた。

 スクルズの舌が本格的に一郎の怒張を口の中で舐め始める。

 ぎこちないが、一生懸命のスクルズの舌の刺激が気持ちいい。

 

「いい感じです。気持ちいですよ。余裕ができたら、舐め方に工夫をしてください」

 

 一郎の言葉に、舌を動かしているスクルズの顔が小さく頷く。

 そして、スクルズが後手の身体を膝立ちのまま少し前にずらして、一郎の怒張を口の奥まで咥え直す体勢にした。

 一郎の怒張の先端を口に含んだままスクルズが身体を動かすので、大きな刺激が一郎の股間に込みあがり、それだけで射精しそうな錯覚まで起きる。

 もちろん、自制する。

 

「ああ……。そこ、気持ちいいですね。先っぽの割れてるところ、もう少し強くしてもいいですよ……。そうそう……。だけど、同じ場所ばかりはだめです。どんどん、変えて……。あ、ああ……、そんな感じです……」

 

「ん、んんっ」

 

 かなり長くこれをしているので、疲労も溜まってきたようであり、スクルズの鼻息が荒くなってきたのがわかった。

 

「ほらっ、もっと工夫するんです。口でできる思いつく限りのことを試してください。とにかく、俺を射精させないと、いつまでも休憩はないですからね」

 

 しかし、一郎はあえて、鬼畜な言葉をかける。

 すると、思ったとおり、スクルズの欲情の度合いがあがり、ステータスの「快感値」がごそっとゼロに接近した。

 

 もうすぐ完全に陽が暮れるだろう山街道沿いにある小川の河原である。

 今夜はこの辺りで露営ということになり、街道から脇に入り、露営に都合のいい河原を見つけて、ここに馬車をとめたところだ。

 すでに、夕食の支度も終わり、野獣や盗賊避けのための結界も刻み終わっている。また、馬車を曳いてきてくれた馬の世話も済み、その馬は少し離れた場所で自由に水を飲んだり、草を食んだりしている。自由にさせても、結界の外には行けないので、逃げる心配もないし、野獣に襲われる危険もない。

 さらに馬車の中の寝床の準備も完全だ。

 つまりは、あとは夕食をみんなで食べて、やることをやって寝るだけというところだ。

 

 もっとも、これらをやったのは、一郎ではなく女たちだ。

 結界と夕食はスクルズが買って出て、ほかのことは三人娘たちが手分けして行った。

 一郎は見ていただけだ。

 手伝おうとは思ったが、あまりにも全員の手際がいいので、なすすべがなかったというところだ。

 

 ところで、いま露営をする馬車の横にいるのは、一郎とスクルズだけだ。

 河原の奥は、樹木の拡がるまばらな林になっていて、エリカたちは鍛錬をしたいからと、スクルズに一郎のことを託して、三人で奥に入っていった。少し前のことだ。

 遠くから、それらしい声や音がするが、まだ戻っては来てない。

 スクルズが腕を振るうと張り切った牛肉と野菜をスクルズ特製だというソースで煮込んだ煮物料理も完全にできあがり、いまは焚き火の横の石に載せて、スクルズの魔道で保温をしている。

 エリカたちが戻れば、すぐにでも食べれられる状態だ。

 

 それはともかく、ちょっと空いた時間ができると、どうしても一郎の中の好色の虫が湧き、女たちを抱きたくなってしまう。

 淫魔師レベルが“75”まであがったことが関係していると思うが、おそらく一郎は、かなりの淫乱体質になっていると思う。頻繁に女を抱かせてもらわなければ、まるで喉が渇いたかのような苦しい気持ちにまでなるくらいだ。

 それでいて、周りには一郎が誘えば、絶対に断ることなく、むしろ、一郎が手を出すのを待ち望んでいるような美女たちがぴったりと横にいるのだ。

 だから、どうしても、四六時中、誰かしらの女を愛しているという状態だ。

 少しは休ませないととは考えるが、自制はきかない。

 目の前のスクルズにしてもそうだ。

 

 試しに、これまでに口で男の性器を舐めたことがあるかと訊ねたら、とんでもないと首を横に振るので、だったら、そのフェラチオの練習をしましょうかと、半分冗談で声をかけると、二つ返事で応じてきた。

 どうやら、スクルズは一郎がなにを言おうとも、断る気はなかったようだ。

 もっとも、フェラチオ自体がなんのことなのか知らなかったみたいであり、いまは一から教えながらやらせているところである。

 また、フェラチオの単語も知らなかったスクルズだが、それでいて、まったく性に初心(うぶ)というわけでもないのだ。

 スクルズの告白によると、少女時代の神学校では、魔道の鍛錬と称して、夜な夜な百合遊びを繰り返していたらしく、女同士についてはしっかりと生娘でもなく、大人の身体を持っていた。

 それでいて、男相手はほぼ一郎が最初の相手なのだ。

 まさに、理想の女というところではないだろうか。

 

「じゃあ、次は、犬が水を飲むように、口を開けて舌だけで舐めるとか……。顏を動かして、睾丸をしゃぶるというのもいいかもしれません」

 

 一郎の指示のままにスクルズが口と顔を動かして、一郎の股間を舐め尽くしていく。

 まさに、目の前の女を征服しているのだという気持ちになっていい心地だ。

 それに、スクルズは旅装だが、しっかりと高位巫女の装束を身にまとっている。その恰好のまま、破廉恥な口吻をしているというアンバランスさが一郎の嗜虐心を駆りたてる。

 

 一郎は、思いつくままに、スクルズに舐め方の指示をした。

 スクルズは、そのすべての指示になんの躊躇いも示さずに従っていく。

 

 ところで、スクルズの両手首を背中で拘束している粘性体の術は、今回は初めてやってみた技なのに、前からできることだったような感覚だ。

 ただの勘だが、おそらくもっと、この身体はいろいろなことが可能だと思う。

 一郎の淫魔師の身体……。

 一体全体、どのくらいの潜在能力があるのだろう……?

 もしかして、もっと粘性体を操っていやらしいことも可能か……?

 ふと思った。

 

 一郎は跪いているスクルズのスカートの中に、粘性体が存在していると想像してみた。

 すると、果たして、次の瞬間、スクルズの内腿にぴったりと粘性体の塊が出現したのをしっかりと感じることができた。

 

 すごい……。

 

 自分でも驚いた。

 粘性体を出現させたことだけじゃない。

 しっかりとスカートに隠されているスクルズの股間に、粘性体が存在しているのが感覚でわかるのだ。

 まるで透視術でもあるかのように……。

 

「んんっ?」

 

 スクルズが違和感を覚えたのだろう。

 腰をちょっと反応させるような動きをした。

 一郎はスクルズが逃げないように、肩先を押さえた。

 粘性体は、一郎の想像のとおりに、柔らかくもできるし、固くもできそうな気がした。限りなく液体のように薄くすることもできるし、逆に硬い石のようにすることも……。

 一郎はスクルズの内腿に貼りつかせた粘性体をスクルズの下着の隙間から入り込ませて、股間全体を覆うようにして、ぶるぶると振動させてみた。

 

「あっ、なにが?」

 

 スクルズが驚いて口を開いて悲鳴をあげた。

 一郎は笑いながら、ぐっとスクルズの頭を一郎の股間に押しつけ直す。

 

「ご褒美ですよ。だけど、途中でやめようとしたのはいただけないですね。じゃあ、今度は罰です」

 

 肉芽の周りの粘性体だけの硬度をあげて、きゅっと抓るように動かす。

 

「んぎいっ」

 

 スクルズが顔をしかめてびくりと身体を硬直させたが、とりあえず舌だけは離さなかった。

 一郎は誉め言葉の代わりに、粘性体を再び柔らかくして、股間全体をくすぐるように動かす。

 

「んっ、んんっ、んんっ」

 

 スクルズの身体が震えだす。

 一郎はさっきの肉芽を抓るような痛みさえも、実際にはスクルズには大きな快感だったのを知っている。

 スクルズは一郎の股間を拘束されて舐めさせられた段階で、かなり欲情を示していたが、ステータスの「快感値」の数値が一気に下降していく。

 

「ほらほら、刺激にかまけてはいけないですね。もっと集中するんです。舐めて、舐めて」

 

 一郎はそう言いながら、さらにスクルズの股間に忍び込ませている粘性体の振動を激しくした。

 スクルズの反応が大きくなる。

 

 一方で、一郎は自分の能力に感動さえしていた。

 これはかなりの能力だ。

 しかも、武器としても遣えるだろう。

 

 そういえば、あのノルズは粘性生物のウーズを操り、武器としてエリカたちを襲った。

 一郎の粘性体は生物ではないが、まったく同じことができるだろう。

 例えば、粘性体を男根のような形状にして、女陰に挿入するとか……。

 スクルズの股間に貼りついている粘性体の量を増やして、表面を振動させながら膣の中にも入り込ませていく。

 だんだんと、男根の形状にして、堅さもそれなりに変え、さらに律動のような動きも加える。

 

「んふううっ、んはあっ、んんんっ」

 

 スクルズの身悶えがさらに大きくなる。

 そのとき、林の切れ目から三人娘たちがやって来るのが、遠めに見えた。

 鍛錬とやらが終わったのだろう。

 一郎は終わらせることにした。

 

「気をやっていいですよ、スクルズ殿。それに合わせて射精します。全部飲むんですよ」

 

 なんだかんだで、スクルズを性奴隷とする支配を刻んでから十日余り──。

 毎日のようにやってくる目の前の女神官様を、一郎は毎日、一度ならずも、二度三度と抱いている。

 すでに、なにをどうしたら、スクルズが達するかなど、完全に把握している。

 一郎は粘性体で、スクルズを絶頂させる刺激を激しく加えてあげた。

 

「んんんんっ」

 

 スクルズががくがくと腰を震わせ、すぐに絶頂をした。

 一郎はスクルズの口の中におもむろに精を放つ。

 

「んふっ、んぐっ」

 

 精を出した一郎はスクルズの口から男根を抜き、同時にスクルズの腰や両手首にまとわりつかせていた粘性体を消失させる。

 風に溶けるように、全ての粘性体が一瞬にして消えていった。

 

「はあ、はあ、はあ、あ、ありがとうございました。そ、それと、つ、次はちゃんとします。だから、もっと教えてください、ロウ様……」

 

 一郎の言葉のままに全部の精を呑み込んだらしいスクルズが、口の周りの唾液や残り精を舐めながら息を整えている。

 そして、がっくりと脱力したように、その場に座り込んでしまった。

 まるで精根尽きたという感じだ。

 それにしても、本当は感謝の言葉を口にするのはロウ側だろう。

 こんな美女にフェラをさせて、精まで飲ませたのだ。

 それでお礼を言われるのなら、世の中にこれほど恵まれた立場の男もいないと思った。

 

「俺こそ最高でした。それよりも、ほら、ちゃんとして、スクルズ殿……。みんなが戻りましたよ」

 

 一郎はスクルズに笑って声をかけた。

 

「えっ、あっ」

 

 スクルズがやっと三人娘の接近に気がついたらしく、慌てたように乱れた装束や髪を直す仕草をする。

 三人が目の前に来た。

 

「やっぱり、お愉しみしている──。あっ、まだ、しまわないでください。あたしがお掃除のご奉仕しますから……。やっぱり、筆頭巫女様くらいになると、自分のことをご主人様よりも優先するんですね。自分のことをするのは、ご主人様のお世話を最後までしてからですよ」

 

 コゼが駆け寄って来て、スクルズの身体を押しのけるようにして、一郎の股間を咥えた。

 

「あっ」

 

 スクルズが“掃除奉仕”と言われて、はっとしたような表情になる。

 どうしようかと迷っているような仕草をしたが、一郎はスクルズを手で制する。

 

「問題ありません。ここはコゼに譲って、食事の支度を……」

 

「は、はい。み、皆さん、お疲れさまでした」

 

 スクルズが慌てたように立ちあがって、焚き火の横に置いてある夕食の煮物に寄っていく。

 まだ、少しだるそうだが……。

 

「あっ、ちょっと待ってください、スクルズ様……。ほら、コゼ、もう終わりにしなさい。さっき言ったでしょう? 最後に、今日の鍛錬の仕上げをスクルズ様にお願いしようよ。覚えているうちに連携動作を確認した方がいいわ」

 

 そのとき、エリカが言った。

 それで気がついたが、エリカだけでなく、シャングリアもそうだし、コゼもところどころに、擦り傷のようなものができている。服も少し汚れている。

 かなり、激しく鍛錬とやらをやって来たのだろうか。

 このところ、三人は時間を見つけて、魔術遣い相手の戦いの訓練を繰り返してやっているのだ。

 先日、ウルズにやられたのが、かなりショックだった気配であり、エリカを中心にして、いろいろと模索のようなことをしているようなのだ。

 いまも、それで頑張ったに違いない。

 これもそれも、一郎を襲うかもしれないアスカの襲撃に対抗するためなのだから、一郎としては本当に申し訳なく思っている。

 

「はあーい、じゃあ、ご主人様、ありがとうございます。元気をもらいました」

 

 コゼが一郎の男根を口から離して、ぱっと破顔する。

 そして、手を伸ばして、一郎がズボンの前から出していた一物を下着とズボンの下に戻してくれた。

 

「待て、ちょっと傷があるな」

 

 一郎は立ちあがろうとしたコゼをそのままにさせ、淫魔術でコゼの身体を探り、傷や打ち身のようなものを治療していった。

 汚れはとれないが、傷はあっという間に消失していく。

 

「ロ、ロウ様は治療術もおできになるのですか? さっきは、不思議な粘性物を操る魔道を遣っておられたし、ロウ様は本当に何者なのです?」

 

 スクルズが目を見開いた。

 一郎はコゼの傷を治し終わり、次いでエリカとシャングリアを呼び寄せながら笑った。

 

「別に魔道が遣えるわけじゃありませんよ、スクルズ殿。だけど、俺が淫魔師という特殊な能力保持者ということはもう話しましたよね。俺は、支配している女に限って、治療術のようなものが使えます。それだけでなく、身体を操ることもね……」

 

 スクルズの胸に粘性体を出現させて、両乳首を振動させる。

 

「きゃん」

 

 スクルズがびっくりして両手で巫女服の上から胸を押さえた。

 そのときには、粘性体は消失させている。

 スクルズはなにが起きたのか、わからなかったみたいで、ただただ驚いている。

 

「粘性物を操る術? そんなことできるのか?」

 

 コゼと場所を交代したシャングリアが一郎の治療を受けながら首を傾げた。

 一郎は粘性体を飛ばして、シャングリアの両手首に手錠のように発生させ、それを背中側に移動させて、両方を密着させた。

 

「うわっ、なんだ?」

 

 シャングリアが声をあげた。

 横のエリカも目を丸くしている。

 

「こんな感じだ。なんで、こんなことができるようになったかは知らん。なぜかできるようになった。というわけで、いろいろと試したいんだ。実験台になってくれるか、お前たち」

 

 一郎はシャングリアの粘性体による拘束を解除した。

 これは面白い。

 新しいこの能力は、かなりの応用性がある。プレイの幅も広がりそうだ。

 

「そ、それはいいですけど、その前に、今日の稽古の仕上げをさせてもらえませんか、ロウ様。スクルズ様にちょっと手伝ってもらいたいことがあるんです。その後でよければ、わたしたちは喜んで、ロウ様にお付き合いさせていただきます」

 

 シャングリアに次いで、肌の擦り傷の治療を受けていたエリカが慌てたように言った。

 

「そういえば、そんなことをさっき言いかけていたな。連携動作の仕上げか」

 

 一郎は思い出して言った。

 さっき、エリカがそんなようなことを口にした気がした。

 

「いえ、仕上げというほどのものでも……。ただ、万が一、アスカ様のような魔女がロウ様を襲撃してきたときに、あたしたちでロウ様をお守りできるよう連携した戦いについて、模索しているんです。それで、スクルズ様に一度手合わせさせてもらえないかと……」

 

「ああ、練習台になって欲しいということか……。どうです、スクルズ殿?」

 

 一郎はスクルズに視線を向ける。

 

「わたしでよければ喜んで……。もっとも、わたしは光魔道と呼ばれる浄化魔道や治療魔道が得手なのですが、攻撃魔道もひと通りこなせます。皆様の練習相手は十分にできると思います」

 

 スクルズがにこにこしながら言った。

 一郎は、それでふと思いついた。

 

「だったら、四人でバトルロイヤルというのはどうかな。四人入り乱れての対抗戦だ。ただ稽古するよりも、面白いんじゃないか」

 

 一郎は言った。

 しかし、四人はきょとんとした表情になった。

 

「ばとる……ええっと、すみません、ロウ様。ちょっと、その言葉がわかりません」

 

 エリカが四人を代償するかたちで言った。

 この世界の召喚されて以来、読み書きはともかく、会話については困ったことはない。一郎は普通に喋っているつもりでも、こちらの言葉に勝手に翻訳されている感じだなのだ。これも、召喚された影響なのようだが……。

 だが、時折、この世界のない概念については、意味が通じないときがある。

 いまもそうなのだろう。

 

「バトルロイヤルというのは、一対一ではなく、複数が同時に戦って勝敗を決める勝負だ。連携動作を確認したければ、最初は全員でスクルズ殿を倒すんだな。それから、三人で戦い、一番を決める……。そうだな。最終的に勝ち残った者にご褒美と、最初に脱落した者には罰を与えるか」

 

 一郎は笑った。

 四人が怪訝な表情になる。

 

「どんな罰で、どんな褒美なのだ?」

 

 シャングリアだ。

 

「ううん、そうだなあ……。とりあえず、最初の脱落者の罰は、肉布団の刑というのはどうだ? 夕食のあとは、お前たちを抱かせてもらうけど、最初の脱落者の不甲斐ない者は、性交の後、俺の肉布団となって、俺の新しい技である粘性体術で身動きできなくなってもらい、俺の身体の上で寝てもらう。しかも、股間には俺の一物を挿入しっ放しにする。これを朝までだと、かなりつらいと思うぞ」

 

 一郎は笑いながら言った。

 我ながら馬鹿げた思いつきだが、一郎の男根を入れっぱなしで寝るというのは、かなりつらいだろう。

 だが、やってみたい。

 すると、四人の女たちが真っ赤な顔になり絶句した。

 しかし、その表情がなんとなく奇妙だったので、一郎は困惑した。

 

「どうした?」

 

 すると、コゼが息を嘆息するように大きく吐いてから口を開く。

 

「ご主人様は、まだあたしたちのことをわかっていないんですね?」

 

「わかっていない?」

 

 一郎は首を傾げた。

 

「あたしたちは、みんなご主人様が大好きです。その中でもあたしが一番好きですけど……」

 

「なにを言うか──。ロウを慕っていることで、お前に負けるか」

「やめさいよ、シャングリア──。コゼも煽るようなこと言わないの」

 

 突然にコゼの物言いにシャングリアが噛みつき、エリカが間に入った。

 

「ロウ様、わたしもお慕いしております。新参者ですが、誰にも……」

 

 すると、スクルズまで割り込んできた。

 一郎は苦笑しながら、慌てて四人を落ち着かせる。そして、コゼに話の先を促す。

 

「……とにかく、あたしたちは、いつでもご主人様に愛されることを望んでます。いつでもです。だから、ご主人様にくっついて寝るなんて、罰なんかじゃありません。それこそ、ご褒美です」

 

 コゼの言葉に全員が大きく頷く。

 一郎は唖然とした。

 

「ご褒美って、そんなんでいいのか?」

 

 一郎の言葉に四人が揃って頷いた。

 

「もちろんです。じゃあ、やりましょうか。とにかく、ここはお互いに、相手に致命傷を負わせない代わりに、負けと思ったら、素直に負けを認めて離脱すること。それでいいわね」

 

「あんたが一番、聞き分けなさそうだけどね」

 

 エリカが馬車に走って、そこに立て掛けてあった小弓と矢束を持つ。

 それを合図にするように、四人がぱっと散ってそれぞれに武器を構えた。



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102 淫女バトルロイヤル(2)

 一郎の目の前から、さっと女たちが散っていく。

 エリカは小弓、シャングリアは剣、コゼは腰に二本吊っている短剣のうちの一本を左手に持つ。

 スクルズに至っては、瞬間的に身体が消滅して、離れた場所に姿が現われた。

 瞬間移動──すなわち、移動術だ。

 

「手筈通りよ。シャングリア、コゼ、頼むわよ」

 

 エリカが弓を構えたまま声をあげた。

 

「任せろ──」

 

 シャングリアが剣を持ってスクルズに向かって駆けていく。

 コゼは別方向から走っている。

 ふたりとも呆気にとられるほどに速い──。

 やはり、まずはスクルズを離脱させてからということだろう。

 一方で、スクルズは動じる様子もなく、にこにこしている。

 

「負けませんわ、皆さん。わたしもロウ様のご褒美が欲しいですから。連携動作の練習相手とやらは、それが終わってからやらせていただきます」

 

 そのスクルズがさっと手をあげた。

 凄まじい暴風が巻き起こり、スクルズの周り一帯を竜巻のように包む。

 土煙のようなものが巻き起こり、中心にいるスクルズの姿は見えなくなる。

 

「くわっ」

 

 シャングリアがたじろいだように動きを遅くした。

 回転する風に吸い込まれそうになり、逆に足を踏ん張って巻き込まれるのを防ぐような動作に変化させたのだ。

 

「落ちついて、みんな。防護魔道よ──。攻撃を目途にするものじゃないわ」

 

 エリカが拳ほどの炎の玉を十数個を身体の周りに出す。

 それが散弾のように竜巻に当たり、回っている竜巻の風に混ざっていく。

 なるほどと思った。

 竜巻の風は周りの者を吸い込むように回転をしている。風によって消滅しない魔道の火炎玉は、竜巻に巻き込まれて中心に炎を運んでいっている。

 このまま、放っておけば、中心にいるはずのスクルズまで、竜巻が火の玉を中心まで運ぶ。

 

 すると、竜巻が突然になくなった。

 しかし、土煙だけが残ったが、一郎は目を凝らすものの、スクルズの姿はいないようだ。

 

「なにっ?」

「どこ?」

 

 剣を構えたシャングリアと、弓を構えるエリカが困惑の声を出す。

 

「上よ──」

 

 コゼが声をあげて、右手で小さなものを弾くのが見えたと思った。

 シャングリアの頭の上でなにかが光ったと思ったが、コゼが飛ばしたものに当たり、光が拡散して消える。

 一郎にはなにが起こったがわからない。

 

「魔道紋を消したのですね。惜しいですね。もう少しでしたのに……」

 

 声のする方向を見た。

 スクルズが空中のずっと上にいて、頭を下にして落下している。

 やっと、さっきの竜巻の中心から、上空に移動術で転送したのだとわかった。

 そのまま地面に叩きつけられるのかと思う勢いだったが、地面すれすれの位置で、再びスクルズの身体が消滅する。

 

「すごい」

 

 一郎も思わず声をあげた。

 移動術で、あれほどに縦横無尽に姿を消したり、出したりするというのは想像もしてなかった。

 やはり、とんでもない魔道遣いだ。

 

「そこね」

 

 エリカが一声を放つとともに、空中に矢を射た。

 空中のなにもないところに、矢が刺さったと思った。

 ぱんとなにかが弾けて、一度スクルズが消えた場所から、もう一度スクルズが出現する。

 もしかして、さっきからやっているのは、スクルズの魔道が発動する前に、コゼやエリカが魔道の発動を邪魔しているのだろうか?

 いや、そうなのだろう。

  

「きゃああああ」

 

 どさりと音がした。

 一度消滅した場所から、再出現したスクルズが体勢を崩したまま地面に転がり倒れる。

 

「そこだ──」

 

 さっきからスクルズを遮二無二追いかけていたシャングリアが剣を抜いて突進していく。

 しかし、一郎は完全に、倒れていると思ったスクルズが、にっこりと微笑んだのがわかった。

 

「降参しろ、スクルズ──」

 

 シャングリアが剣撃をスクルズに落とす。

 

「いいえ、しませんわ」

 

 次の瞬間、スクルズの姿が消えた。

 

「なに?」

 

 シャングリアの剣が空振りをして地面に当たる。

 スクルズが現われたのはシャングリアの背中側だ。

 

「ぐあああっ」

 

 至近距離からスクルズの電撃に当てられて、シャングリアの身体が飛んでいく。

 さすがに、この距離ではエリカやコゼによる魔道防止の手段は間に合わなかったようだ。

 

「シャングリアは脱落だ」

 

 一郎は大きな声をあげた。

 

「くそうっ」

 

 大した電撃ではなかったらしく、シャングリアはすぐに起きあがったが、そのまま地面に胡坐をかいて、口惜しそうな声をあげた。

 

「あんたねえ、大魔道師らしく、大技かけてよ──。さっきから、ちょこまか、ちょこまかと──」

 

 コゼが全力で走りながら、連発して指からなにかを飛ばしている。

 エリカも遠くから弓を射ている。

 スクルズが手をあげた。

 驚愕することに、スクルズの目の前でエリカの射た矢が急にゆっくりとなり、勢いを失ってスクルズに届くことなく地面に落ちる。

 ぱらぱらと小石が落ちる音もした。

 目を凝らしたが、コゼが指で飛ばしていたなにかの小粒のようだ。

 それがスクルズが作った力場のようなものに捉えられて落ちたのだ。

 

「だって、大技は何度も連発できませんのよ。それに、わたしは攻撃魔道は得意ではありませんので……。一度、大技を放てば隙ができます。それを狙っておられるんでしょう。移動術も短い距離なら、それほどの魔力は消費しませんわ。知っておられました?」

 

「知っているわよ──」

 

 コゼがスクルズに飛び込んだ。

 だが、スクルズは魔道で対応することなく、また消えた。

 

 

 

 “コゼ

  …………

  直接攻撃力:300(短剣、魔女殺し)

  …………”

 

 

 魔女殺し?

 一郎には、相手は持つ武器をステータスで見ることができる。コゼのステータスには、短剣のほかに、「魔女殺し」という武器があり、それを持っているということがわかる。

 スクルズが移動術で消えると同時に、コゼがなにかを放り投げるのがわかった。白い拳大の玉のように思えたが……。

 それもスクルズと一緒に消えていく。

 いまのが、魔女殺し?

 

「うわっ?」

 

 エリカが声をあげた。

 今度は、片膝立ちのスクルズがエリカの目の前に出現してきた。

 すでに魔道を放つ体勢になっている。

 

「ちっ」

 

 エリカが舌打ちして、弓ではなく矢を手に持った。

 

「きゃあ」

 

 だが、スクルズが魔道を放つ前に、スクルズの背中にコゼが投げた白い玉が当たり、液体がぱっとかかる。

 スクルズの表情が変わったのがわかった。

 

「こ、これは、魔力を一時的に拡散させる液薬……」

 

 スクルズが呆気にとられつつも、すぐに液体のかかった巫女服の上衣をとっさに脱ごうとする。

 魔力を失わせる効果が、さっきの魔女殺しなのだろう。

 スクルズがなにかをするよりも早く、エリカの持つ矢が、スクルズの喉に当てられる。

 

「ま、参りました……」

 

 スクルズが両手をあげた。

 

「スクルズ殿、負けです」

 

 一郎は声をかけた。

 

「しゃああああ」

 

 雄叫びがあった。

 コゼだ。

 猛然とエリカに突っ込んできている。

 

 エリカが弓を射る。

 きんと音がして、コゼが短剣で矢を弾く。

 すでに最初の距離の半分以下――。

 

 エリカはさらに二射目を放つ。

 その顔は真剣だ。

 また、コゼが矢を弾く。

 そのあいだも、距離がどんどんと縮まっている。

 エリカが弓を捨てて、剣を抜く。

 ふたりの距離がほとんどなくなる。

 

「うりゃああ」

 

 エリカが先に飛びかかり、コゼの胴に剣を払った。

 コゼが身体を回転させながら短剣で剣を受け、その勢いに負けるように横に跳んだ。

 ふたりの距離が大きく離れる。

 だが、エリカが片膝を地面に着いた。

 

「くっ、しまった……」

 

 エリカの首に小さな針が刺さっている。

 毒針だろう。

 弛緩剤だ。

 

 一郎には、またもや、エリカに飛びかかる直前に、コゼのステータスに“毒針(弛緩剤)”という表示ができるのが見えたのだ。

 目の前で行われたのは女四人の模擬戦だが、改めて、一郎は自分の魔眼の力も知ることができた。

 直前にだが、相手の手の内がわかるのであれば、やりようによっては、一郎にも女たちの戦いを助けられるとも思い直した。

 

「ま、まだよ……」

 

 エリカがすぐに首の針を抜こうとしたが、エリカの手は首に届くことなく、途中で力尽きるように、だらりとさがる。

 

「はい、これで終わり。さっき言ったじゃないのよ、エリカ。投げ刃、投げ飛礫はアサシンの得意技よ。投げ針もね」

 

 コゼがけらけらと笑って、離れた位置からエリカに首にさらに針を飛ばした。

 

「く、くそう」

 

 エリカの首に二本目の針が刺さり、エリカが口惜しそうにその場に崩れ倒れた。

 

「コゼの勝ちだ。おめでとう、来いよ」

 

 一郎は立ちあがって腕を拡げた。

 

「やったね」

 

 コゼが一郎に走って来て、勢いのついたまま一郎に飛びかかる。

 一郎は目の前に薄い粘性体の膜を作り、クッションのようにコゼの全身を受けとめ、網ですくい取るように、コゼを捕えて抱き受けた。

 一郎にコゼの小柄な身体がぶつかったときには、全身を包む膜全体は消滅しているが、両手首には粘性体が残っていて、両手を束ねた状態で一郎に捕まえられる。

 一郎を抱き締める予定だったろうコゼは目を白黒している。

 

「コゼ、俺の技もなかなかのものだろう? 一番強かったコゼを呆気なく捕まえたぞ。じゃあ、俺の勝ちだな。負けた捕虜は、服を剥がされて犯されるんだ。覚悟しろよ」

 

 一郎は冗談めかしく言うと、コゼをその場に仰向けに押し倒して、今度は手首を万歳するように頭側にあげる。

 そして、上衣をたくしあげて、胸巻きを剥ぎ取り、乳房を露出させた。

 

「ああん、ご主人様、犯してください」

 

 コゼが嬉しそうに笑った。

 一郎はコゼを抱き起こすと、両手首を束ねている粘性体を一度切断して、背中側で水平に組むように腕を回させる。

 その状態で改めて、粘性体を密着する。

 

「これは便利な能力だな」

 

 一郎は胡坐に座ると、コゼを脚の上に乗せるようにして、一郎と同じ方向に座らせる。

 コゼの乳房は小ぶりだがなかなかに吸いつくような感触がいい。それに揉んでいると熱を帯びて熱くなり、しっとりと汗が染みてくる。とにかく、触っている感触が素晴らしいのだ。

 だが、いまこの瞬間のコゼの乳房は、びっくりするほどに堅かった。乳房だけでなく、肌全体が冷え切っていて、温かみが微塵もない。

 まるで、血が通っていないかのようだと思った。

 

 ほんの少しの時間だが、コゼがかなりの緊張感の中にいて、戦いをやり取りする刹那にいかに意識を集中していたのかということがわかる。

 それがコゼなのだろう。

 一郎の見たところ、四人の中でコゼが特別に強かったわけじゃなく、コゼは一瞬一瞬に研ぎ澄ます神経が鋭く、スクルズやエリカが見せたほんの僅かな隙を見逃さなかった。

 アサシンならではだろう。

 

 思い出してみると、コゼは四人の入り乱れての戦いの中で、巧みに気配を殺して駆けまわるようにしながら、最初はシャングリア、次にはエリカにスクルズの意識を追わせて、その陰に隠れるように、スクルズに迫った。

 コゼがまともに、スクルズに飛びかかったのは、シャングリアを倒した直後の、スクルズが一瞬、ほっとした様子を示したあのときだけだったように思う。

 もしかしたら、これが一対一の戦いだったら、勝者はコゼではなかったかもしれない。

 

「あ、ああっ、ご主人様……」

 

 コゼが身悶える。

 一方で、ちらりと視線を向けると、シャングリア、スクルズ、エリカが立ちあがって、こっちにやって来るのが見えた。コゼの毒針にしてやられたエリカだったが、スクルズに治療術をかけてもらったようだ。

 

「約束だから、今夜はコゼを中心を抱く。悪いが先に食事をしてくれ」

 

 一郎はほかの女たちに声をかけた。

 そのあいだも、コゼの胸を一郎の手は揉み続けている。

 

「まあ、仕方ないか……」

「コゼさんの攻撃は鬼気迫るものがありました」

「してやられたのは認めるわ……」

 

 シャングリア、スクルズ、エリカがぞろぞろと引きあげてくる。

 一郎がほかの女たちの前でも、女を抱くのは慣れっこなので、別段に気にする様子もない。

 コゼを一郎が愛撫している横を何事もなく通過して、焚き火を囲んで食事を開始する。

 一郎は、コゼの耳元に口を近づけた。

 

「コゼ、凄かったよ。だけど、勝者の特権は、俺に抱き潰されることでいいと承知したのは、お前だからな。とことん、相手をしてもらう……。まずは一発。食事は俺に跨ったまましてもらう。もちろん、そのあいだも相手をして、宣言のとおりに、抱き潰されてもらうぞ。ほかの女も抱くかもしれないけど、今夜はコゼの日だ。お前だけはずっとだ。覚悟しろ」

 

「へへ、嬉しいな……。あっ、ああっ、ご主人様、き、気持ちいいです……。ご、ご主人様に抱かれると……愛撫されると、き、気持ちよくて……ああっ、身体がやわらかくなって……ああ、と、溶けていくみたいで……」

 

「そうだな。コゼの肌の温かさが戻ったな。俺好みに柔らかくなった」

 

 一郎は笑った。

 冷たさを感じたコゼの肌は、もはや一郎の愛撫に応じるように熱を帯び、いつものようにしっとりと汗を帯びてきた。

 一郎は性奴隷にした女の心を感じることができるようなのだが、コゼの心から完全に緊張が消失しているのがわかった。

 

「ご主人様、あたしのこと好きですか……。ああ、と、とても気持ちがいいです……。む、胸だけでも……ううん……。ご、ご主人様と一緒だと……とても、とても気持ちがよくて……。あ、あたし……あたしですね……。ご主人様に抱かれていると……なんにも考えられなくなって……それが気持ちよくて……ああ……」

 

 一郎にだっこされているような体勢のコゼが、首を横に曲げて一郎の胸に頬に擦るつけるような仕草を始める。

 まるで猫のような仕草だが、一郎にだけ見せるコゼが全身全霊に甘える動作だ。

 一郎は片手で上衣を脱いで、肌を露出させた。

 コゼが愛おしむように、ますます一郎の肌に頬を擦りつける。

 この甘えぶりは、さっきまで三人の女傑を翻弄して、最後まで勝ち残ったほどのアサシンとも思えない。

 

 一方で、焚き火の側からは、ほかの女たちの笑い声が聞こえてきた。

 食事が美味しいと言っているようだ。

 すぐそばで何事もないように談笑している女たちの横で、堂々と愛を交わすというのも考えてみれば、凄いことだと思うが、もう一郎も女たちも慣れっこだ。

 わずか十日だが、毎日のように屋敷に遊びに来ていたスクルズも、いつの間にか、完全にこの倒錯の関係に馴染んでいる。

 敬虔で清楚な雰囲気で王都で人気の美貌の筆頭巫女の正体が、夜討ち朝駆けどころか、神殿勤務の間隙の日中にだって、一郎に抱かれるために屋敷にやって来る淫乱巫女だと知ったら誰もが驚くだろう。

 そんなスクルズのことを知っているのは、一郎だけだと思うと、少し優越感も覚える。

 

 さて……。

 一郎は思念をコゼに集中することにした。

 コゼの胸の下端の丸みをするするとなぞり回す。

 ここはコゼの強い性感帯のひとつだ。

 

「あんっ、ああああっ」

 

 ずっとあえて避けていたのだが、一郎が柔らかくこの場所を刺激すると、コゼが快感に戦慄するように、ぶるぶると身体を悶えさせた。

  

「ああっ、ご、ご主人様、ま、待ってえっ」

 

「待たないよ」

 

 一郎は笑って、さっと胸全体の表面をなぞり回す。

 

「はんっ」

 

 乳首を擦られたコゼが、たまらず顔を仰向かせて、上体を反らせて一郎に体重を預ける感じになる。

 一郎は手を滑らせて、コゼの腰のズボンに手をかけた。

 短剣を吊る革ベルトを外して横に置き、さらにズボンのホックに手をかける。

 エリカとシャングリアが短いスカートをはいているのに対して、コゼだけは動き回りやすいように半ズボンをはいている。

 片手でコゼの乳房を愛撫しながら、ズボンを下着ごと片脚だけおろす。コゼも手伝い、片脚だけに半ズボンと下着が引っ掛かるかたちになる。

 

 一郎はコゼの秘部に指を伸ばした。

 すでにびっしょりだ。

 淫靡な蜜の匂いが溢れかえる。

 

「ご主人様、いっぱい、いっぱい愛してください。コゼは、ご主人様に会って幸せになりました。もっともっと早くご主人様に会いたかったです。そうしたら、もっと早く幸せになれたのに──」

 

 コゼが悶えながらささやくように言った。

 すでに前戯はいらない状態だ。

 一郎は素早く自分のズボンと下着をおろすと、勃起した男根を出して、コゼの股を拡げさせて一郎の腰に跨らせる。

 そのまま、滑り落すようにコゼの腰を怒張に沈めてやった。

 

「んふううっ、あああああっ」

 

 コゼが鼻の奥から崩れ落ちるような溜息を放って、腰を中心に下腹部からふくらはぎまで、そして、胸元までの半裸の身体を打ち震わせた。

 

「また、思い出したのか、コゼ……。前にも言ったはずだぞ。コゼの人生は俺たちと出逢ったところから始まった……。あの山の中の温泉で処女を失い、俺に愛され、エリカという仲間を作り、シャングリア、そして、スクルズ殿も……。それ以外の人生なんてないぞ。それよりも前のことなんてな……」

 

 一郎は同じ方向を向かせたままのコゼの腰を抱き、最初はゆっくりと、そして、だんだんと早く腰を出し入れするように律動を開始する。

 コゼは何度も口にするとおりに、いまは幸せなのだろう。

 それはコゼの伝わってくる感情からわかる。

 だが、同時にコゼの心の奥底にある恐怖のようなものもわかる。

 コゼは、いまが幸せである分だけ、昔の記憶が呼び起こされて恐怖を覚えるようだ。

 わかりやすく一郎に甘えてくるのは、コゼのそんな恐怖の裏返しだ。

 一郎も、できればコゼのそんな奥底の嫌な記憶なんて、完全に消滅させてやれたらいいのになあと思う。

 心の底から嫌な男たちの性処理用の女として扱われ、したくもない暗殺を奴隷の首輪に強要されてさせられてた……。それがコゼの過去だなんて無くしてしまえればいいのに……。

 

「ああ、ああああっ、いい、いい気持ちです。いっちゃいます。いっちゃいます、ご主人様、いいぐううっ」

 

 すぐにコゼ絶頂に向かって快感を飛翔させていった。

 一郎は精を放った。

 しばらくのあいだ、コゼはがくがくと身体を痙攣させたようにして、全身を突っ張らせていたが、しばらくしてがっくりと脱力した。

 一郎はコゼの股間から怒張を抜くことなく、身体を反転させて、一郎に向かってぴったりとコゼを密着させる。

 さらに、離れられなくなるように、粘性体の膜を出して、ぴったりとふたりの身体を包ませる。

 

「さあ、食事にするか。勝者のご褒美だ。コゼの食事は俺が食べさせてやるぞ」

 

 一郎はコゼを腰に突き挿したまま腰の下から抱えて焚き火の方向に歩きだす。粘性体でぴったりと包んでいるので、大して力を入れなくても、コゼが落ちることはない。

 

「ひんっ、んふっ、あふうっ、ご主人様、あああっ、こ、これ、ききます──」

 

 コゼが一郎の腕の中で悶え震える。

 

「わっ、ロウ様」

「ロウ──」

「ロウ様──」

 

 コゼに挿入したままやって来た一郎に、エリカとシャングリアとスクルズが目を丸くした。

 

「じゃあ、美味しそうなスクルズ殿の料理をもらおうかな。だが、最初は口移しがいいね。誰かご馳走してくれるか?」

 

 一郎は軽口を言った。

 すると、三人の美しい女傑たちが顔を真っ赤にしながら、競うようにさじでシチューを自分の口に入れ、そして、一斉に一郎の座った場所に寄ってきた。

 

 どうやら、まだまだ夜は始まったばかりのようだ。



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103 廃神殿の奇妙な事件

 ガラヴィという里は、どうということのない農村のように思えたが、馬車の御者台から見える景色には、一般的な庶民用の平屋の建物に混じって、格式の感じる古い二階建てや三階建ての建物もあった。小さな里なのだが歴史だけはあり、古い時代のものがああやって、壊されずに残っていたりしているらしい。

 また、里の中央を貫く道を進んでいる一郎たちの馬車を見物するように、道の両側に里の者たちが何人も出て来て、一郎たちはそんな里の者たちに見守られながら、里長の屋敷だという里の奥にある建物に向かっていた。

 

「外の客が珍しいのかねえ? やたらに見物されているな」

 

 一郎は言った。

 珍しく御者台に出ていた一郎だったが、残念ながら馬車を曳く馬の扱いはできないので、いま御者を務めるのはシャングリアだ。

 

「外の客が珍しいような土地ではないな。ガラヴィは王都街道沿いにある農村の里だから、旅人もそれなりに多いのだ。里の中には商家もあるし、里の先はすぐにミラノの城郭なので、小さいが旅人目当ての宿屋もあるはずだぞ」

 

 隣のシャングリアが応じた。

 里の中でもあるし、馬車は歩くような速度でゆっくりと進んでいる。

 

「だったら、今夜は宿屋泊まりかな。クエスト解決にどのくらいかかるのか知らないが、少なくとも十日は戻るなというミランダの仰せだ。ずっと馬車泊まりというのも、お前たちも大変だろうしね」

 

 一郎は言った。

 今回のクエストは、ミランダが直々に持ってきた強制クエストであり、依頼の内容は、この里外れにある廃神殿を調査して欲しいというものだった。

 詳細は不明ではあるが、その廃神殿は長く誰も住んでいなかったものの、最近になって人が集まっている気配がしたり、数名の盗賊が入り込んだと思ったら、数日してその盗賊たちが記憶と正体を失って廃神殿の外に追い出されたという奇妙な事件が起こったりしたそうなのだ。しかも、その盗賊たちが廃神殿から持ち出したらしい財貨を持っていたりと、おかしなことばかりなのだという。

 いまのところ、大きな被害は出ていないものの、奇妙で不気味なので冒険者ギルドに調査依頼がかかったのだ。

 

 もっとも、その調査依頼がかかったのは、このガラヴィの里に近いミラノという城郭にある地方冒険者ギルドであって、一郎たちが所属している王都ギルドにかかったわけじゃない。それをわざわざ王都ギルドに持ってきて、一郎たちの強制クエストにしたのがミランダだ。

 クエストを屋敷まで告げにきたミランダの様子から、ミランダの目的がこのクエスト解決ではなく、しばらく一郎たちを王都から離したいためだけというのは明白であり、一郎としては、その理由を頑なに語ろうとしないのが気になったが、あえて、ミランダに従うことにしたというところだ。

 

 いずれにしても、その地方ギルドでは、その廃神殿の調査クエストを受けた冒険者のパーティが廃神殿に入ったものの、行方不明になっているということでもあり、簡単なクエストということでもないようだ。

 とにかく、詳しくは、これからいくガラヴィの里長に訊ねることになっている。

 

「五人なら二部屋になりますね。あたしはご主人様と一緒の部屋にします。ほかの方はご自由に」

 

 すかさず、後ろからコゼが口を挟んできた。

 一郎の周りの女たちは面白い。

 馬車の道中のあいだ、一郎が後ろにいると、御者役以外は全員後ろに来て集まり、一郎が御者台に座ると、やっぱり全員が集まる。みんな一郎の隣にぴったりと密着したがるのだ。

 従って、いまは一郎の隣には御者をしているシャングリアがいるが、すぐ後ろにも、コゼ、エリカ、スクルズが詰めている。

 

「なに言っているのよ、コゼ。あんた、昨夜はずっと可愛がってもらったんだから、今夜は自重しなさい」

 

 エリカだ。

 昨日のことだが、露営をした森の中の河原で、女四人のバトルロイヤルをやり、一郎は勝者だったコゼとご褒美セックスをやった。

 まあ、それは一郎式の徹底したものであり、一度だけでなく、夜中までに三度も繰り返し抱き潰し、さらにコゼの女陰に一郎の男根を挿入して休み、朝起き抜けに、またコゼを抱き潰したという壮絶なものだ。

 さすがのコゼも、昼過ぎまで起きあがらなかったが、一郎の淫魔術とスクルズの体力回復の光魔道によって、やっと数ノス前くらいから元気になった。

 それなのに、また一郎の相手をしたいというのは、コゼも根性がある。

 一郎は苦笑した。

 

「やよ──。あたしは、ご主人様が好きなんだから……。あっ、だったら、大部屋ではなく、個室ということになれば、五人部屋はなかなかないけど、四人部屋だったらあるんじゃない。やっぱり、高位巫女様は冒険者風情と一緒というわけにはいかないから、おひとりでお泊りになられればいいじゃないですか。それとも、神殿の施設かなんか、この里にはないんですか?」

 

 コゼが半分嫌味っぽく言った。

 

「意地悪をいわないでください、コゼさん。もうおわかりのくせに……。それではなんのために、わたしがご一緒させてもらったかわからないじゃないですか。わたしは床でも結構です。どうか、ご一緒させてください」

 

 スクルズが応じた。

 一郎は振り返ったが、スクルズはにこにこと笑っている。

 だんだんとわかってきたが、この高位巫女の微笑みは、彼女独特の処世術のひとつだろう。そうやって、人懐っこい笑みを浮かべながら、大抵の無理は通してしまう。

 今回のことだって、いきなり、十日以上も王都を空けて、一郎たちのクエストに同行することになったが、そんな自分のわがままを神殿関係者にちゃんと話を通してきたらしい。

 

「まさか、王都第三神殿の筆頭巫女のスクルズ殿を床に寝かせるわけにはいかないでしょう。俺が床に寝ますよ」

 

 一郎は笑った。

 

「だったら、あたしも床にします」

 

 コゼが元気に言った。

 

「ロウが床なら、みんな床に集まりそうだな。わたしもロウの横で添い寝したいしな」

 

 シャングリアが隣で笑いながら言った。

 一郎もこれには苦笑するしかない。

 

「まあ、だったら、いつもの通りな。生き残り式だ。それで好きにしてくれ。もっとも、まだどんな宿屋が取れるかわからないがな。宿がとれなければ、また馬車になるかもしれん。いずれにしても、そういうことにしとこう」

 

 一郎は言った。

 すると、スクルズが怪訝そうな口調で口を開いた。

 

「生き残り式……とはなんですか?」

 

「わたしたちの取り決めです、スクルズ様」

 

 エリカが口を挟んだ。

 

「取り決めとは?」

 

「ロウ様の隣はふたつです。でも、わたしたちは三人います。だから、一番最初に抱き潰れた者は競争から離脱することになるんです。その代わり、朝のご挨拶は添い寝をしなかった者が優先です。まあ、喧嘩になるのでそういうことになっていて……」

 

 エリカが小さな声で言った。

 考えてみれば、我ながら凄い話だが、この三人は一郎の隣で誰が添い寝をするのかというようなことで、本気で喧嘩をするのだ。それでそういうことにして、落ち着いた。

 また、この取り決めにしてからというもの、誰かを先に抱き潰そうと、女同士も責め合ったりするので、なかなかに夜の遊びが淫靡なものになっている。

 おかげで、毎夜愉しい。

 昨夜はそんな争いもすることなく、コゼだけが添い寝ということになったので、また、今夜からそんな性の戦いもあるのだ。

 いまから愉しみだ。

 

「まあ、だったら頑張ります。公平でいいですね」

 

 スクルズが愉しそうに言った。

 そんなことをやり合っていると、しばらくして目的の建物らしき場所に到着した。

 大きくはないが、里にあったほかの建物とは一線を画した二階建ての煉瓦造りの建物だ。

 門番のような者はいないので、そのまま屋敷の前庭に馬車で乗りつける。

 馬車の見張りと管理は、とりあえず、そのままシャングリアが受け持つことになり、一郎は、エリカとコゼとスクルズを伴って、馬車から降りて、建物の玄関にあった呼び鈴を鳴らして、冒険者だということを大きな声で告げた。

 

 しばらくすると、勢いよく玄関の扉が開き、中から一郎よりも十歳は年長であろうと思われる中年の男が飛び出してきた。

 頭頂部は禿げており、腹も出ているが、服装はかなりいい。

 里長自身だろう。

 ステータスを読むまでもなく、一郎は思った。

 

「これはこれは、お待ちしておりました。今回の調査依頼に際し、王都筆頭巫女様直々にお越しくださるというのは、誠にありがたく……。実は、ちょっとした行き違いがあったようでありまして、スクルズ様のご訪来は昼過ぎに報せが届いた次第でございます。そのため、大した準備が……。あっ、失礼しました。ガラヴィの里長のイナーフでございます。ようこそ、里においでくださいました、スクルズ様」

 

 イナーフという里長が満面の愛想笑いを浮かべながら、スクルズに挨拶をした。

 

「えっ、は、はい……。では、よろしくお願いします、イナーフ殿」

 

 ちょっと面食らった様子のスクルズだったが、すぐに毅然とした態度に変わり、イナーフに挨拶をする。

 その姿には、さっきまで一郎の三人娘たちを痴話事を堂々と話していた面影はない。きちんとした高位巫女の装束もしている。

 一郎は改めて、やはり、スクルズはそれなりの地位の女性なのだと思った。

 

「では、立ち話もなんですので、さっそく……」

 

 そして、イナーフは、スクルズを案内して、家の中に招いた。

 一郎たちは完全無視だ。

 

「……あれ? もしかして、俺たちって、スクルズ殿の従者か、付き添いかなにかの扱いになっているのか?」

 

 一郎は横のエリカにささやいた。

 

「そうみたいですね」

 

 エリカは面白くなさそうな表情で応じた。

 

「だったら、そういうことにしとこうか」

 

 一郎は笑って、エリカとコゼを伴って、スクルズの後ろからついていった。

 

 

 *

 

 

 イナーフは、いい加減な情報を持ってきた冒険者ギルドの使者に舌打ちをする思いだった。

 とりあえず、スクルズについては、イナーフ自ら出迎えたが、問題はこれからだ。

 昨日までは、依頼したクエストであるあの廃神殿の調査をするために、王都から優秀な冒険者がやってくるという報せだけだった。

 イナーフは安堵するともに、冒険者ギルドの素早い対応に感謝もしていた。

 

 なにしろ、あの廃神殿は、いまのところ、大きな実害はないのものの、神殿に入った者を呑み込んだまま返さず、調査のために入った若い冒険者のパーティがすでに二組も帰って来ていない。

 城郭からは役人と兵も幾らかやってきたが、そいつらは満足に調査もできずに終わってしまった。

 

 まあ、おかしな事件が起きている廃神殿なのだが、近づかなければ実害はない。しかし、最初の事件で盗賊が記憶と正体を失ったものの、大変な財を持って廃神殿の外に出てきたという噂になってしまい、禁止したものの、ついに里の者まで数日前に神殿内に入り込み、その者たちもまだ戻ってきていないということが起きてしまったのだ。

 

 金で雇った冒険者については、こちらの責任ではないが、里の者を救出することについては、里長の責任でもある。

 だから、どうすべきか思い悩んでいたところに、今度はいままでとは異なり、地方都市からの冒険者パーティではなく、王都から派遣すると報せがやって来たのだ。

 どうして、わざわざ王都から来るのだと思わないでもなかったが、ギルドによれば、王都でも有名な優秀なパーティということなので、イナーフは喜んでいた。

 

 だが、それが驚愕と困惑に変化したのは、今日の昼過ぎだ。

 ギルドではなく、神殿から別の報せがあったのだ。

 やって来るのは冒険者ではなく、第三神殿の筆頭巫女のスクルズだというのだ。

 筆頭巫女といえば、王侯貴族ではないが、それに匹敵する格式を持った高位の女神官だ。

 しかも、スクルズといえば有名であり、高い魔道力のある美貌の女神官だ。

 驚いて、改めて冒険者ギルドに問い合わせると、筆頭巫女が同行するのは事実であり、冒険者パーティとは一緒にやって来るという話だった。

 

 それで合点がいった。

 冒険者と筆頭巫女が一緒に来るなら、主体は筆頭巫女だ。

 わざわざ王都から冒険者パーティがやって来る理由も納得だ。

 その冒険者パーティは、筆頭巫女の従者役であり、護衛だろう。

 そうに決まっている。

 だったら、冒険者ギルドもそう言ってくれればいいのだ。

 それなのに、まるで筆頭巫女の方が付き添いのような物言いだった。

 そんなはずはないのに……。

 

 とにかく、大した出迎えの準備はできないが、それなりのもてなしの態勢は必要だ。

 冒険者だと思っていたので、なんの準備もしていないが、いまは、家人一同で支度を進めているところである。

 

「では、スクルズ様、こちらにどうぞ」

 

 イナーフは、応接室にスクルズを招き入れると、当然に上座をスクルズに準備した。

 冒険者たちの席は、スクルズの後ろ側に簡易椅子で支度させたが、同行するのは男がひとりと女がふたりの三人なので、思ったよりも少ない。

 そういえば、馬車にも女がひとり残っていた気配だから、女が主体のパーティなのだろうか。

 だったら、今回のクエストには好都合かもしれない。

 ところが、スクルズはイナーフが勧めた椅子に当惑する表情を示した。

 そして、なぜか冒険者の男に振り返る。

 

「ロウ様がここにどうぞ」

 

 驚いたことに、イナーフが準備した上座の場所を、同行の冒険者に勧めたのだ。

 これには、イナーフも当惑した。

 第三神殿の筆頭巫女のスクルズは、魔道についてはかなりの高位魔道保持者だが、気さくで謙虚な女性と耳にしていた。

 だが、これほどとは……。

 

「まさか、ここは筆頭巫女のスクルズ様の席でしょう。冒険者風情の俺たちは後ろで十分です」

 

 冒険者の男はにこにこと笑いながらだが、当然ながらスクルズの言葉を固辞し、そのまま後ろの簡易席に腰掛ける。同行の女ふたりがすっと椅子を移動させ、わざわざ密着するように、さっと男の隣に座る。

 

 イナーフはちょっと意外に思った。

 スクルズの美貌もだが、男の隣に座ったエルフ女性は驚くほどに美しかった。しかも、可愛らしい顔をしながらも、なんともいえない色香のようなものも感じる。イナーフもちょっと動揺したくらいだ。

 また、もう一人の人間族の女性も、小柄で絶世の美女という感じではないが、随分と可愛い顔をしている。

 そのふたりが、ちょっと不自然なほどに椅子を動かして、男に密着したのだ。

 明らかに恋人だとわかる距離感であり、イナーフは思わず男を改めて凝視したほどだ。

 だが、黒い髪と黒い目はこの国では珍しいものの、平凡な顔立ちの男だ。

 年齢も若くない。

 しかし、横の女たちに慕われているのは明白だ。

 

「ロウ様、意地の悪い言い方をなさらないでください。どうか、こっちに……」

 

 だが、スクルズはその状況でも、まだ困っている感じだった。

 イナーフはその態度がとても不思議だった。

 結局のところ、スクルズは渋々という感じで、イナーフが準備した席に腰掛けた。

 

 とりあえず、イナーフは家人に温かい飲み物と菓子を運ばせた。

 そこでも悶着があり、スクルズは男よりも先に自分に飲み物が渡されるのを嫌がり、菓子については皿のまま男側に回してしまった。

 イナーフは、ますます不思議に感じた。

 

「とにかく、クエストの話をしましょう。詳しく説明してください」

 

 そんな感じで奇妙でぎこちないやり取りの後、話を切り出したのは男の方だった。

 とりあえず、イナーフは依頼のことを説明することにした。

 

「問題が発生したのは約一箇月前のことです……」

 

 イナーフは説明を始めた。

 もっとも、大まかな内容については、冒険者側の男もスクルズも認識があるようだった。

 

 まずは、廃神殿に盗賊が棲みついたと思ったら、数日後に全裸で正体と記憶を失っている盗賊たちが廃神殿の森で発見されて、そのときに、盗賊たちは全員がひと財産というべき財宝を袋に入れて持っていたこと……。

 

 地方冒険者ギルドに調査依頼をしたところ、若い男女のパーティが入ったが、いまだに外に出てきていないこと……。

 

 さらに、城郭から十数名の兵と役人が調査に入ろうとしたが、魔道の結界らしきものがあり、誰も入れなかったこと……。

 

 その後、もう一組の冒険者パーティが廃屋敷に入り、またもや入ったきり出てこなかったこと……。

 

 最後に数日前のことだが、厳しく禁止したにもかかわらず、里の若い男三人ほどが廃神殿に入り、それも出てこないこと……。

 

 男やスクルズたちは、最初に冒険者が入ったところまでは承知していたが、その後、役人たちが入ろうとしたり、二番目の冒険者パーティも行方不明になっていることは承知していなかった。

 それで詳しく説明を求められた。

 

「つまり、整理すると、大人数だと神殿に入るには結界に阻まれるけど、少人数だと入れるということか……」

 

 一連の話を聞いて、男がひとり言のように呟いた。

 

「結界とはどのような? それについての調査は?」

 

 スクルズが言った。

 イナーフが首を横に振った。

 

「魔道という以外には……。里には魔道について詳しくわかる者もおりませんし」

 

 イナーフは地方城郭にだって、神殿ひとつを包むような高位の結界魔道のことがわかる者はおらず、ましてやこの里には皆無だと教えた。

 

「どう思います、ロウ様。危険な匂いも感じますが……」

 

 驚いたことにスクルズが男に向かって判断を仰ぐように言った。

 すると、男がちょっと考えた後、しっかりと頷く。

 

「とりあえず、その廃神殿という場所に行ってみるしかないでしょうね。いまのところ、明確な犠牲者はいませんけど、わかっているだけでも、十数人の人間が捕らわれて神殿の中です。多少危険でも入りましょう」

 

「わかりました、ロウ様」

 

 スクルズが頷いた。

 続いて、男がいくつかの質問をして、イナーフはわかる限りのことを答えた。

 それで終わりになった。

 

 男が改めて、さっそく明日から調査に入ると告げるとともに、手頃な宿屋について訊ねた。

 どうやら、冒険者たちはスクルズとは、一緒には宿泊しないようだ。

 だから、宿屋を訊ねたのだろう。

 正直、イナーフとしてもほっとした。

 

 依頼を受けてくれるのだから、無碍にもできないが、やはり、冒険者というのは得体の知れないものだし、やっぱりこの国の法の外にいるような連中なので、簡単に信頼するわけにはいかない者たちだと思っている。

 イナーフは、全員が一緒に泊まれる個室が希望ということであったので、里には三軒ほどある宿屋のうち、一番大きな宿屋名を告げた。

 イナーフの名を出せば便宜を図ってくれるだろうし、イナーフの記憶では大部屋ではなく四人部屋があったはずだ。

 ただ、こんな里にあるくらいであり、安宿でそんなに期待はできないと付け加えた。

 男は十分だと応じて立ちあがった。そして、男が立ちあがると、スクルズを含め、女たちの全員が立ちあがった。

 

「では、よろしくお願いします。ところで、スクルズ様の宿泊ですが、この家にお泊り頂きたいと思います。家人についてはそのまま滞在間は召使いとして、お使いください」

 

「はい?」

 

 すると、スクルズが目を大きく見開いてびっくりした表情になった。

 イナーフは首を傾げた。

 

「で、ですから、スクルズ様のお泊りの場所については、この家をお使いくださいと……。申し訳ありませんが、この里にはほかには、貴人にお泊り頂くような宿泊場所はなく……。もちろん、私たち家族は、別に移りますので、存分にお使いいただければと……」

 

 スクルズがあまりに怪訝な顔をしているので、さらにイナーフは説明した。

 だが、ますますスクルズは、困惑顔になっていく。

 

「えっ、スクルズ様は、ここに泊まるの?」

 

 冒険者のうち、小柄な女の側が首を傾げながら言った。

 よくわからないが、まるで一緒に宿屋に泊まるとでも思っていた口調だ。

 

「まあ……。神殿から里に連絡があり、きちんとした対応をするようにというお達しもありましたので……。滅多にあることではないが、貴人を里にお迎えする場合には、この家にお泊りしてもらっている」

 

 イナーフはとりあえず、質問らしき言葉を発した女に言った。

 すると、その女が突然に爆笑した。

 

「だったら、御機嫌よう、スクルズ様──。よき夜をお過ごしください。あたしたちは、ご主人様と愉しくすごしますね。明日の朝、お迎えに参ります」

 

 なぜか、急に上機嫌になったその女が、嫌にわざとらしくお辞儀をして、男の腕をぎゅっと抱える仕草をした。

 

「ちょ、ちょっと待って……」

 

 スクルズ様は急に慌てたように声をあげた。

 しかし、男がそれを遮る。

 

「スクルズ様の宿泊場所は、神殿側からの達示で、特別な宿泊場所を準備するように連絡があったんですね?」

 

「そ、そうだが……。まあ、貴人に対する措置としては普通のことで……。まさか、筆頭巫女様をこの里にあるような小さな宿屋にお泊り頂くわけにはいかないもので……。あのう……。申し訳ないが、冒険者の皆さんについては、特にそのような準備はしておらず……」

 

 さっきから、なにか噛み合っていないようであり、もしかして、スクルズと冒険者一行は同行してきたのだから、ある程度は待遇を合わせるべきだったのだろうか……?

 だが、冒険者を雇う場合の対応というのは決まったものがあり、特に条件がない限り、依頼者側が宿泊などの準備をすることはない。

 そもそも、確かにクエストの依頼は里からやったが、形としては里が調査依頼をしたのは冒険者ギルドであり、この冒険者たちは、ギルドに雇われたという立場なのだ。

 

「いや、いや、いや、確認しただけで……。もしかして、ここには、城郭から誰かがスクルズ様に挨拶に来たりしますか」

 

 さらに男が言った。

 

「夜になりますが、おそらく……。なにしろ、この里はもちろん、近隣のミラノ城郭にしても、筆頭巫女様のような貴人のご訪問など珍しく、城郭の高官からも是非挨拶をさせてもらいたいと幾名の方々からの連絡も……」

 

「なるほど、なるほど……。そういうことなら御機嫌よう、スクルズ様……。どうか、そのような面倒には、俺たちを巻き込みなさいませぬよう……。コゼの言った通りに、朝にお迎えにきますよ」

 

 男が立ち去る気配になった。

 

「そ、そんな──。ロウ様、あんまりです──」

 

 びっくりしたことに、スクルズが男に駆け寄り、その腕を胸にかき抱いた。

 イナーフは驚愕した。

 

「イナーフ殿、誰がなんと言おうと、わたしはこのロウ様のところに泊まります。この屋敷には泊まりません。それと、ここにはこのロウ様のお手伝いをするために来たのです。どなたであれ、挨拶受けなど、とんでもありません。誰が、なんと言おうとです──」

 

 スクルズが男の腕を抱きながら、すごい剣幕で怒鳴った。

 イナーフは思わず口をあんぐりとあけてしまったと思う。

 

「そんなこと言わないで、お偉い筆頭巫女様なんだから、この屋敷に泊まりなさいよ。あたしたちが泊まるような安宿は、スクルズ様には相応しくないわ」

 

 すると、さっきの小柄な女が男の反対の腕を取り、引っ張り返す仕草をして意地悪く言った。

 しかし、この女の言うことは正しい。

 里に宿屋が三軒あるとはいったが、どの店も酒場と見分けがつかないような安宿だ。

 王都神殿の筆頭巫女ほどの者が宿泊するような場所ではないのだ。

 それを説明した方がいいだろうか……?

 

「いえ、そのお話はたったいま、けりが付きました。ロウ様のおそばで添い寝をさせていただく権利をお譲りするつもりはありません、コゼさん」

 

 男の反対側のスクルズが大きな声で言い放った。

 

 添い寝?

 添い寝……?

 いま、添い寝って言ったか?

 

「権利ってなんなのよ──。そんなものは最初からないわよ──」

 

「いいえ。ちゃんと先程聞き留めました。ロウ様に愛していただき、最後まで残ることができれば、ロウ様のお横で添い寝ができると、わたしは聞きました」

 

「だから、それは抱き潰されなければの話じゃないのよ──」

 

 なぜか興奮した感じのコゼとスクルズが言い争いをする。

 それにしても、その赤裸々な内容に、イナーフも驚いた。

 

 そして、もっと驚いたのは、真ん中に挟まれた男がこんなことは慣れっこのように、平然と笑っていることだ。

 イナーフは最初に抱いた男に対する印象が全く変わったことに気がついた。

 最初は優秀な冒険者という情報にしては、平凡そうな男だと思った。

 だが、いまは、なぜか、平凡とはほど遠い非凡さを感じる。

 

「ス、スクルズ様、そんなこと、ここでは……」

 

 さすがに、エルフ女も驚いた表情で小さくたしなめた。

 とにかく、イナーフは唖然とするばかりだ。

 目の前で起きているのは、まさに痴話喧嘩に違いなかったからだ。

 

 イナーフの勘違いでなければ、王都からやって来た王都神殿の筆頭巫女であるスクルズは、人間族の若い女と男を巡って言い合いをしているようにしか見えないのだが……。

 しかも、スクルズは人目も気にすることなく、豊かそうな胸に男の腕を必死の様子でぐいぐいと押しつけている。

 あんなに親しそうにして抵抗がないのは、まさに男とスクルズがそのような関係であるからのようにしか思えない……。

 すると、スクルズがきっとイナーフを睨みつけた。

 

「よいですね、イナーフ殿──。神殿側から、なにを言ってきたか知りませんが、わたしは、このロウ様の侍女であり召使いのつもりでおります。いらぬ礼式は迷惑ですし、ましてや、ロウ様を差し置いて、城郭からのご訪問など、絶対にお断りです……。その旨、連絡を……。いえ、わたしの方から地方神殿には魔道通信で伝えます。そちらから、わたしへの挨拶は不要だと申し伝えます──。誰がやってきても会いません──」

 

 スクルズが激しい口調で言った。

 イナーフは、ただただ頷くことしかできなかった。



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104 淫神ビビデバブー

 廃神殿があると示された場所は、すでに使われなくなった道路の先にあり、馬車で向かうのは無理そうだった。

 一郎たちは、五人で歩いて向かった。

 途中、里長のイナーフの指示で三、四人の里の者が交代で通行止めの措置をしている場所があった。

 話は通じていたのだろう。

 一郎たちがやって来ると、すぐに道を開放してくれた。

 

「ご苦労様です、巫女様」

「よろしくお願いします、スクルズ様」

 

 里の者たちが口々に声をかけてくる。

 もちろん、彼らが声をかけるのはスクルズであり、一郎たちなどほとんど一瞥もされない。

 一郎は改めて、スクルズの地位の高さと人気を知る思いだ。

 また、王都の筆頭巫女がわざわざこんな田舎にやって来るのは、余程に大変なことなのだと悟った。

 

 昨日里にやって来たときも、大勢の里の者が馬車を眺めにきたが、どうやら、あれは王都から王都の第三大神殿の筆頭巫女がやって来るという噂が流れて、それで見物にやってきたようだ。

 そんなことを宿の主人が言っていた。

 

 また、一郎たちが選んだ宿屋に、スクルズまでも宿泊するとなって、宿屋の主人は驚愕するとともに、やたらに恐縮していた。

 一郎にとっては、毎日のように一郎を慕ってやってくる可愛い女神官のようにしか思えないが、やはり、この王国の一般的な者にとっては、教会の高位神官というのは、それなりの格式の高い存在なのだと肌で感じた。

 

 いずれにしても、人柄のいい美貌の高位魔道遣いのスクルズの噂は、王都から離れた地方まで伝わっているらしい。

 このスクルズに、昨夜は五回も生出しし、口にも一回出し、さらに朝に一回精を注いだのだと思うと、ちょっと優越感のようなものを覚える。

 スクルズだけでなく、エリカにしろ、コゼにしろ、シャングリアにしろ、一郎にはもったないどころか、前の世界であれば、口もきけないほどの美人であり、才能のある女性たちだ。

 それを好きなときに、好きなように抱き、好きなだけ犯しても、女たちに感謝の言葉を返される。

 いまだに自分の立場が信じられない。

 

 とはいえ、一郎もまた、やはり自分の身体の異常さに気がつかないではいられなかった。

 つまりは、昨夜、宿屋に防音の結界を張って本格的に女たちを抱いたとき、スクルズだけで六回精を放ち、多分、エリカ、コゼ、シャングリアにもまた三、四回は間違いなく精を注いでる。

 あわせて十五発は出している。もしかしたら、それ以上だ。

 まあ、女たちが絶頂したのは、合わせて何十回になるかは、数えられもしないが……。

 

 そういえば、昨夜の「生き残り式」の結果は、このスクルズとシャングリアの勝ち残りだった。シャングリアはともかく、朝になって、スクルズは魔道を使って体力回復をしていたということがわかった。

 コゼがそれを知って怒っていたが、そのコゼと飄々と立ち回るスクルズが面白かった。

 

 とにかく、一郎の身体は、どうやら異常なほどの絶倫体質だ。

 我慢しようと思えば我慢できるが、あまり時間が空くと、なんだか具合が悪くなるような感覚まであるのだ。

 ちょっと、自分が怖くなる。

 まあ、だからといって、なんとかしないといけないとも思わないが……。一郎を慕ってくれ、一郎の鬼畜を悦ぶ女たちを抱くのは愉しいし……。

 これが、淫魔師になったということなのだろう。

 

「だけど、このままなら、無事にクエストを解決しても、全部功績はスクルズ様に持っていかれそうですね。あたしたちなんて、いるのに、まるでいないみたいなんだから」

 

 先頭を歩くコゼが言った。

 里の者の前を通過すると、道は獣道のようになり、先頭のコゼとコゼの後ろのエリカが刃物で茂った草を切り拓くようにしながら、ひとり分の経路を作るという感じになっている。

 その後ろを一郎とスクルズが進み、最後尾をシャングリアが警戒をしながら進んでいるという状況である。

 コゼが口を開いたのは、完全にさっきの里の者が見えなくかってからだ。

 もっとも、不満を口にしているというよりは、軽口の範囲だ。つまりは、スクルズをからかっているのだ。

 

「申し訳ありません。それについては、改めて神殿側にも、あくまでも、わたしが付き添いであることを後で徹底させます。どうやら、第三神殿の側から、ミラノの地方神殿に、わたしが主体であるというような物言いで伝達がなされてしまったようなんです。すみませんでした」

 

 スクルズが恐縮したように言った。

 一郎は後ろを歩く、スクルズに片手で「問題ない」という意味の合図をした。

 

「いや、むしろ、ありがたい。前にも言いましたけど、俺とエリカは、アスカというとんでもない魔女を怒らせてましてね。だから、スクルズ様が功績を被ってくれてちょうどいいんですよ。実はミランダにも、これまでのクエストの功績もできるだけ、俺たちの記録から削除するように頼んでいるんです。目立つと、俺たちがハロンドールの王都にいることが、あの魔女にばれますから」

 

「えっ、そうなのか、ロウ?」

 

 すると、最後尾のシャングリアが声をあげた。

 

「そうだが、知らなかったか? もしかして、言っていなかったか? まあ、できるだけ隠してくれと頼んだだけで、完全に秘密にしてくれとまでは言ってない。そもそも、そんなの無理だしな。しかし、ハロンドールの王都の冒険者の記録は、魔道通信で三公国側のギルドでも共有できる。あの魔女が冒険者ギルドの記録を地道に探そうとするかどうかは知らんが、できるだけ危険は回避したい」

 

「そういうことか。なら、わたしも気をつけることにしよう」

 

 シャングリアが頷くのがわかった。

 そのあいだも、一郎たちは繁みの中を進み続けている。

 

「ええっと、つまり、ロウ様的には、このままがご都合が宜しいと?」

 

「そういうことです、スクルズ殿……。名声なんてどうでもいいんですよ」

 

 一郎ははっきりと言った。

 しかし、すぐにコゼが続ける。

 

「でも、クエスト達成の褒賞はどうなるんですか? まさか、あたしたちとスクルズ様で折半ということはないですよねえ。でも、お偉い筆頭巫女様なんだから、やっぱり半分くらいは持っていくのかなあ?」

 

 どうやら、コゼはスクルズをからかう気持ち満々らしい。コゼが依頼料のことを気にかけるなんてことはないから、あれはただただスクルズをちょっと言葉で苛めたいだけだと思う。

 

「い、依頼料だなんて──。そんなのはいりません。わたしは立場上、教会の指示で来ておりますので、礼金のようなものがあれば、教会から出るはずです。それも、皆さんにさしあげます」

 

 スクルズがちょっと憤慨した口調で言った。

 一郎は苦笑した。

 

「こらっ、コゼ、もう、からかうのはやめろ。とにかく、クエスト成功報酬は、報酬から必要経費を差し引いた五等分だ。スクルズ様、そういうことでよろしくお願いします」

 

「い、いえ、ロウ様──。先程、申しましたが、わたしは分け前など……」

 

「いえいえ、そうはいきません」

 一郎はスクルズの言葉を途中で遮った。

「……それに、おそらく、ほとんど余りませんよ。もしも、さっさと終われば、折角なんで、ミラノの城郭とやらまで足を延ばしませんか? 宿屋の主人の話によると、ミラノは温泉のある街だそうじゃないですか。だったら、五人で入れる風呂を十日間貸し切って、豪遊しましょう。幸いにもいままでに貯めていた報酬もあるし、多少の贅沢は問題ない。だから、余る予定はないんですよ。もしも、廃神殿に財があり、それでも分ける財が残れば、五等分ということです」

 

 一郎は笑った。

 

「まあ」

 

 スクルズがちょっと驚いたように声をあげた。

 

「ロウは風呂が好きだな。屋敷でも毎日入るものな。おかげで、わたしも毎日入るようになったが、多分、王侯でも毎日の風呂などという贅沢はしないぞ」

 

 シャングリアが笑いながら言った。

 この国に毎日の入浴の習慣がないというのは、すでに知っている。この国の人々にとっては、入浴というのは魔道を必要とするものであり、家の中に水を集め、湯を沸かすというのは、複数の魔道遣いを必要とする行為であるらしい。必然的に入浴は贅沢な習慣ということになる。

 一郎の屋敷には屋敷妖精のシルキーがいるので、一日中いつでも入浴できる施設があるが、あんなものは王宮にもないのだそうだ。

 

「おう、好きだぞ。ミラノの街でも愉しみたいな。お前たちの全身は俺が隅々まで洗ってやるぞ。いまから覚悟しとけ。穴という穴を全部指で掃除してやる。いや、珍棒かな」

 

 一郎は笑った。

 四人の女が一斉に動揺して息を吸うのが聞こえた。

 一郎は笑った。

 

「ロ、ロウ様、お下品です──」

 

 そして、エリカがたしなめるように声をあげる。

 

「お前は嫌か、エリカ?」

 

「い、嫌では……ないですけど……」

 

 後ろからだが、エリカの首が真っ赤になっているのがわかる。

 一郎は後ろでにっこりと微笑んだ。

 すると、やっと草が茂っている場所がなくなり、少しだけ開けた場所になった。もっとも、まだ廃神殿までは距離があるようだ。ただ、樹木と樹木のあいだに、辛うじて蔦の蔓延る建物らしいものが覗いているのが視界に入る。

 

「あれがそうですね」

 

 エリカがその建物を指さした。

 

「この辺りに、一応、移動術のための結界を刻んでおきますね」

 

 スクルズが一本の樹木に寄っていき、魔道を刻む仕草をする。

 一郎は知らなかったが、スクルズが多用する移動術というのは、あくまでも、移動術用の魔道紋と魔道紋を亜空間越しに繋いで魔力を注ぐことにより、一瞬にして身体を転送させるという魔道だそうだ。

 眼に見える場所であれば、一瞬にして移動術のための魔道紋を刻めるが、見えない場所となると、あらかじめ事前に刻んでおいて、それを亜空間を通じて辿り、目的の位置の魔道紋と目の前に改めて刻んだ魔道紋を繋ぐことによりやっと移動術で跳躍できるようになるらしい。

 つまりは、今日のように、いままで向かったことのない場所に移動術で跳躍するのは不可能らしく、こうやって歩いて移動しなければならないということだ。

 スクルズが王都を好きなように、移動術で跳躍しているのは、あらかじめ王都内のあちこちの樹木や石や建物の壁などに魔道紋を刻んでいるので、それを使っているのだそうだ。

 

 もちろん、一郎の屋敷にも刻んでいるとのことだ。

 だが、一郎の屋敷には、シルキーがいるので、シルキーにその都度、結界を緩めてもらわなければ、移動術は駆使できないとのことだ。

 また、それとは別に、スクルズは一郎の屋敷にある姿見とスクルズの神殿内の私室の寝室にある姿見間を自在に移動できる「移動ポッド」を作っていて、これを使えば、魔道の遣えない一郎でも、屋敷と第三神殿間を跳躍できる。ただ、これも、原理は一緒であり、魔道師の介入なしで、必要な魔力の集積と魔道紋への魔力の注入ができるようにしているだけであるそうだ。

 

 とにかく、スクルズがいまやっているのは、万が一にも、廃神殿から逃亡の必要があったときに、魔道紋を辿って一気に逃亡することが可能にするための処置だ。

 同じような移動術用の魔道紋を里の要所や宿屋の中などに、刻んできたようである。

 

 とにかく、王都内の魔道遣いで、移動術が扱えるのを知られているのは、スクルズとベルズを除けば、王宮魔道師長だけのようだ。

 つまり、スクルズとベルズは、王都三大魔道遣いのうちのふたりなのだ。

 そのふたりとも、一郎の性奴隷という名の愛人にしているというのはすごいことのような気がする。

 

「終わりました」

 

 スクルズが頭をさげた。

 

「少し、休憩にするか。いまのうちに操り系の魔道への抵抗魔道を強化しておこう。とりあえず、スクルズ殿、お願いします」

 

 一郎は言った。

 これまでのうち、手がかりらしいものは、最初に廃神殿に入り込み、数日後に記憶を失って全裸で放り出されたという盗賊たちのことだ。

 手配されている盗賊だったため、すでに連行されていて、一郎たちは直接に確認できなかったが、大きな外傷もなかったようであり、わかっている状況から類推して、魔道か毒か不明だが、なんらかの方法で精神に影響を与えられたのは間違いない。

 だから、とりあえず、それに備えることにした。

 

精神加護(マインド・レジスト)──」

 

 スクルズが杖を出し、さっと振った。

 キラキラと光る塵のようなものが一郎たちに降りかかる。魔道の杖なしでも、スクルズは魔道をかけられるが、本当に強い魔道をかけるときには、杖を使った方が効率がいいらしい。

 

「一ノス(※)に一度は重ね掛けしますが、わたしに異常が発生する場合も考えられます。一応、魔道紋をエリカさんにも開放しておきますので、万が一の場合にはお願いします」

 

 スクルズがエリカに向かって杖を出す。

 エリカも服の内側から魔道の杖を出して、先端同士を触れさせた。よくわからないが、魔道遣い同士でお互いの魔道を補填し合うための行為なのだと思う。

 

「スクルズ様の魔道を、エリカの魔道で補完なんかできるの?」

 

 横からコゼがからかうように言う。

 すると、エリカがむっとした表情になる。

 

「これでも、ロウ様の淫魔師の恩恵の能力向上のおかげで、そこそこの魔道遣いではあるのよ。まったく通用しないということはないわ」

 

 エリカがむきになって言い返す。

 半分冗談の軽口なのに気がつかずに、なんでもまともに反応してしまうから、コゼにからかわれるのだと思ったが、一郎はただ微笑んでいた。

 すると、スクルズがにこにこと微笑みながらコゼに視線を向ける。

 

「以前のエリカさんは知りませんが、いまのエリカさんは、間違いなく、王都でも十傑には入る魔道力をお持ちです。上級魔道遣いです」

 

 スクルズがきっぱりと言った。

 一郎もそう思う。

 もともと、能力が低かったので、魔道遣いとしての鍛錬をほとんど受けていないらしいが、一郎の魔眼によるステータスには、エリカの魔道遣いレベルは“10”だ。

 どんなジョブであれ、王都ですれ違う者の中には、“10”を超える者など滅多にいない。いれば必ず、その能力の第一人者と評価され、それなりの立場についている。レベル10というのは、そういうレベルなのだ。

 そもそも、大半の人間は、ジョブが1どころか、ジョブそのものがない者も多いほどだ。

 

 もっとも、ジョブというものも、レベルというのも、一郎以外にはまったくわからない概念らしい。だから、能力向上といっても、一郎以外には漠然としかわからない。

 それもあり、いままで、一郎の持つ「淫魔師の恩恵」という能力については黙っていたのだが、昨夜、女たちに改めて質問されたので、他言無用を条件に教えた。

 一郎としては、どうせステータスのことはわからないのだから、教えなくても問題ないと思ったし、一郎が精を注ぐことで、人が一生かけた経験や鍛錬で到達する境地を一瞬にして到達したり、さらに凌駕したりするということが知られれば、とんでもない騒動になるのは目に見えていたので、可能な限り内緒にしたかったのだ。

 

 しかし、さすがに女たちも気がついていた。

 まあ、考えてみれば当然だろう。

 エリカもコゼもシャングリアも、一郎の性支配の影響で軒並み能力向上をしていたが、一郎がスクルズたちを支配することで、淫魔師レベルが“75”にまでなったことで、さらに能力が向上している。

 

 

 

 “エリカ

  …………

  ジョブ

   戦士(レベル11→20)

   魔道遣い(レベル2→10)

  …………”

 

 

 

 “コゼ

  …………

  ジョブ

   アサシン(レベル10→22)

   戦士(レベル10→18)

  …………”

 

 

 “シャングリア

  …………

  ジョブ

   戦士(レベル15→25)

  …………”

 

 

 

 これだけ自分の能力が跳ねあがれば、気がつかないというのがどうかしているだろう。単純なジョブやレベルだけでなく、魔道遣いにとっての「魔道力」や、戦士系ジョブにとっての得物を持ったときの「直接攻撃力」などもあがっているのだ。

 また、スクルズなど魔道遣いの関係能力が跳ねあがっている。

 

 

 

 “スクルズ

 …………

 ジョブ

  魔道遣い(レベル30→60)

 …………

 魔道力:400→800

 …………”

 

 

 

 スクルズの魔道遣いの能力上昇は、ほかの三人に比しても著しい。なんとなく、女たちの得意分野の能力が向上しているのはわかるが、三人娘とスクルズの能力向上の違いがどうして現れたのかはわからない。

 ただ、スクルズとしては、一郎と愛を交わすことで、上級魔道である移動術も楽にできるようになったし、収納魔道のような伝説級のさらなる上位魔道もできるようになった。

 一郎のところに足繁く通う理由は、魔道力向上の打算だけではないだろうが、かなり早い段階で、一郎の支配による能力向上のことは気がついていた気配だ。

 

「あとはポーションですね。もう配りますか?」

 

 スクルズが一郎を見た。

 異常状態回復のためのポーションは、スクルズに収納魔道でまとめて持ってきてもらっている。これも、スクルズが異常状態になれば、出せなくなるために、事前に分けることにしていた。

 異常状態になれば、ポーションの液を頭からかければ、正気に返るということになっている。

 

「頼む」

 

 一郎の指示でスクルズが二本ずつ渡しだす。

 

「じゃあ、最後に俺があらゆる呪術を防止する処置を重ね掛けするな」

 

 一郎がそう言うと、四人がきょとんとしている。

 これは事前には説明していなかったからだ。

 だが、スクルズの魔道がレベル60としての魔道であれば、一郎はレベル75の淫魔師だ。

 以前、ルルドの森で出会ったユグドラという女精霊は、操り系の魔道は、ジョブの種類に関係なく、最大レベルの数値が下の者が上の数値を持つ相手を操ることはできないと言っていた。

 そうであれば、一郎の淫魔術こそ、最大の呪術防止だ。

 本当は、精を注ぐ方がいいのだが、唾液だって強化を施すことはできる。

 とりあえず、そばのエリカを手を引き、唇を重ねて唾液を注ぎ込む。

 

「んんっ」

 

 いきなり口づけをされて、エリカが目を白黒させた。

 しかし、一郎が口の中の性感帯を舐められまくると、すぐに脱力して一郎のもたれかかるようにしてくる。ただ唾液を注いでも面白くないので、淫魔術で確認できるエリカの口の中の性感帯を徹底的に愛撫しているのだ。

 

「終わりだ」

 

 一郎はエリカから口を離した。

 

「ひ、ひっ」

 

 エリカががくりを腰を落とししゃがみ込みそうになった。

 

「大袈裟だなあ」

 

 一郎は笑いながら、次にコゼを引き寄せた。

 

「お、大袈裟なんかじゃ……」

 

 エリカは息を荒げながら、なんとか足を踏ん張るようにして身体を支えたようだ。

 

「あん、ご主人様……」

 

 コゼは一郎の首に両手を回して、ぎゅっと抱きついてきた。

 そのコゼに、一郎はエリカと同じように、強い淫魔術を込めた唾液を注ぎ込みつつ、舌でコゼの中を蹂躙した。

 やはり、コゼも脱力したようになった。

 シャングリア、スクルズと同じようにする。

 

「あ、ありがとうざいます、ロウ様……、はあ、はあ、はあ……」

 

 四人に口づけが終わったときには、四人ともぐったりとなってしまった。

 一郎は思わずにやついてしまう。

 まあ、考えてみれば、一郎は女の身体に浮かぶ、性感帯のもやの位置と色をもとに愛撫をするのだから、一郎から快感を免れるのは不可能だ。

 はっきり言って、いまや一郎は口づけだけでも、相手を昇天させる自信がある。

 

「さて、じゃあ行こうか、みんな。さっきのとおりの順番で……。基本的には神殿に入ることができても一緒だ。スクルズ殿は、俺の後ろをお願いします」

 

 一郎は言った。

 すると、スクルズが眉を寄せているのがわかった。ちょっと不機嫌そうで、なにか物を言いたげな表情になっている。

 

「どうかしましたか、スクルズ殿?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「それです、それ……。ロウ様、いい加減にもっと砕けた感じで話していただくわけにはいかないでしょうか。スクルズは、皆さんと同じように扱われたいです。どうか、呼び捨てでお願いします」

 

 スクルズが一郎にはっきりと言った。

 まあ、確かにそうかと思った。

 これだけ、毎日のように身体を抱いているのだ。

 他人行儀のような壁があるだけ馬鹿馬鹿しい。

 

「それもそうですね……。いや、そうだな。じゃあ、スクルズ、俺の後ろを行け」

 

「はい──」

 

 スクルズが心の底から嬉しそうな表情で破顔した。

 

 

 *

 

 

 神殿の敷地内に着いた。

 おそらく、前庭だろう。

 

 ここに人里があったのは、二百年前ということであり、すっかりと神殿は蔦が絡みまくっていて、かつて庭だったと思うような場所も、ほとんど周囲の林と同化して植物が生い茂っている。

 ただ、ここに近づく途中から、草が刈られて道が作られたようになっているところにぶつかり、途中からはそこを通ってきた。

 これは先日に一度城郭兵が調査にやって来たとあったから、そのときの痕だろう。

 しかし、その一隊は、古神殿の前庭に近づこうとしても、突然に霧のようなものに覆われて、どうしてもここまでは辿り着かなかったようだ。

 だが、いま一郎たちは神殿の敷地内といえる場所まで辿り着いたのだから、その調査隊よりも先には進めたことになる。

 

「特になにもなかったな。なにか気がついたことはあるか、スクルズ?」

 

 なんとなく、ずっと丁寧語で喋っていたから、急に砕けると、むしろ緊張する気がする。まあ、そのうち慣れるだろうが……。

 それに、一郎がため口で話しかけたときの、あのスクルズの顔を思い出すと、もう丁寧語では語りかけるわけにはいかない気もする。

 

「結界のようなものはなかったと思います。エリカさんは、なにか感じましたか?」

 

「ないわ。もしかしたら、調査隊が結界に阻まれたというなら、一定の人数以上で接近すると、自動的に結界がかかる仕掛けになっているんじゃないでしょうか。実際のところ、それはそんなに複雑な魔道じゃありません。わたし程度でも扱える魔道です」

 

 エリカも一郎に合わせて、それなりに砕けた口調になっている。

 また、確かに、盗賊避け、野獣避けの結界は、昨夜の露営でも使ったし、エリカとの旅でも度々施してもらった。さもないと、エリカたちを抱き潰して、悠々と野宿するというわけにはいかない。

 

「……いずれにしても、ここまで来られたということは、神殿に入ることはできそうだな。じゃあ、コゼ、先頭を頼む。みんなも気をつけてくれ。なにか気がついたことがあったら、些細なことでも教え合おう」

 

 一郎は言った。

 古神殿の玄関まですぐそこだ。

 石造りの神殿であり、外観でわかる限り、屋根裏部屋を含めて三階まである。大抵は地下もあるということなので、最大探索場所は四階分ということになるだろうか。

 一郎の魔眼では、いまのところなにも感じない。

 

「ロウ様──」

 

 しかし、歩き出してすぐにスクルズが声を出した。

 

「どうした?」

 

「先ほど刻んだ移動術の魔道紋との繋がりが遮断されました。ここから、移動術で跳躍はできません。移動術を妨害する阻害波が張りめぐされています」

 

「どうしますか、ロウ様?」

 

 エリカが一郎を見た。

 一郎は息を吐いた。

 

「このまま行こう。ところで、スクルズ、人避けの警戒魔道や、こういう移動術を阻害する阻止魔道というのは、術者がいなくなっても自動的に建物自体に掛かり続けるということはあるか?」

 

「聞いたことはありません。わたしの知識の限り、それらの魔道はどんなに長く保つ処置をしても、一箇月が限界のはずです。例えば、王宮には同じような魔道避けの結界が張られていますが、王宮魔道師が常に魔力を注ぎつけています」

 

「つまりは、少なくとも、一箇月以内には、ここに魔道遣いが入ったということだ。おそらく、いまもいるのだろうな。つまりは、俺たちのことも、すでに確認していると思っていい」

 

 一郎は女たちに言った。

 全員が改めて緊張を走らせる。

 だが、特になにもなく、古神殿の玄関に着いた。

 

「扉ね……。だけど……、壁?」

 

 エリカがコゼとともに、木製の扉の前に立って言った。

 扉の前に立つのはエリカとコゼで、一郎たちほかの三人はその後ろに立っている。

 それはともかく、扉は扉なのだが、一見にしてただの壁のようにしか見えない。つまりは、扉であればあるはずの壁とのあいだの隙間がない。まるで、壁に扉の絵が描いているだけの感じなのだ。

 扉を開くための取っ手のようなものもないし、扉のノブのようなものもない。

 

「なにかの仕掛けがある感じね……。まあ、なんらかの罠であることは確かね。だけど、あたしにはわからない。物理的なものじゃないわ。魔道かも」

 

 コゼが扉の前で腕組みをしながら言った。

 

「開錠の魔道をしてみます」

 

 スクルズが言った。

 すぐに魔道が発動したような揺らぎが扉の前に発生する。

 だが、なにも起きない。

 

「跳ね返されます。術を跳ね返すなんらかの魔道がかかっています。おそらく、ある条件のもとに開く、特殊な魔道の仕掛けではないかと……」

 

 スクルズが困惑して言った。

 一郎は驚いた。

 スクルズの魔道で開けられないとなれば、相当のものだろう。

 

「とりあえず、押してみるか?」

 

 とめる間もなく、一番後ろに立っていたシャングリアが手を伸ばして無造作に扉に手を触れた。

 そのときだった。

 

「うわっ」

 

 次の瞬間、扉が光り、シャングリアが吸い込まれるように消滅した。

 

「シャングリア──」

「待って──」

「シャングリアさん──」

 

 一郎は慌てて扉に手を伸ばして、自分も触った。どこかに跳ばされたなら、一緒に行こうと思ったのだ。

 だが、なにも起きない。

 ただの扉だ。

 すると、突如として笑い声が周囲に響き渡った。

 

「ふわはははははは──。ようこそ、我こそは、淫神ビビデバブー──。君たちを我が淫乱の館に招待しよう。まずは、第一の関門だ。そこにある扉を開いて、中に入って来い。さもなくば、帰ることだ。ただし、お前たちが来ぬなら、いまの人間族の女には、一生会えぬと思え」

 

 ビビデバブーと名乗った声が笑い声を高らかに響かせる。

 エリカとコゼが武器を抜いたのがわかった。

 スクルズもすぐに魔道を遣えるように身構えている。

 一郎は魔眼を使った。

 だが、なにも発見できない。

 おそらく、声の主は近くにはいない。

 一郎たちを遠隔で見ながら、声だけを飛ばしているのだ。

 

「わかった。入る。だが、どうやったら入れる?」

 

 怒鳴った。

 

「簡単だ。その扉から中に入るには、一糸まとわぬ裸でなければ入れない。一切の武器と衣類を身体から外せば、中に入ることができる。だから、これは返す」

 

 扉の前の床になにかが現われた。

 驚いたことに、たったいままでシャングリアが身に着けていた衣類と武器だ。一郎は念のために手に取って確認したが、まだぬくもりもあるくらいであり、かすかにシャングリアの体臭もした。

 ご丁寧に下着まである。

 そして、さらに、なにかが床に現れた。

 一枚の金貨だ。

 

「この神殿の最奥には、この金貨に万倍する財貨が眠っている。取りに来い、欲張りども。さあ、入って来るのだ。ここには、あらゆる快感があるぞ。愉しむがよい。そして、余を愉しませよ。人族ども──」

 

 淫神ビビデバブーと名乗った謎の声が甲高い笑いを響き渡らせた。 




(※)1ノス=約50分。一日は30ノス


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105 淫神の館(1)─淫神の罠

 三人の女たちが一郎の指示を仰ぐように、じっと一郎を見た。

 一郎は腹を決めた。

 身に着けているものに手をかける。

 

「エリカ、コゼ、お前らも脱げ。仕方ない、行くぞ。罠が待っているのは間違いない。だけど、シャングリアは連れていかれたんだ。罠でも行くしかない──。だけど、スクルズ、あなたは引き返してくれ。さっき、城郭の捜索隊がこの屋敷に近づくために草を払った痕があっただろう。そこまでさがれば大丈夫だと思う」

 

 この屋敷にやってくるとき、途中までは草を払いながらやって来たが、城郭の調査隊がやってくるために大きく草払いをした経路にぶつかった。

 しばらくはそれを辿って近づいたのだが、それは廃神殿に近づいたことで、唐突に途切れていた。それ以降は再び草を払いながら近づいたが、その位置と屋敷の敷地の位置はほとんど離れていない。

 事前情報と重ね合わせれば、その位置が屋敷にいる魔道遣いが干渉して、結界を張った位置だと思う。この屋敷の魔道遣いが何者かはわからないが、そこまでさがれば、スクルズは大丈夫だと思った。

 

「じょ、冗談じゃありません。見損なわないでください」

 

 すると、スクルズが怒鳴った。

 そして、身に着けている巫女の装束を脱ぎ始める。

 あっという間に上半身は胸巻きだけになり、そのまま、巫女服の下袍(かほう)に手をかけている。

 

「しかし……」

 

「しかし、じゃありません。わたしを置いていくなんて、それはあんまりです」

 

 スクルズは本気で腹をたてているようだ。

 一郎は溜息をついた。

 ふと、ほかのふたりを見る。

 エリカもコゼも、どんどんと服を脱いで扉の前に重ねている。

 

「エリカ、コゼ、服と装具を抱えて、ちょっと来い」

 

 一郎は呼んだ。

 ふたりとも、すでに下着姿になっていたが、一郎の言葉でとりあえず脱衣を中断し、すぐに足元の服と装具を抱えてやってくる。

 一郎は上半身は裸で、まだ下半分は身に着けていたが、同じようにすでに外したものを持った。

 三人が、スクルズの周りに集まるかたちになる。

 

「な、なんですか? わ、わたしは行きますよ。シャングリアさんを見捨てるわけにはいきません。なんとしても……」

 

 スクルズがちょっと気後れしたような仕草をしたが、すぐに一郎を睨む。

 一郎はさらにずいと前に出る。

 スクルズとの距離はなくなり、ほとんど肌と肌が密着せんばかりだ。

 さすがに、スクルズがたじろぐ表情を示す。

 

「……この先は罠だ。しかも、待っているのは、すでにスクルズよりも上級の魔道遣いであることは間違いない。ここにいる魔術遣いの刻んだ結界や扉の封印にスクルズの魔道が歯が立たなかったのがその証明だ。おそらく、建物に入れば、スクルズの魔道は封じられる。魔道の遣えないスクルズは役には立たない」

 

 一郎は大きな声で言った。

 

「で、でも……」

 

 スクルズは泣きそうになっている。

 さすがに、ここで置いていかれるのは不本意なのだろう。

 一方で一郎は淫魔術でスクルズの感情に接していた。

 スクルズの感情に、ほんの少しでも躊躇いや葛藤があるようだったら、本気で置いていくつもりだった。

 

 なにしろ、一郎たちにとっては、シャングリアはもはや家族同然だ。

 ここに入れば、どんな目に遇わされるかわからないが、もはやシャングリアを残して態勢を立て直す選択肢は一郎にはない。

 一郎がそうだから、エリカもコゼも危険を賭すのは同然だ。

 エリカとコゼを巻き込むのに、一郎は一片の迷いもない。

 

 だが、スクルズは本来の仲間じゃない。

 いや、スクルズはもう仲間だと思っているかもしれないが、しかし、命をやり取りする状況ともなれば話は別かもしれない。

 

 快感を交換する愛の行為とは、状況が違う。

 王都大神殿の筆頭巫女ほどのスクルズが一郎たちと同一の立場で交わってくれるのはありがたいが、それはどこまで本気なのか?

 深層意識ではどうか?

 本当に、一介の冒険者である一郎たちのために、危険を負う気概があるのか?

 口では言うが、性根はどうなのだ?

 

 だが、スクルズの心には、迷いのようなものはなにもなかった。

 見えたのは、ここで置いていかれることに対する失望だ。そして、ひとりだけ待避を指示された悲しみであり、大きな疎外感だ。なによりも、怒りが大きなものを占めている。

 それしかない。

 

「もう一度言いますよ。ここから先は危険です。俺たちはあなたを守れません。どうか戻ってください……。魔道の遣えないあなたは足手まといです」

 

 一郎はあえて、丁寧語で話しかけた。

 スクルズの顔が泣きそうに歪んだ。

 やはり、スクルズの内心には、大きな覚悟しかない。一郎も腹を括った。

 だったら、思うことがある。

 実はスクルズは役に立つ。

 絶対の切り札だと考えている。

 一郎はスクルズの耳元に、何気なく口を近づけた。

 

「……収納術……」

 

 一郎の手には衣類に隠れて、発砲準備を整えて火蓋を閉じている短銃がある。前開きの左右の胸に一丁ずつ吊っているが、いまは二丁を服の下にして持っている。

 一郎の剣技の教育係をエリカから受け継いだシャングリアだが、一郎には剣技の素質がないと早々に悟り、シャングリアは、王軍の使用している最新型の短銃というものを持って来てくれたのだ。

 剣とは異なり、短銃のいいところは、単純に数を撃てば上達することだ。

 結構、練習で撃った。

 我ながら、そこそこの腕にはなっていると自負している。

 

 一郎の言葉に、スクルズは意味を悟ったようだ。

 服の下にあった二丁の短銃が消える。

 スクルズの収納術で隠されたのだ。

 

 一郎の囁き声は、四人以外には誰も聞こえないほどの響きだったはずだが、エリカとコゼには聞こえたと思う。

 ふたりが同じように、目立たないように、さりげなく脱いだ服の下に剣と短剣を隠した。

 その武器も消滅する。

 

 魔道が封じられれば、そもそも収納術から武器は出せないと思うが、一郎の淫魔師レベルがこの神殿に巣食った魔術遣いレベルを下回らない限り、一郎は封印されたとしても、スクルズの魔道の封印を解く自信はある。

 

「魔道を封印されても、おそらく、それは解除できる……。ただ、いつもの方法だけど……」

 

 一郎はスクルズの耳元で言った。

 スクルズの顔がぱあーと真っ赤になった。

 

「なにをもめておるか──。早くやって来い。趣向を凝らして待っておるのだ。お前たちは、なかなかに素質があるな。かなりの淫乱傾向にある。男はともかくな。いずれにしても、淫乱な女は大歓迎だ。その魔道遣いについても引き返すことは許さん。淫神ビビデバブー様は、女全員が入ってくることを望んでいる」

 

 そのとき、淫神ビビデバブーと名乗った声が響き渡った。

 一郎はぎくりとしたが、スクルズの収納術に武器を隠したことに気がついた様子はない。

 

「シャングリアは無事か、淫神?」

 

 一郎は叫んだ。

 ふざけた名前だと思った。間違いなく偽名だろう。

 だが、何者だろうか?

 男の声には間違いないだろうが、かなり幼さのようなものを感じるのだが……。

 

「おお、この怖い女はシャングリアというのか? いまのところ、元気だな。だが、結構いい身体をしているな。とてもおいしそうだ」

 

 淫神が笑った。

 一郎はかっとなった。

 

「シャングリアに手を出したら、ただで置かんぞ──。俺の女だ──」

 

「俺の女?」

 

 すると、淫神の大笑いが返ってきた。

 完全に一郎を嘲笑する笑いだ。

 

「だったら、早く来るんだな。なかなかに丈夫そうだから、男畜(おちく)たちの性処理具にしようかと考えているところだ。なにせ、どうにも雌畜が少なくてな。雌畜が三匹しかおらんので、あぶれる男畜が多くて困っていたところだ」

 

 淫神と名乗る者のからかうような声が響き渡る。

 ふざけやがって……。

 一郎は持ってきた服を投げ落とすと、まだ身に着けているものを脱ぎ捨てていく。

 ほとんど下着だけになっていた女たちも、急いで全裸になる。

 

「行くぞ、みんな──。この先は罠がある。覚悟しろ」

 

 一郎は扉に向かって大股で進む。

 だが、全裸になったエリカが前を阻んだ。

 

「わたしが先に……」

 

 そして、エリカが扉に飛び込む。

 吸い込まれるように、エリカが扉の中に消える。

 

「行きます」

 

 コゼも飛び込んだ。コゼの姿も神殿の内側に入った。

 

「よし」

 

 次は一郎が入った。

 一瞬視界が消滅して、すぐに中の様子が飛び込んできた。

 扉の内側は神殿の広間であり、奥に一段あがった祭壇があり、こちら側は床に打ちつけられていたらしい木製の椅子が外されて両脇に重ねられ、広い床になっている。一郎はそこで行われていた想像以上の光景に絶句してしまった。

 

「ロウ様」

「ご主人様」

 

 先に入ったエリカとコゼが、一郎を守るように前に立つ。

 すぐにスクルズも追って後ろにやって来たのがわかった。

 

「まあ」

 

 背中でスクルズも呆気にとられた声を出した。

 広間では、三箇所に分かれた人の集まりがあった。

 全員が全裸であり、三人の若い女が男たちに囲まれて犯されている。女の首には首輪があり、長い鎖で床に取りつけている留め具に首輪が繋がっている。その三人の女を男たちが寄ってたかって輪姦しているのだ。

 ただ、男も、女もすでに正体を無くしているのはわかった。

 また、一郎たちが入ってきても、気にする様子もない。

 とにかく、獣のようなまぐ合いに夢中になっている。

 鎖で繋がれているものの、女は強引に犯されているという感じではない。上になっている男にしがみついて積極的に腰を振っているし、ひとりは仰向けになっている男に乗りかかって、逆に騎上位の体位で男を犯しているような女もいる。

 

「うわ、なにこれ……」

「どういう状態……?」

 

 コゼとエリカが唖然として呟くのが聞こえた。

 一郎はすぐにステータスを確認した。

 やはり、そこで乱交を続けているのが、この神殿に入り込んで行方不明になっていると聞いていた冒険者と里の者だということがわかった。

 人数も一致したし、女が三人だというのも一緒だ。

 なによりも、十三人のうち、十人のステータスに冒険者の文字がある。

 地方ギルドで調査クエストを受けて、一郎たちと同じように、この神殿に入り込んでそのまま捕らえられたのだろう。

 また、全員に「洗脳状態」「錯乱中」の言葉もある。

 

「シャングリアはいませんね……」

 

 エリカが小さく言った。

 確かに、目の前の乱交の中にはシャングリアの姿はない。

 

「……それにしても、熱いですね……」

 

 そのとき、後ろでスクルズがそう言うのが聞こえた。

 

「ほんと……」

 

 すると、コゼも同意する言葉を呟く。

 熱い……?

 

 一郎は意外に思った。

 なにしろ、目の前の状況には圧倒される思いだが、それほど熱いという感覚はなかったからだ。

 だが、それで気がついたが、エリカとコゼの身体は、すでに真っ赤に充血したように赤くなっていて、ぽたぽたと汗も滴り落ちている。

 振り返ると、スクルズも一緒だ。

 

「いかん、お前ら──」

 

 一郎は声をあげた。

 だが、そのときには、女たちが脱力したように跪いた。

 最初にエリカ、続いて、コゼとスクルズだ──。

 

 すぐに、部屋にたちこめている空気のせいだと思った。

 この部屋には、多分性欲を狂わせる強力な媚香が混ざっている。

 あそこにいる男女が獣のように集団性交をしているのは、洗脳状態で操られているというのもあるが、この部屋に充満している空気に混じっている媚薬のせいだとわかった。

 

 

 

 “スクルズ

  …………

  快感値:30(媚香)↓↓

  状態

   ロウの性奴隷

   淫魔師の恩恵

   魔道凍結”

 

 

 

 “エリカ

   …………

   快感値:20(媚香)↓↓

  状態

   ロウの性奴隷

   淫魔師の恩恵

   魔道凍結”

 

 

 

 “コゼ

   …………

   快感値:50(媚香)↓↓

   …………”

 

 

 

 思った通りに、スクルズとエリカの魔道は凍結されているようだ。

 また、それはともかく、媚香の影響を受けている。

 この部屋には、たったいま入ったばかりなので、それでこの状況なら、やはり相当に強力な媚香なのだと思う。

 もっとも、一郎自体にはなんの影響もない。

 まあ、一郎は淫魔師だ。

 むしろ、媚薬や媚香を扱うのは、一郎の方が専門家であり、一郎は自分の体液や体臭を媚薬や媚香に変化させられるほどなのだ。

 

 すぐに、女たちから媚薬の影響を抜こうと思った。

 だが、すぐに思い直して、その代わりに一郎自身の股間を勃起させた。

 淫魔師である一郎には、自由自在に性器を勃たせることができるし、逆に鎮めることもできる。その気になれば、いまこの瞬間にでも射精ができる。

 自由自在なのだ。

 

「わあははははは──。他愛無かったな。じゃあ、早速、まぐ合いをしろ。もはや、理性も残っておるまい。お前たちはここで、ひたすらに余に淫気を提供する家畜になるのだ。わははははは」

 

 淫神の得意気な声が響き渡る。

 一郎は、三人のうち、スクルズの腕を取り、引っ張り倒した。

 

「ひっ、ロ、ロウ様──」

 

 スクルズは強い媚薬にあてられて、完全な欲情状態だったが、淫神が勝ち誇るほどに、理性が飛んでしまっている状況ではない。

 むしろ、身体が火照りきっている以外は冷静だろう。

 想像だが、媚薬自体は特に防護措置を取らなかったので、女たちの身体を苛んでしまったが、媚香に混じっていたはずの洗脳効果は女たちには影響を及ぼしていないのだと思う。

 しかし、淫神と名乗る存在が、一郎たちが簡単に洗脳されてしまったのだと思い込んだなら、むしろ好都合だ。

 一郎は、スクルズの裸体をコゼとエリカの間に仰向けにさせると馬乗りになった。

 

「……話を合わせてくれ……。スクルズの身体に精を放つ……。そうすると、魔道が復活する。まずは、この部屋を浄化してくれ……。部屋の中に強い媚薬効果のある毒が混ざっている。それで、あの男女も錯乱状態だ。可能か……?」

 

 スクルズはすぐに小さく首を縦に振った。

 

「……わ、わかります……。これは呪術系の洗脳術の魔道ですね……。い、いま、わかりました……。ま、魔道の凍結が解除できるなら……、お、お願いします……。す、すぐにやります」

 

 一郎はスクルズの言葉に頷き、スクルズの上から脚の間に身体をずらせ、スクルズの太腿を両手で抱え込んだ。

 

「……エリカとコゼの身体は、光魔道の発動と同時に、俺が元に戻す。それまで悶えたふりでもしてろ」

 

 一郎はスクルズの両腿を抱え込んだまま、腹に密着させるように折り曲げ、一郎自身も身体を折り曲げると、いまや媚香の影響で堅く勃起しているスクルズの乳首を口で含んだ。

 舌で転がり捻る。

 

「んくううっ、あああっ……はああっ……」

 

 すぐにスクルズが喉をのけ反らせて身体を突っ張らせた。

 首を左右に振り、歓喜の声を出す。

 スクルズの全身に、ぱっと花が咲いたように赤いもやが拡がる。

 一郎は胸を中心に、その最も濃い部分を狙って舌で刺激をしてやる。

 

「ああんっ、ああっ、あああっ」

 

 たちまちにスクルズは淫情に我を忘れたようになった。

 一郎の視界に曝け出している股間からは愛液がどろりと外に流れ出してきた。

 

「おお、すげえぞ。すげええ──。なんかしらんが、とんでもなく濃い淫気だ──。この女すごいな──。いや、残りの女もだ。お前ら、なんだ──? なんか知らんけど、いいぞっ。こりゃあ、いかん。勿体ない」

 

 淫神が悦びまくる声がする。

 構わず一郎は、スクルズの股間に一気に怒張を貫かせた。



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106 淫神の館(2)─光魔道

「ふわああっ、ああっ、ああっ、あっ、あっ」

 

 一郎はかなり速い速度で怒張をスクルズの中で律動させた。

 それだけではなく、しっかりと感じる場所を亀頭の尖端で抉っている。スクルズがどんなやり方で、どんな風に刺激すれば快感を覚えるかなど、すっかりとこの十数日で一郎は覚え込んでしまっている。

 

「ああっ、ああっ、うわあっ、そ、そんな、い、一気に、ロ、ロウ様、ああああっ」

 

 スクルズが耐えきれなくなったかのように、必死の様子で一郎の背中にしがみついた。

 なにしろ一郎は、いままでになかった速度で、スクルズの快感を急上昇させている。

 スクルズが錯乱したように暴れだす。

 大量に溢れ出している愛液がくちゅくちゅと湿って淫らな音をたてて、お互いの股間を濡らしていく。

 

「ああっ、いぐううっ」

 

 スクルズは、あっという間に我を忘れたように声をあげて、がくんがくんと全身を波打たせた。

 そして、背筋をのけ反らせて絶頂に達してしまった。

 

「ああっ、すげえ、すげえ、淫気だ──。ちょっと、待て。お前ら。そのままだ。そのままだぞ。勿体ない。ここからでも、すげえ濃い淫気だということがわかる。なんだこれ? なんだこれ? ブラニー、そいつらを逃がすな。拘束しろ。そんな濃い淫気を出せる家畜なんて、滅多にないぞ。捕まえて、檻に監禁するんだ」

 

 淫神の興奮した声が響き渡る。

 だが、一郎は無視した。

 スクルズの顔に口を近づけて、小さな声で話しかける。

 

「締めつけて、俺の精を子宮に保て──。おそらく、大抵の魔道封じは跳ね返せる。それでだめなら、俺には打つ手はない」

 

 一郎は声をかけてから、一気に精を放った。

 淫魔術を総動員して、通常の五倍ほどの精を連続で注ぎ込む。

 まるで、小便でもしているかのような、我ながら非常識の精液の量だ。

 スクルズが白目を剥きかけたのがわかる。

 

「んふううううっ」

 

 スクルズの膣がぎゅっと収縮して、一郎にしがみつくスクルズの手に力が入る。

 締めつけられる気持ちよさに、射精したばかりだというのに、さらなる快感でまた出したくなった。

 我慢して、肉棒を抜く。

 

「んくうっ、はあああっ」

 

 スクルズがまた身体を弓なりにして身体を震わせた。

 抜いたときの刺激で快感がぶり返し、二度連続でいってしまったようだ。

 相変わらず、ロウの与える快感に貪欲な淫らな巫女様だ。

 怒張を抜いても、スクルズはすぐには一郎を離さない。痙攣したように身体を震わせているスクルズの手の爪が一郎の背中に喰い込む。

 だが、その手がすっと緩んで床に落ちた。

 

 次の瞬間、眩い光がスクルズの身体から放たれ、それが大きな風のような衝撃波となり、広間中に発散した。

 光は一度で終わらない。

 二射、三射と続けざまに放たれて、その度に膨大な白い光が発散して、建物全体が揺れたようになる。

 これが、最強度の光魔道?

 なんという迫力――。

 

 すると、からからと音がした。

 一郎たちの武器だ。

 収納術でしまっていたのをスクルズが外に出したのだ。

 

「エリカ、コゼ──」

 

 一郎はふたりの身体から媚薬の影響を抜いた。

 もっとも、いまのスクルズの光魔道で、この広間に蔓延っていた洗脳術の呪術も、媚薬の影響もすべて消失し、その影響を受けていたものがすべて正常になったようだ。

 離れた場所で狂ったように乱交としていた男女が、呆けたように腰を抜かしているので、それでわかった。

 エリカとコゼがさっと自分たちの武器を握る。

 そのときだった。

 

「旦那様のご命令により、皆さまを拘束します。お許しください」

 

 一郎たちと、乱交をしていた男女の中間付近に、突如として童女が出現した。

 

「シルキー?」

 

 エリカが驚いた声を出した。

 現われたのは、一郎の屋敷にいるシルキーを思わせる十歳ちょっとの少女だ。

 確かにシルキーに似ているが、ちょっと面影が違う。

 

「シルキーじゃない──。ところで、エリカ、あいつが魔道を放つわよ」

 

 コゼが叫びながら跳躍して空中を短剣で二閃する。

 小さな光がぱっぱっと輝き、一郎たちの目の前で透明の波のようなものが発生して拡散する。

 

「魔道紋をお斬りになれるのですか? 驚きました」

 

 童女が目を丸くしている。

 しかし、それと同時にふわりと童女の身体が床から浮きあがる。

 

「その童女は屋敷妖精よ。屋敷内であれば、ほぼ無限の魔道を遣うわ──。あんたたち、逃げられるなら、逃げなさい──」

 

 大きな女の声がした。

 たったいままで、乱交をしていた女のひとりだ。

 首輪についている鎖で繋がれている三人の女の中では一番年齢が高く、だが、もっとも美人だと一郎が感じた女だ。

 確か、ひとりだけ騎上位で乱交をしていた女だと思う。

 ふと見ると、挿入はやめたようだが、まだ男の身体に馬乗りになった状態だ。

 

「きゃあああ」

「うあっ」

 

 エリカとコゼが悲鳴をあげた。

 ふたりの身体がふわりと浮きあがったのだ。

 

「エリカ──、コゼ──」

 

 一郎は咄嗟にふたりの身体に手を伸ばして足首を掴む。

 床に引き戻そうと思ったら、その一郎の身体もまるで巨大な透明の手に持ちあげられたかのように、腰からふわりと浮かんだ。

 

「みなさん──」

 

 スクルズの声──。

 一郎たちの前の空間が大きく揺れて、三人の身体が床に落ちる。一郎は懸命に身体を伸ばして、ふたりの下に一郎の身体が入るようにした。

 

「んげっ、ぼっ」

 

 うつ伏せに床に落ちた一郎の身体にエリカとコゼの裸身がどすどすと落ちる。

 

「不思議ですね。わたくしめの魔道封じが効きません。なにか特殊なことをされているみたいですね」

 

 屋敷妖精が首を傾げている。

 一郎たちを浮きあがらせた屋敷妖精の魔道を遮断したのはスクルズだろう。

 スクルズが床にぺったりとお尻をつけた状態で、両手でしっかりと股間を押さえている。

 おそらく、一郎の精が外に零れるのを防いでいるのだと思う。

 淫魔師レベル“75”の一郎が最大限の力を注いだ魔道返しを込めた精液だ。主人を持った屋敷妖精がその屋敷で強力なのは知っているが、これに打ち勝ってスクルズの魔道を再び凍結することなどできるわけがないと思っている。

 

 

 

 “ブラニー

  妖精族、女

   廃神殿の屋敷妖精

  年齢:**

  屋敷妖精(レベル50)

  支配者

   ビビデバブー(魔妖精)”

 

 

 

 さっきの女に指摘されるまでもなく、現われた童女が屋敷妖精であることは、すぐに悟っていた。

 顔立ちも背格好もシルキーにも似ているが、レベルを比べれば、シルキーよりも遥かに強力なようだ。

 しかし、その個体としてのレベルだけでいえば、スクルズの魔道遣いレベル数が上なのだが、そのスクルズの魔道が歯が立たないのは、ここがブラニーの支配する建物内であるからだろう。

 

 固有能力に関わらず、屋敷妖精というものは、主人と契約することで、屋敷の管理に関することである限り、無限に近い能力を発揮する。

 そういうものだというのは、シルキーに聞いた。

 だから、屋敷にかかる結界に、スクルズは抵抗できなかったし、扉の施錠もスクルズには破れなかった。

 それらは屋敷の管理に属することであるからだ。

 単純な戦いということであれば、屋敷妖精としての力には関係なく、固有能力そのものだけの戦いということになるが……。

 

 いずれにしても、これだけでおおよその全容は把握できた。

 このブラニーがこの廃神殿に長く巣食う屋敷妖精であることは間違いないと思う。屋敷妖精としてのレベルの高さは、屋敷妖精としての経験の長さだろう。

 おそらく、すでに廃神殿になってしまったが、それ以前はずっとここで屋敷妖精として、神殿の管理をしていたに違いない。

 だが、この神殿に誰も住まなくなり、それによって、屋敷妖精としてのブラニーも長い眠りについた。

 そんなところではないだろうか。

 

 しかし、多分、ごく最近になって、ブラニーの主人だとステータスにある魔妖精が、ここに来たのだろう。

 屋敷妖精は魔道の高い者を主人とし、屋敷の管理を引き受けるという性質がある。

 それで、ブラニーは屋敷妖精として、その魔妖精の魔道を認め、この廃神殿の新しい主人として受け入れたのではないだろうか。

 だが、魔妖精の好物は、人族が愛し合ったときに発する淫気というエネルギーだ。

 魔妖精は、この廃神殿をその淫気を集める牧場のような場所にしようとしたのだろう。

 この屋敷妖精の力を利用して……。

 

「ブラニー、俺たちは敵じゃない。この屋敷には危害を加えない。出ていけといわれれば出ていく。攻撃をやめろ」

 

 一郎は、エリカたちに助け起こされながら叫んだ。

 ブラニーがちょっと困惑した表情になる。

 しかも、一郎たちに危害を加えようとする素振りが消えた。

 

 屋敷妖精というのは、本来は攻撃的な存在ではない。一郎はシルキーを眷属にしているから知っている。

 本当は屋敷を管理するだけの平和的な存在なのだ。

 ただ、屋敷に対する侵入者ということになれば、それを排除するのは、屋敷管理の管轄だ。そのときには、スクルズでも敵わないくらいの存在になるというだけのことだ。

 だから、そうではないと発言した。

 それで、ブラニーの攻撃がとまったのだ。

 

「ブラニー、なにをしている。そいつらを捕まえるのだ。命令だぞ」

 

 淫神、いや、魔妖精の声がする。

 ブラニーは困惑顔のままだ。

 

「でも、旦那様、この方たちは屋敷を害する者ではないと申しております。ならば、行かせてあげればどうでしょう」

 

 ブラニーが空中に向かって言った。

 

「ならんわ──。そいつらは家畜だ。淫気をひたすらに放出する家畜にするんだ。家畜は屋敷の一部だろうが──。家畜管理は屋敷妖精の仕事だ。捕まえろ」

 

「でも、このお方々はまだ家畜ではありません。こっちの者たちとは異なります」

 

 ブラニーが一瞥したのは、先に捕えられていた冒険者たちだ。

 よくわからないが、さっきの洗脳術のようなものに侵されて、家畜になることを承諾するようなことを口にしたのだろう。

 屋敷妖精は、屋敷を襲われないかぎり、攻撃的にはならない。

 それが、人間族をこうやって監禁のようなことをしているのは、どうやら、彼らは家畜という扱いになっているのだ。

 

「あたしは家畜じゃないわ。あの小人野郎に魔道で操られたのよ。冗談じゃない」

 

 叫んだのは鎖に繋がれた女だ。

 

 

 

 “ビビアン(レイク=ダーム)

  人間族、女

   タリオ公国諜報長

   冒険者(チャーリー)

  年齢35歳

  ジョブ

   諜報(レベル30)

   戦士(レベル15)

   アサシン(レベル10)

   毒遣い(レベル3)

  生命力:50

  魔道力:10

  攻撃力:10(拘束、薬物の残影響)↓

  経験人数

   男120、女31

  淫乱レベル:A

  快感度:30↑(回復中)”

 

 

 

 改めてステータスを読むと、なかなかに突っ込みどころの多いステータスだ。

 この女は何者?

 すると、ばちんといきなり金属音がして、その女が嵌められていた首輪が弾けて消滅した。

 

「旦那様の家畜ではないとすれば、拘束することはできません。危害を加えたことをお許しください」

 

 ブラニーがビビアンに向かって頭をさげた。

 ビビアンは呆然としている。

 

「勝手なことをするな、ブラニー──。どうして、首輪を外した。あれは余の家畜だぞ。そう言っただろう──」

 

 ビビデバブーの激怒した声が降ってきた。

 しかし、ブラニーは静かに頭をさげた。

 

「旦那様、でも、旦那様がしているのは、誘拐でございます。ブラニーは承諾できません。先日は、この者たちが自ら家畜だと口にしたので、そのように扱いました。しかし、そうではないといま主張した以上、家畜としては扱えません。ご理解ください。屋敷妖精とはそういうものなのです」

 

 ブラニーの物言いには些かの動揺もない。

 一郎は、ブラニーが空中から声がする淫神と言い合いを始めたところで、スクルズに顔を向けた。

 

「俺をブラニーの真ん前に魔道で飛ばせ。いつでもいい」

 

 ささやいた。

 

「待って」

 

 それを耳にしたエリカがぎゅっと一郎の手を掴んだ。

 

「いきます」

 

 スクルズの声がした。

 いきなり強い力が背中に加わり、ほとんど瞬間移動のような勢いで一郎はエリカとともに、ブラニーの身体の前に一気に移動する。

 

「うわっ、お客様、なにを?」

 

 驚いているブラニーの顔めがけて、自分の男根に手をかけて顔射する。

 下品だが、これが一番効果があるのだ。

 ものの見事に、ブラニーの顔に白濁液がかかり、ブラニーの口の上にもかかる。

 

「な、なにを?」

 

 ブラニーが目を白黒している。

 

「うわあああっ、なんという濃い淫気──。そうか、さっきから、お前かあ──。お前と交わる女が濃い淫気を放つのだな。いま、ブラニーからでさえも、淫気が発生したぞ。ブラニー、その男だ──。ほかの女を逃がしても、そいつだけは離すな。そいつひとりいれば、人間百人集めるよりも、効率のいい淫気牧場ができあがる」

 

 ビビデバブーの悲鳴のような声がした。

 だが、いまはどうでもいい。

 一郎は、呆然としているブラニーの前に足を拡げて仁王立ちになる。

 

「ブラニー、顔の汁を舐めろ。跪け。俺の性器を口にしろ。命令だ」

 

 

 

 “ブラニー

  妖精族、女

   廃神殿の屋敷妖精

  年齢:**

  屋敷妖精(レベル50)

  支配者

   ビビデバブー(魔妖精)

   ロウ(弱)”

 

 

 

 淫魔術が効いている。

 屋敷妖精に効果があるかどうかは半信半疑だったが、シルキーにだって効いたのだ。ブラニーにも可能性はあると思った。

 そして、顔についただけだが、それでもブラニーに一郎の淫魔術が届いた。

 いまブラニーの心に一郎の淫魔術が引っ掛かっている状況だ。

 さらに精を飲ませれば、一郎の支配が完全になる。

 

「は、はい……。あ、新しい旦那様……」

 

 ブラニーが困惑顔のまま、一郎の前に跪く。

 一郎の淫魔術は、屋敷妖精と主人という屋敷管理の契約ではない。

 淫魔術による性支配だ。

 一郎の淫魔術レベルが屋敷妖精としてのレベルよりも高いので、ブラニーは従ってしまうということだ。

 すると、天井から金切り声のような悲鳴がした。

 

「新しい支配だと──。きいいいいいっ、許さん、許さんぞ──」

 

 ビビデバブーの大声がした。

 まだ、ビビデバブーの支配は残っているが、ブラニーが新しい旦那様とか口にしたので、屋敷妖精を奪われたのだとでも思っているのだろう。

 まあ、もうすぐ奪うが……。

 

「エリカ、コゼ、スクルズ──。援護してくれ。この屋敷妖精を支配してしまう。この建物の不思議な力はこのブラニーだ。ブラニーを引き入れれば、自称淫神は多分、どうということはない」

 

 一郎は叫んだ。

 そして、口を開いたブラニーの口に男根を突っ込む。

 

「んふっ」

 

 勢いよく挿入されて、ブラニーが少しえずく。

 

「悪いな。ちょっと我慢してくれ」

 

 一郎はブラニーの後頭部を掴んで顔を前後して一郎の怒張を口で刺激させる。

 一方で、エリカとともに、追いかけてきたコゼが加わり、一郎を守るような態勢で武器を持って構えた。

 スクルズはさっきの位置のままだが、魔道援護の態勢になっていることは違いない。

 

「出すぞ。全部、飲め──」

 

 一郎はブラニーの口の中に精を放った。

 すぐに男根を抜く。

 ブラニーが動揺した様子のまま、一郎の精を飲み下すのがわかった。

 一気にブラニーの心が一郎に入り込み、ブラニーの感情が入ってきたのだ。

 そして、ブラニーの悔悟の心が一郎に伝わってくる。

 魔妖精と契約してしまったことで、この屋敷に人間を呼び寄せ、操らされ、監禁のようなことをさせられていたことをブラニーはずっと嫌がっていたようだ。

 その気持ちが一郎に入ってくる。

 

 

 

 “ブラニー

  妖精族、女

   廃神殿の屋敷妖精

  年齢:**

  屋敷妖精(レベル50)

  支配者

   ロウ

   ビビデバブー(魔妖精)(弱)”

 

 

 

 よし──。

 まだ、魔妖精の支配は残っているが、強弱が逆転している。

 

「可哀想にな。もうすぐ解放してやるぞ、ブラニー」

 

「だ、旦那様は、何者ですか?」

 

 ブラニーは呆気に取られている。

 一郎の支配が、ブラニーの中に入ってきたことを理解したのだろう。

 

 そのときだった。

 祭壇側の壁際に上階に繋がる階段があったのだが、そこからぺたぺたと人が降りてくる気配がした。

 やっと来たか……。

 これを待っていた。

 

 しかし……。

 

 

 

 “シャングリア(モーリア=シャングリア)

  人間族、女

   王軍騎士

   冒険者(アルファ)

  年齢22歳

  ジョブ

   戦士(レベル25)

  生命力:60

  攻撃力

   700(剣)

  経験人数

   男1

  淫乱レベル:A

  快感値:40↑(回復中)

  状態

   ロウの性奴隷

   淫魔師の恩恵

   魔妖精(ビビデバブー)の憑依支配”

 

 

 

「シャングリア?」

「大丈夫なの?」

 

 階段から降りてきたのは、全裸のシャングリアだ。

 右手に鞘を抜いた剣を持っている。

 エリカとコゼが声をかけた。

 一郎は舌打ちした。

 呪術返しをしていたので心や感情は操られてないと思うが、体内に入り込まれて憑依されては、さすがに身体は操られてしまうようだ。

  

「魔妖精に身体を操られている──。気をつけろ――」

 

 一郎は叫んだ。

 エリカとコゼが驚いてる。

 だが、すぐに慌てたように、ふたりが一郎を守るように武器を構える。

 

「邪魔するなあ──」

 

 しかし、一郎の前を守るエリカとコゼに向かって、シャングリアが躊躇することなく剣を振るってきた。

 

「きゃあ」

「うわっ」

 

 一閃でコゼの短剣が弾かれ、二閃目でエリカもまともに剣を受けて体勢を崩してしまった。

 やはり、正面からまともにやり合うと、シャングリアが強い。

 

「手足が欠けても、家畜に価値に変わりない。抵抗すると、この女の剣技で斬る。それと、どうやら、男、お前だな──。お前が全ての元凶のようだ。惜しいが殺す。男畜は余っている。足りないのは雌畜だ」

 

 シャングリアの声でビビデバブーが嘲笑のような声を出して、今度こそ、真っ直ぐに一郎に剣を向ける。

 

「さ、させないわよ」

 

 エリカが強引に身体を割り込ませた。

 

「じゃまだ、エルフ女──」

 

 シャングリアが剣を振りかぶった。

 

「いかん、エリカ、逃げろ」

 

 態勢を立て直さないまま身体を入れたので、エリカはまだ姿勢を崩している。

 そのエリカにシャングリアの剣が落ちる。

 

「んっ?」

 

 だが、そのシャングリアの剣が途中でとまる。

 頭上に向かって、シャングリアの剣が空中を一閃した。

 小さな光が弾けて宙が揺れた感じになる。

 一郎はシャングリアが魔道紋を切断したのだとわかった。

 シャングリアに向かって魔道を放ったのは、スクルズに違いない。

 いま、シャングリアの視線は頭上だ。

 一郎はシャングリアの足元に粘性体をとっさに飛ばした。

 

「エリカ、さがれ。大丈夫だ」

 

 一郎は立ちあがって、シャングリアの正面に立つようにした。

 シャングリアが剣を持ったまま、一郎に向かって踏み出す。

 

「おっ?」

 

 そのシャングリアが粘性体に足を取られて、体勢を崩す。

 跪いたところを、さらに粘性体を飛ばして、膝を手も床に密着させた。

 

「な、なんだあ?」

 

 一郎の粘性体に手足を密着させられたシャングリアの中の魔妖精が困惑している。

 しかし、こうなったら物理的な手段では、シャングリアは粘性体から逃げられない。

 

「もらうわよ──」

 

 すかさず、コゼがシャングリアがまだ握っていた剣を抜き取る。

 一郎は四つん這いになっているシャングリアの後ろにまわった。

 

「早くシャングリアから出ていけ。それとも、無理矢理に出されたいか?」

 

 一郎はシャングリアの股間に尻側から手を伸ばし、クリトリスに触れると、つるりと皮を抜き、するすると剥きあげる。

 

「うわああっ、な、なんだああっ、んひいいいっ」

 

 シャングリアの悲鳴のような声が響き渡った。

 同時にシャングリアの背中がぴんと突っ張る。

 よくわからないが、すでにシャングリアの股間が濡れている状態だった。

 まだ快感の余韻から回復していないくらいの状況であり、そのシャングリアの身体を再び淫情状態にするのは造作もない。

 すぐにねちゃねちゃと淫音がシャングリアの股間で響きだす。

 

「やめろ、やめろおっ、この女を殺すぞ、い、息をとめる。息をさせないで殺す。すぐにやめろっ」

 

 シャングリアの中の魔妖精が騒ぎ出す。

 外に出れば、よってかかって攻撃されるが、シャングリアの中にいる限り、攻撃ができないことがわかっているのだろう。

 なかなか、出ていこうとしない。

 

「やってみろ」

 

 一郎はシャングリアの尻の下に怒張を添わせて、一気に股間を貫いた。

 

「あああっ、んふうううっ」

 

 シャングリア自身の声なのか、魔妖精の声なのかわからないが、シャングリアの口からは絶息するような呻きが迸る。

 さらに、粘性体の密着している四肢がぴんと突っ張って、白い背中がぐいと反りあがった。

 

「うわっ、い、息を止めた。いま、息を止めた。すぐにやめないと、この女が死ぬ──」

 

 魔妖精が悲鳴をあげた。

 そのとおり、シャングリアの息が停止している。シャングリアの顔が苦痛で歪んだのがわかる。

 

「だったら、すぐに終わらすよ。もっとシャングリアには気持ちよくなってもらいたかったけどな」

 

 一郎はすぐにシャングリアの中に精を放った。

 いつもは弱くしているシャングリアへの呪術を強化する。

 

「うわあっ」

 

 精を放つを同時に、一郎の膝ほどの高さの小人がシャングリアの背中から飛び出してきた。

 

「ぷはああっ、あ、あああっ」

 

 シャングリアが派手に息をするとともに、まだ快感の途中であり、大きく嬌声をあげる。

 忙しいことだ。

 一郎は苦笑した。

 そして、シャングリアから男根を抜き、シャングリアを拘束していたすべての粘性体を消す。

 

「あふっ」

 

 シャングリアが横倒しに倒れる。

 

「任せたぞ」

 

 エリカたちに声をかける。

 

「コゼ、頼むわ。わたしはロウ様を──」

 

 エリカが一郎を守るように立つ。シャングリアにはコゼが寄っていく。

 一方で一郎は、すぐに、飛び出した魔妖精を確認する。

 クグルスのように小さくはなく、羽根のようなものもない。

 魔妖精としては、種族違いなのかもしれない。

 それとも、男の魔妖精は大きいのか?

 まあ、それはとにかく、魔妖精が単体になったことで、やっとステータスを読み取ることができた。

 これを待っていた……。

 

 

 

 “ビビデバブー(ベルゼブブ・スカラムーシュ・フィガロ)

  魔妖精(淫魔族)、男

  生命力:1500

  魔道力:2000”

 

 

 

「畜生──。なんだ? 弾き飛ばされたぞ──。だったら、直接、魔道をかけてやる。この人間族の身体では魔道を遣えなかったけど、このビビデバブー様を見くびるなよ──」

 

 魔妖精が飛びあがって浮かぶ。

 この大きさでも宙に浮かべるのだと感心した。

 

「そこまでだ。ベルゼブブ・スカラムーシュ・フィガロ──。お前を支配する。お前の主人として、真名に変わる新たな名を付与する。お前はスカラーだ──。スカラー、全ての抵抗をやめて、床に立て。一切の抵抗を許さん。命令だ──」

 

 一郎は叫んだ。

 

「ひっ、なんで、真名を……? は、はい、余はこれより、スカラーです」

 

 真っ蒼になった魔妖精が床に降りたち、直立不動の姿勢になった。

 その顔に恐怖の色を浮かべている。

 

「き、貴様、ゆ、許さんぞ──」

 

 すると、走り寄ってきたシャングリアがものすごい、勢いでビビデバブ、改め、スカラーを蹴り飛ばした。

 

「ふげえっ」

 

 一切の抵抗をするなと命じていたスカラーが(まり)のように、縦のまま転がっていく。

 

「待て、逃げる気か──」

 

 シャングリアが怒鳴って、追いかけていく。

 

「逃げるかじゃないでしょう、シャングリア……。あんたが蹴飛ばしたんでしょう。落ち着きなさいよ。ご主人様が訊問なさるわ」

 

 コゼだ。

 呆れたようにシャングリアに声をかけた。

 

「落ち着けるかあ──。こいつ、わたしの身体にいきなり憑依して、ずっと自慰をさせたんだ。ずっとだぞ──」

 

 シャングリアが激怒したままスカラーに寄っていく。

 それで、シャングリアの股間は最初から濡れていたのかと思った。スカラーは、そうやって、神殿の上の階でシャングリアから淫気を搾り取りながら、こっちの様子を確認していたのだろう。

 床に立てという命令が効いているスカラーが、よろけながらなんとか立ちあがる。

 

「もういっちょだあ」

 

 シャングリアの蹴りがスカラーの顔面に炸裂し、スカラーの身体は神殿の壁に吹っ飛んでいった。



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107 タリオ公国の女

「スカラー、命拾いしたな……。もしも、シャングリアに手を出してたら、手足をばらばらにして、生きたまま鳥の餌だったぞ。監禁していた彼らを始め、人間族から奪ったものはあるか?」

 

 一郎は言った。

 廃神殿は解放され、屋敷妖精のブラニーが刻んでいたすべての結界は消失している。

 一郎たちが外に置いてきた衣類や装具もブラニーが取って来てくれて、一郎たちの前に運ばれてきた。

 いま、とりあえず服を着終わったところだ。

 

 また、捕らわれていた冒険者や里の者についても、衣類が返されて、いまだに当惑した様子ながらも、のろのろと服を着ている。

 しかし、いまだ十分に頭が働いていないのだろう。かなりぼうっとしている感じだ。

 無理もない。

 ブラニーによると、寝ているとき以外は、全員で延々と乱交状態だったそうだ。そんなに急に頭が働くようになるわけがない。

 一郎としては、彼らが我に返らないうちに、けりをつけたい気持ちだ。

 

 もっとも、ブラニーに確認したが、魔妖精に操られて淫気発生の「家畜」にされ、ずっと性行為を強要されていたものの、体調管理についてはブラニーが気をつけていて、男たちはもちろん、乱交の相手をさせられていた女についても、健康に害はないようだ。

 いずれにしても、これからすぐに冒険者たちは、このまま返すつもりだ。ブラニーの妨害がなければ、スクルズの移動術が遣えるので、帰路は一瞬で済む。

 

 それはともかく、身体を乗っ取っていたシャングリアの激怒により、五、六発蹴り飛ばされた魔妖精は、治療することも許されずに鼻血で全身を血に染めてふらふらだ。

 それでも、いまだに突っ立ったままでいられるのは、一郎の「命令」が効いているからだ。そうでなければ、すでに気を失っていたかもしれない。

 

「ぼ、ぼう、おゆるじを……。うばったもろは、れんぶ、ブラニーに……、ごしゅりんらま」

 

 魔妖精が朦朧としている様子で言った。

 それはいいが、なんと言っているのかわからない。

 とにかく、奪ったものは、全部、ブラニーが管理していると言ってるみたいだ。

 

 とりあえず、一郎は自分の治療だけはしていいと許可した。ただし、動くなという命令は解除しない。

 すぐに魔妖精の身体の擦り傷や打ち身のための痣のようなものが消える。もちろん、鼻血もとまった。服は血だらけのままだが、それは一郎の許可が「治療行為」だけだったからだろう。一郎は命じたこと以外の魔道を一切禁止している。

 

「あ、ありがとうございます。あ、あのう……。も、もう悪いことしませんから……。というよりは、そ、そんなに悪いことでしたか……。人族にとっては、性交は気持ちがいい事ことでしょう……」

 

 ほっとした様子で、スカラーという名前に強制改名させられた魔妖精が一郎に媚びるように言った。

 まあ、魔妖精としては、それほどの悪気はないのかもしれない。

 人族の淫気をむさぼるのは、淫魔族の本能だ。

 魔妖精の本来の習性は、夜な夜な、人族の寝室に忍び込み、こっそりと淫気を盗むものだとクグルスに教えてもらったことがあるが、人族を監禁して洗脳し、淫気を生産する「牧場」にしようという発想には驚いた。

 まあ、魔妖精としては頭がいいのだろう。

 それでも、この程度だが……。

 

「なにが、悪いことはしてないだ。わたしは許さんぞ。わたしの身体を好きなように弄びやがって」

 

 シャングリアは怒り心頭だ。

 最初に単独で飛び込む羽目になったシャングリアは、瞬時に魔妖精に身体を乗っ取られて、ずっと自慰をさせられていたのだそうだ。

 魔妖精に乗っ取られて、何度も何度も恥辱的な絶頂をさせられたシャングリアは、まだ、激怒が収まらない様子だ。

 まあ、挙げ句の果てに、一郎や仲間たちを襲わさせられたのだから、無理もないが……。

 

「まあまあ、シャングリア、あとで埋め合わせしてやるから……。だけど、お前も悪いんだぞ。罠だって言っているのに、手を出すから」

 

 一郎はシャングリアのスカートに後ろから手を差し入れて、すっと下着越しにお尻を撫でた。もっとも、こんな軽い接触でも、一郎は手を抜いていない。魔眼で垣間見れるもっとも感じる場所を指で触れている。

 

「んふっ、うわっ」

 

 シャングリアががくりと腰を沈めるくらいの反応をする。

 すると、スカラーが目を見開く。

 

「うわっ、なに、なに? 自慰で絶頂させたときよりも、触っただけで、淫気が大量に噴き出したぞ?」

 

 驚いた様子で目を丸くしている。

 一郎は笑った。

 

「愛があるからだ。お前のは、人族を強制発情させて、物理的に局部を擦り合わさせただけだろうが。そんなことで濃い淫気は得られん。濃い淫気が欲しければ、惚れ合う恋人同士の恋の架け橋でもしろ。そして、こっそりと淫気を最後に回収するんだ。人間牧場なんかよりも、ずっといい。効率は悪いだろうけどな」

 

 一郎は言った。

 しかし、魔妖精は大きく頷いている。

 

「愛のある性交か……。確かに、いままでの経験でいっても、そっちの方が濃かったか……。なるほど、そういう仕組みになっていたのか……。人族の恋の架け橋か……。なるほど、なるほど……。まあ、面白そうではあるな……」

 

 なんかぶつぶつ言っている。

 どうにもちょっと不安だが、このまま逃がしたら、今度は余計なことをして騒動を起こすんじゃないだろうか……。

 だけど、まあいいか……。

 別に、廃神殿の巣食っていた悪意を退治することはクエストではない。あくまでも、クエストの内容は「調査」だ。

 魔妖精が巣食っていたことを報告すれば、逃亡を許しても、それでクエストは達成となる。

 

「ところで、最初に追い出した盗賊に財を渡したのは、お前か? あの金貨はどうした?」

 

「ああ、あの役立たずの連中ですか? ブラニーと契約した直後に入ってきたから、とりあえず、確保して家畜にしようとしたんですけど、男しかいないから自慰くらいでしか淫気は出ないし、それでも搾るだけ搾ったら、出せなくなっちゃって……。仕方ないから、記憶を抜いて捨てたんです。えっ、ああ、金貨ですか? あれは余の……俺のもんす。あちこちで集めたやつで。でも、いらないから、土産にやったんです。人族って、あんなのも喜ぶんでしょう。残りはよければ、ご主人様にあげますよ。まだいっぱい残ってます。この建物の地下にありますから」

 

 魔妖精がえびす顔で言った。

 一郎は、その悪びれない笑顔を見ていると、なんだか苦笑してしまった。

 淫魔師の一郎だからだろうか。

 どうしても、目の前の魔妖精が悪意の存在に思えないのだ。

 

 そりゃあ、やって来た冒険者や里の者を不当に監禁したのはいただけないが、洗脳して乱交を強要した以外は、危害を加えていない。そもそも、さらったというわけじゃなく、考えてみれば、冒険者たちは、勝手に入ってきたのだ。

 しかも、追い出すときには、盗賊たちにでさえ、ひと財産の金貨をひとりずつ渡したくらいだ。完全に無法をしたわけじゃない。

 まあ、人族とは価値観が違うということだろう。

 一郎たちは、最後に斬りつけられたが、結果的に傷ひとつ負ってないし……。

 

 まあ、許してやるか……。

 このまま捕まえておいても、人間族に手渡されたあとは、残酷に処刑されるだけだ。

 そこまでの悪事をしたわけじゃない。

 

「ああ、だったら、遠慮なく貰っとくよ。俺たちを殺しかけた代償だ。じゃあ、許してやる。二度と俺たちにも、この神殿にも近づくな。悪いことをするな。それだけだ。なるべくいいことしろ」

 

「えっ、これで解放するのか?」

 

 シャングリアが口を挟む。

 

「まあ、もう許しなさいよ」

 

「そうよ。捕まえたのは、ご主人様なんだから」

 

 エリカとコゼがシャングリアを宥めるように横から口を出す。

 また、ロウは、ふとスクルズを見た。

 考えてみれば、魔妖精は妖魔だ。魔族である。教会からすれば、滅ぼさねばならない絶対悪か……?

 だが、すでに巫女の装束を身に着け終わっているスクルズは、にこにこと一郎を見守っているだけだ。

 これは、一郎がなにをしても、文句を言いそうにない。

 まあ、これで結構、さばさばしたところもあるし、クグルスに対面させたときも、おっとりと微笑んでただけだった。

 逃がすことに、不満はなさそうだ。

 

「えっ、許してもらえるんすか──?」

 

 魔妖精が喜びながらもびっくりしている。

 こんなに簡単に放免されるとは思っていたかった気配だ。

 

「ああ、許す……。ところで、その前に……」

 

 一郎は魔妖精の前に屈んで、耳元に口を寄せた。

 

「なんすか、ご主人様?」

 

「……クグルスって知っているか?」

 

 訊ねた。

 本当はこの神殿の騒動の正体が魔妖精だとわかって、すぐに呼び出すことも考えたが、監禁されていた者たちの手前、出さなかったのだ。

 クグルスを出せば、もっと簡単に話し合いができたかもしれないが……。

 

「クグルス? ああ、あの若い雌……。だけど、すごい主人を見つけたって……。なんたって、本物の淫魔師さんを見つけたって本人が言ってますね……。だけど、淫魔師なんて、伝説の存在で……。まさか……。だけど、あいつが最近、とんでもなく、実力を飛翔させたのは事実だし……。あれっ? でも、ご主人様、なんで、クグルスを知ってんすか?」

 

 魔妖精がきょとんとした。

 一郎はさらに魔妖精の耳元に口を近づけた。

 

「……俺がそのクグルスのご主人様だからだ……。クグルスにも逆らうな。命令だ……。あいつに不利なことをすれば、死ね。命令しとく……。さて、じゃあ、お前を縛っていた魔道や行動の制限のすべてを解く。もう自由にしろ。じゃあ、消えろ。命令だ──」

 

 一郎は言った。

 魔妖精の顔が驚愕に染まる。

 しかし、その一瞬後、一郎の与えた命令により、魔妖精スカラーは姿を消した。

 すると、すっとブラニーが一郎の前に出現した。

 深々と頭をさげる。

 

「ご苦労様でした。新しい旦那様……。そして、ありがとうございました。一度契約をした屋敷妖精は、旦那様に従わなければならないのです。でも、これで契約は消失しました」

 

 さて、次はこの屋敷妖精の始末か……。

 だが、その前に、あの冒険者と里の者だな……。

 

「ブラニー、最初に言っておく。俺はこの神殿には残れない。王都に家がある」

 

「わかっております。わたくしめが魔妖精を主人として受け入れたのが間違っていたのです。あの人間族のお方々には、ご迷惑をおかけしたと思っております。ブラニーは、やはり、ここでこのまま眠ります……。そして、建物とともに朽ち果てることにいたします。とにかく、今回はありがとうございました。そして、ご迷惑を……。あのう、お許しがあれば、あのお方々にも、直接に謝罪したいのですが……」

 

 ブラニーはちらりと離れてこっちを見守っているかたちの冒険者たちの集団に目をやる。

 一郎は頷いた。

 

「魔妖精が残した財は管理しているか?」

 

「しております、旦那様」

 

 ブラニーが頷く。

 

「前回、盗賊たちに渡したものと同じくらいのものを彼らにひとりひとりに手渡して、まだ余るか? それとも足りないか」

 

「半分以上残ります」

 

 即答だった。

 さすがに屋敷妖精だ。

 屋敷の管理のこととなれば、驚くくらいに優秀だ。

 さらに、そのときには、ひとりあたり、どのくらい配ったのかと訊ねたら、かなりの金額だった。

 ひと財産だ。

 

「謝るときに、ひとりひとりに同じ程度のものを手渡せ。残りについては、後で指示する」

 

「ありがとうございます、旦那様」

 

 無表情に近かったブラニーが破顔する。

 やはり、善良なのだと思った。

 主人に選んだ魔妖精の命令とはいえ、人族を監禁するのは不本意だったのだろう。ほっとした顔になっている。

 最後にブラニーに一番大切なことをこっそりと指示する。

 しっかりと頷いたブラニーが一度消えた。

 

 さて、あれをどうするかな……。

 屋敷妖精とは、屋敷に縛られるものか……。

 

 だが、一郎はそういえば、シルキーについては、一郎たちがいま暮らしている屋敷に、あのゴースト妻が生前に連れてきたと言っていたのを思い出した。

 つまりは、条件さえ整えば、屋敷妖精といえども、新しい屋敷に移動できるということだ。

 だったら、あの善良そうな屋敷妖精をなんとかしてやりたいなあと思った。

 

「みんな……」

 

 一郎は女たちを呼んだ。

 女たちが集まる。

 

「……一応は、これでクエストは終わったようなものだけど、クエスト完了の報告の前に屋敷妖精のことは考えたい。だが、細かい話をする前に、まずは、連中を帰したい……。というよりは追い払いたい。スクルズ、悪いが、移動術で全員を里まで送れるか? とりあえず、置いてきたら戻って来てくれ。ちょっと込み入った話になるかもしれないし、助言が欲しい」

 

「かしこまりました、ロウ様……。それと、やっぱり、ロウ様は頼もしいですね」

 

 スクルズがくすくすと笑った。

 一郎は面食らってしまった。

 

「でも、ほんと、シャングリアに斬りかかられたときは、肝が冷えたわ。久しぶりに命の危機を感じたもの」

 

 コゼが苦笑している。

 すると、シャングリアの顔が真っ赤になった。

 

「そ、それは、わ、悪かったと……」

 

「いいのよ。でも、正直、この十日、ずっとあんたの剣筋を見ていたおかげで、なんとか、ひと太刀目を避けれたわ。短剣を弾かれたけど、斬られないで済んだのは、あたしとしては上出来よ。まあ、エリカのいうことをきいて、鍛錬をしてよかったかも」

 

「そうでしょう、コゼ──。だから、ロウ様も……」

 

 エリカがコゼの言葉に喰いついた。

 一郎は悪い流れになりそうになったので、慌てて口を挟む。

 

「それよりも、シャングリア、あの連中をスクルズが送ることになったら、付いて行ってくれ。そして、エリカとコゼは、そのあいだに、一応、俺とこの神殿を探索しておこう。ブラニーの話によれば、もう変わったことはないということだが、まあ、念のためだ」

 

「わかりました、ロウ様」

「わかりました」

 

 エリカとコゼが返事をする。

 冒険者たちの移送を指示されたスクルズとシャングリアも、もう一度頷いた。

 一方で、ブラニーが冒険者たちのところに出現して、金貨の入った袋を配りながら謝罪を開始したのがわかった。

 冒険者たちは、まだ半分正気に返っていないような感じで、ぼうっとした者がほとんどだったが、渡された財を見て、歓声をあげている。

 よかった。

 あまり文句を言われずに帰ってくれそうだ。

 

 しばらくすると、冒険者たちがこっちに寄ってきた。

 わっと集まってくる。

 スクルズのところに……。

 

「えっ?」

 

 スクルズが当惑顔になった。

 もちろん、スクルズのところに来たのは、さっきブラニーに救援隊の指揮はスクルズだと言えと指示したからだ。

 それに、冒険者と王都大神殿の筆頭巫女では、筆頭巫女が長だと思うのが自然だ。

 さっと、一郎はさがる。

 

「スクルズ様、ありがとうございます」

「助かりました。本当に……」

「ありがとうございます」

 

 捕らわれていた者たちがわっとスクルズを取り囲む。

 スクルズは困った様子で一郎を見たが、すかさず一郎は口を開いた。

 

「じゃあ、スクルズ様、俺たちはご指示により、神殿内の確認をしていきます。その間に、その人たちを送ってあげてください。里長には、最終確認してから、夕方にでも改めて報告すると伝えてくれたら嬉しいです」

 

 一郎はスクルズに頭をさげた。

 エリカたちは横で苦笑している。

 だが、これで世間的にはスクルズの功績ということになるだろう。

 スクルズは面食らっていたが、すぐに小さく嘆息した。

 口裏を合わせてくれそうだ。

 

 そのときだった。

 ただひとりだけ、冒険者が一郎のところにやって来た。

 顔を向けると、あの突っ込みどころ満載のステータスをした女冒険者だ。

 いや、本当に冒険者か?

 とにかく、その彼女が一郎の前に立つ。

 それにしても、目の前に立つと、かなり迫力のある巨乳だ。

 しかも、色っぽい。

 

「エレインよ。感謝するわ」

 

 彼女が言った。

 エレイン?

 ビビアンだと思ったが……。

 すると、ステータスにある名の表示が変わる。

 

 

 

 “エレイン(レイク=ダーム)

  人間族、女

   タリオ公国諜報員

   冒険者(チャーリー)

  年齢35歳

  ジョブ

   諜報(レベル30)

   戦士(レベル15)

   アサシン(レベル10)

   毒遣い(レベル3)

  生命力:50

  魔道力:10

  攻撃力:300(剣)

  経験人数

   男120、女31

  淫乱レベル:A

  快感度:30↑(回復中)”

 

 

 

 ビビアンも、エレインも仮の名か……。

 つまりは、本名はダーム。レイクというのは家名のはずだ。

 レイク家のダーム……。

 タリオ公国?

 確か、旧ローム帝国の版図にある三公国のひとつだ。三公国の中では、一番力のある国で、ハロンドール王国の第二王女のエルザ王女が嫁いでいる国だ。

 残念ながら、一郎の知識はこの程度しかない。

 

「いや、俺は……」

 

 いずれにしても、関わるつもりはない。

 スクルズに視線を向けて促す。

 そのスクルズは、まだほかの冒険者たちに囲まれて、お礼責めの真っ最中だ。

 

「いや、あなたよ。全部、見てたわ。ほかの者たちは回復したばかりで、ぼんやりとしてたから、なにも認識していないと思うけどね……」

 

 ビビアン改め、エレインが言った。

 一郎は嘆息した。

 さて、どうするかな……。

 面倒だな……。

 

「なに、あんた?」

「ロウになにか用か」

「すぐに、スクルズ様が送るわ。向こうに行って」

 

 すると、コゼ、シャングリア、エリカがさっと一郎を守るように、エレインの前に割り込んでくる。

 エレインは苦笑した。

 

「おっかないわねえ……。別に取って喰おうっていうんじゃないわよ。いや、取って喰いたいけどね……。まあ、いまは、そんな話じゃなくて、話し合いをしたいのよ」

 

「話し合い?」

 

 一郎はエリカたちを制して、エレインの話とやらに耳を傾けることにした。

 なんだろう……?

 

「屋敷妖精のことよ……」

 

「屋敷妖精?」

 

 意外な申し出に面食らった。

 屋敷妖精がどうしたのだ?

 そのとき、スクルズが近づいてきた。

 

「ロウ様、では、一度里まで行ってきます。さあ、あなたもどうぞ」

 

 スクルズがエレインに声をかけた。

 しかし、エレインは首を横に振る。

 

「あたしはいいわ。一緒に来たパーティとは、ただの雇われメンバーで別に知り合いでもないのよ。ミラノのギルドで知り合っただけでね。どうせ、クエストは失敗だし、ここで別れることは話がついたから、一緒に戻らなくていいのよ。あたしは、自分で帰るわ」

 

「しかし……」

 

 スクルズがちらりと一郎を見た。

 

「うわっ、あんた、やっぱり何者? 横の女たちもすごいけど、筆頭巫女様まであんたの言いなりなの? 素敵なことやってたしね。とても気持ちよさそうだった……。それはとにかく、最初、やってきた者の中では、あんたが一番弱いと思ってて、まさか、パーティリーダーとは思わなかったわ。というよりも、なんでいるんだろうと思ったけど……。でも、全部、あんたが仕切ってた……。しかも、不思議な技を使うわね。まあ、とにかく、話をさせてくれない。さもないと、あることないこと、お話するかもね。あちこちで……」

 

 エレインがくすくすと意味ありげに笑った。

 どうやら、一郎が性交をしながら、屋敷妖精を支配したり、スクルズの魔道を回復させたりしたのを見ていたのか……。

 淫魔師である秘密にまでは届かないと思うが、変だとは思っている?

 このままだと、いずれかなりのところまで近づくかな?

 そういえば、タリオの諜報員のようなことがステータスにあるな……。

 本当に面倒だ……。

 どうするか……?

 

「ロウ様……」

 

 エリカが声をかけた。

 一郎はエリカが殺気を込めていることに気がついた。

 エレインが一郎の秘密を仄めかしたようなことに気がついたのだろう。

 もしかして、いや、もしかしなくても、一郎がひと言発すれば、この場で殺すつもりか?

 怖いねえ……。

 一郎も苦笑してしまった。

 

「おお、怖っ──。そんなに睨まないでよ、あんた。別に、あたしは敵じゃないのよ。この人に危害を加えたりしないわ」

 

「どうだか……」

 

 今度はコゼがわずかに位置を変えて、エレインが逃げられないように背後を塞ぐかたちになる。

 そして、シャングリアがすでに剣に手をかけている。

 エレインの顔から笑みが消えた。

 

「……もう一度、言うけど、あたしはこの人に危害を加えない……。それどころか、助けてくれて感謝している」

 

 エレインが早口で言った。

 その手が動きかけるのを、コゼがなにかをエレインの背中に突きつけることで制する。

 エレインの顔がさっと蒼ざめた。

 

「不用意に動かないのよ。緊張するじゃないのよ」

 

 コゼがエレインの耳元でささやいた。

 エレインの表情から、完全に余裕のようなものが消滅する。

 

「どうかしましたか、ロウ様。そろそろ、里に向かいたいと思うのですが……」

 

 スクルズが声をかけてきた。

 一郎は視線を向けた。

 にこにこと微笑んでいるが、スクルズもまた、なにかの魔道の発動準備をしている。

 こっちも、一郎がひと言指示すれば、致命傷を負わせる魔道を放ちそうだ。

 本当に怖い女たちだ。

 我ながら味方でよかったと思う。

 

「話とはなんだ?」

 

 一郎は女たちを眼で制して、とりあえず訊ねた。

 なにか、言いたいことがあるようだった。

 この諜報員殿の始末を決めるのは、話の後でもいい。

 

「だから、や、屋敷妖精よ」

 

 エレインが言った。

 屋敷妖精?

 そういえば、そう言っていたな。

 

「ブラニーがどうかしたのか?」

 

「ブラニーっていうの? とにかく、正直に言うわ。実は、一緒に来たパーティの調査クエストに参加したのは、ある別のクエストを受けていたからで……」

 

「別のクエスト?」

 

「まあ、そうよ。ある分限者に屋敷妖精を連れてきて欲しいと依頼を受けていてね。あたしの本命は屋敷妖精なの。あんたらが、あの屋敷妖精をどうしようとしているかしらないけど、どうか、こっちに任せてくれない。もちろん、それなりの報酬を支払うわ」

 

「屋敷妖精を連れていく? タリオまでか……?」

 

 口にして、しまったと思った。

 タリオなどという言葉は絶対に発してはならない言葉だった。

 今度は明らかに、エレインの表情が変わる。

 エレインの身体にも殺気がこもる。

 

「あ、あんた、やっぱり、何者?」

 

 エレインが静かに言った。

 一郎を囲む女たちも、さっと緊張を走らせた。



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108 女丈夫と淫魔師

「……どうして、タリオに屋敷妖精を連れ帰ると思ったの……?」

 

 エレインが一郎を睨みながら言った。

 一郎はうっかりと魔眼で知った情報を口にしてしまったことを悔んだ。

 なんという失態……。

 さて、どうやって誤魔化そうか……。

 

「ええっと、違うのか? なにしろ、あんたの言葉にはかすかにタリオの訛りがあるし……」

 

 咄嗟に言った。

 そもそも、タリオの訛りなどがあるかどうか知らないが、ほかに適当な言い訳は思いつかない。

 

「タリオの? まさか……。そんなこと一度も言われたことないのに……」

 

 エレインは目に見えて動揺している。

 よかった。

 なんとか、誤魔化せそうだ。

 

「ご主人様は耳がいいのよ。誤魔化せないわよ。でも、あんた、タリオの人? そっから来たの? 屋敷妖精をそこまで連れていくの? 正気?」

 

 コゼがうまく話を合わせてくれた。もっとも、一郎がいきなり、タリオなどという公国名を出したことには、不自然さは感じているだろう。しかし、こういうことには、コゼはなにも気づかなかった素振りをしてくれる。

 一方で、エレインが苦笑した。

 

「正気よ……。あたしだって、こんな面倒なことしたくないけど、依頼主の坊やがどうしても、屋敷妖精を屋敷に住ませたいんだって。それが自分に相応しいとか言ってね。そんな見栄のために、面倒なことこの上ないんだけど……。まあ、これも仕事なのよ……。こんなくだらない仕事なんて、ほかの者にはさせられないしねえ……」

 

 エレインが脱力したように溜息をついた。

 依頼主の坊や……?

 

 だが、エレインは本当は冒険者じゃない。

 そもそも、エレインの実力で冒険者レベルが(チャーリー)というのは低すぎるような気がする。

 なんとなくだが、エレインは今回の仕事でハロンドールに入るために、冒険者の身分を手に入れたのではないだろうか。

 冒険者としてのクエストであれば、国境を超えることは珍しくないし、比較的に自由に他国に侵入できる。

 エレインは、諜報員の長とステータスにあるが、もしかして、屋敷妖精が目的で冒険者に偽装して入国した?

 

 一郎も屋敷妖精を眷属にしているので、屋敷妖精が非常に珍しい存在だということは知っている。また、確かに、屋敷妖精が家にいるというのは、非常に高いステータスとなるので、王侯貴族こぞって欲しがるものだそうだ。

 一度ならず、二度三度と、ミランダには言われた。

 

 ところが、屋敷妖精は主人を選ぶのだ。

 人族の世界でどんなに偉い身分であろうと、それは関係がない。

 屋敷妖精が仕えるのは、魔道力の強い者だけだ。

 例外は一郎だろう。

 シルキーについては、強引に性支配をしたが、本来は屋敷妖精は主人の魔道に引かれる存在のようだ。

 つまり、魔道力の高い者が主人である屋敷でないと、屋敷妖精は住みつかない。

 それは、家人に魔道力が高い者がいるというのもだめであり、あくまでも屋敷の主人が魔道力の強い存在でなければならないのだ。

 主人が王侯貴族であり、魔道遣いを住まわせているという環境であっても、主人自身の魔道力が低ければ、屋敷妖精は認めない。

 そういうものなのだが、エレインはそれを知っているのだろうか。

 

 いずれにしても、エレインには魔道力はない。

 だから、ブラニーは従わない。

 もしかして、屋敷妖精は非常に珍しい存在なので、ハロンドールほど、タリオでは屋敷妖精の性質などが知られていないのかもしれない。

 まあ、それはいいが……。

 とにかく、ブラニーは、かなり古くからこの神殿に巣食っていたようなので、なにかの情報でタリオの高官、あるいは、大公そのものが、その情報に接して、屋敷妖精に興味を覚えたというのも考えられる。

 それで、このエレインに命じたとか……。

 まあ、それはそれで、ハロンドール国内では、ここに屋敷妖精がいることは知られていなかった気配なので、逆に、タリオ公国の諜報力そのものはすごいということにもなるが……。

 

 とにかく、このエレインをどうするかだ。

 このままでは、あちこちで、べらべらと一郎のことを喋られるかもしれず、非常に都合が悪い。

 しかも、タリオ公国といえば、あのアスカの城にかなり距離的に近い。

 エリカも、もともと、タリオをはじめとして、三公国をうろうろしていたときに、アスカに目をつけられたはずだ。

 あそこには、アスカの眼がある。

 つまり、このエレインは、口封じをする必要がある。

 

 仕方ないな……。

 一郎は嘆息した。

 

「それよりも、エレインさん、とりあえず、寝るか。込み入った話は(ねや)でしよう。俺の主義でね」

 

 一郎は緊張を破るように、できるだけ軽い口調で言った。

 まあ、結局のところ、それが一番手っ取り早い。

 精を放ってしまえば、エレインこと、レイク家のダームというタリオ公国の間者殿は、一郎に不利な行動をとることはできない。

 それに、どういう性生活を送っているか知らないが、エレインの性経験の人数は、一郎でも常軌を逸していると感じるくらいの豊富な性体験だ。

 コゼのように、性奴隷になっていたという感じでもないし、普通に性行為が大好きなんかじゃないんだろうか。

 なんとなくだが、そんな気がする。

 一郎の申し出に、嫌とは言わなさそうだ。

 本当は、他国の諜報員などに関わりになるのは面倒なのだが、ここは仕方がない。

 すると、一郎の周りの女たちの緊張がちょっと解けた。

 

「ああ、そういうことか」

 

「ならいいわ。別に無駄に人を殺したいわけじゃないしね」

 

「だけど、危険です……。ねえ、エレイン、ロウ様と寝るんなら、拘束されてもらいますよ。それが条件です。それと見張りを立てます」

 

 最後に言ったのはエリカだ。

 一郎は苦笑した。

 だが、エレインは目を丸くして驚き、次に爆笑した。

 

「なに? なに? なに? あたし、この人と寝ていいの? どうやったら、そんな話になるのかと思ってたんだけど、それは話が早いわね……。拘束するの? もちろん、いいわよ。そんなのも大好き。だけど、知らないわよ。これでも男扱いについては百戦錬磨のエレイン様よ。大抵の男は、あたしと寝ると、忘れられなくなるわ。あんたらのいい人奪ってもいいの?」

 

 エレインが笑いながら言った。

 すると、まずコゼがにやりと笑う。

 

「あたしたちのご主人様と性の技で優位になれるとでも? あんたこそ、覚悟するのね。ご主人様が忘れられなくなっても、終わったらさっさと帰るのよ。後腐れなくね」

 

 そして、コゼが言った。

 エレインはそれを受けて、さらに笑った。

 

「うわああ、すごおおい……。まあ、だけど、真面目な話、大丈夫よ。奪ったりしないから……。まあ、あたしの性の技をあんたらのご主人様とやらにも披露するだけよ。その代わり、性愛のあとで、この人があたしの申し出を受けてもいいと口にしたら、それは従ってよね。あたしとしても、クエストを受けている手前、どうしても、屋敷妖精を連れて帰りたいのよ」

 

「あのねえ、あんた、屋敷妖精というのは……」

 

 エリカが口を出そうとした。

 だが、一郎はそれを制した。

 

「そういう込み入ったことは、寝た後でいい、エリカ。それで問題はなくなる」

 

 一郎は言った。

 

「それもそうですね……。確かに、後であれば、問題はなくなりますね」

 

 エリカも頷く。

 すると、エレインが愉快そうに、一郎の女たちの顔を見た。

 

「なになに? どういうこと? 性行為をすれば、問題がなくなるって?」

 

「あんたが、ご主人様に屈服して、聞き分けがよくなるということよ。いいから、さっさと、ご主人様と寝ておいでよ」

 

 コゼが言った。

 エレインが噴き出した。

 

「ご、ごめん……。だって、あんまり……。あのね……、あんたたちにとっては、性行為の上手な素敵な殿方なのかもしれないけど、これでも、あたしって、結構、男と寝た回数は多くってね……。だから、最初に言っとくけど、拘束しようが、なにしようが、最後にはあたしが主導権握っちゃうわよ。そういうセックスが好きなのよ」

 

「問題ありませんよ。だったら、賭けをしますか?」

 

 ロウは言った。

 

「賭け?」

 

 エレインはきょとんとした。

 

「ええ、賭けです。縄は解くわけにはいきませんが、その代わり、もうセックスができなくなった側が負けということです。俺が先にセックスが続けられなくなったら、あなたが屋敷妖精を連れ帰ることに全力で協力しましょう。その代わり、あなたが先に屈服したら、屋敷妖精は諦めるとともに、俺のことは他言しないと誓ってもらいます。ただし、何回達してもいいですよ。負けはもう続けられないと音をあげたときだけです」

 

 一郎はそう言うと、エレインが大笑いした。

 

「なに? そんな簡単なことでいいの? あんたが精を放つことができなくなったら勝ち? 連続で搾り取って勃起できなくなったら負けになるのよねえ? 本当に本当ね? それでいいのね?」

 

 エレインは嬉しそうだ。

 余程に自信があるのだろう。

 

「じゃあ、そういうことで……。ただし、女たちの手前縛られてもらいますよ。見ての通り、俺は弱くってね。あんたにかかれば、簡単に首を折られてしまう。女たちが心配するんで」

 

 とにかく、本人が男扱いに自信があると言っていることは本当だろう。

 一郎は、普通の人間族で、性行為の経験数が百人を超えている女なんか初めてだ。しかも、同じ相手と何回セックスをしても、ひとりとしかカウントされない。エレインのステータスは、あくまでも百人以上の別々の相手と性行為をしたことがあるということだ。そして、女も三十数人……。一体全体、どんな性生活を送ればそうなるのだ。

 

「そんな感じね。まあ、洞察力とか観察眼とかはすごいけど、冒険者やるなら、もう少し鍛錬とかやった方がいいわよ。あっ、これは余計なことか……。じゃあ、早速始めましょう。さっきの約束は守ってよ」

 

 エレインがくすくすと笑った。

 

「じゃあ、縛るまでは、わたしとコゼが同席します。その後は、わたしが見張りをしたいと思いますが……」

 

 エリカが言った。

 しかし、一郎は首を振った。

 

「そこまではしなくていいだろう。ブラニーに頼むよ。屋敷妖精の能力は知っているだろう、エリカ? エレインが俺に危害を加えさせるようなことはしないさ」

 

「まあ、そうですね……。じゃあ、わたしとコゼは、そのあいだに、神殿の最終的な探索を済ませておきます」

 

「頼むよ……。ブラニー──」

 

 一郎はブラニーを呼んだ。

 すぐに、ブラニーが出現する。

 

「旦那様……」

 

 ブラニーが恭しく頭をさげる。

 

「このエレインと愛し合う場所を二階にでも準備してくれ。それと、縄一式だ。ほかに水も頼む。それと、俺とエレインが愛し合っているあいだは、姿を消して横にいてくれ。絶対に目を離さずに、エレインと俺のいかなる危険も防止すること。それを頼む」

 

「かしこまりました、旦那様」

 

 ブラニーが嬉しそうに消えていく。

 屋敷妖精にとって、管理している建物や住人の管理に携わることを命じられるのは悦びだ。

 長く誰にも指示を受けることなどなかったブラニーは、一郎の指示を受けて幸せそうな顔をなっていた。

 魔妖精の支配を受け入れるくらいだから、ブラニーも余程に誰かに仕えることに飢えていたのだろう。だが、残念ながら魔妖精は、ブラニーの求めるような主人にはならなかったようだが……。

 

「随分と、屋敷妖精の扱いに慣れているのね」

 

 エレインが感心したように言った。

 一郎は「そうか?」というだけで、誤魔化した。

 そして、ちょっと待っていた感じのスクルズに顔を向ける。

 

「では、お願いします、スクルズ様。こっちのことは問題ありませんので……。シャングリアも頼む」

 

「わかった、ロウ」

 

 シャングリアが頷いて、スクルズに方に向かった。

 すると、スクルズがくすりと笑った。

 

「かしこまりました、旦那様」

 

 そして、スクルズがお道化た口調で言った。

 一郎は面食らってしまった。

 

「きゃっ──。ちょっと言ってみたくなったんです。失礼しました。では、行ってきます、ロウ様」

 

 スクルズが満面の笑みを浮かべて、待っている冒険者たちの方に向かう。

 

「愛されてるわね」

 

 エレインが軽口をささやいた。

 一郎は苦笑した。

 

 

 *

 

 

「ふわあっ」

 

 ビビアンは息を求めて、大きく口を開いた。

 だが、ロウと名乗ったこの冒険者の男は、ビビアンの呼吸を邪魔するように、ビビアンの口に唇を重ねて口を塞ぎ、舌を絡ませてくる。

 

「んあっ、あああっ」

 

 顔を振り切って呼吸を確保したいが、もう数限りなく繰り返している絶頂が、指一本も動かないくらいにビビアンを追い詰めている。両腕は後手に縄で縛られているが、拘束などされていなくても、ほとんどビビアンは抵抗などできないだろう。

 

「ゆ、許して、ゆ、許して……」

 

 やっと、ロウが口から顔をどかしたとき、ビビアンは必死の思いで言った。

 男女の営みのことで、この自分が相手の男に許しを乞うなど考えられることじゃないが、このロウは別だ。

 あれほどの女傑たちが、ロウに完全に屈服しているのはよくわかった。

 性行為でこんなにも翻弄され、追い詰められるなど初めてだ。

 なんという女扱いの上手な男だ。

 

「なにを許すんです? ほら、今度はまた対面座位になりましょうか。俺はこれが好きなんですよ。そして、もう一度口づけです。今度こそ、俺を達しさせてくださいね、エレイン」

 

 「エレイン」というのは、幾つか使っている偽名のひとつであり、仕事仲間の間では、「ビビアン」で通っている。

 いずれにしても、「ダーム」というのが親から貰った名前だが、親も兄弟も処刑され、親族も離散し、いまはその名で呼ぶ者はほとんどいない。

 

「ほら、舌を出して……。命令だよ、エレイン」

 

 ロウに声をかけられると、もう無条件にビビアンはロウの言葉に従っていた。

 いつの間にか、またもや、繋がったまま身体を持ちあげられて、ロウの腿の上に乗せられていたようだ。ビビアンが出した舌をロウが吸いついて舌で愛撫をされ始める。

 また、ロウがビビアンの腰に手をやり、ビビアンの緊縛された身体をゆるやかに反復運動を開始した。

 もう十数回、あるいは、軽いのも含めると二十回以上も繰り返した絶頂のために、ビビアンの身体は頭の先から足の先まで痺れ切り、もはや自分の意思ではまったく身体を動かせない人形のようになっている。

 しかも、ロウは何度も口づけを強要して、ビビアンの呼吸を制限させるようにして、ビビアンが思考をするのを許してくれないのだ。

 

 おそらく、わかっていてやっているのだと思う。

 そうやって、ぎりぎりとのところに追い詰めておき、ビビアンの抵抗力を削ぎ、絶頂に誘うということだ。

 後にも先にも、ビビアンは、これほどに短い時間で、こんなにも繰り返し絶頂をしたことなどない。

 

 相手が男であれ、女であれ、性行為の主動権をとるのはビビアン──。

 拘束されようと、されるまいと、ビビアンは膣の動きひとつで、相手の男から射精を促すことができ、寸止めもするし、徹底的な快感を与えることにより、我を忘れさせて、男をビビアンの性の奴隷のように変えることができた。

 

 だが、この男と性行為を開始し、あっという間に連続絶頂をさせられて、もうビビアンはなにも考えることなどできなくなった。

 ロウの手管に引きづり込まれ、弄ばれ、いいようにあしらわれ、与えられる大きな官能に深く抉られて、ひたすらに絶頂に導かれた。

 数が多いだけじゃない。

 一回、一回が深いのだ。

 それを繰り返させられて、ビビアンは完全にロウの下婢にでもなった気分だ。

 

 また、これだけの絶頂をビビアンがやったというのに、ロウは二回か、三回精を放ったくらいだろう。

 自分の性技がこんなにも通用しないというのも初めてだ。

 

 ビビアンは精も魂も尽き果て、失神してしまいたくてたまらなかったが、ロウはそれさえも許さない。

 気が遠くなりかけると、ロウはわざと乳首を甘噛みして軽い痛みを与えたり、ときには肉芽をつねったりして、強引に覚醒させるのだ。

 それでいて、呼吸は口づけの繰り返しで制限し、朦朧としている状態を維持し、身体も頭も無抵抗にしておいて、絶頂をさせる。

 この繰り返しだ。

 

 とにかく、最初こそ、このロウに一矢報いたいと思って、ロウの肩に噛みついたり、自分の歯を噛みしめたりして、挑みかかろうとも思っていたが、もうその気力もない。

 いまは、ただ許して欲しい。

 

「ああ、また、また、いく、もういやああ、いくのはいやああ、許してええ」

 

 ビビアンはロウの腿の上でロウの腰と自分の股間をぶつけ合い、泣きじゃくって許しを乞いていた。

 恥も外聞もない。

 これ以上、続けると頭がおかしくなってしまう。

 もう、ビビアンの願いは、疲労の極致に達しているビビアンをロウが解き放ってくれることだ。

 

「だったら、俺を満足させてください。そうですね。あと、一回俺が精を放ったら、とりあえず、終わりましょうか。あなたはもう満足したようですしね」

 

「ほ、本当ね? ああっ、はっ、ああっ」

 

 あと一回……。

 それを希望に、ビビアンは一郎の怒張が埋まっている膣を締めつける。

 しかし、ぎゅっと絞った膣の気持ちのいい場所を、ロウの亀頭の尖端が圧迫するように押し擦る。

 

「ああっ、やあっ」

 

 快感が大きすぎる。

 とりあえず、ひと呼吸しようと思って膣の締めつけを緩めて、いったん逃げようと思ったが、ロウはビビアンの緊縛された裸身に両手を絡ませて、自分の方に引き込み、逃げることを許さない。

 片手を背中の中ほどで縛られているビビアンの両手首のあたりにかけ、もう一方の手でお尻の下を支え、しかもお尻の穴に指を入れて、内側から刺激しつつ、腰全体を押すとみせて引き、引くとみせて押すということをしてくる。

 

「あああっ、あああっ」

 

 またもや鋭い快感の芯を抉られるような感覚に襲われた。

 ビビアンは引きつった悲鳴をあげた。

 

「んぐううっ」

 

 ビビアンはがくがくと身体を震わせて絶頂していた。

 すると、ロウが唇を塞ぎ、悲鳴とビビアンの息をとめてしまう。

 絶頂に陥りながら、ビビアンはすっと頭が朦朧となるのがわかった。

 それにしても、なんという男だ。

 ビビアンがこんなになるだなんて……。

 

 そのときだった。

 やっと、ロウがビビアンの子宮に精を放つ感覚が襲ったのだ。

 間違いない。

 ほっとした。

 これで許される。

 ビビアンは全身が脱力するのがわかった。

 

「じゃあ、とりあえず、終わりましょうか……。前はね……」

 

 目の前のロウがにやりと笑った。

 前……?

 ビビアンは耳を疑った。

 

「じゃあ、次は後ろですよ。そっちの経験もあるみたいですしね」

 

 ビビアンは心の底から恐怖の声をあげていた。

 狼狽と抗いを示そうとしたが、もはやその気力も体力もなく、ビビアンは身体をロウの腿の上で反転させられて倒され、いわゆる背向位の体位にさせられた。そして、菊門に怒張を当てられる。

 

「ひいっ、ひっ」

 

 ビビアンは引きつった声をあげた。

 だが、ロウの怒張はいつの間に潤滑油を塗ったのか、滑らかな油剤に包まれていて、特に抵抗なくビビアンのお尻の奥に入ってくる。

 ビビアンは泣き声をあげてしまった。

 

 ゆっくりとした律動が始まる。

 最初は鈍痛のような痛みに似たものがないでもなかったが、すぐにすさまじい快感が迸った。

 とにかく、ロウの性交はかなりの技巧だ。

 女に与える快感は怖ろしいほどに巨大だ

 ビビアンはたちまちにこの世のものとも思えない快美感にのたうち回ることになってしまった。

 

 ロウがビビアンのお尻の穴に精を放ったのは、ビビアンが肛姦により三回目の絶頂をしたときだった。

 やっと臀部からロウの男根が抜けていく。

 今度こそ、ビビアンは意識を失いかけた。

 だが、信じられないものを次の瞬間に見てしまった。

 ロウの怒張は、いまだ衰えておらず、隆々と勃起を保持していたのだ。

 たったいま出したばかりのはずなのに……。

 

「じゃあ、とりあえず、後ろは終わりますか。次はもう一度前を使いますね」

 

 ぞっとした。

 まだ続ける気なのだ。

 ロウがビビアンを正常位にして上に乗ってくる。

 ビビアンは心の底からの悲鳴をあげた。

 

「な、なにが、とりあえずよ──。やめてえっ、もう、やめてええっ──。参った、参ったから」

 

 ビビアンは必死で拒否した。

 もう限界だ。

 すると、ロウが笑った。

 無邪気そうで、愉しそうな笑顔だった。

 

「じゃあ、降参でいいね?」

 

「さっきから、そう言っているわよ──」

 

 ビビアンは最後の気力を振り絞って悪態をついた。

 そして、すっと気が遠のくのがわかり、ビビアンはそのまま意識を手放した。

 

 

 *

 

 

 エレインが気を失ったのを確認し、一郎は部屋の扉を開いた。

 すると、部屋の外に、エリカ、コゼ、シャングリア、スクルズの四人がいた。

 彼女たちが、途中から廊下で待っていたのは、ずっとわかっていた。

 四人が部屋に入ってくる。

 

「あらら、大きなこと言っていたけど、完全に気を失っているじゃない」

 

 コゼが寝息をたてているエレインを見て、くすりと笑った。

 そして、まだ服を着ていなかった一郎の足のあいだに跪き、怒張を口に含む。

 

「あっ」

「素早い……」

「あれ、また……」

 

 掃除フェラというやつだが、あっという間にコゼが口に咥えてしまったので、エリカ、スクルズ、シャングリアがちょっと出遅れてしまったという顔をしている。

 だけど、コゼはいつも、一郎を見ていてくれて、こういうときには、必ずといっていいほどに、一郎の世話をしてくれる。

 そういうところは、コゼが可愛くもなる。

 

「コゼ、悪いが、そのまま一度抜いてもらっていいか? どうにも中途半端でね」

 

 一郎は笑って言った。

 なんとなくだが、コゼの口に出したくなった。それに、エレインが死にそうな顔をしているからやめたが、本当はもう数発したかったのだ。

 だが、やめてあげた。

 かなりの性の強者っぽかったので、ちょっと自重気味に進めたのがよくなかったかもしれない。

 いつもの女たちじゃないから、気心がわからなかっただけに、責めのバランスを間違ったみたいだ。

 

 一方で、コゼが一郎の男根を咥えたまま、嬉しそうに頷く。

 そして、いつの間にか上手になったフェラで、一郎を愉しませてくれた。

 しばらく堪能してから、一郎は遠慮なく精を放った。

 コゼが愉しそうに、一郎の精をすする。

 

「ふふふ、ありがとうございます」

 

 コゼが口を離す。

 

「ううん、出遅れましたね」

 

 スクルズが呟いた。

 一郎は筆頭巫女の淫らな呟きに、ちょっと笑ってしまった。

 

「ところで、どうなりました、ロウ様?」

 

 エリカが一郎に囁いた。

 言わんとしていることはわかっている。

 一郎は小さく頷いた。

 

「エレインが俺の不利になることを誰かに喋ることはない。その程度の支配はした。ただし、淫魔師の恩恵が及ぼすほどの支配もしていない」

 

 一郎は言った。

 精を注いで性支配はした。

 だが、緩やかな支配という感じである。しかし、一郎について余計なことは語らないと約束したことは、「命令」に置き変わっているはずだ。絶対に口外することはない。

 そういう感じだ。

 

 一郎は、エレインについて、それが仮名であることとか、タリオ公国の間者であることを説明するかどうか迷ったが、とりあえず、黙っていることにした。

 まあ、今後、彼女が一郎たちに関わるようであれば、みんなに相談もするが、ここで出会ったのは、単なる偶然のようだし、今後、関わるとも、あまり考えにくい。

 エレインについては、ただの冒険者ということでもいいと思った。必要になれば、また、そのときに相談すればいい……。

 

「ところで、場所を変えよう」

 

 一郎はエレインの縄を解いて毛布をかけると、服を着て、もう一度最初の広間に戻った。

 みんなで祭壇を椅子代わりにして腰かける。

 

 まずは、スクルズとエリカに、それぞれに状況を訊ね、冒険者たちを無事に送り届けたことと、神殿の中には特にめぼしいものはなかったことを確認した。

 だが、魔妖精が残した大量の財貨は、言葉の通りに地下にあったそうだ。いまも、一郎の指示待ちでそのままにしてあるとのことである。

 一郎は、ブラニーを呼んだ。

 

「旦那様、お呼びでしょうか」

 

 ブラニーが出現して、頭をさげた。

 一郎はまずは、ブラニーに座るように言った。

 ブラニーはちょっと困惑した表情になったが、大人しく腰をおろす。

 

「とりあえず、お前のこれからを相談したいんだ。実際のところ、もうこの建物は完全な廃神殿だ。屋敷妖精としてここに長く仕えて未練もあるんだろうけど、残念ながら、ここには、もう新しい主人が来る見込みもない。どうだろう。次の主人と新しい屋敷を探すつもりはないか?」

 

 単刀直入に言った。

 屋敷妖精のことはわからない。

 どういう条件で建物を移るのかということも知らないし、訊ねた方が早いと思った。

 すると、ブラニーが首を傾げた。

 

「わたくしめの新しい屋敷でございますか? でも、いまのわたくしめの旦那様は、あなたでございます。よくわかりませんが、そのように刻まれてしまったようでございます。あなた様さえよければ、わたくしめを一緒に連れていってはくれませんでしょうか?」

 

 ブラニーが言った。

 一郎は驚いてしまった。

 

「いいのか?」

 

 逆に訊いてしまった。

 だが、ブラニーは首を傾げたままだ。

 

「なぜ、このような気持ちになったのか、わたくしめにもわかりません。でも、確かに、もうこの建物で、新しい旦那様たちのお世話をする機会はないのでしょうね。それはわかりました。あのお方を新しい旦那様と認めてしまったのは、わたくしめの未練でございました。ですが、どうやら、あなた様が、わたくしめをこの建物から引き離していただいたようでございます」

 

 ブラニーが言った。

 

「ロウ様、屋敷妖精が同じ屋敷にふたりというのは耳にしたことがありません。ねえ、ブラニー、ロウ様のお屋敷には、すでにシルキーという屋敷妖精がいるわ」

 

 そのとき、スクルズが口を挟んだ。

 すると、ブラニーが目に見えて失望する顔になった。

 

「そうでございますか……。では、やはり、わたくしめは、ここで建物とともに残ることになるのでしょう。ここで新しい旦那様がわたしくめを連れていってくださるのを待つか、それとも、建物とともに寿命を全うしたいと思います。このたびは、お世話になりました」

 

 ブラニーが静かに頭をさげた。

 一郎は顔をあげさせた。

 

「ブラニー、どのような条件のときに、お前は新しい主人を認めて、次の屋敷に移るんだ?」

 

「わたくしめが、どのような場合に、次の屋敷に移る気持ちになるのか、それは、わたくしめにもわからないことでございます。でも、あなた様と一緒であれば、行ってもよいと思いました。それだけでございます。しかし、すでに屋敷妖精のいる屋敷には、わたくしめは入れません。とても残念です」

 

「ならば、たとえば、さっきのエレインと一緒に行けるか?」

 

「無理でございます。あのお方は魔道遣いではございません」

 

 即答だ。

 やはり、無理なのだろう。

 

「じゃあ、俺がもう一軒家を買うのは? そうすれば、その屋敷に来れるか?」

 

「もう、一軒家を?」

 

 一郎の言葉に、エリカが驚いた言葉を発した。

 だが、それは少し前から考えていたことだった。

 つまり、一郎の王都内の第二拠点だ。

 いまの屋敷とは別に、王都内に隠れ蓑となる家を構え、表向きには、そこを一郎たちの家ということにするのだ。そして、王都に入るときには、スクルズに作ってもらう移動ポッド経由で行く。

 まず、郊外の屋敷が割れることはないだろう。

 アスカの追っ手がかかるとしても、そっちを隠れ蓑にしておけば、いまの屋敷を守りやすい。

 一郎は、エリカたちに説明した。

 三人娘は、いい案だと考えてくれたみたいだ。

 

「幸いにも、家を購入するには十分な臨時収入もできた。この案は、実際には住まないので、隠れ蓑にするためには、どうやって生活の気配を作るかが問題だったが、ブラニーがいるなら、その問題も解決する」

 

「臨時収入とは、魔妖精が残した財のことですか?」

 

 コゼが訊ねた。

 一郎はそうだと言った。

 しかし、ブラニーはまたもや、首を横に振った。

 

「申し訳ありません。魔道で繋ぐのであれば、それは場所が異なっても一軒の家でございます。そのシルキーという屋敷妖精の管轄になります」

 

 ブラニーがまたもや、残念そうに言った。

 ならば、一郎は、考えていた次の案を提案することにした。

 

「じゃあ、ここにいる彼女が主人では?」

 

 一郎が示したのはスクルズだ。

 魔道の高い魔道遣いに屋敷妖精が惹かれるのであれば、スクルズを越える候補者は、まずいないだろう。

 

「わ、わたしですか? でも、わたしは第三神殿に住んでおりますが、屋敷の当主ではありません」

 

 スクルズは、急に話を振られて驚いている。

 

「だから、さっきの家だ。スクルズには、移動ボッドがある。その家と神殿の私室を繋いでしまえば、実際的には神殿にもうひとつ部屋ができるのと変わりない。だから、家を買って、そこにブラニーに住んでもらい、ウルズの世話をしてもらえばどうだろう。ベルズの第二神殿の私室とも、同じように移動ポッドを繋いで、交代で看ればいい。もちろん、俺の屋敷とも繋いでもらう。スクルズたちにしても、ウルズの世話について、ブラニーがいる分、これまでよりも楽になるし、実際、神殿よりは俺も通いやすい」

 

「おう、それなら、わたくしめがお仕えできると思います。あなた様の魔道であれば、ブラニーは喜んでお仕えいたします。いまの旦那様にも…」

 

 ブラニーが喜色を顔に浮かべる。

 だが、今度はスクルズが困惑顔になった。

 

「でも、男神官とは異なり、巫女は必ず神殿内に住まなければならないという戒律が……。個人的な家の購入は名目のみでも、教会法に違反することで……」

 

「そんなもの、どうにでもなるだろう、スクルズ。それに、神殿には夜這いもしにくいが、移動ポッドで結んだ中間の家なら俺は毎晩のように、スクルズを夜這いに行ってもいいぞ」

 

「家を買いましょう」

 

 今度はスクルズは即答した。

 エリカたちが、ちょっと呆れた表情でスクルズを見たのがわかった。

 

「おお、では、わたくしめは、皆さまの新しい家にお仕えしたいと思います。それと、そのシルキーという屋敷妖精と会うのも楽しみですね。そのような環境であれば、話すこともできるでしょう。なにしろ、屋敷妖精は、ひとつの屋敷にひとりのみという制約があるので、同朋と出逢うことなど滅多にないのでございます……。さらに新しいご主人様である魔道遣い様のお名前を改めて教えていただいてよろしいでしょうか」

 

「スクルズよ」

 

「では、どうぞ、末永くよろしくお願いいたします、スクルズ様。あなた様の新しい家ができるのを愉しみにしております」

 

 ブラニーが立ちあがって頭をさげた。

 

「では、準備ができたら、改めて迎えに来るとしよう」

 

 一郎は言った。

 だが、ブラニーが首を横に振った。

 

「いえ、その心配はご不要でございます。その家の主人に、魔道遣い様がご主人となった日に、わたくしめは、そこに移ってまいります。契約が成立いたしました以上、すでに、わたくしめの魂は自動的に新しい屋敷に繋ぎとめられるはずでございます」

 

「そういうものか」

 

 とりあえず、納得することにした

 そのときだった。

 二階から階段をおりてくる気配があった。

 エレインだ。

 とりあえず、服は身につけている。

 ただ、相当に気怠そうだ。

 

「あら、もういいの? きっと明日まで起きないと思ってたわ」

 

 コゼがからかい気味に声をかけた。

 

「持っていたポーションを無理矢理に飲んだんだよ。参ったね……。世の中には、このあたしをへこますような男もいるんだね。お見それしたよ」

 

 エレインがやって来て、みんなで座っている祭壇にどんと座り込んだ。

 ブラニーがスクルズを見た。

 

「スクルズ様、よろしければ、皆さまに食事の準備をしたいと思いますが?」

 

 ブラニーは言った。

 もはや、まだ家はないが、スクルズを新たな主人として認めたということだろう。

 

「お願いするわ」

 

 スクルズがにこにこと微笑んで応じる。

 

「かしこまりました。では、しばらくお待ちください」

 

 ブラニーが嬉しそうに微笑んで姿を消した。

 それと同時に、なにもなかった床に、長テーブルと椅子が出現した。テーブルには白い布がかけられていて、中心には花まで飾っている。

 

「なになに? 屋敷妖精は、結局、あんたが引き取ることになったの?」

 

 エレインが興味深そうに言った。

 コゼが口を開いた。

 

「そうだけど、もうご主人様との勝負に負けたんだから、ぐずぐず言わないでよ」

 

「言わないわよ。こちらも好都合よ。屋敷妖精がずっとここに残るんなら、なんとかしろって、あの坊やにうるさく言われるけど、いなくなるんなら、最初からいなかったと報告できるものね。それにしても、あんたら、すごいわ……。このロウに……、いや、ロウ殿の相手ができるのね。あんたたち、全員、このロウ殿の女なんでしょう?」

 

 エレインが自嘲気味に笑った。

 

「まあ、ひとりじゃないからな。このところ、ロウの絶倫も際限がなくなり、いつも三人がかりだ。だが、エレインとやら、ロウの性愛はあんなものじゃないぞ。あれは優しいくらいだ。いつもはもっと鬼畜だ。だが、その鬼畜の先に、やり遂げたという充実感があるのだ。まだまだだ」

 

 シャングリアが横から口を挟む。

 

「まだ、あれ以上があるの?」

 

 エレインが目を丸くした。

 すると、なぜかほかの女たちが一斉にくすくすと笑い声をあげる。

 ロウは、なんと言うべきが迷ったが、もはや言い訳めいた口を挟むのはやめた。それよりも話題を変えることにした。

 

「ところで、エレイン、俺たちはこのクエストの報告を済ませれば、十日ほど、ミラノの城郭で休暇を取るつもりだ。それから王都に戻る。よければ、一緒に行くか」

 

 一郎は声をかけた。

 

「いいの?」

 

 エレインは一郎を始め、ほかの女たちを見た。

 女たちが微笑んで頷く。

 すると、嬉しそうに破顔した。

 

「やった──。本当は、あんたたちと、これで別れるのは名残り惜しいなあと思ってたのよ。久しぶりに、あたしも心からの休暇をとるわ。なんか、この人には、いろいろと衝撃を受けたから、そういう時間が必要な感じなのよ」

 

「大袈裟ねえ」

 

 エリカが苦笑している。

 

「大袈裟じゃないわ。これでも、性技には自信があったのよ。でも、あたしなんて子供扱い……。こんな人初めて。まあ、よろしくね。改めて、エレインよ。タリオ国から来た冒険者ね。まあ、クエストが終わったから帰るけどね」

 

 すると、女たちが改めて順番に自己紹介をした。

 そして、それが終わったとき、待っていたかのようにブラニーが出現する。

 

「皆様、お席にお付きください」

 

 ブラニーとともに、長テーブルの上に温かいスープと柔らかそうなパン、さらに果物と数種類の飲み物が並んだ。

 

「わおっ、すごい」

 

 エレインが声をあげた。

 それを合図に、みんなで長テーブルに向かって移動した。

 

 

 

 

(第17話『淫神の巣食う神殿』終わり)



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 第18話  漆黒の艶本と妖魔将軍
109 おしっこ我慢競争


「ああ……」

「う、うう……」

「んっ、んんっ……」

 

 革帯で腰の括れの後ろ側で両腕を揃えて拘束されているエリカ、コゼ、シャングリアの三人がそれぞれのむき出しの股間を震わせながら、何十回目かの呻き声をあげた。

 

 幽霊屋敷と称されている王都ハロルドにおける一郎たちの住まいの一階のホールだ。

 ミランダから課せられた強制クエストと、その後のミラノ城郭における温泉休暇も終わり、やっと屋敷に戻って来た最初の夜になる。

 なんだかんだと、戻って来るのは半月ぶりくらいだ。

 

 昼過ぎに戻ったとき、ずっと一緒だったスクルズとは、この屋敷の前で別れて、クエスト完了のミランダへの伝言をそのスクルズに託した。よくわからないが、ミランダからは、強制クエストとともに、帰還してもギルドには立ち寄らずに、伝言だけを寄越せと指示を受けており、それでスクルズにお願いしたのだ。

 スクルズは快く引き受けてくれ、さっき移動術で戻って来て、ミランダからの感謝の言葉と報酬、そして、やはりしばらくギルドには立ち寄らないでくれというミランダからの返事を置いていった。

 たったいま、そのスクルズも神殿に帰ったところだ。

 あれから、半月経つが、一郎たちに、ギルドに近づいて欲しくない理由はまだ、なくなっていないようだ。

 そろそろ、訊きに行った方がいいのだろうか……。

 

 それはともかく、丁度スクルズが伝言を持って戻る直前くらいから、帰宅記念に気まぐれで開始していた遊びが、いま三人娘にやらせている「尿意我慢競争」だ。

 

 三人の首には天井から繋がる鎖につながる首輪が嵌めていて、三人とも立ったままの姿勢を崩せないようにしている。そして、それぞれの三人の足首には肩幅の倍ほどの長さの棒が挟んであり、その両端に足首を括っていた。

 一郎がやったことであり、つまりは、三人は一郎の前で、両腕を背中側で拘束されたうえに、素裸で首輪で立たされ、さらに大股開きを強要されているということだ。

 

「さすがは俺の女たちだな。よく頑張るじゃないか。やはり、それぞれ戦士として鍛えているだけあって、おしっこを我慢する股の力も強いようだ。並みの女ならこうはいかないだろう」

 

 一郎は女たちの正面に置いた椅子に腰かけて、苦悶の脂汗を流しながら、懸命に排尿を耐え続ける美女たちの姿を感心して眺めた。

 エリカたちにやらせているのは、限界を超えた尿意を与えておいて、排尿を我慢する競争だ。

 三人の膀胱には、一郎の淫魔師の力で、ぱんぱんになるくらいに水分を送り込んだ。普通なら、数瞬ももたないくらいの激しい尿意のはずだ。

 

 ところが、三人のうち一番早く脱落した者については、浣腸をしてみんなの前で排便の罰だと申し渡したところ、あの状態でありながら、三人は必死になって股の筋肉を引き締めて、お漏らしの我慢競争を始めたのだ。

 かれこれ、もう一ノスになる。一郎の昔の世界の時間感覚だと、小一時間というところだ。

 よくも、そんなに我慢できるものだと思う。

 それくらいの限界を越えた尿意のはずだ。

 

「く、くくっ……。そ、それにしても、ず、ずるいわよね……、あ、あの巫女……。こ、こんなときこそ、さ、参加すれば……い、いいのに……。お、おしっこ我慢競争と聞いたら……か、帰るなんて……」

 

 コゼが脂汗でびっしょりとなりながら、何回目かの同じような悪態をついた。

 さっきから、よく喋るが、その方が気が紛れるのかもしれない。

 ずっと一緒に過ごしていて、クエストで出る前も、毎日のように屋敷に訪問してきたスクルズだったが、さすがに半月以上も神殿を空けてあったということになれば、今夜は遊びには来れないらしく、さっき、ミランダからの返事をわざわざ伝えたら、すぐに戻ってしまった。

 そのことを言っているのだろう。

 

「仕方ないだろう。あれでも、忙しい身の上だ。それに、神殿のことじゃなく、俺の名義になる新しい家を探すことも引き受けてくれている。すぐにミランダの返事を運んで来てくれただけで、律義だとは思うけどな」

 

 一郎は言った。

 

「う、嘘です……。あ、あれは、例によってす、寸間を惜しんで、ご、ご主人様に抱いてもらいにき、来たんですよ──。で、でも、こ、こんなこと、してたから、慌てて帰ったんです……。あ、あいつは、そんな狡いとこ、あ、あるから……」

 

 コゼががちがちと歯を鳴らしながら言った。

 あまりもの尿意で口元も震えるみたいだ。

 

「そうなのか?」

 

 一郎はエリカとシャングリアに訊いてみた。

 ふたりも首を縦に振る。

 

「コ、コゼの言う通り……で、です……。い、いつもの微笑みを、う、浮かべてた、たけど……。か、顔色が、か、変わりましたから……」

 

「そ、そうだ……。そ、そうだよ……」

 

 エリカとシャングリアも言った。

 ふうん……。

 そうなのか……。

 

 まあ、それにしても、出逢って最初こそ、王都神殿の高位貴族にも匹敵する身分の王都大神殿の筆頭巫女ということで、遠慮のようなものがあった三人だが、さすがに、もはや、そんな態度は皆無だ。

 この旅ですっかりと打ち解けて、スクルズのことは呼び捨てだし、いまも、かなり辛辣に不満を言っている。

 一郎は思わず笑ってしまった。

 

「だったら、今度来たときに、スクルズにも同じことをしてもらうか……。いずれにしても、そろそろ出すだろう。シルキー、三人の前に皿を置いてやれ」

 

 一郎は、傍でにこにこしながら、エリカたち三人がおしっこを我慢している姿を眺めている屋敷妖精のシルキーに声をかけた。

 外見は十歳くらいのかわいらしい童女姿のシルキーは、実は人族でなく妖精族だ。屋敷内に限ることなのだが、魔道を自在に操り、さまざまな家事を一手に引き受けている。一郎が屋敷で行うエリカたちへの「調教」の手伝いも、主人に仕える屋敷妖精としての務めらしく、いつも喜々として手伝ってくれる。それだけでなく、なぜか一郎の精を与えることで、人族の女と同じように性行為による快楽を受け入れることができる体質に変化し、時には一郎もシルキーを抱いて絶頂による性的満足心を与えてやっている。

 

 そんなときには、シルキーは人間の女と同じで、あられもなく快楽の酔いしれる仕草を示す。もっとも、十歳くらいにしか見えない童女メイド姿のシルキーだが、男女の交わりをするときに味わえる童女らしからぬしっかりと発達している女性器には、やはり、人族ではないのだと思ったりする。

 

 また、今回、ブラニーというもうひとりの屋敷妖精と出逢ったことと、紆余曲折あり、この屋敷の隠れ蓑となる王都内の家をスクルズに買ってもらい、そこにブラニーが移ってくることについては、シルキーに教えた。

 シルキーは、自分以外の同胞と聞いて驚きもしていたが、その屋敷とはスクルズに頼んで、出入り自由となる移動ポッドで繋いで、事実上ひと繋がりの屋敷のようになるのだと説明すると、かなり喜んでいた。

 いまから、ブラニーに会えるのが本当に愉しみだと、無邪気そうに破顔した表情を一郎たちに見せてくれた。

 

「はい、旦那様……。では、皆さん、頑張ってくださいね」

 

 そのシルキーが三人の女たちの股下に一個ずつの金容器を置いていった。金容器には小さな脚があり、三人の脚のあいだにある棒を邪魔することなく、床に置くことができる。

 三人がそれぞれに、恥ずかしがる表情と仕草を示した。

 その恥辱に歪む様が、一郎の嗜虐心をさらに大きく燃やす。

 それで、さらにからかいたくなった。

 

「それとも、女戦士らしく、勢いよく前に飛ばせる者がいるか? いたら、浣腸の罰ゲームは免除してやるぞ」

 

 一郎はそう言って、椅子から立ち上がると、シルキーが置いた金容器を全部前にずらし置いた。

 

「わっ、ま、待ってくれ、ロウ。そ、そんなに飛ぶわけないだろう。真下だ。真下に置いてくれ」

 

 すると、シャングリアが真っ先に正直な反応をした。

 一郎は笑って、シャングリアの容器を元に戻してやった。

 

「ほかのふたりは、どうするんだ? このままでいいのか? それとも股の下がいいのか?」

 

 一郎は椅子に座りなおしながら言った。

 

「……も、もう……げ、限界……。ゆ、床を汚してしまいます……」

 

 今度は脂汗まみれのエリカがか細い声を出した。

 

「床なんか、どんなやり方でも汚れるだろう。気にするな、エリカ。汚れたものはシルキーがきれいにしてくれるさ。最初に粗相したものが受ける浣腸による排便もな」

 

 一郎はそう言って、椅子の横に置いている台から棒付きの羽根を手に取る。

 それで、まずは、ぶるぶると小刻みに震えているエリカの内腿をくすぐってやる。

 

「ひいっ、ひっ、ロ、ロウ様──。わ、わたしだけ、ひ、卑怯……。んふううっ」

 

 エリカが緊縛された全身をゆすぶって羽根を避けようとする。

 だが、縛られた身体では、逃げるといっても限界がある。それに、あまり動くと、限界まで耐えている尿意が堰を切ってしまうのかもしれない。

 そんなに抵抗は激しくない。

 それをいいことに、一郎はさらに羽根をエリカの股間そのものに這わしてやった。

 エリカは、一郎の命令により毎日、欠かさず自ら剃毛をしている。さすがに例のクリピアスを刺激するのは勘弁してやったが、無毛の恥丘に一郎の操る羽根が這うと、エリカは泣くような奇声をあげ始めた。

 

「次はシャングリアだな。エリカだけだと不公平だしな」

 

 しばらくエリカの狂乱を愉しんでから、一郎は今度はシャングリアの股を同じように羽根でくすぐった。

 

「ふうっ、ふっ、んんんんっ」

 

 シャングリアは白い喉をのけぞらせて、ぴんと身体を突っ張らせた。

 そして、呻き声のようなものを出しながら、かちかちと歯を鳴らす。

 そうやって、歯を噛み鳴らしながら、シャングリアは一郎の羽根くすぐりに耐えた。

 

「次はコゼだ」

 

 次に一郎はコゼに向かって、羽根を移動する。

 そのとき、コゼが口を開いた。

 

「……さ、さっきのは、ほ、本当ですか……?」

 

「さっきの?」

 

 一郎は首を傾げた。

 

「よ、汚しても……いいということと……、ま、前に出すことが……できたら、浣腸は……免除……ということです」

 

 コゼが荒い息をしながら言った。

 

「そんなことができるのか?」

 

「で、できます」

 

 すると、コゼは大きく腰を前に出すような恰好になった。

 次の瞬間、突然に激しい放水がコゼの股間から噴き出す。

 

「へえ」

 

 一郎は感嘆してしまった。

 コゼの出す放尿は、かなりの量を床そのものにまき散らしているが、一方で確かに尿の先端は、さっき一郎がふざけて離した金容器に届いている。

 これには、シャングリアとエリカも呆然とした顔をしている。

 

「お、終わりました……。はあ、はあ、はあ……」

 

 コゼのそんな「放尿芸」が終わった。

 一郎はシルキーにコゼの首輪を外して、拘束を解くように指示した。

 コゼがその場にくたくたと座り込みそうになったが、自分の尿でびっしょりとその場の床が濡れていることを思い出したのか、途中でやめて中腰で動きを止める。

 

「な、なんで、そんなことができるのだ? ロ、ロウがやり方を教えたのか?」

 

 まだ、目を丸くしているシャングリアが声をあげた。

 

「……だ、だったら、こんなにつらい気分にはならないんだろうけどね……。あたしに、こんなことをやらせたのは……」

 

 コゼが口元だけで笑うように顔を歪めて、シャングリアを見た。

 一郎ははっとした。

 

 一郎と出会う前のコゼは、国境の城郭の分限者の奴隷であり、その分限者の「奴隷の支配」により、アサシンとして使われる一方で、分限者の部下の男たちの慰み者にされていたのだ。

 その悲惨な生活の中でコゼは様々な性的虐待を受けていた。

 立小便で尿を前に飛ばすというような破廉恥なことも、そいつらに強要されて覚えたことなのだろう。

 一郎はすかさず、コゼに声をかけた。

 

「コゼ、来い。ご褒美だ。そのままでいい。犯してやる」

 

 一郎の大きな声に、コゼは一瞬きょとんとしてこっちを見たが、すぐに嬉しそうに相好を崩した。

 それでも、排尿をしたままの股間を犯されるというのは躊躇があるのか、ちょっとじっとしたままだったが、一郎がもう一度声をかけると、今度はいそいそとやって来る。

 

「尻をあげて、後ろを向け」

 

 途端に、コゼが床に四つん這いになり、尻を一郎に向ける。

 一郎はズボンをおろすと、両手でコゼの尻たぶを左右に開くようにしながら、怒張の先端でコゼの菊門を撫ぜるようにしてやる。

 

「あっ」

 

 それだけでコゼは、我に返ったような悲鳴もどきの嬌声をあげた。

 

「ちゃんと、きれいにしてあるな?」

 

「は、はい。お、お言いつけのとおり……」

 

 コゼが声を詰まらせながら言った。

 ほかのふたりには、あまりやらないが、コゼとは頻繁にアナルセックスを愉しんでいる。

 それでコゼには、毎日欠かさず尻の穴をきれいにしておけと、専用の洗い粉を渡している。

 一郎は怒張の先端をコゼの尻穴に潜り込ませた。

 

「あううっ、んふううっ」

 

 コゼのアナルに一物を挿入する直前に、一郎の性器はたっぷりの潤滑油でまとわれる。

 それも淫魔師としての特殊能力だ。

 しかも、今はただの潤滑油ではなく、コゼが泣き狂うような強烈な媚薬にしてやった。

 昔のことを思い出しかけたときは、それを忘れるような強烈な調教と快感を与えてやらなければならない。

 さもないと、コゼは惨めだった少女時代のことを思い出して、暗い心の闇に自分を埋没させてしまうのだ。

 

「ああ、お、お願いします、ご主人様。お、お願い……」

 

 コゼが絞り出すような声とともに、全身をおののかせた。

 やめて欲しいと願っているのか……。それとも、もっと快楽を与えてくれとお願いしているのか……。

 しきりに、「お願い」という言葉を使うコゼに、一郎は苦笑した。

 そのあいだに、一郎の怒張はしっかりとコゼの尻を深々と貫いた。

 

「いくぞ」

 

 声をかけて、今度はゆっくりと一物を抜いていく。

 そして、先端まで出かかるところで、また抽入する。

 それを繰り返す。

 すぐにコゼは狂乱を示し始める。

 やがて、コゼは身体を震わせて、オルガスムスの声を張りあげた。

 一郎はしっかりと精をコゼの尻に放ってから、おもむろに一物を抜いた。

 コゼがくたくたと一郎の前で脱力して、身体を横倒しにする。

 一郎はそんな姿に苦笑して、やっとエリカとシャングリアに視線を戻した。

 

「さて、ところで、負けるのはどっちかな? そろそろ、決着はつくか?」

 

 すでに、あまりの排尿の我慢に、ふたりは半分朦朧としている状態になっている。

 

「ああっ」

 

 そのとき、突然に大きな声がエリカの口から迸った。

 ついに我慢できなくて放尿をしたのだ。

 間髪入れずに、シャングリアの股からも尿が飛び出す。

 ふたりの女戦士の開いた股間から激しく尿が落ちていく。

 ふたりの尿はコゼとは異なり、真下の床に垂れ落ちている。金容器を遠くに置いたままだったエリカなど、一滴も容器には入っていない。

 そして、やっとふたりの羞恥の立小便が終わった。

 

「お掃除をいたします」

 

 シルキーが言った。

 すると、たちまちに三人のこぼした尿など、存在しなかったかのように乾いた床に戻る。

 本当に便利なものだ。

 

「シャングリアは勝ち抜けだな。さあ、エリカは約束だから、みんなの前で浣腸と排便だ」

 

 一郎はシャングリアの縛めを自ら解きながら言った。

 

「う、うう……」

 

 エリカはがくりと首を垂れた。

 

「……さて、じゃあ、今夜はエリカを中心に浣腸プレイで愉しむかな。そうだ。せっかくだから、この屋敷の前の主人が遺した淫具を使ってみるか。シルキー、持ってきてくれ」

 

 一郎は屋敷妖精に言った。

 「浣腸プレイ」はあまり数はやらないが、三人とも死ぬ気で嫌がるから、時折エリカたち三人を相手に、こうやって罰ゲームとしてやったりする。

 そんなときは、彼女たちの排便や排尿の感覚を一郎は淫魔術で好きなように操れるから、大抵は手軽に淫魔術で排便感覚を与える。だが今夜は、なんとなく実際に浣腸器を使ってみたくなったのだ。

 

 この屋敷の前の主人は嗜虐趣味であり、その手の淫具や艶本が、屋敷の庭にある霊廟の中に山のように蓄積してある。

 一郎と屋敷妖精のシルキーがそれを見つけたのは、一郎たちが、この屋敷に初めてやってきたときだが、いまはシルキーにすべてを管理させている。

 シルキーは屋敷妖精としての魔道により、屋敷のどこからでも、瞬時に霊廟にある淫具を取り出すことができる。

 だが、シルキーは小首を傾げた。

 

「どの浣腸器をお持ちしましょうか、旦那様?」

 

「迷うほど、あるのか?」

 

「あります。例えば、管に薬液を入れてシリンダーを押す形式のものだけでも、大きさや材質により十種類以上あったと思います。それから、お尻に管を刺して、上から吊った大きな容器から液剤を入れるものもありました。ほかにも、魔道の刻まれたものもありますし、固形浣腸もございました」

 

「そんなにあるのか? ところで、固形浣腸とはなんだ?」

 

「肛門栓のようなかたちであり、それをお尻に入れるのです。だんだんとそれが溶けて、浣腸剤として体内に注入されます。そういえば、前の旦那様は、時折、それを奥様に施してから城郭に連れてお出かけになったりされていました」

 

 シルキーが懐かしそうに言った。

 この屋敷の夫婦は愛し合っていたようだが、そんなSM遊びをずっとやっていたような仲だったのだ。シルキーもそんなふたりに付き合って様々な性経験をしている。

 それらは、シルキーにとって、大切な思い出のようだ。

 

「なにか、浣腸の希望はあるか、エリカ?」

 

 一郎はいまだにひとりだけ大股開きで拘束されたままのエリカに声をかけた。

 

「も、もう、好きなようにしてください……」

 

 エリカはそれだけを言った。

 

「じゃあ、みんなで見に行ってみよう」

 

 一郎は言った。

 そして、シルキーを含めて、五人で庭にある霊廟に向かうことになった。

 コゼとシャングリアには裸身に羽織るローブを許したが、エリカだけは後手縛りの素裸のままだ。

 これからみんなの前で浣腸をされて、排便姿を晒さなければならないエリカは、すっかりと意気消沈している感じだが、反面、もう諦めている様子でもある。

 それほど抵抗することなく、みんなとともに霊廟までやってきた。

 

 霊廟の扉をシルキーが開く。

 外観は霊廟だが、内側は前の主人の膨大な嗜虐の淫具の蒐集品だ。

 広い壁一面の棚にびっしりと淫具や艶本が並べられている。

 その壮大さは、眺めるだけでも圧巻だ。

 久しぶりにここにやって来た一郎は、改めて、その数と種類の膨大さに感嘆の息を吐いた。

 

「ここが浣腸器が集められている場所だと思います」

 

 シルキーが奥の棚の一画を一郎を示した。

 なるほど、そこにはかなりの種類の浣腸器が並んでいる。

 シリンダー式だけでもかなりあるし、一郎の元の世界では、「イルリガートル」と呼んでいたものや、「エネマシリンジ」もあった。

 その横は浣腸栓だ。これもたくさんある。

 一郎はなんとなく、その中で魔道の紋様のある一個を手に取った。

 すると一郎がぐっと力を入れると、それがいきなりぶるぶると振動をし始めた。

 

「なるほど、排便に耐えようと思って尻穴を締めると、振動をする仕掛けか。面白いな。これも試してみるか、エリカ?」

 

「あ、あんまりいじめないでください、ロウ様」

 

 ひとりだけ素裸のエリカが泣きそうな顔で言った。

 可愛いエリカの反応に、一郎は思わず微笑んでしまう。

 

「だったら、片っ端から試したらいいんじゃないですか、ご主人様」

 

 コゼが横から言った。

 

「よ、余計なことを言わないでよ、コゼ」

 

 すると、エリカが憤慨の声をあげた。

 

「そうだな。そうするか」

 

 一郎も笑う。

 エリカの顔が蒼くなり、その表情が強張るのがわかった。

 

 そのとき一郎は、浣腸器群の横にある棚に、ほかとは違って、ただ一冊だけの本が置かれたひとつの棚があることに気がついた。

 ほかの棚はぎっしりと物が置いてあるのに、そこはただ一冊の本のために、ひとつの棚を使っている。

 それだけで、その本が前の主人にとって、特別のものだとわかる。

 本の表面は漆黒だ。

 何気なく手に取る。

 表題のようなものはない。

 だが、本を開こうとすると、なぜかページを開けることができない。

 

「な、なんだ、これ? 開かないぞ」

 

 一郎は強引に本を開こうと、力を入れながら言った。

 特に鍵などしているわけでもないが、なぜか開かないのだ。

 

「ああ、それは、なんでしょうか? わたくしめも不思議に思っていたのです。なにかの不思議な力が加わった本のようですが……」

 

 シルキーが言った。

 

「魔道の刻まれた本か、ロウ?」

 

 シャングリアだ。

 そのとき、エリカがこちらを覗き込んできた。

 

「魔道……? いえ、これは魔道の魔力……ではないと思います。もっと、違う別の何かの力のように感じます。とても似てますが……」

 

 だが一郎は、そのエリカの言葉で、この本に加わっている不思議な力の源がなんであるかを悟ることができた。

 

「これは淫気だ。つまり、淫魔力で封印されているようだ」

 

 一郎は目の前の漆黒の本を眺めて言った。

 最初に見ただけでは気づかなかったが、改めて眺めると、一郎の身体に充満している淫魔師としての力と同じ波動をこの本に感じる。

 間違いないだろう。

 

 淫魔師としてこの世界に覚醒した一郎は、淫気、あるいは、淫魔力と呼ばれるエネルギーを源として、接した女体を性奴隷にしたり、その心や身体を自在に操れるという不思議な力を手に入れた。

 最初は不慣れだったこの能力も、最近ではだんだんと自在に操れるようになってきてもいる。

 だから、淫気をうまく駆使すれば、女を操るだけではなく、この世界の魔道遣いが魔道を遣うのと同じような、様々な技を駆使できることを知っていた。

 この本は、そういう力で封印されたものなのだろう。

 

「い、淫気ですか? だ、だったら、ロウ様の力で封印を解除できるのではないですか?」

 

 エリカが口を挟んだ。

 一郎は、そのエリカの必死そうな様子に、思わず吹き出しそうになった。

 淫気に封印された本など得体のしれない内容のものに決まっている。しかも、嗜虐好きだったこの屋敷の前主人が、夥しい数と種類の淫具の蒐集の中で、特に大切そうに置かれていた一品だ。

 中身なんて開かなくても、その内容が艶本だろうというのはわかりやすい想像だ。

 しかも、ただの艶本ではなく、おそらく嗜虐本だろう。

 嗜虐趣味の前の主人が、大切そうに保管をしていた書物というのがどんな内容のものなのか、一郎も大いに興味がある。

 

 だが、真面目であまり羽目を外すようなことはしないというのがエリカの性質だ。

 いつものエリカなら、そんな書物に自分から関心を示すような態度をとることはない。

 それにも関わらず、エリカが艶本に対して積極的な態度をとっているのは、思わぬ品物を見つけたことで、一郎の興味がそれに向きそうなことを悟り、懸命に一郎の関心をエリカへの浣腸責めからそっちに向けようとしているのだろう。

 エリカの魂胆はわかりすぎるくらいに見え見えだ。

 もっとも、逆にそんなエリカがかわいらしくて、とても愛おしいのだが……。

 一郎は、エリカの胸に片手を伸ばすと、ぎゅっと乳房を鷲掴みにした。

 

「わっ、あんっ、んんっ」

 

 エリカが真っ赤な顔になって身体をのけぞらせる。

 しかし、エリカは、この霊廟に集まっている者の中で、ただひとり服を身に着けることも許されずに後手を革帯で拘束されている。

 一郎の蹂躙に対しても、大した抵抗もすることもできずに、身をよじらせて身体を震わせるだけだ。

 

「そんなに浣腸がいやか、エリカ? だったら、俺の愛撫に抵抗をしてみろ。俺の愛撫に耐えきったら、浣腸を勘弁してやってもいいぞ」

 

「ほ、本当ですか?」

 

 すると、エリカが大きな声をあげた。

 

「ああ、本当だ」

 

「わ、わかりました」

 

 エリカが歯を食い縛った。

 どうやら、本気で一郎に対抗しようというようだ。

 一郎はほくそ笑む。

 とりあえず本を棚に戻して、まずは後手縛りのエリカを引き寄せた。

 そして、右手で乳房をすくいあげるように動かしながら、左手で股間の亀裂をゆっくりと撫ぜる。さらにエリカの顔をあげさせ、無理矢理に唇をこじ開けて、舌を絡みつかせる。

 

「んっ、んんっ、んふうっ」

 

 エリカが必死の様子で喘ぎ始めた。

 三箇所に一郎の愛撫を受けながら、それでもなんとか感じてしまうのを防ごうと懸命のようだ。

 エリカのささやかな抵抗が、肌を通じて一郎に伝わってくる。

 

 だが、それは不可能なことだ。

 エリカたちは、まだ一郎のこの秘密は知らないが、一郎にはエリカのどこをどうやれば感じるのかということや、どのくらい性感が追い詰められているかということが、赤いもややステータスの数字で知ることができる。

 そんな一郎にとって、敏感なエリカの身体から絶頂に通じる快感を絞り出させるのは簡単なことだ。

 一郎の責めを拘束されたエリカが防げるわけがない……。

 

 口腔と乳房と股……。

 一郎はそれぞれの場所で、特に赤いもやの濃い性感帯を集中的に刺激した。

 

「んんっ、んっ、んんっ」

 

 エリカが身体を小刻みに震わせながら泣くような悶え声をあげる。

 すでに身体は真っ赤で、全身からは汗がにじみ出ている。

 

 “60”……“40”……“35”……。

 

 一郎の三箇所責めに、感じやすいエリカの快感値もどんどんとさがっていく。

 

「んんっ、いやっ、ああっ」

 

 やがて、エリカが顔を左右に激しく振って一郎の口づけから逃げた。

 三箇所責めを二箇所に減らして、少しでも快感をガードしようというのだろう。

 一郎の愛撫を拒否するのは、ルール違反ともいえたので、強引に口づけを続けることもできたが、一郎はあえて口中への刺激はそれでやめてやった。

 その代わりに、エリカの首に舌を這わせてやる。

 なんでもないような場所だが、一郎には、エリカのどんな場所だって、そこから性感を燃え立たせること可能だ。

 一郎が肩口を吸うことで、エリカの首筋が新たな性感帯として、ぱっと真っ赤なもやに包まれた。

 

「ううっ、あっ」

 

 エリカが上体を弾ませる。

 股間で動いている一郎の指に、どんどんとエリカの股間から漏れる愛液が絡んでくる。

 そして、首筋を刺激されることと連動して、さらに股間から滲む蜜がさらに増えてもきた。

 

「あ……はああ……、はああっ、あっ、ああっ」

 

 エリカの声が甲高くなる。

 こうなってしまえば造作もない。

 感じまいと懸命に歯を食い縛ろうとするエリカを翻弄するように、指を股間に滑り込ませてやる。

 エリカが腰をよじって逃げようとしたのは一瞬だけだ。

 一郎はエリカの膣の入口に近い上襞の膨らみをぐいと押して強く擦ってやった。

 

 それで終わりだ。

 エリカはまるで機械仕掛けの人形のように身体をぴんと跳ねあげた。

 

「んふうううっ」

 

 エリカが大きな声をあげる。

 その身体が一郎の腕の中で弓なりになる。

 快感値の数字は“0”──。

 エリカが呆気なく達してしまったのは明白だ。

 

「残念だったな、エリカ。やっぱり、罰ゲームだな」

 

「うう……」

 

 一気に高められた性感に腰を抜かしたようになってしまったエリカが、その場にくたくたとしゃがみ込みながら呻き声をあげた。

 

「馬鹿だな、エリカ。ロウの手管に耐えられるわけがないだろう」

 

「それでも頑張ろうとするのがエリカなのよ。でも、浣腸は受けようね。これで、二重の罰だものね」

 

 一郎がエリカをいたぶるのを見守っていたシャングリアとコゼがそれぞれに言った。

 エリカは荒い息をして項垂れたままだ。

 

「さて、ところで、この黒い本だな……。とりあえず、どんな事が書いてあるのか覗いてみるか。もしかしたら、愉快な責めの方法が書かれているかもしれないしな」

 

 一郎は再び、漆黒の書物に向き直ると言った。

 そして、自分の手首にある紋様を擦る。

 異界に封印されている魔妖精のクグルスを呼び出すための特異点を解放する動作だ。

 

 淫魔力のことなら、やはり、魔妖精のクグルスだ。

 魔妖精のクグルスは、まさに淫気を力の源にする妖魔であり、この世界の魔道遣いが魔力というエネルギーを遣って起こす魔道とまったく同じことを、淫気を遣って行うことができる。

 まだまだ、一郎はそこまでの淫気を操ることはできないが、淫魔力で封印された書物を解放することくらいなら、クグルスにとっては朝飯前に違いない。

 

「じゃじゃじゃじゃーん。クグルスだよ。ご主人様、お久しぶり──。わおっ。相変わらず、たっぷりの淫気。これはエリカだね。じゃあ、いただきまーす」

 

 飛び出てきた小さな身体のクグルスが肌を震わせながら陽気な声をあげた。

 男女の性感の昂ぶりであふれ出る淫気は、まさに魔妖精のクグルスの食事だ。

 しばらく空気を飲み込むような仕草を繰り返していたクグルスが、やがて満足そうに息を吐いた。

 

「魔妖精さん、ごきげんよう。いつもお元気ですね」

 

 屋敷妖精のシルキーがクグルスに言った。

 

「屋敷妖精か。相変わらず、ご主人様に愛してもらっているか?」

 

「はい、時折」

 

 シルキーがにこにこと微笑みながら応じた。

 同じ妖精族でありながら、魔族に近い存在としてこの世界から追放された魔妖精に対して、屋敷妖精は、この世界での存在を認められた妖精族のひとつだ。一郎を通じて知り合ったこのふたりの妖精はなぜか仲がいい。

 

「ところで、クグルス。この書物を見てくれ」

 

 一郎はクグルスに棚にある書物を示した。

 クグルスが宙を舞って、すっと書物に身体を寄せた。

 

「淫気で封印している本のようだね。どうしたの、これ?」

 

 少しだけ書物に注目していた様子のクグルスが、振り返って言った。

 

「この屋敷の前の主人の持ち物なんだが、どんなことが書かれているのか興味があってな。封印を解除できるか?」

 

「もちろん、できるけど、ご主人様だってできるんじゃない。なにしろ、ご主人様は、いまや、ぼくなんて足元も及ばないような淫魔力の使い手だしね。それに、これは大した封印じゃない。ちょっと、ご主人様が淫魔力を注ぐだけで、簡単に開くと思うよ」

 

 クグルスがなんでもないことのように言った。

 一郎は苦笑してしまった。

 

「俺を買いかぶってくれるのはありがたいが、俺にはそんな能力はないよ。第一、どうしていいかわからない」

 

「だったら、ぼくを一度、ご主人様の身体に受け入れて」

 

 クグルスがそう言って、一郎の胸めがけて、勢いよく飛んでくる。

 一郎は慌てて、心を解放して、クグルスが一郎の心と身体を支配するに任せた。

 クグルスが一郎の身体の中に消える。

 すぐにクグルスが一郎の内部で活動を始めるのがわかった。

 

 そして、驚いた。

 これまでわからなかった淫魔力を駆使する方法が突然にわかるようになったのだ。

 たったいままで、まったく無秩序なものだった一郎の体内の淫気のエネルギーが、しっかりと自分の手足の一部であるかのように感じることができる。

 不思議な感覚だった。

 試しに棚にある本にその力を伸ばしてみる。

 果たして、その本がすっと浮きあがった。

 

「おおっ」

 

 一郎は声をあげていた。

 これは魔道だ。

 エリカが遣うような魔道の技が一郎にもできるようになった?

 一郎は自分のやっていることが信じられないでいた。

 

「……さっそく、力の制御の方法がわかったんだね。さすがはぼくのご主人様だよ」

 

 クグルスが一郎の身体から飛び出てから言った。

 クグルスが外に出ても、一郎が突然に身に着けた感覚は消えない。

 確かに、身体の淫魔力を自分の身体の一部のように操れる。

 その証拠に、目の前の漆黒の書物は、いまだに空中に浮き続けている。

 

「ど、どうしたのだ、ロウ? 魔道遣いになったのか?」

 

 シャングリアだ。

 

「魔道遣い……というわけじゃないが……。まあ、同じようなことが俺にもできるようになった気がする……。まだ、大したことはできないと思うが……」

 

「えっ? これご主人様がやっているの?」

 

 一郎の言葉に、コゼが大きな反応をした。

 いま漆黒の書物が宙に浮かんでいるのは一郎がやっていることだが、コゼはクグルスがやっていたと思っていたのだろう。

 しかし、これは一郎の技だ。

 クグルスがやったのは、一郎の体内でそのやり方を伝えただけだ。

 力そのものは、一郎が駆使している。

 

「……いえ、ロウ様よ。わたしには、ロウ様の身体から魔力のようなものが流れているのを感じるわ……。で、でも、こんなに簡単に……」

 

 エリカも呆然としている。

 

「訓練すれば、もっとすごいこともできるかもね。魔道の力のもとになる魔力も、淫魔力の力のもとになる淫気も、もともと同じようなものだし……。とはいっても、人族の魔道遣いができることとは違うかもしれないけど、まあ、それでも、それなりのことはできると思うよ……。だけど、こんなに感動してくれるなら、もっと早く教えてあげればよかったね」

 

 クグルスが笑った。

 だが、一郎はそれどころではない。

 この感情をどう表現していいのかわからない。

 突如として、これまでできなかったことができるようになったのだ。

 自分以外の存在に、自分がなろうとしている……。

 そんな興奮だ。

 

「試しに、その本に淫魔力を注いでみたらいいよ、ご主人様。さっきも言ったけど、その本の封印は、淫魔力を注げば簡単に外れるから」

 

 クグルスが陽気な声をあげた。

 

「そ、そうだな……」

 

 一郎は頷いた。

 やってみようと思った。

 できるはずだ。

 いや、できる……。

 その方法はわかっている。

 一郎はありったけの淫魔力を漆黒の書物に向かって注ぎ込んだ。

 

「うわあっ、ご主人様──。そんなに力を注がなくても──。それじゃあ、淫気が暴走しちゃうよう──」

 

 クグルスの悲鳴がした。

 だが、そのときには、一郎は魔道でいう「移動術」で感じるのと、まったく同じ衝撃が腹に加わるのを感じていた。

 

「な、なんだ?」

「うああっ」

「きゃああ」

「ひゃあ」

 

 一郎だけでなく、三人の女たちの悲鳴も鳴り響く。

 そして、周りの風景が突如として消滅し、その代わりに真っ白い光のようなものに視界が覆われるのを一郎は感じた。



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110 …エリカの頁/山中の狼藉

「きゃああああ」

 

 エリカは悲鳴をあげていた。

 ロウの身体から、魔力と同じようなものが漆黒の本に注がれるのがわかった。

 だが、その力は明らかに書物にかけられた簡単な封印を解くには不必要な巨大な量の力だった。

 エリカ自身が魔力を操る魔道遣いだけに、恐ろしい量の力が書物だけでなく霊廟内を席巻するのを感じる。

 次の瞬間、エリカは身体がなにかに引き込まれるのを感じた。

 

 移動術──?

 離れた距離にある場所に瞬間移動をするその魔道の特徴は、移動のときの腹が捻じれるような感覚だ。

 それを感じる。

 だが、次の瞬間、なにがなんだかわからなくなった。

 目の前が真っ白になる。

 

「いやあああ――。ロウ様、ロウ様――」

 

 エリカは大きな声をあげた。

 そして、本当になにもわからなくなった。

 

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 

 

 

 風を肌に感じた。

 草の香り……?

 エリカは目を開いた。

 すると、明るい陽の光が目に入ってきた。

 

 ここは……?

 当惑した。

 状況が理解できなかった。

 そして、自分が草の上にうつ伏せに横たわっていて、ここが野外であり、いまが昼間であるということを悟った。

 

 はっとした。

 自分は裸だ。

 しかも、両手が背中側で拘束されている。

 これはどういうこと──?

 

 混乱しかけてエリカは、そういえば、意識を失う前、自分がロウたちとともに、屋敷の裏庭にある霊廟の中にいて、そこにあった封印された書物を開こうとして、ロウが淫魔力をそれに注いだということを思い出した。

 だが、その淫魔力が巨大すぎて、力が暴発するような感覚が襲ったのだ。

 拘束はそのときのままであり、どうやら、あのときロウの施した魔道の暴発に、そのまま巻き込まれたようだ。

 それが最後の記憶であり、エリカはあのとき、なにかの力に巻き込まれて、そのまま意識を失ったような気がする……。

 

 それからどうなったのかわからない。

 察するところ、すでに夜の時間はすぎて、陽の照らす昼間になっているようだ。

 しかも、太陽は中天にある。

 つまり、あれから半日以上が経ったのか……?

 

 それにしても、ここはどこだろう……?

 どこかの野外のようだが……。

 エリカは身体を起こした。

 そして、驚愕した。

 

 周りに十人以上の見知らぬ男たちが、呆然とした感じで、少し距離をとって囲んでいたのだ。

 汚れた服装をしていて、風貌からは賊徒を思わせる荒みと乱暴さを感じた。

 彼らが目を丸くして、エリカのことを見つめている。

 

「わっ、わっ、わっ。こ、これ、なに? なんなの、これ?」

 

 エリカは悲鳴をあげた。

 なにがなんだかわからない。

 ここがどこかもわからないし、どうして、自分がここにいるかもわからない。

 しかも、素っ裸で縛られた状況で、乱暴そうな賊徒の真ん中で覚醒する?

 なんなんだ、これは──?

 どうして、こんなことに──?

 

「こりゃあ、なんだ。裸の女がいきなり現われやがったぞ」

 

 男たちの中から声がした。

 

「エルフ女だぜ。しかも、両手を縛られていやがる」

 

「よくわからねえが、俺たちの巣にこんな格好でやってきたということは、犯してもいいということだよな」

 

「馬鹿野郎、それよりも、こいつどこから来たんだよ? 魔道で突然出現したような感じだったぞ。得体の知れない女だぜ」

 

「だったら、お前は遠慮しな。俺はいただくぜ。こんな素敵な贈り物をされて、手を出さないようなら、珍棒はいらねえぜ」

 

 賊徒らしき男たちが口々に声を出して立ちあがった。

 エリカは狼狽した。

 

「ロ、ロウ様──。コゼ──。シャングリア──。だ、誰か──。誰かいないの──? ねえ、あんたら、ほかに人はいなかった? 黒髪の女や銀髪の女とか……。それから男……」

 

 エリカは立ちあがりながら言った。

 なんでこんなことになったのだろう?

 そのあいだも、男たちはじりじりとエリカに迫って来る。

 とにかく、拘束を解こうと思って、エリカは魔力を背中に込めた。魔道の杖がなくても、これくらいの魔道は遣える……。

 

「えっ? なんで?」

 

 だが、エリカは思わず声をあげてしまった。

 魔道が遣えない。

 なにが原因かもわからないが、特に魔道を封じる魔道具を装着されているという感じでもないのに、まったく魔力が働かない。

 エリカは背に冷たい汗を感じた。

 周囲を見渡す。

 

 とにかく、ここがどこかの山の中であり、目の前には岩肌にある大きなふたつの洞窟があるような場所だということがわかった。

 周りの男は、ここを根城にしている賊徒たちのようだ。

 洞窟の前が短い草の茂った平地になっていて、エリカは突然にそこに放り出されてしまったらしい。

 しかも、男たちがいた場所には、酒の壺のようなものがたくさん置いてある。

 どうやら、エリカは賊徒たちが酒盛りをしている場所に、いきなり転送されてしまったようだ。

 なにが起きたのか、まったく理解できない。

 あの魔道の暴走で身体が跳躍したとしても、山賊たちの様子から、エリカが跳躍してきたのは、たったいまのようだ。

 だったら、半日以上の時間をどうしていたのだろう?

 

 いずれにしても、周りには、ロウやコゼやシャングリアなどの姿はいない。

 エリカはひとりぼっちだ。

 

「へえ、ほかにも女がいるのか? それは嬉しいぜ」

 

「男はいらねえがな」

 

 囲んでいる男たちのうちの二人が言った。

 それを合図にするかのように、じりじりと囲んでいるだけだった男たちの何人かが、エリカに向かって飛びかかって来る。

 エリカは地面を蹴った。

 横に跳ぶ。

 意表を突かれた目の前の男がびっくりした声をあげた。

 エリカは、その男の上を跳躍しながら、顔あたりを膝で蹴りあげて倒した。

 そのまま包囲の外に飛び出す。

 走った。

 

「あっ」

「逃げるぞ──。捕まえろ──」

 

 駆けだすエリカを賊徒たちが一斉に追ってくる。

 

「く、来るな──。ち、近づくと容赦しないわよ」

 

 エリカは必死になって逃げながら叫んだ。

 森の民と称されるエルフ族のエリカだ──。

 普通であれば、人間族の男たちから追いつかれる脚力ではない。

 しかし、エリカは両手を拘束されていて、ともすれば、体勢を崩して転びそうになる。

 だんだんと距離が縮まって来る……。

 とにかく、走り続ければ……。

 人間族は、エルフ族に比べて、長い時間走れないし、速くもない。

 

「あっ」

 

 そのとき、脚になにかが絡んだと思った。

 背後から誰かが投げた木の棒だった。

 それが走るエリカの脚のあいだに投げられたのだ。

 それを悟ったときには、エリカは棒に脚を取られて、地面に転がってしまっていた。

 

「脚を縛りあげろ。その棒に足首を結んでしまうんだ」

 

 男たちに次々に身体の乗られて組み伏せられる。

 

「いてええっ」

 

 男たちのひとりが悲鳴あげた。

 エリカが賊徒のひとりの手の甲に噛みついたのだ。

 だが、こうなってしまってはどうしようもできない。

 エリカは寄ってたかってねじ伏せられ、ついに、足首を棒を挟まれて縄で縛られてしまった。

 

「それ、連れていけ」

 

 男たちの中のひとりが声をあげた。

 どうやら、そいつが頭領らしき男のようだ。

 エリカは、男たちに担ぎ上げられ、わっしょいわっしょいと陽気な声とともに、さっき逃げ出した賊徒たちの根城の前に連れ戻されてしまった。

 

 

 *

 

 

「縛りつけられているくせに、散々に暴れやがって。だが、こうなったら、どうしようもないだろう、エルフ女」

 

 十人ほどの賊徒の男たちの中のひとりが言った。

 エリカは荒い息をしながら、その男を睨みつけた。

 ここは、賊徒たちが酒盛りをしていた洞窟の前の広場であり、エリカは、突然に転送されてしまったこの場所に、むしろを敷かれて手足を大きく拡げて仰向けに拘束されていた。

 もちろん、エリカを捕らえたこいつらがやったことだが、この体勢にするために、こいつらは捕らえたエリカの腕の革帯をいったん外して、地面に打った杭に両手首を繋ぎなおそうとしたのだ。

 

 それを幸いに、エリカは十人の人間族の荒くれ男たちを相手に、もう一度大暴れした。

 エリカを憎々しげに見下ろす男たちの顔や手足のあちこちに、引っ掻き傷や噛みついた痕があるのは、そのときのものだ。

 

 ただ、結局のところ、逃げることはできず、エリカはこうやって男たちによって、手足を縛られて拘束されなおしてしまった。頭の上に伸ばした両手はしっかりと手首を縛られていて、懸命に動かしてはいるが寸分も緩む気配はない。また、両脚には、最初に捕らえられたときに足首を両端に結わえられた棒がいまだに存在していて、さらに棒が地面から離れないように棒そのものにも杭が打たれている。

 

 今度こそ、完全に抵抗の手段は失われた。

 エリカは歯噛みした。

 

「もう暴れたってどうということもねえ。さっきみたいに噛みついたり、蹴ったりできるものならやってみな」

 

 すると、男たちのひとりがいきなり、ズボンを脱いで股間をむき出しにした。

 そこには隆々と勃起した怒張がある。

 男はエリカの股に屈み込むと、いきなりエリカの女陰にその一物を挿入しようとした。

 エリカは息を飲んだ。

 

「あっ、な、なにすんのよ。や、やめろっ──。やめなさい。た、ただじゃおかないわよ」

 

 エリカは狂ったように腰を振って抵抗しようとした。

 

「このエルフ女、まだ暴れたりねえのかよ。せっかく、いい気持ちにさせてやろうというのによう」

 

 男がエリカの腰をがっしりと両手で持って、腰を固定してしまう。

 

「や、やめてっ」

 

 エリカは悲鳴をあげた。

 犯される……。

 エリカは全身が冷や水に打たれたかのように冷たくなるのがわかった。

 ロウ以外の男に身体を汚される……。

 それは想像を絶する恐怖だった。

 

「ほ、本当にやめて──。お願い。お願いします」

 

 エリカは恥もなにもかも捨てて、必死で叫んだ。

 犯されないで済むならなんでもする。

 そんな気持ちだった。

 しかし、男は笑いながらエリカの亀裂に怒張の先端を押し当ててくる。

 そして、ぐいと力を入れたのがわかった。

 

「いやああっ」

 

「ぐうっ、くっ」

 

 エリカは絶叫したが、一方でエリカを犯そうとしている男もまた、苦痛の声をあげた。

 いま、エリカの股間はひとしずくの潤いもない。そんな状態の股間が簡単に男性を受け入れることなどできるわけもない。

 

「ち、畜生、ふざけやがって」

 

 エリカを犯すことに失敗した男が逆上したように、拳をエリカに振りあげた。

 来る──。

 エリカは顔面への殴打を予期して、歯を食い縛った。

 

「やめんか、馬鹿たれがっ。女扱いを知らんやつだ。下手糞」

 

 そのとき、大きな声がかかった。

 それは、エリカが頭領ではないかと思っていた男だった。

 そいつは、エリカが暴れていたときも、ひとりだけほかの男に加わらずに、エリカと男たちが激しく格闘するのを後ろで見守っているだけだった。

 いまも、エリカに覆いかぶさっている男のやることを黙って見守る態勢だったが、男が挿入に失敗してエリカを殴ろうとしたことで、はじめて呆れたように怒鳴りつけたのだ。

 

「だ、だって、頭領……」

 

 エリカの前の男が情けなさそうな声をあげた。

 やはり、こいつが頭領なのだと思った。

 

「そんなことで女が犯せるか。まずは、気分を出させるんだ。俺の手管で癒してやろう。気を数回もやらせれば、男を受け入れられるようになる。最初に俺がやろう。その後に、お前たちの好き放題にさせてやろう。代われ」

 

 頭領がさっきの男に代わって、エリカの股間の前にどっしりと腰をおろす体勢になった。

 

「な、なによっ」

 

 エリカは頭領に悪態をつこうとした。

 しかし、頭領と視線が合ったとき、思わず口を閉じてしまった。

 なぜか大きな動揺に包まれたのだ。

 この頭領がエリカの顔を見すくめたとき、異様なほどに不安の感情が沸き起こった。

 すごく落ち着かない心地になる。

 なぜ、こんな山奥の汚い山賊男程度に気後れするのかわからない。

 

 なんなのだろう……?

 エリカは自分自身の感情の変化の理由がわからず、ひたすら狼狽えた。

 

「……きれいな裸だ……。ずっと眺めていても飽き足らない……。でも、どこをどうすれば、あんたが反応し、どうやれば、頑なに閉ざしている股が開くかもわかる。宣言をしておくぞ。あんたは、これから俺に身体を責められて、三度立て続けに気をやる。四度目は俺の怒張だ。覚悟しなよ」

 

 頭領がにやりと笑った。

 

「な、なにを馬鹿な……」

 

 エリカは抗議した。

 しかし、その声には自分でも驚くほどに力が入っていない。

 わからない……。

 だか、とにかく、この男は苦手だ……。

 エリカは思った。

 なにか落ち着かない気分にさせる……。

 

「お前たちもしっかりと見本にしろよ。俺が犯し終わったら、同じように責めて、このエルフ女をお前たちで堕とすのだからな」

 

 頭領の声にほかの男たちがしっかりと返事をした。そして、エリカと頭領を囲んで胡坐に座る体勢になる。

 

「じゃあ、行こうか……。まずは、上半分だ」

 

 頭領がすっと両手をエリカの乳房にかけた。

 

「うっ」

 

 エリカは思わず身体を震わせて声をあげた。

 頭領の手が胸にかかったと思った瞬間、そこに電撃でも浴びせられたような衝撃が走ったのだ。

 これは……。

 

 エリカはぐっと唇を噛んだ。

 なんだこれは……?

 頭領が乳房に乳首にすっすっと指を這わせる。

 すると、そこにさざ波のような官能の疼きが走り、それが全身に拡大していく。

 

 びっくりした。

 エリカは危険なものを感じて、身体をねじって頭領の不思議な指を避けようとした。

 だが、頭領はそれを防ぐように、身体を倒してエリカの上半身に添わせて動きをとめる。しかも、さらに、うなじや頬に唇を寄せてくる。

 

「ひっ、ひうっ」

 

 耐えようとしている声がこぼれる。

 エリカが反応したことに、周りのの男たちがどっと囃し立てた。

 エリカの全身を屈辱感と羞恥心が襲う。

 そのあいだも、頭領は淡々とエリカを責め立てる。

 その手管のひとつひとつにエリカは大きな反応をしていまい、また、男たちが歓声をあげる。

 くそっ……。

 なんとか身体をよじらせて逃げようとした。

 しかし、頭領はエリカの尖った耳に息を吹きかけ、そこに舌を差し入れて来る。

 

「はあっ、はっ」

 

 エリカはそれだけで力がくたくたと抜けてしまった。

 耳はエリカの強い性感帯のひとつだ。

 そこを繰り返し、まるで羽根でくすぐられるような柔らかさで刺激を繰り返す。

 エリカはあっという間に息があがってしまった。

 しかも、そのあいだも、頭領のエリカの乳房をもみほぐす動作は続いている。

 得体の知れない感触が裸身の奥底から込みあがって来た。

 それがなんであるかを知っているエリカは、本当に狼狽した。

 なんとか、その感覚を追い払おうと、狂おしく全身をのたうたせる。

 

「もう気分を出してきたのか? 股間がしっとりと濡れてきたぞ。しっかり感じているようだな」

 

 頭領が笑った。

 

「ば、馬鹿なことを……。か、感じるわけが……」

 

 エリカは怒鳴った。

 そんなことがあるわけがない……。

 ないのだ──。

 

「そうかな……?」

 

 頭領がにやりと笑って、右側の手を乳房からエリカの股間に向かって伸ばした。

 

「ああっ、や、やめろおっ」

 

 エリカは悲鳴をあげた。

 男の手がエリカの股間の亀裂にすっと手をやったのだ。しかも、敏感な肉芽の周辺を繰り返し指を動かす。

 ただし、肉芽そのものには少しも触れてはいない。

 その周辺に執拗に指を動かすだけだ。

 それでも、切ないような甘美感が大きな暴流のようになって股間を席巻する。

 

「ほらっ、これでも感じてないと言うのか?」

 

 頭領がくすくすと笑いながらエリカの蜜がたっぷりとついた指をエリカの頬に擦りつけた。

 エリカはその恥辱にぐっと口を締めつける。

 

「さて、もっと、じっくりと責めあげるのもいいが、部下たちも待っているしな。そろそろ、一度目の気をやらせるか」

 

 頭領はなんでもないことのような口調でそう言うと、体勢を変えてエリカの股間の前に座るかたちになった。

 そして、手を広げて股間にあて、全体を揉むように動かしてきた。

 しかも、亀裂や肉芽といった敏感な部分にも、しっかりと指がかかっている。

 

「あっ、ああっ」

 

 エリカはもっとも敏感な場所に頭領の指が触れたことで、狂ったように再び腰を左右に動かした。

 しかし、なにがなんだかわからずに、さらに身体から大きな快美感を引き出される。

 股間がかっと熱くなる感覚が襲った。

 それが全身に拡がる……。

 股間で頭領の指が動き続ける。

 そして、再び胸にも手が伸びた。

 

「やあっ、やめて、やめて、やめてえっ」

 

 エリカは絶叫した。

 この五体が溶かされる感覚──。

 紛れもなく、ロウがエリカの身体に教え込んだ絶頂の兆しに違いなかった。

 いかされる……。

 こんな男に──。

 

 エリカは痛烈な屈辱心に襲われて、愛撫を受け続けている身体を悶えさせた。

 しかし、エリカの逃げる場所、避ける方向に頭領の新しい責め手が待っている。

 いつしか、エリカは全身が完全に痺れ切り、まったく自由を効かなくなっているのを悟った。

 

「口惜しそうだな、エルフ女? そろそろ一回目だな」

 

 頭領が嘲笑した。

 

「く、口惜しい──」

 

 エリカは絶叫した。

 そして、がくがくと身体を震わせた。

 ついに快感の槍がエリカを貫き、エリカは大きな絶頂感に突きあげてしまったのだ。

 

「さすがは頭領だ。女扱いがうめえや」

「ざまあみろ。この口惜しそうな顔を見てやれ」

「本当だ。情けなさそうな顔をしてやがる」

 

 周りにいる男たちが、気をやってしまったエリカを一斉にはやし立てた。

 自分の眼から、つっと悔し涙が流れるのがエリカにはわかった。

 

「さて、じゃあ、二度目といくか。さっきも言ったが、三度気をやった後は俺の肉棒だ。覚悟をするのだぞ」

 

 頭領が笑った。

 周りの男たちがわっと愉しそうな声をあげる。

 

「今度は指一本だ。指一本でこのエルフ女を二回続けて昇天させる」

 

 頭領が空中に右手の人差し指をかざして、宣言するように言った。

 また、男たちが騒ぐ。

 畜生……。

 そんなに好き勝手にされて堪るか──。

 エリカは気持ちを入れ換えた。

 ぐっと唇を閉じ合わせる。

 そして、二度目が始まる。

 

「ああっ、そんな、いやああっ」

 

 そのとき、エリカは悲鳴をあげた。

 二度目の愛撫が始まると、頭領がすぐにエリカのたっぷりと濡れた膣に指を深々と挿し入れたのだ。

 エリカは愕然とした。

 

「いややややっ」

 

 エリカは絶叫する。

 

「そんなに悲鳴をあげるな。この指を恋人の一物だと思えばいいだろう。それよりも、もうわかったぞ。どうやら、ここだな? ここが弱いのだな」

 

 頭領の指がぐいと強く挿し入れられて、膣の一番奥の子宮に近いところを強く押した。

 

「ひああああっ」

 

 すると、火のような快感がエリカの全身を貫き、めまいが起きたような心地になった。

 そこはロウが、繰り返しの調教によりエリカに作った快楽のボタンのような場所だ。そこを荒々しく押されるようにされると、なぜかエリカは問答無用に達してしまうのだ。

 頭領の指先はしっかりとそこを刺激していた。

 たちまちにエリカはいってしまった。

 

「二度目だな。次は三度目だ。今度も同じ場所を押してやる」

 

 頭領が言った。

 そして、指を抜かないまま、ぐいと禁断の急所に指を近づける。

 

「いやああっ、いや、いや、いやっ」

 

 エリカは暴れた。

 最後の気力を振るい起こす。

 だが、容赦なく頭領はエリカのその場所をぐいと押し込んだ。

 

「んふううっ」

 

 エリカは三度目の絶頂をしてしまった。

 

「ついでだ。あと三回ほど連続で昇天しろ」

 

 頭領が笑って、エリカの股間の奥を指で突く。

 

「いやああっ、はうううっ」

 

 エリカはまたもや、絶頂してしまった。

 そして、はっとした。

 気がつくと、頭領の怒張の先端が股間に触れている。

 

「じゃあ、約束だ」

 

 頭領がエリカの腰を抱える。

 逃げられない。

 頭領が大股開きのエリカの腰を抱えあげて、まさに怒張を挿入しようとする。

 

「いやああ、やめて、ロウ様、ロウ様、助けて──助けてください──」

 

 エリカは力の限り絶叫した。

 

「ロウというのは恋人か? だが、もう遅い。入ったぞ」

 

 その言葉のとおり、次の瞬間、エリカの股間に頭領の怒張が深々と貫いた。

 エリカは泣き叫んだ。

 

「いやああ、やめて、ロウ様、ロウ様、助けて──助けてください──」

 

 その言葉のとおり、次の瞬間、エリカの股間に頭領の怒張が深々と貫いた。

 エリカは泣き叫んだ。

 

 しかし、次の瞬間、はっとした。

 貫かれている怒張だ……。

 この太さ……。

 長さ……。

 かたち……。

 感触……。

 これは……?

 

 エリカは思わず、頭領の顔をまじまじと見た。

 すると、頭領が律動を中止して、にやりと笑った。

 

「さすがは俺の一番奴隷だな。俺の性器を身体が覚えているのか」

 

 頭領がエリカを犯しながら笑った。

 頭領……。

 

 いや、その顔と身体がロウに変化する。

 そして、ロウそのものになった。

 エリカを犯しているのはロウだ。

 エリカは仰天した。

 

「ロ、ロウ様……。あ、悪趣味です。こ、これは、なんですか?」

 

 エリカは叫んだ。あまりのことに舌がもつれる。

 よくわからないが、これはロウのなにかの悪戯だったらしい。

 怒りで身体が震えた。

 同時に大きな安堵がエリカを包む。

 よかった。

 本当によかった……。

 しかし、股にロウの性器を貫かれたままでは、うまく喋れない。

 それどころか、全身を覆う快感でなにも考えられなくなる。

 

「じゃあ、続けるぞ」

 

 ロウが律動を再開した。

 峻烈な法悦がエリカを包む。

 もうだめだ……。

 エリカは、襲ってきた大きな官能のうねりに拘束された身体を弓なりに反らせた。

 

「なにかと……訊ねられれば……、ここは……エリカの……ページだ。仮想現実……だ……そうだ。それ……よりも……、周りを……見てみろ……」

 

 ロウがエリカを犯しながら言った。

 エリカは目を周りに向けた。

 

「あっ」

 

 声をあげた。

 盗賊の男たちの姿がなくなり、その代わりに十人ほどのロウが立っている。誰も彼も裸だ。

 そして、腕組みをして、にやにやした顔でこっちをじっと見ている。

 

「ひとりでも……こんなに……たじたじに……なってしまう……俺を十人……相手すると……いうのは……どうだ、エリカ? 仮想現実で……なければ……味わえない……経験……だろう。俺としても……エリカの……股も……尻も……口も……同時に……味わうと……いうのは……愉し……そうだ……」

 

 ロウが腰を激しく突きあげながら言った。

 だが、エリカはもうなにも返せない。

 もう絶頂がそこまで来ている。

 エリカは思考することをやめ、ロウから与えられる快感にすべてを委ねることにした。



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111 …コゼの頁/奴隷市

「金貨一枚に銀貨二十枚」

「金貨一枚と銀貨を三十枚だ」

「じゃあ、それに銀貨五十枚追加──」

 

 威勢のいい競りの声が場内に響き渡る。

 そうやって自分に値段がつけられていくのを十歳のコゼはぼんやりと耳にしていた。

 

 国境に近い城郭で開かれている三箇月に一度の奴隷市だ。

 今日、売りに出されたのは、コゼを含めて十人の奴隷であり、コゼはその五番目の商品だった。

 コゼは競り台の上から、集まっている大勢の観客を漠然と眺めている。

 だが、その大半は、女奴隷の裸を見物にきた興味本位の野次馬だということをコゼは知っていた。その証拠にコゼを買おうと値をつける声をあげているのは数名だけだ。

 いまも、素裸に剥かれているコゼの幼い身体にいやらしく視線を向けているのがわかる。

 特に、その中の何人かが、ぎらぎらとした欲望の視線を向けている。それは、少しばかり薄気味悪いほどだ。

 

 好色な男たちの表情──。

 

 淫欲を丸出しにした大人の男たち──。

 

 しかし、コゼはもう、それに醜さは感じてはいない。

 まだ、子供のコゼにも、あんな男たちの視線を誘うものがあるのだと思っただけだ。十歳でしかないコゼの裸身が、幾らかでも男の欲情を誘うのであれば、それは商品であるコゼには喜ぶべきことなのだ。

 

 奴隷のコゼ……。

 

 今日は、奴隷商における三箇月の準備期間を終え、いよいよコゼの持ち主が決まる奴隷市の日だった。

 まだ、十歳のコゼだったが、大人の男たちの卑猥な視線が突き刺さるように自分の裸に向けられているのは意識している。

 十歳といえども、女であれば性奴隷として扱うために童女奴隷を贖う愛好家もいるらしい。

 そのために、コゼは事前に奴隷商に肌を磨きあげられ、顔には薄化粧までさせられている。

 

 そして、奴隷市が始まり、コゼの順番が来ると、奴隷商はコゼを台上にのぼらせて、身体を覆っていた布をはぎ取った。

 布の下は完全に裸だった。

 両手は後手首に手枷をかけられ自由を奪われている。

 コゼは裸身を隠すこともできずに、観客の男たちの好色な視線に裸を晒すしかなかった。

 

 もっとも、手枷がなくても、コゼの自由は奪われている。

 首に装着された『奴隷の首輪』は、すでに、コゼ自身の意思にかかわらず、「主人」の「命令」に絶対服従するように魔道をかけられている。

 いまの主人は、横にいる奴隷商だ。

 それが、この競りが終われば、コゼを購入した者に「主人」が刻まれなおされる。

 

 そうやって、コゼの奴隷としての人生が始まるのだ。

 どんな人がコゼを買うのだろう?

 コゼは諦めのような感情とともに、競りの行方を見守っていた。

 

 いまのところ、コゼに値をつけ続けているのは三人のようだ。

 そのうちのふたりは娼家の男であることを知っていた。彼らは、コゼに女娼婦としての価値があると思って、値をつけているのだろう。

 もうひとりは、確かマニエルという裕福な商人だ。

 その男は、ほかの男とは異なり、まだ幼い身体のコゼには、まだ女としての興味は持っていないような表情だ。

 三人とも、この奴隷市に先だって、コゼのいる奴隷商に何度か足を運んで、得たいの知れない魔道具の計測器を持ち込み、コゼの手先の器用さや反応速度などについての商品価値を測りにきていた。あれになんの意味があるのか、コゼにはわからない。

 いずれにしても、この三人のうちの誰かが、コゼの新しい主人ということになりそうだ。

 

「金貨二枚──」

 

 商人のマニエルが叫んだ。

 すると、ほかのふたりがコゼのことを諦めたように、すっと手をおろした。

 どうやら、コゼの飼い主は、あのマニエルということになったようだ。

 

「金貨三枚──」

 

 そのとき、別の場所から声が起きた。

 多くの者が驚いたように、声の主を探すのがわかった。

 コゼも同じように視線を向ける。

 声の主は、黒髪の男の人だった。

 旅の男という感じであり、コゼには面識はない。

 奴隷商にも来ていないと思う。

 ただ、なぜか、不思議な懐かしさをコゼはその男に感じた。

 それはとても不思議な感情だった。

 

「き、金貨二枚と銀貨五十枚」

 

 マニエルの不機嫌そうな声がした。

 

「金貨五枚──」

 

 さっきの男がそう叫んだ。

 これには、コゼも驚いた。

 大の男の奴隷の相場は金貨二枚だ。

 女奴隷は、性奴隷としても取引きされるので、容姿によっては金貨五枚どころか、その十倍くらいの値くらいつくこともあるかとは聞いていた。

 だが、コゼはまだ十歳だ。

 性奴隷としての付加価値はまだ未知のものであり、童女奴隷に金貨五枚など破格だ。

 その男が金貨五枚の値を付けたことで、マニエルが肩をすくめる仕草をした。

 競り合うつもりはないという意思表示だ。

 

「では、金貨五枚で、その方がこの童女奴隷を落札いたしました」

 

 司会役の男が大きな声で宣言した。

 拍手が起きる。

 横で奴隷商が嬉しそうな声をあげた。

 まだ子供のコゼが金貨二枚で売れれば、御の字だと口にしていたから、金貨五枚というのは予想外の高額ということになる。

 

 奴隷商が喜んでいるようで、コゼも少し嬉しかった。

 短い時間だったが、この奴隷商には世話になった。

 税を支払うことができなくなって途方に暮れかけていた両親から、コゼを買い取って両親が捕らわれなくて済むだけの金子を与えてくれ、コゼには三箇月間、奴隷としての心構えや躾をきちんと与えてくれたし、きちんと食事もさせてくれ、乱暴な扱いも受けることはなかった。

 もっと非道な仕打ちを受けると思っていただけに、奴隷商のコゼに対する態度には満足している。

 

 コゼは奴隷商とともに、奴隷市の裏に設置されている商談室として準備された小屋に向かうことになった。

 そこで、コゼを競り落とした男がコゼの主人になる手続きをするのだ。

 競り台を降りたときにふと振り向くと、すでに、次の奴隷商と売り物の奴隷が交代で競り台にあがっていた。

 今度は屈強な男奴隷であり、商品点検はおざなりらしく、すぐに競りが始まった。

 

 商談部屋にはすでにさっきの男が待っていた。

 部屋には椅子とテーブルもあったのだが、男は立ったままだ。

 コゼは自分の心臓が早鐘のように鳴るのを感じた。

 

 わからない……。

 初対面の男のはずなのに、ちっともそんな感じがしない。

 それだけでなく、この男の間近に来ると妙に落ち着かない気持ちになる。

 たったいままで、誰がコゼの「主人」になろうともどうでもいいと思っていたし、これからのコゼの人生を左右するであろう今日のことも白けたような気持ちでしかなかった。

 だが、いまは、この黒髪の男がコゼの主人になってくれてとても嬉しい。

 なぜか、嬉しい……。

 

「金貨五枚です」

 

 男はすぐにテーブルに金貨を置いた。

 何者かわからないが、随分と礼儀正しい性質のようだと思った。言葉遣いが随分と丁寧だ。

 

「確かに」

 

 奴隷商は金貨を一枚一枚確認して、にっこりと微笑んだ。

 

「では、あなた様をコゼの主人として首輪に刻みます。失礼ですが、お名前は?」

 

 奴隷商は言った。

 この奴隷商は能力は高くないが魔道遣いでもある。奴隷の首輪に主人を刻みなおす作業は奴隷商自身ができる。

 

「俺はロウと言います。でも、コゼへの奴隷の刻みは不要です。あなたの主人としての刻みを解いてくれれば、それでいいんです」

 

「えっ? 解放奴隷にするのですか」

 

 奴隷商が驚いている。

 

「そうは言ってません。コゼは俺の性奴隷ですからね。でも、奴隷の首輪は不要だと言っているだけです。この場で外してください」

 

 ロウと名乗った男はにこにこと微笑んだまま言った。

 奴隷商はロウの言ったことの意味がよくわからないらしく、ぽかんとしている。

 それはコゼも同じだ。

 どうやらロウは、コゼを性奴隷として扱うようであるが、首輪は外していいと言っている。

 

 どういう意味だろう……?

 コゼも疑問を抱いた。

 奴隷商はロウにもう一度言ってくれと告げた。

 ロウは、奴隷の刻みは不要であり、コゼの奴隷の首輪は外してくれと、同じことを口にした。

 口調もはっきりしているし、戸惑いの響きもない。

 このロウは、コゼの首にある首輪をとにかく外したいという感じだ。

 

「……首輪を外せと言われるなら外しますけど、その瞬間、コゼは逃げるかもしれないし、あなたに危害を加えるかもしれない。それでもいいのですか?」

 

「結構です。コゼはもう俺の持ち物ですから、コゼが逃げたとしても、それはあなたに関係のないことです。それに、コゼは逃げませんよ……。それよりも、コゼの手錠を外して欲しいですね。身体も隠してください。俺の女の裸をいつまでも他人の視線に晒しておくのは不愉快です。俺は独占欲が強くてね」

 

 ロウがきっぱりと言った。

 奴隷商は首を傾げている。

 しかし、すぐに首を竦める仕草をした。

 勝手にしろということだろう。

 

 とにかく、コゼの手錠が外され、コゼに身体を覆う一枚のマントが与えられた。

 コゼはマントで裸身を隠した。

 続いて呪文が唱えられ、コゼの首から奴隷の首輪が二つに割れて外れる。

 奴隷の首輪には魔道が刻まれていて、この首輪そのものが、それが装着されている者が「奴隷」身分であることの正式の公文書のようなものだ。あるいは、身体に直接に隷属の魔道紋を刻むかだ。

 ふたつの違いは、奴隷紋は一度刻めば変更はできず、持ち主を変更できないだけじゃなく、奴隷から解放することは不可能になる。持ち主が死ねば、自動的に紋章奴隷も死ぬ。商品価値は消え、その代わり盗まれる可能性も消滅する。

 

 コゼはいま売買されたばかりであり、もちろん魔道紋を刻んでいない。

 だから、奴隷の首輪が外されたということは、これで、この国の法ではコゼは奴隷から解放されたということになる。

 コゼはあまりの予想外の事態に呆然とする思いだ。

 

「ついておいで、コゼ」

 

 ロウはすぐに小屋を出た。

 コゼは慌てて、後を追った。

 奴隷商に挨拶をする余裕もなかった。

 すでに奴隷の首輪はないのだから、命令には従わないこともできる。

 だが、コゼにはその意思はない。

 逃亡しても、十歳のコゼには、世間で生きていくのに、どうしようもないということもあるのだが、とにかく、このロウには逆らうという気持ちにはまったくなれない。

 不思議な感情だ。

 

「あ、あのう……。どこにいくのでしょうか、ご主人様……?」

 

 しばらく進んだところで、コゼは訊ねた。

 

「宿だよ。お前を抱くんだ。お前は俺の性奴隷だからね。文句はないよね?」

 

 振り返ったロウがにやりと笑った。

 

「は、はい」

 

 コゼは考えるよりも先に返事をしていた。

 もちろん、まだ十歳のコゼには性行為の経験はない。

 ただ、それがどのようなものかということは知っている。

 十歳といえども、女奴隷は性行為の可能性はある。

 そのくらいの年代の童女を犯したいという好事家も多いと奴隷主人に教えられ、最小限度の知識については身につけさせられている。

 

 怖くないというと嘘になる。

 ただ、なぜか、コゼはロウに抱かれると言われたとき、それがとても好ましいものに感じたのだ。

 それはいまのコゼには理解できないことだった。

 やがて、ロウの案内する宿屋に到着した。

 そのまま、部屋に入る。

 ロウはコゼに寝台にあがるように命じ、天井の梁に縄を通して縄を垂らした。

 

「両手を前に出すんだ、コゼちゃん」

 

 ロウが言った。

 コゼが命じられたとおりにすると、両手首に天井から吊った縄が結ばれて、軽く脇があがるくらいに両腕が引きあげられる。

 

「二十歳に戻してもいいが……。まあ、この年齢の無垢のコゼを犯すというのも新鮮で悪くないか……。このままでいいな……」

 

 コゼの両手が引きあがると、ロウがくすくすと笑いながら言った。

 

「えっ?」

 

 コゼは思わず問い返した。

 ロウが口にしたことの意味がわからなかったのだ。

 

「なんでもない。ひとり言だ……。それよりも、破瓜が楽になる潤滑油を塗ってあげよう(やろう)」

 

「は、はい、ご主人様」

 

 コゼは返事をした。

 すると、ロウがコゼが裸身に覆っていたマントを取り去る。

 そして、荷から小さな壺を取り出して、指にたっぷりとすくった。

 少し刺激臭のある油剤のようだった。

 コゼは寝台の上で、正座を崩したような体勢で座った状態だったが、ロウが股のあいだにさっきの油剤を載せた指をすっと差し入れた。

 

「んんっ」

 

 コゼの股間にさっきの油剤が塗りこめられる。

 全身に走った痺れるような疼きに、コゼは思わず声を洩らした。

 

「感じているのかい? はしたない十歳の童女だね。まあいい。すぐに楽になるさ」

 

 ロウはコゼがくすぐったさに悶える姿を愉しむかのように、股間全体に薬剤を塗り足していく。

 そして、お尻の穴にまでたっぷりと薬剤が指で押し込まれる。

 

「んふうっ、はあっ、はっ」

 

 得体の知れない衝撃が走り、コゼは思わず腰をあげた。

 すると、ロウが大きな声で笑った。

 

「十歳で、処女で、しかも、そんな風にお尻が感じる穴として調教済みだったら、本当なら驚くところだろうな。気持ちがいいのかい、コゼちゃん? お尻をいじられると、気持ちがいいんだろう?」

 

 ロウがからかうような口調で言った。

 だが、コゼはそれどころではなかった。

 コゼの肛門の中には、おそらく、ロウの指関節ひとつ分くらいは軽く挿入されているだろう。

 それがコゼのお尻の中で動き回る。

 その執拗な動きで、コゼの口からは、これまでに出したこともないような甲高い声が洩れ始める。

 

「さて、じゃあ、準備はできた。あとは待つだけだ。あっという間に効き目がでるはずだよ、コゼちゃん」

 

 ロウが言った。

 そして、コゼからいったん離れて、寝台の横にあった椅子に腰かけた。

 すぐに、効き目が表れるとロウが言った意味がわかった。

 薬剤が塗られた部分が異常なほどに熱くなってきたのだ。

 無数の虫に這いまわられるようなくすぐったい感覚……。

 そして、それが、あっという間に信じられないほどの強いむず痒さに変わる。

 

「ああっ、な、なんですか、これ……? く、くくっ……」

 

 コゼはほとんど無意識に股間に両手を持っていこうとした。

 しかし、両手は天井から繋がる縄で阻まれている。

 

「あ、あつい。あついです、ご主人様──。ああっ」

 

 コゼは苦しくなって、ロウに呼びかけた。

 

「犯して欲しくなったか、十歳のコゼちゃん?」

 

 ロウが茶化すように、意地の悪い笑い声をあげた。

 しかし、怪訝な気持ちになったのは、一瞬だけだ。

 すぐに、頭がぼっとして、なにもわからなくなった。

 わかったのは身体の熱さだ。

 

 股間に……。

 胸に……。

 お尻に。

 

 虫でも這っているように薬を塗られた場所がむず痒い。

 いや、痒いというか……、ものすごくくすぐったい感じか……?

 とにかく、とてもじっとしていられない。

 そこに手をやって、めちゃくちゃに擦りたい。

 でも、両手は頭の上で縛られて、おろすことができない。

 

「ああ、へんです。とてもへん──。あ、あついです、ご主人様。とても、へんです」

 

 コゼは混乱に陥って、泣き声をあげた。

 

「そうだろうね。強烈な泣き油だからね。身体が火照って苦しいだろう。ほら、もっと苦しくなるようにしてあげるよ」

 

 ロウが意地悪く笑いながら、両手を頭上にあげさせられているために剥き出しになっている脇の下の窪みに舌を這わせ始めた。

 

「ひゃあ、く、くくっ」

 

 くすぐったさにコゼは身をよじった。

 

「くすぐったいか、コゼちゃん。じゃあ、もっとくすぐったくしてあげるね」

 

 相変わらずのからかうような言葉遣いで、ロウが脇に舌を這わせ続ける。

 

「やあっ、やっ、やっ」

 

 コゼは狼狽えて身体を捻って、なんとか舌を避けようとする。

 だが、ロウはがっしりとコゼの身体を抑えて、それを阻んだ。

 小さなコゼの力では、大の大人のロウに身体を掴まれると、もうどうにも動くことなどできなくなる。

 あとは、されるままのことを受けとめるしかない。

 片手でコゼの腰を掴んで動きを止めているロウが、もう一方の手でコゼの脚の付け根に指を這わせてくる。

 

「んんんっ」

 

 コゼは拘束された身体を弓なりに反らせた。

 股間に塗られた部分がまるで火のついたように熱く疼いていたのだが、ロウの指がその部分に指を動かしたとき、まるで電撃を浴びたような衝撃が走ったのだ。

 猛烈にくすぐったかった感覚が、どろどろと身体が溶けていくような気持ちよさに変わった。

 

 それが一気に襲ってきた。

 そして、その得たいの知れない感覚が繰り返す。

 もうどうしていいかわからない。

 耐えられなくなり、コゼは必死で腰を浮かそうとした。

 しかし、ロウがそれをさせない。

 それどころか、さらに執拗に股の亀裂をほぐすように動かし、ぴったりとくっついている部分を割り開くようにする。

 一方で、しばらくのあいだ脇の下を舐めていたロウの舌が次に胸を舐め始めてきた。

 得体の知れない感覚に、またもやコゼは飛びあがりかける。

 だが、身体をしっかりと押さえつけられる。

 

 右の胸から左……。

 小さな乳首をしつこいくらいに……。

 そして、脇腹……。

 そのあいだも、指は股間を動き続けている。

 コゼはロウの腕の中で何度も身をのけぞらし、身悶えし、そして、悲鳴をあげた。

 

「随分と濡れてきたよ、コゼ。初めてとは思えないね……。まあ、実際には初めてじゃないんだけどね……」

 

 ロウがくすくすと笑いながら、今度は、背中の筋に添って舌をすっと這わせおろしてきた。

 

「やああっ、ああっ、そ、そこはくぐったいです」

 

 コゼは叫んだ。

 

「十歳の童女をこうやって、しつけて調教していくのも結構面白いな。なにもわからない無垢な童女に、生れてはじめて快感を与えているのかと考えると愉快だ。俺も気に入ったかもしれん。また、やろうな、コゼ」

 

 相変わらず、ロウはよくわからないことを喋りながら、今度はコゼの腰の横を両手で持って腰を浮きあがらせた。

 コゼは拘束された両手首に身体を預けて、お尻をあげるような体勢になる。

 そのお尻の亀裂にロウが舌を差し入れ、驚いたことにお尻の穴そのものをぺろぺろと舐め始める。

 

「ひゃああ、ひゃあっ、ひゃあああ」

 

 コゼは叫んだ。

 

「一度、先にいっておくか」

 

 しばらくお尻を舐めてコゼを翻弄してから、次にロウは口を離して指をすっと挿入してきた。

 

「んひいいっ」

 

 だが、さっき油剤を中にたっぷりと入れられているうえに、ロウの舌でほぐされたコゼのお尻は、なんの苦もなく随分と深くまで指先を咥え込んでしまった。

 

「いやっ、やっ、やあっ」

 

 コゼは尻たぶをすぼめて身体をよじろうとした。

 だが、かえって指から振動の刺激を受け取ってしまい、なんともいえないじんという感覚が込みあがり、びっくりして腰を静止させる。

 しかし、ロウの指先がお尻の中で曲がって掻くように動かしてくる。

 コゼはひいひいと泣いてしまった。

 

「いやじゃないだろう。ご主人様のお情けをもらっているんだ。ありがたいと思えよ」

 

「は、はい、あ、ありがたいです」

 

 コゼはなんとかそう言った。

 

「えらいぞ、ご褒美だ」

 

 すると、ロウの指がお尻の中である一点をぐいとさすった。

 その瞬間、全身が気だるい陶酔に包まれる。

 さらにロウの指がお尻から出ていくようにすっと引かれる。

 途端に鋭い刃に刺されたかのような快感が貫いた。

 

「んあああっ、ご、ご主人様ああっ」

 

 コゼはなにがなんだかわからなくて、ただ大声をあげた。

 

「これが性の快感だ。これから毎日、コゼはこの快感を俺から受けながら生きることになる。コゼは、このロウ……田中一郎に性奴隷として買われ、調教を受けて、成長し、その傍ら戦闘戦技の能力も身に着け大人になる。いやらしいことも、淫らなこともいっぱいする。だが、それをやったのはこのロウだ。この鬼畜なロウという主人が奴隷のお前を調教してやらせた。いいな。これからずっとそうなる。ほかの記憶は嘘だ。俺に買われて、育てられる……。それがお前の人生だ……。そんな風に錯覚できるもうひとつの人生を俺がやる」

 

 ロウが耳元でささやきながら、お尻の愛撫を続ける。

 意味はほとんどわからないが、頭の中でその言葉が繰り返される。

 そして、ますます頭が朦朧とし、すべての感覚や感情が曖昧なものになっていく。

 このとき、一度出ていきかけた指は、再び深く挿入していく方向に動いていた。

 いまや、さざ波のような快感は大きなうねりに変化している。

 なにかが込みあがり、それが全身を貫く。

 

「ごしゅじんしゃま、ごしゅりんしゃま、ごしゅりん──」

 

 コゼは叫んだ。でも、舌が回ってない。

 そして、背筋をぐっと反らせた。

 身体が痙攣をしたかのようにがくがくと震えた。

 

「あああっ」

 

 コゼは声をあげた。

 

「いくと言うんだ」

 

 ロウが言った。

 

「いぐううっ」

 

 コゼはわけもわからず叫んだ。

 すると、大きなものがコゼを包み込み、そして弾かれた。

 目の前が白くなり、コゼは自分の意識がすっと消えていくのを感じた。

 

「……幼いコゼもすごいんだな」

 

 ロウがそんなことを言って笑うのが聞こえた。

 

 

 *

 

 

 気がついた。

 コゼは自分がちょっとだけ気を失っていたことを知った。

 大きな脱力感が続いている。

 そして、相変わらず縛られた両手首は束ねて天井に縄で繋がっていた。

 

 はっとした。

 驚いたことに、コゼの身体はロウの膝の上にだっこされている。

 そして、ロウは素裸だ。

 優しげなロウの微笑みがコゼに向けられていた。

 

「ご主人様」

 

 びっくりして叫んで飛びのこうとした。

 なにかとても失礼なことをやっているように思ったのだ。

 だが、ロウがぐいとコゼを抱きしめた。

 

「今度はコゼが自分から処女を俺に捧げるんだ。これは、コゼが本当に俺のものになる儀式だよ」

 

「ぎ、ぎしき?」

 

「そうだ。俺の性奴隷になりたいだろう?」

 

 ロウがコゼの目を覗き込むようにした。

 もうそれで、なぜかコゼから一切の怯えや戸惑いの感情は消えた。

 

 ロウの本当の性奴隷になりたい──。

 コゼは、その感情だけでいっぱいになった。

 

「な、なりたいです。ロウご主人様のせいどれいに……」

 

 コゼははっきりと言った。

 ロウが満足そうにうなずいた。

 そして、ロウは寝台に仰向けに寝そべり、下半身の上にコゼを跨らせた。

 

「自分でやるんだ。どこを挿せばいいかわかるな?」

 

 ロウは言った。

 コゼは黙って首を縦に振った。

 コゼの小さな女陰はロウの怒張のすぐ上にある。

 そのまま腰を沈めて、勃起しているロウの性器にコゼを突き挿させる……。

 ロウに求められているのはそれだ。

 おそるおそるコゼは腰を沈めていく。

 両腕の縄にはまだまだ余裕があり、十分にロウに跨ることはできる。

 そして、ロウの怒張の先端がコゼの股間の亀裂に触れた。

 

「あっ」

 

 コゼは思わず腰を浮かせた。

 我に返って、ロウを見た。 

 ロウは怒ってはいなかった。

 ただ、コゼをじっと見ているだけだ。

 やらなければ……。

 沈黙に追い立てられるように、コゼはもう一度肉柱に自分の股間の亀裂を導く。

 意を決して、ぐいと腰を沈める。

 太くて硬いものが、コゼの股に入り込んだ。

 

「うううっ、も、もう無理です、ご主人様」

 

 少しだけ入ったところで、コゼは悲鳴をあげた。

 こんなに太いものがこれ以上入るとは思えなかった。

 

「それで終わりか? ちゃんと全部入れるんだ、コゼ」

 

「で、でも」

 

 コゼは泣き声をあげた。

 

「腰をゆっくりと振ってみろ。気持ちがよくなるように股を擦りつけるんだ。そうすれば少しずつ楽になる。手伝ってやる。動かすんだ」

 

「ひんっ」

 

 コゼは声をあげた。

 ロウの指がコゼの股間の亀裂にある小さな突起の部分にあてがわれたのだ。

 確かそこは、奴隷商の主人の教育で「クリトリス」という場所だと教えられたところだ。

 そこを擦ると、とても気持ちがよくなるのは知っていた。

 奴隷教育のときには、自分で擦って気持ちよくなる練習もさせられた。

 ロウの指にクリトリスが当たるように腰を動かす。

 

「あっ、あっ、あっ」

 

 自然に声が出た。

 気持ちよさが全身に拡がる。

 それとともに、貫いている股間が少しだけ楽になったのがわかった。

 

「そろそろいいだろう。さあ……」

 

 ロウが言った。

 コゼはロウに促されるように、さらに腰を沈める。

 

「いっ……く、くくっ……」

 

 コゼは呻いた。

 ロウのぷっくりと膨らんでいる怒張の先端がじわじわとコゼの股間に入り込んでいる。

 でも、やっぱり無理だと思う。

 まるで丸太棒でも無理矢理に撃ち込まれている感じだ。

 それでも歯を食い縛って腰を沈めようとするのだが、やっぱり最後まで腰を沈めるなど不可能だと思った。

 その直後、ロウの両手がコゼの肩にかかった。

 強引に身体を沈められた。

 

「はぐうううっ」

 

 コゼは背中をぴんと伸ばして首をのけぞらせた。

 痛みもあるが、それ以上に不思議な充実感もある。

 とにかく、凄まじい感覚がコゼを襲っている。

 いまや、コゼの腰は完全にロウの腰の上に密着していた。

 

「力を抜け。腰を動かせ」

 

 ロウが怒鳴った。

 

「で、できません」

 

 コゼは悲鳴をあげた。

 このままじっとしているだけでも、息もできないような痛みなのだ。

 それで自分で動くなど……。

 

「できないのは百も承知だ。でも動け。これが調教だ。俺の性奴隷になるための試練だ」

 

 コゼは唇をかみしめた。

 仕方なく前後に揺する。

 刃物で股を抉られたような激痛がコゼを貫いた。

 それでもコゼは必死になって腰を動かす。

 

「いい子だ……」

 

 ロウがそう言うと、コゼの腰に手をやり、今度は自分からコゼの股間に怒張を出し入れし始める。

 

「あううっ」

 

 コゼは声をあげた。

 しかし、痛みはあるが、自分でやるよりも痛くはない。

 それよりも、気持ちよさが大きい。

 いつしかコゼは自分でも赤面したくなるような甲高い声をあげていた。

 

「俺の精を飲め。一滴残らずな」

 

 ロウがコゼから怒張を引き抜いたかと思うと、コゼの口の前に一物を持ってきた。

 コゼは小さな口を精一杯にあけて、目の前のロウの性器に食らいつく。

 次の瞬間、口の中にロウの精が飛び散った。

 コゼはむせびながらも、そのどろりとしたものを懸命に舌で喉の奥に押し込んだ。

 

 

 *

 

 

 微睡から目を覚めした。

 そして、人肌を感じた。

 コゼは目を開いた。

 

 すると、目の前にロウの裸身があった。

 コゼもまた裸だ。

 掛布が身体に覆われている。

 どうやら、コゼはロウに裸で抱かれながら寝たようだ。

 幸せな気持ちが全身を包む。

 

 昨日はこのロウに処女を捧げたのだ。

 破瓜をしたのは、奴隷市が終わってすぐであり、昼間のことだったが、そのまま夜まで愛された。

 

 全身を舐めあげられ、何度も昇天させられた。

 二度目の性交は夜になってからだった。

 二回目は一回目よりも楽だった。それどころか、コゼは快感を覚えさえした。

 そのときロウからは、おそらく数日中には性交そのもので達することもできるだろうと言われた。

 しっかりと調教してやるからとも言われた。

 

 嬉しかった。

 そして、さらに媚薬と淫具でいたぶられ、ついには意識を完全に手放した。

 どうやら、いつの間にかそのまま寝てしまったようだ。

 身体の拘束はなくなっている。

 だが、急に罪悪感が襲った。

 奴隷の分際で主人と寝台を一緒にするなど……。

 急いで起きあがろうとする。

 

「あんっ」

 

 しかし、次の瞬間、腰から衝撃が走ってコゼは悲鳴をあげた。

 それで気がついた。

 股間に細い鎖が食い込んでいる。

 慌てて掛布から出て、自分の股間に視線をやった。

 

「あっ」

 

 思わず叫んだ。

 コゼの腰の括れに極細の鎖が巻かれ、その中心から同じ鎖が出て股間を抉り、それが尻たぶを通じて腰の後ろで腰の鎖に繋がっている。それだけではなく、どうやら鎖がコゼの股間に当たる部分には小さな輪があるみたいで、それがコゼのクリトリスの根元をしっかりと絞っているようなのだ。

 それで、コゼが身じろぎするたびに、大きな刺激を与えるようになっている。

 

「目が覚めたのか、コゼ? 奴隷の朝はまずは、ご主人様への口づけだ」

 

 ロウの声がした。

 身体を起こして、こっちをにやにやと眺めている。

 コゼは急いで、ロウににじり寄った。

 だが、股間の核を絞られているコゼにずんという痺れが襲う。

 コゼは一度身体を止まらせ、すぐにロウに身体を預けるようにもたれた。

 

「んんっ」

 

 動くと股間の輪がコゼを容赦なく苛む。

 とにかく、コゼはロウに口づけをした。

 ロウが舌を差し入れて、コゼの舌や歯茎を擦ってくる。

 びっくりするくらいに気持ちいい。

 コゼはうっとりとした気分になった。

 

「さあ、服を着て、宿の主人から洗面の水をもらってきてくれ。それで俺の身体を拭くんだ。それから朝飯だ」

 

 ロウが言った。

 

「はい」

 

 コゼは寝台から降りた。

 

「ああっ」

 

 しかし、股間の輪がコゼを強く刺激する。

 またしても、コゼは寝台の横で腰を引いた状態で動けなくなった。

 すると、ロウが声をあげて笑った。

 

「そんなに感じるのか、コゼ? しばらくはそれを一日中装着してすごすんだ。そのうち性愛のことしか考えられなくなるからな。これも調教だ」

 

 ロウが言った。

 仕方なくコゼは、こみあがる妖しげな刺激に耐えながら、服を身に着けるために、服が畳んである場所に向かって歩いていった。

 しかし、どうしてもへっぴり腰のみっともない格好になってしまう。

 

「……それにしても、随分とその淫具も効果があるようだな。じゃあ、シャングリアにも試してみるか。さて、あいつのページはどんなシチュエーションで愉しむかな」

 

 そのとき、そんな言葉をロウが呟くのが聞こえた。



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112 性書の番人

 くすくすという笑い声と呆れたような溜め息が聞こえたことで、一郎は「ページの部屋」から再び「漆黒の部屋」と彼女たちが呼んでいた場所に意識を戻したことを悟った。

 漆黒の部屋といっても、いまは隔てのない無限に広がる真っ白な空間が続いていて、すべてが白い光に包まれていた。

 

 一郎がこの部屋に覚醒したあとにそうしたのだ。

 「性書」の部屋の番人の女妖魔は不満そうだったが、いまは、女妖魔から仮想空間の支配の権限を借りている一郎がこの性書の主人だ。

 そして一郎は、一郎自身が出現させた大きな白い背もたれ椅子に深々と座っている。また、一郎の膝の上には、あの漆黒の本も乗せてあった。

 

 これが「性書」だ。

 

 性書を支配した者が自在に仮想空間をつくることができる魔道具であり、エリカたち三人については、最初に一郎の淫魔力が暴発したために、この部屋を経由することなく、それぞれのページに入り込んでしまった。

 

 どんな世界を作るも思いのままなのだが、「性書」の名のとおり、基本的には、さまざまな状況における仮想セックスを愉しむための世界のようだ。

 いずれにしても、エリカたちは、つまりは、一郎の作る仮想空間に閉じ込められてしまったということだ。

 

 ただ、すぐに一郎が淫魔力を制御して、この性書の世界をもう自分の統制下にしてしまったから問題はない。この世界をみんなで抜けて現実に戻るも、三人をページの部屋から出してこの部屋に集めるも、あるいは、また、新たな仮想空間を作りあげて別の空想世界で遊んで愉しむも、とりあえずは、この性書があれば、自由自在だ。

 とにかく、この仮想空間は素晴らしい。

 

 現実には不可能なことでも、自由に世界を作ってシチュエーションを愉しむことができる。それだけでなく、それぞれのページの仮想世界にいるあいだは、一郎以外の者は一郎の作る世界を「真実」だとしか思えないらしい。

 いわゆる、完璧な「ごっこプレイ」が思いのままということだ。

 一郎がこの性書を膝の上に乗せて、やりたいことを思い浮かべるだけで、それが実現する。

 簡単なものだ。

 

「ねえねえ、シャングリアの世界はどんな世界にするの、ご主人様?」

 

 一郎の座っている椅子の肘掛けにちょこんと座っているクグルスが言った。

 

「そうだな。いま、考えている」

 

 一郎はにんまりとした笑みをクグルスに向ける。

 いろいろと妄想が頭にあふれている。

 どれを選ぼうか、選びように困っているところだ。

 とにかく、あの気の強いマゾっ子を徹底的な羞恥責めに合わせてやろうと思っている。どんなことをしようとも、仮想世界のことは現実には関係がないので、気兼ねなく鬼畜に耽ることができる。

 なんという面白い道具なのだろう。

 

「どうですか、リンネ様。ぼくのご主人様はなかなかの鬼畜で、それで素晴らしく濃い淫気を出してくれるでしょう。これだけの淫魔師様は、そうそう見つけられるものじゃないですよ」

 

 クグルスが今度は女妖魔に向かって声をかけた。

 

「確かにな。それに、わしの手伝いがあるとはいえ、これだけ完璧にこの性書の世界を使いこなす者は、わしの長い経験でも初めてだと思う」

 

 腕組みをして、一郎の斜め前に胡坐をかいて座っているリンネと名乗っている女妖魔が言った。

 この女妖魔が、この仮想空間の番人のリンネだ。

 女妖魔の外観は人間族の女を感じさせる。

 特に顔や体形は、まさに人間族の若い女そのものだ。しかも、大変な美貌だ。

 しかし、頭に猫を思わせる房毛に包まれた耳があり、頭に牛のような大きな二本の角があって、魔族なのだとわかる。

 

 また、どうでもいいが、身につけている服の露出が多く、かなり色っぽい。

 女妖魔が身につけているのは、光沢のある身体の線にぴったりの黒い革でできた水着のような服、すなわち、一郎の感覚でいう「ボンデージスーツ」であり、大きな乳房が迫力を持って胸にそびえ、谷間もくっきりだ。そして、白いむき出しの四肢は「スーツ」の外であり、胸の下の腹もくり貫いてあり、へそが露出している。

 とにかく、全体的に非常にエロチックだ。

 

 この女妖魔は、この「性書の世界」の番人らしく、一郎とクグルスがここにやって来たときには、すでにいた。

 女妖魔曰く、性書の封印を解いて、ここまでやって来れる術使いがいれば、その褒美代わりに、ここで仮想世界を作る力を貸し、仮想世界を愉しむ遊びをさせてやっているのだそうだ。

 本人は最初に「性書の番人」だと名乗ったが、別にここに住み着いているわけでもなく、本来はほかの妖魔たちとともに、異界にいるのであり、この仮想空間は、まあ、この女妖魔の遊びのようなものなのだそうだ。

 

 前の屋敷の主人は、強い魔道遣いでもあった妻に強引に封印を解放させて、時折、夫婦で遊んでいたらしい。あの魔女は、魔力を淫魔力に変換するということまでできたのだそうだ。

 しかし、それでも、この世界を自在に操るということはできなかった。

 あくまでも、この女妖魔に作ってもらった仮想世界を愉しんだだけだ。

 ところが、一郎はここにやって来るや、女妖魔から二、三個のことを教えてもらうと、すぐに性書を使いこなして、女妖魔の開放した力を利用して自ら仮想空間を作り、支配し、そして、仮想世界で遊ぶことができるようになった。

 これについては、女妖魔も唖然としている様子だ。

 

「そうだよ。すごいんだよ。ぼくのご主人様なんですよ」

 

 クグルスが自慢気に言った。

 この女妖魔とクグルスは知り合いらしい。

 そして、クグルスに言わせれば、すでにこの場所は、「異界」の入り口のような場所であり、普通の人間は垣間見ることもできない場所であるとのことだ。

 ある意味では、すでに、この世界の住民が魔族の世界としている「異界」側らしい。

 

 ただ、冥王と称された魔族の王とその冥王軍団が封印されているのは、こことは異なる別世界であり、こっちはずっと人族のいる「元の世界」に近いそうだ。

 この世界の人族は、冥王とともに異界に封印させた魔族と、こっちの元の世界に近い異界に封印した魔族を区分していて、近い異界の魔族を「妖魔」と呼称している。

 つまり、ここは妖魔たちのいる異界の入り口ということだ。

 

 ただ、リンネとクグルスの説明によれば、冥王軍団の魔族も妖魔も、本来は魔道に長けた同じ種族群であり、かつての冥王戦争で人族側に荷担したか、敵対したかの違いだそうだ。

 冥王戦争のことは、一郎も召喚後、何度もエリカなどから聞かされてきたが、これまで、単純に人族と魔族の種族戦争のように思っていたが、実際にはもっと複雑のようだ。

 

 つまり、その冥王戦争においては、魔族の中にも冥王に逆らった種族は多くいて、彼らは人族側で戦ったのだそうだ。

 しかし、冥王と冥王軍団の異界封印に成功した後、今度は人族による大規模な「魔族狩り」が起き、同胞だった魔族についても、徹底的に人族に弾圧されたらしい。

 その結果、人族に味方した魔族についても、最終的には、人族の世界に近いものの、こちらの異界側に追いやられた。

 

 なぜ、味方になった種族まで追い出したか知らないが、そんな歴史があったようだ。

 また、妖魔でも、いわゆる「魔族狩り」の結果、人族により異界に追いやられることを選ばずに、南方荒地と称される遥かな南側の蛮地に逃亡した種族もいて、こっちは冥王軍の種族同様「魔族」というらしい。

 とにかく、なかなか、この世界も複雑だ。

 

 いずれにせよ、クグルスたち淫魔の世界も、冥王軍団のいる場所などではなく、この妖魔たちがいる側だそうだ。

 さらに、この女妖魔はクグルスたちのような妖精族や妖魔族の中では、一目も二目も置かれている存在らしく、いつも傍若無人に振る舞うクグルスが、この女妖魔には、一応の敬意を払ったような態度をとっている。

 

「まあな。恐ろしく高い能力を持った人間だということは認めよう。だが、備わっているのは、本来の人間族の力とは異なるものだな。人間族にとっては、禁忌の呪術の力を持っているようだ……。ああ、つまりは、淫魔力か。だから、淫魔族で魔妖精のクグルスが仕えているのか……」

 

 一郎を観察するような視線を送っていた女妖魔が、納得したようにうなずいた。

 

「本当は人族というよりは、外界人だけどな。とにかく、よろしくな、妖魔」

 

 一郎は、さっきからなんとなく偉そうな女妖魔に、わざとぞんざいな口をきいてやった。

 すると、女妖魔がむっとした表情になった。

 

「ちょっとくらい、淫魔力が仕えるからといって、あまり調子に乗るでないぞ、人間。わしを怒らせると、お前といえども、この仮想世界に閉じ込めることもできるんだぞ」

 

 女妖魔が不機嫌そうに言った。

 経験豊富で強大な力を持っているらしい女妖魔だが、簡単に挑発に乗るところは可愛いものだ。

 それにしても、怒った顔もなかなかにエロチックだ。

 実に素晴らしい。

 

「な、なにをじろじろと見ておるか、人間──」

 

 女妖魔が一郎の視線に気がついて、顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

「おうおう、顔を赤くして可愛いじゃないか。まあ、そんなに腹を立てるなよ。せっかく、知り合いになったんだ。仲良くしよう。取り合えず、挨拶代わりの一発といくか。来いよ」

 

 一郎はさらに挑発した。

 偶然にも見つけたこのすごい仮想世界を完全に一郎のものにすることはもう決めている。

 これは単に、性奴隷たちと「イメクラごっこ」を愉しめるというだけじゃない。

 一郎のこの世界における可能性を拡げるものだ。

 なんとしても手に入れるべきだと、一郎の勘が告げている。

 ただ、一郎の魔眼には、この女妖魔の妖魔レベルが“80”だというのが見えている。

 

 淫魔師レベル“75”の一郎を凌ぐ。

 淫魔師の力を遣っても、支配に置くことはできない。

 だが、この仮想空間を自由にするためには、当然だが、この世界を支配しているこの女妖魔を支配しなければならない。

 ただ、その手段は、すでに一郎は手に入れている。

 

「な、なんだと。ば、馬鹿にしおって──。怒ったぞ。お前をしばらくのあいだ、文字通りの地獄の世界に放り込んでやる。そこで三日もすごせば、わしへの態度も改まるというものだろう」

 

 顔どころか全身を真っ赤にした。

 

「怒るなと言っているじゃないか、リュンネガルト・ゴーテンバウム・サキュテスト」

 

 一郎は言った。

 女妖魔の顔が驚愕に包まれた。

 

「な、なんで、わしの真名を……」

 

 リンネこと、リュンネガルト・ゴーテンバウム・サキュテストの真名である女妖魔が絶句した。

 そして、その顔が恐怖で包まれた。

 

「真名を呼ばれると、魔族というのは、真名を呼んだ相手に支配されるんだろう? クグルスの場合もそうだったからな。さあ、もう抵抗するな。それよりも、新しい名をつけてやる。リンネという名乗りは真名の最初の部分のリュンネガルトからとったんだろう? だったら、俺は三つ目の名から名をやろう。サキだ。お前はこれからサキと名乗れ」

 

 一郎は笑った。

 サキという名になった女妖魔は、あまりのことに呆然としている。

 ただ、もうさっきまでの一郎に対する怒りの感情は、完全に消失していることはわかる。

 サキの顔にあるのは、一郎に対する純粋な怖れだ。

 すると、横でクグルスが歓声をあげた。

 

「すごい、すごい、すごい──。やっぱり、ぼくのご主人様だ。リンネ様……、じゃなかった、サキ様を支配しちゃったんだね。ご主人様、これはすごいことなんだよ。サキ様は、妖魔の中でもかなり有名なんだよ。妖魔将軍というふたつ名があるくらいで、いっぱい部下がいるんだ」

 

「そうなんだろうな。だけど、支配するのはこれからだ。女妖魔殿の股に精を注いで引導を渡してやる。それから、サキ様じゃない。サキでいい。俺のしもべということでは、クグルスが先輩なんだ」

 

 一郎はクグルスにそう言ってから、女妖魔にこっちに来るように命じた。

 すでに真名を支配されているサキは逆らえない。

 一郎とこの女妖魔の関係については、一郎が魔眼を保持していたことで、最初から詰んでいるのだ。

 サキが蒼白な顔をして一郎の前にやって来た。

 

「……俺の膝に座れ。向かい合うように椅子に乗るんだ。両脚は手すりの外側に置け……」

 

 一郎はそう命じてから、椅子の横に台が存在することを想像した。性書を握っていれば、こうやってなんでも思いのままだ。

 すると、真っ白い小さな台が出現する。

 一郎はその上に漆黒の性書を置いた。

 

「わ、わかった……」

 

 サキがゆっくりとした仕草ながらも、一郎に命じられたように、一郎に跨がろうとした。

 しかし、一郎はそれを手で阻んだ。

 

「な、なに?」

 

 サキが怪訝そうな表情をする。

 一郎はにやりと微笑んだ。

 

「言い忘れてた。俺に跨がるときは素っ裸になれ。命令だ。なにをするかわかるだろう?」

 

「ひ、ひっ」

 

 逆らえないのがわかるのだろう。

 裸になれと言われて、サキが真っ赤になった。しかし、次の瞬間にボンデージスーツが消滅して、サキの裸体が露わになる。

 サキがさっと股間を隠した。

 どうせ、見られるのに、妖魔将軍といえども恥ずかしいのだろうか。

 それよりも、ちらりと見えたが、サキの股間はまったくの無毛だ。クグルスの股間にも毛はないが、これは特別なものなのだろうか。それとも、魔族全体がそうなのだろうか。

 サキが一郎のズボンの膝の上にのぼってくる。

 大股開きのサキの股間が、一郎に向かい合うように腿の上に乗るかたちになった。

 もう股間は隠してないが、片手で胸を隠すようにしている。もう片方の手は身体が落ちないように、一郎が座る椅子の手すりを持っている。

 

「まずは、お前が持っているこの世界を操る能力のすべてを俺にも使えるようにするんだ」

 

「そ、それは無理だ。これは特別な力で譲渡はできん。わしを支配したなら、わしの魔道力に触れられるだろう。わしを通じてやればいい」

 

 サキが驚いたように言った。

 逆らうことは不可能なはずだから、譲渡は無理なのだろう。仮想空間は、サキを通じてだけか……。

 一郎は小さく舌打ちしてしまった。

 

「だ、だが、空間術程度なら活性化できると思う。物や人、自分自身を空間に収納できる。亜空間術だ。亜空間内なら時間経過も操れる。ほとんど時間を進ませずに、物を保管するとか……」

 

 サキが慌てたように言った。

 一郎の舌打ちに、ちょっとびくりとしたみたいだ。「主人」を怖れてしまうのは、真名を支配されてしまった影響だろう。

 いずれにしても、亜空間術は、スクルズが使うようになった収納術の拡大版のような感じだ。

 スクルズも収納術で食材を管理し、時間経過なしで新鮮な状態のまま、生鮮食材を取り出したりする

 

「それでいい。寄越せ」

 

 すると、サキがかすかに頷く。

 その直後に、一郎に大きな力が流れ込んできた。

 これで、亜空間術が使えるようになったのだろう。

 だが、サキのように自在な世界構築は無理か……。

 まあ、じゃあ、「異世界イメクラ遊び」については、サキの力を使わせてもらうか。じゃあ、さっそく……。

 

「しかし、性書の仮想空間というのは愉快なものだな。じゃあ、妖魔将軍サキの頁だ」

 

 一郎はサキの腰に両手を回して、さらに近づけるようにしながら言った。

 

「ひいっ、ひっ、な、なにを?」

 

 サキが悲鳴をあげた。

 無理はない。

 突如として、サキの両手と両脚が付け根の部分から消滅したのだ。

 胴体と頭だけの「だるま」のような姿になったサキがあまりのことに、引きつったような顔になった。

 

「だるまさん遊びをしようと思ってな。いい子にしてたら、ちゃんと手足は返してやる。だが、俺に逆らえば、今度、俺が遊びに来るまでそのままにしてろと命令するぞ。すでに俺の支配下のお前は、俺が禁止すれば、力を勝手に行使できないはずだ」

 

「い、言うことをきいておるだろう──。それに真名を支配されれば、逆らえないのだ」

 

 サキがやけくそのように大声をあげた。

 

「それもそうだな」

 

 一郎は淫魔力で覗けるサキのあちこちの性感帯の全部に、豆粒ほどの淫具を想像して、一斉に肌に張り付けるように発生させた。

 発生させたのは、微弱な電流を流しながら性感を刺激するように振動する極小の丸形の振動具だ。

 ただし、サキの身体に接触する部分には、目に見えないくらいの短さの柔らかい羽毛がある。それがくすぐるような感触を与えるようにもした。

 とっさに、一郎が想像したものであり、サキの力を使った性書の仮想空間では、あらゆることが一郎の瞬時の思いのままだ。

 

「ふわあああっ、あううううっ、こ、これは、ああああっ」

 

 サキが絶叫して震え始めた。

 米粒大の振動具の色は赤にした。

 サキの全身に百個以上の振動具が浮かびあがって、まるで血に染まったようになった。

 あっという間にサキの全身が充血して真っ赤になり、淫らに身体が震え始める。

 

「ここは最大の性感帯のようだな。ここは俺が直接になぶってやろう」

 

 一郎は片手でサキの胴体を支えたまま、頭の房毛に手をやった。

 

「ふにいいっ、ひいっ」

 

 サキがくたくたと力が抜けたようになり、身体を一郎側にもたれさせる。

 一郎の魔眼には、みるみるとサキの「快感値」が下がるのがわかる。

 三桁が二桁になり、たったいま、“30”を切った。

 脚のない股間からは淫靡な香りのする蜜が垂れるように流れ出す。

 

「へえ、サキは、頭を触らせないということで有名だったんだけど、そんな秘密があったんだね」

 

 クグルスが感嘆した声を出した。

 

「う、うるさい、ま、魔妖精──。こ、このことをほかの者に言ったら……。ふにいいっ、ち、力が抜けるうう……。ひゃあああっ、はあああっ、も、もうやめてえっ……。あはあっ、ふにゅう……」

 

 サキが欲情しきった真っ赤な顔で叫んだ。

 

「ははは、ふにゅうだって……。猫みたい。可愛い」

 

「う、うるさい、魔妖精――。ひっ、ひひいっ、だ、だめっ、くすぐったい、や、やめてくれっ」

 

 サキは身体を悶えさせて耳の愛撫から逃げようとする。しかし、手足を一時的に消されているサキに大して抵抗はできない。

 もちろん、一郎はやめない。

 房毛のある耳をいたぶるというのは、なかなかに気持ちいい。

 これは一郎の方も病みつきになりそうだ。

 

「せっかくだ。特製の尻尾もつけてやるぞ、サキ」

 

 一郎は言った。

 次の瞬間には、外側が尻尾で内側がアナルバイブになっている淫具がサキのお尻に出現している。

 

「な、なんじゃあっ?」

 

 サキがびっくりして頭を後ろに向けようとした。

 一郎はその尻尾に手を伸ばして、ぐっと掴んだ。

 そうすると、バイブ部分が振動するようになっているのだ。

 それだけじゃない。

 サキの全身を刺激している米粒の振動具を肛門の中と膣の内側にも発生させる。

 

「ひぎいいいい」

 

 胴体だけのサキが白目を剥き、身体を弓なりにして絶叫した。

 

「俺との鬼畜セックスが病みつきになるようにしつけてやるぞ、サキ」

 

 一郎は笑いながら、仮想空間の能力で自分も全裸になると、サキの胴体をひょいとあげて、怒張の先端を女陰にあてがった。

 すでに十分に濡れている。

 いや、十分すぎるくらいだ。

 

「ほら」

 

 一郎はサキの胴を持つ手をぱっと離す。

 

「むぎいいいっ」

 

 サキの胴体がずんと沈んで、一気に子宮の入り口まで一郎の肉棒が貫いたのがわかった。

 

「さっそく、一回目か?」

 

 サキの膣の中には刺激具の米粒のような淫具がいっぱいついている。そこを貫かれて、サキはあっという間に達してしまった。

 

「もっとだ」

 一郎は手足のないサキの腰を持って、激しく上下左右に動かす。

 サキが二度目の絶頂に向けて快感を飛翔させていく。

 

「次にいくときに射精する。すると、サキは真名だけでなく、淫魔術でも俺のものだ。すると、身体も支配される。俺はもっと、性書の仮想空間を支配しやすくなる」

 

「いぐううっ」

 

 語っているそばから、サキがまたもや昇天してしまった。

 一郎は笑って、サキの胴体を抱き締めながら、サキの子宮に精を放つ。

 サキの心と身体が確固たる強さで、一郎の淫魔術に結びついたのがわかった。

 もっとも、まだまだ弱い。

 なにしろ、サキの妖魔力レベルは、一郎の淫魔師レベルよりも高く、本来は支配できないのだ。

 サキを完全にものにするには、もっともっとサキを屈服させることが必要だ。

 

「んひいっ、んぎいっ」

 

 サキがもがいている。

 一郎は再び、サキを昇天させる作業に移行した。

 

 

 *

 

 

「んぐうううっ」

 

 獣そのものような唸り声をあげて、サキが四肢のない身体を大きくのけ反らせた。

 またもや、達したのだ。

 もう、何回目だろう。

 サキは白目を剥きかけている。

 しかし、気絶はしない。

 さすがは、妖魔将軍だ。しかし、いまはその丈夫な身体が仇となっている。

 

 拷問もどきの快楽責めで、サキを責めたてている最中である。

 いまやっているのは、胴体と顔だけのサキの股間に一郎の肉棒を突き挿し、仰向けに寝そべっている一郎の腰の上で、高速度回転のメリーゴーランドのようにぐるぐると回り続けさせるという責めだ。

 

 サキの持つ仮想空間を自由にできるという力を利用してやらせていることであり、ほかにもいろいろなことをやって遊んだが、これが一番サキの反応がいいので、かなり長く続けている。

 また、サキの全身には、相変わらず、性感帯のすべてに対して、米粒ほどの振動物を装着していた。それらが微弱な電流を流しながら、羽毛でくすぐるような刺激をサキに与え続け、サキから破壊的な快楽を絞り出している。

 

 その刺激物片の洗礼は、身体の外側からだけではなく、淫具が挿入されている肛門の内側や、いま一郎の怒張が貫いている膣の内側にまで及んでいる。

 そんなもので刺激されながら、子宮近くまで到達している一郎の肉棒の回転運動で膣内をぐちゃぐちゃに責め抜かれているサキは、かなり前から狂ったように絶頂を繰り返してた。

 

 いまや、その数は軽く百回を超えただろう。

 なにしろ数瞬置きに絶頂してしまうのだ。

 普通の人間だったら、とっくに心臓が停止して死んでいるところかもしれないが、さすがは女妖魔将軍であり、まだまだ問題ない。

 しかし、その表情からはそろそろ生気が失われつつある感じであり、さすがの女妖魔も、もう限界かもしれない。

 もっとも、この女妖魔を完全に屈服させるには、それくらいの荒療治が必要だと思っている。

 

「ほらほら、口を離すなよ。今度、口を離したら、本当に死の一歩手前まで引きあげてはやらんぞ。死にたくなければ、疑似性器から口を離さんことだ。そして、出てくる俺の精液を飲み続けろ」

 

 一郎は頭の後ろに手をやったまま寝そべりながら、絶頂をしながら回り続けるサキの胴体だけの裸身を眺めながら言った。

 誰の支えもなく、胴体だけの身体を保持しているのは、上を向いているサキの口が咥えている模擬男根だ。

 

 空中に生の男根が浮いていて、それを口に咥えることで身体が縦の状態を保持できるという仕掛けだ。それはサキの身体の回転に合わせて回っているので、サキは身体の回転を妨げることはない。

 そして、もし口から男根を離せば、サキの首にしっかりと食い込んでいる縄がサキの首を絞めるということになっている。そのために、サキの首には縄がかかり、その縄尻が空に向かって伸びている。

 

 そのすべての仕掛けは、サキの仮想空間を操る力でやったことだ。

 この仮想空間に限ったことだが、まさに神の力であり、このサキから一時的に支配権を取りあげた一郎は、いまはこの空間の支配者だ。

 

「んんんっ、ぐううううっ」

 

 サキがまたもやぶるぶると身体を震わせた。

 絶頂したのだ。

 同時に、口から、泡と一緒に口の中に流れ続けている精液をかなり大量に吐き出した。

 宙に浮かぶ男根の最大の仕掛けは、先端から無尽蔵に流れ続けている精液の存在だ。

 

 つまりは、それを口から離さないことを強要されているサキは、常に流れ出る精液を飲み続けなければならないということだ。疑似男根といっても、すべてを操れる仮想空間の力で作った一郎の精液そのものの複製だ。

 飲めば飲むほど、一郎の淫魔力に支配されることになるのは、本物とまったく同じだ。

 いまや、サキの腹は飲み続けている一郎の精によって、ぷっくりと妊婦のように膨れている。

 

「クグルス、また精を吐いたぞ。罰として、尻尾を掴んでやれ」

 

 一郎は言った。

 

「んんぐうっ、んんんっ」

 

 それを耳にしたサキが、白目を剥きかけていた目を丸くして、哀願をするような声をあげた。

 

「ごめんね、サキ。ご主人様の言いつけだもの。電撃が嫌なら、必死になって口の中の精液を飲んだ方がいいよ。ご主人様は、いつもはお優しいけど、“えっち”のときはとても鬼畜だからね」

 

 「エッチ」という言葉は一郎が教えた言葉だ。この世界にはない表現のようだが、クグルスは面白い響きだと言って、最近は頻繁に使ったりする。

 そのクグルスが笑いながら、宙を飛んでサキのお尻にある「電撃付きアナルバイブ」の「尾」の先を小さな身体で力一杯に抱き締めた。

 

「んぐうううう、ぐううううう、ぐいいいいい」

 

 サキの身体が暴れ始めた。

 クグルスが握っている尾、サキの尻穴に挿入しているアナルバイブは、少し前まではそれを握れば、アナルバイブが振動する仕掛けだったが、いまは振動がずっと続いていて、ぐっと握れば強い電撃が尻の穴に流れ込む仕掛けに変化させた。

 

「んぐうっ、んがああっ、があっ」

 

 尻に電流を流される苦しみに、回転を続けさせるサキがのたうち回っている。

 それでも口から疑似男根を離さないのは大したものだ。

 余程、二回ほどの失敗で首吊りになったのが堪えたのだろう。

 

「そんなに股間を揺するなよ、サキ。感じてしまうじゃないか」

 

 一郎は腰の上で苦しみの踊りを続けるサキの姿に思わず笑った。

 だが、サキの狂ったように暴れるのを面白がるクグルスがなかなか尻尾を離さないので、サキはますます激しく腰を動かす。

 しかも、信じらないような力で股を締めながら腰を弾かせるのだ。

 一郎も我慢できなくなってきた。

 

「まあいい。また、出してやる。今度は下の口でも俺の精を味わえ」

 

 挿入している怒張への強い刺激に、一郎は射精をすることにした。

 ただでさえ、サキの膣に装着している無数の刺激物と、ぶるぶると振動しているアナルバイブの刺激が皮越しに伝わっていたところなのだ。

 それに加えて、アナルバイブからの電流とサキの膣のものすごい収縮は堪らない気持ちよさだ。

 さすがに、一郎の股間も大きな快楽から逃げられない。

 

「ほらっ、いくぞ」

 

 一郎は、サキの子宮に精をぶちまけた。

 もちろん、淫魔師の一郎の勃起が射精で収まることはない。

 精を放ち終わった直後でも、しっかりとサキの胴体を固定する柱の役目を果たしている。

 そうやって、精を打ち続けて、射精もそろそろ十回くらいになるかもしれない。

 だが、一郎の肉棒の存在で受け入れた精を膣の外に出すことができないでいるサキは、射精されたすべての精液を受け入れたままであり、いまでは大きく下腹部も膨らませてもいる。

 口から入れる精液で腹が膨れ、股間で受ける精で下腹部が膨張しているサキの腹部はまるで蛙のようだ。

 

「かなり身体に溜まったな、サキ。じゃあ、仕上げに高速回転をさせてやる。全身に俺の精を撒き散らすんだ」

 

 一郎は言った。

 途端に、これまでと比べものにならない高速でサキの身体が回転を開始する。

 

「んぐう、んんんんっ、ぐぬううっ、ぐううっ」

 

 急に回転が速くなったことで、サキの身体はとめどのない連続絶頂状態に陥った。

 それまでも、それに近い状況だったのだが、今度は本当に絶頂が収束することなく、次の絶頂を迎えるというかたちになったようだ。次々にサキは絶頂の仕草を繰り返し、長く大きな膣の痙攣がしばらくずっと続いた。

 

「すごいなあ。もう一度、精を放つぞ」

 

 一郎は言った。

 サキの肉襞で肉茎に与えられる刺激が本当に最高の快感なのだ。

 射精をしたばかりだったが、また精を放ちたくなった。

 

「があああっ、あぐうううっ」

 

 しかし、そのとき、またしてもサキは口から疑似肉棒を離してしまった。

 サキの首にかけてある縄がぐんと張る。

 

「ぐえっ」

 

 首が締まった衝撃でサキの舌が飛び出した。

 口の中にあった精が再び吐き出される。

 それとともに、凄まじい膣の締めつけが襲う。 

 今度は、一郎はサキの首が縄で締まるままにはせず、サキの身体に両腕だけを復活させてやった。

 そして、サキの股間を貫いたまま立ちあがる。

 

「おおおっ、ロウ──」

 

 サキが助けを求めるように、出現したばかりの腕でがっしりと一郎の首に抱きついた。

 一郎はサキの腰を下から掴み、立ったままの状態で数回律動させる。

 

「あううっ、ロウ、ロウ殿──、ロウ殿──」

 

 サキの身体が限界までのけぞった。

 律動を開始してからも、サキの絶頂状態は続いている。

 あまりの長時間の絶頂の持続にサキは完全に狂乱状態のようだ。

 

「俺のものになれよ、サキ。俺のものにな。心から望め」

 

 一郎は力一杯に抱きしめながら怒鳴った。

 そして、精を放つ。

 抱きしめているサキのお腹がすっと膨らみを失っていく。

 淫魔術の力により、腹と下腹部に溜まりに溜まった一郎の精がサキの全身に分散したのだ。

 一郎の精は淫魔力の源であり、それをもって、一郎は女を支配する力を行使する。

 それが全身に放射のように覆いつくすことで、この能力の高い女妖魔を一郎の完全な支配に置くというわけだ。

 自分の能力レベルを超える女妖魔を真名だけではなく、淫魔術でも支配していく……。

 その感覚が一郎の全身にみなぎる。

 

「す、で、に……お、ま、え、の……も、の……」

 

 サキがそう呟いて絶句した。

 抱いているサキの身体が一気に重くなる。

 完全に意識を失ったようだ。  

 淫魔術で意識を無理矢理に覚醒させて、さらに責め立てるのも面白いが、まあこのくらいが潮時だろう。

 

 一郎は真っ白くて柔らかいクッションのある寝台を想像した。

 この仮想世界では、すべてが一郎の意思で作りあげることが可能なのだ。

 サキの身体をその寝台に横たえる。

 一郎がサキを離したときには、サキの脚も復活して首の縄も消えている。 

 サキはすぐに寝息をたて始めた。

 その顔は心なしか、幸せそうに微笑んでいるように思える。

 

「多分、サキが眠ったところを見た初めての人間族だと思うよ、ご主人様は」

 

 クグルスがくすくすと笑った。

 

「そうなのか?」

 

「そうだよ。ぼくたち魔妖精や妖魔族は、絶対に信頼する相手の前でないと眠ることはないんだ。もともと眠らなくても生きていくこともできるんだからね」

 

「そんな大げさなものか?」

 

 一郎は笑った。

 

「まあね……。それにしても、これだけの快感を与えられてしまっては、サキもご主人様と生きていくしかないね……。それにしても、覚悟した方がいいよ、ご主人様。サキは……リンネ様と呼ばれていたサキは、この仮想空間を支配する能力で、妖魔族の中ではかなりの地位を持っているんだ」

 

「妖魔将軍なんだろ?」

 

「そうだよ。それを奴隷のように支配しちゃったんだからね。つまりは、ご主人様は、妖魔族に影響を持つ存在になったということなんだよ。これは大事件だよ」

 

「それのどこが、大事件なんだ?」

 

「つまり、サキはその気になれば、妖魔を集めて軍を作るだけの力がある小妖魔女王なんだ。だから、ご主人様はサキを通じて、妖魔軍を作ることもできるということだよ……。いずれにしても、サキは本当に完全にご主人様の奴隷だよ。目が覚めたときには、サキは人が変わったように、ご主人様に従順になっているからね。驚かないでよ」

 

「それは愉しみだな」

 

 一郎は笑った。

 サキの持つ妖魔の動員能力など正直どうでもいい。

 一郎は、生れて初めて出会った人間型の女妖魔に欲情してしまっただけだ。まあ、仮想空間という奇妙な術にも興味があったが……。

 

「さて、じゃあ、サキも寝てしまったし、シャングリアのページに行こうよ、ご主人様。どんな世界にする?」

 

 クグルスがサキの横から、すっと一郎の前に飛んできた。

 

「そうだな。まあ、もう考えた。だけど、仮想世界という不思議な世界にやって来たんだ。いい機会だし、エリカ、コゼ、シャングリア以外のもうひとりとも、とことん遊ばないとな」

 

「もうひとり?」

 

「うん。サキは寝ているが、横にいてくれれば、サキの仮想空間の術は、サキを通して使えるんだ。こんな風にね」

 

 クグルスが怪訝な表情になる

 しかし、そのクグルスが大きくなる。

 無論、一郎が想像したからそうなったのだが、クグルスは人間族の少女ほどの大きさになって、一郎の前にすとんと崩れ落ちた。

 もうひとりというのは、無論、クグルスのことだ。

 クグルスとは、身体の大きさが違いすぎて、これまで性を交わしたことがない。

 だから、真名による支配ということで、クグルスは一郎のしもべなのだが、淫魔の呪術は及んでいない。

 この際、クグルスとも関係を結んで、しっかりと精の支配を築いておきたい。

 

「うわっ、お、重い──」

 

 人間族と同じくらいに大きくなったクグルスが悲鳴をあげた。

 いつもの手のひら大の身体から、突如として大きくされたクグルスは、自分の身体の重さを保つことがまだできないようだ。

 そのまま身体を床に倒して、動けなくなってしまった。

 

「結構、長い付き合いになりかけているが、クグルスとは、ちゃんと抱き合ったことはないよな。せっかくだし犯してやろう」

 

 一郎は笑って、クグルスに近づく。

 

「わおっ──。う、嬉しいけど、これなに?」

 

 クグルスが訊ねたのは、クグルスが大きくなるとともに、裸の上に発生させた服のことだ。

 一郎のやったことだが、一郎の元の世界における「レオタード」を思い浮かべて、クグルスが身に着けていることを想像した。

 いつもの薄物の衣装もいいけど、違う服装にして、着衣のまま犯すというのも一興だ。

 なんとなく、いつも元気に飛んだり跳ねたりしているクグルスを抱くのであれば、体操選手のような恰好をさせて犯したいと、ふと思ったのだ。

 そんなことも瞬時に現実になる。

 さすがは、サキの仮想空間の力だ──。

 

「俺の趣味だよ。お前への贈り物だ」

 

 一郎はクグルスの身体を抱きあげる。

 

「ひゃああっ、ひゃあああっ、ひゃああああ」

 

 クグルスが胴体を掴まれただけで、がくがくと感電でもしたように震えた。

 魔妖精のクグルスは、淫魔師の一郎に触れられると、なぜか全身の淫気が暴走して、人間族の女たちが絶頂に達したときのような状態になるのだ。

 つまりは、クグルスは一郎に触られただけで、早くも達してしまったということだ。

 

「その身体で俺と性交するのは大変だな。まあ、頑張れ」

 

 またもや、鬼畜の虫が込みあがる。

 女が快楽責めで苦しそうにすると、さらにいじめたくなるのが一郎の性分だ。

 一郎は頓着せずに、クグルスの股を開かせ、その上に身体を重ねる。

 実は、クグルスに着させた「レオタード」には、股の部分に亀裂が入っていて、そのまま着衣のままでも犯すことができるようになっているのだ。

 無論、それも一郎の「えっち」な想像力が生んだものだ。

 

「ま、また、いくうっ、ご主人様、ご主人様──」

 

 クグルスは悲鳴をあげながら、全身をまたがくがくと震わせる。

 本当に、激しい反応だ。

 そして、一郎は、クグルスの苦悶を愉しみながら、身体を暴れさせるクグルスへの挿入をやっと成し遂げた。



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113 …シャングリアの頁/女剣闘士

「これが戦闘用の防具だ、シャングリア。身に着けていいのはこれだけだ。これ以外のものについては、布片ひとつ身に着けるのも反則とする。ただし、得物だけは好きなものを選べ」

 

 闘士の控室に現われた興行師がシャングリアに渡したのは、防具とは名ばかりの下着にしか思えない小さな布と、胸を隠して横で縛ることしかできない細長い布だった。

 

 ここは王都にいくつかある闘士場の地下だ。

 シャングリアは闘士であり、闘いの準備をするためにあてがわれている部屋でひとりでいるところだった。

 ほかの闘士たちは大部屋だったが、シャングリアはこの闘士団の唯一の女闘士として、ひとり部屋を与えられていたのだ。

 そこに興行師が現われた。

 

「な、なんだ、これは? こ、こんなもの、ただの武具の下につける下着ではないか。こんなものを身に着けただけでなんて戦えるか──」

 

 シャングリアは激怒した。

 馬鹿にするにもほどがある。

 これでもシャングリアは、闘技場で戦う剣闘士だ。

 娼婦でもなければ、卑猥な踊りが売り物の旅芸人の女ではない。

 集まっている観客の前で鍛え抜いた戦技を命をかけて披露することにより、観客を熱狂させる闘士だ。

 裸同然の恰好で戦うなどということができるわけがない。

 

「下着とは冗談ではない。そんな小さな布片だが魔道の防具だ。鋼鉄の鎧ほどの防御力を全身に与えてくれる魔道がかかっている。しかも、動きやすいことは保証付きの超一級品の武具なのだぞ。少し恥ずかしいくらい我慢しろ」

 

 興行師が笑った。

 しかし、興行師の魂胆は見え見えだ。

 こんな破廉恥な武具で女のシャングリアを戦わせて、それで観客への見世物にしようと思っているのだ。

 そんなの冗談ではない。

 

「それに、逆らうことはできんはずだぞ。それが闘士だ。断れば、お前の大切な人に支払った莫大な契約金を回収する。違約金とともにな。そうすれば、彼らは、あっという間に露頭に迷うだろう。お前は、私が指示したものを身に着けて戦うという約束で闘士として契約をしたのだ」

 

 興行師がにやりと笑った。

 

「ひ、卑怯者め──」

 

 シャングリアは激昂のあまり、この失礼な興行師を叩き切ってやろうと思った。

 だが、たまたま剣がそばに無かったことでそれができなかったことと、この興行師に逆らっては、困ったことになるのだという思いが急速に意識にあがり、興行師に対する殺意だけは消えた。

 

「そのくらいは仕方がないだろう。こんなこともあるかもしれんというのも承知で、お前は契約したはずだ。それに、今日の戦いで勝利をすれば、もう自由の身になるんだ。その衣装くらいは受け入れてもらうぞ」

 

「くっ」

 

 シャングリアは歯噛みした。

 だが、興行師の言っていることが正しいのだということを突然に思い出した。

 それに、さっき興行師が言ったように、シャングリアがここで逆らい続ければ、シャングリアの大切な者たちが大きな苦境に陥るのも確かなのだ。

 もっとも、その大切な者というのが誰だったろうと首を捻りかけた。だが、ちっとも頭に思い浮かばない。

 なんとなく、そのことは、とても不自然のように思ったが、なぜか、急に、別段の不思議も感じることができなくなった。

 

「わ、わかった、ロウ──。これを着ればいいのだな。その代わりに約束を忘れるな」

 

 シャングリアは声をあげた。

 ロウというのは、この興行師の名だ。

 闘士のシャングリアを契約で縛って、こんな下着のような武具のみで観客の前で闘わせるというような破廉恥なことをさせようとしている憎い男だ。

 そのロウが満足げに微笑んで、部屋を出る扉に向かう。

 シャングリアは、その背中を憎しみを込めて睨み続けた。

 そのとき、振り返ったロウが、思い出したようにシャングリアに向かって口を開いた。

 

「思い出したが、お前と戦う闘士の名はロウという男だ。まあ、頑張れ」

 

「誰であろうと関係ない。そのロウも倒してやる」

 

 シャングリアは怒鳴った。

 興行師がいなくなると、シャングリアは興行師が置いていった下着のような武具を手に取った。

 とりあえず、着替えなければならんのだ。

 

「あっ」

 

 そのとき、シャングリアはびっくりして声をあげた。

 下着のような武具の内側でちょうど股間に当たる部分に、小さな丸い突起がたくさんついていることに気がついたのだ。

 あの興行師のロウは、この小さな下着のような武具以外になにも身に着けてはならんと言った。

 つまりは、シャングリアは、この突起に股間を苛まれながら闘わなければならないということだ。

 

 くだらない嫌がらせを……。

 シャングリアは、全身の血が凍りつくような怒りを感じた。

 

 

 *

 

 

 真昼の明るい陽射しが闘技場に射し込んでいる。

 割れんばかりの喝采が起きた。

 さすがのシャングリアも闘技場が揺れるほどの大歓声に、思わず足がすくんでしまう。

 

 闘技場は国都にあるものの中では比較的小さなものだ。

 それだけに、観客席と闘技場の距離が近い。

 闘技場の両端にある闘士入場口の手前にシャングリアは立っていた。

 

 しかし、シャングリアが身に着けているのは、見た目には小さな白い下着としか思えない腰の布片と、乳房を縛っている細長い布だけだ。

 確かに腰の下着には魔道の武具であるらしく、全身には薄っすらと透明の膜のようなものが存在するのを感じる。

 しかし、下着は下着だ。

 サンダルを履いた足には脛当て代わりに膝下まで細紐を巻いていたが、太腿については股間の付け根だけを包む下着まで完全な剥き出しだ。

 また、上半身につけているのは、乳房を横から巻いている細布だけであり、しかも、布の長さが意地悪くも細いものであるので、乳頭を中心とした真ん中は隠れているものの、乳房の上下は完全にはみ出している。

 それだけではなく、胸を隠す布は横で縛っているだけなので、動くと、すぐに布から乳房がこぼれそうで頼りない。

 

 シャングリアの姿が丸見えである向こう側からの観客たちは、破廉恥な姿で登場した剣闘士のシャングリアに、全員が立ち上がって卑猥な野次を飛ばしている。

 こんな裸同然の姿で、これだけの観客の前に出るのは、あまりの羞恥であり、生きた心地がしなかった。

 

 闘士入場の声と合図の銅鑼の音が闘技場に鳴り響く。

 反対側の入場門からシャングリアと闘う闘士がゆっくりと歩いてくるのが見えた。

 剣闘士というと屈強な身体をしている男が多いが、その男は中肉中背だった。

 また、武術の腕というものは、歩き方ひとつでおおむねわかるものなのだが、その相手は、首を傾げたくなるくらいに強さを感じない。

 あるいは、まったく武芸の心得えがないのではないかと思いたくなるほどだ。

 しかも、武具のようなものはなにもつけておらず、まったくの平装だ。

 もっとも、武具をつけているように見えないという点ではシャングリアも同じだから、あの服が魔道の武具ということもありうるが、その闘士は剣すらも持っているように見えない。

 

 相手の闘士の名は、「ロウ」という名だったと思う……。

 そのことでも、シャングリアは少し違和感を覚えていた。

 あの闘士にはまったく記憶はない。

 それなのに、シャングリアは、あのロウをよく知っているような錯覚に陥っている。

 どう考えても初めて見る顔だ。

 だが、やはり見知っているという感覚が付きまとう。

 

 しかも、なんとなく親しみを感じる……?

 シャングリアは慌てて、そのおかしな気持ちを振り払った。

 いずれにしても、やっぱり、こんな姿で闘技場に出ていくのは、少し躊躇がある。

 

「さあ、行きな」

 

 そのとき、入場門のところにいる統制係の男のひとりが、立ち竦んでいるかたちだったシャングリアの背をどんと押した。

 

「あっ、なにをする……。くうっ」

 

 股間にある下着の内側の突起物がシャングリアの敏感な場所を強く抉ったのだ。

 シャングリアは小さく呻くとともに、少し腰を引いたような体勢になって、顔をしかめた。

 

 振り返って、その統制係を怒鳴りつけてやろうと思ったが、次の瞬間、大きな音を立てて、入場口と闘技場を隔てる鉄門が降りてきた。

 入場門だった場所が観客席を隔てる高い壁と一体化する。

 もうこれは、シャングリアとあのロウとの決着がつくまで開くことはない。 

 

 仕方がない……。

 シャングリアは、今日の剣闘の相手であるロウが待っている闘技場の中心に向かって、ゆっくりと足を前に進めた。

 

「うっ」

 

 そのとき、またもや下着の突起が思い切り肉芽を擦りあげた。

 全身に衝撃が走る。

 腰が砕けそうになるのを辛うじて気力で耐える。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 たった数歩歩いただけで、すぐに息があがった。

 シャングリアは泣きそうな気分になった。

 どういう仕掛けになっているのかわからないが、股間の内側にあるたくさんの小さな突起は、シャングリアが身動きするたびに淫らに動き回るのだ。

 それでもなんとか平静を装わなければならない。

 こんなおかしなものを股間に装着しているとばれれば、敵のロウはそれに付け込んだ闘いに持ってこようとするだろう。

 

 とにかく、短期決戦だ。

 あの意地の悪い興行師の思い通りなどになるものか……。

 一瞬でロウにとどめを刺す。

 そうすれば、こんな股間の異物など関係ない。

 だが、なんという意地悪な股間の突起だろう。

 

 シャングリアが必死で耐えているのをあざ笑うかのように、股間の突起は肉芽を疼かせ、肉襞に食い込み、そして、お尻の穴周辺を抉ってくる。

 しかも、丸い突起は一瞬ごとに大きさを変化させているのか、大きな突起に抉られたかと思うと、次には同じ場所を小さな突起で連続で弾かれたり、その方向も前からだったり、後ろからだったり、そして、右に左にと刺激の方向まで変化させるのだ。

 

 それが股間のあちこちで起こる。

 シャングリアは、少しも予想できない股間の突起の動きに翻弄され続けた。

 そして、やっとのこと、敵のロウがいる闘技場の中心に到着した。

 

「下着の突起が早速、効果を表したようだな、シャングリア」

 

 ロウがにやにやと笑いながら言った。

 

「なっ」

 

 シャングリアは絶句した。

 それを相手のロウに知られているとは思わなかったのだ。

 

「なにを驚いている。ここに集まっている観客は全員がそれを知っているぞ。歓声に耳を澄ませてみろ」

 

 ロウが言った。

 シャングリアはびっくりして、言われたとおりにした。

 すると、ただの騒音のようにしか感じていなかった観客たちの声が、意味のある言葉として、シャングリアの耳に入って来た。

 

「──シャングリア、そんな腰つきじゃあ、闘えねえんじゃねえか」

「──もう、いってしまったんじゃないか、淫乱」

「──さっさと犯されちまえ」

 

 客たちの下品な野次に、シャングリアは思わずかっと腹がたった。

 同時に、シャングリアは、観客たちにシャングリアの股間の突起のことが事前に知らされていたということに愕然とした。

 そして、あの破廉恥な興行師の悪辣さを感じて、腹が煮える気持ちになった。

 

「それと、いいことを教えておいてやろう。その下着はいまは静かだが、濡れてくると、激しく振動するんだそうだ。まあ、気をつけるんだな」

 

 ロウが意地の悪い口調でそう言った。

 シャングリアは驚いた。

 

「な、なんだって──。そんなこと──。ひ、卑怯だぞ」

 

 思わず叫んだ。

 そんなことはシャングリアも知らされていなかったが、このおかしな仕掛けの下着は魔具だ。

 それは事実だろうと思った。

 だから、かっとなった。

 そんなものを騙して装着させるなど──。

 シャングリアは目の前にいるロウを睨みつけた。

 しかし、ロウは大声で笑った。

 

「そんな目で見るなよ。知らんよ。興行師のやっていることだろう。それに、なんで股間が濡れるんだ? 少しくらい股間が突起で苛まれるくらい、我慢すればいいはずだろう。それとも、突起でどうしてもいやらしく感じてしまうのか? まあ、ちょっとくらい耐えるんだな。そうすれば、股間は振動しないし、どうということはないだろう」

 

 ロウが笑い続ける。

 

「くっ」

 

 シャングリアは、なぜかこの男に圧倒される自分を感じた。

 悪態を返してやろうと思うのに、不思議にも言葉が出てこない。

 どうして、そんな風に感じるのかわからないが……。

 

「どうした? 有名な女剣闘士のシャングリアだろう。その程度の下着の突起くらいなんてことないはずだ」

 

 ロウが言った。

 しかし、かっとなったのは一瞬だけだ。

 その小馬鹿にしたような態度が許せないはずなのに、言い返そうとロウの顔を見ると、どうしても文句をいう気力が消えるのだ。

 よくわからないが、この男は苦手だ……。

 

「く、くそうっ──。さっさとやるぞ。ところで、お前、剣は?」

 

 シャングリアは、理解のできない自分自身の感情を振り払うために大声を出した。

 こうして面と向かい合っても、やはりロウは剣を持っていないのだ。

 どういう了見なのだろう……?

 すると、ロウがにやりと微笑んだ。

 

「剣か? 俺の剣はこれだ」

 

 ロウがぱちんと指を鳴らした。

 その瞬間、ロウの着ている服が一瞬にして消滅した。

 ロウが、闘志用のサンダルを履いている以外はなにも身に着けていない、完全な素裸になったのだ。

 その腰には隆々と勃起した怒張がそびえ勃っている。

 

「わっ、わっ、わっ、そんなもの見せるな。な、なにをしてるんだ、お前?」

 

 シャングリアは狼狽えた。

 

「そんなに悦んでくれるのは嬉しいな。とにかく、俺の剣はこの一物だ。これで犯されれば、あんたの負けだ……。ああ、そうだ……。せっかくだから、こうしようか。俺があんたに欲情して先に精を放ってしまえば俺の負け。だが、あんたが先に果てれば、あんたの負けだ。客も悦ぶ」

 

 ロウが大笑いした。

 

「ふ、ふざけるな──。これは剣闘の勝負だぞ──。ふ、ふ、ふざけおって──」

 

 あまりの物言いに自分の声が震えるのがわかった。

 こんなに馬鹿にされたのは、おそらく生れて初めてだと思う。

 

 殺す──。

 シャングリアは決断した。

 問答無用で殺してやる──。

 さっきまでの苦手意識は、目の前のロウの行動で吹っ飛んだ。

 殺してやる……。

 そのとき、闘技場に大きな銅鑼の音が二つ連続で鳴り響いた。

 戦闘開始の合図だ。

 シャングリアは剣を振りあげた。

 

「ああっ、いやっ」

 

 だが、剣を引いた瞬間に突起が肉芽に食い込み、しかも、ぶるぶると震えたようになった。

 シャングリアは腰が完全に砕けてしまって、剣を振るおろすことはできなくなった。

 

「どうした、シャングリア? そのへっぴり腰は」

 

 ロウがからかいの言葉をかけてきた。

 くそっ……。

 シャングリアは なんとか剣を握り直す。

 ロウは相変わらず、勃起した性器を見せびらかすようにこっちに向けたまま止まったままだ。

 しかも、構えるどころか、さらに腕組みまでした。

 その余裕が気に入らないが、とにかく──。

 

「ぐううっ」

 

 シャングリアは股間の疼きに耐えて、ロウに剣をやっと振りおろした。

 斬った──。

 シャングリアはそう思った。

 だが、手応えがない──。

 そう思ったときには、シャングリアは剣を持っていないことに気がついた。

 

 なんで──?

 そう思ったが、すでに体勢を崩してしまっている。

 しかも、思い切り踏み込んだので、これまでで一番の刺激を股間から受けてしまった。

 

「んふうううっ」

 

 シャングリアは思わず迸った甘い声とともに、ロウの裸身に飛びつくような感じになってしまった。

 

「おっ、逃げ回るかと思ったが、向かってきたのか? だが、剣を手放してしまうとは迂闊だったな。反撃してもいいか? 俺の武器はセックスだ。俺は戦技はできんが、性技には自信がある。あんたをねじ伏せるなんて造作はない」

 

 ロウが抱きついてきた。

 おかしい……。

 シャングリアは首を傾げる気分だった。

 振り下ろす途中の剣をシャングリアが手放すなどあり得ない……。

 しかも、あれは突然に空中で消えたような感じだった。

 そもそも、剣はどこにいったのだ?

 視界に映る限り、剣などどこにも落ちていない。

 

 まあいい……。

 このまま絞め殺してやる……。

 シャングリアは両手をロウの細首にかけようとした……。

 

「えっ?」

 

 そのとき、背中でがちゃんと金属音がした。

 驚愕することに、シャングリアの両手は背中側で手枷をかけられて動きを封じられている。

 いつの間に──?

 シャングリアはわけがわからなくなった。

 

「わっ、わああっ」

 

 シャングリアはとにかく身体を揺すって、必死にロウの腕から逃げた。

 混乱した。

 なんで剣がなくなったかもわからないし、突然に両手を後手に拘束された理由も不明だ。

 絶対にロウにはそんな素振りはなかった。

 しかし、ある想像がシャングリアに浮かんだ。

 

「お、お前、魔道遣いか──?」

 

 声をあげた。

 それしか考えられない。

 だが、ロウは声をあげて笑うだけだ。

 

「違う。断言するよ。忘れたのか? 俺は魔道遣いじゃない。淫魔師だ。俺はお前を犯す。すると、お前は俺の呪術にかかり、俺の奴隷になるということだ。それが嫌なら、逃げ回ることだな。捕まえれば、容赦なく犯すぞ」

 

 ロウが言った。

 

「淫魔師?」

 

 シャングリアはびっくりした。

 しかし、突如として、本当にロウが淫魔師であることを思い出した。

 淫魔師というのは伝承の存在だが、女に精を放つことでその獲物の女を虜にしてしまうという恐ろしい存在だ。

 なぜ、わかったのかはわからないが、ロウが淫魔師であることは間違いない。

 

 シャングリアの背に冷たい汗が流れる。

 支配される……。

 本当に犯されれば、間違いなく……。

 どうすれば……?

 やはり、闘うしか……。

 でも、この後ろ手に拘束された状態でどうやって……?

 

「……なにを考え込んでいる、シャングリア」

 

 そのとき、ロウが無造作に距離を詰めてきた。

 

「こん畜生──」

 

 シャングリアは大きな声をあげて、力の限り片脚でロウの両足を蹴りあげた。

 下着の突起が当然に威力を発揮して、大きな疼きで腰が砕けそうになる。

 それでも蹴りの動作だけはやめなかった。

 

「うわっ」

 

 ロウがひっくり返った。

 しめた──。

 シャングリアは全体重を足のかかとにかけ、ロウの喉めがけて降りおろした。

 

「おわっ、危ねえ──」

 

 ロウが悲鳴をあげて、地面を転がって避けた。

 シャングリアのかかとが、たったいままでロウの喉があった場所に叩き込まれる。

 

「あっ、ああっ」

 

 股間の刺激でシャングリアは背中を大きくのけ反らせた。

 

「おお、怖え──。こんなにハンデがあるのに、殺されかかるのかよ」

 

 少し離れた場所から声がした。

 立ちあがったロウが大きく息を吐いている。

 シャングリアは千載一遇の機会を逃したことに歯噛みした。

 

「ところで、シャングリア、空を見な」

 

 そのとき、突然にそのロウが言った。

 

「あっ」

 

 シャングリアは言われるまま、上空に目をやり、思わず声をあげた。

 空には魔道によるものなのか、ふたつに分かれた上空に、シャングリアの股間と胸が大写しになっている。大写しになった股間には小さな丸い染みが浮かんでいて、胸は布がずれて、すでに乳首が見えている。

 見下ろすと、まさに自分の股間と胸もそうなっている。

 シャングリアは羞恥でかっと身体が熱くなるのがわかった。

 

「さて、その邪魔な布はもう取ってしまうか。あの大写しの空にお前の乳房を映して、大勢の観客に見せてやりな」

 

 ロウがそう言った直後、横の結び目が取れて、胸を隠していた布が地面に落ちてしまった。

 

「な、なに?」

 

 シャングリアが叫んだが、両手は後手に拘束されているので、どうしようもない。

 シャングリアは股間にはいている下着一枚になってしまった。

 

「じゃあ、もう少しハンデをつけさせてもらうよ、シャングリア」

 

 ロウが言った。

 

「ハンデ?」

 

 シャングリアは怪訝に思って首を傾げた。

 そのとき、シャングリアは不意に股間に違和感を覚えた。

 これまでの突起の刺激とはまったく別のものだ。

 

「ひいっ、ひっ、ひいいっ」

 

 次の瞬間、シャングリアは絶叫した。

 突然にその股間の突起物の一部が大きくなり、むくむくと勃起し始めたのだ。

 しかも、股間に入って来る。

 

「いやあっ、いやあっ──。ロ、ロウ、お前がやっているのか──。やめろ、やめてくれ──。た、助けて──」

 

 わけもわからず、シャングリアはその場に膝をついて叫んだ。

 いまや股間の中では突起物の一部が完全に張形のように股間を貫いている。

 しかも、ゆっくりと淫らに動き始めてもきた。

 

「おやおや、股間の中は、表面とは違って、すでに濡れていたようだな。濡れれば振動するとという機能は同じだからな。それ以上、振動を激しくしたくなかったら、その突起を濡らすんじゃないぞ」

 

 ロウが言った。

 でも、シャングリアはその言葉の半分も耳に入らなかった。

 それよりも、だんだんと振動が強くなる気がする。

 シャングリアは下腹部に込みあがる激しい疼きに、膝立ちのまま、ぐいと全身を弓なりにした。

 

「んあっ、ひうううっ」

 

 シャングリアは膝立ちの身体を大きくのけ反らせていた。

 突然に股間に潜り込んだ張形は、だんだんと振動を強くさせ、いまや、シャングリアの股間の中でありえないほどの激しさで暴れ始めたのだ。

 

「ほらほら、股間を濡らすなと教えてやったろう。それなのに、さらに張形を湿らせてどうするんだ。それよりも立てよ。闘わないのか?」

 

 ロウの揶揄する声が聞こえる。

 しかし、女陰に食い込んでいる下着の内側の張形だけではなく、肉芽や菊座の入り口に触れている球体まで強い振動で暴れまわりだしているのだ。

 身体が痺れて立つことができない。

 

「く、くそおっ」

 

 こうなったら、恥ずかしいなどとはいっていられない。

 シャングリアは下着を脱ぐことにした。

 意を決して、手錠で後手に拘束された手で届く下着のお尻側を掴んで思い切りさげる。

 

「おっと、そうはさせんぞ」

 

 ロウがそう口にするのが聞こえた。

 

「あっ、なぜ──?」

 

 一瞬のことだった。

 気がつくと、シャングリアの両手は横材によって、真横に拡げた状態で拘束されていた。

 それだけでなく、両足も両腕と同じような横材により大きく拡げて拘束されてしまっている。両手と両脚を拘束している横材を繋ぐ大きな直柱が地面に突き刺さっていて、シャングリアの足の裏は完全に地面から浮いている状態だ。

 しかも、乳房の前後と腰の括れに縄がかけられて、直柱にしっかりと固定までされている。

 つまりは、シャングリアは両手両足を大きく拡げて、磔にされている恰好になってしまったのだ。

 

「えっ、えっ、えっ?」

 

 シャングリアは驚愕した。

 どうしてこんなことに──?

 場内が大歓声に包まれる。

 

「ほらっ、大勢の観客の目の前で達してしまえ。みんな、それを望んでいるんだ」

 

 ロウが目の前にいる。

 そして、張形と球体の振動に苛まれている下着を手のひらでぐいと押した。

 

「やっ、やめろおおっ、いやあああっ」

 

 シャングリアは悲鳴をあげて悶えた。

 ロウが下着を思い切り押してぐりぐりと回し始めたのだ。

 淫靡な痺れが全身を駆け抜けて頭が白くなる。

 

「ああっ、いやだあっ、やめろおっ、もう、やめてくれ」

 

 シャングリアは悲鳴をあげ続ける。

 だが、横材に固定された手足はびくともしない。

 ロウの淫らな股間への責めに対して、腰を動かして逃げることもできないのだ。

 観客の卑猥な歓声が耳に入って来る。

 だが、シャングリアにはどうしようもなくて、唯一自由になる頭を振って、押し寄せるものを逃がそうとした。

 

「空を見ろ。お前がいやらしく股を濡らしているのが大写しだぞ」

 

 ロウが刺激を続けながら言った。

 しかし、そんなものを見る勇気などシャングリアにはない。

 とにかく、歯を食い縛って、快感から耐えようとした。

 

「我慢しようとしているのか? 可愛いな。だったら、とことん、振動と闘ってみろ。その代わり、呆気なく達したら、今度は俺の一物で犯すからな。そして、精を放つ。その瞬間に、お前は呪術支配されて、俺の奴隷だ」

 

 ロウが股間から手を離した。

 嫌だ──。

 奴隷なんかなりたくない……。

 

 そう思うのだが、なぜか、奴隷になりたいという気持ちもどこかに芽生えてきた。

 シャングリアは自分の感情が理解できずに、大きく狼狽した。

 とにかく、ロウが手を離したところで、下着の中では張形と球体が暴れているのは変わらない。

 シャングリアは追い詰められていた。

 下腹部の大きな痺れが頭の先まで拡がっていく。

 

「うぐうっ、んんっ、んああっ、くううっ」

 

 大きなうねりがやってくる。

 シャングリアの理性が股間からやってくる官能に飲み込まれる。

 

「ああっ、ああああっ、あああっ」

 

 もう駄目だ……。

 シャングリアが思ったとき、ロウの指が再び近づくのを感じた。

 

「ほら、我慢してみろ」

 

 ロウの一本の指がシャングリアの太腿のなんでもない一点をつっと擦った。

 

「んひいいいっ」

 

 なにかが駆けあがった。

 次の瞬間、シャングリアは磔にされた身体をぴんと伸ばして、大きな絶頂とともに、がくがくと身体を痙攣させていた。

 身体の震えはしばらく続き、それがようやく収まったときには、シャングリアは完全に脱力していた。

 

「派手に達したな。観客は大喜びだ」

 

 髪の毛がぐいと掴まれて、項垂れている顔をロウにあげさせられる。

 総立ちの観客の姿がシャングリアの視界に入って来る。

 だが、なぜか怒りの感情はない。

 それよりも、激しく絶頂したせいか、頭がまだぼうっとしている。

 

「はあ、はあ、はあ……あ、ああっ、ああっ。も、もう、とめろ……。とめ……」

 

 しかし、シャングリアが達しても、いまだに下着の振動は終わっていない。昇天したばかりの身体がさらに快感に押しあげられ始める。

 だが、その下着の振動が突然に消滅した。

 そして、股間に外気を感じた。

 はっとした。

 下着が消滅している。

 シャングリアの股間は完全に剥き出しだ。

 それだけではなく、ロウの怒張が開いたシャングリアの股間に近づいている。

 シャングリアの身体は磔により、一段高く地面から浮いている状態だったのだが、いつの間にか台のようなものが存在していて、ロウはその上に乗っているのだ。

 

「お、お前、本当にこんなところで……」

 

 シャングリアは声をあげた。

 しかし、ロウの怒張がついに、シャングリアの女陰に深々と入り込んだ。

 

「んあああっ」

 

 一度の昇天ですっかりと緩んでいたシャングリアの股間は、なんの抵抗もなくロウの肉棒を受け入れていた。

 膣が押し広げられ、ロウの律動が開始する。

 あっという間に快感が押し寄せる。

 

「ああっ、ああっ、あああっ」

 

 シャングリアの意思とは裏腹に、艶めかしい声が口から漏れ続ける。

 口惜しいけど、とても気持ちいいのだ。

 それだけではなく、とてつもなく安心できる気持ち……。

 それがシャングリアを包む。

 とても理解のできる感情ではない。

 しかし、大勢の観客のいる闘技場で全裸で磔にされて、公衆の面前で犯されながら、それでもシャングリアは犯しているロウに親しみのようなものを感じ始めている。

 

「ああっ、ひいっ、ああっ、ああっ」

 

 もうシャングリアには抵抗心はない。

 ただ、これが自分の声なのかと思うような甘い声をあげて、ロウの凌辱に身体を委ねるだけだ。

 

 圧倒的な快感が全身を包む。

 そして、込みあがる……。

 もう、なにもわからない……。

 犯される……。

 ロウの精に支配されるのか……。

 それも、またいいか……。

 

 二度目の絶頂がやってきた。

 しかし、それは一度目とは比べものにはならないくらいに巨大なものだ。

 シャングリアにはそれがわかった。

 

「ああっ、あああっ、くる……くるよ……あああっ──」

 

 シャングリアは再び磔の身体をぐいと伸ばした。

 頭が痺れる。

 ここがどこかなのかもわからなくなる……。

 

「シャングリア、今の気持ちを言ってみろ。闘技場で淫具でもてあそばれ、これだけの観客の目の前で、このロウに犯される気分は?」

 

 ロウがシャングリアを激しく突きあげながら言った。

 目の前で白い光がはじける。

 そして、大きな衝撃が全身を走り抜けた。

 

「と、とても気持ちいいよ、ロウ……」

 

 シャングリアはそう言っていた。

 観客の大歓声が轟くとともにロウが愉しそうに笑った。

 それと同時に、子宮にロウの精が注がれるのをはっきりと感じた。



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114 …エリカの次の頁/頭の声

「そのまま、真っ直ぐに歩いて、一番人が集まっているところに行け」

 

 突然に頭の中で声が聞こえた。

 エリカははっとした。

 ここはどこなのだという疑念が浮かんだのは、一瞬だけだ。

 ここは王都の広場だ。

 

 その記憶が瞬時に込みあがった。

 真昼の明るい陽射しが射し込んでいる。

 大勢の市民がそこに集まっていて、会話や集会、あるいは休息などを愉しんでいる場所だ。また、屋台なども立ち並び、大変な賑わいだ。

 そこにエリカは、ひとりだけで立っていた。

 

 どうしてここに?

 さっきまで、ロウの悪戯で、山の中で大勢のロウに囲まれて……。

 ここに、どうしているのだろう……?

 そう思ったが、その戸惑いはすぐに消えた。

 

 突如として、エリカは誰かの命令でここでひとりでやってきたのだということを思い出したのだ。

 山の中にいたということはあり得ない。

 たったいま、なぜそんな考えになったのか不思議だ。

 

 ただ、身体が異様に気だるい。

 まるで、たったいままで激しく交合をしていた直後のような感じだ。

 そう思うと、心なしか股間が濡れている気もする。

 いや、激しく濡れている……。まるでおしっこでも漏らしたみたいに……。

 エリカはびっくりした。

 だが、なんで……?

 懸命に考えるのだが、やはり記憶は蘇らない。

 そして、誰の指図で、なぜ、エリカがそれに従っているかということも思い出せない。

 ここにどうやってやって来たのかということも不明だ。

 だが、逃亡も許されなれば、逆らうこともできないのだという強い思いだけは心にある。

 

「わっ」

 

 そして、あることに気がついて驚いた。

 エリカは丈が太腿の半分くらいの黒い外被を羽織っていたのだが、その下は完全な全裸だ。

 外被の下から入って来る外気がそれを教えてくれた。

 しかも、外被は身体の前で合わせるものであったのだが、ボタンはひとつ残らず引き千切られている。

 エリカは全裸に前開きの外被を羽織り、それを両手でしっかりと押さえながら歩いていたのだ。

 なんでこんな格好で……?

 エリカは混乱した。

 

 ──早く、行け。あの噴水のところがいいだろう。そこに集合だ。

 

 また、声がした。

 エリカは周囲を見回した。

 しかし、声をかけた者らしき存在はない。

 それに、声は頭の中に直接に響き渡っている気もする。

 

 ──早くした方がいいぞ。さもないと、股に塗り込んだ痒み剤はいつまでもそのままだ。

 

 また、声がした。

 そして、その声の持ち主がくすくすと笑った。

 誰の声?

 エリカは首を傾げた。

 男の声であることには間違いないが、それが誰なのか思い出せない。

 そもそも、頭の中に響く声なんて、どういうことなのだ?

 いずれにしても、どこかでよく耳にしている声のような気もするだが……。

 

「な、なに? んふっ、ひいっ」

 

 そして、突然にそれが襲ってきた。

 股間の恐ろしいほどの痒みだ。

 そういえば、さっき「声」が痒み剤を塗ったと言ったか?

 しかも、激痛に感じるほどの痒みだ──。

 それが襲い掛かっている。

 エリカは思わず、外套の裾をまくって股間に手を入れそうになり、ここが大勢の市民で混雑している広場だということを思い出して躊躇した。

 だが、この痒みは……。

 エリカは歯を食い縛った。

 

 ──どうやら、ここで自慰でもしたいようだが、それは無駄だぞ。まあ、それも面白いがな。とにかく、自分の股間は自分では掻けない。試してみな。

 

 またもや「声」──。

 そして、くすくすと笑っている。

 驚いて手を股間に伸ばすことを試してみようとも思ったが、いくらなんでもここではできない。

 物陰に隠れてやろうと思っても、周囲には、その物陰もない。

 ここは大勢の市民の集まる王都の広場なのだ。

 いまでも、エリカの周囲には、たくさんの通行人が横を通り過ぎていく。

 

 ──早く行け。いつまでも、痒みで苦しみたいなら別だがな。

 

 「声」が言った。

 

「くっ」

 

 仕方がない。

 エリカは意を決して、「声」の命じるまま、噴水の方角に進んだ。

 「声」の持ち主が誰であり、どうやって声をエリカの頭に送っているのが不明だが、それがわからない限り、抵抗のしようもない。

 

 それにしても痒い……。

 だんだんと脳天に響くような苦しみに変わってきている。

 痒い……。

 痒い……。

 

 とにかく、エリカはできるだけ、顔を俯かせて歩いた。

 全裸に外被一枚を羽織っただけの破廉恥な格好で歩いているなど知られたくない。

 だが、股間の痒みは常軌を逸したように大きくなる。

 やっと噴水までたどり着いたときには、外被の裾の下から汗がぽたぽたと滴るほどに汗をかいてしまっていたほどだ。

 

 そのとき、エリカはちょうど反対側に、自分と同じように外被を前でしっかりと押さえて、上気した顔をしている女を見つけた。

 エリカは、その女を知っていた。

 王軍騎士のシャングリアだ。

 美しいが男勝りなことでも有名な女騎士で、あんな破廉恥な格好しているなど、どうしたのだろう?

 しかし、次の瞬間、不意にエリカは自分がシャングリアをよく知っていることを思い出した。

 確かに、この女をよく知っている……。

 エリカにはそれがわかる。

 だが、それなのに、なぜか、どういう関係なのかを思い出せない。

 

「シャングリア──」

 

 とにかく、エリカは声をあげた。

 シャングリアはきょとんとした顔をしたが、すぐに目を見開いた。

 

「エリカか?」

 

 向こうも声をあげた。

 急いでシャングリアの方に歩み寄る。

 シャングリアもやってきた。

 

「エリカだな? なあ、教えてくれ。どうして、わたしたちはここにいるのだ? さっきから頭に響くこの声は誰だ? そして、お前は何者で、わたしは誰なのだ?」

 

 シャングリアがまくしたてるように言った。

 エリカは、シャングリアもまた、記憶が抜け落ちている状態であることを悟った。

 仕方なく、エリカは自分もまた同じ境遇であることを説明した。

 シャングリアが失望したような表情になる。

 また、エリカはシャングリアもまた、エリカと同じように苦しそうに腿を強く擦り合わせるような仕草をしていることに気がついた。

 

 もしかしたら、シャングリアも……?

 そのとき、再び声が頭の中で響いた。

 

 ──じゃあ、遊びの始まりだ。最初の試練は、お互いで股をいじくり合うことだ。さっきも説明したが、ふたりに襲っている股間の痒みは自分では癒せない。ただし、お互いに相手の股であれば掻くことはできる。痒みを消したければ、相手に股間を掻いてもらうことを頼むんだ。一度昇天すれば、嘘のように痒みは消えるが、この大勢の人間のいる広場でなければ、その効果はない。じゃあ、幸運を祈るぞ。周りに見つかれば、大騒ぎになることは受け合うよ。

 

 「声」が愉しそうに言って、大笑いした。

 

「ええ?」

「な、なに?」

 

 エリカとシャングリアは同時に声をあげていた。

 

 ──早く始めないか。そろそろ、お前たちの様子に注目し始めている者が出始めたぞ。騒ぎにならないうちに、終わらせた方がいいんじゃないか。いずれにしても、お前たちの身体は、自分たちの意思じゃ動かせない。俺に完全に操られていることを忘れるな。

 

 またもや、「声」が頭の中に響き渡る。

 だが、その「声」が命じているのは、これだけの大勢の市民がいる王都の噴水広場の真ん中でお互いの股間をいじり合って、気をやるというものだ。

 

 そんなことできるわけがない。

 しかし、声によれば、それをしなければ、いつまでたっても股間の痒みは消えず、しかも、絶対にこの広場から逃げることはできないのだという。

 その声の言うとおり、エリカが広場から逃げようと考えると、脚が凍りついたように動かなくなる。それでいて、「逃亡」ではなく小移動するだけであれば、自由に脚も動くのだ。

 隣で真っ赤な顔を俯かせて、腿を必死にすぼめているシャングリアも同様のようだ。

 本当に「声」に、身体も心も完全に操られている……。

 エリカはそれを悟るしかなかった。

 

「と、とにかく、シャングリア、どこかでこの声の主は、わたしたちを見ているはずよ。さ、探して……」

 

「さ、探すといっても……」

 

 とにかく、エリカは、シャングリアにも言って、懸命に周囲に視線をやって、声の主を探そうとした。

 頭の中に声を響き渡らせるのが、なにかの魔道だとしても、この声の主がエリカとシャングリアのことをどこかで見ているということは間違いない。

 相手を見つけることができれば、この状況を打破するなんらかの手段も見つけることができるかもしれない……。

 

 だが、痒さがもう抜き差しならない状況になっている。

 目立たないように気を配りながら、脚を擦り合わせたり、小さく足踏みをしたりするのだが、当然だがそんなものでは、かえって痒みが増すだけだ。苦しさはますます全身をむしばんでくる。

 

 しかし、どんどんとエリカもシャングリアも追い詰められる 。

 だが、結局、周囲をいくら観察しても、それらしい人間を見つけることができないでいた。

 

 ──きょろきょろするなよ、エリカ……。そうだ。忘れていたが、エリカには罰ゲームの話があったな。そもそも、それが目的だった。エリカには贈り物を追加だ。

 

 声が言った。

 罰ゲーム? 

 なんのことだろうと思ったが、突如として、激しい便意が襲いかかったのだ。

 

「……う、ううっ……。そ、そんな……」

 

 エリカは前を押さえている手を下腹に動かして、ほんの少し腰を屈めるような恰好になった。

 いまにも、洩れそうだ。

 エリカは必死になって、お尻に力を入れた。

 だけど、どうして……。

 エリカは泣きそうになった。

 

 ──ほら、エリカ、お前から誘えよ。ここでふたりで気をやれば、広場から解放してやるよ。それとも、ここで糞をぶちまけるのか。ここで気をやるのと、糞をするのとどっちが恥ずかしいんだ?

 

 すると、頭の中に声が響いた。

 

 

 *

 

 ──ほら、エリカ、お前から誘えよ。ここでふたりで気をやれば、広場から解放してやるよ。それとも、ここで糞をぶちまけるのか。ここで気をやるのと、糞をするのとどっちが恥ずかしいんだ?

 

 シャングリアの頭に伝わる声の主が鬼畜そうな笑い声をあげるのが聞こえた。

 

 だが、「くそ」……?

 まさか……。

 

 シャングリアは慌てて、エリカをもう一度見た。

 たったいままでエリカは、全身を汗びっしょりにして小鼻を大きくして息をしている様子だったのだが、いまでは、その顔は蒼ざめている。

 それだけじゃなく、見えている首のところの肌がふつふつと粟立ってもいた。

 

 まさか……。

 シャングリアは目を見開いた。

 

「……お、お願い、シャングリア……。股間をいじって……。わ、わたし、このままじゃあ……」

 

 すると、エリカが苦しそうに言った。

 シャングリアには、もうそれで、エリカにはシャングリアにも与えられている股間の痒みのほかに、強い便意まで与えられたのだとわかった。

 やはり、この「声」は本当にシャングリアやエリカの身体を操れるのだ。

 しかも、ほんの気まぐれで……。

 シャングリアの心に恐怖が走る。

 

「……わ、わかった。や、やる。で、でも、どうしたら……」

 

 シャングリアもエリカにささやき返した。

 こうなったら観念するしかない。

 シャングリアは意を決した。

 しかし、こんな大勢の市民の集まる場所で、お互いの股間を擦り合えと言われてもどうしていいのか……。

 

「ふ、噴水にす、座りましょう……。か、身体を水に向けるようにすれば、前からは見えにくいわ……」

 

 エリカが小さな声で言った。

 確かに、噴水の水越しであれば、少しは視界を遮れるかもしれない。幸いにも、いま、この瞬間は噴水の淵に座っている者はまばらだ。

 シャングリアとエリカは、そこに移動して、身体を密着させるように噴水に腰かけた。

 エリカは歩くのも、腰を屈めるのも、とにかく、身体を動かすのが苦痛そうだった。

 それだけ、エリカに与えられた便意が強烈なものであるのだろう。

 シャングリアはエリカに対する強い同情の気持ちに襲われた。

 

「……こ、声を出さないでね、シャングリア……」

 

 エリカの手がすっと外被の前から股間に差し入れられる。

 

「……わ、わかった……。が、頑張る……」

 

 シャングリアも頷いて、エリカの股間に手を伸ばした。

 

 ──痒い場所を直接にいじるんだぞ。さもないと効果はないぞ。

 

 またもや、声。

 だが、股間を襲っている痒みは肉芽だ。

 つまりは、一番敏感な肉芽をこんなところで擦り合わなければならないということだ。

 シャングリアは、「声」の鬼畜さに歯噛みした。

 だが、やらないと……。

 とにかく、神経を集中するしかない……。

 

「んんっ」

「んっ」

 

 しかし、次の瞬間、シャングリアは身体を大きく弓なりに反らせそうになった。

 猛烈な痒みが襲っている場所をエリカの指で擦られるのは、あまりにも甘美な感覚すぎた。

 

「ううっ、くうっ」

 

 どんなに声を絞っても、口から漏れ出てしまう。

 

「……エ、エリカ……」

 

 シャングリアは必死でささやいた。

 少し、加減をしてくれと頼んだつもりだ。

 そのとき、指先に硬いものが触れた。

 

 んっ?

 金属?

 

「あああっ──」

 

 しかし、次の瞬間、エリカの口からけたたましい声が出た。

 シャングリアは驚愕した。

 

「ば、馬鹿、エリカ──」

 

 シャングリアは慌てて、エリカの股間から手を抜いて、エリカの口を押えた。

 

「ご、ごめん……。で、でも、だ、だって……」

 

 エリカが泣きそうな顔をしている。

 

「だってじゃない。自分が声を出すなと念を押したくせに……。と、とにかく、場所を変えよう……」

 

 シャングリアは片手で外被の前を押さえ、もう一方の手でエリカを支えるようにして立たせる。

 エリカが大きな声を出してしまったので、周囲の視線が一斉に向いてしまったのだ。

 

 すると、頭の中の「声」が大きな笑い声をあげる。

 

 「声」の主に対する怒りで腹が煮えた。

 次の場所として選んだのは、にぎわっている屋台の裏だ。

 そこはかなりの者が集まっていたが、逆に喧噪で音も声も目立ちにくい。また、食べるのに意識を集めていて、ふたりにはあまり視線を向けてこない気もする。

 

 ここなら……。

 

 人混みに紛れるように身体を向け合う……。

 そして、頷き合うと、再び相手の股間に手を伸ばした。

 今度は立ったままだ。

 

「あっ」

「んんっ」

 

 はじめた……。

 痒みが癒される快感が全身を駆け巡る。

 気持ちがいい……。

 

「ああ……」

「はあ……」

 

 同時に声が洩れた。

 シャングリアの指はエリカの股間を揉み動かし、エリカの指はシャングリアの肉芽をくりくりと擦り揺らす。

 

 猛烈な痒みが消える峻烈な快感──。

 シャングリアは、歯を噛みしめた。

 股間を擦り合うことで得られた快感は途方もないものだった。

 だが、はっとした。

 周囲の男たちの何人かが、シャングリアとエリカの痴態に気がついたようなのだ。

 はっきりとした驚きの視線を向けてくる。

 シャングリアはやめようと躊躇したが、もう快楽のうねりはそこまできている。

 

 もう少しなのだ……。

 それに、もう、ここでやめれば、頭がおかしくなる。

 そう思った。

 それくらい気持ちがいい……。

 どうなってもいい……。

 

 シャングリアはエリカの股を擦るのをやめなかった。

 むしろ、腹を括り、閉じ合わせている股間から力を抜いて、少し脚を開く。

 すると、快感が一気に増幅した。

 

「ふんん」

 

 大きな鼻息が出る。

 猛烈な快感もやって来た。

 

「エ、エリカ……」

 

 シャングリアは思わず名をささやいた。

 痒みが癒されて、快美感に塗り替えられる途方もない感覚をどう表現していいかわからない。

 

 見られている……。

 

 エリカは必死に目をつぶっているのでわからないようだが、もはやはっきりとした複数の視線を感じる。

 羞恥が身体を走り抜けるが、もう指をとめられないし、とめられたくない。

 身体が小刻みに震えてくる。

 

 もうすぐ……。

 シャングリアは確信した。

 一方で、エリカの身体はさっきから痙攣のような震えを続けている。

 

「んんふ、うううっ」

 

 またもや、エリカが大きな声をあげた。

 少しくらい我慢してくれと鼻白んだが、このエリカの反応が女の絶頂を迎えたときのものであるのは明白だ。

 

 自分もいかなければ……。

 その思いが強かった。

 がくりと膝を曲げたエリカの指を追うように、シャングリアも腰を屈める。

 

「んんっ、んんっ」

 

 シャングリアは必死に唇をつぐんで声を飲み込んだ。

 ついに絶頂した。

 

 そして、気がついた。

 あれだけ襲い続けていた股間の痒みが消滅している。

 絶頂をすれば痒みが消えるという「声」の言葉は嘘ではなかったようだ。

 

 ──じゃあ、次は運動の時間だ。とまらずに走れよ。捕まれば犯されるからな。

 

 そのとき、また頭で声がした。

 次の瞬間、周りの雰囲気が変化したと思った。

 

「おいっ、見ろよ」

 

 そのとき、誰かが大きな声で叫んだ。

 それを合図にするかのように、周りの人間が遠慮のない声でざわめきだす。

 はっとした。

 

「エ、エリカ──」

 

 シャングリアは叫んだ。

 エリカは素裸だ。

 たったいままで、被っていた外被が消滅している。

 

「わっ、わっ、わっ」

 

 エリカが動揺の声を発した。

 そして、シャングリアは自分自身も完全な素っ裸だということにも気がついた──。

 シャングリアとエリカは、瞬時にして、素っ裸で抱き合っている状況に変化していた。

 

「よし、俺がもらう──」

「いや、俺だ」

「早い者勝ちにしようぜ」

「そりゃあ、いい」

 

 男たちの声が大きくなる。

 いつの間にか、男たちで周囲が溢れていた。

 それだけじゃない。

 彼らの目つきがおかしい。

 常軌を逸している雰囲気だ。

 

 もしかしたら、こいつらも操られている──?

 シャングリアの頭をよぎったのはそれだ。

 男たちの股間の誰も彼もが、ズボンの股間を大きくしているのもわかった。

 

 逃げないと──。

 シャングリアはエリカの手首を掴んで立ちあがる。

 

「逃げるよ、エリカ──」

 

 本当に逃げないと、大勢の男たちに犯される。

 女としてのシャングリアの本能的な恐怖心が走る。

 駆けだす──。

 だが、何人かが遮ろうと身体を前に移動させる。

 前が塞がれた。

 

「どけええっ」

 

 シャングリアは素っ裸のまま目の前の男を蹴り飛ばした。

 その男が周りの何人かを巻き込んで地面に倒れる。

 前が空く。

 

「エリカ──」

 

 もう一度声をかけた。

 しかし、エリカはその場にうずくまってしまった。

 

「だ、だめえっ」

 

 エリカが悲鳴をあげる。

 次の瞬間──。

 しゃがみ込んだエリカのお尻から大便が噴き出した。

 エリカを捕まえようとしていた男たちが奇声をあげて退く。

 

「エリカ──」

 

 シャングリアは途方に暮れて立ち尽くすしかなかった。

 エリカのお尻からは、止まることのない大便が噴き出している。

 そして、再び囲まれた。

 すると、突如として、目の前が真っ白になった。



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115 乱交世界

「な、なに?」

「わっ」

 

 気がつくと、周囲が一変している。

 シャングリアは真っ白な場所にいた。

 エリカも一緒だ。

 ただ、周りにいた大勢の男たちはいない。

 また、エリカからは、いま続けていた排便の様子がかき消えている。

 それだけじゃなく、ここはたったいままでいた王都の広場でもない。

 とにかく、見渡す限り真っ白な色が続いているだけのなにもない場所だ。

 

「おかえり、ふたりとも。俺の仮想世界はどうだった? 特に、エリカは、誇り高きエルフ族が王都の広場で排便するなんて、絶対にできない経験だろう。感想を言えよ」

 

 「声」がした。

 いや、この声は……。

 

「ロウ」

 

 シャングリアは振り返った。

 そこには、素裸で白い椅子に座っているロウがいた。

 その横の台には、真っ黒い本が置いてある。

 また、ロウの足元には、頭に大きな角が生えている見たことのない女がいる。

 

 角?

 妖魔……?

 つまり、雌妖……?

 

 シャングリアはあまり妖魔のことは知らないが、それでも、妖魔の姿とかは、話には聞いている。

 これは雌の妖魔だと思った。

 しかし、その女妖魔はロウの足を懸命に舐めている様子だ。

 

主殿(しゅどの)、主様……」

 

 そんな言葉も呟いている。

 そして、さらに気がついた。

 その女妖魔が向けているお尻の中に、なにかの淫具が深々と挿さっているのだ。

 どうやら、それは女妖魔のお尻の奥でうねうねと動いているようだ。

 ロウの足を舐めている女妖魔の甘い鼻息も聞こえてきた。

 

 そして、シャングリアは突如として記憶が蘇った。

 そういえば、みんなで屋敷の霊廟にやってきたのだった。

 だが、そこにあった封印された漆黒の書物にロウが淫魔力を注ぐと、なにかの強い力に巻き込まれて……。

 

「ロ、ロウ様、さっきのはロウ様の仕業ですね。ひどいですよ──。それに、そいつは誰ですか──」

 

 そのとき、大きな怒鳴り声が横でした。

 エリカだ。

 それで気がついたが、シャングリアもエリカも裸だ。

 

「まあ、怒るなよ、エリカ。ただのごっこ遊びじゃないか。ここは仮想空間だ。あとで詳しく語って聞かせるけど、俺たちはまだ、この漆黒の書物の中というわけでな。つまりは、ここは俺の作った世界だ……。ああ、それでこいつは、この仮想空間を操る能力を持つ女妖魔のサキだ。いまは、俺に支配された俺の性奴隷だ。仮想空間を操る力はこのサキの能力だ。いまは、俺が借りてるけどな」

 

「じょ、冗談じゃ、ありません、ロウ様──」

 

 エリカはまだ怒り心頭に達している気配だ。

 しかし、シャングリアは、怒りよりも疑問の方が強かった。

 

 仮想世界──?

 女妖魔──?

 

 そして、このなにもない世界はなんだ?

 そのとき、シャングリアはさらに、もうひとり、ロウの椅子の後ろに倒れている存在に気がついた。

 

 やはり、女のようだ……。

 あれ?

 まさか……。

 だが、ロウはその視線に気がついたようだ。

 

「こらっ、いつまでも寝ているやつがいるか。クグルス、こっち来い。エリカとシャングリアが戻ったぞ」

 

 ロウは言った。

 

「……だ、だって、この身体は重くて動けないの……。それにご主人様がくれた淫気でお腹がいっぱいで……」

 

 クグルスの声だ。

 やはり、あの女はクグルスなのだ。

 

「しょうがないやつだなあ」

 

 ロウが苦笑した。

 次の瞬間、椅子の後ろのクグルスの姿が消滅した。

 すぐに、いつもの大きさになったクグルスが椅子の後ろから宙を舞ってきた。そして、ロウの横の台の上にちょこんと座り込む。

 

「ああ、戻ったのか、お前ら。お前たちの王都での恥ずかしい姿は見逃したな。残念だ。だけど、ご主人様のことだから、思い切り辱められたろう?」

 

 そのクグルスがシャングリアとエリカに視線を向けて、いつもの陽気な口調で言った。

 だが、心なしかその声には大きな疲労が見える。

 クグルスもまた、ロウになにかをされたのだろう。

 

「ロウ様、話は終わっていません。わたしは全部思い出しました……。山の中での盗賊も……。さっきの王都の醜態も……。全部、全部、ロウ様の悪戯だったんですね……」

 

 エリカだ。

 シャングリアは横に視線を向ける。

 いつになく激怒しているようだ。

 常にロウに従順なエリカだけに、これだけの怒りを露わにするのは、さっきの王都における辱しめのほかにも、余程の仕打ちを受けたのだろうと思った。

 

「怒るなと言っただろう、エリカ。その代わりに頑張ったご褒美をやるから」

 

 ロウが言った。

 

「ご褒美?」

 

 エリカが怪訝な口調で言った。

 そのとき、目の前に小さな童女が突然に出現した。

 目の大きな黒髪のかわいらしい素裸の童女だ。

 歳は七歳か、八歳くらいか……?

 しかし、どこかで見たことが……。

 

「あっ、こいつ、コゼか?」

 

 シャングリアは叫んだ。

 これは確かにコゼだ。

 かすかに面影がある。

 それにしても、なんでこんなに幼い姿で──?

 

「コゼについては、特別に仮想空間を使って、若返り中だ。さっきまでは十二歳のコゼを調教していたんだが、今度はもっと幼くしてみた。このコゼは八歳だ。だから、お前たちのことは知らない。なにせ、コゼがお前たちと出会うのは、二十歳のときだからな──。ほらっ、コゼ、このお姉さんたちに挨拶しろ。この人たちも俺の性奴隷だ」

 

 ロウが言った。

 幼くなっているコゼがぺこりと頭をさげた。

 

「ごしゅじんさまの、せいどれいのコゼです。おねえさんたち、はじめまして」

 

 コゼが言った。

 

「か、可愛い──」

 

 すると、さっきまでの怒りが嘘のように、エリカが満面の笑みを浮かべて、歓喜の声をあげた。

 

「……というわけで、エリカ。ご褒美だ。このコゼを好きにしていい。姿はともかく、この童女はコゼだ。遠慮するな。俺に会う前に覚えた百合の腕を見せろ」

 

 ロウが笑った。

 

「ほ、本当ですか、ロウ様? でも、可愛い。本当に可愛いわ」

 

 エリカが嬉しそうな声をあげた。

 ロウが幼いコゼに顔を向ける。

 

「コゼ、今日の調教は、このエルフのお姉さんがするからな。可愛い顔をしているが、このお姉さんは怖いぞ。ちゃんと言うこときかないと、うんと叱られるからな」

 

 ロウの言葉に、小さなコゼがびくりと身体を竦めて、エリカの顔を見あげる。

 

「あ、あの……。ちょ、ちょうきょう、よろしくおねがいします。な、なんでも、いうことききます」

 

 そして、コゼはその場に跪いて、エリカに向かって深々と頭をさげた。

 次の瞬間、突然にエリカが奇声をあげた。

 シャングリアも驚いたが、コゼもびくりとしている。

 しかし、いきなり、エリカがコゼに抱きついた。

 コゼも上体をあげて、目を白黒させている。

 

「か、可愛いいいっ――。じゃあ、しっかりと調教するわよ。ちゃんということきくのよ、コゼ……。さもないとお姉ちゃんは怖いわよ」

 

 エリカはさっきまでの不機嫌さが嘘のようににこやかな顔で、膝立ちになって、八歳のコゼの裸体をぎゅうぎゅうと抱き締めている。

 

「は、はい……、ひゃ、ひゃん」

 

 すると、コゼがいきなりびくりと裸身を竦ませた。

 見ると、エリカの片手が小さなコゼの股間に、もう触れている。

 普段は真面目で堅物のエリカだが、もともとロウに出会う前までは、エリカは百合の性癖が強かったそうだ。

 百合好きは、エリカの隠れた性癖らしい。

 それが、性奴隷仲間のコゼが幼い姿になったことで、一気に表に出てしまったようだ。

 

「そ、そんなところ、やっ、やです、おねえちゃん。く、くすぐったいの」

 

 しかし、跪いたエリカに股間を愛撫されはじめたコゼが、すぐに激しくもがき始めた。

 

「コゼ、逃げるな──。そのお姉ちゃんには絶対服従だ。お前は俺に買われた性奴隷だぞ。いつ俺が逃げることを許可したか──」

 

 すると、ロウが強い口調で怒鳴った。

 

「は、はい。もうしわけありません、ごしゅじんさま」

 

 すると、コゼがびくりと身体を一度震わせて、暴れるのをやめた。

 

「謝るのはエリカにだろう、コゼ。エリカはお前を気持ちよくさせようとしているのだぞ。それなのに抵抗するとは何事だ」

 

 ロウがはさらに怒鳴った。

 しかし、シャングリアの見たところ、あれはかなり芝居臭い。多分、ロウはコゼを幼くして叱ったふりをして、愉しんでいる。

 だが、八歳の童女にとっては、それで十分だったようだ。

 コゼは眼に涙を浮かべて、エリカに頭をさげた。

 

「……ご、ごめんなさい、エリカおねえちゃん……」

 

 コゼが小さく口にした。

 

「ううう……。こんなコゼ、新鮮──。いつもいつも、わたしをからかうコゼがこんなに可愛くなって……。なんか、ときどきこれがあるなら、どんなロウ様の意地悪も我慢できそう……。ねえ、シャングリア、あんたもいらっしゃいよ。一緒にコゼを躾けましょうよ」

 

 エリカが嬉しそうに言った。

 

「い、いいよ、わたしは……」

 

 シャングリアは、慌てて首を横に振った。

 エリカとは違って、シャングリアには、女同士の性愛の趣味はない。ロウが命じれば、女同士で愛し合うというような行為もするが、さすがに八歳のコゼをどうにかしたいという気持ちは皆無だ。

 

「じゃあ、エリカ、一度コゼをいかせたら連れて来い。俺が犯すからな。姿と心は八歳だが性感だけは二十歳のときのままにした。ちゃんと感じる身体だから、しっかりと苛めてやれ」

 

「そういうことだそうよ、コゼ……。じゃあ、脚を開きなさい。そして、手は後ろで組むの。今度は動いちゃだめよ」

 

 まるで新しい玩具を与えられた子供のように、いきいきとした表情になっているエリカがコゼに言った。

 もうコゼには抵抗の素振りはない。

 素直に両手を背中側に移動させて右手で左手首を持つと、脚を肩幅に開く。

 

「ふふふ……。仮想空間もいいわね。こんなに素直なコゼに会えるんだもの……。さあ、しっかりと悶えてね」

 

 エリカがコゼの股間に指を這わせながら、まだ膨らみのない乳首を指で刺激を始めた。

 本当にエリカは愉しそうだ。

 さっきまでの激怒が嘘のようである。

 さすがは、ロウだ。

 エリカの扱いが上手い。

 

「あっ、んんっ」

 

 すぐにコゼは肩をよじって腰を捻った。

 だが、さすがに今度は強引に逃げるような素振りはしない。

 その代わりに、顔を真っ赤にして悶え始める。

 

「口を開いて……。いいというまで口を閉じてはだめよ、コゼ」

 

 エリカがコゼにささやくように言った。

 コゼが口を開けた。

 そのコゼの口中に、エリカの舌が差し入れられる。

 エリカがコゼの舌をぺろぺろと舐め始めた。

 一方でコゼの裸体を這う両手はそのままだ。

 エリカの三箇所責めによって、コゼの声がむずかるような上ずった声になるのに時間はかからなかった。

 それに、我慢しようと思っても、コゼは命令で口を閉じられないのだ。

 感じている声はどうしても息とともに外に洩れてしまう。

 

「あっ、ああっ、ああっ……」

 

 幼いコゼの声が甲高いものに変わった。

 シャングリアにも、童女のコゼの快感がどんどんと引きあげられているのがわかる。

 そして、シャングリアは思ったが、コゼの身体は童女でも性感はしっかりとした女のものだ。

 愛液だってしっかりと出ているようだ。

 エリカの指にコゼの股間から滴りだした蜜が絡みつくのも見えた。

 

「どう、気持ちいい、コゼ?」

 

 エリカがやっとコゼの口から舌を出して言った。

 

「ああっ、き、きもちいいです、エリカおねえちゃん……。ああっ、ああっ」

 

 コゼが顎を突き出して、身体を弓なりにする。

 そして、幼い顔に苦悶の表情のようなものが浮かんだと思った。

 もうすぐ、いくか……?

 シャングリアは、コゼとエリカの戯れをぼんやりと眺めながら思った。

 

「だめよ。まだ、おあずけ」

 

 しかし、エリカがくすくすと笑いながら、さっと股間から指を離した。

 シャングリアはちょっと驚いた。

 

「ああ……」

 

 幼いコゼの身体からがくりと力が抜けた。

 そして、童女のコゼの顔が切なそうな表情になる。

 どうやら、エリカは八歳のコゼを焦らし責めにすることにしたようだ。

 ふと見ると、さすがにロウも苦笑している。

 

「エリカ、今日はいつになくご機嫌にコゼを責めるんだね。コゼからだけじゃなく、エリカからもたくさんの淫気が出てるぞ」

 

 一郎の横で黙ってエリカたちの狂態を見守っていたクグルスが、宙を飛んでエリカたちのところに向かっていった。

 

「そりゃあ、可愛いもの。こんなコゼ、新鮮で新鮮で新鮮で……」

 

 エリカはにっこりとクグルスに微笑みかけた。

 本当に愉しそうだ。

 

「ねえ、ぼくにも手伝わせてよ。コゼの身体に媚薬をまぶしてあげるよ。性感が十倍くらいになるくらいのね」

 

「いいわねえ。やってあげてよ」

 

 エリカが陽気に言った。

 すると、コゼの身体を細工するために、クグルスがコゼの身体に入っていく。

 

「あひいっ」

 

 すぐにコゼは泣くような声をあげた。

 全身から一気に汗が噴き出していく。

 コゼの中でクグルスが媚薬を噴出させたのだろう。

 

「これは、長くなりそうだな。シャングリア、じゃあ、お前がこっちに来い」

 

「あ、ああ、わかった」

 

 シャングリアは急いで、いまだに妖魔に足を舐めさせているロウに向かった。

 

 

 *

 

 

 一郎は、エリカとクグルスが共同でコゼを調教し始めたのに接し、三人はしばらく任せることにした。

 視線をシャングリアに向ける。

 シャングリアは、エリカが童女のコゼを喜々として責めるのを半ば呆れたように眺めている。

 

「これは、長くなりそうだな。シャングリア、じゃあ、お前がこっちに来い」

 

「あ、ああ、わかった」

 

 シャングリアは慌ててやってこようとする。

 だが、一郎はそれを制する。

 シャングリアが立ち止まってきょとんとした。一郎はにやりと微笑んだ。

 

「いや、四つん這いになって来い。俺の一物を舐めろ」

 

「う、うん」

 

 すぐにシャングリアは顔を赤らめて、四つん這いになる。

 だが、サキの横を通り過ぎるとき、一郎の足元にうずくまって一心に一郎の足の指に舌を這わせているその女妖魔に、困惑の視線をちらりと視線をやったように思えた。

 だが、とりあえずなにも言わない。

 

 そして、四つん這いの姿勢のシャングリアが一郎の怒張の先を口に含む。

 一郎の一物にシャングリアの舌が這い始めた。

 快感が拡がり一郎の股間はすぐに勃起した。

 口の中で大きくなった一郎の性器に、シャングリアが少しだけ苦しそうに声をあげたが、舌の動きをとめるようなことはなかった。

 

 シャングリアの奉仕は気持ちよかった。

 最初の頃は稚拙だった“フェラ”も、いまではなかなかの技だ。

 王都でも有名な気性の荒い美貌の女騎士のシャングリアに、こうやって娼婦のような技まで身につけさせたかと思うと、一郎の男としての征服感が満足する気がした。

 

 同時に、もっとこの女騎士に意地悪をしてやりたいという感情が沸き起こりもする。

 悪い癖だとは思う……。

 しかし、一郎は自分の性奴隷たちの困った顔や追い詰められた表情に接すると、ぞくぞくと欲望が燃えあがるのだ。

 これだけはやめられない……。

 

「……サキは足の指はもういいぞ。次はシャングリアの股を舐めるんだ。シャングリアをいかせることができたら、俺の精をやろう」

 

「ほ、本当か、主殿」

 

 サキががばりと顔をあげた。

 その顔は一心不乱に一郎の足に舌を動かしていたために涎だらけだ。

 それでも、サキの顔は美しかった。

 最初はそうは思わなかったが、なかなかに魅力的な顔をしている。

 

 この女妖魔を完全に陥落させるのは、それほど大変なことではなかった。

 一郎の淫魔師としての手管と、仮想空間を操る力を遣うことにより、この女妖魔を連続絶頂責めにして、悶絶死の一歩手前まで追い詰めた。それだけではなく、淫魔師としての操りの力がある一郎の精液を腹が膨れるほどに与えたのだ。

 それで、この女妖魔は完全に堕ちた。

 

 激しすぎる一郎の責めで気絶したサキは、次に意識を取り戻したときには、それまでとはまるで人が変わったかのように一郎に従順になっていた。

 クグルスによれば、妖魔というのは一度屈服した相手には絶対に逆らわないのだそうだ。

 それが妖魔族共通の性質であり、一郎に真名だけではなく、淫魔の力で支配され、完全な忠誠心を受けつけられたサキは、いまや完全な一郎のしもべになっている。

 

 サキがシャングリアの股間に舌を這わせ始めた。

 四つん這いになっている人間族の女の股に、やはり四つん這いの女妖魔が舌を這わせるというのは、なかなかに淫靡な景色だ。

 

「んんっ?」

 

 そのとき、シャングリアが思わず口を一郎の性器から離しそうになった。淫魔術でシャングリアの感情を覗くと、妖魔に股間を舐められることに、大きな当惑と恐怖がそこにあった。

 妖魔は人族の禁忌と嫌悪の対象だ。

 その妖魔に股間を舌で愛撫されて、かなり動揺しているみたいだ。

 すかさず、一郎はシャングリアの髪を掴んで、顔を一郎の股の前に固定する。

 

「シャングリア、抵抗することは許さんぞ。せっかくの機会だ。人間族であろうと、妖魔族であろうと一皮むけば同じだ。それを身体で覚えろ」

 

 一郎はシャングリアの頭を押さえながら言った。

 それとともに、シャングリアの心から拡大している怯えの感情の線を見つけて抑え込んでいく。一方で快楽を覚えている感情を見つけて、逆に増幅していく。

 すると、シャングリアの鼻息が荒くなり、すっかりとサキの舌に翻弄される仕草を示し始めた。

 シャングリアの身体がサキから与えられる甘美な感覚に溶けていくのがわかる。

 

「ほらっ、口がとまっているぞ、シャングリア」

 

 一郎は叱咤した。

 シャングリアが慌てたように舌の動きを再開する。

 悶え始めたシャングリアと、淫靡な一郎の命令に諾々と従う女妖魔のサキの姿に満足しながら、一郎はふと思った。

 

 それにしても……。

 

 これまでも性奴隷にした女たちの感情の線のようなものは感じることはできたし、ある程度なら感情を操作するようなこともできた。

 しかし、いまはこれまでとは比べ物にならないくらいに、感情操作が楽だった。

 驚いた一郎は、自分のステータスを魔眼で覗いてみた。

 

 

 

 “ロウ(田中一郎)

  人間族(外来人)、男

  冒険者Aアルファ(パーティ長)

 年齢35歳

 ジョブ

  戦士(レベル2)

  淫魔師(レベル85)

 生命力:50

 攻撃力

  20(素手)

 支配女

  エリカ

  コゼ

  シャングリア

  ミランダ

  スクルズ

  ベルズ

  ウルズ

  ノルズ

 支配眷属

  クグルス

  シルキー(屋敷妖精)

  サキ

 特殊能力

  淫魔力

  魔眼

  ユグドラの癒し

  亜空間術”

 

 

 驚いた。

 レベルが、またもや大きくあがっているのだ……。

 その理由を考えてみたが、もしかしたら、レベル80のサキを強引な手段で性奴隷にして支配したことで、それに応じて、一郎の淫魔師としてのレベルも跳ねあがったに違いない……。

 それで、これまでできなかったことがさらに可能になったのだろう。

 そういうことに違いない……。

 

「あ、あああむっ、あああん──」

 

 そのとき、コゼの大きな悲鳴が響き渡った。

 一郎はエリカとコゼたちに視線を戻す。

 相変わらず、エリカはコゼへの焦らし責めを続けているようだ。

 また、クグルスは、その横を舞いながら嬉しそうに光景を眺めている。もうコゼの身体からは出てきたらしい。

 

「な、なんで、なんでです……」

 

 コゼがぶるぶると震えている。

 だが、その身体には溜まり切った淫情が暴発しそうになっているようだ。

 魔眼を駆使するまでもなく、一郎にはコゼがエリカの焦らし責めに狂いそうになっているのがわかる。

 何度目かの絶頂の兆しをまたもやぎりぎりで取りあげられたコゼが、激しく首を左右に振って、すすり泣きのような声を出し始めた。

 童女でも絶頂しそうになった快感を何度も何度も逸らされるというのは、性の拷問には違いないようだ。

 しかも、その身体にはクグルスの強烈な媚薬を注がれたのだ。

 コゼはすっかりと狂乱の様子を見せている。

 

「んあああっ」

 

 一方で、シャングリアが一郎の怒張を口から離して、身体を弓なりにさせた。

 どうやら達したようだ。

 

「じゃあ、約束だ。サキ、来い。そして、次はシャングリアだ……。エリカ、その次はお前だ。だから、それに合わせるようにコゼを絶頂させろ。そして、最後はコゼな。いや、最後はクグルスだな。また身体を大きくして抱いてやる。覚悟しろ」

 

「はあい」

 

 エリカが相変わらずのねちねちとした手管でコゼを責めながら返事をする。

 

「わおっ」

 

 クグルスも元気な声を出した。

 

主殿(しゅどの)……」

 

 そのとき、シャングリアと身体を入れ替わるようにサキが一郎に寄って来て、声をかけてきた。

 腰を物欲しそうにくねらせている。

 サキの全身は完全に欲情して真っ赤だ。

 無理もない。

 一郎は、随分と長いあいだ、サキの尻に淫具を挿入して振動をさせっぱなしにしていた。

 その苛酷な尻責めにサキもまた、焦らしの苦しさを味わっているのだ。

 一郎は座っている自分の腰の上にサキを引き寄せ、上を向いている一郎の怒張にサキの女陰を挿入していった。

 

「ああっ、主殿、主殿──」

 

 サキがいきなり悶え始めた。

 その股間は信じられないくらいに濡れていて、しかも熱かった。

 一郎は、すかさず淫魔力でサキの菊門に入っている淫具の振動を強くした。

 

「おおおおっ、す、すごいいいっ」

 

 サキが悶え始める。

 さらに、一郎は淫魔術で一気にサキの快感を十倍くらいに増幅した。

 その状態で一郎はサキの身体を上下させて、激しい律動を開始する。

 

「はあっ、はっ、はああっ、はああっ」

 

 サキの嬌声が派手なものになる。

 みるみると、サキのステータスの快感値の数字が減少していく。

 

「主殿は最高だ──。最高だ──」

 

 サキが一郎にしがみついた。

 そして、激しく身体を振って、一郎に乗っている腰を大きく震わせる。

 

「おおおっ」

 

 サキが脂汗をねっとりと滲ませているうなじをのけぞらせた。

 快感の頂点に達したのだ。

 一郎はサキの絶頂がもっとも高揚した刹那を狙って精を放った。

 

「おおっ、きた──。きたああ──。しゅ、主殿は最高だ。素晴らしい──。素晴らしい──。わしの主殿……。わしの主殿……」

 

 サキが吠えるような声をあげた。

 次いで、がっくりと一郎の身体にもたれかかった。

 一郎は精根尽きたようなサキの姿に満足して、やっとサキの尻から淫具を消滅させてやった。

 しばらくのあいだ、サキは一郎を力一杯に抱き締めたまま一郎の胸に頬を擦りつけるようにしていたが、やがて、激情が落ち着いてきたのか、すっと顔をあげた。

 

「……あ、ありがとう、主殿……。とても気持ちがよかった……。わしの主殿はすごい」

 

 一郎は首を傾げそうになったが、すぐに大きな衝撃が身体を襲うのがわかった。

 これは……?

 なにかの力がサキから一郎に注ぎ込まれている……。

 それがわかった。

 

「……胸にわしの紋章を刻んだ……。クグルスを呼び出すときに同じようなものを使うのだろう? わしを呼び出す紋章だ。まあ、問題はない。人間族の力では、これが妖魔の刻みであることなどわからん……。ともかく、いつでも、呼び出してくれ。なんでもする。主殿はわしが初めて大切な存在だと感じた相手だ。末永く頼む」

 

 まだ顔が火照っているサキが妖艶な微笑みを向けて一郎に言った。

 

「紋章?」

 

 一郎はふと自分の胸を見て、星形模様が刺青されていることに気がついた。

 

「へえ、これがあれば、この本がなくても、お前を呼び出せるのか? だったら、仮想空間でこれからも楽しめるな」

 

 一郎は横の台にある漆黒の本に視線を向けた。

 

「その艶本が、近くにある限りな。その本はわしの空間と人間族の世界を繋ぐ特異点代わりに使っておるから、本から離れるとわしも長くは存在できんし、主殿の呼び出しに応じるのも難しくなる。まあ、王都内であれば、この艶本はここでも問題はないがな。また、それだけじゃないぞ、主殿。……。クグルスも言ったが、わしには妖魔のしもべが大勢いる。その力は主殿に捧げる。いつでも使ってくれ。なんだったら、その妖魔軍団で人間族の小さな土地くらい奪ってやろうか? 主殿はこのわしをしもべにした人間族だからな。小さくてもいいから領主殿くらいにはなってもらわないと、わしとしても困るのだ」

 

 サキは言った。

 

「俺が領主か。それは随分と大きな話になったな」

 

 一郎は笑い飛ばした。

 もちろん、一郎にはその気もない。

 サキも冗談を言っているのだろう。

 

「こらっ、いつまで繋がっているのだ。次はわたしの番だ。離れろ、妖魔」

 

 そのとき、シャングリアが大きな声で怒鳴った。

 サキがシャングリアに振り返った。

 

「せせこましいことをいうな、人間。どうせ、この仮想世界は、現実の時間の流れの外にある。ここで何年過ごそうとも、現実の世界は少しも時間など経たんわ。しみったれたことを言うでないわ。もう少し、わしに主殿を味わわせてくれ」

 

 サキが言った。

 

 そういえば、そんな話だった。

 この仮想空間では、時間の経過がないに等しいという話だった。仮想空間だけではなく、一郎が新たに活性化してもらった亜空間術もそうだ。

 一郎の新たな亜空間術は、人も入れるというのとなので、亜空間に女を連れ込んで抱けば、戻ってもまったく現実世界では時間が過ぎてないということになるのか?

 もしかして、かなり便利な能力か?

 だが、そう言われてみれば、この仮想世界に入り込んでから随分と経ったが、いまだに腹も減らない。

 つまりは、本当に時間は停止しているということなるのかもしれない。

 

「そんなことはどうでもいい。わたしの番だと言っているのだ。退け──」

 

 シャングリアが憤慨した様子で声をあげた。

 サキは渋々という感じで一郎から身体をやっと離す。

 

「ああ、またあ……。エリカおねえちゃん、いじわるです……」

 

 またもや、コゼのつらそうな声が響いた。

 その横ではクグルスがけらけらと笑っている。

 エリカがまたもやコゼが昇天しかけたところで、さっと愛撫をやめたようだ。

 珍しくも鬼畜がかっているエリカの姿に一郎は思わず笑みを浮かべた。

 

「ロ、ロウ、わたしも気持ちよくなりたいぞ……」

 

 シャングリアがさっきのサキと同じように対面で一郎の腰の上に乗って来た。

 

「よしよし……。じゃあ、たっぷりと快感をやるぞ。その代わり音をあげるな」

 

 一郎はシャングリアの女陰を導いて、まだまだ勃起を保っている肉棒に深々と貫かせた。

 

「はううっ」

 

 シャングリアが声をあげた。

 一郎はシャングリアの豊かな腰を持ち、一郎の怒張に跨ったまま身体を上下させる。

 

「はあっ、はっ、はっ」

 

 たちまちにシャングリアが乱れ始めた。

 当然だ。

 適当にやっているような感じだが、一郎の怒張の先端は、しっかりとシャングリアの膣の中の一番感じる部分を突いている。

 シャングリアは一郎にしがみつきながらうねり舞っている。

 

 一方で一郎はある考えに浸っていた。

 時間が経たないなら、ここで心ゆくまで一郎の性奴隷たちを愉しむことにしよう。

 性奴隷たちを一回ずつ抱いたら帰るつもりだったが、折角なので徹底的に愉しむのだ。

 それこそ、一郎の精が枯れるまでやってみよう。

 

 一郎も、レベル85になった淫魔師の自分の限界というものを知っておきたい。

 それに、エリカでないが、八歳のコゼを強引に犯すというのも面白そうだ。性器だけでなく、尻の穴まで何度も何度も犯してやろう。

 

 あるいは、さっきのサキのように、全員を「だるま」にするというのもいいかもしれない。

サキ経由の仮想空間術なら、なんでもやり放題だ。

 手足をなくしてやった身体で触手の海に放り込むのだ。

 無論、一本一本の触手の正体は一郎の一物にする。

 仮想空間であれば、一郎の想像力の及ぶ限りの世界を作り出すこともできる。

 

 それとも、今度は趣向を変えて、女たちを大道芸人の奴隷女にして、大勢の観客の前でSMショーに出させるというのもいいかもしれない。

 女たちをいたぶるアイデアは無尽蔵に沸いてくる。

 どうやら、愉しいことになってきた。

 そのとき、シャングリアが吠えるような声をあげた。

 だが、一郎はすかさず、突きあげの動きをやめた。

 

 数回焦らしてから絶頂させた方が、女の快感は深くなる。

 エリカに倣って、一郎もシャングリアを少し焦らし抜くことにした。

 ぎりぎりで快感をとめられたシャングリアが泣くような声をあげた。

 

 

 

 

(第18話『漆黒の艶本と妖魔将軍』終わり)



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 第19話  女騎士のちょっとした災難
116 女の敵と女騎士


「パーシバル様、愛してます……。あ、あのう、これが今日の分で……」

 

 目の前の可愛らしい少女、つまりはアーネがおずおずと持ってきた白い袋をパーシバルに差し出した。

 

「俺も愛しているよ、アーネ」

 

 軽い口づけをしながら、娘が持ってきた袋を受け取ったパーシバルは眉をひそめた。

 いつもよりも、かなり袋の大きさが小さいし、軽かったのだ。

 開いてみた。

 すると、やっぱり、袋に入っていた金子は、パーシバルが指示した額に遥かに少なかった。

 いや、まったく少なすぎる。

 

 田舎の城郭とはいえ、この辺りではもっとも裕福な分限者の娘だ。

 パーシバルが要求した額が大きすぎるということはなかったはずだ。だが、袋に入っていたのは、その四分の一にも満たないだろう。しかも、大部分は銅貨か、それよりも価値のない白貨であり、銀貨はほとんどない。金貨に至っては一枚も入っていなかった。

 

「少なすぎるな、アーネ。私の注文している鎧は特別な銀細工のある一流のドワフ職人の仕事なのだ。本来は王軍騎士である私には、それくらいのものでないと引き合わんのでな。しかし、こんなものでは支払額には足らん。お前は私に支払額が足りないために注文品を受け取れないという恥をかかせたいのか」

 

「で、でも、これがあたしの全財産で……」

 

 アーネはおどおどと言った。

 

「だから、親父さんに頼めと言っただろう。理由はどうにでもつけろ。まあいい。服を脱げ。抱いてやろう。その代わり、次にやって来るときには、必ず残りを持ってくるんだぞ。どうしても、親父さんに金子を融通してもらう理由を思いつかないときには盗め。同じ家に住んでいるんだ。金子の場所もわかるだろう」

 

「だったら、今度はお父様にちゃんとお願いします。お父様に騎士様のことをお話してもいいですか? あたしが騎士様の妻になるのだということを説明すれば、騎士様はあたしの旦那様になるお方ですから、お父様は鎧代くらい出してくれると思います」

 

 アーネの言葉にパーシバルは少しだけ慌てた。

 このところ、だんだんとやり難くなる。

 なにかとえいば、婚約のことを口にするのだ。

 世間知らずのアーネには、騎士の結婚には手順が必要であり、正式に申し込みのできないうちは、誰にも言うなと釘を刺している。

 それなにの、この娘は最近、なにかと婚約のことを公にしたいとパーシバルに言ってくる。

 こんな田舎娘と結婚する気のないパーシバルは、ちょっと困っていた。

 

「まあ、それは待て。そのうちに正式に申し込みにいくつもりだ。だが、まだ、私とお前が婚約していることは誰にも言うな。いいな──」

 

 とりあえず、それだけを言った。

 

「でも……」

「いいから……」

 

 パーシバルはアーネを抱き寄せた。

 ここは騎士であるパーシバルに与えられている家だ。いつもは小従がいるのだが、今日はアーネがやって来る日なので、小遣いを与えて追い払っている。

 

「ああっ、騎士様……」

 

 パーシバルがアーネの唇に顔を寄せると、アーネはうっとりとした表情になった。

 驚くほどの美男子というのは、むかしからよく言われた。

 この顔で甘い言葉をささやき、愛を語れば、大抵の女は落ちた。

 

 この娘もそうだ。

 こんな辺境の城郭だけに、王都の美女たちに比べれば見劣りはするが、この辺りでは有名な美少女らしい。

 しかも、城郭では一、二を争う商人の娘だ。

 いい金づるだと思った。

 年齢は十四。

 婚約者もいたようだが、この城郭に騎士として赴任したパーシバルが横取りして、こうやって愛人にした。

 いまでは、すっかりとパーシバルの虜だ。

 もちろん、こんな田舎娘と結婚をするつもりなど皆無だ。

 こんな女は使い捨てだ。

 どうせ、そのうちに王軍騎士として王都に戻ることになる。

 そのときに行先を知らせずに、いなくなればいい。

 アーネの口の中を舐め尽くす。

 

「あ、ああ……」

 

 アーネが甘い声を出し始める。

 腕の中のアーネがだんだんと脱力していくのがわかった。

 

「よし、舐めろ」

 

 パーシバルはアーネを離して、横にある寝台に移動した。

 服を脱ぐ。

 騎士として鍛え抜いた裸身を仰向けに横たえた。

 顔と同様にこの身体もパーシバルの自慢だ。

 アーネは寝台の横で身に着けているものを脱ぎ、パーシバルと同じように生まれたままの姿になる。

 

「失礼します」

 

 素裸のアーネが寝台にあがり、開脚しているパーシバルの股間の前にうずくまる。

 アーネの唇がパーシバルの男根を含んだ。

 パーシバルは手を伸ばして、アーネの乳房を掴んで揉みはじめる。

 

「んんっ」

 

 一瞬、アーネが身悶えして、口を離しそうになった。

 だが、すぐに深くまで咥え直し、パーシバルの一物の先端から根元までをまんべん丁寧に舐めあげていく。特に先端についてはたっぷりと唾液を使って擦りあげてくれる。

 そのあいだ、指を袋に回して、ふぐりを揉むように手を這わせてもくる。

 なにも知らない田舎娘にここまで教え込むのに手間も随分とかかった。

 アーネの丁寧な奉仕により、すっかりとパーシバルの一物は硬直した。

 

「もういいぞ。上に乗れ、アーネ」

 

「はい、騎士様」

 

 アーネが脚を拡げて、パーシバルの上に膝立ちで跨いだ。

 静かに身体を沈めてくる。

 アーネの女陰が天井を向いているパーシバルの怒張に挿さっていく。

 

「あ、ああ……」

 

 挿入の瞬間、アーネが大きく身悶えをした。

 

「すっかりと濡れているじゃないか、アーネ。よほど、飢えていたか?」

 

「き、騎士様に会えない日は寂しくて……」

 

 アーネがぽっと頬を染めた。

 

「ふ、ふううっ、はああっ」

 

 ついにアーネの股間は完全にパーシバルの根元まで咥え込んだ。

 アーネはそれだけで感極まったような仕草をした。

 うっとりと目を閉じ、顔をのけぞらすようにして大きく息をしている。

 

「ほらっ、呆けるな。動かんか」

 

 パーシバルは苦笑した。

 アーネが喘ぐばかりで、ちっとも動こうとはしないからだ。

 

「で、でも、騎士様に抱かれていると思うだけで、あたし、いきそうで……」

 

「可愛いことを言う。とにかく、そろそろ動け」

 

「はい」

 

 アーネはゆっくりと腰を動かしだした。

 

「ああっ、いいいっ」

 

 すぐにアーネは大きな嬌声をあげた。

 身体の上で淫らで、妖艶で、艶めかしく踊り続けるアーネを眺めながら、パーシバルは半年前のまったくの生娘だったときのアーネを思い出していた。

 そういえば、あのときは、パーシバルの誘いに乗って、ここまでやってきたくせに、いざとなると婚約者がどうのこうのと逃げようとした。

 結局、強姦するように犯したが、それはそれで愉しかった。

 一度犯すと、アーネはもうパーシバルに逆らうことはなく、こうやって通うようになったが……。

 

 やがて、快感が込みあがった。

 アーネは相変わらずのゆっくりした動作で腰を動かして、いまだにパーシバルの腰の上でよがっている。

 パーシバルは構わず精を放った。

 

「よし、もういい。おりろ」

 

 射精により欲情が収まったパーシバルは、上に乗っているアーネに怒鳴った。

 アーネはまだ物欲しそうな顔をしていたが、すぐにパーシバルから降りた。

 

「今日は随分と大人しかったな。いつもはもっと乱れるのに」

 

 パーシバルは寝台に膝を揃えて座っているアーネに声をかけた。

 

「お腹に負担がないようにと思って……」

 

 すると、アーネが言った。

 

「お腹?」

 

 パーシバルは意外な言葉に上半身を起こして、アーネに向かい合う体勢になる。

 

「……騎士様、多分、騎士様の子を宿したのだと思います」

 

 アーネがにっこりと微笑んだ。

 パーシバルは度肝を抜かれた。

 

「こ、子供……?」

 

 慌てて、アーネの腹を見る。

 そう言われれば心なしか、大きいようにも思える。

 

「はい。乳母に相談しましたが間違いないそうです」

 

 アーネは頬を赤く染めていた。

 しかし、パーシバルにとっては冗談ではない話だ。

 

「だ、だって、お前、避妊薬を……」

 

 とりあえず言ったのはそれだけだ。

 絶対の避妊効果のある「避妊薬」の薬草は安価で安全で確実だ。それを常時服用していれば、絶対に妊娠することはないはずだ。

 婚姻前の若い娘は、未婚の女のたしなみとして服用する習慣もある。

 アーネもずっと飲んでいるものと思っていた。

 

「……避妊薬は、騎士様があたしと結婚してくださると言ってくれてから飲んでません。夫になる方の子をたくさん産むのは女の務めですし……」

 

 アーネはにこにこしている。

 しかし、パーシバルはそれどころではない。

 

 子を宿した?

 これは面倒なことになったと思った。

 こうなったら、任期を早めて、すぐにでも王都に戻してもらうように、伯父に泣きつくか……。

 もともとパーシバルは王都の出身であり、所属は王軍にあるのだが、若いうちに地方勤務も経験すべきだという一族の長の伯父の考えで、数年間に限った地方赴任をしていたのだ。

 

 その任期を早めてもらう……。

 アーネは捨てていく。

 それしかない……。

 

 だが、これは慎重にやった方がいいだろう。

 アーネは乳母と相談したと言っているから、すでにアーネの両親の耳に入っている可能性もある。

 田舎商人など怖くはないが、領主でも告げ口をされてしまえば、パーシバルの立場は困ったことになる可能性もある。

 

「そ、それはいいな……。じゃあ、正式に挨拶に行くことにする。だが、騎士の私は私で、婚姻には国王陛下の認可が必要なのだ。その手続きが終わるまで待ってくれ。それまでは、黙っているのだぞ。まあ、そんなに先のことではないはずだ」

 

 嘘ではない。

 騎士は貴族の一員だ。

 貴族の婚姻は必ず国王の認可が必要だ。

 

 ただ、パーシバルは、このアーネを追い返したら、その足でこの城郭を脱し、まずは、今回のことをうまく処理してもらえるように伯父にお願いするつもりだ。

 

「は、はい……。あ、ありがとうございます、騎士様。嬉しいです。本当に嬉しいです」

 

 アーネは心からの安堵の顔をしている。

 一方で、パーシバルは田舎娘を孕ませたということで、伯父から強い叱責をされることを想像して、いやな気分になった。

 

 

 *

 

 

 パーシバルは、ほかの騎士とともに、五十騎と五十騎に分かれた騎士隊が並ぶのを見物していた。

 数年間の地方勤務を終えて、初めて参加した王軍騎士団の演習だ。

 

 ここは王都郊外にある演習場であり、王軍騎士団に属する騎士のほとんどが参加するこの演習には、もちろん王軍騎士団に復帰したパーシバルも参加している。

 いまやっているのは、数を限定した実戦形式の対抗訓練だ。

 

 ただ、パーシバルはまだ王軍に戻って間もないということで、まだ集団演習には参加させてもらえない。

 いまは集団行動を学ぶという名目で、ふたつの隊に分かれた五十騎ずつが、ぶつかり演習するのを見学しているところだ。

 ほかにもすでに演練の終わった隊もいて、彼らもパーシバルたちと同様に馬を降りて丘の斜面に並んでいる。

 パーシバルの見ている左側の隊は青色の薄布を鎧の上につけ、右側は赤布をつけている。

 

 練兵場に白布が投げ込まれる。

 それを合図に二隊が動き出す。

 

「ほう」

 

 パーシバルは思わず感嘆の声をあげた。

 赤色の隊の動きがいいのだ。

 指揮官役をしている騎士を先頭に一目散に青隊に突っ込んでいく。

 青隊も動いていたが、まだ隊形を作り終える前に、先頭の騎士が青隊に到達してしまった。

 赤隊の先頭の騎士が青隊の騎士を三騎ほど一度にひっくり返した。

 

 青隊の応戦も始まり、ぶつかり合いが始まる。

 演習用の刃のない剣と槍だが、激しくそれらが当たる金属音がここまで聞こえてくる。  

 やがて、すれ違うようにして両隊が離れた。

 赤隊と青隊が位置を交換したときには、青隊の騎士の数は半分になっていた。それに比べれば、赤隊はほとんど失っていない。

 

「勝負あったな。やはり女の騎士が先頭に行くのでは、男の騎士は遅れるわけにはいかんからな。勢いが違った」

 

「いやいや、シャングリアがいいですよ、隊長。少し前までは、あんな風に集団の中で動くということができなかったのですがね。それがいまや、ああやって指揮ができるのです。変われば変わるものですよ。なにが、シャングリアを変えたのかは知りませんけどね」

 

 話し声は、王軍騎士団の騎士隊長と副隊長だ。

 たまたま、パーシバルの立っている場所の近くで練兵を見物をしているのだ。

 むろん、ふたりとも立派な家柄の貴族であり、騎士隊長など王家に属する家系でもある。

 しかし、それよりもパーシバルは、赤隊の指揮官が女だということに驚いた。

 

「申し訳ありません。隊長。いま、あの赤隊の長が女だと言われましたか?」

 

 パーシバルは声をかけてみた。

 

「おう、パーシバルか。あれは、モーリア男爵家のシャングリアだ。わけあって、いまは騎士団を休養中なのだがな。しかし、ああやって、月に一度、数日だけ演習に参加することになっている。いまは、まるで人が変わったように生き生きとしているが。あれでも、しばらく前までは騎士団のお荷物だったのだがな」

 

 隊長が笑いながら言った。

 

「もともと、素質はあったのですが、気の強さが災いして、動きがひとりよがりで、うまくいっていなかったのです。だが今日はよく周りを見ておりますね。先頭に立っても突出はしない」

 

 副長も続けた。

 モーリア家のシャングリア嬢──。

 会うのは初めてだが、評判は耳にする。

 美貌だが男勝りのお転婆だという話だ。とにかく、気が強いという噂だ。男嫌いでもあり、絶対に自分に男を寄せ付けないとも聞く。

 パーシバルの男としての血が騒いだ。

 そんな女を落としてみたいと思ったのだ。

 

 アーネの一件では、家長である伯父にも迷惑をかけたが、なんとか片をつけてもらった。

 ただし、今回面倒を看る条件として、パーシバルは早く身を固めろという条件もつきつけられた。

 いつまでも独身で遊んでいるから、こんな騒動を引き起こすのだと、さんざんに説教ももらった。

 そう考えると、シャングリアといえば、パーシバルの結婚の相手としては申し分もないのではないかと思った。

 男嫌いだということは、変に男に染まっていないということであるだろう。

 相手のモーリア男爵家としても、侯爵家の一族であるパーシバルとの婚姻に不服はないはずだ。

 

 なによりもシャングリアは大変な美貌だという。

 そんな女を妻にするのは、パーシバルの男しての箔がつくというものだ。

 もっとも、シャングリアの美しさが話半分としてもの話だが。

 やはり、パーシバルほどの男が妻にするのだ。

 それなりの美貌でなければ困る。

 

 眼下では二度目の馳せ違いが行われていた。

 やはり、シャングリアだと思われる騎士が先頭で赤隊が先に突っ込み、青隊を蹴散らした。

 それで終わりだ。

 青隊は完全に分断して、まだ馬に残っている騎士も数騎単位になっている。

 隊長が横の部下に指示をして、騎士隊がぶつかっている練兵場に白い布が繋がった石を投げ入れさせた。

 

 錬成の終了を告げる合図だ。

 それぞれの隊がこっちに引きあげてくる。

 シャングリアと思われる騎士もこっちに来た。

 ただ、まだ兜を被っているので顔は見えない。

 

「シャングリア、素晴らしい動きだった。よかったぞ」

 

 近づいてきた赤隊の指揮官に、隊長が大きな声で言った。

 すると、シャングリアと思われる指揮官がさっと馬から降りて、兜を取った。

 パーシバルは、思わず小さく声をあげてしまった。

 

 白銀の髪──。

 端正な顔立ち──。

 すらりとした体形──。

 どれをとっても、パーシバルの想像を遥かに越えた美しさだ。

 なによりも、醸し出す不思議な色香に心を奪われた。

 先日別れた田舎娘にはない艶やかさごある。

 

「どうだ、シャングリア。騎士団に正式に戻らんか? いまのお前なら、喜んで一個隊を預けたい」

 

 隊長が言った。

 

「わたしは戻らん。伯父との約束だから一応は騎士団に席を置き、月に数日だけは演練にも参加をするが、もう冒険者として身を成すことは決めている。まあ、そう言ってくれるのはありがたいが」

 

 シャングリアがにっこりと笑った。

 笑った顔もいい。

 パーシバルは呆然と見とれてしまっていた。

 

「いや、俺も隊長と同意見だ。こう言っては怒るかもしれんが、少し前のお前は、誰に対しても反骨心が強くて、変に気構えだけが空回りするところがあった。だが、いまのお前には、なにか心の余裕のようなものを感じる。おかしな功名心のようなものがない。本当に騎士として成長した。是非、戻って欲しいな」

 

 副長だ。

 

「わたしはもう冒険者だ。仲間もいる。悪いが騎士団には戻らん」

 

「そうか。まあ、気が変わったら言ってくれ。騎士団はいつでも、お前を迎え入れるからな──。いまのシャングリアなら、多くの騎士たちも喜んでお前の指揮に従うだろう」

 

 隊長が続けた。

 冒険者?

 シャングリアは冒険者なのか?

 よくわからないが、そう言った気もする。

 

 まあいい……。

 パーシバルはシャングリアの前に出ていった。

 シャングリアがそれに気づいて、パーシバルに視線を向けた。

 

「シャングリア殿、数日前に王軍騎士団に加わったパーシバルです。ダウス侯爵家の一門の者です。一騎討ちでお手合わせ願いたい」

 

 パーシバルは言った。

 

「手合わせ?」

 

 シャングリアが怪訝な顔をした。

 だが、パーシバルには思惑がある。

 男勝りの女というものは、一度、本当の男の力というものを見せつければいい。

 特に、シャングリアのように男よりも強い武芸を身に着けた女というのは、自分よりも強い男というものに強く惹かれる。

 そういうものだ。

 それで落ちる。

 

「そうです。ここで見ていて、シャングリア殿の騎士ぶりには感服いたしました。それで是非とも、稽古をしてみたいと思ったのです。ご心配せずとも、手加減をいたします。絶対に女のあなたに怪我などさせませんから、どうかお願いします」

 

「手加減だと?」

 

 シャングリアが明らかにむっとした顔になった。

 

「それとも、怖いですか?」

 

 パーシバルはさらに挑発する。

 

「まさか」

 

 シャングリアの表情が明らかに変わった。

 どうやら激怒しているようだ。

 しかし、怒った顔もいい。

 シャングリアは、すぐにすぐそばにあった馬に乗り直した。

 

「おい、シャングリアは強いぞ。一対一であれば、この隊では勝てるものもそうはおらん。あまり怒らせると、腕の骨を折られるくらいでは済まんかもしれんぞ、パーシバル」

 

 そのとき、副長が冷やかすような口調で言った。

 

「まあ、見ててください」

 

 パーシバルはそれだけを言って、自分の馬を寄せて跨った。

 そのまま馬を駆けさせて、練兵場におりていく。

 すると、すぐにシャングリアが追ってきたのがわかった。

 ちょうどさっきの演練が終わったばかりで、練兵場にはほかの騎士はまばらだった。

 降りてきたシャングリアとパーシバルの二騎に周囲の騎士の注目が集まるのを感じる。

 練兵場で向かい合ったときには、ほかの騎士たちも近くで見物するためにおりてきて、二騎を囲む格好になった。

 

「おい、お前──。では、一騎討ちをしてやる。その代わり、負ければわたしを女だと侮ったことを皆の前で謝るのだ」

 

 馬上のシャングリアが大きな声で怒鳴った。

 

「ならば私が勝ったら、一日、お付き合いください。女としてね、シャングリア嬢」

 

 パーシバルは言った。

 

「な、なに?」

 

 シャングリアは目を丸くしている。

 しかし、そのときにはパーシバルは馬腹を蹴って、剣を抜いている。

 シャングリアが持っている訓練用の剣ではなく、パージバル自身の剣だ。

 

 距離が縮まる。

 シャングリアが戦士の顔になったのがわかった。

 向こうも剣を抜く。

 馳せ違う。

 剣と剣がぶつかった。

 激しく剣が鳴る。

 だが、次の瞬間には、一本の剣が大きく宙を舞っていた。

 飛んでいったのは、シャングリアの持つ剣だ。

 パーシバルの剣はシャングリアの喉元に突き付けられている。

 

「参った……ですね、シャングリア嬢?」

 

 パーシバルは呆然としているシャングリアに会心の笑みを向けた。



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117 大きな赤子たち

「びえええ、びえええっ、びえええ」

 

 ウルズが泣き出した。

 まるで赤ん坊のような泣き声だが、赤子とは違って立派な大人の女の身体なので、その声は大きい。

 

 屋敷妖精のブラニーがすぐにウルズのところに姿を現したが、ちょっと困った表情になっている。家事全般に万能のブラニーだが、さすがに幼児返りの女の世話は専門外のようだ。

 そもそも、まだウルズは、会ったばかりのブラニーの世話は受け付けない。だから、ブラニーは世話をする女たちの手伝いまでしかできない。

 

「申し訳ありません。今度はウルズ様はどうして泣いているのでしょうか? お食事ですか?」

 

 一郎の周りには、性交のあとの余韻に浸って、一郎の裸身にまつわりついていたスクルズとベルズがいたが、そのふたりがゆっくりと身体を動かした。

 一方で、少し離れた場所で横になっていたエリカたちも身体を起こした。

 

「……ああ、食事なら、わたしがやります。おふたりはいま終わったばかりでしょう。また、ゆっくりしてください」

 

 エリカが立ちあがる。

 同時にコゼも動いた。

 ひと足先に一郎が抱いたエリカとコゼは、少し離れたところで、絨毯の敷き詰められている床に裸身のまま横になっていたのだ。

 

 ここは、一郎たちが住まいにしている「幽霊屋敷」と称されているいつもの王都郊外の屋敷ではなく、一郎の王都内の拠点という名目の家だ。

 ここを隠れ蓑にし、表向きは一郎たちがここに住んでいることにして、本来の住まいである幽霊屋敷を隠そうということだ。

 だから、この家の持ち主の名義は一郎ということになっている。

 でも、それは名前を貸しただけのことで、人を介したものの、実際にはスクルズが購い、手続きをし、家具などを揃えたスクルズの家だ。

 そういうわけで、この家には、第二神殿と第三神殿の筆頭巫女の私室と一郎たちの屋敷との間に、移動ポッドが設置し終わっていて、外からの出入りなしで、一瞬にいつでも、瞬間移動できることになっている。

 

 とにかく、やっと諸手続きが終わり、今夜は家のお披露目ということで、スクルズに呼ばれて集まったのだ。

 集まったのは、一郎とエリカとコゼ、そして、ベルズとウルズ、もちろん、スクルズである。もうひとり、ミランダも呼びたかったが、物凄く忙しいと、二つ返事で拒否された。

 

 また、シャングリアもまだいない。

 今日もまた、団長視察の模擬戦があるということで、騎士団の合同演習に参加しにいっているのだ。しかし、暗くなる前に戻ると言っていったが、まだ戻ってない。

 まあ、今夜は幽霊屋敷ではなく、ここに来るように告げているので、そのうち合流するだろう。

 シャングリアのような目立つ女がここに出入りすることで、一郎たちの拠点がこの家だという評判になるはずなので、それも狙いである。

 

 そして、一郎たちがここに来たのは、夕方前だ。

 移動手段は、スクルズに事前に幽霊屋敷と繋げてもらった移動ポッドであり、それで瞬間移動で来ると、スクルズたち三人はすでに到着していて、さらにスクルズが屋敷を作ったら来ると約束していた屋敷妖精のブラニーもおり、まるで何十年も前からここにいるかのように、自然な感じで部屋の片付けをしている最中だった。

 また、スクルズに任せっぱなしで、どんな家かも知らなかったが、平屋だが部屋も十個以上あり、家というよりは小屋敷だ。この部屋は一番広い部屋であり、寝台代わりの平たいマットがいくつもあり、脚のない柔らかい背もたれ付き椅子も幾つかある。

 なんとなく、一郎からすれば、乱交部屋という感じだ。

 まあ、スクルズの趣味だろう。

 

 いずれにしても、ウルズは今日からここに住む。

 世話はスクルズとベルズがウルズの世話をするため、交代で寝泊まりするが、ウルズはずっとここだ。そのため、第二神殿と第三神殿のベルズとスクルズの私室は、移動ポッドで繋がっているだけでなく、この広間の壁から透けて見えて、音まで聞こえる。

 もちろん、スクルズの魔道だ。

 

 そして、集まればやることは同じだ。

 屋敷妖精のブラニーに持ち込んだ材料を手渡して頼み、手で摘まんで口にできる軽食や飲み物を準備してもらって、やり続けているところだ。

 よくわからないが、このところ、腹が減るように女たちを抱きたくなる。幸いにも、一郎には相手をしてくれる女たちがずっといるのでいいが、もしも、彼女たちがいなかったら、どうなってしまうのだろうかさえ思う。

 

 とにかく、そろそろ、一郎の時間感覚では三時間ほどが経つ。こっちの時間であれば、四ノス弱というところだ。

 もう、夜もかなり更けてきた。

 ウルズを除いた女たちは、すでに二度、三度と昇天していて、汗をたっぷりとかいて、ぐったりとしている。

 部屋は淫靡な香りが充満していて、すごい状態だ。

 だが、一郎はこの匂いが好きだ。とても淫靡な気持ちになり、とても浮き立つような心になる。

 

「ああ、いいわよ、エリカさん。座っていて。きっと、これはおむつよ。多分、汚れたんだわ」

 

「そうね。おむつだな。ブラニー、おしめを準備してくれ」

 

 スクルズとベルズが言った。

 

「かしこまりました」

 

 ブラニーが消え、そして、再出現した。再出現したときには、ひと塊の白布の束を持っている。

 裸のふたりがいそいそとウルズが横になっているウルズに向かう。

 スクルズとベルズは、いまでもそれぞれの神殿の筆頭巫女として、人々の尊敬と崇拝を集めているが、ウルズはいまは筆頭巫女は退き、スクルズとベルズが十日ほどの間隔で交代で預かってその世話をしていた。

 この三人は、少し前、ノルズという幼馴染に騙されて、体内に魔瘴石を埋め込まれてしまい、それを一郎が取り除いたのだが、心に損傷を与えないように慎重に魔瘴気を外したスクルズとベルズとは異なり、ウルズについては強引に無理矢理剥がした。そのため、ウルズの心が傷つき、まるで大きな赤ん坊のようになってしまったのだ。

 それで、ふたりが交代で世話をしているというわけだ。

 ふたりとも、王都でも一、二を争う魔道遣いであり、神殿の筆頭巫女として、見習い巫女を侍女としてつけられている立場でありながら、ウルズの世話だけは、余人にはやらせていないようだ。

 一郎の見たところ、すでに、大きな赤子であるウルズの世話も手慣れたものだ。

 

「さあ、隣のお部屋に行きましょうね。ほら、たっちして。ブラニーも来て」

 

「泣かないのだぞ、ウルズ」

 

「すーまま、べーまま、ちっち、ちっち、ちっちしたの」

 

 ウルズが舌足らずの口調で言った。

 

「そうなの、ウルズ。ちっちしたのね。じゃあ、きれい、きれいしましょう。さあ、おいで」

 

 スクルズが声をかけて、ウルズを立ちあがらせる。

 一応はちゃんと立ちあがった。

 ただ、うまく身体を動かせないのか、支えていないとすぐにでも倒れそうな危なっかしい感じではある。

 その後ろを人間族の女の子のようなブラニーがおしめを持ってついてくる。

 

「どこに行くんだ、気にするな。ここで替えろよ」

 

 一郎は声をかけた。

 

「でも、食事とか置いてあるのに……」

 

 スクルズが言った。

 

「だから、気にするなと言っている。俺たちは小便どころか、大便だって、プレイのひとつとして使うんだぞ。エリカなんて、まんこを弄られながら、立ったまま糞尿もするのが好きだ。なあ、エリカ?」

 

 一郎はエリカを見てからかった。

 

「ひ、ひどい─、ロウ様──。死ぬほど恥ずかしいです」

 

 エリカが真っ赤な顔をして怒鳴った。

 

「でも、そういうのも感じるのよね。エリカは、マゾっ子だもん」

 

 コゼが軽口を叩いた。

 

「なに言ってんのよ──」

 

 エリカがコゼを睨みつけた。

 そのむきになった表情が面白くて、一郎は思わず笑ってしまった。

 

「ところで、大きい方か、小さい方か?」

 

 一郎は視線をスクルズたちに戻した。

 

「小さい方だな」

 

 ベルズが言った。

 

「じゃあ、俺が替えてやる。そこに寝かせろ。まあ、別に大きい方でも構わんけど」

 

「えっ、ロウ様が?」

 

 スクルズが当惑した表情になる。

 驚いた表情のスクルズたちを制して、大きな赤子のウルズを寝かせる。

 ウルズは水色の薄い貫頭衣を着ていた。

 それを腰の上までまくりあげると、おむつに包まれたウルズの股間が現われる。

 確かにびっしょりと濡れている。

 また、おむつを外すと、尿に蒸れたウルズの股間からむっとした匂いがあふれ出た。

 

「さあ、ぱぱが替えてやるぞ。ぱぱと言ってごらん、ウルズ」

 

「ぱぱ、ぱぱ──」

 

 ウルズが嬉しそうに笑った。

 赤ん坊返りしても、ウルズは一郎に精を与えられて、しっかりと性奴隷の繋がりができている。むしろ、純粋である分だけ、ウルズは抵抗なく一郎を受け入れている。

 まだ、数回しか会ったことはないが、ウルズは完全に一郎になついている。

 一郎が笑いかけると、本当に無邪気で嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「ロウ殿は、おむつなんて替えられるのか?」

 

 ベルズが不思議そうな表情で言った。

 

「まあ見てください。これでも、本職ですよ」

 

「本職?」

 

 ベルズが首を傾げた。

 だが、真実だ。

 この世界には介護職員などないが、一郎は召喚されるときには、人手不足の介護施設を掛け持ちして手伝うような仕事を数年間続けていた。

 大人のおしめを替えるのは、一郎の日常だった。

 布おしめは介護では使っていなかったが、技術は完全に習得している。

 

 一郎は新しい布を受けとると、慣れた手つきで新しいおしめをウルズの腰の下に敷き、汚れたおしめを外す。

 女たちが集まってきた。

 

「へえ、手慣れたものですねえ」

 

 エリカも感嘆の声をあげた。

 いまや、一郎がウルズのおむつを交換するのをほかの女たちが囲んで見守るようなかたちだ。

 一郎は、ウルズの脚を抱えてあげさせると、それを片手で支え、股間を湿らせた柔らかい布で丁寧に拭いてやった。

 大人しく一郎のおむつ替えをされているウルズも、仕草と口調は子供だが身体は大人の女だ。

 こうやって、性器に触れていると、一郎もだんだんとおかしな気分になる。

 だから、わざとしつこいように、ウルズの股間のあちこちに布で擦り続けた。

 そうやって敏感な場所に布をずっと動かしていると、だんだんとウルズが真っ赤な顔になってきて、うっとりとした表情に変わる。

 面白いから、さらに肉芽の付近に布をゆっくりと動かす。

 

「ご主人様、なにやってんですか?」

 

 コゼがからかうような口調で言った。

 

「おしめ替えに決まっているだろう」

 

 一郎はうそぶいた。

 やがて、だんだんとウルズの息があがり、喘ぎ声のような呼吸をし始めた。

 

「気持ちよくなってきたみたいだ……。ロウ殿が毎回、毎回、遊ぶからな……」

 

 ベルズが苦笑したのがわかった。

 

「……ぱぱ、まんまん……。まんまん、ちて……」

 

 すると、ウルズが舌足らずの口調で言った。

 

「そうか、まんまんか。ぱぱとまんまんするのが好きか、ウルズ?」

 

「うん。ウルズ、ぱぱとのまんまん、ちゅき。まんまん、ちたい」

 

 ウルズが満面の笑顔を一郎に向ける。

 

「じゃあ、ぱぱがまんまんをしてやろう。だけど、まんまんは、ぱぱとだけだ。どうしても我慢できなくなったら、ままたちに言うんだぞ。そうすれば、ままたちは、ウルズを気持ちよくしてくれるからな」

 

「うん。ウルズ、すーままもべーままもだいちゅき。ぱぱは、もっとちゅき」

 

 ウルズの無邪気な誘いに、一郎は淫らな気持ちになってきた。

 幼児そのものの片言で喋るウルズだが、身体は立派な女の身体だ。

 しかも、スクルズやベルズとともに、王都の三美女と称されていただけあり、かなりの美貌と身体だ。

 そんなウルズの裸を目の前にして、欲情しないわけがない。

 さらに、いまのウルズは、頭の中は幼女そのままなのだから、幼女を犯すという倒錯行為を道に反しないやり方で味わうということでもある。

 それもなかなか面白いのだ。

 

「よかったわね、ウルズ。ウルズがいい子だったから、まんまんをしてくれるのよ。これからもいい子でいましょうね」

 

「そうだな。ままたちが仕事のときは、部屋で大人しく待って、大騒ぎしない。なるべく、ほかの人と話さない。ウルズに話しかけてくる知らない人はみんな悪い人ばかりだからな。お話をしたらだめだぞ。わかったな。ちゃんと守れれば、こうやって、ぱぱがご褒美くれるのだぞ」

 

 スクルズとベルズがウルズの両側でそれぞれに言った。

 すっかりと母親口調のふたりだが、幼児返りしたウルズに対して、スクルズもウルズも、完全に「お母さん」のつもりなのだろう。

 まあ、よく世話をしていると思う。

 ふたりが、親友でもあるウルズを本当に大切にしているのも、端から見てよくわかる。

 しかし、普通の「母娘」じゃないのは、同じ男を愛人にして、しかもお互いに百合の関係でもあるということだが……。

 

「うん、ウルズ、いいこでいる。いいこだよ、ぱぱ。だから、まんまん」

 

 一郎の身体の下側にいるウルズが一郎を掴むように両手を伸ばした。

 さすがに力は強い。

 一郎はウルズに引っ張られるかたちになり、素裸のウルズに乗ってしまった。

 

「わかった。じゃあ、いい子のウルズにご褒美だ」

 

 おしめ替えのあいだ、一物は一時的に落ち着いていたのだが、勃起しようと思えば、いくらでも勃起できる。

 一郎は肉棒を大きくすると、ウルズの股間の亀裂に亀頭をあてがう。

 さっきの愛撫ですっかりと濡れているウルズの女陰は、すでに準備万端だ。

 一郎はゆっくりとウルズの中に挿入していった。

 

「ああ、まんまん、まんまん、いい──。まんまん、いいの」

 

 ウルズが悲鳴のような悦びの声をあげた。

 すでにウルズが感極まっているのは、ウルズのステータスを眺めることができる一郎にはわかる。

 

 一郎に対して純粋すぎるウルズは、淫魔師である一郎との性交に対する一切の抵抗が存在しない。だから、一郎の淫気を純度の高すぎる状態で受け入れてしまうことになり、あっという間に飽和状態に達してしまうのだ。

 いまも、数回律動しただけで、いきなり昇り詰めてしまった。

 

「ああ──ぱぱ、ちゅき、ぱぱ、気持ちいい──」

 

 ウルズががくがくと身体を震わせながら叫んだ。

 さすがにまだ一郎は快感には程遠かったが、ウルズの股間にそのまま精を放った。

 スクルズに言わせれば、一郎がウルズの体内に精を注ぐたびに、ウルズの幼児返りが治っている気がするのだそうだ。

 確かに、少し前には、完全に赤ん坊状態のウルズはこうやって会話することなどできなかった。それが、いまは幼児言葉ながらも、意思の疎通ができるくらいになっている。

 スクルズは、それが一郎が精をウルズに注ぐたびに、ウルズの状態が改善しているような気がすると言っている。

 

 こうやって、一介の冒険者にすぎない一郎の愛人のようになっているスクルズだが、実はこの王都でも最高の能力を持つ魔道遣いだ。そのスクルズが言うのであるのだから、それは確かなのだろう。

 一郎はウルズの股間から男根を抜いた。

 

 ふと見ると、交合の余韻に浸っているウルズは、早くも指を吸いながら寝息をたて始めている。

 スクルズが微笑みながら立ちあがって、ブラニーから薄い掛布を取る。

 そのあいだに、ベルズもウルズの股を薄布で拭いている。

 

「それにしても、せっかくのおしめだ。もう少し遊ぶか。もうひとり、赤ん坊になってもらおう。さて、誰がいいかな?」

 

 一郎は思いついたことがあって、ブラニーの持っているものから、まだ使っていない布おしめを取る。

 嫌な予感がしたのか、コゼがさっと顔をそむけたのが見えた。

 だが、反応の遅れたエリカとは、はっきりと視線が合う。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「じゃあ、エリカだな。ちょうどいい。涎かけもある。これをしろ」

 

 一郎はベルズの横に会った荷を探って、ウルズのための涎かけを見つけて、エリカに投げた。

 

「えっ、わ、わたし? な、なんで……?」

 

 指名をされたエリカは当惑している。

 

「いいから」

 

 一郎はわざと強い口調で言った。

 エリカは首を傾げながら、投げられた涎かけを裸身につける。

 素裸のエルフ美女に涎かけだけがあるというのも、なかなかに卑猥な姿だ。

 なにをされるのかわかっていないエリカは、不安そうな顔をしている。

 一郎はエリカの身体を淫魔師の力で一気に脱力させた。

 

「きゃあ」

 

 エリカが悲鳴をあげてその場に倒れた。

 ちょうど、隣にいたコゼがエリカの身体を受け止めた。

 

「さあ、エリカ、いまから、お前は自分で身体を動かせない赤ん坊だ。ウルズみたいな赤ん坊言葉を喋るんだ」

 

 一郎は笑いながら言い、エリカの身体に限界を超えた尿意を送り込んだ。同時に尿道の出口を封鎖してしまう。

 これでエリカは、猛烈な尿意に襲われながらも排尿ができないことになる。

 念のためだ。

 

「な、なにっ? ロ、ロウ様……悪戯は……」

 

 エリカが真っ赤な顔になって歯を食い縛った。

 懸命に尿意を我慢しているのだろう。

 すでに一郎の力で尿道を塞いでいるので、したくてもできないのだが、まだエリカはそれには気がつかないようだ。

 

「幼児言葉を使えと言っただろう、エリカ。おしめをしてやるから、幼児言葉でおねだりしてみろ」

 

「そ、そんなこと……」

 

 エリカは苦しそうに呻き声をあげた。

 どうやら、みっともない幼児語を喋ることに、大きな反発心があるようだ。

 この世界にいる様々な種族の中で、エルフ族はもっともプライドが高い種族だと言われている。

 一郎の性奴隷になってかなり経つエリカも、一郎の仕掛ける羞恥責めには、いまでも大きな抵抗を示す。

 

 まあ、それが愉しいのだが……。

 そのとき、ブラニーが声をかけてきた。

 

「ロウ様、シャングリア様が来られました」

 

「おう、遅かったな。通してくれ」

 

 すぐにシャングリアが来たが、部屋の状態に驚いている。シャングリアは、騎士団の軍装は詰所で着替えてきたのか軽装だ。

 

「なんだ、これ? エリカはどうしたのだ?」

 

「ね、ねえ、なんとかして、シャングリア。ロウ様が理不尽なご命令を……」

 

 エリカが一縷の望みをかけたのか、シャングリアに助けを求めた。しかし、無駄なことだ。

 

「いいところに来たな、シャングリア。お前も参加しろ。ちょっと、エリカを説得していたところだ」

 

「説得?」

 

 シャングリアはさすがにきょとんとしている。

 

「いいから、シャングリアはコゼと一緒に、その気になるまで、エリカをくすぐってやれ。スクルズとベルズ殿も参加してください。手を抜いたりしたら、今度はおふたりに、もっと恥ずかしいことをしてもらいますよ。そうですね。逆立ちをしておしっこなんてどうですか? 俺はやると言ったら、やる男ですからね」

 

 一郎は言った。

 スクルズとベルズがはっとした表情になる。

 だが、ためらいのような顔をしたのは一瞬だけだ。

 すぐに、エリカの裸身に向かった。

 コゼはもちろん、シャングリアもエリカの横についた。こんなのは、いつものことなので、シャングリアも特に抵抗は示さない。

 

「よくわからんが、エリカもさっさと観念したらいいだろうに……」

 

 シャングリアがエリカをくすぐる態勢に着いて言った。

 

「まあ、それがエリカなんだろうね」

 

「や、やめて、みんな──。ねえ、ロ、ロウ様、馬鹿なことは……」

 

 エリカが必死で抗議する。

 だが、そのあいだに、四人の女たちがすっかりとエリカを囲んだ。

 一郎はさらにエリカの身体を完全に硬直させた。

 これでエリカは筋肉を抜かれた人形と同じだ。

 身をよじることさえ、できないはずだ。

 

「始めろ」

 

 一郎は号令をかけた。

 四人が一斉にエリカの身体に手を伸ばす。

 

「いやあっ、ひゃはははは、や、やめて、みんな、あははははは、ひいいいっ、はははは──」

 

 エリカが狂ったような声で笑いだした。

 コゼとシャングリアが左右から脇と横腹を……。

 スクルズとベルズは足の裏をくすぐっている。

 

「ははははは、くふふふふふ、や、やめて……はははははは──い、いやよ、も、もれる……ははははは……」

 

 エリカが真っ赤な顔をして苦しそうにけたたましい笑い声をあげる。

 

「息をさせるな。手を抜くと、四人のうちから、次の生贄を選ぶぞ」

 

 一郎は全身をくすぐられて悶え笑うエリカの姿に嗜虐心を満足させて、声をかけた。

 

「なる……なるから……やめてええっ……ははははは──あははははは──」

 

 エリカがついに観念の言葉を口にするのに、それほどの時間はかからなかった。

 一郎は声をかけて、エリカへのくすぐりをやめさせた。

 

「はあ、はあ……」

 

 エリカは荒い息をしている。

 まだ、躊躇いがあるようだな、大きな尿意に苦しそうな表情をしていて、これ以上の拒否はしないようだ。

 一郎が促すと、すぐに口を開いた。

 

「……ぱ、ぱぱ、お、おしめ、して、くだちゃい……」

 

 エリカは言った。

 

「仕方ないなあ」

 

 一郎は笑いながら、エリカに寄っていく。

 そして、さっきのウルズと同じように、両脚を抱えて上にあげさせると、エリカの股間におしめを巻いていった。

 

「う、うう……」

 

 エリカが真っ赤な顔で、恥ずかしそうに目をつぶる。

 本当に恥ずかしそうだ。

 すっかりとおしめをしてしまうと、一郎はエリカの両脚を床に横たえ直して、ぽんと太腿を叩いた。

 

「さあ、していいぞ」

「そ、そんな」

 

 エリカはまたもや拒否の声をあげたが、一郎は構わず、淫魔力で塞いでいた尿道口を開いた。

 

「ああっ」

 

 次の瞬間、エリカは布の中に耐えていたつもりだった尿を噴出させた。

 股間の部分にみるみると尿による染みが拡がっていく。

 やがて、すっかりと排尿が終わったのか、真っ赤な顔のままのエリカが小さな息を吐いた。

 

「なにか言うことはないか、エリカ? いつまでも汚れたおしめをするのか?」

 

 一郎は意地悪く言った。

 

「ぱ、ぱぱ、おしめをかえて……くだちゃい……」

 

 エリカがつらそうな口調で言った。

 

「わかった。だが、おしめは赤ちゃんらしく、母乳を飲んでからだな。今度は、エリカに母乳を飲ませる役を誰かにやってもらおう……。もちろん、俺の力で母乳が出るように細工をするから心配しなくていい」

 

 一郎は言った。

 エリカを除く四人がぎょっとした表情になる。

 一郎は、四人からスクルズを選んで視線を向けた。

 スクルズがたじろぐのがわかった。

 

「スクルズにしよう。スクルズは胸が大きいし、お母さん役にぴったりかもしれない」

 

「わ、わたしですか?」

 

 スクルズが目を丸くしている。

 

「そうだよ」

 

 一郎はそれだけをいい、今度はスクルズの乳房に、淫魔術で細工をして、母乳が出る胸にした。

 

「わっ、わっ、わっ、な、なんでしょう? なにか変です……」

 

 スクルズが両手で胸を抱くようにしながら、顔を赤くして、からだをもじもじと動かしている。

 一郎が淫魔術で弄った身体の変化のために、かなり違和感があるのだろう。

 一郎は手を伸ばして、スクルズの乳房を裾から中心に向かって搾るような動きでひと揉みした。

 

「ひやっ、ひやああっ、な、なんですか、これ?」

 

 スクルズが悲鳴をあげてのけ反った。

 一郎が揉んだ側の乳房の乳首から、勢いよく母乳がぴゅっと飛び出したのだ。

 スクルズはもちろん、周りの女たちも目を丸くした。

 一方でスクルズは、母乳の噴出とともに、身体をぶるりと震わせて、さらに甘い声をあげている。

 どうやら、仕掛けはうまくいったようだ。

 

「ははは、うまくいったな。ただ母乳が出るだけにするのは勿体ないしな。母乳が出るたびに、男の射精のときのような快感が瞬間的に走るようにした。さあ、エリカに吸ってもらえ。さもないと、どんどんと乳房が腫れて、本当に乳牛並みのみっともない乳房になるぞ」

 

 一郎は笑った。

 スクルズはぎょっとしている。

 しかし、いま口にしたのは本当だ。母乳を出さないと、顔の五倍にも乳房内に溜まった母乳で乳房が膨れるようにした。

 もっとも、そうなっても、ただ吸い出せば元の大きさに戻るのだが、いまでも出さなかった反対側は目に見えて大きく膨らみかけており、スクルズは顔を蒼くしている。

 

「そ、そんな。エ、エリカさん、お願いです。吸ってください。さあっ」

 

 スクルズが焦ったように、エリカの身体を抱えて乳房に顔を押しつけた。

 

「ま、待って、あぷっ、ん、んんっ、い、息が……」

 

 エリカの身体はさっき筋肉を弛緩させてそのままだ。エリカはスクルズに抵抗できない。だが、ぎゅっと強引に顔を乳房に押しつけられたので、息が苦しいのか顔を放そうとしている。

 

「息などなんです。わたしたちの仲じゃないですか。早く吸い出してくださいまし。そうすれば、息をさせてあげます」

 

 スクルズがエリカに必死の口調で言った。

 エリカは諦めたように、ちゅうちゅうとスクルズの胸を吸い出す。

 スクルズが甘い声を出し始めた。搾乳されると快感が走るようにしているので、スクルズも感じまくっているのだ。

 

「なら、反対側は俺が吸ってやろう。スクルズまま、おっぱいくださいね」

 

 ロウはおどけて、赤ちゃん言葉を使いながら、スクルズを乳首を吸った。

 生温かい母乳が出てくる。

 スクルズが激しく悶えだす。

 

「あん、い、いやらしい、あ、赤ちゃんです」

 

 スクルズがぎゅっと一郎の頭を抱き締めてきた。

 やがて、スクルズはそのまま、気をやってしまった。我慢できなかったのだろう。

 まあ、母乳が出るたびに快感が走るようにされたのに、両乳首から容赦なく搾乳されては、仕方のないことだろう。

 

 そのあと、やっとエリカの汚れたおしめも交換してやる。そして、やっと弛緩を解いてやったが、エルフ美女が裸でおしめだけしている姿というのはなかなかにエロチックだ。

 しかし、一郎はエリカにおしめを外すことは許さなかった。

 エリカは全身を真っ赤にして恥ずかしそうにしている。

 

「じゃあ、次はシャングリアが赤ちゃん役だ。母親役で搾乳させるのは、コゼだ」

 

「わ、わたし? ちょっと、待ってくれ。なにがなんだか」

「ええ 母乳?」

 

 シャングリアとコゼはさすがに狼狽えている。

 しかし、一郎は頓着なく、シャングリアの全身を弛緩させて動けなくすると、赤ん坊のように動けなくする。

 一郎はそのシャングリアにおしめを持って近寄る。

 

「シャングリア、赤ちゃん言葉だ。逆らうと、このまま、痒み剤を塗って放置だ」

 

 シャングリアは一郎の言葉に、顔に恐怖を浮かべる。痒み調教の苦しさは、うちの女たちなら骨身に染みている。

 シャングリアは慌てて口を開く。

 

「ぱぱ、お、おしめ……。おしめ、か、かえて、くだしゃい……」

 

 シャングリアがぎこちない舌足らず口調で言う。

 一郎は笑いながら、シャングリアの服を脱がせるために、手を伸ばした。



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118 貴族のお坊ちゃん

「本当にやるんですか、ロウ様?」

 

 冒険者ギルドに向かう王都内の道をいつもの四人で歩いている最中だが、何度目かの同じ言葉をエリカがかけてきた。

 一郎は、エリカのしつこさに、だんだんと呆れてきた。

 そんなに、ミランダをレイプまがいに襲うというのは嫌なのだろうか?

 別に自分がやられるわけじゃないのに……。

 

「当たり前だ。それとも、協力しないと言うなら、ミランダの代わりにおしめさせるぞ。しかも、浣腸しておしめの中に粗相させて、歩かせるぞ……。いや、そういうのも愉しいかな? だったら、今日、ギルドを訪問するのはやめて……」

 

 わざとらしく言うと、エリカが焦りだした。

 

「やらないとは言っていません。でも、ミランダが怒るかと思ってるだけです」

 

「当たり前だ。怒るに決まってる。ギルドの個室で俺たち四人がかりで襲われ、おむつプレイを強引にさせるんだからな。だけど、俺だって怒ってる。最近、ちっとも来ないし、昨夜の新屋敷お披露目パーティーも、理由もなしに欠席だし」

 

「り、理由は告げてましたが……。忙しいって……」

 

 エリカが恐る恐るという口調で口を挟む。相変わらず真面目な女だ。

 一郎は今度は苦笑してしまった。

 

「いいから、任せろ。それよりも、おさらいしよう。手抜かりがないようにな。とにかく、俺が適当なことを言って、ミランダを上級冒険者に使用権利がある個室に誘う。エリカ、お前の役割は?」

 

「す、すぐに防音の結界を……。それと、ミランダが部下を伴った場合は、うまく排除を……」

 

 エリカが渋々という感じで言った。

 

「そうだ。ミランダが俺たちとの話し合いに余人を交えたことなど一度もないが、あらゆる可能性を想定せねばならん。コゼ、お前の任務は?」

 

「弛緩剤を針で打ち込みます。ご主人様の淫魔術の補助手段ですが……。それからは、ご主人様が粘性体で動けなくしたところで、ご主人様がミランダをレイプして、一度気をやらせるのに協力します」

 

「そうだ。俺の淫魔術で瞬時にミランダを無力化させる自信はあるけど、ギルド内の魔道防止の結界に弾かれる可能性も皆無じゃない。でも、毒針の物理的手段の併用なら成功率はさらにあがる。また、一度絶頂すれば、襲われたミランダの怒りも少しは収まる」

 

「任せてください、ご主人様。コゼは必ずお役に立ちます」

 

 一郎の横をぴったりとくっついて歩くコゼが媚びを売るように元気に言った。

 

「いいぞ、コゼ。じゃあ、シャングリア。お前の任務は?」

 

「ミランダに魔道封じの腕輪を嵌める。そうすればミランダから、魔道の指輪を抜く。それからは、ロウの指示でエリカか、コゼの補助に回る。これでいいのだろう?」

 

 シャングリアは、半分呆れたように笑ってる。

 

 なんだかんだで、一箇月半ぶりくらいのギルドだ。

 本来、ギルドは成功報酬を獲得するためのクエストを探すための場所なのだが、一郎の場合は、ほとんどのクエストが「強制クエスト」なので、あまり、自ら探すことがなく、呼び出しを受けてから、訪れるということがもともと習慣化しつつあった。

 だが、「三巫女事件」以来、ミランダからはしばらく、ギルドには来ないでくれと言われ、さらに出張クエストなども受けたりして、かなり足が遠のいてしまっていた。

 しかし、そろそろ限界だ。

 今日こそは、どういうわけで、ずっと出入りさせないのか、そろそろ白状させようと思っている。

 赤ちゃんプレイの強要は、あくまでついでだ。

 本当だ。

 

 そんなことを話しているうちに、冒険者ギルドの前に着いた。

 一郎は立ち止まった。

 

「よし、着いたな。ここから先は戦場だ。みんな、抜かるなよ。題して“ミランダレイプ・おしめ作戦”だ」

 

「張り切ってるなあ」

 

 シャングリアが笑っている。

 

「当たり前だ。行こう」

 

 建物に入る。

 ギルドは賑わっていた。

 相変わらず、あちこちに冒険者の集まりができていて、ごった返している。

 

「あら、ロウさん、もうご病気はいいんですか?」

 

 入口のところで、受付に座っていたマリーが声をかけてきた。

 

「病気?」

 

 なんのことだと思った。

 横を見ると、エリカ、コゼ、シャングリアも怪訝な表情をしている。

 すると、ギルドのロビーの掃除みたいなことをしていた若い女がぱたぱたと寄ってきた。

 

「ロウ様、ご無沙汰してます。とても、心配してました」

 

 顔を向けると首に奴隷の首輪がある。

 ランだ。

 以前、エリカに操心術をかけたジョナスという男に騙されて奴隷にされた女であり、ジョナスを雇った分限者の手がかりだ。

 見つけたのはミランダであり、記憶を抜かれ、奴隷にされて娼館で働いていたところをギルドで身請けをして、引き取ったらしい。

 そのとき、ミランダに頼まれて、一郎の精の力で記憶を復活させたので、それ以来は一郎に、とてもよくしてくれる。

 残念ながら、分限者に繋がる情報は得られなかったが、なかなか働き者だということで、ミランダがギルドで働く雑用婦にした。

 ギルドの金で身請けした女を解放奴隷にしないのはミランダの厳しさだろう。だが、娼館で娼婦をしているよりは、遥かにましな扱いをされているはずだ。

 

「ランも元気そうだね。よくしてもらってるか?」

 

「はい、とても」

 

 ランは満面の笑みを浮かべて、なぜか顔を赤らめている。

 なんだか、その笑顔に接していると嬉しくなる。

 なにしろ、操り術を解くために娼館で抱いたときには、死んだような眼をしていたのだ。

 それが、こんなにいきいきとしている。

 一郎もそれだけで嬉しくなる。

 

「ミランダの許可があれば、家にも遊びに来なよ。いないことも多いから、事前に連絡をくれればいい。場所は……」

 

 一応、あそこが家だとなるべく宣伝しなければならないと思って、一郎はスクルズが手に入れてくれた夕べの家の場所を教えた。

 屋敷妖精のブラニーがいたり、ウルズがいたりと、いろいろと秘密の多い家だが、一度精を放ったランなら問題ない。

 秘密を守るように簡単に処置できる。

 

「ほ、本当ですか? いいんですか?」

 

 ランはこちらがたじろぐほどに大きく反応した。

 

「問題ないけど、ご主人様の誘いに応じるというのは、ただですまないわよ。それなりの目に合うと思ってね」

 

 コゼが茶化すように言った。

 

「やめなさいよ。変な言い方するのは」

 

 エリカがたしなめたが、コゼが返すよりも早く、ランが口を開く。

 

「そ、そんなこと――。もちろん、なにをされてもいいです。ロウ様なら」

 

 物凄い食い付きだ。

 

「いつも、ロウさんのことばかり話しているものね。よかったね、ラン」

 

 マリーがからかうように口を挟んだ。

 ランが我に返ったようになり、顔をさらに真っ赤にした。

 

 そのときだった。

 ひとつの集団を割って、はっきりとこっちに近づいてくるひとりの男の存在に気づいたのだ。

 不穏なものを感じて、一郎は思念をそいつに集中させた。

 視線を向ける。

 あまり、ほかの冒険者に知古のない一郎だったが、おそらく、初めて見る顔だと思った。

 背の高い美貌の男だ。

 だが、一郎が驚いたのは、その装備だ。

 剣にしろ、防具にしろ、一級の材質と凝った意匠のものであり、ひと目で最高級のものだとわかる。

 だが、この武具は……。

 

 その男が自信たっぷりの笑みを浮かべながら、一郎たちの前にやって来た。

 後ろにふたりの屈強な男を連れている。

 このふたりは、美貌の男の従者という感じだ。

 もっとも、いかにも金で雇われたという雰囲気を醸し出している。

 ただ、後ろのふたりは一郎に気がついて、焦ったような表情をした。

 一瞬、一郎にはその理由がわからなかったが、このギルドに出入りするようになって以来、一郎たちのパーティは、いくつもの大きなクエストを完了している。

 特に、クエスト成功率、特異点である魔瘴石がらみのクエスト達成率は随一らしく、ミランダもそれはいつも絶賛してくれる。

 一郎には面識はないが、どうやら、後ろのふたりは有名なパーティの一郎たちを知っているのだろう。それで、そんな態度になったに違いない。

 それに比べれば、目の前の男は、一郎を知っているという感じはない。

 

 誰だろう……?

 

「やあ、シャングリア嬢、お迎えにあがりましたよ」

 

 男が言った。

 

「パ、パーシバル──。な、なんでここに──?」

 

 シャングリアが動転したような声をあげた。

 

「知り合い?」

 

 コゼが声をかけた。

 

「ま、まあな」

 

 シャングリアは困惑した様子で答えた。

 

「一日、女として付き合うという約束ですよ、シャングリア嬢。貴族の名誉を賭けた正式の賭けによって成立した誓いだからね。ちゃんと守ってもらうよ。とにかく、あなたを捉まえるには、ここで待つしかないと聞いて、何日でも待つつもりだったのに、初日に会えるとは、やはり運命だな。冒険者登録までしたんだ。この俺がここまであなたに熱をあげていることをわかって欲しいよ」

 

 パーシバルという男が笑みを浮かべながら、シャングリアに向かって、大袈裟な身振りで一礼をした。

 何者かは知らないが、パーシバルが、シャングリアに言い寄っているというのは間違いないようだ。

 このギルドに出入りする者であれば、すでにシャングリアが一郎にぞっこんで、一郎を追いかけて冒険者になったというのは有名な話なので、シャングリアにこんな風に言い寄る者はいない。

 ましてや、一郎の目の前だ。

 一郎は不快になった。

 

「なんだ、あんた?」

 

 一郎は言った。

 

「ねえ、シャングリア、とりあえず座ろう。テーブルをひとつ確保している」

 

 パーシバルは一郎の呼びかけなど、聞こえなかったかのように完全に無視した。

 

「は、話などない。昨日の話はきっちりと断ったはずだ」

 

 シャングリアが怒鳴った。

 あの話?

 一郎は怪訝に思った。

 

「なんの話だ、シャングリア?」

 

 一郎は言った。

 すると、パーシバルが初めて一郎に気がついたかのように顔を向けた。

 

「作法も知らない冒険者だから、一度だけは大目に見てやる。だが、いまは、貴族同士が会話している最中だ。そこに割り込むのは礼儀知らずというだけじゃない。貴族に対する非礼行為だ。分をわきまえろ」

 

 パーシバルが犬でも見るような目つきで一郎を睨んだ。

 だが、今度は一郎が無視する番だ。

 

「答えろ、シャングリア──。こいつは誰だ──?」

 

 一郎はシャングリアを睨んだ。

 

「き、貴様──」

 

 横でパーシバルが気分を害したような声をあげた。

 

「こ、こいつは、パーシバルというダウス侯爵家の一門の男だ。王軍騎士団に新しく入って来た男で……」

 

「そんなことはどうでもいい。お前とこいつとの関係を言え」

 

 一郎は腹立たしさを隠すことなく、シャングリアに言った。

 シャングリアは見るからに、気後れしたような表情になった。

 一郎はシャングリアの感情を覗いてみた。

 シャングリアにあったのは、「当惑」だ。しかし、一郎に対する「焦り」や「怖れ」のような感情も大きい。

 なにかを隠していた……。

 一郎にはそれがわかった。

 

 それでシャングリアは、一郎がシャングリアが隠していたことを知ったということで、困ってしまっているようだ。

 同時に一郎に対する「後ろめたさ」のようなものが、シャングリアの心の中で一気に上昇して膨れた。

 

「ロ、ロウ、別に隠していたわけじゃないのだ……。どうということもないことだし、解決したことだったのだ。まさか、ここに来るとは……」

 

「いいから、言え──」

 

 怒鳴った。

 

「おい、貴様、さっきから誰に向かって、口をきいている。その人は、モーリア男爵家のシャングリア嬢だぞ──」

 

 憤慨した様子のパーシバルが、腰の剣を掴む気配を示した。

 しかし、一郎がその剣の柄を押さえる方が早かった。

 ただの勘だが、パーシバルが剣を抜いて、脅すような行為をする予感があった。

 パーシバルが抜こうとした剣を一郎が押さえるかたちになった。

 

「き、貴様──」

 

 一郎が剣に触ったことで、さらにパーシバルが激昂した。

 だが、怒っていることでは一郎も同じだ。

 パーシバルが一郎の手を振りほどくように数歩退がる。

 再び剣に触れようとした。

 一郎は上着の内側の短銃に手をかけた。

 二発入りだが、いつでも射撃できるようにしてある。

 しかし、エリカとコゼがあいだに入った。

 一郎に斬りかかるような素振りのパーシバルを防ぐようなかたちになった。

 

「な、なんだ、お前たちは?」

 

 今度はパーシバルが驚くような口調だ。

 

「ロウ様はシャングリアと話しています。離れてください」

 

「それとも、ここで騒動を起こしたいの? あたしたちは、いつでもあんたと戦えるわよ」

 

 エリカとコゼがそれぞれに言った。

 ふたりは、まだ武器に手をかけてはいないが、パーシバルが動けば、すぐに反応できる態勢だ。

 

「こっちの話が終わったら、あんたとも話す。だから、少し待てよ」

 

 一郎は振り返って、パーシバルを一度だけ見た。

 パーシバルは真っ赤な顔で怒っていたが、エリカとコゼに威嚇されて動けない様子でもある。パーシバルの後ろのふたりは、あえて前に出てくる様子はない。むしろ、一郎たちとパーシバルが険悪になったことで、距離を置いてさがっていく気配を示している。

 一方で、ここでのちょっとした騒動に、ギルドにいた冒険者たちが注目し始めている。一郎とパーシバルたちのいる一帯を囲むような人壁ができようとしていた。

 

「だ、だから、終わったことなのだ、ロウ。別に隠していたわけじゃない。信じてくれ」

 

 シャングリアは語りだした。

 

 どうやら、昨日、王軍騎士団の錬成に参加したときの話らしい。

 シャングリアは、このパーシバルに一騎打ちを臨まれ、シャングリアが負けたら、このパーシバルと一日、女として付き合うという条件を突き付けられたようだ。

 そして、負けた。

 だが、シャングリアは、そんな賭けは無効だと無視した。

 そういえば、夕べは戻るのが少し遅かったが、そんなことをやっていたらしい。

 それでいま、こうやって、この男がのこのこと冒険者ギルドまで追いかけてきたということのようだ。

 

「正式な立ち合いによる約束だ。一方的な破棄は許されることじゃないですよ、シャングリア嬢」

 

 エリカとコゼに阻まれているパーシバルがその位置から言った。

 

「知ったことではない。わたしには、ロウがいると言ったはずだ。わたしは、ロウに惚れている。身も心も捧げているのだ。お前と付き合うことなどできん」

 

 シャングリアが声を張りあげた。

 貴族であり、王軍騎士団の一員でもあるシャングリアが、堂々と一郎への愛の告白を口にしたことに、周囲からどよめきが起きた。

 

「そんなことは信じられないね。れっきとしたモーリア男爵家の家柄のあなたが、こんな冒険者風情と……」

 

「うるさい男だなあ……」

 

 一郎の不愉快さは頂点に達しかけていた。

 シャングリアのスカートの中に、前側から手を突っ込んだ。

 

「う、うわあっ、な、なにをするのだ、ロウ──。こ、こんなところで」

 

 動転したシャングリアが一郎の淫らな手を両手で防ごうとした。

 

「俺に隠し事をした罰だ。手を後ろで組め──。それとも、俺をまた裏切るのか?」

 

「お、お前を裏切ったことなどない。と、とんでもないことだ」

 

 シャングリアが驚愕したような声をあげる。

 もちろん、一郎もシャングリアが裏切ったとは思ってはいない。

 そう言った方が強烈だから、そう表現しただけだ。

 

「ね、ねえ、本当なのだ、ロウ……。隠すつもりはなかったんだ。そ、そりゃあ、結果的にそういうことになったかもしれないけど、どうということはないと考えたし……。ましてや、お前を裏切るだなんて……」

 

 シャングリアは泣きそうな顔になっている。

 こんな顔は初めてかもしれない。

 もう、一郎からは不快さは消えていた。

 やっぱり、万が一にもシャングリアが一郎以外の相手に「男」を意識するということなどないということを確信できたからだ。

 

 ただ、いまは鬼畜の虫が疼いてきた。

 これだけの万座の中で、シャングリアを辱めてやりたい。

 そんな気持ちになった。

 そのパーシバルという貴族のお坊ちゃんに、シャングリアは一郎のものであるという強烈な引導を渡してやりたくもなった。

 

「な、なにをしているか、貴様──」

 

 パーシバルがエリカとコゼが阻んだ向こうで喚いている。

 シャングリアが両手を後ろに回した。

 一郎はスカートの下でシャングリアの下着の中に指を入れた。

 

「あっ……」

 

 悲鳴をあげかけたシャングリアが、慌てたように唇を噛みしめた。

 一郎は無遠慮にシャングリアの肉芽を摘み、肉襞を擦り、女陰に指を挿入して敏感な部分に刺激を与えていく。

 

「ゆ、許してくれ……。こ、こんな、ところで……」

 

 シャングリアは膝を小刻みに震わせながら、すがるような口調で言った。

 パーシバルだけでなく、ギルド中の者が騒ぎ始めた。

 入口の受付の目の前だったので、受付係の場所にいたマリーやランなど、唖然とした顔をしている。

 

「……だったら、両手を離して阻止するなり、逃げるなりすればいいだろう。もちろん、それは俺への裏切りとみなすぞ、シャングリア」

 

 一郎は意地悪く言った。

 

「そ、そんな……」

 

 シャングリアは必死になって声を耐えているようだ。

 いま、一郎はシャングリアに呪術をかけていない。

 淫魔師のあらゆる縛りもしていない。

 万座の中の辱めという羞恥に甘んじているのは、紛れもないシャングリアの自由意思によるものだ。

 

 だが、哀願はしても、シャングリアは逃げようとはしなかった。

 そして、一郎に与える刺激に耐えられなくなったかのように、胸が小さく揺れだし、閉じ合わせている膝の震えも大きくなった。

 

「あううううっ」

 

 シャングリアがいきなり声をあげて、その場でがくりと腰を落とす。

 一郎はすかさず、シャングリアの身体を抱いて、しゃがみ込むのを支えた。

 

 周囲が騒然となった。

 シャングリアがこの場で達してしまったのは、誰の目にも明らかだったからだ。

 

「もう、手を離していいぞ、シャングリア。やっぱり、お前は俺の女だったな」

 

 一郎は笑った。

 シャングリアは、力が抜けて倒れかけても、一郎が命じた手を後ろで組むということをやめようとはしなかったのだ。

 

「あ、当たり前だ……。わ、わたしはお前の女だ……」

 

 シャングリアが息のあがった赤ら顔で言った。

 そのとき、なにかが飛んで来た。

 一郎の顔に当たったのはハンカチのようだ。

 顔をあげる。

 投げたのはパーシバルだった。

 

「い、いまのは許せん……。シャ、シャングリア嬢に対して……。ゆ、許せん……。ぜ、全貴族への冒涜だ……」

 

 怒りで声が震えている。

 一郎は口惜しそうなこの男の顔を見ていると、それだけで溜飲がさがったような気がした。

 

「いまのを見ていたろう、パーシバル。シャングリアは自ら求めて、逃げなかったんだぞ」

 

「そ、そんなのは信じられん。信じられるか……。いずれにしても、お前は俺を侮辱した。俺が交際を申し込んだシャングリアに、いまのような破廉恥なふるまいは俺への侮辱だ」

 

「知ったことか。こいつは、俺の女だぞ。そもそも、俺の女を呼び捨てするなよ、パーシバル」

 

 一郎は鼻で笑った。

 ついでに、この生意気な坊やを呼び捨てにした。

 

「パ、パーシバル、ロウへの決闘はわたしが代理人で受けて立つ。ロウには指一本触れさせんぞ」

 

 シャングリアだ。

 決闘?

 なんのことだと思った。

 一郎はその疑問を口にした。

 

「……ロ、ロウ様、身に着けているものを顔に投げるというのは、決闘の申し込みです。このハロンドール王国でも、それは決闘法に認められた正式な作法のはずです」

 

 パーシバルと一郎のあいだに入っていたエリカが戸惑った口調で言った。

 

「拒否する。馬鹿馬鹿しい」

 

 一郎はすぐに言った。

 

「拒否は無効だ。貴族に与えられている特権により、庶民ロウの決闘の拒否を無効にする。これでもう逃げられんぞ」

 

 パーシバルは言った。

 

「そうなのか?」

 

 一郎はシャングリアを見た。

 

「そ、そうだ。確かに……。貴族には身分の低い者に対して、決闘を強要できるという決まりがあるのだ……。パ、パーシバル、さっきも言ったが、ロウの代理人はわたしだ。わたしが相手になる」

 シャングリアが言った。

 

「負ければ俺と付き合うという、魔道の誓いでもしてくれたら、代理人を認めましょう、シャングリア。それに、俺に一度負けていることを忘れているんじゃないですか。やめときなさい」

 

 パーシバルがせせら笑うように言った。

 

「なにをしているの、あんたたち──」

 

 そのとき、大きな声がした。

 声の主はミランダだ。

 コゼが早口で事情を説明した。

 ミランダは目を丸くした。

 

「ギルド内では王国の法は無効よ。ここでの私闘は許しません。パーシバル殿もロウも冒険者に名を連ねる者のひとりです。冒険者同士の殺し合いは、ギルド法に反するわ……。それとロウ、あなたは家に戻って──。そもそも、ギルドに来ないでと頼んだのに、なにしてんの、あんた? とにかく、あたしの別命があるまで、ギルドには顔を出さないで」

 ミランダが言った。

 

「だったら、この瞬間に、俺は冒険者をやめる。それで文句はあるまい、ドワフ女」

 

 パーシバルが返す。

 ミランダはいやな顔をした。

 

「わかった。受けて立ってやるよ、貴族のお坊ちゃん。だが、ここでは迷惑だ。表に出ようか」

 

 一郎は言った。

 

「駄目です、ロウ様──」

 

 驚愕したような声で叫んだのはエリカだ。

 

「問題ない。だが、俺は短銃しか持っていなくてな……。だから、お前の剣を貸してくれ、エリカ」

 

「いいえ……。だったら、代理人を指定してください。わたしが相手をします。決闘を申し込まれた側には、代理人選定の権利があるんです。それに、条件もありますが、時期と手段を限定できる権利も……」

 

「心配ない。俺が受ける」

 

 一郎はギルド本部の外に出ていった。

 ギルド内にいた者がわっと声をあげて追いかけてくるのがわかった。



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119 真昼の決闘

 大勢の人間が後ろからついてくるのがわかった。

 その中には、エリカも、コゼも、シャングリアもいるのだろう。無論、パーシバルという貴族男もいるはずだ。

 しかし、人の群れに飲み込まれて、よくわからなくなっている。

 だが、ギルド本部の表に出たところで袖を引かれた。

 

 ミランダだ。

 

「ロウ、わかっているの? あのパーシバルは、シャングリアに一撃で勝ったほどの実力の持ち主よ。あんたに、万が一の勝ち目なんかないわ」

 

 そのミランダが小さな声で言った。

 シャングリアがパーシバルと一騎打ちで負けたという話は、一郎はたったいま聞いたばかりだが、ミランダは事前に知っていたのだろう。パーシバルが冒険者に登録希望をしてきたときに、調べたのかもしれない。

 だが、パーシバルは登録したばかりのはずだから、大した早耳だ。

 

「ひどい言われようだな。万が一かどうか見てなよ。それより、その腰の短剣を貸してくれ。エリカに借りようと思ったが、剣よりは短剣の方がまだいい。剣は使い慣れてなくてな」

 

「だったら、あたしを代理人にしなさい、ロウ。あたしがパーシバルと決闘する」

 

 ミランダは言った。

 

「ミランダを?」

 

 驚いて一郎はミランダを見た。

 その表情は真剣だった。

 一郎は、新しく身に着けた感情を読む能力でミランダの心を覗いた。

 ミランダの心は、一郎に対する純粋な「心配」の感情で包まれていた。

 一郎は、ミランダの心にあった不安の感情を沈め、一郎に対する信頼心を増幅するように「調整」した。

 ミランダが少し落ち着いたような表情になる。

 

「短剣をくれ。そして、立会人をしてくれ。決闘という限りは、そういうものも必要なんだろう?」

 

 一郎は言った。

 今度はミランダは、素直に一郎に短剣を差し出した。

 

「ロウ様」

「ご主人様」

「ロウ」

 

 そのとき、人の囲みからエリカとコゼとシャングリアが割り出てきた。

 

「心配するな。こんなの遊びだ。ちょっとからかうだけだ」

 

 一郎はうそぶいた。

 

「ロウ、パーシバルは本当に強い。わたしのために、危険なことはやめてくれ」

 

 シャングリアが泣きそうな顔で言った。

 

「問題ないよ」

 

 一郎は人の群れが作った囲みの中心に進み出ていった。

 手にはすでに鞘を抜いている短剣が握られている。

 

「ロウとやら、謝れば許してやる。なにも命を捨てることはあるまい。正式の決闘で行われた戦いであれば、たとえ、どちらかが死んでも罪に問われることはないのだぞ。俺が要求するのは、俺に謝罪し、シャングリア嬢に謝罪し、分不相応な付き合いなどやめることだ」

 

 パーシバルが進み出てきた。

 一郎と少し離れた位置でとまる。

 周囲の見物人の熱が帯びてきたのがわかった。

 考えてみれば、一郎は自分が武術には素人で、まったく強くないことを知っているが、多くの冒険者から見れば、一郎は難しいクエストを次々にこなしている勢いのある冒険者パーティのリーダーだ。

 一郎のことを弱いなどを考えている者は少ないだろう。

 

 一方で、パーシバルは王軍騎士団であり、王都では新参者だというが、ミランダが口にしたくらいだから、強いということも知れ渡っているのかもしれない。

 そのふたりの決闘であるのだから、冒険者たちにすれば、突然にやってきた興味深い見世物のようなものだろう。

 

「分不相応な付き合いというのはシャングリアのことか? シャングリアは俺の女だ。お前さんは相手にもされていないのが、まだわかんないのか、色男」

 

 一郎がからかいの言葉を向けると、パーシバルの顔が怒りで真っ赤になった。

 しかし、まだ剣は腰から抜かない。

 なるほど、そういうもののようだ……。

 そういえば、以前、一郎が持っていた剣も、そういう剣だった……。

 

「……では、立会人をミランダが務める。この戦いは、法によって定められた正式の決闘であると宣言する。いずれかが死に至ることがあっても、何人であれ、それをとがめることはできない」

 

 ミランダが進み出てきた。

 パーシバルが手に剣を掴もうとしているのがわかった。

 

「早く、始めてくれ」

 

 一郎はすかさず言った。

 

「はじめ」

 

 ミランダが慌てたように声をあげる。

 

「な、なんだ?」

 

 次の瞬間、パーシバルが焦ったような叫び声をあげた。

 剣が抜けないようだ。

 当然だ。

 パーシバルの剣の柄の下の鞘の入り口の部分に、一郎の手から出た粘着液がたっぷりと挿入してある。

 最初に、パーシバルと一郎がもめた際に、一郎の手がパーシバルの剣に触れたときだ。

 あのときは、パーシバルが剣を抜くのを防ぐためにそうしたのだが、そのあと、パーシバルは一郎にそんな仕掛けをされたことにまったく気づくことなく、一郎に決闘を申し込んできた。

 一郎はずっと笑いを我慢するのに必死だった。

 

「わっ、わっ」

 

 パーシバルが慌てている。

 一郎は短剣の先をパーシバルの顔の前に突き付けた。

 同時に左手でパーシバルが抜こうとしてまごついている剣の柄を押さえる。

 さらに粘着力が増すように、指から柄の下に粘着液を流し込む。

 

「う、うわっ──。ちょ、ちょっと待て──」

 

「参ったと言え──。さもないと、俺はお前の顔に短剣を突き刺さなければならん」

 

「ま、待て──。ちょっとなしだ。これはなしだ。剣が抜けん」

 

「なら、死ね」

 

 一郎は諦めた。

 殺すつもりで短剣に力を込める。

 

「ま、参った──。負けだ。許してくれ──」

 

 パーシバルが悲鳴をあげて尻もちをついた。

 一郎は短剣をパーシバルの顔からどけて、パーシバルが剣をさげている紐を切断した。

 

 剣を取りあげる。

 そのときには、再び淫魔力を遣って、粘着剤を取り去ってしまう。

 証拠隠滅だ。

 

「ミランダ、短剣を返すよ」

 

 一郎は持っていた短剣をミランダに差し出した。

 

「ロウの勝利と認める」

 

 ミランダが剣を受け取りながら、嬉しそうに宣言した。

 周囲がわっと歓声をあげた。

 一郎に寄って来る。

 その中にエリカたち三人もいた。

 

「ロウ様」

「ご主人様」

「ロウ、よかった」

 

 三人とも駆け寄ってきたが、抱きついてきたのはシャングリアだった。感情の起伏の激しい女だから感極まったのだろう。

 

「……屋敷に戻ったら、改めてお仕置きだ、シャングリア。覚悟していろ」

 

 一郎はシャングリアの耳元でささやいた。

 

「う、うん……」

 

 一郎から手を離したシャングリアが、真っ赤になってうなづいた。

 

「ま、待て──。いまの戦いは無効だ。こいつは魔道を遣った。特別に両者が合意しない限り、決闘で魔道を遣うのは重大な犯罪行為だ」

 

 そのとき、パーシバルが寄って来た。

 

「知らんな。証拠でもあるのか?」

 

 一郎はせせら笑った。

 決闘に魔道を遣うのが禁止なのは知らなかったが、いずれにしても、すでに剣の柄に塗っていた粘着剤は跡形もなく消滅している。

 証拠などない。

 

「ふ、ふざけるな。告発する。これは王軍の衛士隊に正式に告発させてもらうからな」

 

 パーシバルが一郎に指を突き付けた。

 

「決闘に負けたくせにうるさい奴だなあ。そもそも、魔道が禁止なら、お前の剣はどうなんだ。これは魔道の剣だろう。どんな者が遣っても、一流の遣い手になれる魔道のこもった剣のようだが、それを遣うのは犯罪じゃないのか?」

 

「ど、どうして、それを……」

 

 一郎の指摘に、パーシバルがぎょっとした表情になった。

 だが、すぐに思わず口走った言葉に気がついて、口をつぐむ。

 

「魔剣?」

 

 横にいたミランダがびっくりしている。

 しかし、一郎には最初から魔眼の力でわかっていた。

 このパーシバルは上から下まで、剣も武具も魔道のかかったものばかりだ。それがパーシバルを一流の遣い手に引きあげていたのだ。

 だが、武具の力を取り去った生身のパーシバルは、まったく強くない。

 一郎のステータスで垣間見れる戦士レベルなど“1”だし、剣を奪っているいまの直接攻撃力は恐ろしく低い。

 おそらく、魔道の武器に頼るばかりで、一度も鍛錬などしたことがないのだろう。

 まあ、だから、剣の柄に粘着剤を流し込まれるという間抜けなことに気がつかないのだろうが……。

 

「ああ、魔剣だ。これがあれば、誰でも勝てる。俺でもシャングリアに一騎打ちで勝てると思うぞ」

 

 一郎は笑って、ミランダに剣を渡した。

 

「……だ、だけど、あたしには魔道が帯びているのはわからないわ……。本当にそうなら、もちろん、パーシバルは決闘法を犯したに違いないけど……」

 

 ミランダが剣を持って首を傾げている。

 なるほど……。

 一郎はさらにからくりがわかった。

 これは相当に超一級の魔道のかかった剣なのだろう。魔道剣でありながら、魔道がかかっていることが、他者にはわからないというのは、それだけでとてつもない魔道がかかっているのだということくらいは、一郎も理解できる。

 おそらく、パーシバルは自分が魔道剣を持っているということを隠して、一流の遣い手を気取っていたのだと思う。

 ミランダが半信半疑の体でその剣を抜いた。

 

「わっ──。た、確かに魔道剣だわ。抜いた瞬間に、あたしに力がみなぎってきた」

 

 ミランダが声をあげた。

 そして、パーシバルを睨んだ。

 

「パーシバル、あんたは決闘に魔道剣を遣ったのね。あんたのやったことこそ、決闘法に禁止された犯罪よ」

 

 ミランダがパーシバルを睨んだ。

 

「ま、待て……。い、いや……。ち、違う……」

 

 パーシバルがたじたじになっている。

 どうやら、パーシバルは自分が魔道剣を遣っているということが、絶対にばれない自信があったようだ。

 それがあっさりと一郎に見抜かれたことで、動転しているに違いない。

 

 そのとき、一郎を押し退けるようにして、ひとりがパーシバルの前に進み出た。

 シャングリアだ。

 見ると、すごい形相としている。

 かなり激昂しているような感じだ。

 

「パーシバル、お前はずっと魔道剣を遣っていたのか──? さては王軍騎士団の錬成でもそうだったのだな。騎士団では、魔道剣や魔道具を遣うことは、ご法度だということを知っているだろう」

 

 シャングリアが怒鳴った。

 

「えっ、そうなの?」

 

 コゼが横から疑問の声をあげた。

 

「そうだ。魔道具というものは能力をあげるのに便利だが、敵に力のある魔道士がいれば簡単に、それを逆に操ることもできるのだ。だから、集団戦では周りの味方に危険をもたらすものとして禁止されている。それにも関わらず、お前はずっとそれを遣っていたのだな」

 

 シャングリアがさらに大きな声をあげた。

 

「そ、そんなことは……」

 

 パーシバルは狼狽えている。

 

「違うというなら、わたしともう一度立ち合え。わたしの剣を貸してやる。わたしに、一撃で勝ったというのが魔道剣でない実力だというのであれば、わたしの剣でも勝てるはずだ」

 

 シャングリアが剣を抜いて、パーシバルに放り投げた。

 

「お、俺は……」

 

 パーシバルはシャングリアが足元に投げた剣を手に取ろうとはしなかった。

 その代わりに逃げ場を探すように後ろを見た。

 しかし、周囲の冒険者たちがそれを塞いでしまう。

 

「エリカ、剣」

 

 シャングリアがエリカに手を差し出した。

 

「殺しちゃだめよ……。あとが面倒よ」

 

 エリカが剣を渡す。エリカの剣はシャングリアがいつも遣っているものに比べれば細身のものだ。

 シャングリアがそれを手に取る。

 

「シャングリア、パーシバルの武具も魔道具だ。おそらく、斬りつけても無駄だ」

 

 一郎はすかさず言った。

 

「そうか……。武具そのものを斬りつけなければいいのだな」

 

 シャングリアが酷薄な笑みを浮かべたと思った。

 エリカから受け取った細剣を素早く二回パーシバルに斬りつけた。

 

「うわああっ」

 

 パーシバルは悲鳴をあげて後ろに倒れた。

 しかし、シャングリアが斬ったのは武具をとめている紐のようだ。

 胴巻きが外れて、パーシバルから離れる。

 

「もういっちょだ」

 

 シャングリアが尻もちをついている腰垂れの紐を切った。

 それも外れて、パーシバルは平服だけになる。

 

「ひ、ひいっ」

 

 もう恥も外聞もないようだ。

 今度こそ、パーシバルは立ちあがって逃げ出した。

 

「待たんか、卑怯者──」

 

 シャングリアが追いかけて、パーシバルの腕を掴んだ。

 剣を上から下に突き刺すように振る。

 

「きゃああ」

 

 パーシバルが女のような悲鳴をあげた。

 シャングリアの剣はパーシバルのズボンを下着ごと完全に引き裂いていた。

 布切れになったズボンを必死に押さえて、パーシバルが生尻をこっちに向けて逃げていく。

 周囲がどっという笑いに包まれた。

 

「二度と、わたしにもロウにも、王軍騎士団にも近づくな──」

 

 走っていくパーシバルの背中に、シャングリアが罵りの声を浴びせた。

 

 

 *

 

 

 昼間でも物騒な界隈の王都城外の通りをパーシバルは歩いていた。

 身体には黒いマントを羽織り、頭にもフードをつけている。

 この一帯は、王都の城壁の外であり、なんらかの事情で城郭の中では暮らすことができない者たちが集まっている場所だ。

 城郭外なだけに、王軍衛兵の取り締まりも行き届かず、また、街並みが管理されていないので、道は狭く、建物が入り組んでごみごみとしている。

 道端には、日雇い仕事にあぶれた男たちが手持ちぶさたに座っていたり、あるいは、身体が弱いのか、昼間から酔っているのかわからないが、ぐったりと横になったりしている者で溢れている。

 

 多くの者が見慣れない侵入者であるパーシバルのことをじろじろと眺めてはいるが、屈強な護衛ふたりを連れているパーシバルに関わろうとする者はいない。

 パーシバルは、看板のない一軒の建物の前で立ち止まった。

 小さな商家のようなたたずまいだが、外からでは中の様子はわからない。通りに面する側には窓はなく、ただ木の扉があるだけだ。

 

「お前たちは、ここで待て」

 

 パーシバルは護衛たちに声をかけてから、ひとりで建物の中に入った。

 中は薄暗く、怪しい煙と香りが漂っていた。

 入ったところに向かい合う長椅子とそれに挟まれる卓があり、その奥のカウンターには椅子に腰かけている老婆がいる。

 

「俺だ。ザーラ、久しいな」

 

 パーシバルはフードを取ってから長椅子に腰を落とした。

 

「おお、これはパーシバル坊ちゃま。王都に戻って来られたのですね」

 

 ザーラが相好を崩した。

 この皺だらけの老婆が、いったい何歳であるのか、パーシバルは知らない。

 王都の城外で怪しげな魔道屋を営んでいるザーラと知り合ったのは、パーシバルが十五歳のときで、ほかの貴族の若者とともに、派手に悪さをしていた時代のことだ。

 そのときからザーラはすでに老婆だったし、それは十年以上経ったいまでも変わらない。

 

「戻ってきたのは十日ほど前だ。ところで、仕事を頼みたい」

 

 パーシバルは、懐から布袋を出した。

 袋のものを目の前の卓に出す。

 ハロンドール金貨三十枚ほどがそこに拡がった。

 

「おう、これは」

 

 ザーラが声をあげた。

 そして、慌てたように椅子から立ちあがって、カウンターからこちらにやってきた。

 反対側の長椅子に座る。

 

「最近は不景気でしてなあ。こんな大仕事なんて、滅多にあるわけじゃありません。なにをお求めなさるので? それとも、誰かを呪いますか?」

 

 ザーラは笑った。

 こんなところで、魔道屋をやっているような老婆だが、実はとてつもない魔力を帯びた女だということをパーシバルは知っていた。

 魔道の術や魔道具を作ることにかけては、王都にいる王軍魔道師たちでも敵わないだろう。

 パーシバルも、一度ならず、宮廷府に推挙してやろうかと声をかけたことはあったが、その都度、宮仕えは性に合わんと断られた。なにか理由があるようなのだが、パーシバルもそれ以上の詮索をしようとはしなかった。

 

 そんなザーラだが、代価さえ出せば、どんな魔道の品でも準備してくれるし、魔道もかけてくれる。

 得意は他人の心や身体を操ることであり、本人にわからぬように病に陥らせたり、料金次第では果てには殺したりもできるという。

 それをこのザーラは、「呪い」というのだ。

 無論、違法だ。

 発覚すれば、死罪は間違いないが、このザーラは捕らえられないだけの自信があるようだ。

 もっとも、パーシバルは、殺しまでは頼んだことはない。

 せいぜい、身体を操る人形を買って、若い女の何人かを玩具にしたくらいだ。

 若い時代の話であり、まあ、ただの遊びだ。

 しかし、今日は、久しぶりにそれを頼みにやって来た。

 

「むかし、頼んだ人形を買いたい。身体を自在に操れるあれだ」

 

「ほう、呪いの人形を?」

 

 ザーラが意味ありげに微笑んだ。

 

「そうだ。ある女をそれに刻んで欲しいのだ」

 

 「呪いの人形」というのは、このザーラがもっとも得意とする操り術の結集のような魔道具であり、片手で掴むくらいの真っ白い人形なのだが、それに対象となる相手の身体の一部を刻んでもらうと、その人形に施した刺激を遠くから本人に与えることができるというものだ。

 それだけでなく、その相手が見える場所くらいまで近づけば、人形と同じ姿勢を当人に強引に強要することができる。

 つまり、それを遣えば、人形の首を無理に捻るだけで、そいつの首の骨を折って殺すことまでできるということだ。

 

「お安い御用ですぞ。また、若い女ですか?」

 

「そうだ」

 

「なら、いくつか在庫があったと思いますな。なにせ、若い女用の人形は注文が多いもんでのう」

 

 ザーラは立ちあがった。

 そして、一度カウンターの裏に戻り、すぐに帰ってきた。

 そのときには、女を思わせる身体のかたちをした「呪い人形」を持っている。

 パーシバルは、その人形をじっと見た。

 小さいが乳首を思わせる突起もあるし、股間には女陰まである。顔の部分には眼はないが口の穴はある。

 それをいじれば、人形に与える刺激がどこからでも与えられるし、無理矢理に物を食わせるということもできる。

 痛みでも、快感でも思いのままだ。

 

「刻むための相手の身体の一部はありますか、坊ちゃま?」

 

「髪の毛だ」

 

 パーシバルは、服の下から畳んだ紙に包んだ数本の髪の毛をザーラに差し出した。

 本当は、あのロウといかいう生意気な男を直接刻んで、手足だけでなく、首の骨までばらばらに砕いてやりたかった。

 しかし、ロウの髪の毛など簡単には手に入らない。

 今度、パーシバルが近づけば、本当に殺されるかもしれない。

 

 それに比べれば、シャングリアは、騎士団に置いている彼女専用の兜に髪の毛が数本残っていた。

 ほかの騎士であれば、従者が手入れして、髪どころか埃ひとつ残さずに手入れをしてしまうが、シャングリアは従者を持っていない。それに、先日の錬成のときには、付き合いを迫るパーシバルから逃れるように、武具の手入れもそこそこに騎士団の詰め所を立ち去っていた。

 だから、絶対に残っていると思った。

 そして、案の定、パーシバルは、シャングリアの髪の毛をそこに見つけることができた。

 昨日の夜、こっそりと騎士団に戻って、これを手に入れてきたのだ。

 

 それにしても、思い起こしても腹が煮え返る。

 あの生意気なロウという若者もそうだが、シャングリアもだ。

 万座の中でパーシバルのズボンを切り割くというような行為で恥をかかせたシャングリアを許すわけにはいかない。

 それで考えたのは、あのロウからシャングリアを寝取り、そのシャングリアを散々に弄んだ挙句に、輪姦でもして、捨てるということだ。

 それなら、手に入れたシャングリアの髪の毛を使って、ロウにもシャングリアにも復讐ができる。

 

 なにせ、あのロウたちは、パーシバルに恥をかかせただけじゃない。

 パーシバルが秘密にしていた魔道の武器のことまで明らかにして、パーシバルが騎士団からいられなくなるまでしたのだ。

 冒険者ギルドの前で決闘騒ぎをしたのは一昨日のことだが、昨日には騎士団の団長に呼び出されて騎士団からの離任を勧告された。

 また、王都にいるダウス家の一門の者からは、当面、領地に戻って謹慎するようにも言われた。

 

 こんなことになったのも、全部、あのロウとシャングリアのせいなのだ。

 シャングリアがパーシバルの誘いを拒否せず、ロウが大人しく、シャングリアをパーシバルに差し出せば、パーシバルがこんな仕打ちを受けるはずもなかった。

 絶対に復讐してやる。

 だから、パーシバルは、昨夜の夜に、荷を出すと称して、こっそりとシャングリアの兜から髪の毛を盗んだのだ。

 

「どれ」

 

 ザーラは無造作に白銀色のシャングリアの髪を掴むと、白い人形の背中に押し込むような仕草をした。

 髪の毛が人形の中に吸い込まれたように消えた。

 

「終わりましたぞ」

 

 ザーラが人形をパーシバルに差し出した。

 

「もう、終わりか? こんなに呆気なかったかな?」

 

 パーシバルは人形を手に取った。

 試しに、股間と胸を揉むようにしてみる。

 

「おっと、お気を付けください。もう人形には、髪の毛の持ち主の女の身体を刻んでありますからな。人形に与えた刺激は、いまも伝わっているのですよ。その女は少なくとも王都内かその周辺におるのでしょう? そのくらいの距離であれば、その人形で操作できるのです」

 

「それはいい。どこにいるか知らんが、恥をかかしてやる」

 

 パーシバルはカウンターの端にあった羽根つきのペンを手に取ると、羽根の部分で人形の表面をくすぐるように動かした。

 

「……いまは、刺激を伝えるだけだな、ザーラ?」

 

「そうですな。眼に見える位置に人形を近づければ、人形を使って相手の身体を動かせるようになります。念じさえすれば、当人の身体はまるで人形のように自分では動かせなくすることもできます」

 

「わかった。とりあえず最初の洗礼だ。徹底的にやってやる」

 

 パーシバルは本格的に羽根によるくすぐりを加えた。

 胸も股間も背中も……。

 尻の亀裂まであますところなく、刺激を与える。

 

「以前には気づかなかったが、尻の穴まであるのだな?」

 

 パーシバルは人形の尻を拡げるようにして、羽根で尻穴を掃きながら言った。

 

「そこから液剤を注入すれば、本人も尻穴に浣腸剤を入れられたのと同じようになります。準備しますか?」

 

 ザーラがくすくすと笑った。

 

「それも面白いな。だが、実はやって欲しいことがもうひとつある」

 

 パーシバルは人形を弄ぶのをやめて、卓の上に置いた。

 

「もうひとつ?」

 

 ザーラは小さく首を横に傾けた。

 パーシバルは、再び懐から小さな布袋を出した。

 中身を拡げて、ザーラに示す。

 今度は百個ほどの小さな宝石の玉だ。

 最初に渡した金貨の十倍ほどの価値がある。

 

「これは……」

 

 さすがにザーラが顔色を変えた。

 

「この人形に刻んだ女を俺に惚れさせたい。確か、人形は、身体で身体を操るだけでなく、そういうこともできると言っていたと思う」

 

 パーシバルは言った。

 

「惚れ薬というわけで? できますぞ。少し時間がかかりますがのう」

 

「どれくらいだ?」

 

「半日はかかりません。二ノス」

 

「やってくれ」

 

 パーシバルは言った。

 ザーラは卓の上に置いたままだった金貨の袋と、たったいま出した宝石の袋を持つと、再びカウンターの向こうに消える。

 出てきたときには、石の香呂を抱えていた。香呂の中には桃色の灰がある。

 ザーラがそれを卓に置いて、その上で指を擦り合わせるような仕草をした。

 すると煙が立ちのぼり、天井に向かって流れ始める。

 

「坊ちゃまの髪の毛を……」

 

 ザーラが言った。

 パーシバルが髪を抜いて渡すと、ザーラは香呂にそれを入れた。

 髪が灰の中に消える。

 

「その人形の頭の部分を煙にかざしてください」

 

 パーシバルは言われたとおりにした。

 

「その状態で二ノスです。それで人形に髪を刻んだ女は、坊ちゃまの言いなりです」

 

 ザーラは言った。

 

「二ノスか……。そのあいだ、人形に触ってもいいか?」

 

「存分に」

 

 ザーラが笑った。

 パーシバルは、人形の頭を煙にかざしながら、再び人形の身体を羽根で掃き始めた。



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120 呪いの人形

「ひいっ、ひっ、ひいっ」

 

 食材を調達するために、王都に来ていた一郎は、突然にシャングリアが道端で悲鳴をあげたのでびっくりした。

 

「なに?」

「どうしたの?」

 

 エリカとコゼも驚いている。

 

「わ、わからん……。きゅ、急に身体が誰かに触られたような……」

 

 そして、シャングリアがじっと一郎に探るような視線を向けた。

 

「俺じゃないぞ」

 

 一郎は慌てて言った。

 遠隔操作で性奴隷たちに悪戯するのは、いつものことだが、いまのは一郎ではない。

 

「ロ、ロウではない……?」

 

 しかし、シャングリアは怪しむように表情をした。

 

「神かけて違う。それよりも本当か?」

 

 一郎は言った。

 本当にシャングリアが身体を触られたような感じになったのなら、それは魔道だろう。

 つまり、シャングリアの身体が操られている?

 だが、誰が……?

 

「おい、シャングリア、本当か?」

 

 ロウはびっくりしてしまった。

 

「ひっ、ひいいっ、はははは、ひゃはははは」

 

 すると、シャングリアは、今度は自分の身体を抱くようにして、けたたましく笑い始めた。

 

「シャングリア?」

「大丈夫?」

 

 エリカとコゼも声をあげた。

 

「か、身体が……くすぐられて……。うふううっ、ひいっ、ひっ……う、うわっ……や、やめ……やめてくれ……ふふふふ……くふふふふ……んふふふふふ……や、やめて……な、なんだこれ……ははははは……ひゃははははは……」

 

 シャングリアがその場にしゃがみ込み、激しく悶え笑い続けだした。

 周囲の人々も唖然として、シャングリアを取り囲み始める。

 

「どうしたんだ?」

 

 一郎もシャングリアの異変に目を丸くしてしまった。

 

「んひいいっ、お、お尻が――」

 

 今度はお尻を押さえて、前のめりにうつ伏せになる。

 一郎は、シャングリアのステータスを読んだ。

 

 

 

 “シャングリア(モーリア=シャンデリカ)

  人間族、女

   王軍騎士

   冒険者Aアルファ

  年齢22歳

  ジョブ

   戦士(レベル25)↑

  生命力:60

  攻撃力

   50(呪術)↓↓

  経験人数

   男1

  淫乱レベル:A

  快感値:400↓

  状態

   ロウの性奴隷

   淫魔師の恩恵

   ザーラの呪い人形”

 

 

 

「ザーラ?」

 

 一郎は思わず呟いた。

 

 

 *

 

 

 そろそろ、一ノス半が過ぎただろうか。

 パーシバルは繰り返していた人形の股への刺激をやめて、刷毛を横に置いた。

 ただし、いまや激しい煙のようになっている香については、延々と人形の頭に浴びせ続けている。

 

「なあ、ザーラ、人形を使って、刻んでいる女をおびき寄せることはできるか? つまり、ひとりでそいつをここにやって来させたいのだ。そいつは、いつも仲間と一緒にいるんでな」

 

 パーシバルは言った。

 考えてみれば、シャングリアの心と身体をこの「呪いの人形」で支配したところで、ロウやあのエルフ女とかがそばにいるとやりにくい。

 シャングリアをさらってしまえば、この人形があるのでどうにでもなるのだが、さらうことに失敗すれば、あいつらがパーシバルになにをするかわからない。

 なにしろ、相手は野蛮で礼儀知らずの「冒険者」だ。

 人殺しもなんとも思っていないような連中だ。

 パーシバルの言葉にザーラはにやりと笑った。

 

「できますぞ。操りの呪いであれば、なんでもザーラにお任せあれ。わしが術を仕掛けますので、その人形に命じたいことを話しかけてください。すると、それが自分自身が思ったこととして、その言葉が相手に入り込みます。その女がどこにいようとも……」

 

 ザーラが人形の頭にちょんと触れる。

 すると、すぐに白い人形が桃色を帯びた。

 

「いまです。どうぞ」

 

「……お前は仲間と別れたくなる。突然に連中が嫌いになり、王城外の裏通りにひとりだけでやって来たくなる……」

 

 パーシバルはこの場所を口にした。

 同じ言葉を十回ほど繰り返す。

 

「もういいでしょう。待っていれば、そのうち来ますぞ」

 

 ザーラが指を離した。

 人形は元の白い色に戻る。

 

「ここに来させるとなれば、くすぐるのはやめるとするか。ひとりでは歩けまいからな。その代わりに媚薬でも塗ろう……。ザーラ、女が発情するようなたぐいの薬はあるか?」

 

「どこかにあったかもしれませんな。そんな注文もあるのでのう……」

 

 ザーラは立ちあがって壁の棚を探り出した。

 やがて、一個の小壺を持ってきた。

 

「これなら三つ子の幼女でも発情しますぞ。効果てきめんのはずじゃ」

 

 ザーラはパーシバルの向かい側の長椅子に座り直す。

 

「お前でもか?」

 

 パーシバルは軽口を飛ばした。

 

「老婆には効きませんな。人形に刻んだ髪の持ち主は、わしほどの老婆ではないのでしょう?」

 

「若い美女だ」

 

「そうだと思いました。ならば、問題はないでしょう」

 

 ザーラが笑い声をあげた。

 パーシバルは壺の蓋を開けると、人形の股にたっぷりとそれを塗りつけた。

 

 次に尻の穴……。

 さらに胸……。

 結局は首から下の全部にたっぷりと塗った。

 股間については、十回は重ね塗りした。

 重ね塗りした方が効果があると教えられたからだ。

 

 あとは待つだけだ。

 

 人形に操られたシャングリアがここに到着したときには、すっかりと媚薬で発情し、しかも、ザーラの惚れ薬でパーシバルに完全にのぼせ上がっているという仕掛けだ。

 まずは、ここで犯し尽し、そのまま領地に連れていく。

 抱き飽きたら、奴隷男たちの慰み者にして、そのうち孕んだところで、あのロウに送り返してやる。

 

 いい気味だ。

 そのとき、突然に外の通りに面する扉が勢いよく開いた。

 びっくりして顔をあげた。

 

 シャングリアだ。

 

 顔を真っ赤にして、目に涙を浮かべている。

 だが、激しい視線でこっちを睨んでもいる。

 パーシバルは驚いてしまった。

 

「随分と早いな」

 

 とりあえず、口から出たのはその言葉だ。

 人形を通じて、ここにひとりでやって来るようにシャングリアに暗示をかけたのは、たったいまのことだ。

 それなのに、もう来た。

 

「き、貴様は……」

 

 険しい表情のシャングリアがそう口にした。

 どうやら、怒っているようだ。

 しかし、まだ完了していないとはいえ、そろそろ二ノスのあいだ、ザーラの惚れ薬を人形に浴びせ続けている。

 パーシバルに悪感情を抱くということはないはずだ。

 予想していた様子と異なることに当惑したパーシバルは、ザーラに視線を向けた。

 

「この女が坊ちゃまが持ってきた髪の女ですか?」

 

 ザーラも困惑顔だ。

 

「こ、殺してやる──」

 

 シャングリアが飛びかかってきた。

 

「うわっ」

 

 パーシバルはとっさに人形の身体を擦った。

 

「ひううっ、ま、また」

 

 すると、シャングリアが自分の身体を抱いて、その場に崩れた。

 どうやら、人形による身体の操りについては、効果があるようだ。

 

「どうした、シャングリア? これが効くのか? これはどうだ? ここも気持ちいいか?」

 

 パーシバルは人形を擦りながら、床にうずくまっているシャングリアに近づいた。

 少し離れた正面でしゃがむ。

 そして、股の部分をねっとりと舐めてやった。

 

「んふうううっ」

 

 シャングリアはかなり短いスカートはいていたが、そのスカート越しに股の部分に両手をあてて、身体を弓なりにした。

 

「この人形にはたっぷりと媚薬を塗っているからな。つまりは、お前の身体に媚薬を塗っていると同じことなんだ。その身体をこんな風にいじられると、堪らないだろう?」

 

 パーシバルは笑いながら、さらに人形の身体を舌で刺激する。

 

「や、やめろおっ」

 

 シャングリアがのたうちながらも、パーシバルの持っている人形を奪い取ろうとした。

 

「おっと」

 

 すかさず、パーシバルは人形の両手を背中側に動かす。

 

「きゃあ、な、なにっ?」

 

 シャングリアの両手が背中に動く。

 体勢を崩したシャングリアが床にもう一度倒れ込んだ。

 その哀れな姿に、パーシバルは思わず笑い声をあげた。

 そのとき、突然にザーラが声をあげたと思った。

 パーシバルも、なにかの気配を感じて顔をあげる。

 

「なるほど、そういう仕掛けか……。面白い人形だな。俺にも貸せよ、色男」

 

 顔の前に短銃の先があった。

 

「うわっ」

 

 パーシバルは声をあげた。

 目の前にロウがいる。

 

「二度は言わんぞ、パーシバル。その人形を寄越せ。それとも、眉間に穴が開くかだ」

 

 ロウが引き金に力を入れるのがはっきりとわかった。

 

「や、やめろっ」

 

 パーシバルは慌てて人形を差し出した。

 ロウがそれを取りあげる。

 さらに入り口から、ロウの仲間のエルフ娘と黒髪の小柄な女が入ってきた。

 

「こいつの護衛の男たちは、ちょっと脅かしたら逃げていきました、ロウ様」

 

 エルフ女が言った。

 あの男たちというのは、パーシバルが連れてきた護衛のことだろう。

 外で待機するように言い渡していたのだ。

 

「ご苦労さん、ふたりとも。それにしても、シャングリア、少し待てと言っただろう。ひとりで飛び込むやつがあるか」

 

 ロウが叱咤するようにシャングリアに横眼を向けた。

 しかし、ロウの持つ銃口はいまだにパーシバルに向いている。

 

「だ、だって……」

 

 シャングリアはまだ床に座ったままだったが、ロウの言葉にしゅんとなっている。

 そのシャングリアの息はまだ荒く、顔も真っ赤で、しかも大量の汗をかいていた。

 人形に塗った媚薬の効果であるのは明らかだ。

 それにも関わらず、どうしてザーラの惚れ薬の効果がなかったのだろう。

 

「おい、婆あ、さっきから俺の心にちょっかい出すのはやめろ。不愉快だ」

 

 ロウがさっと銃をザーラに向け直した。

 

「ひっ──。お、お前は何者じゃ?」

 

 ザーラが青い顔になった。

 どうやら、ザーラはロウを操り術で支配しようとしていたらしい。

 だが、失敗したのだ。

 ザーラの実力を知っているだけに、パーシバルはそのことに愕然となった。

 そして、もしかしたら、絶対に手を出してはならない相手に、手を出してしまったのではないだろうかとぞっとした。

 

「動くんじゃない」

 

 逃げようとしたパーシバルに、すかさずエルフ娘が細剣を向ける。

 そして、またもや扉から人間が入ってきた。

 

「な、なんだ?」

 

 今度は巫女服を身に着けたふたりの女だ。

 

「あっ」

 

 パーシバルは叫んだ。

 現われたのは、第二神殿の筆頭巫女のベルズと第三神殿の筆頭巫女のスクルズだ。

 どうして、ここに?

 

「ザーラ、観念するのだ。今度は、お前の得意の操り術は通用しない。ここにいるのは誰も彼も、お前の術は効果はない。さあ、大人しく魔道封じの枷を受けよ」

 

 ベルズがザーラに魔道の杖を向けて言った。

 そのベルズの手には金属の枷がある。また、少し大きめの布の袋も持っていた。いずれも、魔道の品のような感じだ。

 

「この老婆は有名人なのですか、べルズ殿?」

 

 ロウが、ザーラに銃を向けながらベルズに訊ねた。

 

「このザーラは、王軍からも神殿からも、ずっと手配されていた闇魔道士です。禁忌の術でたくさんの人間を殺しています。ただ、捕らえようとすると、すぐに捕縛者を操って逃亡してしまうので、捕縛隊を編成することもできずに、これまで逃げおおせていたのです。やっぱり流石です、ロウ様」

 

 ベルズの代わりにスクルズが答えた。

 ベルズについては、すでにザーラの両手に手錠をかけるとともに、顔に袋を被せて首のところを紐で絞っている。

 ザーラは抵抗もできなかったようだ。

 それにしても、“ロウ様”?

 いま、第三神殿の筆頭巫女にして、王国一の魔道遣いが、ロウに媚びを売るような物言いを?

 

「な、なんでじゃ? なんで、わしの術が効果がないんじゃ?」

 

 顔に袋を被せられたザーラが袋の中で叫んでいる。

 

「さあね。きっと神のご加護だな。じゃあ、スクルズ、わたしはこの女を連れていく」

 

「ええ、お願い」

 

 スクルズが言った。

 

「じゃあ、ロウ殿……。また、あとでご挨拶に伺う」

 

 ベルズがにっこりと微笑んだ。

 

「ああ」

 

 ロウが手を振る。

 筆頭巫女のベルズやスクルズといえば、王家とも個人的に親しくしているほどの者たちであり、貴族のパーシバルでさえ、なかなかに接することのできない高貴な立場の女たちだ。

 それにもかかわらず、一介の冒険者風情が随分と親しそうだ。

 

 どういう関係だ?

 そして、ザーラの腕を掴んでいたベルズの身体がザーラごと消滅した。

 移動術──つまりは、瞬間移動術だ。

 滅多に見ることのできない高級魔道であり、パーシバルも目の前で接するのは初めてだ。

 

「さてと、こいつをどうするかな?」

 

 ロウが短銃を上着の中にしまった。

 

「わ、わたしに殺させてくれ、ロウ──。た、頼む」

 

 シャングリアが荒い息をしながら言った。

 まだ、人形の影響が続いているようだ。

 

「まあ、待てよ、シャングリア。ちょうどいいから、こいつには実験台になってもらうさ……。コゼ、扉を閉めろ」

 

「はい」

 

 外に出る扉は次々に入ってきた侵入者のために解放されていた。

 それを黒髪の小柄な女が閉める。

 

「スクルズ……」

 

 すると、ロウがスクルズを手招きして、なにかを耳打ちした。

 呼び捨て?

 

「そ、そんなこと」

 

 スクルズが真っ赤になって声をあげた。

 

「口答えは許さん。やるんだ」

 

 驚愕することに、ロウがズボンの前の穴を開いて、いきなり自分の性器を取り出したのだ。

 パーシバルは目を丸くした。

 そして、さらに驚いたのは、顔を真っ赤にしたままのスクルズが、その場に跪いて、そのロウの性器を口に咥えたのだ。

 

「な、なんだ?」

 

 パーシバルは声をあげた。

 

「精液を飲み込むんじゃないぞ、巫女様。口の中に溜めておいて、あの男の顔に擦りつけるんだ」

 

 ロウが言った。

 スクルズは懸命に性器を舐め続けている。

 

 地方でも有名なあの王都の第三神殿の筆頭巫女のスクルズが──?

 パーシバルはわけがわからなくなった。

 

「ど、どういう関係なのだ……? あ、あんたとスクルズ殿は……」

 

 パーシバルは思わず口にした。

 

「見ての通りだよ。スクルズもまた、俺の女のひとりだ。ついでながら、さっき闇魔道士を連れていったベルズもね。シャングリアが誰かに魔道をかけられたのは、すぐに察しがついた。ザーラという名もな。だから、俺はすぐにスクルズに相談しに行ったんだ。魔道といえば、王都では彼女が一番の専門家だしね」

 

「えっ、ザーラを?」

 

 びっくりした。

 

「スクルズは、ザーラという女魔女をよく知ってたよ。シャングリアにかけられているのは身体を遠隔支配する魔道だと教えてくれたよ。そして、魔道の道筋を逆に辿って、魔道をかけている者を探すことも可能だと言ったんだ。それで、ベルズとも合流して、ここまでやって来たということさ。途中から、そっちからも呼び寄せるような魔力の流れを出したようだな。それでここがわかった。あとは、魔道封じの魔道具を抱えて、この建物の前に瞬間移動でやって来たというだけのことだ」

 

 スクルズに奉仕をさせているロウが勝ち誇ったように言った。

 だが、パーシバルは目の前の光景がいまだに信じられないでいる。

 そもそも、スクルズといえば、王都でも名高い美人巫女だ。有能で敬虔という評判だ。

 それが一介の冒険者の破廉恥な命令に諾々と従って、他人の前で男の性器を舐めるとは……。

 こんなことがあり得るのか?

 

 そのとき、ある言葉が頭によぎった。

 操り……。

 もしかしたら、このロウは操り師か?

 そう考えれば、辻褄は合う。

 このロウは、ザーラを上回る操り術を遣う魔道士なのだ。

 

 そうであれば、これだけの美女たちがロウの言いなりになっているのも納得がいくし、ザーラの操り術がシャングリアに効果を及ぼさなかったのも説明がつく。

 シャングリアはすでにロウに操り術をかけられていて、しかも、その魔道が強いので、ザーラの操り術が無効になってしまったのだ。

 

「あ、あんたは魔道士か……?」

 

 パーシバルは言った。

 

「どうかな……。さて、じゃあ、スクルズ殿、出しますよ」

 

 ロウが少しだけ腰を突きあげる。

 

「ん……」

 

 スクルズは鼻息をたてて、口の中のものを受け入れる仕草をした。

 やがて、ロウの股間から口を離し、手で口を覆うようにして、こっちにやって来る。

 

「動かないのよ……」

 

 ずっと剣を向け続けているエルフ娘が鋭く言う。

 

「失礼……」

 

 スクルズが口を開いた。

 その舌の上には、たったいまロウから放出された精が乗っている。

 スクルズがそれを手のひらに出して、パーシバルの頬に擦りつけた。

 

「うわっ、な、なんだ?」

 

 さすがにパーシバルは後ずさりしたが、そのときにはスクルズによって、ロウの精を顔に塗りたくられてしまった。

 汚臭が自分の顔から漂う。

 

「おおっ、いいようだ。紋章とこいつが繋がったのを感じる……。じゃあ、ちょっと待っててくれ。すぐに戻る。それまで、コゼ、この人形でシャングリアと遊んでいいぞ」

 

 ロウが黒髪の小柄な女にあの人形を手渡した。

 

「そ、それを渡さないでくれ」

 

 シャングリアが声をあげた。

 そのとき、パーシバルは、なにか強い力で自分の身体が引っ張られるような感覚に襲われた。



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121 女になった色男

「こ、ここは……?」

 

 びっくりした。

 一瞬にして景色が一変した。

 たったいまいたはずのザーラの店ではなくなっている。

 なにもない真っ白い空間だ。

 どこだ、ここは……?

 

主殿(しゅどの)

 

 そのとき、背後で嬉しそうな女の声がした。

 振り返った。

 驚くことに、素裸の女がいた。

 驚くほどに美しい女だが、頭に角がある。女妖魔、つまり、雌妖だ。

 しかも、ロウもいて、そのロウも素裸だった。

 ロウに雌妖が擦り寄るように抱きつく。

 

「サキ、協力に感謝するよ。事前に頼んでいたとおり、こいつを調教する。ちょっと懲らしめたいんだ。手伝ってくれるな」

 

 ロウが言った。

 

「それはいいが、わしの能力を主殿に貸した途端に、わしも素裸にされて、ちょっと恥ずかしいぞ。主殿は、えっちだな」

 

 雌妖が少し嬉しそうにに笑っている。

 随分と親しそうだ。

 こいつ、やっぱり何者?

 

「不満か?」

 

「いや、不満などない。一生懸命にやるぞ。ところで、なにをすればいいのだ?」

 

「こいつを徹底的なマゾに仕上げる。ただ、いまの段階で、こいつにはそんな性癖はないし、時間もかかるだろう。かといってずっと関わるほど、こいつに俺の時間を割きたくない。だから、頼む。なあに、サキ自身がする必要はないさ。そんなのが好きな眷属がいれば、やらせればいい」

 

「なるほど。まあ、いくらでも心当たりがあるな。つまりは、こいつを妖魔の性処理の厠にすればいいのだな。だが、主殿にしては珍しいな。毀してよいのか?」

 

「問題ない。それだけのことをしたやつだ。だが、最初は俺がする。その補助をしてくれ。とりあえず、三角木馬にでも乗せるか。それと、電撃責めだ」

 

「わかった」

 

 雌妖が頷いて、パーシバルに寄ってくる。

 パーシバルはぞっとした。

 

「や、やめて、やめてくれ……」

 

「抵抗は無駄だ。ここはわしの仮想空間だ。いまは主殿のだがな……。いずれにしても、一切の抵抗はできんぞ、人間族の女」

 

 雌妖が言った。 

 女──?

 

 パーシバルは訝しんだ。

 そして、悲鳴をあげた。

 自分の身体も裸だった。

 しかも、胸に乳房がある。

 身体も細く、股間にもなにもない。

 あるべきものがないのだ。

 女になっている──?

 あまりのことに、思考ができなくなった。

 

「うぐううっ」

 

 次の瞬間、凄まじい激痛が股間に走った。

 パーシバルは先の尖った三角木馬に乗せられていた。

 しかも、両手がいつの間にか頭上にあげられて、上から伸びた鎖付きの手枷を嵌められている。

 一瞬のことであり、わけがわからなかった。

 

「男をいたぶる趣味は皆無だが、外見が女だったら、少しはやる気も出る」

 

 ロウが笑って、木馬に跨っているパーシバルの股間の下にぐいと手を差し込んできた。

 そして、股間の下に手のひらを差し込み、ロウが股間をいじり始めた。

 

「ふううっ」

 

 一瞬にして込みあがった得体の知れない快感に、パーシバルは呼吸を乱して戦慄した。

 それは快感というには恐ろしいほどの衝撃だった。

 

「ああ、やめろっ」

 

 パーシバルは声をあげた。

 そのとき、パーシバルは、口から出る自分の声が随分と甲高くて力の入っていないものであることに気がついた。

 女のような声……。

 身体だけでなく、声までも……?

 パーシバルの戸惑いは頂点に達した。

 

「やめていいのか?」

 

 ロウがにやつきながら、股間の下にあった手をさっとどけた。

 

「うくうっ」

 

 パーシバルは大きな声で呻いた。

 ロウが手を外したことにより、持ちあげられていた股間が不意にさがって、三角木馬の突起部分に食い込んだのだ。

 

「女になっていたぶられる気分はどうだ、パーシバル? なかなか気分が出てきたみたいじゃないか」

 

 ロウが三角木馬の側面を力強く蹴り飛ばした。

 

「うわあっ、あうううっ」

 

 股間から迸った激痛にパーシバルは絶叫した。

 いま気がついたが、三角木馬は床に接しているのではなく、前後左右に自在に動く一本の太い柱に乗っているようだ。それでロウが木馬を蹴ったことで、木馬が大きく揺れて、パーシバルの股間に、まるで股が裂けるかのような痛みが走ったのだ。

 

「女になるって……。もしかして、この女は、本当は男なのか、主殿?」

 

 雌妖が不思議そうな顔をしてロウを見た。

 

「ああ、そうだ。実際には、ちょっと見ないくらいの色男だよ、サキ。シャングリアに手を出そうとした貴族様でね。殺してやってもいいんだが、それよりも、心に回復不能の精神的な傷をつけてやろうと思ってな。それで女にしてやったんだ」

 

「なるほど、それでこれだけの美形であるのか……。いずれにしても、主殿は相変わらず鬼畜だのう。本当は男である者を女にして、マゾでもなんでもないのに無理矢理にマゾにするのか。いや、面白い」

 

 サキと呼ばれた雌妖が笑った。

 しかし、そうやって、ロウと雌妖が話すあいだも、死ぬような激痛が股間から脳天に向かって迸り続ける。

 だが、痛みにのたうつこともできない。

 少しでも動けば、容赦のない痛みだ。

 バーシバルは、既に泣きそうだ。

 

「じゃあ、早速、頼む、サキ」

 

「ほう、どうしたらいいのだ?」

 

「尻を犯してやってくれ。自尊心の高そうな男だったから、雌妖に尻をほじられるなんて、二度と立ち直れないようなショックだろうさ。俺は前から犯す。ふたりで田楽突きにしてやろう」

 

「しょっく? でんがくつき? 主殿は時折、わからない言葉を使うな。とにかく、こいつの尻を犯せばよいのだな? だが、主殿の前で男根を生やすのは恥ずかしいのう」

 

 雌妖が苦笑ながら、片手で股間に触れた。

 次の瞬間、雌妖のサキの股間に黒々とした怒張がそそり勃った。

 

「な、なにをするつもりだ──? や、やめんか」

 

 パーシバルは声をあげた。

 

「勝手にしゃべんじゃないよ」

 

 ロウがまたもや、木馬を蹴りあげた。

 木馬が大きく左右に揺れる。

 突き刺されたような股間の痛みに、パーシバルは声を迸らせていた。

 

「心配しなくても、お願いだから尻を犯してくれと、お前が頼むまで犯しはしないよ」

 

 ロウがそう言い終わると同時に、両手首にぐんと体重がかかって身体が下に落ちた。

 また不思議なことが起こっていた。

 パーシバルが乗っていた木馬が消滅して、両手首にかけられていた鉄枷でパーシバルの身体が宙吊りになったのだ。

 さらに両足首には木の棒の両端に縛られていて、脚を閉じられないようになっている。

 サキとロウのふたりは、宙吊りになっているパーシバルの前に立つような態勢だ。

 

 そのとき、パーシバルは気がついたが、本来は背の高いパーシバルは、ロウやサキよりも、ずっと小柄な身体になっていた。その証拠に、吊りあげられた足先はぎりぎり床に届いていないのに、腰の位置はロウたちよりもやや下にある。

 本当に女の身体そのものにされたようだ。

 パーシバルは、自分の身に起きていることが、信じられないでいた。

 

「サキ、そいつの尻にこれを塗ってやれ。柔らかくほぐれるだけでなく、じんじんと疼いて誰かに犯されたくて堪らなくなるはずだ」

 

 ロウが先に壺のようなものを渡すのが見えた。

 

「これは、この前、わしも塗られた薬剤じゃな。この女……いや、男も泣き叫ぶだろうな」

 

 サキが笑いながら、パーシバルの背後に回るのがわかった。

 

「あっ、や、やめよ。よせっ」

 

 パーシバルは喚いた。

 しかし、後ろにやってきたロウの手により、尻たぶをふたつに割られて固定される。すぐに雌妖の指が尻穴の奥に入ってきた。

 

「はああっ」

 

 パーシバルはまたもや、女のような声をあげてしまった。

 雌妖によって、尻に指を深く挿入されて、内部を弄り回される。

 それは身体が引き裂かれるような屈辱なのだが、一方で不可思議な快美感が襲ってくるのだ。

 パーシバルは驚いて、その感覚を振り切ろうと、激しく身体をもがかせた。

 

「もう感じてきたのか、さすがは主殿の薬じゃな。すぐに柔らかくなってきたぞ」

 

 サキが笑いながら言った。

 そのあいだも、サキは壺の中に指を入れてはかなりの量の油剤をすくいとっている気配だ。それをどんどんとパーシバルの尻穴に詰め込んでいる。

 

「いや、これは薬のせいじゃないな。どうやら、この貴族男様は、尻をほじられて満更でもないようだ。乳首も立ってきたしな」

 

 ロウが嘲笑うような口調でからかいの言葉をかけて、すっとパーシバルの胸の乳首に指を這わせた。

 

「うはっ」

 

 口から迸った自分の甘い声にびっくりして、パーシバルは慌てて口をつぐんだ。

 だが、ロウの指が乳首の表面を動き、その縁をなぞりあげるたびに、ぞわぞわとする刺激が駆け抜ける。

 前から男、後ろから雌妖に身体をいたぶられるという恥辱に魂も凍りそうなはずなのに、身体は信じられなくらいに熱くなり、パーシバルの意思とは無関係に快感がどんどんと駆けあがってくる。

 頭が狂いそうだ。

 バーシバルは悲鳴をあげた。

 

「もういいようじゃ。前はどうする?」

 

「塗るさ」

 

 ロウが先から小壺を受け取った。

 そして、パーシバルの目の前で油剤を手に乗せて、閉じることのできない股間に指を這わせてきた。

 

「あううっ」

 

 股間のある一点で指がくりくりと動かされた。

 もしかしたら、そこは女の肉芽だったのだろうか。

 それにより沸き起こった大きな衝撃に、パーシバルの脚はがくがくと震えて、とても自分の声とは思えないような嬌声が口から飛び出した。

 

「女のような声を出しやがって。本当は男なんだぞ、お前は。恥ずかしくないのか」

 

 ロウが笑いながら、もう一度小壺に指を入れて油剤をすくう。

 再び股間にロウの指が近づくのがわかった。

 

「や、やめてくれ……。も、もう……」

 

 頭がおかしくなりそうだった。

 男と雌妖に身体をいたぶられ、死んでしまいたいほどの屈辱なのに、どうしようもなく身体が感じるのだ。

 当惑した。

 自分が信じられない。

 しかし、抗することのできない快感が際限なく込みあがる。

 パーシバルは我を忘れた。

 

「はああっ」

 

 また、女の悲鳴のような声を叫んでいた。

 ロウの指が股間の亀裂に入り込み、ぐいと指が身体の内側に入り込んできたのだ。

 途端に、まるで痙攣を起こしたかのように、がくがくと膝が震えた。

 

「感謝しろよ、色男。本当は破瓜なんて股が裂けるような痛みらしいぞ。だが、特別にしっかりと感じる身体にしてやったんだ。いまのお前さんの身体は、普通の女でもありえないような超敏感な肉体になっている。その身体に与えられる刺激は堪らないだろう」

 

 ロウが指を中で動かし続ける。

 確かに、それは快感というには、あまりもの衝撃だった。

 指はするっするっと浅い抽送を行っているだけなのに、身体の芯まで溶けるような愉悦が全身を突き抜けていく。

 

 これが女の快感というものか……。

 パーシバルは頭が白くなるような夢心地に、すべての理性が吹き飛ぶ心地を味わった。

 

「ああ、な、なんだ、これ……。ああっ、あああっ」

 

 とても自分の声をは思えないような恥ずかしい声がどんどんと口から出ていく。

 我慢することは不可能だった。

 何気なく動いているロウの指は、これ以上の醜態をさらしたくなくて、少しでも与えられる快感から逃れようと、腰を振って一番感じる場所から指の場所を逸らそうとするのに、的確にそこを追いかけてくる。

 息もできない……。

 パーシバルは早くも追い詰めれていた。

 

「おっと、終わりだ。そんなに簡単にいい気持ちになれると思うなよ、色男。この続きは、お前がその口でおねだりをしてからだ……。お願いだから、尻とまんこを犯してくれと頼みな。そうしたら、続きをしてやる」

 

 ロウが指を抜いてそう言った。

 

「ふ、ふざけるな……。な、なんで、そんなことを……」

 

 パーシバルは辛うじてそう言った。

 しかし、そのことでパーシバルは恐怖を感じてしまった。

 実のところ、たったいま与えられ続けられていた快感が中断されたことに、パーシバルの心のどこかに、それに対する失望感のようなものが生まれたのだ。

 それだけじゃない。

 さらに高まるであろう未知の欲望に対する期待感……。

 それがある。

 パーシバルは自分の心が変わってしまいつつあるのをはっきりと感じて怖くなっていた。

 

「まあ、ゆっくりと色責めで堕としてもいいんだけどな……。だが、手っ取り早く進ませてもらうぞ」

 

 ロウがそう言い終わったときには、ロウは右手に白い杖を持っていた。

 そう言えば、どこかに置いた気配もないのに、さっきの媚薬入りの小壺もなくなっている。

 これはなんなのだろう?

 

 魔道……?

 ……とも違う感じだ。

 そのとき、ロウの持っていた白い杖の先がぐいと宙吊りのパーシバルの鳩尾に食い込んだ。

 

「うごおおっ」

 

 絶叫した。

 信じられない激痛が身体に走った。

 それが杖の先から迸った電撃のためだとわかったのは、やっと杖の先がパーシバルの身体から離れてからだ。

 

「これが電撃責めだ、パーシバル。やめて欲しければ、さっき俺が言ったことを大声で叫ぶんだ。俺が満足するくらいの大声だったら、電撃責めをやめて前後から犯してやる」

 

 ロウが太腿に杖を近づけながら言った。

 パーシバルの抗議の言葉が口から出ることはなかった。

 その代わりに、口からは電撃の苦痛による絶叫が迸った。

 今度はかなり長く続いた。

 

「相変わらず、主殿は鬼畜じゃのう」

 

 後ろから雌妖の呆れたような声が聞こえた。

 しかし、それもパーシバルの叫ぶ悲鳴にかき消された。

 そして、電撃が一度とまったが、間髪入れずに、今度は下腹部に直接杖の先を当てられて、電撃を流された。

 パーシバルは宙吊りにされた身体を激しく揺り動かし、果てには小便まで垂らした。

 

 そして、また電撃──。

 それが繰り返される。

 実際にはそれほど長い時間かもしれなかったが、パーシバルには延々とした時間に感じた。

 ついに、パーシバルは泣き出してしまった。

 

「……お、お願いだから、前と後を犯してください……」

 

 パーシバルははっきりと泣きながら、それを口に出した。

 それでも、ロウは許さず、さらに五回ほど電撃を浴びせ、パーシバルに張り裂けるような大声でそれを言うことを要求した。

 

「そんなに頼むなら仕方ないな。じゃあ、サキ、お前からいってくれ」

 

 やっと、満足したのか、ロウが笑ってそう言った。

 

「本当に主殿は……」

 

 背後のサキが呆れたような口調で呟くのが聞こえた。

 

「うううっ、ううっ、ううっ」

 

 次の瞬間、パーシバルは大きく背中をのけぞらせた。

 サキの指がパーシバルの尻たぶを拡げて、強引に菊門の内部に肉の棒を埋め込もうとしたのだ。

 

「や、や……ああっ……」

 

 やめてくれという言葉は出てこなかった。

 恐ろしい電撃責めのことが頭に走ったのだ。

 やがて深々と最後まで入り込んだのがわかった。

 油剤のせいか、痛みはそれほどでもなかった。

 それよりも、苦痛を感じるはずの行為が、名状のできない鋭い肉欲の痺れを与えたのがわかって、パーシバルは大きな屈辱を覚えた。

 

「それっ、これを喰らえ」

 

 ロウが前から怒張を股間に貫かせてきた。

 逃げることはできない。

 尻穴には雌妖の股間に怒張が貫いている。

 

「サキ、尻が裂けても構わん。思い切り突いてやれ。あとで部下たちにやらせるときには、尻を裂かれることすら、悦ぶど変態に仕上げてくれ。頼むぞ」

 

「ほんに、鬼畜じゃのう」

 

 サキが笑った。

 そして、前後からの律動が始まった。

 それにより沸き起こったのは、パーシバルがこれまでに想像することもできなかったような歓喜と興奮のうねりだ。

 そのあまりの激しさのために、パーシバルは言葉を発することもできなかった。

 やがて、津波のような衝動が襲った。

 パーシバルは突き抜けるような愉悦に、全身をがくがくと震えさせた。

 

「呆気ないな。もう達したか? 男のお前も、そんなに早漏か? しょうがないなあ……」

 

 目の前のロウがそう言って笑った。

 そのとき、股間を貫いているロウの怒張から熱い精が迸るのをはっきりと感じた。

 

「あああっ」

 

 パーシバルは悲鳴をあげていた。

 それは快感によるものではなかった。

 確かに信じられないような愉悦はパーシバルを襲っていたが、それよりも、なにか巨大な力がパーシバルの魂のようなものを鷲掴みしたような感触が襲っていた。

 同時に、この男には絶対に逆らえない……。

 そんな恐怖感にも似た感情がパーシバルを包んでいた。

 

 

 *

 

 

「んふううっ、ふううっ──。お、お前たち──、い、いい加減に……」

 

 一郎が仮想空間から戻って、最初に耳に入ってきたのは、シャングリアのけたたましい悲鳴と抗議の声だ。

 ふと見ると、シャングリアは背もたれのついた長椅子に腰かけていて、両手は椅子の後ろに回っていた。

 一郎が仮想空間から戻ったのは、おそらく、気をやった瞬間だったような感じだ。

 長椅子にひとりで座っているシャングリアは、身体を大きく弓なりにして、がくがくと身体を震わせていた。

 

 一方で、シャングリアと向かい合う側の長椅子に並んで座っているのは、コゼとエリカとスクルズだ。

 どうやら、コゼが持っているのは、シャングリアを刻んである「呪いの人形」であり、コゼはそれを使って、シャングリアの身体を拘束するとともに、人形を通じて快感を送っている最中だったようだ。

 コゼの手の中の人形も、座ってるシャングリアと同じ姿勢をしている。

 仮想空間から戻ってきた一郎は、並んでいる三人の背後の位置に出現したので、三人は気がついていない。

 

「文句を言うんじゃないわよ、シャングリア。人形はただ、よがっていればいいのよ。とにかく、いまのはあたしの方が早かったと思うわ、エリカ」

 

「そんなことないわよ。砂時計が二回半でしょう。ほとんど同じよ……。そもそも、最初にやったわたしよりも、二度目のコゼが達しさせやすいはずよ。それで時間がほとんど変化がないというのは、わたしの勝ちとみなしてもいいと思うけどね……。まあ、同点ということでいいんじゃない……。それよりも、次はスクルズですよ」

 

 

「わたしは……」

 

 その三人が賑やかになにかを話している。

 

「あっ、ロウ」

 

 向かい合うシャングリアがまずロウに気がついた。

 すぐに三人の女が一斉に振り返った。

 

「ロウ様」

「ご主人様」

「ロウ様」

 

 エリカとコゼとスクルズがぱっと微笑んだ。

 

「なにをしているんだ?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「言われたとおりに、シャングリアで遊んでいたんです、ご主人様。いまやっていたのは、この人形を使って、誰が一番短い時間でシャングリアをいかせることができるかという遊びです」

 

 コゼがにこにこしながら言った。

 

「た、助けてくれ、ロウ──。こいつら、人形でわたしの身体を動けなくして、こんなことばかりやっているのだ」

 

 シャングリアが向こう側から泣くような声を出した。

 ふと見ると、シャングリアのスカート地には、大きな丸い染みがしっかりとできるくらいに愛液で濡れている。

 下着をはいている股間から、さらにあんなにスカートを濡らすのだから、相当に愛液を垂れ流しているのだろう。

 つまりは、それだけ苛酷な責めを受け続けているということに違いない。

 淫らな遊びをしている自分の性奴隷たちに、一郎はとても愉快な気持ちになり、ほくそ笑んでしまった。

 

「……面白そうだな。俺もやるか。勝った者は、ほかの者に対して、なんでも命令できるということでどうだ?」

 

 一郎は言った。

 

「そ、そんなのご主人様が勝つに決まっているじゃないですか……。まあ、でも、やりましょう」

 

 コゼだ。

 

「じょ、冗談じゃない。いい加減に、その人形で遊ぶのをやめてくれ」

 

 シャングリアが大きな声をあげた。

 

「ところで、いま、どのくらいの時刻だ? あれからどのくらいの時間が経った?」

 

 一郎は並んで座っている三人の女を詰めさせて、長椅子の真ん中に座りながら訊ねた。

 長椅子は三人掛けくらいの長さしかないので、一郎の両側になったエリカとスクルズはほとんど一郎の膝に乗るくらいの状態に密着したようになっている。

 

「あれから一ノスくらいです、ロウ様。そういえば、パーシバルはどうしたのです?」

 

 一郎の横でエリカが言った。

 一ノスということは、一時間も経っていないということだ。

 

 仮想空間でパーシバルをいたぶり続けたのは、一郎自身の感覚では半日くらいのことだ。

 やはり、仮想空間とこちら側では、時間の感覚がまったく違うようだ。

 サキによれば、こちらの時間が経たないのに、向こうで数年を過ごすこともできると言っていたから、仮想空間では時間というのは、あってないようなものなのかもしれない。

 サキに能力開花させてもらった一郎の亜空間術も、同じことができるらしいので、一郎も練習しなければと思った。女たちを連れ込んでたっぷりと堪能し、実際にはほとんど時間が経ってないということになれば、性生活がかなり豊かになる。

 

「パーシバルは、サキに預けてきた。仮想空間の中で、最低でも三箇月は調教を続けると言っていたな。ただ、こちらの時間では、数分くらいにしかならないように調整するとか言っていたから、もうすぐ戻ると思うぞ」

 

 一郎は言った。

 仮想空間に連れていったパーシバルについては、サキに託して、雌妖や男妖たちによる徹底的な嗜虐調教を施し、バーシバルの時間感覚で最低数箇月間は、いたぶり続けることになっている。

 いまも、サキが受け継いで、部下も使って、パーシバルに女体化調教を施しているはずだ。

 サキの仮想空間の中とはいえ、パーシバルは三箇月も、女としての恥辱と快楽の調教を受け続けることになる。

 

 まあ、男としては、これ以上はないくらいの仕打ちかもしれない。

 一郎のものとわかっていながら、シャングリアにちょっかいを出したのだから、当然の罰とも思うが……。

 そうこうしているうちに、目の前にうずくまった人間の塊が突然に出現した。

 どうやら、パーシバルだ。

 

「きゃあああ」

 

 パーシバルがこっちを見て、悲鳴をあげた。

 そのパーシバルは一郎と一緒に仮想空間に連れていく前と、まったく同じ服装をしていた。

 だが、なんとなく雰囲気が違う。

 なによりも、一郎たちを認めて叫んだ声は、女の悲鳴のようにしか聞こえなかった。

 

「……ま、マゾで淫乱の名無し女でございます、ご主人様。どうか、マゾ調教をお願いいたします」

 

 そのパーシバルががばりと両膝を揃えて一郎に向かって土下座をした。

 いきなり、調教をお願いしますという言葉には驚いた。おそらく、サキは一郎の姿で仮想空間で三箇月間、それこそ徹底的に、パーシバルに性奴隷の調教をしたのだろう。

 また、「名無し女」と名乗ったのが、なぜか知らないが、やたらに貴族風吹かす男だったので、調教で名無しにされたのだろう。

 まあ、どうせ、そんなところだろう。

 

 それはいいが、ちょっと違和感があったのは、どことなく、パーシバルの仕草が女性らしいことだ。

 しかも、姿や動作だけでなく、声もそうだ。紛れもなく、女性の声だ。

 

 いや……。

 声どころじゃない。

 身体もこれは女だ。しっかりとふたつの乳房もある。

 それでいて、美男子だった面影はあり、それなりの美形だ。

 

 これは、もしかして、一郎はサキに、現実世界に戻すときに、男に戻してくれと伝え損なったか?

 ううん……、考えれば伝えてない。

 だから、サキは、女のまま返してきたのだろう。

 これは、失敗したな。

 しかし、パーシバルをもう一度、仮想空間に戻すような面倒も御免だ。

 まあいい。

 このまま、放り投げるか。

 

「……こ、これがパーシバル……?」

 

 反対側のシャングリアも唖然としている。

 

「……もういい、消えろ。二度と俺たちの前に現れるな」

 

 一郎は言った。

 きょとんとしているパーシバルに、一郎は今度は同じ言葉を強い口調で言った。

 

 この建物から離れれば、パーシバルはすべての記憶を失うはずだ。サキにはそういう呪術をかけておくように言っておいた。

 パーシバルが慌てたように、この建物の外に逃げていった。

 もうそれで、一郎もパーシバルのことを記憶から抹消することにした。

 あんな男がこれからどうなろうと知ったことじゃない。

 記憶を失わせているから、実家には戻れないだろうし、いまのパーシバルを見ても、男だったパーシバルを連想する者は皆無だろう。

 無一文の美形のマゾ女が、こんな治安の悪そうな場末の路地でどうなるか、想像して余りあるが、どうせ、いままでもろくでもないことをしているのだろう。

 自業自得だ。

 

「……じゃあ、続きをしよう。次は、スクルズの順番からだな」

 

 一郎は言った。

 

「や、やっぱり、わたしもやるんですか」

 

 スクルズが当惑した表情をしている。

 一方で、向かい側のシャングリアは、椅子に張りついた状態のまま、再び抗議の声をあげはじめた。

 

 

 

 

(第19話『女騎士のちょっとした災難』終わり)



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【5章 第三王女の恋人】
122 ロウに関する報告


 『ロウに関する報告』――。

 

 

 シャーラが手渡した木切れの破片に強い魔力を加えると、木切れが消滅して、最初にその文字が空中に浮かびあがった。

 イザベラは、シャーラから報告を受けるときには、必ず、こういう方法で受けることにしていた。

 これならば、なんらかの事情で木切れが奪われても、木切れは木切れだ。

 第三者には、なんの価値もないゴミにしか思えないだろうし、もしも、魔道の強い者がいて、木切れが情報書の役割をしていることを見抜いたとしても、イザベラの波動の魔力がなければ、解除は不可能だ。

 なにしろ、イザベラには敵が多い。

 いや、敵だらけといっていい。

 だから、宮廷内に敵の多いイザベラとしては、なんでもないやり取りでも、それが敵の手に渡って、思わぬ攻撃材料に使われたりしないように用心する必要があったのだ。

 

 

 

『ロウ、年齢不詳、おそらく、三十過ぎ。出身不詳。外観は人間族。家族不詳……。髪の毛は黒。中肉中背……。ドロボークにおける入国手続きは××月××日、王都ハロルドにおける冒険者登録は××月××日……、冒険者ランク(アルファ)……』

 

 

 

「なんじゃ、これ。わからないことだらけではないか、シャーラ」

 

 イザベラは笑ってしまった。

 

「申し訳ありません、姫様。手を尽くして調べましたが、ハロンドールの西に面するドロボークの城郭で入国手続きをした以外のことはわかりませんでした」

 

 シャーラが申しわけなさそうに言った。

 

「まあ、シャーラの調べでわからないのであれば、誰がやっても同じなのだろう。わからんことは、本人にでも訊ねるしかないのう……。まあ、わたしとしては、ロウという冒険者が、キシダインなどとの繋がりがないということが確信できればいいのだがな」

 

「それについては、あらゆる面から、その可能性はないと申せると思います。キシダイン卿との繋がりの形跡は皆無です。そもそも、ロウという冒険者が注目を浴びた最初の事件がドルニカ伯爵事件ですし……」

 

「ああ、そういえば、そんなこともあったのう」

 

 イザベラは言った。

 ドルニカというのは、いまは領地に戻って隠棲しているという話がある、しばらく前まで王都で活躍していた伯爵夫人だ。

 多くの若い芸術家を育てるパトロンであったが、一方で面倒を看ている若い芸術家たちを奴隷のように扱っているという噂もあり、イザベラは常々不快に感じていた。

 ただ、イザベラの姉の第一王女のアンの婿であるキシダイン卿と昵懇であり、多少の不法をしても、ドルニカが咎められることはなかった。

 

 そのドルニカを王都から追い出したのがロウだ。

 どのような方法を使ったのかまではわからない。

 ただ、ロウが受けたクエストは、ドルニカが監禁したニーナという歌姫を救うことであり、その過程の中でロウはドルニカと諍いがあったようだ。

 その結果、ニーナはドルニカから解放されて故郷に戻って結婚し、ドルニカは数日のうちに王都を出ていき、いまだに領地に引きこもっている。

 不確かな情報だが、ドルニカが出ていく前の夜、そのドルニカが夜の王都で素裸で徘徊し、多くの市民の前で糞便までしたという噂もある。

 いずれにしても、ロウとドルニカのことは不明だ。

 ドルニカがロウに危害を加えられたとすれば、貴族に対する冒涜として訴え出てもいいはずなのだが、その気配もない。

 

 そして、いま、イザベラは、シャーラから、そのロウという冒険者に関する報告を受けていたところだ。

 シャーラは、表向きはイザベラにあてがわれている侍女のひとりということになっており、いまもほかの侍女たちと同じ格好をしているが、実は、イザベラ付きの護衛であり、魔道戦士の肩書を持つエルフ族の女戦士だ。

 

 シャーラをイザベラに紹介したのは、いまはタリオ公国に嫁いでいるひとつ上の姉のエルザであり、当時、エルザは、代々のギルド長を王族から出すという慣習に伴い冒険者ギルド長をしていたが、二年半前にタリオ公国に公妃として嫁ぐことになり、それにあたり、ギルド長をイザベラに申し送るとともに、シャーラという女を紹介したのだ。

 

 当時のシャーラは、一介の冒険者だったが、絶対に信用できる女として、王位継承権を持つ王女でありながら、王国内にほとんど後ろ盾のないイザベラの役に立つ女として、エルザが侍女としてイザベラにつけたのだ。

 エルザは、女にしておくのが惜しいほどに優秀な女であり、ほかのどんな人物よりも、イザベラはエルザのことなら信用できた。

 だから、シャーラを迎え入れた。

 

 そして、やはり、シャーラは有能であり、現在では護衛だけではなく、イザベラの命により、さまざまな諜報や工作活動なども行うようになっていた。

 王女としての肩書がなければ、十六歳の小娘にすぎないイザベラの数少ない絶対に信用のできる者のひとりだ。

 

 それにしても、イザベラの困った状況を作っているのは、他ならぬ父親であり、国王だ。これについては、イザベラも些か、国王に恨み節も言いたくなる。

 現在のハロンドール王はルードルフといい、イザベラの父親であるが、イザベラからみても、有能な王とはいえず、政事にはほとんど興味を示さず、しかも、好色であり、男といわず女といわず、非常に多くの色を好み、それが高じて、家臣に政務のことはほぼ丸投げをして、日のかなりの時間を後宮ですごすという、些か残念な男である。

 

 どのくらい政務に興味がないかというと、王位について十年以上になるが、いまだに第一王位継承者を決めていないくらいである。

 まあ、決めなければならないことは、可能な限り後回しにするという癖があり、また、軋轢を好まず、隣国であろうと、家臣であろうと、誰にでもいい顔をするという王だ。

 それが、即位以来十年間も王太子を指名していないという状況を生んでいるのだが、イザベラにいわせれば、そのことがハロンドール王宮に、いまや大きな混乱を招いているといっていい。

 そして、その混乱の当事者であり、犠牲者なのが、ほかならぬイザベラだというわけだ。

 

 ハロンドール王ルードルフには、実子が三人いて、すべて王女である。

 十六歳のイザベラは第三王女であり、第一王女のアンと第二王女のエルザは、ともに二十三歳だ。

 だが、すべて母親が違い、正妃のアネルザの実子は第一王女のアンのみであり、第二王女のエルザは王宮の洗濯女であって、イザベラの母は当時王宮にいた下級貴族の娘だ。また、エルザにしても、イザベラにしても、母親は早世している。庶子腹のエルザはもちろん、イザベラにも王国内に後ろ盾となる貴族はいない。

 

 本来であれば、第一王位継承者は、第一王女にして、マルエダ辺境候の長女にして現王妃アネルザの実子のアンであり、それであれば、誰ひとりとして文句は言わなかったと思われるが、このアンに、まったくの魔道力が存在しなかったことが、いまの混乱を招くことになった。

 

 つまりは、国王に高い魔道力は必要としないが、まったくないというのは、国王にしか継承することができないさまざまな魔道具を使用できず、国王としての国事行為がまったくできないということなのだ。

 そのため、アンが年齢がいまのイザベラの頃に、早々に王位継承を放棄して、後日、キシダインという王族の公爵家の嫡男に嫁ぎ、その妻になった。

 

 また、第二王女のエルザも、政務にしろ、流通にしろ、民事にしろ、実に優秀な女性だったのだが、エルザもまた魔道力がなかったために王位継承者にはなりえず、アン同様に継承権を放棄させられ、二年半前にタリオ公国大公アーサーのところに公妃として政略結婚で送られた。

 

 姉ふたりに比べれば、イザベラは幼少から魔道力を保持していることが明らかであり、姉ふたりの王位継承権がなくなったいま、ルードルフの後継者の第一候補である。

 

 だから、順当であれば、イザベラが王太女で問題はなく、ルードルフがそれを明言すれば、それで終わりの話であるはずなのだ。

 なにしろ、ハロンドール王国の歴史において、王位は実子が優先して継ぐということが常識であり、過去の歴史において、実子が存在しながら、実子以外が王になったことはない。また、数は多くはないが、女王の例もあり、イザベラが王太女になることは、王国の慣例のとおりなのだ。

 

 ところが、それに待ったをかけているのが、アンを娶ることで王位継承の資格を得るとともに、公爵を継いでハロルド公となったアンの婿のキシダインと、王妃のアネルザなのだ。

 キシダインは野心の大きい男であり、自分こそが次期国王に相応しい能力を持っていると公言してはばからないし、王妃アネルザも、実の娘のアンを将来の王妃にしたいと熱望していて、キシダインを王太子に推している。

 また、キシダインもアネルザの実家のマルエダ辺境候も大貴族であり、王国内の有力貴族はこぞってキシダイン派といってよく、それに比べれば、イザベラなどに味方するのは、力のない中小貴族くらいであり、味方らしい味方は皆無だ。

 

 そんな状況で、ルードルフが日和見を決め込んでいるために、イザベラは些か困った立場になっているということだ。

 なにしろ、キシダイン派からすれば、イザベラという存在が邪魔で仕方がなく、ある意味、イザベラさえ「不慮の事故」で死ねば、もはや、王位継承は、間違いなくキシダインに転がってくるのである。

 実際のところ、ここ最近のイザベラを取り巻く環境は悪化の限りであり、毎日のように暗殺の危機に瀕している。

 イザベラの身を守り続けてくれているのは、二年半前にエルザがつけてくれたシャーラだけであり、イザベラとしては、誰でもいいから、自分を助けてくれる頼りになる味方や、信頼できる有能な部下を心の底から欲している。

 

 それで、目をつけたのが、一介の冒険者にすぎないが、王都三神殿の筆頭巫女が陥った危難を鮮やかに解決した手腕を示したロウだ。

 ロウは、登録間もない新人の冒険者だが、抜きんでた実力があることは短い期間で成し遂げたクエスト成功の記録が証明している。

 ならず者集団だと揶揄する者が多い冒険者たちであるが、一騎当千の強者も多く、人となりさえ見極めれば、信頼できる者もいることは、他ならぬシャーラが冒険者出身であることで十分だ。

 イザベラは、ロウという冒険者に、実に大きな興味を抱いた。

 

 もっとも、このロウに関する記録について、ギルド長でもあるイザベラが知ったのは最近のことだ。

 ロウには特殊な事情があるらしく、自分の功績を公にしないでくれと、副ギルド長のミランダに頼んでいたようであり、それを受けたミランダがずっとロウの名とクエスト記録を改竄していたのだ。

 イザベラは、ミランダの犯した記録改竄について、ロウの成功クエストの内容以上に興味を抱いた。

 ミランダの生真面目さと有能さは、誰よりもイザベラが一番知っているつもりだ。

 そのミランダが、一介の冒険者の頼みを受けて、ギルド記録の改竄という掟破りをしたというのが信じられない。

 しかも、ミランダは、そのロウと男女の関係まである気配がある。

 ミランダという女にそこまで肩入れさせてしまう男であるロウに、イザベラは大いに関心を持った。

 ミランダは一流の女だ。

 一流の女が惚れるのであれば、やはり、相手の男も一流だといえないだろうか……。

 

 信頼のできる部下の少ないイザベラとしては、もしも、そのロウが本当に実力を持つ男なのであれば、なんとしても、自分の家人のひとりに加えたいとまで思っている。

 

 それで、シャーラにロウについて調べさせた。

 その魔道報告が目の前にある。

 いまの時間は、そろそろ陽が落ちて、夜の帳がおりようとしている時刻だ。

 窓の外から差し込む陽の光はほとんどなくなり、すでに室内には煌々とした燭台が灯っている。

 

「……とにかく、ロウ個人については、ミランダが隠していたクエスト記録以上のものはないようだな。どのような能力を持っているかも不明か?」

 

「武芸には堪能ではないというのがわたしの調べの評価でした。そのため武器は短銃を遣っています。武芸の心得がなくても銃は遣いこなせますし……。まあ、銃の腕前は、そこそこのようです……。ただし……」

 

「ただし?」

 

「その評判を覆すことがありました。王軍騎士パーシバルの件はお聞き及びですか、姫様?」

 

「パーシバル……?」

 

 イザベラは記憶を辿った。

 

「ダウス侯爵家の一門の男です。先日、禁止されていた魔道具を武具として長く遣っていたことが判明して、騎士団を追放され、さらに、行方不明になりました」

 

「おお、あの事件か──。思い出した。確か、ただの魔道具でなく、禁忌の魔道十二戒を犯す魔道まで武具に遣っておったらしいな。パーシバルの遣っていた剣や防具は、王軍魔道隊が没収して、詳しく調べておるはずだ」

 

「そのきっかけになったのもロウです。話によれば、パーシバルは、ロウの目の前で、あのシャングリア嬢に言い寄ったようです。それでふたりが揉め、決闘騒動になったらしく……」

 

「決闘? パーシバルとシャングリアがか?」

 

 シャングリアはモーリア男爵家の一門の女騎士だが、男勝りの武勇で名を馳せていて、しかも男嫌いで有名だった。

 また、モーリア家は男爵家にすぎないが、いまの男爵が爵位を継いでから領地経営に大成功しており、並の侯爵家以上の経済力を持っている。そのモーリア家に連なる美人騎士なので、イザベラとしても、シャングリアの名は十分に知っている。

 しかも、そのシャングリアが、一介の冒険者のロウに惚れて冒険者になったというのは、王都ではちょっと知らぬ者のないくらいの艶話だ。

 

「違います。決闘をしたのは、パーシバルとロウなのです。しかも、得物はパーシバルが剣でロウが短剣です。そのときには、パーシバルは魔道剣を遣っているのは知られていなくて、パーシバルの禁忌の魔道剣と、ロウは短剣で戦ったのです」

 

「ロウが? それで?」

 

「ロウはパーシバルに剣を抜かせることもなく、パーシバルの喉に剣先を突き付けたそうです。見ていた者によれば、電光石火の早業ということでした。まあ、不確かな情報なのですか……」

 

「魔道剣を持った相手に短剣で? まさか──。ならば、ロウも魔道剣を遣ったのではないか?」

 

「ロウはそもそも自分の武器は遣っておりません。先ほど説明いたしました通り、ロウが普段持ち歩いてるのは短銃です。そのときの短剣はミランダのものを借りたそうです。手の者が調べましたが、なんの変哲もない普通の短剣でした。大勢の見物人がいて、疑いようもありません」

 

「ますます、興味深いな。いずれにしても、わたしは、ミランダから、ロウが病だとずっと説明されておった。それも嘘だったのじゃな」

 

 イザベラは苦笑した。

 少し前から、イザベラはミランダに、イザベラの身分を隠して、そのロウと一緒にクエストをやりたいから、適当なものを斡旋しろと命じていた。ところが、ミランダは、ロウは遠くに出張クエストだとか、数日前に改めて訊ねると、病だとか言って、なかなか実現させようとしなかった。

 予想はしていたが、やはり嘘だったようだ。

 

「病どころか……。パーシバルだけでなく、長く王軍と神殿の両方で手配されていた闇魔道士のザーラの捕縛にも協力したようですよ」

 

「あの事件もロウが関与しているのか──?」

 

 イザベラは驚いて言った。

 もちろん、闇魔道士のザーラが捕らえられたという知らせは耳にしている。

 捕らえたのは神殿魔道士隊であり、潜伏していたのは王都城外の貧民街だそうだ。

 禁忌の魔道で、何十人も金をもらって魔道で暗殺しており、いずれ処刑となるのは間違いない。

 ただ、操り術に長けていて、捕らえようとしても、その捕縛者を操って逃げてしまう。

 それで長く手配から逃げおおせてきたと聞く。

 

「そのザーラを直接捕らえたのはロウたちです。ザーラを王軍に引き渡した第二神殿からは、そう報告してきました」

 

「ほう」

 

 イザベラは感嘆するしかなかった。

 本当にロウというのは、何者だろう?

 信用のできる男とわかれば、是非ともイザベラの家人にしたい。

 

 なにしろ、王位継承問題のために、イザベラはキシダインの手の者と思われる者から、常に命を脅かされるている。

 もちろん、イザベラとしても、ただ手をこまねいているわけではなく、必要な対抗処置をしているが、キシダインには多くの有力貴族が後ろについており、なかなか、尻尾を掴むことができない。

 王女といっても、十六歳でしかないイザベラには、本当に信頼のできる部下は少なく、このシャーラくらいなのだ。

 このままでは、イザベラなど、ついにはキシダインの手の者にかかるか、罠に嵌まって死ぬしかない。イザベラとしても、まさか死にたくもない。

 

 もしも、ロウがイザベラの部下になってくれれば……。

 イザベラは、報告に視線を戻した。

 報告の項目は、ロウの女たちの記録だ。

 

 エリカ……。

 コゼ……。

 シャングリア……。

 いずれも、絶世の美女たちのようだが、はっきりと素性がわかっているのは、シャングリアくらいのものだ。

 

 エリカはロウと一緒にやってきたエルフ族であり、ロウとともに入国手続きをした後からしかわからない。

 

 コゼについては、もっと不明だ。

 王都で冒険者登録をする前のことは一切不明となっている。

 シャーラの報告には、あるいは逃亡奴隷の可能性もあると記されていた。

 

 シャングリアのことはもちろん知っている。

 ただ、度々にわたって、そのシャングリアがロウという男に、王都の一画で破廉恥な行為を強制されている光景の目撃も報告書にはある。

 ただ、それでもシャングリアはロウにぞっこんのようだ。

 

「……ところで、あれの噂は本当か……? スクルズとベルズのことだ」

 

 イザベラは言った。

 

「スクルズ様とベルズ様のことというと、そのふたりがロウという男と男女の仲ではないかということですか……?」

 

「そうだ」

 

 イザベラは頷いた。

 スクルズとベルズといえば、神殿の敬虔な筆頭巫女というだけではなく、この王都では一、二の実力を争う魔道遣いでもある。

 そのふたりが、先日の事件を契機にロウの女になっているという、ちょっと信じられないような噂もある。

 

「肯定する証拠はありませんが、否定する証拠もありません。ふたりがロウやその女たちと親密なのは確かです。ただ、スクルズ様もベルズ様も、移動術をお遣いになられるので、夜な夜な神殿を抜けて、どこかに行ったとしても、それを見つけることは難しいでしょう」

 

「まあいい。しかし、だとしたら、ロウがとてつもない、女好きの好色男というのは確かだな。ただ、共通するのは、いずれも一騎当千の女傑であるということか……。しかも、皆、美女のようだ。ただ、外見はいろいろだな。ロウの女になるには、特に肉体上の要求はいらんらしい」

 

 イザベラは報告書を読みながら微笑んだ。

 

「肉体上の要求?」

 

 シャーラが怪訝な表情になった。

 

「たとえば、胸が大きくなければいかんとか、痩せてなければならんとか、人間族でないとだめだとか、そういうもののことだ……。エリカは完璧な曲線美で胸は大きめ、髪は黄金──。コゼは小柄な少女体形、胸は小さい。髪は黒……。そして、シャングリアはしっかりと武芸で鍛えたすらりとした身体。髪は白銀。背はやや大きめ……。ミランダもロウの女とすれば、ロウはドワフ族も受けつける男ということになるな……。ならば、わたしもロウの眼鏡にかなうかもしれんということだ。スクルズもベルズも、またタイプの違う美女だし、わたしも立候補できそうだ」

 

 イザベラは笑った。

 

「立候補?」

 

「まあ、わたしもシャングリアほどではないが、そこそこ見れる美人とは思うがのう。スクルズは優しい感じの栗毛女。ベルズは気の強さを絵に描いたような赤毛。だが、誰もわたしの黒毛ほどの長い髪はいないようじゃ。そのロウとやらも、興味をそそるのではないかのう」

 

 イザベラは腰まである長い真っ直ぐな自慢の髪を払うような仕草をした。

 

「あ、あのう……。おっしゃっている意味がわかりませんが……」

 

 シャーラが不審な顔をした。

 

「報告を聞いて、ますます、ロウという男を部下に欲しくなった。ついては、わたしも、そのロウの女になろうと思う。ロウは女好きの一方で、クロノスの傾向があるようだ。しかも、自分の女は大切にするようであるしな──。ならば、ロウをものにするのは、ロウの女になった方が手っ取り早い」

 

 イザベラはあっさりと言った。

 シャーラが血相を変えた様子で、なにかを叫ぼうとした。

 しかし、そのとき、扉が叩かれ、外からミランダの訪問を告げる侍女の声があり、シャーラの言葉はうまく遮られた。

 

「呼び出しておったが、やっとミランダが来たようだ……。ここに連れよ──」

 

 イザベラは、部屋の外の侍女に大きな声で告げた。

 そして、ミランダがやってきた。

 緊張している様子だ。

 なんで呼び出しを受けたのか、察しがついているようだ。

 

「ひ、姫さ……、いえ、ギルド長、ミランダです」

 

 案内の侍女が部屋を立ち去ると、ミランダがおずおずと言った。

 本当に面白い。

 あの百戦錬磨で伝承の冒険者といわれ、いまや、大陸中に拡がる冒険者ギルドの総本山のハロンドールの王都ギルドを事実上、牛耳っている勝気のミランダが、ロウの絡むこととなると、途端に守勢に回ったようになる。

 実に愉快だ。

 

「これはミランダ様」

 

 シャーラが立ちあがって、ミランダを長椅子に促すような仕草をした。

 だが、イザベラはそれを制した。

 

「いや、座ることは許さん。そこだ。そこに来て、立て。いや、そこだ。そこ」

 

 イザベラは、入り口とは反対側の部屋の奥側の開けた場所にミランダを誘導した。

 ミランダが着席を許されないので、シャーラも当惑した様子で立ちあがったままだったが、シャーラについては座らせた。

 ミランダは、向かい合って腰かけるイザベラとシャーラの横側に立ったようなかたちになる。

 

「ミランダ、これは訊問だと思え。ロウのことだ」

 

 イザベラは言った。

 途端にミランダがばつの悪そうな表情になった。

 

「お前は、ロウについては、長患いでしばらくクエストはできそうもないと言っておったのう。その長患いのロウが、先日は大活躍だったそうではないか。禁忌の魔道具を隠し持っていた王軍騎士パーシバルの不法をあばき、長く手配されていた闇魔道士のザーラの捕縛にも寄与したという。どういうことじゃ? わたしを馬鹿にしているのか?」

 

 イザベラはわざときつい口調で言った。

 

「そ、それは……」

 

 ミランダはなにかを喋ろうと口を開いたが、やがて、大きく嘆息した。

 

「馬鹿にするつもりはありませんでした。申し訳ありません……。ただ、そのふたつは、ロウたちパーティの功績です。冒険者としての成績に付け加えるようにも処置したいと思います。特にザーラ事件については、王軍や神殿でも追えなかった手配人を冒険者が捕らえたということでありますので、ギルドとしても大きな得点になると……」

 

「話を逸らすな、ミランダ。それは任せる。クエスト扱いするのであれば、それでいい。ザーラには賞金もかかっておったからな。それを報奨金と一緒に渡してやれ」

 

「ありがとうごさいます」

 

 ミランダが頭をさげた。

 

「ただし、ロウには、強制クエストを発動する。ギルド長権限だ。拒否は許さん」

 

「強制クエスト……ですか?」

 

 ミランダが不審な表情で、シャーラに視線を向けた。

 しかし、シャーラも当惑した表情でミランダに向かって首を横に振っている。

 イザベラは、あらかじめ準備しておいた魔道具の装置を手元の操作具で作動させた。

 ミランダの立っている場所の周りに、一瞬にして光の格子が発生する。

 魔道で作った檻だ。

 それでミランダが閉じ込められる。

 

「あっ、こ、これは──?」

 

「姫様、なにをなさるんです」

 

 ミランダの声に続いて、びっくりしているシャーラが立ちあがった。

 

「ふたりとも、黙れ──。シャーラは座れ。ミランダもだ。床に座るがいい。わたしに嘘をついて、ロウに接触させまいとした罰だ。ロウがクエストを受ける餌になれ」

 

「餌?」

 

 ミランダは首を傾げている。

 それでも、もう観念したのか、黙って床に胡坐になった。以前は品のない身体にぴったりの革のスーツを着ていたが、最近では清楚な感じのスカートをはいている。いまもそうだが、こっちの方がミランダの見た目のかわいらしさを引きたてている感じだ。

 

「指輪を出せ、ミランダ。この宮廷内では、王軍魔道師の処置で、王族をはじめとする特定の者以外の魔道は遣えんようになっているが、念のためだ」

 

 イザベラは立ちあがった。

 ミランダは素直に指から魔道リングを外して、光の格子越しにイザベラにそれを手渡した。

 イザベラは準備していた宝石箱にそれを格納する。

 

「それから、いま着ているものを全部脱げ。上から下まで、下着もすべてな。心配ない。ここにいるのは女だけだ。恥ずかしくはない」

 

「な、なんですって?」

 

 さすがに、ミランダは目を丸くした。

 

「ひ、姫様、なんてことを言うんです──。とにかく、ミランダ様を解放してください」

 

 シャーラが横から怒鳴った。

 

「やかましい。これは餌だと言ったであろう。ミランダは早く言われたとおりにせい。そして、シャーラは、それを持ってロウのところに行け。監禁されているミランダを助けたければ、クエストを受けよというのだ。ロウという冒険者も、ミランダがひどい目に遭っていると思えば、危険であっても受けざるを得まい。それで、ミランダを見捨てるということであれば、それならそれでいい。わたしは試したいのだ。ロウがどんな男で、信用するに足りる男なのか、そして、その実力はどんなものなのか」

 

 イザベラは言った。

 シャーラとミランダがそれぞれに眉間に眉を寄せて、不審顔をしている。

 

「シャーラ、よいか──。ロウに与える強制クエストは、わたしの夜這いじゃ。ここまでやって来て、わたしの処女を奪えと伝えて来い。それがミランダ解放の条件だ。ただし、ここは王軍衛兵が警護としている王宮の敷地内。王軍魔道師隊の魔道の警備もある。それを突破して、ここまで来て、わたしを犯してみよ。そう伝えるのだ」

 

「ひ、姫様」

「姫様──」

 

 シャーラとミランダが同時に叫んだ。

 ミランダは、「ギルド長」と呼べといういつもの命令に反して、「姫様」と呼んだが、それは指摘しなかった。

 とにかく、イザベラは、ロウという男を試したかった。

 ミランダを救うために、どういう行動をとるのか?

 さすがに、王宮侵入などという大それたことは躊躇するか──?

 それとも、無謀と知って挑戦してくるか……?

 いずれにしても、ロウが衛兵か魔道士隊に捕らわれたとしても、イザベラが手を回して、すぐに解放してやるつもりだ。

 無論、そのための条件は、ロウがイザベラの家来となって仕えることになるだろう。

 

 まあそれは、ロウの行動が、イザベラの信頼を獲得するための十分なものであった場合の話になるであろうが……。

 やはり、家人にするには足らないと判断した場合や、ロウがそもそもミランダを見捨てて行動を起こさないなら、それはそれでいい。

 ギルドとして有望な人材であるようなので、これからも一介の冒険者として働いてもらいたいと思っている。

 

 そして、もしも、ロウがイザベラの期待以上であり、王宮の敷地内にいるイザベラの夜這いに成功するようなことがあれば……。

 その場合は、イザベラの方から願ってでも、ロウをものにする。

 それがイザベラの処女を渡すことなのであれば、こんなに安い買い物はないということだ。

 

「……とにかく、早く服を脱がんか、ミランダ。それとも、魔道で無理矢理に脱がされたいか?」

 

 イザベラは懐から魔道の杖を取り出して、ミランダにそれを向けた。



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 第20話  夜這い命令
123 玉子割りの洗礼


「いい子だから、大人しく気をするんですよ、ベルズ殿。ここを柔らかくしないと、玉子を入れられないじゃないですか。ほら、ほら」

 

 そんなことを言いながら、ロウがベルズの太腿の付け根あたりを揉みほぐし、本当に優しい触り方でベルズの股間の繁みを手のひらで擦りあげてくる。

 

 とにかく、わけがわからない。

 突然のことであり、どうしてこうなったのか、ベルズは完全に混乱していた。

 ベルズは、ロウたちが暮らしている王都郊外の屋敷に連れて来られ、その地下の調教室と称する場所で、全裸にされ、太い柱に背を密着して立たされ、大股開きに拘束されている。

 これをしたのは、スクルズとロウだ。

 

 いつものように、神殿の一日の務めを終えたところで、ベルズがウルズの世話をするためにひそかに準備した家に移動ポッドで行き、幼児返りしたウルズの世話をしたところだった。

 そこに不意に第三神殿側からの移動ポッドで現れたスクルズに、ロウの屋敷に来てくれと言われたのだ。

 理由は言わないが、とにかく、急ぎということだったので、この家でスクルズに仕えている屋敷妖精のブラニーにウルズのことを託して、スクルズとともに、移動ポッドでロウの屋敷に向かった。

 

 この家の中心となる大きな部屋には、スクルズが施した三箇所への移動ポッドがあり、第二神殿のベルズの私室、第三神殿のスクルズの寝室、そして、ロウの屋敷の広間に繋がっている。

 

 移動ポッドというのは、あらかじめ移動術が刻まれている魔道設備であり、移動術という高等魔道で、魔道師の介入なしで自由に瞬間移動ができるようになっている設備だ。

 スクルズは、この家にそれを設置して、ロウとロウの愛人に限り、共同で使用ができるようにしているのだ。

 また、この家は、郊外にある本来の住まいを隠したいロウの思惑で、本来の持ち主はスクルズだが、表向きはロウの家ということになっている。

 

 それはいいのだが、とにかく来てくれというスクルズの焦ったような言葉で、取るものも取らずに、ここにやってくると、移動先が繋がっていたのは、いつもの広間ではなく、地下調教室と呼ばれる場所になっていて、ロウといつもの三人の愛人が素っ裸で待ち受けていたというわけだ。

 そして、到着するなりスクルズに魔道を封じられ、ロウとスクルズだけでなく、ロウの愛人の三人まで加わり、素っ裸に服を剥がれて、こうやって柱に脚を開いて縄で拘束されてしまったのだ。

 

 その後、ロウから、これからベルズに股間で玉子を割る調教を施すのだと言われた。

 突然のことで、頭が働かなかったが、あまりのことに、とにかくベルズは、思いつく限りの悪態と怒声を浴びせた。

 しかし、ロウは愉しそうに笑うだけで、抵抗の出来ないベルズの股間を愛撫するだけで、ベルズをいたぶるのをやめてくれない。

 また、エリカたち三人は、ロウの命令によりベルズから服を剥ぎ取ると、もう関心がなくなったかのように、この部屋の隅に集まって雑談をはじめただけで助ける雰囲気は皆無だし、スクルズに至っては、助けるどころか、自ら素裸になり、ロウの隣でベルズがロウに悪戯されるのをにこにこと見守る態勢だ。

 とにかく、冗談じゃない。

 

「ああ、いやあっ、やめよ、やめるのだ……。ス、スクルズ、た、頼む。こんなことやめさせてくれ、あああっ」

 

 ベルズは悲鳴をあげた。

 だが、ベルズの股間を愛撫しているロウはせせら笑うだけだ。

 

「スクルズに助けを求めてどうするんです。ベルズの魔道を封じて、俺に協力しているのはスクルズなんですよ。とにかく、一度、俺の屋敷に悪戯をされに来いと何度も誘っているのに、先日の乱交パーティ以来、ちっとも相手をしてくれないし、だから、これは罰ですよ。これに懲りたら、ちゃんと定期的に、俺のところに調教を受けにくるんです。スクルズなんて、毎日どころか、日に数回くることがありますよ」

 

「ば、馬鹿な……。し、しかも、スクルズ、お前、日に数回だと……? うあっ、な、なにを……あ、ああっ、そ、そこはいや……。んふうううっ」

 

 ロウの指がクリトリスの皮をめくり、ゆっくりと揉みあげだす。

 ベルズは込みあがった大きな快美感に、腰を揺さぶって悲鳴をあげてしまった。

 

「そうよ、ベルズ、あなたも本当はロウ様にもっともっと愛されたいくせに、どうしても積極的になれないんだから……。だから今夜はとことん遊んでもらうといいわ。この玉子割りのご調教は、わたしもロウ様に受けたのよ。他の方も体験済みだそうよ。みんなやるの。あなたも昨夜来れば、こんな風にひとりだけ、やられないですんだんだから」

 

「な、なにを阿呆な……。はあああっ、ああああっ」

 

 ロウの指が股間をいたぶる刺激はそのままに、反対の手でベルズの胸を揉みだす。

 とにかく、このロウの愛撫は神がかり的に上手だ。

 あっという間にベルズは追い詰められてしまった。

 しかし、達すれば、今度は玉子を膣に入れるのだという。

 だから、いくわけにはいかない。

 ベルズは懸命に込みあがる快感に抵抗した。

 

「あんまり我慢すると、反動が大きいですよ」

 

 一郎がベルズの股間の陰毛を淫靡に刺激しつつ、相変わらずねちっこく胸を揉んでくる。

 ベルズは歯を喰いしばった。

 しかし、ロウがベルズの股間に指を入れて激しく動き始めると、もうなにも考えられなくなる。

 大きな愉悦が股間が突きあげる。

 すると、ロウが指を抜き、立ったままベルズの股間に怒張を貫かせてきた。

 ロウが立ったまま律動を開始する。

 

「んふうううっ」

 

 ベルズは柱に拘束された裸身を弓なりに反らせた。

 あっという間に絶頂に向かって快感が飛翔する。

 もうだめだ……。

 ベルズは気がつくと、いつの間にか無心になって腰をロウに合わせるように動かしていた。

 

「ああっ、ロ、ロウ殿、あああっ」

 

 ベルズは大きな快感の頂上に押し上げられる自分を自覚し、狂おしく首を揺さぶった。

 

「ほら、舌を吸わせてください。こっち向いて」

 

 ロウがベルズの股間を下から上に突きあげながらベルズの顔に唇を近づける。

 ベルズは、込みあがる炎のような快感に押されるように、ロウの唇に自分の唇をぴったりと押し当てた。

 舌を強く、弱く吸われる。

 ロウの片手はベルズの乳房を揉みほぐしていて、ベルズはついに絶頂を迎えそうになった。

 腰が激しく揺れ、全身が痙攣したようになる。

 だが、ロウの股間の律動が突然にぴたりととまってしまった。

 

「ああ、なんで──?」

 

 ベルズは悲鳴をあげてしまった。

 

「この続きは、ベルズ殿が調教を受け入れることを口にしてからです。玉子割りの調教を受けたくなったら教えてください。俺はいつまでも、これを続けられますよ」

 

 ロウがベルズに挿入をしたまま意地悪く言った。

 

「そんなあっ」

 

 ベルズは泣き声をあげてしまった。

 やがて、しばらく休んでから、再び律動が始まる。

 そして、ロウはやはり執拗だった。

 またしても、その律動を寸止めでやめてしまったのだ。

 

 それからは、徹底的に同じことを繰り返された。

 絶倒寸前で快感をとめられてしまった焦燥感が少し鎮まると、再び怒張の律動を開始し、また頂上を極めかかると、動きをとめ、それでいてわざと指でお尻の穴を優しく愛撫したりする。

 ロウの技巧は相変わらずの卓越したものであり、ベルズは言語に絶する切なさと快感に対する痺れを感じてしまう。

 

「さて、また繰り返しますか? まだ音をあげる気になりませんか」

 

「ほら、もう降参しなさい、ベルズ。ロウ様にお願いするのよ」

 

 ロウに続いて、スクルズまでもが耳元でささやいてくる。

 そして、ロウの十回目くらいの律動が再開する。

 だが、またもや九合目をぐっとすぎた、残りほんのちょっとの刹那のところで律動を中断されてしまった。

 ベルズは狂いそうになった。

 

「もういやああっ、調教を受けます──。だから、やめないで──」

 

 ベルズは狂ったように号泣してしまった。

 

「約束ですよ」

 

 ロウがにっこりと微笑むと、律動を激しくする。

 

「ああ、いくうううっ」

 

 大きなものがやって来た。

 今度はロウは意地悪をせず、ベルズは巨大な快感のうねりに巻き込まれ、何度も我慢させられた分を帳消しにするような凄まじい絶頂感に見舞われた。

 全身ががくがくと震える。

 しかも、ロウがベルズの子宮に熱い精を放ったのがわかった。

 ベルズはがっくりと身体を脱力させた、

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 激しすぎる絶頂の余韻に、ベルズが縛られた身体を縄に委ねて、がくりと脱力させた。

 そのベルズの頬を、怒張を抜いたロウが軽く叩く。

 

「呆けている余裕はありませんよ。さあ、約束通り調教です。さっそく始めましょう。この玉子を股間で割ってもらいます。もちろん、落としては駄目ですよ」

 

 いつの間にかロウは白い玉子を手に握っていて、たったいま精を放ったばかりのベルズの股間に、つるりと指で押し入れた。

 

「ああっ」

 

 体内に玉子を入れられる気味の悪さに、ベルズは絶頂後の恍惚感に浸ることも許されずに、ぶるりと身体を震わせてしまった。

 

「じゃあ、割ってください。それと言い忘れてましたが、割れなかったり、玉子を落としたりすれば、罰として浣腸です。全員の前で浣腸をしますね」

 

 ロウが何事でもないかのように言った。

 ベルズは全身が恐怖に包まれるのがわかった。

 

 

 *

 

 

「じゃあ、割ってください。それと言い忘れてましたが、割れなかったり、玉子を落としたりすれば、罰として浣腸です。全員の前で浣腸をしますね」

 

 一郎はできるだけさらりと言った。

 絶頂で火照っていたベルズの顔がみるみる蒼くなるのがわかった。

 

「あれっ、始まったんですか?」

「なんだ? ああ、昨夜の玉子割りの洗礼か? ロウも好きだなあ。また、あれをやっているのか」

「本当にしているんですか? お気の毒では?」

 

 コゼ、シャングリア、エリカが気がついて、ぞろぞろとやってきた。

 玉子割りの洗礼というのは、この三人は体験済みだから、なにを一郎がしているのかはわかっている。

 昨日はスクルズがこの洗礼だった。

 まあ、一郎の女が一回は受けることになっている儀式のようなものだ。

 

「み、みんな、助けてくれ──。こいつをとめてくれ。も、もうくたくただ」

 

 ベルズが集まってきた女たちに哀願の言葉を放つ。

 

「無理ですよ、ベルズ様。ご主人様の意地悪にあたしたちが逆らえるわけないじゃないですか。そんなことをすれば、あたしたちが罰を与えられます」

 

「コゼさんのいうとおりよ、ベルズ。それよりも、早くやった方がいいわよ、ロウ様は本当に浣腸をなさるわよ」

 

 昨夜は泣き叫びながら同じことをさせられたスクルズがくすくすと笑っている。

 悪い女たちだ。

 まあ、一番の悪人は自分だけどな……。

 一郎はほくそ笑みながら、シルキーを呼んだ。

 すでに指示をしていたので、シルキーは車輪の付いた台車に、浣腸用の薬剤と道具一式を乗せて、一郎の横に出現する。

 

「お待たせしました、旦那様」

 

 シルキーが台車を一郎に渡しながら頭をさげる。

 

「さあ、浣腸の仕度は整いました。みんなの前でうんちをするのが嫌なら、さっさと股間で玉子を割るんです」

 

 一郎は鬼畜に言った。

 

「ひっ、ひいっ──。だ、だけど、どうやって……」

 

 ベルズが狼狽えた声をあげる。

 

「ベルズ、つらいでしょうけど、頑張ってね。お尻に力を入れたらいいわ。それがこつよ。それで腰を振るの。だけど、脚を開いているから、締め続けていないと、玉子が外に出ることがあるから、それに気をつけてね」

 

 スクルズがにこにこしながら言った。

 

「ああっ」

 

 ベルズは全員に囲まれて、観念したようにやっと腰を振り始めた。

 だが、簡単に割れるものじゃない。

 次第に苦痛の表情を示し始めたベルズを確認し、一郎はこれ見よがしに浣腸の準備を目の前で開始した。

 

「早く割ってくださいよ。割れないと、浣腸ですよ」

 

 ポンプ式の浣腸器に薬液を充満させて、ベルズの顔の前で先端から薬液を少し噴き出せて見せる。

 ベルズの顔がますます蒼くなる。

 

「ああ、割れない。割れないわ──。ね、ねえ、どうしたら割れるのよ。ね、ねえ──」

 

 ベルズが泣きそうな声で大声を出した。

 そのあいだも、懸命のベルズの腰は前後に振られている。

 なかなかに卑猥な光景だ。

 

「ベルズ、お尻をもっと締めて。お尻を締めれば、股間が締まるのよ」

 

 昨夜、一郎たちに同じように言われたことをスクルズがベルズに繰り返している。

 

「さて、無理そうだな。じゃあ、浣腸といくか」

 

 ロウは一度台車に戻していた浣腸器を手に取る。

 そして、わざと、ベルズの後ろに回る。

 

「わあ、待って、待ってください、ロウ殿──。いま、いま、します──。あああっ、ああああっ」

 

「締めて、もっと、もっとよ」

 

 ベルズの声が大きくなるので、自然とそれを励ますスクルズの声も大きくなる。

 

「ねえ、割れないわ、割れない。ね、ねえ、どうしたら、どうしたらいいのよう──」

 

 ベルズも必死だ。

 激しく息を弾ませて、お尻を前後に懸命に揺さぶっている。

 絶頂したばかりの力が抜けきっているところでこれをやらさせれるのは、本当に大変なのは知っている。

 一郎は浣腸器を台の上に戻した。

 

「もういいですよ。みんな、ベルズ殿の縄を解いてやれ」

 

 一郎が声をかけると、まずはスクルズが縄を魔道で解き、エリカたち三人もくすくすと笑いながら、汗まみれになってしまっているベルズを抱き座らせる。

 いきなり、拘束が解かれたことに、ベルズがきょとんとなっている。

 

「では、旦那様、これは片づけさせていただきます」

 

 シルキーが先程運んできた浣腸具一式を載せた台車を持つ。

 一郎が頷くと、シルキーと台車が消える。

 ベルズは呆然としている感じだ。

 

「ちょっと股を開いてください。踏ん張って」

 

 一郎はしゃがませたベルズの股を開かせると、膣に指を入れて玉子の表面に指先を届かせる。

 

「あ、ああっ」

 

 ベルズが悶えるような仕草をする。

 一郎は玉子に届いている指先に粘性体を発生させて密着させ、外に向かって引っ張った。

 

「あっ、あっ、あっ」

 

 ベルズがその刺激にびくびくと震える。

 スクルズとエリカがその肩を抱くようにする。

 やがて、ベルズの外に、ベルズの愛液がべっとりとついた「玉子」が外に出た。

 一郎は、その玉子をぽんとベルズの手に載せてやった。

 

「あっ、これは──」

 

 ベルズが気がついて声をあげた。

 玉子は玉子でも、木製の偽物であり、同じような形にして色を塗っただけのものだ。

 こんなもの、膣どころか、手で握りしめたって割れることなどない。

 つまりは、騙したのだ。

 これが、昨夜はスクルズであり、その前は三人娘がひとりずつ受けた、一郎の悪戯の洗礼だ。

 

「こ、これは木の偽物か──。ひどい、ひどいではないか──。こんなのあんまりだ──」

 

 さっきまで泣いていたベルズが怒りの声をあげた。

 

「そんなに怒らないで、ベルズ。わたしも昨日同じ悪戯をされたし、ここにいる女たちは全員が同じことをされて、浣腸責めの恐怖でその木の玉子を締めつけさせられたのよ」

 

「な、慰めになるか──。じょ、冗談じゃない。わたしをお前たちの悪ふざけに巻き込むなあ」

 

 ベルズが顔を真っ赤にして怒鳴った。

 一郎は、ベルズの怒りを流して、ベルズから玉子を取り戻す。 

 

「次はミランダだな。そのときには、ベルズ殿を仕掛け人にしてあげますから。まあ、そんなに怒らないでください」

 

 一郎は笑った。

 

「ふざけるでない。わたしはやらん──。お前たちだけでやれ──」

 

 ベルズはかなり憤慨しているみたいだ。

 一郎は苦笑した。

 

「だけど、ミランダのことだ。それを本当に割ったらどうする」

 

 シャングリアだ。

 珍しくシャングリアが軽口を言った。

 

「ありそうね」

 

 コゼが言い、全員がどっと笑った。

 しかし、ただひとり、ベルズは笑っていない。

 

「やれやれ、じゃあ、もう一度、お詫びのセックスをしますか。それで機嫌を直してください。じゃあ、もう一度縛りますから腕を背中に……」

 

 一郎はベルズに詰め寄った。

 サキから授かった亜空間術で収納していた縄束を取りだして、ベルズに迫る。

 ベルズがぎょっとした顔になった。

 

「い、いや、ちょっと、いまはまだ、疲れているから……」

 

 嗜虐を積極的に迫ると、急に気が弱くなるベルズだ。

 いまも、強気に出れるのは縄を見せたからだ。

 こういうベルズの二面性は本当に興味深い。

 

 そのときだった。

 部屋の一部の空間が屈折するような感覚が襲った。

 同時に、屋敷妖精のシルキーの気配が頭に飛び込んでくる。

 次の瞬間、一郎の目の前にメイド童女姿のシルキーが出現した。

 屋敷妖精のシルキーには、地下で遊んでいる一郎たちの代わりに、一階を任せていた。

 

「旦那様、お愉しみのところ、申しわけありません。シャーラというエルフ族の女性がお見えになられまして、旦那様に用事があるということでございます」

 

 シルキーが言った。

 

「シャーラ? 耳にしない名だな」

 

 一郎は女たちに視線を向けた。

 女たちは首を横に振った。

 知らない名のようだ。

 

「俺を訪ねてきたのか?」

 

 一郎は言った。

 シャーラというのが何者かは知らないが、王都にある隠れ蓑の屋敷ではなく、幽霊屋敷と呼ばれている城外の建物に一郎たちが暮らしていることを知っているのは多くはない。

 

「……それから、このようなものを抱えてやって来ました。それで、これは、お愉しみの邪魔をしてでも、旦那様にお知らせしなければならないと思いました」

 

 シルキーは両手を身体の前に差し出すような仕草をした。

 すると、シルキーの腕の中に女物の服が現われた。

 

「あれっ? これはミランダの服ではないか。確か、ロウがなにかのときに贈ったものだぞ」

 

 シャングリアが声をあげた。

 それは一枚の水色の上衣とスカートだ。

 確かに一郎がミランダに贈ったものだ。

 それだけではなく、シルキーは服のほかに、ミランダの靴も持っている。さらに、服の上にはミランダのものと思われる下着や胸当てまである。

 

「どういうことだ?」

 

 一郎は首を傾げた。



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124 愚か者への忠告

 屋敷妖精に案内された広間には、大きな絵が飾られていた。

 椅子に座っている男に美しい女が跪いて向かい合っている構図だ。場所はどこかの庭園を思わせる。ただ、それだけの絵なのだが、なんとなく淫靡なものを感じさせる。

 シャーラは屋敷妖精に案内された長椅子に腰かけて、ロウという冒険者がやって来るのを待っていた。

 

 それにしても、意外だった。王都内にあるロウの屋敷が隠れ蓑であり、本来の住まいがこっちだということも、そのロウの暮らす屋敷に屋敷妖精がいることもだ。

 この場所を教えたのは、王女のイザベラに監禁されているミランダだが、屋敷妖精の存在には言及しなかった。

 しかし、シャーラを迎えた童女は、紛れもなく屋敷妖精だ。

 

 事前の調査では、ロウというのは優秀な冒険者には違いないが、魔道の能力はなかった。

 屋敷妖精というのは、魔道力の高い魔道遣いにしか仕えないという本能を持った妖精だ。

 身分が高いからといって仕えることはせず、シャーラの知る限り、ハロンドールの王族の中で屋敷妖精を住まわせている者は皆無だし、王都内にいる貴族や分限者の中にもいないだろう。

 おそらく、このロウの屋敷にいる屋敷妖精は、王都では唯一の存在だと思う。

 地方に行けば、屋敷妖精をしもべにしている魔道遣いの話は耳にすることもあるが、ともかく非常に珍しい存在であり、この屋敷に屋敷妖精がいるということは、この屋敷の主人が能力の高い魔道遣いであるという証拠なのだ。

 

 だが、それはロウではない。

 ロウは魔道遣いではないからだ。

 そうであれば、誰であろう?

 

 エリカとかいうエルフ女か?

 しかし、やはり、事前情報によれば、エリカは確かに魔道遣いではあるが、屋敷妖精をしもべにするという能力まではないはずだ。

 それに、屋敷妖精は「屋敷の主人」と「屋敷妖精を支配するほどの高い魔力を保持できる魔道遣い」という条件が合致するときのみ、その主人のしもべとなる。

 

 冒険者としてのパーティリーダーがロウであることは確認済みなので、一緒に住んでいるエリカがそれだけの能力があったとしても、エリカが「主人」でなければ、屋敷妖精はエリカには仕えない。

 冒険者としてはロウがリーダーであり、屋敷ではエリカが「主人」というのはあり得るが、シャーラの調べでは、エリカは完全にロウに支配されている感じだった。

 屋敷妖精は、いかに主人でない者が「主人」のふりをして屋敷妖精を屋敷に繋ぎとめようとしても、すぐにそれを見抜いて離れてしまう。

 

 だから、違うと思う。 

 つまり、考えられることは、この屋敷の主人は、ロウでもエリカでもないということだ。

 

 ならば、誰だ?

 

 そもそも、ここは長く幽霊屋敷と呼ばれていて、たちの悪いゴーストが棲みついているという幽霊屋敷のはずだ。それが、いつのまにか、ゴーストはいなくなり、ロウたち冒険者が住むようになっていたようだ。

 つまり、この主人になった者は、おそらく、そのゴーストを追い出したのだろう。

 余程の力を持った者に違いない。

 

 とにかく、屋敷妖精を支配するほどの存在というと、王都の中では、シャーラには神殿の筆頭巫女のスクルズとベルズくらいしか思いつかない。

 ならば、この屋敷は、そのふたりのいずれかの所有物……?

 それをロウが使っている?

 そういうことになるのだろうか。

 スクルズたちとロウが懇意だという情報はすでにあるし、それが一番考えられる予測だった。

 やはり、スクルズとベルズのどちらかはロウと……?

 

 そのとき、広間の奥の扉が開いた。

 入ってきたのは、三十過ぎの人間族の黒髪の男だ。

 ロウだ。

 

 直接に接したことはないが、シャーラは調査のために、何度も遠くから垣間見ているので承知している。

 不思議な印象の男だ。これといった特徴のない凡庸な男に思えるのだが、それでいて、シャーラを圧倒させるような独特の風格のようなものもある。

 ロウを知る冒険者に訊ねたところ、ほぼ例外なく、ロウの印象を全員がそう語った。

 こうやって相対すると、シャーラも全く同じ印象を受けた。

 

 そのロウは後ろに屋敷妖精を従えていた。

 屋敷妖精は、温かい茶と小皿の盛った菓子を載せた盆を抱えている。

 とりあえず、作法に従って、シャーラは立ちあがった。

 だが、ロウがシャーラから少し距離を取った位置で立ち止まる。

 

「ロウです。初めまして。俺にご用件がおありということでしたが……。それにしても、これはどこかの侍女殿のようですね。だが、しっかりと武器もお持ちで……」

 

 シャーラは王宮侍女のいでたちをしていたが、その恰好に剣を吊っていた。

 確かに奇妙な恰好に思えるのかもしれない。

 

「物騒ですから。念のためです」

 

 シャーラは頭をさげた。

 すると、ロウも自然な動作で礼をした。

 粗野な冒険者を感じさせない好印象をシャーラは受けた。

 そして、頭をあげたロウがにっこりと微笑んだ。

 

「せっかくのあなたのような美しい女性のご訪問ですから、少しでもくつろいでいただきたい。武器はお預かりします」

 

 顔には柔和な微笑みをたたえていて慇懃な態度なのだが、つまりは、武器を寄越せということだ。

 いずれにしても、ロウの態度は、シャーラが考えていたロウという男の人物像を考え直さざるを得なかった。

 冒険者というのは、大体にして粗野で乱暴な者が多いが、ロウは違うようだ。

 また、ロウはシャーラが抱えてきたミランダの服を確認したはずだから、シャーラが決して友好的な客ではないことを承知していると思う。

 それにも関わらず、シャーラに対する敵意を片鱗も見せずに、物腰の柔らかい態度を取ってきている。それは、必要以上に自分の力を誇示する者の多い冒険者の中では珍しい部類だと思う。

 

 それだけ自分に自信があるのか……?

 確かに、ロウの態度には、なにか大きな余裕のようなものを感じる。

 

 しかし、一方で目の前のロウには、まったく強さを感じない。

 魔道戦士として、魔道遣いとしても、戦士としても一流であるシャーラには、そのいずれについても、ロウが二流以下というのはわかる。

 それなのに、この余裕はどこから来るのか……?

 それとも、ただの馬鹿か……?

 シャーラは、ロウの能力を測りかねていた。

 とにかくシャーラは、腰紐を解いて、大人しく剣を差し出した。

 

「シルキー」

 

 ロウが屋敷妖精に声をかけた。

 すると、シルキーと呼ばれた屋敷妖精は、飲み物と菓子を載せた盆をふたつの長椅子に挟まれた卓の上に置き、シャーラが差し出した剣を受け取った。

 

「お帰りまで大切に保管しろ」

 

「はい、旦那様」

 

 屋敷妖精が微笑んだ。

 

 シャーラは首を傾げた。

 屋敷妖精がロウを「旦那様」と呼んだことだ。

 屋敷妖精にとっての「旦那様」は、屋敷の主人である魔力の高い存在であるはずだ。

 ロウのことではありえない。

 

「屋敷妖精、この屋敷に住まうのはこのロウ殿のほかにどなただ?」

 

 シャーラは訊いてみた。

 屋敷妖精は自分に直接話しかけられたのが意外そうだったが、すぐに口を開いた。

 

「旦那様とエリカ様とコゼ様とシャングリア様の四人です」

 

 屋敷妖精ははっきりと言った。

 やはり、真の主人の存在が入っていない。

 なぜ、隠すのか……?

 主人のことを口外しないように念を押されているのか……?

 このロウに、隠れた後見人がいるのは間違いないと思うのだが……。

 

 つまりは、目の前のロウなど、ただの小者だ。

 しかし、このロウには、その背後に大きな力を持つ存在がいるに違いない。

 おそらく、この屋敷の真の持ち主は、ロウという小者を表に出すことで隠れている……?

 そう考えれば、なんとなく辻褄が合う。

 だが、シャーラの調べでは、どんな人間の存在も、ロウの周りには浮いてこなかった。

 

「彼女はシルキーです。屋敷妖精が珍しいですか?」

 

 さっきから、かなり露骨に童女姿の屋敷妖精を眺めていることは丸わかりらしい。

 ロウがにこにこしながら言った。

 

「ええ、珍しいですね。屋敷妖精など、高位魔道遣いにしか仕えない非常に稀有な存在ですから。それで、その屋敷妖精の主人はどなたなのです?」

 

 シャーラは単刀直入に言った。

 

「もちろん、俺ですよ」

 

 ロウはにこにこしたままだ。

 

「ご冗談を……。屋敷妖精が高位魔道遣いにしか仕えないのは有名な話です。でも、失礼ながら、あなたは魔道遣いですらない」

 

「だけど、俺には懐きましたね。その理由は俺にもわかりません。この屋敷を知ったなら、隠しても仕方ないから言いますけど、俺にはもうひとつ王都城郭内にも、別屋敷があります。そこにも、別の屋敷妖精がいます。そっちは、ブラニーといいます」

 

「馬鹿な……。あっ、これは失礼……。でも、あまりに荒唐無稽なことをおっしゃるので」

 

 屋敷妖精をふたりも持っている者などあり得ない。屋敷妖精は同時にひとりの主人に仕えたりはしないのだ。

 もっとも、あの王都内の屋敷にもなにかがあるのは確かだ。

 実はシャーラは、その屋敷についても調べようとした。

 だが、特殊な結界がかかっていて、完全な侵入防止が施されていて調査はできなかった。

 わかったのは、あそこはしばらく空き家になっていたが、極最近に持ち主ができたということくらいだ。

 名義はロウである。

 しかし、管理者と交渉したのはロウではない感じだ。でも、それが誰なのかは不明のままだ。

 あの王都内の屋敷は屋敷で謎が多い。

 

 いずれにしても、いまはこの屋敷だ。

 誰が真の持ち主だ……?

 この男に近い存在で考えられるのははスクルズとベルズだが、このふたりには冒険者を背後で操るような行為をする理由がない。

 そんな人物でもない。

 とにかく、ロウの背景に誰がいるのかを探り出す前に、イザベラに会わせるわけにはいかない。

 シャーラは決心した。

 

「ところで、あなたはどなたですか? もしも、秘密にしたいのなら、そのとおりに接しさせてもらいますが?」

 

 ロウが言った。

 意味ありげに微笑んでいる。

 

「これは申し遅れました。わたしは、第三王女イザベラ姫付きの侍女のシャーラと申します」

 

「えっ、イザベラ姫? ギルド長の?」

 

 ロウがびっくりした表情になった。

 だが、シャーラはそれが本物の驚愕でないことに気がついた。いまのはわざとだ。おそらく、ロウはシャーラの正体に気がついていたと思う。

 ただの勘だが、その勘のよさがシャーラをして、キシダインの暗殺工作からイザベラを守り抜いているのだ。

 しかし、意外だ。

 侍女という立場なので、貴族界でもシャーラについて知っている者は少ない。シャーラも貴族の端くれと言えないでもないが、シャーラはこの国ではなく、ナタル森林の森エルフ族の貴族の出身だ。この国の貴族でも名は売れてない。

 ましてや、ただの冒険者に知られている名じゃない。

 やはり、ロウの背後には誰か情報通の存在がいる?

 とにかく、腹を探り合いながらでも、手がかりを得るしかないか……。

 シャーラは話を続けることにした。

 

「そうです。第三王女殿下のイザベラ様にお仕えする者です。わたしは姫様のご命令により、ロウ殿に強制クエストをお伝えに来たのです。座ってもよろしいですか?」

 

「強制クエスト?」

 

 今度はロウは意外そうな表情になる。さすがに、イザベラの気まぐれのクエストにまで情報は伸びてなかったか……。

 まあ、当然か……。

 知ってたら、シャーラがびっくりだ。

 あの仰天する内容は、シャーラも、ここに来る直前に、ミランダの前でイザベラから告げられたばかりだ。

 しかし、ロウはすぐに、戸惑いを柔和そうな笑みに隠して、小首を傾げた。

 

「さあ、どうでしょうか? ところで、俺は弱いですよ。武器なんかなくても、あなたなら片手で俺の首を折れます。ほかの武器もシルキーに渡してください」

 

 ロウがシャーラのスカートに視線をすっと向ける。

 今度こそ、シャーラが驚いた。

 いまのシャーラは、宮殿にいるときと同じで、膝までの丈の侍女服を身に着けていたが、それはシャーラがイザベラの使いの侍女としてやってきたからだけではない。 

 スカートの中というのは、暗器の絶好の隠し場所だ。

 いまも、スカートの中に小さな刃物を隠している。

 しかし、まさか気がつくとは……。

 こんなのは初めてだ。

 

「もう、なにも持っていません、ロウ殿」

 

 しかし、シャーラはそう答えた。

 

「そうですか。では、そういうことにしましょう」

 

 ロウが屋敷妖精に合図をした。

 すると、屋敷妖精が抱えていたシャーラの剣が消滅した。

 どこかに隠したのだろう。

 屋敷妖精は、卓に乗せていた盆を手に取りなおす。

 

「……お座りください、シャーラ殿」

 

 ロウが長椅子にシャーラを促した。

 シャーラが腰かけると、向かい側の長椅子に座るのかと思っていたロウが、シャーラと同じ長椅子に腰かけた。

 これには、シャーラもちょっとびっくりした。

 

「とりあえず、飲み物でも、どうぞ。シルキー──」

 

 ロウが屋敷妖精に声をかけた。

 湯気の立った赤い飲み物と手で摘まむような菓子がシャーラとロウの前に置かれる。

 

「パール茶です。お口に合えばいいのですがね」

 

 パール茶というのは、どこにでもあるような一般的な嗜好品の飲み物だ。シャーラは手をつけようとして、はっとした。

 茶に含まれる香りに、かすかな違和感を覚えたのだ。

 なにか薬が含まれている?

 シャーラは飲んだふりをして手元の袖に茶を吸い取らせた。

 一口分飲んだふりをしたところで、茶の容器を卓に戻す。

 

「なるほど、さすがは、王女付きのシャーラ殿ですね。眠り薬なんかには引っかからない」

 

 長椅子の反対側に腰かけているロウがにやりと笑った。

 シャーラは内心で、この男に対する怖れを初めて抱いた。

 第一王女の姫婿のキシダイン卿とイザベラが王太子の地位をめぐって争っているために王宮生活には罠が多い。

 そのため、シャーラは不用意に人前で飲み食いしたりせず、どうしても必要な場合でも、いまのように口に入れたふりをして実際には飲食しないことを常にしている。だが、いままで、その手元を見破られたことはなかったのだ。

 

「わたしに一服盛ろうとしたのですか、ロウ殿?」

 

 シャーラは内心の動揺を隠すために、わざとむっとした表情を装った。

 

「当然でしょう。ミランダの服をわざわざあんな風に運んできたのは、ミランダを素裸で監禁しているという伝言に違いありません。そうであれば、俺はあなたを敵としてみなすしかありません。ミランダは大切な友人です」

 

 ロウは言った。

 シャーラは大きく息を吐いた。

 どうも不安な気持ちから逃れられない。

 目の前のロウという男になにがあるというのだろう?

 どう見ても、大した能力があるとは思えない。

 それなのに、こんなにも落ち着かない気持ちになるのはなぜだ?

 

「ところで、強制クエストという話ですが、それはミランダが監禁されていることとなにか関係があるのですか?」

 

 ロウは言った。

 

「ミランダ様は問題ありません。姫様が大切に保護をされております。ただ、姫様は、ロウ殿が今回のクエストに拒否したりすれば、ミランダ様を酷い目に遭わせると言っております。ただ、これは姫様のいつもの気まぐれです。姫様はミランダ様を信頼なされているし、姫様がミランダ様に最終的に危害を加えるなどということはあり得ません」

 

 とにかく、シャーラのやることは、イザベラの言葉をロウに正確に伝えることと同時に、イザベラに夜這いをかけるなどという馬鹿なことはしないように忠告することだ。

 いや、王宮に潜入するなどという無謀なことをやっても、途中で失敗することはわかっている。

 

 だが、あのイザベラのことだ。

 ロウが潜入に失敗して、衛兵などに捕らえられたとしても、手を回して解放してしまうのだろうと思う。

 そして、そのときの解放の代償として、ロウがイザベラ仕えるという条件を出すような気がする。

 いかにも、小細工好きのイザベラの考えそうなことだ。

 二年半の付き合いのあるシャーラには、いまや、イザベラがなにを考えているかということくらいわかる。

 だからこそ、ロウとは会わせたくない。

 

 イザベラは、たとえ衛兵にロウが捕らわれたとしても、挑戦したということだけで、ロウのことを評価すると思う。

 そして、そのときの気分次第で、ただの好奇心で平気でロウに身体を許しかねない。

 イザベラというのは、そんな姫なのだ。 

 

 だからこそ、クエストを受けるというような愚かなことは、ロウには最初から断念させねばならない。

 そのときには、イザベラは、ロウなどという冒険者には歯牙にもかけない。

 イザベラは、なによりも臆病な男が大嫌いなのだ。

 逆にいえば、多少無謀でも、イザベラは勇気のある男に惹かれるところがある。

 

「危害を加えないといっても、実際には加えているでしょう? ミランダはその姫様という人のところで素裸でいるわけでしょう?」

 

 ロウがいささかむっとした顔で言った。

 

「ただの悪戯です。別にむごいことをされているわけじゃありません」

 

「素裸で監禁されるということは、十分にむごいことだと思いますけどね。ところで、ギルド長自らの強制クエストとはなんです?」

 

 ロウが言った。

 シャーラは躊躇ったが、こればかりは伝えないわけにはいかない。

 必要なのは、ロウがイザベラの言葉を伝えられながらも、ミランダを見捨てて王宮に助けには来なかったという「事実」だ。

 そうでなければ、イザベラにロウという冒険者に興味を失わせることはできない気がする。

 

「……姫様のお出しになったクエストは、王宮内におられるご自分を夜這いなさることです。それが成功すれば、ミランダ様は解放されます」

 

 シャーラは言った。

 さすがにロウの目が驚きで丸くなった。

 シャーラは、さらにそれがいかに無謀なことであるかということを急いでつけ足した。

 王宮は衛兵で守られており、侵入者は容赦なく殺されるだろうということ──。

 それだけでなく、魔道士隊が魔道避けの印を刻み込んでいるため、魔道による潜入も不可能だということ──。

 さらに、魔道をかけようとした者は、失敗して逃げたとしても、誰であろうとそれを見つけられて、魔道を辿って追跡され、最終的には捕縛されることなどを次々に説明した。

 

「なるほど、クエストの内容は、俺の友人のミランダを不当に扱った世間知らずの姫様のところにいき、生尻の二、三発も叩いて、お仕置きするということですね。面白い。これまでいくつかのクエストを受けましたが、飛び切りに愉快なクエストです。受けましょう。ミランダにはすぐに助けに来るからと伝えてください」

 

 ロウはさらりと言った。

 シャーラは焦った。

 シャーラの説明が悪かったのか、このロウは王宮への潜入を大して難しいことと考えていない気配である。

 こうなったら、奥の手を使ってでも……。

 

「ロウ殿、これは脅しじゃありませんよ。忠告です。王宮に潜入など、無謀なことはやめなさい。ましてや、姫様に手を出すなど、姫様自身がなんと言おうと、このシャーラが許しません」

 

 シャーラはさっとスカートを腿までまくり上げた。

 殺すまでのことをするつもりはないが、手首の一本くらいはもらう。

 それで、ロウは冒険者を続けられなくなるし、イザベラに夜這いなどという馬鹿なこともできなくなる……。

 

 可哀想だが、これも愚か者への忠告だ……。

 そして、腿に巻き付けた革帯で吊っている刃物を右手で抜く──。

 いや、抜こうとした。

 しかし、できなかった。

 

 その瞬間、椅子の表面に突然に浮きあがった「糊」のようなものに右腕がくっついたのだ。

 右手だけでなく、左手も……。

 いや、腕だけでなく、スカートそのものや背もたれに接した背中まで密着してとれなくなっている。

 

「な、なに?」

 

 シャーラは愕然とした。

 ロウがくすくすと笑った。

 ふと見ると、ロウが手を触れている長椅子の表面から、粘性のなにかがシャーラに向かって伸びている。どうやら、それがシャーラの背中や腕の下に拡がっているようだ。

 

「……実は、俺はこういう特殊能力の持ち主でしてね。身体に接するものに、粘着性の高い物質を発生させることができるんです。椅子を通じて、あなたの身体の下にそれを発生させてもらいましたよ。いつもできるというわけじゃないんですけど、この能力を遣って、あなたを犯すのだというようなことを考えると、それができるんです……。シルキー、天井に繋がった革枷付きの鎖を出せ。魔女拘束用のものだ」

 

 ロウが立ちあがった。

 

「はい、旦那様」

 

 すぐに、シャーラの前に突然に一本の鎖が降りてきた。その先には革枷がついている。

 

「さあ、せっかくのご訪問ですから、ここで遊んでいくといい、シャーラ。とりあえず、魔道戦士殿がどんな下着をはいているか見物させてもらおうかな」

 

 ロウはそう言うと、鎖の先の革枷をシャーラの右足首に嵌めた。

 蹴り飛ばそうと思ったが、いつの間にか足が接している床にも、おかしな粘性の物体がある。

 とることができない。

 

「これは預かりますね」

 

 ロウがまくりあがったままのスカートから刃物を呆気なく取りあげた。

 それだけでなく、上衣の裾に隠している魔道の杖もさっと抜く。

 まるで、どこになにを隠しているかを最初からわかっていたみたいだ。

 

 シャーラは、このロウが恐ろしくなった。

 これは絶対に、イザベラの前に連れていってはならない……。

 

 裏にいる人物どころじゃない。

 この男自身が危険すぎる……。

 

 そのとき、突然に右足首の革枷に繋がっている鎖がからからと天井にあがり始めた。

 当然にシャーラの右足が大きく上にあがる。

 

「くうっ」

 

 シャーラは思わず声をあげて前につんのめった。

 いつの間にか、椅子にくっついていた粘着物が消滅していて、それで、それから脱しようとしていたシャーラが前に飛びだすようになったのだ。

 だが、すでにロウも屋敷妖精も十分に距離をとって離れている。

 手を伸ばしても届かない。

 

 なんとか魔道で……。

 杖がなくても、少しは……。

 しかし、駄目だ。

 すぐに悟った。

 魔力が凍結されているのだ。

 

 どうやら、足首に巻かれていある革枷──。

 これはただの枷ではない。

 おそらく、魔道使いの魔力を封じる魔道の枷──。

 

「くそっ」

 

 シャーラは自由になった両手で革枷を引き千切ろうとした。

 しかし、ロウのせせら笑うような声がした。

 

「無駄ですよ。それは外れません。王都でも、一番と二番の魔道遣いが魔道を刻んだ枷ですからね。それをシルキーに転送させたんです。それよりも、いいんですか? もうすぐスカートがめくりあがりますよ」

 

 ロウがからかうように言った。

 王都でも一番と二番の魔道遣い──?

 

「あっ」

 

 しかし、はっとした。

 すでに肩に近い高さまで引き上げられている右足のために、スカートがまくれて、太腿の付け根まで露出しかけている。

 

「いやあっ」

 

 シャーラは慌てて手でスカートの裾を押さえる。

 

「いいですねえ。能力の高い魔道戦士殿のそんなに焦った姿なんて」

 

 ロウが笑った。

 またしてもシャーラはびっくりした。

 このロウはすでにシャーラのことをただの侍女ではなく、魔道戦士であることまで見抜いている。

 それは王宮でも滅多に知る者の少ない事実であるのに……。

 だが、考えているうちにも、さらに鎖がどんどんと上に引きあがる……。

 

「ああっ」

 

 ついに、床についていた反対の左足が宙に浮いた。

 体勢を崩したシャーラは、両手を床について頭を打つのを防いだ。

 その代わり、スカートが一気にまくれあがる。

 今度は慌てて、両手でスカートの裾を押さえた。

 しかし、身体全体が浮きあがるに従い、押さえている股間の部分以外の全部が露わになってしまう。

 

「や、やめろ──。やめないか」

 

 シャーラは落ちていくスカートを支えるために、左足を吊られている右足にぴったりとくっつけた。

 だが、それはかなりのつらい姿勢だ。

 

「みんな、いいぞ」

 

 そのとき、ロウが大きな声をあげた。

 その瞬間、奥の扉が勢いよく開かれた。

 

「ロウ様、お怪我は?」

 

 最初に飛び出してきたのは、エリカというエルフ族の女だ。

 剣をすでに抜いている。

 

「案外に呆気なかったわね。魔道戦士とかご主人様がいうから、緊張したけど……」

 

「確かにな……。このところ、ロウはすごく強くなった気もする。なによりも、冷静で動じない」

「まったくね。さすがはご主人様」

 

 続いて入ってきたのは、人間族の女のコゼとシャングリアだ。

 

「わたしたちの出番もなかったようですね」

「さすがはロウ殿だ」

 

 驚いたことに、スクルズとベルズも出てきた。

 ふたりが魔道の杖を持っているところを見ると、なにかがあったときには、魔道で対応するつもりだったのだろうか。

 王都でも一、二を争う魔道遣いが待機していたのだと思うとぞっとする。

 だが、これで判明した。

 やはり、このロウの背後にいるのは、スクルズとベルズだ。

 

「ス、スクルズ様、ベルズ様、助けてください。わたしはイザベラ姫付きの侍女で、シャーラといいます。姫様の指示でここに来たのです」

 

 シャーラは叫んだ。

 しかし、ふたりはまるでシャーラの声など聞こえなかったかのように、ロウを見ている。

 その様子には、このふたりがロウの上に立つという雰囲気は皆無だ。

 やはり、このロウがこの女たちに指示している?

 シャーラは混乱した。

 

「シルキー、指示したものを出してくれ」

 

 ロウが言った。

 

「はい」

 

 シルキーの言葉が終わると同時に、逆さ吊りになっているシャーラの鼻に、急につんとした刺激臭が襲ってきた。

 驚いて床に視線を向けると、香炉に乗せられた薬草から白い煙が立ち込めている。

 その煙にシャーラはいぶされているのだ。

 たちまちに、全身の力が抜けてくるような感じになった。

 しかし、これは……?

 シャーラは自分の身体に襲った変化に戸惑った。

 

「エルフ女を発情させるように特別に調合した香だ。たっぷりと吸ってくれ。訊ねたいことはあるが、それはゆっくりと身体に訊いてやる」

 

 ロウが言った。

 シャーラは愕然とした。

 

「ええっ?」

 

 エリカというエルフ族のロウの女が悲鳴のような声をあげて飛びのいた。

 

 

 *

 

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 シャーラは口を薄く開いて荒い息をしながら、必死になって吊られている右足に左足を添わせている。

 そうすることで、落ちてくるスカートを押さえているのだ。

 だが、片脚で逆さ吊りされた状態で拘束されていない片脚を自分の力であげ続けるというのは、イザベラ付きの護衛侍女として鍛えているシャーラにとっても、思った以上につらいことだった。

 

 しかも、頭の下からは、一刻ごとにシャーラの力を奪っていく香が焚かれ続けている。

 この煙が強烈な媚薬効果を持ったものであることは、自分の身体にすぐに起こった変化により悟った。

 両手で押さえているスカートの内側にある下着に包まれているシャーラの股間からは、すでにびっしょりと淫らな蜜が溢れ出している。

 

 だから、保持している手足につるような痛みが走ろうとも、スカートを押さえるのを続けなければならないのだ。ほんの少しでも気を緩めれば、スカートは垂れ落ち、淫らな汁で汚れた恥ずかしい下着を露わにすることになる……。

 

 シャーラは歯を喰い縛って、痙攣する脚と手に力を入れる。

 一度、気を緩めれば終わりだ……。

 その自覚がシャーラにはある。

 だが、いつまで我慢すればいいのか……。

 

 逆さ吊りのシャーラに向かい合うように長椅子に腰かけているロウという鬼畜男は、いつまでもシャーラが力尽きるのを待つことができる。

 それに比べて、シャーラはこのままこの香を吸い続ければ、ついには身体が弛緩しきって動かなくなってしまうということもわかっていた。

 そうなってしまえば、もう抵抗の手段はないかもしれない。

 かといって、この状態で香を吸わないようにするということは、息をしないというのと同じだった。

 そんなことができるわけがない。

 

「結構、頑張りますねえ。我慢できなくなったら、遠慮なく自慰をしていいですよ。イザベラ姫様付きの魔道戦士殿が自ら恥をさらす姿というのも一見の価値があるというものです。おや? さっそく始めましたか?」

 

 ロウがからかうような声をあげた。

 その言葉で、シャーラは自分が無意識のうちに腰を動かすとともに、股間を押さえている両手で強く股間を押していたことに気づいた。

 

 慌てて、自分を抑える。

 それにしても、なんという凄まじい媚薬の香だろう。

 股間だけでなく、乳房からもびりびりという疼きが溢れ出る。

 全身から流れる汗は、いまや逆さになっている顔からぽたぽたと床に向かって垂れ流れていた。それがさっきから香が焚かれている香炉に当たって、じゅうじゅうという音を立てている。

 

「ス、スクルズ様、ベルズ様──。こ、こんなことは許されません……。わ、わたしは、イザベラ姫様付きの侍女のシャーラなんです。わ、わたしに、こんなことをしたのがわかれば、宮廷から神殿に対して強い抗議が……」

 

 シャーラは何度目かになる抗議の言葉をロウのそばで困惑顔でこの状況を静観している感じのふたりの巫女に叫んだ。

 だが、ふたりとも当惑した顔でロウの顔を見るだけで、なにもしようとはしない。

 

 ここに集まっている者の中で、裏でロウという男を操る能力を持っているのは、このふたりしかいないに違いないのだが、いまのところ、この場を支配しているのはロウであり、ほかの女たちは、スクルズたちを含めて、ただ盲目的に従っているという感じだ。

 

「ねえ、ご主人様、この女はさっきから、どうして、スクルズたちに喋っているんですか? ご主人様のことだから、わざわざ喧嘩を売りにやってきたようなこの女を許さないと思いますけど、哀願するならご主人様にすればいいのに」

 

 ロウの横を陣取るように長椅子に座り、ロウの腕に寄り添っているコゼという人間族の小柄な女が言った。

 その反対側からロウに寄り添っているのはシャングリアだ。

 エルフ族のエリカは、シャーラに浴びせられている香の影響を受けるのが嫌だといい、すぐに部屋から逃げていった。

 いまは、この部屋にはいない。

 

 スクルズとベルズは椅子には腰かけずに、ロウの足元で床に直接座っている。

 それも奇妙な光景だ。

 神殿の筆頭巫女であるこのふたりは、巫女ということで、正式には貴族ではないが、人の格からすれば、この王都では地位の高い高級貴族に匹敵する立場になる。

 それなのに、そのふたりが床に座り、ただの冒険者たちが椅子に座るというのはおかしなことだ。

 だが、どう見ても、スクルズもベルズも、それに対して不満など微塵も持っていない感じである。

 

「おそらく、このシャーラは、自分にこんなことをさせているのは、俺ではなく、スクルズかベルズ殿だと思っているのさ。なにせ、俺は一介の冒険者であり、爵位もない庶民どころか、ただの移民者だし、それに比べれば、神殿の筆頭巫女のスクルズたちは、雲上人で、しかも、魔道遣いとしても超一級だ。だから、俺がこの場を支配しているはずがない。そう考えているんだろう」

 

 ロウが言った。

 

「えっ? わたしたちが?」

 

 だが、それを聞いてスクルズがびっくりした声をあげた。

 ベルズも当惑の表情をしている。

 その様子に、なにかを隠しているという感じはない。

 純粋に驚いているようにしか見えない。

 やっぱり、ロウが支配者?

 そうであれば、この男は本当に何者?

 

 それにしても、そろそろ脚も手も限界に達してきた。

 最初の頃は無理して丸めていた背も、いまは完全に伸び切っている。

 その分、スカートを押さえている手の場所は下にさがり、辛うじて股間を押さえているだけになっている。

 スカートの裾がいまだに落ちて来ないのは、自由になっている左膝でスカートの裾を押さえているからなのだが、だんだんと力が入らなくなってきている。

 

「無駄よ、シャーラとかいう女──。鬼畜に切り替わったご主人様はとても陰湿よ。あんたが完全に屈服するまで、じっくりと腰を据えて、あんたを調教なさるわ。どうせ犯されるんだから、さっさと観念した方がいいわ」

 

 コゼが言った。

 

「そうだな。それに、こう見えてもロウは優しいぞ。ロウはクロノスだ。お前を犯した後は、きっと大切にすると思うぞ」

 

 シャングリアが続けた。

 

「それはどうかな。ただ、こいつはミランダを監禁して服を脱がせ、その服をここに運んでくるというような挑戦状を持ってきたんだからな。少なくとも同じ目に遭わせてはやらんと、ミランダに悪い。無論、イザベラとかいう姫君も、しっかりとお仕置きする」

 

「ひ、姫様になにかをすると承知せんぞ。それだけは許さん」

 

 シャーラは歯を食い縛りながら言った。

 

「他人のことよりも、自分のことを心配した方がいいぞ……。ところで、コゼ、あの侍女殿がスカートを押さえる手にもっと気合が入るように、後ろから下着を取り去ってやれ。ついでに、これを股間にかけてやるんだ。これは股間から出る体液と混ざれば、猛烈な痒みを引き起こす魔道の液体だ。あの侍女殿が逆さ吊りのまま、自慰を始めるのに、そんなに時間はかからんだろう」

 

 ロウが少し前に屋敷妖精に準備をさせて卓に置いていた小瓶をコゼに手渡した。

 

「本当にご主人様は鬼畜ですねえ……。まあ、それも魅力なんですけど」

 

 コゼが苦笑しながら、小瓶を持って立ちあがった。

 

「や、やめろ、やめんか」

 

 シャーラはそれを聞いて叫んだ。

 もう身体は限界なのだ。

 これ以上なにかをされたら、醜態を晒してしまうことから免れなくなる。

 

「ねえ、ロウ様、ミランダ殿のことなら、わたしたちがイザベラ姫様に掛け合って、なんとかすることはできると思いますわ。もちろん、気難しいお姫様とは伺っておりますから、てこずるかもしれませんけど……」

 

 初めてスクルズがシャーラを庇うような言葉を口にした。

 シャーラは絶望の中に一瞬の光を見た気がした。

 

「いや、これは、その姫様の挑戦状だろう。なんのつもりか知らないけど、俺の大切な友人のミランダにひどい目に遭わせているのは気に入らない。それに、そのシャーラは、きっと宮殿に出入りする秘密の通路くらいの場所は知っているさ。それをじっくりと白状させるよ」

 

 ロウが言った。

 はっとした。

 

 ロウの言葉はあてずっぽうのような感じだったが、実は宮殿には王族の一部しか知らない地下道が連接している。それは魔道士隊にも衛兵にも知られてはおらず、王族だけに代々受け継がれている。なにしろ、この地下道は万が一、衛兵隊などが反乱のときに城外に逃亡するための経路なのだ。

 シャーラがそれを知っているのは、シャーラが王族付きの護衛であるからだが、ロウが無造作にそれに言及したのは内心で度肝を抜かれた。

 

「ほら、気を散らしちゃだめよ。自分のことに集中しなさい」

 

 不意に声が背後からかけられた。

 コゼだ。

 だが、シャーラには、首を曲げて、コゼの姿を確かめる余裕はない。

 

「あっ──きゃあああ」

 

 そのとき、突然にひんやりとした風が股間を襲って、シャーラは悲鳴をあげた。

 下着が本当に切り取られたのだ。

 

「これはおまけよ」

 

 コゼの声がした。

 すると、コゼが手にしている刃物らしきものが、背後からシャーラの侍女服の上衣の表面を動きだした。

 すぐに背中側が完全に左右に裂かれたのがわかった。

 シャーラは戦闘の邪魔にならないように、服の下に乳房を押さえる布の胸当てをしていたが、コゼによりそれを切断して抜き取られる。

 

「ほら、押さえないと、おっぱいも出ちゃうわよ」

 

 コゼがからかいの言葉をかけてきた。

 さらに刃物が袖の部分に回って来て、両側とも完全に切断される。

 左右と前後の四つに切断された上衣がぱさぱさと床に落ちていく。

 シャーラは慌てて、両手で押さえていた手の片方を胸の前の服の切れ端を押さえるために移動させた。

 

「さあ、片手が空いたから、かけやすくなったわ。多分、これは、あんたが股間からいやらしい汁を出すと、それに反応して痒みが沸き起こる薬液だと思うわよ。痒みで苦しくなりたくなかったら、頑張って感じないようにするのね……。だけど、もう遅いか。これだものね」

 

 コゼがなにかの布を顔にぱさりとかけた。

 

「いやっ」

 

 顔に張り付いた布を首を振って外す。

 コゼが顔に乗せたのは、シャーラの股間から剥ぎ取ったシャーラ自身の下着だ。

 それには、べっとりとシャーラの愛液が染み込んでいた。

 

「さあ、かけるわよ。ご主人様の準備なさる薬剤は強烈よ。きっとのたうち回るわね」

 

 コゼが笑った。

 次の瞬間、手で押さえているスカートの中の股間に、コゼの持っている瓶が差し入れられて股間にどぼどぼと注がれてしまった。

 

「ああっ、や、やめてえっ」

 

 液体が股間に触れた瞬間に、液体が粘性に変化するのを感じた。

 ロウやコゼが言ったとおり、シャーラの愛液と液体が反応して、なにかの成分に変化しているようだ。

 シャーラの愛液は、股間の亀裂の内側とその周りにたっぷりと溢れ出ていた。だから、その気持ちの悪い粘性の物体も、亀裂の内側に浮きあがり、亀裂の外側にぺったりと張りつくような感じになった。

 

「さあ、じゃあ、侍女殿が脚をぱっかりと開くのが先か、それとも自慰を始めるのが先か……。とにかく、しばらく見物だ。じゃあ、時間つぶしに、スクルズ殿とベルズ殿は、舐め舐めの特訓をしましょうか。おふたりともかなり上手になってきましたからね。あとは実践あるのみです。俺を感じさせるように舐めてください」

 

 ロウがそう言って、突然にズボンから性器を露出させた。

 

「えっ?」

「な、なに?」

 

 スクルズとベルズは困った顔でちらりとシャーラを見た。

 

「大丈夫だ。こいつはすぐに落ちる。あなたたちが俺の性奴隷という秘密はちゃんと守られる」

 

 ロウが言った。

 性奴隷?

 そう聞こえたが、なにかの聞き間違いか?

 

 だが、次に起こった光景は、シャーラの度肝を抜かせるのに十分な衝撃だった。

 床に座っていたスクルズとベルズが恥ずかしそうに顔を赤らめると、くるりとロウに向き直り、ロウが剥き出しにした性器を両側から舌で舐め始めたのだ。

 シャーラは目の前の出来事が信じられなかった。

 

「さあ、おふたりとも両手を後ろに回してくださいね。練習のときには手を縛るのが約束ですから、あたしが括ってあげます。あたしもシャングリアも、みんなそうやって、ご主人様に躾けられたんですよ」

 

 卓に戻ったコゼが言った。

 

「そうだったな」

 

 シャングリアもただ笑って泰然としているだけだ。

 その様子は、この状況が大して珍しくもないということを物語っていた。

 これは、ロウや女たちにとって普通のことなのだ。

 

 シャーラは悟った。

 そしてそれは、やはりこの場を仕切っているのは、紛れもなくロウだという事実と、ロウがこの全員の「主人」役をしているということに間違いないということを示している。

 

 いずれにしても、スクルズもベルズも、コゼがさっき言ったことに逆らわなかった。

 舌を動かしながら、自ら手を背中に回していく。

 コゼは糸のようなもので、ふたりの左右の親指同士を重ね合わさせて根元を縛っていく。

 

「ついでです。少し余ったんで、おすそ分けです」

 

 今度はコゼが卓に置いていたさっきの瓶の残りをふたりの巫女服の裾をめくってそれぞれの股間にかけるような仕草をし始めた。

 ロウばかりでなく、コゼまでもが神殿の筆頭巫女のスクルズたちに淫らな悪戯をするということに、シャーラは目を丸くした。

 

「ちょ、ちょっと」

「コ、コゼ」

 

 スクルズとベルズはさすがに抵抗しようとしたが、ロウに一喝されると大人しくなり、あとはコゼがふたりの股間に小瓶を差し入れるのに任せた。

 スクルズとベルズは、ロウの女にまで支配されている。

 シャーラは唖然とするしかなかった。

 

「……まあ、俺の一物を舐めて、淫らな気持ちにならなければ、液剤は反応しません。こんなので痒みが起きれば、おふたりが紛れもないマゾということの証でしょうがね」

 

 ロウが笑った。

 スクルズとベルズのふたりは、恥ずかしそうな横顔で腰をもじつかせながら、懸命にロウの性器に舌を動かしている。

 すでにロウの性器が勃起してたくましく天井を向いている。

 

 だが、シャーラの思念はそこまでだ。

 それ以上、もうスクルズたちのことを観察する余裕がなくなってしまっていた。

 股間の痒みが猛烈なものに変わっていた。

 

「か、痒いい……ああ、か、痒い……」

 

 両手と脚の疲労も忘れて、シャーラは全身を揺すった。

 そのとき、ついに左足が力を失い吊られている右足から離れた。

 一度離れたら、もう戻すのは不可能だ。

 左足が完全に真横に向いたのはあっという間だ。

 それにより、スカートが完全にめくれて、片手で押さえている股間を残して垂れ落ちた。

 

「ああ、だめええっ」

 

 それが限界だった。

 シャーラはすべてを諦め、いまや恐ろしい痒みが襲われている股間をスカートの布越しに、ごしごしと擦りだした。

 

「もう自慰を始めたな。案外、呆気なく堕ちそうだな」

 

 ロウがそれを見て、嘲笑するような声をかけてきた。



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125 女魔道戦士の屈服

「あ、ああああっ」

 

 シャーラが逆さ吊りのまま、二度目の悶絶をした。

 だが、ついに力尽きたようだ。

 自慰を続けていた腕は、上にあげ続けることができなくなり、だらりと下にさがった。

 それとともに、胸を押さえていた手もさがり、乳房を隠していた布片は下に落ち、スカートは完全に捲れて、てらてらと淫らな愛汁でいっぱいの股間が露わになる。

 

 無理もない……。

 立て続けの自慰による絶頂で、身体が脱力していることに加えて、エルフ族を発情させる特別の香により、身体はすっかりと欲情して弛緩しているのだ。

 いまや、シャーラの身体は発情して真っ赤であり、全身は脂汗にまみれている。

 

「ああ、痒い……か、痒い……うう、あ、ああ……」

 

 しかし、シャーラは両手を下にさげたまま、ぶるぶると腰を動かし続ける。

 そして、何度も両手を上にあげようとするが、もはや自力では上にあがらず、股間の痒みの苦しみに髪を振り乱し始めている。

 

「何度も言ったでしょう、シャーラ。あの液剤はあなたの愛液に反応して痒みを引き起こすんだ。自慰なんかして愛液を増やしたら、ますます痒くなるのが当たり前でしょうに」

 

 一郎は笑った。

 そして、コゼに合図をする。

 

「シルキー、事前に指示したものを準備してくれ。コゼとシャングリアは、それを侍女殿の首に嵌めてやれ」

 

「すでに準備してあります。懐かしいです。前の奥様も、これで前の旦那様の雌犬によくされたものでした」

 

 部屋の隅にロウの指示した拘束具を準備して待っていた屋敷妖精のシルキーが進み出てきた。

 コゼとシャングリアも立ちあがる。

 

「……ひ、卑怯者……。こ、こんなのずるい……あ、あああっ」

 

 シャーラは悪態をついたが、それはほとんど最後の気力のようなものだろう。

 シルキーに指示させたのは、まずは首輪だ。首輪の前面に手枷がついていて、両手を首の横に固定させることができる。

 まずは香炉をどけ、手枷付きの首輪をシャーラにコゼが嵌めた。

 すでに部屋は香炉の香で充満している。

 この部屋にいる限り、エルフ族の女は、媚薬の香の影響から逃げることはできない。

 また、この首輪も事前に、スクルズに魔道遣いの魔道を封じる効果を付け加えてもらっている。

 シャーラは、コゼとシャングリアが装着した首輪に両手首を繋げられることに逆らう力もないようであり、暴れることもなく、装着が終わった。

 

「もう、これも無用ね」

 

 コゼはシャーラから逆さにはだけているスカートを刃物で切断して取り去った。

 これで、シャーラは完全な全裸だ。

 

「降ろしていいわ、シルキー」

 

 コゼが指示して、シャーラの身体が床に落ちた。

 もうひと組の拘束具を手に取る。そして、片方をシャングリアに渡した。

 

「これはどうするのだ?」

 

 シャングリアは手に持った黒い革の縦長の袋に首を傾げている。

 

「両脚を完全に曲げさせた状態で、脚の全部を包んで紐で縛ってしまうのよ。膝に当たる部分の外側がひずめのように固くなっているでしょう。これを嵌められると、両脚を曲げたまま、四つん這いでないと歩けなくなるということよ」

 

 コゼが説明した。

 

「なるほど、女を犬にしてしまう拘束具か。わたしはされたことはないぞ」

 

 シャングリアが声をあげた。

 

「そうだったか? なら、今度、やってみるか。エリカもコゼも、一度は雌犬調教の洗礼は受けたぞ。シャングリアもやりたいんだな?」

 

 好奇心の強いマゾ女のシャングリアの顔を見て、一郎は笑って言った。

 

「う、うん、約束だぞ。わたしは頑張って雌犬になる」

 

 シャングリアは大きく返事をした。

 シャーラはすでにぐったりして、痒いと悶える以外のことをする気力もなさそうだ。そのシャーラの脚を折り曲げて、コゼとシャングリアのふたりが淡々と作業を始めだす。

 

「ああ、わ、わたしたちは、ま、まだ堪忍してもらえないのだろうか……?」

 

「そ、そうです。も、もう、痒いです、ロウ様」

 

 一郎の股間の前に跪いているベルズとスクルズが身体を震わせながら言った。

 ずっと股間の奉仕を続けさせているふたりの股には、さっきコゼが悪戯でシャーラに塗ったものと同じ液剤がかけてある。

 すなわち、女の愛汁に反応して痒みに変化する魔道の液剤だ。

 

「おやおや、ふたりとも俺の一物を舐めていただけでいい気持ちになったんですか? やっぱり、ふたりともマゾ奴隷でしたね」

 

 一郎はからかった。

 

「そ、そんなこと言わないでくれ、ロウ殿……。マ、マゾなのは認める……。認めます。だ、だから、これをなんとかして欲しい」

 

 ベルズが泣きそうな顔をして言った。

 スクルズも痒みで苦しそうだが、マゾっ気の強いベルズは本格的な痒みに襲われ始めているようだ。

 一郎はふたりの奉仕を終わらせ、ズボンだけでなく上衣も完全に脱ぎ去って全裸になり、ごろりと床に横になった。

 

「どちらからでもいいですよ。俺に跨って精を搾り取ってください。精を受けたら、しばらく膣を締めて精液を外に逃さないようにするんです。そうすれば、痒みは消えます」

 

 一郎は言った。

 そして、シルキーに声をかける。

 

「シルキー、ふたりから巫女服のスカートを脱がしてやれ。両手が縛られていて、自分ではできないだろうしな」

 

 シルキーがすぐにベルズとスクルズに寄っていった。

 屋敷妖精に脱衣をさせられるということに、もうこのふたりが恥辱のようなものを感じることはない。

 ただ、上半身が巫女服で下半分だけ裸体になるという恰好にされることに、恥ずかしそうにするだけだ。

 地下で全裸調教の途中だったので、ふたりとも上衣の巫女服の内側は、下着を含めて完全な裸体だ。

 

 ふたりの愛液にまみれた股間が露出する。

 これは一郎の想像以上の濡れ方だ。

 愛撫などしなくても、奉仕をさせるだけで、これだけふたりが濡れてしまうというのは新しい発見だ。

 

「あぐうううっ、き、貴様ああっ」

 

 そのとき、シャーラがけたたましい悲鳴をあげたのが聞こえた。

 顔を向ける。

 すっかりと四つん這いの雌犬姿になっているシャーラが太腿を摺り寄せて、腰を振っている。

 

 コゼが最後の仕上げに「女淫輪(じょいんりん)」という淫具を装着したのだろう。

 この屋敷にあった淫具であり、西の海を越えた異国から伝わって来たという魔道具の淫具らしい。

 この屋敷の前の主人の蒐集品のひとつであるそれは、形は極小の指輪のような感じなのだが、女の肉芽に接触させると、肉芽の根元に食い込んで外れなくなる。

 

 それだけでなく、印を込めて停止させない限り、延々と振動して淫らな淫情を女に加え続けるのだ。

 また、それは振動だけでなく、女の淫気を活性化させる効果もあるらしく、これを嵌めている限り、女は強制的な発情状態から逃れられない。

 いずれにしても、それを嵌められると、女は終わらない疼きから逃れることはないのだそうだ。

 

 前に主人の残した蒐集品の帳簿によれば、それを売った旅の商人は海を越えた遥かな遠方からやってきたのであり、それを作った魔女の魔道の淫具はかなりの種類があった。

 しかし、どれも創意に富んでいて、愉しくも残酷な品物ばかりであり、前の主人は大金をはたいて、それらをことごとく買い占めたらしい。

 それらは、すべてこの屋敷に残っている。

 蒐集品記録には、前の主人が感激したのがしっかりと残されていた。

 

「外して、これは外して──」

 

 シャーラが悲鳴をあげている。

 

「それを外せるのは、ご主人様だけよ。あたしにできるのは、装着することだけ……。ところで、まだ、ご主人様はお取込み中のようね。しばらく、部屋を散歩するわよ、シャーラ。この広間をぐるぐると歩きなさい」

 

 コゼがシャーラの首輪に引き鎖を繋げながら言った。

 

「ふ、ふざけるな……」

 

 シャーラが怒りに震えているのがわかった。

 

「ぎゃあああああ」

 

 しかし、次の瞬間、四つん這いの身体を仰向けにひっくり返らせて、身体を暴れさせる。

 一郎はにやりと笑った。

 さっそく、コゼが始めたのだろう。

 

「どうしたのだ?」

 

 横にいるシャングリアは唖然としている。

 

「これよ」

 

 コゼが手にひらに隠していた操作具をシャングリアに示した。

 簡単な操作具であり、ボタンを押すと、そのあいだ、首輪に強い電撃が流れるようになっている。

 あれも魔道具だ。

 コゼがシャングリアにそう説明している。

 

「……し、失礼します、ロウ殿。わ、わたしからいくことになった……」

 

 ベルズだ。

 顔を真っ赤にしながら、一郎に跨り、天井を向いている一郎の怒張に女陰を沈めてくる。

 

「あ、ああっ」

 

 股間に一物が挿入されるとき、ベルズが感極まったように身体を弓なりにした。

 一郎には、ただそれだけでベルズが達しそうになったのが、ステータスでわかった。

 

「感じたりすると、ますます痒みが増しますよ。それはそういう魔道薬なんです」

 

 一郎は笑った。

 

「そ、そんなこと言われても……あっ、ああっ、ああっ、あっ」

 

 しっかりと一郎の勃起した性器を股間で咥えているベルズが腰を激しく振り始める。

 同時に上下運動を加えて律動も加えている。

 

「すっかりと、淫乱な身体になりましたよねえ、ベルズ殿。そんな風に浅ましく男の珍棒を加えている姿をあなたの信者が見たらどう思うか」

 

 わざとらしく、一郎は身体の上のベルズを揶揄してやる。

 ベルズはこんな言葉責めに弱いのだ。

 いまも、一郎の言葉に顔を歪めながらも、一気に快感値の数値がさがった。

 もう一桁だ。

 

「ああっ、か、痒い……痒いです……ああっ」

 

 ベルズがますます激しく腰を振り出す。

 愛液が増量していることで痒みがそれに応じて増大しているのだ。

 ベルズの腰の動きが狂ったようになる。

 

「自分が感じるんじゃなく、俺を感じさせるんですよ。さもないと、痒みの苦しさが大きくなるだけで、いつまでもそれはなくなりませんよ」

 

 一郎は声をかけた。

 しかし、ベルズはもうなにも聞こえないのか、ただただ、乳房を揺らして、騎乗位で腰を動かし続ける。

 

「あああっ」

 

 ベルズがついに達した。

 射精せずに意地悪をしてもいいが、今日の本命はふたりの巫女ではない。

 一郎は素直にベルズの昇天に合わせて射精した。

 

「ほら、出しました。こぼしちゃ駄目ですよ」

 

 一郎は言った。

 

「は、はい……。あ、ありがとう……ございます……」

 

 ベルズが腰に力を入れるような動作で、一郎からどいて、スクルズのために場所をあけた。

 

「お、お願いいたします……」

 

 すぐにスクルズが一郎に寄って来た。

 待ちきれないかのように、一郎に跨ってくる。

 

「はあああっ」

 

 やはり、同じように股間に一物を挿入するときに声をあげる。

 似たような反応をするふたりに、一郎は苦笑してしまった。

 スクルズはベルズよりは、一郎を悦ばせようとする余裕があった。

 腰の動きで怒張を抽送しながら、ぐいぐいと股間を締めるようにして刺激を加えてくる。

 しかし、結局、途中から感極まったようになり、ただ激しく動いて、痒みを癒すだけの動作になった。

 一郎は今度もスクルズの絶頂に合わせて精を放ってやった。

 

「さあ、場所が空きましたよ、シャーラ。どうします?」

 

 スクルズがどくと、すかさずコゼが鎖に繋げたシャーラを連れてきた。

 シャーラが痒みで限界であることは、とまることのない腰の震えが物語っている。

 いずれにしても、媚薬の香でも痺れ切っている手足の筋肉もすでに限界に違いない。

 

「さっきスクルズ様たちに説明したのを聞いていただろう、シャーラ。その痒みは俺に精をもらわないと消えない。どうする? 犯されたいか?」

 

 一郎は椅子に座り直しながら、意地悪く言った。

 シャーラの身体は屈辱で震えていた。

 

「お、犯すのであれば、犯せばいいだろう……」

 

 そして、口から漏れたのはその言葉だった。

 それが精一杯の虚勢だったと思う。

 しかし、一郎はそれでは許すつもりはない。

 この魔道戦士のエルフ女をとことん屈服させるつもりだ。

 

「もちろん、犯さないよ。頼まれない限りね……。コゼ、まだ、散歩が足りないようだ。さらに十周させろ。根こそぎ体力を奪って来い。十周後に、もう一度訊ねてやる。さあ、行け、シャーラ──」

 一郎は言った。

 

「なっ」

 

 シャーラが絶句したような表情になったが、すぐにコゼの手元のボタンで電撃を浴びせられ、再び苦痛の声をあげて床にのたうった。

 

 

 *

 

 

 十周が終わった。

 

 一郎はもう一度、シャーラに犯されたいかどうか訊ねた。

 シャーラは口惜しそうに震えるだけで、なにも喋らなかった。

 これが最後の抵抗なのは見抜いている。

 さらに脅せば、この場で堕ちる。

 それはわかっていたが、一郎はあえて、最後の心の芯まで砕き尽くして、完全に屈服させることを選んだ。

 

「ならば、今度は哀願も許さんぞ」

 

 一郎は、慌ててなにかを喋ろうとしたシャーラを制し、雌犬のように四つん這いになっているシャーラの口に箝口具を装着させた。

 大きく口が開いて閉じれなくする環状の金具であり、それを口に嵌めさせたのだ。中心部は空洞になっているので、シャーラは涎を垂らしながら歩くしかない。

 シャーラはコゼに鎖で首輪を引っ張られて歩き始める。

 

 二度目の十周だ。

 止まれば電撃──。

 シャーラは歩くしかない。

 やがて、途中からだらりと舌を出し始めた。

 ああやって口を開いたままにしておくと、人というのはどうしても舌を外に出してしまうのだ。

 当たり前の生理現象なのだが、美貌のエルフ族の魔道戦士が舌を出して四つん這いで歩く姿というのは、本当に哀れであり、一郎の嗜虐心を満足させた。

 

 部屋の中でいまでも焚き続けられている媚香の影響により、シャーラはふらふらだ。

 エルフ族の女だけに効果があるように調合させた媚薬の香であり、人間族には効き目はないのだが、エルフ族だと狂うような発情効果がある。

 それを吸い続けるしかないシャーラの身体は、ますます真っ赤になり、シャーラが歩く後には夥しい汗が滴っている。

 

 だが、垂れ流れる体液は汗だけではない。

 股間から滴る愛液がはっきりと汗に混じって床に残っている。

 しかも、四つん這いといっても、両脚は膝で折られてある程度の高さがある反面、前肢になる両手は、首のすぐ横に固定されている。そのため前後の高さが合わずに、シャーラは顔を床すれすれにつけて、腰を高くあげて歩くしかないのだ。

 その姿がシャーラの無様さを増大している。

 

「おおっ、おっ、おおっ」

 

 シャーラが涙を流しながら、なにかを喋った。

 しかし、それは箝口具に阻まれて、人としての言葉にはならない。

 おそらく、許しを乞う言葉を吐いているのだろう。

 もうシャーラは号泣している。

 さっきまでの気の強さは、二回目の十周を命じたときで終わった。

 

 もうシャーラの体力も理性も、限界の疲労と猛烈な痒みと発狂するような疼きのためにすでに消滅しているのはわかっている。

 シャーラが歩くのをやめないのは、少しでも止まれば、首輪の電撃を容赦なくコゼが流すからだ。

 しかし、その最後の体力と気力も、半分の五周目で費えた。

 

「ほごおおっ」

 

 横倒しに倒れたシャーラは、コゼが叱咤とともに電撃を浴びせても、悲鳴をあげるだけで起きる気配を見せなかった。

 ただ四つん這いで歩くだけなら、魔道戦士のシャーラがこれくらいで音をあげるわけがないが、弛緩効果もある香がシャーラの身体をむしばんでいる。

 さすがに、もう歩けないのだろう。

 だだ、腰だけは別の生き物のように振られ続けている。

 

 痒いはずだ。

 

 いまは、痒みの悲鳴もあげる体力さえないようだが、迸る愛液が増えれば増えるほど痒みが増す魔道薬なのだ。

 いまや、怖ろしいほどの痒さに違いない。

 

 コゼがまた電撃を流した。

 しかし、シャーラは立たない。

 

「駄目ですね、ご主人様」

 

 コゼが肩を竦めた。

 一郎は頷いた。

 だが、一郎はこれで許すつもりはない。

 十周と一度言ったら、絶対に十周させる。

 途中で哀願も許さないように、箝口具を嵌めたのだ。

 一郎は床に倒れているシャーラに歩み寄った。

 

「まだ、半分だ。立て」

 

 足の裏で涎と涙でぐしょぐしょになったシャーラの顔を軽く蹴った。

 しかし、シャーラは泣くだけだ。

 

「仕方ないなあ」

 

 一郎はシャーラの前に立つと、シャーラの髪を持って強引に顔を引きあげた。

 そして、そそり勃っている性器を箝口具により開かれているシャーラの口の中に挿入した。

 

「があっ、ごっ」

 

 喉まで男根を押し込まれた苦しさに、おかしな声を放って、シャーラは身体を震わせた。

 首の横にあるシャーラの両手は一郎の腰にもたれかかるようになっている。

 一郎は、シャーラの髪を掴んだまま、叩きつけるように顔を前後させた。

 ただ、しっかりとシャーラの口の中にある赤いもやの性感帯を擦るようにしていく。

 

 やがて、しっかりとシャーラが欲情の反応を示しだした。

 同時に口を蹂躙されて感じてしまうということに対する、シャーラの戸惑いも伝わって来た。

 多分、このシャーラはマゾではなかったと思うが、これだけのことをされて、マゾの快感を開花させないわけがない。

 感情など読む必要もなく、シャーラの困惑が伝わってくる。

 

「出すぞ。一滴残らず飲めよ」

 

 一郎はシャーラの喉に向かって精を放った。

 さすがに最初は抵抗を示したシャーラだったが、すぐに精を喉に押し込むために舌を動かし始めた。

 精を放った最初の一滴の段階で、すでに「性奴隷」の繋がりが一郎とシャーラとのあいだにできている。

 だから、一郎の「命令」に従おうとする心が生まれているのだ。

 

「シャーラ、あと五周だ。できるな?」

 

 一郎はシャーラの口の中から一物を抜くと、優しい口調で言った。

 シャーラはなにも言わず、ただ不安におののくような視線を向けるとともに短い息を続けた。

 

「コゼ、もう鎖で引かなくてもいい。自分で歩くはずだ」

 

「わかりました」

 

 コゼがシャーラから鎖を外した。

 

「行け。命令だ」

 

 一郎はそれだけを言った。

 シャーラが再び歩き出す。

 今度は、淫魔師の縛りだ。

 シャーラの身体は、一郎の「命令」に従うために、限界を絞り出す。

 それでも、すでに体力は尽きているので、シャーラはふらふらだ。

 

 しかし、今度は一郎の性奴隷の刻みという新しい力が加わっている。

 シャーラは何度も倒れながらも、すぐに起きあがって歩き続けた。

 一郎は最後の二周目からは、シルキーを除く部屋にいる女たち、すなわち、コゼとシャングリアとスクルズとベルズに長い棒の先についた羽根を持たせ、歩くシャーラの身体をくすぐらせた。

 

「おおおっ、おおおっ、おごおっ」

 

 シャーラはむせび泣きながら歩き続けた。

 やっと十周目が終わり、一郎の前に倒れ伏したシャーラから、一郎は箝口具を外した。

 

「今度の返事は? 犯されるのがいやなら、逆さ吊りからやり直しだ。時間はいくらでもある。シャーラが屈服するまで何日でも続けられる」

 

 一郎は言った。

 

「……お、犯して……犯してください……。お願いします……」

 

 シャーラがそう口にした。

 一郎は拘束具をつけたままのシャーラを仰向けにひっくり返すと、勢いをつけてシャーラの股間に怒張を打ち沈めた。

 

「おはあああっ」

 

 シャーラが獣のような声を出して、全身を弓なりに反らせた。

 律動を開始した。

 シャーラの腰は一郎の性器をむさぼるように激しく動いた。

 そして、最初の三擦りで呆気なく達した。

 

 一郎は苦笑したが、それによりシャーラの苦悶が始まった。

 性交によりどれだけ愛液が溢れたのかわからないが、痒みの焦燥に襲われていた股間に撃ち抜かれた刺激はシャーラの想像を遥かに突き抜ける快感をシャーラに与えてしまったのだと思う。

 それにより、さらに痒みが増進し、いまや、シャーラは白目を剥いて苦しがっている。

 そして、そのシャーラの苦痛は、一郎の突きあげに耐えられずに絶頂するたびに大きくなっていった。

 結局、シャーラは最初については、一郎から精を与える間もなく、完全に意識を失ってしまった。

 

 一郎はすぐにシャーラを無理矢理に覚醒させ、二度目の性交を始めた。

 二度目もシャーラは短い時間で達し続け、またもや、精を受けることなく失神した。

 

 三度目は四つん這いにさせて、背後から犯した。

 今度はすぐに精を放ってやった。

 

「シャーラ、膣を締めつけろ。受けた精を外に出すな。それで痒みは終わる」

 

「は、はい」

 

 最後の気力を振り絞るようなシャーラの返事だった。

 そして、シャーラは今度こそ、がっくりと気を失った。



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126 雌一号と爆裂の首輪

「なあ、ミランダ、ロウはどういう反応をするだろうかなあ。愉しみじゃ。お前を助けるために命を張って、王宮に忍び込んでくるのだろうか。それとも、やはり恐れをなして諦めるのかのう。わたしはロウの義侠心を試したいのだ」

 

 イザベラは言った。

 すると、魔道で作った白い光の檻の中のミランダは、何度目かの溜息をついた。

 

「あたしは、諦めて欲しいと思いますけどね。言っておきますが、それは姫様のためですよ。ロウを試すようなことをして、なにをされても、もう知りませんからね」

 

 ミランダは言った。

 檻の中にいるミランダは素裸であり、いまは胡坐をかいている。

 また、横にはイザベラが差し入れた食事を載せていた皿があり、いまは一緒に渡した飲み物とともに空になっている。

 

「ところで、厠はいいのか、ミランダ? 別にわたしは、お前を苦しめるつもりはないのだ。そこに監禁する以外のことはするつもりはないから、なんでも言え」

 

「だったら、ロウになにをされても、あとで怒らないと約束してください。ロウを処罰しないでください。あたしは嫌な予感がしますけどね」

 

「嫌な予感というのは、ロウがここにやってくるということか? 心配はいらん。実は、衛兵には命までは取らんように事前に達しておる。魔道士隊はもともと、捕縛はしても、その場で殺害まではせん連中だから問題はなかろう。ロウが捕らえられたとしても、わたしはすぐに解放する。わたしは、ただロウがどんな男なのか試したかっただけなのだ」

 

「夜這いをしろとおっしゃったでしょう。ロウは好色ですからね。多分、来るんじゃないかと思いますよ。あのロウは、魔道を遣えるわけでもないし、腕利きなわけでもない。でも不思議な力を持っています。なによりも、勘がよく、頭がいいのです。姫様の思惑を超えたやり方であっさりと、やってくるような気がするんですけどね」

 

「ミランダがそこまで冒険者を褒めるのは珍しいのう。ますます、愉しみじゃ」

 

 イザベラは笑った。

 すると、ミランダが再び大きな溜息をついた。

 

「……それにしても、シャーラは遅いのう……。ミランダが言った幽霊屋敷とやらに、わたしが出掛けさせたのは夕方だぞ。もう、夜中だ」

 

 イザベラは思い出して言った。

 すぐに戻って来いと厳命したわけでもないが、あのシャーラに限って、命じたことを済ませてから、どこかに寄り道をするわけもないと思う。

 

「あたしはシャーラをひとりで行かせるのは危険だと、何度も忠告しましたよ。あたしから剥ぎ取った衣類を持って行かせるなんて、ある意味、ロウに喧嘩を売りに行かせたようなものです。ロウは冒険者です。敵対する者同士であろうとも、使者は無事に返さなければならないなどという貴族の約束事は通用しませんからね」

 

「なにを言っておる。シャーラが冒険者風情に負けると言っておるのか? それなら、わたしは、それこそ身体を許してでも、ロウに家人になるように頼むわ」

 

 イザベラは笑った。

 ミランダはそれ以上は語りかけようとはせず、小さく肩を竦めて、口の中でぶつぶつとなにかを呟いただけで終わった。

 なんとなく、「自業自得」というような言葉を口にしたような気がした……。

 

 そのとき、部屋の外から声がかけられた。

 シャーラの声だ。

 

「戻って来たようじゃぞ、ミランダ。ほら、無事ではないか」

 

 イザベラはミランダににやりと笑いかけ、入れと声をあげた。

 

「……姫様……」

 

 シャーラが入って来た。

 しかし、シャーラはなんとなく疲れているようだ。

 しかも、出ていったときの侍女の服ではなく、身体を包む黒いマントですっぱりと身体を包んでいる。

 イザベラは訝しんだ。

 

「随分と遅かったが、ちゃんとロウにはわたしの言葉は伝わったのか? それに、その恰好はなんじゃ?」

 

 そして、イザベラは、シャーラの首になにか嵌まっていることにさらに気がついた。

 

「首にしているのはなんじゃ、シャーラ?」

 

 さらに訊ねた。

 

「……これは首輪です、姫様……。雌犬の……」

 

 シャーラは静かに言った。

 その口調が自然だったので、一瞬、なにを言われたのかわからなかった。

 

 雌犬の首輪……?

 そう言ったのか?

 

 イザベラが疑念の言葉を口にしようとしたとき、シャーラが身体を包んでいたマントを両手でがばりと開いた。

 

「あっ」

 

 イザベラは思わず声をあげた。

 シャーラはマントの下は完全な素裸だった。

 しかも、シャーラの股間は完全に無毛になっていて、下腹部になにかが刺青のような感じで文字が書かれている。

 

「……雌犬……一号……?」

 

 イザベラはそれを読んだ。

 どういうことだ?

 

「な、なんだそれは、シャーラ? 雌犬一号とはなんじゃ?」

 

 イザベラは怒鳴った。

 

「わたしが魔道で自分の身体に刻みました。ご主人様の命で」

 

「ご主人様?」

 

 イザベラは唖然とした。

 そのとき、部屋の扉が再び開いた。

 入って来たのは黒い髪をしたひとりの男だ。

 

「な、なんじゃ、お前?」

 

 イザベラはびっくりして声をあげた。

 

「なんだとは心外だね。あんたが俺を呼びつけたんじゃないのかい、お姫様」

 

 その男が言った。

 

「姫様……。申し訳ありません……」

 

 シャーラが項垂れたまま言った。

 

「……ロウ、やっぱり来たのね……」

 

 そのときミランダが、半分呆れたような、それでいて、少し嬉しそうな声をあげた。

 

「さあ、お姫様、言われたとおりにやって来ましたよ。クエストの内容は、あんたの処女を犯すことでしたっけ? それはどうでしょうか? 報酬の話もしてもらっていませんしね。そもそも、あなたの処女には報酬なしで奪うに値するほど、価値があるのですか?」

 

 ロウという冒険者が、小馬鹿にしたような口調で長椅子に腰かけた。

 

「な、なんじゃ、お前──。わたしに無断で椅子に座るとは何事じゃ。許しも得ずに座るでないわ──」

 

 イザベラはかっとして怒鳴った。

 しかし、ロウはイザベラを無視して、持っていた包みをミランダに向かって放り投げた。

 イザベラの施した光の帯は、ミランダ自身は完全に封じ込めるが、逆にミランダ以外については、人でも物でも出入りは自由だ。

 ロウの投げた包みは光の格子をすり抜けて、ミランダの手元に落ちた。

 

「シャーラが持って来たミランダの服だ。助けにきた礼は、明日の夜にでも、屋敷に遊びに来ることでいい。とっときのプレイがあってね。延び延びになっていたが、明日やろう。それで許してやるよ」

 

「馬鹿ね」

 

 ミランダが苦笑しながら包みを開いて、服を身に着け始めた。

 ロウの失礼な物言いに満更でもなさそうなミランダの態度には少し驚いた。

 だが、いまはシャーラのことだ。

 なぜ、シャーラがこんな格好になっているのか──?

 そもそも、ロウはどうやってここに来たのか──?

 

「ロウ、答えんか──。シャーラになにをしたのだ? そもそも、どうやってここに来たんだ──」

 

 イザベラは激昂して立ちあがった。

 

「うるさいなあ。シャーラがどんな目に遭ったのか知りたいのか?」

 

 ロウが手を伸ばして、ロウの座る長椅子の横に突っ立った状態だったシャーラから黒いマントを取りあげた。

 シャーラは別に抵抗しなかったが、首輪ひとつの素裸にされると、恥ずかしそうに両手で乳房と股間を隠す仕草をした。

 

「勝手に隠すな、雌犬。それとも、ここで死にたいか」

 

 すると、ロウが大きな声をあげた。

 

「は、はい。申し訳ありません、ご主人様」

 

 シャーラが慌てたように手をさっと背中側に回して手を組んだ。

 陰毛を剃られたばかりのようなシャーラの無毛の股間と、そこに書かれた“雌犬一号”の刺青が露わになる。

 ロウの怒鳴り声は、乱暴そのものの粗野なものだ。

 事前の調査では、冒険者には珍しく行儀はいいと耳にしていただけに意外な感じがした。

 いずれにしても、イザベラの侍女であるシャーラを相手にそんな言葉を遣うのは不快だ。

 それに、殺すぞという脅しにもむっとした。

 生意気な……。

 ここをどこだと思っているのだ……。

 

「ロウ、わたしの問いに答えんか」

 

 イザベラは声をあげた。

 すると、やっとロウが真っ直ぐにイザベラを見た。

 

「わかったよ。どうやって、ここにやって来たかという問いであれば、このシャーラに案内させた。“王家の道”とかいう経路を辿ってね。この建物に入ってからも、シャーラの先導なら大して面倒なことはなかったな。ついでに、隣室に控えている侍女と女衛兵については、シャーラが人払いしてくれたよ」

 

「なにいっ?」

 

 王家の道?

 イザベラは絶句した。

 いかに脅迫されたといえ、王族絶対の秘密を一介の冒険者に教え、あまつさえ、案内をしてきた?

 

「まあ、大きな声を出しても、駆けつけてくることはないと思うけど、一応は防音でもしておくか……。シャーラ、お前はこの宮殿内でも、魔道を遣うことを許可されている存在だったな。命令だ。この部屋から音が洩れないようにしろ」

 

 ロウが魔道の杖を取り出して、シャーラに渡した。

 

「承知しました……」

 

 手を後ろに回していたシャーラが魔道の杖を持ち、さっと振った。

 部屋に防音の魔道の刻みが施されるのがわかった。

 魔道をかけ終わると、シャーラはロウの求めに応じて、素直に杖をロウに戻した。

 イザベラは唖然としてしまった。

 

「か、勝手なことをするな、シャーラ。どういう了見だ。そもそも、ロウに王家の道を使わせるとは何事だ。わたしはそんなことさせるつもりはなかった。それでは、なんの試しにもならんではないか。だいたい、王家の道は王家一族の秘中の秘ぞ。それを一介の冒険者に教えるなど……」

 

「うるさいなあ……。少しでもシャーラを大切に思う気持ちがあるなら、大きな声は出さんことだ。シャーラは必死であんたを守ろうとしているんだぞ。もちろん、自分自身の命もそうだがな」

 

「わ、わたしの命?」

 

 イザベラは訝しんだ。

 すると、ロウが左手をすっとイザベラにかざした。

 そこには赤ん坊の拳ほどの薄桃色の球体があった。

 気がつかなかったが、ロウはそれをずっと左手に握っていたようだ。

 

「な、なんだ、それは?」

 

 イザベラは眉をひそめた。

 

「シャーラの首に嵌まっている爆裂の首輪を作動させる球体だ。我が家の作法で、招かざる客は、躾として、その爆裂の首輪を嵌めて雌犬として扱うことにしている。俺がこの球体から手を離せば、首輪が爆発することになっている。だから、シャーラは俺の言いなりだ……。おっと、その杖を俺に向けるなよ。どんな魔道であれ、俺に魔道をかければ、球体が反応をするように細工をしているんだ」

 

「なっ」

 

 イザベラは愕然とした。

 シャーラの首にあるのは、ただの首輪ではなく、爆裂の首輪だと聞いて、とっさに服の内側から魔道の杖を抜いたのだが、それがロウの脅迫で途中で止まった。

 

「さあ、冒険者を相手に試しをするようなお転婆姫様、その杖をこっちに寄越すんだ。それとも、シャーラの首輪にある爆裂の首輪を作動させるか?」

 

 ロウが右手をすっと伸ばした。

 

「ば、馬鹿な──」

 

 イザベラは驚愕して、もう一度、シャーラを見た。

 このロウに爆裂の首輪を嵌められ、脅されて仕方なくシャーラは王家の道からロウを宮殿内に連れ込んだということなのか……。

 魔道戦士の戦闘エルフのシャーラが、どういうわけでそんな罠に陥ったのかはわからないが、一応はそれで理由もつく。

 

 爆裂の首輪というのは目にするのは初めてだが、どんな機能があるのかくらいは知っている。

 首輪の革の内側に埋められているのは、炸裂砂という鉱山用の魔道の粉だ。魔道により炸裂し、硬い岩盤を吹っ飛ばす恐ろしい砂なのだ。

 「爆裂の首輪」というのは、それを首輪の革の内側に充填している首輪だ。

 

「ロウとやら、そんなものでシャーラを脅すのは卑怯であろう。すぐに外すのだ」

 

 イザベラは真っ直ぐに魔道の杖を向けた。

 しかし、ロウは不敵な笑みを浮かべているだけだ。

 

「それが炸裂砂を充填した爆裂の首輪ですって?」

 

 ミランダが意味あり気に言った。

 ふと見ると、ミランダは白い檻の中ですでに衣服を身に着け終わっている。

 

「余計なことを言うなよ、ミランダ」

 

 ロウがイザベラに真っ直ぐに視線を向けたまま言った。

 

「言わないわ。この姫様にはいい薬かもね」

 

 ミランダがそう言うのが聞こえた。

 イザベラはぐっと杖を握る手に力を入れた。

 

「そ、そんなことをすれば、ただではおかんぞ。そもそも、そんなものをここで爆発させれば、お前もただでは済まんはずだ」

 

「やめてくれよ。炸裂砂のことはなんにも知らないんだな、姫様。この球体から手を離したところで首輪の炸裂砂の塊が爆発して、せいぜい、首がもげるだけのことだ。その雌犬と心中なんて冗談じゃないぞ」

 

 ロウが笑った。

 

「き、貴様……」

 

 イザベラはロウを睨みつけた。

 

「それともうひとつ教えてやる。シャーラが身に着けている炸裂砂は首輪だけじゃない。特殊な方法で腹の中にも仕込んだ。どんな方法を使ったのは言わんよ。だが、俺は同じ方法で、あんたに近づくことのできる侍女や衛兵に、その方法で今度は本人も知らないあいだに、腹に炸裂砂を仕込んで近づけることもできる。シャーラにやった方法を使えばね……」

 

「はあ?」

 

 意味がわからなかった。

 炸裂砂を仕込める?

 

「わからないのかい? 策を晒すつもりはないが、炸裂砂くらい、王宮内の人間に仕掛けるのは簡単だ。それができると言ってるんだ」

 

「馬鹿を言うな。そんなことできるか」

 

 イザベラは怒鳴った。

 

「どうかな。俺はシャーラにその方法を説明した。それが可能と思ったから、俺の脅しに屈したんじゃないか?」

 

 ロウが不敵に笑った。

 イザベラは唖然とした。

 しかし、このシャーラが屈して、王家の秘密を教えたのだ。自分の命が危ういくらいで、シャーラは脅迫には屈しない。

 どんな方法かわからないが、シャーラは納得したんだ。

 そう考えるしかない……。

 

「姫様、お許しを……。そして、危険です。降参してください」

 

 シャーラが追い詰められたような表情で言った。

 イザベラは耳を疑った。

 いま、シャーラが降参を勧告するようなことを言ったのか?

 

「すると、シャーラは蒼くなったよ。ご覧の通りだ。それで俺をここに連れてきたということだな。あんたには手を出さないという条件でね……。だが、あんたが俺に手を出すんなら、そんな約束は守る義務もない。それで、どうするんだ? 俺を捕らえるよりも、シャーラの身体が肉片になるのが早いと思うがね」

 

 そして、見せつけるように左手を開いて、ゆっくりと手のひらを斜めに向け始める。

 

「や、やめろっ」

 

 イザベラは慌てて杖をロウに投げた。

 

「ひ、姫様……」

 

 シャーラが少し気後れをしたような表情になった。

 イザベラに対して申し訳なさそうな顔をしている。

 

「……シャーラを殺してみろ……。およそ考えられる限りの残酷な手段で処刑してやる。お前だけではない。お前の仲間の女も全員だ」

 

 イザベラはロウを睨んだ。

 

「どういたしまして。すでに手を打っているさ。捕らえられたところで、すぐに脱走できる。俺のことは心配してもらわなくていい」

 

 ロウがにやりと笑った。

 

「な、なんだと? どうやるというのだ」

 

 イザベラはびっくりした。

 

「手の内を明かす必要はないだろう……。まあ、少しだけ言えば、ここには俺ひとりしかいない。ほかの三人は、俺があんたが俺を捕まえさせたときに対処するために準備している。だから問題ないのさ」

 

 ロウが余裕たっぷりに言った。

 イザベラは絶句した。

 炸裂砂を人間の体内に仕掛けたり、宮殿の衛兵に捕らわれても簡単に逃げおおせたりする方法というのはまったく想像できない。

 どんな手段なのか、見当もつかない。

 しかし、目の前のロウの余裕たっぷりの表情を見ていると、満更嘘でもないという感じだ。

 なによりも、シャーラはこんな格好にされても、まったく文句を言わないし、口惜しそうな表情さえもしない。

 ロウの完全な言いなりだ。

 それが、ロウが本当のことを喋っているという、なによりの証拠のような気がした。

 

「ところで、姫様、処女の証というのを見物させてくれよ。素っ裸になって、その椅子に両脚を開いて乗るんだ。そして、自分の指で女陰を大きく左右に開け」

 

 ロウが言った。

 

「な、なんだと──」

 

 イザベラは怒鳴った。

 

「……約束が……」

 

 そのとき、シャーラが小さな声をあげたのが聞こえた。

 

「……約束は守るさ、シャーラ。その陰毛を剃り落とすのと引き換えだったしな……。だが、世間知らずの姫様に多少は懲らしめを与えないとならん。それくらいは薬さ。それに最初の話によれば、どうせ、姫様も俺に犯されるつもりはあったんだろう? だいたい、俺に挑戦状を送りつけてきたのは、あんたの主人だ。あんたじゃない。それなのに、あんたばかりが理不尽な目に遭ったんじゃあ、割に合わないだろう。多少の辱めはさせてもらうさ」

 

 ロウが応じた。

 理不尽な目……?

 シャーラの哀れな姿を見る限り、相当の酷いことをされたという感じだが、一体全体、なにをされたのだろう。

 少なくとも、気の強い魔道戦士のエルフ女のシャーラが、ロウという冒険者に対して、完全に屈服しているという感じだ。

 ただ脅されているということではなく、シャーラは心の底からロウには逆らう気がないように見える。

 しかし、たった夕方から夜中という限られた時間だけで、どうしてシャーラは、ここまでロウに完全に屈してしまったのだろう?

 

「お、お前、シャーラになにをしたのだ──?」

 

 すると、ロウが白い歯を見せた。

 

「大したことじゃないさ。のこのことミランダの服というあんたの挑戦状を俺に持って来たシャーラを逆さ吊りにして媚薬責めにし、素っ裸にして犬のように倒れるまで歩き回らせた。そして、気絶するまで犯し続け、意識を失っているあいだにその首輪を嵌め、腹にも炸裂砂を仕込んだ」

 

「な、なにいっ?」

 

「あとは脅して、下の毛を一本残らず剃ってやった。小便も大便も目の前でやらせた。思いつく限りの辱めをさせたよ。最後にはつるつるになった股間に刺青で“雌犬”と刻ませた……。まあ、それくらいかな……。それから、もう一度拷問し、宮殿に入り込む経路を白状させた。かなり抵抗したけど、いまは、もう逆らう気力もないようさ」

 

「き、貴様……よ、よくも……」

 

 腹が煮え返った。

 なんという卑劣な男なのだろう。

 そもそも炸裂砂などという汚い手を使って、シャーラを脅すなど……。

 

「おいおい、恨むんなら自分自身を恨むんだな。俺をどんな男か知らずに、シャーラを俺の屋敷に来させたのは、あんただ、姫様。まあ、これに懲りたら、お転婆は自重することだな。少なくとも、信頼できる味方には耳を傾けろ」

 

「わ、わたしに説教してるのか」

 

 かっとなった。

 だが、イザベラの怒声など、まったく動じる気配もない。

 そのことが、逆にイザベラを動揺させた。

 

「冒険者を試すようなことはするな。冒険者なんていうのは、王族といえども、それだけで尻尾を振るようなことはしない。あんたは、あんたが王女というだけで、頭をさげてちやほやする相手に随分と慣れてしまっているようだけど、冒険者というのはそういうものとは隔絶した存在だ。それとも、こんなことをしても、俺が王家に敬意を払うとでも思ったか?」

 

「そ、それは……」

 

 確かに、冒険者を舐めていたということは否定できない。

 まさか、伝言を持っていかせたシャーラがそのまま捕まるなど、思いもよらなかった。

 

「少なくとも、俺は王族という存在よりも、俺のことを慕ってくれる女たちの方がずっと敬意を抱く相手だ……。まあ、ギルド長のあんたには、釈迦に説法だったかな……。とにかく、危険なものに関わろうとしているということを自覚することだ。それよりも、早く服を脱げよ。侍女なんかどうでもよければ、助けを呼びな」

 

 ロウがイザベラを睨みながら言った。もう、微笑んでなどいない。

 そして、再び左手に持った球体を離すような仕草をする。

 

「ま、待て」

 

 イザベラは言った。

 口惜しいがこうなったら仕方がない。

 イザベラは怒りで震える指で服を脱ぎ始めた。

 

「ひ、姫様──」

 

 すると、もう一度、シャーラが声をあげた。

 そして、大きく息を吸ってから、ロウに向き直った。

 

「ロウ様、やっぱり、これは承知できません。姫様にこんなことをさせるわけには──」

 

 シャーラがなにかを決心したように叫んだ。

 一瞬だが、なんとなくシャーラのロウに対する態度が、さっきと異なる気がする。

 おかしな感じがして、イザベラは解きかけていた装束の紐を緩める手をとめた。

 

「落ち着けよ、シャーラ……。俺の手には爆裂の首輪を作動させる球体があるんだぞ。それに、これは姫様のためさ……。ほら、これで落ち着くか?」

 

 ロウが言った。

 ただ、なにかをしたという感じはない。

 しかし、なにかを喋ろうとしていたようなシャーラが、急に黙り込んでしまった。

 イザベラは首を傾げた。

 

「姫様は早く服を脱ぎな。今度手をとめたら、遠慮なくシャーラを殺すぞ」

 

 ロウが言った。



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127 夜這い未遂

 ロウのにやにやと馬鹿にしたような笑みを向けられながら、イザベラは屈辱の脱衣を続けた。

 いつも自分で服を脱ぐこともなく、着替えも侍女に手伝わせるので、裸身を他人の目に晒すことは慣れているが、こんな風に脅迫されて服を脱がされるなど腹が煮える。

 やがて、一糸まとわぬ裸身になったイザベラは、両手で乳房と股間を隠して膝をよじり合わせた。

 

「恥ずかしそうにするんじゃないぜ。ミランダからつまらない理由で服をはぎ取ったくせに。さっさと長椅子に乗れよ。そして、股を開いて、指で拡げろ。早くしないと、シャーラを殺すぞ」

 

 イザベラはぐっと拳を握った。

 だが、こうなったら仕方がない。

 意を決して、長椅子に両足を乗せ、膝を曲げて、大きく脚を開く。

 さらに、股間に手を伸ばして女陰をくつろげる。

 

「なるほど、確かに生娘には間違いないようだが、まったく使っていないというわけでもなさそうだな。自慰は好きだろう。だいたい何日置きにするんだ?」

 

「なっ」

 

 イザベラはあまりに失礼な質問にかっとなった。

 しかし、それを見透かしたように、ロウが左手に握った球体を離すような素振りをした。

 イザベラは身体を硬直させた。

 

「そうだ。いい子だ。手はそのままだぞ。質問に答えな、姫様」

 

「な、なんで、そんなことを……」

 

 イザベラは怒りで身体を震わせながら言った。

 

「質問に答えなければならない理由は、俺がシャーラの首と腹を爆裂させることのできるこの球体の魔道具を握っているからだ。さあ、答えな」

 

 ロウが勝ち誇ったように言う。

 口惜しさに身体が震える。

 

「じ、自慰などせん」

 

 イザベラは言った。

 実は嘘だが、別に本当のことを喋る必要はないだろう。

 

「嘘をつくな。自分の股間を見てみろ、そんなに濡れているじゃないか。そんなに感じる身体をしていて、自慰の経験がないなどということはないな。それにしても、どうやら、あんたは辱められると感じる露出狂の変態のようだ。これは思わぬ発見だ。ハロンドールの第三王女のイザベラ姫は、露出狂の変態だとはな」

 

 ロウが大きな声で笑った。

 

「な、なにをいうか──。わ、わたしを愚弄するか──」

 

 イザベラは怒鳴った。

 しかし、一方で心臓が早鐘のように鳴るのがわかった。

 実はロウに指摘されるまでもなく、自分の身体に引き起った変化は、イザベラに大きな戸惑いを感じさせていた。

 

 この失礼すぎる冒険者の前で、股を開いて股間を露わにするなどという行為は耐えられない苦痛だ。しかし、耐えられないはずなのに、恥辱行為を強要されていると、身も世もない口惜しさと羞恥の一方で、身体の芯がかっと熱くなり、甘い疼きのようなものが生じてくることに気がついたのだ。

 

「もういいでしょう、ロウ。これで懲りたと思うわ。もう許してあげなさい」

 

 そのとき、ミランダが横から声をあげた。

 イザベラが全裸で監禁していたミランダは、すでにすっかりと服を身に着けていたが、いまだにイザベラの白い格子の中に閉じ込められていたのだ。

 

「そ、そうですよ、ロウ様。ここまでするというのは聞いていません。ただ、姫様を懲らしめるだけと……」

 

 すると、シャーラも困惑したように口を挟んだ。

 なんとなく様子が違う。

 ロウにすっかりと屈服させられ、哀れにも爆裂の首輪を嵌められて脅迫されているという雰囲気がシャーラにはない。

 さっきまでとはうって変わって、ロウとシャーラは打ち解けた感じだ。

 

「なに言ってんだ。ちょっと薬を与えてくれというから、陰毛を剃るのと引き換えに、悪人役を引き受けてやったんだ。これくらいのことをしなければ、懲りるものかい。それに、さっき口にしたのは本当だぞ。この姫様は俺に辱められて、しっかりと感じていたんだからな……。まあいい。だったら、これで終わりにするさ。姫様、もう手を離していいですよ」

 

 ロウが口調をがらりと変化させた。

 イザベラは呆気にとられた。

 

「も、もしかして、芝居か? シャーラ、お前、このロウと結託して、わたしを愚弄したのか?」

 

 イザベラは手を股間から離して、脚を椅子からおろして身体を両手で隠すとともに、シャーラを睨んだ。

 しかし、口を開いたのはロウだ。

 

「別に愚弄というわけでもないですよ、姫様。シャーラが俺にひどい目に遭って、犯されたのは本当ですしね。ただ、あなたには手を出さないでくれと言うんで、それは約束しました。ただ、俺としても、くだらない気まぐれで、ミランダを酷い目に遭わせたことについては腹が立った。それで、その妥協の産物が、いまの辱めというわけです。シャーラもあなたに手を出さない範囲であれば、俺の仕返しに協力してもいいというんでね」

 

 ロウが悪びれる様子もなくにやりと笑った。

 

「わ、わたしを騙したのか、お前たち」

 

 イザベラは声をあげた。

 とはいっても、どんな騙され方なのか、しっくりこない。

 シャーラがロウを「王家の道」を使って案内してきたのは事実だし、恥毛を剃られて、全裸にマント一枚という恥ずかしい恰好でここまで連れてこられたのも本当のことだ。

 

「でも、姫様、わたしがこのロウ様にまったく歯が立たなかったのは事実です。ロウ様の屋敷に行ったとき、わたしはまったくなすすべなく、ロウ様に負けました。幸運だったのは、ロウ様が本当にわたしを脅して、姫様を脅迫するような悪人ではなかったことです。わたしは、こうなっても仕方がなかったということを申しあげたかったのです」

 

 シャーラは言った。

 イザベラは呆気にとられた。

 

「もういいでしょう、ロウ。それよりも、そろそろここから出してよ」

 

 ミランダだ。

 

「そうだったな。じゃあ、ふたりに杖を返すよ。姫様もミランダを解放してくれますか? クエストについては失敗ということでいいですよ。俺はあなたを夜這いすることに失敗したわけですしね」

 

 ロウがシャーラとイザベラから取りあげた杖を返してきた。

 イザベラは釈然としなかったが、とにかく、ミランダを監禁していた光の檻を消滅させた。

 

 一方でシャーラは、自分の手であっさりと首輪を外した。

 これにも、イザベラは唖然とした。

 そして、そういえば、ミランダもシャーラが首に嵌めてきたのは「爆裂の首輪」だとロウが言ったとき、怪訝そうな表情をしていたのを思い出した。

 

「もしかして、ミランダもこれが狂言であることを見抜いていたのか?」

 

 イザベラはミランダに視線を向けた。

 

「ドワフ族は山の民です。あたしも炸裂砂はよく知っています。首輪からは炸裂砂の香りはまったくしませんでした。だから、その首輪はそれほど危険でないものとわかっていましたよ」

 

 ミランダが無表情で言った。

 

「だったら、なぜ、それをわたしに教えん──?」

 

 イザベラは言った。

 だが、ミランダが不満そうに鼻を鳴らした。

 

「教える? あなたにここに監禁され、裸にされる辱めをされたお礼にですか?」

 

 ミランダが言った。

 そして、無表情で卓の上の宝石箱からミランダ自身の魔道の指輪を掴んで嵌めた。

 その言葉と態度で、やっとイザベラはミランダが相当に腹を立てているということに気がついた。

 

「そ、それについては、あ、謝る……。だ、だが、わたしはロウという男を試したくて……」

 

「いくら試すといっても、自分を夜這いに来いなどというのは人を愚弄しています。あなたはハロンドールの姫君なのですよ。なにを考えているのです」

 

 ミランダが声をあげた。

 

「そうです、姫様、もう、こんなことはおやめください。このロウ様は、わたしや姫様が試していいような男の人ではありませんでした。正直にいうと、わたしはあんなに怖い目に遭ったのは初めてでした。これほどまでに歯が立たない相手というのはロウ様が最初です」

 

 シャーラが言った。

 イザベラは、なによりもシャーラがこんなにもロウのことを褒めるのが信じられなかった。

 しかも、そのロウに説得されて、一時的とはいえ、イザベラを裏切るようなことをしたというのがいまだに納得いかない。

 

「もういいじゃないか、シャーラ。じゃあ、来るんだ。この姫様への最後のお仕置きだ。姫様には、ここで本物の性行為というのを見物してもらおう」

 

 ロウが手を伸ばして、シャーラの手首を掴んだ。

 

「ちょ、ちょっと、ロウ様」

 

 シャーラが困惑したように言った。

 しかし、ロウが強引にシャーラの手を引っ張ると、素裸のシャーラは大きな抵抗をすることなく、ロウの膝の上に導かれる。

 

「お、お前、なにをするつもりだ」

 

 さすがにイザベラは怒鳴った。

 ロウは、ここでシャーラを抱こうというのか──?

 

「おっと、姫様、じっとしていてください。これはクエストでしてね。あなたに手を出さないで、今回のお転婆のお灸をすえる──。それがシャーラ殿が俺に新たに申し出たクエストです。その報酬は、俺が好きなときに、好きなだけ身体を許すということでしてね。期限は無制限。さっそく、一回目をいただくところです」

 

 ロウが悪びれる様子もなく言った。

 

「で、でも、こ、ここでは……」

 

 シャーラは困惑している感じだ。

 

「なに言ってんですか、シャーラ。いつでもどこでもという約束ですよ。つまりは、ここでもいいということです。さあ、俺の上に乗るんです」

 

 ロウはズボンからすでに勃起している性器を取り出した。

 

「あらあら、そんな約束をしたの、シャーラ? このロウは好色なのよ。そんな約束をするなんて、とんでもないことになるわよ」

 

 ミランダが冷やかすような言葉をかけた。

 だが、ミランダもロウの暴挙を制止するつもりはないようだ。

 

「そ、そんな……」

 

 しかし、シャーラはもう抵抗しようとはしない。

 ロウが強要するまま、ロウに向かい合うように身体を跨らせる。

 すぐに、シャーラの白い尻がくねるようにして、ロウの上に沈んでいった。

 

「おんっ」

 

 シャーラが完全にロウの性器の上に乗ったとき、シャーラが感極まったように身体をのけぞらせて声をあげた。

 

「ふふふ……。すっかりとシャーラも濡れているじゃないですか。こんなに欲情しているくせに、我慢しようとするなんて、身体に毒ですよ」

 

「だ、だって……、あっ、ああっ、あっ、あっ」

 

 ロウのからかいの言葉に、シャーラはなにか言葉を返そうとしたが、それはロウが腰を上下させはじめることでかき消えた。

 

「舌を出して」

 

 ロウが激しくシャーラを上下させながら声をあげた。

 腰を動かしながらシャーラが舌を出す。

 ロウの舌がそれを舐めあげる。

 舐めながら腰の上下の律動は続けている。

 イザベラは生れて初めて目にする男女の激しい営みに息をするのも忘れたかのように見入った。

 シャーラがあっという間に感じてしまっているのは見ればわかった。

 いつも毅然として真面目なシャーラのあられもない姿に、イザベラは圧倒されてしまった。

 しばらくして、ロウはシャーラの舌を舐めるのをやめて、シャーラに両手を頭にあげさせて脇の下を舐めだした。

 

「そ、そんなところを……」

 

 驚いて、思わず口に出していた。

 そして、もっとびっくりしたのは、それでシャーラの乱れ方がいよいよ激しくなったことだ。

 

「ああっ、だ、だめえっ」

 

 シャーラが突然に大きな声をあげた。

 そして、全身をぐんと大きく伸びあがらせた。

 イザベラは息をのんだ。

 

「じゃあ、出しますよ。受け止めるんです」

 

 ロウが声をあげた。

 

「は、はい、ロウ様──。あ、ありがとうございます」

 

 シャーラが嬉しそうな声をあげて、がくがくと大きく身体を震わせた。

 

 

 *

 

 

「じゃあ、本当にシャーラさんをイザベラ姫の前で抱いたんですか?」

 

 エリカが目を丸くしている。

 いつもの幽霊屋敷だ。

 シャーラととともに、一郎だけで宮殿に乗り込むことに難色を示したエリカだったが、シャーラが安全を保障してくれたし、ミランダのこともある。

 結局は一郎だけが向かうことをエリカも許した。

 シャーラが王家の道を使わせることの条件は、一郎のみがその秘密に接するということであり、エリカたちもということなると、王家の道を使わせるわけにはいかないと言ったのだ。

 それでエリカは折れた。

 

 監禁されているミランダを解放するには、一郎がイザベラ姫のところに行く必要があった。

 そうでなければ、気性が荒く、我儘なイザベラは、ミランダを解放しそうにないと考えた。

 シャーラの説明によれば、とても他人の忠告や諌言に耳を貸す姫様ではないそうだ。

 

 それでシャーラとともに宮殿に乗り込んだ。

 シャーラが一郎に脅迫されているということにして、偽物の爆裂の首輪をさせたのは、洒落のようなものだ。

 シャーラはイザベラに手を出さないのであれば、多少の懲らしめはやっていいということだったし、シャーラを人質にして服を脱がせるくらいのことはするつもりだった。

 それで、ちょっとばかり、イザベラに怖い目に遭わせて、それでミランダを解放させて戻った。

 

 ただ、最後にイザベラの前でシャーラを激しく抱いた。

 当初はそんな予定はなかったが、裸にさせて自分の性器を指で開かせるというこような辱めをさせると、イザベラは屈辱で身体を震わせる一方で、ひそかに身体を欲情させて熱くしているのが一郎にはわかったからだ。

 

 イザベラは見られて感じていたのだ。

 そんなイザベラの隠れた性癖を知った一郎は、それでそのイザベラの前でシャーラを抱くことにした。

 シャーラはすっかりと一郎に屈服していて、抵抗はしないというのがわかっていたし、目の前で行われる性行為にイザベラが興奮状態に陥るだろうというのも予想していた。

 一郎はあの生意気そうな姫様が、圧倒されて大人しくなる様子を見たかったのだ。

 

 案の定、一郎とシャーラが性交を終えて、身体を離すときには、イザベラの股間からはかなりの愛液が流れて、すっかりと熱く疼いた状態になっていた。

 イザベラはなにも喋らず、他人の目の前で一郎との性行為を強要されたシャーラよりも、イザベラが恥ずかしそうにしているのが面白かった。

 

 一郎は満足して、宮殿を後にして、こうやって戻った。

 入るときとは異なり、ミランダとともに表から堂々と出た。

 一郎をとがめだてする者もなく、あっさりと宮殿を出た一郎は、途中でミランダと別れて、こうやって屋敷に戻ったのだ。

 

 そして、その顛末をエリカたちに話していたところだ。

 まだ外は暗く、夜は明けてはいない。

 ただ、もうすぐ朝になるだろう。

 そんな時間だ。

 

「そんなことをして大丈夫なんですか?」

 

 エリカがまた言った。

 

「まあ、問題ない。姫様のあの顔は、とてもじゃないが、無礼に怒っているという感じじゃなかった」

 

 一郎ははっきりと言った。

 

「まあ、でも、わたしは、イザベラ姫様はもう一度ロウに接触をしてくると思うな。わたしは、姫様のご気性も少しはわかっている。あの姫様はそういうお人だ」

 

 シャングリアだ。

 

「やっぱり腹を立てて、もう一度ちょっかいをかけてくるということか? まあ、そのときはそのときだ。少なくとも、シャーラには淫魔師の呪術を結んでいる。いまは、すでに解いてしまったが、その気になれば復活もできる。うまくやるさ」

 

「そうじゃない──。ロウはわかってないな。ロウは自分が思うよりも、ずっと魅力的だぞ。あのイザベラ姫は、自分がこれはと思ったら執着をする。ロウの話を聞く限り、イザベラ姫は、ロウに圧倒されたのだと思う。そして、力を認めたとも思う。だから、姫様はロウを手に入れたいはずだ。もともとは、ロウを家人にしたいという話から始まったことなのだろう? 姫様はロウを家人にしたいと考えると思うぞ」

 

 シャングリアがきっぱりと言った。

 

「だったら、あたしたちは冒険者から、宮廷に出入りする家人に格上げですか?」

 

 コゼがからかうように言った。

 

「それはすごいな」

 

 一郎は笑った。

 

「笑い事ではないぞ、ロウ? 姫様はそうする。そうなったら逃げられないと思うぞ──。姫様はギルド長だ。姫様としてではなく、ギルド長として命令されれば、冒険者であるロウは逆らえない──。もしも、それがいやなら、わたしは、ロウの術で姫様を支配すべきだったと思う。そうすれば、姫様に意に染まぬことを強要される心配はない」

 

 シャングリアははっきりと言った。

 ここにいる三人は、全員が一郎が淫魔師であることを知っていて、精の力で女の心を支配する能力があることを承知している。

 承知しているからこそのシャングリアの言葉だ。

 

「支配なあ……」

 

 一郎は頭を掻いた。

 実のところ、一郎は完全に女の心を淫魔の術で支配するというのが好きではない。

 それは無論、最初にはきっかけにするのだが、時間が経ち関係が深くなるにつれ、だんだんと呪術の力を弱めて、心については淫魔の縛りを解いていくのを常にしている。

 最近では、身体は支配しても、ほとんど心については最小限の呪術しかかけない。

 

 ここにいるエリカ、コゼ、シャングリアなど、淫魔の術などまったく施していないに等しい。ミランダもそうだ。支配しているのであれば、もっと人形のように言いなりになっている。

 そんなことをしなくても、彼女たちが一郎に好意を抱いてくれるというのを信じているからだ。

 また、実際にそうだ。

 心を操るというのは、実は制約も多いし、意に添わぬことを強要し続けるというのは、本当は心が不安定になり、とても危険なことなのだ。そういうことも、淫魔術の能力があがり、女たちの感情を制御できるようになるにつれてわかってきた。

 それよりも、徹底的な快楽調教で屈服させてしまうということの方が安全だ。

 シャーラもそうだったし、実際のところ、ほとんど精の力で心を縛る必要はなかった。

 

「まあいいさ、なるようになる……。それよりも眠い。そろそろ夜も明ける。なんだかんだで夜通し活動していたから疲れた。そろそろ寝ようか」

 

 一郎は言った。

 すると、三人がちょっとだけ緊張したような表情になった。

 同時に、三人揃って頬を赤く染める。

 

「言葉通りの意味だ」

 

 一郎は慌てて言った。

 

「そ、そうですよね。もちろんです」

 

 エリカが照れたように言った。

 コゼとシャングリアも赤い顔のまま、エリカに同調するように激しく首を頷かせた。

 

 

 

 

(第20話『夜這い命令』終わり、第21話『第三王女の破瓜』に続く)



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 第21話  第三王女の破瓜
128 第三王女の決意


 目覚めたのは夕方だった。

 骨がきしむような感じがある。

 

「ああ、お目覚めになったのですね。よかった」

 

 寝台の横にいたシャーラが感極まったような声をあげた。

 視線を向けると、眼に涙を浮かべている。

 

「本当によかったです。二日間も身じろぎせずに眠り続けておられたので、もしかしたら、治療に誤りがあったのかと……」

 

 ミランダの声がした。

 二日間?

 ここは宮殿敷地内にあるイザベラの小宮殿だ。しかも、客に会うための場所ではなく、イザベラの寝室である。

 なぜ、ミランダがここにいるのかと思った。

 とにかく、身体を起こそうとした。

 

「ひ、姫様、まだ、横になっておられた方が……」

 

 シャーラが心配そうに言った。

 

「いや、もう大丈夫じゃ。むしろ、起きて身体を動かした方がいい。それで身体が安定するはずじゃ。毒の影響はもうない。それよりも、二日間、眠り続けていた方の影響がある。それと胃も弱っておるからな。明日の朝までは、柔らかいものだけを食するがいい。それ以降は、食えるならなんでも食え」

 

 イザベラはシャーラに抱えられて、寝台に半身を起こした。

 ミランダの横に見知らぬ老婆がいる。

 いま、喋ったのはこの老婆のようだ。

 それにしても、毒……?

 それで、思い出した。

 

 この小宮殿で普通に夕食を取っていたのだ。

 しかし、突然に胃が焼けるような感触がして血を吐いた。

 それから、なにが起きたのか、まるで覚えていないが、どうやら、あのとき食事に毒を盛られたようだ。

 それにしても、あれから、二日も経ったのか?

 

「なにがあった?」

 

 イザベラはシャーラに訊ねた。

 シャーラが口を開こうとしたが、それをミランダが制した。

 

「もう姫様は大丈夫なんでしょう、バルバサ。だったら、もう行っていいわ。クエストの報酬はギルドで受け取ってくれるかしら。特別報奨も追加するわ。それと後日になると思うけど、宮殿からの諸謝金も出るはずよ」

 

「そりゃあ、ありがたいのう……。それでは、いくとする、ミランダ……。それと、ごきげんよう、姫様」

 

 バルバサと呼ばれた老婆が荷を持って立ちあがった。

 シャーラが呼び鈴を鳴らして、部屋の外から侍女を呼ぶ。

 その侍女にバルバサを宮殿の外に送らせるのだろう。

 侍女がやってきた。

 顔を見たことのない侍女だ。

 ふたりが出ていく。

 この小離宮に仕えている侍女はシャーラを含めて十人ほどだ。無論、全員の顔を知っているのだが、バルバサという老婆を送るためにやって来たのは知らない顔だ。

 疑念はいくつもあるが、まずはバルバサについて訊ねることにした。

 

「いまのは、医師か?」

 

 完全に三人だけになるのを待ち、イザベラは言った。

 

「あたしの手配した冒険者です。多少、偏屈なところがある老婆ですが、腕は確かです。信用のならない宮殿医師よりも安心できます。クエスト扱いにして、姫様……いえ、ギルド長の治療にあたらせました」

 

 ミランダだ。

 

「わたしは毒に当たったのだな?」

 

 イザベラは記憶を思い起こして言った。

 この小離宮内で毒を盛られた。

 それは間違いないようだ。

 

 それで昏睡状態に陥ったイザベラに対し、機転を利かせたミランダが外から医師を呼んだということのようだ。

 宮廷内の者には、イザベラの姉のアンの夫であるキシダインの息がかかっている。

 今回のこともキシダインが裏で手を引いていることと思うが、宮廷医師だと、治療だと称して、さらに毒を飲まされる危険もあったはずだ。

 ミランダの機転には感謝だ。

 

「そうです」

 

 シャーラが言った。

 

「そうか。それで、誰が毒を盛ったかわかったか?」

 

 イザベラの食するものは、大抵はこの小離宮で侍女たちが交代で作る。

 王太子の地位をめぐってキシダインと争うようになってから、ずっと用心はしていたのだが、この小離宮内にまでキシダインに手を伸ばされたとあっては、イザベラとしても口惜しさとともに恐怖もある。

 いずれにしても、どうやって毒を盛ることができたかだ。

 シャーラが口を開いた。

 

「誰が毒を盛ったかは、まだわかりません。ミランダが冒険者ギルドの冒険者の中から、毒に精通している者を使って些か調べました。結論は、エルニア魔道王国で産出される特殊な魔道毒ではないかということです。通常の毒なら、毒探知の魔道に引っ掛かったはずです。しかし、今回の毒はこの宮殿の最高の毒探知魔道で検知できなかったのです。エルニアはハロンドールよりも、魔道に長けた国です。あの国の魔道毒なら、探知できなかったのは頷けます」

 

「エルニア魔道公国の魔道毒だと? ありえん。エルニアは鎖国中だ。我が国にエルニア産の毒が入ってくることなどない」

 

 イザベラは断言した。

 このハロンドール宮殿内には、さまざまな魔道探知があり、本来であれば、魔道毒など、すぐに探知できる。それを宮廷内どころか、毒の持ち込み防止の結界までしている厨房に持ち込むなど不可能だ。

 しかし、確かに、エルニアのものであれば、この宮殿の探知を潜り抜ける可能性はある。あの国は魔道については独自の歴史を持っていて、ハロンドールにはない魔道も多くあるという。

 

 だが、エルニアは鎖国中だ。

 エルニアは強力な結界魔道で国境を塞ぎ、人どころか、どんな物流の往来も禁止している。

 ハロンドール王国でもまた、国境ではエルニアからの流通については、徹底的に監視している。万が一にも、エルニア産のものが国内に入ることはないと思っていた。

 あの国の産物がハロンドールに流れることは、まずない。

 

「しかし、毒にあたった姫様と残った料理を調べた結果、エルニアでしか産出できないフィーイの毒ではないかと、幾名かの見解が一致しました。エルニアは鎖国状態で、あそこの産物が国外に流れることはほとんどありませんが、絶対ではありません。フィーイの毒だと断定した者たちは、かつて、その毒を扱ったことがある者たちです」

 

 ミランダが口を挟んだ。

 イザベラは眉をひそめた。

 

「フィーイの毒? 耳にしたことはないな」

 

「魔道探知でもっとも検知しにくいと言われている毒です。その代わり、ある程度の魔道力があれば、ほとんど毒としての効果がありません。しかしながら、魔道力がなかったり、低い者にとっては致死性の猛毒に変わります」

 

「わたしの魔道力の弱さをつけ込まれたということか」

 

 イザベラは苦笑した。

 ルードルフ王の血を引く三人の異母姉妹だが、上の姉ふたりには魔道力が皆無であり、イザベラが魔道力があるといっても、ふたりの姉に比べればだ。世間的にみれば、イザベラの魔道力は高いとはいえない。

 また、そんな毒があるなら、これまでの毒見の方法では感知できなかったのも頷ける。

 シャーラは、イザベラの口に入る飲食物の毒見を自らが行うことが多いが、魔道力が高いシャーラでは、フィーイの毒とやらは無力化されるだろう。

 イザベラだから、毒に当たったというわけだ。

 

「いずれにせよ、エルニア産の魔道毒がハロンドールに出回っているのか?」

 

「いいえ……。そんな証拠はありません。しかし、どんなものでも、絶対ということなどあり得ません。エルニア産の魔道薬をハロンドール国内に裏ルートで持ち込む手段など、あたしでも、十や二十は思いつきます。所詮、国のすることなど、そんなものです」

 

 ミランダは断言した。

 イザベラは黙るしかない。

 王宮からほとんど出ることのないイザベラに、裏社会のことなどわかるわけがないのだ。

 イザベラは嘆息した。

 そういえば、あの男が、信頼のできる者の意見に耳を傾けろと言っていたことを思い出した。

 確かに、物を知らないのに、なんでも断言するような物言いをするのは自分の悪い癖だ。

 

「わかった……。引き続き、頼む、ミランダ。だが、裏にいるのは、あの男で間違いあるまいな」

 

 “あの男”というのは、姉のアンの婿のキシダイン公であることは言うまでもない。イザベラを殺して、第一王位継承権を得たいキシダインは、これまでも、何度もイザベラの暗殺を企てており、イザベラは度重なる死の危険に陥っていた。

 まあ、今回ほどに、死に近づいたこともなかったが……。

 イザベラの言葉に、シャーラもミランダも頷いた。

 

「その線で調べます。そして、キシダインの息のかかった者の仕業だと断定すれば、ある人物たちが浮かびあがります。自由商会連合の連中です。キシダインは連合派ですので、その者たちの誰かが、密かにエルニア産の毒をキシダインに流したことは考えられます。なにしろ、自由流通だと、一対一の貿易だけではありません。エルニア産の産物の流通を禁止しても、それが西海岸国家経由でタリオ公国に流れ、タリオ公国の産物として、ハロンドールに入ることもあるんです。ハロンドールの国境では、タリオから流れる物の監視まではしていませんので」

 

 シャーラが言った。

 自由商会連合というのは、最近において、急に主流になりつつある商業のやり方の中心組織であり、その新たな流通法とは、イザベラの義姉のエルザが嫁いだタリオ公国を中心に拡がっている「自由流通」というものだ。

 ハロンドール王国内の現在の主流の物流は商業ギルドだが、これまで物の商いというものは、その商業ギルドで独占するものであり、国内で商売をするには、これまでは、まずは商業ギルドに加盟するのが必要であり、ギルドに入ることなく国内で商売をすることはできなかった。

 

 ところが、自由商会連合は、自由物流を謳っており、商業ギルドを解体して、誰でも参加できる自由な商業活動を社会に浸透させようというものだ。

 原則として、納税以外の国家統制は最小限度であり、商人は自由な商業活動ができる。

 国は物流を統制することが困難となるが、反面、ギルドが独占していた商業権が撤廃されることで物流が盛んになり、多くの税収が望めるという利点があるそうだ。

 商業ギルドを解体するなど、とんでもないことだと思っていたが、姉のエルザが嫁いだタリオ公国では、二年前に国内の商業ギルドを解体させて、自由物流制度を導入した。

 その結果、タリオ公国の物流は飛躍的に活発になり、いまや、タリオ公国は近隣でももっとも富める国として、飛ぶ鳥を落とす勢いだ。

 これを垣間見たタリオ公国以外のカロリック公国やデセオ公国でも、商業ギルドを解体して、自由物流の導入に踏み切った。

 なるほど、制約の少ない自由物流だからこそ、規制を潜り抜けて、流入するはずのないエルニア魔道王国の産物を西海岸国家経由などで入り込ませ、ハロンドール内に持ち込むことができるというわけか……。

 

 まあ、ハロンドール王国内の商業ギルドは非常に強固な組織であるため、自由流通など入り込む余地などないとイザベラは思っていたが、この半年において、ハロルド公キシダインは、自己の管理する王都内における自由物流を認めて、タリオ公国などからの自由物流を行う商会などの商業参入を許可をした。

 それにより、王都に入ってきたのが自由商会連合であり、いま、王都には商業ギルドと、自由商会連合のふたつの物流組織があるという状況なのだ。

 商業ギルドは猛反撥しているが、キシダインは強硬な自由物流推進派であり、かなり強引に自由物流を押し広げている。

 ならば、キシダインの求めに応じて、自由商業連合の連中が、イザベラ暗殺に都合のよいエルニア王国産の「フィーイの毒」とやらを横流ししたことは十分に考えられる。

 

「自由物流商会か……」

 

 キシダインに参入を求められた商会の中で、もっとも力が強いのが、“マア”という名の六十過ぎの初老の女が会長をしている「マア商会」だ……。

 凄腕の女豪商であり、タリオ公国内でも一、二を争う大商会の中心人物だ。

 イザベラも数回会ったことはあるが、ひと癖もふた癖もある女という印象だ。

 あの雌狸(めだぬき)なら、あるいは……。

 

「とにかく、今回のことについての調べは、ミランダが手を回して、冒険者ギルドに協力してもらうことを考えています。冒険者の手を借りるのは、不本意なものが姫様にあるかもしれませんが、もはや、わたしひとりでは……」

 

「いや、ミランダに任せる」

 

 イザベラは、シャーラの言葉を遮って言った。

 実のところ、イザベラは、名目だけとはいえ、冒険者ギルド長でありながら、冒険者の実力というものを軽視しているところがあった。

 彼らにこそ、侮れない実力があることは、先回のロウとのことでも、十分に認識した。

 イザベラの言葉に、シャーラはほっとした顔になる。

 

「信頼のできるパーティの幾つかに、極秘クエストとして調べさせます、ギルド長」

 

 ミランダがきっぱりと言った。

 イザベラは頷いた。

 すると、シャーラがちょっと暗い顔になった。

 

「それと、もうひとつお話が……。今回のことで、さらに悪い報告をせねばなりません」

 

 シャーラが悲痛な表情で言った。

 イザベラは首を傾げた。

 

「なんじゃ?」

 

「侍女たちのことです……。今回のことですが、実は姫様の容態は食あたりということにして毒のことは伏せました。姫様が昏睡されていることを知られると、さらに刺客が向けられるかもしれないと判断したのです。しかし、それを逆手にとられました……」

 

 シャーラが口惜しそうに言った。

 

「逆手?」

 

「キシダイン卿が姫様に食あたりをさせるような侍女たちは要らぬと、全員を強引に交代させてしまったのです。いまいる侍女は、全員が昨日と今日のうちにやってきた者ばかりです。毒のことは表に出さなかったので、犯人探しの前に引きあげられるかたちになりました。申し訳ありません。侍女の全員交代は、王妃様もそれを強く主張なさって、わたしではなにもできませんでした」

 

 シャーラが項垂れた。

 イザベラはびっくりした。

 

「な、なんだと──。わたしに仕える侍女たちをわたしが知らぬ者にそっくり入れ替えたじゃと? そんなことが許されるか? 父上に掛け合う。全部、元に戻させる」

 

 イザベラは怒鳴った。

 だが、シャーラは首を横に振った。

 

「何人かはできるかもしれません。でも、大半はすでに遠い地方に追いやられてしまっています。みんな、姫様にお別れを言うこともできずに悲しんでおりました。そもそも、後宮のことは、最終的には王妃様の管轄になることです。あの陛下では、アネルザ王妃の指示を覆すようなご命令はなさらないでしょう」

 

 シャーラは言った。

 イザベラは舌打ちした。

 

 王妃アネルザは、昔からイザベラを実子のアンのライバルだと敵対視しているところがあり、なにかといって、イザベラに厳しくあたる。

 また、気性も荒く、国王ルードルフは、アネルザには頭があがらない。

 歴代の国王は、複数妻を持っているのに、正妃はアネルザだけであり、ルードルフが第二妃以下を持たず、多くの愛人を側室に留めているのは、アネルザが怖いからだと言われている。

 確かに、あの優柔不断の父親が、アネルザの決定に逆らうような沙汰をすることは想像できない。

 

「姫様、おそらく、こんなに手を早く打たれたのは、あらかじめ準備していたのだと思います。治療したバルバサによれば、毒そのものは少量であり、魔道で簡単に命を取り留められるものだったそうです。おそらく、今回は、理由をつけて姫様から、信頼できる者を取りあげるのが目的だったのではないかと……。さもなければ、たった二日で侍女を全部入れ替えるなどできるわけがありません。それに、あたしが調べた範囲では、キシダインは次の手を打とうとしている様子もあります」

 

 ミランダが口を挟んだ。

 

「次の手?」

 

 イザベラはミランダを見た。

 “ギルド長”と呼び忘れたのは気に入らなかったが、とりあえず黙っていた。

 

「侍女を入れ替えたのは、姫様を食あたりさせた者に、その責任を取らせるというのが理由です。姫様がそれを不問にして元に戻せば、今度はそれを口実にして、シャーラを姫様から離そうとすることを考えている気配です。実は勝手ながら、クエスト扱いにして、何人かをキシダインの近くに忍ばせました。それでわかった情報です」

 

「シャ、シャーラをわたしから離すだと──。そんなことをさせるか──」

 

 イザベラは激昂した。

 

「しかし、キシダインはそうしようとしています。すでにそれについて王妃様に工作をしている気配もあります。こちらが動けば、向こうも動きます。シャーラは、姫様付きの侍女長です。本来であれば、食あたりの責任の筆頭はシャーラです。むしろ、ほかの侍女が解雇されたのは、シャーラの身代わりになったかたちです。侍女を戻せば、キシダインは王妃様を通じて、今度は侍女長の責任を訴えるはずです。それが本来は正当ですし……」

 

「キシダインめ……。次から次へとうるさいことだ」

 

 イザベラは舌打ちした。

 第一姉のアン王女の夫のキシダインと、第三王女のイザベラがこうやって、激しい政争を繰り広げるようになったのは、この一年のことだ。

 現国王であるイザベラの父親が、いまだに正式の王太子を定めていないというのが、すべての混乱の原因であるのだが、王太子を定めることができないのは、あまりにもキシダインの影響力が宮殿内で強いというのが理由でもある。

 

 それにしても、国王であり父親のルードルフはどう考えているのか……。

 

 これだけ、有力貴族を始め、王妃アネルザまでが、キシダインを後継者に推しているのに、そうしないのは、国王自身はイザベラを次の王と考えているからだと思っているのだが……。

 

 実のところ、イザベラについては、かなり幼少の頃から、エルニア魔道王国か、あるいは、ローム三公国のいずれかの大公家に政略結婚で嫁ぐという話があった。だが、そもそもエルニアは国交断絶の状態であり、適当な王子がいないために具体的な話にはならず、三公国の有力国のタリオにも、結局、姉のエルザが選ばれた。

 そして、国王がイザベラをハロンドールに留める年月が続いている。

 それは国王が王位をイザベラに考えている証拠だと、イザベラは考えている。

 

 いずれにしても、長く王太子の空位が続いていることで、キシダインが焦りのようなものを感じていることは事実だ。

 これまでイザベラはただの子供だった。

 王位継承権といっても、それほどの人脈もないし、有力貴族の後ろ盾もない。

 だが、イザベラはすでに一年前に成人して、一人前の王族として本格的に執政や社交に参加するようになった。

 すると、今後は、当然に人脈も増え、イザベラを支える有力貴族もできるはずだ。

 そうなれば、相対的にキシダインの力は弱まる。

 キシダインとしては、非常な手を打ってでも、いまのうちに王太子の地位を確保したいと思っているに違いない。

 非常な手段には、イザベラの暗殺も含まれる……。

 

「まあ、とにかく、シャーラがわたしから離されることはない。父上もそれだけはわかっている。安心せよ、シャーラ」

 

 イザベラはシャーラに声をかけた。

 

「もちろんですが……」

 

 しかし、シャーラは意気消沈している様子だ。

 

「どうした?」

 

 イザベラは声をかけた。

 

「実際のところ、姫様に毒を許してしまったのは、わたしの落ち度です。もしも、わたしがいれば、毒で姫様を二日間も昏睡させることなど許すわけがなかったのです」

 

「まあ、そうではないだろう。さっきのとおり、フィーイの毒であれば、魔道力の高いそなたでは、毒味をしても、毒の効果が発揮せん。魔道力の高くないわたしだから、毒に当たったのだ」

 

 イザベルは苦笑した。

 だが、シャーラは真剣な顔で首を横に振る。

 

「いえ、違います。わたしの魔道力であれば、そのフィーイの毒であろうとも、すぐに解毒ができたはずです。それに、王宮魔道師の見逃した魔道薬であっても、わたしであれば、探知できたのではないかと思っています。でも、姫様が毒で倒れたときに、わたしが王宮内におらず、処置も遅れました。これはわたしの落ち度以外のなんでもありません」

 

 確かに、あのときシャーラは近くにいなかった。

 シャーラがイザベラの傍から離れるなど、滅多にあることではなかったが、ここしばらくは、そんな日も多くなっていた。

 イザベラは肩を竦めた。

 

「だったら、そうかもしれんな。このところ、やたらとシャーラが外出するのは、小離宮の者は全員が知っておった。それも、キシダインの手の者の工作を許してしまった要因だろう。さしずめ、あのロウと毎日乳繰り合いに行っておったか?」

 

 イザベラはできるだけ軽口に聞こえるように言った。

 今回の原因がなんであろうと、イザベラには、それをシャーラのせいにするつもりなどない。

 シャーラがいなければ、イザベラなど、とっくの昔にキシダインの暗殺に倒れていただろう。

 このシャーラをイザベラに紹介してくれた姉のエルザの先見の明と、人を見る能力には、いまでも感謝しかない。

 

「ち、違います。行先はロウ様のところではありません……。そりゃあ、全部違うとは言いませんけど、少なくとも、事件があった日やその前の数日間に出掛けていたのは違います。わたしは第三神殿に行っていたのです」

 

 シャーラが真っ赤な顔になって言った。

 

「第三神殿? もしかして、スクルズのところか?」

 

 イザベラは言った。

 かねてから、シャーラが魔道の修行のために、スクルズのところに出入りしているのは知っている。

 なんといっても、王都で一番の魔道遣いは、第三神殿の筆頭巫女のスクルズであり、一箇月ほど前の例の日以降、シャーラは自分の魔道力をあげるために長くスクルズに師事を頼んでいた。

 

「……それに関して、あたしとシャーラから、姫様にひとつの提案があります。今回のことで、それもいいのではないかと思うようになりました」

 

 そのとき、ミランダが意味ありげに口にした。

 

「提案?」

 

 イザベラは訝しんだ。

 すると、ミランダとシャーラは顔を見合わせて頷き合った。

 どうやら、すでにふたりの中では話し合いが終わっているようだ。

 

「とにかく、見てください、姫様」

 

 シャーラが立ちあがった。

 次の瞬間、突然にシャーラの前に空間の歪みのようなものが出現した。

 シャーラがその中に入る。

 一瞬でシャーラが消滅し、気配を感じて振り返ると、寝台の反対側からシャーラが出現した。

 イザベラは驚愕した。

 

「姫様、移動術です。わたしはこれを遣えるようになったのです」

 

 シャーラは言った。

 だが、イザベラはしばらくの間、ぽっかりと口を開き、目を丸くしたままでいた。

 移動術がかなりの高級魔道であることは承知している。

 この王都でも、単独でそれを遣えるのは、宮廷魔道師長、第三神殿のスクルズ、第二神殿のベルズしかいない。

 シャーラがそれを遣えるようになったということは、王都でシャーラは移動術をひとりで扱える四番目の人間ということになる。

 同時に喜んだ。

 これはキシダインとの争いにおいて、大きな武器になる。

 

「す、すごいぞ、シャーラ──。なんで、そんなことが突然できるようになったのだ? スクルズの教えか?」

 

 イザベラは興奮して声をあげた。

 

「そうかもしれませんが、そうでないかもしれません。わたしは、ロウ様ではないかと思うのです」

 

「ロウ?」

 

 突然に出てきた名にイザベラは眉をひそめた。

 一箇月ほど前に関わったロウのことはよく覚えている。

 冒険者としての評判を知り、イザベラは是非自分の家人にしようと考えて、ミランダを人質にし、ロウに宮殿に忍び込んでイザベラを夜這いしろと命じたのだ。

 イザベラとしては、それによりロウの能力を試すつもりだったが、ロウは思いもよらない手段で潜入してきて、イザベラに手を出せる状態を作った。

 だが、結局のところ、イザベラに裸身を晒させて辱めるだけで、身体には手を出さずに帰っていった。

 イザベラとしては、馬鹿にされたという思いが強く残っている。

 

「ロウがどうした?」

 

 イザベラは苦虫を噛み潰したような苦い記憶とともに、その名を口にした。

 

「わたしがロウ様と男女の関係になったことはご存知ですね、姫様?」

 

 シャーラが真面目な顔で言った。

 

「おう、知っておるわ。あのとき、わたしの前で抱き合ったであろう。それからも、ずっと通っておるのだろう? 知ってるに決まっている」

 

「それで魔道力があがったのだと思います……」

 

 シャーラは言った。

 

「はあ?」

 

 イザベラは声をあげた。

 ロウと肉体関係になることで、移動術ができるほどの魔道力があがる?

 そんな馬鹿馬鹿しいことがあるわけない。

 だが、シャーラにはなにかの冗談を言っているという雰囲気はない。

 表情はあくまでも真面目だ。

 

「いえ、姫様、これはわたしだけではないのです。スクルズ様も申しておりました。ロウ様と関係するようになって恐ろしく、魔道があがったと……。ベルズ様も同じことを……」

 

 シャーラが早口で言った。

 スクルズとベルズまでも、ロウが愛人にしているという噂があったが、それは本当だったのかと呆れたが、口にも顔にも感情は出さないようにした。

 イザベラはミランダに視線を向けた。

 

「……もしかして、お前も魔道力があがったか?」

 

 訊いてみた。

 ミランダもまた、ロウと関係があるのは調べて知っているが、面と向かって訊ねたことはない。

 

「あたしの場合は魔道力ではなく、直接攻撃力が向上したように思います。それ以前とは比べ物にならないくらいに自在に斧を振り回せますし、身体が軽くなりました。ロウが関係した女の能力を向上させる不思議な力があるのは、実は確かなことなのです」

 

 ミランダはあっさりと言外にロウとの関係を認めるとともに、やはり能力があがったと口にした。

 

「それでふたりで話し合ったのですが、こうなったら姫様もロウ様に抱いてもらってはいかがかと……。おそらく、姫様のなんらかの力も向上すると思います。あるいは、毒などご自分で見分けられるくらいには、魔道力があがるかもしれないし、少なくとも、フィーイの毒が効果がないくらいの魔道力があがることが期待できます」

 

 シャーラが言った。

 

「はあ?」

 

 イザベラは唖然としてしまった。

 だが、シャーラはイザベラを無視する。

 

「……そうでなくても、信頼のできる家人を手に入れるのは、もはや急務です。ロウ様は少なくともキシダイン卿の息がかかっている者などではありません。ロウ様がご自分の愛人を大切になさるのは、先日の一件でもおわかりになったかと思います。ですから、姫様もロウ様の愛人になってはどうかと……。無論、この秘密は絶対に守らなければなりませんが、まあ、相手が冒険者であれば、発覚したとしても、単なる遊びで済みますし、姫様の大した醜聞にはならないかと……」

 

 イザベラは呆れきってしまった。

 

「な、なにを言うか──。あの一件のとき、ロウに抱かれて、家人として取り込もうと主張したのはわたしだぞ。それを寄ってたかって反対したのは、お前たちふたりであろう」

 

「ですが、あのときは、キシダイン卿との確執がこんなに深刻なものという認識があたしにはありませんでした……。また、実際、ロウに女の能力をあげることができるという話など、あたしも半信半疑で……」

 

 ミランダが言った。

 

「姫様、ご決断ください」

 

 シャーラが真面目な顔でさらに言った。

 

「なにが決断じゃ。わたしは最初からその気があった。だったら、ロウを呼べ。いつでも覚悟はできてる……。いや、身体をきれいにしてからでよいか……。じゃあ、これからすぐに身体を洗う……。それからすぐ呼べ」

 

 イザベラは寝台から出ようとした。

 しかし、シャーラとミランダが慌てたようにそれを押し留めた。

 

「い、いまは、まだ病みあがりではないですか。二日間もなにも食べておられないのです。まずは食事をしてください。粥を持ってまいります」

 

「それに、ロウに抱いてもらうには、姫様自身が向こうに行かれた方がいいかと思います。シャーラの移動術もありますし、ひそかに外に出るのも簡単になりました」

 

 シャーラに続いて、ミランダが言った。

 

「なら、そうする」

 

 イザベラは素直に頷いた。

 そう言われてみると、まだ身体がだるい。

 確かに、もう少し本調子になってからの方がいいというのはわかる。

 

「……それとこれは申しあげなければならないのですが。ロウには特別な性癖が……」

 

 ミランダが言い難そうに言った。

 

「性癖?」

 

「あの男は、女を嗜虐して抱くのが好きなんです。縛ったり、辱めたりですね……。それさえ我慢すれば、優しい男なのですが……。つまりは、ロウの愛人であるためには、ロウの鬼畜趣味に付き合わねばならないということで……。というよりも、無理矢理に付き合わされるのですが……。おそらく、姫様といえども……」

 

 ミランダが溜息をつきながら、深刻な表情で言った。



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129 ふたりだけの舞踏会

「姫様、よろしければ、そろそろ刻限ですので、ロウ様のところに向かいたいと思います」

 

 シャーラが寝室に入ってきた。

 毒を飲まされて昏睡したことによる影響も消え、いよいよ、ロウのところに行く夜がやってきた。

 

 すでに、ほかの侍女たちは、イザベラが寝所に入ったところで、それぞれの部屋に引きあげさせている。

 もう、特に呼び出さない限り、彼女たちも個人の時間を過ごすのだと思うが、イザベラがシャーラの移動術でロウの屋敷に移動するとともに、シャーラの魔道でイザベラが寝室で寝ている気配を作ることになっている。

 しかも、寝床には掛布をすっぽりと頭から被って寝ている膨らみも作るし、寝息もたてるのだそうだ。

 掛けているものを引きはがさない限り、イザベラがいないことがばれることはないらしい。

 

「ま、待て、まだ着替えていない」

 

 イザベラは驚いて言った。

 ほかの侍女に悟られないように、寝所に入るまでは、まったくいつもと同じように振るまった。つまり、いまは完全に休む態勢になっている。

 だから、イザベラが身に着けているのは寝着一枚だ。頭からすっぽりと被ったふくらはぎまでの丈の薄物一枚ということだ。その下には腰の下着一枚だけだし、足はスリッパだ。

 

「着替えるって……。それでよろしいでしょう。どうせ、すぐに脱ぐのですから」

 

 シャーラはあっさりと言った。

 

「だ、だが、お前がひとりで迎えに来るまでは、いつものと同じようにしろというので化粧もしてないぞ。ロウに抱かれる前に、もう一度身体を洗いたいし、少し待ってくれ」

 

 イザベラは自分の鼓動が早鐘のように鳴るのを感じた。

 ロウに抱かれるのはすでに覚悟しているのだが、いざ、その時がやって来ると怖ろしいほどの緊張が襲ってきた。

 正直なところ、気持ちを落ち着かせるための時間が少し欲しかった。

 

「必要ありません。そのようなことをするには、もう一度、侍女を起こさねばなりません。姫様の装束も化粧道具も侍女たちがいる部屋にあるのです。そのままで行きます」

 

 シャーラが移動術の空間を作る仕草をした。

 イザベラは慌てて、それを留めた。

 

「そ、それに、これはふくらはぎまでの丈があるぞ。ロウは短い丈のスカートが好きだと言ったではないか。お前も最近、随分と短いものしかはかないくせに」

 

 イザベラは声をあげた。

 実際のところ、ロウの女たちはみんなそうだ。

 ロウを取り巻く女たちの中でスカートをはかないのは、コゼとかいう黒髪の小柄な女くらいだ。あのコゼはいつもズボンをはいている。

 

 ほかは全員がスカートだ。

 しかも、丈が短い。

 

 例えば、エリカはいつも、太腿を剥き出しにした短いスカートしか身に着けないし、女物を身に着けているのを見たこともなかったシャングリアさえも、最近はエリカと競うような短いスカートだ。

 ミランダでさえ、ちょっと前までは下品な革のスーツだったのに、いまは膝が出るスカートしかはいていない。

 

 そもそも、目の前のシャーラもそうだ。

 ロウの女になる前には、はっきりと膝下の侍女服だったくせに、だんだんと短くして、いまは膝が出ている。

 考えてみれば、スクルズとベルズもそうだ。

 巫女服はくるぶしまでの重厚で長いスカートだが、私服はエリカたちのような短い丈だ。

 

 王都でも目立つ美女たちが揃って短いスカートをはくようになったので、最近では王都の社交界の女たちのあいだでも、短いスカートが流行しはじめているようだが、実際には、ただロウが自分の好みで女たちにそれを強要しているだけなのだ。

 イザベラはもうそれを知っている。

 

「それで構わないでしょう。それにロウ様には、イザベラ姫様は、寝所からそのまま連れてくると伝えていますよ」

 

 シャーラが困惑したように言った。

 

「わ、わかった。なら、これで行く……。だ、だが、もう一度教えてくれ。ロウとふたりきりになったら、どうすればいいのだ? 自分から服を脱ぐのか? それとも、待った方がいいのだろうか?」

 

「万事、ロウ様に委ねればいいと思います……」

 

 シャーラは困ったように言った。

 

「ゆ、委ねればいいなどと適当な……。もしも、作法が気に入らなくて、ロウがわたしを抱かなかったらどうするのだ──。いい加減なことを言うな」

 

 イザベラは声をあげた。

 

「抱かなかったらなどと……。そのようなことはありませんよ」

 

「し、しかし、この前は抱かなかったぞ。わたしを脅迫して裸にしたくせに、その目の前でお前を抱いたのだ」

 

「あ、あれは、事前にわたしが手を出さないように頼んだからです。ミランダ様だっていたし……」

 

「とにかく、ロウに嫌われたら困るのだ。あの男がどんなことを好むのか言うのだ。嗜虐好きだとか、鬼畜癖があるとか言われてもさっぱりとわからん」

 

 ロウが女を抱くときには、女を縛ったり、苛めたりするというのは聞いた。

 一応はシャーラやミランダがロウに抱かれるときに、どんなことをしたかも喋らせた。

 そんな性交のやり方もあるのかと驚いたが、ロウがそれを好むならそれで構わないし、どんなことでもするつもりだ。

 

 だが、ミランダとシャーラの話でいまひとつわからなかったのは、ロウの前でどのような態度をとればいいかだ。

 ふたりとも、口を揃えて、ロウに委ねればいいというのは主張するのだが、よくよく話を聞けば、シャーラは泣き叫んで抵抗したというし、ミランダはただ逆らわなかっただけだという。

 

 ならば、どうすればいいのだと訊ねたら、ふたりは、ロウは女が服従したくないのを無理矢理に服従させるのが好きだから、あまり従順すぎるのもよくないかもと首を傾げながら言うのだが、ならばあくまでも逆らえばいいのかと訊ねれば、とんでもないと、ふたり揃って否定する。

 さっぱりとわからない。

 

「そうはいっても、わたしだって、わかりません。わたしも、ロウ様になにもかも委ねるだけです。とにかく、なにをされても本気で抵抗してはなりませんよ。戯れの範疇に留めてください」

 

「そういうのが一番わからんのだ」

 

 イザベラは怒鳴った。

 

「わかりました……。では、一切のことについてロウ様に従ってください。そうすれば間違いないですから」

 

 シャーラが嘆息しながら言った。

 

「従えばいいのだな」

 

「四つん這いになれと言われたらなるんです。床を舐めろと言われたら舐めてください」

 

「そ、そんなことをするのか──」

 

 イザベラは驚愕したが、すぐに頷いた。

 

「……いや、わかった。床を舐めろといわれたら舐める。だが、事前に聞いておいてよかった。その場で言われれば、驚いたところだ……。間違って嫌がったかもしれん」

 

「嫌がっていいのですよ」

 

「なにを言うか──。本気で嫌がれば嫌われるであろう。わたしには、嫌がる素振りの演技などできん。とにかく、全部服従しろというのであれば、そっちが楽だ……。ほかに、どんなことをされると思う?」

 

「知りません。もう、出発していいですか?」

 

 シャーラが嘆息した。

 

「ま、まだだ。ほかにどんなことをするかもしれないか言わんか。たとえば、ロウの性器は舐めた方がいいのだろう? むかし、エルザ姉様がタリオ公に嫁ぐとき、閨教育というのを一緒に受けたことがある。わたしはやらなかったが、姉君は木の模型で乳母にやり方を指導されておったぞ……。いや、考えてみれば、練習しておけばよかった。失敗した」

 

 イザベラは悔やんだ。

 第二王女のエルザが嫁ぐ前に受けた閨教育は随分前なので、そんなことは忘れていた。

 

 王族の婚姻は、国と国との友好を築くための政略結婚だ。

 嫁ぎ先の夫と仲良くすることは、国家として重要事であり、寝所におけるふるまいもきちんと教えられる。もしも、性の相性が合わずに、夫婦の仲が悪くなれば、それはそのまま国家と国家の対立にも繋がりかねないからだ。

 当時、まだ十三歳だったイザベラは、そのときに閨教育は一緒に受けたものの、男根の模型を使用した実地教育まではやらなかった。

 

 いまにして思えば、やっておいた方がよかったかもしれない。

 イザベラには、エルザに教えた乳母役に当たる存在はいないし、その役割を持っているのはシャーラになるが、シャーラもイザベラとそんなに年齢が変わるわけではないので、イザベラに閨の作法を詳細に教えるほどの経験には乏しいと思う。

 

「ふぇらちおのやり方ですね。わたしもロウ様に習っていますけど、ロウ様がやらせたいと思えば、徹底的に調教してくれますから、問題ありません」

 

「ふぇ、ふぇらちお……というのか? ふぇらちおだな? ふぇらちおと言われたら口に咥えて舐めればいいのだな?」

 

「そんな簡単なものじゃありませんが、何度もいうようですけど、ロウ様に委ねればいいです。もう、本当に行きましょう」

 

 シャーラがイザベラに近づいてがっしりと手を取った。

 

「ま、待て、まだ覚悟が……」

 

「覚悟なさいませ」

 

 シャーラの言葉が終わると同時に、はらわたがよじれるような感覚がイザベラを襲った。

 一瞬景色が消え、すぐに見知らぬ屋敷の部屋が周りに出現した。

 到着したのは、椅子と卓があり、彫刻や絵画も飾られる立派な応接室だった。冒険者の家というので、もっと粗末な建物を予想していたので、調度品の上等さは少し意外だった。

 待っていたのは、十歳くらいの年齢を思わせるメイド服を身に着けた童女だ。

 だが、なんとなく醸し出す気に違和感がある。

 

「お待ちしておりました、姫様。ご主人様に仕える屋敷妖精のシルキーです。よろしくお願いいたします」

 

 シルキーと名乗った童女がにこにこしながら頭をさげた。

 屋敷妖精については知識としては知っているが、眼にするのは初めてだ。魔力の高い魔道遣いのみに仕えて、屋敷の世話をしてくれる妖精族のはずだ。

 それがここにいるということに驚いた。

 

「屋敷妖精がここにいるということは、この建物の主人は魔道遣いなのか?」

 

 イザベラはシャーラに振り向いた。

 

「わたしも当初は戸惑いましたが、ロウ様のしもべに間違いないようです。わたしは何度もここに通っておりますので確かです」

 

「だが、ロウは魔道遣いではないであろう」

 

「そうですが、それはロウ様が愛人にした女の能力を向上させるという不思議な現象に関係があるのかもしれません……」

 

 シャーラが小声で応じた。

 

「シャーラ様は広間の方にどうぞ。コゼさんたち三人がお待ちかねです。姫様については、旦那様がお待ちです。まずは、隣の部屋でお仕度をなさってください。さらに先の部屋で旦那様は待っておられます」

 

 シルキーが微笑みながら言った。

 

「……それでは、姫様」

 

 シャーラは背中側になる部屋の扉から出ていった。

 

「どうぞ、姫様」

 

 シルキーが示したのは、シャーラが出ていったのとは逆の扉だ。

 そこに入った。

 さっきの応接室とは一転して、狭くてなにもない部屋だ。

 ただ、真ん中に卓だけがあり、そこに革帯のようなものが乗っている。

 

「ここでお仕度をするようにという旦那様のご指示です。わたくしめがお手伝いいたします。失礼ですが、下着を脱がさせていただきます」

 

 シルキーがイザベラを卓の前に促し、すっとイザベラの足元にしゃがみ込んだ。

 当惑するいとまもなく両手を下から入れられて、下着を足首までおろされた。

 

「ちょ、ちょっと……」

 

 声をあげたときには、すでにイザベラの足首から下着が抜かれてしまっていた。

 シルキーはイザベラから脱がせた下着を卓の上に置き、そこにあった革帯を手に取った。

 

「これを下着の代わりに嵌めていただきます。少し脚をお開きになってください」

 

 シルキーが足の前で革帯を手にしながら言った。

 

「ま、待て、それはなんだ?」

 

 イザベラは声をあげた。

 やっと、シルキーが手にしているのが貞操帯だと知ったのだ。

 貞操帯は知識として知っている。股間に装着して鍵をつけることで、夫以外との性行為を防ぐためのものだ。

 だが、これから性交をするというのに、性交を防ぐものを装着するということに戸惑いを感じた。

 

 もしかしたら、ロウはイザベラを抱くつもりはないのだろうか……。

 ちょっと不安がよぎる。

 一方で、貞操帯の股間の内側にあたる部分にたくさんの丸い突起があり、それがねっとりと濡れているということにも気がついた。

 

「脚をお開きください、姫様」

 

 シルキーはそれだけを言った。

 

「答えんか、屋敷妖精──。その貞操帯にはなにを塗っておる。そもそも、なぜ貞操帯をせねばならん。わたしはロウに抱かれにきたのだぞ。聞いておらんのか?」

 

「これは旦那様のご命令です。さあ、脚を……」

 

「うっ」

 

 その直後、イザベラの両脚は勝手に肩幅ほどに開いて、全身が硬直したように動かなくなった。

 屋敷妖精の魔道か……。

 そう思ったが、かなりの魔力であり、所詮、下級魔道遣いにすぎないイザベラには、逆らえない。

 シルキーは丈の長いイザベラの寝着の中に頭を突っ込むようにして、貞操帯の横帯の部分を腰の括れに締めつけた。

 そして、今度は前側から縦帯を股に通して、後ろ側に回ってぐいと股間をそれで抉る。

 なかなかの手慣れた手つきであり、あっという間だ。

 

「ううっ」

 

 イザベラは思わず呻いた。

 縦帯の内側にあった突起がイザベラの股間の敏感な場所を思い切り刺激したのだ。

 

「な、なんだ、これは……?」

 

 イザベラは歯を噛みしめながら言った。

 貞操帯の内側の突起はイザベラの肉芽といわず、女陰の入り口や外側、尻の穴までにしっかり当たっていて、しかも、イザベラが動くと突起が微妙に前後左右に動くようだ。

 イザベラは顔をしかめた。

 しかも、塗ってあった粘性のものは肌に染み入る感じで、それが股間に当たった直後から疼きのような得体の知れない感覚を込みあがらせてくる。

 

「さあ、どうぞ」

 

 シルキーはイザベラの寝着の下から出てくると、何事もなかったかのように、次の部屋にイザベラを促した。

 

「あっ、ま、待て……」

 

 歩くと、強い刺激が股から走る。

 しかし、シルキーはどんどん進んで、さっと扉を開いた。

 仕方なく、イザベラは貞操帯の淫らな悪戯に耐えながら、次の部屋に入った。

 シルキーは次の部屋には入らない。

 イザベラが中に入ると、背中側で扉が閉められた。

 

「おお……」

 

 しかし、イザベラは部屋の光景に思わず声をあげた。

 そこは大きな部屋ではなかったが、まるで王宮の舞踏会場を思わせる広間が再現されていた。

 天井には豪華そうな燭台もあり、また壁の調度品や美術品も見事だ。

 さらに魔道で作ったと思われる七色の光が壁から放たれていて、それが優雅な雰囲気を作っている。

 部屋の一画には、上等そうな葡萄酒やおいしそうな食事も準備されていた。

 

 なによりも、驚いたのはそこにいるロウだ。

 ロウはいつもの冒険者の姿ではなく、完璧な黒い社交装束を身に着けていた。

 寝着一枚でやってきたイザベラが恥ずかしくなる正装だ。

 イザベラは歯噛みした。

 やっぱり着飾ってくればよかった。

 いくら冒険者が相手といっても、寝着一枚で来るなど失礼すぎた。

 

「お待ちしておりましたよ、姫様。さあ、踊りませんか?」

 

 待っていたロウがすっと手を差し伸べた。

 

「そ、そなた、踊れるのか?」

 

 イザベラはびっくりした。

 

「練習したんですよ。さあ……」

 

 ロウがイザベラの手を取る。

 それが合図だったかのように、部屋の中に舞踏会の音楽が鳴り響き始めた。

 イザベラは、ロウの腕の中に入り、まるで吸い込まれるような気持ちになった。

 ロウがステップを踏み始める。

 イザベラはロウに合わせてダンスを踊り始めた。

 

「あっ」

 

 イザベラは股間で沸き起こった大きな異変に思わず声をあげた。

 股間に装着している貞操帯の突起がいよいよ本格的な効力を発揮しはじめたのだ。

 イザベラには、やっとこの貞操帯の役割がわかった。

 ロウが大股でステップを踏むたびに、股間を苛んでいる突起が前後左右に淫らに動いて、イザベラに妖しい疼きを与える。

 しかも、おそらく股間に塗っていた粘性のものは媚薬だろう。

 貞操帯の内側の股間から、かっと身体を火照らせるような熱い刺激が全身に拡がり、身体の芯からイザベラを溶かしてしまいそうだ。

 

「くっ、ロ、ロウ……、こ、これは……」

 

 イザベラはあっという間に、ダンスを踊っている部屋の中央で脚をうまく動かせなくなってしまった。

 だが、しっかりとイザベラの腰を掴んでいるロウが、ダンスをやめることを許さない。

 

「どうしたんです、姫様? あなたを愉しませようと、一生懸命にやったことのないダンスを練習したんですよ。俺のダンスはどうですか?」

 

 イザベラを抱いているロウが華麗な身体捌きをしながら、右に左にとイザベラの身体を動かす。

 ロウのダンスの腕前は一介の冒険者とは思えないほどに、見事に精錬されたものだった。

 もしも、ロウが本当に以前にはダンスをやったことがないとすれば驚くべきことであり、短い期間で相当の練習をしたということはわかる。

 それがイザベラを悦ばせるためだというのが嘘でないなら、心の底から感動するが、いまはそれどころではない。

 

 股間を刺激する貞操帯がイザベラを追い詰め、じわっと得体の知れない感触がイザベラを覆っていく。

 貞操帯の内側では信じられないくらいの蜜が溢れていると思う。

 しかも、すでに両方の乳首が勃起していて、寝着の布で擦れるのだ。

 そこからも疼きが走る。

 ついに、イザベラは本当に一歩も動けなくなり、ダンスを中断して、部屋の中央で完全にロウに抱きついてしまった。

 

「どうです。いい気持ちでしょう?」

 

「は、はい……」

 

 思わず、そう返事をしていた。

 しかし、イザベラは、ロウに対して反射的に丁寧な言葉を使ったことに内心でびっくりした。

 

 そのことにより、イザベラはなぜか羞恥を覚えた。

 しかし、イザベラはすでに、目の前のロウに圧倒されている自分を感じていた。

 こんな感情は、誰にも抱いたことはなかったものだ。

 

 だが、イザベラは、いま、なんの爵位もない、それどころかどこで生まれたのかもわからないような移民の冒険者に、なぜか惹かれ始めている。

 それがわかった。

 

 考えてみると、こんなロウに対して、こんな気持ちを抱くようになったのは、おそらく、あの夜にロウが小離宮に侵入してきたときからだろう。

 

 イザベラの我儘なクエストを逆手に取り、シャーラを利用してイザベラを脅迫して裸にし、恥ずかしいことを強要した。

 あのとき、イザベラは口惜しいという感情よりも、ロウという男に完全に圧倒されてしまった自分を感じていた。

 結局、ロウはイザベラの身体を視姦しただけで帰ってしまったが、ほっとしたような、それでいて逆に残念だったようなそのときの不思議な感情がいまでも忘れられない。

 

「俺に嘘を言わないと誓ってください。そうすれば、俺は姫様の絶対の味方になります。ところで、毒を飲んだそうですね。可哀想に……。俺が姫様の味方になれば、二度とそんな目には遭わせません」

 

「わ、わかった。う、嘘は言わん。誓う」

 

 イザベラはそう応じた。

 いま、イザベラはしっかりとロウの両腕に抱かれていた。ロウはイザベラの背中と腰をイザベラの自慢の髪ごとしっかりと掴み、自分の身体にイザベラを密着させている。

 イザベラはロウの胸に顔を当てるようにしていた。

 

「だったら、俺の女になりたいというのは本当ですか? この国の王女様ともあろうものが、ただの冒険者の俺の女のひとりに?」

 

「そ、そうだ。わたしには味方が必要なのだ。さもないと、わたしは、多分、殺されてしまうだろう。そうならないために、わたしは信頼のできる家人が必要だ」

 

「俺を家人として取り込むために、俺の女になると……?」

 

 ロウは笑っているようだ。

 なにか愉快なことを言っただろうか?

 とにかく、嘘は言わないと誓った以上、打算や駆け引きはするつもりはない。

 

「お前の女になる……。わ、わたしはまだ生娘だ。わたしもいつかは、どこかの国に政略結婚で嫁ぐか、あるいは、この国の有力貴族を婿にもらうのだろうと思う。しかし、いまはまだ誰にも汚されてはおらん。わたしが誰かの妻になるまではお前の女になる。その代わりに、わたしを守ってくれ……。た、頼む……」

 

 イザベラは正直な気持ちを言った。

 

「さあ、どうでしょうか……。俺は独占欲が強くてね。自分の女にした者たちが、他人のものになるのは我慢ならないのですよ。生涯、俺以外と交わってはならないとまでは言いませんが、俺の女になるなら、期限付きではなく、生涯の女になって欲しいですね」

 

 ロウが言った。

 イザベラは驚いた。

 

「そ、それはできん……。わたしの結婚は、わたしの意思でどうにでもなるものではないのだ。ある意味ではわたしは奴隷と同じだ。意に添おうと、添うまいと、国王である父上の示す者と婚姻をしなければならん」

 

「だけど、あなたの父上である国王陛下は、王妃のほかに、何人もの側室もいるし、愛人もいる。実際のところ、妻である王妃殿下とは、いまではまったく夫婦の契りはないのではないですか? 俺はあなたの正式の夫になることを要求しているわけではないですよ。ただ、俺の女になるのであれば、ほかの男のものにはなって欲しくないのです。少なくとも心だけは……」

 

「だ、だが……」

 

 イザベラは当惑した。

 初めての男として、ロウを迎えることは問題はない。

 しかし、生涯にわたって、ロウとだけなど不可能だ。

 それは王女として許されないであろう。

 

 いずれにしても、ロウが王家の内情について、きわどいことを承知しているということにも驚いた。

 だが、そういえば、ミランダが、キシダインをはじめとした王族に、ひそかに冒険者を忍ばせて内情を探らせていると言っていた。それは、キシダインとの政争を余儀なくされているイザベラを守るためでもあるのだが、ロウはミランダから、それによって得られた情報に接しているのだろう。

 すると、ロウがくすくすと笑った。

 

「なるほど、姫様は正直ですね。それに思ったとおり、素直な女性だ。俺の失礼な提案に怒りはしなかった。それどころか真面目に検討してくれている。ありがとうございます」

 

「怒る?」

 

 イザベラは驚いた。

 

「だって、普通は怒るでしょう。一介の冒険者にすぎない男が、ハロンドールの王女であるあなたに、生涯の女になれと要求したんですから。むしろ、関係を持つことさえ、おこがましいことなのに」

 

 イザベラはロウの胸に当てていた顔をあげた。

 ロウは優しそうに微笑んでいた。

 なぜか、そのことでイザベラは、胸が締め付けられるような痛みを感じた。

 そのことにもちょっとびっくりした。

 自分はどうしたのだろう。

 こんなに気後れする感情は初めてだ。

 

「いいでしょう。俺はあなたを俺の女にします。だけど、俺の性癖のことは知っているでしょう? 俺は姫様を調教しますよ。俺の好みにね。そして、服従させます。俺は俺の女たちに、絶対に受け入れられないようなことを無理矢理に受け入れさせることが好きなんです。姫様にもしっかりとそうします」

 

「お、おう……。わかっている。なんでも命じていい。わたしは服従する。好きなようにしていいぞ。床も舐めるし、ふぇ、ふぇらちお……だったかな……。それもするぞ」

 

 イザベラは元気に言った。

 ロウは一瞬面食らったような表情になったが、すぐに声をあげて笑った。

 イザベラはきょとんとした。

 

「面白い姫様ですね。ならば覚悟してください。俺はしっかりと姫様を調教して、俺のいうことに心が逆らえないようにしてしまいますからね。そして、絶対に受け入れられないようなことも、受け入れてしまうようにします」

 

「わ、わかった。その代わり、わたしを守ってくれ」

 

「いいんですか、そんなことを言って……? つまりは、俺は姫様が俺以外の男のものにならないということを受け入れさせてしまうということですよ……。姫様を調教してね……」

 

「だ、だが、それは、さっきも言ったが……」

 

 イザベラは困ってしまった。

 王族というのは好きとか嫌いとか、そういうことで婚姻をしないのだ。

 国家の力を強くするため、あるいは王家の権威を高めるために伴侶を選ぶ。

 それは男でも女でも同じだ。

 

「……あなたが王になればいい。そうすれば、結婚しないもするも、姫様の自由だ。……というのも、俺はある事情で、ある権力者から逃げ回らなければいけない境遇でしてね。でも、逃げ回るという選択の代わりに、俺自身がしっかりと権力に守られる存在になるという選択もあることに気がついたんです。俺の女であるあなたが王になる。そうすれば、あいつは俺たちにもう手が出せない……。まさか、国と国との戦をしかけてまで、俺に仕返しをしようとはしないと思いますしね」

 

「ある事情?」

 

 イザベラは首を傾げた。

 

「それはいいでしょう。そのうち説明します。それよりも、王になってくださいよ。とりあえず、王太女にね。あなたの置かれている状況のことはミランダやシャーラから十分に聞きました。いまや、かなり、俺は王族同士のことを承知していますよ……。とにかく、あなたは、キシダインとかいう貴族に匹敵するような力を握っていることをお忘れなく」

 

 ロウが言った。

 

「キシダインに匹敵する力?」

 

 イザベラは眉をひそめた。

 そんなものはない。

 キシダインはこのハロンドール王国きっての古い家柄の一族のひとりだ。ハロンドール王家を凌ぐとは言わないが、イザベラはいまはただの第三王女にすぎない。そんなイザベラよりは、キシダインは大きな権力を持っている。

 

「冒険者ギルドですよ──。あなたはギルド長です。それを忘れてはいけません」

 

 ロウは言った。

 

「ギルド?」

 

 冒険者ギルドがなんだというのだ。

 確かにイザベラはギルド長だが、それは歴代のギルド長に王族が就くという続いている習わしによるものだ。だが、それは名目的なもので、実際にギルドを動かしているのは副ギルド長のミランダだ。

 

「……まあいいでしょう。ところで、最初に俺が姫様に会いに小離宮に行ったときのことを覚えていますか?」

 

「お、覚えている……」

 

 イザベラは答えた。

 

「自慰のことを訊ねましたね。どのくらいするのかと……。本当はどのくらいするんです? さあ、正直に答えると誓ったことを忘れないで」

 

「なっ」

 

 思わず絶句した。

 恥ずかしいという感情に包まれる。

 イザベラは身体を固くした。

 

「さあ、正直に──」

 

 すると、ロウが強い口調で、また言う。

 なんで、そんなことを口にしなければならないのか……。

 不本意だという感情がこみあがる。

 だが、確かに、正直になんでも言うと誓った。

 誓いは守らなければならない……。

 

「……み、三日に一度くらいだ……」

 

 イザベラは言った。

 それにより、かっと顔が赤くなるのがわかった。

 

「嘘を言ってはいけませんよ、姫様。姫様がとても感じやすい敏感ないやらしい身体をしていることはわかっているんです。その姫様が三日に一度の自慰で我慢できるわけがない」

 

 ロウがからかうように言った。

 

「ほ、本当だ。そのくらいだ……。ただ……」

 

「ただ、なんです?」

 

「さ、最近は毎晩……しているかもしれない……」

 

 消え入るような声で言った。

 恥ずかしい……。

 いまだに部屋の中では音楽が鳴り響いている。 

 この瞬間においては、イザベラが貞操帯のほかには薄着一枚の寝着姿であるのに対して、ロウは貴公子然としたしっかりとした格好だ。

 そのことも、羞恥に追い打ちをかけている気がする。

 

「ズリネタはなんです?」

 

「ずりねた?」

 

 意味がわからなかった。

 イザベラはきょとんとしてしまった。

 

「なにを考えながら、自慰をしているんです?」

 

 ロウが言った。

 イザベラは今度こそ、全身がかっと熱くなった。

 しかし、嘘を言わないという約束だ……。

 

 「お、お前だ……。毎晩、お前のことを考えている……」

 

 仕方なく、イザベラは言った。

 あのとき、ロウに強要されて裸になり、股間を拡げさせられた。

 イザベラは、あの夜以来、そのときのことを思いだすと、どうしようもなく股間が疼いてしまって仕方がなくなるようになっていた。

 そのことを心に蘇らせてしまったイザベラは、身体を赤くしてロウの胸の中で身体を小さくした。

 ロウはイザベラの返事に、ちょっとびっくりしたような仕草をした。

 だが、すぐに嬉しそうに笑ったのがわかった。

 

「可愛い姫様ですね」

 

 ロウが腰に回している手に力を込めてぐっと抱き締めた。

 一方で背中に回していた手を離して、イザベラの顎に指をかけて顔を仰向かせる。

 

「んんっ」

 

 イザベラは身悶えた。

 ロウがイザベラの口に唇を当てたのだ。

 すぐにイザベラの口の中にロウの舌が差し入れられた。

 

「んふうっ」

 

 なんだこれは……?

 イザベラは当惑した。

 生れて初めての本格的な口吸いは、イザベラが想像もしていなかったような強烈なものだった。

 ロウに口の中を蹂躙されて、すぐに力が抜けるような感覚が走り抜ける。

 それだけでなく、頭がぼんやりとして朦朧としてしまう。

 気持ちがいい……。

 口の中を刺激されて、こんなにも気持ちいいというのが不思議だが、ぞわぞわという感触がイザベラの全身に拡がっていく。

 それにつれて、身体に震えが走り、膝ががくがくと揺れた。

 

「んふううっ」

 

 次の瞬間、イザベラはロウの顔から口を離して悲鳴を迸らせていた。

 貞操帯の内側の突起が突然に激しく振動を始め出したのだ。

 

「うあっ、ああっ」

 

 ロウに抱かれている身体がのけぞった。

 衝撃に身体が棒立ちになる。

 

「さあ、踊りましょう」

 

 すると、ロウがイザベラの身体を抱いて、再び踊り始めた。

 イザベラは悲鳴をあげた。



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130 王女の破瓜と百発連射

「……も、もう……ゆ、許して、ロウ……」

 

 イザベラが一郎の腕の中でがくりと膝を折った。

 しばらく、股間に装着させた淫具を作動しながら、強引に踊りを続けさせていたが、ついに快感に追い込まれてしまって、一郎にもたれかかってきたのだ。

 

 一郎は、イザベラをしばらくのあいだ、一郎の腕によって、まるで操り人形であるかのように、右に左にと身体を動かしていたが、さすがに強い媚薬に侵されながら股間を快い振動に責められるとあっては、早くも限界がきたようだ。

 なにしろ、一郎は、イザベラを何度も何度も絶頂寸前に追い込みながら、その都度振動を小さくするという仕掛けにより、かなりの長い時間、絶頂寸前のぎりぎりの状態を維持させていた。

 

 それにより、むしろ連続絶頂よりも遥かにまさる快感を膨れあがらせてしまったイザベラは、もはや意識を保つのも難しいような状態になった。

 一郎は身体を支えようとしたが、もはや完全に力を失ったようになっている。

 イザベラをこれ以上動かすのは無理そうだ。

 一郎はとりあえず、イザベラに与えている股間の震動を止めた。

 そのまま、朦朧としているイザベラの身体を床に跪かせる。

 床は柔らかい絨毯なのだが、さらに準備していたマットを敷いた。

 一度跪かせたイザベラは、一郎が手を離すと、すぐに両手を床に付けて荒い息をしだしたが、そのイザベラを抱えあげるように移動させて、再び膝立ちにして、マットの上に持ってくる。

 

「はっ、はあ、はあ、はあ……ロ、ロウ……ロウ、ロウ……はあ、はあ、はあ……」

 

 一郎にもたれかかるようにしているイザベラの顔は、虚ろな状態であり、汗びっしょりだ。頬も紅潮して息も激して荒い。

 抱きかかえているイザベラの身体から薄着を脱がす。

 すでにかなりの汗を吸いこんでいて重かった。

 次に、一郎自身も素裸になる。

 ついに、一郎もイザベラ王女も生まれたままの姿だ。

 

「……ロ、ロウ……ロウ……ロウ……」

 

 イザベラはまるでうわ言のように一郎の名を呼び続けている。

 ただ、素裸にされているという感覚はないようだ。

 これは最初から厳しくやりすぎたかな……?

 一郎はちょっと苦笑してしまった。

 

 イザベラの両手首を重ね合わせて掴んだ。

 すると、一郎の手のひらから粘性の物質が浮き出て、まるで手枷のようにイザベラの両手を包んだ。

 淫魔師のレベルが向上したことでできるようになった一郎の能力だ。

 まるでこの世界の魔道遣いのようだが、いまの一郎にはまったく違和感なく、不思議な能力を駆使できる。

 しかも、この技に慣れてきて、いまでは、かなり自由自在に粘着力のあるこの物質のかたちも変型できるし、固さも変えられる。

 例えば、いまこの瞬間にも、粘性物を飛ばして貞操帯の隙間から侵入させて、イザベラの股間に張形を作ることだって可能だ。

 不思議な感じがするが、まるでずっと昔から遣っていた自分の力であるかのように駆使できる。

 

 考えてみれば、この世界では魔道遣いの力の源は「魔力」と呼ばれる自然界に備わるエネルギーとされているが、淫魔族のクグルスは同じことを「淫気」と称する性の力を源として行う。

 一郎は淫魔師として、淫魔族のクグルス以上の淫気を操ることができるが、やり方によっては、クグルスのように淫気を遣った魔道がほかにもできるのかもしれない。

 

 いまも、あっという間にイザベラの手首が固定された。

 この粘性の物質の枷が普通の手枷と違うのは、かなり乱暴な吊りあげをしても、本当の枷のように女の肌を傷つけないで済むということと、どんな刃物で切断しようとしても切れないだろうということだ。

 

 イザベラがこの一郎の特製の枷から逃れられるのは、一郎がそれを意思を持って消滅させたときだけだ。

 一郎はさらに粘性物を出して紐状にすると、一端を天井に飛ばして密着した。そして、天井から垂れている反対側を手首を包んでいる粘性の枷にくっつけた。

 これでイザベラは倒れられない。

 

 一郎はイザベラから手を離して、改めて裸身を見た。

 裸にしたイザベラの身体はすっかりと熟れきっていて真っ赤だった。

 一郎は、このイザベラがかなりの感度をしていて、本当に敏感な肉体をしていることを知っている。

 この身体で徹底的な媚薬責めはつらかっただろう。

 一郎はほとんど意識を保っていないイザベラから貞操帯を外した。

 夥しい愛液とともに、貞操帯が音を立てて床に落ちた。

 

「あっ……な、なに……?」

 

 イザベラが我に返ったように顔をあげた。

 そして、両腕を天井に引きあげられて膝立ちをしている自分の恰好に気がつき、当惑した表情になった。

 一郎は硬くなって勃起しているイザベラの乳首を指先で軽く突いた。

 そこはイザベラの大きな性感帯であることを示す真っ赤なもやがかかっている。

 

「はああっ」

 

 それだけでイザベラは、大きな声をあげて身をよじった。

 

「そんなに感じますか、姫様?」

 

 一郎はイザベラの背後に回って、手のひらの中心で両方の乳首をくるくると撫ぜまわした。イザベラのしこった乳首が快く動く。

 

「か、感じる……あ、ああっ」

 

「このまま軽くくすぐって欲しい? それとも強く揉みますか? あるいは吸う?」

 

「お、お前の好きなように……」

 

 イザベラは荒い息をしながら言った。

 

「だったら、しばらく軽く触るだけです。別のやり方をしてもらいたくなったら言って下さい」

 

 一郎は言った。

 そして、極めて中途半端な刺激しか与えないように乳首を軽く動かすだけの責めにした。

 媚薬の貞操帯でイザベラの官能という官能はすっかりと炙りだされて、いまにも火がつくかのように身体が燃えあがっているはずだ。

 それにも関わらず、まだただの一度も達していない。

 破裂しそうな焦燥感の塊のようになっているイザベラには、つらい責めのはずだ。

 

「も、もっと強くして──。頼む──」

 

 イザベラがそう叫ぶのに、いくらもかからなかった。

 一郎はほくそ笑んだ。

 そして、もう真っ赤に充血して、まるで小尿でも洩らしたかのようにびしょびしょになっているイザベラの股間にすっと指を触れさせた。

 

「あうっ、ふうっ、はああっ」

 

 あっという間に、大きな絶頂のうねりがイザベラの中で起きる様子を示す。

 快感値が“1”になる。

 一郎はすかさず指を離して、イザベラが達しようしたのをぎりぎりで中止させてしまう。

 

「あっ、そ、そんな──」

 

 イザベラは悲鳴をあげた。

 

「なにが、そんななんです? どうしたかったんですか?」

 

 一郎はイザベラの顎を軽くつまんで、ちょっと上に動かす。

 イザベラの唇が一郎を真っ直ぐに向いた。

 また、唇を重ねて、舌を差し込む。

 

「んっ、んんっ」

 

 すぐにイザベラが両手を上にあげて膝立ちされている身体を悶えさせ始めた。

 口の中を蹂躙する。

 イザベラの口の中に発生している性感帯のもやというもやを舐め尽くし、舌で刺激し、さらに舌先を吸いあげた。

 最初は苦しそうにもがく素振りを示したイザベラだったが、一郎の本格的な口中の愛撫により、やがて、ぐったりとまったく力が入らないような状態になった。

 やっと一郎がイザベラを解放したとき、両腕を鎖にあずけるようにして、完全に脱力してしまった。

 

「大丈夫ですか、姫様?」

 

「はあ、はあ……。す、すごいな、ロウの口づけは……。わたしは、ロウとの口づけが大好きかもしれない……」

 

「ありがとうございます。でも、まだまだですよ」

 

 一郎はイザベラを両手で包み込むようにして抱き締め、肌と肌を密着させるように動かしながら、両手は背中や腰をまさぐり、新たに発生しては濃さを増す性感帯の筋や場所を無遠慮に刺激していく。

 

「ああ、ああっ、ああああっ」

 

 イザベラは身体を弓なりにして、再び絶頂の兆しを示し始める。

 一郎はその痴態をたっぷりと愉しみながら、またもや絶頂寸前で快感を取りあげた。

 

「ああ、またっ」

 

 イザベラが切なそうな悲鳴をあげる。

 一郎は今度は前側から、イザベラの膝から股間のあいだの太腿に指を伸ばして、愛撫を開始した。

 もう、完全にできあがっているイザベラの肢体は、あっという間に快感を昇天させようとした。

 一郎は、またもや、寸止めでやめてしまう。

 イザベラは、悲鳴をあげた。

 

 絶唱寸前まで押しあげては、ぎりぎりで寸止めする──。

 これが十回になり、十五回になったとき、イザベラはついに泣き出した

 

「ああっ、ひううっ、や、やめてっ、ああっ、こ、こんなの気が狂う──。ああっ、た、助けて──」

 

 熟れきった身体に対して、一番感じる場所への徹底的な寸止め責めだ。

 ただでさえ感じやすいイザベラは、完全に狂乱している。

 しかし、一郎はまだ許さない。

 指による愛撫を再開した一郎は、イザベラをさらに責めたてて、またもや、絶頂寸前でやめた。

 

「ああっ、ま、また──」

 

 イザベラはぶるぶると身体を震わせた。

 だが、しばらくはなにもせず、イザベラの快感が落ち着くのを待ち、再び指責めだ。

 イザベラは、また痙攣のような身体の震えを示して達しそうになる。

 だが、まだだ。

 責めを中断させる。

 イザベラが号泣した。

 

 そして、ついに二十回──。

 イザベラはほとんど発狂寸前にまでなった。

 

「お、お願いじゃ──。もう意地悪はしないでくれ。頼む。頼むから──」

 

 イザベラは泣きながら言った。

 そして、一郎に涙目の視線を向ける。

 

「簡単にいくことなんかできませんよ。絶頂できるのはご褒美のときです。さあ、姫様が最初に言っていたフェラチオをしてもらいます。一滴残らず飲んでもらいますよ」

 

 一郎は、マットの上にすっくと立ちあがり、跪いているイザベラの前に位置すると、すでに勃起した性器を顔の前に突きつけた。

 イザベラは一瞬、ひるんだような表情をしたがすぐに口を開いて一郎の一物を小さな口で咥え込んだ。

 

 イザベラの舌が動いて、一郎の亀頭をぺろぺろと舐める。

 お世辞にも上手とは言えないが、この国の女王になるかもしれない王女の生まれて初めてのフェラチオなのだ。

 それを味わえる一郎は果報者といえるだろう。

 一郎はしばらく王女の奉仕を味わってから、イザベラの口の中に精を放った。

 最初に精を口から飲ませるのは、破瓜をする前に淫魔術をイザベラの身体に刻むためだ。

 破瓜は激痛だという。

 だが、淫魔術があれば、ほとんど痛みなしに快感のみを与えることも可能なのだ。

 

「んっ、んっ」

 

 イザベラは一郎に命じられたとおりに、本当に一滴残らず一郎の精を飲み込んだ。

 一郎の身体に、イザベラに対する支配の感覚が生まれる。

 イザベラの口から怒張を抜く。

 

「も、もっと気味の悪いものかと思っておった……。だが、気味は悪くない。むしろ、わたしはお前の精を飲むのが好きかもしれん」

 

 イザベラの汗まみれの顔が笑い顔になった。

 一郎はにっこりと微笑みをイザベラに向けてやると、イザベラの手枷と天井から吊っている紐状の粘性物を切り離す。

 

 そのままイザベラを仰向けにして、脚を開かせた。

 前戯はもう不要だ。

 ただ犯すだけ。

 一郎はびっしょりと濡れたイザベラの股間にすっと怒張を沈めていった。

 

「あうっ」

 

 イザベラが声をあげてのけぞった。

 一郎の亀頭の先端がイザベラの処女膜を破ったのだ。

 すかさず淫魔力を動員して、イザベラから痛みの感覚を抑える。

 

「ああっ、いいいっ」

 

 その瞬間、イザベラの声が淫らなものに変化した。

 ゆっくりと律動を開始する。

 ただし、あくまでも慎重にだ。

 痛みを消しているとはいえ、初めて男を受け入れるのだ。荒々しく犯すにはまだ早い。

 ゆっくりとした数回の抽送の末に、ついに一番深い場所まで怒張が到達した。

 一郎は頭に感じることができるイザベラの膣の奥にある性感帯をぐいと怒張で押した。

 イザベラの裸身が跳ねあがった。

 

「ああっ、いいいっ、す、すごいいっ、ロウ、すごいいっ、いいいっ」

 

 イザベラが大きな声をあげる。

 その瞬間、イザベラはこれまでに焦らせていた分を取り戻すかのように、激しく絶頂した。

 一郎はイザベラの絶頂がとまらないように、さらに肉棒の先で膣の中の快楽点を突き、イザベラの快感をさらに助長する。

 

「んふうううっ、ロウっ──」

 

 一郎の名を大きく叫んだのがイザベラの最後の言葉になった。

 イザベラは身体を大きく弓なりにして快感を放出しながら、完全に気を失ったのだ。

 ぐったりとした裸身に一郎は欲情の精を放った。

 肉棒を抜く。

 イザベラの破瓜の血がどろりと淫汁と流れ出る。

 また、一郎の性器にもイザベラが処女を失った象徴である赤い汁がついている。

 そして、もう一度、イザベラを見た。

 彼女は疲労困憊の様子で、すでに寝息をたてている。

 一郎は室内のすべての粘性体を完全に消滅させた。

 

「入って来い」

 

 一郎は叫んだ。

 すると、隣室に待機させていた女たちがぞろぞろと入ってくる。

 エリカ、コゼ、シャングリア、そして、シャーラだ。

 全員が裸身だ。

 ただし、腰の括れの後ろで両手を組ませて、革帯で腕を包んで固定している。

 シルキーにイザベラの支度をさせるあいだ、一郎は一郎で、彼女たちを裸にして、こうやって拘束していたのだ。

 

「……姫様の始末をします。それと、ありがとうございました、ロウ様。そして、姫様をよろしくお願いします」

 

 後手に拘束しているシャーラが完全に意識を失っているイザベラの股間を舌で舐め始めた。

 

「俺にできることはするよ、シャーラ……。約束する」

 

 一郎はぐったりと力を失っているイザベラに視線を向けた。

 処女を捧げてまで一郎を手に入れようとしてくれた王女──。

 王宮に味方の少ないこの王女を助けると心に決めたのは、イザベラが政敵に毒を盛られて死にかけたということを耳にしたからだ。

 そして、一度女にすると決めた以上は、この女を助ける。

 それは一郎自身の安全を作ることでもある。

 この王女を助け、一郎自身が権力を握る。そうやって、あのアスカに命を狙われるかもしれない一郎とエリカを守る力を得るのだ。

 おそらく、今度のことは、大きな人生の変換点になる。

 根拠のない勘だが、そんな気がするのだ。

 

「お掃除しますね、ロウ様」

 

 エリカが素早く寄って来て、破瓜の血で汚れている一郎の一物に舌を這わせ始める。

 

「あっ、狡い」

 

 コゼも寄ってきて、割り込むような態度を示す。

 

「な、なによ、早い者勝ちよ、コゼ」

 

 すると、一郎の性器を咥えていたエリカが一度口にしていた一郎の性器を離して、コゼに怒鳴った。

 一郎は思わず、愉しくなって、笑い声をあげてしまった。

 やはり、自分は果報者だと思った。

 大した取り柄もないし、強くもない。若くさえない。

 ただ、この世界にやってきて、淫魔師に覚醒し、女を抱いて満足させるのが上手になっただけだ。

 しかも、それだって優しくなんて抱かず、一郎の性癖のまま鬼畜に抱き潰している。

 それなのに、これだけの美女であり、女傑である者たちが、一郎の性器を取り合い、ついには、この国の王女までもが、一郎の精をもらいに家までやってくる。

 こんなに幸せなことはないだろう。

 

「エリカも、コゼ、シャングリアもこっちに来い。姫様はゆっくりと朝まで寝かせておこう。俺たちはセックスだ。全員で相手をして、俺を満足させてみろ。俺が満足するまで、朝になろうが、昼になろうが解放しないぞ」

 

 一郎はエリカの頭を軽く叩いて、口を離させ、マットの横に移動した。

 三人娘たちが、両手を後手に拘束されたままぞろぞろとついてきながら、ちょっと心配そうな表情に変わったのがわかった。

 

「明日の昼までって、冗談を言っているのだよな、ロウ? 本当のことじゃあるまい?」

 

「ロウ様が満足するまでって……」

 

「も、もちろん、必死で頑張りますけど……」

 

 シャングリア、エリカ、コゼが不安げに言った。

 なにしろ、一郎は、ここ最近の淫魔師としてのあまりの性欲の強さに、なんだかんだと女を抱くときには手加減をしている。

 本当に完全に満足するまで性行為を続けたとすれば、どれくらいまで大丈夫なのか、自分でも検討はつかない。

 おそらく、百回だって連続で射精できる。

 それが淫魔師の力だ。

 

 もちろん、自分の限界までは試したことはない。一郎が大丈夫でも、間違いなく女側がもたない。

 しかし、なんとなく今夜は、最後までやりたい気分なのだ。

 四人いるし、イザベラも含めれば五人だ。

 最悪、女たちが完全に気絶をしてしまっても、男根を股間に挿入して精を放つことは可能だ。

 

「昼なんて、言ってないぞ。今日は俺が満足するまでって言ったんだ。いくら俺でも、百発も出せば、満足するんじゃないか? だったら、四人なら二十五発ずつ。姫様が起きて参加をしてもらえば、その分は減るだろう。まあ、お前たちはいつも、俺が一発出すあいだに、三回、四回は達するけどね。だけど、今日、同じようによがりまくったら、さすがにもたんぞ。まあ、あまり感じないように頑張れ……。できるものならだけど」

 

 一郎はにやりと笑った。

 三人の顔が目に見えて蒼くなった。

 一郎は、イザベラの股間を口で掃除をしているシャーラにも声をかける。

 

「シャーラも来い。これから百発連射の開始だ。ひとりにつき、俺の射精を一発ずつ受け持ち、俺が精を放ったら交代だ。それを繰り返す。最低百発はする。全部終わるまで、俺の力でお前たちは失神することもないし、寝ることもできない。とにかく、ただ、ひたすらに俺の性の相手をしてくれ」

 

「は、はい」

 

 まだマットの上にいたシャーラが、魔道でイザベラに掛け布をあてて、慌てたように一郎のところにやってきた。

 

 

 

 

(第21話『第三王女の破瓜』終わり)



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 第22話  王妃攻略
131 淫魔師の真摯なお願い


「な、なんですって──? ギルドの至宝を?」

 

 ミランダがロウからその申し出をされたのは、ロウの命令で服を脱ぎ、ロウの新しい能力とかいう粘性物によって後手に拘束をされてからだった。ロウは、手のひらから、粘性生命体のウーズを連想させる物質を発生させることが可能になったらしく、それを自由自在に使いこなして、拘束具にも、武器にも、淫具にもすることができ、ミランダは腰の後ろで水平に組んだ両腕をその粘性物ですっぽりと包まれてしまっていた。

 

 もう、ロウについては大抵のことは驚かないことにしている。

 わずか半年くらい前に、この王都に突然にやって来たロウだが、そのときには、確かに性的魅力には溢れていたものの、エリカとコゼという女傑に守られているだけという印象の男だった。

 だがいまや、さまざまな経験と難クエストの成功を通じて自信に満ちた存在になり、ロウ自らが大きな存在感を示すようになっている。

 不思議な力も駆使するようになっているし、なぜ短期間にこうも変化したのか、その理由には見当もつかない。

 

 この粘性の拘束についても、おそらくミランダの怪力をもってしても、それを引き千切ることはできないだろう。

 硬いというよりは、まるで力そのものを吸収してしまうような感じだ。

 同じ粘性物を足首にも巻かれた。

 これは、まだ拘束具としての役目は果たしてはいないが、おそらく、ロウがミランダの脚を拘束したいと思えば、それが効果を発揮するのだろう。

 

 それにしても、ギルドの至宝を寄越せという言葉には驚いた。

 あれは、ハロンドールギルド支部の象徴ともいえるものであり、ミランダの前任の副ギルド長の時代から伝わっている宝物なのだ。

 そんなものを渡せるわけがない。

 ミランダは首を激しく横に振った。

 

「いくら、あんたの申し出でも、こればかりは承知できないわ。あれは、前任の副ギルド長から伝わっている宝物であり、ギルドの宝なのよ」

 

「なにが宝だ。ただ美しいだけで、大した魔道もこもっていない装飾具じゃないか。ギルド発展のためだ。それを渡してくれれば、俺が王宮工作をして、ギルドを正規に王宮に認められた騎士団組織として特権をもぎとってやる。ギルドとしても悪い話じゃないはずだ。いいから、認めろよ」

 

 ロウがミランダの後ろに回って、両手で乳房を掴んで首筋に唇を押し当ててきた。

 

「うっ……ひ、卑怯よ……そ、そんなことじゃあ……」

 

 ミランダは身悶えた。

 さすがは、女扱いに慣れたロウの手管だ。

 ミランダはあっという間に快感を肉体から引き出されてしまった。

 一見、無造作にも感じるさりげない指や唇の動きなのだが、ロウはほとんど的確にしかもミランダの最も感じる場所しか触らない。

 ロウの一挙手一投足が、驚くほどの滑らかさで性感を呼び起こしていく。

 

「なあ、いいじゃないか。ギルドにとって、得になる話のはずだぞ。当面はイザベラ王女直属の私設軍の扱いだが、所属すれば王軍騎士と同様に、逮捕不可侵の貴族の特権は与えられる。ほかにも人頭税からは免れる。ギルドに所属する冒険者であれば、イザベラ姫の私設軍に加わりたいという冒険者は、後を絶たなくなるはずだ。だから、その至宝とやらを寄越せ。王妃工作に必要なんだ」

 

 ロウはミランダの小さな身体を胡坐に座った自分の足の上に乗せた。

 そして、唇を首筋から片側の乳房に移動し、その裾野から頂点にかけてゆっくりと舌を動かしてくる。片手はミランダの股間の恥毛をまさぐり、さらに大きな快感を呼び起こそうとしている。

 

 ミランダは歯を食い縛った。

 ここで快感に負ければ、ロウに屈服してしまうだろう。

 そして、結局、逆らえなくなり、一方的にロウの言いなりになってしまう。

 それはいつものことだ。

 だが……。

 

「だ、だめだったら──。身体に触りながら至宝の話はしないで──。絶対に受け入れられません」

 

 ミランダは必死に身体を左右に振って、ロウの腕の中から転がり出た。

 ロウから距離をとって睨みつける。

 ロウが呆気にとられた表情になった。

 

「だ、だいたい、なんで、王女の私設軍の創設のための工作資金をギルドがこれ以上出すのよ。そもそも、あんたの最初の発想じゃあ、ギルドの冒険者を姫様直属の騎士団に取り入れるという話だったけど、いつの間にか、神殿の神殿兵を主体とした者をイザベラ姫様の私設軍として騎士扱いするという話に変わっているじゃないのよ。ギルドの冒険者は蚊帳の外よ」

 

 ミランダは叫んだ。

 

「だから、それは方便だと言っただろう。もう一度説明して欲しいのか?」

 

 ロウが嘆息した。

 ここは、ロウたちが住まいとしている王都郊外の幽霊屋敷と呼ばれる建物だ。

 そこに呼び出されたミランダは、珍しくもたったひとりで地下でロウの相手をすることになり、ロウとふたりきりでこの地下室にやってきた。

 いくつかある地下室の中でも、ロウが気に入っている部屋であり、なんの調度品も家具もなく、柔らかい絨毯が敷きつけてあるだけの部屋だ。

 ロウはこの部屋で自分の女たちを集めて、床の上に直接に寝そべり、乱交のように愛を交わすのが好きなようだ。

 そして、このところ、ロウはミランダを抱くときにほかの女も一緒に抱くのを常としていたので、一対一というのは久しぶりだった。

 

 とにかく、ここにやってきたミランダは、ロウとともにお互いに全裸になり、大人しくロウの拘束を受けた。

 だが、ロウはすぐには抱き始めず、最初にイザベラ王女の私設軍を創設し、それに冒険者ギルドに属する上位ランクの冒険者を取り込むという工作の進捗状況を説明し始めた。

 最初にこの提案があったのは、ロウがイザベラを自分の女にした直後であり、一箇月前だ。

 

 驚いたが、悪い話ではなかった。

 別に冒険者を私設軍に引き抜くという話ではなく、あくまでも冒険者としての地位は保持したまま、イザベラの指揮する私設軍に所属するというかたちをとるのだそうだ。私設軍といっても、王族であるイザベラに属する実力組織だ。実際には近衛兵と立場は変わらない。

 

 王族の護衛は、本来は近衛兵の役目だが、ロウに言わせれば、いまの近衛兵は、キシダインの息がかかりすぎて、まったくイザベラの護衛の役目を果たしてない。

 むしろ、近衛兵に護衛されることで、常にキシダインから刃物を突きつけられながら生活をしているのと同じことだというのが、ロウの意見だった。

 これについては、ミランダも同意見で、ミランダは、大して説明もしないのに、ロウがあっという間に、宮廷情勢を呑み込んでしまったことに呆れたほどだった。

 やっぱり、この男は抜群に頭がいいのだと思った。

 

 そして、その状況を打開するために、ロウが提案したのが、イザベラ王女の身辺を直接警護する私設軍を作ってしまえということだ。

 別に乱暴な話ではなく、イザベラの政敵になるキシダインは、数個の傭兵団を抱え込み、自己警護組織を軍隊のようにしている。

 同じことをイザベラ側でもやろうというのだ。

 

 ただ、傭兵団を囲うための金がない。

 キシダインは、王都ハロルドの管理を司るハロルド公であり、公爵家としての自領を持ち、経済基盤は磐石だ。その経済力によって、私設軍たる傭兵団を管理している。

 それに比べれば、イザベラ王女には領地はなく、王家に養われている立場であり、私設軍を持つ経費など出てこない。

 無論、王家の家長であるルードルフ王が、その経費を出せば別だが、王がイザベラのことに気を回すようなら、イザベラはここまで、度重なる暗殺の危機には陥っていない。

 

 それで、ロウが目をつけたのが冒険者だ。

 そもそも、イザベラは冒険者ギルド長であるし、武辺に優れる冒険者を抱え込んで、イザベラの直接警護をさせようという発想だ。

 その代価は、報酬ではなく権威だ。

 無論、ただ働きというわけではないが、経済基盤の薄いイザベラでは多くを与えられない代わりに、王女私設軍に所属する冒険者に、王軍騎士に匹敵する特権を与えようという話なのだ。

 王女騎士として……。

 

 騎士、はもっとも地位は低いが貴族だ。

 それが正式の身分となれば、王軍の直接の逮捕権がなくなる。つまりは、王の命令──この場合は、王女イザベラの命令となるが──それがなければ、王軍は「騎士」を拘束することができない。

 また、貴族以外のすべての市民に義務付けられている人頭税もなくなる。

 ほかにも、貴族としてのさまざまな特権がある。

 それが与えられることになる。

 

 もちろん、本来は騎士とは、国王が指名するもので、王女が指名する騎士など立場が曖昧だが、特権が与えられるなら、嫌がる冒険者は皆無だろう。

 相場よりも低い報酬で、いくらでも成り手がいる。いや、ただ働きでもやりそうな能力のある優秀な冒険者をミランダは、十数名はすぐに思いつく。

 王女騎士が認められれば、イザベラ王女の私設軍は、すぐに現実となるだろう。

 実際の武力集団でイザベラの周りを固めれば、キシダインは簡単には手は出せない。

 もっとも、これの実現には、王女騎士というのを王宮に認めさせなければならず、ロウはこの一箇月、そのための宮廷工作をずっと、裏からやり続けているのだ。

 

 ミランダは、このハロンドールの治安や国の公共の福祉のために寄与している冒険者ギルドの功績をさまざまなかたちで訴え、優れた冒険者に貴族同様の地位を与えて欲しいと主張していたが、それはまだ実現していなかった。

 だが、それをロウは、「王女騎士」というものを新たに作ってやるという。

 

 そして、実際にその工作を開始すると、わずかな期間で、スクルズを通して神殿を動かし、また、イザベラ自身やシャーラにも宮廷工作をさせて、あっという間にその気運を宮廷内に作ってしまった。

 誰にどんな工作をすれば、事態が動くかという「勘の良さ」は、副ギルド長として、長く宮廷工作にかかわっていたミランダが舌を巻くほどだ。

 ミランダは、ミランダの知っている知識と、イザベラが命を狙われる事態が起こったことで増加した冒険者を使った諜報員から得た内容をロウに伝えただけだ。

 

 それだけで、ロウは瞬く間に、今回の話を作りあげた。

 すでに、宰相や大臣の一部も承知していることで、宮廷の一部にも賛同者を得ている。

 キシダイン派の一枚岩のように、ミランダには見えていた宮廷だったが、ロウが動くと、実際にはキシダインの横暴を快く思っていない貴族も多く、わずか一箇月でかなりの賛同者を作ってしまった。

 もっとも、そのために、冒険者ギルドから少なくない工作資金を提供させられていて、ロウはそれを資金として、動かしたい宰相などに賂としてばらまいたのだ。

 その資金は、ギルドからだけではなく、神殿からも出させており、多額の資金が神殿からも出たようだ。

 

 無論、神殿を動かしたのは、ロウの息のかかったスクルズとベルズのふたりだが、神殿としても先日の三巫女騒動のときに、神殿の危機を救ってくれたロウには恩義を感じているところもあったらしく、積極的に王女の私設軍創設の工作に動いていた。

 それだけでなく、ロウは工作に必要な女たちの何人かをあの性の手管でたらしこみもしたようだが、詳しいことは知らないし、知ることは危険だという気もする 

 

 いずれにしても、ロウが本気になって動けば、こんなにも事態が動くのかと驚くほどに短い時間で、イザベラの私設騎士団としての私設軍創設が、現実の話として持ちあがっていたのだ。

 実際、王宮としても悪い話ではない。

 

 通常であれば、騎士を増やすには小さくても領地やそれに見合う俸給を与えなければならず、それにかかわる経費も王家の持ち出しだ。

 特に王族であるイザベラの完全な私設軍となると、国としての財源は使えず、ハロンドール王家としての出費となる。

 

 ところが、ロウの案では、私設軍の主要要員に与えるのは、王女騎士という極めて曖昧な権威と、貴族としての特権だけでいいのだ。

 冒険者ギルドにも属する冒険者には領地は与えない。

 与えるのは特権だけだ。

 王家としては、無償に近い出費で王家に仕える騎士団を増やせるのだ。

 特権を与えるくらいどうということはない。

 新騎士団に所属することになる冒険者としても、これまで移民者ということで蔑まれていた境遇から脱せる。

 魅力的な話だ。

 ミランダが声をかければ、王女私設軍の所属を希望する冒険者はあとを絶たないはずだ。

 冒険者の地位が向上することは、もちろん、冒険者ギルドとしても嬉しいことだし、それは大きい。

 だが、ロウの最初の説明では、ギルドの冒険者を主体にして、イザベラ姫の騎士団を作るという話が、神殿兵を主体にして作るという話にすり替わっていた。

 ミランダはそれが不満だった。

 

「なにしろ、冒険者を主体とした私設軍じゃあ、宮廷内に抵抗勢力が大きくてな。それで表向きは神殿からの神殿兵が中心ということにさせてもらった。それはスクルズを通じて話はついている。だが、あくまでも表向きだ。できあがってしまえば、誰に王女騎士を任命するかは、イザベラ姫様の裁可になる。ごっそりと特権保持者の冒険者を増やせばいい」

 

 ロウは言った。

 

「とにかく、あの至宝だけは手放せません。ギルドの宝物なのよ」

 

 ミランダは言った。

 ロウが要求しているのは、最後の抵抗勢力を説得する必要があるので、ギルドの宝物を渡せということだった。

 それはかつて古代神殿から発見された七つの宝石が組み合わさった首飾りであり、ギルドとして大切に管理してきた宝物である。

 ロウが言及するとおり、魔道具としての価値はないが、宝物としての価値は計り知れない。

 それを工作用の贈答物として渡せという。

 

「じゃあ、貸すだけだ。そのうち取り返してやる。首飾りはきっかけにするだけだ。目的は、その女をたらしこむことなんだ。その女をたらしこんだら、次は姫様の経済基盤の確保のための工作の見せ剣にも使う。いいから貸せって」

 

 よくわからないがロウは、私設軍創設について、王女騎士という発想のみではなく、王女の独自の経済基盤の確保の方策も別に考えている気配である。

 それは、まだ方法を教えてもらっていないが、それにも場合によって、ロウの求める秘宝を使うかもしれないという。

 しかし、なんと言われようと、絶対にギルドの秘宝を譲るなどとんでもない。

 

「とにかく、駄目──。駄目ったら、駄目──」

 

 ミランダは断固として言った。

 すると、ロウがにやりと笑った。

 ミランダはその表情に思わず怯えてしまった。

 ロウがあんた表情をするときには、必ず激しい仕置きが待っている。

 ミランダはぞっとした。

 

「なあ、ミランダ、俺は真摯なお願いをしているつもりだぜ。ギルドとしても、まったく損のない話だ。冒険者に貴族待遇の特権を確保することはミランダの長年の望みだったんだろう?」

 

「そりゃあ、そうだけど……」

 

 ミランダは言葉に窮した。

 すると、ロウが立ちあがり、あの不思議な粘性の物体をその場に出して、巨大なかごの球体を作った。

 なんだろう、これ……?

 ミランダは訝しんだ。

 

「ちょっと、遊ぼうぜ、ミランダ。話は運動の後にしようか。かつては冒険者として、伝説とまで称されたミランダだ。さぞや素晴らしい運動能力を保持しているんだろうな。少し、それを見せてくれよ」

 

 ロウが意味ありげに微笑んだ。

 そして、粘性の物質による骨組みの球体をミランダに向かってぽんと押す。

 

「きゃあ」

 

 逃げることはできなかった。

 ミランダの背丈の倍ほどもある大きさの球体は、ミランダにぶつかると骨組みを開いて内部にミランダを取り込んでしまった。

 しかも、瞬時に、足首の粘性体が球体の内側にミランダの両脚を固定した。

 さらに両腕の粘性体もいったん拘束を解き、ミランダの両腕を上方に引きあげた体勢で拘束し直した。

 あっという間に、ミランダは身体を包む大きな球体の内側に両手両足を開いて拘束されたかたちになった。

 こうなるとミランダにはどうしようもない。

 

 ロウの不思議な拘束具は、どれもこれも、ミランダ程度の魔道の力では歯が立たない。

 そういう意味では、ロウは上級魔術遣い並みの力を持っているといえるだろう。

 

「な、なにをするつもりなのよ、ロウ──。そんなことをしても、あの宝物は渡せないわよ」

 

「そんなことはなにも言ってないだろう。ミランダの運動能力を見たいと言っているだけさ……。それよりも、ミランダ、三半規管(さんはんきかん)って知っているか?」

 

「さんはんきかん……? さ、さあ……?」

 

 わからない。

 ただ、ロウはにやにやと笑っている。

 いやな感じだ。

 

「三半規管というのは、人間の耳の中に存在する器官であり、身体の平衡感覚を司る場所だ。その三半規管があるおかげで身体の軸を保持できる。だが、それを意図的に狂わせると……」

 

 ロウが呟くように言った。

 

「うわっ」

 

 次の瞬間、ミランダは叫んでしまった。

 突然に目の前がぐるぐると回りだしたのだ。

 同時に吐気も襲ってきた。

 

「……こんな感じになる。三半規管を一時的に狂わせられると、それだけで激しい拷問を受けているのと同じ状況になる。その状況で本当にぐるぐると身体を回転させられるとどうなるか……。さあ、どれくらいの時間耐えられるかな、ミランダ」

 

 ロウが愉しそうに笑って、ミランダを拘束している球体をどんと押した。

 ミランダはたちまちに襲った目まいと吐気に悲鳴をあげた。

 

「運動のあいだ退屈しないように、触手で遊んでもくれ。すごいだろう。ミランダ、こんなこともできるようになったんだぞ」

 

 ロウがそう言った。

 すると回転を続けるミランダの股間に長細いものが襲ってきた。

 すでに回転は、ミランダに身体がばらばらになるような苦痛を与えている。

 そのうえに、股間を責められるというのは苛酷すぎる責めだ。

 

「や、やめて、ロウ──。お願いだから──」

 

 ミランダは絶叫した。

 しかし、ロウは酷薄そうな笑い声をあげるだけだ。

 まるで蹴鞠でもするように、ミランダを包んでいる球体の外面を壁に蹴って、さらに激しい回転を与えた。

 そして、回り続ける。

 

「うああっ、ああっ、あっ」

 

 ミランダは斜めから逆さまになっていく部屋を見ながら、すでに力など入らない身体に、無理矢理に力を注いで身体を包んでいる球体の回転に対処した。

 力を入れざるを得ないのだ。

 身体が球体の内側で四肢の先だけで固定されているので、力を入れて姿勢を保持しないと、背骨や首が折れるような激痛が走る。手首はもちろん、肩から腕がもげ落ちていくのではないかというような負担だ。

 ミランダは、ただ球体に入れられて回されるというのがこんなにつらいものとは思わなかった。

 

 さすがは、鬼畜趣味のロウだ。

 考えることがなかなかにいやらしい。

 しかも、ミランダの視界は、“さんはんきかん”とかいう器官をなんらかの手段で無力化することで、ぐるぐると回っている。

 激しい嘔吐感もある。

 それなのに、股間に挿入されている触手の先の淫具が容赦なくミランダの快感を増幅させている。

 

 回転による身体の苦痛──。

 平衡感覚を狂わせられたことによる目まいと嘔吐感──。

 そして、股間に責められる異物による快楽──。

 この三つに同時に対処しなければならない……。

 しかし、実際には、その三つのどれにもうまく対処できない──。

 

 ミランダは身体の激痛と目まいと嘔吐と、さらに全身を包み込む快楽の疼きに苛まれ泣き声をあげていた。

 

「あはあっ、も、もうやめてえっ──。あっ、ああっ、あはああっ」

 

 なにか激しいものがミランダを一瞬にして貫いた。

 どうやら股間の触手のおかげで達してしまったのだとわかったのは、頭を下にしていた身体が斜め横に転がりだしたときだ。

 いや、それさえもわからない。

 回転をする前からすでに平衡感覚がなくなり、どっちが下で、どっちが上だというのもわからないのだ。

 

「なかなか、頑張るなあ──。もう少し回るか、ミランダ。ミランダのそんな悲鳴を聞けるなら、ますます苛めたくなる」

 

 ロウが愉しそうに球体を押すのが辛うじてわかった。

 やめて──、とも口にする余裕はなかった。

 身体が上下斜めのどこを向いているのかわからないが、全身に激痛が走るので、それが少しでも楽な状態にするのに必死だった。

 回転はどの方角にもやってくる可能性があった。

 それを予期して、力を入れる部位を変えて対処しなければならないのに、平衡感覚が狂っているためにそれができない。

 だから、ミランダはまず激痛を受けて、それを小さくするために力を全力で注ぐ。

 

 それを繰り返さなければならない。

 だが、回転により一瞬後に力を入れなければならない場所は変化する。

 従って、新しい激痛でミランダは全身の筋肉を総動員して対処する。

 延々とそれをやるのだ。

 しかも、股間を容赦なく責められながら……。

 ミランダはわけもわからず、さらに二度目の昇天をしていた。

 回転と目まいに対応しながら、股間への悪戯に備えるのは不可能だ。

 だから、簡単に達してしまうのだ。

 

「絶頂したり、悲鳴をあげたり、忙しいな、ミランダ。なにか言いたいことはないか? あっ、別にこれは、さっきの真摯なお願いには関係ないんだが、もしかしたら、考え直す気になったかもしれないと思ってるんだけど」

 

 ロウが球体の外側から声をかけてきた。

 どうやら、球体は止まっているようだ。

 しかし、自分が床に対して、どっちを向いているのかわからない。

 ロウの姿は二重三重になっていて、しかも大きく回転しながら揺れている。

 激しい嘔吐感がまた襲った。

 快感と嘔吐──。

 こんなものを同時に味わうのは初めてだ。

 

「はあ、はあ、はあ……も、もうやめて……」

 

 ミランダは声を絞り出しながら言った。

 

「残念だなあ。それは俺の欲しい答えじゃないようだ。もう少し回ってくれよ」

 

 球体が再び回転を始めた。

 ミランダは全身を強張らせた。

 背骨が砕けるような感覚を味わいながら、球体に包まれたまま部屋を三周、四周と回らせられた。

 どんなに余力が残っていなくても、刻々と変化する回転は必然的に、ミランダから力の余力を奪い取っていく。

 四肢がばらばらになるような苦痛の中でまたもや快感の波が襲ってきた。 

 

「ふあああっ」

 

 ミランダは泣きながら達していた。

 それでも休息などない。

 力などもう入るはずもないのに、苛酷な現実は回転によりミランダから力を奪い取る。そうしなければ、怖ろしいような激痛が走るのだ。

 

 もう駄目だ──。

 

 ミランダは思った。

 これは弱気でもなんでもない。

 長く冒険者として、あらゆる修羅場を潜り抜けてきたミランダの経験に裏付けされた実感だ。

 しかし、怖ろしいのは、球体の回転はミランダが限界だと悟った状況から、さらに力を奪い取っていくことだ。

 回り続けることで、ミランダはだんだんと激痛さえも感じることができなくなっていた。

 意識はかすみ、激しく回転していた視界もぼんやりとして霧に包まれた光景に変化していた。

 おそらく、苛酷な回転拷問がミランダの思考を停止させたのだと思う。

 それでも、球体の内側に吊るされて回ることで、意識とは無関係に身体は全身の各所に力を送り続ける。

 そうしなければならない。

 

 もう一度、回転を止められて、なにかをロウに訊ねられた。

 一体全体、何十周回転させられたのだろう?

 とにかく、なにを代償にしてもいいから、もう勘弁して欲しい。

 思ったのはそれだけのはずだった。

 至宝の宝石のことなど、もはや考慮するに値するとも感じられなかった。

 

 だが、そのとき、自分がなにを答えたのかミランダはわからない。

 確実なのは、三度目の回転が始まったことだった。

 ミランダは泣き叫んだ。

 その回転のあいだ、ミランダは二度気をやったと思う。

 

 四度目はなかった。

 ミランダは、なんでもいうことをきく、という趣旨のことを口にしたと思う。

 気がつくと、ミランダは床に投げだされて、うつ伏せに寝ていた。

 ミランダに容赦のない拷問を与えていた球体も股間に挿入されていた触手のようなものも一切が消滅している。

 

「頑張ったな、ミランダ。平衡感覚を戻してやるよ」

 

 ロウが言った。

 しかし、なにかが戻ったという感覚はない。

 相変わらず目は回っている。

 それでも嘔吐感だけは消えた気がする。

 そして、ロウが背中に覆いかぶさった……。

 

「あああっ」

 

 ミランダは大きな声を洩らした。

 ロウがミランダの背中に舌をつけ、吸盤で背中を吸い取るような感じで、唇をずらしてきたのだ。

 すでに何度も達しているミランダは、信じられないような速度で、ロウの舌の刺激で快感を四肢に染み渡らせてしまった。

 

「うわああっ」

 

 ミランダはわけもわからず叫んだ。

 今度は横腹から腰にかけて舌が動いた。

 そして、身体が仰向けにひっくり返される。

 腕が掴まれて、頭の方向にあげさせられた。

 なにをどうされても、もはや力は入らない。

 ただ、人形のようにロウに裸身を動かされるだけだ。

 

「いやああっ、あああっ、あぐううっ」

 

 脇をしゃぶられるように舐められ、それだけでミランダは昇天していた。

 それほどまでにミランダの身体の感覚は壊されていたのだ。

 こんなに簡単に達してしまう身体で、これから本格的なロウの責めを受ける……。

 もはや、それはミランダには恐怖しか与えなかった。

 

「さて、ミランダ、気を失うなよ。気を失えば、またさっきの回転だ。それがいやなら、どんなにいき狂っても、気絶だけはしないことだ」

 

 ロウが鬼畜な言葉を笑いながら言って、ミランダの両腿も抱えた。

 

「いやあっ──はあっ、はあああっ」

 

 次の瞬間には、もう深々とミランダの股間にはロウが入って来ていた。

 巨大な快楽の戦慄に襲われながら、このロウという男に、心の底から屈服する感情をミランダは感じていた。

 やはり、この男にはかなわないのだ。

 

 もう絶対に逆らえない……。

 

 その感情が全身を包み、そして、始まった律動でミランダはさっそく激しく絶頂していた。



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132 性奴隷たちの受難

「ううっ、んんっ」

「んっ」

 

 ふたりきりで自室でシャーラと向かい合わせに座っていたイザベラは、とっさに手を口に当てて、声が出るのを防いだ。

 股間に挿入されている淫具が動き出したのだ。

 シャーラも同じようにしている。

 口を押さえていない片手をシャーラに伸ばした。

 その手をシャーラが握り返してくる。

 ふたりでぎゅっと手を握って、束の間の淫具の翻弄に耐えた。

 だが、今度は呆気ないくらいに短い時間で淫具は静止した。振動もそんなに強いものではなかった気がする。

 しかし、この一箇月ですっかりと感じやすくなっているイザベラの身体は、それだけでもう十分すぎる刺激だった。

 

 ロウから、昨日から受けている快感調教だ。

 イザベラとシャーラは、いまそれぞれの装束の下に、同じ貞操帯を装着していた。

 一箇月ほど前に、初めてロウの調教を受けたときにはかされたものと同じような貞操帯だが、あのときには、貞操帯の内側に媚薬が塗ってあり、小さな突起が無数にあるというものだった。

 しかし、いま装着されているのは、突起だけでなく、ふたつの大小の張形もあり、それがイザベラの股間と尻穴を貫いている。

 それを嵌めていた。

 

 もちろん、張形だけでなく、敏感な肉芽にも別の小さな突起が当たっていて、容赦のない刺激をイザベラに与え続けてくる。

 しかも、それは特殊な魔道により、日に何度も前触れなく振動をするのだ。

 ロウに命じられているのは、これを装着して三日頑張れということだった。

 まだ、二日目だ。

 ロウに指示された期限には、まだ丸一日以上残っている。

 

 鍵はここにはない。

 それはロウが持っている。

 尿道口の部分には小さな穴が開いているので、そこから用を足すことはできるが、大きい方は不可能だ。

 それは次にロウに会ったときにさせてもらえることになっている。

 シャーラの股間に施されている「貞操帯」もイザベラと同じものだ。刺激の感覚も強弱もイザベラの者と完全に連動をしており、イザベラが股間に責められるときには、シャーラもまた。まったく同じ刺激をシャーラも味わうことになっている。

 つまり、イザベラとシャーラは、主従ふたりで同じ調教をロウから受けている最中ということだ。

 

「ひ、姫様……。や、やっぱり……これは無理では……。あ、明日には、陛下との面談があるのに……」

 

 シャーラが潤んだ眼をイザベラに向けた。

 

「だ、だが、ロウに命じられたのは明日の夜までだ。それまでは外すことはできん。命令だからな……。それよりも、父上との面談の日をずらせるか?」

 

「そ、それは……」

 

 しかしシャーラは困惑顔だ。

 理由のない面談日程の変更は、娘と父親の関係といえども難しいのかもしれない……。

 明日に予定されていた国王との面談というのは、一箇月前から持ちあがっていたイザベラの私設軍、つまり、王女騎士制度の導入のことだ。

 

 ロウの発案であり、後ろ盾や独自の力のないイザベラが政敵であるキシダインと張り合うために、確固たる力を確保してしまうための方策だ。

 それが、冒険者を主体にした私設警護団、つまり、私設軍であり、これによりイザベラは、一騎当千の強者を自分の自兵として、自由に王宮内に入れて警護任務に従事させることができるようになる。

 冒険者といえば、金で動く卑しい者という風評はあるが、一方で誰の力にも頼らない豪傑、女傑揃いで知られていて、それをイザベラが子飼いの警護員として保有するというのは、宮殿内のイザベラへの抵抗勢力に大きな影響を与えるのは間違いない。

 しかし、一介の王女のイザベラには、私軍を組織する金がない。

 だから、冒険者に与える報酬を削る代わりに、王女騎士という身分を創設して、彼らにそれを与えようというのだ。

 ロウは、それを実現しようとしてくれている。

 しかも、たった一箇月で、それが実現可能な状況になっていた。

 

 とにかく、ロウはよくやってくれている。

 最初に、ロウを取り込もうとしたとき、ここまで親身になってくれるとは思わなかったし、宮廷工作まで手伝ってくれるなど思いもよらなかった。

 しかし、実際には手伝うどころか、表に出ないだけで、ロウが主体だ。しかも、イザベラもそうだが、シャーラはもちろん、スクルズ、ベルズという宮殿にも影響力を持つ筆頭巫女たちや冒険者ギルドのミランダがロウの手足となって動く。

 彼女たちは、全員がロウの女たちなのだ。

 また、ロウは、こっそりと垣間見るだけでも、工作すべき相手の為人(ひととなり)がある程度わかるらしく、また、自分の女たちやミランダを使って情報を取り、誰にどのような工作をすれば、思い通りになるかということを的確に指示する。

 実に勘がいいのだ。

 

 そのおかげで、この一箇月で思いがけずも主要貴族への工作が進み、王女騎士などという驚くべき施策が一気に現実味を帯びてきた。

 これが実現できれば、イザベラ自身が自由に自分の騎士を指名できることになり、イザベラにとっては、初めての権力らしい権力だ。

 しかも、ロウは詳細は説明しようとしないが、イザベラの経済基盤の充実も別に考えてやると言っている。

 シャーラを除けば、イザベラとしては、こんなに頼もしい味方はなかった。

 急な事態の好転には、ロウには大いに感謝しているし、期待もしている。

 

 そんな機運になってきているのだが、肝心のルードルフ王がこれに応諾してない。

 イザベラ自身も何度か国王に嘆願していたが、それでも、明確な認可はおりていない。

 そうかといって、国王も頭ごなしに反対するわけでもなく、また、断固として拒絶もされているわけでもない。つまりは、とにかく煮えきらないのだ。

 

 それで、明日には、それをまた願い出ることを予定していた。

 ロウについては、国王について少し調べた末に、あんな男になにを工作しても無駄だと一蹴しただけで、国王工作についての指示はない。

 イザベラが、せめて自分が国王工作をやろうと申し出るも、やらなくてもいいけど、やりたいならやればという態度だった。

 だけど、イザベラはやろうと思う。

 自分のことなのに、ロウになにもかも頼りきりになるわけにはいかないのだ。

 

 とにかく、これまでの感触としては、国王自身はイザベラが後ろ盾となる力を得ることに、明確に反対ではないようだ。

 だが、それに反論している勢力がいて躊躇している感じだ。

 その筆頭が王妃のアネルザだ。

 

 王妃工作については、逆にロウは乗り気であり、王妃こそが、貴族界の多数派を握っていることをロウは指摘しており、キシダイン派の強みは、実子のアンを妻にしていることで、王妃を抱え込んでいることであり、王妃さえ引き込めば、貴族界の多数派だけではなく、国王さえも、イザベラ派に塗り替えられると、そっちの王妃工作については自ら乗り出すくらいに意気込んでいる。

 もっとも、なにをしようとしているかは知らされてはいない。

 

 いずれにしても、イザベラはイザベラで、国王のルードルフに、もう一度嘆願をしようと思っている。

 なんだかんだで、イザベラは、ルードルフ王の実の娘だ。

 国王に、イザベラほどに近い人間は、ほかにないのだ。

 

 しかし、昨日のことだが、ロウに呼び出されて、ロウの屋敷に赴いて抱いてもらったあとで、シャーラともども、この張形付きの貞操帯を嵌められてしまった。

 ロウとしては、一連の宮廷工作については、順調に進んでいるという認識があるようであり、その余裕がこういう悪戯を思いつかせるらしい。

 とにかく、もはや、ロウのすることには逆らえず、イザベラもシャーラも、この貞操帯を受け入れてしまった。

 約束は、明日の夜までだ。

 

 だが、国王との面談は明日である。

 いつ振動するかわからないような淫具付きの貞操帯を装着した状態では、まかり間違えば、国王の面談の最中によがってしまうかもしれない。

 だから、面談を翌々日以降に伸ばせとシャーラに言ったのだ。

 

「陛下の予定を理由なく、変えるのはちょっと……。じ、実は、一度はロウ様には、陛下との面談の予定があることは伝えたのです……。でも、ロウ様は優柔不断の王では、何度嘆願しても無駄だし、意味はないと言われただけで……。とても貞操帯のことを申し出る感じじゃなく……。だけど、姫様が直接に頼まれれば、あるいは……」

 

 すると、シャーラが言った。

 そのときだった、

 

「ああっ、はっ」

「うくうっ……」

 

 次の瞬間、イザベラとシャーラは同時に悲鳴をあげていた。

 始まったのだ。

 張形が動き出すのがどういう間隔なのか、まったく予想はつかない。

 これまでも一ノスに一回のときもあれば、二ノス以上の間隔が開くこともある。あるいは、一ノスのあいだに三回も振動することだってあった。

 振動の長さだってまちまちであり、永遠と動くのかと思うほどに長いこともあれば、あっという間に終わることもある。

 声を耐えるのも不可能なくらいに強い振動のときもあるのに対して、かすかな振動だけのときもある。振動の強さも途中で変化することも珍しくない。

 朝かもしれないし、夜かもしれない。寝ているときだってある。

 

 いつどういう間隔と強さで動くのかは、装着したロウにも予想がつかないようになっているらしく、なにをしているかに関係なく、イザベラは敏感な股間を淫具で翻弄されるということを続けさせられている。

 備えることさえ不可能だ。

 こうなると、もう股間に襲うかもしれない振動のことしか考えられない。

 ロウの淫具で追い詰められている。

 それがわかる。

 しかし、それは心地よい気持ちだ。

 それはシャーラも同じだろう。

 

「んんんんっ」

 

 シャーラが机を掴んで小刻みにぶるぶると震えた。

 どうやら達したようだ。

 イザベラも昇天しそうになったが、その直前に振動は停止してしまった。

 いき遅れたという口惜しさのような感覚が襲う。

 最後までいけなかったイザベラには、中途半端な火照りだけが残り、焦らし責めを受け続けているような感じだ。

 実際のところ、股間の振動は長い時間であることは少ないので、絶頂までいきつくことはほとんどない。

 イザベラは、シャーラをうらやましく思った。

 

「ず、狡いぞ、シャーラ──。お前だけ」

 

 イザベラは苦笑して、そう言ったが、半分は本気の感情だ。

 シャーラは赤い顔をした。

 

「い、いずれにしましても、こんなのは無理です……。明日の陛下との面談をやめないとなれば、ロウ様のところに行きましょう。姫様だけでも外してもらわないと……。さすがに、姫様が頼めば、ロウ様でも調教を続行なさろうとはしないと思います」

 

「な、ならんわ──。ならば、お前だけがロウに褒められ、わたしはロウの命令に従えなかったことになる。わたしが外すのであれば、お前も外せ」

 

 イザベラは言った。

 シャーラは少し考えるような表情になったが小さく首を横に振った。

 

「わ、わたしはできるだけ、ロウ様の命令に従いたいのです……」

 

 小さな声で言った。

 やはり、シャーラもすべてのことに対して、ロウの命令を優先する心境になっているようだ。

 イザベラはシャーラにこれまで以上の親しみのようなものを感じた。

 

「あっ、いやっ」

「はううっ、さ、三度も続けてなんて……」

 

 すると、いきなり前後の張形の振動が再開した。

 イザベラとシャーラは、思わず、お互いに抱きつくようにして、そろって、上体をぐんと伸ばして、全身を小刻みに震わせてしまった。

 

 

 *

 

 

「空を飛ぶ機械? 世界の裏側と瞬時に会話のできる通信具? 驚いたな。ロウの故郷はエルニア王国に匹敵する魔道王国なのか?」

 

 シャングリアが感心したような声をあげた。

 幽霊屋敷と呼ばれるエリカたちが暮らしている屋敷だ。

 エリカは、シャングリアとコゼとともに屋敷の広間に集まり、他愛のない会話を愉しんでいたところだ。

 

 ロウは、ミランダとともに、しばらく地下にこもっていたが、やがて、疲れた様子のミランダと外に出掛けていった。

 よくはわからないが、ロウがいまやろうとしている宮廷工作に必要とかで、冒険者ギルドの宝物を借り受けようということのようだ。

 ロウは、新しくロウの女に加わったイザベラ王女のために私設軍を創設するという仕事にかかりきりであり、それでこの一箇月動き回っている。

 

 エリカたちも、ロウの指示のまま、さまざまな活動をしている。

 もっぱら、変装して宮廷や上級貴族の屋敷に入り込み、さまざまな噂話や高官同士の会話を盗んできたり、宮廷の会議記録や金の動きなどを探ってくる仕事であり、それをロウに伝え、ロウがそれを意味のある情報に直すということをしている。

 そして、次にどんな情報資料を集めればいいのかの指示を受けるのだ。

 この繰り返しだ。

 

 この一箇月で、ロウはイザベラ王女自身やスクルズたちも使って、貴族たちへの宮廷工作ということをしているが、次の狙いが王妃工作だということはエリカも認識している。

 ロウに言わせれば、簡単に落とすことが可能で、落とすことでもっとも大きな成果を得ることができるそうだ。

 王妃アネルザをイザベラの味方に引き入れることに成功すれば、一気にイザベラ派は、キシダイン派に逆転するとまで言っている。

 ロウが、ミランダから、ギルドの至宝と呼ばれる宝物を借りるのも、その一環のようだ。

 正直、この宮廷工作については、エリカにはついていけない。

 エリカは、ただ言われたことをすることしかできない。

 

 そんなこんなで、この一箇月はまったく冒険者としてのクエストは受けていないのだが、むしろ忙しい日々を送っている。

 それでも男女の営みに関することでは、ロウは手を抜かないし、どんなに女が増えてもロウはちゃんとエリカたちを満足させてくれる。

 その辺りに不満はない。

 

 それはともかく、いま雑談をしていたのは、ロウの故郷がどんな世界かということだ。

 ロウが、外界人であり、そのときの影響で魔眼と淫魔師の能力を開眼させたというのは、コゼもシャングリアももう知っているが、ただ、ロウの故郷である異世界というのが、どんな世界だったのかということを具体的には語ったことはなかった。

 それで話してきかせていたのだ。

 別段、エリカがロウから、それについて根掘り葉掘り聞いたことがあるわけじゃないが、もともと、アスカ城にいたエリカは、アスカが召喚したたくさんの外界人のことを知っているし、ロウ自身からも故郷の話は聞いている。

 その知識を披露しただけだ。

 だが、それはシャングリアやコゼにとって、想像以上の驚きだったようだ。

 ふたりとも、感嘆した表情だ。

 

「違うわよ。魔道じゃないのよ。だって、ロウ様は魔道遣いじゃないでしょう。ロウ様の世界は、魔道のようなことを魔道なしでするのよ。さっき言った空を飛ぶ機械というのは、“ひこうき”と呼ぶのだそうよ。通信をする機械は“でんわ”ね。ロウ様の世界では、誰もがその“でんわ”を持ち歩いていて、必要なときに遠い国の人と普通に話をするのだそうよ。それだけじゃなく、その“でんわ”でその場所の光景も覗くことができるんだって」

 

 エリカは説明した。

 

「ご主人様もそれができるの?」

 

 コゼが不思議そうな表情をした。

 

「違うって、コゼ。ロウ様ができるとか、できないとかじゃなくて、それをする機械があるんだそうよ。ロウ様もその機械は持って来ていたと思うわ……。あれっ、でも、その機械は“でんわ”じゃなくて、“すまほ”とか“けえたい”と呼んでいたかも。いずれにしても、ロウ様がアスカ城に召喚されたときに、その機械は使えなくなっていて、壊れていたみたい。アスカ様が処分しちゃったと思うし」

 

「まあ、とにかく、ロウはそんなすごい世界にいたのだな。わたしには想像はできん。ただ、だったら、ロウからすれば、この世界はすごく未開の世界に感じるのじゃないか」

 

「さあ、わからないわね。外界人の中には、この世界は現実ではないとか、なにか想像の中の世界であるとか主張する者もいたわね……。いままでの世界から離されたことで、毀れてしまう者も少なくなかった。ロウ様は、そんなことはなくて、すぐにこの世界に溶け込んだ感じだったけど」

 

 エリカはロウとの最初の出会いと思い出しながら言った。

 もっとも、あれは溶け込むとか、溶け込まないとかいう感じでもなかったかもしれない。ただただ、必死になって、ふたりであのアスカから逃げようとしただけだ。

 まあ、公平に見て、ロウは優しかったし、落ち着いていたと思う。

 コゼたちに言ったとおり、召喚された外界人の多くは、自分の世界から突然に引き離されたことで、自暴自棄になったり、絶望して心を閉ざす者も少なくない。

 これは現実のものではないのだと主張して自殺さえする。

 そういうことを防ぐのも、召喚師の大切な役割だった。

 ただ、エリカが召喚師として仕事をしたのは、ロウただひとりであり、召喚師としての仕事をする機会も、あのときのみだ。

 

 いずれにしても、ロウは、あの強力な力を持ったアスカに屈服せず、アスカに逆らって逃亡しようとした。

 実際のところ、アスカに三日も拷問されて、屈しない外界人などほとんどいない。

 そういう意味では、ロウは最初から強い心を持っていたといえる。

 

「まあしかし、ロウがわたしたちの世界とはまったく違うようなところからやって来たというのはわかった。だったら寂しいだろうな。せめて、わたしたちの存在が、その寂しさを紛らわしてくれているといいのだがな」

 

 シャングリアが言った。

 

「寂しい? でも、そんな気配まったくないわよ、ご主人様には」

 

 コゼが含み笑いをするような顔で言った。

 考えてみれば、そうかもしれない。

 エリカも思った。

 ロウには、なにかをしないという時間はほとんどない気もする。

 暇さえあれば、エリカたちを愛してくれるし、次から次へと趣向に凝った“ぷれい”とやらをする。

 まあ、少なくとも退屈はしてないようだ。

 ロウが女好きでいてくれてよかったのかもしれない。

 

「……まあ、わたしたちの存在が、ロウ様の心をお慰めしているのは確かでしょうね」

 

 エリカは言った。

 

「おう、だったら、これからも張り切ってロウに調教されるぞ。ロウはわたしたちを調教するのが好きだからな」

 

「あんたは、自分が調教されるのが好きなんでしょう」

 

 コゼがシャングリアにからかうような言葉をかけた。

 

「もちろん、好きだ。だが、誰も彼もというわけじゃないぞ。ロウだからだ。とにかく、ロウの女になってから毎日が愉しい。そりゃあ、恥ずかしいこともあるし、つらいこともあるが、総じて言えば、愉しい。この言葉に尽きる。ロウの調教は愉しい」

 

「まあ、あんたらしいわね。マゾっ子女騎士殿だものね」

 

 コゼが笑った。

 そのとき、三人の前に屋敷妖精のシルキーが出現した。

 

「旦那様がお戻りになられたようです。ミランダ様もご一緒です」

 

 シルキーが言った。

 ロウとミランダが出ていってから、すでに半日以上はすぎている。

 外はすっかりと夜だ。

 エリカたちはロウを出迎えるためにこの広間の隅にある屋敷の玄関に向かった。

 

「おかえりなさい、ロウ様」

「おかえり、ロウ」

「おかえりなさい、ご主人様……。あれっ、ミランダ、どうしたんです、それ?」

 

 コゼがロウと一緒に戻ってきたミランダに声をかけた。

 エリカも視線をミランダに向けた。

 ミランダの首には、小さな紫色の石のついた銀鎖の首飾りがあって、それが乳房の谷間の上にある。

 

「こ、これは……」

 

 すると、ミランダが恥ずかしそうに石を手で隠した。

 だが、出ていくときとうって変わって、ものすごく上機嫌だ。

 我慢している笑みがどうしても顔に出てしまうという感じだ。

 エリカは、なんとなくミランダがにこにことしている理由がわかった。

 

「ロウ様に買ってもらったのですか、ミランダ?」

 

 エリカは言った。

 

「な、なに?」

「そうなの?」

 

 シャングリアとコゼも声をあげた。

 

「いいから、向こう行け、お前たち。ミランダは、俺の申し出に従って、機嫌よくギルドの至宝を俺に委ねてくれたからな。そのお礼だ。お前たちにも贈り物があるから心配するな」

 

 ロウが笑って、エリカたちを長椅子のある場所に促す。

 

「委ねてないわ。勝手なことを言わないのよ。最終的には賭けということになったでしょう」

 

 ミランダが声をあげる。

 エリカは首を傾げた。

 

「委ねたも同じだ。賭けは勝つ」

 

 ロウがにっこりと微笑んだ。

 

「旦那様、お食事は?」

 

 そのとき、シルキーが声をかけた。

 すでにいつもの食事の時間はすぎている。

 エリカたちは、先に食べているようにということだったので、すでに済ませている。

 

「外でミランダと済ませてきた。ありがとう、シルキー」

 

「では、御用があれば声をおかけください」

 

 シルキーがさっと姿を消す。

 それを聞いてエリカは、ミランダはロウと夕食をふたりきりでとったのだと思った。

 ふと見ると、ミランダの顔がほんのりと赤い。おそらく、お酒も飲んだのだろう。

 ロウはかなりの手酷い「説得」をミランダにした気配なので、その罪滅ぼしというわけだろうが、エリカはちょっとだけミランダが羨ましくなった。

 考えてみれば、ロウと一対一で出かけることなど、最近では滅多になくなった。

 

「ロウ、わたしたちにも、なにかをくれると言ったか?」

 

 席に着くとシャングリアがまずは口を開いた。

 シャングリアは向かいの長椅子にミランダと座っている。

 エリカはロウの右隣だ。

 コゼは反対側にいる。

 このコゼは、なにかとすばしっこくて、いつもいつも、気がつくとしっかりとロウの隣の席を確保してしまっている。

 だから、エリカも必死だ。

 今回はなんとか反対側の位置を守ることができた。

 エリカは、ぴったりとロウにくっつくコゼに負けじとばかりにロウに密着した。

 

「ああ、待ってくれ」

 

 ロウが空中から荷を出す仕草をした。

 サキと出逢うことで、ロウが開眼した「亜空間術」だ。ロウは亜空間を自分とともに移動することが可能になって、最近ではそこに大抵のものを収納して、自在に取り出すということをするようになった。

 つまりは、亜空間を「鞄」代わりに使うのだが、今回も、その方法で贖ったものを運んで来たようだ。

 また、ここまではスクルズなども収納術の魔道で同じことを駆使するが、ロウの亜空間術がそれと異なるのは、ロウの亜空間術は、人までもその中に収容することができることだ。

 しかも、ロウ自身までも、ロウは亜空間に入れることができる。

 エリカも、実験ということで、ロウと一緒に亜空間に入った。なにもない真っ白な空間だが、まあ、やることはできる。

 そして、散々に遊んだ挙句、現実空間に戻ると、ほとんど時間が経っていなかったりしたのだ。これについては、サキの駆使する仮想空間術と同じであり、エリカもびっくりしたものだった。

 

「これだ」

 

 ロウが目の前の卓に木箱を出現させる。

 箱が開く。

 木箱の中にはさらに小箱があり、それが十個あった。

 

「エリカ、まずはお前だ。俺の前に立て」

 

 ロウが言った。

 エリカが言われたとおりにすると、ロウが小箱をひとつ取り出して蓋を開けた。

 

「うわあ……」

 

 目の前に示された中身を覗いて、エリカは思わず声をあげてしまった。

 中には短い数本の細い帯が入っていた。

 五本の帯はすべて色が違う。

 赤、青、黄、緑、そして、銀地だ。

 しかも、金糸で美しい模様が編み込んであり、さらに、細い紐の表面にたくさんの小さな宝石が埋め込まれてもいる。

 一見して高価なものとわかる。

 

「ひと揃いのアンクレット、ブレスレット、そして、チョーカーだ。つまり、足首と手首と首を飾る装飾具だな。いつも世話になっているみんなへの贈り物だ」

 

「へえ……」

「えっ……」

 

 ロウの言葉にシャングリアとコゼも驚きの声をあげた。

 エリカも意外に思った。

 ロウが装飾具を贈ってくれるなんて珍しいこともあるものだ。

 いや、もしかしたら初めてかもしれない……。

 記憶する限り、ロウは露出の多い破廉恥な服を贈ることはあっても、装飾具を買ってくれたことはないと思う。

 しかも、これはとても綺麗だし、趣味もいい。

 エリカは感嘆した。

 

 ロウがエリカの前に跪き、足首に色違いのアンクレットを巻いていく。

 次に手首。

 そして、首だ。

 

「き、綺麗です、ロウ様。あ、ありがとうございます」

 

 手首と足首に巻かれた布の紐を眺めて、エリカはうっとりとしてしまった。

 こんなにきれいな装飾具を身に着けるのは生まれて初めてだと思う。

 

「その顔は気にいってくれたようだな。似合うぞ、エリカ」

 

 ロウがにっこりと笑った。

 

「は、はい。あ、ありがとうございます」

 

 エリカは元気よく声をあげて、二度目のお礼を言った。

 

「次はコゼだ」

 

「は、はい」

 

 ロウはエリカに装着を終えると、コゼに声をかけた。

 コゼもエリカと同じようにロウに五個の宝石と金糸を編み込んだ布の帯をつけられる。

 コゼも当惑した表情だが、やはり嬉しそうだ。

 

 そして、シャングリア──。

 三人の四肢の先と首に装飾具を着け終わると、ロウはシルキーも呼び出した。

 

「わたくしめにもですか、旦那様。ありがとうございます……。おやっ……?」

 

 シルキーもにこにことしていたが、ちょっとだけ眉をあげた。

 エリカはそれに気がついた。

 どうかしたのだろうか?

 

「みんなにはあるのに、ミランダの分はないのか、ロウ?」

 

 そのとき、シャングリアがロウに声をかけた。

 シルキーに装飾具をつけ終わったロウが、ミランダにそれを渡す様子もなく椅子に座り直したからだ。

 

「あたしは断ったわ。どうせ、そんな魔道の拘束具を始終装着して歩くなんてできないし、また、この鬼畜男の玩具にされるだけだしね。だから、このごく普通の首飾りを強請ったのよ。とにかく、あんたたち、その五本の飾り紐は大した値打ち物には違いないわよ。ロウはこのあいだの闇魔道士ザーラを捕らえた褒賞金を全部つぎ込んだようだから」

 

 ミランダが含み笑いをしながら言った。

 

「拘束具?」

 

 コゼも不審そうな声をあげる。

 

「まあ、綺麗な装飾具の贈り物をしたいと思ったのは真摯な気持ちだ。俺の淫魔力を刻んだのは洒落だがな。いずれにせよ、俺が淫魔力を注がない限り、ただの飾りだ。気にするな」

 

「えっ? これって、やっぱりなにか仕掛けがあるんですか?」

 

 エリカはロウに訊ねた。

 

「まあな。説明するよりも見せてやる……」

 

「わっ」

 

 エリカは声をあげた。

 ロウの言葉が終わると同時に、突然に右手首と左手首、左手首と右足首が引き合ったのだ。

 手首と足首に巻いてあるアンクレットとブレスレットによるもののようだが、まるで抵抗できない。

 エリカの手足は身体の前で交差するように、左右の足首にそれぞれ反対側の手首が密着してしまった。

 当然に、エリカは身体の前で脚を開いてひっくり返ることになる。

 エリカはスカートをまくりあげた格好で、その場に倒れた。

 

「まあ、こういうことだ。五個の布帯は、いつでも好きなときに好きな組み合わせで拘束ができる。言っておくが、もう俺でなければ外せないぞ。だけど、装着しっ放しでも、布も肌も清潔に保てるように魔道も刻んでもらっている。心配するな」

 

「し、心配するなって……。ロ、ロウ様」

 

 エリカは股を開いて上を向いた恥ずかしい恰好をなんとかしようともがいた。

 だが、ただの柔らかそうな布なのに、まるで金属の枷を嵌められたかのようにしっかりとしているし、手足も離れない。

 ロウはエリカの前に身体をしゃがませると、エリカの捲れているスカートの中に手を伸ばした。

 

 このところ、エリカたち三人はロウが考えた──というよりは、ロウの前の世界の女が普通にはいている下着だと聞かされたが──横を紐で結んで身に着ける布片のような下着を身に着けている。

 ロウはあっさりと紐を解くと、エリカの股間をむき出しにしてしまった。

 そして、指をエリカの股間に這わせ始める。

 

「あっ、ああっ、ロ、ロウ様……ああっ」

 

 エリカはたちまちに声をあげさせられた。

 ロウはエリカの尻穴に指を挿し込んでエリカを身動きできないようにして、さらに反対の手で股間を弄び始めたのだ。

 あっという間に、怖ろしいほどの量の快感の波がエリカを襲う。

 

「こうやって、お前たちが、俺に好きなときに遊ばれる仕掛けということだ」

 

 ロウが笑いながら、エリカの股間を愛撫していた手で自分のズボンを緩めた。

 しかし、もう一方の指はしっかりとエリカの尻穴に埋もれたままだ。

 おそらく、指先に潤滑油のようなものも浮きあがらせているのだと思う。

 媚薬も混じっているのかもしれない。

 ただ挿し入れられているだけのお尻の穴からじんじんという疼きが拡がる。

 ロウの肉棒が股間に突き入れられた。

 

「あはあっ」

 

 大きな快感の衝撃で、エリカは声をあげてしまった。

 やっぱりロウは凄い。

 こんなにも簡単に快感に喘いでしまう自分の身体が信じられないが、それは事実だ。

 コゼとシャングリアとミランダの視線を感じる。

 彼女たちに見守られながら、自分だけがあられもない姿で犯されるというのはやはり恥ずかしい。

 

 しかし、容赦のないロウの律動が開始されると、もうそれさえも忘れた。

 ただただ気持ちよく、そして、気がつくと、もっと快感が欲しくてたまらなくなり、ロウの動きに合わせて腰を振っていた。

 ロウに貫かれてよがり声をあげる時間が続く。

 なにも考えられない。

 

「あはあ、うああっ、ああっ」

 

 やがて、エリカは大きな快感の波に包まれて、拘束されている身体をのけぞらせた。

 エリカは、あっという間に達してしまった。

 

「相変わらず、可愛いよがり方だ。精を放つぞ」

 

 ロウが嬉しそうに笑って、エリカの股間に精を注いだのがわかった。

 すると、再び唐突にエリカの四肢が自由になる。

 

「ああっ、ロウ様──」

 

 すかさずエリカはロウの身体にしがみついた。

 拘束されて一方的に犯されるのもいいが、達しながらロウに抱きつくのはもっと好きだ。

 エリカは全身を震わせながらさらに声をあげた。

 やがて、ゆっくりと衝撃が落ち着いてくる。

 エリカはやっとロウから手を離した。

 

「淫乱なエルフ女ね」

 

 コゼがからかいの言葉をかけてきた。

 

「ほ、放っておいてよ」

 

 ロウがエリカから離れたので、エリカは慌ててスカートを戻して、犯された股間を隠した。

 

「……ところで、ロウ、あんた、エリカたちに頼みごとがあるんじゃなかったの? 本当に、あんたにそんなことができるとは思わないけど、あんたが、さっきの言葉を実現できたのなら、約束通りにギルドの至宝を渡すわ。その代わり、あたしが賭けに勝ったら、もう二度と至宝のことは持ち出さないで──。いいわね」

 

 ミランダが声をかけてきた。

 賭け?

 どうやら、さっきも口にしていたが、ロウとミランダは、結局、ギルドの宝物について、賭けをした気配だ。

 

「ああ、さすがに俺も二言はない。約束は守る。しかし、ミランダも守れよ。俺が女たちの責めを我慢したら、ギルドの宝物は渡すんだ。まあ、問題ない。アネルザに手渡すのは、一時的なものだ。必ず、あとで取り返してやるから」

 

「賭けに勝ってから言うのね。まあ、いまの様子なら、絶対に無理だと思うけどね」

 

 ミランダが長椅子に腰かけたまま、呆れた顔で言った。

 やはり、賭けをしたのだ。

 ロウがミランダをこの屋敷の地下の調教室に連れ込んで、王妃工作に必要な宝物のことを「説得」したのは承知していたが、結論としては、それはふたりの賭けの結果ということになった気配である。

 

「一緒に、調教室に来てもいいんだぞ、ミランダ」

 

「結構よ。ここで待っているわ。だけど、おかしな技でエリカたちと口裏を合わせるのだけは駄目よ。インチキはしない。それは約束しなさい、ロウ」

 

「いいとも──。ミランダこそ、本当に賭けを忘れるなよ。絶対に約束したからな」

 

 ロウが微笑みながらミランダを睨んだ。

 その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。

 なんだろう……?

 

「ロウ、賭けとはなんなのだ? 王妃殿下工作のことだろう?」

 

 シャングリアがエリカと同じ疑問をロウにぶつけた。

 

「その通りだ、シャングリア。ミランダと賭けをしてな。ミランダは俺には務まらないというんだが、ちゃんとそういうこともできるなら、王妃工作に必要な宝物を貸すということになっている。とにかく、王妃と会うきっかけを作らないとならない。ギルドから宝物を借りるのは、その工作の一環なんだ」

 

「はあ……」

 

 シャングリアも生返事だ。

 王妃工作はいいが、エリカだって、賭けだのなんだのというのが釈然としない。

 まあ、イザベラ王女のための宮廷工作の鍵なのが、王妃のアネルザだというのは、すでにエリカたちも説明を受けた。

 王妃には、かなりの人脈もあり、国王にだって影響力を持つ。

 アネルザ王妃が味方になれば、王妃の人脈ごと、キシダイン派がイザベラ派に転向してくる。

 ロウの狙いはそれであり、ロウはおそらく、淫魔術で王妃を落とすつもりなのだと思う。

 

 そのためには、まずは会うきっかけを作らないとならないが、ロウはミランダに頼んで、冒険者ギルドの珍しい宝物を一時的に借りて、外国の商人にでも化けて、献上する場を作るのだと言っていた。

 だが、ミランダが嫌がったので、説得と称して、ミランダを地下に連れていっていた。

 どうやら、「賭け」の結果ということになったようだが……。

 

「とにかく、今夜は特別だ。三人で俺を調教するんだ。容赦なくいたぶれ。俺がお前たちの奴隷役ができるなら、このミランダは王妃工作に一枚も二枚も手を貸そうということになってな」

 

 ロウはそう言うと、いきなり次々に服を脱いで全裸になって、その場に正座をすると、床に手を着いてエリカたちに深々と土下座をした。

 エリカは呆気にとられた。

 

「どうか調教をお願いします、女王様方」

 

 ロウがちょっとお道化た口調で、頭を床に着けて言った。

 エリカは驚愕した。

 

「この鬼畜男が、自分の女の奴隷役ができるとは思わないけど、もしも、それができるなら、ギルドの宝物を貸すということになったのよ。まあ、こいつにはさっき酷い目にあったけど、たまには自分も同じ目に合うのであれば、あたしの溜飲も下がるというものよ……。というわけだがら、容赦なくやっつけてやって、みんな」

 

 ミランダがけらけらと笑った。



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133 攻守逆転の賭け

「どうか、調教をお願いします、女王様方……」

 

 全裸のロウが土下座をして床に頭をつけたまま言った。

 お道化た口調だが、冗談を言っているわけではないようだ。

 

「あ、あのう……。いま少し、状況が理解できないんですけど……」

 

 仕方なく言った。

 すると、ロウが顔をあげる。余裕たっぷりの表情でにこにことしている。

 

「だから、俺をお前たちが調教をするんだ。それがミランダとの賭けなんだ。俺が大人しく、お前たちの調教を受けられれば、ミランダはギルドの至宝を俺に渡すことになっているということだ。わかったら、早く、女王様をやってくれ」

 

「はあ……」

 

 また、おかしな賭けを交わしたものだと思ったが、それはともかく、いきなりロウを調教しろと言われても困ってしまう。

 エリカは、助けを求めるように、コゼとシャングリアに視線を向けた。

 しかし、ふたりは明らかに動揺しており、身体を硬直させている。

 コゼに至っては、なにか恐ろしいことでもあるかのように、少しずつ後ずさりしながら、シャングリアの背に隠れるような気配だ。

 

「いいからやるんだ。命令だ」

 

 今度は。ロウが苛立ったように床に頭をつけたまま、声だけをあげた。

 

「は、はい──。で、でも……」

 

 エリカはとりあえず返事をしたものの、どうしていいかわからない。

 とにかく、エリカはもう一度コゼに視線を向けた。

 この三人の中で、調教側に回る役割をうまくやりそうな者といえば、コゼに違いないのだ。

 コゼはロウの命令で「責め側」に回ることもよくある。

 むしろ、積極的にロウの助手を務めるような感じだ。

 

「コ、コゼ、隠れてないで、あんたがやりなさいよ。いつも、わたしたちを責めるくせに」

 

 エリカは怒鳴った。

 

「あ、あれは……ご主人様の命令で……。それにご主人様がいるし……。だ、だけど、ご主人様を責めるなんて……」

 

 コゼは今度こそ、シャングリアの後ろに隠れてしまった。

 その顔は真っ赤ですでに汗びっしょりだ。

 仕方なく、エリカはシャングリアを見た。

 だが、シャングリアは完全な思考停止状態だ。

 

 完全に固まってしまって視線をうろうろとさせている。こんなに動揺しているシャングリアを見たのは初めてかもしれない。

 いずれにしても、どうしたらいいんだろう。

 エリカは嘆息した。

 まあ、本音を言えば、ロウを責めるということに興味がないわけではないが……。

 しかし、だからといって……。 

 

「埒が明かんなあ。今夜は俺を責めていいと言っているのに……。いつも俺がお前たちにやっているようなことをやればいいんだ」

 

 ロウが顔をあげてエリカたちに視線を向けた。

 

「あらあら、本当にロウは三人の女傑たちを手なずけちゃったのね。いずれにしても、始まらないんじゃあ、賭けは成立しないわ。じゃあ、約束通りギルドの至宝を諦めてね」

 

 ミランダが冷やかすような口調で言った。

 

「な、なにを言っているんだ。ほらっ、お前ら、いいから俺を責めろ。お前たちが俺を責めないと、ミランダに宝物を渡してもらえないんだ」

 

「だ、だって、ロウを責めるなんて……。どうしたらいいか……」

 

 やっとシャングリアが口を開いた。

 心の底から嫌がっている雰囲気だ。

 すると、ロウが溜息をついた。

 

「仕方ないなあ……」

 

 次の瞬間、身体がかっと熱くなった気がした。

 一瞬、なにがなんだがわからなかったが、不思議なことにロウを好きなように弄んでみるということに急に興味が沸いてきた。

 いや、興味がなかったわけじゃないが、たったいままでその好奇心を行動に移すのを阻害する大きな心の壁のようなものがあった。だが、それが一瞬にして取り払われた気持ちだ。

 

 身体が熱くなったのは、エリカ自身の興奮のせいだ。

 それがわかった。

 エリカは、いつもと攻守を逆転してロウを責めるということに、自分自身が大きな興奮をしているようだと悟った。

 

「……ほらっ、エリカ、お前は経験者だろう。初めて会ったときは、なかなかに手酷い女王様だったぞ。それを思い出して、みんなに見本を見せてやれ」

 

 ロウが言った。

 

「そ、そうなの?」

 

 コゼが声をあげた。

 いつの間にか、シャングリアの背から前に出てきて、ロウのそばまで寄っている。

 さっき感じた怯えのようなものは、もうコゼにはない。

 ずっと積極的な感じだ。

 また、シャングリアもそんな雰囲気だ。

 

 コゼとシャングリアは、まだロウに手を出すということには躊躇いがあるようだが、それは嫌がっているという雰囲気ではなく、手を出したいが、なんとなく踏ん切りがつかないというだけに見える。

 つまり、きっかけを待っているという感じだ。

 エリカは、自分自身やコゼたちに起こった変化が不思議とは思わなかった。

 それよりも、いまはロウを調教するという行為に興味がある。

 

「だ、だったら、エリカが最初にやってくれ。そうしたら、わたしもする」

 

 すると、シャングリアがきっぱりと言った。

 

「あ、あれはアスカ様の命令で仕方なくやったのよ……。ま、まあ、でも、やるわ……。シルキー」

 

 エリカはシルキーを呼び出した。

 ロウがこの世界に出現したばかりのとき、エリカはアスカの命令で、ロウの奴隷調教を受け持った。それも召喚師の大切な仕事と言われたのだ。

 あのときは、正直にいえば、見知らぬロウという男を痛めつけるということが心の底から嫌だったが、アスカに強要されて仕方なく、調教師を演じた。

 でも、いまは、ちょっと、やってみたいという気持ちでいっぱいだ。

 

「エリカ様たち、なんでも申し付けてください」

 

 シルキーが出現した。

 いつものように柔和な笑顔だ。

 エリカはシルキーに、ロウがよく使う腕を包んで拘束する革帯を出すように言った。ほかに指縛り用の細い革紐もだ。革紐には曳き鎖綱用の細い鎖も繋げるように指示をする。

 

「どうぞ」

 

 言ったものが、瞬時にシルキーの手の中に現れた。

 

「どうするの、エリカ?」

 

 コゼが視線を向けた。

 

「いいから、ふたりとも手伝うのよ。ロウ様を……いえ、この奴隷のロウを拘束するのよ」

 

 エリカはお道化て言った。

 しかし、ロウを“奴隷”と呼んだことで、きゅんと股間になにかが迸るのがわかった。

 どうやら、自分はちょっと欲情状態にあるようだと思った。

 はしたない自分自身がちょっと恥ずかしくなる。

 だが、またもや、なにかが心に入った気がした。

 

 途端にエリカの心が軽くなる。

 興奮していいのだ……。

 いつもの仲間内だけの戯れではないか。

 淫らなことも、いやらしいことも、みんなこの四人はお互いに知り尽くしている。

 すでに家族だ。

 いや、それ以上の関係だ……。

 欲望を隠す必要などない……。

 

「よろしく頼むな」

 

 ロウが正座のまま身体を完全にあげた。

 エリカはロウの前に回ると、思い切り頬を引っぱたいた。

 

「いたっ──。なにすんだあっ──」

 

 ロウが絶叫した。

 

「なにすんだじゃありませんよ、ロウ様。いまは、ごっこ遊びの最中です。わたしたちには丁寧な言葉を使ってください」

 

 エリカはそう言いながら、ロウの股間にサンダル履きのまま、股間をぎゅっと踏みつける。

 

「んぎいいいいっ、わ、わかった……。い、いや、わ、わかりました……。あぐうっ……」

 

 ロウが苦しそうに呻き声をあげる。

 駄目だ……。

 これは愉しすぎる……。

 

 険しい顔をしようと思うのだが、どうしても頬に笑みが浮かんでしまう。

 あのロウがエリカのしていることで、苦痛に顔を歪めて心の内側を垣間見させてくれる……。

 エリカはぞくぞくしてきた。

 

「あ、あんた、なんか、すごいね……」

 

「そ、そうだな」

 

 コゼとシャングリアが圧倒されたような表情をエリカに向けた。

 ふたりは、背中に水平にして回させたロウの腕を革帯で拘束している途中だ。

 

「いいから、あんたたちもやりなさいよ。これはロウ様の命令なんだから」

 

 エリカは声をあげた。

 だが、慌てたように股間に乗せていた足をどかした。

 ロウの股間がむくむくと大きくなったのだ。

 ちょっと、それに驚いたのだ。

 

 しかし、それにより、ロウと初めて会ったときのことを思いだしていた。

 そういえば、ロウに勝手に勃起するなと命じて、股間を叩いたり、蹴ったりしたような気がする。そして、ロウに支配されたのは、いまと同じようにロウを責めている最中だったが、あのときは不思議な気持ちだった。

 

 正直に言えば、ロウという男には最初から惹かれていたのかもしれない。

 多分、ロウから淫魔術で支配されるずっと前からだ。実際のところ、ロウに支配される前の自分の感情など覚えていないのだが、そうであった気がする。

 

 とにかく、アスカの命令でロウを痛めつけることになったが、そのあいだは、エリカ自身が苦しめられている感じだった。

 結局、ロウの精を誤って口にしてしまい、淫魔術で支配されることになり、エリカはロウの奴隷状態になったのだが、そのときは正直ほっとした。

 同時に、なにもかもロウに身体も心も委ねるということに安堵している自分を感じた。

 

 とにかく、いまはあのときのようにロウを責めていいと、ロウ自身に言われたのだ。

 なんの遠慮も必要もない。

 そんなことを考えているうちに、やっとコゼたちの作業も終わった。

 

「ロ、ロウ様、勝手に大きくしないでください。ロウ様は自由に大きくしたり、小さくしたりできるんですよね。だったら、許可なく大きくしてはいけません。言いつけを守れないと罰ですよ」

 

 エリカは手を伸ばすと、ロウの片側の睾丸をぐっと握った。

 

「あぎゃあああっ」

 

 ロウが獣のような声をあげて、身体をのけぞらせた。

 エリカは急いで手を離した。

 そんなに痛いのだろうか?

 力の加減がわからなかったから、ちょっと思い切りやったが、ロウは口から泡を吹いたように唇をがくがくさせている。

 しかし、同時に、ロウの勃起がますます大きくなった気もした。

 エリカは再び手をすっとロウの股間に近づけた。

 

「う、うわっ」

 

 ロウが慌てたように股間を小さくする。

 

「いいですね、ロウ様。その調子です」

 

 エリカは持っていた革紐を勃起していないロウの性器の根元にぎゅっと縛った。

 これでロウは勃起して股間を大きくすれば、革紐が食い込んで激痛が走るはずだ。

 あのとき、アスカに言われてやりかけていた責めがこれだったのだ。

 結局、その責めをロウに施すことはできなかったが、男を屈服させるのは、股間を支配するのが一番いいとアスカは言っていた。

 だが、そのやり方についてだけは、エリカも事前に覚えさせられていた。

 とにかく、ロウの股間を縛った革紐には細い鎖が繋がっていて、その先端をエリカが持っている。

 エリカはこれを引いて、ロウを地下室の調教部屋に連れていくつもりだ。

 

「……始まったわね。じゃあ、みんなで地下に行ってらっしゃい。ただ、一応はこれは賭けなんだから、ロウがもうやめてくれと言ったら、そのときは教えてよ。賭けはそれであたしの勝ちだから。それ以降は、引き続きやるか、それで終わるかは、あんたたちの好きな方にするといいわ」

 

 ミランダが声をかけた。

 

「賭けなら、なんで、ミランダが来ないの?」

 

 コゼが言った。

 確かにそう思った。

 

「あ、あたしはいいのよ──。とにかく、地下室でやって──」

 

 すると、ミランダが顔を真っ赤にして怒鳴った。

 どうやら、なんだかんだ言って、ミランダも自分が責められるのはいいが、逆に責めるのは好まないようだ。

 エリカはおかしくなった。

 

「わ、わたしもやってみたい。わたしもロウを責めていいか、エリカ?」

 

 そのとき、意を決したようにシャングリアが叫んだ。

 

「なんでも、どうぞ」

 

 シャングリアの顔は真っ赤だったが、やはり、すごく興奮している。

 どうやら、シャングリアもその気になったようだ。

 

「……なにをしてもいいですよね、ロウ様?」

 

 エリカは黙っていたロウの股間に繋がった鎖を乱暴に引っ張った。

 

「あぎいっ──。わ、わかった──。な、なんでもしていい……。いや、していいです。してください」

 

 ロウがむっとした口調から、すぐに一転して丁寧な言葉遣いに改めた。

 エリカが股間に手を伸ばすような仕草をしたからだ。

 

 愉しい……。

 本当に、愉しい……。

 

「だったら、ロウの膝に棒を挟んでしまいたい。わたしもよくされるが、脚を開いて歩かないとならないし、結構つらいんだ。それなのに、ロウは容赦なく、わたしをその恰好で走らせたりするのだ」

 

 シャングリアが言った。

 

「そうよね。あたしもされた。ねえ、だったら、口枷もしようよ。ご主人様が口をきけなくなるように」

 

「馬鹿ねえ、コゼ……。口がきけなくなったら、もうやめてと言えなくて、ミランダとの賭けが成立しないんじゃない……。まあ、でもやろうか」

 

 エリカはぺろりと舌を出した。

 ふと見ると、ミランダは苦笑している。

 だが、止める気はないようだ。

 

 エリカたちはシルキーから出現させた拘束具などを次々にロウに嵌めていった。

 膝のあいだに挟む棒は、魔道の仕掛けのある特殊なものにした。

 棒に魔道を込めることで、怪力の魔獣でも動かせないような重さにすることもできるし、逆にただ拘束するだけの軽いものにもできる。

 ロウは男ではあるが、力だけならエリカたちに劣るので、ロウの脚で支えられるぎりぎりの重さに調整した。

 それをつけられたロウが苦しそうに中腰になる。

 なにか喋りそうになったが、すかさずコゼが丸い球体の箝口具を口に入れて、頭の後ろで縛ってしまう。

 

「ううう……」

 

 ロウが情けなさそうな声を出す。

 しかし、球体には穴が幾つか開いていて、そこから涎がこぼれるだけだ。

 なかなかに、みっともないロウの姿だ。

 

「ありがとうございます、ロウ様。こんな機会を与えてくれて。わたしたちも全力で愉しみますからね……。さあ、いきましょう、ロウ様」

 

 エリカはぐいと鎖を引っ張る。

 すると、重い魔道棒を膝と膝に挟まれたロウが両脚を大きく交互に出しながらついてくる。

 だが、力のないロウは、数歩歩いただけでつらそうだ。

 

「ほら、鍛錬をしないからきついんですよ。同じ効果がある足枷を足首にも嵌めてあげます。これを機会に鍛錬してください」

 

 エリカは後ろからついてくるシルキーに言って、重さを調整できる魔道の枷を新たにふたつ出現させる。

 それをロウの両足首に装着してから、エリカの魔道で一気に重くした。

 これでロウは両脚に思い鉄の塊を装着しているようなものだ。

 

「んっ、がああっ」

 

 ロウがなにかを叫んだ。

 しかし、それは箝口具に阻まれて、ただの音にしかならない。

 

「じゃあね、ロウ──。吉報を待っているわ」

 

 ミランダが長椅子に腰かけたままロウにお道化た口調で声をかけた。

 

「……ね、ねえ、エリカ。あたしも地下に着いたら、ご主人様にやってみたいことがあるの。やっていい?」

 

 コゼがエリカに許可を求めるような物言いで声をかけてきた。

 

「なに?」

「あたし、ご主人様のお尻を調教してみたい──」

 

 コゼが意を決したよう言った。

 

「いいわねえ。じゃあ、みんなでやろう──。……というわけですから、ロウ様の調教はお尻ということに決まりました。やり方は、ロウ様にすっかりと教わっていますから大丈夫です」

 

 エリカはよちよち歩きような速度でついてくるロウの股間を鎖で引っ張って歩きながらロウに声をかけた。

 

「だったら、まずは浣腸かな? 大丈夫だ。ロウのものなら汚いとは思わない。お尻の洗浄はわたしに任せてくれ」

 

 すると、シャングリアが嬉しそうに言った。

 

 

 *

 

 

 

「んぐううっ」

 

 焼けるような痒みが襲っている尻穴にコゼの操るアナル棒がゆっくりと突き挿さっていく。

 一郎は四肢を大きく拡げて立つように拘束され直されていて、後ろにいるコゼに淫具をゆっくりと後ろの穴に突き立てていた。

 

「んがああっ」

 

 一郎はボールギャグで阻まれている口から吠えるような声をあげた。

 

 気持ちがいい……。

 なんだ、これ……?

 身体の芯に突き刺さる激しすぎる快感は、当惑でしかない。

 信じられないくらいに股間が勃起しているのがわかる。

 しかし、怒張の根元を革紐で強く縛られている。

 そのために激痛が走る。

 そのあいだも、シャングリアとエリカが前側から一郎の乳首をぺろぺろと舐め続けていた。

 苦痛と快感がまぜこぜになって、一郎に襲い掛かっている。

 一郎の欲情は頂点に達していた。

 だが、一郎の我慢も限界に達していた。

 なにかが、一郎の頭でぷつんと切れた。

 

「ひいっ」

「ふんんっ?」

「あれっ?」

 

 顔に狂気の色を湛えて一郎の周りに集まっていた三人の女が突然に腰を抜かしたようにその場にしゃがみ込んだ。

 一郎が淫魔術を迸らせて、三人の身体を一斉に弛緩させたのだ。

 同時に三人の身体の感度を一気に急上昇させた。

 そして、一郎の身体を拘束していた手枷と足枷に念を込めて外す。

 さらに自由になった手で口枷を外し、半分ほど挿さっているアナル棒も抜く。

 当然、股間の革紐も取り去った。

 

 この屋敷にある淫具や拘束具は、なにからなにまで一郎の淫魔術で支配している。

 その気になれば、簡単に操れるのだ。

 また、肛門に塗られた痒み剤は、一郎に備わっている体液を媚薬に変化させることのできる技で中和させた。

 あっという間に、一郎は正常な状態になる。

 

 いや……。

 正常とは程遠いかもしれない。

 なまじ、女たちの責め苦を少しばかり受けたために、逆に女たちに対する嗜虐欲が燃えあがっている。

 その証拠に、股間が圧倒的な勢いでそそり勃っていた。

 エリカたちへの嗜虐欲で血が沸騰しそうだ。

 

「あ、あの、今夜はロウ様で遊ばせてくれるんじゃあ……?」

 

 腰を抜かしている三人を代表するようにエリカが口を開いた。

 そのあいだにもエリカの股間からはとろとろと愛液が内腿を伝って床に流れ落ちている。

 なにもしないのにこの状態なのだから、それだけで、エリカの身体が恐ろしいほどの淫情に襲われているというのがわかる。無論、コゼもシャングリアも同じ状態だ。

 

「三人とも、腕を背中で組め。俺が許可をするまで、それは絶対に外れない。もう、俺がやられるのはやめだ。やっぱり性に合わんようだ。俺には、責められる趣味はないようだ。それがやっとわかった」

 

 一郎は言った。

 三人の腕が、一郎の「命令」により、それぞれ背中に回される。

 いったん淫魔術を遣えば、性奴隷で支配している女たちへの一郎の言葉は、絶対の「拘束具」だ。

 一郎に支配されている身体が、一郎の意思に反して自由になることはない。

 

「そ、そんな……り、理不尽です……」

 

「あ、あの遊ばせてくれるんじゃあ……」

 

「ミ、ミランダとの賭けは……?」

 

 三人が控えめな抗議の声を出した。

 しかし、一郎は無視した。

 三人を膝をついたうつ伏せの姿勢にさせ、尻を並べて上にあげる姿勢にする。

 その恰好で動けないように、さらに淫魔術を刻む。

 そして、棚の淫具置き場から、三個の肛門栓を取り出した。

 肛門を締めると、それに応じて振動が起きる魔道を施してあるものであり、この屋敷の前の主人の蒐集品のひとつだ。それを一郎の淫魔術で、どんなに引っ張っても自分では外れないようにしてある。

 その三個の尾付きの肛門栓にたっぷりと、さっき塗られた掻痒剤を塗りたくる。

 そして、限界に近い身体の淫らな疼きに耐えているエリカたちに次々に挿していく。

 

「んふううっ」

「はああっ」

「ああっ、ロ、ロウ──」

 

 エリカ、コゼ、シャングリアがそれぞれに悶絶するような声をあげた。

 実際に、すでに淫魔術だけでエリカたちの身体は絶頂寸前のぎりぎりの状態にある。

 一郎もこれだけの淫魔術を駆使するのは初めてだが、少しのあいだ女たちに責めることを許したというのが、女たちに対する歯止めを与える気をなくさせていた。

 やっぱり、自分は責められるよりも、責める方が性に合っているみたいだ。

 

「やっぱり、俺が責める方で、お前たちが苛められる側じゃないとな」

 

 さらに、一郎は淫魔術で激しい便意を三人に与えた。

 女たちの身体から一斉に脂汗が流れ出す。

 大量浣腸を一度に注入されたような猛烈な便意が襲い掛かっているはずだ。

 本当に浣腸液を流し込むのとは違って、淫魔術による便意を与えた場合は、排便をするときに水便というのがない。最初から固形の便が出るのだ。

 女たちはそれをもの凄く恥ずかしがる。

 その羞恥の顔がいい。

 かなりの辱めを日常にしている三人だが、いまだに排便を見られるのは嫌なようだ。

 三人の顔が苦痛と羞恥に歪む。

 

「そ、そんな、約束が……」

 

 さすがにエリカが不満を顔に露わにしたが、一郎は無視してエリカを押し倒した。

 正常位の体勢でエリカの股間に怒張を挿入していく。

 

「んはあっ」

 

 エリカが絶息するような声をあげた。

 数回、律動する。

 エリカはそれだけで、むせび泣くような声をあげて絶頂してしまった。

 

「……もっと耐えないか。俺を満足させないと、いつまでも排便をさせてやらないぞ」

 

 一郎は笑いながら、エリカから怒張を抜いて、コゼに向かった。

 そのとき、部屋の入り口に気配を感じた。

 振り返ると、呆れ顔のミランダがいた。

 

「なにやってんの? あんたのことだから、女たちに責められるなんて、いくらももたないとは思っていたけど、まだ、一ノスもすぎていないわよ」

 

「う、うるさい。もうやめたんだ。宝物はもういい。王妃に接触する方法は別に考える」

 

 さすがに、ちょっとばかりばつが悪いが、とにかく欲情してしまったのだから仕方がない。

 欲情してしまえば、女に責められる趣味のない一郎には、エリカたちの責め苦を受けたところで淫情を発散できない。

 

 だから、立場を再逆転させることにした。

 やはり、一郎が責めて、女たちが泣く──。

 これでなければならない。

 

「まあ、そうしてもらえるとありがたいわね。ギルドの秘宝を諦めてくれるなら、アネルザ王妃に面談する手配をしないでもないわ。一度だけ会わせる算段をするわ。その代わり、それから先はあんたの才覚よ」

 

「そうか。だったら、最初からまともに相談すればよかったな」

 

「そうよ──。それなのに、あたしを拷問なんてするから……」

 

「まあ、許せよ、ミランダ。あれはあれで、悪くはなかったろう? 限界まで責められて犯されるというのも、たまにはいいはずだ。俺のように根っからの鬼畜でなければ愉しめたはずだ」

 

「馬鹿ねえ」

 

 ミランダが苦笑した。

 

「さあ、次はコゼだ。とにかく、お前たち、三人がかりでもいいから、俺をいかせないと、だんだんと大変なことになるぞ」

 

 一郎はコゼを高尻の姿勢のまま、尻の下から怒張を挿し入れた。

 

「ふわああっ、ご主人様──」

 

 コゼが身体を弓なりにした。

 さっそく律動を開始する。

 しかし、またしても数回擦っただけでコゼは達してしまった。

 当然だ。

 一郎はすでにそれくらいの状態まで三人の身体を淫情であふれさせているのだ。

 その状態で一郎の怒張を迎えるのはつらいはずだ。

 しかも、一郎は無造作に犯しているようで、女の巨大な快感のつぼのような場所しか亀頭で刺激していない。

 あっという間に昇天するのは当たり前だ。

 

「さあ、次はシャングリアだぞ。このふたり以上はもってくれよな」

 

「う、うん……。だ、だけど、やっぱり、ロウはこっちがいいな。わたしも、ロウに調教される方が……いい……ふうううっ──」

 

 シャングリアの言葉が途中で途切れた。

 一郎がシャングリアの身体をひっくり返して怒張を股間に貫かせたのだ。

 やはり、シャングリアも少ししかもたなかった。

 一郎の責めに全身を震わせて絶頂した。

 

「また、エリカだぞ。自分たちがいくだけでなく、俺をいかせるんだ。さもないと、朝までだって続けるぞ」

 

 再びエリカに怒張を挿入していく。

 さすがに、数擦りずつでは、一郎が精を放つほどの快感は得られない。

 便意に襲われながら犯されるのはつらいはずだ。しかも、すでに三人の肛門では、肛門栓の振動が襲い掛かっている。

 それもあり、一郎に犯されると、我慢できずに達してしまうというわけだ。

 一郎が快感を覚えるくらいまで耐えることができないのだ。

 

「ああっ、ああっ、あああっ」

 

 エリカが早くも悶絶の声をあげた。

 

「……シャ、シャングリア、と、とにかく、ご主人様に奉仕を……。みんなで協力しよう。エ、エリカ、少し頑張って」

 

 コゼが後手の状態のままエリカを犯す一郎に取りついた。

 一郎のお尻に舌を這わせ始める。

 少しでも一郎を欲情させようという魂胆のようだ。

 シャングリアも一郎に取りつく。

 しかし、いくらも刺激しないままエリカが達してしまった。

 

「さあ、次はコゼだな。早く、俺をいかせてくれ」

 

 一郎は意地悪く言いながら、コゼの身体を押し倒した。

 

「わ、わたしがお尻を……。エ、エリカ、惚けていないで、お前も……」

 

 コゼの股間に挿入している一郎にシャングリアが、さっきのコゼのように舌を動かし始めた。

 

「う、うん……」

 

 エリカが気だるそうな身体を起こして、前側から一郎の身体にとりついた。

 ふと見ると、すでにミランダの姿はいなくなっていた。

 どうやら、また一階に戻ったようだ。

 

 その一郎の身体の下で、コゼが泣くような声をあげながら、がくがくと身体を揺らした。



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134 王妃と奴隷商人

 ハロンドール王国の宮殿は「太陽宮」と呼ばれていて、王都の中央にあり東西南北のそれぞれの大門から入ることができる。その中で北大門がいわゆる「正門」になり、北大門の正面にあるのが、国王の居城にして行政府の機能を持つ「正殿(せいでん)」である。

 正殿には、議員資格を持つ上級貴族の集まる議会を始めとする様々な行政施設も隣接されていて、いずれも美しい彫刻の施された円柱が建物を取り囲む壮麗にして豪華な造りである。無論、その中でも、正殿の美しさと荘厳さが群を抜いているのは言うまでもない。

 

 大陸一の大国のハロンドール王国を治める王の居城として、なるほど、相応しいたたずまいである。

 正殿を横目でに見ながら、宮廷内に整備されている庭園の通路を歩きつつ、一郎は思った。

 また、この正面からは見えないが、正殿の後方には、「後宮」があり、後宮は国王の性生活の空間だ。国王ルードルフは、実際には正殿よりも、後宮にいることが多いらしく、実際の治政の大半は、直裁ではなく、ほとんどは宰相を始めとする高級官吏が行っている。

 

 さて、一郎たちが向かっているのは、最近になって正殿に隣接するように建てられた「副殿」であり、通称「王妃宮」だ。

 王妃宮は、王妃アネルザの生活宮である

 薄い青一色に塗られた二階建ての建物であり、背後の空と人口湖に溶け込むようであり、神々しいくらいに美しい。

 また、芸術性のある壁面や四周の柱の飾りの豪華さは、正殿に負けず劣らない。

 王妃宮には地下階もあり、そこでは、アネルザの飼う奴隷たちが集められている。だから、王妃宮の地下層を奴隷宮と呼んだりもされているようだ。

 

 ハロンドール王ルードルフと王妃アネルザの夫婦としての関係が冷え切ったときに建設された宮殿らしいが、正殿と遜色のない荘厳さを示し、一見して、まるで二対の宮殿のようだ。

 つまりは、王妃アネルザの権勢がそれだけ強いということである。

 

 いま一郎は、ミランダの案内で、エリカたちとともに、王妃宮に向かい王宮内を歩いている。

 一郎は素肌に革のチョッキと半ズボンをはいただけの姿であり、足はサンダル履きで、首にはしっかりと奴隷の首輪が嵌まっていた。

 つまりは、今日の一郎は奴隷ということだ。

 

 無論、首輪は「奴隷の首輪」を模した偽物であり、実際にはなんの魔道も刻まれていない偽物である。

 同じような恰好で、一郎に続いてエリカが進んでいる。

 エリカもまた、一郎と同様の商品としての「奴隷」ということになっていた。

 連行するのは、シャングリアの変身している奴隷商の男であり、シャングリアは、冒険者ギルドから借りた変身の指輪を使って中年の奴隷商に扮していた。

 コゼは変装をせずに、奴隷商の下女ということになっている。

 

 今日の一郎たちは、アネルザに性奴隷を売りに来た奴隷商とその商品というわけだ。

 奴隷役は一郎とエリカであり、奴隷商側はシャングリアとコゼである。

 しかし、コゼはいいが、王軍騎士であるシャングリアは、すでに顔が割れている。だから、変身の魔道具でシャングリアとは似ても似つかぬ奴隷商の男ということにしている。

 一行の最後尾には、シャングリアの扮する奴隷商をアネルザに紹介することになっているミランダがいる。

 

 一郎の目的は、イザベラ王女の私設軍の創設に反対するアネルザを「説得」するためだ。

 だが、そんな名目では、王妃のアネルザが会うことはまずないので、今日はミランダがアネルザの奴隷宮に納める奴隷を売りに来た奴隷商を紹介するという場を作った。

 冒険者ギルドには、さまざまな依頼がやってくるが、全世界に組織が拡がっている冒険者ギルドには、この界隈には珍しい商品を購入したいという依頼もある。

 「奴隷」もそのひとつであり、アネルザには蒐集品として価値のある奴隷の売り物があれば、紹介して欲しいと依頼が来ていたらしい。

 

 それで一郎は、精力抜群の男奴隷として──。

 エリカは、珍しい白エルフ娘の性奴隷として──。

 それぞれ売られにやってきたというわけだ。

 

 とにかく、一郎は同じ場を作るために、ギルドの宝物を献上する偽商人に扮しようと思ったのだが、それを諦める代わりに、ミランダが準備してくれたのが、奴隷を提供するクエストの活用だ。

 なかなかにいいアイデアであり、最初から素直にミランダに相談すればよかったと思ったくらいだ。

 

「とにかく、あたしは王妃様の前には行けないと思うわ。王妃様に呼ばれるのは、奴隷商とその商品だけよ。あとはうまくやりなさい。だけど、あたしの顔を潰すようなことはしないでよね、ロウ」

 

「わかっているよ」

 

 一郎はにこにこしながら答えた。

 やがて、王妃宮に到着した。

 前もって話が通じていたにも関わらず、通されたのは裏口からであり、待たされたのは、なにかの倉庫を思わせる殺風景な場所だった。

 

「王妃様は書見をされている。そこでしばらく待て」

 

 若い兵がやってきてそう言った。

 椅子ひとつあるわけではない。

 その兵もすぐにいなくなる。

 一郎たちは、そこで立ったまま、待たされた。

 

「……王妃の冒険者ギルドに対する感情がこれでわかるというものでしょう? 王妃は、基本的に冒険者は野蛮で粗暴な存在としか思っていないわ。そのくせ、ギルドの力は認めていて、気に入った奴隷を全世界から集めろというような依頼もするのよ」

 

 ミランダが笑って言った。

 

「ところで、奴隷の恰好がとっても、お似合いよ、エリカ」

 

 コゼがからかった。

 一郎もそうだが、エリカは腰の上までの丈しかない両開きの革のチョッキを一本の止め紐で結んだだけの肌も露わな姿だ。乳房の半分以上ははみ出ていて、辛うじて乳首がチョッキに隠れるくらいだ。また、半ズボンをはいている一郎に対して、エリカは腿の付け根までしかない短い革のスカートである。

 それが真っ白いエリカの肌を美しく惹き立てている。

 とても、美しい女奴隷姿だが、エリカは羞恥責めでも受けているように、顔が真っ赤だ。

 

「う、うるさいわねえ。だいたい、なんであんたが奴隷商の下女の役で、わたしが奴隷なのよ」

 

 エリカが不満そうにささやいた。

 すると、ミランダが横で笑った。

 

「仕方ないでしょう。アネルザ様の気に入るような奴隷となると、人間族のコゼでは不十分よ。白エルフ女の奴隷なんて珍しいから、その出物があると伝言したら、すぐに謁見の許可がでたわ」

 

「それにしても、奴隷といっても、性奴隷という触れ込みだから、王妃は俺やエリカに性の相手をさせるつもりだろう? 王妃は男でも女でもいける口なのか?」

 

 一郎はミランダに訊ねた。

 

「基本的には女好きと聞いているわね。王妃の奴隷宮に納められるのは、女奴隷ばかりよ。だから、王陛下はそれを許しているんだけどね。あんたは、女奴隷に種付けをする男奴隷として仕入れるつもりだと思うわ。もっとも、そういう触れ込みで、自分の相手をさせるのかもしれないけどね」

 

 ミランダが悪戯っぽく笑った。

 

「誰か、来たぞ」

 

 シャングリアが言った。

 美しいシャングリアだが、今日は変身の指輪で腹の出た中年男姿だ。

 口から出る声もそれに相応しいものだから、シャングリアだとわかっていても、なんだか変な感じだ。

 

「拝謁のお許しが出た。ただし、奴隷商と奴隷だけだ。副ギルド長は帰っていい。王妃殿下が連れてきた奴隷を気に入れば、仲介料としての金子は、後ほどギルド本部に届けられる」

 

 さっきの若い兵が現われて言った。

 

「じゃあ、よろしく」

 

 ミランダが声をかけたのは、奴隷商に変装しているシャングリアだ。ミランダはそのまま出ていった。

 逆に一郎たちは、若い兵に連れられて建物の奥に歩いていった。

 兵に連れられてやってきたのはやや広い部屋だ。

 そこに四人の女衛兵に守られているアネルザがいた。

 一郎は片膝でしゃがんで頭を下げたシャングリアの後ろでエリカとともに両脚を跪かせた。

 コゼは一郎たちのさらに後ろで、ふたりの奴隷を見張る位置に座っている。

 

「顔をあげよ」

 

 アネルザの声がした。

 顔をあげる。

 アネルザがそこにいた。

 年齢は四十を超えているはずだが、なかなかの美貌だ。豊満であるが、その分とても、エロチックさを感じた。

 中年太りのだらしのない女を予想していただけに、一郎は少し驚いた。

 俄然、やる気が出てきた。

 

 アネルザは椅子の横にある台から赤い果実を掴んで、むしゃむしゃと食べていたが、突然に、口の中のものを床に吐き捨てた。

 

「餌だ──。食え、エルフ女」

 

 アネルザがにやにやしながら言った。

 

「なっ」

 

 エリカが横でぶるりと震えるのがわかった。

 横を見ると、エリカはあまりの怒りで蒼白になっている。

 まずい……。

 

「……エリカ……」

 

 一郎は慌てて声をかけた。

 ほんの小さな声だ。

 

「……わ、わかってます……」

 

 エリカから言葉が返ってきた。

 そのエリカが腰を屈めたまま進み出る。

 さっきアネルザが吐き出した物の前に跪く。

 そして、大きく息を吐くと、諦めたように手を伸ばす。

 

「ひぎいいっ──」

 

 しかし、次の瞬間、エリカが絶叫して、その場にひっくり返った。

 驚いてアネルザを見ると、左手に魔道の杖が握られている。

 どうやら、エリカに向かってアネルザが魔道で電撃を放ったようだ。

 エリカは浴びせられる電撃にのたうち回り、短いスカートの中の白い下着が露わだ。

 そして、やっとエリカの悲鳴がとまった。

 電撃が終わったようだ。

 エリカは荒々しく息をしながら、再び床に跪く体勢に戻った。

 

「誰が手を使っていいと申した。口で食わんか。躾のなっとらん奴隷だな」

 

 アネルザの意地の悪い声がした。

 

「は、はい……」

 

 エリカは言ったが、やはりなかなか顔を床に持っていこうとはしない。

 さすがに、他人の咀嚼物を食べる気にはなれないようだ。

 アネルザがにやにやしながら、再び杖をエリカに向ける仕草をした。

 

「何分にもまだ未調教のエルフ奴隷でございますから……。王妃様にはその方が、躾の愉しみがございましょう」

 

 そのとき、奴隷商に扮しているシャングリアが口を挟んだ。

 どうやら、エリカに向けているアネルザの意識をほかに向けようということのようだ。

 アネルザの視線がエリカからシャングリアに移る。

 それにしても、違和感のないシャングリアの商人らしい物言いに、一郎は少し驚いた。

 こんな風に演技のできる女とは思わなかった。

 まあ、お転婆騎士でも、元はしっかりとした貴族教育を受けた令嬢なので、やろうと思えばかしこまることもできるというわけか。

 

「確かにな。よかろう。このエルフ奴隷の値段を申せ」

 

「金貨五十枚でございます」

 

 一般的な奴隷の値は金貨二枚くらいであり、大抵の奴隷でも十枚も出せば買えるはずだ。

 五十枚というのはかなりの値だ。

 

「エルフ女の奴隷ともなれば、そのくらいは相当か。よかろう。買おう」

 

「ありがとうございます」

 

「……して、その男奴隷は? 精力抜群という触れ込みだったが、どのくらいのものなのだ? 種付け用として使えるようであれば、一緒に贖ってもいいが?」

 

「説明よりもお見せしましょう。ロウ──」

 

 手筈に従い、シャングリアが一郎に声をかけた。

 

「はい、ご主人様」

 

 一郎はそう言うと、すっと立ちあがった。

 両手で革のズボンを膝までさげる。

 

「ほう」

 

 アネルザがちょっと感嘆したような声をあげた。

 一郎の股間の一物が、隆々と大きく勃起したからだ。

 

「なるほど、自在に勃起できるのか」

 

 アネルザの視線は真っ直ぐに一郎の股間に向いている。

 

「まだまだでございます、殿下……。王妃殿下に技を見せよ、ロウ」

 

「はい」

 

 一郎は両手を身体の横で握って静かに目を閉じた。

 頭の中でエリカやコゼやシャングリアの痴態を想像する。

 しばらく、頭の中でエリカたちをいたぶり続ける。

 気が充実する……。

 込みあがる……。

 そして……。

 

「うわっ」

 

 アネルザが驚愕の声をあげた。

 一郎の怒張から白濁液が飛び出し、離れた場所にいるアネルザの髪にものの見事にかかったからだ。

 

「こ、こいつ──」

「なにをする」

 

 アネルザの両側の女兵が色めきだった。

 なにしろ、男奴隷だと思われている一郎の精液がアネルザの髪にかかったのだ。怒るのは当然だ。

 しかし、部屋にアネルザの笑い声が響いた。

 

「待て──。なるほど、これは大したものだ。一物に触れずに精を出すことができるというのは、精力抜群の猛者でもなかなかできんことのはずだ。いいだろう。買おう。同じく金貨五十枚だ」

 

 アネルザの陽気な声がした。

 どうやら、一郎の「ショー」が気に入ったらしい。

 しかし、もちろん、このショーの目的は、男奴隷としてのパフォーマンスをアネルザに見せるためではない。

 一郎はそっと、右手を胸の紋様に置いた。

 次の瞬間、周囲の風景が一変した。

 

「な、なんだ?」

 

 びっくりしているアネルザの声が響いた。

 無理もない。

 突然に、一郎の手により仮想空間に連れ込まれたのだ。

 宮殿は立ち消え、周囲にいたはずの衛兵もいなくなっている。

 狼狽えるのは当たり前だ。

 さっき、一郎が股間から迸らせた精液が髪にかかった。

 これにより、事前に待機をしてもらっていたサキに繋がり、サキの仮想空間に引き込む力がアネルザに及ぶようになったのだ。

 

主殿(しゅどの)、久しぶりだな。今度は随分と年増の女だな。この前は女にした男だったし、主殿の趣味は変わっているのう」

 

 仮想空間を支配する能力のあるサキだ。

 アネルザを連れ込むことを事前に説明していて、仮想空間を準備してもらっていた。

 頭に二本の角がある大柄の雌妖であり、一郎の性奴隷のひとりだ。

 

「よ、妖魔か──? な、なんだ、お前は──?」

 

 アネルザが叫んだ。

 さっきまで腰かけていたアネルザの椅子は消滅していて、アネルザはその場に立ちあがっている。事態の変化についていけずに、激しく動揺している様子だ。

 しかも、たったいままで持っていた魔道の杖が消滅している。

 そのことにも理解ができない感じだ。

 

「やれやれ、ロウ、もう変身はいいよね」

 

 シャングリアが変身の指輪を外した。

 中年男の姿が消滅して、いつものシャングリアの姿が出現する。

 

「こいつ、わたしに電撃なんて浴びせて……。なんの恨みもなかったけど、一度で嫌いになったわ」

 

 エリカだ。

 

「でも、シャングリアの助け舟で、この王妃の咀嚼物を食べなくてすんだんだからいいじゃない」

 

 コゼが陽気な声をあげた。

 サキの仮想空間に引き込む能力により、一緒にエリカたちも連れてきている。

 今日は一郎とともに、アネルザの調教に加わってもらうつもりだ。先日は一郎の気まぐれで、手酷い仕打ちをしてしまったので、ちょっとした罪滅ぼしの意味合いもある。

 

「うわっ──。な、なんじゃ?」

 

 アネルザが叫んだ。

 一郎によってアネルザの両足首には鎖のついた枷が嵌められ、それが空に向かってあがり始めたのだ。

 アネルザの両足が上になり、頭が床にさがった。

 慌てて、身体を支えようとしたアネルザの両腕を一郎は一瞬にして、枷で後手に拘束する。

 

「こ、これはどういうことだ? 放せ。放さんか──」

 

 逆さ吊りになったアネルザの悲鳴が響き渡った。 

 

 

 *

 

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 アネルザは逆さ吊りのまま、胸を大きく上下させて荒い息をしていた。

 さんざんの悪態で声が枯れかけていたというのもあるが、アネルザを痛め続ける四人の暴漢者と一匹の雌妖の仕打ちに、心が折れかけているというのが正しい。

 なにしろ、アネルザをここに誘拐した四人は、アネルザがなにかを叫ぶたびに、代わる代わるに電撃鞭を加えるのだ。

 アネルザは、浴びせられる電撃の衝撃に、流石に怒りよりも恐怖が支配するとともに、すっかりと身体が疲労しきっていた。

 

 いずれにしても、奴隷商と奴隷だと思っていた四人の男女は、どうやら、アネルザを誘拐するためにやってきた賊徒だったようだ。

 どんな魔道を遣ったのか見当もつかないが、ここが宮殿のどの場所でもないことは確かだろう。

 なにしろ、これだけ騒いでも衛兵が出てくることはないし、景色のない真っ白いここは、いままでに見たことのない場所だ。

 四人の賊徒も、ここが連中にとって絶対的に安全な場所であることを確信している感じだ。

 

「はあ、はあ、はあ……。き、貴様ら……、な、なんの目的じゃ……? 身代金か……? それとも、わたしを人質にして、陛下と……なにかを……取引き……しようと……いうのか……? いずれにしても……無駄なことじゃ。わたしが……さらわれたところで、陛下は……いささかも困りは……せん」

 

 アネルザは言った。

 夫であり、王であるルードルフとの関係は冷え切っている。

 アネルザが賊徒にさらわれたと知ったら、おそらく表向きは慌てた素振りをしても、実際にはアネルザを助けるために、なにひとつやろうとはしないだろう。

 あの女狂いの男にとっては、アネルザがいなくなるということは、王妃の椅子が空席になって新しい女をそこに座らせる恰好の機会がやってきたという意味でしかない。

 それを自分の手を汚さずにできるのだ。

 あの男はアネルザがいなくなっても、喜ぶことはあっても、悲しみはしない。

 そういう男だ。

 

「やっと、弱ってきたようだな、主殿。それにしても、やかましい女だ」

 

 雌妖が、アネルザの胸を足で思い切り押した。

 

「ひいっ」

 

 アネルザは悲鳴をあげた。

 逆さ吊りの身体が大きく揺れたのだ。

 アネルザの頭は周りの男女たちの足首ほどの高さだ。

 身体を揺らされると、床に顔がぶつかるような気がして怖い。

 しかし、両手は後手に拘束されていて、顔を守る方法はない。

 アネルザは振り子のように身体が動いて、床に顔が接近するたびに、少女のような悲鳴をあげた。

 

 結局、二度三度と髪が床を掃くようになっただけだったが、そのあいだアネルザは、口惜しくも金切り声をあげ続けた。

 揺れが収まって、恐怖心が小さくなると、自分が暴漢者に弱味を見せてしまったことに羞恥が走る。

 こんな賊徒たちに弱みを見せるのは、アネルザの王妃としての誇りが許さなかったが、なぜか魔道を遣うこともできないし、いつの間にか完全に拘束されてしまって、いまのアネルザにはどうすることもできない。

 

 それにしても、ここはどこなのだろう?

 見渡す限り、壁のようなものもないし、両脚を拡げて吊っている二本の鎖は、どう目を凝らしても先端が宙に浮いているようにしか見えない。

 浮遊術のような気もするが、アネルザの感じる限り、魔道を刻むために魔力が動いている気配はない。

 

 アネルザには、なんの前触れもなく、一瞬にして宮殿から全く別の場所に転送されたとしか思えなかった。

 だが、宮廷という場所は、あらゆる魔道は制限されていて、許された者しか魔道は遣えないはずだ。この四人の暴漢者は、なんらかの方法で宮廷の魔道師隊の警備を出し抜いて、魔道でアネルザをどこかに転送したのだろうか。

 

「あんたには恨みはないし、目的を果たせば、ちゃんと五体満足で元の宮殿に返しますので安心してください、王妃殿下。ただ、ちょっとばかり調教をさせてもらおうと思いましてね」

 

 周りから“ご主人様”とか“ロウ”とか呼ばれている男が言った。

 

「ちょ、調教?」

 

 アネルザは思わず言った。

 もちろん、その意味はわかる。

 アネルザ自身が多くの奴隷女や奴隷男を抱えていて、調教という名の性的嗜虐をすることを日常にしていた。

 

 だが、アネルザ自身が誰かの調教を受けるということなど信じられることではないし、そもそも、この男女は何者なのだろう。

 短い革のチョッキと半ズボンに、首に奴隷の首輪をしているロウという名の男が本当は奴隷などではなく、ここにいる雌妖を含めた男女のリーダーであることは確かだろう。また、集まっているほかの女は全員がちょっとした美人であり、しかも、それなりの手練れのようだ。

 こうやって面と向かってみるとわかる。

 しかし、その正体は不明だ。

 わかったのは名前だけだ。

 

 ロウと同じように奴隷の恰好をしてきたエルフ女はエリカ──。

 奴隷商の下女の恰好をしてきた小柄な黒髪の女はコゼ──。

 そして、魔道具で男に変身をしていたのはシャングリア──。

 また、雌妖の名はサキ──。

 それにしても、シャングリアには顔に覚えがあるような気がするが……。

 それで、はたと思いついた。

 

「あっ、お前、王軍騎士のシャングリアではないか──?」

 

 叫んだ。

 確か、王軍騎士団に所属しながら、惚れた男がいて、その男を追って冒険者になったとかいう変わり者の女騎士だ。

 近くで顔を見るのは初めてだが、そういえば騎士団の謁見などで、ルードルフの横で眺めたことがあると思う。

 それでなんとなく顔を知っている気がしたのだ。

 騎士団の中では女兵は珍しい。

 なによりもシャングリアはすっきりとした美女だ。

 わかってしまえば、間違いようもない。

 モーリア男爵家のお転婆姫こと、シャングリアだ。

 

「お初にお目にかかります、王妃殿下」

 

 シャングリアがお道化たように片膝をついて臣下の礼をした。

 

「き、貴様、なんのつもりだ。わ、わたしを王妃と承知しての狼藉か──。承知せんぞ、シャングリア」

 

「申し訳ありません、殿下……。実のところ、わたしたちにも、よくわからないのですが、ロウがどうしても、こういう虐待が必要というので……」

 

 シャングリアは悪びれた素振りもなく、すっと立ちあがると、持っている白い棒をアネルザの太腿に這わせた。

 

「や、やめよっ」

 

 叫んだ。

 さっきからロウを含めた四人は、代わる代わるこうやって持っている棒で逆さ吊りのアネルザに電撃を浴びせるのだ。

 どうやら、連中の持っている棒は、先端から電撃を浴びせることのできる魔道具らしく、アネルザはもう何十発も四人から電撃鞭を四方から喰らっている。

 

「ぎゃああああ」

 

 絶叫が周囲に響き渡る。

 腿から全身に電撃の衝撃が襲い掛かった。

 それにしても、なんという屈辱だろうか。

 もしも、こんな風に逆さ吊りでなければ、まだこの恥辱感は小さくて済んだかもしれない。両脚を上にあげて吊られることでアネルザのスカートは完全にまくれあがり、股間の下着をこの暴漢者たちに晒し切っているのだ。

 そして、剥き出しの脚に入れ替わり電撃鞭を浴びせられる。

 こんな屈辱など、とてもじゃないが現実とは思えない。

 

「……お、お前たち冒険者だな……。わ、わたしにこうやって狼藉をするのも、なにかのクエストか……?」

 

 電撃による身体の痺れが収まりかけたところで、アネルザはそう口にした。

 シャングリアは冒険者になったのだ。

 そのシャングリアがここにいるということは、ロウやエリカたちのもまた冒険者に違いない。

 冒険者といえば、実力はあるが、金さえ払えば殺人でさえ、やってのける野蛮人の集団だ。

 

「冒険者であることはご名答です……。でも、これはクエストじゃないですよ、殿下。ところで、あまり、電撃鞭はお気に入りではないようですね。大して下着も濡れてない」

 

 ロウがスカートが垂れ落ちて露になっている下着を見下ろしながら言った。

 かっと怒りと屈辱で身体が熱くなる。

 

「あ、当たり前……、ひいっ」

 

 罵ろうと思ったが、ロウがその股間にロウがぴったりと棒の先端を押しつけた。

 アネルザは恐怖に竦みあがってしまった。

 だが、予想していた電撃は襲ってこなかった。

 

「あまり、マゾの性癖はないようだ。でも、心配ないよ。しっかりと、マゾの快感を刻み込みますから。俺の与える嗜虐から離れられなくなるように」

 

 ロウが棒の先端で、薄地の下着の上から陰核をくりくりと刺激してくる。

 

「うっ、くうっ、や、やめよ。き、気安く、さ、触るな──」

 

 アネルザは声をあげた。

 

「あなたには屈服してもらいます。調教だと言ったでしょう。事前の調査によれば、王妃殿下は集めた性奴隷を性調教するのが、なによりの愉しみだそうですね。だから、わざわざ奴隷の恰好をしてきたんです。どうです。奴隷だと思っていた男にこうやっていたぶられるというのは? この屈辱が堪らない快感に変わりますからね。そうしたら、たっぷりと子宮に精を注いでさしあげます」

 

 ロウが言った。

 

「ううっ」

 

 アネルザは身体をぶるりと震わせて呻いた。

 ロウの持つ棒の先が突然に小刻みな振動を始めたのだ。

 

「な、なんの……つ、つもりだ……。ううっ、くうっ……」

 

 アネルザは歯を食い縛った。

 何気ない振動なのに、信じられないような愉悦が迸った。

 ロウの持つ棒の先端は、確実にアネルザの敏感な肉芽に布越しに振動を当ててくる。

 だが、それだけではない。

 ロウは時折、無造作に棒の先を股間のあちこちに動かすのだが、それが激しい快感を引き起こす。

 どうやら、一転して今度は色責めに切り替えたようだ。

 

「うくっ……あっ、な、なにを……する……のだ……?」

 

 アネルザは懸命に腰を捻って、棒の振動を避けようとした。しかし、ロウは棒をぴったりとアネルザの感じる場所に押し当てたまま逃がさない。たまらず腰を振って跳ね除けようとしても、ただ別の感じる場所に移動するだけで、かえって翻弄されるだけだ。

 アネルザはあっという間に官能のうねりに追い詰められていく。

 

「なにって、調教ですよ。調教──。ところで、奴隷の王妃殿下は勝手に達しては駄目ですよ。勝手に達した場合は、いま棒が当たっている場所に電撃を浴びせますからね。なんとしても耐えてください」

 

「なっ──」

 

 アネルザはびっくりした。

 いま、棒が当たっているのは、布越しとはいえアネルザの陰核そのものだ。

 そんなところに、電撃を浴びせられるなど信じられない。

 

「な、なにを言っているのか……。く、くうっ──。そ、そんなこと──こ、この王妃である……あっ、ああ」

 

「ほら、ほら、文句を言っている暇はありませんよ。達したら、このクリトリスに電撃ですからね。それが嫌なら耐えるんです」

 

 ロウが笑いながら言った。

 しかし、どんどん気持ちよさが膨れあがる……。

 駄目だ……。

 もう、達しそうだ……。

 だが、こんな冒険者風情に、哀れにも絶頂の許しを乞うなど……。

 

「それにしても、相変わらず鬼畜だのう、主殿……。しかし、この年増を支配するのであれば、さっさと犯して精を放ってしまえばいいのではないか?」

 

 そのとき、ずっと後ろで見ていただけのサキという雌妖が声をかけた。

 

「いや、サキ──。精の力で支配するのは簡単だが、これまでの経験によれば、精を放っても、先に屈服させてからでないと、なかなか支配を継続させるのは難しくてね。心に反して無理に強い支配をすると、どうしても心に破綻をきたしてしまう傾向があるようなんだ。だから、わざわざ、こんな手間暇かけてるのさ」

 

 ロウが言った。

 そのあいだにもアネルザはどんどんと追い詰められている。

 身体を駆け巡っている絶頂感が逆さ吊りの身体を打ち震わせる。

 

「そうなんですか?」

「へえ」

 

 エリカとシャングリアが、ロウの言葉を聞いて声をあげた。

 このふたりは、アネルザを責めることに躊躇もないが、積極的に嗜虐するということもない。ただ、ロウの指示に従って、電撃鞭を浴びせてくるだけだ。

 

「そうですかあ? ただ、そっちの方が愉しいから、そうしているだけじゃないんですか、ご主人様?」

 

 コゼだ。

 そのコゼがロウと同じようにアネルザの無防備な股間に棒先を這わせてくる。

 しかも、下着の横から棒先を内側に入れようとしてくる。

 アネルザはまたもや悲鳴をあげてしまった。

 

「くっ、くううっ──」

 

 そして、ついに限界がやってきた。

 アネルザは噴きあがる快感の爆発を予感し、ロウが求めている屈辱の言葉を発することに決めた。

 股間そのものに電撃を浴びせられるよりもましだ。

 いまは、この男が求める屈服をくれてやる。

 だが、あくまでも、いまだけだ。

 

「わ、わかった──。い、いかせてくれ──。も、もういくっ」

 

 アネルザは叫んだ。

 しかし、ロウは口から嘲笑を発した。

 

「駄目だ──。そのまま、我慢しろ。奴隷の調教だと言ったでしょう。簡単に絶頂の許可はもらえませんよ」

 

 ロウがけらけらと笑う。

 呆気にとられた。

 エリカとシャングリアが背後で息を吐くのがわかった。

 だが、もう限界は超えている。

 我慢するなど不可能だ。

 

「んふううっ、あはああっ」

 

 アネルザはついに振動に負けて、快感を大きく飛翔させた。

 逆さになった身体をぶるぶると震わせて身体を弓なりにする。

 

「うぎゃあああ」

 

 その瞬間、凄まじい衝撃が股間で起こった。

 ロウが容赦なく電撃を股間に与えたようだ。

 頭が一瞬白くなった。

 気がつくと、生温かいものが股間から顔に向かって流れ落ちてくる。

 自分が失禁をしたということを悟るのに、少しの時間が必要だった。

 

「これはこれは、おもらしですか。仕方ないですねえ。手枷を外してあげましょう。だから、小便まみれになった服を脱ぐんです。それができたら、逆さ吊りから解放してあげますよ」

 

「えっ?」

 

「二度は言わんよ。調教だしね──。お前たち、王妃様が服を脱ぐまで、電撃を交互に浴びせろ」

 

 ロウの言葉が終わると同時に、背中で拘束されていた腕が自由になった。

 しかし、その代わりに、ロウにすっかりと言いなりの女たちが電撃鞭を加え始める。

 電撃責めの再開だ。

 

「ぎゃあああ──や、やめよ──な、なにをするか──。あぎゃあああ──」

 

 アネルザはとっさのことで頭が回らなかった。

 だが、数発でやっと、服を自分で脱げと命じられたということがわかった。

 しかし、こんな卑劣な冒険者たちの前で、自ら脱衣などできないというのは確かだ。

 そんなことは王妃の誇りが許さない。

 だが、凄まじい電撃鞭の一発一発の激痛が、耐えられないはずの一線をアネルザに超えさせる。

 再び始まった電撃鞭が十を超えたとき、アネルザは悲鳴とともに声をあげた。

 

「脱ぐよ──。脱ぐ──。脱げばいいんであろう──。だ、だから、やめよ──あぎゃああ──」

 

「脱ぎ終わったら、やめてあげますよ、王妃様。だから、さっさと脱ぐんです」

 

 ロウが言った。

 そして、電撃が加わる。

 

「もうしわけありません、王妃殿下……。ロウの命令なので」

 

「まあ、いいんじゃない。結局のところ、ご主人様は王妃様を女として満足させるんだろうし、これは儀式みたいなものよ」

 

「儀式ねえ……」

 

 シャングリア、コゼ、エリカだ。

 この女たちも同情するような口調でありながら、電撃だけはロウと同じようにアネルザに襲いかからせる。

 しかも、この四人はアネルザが脱衣をしようとする行為を邪魔するように、二の腕や肘や手首に電撃を加えてくるのだ。

 それも、ロウの指示だ。

 

「や、やめよ──。き、汚いぞ──うぐううっ──」

 

「これが調教というやつでしてね」

 

 そして、ロウが悪びれる様子もなく電撃を浴びせかけてくる。

 横からも後ろからも、女たちの持つ電撃鞭が襲う。

 逃げようもない。

 アネルザは絶叫し、懸命に服を破りながら、逆さ吊りのまま身体を大きくのたうたせた。

 

「やっと、乳房が出ましたね。ほら、次はその小便まみれの下着を引き千切るんですよ」

 

 ロウが腰にあげようとしたアネルザの手に電撃を加えてきた。

 

「面白いのう。この年増の慌てぶり。どれ、そろそろ、わしも参加してよいか、主殿?」

 

 すると、見学していた雌妖がけらけらと笑いながら言った。

 

「もちろんだ、サキ。泣き叫ばさせてくれ」

 

 ロウが鬼畜に笑った。



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135 ふたなりの環と王妃屈服

「面白いのう。この年増の慌てぶり。どれ、そろそろ、わしも参加してよいか、主殿(しゅどの)?」

 

「もちろんだ、サキ。泣き叫ばさせてくれ」

 

 ロウとサキが笑い合う。

 そして、なにやらひそひそと話しだした。

 アネルザは、その内容に耳をそばだてようとした。 

 

「うぎゃああ」

 

 そのとき、またもや強い電撃が股間に迸った。

 アネルザを囲んでいる三人のロウの女の誰かが尻たぶに電撃を加えてきたのだ。

 

「ほら、おばさん、余計なことを考えている暇はないわよ。ご主人様に服を脱げと言われたんでしょう」

 

 コゼの声がした。

 

「お、おばさんだとっ」

 

 その物言いにかっとなる。

 

「殿下、すまん。こうなったら、ロウの命令に従ってくれ。わたしらにもどうしようもないからな。わかるとは思うが、もう、わたしたちは、ロウには逆らえないように調教されているのだ」

 

 今度はシャングリアがアネルザの首筋にぴたりと棒先を当てる。

 

「ま、まて、脱ぐ──。脱ぐから──」

 

 アネルザはびっくりして腕をまだ残っている腰の下着に伸ばした。

 すでに上衣とスカートは取り去った。

 残っているのは腰の小さな股布だけだ。

 しかし、すでに限界に達している腕は、なかなか上にあげることができない。

 

「口から出したものを食べろと言われたときには大嫌いになったけど、そろそろ可哀想になってきたわね」

 

 エリカが棒の先で乳首を突いた。

 

「も、もうやめてくれ──。後生じゃ」

 

 アネルザは悲鳴をあげた。

 しかし、容赦なく首と乳首に同時に電撃が飛ぶ。

 一瞬頭が真っ白になり、気がつくと腕はだらりとさがって床についてしまっていた。

 

「なにやってんのよ。自分で脱げないなら、せめてあたしたちの誰かに頼んだらどうなの、おばさん」

 

 コゼが脇の下に電撃棒を当てて電撃を発した。

 

「ふぐううっ」

 

 電撃を受けた腕が完全に弛緩して動かなくなった。

 それでも、これ以上の苦痛を受けるのが嫌で、残っている片腕をあげる。

 だが、重くてあがらない。

 しかも、その腕にも、エリカが容赦なく電撃を加えた。

 

「あがああっ、もう、やめてくれ。脱ぐ。脱ごうとしておるだろう」

 

 アネルザは悲鳴をあげた。

 そして、自分が涙を流しているということに気がついた。

 そのことにアネルザは驚愕した。

 

「脱ごうとしていてもだめなんですよ、おばさん。ご主人様の命令は、“脱ぐ”ということですしね。命令を実行しないあいだは、痛めつけられるのよ。それに、あたしたちも手を抜くと、罰が与えられるんです。哀訴するならご主人様にしてくださいね」

 

 コゼが下着の横から棒を差し入れて、さっきのロウのように陰核に棒先を当てる。しかも、今度は布越しではなく直接にだ。

 アネルザは恐怖した。

 

「んふうっ、はあああっ」

 

 だが、襲ってきたのは電撃ではなく、いやらしい振動だ。

 アネルザは、信じられないくらいあっという間に快感を昂ぶらせられてしまう。

 

 どうして、こんなに……。

 見知らぬ卑しい冒険者に無抵抗の身体を寄ってたかっていたぶられる。

 身の毛もよだつほどの屈辱に違いないのに、アネルザはそれに強い欲情をしている……。

 そのことに気がついてしまう。

 アネルザは自分の身体に起こっている淫情の疼きに愕然とするしかなかった。

 

「とにかく、わたしらは、あらゆる手段で殿下が服を脱ごうとするのを邪魔するように言われているのだ。申し訳ない」

 

 シャングリアがさらにアネルザの抵抗力を削ぐように、乳首を棒で擦ってくる。

 

「ロウ様がアネルザ様になにを望んでいるかわかりませんか? わたしたちも、それをアネルザ様がしてくれるまで、拷問を続けるしかないんです」

 

 エリカがなにかを諭すような口調で言った。

 しかし、エリカの持つ電撃棒はまたもや脇に押し当てられる。

 口調はいささかの同情的なものがあるのに、行為には容赦ない。

 

「ふぐうううっ」

 

 アネルザは逆さ吊りの全身をのけぞらせた。

 股間と乳首に淫らな刺激──。

 そして、電撃の激痛──。

 アネルザはもう思考することもできない。

 屈辱も恥辱もすっかりと麻痺してしまっている。

 

「た、頼む。脱がしてくれ。頼むから……」

 

 アネルザは口にしていた。

 しかも、泣きながらだ。

 わずかに残る抵抗心がアネルザの声を引きつらせていた。

 

「引き破ってやれ」

 

 ロウが言った。

 その瞬間に、三人が同時に電撃棒をアネルザから離した。

 刃物のようなものを使ったのか、下着がすぐさま切断されて身体から奪われる。

 股間に触れる外気が恥辱を誘う。

 

「服を脱げば脚をおろすという約束ですから、そうしてあげますよ」

 

 ロウが言った。

 

 アネルザは一瞬、心の中の緊張感が一気に緩んでいくのを感じた。

 おそらく、これからこのロウに犯されるのだと思う。

 だが、もうそれはどうでもいい。

 とにかく、この逆さ吊りの苦痛さえ解放してくれれば……。

 

「な、なにっ?」

 

 しかし、アネルザは驚愕して声をあげるしかなかった。

 いきなり両手首に鎖のついた革枷が出現したのだ。

 それが引きあげられる。

 そして、かなり上まで身体全体が引きあがったところで、やっと足枷が消滅した。

 

「や、約束が違うぞ」

 

 アネルザは正面に立つロウに叫んだ。

 逆さ吊りしていた枷は外れたものの、まだ床からほんの少し身体が浮いたままだ。

 つまりは、宙吊りの上下が入れ変わっただけで、吊りあげの苦痛からは解放されていないのだ。

 

「さて、わしからの贈り物じゃ。主殿によれば、お前は奴隷を飼っていて、それを性的にいたぶるのが好きなようじゃな。だったら、そんなお前にぴったりかもしれん」

 

 サキという雌妖が指輪のような金属の環を股間に近づけてきた。

 

「や、やめよ──。な、なにをするっ。うわあっ、ああっ」

 

 アネルザは肉芽に押し当てられたひんやりとした金属の冷たさに悲鳴をあげた。

 次の瞬間、ぎゅんという衝撃が股間に走った。

 なにが起きたかわからなかったが、凄まじい疼きが股間から沸き起こってアネルザは絶叫した。

 そして、視線を股間に落とすと、根元を金属の環に締めつけられた肉芽が巨大化して、まるで子供のペニスのようになっている。しかも亀頭のような膨らみまであり、さらに先端には亀裂まである。

 

「男勝りの気の強さと有名な王妃様にはぴったりの一物ですよ。しかも、そんなに勃起してしまって……。そろそろ、こうやって苛められる調教が満更でもなくなってきたでしょう?」

 

 ロウがアネルザの股間にできあがった小さなペニスに指をそっと這わせた。

 

「はああっ、な、なんじゃ、これ──。いやああっ、だ、だめっ、ああああっ」

 

 恐ろしいほどの快感が沸き起こった。

 アネルザが訳もわからずに身体を激しく揺すった。

 あっという間に限界を超えた快感がせりあがる。

 

「うううっ、はああっ、はううううっ」

 

 アネルザはぶるぶると全身を震わせて身体を反り返らせた。

 ロウが擦っている小さなペニスの先端から白濁液がぴゅっと飛び出る。

 たちまちに気だるさと開放感──。

 そして、圧倒的な快感と、なぜかそれを上回る焦燥感が襲う──。

 アネルザは、昇天しても、なにか足りないような、欲情しきれない不思議な感覚に呻いてしまった。

 

「もどかしいじゃろう。これはふたなりの環と称する淫具じゃ。女に男の快感を与えることのできる淫具なのじゃが、男として達しても、一瞬の気持ちよさはあるが、女としては達していないから快感と同時に焦燥感を与えてしまうようじゃ。しばらくこれで遊ぶといい。どうしても我慢できなくなったら、主殿に女として犯して欲しいとねだるんじゃな」

 

 サキが嘲笑の声をかけてきた。

 

「どうか犯して欲しいと頼めば、犯してあげるかもしれませんよ、王妃様。さあ、あと二、三発ほど抜きますか?」

 

 ロウが笑いながら、またもや「ペニス」を擦りあげてくる。

 アネルザは泣き声をあげた。

 結局、ロウはそうやって四発もアネルザに射精をさせた。

 しかし、達すれば達するほど、もどかしさと気だるさが大きくなる。

 アネルザは、もう感情の制御ができなくなって、ただただ泣き悶え続けた。

 

「こんなのも、いいでしょう?」

 

 ロウは今度は細い金属の棒のようなものをアネルザの股にできあがった小さな怒張の亀裂に縦にあてがった。

 そして、それをすっと挿し入れる。

 

「うわああああっ、んぎいいいいっ」

 

 激痛にアネルザは喚き声をあげた。

 しかし、その痛みが瞬時に得体の知れない気持ちよさに置き換わる。

 

 なんだ、これ──?

 アネルザは混乱した。

 痛みが、気持ちいい──。

 いや、痛いのだが、気持ちいいのか……?

 とにかく、もうどうなっているのかわからない。

 

「俺はやられたことはないですが、尿道責めも効くようですね、殿下。挿し込んだ金属棒に微弱な電流を流しっぱなしにしてあげますね。病みつきになりますよ」

 

 ロウがくすくすと笑った。

 

「ふううううっ」

 

 そして、襲ってきた。

 もうなにもわからない。

 弱い電撃の衝撃が股間に襲う。

 だが、同時に恐ろしいほどの快感が襲う。

 

 「ペニス」が激しく膨れあがる──。

 射精をしようとしているのだ。

 しかし、穴が金属棒で塞がれてもいる。

 出せない──。

 アネルザはあまりの仕打ちについに号泣してしまった。

 

「さて、じゃあ、そろそろ屈してもらいますか──」

 

 ロウが言った。

 

「……も、もう許してくれ……。犯すなら犯していい……。いや、犯してくれ……。もう堪忍してくれ……」

 

 アネルザは叫んだ。

 もう、屈服した。

 これ以上、なにも耐えられない。

 ロウに屈することは、すでに屈辱とは感じない。

 アネルザはすでに追い詰められていた。

 

「まだまだですよ、王妃様。王妃様には被虐の限界を超えた最高の快楽を味わってもらいますからね。そのためには、もっともっと苦しんでもらう必要があるんです」

 

 ロウのその言葉が終わるとともに、突如として、ロウの手に油剤の容器ようなものが出現した。

 蓋が開き、アネルザはそこから発する香りにぞっとした。

 その薬剤についてアネルザは知っていたのだ。

 よく奴隷調教のときに使う拷問用の薬液だ。

 人を屈服させるには、これがなによりもいい。

 陳腐だという者もいるが、効果があるからこそ多用されて陳腐になる。

 

「わしが与えた亜空間術を便利に活用しているようだな。だが、そうやって、調教の道具を持ち歩いておるのか、主殿?」

 

「肌身離さずね」

 

 ロウが容器の中身をアネルザに見せるようにした。

 やっぱりだ。

 

「や、やめよ。それだけはやめてくれ」

 

 アネルザは悲鳴をあげた。

 

「おっ、その顔はこれがなにか知っているようですね、殿下。そのとおり、これは掻痒剤です。これを肌に塗れば、怖ろしいほどの痒みが襲いかかります。ただし、身体に害はないから安心してください」

 

「や、やめてえっ」

 

 アネルザは金切り声をあげた。

 しかし、ロウは自分の横に立っている三人の女に視線を向ける。

 

「……お前たち、これを一滴残らず、王妃様に塗るんだ。ふたなりの環で作ったペニスにも尻穴にも忘れずに塗り込め。もちろん、膣の中には何度でも重ね塗りしろ。ちょっとでも残れば、お前たちの身体に塗らせるからな」

 

 ロウの言葉に、アネルザの視線の中にいたエリカとコゼとシャングリアがはっとしたように目を合わせた。

 そして、慌てたように油剤の入った容器に一斉に指を突っ込む。

 

「いやああっ、ああああっ」

 

 三人の女が油剤をすくって、アネルザの身体に塗りたくりだす。

 

 まずは乳房──。

 そして、無防備な股間は前後から──。

 膣に塗り込まれ、尻穴にも執拗に指で詰め込まれる──。

 微弱な電撃が送られ続けているペニスにも、挿さっている棒の隙間から中に送られ、幹や付け根に油剤を塗られる──。

 それを何度も何度も繰り返された。

 三人の女たちは、油剤が余るのが嫌なのだろう──。

 最後にはアネルザの全身に油剤を塗りたくった。

 

「さて、どのくらい我慢できるかな……。じゃあ、お前ら、手に着いた油剤は、誰の股間でもいいから擦りつけ合え……。その代わりに順番に抱いてやる。三人とも素っ裸になれ。王妃様が痒みに狂ってしまうまで暇つぶしに犯させろ」

 

 ロウが笑いながら言った。

 エリカたち三人は、ちょっとびっくりしたような表情になったが、すぐに争ったように脱衣を始める。

 それと並行して、きゃあきゃあと悲鳴をあげながら指についた油剤をお互いの股間に擦り付け合いだす。

 

「……まずは、サキだ。四つん這いになれ」

 

 一方でロウは雌妖のサキに声をかけた。

 

「わしから抱いてくれるのか、主殿……。嬉しいな」

 

 サキが微笑みながら、四つん這いになってロウに尻を向ける。

 まるで、アネルザに見せつけるような目の前にだ。

 しかし、そのときには、早くも粘膜に染み込んだ成分が、不快な痒みをアネルザに引き起こしていた。

 

「ああ、か、痒い──。か、痒いいっ──痒いっ」

 

 アネルザは両腕の疲労も忘れて、乳房と髪を振り乱した。

 一度意識すると、収まることなく、どんどんと痒みが膨れあがる。

 

「もう、もう抱いて──。抱いてくれ──。屈服する。屈服するから──」

 

 汗が全身から噴き出す。

 いくら歯を食い縛っても、抵抗のしようがない猛烈なむず痒さだ。

 

「王妃様の順番は最後ですよ。しばらく、そうやって尻踊りをしてください」

 

 ロウがそう言って、サキに向き直った。

 そして、後背位で雌妖を犯しだした。

 

「ああっ、主殿──、主殿──。やっぱり気持ちいい……。な、なんで、主殿はこんなに上手なんじゃ」

 

 すぐにサキは感極まった声をあげて悶えだした。

 

 

 *

 

 

 ロウがアネルザの目の前で、見せつけるように女たちを抱く行為が続いている。

 一方で、そのあいだ、あまりの痒みにアネルザは何度も失神するような感じで意識を失いかけた。

 だが、それも痒みの苦しさで覚醒してしまう。

 それを繰り返している。

 

 いま、アネルザは両手首だけでなく、両足首にも枷を装着され、手首と足首の四点で、逆海老的なうつ伏せの体勢で宙に吊られていた。

 手首にかかる痛みは小さくなったが、その代わりに太腿を擦って痒みを少しでも和らげることはできなくなった。

 

 いずれにしても、そんなもので癒されるような痒みではなかったが……。

 そのアネルザの真下で、ロウが自分の女たちを抱くということが続いている。

 

「あん、ああん、ああん、いく……いきます……。いかしてください、ロウ様……。ああ、わかんない……もう、わからなくなる……」

 

 身体の下でエリカが悲鳴のような叫び声をあげた。

 

「いってもいいが、もう三度目だろう……。次にいったら終わりだぞ。順番に抱いているんだからな」

 

 ロウが苦笑気味の口調でエリカの股を正常位で犯しながら言った。

 

「だ、だって……我慢できないいっ、あはああっ」

 

 首に両手首を密着させて頭を抱え込むようにしているエリカが大きく背を反り返られた。

 サキという妖魔に次いでロウが抱いたコゼもそうだったが、ロウが最初に連れてきた三人の女たちには、首と四肢の手首に布の装飾品を巻いていて、どうやら、それはロウの好きに組み合わせて密着させることができるようだ。

 それでコゼは左右の手首と足首を密着させられて、大股開きの体勢で抱かれていたし、エリカは両腕を首にあげて脇晒しでロウに責められている。

 女を拘束したり、拘束して抱くというのは、この男の性癖のようだ。

 

「そろそろ、俺も一度出すか……。エ、エリカ、いくぞ」

 

 ロウの腰の動きが一気に速くなった。

 

「う、うんっ……ロ、ロウ様……ああっ、で、でも、そんなにされたら……いったのに、いっちゃう……いっちゃいます……い、いっひゃううっ」

 

 たったいま達したばかりの仕草をしていたエルフ女のエリカが、さらに身体を弓なりにして、がくがくと身体を揺すらせた。

 そのエリカの腰にロウは激しく何度も腰を突きだし、やがて、ぶるりと身体を震わせた。

 しかし、エリカはすでに脱力したようになっていて、ロウの射精のときには半分気を失っているような感じだ。

 

「やれやれ」

 

 ロウが笑いながらエリカから腰を引いた。

 だが、ロウの怒張は精を放った直後だというのに、まだまだしっかりと勃起していて、精液と淫液にまみれててらてらと光っている。

 

「つ、次はわたしだな……。ほ、ほらっ、エリカ、呆けてないで早くどいてくれ」

 

 素っ裸のシャングリアがエリカを押しのけるように、ロウに寄ってきた。

 

「よしよし……。じゃあ、シャングリアは、背中側に四肢をまとめた逆海老の体位だ」

 

「うわっ」

 

 ロウの言葉とともに、シャングリアの手足は身体の後ろに強引に引っ張られた感じになり、四肢を背中に集めてごろりと転がった。

 

「悶え泣いてくれよ、女騎士殿」

 

 ロウがお道化た口調で手足を背中に回して仰向けになっているシャングリアの裸身を両足で抱え込むようにして固定する。そして、宙から取り出したように手に出現させた「筆」でシャングリアの身体をゆっくりとくすぐりだした。

 シャングリアはたちまちに悲鳴をあげた。

 

「や、やああっ、ロ、ロウ、わ、わたしもさっきの痒み剤の残りをコゼとエリカに塗られたのだ。そ、そんなことをされたら耐えられない」

 

「それを耐えさせるのが調教だ。苦しんでくれ」

 

 ロウが笑いながらシャングリアの身体に筆を這わせる。

 しかし、アネルザの気力も限界だ。

 順番に犯すと言っていたので、この痒みにただれた身体をロウに犯してもらえるのは、シャングリアの次のはずなのだ。

 だが、ロウの様子では、シャングリアを抱くのに、ゆっくりと時間をかける気配だ。

 アネルザは泣き叫んでしまった。

 

「た、頼む……。もう、許して……。ロウ、ロウ殿……。も、もう限界じゃ……。ねえ、ロウ殿……」

 

 アネルザはロウとシャングリアの上で吊られている全身を激しく揺すった。

 

「……順番だと言ったでしょう、殿下……。仕方がありませんねえ。じゃあ、コゼに頼んでください。コゼ、相手をしてやれ」

 

 ロウが言った。

 そして、悲鳴をあげ続けるシャングリアをいたぶる態勢に戻る。

 しかも、ロウはシャングリアをころりとうつ伏せにすると、手首とまとまっている足の裏や指のあいだに筆を差し入れている。

 まだまだ時間をかける様子だ。

 

「ロ、ロウ殿……。ご、後生だ。か、痒いいいっ」

 

 アネルザは絶叫した。

 だが、今度はロウはアネルザを無視したように、シャングリアに向き合ったままだ。

 そのアネルザの胸に背後からすっと両手が伸びてきた。

 

「ご主人様の命令ですからね。あたしが相手をしてあげますよ、おばさん。ここを揉んで欲しいですか?」

 

 コゼがくすくすと笑いながら、手をアネルザの乳房の直前で静止させた。

 だが、はっとした。

 コゼの両手には、たっぷりと新しい粘性の油液が塗られているのだ。

 

 まさか……。

 

「そ、それは新しい掻痒剤か──? や、やめてくれっ。わ、わたしは、もう耐えられん」

 

 思わず言った。

 

「そうですか……。じゃあ、シャングリアにおすそ分け……。エリカにも……」

 

 コゼがすっと手を引いて、ロウに筆責めをされているシャングリアの股間にねっとりした手を擦り付けるようにした。

 

「ひいいっ、コ、コゼ──。な、なんてことを──」

 

 シャングリアが抗議の声を出した。

 

「いいじゃないの、シャングリア。このおばさんがせっかくの油剤をいらないって言うんだもの。どうせ、すぐにご主人様が癒してくださるわよ……。さあ、エリカもね」

 

 コゼが悪戯っぽく笑って、ロウとシャングリアの横でまだ死んだようにぐったりとしているエリカの股間に手についた液剤をつけた。

 エリカがびくりと身体を反応させた。

 

「う、うわあっ──。ま、待ってよ……。わたしの番は終わったばかりなのよ。いま、それを塗ったら……」

 

 エリカが身体を回転させて、コゼの手から身体を離した。エリカの両手は、いまだに首と密着させられていて、まだ拘束状態にある。

 

「あら、そうだったね。ごめんね、エリカ。だけど、塗っちゃったわ」

 

 コゼがけらけらと笑った。

 エリカが口惜しそうにコゼを睨んだ。

 しかし、もうアネルザのことを忘れたように振る舞うコゼに、アネルザは追い詰められた気持ちになる。

 それがコゼの嫌がらせとわかっていても、アネルザはそのコゼに哀願するしかないのはわかる。

 

「わ、わかった。胸を揉んでくれ。揉んでおくれ」

 

 アネルザはコゼに叫んだ。

 もうなんでもいい──。

 新しい掻痒剤を塗られることでさらに苦しくなっても、いまは少しでもこの痒みが癒されるなら……。

 

「あらっ、やっぱり揉んで欲しいですか、王妃殿下?」

 

 コゼがこっちを向く。

 そして、寄ってきた。

 いつの間にか宙吊りのアネルザの横に出現している台に乗った容器にどぼんと手をつける。

 その中にたっぷりと掻痒剤の油液が入っているのだ。

 台の横には雌妖のサキがいるので、新しい油剤を準備したのはサキなのかもしれない。

 油剤に濡れたコゼの手が再びアネルザの乳房に背後から伸びる。

 

「……ところで、どっちを揉めばいいんですか?」

 

「右も……左も……両方よ……」

 

「そうですか。早く言ったらいいじゃないですか」

 

 やっとコゼは両方の手でアネルザの乳房を握りしめた。

 

「お、おおおっ」

 

 一瞬にして沸き起こった激情に、アネルザは吠えるような声をあげた。

 だが、全身に響き渡った愉悦は短い時間だけだった。それからは新しい焦燥感を引き起こす刺激だけに変わる。

 なにしろ、コゼがアネルザの乳房を揉む手は、馬鹿みたいにゆっくりで丁寧だったからだ。

 

「ああっ、も、もっと強くっ」

 

 アネルザは吊られた身体を懸命にコゼの手に押し付けるようにした。

 だが、それに応じてコゼの手はすっと距離を取る。

 そして、いつまでもわずかに指が食い込むような力でアネルザの乳房を揉むだけだ。

 

「強く? どこをですか、王妃様?」

 

 コゼがわざとらしく恍けた声を出す。

 かっと血が頭に昇るが、どんなに恥辱であっても、それに応じなければならない屈辱の現実がある。

 

「む、胸よ。そ、それに乳首──。もっともっと強く擦って」

 

「こうですか?」

 

 初めてコゼの指に力が加わり、しかも痒みの頂点のようになっている乳首を捻るようにしてきた。

 

「んふうううっ」

 

 恐ろしいほどの快感がアネルザに襲い掛かった。

 二度、三度、四度、激しく乳房が揉まれる。

 鮮やかな閃光がアネルザの身体に飛び散る。

 まるで全身の毛穴という毛穴が、一斉に快感に弾けるようだった。

 それでも十回を超えると、さらに強い刺激を求めて、アネルザの身体は狂い始める。

 

「も、もっと強くっ」

 

「こう?」

 

 コゼが乳房を潰さんばかりにぎゅっと揉んだ。

 

「あああっ」

 

 脳天を直撃する愉悦の衝撃が襲う。

 だが、コゼはぱっと手を離してしまった。

 

「な、なにやってんのよ。も、もっと揉みなさい」

 

 叫んだ。

 

「それが人に物を頼む態度ですか? あたし、嫌になっちゃった」

 

 コゼが言った。

 アネルザは歯噛みした。

 そうやって、わざとアネルザを侮辱しているのはわかっている。

 こんな小娘に憐れみを乞うのは恥辱だ。

 しかし……。

 そのとき、身体の下の喧騒が耳に入ってきた。

 

「ね、ねえ、ロウ様──。コ、コゼに悪戯されたんです……。ま、また、痒み剤を塗られてしまって……。手を……手を取ってください──」

 

 エリカが必死の口調でロウに寄っている。

 ロウがなにかを小さく呟いた。

 

「なっ、なに? えっ、ロウ様?」

 

 すると、エリカの身体もシャングリアと同じように「逆海老の姿勢」になる。

 ロウがシャングリアとエリカを並べて、筆を動かしだした。

 

「ひやっ、ひいいっ、ひやあああっ」

 

「んくううっ、うはあっ」

 

 ふたりの悲鳴が部屋に響き渡る。

 いずれにしても、まだまだ時間はかかりそうだ。

 もう屈するしかない。

 アネルザは覚悟を決めた。

 もう、恥辱など気にしてはいられない。

 切羽詰まっているのだ。

 

「ああっ、コ、コゼ殿……。お、お願いじゃ。胸を、胸を強く強く揉んでくれ……。い、いや……揉んでください……」

 

 その瞬間、アネルザの中でなにかが砕けて散った。

 だが、そこから熱いものが込みあがり、別の大きなものがアネルザを包み込んだ気もする。

 

「じゃあ、遠慮なくいきますよ。でも、あたしは胸しか揉みませんからね。ほかの場所はサキに頼んでくださいね」

 

 コゼが新たに油剤を手につけて、乳房全体を包むようにぎゅっ、ぎゅっとアネルザの乳房に食い込ませ始める。

 

「ああっ、んんんっ、おおおおっ」

 

 吠えるような声を出さずにはいられないほどの気持ちよさだ。

 全身が溶けるような快感にしばらくのあいだアネルザはうっとりと身体を酔わせた。

 とめどのない快感がアネルザの身体に流れる。

 ただれるような痒みが癒されるのは、なんという甘美感だろう。

 コゼが力強く乳房を揉むたびに、アネルザの口からは大きな嬌声が迸った。

 

 しかし、胸を揉まれて痒みを忘れられたのは、ほんの少しの時間だけだった。

 いまとなっては、放置されたために、その苦悩はさらに深刻なものになっている。

 だが、さっきのコゼの言葉を思い出すしかない。

 おそらく、コゼはどんなにアネルザが哀願しても、胸以外の刺激をしてくれることはないだろう。

 アネルザは腕組みをして、にやにやとこっちを眺めている雌妖に視線を向けた。

 

「あ、あんた……。サ、サキ殿……」

 

 アネルザはサキに視線を向けた。

 こんな雌妖に身体を触られるのは恥辱以上に恐怖でもあったが、いまはほかに方法はない。

 

「呼んだかい?」

 

 サキがにやにやとアネルザに笑みを向ける。

 

「か、痒いのよ……。ま、股を……股を擦って……」

 

「股? 人間族の言葉は難しくてねえ。股のどこだか、はっきり言いな」

 

 かっとなる。

 しかし、懸命にそれを耐える。

 

「ワ、ワギナだよ」

 

「脇? 脇の下をくすぐるのかい?」

 

 サキがわざとらしく、前側から脇を指で刺激する。

 

「んふううっ、ち、違う。ま、まんこ……。まんこようっ……」

 

「もっと、でかい声で言いな──」

 

「まんこ、まんこに指を入れて──。もう、限界……。なんでもいい……。誰でもいい……。犯して……犯して……」

 

 アネルザは絶叫した。

 

「誰でもいいというのは気に入らないけど、まあ、いいか」

 

 サキがアネルザの股間に指を入れて緩やかな抽送を開始した。

 

「ああっ、うううっ、ああああっ」

 

 アネルザは吊られた身体を激しく揺すって、甘いすすり泣きをした。

 この快感は、これまでのアネルザの人生に存在しなかったものだ。

 どの性行為や、奴隷相手のどの狂態よりも、激しくて……、深くて……、大きい。

 そして、全身に染み渡る。

 だが、快感が大きければ大きいほど、残っている二点の苦しさがアネルザを襲う。

 

「ううううっ、お尻も……。お尻もして……。ち、ちんぽも…。お願い──。お願いようっ」

 

 アネルザは叫んだ。

 すると、胸を揉み続けていたコゼが、意味ありげにくすりと笑った気がした。



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136 恥辱の向こう側

「ううううっ、お尻も……。お尻もして……。ち、ちんぽも…。お願い──。お願いようっ」

 

 アネルザは泣き叫んだ。

 恥も外聞もない。

 発狂するようなこの痒みには、すべてを捨てて屈するしかない。

 

「ふふふ、じゃあ、サキ、交代して」

 

 背後からアネルザの乳房を揉んでいたコゼが手を離して、アネルザの前に回ってきた。

 

「尻にちんぽとはな……。この年増も相当に、主殿(しゅどの)の鬼畜が頭にきているようだな。どれっ、これでいいか、コゼ?」

 

 コゼと入れ替わるように、アネルザの後ろに回った雌妖のサキが、親しげな口調でコゼになにかを示した。

 しかし、アネルザには見えない。

 

「いいんじゃない。きっと、この王妃様は狂ってしまうわね」

 

 コゼが意味ありげな口調で言った。

 だが、それについてなにかを勘ぐることはできなかった。

 ふたりが乳房と膣をいたぶるのをやめてすぐに、またもやそこから苦しい痒みが襲ってきたからだ。

 

「ううっ、うぐううっ」

 

 アネルザは歯を食い縛った。

 

「ちょっとでも、やめられると痒いですよね。わかりますよ、王妃様。あたしたちは、みんな、ご主人様のそんな責めをいつも受けているんです。多分、もう少しすれば、ご主人様が王妃様に精を注いでくれますよ。そうすると、全身を襲っている痒みが嘘のように消滅して気持ちよくなります。そういう掻痒剤なんですよ、これは」

 

 コゼが言った。

 その言葉を耳にして、アネルザは目の前でシャングリアとエリカをいたぶっているロウという男に視線を向けた。

 相変わらず、アネルザを無視したように、自分の女に集中している。

 

 本当に恨めしい。

 しかし、思考はそこまでだ。

 コゼがアネルザの股間の前で勃起している疑似男根をゆっくりと擦りだしたのだ。

 

「ふわあああっ」

 

 アネルザは雄叫びのような声をあげてしまった。

 おかしな魔道具で男の子の性器のように変形させられているとはいえ、元はといえば、アネルザの陰核だ。

 凄まじいまでの快感が襲いかかる。

 

「ほおっ、ほっ、ほっ」

 

 馬鹿みたいな声が出てしまう。

 恥ずかしいとか、みっともないとか思うこともできない。

 ひたすらに火花が散るような快楽の衝撃が繰り返す。

 

「本当にはしたない人間族の女だな。ほれ、狂え」

 

 サキの声がした。

 次の瞬間、ただれそうな菊座に圧倒的ななにかが挿入してきた。

 

「うはああっ」

 

 さすがにアネルザは震えあがった。

 

「結構、この感じだと、ここになにかを入れるのは初めてだな。それにしては、思ったよりも簡単に張形を飲み込むのう。まあ、わしの仮想空間だし、たっぷりと油剤を塗っておるからな」

 

 サキが張形を尻穴に挿入して、ゆっくりと前後しながら言った。

 

「そうなの? 初めて? だけど、だったら、仮想空間の外ではもう一度、慣れるところから調教受けないとね。羨ましいな。ご主人様から、これからお尻を開拓してもらえるなんて」

 

 コゼがけらけらと笑いながら、アネルザの小さなペニスを力強く押し揉むように刺激する。

 

「あはあっ」

 

 その瞬間、身体の芯から強いものが込みあがり、アネルザの股間に作られたペニスの先端からぴゅっと白濁液が飛び出た。

 快感が襲ったが、それは一瞬だけだ。

 すぐに、切ないようなもどかしさが襲う。

 

「精を放っても、男の子の方の場合は焦燥感で苦しいだけじゃ。女の股でいかされなければ、身体は癒されん。女の身体だからな」

 

 サキが背後でアネルザのアナルを犯しながら言った。

 

「可哀想……。じゃあ、苦しみが増すように、もっと出しましょうね」

 

 コゼがさらにペニスを擦る。

 もう、わけがわからない。

 痛快なまでの快美感が脳の奥まで焼き尽くす。

 アネルザはしばらくのあいだ、我を忘れて声をあげ続けた。

 そして、どれくらいの時間が経っただろうか。

 突然、コゼとサキがすっと離れていく。

 刺激を中断された瞬間に、あの痒みが襲ってくる。

 

「な、なにっ? いやあっ、もう苛めないで──」

 

 アネルザは叫んだ。

 

「待たせましたね、王妃様。やっと王妃様の番になりましたよ」

 

 声はロウの声だった。

 そのロウの手ががっしりとアネルザの尻を横から持った。

 

「んふうううっ、ああああっ」

 

 アネルザは悲鳴をあげていた。

 いままで襲っていたサキの操っていた張形に代わり、ロウの怒張がアネルザの菊門を貫いてきたのだ。

 アネルザは宙吊りの背中と首筋を弓なりにして、大量の涎とともに声を絞り出した。

 

「頑張った王妃様へのご褒美ですよ。最高の快感をあげますね。まずは尻です。サキが調教後の尻穴にしたそうですね……」

 

 サキとぼそぼそとなにかを話していたロウが言った。

 そのときには、ロウの一物はそのままアネルザの尻穴に最深部まで一気に達していた。

 そして、動き出す。

 

「んふううっ、はあああっ」

 

 それは予想を遥かに越える衝撃と歓喜だった。

 しかも、おそらく人生で味わったことのない快感だと思うのに、一瞬後にそれが覆り、さらに大きな愉悦がアネルザに襲い掛かってくる。

 

 なんだ、これ──?

 アネルザはあまりの快楽に恐ろしささえ感じてきた。

 これほどまでに気持ちよくされたら、おそらくアネルザは、もはや、これなしでは生きていけなくなるのではないか……。

 そんな恐怖だ。

 

「ああ、あああっ、あああっ」

 

 脳が溶ける……。

 身体が焼ける……。

 

「はあああっ」

 

 わけもわからず、アネルザはがくがくと身体を震わせていた。

 どうやら尻を犯されて達したのだとわかったのは、昇天の快感の中を途切れのないロウの怒張の律動を続けられて少ししてからだ。

 

 そして、また達する。

 怖い……。

 感じすぎるのが怖い……。

 なんという快感……。

 なんという愉悦……。

 

「ふんんんんっ」

 

 やがてアネルザは三度目の昇天をした。

 こんなに短い時間で連続で達するのも、その深さも、アネルザの知っていた過去の性交の快感とは桁違いだ。

 そのとき、アネルザの尻の中で、ゆっくりと規則正しい動きをしていたロウの一物がにわかにさらに大きくなり、そして、ぶるりと震えた気がした。

 

「気持ちいいですよ、王妃様。素晴らしい尻穴です。この快感もすぐに現実空間側で本物にします。あとでスクルズも連れてきますから、移動ポッドを俺の屋敷の調教部屋に繋げてもらってください。毎日、調教されに来るんですよ、王妃殿下」

 

 ロウが愉しそうに言った。

 スクルズ?

 しかし、そのとき、アネルザはお尻の中でロウの精がはっきりと迸るのを感じた。

 アネルザの思考は吹き飛んでしまう。

 

「ああっ、はあっ、あああ? なに? なんなの? なに、これ?」

 

 なにかがアネルザを覆い尽してくる。

 理解できないものがアネルザを包み込んできた。

 それは、快楽そのものだ。

 快楽の化け物が、アネルザの心に入り込み、そして、アネルザに取って代わって支配しようとしている。

 だが、一方でアネルザは、それを少しも跳ね除ける気にはなれない……。

 むしろ、心からの悦びとともに、その支配を受け入れる……。

 そんな不思議な感覚に襲われていた。

 

「も、もっと……。もっとっ──」

 

 アネルザは叫んでいた。

 未知への快楽の飢え──。

 それがアネルザに襲い掛かっていた。

 なにかに、支配される……。

 いや、ロウに……。

 アネルザは心からそれを欲している。

 

「じゃあ、次は前をいただきましょう。ところで、お前たち、王妃様に奉仕してさしあげろ。シャングリアもエリカも、呆けていると罰を与えるぞ」

 

 ロウが愉しそうに言った。

 四肢を吊っていた鎖が動き、宙吊りを仰向けの体勢に変化させた。

 すぐに、コゼと雌妖のサキがアネルザに身体に手を伸ばす。愛撫が始まる。

 床でぐったりとしていたシャングリアとエリカも起きあがった。

 

「ね、ねえ、ロウ様、わたしはまだ手が……」

 

 そのとき、エリカがアネルザの前に回ってきたロウに声をかけた。

 シャングリアはもう拘束が解けていたが、エリカだけはあの布の「拘束具」によって、首の後ろに両手を固定されたままだったのだ。

 

「エリカ、お前は苛められるのがよく似合うよ。俺が王妃様を犯したら、その接合部に舌を這わせるんだ」

 

 ロウが言った。

 エリカが泣きそうな顔になったが、口ごたえのようなものはしない。

 そして、ロウがアネルザの股間を貫く。

 

「うぐうううっ、はあああっ」

 

 アネルザは声をあげた。

 またもや、全身に快楽の大波が襲ってきた。

 巨大な淫情の情念のようなものが、はっきりとアネルザの体内に宿ったと思った。

 そして、ロウが貫いている股間にエリカが舌を這わせだす。

 

「わたしも奉仕するぞ」

 

 すると反対側からシャングリアがアネルザの股間に作られたペニスを口で含んだ。

 乳房をコゼ──。

 アナルをまたもやサキ──。

 屈従の歓喜をはっきりと覚えながら、アネルザは頭が真っ白になるのを感じた。

 

「ああああっ」

 

 すべてが霧のようなものに包み込まれる。

 アネルザは大きな嬌声をあげ、たまらずにがくがくと身体を振った。

 そのアネルザにロウがまた精を放った。

 アネルザは、限界を超えた快感により、自分の意識がすっと消えていくのがわかった。

 

「王妃様、ところで、イザベラが要求している私設軍の創設の要求……。王妃騎士の件です……。これは賛成してくださいね。資金援助も……。悪いけど、これについては、しっかりと暗示をかけさせてもらいます。その代わり、それ以外は暗示は最小限です。王妃が俺から離れられなくなるのは、快楽によってです」

 

 ロウがアネルザを犯しながら、耳元でささやいた。

 そして、なにもわからなくなった。

 

 

 *

 

 

「無礼者──、とにかく、早くしまえ──」

 

 横で大きな声がした。

 はっとした。

 一瞬、ここがどこだかわからなかったが、アネルザは自分が王妃の椅子に座っているのを悟った。

 

 ここは、アネルザの居城である王妃宮だ。

 王であるルードルフの正殿と並ぶように建てられているアネルザの住まいだ。

 アネルザは、その一室でふたりの奴隷を売りに来た奴隷商人と向き合っていた。

 

「な、なに?」

 

 混乱した。

 これは、どういうことだ?

 さっきのは……?

 

「殿下?」

 

 声をかけたのは、王妃の警護のために横に立っている女将校だ。アネルザの周りには四人の女兵がいるが、その四人の長となる女衛兵になる。

 どうやら、アネルザの様子に不審を抱いたようだ。

 

「これはお見苦しいものを……。おいっ──」

 

 奴隷商人が男奴隷を叱咤した。

 すると、目の前に立っていた男奴隷が、にやりと笑って、膝まで下げていた革の半ズボンを腰にあげて、元のように跪く。

 

 これは……?

 アネルザは呆然としてしまった。

 このロウという男奴隷が余興でやった行為により、その怒張から放った精を髪にかけられた。

 次の瞬間、不思議な場所に転送されてしまい、このロウという男と女たちから、屈辱的な凌辱の限りを尽くされた。

 

 だが、それは白昼夢だったのか?

 まるでそんなことなどなかったかのように、いま、アネルザは奴隷商人に対面している。

 時間だってかなり経っているはずなのに、どうやら、男奴隷のロウがあの余興をした直後のようだ。

 

 あれは、夢?

 

「あっ」

 

 そのとき、アネルザは声をあげてしまった。

 

「どうかしましたか、殿下?」

 

 今度ははっきりと、さっきの女将校がアネルザに声をかけた。

 

「な、なんでもない」

 

 アネルザは強い口調で言ったが、胸で大きな鼓動が鳴りだすのと、全身がかっと熱くなるのがわかった。

 アネルザのスカートの中では、間違いなく勃起した小さな性器が存在している。

 それがわかったのだ。

 

 つまり、あれは夢ではない……。

 アネルザは、目の前に跪いている者の中で奴隷商人ではなくロウに目を向けた。

 さっきのことが現実のことであるならば、中年の男の姿の奴隷商人は、女騎士のシャングリアの扮している変装であり、この一行の本当のリーダーは、男奴隷のふりをしているロウのはずだ。

 

 ロウ……?

 

 いや、そもそも、自分はこのロウという奴隷の名は知らないはずだ。

 アネルザがそれを知ったのは、あの不思議な空間における凌辱のあいだのことだ。

 この宮殿において、この男奴隷はまだ名を名乗っていないはずなのだ。

 

「……ロウ」

 

 アネルザは呼んでみた。

 

「はい」

 

 ロウがにやりと笑った。

 アネルザはどきりとした。

 やはり、あれは夢ではない。

 ロウの表情で、アネルザはそれを確信した。

 だから、言葉に詰まってしまった。

 

「殿下……」

 

 すると、今度はロウが口を開いた。

 

「こ、こらっ、お前」

 

 叫んだのは女将校だ。

 奴隷の身分で王妃のアネルザに自分から声をかけるのは許される行為ではない。

 だから、たしなめの言葉を発したのだ。

 

「よい……。直答を許す。なにか?」

 

 アネルザはそう言ったが、自分の声がやや引きつったようになっているのがわかった。

 さっきのは夢でも幻でもない。

 このロウは、アネルザは容赦のない力で圧倒し、押しつぶし、そして、征服した。

 あの途方もない快感をアネルザの身体ははっきりと覚えている。

 それは忘れようもない。

 

「……はい、王妃様。よろしければ、別室で味わいませんか? お人払いしていただいてね。俺の価値はそれからお決めください。金貨五十枚ということでしたが、あるいは、それほどの価値はないかもしれないし、それ以上かもしれない……」

 

 ロウが言った。

 そういえば、金貨五十枚であがなうと口にしたような気がする。

 このロウから不思議な場所に連れ込まれる前の話だが……。

 

「お、お前、無礼な──」

 

 女将校がいきり立ったが、アネルザはそれを制した。

 

「よかろう。お前がわたしの相手をしてくれるというのだな? だったら、地下に部屋を用意する。人払いもしよう」

 

 アネルザは答えていた。

 横で女将校が驚くような表情をしているのがわかったが、アネルザが考えていたのは、ただひとつのことだ。

 

 あの快楽を引き続き味わえる……。

 その誘惑に勝るものなど存在しない……。

 アネルザは、ロウが誘う言葉が耳に入っただけで、ロウが与えるだろう凄まじいほどの恥辱の快楽に期待して、自分の股間が愛液を漏らし始めるのがわかった。

 

 

 *

 

 

「んっ、あああっ、あああっ」

 

 王妃宮の地下の一室に、アネルザの甘い声が響いている。

 一郎は、全裸の王妃が四つん這いにさせて、栗毛の髪を弄りながら、一郎自身の男根を舐めさせていた。

 

「んんっ、はあっ、ああっ、はあっ」

 

 アネルザは四つん這いの姿勢で、犬の首輪をつけた首を小刻みに動かして、丹念に一郎の性器に舌を這わせている。

 顎から下を涎まみれにして口吸いをするアネルザには、怒声ひとつで周囲の者たちを震えあがらせるという傲慢王妃の面影はない。

 

 奴隷に扮してアネルザを強引にサキの仮想空間に連れ込んだ日から、三日目だ。

 その日以来、昼間と夜の一ノス(※一ノス=約50分)ずつ王妃宮にやってきて、アネルザを調教している。

 一ノスといっても、一郎の亜空間術に連れ込んでの調教になるので、そこで一回につき、三日ほどの時間をすごし、現実世界に戻るのだ。

 一郎の亜空間の中では、一郎は時間経過を好みのままに制御できる。それが亜空間術だ。

 だから、これで六回目の亜空間における逢瀬になるのだが、現実世界においては、一郎が王妃アネルザを支配してから、まだ三日目だ。

 しかし、現実世界では六ノスでも、アネルザの体感時間は延べ半月以上になる。

 これだけの時間を連日連夜、アネルザは、一郎による徹底的な調教を受けているのだ。

 アネルザは、決してマゾではなかったが、その王妃が完全に被虐の悦びを開花させるのに、十分な時間だった。

 

 一応は、今日で集中調教の仕上げということになっている。

 もっとも、当然にこれで終わりではなく、これからも、当たり前の日常として、アネルザが一郎に調教をされる日は続くだろう。

 しかし、さすがに、亜空間の中で三日をすごし、現実世界に戻るというやり方は、連発すると、アネルザもそうだが、一郎の負担も小さくない。

 やはり、亜空間時間と現実時間の流れの差異は、極端な違いを付けない方がいいように思う。

 

「コゼ、垂らせ」

 

 一郎は今日の同行者であるコゼに指示した。

 亜空間世界に一郎がアネルザを連れ込んでいるあいだ、一緒に連れてきている三人娘は基本的には、アネルザが準備した客室でお茶や菓子を愉しんでいるが、毎回助手代わりにひとりだけ、一緒に亜空間に連れ込んでいた。

 今回はコゼだ。

 エリカもシャングリアも、一郎の指示には従うが、やはり王妃に対する遠慮というものをそこはかとなく感じる。だが、コゼの場合はまったく遠慮がない。

 容赦なく、アネルザを責めるので、最後の一日である今日は、昼間の部も、今回の夜の部も、一郎はコゼを指名していた。

 

「いくわよ、王妃様」

 

 コゼが持っているのは蝋燭だ。

 その蝋燭が傾き、アネルザの背中にぼたぼたと灼熱の蝋が落ちていく。

 

「ああっ、ああああっ」

 

 アネルザが顔をのけ反らせて、甘い声で泣いた。

 悲鳴ではない。

 快感で悶えているのだ。

 亜空間調教も六回目となると、アネルザはしっかりと嗜虐の苦痛に反応する身体に変わってしまっていた。

 

「アネルザ、気持ちよくなってないで、舐めるんだ」

 

 一郎は怒張でアネルザの頬をぴしゃぴしゃと軽く叩く。

 アネルザの顔が一郎の性器の尖端についているアネルザ自身の唾液と精液の先走り汁で汚れるが、アネルザは気にする様子もない。

 むしろ、うっとりと目を細める。

 再び、口で奉仕する態勢に戻る。

 

「ほら、ほら、次はここよ」

 

 コゼが蝋燭をアネルザの豊かなお尻側に移動する。

 アネルザの双臀にぽたぽたと蝋が落ちる。

 この世界には、SM調教用の低温蝋燭などないから、本物の熱い蝋燭だ。蝋が落ちた場所には、赤いやけどのようなものができているが、それでもアネルザは気持ちよさそうである。

 そう感じるように、徹底的に身体を調教したのだ。

 また、いくら火傷したところで問題はない。

 一郎は、支配した女の身体を淫魔術の力で簡単に治療できるのだ。念じれば、一瞬にして、怪我だろうが、病気だろうが、一郎は女を癒すことができる。

 おかげで、一郎の女たちは誰も彼も、健康そのものだ。

 しかも、染みひとつない美しい肌を保っている。肌艶をよくするのも、「治療」の範疇になるのだ。

 

「ああっ、き、気持ちいいい、コゼ──」

 

 一郎の視界に、コゼがぴったりと尻の亀裂に蝋を垂らしているのがうつる。

 しかし、アネルザは激痛よりも、快感を覚えたようだ。腰を振って悶え泣いている。

 一郎は顔を傾けて、アネルザの四つん這いの股間を覗いた。

 淫具により作っている小さな男根がこれ以上ないほどに勃起している。

 気持ちいいのだろう。

 

「ふふふ、ご主人様、この淫乱王妃様は、秘裂をぱっくりと開けて、膣から蜜を吐き出しましたよ」

 

「気持ちいいみたいだな。一度いかせてやるか。コゼ、搾ってやれ」

 

「はい」

 

 コゼが蝋燭を下に置き、アネルザの後ろに回ると、四つん這いの脚のあいだから手を差し入れる。

 

「ああ、そこは、そこだけは嫌だ。く、狂うのだ」

 

 アネルザが奉仕の口を開いて声をあげた。

 コゼが握ったのは、陰核を魔道で膨張して作りあげている疑似男根だ。

 そこをコゼは擦っているのだ。

 

「だったら、しっかりとご主人様をお慰めしなさい、王妃──。まったく、いつまでも駄目犬なんだから」

 

 コゼがアネルザの股間の「男根」を擦りながら、一度置いた蝋燭を手に取る。

 蝋のしずくがアネルザの菊門に連続で直撃するのがわかった。

 

「んぎいいっ、ああ、いくうううっ」

 

 アネルザが四つん這いのまま小刻みに震えだす。

 そして、大きくぶるりと腰を急激に動かし、すぐにがくりと脱力したようになった。

 白濁液がアネルザの股の下を汚した。

 疑似男根から精を放ったのだ。

 

「ああ、こ、これはもう嫌じゃ……。ここで達すれば達するほどに切なくなる。ロウ、苦しい。後生だ。もう犯してくれ。お願いだ」

 

「仕方ないなあ。本当は命令を実行できないままに、あげないんだけど……」

 

 一郎は苦笑しながら、アネルザの背後に回り込んだ。

 コゼと場所を変わり、膝立ちになって、アネルザの尻たぶの脇を両手で持つ。

 ずぶずぶと亀頭をアネルザの股間に挿し入れていく。

 

「ああっ、き、気持ちいい──。あ、ありがとう、ロウ──。最高だ」

 

 アネルザが背中を弓なりにして吠えた。

 一郎はコゼに、アネルザの前に回るように指示する。

 アネルザもそうだが、一郎もコゼも全裸だ。

 この亜空間に入ったときから、すぐに三人とも素裸になっている。

 

「この後、コゼを犯す。その準備をしろ。コゼを慰めろ──。コゼ、命令だ。王妃に性器を舐めさせるんだ」

 

 すぐにアネルザはコゼの股間を舌で舐めだす。

 代わる代わる三人娘をアネルザの調教に連れ込んだのは、こういうこともして、一郎の女同士で交わることについても抵抗を失わせるためだ。

 しかし、アネルザは、大勢の女奴隷を集めていただけに、女同士の絡みには抵抗はなかったようだ。

 むしろ、男を受け入れることの方がかなりのご無沙汰だったようであり、ちまたで言われているほどには、アネルザも男狂いでもなかったらしい。

 まあ、いまでは、すっかりと、一郎の与える精のとりこにしてやったが……。

 

「あっ、はっ、ああっ、ああっ」

 

 コゼが赤い顔をして悶え始める。

 一郎は本格的に、アネルザを責めることにした。

 アネルザの子宮に亀頭を押し込むように、勢いをつけて律動する。もちろん、アネルザの膣内に感じる赤いもやを抉るようにして、アネルザに最高の快感を与えながらだ。

 

「ああ、ふわあっ、あああ、これはっ、ああ、気持ちいいい」

 

 アネルザがぴんと背筋を伸ばすようにして、大きな嬌声をあげる。

 一郎は激しくアネルザを犯しながら苦笑した。

 

「いちいち、奉仕をやめないんですよ、王妃──。コゼ、顔を押さえつけてやれ」

 

「は、はい」

 

 コゼがアネルザの頭に手を置き、自分の股間にぎゅっと押しつけるようにした。

 しばらくすると、アネルザががくがくと身体を震わせる。

 そして、あっという間に女の股間で達してしまった。

 

「んんんんっ」

 

 コゼに顔を押しつけられたまま、アネルザが吠えるように声を出した。

 一方で、一郎については、まったく変わらぬ調子で律動を継続している。一郎が女を抱くときに、女側が達し続けるのは普通のことだ。

 最近では、どんなに早くても、女が三回目か、四回目に絶頂したときくらいにしか精を放たない。

 ただ、これをすると、女があっという間に失神したように、もう続けられなくなるのが困るのだが……。

 

 結局のところ、一郎がアネルザに精を放ったのは、アネルザが四回目の絶頂をしたときだ。

 アネルザの股間は、一郎の精液に反応したかのように、狂ったようにうごめく。

 そして、貪欲に一郎の精を子宮に納めようとでもするように、蠕動をしている。

 一郎は男根を抜いた。

 アネルザの身体が完全に脱力して横倒しになる。

 

「終わったら、現実空間に戻りますよ、王妃……。さて、じゃあ、コゼ、来い。手伝ってくれたご褒美だ。仰向けになれ」

 

 一郎はアネルザの横にコゼを横たわらせる。

 嬉しそうなコゼが仰向けになると、一郎は淫魔術を遣って、コゼの手首を足首に装着している腕輪とアンクレットを密着させる。

 一郎が贈り物をした装飾具だが、淫魔術が刻まれている拘束具だ。首輪もあり、五個の装飾具を淫気を注ぐことで、好きな組み合わせで密着させることができる。

 いまは、コゼの右手首と右足首、左手首と左足首をそれぞれに密着させた。

 コゼが白い腹を見せて寝る蛙のような恰好になる。

 

「あん、これ、恥ずかしいです、ご主人様」

 

 コゼの顔が真っ赤になった。

 

「どうせ、時間の関係のない亜空間の中だ。コゼもしっかりと犯させてもらうよ。最初に股に三回、次にお尻に三回、そして、口に一回、仕上げにもう一度股間に一回だ。言っておくが、俺が達する回数だからな。コゼがそのあいだ、何回達するか知らん。しっかりと意識を保てよ」

 

 一郎はずぶずぶとコゼの股間に怒張を突きたてた。

 

「ああ、そんなにされるのは怖いです──。で、でも、嬉しいです。コゼはご主人様に滅茶苦茶にされるのが、本当に好きです。ああああっ」

 

 コゼが泣くような声で叫んだ。

 そして、一郎が律動を開始すると、それほどの回数も擦っていないのに、さっそく、一度目の絶頂をしてしまった。

 これは、さっきの回数をこなせるかな?

 一郎は苦笑しながら、コゼの股間に一郎の股間を叩きつけ続けた。



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137 開花した鑑識眼

 現実空間に戻った。

 一郎は亜空間側ですでに服を着直したので着衣姿だが、コゼとアネルザはまだ横たわったままの素裸だ。ふたりの衣類はそれぞれの裸身の横に置いてあって、一緒に現実空間に戻している。

 

「あっ、ロウ様、お帰りなさい……。コゼ、大丈夫?」

 

「お疲れ様、今度も三日ほどの時間だったのか? なんだか不思議な感じだな。腹は減らないとのことだが、お菓子を頂いてはどうだ、ロウ」

 

 エリカとシャングリアだ。

 ここはアネルザの地下宮の客室であり、人払いしてあり、一郎たち以外の者についてはいない。

 エリカとシャングリアは、アネルザが事前に準備をさせたお茶と菓子を口にしながら、向かい合う椅子に座って談笑をしていたようだ。

 王妃とコゼのあられもない姿を見ても、ふたりには慣れた光景であり、眉ひとつ動かすことはない。

 ところで、そこには、亜空間に入るときにはいなかった人物がひとり増えていた。

 一郎たちが亜空間の中にいるあいだに、ここに案内をされて待っていたようだ。

 

「お茶だけもらうよ。ところで、スクルズ、来ていたのか」

 

 増えていたのはスクルズだ。

 エリカたちのいる席について、にこにこと微笑んでいる。

 一郎も三人の座っている席に腰掛けた。

 

「移動ポットの出張作業員です。イザベラ王女の部屋には設置終わりました。次は王妃様の部屋です。ところで、終わったら朝までご一緒させてもらっていいですか。スクルズはご褒美に添い寝をさせてもらいたいです」

 

 スクルズがお道化ながら、甘えたような声で言った。

 一郎たちの前だけで見せる敬虔な筆頭巫女の無邪気な姿だ。一郎はほくそ笑んだ。

 

「なんだか、スクルズも一緒に暮らしているかのようだな。なんだかんだと、毎晩泊まって帰る気もする」

 

 シャングリアが立ちあがって、一郎に新しいお茶を注ぎながら笑った。

 そのとおりであり、この筆頭巫女は、実に頻繁に一郎たちの屋敷にやって来る。

 どうやら、今夜も泊まっていき、早朝に移動術で神殿に戻り、なに喰わぬ顔をして、神殿の朝の儀礼に参加するのだろう。

 大した好色巫女様だ。

 

「そんなことはありません。この三日は、ベルズと交代をして、ちゃんとウルズの面倒を看ていましたから……。そういえば、ベルズはそのあいだ、ロウ様のところに遊びに来ましたか?」

 

 スクルズがにこにことしながら一郎に訊ねた。

 

「……ま、毎日来るのは、あんたくらいよ……」

 

 そのとき、まだ床に突っ伏しているコゼから声が聞こえた。

 だが、まだ丸まって裸で寝そべったままだ。

 

「あら、起きたの? 大丈夫?」

 

 エリカが笑って声をかけている。エリカは立ちあがってコゼの方に向かう。

 

「大丈夫じゃないわ……。スクルズ、このまま連れ帰って……。その代わり、今夜のご主人様は、あんたに譲る……」

 

「嬉しいですわ、コゼさん」

 

 スクルズが収納術で一枚の毛布を取りだして、エリカに手渡した。

 エリカが笑って、コゼに毛布を掛けた。

 一郎に愛されることで魔道力があがったスクルズは、こういう日常品や食材などを一郎同様に収納術で亜空間に格納しているのだ。

 

 毛布をエリカにかけられたコゼは、あっという間に寝息を始める。

 ちょっと張り切り過ぎたか?

 その気になれば、コゼの身体から疲労を抜くこともできるが、なんだか幸せそうな寝顔なので、そのままにしてやることにした。

 

「ス、スクルズか……。話は聞いておる。このロウの女になったのだそうだな……」

 

 ふと見ると、アネルザについては、身体を起こした。

 片手で乳房を隠すようにして、気怠そうに息を吐いている。

 そして、裸体のまま立ちあがると、床にある着衣ではなく、部屋にある衣装棚のところに向かい、ガウンのようなものを出して身に着けると、腰紐をぎゅっと結んだ。

 アネルザもまた、一郎たちのいる卓に来て、もうひとつだけ開いている席に腰掛けた。

 シャングリアが茶器を持って来て、アネルザにお茶を注ぐ。

 しかし、どうでもいいが、シャングリアがお茶を注ぐ仕草は、本当に自然でしかも所作が美しい。

 お転婆騎士というのがシャングリアの評判だが、こういう一面もあるのかと感心した。

 

「はい、性奴隷にしていただきました、王妃殿下。これで、王妃殿下もお仲間ですね」

 

 スクルズが小さく会釈をする。

 さすがに、かしこまった儀礼はしない。

 

「お仲間か……。まあ、アネルザでよい。ひとりの男に躾けられた女同士だ。この男のことだからな。お前のような神殿界の女神官でも、容赦なく調教したのだろう?」

 

 アネルザが呆れたような視線を一郎とスクルズに向ける。

 

「わたしは、好きでロウ様のところにお通いさせてもらっております。もちろん、たっぷりと愛していただいております、アネルザ様」

 

 スクルズは照れる様子もなく、アネルザに微笑んだまま答える。

 一郎はなんとなく笑ってしまった。

 

「……ところで、移動ポッドと言ったか?」

 

 アネルザだ。

 

「はい、このロウ様のお屋敷とアネルザ様のお部屋をいつでも瞬間移動できるように、“移動ポッド”という魔道設備を設置します。問題ありません。この宮廷の魔道防止の結界には引っ掛かりません。すでに、先ほど、イザベラ様の寝室にも設置してきました。ロウ様、これからは、もっとご自由に宮廷内に行き来できるようになりますよ」

 

 スクルズがロウに媚びを売るような視線を向けた。

 一方でアネルザがちょっと驚いているように目を開いたのがわかった。

 

「イザベラの寝室か……。そうか……。予想はしていたが、イザベラともお前は男女の仲なんだな」

 

 アネルザが一郎を見る。

 一郎は茶器を手を伸ばしてすすった。

 こういうときの作法は知らない。

 ただ飲むだけだ。

 しかし、ほんのりと甘みがあって、とても口に優しい味だ。なによりも、香りがいい。ひと口味わうだけで、高級さを感じる。

 

「これ、おいしいな……。ああ、男女の仲だよ。姫様からは、自分の処女を提供するので、助けてくれと頼まれてね。随分と可哀想な境遇のようだね……。アネルザ、イザベラ姫様が自分の身を警護するための態勢を取ることを認めてもらうよ。王女騎士……。これをアネルザの力でまとめてくれ。国王陛下の説得も……」

 

「わかっている。すでに動いている……。だが、不思議な感じだ。なんで、あんなに頑なな気持ちになっていたのだろうな……。なんだか、ずっと見るべきものが見えておらず、勝手な独りよがりで、空回りばかりをしていた気持ちだ……。いや、これは、そなたが、わたしの心を操っている結果なのかな?」

 

 アネルザが一郎を見た。

 苛立っているという感じではない。当惑している様子だ。

 おそらく、一郎に性奴隷の支配の刻みを受けることで、周囲を見る目が変わったのだろう。

 

「断じていうが、俺は心まで操らない。それができないとは言わないが、やっていない。アネルザの気持ちが変わったのは、アネルザに人を見る目が備わったからだと思うよ」

 

 一郎は言った。

 本当だ。

 一郎は、アネルザの性調教をして、一郎の与える被虐の快感をしっかりと骨身にまでアネルザに染み込ませてはやったが、思考まで支配はしていない。

 イザベラに対する態度について、アネルザに心境の変化があったのなら、それはアネルザの内面的なものだ。

 

 

 

 “アネルザ(ハロンドール=アネルザ)

  人間族、女

   ハロンドール王国の正王妃

  年齢45歳、

  ジョブ

   魔道遣い(レベル1)

  生命力:50

  攻撃力:15(素手)

  経験人数

   男10、女30

  淫乱レベル:A

  快感値:50↑(回復中)

  状態

   ロウの性奴隷

   淫魔師の恩恵(人物鑑識眼)”

 

 

 

 一郎が精支配をすると、どの女についても、「淫魔師の恩恵」により能力の向上が起きることはすでにわかっていた。

 いままでもそうだったし、新たに支配したイザベラやシャーラについても、魔道遣いレベルや戦士レベルが大きく向上した。

 もはや、疑いようのない事実だ。

 ところが、アネルザについては、「人物鑑識眼」というジョブではない新たな能力が開花した感じなのだ。

 「人物鑑識眼」というのは、文字通りに、人の中身を見抜く力なのだろう。

 もしかしたら、その能力が備わったことで、アネルザの価値観に変動が起きたということが考えられる。

 

「ところで、噂には耳にしておりましたが、奴隷宮も随分と静かになりましたね。アネルザ様が、急に所有奴隷の処分を開始したというのは、社交界でも随分と噂になっているようですよ。神殿としても、王妃様のお心に信仰が届いたものとお喜び申しあげます」

 

「なにが、信仰だ。心にもないことを言うな、スクルズ……。まあ、奴隷は処分はしておるよ。奴隷たちと遊ぶ気にはなれんのでな。こいつに一度犯されれば、ほかの者とは寝れん。まだ三日目だから、全部の処分は追いついていないが、半月もすれば、ここも閉鎖だ。移動ポッドを設置するなら、出入り口は変更ができるようにしてくれ」

 

 アネルザが言った。

 いま一郎たちがいる奴隷宮こと、王妃の居城の地下層だが、三日前には数十名の性奴隷が集められていたが、もうかなり減っている。

 アネルザは、性奴隷を処分することに決めたのだ。

 別段、一郎が強要したわけじゃないが、そうする気になったらしい。思い立ったら、すぐに行動に移すのが性分らしく、すでに三分の一になっている。

 一郎がアネルザを抱きに来るのは、この地下層なので、日に日に、静かになるなあと思っている。

 また、そのまま奴隷商に買い取らせるなら、処分も一度に終わると思うが、一応は持参金を渡したり、性質のいい者については、奴隷以外の働き口などを世話したりもしている気配だ。だから、一斉に処分とはいかないらしい。

 案外に面倒見はいいようだ。

 

「ところで、いくつか、お願いしたいことがある、アネルザ。まずは、イザベラ姫様のところから入れ替えた侍女は戻してもらう。あの事件が単なる食あたりでないのは、もう承知だろう?」

 

 一郎は口をはさんだ。

 あの事件というのは、イザベラが毒に倒れて二日間も昏睡した毒死未遂の事件だ。そのことがあったことで、ミランダもシャーラも、一郎にイザベラを託すべきだと決心したのだ。

 一方で、それをきっかけに、このアネルザがイザベラのところから、シャーラを除く侍女をことごとくキシダインの息のかかった侍女に入れ替えていた。

 いま、イザベラのところにいるのは、ことごとく、キシダインの息がかかっている。

 まずは、それをなんとかしなければ、話にもならない。

 

「食あたりではない? じゃあ、なんだったのだ?」

 

 しかし、アネルザは不思議そうな顔をした。

 どうやら、アネルザは、公にされたままに、あれを本当に単なる食あたりと思っていた気配だ。

 一郎はアネルザが真相を知らなかったということに、逆に驚いた。

 だが、アネルザは白を切っているのではない。本当に知らなかったようだ。一郎にはそれがわかる。

 

「姫様が飲まされたのは猛毒です。エルニア産のフィーイの毒ではないかと推測されます。ミランダが冒険者ギルドの力で調べた結果ですが、その調査については、わたしも加わっております」

 

 スクルズが言った。

 

「エルニア産? フィーイの毒? あの魔道力の低い者だけに猛毒だという検知しにくいあれか? イザベラが毒死しかけた? それはまことなのか?」

 

 スクルズの説明に、アネルザが声をあげた。

 

「王妃殿下、知らなかったでは済まないぞ。やったのはキシダインに決まっている。イザベラ姫様は死にかけた。しかし、国王陛下もなにもしないし、王妃殿下は、それを口実に、姫様の周りから信頼のできる者を引きあげさせて、逆にキシダインの息のかかった者たちばかりを集めさせたのだ。だから、ロウが姫様の命を守るために、冒険者から警護員を入れようとしているのだ」

 

 シャングリアが怒ったような口調で言った。

 エリカもなにも言わないが、鋭い視線でアネルザを睨んでいる。エリカは正義感の強い女だ。宮廷情勢に縁もなく、興味のないエリカだが、王女とはいえ十六歳の少女が毒死させられそうになり、それにもかかわらず、親である国王や王妃がまったく無頓着な状況に対しては、ずっと憤っていた。

 

「キシダインがそんなことまで……。いや、あいつなら考えられるか……。いま、思えば、いかにも、あいつがやりそうなのに……。なんで……。わ、わかった。とにかく、わかった。イザベラのことは考え直す。わたしは、別にイザベラに死んでもらいたいわけじゃない。ただ……」

 

 アネルザは蒼くなっている。

 人物鑑識眼が備わったことで、やはり、キシダインに対する評価も変わったようだ。いままでは、大切な娘の夫なので、盲目的に信頼をしていたというところか……?

 

「侍女は戻してもらうよ、アネルザ。いいね。ただし、姫様が毒死しかけたというのは公開しなくていい。今更だし、一度変えたものを、もう一度入れ替える理由は、なんとでもすればいい。どうせ、癇癪持ちの我が儘王妃で通っているんだ。周りには、いつもの気紛れだと思い込ませればいいさ」

 

「言うのう……。まあいい。じゃあ、いつもの癇癪と気まぐれで、イザベラのところの侍女は戻す。わたしが責任を持って手配する」

 

 アネルザが苦笑しながら言った。

 一郎は頷きつつも、手でそれを制するような仕草をした。

 アネルザが小首を傾げた。

 

「ただし、戻る侍女については、すべて冒険者ギルドの魔道具と、王都神殿の筆頭巫女がふたりがかりによる嘘探知をすると触れを出してもらう。それを出したときに、戻って来ない侍女についてはそのままでいい」

 

 一郎は言った。

 シャーラもイザベラも、仕えてくれていた侍女たちの全員を信頼しているようだが、一郎は疑っている。

 なんだかんだで、フィーネの毒を食事に混ぜることができるのは侍女たちだ。

 まとめて追い出された侍女たちの中に、キシダインの手の者に買収されるか、脅迫されるかして、イザベラの食事に毒をもった女がいると一郎は疑っていた。

 だから、嘘を探知する検査にかけると噂をすれば、その女は理由をつけて戻って来ないと思った。

 無論、純粋な理由で戻って来られない場合もあるが、毒死未遂事件の手掛かりにはなる。戻って来ない侍女の周辺を集中的に調べれば、ある程度の絞り込みができる。

 また、一郎としては、毒を入れた侍女を捕まえても仕方がないと思っているし、その気はない。

 イザベラもそれは望んでいないようだし……。

 一郎が知りたいのは、その背景だ。

 

「言うとおりにしよう。だが、イザベラにはちゃんと謝りたい。向こうは許す気にはなれんかもしれんが、だが、謝りたい」

 

 アネルザがしゅんとしている。

 だが、それについては、一郎は首を横に振った。

 

「罪悪感を覚えているなら、だったら王妃は、姫様の後ろ盾になってもらいたい。彼女にはそういう者が本当に必要だ。彼女を守って欲しい。別に、次期国王に誰を推すかのことまで心変わりをしてくれとは言っていない。だけど、それでも彼女を守って欲しい」

 

「わかった。わたしにできることはする。約束しよう……。だが、信じてもらえんかもししれんが、イザベラがそこまで危険な状況とは本当に知らんかったのだ。ただ、わたしは、アンが可愛いだけで……」

 

 アネルザがしっかりと頷いた。

 十分な答えだ。一郎は満足した。

 アンというのは、アネルザの唯一の実子であり、アンの夫だから、アネルザがキシダインを王太子にしようとしていたのは、一郎もわかっている。

 アネルザにすれば、本当は女王となるのは、長女のアンのはずだったのだ。血だって最も貴族としては濃い。イザベラなど、アネルザからすれば、下級貴族の母親の血が半分入っている下賤の者だろう。

 それなのに、魔道力がないために、アンは王位継承者から外され、公爵とはいえキシダインに降嫁することになった。一方で、イザベラは、いまだに王位継承者として王宮内で大切にされている。少なくとも、アネルザにはそう思えた。

 アネルザは面白くなかっただろう。

 だからこそ、アンをせめて、王妃にと考えたのだと思う。

 

 もっとも、実際には、次期王太子に関して、アネルザとしては、キシダインよりも、イザベラを推す気に変わっているのはわかっている。

 こうやって、調教の都度、終わってから少し宮廷情勢について語り合うのだが、精を注ぐことで、一郎の支配がだんだんと強くなり、そのために人物鑑識眼というのも強化されるのか、昨日の夜くらいから、王妃のキシダインに対する評価は、明確に変化している。

 

「姫様との仲直りの場は別に設けるよ。約束する。でも、それまでは、このままキシダイン派でいて欲しい。アネルザが万が一、イザベラ派に寝返ったとなったら、必ず、キシダインという男はイザベラ姫様の命を狙う。せめて、イザベラ姫様を守る態勢が整うまではいまのままで……」

 

「わかった。そうしよう」

 

 アネルザは今度も素直に頷いた。

 瞬時に、一郎の言うことを理解したようだ。

 一郎の見たところ、いまは次期国王候補の争いについては、情勢的にキシダインが優位だ。なにしろ、イザベラの強みは現国王の娘であるというだけであり、それ以外のものについては、キシダインが優勢なのだ。

 なによりも、キシダインの支持層は圧倒的に厚い。

 だから、キシダインは極端な行動には出ていない。毒死未遂事件だって、混ぜられた毒が致死量でなかったのはわかっている。致死量が盛られていれば、イザベラは確実に死んでいた。

 しかし、アネルザがイザベラに付けば、情勢はひっくり返る。実はアネルザは、かなりの大貴族への影響力を持っていて、アネルザがイザベラにつけば、多くの大貴族はイザベラをそのまま推しそうなのだ。

 すると、焦ったキシダインは、暴発してイザベラを亡き者にしようと必ず動く。

 だが、まだ早い。

 いま狙われると、イザベラを守り切れないかもしれない。

 

「……だが、いい味方を手に入れたな、イザベラは……」

 

 少し間が開いてからアネルザがふと笑った。

 

「そうか? だったら、最終的には王太子にはイザベラを推してもらえるね? 俺はキシダインの噂も集めたけど、あまりいい評判じゃない。俺がどうこういう立場じゃないけど、少なくとも、キシダインよりは姫様が次期国王に相応しいと思うけどね」

 

「いや、わたしはそうは思わん。もっと国王に相応しいのは別にいる」

 

 すると、アネルザが意味ありげに微笑んだ。

 

「やはり、キシダインを?」

 

 口を挟んだのはエリカだ。

 だが、アネルザが首を横に振った。

 

「なぜ、こんな風に思ったのかわからないが、いや、あるいは、わたしがすっかりと、お前に骨抜きにされたから、そう思うのかもしれないが、わたしが次の国王に一番相応しいと思うのはお前だな、ロウ──。お前はクロノスだ。イザベラが王太女になれば、お前がついてくるのだろう? ならば、イザベラを推そう」

 

 アネルザが豪快に笑った。

 さすがに、一郎はこれには面食らってしまった。

 

 

 

 

(第22話『王妃攻略』終わり)



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 第23話  熟女レイプの奇跡
138 女豪商への訪問者


 女豪商マアの一日は、書きもので始まり、書きもので終わると言っていい。

 書きものといっても、単なる日記のこともあれば、商会としての日報のこともある。本国タリオ公国に送る注文書の場合もあれば、このハロンドールのさまざまな地位にある重要人物への手紙のこともある。当たり前だが、直接にこの王都における商売に関わる文書も多い。

 当然ながら、逆にこれらに関する手紙や書類を読むことも大半だ。

 

 とにかく、一日のほとんどは、マアの前に書類がやってきて目を通し、それに対して書きものをして、部下を呼んでそれを渡して処置させるということをして過ごす。

 それをするために、朝が始まり、昼がすぎ、夕方がやってきて、夜を迎える。

 このあいだに、日に数回行う化粧と食事をして、身体を洗い、その他の最小限やらなければならない日常のことをする……。

 この繰り返しだ。

 

 その最小限度やらないことの中には、人と会うということも含まれている。

 もっとも、マアは必要以上に人に会うということはしない。

 もちろん、商業ギルドが支配しているハロンドール王国で、それに支配されない自由流通を引っさげて、タリオから幾つかの商会を連れてやってきた中心人物のマアに面会を求める者は多い。

 

 しかし、マアはそれを可能な限り断るということにしていた。

 面倒だということもあるが、マアには敵も多い。

 不用意な隙を作りたくはない。

 対外的には、脚が悪いということにしているが、実際にはそれほどでもない。

 だが、六十歳をすぎたマアの年齢では、積極的に表に出ないことについて、違和感を覚える者は少ないだろう。

 

 マアは、読んでいた商売に関する報告書を机上にある処置済みの棚に置いてから、部屋にある窓から空を見た。

 ここは、ハロンドール王都ハロルドの中心部にある自由商会連合の会議所だ。マア商会と通称されている商会の事務室も兼ねている。

 マアの住まいは、この会議所の事務室にある。私室部分は事務室の奥の小さな部屋だ。

 そこに、寝台があり、衣装棚があり、大きな化粧机がある。

 なんの愉しみもない生活だが、化粧だけが道楽といえば道楽だろうか。自分の自由になるお金は、ほとんど化粧道具に費やしているといっても過言ではない。

 

 とにかく、ハロンドールにやって来てから一年近くになるが、タリオ公国で過ごしていた頃から、この流儀であり、マアは自宅というものを持った覚えがない。

 なにしろ、タリオ公国の商業ギルドの事務員だった少女時代から始まり、ギルドの中で出世し、自分の商家を立ちあげ発展させ、いまのタリオ大公が公国内の商業ギルドを解散させて、自由流通市場を導入して、マアの商家が商会に組織を改めるという激動の時代のあいだ、マアはずっとその第一線に存在し続けてきた。

 恋人のような相手は何人かいたが、ついに家族というものを得るに至らなかった。まあ、それも巡り合わせだろうが……。

 

 だから、わざわざ、屋敷のようなものを構える必要性を見出せない。

 家族らしい家族といえば、事務室の中で我が物顔でくつろいでいる五匹ほどの猫だ。

 部下には迷惑かもしれないが、この歳まで仕事に開けれ暮れていたマアの我が儘のひとつとして、事務室内で猫を飼わせてもらっている。

 いずれにしても、仕事が終わって、屋敷に戻るという時間も面倒だし、こうやって仕事場を住まいにしている。

 

 窓から見える陽は、中天にもう少しで届くというところだった。

 今日は、王妃のアネルザが訪問をすると言ってきた日だ。

 面談の予定は午後ということだったから、まだしばらくはある。

 だが、一体全体、なにをしに来るのだろう。

 ほとんどの面談希望は、理由をつけて断り、用件は手紙で欲しいと促すのだが、今回は、かなり強硬でほとんど脅迫に近かった。

 そのくせ、肝心の用件は判然とせず、ただ、マアのためになる話だと主張してくるばかりだった。

 だが、さすがに、王妃からの面談を断るわけにもいかず、ついに今日会うということになっていた。

 それにしても、我儘王妃で有名なアネルザが、宮殿に呼びつけるのではなく、わざわざ、ここにやって来るというのだから、珍しいこともあるものだと思っている。

 

 マアは、机上の書類に意識を戻し、次の書類を取った。

 次の文書は手紙であり、キシダイン卿からの金の要求である。色々と書いているが、要するに賂の請求だ。

 面倒な話のようだ。

 マアは嘆息した。

 

 商業ギルドが支配しているハロンドールにおいて、ギルドに属することなく、商売をする「自由流通」を掲げている商会群がこの国の商業に参入できたのは、ハロルド公キシダイン卿のおかげである。

 それは認める。

 しかし、それに対する賄賂の要求の度がだんだんと度を越してくるようになってきている。

 この手紙に書かれている内容の額など巨大なものだ。

 どうしたものだろうか……。

 

 マアたちタリオ公国からやってきた「商会」という名の豪商たちが一団となって、この国に求めているのは、この国に残っている商業ギルドを廃止して専売制の撤廃をすることだ。

 商業ギルドというのは、まさに専売制による商業制度であり、商業のことごとくをギルドが支配し、その販売をギルドが押さえ、もしも、ギルドに属さずに勝手に売り買いをしたものがいれば、厳しく罰するという旧態依然の仕組みだ。

 罰するのは国王であり、つまりは各地の代官や領主ということになる。あるいは、商業ギルド自身が襲撃者を雇って、ギルド外の商売を打ち壊すのだ。もちろん、商業ギルドのやった暴力が咎められることはない。

 ところが、ハロルド公として、この王都の治政を司っているキシダイン卿は、王都に限り、商業ギルドによる専売を廃止する通達を出したのである。

 そのおかげで、タリオ公国からやって来たマアたち自由流通の商人たちは、この王都で商売をすることができるようになったということだ。

 マアたち自由流通制度より取引をする商会の集団を「自由商会連合」としてまとめているのが、マアでもある。

 

 当然に商業ギルドの反感は、キシダイン卿にも向かうし、マアたち自由商会連合にも向かう。

 だが、いまやキシダイン卿は、かなりの権力を持っているのみならず、自分の息のかかった傭兵団を王都に数個入れたりしており、商業ギルドになにも言わせない武力がある。

 それで、商業ギルドも、さすがにキシダイン卿に逆らってまで、制裁のようなものは発動できないでいる。

 

 マアたちからしても、そのような商業ギルドの力が強い土地で、それに逆らうやり方で商売をする危険は認識しているが、なんといっても、ハロンドールは大国だ。

 いまは王都限定ではあるが、それでも、かなりの商売規模だし、さらに、キシダイン卿が国王になって、王国全部から商業ギルドが廃止されれば、自由流通はこの国全体に拡がるだろう。

 そうなったら、とんでもない商業規模となり、大量の利益も見込める。

 マアたちとしては、キシダイン卿大歓迎だ。この国の後継者がまだ未定であることは承知しているが、是非とも、次期国王になってもらいたい。

 キシダイン卿を引きたてることは、自由流通商会としても、絶対に必要な先行投資ではある。

 

「だがのう……」

 

 マアはキシダイン卿からの手紙にもう一度目をやり、またもや嘆息してしまった。

 最近では求めてくる贈賄の額も桁外れになったし、求め方も露骨だ。

 今日の手紙にあったものなど常識外の額だ。

 こんなに支払えるわけがない。

 将来への望みがあるから、求めに応じて出してはいるが、ここしばらくは、この国の王都で得た商売のほとんどの利益をこのキシダインに吸いあげられているという状況に近くなっている。

 これでは、商売もままならない。

 

「まあ、出さねばならんだろうが、いくらなんでもこれは……」

 

 マアはひとりごとを言った。

 言われたものを出さなければ、あのキシダインのことだ。これまで認めてきた自由流通などあっさりと禁止に戻して、商業ギルドの権利を復活させるだろう。

 もちろん、商業ギルドからの大きな見返りは求めるだろうが……。

 

 マアは、キシダインの手紙にあったものについては保留するように指示することにした。とにかく、払わないとは言わないが、額は減額してもらうしかない。

 いずれにしても、少し話し合いが必要だ。

 そのための指示書を書こうとして、インク壺が切れていることに気がついた。

 机の引き出しから新しいインク壺を出し、ペンに浸そうとして首を傾げた。

 

「んっ?」

 

 だが、やがて、鈴を鳴らして使用人を呼んだ。

 入ってきたのは、マアの身の回りの世話をしている若い娘だ。

 

「厨房に行って、生肉の残りをちょっともらってきてくれるかい? それと、戻るときには、ラレンも一緒に連れてきておくれ。」

 

「はい、かしこまりました」

 

 部屋にいる猫の餌だと思っただろう。

 実際に、マアはその肉は猫にあげるつもりだった。だが、ラレンを伴って戻れという指示には首を傾げている様子だ。

 ラレンというのは、マアの腹心ともいえる部下であり、長年マアに仕えてもらっている男だ。

 マアがひとりで商家を構えた時代に、店で働かせる小僧として引き取った子供であり、いまでは四十過ぎの男になった。

 すでに一人前の商売人であり、いまではマアの右腕だ。

 五年前に若い娘を妻にして、ふたりの子供がいる。

 マアとは異なり、なかなかの家族想いであり、今回のハロンドール進出に際しても、家族を帯同させて、商会の近くに家を構えている。

 

 ほどなく、娘とラレンが戻ってきた。

 

「どうかしましたか、マア様?」

 

 ラレンが言った。

 

「まあ、見ておいで」

 

 ラレンを長椅子に座らせて、使用人の娘から皿に乗った肉片を受け取ると、さっき開けたばかりのインク壺に肉片を少し浸した。

 

「それはなんのまじないですか?」

 

 ラレンは、生肉をインクに浸すという不思議な行為に笑っている。

 

「さあね」

 

 マアは立ちあがると、五匹の猫の一匹を抱きあげて、インク液の浸った生肉を置いた皿をその猫の前に置く。

 ほかの猫が近づいたが、それは追っ払う。

 すぐに、その猫は生肉に飛びついたが、急に喉の奥から叫び声を出した。

 そして、口から血を吐いてばったりと死んでしまった。

 

「や、やや、こ、これは?」

「ひいっ」

 

 ラレンは立ちあがってびっくりしている。

 使用人の若い娘に至っては、真っ蒼になり顔をひきつらせた。

 

「毒だね。これからは食材だけでなく、こういうものにも気をつけさせておくれ。あたしが、文字を書きながら指を舐める癖があるのを調べたんだろうね」

 

 マアはインクに蓋を戻そうとしたが、ラレンが慌ててインクそのものをひったくった。

 

「これは調べます。猫も……」

 

「ああ……。そして、その後で葬っておくれ。これでもあたしの家族さ。あたしの代わりに死んだようなものだしね」

 

「わかりました」

 

 ラレンが鈴で部下を呼んだ。

 すぐに二、三人の部下が入ってきて、事情を説明されて目を丸くしている。男たちはラレンの指示を受けて、板のようなものをさらに持ってきて、インクとともに猫の死骸を運び出した。

 また、使用人の娘も外に出される。

 部屋に、ラレンとふたりきりになった。

 

「驚きました。インクに毒とは……。意表をついておりました。しかし、誰が……」

 

 インク壺など、ただ瓶にインクを入れて油蓋をして紐で縛っているだけだ。

 物を購ってから、どの段階でもインクに毒を混入できる。紐を解いても、毒を入れて紐を縛り直せば、まずわからない。

 

「まあ、この事務室内で働く者の誰かだろうねえ。インクに毒を混入させるのは簡単でも、それが確実にあたしのところに来るように処置できる者は多くはないさ。徹底的に調べな……。まあ、どうせ、その裏で指示をした者には辿り着かないだろうけどね」

 

「命を狙われる心当たりはありますか、マア様?」

 

「ははは、馬鹿かい、お前」

 

 マアは声をあげて笑ってしまった。

 

「心当たりはありありさ。あたしらは、商業ギルドには恨まれている。あたしが死んだところで、自由商会連合が撤退することにはならないだろうけど、いまはあたしが商会の中心には変わりないんだ。とにかく、手足になった者だけでも見つけるんだ。そして、家族ともども完全に没落させな。脅迫されてやらされたとしても、これを許すと、繰り返しがあるからね」

 

「わかりました」

 

 ラレンが頭をさげた。

 

 

 *

 

 

 意外なことに、王妃アネルザは護衛の衛兵の一個隊でも引き連れてやって来るのかと思ったが、一緒に来たのは、王都第三神殿の筆頭巫女のスクルズと、冒険者と思われるひと組の男女の三人だけだった。

 しかも、王妃を出迎えた家人の耳打ちによれば、王妃は、前触れの使者を送ることなく、同行した三人とともに、突然に商会の表に現れたのだという。

 マアは、第三神殿の筆頭巫女のスクルズと聞いて、おそらく移動術で跳躍してきたのだろうと察した。

 スクルズといえば、王都一の魔道遣いの評判もある若い美貌の魔道遣いでもある。

 移動術はお手のものだろう。

 しかし、おかげで、王妃を表で迎えることができずに、この事務室まで乗り込まれてしまった。

 マアは、ずかずかと事務室に入り込んできたアネルザに呆気にとられた。アネルザの後ろには、一緒に来たアネルザの連れがいて、さらにその後ろから商会の者たちが泡を喰って追いかけてきたという具合だ。

 

「これは失礼しました、王妃殿下。では、客室に……」

 

 マアがアネルザを迎えることができたのは、この事務室でだ。

 そのときには、すでにアネルザは、豪快な笑い声をさせながら、長椅子に座り込んでしまっていた。

 

「いや、ここで結構よ。これはお忍びよ。お忍び……。だから、儀礼は不要よ。それと、申し訳ないけど、ここでは飲み食いはしないわ。手続きと事前の食物調査なしで、自由に食べ物を口にもできないのよ。悪く思わないでおくれ。まあ、王妃稼業も不便なものさ。だから、全員さがらせてくれるかい?」

 

 どうやら、人払いをしろと言っているようだ。

 マアは、ラレンを除いて、全員にさがるように指示した。

 ラレンは残り、閉められた扉の横の壁際に立つ。

 次いでマアは、仕方なく王妃の正面に腰かけた。

 すると、驚いたことに、アネルザの隣に冒険者だと思う男がいきなり座ったのだ。

 スクルズともうひとりの冒険者風の女は、アネルザと男の後ろ側に立っている。

 

 これには面食らった。

 こいつは何者だろう?

 冒険者など、本来であれば、正式の訪問であろうとなかろうと、王妃の前で腰をおろすなど許されない。ましてや、隣に座るなど。

 だが、アネルザは文句をいう気配もない。

 上機嫌そうに、にこにこしているだけだ。

 一方で、もうひとりの冒険者風のエルフ美女は完全に護衛だとわかる。武芸と魔道ができるのがわかるし、身構えや視線の送り方に隙が無い。

 いまも、マアとラレンに、鋭く気を配っている。

 

「マア、わたしは人払いを頼んだけどね」

 

 アネルザがマアを睨む。

 だが、マアは軽く肩を竦めただけだ。

 

「ラレンは、あたしの一部のようなものです。どんな会合でも、ラレンはあたしから離れません。あたしにも身を護る者が必要ですから、殿下」

 

 マアは返した。

 それにしても、しつこいから仕方なく、訪問を受けることに応じたが、なんの用なのだろう。

 すると、スクルズが口を開いた。

 

「なんの問題もありません。存分にお話しください、ロウ様」

 

 ロウ様……?

 アネルザではなく、男に話しかけたのか?

 しかし、次の瞬間、この部屋をなにかの結界のようなものが包むのがわかった。

 マアも魔道力は高くないが、丸っきりの無能力者ではない。魔道が走ったくらいはわかる。

 人払いを求めていたので、防音の結界かもしれない。

 そして、驚くことに、ラレンが壁を背にしたまま、寝息をかき始めた。

 スクルズが魔道で眠らせたのか?

 

「初めまして、ロウといいます。一介の冒険者ですが、イザベラ王女の代理人とでも思ってください。そして、突然の訪問をお許しください。マア様との会合を求めたのは俺です。でも、マア様はなかなか会うのは難しい人だとか……。それで、アネルザに仲介を頼んだんです」

 

 ロウと名乗った男が言った。

 マアはまたしても、びっくりしてしまった。

 アネルザを呼び捨てだ。

 そもそも、目の前の状態がおかしいのだ。誰であろうと、同じ長椅子のアネルザの横に誰かが座るということは、本来あってはならないことである。しかも、貴族ではないが、上級貴族の格式をも有する筆頭巫女のスクルズが立ち、ただの冒険者が腰かけるということが常識外れだ。

 第一、アネルザ王妃にしても、スクルズにしても、随分とこのロウと親しそうである。

 

 そのロウがマアをじっと見た。

 マアはちょっと気後れする感情に襲われた。

 相手が大公であろうと、国王そのものであろうとも、本当は物怖じなどしないマアである。

 だが、なぜかこのロウがマアの顔を覗き込んだとき、なにもかも見透かされているような嫌な気持ちになった。

 なんだ、これは……?

 マアは思わず、眉をひそめた。

 

「フィーイの毒……」

 

 すると、ロウがぽつりと言った。

 フィーイの毒?

 なんだ、それ?

 

 フィーイの毒とは、エルニア産で生産される魔道毒の中で、極めて特殊なものであり、検知しにくいにもかかわらず、確実に人を殺せる致死性の高い毒だ。だが、かなり愉快な性質があり、魔道力の高い者には効果はないのだが、魔道力が低い者に対してだけ、致死性に変わるというものだ。

 その愉快な性質から、やり方によって、毒味をかいくぐることもできるので、暗殺者の使う毒としては、比較的よく知られている。

 もちろん、魔道力の高くないマアも注意している。

 マアの食事の毒味は、魔道力の高い者とない者のふたりを使っているし、いつも猫を周りに置いているのもそのためだ。

 この猫たちは、無臭の毒煙にも敏感に反応するように育成されていた特殊なものであり、人が倒れるよりも早く、猫に異常が起きる。

 フィーイの毒の毒味も、この猫でもできる。

 しかし、フィーイの毒がどうしたというのだろう?

 

「それが、なんだい?」

 

 仕方なくマアは言った。

 すると、男が首を横に振った。

 

「白だね。イザベラ姫様の名を出しても、フィーイの毒名を口にしても、まったく動揺がなかった。支配しているわけでもないから絶対じゃないけど、知らなかったんだろう」

 

 ロウが言った。マアにではなく、王妃たちに語りかけたのだ。

 

「どういうことだい?」

 

 さすがに、マアも訊ねた。

 

「面倒な話は抜きにしましょう……。最近のことですが、実はイザベラ王女がフィーイの毒で毒殺されかかりました。俺たちはクエストで、その犯人について調査をしています。その結果、当時の姫様の侍女と、彼女にそれらしき薬物を手渡した男に辿り着きました。それが……」

 

 次いでロウはひとりの男の名を言った。

 ロウが口にしたのは、マア商会に属する部下のひとりの名だった。

 キシダインとの接触を担任させている男であり、今日の午前中に指示を送ったキシダインへの賂についても、その男に対するものだ。

 マアは仰天した。

 もちろん、顔には出さないようにしたが……。

 

「そんなに動揺しているということは、紛れもなく知らなかったようですね。まあ。信じましょう。でも、そいつは渡してもらいますよ。このまま連れていきます。別に強引に連れていってもよかったんですけど、一応筋は通そうと思いましてね。それに、あなたが黒幕の可能性もあった。俺としては、白でよかったと思います」

 

「ま、待て──」

 

 マアは慌てていった。

 心の動揺を見透かされるとは思わなかった。

 だが、いきなりやってきて、部下を王女暗殺未遂の犯人として、連れていくなど承知できるものじゃない。

 確かに、フィーイの毒は、鎖国中のエルニア王国の産物の魔道毒だが、タリオ公国にある商会本店を通じれば、手に入れられないことはないが……。

 とにかく、真実かどうかはわからないが、あの男は仕事熱心な男だ。

 毒を渡したとしても、おそらく、キシダインに迫られてやむなく渡したのだろう。そもそも、まさか、王女毒殺に使うとも思わなかったかもしれない。

 いずれにしても、引き渡すのは、マアが直接に話を訊いてからだ。

 いや、そうだとしても、引き渡しはしない。

 なんとか、この場をやり過ごして、タリオにでも戻すか……。

 しかし、逃がしたとあっては、この商会にまで捜査が……。

 

「待ちませんね。あっ、言っておきますけど、こうやって教えたのは、すでにその男の身柄は確保したはずだからです。俺の仲間は、エリカだけじゃないですしね。とにかく、口を割らせる方法はいくらでもあるし、拷問なんかしなくても、頭の中にあることをなにもかも、口にさせる手段はいくらでもあります。それでキシダインに辿り着くかどうかわかりませんけどね……。辿りついたところで、まあ、向こうも大して困りもしないかもしれませんし」

 

「な、なんだとっ」

 

 マアは立ちあがりかけた。

 しかし、いきなり細剣を突きつけられていた。

 マアは全身を緊張させた。

 顔から血の気が引くのがわかる。

 

「大人しくしなさい、あんた――。あんたがどう考えようが、あんたの部下がキシダインの求めに応じて、イザベラ姫様の侍女にフィーイの魔道毒をこっそりと渡したところまでは辿り着いたのよ。本来であれば、商会ごと潰すところよ──。一国の王女の毒殺未遂に関わっておいて、知りませんでしたじゃ済まないのよ──」

 

 女エルフが剣を突きつけたまま怒鳴った。

 しかし、マアは剣を突きつけられたことよりも、女エルフが怒鳴った内容にはっとした。

 

 午前中に送られてきた常識外のキシダインからの賂の要求だ。

 どうしていきなりと思ったが、あるいは、今回のことが背景になっているのではないだろうか……?

 マアのその部下は、キシダインの求めに逆らえずに、フィーイの毒をこっそりとイザベラの侍女とやらに手渡した……。

 このロウや王妃が持ってきた話が真実かどうかも不明だし、信用する材料が完全に不足しているが、考えてみれば、突然の桁違いのキシダインからの賂の要求は、なにかの変事がなければ不自然だ……。

 もしかして、あれは、マアの部下に王女暗殺魔道薬を手伝わせたことで、弱みを握ったことによる要求か?

 暗殺を手伝わせておいて、さらにそれを弱みに金銭を要求するというのは卑劣だが、あのキシダインという男なら、やりそうなことだ……。

 つまりは……。

 

「まあ、剣を引けよ、エリカ……。だが、意図したものか、していないのかわからないが、致死量にはずっと乏しい量だった。それで、姫様は死ななくても済んだんだけどね……。まあ、調べはするけど、悪いようにはしないさ」

 

 ロウがエルフ女に言って、剣をさげさせた。

 さすがに、マアはがくりと全身を脱力させてしまった。

 背中にはべっとりと汗をかいている。

 どうやら限りなく追い詰められいる状況であることがわかってきた。

 とにかく、この場を取り繕わなければ……。

 考えていたのはそれだ。

 いずれにせよ、この場を支配しているのは、王妃でもなく、ましてやスクルズじゃない。

 このロウという男だ。

 

「待ってくれ。とにかく、あたしにも、彼と話をさせておくれ。ちゃんと調べた末に、やはりそれが事実だとわかれば、逃げも隠れもせん。ちゃんと当局に出頭する」

 

 マアははっきりと言った。

 だが、だんだんと真実なのではないかと思ってきてはいる。

 心当たりがあるのだ。

 商品の注文や移動に関する無数に近い書類がマアを通りすぎるけど、エルニア産の魔道関連品を沿岸諸国とタリオ本国経由でここに移送する注文書があった。

 無論、フィーイの魔毒などとは書かれてなかったが、いまにして思うと不自然な物の動きだった。あれに紛れ込ませて、フィーイの魔毒を移入したか?

 マアは、ロウたちが口に出した部下のことを考えた。キシダインの求めに応じて、逆らいきれずに魔道薬を提供するというのは、その男だったら、やりかねないと思った。追い詰められて、マアに相談しないのも、あいつならあり得る。

 だが、アネルザが半分、怒ったように顔をしかめた。

 

「なにが当局だ。この王都の大抵のものは、キシダインが牛耳っておるわ。お前らが出頭したところで、放免されて終るだけではないか。そもそも、このままわたしらが戻れば、お前は、キシダインに泣き込み、知らぬ存ぜぬを決め込むだろう。だから、わざわざ、強引に乗り込んだのだ」

 

 そのアネルザだ。

 しかし、それでやっと冷静な部分が出てきた。

 そもそも、キシダイン卿とイザベラ王女との後継者争いでは、王妃アネルザがキシダイン支持派の筆頭だったはずだ。

 それが、なぜ、イザベラ王女の味方のような口ぶりなのだ?

 

「お、王妃殿下は、キシダイン卿と昵懇ではなかったのですか」

 

 思わず言った。

 そんなこと訊ねても、まともな答えなど戻るわけがないと思ったが、アネルザが豪快に笑う。

 

「秘密だが、イザベラの支持に寝返った。お前たちが、自由流通を推し進めるキシダインに運動資金を出しているのは知っておる。だが、あの男はあてにはならんぞ。それよりも、お前たちも王女に寝返りせよ。自由流通の発展性については、わたしが責任を持って、王女に説明する機会を作ってやる」

 

 アネルザが言った。

 マアはびっくりした。

 キシダイン派で知られていた王妃は、すでにイザベラ王女の支持に?

 

「さて、それでどうしますか、ロウ様? 屋敷に連れていきますか? それともここで?」

 

 すると、たったいままで剣を突きつけていたエルフ女が言った。

 連れていく?

 不穏な言葉に、マアは怪訝になった。

 

「あまり、時間もかけられないしな。どんなに誤魔化しても一ノスくらいしか粘れないだろう。ここでいいさ。調べによれば、奥がこのマア殿の寝室なんだろう? そこでいい」

 

 すると、ロウが急に立ちあがった。

 唖然とすることに、いきなりその場で服を脱ぎ始めた。

 マアは呆気にとられた。

 しかも、ほかの女も別段それを咎める様子もない。

 それどころか、さっき、凄まじい殺気を見せたエルフ女が一転して、甲斐甲斐しくロウから脱いだものを受け取っては、それを畳んでいる。

 

「ま、待て、な、なにをする気だ」

 

 マアは流石に立ちあがった。

 だが、すでに上半身が裸体になっているロウが、逃げようとしたマアの片腕を掴む。

 そして、ぐいと引き寄せて、反対の手でマアの胴体に腕を回して、後ろから抱きあげた。

 

「色々と調べさせてもらったけど、あんたの部下がやったことを糾弾するよりも、あんたを取り込んだ方がいろいろと都合がいいということがわかってね。あんたらの商会連合はキシダインの金庫のようなものだ。多くの運営資金はあんたらのところから、キシダイン側に流れている……。さっきもアネルザが言ったけど、だから、寝返ってもらう。あんたを取り込めば、キシダインの金の流れは遮断できるし、金のないイザベラ姫様の心強い資金源になる」

 

 ロウが完全にマアを横抱きにした。

 

「う、うわっ」

 

 脚を蹴ってもがくが、この年齢ではそれ以上の抵抗などできない。

 そして、マアは部屋を横切って、奥に運ばれていく。

 ロウが口にしていた、マアの寝台のある私室の扉の方向だ。

 

「お開けしますね」

 

 スクルズがにこにこ微笑んだまま、先回りにして扉を開ける。

 そのまま寝台に運ばれた。

 

「ま、まさか、あたしを犯すつもりかい──。あ、あたしは六十を越した老婆だよ」

 

 マアはうつ伏せに寝台に押し伏せられた。

 逃げようとしたが、背中をぐいと手で押されて、それだけで逃げられなくなってしまう。

 

「これでも女には慎みがない方でね。それに六十は老婆じゃないさ。せいぜい熟女だ。いずれにしても、大事な話はやることをやってからだ……。それと、なんの趣味もないあんただけど、化粧だけには金に糸目をつけないんだってね。俺に犯されれば、化粧など必要のない身体になる。請け負うよ……。人生をやりなおす機会をやろう……。その代わりに、俺の精を受け入れてもらう」

 

 ロウがマアを押さえたまま、マアから腰の紐を抜いた。

 マアは腰に飾り紐のような布紐をしていたのだ。

 ロウがマアの両手を背中に捩じりあげて、両手を水平にさせると、マアから外した腰紐でさっと縛りあげてしまった。

 

「さあ、こうなったら諦めてもらいますよ。大人しく犯されてください。悲鳴だったら、いくら出してもいいですが無駄ですよ。スクルズが防音の結界を刻んだのは、すでに気がついていると思いますが」

 

 ロウがマアの腰からスカートの留め具を外して、あっという間に腰からおろして、足首から抜いてしまった。

 マアは下半身を下着だけにされ、悲鳴をあげてしまった。

 

「や、やめておくれ」

 

 マアは叫んだ。

 

「悪魔と契約でもしたと思ってください。でも、この悪魔はあなたが被る恥辱に相応しい快楽と幸福を約束します」

 

 ロウがマアの老いた太腿にすっと手を伸ばす。

 その瞬間、これまでの人生で味わったことのない快感が沸き起こり、マアは完全に気が動転してしまった。



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139 屈服の奇跡

「ひっ、ひいいっ、た、助けて」

 

 マアは悲鳴をあげたものの、もはや絶望的な状況であることを自覚せずにはいられなかった。

 扉の向こうには、王妃と筆頭巫女がいる。

 だが、このふたりは、ロウがマアを強姦するのを阻止するどころか、積極的に協力している状況だ。無論、ロウが脱いだ服を甲斐甲斐しく畳んだりしていた、あのロウの女であるらしきエルフ女も、ロウがマアをレイプするのを承知らしい。

 

 また、部屋一帯には防音の魔道が刻まれていて、どんなにマアが大声をあげようとも、部屋と事務室の物音が外に届く余地はない。

 さらに、部屋の外の家人や部下が、心配して乗り込んできてくれる可能性は皆無だ。室内には王妃がおり、人払いをしたことを全員がわかっている。

 余程の長い時間でなければ、様子を覗くことなどないだろうし、1ノスもあれば、この男がマアを犯し終わるのに十分な時間だ。

 

「や、やめておくれ、こ、こんな(ばば)あを……。お、落ちついておくれ――。れ、冷静になっておくれっ」

 

 マアは両手を後手に縛られて、スカートを剥ぎ取られていたが、必死にロウから逃げようとした。

 すると、軽くマアの内腿を悪戯をしていたロウが、まだ身に着けていたズボンを下着を脱ぐために、一度マアから手を離した。

 その隙を逃さず、マアはとにかく寝台から降りようとした

 

「冷静ですよ。そうは見えませんか?」

 

 しかし、マアは老いのために膝が丈夫ではなく、若いときのように俊敏には動くことはできない。

 結局、寝台から降りることなどできずに、素裸になったロウに、再び仰向けに押さえられた。

 

「これもいらないですね」

 

 ロウが顔に笑みを浮かべながら、下着を抜き取った。

 なんの抵抗もできずに、その下着も足首から抜かれて、マアの股間が露わになる。

 これで身を守るものはない。

 そして、上衣を左右に寛げられて、乳房も剥き出しにされた。

 

「許して……許しておくれ……。怖い、怖いいっ」

 

 マアは泣き声のような悲鳴をあげてしまった。

 犯されるということよりも、とにかく暴力を振るわれるのが怖いのだ。

 タリオ公国では、希代の女豪商として名を馳せ、大公でさえ、マアの作る富には一目を置かざるを得ない女傑を自負している。

 武辺はないが、いまでもマアは多くの敵と戦っている。

 命のやり取りさえ日常茶飯事だ。

 現に、今日だって毒をこの身に近づけられた。似たようなことはいつものことだ。

 

 しかし、怖い。

 こうやって、剥き出しの暴力に、たったひとりで向かい合うとなっては、マアもただのひとりの老いた女に過ぎない。

 しかも、歳を取ったせいで身体も自由にはならず、手足をばたつかせて抗うことさえもできない。

 ロウがマアを犯すというなら、ただ犯されるしかない。

 しかも、すでに腕を縛られ、ほとんど自由を奪われている状態だ。

 怖くて堪らない。

 

「怖くありませんよ。心配いりません。すぐに終わります」

 

 ロウが優しい口調で耳元でささやく。

 マアは身体が竦みあがるのを感じた。

 この歳だし、犯されることくらい、どうということもないはずじゃないかと思うのだが、理不尽な暴力の末に犯されるなど屈辱以外の何物でもない。

 

「ひっ、ひいっ」

 

 ロウがマアの上に乗ってくる。

 片側の乳房が鷲掴みにされて、もう片側の乳房に顔を伏せられる。

 

「い、いやだっ、怖い、怖いいっ」

 

 マアは声をあげた。

 

「うわっ、ああっ、んあああっ」

 

 だが、次の瞬間、電撃でも浴びたような快感が乳首から脳天に向かって走った。

 マアは全身を弓なりにして喘いでしまっていた。

 びっくりするような気持ちよさだった。

 この歳でそんな快感を覚えるということが信じられなかったし、ほんのちょっと舌で舐められただけで、これほどのまでの衝撃が走るなど、マアのこれまでの人生になかったものだ。

 マアは瞬時に脱力してしまった。

 

「ああ、あっ、ああっ、ああっ、はあっ」

 

 マアは悶え続けた。

 これはすごい……。

 ひと舐め、ひと舐めで凄まじい快感が全身を貫く。

 全身がかっと熱くなり、あっという間にマアの肌は汗でびっしょりになった。

 なんという性の技巧……。

 この老いた身体をほんの数障りだけで、ここまで追い詰めるとは……。

 暴力に対するものではない、別の恐怖がマアを襲う。

 

「ほら、口づけをしましょう。もっと、楽にして……。襲われているなんて思わないことです。ただの運動ですよ。そう思えばいい」

 

 ロウが乳首から口離して、マアの唇に口を重ねてくる。

 これは危険だ。

 マアは本能的な恐怖を感じて、顔を捩る。

 しかし、ロウが笑いながら、空いている手でマアの顔を自分の顔に向ける。

 

「んんんっ、んぐうっ」

 

 懸命に唇を閉じて、舌の侵入を拒む。

 だが、唇の上からくすぐるように舌先で舐められ、さらに乳房を揉んでいた手をすっと下腹部におろされて、陰毛をくすぐられる。

 それで、またもや全身の力が抜ける。

 

「はあっ」

 

 我慢できなくて、声をあげてしまった。

 ロウの舌が口の中に入ってくる。

 口の中がめちゃくちゃに蹂躙される。

 

「んああっ、ああっ」

 

 なんという口づけ……。

 この甘美な刺激をどう喩えればいいのかわからない。

 もうわけがわからない。

 いつの間にか、マアは自分からロウの顔に唇を押しつけていた。

 深く差し込まれる舌に自分の舌を絡ませて、どんどんと送り込まれる唾液を刻々と呑みくだす。

 すると、さらに身体が熱くなり、まるで身体が浮いているような心地になっていく。

 

 わからない……。

 

 なにか、不思議で力強いものに、心がぐっと押さえつけられたような心地に襲われる。

 自分の意思が吸い込まれる……。

 それでいて、そのことを拒否する気持ちにはまったくならない。

 全身を包んでいた恐怖心は、もう取り除かれた。

 すると、マアは自分がとてつもない快感の海の中にすでにどっぷりと浸かっているということがわかった。

 

「はあ、ああああっ、あああああ」

 

 マアは迸った甘美感に堪えられず、ロウの口から顔を離して嬌声をあげていた。

 

「ほら、心配しないでください。赤ん坊にでもなった気持ちで、俺に全部委ねて……。そら、脚を開くんです……」

 

 ロウは手でずっと陰毛をすくような動作を続けていたが、ロウの言葉を受けたマアの脚は、勝手にすっとロウが触れていた股を開いた。

 指が亀裂をやわらげ、クリトリスをまさぐられる。

 完全に忘失の彼方だった快感が爆発する。

 全身に快感の矢が突き刺さる。

 

「ああああっ」

 

 マアは身体を弓なりにして、吠えるように声をあげていた。

 そして、ロウの指がすっと股間の中に挿し込まれる。

 

「はぐううっ」

 

 痛みもあったが、それよりも快感が圧倒的だった。

 閃光のような甘美感が次々に沸き起こる。

 

「ちょっと狭いですね……。長くこういう状況がなかったからかな……。大丈夫です。痛くなんかしません。もう一度、口づけをしましょう。それでかなり楽になるはずです」

 

 ロウが股間に指を挿し込んだ状態のまま、もう一度マアに口づけをしてきた。

 今度は抵抗しない。

 むしろ、積極的にロウの唇をむさぼった。

 再び舌を入れられ、さっきよりも大量の唾液が送り込まれる。マアはほとんど意識することなく、その唾液をどんどんと飲み干した。

 すると、信じられないくらいに身体が熱くなり、噴き出るような愛液が股間から放出したのがわかった。

 

「さあ、脚を曲げて……」

 

「ま、まだ、なにかするのか……?」

 

 マアは荒い息をしながらロウを見た。

 だが、身体はロウに言われるままに、両膝を曲げてそれぞれの脚のふくらはぎと太腿を密着するようにしていた。

 ふと気がついたが、マアはずっと膝が悪くて、あまり膝を曲げると痛みが走ったものだったが、いまは少しも痛くないことに気がついた。

 一方で、ロウは身体を起こして、宙から縄を取りだしたみたいにして、マアの左右の脚を縛ってしまい、曲げた膝が伸ばせないようにしてしまった。

 

「これでどうしようもないですね。完全にレイプする前に一度いきましょう。達したら犯します。そしたら、俺の奴隷ですよ」

 

 すると、ロウがくすくすと笑いながら、マアの下半身側に移動してきて、顔を股間に埋めてくる。

 マアは狼狽した。

 

「ああっ、そんなっ」

 

 思わず腰を振って逃げようとした。

 だが、がっしりを腰を掴まれて、股間の綴じ目の部分に舌を這わされる。

 

「んふうううっ」

 

 我を忘れてしまうような気持ちよさが迸る。

 ロウの舌が股間を動き回る。

 腰が勝手に動き、どんどんとせりあがる情感に、マアはいつしか泣き声のような甘い声を漏らし続けた。

 この年齢でそんな少女のような声を出すということが、我ながら信じられないでもいた。

 

「ああ、あああっ、気持ちいい、気持ちいい、気持ちいいいっ」

 

 マアはわけのわからない声を出し続けた

 すると、股間全体を余すことなく舐め続けていたロウの舌が、ついには尻たぶに潜むお尻の穴にまで責めかかってきた。

 

「そ、そこはだめえっ、いやあああっ」

 

 信じられないような快感に、マアは堰を切ったように大きく悶えた。

 しかし、容赦のない刺激がお尻に襲いかかる。

 

「あはあっ」

 

 マアは、あっという間に絶頂してしまった。

 

「さあ……、じゃあ、犯すよ。これで、おマアも俺の女です」

 

 ロウが再び体勢を変えて、いよいよ自分の股間をマアの股に挿入するような位置に移動をさせてきた。

 それにしても、この男の性器はマアを裸にしたときから、ずっと勃起しっ放しだ。

 よくも、こんな老いた女を相手に、一物が勃つものだとは思うが、この年齢でも女として認められたと思えば、悪い気はしない。

 

 だが、「おマア」?

 

 世間広しといえども、女豪商として名を売り、そこらの上級貴族が揉み手をして愛想笑いをするようなこのマアを相手に、「おマア」とは随分と可愛らしい呼び方をするものだ。

 なんだか、全身がこそばゆい。

 まあ、ちょっと嬉しくはあるが……。

 それにしても、最初にあんなに怖かったのが嘘のようだ。

 なんだか愉しい。

 六十を超えた老女をここまで女にしてくれる男など、まさかこの世に存在するとも思わなかった。

 

「力を抜いて……」

 

 ロウがささやきながら、怒張の尖端をマアの股間に当てる。

 

「うううっ」

 

 その瞬間、また電撃に打たれたような衝撃が襲って、マアは総身を激しく痙攣させた。

 

「あああっ」

 

 怒張が侵入してくる。

 快感が次々に沸き起こる。

 気が狂うほどに気持ちいい。

 

「あああ、そこっ、す、すごいいいっ」

 

 マアは言葉にならない声をあげて、頭を左右に振りたてた。

 ロウの怒張が最奥まで届く。

 

 そして、律動が始まる。

 マアは我を忘れた。

 この世のものとも思えないほどの快感だ。マアはそれを与えてくれるロウの肉棒をこれでもかと締めつけた。

 すぐに火柱のような愉悦がせりあがってくる。

 

「あああっ、いくううっ」

 

 絶頂する……。

 マアは激しく痙攣した。

 そして、ついに二度目の快感の頂点をマアは極めた。

 

「おマアを支配するよ……。だけど、それに見合うものは渡す。奇跡をあなたに送りますね」

 

 ロウが愉しそうに笑いながら、マアの股間の奥で精を迸らせた。

 その瞬間、頭のてっぺんから足先までのすべてをこの男に支配される快感が沸き起こったと思った。

 それは、言葉にしようのない最高の幸福感でもあった……。

 

 

 *

 

 

「大丈夫ですか……? 身体に負担は? まあ、気がついた範囲で、身体の悪い部分は治療をさせてもらいましたけどね。これまで随分と無理をしてきたんでしょう? かなり、身体にがたがきてましたよ。まあ、とりあえず、三十年分くらいは若い身体にさせてもらいました」

 

 愉しそうな声がした。

 マアは目を開いた。

 状況がすぐにはわからなかった。

 どうやら、マアは寝台に横たわっているようだ。そして、その寝台の端に男が腰かけ、マアの顔を微笑みとともに見おろしている。

 

 ロウか……。

 そうか……。

 自分はロウに犯されて……。

 激しく絶頂をして軽い失神をしたのか……。

 しかも、いつの間にか括られていた縄は解かれ、手足は自由になっている。

 ただし、まだ裸だ。

 一方で、ロウはすでに服を整えている。

 

「あ、あたしは気を失ったのかい……」

 

 マアは身体を起こした。

 だが、違和感があった。

 身体が軽い。

 そういえば、膝が痛くない。

 そして、疲労感はあるものの、ひどく身体は楽だ。

 とても不思議な感覚である。

 

「気を失ったのは少しのあいだですよ。ところで、エリカたちを呼びますね。身体が怠いでしょう? 服を身に着けるのを手伝わせます。遠慮しないでください」

 

 待てと言おうとしたが、そのときには、すでにロウは扉の向こうの女たち声をかけていた。

 慌てて、手で裸身を隠す。

 

 しかし、今度こそ、本当に身体がおかしいことに気がついた。

 乳房に張りがある……。

 これは自分の胸ではない。

 いや、胸だけじゃない。

 腕も脚の肌艶も全然違う。

 指先や間接から皺のようなものが消滅していて、なによりも身体全体がみずみずしくて、肌が艶々している。

 マアは驚いてしまった。

 

「ロウ様、ご苦労様でした……。ええっ?」

 

 エルフ女が入ってきた。しかし、マアの顔を見るや、目を大きく見開いて絶句した。

 

「終わったかい……? うわっ」

「まあ──」

 

 続いて入ってきたアネルザとスクルズも、同じように驚愕している。

 どうしたのだろう?

 

「こ、こいつはマアかい……? いや、マアだね。で、でも、こりゃあ……」

 

 アネルザは唖然とした様子だ。

 しかし、マアもわけがわからない。

 確かに、身体の調子がよくなっていて、肌艶が異常にいいのは確かだが……。

 

「つまりは、淫魔術による治療だよ。このおマアの身体のありとあらゆる部分を治療した。老いによる肌のたるみ、内臓を支える筋肉の低下の矯正、顔のしわだって、肌の劣化を治療すれば、完全に消失させることもできる。顔の筋肉を正常な状態に戻してみたんだけど、そしたら老いの外面は消失するということさ。多分、うまくいくと思ったけど、本当にこれはすごいよね」

 

 ロウが笑った。

 

「うまくって……。こ、これ淫魔術なんですか?」

 

 エルフ女が声をあげた。

 だが、いま、淫魔術って言ったか?

 淫魔術?

 

「なんだか状況がわかってないみたいだね、マア……。とにかく、お前、鏡を見てみな……。しかし、これは……。ロウ、お前、なんてことするんだい。知らないよ、どうなっても……。大騒ぎになるんじゃないかい?」

 

「ロウ様、これは魔道による治療術ではありえません。治療術なんかじゃないです」

 

 アネルザとスクルズがロウに言った。

 だが、マアだけは、周りの騒ぎから取り残されている。

 それほどまでに、アネルザたちが騒ぐのはなぜだ?

 マアは怪訝に思った。

 

「一体全体、どうしたって言うんだい?」

 

 マアは叫んだ。

 すると、アネルザがマアの腕を掴んだ。

 

「いいから、鏡を見ろって言っただろう、マア」

 

 腕を引っ張られて、マアの化粧台の前に連れていかれた。

 そこにある大きな鏡を見る。

 

「うわっ」

 

 マアも仰天した。

 鏡にあったのは、マアであり、マアではなかった。

 六十歳の老女などそこにはいない。

 どう見ても、三十歳くらいだろうという若々しいときのマアがそこにいたのだ。

 マアはあまりのことに、思考停止状態になってしまった。

 

「化粧が趣味だと耳にしていたからね……。自分の老いはすごく気にしていたんでしょう? だから、贈り物です。最初に言った通りです。俺という悪魔に魂を売った代償に若さをあげましょう。言っておくけど、見た目だけじゃないですからね。身体全体を治療をしておきました。その代わり、見返りはもらいます。キシダインを見限って、イザベラ王女についてもらいます。おマアの影響力の限りを尽くして、ほかの自由流通連合の商家たちも、引き連れてください」

 

 ロウが言った。

 だが、ロウの言葉の半分も頭に入らない。

 なんだ、これ……?

 これが自分?

 信じられない。

 

 この若さがマアに……。

 本当に?

 どんな魔道でも、若さを取り戻すなど不可能だ。

 変身具のようなものもあるが、これはそれとは違う。

 本物の若さだ。

 自分でもわかる。

 なにかの誤魔化しや操り術のようなもので、幻想を作っているんじゃない。

 紛れもなく本当に若返ったのだ。

 

「し、信じられない……」

 

 マアは自分の顔に手を触れさせたまま、呆然と鏡の中を覗き込んだ。

 

「お前、こんなことして、大騒ぎになるんじゃないかい。まさか、お前にこんなことができるなんて知らなかったよ」

 

 アネルザが声をあげた。

 

「そんなことはないだろう。アネルザだって、すでに肌は十歳は若返っているよ。顔だって少しずつ若返らせている。ゆっくりだから、気がつかなかっただけさ……。おマアだって、王家に伝わる若返りの妙薬でも贈ったということにしたらいいさ。その代償は、キシダイン派から、王女支持に乗り換えることだ。まあ、そんな感じで誤魔化してよ」

 

 ロウが笑った。

 

「冗談じゃない。そんな妙薬があるものかい」

 

「一個だけあったということにすれば? それで、ほかの夫人方には、強請られないで済む。もうないって言えばいい」

 

「通用するかい。お前は、女というものをわかってないよ。もしも、若さが取り戻せるっていうんなら、全財産どころか魂だって売り渡す女はいくらでもいるよ」

 

「なら、どうしても誤魔化しが不可能な相手なら、俺が淫魔術をかけてもいいよ。それでイザベラ王女派は拡大して、キシダインに、さらに強固に対抗できるようになる」

 

 ロウは言った。

 

「お前は……」

 

 アネルザは呆れ顔だ。

 一方で、マアはまだ、いまの状況が完全には理解できないでいる。

 淫魔術というのが、なにを示すのか判然としないが、見た目の姿が三十年も若返ったというのが、本当に信じられない。

 いや、見た目だけじゃないのだろう。

 身体から元気が漲っている。

 若返ったのだ。

 まさに奇跡……。

 鏡に映っているのは、仕事に明け暮れて、まともな恋もできないまま失ってしまったかつての自分だ。

 二度と手に入らないはずのそれが、いまここに……。

 

「でも、ロウ様はやっぱり、お凄いですね……。こんなこともできるなんて……。とにかく、とりあえず、マア様には化粧をしていただきましょう。あまりにも劇的すぎて衝撃ですので、お化粧で見た目の歳をとっていただきましょう。それに、マア様は、あまり人にお会いにならない方ですし、それで騒ぎは最小限で収まるんじゃないかと……。数日待っていただければ、元の老女の姿に見える“欺騙リング”を調整して持ってまいります。それで問題ありませんよ」

 

 すると、スクルズが呑気そうに笑った。

 

「問題ありありだよ……。まあ、だけど、それしかないか……。とにかく、マア、どうして若くなったかだなんて、口が裂けても誰にも言うんじゃないよ。さもないと、王都中の老女が、こいつに犯されるために、殺到するようになるからね」

 

「そりゃあ、困るなあ……」

 

 アネルザの言葉に、初めてロウは困った表情になった。

 マアはロウの前に跪いた。

 

「おお、ロウ、いや、ロウ殿……。う、嬉しい……。本当に嬉しい……。本当に奇跡だ。信じられないよ。なんてことだろう。なんでもするよ。ロウ殿の言った通りにする。魂でもなんでもあげる。だから、どうか、この奇跡を解かないでおくれ」

 

 マアはロウの前に跪いたまま言った。

 そると、ロウが頭を掻く。

 

「いや、逆に戻せと言われても困るんだけどね……。なにしろ、支配した女を治療することはできても、その逆はできないんだ。元に戻るには、もう三十年ほど待ってもらうしかないんです」

 

「とにかく、なんでも言うとおりにするよ……。ああ、イザベラ王女だね。もちろん、忠誠を誓う。誓うとも──。このマアはイザベラ王女を全力で支えさせてもらう。約束する」

 

「お願いします。とりあえず、王女に自由流通のことを教えてあげてください。世界のこととかも。とにかく、あの王女にあなたの持っている知識という知識を叩き込んでください。そういうことを彼女に教えてくれる教師が、これからは必要じゃないかとも思うんです」

 

「まあ、それは素晴らしいですね。さすがはロウ様です」

 

 スクルズがロウに媚を売るように誉め称える。

 

「週に一度ほど、王女の家庭教師をするということでどうかな?……。たとえば、これはと思うような女史も集めて、経済や民政の勉強会をするとか……。そうすれば、同世代の味方も増える。将来の姫様を支えてくれる者も見つかるかも」

 

「なるほどねえ……。お前もよく考えてんだね……。まあ、集まるだろうさ。商業ギルドは目の敵にしてるけど、三公国で成功している自由流通を知りたい者は多い。それの勉強会が王女のサロンで開かれるなら、多分殺到するね。人選が大変だろうさ」

 

 アネルザが肩を竦めた。

 

「もちろん、あたしでよければ、喜んで協力するよ……」

 

 マアは言った。

 心の底からの幸福感とともに……。

 

 

 

 

(第23話『熟女レイプの奇跡』終わり)



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 第24話  誰にも触れない男
140 ふたりの刺客


 血の匂いがした。

 

 ボニーは嫌な予感がして、山を登る街道を進む道を速めた。

 すぐに剣で斬られた男の死骸があった。

 

 しかも、肘と膝から先の四肢が切断されて、口と鼻に土が埋めてある。

 男の死因は身体を斬られたことによるものではなく、息を塞がれた窒息によるもののようだ。男の顔には苦しみそのものの表情が残っている。

 また、そばには馬車があり、商売物の荷が積んであった。

 漁った形跡はあるが、そんなには荒らされてはいない。

 ボニーは嘆息した。

 誰の仕業なのか、すぐにわかったからだ。

 

「クライドめ……」

 

 ボニーは恨めしさとともに、その男の名を呼んだ。

 だから、あの男と一緒に仕事などしたくはなかったのだ。

 

 だが、パリスの命令だから仕方がない。

 ボニーの意思に関わらず、パリスに命令を受ければ、それがどんなに気に食わない内容であろうとも、「命令」を実行せずにはいられないのだ。

 なにしろ、ボニーは、今回の一件について、すべてパリスというアスカの従者に従うように「命令」を受けている。

 

 ボニーは、溜息とともに自分の首に装着されている「奴隷の首輪」に触れた。

 このわけのわからない世界に召喚され、奴隷の首輪を受け入れてしまったときから、ボニーはあのアスカの奴隷だ。

 どんなことでも逆らえない。

 いかなる命令でも従わずにはいられない。

 

 それでも、召喚の影響によってボニーに備わった特殊能力が貴重なものだったことにより、ボニーはほかの召喚奴隷よりは、ましな生活をすることができるし、大切な扱いを受けることができたと思う。

 そうでなければ、アスカの客人をもてなすためだけの接待用の女娼婦扱いされても、それを受け入れるしかなかったかもしれない……。

 

 いや、それはいまでも同じか……。

 

 あの気まぐれなアスカは、いつだってボニーを大勢の男家来の慰み者にすることもできる。

 ちょっとでも気に入らないことがあれば、あのアスカは、容赦なくボニーを死んだ方がましなくらいの惨めな扱いに変更するだろう。

 なにしろ、この奴隷の首輪がある限り、ボニーはアスカのどんな理不尽な命令にも従うしかないのだ。

 

 それにしても、今回のことは、なんとなく腑に落ちない。

 あのアスカは、どうして、今回の任務に限り、直接に指示をすることなく、パリスとかいう少年従者を通して、ボニーとクライドに「始末」を命じたのだろう。

 まあ、気まぐれ魔女のやることなど、理屈もなにもないのはわかっているが……。

 

 ボニーとクライドは、この異世界に召喚されたことによって得た特殊技能を生かした、アスカの裏工作専門の刺客である。

 今回、ボニーたちが命じられたのは、少し前にアスカから逃亡したイチという外界人の男と、そのイチを誘惑して逃亡したエルスラというエルフ娘を「処置」することだ。

 男については、可能ならば生かして連れ帰るが、面倒ならば殺してもいいと指示を受けている。エルスラについては、基本的には殺害だ。

 

 なぜ、そうなのかは知らない。

 知る必要もないし、「命令」に逆らえないボニーは、言われたことに従うしかない。

 ただ、今回の任務は、アスカから直接命じられたのではなく、「パリスの指示に従え」という言葉で、奴隷の首輪に命令を刻まれた。

 イチとエルスラの始末は、アスカではなく、パリスから与えられたのだ。

 

 いずれにしても、目の前のことだ。

 任務を果たすために、イチとエルスラがいると教えられているハロンドールの国境を越えたところで、クライドがまた厄介事を起こしたのだ。

 

 ボニーは、人里に入ると、必ず騒動を起こしてしまうクライドに、林の中に隠れているように「命令」して、ひとりで山を下りて食料を調達しに行っていた。

 どうやら、そのあいだに、この騒動を起こしたようだ。

 

 ボニーはとりあえず、調達してきた食料の入った荷を地面に置いた。

 そして、面白半分で殺したような死骸から離れて、道の横の林に入る。

 林の中に喧噪の痕が続いていたからだ。

 

 最初の死体からすぐの場所にふたりの男の死骸があった。

 どちらも、やはり悪戯半分で斬り刻んだような死骸だ。

 近くに武器のようなものはないので、抵抗はしなかったのだろう。

 致命傷のようなものはないが、十数箇所の傷がある。おそらく、苦しみながら死んだに違いない。

 

 近くの村で食料を手に入れるためにボニーが、クライドにこの林の中で待つように命令したのは、三時間ほど前だと思う。この異世界の時間では、三ノス半というところだ。

 

 死骸の状況から、彼らが死んでから二時間はすぎていると思う。

 つまり、ボニーがクライドをここに置いてすぐに、この山街道をさっきの馬車が通りかかったのだ。

 それで、クライドが面白半分で襲い掛かって、商人の一行を殺した……。

 まあ、そんなところに違いない。

 

 そのとき、さらに奥側から呻き声がした。

 それに混じって笑い声もする。

 笑い声はクライドだ。

 呻き声は……。

 

 女のもの……?

 しかも、おそらく年端もいかない……。

 

 頭に血が昇った。

 ボニーは髪に刺した髪飾りを抜いていた。

 殺しのときには、ボニーは大きな武器は遣わない。

 ただ、この髪飾りの金属の尖った先端で首の横か眉間を刺すだけだ。

 それで人は呆気なく即死する。

 それがボニーのやり方だ。

 声のする方向に向かって進む。

 

「ク、クライド──」

 

 ボニーは目の前に現れた光景に、思わず声をあげた。

 クライドは、草の上に十歳くらいの女の子を裸にして強姦をしていた。

 女の子の股間からは破瓜の血だけでなく、おそらく小さな膣に無理矢理に大人の男の性器を突っ込まれたことによる裂き傷による血が出ている。

 

 女の子は、すでに生気を失って虚ろな目をしている。

 そんな童女をクライドは愉快そうに犯していた。

 しかも、ボニーを激昂させたのは、そばにあったもうひとつの死骸だ。

 上半身が裸の女の死体だ──。

 

 いや、死んではいない。

 ただ腹を剣で大きく破られていて、死に瀕している。

 かすかに上下している胸が女に息があることを示していた。

 だが、声を出す力も残っていないようだ。

 いま、犯している童女の母親だろう。

 

 クライドの仕業だと思うが、クライドはこの女を腹を裂いて致命傷を与えながらも、苦しませるためにとどめを刺さなかったのだ。

 あるいは、娘が犯されているのを見せるために、致命傷を与えながらとどめを刺さなかったのか……。

 

 そのために、女は七転八倒したのだと思う。

 地面に拡がる血と、女の身体全体についている大量の土がそれを表している。

 ボニーは、とりあえず女に駆け寄り、首の横の急所に髪飾りの芯を刺した。

 女の身体からすっと最期の力が消滅する。

 

「おっ、ボニーか──。わざわざ、近くの村に食料を調達しに行ってくれたが不要だったぞ。たまたま旅の商人の荷馬車が通りかかってな。襲って奪っておいた。そこに置いてある」

 

 クライドがボニーを一瞥して、顎で横を指した。

 確かに、そこには食料の包みのようなものがある。

 

「クライド、その子から離れるのよ。あたしの命令に従いなさい──」

 

 ボニーは、いまだに童女の股間に怒張を貫かせているクライドの首に針の先を置く。

 この場所に芯を突き刺せば、一瞬で誰でも死に至る。

 そういう急所だ。

 

 さすがに、クライドの動作が静止する。

 いずれにしても、クライドはボニーの「命令」に逆らえない。

 クライドは、そういう「命令」も受けているのだ。

 だが、なんとなく様子がおかしい気がした。

 ボニーは、クライドの首に髪飾りの芯を突きつけながら、首を傾げた。

 

「……俺とお前は、面と向かってやり合ったことはなかったな、ボニー。だが、俺の綽名くらいは知ってんだろう。俺がなんと呼ばれているか言ってみな」

 

「……不死身のクライド……」

 

 仕方なく口にした。

 普通なら、首に当てている尖った金属の芯に力を入れれば、誰であろうとも死ぬ。

 だが、ボニーもクライドも、突然に元の世界からアスカに召喚されて、召喚奴隷にされた外界人だ。外界人には、なぜかほかの人間にはない特殊能力を帯びて、この異世界に召喚されるのが通常だ。

 

 ボニーには、視線の合った相手を従わせることのできる「魅了」の能力──。

 

 そして、クライドは、絶対に死なないという「不死身の能力」をもって、この世界に出現したということだった──。

 

 だが、いくら特殊能力者といっても、死なない能力などあり得ないとボニーは思う。

 おそらく、それは噂が作り上げた誇張だろう……。

 

 「そういうことだ……」

 

 クライドが言った。

 そして、いきなりだった。

 クライドがボニーが後ろに当てている首を思い切り、後ろに反らせたのだ。

 

「きゃあああっ」

 

 ボニーは思わず悲鳴をあげた。

 クライドに当てていた芯は見事に首に突き刺さっていた。

 

「痒いぜ」

 

 クライドが立ちあがった。

 

「ひっ」

 

 ボニーはクライドの身体に弾き飛ばされて、地面に尻もちをついた。

 顔に危険な笑みを浮かべたクライドが迫ってくる。

 たったいままで童女を犯していた股間には、なにもはいておらず、童女の破瓜の印が赤くついている。

 

「とまりなさい──。命令よ、クライド」

 

 ボニーは叫んだ。

 ボニーとクライドには、アスカによってパリスの命令に従うように「命令」が刻まれているのと同様に、クライドにはボニーの「命令」には逆らわないように、奴隷の首輪により命令が与えられている。

 それは、ボニーが将校待遇のアスカの奴隷であるのに対して、粗野で品のないクライドが一般兵待遇の奴隷であるからだ。

 だから、クライドは、結局のところボニーには逆らえない。

 

 しかし、次の瞬間、凄まじい衝撃がボニーの腹に加わった。

 一瞬、視界が消える。

 クライドに腹を蹴られたのだとわかったのは、二発目の蹴りを腹に加えられたときだ。

 

「えほっ、があっ、がっ」

 

 ボニーは地面に倒れてしまい、身体をうずくまらせて動けなくなった。

 すでに抵抗の気持ちは失われている。

 だが、心の底には、「なぜ」という言葉が繰り返されている。

 

 「奴隷の首輪」は絶対だ。

 ボニー自身がアスカに逆らえないことでそれは証明されている。

 そして、クライド自身の首にも、ボニーと同じ奴隷の首輪がある。

 ボニーは、アスカにより、クライドとともに今回の任務に関してパリスに従うように「命令」を刻まれたとき、クライドには、さらにボニーの命令にも従うように、アスカが命令したのを目の前で見ていた。

 だから、こんな野蛮人とふたりきりで旅をすることを危険なことと思わずに、やって来たのだ。

 

「俺が命令に従わないのが不思議か、ボニー?」

 

 髪の毛を掴まれた。

 

「い、痛い──いたあっ、痛いってばあ──」

 

 無理矢理に立たされる。

 平手が頬に叩き込まれる。

 

「あうっ」

 

 その圧力と衝撃で後ろの樹木に後頭部と背中を叩きつけられた。

 

「んぐううっ」

 

 拳が再び腹を抉った。

 身体が前のめりに倒れるところを、ボニーの首を掴んだクライドに樹木に押さえつけられて、倒れるのを防がれる。

 

「あがっ」

 

 なにかが首に食い込んだ。

 縄だ──。

 いつの間にか縄を手にしたクライドに首に縄をかけられて、樹木の幹に結ばれる。

 両手で縄を外そうとした。

 しかし、結び目は後ろだ。

 届かない。

 手に持っていた髪飾りの芯はどこかに弾き飛ばされている。

 

「手は後ろだ、ボニー。自分で樹の後ろに回せ。ちょっとでも手を離せば、容赦なく殴るぜ」

 

 目の前に立っているクライドが、その言葉が嘘でないことを証明するように、ボニーの顔を平手でまた叩く。

 身体の大きさなら、元の世界では若い東洋人の女にすぎないボニーは、白人男性であるクライドに比べて、二廻りも小さい。

 その力で殴られるのは、ボニーにとっては、まるで丸太で殴られるような衝撃だ。

 

「……と、とまれ……。め、命令……よ……」

 

 最後の力を振り絞るようにして、ボニーは言った。

 命令が耳に入らないわけがない。

 ボニーは、この危険人物のクライドが耳栓のようなものをすることを禁止していた。

 ほかにも考えられる限りの予防策は取っている。

 奴隷の首輪によってクライドはボニーの命令に逆らえないはずだ……。

 さっきのはなにかの間違い……。

 そうに違いない。

 

「せっかくの綺麗な顔をしているんだ。顔の形が変わる前に俺の『命令』に従った方がいいんじゃねえか、ボニー。今度は拳で殴るぜ」

 

 クライドがしっかりと握りしめた拳をぐいと引いた。

 

「ひいっ」

 

 慌ててボニーは両手を樹木の後ろに回す。

 

「おう、やっと、どっちが本当は、どっちが上で、どっちが下かわかったようだな。お前なんか、ちょっとばかり、魅了の操り術が遣えるだけのただの小娘だ。いままでは、面倒だから命令が効いているふりをしていただけだ。もともと、俺にはなんの術もかからねえ。アスカの命令も、パリスの命令も、俺には意味はねえ。あいつらは知らねえがな」

 

 クラウドが高笑いした。

 ポニーは呆気にとられた。

 

「そ、そんな、隷属の命令が……効かないの?」

 

「まあ、だけど、イチという男はともかく、エルスラとかいうエルフ娘は、なかなかの美人だったのを覚えている。そのエルフ女を好きにしていいという仕事は面白そうだった。それに、だから、受けた。そろそろ、アスカ城も飽きたしな。とんずらするにはいい機会だ」

 

「そ、そんな、馬鹿な……」

 

 ボニーがこの異世界に召喚されたのは一年以上前だが、クライドはまだ半年ほど前だろう。

 それまで、ずっとクライドは、アスカの命令には逆らわなかった。

 それは、アスカの嵌めた奴隷の首輪のためだろうと思っていたが、クライドは、実は奴隷の首輪など効いておらず、それはそう見せていた演技だというようなことを言っている。

 しかし、そんなことは、にわかには信じられない。

 だが、なんらかの方法で、首輪を出し抜く方法をクライドが見つけたのは、確かなんだろう。

 そうでなければ、クライドがボニーに従わないわけがない……。

 

「俺にはどんな魔道も魔道具も効かねえんだ。それが、この世界で身に着けた本当の俺の特殊技能だ。あのアスカは、それに気がつかなかっただけさ。信じられないなら、俺に、魅了の術をかけろ。やってみな。視線と視線を合わせて、相手の意思を失わせて、身体を操るんだろう? ほれ、やれ」

 

 クライドがボニーの顔のすぐ前に顔を持って来た。

 その余裕に冷たいものが背に流れるのを感じたが、本当に術が効果がないとすれば、ボニーにはクライドに逆らう手段が消滅することになる。

 術なしであれば、非力なボニーが大男のクライドにかなうわけがない。

 しかし……。

 

「魅了──」

 

 ボニーは叫んだ。

 術をかける。

 いや……。

 

 しかし、術が入っていかない。

 まるで、クライドなどそこにいないかのように、魔力が素通りする。

 これは異常だ。

 やっと、ボニーはクライドが言ったことが真実であるということを悟った。

 

「……わかったようだな。俺は不死身のクライド。だが、それは、本当は刃物で俺を傷つけられないことを示すわけだけじゃねえ。あらゆる魔道も俺には効果がない。魔道の首輪であろうとな──。しかし、それがばれると、連中が対応策を打つと思ったから、アスカには黙っていたんだ──」

 

「じゃ、じゃあ、いままでずっと……」

 

「まあいい……。おしゃべりは終わりだ。イチとかいう逃亡男は俺が殺しておいてやる。エルスラは犯す。だが、お前とはここでお別れだ。とにかく、アスカのところの生活は、俺は満更でもなかった。命令に従って、他人をぶち殺しさえすれば、いい暮らしをさせてくれて、うまいものも食えるし、酒も飲めるしな……。そして、女も犯せる……」

 

 クライドがボニーのズボンを手を触れた。

 しかも、ベルトを外して、下にさげようとする。

 

「な、なにすんのよ」

 

 思わず声をあげて、手で阻止しようとした。

 

「うぐうっ」

 

 だが、ものすごい力で左の頬を叩かれる。

 身体が倒れかけて、縄が首に食い込む。

 苦しさに姿勢を起こそうとすると、右の頬をはたかれた。

 ボニーは急いで両手を樹木の後ろに戻す。

 

「おう、やっと、俺の命令を思い出したか──」

 

 大笑いしながら、クライドがボニーの下半身からズボンを下着ごと足首までさげる。

 ボニーは歯噛みした。

 だが、暴力に対する恐怖心がボニーの抵抗力を奪っている。

 

「じゃあ、手を離していい。少し待ってやるから、手で擦って股を濡らせ。さもないと、乾いた股間に俺のマラを突っ込まれることになるぞ。まあ、それもレイプしている雰囲気がしていいかもしれねえがな。いや、やらないなら、これを突っ込むか。実は俺はお前のような年増は、好みじゃねえ。俺が好みなのは、まだ汚れを知らねえ、子供だけだ」

 

 クライドがボニーから離れるように距離をあけて仁王立ちになって、げらげらと笑った。

 変態が……。

 ポニーは心からの嫌悪感を抱いたが、クラウドが地面から折れた太い枝を手に取ったのを見て蒼くなった。

 

「くっ」

 

 ボニーは絶句してしまった。

 だが、やるしかない。

 ポニーは惨めさを堪えて、自分の股間の愛撫を始めた。

 それを見て、クライドがげらげらと笑いだした。

 

「んっ、んんっ……」

 

 ボニーは惨めな自慰を続けながら、あまりの恥辱につっと涙が出してしまった。

 犯されるのがわかっていて、自分で股間を濡らさなければならないのだ。

 こんなに惨めなことはない。

 ただ、こんな状況でも、感じる場所を刺激すれば、どうしても身体が熱くなるし、甘い鼻息も出てしまう。

 それが情けなかった。

 

 しかし、クライドに対して特殊能力の効果がないとわかれば、ボニーは絶対にクライドにはかなわない。

 特殊能力がなければ、ボニーはただの非力な女でしかない。

 身体の大きさも違うし、しかも、クライドは根っからの悪党だ。この旅のあいだに身の上話をしたときにも、クラウドは元の世界で何度も服役したことがある無法者だと言っていた。

 召喚されたときに装着された首輪の力により、仕方なく「刺客」をしているボニーとは違う。

 

 しかも、「首輪の命令」によって与えられていたはずの、ボニーのクライドに対する「指揮権」が無効とあっては、ボニーにはもうどう抵抗していいかわからない。

 

「へへ、惨めな顔をするんじゃねえよ。アスカに将校待遇を与えられたからといって、上司面しやがってよ。所詮、俺から見れば、お前なんて、ただの小娘だ。ほら、口を開けろ。キスしてやるよ」

 

 童女を犯していた股間を丸出しにしているクライドが分厚い唇を突き出して迫ってきた。

 しかも、すでに勃起している肉棒をボニーの股間に押しつけてくる。

 

「い、いやっ」

 

 反射的に顔を背けた。

 すると、平手が頬に飛んで来た。

 叩かれるのがわかっていても、首に縄をかけられて樹木の幹に固定されているので、避けることもできない。

 

「ひぐうっ」

 

 顔面がよじれたかと思うような衝撃が加わる。

 

「た、叩かないで……」

 

「だったら、自慰をやめるな。手がとまったら折檻だ」

 

 ボニーはまだ痺れている顔をクライドに向けて口を開けた。

 クライドの臭い息とともに、舌が口の中に差し入れられる。

 

「んんっ」

 

 強烈な嫌悪感が口腔に拡がる。

 しかし、口いっぱいに相手の舌が差し入れられても、どうすることもできない。

 また、あまりのおぞましさに全身を緊張させていたボニーであるが、しつこく舌や口の中を舐めまわされているあいだに、だんだんと身体が脱力してしまうのを感じた。 

 たっぷりと口の中を蹂躙される。

 そのあいだも、ボニーは惨めな自慰を続けている。

 ボニーの手が止まったら、殴ると言われているのでやるしかない。

 やがて、クライドの顔がボニーから離れる。

 おぞましい時間が終わった。

 

「もう自慰はいい。両手を樹の後ろに回せ」

 

 ボニーは言われたとおりにした。

 すると、クライドがボニーの背後に回って、両手を樹木から離せないように別の縄で縛ってしまう。

 

「どれ、じゃあ、別れの挨拶代わりに、一発抜いていってやるぜ」

 

 前側に戻ってきたクライドが指先に唾をつけて、ボニーの剥き出しの股間に指を伸ばした。

 クライドの指が女陰の周囲をなぞりながら少しずつ中心に近づく。

 

「うっ、くうっ、ふうっ」

 

 不快な指がボニーの股間を刺激する。

 おぞましいが、腰を動かしたり、股を閉じて指の愛撫を拒否すれば、また殴られるに決まっている。

 ボニーはクライドのするがままにさせた。

 すると、口惜しくも、自慰で濡れている股間がクライドの愛撫でだんだんと疼きで包まれてくる。

 ボニーは口から洩れそうになる甘い声を懸命に耐えた。

 

「思ったよりもきついな。生娘ではなさそうだが、そんなに使い込んでもなさそうだ。元の世界では、そんなに遊んでもいなかったようだな」

 

 クライドがボニーの股間に指を出し入れしながらげらげらと笑った。

 

「う、うるさいわねえ……。は、早く、終わらせなさいよ」

 

 ボニーはあがりかかる喘ぎ声を抑えながら、精一杯の強がりを口にした。

 

「ははは……。ところで、お前、名はなんていうんだ? そういえば、聞いたこたはなかったしな」

 

「な、なに……い、言ってんのよ……。うっ、ううっ……。ボ、ボニーよ……」

 

 ボニーは歯を食い縛った。

 もう犯されるのは覚悟している。

 ただ、一瞬でもこの男に屈して、声を出すことだけは嫌だった。

 それだけは、ボニーのプライドが許さない。

 

「そうじゃねえよ。本名だよ。俺もお前も、このおかしな世界に召喚される前は、ちゃんとした名前があったじゃねえか。それを言えよ」

 

「リ、リー……シン……ボニン……」

 

 リー・シン・ボニン……。

 それが本当の名だ。

 

「本当の歳は?」

 

「に、二十一……」

 

「仕事は?」

 

「が、学生よ……。だ、大学生……あっ、んんっ」

 

 この世界に召喚される前は大学生だった。

 家族もいたし、恋人もいた……。

 わずか一年余り前のことだが、もう随分と過去の話のような気がする……。

 

「もともとの名がボニンで、ボニーか。しかも、大学に通うようなインテリさんかい。わかったぜ、ボニン、じゃあ、犯してやる」

 

 クライドがボニーの片脚を抱えた。

 東洋人女性のボニーに比べて、元はアメリカ人だというクライドは身体が大きい。

 片脚を持ちあげられると、ほとんどボニーの足は地面から離れて浮きそうになった。

 

「くっ」

 

 思わず呻き声をあげた。

 クライドの怒張が秘孔に入ってくる。

 この世界にやって来てから一度も男の性器を受け入れていない。

 久しぶりに抉じ開けられる秘肉に裂かれるような痛みが走る。

 痛みが腰全体に伝わる。

 

「おうおう、窮屈な穴だぜ。まるで生娘みたいじゃねえか。まあ、そこの女の子ほどじゃねえけどな」

 

 クライドが顎で地面に横たわっている童女を指した。少女は股間から血を流したまま、虚ろな表情で母親の無惨な死骸を見つめている。

 その顔は一切の表情をなくしたように能面だ。

 

「はっ、はうっ」

 

 ボニーは樹木を背に拘束された身体を弓なりにした。

 クライドの怒張の先端がぐいとボニーの股間の最奥部に到達したのだ。

 律動が始まる。

 クライドが笑いながら、ボニーの股間に自分の腰を打ちつけるように前後に動かし始めた。

 

「ううっ、うっ、ううっ」

 

 激しい抽送だ。

 ボニーの膣をこれでもかというように抉る。

 女の快感など関係ない。

 ただ、クライド自身の快感を得るためだけの動きだ。

 だが、女の性の悲しさか、そんな自分勝手な性交でも、次第にボニーの身体は、女の反応を示してしまう。

 情けないが、だんだんと快感の疼きが拡がっていく。

 感じ始めた自分の身体を戒めるように、ボニーは苦痛を示す悲鳴をあげた。

 レイプされるのは耐えられる。

 しかし、レイプされて感じてしまうなど、これほど惨めなことはない。

 

 だが、それを心配する必要はなかった。

 クライドは激しい律動の末に、ボニーの反応などお構いなしに、唐突にボニーに射精したのだ。

 ボニーの股から怒張を引き抜いた。

 ほっとした。

 とにかく、終わったのだ。

 

 クライドがボニーから離れて、脱ぎ捨てていたズボンを身に着け始めた。

 

「じゃあな、ボニー ──。この辺りは夜になれば、獰猛な獣も出没するそうだ。お前の魅了の術も、知性のない獣相手じゃあ役には立つまい。せいぜい頑張って、日が落ちる前に縄抜けをするんだぜ──。もっとも、血の匂いを嗅いですぐに獣も集まってくるかもしれねえから、陽が暮れるまで大丈夫とは限らんがな」

 

 着衣を整えたクライドが笑いながら言った。

 

「な、なに言ってんのよ。まさか、このままにして放っておくつもり? ほ、解きなさいよ」

 

 ボニーは呆然とした。

 確かにクライドの言うとおりだ。

 この一帯にたちこめる血の香りは、すぐに血に飢えた肉食系の猛獣を呼び起こすだろう。

 この周辺が獰猛な獣が出現する地域だというのは、ボニーも事前の調査で承知している。

 だが、クライドはもうボニーを完全に無視することに決めたようだ。

 そして、横たわっている半裸の童女に身体を向けた。

 

「なに、呆けてやがる。荷を担げ、小娘。裸で歩くのが嫌なら、馬車に積んでいるマントで身体を覆っていい。とにかく、一緒に来るんだ」

 

 クライドが童女を思い切り蹴り転がした。

 

「ひいいっ」

 

 童女が悲鳴をあげて、身体を丸めて暴力から身を守ろうとする。

 

「ク、クライド、やめなさい」

 

 ボニーは叫んだ。

 だが、もうクライドは、ボニーなど存在しないかのように、ボニーには反応しない。

 

「……それとも、ここで殺されたいか、お前──。生かして置いてやると言ってんだ。荷物持ちとしてな。それと、旅のあいだの慰め女にしてやる。ただし、少しでも遅れれば、首の骨を折って、容赦なく殺す。ほら、立つんだ──。立ちやがれ──」

 

 クライドがもう一度、童女を蹴った。

 童女が悲鳴をあげながら、クライドの罵声に屈して身体を起こす。

 そして、クライドに言われるままに、びりびりになった衣服のまま、クライドの示した荷を背負った。

 童女には大きすぎる荷のはずだ。

 ましてや、たったいま破瓜をされたばかりの童女に、それを担いで山道を歩けというのは惨い命令だ。

 だが、クライドは童女を強引に歩かせ始めた。

 

「ま、待って、待ちなさい、クライド」

 

 ボニーは樹木に縛りつけられたまま、力を振り絞るように叫んだ。

 しかし、クライドは一度も振り返ることなく、荷を背負わせた童女とともに、街道の方向に立ち去っていった。



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141 悪戯な日常と突然の非日常

「よし、“よーい、どん”でスタートだ。負けた女はクリ皮切除が待っているぞ。もちろん、あとで淫魔術で治療はするけど、三日は我慢してもらうからな。そんな身体にして欲しくなかったら、ビリにはならないように頑張るんだ」

 

 ロウが笑いながら言った。

 スクルズは股間に食い込んでいる縄の疼きに耐えながら、ロウの理不尽な宣言を聞いていた。

 

 ロウたちの住んでいる幽霊屋敷だ。

 いつものように、昼の務めが終わってから、夕方になったところで転送術でロウの屋敷にやって来た。

 すると、ロウがいつもの三人の性奴隷を集めて、「なわでんしゃ競争」などということを思いついたからやると宣言していた最中だったのだ。

 それで、魔道で転送してやってきたスクルズも、当然のように参加させられることになり、いまやらされているところである。

 まあ、ロウの女であれば、珍しくはない破廉恥遊びであり、過激な罰もいつものことだ。

 

 いずれにしても、よくわからないが、ロウにいきなりいつもの地下の「調教室」に連れ込まれ、説明もないまま下半分だけをすっぽんぽんにされて、壁に張った縄を跨らされた。

 しかも、腰の括れの後ろで両腕を水平に重ねられ、革帯を巻かれて拘束もされてしまっている。

 嫌も応もない。

 スクルズだけでなく、エリカたち三人も、突然に思いつかれたみたいであり、スクルズ同様に、よくわかってないみたいだ。

 とにかく、説明はやりながらすると言われて、スクルズが先に縄に跨らされた。

 最初の対戦相手は、コゼのようであり、いまは、コゼが準備できるのを待たされているところだ。

 

「あ、あのう……。で、でも、こ、この縄……。なんか変ですわ。な、なんだか、か、痒いような……」

 

 スクルズはどうしても動いてしまう腰を、悶えるようにさせながら言った。

 縄はスクルズの腰ほどの高さがあるので、跨ればどうしても股間にきつく食い込んでしまう。 

 しかも、縄には油剤のようなものを塗っているらしく、てらてらと光っている。

 それはともかく、この粘性の油剤はおかしい。

 ロウに言わせれば、繊細な股間の粘膜を縄が傷つけないように、潤滑油を塗っているということだったが、こうやってじっとしているだけで、縄が触れている股間がかっと熱くなり、じんじんという疼きが大きくなってくる。

 絶対に得体の知れない媚薬かなにかを塗っているに決まっている。

 そうでなければ、なにもしていないのに、こんなに追い詰められた感じになるわけがない。

 

「もちろん、俺の特性の油剤だよ、スクルズ。股に縄を擦りつけたくて仕方がなくなるように細工をしてるさ。やる気が出てきたろう?」

 

「あ、ああ、やっばり……」

 

 スクルズは身体をくねらせるようにしながら息を吐いた。

 とにかく、股間から、どんどんと得体の知れないむず痒さが拡がってくる。それが、どうしてもスクルズの全身を身悶えさせてしまう。

 スクルズは、少しでも刺激を和らげようと、つま先立っている脚を懸命に上にあげた。

 

「あ、ああっ、ご、ご主人様──。あ、あたし、背が低いから、同じ高さなんて、ず、ずるいです」

 

 隣の縄に跨らされたコゼがすぐに不平を言った。

 

「それもそうだな。じゃあ、ハンデをつけよう」

 

 ロウが笑いながら、ぽんとスクルズの下腹部に触れた。

 

「あっ、ロ、ロウ様、な、なにを──?」

 

 次の瞬間、スクルズの股間に強い尿意が沸き起こった。

 

「よし、これでいいか。じゃあ、ふたりとも、準備はいいですか。先に反対の壁にある鈴を舌で鳴らした方が勝ちだ。ただし、途中で達してしまったら、その場で失格……。さらに、スクルズは、途中で漏らしても失格だからね」

 

「うう……」

 

 スクルズは呻いた。

 淫魔術とだとは思うが、ロウに下腹部を触れられて、急に猛烈な排尿感に襲われたのだ。

 ロウは魔道を遣えないと日頃言っているが、淫魔師だというロウは、事実上は超一流の魔道遣いだ。

 今回の罰だって、クリトリスの包皮切除とのことだが、切断するのはともかく、元に戻すのは、スクルズでさえかなりの魔力を消費する高等治療術だ。

 しかし、ロウは同じようなことを一瞬でする。いつも、感嘆する。

 

 それにしても、強い尿意だ。

 襲ってきたものを我慢するのに精一杯で、スクルズだけにおかしな尿意を付け足されたことに抗議する気にもなれない。

 

「コ、コゼ、あんた、狡いわよ」

 

「そうだ──。そもそも、ロウはコゼにいつも甘い。不公平だ」

 

 そのとき、壁際で次の競争の待機をしているエリカとシャングリアが不平を言い始めた。

 このふたりも、腰から下にはなにも身に着けていない。

 まともに服を着ているのは、ロウだけだ。

 

「う、うるさいわよ。いいじゃないの」

 

 コゼも言い返した。

 

 いつもながら、こんな淫らで破廉恥な遊びばかりやっているくせに、この四人は仲がいい。

 スクルズも羨ましくなる。

 もっとも、ロウと関係するようになってから、ベルズとはすっかりと昔のような親友の関係に戻れたし、いろいろと悶着が続いていたウルズは、妙なかたちにはなったが、少なくとも争い合う関係ではなくなった。

 幼児返りしたウルズに、“すーママ”と呼ばれて頼られるのは、なんともいえない幸福感を覚える。

 これもロウのおかげかもしれない。

 

 それにしても、このところ思うのだが、ロウの鬼畜度は、ますますひどくなるような気がする。

 少し前は、まだ、スクルズやベルス、あるいは、三人の性奴隷たちに気を遣う感じもあった。

 だが、最近は容赦のない鬼畜さが増していると思う。

 いや、鬼畜さだけでなく、好色度もだ。

 もちろん、不満はない。

 それどころか、ますますロウに傾倒していく自分を感じる。ロウに意地悪をされると思うとわくわくする。だから、昼間も朝も夜も、常にロウと一緒にいる三人がすごく羨ましい。

 

「じゃあ、よーい、どん」

 

 部屋に張られた二本の縄の真ん中にいるロウが両手を拡げて、二本の縄をびんと揺すった。

 

「ううっ」

「はあっ」

 

 スクルズは、食い込んでいる縄に大きな食い込みを受けて思わず声をあげた。コゼも悲鳴のような呻きをあげている。

 とにかく、前に……。

 しかし、スクルズはたったいままでなかったものが、張られている縄に存在しているのを見て、驚いてしまった。

 

「わっ、こ、これなんですか、ご主人様?」 

 

 コゼが声をあげている。

 スクルズも眼を見張った。

 縄のところどころに、ウズラの卵のような丸い物が上を向いて密着している。

 しかも、ぶるぶると振動をしている。

 あれは、ロウが作ったとかいう淫具で「ろーたー」とかいう責め具ではなかっただろうか……。

 とにかく、スクルズは呆気にとられた。

 縄で股間を擦られながら、しかも、尿意に耐えて進むだけでもつらいのに、あんな淫具で振動を受けながら進むなど、最後まで耐えられるだろうか。

 

「なんだと質問されてもなあ……。見たとおりの淫具だよ。亜空間にしまってきたものを粘性体で貼りつけただけだ。それよりも、どうした、ふたりとも? もう、始まっているぞ」

 

 ロウが意地悪く微笑んだ。

 仕方ない……。

 とにかく、前に……。

 

 このロウのことだから、負ければ、本当にクリトリスの包皮を切除するのだろう。

 そんなことをされれば、さすがに神殿の勤めに支障があるので、負けるわけにはいかない。

 とにかく、スクルズは縄が股を擦る痛みと妙な疼きに耐えて、前に進む。

 また、進みながら、横目でコゼを見た。

 苦しそうだが、コゼも少しずつ前に進んでいる。

 スクルズも、負けじとつま先立ちの脚を前に出していく。

 

「ううっ」

 

 縄が食い込む。

 突きあげるような痛みと疼きが全身に走る。

 それでも、なんとか少しずつ進む。

 だが、だんだんと最初の淫具に近づくにつれ、それが生む振動が縄から股間に伝わってくる。

 

「あんっ、んんんっ」

 

 声が出てしまう。

 しかも、ずんずんと突きあげるような刺激が尿意を誘う。

 やがて、振動をしている卵型の淫具の上に股間がやってきた。

 縄に密着した淫具の振動がスクルズの敏感な部分に直撃する。

 

「はあああっ」

 

 横からコゼの大きな悲鳴が聞こえてきた。

 コゼも最初の淫具に差し掛かったのだとわかった。

 スクルズは歯を食い縛って前に進む。

 

「くううっ」

 

 敏感な肉芽を淫具の振動が襲った。

 淫具の振動は、まずは肉芽を刺激し、スクルズが前に進むにつれて、秘肉、お尻にまで淫らな振動の刺激を順番に送り込む。

 

「んんああっ、こ、こんな……」

 

 そして、受けた振動はすぐに甘い痺れに変化する。

 だが、気を抜くことは許されない。

 股間から力を抜くと、いまにも股間から尿が迸りそうだ。

 それでも、なんとか一個目の淫具を突破した。

 

 だが、二個目がすぐ待っていた。ふと見ると、さらに前にもあり、どうやら、ロウがどんどんと増やしているみたいだ。

 そして、二個目……。

 

「ああ、いやあっ、だ、だめえっ」

 

 スクルズは恥ずかしい悲鳴をあげてしまった。

 だが、それでも進んでいく。

 だんだんと腰の力が抜けて、つま先立ちを支えられなくなる。

 しかし、力を緩めると股間の食い込みが大きくなり、さらに快感を呼び起こしてしまうだろう。

 なんとか、いまの高さを守る。

 

 それにしても、おしっこが洩れそうだ。

 スクルズは、懸命に進んだ。

 やっと、二個目が終わる……。

 すぐに三個目……。

 

「ほらほら、進めよ。どんどんと淫具は増えるぞ」

 

 少し先にいるロウがどんどんと亜空間から淫具を出して、縄に増やしている。

 しかも、縄に塗られている油剤が痒い。

 じっとしていると、脳天に突きつけるようや痒みが襲う。だから、とまるわけにもいかなくなってくる。

 しかし、淫具が股間に食い込むたびに、稲妻のような痺れが背骨を駆け抜ける。

 

 いずれにしても、とにかく、いかなかきゃ……。

 向こう側まで……。

 考えていたのはそれだけだ。

 スクルズは艶めかしい声をあげながら、憑りつかれたように、縄を擦りながら、前に、前にと進んでいった。

 

 やがて、壁が近づいてきた。

 もう、スクルズは息も絶え絶えだ。

 横を見る。

 コゼは、ほとんどスクルズと同じくらい進んでいる。

 

 先に壁に……。

 鈴を見る。

 もうすぐ……。

 スクルズは身悶えを続けながら脚を進めた。

 

 もう、ちょっと……。

 

 壁にぶら下がっている鈴を舌で鳴らせば勝ちだ。

 スクルズは、さらにぐいと前に出ながら、思い切り身体を前に倒した。

 

 そのときだった……。

 いつの間に、こんなに増やしたのか、ゴール付近では縄に密着している淫具がほとんど隙間なくびっしりと連続で密着していた。

 前に集中してたので、気がつかなかった。

 気がつくと、すでにそこに股を挟ませていて、振動をする淫具と淫具のあいだに、陰核そのものが挟まってしまった。

 

「ああっ、ひぐうっ、ひいいい」

 

 身体の中でもっとも敏感な陰核を前後の振動で挟まれてしまったスクルズは、ほとんど絶叫に近い悲鳴をあげた。

 なにが起こったかわからなかった。

 突然に頭が真っ白になり、身体が大きく反り返った。

 大きな快感の波がスクルズの全身を突き抜けていく。

 

「んふうううっ」

 

 スクルズは縄の上で身体を弓なりにして、全身を痙攣させた。

 達したのだ……。

 辛うじて残っていた理性がそれを自覚する。

 同時に生温かいものが脚のあいだを流れていくのがわかった。

 失禁もしてしまった。

 

「ああっ……」

 

 叫んだが、もう遅い。

 一度出してしまった尿を途中でやめることなどできない。

 縄を汚しながら、スクルズの脚の下に尿の水たまりが拡大していく。

 

「ああっ、も、申しわけ……」

 

 達したうえに、失禁までしてしまったのだ。

 スクルズはショックで泣きそうになった。

 その直後、股間に加わっていた圧迫感が消滅した。

 縄が床に落ちている。

 どうやら、ロウが解放したようだ。

 がくりと脱力したスクルズは、その場にしゃがみ込んだ。

 だが、尿の溜まった床に尻もちをつく前に、ロウにがっしりと身体を掴まれる。

 

「……コゼの勝ちだな。負け残りだから、決勝戦に出場だよ、スクルズ……。じゃあ、負けた罰だ。俺に犯されてもらう」

 

 抱き締められたまま腕の拘束を解かれ、尿で汚れた場所を避けるようにして、床に寝かされた。

 いつの間にか下半身を露出しているロウに、そのまま覆い被されてしまった。

 

「あっ、ま、待ってください。わたし、汚いですから」

 

 スクルズは狼狽した。

 なにしろ、たったいま、縄を股間に食い込ませたまま、おしっこをしてしまったばかりだ。

 股間はスクルド自身の尿で汚れている。

 

「スクルズのおしっこなんて、ちっとも汚くないさ。それよりも、次は頑張れよ」

 

 ロウの怒張が股間に入り込んできた。

 亀頭の先端が、スクルズの感じる場所を的確に擦り動く。

 

「あ、ああっ、あああっ」

 

 巨大な甘い痺れが下腹部から全身に拡がる。

 耐えることなど不可能な声が口から迸る。

 あまりの気持ちよさに、スクルズはロウの背中を思い切り抱き締めた。

 

「えっ、負けた方が、お情けなんですか?」

 

 すぐ横で、コゼの呆気にとられたような声が聞こえた。

 コゼもまた、拘束は解かれている。

 

「へえ、だったら、わたしも負けようかな……」

 

「なに言ってんのよ、シャングリア。負けたりしたら、ロウ様の罰よ……。まあ、負けてくれるのは嬉しいけど」

 

「だが、逆にいえば、ロウがずっと調教してくれるのだろう? それも悪くないなあ」

 

「あんた、根っからのまぞっ子なのね」

 

 これは、シャングリアとエリカの声だ。

 しかし、思念はそこまでだ。

 子宮の直前にロウの怒張が届いてずんという衝撃を感じると、スクルズはもうなにも考えられなくなった。

 そして、律動が始まる。

 

「ああ、んくうっ、ああ、き、気持ちいいです、ロウ様、ああっ」

 

 もう、なにがなんだかわからない。

 ロウとの性交はいつもそうだが、大きな快感が次から次へと津波のように襲って、一切の思考ができなくなるのだ。

 あとは、本能の赴くままに身体をうねらせ、腰を振る自分があるだけだ。

 

「えっちな巫女様だね。本当に気持ちよさそうだ」

 

「ああっ、は、はい。え、えっちなスクルズです。ああっ、気持ちいいです。ああっ、そこは──」

 

 えっちというのは、ロウの言葉で好色の意味らしい。だったら、スクルズはえっちな好色者に間違いない。

 ロウに意地悪されるのも、もちろん犯されるのも、スクルズは大好きだ。

 そして、ロウの怒張の先端がスクルズの膣のある一点を突いたとき、電撃を帯びたような痺れが股間から背中を伝い、さらに全身を包む。

 自分でも呆れるくらいの短さで、スクルズは快感の頂点に達しそうになった。

 

「んぐうううっ、あはああああっ、いくっ、いくっ、いく、いく、いきます、ロウ様ああ──。いきますうっ」

 

 頭が白くなる。

 全身が弾けるような感覚が襲う。

 腰が砕ける。

 そして、大きな衝撃が駆け抜けると、じわじわと身体が宙に浮いているような途方もない恍惚感がスクルズに拡がる。

 スクルズは力の限りロウを抱き締め、そして大きな絶頂感に身を委ねた。

 

「お、俺もいくよ……」

 

 ロウがさらに強く律動をする。

 

「き、来てください」

 

 スクルズは叫んだ。

 すぐに股間にロウの精の迸りを感じた。

 

 二射……。

 三射……。

 四射……。

 

 幸福感がスクルズを包む……。

 ロウは終わったようだ……。

 でも、スクルズの快感はまだまだ続いている。

 幸福な快感の余韻に浸りながら、ぎゅっとスクルズはロウを抱き締めた。

 

「ほら、スクルズ……」

 

 ロウがスクルズの顔に唇を寄せてきた。

 口の中に入ってきたロウの舌をスクルズはむさぼる。さらに快感が拡がる。

 そして、ロウがスクルズから身体を離した。

 

「はあ、はあ、はあ……。あ、ありがとうございます……」

 

 スクルズは思わず言った。

 

「犯されてお礼を言うとは、敬虔な巫女様ともらしからぬ、はしたなさだな」

 

 ロウが苦笑している。

 

「あん、やっぱりずるいです。負けた方がお情けだなんて」

 

 コゼだ。いつの間にか、すぐ横にいる。

 

「じゃあ、勝ち残りの試合もするか。一番に勝ったら、挿入しながら寝ることにしよう。コゼはそれが好きだものな」

 

「やったね。じゃあ、頑張ります」

 

 コゼが嬉しそうに破顔した。

 そして、スクルズも思わず、ロウに向かって身を乗り出した。

 

「ロ、ロウ様、そ、それ、わたしもして欲しいです。まだ、やってもらったことありません」

 

「あんたは負けたんでしょう――。とにかく、ご主人様、お掃除しますね」

 

 コゼがスクルズとの性交で汚れたロウの男根を口で掃除しはじめた。

 

「スクルズもそんなことしたいのか?」

 

 ロウがコゼの奉仕を受けながら笑った。

 

「だ、だって、気持ちよさそうなんですもの……。そ、それに、ロウ様の精は、わたしの魔道に大きな活力を与えます」

 

 事実だった。

 ロウと関係を持つようになり、スクルズは自分の魔力が桁違いに強くなったのを感じていた。

 やはり、この男は不思議な男だ。

 

「そういえば、姫様のサロンに、昼間は顔を出してくれたんですよね。どうでした?」

 

 ロウが訊ねた。

 一方で、ロウはコゼの頭を軽く押さえて、離れないようにしている。お掃除フェラとかいっていたが、どうやら、ロウはそのまま、コゼから精を出すまでさせることにしたみだいだ。

 コゼの舌奉仕も本格的なものになってきている。

 

 また、サロンというのは、今日から定期的に始めることになった、女豪商マアによる王女への勉強会だ。

 ロウが思いつき、王妃がこっそりと手配したものであり、自由流通を始め、時勢に精通しているマアが、王女とともに、王女が選んだ同世代の令嬢にその知識を教育するというものだ。

 マアを取り込んだあの日から、半月ほど経ったが、やっと態勢が整い、今日から始めることになった。

 イザベラ王女の勉強も目的だが、貴族界で孤立無援の王女が、貴族の中に少しでも人脈が増やせるようにというロウの配慮だ。

 

 そして、スクルズが、そこに今日行ったのは、ロウの淫魔術ですっかりと若返ったマアに施した「欺騙リング」の確認のためだった。

 さすがに、三十歳以上も若くなったことを明らかにするわけにいかないので、年相応の外見に見えるように魔道具で調整をしたというわけだ。

 それでも、四十台くらいにしか見えず、マアを以前から知っていたイザベラは驚いていたが、本当は三十歳にも見えないくらいに若い外観だと知れば、腰を抜かしたかもしれない。まあ、集まった令嬢たちはマアには会ったことなかったようであり、マアのことを見た目どおりの年齢と思ったようだが……。

 

「姫様は愉しそうでした。勉強会の後でお茶会をしたりして、いきいきとしてましたわ。もっとも、上級貴族の家からは参加してないので中級貴族の子女様たちばかりになりましたけど」

 

 スクルズは、今日集まった令嬢たちの名を言った。

 サンドベール伯爵家エミールとカミール姉妹、モンベール伯爵家アドリーヌ、ほかに……。

 でも、ロウは貴族関係には疎いようで、名を出してもよくわからないみたいだった。

 

「まあ、いいや……。姫様が愉しそうなら、それだけでもよかった。おマアには、またお礼をしないとな」

 

「喜びますわ」

 

 スクルズはにっこりと微笑んだ。

 そのときだった。

 部屋の中に赤い球体が突然に浮かびあがり、ぽんと弾けたのだ。

 スクルズはびっくりした。

 

 これは、神殿からのスクルズに当てた緊急信号だ。

 神殿に異常事態があったことを知らせる魔道であり、スクルズがどこにいても、追いかけてきて、目の前で弾けるようになっている。

 色によって緊急度が異なるが、赤い球体は最高度の危険があったことを知らせる合図だ。

 

「ロウ様、申しわけありませんが、なにか神殿にあったようです。途中ですが、戻らなければなりません」

 

 スクルズは気だるさに耐えて立ちあがった。

 

「わかった。待ってください」

 

 ロウのいままでの朗らかな表情が一変して、真顔になった。

 スクルズの様子から、異常事態だということを理解してくれたのだろう。

 ロウが、コゼに声をかけて自分の股間から離れさせ、ズボンをはきなおしながら、スクルズに近づく。

 スクルズは壁の端に畳んで置いてあった巫女服の下を身につけようとしていたが、やってきたロウに身体を触られたとき、すっと身体の力が戻ったのがわかった。

 やっぱり、ロウはすごい。

 

「ありがとうございます、ロウ様。では、神殿に戻ります。シルキー殿、結界を解放してください」

 

 スクルズはここには姿を見せていない屋敷妖精のシルキーに言った。

 姿はなくても、屋敷妖精は常に屋敷全体を魔道で監視している。

 おそらく、聞いているだろう。

 そもそも、神殿からの緊急信号も、シルキーが侵入を許したから、屋敷内に伝わったのだ。そうでなければ、神殿に残っている者くらいの力では、屋敷妖精の結界に対処できない。

 すぐに、屋敷を包んでいた大きな力が束の間消えるのを感じた。

 屋敷を守っている屋敷妖精が魔力を消してくれたのだ。

 これで、移動術で跳躍して神殿に戻れる。

 

「ええっ、負け逃げ? それはずるいよ」

 

 コゼが声をあげた。

 

「仕方ないだろう。お前は負け残りとして、決勝戦に居残りだ」

 

 ロウが笑った。

 

「そんなあ。じゃあ、勝ち残りのご褒美はどうなるんですか?」

 

 ロウの言葉に、コゼが不満そうな声をあげた。

 

「勝ったら、ご褒美をやるよ、コゼ」

 

 ロウが笑っている。

 スクルズももらい笑いをしてしまった。

 

「では、皆さん、これで失礼します」

 

 一礼をして、スクルズは移動術を行った。

 

 

 *

 

 

 一瞬にして、目の前の景色が消滅し、神殿の庭の景色がそれに変わる。

 すぐに、血の匂いがした。

 そして、夜の神殿の前庭のはずだが明るい。

 どうやら、庭のあちこちにかがり火が炊かれているようだ。

 

「えっ、なに? なんですか、これは?」

 

 そして、スクルズは声をあげた。

 庭全体のあちこちで、大勢の神殿の警護兵が血を流して倒れていたのだ。

 誰も彼もが身体のあちこちを無残に斬られていて虫の息だ。

 それを治癒能力を持つ巫女や神官が治療にあたっている。

 

「な、なにがあったのですか?」

 

 スクルズは怒鳴った。

 

「あっ、スクルズ様──」

 

 ひとりの巫女がスクルズに気がついて叫んだ。

 

「……突然に、小さな女の子を連れたひとりの賊が襲ってきて……」

 

 その巫女が言った。

 

「ひとりの賊?」

 

 スクルズは怪訝に思った。

 ここには、宮廷の衛兵の能力に匹敵する実力を持った神殿兵が護っている神殿だ。

 そこをたったひとりで襲う?

 信じられなかった。

 

「それよりも、奥で神殿長様が──」

 

 別の巫女が叫んだ。

 確かに神殿の入り口付近で大きな人の塊がある。

 嫌な予感がした。

 強い血の匂いがそこからも漂ってくる。

 スクルズはそっちに向かって駆けた。

 

「どいて──。スクルズです。どいてください」

 

 人の群れに着くと、スクルズは大きな声をあげた。

 

「あっ、スクルズ様、いままで、どこに?」

 

 誰かが言った。

 そして、スクルズを認めた神官たちが、さっと両側に避ける。

 

「きゃあああ──神殿長様──、副神殿様──」

 

 スクルズは絶叫した。

 そこには、手足と首を胴体から切断されているふたりがいた。

 神殿長と副神殿長が、すでに死骸に変わっているのは明らかだ。

 魔道の治癒の限度はすでに越えている。

 

「……見知らぬ男が突然にやってきて、イチという冒険者を出せと……。スクルズ様を助けた男だから、スクルズ様なら居場所がわかるはずだと叫んで……。イチという男は知らないし、スクルズ様もいない。冒険者なら冒険者ギルドじゃないかと応じると、突然に暴れだして……。神殿の兵では歯が立たず、応戦しようとした神殿長様と副神殿様も……」

 

 真っ蒼な顔をしている神官が言った。

 スクルズよりも年配だが、神殿の地位としては、スクルズに次ぐ男だ。

 だが、イチ?

 スクルズを助けた?

 それって、もしかして……。

 そして、スクルズがいなかったために、こんな惨状に?

 スクルズは激しく後悔した。

 

「そ、それで、その男はどこに?」

 

「そいつは、荷を抱えさせた女の子を連れて出ていきました……。その男はふざけた態度で、もはや抵抗できない副神殿長様と神殿長様をばらばらに斬り刻んでから……」

 

 その神官が口惜しそうに答えた。

 スクルズは呆然とした。



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142 奥座敷の奴隷妻

「ああ、ゆ、許して、許してください、こ、このようなこと、いやあっ」

 

 ハロルド公キシダインの妻であり、現国王ルードルフの第一王女であるアンは、寝台に拘束された四肢に繋がれた鎖をじゃらじゃらと鳴らしながら、必死の口調で哀願した。

 

 素裸で寝台に拘束されているアンを抱いているのは、キシダインが連れてきた今夜の客人のデュセル侯爵だ。

 裸身のアンの四肢を寝台の四隅に拘束しているといっても、手首と足首の枷に繋がっている鎖には、かなりの余裕がある。

 だから、手足を完全に縮めることはできないものの、ある程度の自由は利く。

 従って、裸体をまさぐられるアンは、右に左にと身体をよじって、デュセルの破廉恥な手管を避けようとすることはできる。

 

 その必死に嫌がる姿が、なかなかに風情がある。

 この二年で、すっかりと調教されすぎて、物足りなさを感じていたところだけに、久しぶりに本気で拒絶の態度を示すアンの姿は新鮮でよかった。

 キシダインは、「寝取らせ」の愉しさに、少し愉快な気持ちになっていた。

 

 キシダインの屋敷であり、屋敷の最奥にある「奥の院」と呼んでいる夫婦だけの私的空間だった。

 奥の院については、キシダインの家人の中でも、特に信頼のおける者しか入ることはできない。

 妻のアンには、結婚以来、ほとんどの時間をここですごさせている。

 

 仲のいい夫婦──。

 世間的には、キシダインとアンは、そのように評価されていると思う。

 だが、実態としては、一匹の性奴隷とその飼い主という関係だ。

 

 アンとキシダインの本当の関係を隠すために、キシダインはこの贅を尽した「奥の院」を作り、そこにアンを閉じ込めているのだ。

 キシダイン邸の「奥の院」の荘厳さと豪華さは有名なので、キシダインの妻になった第一王女のアンがほとんどそこから出てこないのは、余程にこの空間が好きなのだと思われていると思う。

 しかし、本当は、魔道を遣うことができないアンをキシダインが魔道の力で監禁しているのだ。

 

 アンは、キシダインに刻まれた魔道により、キシダインと一緒でなければ、絶対に奥の院から外には出られない。そして、この奥の院には、この中で行われていることを絶対に他言しない者しか入室もできない。

 入室するためには、秘密を暴露できないように、魔道の操心術を施すのが条件だ。

 家人のすべてには、その操心術を刻んでいるし、いま目の前でアンを抱いているデュセル卿にも、操心術を受け入れさせた。

 美貌で貞節と有名な、アン王女の身体をむさぼれるとあっては、好色で有名なデュセルは、喜んでキシダインの魔道を受け入れた。

 

 だから、この屋敷の秘密が洩れることはない。

 また、キシダインは、この「奥の院」をその名では呼ばない。

 

 「座敷奴隷の間」──。

 

 それが、この場所の本当の名称だ。

 

「ああ、あなた、ゆ、許してください。ほ、ほかの殿方にわたしを抱かせるなど……。あっ、ああっ……。ひ、ひどい、ひどいです……」

 

 アンが泣き叫んでいる。

 

 二年をかけて、徹底的な色責めにして、すっかりと淫欲の虜にしてしまったアンだが、キシダイン以外の男に抱かせるのは初めてだ。

 

 デュセル卿は、南域の地方領主のうち、もっとも権勢のある貴族であり、「キシダイン派」とも称されている、キシダインが次期国王になるのを後押ししてくれている勢力のひとりだ。

 この男を完全に取り込むことができれば、少なくとも南域地方の各領主については、次期王太子の座を争う競争において、第三王女のイザベラではなく、キシダインを推薦することでまとまるだろう。

 

 キシダインは、南域工作をすることを条件に提供した妻のアンを裸のデュセルが抱くのを、葡萄酒を愉しみながら、冷ややかに見守っていた。

 デュセルの手が、ねっとりとキシダインの妻の乳房を弄り、下腹部をまさぐっている。

 アンには、事前にたっぷりと強力な媚薬を飲ませていた。

 どこをどう触られても、ただれるような淫情を感じてしまうアンは、夫の前でほかの男に抱かれるという屈辱に、せめて、あられもない痴態だけを示すのは防ごうと、必死になって込みあがる快感に耐えようをしているようだ。

 

 だが、あの調子では、アンが自制を失うのは時間の問題だろう。

 この二年間、ずっとアンを調教してきたキシダインには、それがよくわかっていた。

 

 もともと、アンは、現王を父とその正妻のアネルザのあいだに生まれた第一王女という、この国でもっとも高貴な姫でありながらも、気立てがよくて優しく、さらに、おしとやかな性格だった。

 王族とはいえ、所詮は世間知らずの姫だ。

 そのアンを徹底的な調教によって完全に支配下に置くのは、難しい仕事ではなかった。

 

 徹底的な鞭──。

 

 それをひたすらに繰り返し、キシダインに屈服させて、心の底から依存させる。

 これで、アンは堕ちた。

 もういまでは、実は夫であるキシダインに、酷い目に遭わされているという事実を、父である国王はもちろん、母親のアネルザにさえも訴える気もないだろう。

 

 もっとも、その意思があったところで、それは不可能だ。

 キシダインは、自分の魔道で、アンにある特殊な暗示をかけていた。

 自身の窮状を他人に訴えようとすると、息ができなくなるという魔道だ。

 言葉にするだけでなく、文字で訴えることも、間接的に誰かに認識させようとすることもだめだ。

 アンがこの奴隷状態を脱しようとする意思を抱いてしまうと、アン自身の身体と心がそれを感知して、呼吸を停止させるのだ。

 最初の一箇月で、すっかりとそれを身体に刷り込まれたアンは、いまでは、逃亡や脱出の意思さえ持つことができないキシダインの「奴隷人形」だ。

 

 しかし、そんなアンだが、夫の前で他人に抱かれてよがり狂うのだけは、どうしても嫌なようだ。

 久しぶりに激しい抵抗を示すアンの姿に、キシダインは興も冷めたと思っていた妻に、新たな責めの愉しさのようなものを感じ始めていた。

 

 「寝取らせ」──。

 

 本来は、その生まれながらの高貴さで、夫であるキシダインさえも、頭を下げなければならないはずのアンを、こうやって恥辱の涙を流させることができることで、キシダインの屈折した征服欲は大いに満足している。

 

「ほっ、ほっ、ほっ、なかなかに暴れる王女殿ですなあ。アン王女様、ご承知でしたか? このわしは、アン様が少女時代から、その可憐な姿に恋い焦がれておったのですよ。しかし、あの清楚な外見の内側に、このような淫乱な雌の姿が隠れていたとは知りませんでした」

 

 デュセルがアンの乳房を揉み込みながら、もう一方の手を開き切った内腿に這わせている。

 媚薬の影響により、アンの下腹部は真っ赤に熟れ、おびただしいほどの愛液をたらし続けている。

 

「あ、ああっ、わ、わたしは……、い、淫乱などでは……、あふううっ」

 

 そんな股間を妖しくデュセルに撫ぜあげられて、アンはついに大きな嬌声を部屋に響かせた。

 

「はしたない声をあげるな、我が妻よ。これは、ひとつの試験だ。お前が破廉恥で淫乱な雌でないというのであれば、そのデュセル卿の愛撫に耐え抜いてみせよ。他人に抱かれて達するなどはしたない姿を見せるなよ」

 

 キシダインは酒のつまみである果実を口にしながら笑った。

 もちろん、そんなことが不可能であることは、キシダインは知っている。

 デュセルに抱かせる前に、アンに服用させた媚薬は、閉経した老婆でさえも、悶え狂うような強力なものだ。

 それをまだまだ若い女であるアンが耐えられるわけがない。

 いままで十分に頑張ったくらいであり、もはや時間の問題だ。

 

「そ、そんな、あ、ああっ、そ、そんな……」

 

「そんなではないわ。最後まで気をやらずにいられたら、お前が、妻として扱われるのが相応しいのだとみなして、これからは、お前の望み通りに、そのように扱ってやる。だが、慎みもなく、私の前で他人の手により達しようものなら、やはり、お前はその程度の女だ。これからは、私が客人をもてなすための接待奴隷として奉仕させる。だから、最後まで自分を保ってみせよ」

 

「ああ、だ、だって……」

 

 アンはぶるぶると腰を震わせて、激しく首を振った。

 

「これは、とんだ難事を言い渡されてしまいましたなあ。それでは、アン王女様があくまでも、わしの愛撫に耐えてしまっては、アン王女様の子宮にわしの精をぶちまけることができないということになったのですかな? ならば、わしの技巧のすべてを使って、アン王女様を征服してみせましょう。でも、慎み深いアン王女様ですからな。わしの愛撫程度に屈することはないかもしれませんなあ」

 

 デュセルがお道化た口調で言った。

 キシダインは苦笑した。

 アンが媚薬漬けで、いますぐにでも絶頂するくらいに追い詰められているは、デュセルもわかっている。

 わかったうえで、アンの恥辱を増幅させるために、あんな物言いをしているのだ。

 

「ああっ、ひ、卑怯です……。こ、このような淫らな薬を飲まされては……」

 

 アンが必死に歯を食い縛りながら呻いた。

 

「わかった、わかった。だが、感じているのは、お前の身体であろう。じゃあ、我慢してみせよ」

 

 キシダインはわざと突き放すような感じで言った。

 

「それにしても、すっかりと調教されておられるのですな。この剥き出しの肉芽など、こんなに膨らんで……」

 

 デュセルがアンの股間で屹立している陰核に指を挟んで、くりくりと動かした。

 アンの肉芽は二年の調教ですっかりと大きくなり、勃起すれば子供の親指の先ほどの大きさになる。

 それをデュセルはいじりまわし始めた。

 

「ひうううっ、そ、そこは……。ああ、はあああっ」

 

 アンが絶叫しながら、身体を弓なりに反らせた。

 達したようだ。

 呆気ないものだ。

 キシダインは大笑いした。

 

「少しは意地を見せるのかと思えば、数瞬ももたんのか。やはり、お前はただの淫乱女だ。ただの雌だ。デュセル卿、このような淫乱妻だが、我が妻には変わりない。この雌を味わってくれ」

 

 キシダインはわざとらしく舌打ちして、そっぽを向くふりをした。

 

「それでは喜んで……。キシダイン卿、このような馳走を受けては、このデュセルは生涯の忠誠をキシダイン卿に誓うしかありません。王家譜代の侯爵家の名にかけて、南域一帯の領主のとりまとめてみせましょう。南域領主のことごとくをキシダイン卿派に染めてみせます」

 

「期待しているぞ、デュセル卿」

 

 キシダインは酒を口にした。

 

「あ、ああっ、いやあっ」

 

 アンが泣き叫んだ。

 

 デュセルがアンの両腿を抱えて、怒張の先端をアンの股間にあてがったのだ。

 

「淫乱なくせに貞節なふりなど、やめましょうよ、王女様。わしの珍宝を愉しんでくだされ。腰が抜けるほど、愛してさしあげますぞ」

 

「い、いやです。ほかの人となど……。ああ、助けて、助けてください、あなた」

 

 アンは悲鳴をあげた。

 だが、デュセルは容赦なく、アンを一物で貫いた。

 アンが号泣しはじめる。

 激しいアンの拒絶に、キシダインも笑ってしまった。

 

 それにしても、あんなに拒絶するとは……。

 キシダインは、ついにデュセルに犯されたアンを眺めながら思った。

 これほどまでに泣き叫ぶのであれば、アンをいたぶる新しい愉しみが増えたというのものだ。

 これからも時折、ほかの男に抱かせるのも面白いかもしれない。

 そんなことを考えた。

 

 アンは好きで妻にした女ではない。

 ただの材料だ。

 道具であれば、まだ愛着を抱くということもあるかもしれないが、単なる「材料」に愛情を覚えることなどない。

 キシダインにとって、アンというのは、そういう存在だ。

 

 本来であれば、子に男子のいない現王のルードルフの最初の子として、第一王位継承権のあるアンだったが、アンには国王の家系としては珍しく、まったく魔道が遣えなかった。

 王が高い魔道を保有する必要はないが、魔道が零ということになると、代々の国王が受け継いでいる継承魔道具が使用できないということになる。

 それは、非常に都合の悪いことだった。

 

 それでアンは、父親である国王に自ら申し出て、王位継承権を放棄した。

 王位継承権を失ったアンには、当時はタリオ公太子だった現在のタリオ大公アーサーとのあいだに婚姻話が持ちあがったが、それに大反対したのが王妃アネルザだった。

 

 ハロンドール王ルードルフには、三人の王女がいたが、そのうち、長子のアンだけが、アネルザの実子だったのだ。

 アネルザは、実子のアンこそ、絶対に国王にしたいと思っていたようだが、それがかなわなかったので、アンを有力な貴族に嫁がせ、その婿を国王とすることで、アンを将来の王妃にして実質的な国王としての権力を継がせようと考えたのだ。

 それで、アネルザに選ばれたのが、キシダインだ。

 キシダインは、家柄、権勢力、魔道力ともに申し分なく、家柄も王族であるハロンドール家の親族関係にある名門だ。

 こうしてキシダインは、アン王女を妻として迎え入れることになった。

 

 もちろん、婚姻前は、キシダインは優しくて誠実なアンの婚約者である芝居をした。

 豹変して、アンを奴隷同然の立場に落としてやったのは、アンが正式にキシダインの妻になり、この屋敷に監禁できる態勢が整った二年前からだ

 

 ともかく、タリオ大公家には、第二王女であり、庶子の子であるエルザが嫁ぎ、キシダイン自身は、事実上の王太子として宮廷に迎え入れられた。

 ハロンドール王国内の多くの貴族もキシダインを認めており、キシダインの王位継承は約束されたものだったはずだった。

 

 たが、アンを妻にしたときにすぐに与えられると思っていた正式の王太子の地位は、なかなかキシダインには与えられなかった。

 その代わりに、キシダインに準備されたのは、都市としての王都ハロルドの施政長官としてのハロルド公の地位だ。

 しかし、その理由は、キシダインがハロルド公として宮廷に出入りすることになりすぐにわかった。

 キシダインが正式に王宮内に出入りすることになったのは、アンとの婚約が決定した三年前、すなわち、アンとの婚姻の一年前だが、あの国王がキシダインを王太子にしないのは、当時はまだ成人ではなかった第三王女のイザベラの存在が理由だとすぐにわかった。

 

 アンを妻にしたときには、イザベラはまだ十四にすぎなかったから、キシダイン自身は歯牙にもかけていなかったが、つまりは、王であるルードルフは、次期国王として、王妃のアネルザや多くの大貴族の思惑とは異なり、ひそかにイザベラを考えているようなのだ。

 

 そして、そのことは、イザベラの冒険者ギルド長の襲名でさらに確信した。

 冒険者ギルドは、王家や貴族に属する権威ではなく、移民を主体にした実力派集団であり、金で動くならず者団と侮蔑する者は多いが、庶民のあいだではなかなかに人気もあり、実際には宮廷や神殿などの既存権威に属さない第三勢力とも評するべき存在だ。

 

 これに対し、冒険者ギルドとしては、自分たちの力が無駄に恐れられることがないようにする手段として、代々のギルド長を王族から迎え入れるということをしていた。

 つまり、それにより冒険者ギルドは、宮廷府や王軍には属さないが、一貴族としてのハロンドール家の庇護下に入ることになり、組織上は独立しながらも、実態としては、王家の一部として宮廷などから敵視されない立場を保持するということだ。

 実際に、そうやってハロンドール王国内の冒険者ギルドは、長年に渡り、独自の勢力を維持してきた。

 だが、あくまでも、歴代のギルド長は王家の中でも末端になる者が務めるだけで、王位継承権を持つほどの王女の地位にある者がギルド長になったのは初めての話だった。

 

 もっとも、イザベラの前のギルド長は、第二王女のエルザだった。

 エルザは王国一の才女の声もあったが、庶子腹であり、もともと王位継承権はなく、二年半前に政略結婚でタリオ公国に嫁いでいる。

 そのエルザが先代のギルド長だったのだ。

 しかし、国を出るにあたりギルド長をやめる必要があり、あの国王は、次いで、第三王女のイザベラをギルド長に指名したのである。

 キシダインは、このことで、ルードルフ王が冒険者ギルドの実力をかなり評価していることと、王太子として、ひそかに第三の王女のイザベラ王女をつけたいと思っているということに気がついたのだ……。

 

 イザベラの母は、そもそも実家に力のない下級貴族だったし、その母親自身ももう死んでいる。

 だから、イザベラには後ろ楯がない。

 有力貴族のほとんどもキシダインを推しているし、なによりも、王妃のアネルザが絶対のキシダイン派だ。

 それで、あからさまに自儘を突きとおすことができずに、長く王太子を空位のままにしているが、おそらく様子を見て、イザベラの支持が多くなれば、イザベラを王太子にしたいと考えていると思う。

 

 そのため、国王ルードルフは、大部分の貴族勢力を味方につけているキシダインに対抗させるために、貴族権威と無関係の冒険者ギルドという実力集団をその後ろ楯とするべく、イザベラに与えようと考えたのだと思う。

 怠け者の好色男だが、やはり自分の娘は可愛いようだ。

 

 さらに、そのイザベラ王女も、昨年、ついに成人となった。

 アンとは異なり、魔道力も備えており、性格も男勝りで、女王として申し分のない能力や貫禄もあると聞く。

 

 国王がイザベラに王太子の地位を与えることを考えているのではないかということは、ほかの貴族も感づいてきており、少しずつイザベラに取り入ろうとする貴族も少なくない。

 もっとも、大貴族と呼べる勢力は、キシダイン派でまとまっているので、イザベラを推すのは、中小貴族たちにすぎないのだが、それでもまとまればかなりの力になる。

 

 しかも、情報によれば、今日は小離宮にサロンを開き、経済や民政の勉強会をするのだという。集まりそうなのは、中級貴族の子女だけのようなので、どうということもないが、教師はキシダインが自由流通で面倒を見ている自由流通連合の女豪商のマアだという。

 マアが表に出ることは珍しく、これには大臣級の貴族や高位官吏も興味を抱いている者もいるようだ。

 まったく、あの雌狸の(ばば)あは、なにを考えているかわからないが、先日桁違いの賂を要求してやったことに対する牽制だろうか。

 まったく、忌々しい女だ。

 いずれにしても、キシダインも、だんだんと焦りのようなものを感じていた。

 そして、それにさらに追い討ちをかけたのが、今回の王女騎士制度創設の話だ。

 宮廷軍としてではないが、王家の私設警護団として冒険者を主体とした者を騎士扱いにすることで、冒険者ギルドの実力を事実上、王女の勢力に吸収してしまおうという話だ。

 

 驚いた。

 冒険者といえば、「ならず者」という先入観が貴族の中にあり、また、冒険者にも既存勢力の王家に取り入れられるのを潔しとしない者が多くて、これまで、ありそうで、なかなか実現しなかった。

 だが、それが俄かに沸き起こった。

 しかも、そんなものが急に実現できるわけがないと思っていたが、なぜか今回の話については、王都の神殿勢力がこぞって賛意を示したため、一気に実現の方向に傾いたのだ。

 それどころか、神殿側は予定される私設警備団には、神殿の抱える神殿兵の一部も組み入れるとまで言っている。

 

 「ならず者」の新興勢力の冒険者ギルドと、古い勢力の象徴ともいえる神殿が、なぜいきなり手を結んだのかわからないが、しかし、それが現実だ。

 そもそも、騎士というのは国王しか任命できない。

 曖昧な王女騎士とはいえ、騎士の任命権は国王に準じる権力ともいえる。さらに、王女が女王になれば、その王女騎士がそのまま正規騎士に任命されることになるかもしれない。

 そうなれば、貴族の子弟でも、王女騎士でいいから、任命されたいと考える者は大勢出てくるかもしれない。

 

 この王女騎士制度により、王女は王都の中に確固たる自分の軍を持つことになるし、それなりの権力も持つことになる……。

 これ以降、それなりの影響力をイザベラが王都内に保持することになるということだ。

 キシダインはこの話に接したとき焦った。

 だから、キシダインの擁護者であるはずのアネルザ王妃を通じて、大反対させていたのだが、つい最近、そのアネルザが急に、王女騎士制度の賛成に回った。

 もはや、国王が躊躇する理由も消滅し、近日中に成立する運びになっている。

 

 キシダインとしては、ただただ苛立つしかなかった。

 そもそも、なぜ、アネルザがイザベラ側の賛成に回ったのか……?

 キシダインは幾度となく、その真意を確かめるべく、アネルザを訪問するのだが、なぜかずっと会うことができない。

 そのことも、キシダインの苛立ちに拍車をかけている。

 

 なんだか面倒になる気がする。

 先日は、手を回して服用させた毒で殺し損ねたが、本当にあの娘も処置するか?

 王女といえども、キシダインにかかれば、簡単に手が出せることは、目の前のアンのことが証明している。二年間、奴隷のように扱い、誰にも咎められない。

 イザベラのことも、同じだ。

 キシダインがイザベラを暗殺させたところで、この意気地無しのルードルフが表だった行動などするわけない。

 じっさい、この前のイザベラ暗殺未遂でも、なにも動いてない。

 あの王は、その程度の王なのだ。

 

「あ、ああっ、あふうううっ」

 

 アンが絶叫しながら、全身を激しく震わせた。

 デュセルに犯されて、快感の絶頂を迎えたようだ。

 完全に肉欲に溺れはじめたアンの姿に、キシダインは急に白けた気持ちを感じ始めてきた。

 最初こそ、激しく拒絶していたから、もう少し粘るかと思ったが、所詮はこんなものか……。

 

 そのとき、重要な要件があることを示す執事からの魔道信号が目の前で弾けた。

 重要な面会者の来訪のようだ。

 キシダインは立ちあがった。

 

「ちょっと、用事ができたようだ。デュセル卿、存分に我が妻を味わってくれ」

 

 すると、相好を崩してアンを犯していたデュセル卿が、キシダインに媚びるような表情を向けた。

 

「……なあ、キシダイン卿、実は、わしは前を犯すよりも、尻を犯す方が趣味でな。それは許されるのだろうか?」

 

「存分に」

 

 キシダインはそれだけを言った。

 

「いやああ、許して、あなた。許してください」

 

 アンが悲鳴をあげた。

 しかし、キシダインには、もうこの部屋で行われる行為に対してほとんど興味を失っていた。

 キシダインは、「座敷奴隷の間」から、屋敷の表口となる応接室に移動するために、部屋を出る扉に歩いていった。



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143 魅了の魔道遣い

 暗い屋敷だとボニーは思った。

 壮麗ではあるが、入ると暗いという印象だ。

 暗いのは灯りではない。

 この屋敷の持つ雰囲気そのものだ。

 

 ハロンドール王国の王都ハロルドにあるキシダイン邸である。

 ボニーは、任務を果たすためにハロルドに入ったならば、まずは、キシダインを訪ねるように「命令」されていた。

 キシダインは、ハロルド公とも称されるハロンドール王国の次期国王候補のひとりであり、アスカと昵懇の間柄だと説明を受けている。

 だから、王都ハロルドで任務を果たすのであれば、必ず顔を出して挨拶をするように指示されていた。

 それで来たのだ。

 実際のところ、キシダインとアスカがどんな関係なのかは知らない。

 そもそも、キシダイン邸を訪ねるように指示したのは、アスカ本人ではなく、従者のパリスだ。

 

 ボニーとしては、そんな見知らぬ大貴族など接触したくないし、屋敷など訪問もしたくないのだが、ボニーたちがキシダインを訪問することは、パリスから受けた「命令」に含まれているので、訪問をしないという行動をボニーがとるのは不可能なのだ。

 「奴隷の首輪」の影響により「命令」には逆らえないボニーは、国都に入るや否や、最初にキシダイン邸を訪ねるしかなかった。

 

 それにしても……。

 あのクライドには腹がたつ。

 この刺客組のリーダーのはずだったボニーを強姦したうえに、血だらけの死骸のある山中にボニーを放置し、ついでに路銀や食料の一切一切合財を持って行ったのだ。

 しかも、ボニーを半裸で樹木に縛りつけてだ。

 

 血の匂いに誘われてやって来た野獣に食われることだけは免れたが、その代わりに山賊に襲われた。

 だが、襲ったのが山賊でよかったとは思う。

 山賊相手であれば、ボニーの持つ「魅了の術」は効果がある。

 だが、知性の低い野獣では、さすがに術で操ることが不可能だったはずだ。

 とにかく、おかげで、山賊の頭領を「魅了」で操ることに成功し、連中の隠れ家で路銀と食料を手に入れることができた。

 そして、時間はかかったが、やっとここまでやって来たのだ。

 

 一方で、家族を皆殺しにした童女を連れていったクライドがどうなったのかはわからない。

 ボニーも王都に進みながら、クライドの行方を追ったが、結局わからなかった。

 その手段は不明だが、クライドには「奴隷の首輪」という支配魔道具は、実は最初から通用していなかったようだ。

 だから、ボニーとは異なり、クライドは自由意思を持って行動できるので、必ずしも「命令」に従って、イチとエルスラを処分しにやってくる必要はない。

 おそらく、クライドは、そのまま逃亡したのだと思う。

 もしも、自分が、アスカの「奴隷の首輪」から解放されたなら、ボニーならそうする。

 誰が、好きこのんで人殺しを強制させられるような人生を送りたいだろうか。

 

 ただ、あの男の考えることは、まったくわからない。

 ボニーとは異なり、人殺しを愉しんでいるようなところがあるし、だから、いままで首輪によって命令に逆らえないふりをして、暗殺業をやっていたようだ。もしかしたら、こっちに向かっているのかもしれない。

 いずれにしても、このキシダイン邸にはやって来てはいないようだ。

 さっき、家人に訊ねたが、それらしい人物の訪問はなかったようだ。

 

「ここでお待ちください」

 

 キシダインの屋敷の執事が言った。

 客人を接待するための屋敷の応接室だ。

 椅子はあったが、ボニーは座らずに待っていた。

 

 この屋敷に入るのも、客人として案内されるのも、難しい仕事ではなかった。

 ボニーの「魅了の術」は、視線の合った目の前の人物を一時的に支配してしまう「操心術」だ。

 

 首の首輪こそ、布を巻いて隠しているが、汚れた布のマントを身体に覆ってやって来たボニーをこの屋敷の衛兵は、すぐに追い返そうとした。

 だが、すぐに衛兵を魅了の術で操り、屋敷内に案内させた。

 屋敷に到着したら、召使いを操り、次に執事を操った。

 そうやってやって来たのだ。

 

 やがて、キシダインがボニーを案内した執事とともに、部屋に入ってきた。

 顔を見るのは初めてだが、すぐにキシダインだとわかった。

 ハロルド公ことキシダイン公爵──。

 この国の王太子候補のひとりのはずだ。

 年齢は、そろそろ三十の半ばの壮年。

 ほりの深いなかなかの色男だ。

 だが、なんとなく小狡さが顔に滲み出ている印象があった。

 好きにはなれない男だなとボニーは思った。

 

「客人とは、こいつか?」

 

 キシダインは呆気にとられた表情になった。

 当然だろう。

 屋敷の「離れ」にいるという主人のキシダインを、執事は「緊急」の知らせで、こっちに呼んだはずだ。

 もちろん、それはボニーの魅了術のなせることなのだが、急いでやって来た様子のキシダインは、みすぼらしい恰好の女がひとりで待っているだけの現状に、驚いたはずだ。

 しかも、ボニーは、まだ身体に巻いたマントも脱いでいない。

 

「さようです、閣下。それでは」

 

 ボニーの術にかかっている執事が、キシダインをたったひとり残して出ていく。

 キシダインは呆気に取られている。

 ふたりきりになったところで、ボニーはマントを脱いで拝礼をした。

 

「待て、その首の布を取ってみよ」

 

 頭をさげているあいだに、訝しむような口調のキシダインの声が降ってきた。

 ボニーは、首輪を隠していた布を外して顔をあげた。

 キシダインは手に魔道の杖を構えている。

 ただ、得たいの知れない女とふたりきりになっても、臆する感じはない。

 魔道にはそれなりに自信を持っているのだろう。

 

「奴隷?」

 

 キシダインの顔に怒りのようなものが浮かび、眉間に皺が寄ったのがわかった。

 だが、すぐにぴくりと眉を動かした。

 

「もしかして、西からやって来たか?」

 

 キシダインが言った。

 “西”と呼んだのは、ローム帝国領と呼ばれる地域のことだろう。このハロンドール王国からは西側にある。

 アスカ城は、そのローム帝国領のさらに先だ。

 もっとも、ローム帝国というのは衰退し、いまでは、タリオ、デセオ、カロリックという三公国に事実上分裂している。

 アスカ城は、その三公国には属さずに、アスカの治める独立領の地位を保持している城塞だ。

 

 どうやら、キシダインには、ボニーとクライドのことが耳に入っていたようだ。

 アスカとキシダインが、なんらかの方法で結びついているのは本当だと思った。

 

「ボニーと申します。密命を帯びてまいりました」

 

 ボニーは言った。

 

「密命?」

 

「裏切り者の処断です。これまで人の海に隠れて行方がわかりませんでしたが、最近になり、この王都ハロルドに潜伏しているのが知れたので、あたしが送られたのです」

 

「ふん、刺客か」

 

 キシダインは鼻を鳴らした。

 

「……ふん、まあ、本来であれば、奴隷の相手などはせんのだがな、多くの傑人を奴隷の首輪で支配しているというアスカ城のことは耳にしている。それに、お前たちに協力してくれというのは、パリス殿からも連絡を受けている。裏切り者の処断とはいったが、事前に知らされていたところでは、それに先だって、そのふたりをこの王都で誰かを探すということだったな……。だが、人探しなど、私に頼まれても困るぞ」

 

 キシダインは椅子に腰をおろして脚を組んだ。

 ボニーのことを胡散臭そうに視線を向けている。

 だが、同時に立ったままのボニーの脚にじろじろとぶしつけに見ているのもわかった。

 その好色そうな視線が気色悪かった。

 

 それにしても……。

 

 いま、キシダインは“パリス殿から聞いている”という物言いをした。

 あのアスカの従者が、このキシダインとやり取りをするような大きな役割を持っていたとは意外だ。

 しかも、“パリス殿”?

 あのパリスは、ハロンドール王国の次期国王になるかもしれない男から、“殿”をつけて呼ばれるような立場の存在なのか?

 ただの少年従者だと思っていたが……。

 

「……この王都ハロルドは移民の城郭でもある。人探しという仕事で、私が協力できるとは思えんな」

 

「探すのはこの城郭の冒険者ギルドに属する者です。ひとりはイチといい黒髪をした人間族。もうひとりはエルスラ、黄金色の髪をした美貌のエルフ女です。名は変えているかもしれません」

 

「冒険者だと? ならば、冒険者ギルドに行って訊ねるがいい。冒険者ならギルドに出入りをするだろう」

 

「あたしは奴隷です。奴隷の身分では、ひとりでは冒険者にはなれないし、入れないんです。また、実は、あたし自身は、そのイチとエルスラの顔を知らなくて……。それと、とにかく、キシダイン様に会えというのが、事前に刻まれた命令で……」

 

 ボニーは言った。

 色々と喋りはしたが、まあ、キシダインに話すことじゃないし、キシダインもそう思ってるだろう。

 そもそも、なんでキシダインなのだろう?

 ここには、「命令」で仕方なくやって来たのだが、キシダインの言い草じゃないが、ボニーだって、なんでここに寄るように言われたのか不明だ。

 アスカの手の者がこのハロルドで仕事をするにあたっての挨拶のような意味合いなのだろうか?

 どうやら、裏で結びついていたようだし……。

 だから、多分、これで目的は果たしたのだろう。

 

「……いずれにしても、イチとエルスラの行方については、こちらで探します。それでは、こちらで仕事をするということだけをお伝えしました」

 

 ボニーは一礼をして立ち去ろうとした。

 

「……まあ、待て、ボニーとやら……。そんなに急くことはあるまい。座るがいい」

 

 キシダインがにやりと笑った、

 なんとなく、その笑みに卑猥なものがあるような気がしたが、断るわけにもいかず、ボニーは向かい合う長椅子に腰かけた。

 キシダインが横の香炉にぱらぱらと粉を巻いた。

 つんとする刺激臭が漂ってくる。

 

「……それにしても、お前たちはふたりだと知らされていたがな。もうひとりはどうしたのだ?」

 

 キシダインが言った。

 

「はぐれました」

 

 クライドのことは考えるだけで腹が立つ。

 説明する気にもなれない。

 

「そうか。まあいい。むしろ都合がいいか……。ところで、実は、お前たちがここにやってくると知らされて、こちらからパリス殿に頼んで送らせたものがある。魔道の伝声球だ。まずは、これを聞くがいい」

 

 そのとき、キシダインがなにか魔道具の皮袋のようなものを出し、さらにそこから、魔道で手のひらに載るほどの半球体の白い物体を出現させた。

 伝声球だ。

 魔道の力で声を封じて送るものであり、元の世界におけるボイスレコーダーのようなものだ。

 

 それはいいが、キシダインの顔に、なんとなく淫靡な色があるようで気味が悪い。

 さっきまで、まだ控えめだったボニーの脚を見る視線がかなり露骨になった。

 ボニーは動きやすい短いスカートをはいていた。

 なんとなく、それを悔いた。

 

 伝声球が割れた。

 

『ボニー、クライド、キシダイン殿の命令には絶対服従。逃げるな。殺すな。傷つけるな……。命令だ』

 

 球体が弾けて、パリスの声が部屋に響いた。

 

「あっ……」

 

 ボニーは小さな声をあげてしまった。

 別にどうということはないが、パリスが“命令”という言葉を使ったために、さっきの言葉が、首輪に刻まれてしまったのだ。

 ボニーの奴隷としての主人は、アスカだが、今回の任務にあたり、パリスに従えと命令を受けている。

 だから、パリスの言葉が、命令としても有効になるのだ。

 

 しかし、いまの言葉でボニーは、キシダインの奴隷になったということだ。

 アスカにより、パリスの奴隷になるように命令され、今度はキシダインか……。

 だが、ふと思った。

 もしかしたら、これで、うまく立ち回れば、逃げることも可能なんじゃないだろうか……。

 こいつに気に入られて、アスカ城に帰るなと命令されれば、刻まれているパリスの命令は無効だ。いまの命令は、ある意味、キシダインへのボニーの身柄の譲渡指示に等しい。

 

 でも、どうやったら、このキシダインを取り込めるだろう?

 うまく命令してもらって、パリスやアスカからの暗示を消してもらえたら……。

 

「さて、では、わが屋敷にやって来たのだ。ちょっとくらい遊んでいくがいい。そろそろ、香炉の媚薬も効いてきたのではないか? この煙は男には効果はないが、女には強い媚薬として作用してしまうのだ。さあ、それそろ熟れてきただろう? ここで素っ裸になるがいい、ボニー……。命令だ」

 

 キシダインがくすくすと笑いながら言った。

 

「えっ?」

 

 ボニーはびっくりして声をあげた。

 だか、「命令」に従い、ボニーの両手が勝手に動き出した。

 しかも、キシダインの言うとおり、この刺激臭は、強い微香のようだ。

 股間がただれるように熱くなっているのを自覚した。

 そして、ボニーは思わず、笑ってしまった。

 

 

 *

 

 

 ボニーが身に着けているものを脱ぎながら、けらけらと笑いだした。

 キシダインは少し呆気にとられた。

 

「なぜ、笑う?」

 

 キシダインは言った。

 そのあいだも少しずつ露わになるボニーの肢体に目を奪われていた。パリスからハロルドに送り込む刺客について知らされたとき、男はろくでなしだが、女は刺客にしておくには惜しいような女だと教えられていた。

 だから、最初から少しだけだが興味があった。

 

 上着とスカートを脱いで下着姿になったボニーは、素晴らしい官能的な魅力を放っていた。パリスによれば、色っぽい女ながら、何十人もの男女を殺している凄腕の刺客だということだ。

 そんな女を一度抱いてみたいというのは、キシダインの男としての本能的な欲望だ。

 だが、服を脱げと言ったのは、破廉恥な欲求ばかりだけではない。

 

 脱衣を命じたのは、ボニーに刻んだ「キシダインに服従」という命令が効いているかどうかを確認するためだ。

 魔道通信でパリスと話した限りにおいては、このボニーの首輪に刻まれている「主人」は、アスカという召喚術を駆使する女であり、ここに送り込むにあたって、「パリスに服従せよ」という命令を刻んでから、必要な指示を与えたという。

 そういう「奴隷」に、さらに魔道で送らせたパリスの言葉を追加できるのかどうかを確認する必要があった。

 それを調べるのは、女であれば絶対に服従できないような「命令」を与えるのが手っ取り早い。

 女刺客を抱いてみようというのは、そのついでのようなものだ。

 それに、予想以上にいい女だった。

 だから、ちょっと摘まんでみようかと思ったのだ。

 

「それは笑うでしょう。公爵様ともあろうものが、こんな罠のようなものを準備してまで、このあたしのような女をお抱きになりたいのですか? ただの奴隷女ですよ。もちろん、お望みなのであれば、お相手くらいさせていただきますけどね」

 

 ボニーが笑いながら、最後に残っていた下着を腰を浮かせて足首から抜き去った。

 黒々とした股間の茂みが露わになる。

 あっさりと服を脱いだところを見れば、どうやらキシダインの命令に服従するという言葉は、うまく首輪に刻まれたようだ。

 キシダインは安心した。

 

「まあ、使う女はまずは犯してから、言いなりにするというのが俺の信条でな」

 

 キシダインはうそぶいた。

 

「女は犯したくらいでは、言いなりにはなりませんよ。そんなのは男の幻想でしょう」

 

 ボニーは大胆にも片脚だけを椅子に乗せて、大きく股を拡げる姿勢になった。

 キシダインは、その魅惑的な肢体にどきりとした。

 ボニーの股間は、キシダインが部屋に充満させた微香の影響で、すっかりと濡れていた。全身も赤くなり、薄っすらと汗をかいている。

 ボニーが微香に追い詰められているのは間違いない。だが、そんな女が挑戦的に強がる態度をとり、キシダインに逆に迫るというのは、キシダインには意外なことだった。

 そして、興奮した。

 悪くない。アンのような弱々しい女は興醒めだが、この女のような強い女はいい。そういう女を屈服させるのが欲情するのだ。

 これは、思った以上にいい女だな。

 キシダインは改めて思った。

 

「それにしても、なかなかに刺客としての腕はいいのだろうな。この屋敷にあっさりと入り込んだということひとつで、忍びの腕が確かだということはわかる。操心術を遣うということだったな。その技も改めて確認したい……。ところで、手枷で自分の腕を背中で拘束しろ……。命令だ」

 

 キシダインは一度立ちあがって、棚に置いてある箱から一組の手錠を放った。金属の輪っかの部分が開いていて閉じると自動的に施錠されるようになっているものだ。ただし、一度施錠がかかると、今度はいまキシダインが持っている鍵がなければ外れない。

 

「さっきも言いましたけど、そんなことをしなくても、公爵様に抱いてもらえるのは光栄だと思っています……。できれば、このまま、あたしを飼ってもらえませんか? キシダイン様に尽くしますので……。いまの魔道球で、あたしはキシダイン様に譲られたも同じですよね?」

 

 ボニーは苦笑しながら、自分に投げられた手錠を受け取ると、片手にかけてから、両手を背中に回して、反対側の手首にかけた。そのあいだも大きく開いた股はそのままだ。

 それはともかく、ボニーの言うことは確かだ。

 パリスからは、便宜をはかれと言われたので、だったら奴隷への支配権を寄越せと話して、さっきの魔道球の「声」を送らせたが、確かに、キシダインの命令に完全に従うようになったのは、いま確認した。だったら返す必要もないか……。

 まあ、役に立つのならのことだが……。

 

「女を拘束して抱くのは俺の趣味だ。まずは、男と女として交わろうではないか……。それから、仕事の話をしたい。別の仕事だ。もちろん、お前たちが命じられている裏切り者の始末とやらを終わらせてからでもいい。しかし、そのあと、もうひとつ仕事を受けてもらう……。だが、その仕事が終われば、ここで暮らさせてもいいぞ。破格の扱いもしてやる。正式に俺の部下にしてやろう」

 

「本当ですか?」

 

 ボニーは眉をひそめた。

 

「まあ、本当に凄腕なのかどうかを確認してからになると思うがな。お前の刺客の能力を見る機会を別に作る。そのときに、一度力を披露してくれ……。とにかく、仕事の話は、一汗かいてからにするか。この部屋に焚き詰めた香は、女にとってはかなりの強力なものだ。もう堪らんはずだ」

 

 キシダインは、手錠の鍵を卓に置き、ボニーの前に移動して、上着を脱いだ。さらに内衣のボタンを外していく。

 

「……確かに、身体が疼いて堪らないですね……。意地の悪い公爵様です……。ところで、力を示せばよろしいんですか?」

 

 ボニーが微笑んだ。

 そして、キシダインの顔を覗き込むような仕草をした。

 キシダインは思わず、その目に魅入られた……。

 すると、急に目の前が真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いかがですか、公爵閣下?」

 

 ボニーの愉しそうな声がした。

 はっとした。

 よくわからないが、不意に気を失っていたような気持ちだ。

 

 ところで、ボニーは目の前の椅子に座っている。

 だが、片脚だけを椅子にあげて大股を開いている大胆なポーズはやめ、いまは椅子の上で胡坐にしている。

 

 いつの間に?

 キシダインは、ボニーが姿勢を変化させたことに気がつかなかった。

 じっと視線を合わせていたはずだが……。

 

 さらにキシダインは、さっきボニーが自ら脱いだ服の上に、キシダインが身に着けていたはずの衣類が重ねられていることに気がついた。

 それを不思議に思った。

 そして、愕然とした。

 自分は全裸だ。

 履いていた室内用に靴を含めて、一糸まとわぬ姿になっている。

 

「こ、これは?」

 

 さらに驚愕したのは、両手が背中に回っていて、固いものが手首に嵌まっていることだ。

 手錠だ──。

 気がつくと、ボニーの両手にはなにもかかっていない。

 

「ど、どういうことだ? なんで、お前は手錠を外している? しかも、俺にかけられているのは、どういうことだ?」

 

 キシダインは驚愕して怒鳴った。

 ボニーが笑いだした。

 

「どうということはありませんよ。力を見せて欲しいということだったので、示させていただきました。あたしの手錠は、キシダイン閣下が外せとご命令になり、自ら鍵を外していただきましたよ。閣下はそれを自分で嵌めたんですよ。裸になってから」

 

 ボニーがけらけらと笑った。

 キシダインは感嘆してしまった。

 

「まったくわからない。この俺がここまで完璧に魔道にかけられるとは……」

 

 キシダインは息を吐いた。

 衣類を重ねている場所に視線を向けると、キシダインの操る魔道の杖もきちんと置いている。

 キシダインは用心深い方であり、寝るときでも、身体を洗わせるときでも、絶対に杖は手放さない。

 これは特別な杖であり、これがある限り、キシダインは上級魔道遣いに匹敵する力を行使できる。

 だが、いまは横に置いている。

 これひとつにしても驚いたことだ。

 しかも、キシダイン自身、なにも覚えていない。

 

 それにしても、完璧なまでの操心術だ──。

 これなら、安心して刺客としての仕事を言い渡せるだろう。

 

「……素晴らしい。では、俺はお前にある刺客の依頼をしようと思う。報酬は準備している。パリス殿に渡すものとは別にボニー個人にも支払う。望むなら、パリス殿に掛け合って、ここで引き取る。それだけじゃない。将来的には奴隷の首輪を外して自由市民の地位が与えることも考えてやる」

 

「ほ、本当ですか? あたしの本来の飼い主は本当はアスカ様です。でも、あたしはここで雇ってもらうことを希望します」

 

 ボニーが初めて興奮したような声をあげた。

 やはり、奴隷身分の解放というのは、最高の望みらしい。まあ、実際のところ空手形だが、刺客の任務さえ果たしてもらえれば、あとはどうなろうと知ったことではない。

 役に立つなら、一生飼い殺してやる。

 

「問題ない。話もつけてやる……。その代わり、任務は必ず果たせ」

 

「……それで誰を始末すればいいのですか?」

 

「……このことは絶対に口外するな……。命令だ」

 

 キシダインは言った。

 ボニーは頷いた。

 

「……殺して欲しいのは、第三王女イザベラだ。刺客の仕業とわからないように処置しろ。その操心術なら、誰かを操って殺させることもできるはずだ。そうすれば、足はつかん」

 

「王女……? あっ、いえ、わかりました。必ず……。その代わり……」

 

「わかってる。うまくやれば、自由市民だ……。さて、では仕事の話はここまでだ。ところで、そろそろ、これを外してもらおう」

 

 キシダインは背中にかかっている手錠をがちゃがちゃと鳴らした。

 

「ふふふ、閣下は、あたしの首輪に命令を刻んでいるんですから、いつでも外せと命令してください……。でも、たまには、こんなのもいいんじゃないですか。実のところ、あたしもそんなに経験の多い方じゃないですけど、昔を思い出して、精一杯ご奉仕しますよ……。嘘でも、奴隷を解放してくれるかもしれないと言ってくれたのは嬉しかったです。ありがとうございます、閣下」

 

 ボニーは長椅子を降りて、立っているキシダインの前に立った。そして、キシダインの股間にすっと手を伸ばす。

 

「あっ」

 

 ボニーに持ち物をぎゅっと握りしめられる。

 そして、優雅な仕草で幹を刺激される。

 ボニーの手に擦られる一物は、すぐに勃起した。

 

「……ご立派。どうぞ、来てください」

 

 ボニーが悪戯っぽく笑って、大きくなった怒張を握ったまま、引っ張っていく。

 

「お気をつけて歩いてくださいね。お馬さん、こっちこっち……」

 

 ボニーがキシダインの一物を持って、反対の長椅子に導いていく。股間を引っ張られては、後手に拘束されているキシダインはついていくしかない。

 

「お、おいおい……」

 

 キシダインは苦笑してしまった。

 

「……さあ、来てください。もう、キシダイン閣下の媚香のせいで限界です……」

 

 長椅子の前にやってくるとボニーは裸身を横たわらせた。そして、その上にキシダインの身体を股間を持ったまま引き寄せる。

 ボニーが股を開いた。

 そして、両手の使えないキシダインの代わりに、手で亀裂に導く。

 

「確かに、なかなか愉快な気持ちになるな。自分が拘束されるというのは初めてだが、ちょっと興奮するかもしれん」

 

「次はあたしが拘束されます。よろしければですが……。その代わりに、奴隷解放についてはお願いします……」

 

「任せろ」

 

 キシダインの亀頭がボニーの花壺に当てられた。

 ボニーの股間はすっかりと濡れている。

 前戯は不要だろう。

 キシダインは一気に滑り込ませた。

 

「ううっ」

 

 一瞬、ボニーが顔をしかめた。

 淫女のようなふるまいだが、そんなに使い込んでいない股だ。少しきつい。

 逆にキシダインは快感を覚えた。

 ボニーの熱い粘膜は十分な奥行きと適度な収縮感で気持ちよかった。

 

 律動を開始する。

 すぐに、ボニーの口からか細い声が洩れ始めた。

 そして、あっという間に、我を忘れたような乱れを示し始めた。

 このボニーが素晴らしい操心術の持つ主であり、凄腕の刺客であることはもうわかった。

 そのボニーがキシダインに追い詰められて悶えるのを見ると、キシダインの男としての征服欲は満足される。

 やがて、ねちゃねちゃという花壺の水音が派手に鳴り始めた。

 

「ああ……い、いいいっ……」

 

 ボニーが引きつったような声をあげて、腰をくねり始める。

 そして、早くも絶頂が迫ってきたのか、にわかに顔を左右に動かし始めた。

 

「か、閣下、もう、我慢できません。も、もう、いきそうです。あ、ああっ」

 

 ボニーが悲鳴のような高い声をあげる。

 キシダインは一度腰を引き、改めて深い角度から思い切りボニーの子宮近くまで怒張を突いた。

 

「うううっ」

 

 のけぞったボニーは、がくがくと身体を振ってひと際大きな声をあげた。

 軽く達したようだ。

 キシダインは構わずに、激しくボニーの膣の奥深くまで突き続ける。

 絶頂の喜悦に、新しい喜悦が重なったボニーは、こんどは苦悶のような表情を浮かべた。

 キシダインは律動の速度を速めた。

 ボニーもそれに合わせるように腰を振ってくる。

 お互いの動きが頂点に達しようとしているがわかる。

 

「あふううっ」

 

 ボニーが顎をあげて一度咆哮した。

 キシダインはさらに猛然と突きあげた。

 引いて突き、さらに突き、もう一度突く。そして、腰を動かして揺さぶる。

 また、突く……。

 

「ああっ、あううう……ああ……ああっ……」

 

 ボニーの声が途切れのない甘い嗚咽に変化する。

 一度動かすごとに、ボニーは大きく反応した。

 キシダインは猛然と幹を打ち込んだ。

 そして、しばらく、ふたりで荒々しくまぐわう。

 

「んふうううっ」

 

 やがて、ボニーが一段と背を反らせて、大きな声をあげながら白目を剥いた。

 キシダインもまた、身体を震わせてどろどろの劣情をボニーの身体の中に注ぎ込む。

 束の間、そうやって、ふたりで激しく興奮のまま腰を振っていたが、キシダインは最後の一射を注ぐことで落ち着いてきた。

 萎えてきた股間をボニーの腰から抜く。

 

「あ、ありがとうございます。気持ちよかったですわ。その代わり、奴隷解放の件……」

 

 ボニーが怠そうな身体を起こして、卓の上にある鍵に手を伸ばした。

 

「わかっておる。その代わりに任務を果たせ」

 

 キシダインはボニーに手錠を外させながら言った。

 そのとき、部屋にぽんと通信球が浮かびあがった。

 さっき奥の院に執事が送り込んだものと同じだが、これは軍からのものだ。

 キシダインはハロルド公として、城郭としての王都の城郭軍の司政官でもある。

 そのハロルド公に対する緊急の通信だ。

 実際のところ、軍からの緊急通信など初めてだ。

 キシダインは怪訝に思った。

 

 ボニーに視線をやる。

 この場で通信球を開くことを一瞬躊躇ったのだ。しかし、すぐに開くことにした。

 通信球が弾けて、キシダインに対する伝言が部屋に流れる。

 

『……冒険者ギルドの前でひとりの不審者が暴れております。軍の一部と冒険者を巻き込んでおり、こちらに多くの犠牲者を出しながら、いまだに処置できません。おかしな術を遣う男で、武器も魔道も歯がたたないのです』

 

「……ひとりの不審者に軍と冒険者がだと?」

 

 キシダインはその内容に首を傾げた。

 どういう意味だろう?

 

「……もしかして、クライド?」

 

 そのとき、ボニーが小さな声をあげた。



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144 ギルド前広場の騒乱

 スクルズは、移動術で跳躍して、冒険者ギルド本部の前に移動した。

 びっくりした。

 そこは、惨憺たる光景だった。

 夜だが、かがり火で明るい。

 

 その明るく照らされた一帯の中で、血だまりに倒れている十数名の王兵や冒険者の死体が道路に累々と転がっている。

 その中心には、二本の細身の剣を持った巨漢がいて、さらにそれを三十名ほどの王兵が男を取り巻いていた。

 巨漢を囲んでいるの者の中には、王兵だけではなく、ギルド本部から出てきた冒険者も混じっているようだ。

 遠巻きには、大勢の野次馬もいる。

 とにかく、大変な騒ぎだ。

 スクルズ跳躍したのは、その王兵の囲みのすぐ後ろだった。

 

「近づくな。剣も矢も効かん。縄で拘束するのだ。縄の両端を持って、距離を開けて絡みとれ。梯子も使え」

 

 隊長らしき男が叫んでいる。

 すると、巨漢の哄笑が響いた。

 

「まだ、やんのかよ。無駄なことだと言っているだろう。それより、イチという男とエルスラというエルフ女を出せよ。用があんだよ」

 

 巨漢が笑いながら吠えた。

 

「いい加減にしなさい、あんた。そんな者は知らないわ――。とにかく、誰でもいい――。この男を無力化した者は、ギルドが賞金を出すわ。金貨十枚よ」

 

 囲みの反対側のギルド本部の玄関に近い方角から、ミランダの声がした。

 スクルズは、そっちに駆けた。

 

「ミランダ」

 

 声をかけた。

 ミランダは囲みのすぐ外側にいて、その周りには屈強そうな冒険者が集まっている。ミランダは、水色の貫頭衣を身に着けた可愛らしい恰好をしているが、その両腕には大きな斧を握っていた。

 確か、あの服は、ロウがミランダに贈ったものだったな……。

 スクルズはふと思い出した。

 

「スクルズ」

 

 ミランダもスクルズを認めた。

 スクルズはミランダの隣に行く。

 

「ミランダ、多分、こいつは、第三神殿を襲った暴漢だと思います。神殿長も副神殿長も殺されました。ほかにも、大勢の神殿兵が……」

 

 スクルズは早口で言った。

 

「そうなの? こっちも大騒ぎよ。とにかく、とんでもない奴よ。剣で斬っても、槍で突いても、一瞬後には傷なんか消えてしまうの。身体に槍が通っても、なにもなかったかのように、すぐに身体から抜けるわ。矢だって素通りよ。なんなのあいつ──。しかも、刀に毒を塗っているのよ。あいつの刀に触れれば、すぐに昏倒よ。それをあいつは笑いながらとどめを刺すのよ」

 

 あの細い剣は、「刀」という武器らしい。

 いずれにしても、スクルズは神殿で耳にした状況と同じだと思った。

 ミランダにそれを伝える。

 

「……ところで、イチとエルスラを出せと言っているみたいですが……」

 

 スクルズは小声でささやいた。

 

「ロウとエリカのことに間違いないわね……。あれが、なんとかという魔女の刺客ということね……。とにかく、いないと言っているけど……」

 

 スクルズの言葉に、ミランダが苦虫を潰したような表情をした。

 

「アスカです。ロウ様が恐れていた魔女は……」

 

 スクルズは言った。

 ロウとスクルズたちが親しくなるきっかけとなった「三巫女事件」の後、ロウがスクルズやミランダに語った話がある。

 それは、ロウとエリカが、ローム三公国のさらに向こうのアスカ城という場所から逃亡してきたのだという告白だ。

 ロウたちの居場所が特定されれば、そのアスカが自らやって来るか、あるいは、刺客を送り込む可能性があるという話だった。

 

 ロウの恐れている女……。

 そんなものは、スクルズが倒す――。

 スクルズは拳を握りしめた。

 また、エリカによれば、そのアスカは、とんでもない能力を持った外界人を奴隷にしていて、しかも、ちょっと信じられないような不思議な力がある者も少なくないというのだ。

 ロウもエリカも、アスカの刺客が送られるのを非常に恐れているようだった。

 あれが、そうなのだ。

 確かに強敵そうだ。

 でも、いまこそ恩返しを……。

 それに、こいつは神殿長たちを……。

 

「ロウを追いかけてきた、そのアスカの刺客……。とにかく、それに間違いないわね」

 

 ミランダは言った。

 三巫女事件の後、事件の首謀者であり、スクルズたちの幼馴染であるノルズという女は、スクルズが預かっていた『変化の指輪』を持って行方不明になっていた。

 逃亡を許してしまったのは、スクルズの落ち度だ。

 ロウは、ノルズが逃亡したところで、ロウを裏切ることはないはずだと達観していたが、ノルズはロウが神殿と縁が深くなったのを知っていたはずだ。

 だから、ノルズがロウの居場所をアスカとかいう魔女に通報したとすれば、まずは、スクルズのいる神殿にやって来るというのは、十分に考えられる。

 

 とにかく、そうであるとすれば、これはスクルズの責任だ。

 そう思った。

 そして、囲みの外から垣間見える巨漢の首には、『奴隷の首輪』が嵌まっている感じだった。

 やはり、アスカの刺客なのだ。

 スクルズは確信した。

 

 そのとき、スクルズは、巨漢から少し離れた囲みの中に幼い童女が地面にうずくまっているのを見つけた。

 身体を丸くして、耳を手で押さえて顔を隠している。

 粗末な布を身体に巻いて、大きな荷を横に置いているが、布の下は裸のようにも思えた。

 あの童女は誰だろう?

 ふと思った。

 

「行け」

 

 そのとき、王兵隊の隊長の声が響いた。

 捕縛が再開されたのだ。

 両端を数名の兵で握っている太い縄が数本準備されている。

 それが前後左右から一斉に巨漢めがけて、近づけられた。

 縄が巨漢に絡みついていく。

 

「別にお前らに恨みもねえし、とりあえず、イチとエルスラを俺の前に連れてきてくれれば、いいだけなんだけどなあ」

 

 巨漢がぶるりと身体を振ったと思った。

 すると、一瞬巨漢が消滅して、絡んでいた縄が地面に落ち、巨漢の身体がその前に出た。

 そして、駆けだす。

 

「うわあっ」

「こっちに来るぞ」

「梯子だ。梯子を出せ」

 

 巨漢の行く手を阻もうと、今度は縄の代わりに梯子が突進する。

 しかし、ぶつかったと思った瞬間、すっと巨漢の身体が消滅して、梯子の前に現れる。

 なんだ、あれは?

 スクルズは目を見張った。

 

「ほら、ほら。まだ、やんのかよ。どうせ、敵わないんだから、さっさと逃げちまえよ、お前ら」

 

 巨漢が梯子を持っていた数名の兵に近づいて、無造作に刀を振る。

 

「ぐああっ」

「くうっ」

 

 腕に掠っただけだが、刀に腕を切られたふたりの兵が梯子を手放して、苦しみながら地面に倒れた。

 

「あっ」

 

 スクルズが対応する間もなく、そのうちのひとりの喉を巨漢が無造作に刀で掻き切った。

 さらにもうひとりにも武器を向ける。

 

「やめなさい」

 

 スクルズはたまらず前に出た。

 横でミランダが止めるような声をあげたが無視した。

 王兵の囲みを割って入り込み、魔道を倒れた兵に向ける。

 しかし、喉を斬られた兵はもう駄目だ。

 だが、毒で倒れただけの兵は、まだ大丈夫だった。

 毒消しをして回復させる。

 

「スクルズ様」

「スクルズ様が?」

 

 王兵たちが声をあげる。

 

「おっ、なんだ、お前? いい女だなあ。ちょっと、こっちに来いよ」

 

 巨漢がスクルズに向かって来た。

 

「うわっ、スクルズ様、危ない」

「スクルズ様に近づけるな」

 

 王兵たちが口々に叫んで、割って入ろうとする。

 だが、スクルズはそれを制した。

 

「近づかないで」

 

 スクルズは叫んだ。

 巨漢が目の前に来る。

 その太い腕がスクルズに伸びた。

 瞬間的に、跳躍術で移動して巨漢の後方に移動する。

 

「おっ?」

 

 巨漢が声をあげたときには、すでにスクルズは、その背中を見る位置にいた。

 

「“力場”」

 

 魔力を飛ばして、巨漢の周囲一帯に透明の檻を作った。

 これで巨漢は、その中から逃げられないはずだ。

 

「な、なんだ、これ?」

 

 巨漢が自分の動きを阻む力場の壁に手を当てて不思議そうな顔をしている。

 

「やった」

「捕らえたぞ」

「さすがは、スクルズ様だ」

 

 周囲からわっと歓声があがった。

 

「ほう、これはあんたの技か? こんな魔道は初めて接するな。大したものだ」

 

 力場の檻に捕らわれた巨漢がスクルズに身体を向ける。

 

「武器を捨てなさい。さもないと、力場の中に毒を流します。あなたは、一瞬で死にますよ」

 

 スクルズは叫んだ。

 巨漢はお道化た表情で肩を竦める。

 だが、両手に持っていた毒を塗った刀は地面に捨てた。

 周りから安堵のどよめきが起きる。

 

「あなたは何者ですか? イチという人になんの用があるのです」

 

 スクルズは怒鳴った。

 

「俺はクライドだ。何者かと訊ねれられれば……まあ、殺し屋かな。殺し屋が誰かに用ありといえば、それ以上の説明はいらねえだろう」

 

 巨漢、すなわち、クライドが笑った。

 そして、そのクライドの身体が一瞬だけ消滅したと思った。

 

「きゃああっ」

 

 スクルズは悲鳴をあげていた。

 クライドがスクルズの力場の檻の外側に出現して、こっちに突進してきたのだ。

 油断をしていたスクルズは、対応することができなかった。

 体当たりをされて、クライドの大きな腕にがっしりと掴まれた。

 

「あっ」

 

 身体をクライドの前に持ってこられる。

 そして、片手に腕をかけられて、その腕を背中側に伸ばされて、反対側の腕を掴まれた。

 両手が塞がれたかたちだ。

 スクルズはすかさず、身体から全力の電撃を放った。

 

「えっ?」

 

 しかし、効かない。

 クライドはへらへら笑ってるだけだ。

 しかも、クライドの反対の腕が巫女服の襟をつかみ、下に向かって引き裂いた。

 

「きゃあああ」

 

 クライドの大きな手は、巫女布とその内衣を一気に腰まで破り、スクルズの乳房から臍までを露わにした。

 しかも、さらにどんとんど巫女服に手をかけられて、上衣をむしり取られる。

 

「ああっ、いやあっ」

 

 スクルズは悲鳴をあげた。

 

「遠慮はいらんぞ。もっと魔道を遣いな。そのかわり、そのたびに服を少しずつ脱がしてやる」

 

 クライドが大笑いした。

 スクルズはもう一度魔道を遣った。

 今度は容赦はやめた。クライドの血を一瞬にして沸騰させる。これで即死のはずだ。

 

「ははは、これで下も没収だ。ほら、お前ら見ろ。この巫女の裸だぞ」

 

 クライドが巫女服のスカートを破り取って捨てた。

 

「いやあああ」

 

 スクルズは悲鳴をあげた。

 

「ス、スクルズ様」

「や、やめんか、お前」

「スクルズ様から手を離せ」

 

 王兵たちが怒鳴って、改めてクライドに武器を向け始める。

 

「近づくな。この女を殺すぞ。この女の首をへし折る」

 

 クライドが叫んだ。

 周りの兵がたじろいだ顔になり、歩みを止めた。

 すでに、スクルズは腰の下着一枚だ。

 乳房も剥き出しになり、白い肌が周りのかがり火の光に照らされて、衆人の視線に晒される。

 クライドがスクルズの腕を離して首に腕を巻きつけた。

 

「うぐっ、ぐうっ」

 

 喉を腕で絞めつけられて息が止まる。

 スクルズは呻いた

 苦しい……。

 

 スクルズは自由になった両手で懸命に首を絞められている腕を外そうとする。しかし、まるで丸太だ。びくともしない。

 そのあいだも、だんだんと首が絞まっていく……。

 スクルズは身体に残っているありったけの魔力を力場の術にして迸らせ、クライドを弾こうと企てた。

 しかし、まったく、効かない。

 

「ははは、最後の抵抗か、スクルズとやら? だけど、俺には刃物も魔道も効かねえんだ。不死身のクライドと言われていてな。どんな者であろうと、俺には手が付けられねえ。アンタッチャブルなのさ……。ところで、魔道を遣えば、服を一枚ずつ脱がすと言ったよな」

 

 クライドが高笑いした。

 そして、はっとした。

 腕を首に巻き付けていない腕が、スクルズの股間に残っている下着にかかったのだ。

 そして、じわじわとさげられる。

 

「いやあ、やめて、やめてください──」

 

 スクルズは悲鳴をあげた。

 慌てて、手を下着に伸ばしてそれを阻む。

 だが、クライドの力が強くて、対抗できない。

 ぐいぐいと下着がさがる。

 すでにほとんどさげられていて、陰毛まで覗くほどだ。

 スクルズは必死に下着を押さえる。

 周りが騒然となる。

 

「近づくなよ……。近づけば、この女が死ぬぞ。その代わり、いいものを拝ませてやっからよ」

 

 クライドがゆっくりと下着をおろしながら笑い続ける。

 

「やめなさい。スクルズを離すのよ」

 

 そのとき、兵を割ってミランダが前に出てきた。

 クライドがスクルズの下着から手を離した。

 スクルズは急いで下着をあげる。

 

「やっぱり、さっきからちらちら見えていたのは、小さな女だったのか。もしかして、ドワフ族か? ドワフ族はアスカ城にはいねえから、あまり見たことはなかった。ロリコン趣味の俺には、ぴったりの相手だぜ。おい、ドワフ女、この女を助けたければ、武器を捨てろ。さもないとこの女を殺すぜ。殺したところで、俺を傷つけられる者はいねえんだ。俺は大して躊躇いもしねえぜ」

 

「わ、わかったわ。あたしが人質になるから、スクルズは離しなさい」

 

「ほう、お前が人質なら、いいだろう。俺はどちらかというと、こんな成熟した女よりも、子供が好きなんだ。乳房がでけえのが気に入らねえが、それさえ我慢すれば、童女のようなもんだ。イチとエルスラが来るまで、お前を相手にしてやるよ。その代わり、このスクルズは解放する」

 

「約束よ」

 

 ミランダが二本の斧を地面に放り投げた。

 

「指輪もだ。ドワフ族は、指輪で魔道を遣う。遣われたところで、どうってことはねえが、犯しているさなかに、魔道で抵抗されれば興醒めだしな」

 

 ミランダが無言で指輪を外して斧の横に置いた。

 

「ま、待って、いけないわ。ミランダ──。わたしの代わりに、わざと捕らわれるなんて」

 

 スクルズは声をあげた。

 だが、クライドに首にかかっている腕に力を入れられた。

 絶息しそうになり、声がとまる。

 

「うるさい姉ちゃんだ。このドワフ女の気が散るだろう……。さあ、ドワフ女、このスクルズを助けたければ、その場で素っ裸になれ。脱いだら、そこの建物の二階に行くぞ。この道端じゃあ、レイプするにも具合悪いしな」

 

 クライドが哄笑した。

 

「な、なんですって?」

 

 服を脱げと言われて、ミランダがさすがに顔を蒼くした。

 周囲からはクライドをなじる声がかけられ続けているが、スクルズを人質に取られているために、近づけないのだ。

 

「早くしろ、ドワフ女──。この女を助けてやってもいいと言っているのは、俺の気まぐれだぜ。その方が、なんとなくお前が無抵抗で尻を向けそうだからだ。そうじゃないなら、こいつの首をへし折り、無理矢理にお前を犯すだけだ」

 

「や、やめなさい。わ、わかったわ。脱ぐ。脱ぐわ」

 

 ミランダは口惜しそうな顔で服に手をかけた。

 スクルズはもう一度止めようと思ったが、クライドに首を絞められたまま引っ張られて、声を出すことができなかった。

 そして、クライドは、さっき兵たちが捕らえようとして、地面に落ちていた縄のところまでスクルズを連れていくと、スクルズに両手を背中に回させて、片手で縛って胴体に巻き付けた。

 抵抗することは不可能だった。

 命令に刃向かえば、容赦なく首が絞まるのだ。

 

「さあ、脱いだわ。もう、スクルズを離して」

 

 ミランダは下着一枚の姿になって、胸を両手で隠してクライドを睨んでいる。

 しかし、クライドは意地悪く笑った。

 

「まだ、一枚残ってんじゃねかよ。せっかくの野次馬を愉しませてやれよ。それも脱ぐんだ」

 

「ま、待って、ミランダ……。き、危険よ……。こ、この男は……んぐうっ」

 

 また首を絞められる。

 スクルズの息が止まった。

 

「ぬ、脱ぐ。脱ぐから、やめなさい」

 

 ミランダが諦めたように、最後の下着を脱いで足首から抜いた。

 夜闇の中とはいえ、周囲は照明で明るい。

 灯かりに照らされるミランダの裸身に、周囲からどよめきが起きる。

 

「おい、兵の隊長──。その二階の建物から人間を全員出せ。俺たち三人が入ったら、周りを封鎖しろ。そして、イチとエルスラという男女を探し出して連れて来い」

 

 クライドが叫んだ。

 クライドが示した二階というのは、ギルドとは道を挟んで向かいにある小さな商家だ。

 小物を売っている店のようだが、店の者らしき男女が驚いた顔でこっちを見た。

 

「あたしが人質になれば、スクルズを解放する約束でしょう」

 

 ミランダが両手で股間を胸と隠しながら怒鳴った。

 

「心配いらねえよ。お前が俺の相手をしている限り、手は出さねえよ。じゃあ、ミランダ、そこに入れ。ほらほら、どけ、どけ。俺たちの前に来るな。女が死ぬぞ」

 

 クライドがその二階建てに向かって、スクルズの首に腕をかけたまま、進み始める。

 ミランダも、クライドに追い立てられるように、全裸のまま、前を歩かされだした。



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145 怒りの短刀

「ミウ、そのドワフ女の手足を荷の中にある二個の手錠で拘束しろ。背中側に手足を曲げさせて、右手首と左足首、左手首と右足首というように、手錠の鎖が交差するようにかけるんだぞ。さっさとやらねえと、また折檻のうえに飯抜きだからな」

 

 クライドと名乗った巨漢の暴漢が言った。

 

 スクルズは、クライドにより一階に通じる階段からあがった部屋の入り口に立たされ、首に縄をかけられて木の梁に縄尻を結ばれていた。

 いまは、入口の両端の柱に脚を拡げさせられて括られ、さらに、クライドによって、その両横の柱に打ち込んだ短い鉄杭に足首を結ばれようとしているところだ。

 スクルズは、下着一枚にされており、つまりは、その半裸の姿で一階からあがってくる階段の出入り口を塞がされ、通せんぼのための障害物にされた態勢だ。

 また、ここにあがってから、手首に魔道封じの腕輪を嵌められた。クライドには魔道が効かないのがわかっているが、いまは魔道そのものを封じられてしまった。

 

 ミランダとともにクライドに連れ込まれた、ギルドの向かいにある小さな商家の二階である。

 部屋全体は燭台の灯かりで照らされていた。

 ここは、一階が小売り物屋になっていて、二階が暮らしのための部屋になっているだけの小さな建物だ。

 住人はすでに外に出されて、中にいるのは、スクルズとミランダとクライド、そして、クライドの連れらしい十歳くらいの童女だ。

 

 童女の名はミウというらしい。

 クライドがスクルズを人質にして、全裸にさせたミランダとともにこの建物の二階に連れ込んだとき、大きな荷を背負ってとぼとぼとついてきた。

 

 一方で、このクライドを抑えるために争っていた王兵の一隊と冒険者の集団は、いまは、この建物の下を取り囲んでいる状態だ。

 建物に入ってくれば、スクルズとミランダを殺すとさんざんにクライドが喚いたので、それ以上は近づけないでいるようだ。

 

「……も、申しわけありません、ドワフさん」

 

 ミウが荷から出した鎖のついた手枷を二つ持ってミランダに歩み寄った。

 ミランダは、クライドに命令されて、部屋の隅で手足を伸ばして、うつ伏せにさせられていたが、ミウがやってくると、口惜しそうな表情でミウが作業をしやすいように、手足を背中側に自ら曲げた。

 

 ミウは、服というよりは大きな布を身体に巻いて、腰のところで縄を縛っているだけの恰好だった。布の下は明らかな裸身だ。かなりやつれている感じだし、時折垣間見える布の下の身体は、たくさんの青痣や蚯蚓腫れの傷がある。

 ひどい目にあっているのだろうというのは、それだけで想像がつく。

 なによりも、眼に生気がなく、まるで生きながら死んでいるような虚ろな表情をしている。

 スクルズは、ちょっとこのミウが心配だった。

 

「これでいいだろう。さあ、ドワフ女、ミウをてこずらせんじゃねえぞ。お前が抵抗して、ミウに拘束させなければ、俺はミウの指をまた折らなきゃならねえんだ。罰としてな」

 

 クライドが再びがさごそと荷を探りながら言った。

 そして、短剣と小瓶を取り出す。

 さらに、その小瓶を開いて、鞘を外した短剣の刃に塗りだした。

 おそらく、あれは、刀という武器に塗っていた猛毒だろう。それを短剣に塗り直しているようだ。

 

「あ、あんた、いい加減にしなさい。人質はあたしひとりでいいでしょう。スクルズを解放するのよ」

 

 ミランダが怒鳴った。

 そのミランダに、ミウが装着した手錠が背中で四肢を交差するように嵌まった。

 

「うるせえなあ。イチという男がいつ来るかわかんねえからな。お前らのことを助けたい連中が探し出して連れてくるだろうけど、それに時間がかかるようなら、退屈するだろう──。だから、お前を犯し飽きたら、あの姉ちゃんで遊ぶつもりなんだよ。ぎゃあぎゃあ言うんじゃねえ」

 

 クライドがミランダを蹴飛ばして、仰向けにひっくり返した。

 

「ぐっ」

 

 強く脇腹を蹴られたミランダが少しだけ呻き声を出した。

 両膝と両肘から先を背中に曲げているミランダの乳房と股間が露わになる。

 

「こりゃあ、興醒めだなあ。見た目は童女なのに、中身は陰毛ぼうぼうの年増女かよ。まあいいや。とりあえず、穴は開いているようだしな」

 

 クライドがミランダの股間の前に座り、指で股間を愛撫し始める。

 

「んっ……くっ……」

 

 やがて、ミランダの押し殺したような声が聞こえ始めた。

 

「おっ、ドワフ女というのは、どれも石のように反応しねえと耳にしたことがあるが、こりゃあ、打てば響くような身体じゃねか。随分と敏感な身体のようだが、さては相当の好き者か?」

 

 クライドがミランダの股間をいたぶりながら下品な笑い声をあげた。

 

「う、うるさわねえ。汚い手で触られて気持ちが悪いのよ」

 

 ミランダが食い縛っている口を開いて言い返した。

 だが、スクルズは、ミランダがロウの調教ですっかりと敏感な淫らな身体に作り替えられていることがわかっている。

 また、ドワフ女のミランダにとって、男に愛撫されて感じるというのが、とんでもない屈辱だということも知っていた。

 ミランダが心の底から溺れたような姿を見せるのは、ロウの前だけのことだ。

 

「ク、クライドさん、もうやめてください。それよりも、わたしを犯してください。わたしならいくら辱めても構いません。口でもどこでもご奉仕します。その代わり、ミランダは解放してください」

 

 スクルズは叫んだ。

 

「言われなくても、あんたも犯す。口でも尻でも膣でもな。だが、いまは、この童女もどきを犯したいんだ。黙ってろ」

 

 クライドがミランダの股間と、さらに乳首への愛撫を追加しながら言った。

 そして、傍らにいたミウを呼ぶ。

 

「こいつを持って、あの巫女のところに行け。俺が合図したら刃でどこでもいいから皮膚を裂け。それで、あの巫女はあの世行きだ」

 

 ミウがクライドに渡されたのは、さっき毒を塗っていた短剣だ。

 それを両手で握っているミウがこっちにやって来た。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 ミウが泣くような声で言った。

 そして、スクルズの正面に立ち、短剣を向ける。

 そのため、布から手を出しているところの布が割れて、ミウの身体がスクルズの視界に見えた。

 やはり、全身が惨たらしい傷だらけだ。

 

 だが、びっくりしたのは、その股間の状況だ。

 まだ未成熟の小さな股間は、無理矢理に男性器を突っ込んだことによる裂傷ができていて、また治りきっていない傷が膣の上下に残っている。さらに、何度も強姦されたらしく、このくらいの童女ならぴったりと閉じているはずの亀裂が、締りを失って左右に開いていた。

 スクルズには、それだけで、この童女にクライドがなにをしたのかがわかり、生まれて初めて、他人に対する憎悪の感情を抱いてしまった。

 また、スクルズは、すごく不自然な感じでミウが短剣を持っていることに気がついた。

 

「あ、あなた、指が……」

 

 思わず口にした。

 そして、そういえば、クライドがミウの指を折檻として折るというようなことを口走ったことを思い出した。

 ミウの左右の指は、両方の小指と薬指がおかしな方向に曲がっていた。

 どうやら、骨を無理矢理に折られたようだと思った。その部分が青黒く変色もしている。

 

「さて、そろそろ、いいか。俺は女を愉しませる趣味はねえ。お前がいい気持ちになるまで待つ必要もないし、とっととやらせてもらうぜ」

 

 クライドが高笑いするのが聞こえた。

 視線を向けると、クライドはズボンの前から怒張を出して、ミランダの股間に亀頭を挿入しようとしている直前だった。

 

「や、やめてっ、やめてあげてください。それよりも、どうか、わたしを先に──」

 

 スクルズは金切り声をあげた。

 

「やかましいと言っただろう。人質はひとりでもいいんだ。ミウ、もういい。その巫女を短剣で刺せ」

 

 クライドが不機嫌そうに叫んだ。

 

「ま、待ちなさい。ス、スクルズ、大人しくして。大丈夫だから……」

 

 ミランダが慌てたように言った。

 しかし、そのとき、クライドの怒張がミランダの股間を深々と一気に貫いてた。

 

「あっ、ううっ……くうっ……」

 

 すぐに荒々しい律動が開始する。

 ミランダが息を殺すような音を口から洩らしだす。

 スクルズは見ていられなくて視線を下に落とした。

 

「おお、絡みついてきやがる。こりゃあ、なかなかの道具じゃねか。ミウの股とは違うが、ちゃんと筋肉があって締められるのは気持ちいいぜ。これなら、二、三発は続けてできそうだ」

 

 クライドが笑いながら声をあげるのが耳に入ってきた。

 それに混じって、ミランダの「うっ、うっ」という押し殺した呻き声と、ミランダを拘束している手錠が床に擦れて、がちゃがちゃと音を立てるのが聞こえる。

 スクルズは、ミランダに申し訳なくて、がくりと首を垂らした。

 

 そのときだった。

 なにかの喧噪が下から聞こえたと思った。

 すぐに、ぎしぎしと階段をあがってくる足音が聞こえてくる。

 ただ、スクルズは、階下を背にするように立たされているので、誰があがってくるのかまでは見えなかった。

 だが……。

 

「……俺の女から離れな、チンピラ……。俺たちを探しているんだろう?」

 

 スクルズの裸身の横をすり抜けるようにして入ってきたのはロウだった。

 手に短銃を握っていて、それをしっかりと前に向けている。

 

「ミ、ミランダ?」

 

 続いてエリカもやって来た。

 エリカは部屋の中の惨状に、驚愕の声をあげた。

 

「おう、イチというのはお前か。その後ろのエルフ女はエルスラに間違いねえようだな。教えられていた風貌と一緒だ。ちょっと待ってな。俺の目的はお前を殺すことであって、終わったらこの城郭からは出ていく。しかし、もう少しで精を出せるところだ。お前を殺すのはそれからだ」

 

 クライドはミランダを犯すのをやめずに、腰を動かしながら言った。

 

「いまは、ロウとエリカと名乗っている。そんなことも調べずに来たのか? それよりも、俺は離れろと言ったぜ」

 

 しかし、クライドはせせら笑いをしながら、わざとらしく腰を激しく振りだす。背中越しだが、ロウの激怒が伝わってくる。

 

「ああ、ロウ、お、お願い……。こ、この男に……ぶ、武器は効かない……。に、逃げなさい……。うっ、くっ……」

 

 そのとき、犯され続けているミランダが泣くような声をあげた。

 

「心配するな、ミランダ。こんな虫けら、すぐに処分してやる」

 

 ロウの怒りに震えたような声とともに、ロウの持つ短銃が轟音を立てた。

 だが、ロウが撃ったのは、ミランダを犯していたクライドじゃなく、まったく別の場所だ。

 

「ぐあああっ」

 

 しかし、苦しそうな呻き声が、突如としてなにもない空間から迸った。

 そして、ミランダを犯していたクライドが消滅する。

 さらに、さっきロウが銃を撃った場所に、下半身を露出したクライドが改めて出現した。

 クライドは胸から血を流している。

 ロウの銃が当たったのだ。

 だが、どういうことだろう……?

 スクルズは呆気にとられた。

 

「エリカ、ミランダとスクルズの拘束を解いてくれ」

 

 ロウが言った。

 エリカが素早く動いて、スクルズを拘束していた縄を切断するとともに、荷を見つけると、そこから鍵を探して取り出した。

 そして、ミランダを助け起こして手錠を外していく。

 スクルズはほっとしたのと、精根が尽きたのとで、その場に座り込んでしまった。

 

「ロ、ロウ……」

 

 そのとき、エリカに手枷を外してもらっているミランダが、ロウの名を呼んだ。

 そのミランダに、ロウは優しそうな笑みを浮かべた。

 

「すまなかったな、ミランダ。こいつは、俺とエリカを狙ってやって来たようだ。とんだとばっちりで悪かった。ベルズ殿が知らせてくれて、急いで転送術で連れてきてもらったんだが、ちょっと遅かったか? まあいい。犬にでも噛まれたと思えよ。あとで俺がたっぷりと股に上書きしてやるよ」

 

 ロウはそう言い、血を流しているクライドに銃を向けなおした。

 

「ば、馬鹿ね」

 

 ミランダがロウの軽口に、ちょっとほっとした表情になった。

 

「スクルズも悪かったな。下にベルズ殿もいる。おい──、お前たち、ベルズ殿だけを連れてあがって来い。ほかの者は駄目だ。ミランダとスクルズは、まだ裸なんだ」

 

 ロウがクライドに銃と顔を向けたまま、大声で叫んだ。

 すぐに再び階下で物音が始まった。

 

「ロウ、大丈夫か?」

 

「ご主人様、エリカ……。皆さん無事ですか?」

 

 シャングリアとコゼが階段をあがってきた。

 

「ロウ殿……。スクルズ、ミランダ、しっかりして」

 

 つづいて、ベルズも来た。

 コゼとシャングリアは、数枚の大きな毛布と、さっきミランダが自ら脱ぎ捨てた服を持っている。

 とりあえず、スクルズはもらった毛布で身体を覆った。

 

「……ちょっと待ってくれよ、みんな。とにかく、こいつだ」

 

 ロウは血をだくだくと胸から流しながら、苦しそうに息をしているクライドの前に屈んだ。

 

「アスカのところから送られた刺客だな? お前だけか? それとも、ほかにも仲間がいるか?」

 

 ロウが言った。

 

「……な、なんでも……お、教えてやる……。そ、その代わり、た、助けてくれ……」

 

「ああ、だったら早く言えよ。すぐに治療術をしてもらわないと、そのまま死ぬぞ」

 

 ロウが短銃をクライドの頭に向ける。

 

「……も、もうひとり……ボ、ボニーという女が……。と、とりあえず、それだけだ……。な、なあ……、は、早く、ち、治療……じゅ、術を……」

 

「まだだ──。ノルズという女を知っているか? お前らの仲間だった女だろう。そいつに、俺の居場所を教えられたのか? まさか、お前たちに捕らわれているじゃないだろうな?」

 

 ロウが言った。

 スクルズは、ロウがノルズのことをちゃんと気にかけてくれていたということに驚くとともに、感謝の気持ちが沸いた。

 ノルズは、怪しげな組織に加わって、スクルズたちを罠にかけた悪人だが、かつては一緒に神殿の教義を学び、魔道遣いとしての修行を積んだ仲間でもある。

 ロウに捕らわれたものの、監禁を頼まれていたスクルズの手から逃げて、いまでも行方不明だ。

 ほかの者は、ノルズが元の組織に戻ったのではないかと言っていたが、ロウだけは、絶対にそれはあり得ず、もうノルズはロウたちを裏切らないはずだと確信したように繰り返していた。

 

「ノ、ノルズ……? た、確か……パリスのところの……? し、知らないよ……。死んだんじゃないのか……? そ、それよりも……。た、助けてくれ……」

 

「ふん、やなこった」

 

 ロウが鼻を鳴らしたと思うと、二度目の轟音が部屋に響いた。

 今度は眉間だ。

 頭から血を流し始めながらがくりと脱力したクライドが命を失ったのは明らかだ。

 

「……で、でも、どうして……? みんなで寄ってたかってもクライドに傷ひとつつけられなかったのよ……。それなのに、なんで、あんたは呆気なく、こいつを殺せたの?」

 

 ミランダが言った。

 そのミランダは、コゼとシャングリアに介添えされながら、やっと服を身に着け終わっていた。

 いまは、また床に座り込んでいる。

 

「そりゃあ、あんたらは、こいつの影と一生懸命に戦っていただけだからさ。おそらく、こいつの能力は、自分の影を作るとともに、自分の身体を透明にする能力だったんだと思う。だけど、俺には、眼に見えている姿が、こいつの影であることがすぐにわかった。隠れている本体の位置もね」

 

 ロウが銃をしまった。

 空中に消えるようになくなったので、最近駆使できるようになった亜空間術で格納したのだろう。

 

「影?」

 

「分身のようなものさ。エリカは覚えているだろう? ルルドの森のときに、アスカの影が追ってきたのを……。まあ、あのときのアスカの影と、こいつの影は性質は違っているようだけど、その変形だと思う」

 

 ロウがエリカを見た。

 エリカは、「ああ、そういえば」と頷いた。

 

「……言われてみれば、そんな簡単なことだったのね……。くそっ」

 

 ミランダが口惜しそうな顔をした。

 

「本体の気配は完全に消して、影の方に強い気配を作っていたようだしな。魔道でも影しか探知できなかったはずだ。だから、誰もわからなかったのさ」

 

「だったら、なんであんたはわかったの、ロウ?」

 

「勘がいいのさ」

 

 ロウがお道化た口調で言った。

 

 スクルズもやっとクライドの秘密が理解できた。

 クライドの能力は、どんな武器でも魔道も効かないということではなく、自分の影分身を身体から離れた場所に出現させる能力だったのだ。そして、さらに、自分自身を透明にすることもできたのだ。

 だから、クライドに接した者は、クライドが出現させている「影」を懸命に刃物や魔道で倒そうし、それができなかったというわけだ。

 刃物で傷つけられたり、縄で捕らえられたりしたら、その都度クライドは、一瞬影を消して、再出現させていたのだと思う。

 それがクライドの「無敵」の正体だったというわけだ。

 しかし、ロウは呆気なくそれを見抜いて、姿が消えている本体のクライドを撃った。

 だから、倒せたのだ。

 

「あ、あの……」

 

 そのとき、いままで部屋の隅で事態の変化を呆然と眺めていたミウが突然に呟いた。

 

「この子は誰だ?」

 

 シャングリアが声をかけた。

 

「このクライドに捕らわれていた童女のようよ。ミウ、大丈夫?」

 

 スクルズは声をかけた。

 だが、ミウはなにか思いつめた表情でロウを睨んだ。

 

「こ、この人は死んだんですか……。本当に死んだの?」

 

 ミウがロウに言った。

 

「ああ、死んだ。あんたはミウというんだな。だが、治療が必要なようだ……。スクルズ、少し回復したら、このミウを……」

 

 ロウがミウから視線をスクルズに向け直した。

 そのときだった。

 ミウが持っていた毒を塗った短剣をがばりと振りあげたのだ。

 そして、短剣を深々と突き刺した。

 

「こいつめ──、こいつめっ──、お母さんを──お父さんを──こいつ──こいつ──」

 

 ミウが短剣を刺したのはクライドの死骸だ。

 突き刺した短剣をそのままミウは抜いた。

 そして、また突く。

 それを繰り返した。

 何度も、何度も──。

 やがて、ぼろぼろと涙をこぼし始めた。

 それでも狂ったように死体を冒涜するのをやめなかった。

 

 ずっと虚ろだったミウの顔に初めて、感情が浮き出たのをスクルズは見た。

 それはとてつもなく激しい憎しみだった。

 しばらくのあいだ、ミウは憑かれたように、クライドの身体に短剣を刺し続けた。

 

「ミウ、もう大丈夫よ。しっかりしなさい。もう大丈夫だから」

 

 スクルズはしっかりとミウを後ろから抱き締めた。

 すると、ミウが短剣を捨てて、スクルズに向き直ると、スクルズに縋りついて号泣を始めた。

 そのミウをスクルズはぎゅっと抱き締めた。

 

「あなたを苦しめていた悪人は死んだわ……。わたしがついています……。もう、大丈夫よ……」

 

 スクルズはミウを抱きながら静かに声をかけた。

 

「……スクルズ、そのミウという子には、大きな魔道力があるみたいだよ。まだ活性化されていないようだけど……。もしかしたら、大変な魔道遣いに化けるかもしれない……」

 

 そのとき、ロウが言った。

 

「どうして、そんなことわかるんですか、ロウ様?」

 

 スクルズはミウを抱きながら、驚いて訊ねた。

 そして、改めてミウの魔力を探り、なぜか魔力が膨らんだり、消滅したりということをまるで光が点滅するように繰り返していることがわかった。

 いずれにせよ、確かに魔道力がある。

 魔道力の点滅は極めて珍しく、通常の魔道力の探知では引っ掛かりにくい。

 しかし、魔道遣いでもないロウになぜ、瞬時にわかったのか……?

 

「言っただろう、スクルズ。俺は勘がいいんだ」

 

 すると、ロウはにやりと微笑んだ。

 

「……いずれにしても、こいつは目障りだ。エリカ、コゼ、シャングリア、手伝え──」

 

 ロウがクライドの死骸に寄る。

 女たちも手伝って身体を担ぎあげた。

 窓を開く。

 

「おい、隊長さん。この殺し屋をそっちにやりますよ。あとはお願いします。それっ」

 

 ロウが窓からクライドの身体を放り捨てさせた。

 スクルズは立ちあがった。

 クライドの死骸は、一度屋根にぶつかり、それからおかしな方向に胴体が曲がって、かがり火で照られている王兵や野次馬が集まる道にどさりと落ちていった。

 

「……ロウ様、そして、ミランダ、このミウは一度、神殿に連れていきます。少し落ち着いたら、このミウの行く末を相談させてください」

 

 スクルズは言った。

 ロウとミランダが頷く。

 そして、そのロウがミランダを見た。

 

「……ミランダは、俺と一緒に屋敷に行くよ。こいつに犯されて傷ついた心を俺の肉棒で癒してやるからな」

 

「あ、あたしは傷ついてなんか……」

 

「いいから、いいから」

 

 ロウが笑って、がっしりとミランダの腕を掴んだ。

 ミランダは、困ったような……そして、ちょっとはにかんだような表情でロウに腕を抱えられて立ちあがった。

 

 

 

 

(第24話『誰にも触れない男』終わり、第25話『淫魔師の死』に続く)



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 第25話  淫魔師の死
146 女刺客への新たな命令


 ボニーは、次々に入ってくるキシダインへの魔道通信を傍らで聞いていたが、最後に送られた内容に呆然とするしかなかった。

 クライドは射殺された。

 とりあえず事件は終わったという治安担当者からの報告に、キシダインは「ご苦労」とだけ告げていた。

 

 キシダイン邸の客室だ。

 ボニーは、キシダインとふたりだけで向かい合っている。

 キシダインの許可を受けて、ボニーはさっき脱いだものを身に着けていたが、キシダインは部屋にたちこめさせている媚薬の香を消してはくれなかった。

 それでボニーの身体は、相変わらずただれるような疼きを抱いたままだし、閉じ合わせているスカートの中の股間は、いまでもじわじわと樹液を滲み出し続けている。

 女刺客であるボニーに対する用心だと思うが、すでにボニーが装着している『奴隷の首輪』にキシダインの命令に従うように刻み終わっている。

 それにも関わらず、慎重なことだと思った。

 いずれにしても、ボニーの身体は、女だけに効果があるという魔道の媚香のために、まるで薬物で弛緩されたようになっていた。

 

 それにしても、驚きだ。

 あの不死身のクライドが死んだ?

 それはボニーには、俄かに信じれることではなかった。

 クライドは、アスカの奴隷の中では別格の存在で、どんな武器でも魔道でも傷つけられない「アンタッチャブル」な存在だったのだ。

 それは、主人であるアスカでさえも同様であり、召喚後にある恒例のアスカの「試し」では、アスカでさえも、クライドを痛めつけることができずに、アスカも不思議がっていたくらいなのだ。

 外界人としては先輩になるボニーは、そのときのことをしっかりと覚えていた。

 そのとき、アスカがクライドに対して、クライドの役割は「暗殺者」だと告げると、クライドは「面白そうだ」と笑って、あっさりと「奴隷の首輪」を受け入れたのだ。

 

 だが、あのとき、クライドは本当は、「奴隷の首輪」の縛りを刻まれておらず、ただ、支配をされていたふりをしていただけだったようだ。

 そのことを、ボニーは、あの山中でクライドと袂を分かったときに悟った。

 いずれにしても、クライドとはそんな存在だ。しかも、武器や魔道を寄せ付けないということだけではなく、身体も大きくて力も強く、かなり武器も使い慣れていた。

 まさに、不死身の二つ名に相応しい男だった。

 

 そのクライドをイチが殺した……。

 いや、あのイチは、いまはロウと名乗っているらしい。クライドが襲い、そして、返り討ちにあった男の名はロウだ。

 おそらく、それで間違いないだろう。クライドが死んだとき、そのロウとともに一緒にいたのが、エリカという冒険者仲間の美貌のエルフ女だったそうだから、そのエリカがエルスラなのだろう。

 とにかく、そのロウが、不死身のクライドを呆気なく殺害してしまった。

 いま、耳にした内容はそうだった。

 

 しかも、ロウは、クライドと接触するや否や、ほとんど一瞬で手にしていた短銃で撃ち殺したらしい。

 そんなにロウが強いなんて聞いてない──。

 あのクライドには、ボニーもまったく歯が立たなかったのだ。

 それをあっという間に返り討ちにしたとは……。

 

 クライドの能力の弱点がなんだったのかはわからないが、誰もがかなわなかったクライドの能力にロウが効果がなかったなら、ボニーの「魅了の術」、すなわち操心術も効果がないということがあり得るのではないだろうか……。

 ボニーは、いまさらながら、ロウに関する情報がほとんどないということに困惑した。

 事前にアスカやパリスに聞いていたのは、イチ、すなわち、ロウの能力は淫魔師だということだ。

 だから、女のボニーは絶対に犯されるなと冗談交じりに言われてはいたが、武術も度胸もからっきしの役立たずだったとも教えられていたのだ。

 

 クライドを倒せるような強者とは聞いてない。

 ボニーは呆然としてしまった。

 これは、ばつの悪い任務を請け負ってしまった。

 その思いがボニーの心を走った。

 しかも、ロウの淫魔術に捉われて、ロウのそばに侍っているはずのエリカは、かなりの武道や魔道の持ち主だった。

 この王都に入って存在を知ったコゼやシャングリアという冒険者仲間も、そこそこの女傑だという。

 キシダインの屋敷に入る直前に集めた冒険者についての噂話だけでも、ロウの率いる美女パーティは、王都界隈ではちょっと知らぬ者がいないくらいに、大きな実績を残しているパーティのようだ。

 

 そのロウを自分は殺せるだろうか……?

 そんな迷いが急激にボニーに襲いかかった。

 だが、すでにボニーの首輪には、ロウの暗殺についての命令が刻まれている。

 それ以外の行動をすることはできない。

 とにかく、ボニーはクライドがロウに殺されたということで、そのロウに対する恐怖心を急激に沸き起こしてしまった。

 

「……クライドというのは、お前のもうひとりの仲間だったな。ロウとかいう冒険者に返り討ちになったそうだ。どうする? もしかして、お前が始末を命令されている冒険者というのは、そいつのことか?」

 

「もう少し調べます……。どんな男なのか……。弱点はなにか……。ロウの周りにいる女たちはどんな者たちなのか……。とにかく、情報がなさすぎます」

 

 とりあえずそう言った。

 クライドを倒したロウの暗殺は、正直、ボニーには荷の重い仕事だと思った。

 事前に思っていたのは、淫魔術を利用して女に自分を守らせている女ったらしのような男を想像していた。

 だから、自分ひとりでも十分だと思っていたのだが、クライドを呆気なく倒すような男となると、話が違う。

 キシダインに対する報告によれば、クライドを倒したのは、間違いなくロウ自身だという。

 ロウの女たちは、手も出していないそうだ。

 

「なるほどな……。だったら、いい方法があるぞ、ボニー。教えてやろう……。それから、下だけ脱いでこっちに来い。命令だ」

 

 キシダインが言った。

 ボニーの身体は、さっき着直したばかりのスカートを脱ぐために立ちあがっていた。下着はあまりに股間が汚れていたので、身につけずにそばに畳んで置いたままだった。

 再び下半身を剥き出しにしたボニーは、「命令」に従って、キシダインの腰かける長椅子の前に来た。

 

「奴隷の首輪というのは便利なものだな。この香を焚き込めた部屋の中では、生身の女であるお前は堪るまい。もう少し抱いてやろう……。アンには客の相手をさせていて、どうせ暇だからな……。ところで、俺に背を向けて股のあいだに腰かけろ。そして、両手を頭の後ろに置け。命令だ……」

 

 アン……?

 

 指示された体勢をとりながら、アンとは誰のことだろうと思ったが、すぐにキシダインの妻の名だと思い出した。

 確か、この国の国王の第一王女で、キシダインはそのアンを妻にすることで、ハロルド公の地位を授かるとともに、いまだに未決定ではあるものの、この国の王太子の最有力候補になったはずだ。

 そのとき、キシダインの手がすっと服の下から胸に向かって入ってきた。

 

「ふううっ」

 

 自分でも恥ずかしいと思うほどの反応で、ボニーは背中をのけぞらせた。

 キシダインの手が服の下でボニーの乳房を擦り始めたのだ。

 なんでもない刺激だ。

 指先を軽く乳首の周辺に走らせるだけのことだ。

 だが、それをされた瞬間に、凄まじいざわめきが全身に駆け巡った。

 それほどまでに、媚薬の香に苛まれていたのだと改めてわかった。

 

「……冒険者ギルドのことを調べるのであれば、うってつけの人物がいる。さっき、俺が仕事を指示したイザベラ王女だ。王女だが身の回りに侍るのは十人ほどの侍女だけだ。宮廷に入り込む手配は準備してやろう。敷地内に入りさえすれば、イザベラのいる小離宮に潜入するのは、お前の腕なら容易だろう。この屋敷に入るよりも楽なはずだ」

 

 キシダインが胸を擦るように円を描いて動く。

 つーんとした疼きの刺激が身体を走り抜け続ける。

 

「んっ、ううっ」

 

 ボニーは歯を食い縛った。

 キシダインの言葉を頭に入れるために、快感に溺れないように努力しているのだが、それは簡単なことじゃなかった。

 キシダインの愛撫は、媚薬の香に襲われているボニーの身体にはっきりと火をつけたようだ。

 甘美なざわめきが身体の底から強く湧き出してくる。

 

「ううっ、くううっ」

 

 ボニーはおかしいほどに上体をくねらせて、身体を悶えさせた。

 

「聞いているのか、ボニー?」

 

 キシダインが意地悪く言った。

 

「き、聞いています……あっ、ああっ……」

 

 必死で平静を保とうと努力しているのにかかわらず、ボニーは反射的にぶるりと身体を震わせてしまった。

 キシダインの片手がすっと胸からおりて、下腹部を揉むように動き出したのだ。

 

「……言っておくが、直接に冒険者ギルドに手を出すのは思ったよりも大変だぞ。あそこには、ミランダという切れ者のドワフ女の副ギルド長がいるだけでなく、魔道の防護も厳戒で余人を寄せつけにくい。このハロルド公の俺でさえも、冒険者ギルドは手出しするのは簡単ではないのだ……。その点、宮殿というのは外から入るのが厳重なだけだ。手を出すなら、まずはイザベラ王女にしろ。あいつはギルド長でもある。冒険者についての情報なら、お前がイザベラを支配してしまえば、いくらでも集められる」

 

「は、はい……。んんっ、くうっ、ううっ……」

 

 キシダインの手がボニーの下腹部を撫で続ける。

 いま、ボニーは一度腰を抱えられ、キシダインの膝に乗せられて両脚を跨いで開かされていた。

 当然、ボニーの脚は大股開きの状態だ。

 その股をキシダインの指が撫ぜあげ、揉み、跳ねるように動く。

 キシダインの手が動くたびに、両手を頭の後ろに置いているボニーの身体はびくんびくんと恥ずかしい反応を示した。

 

「……まずは、ギルド長のイザベラ王女だ。宮廷に入り込むのと小離宮への侵入は、俺の手の者が手引きする。だから、イザベラにお前の魅了の術をかけろ。それができれば、あとは都合よく事は進むだろう。ギルド長には、強制クエストという権限もある。そうしたら、探している冒険者を罠に嵌めるようなクエストを与えてやればいい。それで簡単に殺せる」

 

 キシダインの手がボニーの股間を狂わせる。

 入念に表面をなぞり、陰毛にからめ、さらに菊座もいじりまわしてくる。

 すでに、女陰はぱっくりと口を開いているようだ。その狭間に、キシダインの指がかなり激しく出し入れを始めた。

 

 一方で、ボニーはキシダインの淫らな指に、ついつい我を忘れそうになりながらも、懸命にキシダインが口にしたことを考えた。

 キシダインは、ボニーの請け負った暗殺にかこつけて、イザベラ王女の「処理」をボニーにやらせるつもりだろう。

 その魂胆は見え見えだ。

 キシダインにとっては、冒険者の暗殺などどうでもよく、折角やってきたボニーという女刺客を自分の政敵であるイザベラ王女の暗殺のために使いたいのだ。

 だから、適当なことを言っているにすぎない……。

 それはわかっている……。

 次期国王の座を狙うキシダインにとって、まだ十六歳のイザベラ王女が最大の政敵だというのは、すでに、ボニーも知っている。

 それにしても、キシダインというのは、ボニーのことを余程の低能と確信しているのか、こうやって身体をいたぶりながら囁きでもすれば、王女殺しがロウの暗殺に繋がるなどということを本気で信用すると思っているのだろうか……?

 

 だが、それでいいかとも思った。

 なにしろ、あのクライドを呆気なく返り討ちしたような男をボニーが殺せるような気がしない。

 それよりも、イザベラ王女には縁もゆかりもないが、キシダインが王宮潜入の手筈を整えるというのであれば、王女暗殺の方が割りがいいように思えてきた。

 

「ううっ、ああっ」

 

 口から激しい息と声が迸る。

 それとともに、ボニーから思念が消失する。

 ボニーは懸命に意識を保とうとした。

 

「……よいな……。イザベラ王女を最初に攻略するのが、お前の任務を遂行する早道なのだ。わかるな? 最初にイザベラ王女を術にかけろ。それがいい方法だ……」

 

 まるで口説いているような口調で、キシダインはイザベラ王女を最初に仕掛けろと繰り返しささやいてくる。

 

「返事をせんか。よいな」

 

「んぎいいっ」

 

 大袈裟な悲鳴をあげてボニーは、身体をぐっと前のめりにしてしまった。

 キシダインの指がいままでわざと避けていたような動きをしていた肉芽に触れてきたのだ。

 しかも、ボニーが承知の返事をしなかったためだろう。

 少し苛立ったように、指で強く弾くように叩いたのだ。

 ボニーはさすがに悲鳴をあげた。

 

「ほら、触るのをやめてやろう。返事をしろ」

 

 すると、さんざんに身体を弄っていた手をキシダインがさっと引き去った。

 途端に燃えあがっていた身体が、一気にじわじわとしたくすぶりに変化したような焦れったさに襲われる。

 部屋に充満している媚香の影響はすっかりとボニーの身体を蝕んでいたが、しかし、こうやって刺激を受ける前と受けた後では、ボニーに襲う焦燥感は桁外れだった。

 突然に刺激がなくなったことで、ボニーは怖ろしいほどの欲情をあおりたてられた感じになった。

 

「あ、ああ……。い、意地悪しないでください」

 

 堪らずに、ボニーは恨めしさをキシダインにぶつけた。

 キシダインは満足したような笑い声をあげた。

 

「もう一度、手を後ろだ。手錠を嵌めてから、してやろう。今度は俺に魅了はかけるな。命令だ」

 

 キシダインが横に置いていた手枷を手に取る。

 ボニーはキシダインに背中を見せるようにして、手錠をかけやすいようにした。金属音が鳴り、ボニーの両手は再び封じられた。

 

「……公爵様の指示に従います。まずはギルド長であるイザベラ王女に取り掛かります……。その代わりに、さっきの話を……。あたしを公爵様の奴隷にしてください。かけられている命令は取り消して……。あたしを返さないで……。きっと役に立ちます……」

 

 ボニーは正直に言った。

 この公爵に取り入って、いまの境遇から逃亡する。

 いまこの時点で、首にある奴隷の首輪は、アスカでもなく、パリスでもなく、このキシダインを主人として刻んでいるはずなのだ。

 さっきの通信球による声で、パリスがほとんど無条件にキシダインの命令に従うように、指示し直した。

 つまりは、キシダインがボニーに与えているイチ、つまり、ロウ暗殺の命令を取り消してくれれば、ボニーはクライドを殺したような怖い相手に向かわなくてすむ。

 そして、しばらくは、このキシダインの奴隷のままでいよう……。

 逃亡したところでアスカに刺客を差し向けられるだろうから、それよりは、キシダインに囲われた方がいい。

 このキシダインがどういう「主人」か不明だが、多分、あのアスカ城よりはましなはずだ。

 キシダインのところでも人殺しをさせられるかもしれないが、ボニーを突然に召喚して、元の人生のすべてを奪ったアスカたちのような者のために働くよりも、遥かにましだと思う。

 

「パリス殿ではなく、俺のところで働きたいというのだな……?」

 

 キシダインがにやりと笑った。

 気味の悪い微笑みだ。

 ボニーはぞっとするような嫌悪感を覚えたが、それを隠してしっかりと首を縦に振る。

 

「それが、あたしの望みです……」

 

「よかろう……。ならば、我らの完全に意見は一致したということだな。ならば、命令をかけ直してやる。今後は俺の命令の一切に従え……。お前が殺すのは、王女イザベラだ……。ほかの任務は忘れよ」

 

 キシダインが言った。

 ほっとした。

 これで、ロウと敵対しなくてすむ……。

 

「ところで、そろそろ欲しいのではないか。では、お前が俺の奴隷になった褒美だ。俺の精をやろう」

 

「嬉しいです……、ご主人様……」

 

 ボニーは言った。

 すると、キシダインが、腿の上に座る体勢だったボニーを床に一度おろして、自分の腰に手をやってズボンをおろし始めた。

 すぐに、ボニーは両手を頭に置いたまま、ぐいと身体を倒されて床に頭をつかされる

 ボニーは、尻を高くあげて床に跪く恰好になった。

 

「うんふうっ」

 

 お尻側からキシダインの怒張が撃ち込まれてきた。

 衝撃の甘美さに、ボニーは早くも絶頂の手前まで引きあげられた。

 

「もう、パリス殿のところに戻る必要はない。これからは俺の仕事を手伝え……。ところで、この穴もなかなかいい味だな。高く買ってやろう」

 

 キシダインが怒張の抽送をボニーの女陰に送り込みながら言った。

 ボニーは、喘ぎ声をあげた。

 本格的な抽送が始まる。

 

「ああっ、はっ、ああっ、ああっ」

 

 ボニーは、あっという間に、キシダインの律動に合わせて、ただただ激しく身体を反応させるだけしかできなくなった。

 キシダインはただ単純にボニーの股間を突き続けるわけではない。

 花唇の中心に向かって、微妙に角度と深さを変化させ、さらに速度も変えて責めてくる。

 男遊びに慣れていないボニーにとって、これほどの翻弄は初めてだ。

 気持ちいい……。

 だが、焦れったい……。

 切なくて……狂おしい……。

 それがどんどんと膨らむ。

 

「ああ、はああっ、あああっ、こ、公爵様、も、もう……」

 

 ボニーは必死で声をあげた。

 快感がキシダインの肉棒を打ち込まれるたびに大きくなる。

 

「欲しいのか? 俺の精が欲しければ、そう言え、ボニー」

 

 キシダインが打ち続ける怒張を大きく回すように動かしてボニーを揺さぶる。

 

「ひんっ……くうっ、ほ、欲しいです──。公爵様の精をください──き、来てくださいっ」

 

 ボニーは完全に我を忘れて叫んだ。

 キシダインの律動が一段を速くなる。

 もうすぐ来る……。

 押し寄せる絶頂に、ボニーは身体全体でそれを受け入れようとした。

 続けざまの連打が濡れ切った子宮の奥に打ち込まれる。

 

「おおっ、おっ、おっ、おおっ」

 

 ボニーは馬鹿みたいなはしたない声をあげていた。

 そのとき、キシダインが不意に腰を引いたかと思うと、腰全体をぶつけるようにボニーの尻に叩き付けてきた。

 

「うっ」

 

 初めてキシダインが呻き声を洩らした。

 生温かい精の塊が、衝撃とともに膣に噴き出されるのを感じた。

 

「あ、あはあっ」

 

 股間を開きながら、ボニーは全身を硬直させていた。

 快感が稲妻となって、脳天を撃ち抜く。

 

「いぐうっ」

 

 ボニーはキシダインに突かれながら、ついに歓喜の絶頂に辿り着きかけた。

 

「宮廷に潜入する手配は、数日中に整える……。それまでは俺が指示する場所で待機だ。当座の金はやる。次に指示をするのは俺の部下だ。手筈が整えば、俺の部下がお前に接触する。その指示に従え……。そして、王女については、まずは殺すな。お前の術だけをかけよ。殺すのは次だ」

 

 キシダインが腰を前後させながら、悟すように言った。

 いきなり殺すのではなく、魅了の術をかけて操り状態にしておけということか……。

 それなら、もっと気が楽だ。

 いつか魅了術で自殺でもさせるように、王女を操らされるかもしれないが、とりあえず、次ではないのだ。

 なんの恨みもない相手を殺すというのは、何度味わっても苦しいものだから、それが次の機会でないということだけでも嬉しい。

 

「ぜ、全力で……」

 

「いいだろう……。ほら、欲しいものだ」

 

 腰の律動を続けていたキシダインがぐっとボニーの股間に押しつけるようにして、ぶるりと腰を震わせた。

 熱い精が子宮に迸るのをしっかりと感じた。

 その感覚を受けながら、ボニーはついに絶頂に達した。

 

「あはああああっ」

 

 ボニーは身体を弓なりにして全身を震わせた。

 一方で、キシダインもまた、精をボニーの中に放ち続ける。その精の最後の一滴までがボニーの股間に注ぎ込まれていく。

 ボニーは、頭が真っ白になるような快感とともに、愉悦の戦慄で身体が完全に痺れる感触を味わった。

 

 気持ちいい……。

 考えることができたのは、雌の本能としての心の底からの満足感だけだった。

 

 

 *

 

 

「もう、隠していることはないね、ロウ?」

 

 アネルザが不機嫌そうな表情で言った。

 一郎がいるのは、アネルザの住まいである宮廷敷地内の王妃宮だ。少し前まで奴隷宮と呼ばれていた地下宮の一室である。

 

 数日前に、クライドというアスカの刺客を返り討ちにして殺したということがあり、そのクライドが最後に言い残したもうひとりの刺客ということがあったので、二日ほどは大人しく屋敷に籠っていた。

 

 だが、一郎が大人しく屋敷にいるということは、すなわち、その相手を屋敷の女たちが務めるということでもある。

 せっかくの機会なので、心置きなく女たちを犯し続けていたが、今日の昼を過ぎたところで、エリカたち三人とミランダが、ついに起きなくなってしまった。

 ミランダについては、あれからずっと屋敷に監禁状態にして、三人娘とともに一郎の相手をさせ、クライドに犯された「上塗り」を継続していたのだ。しかし、つまりは、一郎はその四人の女を抱き潰してしまったということだ。

 

 ロウがひとりで出歩くなど、エリカが承知することではないが、そのエリカも抱き潰れて眠っている。

 それで一郎は、スクルズが設置してくれた移動ポッドで、久しぶりにイザベラ王女のところでも向かおうと思って、まずは「先触れ」を放とうとした。

 先触れというのは、スクルズが設置した移動ポッドに備わっている機能であり、移動術による跳躍をしたいときには、一郎の屋敷側の移動ポッドにある決められた部位に触れれば、跳躍をしてもよいかという報せが向こうにひそかに届くのだ。

 そして、跳躍しても問題ないということになれば、向こうから合図があり、こっちに移動ポッドにしている姿見の鏡面部が特殊な揺れをして報せるという仕掛けだ。

 

 一郎のところは、誰が来たところで困らないし、屋敷妖精のいるシルキーがいるので制御できるが、女たち側ではそうはいなかい。

 勝手に向かえば、もしかしたら召使いが掃除でもしているところに、一郎が出現してしまうかもしれない。

 そうなったら困る。

 だから、こんな機能がついているというわけだ。

 

 しかし、その先触れを放つ前に、シルキーがブラニー経由で、スクルズが一郎を呼んでいるという伝言を持ってきた。

 目の前の移動ポッドを潜って欲しいということだった。

 一郎がいた移動ポッドの設置してあるその部屋には、行き先別に大きな姿見が数個あり、それぞれに移動ポッドの接続先が異なる。

 移動ポッドがあるのは、「王都内のブラニーがいる屋敷」「第三神殿のスクルズの寝室」「宮殿内のアネルザ王妃の私室」及び「イザベラ王女のいる小離宮の王女の寝室」である。

 

 スクルズからの伝言にあったのは、アネルザの私室に繋がる移動ポッドだった。

 いずれにしても、用事があってもなくても、一郎のところに足繁くやってくるスクルズが逆に一郎を呼び出すとは珍しい。

 それで、すぐに移動ポッドを潜って跳躍すると、そこに怒っているアネルザとともに、申し訳なさそうなスクルズ、そして、あのマアが待っていたのだ。

 マアは、先日、スクルズが調整した「欺騙リング」は首から外している。

 人間族の六十歳をすぎた初老の女の面影はなく、若々しい三十過ぎの美人の姿がそこにある。

 

 いずれにしても、アネルザとスクルズとマアが待ち受けていて、一郎は三人に身体をいきなり掴まれて椅子に強引に座らされた。

 そして、アネルザとマアに、先日のクライド事件のことをしつこく訊ねられたのだ。どうやら、アネルザとマアは、今日、その事件のことを耳にしたようだ。

 別に隠していたわけでもないが、特段に耳に入れる必要も感じなかった。

 しかし、マアはとにかく、アネルザがかなり怒っているようだった。

 

「特に隠しているつもりはなかったけどね。そもそも、スクルズもミランダも知っていたよ。いま、言ったとおりに、俺はアスカという魔女に命を狙われる理由がある。まあ、今回、ついに刺客が送られたということは、ついに、俺とエリカの居場所があの魔女にばれたということだろうね」

 

 一郎は軽く肩を竦めてみせた。

 すると、アネルザが苛立ったように、自分が座っている椅子の手すりを叩いた。もともと、気性が激しいことで王都で知らぬ者のない我が儘王妃である。

 怒るとかなりの迫力だ。

 一郎は苦笑した。

 

「笑い事じゃないよ──。そういう事情なら、どうして言わないんだい。このアネルザを見くびるんじゃないよ。まさかとは思うが、まさか、居場所が発覚したから、王都を出ていくとか考えてないだろうねえ。そんなことは許さないよ──」

 

 アネルザが怒鳴った。

 どうやら、かなり怒っているのは、一郎が逃げていく可能性を考えてしまったみたいだ。

 だが、実際のところ、一郎はそれも考えていた。

 これから、次々に刺客を送られる可能性を考えると、それもひとつの選択肢かと思った。

 そもそも、もうひとりいるというボニーという女刺客の影はまだない。

 どこかに隠れて、まだ一郎を狙っているのかもしれず、いまだにどこにいるのかわからない。

 

「ロウ様、その表情は、もしや、王都を出ていくことをお考えになられたんですか──? それはあんまりです──」

 

 すると、ずっと穏やかにロウを見守っていた感じだった、スクルズが突然に悲鳴のような声をあげた。

 どうやら、逃散も視野に入れていることを悟られたみたいだ。

 

「いや、出ていくというわけでも……。ただ、可能性のひとつとしてだね……」

 

 とりあえず、一郎は言った。

 もともと、この王都に入って来たときから、万が一、アスカに居場所が割れれば、すぐに居場所を変えることを考えていた。シャングリアも、その条件で受け入れたし、だからこそ、旅をしながら旅費を稼げる冒険者というのは魅力的な職業だと考えたのだ。

 

 そのときだった。

 一郎たち四人はひとつの卓を真ん中にそれぞれに四方を囲むように座っていたが、真向かいに座っていたアネルザが、突然に卓越しに一郎の胸倉を掴んだのだ。

 卓の上には、アネルザが人払いをする前に準備していたらしい茶器が並んでいたのだが、それがアネルザが卓を蹴り飛ばしたかたちになったので、卓から音を立てて落ちていく。

 アネルザに胸倉を掴まれたことよりも、そっちが気になったが、卓から落ちた茶器は床に落ちることはなかった。

 空中にとまっている。

 スクルズの魔道のようだ。

 

「うわっ」

  

 だが、襟首を引っ張られて、一郎の思念は跳んだ。

 アネルザを見ると、かなり激怒している。

 いや、泣きそうかもしれない。

 ちょっと驚いた。

 

「そんなこと、許すと思うかい、ロウ……。許さないよ……。本当だよ……。絶対にね……。わたしたちを頼りな……。お前の周りにいるエリカたちも、お前を守るだろうさ……。だけど、わたしたちには、あいつらのような腕っぷしはないけど、違う守り方ができる……。だから、王都から出ていくんじゃない。いや、お前はどこにも行かせない。わたしを何だと思っているんだい……」

 

 アネルザが一郎の首を締めながら、ゆっくりと教え諭するように一郎に言った。

 むしろ激昂して喚き散らさない分だけ、アネルザの本気が伝わって来て怖かった。

 これは、本当に王都を逃げるとか言ったら殺されるな……。

 本気でそう思ってしまった。

 

「ロウ殿、あたしになにができるかわからないけど、奇跡をくれたロウ殿のために、このマアもひと肌もふた肌も脱ぐよ。金に糸目はつけやしないさ。情報だって金で買える。アスカ城という城塞都市は謎めいた場所で、いままでに知られていることはないけど、金さえかければ、どんな情報だって大抵は手に入る。ロウ殿への刺客なんて、思いつけないくらいに、金の力で締めあげてやる。やってやるさ」

 

 マアが口を挟んできた。

 ふと見ると真剣だ。

 これは本気で心配をしてくれているのだとわかった。

 

「ロウ様、わたしになにができるかわかりませんが、どうか、わたしもロウ様のことを守らせてください。だから、どうか、どこかに行ってしまうなんて言わないでください」

 

 スクルズだ。

 そして、スクルズは一郎の襟首を掴んでいるアネルザの手にそって、手を触れさせた。

 やっとアネルザが手を離す。空中に留まっていた茶器類も、元通りに卓に戻った。

 

「とにかく、そのアスカの刺客とかいうのは、外来人の奴隷ということなんだろう? 外来人なんて見分けようもないけど、奴隷の首輪はわかりやすいくらいの目印だ。国境警備隊や関所には通達を出させて、入国してくる奴隷については厳しく管理させるし、少しでも怪しい者は絶対に素通りさせない。だから、お前……」

 

 アネルザが大きな声をあげた。

 一郎は降参という仕草で、両手を上にあげた。

 

「わかっている。わかっているよ。王都を脱出するというのは、前にそんなことをちらりと思っていたというだけさ。すでにしがらみもできたし、俺はいまの生活が気に入っている。王都から逃げたりしないよ。約束する」

 

「絶対ですよ」

 

 スクルズがぎゅっと一郎の手を両手で掴んできた。

 

「もちろんだ」

 

 大きく頷くとともに、一郎は嘆息した。

 これは、やっぱり王都から逃げるわけにはいかないな。

 なにがあろうとも、ここで戦おう。

 一郎は心からの決心をした 



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147 隠れていた男

 小離宮の裏口が見える位置の繁みから、ボニーはキシダインのふたりの手の者とともに、シャーラが出ていくのを確認した。

 手筈通りだ。

 

 シャーラとは、常に第三王女のそばから離れない侍女長にして、警護役のエルフ女である。

 ……というよりは、シャーラは、ほとんど唯一のイザベラ王女の侍女らしい侍女といっていい。

 シャーラ以外の侍女は、侍女とはいえ、使用人役に乏しい王女の身の回りの世話をする召使いのようなものらしい。

 

 イザベラの周りの侍女たちの身分も低い。

 王女に仕えるような者であれば、それなりの貴族の子女があてがわれそうだが、子爵以上の階級の出身の子女はおらず、それどころか身分のわからない庶子出身の者まで三人混ざっているそうだ。

 侍女長ということになっているシャーラからして、この国の貴族ではなく、ナタル森林に存在するエルフ族貴族の出身ということだ。しかも、出奔して王都にやって来た冒険者あがりという身の上であり、それで侍女長の立場なのだから、ほかも推して知るべしである。

 つまりは、イザベラの周りにいるのは、身分などあってないような者たちばかりなのだ。

 その扱いの低さは、とても王位継承権を持つ王女の扱いとも思えない。

 

 しかし、それが長くイザベラを取り巻いていた立場を象徴しているのだ。

 ずっと長いあいだ、この国の貴族たちは、王位継承権をもっているはずのこの少女を無視し続けてきた。王女に関われば、王妃アネルザを始めとする王国の高位貴族派閥の不興を買うことが明白だったので、それで避け続けたということもあるだろう。

 

 まあ、もっとも、王女がそれほどに疎外されているのは、実は父親であるルードルフの王としての不人気と、奴隷集めばかりしている我儘で贅沢な王妃で名高いアネルザの輪をかけた不人気の裏返しといっていいかもしれない。

 世間的にみれば、見た目の可愛いイザベラは、そこそこの人気があるようだが、貴族界からすれば、政治に興味がなく、大半の時間を後宮に入り浸っているだけの国王に取り入っても旨味もなく、その娘にまで忠誠を示す意味はないというのが本音なのかもしれない。

 それに比べれば、キシダインはうまくやっている。

 自分に媚びる貴族には、徹底して美味しいものを与えるようにしているようであり、日に日に、キシダインを王にという声は高くなっているとのことだ。

 ただ、逆に媚びない者は徹底的に疎外していくので、敵も多いようではあるが……。

 

 いずれにせよ、キシダインから命じられた王女を魅了術で支配する仕事の手筈を待つあいだ、キシダインの部下を通じてあてがわれた宿屋で待機しながら、ボニーがやったのは、とにかく、ターゲットであるイザベラ王女について調べることだ。

 それで、ある程度の宮廷状況はわかった。

 

 暗殺のための事前調査は、アサシンであるボニーの仕事の大切な準備事項であり、魅了の術が使えるボニーは、相手がどんな立場の者であっても、簡単に情報をとり、しかも、その記憶を忘れさせることができる。

 待機時間のあいだも、あちこちの貴族の屋敷にまで入り込み、たくさんの情報をとった。

 

 とにかく、それでわかったのは、イザベラ王女は、いまの国王であるルードルフの実子であり、すでに姉である第一王女と第二王女が王位継承権を手放して嫁いでいるという状況の中にしては、驚くほどに宮廷の中で軽視されているという事実だ。

 小離宮を構えているとはいっているが、つまりは身分の高い取り巻きも与えられずに、宮廷敷地内で疎外されていると言い換えてもよく、十六歳で一年前に成人をしているのに、王宮における役職は一切なく、従って直属の官吏もいない。

 社交界にもほとんど参加しないのは、有名な話らしく、貴族の女たちの中では、そもそも王女を見たことがないという者さえ多いくらいだった。

 

 唯一の例外が、ほんの少し前に始まったばかりだという流通の勉強会だ。タリオ公国から商会団を率いて王都にやってきたマアという女豪商を家庭教師として招き、若い貴族子女とともに授業を受けるというもので、王女はそのときに、五、六名の若い令嬢が一緒に勉強をしているようなのだ。

 もっとも、その勉強会のサロンに参加するのは、上級貴族ではなく、中級貴族の子女ばかりであり、もともとそのような流通のことに興味を抱いている真面目な令嬢たちばかりらしい。

 上級貴族たちは様子見だ。

 一代の女豪商のマアの開く勉強会には興味はあるものの、イザベラに近づけば、王妃アネルザがいい顔をしないことがわかっているので、あえて静観しているという状況らしい。

 いまのところ、表立って王妃も邪魔だてはしていないので、もしかしたら、さらに増える可能性はある。純粋にその勉強会に参加したいと考えている貴族たちは、令嬢ならず、男でも多い感じでもあった。

 

 まあ、自由流通というのは、ボニーの召喚前の知識に当てはめれば、貨幣経済の発展を背景とした自由商業ということだろう。ギルドという閉鎖的で競争を拒否する経済制度は、ボニーがいた世界の歴史では中世封建制度の産物であり、商業が発達して貨幣経済になり、市民階級が力を持つようになって、自由な流通による安価な製品が求められるようになると、市民革命の中で自然に崩壊したというのが歴史の流れだ。

 いまは、商業ギルドが支配しているこの国で、新しい経済制度に変わろうとしているのは、ある意味、自然な流れというものかもしれない。

 

 だが、いまタリオ公国という隣国から流れてきた自由流通は、そのような流れとは少し違う。

 二年くらい前から急に商業ギルド制度の解体を進めて、自由流通を導入したタリオ公国は、公国という国そのものが率先して商業の発展していた西沿岸諸国との貿易を斡旋する過程の中で、ギルドに加盟していた商人たちを豊かにする一方で、彼らの持っていた特権を放棄させて、血を流すことなく社会制度の移行を図ったのだ。

 その成功が著しく、タリオ公国がハロンドールのような大国の足元にも及ばぬ小さな領土ながら、流通改革に大成功して豊かになったことから、この国でも一躍脚光を帯びつつある新たな流通方法ということだ。

 いずれにしても、タリオで自由流通が大成功しているのは、自由流通への移行が時代の流れというようなことではなく、余程にやり手の流通指導者があの国にいるということではないかと思う。

 

「行ったな……」

 

 繁みの中で、横にいるキシダインの手の者が小さく呟いた。

 ボニーは思念をやめて、目の前のことに意識を集中することにした。

 キシダインがつけたボニーを手伝う男はふたり──。

 どういう手筈になっていたのかは教えてもらっていないが、王宮に出入りする酒樽の中に入って隠れることで、簡単に宮廷敷地内に潜入することができた。

 魔道の結界もある厳重な宮廷への侵入なので、かなりの危ない橋を覚悟もしたものの、呆気ないものだ。

 ボニーはほかの酒樽の中に紛れて、一度倉庫のような場所に格納され、そこにこのふたりが迎えに来て樽から出してくれ、そのまま宮廷の庭に紛れたというだけのことだ。

 そして、ここにいる。

 怖ろしいほどに、あっさりと入り込めた。 

 

「王女の周りで怖いのは、あの女だけだ。あとは、大したことはない。まあ、しっかりやれや」

 

 わかったような自信ありげな口調で隣の男が小さくささやいた。

 なんだか、嫌な感じだ。

 キシダインもそうだが、キシダインの周りにいる連中には、どうにも女を馬鹿にした感じがある。

 特に敬意を払って欲しいとも思わないが、あからさまに小馬鹿にするような態度を取られるのは鼻につく。

 

「わかっているわ」

 

 しかし、ボニーはそれだけを言った。

 ここで、こいつらともめても仕方がない。

 まあいい……。

 とにかく、シャーラというエルフ女の侍女長はいなくなった。

 ここからは、小離宮の建物は少し距離があるが、シャーラと思われる女が、侍女姿のまま、剣を持って練兵場に向かって歩き去るのが確認できる。

 あの女は、侍女の恰好をしているが、実は魔道戦士であり、魔道にしても、武芸にしても相当の腕前らしい。

 そのシャーラは数日置きに数ノスの時間だけ、武術の鍛錬のために、王宮の衛兵の練兵に参加するために、小離宮を離れる時間があるそうだ。

 いついなくなるかは秘密にされているが、キシダインの息がかかっているイザベラ付き侍女のひとりが、それが今日であることを報せてきたらしい。

 

 これも詳しくはわからないが、イザベラ王女についている十名ほどの侍女たちについては、先日、王女の暮らす小離宮内において毒薬騒動があり、十人の侍女が一度に全員解雇され、入れ替わるということがあったらしい。

 結局のところ、王妃の気ままにより再び指示が覆されて、解雇が取り消されて、元の侍女たちは元に戻されたものの、それでも数名は戻らない者たちがいたそうだ。

 キシダインは、最初は十人の全員を息のかかった女だけで固めようと目論んだようだが、王妃が急に処分の前言撤回をしたために、それはできず、なんとか補充要員に一名ほどを紛れ込ませることだけができたようだ。

 これについては、キシダインは最初の日に、手筈について話し合ったときに、舌打ちとともに不満をもらしていた。

 それでも補充の中に、キシダインはうまく自分の息のかかった女を間者として紛れ込ませたことができたため、ある程度のイザベラ王女たちの動向については、キシダイン側に筒抜けということらしい。

 

「侍女も来た。ここまでは手筈通りだな。じゃあ、あとは、お前の仕事だ」

 

 ボニーの隣にいるキシダインの手の者のひとりがささやいた。

 侍女の裏口から、若い侍女がひとりで、小離宮から出てきたのだ。

 あれが、キシダイン側に情報を流したイザベラ王女の新しい侍女だろう。ボニーは彼女と入れ替わって小離宮に侵入することになっている。

 そして、王女に「魅了の術」をかけて、操心で支配してしまう。

 あとは、何食わぬ顔をして、少なくとも数日間は、その侍女のふりをして小離宮ですごすという手筈だ。そのあいだに、魔道戦士のシャーラに魅了をかけることが可能であれば、隙を見てかけることになるだろう。

 細かいところは成り行きであり、キシダインからの新たな指示を待つことになっている。

 

 最大の問題は、この王宮の敷地内において、ボニーの魅了の魔道が発揮できるかということだが、まあ、ボニーはそれについては心配していない。

 それは、この宮廷の敷地内にかかっている魔道防止の結界のことだ。

 公然の事実ということになっているようだが、宮廷の敷地内では魔道は遣えない。魔道を防ぐあらゆる妨害魔道具が張り巡らされているからだそうだ。

 例外は宮廷の魔道師を始めとする許可を受けている魔道遣いなどであり、当然ながら王族はその例外に含まれる。

 それだけでなく、なんらかの方法で魔道防止の結界を出し抜いて魔道を遣ったとしても、すぐに警告が関係部署に流れることになっていて、あっという間にその場所に衛兵と宮廷魔道師が殺到する仕掛けになっているとのことだ。

 

 しかし、ボニーはこれまでにも、何度も同じような結界の中で自分の魅了術を遣っているが、それにより術が阻害されたこともないし、警告具のたぐいにボニーの魅了術が反応したこともない。

 それがどういう理由なのか知らないが、この世界に召喚されてから最初からそうだったし、そういうものだと思っていた。

 ボニーの能力が、次元を飛び越えたために、引き起こったものであることに関係があるとは思うが、ボニーにはわかりようもない。

 

 いずれにせよ、その現象そのものが、かなりすごいことのようだ。

 あのキシダインが、面識のないボニーをすぐに、王女暗殺の道具に使おうと考えたのは、実はキシダインの屋敷にも、この宮廷敷地内と同じように、いや、むしろ、さらに強力な魔道防止の結界が張り巡らされてあったかららしい。

 それにも関わらず、ボニーは呆気なくキシダインを魅了の魔道にかけ、それだけでなく、キシダイン邸にもある警告具には、一切の反応もなかったとのことだ。

 その警告具はキシダイン自身が懐に入れていて、それに反応することなく、ボニーが屋敷への潜入を果たせたことに、まずはびっくりしたようだ。

 それで、あんなにも、呆気なくボニーを使うことにした理由のようだ。

 

 侍女が繁みの近くまでやって来た。

 立ちあがろうとする手の者を制して、ボニーは「魅了」の魔道を放ちながら、いきなり侍女の前に飛び出た。

 侍女の口が開く前に操心状態にすることができた。

 そのまま失神させる。

 侍女の身体がくたくたと沈んだ。

 男ふたりが、すぐに繁みの中に侍女を引き込む。

 

「こいつは、ここであんたと入れ替わることを承知しているんだぜ。別に襲わなくてもよかったのに」

 

 繁みから出てきたふたりの手の者の男が、侍女の身体を繁みに運びながら言った。

 

「あたしが潜入したという記憶なんて、誰からもできるだけ消した方がいいのよ。それに、これであたしの魔道が宮廷の魔道防止に引っ掛からないことは証明できたわね。じゃあ、彼女のことは頼むわよ」

 

 ボニーは身に着けているものを脱ぎながら言った。

 一方で、男ふたりが倒れている侍女からメイド服を脱がせ始める。

 そして、下着姿になったボニーは今度は、男たちが侍女から脱がせたメイド服を着込む。

 次いで、指にしている『変身リング』に魔力を刻みながら、侍女の顔を凝視した。

 身体に魔道がかかるのを感じた。これも、今回の仕事のためにアスカ城で事前に与えられた魔道具だ。

 通常の魔道とは異なり、魔道具に注ぐ魔力には、警告具も反応はしない。この世界には多くの魔道具があちこちにある。魔道具に注がれる魔力で警告具が反応してしまったら、逆に警告具が役に立たない。

 いずれにせよ、魔道具が反応する感覚が起きる。

 これでボニーの姿は、倒れている侍女そっくりになったはずだ。

 

「彼女の名はイエンだったわね。じゃあ、彼女をうまく運び出してよ」

 

 ボニーはふたりの男に言った。

 そばに大きな樽がある。

 そこに本物のイエンを入れて、ほかの樽と紛らせて宮殿の外に出すことになっている。ボニーが入り込んだのと逆の手順だ。

 それがこのふたりの役割だが、宮殿から出る前に、本物のイエンを見つけられれば、ボニーがイエンと入れ替わったことがばれてしまう。

 

「お前が心配するようなことじゃねえよ」

 

 ずっと黙っていたもうひとりの男が小馬鹿にしたように口を開いた。

 ボニーはちょっと嫌な気持ちになった。

 まだぐったりとしている下着姿のイエンの身体とボニーが脱いだ服を男ふたりが樽に入れた。

 

「じゃあ、行くわ」

 

 ボニーは茂みから出ようとした。

 そのとき、手の者から呼び止められた。

 

「なによ?」

 

 ボニーは振り返った。

 すると、男のひとりがにやにやしながら茶色の小瓶を差し出した。

 

「なによ、それ?」

 

「キシダイン様のご命令でな。潜入前にこれをあんたに飲ませろということになっている。毒薬だ」

 

「毒薬?」

 

 ボニーは眉をひそめた。

 

「ああ、そうだ。ただ安心していい。これが効果を発揮するのは一日後だ。それまでに解毒剤を飲めば、まったく身体には影響がない。さあ、飲め」

 

「じょ、冗談じゃないわよ。なんで、そんなものを飲まないとならないのよ? いい加減にしてよね」

 

 ボニーは鼻白んだ。

 

「万が一、あんたが任務に失敗したときの用心だ。あんたが無事に王女を操心にかけたとわかれば、ほかの侍女を通して、解毒剤が届けられる。だから、それを飲めばいい。ただし、失敗すれば、放っておかれ、一日後にはあんたは死ぬ。キシダイン様の手引きであることが発覚しないようにという用心だ。悪く思うな。さあ、飲め」

 

「悪く思うわよ。嫌よ。そんなことをしなくても、キシダイン卿には、首輪で口止めされているわ。キシダイン様のことを発言するのは不可能よ」

 

「とにかく、これを飲め。キシダイン様の指示なんだ」

 

「い、や、よ──。じゃあ、行くわ」

 

 ボニーは無視して、小離宮に入ろうと思った。

 小離宮には、服装もまちまちの武装をした男たちが十人ほど警備に立っている。あれは冒険者だそうだ。

 これも例の毒薬事件がきっかけのようだが、王軍の衛兵が警備をしている宮廷であるが、王女の小離宮に限り、冒険者が雇われて警護をしているらしい。

 冒険者といえば、既存の権力に従わないならず者の強者集団という印象があるので、その彼らに王宮内で警護任務をさせるというのは軋轢がありそうだが、イザベラ王女が冒険者ギルドのギルド長を兼ねていることもあり、意外にも少し前に認められたらしい。

 それだけでなく、しばらくすれば、あの冒険者たちを王女が任命する王女騎士にする制度が作られるということであり、それが正式になれば制服も支給されるとか言っていた。

 一騎当千の冒険者による見張りは面倒だが、このイエンに変身している侍女姿なら、離宮内の侵入を咎められることもないだろう。

 ボニーは進もうとした。

 すると、腕をぐいと掴まれた。

 ボニーは眉間に皺を寄せて、振り返った。

 

「待て、命令だ。“ハロンドール王国の夜明けは、赤葡萄酒とタルタルチーズの組み合わせが一番だ。なにしろ、白い鳥が大声で笑うからな”」

 

 男がそう口にした。

 その言葉で、ボニーの身体は凍りついたように動かなくなった。

 

「なっ……」

 

 ボニーは絶句した。

 いまの呪文は、この言葉を耳にすると、誰であろうと命令に背けなくなると、キシダインに事前に「奴隷の首輪」に刻まれた言葉だったのだ。

 どうやら、キシダインは、ボニーを支配する暗号をこの手の者たちに教えていたらしい。

 

「さあ、飲め。命令だ」

 

 改めて毒液の入った小瓶を渡された。

 ボニーの手はそれを勝手に受け取る。

 奴隷の首輪の力だ。

 

「あたしの目を見て……」

 

 男ふたりが、ボニーの顔を何気なく見た。

 あっという間に、目の前のふたりの顔が虚ろになる。

 ボニーの魅了にかかったのだ。

 

「……命令を取り消すのよ」

 

 急いで言った。

 「奴隷の首輪」の影響で、すでにボニーの手は、小瓶をボニーの口元に持っていっている。

 

「……命令を取り消す」

 

 命令を与えた男が言った。

 ボニーの手は止まった。

 ほっとした。

 

「さあ、あんたら、これを半分ずつ飲みなさい。いいわね」

 

 ボニーは小瓶を男に返す。

 ぼうっとした顔の男が小瓶の中の液体を半分飲み、もうひとりに渡す。その男も残りを全部飲み干した。

 ボニーはくすくすと笑った。

 

「いい子たちね。じゃあ、キシダイン卿には、薬はボニーには渡さずに、自分たちふたりで飲みましたと、忘れずに報告しなさい。それと、この樽を誰にも見咎められないように宮殿の外に出すのよ。出したら、あたしのことはきれいさっぱりと忘れなさい。あたしが次に会うまで思い出すこともないわ。さあ、キシダイン卿の屋敷に樽を運び出して」

 

 ボニーは言った。

 ふたりが人形のように動き始める。

 これでいい……。

 

 ボニーは小離宮に向かった。

 警備役の冒険者たちがいたが、咎められずに裏口から建物内に入ることができた。

 すぐにほかの侍女ともすれ違ったが、特にとがめられることなく奥に進んだ。

 初めて入る建物だが、事前の情報で小離宮の間取りは完全に頭に入っている。

 ボニーは真っ直ぐにイザベラ王女がいるはずの居室に向かわずに、途中で厨房に寄り、冷えた果実酒と果物を皿に入れて盆に乗せる。

 その盆を持って、王女の私室に向かう。

 

「待ちなさい、イエン。それをどこに?」

 

 しかし、王女の私室に向かう部屋に近づいたところで、前からひとりでやって来た四十過ぎの年増の女に突然に声をかけられた。

 会うのは初めてだが、ボニーはしばらくイエンに化けて潜入するつもりだったから、小離宮の関係者の顔と名と人物については頭に叩き込んでいる。

 この女は、ヴァージニアといい、イエン同様に、今回の騒動で新しく小離宮に配置された女だ。

 ただ、イエンのように小間使い役ではなく、官吏業務のようなことをするために送られた本来は宮廷で働く女官のようだ。

 服装も侍女姿ではない。

 これまでの小離宮にはいなかった役割の女官であり、ボニーが耳にしているところによれば、送り込んだのは王妃アネルザとのことだ。

 表向きは、これからのイザベラには、書類仕事のような事務仕事もできる女官が必要ということで、王妃の肝入りで派遣されたそうだ。

 まあ、王女を毛嫌いしているはずの王妃が、突然に送り込んだ人材だ。

 王女側も気にしているに違いないが、王女の身の回りも含めて、後宮に属する人事権を最終的に握っているのは王妃だ。

 王妃にごり押しされては、拒否できなかったと思う。

 

「王女殿下のご指示で、ちょっと口に入れるものをということで……」

 

 ボニーは頭をさげながら、ヴァージニアに通路を開けた。

 ヴァージニアは侍女には属さず、王女付きの官吏になる。単なる侍女のイエンよりも、遥かに格が上になる。

 

「王女様のご指示? そんなことがあるわけないわ。ちょっとどういうことか説明しなさい──」

 

 ヴァージニアが詰問調で怒鳴った。

 ボニーは内心で舌打ちした。

 面倒になりそうだ。

 どうでもいいが、気の強さが服を着ているような女だと思った。おしゃれの欠片もない外見で目付きも鋭い。

 まさに、年増の小姑官吏という感じだ。

 ボニーは、ヴァージニアに魅了術をかけた。

 

「あ、あれ?」

 

 一瞬にして、ヴァージニアが呆けたような顔になる。

 

「去りなさい。あたしのことは忘れなさい……」

 

「はい……」

 

 ヴァージニアが何事もなかったかのように、立ち去っていく。

 ほっとした。

 見ていた者もなかったようだ。

 王女の身の回りをわずか十人で世話をしている王女付きの侍女たちは結構忙しい。さっき厨房を覗いたときも、みんな一心不乱に働いていた。

 

 そして、なにごともなく、王女の部屋の前に着く。

 ここで間違いないはずだ。

 

「イエンです。姫様、失礼いたします。果物のお届け物がありましたので、お持ちしました」

 

 イザベラの部屋の前でボニーは言った。

 部屋の中からは、「ちょっと待って……」というような声がしたが構わなかった。

 いつも身の危険を感じているイザベラ王女は、シャーラ以外の侍女をそばには置かない。

 だから、シャーラがいなければ、ひとりしかいないはずである。

 部屋に入り込んで魅了の術をかけてしまえば、ボニーの仕事は終わる。

 扉を開いて中に入った。

 

 王女はいた……。

 なぜか顔が赤いが、机を背にして立ってこっちを睨んでいる。

 

「な、なんだ、お前は──。わたしの許可なく入るな。それに、わたしはシャーラの持って来たものしか口にせん。忘れたのか」

 

 イザベラが怒鳴った。

 だが、なんとなく態度にぎこちないものを感じた。

 なんだろう……?

 まあいい……。

 

「忘れてはいませんよ……。あたしの目を見てください……」

 

 ボニーは魅了の術をかけた。

 しかし、なぜか手ごたえがない。

 いや、跳ね返される……。

 あれ──?

 焦った。

 魅了がかからないのだ……。

 なんで?

 ボニーは呆気にとられた。

 そのとき、突然にイザベラの机の下のスカートから、ひとりの男が飛び出してきた。

 

「姫様、こいつは刺客だ──。アスカ城から送られたボニーという殺し屋だ──」

 

 男が叫んだ。

 なんで、こんなところに男が?

 びっくりした。

 しかも、すでに、ボニーであることを見抜かれている。

 だが、そのときには、その男の体当たりでボニーは壁に弾き飛ばされていた。

 

「イエンが?」

 

 男が足元から飛び出したために、突き飛ばされて尻もちをつく体勢になっていたイザベラが驚いた顔で立ちあがりながら叫んだ。

 

「イエンじゃない。ボニーという女の変身だよ。シャーラを呼び戻してください、姫様──。すぐにだ──」

 

 男がボニーとイザベラのあいだに立ちはだかるようにして叫んだ。

 それで気がついたが、男は下着一枚の裸だ。

 

 なんだ?

 そして、気がついた。

 この黒髪……。

 風貌……。

 もしかして……。

 

「お、お前、イチ、いや、ロウか? なんで、ここに?」

 

 ボニーは驚いて叫んだ。

 

「それはこっちのセリフだよ。なんで、ここに殺し屋が来るんだよ? 俺がここにいるのを知っていたのか──?」

 

 ロウが叫び返した。

 ボニーはとにかく我に返った。

 手筈とは全然違うが、ここでロウを葬ってしまえばすべては終わる。

 慌てて、後ろの扉を閉めて、内側から鍵をした。

 髪飾りにしている鉄芯の武器を抜く。

 だが、ぎょっとした。

 ロウが手に短銃を握っていたのだ。

 咄嗟に横っ飛びに動いた。

 轟音がして、次の瞬間、たったいまボニーがいた場所に銃弾が飛んだ。

 

「な、なんてやつ──。躊躇いなく撃つなんて──」

 

 ボニーは転がりながら叫んだ。

 しかし、この世界の銃はまだ連発はできない。

 一発撃てば、二発目はない。

 ボニーは飛びかかろうとした。

 しかし、ボニーの見ている前で、撃ち終わった銃がロウの手から消滅して、すぐに発射準備の終った新しい銃が手に握られている。

 なんの手品だ?

 ボニーはびっくりした。

 

「殺し屋のくせに、撃ち返されたことに驚くのか?」

 

 ロウが引き金を引くのが見えた。

 ボニーは咄嗟に王女に向かって跳ぶ。

 王女に当たる危険があれば、いくらなんでも撃てないはずだ。

 それにしても、淫魔術が遣えるだけの能無しじゃなかったのか……。

 なんの躊躇いもなく、人に向かって銃が撃てるなど、尋常な度胸じゃない。

 

「おっと、どこにいく」

 

 王女に向かって駆けるボニーの顔になにかが投げられた。

 

「うわっ」

 

 なにかで濡れている小さな布が上手く顔にあたり、視界が塞がれてしまった。

 

「うぐっ」

 

 その一瞬で体勢が崩れてしまい、もう一度体当たりされた。

 身体が吹き飛んで壁に激突する。

 ロウだ。

 顔を覆っていたものを取る。

 

 女の下着?

 なんで?

 べっとりと濡れているのは、もしかして、この王女の?

 下着を投げ捨てた。

 

「うわっ、そなた、わたしの下着を……」

 

「役に立ったよ、姫様」

 

 壁に当たって尻もちをついているボニーの目の前にロウが立つ。

 その手には、射撃準備の終った短銃があり、銃口が真っ直ぐに向けられている。ボニーの眉間の目の前だ。

 さすがに避けられない。

 ボニーの背にさっと冷たいものが走る。

 

「くっ、なんで……」

 

 ボニーはロウではなく、こっちに険しい表情を向けている王女に向かって魅了を放つ。

 しかし、やはり駄目だ……。

 効かない。

 もう一度、ロウに……。

 こっちもだめだ……。

 ボニーは泣きそうな気分になった

 そのとき、部屋の中心の空間が急に歪んだように思った。

 焦った表情のエルフ女が空間の歪みから飛び出してきた。

 シャーラだ。

 

「シャーラ、こいつはボニーだ。もうひとりの刺客のようだ……。俺を追ってきたかもしれないけど、姫様に直接に術をしかけたようにも思えた」

 

 ロウが叫んだ。

 それにしても、移動術──?

 シャーラは転送術を遣えるのか──?

 そんなの聞いてない──。

 侍女姿のシャーラは剣を抜いている。

 念のために、ボニーはシャーラにも魔道をかけようとした。

 だが、跳ね返される。

 誰も彼も、まったくボニーの魅了術が効かない……。

 万事休すだ。

 ボニーは脱力した。

 

「ロウ様、感謝します……。さて、いろいろと喋ってもらうぞ、お前……。」

 

 シャーラが剣先をボニーに向ける。

 すると、ロウが手から銃を消す。

 魔道だ……。

 唖然としたが、あれはおそらく収納術だろう。

 ロウが魔道を遣うというのは、当然に聞いていない。

 

「姫様、すみません……。とんだ邪魔が入りました。この埋め合わせは、また今度来ますね。次こそ、Gスポットの開発をしましょう。俺の男根に擦られるだけでいい気持ちになれるエッチな身体にしてあげますね」

 

 ロウが笑った。

 すると、イザベラが真っ赤になった。

 

「な、なんの意味かわからんが、多分、とても淫乱な言葉を使っておるだろう。つ、慎みを持て。そ、そんな風に言われるのは好かん」

 

 イザベラが怒鳴った。

 だが、赤い顔がさらに赤くなっている。

 しかし、改めて見ると、王女はこの世界の上流階級の娘には珍しく、膝上の短いスカートをはいている。

 そして、王女はしっかりと両手で裾を押さえてもいた。

 そういえば、さっき下着を投げられたが、そのスカートの下は、もしかして……。

 

 まさか、ロウと王女は男女の関係……?

 そういえば、ロウは淫魔師だと……。

 しかし、王女はまだ十六歳の少女だろう……。

 それに比べて、ロウは三十歳を下回っていることもなさそうなおじさんだ。

 なんという男だ……。

 

「シャーラ、訊問は俺の屋敷でやる。なにか仕掛けがある可能性もある。俺の屋敷への入り口を作ってくれ──。ボニーの足元にだ。構わない。そのままやってくれ」

 

「わかりました、ロウ様……。お願いします。わたしは、この小離宮内を徹底的に調べます。後で向かいます」

 

 そのとき、急に床の感覚がなくなった。

 穴──?

 考えるいとまもなく、ボニーは足元にできた穴に身体を落としていた。

 転送術の出口を足の下に作られたのだとわかったのは、完全に体勢を崩して、身体をどこかの床に叩き付けられてからだ。

 

 そして、風景が変わった。

 最初に、目に飛び込んできたのは、男の前に女が跪いている大きな絵画だ。

 どこか、ほかの屋敷に転送されてしまったようだ。

 

「んぐうっ」

 

 大きなものに身体を潰された。

 ロウの身体だ。

 

「うわっ」

「な、なに、なに?」

「ご主人様、どうしたんです?」

 

 周りから声がした。

 さっきまでの小離宮とは違うどこかの屋敷の広間だ。

 

「アスカの刺客のボニーだ。捕まえてきた」

 

 半裸のロウがボニーの身体からどきながら叫んだ。

 

「ちっ」

 

 とにかく、この機会に逃げよう。

 だが、立とうとしてひっくり返ってしまった。

 気がつかなかったが、薄い粘性体のようなもので、足首がまとまるように拘束されている。

 脚だけじゃなくて、両腕まで胴体に貼りついていた。

 なに、これ──?

 ボニーは再び床に横倒しにひっくり返ってしまった。 

 

「あんたが、ボニー?」

 

 喉元に細剣の先を突きつけられた。

 エリカだ──。

 ほかにも女たちが集まって来る。

 小柄な女……。

 ちょっと背の高い凛とした美女──。

 

 ボニーは魅了を放ちまくった。

 この中のひとりでもいいから、魅了が通じてくれれば……。

 ボニーは全身を見回す。

 だが、駄目だ……。

 誰ひとりとして、魅了術が通じない……。

 なんで……?

 ボニーは本当に泣きそうになった。

 どうしたら……?

 

「おっ、ミランダはどうした?」

 

 ロウが女たちに声をかけている。

 

「少し前に、逃げるように出ていきました、ご主人様」

 

 小柄な女が笑いながら言った。

 ご主人様……?

 

「とにかく、終わりだ、ボニー。チェックメイトだ──。それとも、まだ奥の手があるのか?」

 

 ロウが言った。

 ボニーは完全に諦めた。

 任務に失敗した……。

 ロウもそうだが、王女の暗殺ももう不可能だ。やる機会があっても、その気はない。

 絶望が身体を覆う……。

 

「こ、降参よ……。奴隷の首輪があるから、自白は無理かもしれないけど、喋ることができれば、なんでも話すわ……」

 

 ボニーは床に転がったまま言った。

 

「あんたをここに送ったのはアスカ様ね……」

 

 エリカだ。

 ボニーは首を横に振った。

 

「……いや、アスカ様じゃなくて……」

 

 パリスだと口にしようとした。

 そのときだった……。

 急に目の前が暗くなり、心臓が苦しくなった。

 

「あっ、あがっ……があっ──」

 

 息ができない。

 怖気が全身を包む。

 なに、これ……?

 なんだ、これは……?

 苦しい……。

 死ぬ……。

 

「いかん、死の呪文だ──。もしかしたら、こいつもパリスとかいうやつに、任務に失敗したら死の呪文が発動するように仕掛けられたのかもしれん──」

 

 ロウの声がした。

 死の呪文……?

 なんだ、それ……?

 任務に失敗したから死ぬ……?

 そんな馬鹿な……。

 

「とにかく気絶させろ。大丈夫だ。死の呪文の対処方法はもう知っている」

 

 ロウが言った。

 誰かの魔道が飛んできて、激しい苦痛とともに、ボニーの意識をそれが奪ってしまった。



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148 拷問のための拷問

 意識が戻ったときに最初に感じたのは、肩と腿の付け根で四肢が千切れるような激痛だった。

 次いで、背中に痛みが移った。

 見えるのは、床だ。

 どうやら床に対して顔を下に向けているようだ。

 だが、ボニーは手足のどこも床には接していない。

 身体を吊られている?

 これは……?

 しかし、ボニーは自分がどういう状況がすぐにはわからずに戸惑った。

 

「やっと、操心状態から意識が正常になったな。だが、まだ半覚醒のときの操心状態の方がよかったと思うぞ。これからはつらいぞ。なにしろ、拷問のための拷問だからな」

 

 横で男の声がした。

 頭がぼんやりとして働かない。

 しかし、なんとなく聞き覚えがあるような……。

 それにしても、ここはどこだろう?

 目に移る景色は床だけなのでよくはわからないが、見知らぬ部屋のようだ。視界に入る限り、家具のようなものは見当たらない。

 四方を壁に囲まれた部屋の中心部で、ボニーは身体を天井からでも吊り下げられているみたいだ。

 両腕も動かない。

 でも、まだ頭がぼんやりとして動かない。

 これは……?

 おそらく、強力な魔道をかけられて、意識を失っていたか、正気を失っていた?

 何回か、そんな魔道にかけられたこともあるので知っているが、そんなときの感覚に似ている。

 

「いい加減に許してあげたらどうなんですか、ロウ様。もう、全部訊きだしたんでしょう? わたし、ちょっと可哀想になってきました。アスカ城では刺客をさせられていたそうですけど、元はといえば、アスカ様の命令なんです。奴隷の首輪で逆らえないんです。それに聞き出したじゃないですか」

 

 今度は女の声……。

 エルスラ……。いや、エリカか……?

 声の方向に顔を向けようとして、やっと自分が怖ろしく不自然な体勢で身体を吊られていることに気がついた。

 

「な、なに、これ──?」

 

 そして、思わず悲鳴をあげてしまった。

 ボニーは手首と足首に縄をかけられて、太い四本の縄で天井から吊られていた。

 しかも、身体の前側を床に面し、背中側を天井に向けて、手足を上方向に宙吊りにされていたのだ。

 いわゆる、逆海老状態だ。

 それで、背中や手足の付け根に凄まじい激痛が走っているというわけだ。

 しかも、かなりの長時間、この状態にされていたような感じである。

 それは、全身の引きつるような痛みと、凄まじいほどの疲労感でわかった。

 さらに、どうやらボニーは一糸まとわぬ全裸にされている。

 剥き出した乳首も、首を曲げることで辛うじて見えるし、局部に直接当たる外気は、ボニーが下着さえ身に着けていないことを表している。

 

 それに、身体の気怠さ……。

 もしかして、犯された……。

 そんな感じなのだが……。

 

「こ、これどういうこと……?」

 

 ボニーは悲鳴をあげた。

 そして、イザベラ王女を魅了の術で支配しようとして失敗し、たまたまそこにいたらしいロウと争いになったことを思い出した。

 そして、捕らわれた。

 横にいるのは、イチ、すなわち、ロウだ。

 そして、一緒にいるのはエリカ……。アスカ城ではエルスラと名乗っていて、パリスからロウとともに殺せと命じられているエルフ族の逃亡女だ。

 

「おう、おう、だんだんと思い出してきたようだな。操心術を解いた甲斐があったというものだ。なにせ、操られてどんなことでもぺらぺらと喋るあんたを拷問しても愉しくないしな」

 

 ロウの嘲笑するような笑いがした。

 ボニーは混乱した。

 だが、だんだんと頭が覚醒してくると、やっとこの状況が理解できるようになってきた。

 もしかして、ここは、あのとき、王宮の小離宮から転送術で跳躍させられた屋敷?

 おそらく、そうなのだろう。

 ロウたちの暮らしている家に違いない。

 

 その広間のような場所でロウに捕らわれるとともに、パリスのことを喋ろうとしたら突然に呼吸が苦しくなった。

 「死の呪文」とか、ロウが叫んだような……。

 もっとも、いまは、あのときの息の苦しさはない。

 

 そして、ここは、その建物にある別の場所だろうと思う。

 部屋には窓はなく、部屋の四隅に燭台が置いて照らされていた。

 地下室のような場所だろうか……?

 そして、だんだんと壁にあるものも見えてくる。

 縄や鞭、鎖や棒、その他の拷問具が壁にかけられたリ、棚に置かれたりしている。ところどころには、三角木馬を始め、大きな拷問機まである。

 そんな感じだ。

 ここがどんな目的の部屋なのかはわかってきた。

 つまりは「拷問室」だ。

 

「あ、あたしは、捕らわれたということね……。で、でも拷問しても無駄よ……。首の首輪が見えるでしょう……。自白できないように命令を与えられているのよ。なんにも喋れないわ……」

 

 ボニーは言った。

 どういう状況なのかはわかった。

 全裸に引き剥かれて、おかしな方向に身体を吊られている。

 いまは、ロウやエリカの腰の高さ程度に逆海老で吊られているのだ。

 苦しい……。

 なにもされていないこの状況でも、呻き声をあげたくなるくらいだ。

 こんなことをされなくても、自白できれば自白している。

 アスカにも、パリスにも、ましてやキシダインにも、別に義理立てしなければならない理由はない。

 だが、喋れないのだ。

 それを主張したつもりだ。

 

 しかし、ロウが笑いだした。

 そして、なにを思ったか、逆海老に吊っているボニーに近づき、ボニーに背を向ける。

 ロウの腰はボニーが横につられている背中よりも、少し低いくらいだ。

 そのロウが、ボニーに背を向けたまま、ボニーが吊られている二本の縄を握った。

 なに……?

 

「んぎいいいっ」

 

 絶叫した。

 突然にロウが、上を向いているボニーの背中に尻をあげて乗ったのだ。

 まるで椅子のように。

 

「あがああっ、んぎいいいっ」

 

 信じられないような痛みが走り続ける。

 ロウは笑いながらボニーの背中で体勢を変え、今度は上に跨るようにした。

 しかも両脚は浮かして床から離している。

 男ひとりの全体重を逆海老の体勢で支えなければならないボニーは、ただただ悲鳴をあげ続けた。

 

「泣くような悲鳴をあげるな。こんなの拷問のうちにも入らないぞ。そのうち、なんにも思考できない“もの”のようにしてやるからな。そうすれば楽になる。苦しいともつらいとも、なんにも感じなくなる。そうしたら、解放してやるよ。だが、人間であるうちは、こうやって愉しませてもらう。だから、解放して欲しければ、一生懸命に“もの”になるように努力するんだ、ボニー」

 

 ロウがボニーの背に乗ったまま両手を床に垂れている乳房に当てた。

 揉み始める。

 今度はびっくりした。

 

「ひっ、いいいいっ、あ、ああっ、あがあっ……がっ……ああっ」

 

 ボニーはまたもや声を迸らせた。

 それは苦痛の声でもあったが、いきなり襲って来た快感に対する悲鳴でもあった。

 ロウの手はなんでもないようにボニーの乳房を揉んでいるだけなのに、そこから信じられないような愉悦が沸き起こるのだ。

 まるで乳房が溶けるような気持ちよさ……。

 背中の激痛に加えて与えられる甘美な快感にボニーは頭がおかしくなりそうになった。

 

「ロ、ロウ様、そろそろ勘弁してあげてください。もう半日以上も経っていますよ。ボニーが死んでしまいます」

 

 エリカが耐えられなくなったように叫んだ。

 苦痛と快楽の狭間でボニーはエリカに視線を向ける。

 エリカは清楚な感じの短いスカート丈の貫頭衣を身に着けていた。

 手に乗馬鞭を持っている。

 どうやら、拷問を加えているロウの助手を務めているという様子だ。

 だが、さっきからボニーを庇うようなことを口走ってくれている。

 よくわからないが、このボニーに対するロウの仕打ちに嫌気が差してきている様子だ。

 だが、半日?

 なんのこと?

 

「さっきから、なにを言ってんだ、エリカ。こいつは、お前と俺を殺しにきた刺客だぞ。なんで庇うようなことばかり、口にしてるんだ?」

 

 ロウが興醒めしたように乳房から手を離した。

 だが、まだ背中に乗ったままだ。

 ボニーは歯を食い縛った。

 

「だ、だって、ボニーも喋ったじゃないですか。首輪の命令でやらされただけだって……。わたしにもロウ様にも、邪心はないんですよ。とにかく、少し休ませてあげませんか? 本当に死んでしまいます」

 

「心配しなくても、死なせはしないさ。俺は折角だから、人間が拷問で完全に破壊する実験をするつもりなんだ。こいつをなんにも考えられない息をするだけの“もの”にする。幸いにも、こいつは自殺ができないようにアスカの命令で暗示がかかっているしな。とにかく、死の一歩手前の苦しみを与えるだけさ。苦痛でも快楽でもな」

 

「で、でも……」

 

 エリカは困惑気味だ。

 それにしても……。

 もう半日経った……?

 ボニーが喋った……?

 よくわからない。

 自分はなにかをすでに白状しているのか……?

 疑念が起きる。

 

「まあいい。とにかく、そろそろ水分くらい与えないとな」

 

「んぐううっ」

 

 ロウがボニーの背で身じろぎしたので、またもや激痛が走り、ボニーは声をあげた。

 だが、ロウはボニーの背から降りただけだ。

 まだ、激痛は続いているが、やっと耐えられるだけの苦痛にまでなった気がする。

 ボニーは激しく息をした。

 そのボニーの身体がからからと下がる。

 ロウが天井に手を向けて、魔道を加えているような感じで、ボニーの四肢を吊る縄をさげている。ボニーを吊り下げている縄は、天井でフックにでも繋がっているのか、自在に高さを調整できるようだ。

 

 しかし、目の前のロウは、別段になにかの操作具を動かしている気配もないのだが……。

 やがて、下降が止まる。

 ボニーは、顔がちょうど立っているロウの股間に当たるくらいに高さを調整された。

 

「水を飲ませてやろう。口を開けろ。俺もちょうど小便がしたかったところだ」

 

 ロウがボニーの顔の前でいきなりズボンの前から男性器を取り出した。

 水を飲ませるって……。

 まさか……。

 小便?

 

「な、なによっ」

 

 ボニーは驚いて、慌てて顔を横に向けた。

 

「抵抗しても無駄だぞ、ボニー。命令に従うんだ。口を開いて、俺の小便を一滴残らず飲め──。“ハロンドール王国の夜明けは、赤葡萄酒とタルタルチーズの組み合わせが一番だ。なにしろ、白い鳥が大声で笑うからな”」

 

 びっくりした。

 そして、唖然とした。

 なぜ、ロウが、キシダインから与えられていた暗号の言葉を知っている──?

 ボニーは、このおかしな呪文のような言葉を耳にすると、誰であろうと命令に従うように、イザベラを襲う前にキシダインから首輪の力で暗示をかけられていた。

 その言葉をどうして、ロウが知っている?

 

 とにかく、ボニーの口は命令に従って、口を開いた。

 それがボニーの自由意思でないことは明白だ。

 ボニーの身体は勝手に動いている。

 口のなかにロウの性器が突っ込まれた。

 すぐに、放尿を始まった。

 

「んっ、ぐっ」

 

 口の中にロウの尿が注がれ続ける。

 ボニーの口は“小便を全部飲め”という命令に従い、懸命に喉や舌を動かして、身体に飲み込ませている。

 

 な、なんで……?

 

 ボニーは泣きそうな屈辱感を感じた。

 そして、さらに口惜しいのは、このロウの尿をおいしいと感じている自分だ。

 どうやら、本当に長く拷問されていたのだろう。

 ボニーの身体は水分を失って乾ききっていたようだ。

 その身体に与えられる水分は、それが小便であろうともおいしい……。

 

「なんだ、うまいのか? だったら、この家の小便壺にしてやるか? エリカ、どうだ。俺たち全員の小便をこいつに毎回飲ませることにしようか」

 

 ロウが下品な物言いでエリカに顔を向けた。

 

「冗談じゃありません」

 

 エリカが怒ったように言った。

 やっと放尿が終わる。

 口からロウの性器が抜かれた。

 もうボニーは、それだけで精根尽きたような気持ちになった。

 そのとき、部屋の外から足音が聞こえた。

 すぐにふたりの女が入ってきた。

 小柄な黒髪の女と白銀の長い髪をした女だ。

 いずれも美人だが、小柄な女は童顔でどちらかというと可愛らしいという顔つきだろう。

 白銀の女は端正な美女だ。

 

 小柄な方はコゼ……。

 白銀の髪はシャングリア……。

 いずれも、エリカ同様に、ロウの冒険者仲間だ。

 ボニーは事前の調査でそれを知っている。

 おそらく、エリカと同じように、ロウはこの美女たちも淫魔術で支配しているのだろう。

 卑劣な男だ……。

 しかし、それで思い出したが、小離宮における王女付きの侍女長のシャーラの態度を思うと、もしかしたら、このロウはあの魔道戦士のエルフ女さえも淫魔術で支配しているのではないかと思った。

 イザベラ王女を淫魔術で支配しているのは間違いないし……。

 

 ボニーが潜入したとき、どう考えても王女とロウは逢瀬の最中だったし、シャーラは完全にロウの言いなりだった。

 こいつは、一介の冒険者でありながら、一国の王女でさえも、自分の精の支配下に置いているのだ。

 なんというやつなのだろう。

 

「おう、コゼ、シャングリア。姫様とシャーラはどうした? もう、戻ったか?」

 

 ロウが性器をズボンにしまいながらふたりに声をかけた。

 

「戻った。こいつが喋った情報を元に、侵入を手引きした者を王兵に捕らえさせると言っていたな。ただ、用心深いキシダイン卿のことだからな。どこまで尻尾を掴めるかわからんが、とにかく、追いかけると言っていた。まずは、侍女のイエンとかいう女を探すそうだ。例の樽はもう外に出ていた後のようだがな」

 

 シャングリアだ。

 だが、愕然とした。

 侍女のイエンのこと……。

 しかも、イエンを宮殿の外に出すために使った樽のことまで……。

 シャングリアは口にしたことは、ボニーが喋らなければ、絶対に知り得ないことばかりだ。

 そういえば、ロウはボニーを操るための合言葉を完全に知っていたし……。

 

「……あっ……、あ、あの……。も、もしかして、あたしは、すでに自白した……?」

 

 そうとしか考えられない……。

 だが、よく覚えていない……。

 すると、笑い声がした。

 コゼだ。

 

「あら、なんにも覚えていないの、ボニー? そうよ、ご主人様の淫魔術とスクルズ様の魔道で繰り返し交互に操心術にかけられて、なにもかも喋ったわよ。あんた、魅了術とかいう操心術が得意技らしいけど、自分がかけられた気分はどう?」

 

 そのコゼが寄ってきた。

 操心術……?

 ロウたちが自分に……?

 そして、スクルズ?

 スクルズって誰……?

 驚いたが、思念はそこまでだ。

 再び激痛が走った。

 コゼがさっきのロウのように、無造作にボニーの背中に乗ったのだ。

 しかも、尻を上下させて、どんどんと飛び跳ねるような動きをしている。

 

「んぎいいいいっ、ふぐううううっ」

 

 あまりの苦痛にボニーは絶叫した。

 

「も、もうやめなさいよ、コゼ。拷問は終わったのよ」

 

 エリカが叫んだ。

 

「なに言ってんのよ、エリカ。ご主人様は、こいつに拷問のための拷問を続けるとおっしゃってたわ。そうですよね、ご主人様?」

 

 コゼがボニーの背で立ちあがった。

 今度はボニーの四肢を吊っている鎖を両手で持ち、本当にブランコのように揺らし始める。

 

「はぎいいっ、やめてええっ、あぐうううっ」

 

 本当に背骨が折れるかと思うような激痛だ。

 ボニーは泣き叫んだ。

 

「そのとおりだ、コゼ──。そもそも、エリカ、お前、さっきからうるさいぞ。それとも、お前が代わりに拷問のための拷問を受けるというのか? それなら、ボニーをそのあいだ休ませてやってもいいぞ」

 

 ロウが意地の悪い口調でエリカに言った。

 

「な、なんで、わたしが……」

 

 エリカは困惑口調で答えた。

 

「そうだろう? だったら、邪魔するんじゃない」

 

 そして、壁の一画に近づいていく。

 すぐに、ロウはなにかの小壺を持って戻ってきた。

 

「あら、ご主人様、それを使うんですか?」

 

 コゼが愉快そうに言った。

 

「使うさ。俺のやる拷問いえば、やっぱり、これさ……。女の尊厳を簡単に奪うのは、これが一番いい。これを塗って放置すれば、もう、俺に逆らう気力は消え去るだろうしな」

 

 ロウが言った。

 コゼが、「それはいいですね」とロウに媚びを売るような言葉をかけて、ボニーの背から飛び降りる。

 とにかく、背中が解放された。

 とりあえず、苦痛が去る……。

 ボニーはほっとした気持ちが沸くのがわかった。

 だが、ロウはなにを持って来たのだ……?

 嫌な予感が走る。

 

 だが、それよりも、気になることがあった。

 やはり、自分は本当にすでに自白させられたのだろうか……?

 だが、操心術であろうとも、奴隷の首輪で与えられている命令は無効にはできないはずだ。

 手で触ることはできないが、ボニーの首にはまだしっかりとアスカにかけられた首輪が残っているのはわかる。

 

「ね、ねえ、あたしは、本当に操心術で自白させられたの……? で、でも、首輪があるのに……」

 

 ボニーは疑念を口にした。

 

「おう、喋ったぞ。ついでに教えておくが、抵抗されないとつまらないから、心の変換はしてないが、あんたは、すでに俺に二、三発犯されて、俺の淫魔術に支配されている状態にある……。それと、あんたの首輪がキシダインに隷属されている状態であって助かった。アスカの支配のままだったら、外れないところだったしな」

 

「外れた?」

 

 いま首輪が外れたと言ったか?

 すると、ロウの手がボニーの首に伸びた。

 首を絞められると思ってびくりとなったが、ロウはボニーの首に手を触れさせただけだ。

 しかし、ロウの手がボニーの首を撫ぜ回っているのに、なにも当たっている感じがない。

 本当に隷属の首輪が外れたのだろうと思った。

 愕然とした。

 それとともに、興奮で身体が震えてきた。

 首輪が外れた……。

 本当に……?

 本当に……?

 

「俺は犯した女の大抵のことを感じることができる。お前の首輪は確かに最初は、アスカの支配だったが、パリスに全面的に譲渡されたかたちになっていて、次いでキシダインをメインの主人として刻まれていた。キシダイン程度だったら、俺でなくても、スクルズでも外せる。いずれにせよ、首輪は外したよ」

 

 ロウが宙から物を取りだすように、ふたつに割れた銀色の金属環をボニーの目の前に示した。

 確かに、ボニーに嵌められていた隷属の首輪だ。

 

「ちょっと待って──。く、首輪が外れたのね? 本当に? 本当なのね。待って、待ってったら。だったら、なんでも話すわ。あたしは、アスカにもパリスにも、なんの義理立てはないのよ。人殺しなんてしたくもなかった。召喚されて、妙な能力をつけられて、そして隷属させられて、仕方なく……。だけど、首輪が外れたんなら、もういいの。どんなことでも話すわ。だから……」

 

 しかし、ロウが首から手を離しながら嘲笑するように笑った。

 

「いまさら、なにも訊ねることなんてないさ。そのまま操心術にかけて、なにもかも全部口にさせたからな。お前から搾り取れる情報はもうないはずだ。シャーラも戻った。今頃は、お前の自白に基づいて動き回っている。どこまでキシダインの尻尾を掴めるか知らないけどね」

 

 ロウが言った。

 

「ぜ、全部……?」

 

 怪訝に感じた。

 

「そうだ。全部だ。もう訊ねたいことなんてない……。ああ、それと、キシダインの施した呪文だけは面白いから効果を残した。あれがあれば、淫魔術を遣わなくても、あんたを言いなりにできるからな」

 

 ロウが笑いながら言った。

 ボニーは愕然とするしかなかった。

 ロウの喋ったことの半分くらいは意味がわからないことだったが、本当のことを言っているのだということはわかる。

 本当になにもかも喋らされたのだ。

 

「だ、だったら、なんのための拷問なの──? あたしから情報を取りだしたんだったら……。もしも、まだ訊きたいことがあるなら試してみて。もう、あたしはどんなことでも話すわ。喜んで、あなたに協力するし……」

 

「お前の役割はさっき言ったはずだぜ。これは実験だとね……」

 

「実験?」

 

「人間を拷問の末に、“もの”にしてしまう実験だ。なにをどうすれば、心が潰れて、生きるしかばねになるのかの実験台になってもらう。ああ、念のために言っておくけど、自殺も無駄だ。できないように暗示をかけている。つまり、ボニーが受けるのは、拷問のための拷問ということだ。愉しみだなあ」

 

 ロウがけらけらと笑った。

 拷問のための拷問……?

 ボニーからなにかを訊きだすためじゃなく、ロウの愉しみのための拷問……。

 背に冷たい汗が流れるのがわかった。

 

「いずれにしても、今夜はこれで終わりだ。とりあえず、俺も休みたいしな。もう夜中だ。朝までは休憩にしてやるぞ、ボニー」

 

 ロウがそう言いながら、壺の中身をどぼどぼとボニーの尻にかけた。

 液体というよりは、かなりの粘性のある油剤のようだ。

 大量にかけられたその油剤が、ロウと、さらに伸びてきたコゼの手により尻から股間に拡げられる。

 

「んんっ、な、なによ、これ……。ああっ、くっ……」

 

「お手伝いしますね、ご主人様」

 

 コゼも油剤に手を伸ばす。

 ふたりの手がボニーの

 こんなので感じた仕草をしてしまうのは恥ずかしいのだが、ロウとコゼの手が股間に触れると、全身にびりびりとするような愉悦が走るのだ。

 特に、ロウの手……。

 なんだ、これ……。

 

 これが淫魔師の手管……。

 ボニーは恐ろしくなった。

 だが、そのロウもコゼもすぐに手を離した。

 ボニーはほっとした。

 

「……すぐに泣き叫ぶでしょうね」

 

 しかし、コゼが意味ありげにくすくすと笑った。

 

「まあな。じゃあ、ボニー、今夜だけはひとりにしておいてやる。休憩だ。明日からは、しばらく不眠調教に入る。今日はたっぷりと寝ておけ」

 

 ロウがそう言って、エリカたちを部屋の外に促し始める。

 そして、出ていく。

 だが、なぜか、コゼだけがそばに残った。

 

「……もっとも、眠れればの話だけどね……」

 

 最後に残ったそのコゼが、瓶から油剤を手に取り、さらにボニーの床に向いている二つの乳房に油剤を塗る。

 

「うっ、くっ」

 

 ボニーはたちまちに拡がるおかしな感覚に襲われて、不自由な身体をもがかせた。

 そして、手が離れる。

 

「じゃあね、ボニー。それ、いつまで経っても痒みは消えないから。明日の朝、ご主人様に泣いて頼むのよ。早く発狂できればいいわね。ご主人様は、あんたの精神が破壊できれば、責めは終わりって言っていたわよ」

 

 コゼが瓶を手に持って、ロウたちに続いて部屋を出ていった。

 痒み?

 とにかく、ボニーはひとりぼっちにされた。

 

「あっ、こ、これは……?」

 

 しかし、ボニーはすぐに自分の身体におきた異変に恐怖を感じた。

 塗られたのが痒み剤だというのは、コゼの言葉でわかったが……。

 

 これは……?

 いや、これは──。

 

「あ、あああああっ、や、やあああああっ、た、助けてええ──。お、お願いよおおっ、戻って来て──。お願いいいいっ」

 

 ボニーは彼らが本当に行ってしまう前にと思って、精一杯の声をあげた。

 痒いなんてものじゃない──。

 気が狂うほどの激痛にも似た痒みが、ボニーの股間と乳房に沸き起こってきた。

 しかも、その痒みは数瞬ごとに倍化していく感じだ。

 こんなの耐えられるわけがない。

 だが、明日の朝まで放置とか言っていた……。

 

 そんな……。

 そんな……。

 

 か、痒い──。

 股間が灼ける──。

 乳房が……。

 痒い──。

 狂う──。

 本当に狂う──。

 

「ああ、置いていかないで──。なんでも喋る──。喋れることは、なんでも喋るから──。お願い。なんでも訊いて。ああっ、戻って来て──。屈服する。屈服するから──」

 

 とにかく、ボニーはありったけの大声で、部屋の外にいるはずのロウたち助けを求めて叫び続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぐううううっ」

 

 ボニーは床をのたうち回った。

 股間の肉芽と乳首の根元に装着された淫具から、一斉に電撃が流されたのだ。

 口から悲鳴が迸らなかったのは、口に嵌められている穴付きの球形の猿ぐつわのためだ。今朝は朝からそれを嵌められっぱなしなので、もう口の中の涎は乾き切り、悲鳴をあげても涎が迸るわけじゃない。

 

「誰が休んでいいと言った。今度、止まったら、また、あの痒み剤を塗って放置するぞ。今度は丸一日だ」

 

 寝椅子に身体を横たわらせて、ボニーの仕事を監督していたロウが、ボニーの身体に装着した電極の操作具を横に置いて言った。

 とにかく、電撃が止まった。

 ボニーは疲労困憊の身体を脱力させた。

 

 そのロウの股間では、シャングリアという女が頭を埋めて、一心に奉仕を続けている。

 ロウもシャングリアも全裸であり、ああやってシャングリアが口吻をし始めて、もう一ノス以上になるだろう。召喚前の世界の時間間隔だと一時間近くだ。

 本当によくやる。

 だが、女に一時間近くも口奉仕を強要するとは、ロウも女扱いが酷いと思った。

 そして、ロウの冷酷さを垣間見た気分だ。

 

 ボニーはよろよろと立ちあがった。

 両腕が背中で水平に重ね合わされて革帯で拘束されているために、立ちあがるのは簡単ではなかったが、すぐに立たなければ、ロウはまた、あの操作具で電撃を流すだろう。

 剥き出しの股間と乳首に直接流される強烈な電撃は、痛みとか、衝撃とかで表現できるものじゃない。

 まさに恐怖そのものだ。

 ボニーは、自分の身体が電撃の恐怖の怖れで、口惜しくも震えるのがわかった。

 

 このロウに捕らえられて、おそらく、もう二日くらいは経ったのではないだろうか。

 はっきりとした時間の感覚は消えている。

 ボニーは、意識のある時間のほとんどをロウか、ロウの女たちから責められるという時間を過ごしていた。

 

 まさに、ボニーを壊すための拷問だった。

 初日の痒み放置から始まったボニーへの数々の拷問は、いまは壁の一方にある二十本ほどの長細いものを右側の壁際から反対側の壁側に移動させるということに変わっている。

 部屋の両側に線が引いてあり、一方にあるものを反対の線の内側に移動させるのだ。

 動かすものは、ボニーの前の世界にある「ボーリングのピン」に似ていた。

 違うのは、先端の細い部分が、触手を思わせるうねうねと動くものに変わっているということと、倒れてもすぐに勝手に立ち上がって、真っ直ぐに上を向くようになっているということだ。

 

 残りは一本──。

 すでに、十九本が終わっている。

 ボニーは、最後の一本を持つために、「ピン」の真上でがに股になった腰を沈めていった。

 運べと言われても、口にはボールギャグがあるし、両手は革紐で後手に封じられている。

 ロウに命じられたのは、股間で先端を咥えて運ぶことだ。

 

「んんんっ」

 

 十九本も運んだので、すでにボニーの股間は、ピンの刺激で濡れている。

 それほどの抵抗もなく、ピンの先端がボニーの膣の中に吸い込まれる。

 

「んんっ、んんっ、んんっ」

 

 ボニーはたちまちに襲い掛かる淫らな刺激に、歯を食い縛った。

 「ピン」の先端の触手の部分が、ボニーの体内に入ると、股間の内側の全部をまるで舌で舐めるかのように動くのだ。

 ボニーは、刺激に耐えて、膣を締めつける。

 

 また、「ピン」はそれなりに重さがあるので、結構、力を入れないと、途中で落ちてしまう。

 ただでさえ、ボニーが滴らせる愛液で、ピンが滑りやすくなっている。

 でも、途中で落とせば、電撃をしばらくのあいだ流しっぱなしにされるのだ。

 たったいまの電撃は、疲労と睡魔でぼうっとしたことに対する「罰」なので一瞬だったが、ピンを落とした場合の罰は、それが永遠と思うほど続くのだ。

 それが耐えられるものではないことは、すでに数回の洗礼を受けているボニー自身の身体と心に染みついている。

 

 しかも、一本でも途中で落とせば、最初からやり直しということになっている。

 もう、かなりの時間続けてやっているが、いまだに一度も二十本を続けて運び終わるということはしていない。

 だが、やっと最後の一本──。

 これまで限りない失敗を繰り返して、コツも飲み込んで、やっとのこと、ここまで終わったのだ。

 もう、ここで失敗するわけにはいなかい。

 

「んんっ、んっ、んんっ」

 

 なんとか股間で、「ピン」を咥え終わったボニーは、今度はがに股のまま歩くことになる。

 歩きときには、さらに力一杯にピンを締めつけるために、泣きそうになるくらいに快感が増幅する。

 とにかく、それに耐えて、ボニーは進む。

 残りの距離は半分……。

 ボニーは必死に股間を締めつけながら足を進めた。

 

「んがああっ」

 

 そのときだった。

 突然、肉芽に嵌まっている電撃の電極が淫らな振動をし始めたのだ。

 電撃の激痛ばかり与えられていた電極が振動をするなんて初めてだし、予想もしていなかった。

 ボニーは腰が抜けたようになり、その場にしゃがみ込んでしまった。

 その動きで、ピンはカラカラと音を立てて、ボニーの股間から抜け落ちて、床に転がってしまった。

 

「残念だったな、ボニー。やり直しだ」

 

 ロウが操作具を持って、笑いながら手をピンに向ける。

 ピンが消滅して、床に残っていたピンとともに、最初にあった側の部屋の片方にまとまって出現した。

 ボニーは号泣してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、愚図ねえ」

 

 脚がよろけて床に転んだボニーは、コゼに思い切り蹴飛ばされた。

 右から左に、ピンを股間で移動させるという作業が、いまだに続いている。

 もう、何十回、いや、百回以上も同じことをしていた。

 

 終わりはない。

 最初は二十本を運び終われば、次の責めと言っていたのに、いつの間にか、延々と続く繰り返し作業を強いられることに変わっていた。

 股間で運搬をする途中で電撃や振動で邪魔されることはほとんどなくなった。

 その代わり、二十本を運び終われば、今度は反対側に同じやり方でそれを戻す。

 すっとそれの繰り返しになった。

 

 いまにして思えば、二十本を運び終わればいいと言われて、それを途中で邪魔されているときの方が、遥かに精神的には楽だったと思う。

 少なくとも、もしかしたら、この作業が終わるのではないかという希望があった。

 

 いまは、希望すらない……。

 

 いまは、延々と同じことをやらされるだけ。

 頭がおかしくなりそうだ。

 しかし、やめれば、怖ろしい電撃──。

 とにかく、動き続けるしかない。

 ボニーはもうふらふらだった。

 

「ほら、さっさと立つのよ」

 

 コゼが険しい表情で怒鳴った。

 ボニーを拷問しているのはコゼだ。

 ロウはいったん休むと言って、部屋の外に出ていった。

 いまは、このコゼひとりが、ボニーの相手をしているという状況だ。

 

 ボニーをいたぶる役は、大抵はロウかコゼのどちらかだった。どうやら、ロウとコゼが、交代で拷問役を務めている感じだ。

 シャングリアはひとりでは来ない。

 どちらかに混じることが多いが、ほとんどはロウと一緒に来る。

 シャングリアについては、拷問役というよりは、ボニーを責めるロウの性の相手をするということがほとんどだ。

 

 また、エリカの姿はしばらく見ていない。

 エリカは、ロウがボニーを冷酷に責めるのをたしなめるようなことをずっと言っていたので、もしかしたら、ロウから責め役を外されたのかもしれない。

 

 とにかく、交代で責めているらしいロウとコゼが、入れ替わるのも、もう十回を超えている。

 食事と食事の間隔で交代しているような雰囲気だが、十回になったということは、もう三日くらいこれが続いているということだろうか。

 

 そのあいだ、一応はボニーにも食事が与えられる。

 拷問を続けるために、弱らせすぎないようにという配慮のようだが、それが唯一の休息時間といえば休息だ。

 ただ、食事のときには、乳首と肉芽の責め具は最大振動で動かされる。

 ボニーはよがり狂いながら、皿に盛られた餌のようなものを犬食いするというわけだ。

 少しでも食べるのをやめれば、やはり電撃──。

 食事といえども、それさえも拷問そのものだった。

 また、水はロウの尿だ。

 ロウが当番のときには、求めれば与えられる。

 もう、ボニーもロウの小便を飲むということに、それほどの抵抗はなくなっていた。

 

「あがあああっ、も、もうやめっ、てええっ、た、立つうっ、立つからああっ」

 

 ボニーは絶叫した。

 いまはボールギャグはされていないから、それは少し楽かもしれない。

 ボールギャグをされて、作業をやらされると、あっという間に口の中がカラカラになりつらいのだ。

 それがないだけ、少しは楽だ。

 電撃が終わった。

 ボニーはなんとか立ちあがった。

 

「うあっ」

 

 だが、また転んだ。

 もう脚に力がはいらないのだ。

 コゼが電撃を淫具で股間に電撃を送り込んできた。

 

「んぎいいいいっ」

 

 ボニーはもがき狂った。

 電撃のあいだは、とても立つことは不可能だ。

 終わってから立つしかない。

 そして、電撃が終わる。

 でも、疲労困憊のボニーには、もうどんなに苦しめられても立てなかった。

 コゼがもう一度電撃を加えたが、ボニーはそのあいだ絶叫して身体をもがかせただけであり、終わっても立たなかった。

 

 コゼが盛大な舌打ちをした。

 もうだめだ……。

 ボニーは、電撃を与えるなら、いくらでも与えろという気分になった。

 そう思うと、身体の疲労がどっとボニーを包む。

 

 たちまちに睡魔が襲う……。

 もういい……。

 苦しめるなら、いくらでもやれ……。

 どんなに痛めつけられても、動けないものは、動けない。

 どうやら、限界を超えた睡魔と疲労が、あの電撃の恐怖を上回ったようだ。

 ボニーの意識は、すっと消えていった。

 

 とにかく、なにがつらいといって、眠れないということよりもつらいことはない。

 このピン運び作業が始まって、ボニーは一度も睡眠を与えられていない。

 ボニーが寝ないように、ありとあらゆる方法がとられた。

 だが、どんなに超人的な体力があろうとも、眠らなくては生きてはいけない。

 しかし、睡魔と疲労で意識が薄れると、必ず電撃を加えられて、容赦のない苛酷な現実に戻される。

 そして、作業をさせられる、

 

「な、なに?」

 

 そのときだった。

 股間に違和感を覚えたのだ。

 つんとする刺激臭と、あの独特の股間に熱さ……。

 襲ってきた感覚に、ボニーは無理矢理に覚醒させられてしまった。

 

「残念だけど、どんなことがあっても、休ませるなとご主人様に言われているのよね。さあ、これでも立たないことができるかしら?」

 

 いつの間にコゼがボニーの身体をの前にしゃがみ込んでいて、初日に施されたあの痒み剤の瓶を持っていた。

 どうやら、すでにボニーの股間に、その恐ろしい痒み剤をまたもや塗ったようだ。

 その証拠に、発狂するよな痒みがまたもや、襲い掛かって来ていた。

 

「あああっ、そんんなあっ、か、痒い──。ああ、また、あれを塗ったのね。ああ、ひどい、ひどい、ひどい──。言うことをきけば、あれだけは塗らないと約束したくせにいっ」

 

 ボニーは絶叫した。

 耐えがたい痒みは、すでにボニーに襲っている。

 

「そんな約束したかしら? どっちにしても寝ようした罰じゃないのよ。今度からはずっと塗ってあげるわ。そうすれば、作業に身が入るでしょう。さあ、股間でピンを運びなさい。ピンの先っちょのベロがあんたの痒い場所を刺激してくれるわよ。さもないと、痒みで狂うわよ」

 

 コゼが大笑いした。

 ボニーは立ちあがった。

 電撃の恐怖よりも、なによりもこの痒みは怖い。

 ボニーは痒みを癒したくて、出るはずのない力を総動員して、股間でピンを咥えるために動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作業が続いている。

 もはや、思考は停止している。

 

「んあああっ」

 

 ボニーが腰を屈めて膣にピンを挿入すると、たちまちに股間に拡がる快感に打ち震えた。

 恐ろしいほどの痒みが、触手の動きで癒される快感と恍惚感……。

 ボニーは、もうそれでなにも考えられなくなる。

 

「ふわあああっ」

 

 大きなあくびの声がした。

 ボニーは、それでいま、ボニーを「監督」としているのがロウだとわかった。

 ただ、もうボニーを作業に急き立てる苦痛のようなもの与えない。

 この作業そのものが、ボニーに延々と続く作業をやめることを拒むのだ。

 痒み剤を併用したピン運びの作業の責め苦は、いまだに継続中だ。

 違いは、途中から、最初はコゼに直接塗られた痒み剤が、いまはボニーが股間に咥える触手の表面に浮かべるようになっているということだ。

 

 そのため、ボニーは痒みを癒すためにピンを股間で咥え、そのことで新しい痒みを発生させてしまい、その痒みを除くために、またピンに跨る……。

 それをひたすらに繰り返すしかなくなっていた。

 休むなど、とんでもない。

 少しでも止まれば、狂ったような痒みがボニーを襲う。

 ボニーは、どんなに疲れていても、股間のピン運びを続けるしかない。

 

 とにかく、もう嫌だ。

 疲労の限界は、遥か昔に過ぎていた。

 いまは、思考することもできずに、ただ残っていない力を振り絞って作業を継続するという行為が続いているのみだ。

 

 言い知れぬ不安がボニーを包んでいる。

 追い詰められている……。

 それはもうわかっている。

 しかし、怖いのは、このまま、どんどんと追い詰められて、その先になにがあるのかということだ。

 

 深い、深い、深淵の闇……。

 自力では脱出できない、漆黒の迷宮……。

 己の精神の崩壊をしっかりと自覚させられる恐怖……。

 実際、ボニーは、こうやって膣でピンを運ぶという無限作業をしながら、自分が意味不明の言葉を口走っているときがあり、何度もぞっとしたことがあった。

 その頻度も多くなっている気がする……。

 

 「もう、許して」、「お願いだから、やめさせて」──。

 

 なんど哀願したかわからない。

 その都度、戻ってくるのは、ロウの冷笑……。

 

「いい加減に飽きたな。そろそろ、やめるか、ボニー──。犯して欲しければ、犯してやるぞ。もしも、俺が達するまで意識を保っていられたら、この責め苦を解放してやろう。その代わり、途中で気を失えば、また、無限拷問だ」

 

 ロウが言った。

 

「お、おれがい……。おれがいしひゃす……」

 

 ボニーは歓喜の声をあげていた。

 やっと、終われる。

 それは希望だ。

 自分の舌がびっくりするほどもつれて、うまく喋れないことに驚いたが、それはいい。

 ボニーは運びかけていたピンを床に離して、ロウににじり寄っていた。

 

 なんでもいい。

 解放されたい。

 この延々と続く、発狂するような作業を許されたい。

 ロウはボニーを横たわらせた。

 この部屋にいるときのロウは、いつも裸なので、すぐに剥き出しの性器が迫ってきた。

 すでにロウの性器は勃起している。

 ボニーの股間にロウの性器が埋まっていく。

 

「きゃうううっ」

 

 自分の口から聞いたこともないような声が迸った。

 わけがわからなかったが、単純に快感と呼ぶには、あまりにも大きな愉悦のうねりが襲い掛かった。

 魂を灼くような気持ちよさ……。

 なんだこれ……?

 ボニーは我を忘れた。

 女の尊厳をすべて奪うような、単純な「ピン」の振動だけを相手にさせられた作業の中で、ボニーは自分を女としてはもちろん、人間としても完全に否定されたような気持ちにずっとなっていた。

 だが、いま、ロウという生身の人間に犯されている。

 そのことがこんなに嬉しくも、ありがたいことだとは思わなかった。

 ボニーの腰は、そんなことをする必要がないのに、自然と腰が動いている。

 

「あ、あああっ、んはああっ、はああああっ」

 

 駄目だ……。

 気持ちよすぎる……。

 ロウの心に吸い込まれる……。

 そんな錯覚がボニーを襲う……。

 律動が続く。

 懸命に意識を保とうと努力するが、ロウのひと突き、ひと突きは、ボニーの意識をそれだけで奪ってしまうような激しい甘美感を与える。

 だが、ロウという人間に犯されているこの快感は、あの闇の中に生まれた一筋の光明だ。

 ボニーは、そのロウという光にむさぼりつかないではいられなかった。

 道具ではなく、人として扱われている。

 それは、壊れそうなボニーの心に射したかすかな希望のように思えた。

 

「いぐううううっ」

 

 すぐに絶頂がやってきた。

 ボニーは、陶酔とともに、すべての感覚を一気に飛翔させた。

 

「……まあ、情けだ。俺も達してやるよ。これを受けたら少し休んでいい。このまま続ければ、あと一日くらいで壊れただろうけど、壊すのは数日先にするか」

 

 ロウが呆れたような口調でそう言った。

 次の瞬間。ロウの精がボニーの子宮に迸ったのがわかった。

 

 ありがとうございます……。

 本当に、ありがとうございます……。

 ボニーは心からの叫びを心で口にした。

 いつの間にかボニーは泣いていた。

 

 それが口惜しみの涙なのか、屈辱の涙なのか、あるいは、悦びの涙なのか、いまのボニーには、まったく自分の感情がわからなくなっていた。

 

 とにかく、眠れる……。

 ボニーは、許された束の間の睡眠に自分を精神を沈めさせた。



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149 仲間割れ

「あうっ」

 

 小気味のいい音とともに、ぶるりと震えた乳房に、一筋の赤い鞭の痕が浮かびあがった。

 凄まじい衝撃がボニーの身体を駆け抜ける。

 

「あ、ありがとう……、ごさ……ございます……」

 

 ボニーは歯を食い縛って、強制されている言葉を口にした。

 

「駄目だな。まだ、心からの言葉じゃない。お前が心底、この鞭がありがたいと思ったら、やめてやる」

 

 ロウが笑いながら、次の一打を乳首を狙って打ち付けてきた。

 

「あぐうっ」

 

 気を失いそうになる痛みがボニーを襲う。

 だが、打たれた鞭痕は、「癒しの風」とかいう魔道の香によって、すでに消滅しようとしていた。ロウたちが、ボニーを鞭責めするにあたって施している処置だ。

 

 今日の──といっても、昼なのか夜なのか、ボニーにはわかりようもないのだが──ボニーへの責めは、鞭責めだった。

 部屋の真ん中に二本の柱があり、ボニーはその中心に両手両脚を開いて立たされ、手首と足首を左右の柱に装着されている金具でしっかりと固定されて、いまは万歳をするように腕をあげさせられている。

 その状態で、ロウがボニーの股間の下に「癒しの風」という香を焚いたのだ。

 そんな魔道具に接するのは初めてだが、どうやらそれは、身体に受けた傷を瞬時に直してしまう「治療術」の効果のある香のようだ。

 

 そして、鞭責めが始まった。

 ロウたちは、手に乗馬鞭を持ち、無防備で避けようのないボニーの裸身を容赦なく鞭で打ちまくった。

 打っても打っても、鞭の傷はすぐに治ってしまうので、傷も残らないし、すぐに回復するので怪我のために気絶することもできない。

 だが、激痛には変わりない。

 そうやって、延々とボニーは打たれ続けていた。

 

「駄目ですよ、ご主人様。いつ終わるかなんて言ったら……。それに、なにをやっても、終わりなんかありませんよ。終わるのは、あたしたちがこれに飽きたときです。こいつは拷問を受ける玩具なんですから、玩具の役目は、ご主人様にただ拷問されることだけです」

 

 コゼだ。

 そのコゼが背後から、ボニーの脇腹を鞭でひっぱたいた。

 今日は、いつもは交代で拷問役をしているロウとコゼがふたり揃っていた。

 逆に、シャングリアはいないし、エリカもいない。

 

「うぐうっ……あ、ありがとうございます……」

 

 ボニーは顔を歪めて、呻くように言った。

 

「ここは、どうだ」

 

 ロウが今度は股間に向かって、乗馬鞭を振りおろした。

 

「うぎゃあああ」

 

 ボニーはお礼を言うのも忘れて、全身を突っ張らせた。

 ロウの鞭先は、ボニーの肉芽を寸分外れずに、まともに衝撃を叩き付けたのだ。

 さすがに一瞬、意識が飛ぶ。

 気がつくと、がっくりと脱力して、股間からはじょろじょろと尿が洩れていた。

 

「こ、こらっ、あんた、勝手におしっこなんかして……。お香が消えちゃうじゃないのよ」

 

 コゼが呆れたように言った。

 

「も、申しわけありません……」

 

 ボニーは項垂れた。

 しかし、一度始まった失禁は、止めようもない。

 股間から洩れ落ちる尿は、股のあいだに置かれた香にまともに降り注ぎ、そこから焚きあがる魔道の香を消してしまっていた。

 

「仕方ない……。だか、癒しの風は、いくつかスクルズ殿に頼んで作ってもらっている。なくなれば、また、作ってもらうし、いくらでもお代わりがある。それよりも、ちょっと休憩するか。さすがに打ち疲れた」

 

 ロウが笑いながら乗馬鞭を床に放り投げた。

 そして、ボニーの後ろに回って来る。

 一方で、コゼはボニーの足の間に拡がっている尿を雑巾で掃除をし始めた。

 

「あっ」

 

 ボニーの口から声が出た。

 ロウが両手首を固定している柱の金具を操作して、思い切り足首のある下方におろしたのだ。

 どうやら、これは自由な位置で固定できるようになっているようだ。

 両手の位置を膝くらいまで下げられたボニーは、自然と背後にいるロウの腰を突きだした体勢になる。

 

「んふうっ、んんっ」

 

 ボニーは身体がびくりと反応させた。

 ロウが後ろからボニーに股間を指で愛撫し始めたのだ。

 このロウの指はすごい。

 信じられないくらいに、あっという間にボニーの全身は大きな愉悦に包まれる。

 少しずつ欲情するとかいう生易しいものではなく、身体の芯から無理矢理に快感を掘り起こされるという感じなのだ。

 

「あっ、あはっ、はあっ……」

 

 股間から沸き起こる昂ぶりと歓喜が身体を席巻する。

 ボニーは、このロウに捕らえられるまで、これほどの興奮を性で覚えるということはなかった。

 媚薬の香を吸わされながら、キシダインに犯されたときには、怖ろしいほどに欲情したと思ったが、このロウから与えられるものは桁違いだ。

 まだ、ほんの数擦りしかされていないのに、早くもボニーは絶頂に向かって飛翔しかけていた。

 

「浅ましい女だなあ。そうだ。今度は声を我慢させてみようか。許可なく喘ぎ声を出すな──。コゼ、もしも、声を出したら、どこでもいいから蝋燭の蝋を身体に垂らしてやれ。なんだったら、炎で炙っても構わんぞ。火傷くらいだったら、スクルズ殿の『癒しの風』ですぐに治るはずだ」

 

 スクルズというのは、やはり、第三神殿の筆頭巫女のスクルズという神官のようだ。

 よく名が出てくるが、口ぶりからすれば、ロウの女のひとりのようだ。

 だが、第三神殿のスクルズといえば、このハロンドールの王都では、魔道遣いとしては第一人者のはずだ。

 しかも、美人だと耳にする。

 この男は、どこまで王都中の主立つ女に手を出しているのだと呆れた。

 

 それにしても、声を出すなという命令に、ボニーはぞっとした。

 慌てて、口をつぐむ。

 

「じゃあ、ご主人様の命令ですからね。我慢するんですよ、ボニー」

 

 ボニーの洩らした尿を掃除したコゼが、燭台から蝋燭を持って来た。

 熱そうな蝋燭の炎と蝋がこれ見よがしに、ボニーに示される。

 ボニーは恐怖に包まれた。

 

「じゃあ、始めるか。ところで、快感が増幅するように、贈り物をしてやろう」

 

 そのとき、ロウがくすくすと笑いながら、ボニーの目にすっと触れたかと思った。

 

「あっ、な、なにっ、な、なんで?」

 

 ボニーは悲鳴のような声をあげてしまった。

 ロウがボニーの瞼にそっと触れたかと思うと、突如として瞼が閉じて開かなくなってしまったのだ。

 

「……最初に言ったと思うがなあ。お前の身体は、俺が淫魔術ですっかりと支配しているんだぞ。瞼が開かなくするくらいのことはもう簡単だ。もう、二十発以上も精を注いでいると思うしな。ほかにも、こんなこともできるぞ」

 

 ロウがぽんとお尻を叩いた。

 その瞬間、ボニーの身体はまるで炎に炙られたかのようにかっと熱くなった。

 

 なに、これ……?

 

 ボニーは狼狽した。

 なにもしないのに、汗が噴き出てくる。

 さして、身体の芯からただれるような疼きが沸き起こってくる。

 これは、なんだ……?

 

「これが感度十倍の世界だ。一度、この感度で犯されると、身体がこの快感を覚えてしまって、普通のセックスじゃあ我慢できなくなるぞ」

 

 そのとき、前側の乳房にすっと手が伸びた。

 峻烈な甘美感が乳房に弾け飛んだ。

 

「んはああっ」

 

 ほとんど絶叫に近い嬌声だった。

 それくらいに凄まじい熱情だったのだ。

 

「あらあら、ご主人様のたったひと触りで、これ?」

 

 コゼの声が横でした。

 

「ひぎいっ」

 

 ぽたぽたとお尻に垂蝋が落ちてきた。

 尻の焼けるような痛みに、ボニーは喉の奥で呻いた。

 

「ふあああっ」

 

 その次の瞬間だった。

 股間にロウの怒張がすっと挿入されてきたのだ。

 ロウの亀頭は、ボニーの感じる場所を確実に擦りながら奥に進んでくる。

 しかも、そこから流れる愉悦は、快感などという生易しいものじゃない。

 それこそ、身体を快楽の槍で串刺しにされたような気持ちよさが全身を包む。

 こんなの無理──。

 ボニーは心の中で叫んだ。

 これほどの快感の中で、声を出さずにいられるわけがない。

 

「ちょっとは、我慢しようとしてよ」

 

 コゼの苦笑するような声がした。

 ぽたぽたと背中に蝋がたらされた。

 灼熱の痛みが背中に拡がる。

 一方で、ロウの律動が始まる。

 ボニーはその衝撃に身体を弓なりにした。

 痛みと快感にまぜこぜにされて、ボニーは早くもおかしくなりかけた。

 

「んふううっ、ふうううっ」

 

 気持ちよさで、喉から声が迸る。

 すると、コゼがまた揶揄の声をかけて、蝋を身体に垂らした。

 もう、声を耐えることなんて不可能だと悟ったし、というよりもそれどころじゃなかった。

 ロウの与える股間への律動は、一打一打が快感の暴力そのものだった。

 凄まじい快感が一発一発やってくるのではない。

 まるで雨でも注がれるように強烈な愉悦が次々に襲い、炸裂し、弾け飛ぶ。

 それが延々と続くのだ。

 

 コゼから与えられる垂蝋は、ほとんど身体に受けっぱなしの状態になった。

 だが、ボニーにはそれすらもありがたい気がした。

 こんな快感など、まともに受けたら、とても正気ではいられない。

 なんとか理性を保てるのは、コゼが蝋の熱さで、少しだけ快感を引き戻すからだ。

 それでも一回目の絶頂はすぐに訪れた。

 ボニーはコゼの蝋を受けながら、がくがくと身体を震わせて気をやった。

 

 そのときだった。

 

「ロウ様、コゼ、なにをしているんですか。犯すのはいいけど、拷問をしながらなんて、可哀想すぎます。それに、今回のことについては、いくらなんでも度を越してます。ロウ様、目を覚ましてください」

 

 怒ったような声が部屋に轟いた。

 どうやら、エリカのようだ。

 

「なんだ、お前。ここには来るなと言っただろう。ボニーへの扱いが気に食わないなら、一階にいろと言ったはずだぞ。こいつは、俺たちを殺しに来た刺客なんだぞ。どんな扱いをしたって構うものか」

 

 ロウが不貞腐れたような声を出して舌打ちした。

 

「で、でも……。とにかく、ロウ様は今回はおかしいです。なにか、お考えのことがあるなら、教えてください」

 

「うるさいって、言っているだろう。考えなんかない。一度、拷問のような責めをやってみたかっただけだ。俺はもともと、こういう性癖なんだよ。放っておいてくれ」

 

 ロウが怒鳴った。

 次の瞬間、部屋の中でがらがらと鎖が鳴る音がした気がした。

 

「きゃああああ」

 

 そして、エリカの悲鳴が迸った。

 どうしたのだろう?

 視界を塞がれているボニーには、なにがどうしたのかわからない。

 

「馬鹿ねえ、エリカ……。ご主人様に逆らうなんて……。だから、そんなことになるのよ」

 

 コゼが呆れた声を出している。

 

「興醒めだな」

 

 ロウが不貞腐れたように、荒々しく律動を再開した。

 再び愉悦が迸る。

 二度目の絶頂まであっという間だった。

 今度は、コゼの垂蝋はなかった。

 

「あはあああっ」

 

 ボニーはほとんど咆哮していた。

 そして、長く深い絶頂を続けるボニーに、ロウが精を放ったのがわかった。

 

「コゼ、失神するまで、淫具で責めていろ」

 

 ロウがボニーから離れた。

 そのとき、ロウの手がぽんとボニーの頭に触れた。

 すると、凍りついたように動かなかったボニーの眼がすっと開いた。

 

「あっ」

 

 ボニーは叫んでいた。

 少し離れた場所で、エリカが片脚の足首に足枷を装着されて、宙に浮かされている。

 両手首は背中側で手錠を嵌められてるようだ。

 ロウもコゼも、ボニーから離れた気配はなかったので、どうやって、そんなことがエリカにできたのかわからない。

 だが、ボニーに対するロウの行為をたしなめたエリカは、その罰として、ロウによって、片脚だけで宙吊りにされてしまったようだ。

 

「う、ううう……」

 

 エリカが苦しそうに呻いている。

 そのエリカのスカートは完全に垂れ下がり、白い下着が露わになっていた。

 

「エ、エリカ……。あ、あんた、エリカになにを……?」

 

 驚いてボニーは言った。

 なんだかんだ言っても、いまの段階ではエリカは、ロウの仲間であるはずだ。

 それなのに、あんな扱いするなんて……。

 

「気にしなくていいのよ。あんなの、あたしたちの日常よ……。ごっこ遊びのようなものよ……。それよりも、あんたの相手はあたしよ。まだ、感度十倍のままなんでしょう? きっと狂っちゃうわね」

 

 コゼが言った。

 

「んひいいいっ」

 

 ボニーは全身をがくがくと反応させた。

 コゼが背後から、さっきまでロウの怒張が埋まっていた場所に振動する張形を挿入してきたのだ。

 まだ、絶頂の余韻の続けている身体が、さらに飛翔させられる。

 

「こっちもよ」

 

 そして、さらに淫具の責めを受けている女陰のさらに上の菊座にも、コゼは長細い感じの淫具をゆっくりと押し込んできた。

 潤滑油のようなものを塗っているのか、その淫具もまた、それほどの抵抗なく肛門に挿し込まれてしまう。

 全身が引き裂かられるかと錯覚するような快感が全身に拡がる。

 ボニーは泣き叫んだ。

 

「あがああっ、はああっ、や、やめてっ、も、もう許して──」

 

 悲鳴をあげた。

 これはすごすぎる。

 

「しばらく、入れっぱなしにしてあげるわね。気を失うまで絶頂を繰り返したら、解放してあげる」

 

 コゼが意地悪くくすくすと笑った。

 だが、もう、なにも考えられない。

 ボニーは、発狂するような快感に我を忘れた。

 

 ふと見ると、ロウがエリカの股間から下着をはぎ取っていて、いまはエリカの無毛の股間に、さっきまでコゼがボニー使っていたと思われる蝋燭を近づけていた。

 そして、驚いたことに、上を向いているエリカの股間に深々と蝋燭を突き挿したのだ。

 ボニーは驚愕した。

 

 しかし、正気を保てたのは、そこまでだった。

 ボニーは、股間から襲いかかるふたつの淫具が起こす残酷なまでの快感に、すっかりと意識を飲まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ボニー……」

 

 声がした。

 

「……ボニー。起きて……」

 

 もう一度、声……。

 

 エリカ……?

 耳元でささやいているのは、エリカの声だと思った。

 たちまちに脱力感が襲って来た。

 

 そういえば、あのコゼの淫具責めに遭い、覚醒させられつつ数回失神させられ、その挙句に完全に意識を失わされた。

 あれから、少し休ませてもらったのか……?

 どうやら、床に寝ているようだ。

 

 そして、はっとした。

 なにかに拘束されているという感じがない。

 まるで、なにも拘束具がない状態のようだ。

 慌てて目を開く。

 床にうつ伏せに倒れたように放置されていたボニーの前に、エリカがしゃがみ込んでいた。

 どうやら、エリカは、さっきのロウからの拷問から解放されたようだ。

 確か、逆さ吊りにされて、蝋燭を股間に突っ込まれ、ロウから何度も「もうしません」という言葉を繰り返し叫ばされてたと思ったが……。

 

「ボニー、話はなしよ……。逃げなさい。この地下室の奥に換気口があるわ。そこから地上に出られるわ。出たところは屋敷の裏庭よ。そのまま屋敷の壁を越えて、城郭の喧噪に紛れるといいわ。あとは、あんたの能力があれば、逃亡も可能でしょう?」

 

 エリカが早口で言った。

 驚いて身体を起こした。

 やっぱり、ボニーには、拘束具は装着されていない。

 というよりは、いま、エリカに外されたという感じだ。

 鎖が天井から繋がった枷が、ボニーの身体の横に置かれている。

 

「な、なんで……?」

 

 びっくりして、周りを見回した。

 どうやら、エリカひとりのようだ。

 ふと見ると、エリカは上衣と半ズボンと靴を準備してくれている。

 

「下着までは揃えられなかったわ。とにかく、いまなら逃げれるわ。ロウ様たちは、わたしに見張りを命じて一階に休みにいったわ……。あなたは、しばらくは目が覚めないと思われているのよ……。だけど、しばらくしたら、降りてきて、また拷問を再開するわよ。もっとひどい拷問を……」

 

 エリカの言葉に、ボニーはぶるりと身体を震わせた。

 冗談じゃない。

 このまま、責められ続けたら、どうにかなってしまう。

 しかし……。

 

「な、なんで、あんたは、わたしを助けるの?」

 

 ボニーはエリカの差し出す衣類を受けながら言った。

 

「……いくらなんでも、こんなの間違っているわ。あんなのロウ様じゃない。いくら、送られた刺客だといっても、限度というものがあるわよ。人を毀すために責めるなんて」

 

 エリカは怒っているようだ。

 よくわからないが、そういえば、エリカは、ずっと、ロウのボニーに対する仕打ちに反対していた。それが、さっき受けたロウからのエリカ自身への仕置きで、頭にきたということだろうか。

 そういえば、この女は真面目で直情的だった。

 そして、よくわからないが、ボニーをロウから助けようとしてくれているようだ。

 

「……あ、ありがとう……。だ、だけど、あんたが……」

 

 とにかく、それだけを言った。

 すると、エリカがにっこりと微笑んだ。

 

「……わたしのことは心配しなくていいわよ。ちょっと、お仕置きを受けて、それで終わりだから。ロウ様がわたしたちを責めるのは、日常のことなんだから」

 

 エリカが言った。

 ボニーは、その表情から、ロウの淫魔術の恐ろしさを知った気がした。

 エリカは、ロウの今回のやり方に反発しながらも、本質的なところでは逆らう気はないようだ。

 女を完全に支配してしまう淫魔術……。

 間違いなく、エリカはロウの操りの支配状態に違いなかった。

 

「……それと、これ。きっと逃亡するのに役に立つわ。万が一にも、ご主人様が追いかけてくることを考えて、これを使うといい。あなたの持ち物だったものよ」

 

 エリカが「変身の指輪」を差し出した。

 ボニーが、小離宮に侵入するときに侍女に変身するために使ったものだ。

 それは、ロウたちに捕らえられたときに、衣類とともに取りあげられていた。

 

「感謝するわ」

 

 ボニーはそれを受け取って、すぐに指に嵌めた。

 全身に魔道の力が注ぎ込まれるのを感じる。

 これなら、いける……。

 ボニーは腹を決めた。

 

「……とにかく、逃げて。こうしている間にも、ロウ様は戻って来るかも……」

 

 エリカが促した。 

 ボニーは頷いた。

 そして、エリカの胸に向かって、指を突き出した。

 

「うっ」

 

 エリカが喉をあげて身体を強張らせた。

 ボニーの技のひとつである経絡突きだ。

 定められている身体のつぼを強く押すことで、瞬時に人を弛緩させたり、気絶させたり、あるいは息を止めたりもすることができる。

 エリカが崩れ落ちる。施したつぼは、一瞬にして相手を気絶させるつぼだった

 

「……悪いわね。だったら、あなたに変身させてもらうわ。あのロウの息の根を止めてあげる。それで、あなたは、ロウの淫魔術から解放されるわ。せめてものお礼よ。一緒に逃げましょう……。ロウが死ねば淫魔術は解けるわ……。そうしたら、あなたは自由になる。せめてものお礼よ」

 

 ボニーは倒れたエリカに声をかけると、すぐにエリカから服を脱がせ始めた。

 そして、エリカが身に着けているものを着ていく。

 エリカは腰に短剣も下げていたが、それも身に着ける。

 最後に、じっとエリカの顔を見る。

 自分の身体が変化するのがわかった。

 これで変身の指輪が作動して、ボニーの姿はエリカそっくりになったと思う。

 

 そのまま、部屋を出た。

 だが、ぎょっとした。

 すぐそばにロウがいたのだ。

 いまにも、さっきまでいた拷問室に入ろうとしている。

 

「おう、エリカ。ボニーはまだ意識が戻らないのか? だが、念のためだ。目を離さないでくれ……。まあいい。俺が交代するから、お前は一階に行って……」

 

 皆まで言わせなかった。

 ロウが喋り終わる前に、ボニーの持っていた短剣は、深々とロウの胸に吸い込んでいる。

 特に武芸の心得もないようであるロウに逃げられるわけもなく、ボニーの短剣は確実に致命傷をロウに与えることに成功していた。

 

「うっ、ぐっ……」

 

 ロウが断末魔の呻きをした。

 短剣を抜く。

 胸から血を噴き出しながら、ロウが物も言わずに崩れ落ちた。

 

「ざ、ざまあみろ……」

 

 ボニーは血だまりに倒れたロウに吐き捨てた。

 これまでに受けた様々な責め苦が頭に蘇り、一気にその溜飲がさがった気がした。

 ボニーは、ロウが死んだのを確かめるために、ロウの身体の前にしゃが込んだ。

 

「……う……あっ……」

 

 しかし、ロウはまだかすかに息をしていた。

 そのあいだにも、血はだくだくと流れ続けているが、すぐに息をしなくなるだろう。

 だが、そのとき、不自然なものを感じた。

 傷が小さくなっている……?

 ふと見ると、ロウの胸の傷は心なしが小さくなっている気がする。

 

 なんで……?

 ロウの傷は即死に値する傷のはずだ。

 それなのに……。

 そして、ボニーは、おそらくロウの身体には、なんらかの魔道がかかっていて、ロウ自身が傷を自力で癒す力があるのではないかと悟った。

 そうだとすれば、ロウはすぐに回復する。

 ボニーは慌てて、短剣の刃を首に当てた。

 

「……だったら、首を斬られても死なないか見せてみて……。これでも死ななければ、あたしも諦めるわ」

 

 ボニーは力の限り、短剣を押し込んだ。

 ロウの首が胴体から切断されて、身体から分断される。

 切断部の首から血が飛び出る。

 もう一度、ロウの身体を確かめる。

 今度は、確実に死んでいる。

 念のために、首を蹴飛ばして、胴体から遠くにやった。

 

「エリカ」

 

 ボニーは自分を助けてくれたエリカを起こすために、急いで部屋に戻った。

 ロウは死んだ。

 淫魔術はもうない。

 これでエリカは操りから解放されて、正気に戻ったと思う。

 

「エリカ──。エリカ?」

 

 部屋に戻ったボニーは、すぐに床に倒れたままのエリカに違和感を覚えた。

 

「エリカ?」

 

 慌てて駆け寄った。

 エリカは気を失ってなどなかった。

 すでに死んでいる。

 愕然とした。

 

 なぜ?

 ボニーが打ち込んだのは、気絶させるだけの急所だ。

 死ぬわけがないのだ。

 

 だが、エリカは間違いなく死んでいる。

 わからない……。

 なぜ、エリカが死んだのか……。

 これも、ロウの淫魔術……?

 もしかして、自分が死んだら、女たちを道連れにするように、淫魔術を仕掛けていた?

 

 ボニーがロウを殺したから、エリカまで殺してしまったのか?

 わからない……。

 とにかく、逃げよう……。

 ボニーは決心した。

 

 逃げる──。

 もう、振り返らなかった。

 再び廊下に飛び出して、さっきエリカが教えてくれた換気口とやらに向かう。

 廊下には、首と胴体が離れたロウの身体が、血の中に倒れたままだった。

 その姿には、まったくの変わりはない。

 ロウが死んだのを確信し、ボニーは地下室の奥にあるはずの脱出場所に向かって駆けた。



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150 仲間合い

 足音がした。

 目を開くと、シャングリアの姿をしたサキ、そしてコゼが一郎の首のそばに立っている。

 

「うわっ、これは心臓に悪いですね。嘘とわかっていても眼を回しそう」

 

 コゼが声をあげた。

 

主殿(しゅどの)、一度、死んだ気分はどうじゃ? 正確に言えば、まだ、死んでいる状態だがな。まあ、わしの仮想空間の中だけの話だが」

 

 くすくすと笑いながら、シャングリアの姿のサキの手が一郎の首をひょいと持ちあげて抱えた。

 そのとき、目の前の部屋の扉が開いてエリカが現われた。

 

「ロウ様、ご無事ですか?」

 

 そのエリカが真っ蒼な顔をして叫んだ。

 一郎は苦笑した。

 

「もう、演技はいいよ、サキ。こっちのエリカも消して、元の姿に戻れよ。そして、俺の身体も繋げてくれ」

 

 一郎は言った。

 次の瞬間、一郎の首は倒れていた胴体と繋がっていた。

 もちろん、辺りに拡がっていた血の海もないし、身体の傷もない。

 あれは、すべて、サキの作りだした幻想だ。

 ふと見ると、そばにいるシャングリアとエリカの姿がそれぞれにサキに変わった。引き続いて、そのふたりのサキが集まり、ひとりに統合される。

 もちろん、ここは、王都側の屋敷でも、城郭外の幽霊屋敷でもなく、サキの作った仮想空間である。

 すべては、ボニーを仕掛けるために企てた嘘の舞台だ。

 時間だって、何日も過ぎていない。

 ボニーは十日近くも過ごした気持ちになっているはずだが、仮想空間の外と中を行ったり来たりしている一郎には、実際には丸一日ほどの時間しか過ぎていないことはわかっている。

 

 ボニーの始末は大切だが、それよりもイザベラのことだ。

 操心術で自白をさせたところによれば、ボニーはロウを襲おうとしたのではなく、キシダインの指示を受けて、イザベラ王女を襲撃しようとしたのである。

 ボニーが様々な警戒をかいくぐって、簡単に王女の前にやって来ることができたというのも問題だし、イザベラを守るはずの侍女たちにも。キシダインの息のかかった間者が紛れ込んでいたというのも驚きだ。

 なによりも、一郎やエリカを狙うアスカたちと、キシダインが通じていたというのも驚愕した。

 とにかく、今回のことで、一郎はイザベラを守るためにも、一郎自身の安全を確保するためにも、キシダインを排除しなければならない必要性を認識した。

 今回のことが早晩、アスカ側に伝わるのは必至だろう。

 もちろん、それなりの処置はするが、放っておけば、キシダインを通じてでも、アスカ側には絶対に伝わり、ロウとエリカのことも、はっきりと認識するはずだ。

 だから、それよりも早く手を打つ。

 一郎はそう決めた。

 

「悪かったな。ひとりでふたりの身体を動かすというのは大変だったろう? 本当はコゼだけじゃなく、エリカとシャングリアも連れて来て協力させたかったんだがな……。シャングリアはとにかく、エリカは本当に大根なんだ。まったく、演技なんてできないんだよ……。シャングリアも拷問役はできないだろうし……。それで、サキにふたり分を動かしてもらうしかなかったんだ」

 

「だいこん?」

 

 サキが首を傾げている。

 

「ご主人様の故郷の言葉で、演技の下手な役者を表す言葉なんだそうよ、サキ。どうして、そうなのかは知らないけど」

 

 コゼが笑った。

 三人の女の中で唯一仮想空間への同行を許されたのがコゼだ。

 無論、ボニーを騙すためだが、性格が真っ直ぐすぎるエリカは、まるで演技なんかだめで、この手の細工には役に立ちそうになかった。

 だから、置いてきた。

 シャングリアについては、意外にも、他人を欺くような芝居もできるのだが、エリカを置いていき、シャングリアとコゼを連れていけば、エリカが拗ねるだろう。だから、大した役目もないし、シャングリアも置いてきた。

 それに、女騎士の爵位を持っていて、ある程度は、宮廷にも出入りのできるシャングリアの存在は、現実の世界側でいろいろと動いてもらうために必要でもあった。

 だから、エリカとともに残ってもらったのだ。

 

「なるほど、だいこんか。それはともかく、あれくらいのことはなんてことないぞ、主殿。シャングリアのわしは、ただ、主殿のおちんぽを味わっておっただけだったしな。エリカのわしは、ほとんど出現しておらん」

 

 サキも笑った。

 

「ところで、ボニーはどうなったの、サキ?」

 

 コゼだ。

 

「主殿に言われたとおりに、エリカのわしが誘導して、地下室の換気口からここを出るように仕向けた。外に出たところで一度気を失わせ、現実世界側にいるブラニーやエリカたちに引き渡した。向こうでどうなったかは連中に訊ねないとわからん」

 

「地下室の換気口? わからないわねえ。ボニーはネズミにでもなったの?」

 

 コゼは首を傾げている。

 当然だろう。

 エリカの姿だったサキは、一郎が指示したとおりに、地下室の換気口から逃げるようにボニーを促し、一郎を殺したボニーは、それに従って逃亡した。

 だが、ボニーを拷問するために準備した場所は、ブラニーのいるスクルズが持ち主の王都側の一郎たちの屋敷だし、幽霊屋敷側と異なり、地下層はあれほど大袈裟なものじゃない。一室しかなく、いまここに立っている廊下も、実際には存在しないものだ。

 実際の換気口は、一階にあがる階段室にある小さな伝声管のようなものだ。

 とても人が通り抜けられるような場所ではない。

 だから、コゼは不思議に思ったのだろう。

 

「仮想空間の特別性だ。人が通り抜けられくらいに大きくしてもらった。いずれにしても、ボニーは逃がすんだからな。本当の侵入経路を教えやしないよ」

 

「そういうことですか。でも、脱出した天窓は偽物だったとしても、屋敷の存在は知られたんですよね。エリカの言い草じゃないけど、やっぱり危険じゃないですか? まあここは、王都側の屋敷ですけど」

 

 コゼが言った。

 そのとおりであり、最初にボニーを連れ込んだのは、いつもの郊外の幽霊屋敷だ。しかし、スクルズの操心術と一郎の淫魔術のふたりがかりの訊問でなにもかも白状させた後は、表向きには、一郎たちの屋敷ということになっている王都内の屋敷にいると思わせるように細工をした。

 ボニーが脱出したときには、その屋敷に裏庭に出たはずである。

 

「いや、それについては、スクルズとブラニーが危険を引き受けてくれたよ。ボニーは俺とエリカが死んだという情報を持って逃亡する。だから、それがアスカに伝われば、もう興味がなくなるはずだけど、逃がすことで、ボニーは屋敷の情報も持っていくことになる。だから、俺たちが死んだという嘘がばれて襲撃をされるとすれば、俺たちの本来の屋敷ではなく、こっち側の屋敷が先になる。それで第二の刺客がやって来たことがわかるということだ」

 

 一郎が王都から逃亡しない代わりに、襲撃者を引きつけるための場所にしようと提案してきたのは、スクルズ本人である。

 もともと、その狙いがあったのは確かだが、この小さな屋敷には、ウルズもいるし、スクルズとベルズが交代でウルズの面倒も看に来ている。

 そこをはっきりと、危険な状態に晒すのは気が引けた。

 クライドとボニーの襲撃があったことで、最初の構想はご破算にしようと思ってたくらいだ。

 だが、一郎の危険を少しでも逸らせるために、はっきりとこの屋敷が一郎の屋敷だと情報をあえて流すことをスクルズ自身が提案してきた。

 迷ったが、一郎は乗ることにした。

 アネルザも、マアも、すでにアスカ対策のために動き出してくれている。スクルズとしても、なにかできることをしたいと強く思ってくれたのだろう。その気持ちが伝わってきた。

 一郎の周りにいる女と一郎の中で、誰よりも弱いのが一郎自身だという自覚はある。

 だから、助けてもらうことを遠慮するのはやめた。

 

 とにかく基本方針は次の通りだ。

 以前からそうしていたが、これからは、この屋敷こそが一郎の住まいだと積極的に喧伝する。そして、襲撃を受けた場合は、スクルズとブラニーで対応しつつ、ロウにそれを知らせてもらう。

 その一方で、逆に、一郎たちは死んだという情報も別に流すのだ。

 とはいっても、この王都では、すでに有名人になりつつある一郎が死んだことにするのは王都では不可能であり、ボニーに一郎たちの死を伝えさせ、さらに、あくまでもギルドの記録を改竄する程度だ。

 駄目で元々の処置だが、アスカはここから遥かに遠いアスカ城である。

 キシダインのような、アスカ側と繋がっているような者がいなくなれば、案外に通じるんじゃないかと思っている。

 そして、アスカ側に通じているとわかったキシダインについても、最終的には排除する。

 これについては、もう一郎も覚悟した。

 イザベラ王女を守るためには、キシダインとの対決は必至だ。

 

「ところで、主殿、さっき主殿が称した“だいこん”どもが、漆黒の本の前に集まっているぞ。スクルズもな。おそらく、主殿が心配なのだろうなあ」

 

 サキだ。

 

「あいつらが?」

 

 漆黒の本というのは、前の主人がこのサキの仮想空間に入るために使っていた淫気のこもった魔道具だ。

 サキの仮想空間に入り込むためのアイテムである。

 

「わかった。呼び寄せてくれ」

 

 一郎は言った。

 すると、すぐにエリカとシャングリアとスクルズが目の目に出現した。

 

「ロウ様、無事ですか?」

 

 開口一番、エリカがまるで叱るような口調で叫んだ。

 

「見ての通りだ。ぴんぴんしているよ。ボニーは死んだと思っているはずだがな」

 

「仮想空間から現実側に戻ったボニーはどうなったの?」

 

 コゼがエリカたちに訊ねた。

 すると、シャングリアが応じた。

 

「ロウの指示のとおりにしたぞ。屋敷の裏庭に出現したボニーを見張った。屋敷に戻ることも警戒したが、そんなことはしなかったな。そのまま屋敷の塀を乗り越えて逃げていった。一応、城郭の外に出るまでは、エリカとスクルズと一緒にこっそりと見届けたが、まっしぐらに街道を進んでいったから、まあ、大丈夫と思う」

 

「城郭の外に出た? だって、ボニーが逃げ出したのは、さっきのことよ」

 

 コゼが眉をひそめた。

 

「さっき? ボニーが屋敷の一階に戻されたときの話をしているのか? あれから、半日はすぎているぞ」

 

 シャングリアも疑念の口調で言った。

 すると、サキがくすくすと笑った。

 

「ここと現実世界は、時間の進み方が違うのだ。忘れたのか?」

 

 サキの説明に、シャングリアとコゼはそれぞれに納得したような顔になった。

 一方で、ロウとしても、思惑通りにボニーが、ロウたちが死んだと信じ込んで城郭を出てくれたことに安心した。

 

「ところで言われたとおりに、邪魔は一切しませんでしたが、ボニーは城郭から出たところで、魔道通信を放ちました。なにか、特殊な力で魔道を増幅されていたみたいですね。おそらく、かなりの遠距離通信だと思われます」

 

 スクルズが口を挟んだ。

 一郎は頷いた。

 

「ボニーの能力のうち、通信魔道が特殊に増幅されているのは、淫魔術で支配したときにはわかっていたよ。おそらく、俺とエリカの暗殺を成功したときに、報せることができるようにされてたんだと思う。だけど、あれが最後だ。俺たちの死をアスカ城にした魔道通信を最後に、ボニーに与えられていたすべての暗示は消滅するように淫魔術で細工をした。いまこの時点では、ボニーは誰にも支配は受けていない状態だ。俺の淫魔術は別にしてね」

 

 もっとも、ボニーをもともと支配しているのはアスカであり、アスカの魔術遣いレベルは、一郎の淫魔師レベルを上回るので、アスカの支配を完全に除去できたのかどうかはわからない。

 しかし、一郎がボニーを捕えたとき、ボニーの施されていた隷属の首輪による支配者そのものは、アスカから、パリスという男に移り、さらにキシダインになっていた。

 だから、首輪が外せた。

 それで、そのままボニーを淫魔術で取り込むことも考えたが、やはり危険すぎると思った。

 一郎の淫魔師レベルを超えるアスカの支配が本当に外れたのかどうか不明だし、考えた末に、ひと芝居打ってわざと逃亡させることにしたのだ。

 

 ボニーは一郎のことを死んだと信じ込んでいるので、万が一、アスカのところに戻っても、一郎たちの死を伝えるだけのはずだ。

 だが、一郎はおそらくは、ボニーにかかっていた隷属の支配は解かれたのではないかと思う。

 最後の支配のしがらみは、一郎があえて残していた魔道通信だけだ。

 それを行うことを最後に、ボニーは我に返って、すべての隷属から解放されるはずだ。

 自由になったボニーがどうするのかわからないし、そもそも本当に自由になったのかどうかもわからない。

 だが、逃がすと決めた以上、多少面倒だったが、念のために、こうやってひと芝居を打つしかなかったのだ。

 

「……それにしても、まだ、わたしは納得していません。わざわざ捕らえた刺客を逃がすなんて……。いくら騙したといっても、あのボニーについては、ロウ様は完全には支配できたかどうかわからないんですよね? やはり、アスカ様のところに戻って、支配され直されてから、もう一度やってきたらどうするんですか」

 

 エリカが強い口調で言った。

 一郎は苦笑した。

 エリカをこっちに連れてこなかったのは、ボニーを騙すという演技ができないようだと判断したこともあるが、そもそも、エリカだけはボニーを生かして返すことは気に入らないようだったからだ。

 もう納得したと思っていたが、まだ不承知だったようだ。

 

「だったら、殺すべきだったというのか? だって、操心術のときの訊問には、お前も立ち会っただろう、エリカ? ボニーの本質は冷酷な暗殺者じゃない。操られて仕方なくやっているんだ。あのクライドとかいう悪党とは違う」

 

「そうだとしても、わたしには、ロウ様の安全が第一なんです。もしも、ボニーが結局、アスカ様のところに戻ってしまえば……」

 

 エリカが詰め寄って来る。

 一郎は閉口した。

 

「お前も結構、冷酷だなあ。俺にはボニーはそれなりの善良な女のように思えたぞ。殺すのは気の毒だ」

 

「何度も言うようですが、ロウ様の安全が第一です。ボニーが可哀想なのは認めますが、ロウ様の安全には変えられません。ロウ様を守るためなら、わたしはいくらでも冷酷になってみせます」

 

「わかった。わかった。でも、もうボニーは逃がした。おそらく、あのアスカなら、俺たちが死んだと聞かされれば、それで満足するさ。あの女は、そんな性格だと、お前も保証したろう」

 

 一郎は、何度もやった説明をもう一度エリカに繰り返した。

 本当に、頑固で扱いにくい女だ。

 まあ、それも可愛いのだが……。

 

「でも、今回のことはアスカ様じゃないんでしょう? あのパリスが指示したものだと……。アスカ城にいた頃のわたしの知識では、パリスなんて、アスカ様の小従のように思っていましたけど、実際には違ったんですよね? だったら……」

 

 エリカがさらに言った。

 まあ、エリカにとっては、一郎がついに狙われたというのが、相当に衝撃だったようだ。

 本当にしつこい。

 一郎は嘆息した。

 

「じゃあ、正直に言うよ……。彼女が外来人だということを知ったとき、俺はなんとか助けるつもりだったんだ。クライドは悪党だったから殺した。でも、ボニーについては殺したくなかったんだ。俺の場合はエリカが連れ出してくれたけど、召喚術で無理矢理に生きていた場所から離されて、二度と戻れない世界に連れて来られ、挙句に隷属の首輪で支配をされて、したくもない悪事をやらされる……。可哀想だろう……」

 

「あ……」

 

 エリカがちょっと暗い表情になる。

 一郎を強制的にこの世界に召喚したのはエリカ自身だ。

 だから、一郎の言葉にちょっとばつが悪い思いをしてしまったのかもしれない。

 一郎も、エリカが気にするかもしれないと思っていたので、どうして、こんな面倒をしてまで、ボニーを逃がしたのかということをはっきりと説明しなかったのだ。

 

「まあ、確かにもういいじゃないか、エリカ……」

 

 シャングリアが口を挟んだ。

 そして、一郎に顔を向ける。

 

「……ところで、ロウに報告しなければならないことがある。ボニーが化けていたイエンという侍女のことだが……」

 

 イエンというのは、キシダインがイザベラ王女の小離宮に送り込んだ息のかかった侍女だ。

 ボニーがそもそもロウを直接狙う前にイザベラ王女を狙ったのは、キシダインが裏で糸を引いたからだということもわかっている。

 だから、ボニーのこととは別に、シャングリアにはシャーラと組んでイエンを探せと指示もしていた。

 彼女を捕らえれば、キシダインの裏工作を告発できるのだ。

 しかし、シャングリアは残念そうに首を横に振った。

 

「……イエンは死んだ。今朝、運河に落ちて死んでいるのを発見された。誤って水の中に落ちたということになっているが、キシダインが口封じをさせたのだと思う」

 

 シャングリアが言った。

 

「死んだ?」

 

「申し訳ありません、ロウ様……。協力を命じられたのですが、力が及びませんでした。それと、ボニーが仕掛けた魅了術については、姫様の周りの者については、解除が終わりました。魅了術をかけられてしまっていたのは、ヴァージニア殿という女官だけで、ほかは問題ありません。もちろん、ヴァージニア殿についても、術は解除してます……」

 

 スクルズがさらに言った。

 一郎は息を吐いた。

 イエンさえ保護できれば、キシダインがイザベラ王女に手を出そうとしたということについての生き証人になると思ったが残念だ。

 スクルズには、ボニーが潜入したことによる魅了術の後始末と、シャーラたちの捜査の協力を指示していた。

 残念ながら、イエンをさっさと殺されてしまった。

 だが、それについても、一郎は腹がたった。

 

「なんてやつだ……。部下は使い捨てか──。だったら、ボニーを逃がすべきじゃなかったかもしれない。すまんな。逃がしたのは、半分以上は俺の我が儘だ」

 

 そして、舌打ちした。

 ならば、やはり、ボニーは留めておくべきだったか……。

 彼女もまた、キシダインにそそのかされて、イザベラを狙おうとした生証人だ。

 

「いや、それについては、シャーラとも話し合ったが無駄だろうと思う。ボニーがいくら喋ったところで、所詮は余所者だ。しかも、ただの刺客だ。キシダインとの繋がりは消されていると思うし、ボニーがなにを喋っても、キシダインを告発する証拠にはなり得ん。用心深いキシダインのことだから、ボニーがなにを喋っても、自分とは繋がらないようにしているだろう」

 

 シャングリアは言った。

 一郎は頷いた。

 いずれにしても、次はキシダインだ。

 こいつが、イザベラ王女を暗殺しようとしているのは明白だし、しかも、裏でアスカ城のパリスと繋がっているということもわかった。

 ボニーに訊問した限りにおいては、パリスがこのハロルドに持っている繋がりは、キシダインだ。

 これを断ち切らないと、一郎とエリカの安全はかなり危ういものでしかない。

 

「……思い切った手を打つしかないのかなあ……。それと、イザベラ姫様のところに、簡単に刺客を入れられてしまったのも問題か……」

 

 一郎は呟いた。

 もうひとつの懸念は、イザベラ王女に仕えている侍女たちのことだ。

 アネルザを動かして、一度解雇された侍女たちは戻してもらったが、結局のところキシダインの息のかかった者を侍女に含まされてしまった。

 イエンについては、たまたま新しい侍女だったが、古くからいるといっても、安全とは限らない。

 キシダインはかなりの権力者だ。

 侍女としてイザベラに仕えている女の実家に圧力をかけて弱みを握り、自分の手駒にしてしまうことだってできるだろう。

 

「なにか言いましたか、ロウ様?」

 

 エリカが言った。

 

「なんでもないよ」

 

 一郎はわざと明るく応じた。

 心配事をくよくよと考えても始まらない。

 もう一度、刺客が送られるなら、そのときはそのときだ。

 まあ、イザベラの侍女については、シャーラとでももう一度相談することにでもするか……。

 

「……ところで、せっかくの仮想空間だ。もうちょっと遊んでいこうか……。サキ、仮想空間の支配権を一時的に俺に移してくれよ」

 

「今度はなにをするのだ?」

 

 サキが笑いながら、一郎の指示に従ったのがわかった。

 この仮想空間が「サキの仮想空間」から「一郎の仮想空間」になったのだ。サキがいるときだけできる遊びだ。

 一郎は、屋敷の地下の風景を消滅させて真っ白い空間に変えた。

 

 そして、想像した──。

 

「な、なんじゃ?」

「うわっ」

「ちょっと」

「こ、これは……?」

「まあ……」

 

 途端に、サキを含めた五人の女たちが驚きの悲鳴をあげた。

 無理もない。

 一郎は、仮想空間を操れる力を利用して、サキ、エリカ、コゼ、シャングリア、そして、スクルズの五人の首から下を消滅させ、その首を白いテーブルに横に並べるように固定したのだ。

 

「ロ、ロウ様、これは悪趣味です」

 

 生首だけのエリカが五人を代表するように叫んだ。

 

「ちょっと、さっき思いついたプレイでな。死姦ごっこだ。お前たちの首から下は死んでいるという状況だ。そして、これを出す……」

 

 一郎は、首の並んでいるテーブルの手前に白い寝台を出現させ、その上に白い女の身体の等身大の人形を出した。

 ただし、その人形には首から上がない。

 首から上の女たちがぎょっとしている。

 

「……この首のない人形は、お前たちの首に感覚が繋がるようにした。つまり、この身体に悪戯をすれば、本当には存在しない首から下の身体に受けている感覚として、首から上に伝わるということだ……。さて、とりあえず、クリトリスにでも悪戯するか。誰が一番早く音をあげるかな?」

 

 一郎は笑いながら、右手に筆を出現させて、白い人形の股間をすっと撫ぜた。

 そして、肉芽を中心とした場所を筆でくすぐってやる。

 

「うああっ」

「はああっ」

 

 一番最初にいきなり大きな悲鳴をあげたのは、サキとエリカだ。

 エリカは一番一郎との付き合いが長い分だけ敏感だし、クリピアスの効果もある。

 サキについては、徹底的な調教によって、ロウ限定であるが超鋭敏な身体に作り替えている。

 

「あんっ」

 

 次いでスクルズも甘い声をあげた。

 

「あっ、くっ……」

「う、うう……はああっ」

 

 一方で、コゼとシャングリアは、そのふたりほどの激しい反応ではないが、やっぱり、すでに息があがりかけている感じた。

 

「受ける刺激が同じでも、違いが出るから面白いな。……じゃあ、一番の足の裏のくすぐったがりは誰だ? 自分の身体がないから、我慢することも避けることもできなくて、くすぐったさもひとしおになるはずだけどな」

 

 一郎は笑いながら、筆先を足の裏に移動させる。

 今度は五人ほぼ同時に、苦しそうな笑い声をあげ始めた。

 

「いやああっ、いや、んふふふふ、くふふふ……、ロ、ロウ様、や、やめて……ふふふふ……」

「あはあはは、だ、だめえっ、ぐふふふ……」

「い、いやじゃ、あああっ、はははは、しゅ、主殿──。こ、これは……」

「ははははは、ひいいいい」

「ああっ、ロ、ロウ様、ゆ、許して、許してください、あはははは」

 

 顔だけの五人が真っ赤な顔になった笑いだす。

 だが胴体もないので、首を動かすことでもできずに、ただつらそうに笑うだけだ。

 しばらくやっていると、五人とも涙を流して必死の様子で許してくれと哀願してきた。

 

 いずれにせよ、刺激する場所により、五人の女たちの反応が少しずつ変化することに愉しくなり、一郎は筆の場所を次々に変えて人形を刺激してやった。

 しばらくすると、五人ともかなりの荒い息になり、反応もそんなに変わらなくなった。

 ただ、一番汗をかいているのはエリカだ。

 一番感じているのはサキのようだが、もっとも色っぽい顔をして悶えているのはエリカだ。ふたりの次はスクルズだろう。

 また、声が大きいのもエリカである。

 一方でコゼは、快感を噛み殺すような「うっ、うっ」という声が特徴で、シャングリアは本当に被虐に酔ったような朦朧とした表情をしている。

 いずれにしても、無抵抗の女をいたぶるのは、本当に面白いし、反応の違いが愉快だ。

 

「……じゃあ、そろそろ、本番といくか。だけど、普通じゃ面白くないしな。手始めに、アナルセックスといくか。心配しなくても痛みはないぞ。伝わるのは快感だけだ」

 

 一郎は人形を抱きかかえると裏返しにして、尻を一郎に突き出させる。

 同時に自分の身体の服を消滅させた。

 そして、ゆっくりと人形のアナルに怒張を埋めていく。

 淫魔術の力で人形のアナルを柔らかくして、さらに潤滑油でいっぱいにした。

 それほどの抵抗もなく、人形の肛門は、一郎の怒張をどんどんと受け入れていく。

 

「んはあっ、はっ、ああっ……はああ、ご主人様……」

 

 いきなり激しくよがり声を出したのは、日ごろからアナルセックスの味を教え込んでいるコゼだ。

 次いで、サキ、エリカ、スクルズ、シャングリアの順で反応が大きくなる。

 

「……一度目はアナル。二度目は前……。三度目は、俺をもう一人出して、前後から串刺しと行くか。それが終わったら、休憩代わりに、触手による全身愛撫だ。あっ、それだと休憩は俺だけか……。まあいい。今回手伝ってくれたみんなへのお礼だ。たっぷりと愉しんでくれ」

 

 一郎がそう言いながら人形の尻をゆっくりとした速度で律動していく。

 ますます五人の首から発する声が大きくなり、やがて、それが競うような悲鳴に似た声に変化していった。

 

 

 

 

(第25話『淫魔師の死』終わり)



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【6章 王太女候補の護衛者】
151 ドワフ女~襲撃レイプ


 ミランダの執務室では、書類が溢れそうになっている。

 王都ハロルドの冒険者ギルドには、この王都のギルド分だけでなく、ハロンドール王国全体の各冒険者とそのクエストに関する資料が集まって来る。

 また、ローム三公国やナタル森林のいくつかのエルフの里にも冒険者ギルドがあり、そこからの記録もあがってくる。

 この大陸の全冒険者ギルドの発祥の地がここであり、総本部もここだ。

 仕事も膨大だ。

 

 もっとも、各国にある冒険者ギルドをここで束ねているというわけでもない。ここから冒険者ギルドが拡がったのは確かだが、いまは、それぞれの地域のギルド本部が連携することで、このギルドは、国境を跨ったひとつの統一組織を形成しているのだ。

 それでも、バロンドール王国内については、最終的なすべての責任を担うのが、ハロンドール冒険者ギルド本部の副ギルド長であるミランダというのは間違いない。

 ギルド長は第三王女のイザベラであるが、冒険者ギルドを動かしているのは事実上ミランダだ。

 ミランダひとりがこの国で行っている膨大なクエストを扱っているという自負もある。

 そのとき、ロビー側の戸が外から叩かれた。

 

「今日はあがります……。それとデルタ支部のテリオ婆さんから、チャーリーランク推薦のパーティに関する記録が届き、お持ちしましたので、ここに……。それとランは休ませました。なにかあれば、ランに声をかけてください。今夜の当番です」

 

 執務室の戸が開き、マリーが書類を持って顔を出した。

 一年前頃には新米の受付係にすぎなかったマリーだが、いまでは後輩の監督もする立派な本部ギルド員のメンバーだ。

 

 また、ランというのは、エリカが襲われた事件のきっかけで、ギルドで保護することになった奴隷娘である。

 操心術を扱う男に騙されて、闇奴隷にされて分限者に売られ、さらに娼館に売り飛ばされていたのをギルドで買い戻して保護した。

 娼館で娼婦をさせられていたときには、術の影響で記憶を抜かれていたが、ロウに頼んで、彼の不思議な能力で記憶を回復してもらった。

 操心術を遣ってエリカをさらおうとした男は、ロウによって射殺されたが、残念ながら、その男を雇った分限者までは、まだ辿り着いていない。ランが名前を知らなかったし、売られたとはいえ、ランは自分が売られた分限者とほとんど接触しておらず、相手を特定する決定的な記憶を持っていなかったのである。

 それでも、ランはギルドで身請けした以上、ここで無給の労働をしてもらっている。騙されて奴隷にされて可哀想だとは思うけど、彼女を身請けするためにギルドの予算を使っている。

 分限者が特定できない以上、身請け金が回収できないので、そのまま解放奴隷にしてはギルドの大損になる。

 その辺りの線引きを守ることは、ギルドを預かるミランダとしてのけじめだ。

 

 もっとも、ランはギルドで働くようになり、随分と愉しそうにしている。そして、ロウに記憶を復活させてもらったことを切っ掛けに、時々ロウに抱かれているみたいだ。もちろん、ランから言い寄ったようだ。

 そのおかげかわからないが、ギルド職員のひとりとして、この最近、突如として高い業務能力を発揮するようになった。

 多分、ロウの淫魔師の恩恵とやらだとは思う。

 あいつは本当に不思議な男だ。

 

「ありがとう、マリー。戸締まりは終わり?」

 

 ミランダは書類を受け取りながら訊ねた。

 

「はい。冒険者たちもいなくなりましたので、今夜はもう本部を閉鎖しました」

 

 どうやら、今日の本部の戸締りも終わったようだ。

 扉越しに視線を向けると、確かに、ミランダの執務室に面している冒険者が集まるロビーはすでに消灯されてひっそりとしている。

 ミランダは満足して頷いた。

 

 それにしても、いまはこうやって秩序が保たれている冒険者ギルドだが、ミランダが就任する前は、本部要員よりも冒険者側の力が強くて、ここにたむろしている冒険者たちの我儘で、ギルド本部を宿屋や酒場代わりに使われていて、まったく秩序のない状況だった。

 冒険者として引退したミランダが副本部ギルド長になったのは約五年前だが、最初にやったのが、そんな連中を夜は本部から叩きだすことだ。

 ここはクエストを受けつけたり、冒険者同士が情報交換する場所であって、宿屋でも酒場でもない。

 だから、特に必要のない場合は、夜は閉鎖して、朝に開けることにした。

 それまで自由にギルド本部を使っていた冒険者たちからすれば、夜閉鎖することについて不満顔だったが、さすがに冒険者として名をあげていたミランダに逆らう者もなく、いまはちゃんと節度と秩序が保たれた状態になっている。

 

「じゃあ、ご苦労さん。明日の朝には、指示書を渡すわ」

 

 ミランダは声をかけた。

 マリーはギルドの近くに家がある。そこに戻るはずだ。マリーはまだ若いが、実は五歳と三歳のふたりの子持ちである。

 ただ、夫はいない。まだ大きいとはいえない子供は、一緒に暮らしているマリーの母が面倒を看ているそうだ。

 結婚も一度もしていない。

 その辺りの事情は、マリーが話さないのでよくは知らない。

 ただ、マリーの子供はそれぞれ父親は違うそうだ。

 

「でも、失礼します。ミランダも根を詰めないでね」

 

 マリーが出ていった。

 これでギルド本部の事務室にはミランダ以外はいなくなったということだ。

 もっとも、この冒険者ギルドが空になるということはない。

 なにかあったら対応するために当直についている本部要員も数名いるし、本部内の各設備を維持するための者もいる。

 ただ、今夜は特に忙しいということもないので、それぞれの個室などでゆっくりとしているはずだ。

 

「さて……」

 

 マリーが書類を置いて出ていくと、ミランダは一度伸びをして、マリーが横に置いていった書類を手に取って立ちあがった。

 そして、まだ夕食を取っていないことを思い出して、一度私室側に戻って、簡単なものを腹に入れることにした。

 夜勤のランに命じて、ここに運ばせることもできるが、冒険者として自分のことは自分でする習慣を身に着けていたミランダは、あまり人に仕えてもらって身の回りのことをさせるということに慣れていない。

 ミランダは、ギルド本部の外に家を持たずに、この本部内に私室を作ってもらっているが、そこには料理をすることのできる小さな厨房もある。

 そこで簡単な料理をして食べようと思った。

 

 執務室の奥側の扉から廊下に出る。

 廊下の右には、アルファーランク以上の者が使える個室への入り口があり、左側にはほかの本部要員の執務室や会議をするための部屋の入り口などが並ぶ。

 ミランダの私室は、一連の扉から離れた廊下の突き当りだ。

 

 歩きながら、書類を一瞥した。

 テリオの眼鏡にかなったランクアップ推薦パーティは、今回は三組のようだ。

 実績のない者が冒険者登録した場合は、大抵はデルタランクという最下位の冒険者ランクとなり、この本部ではなく、デルタ支部と呼ばれる城壁沿いにある施設でしばらく経験を重ねることになる。

 そのデルタ支部を預かっているのは、テリオという老婆であり、本部要員としての実績はミランダよりも遥かに長い。

 

 さまざまなクエスト依頼がやってくる冒険者ギルドであるが、本来の冒険者としてのクエストは、こちら側の本部でしか扱っておらず、デルタ支部で受けられるクエストは、冒険者としてというよりは、単なる日雇い仕事だ。

 新米パーティは、そこで数々の日雇い仕事を受けながら、冒険者としての資質と能力を見極められて、本来の冒険者としてチャーリーランクにあげるかどうかを試験され続けるというわけだ。

 

 そのデルタ支部の顔といえば、テリオ婆さんであり、たくさんのデルタランク冒険者の中から、こうやって、チャーリーランクにあげて本部のクエストを受けさせるべき冒険者のリストをあげてくる。

 それを最終的に判断するのが、ミランダの役割だ。

 これから、ここに載っている冒険者の記録を読み、明日の朝には、その判断をテリオに回さなければならない。

 ミランダの今夜の仕事は、まだまだ終わるわけじゃない。

 

「……そういえば……」

 

 ミランダは歩きながら、もう一年近く前になる、あのときのことを思い出して、思わず頬を緩めて呟いた。

 そういえば、あのときもこうやって、遅い夕食を取ろうとして、テリオの推薦状を持って歩きながら、何気なく書類に目をやって驚愕したものだった。

 

 ランクアップのための判断材料として、テリオのお気に入りのクエストは、王都地下水道のラット狩りだ。

 すなわち巨大ネズミだが、凶暴ですばしっこく、それなりの能力がなければ、捕らえることはできないし、逆に襲われて大けがをすることもある。

 一応の目安は、三日ほどで十匹以上退治することであり、それができれば、デルタ支部に置いたままにするのは、もったいない冒険者として判断することにしているが、あのときは桁外れの記録だった。

 

 なにしろ、たった一日……、正確には、朝から開始して夕方までの半日で、百匹を超える大ラットを生け捕りにしてきたのだ。

 その記録に接したのが、ロウたちパーティとの出会いだった。

 その直後に、まだデルタランクに過ぎないロウたち指名のクエストが入ったりして、さらに驚きもした。しかも、ドルニカ伯爵夫人がらみの難しい案件であり、どうしようかとミランダも迷ったものだ。

 

 あれから一年近くか……。

 いや、もう数ヶ月経てば一年だ……。

 季節も二度変わっている……。

 いまや、ロウたちパーティは、このハロルド王都の冒険者では知らぬ者のない有名なパーティになった。

 そして……。

 

 ミランダは、私室の扉を開けて中に入った。

 あれ……?

 室内は真っ暗だったが、なにかの違和感を覚えたのだ。

 それがなにかと考える前に、いきなり顔に袋を被せられた。

 

「んんっ、うわあっ」

 

 悲鳴をあげたが、その声は被せられた袋のためにくぐもって外に出ない。

 腕を振って、ミランダを襲った者を捕まえようとしたが、そのときには、すでに暴漢は離れていて、手には触れなかった。

 だが、どんと背中を押された。

 同時に、肩にちくりとした針を刺されるような痛みを感じた。

 

「だ、誰──?」

 

 突き飛ばされて床に転んだミランダは、体勢を取り直しながら袋を取ろうとした。

 

 なに、これ?

 しかし、特殊なワイヤーのようなものを袋口に使っているらしく、首に締まっている袋口を大きくできない。

 だったら、袋をミランダの怪力で破ろうとした。

 

「あれ……?」

 

 思わず声をあげた。

 指に力が入らない……。

 身体が痺れている……。

 そういえば、さっき肩になにかを……。

 ミランダは、即効性の弛緩剤のようなものを打たれたのだと悟った。

 そう思ったときには、身体ががくりと脱力していた。

 

「うわあっ、きゃああ」

 

 次の瞬間、両側から誰かに身体を掴まれた。

 身体が持ちあげられ、テーブルの上に仰向けに上半身を寝かされたのだ。

 さらに、テーブルの脚に両手を添わされて、両手首になにかが食い込んだ。

 

「くっ」

 

 あっという間に手の自由がなくなる。

 しかも、右手の指に嵌めていた「魔道の指輪」が抜かれた。

 ドワフ族は、その指輪を媒体にして魔道を操る。

 これを外されると、ミランダは魔道を遣えない。

 ミランダの手を縛った者とは別の者が、ミランダの両脚を抱えた。

 そのまま頭方向に持ちあげる。

 

「ひっ、いやあっ」

 

 ミランダはさすがに悲鳴をあげた。

 仰向けの体勢の上半身に向かって折りたたむようにして両脚があげられたのだ。

 さらに、足首と膝の後ろに革紐がかかってテーブルに固定されて、折りたたんだ脚が戻せないようにされてしまった。

 ミランダはスカートをはいていたので、スカートは完全にめくれて、下着に包んだ股間が天井に向かって露出している状態のはずだ。

 あまりに恥ずかしい姿だ。

 

 だが、このときには、これが誰の仕業なのかわかってきた。

 この早業……。

 この連携……。

 この隙の無さ……。

 ミランダをして一瞬にして無力化して拘束できるような者たちなど、この王都にも数いるわけがない。

 

「ロ、ロウね──。いい加減にして──。なんの真似よ──」

 

 ミランダは声をあげた。

 すると、くすくすという笑い声が頭の方向からした。

 その笑った人物が、ミランダの首に手を伸ばして、袋口を大きくして袋を引き抜く。

 

 視界が戻る。

 いつの間にか、部屋には燭台も灯されていた。

 やっぱり……。

 ミランダは身体を折り曲げられた窮屈な姿勢のまま嘆息した。

 

 ミランダを見下ろすように笑っているのはロウだ。

 どうやら、足側にいるのは、エリカとコゼとシャングリアのようだ。

 

「ごめんなさい、ミランダ。ロウ様のご命令で……」

 

「すまんな、ミランダ。なんか、ロウは、このところ、レイプづいていてな。突然に襲って犯すのが愉しいのだそうだ。まあ、相手をしてやってくれ。今日はレイプごっこだそうだ。わたしたちも、昼間にそれぞれにやられた。わたしなど騎士団の詰所から戻る街中でやられたのだぞ」

 

「だけど、呆気なくないですか、ミランダ? 本当に暴漢だったらどうするんです?」

 

 テーブルに仰向けで拘束されているミランダの周りに集まりながら、エリカ、シャングリア、コゼがそれぞれに言った。

 

 こいつら……。

 ちょっと腹が立ったが、ミランダが本気で捕らえられたのは本当だ。

 まったく抵抗ができなかった……。

 改めて、ロウたちパーティの凄さを思い知った気分だ。

 

「そういうことだ、ミランダ。じゃあ、“傷心のミランダを慰めるぞ”ごっこだ。ぱんぱかぱーん」

 

 ロウがお道化て言った。

 

「な、なにが傷心よ……。もう勘弁してよ、ロウ……」

 

 ミランダは息を吐いた。

 先日、クライドとかいうロウへの刺客が冒険者ギルドを襲ったとき、ミランダはスクルズを人質に取られて、そのクライドに犯されるということがあった。

 

 それはいいのだが、このロウは、それによってミランダが傷ついているとか言って、ミランダを数日前まであの屋敷に数日間監禁し、いまのようなおかしな悪戯を何十回もしまくったのだ。

 やっと逃亡できたのが四日ほど前であり、結局抱き潰されて寝ていたのだが、そのあいだに、ロウがイザベラ王女のところにひとりで遊びにいって、その隙に逃亡したというわけだ。しかし、その場でロウが、例のアスカという魔女の刺客とやらに襲われるということがあり、かなりばたばたしたりした。

 とにかく、今夜のように、遅くまで仕事をしなければならない大半の理由は、その数日間ですっかりと仕事が溜まってしまったからだ。

 

 まあ、そのボニーのことも、一応は片付いたと報せを受けた。

 一昨日のことだ。

 だが、そのときも、今日のような襲撃で犯されたのだ。

 さらに、今朝早く、同じことをされた。

 これで三回目だ。

 その都度、違う方法で突然に襲われて、ロウに犯されるというようなことが繰り返されている。

 ロウに抱かれるのはいいのだが、こんなやり方は心臓に悪い。

 本当に、もう勘弁して欲しい……。

 

「実は今夜は折り入った用件があって来たんだ、ミランダ……。いよいよ決心も固まり、それで重大な相談があって、明日、屋敷に来て欲しい。ついでに、パーティを開こうと思う。姫様とシャーラ、スクルズ殿たち三人の巫女、マアも呼ぶ。内輪のパーティなんで、気楽な恰好で来てくれ……。……というよりも、全裸パーティだからな。めかし込んでくるなよ」

 

 ロウが言った。

 重大な相談?

 多分、今回の事件絡みなんだろう。

 それにしても、全裸パーティ……?

 またろくでもないことを考えていると思ったが、とりあえず、ミランダはわかったと応じた。

 パーティはともかく、重大な相談というのは、なにかあるのだろう。

  

 ミランダが犯されたクライドとともに、もうひとりの刺客だったボニーという女が、イザベラ姫とロウを狙った顛末は、もちろん、ミランダもすでに詳細を知っている。

 ロウのおかげで無事に片付いたものの、実に大変な事件だった。

 その事後処置は進行中だ。

 

 まずは、ロウは、イザベラの侍女長であるエルフ女のシャーラに、刺客の裏でキシダインが動いた証拠を掴めと指示していたようだが、結局、それは成功していない。

 一方で、ミランダについては、ロウの別の指示で冒険者の記録に、ロウとエリカのふたりの冒険者が死んだとして記録に残した。すでに記録を更新して、大陸全土のギルドに魔道通信で送っている。

 ロウは、ロウたちの暗殺に成功したと刺客のボニーに思い込ませて追い払ったらしく、アスカという三公国の先にあるアスカ城という独立勢力を築いている魔女の追手をそれでかわしたいようなのだ。

 今回の記録改竄は、ギルド長のイザベラの認可を受けており、ギルドの記録からは、ロウはすでに死んだということになっている。

 さらに、アネルザとマアについても、それぞれに今回のことで動き始めている。

 そのロウの女たちを集めるというのだろうから、これに関することだろう。

 もしかして、やっとアネルザ王妃を引き入れたことをイザベラ王女に教えるのかもしれない。

 ミランダの認識では、まだ王妃を味方につけたことは、イザベラとシャーラにはなにも言っていないはずだ。

 

「わ、わかったから、これを外して、ロウ。ちょっと、このところ趣味悪いわよ」

 

 ミランダはもがきながら言った。

 こんな格好、とにかく恥ずかしいのだ。

 ロウの視線がさっきから、開脚しているミランダの股に注がれているのがわかる。

 それが、ミランダの羞恥心を増幅させる。

 

「……お前たち、もう行っていいぞ。二ノスほど経ったら迎えに来てくれ。次は第三神殿のスクルズ殿の傷心を癒やしにいくからな。俺が神殿に潜入できる段取りを作っておくんだ。頼むぞ……。その代わり、ちゃんと、お前たちにも埋め合わせするから」

 

「そんな……。わたしたちに気を遣う必要はないぞ、ロウ」

 

「まあそうね。でも、埋め合わせというのは愉しみかな」

 

「ミランダをあまり苛めないでくださいね」

 

 シャングリア、コゼ、エリカがそれぞれに応じた。

 三人の口調はまったく平然としている。

 ロウのこの馬鹿げた遊びに巻き込まれても、嫌がる素振りはないようだ。

 

 それにしても、次は、第三神殿……?

 もしかして、このあと、スクルズのところにもちょっかいを出しに行くのか……?

 呆れたが、この手のことでロウになにを忠告しても無駄だから口にしなかった。  

 

 そして、エリカたちは、いつもと変わらぬ様子でミランダに挨拶すると、ぞろぞろと部屋を出ていった。

 どうやってギルド本部に潜入し、どうやって出ていくのかわからないが、随分と手慣れた感じだ。

 そのうちに、その手口を聞いて、ギルド本部の警戒について、手を加えなければならないと思った。

 

「……ねえ、ロウ……。ここには、まだ残っている職員が……」

 

 ふたりきりにされてしまうと、ミランダは声を低めて言った。

 ロウはミランダを犯すのだろう。

 それは仕方がない。

 

 しかし、なんの防音もないここで犯されるのは……。

 ロウを相手にして、平静を保つことなど不可能だ。

 ここは、ほかの職員が夜勤で詰めている場所からは離れているから多少は大丈夫だと思うが、やはり声が洩れるのが不安だ。

 

「大丈夫だよ、ミランダ。猿ぐつわしてやるから。それに、今夜はレイプごっこだからな。声が出せないようにした方が気分でるしね」

 

 その直後、大きな球体を口に放り込まれた。

 さらに、その上から柔らかい布を噛まされて、一瞬頭をあげさせられて後ろで縛られる。

 なんだろう、これは……?

 ミランダは口の中に入れられたものの感触に訝しんだ。

 

 飴……?

 球体に触れている舌に甘い味のようなものを感じる。

 これは、まさか……。

 

「……その表情はなんとなく、予想がついているようだけど、その丸い飴は強烈な媚薬だ。ドワフ女専用のな。あまり舐めない方がいいぞ」

 

 ロウがくすくすと笑った。

 媚薬──?

 冗談じゃない……。

 ロウに犯されるのはともかく、まだ仕事があるのだ。

 そんなものを舐めさせられては、今夜はもう身体が使い物にならなくなる……。

 

「んんんっ」

 

 慌てて抗議をしようとしたが、飴と布に阻まれて言葉にならない。

 そもそも、口の中に放り込まれている飴を舐めないようにするなど不可能だ。

 早くも、じんとする疼きのようなものを全身に感じて、ミランダは焦った。

 

「さあ、ところで、先回のレイプのときに、クリちゃん並みに敏感にしてやった乳房はどんな感じになった? ほう、すごく厳重に包んであるなあ。さぞや刺激を受けて困ったんだな」

 

 ロウがミランダの上衣に手を伸ばして、左右に服をはだけるとともに、胸当てに包まれている乳房を剥き出しにしながら言った。

 実は、このロウは今朝のレイプごっこのときに、ミランダの身体におかしな仕掛けを残したままにしていっていた。

 すなわち、ミランダの乳房を股間の肉芽並みに敏感にし、そのまま立ち去ったのだ。

 今朝のことだ。

 お陰でこの一日大変だった。

 思い出して口惜しくなった。

 

「とにかく、ミランダは働き過ぎなんだよ。たっぷりと疲れさせて、明日の朝まで起きれないようにしてやるよ」

 

 ロウが笑いながら言った。

 びっくりした。

 そんなの困る──。

 ミランダは抗議しようとしたが、その言葉は猿ぐつわに消されてしまう。

 しかも、ロウが露出したミランダの乳房に両手を乗せたとき、あらゆる思考が吹き飛んでしまった。

 稲妻にでも打たれたような衝撃が胸から全身に走ったのだ。

 

「んふうっ、んぐううっ」

 

 ミランダは拘束された身体を限界までのけぞらせた。

 両方の乳房がじんとなり、大きな疼きが身体を駆け巡っていく。

 

「本番に入る前に、右の乳房で一回、左の乳房で一回、そして、両方の乳房で一回の全部で三回続けて絶頂させておこうか。それだけで、もう今夜はなにもできんよ。もっとも、俺の本当の相手をしてもらうのは、それからだけどね」

 

 ロウが笑いながら股間側に移動してミランダに覆い被さってきた。

 そして、両方の乳房を揉みながら、まずは右側の乳首に口を当てて、ちゅうちゅうと吸い始める。

 

「んっ、んあああっ、んはああっ」

 

 大きな声が出た。

 たちまちに官能の炎が燃えあがり、ミランダは腰を振って悶え始めてしまった。

 

 

 *

 

 

「んふううっ」

 

 ミランダが、テーブルに折り曲げられている身体をぶるぶると震わせて、大きな呻き声をあげた。

 一郎は、そのミランダに覆いかぶさるようにしていた身体を起こし、舐めまわしていた乳房から口を離す。

 

 最初に宣言したとおり、ミランダの右の乳房で一回、左で一回、そして、いま両方の乳房を交互に舐めまわしてさらに一回の絶頂をさせたところだ。

 ここまで、ほとんど時間がかかっていない。

 

 なにしろ、いまのミランダのふたつの乳房は、淫魔術の力で肉芽並みに敏感な場所にしており、しかも、股間の性感に直結しているようにしている。

 だから、ミランダは乳房を刺激されれば、まさに股間を直接に刺激されているのと同じ状態になっているのだ。

 しかも、肉芽よりも大きい分だけ、受ける刺激も大きい。

 その乳房に一郎の魔眼を駆使した性感帯攻撃をするのだ。

 さすがのミランダがひとたまりもなかったのは無理もない。

 

 それにしても、ミランダの口の中に放り込んだ大きな球状の媚薬の飴は、ちょっと強烈すぎたかもしれない……。

 一郎は苦笑した。

 口の中に放り込んで上から布で猿ぐつわをしたために、それを舐めまわすしかないミランダの身体は、熟れた果実のように真っ赤になっており、全身からはまるで水でも被ったかのように大量の汗が流れ続けている。

 ドワフ女に強烈な快感を与えるように、クグルスに合成させた媚薬の飴だが、これはちょっと強烈すぎたようだ。

 すでにミランダは朦朧としており、あの気丈なミランダが三回の絶頂だけで、快感に酔いすぎて涙を流している。

 

 視線を落として、捲くれているスカートから露わになっているミランダの股間を見た。

 下着は、ミランダの股間から洩れ出た愛蜜でびっしょりと濡れ、ミランダの陰毛がはっきりと映っている。それだけでなく、下着ではとても抑えられなかった蜜が下着の縁から漏れ出て、テーブルの上に小さな蜜の溜まりまで作ってもいる。

 しかも、蜜はいまでもとろとろと流れ続けている気配だ。

 やはり、それだけ強烈な媚薬なのだろう。

 さすがは、クグルスだ。

 このところ、クグルスも一郎の淫魔師としての成長に平行するように、どんどんと実力をあげている。

 媚薬でも、淫具の魔道具でも、一郎の思いつきの注文のままになんでも実現してくれる。

 

 一郎は三度目の絶頂にして、もう小刻みな震えがとまらなくなっているミランダの股間に手を伸ばすと、下に置いている袋から小さな刃物を取り出して、下着を切り外した。

 真っ赤に熟れてすっかりと濡れほぞっているミランダの亀裂が露わになる。

 一郎はまるで尿を洩らしたようになっているミランダの股間の亀裂に指をすっと這わせた。

 

「んぐううっ」

 

 半分、失神したようになっていたミランダが、激しい声をあげて拘束されている身体を跳ねあげた。

 

「この世界では不感症の異名まであるドワフ女だろう、ミランダ? そんなに、よがり狂っていたら戦闘種族のドワフ族の名が泣くぞ」

 

 一郎は股間を繰り返し刺激しながらからかった。

 だが、この物言いは、ミランダの逆鱗に触れる言葉だったのかもしれない。

 すっかりと大人しくなったと思っていたミランダが、首だけをあげて、一郎に激しい視線を向ける。

 

「んぐうっ、んぐううっ、んぐっ、んぐううっ」

 

 そして、布を噛ませられている口でなにかをけたたましく叫び始めた。

 どうやら、一郎に文句を言っているようだ。

 だが、一郎はちょっと嬉しくなった。

 

「まあ、そう来なくっちゃな。折角のレイプだしね。もっと抵抗してくれないと愉しくない……。さあ、これからだぞ、ミランダ。いまのように、頑張って意識を保ってくれよ」

 

 一郎はからかうような言葉をかけると、股間を刺激している指とは反対側の手で、再び乳房に触れた。

 

「ううっ、んんんっ」

 

 するとミランダは泣くような声をあげて、身体を捩らせた。

 余程に、いまの感度にした乳房への責めは効くようだ。

 一郎は、ミランダの股間と胸の上下を責めながら口をミランダの耳元に近づけた。

 

「……これが終わったら、股間もその乳房も、元の感度に戻してあげるよ、ミランダ。いや、だけど、やっぱりそのままにしとこうかな。そっちが面白そうだしね。そして、これからも時々からかってやろうかな」

 

 一郎はミランダにささやいた。

 我ながら鬼畜だとは思う。

 しかし、一騎当千の強者揃いと言われている大勢の冒険者集団が、一目も二目も置いて、畏敬の念を持って逆らうことができない副ギルド長のミランダをこうやって女として好きなように嬲り尽しているのかと思うと、どうしてももっと意地悪をしたくなって仕方がないのだ。

 

「んふうっ、んぐうっ、んふうっ」

 

 ミランダが猿ぐつわの下から一生懸命に喚いている。

 おそらく、抗議をしているのだろう。

 だが、ミランダにはなにもできない。

 一郎がそうしたいと思えば、それをされるしかない。

 

「じゃあ、抵抗してごらん、ミランダ。これが我慢できたら、おかしな暗示はなくしてあげるよ」

 

 一郎は上を向いているミランダの股間に指を挿し入れ、ぐっと奥まで押し込むと、子宮口付近を軽く突きあげた。ミランダの身体は小さいので、一郎の指でも子宮口に届かないことはない。

 そして、ここはミランダの最大の性感帯だ。

 怒張で責めるときも、ここを亀頭でぐりぐりと擦ると、ミランダはいつも泣き狂う。

 

「んんっ、んあああっ、んはああっ」

 

 ミランダがなにかを我慢するような素振りを示したのは一瞬だけだ。

 すぐに、ミランダは激しく腰を振って悶えだす。

 

「ここも弱いよね」

 

 次に一郎は指を戻して、今度は入口に近い上側の内部の土手を擦る。

 もはや、ミランダの身体も膣の中も真っ赤なもやでいっぱいだが、一郎が触れる場所は、赤を通り越して、赤黒くなっている場所ばかりだ。

 そこを刺激されれば、たとえミランダが「石」そのものでも耐えられるわけがない。

 

「んはああ、あああっ、んはあああ」

 

 指で膣の中の刺激体を交互に擦ってやる。

 ミランダの全身と局部の中のもやがますまず真っ赤になり、膣に挿入している指にミランダの襞から漏れ出る大量の蜜が絡んでくる。それだけでなく、ぐいぐいと一郎の指を引き込むように収縮を開始した。

 一郎も最初は驚いたミランダの股間の本領発揮だ。

 ミランダの股間が一郎の指を絞りあげ、下から上に、上から下にとぎゅうぎゅうと吸い込むような力を加えてくる。

 相変わらず、すごいな……。

 一郎は指を動かしながら思った。

 

「胸はどう? こっちももっと感じていいよ」

 

 一郎は胸を擦っている指の動きを速くした。

 

「んんっ、んああああっ、んんあああっ、んんあああああっ」

 

 ミランダが革紐で縛られている腕と脚の拘束を引き千切らんばかりに、全身を波打たせた。

 テーブルがひっくり返りそうになり、一郎は慌ててそれを押さえなければならなくなった。

 

「んふううっ」

 

 ミランダが激しく腰を上下させて、またもや快感の頂点に昇りつめた。

 しばらくのあいだ、痙攣のように身体を震わせていたミランダだったが、やがてがっくりと脱力した。

 今度は、前の三回に増して快感が深かったようだ。

 それは淫魔術を遣うまでもなく、ミランダの反応を見ていればわかる。

 一郎は素早くズボンと下着を脱ぐ。

 そして、ミランダの脚を縛っていた革紐を解くと、上を向いているミランダの股間にぐいと怒張を挿入させた。

 

「んっ、んんっ、んひいいっ、んなあああ」

 

 挿入を開始すると、ミランダがまたもや激しくよがり始める。

 なにしろ一郎の怒張は、ミランダがもっとも感じる膣の部分を縫うように動いている。

 

「んんっ、んんっ、んんっ」

 

 ミランダが絶叫のような声をあげながら、脚を一郎の胴体に巻きつけてきた。

 

「うわあっ」

 

 思わず叫んだ。

 凄まじい脚の力で背骨が砕けるかと思ったのだ。

 

「ミ、ミランダ、つ、強い……。ちょ、ちょっと力を加減して……」

 

 一郎は思わず言ったが、聞こえていないのか、ミランダの脚は一郎の胴体をぐいぐいと股間方向に締め寄せる。

 仕方がない……。

 一郎はそのまま、さらに奥に怒張を前進させた、

 

「ああっ、んんんっ」

 

 先端が最奥に辿り着いた。

 一郎の怒張はミランダの膣の肉で引き込まれ、身体全体も脚で絞められる。

 自然に、一郎は上半身をミランダの身体に倒すかたちになった。

 ミランダはすっかりと興奮していて、常軌を失った感じになっている。

 一郎は腰を前後にピストンさせながら、倒れ込んだ体勢のままに、ミランダの顔を舌で舐め始めた。

 ちょうど一郎の顔とミランダの顔が重なるようになっていたのだ。

 

 ミランダの顔は涙と鼻水と涎でぐしょぐしょだった。

 だが、ミランダはそれでも可愛かった。

 一郎よりも年上で、経験でも能力でも一郎などが足元にも及ばない相手を可愛いなどと感じるのは、おこがましい気はするのだが、童顔で身体の小さいミランダは、可愛いとしか表現できない。

 一郎は、ミランダの顔の体液をぺろぺろと舐めた。

 

「んふふ、んふふふふ」

 

 くすぐったいのかミランダが笑うような表情になった。

 一方で一郎の怒張はしっかりとミランダの股間を刺激し続けている。

 ミランダの身体が狂ったように激しく動き出す。

 

 快感値が“5”を切った。

 一郎は角度を少し変えて、子宮口の入り口が亀頭の先端に当たるようにした。

 そのまま揺すってやる。

 

「んはああっ、はあっ、あああっ、んはああっ」

 

 ミランダが凄まじい力で身体を痙攣させて、身体を弓なりにする。

 達したのだ。

 絶頂してもなお、ミランダの耐久度数は下がり続ける。

 “0”を下回り、一郎の魔眼では、マイナスの表示で映り続ける。

 ミランダの身体の震えは収まらない。

 まるで、二度三度と続けて昇天したかのように、続け様に腰を突きあげる。

 一郎はミランダの絶頂に合わせて射精をした。

 

 そのとき、ぶちりと大きな音がした。

 驚いたが、ミランダがテーブルの脚に結び付けられていた両手具の革紐を両方とも引き千切ったのだ。

 なんという怪力だと思ったが、おかげでバランスが崩れて、ふたりまとめてテーブルから転げ落ちそうになった。

 一郎は射精を続けながら、ミランダを抱きかかえて、なんとか堪えた。

 感極まったミランダが一郎にしがみつく。

 

「んぐっ」

 

 今度は一郎が白目を剥きそうになった。

 

「んああああ、あああ、んああああっ」

 

 ミランダが猿ぐつわの下から声を迸らせながら、一郎を強く抱きしめる。

 だが、その力が凄まじい。

 ミランダは快感に酔っているような感じだが、一郎はそれどころじゃない。

 

 息が止まる……。

 背骨が……。

 死ぬ……。

 命の危険まで感じた……。

 

 ミランダの怪力で力一杯に両腕で抱き締められて、一郎は意識を失いそうになった。

 しかし、次の瞬間、ふわりと力が弱まった。

 ミランダが意識を手放したのだ。

 一郎はほっとして、ミランダから怒張を抜いた。

 

「うわっ」

 

 だが、声をあげてしまった。

 一郎が一物を抜くと同時に、ミランダの亀裂からすごい勢いで放水が始まったのだ。

 

「あらら……」

 

 一郎は苦笑した。

 

「んんっ?」

 

 ミランダが一瞬だけの失神から意識を戻した。

 そのときには、すでに尿が迸り続けている。

 一郎は手を伸ばして、猿ぐつわを外してやった。

 ミランダが噴き出すように媚薬の飴を吐き出した。

 

「ああ、いやあっ、見ないで、見ないで」

 

 ミランダが恥ずかしさのあまり声をあげた。

 弧を描いて流れ出るミランダの尿は、しっかりと一郎にかかり、一郎の身体を汚してしまっている。

 別にミランダの尿なんて汚くないが、ミランダが恐縮したように狼狽えるのが面白い。

 それよりも、ミランダが正気に戻らないうちにと、一郎は荷から手錠を出して、まだ失禁を続けるミランダの背後に回り、両手を背中に引っ張り両手首に手枷をつけた。

 

「あっ、また」

 

 ミランダははっとしているが、もう遅い。ミランダは再び拘束の身になった。

 

「ああ、ロウ、こ、これ外して。ゆ、床を掃除しないと……。あなたの身体も……」

 

 ミランダがテーブルの上で上半身を起こして言った。

 やっとミランダの放尿は終わったのだ。

 辺りはすっかりとびしょびしょだ。

 

「放っておきなよ。そのうち、うちの娘たちが戻って来る。三人に掃除させればいいさ」

 

 一郎は部屋の隅にあった雑巾のようなものを数枚掴んで、床に拡がったミランダの尿の上にばらまくと、ミランダの身体をテーブルからおろして、少し離れた床に導いた。

 そして、まだ身体にまとわりついているスカートを脱がせて放る。

 胸当ても外し、上衣は後手の手錠に手首に絡ませるようにした。

 これでミランダはほとんど裸だ。

 一方で一郎も上半身に着ているものを脱いで全裸になる。

 

 一郎は胡坐に座ると、その一郎に跨るように向かい合わせにミランダを抱き寄せ、まだ猛り切っている一郎の一物の上にミランダの亀裂を導いていく。

 

「ああ、そ、そんな、あたし、汚いのに……」

 

 ミランダが抵抗の素振りを示したが、絶頂したばかりの脱力した身体では一郎に抗うことなどできずに、股間に一郎の怒張を受け入れさせられてしまう。

 一郎とミランダは、対面座位で性器を合体させた状態になった。

 

「汚くなんてないさ……。いまさら、なんだい……。俺んとこの娘たちなんて、失禁どころか、脱糞だってあるよ。まあ、誰がそれをしたかは、本人の名誉のために内緒にするけどね……」

 

 一郎は笑った。

 

「や、やっぱり、いやよ。あのままなんて。掃除させてったらあ」

 

 ミランダがもがきだす。

 だが、すかさず、一郎が掴んでいる腰を揺すって貫いている怒張の先でミランダの膣の敏感な場所を擦るようにしてやると、「ううっ」と声をあげて、一郎に身体を倒してきた。

 一郎はミランダをぎゅっと抱き締めてやった。

 

「ほら、口を開いて」

 

 一郎が言うと、ミランダは大人しく口を開く。

 その口の中に舌を差し込み、もやのある部分をぺろべろと舐めまわしていく。

 また、一郎は淫魔術で自分の体液を好きなように媚薬に変えられる。

 今度は強さの加減に注意しながら、ミランダの口に注いでいる唾液に、女の身体を蕩けさせる媚薬の成分を加えてやった。

 ミランダは、たちまちにとろんと溶けたような表情になった。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 一郎が口を離すと、ミランダは肩を上下に揺すって激しく息を始める。

 そんなミランダの乳房の表面に、一郎は指をすっと動かしてやった。

 

「ひゃあ、ひゃああんっ」

 

 ミランダが可愛らしい声を出して、がくがくと身体を揺する。

 なにしろ、一郎に触られると、この大きな胸が肉芽並みの快感の性感帯に早変わりするのだ。

 ミランダが悶え狂うのは当然だ。

 さらに、その動きで、じっとしているだけだった一郎の怒張に膣の襞を強く擦りつけてしまって、ミランダは、また甘い声をあげて身体を悶えさせる。

 もはや、伝説のシーラ・ランクの怪力ミランダの冒険者の面影はない。

 ただ、一郎の性技と淫魔術に翻弄される雌の姿があるだけだ。

 

「い、いい加減に、このおっぱい戻してよ。酷いわよ、ロウ」

 

 ミランダが真っ赤になった顔をあげて、一郎に抗議した。

 

「いいじゃないか。俺に触られたときだけだよ。それ以外はなんともないから」

 

 一郎は笑った。

 

「あ、あんただけ……?」

 

 ミランダが拗ねたような顔で一郎を上目遣いで見た。

 

「そうだよ」

 

「ふうん……。じゃあ、まあいいか……」

 

 ミランダがまたごつんと一郎の胸に顔をつけた。

 一郎は、そのミランダの身体をぎゅっと抱き締める。

 しばらく、そのままじっとしていた。

 媚薬は効いていると思うが、いまは新しい刺激は与えないようにしている。

 だんだんとミランダが落ち着きを取り戻してきたのがわかった。

 

「……お、お願いだから、も、もう動かさないで……。だ、だけど、これ、いいわね……。あ、あんたを感じられる……。すごく、幸せな気分になる……」

 

 一郎の怒張の上に座らせられているミランダが一郎の胸に頭を着けたまま言った。

 いま、一郎はミランダの膣に怒張を挿入させながら、余計な刺激を遮断して、ただミランダの膣が一郎の性器を締めつけるに任せていた。

 これ以上やれば、おそらく、ミランダは意識を完全に手放してしまう。

 エリカたちが迎えに来るには、まだ一ノス……つまりは、五十分くらいはあると思う。

 まだ、気絶するには早い。

 まだしばらくは、ミランダを愉しみたい。 

 一郎はミランダの腰を持って、ぐいと揺すってやった。

 

「ふうううっ」

 

 ミランダが大きな声を出してしまい、慌てたように口をつぐんだ。

 

「ま、まだ、するの? さっきので終わったんじゃないの?」

 

 ミランダがぞっとしたような表情になった。

 だが、一郎は笑ってしまった。

 

「当り前だろう。たった一発出しただけじゃないか。俺がそんなもので満足しないのはわかっているだろう、ミランダ……。ほら、いくぞ。とりあえず、このまま対面座位で一回戦にしようか。次は後背位……。そして、正常位。ほかにも松葉崩しに、茶臼、仏壇返しに、抱き地蔵、押し車なんてのもあるぞ。時間も限られているし、次々にいくぞ。しっかりとレイプしてやる。覚悟しな、ミランダ」

 

 一郎がそういうと、ミランダが引きつった顔になった。

 だが、一郎が後手に拘束されているミランダの腰を動かし始めると、もうそれでミランダは抵抗力を失って、早くも切羽詰まった昂ぶりを示し始める。

 

「ま、待って、待って、ロウ……。待ってったら」

 

 早速、ミランダが髪を振り乱しながら激しい声で叫んだ。

 

「待たないね。このところ、性欲があり余って、何度精を放っても足りないんだ。もう少し頼むよ」

 

 一郎はミランダの小さな身体を少し離すようにすると、乳房に舌を這わし始める。

 すると、ミランダが感極まった声をあげた。

 

「ああ、あぐうう、声、声が出るの──。さ、猿ぐつわしてえっ」

 

 ミランダが焦ったように言った。

 

「さっきの媚薬の飴でよければ口に入れてやるが、どうする?」

 

 一郎はミランダの膣の中の赤いもやを亀頭で擦りながら意地悪く言った。



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 第26話  レイプ・レイプ・レイプ
152 女騎士~露出遊戯


「……戻りました、ロウ様……」

 

 エリカは扉の外から小さな声でささやいた。

 冒険者ギルドの本部内はひっそりしていた。

 だが、ここには泊まり込んでいる本部要員が結構いるはずだ。

 彼らのいる部屋から、このミランダの私室は離れてはいるものの、他の者に見咎められると面倒だ。

 なにしろ、一応は冒険者はもう出ていかなければならない刻限を遥かにすぎている。

 エリカは気配を殺すことに気をつけながら、慎重にロウに声をかけた。

 

 ただ、ミランダの私室からは、男女の営みのような物音はしない。

 部屋の中は静かだ。

 すぐに、室内からロウの声が戻ってきた。

 エリカは、一緒にいるシャングリアとコゼに振り向いて頷く。

 三人で中に入った。

 

「まあ……」

「うわあ……」

「あらあら」

 

 エリカの思わずあげた声に続いて、シャングリアとコゼのそれぞれの声がした。

 部屋の中は、いわば「惨状」だった。

 

 まず、びっくりしたのはミランダだ。

 ミランダは素裸のまま、だらしなく長椅子に股を開いて横たわっていた。

 いまは静かに寝息を立てているが、眠っているというよりは、根こそぎ体力を使い果たして、気絶しているという表現が正しいような感じだ。

 素裸の身体はまだまだ真っ赤に火照っていて、股間からは夥しい愛液がいまも流れ続けている。

 また、ここを立ち去るときに、ミランダを縛りつけていたテーブルの上には、当然ミランダはいないが、やはり卓上にはミランダのものと思われる体液が散らばっている。

 しかも、その床下には、体液というよりは、水でもこぼしたかのような染みが床にある。

 雑巾が数枚、その上に無造作に置いてあるが……。

 

「これ、おしっこか、ロウ?」

 

 シャングリアがそこにしゃがみ込んで、鼻を近づけてから顔をあげた。

 

「ミランダが失禁してな。俺もかけられてしまった。エリカ、魔道で乾かせるか?」

 

 ロウが笑いながら言った。

 そのロウについては、すでに服を整え終わって、壁際に置いている椅子に座っていた。

 ただし、確かに上衣の裾が少し濡れている。

 

「は、はい……。そのくらいの魔道であれば、いつでも……」

 

 エリカは懐から魔道の杖を取り出して、まずはロウに向ける。

 あっという間に湿っている上衣の裾の部分がきれいになる。

 次いで、雑巾を乗せている床に杖を向けた。

 床は板張りの上に薄い絨毯を敷き詰めているのだが、すでに大部分は染みてしまっているみたいだ。

 しかし、これもエリカの魔道で跡形もなくなる。

 そのあいだに、コゼとシャングリアは、テーブルの下に落ちている革紐、ミランダに被せた袋などを片付けていた。

 そのとき、コゼが声をあげた。

 

「ご主人様、これ無理矢理に切断した感じですけど、まさか、ミランダって、これを引き千切りました?」

 

 コゼはミランダの両手首を縛っていた革紐を手に持っている。

 確かに引き千切ったような感じだ。

 

「おう、そうだ。おかげで抱き潰されて死ぬかと思った。俺は二度とミランダを正常位では抱かないよ。あるいは、ちゃんと金属の枷をするかだ……」

 

 ロウが苦笑した。

 エリカは、だらしなく股を開いて長椅子に寝ているミランダに視線を向けた。

 本当に抱き潰したのだと思った。

 いったい、どれだけロウに昇天させられたのか……。

 普段、きっちりしているだけに、あんなにだらしなく横になっているミランダの姿に接して、さぞや暴力的な抱き方をしたのだろうと思った。

 

 それに、ミランダはもともとシーラ・ランクの冒険者だ。

 つまり、それは、長年に渡って厳しいクエストを請け負いながら、それでも、死なずに生き残ったという証でもある。

 それだけ、危険に敏感だということだ。

 それなのに、エリカかたちが三人やってきて、結構やかましく部屋の片づけをしているのに、眼を開く気配もない。

 

 可哀想に……。

 エリカは、とりあえず、裸身を毛布かなにかで覆ってあげることにした。

 奥の棚から掛け布を取り出してくる。

 

「あっ、待て、待て、エリカ。まだ、趣向があるんだ……。コゼ、頼んだものを持って来たか?」

 

 ロウがコゼに声をかけた。

 

「はい」

 

 コゼが肩にかけていた布の袋をロウに渡した。

 なにを頼まれたかは、エリカは知らない。

 ただ、ろくでもないという予感だけはある。

 ロウが袋の中を確かめて、満足そうに頷いてから、コゼに戻す。

 

「さて、じゃあ、ミランダが寝ているうちに、悪戯を仕掛けておいてやるか。きっと目を覚ましたら、七転八倒することは間違いないな」

 

 ロウが鬼畜な笑みを浮かべながら、ミランダに近づいた。

 手に何か持っている……。

 視線を向けると、ここにやって来る前にロウが準備していた、ドワフ女専用の媚薬の飴のようだ。

 それを手に持って捏ねていた。

 

 そして、ロウがミランダの裸身の横にしゃがんだときには、いつの間にかそれはロウの手の中で、大きな一個の球体から、ふたつの小さな赤い球に変わっていた。

 魔道のようだが、淫魔術だろう。得体はしれないが、ろくでもないものであるのは確かだろう。

 

「なにをするんですか……?」

 

 エリカはちょっと不安になり訊ねた。

 自分のことではないといえ、他人が責められると、エリカも息が苦しくなるような気持ちになる。

 いまがそうだ。

 

「なあに、ちょっとした悪戯だよ。傷心のミランダだからな。とことん責めて、もう強姦の記憶のことなんか考えられないようにしてやらないと……」

 

 ロウがそううそぶきながら、二個にした球体の一個をミランダの股間にぐっと押し込んだ。

 ミランダの股間に、赤い球体が吸い込まれる。

 だが、ミランダは目を覚まさない。

 

 うわあっ……。

 なにをロウが考えているかわかってきた……。

 あれは媚薬だろう。

 エリカは、ますますミランダが気の毒になってきた。

 

「ね、ねえ、ロウ様、もういい加減にミランダをからかうのはやめた方がいいんじゃないですか。それに、ミランダは、もう傷心なんかしてないと思いますけど……」

 

 一応は控えめに注意した。

 まあ、エリカの言うことなど聞くとは思えないが……。

 

「……いいんだよ。そもそも、ミランダは働き過ぎなんだよ。これで明日の朝に目が覚めたら、俺のところの屋敷にやって来るしかないということさ。明日はミランダは休み──。別にミランダが一日、二日いなくても、ギルドはちゃんと動くさ。ミランダには、明日の朝から夜のパーティまで、俺たちの屋敷で愉しく過ごしてもらう」

 

「愉しく……ですか」

 

 エリカはそれだけを呟くように口にした。

 誰にとって愉しいかは、推して知るべしだ。

 

 ロウは悪戯をやめる気配さえ示さず、一個目に続いて、残った球を口に一度含んで唾液で濡らすと、今度はミランダのお尻の穴にぐっと下から押し込んだようだ。

 それにしても、こんなことをされても、まだ目が覚めないというのは、一体全体、ロウは、どんなにむごくミランダを抱いたのだろう……。

 

「コゼ、袋の中のものを出してくれ」

 

 ロウが言った。

 袋の中からコゼが取り出したのは、やっぱり貞操帯だった。

 おそらく、媚薬を股間と菊座に埋めてから、ミランダの股間を封印してしまうだろうと思っていたが、案の定そうだった。

 

「ご主人様のご指示のとおり、外からの刺激は一切受け付けないものを選んできました。ミランダは悶え泣くと思いますよ」

 

 コゼがくすくすと笑った。

 まったく、この女は……。

 

「うわっ、さっきミランダに挿入したのは、媚薬の塊だろう? それを貞操帯で塞いでしまうのか、ロウ?」

 

 やっと、シャングリアもロウたちがやっていることに気がついたようだ。

 驚いて、目を丸くしている。

 

「なにか問題があるのか、シャングリア?」

 

 すると、ロウが鬼畜に笑った。

 

 

 *

 

 

「えっ、第三神殿には入れそうにない?」

 

 ギルド本部から四人で抜け出して外に出たところで、エリカは命じられていたことについて説明した。

 

 辺りはすっかりと夜になっていて、ギルド本部前の周辺には人通りはなかった。

 ただ、王都はあちこちに街灯かりもあるし、今夜は月が三個も出ているので、十分な明るさはある。 

 

 ロウがエリカたちに指示したのは、スクルズのいる第三神殿に潜入する算段を作れということだった。

 昨日くらいから、ロウはレイプごっこにはまっていて、こっそりと第三神殿に潜り込んで、スクルズを急に襲ってレイプしようとしていたのだ。

 いつもの移動ポッドで向かえばいいのだが、それだと向こうでも備えるから面白味に欠けるのだそうだ。

 そのあたりのこだわりはよくわからないが、まあ、エリカたちはロウの遊びに付き合うだけである。

 しかし、ただの遊びであっても、潜入そのものは遊びではなく、本当にやらなくてはならない。

 

 ギルド本部については、前から仕掛けをいくつもしてあったので、警備具を出し抜くのは、そんなに難しくなかったが、神殿については、この前のクライドのことがあってから、怖ろしく警戒が厳重になっている。

 しかも、第三神殿では、実際にクライドに潜入されて、神殿長と副神殿長をはじめとして、多数の死者を出してしまった。

 そして、なすすべなく、逃げられた。

 第三神殿の外敵に対する警戒は、それを境に、二重、三重にも強化されたようだ。

 

「残念ながら、直接入り込むのは無理なのだ。わかってくれ、ロウ……。その代わりに考えてきたのは、ベルズ殿だ」

 

「ベルズ殿?」

 

 シャングリアの言葉にロウが首を傾げた。

 エリカは、シャングリアから説明役を継いだ。

 

「つまり、ベルズ殿に話をつけているので、わたしたちが第二神殿に行けば、ベルズ殿が神殿に迎えてくれます。それは算段できました。だから、そこからベルズ殿に、転送術で送ってもらうんです。スクルズは、シャーラやベルズ様との転送術については、魔道の警戒もさせていないんです。お互いに行き来する必要もありますし……。ベルズ殿には、スクルズになにも知らせないように頼んだので、心置きなく……」

 

 だが、エリカの説明の途中で、ロウは明らかに失望したような表情になり、ついには、説明の途中で言葉を遮られてしまった。

 

「なに言ってんだ。ベルズ殿にだって、明日にはレイプを仕掛けるつもりだったんだ。スクルズにそんなことをやろうとしているのが知られたら、ベルズ殿には仕掛けられないじゃないか」

 

 ロウが怒鳴った。

 エリカはびっくりしてしまった。

 

「えっ、こんなくだらないこと、明日もやるつもりだったんですか? ミランダとスクルズだけじゃなく?」

 

 思わず声をあげた。

 

「くだらない……?」

 

 ロウがわざと怒ったようにした口調で睨んだ。

 エリカはしまったと思った。

 

「もちろん、くだらないなんて思ってませんよ。ご主人様らしい親しみの表現だと思います」

 

 コゼがすかさず、媚びを売るような物言いをする。

 この辺りの調子のよさが、ちょっと癇に障る

 

「なに言ってんだ、コゼ。エリカの言うとおりに、とてもくだらないだろう。レイプごっこだぞ」

 

 そのとき、空気を読むのが苦手なシャングリアが声をあげて笑った。

 すると、ロウは今度は怒ったふりじゃなく、明らかにむっとした表情になった。

 はっとして、シャングリアを肘で突ついたがもう遅かった。

 次いで、ロウが意味ありげににやりと笑った。

 エリカは背に冷たいものを感じた。

 

「よし、わかった。とりあえず、お前たちの手筈に従って、第二神殿にまずは行こう。だが、ベルズ殿に考えていた趣向は無駄になったということだからな。エリカとシャングリアには、その代わりを務めてもらうか。ただ、準備している魔道具が一個しかないから、(くじ)にしよう。右手と左手の好きな方をふたりで選べ。俺が拳の中で粘性の汁を出している方が当たりだ」

 

 ロウが左右の拳を出した。

 

「ええっ」

「そんなあ」

 

 エリカとシャングリアはふたりで同時に声をあげてしまった。

 横でコゼが嬉しそうに手を叩いている。

 なにか、悔しい……。

 

「もしも、当たりを選んだら、なにをすることになるのだ?」

 

 シャングリアが不安そうに言った。

 

「クグルスとサキに開発させた新しい魔道の首輪をしてもらうだけだ。雌犬そのものになる首輪をな。とにかく、早くしろ」

 

 ロウが言った。

 仕方がない……。

 エリカはシャングリアと目と目を合わせて、ふたりで嘆息すると、それぞれに右と左を選んだ。

 

 ロウが手を開く。

 左が当たりだ。

 シャングリアだ──。

 とりあえず、ほっとした。

 

「シャングリアが当たりだな。じゃあ、これを首にしろ。第二神殿までの経路には、ちょうど酔客が集まるようなにぎやかな場所があったな。そこを通っていくぞ」

 

 ロウがそう言って、自分で担いでいた袋から、首輪を出してシャングリアの首に近づける。

 確かに、魔道の首輪のようだ。

 そこに大きな魔力も感じる。

 だが、魔力以外の力も刻まれている……。

 おそらく、それはロウの施した淫気の力だと思う。

 そうであれば、ろくでもない淫具に決まっている。

 エリカたちの首には、少し前にロウがくれたチョークが嵌まっていたが、ロウがシャングリアに近づけた首輪は、その上にがちゃんと嵌まった。

 

「うわっ」

 

 シャングリアが声をあげた。

 次の瞬間、シャングリアが突然に崩れるように身体を前に倒した。

 

「な、なに?」

「うわあっ」

 

 驚愕した。

 四つん這いになったシャングリアは、真っ白い房毛の大きな白犬に変わっていた。

 ただし、いままでシャングリアの身に着けていた服を着ている。

 これがシャングリアであることは間違いないと思うが、なぜか、シャングリアの姿が突如として、犬に変わったのだ。

 

「動くな──。口を開くな、シロ──」

 

 ロウが叫んだ。

 なにかを叫びかけたその白犬の口が、その瞬間につぐんでしまった。

 

「……お前たち、その白犬から、人間の服を剥がせ。切り刻んで構わん。服を着ている犬なんて、おかしいしな」

 

 ロウがくすくすと笑いながら言った。

 白犬が慌てたように激しく首を左右に振っている。

 だが、さっきの命令で口は開かないようだ。

 

「……すぐに口はきけるようにしてやるさ、シロ……。さあ、お前たち、言われたことをすぐにやるんだ。それとも、交代するか?」

 

 ロウが言った。

 よくわからないが、この犬がシャングリアであることは間違いないだろう。

 なんで、犬に変わってしまったのかわからないが、そういう魔道具なのだと思う。

 とにかく、エリカは、コゼとともに、その犬から服を剥ぐために小刀を左右から衣類に伸ばす。

 動くなという命令で、シャングリアの変身した犬の手脚は、まるで彫刻にでもなったかのように動かなかったのだ。

 着ている服を取り去るには、切り剥ぐしかなかった。

 服が剥がれて、犬の白い体毛だけになった。

 

「……さあ、さっきの命令を解除してやる、シロ。ただし、人間の言葉を喋ると、周りに犬の姿にしか見えなくなっている魔道が解けて、周りの者にも、お前の姿が人間に見えてしまうからな。不用意に口をきくんじゃないぞ。言っておくけど、呻き声ひとつでも呪いは解ける。それがいやなら、絶対に喋るな」

 

 ロウが鬼畜に笑いながら言った。

 すると、白犬の硬直が解けた感じになった。

 だが、ひどく怯えているようだ。

 

「ね、ねえ、ご主人様、シャングリアはどうしたんですか? これは人間を犬に変える魔道具なんですか?」

 

 コゼが訊いた。

 

「ほとんど当たりだが、ちょっとだけ違う」

 

 ロウがシャングリアが変身した白犬の首輪に紐を繋げながら言った。

 

「どう、違うんですか?」

 

 エリカも訊ねた。

 

「それは人を犬にする魔道具じゃない。周りの者がその首輪をされた者が犬に見えてしまう魔道具だ。ついでに、この首輪をしている限り、四つん這いを崩せないし、犬として与えられた命令にも逆らえない。まあ、俺とクグルスとサキの合作の“呪いの雌犬の首輪”とでも呼べるものかな。その犬の胸のところに触ってみな……。シロ、さっきも言ったが、声を出すなよ。その姿で人間に戻りたければ別だがな……。エリカ、コゼ、とにかくシャングリアに触ってみろ」

 

 ロウが言った。

 言われたとおりに、コゼとともに白犬の両側に手を伸ばす。

 

「わっ」

「えっ?」

 

 

 ほどんど同時にコゼとともに声をあげた。

 犬の胸の部分に触る前に、明らかに人の女の乳房が手に当たったのだ。

 そして、その瞬間に、白犬の姿は消滅して、素裸で四つん這いになっているシャングリアになった。

 

「シャ、シャングリア──?」

「こ、これは……?」

 

 またもや声をあげてしまった。

 

「もう、犬の姿には見えなくなっただろう? これが本当の光景なんだ。ただ、魔道の力で犬にしか周りからは見えないだけなんだ。じゃあ、シャングリア、行こうか……。声を出さなければ、裸の女が四つん這いで歩いているようには見えず、ただ、大きな犬が歩いているようにしか見えない──。さあ、行くぞ。前だ──」

 

 ロウがシャングリアの首につけた紐をぐいと引っ張った。

 口を必死につぐんでいるシャングリアが、真っ蒼な顔をしたまま手足を前に進め始めた。

 そして、すぐに賑やかな場所になった。

 

 ここは王都でも夜に人が多くなる庶民の盛り場のような場所であり、両脇に酒場や屋台などが連なり、かなりの人手がある。

 また、夜道ではあるものの、店から洩れる灯かりもあるし、通り自体にも、ところどころに屋外用の街路灯も置いてあるので、かなり明るい。

 エリカは落ち着かない気持ちを抑えられなかった。

 

 ロウとコゼに挟まれるようにして、首輪をつけられて四つん這いで歩くシャングリアは、どう見てもエリカにすれば、素っ裸の人間の女だ。

 しかも、シャングリアは、その美貌と負けん気の強さで、王都でもかなりの有名人だ。

 そのシャングリアが犬のように裸体に首輪をつけられて、四つん這いで歩いているのだ。

 本来であれば、大騒ぎになるはずなのだが、少しも騒ぎにならない。

 

 やっぱり、他人の眼からは、あれは大きな白犬に見えるらしい。

 道行く人からは、「大きな犬」と驚く声はちらほらあるが、そんなに注目する者はいない。

 とりあえず、エリカはほっとはしている。

 

 だが、あのロウのことだ。

 これで終わるとも思えなかった。

 とにかく、一言でも発すれば、この状態のまま、自分の姿が露わになると言われているシャングリアは真っ蒼だ。

 明らかに恐怖に包まれている顔で、ぎこちなく四つん這いで進んでいく。

 

「コゼ、あそこの樹から、指し棒になるような適当な枝を拾ってきてくれ」

 

 ロウが立ち止まった。

 紐を握っているロウが止まれば、シャングリアも動けなくなるというのが、あの首輪の効果でもあるようだ。

 いまは、ロウが歩みをやめたことで、通りの真ん中付近で止まったかたちになっている。

 

 コゼが愉しそうに駆けていく。

 嫌な予感がした。

 なにかの悪戯を始めそうな気配だ。

 ふと見ると、シャングリアは、ロウになにかを訴えるように、必死の視線を向けている。

 

「そんなに嫌そうな顔をするなよ、シロ。顔はいやがっても、股は満更でもなさそうだぞ」

 

 ロウが意地の悪い口調でシャングリアに言った。

 どきりとした。

 エリカはシャングリアの背後に立っていたのだが、ロウが言うとおりに、シャングリアの股間からは、かなりの量の愛液が内腿を滴り落ちている。

 

 シャングリアは、シャングリアでこの露出遊戯を興奮してもいるのだ。

 それがわかった。

 そう思うと、はっとした。

 

 そういえば、エリカ自身も股間が熱い。

 下着に包まれている部分がぬるぬるとする気もする。

 もしかして、エリカ自身もまた、恥ずかしいことをして責められるシャングリアを見て、欲情している?

 

 まさか……。

 でも……。

 

 そのとき、ロウがにやにやしてエリカを見ていることに気がづいた。

 慌てて、視線を逸らせる。

 あのロウは、エリカのすべてを見透かしているような表情をいつもする。

 そして、すぐに鬼畜でいやらしい悪戯を仕掛けるのだ。

 

 あの視線は……。 

 どぎまぎする……。

 

「持ってきました、ご主人様」

 

 そのとき、コゼが戻って来た。

 ロウが意識をエリカからシャングリアにもどしたのがわかった。

 エリカはほっとした。

 

 腕の長さよりも少し短いくらいであり、よくしなりそうな細い枝だ。

 

「ふふふ、なにするんです。シャング……、じゃなかったシロのお尻でも打つんですか。鞭になりそうなものを選んできましたよ。シロは悲鳴をあげれませんからね。鞭の打ちがいがありますよ」

 

 このコゼめ……。

 エリカはここで聞いていて鼻白んだ。

 シャングリアは、一生懸命に首を横に振っている。

 だが、コゼは素知らぬ顔で、媚びを売るような笑みをロウに向けていた。

 あの顔はすっかりと調子に乗っている顔だ。

 エリカは嘆息した。

 

 初めて会ったときには、なにかに追い詰められたような暗い顔ばかりしていたのに、最近では、まるで人が違ったように明るくなり、悪戯っ子の陽気そうな表情しかしない。

 そして、いつもロウにうまく取り入って、エリカやシャングリアに意地の悪い責めをしてくる。

 とにかく、けらけらとよく笑う。

 まあ、それはいいことなのではあるのだろうが……。

 だが、コゼが笑うたびに、エリカかシャングリアがひどい目に遭っている気もする……。

 

「そんなことはせんよ。仮にも立派な女騎士の称号を持つ貴族様だぞ。鞭打つなんて失礼だろう」

 

 ロウが亜空間術で取り出したのは、柔らかそうな鳥の羽根だった。それをロウの手から出した粘性物で棒の先につけてコゼに渡した。

 同じものをもうひとつ作る。

 

「……シャングリアの首にかかっている首輪は、シャングリアを犬の姿に見せているだけじゃなく、その身体に淫靡な悪戯をしても、周りからはわからんのだ。もちろん、シャングリアが声を出すまでのことだがな。だから、遠慮なくやれ、コゼ……」

 

 ロウがささやいている。

 

「そういうことですか。じゃあ」

 

 コゼが棒の先の羽根をシャングリアの尻たぶにさわさわとくすぐらせた。

 

「んっ」

 

 シャングリアの身体が飛び跳ねたように震えた。

 一瞬、声が出たかと思ったが、辛うじて鼻息だったようだ。

 

「よかったな、シロ。周りで騒ぎ始めてないから、まだ、犬のままのようだぞ。頑張って耐えるんだぞ。しっかりと、犬のままで第二神殿まで辿り着ければ、ご褒美をやろう」

 

 ロウがそう言って、今度は胸の下から乳首の上を羽根の先でくすぐる。

 シャングリアが悶える。

 しかし、両手を地面につけているシャングリアには、それをどうすることもできない。

 ロウの羽根を避けようと、身体を必死に捩るシャングリアに、コゼがまた背後から羽根を這わせる。

 

 後ろから股間をコゼ──。

 前から胸をロウ──。

 

 一言も発することのできない無防備な状態で、肌をくすぐられるシャングリアは堪らないだろう。

 シャングリアは必死で脚をすぼめ、地面についている腕で乳房を守るような仕草をしているが、ロウとコゼの責めの前ではあまり役には立っていない。

 

 それにしても、犬とはいえ、股間に羽根でくすぐるようなことをすれば、周りで奇異に思うはずだが、ロウの言葉のとおり、ロウとコゼの行為も、周りからは、ほかの事として見えるかなにかで、わからないようだ。

 どういう仕掛けなのかさっぱりとわからないが……。

 

「ほらほら、シロ、早く声を出して。みんなにシロの恥ずかしい姿を見せてあげましょうね」

 

 コゼが羽根をすっと脇の下に移動した。

 堪らず、シャングリアが身体を斜めに捻る。

 しかし、ロウが首輪に繋がる紐を持っている限り、シャングリアは地面から手足を動かせないようだ。シャングリアのできる抵抗は身体を斜めにするくらいだ。

 コゼは容赦なく、その抵抗する手段のないシャングリアの両脇を代わる代わるくすぐっている。

 

「ほら、もっと逃げないと、声が出るぞ」

 

 ロウも笑いながら、コゼとは反対の脇をくすぐりだした。

 両側から脇を狙われているシャングリアは、もう息も絶え絶えだ。

 それでも、必死に口だけはつぐんでいる。

 そして、ロウが今度は身体の下側から股間に羽根を伸ばす。

 

「んっ……んっ……んんっ」

 

 シャングリアは右に左にと身体を動かしながら、一生懸命に歯を食い縛っている。

 エリカはいつ騒動になるのかと、気が気でなかったが、相変わらず「大きな犬だ」とちらりと視線を向ける酔客はいても、それ以上のこともない。

 

 それをいいことに、ふたりはかなりの時間、シャングリアを道の真ん中でいたぶり続けた。

 いつの間にか、シャングリアの全身からは、おびただしい脂汗が流れ落ちていて、身体は真っ赤になっている。

 

「ロ、ロウ様……そ、そろそろ……」

 

 さすがにエリカは声をかけた。

 ここで邪魔をすると、すぐにとばっちりがエリカに来ることが多いが、これ以上は可哀想だ。

 

「そうだな。つい、シロが可愛らしく頑張るんで夢中になってしまったよ。これじゃあ、いつまで経っても、第三神殿どころか、第二神殿にもたどり着けない」

 

 意外にもあっさりと、ロウは羽根を引いた。

 ロウがやめると同時に、コゼもくすぐりをやめる。

 

「じゃあ、シロ、この場で小便をしろ。片脚をあげてな。それをすれば、前に進ませてやる。いつまでも、ここでくすぐり責めを受けたければ別だがな」

 ロウが小さな声で言った。

 

 びっくりした。

 ここで──?

 道の真ん中だ。

 しかも、これだけの通行人がいる中で?

 さすがにそれは酷い……。

 エリカはどうしていいかわからなかった。

 

「ご主人様、シロはもっとくすぐり責めを受けたそうですよ」

 

 震えたようになって動かないシャングリアに、コゼが意地悪く言った。

 

「そうだな。じゃあ、今度は感度十倍でくすぐりを受けてもらうか……。絶対に我慢できないと思うがな……」

 

 ロウがそう言うと、シャングリアは慌てたように、首を横に振る。

 そして、片脚をあげた。

 

「あっ」

 

 エリカは思わず声をあげてしまい、すぐに口をつぐんだ。

 シャングリアの股間から、しゅっと音が出るように噴流が起こったのだ。

 おしっこがシャングリアの股の下に水たまりを作っていく。

 

「もっと脚をあげなさいよ。ご主人様によく見えるようにね」

 

 コゼがシャングリアのお尻の亀裂に羽根を這わせた。

 

「んっ」

 

 シャングリアが大きな鼻息をして、身体を揺らした。

 流れ落ちている尿もそれに応じて動く。

 

「や、やめなさい、コゼ」

 

 エリカは怒鳴った。

 コゼが笑って羽根を引いた。

 尿が終わった。

 すると、ロウがシャングリアの首輪から紐を外した。

 

「じゃあ、ここから先は、自分の速度で歩かせてやる。これで手足が動くようになったろう? もっとも、動けるのは四つん這いのままだがな」

 

 ロウが言った。

 シャングリアは歩き始めた。

 しかし、止まっているときにはしっかりと閉じることのできた股間も、歩くとどうしても股が開いてしまう。

 そこにロウとコゼが同時に羽根を差し入れた。

 

「んふっ」

 

 シャングリアががくりと身体を倒しそうになった。

 おそらく、声が出そうになったのだろう。

 ここまで聞こえるような大きな鼻息だったが、どうやら鼻息は声が出たとはみなされないらしい。

 

「どうした。進まないのか?」

 

 羽根を入れられるのがいやで、脚を閉じているシャングリアに意地悪くロウが言った。

 シャングリアが歩き始める。

 だが、すぐにふたりが股間に羽根を伸ばす。

 そして、シャングリアが止まる。

 それが、二、三回続いた。

 

「ロ、ロウ様、これじゃあ、あんまりです。そんなんで歩けるわけがありません」

 

 エリカは訴えた。

 すると、ロウがにやりと笑った。

 どきりとした。

 もしかしたら、エリカも辱められるかと思った……。

 

「それもそうだな」

 

 だが、ロウはすぐにエリカからシャングリアに視線を戻した。

 どうやら、今回はシャングリアだけを責めることに決めているようだ。

 そして、再びなにかを亜空間術で取り出した。

 出したのは「ろーたー」という淫具だ。

 ロウがクグルスにいくつも作らせているものであり、ぶるぶると淫らな振動をするウズラの卵のようなかたちをする淫具だ。

 それを手に持ち、ロウが手から出した粘性物で包む。

 そのまま、シャングリアのお尻に突っ込んだ。

 

「んぐっ……んんんっ」

 

 シャングリアが背中をのけぞらせた。

 エリカは、シャングリアのお尻の穴が振動しはじめるのがわかった。

 シャングリアは汗びっしょりの顔を懸命に左右に振って、声を耐えている。

 

 それにしても、よくここまで我慢できるものだ……。

 エリカも、それだけは感心する。

 おそらく、エリカにはもたない。 

 

「止まれば振動するぞ。動かしたくなければ、進むことだ」

 

 ロウが言った。

 シャングリアが慌てたように歩き始めた。

 だが、歩き始めれば、ふたりが股間に申し合わせたように羽根を伸ばして動かす。

 しかし、今度は歩くのをやめることは許されない。

 その瞬間に、お尻の淫具が振動するのだ。

 シャングリアは懸命に歩き続けた。

 

 やがて、やっとのこと、人の多いところを抜ける。

 周りに人がいなくなったところで、ロウがシャングリアを路地に連れ込んで首輪を外した。

 

「頑張ったな、シャングリア。もう口を開いていいぞ。これで終わりにしてやる」

 

 ロウが上着を脱いで、シャングリアの裸身にかけた。

 

「ああ、ロ、ロウ……。こ、怖かった……。と、とっても怖かった……。で、でも、頑張った……。わたしは頑張ったぞ」

 

 シャングリアが膝を地面につけたまま、ロウにしがみついて泣き始めた。

 感極まったという雰囲気だ。

 

「頑張ったな、それでこそ、俺のマゾ女だ……」

 

 ロウが、まだ跪いたままのシャングリアと同じ高さにしゃがんで、優しく抱き締めて、頭を撫でている。

 

「う、うう……。ほ、本当に怖かったのだ。すごくだぞ」

 

「よしよし、本当に偉いぞ、シャングリア。だから、ご褒美をやる……。お前たち、ちょっとそこで人が来ないかどうか、見ていてくれ」

 

 ロウが言った。

 びっくりした。

 ここは人気がなくなったとはいえ、盛り場から続く大通りのすぐ脇の路地だ。

 

 ここで?

 ……と思ったが、ロウはシャングリアを建物に両手をつかせて、ズボンと下着を足首までおろすと、後ろから犯し始めた。

 エリカは慌てた。

 

「コゼは向こう側──。わたしはこっちで見てるから」

 

 エリカは素早く言った。

 コゼがさっと駆けて、反対側の路地の入口に向かう。

 

「んっ、ふうっ、んんっ」

 

 すぐに、シャングリアの悶え声が聞こえてきた。

 ふと見ると、ロウはシャングリアの口を片手で押さえて声が出ないようにしながら、片手で腰を支えて、シャングリアのお尻に腰をぶつけるようにして、律動を続けている。

 エルフ族のエリカの眼には、月明かりだけで、開いているシャングリアの股間から夥しい樹液が内腿に伝っているのが映った。

 しかも、シャングリアはかなりの興奮状態だ。

 もしかしたら、素っ裸で盛り場を犬のように歩かされたのが、シャングリアの欲情に火をつけたようになったのかもしれない。

 

 そのとき、大通りの先から黒いフード付きのマントで身を包んだ人物がこっちにやって来るのが見えた。

 

「ロ、ロウ様、人です。人が来ます……」

 

 エリカはささやいた。

 

「い、いま、やめられん。追っ払え」

 

 ロウが言った。

 そんなことを言われても……。

 

 ……と思ったが、シャングリアは聞こえないのか、まったく気にする気配もなく、ロウが押さえている口の下から悲鳴のような声をあげて、腰を揺らしている。

 

 どうやって追い払おうかと考えていると、だんだんとその人影が近づいてくる。

 同時に、エリカはほっとした。

 やって来るのは、ベルズだった。

 ひとりでこっちにやって来る。

 

「ベ、ベルズ殿です……。多分、迎えに来てくれたのかもしれません……」

 

 エリカは言った。

 ロウがわかったという仕草をした。

 すると、不意にシャングリアの裸身が硬直した。

 そして、なにかに撃ち抜かれたかのように、ぶるぶると小刻みな痙攣をした。

 

 達したようだ。

 一方で、ベルズはすぐ近くまでやって来ている。

 エリカは、ベルズに手を振った。

 

「……遅いからな。ちょっと出迎えに来た。なにしろ、いまは、神殿も夜の警備は厳しいので、わたしがいなければ入れないと思って……。うわっ、なにをしているのだ?」

 

 ベルズがエリカに話しかけたが、路地の光景を見て驚きの声をあげた。

 ロウに犯され終わったシャングリアがちょうど怒張を抜かれて、その場にぐったりと跪いたところだったのだ。ロウはまだ下半身が剥き出しの状態だ。

 

「ベルズ殿、迎えに来てくれたのですか? ちょうどよかった。杖を渡してください。後で返しますから……」

 

 ロウがまだ下半身を剥き出しのままベルズを手で招き呼んだ。

 ベルズは、ちょっとぎょっとした表情になったが、それでも、大人しくロウのところに行き、首を傾げながらマントの下から杖を出す。

 

「なんだ、ロウ殿? なにか企んでいるのか?」

 

 ベルズは怪しむよう口調だったが、安心しきっている気配でもある。

 その顔は笑っているようだ。

 エリカは、思わず忠告しようと思ったがやめた。

 どうせ、結果は同じだ。

 ロウが杖を受け取り、自分の荷にしまう。

 

「次は、立ったまま両手で足首を握ってください。理由は後で説明しますから」

 

 ロウが言った。

 ベルズは訝しむ雰囲気ながらも、素直に言われたとおりにしている。

 このところ、平服は短いスカートが多いベルズだったが、いまは巫女長服にマントを着ているので、スカートはくるぶしまである。

 そのベルズの身体が完全に前屈の状態になった。

 

「あっ、なに?」

 

 ベルズの悲鳴がした。

 

 やっぱり……。

 

 ベルズは、ロウの能力とそんなに接することがなかったのか、どんなことができるのかを全部は承知していなかったかもしれない。

 ベルズの手はロウの能力で浮き出させた「特殊な糊」によって、握った足首から取れなくなったはずだ。

 

「うわっ、なんだ?」

 

「用件はですね……。ここで、ベルズ殿をレイプしようと思いましてね……。あっ、魔道で逃げようとしても無駄ですよ。たったいま、一時的に魔道を封じました。俺が封印を解くまで魔道は遣えません。さて、エリカ、コゼ、じゃあ、悪いがもう少し、引き続き見張ってくれ」

 

 ロウがベルズからマントを外して地面に落とし、引き続いて腰紐をほどいて、巫女服のスカート部分を脱がせ始めている。

 

「ちょ、ちょっと、こんなところで……」

 

 ベルズは慌てている。

 だが、これはあまり同情の余地がない。

 まさか、ここで犯されるとは思っていなかった気配だが、たったいままで、シャングリアをロウがここで犯していた光景を見たはずだ。

 それでも、警戒しなかったベルズが悪いのだ。

 エリカは嘆息して、もう一度、路地の入口を警戒する態勢に戻った。



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153 女傑集団~集団全裸駈け足(ストリーキング)

 ベルズには、なにがなんだかわからなかった。

 言われるままに、自分の足首を掴んだ瞬間に、それがまるで強力な糊で貼りつけられたように離れなくなったのだ。

 前屈の姿勢を崩せなくなったベルズの腰からスカートと下着が外れて足首にぱさりと落とされる。

 

「ちょ、ちょっと、こ、こんなところで……」

 

 驚いた。

 冗談ではない。

 ここは、屋根のある場所でもなければ、周りを仕切る壁もない、ただの路地裏だ。

 

「い、いやああっ、ロ、ロウ殿、こ、こんなところではいやだ。許してくれ」

 

 思わずしゃがみ込もうとした。

 だが、いつの間にか、膝上から下がなにかの粘性物でびっしりと覆われている。しかも、それがまるで型枠でも嵌められているかのように動かないのだ。

 膝が曲がらないので、ベルズはしゃがむこともできない。

 しかも、少しだけ開いている股を閉じられない。

 完全に脚は固定されている。

 

 な、なんだ、これ……?

 これはロウがやっているのか?

 魔道遣いでもないロウがこんなことを……?

 ベルズは困惑した。

 とにかく、魔道で逃亡しようとした。杖などなくても魔道は遣える。

 しかし、魔道は微動だに発揮しない。

 

「諦めてください。たまには、馬鹿になって愉しみましょう。もしかしたら、みんなで処刑台に並ぶかもしれませんよ。そうしたら、こんなことできませんし」

 

 ロウが無邪気そうに言った。

 処刑台?

 なにを言っているのだと詰ろうとしたが、思念は吹き飛んでしまった。

 ロウの指が股の下から入り込み、すっと股間を撫でてきたのだ。

 

「んふうっ」

 

 いきなり、股が焼けるような淫情が襲う。

 いつもそうだが、この男の愛撫のうまさは神がかりだ。

 たった一本の指でベルズの身体には、全身を脱力させるような愉悦が駆け抜ける。

 だが、ここは夜とはいえ、大通りから少しばかり入っただけの外だ。

 こんなところを誰かに見られては……。

 

「と、とにかく、わたしは、と、とにかく、こんなところでは……」

 

 ベルズは必死になって、股間を下からまとわりつくロウの指を腰を振って振りほどこうとした。

 だが、そんなベルズを愚弄するかのように、さらに指が肉芽や股間の亀裂を這い動く。

 驚くほどの鋭い感覚が走る。

 

「う、はあっ」

 

 ベルズは喉の奥から声をあげてしまった。

 ロウの指が肉芽を弄りながら、一方で股間の亀裂に指を入れて、内側の粘膜を擦り始める。

 たちまちに、さらに峻烈な快感が下半身を撃ち抜く。

 

「うああっ、ううっ……。た、頼む、ロウ殿……あううっ」

 

 だめだ……。

 この男の愛撫は気持ちよすぎる。

 とても我慢できない。

 

「ベ、ベルズ様、いくらなんでも、声が大きいです。もっと静かに……」

 

 そのとき、大通りの入口で見張りをしているエリカから叱咤のような言葉が飛んで来た。

 

「な、なにを言っているのだ。お前たちも、見張り役なんかよりも、助けてくれ。ロウを説得してくれ」

 

 ベルズは言い返した。

 そのとき、後ろからロウの笑い声が聞こえてきた。

 

「うちの娘たちは、この手のことで、俺の命令には逆らいませんよ。それに、なんだかんだいっても、ベルズ殿は、マゾですよね。口ではそう言いますが、股はもうすっかりと受け入れ態勢ができましたよ。淫乱な筆頭巫女様に、ご褒美として、お好きなものをあげますよ」

 

 ロウの怒張が尻たぶの下を通って、ベルズの狭間の奥にずぶずぶと押し入って来た。

 

「はうっ」

 

 貫くロウの怒張の甘美な衝撃にベルズは、身体を硬直させて声を迸らせた。

 

「そんなに大声を出すと、通行人に聞こえますよ。さっき、エリカが叱ったでしょう」

 

 ロウが耳元でささやきながら、激しくずんずんと怒張を打ち込んでくる。

 その一打一打が、凄まじい快感の衝撃となってベルズを席巻する。

 

「うっ、あっ、はあっ」

 

 必死になって声を我慢しようとはするのだが、身体の芯から弾けさせるロウの怒張は、快感の暴力だ。

 ベルズには抵抗できない。

 ついつい、露わな声が迸ってしまう。

 

「シャングリア、呆けていないでベルズ殿の胸を舐めてやれ」

 

 ロウがベルズを後ろから犯しながら、呆けた顔をして座り込んでいたシャングリアに声をかけた。

 

「わ、わかった……」

 

 ロウの上着をかけられているだけの素裸のシャングリアが、もそもそと動き出して、前かがみになっているベルズの身体の横から顔を潜り込ませてくる。そして、さらに巫女服をたくしあげて乳首の周辺に舌を動かしてきた。

 

「んんっ、んああっ、しゃ、シャングリア殿、お、お前まで……ああっ、んふうっ」

 

 ベルズは堪らず声をあげた。

 そのあいだもロウの背後からの律動は続いているのだ。

 なんの抵抗もできない……。

 いや、もともと、ロウには抵抗など不可能……。

 なにもできない……。

 こんな恥ずかしいことをされても、ただ翻弄されるだけ……。

 絶望感がベルズを包む。

 その諦めを抱いたとき、さらに大きな愉悦が全身に走った。

 不思議な恍惚感が全身を包む。

 

「……被虐の境地に達してきましたね、ベルズ殿……。筆頭巫女のベルズ殿ともあろう者が、こんな路地裏で男にレイプされるなんて屈辱でしょう? 惨めでしょう? それを愉しんでください。身体の悦びを心でも味わうんです」

 

 ロウが激しく怒張を抽送しながら言った。

 屈辱を愉しむ……。

 惨めさを悦ぶ……。

 ロウの言葉を犯されながら反芻する。

 心のどこかで、それに反撥しようとする感情がないでもないが、それは圧倒的な快感の前には、波濤の前の砂城も同じだ……。

 

 快感が寄せて……。

 ただ砕け……。

 そして、散る……。

 残るのは……。

 ひたすらの悦びと快楽……。

 駄目だ……。

 噴きあがる欲情を制御できない。

 ロウの激しい怒張の突きあげに、シャングリアの舌が乳首に這う小さな疼きが重なり、ついにベルズは限界を迎えた。

 

「ロ、ロウ殿……お、お前は、き、鬼畜だ──。あああっ」

 

 全身を絶頂の衝撃が襲う。

 ベルズは悲鳴のような声をあげて、込みあがった快感の暴流が迸るまま、全身をがくがくを震わせた。

 

「……ふふふ……鬼畜が嫌いですか……?」

 

 ロウが一定の速度のままの律動を続けながら笑ったのが聞こえた。

 その余裕が口惜しい……。

 だが、それがいい……。

 ベルズを完全に圧倒して、支配してくれる鬼畜……。

 それが嫌いなわけがない……。

 

「あ、ああっ、す、好きです。お前の鬼畜は大好き……。ああっ、もっと、いぐうっ」

 

 ベルズは力一杯に叫ぶとともに、圧倒的な快感に我を忘れた。

 

「うわっ、こ、声がでかい……」

「ちょ、ちょっと、ベルズ様──」

 

 コゼとエリカの狼狽える声がどこかから聞こえた気がした……。

 しかし、もう頭は真っ白だ。

 なにも考えられない……。

 ただ、屈辱が気持ちいい……。

 惨めさが嬉しい……。

 それだけを頭が席巻していた……。

 

 そして、頭が真っ白になっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 ベルズは気がつくと、地面にしゃがみ込んでいた。

 いつの間にか、前屈の姿勢からは解放されて、脚を固定していたおかしな物質も消滅している。

 だが、まだ快感は継続している。

 いまだに雲の上にでもあがっているかのような脱力感と幸福感が全身を包んでいた。

 

「い、いくらなんでも、声が大きいですよ、ベルズ様」

 

 顔をあげた。

 エリカだ。

 まるで、エリカ自身が快感を味わったかのように、顔を真っ赤にしている。

 なにかそれがおかしかった。

 

「よく言うわよ。人一倍、声を我慢するのが苦手なくせに」

 

 コゼだ。

 いつの間にか、ふたりともすぐそばにやって来ていた。

 

「そんなに言うなよ。とにかく、興奮したみたいですね、ベルズ殿」

 

 ロウの声……。

 振り返ろうとした瞬間に、後ろから巫女服の上衣を引きあげられた。

 わけのわからないうちに、身体から引き抜かれる。

 

「うわっ、な、なにを?」

 

 服を脱がされたのだと気づいたのは、すでに奪われてた巫女服のスカート部分と下着を載せたマントの上に、奪われた上衣がばさりと重ねられたときだ。

 取り返そうとしたが、手が動かなかった。

 右手が胴体に密着している。

 驚いた。

 また、ロウの粘着物だ。

 まごまごしているうちに、最後に残っていた胸当ても奪われて完全な素裸にされる。

 

「な、なにをするのだ──。返してくれ──」

 

 手が身体から離れたので、もう一度巫女服に手を伸ばしたが、突然にそれが消滅した。

 驚いて、ロウを見た。

 ロウの右手が自分の胸に触れている。

 

 いまのは、魔道……?

 いや、なにかの魔力が動いたという感じはない。

 しかし、紛れもなく、ロウは魔道のような術で、ベルズの服を消滅させてしまったのだ。

 ベルズは呆気にとられた。

 

「い、いまのは、なんなのだ、ロウ殿?」

 

 ベルズは声をあげた。

 

「あらっ、ベルズ様って、ご主人様の亜空間術の能力は初めて?」

 

「そ、そういえば、そうかも……。スクルズはよく連れ込まれているけどね」

 

 コゼとエリカがベルズの頭の上で喋った。

 亜空間術……?

 連れ込む?

 それがロウの能力?

 疑念がベルズを包む。 

 

「それよりも、エリカとコゼも全裸になれよ。次の遊びだ。今日と明日は、とことん遊ぶぞ。戦いの前の羽目外しだ」

 

 そのとき、ロウがにこにこしながら言った。

 

「い、いきなり、なんでです? それに、戦いって……」

 

 エリカがびっくりして声をあげた。コゼも驚いている。

 

「いいから、脱げ。もちろん亜空間にお前たちの服をしまうためだ。とにかく、質問はなしだ。十数えるうちに、素っ裸になれよ。ふたりともだ──。遅れれば、素っ裸にして、さっきの雌犬化の首輪をして、この壁に貼りつけて明日の朝まで放置していくからな。俺に二言があると思うなよ……。いぃち ……にぃ……」

 

 ロウが数をかぞえ始めた。

 ふたりが躊躇のようなものを示したのは、一瞬だけだ。

 すぐに引きむしるように、衣類を脱いでいく。

 本当に、ロウの仕置きが怖いのだと思った。

 あるいは、すっかりと手なずけられているということか……?

 

 あっという間に、ふたりとも素っ裸になった。

 シャングリアはもともと全裸だったのだが、身体にかかっていたロウの上着を取り返されることで、四人の女の全裸ができあがった。

 

 ロウがまた胸に触った。

 エリカとコゼが身に着けていたものも消滅した。

 

「じゃあ、いまからやることを発表する。ここからブラニーのいる小屋敷まで全力で駆け足だ。大丈夫だ。もう夜も更けたし、誰にも見られるものか──。たとえ、誰かに見られても、顔を隠して駆け抜けろ。暗いから、誰なのかわからんはずだ。いくぞ」

 

 びっくりした。

 ここから全裸で駆け足──?

 ブラニーのいる小屋敷とは、ベルズたちがウルズの面倒を看るために使っている家であり、ロウたちの中ではスクルズの保有ということになっているようだが、つまりはロウたちの王都内の拠点だ。

 それはともかく、あそこまでは遠くはないがそれなりの距離がある。

 そこまで裸で行けと──?

 ベルズは耳を疑った。

 

「そ、そんな、ロウ様。そんなのあんまりです」

 

 エリカが両手で胸と股間を隠しながら、泣くような声をあげた。

 

「心配するな。お前たちだけにはやらせん。俺も全裸になる。みんな一緒だ」

 

 ロウも笑いながら、服を脱ぎ始めている。

 

「そ、そんな問題じゃありません。す、素っ裸で王都を走るなんて……。捕まってしまいます」

 

「誰が捕まえるんだよ。大騒ぎになったら、それこそ転送術で逃げればいい。それとも、俺の亜空間術で隠れよう。スクルズの口癖じゃないが、なんの問題もない」

 

「で、でも……」

 

 エリカは必死で抗議している。

 だが、そのうちに、ロウも素っ裸になった。その服も消える。

 

「問答無用だ。俺がいないと、どうせ服は返してもらえないんだ。そこにいたければ、いつまでもいろ」

 

 ロウが笑いながら大通りに向かって路地を走りだした。

 

「うわ、待って」

「待て、ロウ」

 

 コゼ、シャングリアがすぐに追った。

 一瞬、出遅れたエリカだが、そのエリカも駆けだした。

 

「ま、待って、置いていくな」

 

 慌ててベルズも立ちあがって後を追った。

 

 

 *

 

 

 ハンスは、いい具合に酔いが回って、夜の大通りを歩いていた。

 住居にしている下宿屋は少し先にある。

 いつものように、盛り場の屋台で酒を愉しんだハンスは、多少の酔いを感じながら歩いていた。

 そのとき、複数の足音が後ろから近づく気配を感じた。

 

 なにかな……?

 集団で何者かが走ってくる……?

 

 とにかく、ハンスは道を開けて、後ろを振り向いた。

 

「な、なんだ──?」

 

 思わず叫んだ。

 近づいてくるのは、素っ裸の白い女の裸の集団だ。

 いや、男もひとりいるか……?

 

 とにかく、一、……、二……、三……。

 ひとりの男と四人の女だ。

 それが全裸でこっちに向かって走って来る。

 

 なんだ、あれ?

 

 しかし、ハンスが考える余裕もないまま、両手で顔を覆ったその五人があっという間にハンスの横を駆け抜けていった。

 

「なんだ──?」

 

 小さくなる女たちの尻を眺めながら、ハンスはもう一度声をあげた。



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154 休憩~我慢比べと連続セックス

 ブラニーのいる屋敷は、平屋だが低い樹木に囲まれた大きめの庭があり、裏には馬納屋もある。部屋も客間を含めて十個ほどあり、そこそこ大きい。

 かつては成功した分限者が住んでいたという場所であり、周りは静かな住宅街だ。

 幸いにも家の前の通りはひっそりしていた。

 

「ブラニー、入れろ――」

 

 屋敷の門に辿り着くや否や、一郎は叫んだ。

 すると、身体がふわりと浮くような感じが襲い、次いで腹が軽く捻れたみたいになった。

 移動術だ。

 次の瞬間、一郎たちは屋敷の一番大きな広間の中に運ばれていた。

 

「お珍しい格好ですね、旦那様。お運動ですか? 皆さんもお疲れ様です。卓に飲み物をご準備いたしました。どうぞ」

 

 廃神殿からここに移ってきた屋敷妖精のブラニーがにこにこしながら声をかけてきた。

 相変わらずの召し使い姿であり、十歳くらいの人間族の童女にしか見えないが、城郭外の一郎の屋敷にいるシルキーよりも、屋敷妖精としては、先輩格になるようだ。

 ここと、あの「幽霊屋敷」とは、スクルズが設置した移動ポッドで繋がっているので、ブラニーとシルキーもお互いに話す機会もあるらしく、シルキーがそんなことを言っていた。

 

「ぱぱぁ」

 

 ここで待っていたらしい、ウルズが嬉しそうな声をあげて、一郎に駆けてきた。

 一方で、一郎と一緒に、ブラニーの術で転送してもらった四人の女は、精根尽きたようにぐったりと床に座り込んでいる。

 一郎はその様子に苦笑してしまった。

 

 また、一郎はブラニーに、ここに繋がっている第三神殿との移動ポッドを一時的に閉鎖してくれと頼んだ。この小屋敷は、この部屋にある大きな姿見で一郎たちの屋敷と、第二神殿と第三神殿のベルズとスクルズの私室に常時繋がっているのだが、このあとスクルズを脅かすために、第三神殿に押し掛ける予定である。

 スクルズがこっちに気がつき、向こうからここに来られると興醒めだ。

 ブラニーはすぐに処置してくれた。

 

「ぱぱ、あいたかったの。ウルズは、ぱぱにあいたかった」

 

 ウルズがまだ素っ裸の一郎にしがみついてきて、頬をごしごしと一郎の顔に擦りつけてきた。

 寝着を身に着けているウルズは、喋り方や身体を動きこそ、三歳くらいの幼児そのものだが、姿形は王都の三美女とまで称されていた立派な大人の美人だ。

 力も強い。

 一郎は押し倒された感じになり、そのまま床にしゃがみこんでしまった。

 

 ウルズは、少し前まで王都三神殿のうち第一神殿の筆頭巫女だったが、ノルズという三巫女たちの幼馴染に騙されて魔瘴石を身体に埋められ、それを一郎が強引に取り外したために、そのときの影響ですっかりと幼児返りしてしまい、いまはゆっくりと成長をし直している最中というわけだ。

 当然に、筆頭巫女は続けられず、スクルズやベルズよりもずっと歳上のベテラン巫女が最近、新たに就任している。

 ウルズについては、ここでブラニーが世話をしながら、ベルズとスクルズが共同で面倒を看ているのである。

 まあでも、スクルズやベルズによれば、順調に成長し直しているそうだ。

 確かに、少し前はまるで赤ん坊だったが、いまはなんとか言葉も通じる。

 

「ぱぱ、ぱぱ、あいがとう、きてくれて、あいがとうっ」

 

 美貌の大人の女性に相応しくない舌足らずの物言いでウルズが嬉しそうに一郎に言った。

 だけど、本当に無邪気なこの笑みは接していて嬉しくなる。

 

「でも、みんな、はらか?」

 

 一郎を含めた五人が揃いも揃って裸なのを見て、ウルズも不思議そうな顔をしている。

 

「ちょっとした遊びだよ。いつものね……。よし、じゃあ、四人ともそこに並べ。横一列にこっちを向いて座るんだ」

 

 一郎は言った。

 荒い息をしている四人が動き始める。

 駆け足の疲労というよりは、全裸で城郭を走らされたことに対する心のショックだろう。

 一番体力のない一郎がそれほどでもないのだ。

 ベルズはともかく、ほかの三人がこれくらいの運動で息を切らすことはあり得ない。

 

「ま、また、なにかするのか?」

 

 ベルズが荒い息をしながら言った。

 それでも、もう諦めたのか、逆らう様子はない。黙々と一郎の指示に従うエリカたちとともに動く。

 そのベルズを含めて、四人の女が一郎に向かって横一線に並ぶ。

 

「なんのあそびなの? ウルズもするの」

 

 一郎に貼りつくように抱きついていたウルズが、一郎から手を離して服を自分で脱ぎ始めた。

 ウルズにはなにかの遊びにしか見えないのだろう。

 一方で、四人は不安そうにこっちに視線を向けている。

 

「さて、いまからいまの全裸走りで、一番興奮してしまった者を調べる。恥ずかしいことに反応する一番の淫乱女は誰かなあ……。全員、膝を立てて、両側に脚を開け。そして、指でまんこの襞を左右に開くんだ」

 

「ええっ?」

 

「そんな」

 

「い、いやです」

 

「ロ、ロウ殿、そんな真似は……」

 

 四人が一斉に抗議の言葉を発した。

 だが、無駄だ。

 一郎はちょっとばかり、淫魔術を遣って、四人の心の中の一郎の言葉に逆らえないという感情を増幅させる。

 たちまちに、四人が困惑したように黙り込む。

 

「これは命令だ。言われたとおりにしろ」

 

 一郎は強い口調で言った。

 今度は四人は逆らわなかった。

 それぞれに膝立ちした脚を左右に大きく開いて、自分の手で股間を左右に引っ張り拡げる。

 さすがに四人とも恥ずかしそうだ。

 下を向くもの、横を向くもの、目をつぶる者……。

 やり方はそれぞれだが、ひとりとして一郎を真っ直ぐに見る者はない。

 だが、これはなかなかの絶景だ。

 四人の美女が、自らM字開脚して、股間を指で拡げているのだ。

 ちょっとあり得ないような卑猥な光景だ。

 それにしても、あれだけ毎日やりまくっているのに、みんながみんなきれいな性器だ。

 それだけでなく、肌も瑞々しく染みひとつない。

 一郎によるものだが、淫魔術を駆使して、治療術を駆使しているせいなのだが、一郎から見てもとても美しさに輪が掛かったと思う。

 

 そして、並ぶ性器が五人になった……。

 「あたしも、やゆっ」と舌足らずの声で叫んだウルズが五人の横に並んで、同じような恰好になったからだ。

 

「さあて、罰を受けるのは誰かなあ……」

 

 一郎はお道化た口調で言いながら、五人の女たちの股ぐらに顔を近づけた。

 

 右から、ベルズ、コゼ、シャングリア、エリカ、そして、ウルズがM字開脚をして横に並び、それぞれに自分の股間を左右に手で拡げている。

 圧巻の光景だ。

 これほどの王都の美女を集めて、こんなに好き勝手なことができるなんて、異世界に召喚されてよかったと思う。

 

「ふふふ、テーブルよりも床に置きましょうね。こちらに準備しましたので、よければどうぞ」

 

 ブラニーが声をかけてきた。

 しかも、一瞬にして部屋にあった長テーブルが消滅し、そこにあった飲み物は盃などが、大きな盆に載せられて床に直接置かれた。

 しかも、床の絨毯が変わり、毛布のようなふかふかの柔らかい素材になる。

 ブラニーの魔道だ。

 

「ありがとう、ブラニー。ところで、明日、向こうの屋敷で全員でちょっとしたパーティーをするんだが来れないか?」

 

「申し訳ありません、旦那様。屋敷妖精とは契約をしている屋敷からは離れられないものなのです」

 

 ブラニーが軽く頭をさげた。

 本来のブラニーの契約者はスクルズなのだが、一度精液を飲ませて、一郎の支配も残っているので、ブラニーは一郎を“旦那様”と呼ぶ。

 だが、ブラニーと一郎は性関係はない。

 一度試そうとしたのだが、ブラニーからは屋敷妖精は、性行為はできないと断られてしまった。

 シルキーは最初から普通に相手をしてくれたが、屋敷妖精は本来は人族のような性機能はないものであり、向こうが特別みたいだ。

 シルキーとは身体の関係があると説明すると、ブラニーは目を丸くしていた。

 いずれにせよ、無理強いするつもりはないので、ブラニーとは男女の関係にはなってない。

 

「そうか。残念だな。じゃあ、次の機会かな」

 

 一郎は笑って、意識と視線を女たちに戻す。

 

「さて、一番蜜を垂れ流している女は、とっておきの罰だからな。覚悟しろよ……。とは言っても、確認するまでもないな。全裸走りの羞恥責めで一番に股間を濡らしているのはエリカだな。エリカ、お前、余程興奮したんだな。一回ずつ犯されているシャングリアやベルズ殿よりも、濡れているじゃないか」

 

 一郎はエリカの股間を一瞥してからかった。

 なにしろ、エリカの股間からは愛液が陰部の外まで垂れ流れ、開いている内腿までびっしょりと濡れていたのだ。

 

「そ、そんなこと……」

 

 エリカは一言叫んで、すぐに絶句してしまった。

 恥ずかしさに思わず否定しようと思ったが、実際に愛液が垂れ流れているという事実を前にしては、黙り込むしかなかったのだろう。

 シャングリアやベルズが野外で辱められていることにあてられて、エリカがかなりの欲情をしてしまっていることは、しっかりと一郎は気がついていた。

 うちの娘たちは、すっかりとマゾ体質になってしまったが、なんだかんだといっても、エリカは、一郎と出逢う前から、イライジャの「ねこ」だったり、アスカの「ねこ」だったりと、マゾっ子の年季が違う。

 本人の意思と関わらず、性的に辱められたり、苛められたりすれば、身体が反応してしまうようになっているのだ。

 

「ご主人様、罰はなんですか? 浣腸して、さっきの首輪を装着して盛り場で排便するってのはどうですか? それとも、たっぷりと痒み剤を塗って、やっぱり犬にして外に朝まで繋いでおくとか……」

 

 コゼが自分の股を拡げたまま口を挟んだ。

 

「あ、あんたは黙っていてよ」

 

 すると、エリカが真っ赤な顔でコゼに怒鳴った。

 一郎はほくそ笑んでしまった。

 こうやって、お互いに好き勝手に言い合っているが、うちの三人娘は本当に仲がいい。三人が変に気取ったり、牽制したり、嫉妬し合ったりしないでいられるのは、コゼがいつも混ぜ返してくれるからだろう。

 コゼがエリカやシャングリアにちょっかいを出すのが、コゼなりの愛情表現だというのは知っている。

 その証拠に、コゼは一郎のほかの女たちには、あまり積極的には関与したがらない。

 内弁慶なのだ。

 

 たびたびやってきて、半分同居しているようなスクルズは例外だが……。

 まあ、とにかく、コゼがエリカとシャングリア同様に、嗜虐の餌食にするのは頻繁にやって来ているスクルズくらいのものだ。

 向こうから来るだけでなく、逆に一郎がなにかの魔道具を作って欲しいときにも、すぐにスクルズを呼び出したりしているし、そのたびに三人娘とともに苛め合ったりさせており、すっかりと三人娘とも親しくなっている。

 

「そうだな……。もしも、コゼが一番に負けたら、その罰にしてやろう。だけど、これだけで勝負を決めたら、エリカが可哀想だろう……。お前から装着してやるよ、コゼ。一番早くいったら、罰ゲームだからな」

 

 一郎はそう言って、亜空間に収納しているたくさんの淫具の中から、「クリバイブ」を五個取り出した。

 小さな吸盤のようなかたちをしているものであり、クグルスに作らせ、さらにスクルズに魔力を込めさせた。

 よくわからないが、一郎の淫魔術とスクルズの魔力は相性がいい。スクルズにクグルスの淫具を仕上げてもらうと、クグルスだけの淫具よりも、むしろ一郎は淫魔術で自在に動かせるようになるのだ。

 

 とにかく、これを女の陰核に貼りつけると、吸盤で陰核全体をすっぽりと包んで皮を剥いたあと、収縮とともに振動を開始して、それを延々と繰り返すという愉快な効果がある。

 亜空間術を身につけた一郎は、最近では屋敷に集めてある夥しい淫具をそこに移動させている。

 それにより、一郎が好きなときに、好きな場所で淫具を自在に取り出せるようになった。

 随分と便利になったものだ。

 

「な、なんですか?」

 

 動くなという命令で動かないコゼの股間にクリバイブを近づけると、コゼはとても不安そうな顔をした。

 このクリバイブを三人娘に使うのは初めてだ。

 最初の洗礼を受けたのは、魔力を込めさせられたスクルズだ。

 一郎が考えて作った新しい淫具に、魔力を込めさせられ、それを自ら試験台にされるというのは、このところのスクルズのお約束だ。

 王都で一番の魔道遣いの神官巫女を淫具作りなどで呼び出すのは、かなりの冒涜のようにも思わないでもないが、スクルズは、いつもにこにこしながらやって来る。

 本当に人がいいのだ。

 いや、ただの好色巫女か?

 

「……クリバイブという新しい淫具だ。コゼには特別に内側に繊毛がついているものをつけてやる。最初に達した者は罰だぞ。それから、姿勢を崩した者も同じだ」

 

 一郎はぴたりとコゼの肉芽にクリバイブをあてがった。

 

「むふうっ」

 

 さっそくクリバイブの吸盤に包まれて刺激を受け始めたコゼが、身体をぴんと伸ばして悲鳴をあげた。

 

「な、なに? なにが始まるのだ、コゼ」

 

 横のシャングリアが叫んだ。

 

「すぐにわかる」

 

 一郎は両手を伸ばして、コゼの両側のベルズとシャングリアにも、クリバイブを装着した。

 

「んぐうっ」

「あふう、ロ、ロウ殿、これは──」

 

 シャングリアとベルズも悶絶するような声をあげた。

 次いで、エリカとウルズにも装着する。

 感じやすいこのふたりを最後にしたのは、まあハンデのようなものだ。

 コゼだけ、繊毛付きにしたのもそうだ。

 また、エリカについてはクリピアスがあるので、淫具は勝手に包み口を膨らませて、ピアスごと包んだ。これは効くだろう。

 さて、どうなることか……。

 一郎は待つ態勢になる。

 

「あ、ああ、あ……」

「んぐ、だ、だめ……ああっ、んんんっ……」

「ああん、ああっ、ぱぱ、ああ、ぱぱ、きもちいい……ぱぱ、ああっ」

「こ、こんなの……こ、こんなこと……うっ、ぐううっ、くうっ」

「んふうっ、はあ、あっ、ああっ、ああっ、ああっ、あああ……」

 

 女たちがあっという間に全身を真っ赤にして悶え始める。

 だが、最初に達すれば罰だと言われているので、全員が必死に快感を耐えようとしている。

 だが、スクルズに試したときもそうだったが、これはなかなかの刺激らしい。

 性器を指で自ら拡げさせられている五人の女陰からは、まるで涎を流しているかのように愛液が垂れ流れている。

 なかなかに壮絶だ。

 一郎はあえて、魔眼でステータスを覗くのはやめた。

 愉しみが半減するからだ。

 

「だ、だめえっ」

 

 最初に脱落したのは、やっぱりエリカだった。かなり、あっという間だ。

 次いで、「ぱぱ、ぱぱ」と繰り返しながら、幼児化の影響で受ける快感の純度が濃くなってしまっているウルズが達した。こっちも速かった。

 

 次はコゼだった。

 五人の中では快感への耐性が比較的強いが、やはり、ひとりだけ繊毛付きというのが効いたのだろう。

 

 それから、ベルズ──。

 

 意外にも、最後まで頑張ったのは、エリカと同じようにマゾっ子のシャングリアだ。我慢強いのもシャングリアの特徴でもある。

 一郎は五人からクリバイブを外すと、姿勢を崩していいという許可を与えた。

 

「さて、じゃあ、一番の負けはエリカだな。じゃあ、こっちに来い」

 

 エリカを呼ぶ。

 まだ、昇天した余韻で荒い息をしているエリカは、諦めたような感じで一郎のところにやって来た。

 

 可愛い女だ……。

 すっかりと従順になったエルフ娘の姿に、一種の征服感を覚えて、改めて一郎は嬉しくなった。

 これでも、エリカは一郎以外には気が強いし、召喚直後は一郎もさんざんだった。

 もっとも、一郎は自分がエリカには、本当に世話になったと思っているし、とても大切な存在だ。

 そして、こんなに愉しい異世界生活を実現してくれたエリカに感謝の気持ちでいっぱいでもある。

 

「罰ゲームは、ここで全員の前で俺に犯されることだ」

 

 一郎はそう言って、エリカを押し倒した。

 そのまま、エリカの濡れそぼった女陰に一物を挿入する。

 

 「五人の我慢大会」のときは、邪魔だから静かにさせていたが、勃起させようと思えばいくらでも勃起できる。

 これも、淫魔師のなせる技だ。

 

「あ、ああ、ロウ様、ああっ、あ、ありがとうございます、ああっ」

 

 一気に子宮近くまで深く挿入し、あとは魔眼で見えるエリカの膣の中の赤い筋のもやを目印に亀頭を擦ったり、押し揉んだりしながら律動する。

 エリカはたちまちに嬌声をあげるとともに、礼の言葉を叫んだ。

 

「そ、そんなの狡い──。一生懸命に我慢したのに、罰がご主人様に犯してもらうことなら、そんなの罰じゃない」

 

 後ろでコゼが一生懸命に叫んでいる。

 一郎はその必死の口調に笑ってしまった。

 

「……そういえば、コゼはまだ今夜は犯してないよな。じゃあ、特別だ。エリカの横に寝ろ。一緒に犯してやる。その代わり、これからも仲良くするんだぞ。ほら、エリカと手を繋げ」

 

「やった」

 

 コゼが両手をぐっと身体の前で握って嬉しそうな仕草をし、すぐに、エリカの隣に潜り込むように並んで寝る。

 そして、言われたとおりに、エリカと手を繋ぐ。

 だが、エリカはもういっぱいいっぱいらしい。

 コゼに意識を払う余裕はないようだ。

 

「い、いきます、いきます、ロウ様、あああっ」

 

 エリカは身体を弓なりにして叫んだ。

 

「まだ、駄目だ。コゼと一緒にいけ。もう少し我慢だ」

 

 一郎は背中に手を回して抱き締めるようにしていたエリカの手を振りほどいて、隣のコゼに移動する。

 

 すぐに、コゼの女陰に怒張を埋める。

 一郎はコゼの乳首に舌を這わせるとともに、指で肛門を刺激しながら怒張を律動させた。

 三箇所の性感帯を同時に刺激されたコゼは、一気に快感が全身に駆け抜けたように激しく悶えた。

 

「あ、ああ、ご主人様、き、気持ちいいです。ご主人様の奴隷になってよかった」

 

 コゼがしがみついてくる。

 

「奴隷から解放したが、本当に奴隷にした覚えはないぞ……」

 

 苦笑すると、今度は怒張を抜いて、再びエリカに移動した。

 この辺りの機微の付け方は、淫魔師としての魔眼能力を最大限に発揮している。

 交互に犯しても、快感が冷めて快感値の数字があがる前に戻っているので、二人同時にどんどんと快感を増幅できる。

 

 すでに昇天寸前のエリカは、それを持続するように刺激を与え、コゼについては、一気に絶頂に向かって突き進めさせる。

 それをした。

 

 そして、ついにふたりとも、それぞれひと突きずつで達するところまで追いつめた。

 

「まずはエリカだ」

 

 一郎はそう言って、エリカを絶頂させた。

 

「んぐううっ、ロ、ロウ様ああっ」

 

 エリカは身体をこれでもかというほどにのけぞらせて、全身を激しく痙攣させた。

 そのエリカにまずは精を発する。

 

 ぐったりとなったエリカから離れて、すぐさまコゼに最後にスパートをする。

 こっちもすぐに達した。

 そして、コゼにも精を注ぐ。

 

「んふううう」

 

 コゼもぐったりとなった。

 ふたりとも完全に脱力している。

 ただ、しっかりと手だけは握り合っていた。

 すると、背中に乳房がぎゅっと押し付けられた。

 

「ぱぱ、ぱぱん、ぱぱ、ウルズにも、ちて。まんまん、ちて。ウルズもぱぱに、まんまんちてほしい。ぱぱのちんちん、いれて」

 

 背中から抱きついてきたのはウルズだった。

 舌足らずの口調で、必死に一郎に訴えてきている。

 きっと、一郎がエリカとコゼを抱くのを見て、すっかりと興奮してしまったのだろう。

 すでに、一度クリバイブでいっていることだし、淫欲が収まらなくなったに違いない。

 

「いいぞ、ウルズ。その代わりに、絶対にほかの男に近づいちゃだめだぞ。女もだ。口をきいていもいいのは、ぱぱとぱぱの仲間の女の人だけだ」

 

 一郎はウルズを横にしながら言った。

 ウルズは、王都の三大美女に数えられた美女だ。

 そのウルズが幼児退行してしまったのは公然の秘密だが、それを利用して、ウルズに手を出そうという男はいくらもいるだろう。

 だから、一郎は、不用意に家から出ることも、ほかの男と接触することも禁じていた。

 

「うん、やくそくはまもっている。いい子にしているよ。ぱぱのいいつけまもっているよ。べーままとすーままのいうこときいているよ」

 

 ウルズが言った。

 一郎はウルズの頭を撫ぜた。

 ウルズが満面の笑みを浮かべる。

 

 一郎は、ウルズの股間に怒張を埋めていった。

 ウルズはあっという間に激しくよがり始めた。

 幼児化の影響で、ウルズには性の快感に対する耐性がほとんどない。

 受ける快感を純粋に受けてしまって、あっという間に昇天するのだ。

 結局、一郎が十回も律動しないうちに、ウルズは達してしまった。

 ウルズが達したので、一郎はウルズの膣にも精を放った。

 

 ウルズが幼児化状態から早く脱却するには、この一郎の精が一番いいのだそうだ。

 本当かどうかはわからないが、スクルズにしても、ベルズにしても、一郎がウルズを抱くことで、ウルズの精神が安定して、いい具合に成長しているという。

 だから一郎は、なるべくウルズにも精を注ぐようにしている。

 

「す、すごいな、ロウ殿……。三人全員に放ったのか?」

 

 しばらくじっと横で見ていたベルズは、呆気にとられたような顔で言った。

 

「なにをいまさら……」

 

 その横でシャングリアが苦笑している。

 一郎も苦笑してしまった。淫魔師というのは、どうやらレベルがあがると好色度もあがるようであり、このところ、いくら女たちを抱かしてもらっても、ちっとも満足できない。

 おかげで、毎日のように女たちを抱き潰している。

 三発くらいで驚いたのでは、毎日の一郎の性生活に接すれば、度肝を抜いてしまうに違いない。

 

「……さて、じゃあ、そろそろ、スクルズのところに行くかな。予定とは違ったけど、ここから移動ポッドで向かうよ。ベルズ殿、じゃあ、ここでお別れです。移動ポッドで第三神殿に四人で向かいます」

 

「もうか? しかし、まだ起きそうにないぞ」

 

 シャングリアがエリカたちに視線を向けながら言った。

 一郎は頷いた。

 

「うん……。だから、ふたりが目覚めるまで、ベルズ殿は俺ともう一勝負といきますか……。シャングリアは悪いがお預けだ。お前までダウンしたら、いつまで経っても向かえなくなる」

 

「わかっている。それに、わたしはもうしっかり愛してもらった。十分だ」

 

 シャングリアはにっこりと笑った。

 

 一郎は、エリカとコゼが起きあがれるようになったら着せてくれとシャングリアに頼んで、みんなの服を出した。

 切り刻んだシャングリアの着替えもちゃんとある。

 しっかりと事前に亜空間に準備していたのだ。

 本当に便利だ。

 

「さて、じゃあ、始めますよ、ベルズ殿」

 

「ここでか?」

 

 あまり羽目を外すようなセックスを好まないベルズだが、路上で犯され、ストリーキングをやらされ、さらに絶頂我慢や、目の前で一郎がエリカたちを次々に犯すのを見物させられて、感覚も麻痺しているようだ。

 照れている様子だが、さほどの抵抗もなくやってきた。

 一郎はベルズを抱き、すぐによがり始める。

 

 エリカとコゼがやっと起きあがって来たのは、ベルズが一郎の責めで、二度ほど昇天したころだった。

 一郎は悶絶したベルズにも、精を放ってから怒張を抜いた。

 

 すぐにさっとシャングリアが駆け寄って、一郎の性器を口で掃除をしてくれる。

 一郎はシャングリアの銀白色の頭を撫ぜてやった。

 すると、シャングリアが嬉しそうな仕草をした。

 

 また、そのあいだ、回復をして服を着終わったエリカとコゼが、汗にまみれている一郎の身体を布で左右から拭きだす。

 終わると、さっき一緒に出した一郎の服を三人がかりで着せ始めた。

 そのあいだ、一郎はなにもしてない。

 三人の動きに合わせて、腕や脚を動かすだけだ。

 まるで、王様にでもなった気分だ。

 

 一方で、抱き潰したようなかたちになったベルズは、床に手をついて、はあはあと息をしている。

 まだ素裸だ。

 

 また、ふと見ると、ウルズはさっきの性交の疲れか、指を口に咥えてすやすやと眠っている。いつの間にか薄い毛布が裸身にかけてある。

 横ににこにことしているブラニーがいるので、ブラニーがかけたてくれたのだろう。

 

「さて、すっかりと遅くなってしまったかな。スクルズ殿はもう休んでいるのかな。そうだとすれば、レイプにはちょうどいいけどね」

 

 一郎は言った。

 

「まだ、やるんですか?」

 

 エリカが疲れた口調で言った。

 まあ、実際に疲れているんだろう。

 

「当り前だ。今日までにスクルズ殿──。明日の朝に、姫様とシャーラ、さらにおマアもレイプするんだ……。そうそう、さっきもブラニーに口にしましたけど、ベルズ殿、明日、うちの屋敷でパーティをします。仲間内のね。大事なパーティなんで、万難を排して来てください」

 

 一郎はそう言いながら、床に置きっぱなしだったクリバイブを拾って、亜空間に収納する。

 そして、ブラニーに再びスクルズの部屋との移動ポッドを接続してもらった。

 

「スクルズは部屋にはいないようだな」

 

 一郎は繋がった姿見から、向こう側を見ながら言った。スクルズの私室を兼ねた寝室に繋がったが、向こうは暗く、ひっそりしている。

 

 

「このところ、スクルズは忙しいようなのだ。なにしろ、神官と副神官長や何人かの神官がなくなったので慰霊祭をするのだ。スクルズは、神官長代理になっているので、それを全部取り仕切らないとならないのだ」

 

 ベルズが横から言った。

 

 「へえ」と一郎は言った。

 慰霊祭の云々は知らなかったが、こんな夜更けまで働いているのであれば、本当に忙しいのだろう。

 だが、スクルズからは、「いつでも呼び出してくれ」といわれていて、神殿にいるスクルズに音を送れる「魔道の呼び鈴」ももらっている。

 それを鳴らせば、スクルズはすぐに来てくれる。

 昨日も、クリバイブに最後の魔力を刻んでもらうために呼び出したが、嫌な顔ひとつせずに、くだらない淫具作りに協力してくれた。

 

「……とにかく、スクルズにはお手柔らかにしてやって欲しいな」

 

 ベルズが言ったけど

 一郎は、女たちを促して先に向かってもらった。

 コゼ、エリカ、シャングリアの順で向こう側に移動する。

 最後に一郎が入った。

 そして、姿見の出入り口ぎりぎりのところに、ベルズを呼び寄せる。

 

「なんだ、ロウ殿?」

 

 ベルズが裸のまま近づてくる。

 

「約束ですよ。明日は必ず来てください」

 

 一郎はそう言って、ベルズに口づけをした。

 しばらくベルズの口の中を舌で蹂躙する。

 最初は戸惑ったような仕草だったベルズだったが、だんだんと積極的になり、やがて一郎にしっかりと抱きついて、ベルズの方から舌を絡めたりしてきた。

 

「わ、わかってる」

 

 一郎が唇を離すと、少し息を荒げたまま真っ赤な顔で頷く。

 ベルズを置いて、一郎は姿見の向こうに進んだ。

 一方で、エリカたち三人は交合の疲労が残っているのか、ちょっと疲れたように小さくあくびをしている。

 

「さあ、次はスクルズをレイプだ」

 

 一郎は、その三人娘ににっこりと微笑んだ。

 

「はあい」

 

 すると、エリカが三人を代表するように、気だるそうな返事をした。



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155 神殿長代理~執務室レイプ

 コゼが戻ってきた。

 ここは、第三神殿内のスクルズの私室だ。

 

「スクルズは筆頭巫女の執務室ですね。この時間なので廊下を歩いている神官はまばらです。問題なく侵入できると思います。神殿内そのものには、特に警戒の魔道具のようなものはありません」

 

 偵察結果を一郎に伝えると、コゼはその場に気だるそうにしゃがみ込んでしまった。

 一郎は苦笑した。

 まだ、さっきの性交の余韻が残っているようだ。

 ふと見ると、コゼだけでなく、エリカもシャングリアも少し身体がだるそうだ。

 それぞれに床にしゃがみ込んで壁にもたれている。

 緊張感のない彼女たちの姿に一郎は苦笑してしまった。

 

 すでにかなりの夜更けになる。

 部屋には明かりもなく、真っ暗であるが、窓からの月明かりで、なんとか部屋の様子はわかる。

 室内は乱れた感じはなく、こっちには朝からずっと戻っていないような感じだ。

 さっきのベルズによれば、第三神殿は、近く、死んだ神殿長や副神殿長たちを弔う慰霊祭を行うのだそうだ。スクルズは筆頭巫女として、この神殿では第三位の地位だったが、いまは上ふたりが同時に死んだため、暫定の神殿長代理になっているはずだ。

 それで忙しいのだろう。

 

 しかし、いずれにしても、息抜きは必要だ。

 まだ、仕事中であろうが、一郎は計画を変更するつもりはない。

 一郎は、この私室でスクルズを襲ってレイプするつもりだったので、その場所が執務室になったのはむしろ都合がいい。

 

 しかし、うちの三人娘は、あまりやる気はなさそうな感じだ。

 とりあえず、アサシンとしての能力の高いコゼを偵察に行かせたが、いまは待っていたふたりと同じように座り込んでしまった。

 

 ひとりで行くかな……?

 そんなことを考えていると、この部屋に誰かが近づくのを魔眼で感じた。

 だが、少なくともスクルズの気配ではない。

 また、この部屋は、巫女たちの寝泊りする場所の中で突き当りになる。

 その人物がここに向かっているのは、この部屋でしかありえない。

 

「……誰か来る。隠れろ」

 

 一郎は小声で言った。

 三人はすぐに反応して、戸棚の陰やカーテンの後ろなどにそれぞれに身を隠した。

 さすがに素早い。

 さっきまでのだるそうな雰囲気など微塵もない。

 一郎も隠れようとして、部屋にやって来る人物の正体がわかって、ほっとした。

 

「……大丈夫だ……。ミウだった」

 

 一郎はそう言って、扉の横に移動した。

 ミウは、あのクライド事件で両親を殺されて、クライドに連れまわされていた十歳の童女であり、スクルズが預かって、神官見習いとしてここで神官修行をすることになった童女だ。

 一郎も数回会っているので、ミウであれば、もうすっかりと打ち解けているので問題ない。一郎とスクルズの関係も知っている。

 また、ミウは、スクルズ付きの世話係になったと言っていたので、寝所の支度でもしにきたに違いない。

 

 扉が開いた。

 手に燭台を持っている。

 一郎は、その燭台をさっと取りあげるとともに、片手でミウの身体を横からぎゅっと掴んだ。

 

「静かにしろ、強盗だ」

 

 腕の中のミウに小声でささやいた。

 ミウは一瞬、恐怖に包まれたように目を丸くしたが、相手が一郎だとわかり、すぐににっこりと微笑んだ。

 

「ロウ様──」

 

 ミウが嬉しそうに叫んだ。

 一郎は、微笑んだまま指を立てて、口の前に当てた。

 ミウは慌てたように口をつぐむ。

 よかった。元気そうだ……。

 

 あの事件で最初に会ったときは、心を失ったように無表情だったが、いまは十歳の童女らしく、ちゃんと喜怒哀楽をしっかりと取り戻している。

 まだ、数日だが、ミウがだんだんと立ち直りつつあることを改めて確かめられて一郎も安心した。

 ただ、前回に、一郎とスクルズの関係を教えたとき、とても暗い顔になったので、すごく気になっていた。

 でも、もう元気そうだ。

 よかった。

 

「……やあ、ミウ」

「元気か?」

「おじゃましてます」

 

 エリカ、シャングリア、コゼがそれぞれに隠れていた場所から姿を現した。

 

「皆様、こんばんは……。でも、どうしたのですか、こんな時間に……?」

 

 まだ、一郎の腕の中にいるミウが言った。

 

「なあに、スクルズをレイプしに来たんだよ」

 

 一郎は冗談めかしく応じたが、その直後にしまったと思った。

 クライドに両親を殺され、まだ息のある母親の前でクライドにレイプされたミウに、「レイプ」という言葉はご法度だろう……。

 一郎は、自分の無神経さに腹が立った。

 

「まあ、だったら、お呼びしますか?」

 

 だが、ミウは気にした様子もなく、朗らかに応じた。

 一郎はほっとした。

 いずれにしても、ミウはすでに、一郎が密かにスクルズの「恋人」であることを承知しているから、一郎が「レイプ」といっても、ちょっとした遊びのように思ったのだろう。

 だが、そのとき、一郎ははっとした。

 魔眼で垣間見れるミウのステータスのうち、性的興奮の度合いを示す「快感値」の数字がさがり始めたのだ。

 初期値は「500」だったが、だんだんと数字が降下し、いまは「300」くらいだ。

 

 まさか、十歳で……?

 とにかく、一郎は慌てて手を離した。

 ミウは顔を赤らめたまま、にこにこと一郎を見ている。

 なんだか、あまりにも純真そうなその視線に、逆に一郎の方がたじろいでしまいそうだ。

 さらに、ミウのステータスには、もうひとつ驚くことがあった。

 魔道遣いのレベルだ。

 

 

 

  “ミウ

   人間族、女

    巫女見習い

   年齢10歳

   ジョブ

    魔道遣い(レベル4)

   生命力:30

   直接攻撃力:5(素手)

   魔道力:***

   経験人数

    男1

   淫乱レベル:C

   快感値:300↓”

 

 

 魔道遣いのレベルが4?

 ほんの数日前まで、魔道遣いとしてのジョブはなかったはずであり、この神殿に引き取られてすぐに修行を開始したとしても、数日しか経っていないはずだ。

 確かに最初に会ったときに、異常なまでに魔力が高いとは思ったが……。

 だが、いまは一郎の魔眼では魔道力が表記されてない。

 

「では、スクルズ様に皆様が来られたことをお伝えしてきます」

 

 ミウが部屋を出ていこうとした。

 一郎は、それを制した。

 ミウがきょとんとした顔で一郎を見る。

 

「スクルズを驚かせたいんだ。俺をこっそりと案内してくれるか、ミウ」

 

 一郎がそう言うと、ミウは「わかりました」と頷いた。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 そして、一郎は三人娘に声をかけた。

 

「はい、お気をつけて……」

 

 エリカが三人を代表するように応じた。

 そして、小さなあくびを手で隠しながら噛み殺すような仕草をした。

 さらに、一郎が部屋を出ていこうとすると、三人はさっきのようにそれぞれに座り込んでしまった。

 なんだか笑ってしまった。

 

 ミウの先導で生活居住棟から神官たちが働く施設などがある棟に移る。

 そこには、儀礼のためのホールや神官たちの執務室もあり、もちろん、筆頭巫女であるスクルズの執務室もそこだ。

 誰にも会うことなく、スクルズの執務室の近くまで辿り着いた。

 

「お待ちください」

 

 ミウが一郎を待たせて、ひとりで執務室に入っていく。

 そして、すぐに出て来た。

 

「どうぞ、ロウ様。スクルズ様はおひとりです……。では、あたしは、もう自室で休むように命じられたので行きますね……」

 

 ミウがぺこりと頭をさげた。

 ふと見ると、ミウは顔を赤らめている。

 

 

 

  “ミウ

   快感値:200↓”

 

 

 やっぱり、さっきよりも、快感値がさがっている……。

 それがわかって、一郎はちょっと戸惑ってしまった。

 まあいい……。

 とにかく、今夜はスクルズだ。

 

「まあ、こんな夜更けにどうしたのですか? 嬉しいですわ。今日はお会いできないと思ってましたから」

 

 一郎が部屋に入っていくと、スクルズはすでに机に向かう椅子から立ちあがっていた。

 顔に満面の笑みを浮かべてにこにこしている。

 それはともかく、机上には、いくつかの書類の束がある。

 やはり、仕事をしていた気配だ。

 ただ、忙しくしているような気配も見せずに、にこにこと微笑んでいるのは、やっぱりスクルズらしい。

 

 一郎は机の向こう側に回り込むと、スクルズを抱き締めて、いきなり唇を重ね合わせた。

 スクルズは、驚いたような仕草をしたが、すぐに真摯で情熱的な口づけを返してきた。

 一郎はいっそうの激しさで唇を擦り合わせながら、スクルズの両手を背中で服のまま水平に重ね合わさせて、淫魔の力で出現させた粘着剤で密着させてしまう。

 そのあいだも、しつこいくらいにスクルズの口の中の性感帯を舌先で擦り回す。

 だんだんと、スクルズの身体から力が抜けていくのがわかった。

 やっと一郎が口を離すと、スクルズは後手に拘束されたまま、ぐったりと一郎の身体にもたれかかってきた。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 筆頭巫女の装束を身につけているスクルズは、すでに肩で息をしている。

 スクルズが、すでに股間が濡れているほどの興奮に陥ってしまったのは一郎にはわかっている。

 エリカ並みに濡れやすいのも、スクルズの特徴だ。

 

「……用件はね……。スクルズをレイプしにきたんだ」

 

「レイプ?」

 

 スクルズが顔をあげた。

 きょとんとした表情をしている。

 一郎は、スクルズを机に向かって立たせると、机の上のものを端に寄せて上半身を押し倒した。

 

 机の大きさは広い。

 スクルズの上半身が完全に机に乗る。

 一郎は後ろから、スクルズの巫女服のスカートを腰の上までたくしあげて、下着を引き下ろした。

 さらに、スカートが下がって来ないように、裾を巫女服の帯に押し込む。

 

「ロ、ロウ様。こ、ここでは……。か、壁の向こうでは、まだ神官たちが仕事を……」

 

 スクルズが困惑した口調でささやいてきた。

「それがどうかした?」

 

 一郎はスクルズを机に押し倒したまま、うなじや肩に舌で愛撫しながら言った。

 スクルズが吐息のようなものを出しながら、くねくねと身体を悶えさせる。

 それにしても、スクルズは口先では抗議をするが、抵抗はしてこない。その気になれば、魔道の力で一郎の身体くらい跳ね返せるのだが、そうはしないのだ。

 

「スクルズが声を出さなければいいんだよ。それで気がつかれずに済む」

 

 一郎はスクルズの耳元でささやいた。

 

「そ、そうでしょうか……」

 

 スクルズが半信半疑のような応答をする。ちらりと隣室に繋がる扉に視線をやった。やはり気になるのだろう。

 

「そうだよ。なにか問題が?」

 

 一郎はスクルズの耳元でささやいた。

 すると、スクルズの相好が崩れて、にっこりと微笑みが浮かぶ。それだけじゃなく、すごく妖艶な表情にもなった。

 どうやら、スイッチが入ったみたいだ。

 

「そ、そうですね……。そんなに問題ないかも……」

 

「そうだろう」

 

 一郎はきっぱりと断言すると、机に潰しているかたちになっている乳房の下に両手を差し込んで、服の上から搾りあげるように揉み始める。

 たちまちにスクルズがよがり始めた。

 

「あ、あっ、ああ……。や、やっぱり、だ、だめです……。ロ、ロウ様は……お、お上手なので……あっ、ああっ」

 

 すぐにスクルズの口から甘い声が洩れ始める。

 スクルズからすれば、無造作に一郎も揉まれているようでも、一郎はしっかりとスクルズの感じる場所と揉み方を魔眼と淫魔力を駆使して探りながら揉んでいる。

 王都一の魔道遣いといえども、生身の若い女であるスクルズが我慢できなくなるのは当然なのだ。

 

「ぼ、防音の結界を……。ちょ、ちょっとだけ待って……」

 

 スクルズが慌てたように魔道でこの部屋を防音しようとしたのがわかった。だが、魔道の発揮には心の集中を必要とする。一郎に愛撫されながらでは、術が刻めないようだ。

 一郎は淫魔術で一時的に、スクルズの魔道力を凍結してしまった。

 

「な、なにを……?」

 

 スクルズがきょとんとした表情で、下から一郎を見上げる。

 

「レイプだからね。魔道は禁止だ。犯し終わったら、魔道を戻すよ。それよりも、声が気になるなら、手を自由にしてやるから、自分の口を押さえたらいい」

 

 一郎は粘性物で密着させていた両腕を自由にした。

 スクルズが慌てたように、両手で口をぴったりと押さえる。 

 一郎は背後からスクルズの腰を掴むと、素早くズボンをおろして、勃起させた怒張をスクルズの深い狭間の奥にあてがい、ずぶずぶと押し入っていった。

 

「んふううっ」

 

 スクルズは両手を口に当てたまま、背を大きく反らせて、かすれるような泣き声を洩らした。

 

「もっとしっかりと押さえた方がいいんじゃないか? 壁の向こうに聞こえるよ」

 

 一郎は意地悪く耳元でささやいてから、わざと激しく怒張を打ち込んでいく。しかも、淫魔の力で垣間見れるスクルズの膣の中で一番感じる場所を強く擦りながらだ。

 

「うっ、あっ、はあっ」

 

 必死に声を洩らすまいとしているスクルズの口から、少しずつ露わな声が洩れ出る。その懸命さが一郎の嗜虐心を増幅させる。

 一方で、淫らな水音をさせて絡みついてくるスクルズの熱い粘膜は気持ちよかった。

 

 それに、スクルズといえば、いまや王都で誰もが認める魔道遣いの第一人者だ。

 なにしろ、一郎の愛人にする前では、一郎だけに覗けるスクルズの魔道遣いレベルは“30”だった。それが一郎が支配することで、いまや“60”だ。

 一郎の覗くステータスではただの数字だが、王都にいる魔道遣いたちの中では、この数箇月のスクルズの魔道遣いとしての能力の向上は神がかり的でもあるらしい。

 

 これについて思うのは、以前にも、スクルズ自身も口にしていたと思うが、魔道遣いが唱える「魔力」と一郎のような淫魔師が遣う「淫気」は実は同じ性質のものではないかと思うのだ。

 その証拠に、実のところ、魔道遣いというのは、性的に淫乱である方が、高等の魔道遣いである傾向にあるらしい。

 つまりは、魔道遣い……魔道師とも称するが、男であろうと、女であろうと、好色である方が優れた魔道を発揮できるというのだ。

 スクルズも、このところ、そんなことを仄めかし始めた。

 

 とにかく、もともと、王都一の呼び声もあったが、いまや、第三神殿のスクルズといえば、美貌の神殿巫女というだけではなく、宮廷魔道長も遥かに及ばない魔道遣いの第一人者という評判が定着しつつあるようだ。

 いずれにしても、それほどの女をこうやって、ごっこ遊びとはいえ、レイプまがいのやり方で好き放題にできるというのは、実に心地いい。

 

「んんっ、んん、んああっ、い、いきます……いきそうです……」

 

 スクルズが腰をさらに激しく動かし始めた。

 確かに、ステータスでもスクルズがそろそろ極まっていることがわかる。

 一郎は猛然と服の上から乳房を掴み揉んで、熱く熟れているスクルズの尻の奥に怒張を突きあげた。

 

 そのとき、扉が外から叩かれた。

 はっとした。

 一郎もスクルズに夢中で気を取られていたために気がつくのが遅れたが、男の神官だ。

 スクルズも気がついた。

 しかも、そのまま入って来そうな気配だ。

 さすがに、一郎も腰の動きを止めた。

 

「ま、待って──。は、入ってはいけません。いまは、新しい魔道の実験中なんです。そこで待って」

 

 スクルズが咄嗟に叫んだ。

 

「は、はい」

 

 扉の向こうの男の神官が入って来るのをやめた。

 とりあえず、一郎はほっとした。

 一郎に怒張を貫かれたままのスクルズも安堵の顔をしている。

 だが、同時に例によって、一郎の心に悪戯心が芽生えた。

 

「……じゃあ、用件を訊いて指示をしてあげてよ。俺は構わないから……」

 

 一郎はささやいた。

 

「こ、このまま……?」

 

 スクルズは当惑した表情になった。

 なにしろ、スクルズの股間には、勃起した一郎の一物が深々と入っている。

 

「……魔道を戻すよ。だから、いうことをきくんだよ。さもないと……」

 

 魔道力の凍結を解除するとともに、一郎はわざとスクルズの恥毛に手をやって、脅して引っ張るような仕草をした。

 すると、慌てたように、スクルズは「言玉」を扉の向こうに飛ばした。

 

 「言玉」とは、離れた場所の相手と会話をすることのできる魔道の煙の玉であり、一郎の元の世界における「電話」と同じようなものだ。

 

「あっ、で、では、用件を……」

 

 目の前には丸い煙の塊のような「言玉」が浮かんでいるが、そこから男の声が流れ出した。

 その神官は、扉の向こうの神官の前に、スクルズの「言玉」がやってきたので、それを使って話をしろというスクルズの指示を理解したに違いない。

 

 男神官の声が喋り続ける。

 どうやら、慰霊祭のときの進行手順について、複数の指示書で食い違いがあり、それを確認しに来たようだ。

 その神官が扉の向こうにしっかりと立っているのは、もはや一郎も魔眼で承知している。

 

「……そ、それについては……」

 

 話に耳を傾けていたスクルズが再び、言玉で返事を始める。

 一郎はすかさず、静止していた怒張をゆっくりと動かしだした。

 

「ううっ、ま、待って──」

 

 スクルズが手を振った。

 一瞬で言玉が消滅する。

 

「……お、お願いです……。い、いまは許してください……」

 

 スクルズが眉間に皺を寄せて小声でささやく。

 

「でも、俺は動かしたいんだよ。早く指示を終わらせて、追い払ってくれればいい」

 

 そして、今度は本当に恥毛を一本掴んで掴んで強く引いた。

 

「ううっ」

 

 スクルズが顔をしかめて、大きな声をあげた。

 

「ど、どうかしましたか──?」

 

 スクルズの悲鳴を耳にして、扉の向こうの神官が、言玉ではなく扉越しに大声で叫んだ。

 

「な、なんでもないんです。指示を出します」

 

 スクルズが怒鳴り声のような声をあげるとともに、もう一度言玉を投げた。

 神官が入って来ないようにするためだろう。

 

「んっ……んあ……。い、いいですか……。そ、それは……」

 

 スクルズが言玉に語り始める。

 すると、一郎はまたもやゆっくりだが怒張を動かし始める。

 さすがに、スクルズが我慢できるぎりぎりのところで抑えているものの、スクルズも息を整えながら、こっちの様子を悟られまいと懸命だ。

 一郎はその苦悶の仕草と声が愉しくて仕方がない。

 だが、本当にスクルズが耐えられなくて、はしたない声をあげてしまって、あの扉を開けられれば、スクルズも一郎も破滅だ。

 そのぎりぎりのところで、スクルズをいたぶるのだ。

 なかなかにスリルのある遊びで面白い……。

 

 スクルズは一郎に犯されながら、必死に指示を出し続けた。

 時折戻ってくる言玉からの神官の返事には、ちょっと不審気な響きもあるが、それでも、まさかここでスクルズが男と性交を行っているとまでは思っていないだろう。

 一郎は片手については、さっきと同じように乳房を揉んでいたが、片手はしっかりと恥毛に当てていた。

 その指をスクルズの陰核に移動させて、ぐいと押す。

 

「はううっ」

 

 噛み殺した悲鳴と同時に言玉が消えた。

 声が伝わらないように自ら消したのか、噴きあがった淫情で集中が途切れて消えてしまったのかは知らない。

 だが、スクルズは顔を後ろに回して、涙ぐんで首を激しく横に振り、一郎になにかを訴える視線をする。

 しかし、一郎は許さない。

 じっくりと腰を前後させて、じわじわとスクルズをいたぶり続けるだけだ。

 

 スクルズは諦めた感じで、息を引くような溜息をすると、言玉をもう一度出し、続きの言葉を伝えた。

 最後に、しばらく誰も入って来ないようにと付け加えてから言玉を消した。

 やっと神官が扉の向こうから離れていく気配がした。

 

「あ、ああ、い、意地悪です、ロウ様……」

 

 目に涙をいっぱいに溜めたスクルズが一郎を恨めしそうな顔をして見た。

 

「性分でね」

 

 一郎はそう言うと、今度こそ、本格的な抽送に移った。

 すぐにスクルズがよがり始める。

 やがて、ぶるぶると全身を震わせて絶頂した。

 一郎はそのスクルズの股間に、精の迸りを一射、二射と注ぎ込んだ。

 スクルズの股間から一物を抜いたときには、スクルズは精根尽きたような感じになっていた。

 

「ふ、ふう……。ほ、本当にロウ様は鬼畜です……。わたしは肝が冷えました……」

 

 スクルズはスカートの裾を帯に押し込まれて尻をめくりあげた格好のまま、脱力してぺたりとお尻を床につけた。

 

「だって今夜はレイプだよ。怖がらせないとレイプにはならないだろう」

 

 一郎は服装を整えながらうそぶいた。

 そして、まだ腰が抜けたようになっているスクルズのスカートをとりあえずおろしてやる。また、床に下着が丸まって落ちていたので、それを拾って渡した。

 

「そういえば、あのミウですが大した成長だね。まだ、数日しか経ってないのに、魔道遣いとして驚くべき成長だ。どんな修行をしたんだ?」

 

 一郎は訊ねた。

 すると、スクルズは驚いた表情になった。

 

「えっ、ミウにはわたしの前以外で魔道を遣うことはまだ禁止しているのです。魔力が安定していなくて、まだ、時折暴走したようになり危険なのですよ……。それにもかかわらず、ミウはロウ殿の前でなにかの魔道を遣ったのですか?」

 

 スクルズは眉間に皺を寄せた。

 一郎は慌てて、それを否定した。

 ミウのことはなにも言わず、ただ、わかっただけだと言った。

 スクルズは不思議そうな顔をしたが、とりあえず納得した。

 

「……そうですか……。確かに、ミウは魔道遣いとして大きな才能があるかもしれません。逸材です。いままで埋もれていたなんて信じられないほど……。でも、このままでは……。そうですねえ……。もしかしたら、ロウ様にそれについて相談するかもしれません……」

 

 スクルズがまるでひとり言のような口調で呟いた。

 一郎はさらにミウについて、スクルズが言及するのを待っていたが、これ以上はなにも語るつもりはないようだ。

 一郎はミウについての話題を終えることにした。

 そして、明日、内輪のパーティを屋敷でするということをスクルズに説明した。

 

「……そうですか……。でも、このところ忙しくて。丸一日、神殿を空けるというわけには……」

 

 スクルズは困ったような表情になった。

 一郎は頷いた。

 無理矢理にでも誘おうと思ったが、無理して来られるようなら、スクルズは来る。

 スクルズが難しいと口にするのであれば、本当に明日屋敷を訪問するのは難しいのだろう。

 

「……わかったよ。じゃあ、スクルズは勘弁してあげるよ。その代わり、朝一だけはお願いするよ。明日の早朝に、姫様とシャーラのいる宮殿施設内の小離宮に侵入して、ふたりをレイプします。それだけは手伝ってくれ」

 

 一郎は言った。

 

「姫様? イザベラ王女殿下のことですか? レイプ? まあまあ……」

 

 スクルズは目を丸くしている。

 

「その後で、おマアにも呼ばれていてね。そっちは帰りに送って欲しいんだ」

 

「まあ、ロウ様もお忙しいんですね。もちろん、ご一緒します」

 

 スクルズがにこにこと微笑んだ。

 

「とにかく、頼んだよ、スクルズ」

 

「はあい」

 

 スクルズがおどけて笑った。そして、魔道の杖を手に取る。

 とりあえず、一郎を移動術、つまり、瞬間転送で送り届けるためだろう。

 一郎は、スクルズの私室に、エリカたち三人が待っていると伝えた。

 

「そうですか……。では、そっちにお送りします。そこからは、移動ポッドでよろしいですね。それと、今夜は本当にありがとうございました」

 

 スクルズがまた微笑んだ。

 別に礼を言われることではないのだがなあ……。

 ただ、突然に神殿に押しかけて、ほかの神官が壁一枚向こうにいる場所で、鬼畜にスクルズを犯しただけだ。

 

 まあいい……。

 

 一郎は、愉しんだお礼に、スクルズの口に唇を当てて口づけをした。

 するとスクルズは、魔道を刻む手を休め、嬉しそうに一郎の口づけを返し、ちょっとだけ興奮したように舌を一郎の口に差し込んできた。



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156 レイプごっこ二日目~朝の騒動

 一郎はまどろみの中にいた。

 

 朝か……?

 一郎は目を閉じたまま思った。

 

 そういえば、昨日は昼間は屋敷で三人娘といちゃつき、夕方になったら、レイプごっこで、ミランダ、ベルズ、スクルズと襲いにいき、スクルズにこの屋敷に戻してもらってから、最後にまた三人を順番に抱いて寝た。

 本当に休んだのは、随分と遅かったのではないかと思う。

 おそらく夜半過ぎだろう。

 

 一郎たちが休む寝室は、地下の調教部屋と一階の寝室の二箇所にある。

 昨夜は一階の寝室側で休んだので、瞼に窓からの光を感じるとともに、裏庭からの鳥の声が聞こえていた。

 どうやら、まだ早朝のようだが……。

 

「ご主人様、おはようございます」

 

 そのとき、温かいものが身体に覆いかぶさって来た。

 コゼの裸体のようだ。

 一郎の上に被さり、唇を重ねて舌を入れ込んでくる。

 そして、まるで猫のように、ぺろぺろと一郎の口の中を舐めまわしてきた。

 これだけ無邪気に甘えてくれると、一郎も悪い気はしない。

 一郎もコゼの背に両手を回して、コゼの口の中を舌で刺激してやる。

 

「あっ……あ、ああ……、ひ、ひもち……いいれしゅ……」

 

 コゼが一郎から口を舐められながらうっとりとした声をあげた。

 

「あっ、あんた、また──」

 

「コゼ、狡いぞ。今朝はコゼの順番は最後だろう」

 

 すると、エリカとシャングリアの怒鳴り声が聞こえて来た。

 目を開くと、やはり素裸のふたりが、一郎とコゼが抱き合っている両側に座って睨みつけているのが見えた。

 

「朝っぱらから、なんだよ?」

 

 一郎はコゼを離しながら苦笑した。

 どうせ、また、朝の口づけの挨拶の順番のことで揉めているに違いない。

 いつも誰が先だの、後だのと揉めることが多かったので、一時期は生き残りだといい、添い寝をしなかった者が先に挨拶をするというような取り決めをさせたが、それもうまくいかず、最近では、ちゃんとあらかじめ順番を決めておくという決まりになったはずだが……。

 

「だ、だって、ロウ様、コゼ、ひどいんですよ。この前、ロウ様に命じられたとおりに順番にしようって決めたのに──。今日は、わたしが一番で、コゼは最後のはずだったんです」

 

 エリカがやかましく怒鳴った。

 そんなことで、こんなに必死にならなくてもいいんじゃないかと思うのだが、まあ、変に生真面目なところがエリカの面白いところだろう。

 だから、こうやって、コゼにからかわれるのだが……。

 

「だって、順番は順番として、ご主人様が起きたのに、すぐに反応しなかったら、近くにいる者が対応しようっていうのも決めたじゃない──。ご主人様を放っておくのが一番よくないからって……。忘れたの、エリカ?」

 

 コゼが得意気に言った。

 いや、そのくらい放っておいてくれてもいい……。

 目が覚めた瞬間に、口づけをしてもらえないくらいで、絶対に機嫌は悪くならない。

 そう思ったが、とりあえず黙っていた。

 

「で、でも、まだ目をお覚ましではなかったわ」

 

「いいえ。あのとき、起きられたわ。ぼうってしていたエリカが悪いのよ──。ねえ、ご主人様、さっき、もう起きておられたですよね?」

 

 コゼに振られて、仕方なく一郎は「確かに起きていたな」と応じた。

 正確には、起きようとしていたというのが本当だが。

 

「ええっ」

 

 エリカががっかりとした表情になった。

 

「それよりも、おはよう、ロウ」

 

 今度はさっとシャングリアが横から滑り込んできた。

 一郎はシャングリアとも、朝の口づけを交わす。

 

「あ、ああっ、あんたまで順番を──」

 

 エリカが声をあげた。

 そのあまりもの憤慨した口調に、一郎も吹き出しそうになる。

 

「だから、ご主人様を放って置かないようにするのが、順番よりも優先だと言ったでしょう」

 

 コゼがけらけらと笑っている。

 

「だ、だったら、順番を決めた意味がないじゃないのよ」

 

 エリカが怒鳴りあげた。

 どうやら、真剣に腹をたててるようだ。

 本当に笑ってしまう。 

 

「そう言うな、エリカ……。残り物には福があるぞ。これからは、三番目の者には、起き抜けの一発の相手をしてもらうことにしようか」

 

 シャングリアとの口づけを終えた一郎は、エリカを抱き寄せて口づけを交わすやいなや、すぐに身体を入れ替えて、エリカを下にした。

 そして、手から粘性の油剤を出すと、エリカの脚をM字に開脚させ、右の手首と足首、左の手首と足首をそれぞれに密着させる。

 これでエリカは、股を大きく開いた状態から動けなくなった。

 そのエリカの股間に顔を移動させて、股間に舌を這わせる。

 しかも、唾液にはたっぷりとの媚薬の成分を加えてやる。

 

「うっ、うううっ、あ、あん、ああっ」

 

 エリカが腰を淫らに動かして、よがり始める。

 

「あっ……」

「あ、あれっ?」

 

 コゼとシャングリアが両脇できょとんとした声を発した。

 さらに、コゼは「今度は三番目か……」とか、ぶつぶつとなにか考え込むようなひとり言も口にしている。

 とにかく、一郎は畳みかけるように、エリカの弱点を次々に舌で責めたてた。

 

「んふうっ、うううっ、ロ、ロウ様、き、気持ちよすぎます」

 

 エリカが感極まった声で叫んだ。

 一郎の舌責めに、早くもエリカは切羽詰まった状態に追い詰められたようだ。

 腰をよじり、内腿を痙攣させ、あられもない声で悶え声をあげる。

 さすがに、感じやすいエリカだ。

 あっという間にステータスの中の「快感値」が絶頂寸前の状況までさがった。

 一郎は体勢を変えて、股間をエリカの腰に覆い被せる。

 そのまま、怒張の先端をエリカの膣にねじ入れていく。

 

「あ、ああ……あふううっ」

 

 エリカが激しく首を左右に振る。

 美しいエルフ女の顔が淫らに歪み、尖った耳の先まで真っ赤になった。

 勢いのまま、一郎はびっしょりと濡れているエリカの股間の粘膜に荒々しく突きを入れる。

 エリカが全身をぴんと硬直させる。

 すぐに激しく律動を開始した。

 

「んぐうっ、んんんっ」

 

 エリカはすぐに狂乱した。

 短い時間で、これだけ乱れるのは、唾液に含ませた媚薬成分のためでもあるだろう。

 一郎は荒々しくエリカを犯し続けた。

 

「も、もうだだめ……だめです、ロウ様……。い、いきます……いぐううっ」

 

 エリカの大きくが大きく弓なりにのけぞる。

 

「まだだ。少しは我慢しろ──。許可するまでいくな──」

 

 一郎は大きな声で怒鳴った。

 そのあいだも、エリカの感じる部分を亀頭の先で強く擦っている。

 

「う、ううううう……」

 

 エリカが歯を食い縛って呻いた。

 一郎に命じられたとおりに、絶頂を耐えようとしているだろう。

 左右で密着している手首と足首の部分では、エリカの手が握ったり閉じたりし、足は上下にぱたぱたと動いている。

 面白い反応だが、一生懸命に極めるのを寸前で留めているようだ。

 エリカには、このまま我慢させることにした。

 耐えれば耐えるほど、最後の快感が大きいことを一郎は知っている。

 きっと派手に達してくれることだろう。

 一郎はこの美しいエルフ娘が、一郎の手管で正体をなくしたように乱れて昇天する姿が大好きだ。

 

「も、もう、だめ……だめです……。だめなんです、ロウ様──」

 

 一郎の律動を受け続けているエリカが泣くような声で叫んだ。

 身体は痙攣のような震えを長く続けている。

 すでに耐えるのも限界だろう。

 それでも、顔をくちゃくちゃにして、必死で一郎の「いっていい」という合図を待っている。

 本当に健気だ。

 

「まだだ、エリカ──。もう少しだ」

 

 しかし、わざと一郎はエリカの耳元で怒鳴った。

 そして、駄目押しの刺激を与えるために、再び媚薬成分をまぶした唾液を舌でエリカの乳首に舐めつけながら、舌で刺激する。

 

「あぐうううっ、だ、だめえええっ」

 

 エリカの身体がぴんと伸びて、膣いっぱいに咥え込まされている一郎の怒張を思い切り締めつけた。

 そして、がくがくと裸身が激しく震える。

 達したようだ。

 一郎はそれに合わせて、エリカの子宮に精を注ぎ込んだ。

 

「あ、ああっ、だ、だめえっ、と、とまらない。とまらない……」

 

 次の瞬間、エリカが狼狽えた声を出し始めた。

 一郎はなにが起きたのかわかって、さっと一物を抜いて、エリカの股間を寝台の横に移動させて床に向ける。

 

「あ、あああっ、いやあああっ」

 

 エリカの股間から放尿の放物線が描かれだす。

 朝一発目の性交のときは、女たちも膀胱に尿が溜まっている。

 だから、絶頂とともに、失禁をしてしまうのは珍しいことじゃなかった。

 

「あらあら、洩らしちゃったのね、エリカ」

 

 コゼがからかうような声をかけた。

 そのあいだも、じょろじょろとエリカの尿が床に水たまりを作っていく。

 

「う、うう……も、申しわけありません、ロウ様」

 

 やっと尿が終わった。

 エリカはすっかりとしょげている。

 こんなに打ちのめられたような表情をしているのを見ると、一郎はもっとエリカを苛めたくなる。

 

「じゃあ、コゼとシャングリアは、エリカのした粗相を片付けろ。ただし、舌でな……。いつもの奴隷ごっこだ」

 

 一郎は寝台の隅に座ったまま、邪魔にならないようにして眺めていたふたりに言った。

 「奴隷ごっこ」と宣言したときは、この屋敷内の取り決めで徹底的に恥辱的に女たちを扱うことになっている。女たちも納得済みのことなので問題ない。

 一郎と女たちのあいだの遊びだ。

 しかし、エリカにとっては、自分の尿を舐めさせられるよりも、仲間が舐める方が堪えるだろう。それに、これも三人が仲良くなる材料だ。

 こうやって、お互いの恥部を晒し合って、庇い合って、全員のチームワークは作られていくのだ。

 

「あ、ああ、そ、そんな、わたしがやります、ロウ様。ふたりにはやらせないで」

 

 案の定、自分の尿をコゼたちが舐めさせられると知ったエリカは、M字開脚のまま、必死の声をあげた。

 

「いや、エリカはお掃除フェラだ……。ちょっとだが、エリカの尿が俺にかかったぞ。それも舌で舐めるんだ──。そのあいだ、お前たちは尿を片付けだ。ほら、やれ──」

 

 一郎はそう言って、エリカを裏返すと、一郎の股間に顔を埋めさせた。

 

「やれやれ、結局、いいところをエリカに持っていかれたわ」

「まあ、持ちつ持たれつだけどな。だけど、エリカ、貸しだぞ」

 

 コゼとシャングリアが寝台を降りて、寝台の下のエリカの尿に向かう。

 ただ、顔は笑っている。

 ふたりが顔をくっつけ合って、エリカの尿に口をつけた。

 

 一方でエリカは、懸命に自分がやると訴えていたが、もう一度一郎が強要すると、諦めたように一郎の一物に残っている蜜を掃除するために舌を動かし始める。

 そのとき、屋敷妖精のシルキーが目の前に姿を現した。

 

「……お取込み中のところ、申しわけありません、旦那様。スクルズ様が移動術で、屋敷をご訪問なさろうとしているようです。侵入を許してよろしいですか?」

 

 いつものメイド姿のシルキーが微笑みながら言った。

 屋敷妖精のシルキーは、この屋敷に限り、絶対的な侵入防止の結界を刻むとともに、この屋敷内の魔力を完全支配して、あらゆる魔道遣いの魔道を制御することができる。

 いかにスクルズといえども、シルキーの許可なしで屋敷に魔道を外から施すことはできない。

 

「ああ、俺が呼んだんだ。構わないから、ここに移動術の出口を繋げてくれ」

 

 一郎は言った。

 三人はまだ、それぞれの作業に没頭していたが、一郎がスクルズをここに通すというようなことを告げると、身体をびくりと反応させた。

 無論、わざわざ、ここに呼び寄せるのは、エリカが失禁した後始末をコゼとシャングリアが舌で掃除をするというような状況を第三者に見せることで、三人に惨めな思いをさせようという一郎の嫌がらせだ。

 三人もそれがわかっているので、もう抗議などしない。

 ただ、早く終わらせようと、動かす舌を速くしただけだ。

 

 目の前の空間が歪んだ。

 スクルズの移動術の出口がこっちに繋がったのだ。

 だが、そこから飛び込んできたのは、スクルズだけではなかった。

 ミランダが、転がるようにして床に倒れ入ってきたのだ。

 まるで水を頭から浴びたような汗をかいている。

 目の下には隈のようなものができていて、身体は疲労困憊のようだ

 とにかく、かなりの悲壮な姿だ。

 この感じでは、一睡もできなかっただろう。

 

「やあ、ミランダも昨夜はお疲れ様だったね。今夜はパーティだとは言ったけど、もっとゆっくりの来訪でよかったよ」

 

 一郎はエリカに身体を舐めさせながら、意地悪く言った。

 

「よ、よくも、よくも、そんなこと……」

 

 ミランダが膝をついたまま、一郎を睨んだ。

 それにしても、ミランダの脚の内側を伝っている愛液はおびただしい量だ。

 それが、ミランダのつらさを物語っている。

 なにせ、ミランダは媚薬の玉を股間と菊座に挿入したまま股間を貞操帯で封印して放置した。

 相当の苦悶の夜を送ったに違いない。

 

「ミランダは、第三神殿に早朝に訪れたのですよ……。それで、わたしにロウ殿のところに送れと頼んだのです。ミランダも、わたしのところに来るだけでも大変だったようです。もう、許してあげてはどうですか?」

 

 続いて入って来たスクルズが微笑みながら言った。

 どうやら、ミランダは淫具を外してもらうには、ここまで来るしかないとはわかっていたが、とてもじゃないが、歩いては来られず、スクルズに泣きついたようだ。

 

 それで、スクルズが、移動術でミランダを連れて来たのだろう。

 また、スクルズがやってきたのは、もちろん、朝一番で宮廷内の小離宮にいるイザベラ姫とシャーラをレイプする手伝いを一郎が頼んでいたからだ。

 一郎は、エリカの粘着の拘束を解いて、ぽんとお尻を軽く叩いた。

 

「もういいぞ、ご苦労さん、エリカ」

「は、はい」

 

 エリカは転がるように寝台を降りると、そのまま自分の尿の掃除をしているコゼとシャングリアに加わった。

 一郎は悲痛な表情のミランダに視線を向けた。

 

「いいでしょう。外してあげましょう。その代わり、いま起きたばかりで小便をしたくてね。俺のおしっこを飲んでくれたら、ミランダの悩みを解決してあげるよ」

 

 一郎はミランダに言った。

 すると、ミランダの顔色が変わった。

 

「ロ、ロウ、ふざけないで──。そ、そんなことができるわけないでしょう」

 

 ミランダが激昂したように叫んだ。

 一郎は、わざとらしく肩を竦めた。

 

「だったら、ミランダには頼まないさ。いつまでも、そうしていたらいい……。そうだ。スクルズにお願いしよう……。スクルズ、小便がしたいので、その口で厠になってくれるか?」

 

 一郎はミランダの後ろでにこにこと微笑んでいたスクルズに声をかけた。

 

「あら、わたしですか? ふふふ……。これはいつもの奴隷ごっこですね……。だったら、服を脱いでよろしいでしょうか? ロウ様のお小水をこぼすことなく飲み干すことは、まだできないと思うのです……。この前もたくさんこぼして、ロウ様に叱られましたし……」

 

 スクルズは一郎の返事を待たずに、巫女服を脱ぎ始めた。

 すると、ミランダが唖然とした表情になった。

 もちろん、この屋敷に入り浸りに近いスクルズは、奴隷ごっこ宣言の決まりは知っている。一目見て状況を理解したのだろう。

 

「えっ、スクルズ、あんた、おしっこを?」

 

 どうやら、一郎の小便を飲むというようなことをスクルズがまったく嫌がる素振りもなしに、やろうとしているのが信じられないようだ。

 

「はい、ロウご主人様のご命令ですから……。それよりも、ミランダも一緒にやりましょう。結構、奴隷ごっこも愉しいですよ」

 

 スクルズはにこにこと微笑んだまま言った。

 すでに巫女服を脱いで寝台に置き、腰の下着だけの姿になっている。

 そのスクルズが、寝台に腰かけている一郎の股間のあいだに跪いた。

 

「ど、どうぞ」

 

 スクルズが大きく口を開く。

 

「ま、待って──。わ、わかったわよ。やるわよ。やる──」

 

 ミランダがスクルズを押しのけるようにして、一郎の股間のあいだに割り込んできた。

 一郎はスクルズを避けさせて、ミランダの顔に小便を注いでやった。

 

「あっ、あぷっ」

 

 顔におしっこをかけられるミランダが、懸命に口を移動させて一郎の放尿を口に入れようとする。

 一郎はその姿にちょっと笑ってしまった。

 

 とにかく、半分以上はミランダの顔に当たって下に落ちたが、半分は飲んだと思う。

 一郎は許してやることにした。

 

 淫魔術で装着して外れないようにしていたミランダの貞操帯を外してやる。

 貞操帯が床に転がった。

 ミランダが一郎の尿にまみれた格好のまま、がくりと両手を床につけた。

 

「三人とも、もう床掃除はいいぞ。地下の浴場に連れていって、皆で身体を洗って来い……。スクルズは申し訳ないが、部屋を出て広間で待っていてくれ……。とりあえず、ミランダをなんとかしてあげないとな……。なにしろ、一晩中、媚薬に苛まれて苦しんだから……。ミランダはおいで……。もう、身体が疼いてまともに動けもしないだろう? 一度、愛し合おう。それですっきりするよ。そうしたら、皆と一緒に浴場に行ってくれ」

 

「待ってください。ロウ様はスクルズと一緒に姫様のところに行くんですよね。すぐに支度するので待ってください。わたしが護衛につきます」

 

 エリカがはっきりと言った。

 スクルズもいるから問題はないと思うが、まあエリカが聞き入れることはないだろう。

 エリカは一郎の護衛の責任という自負心があるのだ。

 

「かなり気怠そうだけど大丈夫か?」

 

「大丈夫です」

 

 エリカがきっぱりと言った。

 

「わかった。じゃあ、エリカも広間で待っててくれ」

 

「はいっ」

 

 エリカが飛び出していく。

 コゼとシャングリアは、一郎とミランダに声をかけてから、大人しく部屋を出ていった。

 

「ところで、ベルズ殿は? 一緒ではなかったんですね」

 

「ベルズですか? ウルズもいるのでこんなに早くは来れないと思います。多分、夕方になるんじゃないかと……」

 

「ふうん……。まあ、もしも、伝言が伝えられるなら、昼までには来た方がいいと伝えておいてください。さもないと大変なことになるってね」

 

「なにかしたのですか?」

 

 スクルズが首を傾げた。

 

「ちょっとした時限付きの淫魔術を……。ウルズがいるから、夜中は勘弁したんですが、そろそろ最後に飲んでもらった唾液に含ませた淫魔術が発動するはずです」

 

 スクルズはさらに怪訝な表情になったが、とりあえずそれで話はやめた。

 

「とにかく、スクルズもエリカと待っていてよ。ミランダを待たせたら悪い」

 

「そうですね。では、ミランダ、鬼畜のご褒美に、たっぷり愛してもらってくださいね」

 

 スクルズはにこにこと微笑んでミランダに声をかけると、さっき脱いだ巫女服を胸に抱えて出ていった。

 部屋はシルキーのほかには、一郎とミランダだけになった。

 貞操帯を外してやったミランダは、かなりの荒い息をしている。

 その股間は真っ赤になっていて、凄まじいほどの愛液の量だ。

 

「ロ、ロウ……あ、あんたという人は……。ほんとに、ほんとに……」

 

 ミランダは睨みつけるようにロウを凝視したが、結局、ふらふらと這うようにして一郎に向かって寄って来た。

 さすがのミランダも、一晩中媚薬を股間に入れっぱなしにして貞操帯で封印されるという責め苦を受けては、もう腰が立たなくなってしまったらしい。

 一郎はミランダが辿り着く前に、シルキーを呼び寄せて耳打ちで指示をした。

 シルキーが頷き、さっと姿を消した。

 

 一郎がシルキーに命じたのは、スクルズと一郎が出発したら、ミランダも含めて全員で地下の浴場に入るはずだから、そのあいだに身に着けるものを全部隠してしまえということだ。

 それだけでなく、布切れ一枚、屋敷からは失くしてしまえとも言った。

 それを指示する。

 そうすれば、ミランダも素裸だ。

 一郎が戻るまで、どこにも行けないという仕掛けだ。

 

「それと、しばらくするとお客さんが次々にくる。同じように片っ端から服を取りあげて、絶対に帰すな」

 

 一郎はさらに小声で指示した。

 シルキーはちょっと面食らった感じになったものの、「かしこまりました」とはっきりと応じた。

 

 そうしていると、やっとミランダがふらふらしながらやって来た。

 

「あ、ああ、ロウ……。あ、あんたが鬼畜だということは……ほ、本当によくわかったわ……。こ、今回のことは……ゆ、許さないわよ……」

 

 寝台にあがって来たミランダが言った。

 ミランダは服を着たままだったので、それは一郎の尿まみれになっている。

 一郎は、それを一枚ずつ脱がしては床に放り投げた。

 

 床に捨てるごとに、そのまま衣類が消滅する。

 さっそく、シルキーが屋敷に魔道をかけたようだ。

 しかし、ミランダは気がついた様子はない。

 

「だったら、やめる、ミランダ? その火照りを癒してあげなくていいの?」

 

 一郎は意地悪く言った。

 

「だ、誰もそんなこと言ってないじゃない……。ああ……。も、もう、お願いよ。抱いて。な、なんとかしてよ。この馬鹿──」

 

 全身から湯気が出るような汗をかいているミランダが、一郎の裸の胸に飛び込んできた。



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157 王女と侍女長~媚薬レイプ

 宮廷内への侵入に成功した。

 一郎とエリカを移動術で連れてきてくれたスクルズが、すかさず、なにかの魔道をかけた。

 すると、かすかだが、透明の膜のようなものが三人の周りを取り囲んだのがわかった。

 

「……これで、周りの者には、わたしたちの姿は見えません。大声を出さない限り、わたしたちがここにいるのは誰にもわからないはずです」

 

 横に立っているスクルズがにっこりと微笑んだ。

 

「本当に?」

 

 エリカは半信半疑だ。

 いま、一郎たちが立っているのは、宮廷内にある小離宮というイザベラ王女の邸のすぐ近くであり、目の前には庭園があって、その庭園では、まだ薄暗いくらいの早朝というのに十人ほどの庭師が忙しく働いている。しかし、彼らに一郎たちへの反応がないので、そうなのだろう。

 また、エリカがここにいるのは、一郎の護衛のためだ。

 スクルズがいるのだから、護衛など不要と思うのだが、一郎の護衛責任を自負しているエリカは強引についてきたというわけだ。

 

「へえ……。便利な魔道もあるんだな。本当に、これで俺たちの姿は隠れているのか、スクルズ?」

 

 一郎は小声で言った。

 

「はい、まったく見えません。こういう高等の魔道を駆使できるようになったのも、ロウ様のおかげですね」

 

 スクルズが頭をさげた。

 一郎の淫魔術に支配されると、何らか著しいの能力向上が引き起こるというのは、すでに女たちは知っている。

 すなわち「淫魔師の恩恵」だ。

 だが、スクルズの魔道遣いとしてのレベル向上は、その中でも別格に飛躍的だ。

 おそらく、もともと魔道遣いとして魔力が高いことと、三人娘以外では、一郎と一番関係する数が多いというのが関係していると思うが、どうして淫魔師と魔術遣いの相性がいいのかは知らない。

 スクルズがこっそりと教えてくれたことによれば、神殿界においては、好色であるほど魔道力が高くなるというのは、理由はともかく、事実として知られていて、神殿における上位魔道遣いの修行にはかなり淫らなものもあるとのことだ。

 そして、スクルズは間違いなく好色だ。

 もしかしたら、それが大いに関係しているのかもしれない。

 

「もしかして、声も遮断している?」

 

「この程度でしたら……。でも、大声だと不審がられますわ」

 

 スクルズがくすくすと笑った。

 

「ますます、面白い」

 

 とにかく、自分たちの姿を透明にする魔道膜には驚いた。

 少し離れたところで、庭師たちが働いているが、やっぱり誰ひとりとして、こっちに注意を払う者はない。本当に向こうからは、こっちは見えないのだろう。

 だが、こっちからは、まったくなにかの光景が変化しているという感じはない。

 

 これは愉快だ……。

 

 いずれにしても、こんなに朝早くから、スクルズを連れて宮廷内に侵入したのは、小離宮にいるイザベラ王女とシャーラをレイプするためだ。

 単にイザベラのところに行くなら、すでに設置してある「ほっとらいん」とも呼んでいる移動ポッドを使えばいいので、こんなルートは使わない。

 だが、今朝はレイプごっこなので、わざわざ別の手段でスクルズに連れてきてもらったというわけだ。

 また、今日、一郎の幽霊屋敷で仲間内の宴をすることを伝えるためでもある。

 このふたりも強制参加だ。

 

 ただし、目の前のスクルズは、この襲撃が終われば、今日は終わりであり、今日の宴には参加しない。

 近く催される第三神殿主催の慰霊祭を仕切っているスクルズは、とても忙しいのだ。

 だから、無理はさせないことにした。

 しかし、スクルズは人がいいので、こうやって一郎が頼めば、小離宮潜入という馬鹿馬鹿しいような遊びにも付き合ってくれる。

 だが、一郎はある疑念が沸いた。

 

「……でもそういえば、この宮廷内では、王族以外と認められた者以外の魔道は無効になる結界が張り巡らされているのではなかったか?」

 

 一郎の質問に、スクルズがにっこりと笑った。

 

「わたしは、その認められた者の中に含まれております。絶対に王族に危害を加えないものと信頼をされているのです。そもそも、この王宮の結界についても、わたしの魔道がかなり関わっております」

 

「じゃあ、こんなことをしては問題あるんじゃないの、スクルズ?」

 

「まあ、エリカさん、お堅いことを言わないでください。もちろん、ばれれば大問題ですわ。宮廷の信頼を裏切る行為にもなりますし……。でも、ばれなければ、なんの問題もありません」

 

 スクルズの言葉にエリカは唖然としている。

 一方で一郎は思わず吹き出しそうになった。

 

 とにかく、宮廷の結界に、王宮魔道士のほかにスクルズも関わっているのであれば、それを無効できるのは当然だろう。

 逆にいえば、それだけ神殿側はもとより、スクルズ自身が宮廷に信頼をされているということに違いない。

 だが、こうやって、一郎の命令で、一郎という侵入者の襲撃に加担してくれている。

 おかげで、一郎も宮廷内に簡単に潜入して、イザベラたちに悪戯をすることが可能だというわけだ。

 でも、よく考えれば、イザベラだけでなく、アネルザのところにも繋いでいる「移動ポッド」にしても、勝手に設置するのはご法度だから、ばれないようにしてくれと言っていたっけ……。

 なんだかんだで、一郎が頼めばなんでもしてくれるスクルズは愉しい。

 

「……でも、悪い巫女殿ですね。なにしろ、そういう王宮や神殿の信頼を裏切って、自ら襲撃者になるのだから」

 

 一郎はからかった。

 

「はい。だから、ちょっとわくわくします。まるで、子供の頃に戻って、いけない悪戯をしているような気分です」

 

 スクルズが笑った。

 一郎もこれには苦笑するしかない。

 なんだか、この筆頭巫女にはかなわないなという気分になる。

 いつも大らかで、微笑みを絶やさずに、一郎のどんな命令にも余裕のある仕草で応じてくれる。

 一郎は、このスクルズの焦ったところを見たい気がした。

 

「……だが、その巫女服では万が一でも姿を見られたとき、身元がばれやすくて支障があるな。いっそのこと、脱いでしまおう。だったら、間違って透明膜の外に出て姿を見られても、素性は簡単にはわからない」

 

 一郎はスクルズの巫女服に手を伸ばして、腰帯を解き始めた。

 やっとスクルズが焦ったような仕草になる。

 

「ちょ、ちょっと、ロウ様……」

 

 エリカもびっくりして声をかけてきた。

 

「でかい声を出すなよ、エリカ。声がもれるだろう。万が一見られたときの用心だ。仕方ないのさ」

 

「でも、ロ、ロウ様……。そんな配慮は不要です。この膜はわたしたちが離れても、ずっとそれぞれの周りをついて回って、わたしたちの姿を隠してしまいますから。姿を見られることはないのです」

 

 スクルズだ。

 

「だったら、なおも好都合だ。裸になっても、誰にも見えないということだ」

 

 一郎は強引に帯を解き、スクルズの巫女服を脱がせる。

 さすがに、この場所で巫女服を脱がされるのは、スクルズも抵抗があるようだ。なにしろ、こっちからの視界にははっきりと庭で働く庭師の姿が見えている。

 向こうからは姿が見えないとわかっていても、当然羞恥が働くだろう。

 だが、この巫女の面白いのは、一郎がなにをしても結局は逆らわないことだ。

 脱がされたことで露わになった部分に手を置いて隠そうとはするが、一郎が脱がせること自体は抵抗しない。

 その横で一郎の悪戯を目の当たりにしているエリカは、困ったようにしている。

 

「あ、あら……あら……。そ、そんな……」

 

 あっという間に下着だけの姿になった。

 一郎は脱がせた巫女服を亜空間に隠してしまった。

 

「こ、こんなの恥ずかしいです……」

 

 スクルズが両手で下着姿の身体を隠すようにしながら、顔を真っ赤にした。

 スクルズに許したのは、上は腰の括れから上に羽織っている薄い肌着と腰の下着だけだ。さすがは筆頭巫女であり肌着も上等だ。

 この世界では、肌着は薄ければ薄いほど高級品とされるらしいが、スクルズの下着は半透明の薄い生地であり、スクルズの桃色の乳首と薄い股間の陰毛が透けている。

 スクルズは顔を真っ赤にして、それを手で隠している。

 

「でも、可愛いぞ。じゃあ、次はエリカだ。わかってるだろう。ほら、剣だけ持ってろ」

 

 もちろん、スクルズを下着姿にして、エリカを許さないわけがない。

 腰に吊っている細剣を鞘ごと外して手に持たせると、エリカの服も脱がせにかかった。

 

「そ、そんな、ロウ様……。わ、わたしは護衛で……」

 

「裸でも護衛はできるさ。俺の一番奴隷なんだ」

 

 一郎は嫌がるエリカから強引に服を剥ぎとっていく。もっとも、エリカも本気の抵抗じゃない。さもないと、一郎など瞬殺される。

 結局、エリカもあっという間に、小さな腰の下着と乳房を包む布だけの姿になる。

 身につけていた服はスクルズ同様に一郎の亜空間の中だ。

 

「こ、これは流石に恥ずかしいですね、エリカさん。でも、今日のロウ様はとてもお鬼畜ですから、仕方ないですね」

 

 スクルズは手で下着を隠すようにして、真っ赤になっている。

 

「う、うう……。今日は奴隷ごっこの日みたいだから……。でも、本当に大丈夫よね、スクルズ」

 

 エリカも露出している肌を隠しながら言った。

 

「ほら、行こう」

 

 一郎はスクルズとエリカの手を握って、小離宮の壁に向かって歩き始めた。

 そのまま、庭師たちが働いている場所を通り抜ける。

 本当にこっちは見えないのだろう。

 一郎たちが、すぐ横を通っても、まったく気がついた様子はない。

 

 ただ、スクルズもエリカも握っている一郎の手にぎゅっと力を入れている。

 さすがに、この恰好で他人の横を通り過ぎるのは緊張しているようだ。

 そして、小離宮の垣根になっている柘植(つげ)の塀に辿り着いたところで、さらにスクルズの移動術で小転送してもらい、建物そのものの壁に着く。

 幾つかある入り口には、ミランダの手配した警護の冒険者がいるが、とりあえず、こっちの壁近くには誰もいない。

 

「ふう……」

「はあ……」

 

 スクルズとエリカが揃って安堵の溜息をついた。

 一郎はちらりとふたりの股間を見た。

 ふたりとも緊張のせいか、すでに内腿に汗をかいているが、下着を濡らしているのは汗だけではないようだ。

 ただ、ふたりとも空いている手を股の前に置いているのでよく見えない。

 

「手を後ろに回してくれ、巫女殿、そして、エリカ。ちょっと、ふたりの股を見たいんだ」

 

 一郎は小声で言った。

 

「そ、そんな……」

「な、なんで」

 

 すると、スクルズもエリカも顔を真っ赤にして絶句した。

 しかし、ふたりとも、最終的には一郎には逆らわない。

 だが、さらに一郎が強要すると、諦めたように、揃って両手を背中で握る。

 

 やっぱりだ……。

 スクルズもエリカも、股間を蜜でびっしょりと濡れている。

 恥ずかしさがふたりの淫情を刺激してしまったようだ。

 垣間見れるステータスでも、ふたりが大きな性的興奮をしていることを示している。

 

「これはなんだ? エリカ、股の亀裂もピアスも浮き出てるぞ。それに、スクルズ、大勢の信者を持つ王都の神殿界でも有名な第三神殿のスクルズ様ともあろうものが、ちょっとはしたないことをしたくらいで、股間をこんなに濡らしてはいけないな」

 

 一郎は下着に包まれた股の付け根の小さな膨らみをちょんちょんと手で押した。

 

「んっ」

「はあっ」

 

 スクルズとエリカが背中で手を握ったまま、膝をがくりと折った。だが、慌てて口をつぐむ。

 大声を出してはならないことを思い出したのだろう。

 結構近いところに、警護役の冒険者たちがいる。

 

「お仕置きだね……。ただ、まずは姫様とシャーラから手をつけるか」

 

 一郎は亜空間から、毬ほどの大きさの草を丸めた球体を取り出した。

 それを手を離していいと許可したスクルズに渡した。

 

「ロウ様、なんですか、これは?」

 

 スクルズがきょとんとしている。

 

「いいから、姫様の部屋にこれを転送してくれ。気づかれないようにね」

 

 一郎は言った。

 いま一郎とスクルズがいるのは、ちょうどイザベラの寝室の裏側に当たる場所だ。

 王女と侍女長という関係だが、警護のためにふたりが同じ部屋で休むようになったということを一郎は聞いていた。

 このところ、キシダインの罠のようなものが頻繁にイザベラを襲うので、ひと時も警護の手を緩めることができなくなったからだ。

 逆に、ふたり以外には一緒には寝ない。シャーラには結界を部屋に刻んで、侍女といえども、油断するなと警告していた。先日のイエンという殺された侍女ではないが、キシダインはイザベラの侍女に手を回して、罠を仕掛けることができるのだ。

 念のために、壁越しにステータスを確認する。

 部屋はイザベラとシャーラだけだ。まだ、確かに寝ている。

 

 スクルズが両手に持っている草の球に魔力を込め始める。

 一郎はすかさず、淫魔力を注いで草を活性化させた。

 しゅうしゅうと球体全体が煙を発し始める。

 すぐに球体は消えた。

 スクルズが部屋に送ったのだ。

 一郎は魔眼で確かめたが、シャーラもイザベラも目を覚ました様子はない。

 部屋はシャーラによる結界術が刻まれてて、外部からの不審な人や物も侵入を防止する処置がなされているようだが、スクルズにかかっては、結界などないに等しい。

 しかし、結界があるので、それで安心しているところもあるに違いない。

 ただ、そのシャーラの結界も、王都一の魔道遣いのスクルズの前には、まったく通用しなかったわけだが……。

 

「……ロ、ロウ様、さ、さっきのはなんですか……?」

 

 エリカが身体を真っ赤にして訊ねた。エリカには手を離していいと許可してないので、まだ剣を握ったまま両手を背中で組んでいる。

 

「強烈な媚香だよ。あの煙をほんの少しでも吸えば、女であれば全身にただれるような疼きが走り、動けなくなる。スクルズにも効いたんじゃないか?」

 

 一郎はスクルズを見た。

 

「は、はい……。ほ、ほんの少しですが……。あれは強烈ですね……」

 

 スクルズが少し身体を悶えさせるような仕草をしながら言った。確かに、スクルズが煙を吸ったのは、ほんの少しの時間のはずだ。

 それでも、すでに全身から脂汗をかき、股間を擦り合わせるようにしている。

 余程の効き目だ。

 これなら、部屋で寝ているふたりに効果を及ぶのは、すぐだろう。

 

「び、媚香……。つまり、媚薬の煙ですか?」

 

 エリカも呆気にとられている。

 

「そういうことだ。ところで、部屋の中のふたりが完全に媚薬に苛まれるまで、時間潰しだ。ふたりとも壁に手を着いてくれ。スクルズ、防音を強化しろ」

 

 一郎は言って、スクルズとエリカに壁に手を着かせて、腰をこっちに突き出させる。

 

「あっ、で、でも、こんなところで……」

「ロ、ロウ様――」

 

 スクルズもエリカは狼狽している。

 建物の周りにいる警護の冒険者たちは離れているが、別に視界を阻むものはなにもないのだ。

 しかし、そこはふたりの感情を操作して、逆らいたくない気分にさせる。

 ふたりの下着をおろして、片方の足から抜いて足首にかけさせ、揃って股を開かせる。

 

「しっかりと集中力を保つんだぞ、スクルズ。魔道が途切れて透明膜が消えたり、防音が外れたら、見張り人たちが騒ぎだすからね。それと、念のために口を押さえてろ」

 

 一郎も、素早くズボンと下着をおろして、まずはスクルズの臀部の下から怒張を貫かせた。

 すっかりと濡れそぼっているスクルズの股間は、一郎の一物をあっさりと受け入れる。

 

「んんっ、んああっ」

 

 スクルズが慌てたように、胸の肌着をまくり上げて口で噛む。

 声が出るのをそれで阻止しようというのだろう。

 一郎は剥き出しになった乳房を両手で揉みながら、腰を前後に動かし始める。

 

「んん、んん、んっ、んっ」

 

 スクルズが腰を淫らに動かしだす。

 あまりゆっくりとやるわけにはいかない。

 一郎は、できるだけスクルズが感じる場所を探して、そこを集中的に責めた。

 スクルズはすぐに乱れた。

 そのスクルズの子宮口を強く押しあげるように連続で打ちつける。

 スクルズが肌着を噛んでいる口から甘い呻き声が出るとともに、身体が弓なりにのけぞった。

 

「ほら、声を出してはだめだよ。それと集中して──。スクルズならできる……。魔道を保持したまま、一方で身体の悦びを受け入れることもできるはずだ。頑張れ」

 

 一郎は無責任にささやいた。

 

「んんっ、んんっ」

 

 スクルズが口で肌着を噛んだまま頷く。

 一郎は律動を続けた。

 本当に魔道が消滅しそうになれば、やめないとならないとわかっているが、ステータスを確認している限り、しっかりとスクルズは魔道を維持させている。

 それでいて、快感がどんどんを体内で増幅させてて、いまにも絶頂するところまでやってきている。

 さすがは王都一の女魔道遣いだ。

 透明の魔道はともかく、防音だけならエリカにも刻めるのだが、エリカの魔道だと魔道の警告波が探知して、衛兵と宮廷魔道師隊が殺到することになる。

 その点、スクルズだと、宮廷内で自由に移動術を駆使できるように問題ないのだ。

 

「んふうううっ、ふううっ、んんんっ」

 

 しばらくしたら、スクルズの身体ががくがくと震えた。

 達したようだ。

 一郎はそれに合わせて、スクルズの膣に精を注ぎ込んだ。

 さらに、スクルズの身体が淫らに悶え震える。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 スクルズは荒い息をしている。

 しばらくそのままの体勢でスクルズを支えていたが、やがて、スクルズの身体が落ち着いたものになったところで、一郎は男根を抜いてスクルズから離れた。

 

「次はエリカだ」

 

 すぐに、一郎はエリカの股間に怒張を挿し変える。

 こっちはスクルズ以上の濡れ方だ。

 

「あ、ああ、ああっ」

 

 律動を開始すると、すぐにエリカが声を出し始める。

 スクルズとは違って、たくしあげて口で噛めるような肌着がない。だから、手だけで押さえているが、どうしても声が漏れるようだ。

 まあ、今度はスクルズがちゃんと結界を保てるはずだから問題ないだろう。

 一郎はエリカを達しさせるように激しく背後から股間を突きまくった。

 

「んふうううつっ」

 

 そして、かなり呆気なくエリカも絶頂した。

 素早く、そのエリカに精を注ぎ、エリカも解放する。

 一郎が手を離すと、エリカはその場にぺたんと正座をしてしまった。

 

「ほら、ふたりともしっかりしろよ。服を着ていいぞ」

 

 一郎は素早く服装を整えた後で、まだ呆けているスクルズとエリカに、亜空間から衣類を戻して渡した。

 だが、すぐには動けないようだ。

 ふたりとも、服を抱えてしばらくぼんやりとしていた。

 しかし、やがてやっとのろのろと服を着はじめる。

 

「そろそろ、部屋の中もできあがったみたいだ。服を着たら向かおう。だけど、この透明術いいなあ……。今度は素っ裸で城郭を歩こうよ、スクルズ。そして、王都の広場で愛し合うんだ……」

 

「王都の広場で?」

 

 スクルズは目を丸くしている。

 

「ロウ様、そんな冗談は……」

 

 エリカも服を整えながら、口を挟む。

 

「冗談かな? とにかく、エリカは俺の護衛だからな。絶対についてこいよ。命令だ。スクルズもね」

 

「は、はあ……」

 

 スクルズは諦めたような息を吐いた。

 そして、巫女服を身につける動作を再開した。

 しかし、その途中で、ふと顔をあげた。

 

「……でも、ちょっとだけわくわくするかもしれません。ロウ様と一緒なら……」

 

 そして、はにかむように、悪戯っぽい笑みを一郎に向けた。

 

「本当?」

 

 エリカも呆れた顔をスクルズに向ける。

 なんだか、この巫女様にはかなわないな……。 

 一郎も苦笑した。

 

「さて、じゃあ、行くか」

 

 イザベラとシャーラの寝室に潜入する前に、スクルズには、一郎が放り込んだ煙の影響を受けない処置をスクルズ自身とエリカに施させた。

 あの煙は、なんの香りもしないが、女が吸えば全身がただれるように疼いて、身体が弛緩して動けなくなる。スクルズとエリカまで動けなくなったら、かなり面倒だ。

 

「終わりましたわ、ロウ様」

 

 スクルズが自分たちの身体を包む結界魔道をかけ終わったようだ。

 一郎は頷いた。

 

「ところで、中に侵入したら、すぐに俺たちの会話が姫様たちには聞こえないようにしてもらえるか? ふたりを脅かしたいんだ」

 

「レイプするのですね。わかりました。ふたりの聴覚に細工します。でも、なんだか、わくわくしますね。悪いことをしているみたいで、ぞくぞくします」

 

 スクルズが手に魔道の杖を準備して笑った。

 これには、一郎も苦笑した。

 

「“みたい”じゃなくて、立派に悪いことよ。そもそも、宮殿に魔道で潜入するのはご法度だわ」

 

 エリカが横から突っ込む。

 一郎も笑って口を開く。

 

「王女の部屋に媚薬の煙を放り込むのもね……。もちろん、王女を朝っぱらからレイプするのも大変な罪だ」

 

「そうでしたね。でも、ロウ様と一緒だと、ちっとも悪いことという気持ちが起きないのですよ。不思議ですね」

 

 スクルズがくすくすと笑った。

 無邪気なスクルズの態度に、一郎も思わずもらい笑いをしてしまった。

 このおっとりした雰囲気の女神官には、なかなかのお転婆気質もあるようだ。

 一方でエリカはもう絶句して、スクルズを見ている。

 

「それでは、いきます」

 

 スクルズが手を振った。

 目の前の空間に歪みが生じ、一郎はスクルズに続いて、その歪みの中に入った。エリカが続く。

 

 イザベラとシャーラのいる寝室に着いた。

 室内はちょっとした惨状だった。

 天蓋付きの寝台に横になっているイザベラは、汗びっしょりで荒い息をし、その手が股間と胸に動いてもそもそと動いている。

 まだ、眠っている気配だが、身体は媚薬の煙に反応してしまい、無意識に自慰をするように手が動いてしまっているのだろう。薄い掛け物は身体を悶えさせたためか、寝台から床に落ちている。

 

 一方でシャーラは、部屋の入口付近に寝椅子を置いて横になっていたようだが、いまは身体が床に落ちている。

 シャーラについては意識はあるようだ。

 そして、危険を察して、這ってイザベラの寝台に向かっている。

 だが、身体はほとんど弛緩して、部屋の半分ほどまでしか進んでいない。

 ただ、剣は持っている。

 そして、必死の声で「姫様、姫様……」と口にしている。

 

 共通するのは、ふたりの股間から香っていると思われる女の匂いだ。

 ふたりがすっかりと欲情し、股間から夥しいほどの愛液が垂れ流れている状態であるのは、ステータスの数値からも明らかだ。

 スクルズがすぐに魔道をかけた。

 

「ふたりの聴覚から、わたしたちの会話の声を遮断するように魔道をかけました。それから、この部屋も封印しました。これで室内の状況は外には伝わりませんし、誰かが入って来ることもできません」

 

「ご苦労さま」

 

「でも、これ……」

 

 エリカは嘆息している。

 一郎はシャーラに寄っていった。

 

「だ、誰だ──?」

 

 気配を悟ったのか、シャーラが剣を握り直して、鞘を抜こうとした。

 しかし、まったく手には力が入っていない。

 エリカが駆け寄り、シャーラから剣を鞘ごと取りあげる。

 

「うわっ、な、なんだ?」

 

 シャーラが悲鳴をあげた。

 一郎たちの身体の周りには、スクルズの魔道の膜が覆っていて、姿が見えないようになっている。

 見えない「敵」に武器を奪われたシャーラは、正体不明の存在の出現に恐れおののいている。

 一郎は仮想空間から手錠を二個出すと、シャーラの四肢を背中側に集めて、右手首と左足首、左手首と右手首にそれぞれ嵌めていく。

 

「ほら、手伝え、エリカ」

 

「は、はい」

 

 声をかけると、エリカが慌てて手伝いだす。

 簡単にシャーラは、背中側で四肢が中央に束ねられて、逆海老の状態になった。

 

「う、うわっ……。な、なにっ? なにが、なにが起こってるの? だ、誰? 誰よ──」

 

 シャーラはパニック状態になっている。

 一郎たちの姿もわからないし、声も聞こえない。

 手錠だって、シャーラからすれば、突如として出現して、それに拘束されてしまった感じだろう。

 一郎は動けなくなったシャーラの寝着のスカートをまくり上げて、下着をぺろりとめくった。

 

「うわっ──。も、もしかして……。ロウ殿……? ロウ殿ですか……?」

 

 シャーラが暴れようとするのをやめて、怪訝そうな声を出した。

 なかなか勘がいいようだ。

 危害を加えるのではなく、シャーラの身体をなぶることを始めたので、キシダインの手の者ではなく、一郎の悪戯と推測したのだと思う。

 ただ、もう少し怯えていて欲しいので、まだ正体は晒さないことにした。

 疑心暗鬼になっていればいい。

 一郎は指に潤滑油を浮き出させると、反対の手で腰を押さえて、シャーラの菊座にゆっくりと指を埋めていった。

 

「んふうっ、あっ、ロ、ロウ殿なんですね……。お、おやめ、おやめください。お、お尻は──」

 

 シャーラが再び暴れ始める。

 どうも、エルフ族というのは、人間族の女よりも、尻をいたぶられることに対して大きな嫌悪感があるのか、どのエルフ族も一郎が尻をいじくると本気で嫌がる。

 エリカのときもそうだった。

 だから、尻穴で遊ぶのは、コゼの専売にようになっているが、元はといえば、エリカが死ぬ気で嫌がるので、まだ性交ができるほど調教が進んでないからだ。

 しかし、考えてみれば、エリカと出会って、そろそろ一年だし、一年記念のアナル調教というのもいいかもしれない。

 

 そして、ふと、思い出した。

 そういえば、あのエルフ娘はどうしているのだろうか……?

 ユイナというエルフの里の性悪娘であり、一郎を無実の罪で処罰しかけて、白ばっくれようとしたので、呼び出して捕まえ、たっぷりと尻をなぶって仕返しをしたっけ……。

 

 いずれにしても、嫌がるのを無理矢理にするのが嗜虐の醍醐味だ。

 一郎はシャーラを押さえつけたまま、指を尻の中で曲げて内側の粘膜を擦ってやった。

 

「……あっ、や、やっぱり、ロ、ロウ殿……ですね……。こ、こんなに……す、すぐに……き、気持ちよくなるのは……ロ、ロウ殿だけ……あっ、ああっ、や、やめて……と、とにかく、す、姿を出して……」

 

 シャーラが必死に悶えている。

 一郎は指を抜いて、アナル栓式のアナルバイブを指と入れ替えた。小さいものなので、シャーラたちでも問題ない。だが、アナル責めの快感を容赦なく抉り出す優れものだ。

 しかも、例の一郎の発する粘着剤を使っているので、一郎が抜かない限り、絶対に外れない。

 さっそくバイブが強い振動を開始する。

 

「んおおっ」

 

 シャーラがおかしな奇声をあげて、一郎の手を振り切って仰向けになった。

 だが、シャーラができる抵抗はそこまでだ。

 今度はうつ伏せの身体をひっくり返すこともできないでいる。

 

「スクルズ、シャーラを見張っていてくれ。エリカは来い」

「あっ、はい」

 

「はい、ロウ様……」

 

 スクルズがシャーラに近寄り、めくりあがってみっともなくなっているスカートの裾を戻してやっている。

 だが、そのことでも、さらにシャーラは悲鳴をあげた。

 

「だ、誰? ほかにもいるの? エリカ殿? コゼ殿? シャングリア殿? とにかく、姿を出してください」

 

 シャーラが叫んだ。

 侵入者は一郎だと確信に至ったようなので、もうひとりの気配に対し、当然、うちの三人娘を予測したのだろう。

 あとで、第三神殿の神官長代理になっている筆頭巫女のスクルズだと知れば、びっくりするに違いない。

 

 一郎はイザベラの寝台の前に立った。

 イザベラは、相変わらず、甘い呻きのような声を出して、股間と乳房を掴んで悶えている。

 一郎は寝台にあがり、イザベラに跨った。

 

「エリカ、手を押さえろ」

 

「はあ……」

 

 一緒に寝台にあがったエリカが、諦めたようにイザベラ王女の頭側から手を押さえた。

 まだ、十六才の少女をこうやってレイプするのは犯罪みたいだな。

 いや、完全に犯罪か……。

 一方でイザベラには、まだ意識がないようだ。

 

 一郎は、寝着を大きくまくりあげて股間を晒させ、下着を脱がせた。

 むっとするほどの女の匂いだ。

 まるで失禁をしたかのように、愛液が垂れ出ている。

 一郎はズボンと下着をおろすと、イザベラの両腿を抱え込むようにして、いきなり怒張を貫かせた。

 

「んんんっ、な、なに? な、なんじゃ? わっ、わっ、な、なんじゃ? だ、誰だ? 誰なのじゃ? シャーラ、助けてくれ──。だ、誰かがわたしに……」

 

 やっと目を覚ましたらしいイザベラが悲鳴をあげた。

 だが、すでに深々と一郎の一物は股間を貫いている。

 律動を開始する。

 

「んぐううっ……。あっ、ああっ、こ、これは……? こ、このかたちと、感触は……、あああっ」

 

 イザベラが身体を弓なりにして、ぶるぶると身体を震わせて、鼻先から切羽詰まった息を洩らした。

 さっそく、軽く達したようだ。

 

「ひ、姫様……? あ、ああっ……ロ、ロウ殿……ですか? そこにいるのはロウ殿なのですか? んふうっ、ああっ、うううっ」

 

 アナルバイブに悶えているシャーラが必死で言った。

 

「た、多分……。だ、だが、お前が訊くのか……? ひ、ひうううっ。だ、だけど、もうひとりいて……あ、ああっ、あああっ」

 

 ふたりが困惑を交換し合っているあいだにも、一郎は律動を続けている。

 それで、さらにいったようだ。

 こうなったら、おそらく絶頂は繰り返して襲ってくるはずだ。

 

「もういいですよ、スクルズ。すべてを戻してくれ。姿も声もわかるようにしてあげていい」

 

 一郎は激しくイザベラを犯しながら言った。

 スクルズが手を振った。

 なにかが変わった感じはしないが、目の前のイザベラの眼が大きく見開いた。

 一方で、シャーラについては、横にスクルズがいるので、びっくりしている。

 

「や、やっぱり、ロウ……。エリカもか──。あ、朝、起き抜けの……鬼畜は……、し、心臓に……わ、悪い……ぞ」

 

「申し訳ありません」

 

 エリカがイザベラの手を離す。

 すると、イザベラが手を伸ばして、嬉しそうに一郎の背中にぎゅっと抱きついた。

 一郎は腰を動かし続けている。

 イザベラがまたもや、切羽詰まった感じになってきた。

 この王女の少女の身体も、だんだんと開発が進み、いまや、かなり一郎好みにいやらしい身体だ。

 媚香のせいもあり、かなり乱れまくっている。

 

「性分でしてね」

 

 一郎は腰を振りながら言った。

 

「あ、ああ、だ、だめっ、ま、またいきそう……。ロ、ロウ……。いく、いきそう。ま、また、いっても……ああ、あふうっ」

 

「いくらでもいってください。マゾのお姫様」

 

 一郎は腰を思い切り突き入れて、イザベラの股間の奥を亀頭でぐりぐりと激しく突き動かした。

 

「んぐううっ、そ、それはだめえっ──。いぐううっ」

 

 イザベラは細腰をのたうたせる。

 膣いっぱいに呑み込まされている一郎の怒張を締めつけながら、狂ったような激しさで絶頂した。

 一郎の背に食い込むイザベラの爪の力が強くなる。

 それだけ、快感が大きいのだろう。

 

 それからしばらく性交を続け、一郎が精を放ったのは、イザベラの五度目の大きな昇天くらいのときだ。

 小さな絶頂まで数えると、イザベラもどれだけ果てたかわからない。

 絶頂間隔が短いのは、部屋に蔓延している媚薬の香によるものであることは間違いない。

 

 とにかく、短い時間でそれだけ連続で達したのだ。

 一物を抜いたときには、イザベラは完全に脱力してぐったりとしていた。

 そのイザベラに一郎は、シャーラがしているものと同じアナル栓式のバイブを尻穴に挿入した。

 すぐに振動が開始する。

 

「んはああっ、な、なにをしたんじゃ? あ、ああっ、は、外れん、だ、だめえっ、外して、外してくれ、ロウ──」

 

 イザベラがお尻を両手で押さえてのたうちまわった。

 このところ、気に入っているプレイは、激しく犯して疲労困憊させたあと、やっと解放されたと一度安心させておいて、こういう連続刺激の淫具を装着して放置するという責めだ。

 我ながら、最近、鬼畜度が増した気もするが、自分の女たちが望まぬ快感にのたうつ姿は、ぞくぞくする。

 

「それは聞こえませんね。これも調教ですから……。ところで、今日は屋敷に来てください。仲間内でパーティをするんです。用事があれば、それが終わってからでいいですけど、屋敷に来るまでは、その振動はずっと続きます」

 

 ロウはイザベラから離れた。

 

「ず、ずっと? ば、馬鹿な……。んっ、んんっ、こ、こんなのを装着しては、なにも……くっ、あああっ、で、できんではないか……」

 

 イザベラが必死の口調で言った。

 

「だから、これは調教なんです。調教──」

 

「ちょ、調教……。ふうっ、うんん……」

 

 すると、イザベラが途端に大人しくなった。

 なぜか知らないが、この王女は、気位が高いものの、一郎の女になったのだから、調教を受けるということは納得していて、どんな仕打ちでも「調教だから当然だ」と言えば、それで受け入れてしまう。

 つまりは、あまり性行為のことは知らないらしく、一郎がやることは、男女間の関係では、もしかしたら当たり前なのかもしれないとでも思っているのかもしれない。

 もちろん、当たり前などではない。

 第三王女を朝っぱらからレイプした挙句に、アナルバイブを置き土産にされて放置されることなど、非常識を通り越した侮辱もいいところだ。

 だが、いまひとつ世間知らずのイザベラには、どこまでが許容範囲で、どこからは異常なのかの区別ができないようだ。

 

「さあ、お待たせしましたね、シャーラ。じゃあ、犯しますよ」

 

 スクルズの足元で全身をよがらせて荒い鼻息をしているシャーラは、すでに朦朧としている感じだ。口からはだらしなく涎が垂れ流れ、顔は涙と鼻水でぐしょぐしょだ。

 この魔道戦士のエルフ女は、媚香への相性が良すぎるようだ。一郎の女たちの中では、誰よりも激しく、媚薬の香に反応する。

 一郎は、四肢を背中側に曲げてうつ伏せになっているシャーラをひっくり返すと、腰から下を刃物で切断して引き破った。

 ついでに、上衣も左右に引き裂いて乳房をむき出しにする。

 

「この方がレイプっぽくていいでしょう? そうだ。今度、スクルズも巫女服をびりびりに破るレイプごっこをしますか? 昨夜は丁寧に脱がせたしね。エリカたちとはときどきやるよな。興奮するだろう、あれ?」

 

 一郎たちを見守るように横にいるスクルズとエリカに声をかけた。

 

「な、なにを言ってるんです、ロウ様は――」

 

 エリカは顔を赤くした。

 

「まあ、じゃあ、そのときは破られてもいい巫女服を着ないといけませんね」

 

 一方で、スクルズは呑気そうに笑った。

 一郎は苦笑した。

 

 そして、シャーラに意識を戻すと、シャーラの股間に一物を貫かせた。

 犯し始めると、媚香に侵されているシャーラは、正体無くよがりまくり、壊れたように連続絶頂した。

 ほとんど数突きだけであっという間にいってしまうのだ。

 香だけでなく、尻穴で暴れ続けている淫具のせいでもあると思うが、とにかくとてつもなかった。

 絶頂回数が十回に達したとき、このまま続ければ、本当に壊れる怖れを感じて、一郎は精を放ってシャーラを解放した。

 

 しかし、肛門の淫具も拘束もそのままだ。

 シャーラとイザベラの苦しそうな喘ぎ声が部屋に響きわたる。

 

「ロウ様、お掃除を……」

 

 男根を抜くと、エリカが寄ってきて跪きかけた。だが、一郎はそれを制した。

 

「いや、スクルズにしてもらおう」

 

 一郎はシャーラから抜いた一物をスクルズに向ける。

 

「あっ、お掃除ですね。は、はい、喜んで」

 

 スクルズがはっとしたように、一郎の前に跪いて、イザベラとシャーラの蜜にまみれた一郎の性器を舌で掃除し始める。

 ぺろぺろと舌で舐めながらも、微笑みを絶やさないところは、王都に数いる神官の中で、穏和な気質でもっとも人気のあるスクルズらしい。

 だが、神殿の筆頭巫女で、しかも、代理とはいえ神殿長の役目を果たすほどの女神官をこうやって、娼婦のように舌で奉仕させる男もいないだろうと我ながら思った。

 しかも、ほかの女を抱いて汚れた一物を舌で掃除させるのだ。

 おそらく、そんなことを筆頭巫女、いや、神殿長代理にさせる男は、この世界の歴史では一郎が最初かもしれないと思った。

 

 スクルズの掃除フェラが終わったところで、一郎は脱いだズボンなどを身に着けるために、脱いだものを放っている寝台に向かった。

 

「わたしが……」

 

 今度はエリカが一郎の身支度を手伝いだす。

 やがて、服装を整え終わったところで、ふとイザベラとシャーラを見た。

 ふたりとも、正体をなくしたように、まだ横になって、もがくように悶え続けている。

 そういえば、媚薬の香がそのままだったことを思い出して、一郎はそれを淫魔の力で消滅させた。次いで、激しすぎるようである尻穴の振動を弱くした。

 やっとのこと、ふたりの目付が正常になる。

 

「さっきも言いましたが、そのアナルバイブを抜いて欲しければ、俺の屋敷に来てください。みんなでパーティをするんですからね。待っていますよ」

 

 一郎はふたりに伝えると、移動術の準備をスクルズに指示した。

 

「えっ、このままですか?」

 

 エリカが口を挟んだ。

 

「ま、待って……ください。これをしたままでは……。と、とにかく、枷を……」

 

 一郎たちが立ち去る気配を示したことでシャーラが慌てたように口を開く。なにしろ、アナルの淫具もそうだが、シャーラは枷で逆海老状に拘束したままだ。

 

「そうですよ、ロウ様……。シャーラさんをこのまま置いていくのは、ちょっと鬼畜かも……」

 

 スクルズは控えめに言った。

 

「移動ポッドの姿見まで、ほんの少しでしょう。問題ないさ。姫様が引きずっていけばいい」

 

 一郎は言った。

 

「そうですか?」

 

 スクルズはちょっと小首を傾げたが、それ以上はなにも言わなかった。

 エリカもだ。もう、諦めている。

 

 一郎はさらに、スクルズに命じて、侍女たちが部屋に入ってこない処置と、伝言の言玉をイザベラの声で偽装させて送らせる。

 イザベラとシャーラが急用ができて、スクルズのところにお忍びで行くと告げさせたのだ。

 まあ、急にいなくなって驚愕するだろうが、これで極端な騒ぎにはならないはずだ。

 ここの侍女は、キシダインの攻撃が多いことを承知しているので、なにかがあっても不用意に騒いでほかに知らせない躾がいき届いている。

 隙を見せると、それに乗じられて思わぬ危険に見舞われる可能性もあるからだ。

 

「じゃあ、おマアのところに頼むよ。今度はちゃんと建物の前でいい。約束もしてる」

 

「かしこまりました、ロウ様」

 

 目の前に移動術の出入り口である空間の歪みが出現する。

 

「じゃあ、待ってますよ、お二人。俺たちはまだ用事があるので、先に行って、屋敷で待っていてください」

 

 一郎たちが移動術の歪みに潜るとき、垣間見たのは悲痛な顔でこっちに哀願の表情を向けるふたりの姿だった。

 

「ま、待って――。話を……」

 

 さらに、慌てたようなシャーラがなにか言いかけたが、移動術が発動して、周囲の景色が消滅とともに、シャーラの声もかき消えてしまった。



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158 女豪商~話し合いレイプ(1)

 マアのいる自由流通商会の建物は、王都の商家が立ち並ぶ界隈にある。

 この辺りには特に立派な大商家の建物が立ち並んでいるのだが、マア商会は周りの大きな建物の三個分の幅を取り、さらに五階建てであって威圧感も物々しい。

 それでいて、周囲の建築物のように無駄な装飾がなく、建物自体には派手さはない。

 質実剛健で無駄を好まない一代の女豪商のマアに相応しい建物のような気がした。

 一郎とエリカは、そのすぐ前の通りにスクルズの移動術で転送してきた。

 

「今度は、無理矢理の押しかけじゃないんですね?」

 

 エリカが確認するように一郎に訊ねた。

 昨夜から、ずっと女たちのところを突然に押しかけてはレイプごっこを続けている。

 当然にマアのところにも、襲撃すると思ったのかもしれない。

 

「若返ったとはいえ、六十を越したお婆ちゃんだしね。心臓でも停まったら困る。その辺りは、俺もわきまえているのさ」

 

 一郎はお道化た。

 もう一箇月以上前になるが、マアの部下がイザベラ王女の毒殺未遂に手を貸したことをきっかけに、その主人であるマアを襲撃し、そのまま性奴隷の刻みをして一郎の支配下においてやった。

 マアの商家がキシダインの軍資金の基盤になっていることから、その金の流れを遮断するとともに、そのままイザベラ王女の後継人にしてしまうと企てたのだ。

 そして、それは成功し、一郎たちはマアというタリオ公国からやってきた世界的な豪商の女を味方にすることができた。

 だが、それだけじゃ申し訳ないので、一郎の淫魔術を駆使して、マアの肉体を徹底的に治療し、マアの見た目の若返りをしてあげた。

 一郎としては、強引な手段でものにするマアへのせめてもの罪滅ぼしでもあり、また、動機の半分は淫魔術の実験のつもりだった。

 

 しかし、マアの喜びようはすさまじいほどで、泣く子も黙る冷酷非道の雌狸(めすだぬき)という評判のマアが、いまや一郎に対しては、まるで飼い慣らされた走狗のように、かしずいて仕えてくれる。

 これまでキシダインに渡っていた膨大な贈賄も、かなりが遮断するか、滞るように処置しており、その分がひそかにイザベラ側に流入している。

 さらに、やり手の商売人として有名なマアが、イザベラ王女の家庭教師になったこともあり、自由流通商会全体はともかく、マア個人はイザベラ派に寝返ったと思われていると思う。

 

 それに対して、キシダインがどう動くかと注目していたが、いまのところ、これといって特段の動きはない。

 もともと、キシダインは、そもそも女というものを根本的に軽視しているところがあるようであり、マアくらいどうということもないとか楽観視している気配である。

 こっちとしても、急激に動きすぎると、ハロルド公であるキシダインが自由流通そのものを王都から追い出す処置をしないとも限らないので、まだ大きく動いてはいないが、実は一郎の指示でマアの率いる自由流通商会群は一斉にキシダインを見限ることになっている。

 そうなったら、キシダインは軍資金の流れを一気にとめられて、相当の痛手のはずである。

 

「あら、ロウ様のお鬼畜には、年齢制限があるのですか? ミランダはマアさんとほとんど同じ歳ですのよ」

 

 スクルズが横から口を挟んでくすりと笑った。

 これには、一郎も苦笑するしかない。

 確かに、ミランダは六十歳でマアは六十二歳だ。だが、見た目「巨乳小学生」のミランダと、年輪のように皺が刻まれた老嬢のマアでは同じじゃないだろう。

 

 もっとも、そのマアも、もうすでにロウの淫魔術の「治療」で三十歳くらいの女さかりの美女になった。まあ、これを公表してしまうと、ロウの淫魔術のことが出回り、王都どころか、世界中が大騒ぎになると、アネルザが大袈裟なことを言うので、このスクルズに施してもらった『欺騙リング』を普段はしてもらって、世間には元の老女に映るように処置はしている。

 

 さて、起き抜けにエリカと愛を交わし、さらに王宮に忍び込んでイザベラとシャーラを鬼畜にレイプし終わったというものの、まだまだ、世間が本格的に動き出すには早い時間だ。

 陽はあがっているが、まだ朝もやも残っているくらいである。

 しかし、大きな商家が立ち並ぶ界隈とはいえ、さすがは商人たちが暮らす通りだ。

 それぞれの建物の入口前を小僧のような下働きたちがあちこちで掃除をしている。

 

「やあ、おマアに取り次ぎを頼むよ。約束はしている」

 

 一郎はマアの商会前に向かっていき、そこで掃き掃除をしていた少年に声をかけた。スクルズが預かっているミウと同じくらいの年齢だ。

 名前はスタンといい、マアに商売を習いたいと押し掛けた孤児だそうだ。ほんの気紛れでマアが引き取ったらしいが、なかなかに見込みがあるとマアが言っていたと思う。

 

「ああ、ロウさん、今朝は随分とお早いですね。おはようございます。エリカさんも、スクルズ様も」

 

 男の子がにこにこと微笑んで頭をさげる。

 もう、何度も来ているのですっかりと顔なじみだ。しかし、スクルズはこれが二度目の訪問のはずだが、まるで馴染みの客のように愛想笑いをしている。まだ幼くとも、さすがは商人の端くれだ。物腰の柔らかさは武器だろう。一郎も親しみが持てる。

 

「おはよう、スタン」

「おはようございます」

 

 エリカとスクルズもそれぞれに挨拶をした。

 

「お待ちください」

 

 スタンが道具を置いて、奥に引っ込んでいく。

 やがて、ラレンを連れて戻ってきた。

 ラレンというのは、マアの腹心というべき四十男だ。一郎を見て呆れた顔で苦笑を浮かべながらやって来る。

 

「こりゃあ、また、早いな、ロウ。マア様はお待ちかねだ。どうぞ」

 

 ラレンが一郎たちを商会内に促す。

 最初は、あまり一郎の訪問にいい顔をしていなかったラレンだったが、いまは受け入れる気分になっている気配だ。いい顔をしなかったのは当然で、一郎のことをマアの財産目当ての男娼のように思っていたと思う。まあ、その通りなのだが……。

 しかし、一郎との付き合いができて、殊の外マアがいきいきとしているので、思い直す気になったようだ。

 また、一郎はただ金だけ持っていくだけじゃなく、この商会に王女の付き合いを作ったし、公にはしていないが王妃まで紹介をしている。いまも、こうやって、王都第三神殿の筆頭巫女にして、王都でも人気者のスクルズも一緒だ。

 一郎の人脈の広さを認めてくれて、やっとマアとの交友を受け入れてくれた感じになっている。

 

「今日はいろいろと趣向があってね。予告はしていたけど、このままおマアを連れ出させてもらう。明日には送り届けるよ」

 

 マアが暮らす事務所を兼ねた生活空間は、建物の二階にある。一郎はラレンの先導で階段をあがりながら言った。

 また、一階がマア商会の事務室で二階がマアの事務室になるのだが、三階以上は商会会議所としての空間と従業員たちの生活スペースだそうだ。だが、そちらにあがる階段が別なので、この階段はマアの部屋にしか繋がっていない。

 

「それなんだが、マア様を護衛なしでひとりで外出するというのはねえ……。やはり、護衛をつけさせてもらうわけにはいかないのか。マア様には敵が多くてな」

 

 ラレンが渋い顔をした。

 マアの身体を一日借りるという話をしたとき、ラレンが渋ったのは、マアの護衛のことだ。

 自由流通を引っさげてタリオ公国から商会群を引き連れてやってきたマアは、この国の商業ギルドにとっての不倶戴天の敵だそうだ。

 日常的にも命を狙われるのは茶判事のことであり、なにかあったら問題だという。

 だが、一郎は肩を竦めた。

 

「それについては話はついたろう、ラレン。この商会の用心棒は、このエリカひとりにだって、歯が立たなかったじゃないか。おマアの安全は俺が保証する。心配するな。それにうろうろするわけじゃない。スクルズの移動術で向かうだけだし、大丈夫だよ」

 

 ラレンの申し出も理解できないわけじゃないが、さすがに第三者を連れていくわけにはいかない。

 それで、商会の雇った「優秀」な用心棒よりも、余程に一郎たちが腕がたつことを証明するために、エリカたちを連れていき試合をしてみせた。もちろん、エリカたちの誰ひとりに対しても、用心棒たちは数名がかりでも勝てなかった。

 マアが一郎たちに身を任せると強く宣言したこともあり、それでラレンの認めざるを得なかったのだ。

 また、最初は金で動く冒険者ということで、警戒をしていたラレンだったが、すでに一郎たちの評判を認識していて、一郎たちがマアをどうにかするような者たちじゃないことは認識してくれている。

 そもそも、冒険者ギルドを統括して名前の売れているミランダだって、ここに連れてきたことがあるのだ。

 そういう意味の信用はあると思っている。

 

「まったく問題ありませんよ、ラレン殿。このスクルズもマア様の安全は保障いたします。ちょっと羽目を外して愉しむだけです」

 

 スクルズが後ろから声をかけてきた。

 

「はあ……。まあ、スクルズ様まで、そう言われるなら……」

 

 ラレンは諦めたように言った。

 もっとも、今日はマアがひとりで出かけるというのは決まったことなので、今更変更はない。ラレンは純粋にマアが心配なだけなのだ。

 しかし、一郎が屋敷でなにをしようとしているのかを知れば、絶対に承知などしないかもしれないが……。

 

「マア様、ロウ殿たちです。エリカさんと、スクルズ殿もご一緒です」

 

 階段をあがったところで、ラレンがマアの事務所を兼ねた私室の前の扉に立ち、室内に声をかけた。

 

「おう、待っていた。ロウ殿、入ってくれ。ふたりもね……。ラレンはもういいぞ。ロウ殿のお世話はあたしがいるからね」

 

 部屋の中からマアの生き生きとした声が戻ってきた。

 

「ほらな……。張り切っているだろう? 昨日から、今朝はロウがやって来るということで準備万端だ。趣向を凝らしてるのさ」

 

 ラレンが一郎の耳元でささやいた。

 一郎は首を傾げた。

 

「趣向?」

 

「まあ、入ればわかる。いずれにしても、マア様があんなに愉しそうに道楽をするようになってくれて、俺も嬉しい。いずれにしても、これからも、マア様を頼むよ、ロウ……。じゃあ、皆さんもよろしく」

 

 ラレンがエリカとスクルズに頭をさげてから、階段を降りていく。

 マアについては、このまま連れていくことになっている。

 

「やあ、マア、おはよう」

 

 部屋に入った。

 訪問は五日から十日に一度程度であり、これで五回目くらいになるだろうか。すでに勝手知ったる部屋だ。

 しかし、室内に入ると、いい香りがしてきた。

 

「おう、ロウ殿、座ってくれ。皆もな。朝食はとったか? まだだといいんだけどね」

 

 マアが顔に満面の笑みを浮かべて一郎たちを出迎えてきた。

 首には欺騙リンクをしていて、老女姿であり、身体の前に前掛けをしている。

 それはいいのだが、いい香りだと思ったが、みそ汁の匂いだとわかった。

 それだけじゃない。

 会議をするような大きな机があるのだが、そこに一人前の食事が準備されている。

 日本食だ。

 器は日本のものとは異なるが、皿に載せた真っ白いご飯と、みそ汁に似たスープ、焼いた川魚の塩焼きに卵焼き。醤油に似た調味料の入った小さな小瓶もある。

 懐かしい日本食の完全再現だ。

 

「おお、これはすごい──。もしかして、これを準備してくれたのか?」

 

 前々回の訪問のときに、寝物語として懐かしい食事の話題になった。一郎が外来人だということはマアにも教えたので、一郎はもう食べることができなくなった普通の日本食のことを話した。

 あのとき、随分と詳しく説明を求めるものだと思ったが、一体全体どうやったか知らないが、こうやって再現されている。

 

「おう、そうだ。喜んでくれたみたいで嬉しいのう。米と魚以外は輸入物だ。海の向こうとの貿易が盛んな西岸諸国で偶然に少量だけ食材が入ってな。ロウ殿の懐かしい食材というのが、どうもそれに似ていると思ったのだ。料理の仕方は、ロウ殿の言葉を元に料理人を雇って再現をさせた。どうだ? そなたの懐かしい食事に似ているか?」

 

「似ているというものじゃない。ちょっとは違うところはあるけど、そっくりだ。これは驚いた」

 

 一郎は席に座りながら言った。

 異なるのは味噌汁だ。香りは似ているがちょっと違っていた。かなり似せられているようだが味噌ではない。また、一見豆腐のようなものもあるが、なんとなく違うみたいだ。しかし、ほかのものは一緒だ。塩焼きも卵焼きも、一郎が昔から知っている料理のやり方で再現されている。

 性欲には見境のない一郎だが、食道楽ではない。

 でも、これは嬉しかった。

 

「だったら、どこか違うのか教えてくれたら、それも再現するぞ。金に糸目をつける気はないのだ」

 

 マアが給仕でもするように、一郎の後ろに立って嬉しそうに言った。

 金に糸目をつけない……。

 もしかして、この平凡そうな日本の朝食もどきの食事にはもの凄い金額がかかっているのだろうか。

 そういえば、輸入物で少量だけの仕入れとか言ったか……?

 そもそも、西岸諸国というのは、確か、この大国のハロンドールを端から端まで横切るよりも長い距離が離れている大陸の反対側になるはずだ。

 そこから運ばせるだけでも、かなりの値段がかかるはずだが……。また、距離に対して時間が短すぎる。金に糸目をつけてないというのは、その輸送に要する矛盾だけでもわかる気もする。

 

「えっ、これはロウ様の懐かしの食事なのですか?」

 

「本当に?」

 

 エリカとスクルズも驚いている。

 この世界にやってきて、そろそろ一年になるが、こういう食事には出逢ったことはない。

 エリカたちにとっても、珍しいものだと思う。

 そして、いま気がついたが、一郎の食事の下に敷いている布は魔道具だ。何気ないものだが、これが食事を出来立ての状態に魔道で保持しているのだとわかった。

 

「おう、そなたたちの分もある。よければ食べていってくれ」

 

 マアが奥にある厨房のようなところに向かっていく。

 

「あっ、お手伝いします」

「わたしも……」

 

 エリカとスクルズが追いかけていく。

 それにしても、驚いた。

 この世界にこんなものがあるとは思わなかったのだ。

 もともと、米はあったので、エリカたちにはできるだけ、米が食べたいと言ったことがある。

 だが、こんなものまであるとは……。

 一郎は醤油のようなものを魚の塩焼きにかけてみた。

 香りについては間違いなく、醤油と同じものだ。

 

 しばらくすると、三人がそれぞれの分を盆に載せてやって来た。

 一郎の向かいにマアが座り、両隣にエリカとスクルズがつく。

 箸まである。

 これも先日語ったので、マアが準備してくれたのだろう。エリカたちについては、フォークとスプーンを準備してきた。

 

 食事を始める。

 さらに驚いた。

 味については、まさに日本食といっても過言ではない。日本食そのものではないと思うが、外国で食べる日本食という感じだ。

 醤油についても、ちょっと違う気もするが、舌の肥えているわけじゃない一郎には十分だ。

 

「いやあ、なによりの心尽くしだよ、おマア。本当に嬉しい」

 

 一郎は食事をしながら心から言った。

 マアもにこにこしている。

 

「こんなに、ロウ殿に喜んでもらうとは、苦労した甲斐があったな。まあ、今回は時間がなかったからここまでだが、教えてもらったほかのものも研究をさせている。てんぷら……だったか? あれも料理人を雇って研究させている。ほかに、かれい……か? あの香辛料がどうとかいうやつな。ただ、流石に、その再現はロウ殿の記憶が頼りだ。今度、場を整えるから、ロウ殿の覚えている匂いの香辛料を教えて欲しい」

 

「もちろんだとも、おマア。本当に嬉しい」

 

 一郎は言った。

 だが、あの寝物語をしてから、まだ半月程度のはずだ。

 金に糸目をつけていないとはいえ、この再現力はすごい。

 一郎は、マアの持っている力の一端を改めて思い知って気分だ。

 

「これらはもしかして、海の向こうにあるワオン国の産物では? しかもそれは、ソイの汁では?」

 

 スクルズが口を挟んだ。

 

「ソイの汁?」

 

 エリカは、ちょうど醤油の小瓶……ソイの汁というらしいが……に手を伸ばしかけていたが、怯えたように手を引っ込めた。

 

「確かに、ソイの汁だな。そして、ほとんどの食材はワオン国のものだ。エルニアの宰相のところに持っていくとか言っていたのをぶん奪ったのだ。ロウ殿が気に入ったなら、正式に流通に乗せる。この王都でも食べられるようにしてみせる。任せろ」

 

 マアが笑った。

 なんか怖いことを耳にした気がしたが、忘れることにした。

 それにしても美味しい。

 

「これはソイの汁というのか……。もしかして貴重品?」

 

 何気無く訊ねた。

 すると、スクルズがにっこりと微笑んだ。

 

「この小瓶分で、小さな家くらいなら買えると思います。国王陛下の食事でも、おいそれとは使えないものですわ、ロウ様」

 

 スクルズが微笑みながら言った。

 一郎は驚いてしまった。

 そして、さらに訊ねると、このソイの汁というのは、さっき名が出たワオン国という海の向こうの島国の産物らしく、そうやって遥々と大海を運んでくるので、貴重になるのだという。

 その高額さで、この大陸でも再現をしようとしているが、いまだにそれに成功した者はいないらしい。

 原材料さえわからないようだ。

 醤油といえば大豆だが、もしかして、一郎と同じように、日本から召喚された古い外界人が苦労して再現をしたりしたのだろうか。

 一度、機会があれば、そのワオン国に行ってみたいものだ。

 

「ロウ様、さっき向こうで聞きましたけど、これはマア殿の手料理だそうです。研究は料理人にさせたけど、この食事そのものを作ったのは、マア殿だそうですよ」

 

 エリカが横からささやいてきた。

 一郎はさらにびっくりした。

 

「えっ? だったら、随分と早くから準備してくれていたのか? これ、出来立てみたいだけど、俺たちがいつ来るかわからなかったろう?」

 

「年寄りは早起きは得意でな」

 

 マアは首にしている金属の欺騙リングに触れながら笑った。

 いまの見た目は、そのリングがあるので老嬢だが、本当は三十過ぎの知的美人だ。もともと化粧に興味があったくらいであり、若いときのマアは美貌だったのだろう。いまは、それを一郎が取り戻してあげたというところだ。

 

「ねえ、マアさん、ロウ様がこんなにお喜びになる料理なら、わたしもお手伝いしたいですわ。今度、機会があれば教えてください」

 

 スクルズだ。

 神殿長代理ほどの貴族巫女が一郎に手料理をふるまいたい?

 冗談なのかと思ったが、スクルズは真面目な表情だ。

 ちょっと、恐縮してしまった。

 だが、一度食べさせてもらったことがあるが、確かにスクルズは料理はそれなりの腕がある。

 ときどき持ってくる手作りの菓子なども、確かに美味しい。

 

「うう、料理かあ……。野宿のときの食事は得意なんだけど……。まともな料理は……」

 

 エリカがちょっと困った顔をしている。

 一郎はエリカの頭に軽く触れた。

 

「いや、エリカの作る野外料理もいい味だよ。いつも野宿のときには愉しみにしている。俺は大してなにもできないしね……」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 エリカが真っ赤な顔になった。

 一郎は、エリカの頭に手を置いたまま、マアを見た。

 

「いずれにしても、時々でいいから、今朝のような食事ができるなら、おマアを味方にしてよかった。値段のことは怖いから訊かないことにするさ。だけど、俺は女道楽だけど、食道楽じゃないからね。無理はしなくてもいい。身体については、無理をさせてもらうけど」

 

 一郎は食事の手を休めて、身体の前で指を立てて宙で股間を弄るような仕草をした。

 三人の女たちが一斉に顔を赤くする。

 

「ロウ様、お下品です」

 

 そして、エリカが叱った。

 一郎は笑って、食事を愉しむ態勢に戻る。

 

 やがて、食事も終わり、卓が片付けられて、一郎たちは脚付きのテーブルから、柔らかいソファに席を移動した。

 長椅子に一郎とエリカが座り、卓を囲む左右にスクルズとマアが座る。

 これがコゼとかシャングリアだったら、ふたり掛けだろうと容赦なく、一郎の反対側に身体を詰め込んでくる。

 そう思うとちょっとおかしくなった。

 そして、落ち着いたところで、ちょっと思い出したことがあり、スクルズに声をかけた。

 

「なんでしょう、ロウ様?」

 

 スクルズが小首を傾げた。

 

「実はベルズ殿に、言玉を送りたい。ちょっとした伝言でね。そろそろ、起きていると思うし、頼めるか? 万が一、そばに人がいるかもしれないので、ベルズ殿にしか聞こえないように処置して欲しいんだけど……」

 

「お安いごようです。どうぞ」

 

 スクルズの言葉が終わるや否や、一郎の目の前に大きなシャボン玉のような半透明の球体が出現した。

 言玉というのは、一郎のいた世界における電話にも似ていて、離れた場所にいる相手に対して、声の伝言を送る魔道だ。

 どのくらい離れた場所に、声を届けられるかについては、その術者の能力によるが、スクルズは言玉だけなら、王都から何十日も旅をするような遠方まで言玉を一瞬で送れる。

 同じ王都内だったら自由自在だ。

 本人にしか聞こえないような特殊な言玉だって造作もないだろう。

 

「……“屋敷で待っていますよ、ベルズ殿。その呪いが我慢できなくなったら、すぐに向かった方がいいですよ。それ、自分じゃできませんからね”……。さあ、これでいいです。送ってくれ」

 

 一郎はスクルズに小さく頷いた。

 半透明の球体が目の前から消滅する。

 

「これで、いまの言葉がベルズ殿のところに?」

 

「向かいました。もう届いていると思います。だけど、いまのはどういう意味ですか?」

 

 スクルズが訊ねた。

 一郎はにやりと微笑んでみせた。

 

「新しい実験だよ。淫魔師の呪いさ……。ベルズ殿が屋敷でやる宴に必ずやってくるように呪いをかけたのさ。昨夜、別れる寸前にね……。つまり、朝起きてから一定の時間が過ぎると、淫魔術による淫情の操りがベルズ殿の身体で始まるようにしたのさ。どうにも、ベルズ殿はなかなか屋敷にはやって来ないしね」

 

「別れる寸前って、スクルズのところに跳躍する前ですか? なにをしたんです?」

 

 エリカも訊ねた。

 

「まあ、陳腐な責めさ。効果があるから、使い古されて陳腐になるんだけど、まあ、陳腐なありきたりの悪戯かな」

 

 一郎は笑った。

 スクルズとエリカは、きょとんとしている。

 

「さて、ちょっと真面目な話をしてよいかな、ロウ殿」

 

 すると、急にマアが真面目な表情になって口を挟んで来た。

 

「真面目な話?」

 

「うむ……。ミランダから頼まれていた話だ。ギルドのランという奴隷娘を不当に売り買いした男……。つまり、そのエリカを手に入れようと、操り師とやらをけしかけた分限者だ。やっと、行方がわかった」

 

 マアが言った。

 

 

 *

 

 

「……つまりは、いまある世界の秩序が因果関係の系列において最新の状態だというとだな。だから、因果の系列を支えている根本の段階における神が存在しないということであれば、まさにこの現実も存在しないということになる。だが、わたしたちは確かに存在し、それは世界も同じだ。すなわち、この世界が存在するという、まさにその事実により、神はいまでも存在するということだ……。これを言い換えれば、自分自身があり得ることが、すなわち、神が存在するということの証明ということだ。《我存在す。故に神あり》。これを神学の第一定理と称している……」

 

 ベルズは神学教育を受けている生徒たちに向かって講義を続けた。

 今日やっているのは、神官試験を目指す二十人ほどの男女の男神官見習いと見習い巫女に対する試験準備教育だ。

 いずれも三十歳を超えている者はおらず、そして、二十歳を下まわる者はない。

 つまりは、週に三回ほどやっているこのベルズの神学教育は、なんらかの事情により、成年以降に神殿界に入ってきた者たちが、見習いから正規の神官になるための試験勉強なのだ。

 これをベルズがやっているのは、第二神殿の巫女としての奉仕作業の一環である。

 まだ早朝といえる時間だが、この時間に勉強会をしているのは、ここにいるほとんどの神官見習いが、朝の労務の義務を抱えているからだ。それが始まる前の時間を活用して、こうやって有志に対して神学を教えているということだ。

 

 また、ベルズはこの早朝勉強会に加えて、やはり同じ頻度の魔道訓練も担任している。

 こっちは昼間の時間であり、見習いではなく、中級神官、あるいは上級神官となる者がベルズの指導を受けにやって来る。

 神官としての地位は、絶対に魔道能力が高くなければならないと定まっているわけではないが現実的にはそうだ。

 神官とは、魔術遣いの代名詞といえるところもあり、ある程度の魔道力がなければ、上級神官どころか、中級神官にもなれないし、逆に、ベルズやスクルズのように人並外れた魔道の能力があれば、序列を無視して神殿の上位の地位になったりする。

 神殿界で出世を望む者であれば、少しでも魔道を向上させるための修行は常識だ。

 神学講座についての希望者は第二神殿からしか来ないが、魔道修行については、第一神殿からも第三神殿からもやって来る。

 第一神殿はともかく、第三神殿にはベルズよりも魔道能力の高いスクルズがいるのだが、スクルズは教え上手というわけじゃない。だから、ベルズのところに修行を求めに来るようである。

 

 だが、ベルズに言わせれば、それはスクルズに理由がある。

 なにしろ、ロウと出逢ってからのスクルズは、昔ほど神殿に関して真面目ではない気がするのだ。

 ベルズからすると、むしろ暇さえあれば、王都大神殿の筆頭巫女としての立場を忘れて、足繁くロウの屋敷に通っているように見える。

 もっとも、それでスクルズの神殿界における評判がさがっているというわけじゃない。

 むしろ、逆であり、ロウの淫魔師の恩恵で、まさに神がかり的な魔道力の向上をしただけじゃなく、ロウに毎日抱かれているせいか、以前のような可憐さだけじゃなく、妖艶さまで増した感もあるスクルズの美しさは、この国だけじゃなく、ティタン教会の総本山のあるローム大神殿にある教皇庁にまで伝わっていると耳にする。

 そして、神殿長不在でありながら、いまだに新神殿長が送られてこないのは、次の神殿長として、神殿長代理になっているスクルズを抜擢しようという話も持ちあがっているからだという噂がある。

 もしも、そうなれば、スクルズが史上最年少の王都神殿長になるのは間違いない。

 

 いずれにせよ、ハロンドール王国も、北のエルニア魔道王国も存在する前から人類を導く信仰としての位置づけのあったティタン教会であるが、その発展は人族が最初に築いたとされるローム大帝国とともにある。

 時代が進み、ローム帝国が事実上崩壊して、その領域がタリオ、カロリック、デセオの三公国に分裂し、ローム帝国全盛期の時代には辺境の開拓地域にすぎなかった地域にできたハロンドール王国やエルニア王国が繁栄を築くようになったが、教会としての中心が旧ローム帝国の帝都に存在している教皇庁であることは変化してない。

 エルニア魔道王国は、ティタン教会から完全に離れて、独自の宗教にとって変わられているが、ハロンドール王国内の神殿人事については、いまだにタリオ公国内にある教皇庁が握っているのである。

 

 そのときだった。

 不意に股間に違和感を覚えた。

 

「んっ?」

 

 ベルズは講義の声を中断して、首を傾げてしまった。

 なにかの勘違いかと思ったが、急に巫女服の内側に包まれている肉芽に痒みを覚えたからだ。

 そして、次の瞬間、愕然とした。

 突如として、猛烈な痒みが股間全体に発生したのだ。

 痒いなんてものじゃない。

 激痛にも似た激しい掻痒感だ。

 

「くわっ」

 

 ベルズは思わず悲鳴をあげて腰を屈ませた。

 

「先生──」

「ベルズ様──」

「どうしました──?」

 

 驚いた生徒たちが一斉に声をかけてきた。

 ベルズは慌てて身体を真っ直ぐにした。

 

「な、なんでもない……。大丈夫だ。続けるぞ……。べ、別の講義にしよう。で、では、そなた……。教本の第十章の冒頭の一節を読め。ほかの者はその文章の中でクロノス神が女神アティナ神に向かって告げた質問の意味を考えよ。各人の意見を訊ねるぞ」

 

 とりあえず、生徒のひとりを指名して音読を命じた。

 そして、全生徒の視線と注目が、音読を開始した生徒の声と、目の前の教本に向かったのを確認しつつ、生徒たちの横を通り過ぎて、自然なかたちで教室の後ろに来た。

 

 それにしても、なんという痒さだ。

 ベルズは歯噛みした。

 こんなことをするのは、ロウに決まっている。

 ここにロウはいないはずだが、あの男が精の力で支配している女の身体を自由自在に操って、淫情でも痒みでも痛みでも好きなように引き起こすことができることはわかっている。

 ベルズは、全員が自分を見てないのを確認しつつ、こっそりと股間に手を持って来ようとした。

 こんなところで、服の上からとはいえ、股間を愛撫するなど破廉恥極まりないが、我慢できるような痒みではない。

 ここはちょっとでもいいから……。

 

「えっ?」

 

 ベルズは今度こそ声をあげていた。

 人目に隠れて、股間をスカート越しに擦ろうとした瞬間に、突然に腕の力が抜けて股間に触れなくなったのだ。

 手だから駄目なのかと思って、空いている机の角に股間を当てようとした。

 しかし、それもできない。

 とにかく、ベルズが痒みを癒そうとすると、ベルズの身体が勝手にそれを阻止するのだ。

 

「先生?」

 

 すると、たまたま近くだった生徒が振り返って声をかけてきた。

 ベルズはかっと顔が赤くなるのを感じた。

 もしかして、おかしな動作をしているのを見られたか?

 しかし、それよりも股間の痒みだ。

 もしかして、これは自分では掻くことができないのか?

 こんなことは魔道でもできるわけがないし、ロウの仕業に決まっているが……。

 

「な、なんでもない……。それよりも、集中せい」

 

 ベルズは叱咤して、振り返った生徒を戒めた。

 まだ、当てた生徒による教本の朗読は続いている。

 そのときだった。

 目の前の言玉が出現したのだ。

 半透明の言玉であり、送信相手を限定する特別なものだ。つまり、言玉が弾けても、余人には伝わらないようになっているのだ。

 どうやら、送ってきたのはスクルズのようだ。

 その言玉が目の前で弾ける。

 

 “屋敷で待っていますよ、ベルズ殿。その呪いが我慢できなくなったら、すぐに向かった方がいいですよ。それ、自分じゃできませんからね”──。

 

 声ではなく、直接に頭にロウの声が響いてきた。

 ベルズはかっとなった。

 やっぱり、ロウか──。

 なんという悪戯を……。

 それにしても、呪いだと――?

 

「先生、読み終わりましたが……?」

 

 そのとき、怪訝そうな声がした。

 朗読をさせていた神官見習いの生徒だ。

 ベルズは歯を喰いしばった。

 

「す、済まんが急用ができた。この続きは明日の同じ時間に……。きょ、今日はこれで解散だ……」

 

 ベルズはやっとのこと言った。

 だが、股間が痒くて堪らない……。

 ベルズは発狂しような苦しみを必死になって耐えて、私室に急いだ。



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159 女豪商~話し合いレイプ(2)

「ええっ──。それ、どういうことですか、おマア殿──?」

 

 エリカが声をあげた。

 一郎は眉をひそめた。

 

 マアが口にしたのは、エリカを操りにかけて、一郎の腹を刺させた、あの操り師のジョナスに関わることだ。

 ジョナスはさっさと殺してしまったので、役に立つような供述は得てないが、大して調査らしい調査をすることもなく、ジョナスが操心術で支配した若い女や少女を次々に分限者に闇奴隷として売り払っていたという事実も掴んだ。

 エリカに術をかけたのも、エリカを支配してから、どこかの分限者に売り飛ばそうとしていた気配がある。

 

 また、そんな風にして売り飛ばした実際の被害者も見つけた。

 それが、いまは冒険者ギルドで働ているランだ。

 ときどき、一郎もランを抱くので、ランも淫魔師の恩恵のあずかりにより、ギルド職員としての業務処理能力が急成長して、いまやミランダも重宝して使っているような感じだ。

 

 それはいいのだが、一郎はミランダに頼んで、ランを闇奴隷にしてジョナスから贖い、さらに、エリカをジョナスに狙わせた者が何者なのかということを調べてもらっていた。

 なにせ、ランという手掛かりを見つけたはいいが、ランはその分限者の顔しか覚えておらず、それらしい者は王都の中で見つからないでいたのだ。

 どうやら、マアはそれをミランダから引き継ぎ、ついに特定してくれたようだ。

 しかし、一郎は、エリカが気にするので、あの事件にそういう背景があったことや、エリカを狙っていた男がどこかに別にいるということを詳しくは教えていなかった。

 だから、驚いているのだ。

 

「んん? どういうことかというのは、どういうことだ、エリカ?」

 

 マアが首を傾げた。

 

「エリカ、あとで詳しく話すよ。いまは、おマアの話を聞こう……。さあ、おマア」

 

 一郎はエリカを宥めて、とりあえず、話をするようにマアを促した。

 

「……うむ……。つまりは、ルロイという男だ。商業ギルドの重鎮だ。だが、ミランダがすぐに見つけられんかったのは、その事件とやらの直後に、ランを処分してから、王都から脱出するように、地方都市のギルド支部長として就任している。いまは王都にはおらん」

 

 マアが言った。

 一郎は納得した。

 ミランダに頼りきるばかりじゃなく、一郎としてもコゼとかに頼んで、それらしい情報があるかどうかを探っていた。

 万が一、エリカをまだ狙っているとすれば、これからも注意しないとならないと思ったからだ。

 場合によれば非常な手段で、うって出るつもりだった。

 だが、あれからすぐに王都から脱走したのだとすれば、むしろ、報復を恐れているのであり、エリカに手を出そうとする意思は消えているのかもしれない。

 まあ、いまのところだが……。

 

「つまりは、ジョナスが死んだから、闇奴隷のことが発覚するかもしれないと思って、いち早く逃亡をしたということかな?」

 

「ジョナスというのは、ルロイが雇った操り師のことだったな……。まあ、そうだと思う。ルロイは素行は悪いが、商売人としてはなかなかの腕もあるようだ。機を見ることに敏であるのは、成功する商人の秘訣のようなものだしのう。手が後ろに回る前に、ちょっと身を隠したというところだろう。いまのところ、それ以降は大人しくはしているようだ。これといって、悪事に手を染めている気配はない。どうする、ロウ殿?」

 

 マアが言った。

 一郎は頷いた。

 

「うーん……。まあ、こっちにちょっかいを出して来ないなら、こっちしてはもういいか……。だけど、ランの身請け代くらいは取りあげたいなあ」

 

 一郎は言った。

 すると、横にエリカが一郎に向かってがばりと身体を向けた。

 

「手ぬるいです──。わたしを狙っていたなんて、それだけで気持ち悪いです。しかも、ランを酷い目に遭わせた悪党ですよ。懲らしめに行きましょうよ──」

 

 エリカが叫んだ。

 一郎はエリカの腰に手を回して、すっと下着の上からお尻の亀裂をなぞった。もちろん、快感のもやを強く擦っている。

 

「ふんっ、ロ、ロウ様──」

 

 エリカが一郎の腕の中で身体をぴんと伸ばすような仕草をしてから、一郎の胸の中に倒れ込んできた。

 一郎はエリカを宥めるように、ぎゅっと抱き締める。

 

「まあ、落ち着けよ。気持ちはわかるけど、いまはしばらく王都を離れたくない。そいつが王都に戻るようなことがあれば、別に考えるさ……。ところで、おマア、そいつについては、これからも監視をつけて欲しいな。それと、さっきも言ったけど、ランを身請けする金は取りあげたい」

 

「わかった……。このおマアは自由流通の代表だが、すでにこの国の商業ギルドの大商人の数名を取り込んでおる。そいつらを通して、そのルロイには商売で大損をさせよう。そこから、ランとやらを解放奴隷にする金を奪う」

 

「ありがたいね。身請けするものさえ渡せば、ミランダもランを奴隷解放してくれるだろうさ……。だけど、もしかして、すでに商業ギルドを事実上乗っ取っている? ギルドの商人を取り込んだって?」

 

 一郎はくすりと笑った。

 さすがは、その世界ではやり手と恐れられているマアだと思った。

 自由流通を求めるマアたち商会群は、この国の流通を長く支配している商業ギルドからすれば、不倶戴天の敵のはずだ。

 それを取り込むとはすごい。

 

「乗っ取ったというほどじゃない。言いなりになる商家を数軒ばかり、こっそりと配下に引き入れたということだ。よくわからんが、このところ商売の頭が冴えてな。いくらでも相手の弱みがわかって、どんどんと商売仇どもをやり込めるのだ。これも、ロウ殿に女にしてもらったおかげかな」

 

 マアが笑った。

 だが、一郎には、それが冗談でもなんでもなく、事実そのものであることを知っている。

 マアは、一郎に支配されることで、もともとあった商売の才覚を飛躍的に上昇させている。それがマアをして、商売における喫緊の著しい成功をもたらしているのだろうと思う。

 

 

 

 “マア

  人間族、女

   マア商会会長

   自由流通協会長

  年齢62歳

  ジョブ

   交易商(レベル35⇒50)

  生命力:35⇒50

  直接攻撃力:5

  経験人数

   男2⇒3

  淫乱レベル:C⇒B

  快感度:300”

 

 

 

 マアは一郎に支配されることで、肉体的に若返ったばかりじゃなく、商才まで急上昇させていて、交易商のジョブは“35”から“50”になり、肉体が老齢ではなくなったことで、生命力もあがっている。

 マアからすれば、どうしてこんなにも調子がいいのかと不思議なほどだろう。

 その分、身体が開発されて、少しずつ刺激に弱い敏感な身体にもなっているが……。

 

「わかった……」

 

 一郎はとりあえず頷いた。

 これで、ランについては一応の解決ということか……。

 ここ最近では、冒険者ギルドにおける小間仕事じゃなく、能力に応じる責任のある業務も任されている気配であり、ランもギルド業務にやりがいを覚えているみたいだ。

 奴隷解放されたところで、冒険者ギルドをやめる気づかいもないし、むしろさらに働いてくれるんじゃないだろうか。

 

「ロウ様はお優しいですね」

 

 スクルズが甘えたような声で言った。

 

「なんか、釈然としませんけど……」

 

 一方でエリカは、まだ不満そうではある。

 すると、マアが一度立ちあがり、仕事で使っている机から一枚の魔道紙を持ってきた。

 一見普通の紙だが、魔道のこもっている特別性の紙だ。魔道紙は、以前マアのところに来たときに一度見せてもらった。だから、わかったのだ。

 

「それと、次はこれじゃ……。ロウ殿から頼まれていた調査だ」

 

 マアが戻って来て、その魔道紙を一郎に手渡す。

 まだ、この国の文字には不慣れな一郎だが、一郎が手に持つと、書かれていた紙の上の記号が変化して、一郎にも理解できる「日本語」に変化した。

 これはそうやって、読ませたい相手に理解できる言語に自動的に翻訳変換してくれている魔道の刻んでいる紙なのだ。

 文字が変化しているというよりは、一郎の頭に直接に作用しているらしく、だから、この世界に存在しない文字で示せるようだ。

 また、この魔道紙は読み手を選び、対象でない相手が見ても、絶対に内容がわからないようになっているそうだ。

 この前、マアにこんなものもあると示されて、驚いたものだった。

 高額だが、マアのような商売人が、商売に関わる秘密をやり取りしたいときに重宝して使うものらしい。

 

「それはなんですか、ロウ様? どなたかの手紙ですか? 読みましょうか」

 

 エリカが魔道紙を覗き込みながら言った。

 一郎が、この世界の文字を読めないのはエリカは知っている。だから、声をかけてくれたのだろう。

 この魔道紙に前に接したときに連れて行ったのはシャングリアだったから、エリカはいなかった。だから、これが魔道紙だとわからないだろう。

 そもそも、これが魔道が刻んであるとわかれば、秘密をやり取りするのに不都合があるに違いない。

 いずれにしても、エリカにはこれが手紙に思えるようだ。

 

「いえ、エリカさん、これは見た目のとおりの文字ではないですよ。極めて高位の魔道が刻んであります。マアさん、これは魔道紙ですね?」

 

 スクルズが横から言った。

 

「そう、さすがは王都一の魔道遣いだな。確かに、それは魔道紙だ。あたしとロウ殿以外には、意味のない時候の手紙に見えるはずだ。だが、それは、ロウ殿に特別に頼まれた調査仕事でな」

 

 マアが笑った。

 一郎は魔道紙を凝視しながら口を開いた。

 

「トリア……、クアッタ……、ユニク……、セクト……。わかるか、エリカ?」

 

 一郎は言った。

 エリカは一瞬きょとんとしていたが、すぐに大きく頷いた。

 

「それは姫様の侍女たちの名前です」

 

 一郎はエリカの言葉に頷いた。

 

「そうだ。おマアに頼んだのは、キシダインが、彼女たち本人や実家に手を回しているかどうかの調査だ。例えば、借金を背負わされていたり、兄弟姉妹の婚姻話があったりして、それにキシダインが絡んで弱みのようなものを握られていないかについての調査さ。あいつは、そうやって、姫様の侍女に手を出せる。本人たちは姫様に忠誠を誓っていても、逆らえない条件を実家に突きつけて脅迫され、殺されたイエンのように、姫様を狙う刺客に彼女たちが仕立てあげられるかもしれない」

 

「それをマアさんが調査を?」

 

 スクルズだ。

 

「こういうことは、まともな情報収集では、なかなか掴めんものだ。だが、あたしも、これでも一代の女傑と称されている商売人さ。誰に、どうやって接すれば、手に入れたい情報が得られるかどうかくらい知っている。ロウ殿に渡したのは、その中間報告さ。なにせ、まだ日数が足りないしね」

 

「いや、十分な調査だよ、おマア……。これは助かる。だけど、これによれば、すでに何人かには、またキシダインに弱みを握られているかもしれないね。特に、ここに印をつけて記されているふたりの侍女の実家には見張りを付けたい。悪いけど、それも頼めないか、おマア。キシダインが、ここに手を回す気がする」

 

 一郎の言葉にマアが笑った。

 

「ロウ殿のご命令を待っているようなら、ロウ殿に首ったけのおマアじゃないよ。その二軒に限らず、その姫様の侍女の実家の全部に、十日前から見張りをつけている。その印はキシダインが手を出す可能性じゃない。すでに手を出しているという印さ。だからそのふたりの侍女には気をつけさせておくれ」

 

「わかった。感謝する」

 

 一郎は受け取った魔道紙を亜空間に収納した。

 

「最後にアスカ城のことさ、ロウ殿」

 

 マアが顔の笑みを消して一郎を見た。

 一郎はマアに視線を向け直した。

 

「なにかわかりましたか、おマア殿? ロウ様を狙う新たな刺客が?」

 

 エリカが真剣な口調で声をあげた。

 だが、マアは首を横に振った。

 

「申し訳ないけど、まだそこまで深くは喰い込んでいないよ。なにしろ、あそこは謎の多い城塞都市でね。得体のしれない連中がうようよしていて、まともな商売なんかないのさ。いわば、ならず者集団のようなものだね……。しかも、まだ調べたのは十日も経っていない」

 

「わかった。それで?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「あの城塞都市が頻繁に接触しているのは、ひとつはナタル森林のエランド・シティ、もうひとつはタリオ公国を始めとするローム三公国……。これくらいは表に見える分としてわかる。これといって、ハロンドールに積極的に動いている感じはないねえ。まあ、あくまでも、流通の動きだけのことだけど」

 

「エランド・シティって?」

 

 耳にしたことがあるような気がしたが、ぴんとこなかった。

 すると、エリカが口を開いた。

 

「エランド・シティというのは、ナタル森林に拡がるエルフ族の各里を統括するエルフ族の国都のような場所です。城郭全体がエルフ族の高位魔道に包まれている空中浮揚都市です。でも、エランド・シティそのものは、エルフ族だけじゃなく、各種族が共存で暮らしています。治めているのは、エルフ族の女王のガドニエル様です。シティそのものは、女王様の部下の太守様が統治しているのですけど……」

 

「このハロンドール王国をルードルフ王が治めて、王都の管理をハロルド公のキシダインがやっているような感じか……。それはともかく、つまりは、あのアスカは、そのエルフ族の都と頻繁に接しているということ?」

 

「物の流れだけのことだけどね。それとローム三公国だ。大きな人の流れと、流通の動きだけなら、その二箇所ということになるということだけさ。まあ、もう少し調べさせておくれ。そのうちに、きっと役に立つ情報を持って来るさ」

 

 マアが任せておけという仕草をした。

 一郎は首を横に振るとともに、立ちあがった。

 

「十分に役立っているよ、おマア……。じゃあ、お礼をしないとね。ところで、実は昨夜から、この王都に女たちのところを回って、レイプをしまくっていてね。昨日はこのスクルズや、ベルズ殿を餌食にし、王妃も手酷く悪戯させてもらった。今朝は姫様に、侍女長のシャーラだ。いまごろは、のたうち回っている頃だ……。おマアについても、レイプさせてもらうよ。とりあえず、ここでね」

 

 一郎は立ちあがって、座っているマアの両手を片手でまとめて掴んだ。

 

「うわっ」

 

 マアが驚いた声をあげる。

 しかし、そのときには、すでにマアの両手首には、一郎の粘性体が手枷のようにひとまとめで密着して拘束している。

 マアは目を丸くした。

 

「あれ? 王妃様のところにはいつ行ったんですか? 気がつきませんでした」

 

 エリカが声をかけてきた。

 一郎は首を竦めた。

 

「昨日の昼前だ。お前たちが抱き潰れて昼寝しているあいだだよ……。さて、じゃあ、おマア、レイプさせてもらうよ。来るんだ」

 

 一郎はマアを抱きあげて、いわゆるお姫様だっこをした。

 これといって鍛えてもいない一郎だが、それでも冒険者としての一年に近い経験がある。

 老嬢ひとりを抱えるくらいの力くらいはもうあるのだ。

 

「レ、レイプか……。そ、そりゃあ、構わんというか……。ま、まあ、嬉しいが……。しかし、このまま抱くのか? 変身せんでよいのか? このリングは外さんのか?」

 

 まだ欺騙リングを首に装着したままのマアは、いまは老婆の外見だ。一郎に運ばれながら、マアが一郎の腕の中で言った。

 本当は、すでにこっちの方が偽者の外見なのだが、マアからすれば、まだ若いときの姿の方が変身しているような気持ちなのだろう。

 そんな物言いだ。

 

「どちらでもいい。どっちも本当のおマアだしね。女には見境がない俺だから、歳をとったおマアも十分に魅力的だよ」

 

「お世辞でも嬉しいね。だが、あたしは若い方で抱かれたいかな」

 

「わかった」

 

 一郎は寝室の扉をマアを抱いたまま開いて、寝台に横たわらせた。

 手首に巻いた粘性体をそのまま寝台の頭側に密着させる。

 首に手を伸ばして、欺騙リングを外す。

 老婆のマアが消え、三十歳のマアが出現する。

 

「マアさん、防音の結界は刻んでおきました。心置きなく……」

 

「待っているあいだに、食器の洗い物をしておきます。とても美味しかったですよ、おマア殿」

 

 スクルズとエリカが寝室に顔だけ出して、声をかけてきた。

 

「あっ、済まんな。それと出そうと思った冷し菓子を魔道庫に置いておる。よければ食べてくれ」

 

 両手を頭側に拘束されているマアが、一郎から服を左右に寛げられながら言った。

 スクルズとエリカは、お礼の言葉を口にしてから顔を引っ込める。

 一方で一郎は、マアの上衣を左右に開いて、胸当てを外し、完全に乳房を剥き出しにした。

 さらにスカートを腰で外して、足首から抜き取ってしまう。

 一箇月前まで初老の女だったとは信じられないくらいに張りのある美しい肌が露わになる。しかも、むっとするように女の香りもする。

 一郎はさっそく乳房をねちっこく刺激しながら、掃くようにマアの太腿を擦った。

 

「あ、ああっ」

 

 たちまちに、マアが身体をくねらせて悶えた。

 

「尽してくれるおマアにお礼だよ。ほら、口を開いて……」

 

 マアに口を開けさせて、一郎の唾液を送り込みながら舌で口の中の性感帯を刺激しまくる。

 そのあいだも、淫魔術を駆使してマアの股間の周りと乳房周辺を念入りに愛撫を継続している。

 一郎の唾液は強力な媚薬でもある。

 あっという間にマアは乱れた感じになった。

 

「んふうっ、あああっ、き、気持ちいい……。ま、まさか、この歳でこんな女の幸せが待っているとは……。ああっ、た、たまらん──。あああっ」

 

 マアが一郎の口づけから口を離して全身をのけ反らせた。

 一郎は、力の抜けたマアの腰から、すっと下着を引きおろして脱がせる。

 大した愛撫でもないのに、すでにマアの股間はびっしょりと濡れていた。

 全体的には三十歳に留めたが、桃色の二枚の花弁は、十代でも通用するかもしれない。

 その上端では小粒の小さなクリトリスがぴんと尖りきっている。

 愛撫もそうだが、唾液の媚薬が効果を及ぼして、マアを激しく淫情させてきたようだ。

 

「もう、おマアは俺から離れられないよ。さて、準備ができたら、早速愛させてもらいますね。でも、わかっていると思うけど、一度や二度じゃ終われないよ。まあ、俺の屋敷での宴もあるし、おマアには手加減するけど」

 

 一郎はまずはマアの股間の中に指を埋め込ませて、性感帯のもやに示される場所を次々に刺激しながらどんどんと蜜を湧き出させ、さらにクリトリスを淫らにしごいた。

 マアがますます淫らに暴れる。

 

「うはああっ、んひいいっ、い、いつでも、いつでもいい……。ああっ、た、頼む──。もういい──。ロウ殿──」 

 

 だが、そんなに長く続けたとも思わないうちに、マアは激しく悶え狂いだした。

 首を必死の様子で左右に振り、淫らに腰を振って、言葉だけでなく身体でも催促をしてくる。

 

「じゃあ、もらうかな」

 

 一郎はマアの裸身に覆いかぶさると、ほんの少し開け口を開きかけている股間の亀裂に怒張を押し込んだ。

 もちろん、痛みなど与えない。

 快感しかないように、突きの強さも、擦る場所も、角度も、なにからなにまで、マアが最高に感じるやり方で、一気に奥まで押し込む。

 

「うあああっ」

 

 マアがその衝撃にびくりと、腕を頭側にあげさせられている裸体を弾かせた。

 一郎はごしごしと膣の奥の快感のポイントを亀頭で揉み押す。

 

「そ、それは、だめえええっ。いぐうううっ」

 

 そのままぶるぶると痙攣をして、マアは一回目の絶頂をしてしまった。

 

「ほら、気をしっかりしてね。これからだよ」

 

 構わず、一郎はしっかりとマアの腰を左右から持って、本格的な律動を開始する。

 若返らせたとはいえ、人間族の女としては老齢なので、手加減しようと思っていたが、よく考えれば、一郎がもっとも苦手なのが、その手加減かもしれない。

 とにかく一郎は、もっとマアに喜んでもらおうと、両手でマアの快感の場所を刺激しながら、怒張でマアの膣の中の快感点を揉み押した。そうやって、マアに最高の甘美感を注ぎ込む。

 

「ああ、またいくうっ」

 

 すると、マアが絶叫をしながら絶頂し、再び限界まで身体を大きく反り返らせた。

 

 

 

 

(第26話『レイプ・レイプ・レイプ』終わり、第27話に続く)



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 第27話  一家勢揃いの破廉恥大会
160 一郎一家の狂宴~紅白の組分け


 スクルズの魔道で屋敷に戻った。

 エリカとマアも一緒だ。

 すると、いきなり怒鳴り声がした。

 

「ロ、ロウ──」

 

 ミランダだ。

 一郎がスクルズとともに戻ったのは、屋敷の広間の端なので、女たちが待っている長椅子が並んでいる場所とは離れている。

 ミランダは、一郎が戻ったのを認めると、こっちに駆けるようにしてやってきたようだ。

 

 素っ裸だ。

 一郎は、女たちが入浴しているあいだに、この屋敷のすべての衣類を隠せと、屋敷妖精のシルキーに命じていったので、一郎の指示のとおりにシルキーはやったのだろう。

 シルキーの姿は消えているようだが、素裸のコゼ、シャングリアも、やはり全裸のベルズを中心にして、向こう側で大騒ぎをしている。

 

「えっ、裸?」

「なんか、向こうは騒がしいのう」

「ミランダ、どうしたのです?」

 

 一緒にいたエリカとマアとスクルズは、屋敷の状況に困惑をしているようだ。

 まあ、当然か。

 三人は、一郎がシルキーに指示して、部屋にいる女たちから片っ端に衣類を取りあげさせただけじゃなく、身体を隠すような布切れ一枚も消滅させたことは知らないし、ベルズに施した「淫魔師の呪い」の実験も、悪戯を仄めかしたものの、なにをやったのは説明していない。

 

 どうやら、ベルズは既に到着していて、股間に施した痒みの刺激に七転八倒している気配である。

 あれは淫魔術による痒み感覚の発生なので、一郎が術を解かない限り、いくら掻いても痒みは消えないし、しかも、自分の意思では痒みを癒すために股間を触ることさえできないようにした。

 大騒ぎをしているのは、ベルズの痒みを癒すために、コゼとシャングリアが懸命に、ベルズの股間に手で刺激を与えているようである。

 泣き声だか、嬌声だか、怒鳴り声だが、それらが混じったものがベルズの口から発され続けている。

 

「なにを怒っているんだ、ミランダ?」

 

 だが、一郎は惚けて、わざとらしく肩を竦めた。

 

「い、いろいろよ。あ、あたしは、今回の度の越した悪ふざけについては説教をするわよ。一体全体、今回の目的はなによ──? しかも、聞けば、あんた、そのスクルズとエリカを連れて、小離宮に行っていたらしいじゃないの。まさか、姫様にもおかしなことをしたんじゃないでしょうねえ……。い、いや、まずはベルズよ。なんとかしなさい――」

 

 ミランダが怒ったような口調で言った。

 一郎は部屋を見回した。

 どうやら、イザベラとシャーラは、まだ到着してないようだ。

 

「あれっ? 姫様たちはまだ?」

 

 小離宮にスクルズたちと潜入してふたりをレイプし、アナルに淫具を挿入して置き去りにしたのは、横のマアのところに向かう前だ。

 かなり、時間が経っていると思うが、まだ来ていないということは、ちょっとやりすぎたか?

 

「ほらっ、ロウ様、やっぱり、やりすぎたんじゃないですか?」

 

「確かに、シャーラを拘束したまま放置しましたしね……。姫様ではどうしようもないのかも……。わたしの結界は破られていないと思うので、侍女たちが部屋に入るということはないですが、逆に、おふたりは誰の助けも頼れないということですし……」

 

 エリカとスクルズが次々に言った。

 一郎は頭を掻いた。

 

「そうかあ……。移動ポッドとしての機能がついている姿見まで、部屋を横切るだけだろう。そのくらい大丈夫だと思ったんだけどねえ……。まあ、ちょっと様子を見て来るよ」

 

 一郎は言った。

 だが、次の瞬間、ミランダの片手に襟首を掴まれた。

 

「待ちなさい──。まずは、ベルズのことをなんとかしなさい。それから、姫様にして──。それにしても、一体全体、ベルズになにをしたのよ、あんた──。可哀想に……。ベルズは泣きながらここに現れたのよ──」

 

 ミランダに怒鳴られた。

 ただ、面白いのは、一郎には淫魔力の影響で自分の女の感情もある程度わかるのだが、ミランダが言葉のわりには、そんなに立腹してはいないという事実だ。

 おそらく、ミランダは、ほかの女たちが若くて、一郎よりもずっと歳下なので、一郎の悪戯にブレーキをかける役目は自分しかいないという義務感からやっているのだろう。

 しかし、男女の性に関するミランダの本質は受け身だ。

 百戦錬磨のシーラ・ランクの冒険者出身のくせに、意外に性には初心(うぶ)で、男の強い押しに弱い。

 それに、片手は一郎の襟を掴んで怒った形相をしていても、もう一方の手で股間を隠しながら、小さな裸身を恥ずかしそうに丸めてお説教をされても、さすがに迫力などありはしない。

 ますます、からかいたくなる。

 

 それにしても、いつ見ても、ドワフ族というのは不思議な存在だ。

 立派な大人なのに、見た目は人間の童女でしかないのだ。

 特に、ミランダは童顔だから、豊かな乳房とドワフ族らしい剛毛の陰毛を除けば、一郎には元の世界における「小学生」にしか見えない。

 ただ、怪力ミランダの異称があるくらいで、一見は幼い身体についている筋肉は見事だ。

 見せるための筋肉ではなく、使うための筋肉なので派手ではないが、腕や腿の筋、美しく割れた腹筋などは、ミランダの強さを垣間見せもする。

 

「ロウ──。戻ったのだな。ベルズをなんとかしてくれ。これでは狂ってしまうぞ」

 

 すると、ベルズたちのいるところから、シャングリアの大声がした。

 のたうち回りそうになっているベルズを左右から挟んで、コゼとふたりで代わる代わるベルズの股間を愛撫してあげているみたいだ。

 

「随分と仲良さそうじゃないか。だったら、呪いをかけたかいがあったな。待ってろ、すぐに解放する」

 

 一郎はシャングリアに返した。

 

「ロウ……殿……。ロウ殿なのだな──。お、お願いだ──。この痒みを消してくれれば、もう怒らん……。いや、どうか、お願いします。なんとかしてくれ」

 

 ベルズの泣き声混じりの悲鳴もした。

 あれは相当に頭にきているみたいだ。

 

「じゃあ、これで痒みは消えるはずです。ところで、ようこそ、ベルズ殿。待ってましたよ」

 

 とりあえず、淫魔術による「呪い」を消して、股間の痒みをなくしてあげた。

 向こうで「はうっ」という大声がして、ベルズが気絶するようにうずくまるのが見えた。

 いや、気絶したか……?

 コゼとシャングリアが困惑したようにベルズを見守っているが、ふたりに挟まれてベルズは股間を両手で掴んだまま、ぴくりとも動かなくなった。

 痒み責めで暴れすぎて、体力も気力も精根尽きたのかもしれない。

 

「ロウ、本当にあんたは、なんということを……」

 

 ミランダはとりあえず一郎の首から手を放したが、わなわなと震えている。

 しかし、懸命に両手で胸と股間を隠しているのが面白い。

 

「お説教は聞くよ。だけど、どうしても、みんなの結束力を高めたかったんだ。みんなが集まってからもう一度宣言をするけど、俺たちは、あの権力者のキシダインとの命懸けの争いを始めることにする──。打つ手は打つつもりだし、勝ち戦にはなると思うけど、もしも、キシダインとの政争に負ければ、ここに集まる者たちは、一蓮托生で明日にも牢に繋がれて殺される。あるいは、殺された方がいい目に遭わされる。今日はその覚悟をするための集まりなんだ」

 

「えっ?」

 

 ミランダは当惑した表情になった。

 一方で、そばにいるマアはにやりと微笑んだ。

 スクルズとエリカは、一郎がキシダインとの全面対決を覚悟したことについては、すでにひそかに承知のことなので、ちょっとだけ神妙な顔つきになった。

 

「次の国王はイザベラ姫様だ。俺たちはそのために戦いを開始する。殺るか殺られるかだ──。こうしているあいだも、キシダインはイザベラ姫様を暗殺しようと、あの手この手で迫っている。なにもしなければ、早晩、姫様は暗殺に倒れるだろう」

 

「まあ、そうだな──。それはロウ殿が正しい……。だが、この馬鹿みたいな騒動は、ロウ殿が女を集めた旗揚げ式ということか……。つまりは、あたしもその仲間ということを認めてくれるのだな」

 

 マアが微笑んだ。

 いまのマアは、欺騙リングを付けなおしてきたので、老いた外見だ。

 しかし、一郎はマアの首に手を伸ばして、欺騙リングを外した。

 老嬢のマアがいなくなり、若い知的美女のマアが出現する。

 もっとも、ここにいる者はベルズ以外は、マアの両方の姿を見ているので、特段に反応することはない。

 また、ベルズに反応はない。

 どうやら、やっぱり寝てしまったようだ。

 

「調べる限り、キシダインは敵には容赦はないよ。しかも、大勢の有力貴族を味方につけていて、国王陛下でさえも、迂闊には手が出せない相手なんだ。だけど、そういう相手を敵にしなければならない。あいつは、影でいろいろと問題のある人物でもあってね。どうしても排除しなければならない」

 

 一郎は言った。

 

「キ、キシダイン卿との対決ねえ……」

 

 ミランダがたじろいだような感じになった。

 キシダインの名を出したのは、もちろん、排除すべき当面の強敵として、ミランダも認識しているし、そのキシダインと争うとなれば、全員の一致団結が必要なことは明白だからだ。

 

 キシダインは、イザベラに度々にわたって暗殺を仕掛ける政敵というだけでなく、ひそかに、アスカとかパリスとかいう三公国方面で冥王復活を目論んでいる怪しげな集団と結びついているということもわかってきた。

 だが、迂闊に手を出せば、キシダインには有力貴族の仲間も大勢いて、それらが結集されて、ハロンドール王国における内乱ということにもなりかねない。キシダインは、国王に準じるくらいの大きな力を持っているのだ。

 だから、現国王のルードルフも、キシダインを排除するよりは、第一王女のアンを娶らせて、懐柔という手を使っている。

 

 しかし、一郎の調べるところでは、キシダインのアン王女に対する扱いについては、いささか問題もあるようだ。

 まだ、確信はないが、アンはキシダインと婚姻してから必要以外に外出をほとんどしない。もともと社交的な王女ではなかったので、大きく不審に考える者もすくないようだが、なんとなく一郎は気になった。

 これから、アンについて調査を伸ばす予定である。

 いずれにせよ、国王でさえも躊躇しているキシダイン排除は簡単ではない。

 しかし、それを実行するからには、仲間の団結が重要なのは言うまでもない。

 

 もっとも、それは口実の半分だ。

 一郎の気持ちとしては、第三神殿を襲撃された後味の悪いクライド事件と、これから始めるつもりのキシダイン排除の戦いのあいだに、みんなで馬鹿騒ぎをして愉快な気持ちになりたかったのだ。

 本当は、それがこの騒動の動機のほとんどだ。

 そもそも、全員集合は、なんだかんだで一度もない。

 一郎はいい機会なので、一郎の女たちを一同に会して顔と肌を合わせてもらう予定だ。

 

「やれやれ、これは大変なところに招待されたねえ。あたしたちも服を脱いだ方がいいのかねえ?」

 

 マアがちょっとお道化た口調で言った。

 一郎は自分の服に手をかけた。

 

「……ところで、スクルズ、こき使いついでに悪いんだけど、神殿に帰る前に小離宮に跳躍してくれるか? 姫様たちを移動ポッドに放り込んでくれ。今日はそれでいいよ」

 

「はい、ロウ様」

 

 スクルズがにこにこしながら言った。

 一郎は上衣を脱ぎながら、屋敷妖精を呼んだ。

 

「さて、とにかく、話は服を脱ぎながら聞くさ。みんなばかりに、素っ裸にさせないよ。俺も脱ぐ……」

 

「はい、旦那様」

 

 シルキーが出現する。

 いつものメイド服ではなく、シルキーも素裸だ。

 一枚残らず服を隠せという命令に忠実に従ったというわけだ。

 さすがは、シルキーだ。

 シルキーの裸身は、ミランダと同様に童女体形だが、完全な童女の姿そのものだ。

 胸は膨らみはほとんどなく平らで、股間にはぴったりと閉じた亀裂があるだけだ。ただ、実際には伸縮自在の大人の女の性器が隠れていて、一郎のものをやすやすとのみ込んでくれる。

 一郎を主人にすることで、すっかりと人族の女同様の快感を覚えた屋敷妖精でもある。

 同じ屋敷妖精でも、王都側の小屋敷のブラニーは、性行為を受け付けないので、シルキーは特別ということになるようだ。

 

 一方でエリカとマアも改めて服を脱ぎだす。

 すっかりと諦めた感じだ。

 また、シルキーが一郎たちから脱いだ服を受け取っていくが、受け取ると同時に、シルキーの手の中から衣類が消滅している。

 屋敷から、すべての服を消滅させるというシルキーの魔道が効いているからだろう。

 一郎は、ちょっと悪戯をしようと、先にズボンと下着を一緒に脱いだ。

 しっかりと、ミランダに見せつけるように股間を勃起させてやる。

 

「わっ、わっ、ロ、ロウ──」

 

 途端にミランダが狼狽したようになり、顔を真っ赤にした。

 多くの荒くれ冒険者を牛耳る強気の副ギルド長が、勃起した男の股間を見ただけで、顔を真っ赤にして恥ずかしがるということなど、ほかの冒険者は知らないだろう。

 それを思うと、一郎の心に大きな優越感を覚える。

 

「ほほ、立派だな」

「ロウ様……」

 

 すでにほとんど裸のマアとエリカは、一郎の勃起性器にそれぞれの反応を示す。ただ、さすがにミランダほどの動揺は示さない。

 

「……それに、ちょっと向こうを見て、ミランダ……」

 

 一郎は完全に全裸になると、勃起させたままの状態で、裸のミランダに近寄った。

 そして、ミランダの肩を抱いて身体を反転させ、ベルズたちが座っている方向を向かせる。

 当然、亀頭の先端がミランダの背中に突き刺すような感じになり、ミランダは激しくたじろいでいる。

 本当にからかい甲斐のある副ギルド長だ。

 

「……三人の座っている位置を眺めてごらん、ミランダ……」

 

 一郎は小声で言った。

 

「位置……?」

 

 ミランダが怪訝そうな声で応じる。

 コゼとシャングリアは、気を失っているベルズを挟んで、床に座って雑談をしている。

 

「……ベルズ殿はねえ、いつもこの屋敷に来ても、なんとなく浮いてたんだよ。ベルズ殿は、ちょっと人づきあいが下手なところがあるからね。本当に心を許しているのは、スクルズやウルズくらいなんだ。俺にでさえ少し遠慮がある……。強気そうに思える口調は相手に対する遠慮の反発だ。だから、ああやって密着するのは初めてだよ。それだけでも、悪戯をした甲斐があった……」

 

「ま、また調子のいいこと言って……。あれはくっついてんじゃないのよ。あんたの悪戯で他人にしか痒みを癒せないので、必死に頼み込んで、ふたりに愛撫を受けていたのよ。可哀想に……」

 

「……それでもさ。無理矢理にだって、そんなことをし合ったんじゃあ、打ち解けざるを得ないさ」

 

 一郎の言葉で、ミランダは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 あまりの屁理屈に呆れた様子だ。

 

「だからさ……。みんなで裸になって、もっともっと思い切り破廉恥な遊びで愉しもうよ、ミランダ。それでばっちりと、心も通い合う。今日はそういう日なんだ」

 

 一郎は言った。

 

「は、破廉恥な遊びって……。あ、あんた、まだ、なにかを考えているの?」

 

 ミランダが睨んだ。

 

「なんだっていいだろう」

 

 一郎はミランダの背中に勃起ちんこをまたぐりぐりと押し付けた。

 

「そ、それ、やめてって」

 

 ミランダが悲鳴をあげた。

 すると、横でマアが笑った。

 

「ロ、ロウ様──。わたし、感動いたしました」

 

 そのとき、突然に大きな声が横でした。

 スクルズだ。

 そういえば、ここに送ってもらってから、ずっとそのままだった。

 一郎はミランダの両肩から手を離して、スクルズに振り向いた。

 スクルズはこの後で神殿に戻るので服を着ているが、エリカとマアは一糸まとわぬ全裸だ。一応、両手で身体を隠している。

 そのスクルズは、ちらりと一郎の直立している股間に目をやり、さらに顔を赤くして、慌てたように視線を逸らす。

 

「……ロウ様は本当にみんなのことを気にかけてくださっているのですね。ベルズのことも、ちゃんと見ていてくれて、わたしも嬉しいです。ベルズはちょっと堅苦しい物言いをするし、口調が厳しいので、誤解されがちなのですが、実際には、むしろ大人しいのです。それをロウ様がわかってくださっているだなんて……。とにかく、わたしは、姫様ところに寄ってから、ちょっと戻ります。一度失礼します」

 

 スクルズは転送術の歪みを目の前に作って、あっという間にその中に消えてしまった。

 なにか、すごく納得したような感じだったが、呆気にとられるくらいの速さだ。

 一郎には、挨拶をする暇もなかった。

 

 まあいい……。

 今日はスクルズは免除と決めている。

 慰霊祭の主催を間近に控えたスクルズは忙しいのだ。

 それに、スクルズはすでに、一郎だけでなく、すべての女たちと、もう打ち解けている。

 それが彼女のいいところであり、改めて団結心の向上は必要ない。

 

「みんな、集まれ」

 

 一郎は大声を発した。

 離れていた三人が立ちあがって、股間と乳房を隠しながらやって来る。ベルズについても、淫魔術をさらに注いで覚醒させた。

 ベルズはまだ痒み責めの余韻が残っている感じでふらふらしていたが、シャングリアとコゼに両側から支えられながらやってくる。

 そのあいだに、一郎はシルキーに昨日から準備するように指示していたものを出すように命じた。

 籠に入った長い布が出現する。

 赤が五本、白が五本、そして、紺が一本だ。

 一郎は紺の長布を手に取った。

 

「いまから、みんなにふんどしをしてもらう。まずは見本を示すから見ていろ」

 

「ふ、ふんどし?」

「えっ」

「ええっ?」

 

 ふんどしがなにかを知っている三人娘は、それだけで顔を赤くした。

 一方で、ミランダとベルズとマアはきょとんとしている。

 一郎は、布の端を口で咥え、垂らした布で性器を前で包むようにしてから、その先を紐状にして尻たぶに食い込ませる。そして、腰を一周させて、尻の上の縦紐に交差させて折り返して残りの端を腰布に絡める。次いで、口に咥えていた布を垂らして、股間を前袋のかたちを整えながら、また尻を通して、さっき絡めたのとは反対側の方向の腰紐に絡める。

 六尺褌の完成だ。

 

「よし、ミランダ、来い──。締めてやる。ほかの者も一本ずつ取れ。順番に俺が締めるからな」

 

「えっ、あ、あたし? そ、そんなのするの?」

 

 呆気に取られていた感じのミランダが驚いたような声をあげた。

 構わず、一郎は無造作に赤布を一枚とると、ミランダの口に布端を咥えさせる。

 

「男と女は、ちょっと巻き方が違う。見ていろ」

 

 一郎はそううそぶいてから、さっとミランダの股間に合わせて大きな縄瘤を三個作った。まったくの勘だけで、ぴったりの位置に結び瘤が作れるのが淫魔師の能力のひとつなのだが、それを駆使して結び瘤ができた布をミランダの股間に思い切り食い込ませる。

 

「んんっ、んっ」

 

 ミランダが布を口に咥えたまま、顔を真っ赤にして腰をさげた。

 

「じっとしてろ──」

 

 わざと大きな声で叱咤してミランダを硬直させ、腰にひと巻きして食い込みが緩まないように固定する。さらに口に咥えさせていた布を股間にもう一度通して後ろで結ぶ。

 ドワフ女のふんどし姿の完成だ。

 食い込んだ布端から陰毛が左右に大きくはみ出しているのがミランダらしい。

 

「さあ、できたぞ、ミランダ。そっちに行っていい」

 

 一郎はぴしゃりとミランダの尻たぶを軽く叩いた。

 

「ちょっと、ロウ……。うっ、ううっ」

 

 お尻を叩かれたミランダは不満そうな顔をしたが、数歩歩いて、すぐにその場にしゃがみそうになった。

 食い込ませている布の瘤が本領を発揮したのだろう。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「ど、どうした、ミランダ?」

 

 マアが不思議そうな顔をしている。

 

「ミランダ、どうして、ちゃんと歩けないか、説明してやれよ」

 

 一郎は意地悪く言った。

 

「あ、あんたって……」

 

 すると、ミランダが真っ赤な顔で一郎を睨んだ。

 次はベルズを呼ぶ。

 

「今朝は悪かったですね。大変だったでしょう。謝りますよ。せいぜい十日に一度の頻度で俺の精を受ければ、呪いは発動しないようにしときます。安心してください」

 

 一郎はベルズに脚を開かせて、その前に屈みながら言った。

 

「ひっ、あ、あれはまだ終わりじゃないのか?」

 

 ベルズが顔をひきつらせる。

 

「もちろんですよ。ベルズ殿は放っておくと、いつまでもここに通ってきませんからね。呪い発動の恐怖に怯えたくなければ、足繁く来てください。あっ、もちろん、先日のように、長期の不在クエストのときには呪いは解きますので心配しないでいいですよ」

 

「そんな、もう堪忍してくれ」

 

 ベルズは泣きそうな顔で言った。大して文句も言わないところを考えると、余程に堪えたのかもしれない。

 一方で、ほかの女たちも、適当に取った布を持っていたが、ベルズは白い布を持っていた。

 ベルズにも、特製の結び瘤付きのふんどしを締める。

 

「うっ、あ、ああっ……」

 

 ベルズもまた、ミランダと同じようにふんどしを締め終わって、一度尻たぶを叩いてから歩かせると、悶え声をあげて腰をがくりと沈めた。

 実はこれには仕掛けがある。

 一郎の瘤が効いているというのもあるが、ぽんと尻を叩いたとき、瘤の当たる場所を通常の三倍くらいの感度に上昇をさせているのだ。

 だから、瘤が擦れるたびに、大きな疼きが走ったようになるのは当然だ。

 

 順番に締めていく。

 結局、赤ふんどしは、ミランダ、エリカ、マアとなり、白ふんどしは、ベルズ、コゼ、シャングリアが締めた。

 まだ、来てない女たちもいるが、うまく半々に分かれたようだ。

 

「旦那様、王女様の部屋との移動ポッドに反応が」

 

 シルキーが声をかけた。

 イザベラとシャーラだろう。スクルズが送ってくれたに違いない。

 

「ここに繋げてくれ」

 

「かしこまりました」

 

 目の前の空間が歪む。

 移動術の出口だ。

 

「ぱぱ」

 

 ところが、そこから出て来たのはウルズだった。

 驚いたことに、最初から素裸だ。

 

「んぐうう、ロ、ロウ──。じ、慈悲じゃ。頼むから、もう許してくれ」

「ロウ様あああ──」

 

 次いで、這うようにしてイザベラとシャーラが出てくる。

 これも素裸だ。

 シャーラの拘束は外れているので、スクルズが外したのだろう。

 とりあえず、一郎はふたりの肛門からアナルバイブを消滅させてやった。

 ふたりががくりと横たわった。

 そして、さらにびっくりすることに、最後にスクルズが現われた。

 またもや、素裸だ。

 

「来ちゃいました、ロウ様……。さっきのようなお話なら、わたしにとっては慰霊祭よりも大切です。そっちの式典準備は、今日は絶対に抜けられない重要な用事があるので、任せると言い残してきました」

 

 スクルズがふふふと笑った。

 一郎は、にんまりとしてしまった。

 

「……それでみんなを集めてきてくれたんですか? しかも、最初から裸で?」

 

「どうせ、脱ぐんですもの。裸でここに来た方が愉しいですわ。ところで、王女殿下とシャーラ殿は大変でしたよ。こっちに来るどころか、あれからまったく動けなかったみたいでしたから……。とりあえず、シャーラさんの枷は外しました。さもないと動かせなかったので……。あらっ、ところで、皆さま、素敵な恰好ですね」

 

 スクルズが女たちのふんどし姿を眺めて笑った。

 

「な、なにが、素敵なものですか……。こ、こいつは、また悪ふざけに、あたしたちを巻き込もうとしているのよ、スクルズ」

 

 腰をもじつかせながら不満そうな声をあげたのはミランダだ。

 それにしても、同じように布瘤をしてやっても、やっぱり感じ方はそれぞれだ。

 ミランダはまだ元気だが、ほかの者は、もうこれだけでかなり追い詰めれている感じだ。

 この中で一番感じやすく、クリピアスもしているエリカなど、身じろぎするたびに疼きを走らせるふんどしの布瘤に、早くも小刻みな震えを醸し出している。

 さて、エリカと同じように感じやすいスクルズはどうなるか……。

 いまの余裕もいっぺんに吹っ飛ぶに違いない。

 

「じゃあ、スクルズも選んでこっちに来てくれ。さて、シルキー、人が増えたんで、ふんどしを一本ずつ追加だ。それと、シルキーも参加してもらうぞ。赤ふんどしを選んで、スクルズの後ろだ……。姫様とシャーラも一本ずつ取ってください。ウルズは、ぱぱと一緒に審判だ。あとで、お花のついた下着をつけてやるな」

 

「わおっ、あいがとう、ぱぱ」

 

 ウルズが舌足らずの口調で喜びの声をあげて、手を叩いた。

 

「し、審判とはなんだ、ロウ……?」

 

 シャングリアが疑問の声をあげた。

 そのシャングリアも腰をもじももじさせている。

 これだけの美貌の女傑たちが、ふんどしの瘤の疼きで女の匂いを醸し出しながら、身体をくねくねと悶えさせている風景は、なかなかに壮観だ。

 一郎は嬉しくなってきた。

 

「まあ、それは後で説明する」

 

 一郎はそれだけを言った。

 そして、スクルズに白ふんどしを施していく。

 

「あっ、こ、これは……。ちょ、ちょっと……」

 

 瘤を食い込ませたとき、呑気そうな巫女が慌てたような声をやっとあげた。一郎はにやりと笑って、無視してそのままスクルズに白ふんどしを施す。

 

「ほら、完成だ」

 

 ぽんとお尻を叩いて、横にやる。

 

「あっ、あんっ」

 

 スクルズがその場にしゃがみ込んだ。

 本当に一郎の女たちは、誰も彼も感じやすくて嬉しくなる。

 もっとも、それだけ感度を上昇もさせているのだが……。

 

 そして、シルキー。

 

「あっ、これは気持ちいいかも……」

 

 瘤付きのふんどしでシルキーは愉しそうに笑った。

 

「ほらっ、呆けてないで、姫様とシャーラですよ」

 

 よろよろとやってきたふたりにも、ふんどしを順にする。

 たったいままでアナルバイブで苛まれていたふたりは、すっかりと身体が欲情していて、布瘤で責められて、それだけでがくがくと腰を振った。

 シャーラなど、本当に達してしまって、泣くような声をあげていた。

 

 イザベラは、まだ少女の面影を残す黒くて長い髪をした清楚な感じであり、こうやって口を開かずに悶えている分には、キシダインという政敵と戦う気骨ある王女の雰囲気は皆無だ。

 シャーラは、エリカと同じ黄金色の髪であり、外見はエリカに似ているが、生真面目さが顔に出ているエリカに対して、いつもは感情を外に出さない冷徹な感じだ。

 だが、一郎の前だけは、喜怒哀楽の豊かな弱い女の部分をさらけ出す。

 みんな一郎の可愛い女だ。

 最後にウルズには、股のところにヒマワリの花がある飾り下着をつけた。

 ウルズは嬉しそうにしていた。

 

 そして、全員が落ち着いたところで、改めてマアを紹介した。

 マアはベルズとはまだ面識がなく、イザベラたちも、若い姿のマアは知らない。

 一郎の術による若返りだと説明すると、初めて事情を知ったベルズとイザベラとシャーラは唖然としていた。

 とにかく、裸になれば、貴族も庶民も元奴隷もなにもない。

 ただの女だ。

 

「これでみんな、準備ができたな。じゃあ、ふんどしの色で紅白に分かれるんだ。今日の趣向は、赤チームと白チームに分かれての競技会だ。勝ったチームの女は、全員、腰が抜けるほど可愛がってやる。ただし、負けたチームは、いやらしい罰ゲームがある。俺の考えた罰だからな。覚悟しておけよ」

 

 一郎はそう言って、そっと胸に手をやった。

 全員を仮想空間に連れ込むためのサキへの合図だ。

 ただし、仮想空間といっても、この屋敷の広間そのままにした。

 だから、誰ひとりとして、仮想空間に連れて来られたことには気がつかない。

 

「ば、罰ゲームって……な、なんですか、ロウ様」

 

「あのう、競技って……?」

 

 コゼとエリカが最初にそれぞれ口を開いた。

 

「競技の内容はその都度説明する。とりあえず、ふんどしの色で分かれろ」

 

 一郎の言葉に、女たちがやっと左右に動き出す。

 

 赤チームは、エリカ、ミランダ、マア、シャーラ、シルキー……。

 白チームは、コゼ、シャングリア、ベルズ、スクルズ、イザベラ……。

 

 クグルスも呼び出したいところだが、三人娘以外については、魔族は刺激が強すぎるので今日は自重だ。

 サキはもうすぐ来る。もっとも、刺激を与えないように人間族に化けろと伝えているので、頭の角くらいは消してくるはずだ。

 

「さて、じゃあ、あとふたりの競技参加者を紹介する」

 

 一郎は昨日の昼間から、その仮想空間に放り込み、サキに預かってもらっていた女を出現させた。

 イザベラとシャーラが恐怖の響きさえある悲鳴をあげた。



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161 一郎一家の狂宴~全員集合

 女たちから悲鳴があがったが、とりわけ、イザベラとシャーラの声が大きかった。

 現れたのは、一郎がこの仮想空間に待機させていた最後の女ふたりである。もちろん、ふたりのうちのひとりはハロンドール王国の正王妃であり、イザベラの義理の母親になるアネルザである。もうひとりは妖魔将軍ことサキだ。

 

 それはともかく、女たちの驚きの大部分はアネルザである。

 なにしろ、アネルザは素っ裸だ。

 さらに、アネルザの目にはしっかりと目隠しをしている。また、ついでに聴覚も、いまはサキと一郎の声以外は遮断されるようにサキの力で細工をさせていた。

 そして、両手は一郎の粘着物で腰の後ろで腕を水平に重ねて、後に拘束している。

 圧巻なのは股間だ。

 アネルザの股間には、一郎の性調教と淫魔術を駆使した「疑似男根」があり、実は陰核を肥大化させたものなのだが、六、七歳の男児程度の大きさとかたちをしており、しっかりと亀頭もあって尿道口も存在する。

 一郎は、その疑似男根の根元に金属のリングを嵌めていて、リングに繋がった鎖を引っ張って、サキにアネルザを連れて来させたのだ。

 狂気じみた短気で有名な正王妃の変わり果てた姿に、女たちが騒然となるのは当たり前だ。

 

 また、サキは頭の角も房耳も消し、妖魔らしい外見を完全になくして、人間族の絶世の美女の姿になっていた。

 服装は一郎の感覚だと水着のような革のボンデージスーツだ。この世界だと、そんな服装は人族はしないので、それだけでかなり破廉恥な格好だと見なされると思う。

 サキのことは三人娘以外は知らない。

 

 とにかく、アネルザについては、一郎が王妃を性奴隷にしていることは、知っている者は半分というところだが、どんな扱いをしているかを承知していたのは、やはり三人娘くらいだ。

 アネルザの登場と哀れな姿に、ミランダとスクルズとベルズは、口を大きく開いてあんぐりしているし、イザベラとシャーラに至っては、衝撃のあまり思わずふたりで抱きつき合っている。

 

「サ、サキ、どこに連れていくのだ? も、もしかして、誰かおるのか? ね、ねえ、なんとか言ってくれ」

 

 アネルザが不安そうな声をあげた。

 

「ふふふ、もちろん、お前のご主人様のところだ。半日愉しかったが、やっぱり調教を受けるのは、主殿(しゅどの)がよいだろう? 目の前に主殿がおるぞ。挨拶せんか」

 

 サキがわざとアネルザの擬似ペニスに繋がった鎖をぐいと引っ張って揺する。

 

「ひ、ひいっ、や、やめてくれ。い、いい加減にせい、サキ。ロ、ロウ、そこにおるのか? 一体全体、今度はなにさせるつもりだ。いい加減に解放してくれ。いつまでわたしを拘束するのだ?」

 

「いつまでだって、いいだろう、アネルザ。お前は、黙って言うとおりにしていればいいんだ。ところで、俺が戻るまでペニスをずっと勃起させておけと命じただろう。萎えてるじゃないか」

 

 アネルザの擬似ペニスは、根元を縛られて半勃ちというところだったが、完全に勃起するには至っていない。

 昨日の昼間から誘拐同然に仮想空間に連れ込んだものの、サキには本格的に責めることは許可してない。一ノスに一回の割りで射精させるように指示したくらいだ。

 今朝は、朝起こしてからはなにもさせてないはずなので、欲情状態とはいえないのだろう。

 

「お、おう、ロウか……。だ、だが、ずっと王妃宮を開けっ放しだ。大丈夫なのか? 調教は嬉しいが、お前に迷惑が……」

 

「問題ないよ。サキに処置させている。大きな声じゃ言えないけど、身代わりを立ててる。心置きなく遊んでいってくれ」

 

 身代わりというのは、サキに連れてきてもらった物真似妖魔だ。知能は低いが姿や声をそっくりになれる妖魔だそうだ。一郎もちらりと見たが、確かにアネルザにそっくりだった。宮廷に妖魔を連れ込むなど、どうなるか多少心配だったが、いまのところ、ばれてもいないし、騒ぎにもなっていないようだ。

 

「み、身代わり?」

 

「いいから。それよりも勃起だ。ほら、アネルザは俺のなんだ? 大きな声でみんなに言うんだ」

 

 サキからアネルザの股間に繋がっている鎖を受け取った一郎は、さっきのサキよりもわざと男根の根元に繋がっている鎖を乱暴に引いてアネルザに悲鳴をあげさせ、さらに男根を手で掴むとごしごしと擦ってやった。

 アネルザの疑似男根が逞しく勃起する。

 

「み、みんなだと……? うわっ、あっ、いやあっ」

 

「いいから、質問に答えろ。アネルザ、お前は俺のなんだ?」

 

「あ、ああ……。そ、そこはもう刺激しないでくれ……。わ、わたしはロウの性奴隷じゃ。な、なにをされても文句を口にしてははならん淫乱奴隷じゃ。だ、だが、周りに誰がおるのか、それだけは教えておくれ。ああっ、あっ、だ、だめ、ああっ」

 

 男根を刺激されるアネルザが腰を左右に振って悶える。

 だが、一郎は鎖を思い切り引っ張り、さらに腰を前に突き出すような姿勢にさせる。

 一郎はちらりと女たちを見た。

 圧倒されて、誰も彼も唖然としている。

 

「俺の性奴隷たちがいる。お前の仲間だ。まずは、挨拶代わりに、男の性器で射精するところを見せてやれ」

 

「あっ、ああっ、も、もう、そ、そっちはやめてくれ。そっちでいくと、かえってもどかしい気持ちが大きくなって苦しくなるのだ。や、やめておくれ、ロウ。せ、せめて、女側をいじってくれ」

 

 アネルザが泣き声をあげて身体を震わせる。

 

「股を責めて欲しいとは、淫乱な雌犬だなあ。だけど、まずはここだ。いいから、射精しろ」

 

 一郎はアネルザの股間の男根を擦りまくった。

 アネルザは全身を真っ赤にして腰を引き、「あっ、あっ」と声をあげる。一郎はすかさず鎖を引いて、腰を無理矢理に突き出させて、またアネルザに悲鳴をあげさせた。

 

「や、やめるのよ、ロウ──。ちょ、ちょっと、まさか、あんた、いつも王妃殿下にもこんなことをしていたの? あんた、これがどういうことかわかっているの?」

 

 やっと我に返ったようなミランダが叫んだ。

 その顔はさっきまでの欲情が嘘のように真っ蒼だ。

 

「ロウ殿……。まさか、王妃様を……。これは王陛下への不敬にもなるぞ。アネルザ王妃は陛下の大切な正王妃で……」

 

 ベルズも怯えたように言った。

 本来、この国の世界の者ではない一郎には、王妃を性奴隷にしてしまうということが、どれくらい許されない行為なのかということは、正直わかっていないが、ミランダにもベルズにも、一郎に対する非難の感情のようなものが、急に心に膨れて沸き起こったのがわかった。

 

「なにが大切なだよ。自分は後宮に愛妾を集めまくって、こんなにいい女をほったらかしの駄目夫じゃないか。王妃が愛人を作っても構うものか」

 

「だ、だが……」

 

 ベルズが絶句してしまった。

 すると、スクルズがにこにこしながら口を開く。

 

「……でも、ベルズ……。王女騎士創設についてのことや、王太子問題について、急に王妃殿下の態度がお変わりになったのは、こういうことだったのよ。ロウ様のおかげなのよ」

 

 スクルズがいつもの微笑みを満面に浮かべて言った。

 ミランダが驚いたようにスクルズに視線を向け、そして、一郎を睨んだ。

 

「そ、そういえば、あんたって、王妃様に取り入ることに成功したみたいなことを仄めかしてたけど……。つまり、それって……」

 

 ミランダは唖然としている。

 

「俺のやることなんて、察しはつくだろう、ミランダ。それとも、いくら俺でも、王妃様に乱暴なことはするわけないと思っていたのか?」

 

 一郎はアネルザの勃起男根をしごきながら笑った。

 ただ、さっきから、長くしごくわりには射精に至らないのは、一郎がうまく調整してるからだ。

 しかし、その分、アネルザも苦しいはずだ。

 いまや、擬似ペニスはぱんぱんに膨らんでいる。

 

「あっ、ああっ……。た、頼む。後生だ。ミランダがおるのか、ロウ? そ、そこには誰がいるのだ? 頼む、教えてくれ。エリカ殿たちだけじゃないのか?」

 

 アネルザが激しく狼狽した声をあげた。

 

「わたしたちの声は王妃殿には、聞こえていないのですね?」

 

 スクルズが冷静な声で言った。

 

「……アネルザを驚かせようと思ってね」

 

 一郎はにやりと笑みをスクルズに向けた。

 そして、アネルザの耳元に口を近づける。

 

「……おう、ミランダもいるぞ。もちろん、いつもの三人娘もいる。ほかにもたくさんいる。集まっている女を見て、腰を抜かすなよ」

 

「そ、そんな……。お前にはいつも驚かされるが……」

 

 アネルザが悶えだす。

 そして、全身を真っ赤にして、絶頂寸前のもどかしさの苦しみと戦っている。

 

「ロ、ロウ、も、もうやめなさいよ。な、なんのつもりよ。ベルズの言ったとおりよ。これは大変な不敬罪よ──。王妃を……王妃殿下を寝取るなんて……。王妃は国王陛下の……」

 

 ミランダが慌てたような口調で言った。

 

「そんなことはわかっていると言ったよ、ミランダ。でも、それがどうかしたの?」

 

 一郎は笑った。

 すると、ミランダは三人娘をきっと睨んだ。

 

「あ、あんたたちも、これは承知のことね。あ、あんたたちは、もっと常識があると思っていたわ。どうして、ロウを止めないのよ」

 

 ミランダが怒鳴った。

 すると、コゼが大きく鼻を鳴らして、口を開いた。

 

「常識ってなによ、ミランダ。アネルザ殿下は、望んで、ご主人様の性奴隷になったのよ。そりゃあ、最初は強引だっけど、全体的に見れば、アネルザ様は、ご主人様の手管にすぐに落ちたわ。いまでは、ご主人様がいなければ、生きていけないくらいに、たらし込まれてんじゃないのかな」

 

「まあ、わたしも最初は驚いたし、抵抗もあったが、アネルザ殿下は、ロウを受け入れ、わたしたちも受け入れた。これは仕方ないことだ、ミランダ」

 

「まあ、そういうことです……。それにスクルズも言いましたが、ロウ様がアネルザ殿下を屈服させたことで、かなり状況が好転したとも思います。わたしは、必要なことだったと考えています」

 

 コゼに続いて、シャングリアとエリカもあっけらかんと言った。

 ミランダは唖然としている。

 

「ミランダ、王妃もあたしも、すっかりとロウ殿に手懐けられた。もう、あたしはロウ殿から離れられん。それは王妃も同じなのだろさ」

 

 すると、さらにマアが微笑みながら言った。

 

「ミランダとやら、お前はなにを文句を言っているのだ? 主殿はわしのご主人様だぞ。人族の王妃がどうしたというのだ。わしの主殿が、たかだか人族の王や王妃ごときに遠慮などせんわ。つべこべ言うと、首をもぐぞ」

 

 すると、ロウの横で腕組みをして静観していたサキが突然に怒鳴り声をあげた。

 一郎は苦笑してしまった。

 

「お前は誰よ――? ねえ、ロウ、なんか禍々しい気を発する女だけど、ただの女じゃないわね?」

 

 ミランダがサキと一郎を交互に睨む。

 

「わしのことをお前と抜かしたか、ドワフ。許さんぞ――」

 

 サキの全身から小さな衝撃波のようなものが発散して、部屋全体が揺れる。

 全員がびっくりした顔になった。

 一郎は嘆息した。

 

「サキ、俺はしっかりとこの国の権威には敬意を払ってるよ。それよりも、この仮想空間の権限を俺に委譲するんだ。お前も支配下に入れ。これから先、お前の全ての能力は凍結する。許可なく、能力の行使も禁止だ。俺の女を傷つけることも、脅すこともな」

 

「わかった……」

 

 サキの能力が凍結し、さらにこの仮想空間を自由にする力が一時的に委譲してきたのがわかった。

 これで、一時的にだが、サキが準備したこの仮想空間は、一郎の想像の赴くままだ。

 

「ミランダにも、みんなにも、サキは後で紹介する。その前に王妃様だ。そろそろ、焦らすのも限界だ」

 

 一郎はアネルザに与える刺激を変化させた。

 射精に導くものに変えたのだ。

 アネルザの身体を震えが大きくなる。

 

「あっ、ああっ、だ、だめ、出るうっ」

 

 アネルザの腰がぶるぶると震えて、疑似男根の亀頭から白濁液が飛び出した。

 床にアネルザの精が飛び散ったが、アネルザの男根は一瞬萎えてから、また勃起を取り戻す。

 これはアネルザの小さな男根の根元に嵌めているリングの効果だ。

 射精の気持ちよさは一瞬で過ぎ去り、すぐに、達したのに達していないようなもどかしさが続くのだ。

 結局、男の性器でいくら達しても、満足は得られず、絶頂に対する飢餓感だけが残るという仕掛けだ。この飢餓感は女の性器に快感を与えられない限り、癒えることはない。この仕掛けについてだけは、いつもはアネルザ泣き叫ぶ。

 

「あ、ああ……。ロ、ロウは残酷じゃ……。こ、こんな苦しみをわたしにいつまで与え続けるのじゃ。も、もう解放してくれ……。た、頼むから女の方に……」

 

 アネルザがもどかし気に腰を震わせた。

 一郎は、再びアネルザの男根に手をやってしごきだした。

 

「いつまで与えようが俺の勝手だろう、アネルザ? 俺に指図をするなんて、まだまだ性奴隷の自覚が足りないな」

 

「あ、ああ、も、もう……。す、すまんかった……。わ、わたしは、そなたの性奴隷じゃ……。あ、ああっ、ああああっ」

 

 アネルザはあっという間に二度目の精を男根から放った。

 だが、射精すればするほど、女の快感に対する飢餓感に襲われることになり、アネルザはすすり泣くような声をあげた。

 

 一郎が冷酷にアネルザを責める様子を呆然と見ていた一同は、もはや言葉もなく静まり返っている。

 サキと三人娘だけは別だが……。

 ともかく、亜空間術や仮想空間術を駆使した長い調教を受けているアネルザは、いまはすっかりと一郎に従順な性奴隷だ。

 最初にあった気の強い嗜虐癖の名残りなどまったくない。

 一郎によって、被虐の快感に芯から染められた雌犬である。

 ミランダやベルズは、アネルザに対する一郎の仕打ちに、恐れおののいている様子だが、もはや、一郎がアネルザから手を引けば、困るのはアネルザの方だろう。

 もう、アネルザは、一郎から与えられる被虐の快楽なしにでは生きてはいけない身体になっている。

 いまや、アネルザは一郎の言いなりだ。

 一郎は、アネルザの聴覚を平常な状態に回復させるとともに、施していた目隠しを外した。

 

「あ、ああ、こ、これは……。ひっ、ひいいっ」

 

 アネルザは、少しのあいだ、ぼんやりとしていたが、すぐに集まっている女たちの顔ぶれに接して、奇声をあげた。

 そして、とっさにしゃがみ込んで裸身を隠そうとする。

 だが、それは一郎が手にしている鎖で阻まれた。

 

「で、殿下、あ、あの……」

 

 ミランダが、慌てたように、腰をもじつかせながら前に出て来た。

 ミランダとしては、自分が年長者であり、アネルザに対応しなければならないと思ったのだろうが、股間に食い込んでいる布瘤の刺激でどうしても腰を引いてしまう感じになっている。

 一郎はミランダの苦悶の表情ににんまりしてしまった。

 

「……ミランダ、彼女はただのアネルザだ──。ここにいるのは、王妃殿でもなんでもない。ひとりの女であるアネルザであり、俺の愛人だ……。それと、みんなに、このサキも紹介する。やはり、彼女も俺の愛人であり、みんなの仲間のひとりだ。サキ、挨拶しろ」

 

 一郎は指を鳴らした。

 譲渡された仮想空間を自由にする能力により、サキを一瞬して全裸にした。それだけでなく、両手を縄で後手縛りの状態する。

 

「うわっ、な、なんだ?」

 

 いきなり、全裸にされ、しかも縄掛けされてしまい、サキが狼狽する。

 一郎はサキの腕の縄を掴んで引き寄せると、思い切り平手で尻たぶを打った。

 

「んぎいっ、な、なんじゃ――」

 

「なんだじゃない――。挨拶だと言っただろう」

 

 さらに、もう一発打つ。

 サキが顔をしかめた。

 

「わ、わかった。わ、わしは妖魔将軍と呼ばれておるサキだ。ここにいる主殿に手懐けられた妖魔だ」

 

 騒然となった。

 ふと全員を見たが、一部を除いて顔に驚愕と嫌悪が浮かんでいる。しかし、思ったよりも激しいものじゃない。

 妖魔とは名乗ったが、いまのサキの見た目は人間族の美女の姿だ。いきなり、妖魔といっても半信半疑という感じなのだろう。

 

「サキは偶然に俺と知り合い、縁があって俺の女にした。紹介のために連れてきたが、普段は妖魔の世界である仮想空間と称している異界側にいる。俺が呼んだから出てきたが、俺の愛人というだけの存在だ。俺との関わり以外に人族には関与しない」

 

 本当は、みんながいるここが、すでに異界側なのだが、まあ、本当のことを説明する必要はないだろう。

 それはともかく、この世界の人族と妖魔、すなわち、魔族との関係は複雑だ。

 かつては人族と魔族は、すべての種族の発祥の地とされるナタルの森で共存していたらしいが、冥王戦争という世界を二分する戦いがあり、敗北した冥王という魔族の支配者は、多くの魔族の眷属とともに、深い異界の果てに完全に封印されてしまったという。

 しかし、その冥王戦争は全ての魔族が冥王に加担したわけじゃなく、人族とともに戦った魔族もいたのだそうだ。

 だが、その人族に協力した魔族の一族も、紆余曲折の末に人族の世界から離れることを余儀なくされ、人族の世界と行き来のできる別の異界に移住をしたのだ。

 こっちの魔族は、妖魔と区分されて呼ばれ、冥王に従った魔族たちほど忌避されてないが、やはり嫌悪の対象である。

 

「じゃ、じゃあ、ほんとに妖魔……」

 

 ミランダを始め女たちが眼を見開いている。

 一郎は女たちの感情に触れた。

 性奴隷の刻みをしている女に限り、一郎は彼女たちの感情に触れることも、ある程度動かすことも可能なのだ。

 サキの存在を知らなかった女たちは、ほどんど一様に驚愕している様子だったが、もちろん、三人娘はサキのことを知っているので、まったく動揺はない。

 面白いのはスクルズで、最初はほかの女と同様に、サキに対する恐怖のような感情が発生したが、すぐに消えて、サキを認めるような感情に変化した。

 さすがにスクルズだ。

 一郎のやることへの寛容さは、群を抜いている。

 とりあえず、一郎はサキに対する感情を強引に調整した。

 なんとか全員がサキを受け入れる感じになる。強い操りは本来の心に影響を与えることがあるが、いまはそれほどでもない。

 とりあえず、半分終わりだ。

 

「……もう一度言う。ここにいるのは、俺の性奴隷にしたアネルザという女であり、サキだ。これまでのことから、アネルザにはわだかまりもあるかもしれないし、女妖魔など受け入れられないかもしれない。しかし、俺の愛人ということで、ここにいる女はすべて平等だ。それ以外の感情を持つことは許さん。そのために今日の催しを企画した……。まずは、ふたりを仲間として受け入れる証として、ここに来て、ひとりずつアネルザの男根を舐めて挨拶をしてもらう。サキには股間をいたぶってやれ。全員だぞ」

 

 一郎ははっきりと言った。

 

「なに?」

「な、なんだと、主殿――」

 

 アネルザとサキが同時に声をあげた。

 

「うるさい――。文句あるのか、お前たち」

 

 一郎はふたりの尻を同時に叩く。

 

「ひいっ」

「うぐっ」

 

 もう一度ひっぱたく。

 今度は、ふたりとも黙って歯噛みした。

 

 次いで、全員の感情を、もう一度確認する。

 サキにはもう大きな感情はない。

 アネルザに対しては、まだシャーラが強い敵愾心を持つ感情を抱いていた。

 さっきから驚きの方が上回って、それは表には出てきていないが、アネルザに強い敵意を抱いていて、それは厳然たるものだった。

 一郎は淫魔師の力でそれを小さくし、逆に一郎の言葉に対する信頼感……、それを通じたアネルザを受け入れる心を強くしてやる。

 それに応じて、シャーラの顔が心なしが和やかなものになった。

 今度も感情操作による大きなシャーラの動揺もないようだ。もともと、なんだかんだで、サキにしても、アネルザにしても、一郎の言葉を受け入れるという感情の方が全員が強いのだ。

 

 一郎は安堵した。

 また、ほかの者は、あえて感情操作までをする必要はない。

 イザベラについても、すでにアネルザを受け入れるつもりになっている。

 もともと、思考が単純で、物事に対する屈託が少ないので、一郎の企てで、全員が素裸同然の破廉恥な状況にいるということが、イザベラの判断力を麻痺させているような感じだ。

 ミランダも口では一郎に対して常識論を唱えるが、内心では納得もしかけている。

 そのとき、赤い顔をしたひとりの女がさっと前に出てきた。

 

「……アネルザ様、スクルズです……。どうか、改めて、お仲間とお認めください」

 

 挨拶をしろという一郎の言葉に、最初に反応してくれたのはスクルズだった。

 スクルズはこれまでの経緯で、一郎が支配してからのアネルザとの面識がある。だから、最初に出てきてくれたのだろう

 アネルザの前に両膝とつくと、小さな口をいっぱいに開いて、アネルザの疑似男根を咥えた。

 敬虔な筆頭巫女の破廉恥な姿にアネルザは面食らうとともに、一郎の言葉に諾々と従って、アネルザの男根を躊躇なく口に含むスクルズに、アネルザは目を白黒している。

 

「あっ、ああっ、んんっ」

 

 アネルザが、スクルズの舌で責められて甘い声でよがる。

 ほどほどで一郎は、スクルズの肩を叩いて合図した。スクルズが立ちあがって、サキの側に移動する。

 

「王都の神殿で巫女をしておりますスクルズです。今後ともよろしくお願いします、サキさん」

 

 アネルザの隣に立たせた後手縛りのサキの股間に、スクルズが手を伸ばした。

 一郎はサキの股間の感度を二十倍ほど高めてやった。

 

「んふっ、うわっ、な、なんじゃ?」

 

 サキが腰を抜かしかけたみたいになった。

 しばらくスクルズにサキをいたぶらせてから、スクルズにまた合図する。スクルズが愛撫を中断する。

 

「な、なんだ……。なんで……。そんなに大したことのない愛撫ごときに、わしが……」

 

 愛撫から解放されたサキが荒い息をして、内腿を擦り寄せるような仕草をする。すでにたっぷりと蜜を股で吐いていた。さすがに二十倍感度は効くようだ。

 

 スクルズがベルズとウルズを手招きをして呼んだ。

 ベルズは躊躇しながら……。

 ウルズは一度一郎の顔を確かめ、一郎が頷くと、にこにこしながら寄って来た。

 ふたりは、まずはアネルザの前に立つ。

 

「ベ、ベルズです……」

 

 ベルズはそれだけを口にして頭をさげた。

 かなり緊張しているようだ。

 

「ウルズだよ」

 

 一方でウルズは無邪気な笑みをアネルザに向ける。

 アネルザはちょっと驚いている。

 

「……ウルズは、故あって、人生をもう一度やり直しているところなのです……」

 

 スクルズがそっと言った。

 

「……話には耳に……。そ、そうか……」

 

 アネルザは頷いた。

 

「……アネルザ、股を開けよ」

 

 一郎はアネルザに声をかけてから、アネルザの尻の穴に指を深々と挿し入れた。

 すでにすっかりと尻穴も調教をしている。

 一郎は挿し込んだ指を曲げると、赤いもやのある性感帯をかきまわした。

 

「ひっ、いやっ、か、感じる」

 

 アネルザが身悶えした。

 

「スクルズも参加して、もう一度アネルザを愛撫だ。三人でアネルザの男の部分も女の部分も刺激してやれ」

 

 一郎は、女神官三人にアネルザの女の部分を舌で愛撫するように指示した。

 

「ひっ、ひいっ」

 

 アネルザが大きな声をあげてよがり狂った。

 

「次はサキにだ」

 

 アネルザが終わると、またサキに舌責めを指示する。

 

「うわっ、なんで、こんなに?」

 

 やはり、サキは一郎に感度をあげられたのがわからなかったようだ。感じすぎる自分の身体に、しきりに狼狽している。

 一郎は、ある程度サキが追い詰められたところで、サキへの奉仕をやめさせた。

 サキががくりと膝を前に折る。

 一郎は全員を見た。

 

「ここにいる女たちの境遇や身分はさまざまだが、いまここでは、それを斟酌することは禁止する。この場では、王族も貴族も庶民も元奴隷も……、人間もエルフもドワフも妖魔も……一切が関係ない。肩書も地位も忘れろ。全員が俺の女だ。そして、仲間だ。それだけを認識しろ」

 

 一郎は大きな声で言った。

 全員がなんとなく納得したような顔になる。

 

 一郎はいつもの三人娘と交代させた。

 三人がアネルザとサキの股間を舐め始める。

 コゼがアネルザ男の部分を受け持ち、シャングリアは前を、エリカにはサキの女陰を舌で奉仕させる。

 

「んはあっ――。い、いい……。ああっ、あああっ」

「んほおおっ」

 

 アネルザとサキが激しく反応する。

 ある程度やったら、場所を回転させる。

 そうやって、ローテーションで相手をさせた。

 

「おおおおっ」

 

 やがて、アネルザは雄叫びのような声をあげて、女の側での最初の絶頂をした。

 

「次──。シルキーとミランダとおマアだ。来いよ」

 

 一郎は、次の三人に声をかけた。

 ミランダも、もはや、なにも言うつもりはないようだ。大人しくやって来る。

 

「ミランダです……」

 

「屋敷妖精のシルキーです、アネルザ様、そして、ごきげんよう、サキ様」

 

「大変だな、王妃……。それと、はじめましてだな、サキ殿。この歳で妖魔の友人ができるとは思わんかったよ。ロウ殿の性奴隷になるというのは、なかなかに愉快だ」

 

 三人がアネルザに近づく。マアについては、アネルザはすでに老いた姿といまの若い姿の両方を知っている。

 

「女豪商マアに加えて、冒険者ギルドに……屋敷妖精か……。改めて考えると、なかなかに女の範囲が広いな、ロウ……」

 

 アネルザが一郎に顔を向けた。

 一郎はアネルザの男根に繋がっている鎖の根元を持ち、思い切り上に引きあげた。

 

「ひぎいっ、いたい、いたいいいっ」

 

 男根を思い切り上に引っ張られるかたちになったアネルザが悲鳴をあげた。

 

「ここに集まった者は、一切の肩書は関係なくただ俺の女だと言ったろう。忘れたのか、アネルザ──」

 

 一郎はわざと強い口調で怒鳴った。

 

「ひいいっ、す、すまん──」

 

 アネルザが泣き声をあげた。

 一郎は鎖を緩める。

 

「それと、おマアだ。お前もいま肩書きを口にした。罰だ」

 

 一郎はマアの腕を取り、自分に引き寄せる。

 

「わっ、そんなつもりは……」

 

「問答無用だ」

 

 マアを抱き締めて、乳房とふんどしの食い込む股間を荒々しく愛撫する。

 だが、絶頂寸前になったところでやめてしまう。

 これがなかなかの罰なのだ。

 マアががくりと脱力する。

 

 とにかく、いまはいつもよりも、鬼畜モードだ。

 そっちの方が女たちも、なんだかんだと気分を出してくれる。気心の知れている女たちと一郎との関係だから、成り立つ遊びのようなものだ。

 

「よし、挨拶だ」

 

 そして、改めて指示して、シルキーとミランダとマアに、まずアネルザの股間を責めさせた。

 

「あ、ああっ、うああっ」

 

 またもや、アネルザがよがりだす。

 だが、これは儀式のようなものなので、最後までさせる必要もない。

 ある程度で終わらせる。

 

「よし、サキに移れ。今度は三人がかりで絶頂させるんだ。手を使っていいぞ」

 

「もういい加減に許してくれ」

 

 サキが泣き言を言った。

 サキの泣き声など珍しいことなので、余程に効いているのだろう。

 一郎は容赦なく三人がかりでサキを手で責めさせた。この三人の女責めなど、極めて珍しいが、いまのサキはほんの少しの愛撫が暴力的に感じるのだ。すぐにがくがくと身体を反応させ始める。

 

「んふうっ」

 

 しばらくすると、サキはついに身体を震わせてついに達してしまった。

 

 一郎は最後のふたりと交代させた。

 イザベラとシャーラが緊張した様子でやってくる。

 だが、どの女たちもそうだったが、やはり股間に食い込ませた布が気になるのだろう。腰を引くようにして、荒い息をしながらやってくるところがいい。

 一郎はふたりに近づいて、後ろからそれぞれのふんどしを掴むとぐいと上にあげた。

 

「ひっ、ひいっ」

「ロ、ロウ、や、やめてくれ、う、動かすな」

 

 シャーラとイザベラが悲鳴をあげた。

 構わず、ぐいぐいとふんどしを上下させて、布瘤で局部を刺激してやる。

 同時に淫魔術でどこまでも感度を一気に上昇させた。

 

「はううううっ」

「んぐうううっ」

 

 ふたりがほとんど同時に、大きなよがり声をあげて昇天した。

 イザベラもシャーラも腰が抜けたようになり、両手を股間に当てて、その場にがっくりと跪く。

 一郎は、ふたりのふんどしを離して、感度を元の三倍程度に戻す。

 

「わだかまりはなしです、ふたりとも……。そして、ふたりでアネルザに奉仕してください」

 

 一郎は静かに言った。

 お前たちは俺の女──。

 それ以外になにも考えずに、同じ一郎の女という仲間だと受け入れろ──。

 そう告げたつもりだ。

 ふたりはもう抵抗する気力もないようだ。

 一郎の強要するまま、アネルザの股間をぺろぺろと舐めだす。

 

 次いで、サキに対する責め……。

 前後から愛撫させる。

 遠慮がちだったが、感度を急上昇された尻穴と股間を同時に刺激されて、サキはまたもやよがりまくった。

 

 とりあえず、これでいい。

 一郎は満足した。

 アネルザとイザベラの和解――。

 そして、アネルザと妖魔のサキを仲間として女たちが受け入れること──。

 それこそが、今日の催しの狙いであり、目的なのだ。

 

「じゃあ、これで挨拶は終わりだ。アネルザは赤、サキは白だ。お前たちも、それぞれのチームに組分けだ」

 

「チ、チーム?」

「なんじゃと?」

 

 ふたりが怪訝な顔になる。

 

「いいから」

 

 一郎はシルキーに、ふんどしを準備させて、順番に布瘤のふんどしを施す。

 特にサキについては、二十倍感度のままにした。

 みんなとは、腕力も身体の丈夫さも、別格に違うので、ハンデ代わりだ。

 

「くわっ」

 

 サキはふんどしを食い込ませただけで達してしまい、がくがくと身体を震わせて達しながら膝を完全に着いた。

 サキがほかの者の前で膝を着くなど、珍しすぎることのはずだ。

 ところが、膝を着いた衝撃で、さらに達してしまった。

 二度いきには、一郎もちょっと驚いた。

 

「しゅ、主殿、い、いくらなんでも、こんなに敏感なはずがない。わしの身体に細工をしたな?」

 

 息を荒くしたサキが、真っ赤な顔で怒鳴った。

 

「やっと気がついたのか? それよりも立てよ。たまには、馬鹿になって遊んでくれ」

 

 一郎はサキの腕の縄尻を掴んで、強引に立たせる。

 

「うわっ、くうっ」

 

 しかし、サキはとにかく動くだけで大変そうだ。

 一郎は妖魔将軍の追い詰められている姿にほくそ笑んでしまった。

 

「じゃあ、全員の挨拶が終わったところで、競技会を始めるぞ。全員、アネルザとサキのように両手を背中で組め」

 

 一郎は言った。

 女たちが指示のまま両手を背中で組む。

 一郎は淫魔術で、さっそく全員の両手を密着させて離れないようにした。

 

「じゃあ、さっそく趣向を始めるか……。最初にも言ったが、今日は紅白に分かれての競技会だ。まずは、全員揃っての尿意耐久勝負だぞ。なにをしてもいい。敵チームの女たちから小便を洩らさせろ。最後まで残った者のいるチームの勝ちだ。負けた側は全員に浣腸して、みんなの見ているここで排便させる」

 

 一郎はぽんと大きく手を叩いた。

 次の瞬間、女たちが一斉に悲鳴をあげた。



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162 十三人の恥態~前半戦

「じゃあ、さっそく趣向を始めるか。最初にも言ったが、今日は紅白に分かれての競技会だ。まずは、全員揃っての尿意耐久勝負だぞ。なにをしてもいい。敵チームの女たちから小便を漏らさせろ。最後まで残った者のいるチームの勝ちだ。負けた側は全員に浣腸して、みんなの見ているここで排便させる」

 

 一郎はぽんと大きく手を叩いた。

 

「ひっ」

「あっ」

「ぐうっ」

「くっ」

 

 女たちが一斉に膝をがくりと落として、内腿を締めつけた。

 全員の膀胱に破裂寸前の尿意を送り込んだのだ。

 

 同時に、部屋の真ん中に、階段であがった台に、いわゆる和式の便器が備え付けられている「便所」を六個出した。ただし、四周を囲む壁も便器のある床も便器でさえも透明だ。つまり、和式に跨って排便する姿を下から眺められるような構造の透明の厠というわけだ。

 魔道遣いでもない一郎が、そんなことができるのは、仮想空間に触れたことのない者であれば、不自然に思うはずなのだが、誰も不審な表情はしない。

 それも仮想空間の力だ。

 例外はサキだ。

 一郎がいま、仮想空間の能力を駆使できるのは、サキの力を借りているだけだ。

 

 いずれにしても、破廉恥な厠の出現に、全員の顔色がさっと変化した。

 一郎の「罰ゲーム」が嘘でも脅しでもないことをはっきりと悟ったのだろう。

 

「あ、ああっ、だめじゃ」

 

 すると、マアが赤ふんどしをおしっこで染め、内腿を激しく汚しながら、その場に座り込んでしまった。さすがに、この女傑集団の中では一番非力で、もともと老女だ。あまりもの尿意には、まったく我慢ができなかったようだ。

 

「あっ、おマア殿」

「マア様」

 

 そばにいたエリカとシャーラが心配そうに声をかけた。

 

「す、すまん。でも、こんなの……」

 

 マアがしゃがみこんで放尿を続けながら、泣きそうな声で謝る。

 

「おマアは早くも脱落だな。だけど、これはハンデがあったか? とにかく、なにをしてもいいから、相手のチームの女を放尿させて脱落させるんだ」

 

 一郎は長椅子を出現させて座り込んだ。ウルズも呼んで隣に座らせる。

 

「ぱぱあっ」

 

 ウルズが嬉しそうに裸でしがみついてくる。しかし、柔らかい乳房がぐりぐりと胸に押しつけられて、これはこれでなんか気持ちいい。

 一郎はウルズの股間の前のひまわりの花の隙間から手を入れ、こちょこちょと股をくすぐった。

 

「ふにゅっう、ぱぱあ。き、きもちいいの。ぱぱ、まんまん、きもちいい」

 

 ウルズがぷるぷると身体を悶えさせて甘えた声を出した。

 

「ご、ご主人様、漏らした者が敵を責めるのは禁止ですか?」

 

 コゼが言った。

 ほかの女も同様だが、必死に腿を締めつけて、懸命に尿意を我慢しているようだ。

 その腿は小刻みにぶるぶると震えている。

 

「そうだ。だから、できるだけ我慢しないと、不利になるぞ」

 

「だったら、エリカよ、シャングリア。エリカなんて、感じやすいんだから、ちょっと刺激してやれば、我慢できなくなって漏らすわ。ほらっ、サキもおいで。あいつを脱落させるわよ」

 

 コゼが怒鳴った。

 

「な、なんですって──。ミランダ、あの小生意気な女を脚で捕まえて。わたしがお尻を舐めてやるわ。それで、まずコゼを排除できる」

 

 けしかけられたエリカが、持ち前の短気を発揮して言い返した。

 これは面白いことになって来たな……。

 

「やれやれ、仕方ない……。今日一日は、ロウの馬鹿げた遊びに付き合ってあげるわ」

 

 ミランダが嘆息してゆっくりと、コゼに向かった。

 コゼがびくりと反応して、後ずさる態勢になる。

 素早く動き出した数名に対して、ほかの者はとりあえず自分の尿意を耐えるのに必死で、まだ立ち尽くしたままだ。

 特に、サキは腰を屈め内股になり、全身を真っ赤に染めて歯を食い縛っている。

 妖魔将軍とも称される大柄の雌妖魔の可愛い姿に、一郎もちょっと嬉しくなる。

 

「こらっ、なにやってんのよ、サキ。来なさい」

 

 サキの不甲斐ない姿にコゼが苛立ったように舌打ちした。

 

「ふ、ふざけるな。わ、わしに向かってそんな口を……。だ、だが、布が擦れて……」

 

 サキが苦しそうに言った。

 ハンデとして、ひとりだけ股間の感度を二十倍にしてやったが、さすがにそれは効くようだ。

 あのサキがぴくりとも動けず、泣きそうになっている。

 一郎は股間だけでなく、全身を超敏感な肌に変えてやった。身体中の触感という触感をクリトリスに直結させてやったのだ。

 

「あっ、また、わしの身体の感度をあげたな、主殿。わしだけなんて、ずるいぞ」

 

 サキが声をあげた。

 そのとき、サキの後ろにいたアネルザが、にやりと微笑むのが見えた。たまたま、サキに一番近くに立っていたのがアネルザだったのだ。

 

「昨日から、さんざんにわたしをいたぶってくれた妖魔将軍に、お礼をしないとね。ほらっ」

 

 アネルザがサキの股に強引に片足を後ろから差し込んだ。

 そして、膝をあげて、腿でサキの股を擦るように動かす。

 

「うわっ、はううう」

 

 サキがびくりと身体を瞬間的に跳ねあげ、反動で前側に崩れるように倒れる。

 

「んくううう」

 

 サキの脚のあいだから、放尿が始まった。

 サキも脱落だ。

 

「それでも、あのサキなの。もうちょっと頑張りなさいよ」

 

 コゼが怒った。

 案外、一生懸命だ。

 

「はははっ、ざまないね、サキ。ちょっと、昨日からの溜飲がさがったよ」

 

 しゃがんでおしっこを続けるサキの横で股間を締めつけながら立つアネルザが豪快に笑った。

 

「だ、だって、わしだけ……」

 

 サキが悔しそうに歯噛みした。

 

「これであと五人ずつだ。浣腸されて糞便姿を晒すのは、どっちのチームかな?」

 

 一郎は声をかけた。

 

「ああ、もう駄目……」

 

 そのとき、スクルズが大きな悲鳴をあげて、しゃがみ込んでしまった。

 

「あっ、ミランダ、スクルズを責めましょう。みんなもよ――」

 

 エリカが指図した。

 負けん気の強さでは、コゼ以上のエリカだ。スクルズが脱落しそうになったのを見て、エリカが怒鳴った。

 

「う、うん……」

「は、はあ」

「わ、わかった……」

 

 ミランダだけでなく、シャーラとアネルザもエリカに促されるように、スクルズに向かって動き出した。

 シルキーは少し離れていたので遅れたが、ほかの者はスクルズを密着して取り囲む態勢になる。

 

「スクルズ、悪く思わないでよね。これもゲームなんだから」

 

 しゃがみ込んでいるスクルズをエリカが、足で倒そうとした。

 全員の手は後手に拘束されている。

 相手を責めるには、足と舌を使うしかない。

 

「は、はい。皆様も悪く思わないでくださいね。これもゲームですから」

 

 スクルズが言った。

 

「ひぎいいっ」

「んぐううっ」

「あがああっ」

「うぐうう」

 

 スクルズに集まっていた、エリカ、ミランダ、シャーラ、アネルザが一斉に悲鳴をあげた。

 なにが起きたかわかった。

 スクルズが魔道で電撃を浴びさせたのだ。

 強い電撃を浴びせられた四人が、その場にひっくり返るとともに、それぞれの股からしゅっと尿を漏らしたのがわかった。四人のふんどしがみるみる水分を帯びて、そこから尿が漏れ落ちていく。

 一郎は手を叩いて笑った。

 

「……これからは、すべての競技に魔道は禁止する。スクルズだけじゃなく、全員だぞ」

 

 一郎は笑いながら言った。

 サキからは能力の使用を封じたが、ほかの女には特段の処置はしてなかったのだ。

 

「あら、だったら、もう遣いません……。皆さま、ごめんなさい」

 

 スクルズがあっけらかんと言った。

 どうやら、しゃがみ込んだのは、敵チームをおびき寄せるための芝居だったようだ。

 それにしても、スクルズもすっかりとやる気のようであり、一郎は愉しくなった。

 

 これで、赤チームはシルキーだけ。それに対して、白チームは、コゼ、シャングリア、スクルズ、ベルズが残っている。

 

「わおっ、みんな、たのしそう、いいなあ……」

 

 横のウルズが指を口で咥えて呟いた。

 一郎は、先に鳥の羽根のついた長い棒を二本出現させて、ウルズに渡した。

 

「これで、誰でもいいから、どんどん、くすぐってやれ」

 

 一郎の言葉にウルズが歓声をあげて立ちあがった。

 

「わっ、こ、こっち来ないのよ、ウルズ」

 

「そ、そうよ。向こうのシルキーをくすぐるのだ、ウルズ」

 

 コゼが悲鳴をあげ、それをベルズが強調した。

 

「ウルズに命令をするのはなしだ。ウルズから逃げることも禁止する。構わないから、好きな相手をくすぐるんだ、ウルズ」

 

 一郎は笑いながら言った。

 

「はあい、ぱぱあ」

 

 まだ足元のおぼつかないウルズだが、ほかの者も股間に食い込んでいる布のためにうまく動けないし、両手は封じられている。

 自由自在に動けるウルズにかかっては、逃げようとしてもすぐに追いつかれてしまう。

 

「ウルズは、すきなひとをくすぐるの……。すーまま、だいすき……」

 

 たまたま近くにいたスクルズに、ウルズは鳥の羽根を伸ばした。

 スクルズが悲鳴をあげた。

 今度は本気の悲鳴だ。

 そのスクルズが尿を漏らしたのはすぐだった。

 

「つぎは、べーままなの。ウルズ、ぱぱとおなじくやい、すーままとべーまま、だいすき。ぶらにーねーちゃんも」

 

 ウルズはすかさず、次にベルズに向かう。

 一郎はそんなウルズを微笑ましく眺めた。

 それにしても、ブラニーねーちゃん?

 なんだかんだで、もっともウルズの面倒を見ているのは、もうひとりの屋敷妖精のブラニーのはずだが、童女姿のブラニーを立派な成人女の外見のウルズがそんな風に呼んでいるのは知らなかった。

 

「や、やめよ、ウルズ。あっ、そ、そこは、だめだっ」

 

 ベルズも必死で抵抗したが、結局、身体のあちこちを鳥の羽根で刺激され、呆気なく尿を漏らした。

 

 次いで、ウルズは、イザベラをちらりと見て、コゼに向かった。幼児化してからのウルズは、イザベラとの面識はない。だから、親しいコゼに向かったのだろう。

 

「シャングリア、姫様。シルキーのところに行きましょう」

 

 コゼが慌てたように言った。

 じっとしていても、ウルズのくすぐり責めの餌食になるだけと判断したのだろう。

 

「あら、皆さま、来られるのですか?」

 

 シルキーは余裕のある表情でにっこりと微笑むと、股瘤に擦られてぎきちなく近づく三人に、自ら近づいた。

 

「あっ、まってよ」

 

 羽根を両手に持ったウルズも寄っていく。

 シルキー、コゼ、シャングリア、イザベラ、そして、ウルズが集まるかたちになった。

 シルキーに対して、三人が左右と前から舌で責め始める。負けじと、シルキーも三人の乳首の付近を代わる代わる舌をぺろぺろと動かす。

 その四人の裸身のあちこちに、ウルズの羽根が襲う。

 

「うう、だ、だめえっ」

 

 最初に脱落したのはイザベラだった。

 がくりと脱力したようになったイザベラの股間に食い込んでいるふんどしから尿が滴り落ちる。

 次いで、コゼとシャングリアも漏らした。

 

「シルキーの勝ちだな。まずは、赤チームの勝利だ」

 

 一郎は大きな声で宣言した。

 負けた白チームの五人ががっかりとしている。

 

「ふふふ、愉しゅうございました。では、もう溜まっているものを処置してもよろしいですか、旦那様?」

 

 シルキーが言った。

 

 一郎が「いいぞ」と応じると、シルキーはぶるりと身体を一瞬動かし、そして、すっきりとした表情になった。

 

「いま、魔道のようなものが動いたが、もしかしたら、屋敷妖精の排尿というのは、それで終わりなのか?」

 

 それを見ていたベルズが首を傾げながら言った。

 

「はい。旦那様のおかげで、皆さまと同じように感じるし、性交だってできる身体にはなったのですが、人族のように排泄することはできないのです。いまのように、身体に溜まったものは魔道で外に出すしかできません。ついでに申しあげれば、おしっこを我慢する感覚というのは、わたくしめにはございません。お腹の中にぎりぎりまで溜まっても、さらに足されない限り、何日でも大丈夫です」

 

 にこにことシルキーが答えた。

 

「え、ええっ? だったら、いまも、本当はちっとも苦しくなかったの?」

 

 コゼが唖然として言った。

 

「動くとお股の布が擦れて、とても気持ちよくなって、それは苦しいというか、愉しゅうございました。でも、尿意については、皆さまと同じように我慢するふりはしましたが、なんともありません」

 

 シルキーはあっけらかんと応じた。

 

「だ、だったら、なんで最初に言わないのよ」

 

「だって、ゲームですから」

 

 コゼの抗議に、シルキーは微笑みながら応じた。

 これには、一郎も参ってしまった。

 

「そういえば、シルキーは厠に行くのは見たことがなかったが、そういうことだったんだな。じゃあ、勝負なしだ。いまのは引き分けにしよう」

 

 一郎は笑いながら言った。

 白チームの五人がほっとした表情になる。なにしろ、罰ゲームは、公開排便と宣言していたからだ。

 だが、せっかく準備した透明の便器だ。

 無駄にするのは惜しい。

 

 一郎はぽんと手を叩いた。

 エリカとコゼが、びくりと身体を震わせ、次いで顔色を変えた。

 ふたりの肌が瞬時に粟立っている。

 

「……引き分けということで、罰ゲームはそれぞれのチームリーダーだけにしてやろう。コゼ、エリカ、階段を使って厠にあがれ」

 

 一郎は言った。

 ふたりの身体に強烈な便意を送り込んだのだ。

 

「そ、そんな……。あ……くっ……」

「ご、ご主人様……。あ、あたし、リーダーなんかじゃ……」

 

 エリカとコゼが苦しげに眉を寄せ、白い歯を見せて大きくうなじをのけぞらせた。

 

「いま見ている限り、お前たちふたりがほかの者に指図をしていたぞ。立派なリーダーだ。じゃあ、リーダーに指名してやる。とにかく、あがれ。」

 

 一郎はふたりに近づき、ふんどしを解いて外した。

 しっかりと尿を吸い取った布がびしゃりと床に落ちる。

 仮想空間を操れる力を利用して、それを消してしまう。

 全員の尿で汚れた床も同じだ。

 床も瞬時にきれいになる。

 もっとも、いまは全員の前で排便を強要されようとしているエリカとコゼの姿に意識が集まり、女たちは消えたふんどしや床の尿には気には留めなかったようだ。

 

「ロ、ロウ様……。わ、わたしは……、エ、エルフ族なんです……。み、みんなの前で……するなんて……ゆ、許してください……。ほ、ほかのことなら……なんでもしますから……」

 

 エリカが便意の苦痛を必死に堪えながら、泣きそうな顔で言った。

 

「あ、あんたって……いつも同じことを……。エ、エルフ族が……な、なんなのよ……」

 

 コゼが悪態をついた。

 そして、諦めたように透明の厠にあがっていく。

 エリカはしばらく躊躇していたが、一郎が許してくれないと悟ると、コゼに続いて、階段をあがって透明の厠に入った。

 ふたりが入ると、解放されていた階段側が閉じて、完全な密閉状態になる。

 

「さあ、ほかの者は下から見物だ。目を逸らすことは許さんぞ。見ない者がいれば、ふたりに続いて排便してもらうからな」

 

 一郎が言うと、全員がびくりとして、ぞろぞろとふたりの厠の下に向かう。

 放尿が堪えたのか、傍若無人のサキもいまは大人しい。まあ、身体が敏感すぎて、それどころじゃないのだろう。

 動くたびに、小さなあえぎ声をあげるのが、実に色っぽい。

 

 一方で、厠の和式の便座に跨っているふたりが、中で悲鳴をあげたのがわかった。

 ただし、一郎の鬼畜なふるまいに文句をいう者はいない。

 ミランダさえも無言だ。

 言えば、自分にとばっちりが来ることはわかっているのだ。

 

「準備はできたぞ。いつでも始めてくれ」

 

 一郎はそう言って、下にいる者について、近くから順番にふんどしを外してやった。

 外した後、出現させた木桶に入っている湯で、ひとりひとり股間を洗ってやる。一郎に股間を洗われるとき、例外なく女たちは愉悦の声をあげた。

 

「あうっ、主殿おおおっ」

 

 全身を二十倍感度のクリトリスにされたサキなど、洗っているあいだに五回も達してしまった。

 さすがに腰が抜けて、その場に座り込んでしまう。

 一郎は笑ってしまった。

 

「ああ、だ、だめえっ」

「うううっ……」

 

 そろそろ始まるようだ。

 透明の厠にいるエリカとコゼが苦悶の声をあげた。

 ふたりのお尻の穴がぷくっと開いて、ほぼ同時に固形の排便が出てくる。

 液剤の浣腸液を注入して、水流から出させるのもいいが、こうやって最初から固形の排便をさせるのもいい。

 

 ふたりの排便が終わると、一郎はとりあえず、全員を去らせた。

 ほかの者には、皮を剥いて小さく切断した冷えた果実を盛った大皿を三個ほど床に出現させ、それを食べるように命じた。ただし、自分で自分の口に入れるのではなく、他人が口に咥えた物を口渡しで食べることとした。

 それを全員からもらうのだ。

 

「例外なく、お互いに全員からもらい合えよ。ひとり分でも貰い損ねたら、皿に残った果実を全部尻穴に詰め込む罰だ」

 

 一郎の言葉に、全員が慌てて、床に顔をつけて皿に口を寄せ始めた。

 そして、口渡しを開始する。

 全員の両手は、相変わらず粘着して拘束したままだ。

 

「ウルズも行っといで。お腹がいっぱいになったら、ぱぱとまんまんだ。さっきは頑張ったものな。御褒美だ」

 

「うん、ぱぱあ」

 

 ウルズが嬉しそうにみんなのところに向かって行った。

 一方で、一郎は桶の湯を新しいものに変えて、まずはエリカの入っている厠にあがる。

 仮想空間の力ですでにふたりが出した排便は消滅しているし、臭気もない。

 だが、お尻は汚れたままだ。

 一郎は指でお尻を洗ってやった。

 号泣していたエリカは、一郎があがってきて、自分のお尻を洗い始めたのに接し、驚いたように身体を震わせた。

 

「ロ、ロウ様、き、汚いです……」

 

 慌てて声をあげるエリカに、一郎は笑った。

 

「エリカの出したものなら、なにも汚くはないよ。それよりも、じっとしていろ……。そうだ。口を開いて舌を出せ。よく頑張ったぞ……。ご褒美だ」

 

 一郎はエリカの首を後ろに曲げさせて舌を出させた。

 その舌をぺろぺろと舐めてやる。

 そのあいだに、一郎の手はエリカのお尻をきれいにしている。

 泣きべそをかいていたエリカがうっとりとなった。

 

 次はコゼだ。

 コゼについても同じようにした。

 

「ふたりは来い。俺が食べさせてやる」

 

 一郎は厠から降りたふたりを床に座らせて、胡坐をかいた身体の左右に抱き寄せた。

 ふたりを抱き、目の前に出現させた皿の果実を口渡しで渡してやる。

 ふたりとも、まるで猫のように一郎にしだれかかって甘えた姿を見せた。

 

 しばらくそうしていたが、ほかの女たちがこっちをうらやまし気に眺めていることに気がついた。

 一郎は笑って、ひとりずつ呼んで、一郎から果実を口渡しで食べさせてやった。

 みんな嬉しそうに、一郎とひとりずつ口づけを交わした。

 

 落ち着いたところで、次のゲームを開始した。

 次は「双頭バイブリレー」だ。

 淫魔術を施した双頭バイブをお互いに挿入し、ふたりが同時に達したら、片側が抜けるので、次の女にそれを挿し込むという遊びだ。

 そして、最後のふたりが達すれば、終わりということになり、早かったチームの勝ちだ。

 

 このゲームの仕掛けは、挿入している両側にいるふたりが同時に昇天しないと外れないようになっていることだ。

 声をかけ合って呼吸を合わせないとならないし、両端の女は一度でいいが、挟まれている女は必ず続けて二度以上達しなければならない。だから順番も大事だ。

 

 赤チームは、マア、アネルザ、シャーラ、シルキー、ミランダ、エリカの順になった。

 アネルザとシャーラを並ばせたのは、一郎の命令だ。

 わだかまりがあるだろうふたりに、この破廉恥な遊びで少しでも心を近づけてもらおうという一郎なりの配慮だ。

 また、マアを最初にしたのは、マアが一番弱いからだという判断だと思う。

 また、白チームは、スクルズが最初になり、ベルズ、コゼ、シャングリア、イザベラ、サキと並んだ。

 

 ゲームが始まった。

 そのあいだ、一郎は対面座位でウルズを犯す。

 ウルズは可愛らしく、舌足らずの嬌声をあげてよがり続ける。

 

 勝負は白チームがわずかに早くて、赤チームの負けとなった。

 圧巻はサキの五度いきだ。サキの連続絶頂のあいだにイザベラが達して、それで勝負がついたのだ。

 今度の殊勲賞はサキだろう。

 

 始まってみれば、女たちが夢中になって、「待って」とか「もう少し」とか、「いくっ」などと大声でよがりながら声をかけ合うのが面白かった。

 そのあいだずっと一郎の相手をしてもらったウルズについては、一郎の一物で三回連続で昇天させた。

 ウルズは、「ぱぱ、ぱぱ」と何度も叫びながらむせび声をあげ、いまは、幸せそうに長椅子に横になって寝ている。

 

 この勝負の負けチームの罰は、痒み剤を塗ったうえに、両手を革枷で宙吊りにして放置責めだ。

 五人にたっぷりと掻痒剤を塗り、天井から垂らした鎖で手枷を繋げ、床から脚が離れるまで引きあげる。

 

「ああ、か、痒い──」

「あ、ああっ、ああっ、た、助けて……」

「ひいっ、ひいっ、ひいっ」

「ああ、か、痒い、痒い……」

「んぐうう、ロ、ロウ殿……も、もう……」

 

 すぐに、エリカ、アネルザ、シャーラ、ミランダとマアが、内腿を空中で擦り合わせて、泣き叫び始めた。

 シルキーは免除した。

 

 その真下で、勝った五人にご褒美の性交だ。

 後手の拘束も解き、ひとりひとりをじっくりと抱いてやる。

 全員を二回ずつ昇天させてから、精を放った。

 一郎の周りに五人の肢体が転がる。負け組だが、シルキーも抱く。

 そのシルキーも、脱力して横になる。

 

 それでやっと、負けチーム側の番だ。

 

 まずは、マアをおろして、怒張を突き入れて絶頂させ、さらに律動を続けて、同じように二度目の昇天に合わせて精を注いでやった。

 それで痒みは収まる。

 

「あ、ああ、ロウ殿、ロウ殿、き、気持ちいい……。ああ、ロウ……」

 

 精を受けるとき、マアは一郎の名を何度も呼びながら思い切り一郎の背に爪を突き立てた。

 脱力したマアを離すと、次はアネルザをおろす。

 

 そうやって、順番に抱いてやった。

 最初に抱いたウルズを含めて、十三人の女たちの裸身が一郎の周りに横たわる。

 十三人と性交して精を放ったのに、まだまだ精力は満ち満ちている。

 さすがは、淫魔の力だ。

 我ながら感心する。

 

「さあ、呆けるのは早いぞ。次のゲームを始める……。次はアナルバイブ綱引きだ。アナル調教が未実施の者も多いから、バイブの太さは指の太さ程度の細いものにしてやった。これを細紐で繋いで、一対一で引っ張り合うんだ。抜けた方が負けだ。これはチーム戦というよりは、個人戦にする。一番ふがいないと俺が判断したふたりは、感度を十倍にして、失神するまでのくすぐり責めの罰だ。そらっ、起きろ」

 

 一郎は大声をあげた。

 横になっていた女たちが、のそのそと身体を起こしだした。

 

 

 

 

 

 宴はまだまだ続く。



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163 十三人の恥態~後半戦

「はははは……。まだまだ、お前みたいな小娘に負けやしないよ、イザベラ。尻穴だって、女陰だって、使いすぎれば緩くなるなんて迷信だからね。むしろ、どんどん使って鍛えないと、緩くなってロウに捨てられるよ」

 

 尻穴に細いアナルバイブをまだ挿したまま、アネルザが「がはは」と高笑いした。

 これまでは比較的大人しかったが、やっといつもの素が出たようだ。

 一郎は安心した。

 

 紅白の二組に分かれての一対一の尻穴綱引きである。

 まだ、尻で怒張を受け入れられるほどの調教を施していない女が多いので、バイブの太さは人間の人差し指ほどのものだ。

 その代わりに長さは、大人の中指の倍ほどもある。

 それを四つん這いの姿勢で根元まで挿し入れ、端に繋がっている紐を尻だけでお互いに引き合うという遊びだ。

 

 組み合わせは一郎が指定し、一回戦はエリカとコゼを競わせた。

 全身が性感帯のように敏感なエリカだが、尻の穴の感度についてだけは、コゼの方が弱い。

 挿入するまではコゼに余裕があったが、「始め」の合図とともに、ふたりのアナルバイブを激しく振動をさせると、コゼはあっという間に脱力して、エリカにアナルバイブを引き抜かれた。

 

 二回戦はシャーラとスクルズを指名した。

 だが、シャーラは尻穴に異物を挿入するのを本気で嫌がり、一郎に大渇されて渋々受け入れた。一郎は、この魔道戦士のエルフ娘にアナルの快感を強要しようと思って、すかさず淫魔術で尻の快感を陰核に繋いだ。

 シャーラは、理由を知らないのが気の毒なくらいに、尻に淫具を挿入するときによがりまくり、振動の開始とともに、すぐに悶絶した。腰を抜かしたようになったシャーラについては、あっさりとスクルズにアナルバイブを引き抜かれた。

 

 三回戦はマアとサキだ。

 さすがに、マアには勝ち目はないと思ったが、今日のサキは感度の二十倍の大ハンデをつけている。

 最初から荒い息のサキは、それなりに頑張ったものの、そもそもアナルバイブを挿入することでよがりまくりって連想絶頂し、そのたびにだんだんと抜けていき、ついにぐったりとなったところで、マアにバイブを抜かれた。

 今日のサキは、まるでだめだめだ。

 まあ、たまにはいいだろう。

 とにかく、それで赤の二勝と白の一勝になった。

 

 四回戦はミランダとベルズにした。

 ミランダは集まっている女たちの中で、ただひとり自制心を残した感じで、ぶつぶつと呟いていたが、始めるとさすがの貫録勝ちでベルズを圧倒した。

 ミランダが尻穴の筋肉を鍛えたことがあるとは思えないが、ドワフ族と人間族とでは身体の作りそのものが異なるのだろう。

 赤の三勝。

 

 五回戦はシルキーとシャングリアだ。

 どっちが勝つのかと思ったが、シャングリアも頑張っていたものの、結局シルキーにはかなわずに負けてしまった。

 こんな馬鹿げた勝負でも、負けたとなれば口惜しがるシャングリアの姿が面白かった。

 この時点で、赤の勝ちが決まった。

 

 そしていま、最後の六回戦が終わったところだ。

 義理とはいえ、母娘で破廉恥な遊びをすることに、抵抗があるかもしれないと思ったが、そこはふたりともあっけらかんとしたものだった。

 イザベラに勝って、高笑いするアネルザに一郎は近づいた。

 

「こらっ、アネルザ、お前はここでは新参者なんだ。でかい顔をするんじゃない」

 

 一郎はアネルザのアナルバイブを抜きながら、股間で勃起している疑似男根をぎゅっと握る。

 そして、四つん這いにさせたまま、激しく擦ってやる。

 

「あっ、そ、それはもういやじゃ──。そこで射精させられるたびに、悶々として苦しくなるのじゃ。ロ、ロウ、勘弁しておくれ。おっ、おおっ、おおおっ」

 

 アネルザが感極まった声をあげた。

 

「いくらでも、おかしくなればいいだろう、アネルザ。ほらっ、もうぱんぱんに膨らんできたぞ。それっ」

 

 アネルザがあっという間に小さな「男根」の先端から精を放った。

 だが、精を発すれば発するほど、女側の愛欲に対する飢餓感が襲う仕掛けだ。

 アネルザは悶え泣いた。

 そのアネルザの尻をぴしゃりと叩いてどかせると、イザベラに視線を向けた。

 

「じゃあ、姫様は罰として、このアネルザの出したものをきれいにしてもらいますか。ただし、舌でね」

 

 一瞬引きつった顔になったイザベラに、一郎はわざと鬼畜な笑みを向けた。

 ただ、もうそれを止める者はいない。

 ミランダさえも、イザベラとアネルザの両方を冒涜するような一郎の「命令」に対して、呆れた表情は見せるものの、諫めようとはしない。

 

「わ、わかった……。舐めて掃除すればいいのだな、ロウ……」

 

 イザベラが観念したように、舌で床を舐め始める。

 一郎は満足した。

 自分の汚物を舐めさせられるイザベラの姿に、アネルザが複雑そうな表情をした。

 

 そして、恒例の罰ゲームだ。

 負けたチームではなく、ふがいないふたりを指名し、選んだのは、シャーラとコゼだ。

 しかし、この罰ゲームは、次の競技でもある。

 

 ふたりの身体を天井から垂らした二本の鎖で両腕を引きあげるようにして脇晒しにさせると、一郎はさらに、ふたりの両足を床に作った金具で拡げて固定させた。

 つまりは、ふたりとも大の字の姿勢で拘束して立たされたかたちだ。

 

「じゃあ、それぞれ敵組の相手を全員で責めるんだ。『百合責め絶頂競争』だ。敵組の女を絶頂させるたびに一点だ。一ノス続けるからな。点数の多い組の勝ちだ。ただし、くすぐりや絶頂による失神は十点、失禁は五点、脱糞は二十点やる。さあ、それぞれ負けるな。始め──」

 

 一郎は笑いながら言った。

 

「い、一ノス──?」

「そ、そんなロウ様──」

 

 コゼとシャーラが顔色を変えて悲鳴をあげた。

 一ノスといえば、一郎の元の世界では、一時間弱ということになる。

 そんなに長時間にわたって、女四人がかりの責めをさせると宣言されたふたりは、すでに引きつった顔をしている。

 

 だが、一方で残りの十名が、きゃあきゃあと歓声をあげながら、「いけにえ」の女に群がった。

 特に、嬉しそうに声をあげたのは、平素はしてやられることが多いコゼをみんなと一緒にいたぶれると知ったエリカだ。

 

 媚薬と浣腸以外はなにを使ってもいいと言われると、エリカは、すぐにコゼの鼻を摘まんで、無理矢理に水差しの水を全部飲ませ、綿棒で尿道口を刺激し始めた。

 しかも、ほかの者には、一斉に筆でくすぐり責めをさせた。

 コゼは拘束された身体をのたうち回らせながら、あっという間にエリカの尿道責めに屈して失禁をした。

 だが、エリカも日頃の鬱憤とばかり、容赦ない。

 すぐに、追加の水を飲ませると、尿道責めを再開する。

 さすがのコゼも、これには泣いてエリカに許してくれと哀願していた。

 

 一方でシャーラを責めることになった白組については、オーソドックスに絶頂とくすぐりを重ねさせる作戦を選んだようだ。

 局部の前後と尻穴にバイブ責めを受けながら、ひたすらに脇の下を筆責めされたシャーラは、平素の毅然とした表情の陰もなく、涙と鼻水と涎で顔をぐしゃぐしゃにして達し続けた。

 

 半ノスくらいで、まずはシャーラが失神して相手に十点を献上した。

 だが、すぐに着付け薬で目覚めさせられて、時間切れまでにもう一度失神した。

 

 コゼについては、エリカの徹底した尿道責めで四回も失禁し、完全に憔悴してしまった。その分、最後の方には絶頂する数が少なくなり、昇天した回数の差でシャーラを責めた白組の勝ちになった。

 

 罰ゲームは、勝った組の「いけにえ」だったコゼに指名させ、誰でもいいから、どんな命令でもしていいとした。

 コゼは、息も絶え絶えの状態で、当然のようにエリカを指名し、エリカを逆さに宙吊りにすると、鼻に水差しの出口の部分を突っ込んで、鼻から水差し一杯の水を注ぎ込んだ。

 さすがにエリカも狂ったように暴れ、ちょっと残酷すぎて遺恨を残さないかと心配になったが、一郎が仲直りの口づけを命令すると、一転してまるで恋人同士のようにお互いの舌を絡め、唾液を吸い合って見せた。

 これには、ほかの者も唖然としていた。

 

 そして、一郎の発案する「破廉恥競技」が続く。

 

 『マンコお絵かきゲーム』──。

 マンコにバイブ機能付きの筆を挿入して、絵を床に描いて、味方同士でなんの絵なのかを当てるゲーム──。

 これは、幼児化したウルズも参加して、かなり盛りあがった。

 勝ち負けはつかず、罰ゲームもなしとなった。

 

 『玉飲み競争』──。

 床にばらまいたゴルフボール状の球体をヴァギナとアナルに自分で詰め込み、どっちの組の合計数が上回るかの競争──。

 紅組が勝ち、罰ゲームとして、白組の女が床に投げた玉を犬のように口で咥えて持って来るという運動をしばらくやらせた。

 床に転がした玉が、一定時間床についたままだと、肉芽に電撃が走る仕掛けにしたリングを股間に装着してである。

 六人の女たちはそれこそ、必死になって、しばらく玉を追いかけまわした。

 

 『逆立ち耐久競争』というのもやった。

 一対一で壁に足をつけて逆立ちをするのだが、敵組の女からくすぐられ、相手よりも長く持ちこたえることを目指す競技だ。

 女というものは、ひとたび決断すると、こうもえげつない責めをするものかという光景が連続で続いた。

 なかなかに面白かったし、興味深かった。

 もはや、競技そのものが罰ゲームのようなものだったので、これも罰ゲームはなしにした。

 

 最後は、一階の広間から地下の浴室までの『悶絶・むかで競争』だ。

 縦に並んだ六人の右側の足首側と左側の足首を紐で繋いで歩くという、いわゆる「むかで競争」なのだが、全員の股間に陰核も同時に刺激する小枝付きのバイブレーターを挿入して、それを最大振動で刺激を受けながら進むというものだ。

 

 しかも、ひとりでも途中で淫具を股間から落とせば出発点に戻ってやり直しというルールと、さらに、ひとりでも昇天すれば、最初に戻ってやり直しという決まりにもした。

 達しそうになれば、声をかければバイブの振動は止まるが、前に進めるのはバイブが動いているときだけだ。

 だから、絶頂しそうになって、バイブを静止させると、その女が全体の足を引っ張ることになるというわけだ。

 一郎の仮想空間なので、それらを強要する魔道をかけ、誰かが達したり、淫具を落としたりすると、全員が一階の広間に転送術で戻される仕掛けにした。

 さらに、全員の腕を最初のときと同じように、背中で水平にして密着もさせた。

 これで、ただ進むだけでも厄介なはずだ。

 同じ組同士で、声をかけ合って息を合わせねばならず、一郎の今回の目論見にぴったりでもある。

 また、これはサキを二十倍感度にしたままでは勝負にならないので、ほかの女と同じ程度に戻した。

 

「始め」

 

 一郎は声をかけた。

 最大振動の振動が、全員の女陰と陰核に一斉に加わる。一郎はウルズと手を繋いで見物だ。

 

「んあっ」

「ううっ」

「はあ……」

「あっ」

「んふうっ」

「うわっ」

 

「ああ……」

「んんっ」

「あん」

「いやっ」

「はううっ」

「ほうっ」

 

 十二人の女たちが同時によがり声をあげた。

 なかなかに壮絶な光景だ。

 身体を真っ赤にして、美女たちが悶える光景は、一郎を欲情させるものがある。

 

「ま、待って──。い、いきそう……」

 

 広間の半分もいかないうちに、エリカが音をあげて声をあげ、そのため振動が静止するとともに、全員の足の裏が床に貼りついたようになり、紅組が前のめりになる。

 

「へへ、お先に」

 

 コゼが先頭になっている白組が、その横をすぎていったが、すぐにスクルズが泣きそうな顔で「と、とめてください」と悲鳴をあげた。

 両方の組とも、エリカとスクルズのあがり切った淫情の鎮まり待ちとなった。

 

 この競技は、結局のところ達しやすい者がいれば、その女が足枷になり、全体が遅れることになる。

 しかも、いきそうになったときに、それを大声で申告して、バイブを静止してもらわなければならないという恥ずかしさもある。

 

 この十二人の中で、人一倍感じやすいのは、エリカ、スクルズ、シャーラだろう。

 敏感な性感をしている女がふたりもいる赤組は、スクルズに合わせればいいだけの白組よりも、だんだんと遅れ、階段を下りて地下に辿り着く頃には、前を進む白組にかなりの差ができていた。

 

 だが、結局のところ、負けたのは先を進んでいた白組だった。

 ベルズが浴室に到着する直前に、バイブを股間から落としてしまったのだ。

 ほかの女は、なんだかんだで一郎による調教の回数が多い。

 新参者になるイザベラ、シャーラ、アネルザさえも、かなり集中した「調教」を受けているので、しっかりと股間が鍛えられていたのだが、十二人の中ではもっとも一郎との性交回数が少なかったベルズは、いきそうになってはとまり、とまっては、再開する振動による刺激を受けるという繰り返しに追い詰められて朦朧となり、ついに股間を緩めてしまったのだ。

 ベルズに比べれば、マアは頑張った。特に足を引っ張ることなく、赤を勝利に導いた。

 

 とにかく、ベルズが淫具を落とした瞬間、白組の六人が出発地点の一階の広間に引き戻され、そのあいだに赤組が歓声をあげながら浴場に入った。

 

 

 *

 

 

「じゃあ、みんなお疲れさん。いまから夜更けまでは、ここでお疲れさんパーティだ。入浴する者、寝椅子に横になる者、飲み物や食べ物を食べる者、自由にすごそう。俺と抱き合いたい者がいれば、いくらでも抱いてやる。好きなことをしてすごせ」

 

 一郎は最初に浴室にやって来た赤組の六人に言った。

 その赤組の六人については、後手の拘束から解放もし、もちろん、淫具も取り払う。

 

 ここの浴室はかなり広い。

 尽きることのないふんだんな湯を湛えた大きな湯舟があり、さらに広い洗い場もある。 

 洗い場には、人数分の寝椅子を並べ、洗い場の隅と湯舟の端には大きな台を準備して、冷えた果実や肉、さらに果実水などを並べた。

 

 女たちは、わっと歓声をあげた。

 そして、ウルズを入れた七人が先を争うようにして、一斉に一郎に寄って来る。

 ミランダやマアさえも、ほかの女たちと競い合うように駆けて来た。

 いつものふたりにはない態度だが、破廉恥遊びで気分が高揚して、そんな気持ちになっていたのだろう。

 これには、ちょっと愉快な気持ちになった。

 

 一郎は、とりあえず、ウルズを満足させて浴場に設置してある寝椅子に寝かせると、まずは「ほかの女とこれからも仲良くしてやってくれ」と言って、アネルザを湯舟で抱いた。

 次はマアだ。

 それからは、やって来た順だ。

 また、一回達すれば交代して、次の女に一郎を明け渡すという決まりにした。

 たくさんの女を次々に悦ばせるためにそうしたのだ。

 

 女たちは、少しでも自分の番を長引かせようと頑張るが、性奴隷にした女をよがらせて絶頂させることなど、一郎にとっては、いとも容易い。

 一郎に抱かれようと、次々にやって来る女を片っ端からあっという間に昇天させていった。

 

 そのうちに、遅れて到着した白組の六人も加わり、一郎は十二人の女を順に湯舟で抱き続けた。ウルズはもうお休みだ。

 ただし、『悶絶・むかで競争』に負けた罰として、白組の六人については、後手に拘束したままにした。

 一郎に抱かれる合間に、女たちは疲れた身体を寝椅子で休ませたり、飲み物や食べ物を口にしたりしたが、拘束を解いてもらえない女たちは、ほかの女に食べさせてもらったり、飲み物を飲ませてもらったりしたりしていた。

 

 女たちを抱くのが三廻りくらいになったところで、一郎は湯からあがり、初めて飲み物と果実を口にした。

 そのとき、たまたま周りにいたコゼやイザベラなどの、後手拘束組の女たちに口移しで水を与えた。

 すると、両手が自由な女たちがそれをうらやましがって、結局、一郎が口移しで食べ物をひとりひとりに与えることになったりもした。

 

「今日はまったくいいところなしじゃないか、サキ」

 

 昨日はサキにずっと調教されていたアネルザが、拘束されているサキにつきまとい、全身のあちこちをくすぐって、サキをからかったりしていた。

 サキは、悔しそうな表情で赤い顔になった。

 

 そして、また、性交……。

 

 一郎は湯舟の外で女たちを抱き、しばらくすれば、湯舟で抱くということを続けた。

 いまは、湯舟の中でコゼを抱いている。

 全体としては四廻り目くらいだが、コゼについては倍は抱いていると思う。

 

「あ、あああっ、ご、ご主人様──」

 

 コゼが対面座位の状態で一郎に抱かれながら、身体を弓なりにして悶絶した。

 一郎はぐったりともたれかかって来たコゼの小さな裸身をぎゅっと抱いた。

 

「……ああ、ご主人様……。あ、あたし、ご主人様の奴隷になって嬉しいです……。ああっ、こんなに素敵なご主人様……。素敵な仲間……」

 

 コゼが荒い息をしながら、一郎の胸に顔をつけたまま言った。

 

「ほら、交代よ、コゼ……。次はわたしです、ロウ様」

 

 エリカがコゼを押しのけるようにして、一郎の前に割り込んできた。

 

「ああっ、もう──」

 

 エリカに押し避けられて、股間から怒張が抜けたコゼが不満そうな声をあげた。

 一郎は笑いながらエリカを引き寄せ、その乳房を舌で吸い始める。

 

「ああっ、ロ、ロウ様、き、気持ちいいです」

 

 エリカが後ろ手に拘束された裸身を湯の中で悶えさせた。

 

「ミランダ、来いよ──。ドワフ女とエルフ女の乳房の味比べだ。サキもだな」

 

 一郎はちょうど湯舟に入ってこようとしていたミランダに声をかけた。

 

「なにを馬鹿なことを……」

「今日の仕打ちはあんまりだったぞ、主殿」

 

 ミランダは苦笑を浮かべて、こっちにやって来た。

 サキはすっかりと膨れている。ひとりだけ感度をあげられたことを根に持っているみたいだ。

 一郎は、エリカを右に寄せると、空いた左側にミランダとサキを引き寄せ、三人の乳房を交互に舐め始めた。

 

「はあっ、ロウ様」

「んふう、くっ」

「あっ、あうっ」

 

 三人が揃って、よがり声をあげる。

 

「……ねえ、ご主人様、そういえば、最後の競技は白の負けでしたけど、結局のところ、全体ではどっちが勝ったんですか?」

 

 まだ横にいるコゼが思い出したように訊ねた。

 ほかの女は、順番がやって来るまでは、一郎から離れて、休んだり、飲食をしたりするのだが、コゼについては、ぴったりと一郎にくっついて離れようとしない。

 そして、ちょっとでも、あいだが開くと、なんとなく決まっている順番を気にせずに、さっと割り込んでくるのだ。

 なんだか、その健気さが面白い。

 

 一郎は、コゼの問いかけに対し、エリカたちの乳房を吸うのを中断して、コゼに視線を向けた。

 

「さあな……。途中から、みんなのいやらしい姿が愉しくて、点数をつけるのを忘れていたよ。引き分けでいいんじゃないか」

 

「な、なんだ。勝負なしなのか──」

 

 それを耳にしたシャングリアが、少し離れた位置から、残念そうに大きな声をあげた。

 

「いや、今回はわしだけ主殿に意地悪されて不満だ。だから、それでよい」

 

 何度も足を引っ張ったと思っているのか、サキはほっとした顔になった。

 

「……引き分けが不満なら、また勝負するか、シャングリア? 今度はちゃんと点数もつけるし、さらに趣向に凝った競技も考えておくぞ」

 

 一郎は笑った。

 すると、ミランダが一郎の前で首を大きく横に振った。

 

「冗談じゃないわよ。もう、いい加減にしなさいね、ロウ」

 

 ミランダが苦笑した。

 

「……だけど、たまには、こういう仲間内の遊びも愉しいですね。わたしは、また、やりたいです」

 

 そう言ったのはスクルズだ。

 スクルズがにこにこと満面の微笑を浮かべながら、湯の中を進んでくる。

 

「ええっ?」

「はあ?」

「う、うそっ」

 

 スクルズの言葉に、ミランダとベルズとシャーラが、揃って目を丸くして驚いていた。

 

 

 

 

(第27話『一家勢揃いの破廉恥大会』終わり)



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 第28話  奥座敷の奴隷たち
164 囚われのふたり


「し、失礼します、アン様……」

 

 部屋の扉の外から声がした。

 アンは部屋の中心にある寝台を椅子代わりにして腰かけていたが、扉の方向に向かって返事をした。

 この部屋には、寝台以外の家具は存在しない。

 机もないし、椅子ひとつない。

 服や身の廻りの品をしまう棚さえもない。髪をとく櫛のような、ちょっとした小道具さえも、この部屋には置かないようにキシダインが厳命しているからだ。

 必要なものは、その都度、家人に持って来させればいい。

 キシダインがそう言うのだ。

 

 もっとも、キシダインは、思わぬ手段で、アンがこの屋敷の外と連絡をするのを極度に恐れているのだ。それで、この部屋にはなにも置かないようにしているというわけだ。

 また、キシダインの言い分によれば、王族のくせに魔力を帯びないアンは、キシダインに性奉仕するくらいしか価値がないのだから、寝台以外のものが必要であるわけがないという。

 この寝台しかない部屋は、キシダインの妻になって以来の、アンの牢獄でもある。

 

「どうぞ、ノヴァ」

 

 返事をすると、車付きの手押し台を押してノヴァが入って来た。アンがキシダインに嫁ぐときに連れて来た侍女のひとりであり、いまとなっては唯一の侍女だ。

 もともと王家の娘として、嫁ぐときに連れて来た侍女や従者は、十数人ほどだった。

 だが、そのうちの何人かは、キシダインに理由をつけられてすぐに解雇され、さらに数名については、最初の頃にアンがこのキシダインの屋敷から逃げ出そうとしたときに、見せしめとして、アンの目の前で毒殺され、そして、残りの数名はいつの間にかいなくなってしまった。

 そして、残ったのが、この十七歳のノヴァだ。

 

 人間族の美少女だったノヴァは、二年にわたるアンの監禁生活に従うにつれ、十七歳の美しい女性に変わった。

 貴族ではなく、小間使いとして雑用をするために雇っていた貧しい家の娘だ。だからこそ、キシダインの粛清のような侍女狩りの対象にならなかったといえる。

 いまとなっては、このノヴァがアンの唯一の心の支えだ。

 

 ノヴァがいなくなれば、もはや、アンはここの生活に耐える力を完全に失うだろう。

 アンがノヴァを離さないのは、ノヴァにとって限りなく不幸なことだということは承知している。

 しかし、アンにはノヴァが必要なのだ。

 そうでなければ、この地獄のような生活に耐えられるわけがない。

 

 だだ、耐えられなくなっても、あのキシダインは、魔道の力で、アンに自殺をすることも許さず、この屋敷の中の限られた「奥の院」という場所から脱することも許さないだろう。

 死のうと思ったことも、逃亡しようと思ったことも、一度や二度でない。

 その都度、キシダインがアンにかけている魔道の力により阻止された。アンが逃亡のことを考えるたびに呼吸が停止するようになっているのだ。

 アンは繰り返される七転八倒する苦しみによって、逃亡について思考しないことを心と身体に染みつけさせられた。

 

 それだけでなく、助けを求めようとして外に連絡を取ろうとするたびに、身近な従者たちを殺されていったりもした。

 いまや、このノヴァだけだ。

 今度逃げようとすれば、キシダインは容赦なくノヴァを殺すだろう。

 おそらく、アンの目の前で……。

 もはや、アンは逃亡の意思さえ失っている。

 

「失礼します……」

 

 ノヴァは、台車を押して入ってきた。

 食事のようだ。

 

 ノヴァの押してきた台車には、野菜と肉のスープ、蜂蜜とチーズの乗ったパン、魚の揚げ物、果物と果実水などが載せられている。

 

「ゆ、夕食です。でも、申しわけありません。食事が冷えてしまいました……」

 

 ノヴァが項垂れて言った。

 アンは、ノヴァの手を取り、その身体をアンの近くに寄せた。

 

「ああっ……」

 

 ノヴァが顔を赤くして俯いた。

 アンはノヴァの侍女服の胸元の乳房の谷間に鼻をつけた。

 

「ひ、姫様……」

 

 ノヴァは乳房にアンの顔をぴったりと密着されて、狼狽えたように言った。

 アンはくすりと笑った。

 

「……アンでしょう。姫様と呼ぶと、また叱られますよ」

 

 キシダインは、この家の者にアンのことを“姫様”と呼ぶことを禁止していた。このキシダイン家に嫁いだ以上、もはや“姫”ではないというのが理由だが、実際には、それを、昔からの習わしで“姫様”と呼ぶことが多かったアンの連れて来た家人を折檻する理由にしていたのだ。

 いまとなっては、もともとの家人は、このノヴァだけなので、“姫様”などという懐かしい呼び方をするのは、このノヴァだけだ。

 

「……またベーノムたちに嫌がらせをされたのね……。ごめんなさい。わたしのために……」

 

 アンはノヴァの手をさらに引き寄せ、両手でノヴァを抱き寄せてぎゅっと抱いた。

 

「あっ……」

 

 ノヴァは寝台に腰かけているアンの膝の上に軽く腰かける態勢になった。ノヴァは狼狽はしているが、嫌がってはない。ノヴァもアンに甘えるように、身体をアンに擦りつけてくる。

 ノヴァの身体からは、新しい男の精の匂いがぷんと匂っていた……。

 

 ベーノムというのは、キシダインの遣う部下のひとりでり、獣人族の傭兵隊長だ。

 獣人族は、房毛のついた耳や尾を持つ、西の三公国に多くいる種族だが、何度も人間族の施政者から不当に虐殺された歴史があり、もはや人数は大陸でも多くはない。

 しかし、一度仕えた主人に対する忠誠心が絶対的に厚いと知られていて、キシダインはそれが気に入って、自分を守る者としてベーノムを使っている。

 

 ベーノムは、キシダインの私兵隊長として、屋敷やキシダインの身の回りの警護などをするのが役割だが、「奥の院」と呼ばれるこの屋敷の見張りをするのも、その役割のひとつだ。

 ベーノムは、絶対に信頼できる部下だけをここに詰めさせて、ここでどんなことが行われているかは、絶対に余人の洩れないようにしている。

 そのベーノムの部下に見張られて、アンは外に行くこともできないし、どこにも連絡も取れないのだ。

 それは、このノヴァも同じだろう。

 

 そしてアンは、キシダインによって、この奥の院で性奴隷のように残酷に抱かれ、最近では、娼婦のように客人の性の相手などをさせられたりしている。

 だが、ベーノムの部下たちは、さすがにアンに手をつけることはない。

 しかし、その犠牲になっているのが、このノヴァだ。

 

 ノヴァは、この奥の院に入っている者では、アン以外では唯一の女になるが、いつの間にかベーノムの部下たちの欲望のぶつけ先のようになってしまい、朝に昼に夜にと、この奥の院のあちこちで彼らに犯されているのをアンは知っている。

 

 だが、アンにはどうすることもできない。

 いまも、アンに食事を運ぶ途中で、ベーノムの部下の誰かに捕まって犯されたに違いない。

 アンにできるのは、こうやって抱いて慰めることだけだ。

 こんなアンと一緒にキシダイン邸にやってきたばかりに、そんな境遇に陥らせることになったノヴァに、アンは申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

「……ア、アン様……。あ、あの食事を……」

 

 ノヴァはアンの胸の中で言った。

 

「そうでした。では、続きは食事のあとに……」

 

 アンはくすりと笑って、ノヴァを放した

 ノヴァが真っ赤な顔になった。

 可愛い娘……。

 思わず微笑んでしまった。

 アンは食事の載った台車に手を伸ばした。

 

「あ、あのアン様……。そ、その食事には、その……び、媚薬がたっぷりと入っております……。食べ物にも、飲み物にも……」

 

 ノヴァが周りを気にするように小さな声でささやいた。

 アンは手に取ったさじを動かす手を思わずとめた。

 なんらかの魔道の手段でベーノムの部下たちが、この部屋を四六時中見張っているのは知っている。

 ノヴァは、アンの食事に媚薬が入っていることを教えてはならないことになっているのかもしれない。だから、こんなにかすかな声でささやいたのだろう。

 

「そう……」

 

 アンはとめていた手を動かして、食事を口にすることを再開した。

 躊躇したところで、食事をしないわけにはいかないし、食べるのをやめれば、ノヴァがそれをアンに教えたことがばれて、懲罰を受けるのはノヴァだろう。

 

「……も、申しわけございません……」

 

 ノヴァは食事を続けるアンに対し、泣きそうな顔で俯いて言った。

 また、食事に媚薬が混ざっている理由もわかる。

 おそらく、今夜、またキシダインが客人にアンを抱かせるために、ここに連れてくるのだ。

 だから、その前に、アンを悶々とさせておこうということに違いない。

 

 いずれにしても、キシダイン自身がアンを抱きにくることは、もうない……。

 ほかの男にアンを抱かせるようになったのは、この半月ほどだが、キシダインには「自分は中古になった女には興味がない」とはっきりと言われていた。

 また、前もって媚薬を服用させるのは、アンが淫乱体質の女だと客に信じさせるためだ。アンが男を抱くのは、アンの我が儘だということにするのだ。

 また、媚薬を飲んでいることを相手の男に教えるのは禁止されていた。

 

「どんなお客様なのかしら……」

 

 アンは何気なく言った。

 別段の興味があったわけではない。

 ただ口からこぼれただけの言葉だ。

 

「も、申し訳ありません。タリオ国からやって来るキシダイン様の古くからのご友人のグラム兄弟様というご兄弟とか……。今度、行われる王軍大演習を見にこられるということで……。ほ、本当に申し訳……」

 

 ノヴァがしくしくと泣き出してしまった。

 アンがその客に抱かれるということを嘆いていると思ったのだろう。

 アンは驚いて、食事をしていた皿を横にやって、ノヴァを抱き締めた。

 

「おお、いいのよ、ノヴァ……。泣かないで……。でも、王軍大演習なんて懐かしいわね。いつか一緒に行きましょうね。お前は、王宮にいるときに行く機会がなかったから、機会があれば行きましょう。あなたはわたしの横よ。仲良く手を繋いで行くのよ。きっとね」

 

 アンはノヴァを抱き締めながらささやいた。

 王軍大演習とは、王都の外で実施される国王閲覧の大規模な軍隊の模擬演習だ。

 軍集団で実施する演武のようなものであり、花火のように魔道も飛び交い、演習というよりは大規模な見世物のお祭りだ。

 王候貴族のみならず、王都市民もたくさん集まり、出店なども出て大変に賑わう。

 アンは毎年行っていたが、もちろんキシダインに嫁いでからは一度も行ってない。これからも、二度と行くこともないだろう。

 だから、一緒に行こうなんて、ありえない夢を語るだけの戯れ言だ。

 ノヴァもそれがわかっている。

 アンの腕の中でくすりと笑った。

 

「姫様とあたしのような下働きが手を繋いでですか? 笑われますよ、姫様」

 

 ノヴァが小さく悪いながら言った。

 アンはノヴァがほんのちょっと愉しそうにしてくれたのが本当に嬉しかった。

 

「……お前は侍女よ。それにいいのよ。笑いたい者は笑えば……。それよりも、食事のあと、少しのあいだ、ここですごしてくれない……。た、多分、この食事を食べさせるのは、また、接待があるのでしょう……。また、見知らぬ男に奉仕する前に……あ、あなたに……。ふうっ……」

 

 アンは突然に襲って来た強烈な身体の疼きに思わず嘆息した。

 これは余程の強い媚薬が含まれているようだ。

 まだ食事の途中だというのに、身体が火照り切り、全身の毛穴から一斉に汗が噴き出してきた。

 なによりも、局部の猛烈な痒みのような疼き……。

 アンはあまりの急激な身体の昂りに、息が苦しくなってしまった。

 

「ア、アン様──」

 

 突然に荒い息をし始めたアンに驚いて、ノヴァが身体を支えるように手を伸ばした。

 

「だ、大丈夫よ……。そ、それよりも、こ、今夜のお客様はす、すぐに来るのかしら……。そ、それとも時間がある……?」

 

 アンはノヴァを見た。

 

「まだ夕方なので、ここにおいでになるまでには時間があると思います……。そ、それと、こ、これも命じられているのですが……。食事のあとで、アン様の御召し物はすべて部屋の外に出してしまいます。ほ、本当に、申しわけ……」

 

 ノヴァが言った。

 アンは背中を支えるように手を伸ばしていたノヴァの手に、自分の手をそっと添えた。

 

「あ、謝らないで……。そ、それよりも……。いや?」

 

 アンはノヴァを見た。

 ノヴァはまずます真っ赤になった。

 

「……こ、この部屋に入る前に……犯されました……。ふ、拭きましたが、身体を洗っておりません……。け、汚れています」

 

「汚れているのは、わたしも同じよ……。それよりも、ここで、またわたしと愛し合うと、ベーノムたちに笑われる……?」

 

 アンはそれが心配になり言った。

 部屋は監視されているのだから、ここでなにかをすれば、それは見張っているベーノムたちに、すぐに知られることになる。

 ベーノムたちはキシダインに禁止されているので、この部屋に入ることはない。だから、アンが彼らにからかわれることはない。

 しかし、ノヴァは逆に、ここにやって来て、アンの世話をする時間以外は、ずっとベーノムの部下たちと接するのだ。

 女主人と百合の関係になったノヴァのことを彼らは、侮蔑とからかいの材料にしているに違いない。

 

「か、彼らのことは気にしないでください……。アン様のご迷惑にならないように努力します……。あ、あの……、それと、先程のことについては、よ、喜んで……。う、嬉しいです……」

 

 ノヴァがアンから手を離して、服を脱ぎ始めた。

 置く場所のない服をノヴァは床に畳んで置いていく。

 アンは、急いで残りの食事をかき込むようにして口に入れた。

 もう十分だが、ある程度は減らさないと、監視人たちは満足しないだろう。

 とにかく、与えられたものの半分ほどを口に入れた。

 そのあいだに、ノヴァは完全な素裸になった。

 

 ノヴァの身体には、確かに、たったいままで男に犯されたような気配がある。

 そして、可愛らしい身体だが、その身体のあちこちには痣のようなものがある。普段から乱暴に犯されるために、残ってしまったものだ。

 また、股間には恥毛はない。

 これもベーノムの部下たちから遊び半分で、寄ってたかって剃られたようだ。

 

 ノヴァはなにも言わないが、キシダインが一度面白おかしく、ノヴァの境遇についてアンに語ったことがある。

 この部屋の外では、相当にむごいことをノヴァはさせられているようだ。

 

 アンは、この部屋の隅にある魔道の「落とし箱」に排尿や排便をすることができるが、ノヴァのためのものはなく、男のために設けられている場所で、男たちの前でしなければならないのだそうだ。

 それを知ったとき、アンは、ノヴァには今後はここで粗相をするように厳命した。

 男たちは、原則としてここには入って来れない。

 だから、ノヴァは邪魔されずに、ここで排便もできる。

 

 ほかにも、犬のように首に紐をつけられて、奥の院を歩きまわされるとか、ここに入る用事のないときには、嫌がらせで服を隠されて、男たちの前で全裸で家事をするとかである。

 もちろん、男たちは食事をするように、ノヴァを犯すということも教えられた。

 キシダインの語るノヴァの境遇は、耳を覆いたくなるものばかりだった。

 

 だが、ノヴァは絶対にアンにはなにも言わない。

 ただ、いつも、アンに申し訳なさそうに謝るだけだ。

 しかし、それを知ったとき、アンは求めるように、ノヴァと身体の関係になった。いまでは、ノヴァなしにアンは生きてはいられない。

 

 アンは食事をやめると、すぐに自ら服を脱いだ。

 アンが身につけているものは、寝着一枚であり、それを脱ぐと完全な素裸だ。

 必要なとき以外には、下着も与えられない。

 この部屋そのものにはアンの服など一枚もないので、ノヴァが持って来ない限り、アンは与えられたものだけを着るしかない。

 

「来て……。来てください、ノヴァ」

 

 アンは寝台に横になった。

 いまごろは、また始まったと、ベーノムの部下たちが、魔道の監視具の前で笑い合っていることだろう。

 さっきも口にしたが、笑いたければ笑えばいい。それは、アンの心からの気持ちだ。

 アンはノヴァを愛しているし、ノヴァもまたこんなアンを愛してくれている。

 それのなにが悪い……。

 なにが悪い――。

 

「姫様、愛しています……」

 

 素裸のノヴァがアンの上に覆いかぶさって来た。

 ふたりで愛し合うときには、いつもアンが「女」で、ノヴァが「男」だった。

 別にそう決めたわけではないが、いつもそうなる。

 ノヴァの手が開いているアンの太腿の上をすっとなぞった。

 

「ううっ」

 

 アンは首をのけぞらせて大きな呻き声をあげた。

 媚薬にただれた身体を愛撫される衝撃は強烈だ。

 アンは一瞬にして、愛欲の嵐の中心に引きずり込まれる。

 

「ああ、可愛い姫様……。姫様、お慕いしております……。ノ、ノヴァは……アン様が……」

 

 ノヴァの手が上下に動きながら、次第に股の付け根に近づいてくる。

 

「あ、ああっ、ああっ」

 

 アンは沸きおこわる快感に白い歯を噛み鳴らした。

 

「む、胸を舐めてください、アン様……。あ、あたしも、アン様の胸を揉みます」

 

 ノヴァが人差し指で股間に亀裂から突起を優しく触れながら、反対の手で片側の乳首を挟み揉む。

 

「んふううっ」

 

 身体を快感の槍が貫いた。

 アンは、身体を弓なりにして悲鳴のような声をあげてしまった。

 

「ほら、アン様、あたしの胸ですよ」

 

 ノヴァがくすくすと笑いながら言った。

 

「は、はい」

 

 アンは慌てて、口を開いた。

 顔にノヴァの乳房が覆いかぶさる。

 

「ああっ、す、素敵──。ひ、姫様、噛んで。噛み千切ってください。も、もっと強く──」

 

 ノヴァがアンの胸と股間を愛撫しながら、いきなり感極まったように叫んだ。

 まさか、本当に噛み千切るわけにはいかないが、歯形がつくのではないかと思うくらいには強く噛んだ。

 するとノヴァは、快感に酔いしれたように絶叫した。

 

 そして、ふたりで二匹の雌になり果てた。

 お互いに相手の全身に舌を這わせ合い、肌を擦り合わせ、思うままの場所を触り合った。

 ノヴァは真っ直ぐにアンに添う体勢から、いつしか横になり、あるいは完全に逆になり、そうやって姿勢を変化させては、アンを愛してくれた。

 やがて、アンは快感の頂点に達しかけた。

 そして、再びノヴァに真っ直ぐに覆い被されて、股間に顔を埋められて、舌で敏感な肉芽を繰り返し弾かれたとき、目の前に火花のようなものを飛び散ったと思った。

 

 来る……。

 そう思った。

 大きな快感の頂点がそこまで来ている。

 

「んふうううっ」

 

 アンは思い切り太腿でノヴァを挟みつけた。

 脚に圧迫されながらも、ノヴァはアンの股間の前でくすくすと笑った。

 そして、アンが絶頂する寸前で、さっと舌をアンの股間から離した。

 

「アン様、一緒にいきましょう。ノヴァが導きますから」

 

 身体を起こしたノヴァが片脚をアンの脚に挟むように置き、女陰と女陰をぴったりと当てるようにした。

 そして上下に動き出す。

 

 アンもノヴァも狂乱した。

 ふたりの股間がねちゃねちゃと淫らな水音をたてる。

 再び絶頂の兆しを感じたのは、あっという間だった。

 今度は、ノヴァもまた激しい乱れの最中だった。

 アンはノヴァの身体を抱き締めた。

 すると、ノヴァもアンを抱き締めてくれて、しかも、唇を唇に重ねてくる。

 アンは夢中になって、ノヴァの舌に自分の舌を絡ませた。

 

「あふうううっ」

「ああ、はああっ……」

 

 アンとノヴァはほぼ同時に絶頂した。

 しばらく、絶頂の余韻のまま股間を擦り合わせ続けたが、やがてがっくりとノヴァの身体が脱力し、アンの身体に添う体勢で被さった。

 ノヴァの身体は小柄で華奢であり、最初に会ったときのような少女の面影を十分に残していた。

 それでいて、ノヴァはこれだけの快感をアンに与えてくれる。

 ノヴァと抱き合ったときほどの快楽を男たちに抱かれて感じることはない。

 どんな媚薬を使われてもだ。

 キシダインやほかの男たちから与えられるのは、身体の気持ちよさにすぎず、ノヴァとの交合により得られる心の充実感とは異質のものだ。

 アンは、ノヴァの裸身を下からぎゅっと抱き締めた。

 

「あ、あなたには申し訳ないと思っています……。こ、こんなことをして……。で、でも、わたしには……」

 

 アンは呟いた。

 

 ─でも、わたしには、このノヴァとの愛が必要なのだ。……さもなければ、この屋敷での生活には耐えられない。……ノヴァの存在が、この囚われた娼婦のようなアンの心を支えている。

 

 アンはそう言おうとした。

 だが、ノヴァの唇がアンが続く言葉を口にするのを阻む。

 アンは、ノヴァが口に舌を蹂躙するまま、束の間、ノヴァが差し入れる舌を吸い、唾液を交わし合った。

 

「……姫様、なにも言わないで……。それに、これだけは言っておきます……。あたしは結構幸せです……。姫様とこうやって愛し合えるのですから……。姫様がまだ宮殿におられたとき、初めてお会いしたときから、お慕いしておりました……」

 ノヴァが言った。

 

 アンは、もうなにも言わず、ただ黙ってノヴァの裸身を抱き締め続けた。 



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165 残酷な遊戯

 部屋でひとりで待っていたアンは返事をした。

 少し前まで、愛を交わしていたノヴァはいない。

 そろそろ、アンの主人のキシダインが客を連れて来る刻限になったので、アンが身に着けていたものを運んで立ち去っていた。

 服を持っていったのは、キシダインの言いつけだ。

 ノヴァは泣きそうな顔で何度も謝っていたが、謝る必要などないのだ。

 このキシダインや、その取り巻きにノヴァが逆らえるわけがない。 

 

 入って来たのは、キシダインと、その客であるらしいふたりの男だった。

 ノヴァによれば、外国人の賓客ということだったが、アンはすぐにふたりが誰なのかわかった。

 ローム三公国のひとつであるタリオ公国の上級貴族であるグラム兄弟だ。

 まだ、キシダインの妻になる前にも、この兄弟はハロンドール国を訪問したことがあり、王国主催の宴で数回顔を合わせている。

 まだ、アンが少女の時代だったが、ふたりから滲み出る粘着的な陰湿さが印象に残っていて、アンは一瞬にして、このふたりが嫌いになったのを記憶している。

 

 確か、兄がグラム=コブという名で、弟がグラム=ヴェルという名だったと思う。

 ふたりとも、すでに三十を超えているはずだ。

 久しぶりに会ったふたりだが、そのときの悪印象は、いまでも少しも変わらない。

 そのふたりが目の前にいる。

 アンは拡がる不安に気持ちを抑えられなくなった。

 

 どうしていいかわからず、アンは寝台に座ったまま、両手で剥き出しの乳房を隠したままでいた。

 三人は、アンの姿など見ようともせずに、つかつかと部屋を横切っていく。

 ノヴァが完全に出ていく前に、この部屋に三人分の竹編みの椅子が運び込まれていた。

 三人はそこに向かっているようだ。

 しかし、アンのすぐ横を通り過ぎるとき、弟のグラム=ヴェルの手が、アンの髪をむんずと掴んだ。

 

「きゃあああ」

 

 いきなり、髪の毛を引っ張られて、床に引きずり落とされた。

 さらに、床に倒れたところを横腹に蹴りを入れられる。

 アンは声もあげられずに、その場にうずくまった。

 

「まだ、蹴られてえのか、雌犬」

 

 グラム=ヴェルの足がもう一度飛んでくるのがわかった。

 慌てて起きあがろうとしたが、そのときには肩を思い切り蹴りあげられていた。

 アンの身体は床に二回、三回と転がる。

 

「アン、俺に恥をかかせるんじゃない。お前は客を接待する妻だろう。座ったままでいる無作法があるか。こっちに来て、挨拶をしろ」

 

 キシダインが笑いながら言った。

 そのキシダインは、兄のグラム=コブとともに、すでに竹編みの椅子に腰かけていた。

 

 アンはいきなり振るわれた暴力に対して、怒りや恐怖を感じるよるも、驚いてしまった。

 これまでキシダインは、何人もの客にアンを抱かせたが、いまのように暴力的なふるまいをする者はいなかった。

 仮にもアンは、この国の国王の実の娘であり、いかに奴隷的に扱われているとはいえ、キシダインの正妃だ。

 娼婦のように犯されても、男たちの接し方は、それなりの礼儀のようなものはあった。

 

 だか、このグラム兄弟のアンの扱いには、一片の敬意もない。

 無礼そのものだ──。

 いや、人間としても扱っていない。

 まるで「物」のように手酷く扱われたことに、アンはびっくりしてしまった。

 

「ひぎいい」

 

 だが、次の瞬間、目の前に火花が走った。

 グラム=ヴェルがアンの頬に平手を放ったのだ。

 アンは床に倒れ、その身体をグラム=ヴェルがまた足蹴にした。

 その様子をキシダインは笑いながら眺めている。

 アンの身体に今度こそ、恐怖が駆け巡った。

 とにかく、これ以上暴力を受けたくなくて、急いで起きあがる。

 

「……アン、お前はこのグラム兄弟殿の接待をすると聞かされなかったのか? 接待のときはどうするのだ? この前教えたはずだぞ」

 

 キシダインがわざとらしい呆れた声をあげた。

 すでに、グラム=ヴェルは、兄のグラム=コブの隣の椅子の位置に移動して座っている。

 アンはそれを追うようにして、とにかく、グラム兄弟の前に裸のまま立った。

 

「こ、今夜は、おいでいただき、ありがとうございます……」

 

 アンは深々と頭をさげた。

 キシダインに強要されている台詞だ。

 この夫は、自分の妻を娼婦のように客に抱かせるとき、こうやって屈辱的なふるまいや物言いをアンにすることを強要していた。

 そして、アンは、小さく唾を飲み込んでから、さらに言わなければならない言葉を続けた。

 

「……この奴隷妻の身体で……、存分にお愉しみください……」

 

 叩かれた頬がひりひりするとともに、蹴られた身体の場所がひどく痛みで疼く

 そのとき、ちょうど目の前だった兄のグラム=コブが舌打ちをした。

 そういえば、このグラム=コブは、なにかにつけ、この冷たい舌打ちをするのが癖だった。

 まだ少女だったアンは、なによりも、この舌打ちが虫唾が走るほど嫌いだった。

 

「生意気だな、お前──。お前、自分の立場がわかっていないだろう──。このキシダイン殿がいるから、俺たちに失礼をしても、許してもらえると思っているな──。だが、キシダイン殿には、お前が粗相をしたり、失礼をしたりすれば、容赦なく懲らしめて欲しいと言われているんだ。そんな態度を取り続けるんなら、キシダイン殿の前であろうと許さねえぞ」

 

 グラム=コブが怒鳴った。

 その権幕はすさまじかったが、アンはどうして叱られているのかわからず、素裸の身体を小さくして途方にくれた。

 

「あ、あの、なにかお気に召さなかったのでしょうか……?」

 

「当り前だ──。その挨拶の仕方はなんだよ。最低の雌犬だな。なんで、お前の頭は俺たち客の足よりも上にあるんだ。俺たちを甘く見ている証拠だろう」

 

 火を噴かんばかりの怒声が飛んだ。

 アンは、慌ててその場に跪て土下座をした。

 腰をおろす瞬間、アンは一瞬だけ、キシダインを見たが、キシダインは、自分の妻が客に暴力を振るわれたり、怒鳴られてしているのを心から愉しんでいるようだった。

 期待もしていなかったが、やはり、助けは得られそうにない。

 アンはとにかく、全裸で床に正座をして土下座をした。

 

「もっと前に来い──」

 

 今度はグラム=ヴェルが怒鳴った。

 いまにも蹴られるような怒りの響きが声に込められている。

 アンはぞっとした。

 恐ろしいとアンが思ったのは、それが決して作ったような怒りではなかったからだ。

 この男には病気のようなかんの強さがあるようだ。

 それがグラム=ヴェルをひどく苛つかせているように思えた。

 

「お前は、本当になにをやらせても遅せえなあ」

 

 グラム=ヴェルがアンの髪を鷲掴みして力任せに引っ張った。

 アンは、すぐに対応できずに、まだ同じ場所に留まっていたのだ。

 

「ううっ」

 

 アンは三人の足元に引き摺られた。

 

「もう一度、やり直せ」

 

 グラム=ヴェルが怒鳴った。

 

「ど、どうか……」

 

 アンは再び額を床に擦りつけた。

 

「ずぼらをすんじゃねえよ。立ったところからやり直すんだよ」

 

 だが、肩を蹴り飛ばされて、ひっくり返らされた。

 アンは急いで立ち上がる。

 

「……ア、アンです。ご、ご挨拶させていただきます」

 

 まずは直立不動の姿勢になり言った。

 そして、床に頭を付けるために屈む。

 

「声が小さい。まだ、舐めてる──」

 

 グラム=ヴェルの足がアンの腹にめり込み、アンは呻き声をあげながら、股を開いて仰向けに床にひっくり返ってしまった。

 その姿が無様だと言い、三人が同時に笑いこけた。

 

「……それはいい。アン、まずは足を開いて、がに股で自己紹介しろ。それから、全裸土下座で挨拶だ」

 

 キシダインが手を叩いて笑いながら言った。

 さすがに躊躇したが、アンがちょっとでも動きを静止させると、グラム=ヴェルの蹴りがアンの無防備な裸身に飛んでくる。

 アンは三人から命じられるままに、両脚を横に開いて腰を落とした格好で名乗りを言わされた。

 そして、床に膝を頭をつけて、土下座をする。

 

「遅い、やり直しだ」

 

 すると、グラム=ヴェルがまたもや、アンの肩を力任せに蹴りあげた。

 

「ひいっ」

 

 アンは泣き声をあげてしまった。

 

「ど、奴隷妻のアンでございます──」

 

 アンはとにかく、張りあげんばかりに叫んだ。

 最初の姿勢は、いまやっている中腰になり両脚を左右に拡げるという屈辱のがに股姿だ。この恰好から挨拶をして、すぐに土下座をして奉仕の言葉を告げる──。

 強要されているのは、その行為だ。

 だが、いまだに終わっていいという言葉はかけてもらえない。

 

 一度やるごとに、駄目な箇所を指摘され、殴られたり蹴られたりする。

 そして、やり直す……。

 果てしないほどに、それを繰り返している。

 身体は蹴られた青あざと、繰り返させられる土下座挨拶で汗びっしょりだ。

 しかし、少しでも気を抜けば、怖ろしい力で目の前のグラム兄弟に暴行されるのだ。

 アンは、身体がばらばらになろうとも、これを続けるしかない。

 

「待て、貴様──。まず、その姿勢がなってねえ──。眼は開けて、真っ直ぐだ。手は頭の後ろ──。馬鹿野郎が──。脚は開いても、背筋は真っ直ぐにしていろ──。そんなことも、言われなきゃわかんねえのか」

 

 じっとしていろと、弟のグラム=ヴェルに怒鳴られて、条件反射的に身体が竦んで静止した。

 だが、とまった瞬間に頬を張られて怒鳴られた。

 アンは目の前に火花が飛び、めまいで倒れそうになるのを耐えながら、胸を張り、下肢に力を入れて腰を踏ん張った。

 

「王家で我儘放題で育った低能女です……。しっかりと、躾けてやってください」

 

 キシダインが笑いながら言った。

 いまやキシダインは、ふたりから少し椅子を離して、横からグラム兄弟がアンを躾けるのを見学する態勢になっている。

 

「まったくですね。まあ、お任せください、キシダイン公。確かに馬鹿女のようですが、何度も殴れば、頭に躾が染みつくでしょう」

 

 兄のグラム=コブが笑いながら言った。

 そのとき、そのグラム=コブの靴の足先が開いているアンの股間に無造作に伸びた。

 

「ひっ」

 

 アンは思わず反射的に避けた。

 次の瞬間、はっとしたが、そのときには激昂したグラム=ヴェルの蹴りが腹の真ん中に食い込んでいた。

 

「はぐうっ」

 

 アンは後方に蹴り飛ばされて転がった。

 だが、痛む身体に鞭打って、急いで立ちあがる。

 すぐに起きなければ、さらに暴力が襲ってくることは、これまでの繰り返しでわかっている。

 とにかく、さっきの態勢に戻る。

 すると、グラム=ヴェルの火の出るような平手が飛んで来た。

 アンは辛うじて、倒れることを耐えたが、口の中に血の味が拡がった。

 

「なんで避けるんだ、この低能女──。兄貴がお前の股ぐらに触ってくれようとしたんだぞ」

 

「も、申しわけありません──。つ、つい……」

 

 アンは言った。

 だが、苛立ちのような舌打ちとともに、グラム=コブの蹴りが開いている膝の片側に飛んで来た。

 

「ひぐうっ」

 

 アンはその場に倒れてしまった。

 

「謝るときに立ったままでいる気か、この雌犬……」

 

 グラム=コブがわざとらしく呆れた声で言った。

 アンは慌てて、その場に土下座した。

 

「か、重ねて申し訳ありません──」

 

 今度こそ、ぴったりと床に額を押し付けた。

 次の瞬間、ずしりと靴の底が真上から頭に落とされた。

 

「んぐうっ」

 

 鼻が折れたかと思うくらいの衝撃だった。

 

「本当に低能だな。遅いんだよ」

 

 踏んだのは弟のグラム=ヴェルだ。

 

「お、遅れて申し訳ありません──」

 

 アンは頭を踏まれながら叫んだ。

 

「本当にそう思っているのか……?」

 

 兄のグラム=ヴェルの声がした。

 

「は、はい──。お、思っています。わ、わたしの至らぬ点を指摘していただいてありがとうございます」

 

 そのあいだも、グラム=ヴェルの靴裏の圧力が緩むことはない。

 

「本当にそう思って、さっきよりも頭をさげているのか、低能女?」

 

 グラム=コブだ。

 

「は、はい──。さげております。低能ですから、言いつけに従おうと努力しております」

 

 アンは言った。

 とにかく、このふたりを満足させるには、ひたすらに平伏して、恭順の態度をとることだ。

 さもなければ、さらに暴力を振るわれる。

 

「なんだと、だったら、俺の命じた挨拶は手を抜いていたということだな──。さっきはこれ以上、頭をさげることができないくらいに挨拶をしろと教えたろう──。それなのに、まだ頭をさげることができたということは、手を抜いていたということだ」

 

 横から頭を蹴り飛ばされた。

 

「んぎゅうう」

 

 アンはその場にぶっ倒れた。

 さすがに起きあがれなくて、ちょっと横になったままでいた。

 だが、その身体に容赦なく、グラム=ヴェルの蹴りが続く。

 アンは泣き叫びながら、土下座の姿勢に戻る。

 

「頭が高いと言ってんのがわかんねのかよ。額を床にめり込ませるんだよ。床よりも低くすんだ。気持ちがこもっていねえから、床がへこまねえんだ」

 

 また頭を踏まれる。

 アンは泣き叫んだ。

 すると、兄のグラム=コブのわざとらしい大きな嘆息が聞こえた。

 

「キシダイン公、そなたの奥方でなければ、腹立ちで殺しているところですよ。まったく、どうしようもない低能女ですな」

 

 そのグラム=コブが言った。

 

「殺すのは困りますが……。でしたら、代わりの者を連れて来ましょう。そっちでしたら、責め殺しても構いません──。おい、モルド──」

 

 キシダインが突然に大きな声を出した。

 

 モルド……? 

 アンは頭を踏まれながら首を傾げた。

 モルドというのは、このキシダイン邸に仕える執事だが、滅多にここに来ることはない。ただ、この部屋に入ることの許されている唯一の男の部下ではある。

 奥の扉が開いた気配がした。

 

「アン様──」

 

 そのとき、悲鳴のような声がした。

 

「あっ、ノヴァ」

 

 その声が紛れもなくノヴァだった。

 それとともに、頭の上のグラム=ベルの足が避けられたので、アンはとっさに頭をあげた。

 

 やはり、ノヴァだ。

 いつもの侍女の服を身に着けていて、執事のモルドに引き入れられるように入って来た。

 アンの姿に、すでに号泣していて、駆け寄ろうとしてくる。

 

「んぐううっ」

 

 だが、突然に悲鳴をあげて、その場に倒れた。

 呆気にとられたが、アンはノヴァが首に見たことのない首輪をしていることに気がついた。

 ノヴァはその首輪に両手をやり、もがき苦しんでいる。

 どうやら、首輪が締まり続けているようだ。

 アンははっとした。

 

「いやああ、やめて、やめてください。ノヴァを許して──」

 

 アンは脱兎のごとく立ちあがってノヴァに駆け寄った。

 ノヴァに駆け寄って抱き寄せたとき、ノヴァが突然に脱力した。

 驚いたが、首輪の締めがなくなっただけのようだ。ぐったりとなっているが、ノヴァは荒い息を続けている。

 とにかく、ほっとした。

 

「……これはもともとは下働きの娘なのですが、アンの侍女ということにしております。王族の娘ですが無作法女ですから、わざわざ貴族の子女もあてがうこともありませんしね……。実は、いまでは、このアンとは百合の仲なのですよ。アンの代わりに、この娘を殺していいですよ。首に魔道の首輪をさせてきました。ちょっと魔道をかければ、首輪が締まって、この侍女は死にます……。これなら、さすがにアンもおふたりの躾に身が入るというものです」

 

 キシダインが鬼畜に笑った。

 アンは驚愕して、ノヴァを強く抱いた。

 ノヴァを殺す──?

 そんなことはさせない──。

 させるわけにはいかない──。

 

「キ、キシダイン様、わたしはなんでもします。なにをされてもいいのです。で、でも、ノヴァだけは──。ノヴァだけは──」

 

 アンは悲鳴をあげた。

 だが、アンはグラム=ヴェルにより、無理矢理にノヴァから引き離された。

 そして、離された場所で、不意に足元に白い円が浮かんだ。

 魔道で描かれた円のようだが、アンを囲むように大きく円が床に浮かびあがっている。

 

「そこから出れば、この侍女の首輪が一気に締まって、首が引き千切れる。それが嫌なら、そこから出るな」

 

 グラム=ヴェルが冷たく言った。

 もう一度駆け寄ろうとしたアンは、その言葉で凍りついたようになってしまった。

 

「……どうです、グラム兄弟殿──。せっかくですから、ちょっと余興代わりに運動しませんか。おふたりに対して、このモルドと俺の組に分かれて、“蹴球”という遊びをしましょう。このところ、若い貴族で流行っている運動なのですがね。つまりは、ひとつの球をふたつの組に分かれて蹴り合い、相手の門の中に球を蹴り込めば勝ちという遊びです」

 

「蹴球なら、我が公国でも流行っているから知っているが……」

 

 グラム=ヴェルは突然のキシダインの申し出に当惑している。

 

「ただし、ここには、蹴球に使う球がありませんのでね。それで、このノヴァに球になってもらいましょう──。こら、ノヴァ──。……というわけだから、呆けていないで服を脱いで丸くなれ。お前は蹴球の球だ。それとも、球の役をアンにやらせるか?」

 

 キシダインが言った。

 アンは円の中で呆気にとられた。

 

 一方でグラム兄弟は、それは愉しそうだと笑って、すっくと立ちあがった。

 また、ノヴァも球になれと言われた意味がよくわからなかったようだ。

 床に腰を落としたままの態勢で動かないでいる。

 すると、グラム=コブが魔道の杖を出し、床に描かれた円の中に留まっているアンに光線を飛ばした。

 

「んぎいいっ」

 

 アンは絶叫して、自分の身体を抱き締めるようにしながら、その場に崩れ落ちた。

 凄まじい電撃がアンの全身を襲ったのだ。

 

「アン様──。お、おやめください。せ、折檻なら、あたしを……」

 

 ノヴァが叫んだ。

 

「侍女の不始末は女主人の責任だ。もっと苦しめ」

 

 グラム=コブの酷薄な声がした。

 アンは悲鳴をあげ続けた。

 うずくまったままの全身が勝手に飛び跳ね、見たことのない激しさで痙攣をする。

 アンは身体が引き裂かれるような激痛の中、アンの名を何度も呼ぶノヴァを必死で見た。

 そのノヴァの服をキシダインの執事のモルドが掴んでいるのが見えた。

 そして、モルドがノヴァの服の襟を力任せに下に向けて引き裂いていた。

 

「いやああ──。お、おやめください、モルド様──。もう、これしか服はないのです。いやあっ」

 

 ノヴァが必死になって服を守ろうと両手で自分を抱くようにした。

 

「だったら、裸で仕事をすればよかろう。どうせ、毎日、厠女のように男たちに抱かれているのであろうが。お前に服など勿体ない」

 

 モルドが面白がって、さらに破ろうとする。

 

「わ、わかりました。脱ぎます。脱ぎますから……。そ、それよりも、アン様をもう許してください」

 

 ノヴァは、自ら服を脱ぎだした。

 それに合わせるように、アンを襲っていた電撃がとまった。

 アンは床にうずくまったまま脱力した。

 

「兄貴、こんな低能女を相手に兄貴の魔道を遣う必要はねえよ……。こらっ、低能女、四つん這いになって尻を向けろ。侍女が愚図なのは、主人のお前の罪だ」

 

 グラム=ヴェルがつかつかと歩み寄って来た。

 アンは慌てて、四肢を床につけて頭をさげるようにして尻をあげた。

 四つん這いになることを強要されたというのもあるが、アンはこの円の外に出るわけにはいかないのだ。

 蹴り飛ばされるなら、身体を低くしておかないと、そのまま外に出てしまうということもある。

 

「おう、やっと言われなくても、蹴りやすいような姿勢を取ることができたか」

 

 やって来たグラム=ヴェルが後ろで、脚を後方に振りあげた。

 次の瞬間、腰の骨が砕けたのかと思うような衝撃が襲ってきた。

 

「んぐうっ」

 

 アンは歯を食い縛って必死に激痛に耐えた。

 同時に腕を前で突っ張るようにして、身体が飛び出すのを防ぐ。

 その分、蹴られた衝撃がまともに身体の芯を貫いた。

 

「なにも言うことはねえのかよ」

 

 今度は床に着けている頭の上に、足が真上から落とされた。

 ごんと大きな音がして、額が思い切り床に叩きつけられる。

 

「……ふごおおっ」

 

 頭を床に蹴り落された衝撃に、アンはすぐには口がきけなかった。

 

「……あ、ああ……も、もうしわけ……」

 

 そして、やっと口から出すことができた物言いも、完全に舌がもつれてしまった。

 

「なに、言ってんだか、わかんねえよ」

 

 苛立ったようなグラム=ヴェルの蹴りが、またもや頭の上から直下してきた。

 それを三回、四回と繰り返される。

 その度に、アンは目の前に火花が散るような感覚に襲われた。

 

「や、やめてぇ──。アン様ではなく、あたしを蹴ってください──。あたしを折檻してください」

 

 ノヴァの悲鳴が聞こえた。

 だが、そのノヴァの声もすぐに、ノヴァ自身の悲鳴で途切れた。

 もしかしたら、ノヴァも蹴られるか、殴られるかしたのかもしれないと思った。

 アンははっとしたが、グラム=ヴェルの暴力を受けているいまは、ノヴァを見ることもできない。

 

「……お前は蹴球の球だと言ったであろう、ノヴァ。お前が早く球にならんから、アンが折檻されるのだぞ。アンが蹴られているのはお前のせいなのだ。それがわからんのか」

 

 ノヴァに声をかけるキシダインのわざとらしい呆れ声がした。

 

「あっ……。た、球……。わ、わかりました。ま、丸くなれば、いいのですね──」

 

 ノヴァの震えるような声がした。

 やっとグラム=ヴェルの蹴りがやめられ、グラム=ヴェルがアンから離れる気配がした。

 アンはノヴァの状況を確認するために顔をあげたが、朦朧としていて視界はぼやけている。

 なにしろ、大の男の力で何度も何度も頭を思い切り踏まれたのだ。

 目まいだけでなく、舌もうまく動かなくなっているのを感じる。

 

「……こ、こ、これでよろしいでしょうか……」

 

 ノヴァの声が聞こえた。

 やっと視界が戻ってくる。

 ノヴァは部屋の真ん中で素裸になり、膝を曲げてその中に頭を入れ、さらに両手で膝を抱くようにしている。

 その周りに、四人の男が集まっていた。

 

「では、始めますか。この球が相手側の壁に辿り着けば一点です」

 

 キシダインが笑って言った。

 そして、男たちが歓声をあげて、一斉に四方からノヴァを力任せに蹴り始める。

 

「おお、ノ、ノヴァ──。や、やめて、やめて、やめて──」

 

 アンはノヴァの名を絶叫した。

 だが、アンのいるところと、ノヴァの身体を球にした蹴球をしているところは少し離れている。

 それに、円から出れば、ノヴァの首輪が締まって死んでしまうと言われているアンには、ひたすらにノヴァの名を呼ぶ以上のことはできない。

 ノヴァは呻き声のようなものをあげながら、身体のあちこちを蹴られながらも、身体を丸める態勢を取り続けている。

 

「ほら、ほら、身体が丸くなくなったぞ、ノヴァ──。球の役ができなくなれば、アンに交代させるからな」

 

 キシダインがそう言って、ノヴァの身体を横に蹴りだした。

 

「おっ?」

 

 グラム兄弟が笑いながらそれを追う。

 キシダインが足の裏全体を使って、押すようにして、グラム兄弟の真ん中を通して、反対側にいるモルドにノヴァを蹴りやった。

 モルドが力任せにノヴァの身体を壁に向かって蹴る。

 

「ぐええっ」

 

 だが、その踵が抱えていた腕の下をくぐって腹に思い切りめり込んだようだ。

 ノヴァが胃液のようなものを少し吐いて、腕を身体から離した。そして、身体が伸びる。

 

「もう終わりか、ノヴァ?」

 

 モルドが嘆息した。

 そして、部屋の隅にノヴァが置いたノヴァの服を持って来ると、ノヴァが吐いた胃液をその服でごしごしと足を使って拭く。

 

「わ、わたしを──。ノヴァはもう許してあげてください……。どうか、わたしを──」

 

 アンは泣き叫んでいた。

 これ以上、蹴られ続ければ、首輪が締まらなくても、ノヴァは死んでしまう。

 そう思ったのだ。

 だが、誰ひとりとして、アンの方を見ない。

 アンは、それでも自分が代わると叫び続けた。

 

「……だ、大丈夫……。ア、アン様には……て、手を出さない……で……」

 

 ノヴァが動いて、再び身体を丸くした。

 

「試合再開だな」

 

 グラム=コブがすかさず、ノヴァの身体を蹴る。

 丸くなっているノヴァの身体が転がるが、そこでまた、身体を離した。だが、男たちが追ってくる前に、もう一度丸い姿勢に直る。

 アンはもう見ていられなかった。

 なんという残酷な遊びなのだろう。

 生きている女を球にして、それを蹴り遊ぶとは……。

 

 惨たらしいキシダインたちの蹴球遊びはしばらく続いた。

 ノヴァは蹴られては姿勢を崩して、また丸くなり、丸くなっては、蹴りあげられて身体を伸ばしてしまうということをひたすら繰り返した。

 アンは号泣した。

 

「……では、これでどうかな……」

 

 グラム=コヴが懐の魔道の杖にちょっと触った。

 その瞬間、わずかだが、ノヴァの身体が床から浮きあがったと思った。

 

「ほらっ」

 

 グラム=コブの凄まじい横蹴りがノヴァの身体に食い込む。

 

「んがああっ」

 

 耐えていた感じのノヴァの口から大きな呻き声が迸った。

 そのノヴァの身体が壁に向かって飛び、あげてしまった横顔からまともに壁に叩き付けられた。

 

「ひぶうっ」

 

 ノヴァがおかしな奇声をあげて、その身体が完全に脱力して床に倒れる。

 しかも、口からまとまった血が噴き出した。

 

「ノヴァ──」

 

 アンは絶叫した。

 口から出した血の中に白い物が混じっているのをアンは見つけたのだ。

 ノヴァの歯だ。

 それでも、ノヴァは懸命に身体を丸くしようとしている。

 だが、もう手足は動かないようだ。

 身体は痙攣のような震えをするだけで、ほとんど動かない。

 

「前半終了にしますか。後半は負けませんよ」

 

 キシダインが声をあげた。

 

「なんの、次も我らが勝ちますから」

 

 キシダインとグラム兄弟がこっちに引きあげてくる。

 一方で、モルドは倒れているノヴァに悪態をつきながら、これ見よがしにノヴァの服で汚れた床を掃除している。

 そして、はっとした。

 グラム兄弟がアンの前後にやって来ていたのだ。

 しかも、ふたりが、いまだに四つん這いの姿勢のままだったアンの前後でズボンをおろし始めている。

  

「もたもたするな。口を開けんか──。低能だが、奉仕くらいはできるのだろう。だが、手を抜けば容赦なく、この円の中から蹴り飛ばすからな。そうすれば、あの侍女は死ぬ」

 

 兄のグラム=コブが怒張を突き出しながら言った。

 アンは慌てて、それを口に咥えた。

 

「なんだ、濡れているじゃねえか。蹴ったり、踏まれたりされるのが快感か? やはり、低能だけあって変態だな。だが、俺は女が感じるのは好きじゃねえんだ。気持ちよくなるのは男だけでいい。よがるくらいはいいが、もしも、勝手に達したら、この円から本当に蹴り飛ばしてやるからな」

 

 グラム=ヴェルが後ろからアンの尻たぶの両側を掴んだ。

 そっちは、尻の後ろからアンの女陰に男根を挿入をする。

 アンの身体は、事前に飲まされた強い媚薬のために、爛れるように熱くなっていた。

 それがこれまで反応していなかったのは、あまりの手酷い扱いのために、心が麻痺していたからだ。いま、局部を犯され始めたことで、アンの身体はしっかりと媚薬の疼きを取り戻してしまった。

 

「奉仕の手を抜くなよ、低能女。ちょっとでも気を抜いたと判断すれば、あの侍女は殺すぞ」

 

 前側のグラム=コブがアンの髪の毛を掴んで、アンの顔を強引に捩じりあげた。

 

「んんっ、んっ」

 

 前で兄のグラム=コブの一物を奉仕させられるとともに、後ろから弟のグラム=ヴェルに乱暴に犯されて、アンの身体には、感じてはならない女としての愉悦が四肢に流れ始め出した。

 

「うっ、んううっ」

 

 アンは爪で床を掴むようにしながら、懸命に自分の身を戒めた。

 達したらノヴァを殺すというグラム=ヴェルの言葉が単なる脅しとも思えなかった。

 この残酷な兄弟なら、ただアンを嘆き悲しませるという目的だけのために、ノヴァを無慈悲に殺しそうだ。

 しかし、後ろから子宮の奥を突きあげるグラム=ヴェルの律動のひとつひとつが、アンの媚薬に侵されている身体を燃えあがらせていく。

 

 だが、一方で兄のグラム=コブへの奉仕を務めなければならないので、後ろからグラム=ヴェルが犯すのに備えることができない。

 それでも、アンは懸命に耐えた。

 口と股間でグラム兄弟の性器を受けるという時間がしばらく続いた。

 

「ああ、つまんねえ身体だが、自慰よりはましか」

 

 背後でグラム=ヴェルが唐突に叫んだ。

 そして、不意に膣の中で怒張から精が放たれるのを感じた。

 ほっとしたが、本当に女を悦ばせるつもりはないのだと思い知った。

 アンの身体の反応を完全に無視した自分本位の射精だった。

 

「じゃあ、後半が終われば、交代するか」

 

 兄のグラム=コブも、弟の射精に合わせるように、アンの口の中に精を放った。

 アンは喉と舌で懸命にそれを飲み下す。

 

 精を放ったグラム兄弟がアンから離れていく。

 ふたりがアンから去ったために、やっと視線をあげることができた。

 離れた椅子にキシダインが優雅そうに腰かけて、打ちひしがれたアンを満足そうに眺めていた。

 また、部屋の隅では、まるで気を失ったようになっているノヴァの上からのしかかっていたモルドが、ちょうどノヴァを犯し終わったところだった。

 

「さあ、後半戦を始めますか、キシダイン公──」

 

 グラム=コブが笑いながら声をかけた。

 キシダインが返事をして立ちあがり、モルドから解放されたノヴァは辛そうな呻き声とともに、再び身体を丸める体勢になった。

 

 

 

 

(第28話『奴隷妻と侍女』終わり)



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 第29話  嵐の前の嵐
166 神殿長代理の訪問


「はい、王手(ラング)

 

 一郎は、女王の駒を右に動かして、マア側の将軍の駒と王の駒を両方とも狙う位置に置いた。

 ランガというチェスに似た駒遊びの真っ最中であり、ここは一郎の屋敷のいつもの広間であって、相手をしているのはマアだ。

 マアはいつもの欺騙リングはしていないので、本来は六十歳を超えた老嬢のマアも、いまは三十歳そこそこの若い美女姿である。

 

「くっ」

 

 相手をしているマアが眉を動かした。

 そして、少しのあいだ熟考した挙句、嘆息しながら王の駒を女王の狙う筋から横に外す。

 一郎は将軍の駒を奪うのではなく、すかさず王の移動した方向に女騎士を寄せた。

 

「あっ、そう来たか」

 

 マアが声をあげた。

 そして、じっと盤面を睨んだ挙句、両手をあげた。

 

「負けかな。十手ほどで詰みか……。参ったのう。このあたしがランガで負けるとはねえ。しかも、覚えて一箇月の素人のロウ殿に……」

 

 マアががっかりしたように溜息をついた。

 いまは夜が訪れたばかりの時間であり、珍しくも、向こうからやって来たマアとランガというゲームをやっていたところだ。

 ランガというのは、この世界におけるチェスのようなものであり、決まった動きのできる王の駒を守る女王、宰相、将軍、神官、騎士、戦車、歩兵といった駒を動かして、相手の王を奪い合うという駒遊びだ。

 教えてもらったのは、このマアであり、一箇月前だが、確かに一郎はすぐに覚えて、あっという間にマアを打ち負かすようになった。

 マアは若い頃から、このランガをよくやっていたらしく、かなりの達人に部類に入るらしい。

 ランガ遊びを教えたのも、ほんの気紛れのようなもので、まさか自分の相手を一郎がまともに務められるようになるとは考えもしなかったようだ。

 ましてや、負けるとは……。

 

「やってみるさ、おマア。俺が得意なのは、次の一手を考えることだよ。十手先なんてとてもとても」

 

「嘘をつけ」

 

 マアは持ち手の駒を盤上に捨てた。

 敗北を認めたということだ。

 一郎は軽く笑った。

 

 しかし、実のところ、いまマアに喋ったことは本当だ。

 一郎はずっと先を読んで打っているわけじゃない。だが、なんとなく、次に打つべき、もっともいい手を思いつくだけなのだ。

 それを連続しているだけの話である。

 だが、それだけで、一郎はたった数回ゲームをこなすだけで、あっという間にマアには負けなくなってしまった。マアはすっかりと衝撃を受けているみたいだ。

 別段に、一郎は召喚される前に、将棋やチェスの達人だったというわけじゃないのだが、なぜか手がわかるのは、これも魔眼保持者の勘の良さのおかげだというのは間違いないだろう。

 

「んふううっ」

「うはっ」

 

 そのとき、一郎とマアが向き合っている卓から少し距離のある長椅子に座っている三人娘からあられもない声がした。

 今度はエリカとコゼのようだ。

 こっちから見えるのは、ちゃんと服を着た三人娘が長椅子に並んで密着して座り、腰から下をそれぞれに一枚の毛布で包んでいる姿だが、実は三人とも毛布の下はすっぽんぽんだ。

 やらせているのは、膣を責めるタイプだけの十個ほどの淫具をまとめて渡し、その中でどれが一番感じるかという報告をすることである。

 適当に済ませようとしても、一郎には淫魔術があるので、後で実際に確かめれば、本当にそれが一番効果があるかどうかがわかる。

 ちゃんと真の一番を選べなかったら、全員の前で排便の罰だと申し渡しているので、三人ともかなり一生懸命だ。

 しかし、選ぶためには、十個の全部の淫具を一度以上は確かめなければならないし、なかなかに大変そうでもある。

 そもそも、何度も達しては……あるいは達しそうになっては、次の淫具を確かめるということを繰り返していては、最後にはなにが一番感じる淫具なのか、訳もわからなくなると思う。

 おそらく、いまはその状態に近いのではないだろうか。

 一郎は耳をすませた。

 

「どうだったのだ、コゼ? あの細くて、お尻の穴と一緒に曲げて入れるやつだろう。やっぱり両方が効くのか?」

 

「はあ、はあ、はあ……。た、多分……。あ、あたしはご主人様にたくさんお尻を愛されているから、やっぱりお尻はだめ……。で、でも、エリカがいましているやつも、結構すごかったし……。わからないわ……」

 

「そうか……。エリカはあの触手みたいなひらひらが棒の部分とは別に動き回るやつだったな……。すごいか?」

 

「う、うん……。す、すごい……と思う……」

 

 エリカが半分朦朧としている感じで言っている。

 一郎はくすりと笑った。

 ひとりひとりが一番自分の身体に効果のある淫具を身体で選べという実に馬鹿馬鹿しい命令に、怒るでもなく諾々と従っている三人の健気さが愉快な気持ちになったのだ。

 

「エリカはなにを使っても、すごいというだけで、なんの参考にもならないわよ。そもそも、どれでもあっという間にいっちゃうし、真剣に選んでるの? エリカの意見って、本当になんの参考にもならないわねえ」

 

 コゼが不満げに言った。

 そして、毛布の下で腰をちょっとあげて、ごそごそと身体を動かして、三人の長椅子の前の卓に拡げている布の上に、股間から外したばかりの淫具を置いた。

 ここから見ても、湯気が見えるかのように、ねっとりとコゼの愛液が温められている。

 

「わ、わたしだって、一生懸命にやってんのよ。でも、お股が振動すると、ロウ様につけていただいたぴあすが揺れて、なにがなんだかわかんなくなって……」

 

 エリカが怒ったように怒鳴っている。

 一郎は噴き出してしまった。

 一方で、エリカもまた、さっきのコゼと同じように、一度腰をあげて両手を毛布の下に突っ込み、悶えさせるような仕草をしながら、淫具を取りだした。

 ごとんと卓に載せたバイブは、ちょっと太めの張形で、エリカの蜜を吸って表面の触手のひだに糸を引いている。

 

「よし、休ませてもらったから、次はわたしがこれを試そう」

 

 シャングリアが手を伸ばして、エリカが股間から外したばかりの淫具を手に取る。

 

「そのまま?」

 

 コゼが呆れたように言った。

 エリカも、赤面して「ちょっと」とか声をかけている。

 

「いまさら……。とにかく、なにをお前たちが選ぶかはわからないが、意見は正確に教え合おうな。命じられた限り、ちゃんと言いつけ通りに本当の一番を選びたい。ロウの期待に応えたいのだ。他の者の身体に合致する淫具であろうとも、きっと順番なんかは参考になるはずだ」

 

「あ、あたしは、これをいくわ。小さいの……」

 

 コゼはまだ息が整わない感じだったが、選んだのはイボ付きのローターだ。

 

「わ、わたし、ちょっと休憩……」

 

 エリカはがくりと脱力して背もたれに倒れこむようになってしまった。

 

「さっきも休憩したじゃないのよ。いいけど、全部一度以上は試さないとわからないのよ。わかってんの?」

 

 コゼがちょっとからかい気味に言った。

 一方で毛布の下で膝立ちになり、股間を引くような恰好で淫具を指で押し込んでいる。

 さらに、シャングリアも顔を上気させながら、鼻息を荒くしつつ、やはり膣に淫具を挿入させている。

 

「だ、だって、一度いくと、すぐにやってもわかんないし……」

 

 エリカは泣きそうな顔をしている。

 なんだか面白い。

 

「いちいち、いくからよ。途中でやめなさいよ。いつもみたいに、ご主人様がやっているわけじゃないんだから」

 

 コゼだ。

 

「とめようとしても、力入んないし、そのときには、いっちゃうのよ。どうしたらいいのよ──」

 

 エリカがさらに大きな声をあげた。

 そんなに一生懸命に言わなくてもいいのにと、一郎もここで噴き出してしまった。

 

「可愛い女の子たちね。大切にしなさいよ、ロウ殿」

 

 一郎がエリカたちに視線を向けていることに気がついたマアが、一郎とともに、エリカたちに視線を向けると、一郎に声をかけてきた。

 

「俺にはすぎた女たちだと思っているよ。女を抱くことしか、とりえのない俺を大切にしてくれる。あいつらがいなければ、俺はこの訳のわからない世界で放り投げられて、野垂れ死んでいたかもしれない。その分では、特にエリカには感謝だな」

 

「まあ、ロウ殿がほかにとりえがないとは思わんがな。少なくとも、ランガではあたしに勝つんだ。これでも、ランガはあたしの得意の遊びだったのだ。負けることも滅多にないほどのな……」

 

「まるっきり素人というわけじゃないよ。まあ、召喚される前の世界にも、同じような遊びがあるしね」

 

 一郎の言った。

 すると、マアがなにかを納得したようにほっとした顔になった。

 

「なるほど、ロウ殿は丸っきり素人というわけでじゃないということか。よかった。なら、まだ救われるな。十代の頃からランガだけは好きで嗜んできた。これが覚えて一箇月の素人に歯が立たないとなると、あたしの数十年はなんだったのかということになるしねえ。そうか、そうか……。ロウ殿も経験者か……」

 

 実際のところ、マアはこのチェスに似た駒遊びには、かなり自信を持っていた感じだった。

 だから、動き方をやっと覚えたばかりの一郎に、たった一箇月で勝てなくなったことが、余程に悔しかったのだろう。だから、一郎がまるっきりの素人ではなかったということが、なぜか安心したのではないかと思う。

 

 もっとも、本当のことをいえば、一郎は召喚される前に、確かにチェスも知っていたし、将棋も知っていたが、それは知っていたということに過ぎない。

 実際のところ、まるっきり素人だ。

 でも、それを教えると、またマアががっかりとするかもしれないので、黙っておくことにした。

 

「だが、丸っきり同じというわけじゃないであろう? 異世界のランガというのはどういうものなのだ?」

 

 マアが何気無い口調で訊ねた。

 一郎は盤面に転がっている女騎士の駒を手に取った。

 

「ほとんど一緒だよ。でも、こっちのランガの一番の違いは男駒と女駒があることかな。しかも、男騎士の駒と女騎士の駒が動きが同じで対等の力がある。女の力が強いこの世界らしいなと思ったよ」

 

 一郎は言った。

 チェスに似たこのランガという駒遊びだが、基本的な駒の動きが少し違うだけでほとんど遊び方はチェスや将棋と同じだ。

 しかし、興味深いのは、王と女王以外は、すべて男駒と女駒に二種類に分かれていることだ。どの駒もはっきりと性別が判別できる形状になっている。

 

「この世界で女の力が強い? 異なことを……。確かにロウ殿の周りには女傑は多いが、それは例外だぞ。あたしも含めてね。力のある男の中では、なかなか活躍できない女が大部分だ」

 

 マアが笑った。

 だが、一郎は首を横に振った。

 

「俺の前の世界の歴史では、能力とは別に、女の地位が必ずしも高くなかったんだ。俺がいた時代こそ、女性であることだけで、社会で活躍する機会が奪われるのはよくないという考えが生まれかけてきたが、それでも浸透した価値観とはいえなかった。それに比べれば、この世界は同じ実力があれば、多くの女性が男の対等に活躍している。妊娠するか、しないかだって選べるしね。だから、駒の力も対等だ。この男将軍の駒と女将軍の駒には力の差がない」

 

 一郎は盤面にある男女の将軍駒を選んで並べながら言った。

 この世界にやって来て思ったのは、実に多くの女性が社会進出しているなということだ。

 なかなかに女性の地位が高いのだ。

 

 それは、もしかしたら、この国の神話では、実質的に世界を作ったのは、太陽神にして女神たちの夫のクロノスではなく、彼の妻の女神たちだという神話が関係しているのかもしれないし、サビナ草という安価で無害で絶対の避妊薬があるということも関係があるかもしれない。

 とにかく、女騎士のシャングリアのように、軍にも女はたくさんいるし、冒険者に男性と同数程度も女冒険者の登録がある。

 一郎には近代になりかけている欧州中世と似たこの社会が、実に社会で活躍する女性が多くて、しかも認められているということに驚く気持ちもある。

 それがこんな遊戯にも表れている。

 男駒も女駒も完全に対等であり、力に差はない。まあ、性質に違いはあるが……。

 

「面白い視点だな。だが、その力のある女がこぞって、ロウ殿に集まろうとする。その集まりに、あたしも加えてもらったのは嬉しいことだがな」

 

 マアが盤面に転がっている駒を全部避けて、さっき一郎が置いた男女の将軍駒の周りに、女駒だけを集めて置く。

 一郎は苦笑した。

 

「だけど、もっと興味深いのは、女駒を敵から奪えば、今度は味方駒として仕えるというルールかな。それに比べれば、男駒は敵にやられれば、二度と盤面には出ない。もしかしたら、この世界では、男に比べれば、女は裏切ることが多いという象徴なのかもね」

 

 一郎は男宰相の駒を置き、騎士の駒に集まっている女駒から幾つかを移動する。

 このランガという遊戯で愉快なのは、女駒に限り、敵から奪うと自駒として、盤面に打てることだろう。それがゲームを面白く複雑にしている。

 

「いやいや、裏切るのは女よりも男だ。そういうことは、あたしはずっとどろどろの社会の駆け引きを見続けてきたからね。むしろ、女は裏切らないよ。本当に男に惚れればね。本物の男に出逢うまでは、まあ、移り気をするかもしれない。それだけのことさ」

 

 マアが一郎が一度男宰相に持っていった女駒を元に置き直す。

 一郎は肩をすくめた。

 

「それを裏切りっていうんじゃないかな。まあ、確かに、俺は俺に尽くしてくれる女たちが裏切るなんて考えもしないけどね」

 

 一郎は笑った。

 すると、マアの笑みがすっと消える。

 

「ロウ殿は、クロノスだよ。一度出逢えば、女が決して離れられないクロノスだ。クロノスに集まる女は自然とクロノスに尽くす。そして、仕える」

 

「クロノスねえ……」

 

 一郎は頭を掻いた。

 正直なところ、一郎のことをクロノスだと称した最初の女はアネルザだっただろうか。

 女神を従えて、この世界を作った創造神にして、天空神でもあるクロノスに喩えられるのは、この世界の男にとって最大の誉め言葉なのだそうだ。

 しかし、神話のクロノスも、一郎と同じように、自分では能力のないただの女たらしという訳じゃないだろう。クロノスに喩えられるのは、少しこそばゆい。まあ、一郎の周りの女たちが、クロノスの女神たちのような実力集団なことは確かだけど……。

 一郎は、なんとなく、きゃあきゃあとはしゃぐようにして、一郎の淫らな命令に素直に従って、淫具選びに没頭しているとエリカたちをちらりと見た。

 しかし、思い出したことがあり、すぐに視線をマアに戻す。

 

「そういえば、アネルザが言っていたが、先日のキシダイン邸主宰の夜会は、かなり閑散としていたらしいね」

 

 一郎はにやりと笑う。

 仕掛け人はマアだ。

 そのことを知っているのは多くはない。

 三人娘は知らないし、イザベラも知らない。

 工作をしているのは、アネルザと目の前のマアであり、一郎は時々その相談に参加するだけのことだ。

 もともとハロルド公たるキシダインが自分の活動資金を得るために、本来は商業ギルド以外には認めていなかった「自由流通」という商活動を第二王女のエルザが嫁いだタリオ公国に限り、王都内のみであれば認めるというかたちで呼び込んだマア商会以下の商会群だったが、そのマアを寝取って、一郎はマアを自分の仲間に引き入れた。

 その結果、マアは表向きには、ハロルド公との癒着を続けている素振りをしながら、ひそかに、どんどんとキシダインの財政基盤を徹底的に破壊し続けている。

 これがすでに効果を出し始めているのだ。

 

 マアがやっているのは、自由流通協会という、この国の商取引をもともと支配している商業ギルドの不倶戴天の敵でありながらも、商業ギルドに属する大商人を裏で次々に乗っ取り、手を回してこの国の流通をどんどんと統制下に置くということだ。

 その過程において、マアはキシダインの影響に属する商家はどんどんと潰し、王女イザベラに反抗的な商売人は破産させ、その間隙にイザベラに友好的な新興の商売人を入れ替えるということをしている。

 その神がかり的な速度での商取引世界の支配をマアに成功させているのは、一郎に支配されることでもたらしたマアの商売の能力の引き上げだ。

 もともと、交易商レベルの高かったマアだが、一郎による「淫魔師の恩恵」で飛躍的に能力が向上している。

 いまのマアにかかれば、この国の商売人など、赤子にも等しいだろう。

 この勢いなら、あと一年もすれば、この国のすべての物流がマアの支配下に完全に陥るのではないだろうか……。

 

 いずれにせよ、まだ、マアが一郎の女になって二箇月ほどだが、すでにその影響が出始めたということだ。

 アネルザやマアが中心となって宣伝して、王女イザベラの評判は、どんどんと高まりつつある。

 マアは、それを見極め、イザベラの評判のあがっている地方領地の物流を盛んにし、キシダイン派の領主の土地では、徹底的に商取引が失敗するように仕向けている。

 キシダインのところに人が集まらないのは、キシダイン派の貴族たちが王都の社交どころじゃなくなり、次々に領地に戻っているということもある。

 そして、本来であれば、それでも人が集まるはずなのだが、この二箇月でキシダインの周りにいた重鎮たちの領地経営が傾いたことで、キシダイン派の影響力が急に低くなっているようだ。つまりは、キシダインに取り入ることに旨味がないと貴族社会や商売人たちが考えるようになったということではないかと思う。一郎はマアたちの仕掛けがこんなに早く影響を与えだすとは思わなかった。

 

「ああ、あの評判の悪いグラム兄弟を招いての夜会かい? あたしは物見遊山で参加したよ、ロウ殿。紹介状も来たしね。キシダインの機嫌の悪さはまさに見物だったよ。是非、ロウ殿に見せたかったね」

 

 マアが笑った。

 

「えっ、本当?」

 

 これには驚いた。

 まさか、キシダイン派の衰退を裏で仕掛けているマアが堂々と、キシダインの夜会に出席するとは思わなかったのだ。

 だが、人を喰ったようなマアならやりかねないと思った。

 しかし、マアがキシダインの夜会に参加したなら、一度確かめたいと思ったことがる。

 

「それで、アン夫人とは会った?」

 

 一郎は小さな声で言った。

 イザベラのために、キシダインとの全面対決を決めたところではあったが、気になっているのはアンというもともとの第一王女のことだ。

 一郎には面識はないが、調べてみると、第一王女のアンという女性は、王族にしては高慢なところがひとつもなく、優しくておっとりとしている評判のいい女性のようだ。

 二年前にキシダインに嫁いでから、ほとんど社交界に出てこないアンのことを懐かしんで、とても会いたがる令嬢も多かった。

 貴族の令嬢界におけるアンの評判を探る過程において、アンについては悪意のある評判などひとつも見つけることができなかった。そして、そのアン夫人は、実にキシダインのことを愛し抜いているみたいなのだ。少なくとも、調べる限り、ふたりは、本当に仲睦まじいというのが専らの評価である。

 しかし、キシダインの失脚は、アンの失脚でもある。

 アンはアネルザの実の娘であり、矛盾するようだが、キシダインを追い込むにしても、アンを不幸にしないですむやり方はないだろうかと、一郎も思わないでもなかった。

 

「アン夫人は夜会などには出んよ。あたしは一度も会ったことはない……。それよりも、そのことだがな、ロウ殿……。あの噂、とても妙だと思わんか?」

 

 するとマアが声を潜めた。

 

「噂?」

 

「夜会などの表舞台にほとんど出ては来んが、キシダインとアン夫婦の仲睦まじさは有名だ。しかし、妙なこととは思わんか? そもそも、ほとんど社交界に、アン夫人を出さんキシダインに、どうして女房孝行だという噂が立つのだろうのう? アン夫人そのものを目撃した者も少ないのに……」

 

「キシダインが作った噂だということ?」

 

「それに、あたしの情報力をもってしても、アン夫人のことはほとんどわからん。どんな生活をしているのかということさえもね。だけど、それは実に奇妙なこととは思わんか、ロウ殿。実のところ、あたしの商会の情報で引っ掛からないということは、余程に厳重にアン夫人のことが屋敷の外に漏れないようにしているということだ。だが、たかが、元王女の日常生活だけのことではないか。なぜ、そこまで厳重に秘密にする必要がある」

 

「マアの諜報が届かない?」

 

 一郎は驚いた。

 超一流の商売人のマアは、情報収集力も超一流だ。

 そのマアにも、アンのことが調べられないというのは、アンについて、かなりの厳重な情報管理をキシダインが敷いているということだ。

 確かに奇妙なことだ。

 

「ロウ殿、アン夫人については一度調べた方がよい」

 

「確かに……」

 

 一郎はうなずいた。

 アネルザと相談して、アンについては一度確認をしようと思った。

 なんとなくだが、ちゃんと調べた方がいいという予感がした。

 こと女のことに関する限り、一郎は自分の直感がかなりの精度で正しいということを知っている。

 アンについては、調べた方がいい。

 一郎の直感がそう言っている。

 だが、いまはいい。

 今夜は、それよりも、目の前のマアを悪戯したくなった。

 考えてみれば、いつも見た目が欺騙リングのせいで老嬢だから、遠慮するところがあるが、実際のマアは三十歳そこそこ肉体の元気な女である。

 一郎が淫魔術でマアの身体を若返らせたのだ。

 

「ところで、勝負には負けたおマアには、罰を受けてもらわないとね。俺の女は誰も彼も、一度以上やっている。貞操帯管理の生活をすごしてもらうよ」

 

 一郎は最近では淫具置き場になっている感もある亜空間から、大小のディルド付きの革紐の貞操帯を取りだした。

 一郎の淫魔術の刻んである貞操帯であり、嵌めると不規則な間隔と不規則な強弱で、ディルドが定期的に局部とアナルを苛む仕掛けになっている。それだけでなく、これを嵌めると糞尿も一郎が外さない限りできないので、完全に、一郎に下半身を管理されることになるというわけだ。

 もちろん、自慰もできない。

 一郎の女なら、いつかは必ずに通過しなければならない洗礼だ。

 

「わっ、なんだ、それは──」

 

 マアが真っ赤になった。

 

「まあ、三日ということにするか。忙しいマアのことだから、すぐにとは言わない。だけど、十日以内に開始の日を決めないと、強制装着するよ。それから三日は、これを付けっ放しで生活をしてもらう。多分、商売のことなんて考えられなくなるからね。まあ、休暇と思って、三日間の空き日程を作ってよ」

 

「そ、そんな……。それに、いまはキシダイン派を追い詰めている大切な時期で……。そんなことにかまける余裕は……」

 

「問答無用だよ。じゃあ、強制だね。今日から三日──。いい子だったら、三日で許してあげよう。調教が不足だと判断したら延長もあるかもね。ほら、立って──」

 

 一郎はマアの手を掴んで立たせて引き寄せる。

 そして、目の前に立たせたマアのスカートに手を入れて、下着をおろしだす。

 

「ちょ、ちょっと……。ちょっと待っておくれ。さすがにいまからは……。わ、わかった。日程を作る。作るから……」

 

 マアは抵抗しようとする。

 でも、そんなに強い抵抗じゃない。

 あっという間に、一郎はマアのスカートから下着を抜いてしまった。

 

「そ、そんな……」

 

 マアが赤い顔をして、涼しくなったスカートの前を両手で押さえる。

 

「大丈夫だよ。それよりも、おしっこがしたければ、ここでしていいよ。掃除はシルキーがいるから問題ない。さもないと、次におしっこができるのは明日の朝だよ。俺が商会に行くから、そのときじゃないと外せないよ。どんな魔道でも無駄だからね。絶対に外せない」

 

 一郎は笑いながら、ノーパンになっているマアのスカートをめくる。

 マアが悲鳴をあげた。

 そのとき、突然に目の前の空間が変化し始めた。

 転送術が繋がろうとしているようだ。

 

「旦那様、スクルズ様のご来訪です」

 

 シルキーの声だけが響いた。

 門からの訪問にしろ、魔道ポッドや移動術の魔道による侵入にしろ、この屋敷に入ろうとする者については、シルキーに厳重な警戒をお願いをしており、一郎の許可なく誰も侵入できない。

 だが、頻繁にやって来るというよりは、ほとんど入り浸っているスクルズについては、無条件に一郎たちがいるところに転送術の出口を繋げるように言い渡している。

 だから、シルキーは、一郎の許可を口にする前に、一郎の前に移動術の出口を繋げたのだ。

 

「ロ、ロウ様、失礼します。ちょっと、お願いが……。あらっ、お取込み中なのですね……。向こうも?」

 

 スクルズはいつもの筆頭巫女姿だった。

 一郎は片手にマアの下着を持ち、さらに片手でディルド付きの貞操帯を持っていた。

 それに、ちょっと離れたところでは、エリカたちが淫具遊びの真っ最中だ。

 スクルズは瞬時に、その両方に視線を動かした。

 

「おお、スクルズか──。問題ない。こっちの話は終わりだ。ほら、ロウ殿、スクルズだ」

 

 マアがほっとしたように、一郎から離れ、その代わりにスクルズを一郎の前に押しやる。

 一郎は苦笑した

 まあいいか……。

 マアの貞操帯管理デビューは今度でもいい。

 だが、数日中にはやらせよう。

 考えてみれば、マアだけ、この貞操帯生活の儀式をやってないというのは、片手落ちというものだ。

 一郎はマアの下着と貞操帯を亜空間に収納しなおした。

 

「どうした、スクルズ。もちろん、お願いは受けるよ。なんのことかわからないけどね。ほかならぬスクルズの頼みだ。いつも俺が頼んでばかりで悪いしな」

 

 スクルズには、なにかにつけて呼び出して、一郎がクグルスに作成させた淫具に、一郎の淫魔術に合わせた魔力を刻んでもらって魔道具に加工してもらったりしている。

 王都一の魔道遣いとも称されるスクルズを淫具作りに使うというのは、なんとも贅沢なことだが、スクルズは嫌な顔ひとつせずに、にこにこしながら協力してくれる。

 そうやって、日頃世話になっている以上、スクルズの頼み事ならばきかねばならないだろう。

 あっちでエリカたちに試させている淫具だって、スクルズに全部魔道を込めさせた。

 そのおかげで、一郎でなくても、操作具を動かせば魔力が動いて淫具が作動する仕掛けになっているのだ。

 つまりは、王都一の魔道遣いのスクルズが淫具の電池代わりということだ。

 まあ、贅沢だろう。

 いずれにしても、スクルズがわざわざ頼み事をしにやって来るとは珍しいことだった。

 

「で、でも、よろしいのですか……」

 

 スクルズが、部屋の様子を眺めながら遠慮がちに言った。

 

「構わん、構わん──。のう、ロウ殿」

 

 マアが横から口を挟んだ。

 一郎はマアがかなり焦った様子に、ちょっと笑ってしまった。

 

「ああ、構わないよ……。おい、エリカ、コゼ、シャングリア、一時やめだ──。お前たちの報告は後で聞く。それよりもスクルズだ。頼みごとがあるそうだぞ。ちょっと、そっちもやめだ」

 

 一郎は大声を出した。

 

「えっ? あっ、スクルズ」

「んひいっ、うわっ、あっ、スクルズ」

「おう、スクルズか」

 

 コゼ、エリカ、シャングリアがやっとスクルズに気がついて、こっちを見た。

 だが、全員が淫具遊びにかまけていたので、まだ半分以上頭が回っていない感じだ。

 それに、あのままではすぐには動けないだろう。

 一郎は淫魔術を三人に注いで、多少はまともな状態にした。

 エリカたちがやっと我に返りだす。

 とにかく、慌てたように淫具を外しては、横に脱いでいた下半身の下着や衣類を身につけようとしている。

 すると、シルキーが出現して、三人に股間を拭く布を渡しだす。

 さすがは、屋敷妖精だ。

 

「ロウ殿に頼みというのは、危険なことか?」

 

 マアが訊ねた

 スクルズは、慌てたように手を左右に振って否定した。

 

「とんでもありません、マアさん……。いえ、できればマアさんにも来ていただいた方がいいのかも……。実は第二神殿のベルズのところに、アネルザ殿下とミランダがシャーラを連れて来ているのです。でも、少々熱くなられてきたようで、ロウ様にふたりをなだめて欲しいそうで……。ベルズからそのように伝言が来たので、わたしがやって来たということなのです。申し訳ありませんが、わたしも伝言を受けただけなので、詳しいことは……」

 

「アネルザ王妃様とミランダがシャーラを連れて、ベルズ殿のところ? 珍しい組み合わせだな」

 

 一郎は言った。

 

「少し前のことですが、ロウ様が仲間内の団結を深めるという狙いで、ここで愉しい催しをなさいましたよね。それでミランダや王妃殿下も思うところがあったようです。きっと、これからのことで、わだかまりがないようにという配慮で、王妃殿下はシャーラを呼び出し、膝を交えて話をしようとしたと聞いています。ただ、ベルズはとても困っているようで……」

 

「じゃあ、危険なことではないのね」

 

 急いで服を整えたらしいエリカがやってきて、ほっとした表情で言った。

 コゼもやって来る。

 シャングリアはまだだ。向こうでごそごそしている。

 そのシャングリアも含めて、エリカもコゼも、まだ身体が怠そうだ。

 一郎は淫魔術で三人を元気にする。

 眼に見えて、三人の足腰がしっかりとなる。

 

「じゃあ、とりあえず、みんなで行くか」

 

 一郎の言葉に全員が頷く。

 しかし、思い出したことがあり、一郎はさらに口を開いた。

 

「そういえば、先日の慰霊祭はご苦労様だったね。見事な式典だったと評判のようだ。さすがはスクルズと、王都でも称賛の声で持ちきりのようだし……。声をかけそびれてね」

 

 声をかけると、スクルズは恥ずかしそうな顔になった。

 第三神殿や冒険者ギルドへの襲撃によって亡くなった者に対する合同慰霊祭が行われたのは数日前のことだ。

 あのクライド事件の被害にあった第三神殿で催されたものであり、一郎も市民に紛れて見物したが、国王も参加する盛大な式典だった。

 その式典を主催したのが、いま神殿長代理の地位にあるスクルズなのだ。

 

 もちろん、大勢の王都の市民も集まった。

 一郎もその他大勢の市民とともにその式典を見たが、式典の中心に立つスクルズの姿は、荘厳にして可憐であり、また、その凛々しくて美しい姿に、多くの市民とともに感嘆したものだ。

 一方で、実はその神殿長代理を好きなように嗜虐して嬲っているのだと思うと、改めて自分の立場に嬉しくなる。

 

「ありがとうございます、ロウ様……。しかし、わたしの力ではないのですよ。これに関わった皆様の力です。でも、もしかしたら、なんとか無事に終わることができたのも、ロウ様のおかげかもしれません」

 

 スクルズははにかむように言った。

 

「俺のおかげ?」

 

「はい……。式典の準備にあたり、ロウ様が頼める仕事はほかの者に頼めと言ってくださいましたので、その通りにいたしました。その結果、かえってうまく物事が回るようになりました。やっぱり、わたしひとりで抱え込んでしまうのではなく、皆様にお願いすればいいのですね。ご忠告に感謝します」

 

 スクルズが頭をさげた。

 一郎は首を捻った。

 およそ、そんなことは言ったことはないし、スクルズの仕事のやり方に忠告などするわけがない。

 ただ、仕事で忙しそうなスクルズを呼び出すとき、「そんなものは他の者にやらせればいい。みんな、スクルズを助けたがっているんだから」くらいは言ったかもしれない。

 スクルズを呼び出すための方便だが、スクルズは、そのことをいいように解釈したのだろう。

 

「……それに、式典のときも、ロウ様らが来られていることは見えていました。おかしなこともされているのでびっくりしましたが、おかげで、緊張もほぐれました……」

 

 スクルズが笑った。

 

「えっ、あれが見えてたの?」

 

 エリカが真っ赤になった。

 一郎もこれには苦笑で返すしかなかった。

 あの慰霊祭の式典のとき、一郎たちは、一般市民のために準備された広場の中の群衆の中にいたのだが、実のところ、エリカを相手に、コゼとともにふたりがかりで「痴漢ごっこ」をしていたのだ。

 つまりは、身体の前で指縛りしたエリカを後ろから思う存分に、コゼとふたりがかりで悪戯しまくったというわけだ。

 あの大群衆の中で一郎たちの姿を見つけられたというのは信じられないが、スクルズの物言いによれば、どうやらあの痴漢ごっこまで見られていたようだ。

 周囲の誰にも知られていないと思っていただけに、一郎も少しびっくりした。

 

「なに? なんだ? あの慰霊祭のとき、なにかしたのか? 聞いていないぞ、わたしは」

 

 そのとき、シャングリアが大きな声をあげて、やって来た。

 どうやら、シャングリアも、やっと身支度が終わったようだ。

 慰霊祭のときには、男爵家の家柄であり、自身も「騎士」の称号を持つシャングリアは、ほかの貴族と同様に貴族席にいた。だから、あのときは、一郎たちの近くにはいなかったのだ。

 

「ただの痴漢ごっこだ。気にするな」

 

 一郎は笑った。

 

「ちかん? ちかんとはなんだ?」

 

 シャングリアが首を傾げた。

 

「今度、実践で教えてやる。必ずな」

 

 一郎は“必ず”という言葉に力を入れて言った。

 

「それに、わたしもまた、ロウ様のご一部とご一緒でした。だから、それもあり、あまり緊張しなかったのです」

 

 すると、スクルズが顔を赤くして言った。

 

「俺の一部?」

 

 一郎は首を傾げた。

 

「はい、あの慰霊祭の朝、ここでロウ様に犯していただきました。実は、そのときの精をしっかりとお股に溜めたまま、式典をさせていただきました。だから、あんな大役を無事にやりとげられたのです」

 

 スクルズがにこにこしながらそう言った。

 一郎はさすがに呆れた。

 エリカたちも、マアも目を丸くしている。

 

「俺の精を入れたまま式典を主宰したのか?」

 

「ロウ様に犯されているのだと思いながら、ぎゅっと股に力を入れながら祈りを捧げました。愉しゅうございました」

 

「大した淫乱巫女ねえ」

 

 コゼが声をあげた。 

 

 

 *

 

 

 エリカたち三人にマアを加えた五人で、スクルズに連れられて移動術で到着したのは、第二神殿内にある巫女の私室が集まっている棟の一画だった。

 筆頭巫女であるベルズの私室の横にある集会場のような場所の前であり、入り口の扉は閉まっているものの、十人ほどの巫女が扉の前に集まっていた。

 また、いつもは直接に私室に転送術で訪問するのだが、今日は部屋の前の廊下だ。スクルズによれば、そうしてくれと、事前にベルズに念を押されていたようだ。

 

「スクルズです。ベルズに頼まれて来たのですが……」

 

 スクルズが声をかけると、巫女たちが一斉に振り向いた。

 

「おう、スクルズ様」

「スクルズ様、マア様もですか? これは頼もしい」

「シャングリア様に、マア様まで」

 

 スクルズとマアとシャングリアの登場に、そこにいた巫女たちは色めきだった声をあげた。

 マアは移動術で転送する直前に、欺騙リングを首に嵌めたので、いつもの老嬢の見た目だ。

 ただ、下着は返していないので、スカートの下はノーパンである。

 ちょっとひとりだけ恥ずかしそうにしている。

 実年齢では六十を超えても、やはり羞恥はあるのだろう。

 まあ、当然か……。

 

 また、当たり前だが、一郎の名を呼ぶ者はいない。それどころか、巫女の生活棟であるこの場所に、男である一郎がやって来たことに、明らかに訝しむ表情をしている。

 ただ、第三神殿の神殿長代理のスクルズと一緒なので、さすがに「出ていけ」と怒鳴る者はいない。ただ、ここでは「ロウ」としての名と顔は売れていないので、以前一度訪問したことを覚えている者以外は、何者だろうかと思っていることだろう。

 

「こちらはロウ様とお仲間の女性たちです。ベルズに連れてきてもらうように頼まれたのですが……。ベルズはどこなのですか?」

 

 スクルズが巫女たちに言うと、巫女たちのひとりが進み出た。

 

「アネルザ王妃殿下とミランダ様と一緒に室内におられます。王妃殿下はお忍びであるということで、神殿長にも来訪はお伝えしていません……。それと、室内の状況についてはわかりません……。ベルズ様が防音の結界を刻んでおられるようです。声も音もしませんので……。ただ……」

 

 そのとき、説明をしている巫女が困惑顔をした。

 

「ただ、なんですか?」

 

 スクルズはにっこりと微笑んだ。

 一郎から見ても、こうやって誰かと会話するときのスクルズは、思わず引き込まれるような優しい笑みを浮かべる。

 相手の巫女が少し顔を赤らめるのがわかった。

 

「……た、ただ、時折慌てたように部屋から出てきては、ベルズ様はお酒を持って来るようにお命じになるのです。中には四人しかいないはずなのですが、もうかなりのお酒をお運びしました。わたしたちも、どうしたものだろうかと訝しんでいるところなのです」

 

 酒……?

 四人で酒を飲んでいるのか……?

 そして、ふと見ると、部屋の前に数本の蒸留酒の大瓶が置いてある。

 どうやら、慌てて贖ってきたような感じであり、まだ封も新しくて、切られてもいない。

 声を掛けられれば、すぐに運んでいけるように待機しているのだろう。

 

 いずれにしても、ミランダはともかく、正王妃のアネルザの訪問だ。

 巫女たちが緊張しているのは当然だろう。

 だが、中にシャーラもいるのだろう?

 そんなに派手な酒盛りをしているのだろうか。

 そもそも、一郎はシャーラが酒を飲んでいる姿を見たことがないが……。

 

「……わかりました。では、ここから先は、ベルズとわたしが引き受けます。皆さんは部屋に戻ってください……。また、王妃殿下はお忍びで参られたのですからね。今日のことは他言無用に願います」

 

 スクルズが言うと、巫女たちは顔を見合わせていたものの、やがて散会しはじめた。

 それにしても、スクルズが念を押した「他言無用」という言葉には、なんの効果もないだろう。

 なにが起こっているのか知らないが、巫女たちが騒然とするくらいのアネルザたちの酒盛りは、尾ひれをつけて噂になるのかもしれない。

 まあ、王妃が神殿や冒険者ギルドと仲良くすることについて知られても、困ることはないのでどうということはないが……。

 いずれにしても、室内にアネルザ、ミランダ、シャーラ、ベルズがいることは、一郎の魔眼で確認した。

 

「では、行きましょうか、ロウ様、マアさん……。エリカさんたちご三人は、少しだけここでお待ちください。念のために待機を……」

 

 とりあえず廊下から人がいなくなると、スクルズが巫女たちが準備していた酒の瓶を二本ほど抱えて、にっこりと笑った。

 一郎が頷くと、スクルズは魔道の「言玉」を室内に送る。

 来訪を中に知らせるためだ。

 

「おう、来たか、スクルズ。とにかく、ロウ殿、頼む……。中は入ればわかる……」

 

 すると、がたんと扉が音を立て、次いで、疲れたような表情のベルズが飛び出してきた。

 扉を開いた瞬間、誰かの罵声が聞こえた気がしたが、ベルズが扉を閉めることで、防音の結界は働いたらしく、声は途絶えた。

 なんだ……?

 アネルザかミランダは酔っているのか?

 なんとなく一郎は思った。

 

「おう、ロウ殿、よくぞ来てくれた。とにかくお願いする。中を鎮めてくれ……。スクルズ、あんたは入らない方がいい。みんなもな。若い女は危険だ。あれ? マア殿……。いや、マア殿ならあり得るか……。よければ一緒に……。マア殿なら言うことをきくかも……。いずれにせよ、中に──」

 

 ベルズは早口で言った。

 そして、スクルズが持っていた酒瓶を一郎に押しつける。

 すると、じっとベルズの様子を見ていたマアは、すっと後ずさりをした。

 

「いや、悪いね。突然に用事を思い出したよ。悪いが帰る。ああ、心配しなくていいよ。家人を呼んで迎えを呼ぶ。あたしのことは気にしないでおくれ」

 

 マアがそのまま離れた。

 一郎はまるで逃げるように立ち去ったマアに呆気にとられた。

 

「さすがにマア殿だな……。やっぱり勘づいたようだ……。だったら、やっぱりロウ殿だ。これはロウ殿しかおらん。さあさあ、部屋の中に……」

 

 ベルズが酒瓶を持たされている一郎を扉の前に押しやる。

 

「おいおい、ベルズ殿」

 

 一郎は狼狽した。

 だが、抗議する暇も余裕もない。

 ベルズはさっと扉を開けて、一郎だけを室内に押し込んだ。

 しかも、一郎が部屋に入ると、すぐさま背後で扉がばたんと閉じる。

 

「な、なんだよ……」

 

 一郎は条件反射的に扉を手に取ったが鍵が閉まっている。

 鍵というよりは魔道の施錠術のような感じだが、とにかく、外から室内に閉じ込められてしまった。

 

「おい、ベルズ、どうしたのさ。酒は持って来たのかい? ミランダが飲む物がなくて、困っているだろう。早く持って来るんだよ」

 

 そのとき、アネルザの怒鳴り声が響いた。

 そして、ミランダのけたたましい笑い声……。

 ぎょっとして、室内を見た。

 部屋には、確かにアネルザとミランダとシャーラの三人がいた。

 そして、大量の料理と十数本の酒の空き瓶が卓と床の両方に転がっている。

 しかし、三人は上半身が裸体であり、乳房を丸出しにしている。

 なんで、あんな格好を……。

 

「ロ、ロウ殿、た、助けてください」

 

 声をあげたのはシャーラだ。

 シャーラはアネルザに引き倒されて、アネルザに馬乗りにされていた。なにをしているのかはわからない。

 そして、ミランダは、そのふたりの横で気でもおかしくなったかのように笑い続けている。

 シャーラはともかく、アネルザとミランダが、完全に泥酔状態にあるのは明らかだ。

 

「ロウ殿だって──?」

 

「ロウ?」

 

 アネルザとミランダが同時にこっちを見た。

 そして、形相が変わる。

 思わずたじろいだ。

 ふたりの表情で連想したのは獲物を狙う肉食獣の姿だ。

 アネルザが立ちあがる。

 すると、シャーラも起きあがった。

 

「王妃殿下、ミランダ、では、わたしはこれで失礼します。ロ、ロウ殿、あとはよろしくお願いします」

 

 シャーラがそばにあった自分の服を抱え込むと、移動術を刻んで、あっという間に消えてしまった。

 一郎は呆気にとられた。

 

「アネルザ、ロウを逃がさないで──」

 

 ミランダが叫んだ。

 

「わかっているわよ」

 

 大柄のアネルザが飛び出して来て、一郎の襟首を有無も言わさぬ感じでむんずと掴んだ。

 

「捕まえたよ、この色男──。さあ、あたしらと酒を飲もうよ。わたしはあんたに惚れ抜いているよ。このクロノス──。ほら、酒だ──」

 

 そのアネルザがもの凄い力で一郎を引っ張り座らせる。

 

「ははははは、このロウ──。まさか、あんたが来てくれるとは思わなかったわ。ほら、飲んでよ──」

 

 ミランダが一郎に乳房を擦りつけるようにして、空いている盃を一郎に渡そうとする。

 これはふたりとも、完全に泥酔だ。

 一郎は閉口した。



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167 酒酔い女の逆襲

「ほうら、捕まえたぞ、この鬼畜男め」

 

 アネルザが一郎の襟首を掴んだ。

 

「やっと来たね、ロウ──」

 

 さらにミランダも飛びかからんばかりに、一郎に抱きついてくる。

 気がつくと、一郎が抱えて来た酒瓶は、ミランダに奪われていた。

 そのまま、引きずられるように、上半身が裸の女二人に挟まれて床に座らされる。

 

「お、お前ら酔ってんな──。それにしても、ここにある酒を全部二人で空にしたのか? 料理だって大変なものじゃないか。随分と派手に飲み食いしたものだなあ」

 

 一郎は呆れて言った。

 部屋にある卓は広いものだったが、そこにびっしりと大皿が置いてあり、半分以上はすっからかんになっている。酒瓶は五十本はあるだろう。

 ことごとく飲み尽くしている。

 第一、ふたりとも怖ろしく酒臭い。

 

「料理はわたしが運ばせたんだ。酒はミランダが持って来たものさ。それでも足りないから、わたしが代金を払って、買いに行かせたんだ」

 

「そうだよ、ロウ──。そもそも、べルズには、あんたを呼んで来いとさんざんに言ったんだ。なんで、すぐに来なかったのよ。どうせ、あの三人娘と遊んでいて、あたしたちなんかに構う気になんかならなかったんだろう」

 

 ミランダが一郎の襟首をぐっと片手で掴んだ。

 その力が怖ろしく強い。

 一郎は必死になって、それを振りほどいた。

 

「げほっ、げほっ……。な、なに言ってんだ。俺は呼び出されて、すぐ来たぞ」

 

 一郎は咳込みながら言った。

 

「な、なんだって? ロウ殿、あんたは酷い奴だよ。わたしたちがあんたに会いたがっていることを知っていながら、知らんふりをしたんだね」

 

 だが、一郎の言葉など、まったく耳に入らなかったのか、アネルザが血相を変えた口調で怒鳴った。

 

「それは本当かい、アネルザ──? やっぱり、あんたは人でなしだ、ロウ……。聞いておくれよ、アネルザ──。こいつは、このあいだ、あたしを襲って顔に袋を被せて犯したんだ。しかも、抵抗できないように毒で痺れさせてね……。あたしがどんなに惨めな気持ちになったかわかるかい」

 

「わたしなんか、最初のときには逆さに吊るされたさ……。そして、スカートが捲くれるのを防ごうとする手を、こいつはあの三人娘に電撃鞭で代わる代わる打たせたんだ……。しかも、こいつは、いまでもわたしの股間に疑似男根をこさえて苦しめるんだ。こうやってね」

 

 アネルザが一郎の股間をズボンの上からむんずと掴んだ。

 そして、もさもさと動かしてくる。

 

「う、うわっ、ちょ、ちょっと、やめろよ」

 

 一郎はさすがに声をあげた。

 しかも、結構アネルザは力が強い。

 そのアネルザが酔った力で睾丸をぐりぐりと掴むので痛いのだ。

 だが、前から迫るアネルザに対して、ミランダが後ろから一郎を支えるように挟んでいるので、一郎は逃げることもできない。

 

「やめるもんかよ。この女たらしめ──。わたしは、この歳でひとりの男にこうまで心が縛られるとは思わなかった。お前と会ってから、このアネルザともあろう者が、四六時中、お前のことばかり考えている。どうしてくれる。責任をとれ、この鬼畜男」

 

「待ちなよ、アネルザ、まずは裸にしようよ。こいつに、いつもあたしたちが受けている仕打ちと同じことを味わわしてやろう」

 

 ミランダがけらけらと笑った。

 そして、いきなり一郎の上衣を左右に引き千切って、強引に一郎の胸板を剥き出しにした。

 

「い、痛い」

 

 一郎は声をあげた。

 ミランダが怪力で無理矢理に破った服を背中に引っ張ったので、両腕が破られた服とともに後ろに捩じられるかたちになったのだ。

 

「おお、こうやって肌を改めて眺めると、なんかぞくぞくするよ……。おおお……」

 

 アネルザが前側から一郎の頬に自分の頬をくっつけるとともに、一郎の裸の胸に自分の大きな乳房を擦りつけるようにした。

 おかしな声は、一郎の胸に乳首を擦りつけたときに性感を刺激されたアネルザの甘え声だ。

 

「アネルザ、狡いよ。半分はあたしのものさ」

 

 すると、ミランダが一郎の前側に回って来て、アネルザの反対側から、同じように一郎の胸に乳房を擦りつけててくる。

 一郎はふたりの女に床に倒されて、上から乗っかられる体勢になった。

 

 まったく、こいつらは……。

 

 一郎はすっかりと酔っているふたりの姿に呆れてしまった。

 スクルズを通したベルズの話によれば、ミランダの計らいで、かねてからのわだかまりをなくすため、お互いに遺恨のありそうなシャーラとアネルザが呼び出されて、ここで腹を割った話し合いをしていたということのはずだ。

 

 それが、どうして、こんなことになったのか……。

 もっとも、予想はつく。

 おおかた、ミランダが腹を割った話となれば酒だと思って、この大量の酒を持ち込んだのに違いない。

 だが、すっかりとミランダとアネルザが酔ってしまったのではないかと思う。

 

「ああ、ロウ殿、この歳になって恥ずかしいと思うが、わたしはお前に夢中だ。なんでも言うことをきくから、いつまでも、わたしをお前の女のひとりに加えていてくれ。そのうち、ルードルフを脅して、爵位でも領地でもなんでも貰ってやるから」

 

 アネルザが頬と胸を一郎の身体に擦りつけながら、甘えた声をあげた。

 爵位などいるか……。

 そう言おうとしたが、一郎の顔に急にミランダの顔が迫った。

 そして、そのミランダの唇に口を塞がれる。

 なにかが入って来た……。

 酒だ……。

 ミランダが一郎に酒を口移しで飲ませたのだ。

 

「とにかく、ロウ、あんたも飲んでおくれよ。たまには、あたしととことん付き合ってくれてもいいだろう」

 

 唇を離したミランダが、けらけらと笑いながら嬉しそうに言った。

 どうでもいいが、猛烈に強い酒だ。

 喉が焼けたようになって、一瞬にして全身がかっと熱くなった。

 

「おっ、だったら、わたしの酒も受けてくれ、ロウ殿。こっちは、わたしからの愛の酒だ」

 

 アネルザが起きあがって、同じように酒を口で含んで一郎に飲ませて来た。

 仕方なく、一郎はそれも受ける。

 あまり酒を重ねたくはなかったが、断れば暴れ出すのではないかと思ったのだ。

 それにしても酒が強い。

 一郎はあっという間に、酔ったような心地になった。

 

「はははは、ロウ、あんたは酒には弱いんだね? このくらいの酒でそんなに真っ赤になっちゃって……。希代の鬼畜男のくせにだらしないんじゃないかい? こりゃあ、面白いねえ。このあたしや、アネルザ、それに三巫女だけでなく、姫様にシャーラ、雌狸(めすだぬき)と称される凄腕の女豪商のマア、あの変な女妖魔のサキ、もちろん供の三人という王都の女という女を自分のものにするようなあんたが酒は得手じゃないのか。こりゃあ、おかしいよ」

 

 ミランダが一郎の上に半身を重ねたまま笑った。

 なにがそんなにおかしいのか……。

 もっとも、一郎も、酔っ払い相手では、なるべく大人しくしていることが得策だということは承知している。

 

「……あまり酒を飲む機会もなくてね」

 

 とりあえず、それだけを言った。

 

「それにしても、ミランダ、あんたは面白い女だね。そうとわかっていれば、もっと早く付き合うんだった。なによりも、酒の飲み方が豪快でいい──。さっきも言ったけど、このアネルザは、これからは冒険者ギルドの後見人のひとりだよ。イザベラもあんたも、わたしの仲間だ。絶対に誰にも手を出させはしない。安心しておくれ」

 

 アネルザが大きな声をあげる。

 すると、なにがおかしいのか、またもやミランダが大声で愉しそうに笑った。

 いずれにしても、ふたりとも床に仰向けになっている一郎の身体に添い寝をして乗ったままだ。

 一郎は観念することにした。

 

 とにかく、この感じであれば、ふたりはすっかりと打ち解けたようだ。

 肝心のシャーラとアネルザが心を許し合うようになったのかはわからないが、少なくとも、ミランダはこの国の正王妃のアネルザを呼び捨てにするほどに親しい感じにもなっている。

 

「……そういえば、シャーラとは仲良くなったのか、アネルザ? さっきは逃げていったみたいだったが……」

 

 一郎は訊ねた。

 

「シャーラかい? もうわかったから、帰らせてくれと繰り返していたが、そういえば、いなくなったねえ。まさか、帰ったのかい?」

 

 すると、アネルザが怪訝な顔になった。

 横でまたもや、ミランダが気でもおかしくなったように笑う。

 あまり、酒に酔ったところなど見たことはないが、ミランダが笑い上戸とは知らなかった。さっきから笑ってばかりだ。

 

「さっきロウと入れ替わりに消えたじゃないかい。気がつかなかったのかい、アネルザ」

 

 ミランダが笑いながらアネルザをからかう。

 

「わかんなかった……。くそっ、このわたしがお詫びの印に、シャーラに犯されてやると言っていたのに……。あいつ逃げたんだね。やっぱり、あいつは意気地なしだ。だから、キシダインにつけ込まれるんだ」

 

 アネルザが憤慨したように言った。

 犯されてやるつもりだった……?

 いや、あれはどう見ても、アネルザがシャーラに馬乗りになって襲い掛かっていた。決して、シャーラに犯されようとされていた姿とは思えない。

 

 いずれにしても、このふたりは、ずっとこうやって泥酔して、シャーラやベルズを困らせていたに違いない。

 それにしても、逃亡したシャーラはともかく、ベルズはまだ部屋の外でこの部屋の様子を窺っているはずだ。

 スクルズも三人娘もだ……。

 それなのに、顔を出す気配さえない。

 畜生……。

 あいつら……。

 

「いや、シャーラはよくやっているよ。度重なるキシダインやあんたの刺客からイザベラを守り続けているんだからね。あのエルフ族の魔道戦士は大したものだ、アネルザ」

 

 ミランダが笑うのやめて、真顔で言った。

 すると、アネルザの表情が一変した。

 

「……言っておくけど、わたしはイザベラの命を奪おうとしたことはないよ。そんな怖ろしいことなんて想像もしていなかった……。そうとわかっていたら、キシダインを説教していたさ……。もちろん、わたしがキシダインの口車に乗せられて、イザベラに度々意地悪をしたのは認めるけど、殺そうとするなんてとんでもない話さ。それだけは信じておくれよ、ミランダ──」

 

 アネルザは今度はぼろぼろと涙を流しだす。本当に鬱陶しい。

 

「信じるよ。信じるともさ、アネルザ。お前がそんなひどいことするわけがない」

 

 すると、ミランダも一緒になって泣き出す。

 挟まれている一郎は嘆息した。

 

「た、ただ、わたしは、アンをなんとか王妃にしてやりたかったのさ……。王になる望みはないけど、せめて王妃にね。あの娘は嫡子なんだ──。本来なら王太女になるべき女なんだ。母として、アンのことを心配していただけなんだ。信じておくれよ、ミランダ」

 

 アネルザがぼろぼろと涙をこぼし続ける。

 今度は泣き上戸か──

 

「……信じているよ、アネルザ。あたしたちはもう親友さ。そう誓ったろう」

 

「そうだ──。わたしらは親友だ。そして、同じ男に征服された女だ。これからも仲良くしよう」

 

 アネルザが満面の笑みを浮かべた。

 とにかく、泣いたり、笑ったりと忙しいことだ。

 

「じゃあ、仲良くなってよかったじゃないか。ところで、そろそろ、退いてくれないか」

 

 一郎はとりあえず言った。

 どうでもいいけど、こいつらはずっと一郎に添い寝するかたちで、左右から押さえつけているのだ。

 

「なんだって、ロウ──。あたしたちの愛を受けられないというのかい──? やっぱり、あたしたちが若くないから気に入らないんだろう」

 

「聞き捨てならないね、ロウ殿。わたしたちのことを年増扱いするのかい。これでも、まだ女ぶりは捨てたもんじゃないはずさ──。見てごらんよ。このミランダの肌を──。ドワフ族は年齢を重ねないというからね。まるで少女の肌じゃないかい。まあ、さすがにミランダに比べれば、わたしは見劣りするけどね……」

 

「いやいや、アネルザ、そんなことないさ。あんたも綺麗だよ──。よし、こうなったら、あたしらを年増扱いしたロウを懲らしめようよ。こいつが好きなレイプをしよう。ただし、襲うのはあたしらで、襲われるのはロウだ。あたしは、一度、この鬼畜男は、自分の女たちと同じ目に遭うべきだと思っていたんだ──。教育のためにね……。それをするのは、あたしたちのような歳上の女の役目だと思わないかい」

 

「思うよ──。じゃあ、ロウ殿、あたしたちを年増と言った仕返しだよ」

 

 アネルザが笑いながら、一郎のズボンに手をかけた。

 一郎は驚いた。

 

「ま、待ってたら──。いつ、俺がふたりを年増扱いした──。わ、わっ、わっ、待てって」

 

 一郎はズボンを緩め始めるアネルザを阻止しようと、アネルザの手を払いのけようとした。

 だが、体勢を戻したミランダが、一郎を背後から羽交い絞めにして、それを防ぐ。

 一郎は、あっという間に、女ふたりに素裸にされてしまった。

 

「こうやって、押さえているから犯してしまいな、アネルザ」

 

 ミランダが愉しそうに言った。

 そのミランダは、すごい力で一郎を捕まえている。

 

「わかった。悪いけど最初にこいつをもらうね。その代わり、次はあんただ。わたしばかり、いい思いをするのは申し訳ないもの。今度はわたしがロウ殿を押さえつけるね」

 

 アネルザがそう言いながら、下に身に着けていた長いスカートを脱ぎ始める。

 やがて、下着まで脱いだアネルザは、一郎の腰の上に跨り、騎乗位でそのまま乗って来るような仕草で腰を落とし始めた。

 

 仕方ない……。

 ここは、酔っ払い女ふたりに付き合ってやるか……。

 一度相手をすれば、ちょっとは大人しくなるだろう。

 酔いも精の力で飛ばすことも可能と思う。

 

 そうしたら、廊下で様子を窺っているはずの女たちをこっちに呼んでやる。

 静かになるまで、一郎に泥酔したふたりを押しつけようとしても、そうは問屋が卸すものか──。

 

 いずれにしても、とにかく、ふたりを抱き潰して静かにさせるか……。

 一郎はまだ半勃ちだった一物を勃起させた。

 ミランダとアネルザが、一瞬息を飲み、そして、ごくりと唾を飲み込んだのがわかった。

 

 

 *

 

 

「だ、大丈夫なんですか、ベルズ殿? ロウ様にみんな押しつけて……。やっぱりみんなで入った方が……」

 

 エリカは三度目くらいの声をかけた。

 ミランダとアネルザをロウとともに閉じ込めている部屋の前だ。

 ベルズが部屋に防音の結界をかけたので、中の様子は漏れ聞こえることはないが、ベルズから、おおよその中の様子は教えてもらった。何度か中の様子も確認してもらった。

 

 とにかく、それによれば、話をしていて酒を飲み過ぎたアネルザとミランダは、いつの間にか泥酔してしまい、シャーラとベルズに絡んで大変だったらしい。

 特に、酔っ払ってからはロウをここに呼べと大騒ぎをし、それに閉口したベルズは、スクルズに助けを求め、そのスクルズが屋敷までやって来て、ロウをここに連れて来たというわけのようだ。

 

「おふたりとも、日ごろの鬱憤が溜まっていたのかもしれませんね。それでお酒を飲んで、それが発散してしまったのでしょう」

 

 スクルズがにこにこと言った。

 

「鬱憤が溜まるのもわかるし、それを酒にはらしても結構だ。だが、なぜ、それをここでするのだ。いい迷惑だ。冗談じゃない」

 

 ベルズは不満そうに言った。

 

「まあ、ベルズ、そんなこというものではないわ……。このあいだ、ロウ様も言われたじゃないの。近く、キシダイン公とロウ様は対決をしなければならないのよ……。いえ、もう始まってるわ。そのために、みんなの心をひとつにしようというミランダの計らいじゃないの」

 

「それはわかっておるよ、スクルズ……。でも、なんでそれがわたしのところなのよ。よいか。もう一度言う。な、ん、で、わたしのところでなんだ?」

 

 ベルズがまた言った。

 

「ところで、いま、どんな状況なのだ、ベルズ殿?」

 

 シャングリアが口を挟んだ。

 すると、ベルズが耳を扉につける仕草をする。防音の結界はベルズのものなので、ベルズになら中の様子はわかる。

 

「静かだな……。さっきまでは、ロウ殿が激しくふたりを抱いている様子だったかな。いまは、ちょっと静かだ……」

 

「なら、終わったの?」

 

 コゼが首を傾げながら言った。

 とにかく、こっちに聞こえるのは、とりあえず音だけのようだ。ベルズは一心に聞き耳を立てる仕草を続けている。

 

「うわっ」

 

 そのとき、扉のところにいたベルズが突然に声をあげた。

 さらに、次の瞬間、扉が大きな音をたてて揺れた。

 そして、ベルズの顔色が変わった。

 

「どうしたの、ベルズ?」

 

 スクルズが声をかけた。

 

「ミ、ミランダだ。扉を開けないと、扉をぶち破ると騒いでいるぞ……。どうしよう、スクルズ……?」

 

 ベルズは蒼い顔になっている。

 扉はベルズによって魔道の施錠がかかっているのだ。

 

「やっぱり、入るべきです。ロウ様もお怒りかも」

 

「そうね。行こう」

「そうだな」

 

 エリカの言葉に次いで、コゼとシャングリアも同意の声をあげる。

 

「……では、わたしたちもいきましょう」

 

 スクルズが床に置いていた追加の酒瓶を持った。

 エリカたちも、慌てて他の瓶を手に取る。

 

「開けるぞ」

 

 ベルズが声をかけて扉を開いた。

 

「来たね……」

 

 扉の前にいたのは、腕組みをしたミランダだ。

 顔は赤く、ゆらゆらとしている。

 まだ十分に酔っている感じだ。

 ただ、一応はちゃんと衣類を身に着けていて、にこにこと笑っている。

 しかし、眼は据わっていた。

 

「お、遅くなりました。追加のお酒を手に入れるのに、手間取ってしまって……。でも、いま戻ったところでした」

 

 スクルズが作り笑いをしながら言った。

 

「くだらない嘘は結構だよ、スクルズ……。それよりも、扉を閉じて、みんなこっちに来いよ。酒はこっちに置け……。それから、ベルズ殿、部屋の中の声は外に響かないように処置した方がいいと思うぞ」

 

 部屋の奥で床に座っているロウが言った。

 ロウが胡坐に座っている脚のあいだには、それを枕にしているアネルザが寝息を立てていた。アネルザは素裸だが、アネルザ自身の衣類が毛布替わりに掛けられている。

 ベルズが慌てたように扉を閉じた。

 酒瓶はミランダに回収される。

 

「とにかく、そこに並んで座れ、お前ら。ただし、下は全部脱ぐんだ」

 

 ロウが言った。

 

「し、下? な、なんで?」

 

 ベルズが声をあげた。

 すると、ミランダが思い切り足で床を鳴らした。

 

「返事は“はい”──。口応えしないのよ。あんたたち、どうやら、ロウにあたしたちを押しつけて、外に逃げていたらしいじゃないのよ。だから、ロウが今度はあんたらを罰すると言っているのよ。つまりは、あんたらへの躾をやり直すということよ」

 

 ミランダが怒鳴った。

 エリカは、その言葉で、ロウがどうやら酔っ払いふたりのいる部屋にひとりだけ放り込まれた仕返しをしようとしているのだと悟った。

 想像だが、酔っ払ってロウに絡んだアネルザとミランダは、すっかりとロウに抱き潰されて牙を抜かれ、今度はロウの言いなりになってしまったということに違いない。

 アネルザは交合の疲れで寝入ってしまったようだが、体力のあるミランダが、ロウの下僕役を任じているというわけだ。

 

「わ、わかりました。脱ぎます。でも、そんなに怒らないでください」

 

 スクルズがしょげたようになって、ロウに示された場所まで進むと巫女服のスカートを脱ぎ始めた。

 

「あのう、ロウ様……」

 

 エリカも言い訳しようとした。

 だが、ロウに阻まれた。

 

「聞こえなかったのか、エリカ。俺はなんと言った?」

 

 怒鳴り声ではないが、明らかにロウはちょっと腹をたててるみたいだ。

 慌てて、エリカはスカートに手をかける。

 コゼとシャングリアもそれに倣ってる。

 少し遅れて、ベルズは渋々という感じで続いて巫女服の下を脱ぎだす。

 そして、五人で下半身からスカートや下着を脱いで裸になると、ロウが座っている前に並んで正座になった。

 ミランダは、まるで囚人を見張る監視人のように、五人の真横に立つ。

 

「さあ、ミランダ、準備を……」

 

 ロウが言った。

 

 すると、ミランダが料理の載っているテーブルから椀を持って来た。それになみなみと酒を注ぐ。

 瓶の四分の一近くが、そこに溜まる。

 さらに、後ろから五個の皿を取り出して、それぞれの目の前に置かれた。

 シャングリアは、皿の上にあったものにぎょっとした。

 それは皮を剥かれた細長い山芋に違いなかった。

 掻痒感を沸き立てるような粘りっこい汁が表面で光っている。

 

「……すごいだろう。こんなものまで、亜空間に収納してるんだ。俺の亜空間に古今東西の責め具を集めて、いつでも、ありとあらゆる嗜虐ができる調教アイテムボックスにするのが俺の夢だ」

 

 どうやら、山芋は亜空間にしまっていたらしい。

 

「じゃあ、それで自慰をして絶頂しろ。一番、遅かったものには、その酒を一気飲みしてもらう。泥酔してぶっ倒れても、治療薬は準備してあるから心配するな。じゃあ、始め──」

 

 ロウが言った。

 

「なっ」

「えっ」

「そ、そんな……」

「その酒を?」

「なに?」

 

 エリカを含めた五人の女から一斉に声が放たれた。

 当然だ。

 目の前にあるのは山芋だ。

 そんなもので自慰をすれば……。

 

「もう始まっているぞ、お前たち……。嫌ならやめてもいいが、酒は無理矢理に飲ませるぞ。ただし、尻の穴からな。尻から酒を入れられれば大変だぞ。あっという間に泥酔するし、酒の混じった汚物は垂れ流しになるしな」

 

 ロウが言った。

 エリカはぞっとした。

 ロウは、やると言ったらするだろう。

 エリカは、目の前の山芋に手を伸ばした。

 横目で見ると、ほとんど同時に、コゼもシャングリアもスクルズも山芋を手に取っている。

 ベルズだけがまだ躊躇っていた。

 

「……山芋だけを使えよ。手で直接に局部や胸を触るのは反則だ」

 

 ロウが笑いながら言った。

 エリカは泣きそうな気持ちになりながらも、山芋の先端で肉芽を押し揉み始める。

 隣のスクルズは、手で挿入部を隠すようにしながら、いきなり局部に抜き挿しを始めたようだ。

 すぐに鼻息が荒くなっているから下手をすれば負けそうだ。

 

「早く、始めなくていいんですか、ベルズ殿? それとも、酒浣腸にしますか? だったら、待ってください。すぐに支度しますので」

 

 ロウが動き出す気配を示した。

 

「や、やるわよ。やります──。やればいいのだろう。だけど、なんでわたしがこんな目に……」

 

 ベルズがやけくそのように叫び、山芋を掴んだ。

 しかし、そのベルズからも、すぐに甘い声が洩れ始めた。両端のシャングリアとコゼからも喘ぎ声が聞こえてきた。

 エリカは焦る気持ちとともに、股間を山芋で擦る手を速めた。

 

「あっ、それから、言っておくけど、これは一回で終わりじゃないからな。少なくとも十回は繰り返す。その度に自慰で達しては、誰かが酒を飲むことになる。倒れても酒浣腸してやる。覚悟しておけ」

 

 ロウが鬼畜に笑った。

 エリカはぞっとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あははははは、愉しいです、ロウ様──。ひゃはははは──」

 

 頭の線が一本外れたようなけたたましい笑い声とともに、部屋中に電撃の雨と火の玉が交差した。

 

「ひいいっ」

「うあああっ」

「ス、スクルズ──。や、やめなさい──」

「スクルズ」

「んぎいいいっ」

「うわああっ」

「うわっ、スクルズ」

 

「うわあっ」

 

 一郎も頭を庇うように床に這いつくばって、横から飛んで来た火の玉をやり過ごした。

 ミランダ、シャングリア、アネルザ、ベルズ、エリカ、コゼもそれぞれに左右に飛んで電撃と炎の玉を避けている。

 

「い、いい加減にしなさい、スクルズ──」

 

 すっかりと酔いが醒めた感じのミランダが、スクルズを怒鳴りあげた。

 

「はははは、ミランダままは、怒りんぼなんだからあ」

 

 だが、酔っ払ったスクルズがミランダに指をさす。

 ミランダがさっと顔色を変えた。

 瞬時に横っ跳びに身体を飛ばす。

 すると、たったいままでミランダがいた場所に火の玉が飛び、そのまま後ろの壁を真っ黒に焦がした。

 

 横に跳んで避けたミランダの顔が蒼くなっている。

 それは一郎も同じだ。

 あんなのをまともに受けていたら、ミランダは下手をすれば大けがだ。

 いや、即死かも……。

 

「ス、スクルズ、お前はミランダを殺すつもりか──? 酔って魔道の力加減がわかんなくなってると言っておるのが、わからんのか? いい加減にやめよ──」

 

 ベルズがスクルズの肩をがっしりと掴んだ。

 今度は、一転してスクルズが泣きそうな顔になる。

 

「な、なによ、ベルズ……。そうやって、ロウ様のことを独り占めしようとしているんでしょう……。ひどいわよ。わたしだって、ロウ様が好きなのに……。本当に、本当に好きなのに……」

 

 スクルズがべそをかきだした。

 

「……な、なんで、わたしがロウ殿を独占など……。そもそも、なんでそんな話になるのだ……?」

 

 ベルズが当惑した顔になった。

 一郎もそう思った。

 だが、酔っ払いの言葉に論理は通用しないだろう。

 話に脈絡がないなどと主張しても、意味はあるとも思えない。

 すると、ベルズに掴まれていたスクルズの顔がぱっと破顔した。

 

「なあんてね……。うそよ、うそ──。ベルズも大好きよ。大好きだから、ベルズのことくすぐっちゃう」

 

 スクルズの言葉が終わるとともに、けらけら笑い出した。

 ベルズが奇声をあげて、その場にがくりとうずくまった。

 

「ひいっ、やめ、やめて、スクルズ──。ひいいいっ、くすぐりの魔道なんて……はははは……あひいいっ、く、くるひいっ……くるひっ、ひいっ、ひいいっ、はははは──」

 

 なにが起きたのかわからないが、ベルズが顔を真っ赤にし、身体を抱くようにして床をのたうち回り始めた。

 おそらく、なんらかの魔道により、ベルズの身体がくすぐられている状態になっているのだと思う。 

 ベルズは下半身が裸体のままなので、のたうち回る姿はかなり卑猥なのだが、そのあられもない恰好もいとわず、脚をばたばたと暴れさせている。

 

 それを見て、ミランダとアネルザはスクルズを諫めるどころか、さらに距離を置くように壁にさがった。もちろん、エリカとコゼもだ。固まって、一郎とともに部屋の隅に逃げている。

 

「とにかく、前に出なさい、コゼ。ロウ様を守るのよ」

「だったら、あんたが前に行きなさいよ、エリカ」

 

 しかも、自分たちに、あのおかしな魔道をかけられてはたまらないと判断したに違いない。争うようにほかのひとりを前に出そうとしている。

 

「だ、駄目だ。開かない。出られないぞ」

 

 一方で、もうひとりのシャングリアは、いつの間にかスカートをはき直し、扉のところで外に逃げるドアを開けようとしている。

 しかし、スクルズが結界をかけ直したのか、ベルズが魔道を解いたにも関わらず、開かないようだ。

 

「ロ、ロウ──。こうなったら、酔ったスクルズを止められるのはあんたしかないわよ。なんとかしてよ──」

 

「そ、そもそも、わたしが寝ているあいだに、なにが起きたのだ? スクルズはどうしたのだ──?」

 

 ミランダに続いて、アネルザも顔色を変えて悲鳴のような声をあげた。

 このふたりもすっかりと酔いが醒めてしまったのは間違いない。

 なんでこんなことになったのかというと、一郎が五人に強要した酒のせいだ。

 ちょっとした懲らしめと悪戯半分のつもりで、五人に山芋の自慰を命令し、一番遅かった者に椀一杯の酒の一気飲みを強要した。

 逆らえば酒浣腸だという脅しに、五人は懸命に山芋の汁で股間に猛烈な痒みが襲われるのを厭わず、それぞれに自分の股間に山芋で擦り始めたが、実は、女たちの身体を淫魔術で支配している一郎が介入していた。

 つまり、一郎は、五人の女が順番に負けるように細工をして、全員に椀一杯の酒を飲ませようと企んだのだ。

 そして、それは簡単だ。

 一番最後に絶頂させたい女の快感を制御して、いきそうになってもいけないように淫魔術で操ればいいだけだ。

 実際にそれは成功した。

 

 一郎の淫魔術の細工で、一度目はベルズが酒を一気飲みし、二回目はスクルズにした。

 その頃には、五人とも山芋の痒みの苦しみが頂点に達した感じになり、いよいよ面白いことになりそうだと思っていた矢先だった。

 突如として、スクルズの様子が一変して、「愉しくなってきた」と言いながら、電撃魔道と火の玉をそこら中にまき散らし始めたのだ。

 

 つまりは、今度はスクルズが椀一杯の酒で泥酔してしまい、常軌が逸したようになってしまったということだ。

 驚いたが、ベルズが言うには、スクルズが酒をまともに飲んだのは、これが初めてかもしれないということであり、ベルズもまた、スクルズが酔ったらどうなるかは知らなかったようだ。

 

 とにかく、部屋中を飛び交う凄まじい電撃と火球に、女たちの全員から股間の痒みも酒の酔いも、あっという間に吹っ飛んだらしい。

 寝ていたアネルザもびっくりして飛び起き、何事かと目を丸くした。

 そして、いまも、一郎も含めた全員で逃げ惑っているところだ。

 

「ロ、ロウ──。あんたが責任をとりなさい。スクルズを正気に戻して──」

 

 ミランダが叫んだ。

 

「それはわかってるけど……」

 

 それはわかっているので、さっきから淫魔術を駆使して、スクルズの酔いを醒まそうと努力しているが、どうやら淫魔術は酒の酔いとは相性が悪いらしく、効果はないようだ。

 

「仕方ない……」

 

 とにかく、一郎はまたもや飛んでいた電撃の球体をやり過ごして、スクルズに駆け寄ろうとした。

 だが、エリカがぐいと腕を掴む。

 

「お待ちください。危ないです」

 

 しかし、一郎はエリカの手をそっと外す。

 

「大丈夫だ。まさか、スクルズも俺を殺しはせんさ。酔っててもね」

 

 一郎は魔道でくすぐられているベルズをさらに手でくすぐって遊んでいるスクルズに駆け寄ると、その身体を思い切り抱き締めた。

 

「あんっ、ロウ様──」

 

 抱きしめられたスクルズが嬉しそうな声をあげた。

 

「ス、スクルズ、悪かった──。俺だ。ロウだ──。大丈夫か……? とにかく、落ち着いてくれ。魔道を遣うのをやめるんだ」

 

 一郎はスクルズを抱き締めたまま言った。

 すると、スクルズは顔に満面の笑みを浮かべて、一郎に首を向ける。

 

「はーい、ぱぱ――。スクルズは、ぱぱの言うことなら、なんでも言うことをきいちゃいまーす」

 

 スクルズが明るく言って、一郎に向かって、にっと白い歯を見せる。

 

「ぱぱ?」

 

 なんで、ぱぱなのだと、突っ込みたくなったが自重した。

 いま、スクルズを否定するようなことを口にしたら、この酔っ払い魔道遣いが、今度はどんな危険な魔道を飛び散らせるかわかったものじゃない。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 横でベルズが脱力した。

 やっとスクルズのくすぐりの魔道から解放されたのだろう。

 そのまま、起きあがることもできずに、荒い息を続けている。

 

 しかし、すぐにスクルズが一郎に体重をかけるようにして、押し倒してきた。

 一郎の腿に、なにも身に着けていないスクルズの股間をごしごしと擦りつけてくる。

 

「ああっ──。ねえ、ぱぱ、スクルズ、お股が痒いの……。ねえ……。スクルズは、ぱぱのお仕置きが欲しいの……。スクルズを思い切りいじめて欲しいの。ねえ、犯して、ぱぱ……」

 

 そして、スクルズは一郎の首に両手を回して、幼児返りしたウルズを思わせる舌足らずの言葉遣いをした。

 それにしても、「ぱぱ」だって──?

 しかも、なんで、スクルズは子供のような物言いをするのだ……?

 いずれにしても、いまはスクルズをなだめることだ。

 

「わ、わかった……。犯してやる。その代わりに、エッチしたら静かに寝るんだぞ。約束だぞ」

 

「うん」

 

 一郎が言うと、スクルズが元気よく頷いた。

 本当に、幼児返りしているような姿だが、これは酔って幼児のようになったというよりは、幼児返りの真似をして遊んでいるというのが実態だろう。

 

 とにかく、性交で疲れさせれば、酒の酔いもあるから、大人しくなるはずだ。

 一郎はスクルズを仰向けに倒して、その上にのしかかる体勢になる。

 いずれにしても、もう二度とスクルズには、酒は飲ませるものかと誓った。

 そのとき、スクルズがぶるりと身体を震わせた。

 

「どうした?」

 

 思わず一郎は訊ねた。

 すると、スクルズの顔が真っ赤になった。

 

「ち、ちっち……。スクルズ、ちっちしたい……。ぱぱ、おしめして……。スクルズ、一度、ぱぱにそれをしてもらいたかったの……」

 

 スクルズが恥ずかしそうに言った。

 

「えっ、おしめ……? いまから犯すんだろう……?」

 

 一郎としては、さっさとスクルズを抱き潰して寝かせるつもりだっただけに、つい不満のような口調で言ってしまった。

 

「ええっ、やってくれないの、ぱぱ──?」

 

 スクルズが悲鳴のような声をあげ、一郎の身体の下でさっと両手を天井に向ける。

 また、魔道だ──。

 一郎は瞬間的に逃げ出しそうになった。

 

「ロウ様――」

 

 エリカの悲鳴が聞こえた。

 

「ロ、ロウ、おしめよ、おしめ──。大丈夫よ、スクルズ。ロウはあんたの相手をしてくれるわ──。ほら、ロウ、おしめをしてあげなさい──」

 

 だが、壁に張りついたようにしているミランダが、慌てて口を挟んだ。

 また、ベルズが駆け出し、棚から数枚の布を出す。

 

「ほら、これで頼む」

 

 そして、投げるように一郎に渡すと、ベルズもミランダたちと同じように壁際まで逃げていく。

 

「スクルズ、おしめだぞ」

 

 とにかく一郎は、いつもウルズにやってあげるように、スクルズの股におしめをした。

 そのあいだ、スクルズは両手を顔にあてて、恥ずかしそうにしていた。だが、手のひらからこぼれる顔に満面の笑みが浮かんでいるのがわかった。

 

「ほら、終わったぞ」

 

 一郎は声をかけた。

 

「……あ、ありがとうございます……。お、おしっこします……。見てください……」

 

 すると、スクルズは顔を真っ赤にして、一郎だけに聞こえるような小さな声でささやいた。

 今度は、幼児語ではない。

 その直後、スクルズに巻いた布におしっこの染みが浮かび、それがどんどんと大きくなっていく。

 

「ああ、恥ずかしい……恥ずかしいです……。ぱぱ、恥ずかしい……。で、でも、嬉しいかも……。ふふふ、ロウ様はお優しいから……。だから、大好きです」

 

 スクルズは顔を真っ赤にしながらも、本当に嬉しそうににこにことしている。

 一郎は思わず苦笑した。

 

「じゃあ、すっきりしたところで、みんなに迷惑をかけたおしおきだ」

 

「ああ、スクルズにお仕置きしてくださーい」

 

 スクルズが嬉しそうに言った。

 一郎は、放尿の終わったスクルズからおしめを外すと、急いでズボンと下着を脱いで、まだ尿まみれになったままのスクルズの股間に一気に怒張を貫かせた。

 

「ああんっ」

 

 すると鼻から抜けるような甘い声がスクルズから迸り、まるで赤ん坊が親に縋りつくような必死の様子で、スクルズが一郎に抱きついてきた。

 

「あ、ああっ、ロウ様ああああ、ああああ、き、気持ちいいですう。あああっ」

 

 一郎が律動を開始すると、スクルズが大袈裟すぎるような悶えかたをして、さっそく一回目の絶頂をする。

 とりあえず、一郎はそれに合わせて精を放った。

 

「スクルズ? スクルズ?」

 

 しかし、驚いたことに、スクルズはそのまま眠ってしまった。

 一郎を抱き締めたまま……。

 

「まだよ、まだ……。完全に寝るまでそのままにして。お願いよ」

 

 ミランダが必死の口調でささやく。

 一方でスクルズは、これ以上ないというような幸せそうな笑顔で、一郎の身体の下ですーすーと寝息をかき続けだした。

 

 

 

 

(第29話『嵐の前の嵐』終わり)



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 第30話  侍女ハレム誕生
168 淫魔師の決断


「あっ、あっ、ああ、ゆ、許して、もう許してください、ロウ様」

 

「またいくのか、エリカ、もう何度目かな……。わかったよ。これで最後にする。その代わり、もう少し頑張ってくれ」

 

 華奢な腕を後手に縄で縛られたエリカは、完全に身体を一郎に預けるようにしてきた。エリカは一郎の膝の上であり、いわゆる対面座位の体位である。

 怒張は深々とエリカの股間を貫いている。

 

 いつもの屋敷であり、屋敷には女たちと休む場所が一階と地下に両方にあったが、ここは地階側の寝室だった。

 寝室とはいっても、床全体が柔らかい寝台の上のような部屋であり、寝るときにはそのまま横たわり、身体に毛布を掛けて寝る。そんな部屋だ。

 今日は、ここでずっと四人で性交を続けていた。

 一郎は、最後の射精をするために、エリカの腰を揺さぶる両手の動きを激しくした。

 

「なに言ってんだよ──。まだまだだよ。エリカ、もう少し頑張らないか。ご主人様はまだ満足には程遠いぞ。お前らの役目は、偉大なる淫魔師様のご主人様に淫気を提供することだ。それなのに、途中でへばってどうする」

 

 クグルスだ。

 別段、なんの用事ということもないが、今日は一日いつもの屋敷でゆっくりとする予定だったこともあり、朝からクグルスを呼び出していた。

 一方で一郎は、いつものように三人娘を縄で緊縛して、さまざまな体位で抱きながら愉しんでいたのだが、代わる代わると抱いているうちに、なんだか三人ともいつの間にか動けなくなってしまったのだ。

 最初にエリカが抱き潰れ、次にシャングリアが抱き潰れ、さらに頑張っていたコゼも抱き潰れて動けなくなった。それで、騎士団で鍛えているシャングリアが、もう一度相手をしてくれ、いまはエリカが二度目の相手をしているところである。

 二度抱き潰したシャングリアはもちろん、自分の番以外でも交合と交合のあいだに、一郎の相手をしてくれていたコゼは、まだ縄掛けをして突っ伏したままであり、起きあがりそうにない。

 さすがに、これは休息をいれなければならないだろう。

 だが、朝から始まった四人の性交は、まだ昼にもなっていない。

 一郎としては、ちょっと物足りない気持ちだ。

 射精も十回はしているが、正直にいえば満足には程遠い感じなのだ。

 

「そ、そんなこと、い、いったって……し、心臓が……や、破けそうで……ああっ、いやああ、あああっ、と、とにかく、もう少しが、頑張り、ますから、ロウ様……ああっ、あはああっ」

 

 エリカが必死で歯を食いしばって、少しでも長持ちさせようと、健気に自分の身体の反応を押さえようと必死で戦っている。

 だが、一郎は自分がいくよりも、一郎の性技で目の前の女が正体なくよがりまくるのに接するのが好きなのだ。

 だから、どうしてももっと苛めたくなる。

 一郎はエリカを上下に揺さぶりながら、二重三重に縄が巻きついて搾りだされている汗びっしょりの乳房に吸いついた。

 ピアスの食い込んでいる乳首を口の中でころころと転がしてやる。

 

「んひいいっ、んぐうううっ」

 

 すると責めている一郎が驚くほどの反応をしてエリカがのけぞって、全身を大きく弓なりにした。

 屋敷にけたたましい悲鳴のような絶叫が響き渡り、がくがくと全身を震わせながら、完全にエリカがばたりと一郎の肩に顔を倒れ込ませる。

 

「あれっ?」

 

 一郎は完全に脱力しているエリカを両肩を抱くようにして、少し顔を起こさせた。

 どうやら、失神してしまったようだ。

 いつもは、ステータスを見ながら抱くのだが、たまにはそんなものを見ないで純粋に女たちを愉しみたいと思った。

 だが、おかげで責め過ぎたらしい。

 エリカはすでに、すーすーと寝息をかいている。

 

「こらっ、起きろ、エリカ──。まだ途中じゃないか。ご主人様を満足させる前に性奴隷が寝てどうする。起きろ──。ご主人様、遠慮いらないよ。とりあえず、出しちゃえ。だって、まだ出す前だったでしょう」

 

 宙を飛び回っているクグルスがエリカの耳元で叫んだが、どうやら起きないとわかると、今度は一郎に顔を向けて言った。

 一郎はエリカから怒張を抜いて横に寝かせようとしていたからだ。

 

「いや、もう出したよ。さんざんに出させてもらった。途中だったのは最後だけだ。心配ない」

 

 一郎は微笑みながら、完全に意識を失っているエリカから男根を抜いて裸身を絨毯の上に横たわらせた。

 夥しい愛液がどっとエリカの股間から溢れるのがわかった。

 エリカを床に横たわらせると、シルキーが出現する。

 

「魔妖精様、いつもお元気ですね」

 

 シルキーがエリカの上に毛布を掛けた。

 後手縛りのままのエリカが身体を丸めるようにして、横向きに寝ている。

 

「くそっ、だったら、シャングリアかコゼ──。起きろ──。ご主人様はまだまだお元気だ」

 

 クグルスがエリカの上から、シャングリアたちが横たわっている場所に移動して大声で怒鳴った。

 シャングリアもコゼも、荒い息をしていたが一応は目を覚ましていた。

 しかし、身体がかなりだるそうだ。

 

「あ、あたしが……」

「いや、わたしが……い、いこう……。コゼもいっぱいだろう……?」

 

 コゼを制してシャングリアが身体を起こそうとする。

 だが、腰に完全に力が入らないらしく、どうやら緊縛されて腕が使えない状態ではうまく立てないらしい。

 

「ふたりともいいぞ、ちょっと休め」

 

 一郎は声をかけた。

 

「そ、そうか……。す、すまん」

「ごめんなさい、ご主人様……」

 

 すると、シャングリアもコゼもあっさりと、身体を横たわらせた。

 一郎は苦笑した。

 

「こらあっ、お前たち、もういいっていうのは、ご主人様のお慈悲だぞ──。それを真に受けてどうする? さっさと起きろ。お前らの役目は、ご主人様に淫気を提供することだ。高位淫魔師様のご主人様には、たくさんの淫気がいるんだぞ。あまりにも不甲斐ない──」

 

「いや、クグルス。俺も加減なしで張り切り過ぎたからね。三人は休ませてあげよう」

 

 一郎は淫魔術で三人の縄掛けを解く。

 全員の身体からぱらりと縄が緩んだ。

 

「甘いよ、ご主人様──。こいつらは体力があるんだ。それに、死にかけたって、ご主人様なら、性奴隷の心臓を元気にすることだって造作もないはずさ。構わないから、もっともっと淫気を振り絞っちまいなよ。最悪、寝ていても抱けるんだからさあ」

 

「それには及ばないよ、クグルス。こいつらには、また夕方にでも相手をしてもらう。それに、途中で寝てしまった罰はちゃんとするさ。どうするかな。また、縄電車競争でもしてもらおうかなる それとも、裏の河原を雌犬になって歩いてもらおうかな?」

 

 一郎は笑った。

 だが、クグルスは気に入らないみたいだ。

 

「でも、ご主人様はまだまだ足りないだろう? ぼくにはわかるんだから──。ご主人様は、淫魔師としては、神がかり的なかなりの格上になるしね。淫魔術を駆使するのに必要な淫気も桁外れなんだ。それなのに、ちょっとずつしか淫気を集められないんじゃあ、身体がおかしくなるよ」

 

「大袈裟だなあ。いくら好色でも、これだけ相手をしてもられば十分さ。エリカたちはよくしてくれている。それに、王都にはほかにも時々相手をしてくれる女もいるんだ。そんなに無理をさせなくてもいい」

 

「だったら、いまから、その王都の女を抱きに行こうよ。ぼくに言わせれば、ご主人様のお相手はとてもじゃないが三人だけじゃ足りないよ。そうだ、屋敷妖精──。お前がお相手しろ。ご主人様はまだ途中だったんだ」

 

 クグルスは今度はシルキーのところに跳んでいった。

 一郎は立ちあがって、クグルスの身体を掴んだ。

 

「うわっ、ご主人様――。うにゃあああ」

 

 魔妖精のクグルスは、なぜか一郎とは相性がよすぎるらしく、性行為のようなことをしなくても、一郎がクグルスに触れるだけで、快感でよがりまくる。

 一郎がクグルスの身体を優しく揉むように手で擦ると、たちまちに激しく悶えだした。

 

「ふにゅうう、き、気持ちいいい、あああっ、ぼく、ぼく、ぼく、これだめええっ、んひいいっ」

 

 そして、あっという間に一郎の手の中で絶頂してしまった。

 構わずに、一郎はクグルスを刺激し続ける。

 クグルスは小さな身体を二度三度と弓なりにして、繰り返し果てた。やがて、スカートの中からぴゅっとおしっこのようなものを出して、ぴくぴくと痙攣を始めた。

 どうやら潮を吹いたみたいだ。

 一郎は手を離した。

 

「落ち着けよ、クグルス。シルキーもすでに相手をしてもらった。だけど、シルキーを抱くと、半ノスくらい動けなくなるのでな。たまにはいいけど、屋敷の管理もあるから、繰り返しはできないんだ」

 

 一郎は言った。

 クグルスは一郎の手から落ちて、床に落下する直前くらいでとどまり、しばらくとまっていたが、すぐにふわりと浮きあがった。

 そのときには、もう元気だ。

 性交による淫気はクグルスの力の源なので、よがりまくらせれば、むしろ元気になる。

 

「なんだ、屋敷妖精──。お前も役立たずか──。どいつもこいつもだらしないなあ」

 

 クグルスは再びシルキーの前に飛んでいった。

 

「申し訳ありません。旦那様に愛して頂くのは、とても気持ちがよいのですが、最近では、わたくしめも気持ちがよくなりすぎて、短い時間ですが機能停止の状態に陥るのです。その代替え処置について、事前に準備してからでないと、わたくしめも旦那様のお相手をするわけにはいかないのです。ましてや、いまは、エリカ様たちもこのような状況ですし……。万が一にも、わたくしめが機能停止のときに、襲撃をされては一大事ですし……」

 

「仕方ないなあ。じゃあ、やっぱり、ご主人様、ほかに女を漁りにいこうよ。それとも、そこら辺の若い女を捕まえて来よう。さらってきて、ここに監禁して性奴隷として相手をさせるのさ」

 

「そんなことできるかよ──。シルキー、服を出してくれ」

 

 一郎は声をかけた。

 瞬時に一郎の前に台が出現して、その上に平らな衣装箱の入った衣類一式が出現する。

 まずは、シルキーの魔道で、一瞬にして一郎の身体が清潔になり、次いで、シルキーが介添をして一郎に服を着させていく。

 下着をはかせてもらいながら、一郎はもう一度エリカたちに視線をやった。

 いつの間にか、完全に熟睡状態だ。

 そんなに激しかったか?

 まあ、それなりの回数は絶頂させたが……。

 

「だけど、いつも抱く女については、もう少し考えた方がいいよ、ご主人様。ぼくたちもそうだけど、淫魔師のご主人様にとっては、好色が不足なのは、ご飯を食べないと同じなんだ。いまのご主人様は、どんな女だって手に入るよ。ほらっ、前に教えてもらった、女が寄ってくるふぇろもんだっけ? ご主人様はそのふぇろもんをいつもいっぱい出しているよ。その気になれば、もっと濃いものも出せる。やってみたらいいよ」

 

「大丈夫と言ったろう、クグルス。俺は十分にエリカたちに満足している。こいつらは、本当に俺に尽くしてくれるんだ」

 

 一郎は言った。

 そのときだった。

 ちょうど衣類を身に着け終わったころに、宙に透明のシャボン玉のようなものが出撃して、目の前で弾けた。

 「言玉」だ。

 しかも、これは言玉を送った相手にしかわからない特別なものだと思う。何度かスクルズに使ってもらったことがあるからわかる。

 

「んっ?」

 

 言玉を送ったのは、珍しくもシャーラだった。

 緊急の用事があるから、すぐにイザベラのいる王宮内の小離宮を訪問して欲しいという伝言だ。

 内容はそれだけだったが、一郎にはそれだけで、なにが起きたのかわかった。

 以前から、ずっと懸念していたことであり、キシダインに対する圧力を高めていけば、起きるかもしれないと思っていた。

 そうでなければいいとは思ったが、やはり起きたらしい。

 

「どうしたんだ、ご主人様?」

 

 クグルスは首をかしげている。

 一郎にしかわからない言玉なので、シャーラからの伝言の内容は一郎にしかわからないし、言玉が送られてきたことすら、クグルスにはわからないのだろう。

 

「悪いが王宮に用事ができた。すまないけど出掛けて来るよ、クグルス。また、夜にでも来てくれ。またたっぷりの淫気をご馳走するよ」

 

「わかったよ。でも、ぼくの忠告も忘れないでね。ご主人様にはもっと女が必要だから」

 

 クグルスが一郎の腕にぶつかるようにして、姿を消滅させた。

 本来の棲み処の異世界に戻ったのだ。

 一郎は王宮に向かうにあたり、三人を起こそうと思ったが思い直してやめた。

 護衛なしで出掛けたとあっては、エリカあたりがうるさいが、移動ポッドで王宮に向かうだけだし、向こうにはシャーラもいる。

 

「シルキー、ここから姫様のところに向かうから、移動ポッド越しに送ってくれ。三人が起きたら、風呂でも入って汗を流しておけと伝えてくれ。戻ったら、また抱くからともね」

 

「かしこまりました」

 

 シルキーが頭をさげるとともに、身体が捩れる感覚が襲う。

 移動術だ。

 シルキーが送るのは、この屋敷にある移動ポッドの中であり、そこからはスクルズがあらかじめ刻んでいる魔道により、やはり移動術で一瞬にして、宮廷内のイザベラ王女の小離宮の私室に飛び込むことができる。

 本来であれば、王宮内になど、魔道で入る込むことなどできないが、その王宮を包む魔道結界の刻みそのものに力を貸しているスクルズが、一郎のためにひそかに王宮内に移動ポッドを接続したのだ。

 ほかにも、正王妃のアネルザに部屋に一郎の部屋から一瞬にして跳躍できる移動ポッドだってある。

 

「おっ?」

 

 移動ポッドから出ると、いつものイザベラの私室ではなく、小離宮の広間のような場所に到着した。

 どうやら、移動ポッドが刻んでいる姿見をここに移動してあったようだ。

 十人ほどの侍女たちが広間に集められて、一郎のいる反対側を向いて立っている。

 おかげで、一郎の出現に気がついた者は、侍女たちにはいないようだった。

 それに比べて、侍女たちに向かい合うように中心にいるイザベラとシャーラは気がついたようだ。そのイザベラは、ただひとり籐椅子に腰掛けており、イザベラの横にシャーラがいる。

 さらに四十前後の地味な感じの女性がいた。

 

 侍女ではなく、最近になってアネルザが気を利かして送り込んだ女官だ。イザベラを除いて、ひとりだけ侍女服を着ていない。

 名前はヴァージニアだったと思う。

 もっとも、ほかの侍女たちもそうだが、一郎はほとんどヴァージニアには面識がない。

 

 イザベラが一郎の出現に顔にぱっと笑みを浮かべた。

 随分と緊張した表情だったようだが、どうやら一郎の顔を見て安心したみたいだ。

 シャーラも軽く会釈をして、一郎のところに向かおうとした。

 だが、そのシャーラが口を開く前に、金切り声の叫びが部屋に響き渡った。

 

「何者──。どこから入った──。狼藉か──」

 

 口を開いたのはヴァージニアだ。

 さっとイザベラを庇うように、イザベラの前に立った。

 

「俺を呼び出すのはいいけど、みんなに説明をしてもらわないと困るねえ、姫様、シャーラ」

 

 ヴァージニアだけでなく、侍女たちも一斉に振り返り、一郎に敵意の視線を向けた。

 

「呼んだのはわたしです、ヴァージニア殿。ロウ殿、こちらに……」

 

 シャーラが声をかけた。

 一郎は十人近い侍女たちを確認しながら前側に移動する。

 トリア、クアッタ、ユニク、セクト、オタビア、ノルエル、デセル、ダリア、モロッコ……。

 いや、九人か……。

 

 先日、イエンという若い侍女がボニーを小離宮内に入り込ませることに協力し、翌日、水死体で発見されている。

 イエンは前回の毒殺未遂のあとで、キシダインが手を回して新しく入った侍女だったが、そのイエンを脅迫して刺客の手伝いをさせたのは、キシダインの手の者だ。その裏も取れた。

 イエンの実家は子爵家であり、実家の領地はキシダインの公爵家に隣接していて、キシダインから圧力をかけられれば、たちまちに実家が傾くような関係にあった。

 キシダイン家に媚びを売らなければ、家が立ち行かなくなるような立場なのだ。

 それでイエンは、実家を助けるために、イザベラへの刺客だったボニーを引き受けたのかもしれない。

 しかし、証拠はない。

 そのイエンは口封じに間違いない理由で水死体になっているし、イエンの実家の子爵家をつついたところで無意味だ。

 どうせ、キシダインは捕らえられない。

 いずれにしても、いまの侍女は九人だったから、ここにいるのは全員ということだ。

 

「シャーラ殿、ここに男を呼び込むとはどういう料簡なのですか──。こ、ここはイザベラ王女殿下の小離宮であり、男子を入れるなど。し、しかも、この男は誰なのですか──。貴族でもないようですが──」

 

 ヴァージニアという女官が血相を変えた口調で怒鳴った。

 随分と真面目で真っ直ぐな気性のようだ。

 外見は違うが、エリカに似ている気がする。

 とても、実直そうだ。

 さすがに、アネルザがイザベラの補助に相応しいと選んだ人物だ。

 一郎の女になってからのアネルザには、「人物鑑定眼」という能力が付与している。

 そのアネルザが選んだのだ。それなりの人物には違いない。

 

「黙れ、ヴァージニア──。ロウ殿を呼ぶように指示したのは、わたしだ……。よく来てくれたな、ロウ殿」

 

 イザベラが立ちあがった。

 そのとき、ふとイザベラの目が一郎を見た気がした。

 視線が合う。

 イザベラの口元が緩んだのがわかった。

 実は、以前からイザベラと話していたことがあるのだ。

 

 そのときには断ったのだが、後でよくよく考えてみると、それしかない気がした。

 いや、それが一番安全なのだ。

 だが、どうにも気が進まなかった。

 しかし、ここで呼び出されたということは、前々から懸念していたことが起きてしまったのだろう。

 よく見れば、侍女たちの表情は暗い。

 いきなりの一郎の登場に色めきだっているところはあるが、そんなことが気にならないくらいのことが起きたということがわかる。

 とにかく、侍女たちは、これ以上ないというほど死にそうな表情をしている。

 それだけで、一郎はやはり起きるべきことが起きたということを悟った。

 

「ロウ殿、残念ながら、起きてしまったぞ。ならば、わたしの提案を考えることだ。変なところで、生真面目さを発揮するでないわ。柄でもない──」

 

「だけど、シャーラは不承知だろう? 一箇月前に姫様が提案したときには、とんでもないと声をあげたじゃないか」

 

 一郎はそのときのことを思い出して言った。

 今回の提案があったのは、一箇月前だ。マアから調査結果を受けてすぐだった。

 イザベラからは、すぐに提案があったが、さすがにシャーラは奇想天外すぎると反対した。だが、意外にアネルザも賛成だったし、さらに意外だったのは、ミランダもイザベラの案に乗り気だったことだ。

 

「いまは賛成です。合理的に考えて必要だと思い直しました。そもそも、またもや、結局のところ、わたしには防げませんでした。それに防いだところで、第二、第三の事件が繰り返されるだけでしょう……。思いきった手が必要です」

 

 シャーラは言った。

 一郎は首を竦めた。

 まあ、そういうことなら、覚悟を決めるか。

 

 屋敷で抱き潰されている三人のことを思うと、やはり、こういうことも必要だという気がする。

 とにかく、一郎はたった今までイザベラが座っていた籐椅子に座り込んだ。

 王女を相手に、たとえ椅子が準備されていたとしても、許可なく、いや、許可があっても腰掛けるべきではない、平民にして一介の冒険者の一郎だ。

 ヴァージニアがはっと息をのみ、ほかの侍女たちもびっくりしている。

 ただ、イザベラだけはくすりと笑った。

 当たり前のように、一郎が座った籐椅子の横に立つ。

 

「ぶ、無礼な──。そこはイザベラ殿下の──」

 

 ヴァージニアが我に返ったように怒鳴り声をあげた。

 だが、そのとき、侍女たちの集団の中からくすりと笑う声がした。

 まるでお通夜のように侍女たちが静まり返っていただけだけに、その侍女の笑い声が妙に部屋に響いた。

 

 

 

 “トリア

  人間族、女

   イザベラ王女の侍女

   アンジュ―男爵家次女

  年齢18歳

  ……

  ……

  経験数

   なし

  ……”

 

 

 

 一郎は、一応は彼女に注目した。

 まあ、白だな。

 一郎は断言した。

 

「なにが可笑しいのですか、トリア──」

 

 ヴァージニアが真っ赤な顔で怒鳴りあげた。

 随分と怒りっぽい女性のようだ。

 まあ、このくらいでなければ、敵の多いイザベラの女官は務まらないだろう。

 

「も、申し訳ありません」

 

 トリアはまさかそんなに自分の小さな笑いが目立つとは思わなかったのだろう。

 真っ赤な顔をしている。

 

「申し訳ないではありません。なんで笑ったのかと聞いておるのです」

 

 ヴァージニアがさらに怒鳴った。

 

「静かにせんか、ヴァージニア……。なんで、トリアが笑ったのか、わたしにも興味はあるが、いまはそんな場合ではあるまい……」

 

 イザベラが諫めるように、ヴァージニアを制する。

 一郎はイザベラを見上げた。

 

「なにがありました?」

 

「毒だ。またしても、わたしの食事に毒が盛られた。警戒しておったから、事前にわかったがな……。誰が盛ったのかは知らん。まだ、調査もしとらん。全員を集めただけだ……」

 

「この中に間違いなく犯人が?」

 

「まあ、間違いあるまい。ほかの者には無理だ。逆に言えば、わたしの侍女なら誰でも可能だ……。というわけだ、ロウ殿。事前に情報は貰っておったが、結局は防げんかった。残念ながら、事を起こされる前に毒を見つけることはできんかったな。わたしとしては、侍女の中にわたしを毒殺しようとした者がいるとは信じたくはなかったが、これが現実だ」

 

 イザベラが嘆息した。

 一郎は頷いた。

 シャーラから緊急事態が起きた言玉が送られたことで、なにが起きたのかのおおよその察しはついていた。

 結局は、またもやイザベラに毒が盛られたということだ。

 

 一箇月前にマアの調査で、すでにキシダインが実家に手を回しているふたりの侍女の名はわかっていたので、密かに彼女たちの周囲を調査はしたものの、それらしい毒は発見できなかったし、怪しい素振りはなかった。

 だから、シャーラがあえて見逃してもいたはずだ。

 それからも、該当のふたりの侍女は注視していたはずだが、イザベラの物言いでは結局のところ、またもや、侍女が毒を盛るまで気がつけなかったのだと思う。

 

 キシダインに脅迫をされていると思われる侍女の予測はついていたのだから、捕らえて訊問するということも考えたが、シャーラがあえて、自由にさせていたのは、侍女たちを信じる気持ちがあったからだ。

 実家が脅されていようとも、当の侍女はイザベラを裏切らないとシャーラは口にしたし、それに、逆に、こっちがキシダイン側が手を伸ばした侍女のことを察したことがわかると、新しい手を使われる。

 それよりも、手の内がわかっている方がましだと、一郎も判断した。

 おかげで事前に発見できた。

 侍女がイザベラを狙うなら、十中八九毒だと思った。手段がわかっていれば、対策も打ちやすい。

 

「どんな手口で?」

 

 一郎は一応訊ねた。

 すると、シャーラが口を開いた。

 

「食べるものではなく、皿と食器に毒を塗られていました。それでわたしの毒見を通り抜けようとしたのです。皿であれば、ここにいる侍女たちの誰にも機会はあります。まだ、身体検査のようなことはしていません。毒を盛ったことが発覚したのは、たったいまのことであり、ここに全員を集めるとともに、ロウ殿をお呼びしたのです」

 

「なるほど。それで、まだ毒を持っているというわけか……。あまりにもあっさりと毒が見つかり過ぎて、毒の入っていた容器を処分する余裕がなかったということだな」

 

 一郎にやりと笑った。

 

「シャーラ殿──。い、いくらなんでも、部外者にそんなことを……」

 

 ヴァージニアが絶句している。

 だが、イザベラがそれを制した。

 

「黙れ、ヴァージニア──。わたしが常に刺客に狙われていることは、お前にも言ってあったはずだ。侍女にも常に目を配れと言ったぞ。それにも関わらず、侍女がわたしに毒を盛るのを許したのは、わたしやシャーラのみならず、お前の失態でもある。ちょっとは黙らんか──」

 

「で、殿下……」

 

 ヴァージニアがイザベラの叱咤にびっくりしている。

 一郎は咳払いをした。

 全員の注目が一郎に向く。

 

「さて、いろいろと話はあるが、まず、俺はここにいる姫様とシャーラに頼まれてここにいると言っておく。最初に言っておく。俺はこの中の誰が毒を盛ったのか、すでにわかっている。隠す余裕がなかったようだし、俺にはいまだに、その者が身体に毒を入れていた容器を身に着けているのを知っている」

 

 一郎の声に侍女たちの全員が息をのんだ。

 だが、一郎が喋ったことは本当だ。

 一郎の魔眼には、はっきりとある侍女が毒を所持していることがステータスに映っている。

 

「しかし、俺がやろうと思っているのは犯人探しじゃない。そんなことを無駄だということがわかっているし、これを明らかにしても、本人が残酷に処刑されるだけじゃなく、おそらく、実家も取り潰しになり、その一家も路頭に迷うことになるだろう。そうしないために、こんなことを起こしたかもしれないが、残念ながら、それが現実だ。キシダインは、簡単に犯人も、その実家も見捨てるだろう。可哀想なイエンのようにね」

 

 一郎ははっきりと言った。

 イエンの名を出したことで、全員が動揺したようにざわついた。

 

「ま、待ちなさい、あなた、どういうつもりで……。そ、そもそも、あなたは何者なのです──。殿下、わたしは説明を求めます。このわけ知り顔で物を言う彼は誰なのですか──」

 

 ヴァージニアだ。

 一郎の言葉に唖然としている感じだ。

 まあ、無理はない。

 ヴァージニアからすれば、いきなり見知らぬ男が現われて、ここでまたもや起きた毒殺未遂事件のことを糾弾し始めたのだ。

 当惑以外のなにもないだろう。

 一郎はにやりと微笑んだ。

 

「俺が何者か、そういえば、トリアさんは知っているようだな。いや、トリアさんだけじゃなく、ほかにも気がついていたみたいだね。まあ、仕方ないか。結構、派手に遊んでいるしね」

 

 一郎はなぜ最初に一郎の顔を見るや、トリアがくすりと笑ったのか、もうわかった。

 この小離宮には、一郎はもう何十回も逢引をしにきている。

 ちゃんと隠したつもりだったが、気がついていた侍女もいたようだ。

 トリアもそうなのだろう。

 いま、顔を見ていると、ほかにも何人か、一郎がイザベラのところに通っていたことに気がついた侍女はいるみたいだ。

 

「トリア?」

 

 ヴァージニアがトリアを見た。

 トリアが顔を真っ赤にした。

 

「トリア、許す。このロウ殿について、なにを知っておる。正直に申せ……。というよりは、ヴァージニアに教えてやれ……。もうよい。いまははっきりとしておこう」

 

 イザベラだ。

 トリアは当惑したようだが、元より、かなりおおらかな気質なのだろう。

 すぐに、覚悟を決めた顔になった。

 

「そのお方は、わたしたちの姫様……殿下のご愛人様です。もう、何度もここに通っておられます。魔道でお入りになり、そして、帰られます……」

 

 トリアはっきりと言った。

 侍女たちの何人かは驚き、何人かは微笑んだ。

 やはり、ばれていたみたいだ。

 

「あ、愛人──?」

 

 ヴァージニアがあんぐりと口を開けた。

 しかし、少なくとも、ヴァージニアは知らなかったみたいだ。

 一郎は苦笑した。

 それにしても、このトリアもそうだが、侍女の全員が処女だ。

 下級貴族でも、王宮にあがるとなれば、なかなかに身持ちの固いようだ。

 全員が生娘か……。

 もしかしたら、ちょっと大変かな……。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「まあ、そういうことだ。それはともかく、これはすでに決定事項だが、さっきも言ったが、ここで誰が姫様に毒を盛ったかの犯人捜しはしない。それは無駄だからだ。しかし、その者は俺に犯されることになる。それで罪は不問になる。そして、その犯人も含めて、今後、ここに侍女として残る者については、たったいまから俺に全員抱かれてもらう」

 

「えっ」

「ええっ?」

「なっ」

 

 侍女たちが一斉に声をあげた。

 当然だろう。

 しかし、一郎は構わずに続けた。

 

「誰が今回の事件を起こしたかに関わらず、たったいまをもって、ここで姫様の侍女を続けるには、俺の精を受けた者しか認めない。これは姫様ともシャーラとも決めたことであり、覆らない決定事項だ。それを受け入れられない者は出ていってもらうしかない……。あっ、でも、言っておくけど、毒を盛った犯人は逃げられないよ。さっきも言ったけど、誰が毒を入れたのかわかっているからね。だけど、俺の精を受けさえすれば不問にするよ。姫様にも、シャーラにも内緒にしてやろう」

 

「わたしにも、犯人を教えんのか?」

 

 イザベラが苦笑している。

 

「名を聞けば、しこりが残る。その実家も処分せねばならない」

 

「実家ということは貴族か?」

 

 この九人には、貴族出が六人、庶民階級が三人だ。

 

「ひとりはね」

 

「ひとり?」

 

 口を挟んだのはシャーラだ。

 しかし、この中には身体に毒を隠しているのがふたりいる。一郎にわかるのは、身につけている場合だけだから、荷を徹底的に調べれば、ほかにも出てくる可能性もある。

 それにしても、キシダインはどれだけ、イザベラの侍女に手を伸ばしているのか……。

 

 道具にされる侍女も命懸けだと思うが、やりかたは稚拙だ。

 キシダインとしても、駄目で元々の刺客のつもりだろう。

 そうやって使い捨てにされる侍女も、その実家もある意味被害者だ。だから、一郎はあえて、今回は犯人を伏せることにした。

 それよりも、その罪を犯した侍女も含めて、絶対に二度と裏切れないようにすればいい。

 一郎の精ならそれができる。

 一方で、突然に一郎に抱かれろと申し渡された侍女たち全員が驚愕の表情になっている。

 特に、ヴァージニアは顔が真っ赤だ。

 

「お、お前、なにを言って……」

 

「いや、それは違うぞ、ロウ殿」

 

 するとまたもや、イザベラが口を挟んだ。

 

「違う?」

 

 ロウはイザベラに顔を向ける。

 

「そ、それはそうでしょう。そんな馬鹿げた話……」

 

 ヴァージニアが安堵の表情になる。

 

「出ていくことは許さん。この部屋の者は全員がロウ殿の精を受けよ。もはや、わたしは、ロウの女になった者しか信じることはできん。だが、ロウの精を受ければ、それだけで、わたしは絶対の信頼をする。そして、これは命令だ」

 

「で、殿下──」

 

 ヴァージニアが一瞬絶句した。

 しかし、すぐに口を開く。

 

「そ、そんな命令は許されません。いくら、王女殿下でも──。ここにいる者たちは、全員が若い娘なのです。そ、それは、その男の方は王女様の愛人様なのかもしれませんが……。だからといって、理由もなく……」

 

「なにを狼狽える? それよりも、わたしの言葉に例外はないぞ。ここにいる者は全員、このロウ殿の女になってもらう。そなたも例外ではない」

 

 イザベラがはっきりと言った。

 ヴァージニアが今度は顔を激怒させたのがわかった。

 一方で、一郎は侍女たちのいる場所の気流に微香を送った。抱くとなれば、気持ちよくしてあげたい。

 また、さっきクグルスが言っていたフェロモンとやらも出してみることにした。

 やろうと思えば、簡単にできた。さすがは淫魔師の能力だ。

 どのくらいが適当かわからないので、とりあえずちょっと強めにする。

 

 その時だった。

 目の前の空間が揺れた。

 移動術だ。

 

 現れたのは、アネルザとスクルズだ。

 一郎は今回のことを予想して、もしも事が起きれば、シャーラに、一郎だけでなく、アネルザも呼び出すように指示していた。

 スクルズは、そのアネルザを連れてくるために一緒に来たのだろう。

 

「王妃殿下? スクルズ様も」

 

 ヴァージニアが声をあげた。

 侍女たちもびっくりしている。

 

「また、毒だそうだな、ロウ殿、イザベラ…。大丈夫か、イザベラ?」

 

 アネルザだ。

 

「問題はない、王妃殿下。事前に見つけた。それに、毒など飲んだところで、いまのわたしなら、大抵は自分で解毒できる。ロウ殿のおかげで」

 

「そうか……。それでどうなった?」

 

「犯人探しはしない。でも、いまから全員を抱く。そう決めたところだ」

 

 一郎は言った。

 

「おう、その気になったか。そうすればいいとわたしは言ったが、やっとやるつもりになったのだな」

 

「流石に決心がつかなくてね。でも、支配するのが彼女たちのためだと思い直した」

 

 一郎は頭を掻いた。

 また、アネルザが現れたことに、全員が驚いている。また、アネルザとイザベラが昵懇になったことはまだ秘密だ。だから、親しそうなことにもびっくりしているようだ。

 

「まあ、ここにいる侍女の方々をロウ様の女にするのですか? 皆さん、よかったですね。ロウ様はそれはそれは、お上手ですよ。それに、とても幸せな気持ちになります。ロウ様を信じるのです。何の問題もありませんから」

 

 まるで神を信じなさいという口調で語るスクルズの言葉にさらに、全員が騒然となった。



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169 幸運の扉~最初のふたり

「ス、スクルズ様?」

 

 ヴァージニアが声をあげた。

 一郎はその狼狽えぶりがなんとなく可笑しくてくすりと笑った。

 すると、ヴァージニアがきっと鋭い眼光で一郎を睨んだ。

 怖いねえ……。

 一郎は苦笑した。

 

「あなたは姫様付きの新しい女官になられたヴァージニアさんですね。心配いりませんよ。ロウ様がすべてを導いてくださります。なにもかも、ロウ様に委ねれば、それですべてが楽になるのです。どうか信じてください」

 

 スクルズが満面の笑みを浮かべて、はっきりと言った。

 だが、王都でも有名な神殿長代理を務めている敬虔なはずの美貌の巫女が、なにも考えずに男と性行為をしろと勧めるのはどうなのだろう。

 言われた侍女たちも、ヴァージニアも顔を引きつらせている。

 だが、王女と王妃、さらに、王都でもっとも人気のある美貌の巫女……。たとえ、それが性行為であろうとも、これだけのそうそうたる人物に強要されて断るなど、並大抵の根性がないとできないだろう。

 さて、どうなるかな……。

 一郎は目の前の侍女たちを見た。

 

 いずれにしても、すでに一郎は無理矢理であろうとも、彼女たちの全員を抱くことをもう決めている。

 彼女たちがキシダインの出世欲のための使い捨ての道具代わりに使われないためにもそれが必要なのだ。

 侍女たち九人はどう反応していいかわからないかのように、すっかりと押し黙ってしまっている。

 もっとも、そのうちのふたりは明らかに怯えきっている。

 淫魔術や魔眼を駆使するまでない……。

 そのふたりが今回、イザベラに毒を盛ろうとした犯人だ。

 

「しょ、承服できません──。か、彼女たちはまだ若く、全員が婚姻前であり、それなのに……」

 

 しかし、ヴァージニアが沈黙を破るように叫んだ。

 この状況で反抗するなど、さっきも思ったが、なかなかの根性だ。並大抵の気概ではできない。

 正論は正論……。

 そう主張できる強さが彼女にはあるようだ。

 まあ、ヴァージニアとしては、自分こそがなにも言えなくなってしまった侍女たちを守らないとならないとでも思ったのかもしれない。

 きつい顔をして厳しそうだが、反面、面倒見もいいのだろう。

 そんな感じだ。

 

「ヴァージニア、興奮するな。まあ、この侍女たちを仕切る立場でもある女官としての立場も理解できるし、職責を全うしようとするそなたの態度は悪くはない。だが、これに限っては、どうあっても、そのロウに抱かれてもらうぞ。決定事項だ」

 

 アネルザが口を挟んだ。

 ヴァージニアはそのアネルザに毅然と向き直る。

 

「わ、わかるように説明してください。なにゆえに、彼に、侍女たちが抱かれねばならないのです。まったく理解できません」

 

「血の誓いならず、精の誓いというところか? こいつに抱かれればわかる。裏切れない刻印が心に刻み込まれると思えばいい」

 

 アネルザがあっさりと言った。

 侍女たちがどよめいた。

 また、ヴァージニアは顔色を変えた。

 

「わ、わたしたちに操心の術を? それとも呪い?」

 

「察しがいいな。まあ、そんなようなことだ」

 

 アネルザの言葉に、さらにヴァージニアが蒼くなる。

 すると、スクルズがくすりと笑った。

 

「なんの問題もないのですよ。呪いのようなものではありません。祝福とお思いください。このロウ様は皆さんを幸せにしてくれます。さあ、すべてをロウ様に……」

 

 さらにスクルズが言った。

 さすがに一郎は声をあげて笑ってしまった。

 

「まあ、可笑しいですか、ロウ様?」

 

 スクルズがきょとんとしている。

 一郎はスクルズに視線を向けた。

 

「うん、いつもそうだけど、スクルズは俺を身びいきし過ぎじゃないかな。俺は俺の都合で女を無理矢理にものにするだけだ。鬼畜なものさ」

 

 一郎は亜空間から一束の縄を出した。

 どうせなら、愉しもうと決めた。

 目の前の処女軍団を縛って破瓜をする。

 考えてみれば、なかなかに愉快なイベントかもしれない。

 

「そ、その縄はなんなんですか。なにをするつもりなんです──」

 

 すると、ヴァージニアが真っ赤な顔をして金切り声をあげた。

 だが、かなり動揺している気配だ。期待を裏切らない人のようだ。彼女のような気の強い年輩の女性が一郎の性技でどれだけでれる(・・・)のか、それとも自分を保ち続けるのか、こっちはこっちで、いまからちょっと愉しみかもしれない。

 

 

 

 “ヴァージニア

  人間族、女

   イザベラ専属女官

  年齢40歳

  ジョブ

   官吏(レベル5)

  生命力:50

  攻撃力:10(素手)

  経験数

   男1

  淫乱レベル:D

  快感度:400↓(下降中)”

 

 

 

 ところで、ステータスを見る限り、年齢のわりには経験が少ないようだ。

 また、これも一郎にはわかるが、わざと地味にしているが、結構可愛い顔をしている。おそらく女らしい部分をあえて隠している感じだ。

 その辺りの事情をじっくりと、身体を解しながら解き明かしていくのも愉しそうだ。

 一郎はにやりと微笑んだ。

 また、淫乱レベルがDなどというのは、かなりの老婆か、幼児でないとあり得ないのだが、ほぼほぼ愛撫には反応しないというレベルである。

 その辺にも事情がありそうである。

 

 ところで、ステータスにあるヴァージニアの快感値が下がり気味なのはなぜだろう。

 媚香の気流を流しているのは、侍女たちの方なのでヴァージニアには向かっていない。また、その気流が効果をあげているのは明白で、侍女たちはまだ無意識だとは思うが、顔は全員が赤くなってきておいて、もじもじと内腿を擦る仕草を始める者も出てきた。

 だから、ヴァージニアに影響を及ぼしているのは、さっきクグルスに勧められたフェロモンの発出だろうか。

 試しに、ヴァージニアに合わせるように、身体から出すフェロモンの波動を修正してみる。そんなことやり方もわからないはずなのに、やろうとすれば簡単にできた。

 さすがは淫魔師の身体だ。

 すると、ヴァージニアの顔が目に見えて、さらに真っ赤になった。

 やはり、フェロモンか……。

 

「な、なにを見ているのですか──。いやらしい──」

 

 ヴァージニアが真剣な表情で怒鳴った。

 だが、これは怒りというよりは照れだろう。

 自分に沸き起こった心と身体の変化に戸惑ったに違いない。

 まだ淫魔の刻みをしていないので想像でしかないが、間違いない。

 一郎はこと女に関しては、絶対に勘を誤らない自信がある。

 

 ただ、一介の冒険者とはいえども、こうやって、王妃や王女のいる状況で、たったひとりだけ椅子に座り、わざわざ実際には彼女たちよりも一郎が優位な立場であることを示しているのだ。

 しかも、彼女の主人ともいえるイザベラが、一郎の愛人であることを自ら示している。

 それにも関わらず、この態度をとれるというのはかなりの性格だ。

 

「ロウがいやらしいのは認めるな……。だが、わたしの想い人だ。口を慎め、ヴァージニア」

 

 イザベラがぴしゃりと言った。

 

「申し訳ありません。つい……」

 

 さすがに王女に直接に叱られては、ヴァージニアも口をつぐんだ。

 

「ヴァージニアさん、皆さん、なにもお考えになる必要はないのですよ。ただ従えばいいのです。さあ、ロウ様に愛してもらってください。これは皆さまにとって、大変な幸運ですよ」

 

 すると、スクルズがさらに言った。

 一郎は微笑んだ。

 

「スクルズ、ただなにも考えずに従えというのは言い過ぎだ。彼女たちに精の刻みをするのは決定しているが、できれば、彼女たちには考えた末に応じて欲しい。だから、こうして説得しているのさ」

 

「これは至りませんでした……。では、皆さん、考えた末に、ロウ様にすべてを委ねて従うのです。さあ、どなたから愛して頂くのですか?」

 

「スクルズ様、そ、それはあんまりかと……」

 

 ヴァージニアはさっきと比べて、ちょっと控えめに抗議した。

 だが、一郎は、それを制してスクルズを見る。

 どうにもわかってないようだ。

 

「まるで、俺が神様でもあるような口ぶりだね。だけど、残念ながら、俺はそこまでの男じゃないよ。ただの好色男だ」

 

「いいえ、ロウ様はわたしにとっては神様のようなものです。命をくださり、心の平穏と幸せを頂きました。ロウ様は間違いなくクロノス様であり、ロウ様に出逢えたことこそ、神のお導きだと思っております」

 

 一郎の冗談交じりの戒めにも、スクルズはすかさず言い返してきた。微笑んではいるが、内心の頑迷さも垣間見える。

 これはわざと言っているのではなく、心の底から、そう思っている気配だ。

 ふと見ると、スクルズの堂々とした一郎の追従に、ヴァージニアたちも唖然としている。

 盲信は嬉しくないことはないが、ある意味危険だ。

 一郎はここでちゃんとスクルズに言っておいた方がいいと判断した。

 

「だったら、スクルズもなんでも言うことをきくのか? だが、スクルズの価値観に合わなくて、どうしても聞き入れられないことだってあるだろう。そんなときには従えないはずだし、従わなくてもいい。鬼畜は別にしてね」

 

「いいえ、従います。鬼畜も含めてです……。どうか、なんなりとご命じください」

 

 スクルズがお道化たように、微笑んだまま軽く頭を下げた。

 一郎は頬を綻ばせた。

 

「だったら、もしも、俺が世界を滅ぼしたいと言ったら? さすがに、それは従えないだろう?」

 

「では世界を滅ぼしましょう。わたしにどこまでできるかわかりませんが……」

 

 これには一郎は噴き出してしまった。

 

「滅ぼすのは世界ではないであろう。ほかにある」

 

 アネルザが笑って口を挟んだ。

 一郎とスクルズのやり取りに苦笑をしている。

 

「確かにね……。だけど、世界はともかく、だったらもう少しスカートは短い方がいいな。その巫女服は丈が長すぎるよ」

 

 なんとなく一郎は言った。

 スクルズが身に着けている巫女服は神殿界の伝統的なものであり、丈はふくらはぎくらいまである。

 しかし、一郎は短いスカートが好きなのだ。

 だから、エリカもシャングリアも、スカート丈はこの世界には珍しい膝よりも上だ。

 最近ではミランダも短い。

 どうして、わざわざいまそれを主張したくなったかわからないが、スクルズがなんでも一郎に従うと言ったのでなんとなく、前から思っていたことを口にしたくなったのだ。

 

「これは至りませんでした」

 

 しかし、スクルズは微笑んだままさっと魔道を放った。

 すると、巫女服のスカートの半分以上がばっさりと切断されて床に落ち、スクルズの白い腿が半分以上露わになった。

 これには一郎だけでなく、侍女たちも驚くとともに圧倒されたみたいだ。

 ざわめきが起きる。

 とにかく、本当になんでも一郎に従うのだと思った。

 もしかしたら、本当に世界を敵に回しても平気なのかもしれない。

 

「シャーラ、わたしのスカートもすべて短くせよ。二度と長い丈のものははかん」

 

 イザベラがスクルズに対抗するように言った。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「ともかく、ロウ殿に抱かれてもらうぞ、お前たち……。脅迫されてイザベラを殺そうとしておきながら、男に抱かれよという命令に従えないというのは理解できん。王女暗殺は本人のみならず、一族連座の罪だ。それを放免してやろうというのだ。こんな好条件はあるまい」

 

 アネルザが咳ばらいをして言った。

 

「だ、だけど、ここにいる者の全員が犯人では……」

 

 ヴァージニアが口を挟む。

 

「同罪だ。この状況であれを防げなかった時点で、全員が死を賜っても不自然ではない。言い訳のできん大罪だ。何度目の暗殺未遂だ?」

 

 アネルザは一蹴した。

 よくはわからないが、そういうものなのだろう。

 まあ、王女暗殺未遂だ。

 しかも、これが最初でもない。

 この国の王にしても、血の繋がった娘がこれだけ命の危険に晒されているのに無関心というのも異常だ。

 確かに、本当は、度重なる王女の毒殺未遂など、王の逆鱗に触れて、全員が死を賜っても不自然でないのかも……。

 

「そんな……」

 

「そんなではないわ、ヴァージニア……。それをこのロウ殿と性交をするだけで、不問にするどころか、これ以上ないような幸運の扉を示してやったのだ。それを断る方がどうかしている」

 

 ヴァージニアの言葉にアネルザが続けた。

 

「幸運の扉?」

 

 ヴァージニアが怪訝な表情になった。

 アネルザの言葉の意味を考えようとしているようだ。

 

「わからんのか。鈍いのだな。そもそも、お前たちのような下級貴族の令嬢や貴族の血でもないお前たちが、なぜ、イザベラの侍女でおられる? それはキシダインという後継者候補がこのイザベラを眼の仇にしているからだ。だが、早晩、キシダインはいなくなる。そうなれば、お前たちの居場所などないぞ。しかし、イザベラは、そのお前たちに将来を保証しようとしているのだぞ。この男と交わることでな」

 

 アネルザがにやりと笑った。

 だが、ヴァージニアは首を傾げたままだ。

 

「あ、あのう……。意味がわかりません……」

 

「まだ、わからぬか? これは我ら女の同盟だ。どうとでも考えよ。ただ、この男と交われば、わたしはお前たちを仲間だと認めて、絶対に見捨てんことを約束しよう。なによりも、この男が見捨てまい。そういう男だ、この男は……。わたしやマアは強姦してでも平気で抱く癖に、どうにも、いまは、この期に及んで強引にお前たちを抱くのを躊躇っているようだ。わたしにはその優柔不断は理解できんがな。」

 

 アネルザが一郎を見た。

 一郎は肩をすくめた。

 

「優柔不断はひどいな。でも、約束しよう。俺は一度自分の女と定めた君たちを見捨てないよ。君たちもまた、俺を裏切られなくなる。そのことによって、ほかの女たちとも強い結びつきができる。アネルザはそう言っているのさ」

 

 一郎は言った。

 実のところ、一郎はただ優柔不断なのではない。

 ただ奴隷にするのとは異なり、自由な意思を持った支配となれば、どんな形でもいいので、彼女たちが自らの意思で一郎の支配を受け入れるという過程が必要になる。

 ヴァージニアは眉をひそめた。

 

「もしかしたら、あなたは……ロウ殿は、王女様の愛人というだけじゃなく、もしかして、王妃様とも……?」

 

 ヴァージニアだ。

 

「アネルザだけじゃないさ。シャーラも、スクルズも……。ここに家庭教師でやって来るおマアもそうだ。ほかにもいる。約束するよ。俺の女になってくれれば、その全員が君たちの味方になる」

 

 一郎ははっきりと言った。

 侍女たちが目に見えて動揺したのがわかった。

 また、腿を擦り合わせるような仕草もはっきりとしたものになっている。何人かはもう立っているのもつらそうだ。

 

「さっきヴァージニアが言っておったが、この先に良縁を望むのであれば、この王妃アネルザが責任をもって世話をしてやってもよい。生涯をイザベラに尽くしてくれるというのであれば、それもありがたい。とにかく、ここはロウに抱かれて、わたしらの仲間になるがよい。それで、なにもしないよりも遥かによい未来が約束される。まさに幸運の扉だ」

 

「さっきも申したが、わたしは貴族の血も、口の葉の乗せた忠誠の言葉も信用せん。だが、そこにいるロウの認めた女であれば、わたしは信用する。さっさと決断せよ」

 

 アネルザに続き、イザベラが苛ついたように怒鳴った。

 一郎は続いて口を開いた。

 

「それと、言っておこうと思うが、俺が君たちを抱くときには、ひとりずつ、もしくは二名ずつくらいで抱かしてもらう。抱いているあいだに、少なくとも最初だから、ほかの女にあまり見られるのは気になるだろうしね」

 

 すると、侍女のひとりがすぐにさっと手をあげた。

 一郎はにやりと微笑んだ。

 最初のひとりだ。

 トリアだった。最初にこの厳粛な集まりのなかでひとり笑い声をあげた侍女だ。

 

 おそらく、最初に手をあげるのは彼女だと思った。

 どんなことでも、最初に現状を打破して、事を起こそうとするのは勇気がいる。

 だが、トリアについては、さっき空気を読まずに、あの緊張した雰囲気の集まりの中で、くすりと笑ってしまってヴァージニアを怒らせたくらいのおおらかな気性だ。

 なんとなくだが、最初に手をあげるような気がした。

 それに、彼女は一郎を話したいことがあるはずなのだ。

 

「わかった。じゃあ、君から始めよう、トリアさん」

 

 一郎は立ちあがった。

 トリアを手招きする。

 すると、トリアが数歩前に出たが、床に引っ掛かるように足をよろけさせた。

 気づかれないように流していた媚香がかなり身体を脱力させていたのだ。

 

「おっと」

 

 一郎はトリアに手を伸ばして身体を支える。

 

「ま、待ってください。わたしも……」

 

 すると、さらに手をあげた侍女がいた。

 ノルエルという侍女だ。三人ほどいる貴族出身ではない侍女である。

 そういう仕来りには疎い一郎だが、一国の王女ほどの侍女に、庶民出身の娘が混じれるというのは、随分とイザベラ王女の侍女には成り手がないということかもしれない。

 まあ、イザベラのところにあがれば、この国最大の公爵家であるハロルド公とその派閥に睨まれるのだ。

 国王が政治に無関心で、娘の暗殺未遂が繰り返されているのに、見て見ぬふりでは、まあそれもやむを得ないのだろうか。

 

 それはともかく、トリアに続いて、ノルエルという侍女が名乗りをあげたのは意外だった。

 トリアに対してノルエルについては、ずっと大人しいという雰囲気だったからだ。

 いわゆる「ファーストペンギン」のタイプではない……。

 

「ノルエル……」

 

 すると、ほっとトリアが安堵する表情になった。

 その顔で一郎はなんとなく察した。

 なるほど、そういうことか……。

 

 

 

 “トリア

  人間族、女

   イザベラ王女の侍女

   アンジュ―男爵家次女

  年齢18歳

  ……

  ……

  経験数

   なし

  ……”

 

 

 

 “ノルエル

  人間族、女

   イザベラ王女の侍女

  年齢16歳

  ……

  ……

  経験数

   なし

  ……”

 

 

 

 だが、ふたりとも、男、女に関わらず経験数はない。

 まあ、女同士の場合は、ただの肌のふれあい程度では数には入らず、淫具を使用するような淫らな男女の行為に準じるような関係にならなければ数には入らないようなので、まあ、その程度なのだろう。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい、あなた方は……」

 

 そのとき、ヴァージニアの大声が部屋に響いた。

 だが、そのときには、一郎はふたりの手を握り、亜空間にふたりを連れ込んでいた。

 

「えっ?」

「なに?」

 

 景色が一変して、なにもない空間になる。

 一郎がときどき女を抱くのに使っている場所だ。

 風景などなにもないのだが、事前に持ち込んでいる大きな寝台がある。また、吊りプレイに使う大きな梁付きの台もある。

 ほかにも、亜空間に収容しているものであれば、なんでも空間から持ってくることも可能だ。

 ここは空間があるようでなく、ないようで、ちゃんと存在する不思議な場所なのだ。

 また、時間さえもない。

 亜空間の中の時間の流れと、外の時間の流れは全く異なり、ここで三日過ごしても、一瞬程度しか経っていないようにできる。

 だから、亜空間に食べ物を収容しても、いつまでも腐ることもないというわけだ。

 無論、ここで性交をしても、亜空間の外では全く時間を使わないでいられる。

 どういう絡繰りになっているかは理解できないが、そういうことなのだ。

 

「亜空間術だ。まあ、魔道の一緒とでも考えてくれればいい」

 

 一郎がふたりを導いたのは、その事前に置いてあった寝台の上だ。

 三人で寝台の中心に丸くなるように座って、お互いを見ている態勢だ。それくらいこの寝台は広い。

 

「こ、これ、魔道ですか……」

「……あ、あのう……、ここはどこでなのでしょうか……?」

 

 ふたりは呆然としている。

 しかも、亜空間術というのが理解できないようだ。

 まあ、当然かもしれない。

 スクルズも、ベルズも、知られている魔道ではない技だという。高位魔道であれば、収容術という技もあるが、生きているものを収容する概念はないという。ましてや、術者そのものも入ってしまうなど、どういう魔道の理屈になるのか想像もつかないという。

 まあ、一郎としては、実際に術が駆使できるのだから、理屈などどうでもいいが……。

 

「それよりも、トリアさん……。ここは俺たち三人だけしかいない。ちょっと込み入った話をしたいんじゃないかな? そのとき、ノルエルちゃんはいてもいいか? ここで話すことはこの三人の誰かが口にしない限り、外に漏れることはない。だが、ノルエルちゃんに聞かせたくない話であれば、彼女には話が終わるまで、別に待っていてもらってもいい」

 

 一郎は言った。

 すると、トリアの顔が真顔になった。

 どうでもいいことだが、なんとなく、一郎はトリアに“さん”をつけ、ノルエルには“ちゃん”と付けていた。

 ふたりの醸し出す雰囲気のなせることだったが、二歳しか変わらないが、トリアが大人の女の雰囲気があることに比べれば、ノルエルはまだ少女の幼さが表情にも態度にも残っている。

 

「トリア様……」

 

 ノルエルが不安そうにトリアを見た。

 しかし、すぐにトリアは首を振る。

 そして、不意に挑むように一郎を睨むように見つめてきた。

 

「いいえ、ノルエルはここにいて……。ロウさん、多分ですけど、ロウさんは、今回の毒殺未遂について、わたしを疑っていますよね?」

 

「えっ?」

 

 声をあげたのはノルエルだ。

 一郎は微笑んだままでいた。

 正直にいえば、彼女のことは疑っていない。

 今回毒をイザベルに仕掛けようとしたのは彼女ではない。それは一郎の勘だ。

 しかし、だが、呼び出しを受けて小離宮に来るまでは、彼女が犯人なのではないかと思っていた。

 マアが調べたキシダインの手が伸びている二軒の家のうちのひとつが、トリアの実家のアンジュ―家だったからだ。

 

「どうしてそう思う?」

 

 一郎はそれだけを言った。

 トリアは一郎に、さらに挑むような視線を向けてきた。

 

「わかりますとも……。わたしの実家は数年前に襲った領地の冷害のために大きな借金を背負っています。いまは利子が膨らみ、かなりのまとまった額になっています。ですが、最近になって、その借金をしている商家がキシダイン公と非常に昵懇だということがわかったのです。そして、キシダイン公の使いという人がやって来て、わたしの父に逆らえない条件をつきつけて、わたしに姫様に毒を盛れと迫りました」

 

「えっ──」

 

 ノルエルが目を丸くしている。

 トリアとノルエルは、仲がよさそうだと思ったが、ノルエルはトリアのそういう事情は知らなかったようだ。

 とても驚いている。

 

「逆らえば、わたしの弟と妹が借金奴隷として連れていかれます。わたしの実家のような貴族とは名ばかりの小さな家では、ハロルド公であるキシダイン公様には逆らうことはできません。でも、わたしはやっていません。まだ毒とやらは受け取ってもいません。受け取っても捨てるつもりでした」

 

 さらに、トリアが一気に言った。

 一郎は頷いた。

 

「よく打ち明けてくれたね……。もちろん、信じるよ。じゃあ、心置きなく愛し合おうか。とりあえず、裸になって股を拡げてもらおうかな。よく、俺に見えるようにね」

 

 一郎は言った。

 トリアがきょとんとした。

 

「えっ、それで終わり……ですか……? でも……。ずっとシャーラ様とかが、わたしを警戒しているのは気がついてたし、わたしは疑われているのはわかっていたんです」

 

 トリアとしては必死の告白だったのだろう。

 また、シャーラの主張のとおり、マアからの情報として、一郎はキシダインの手が回っている二軒の侍女の実家を教えていた。

 その情報に接して、シャーラは集中的に、その実家のふたりの侍女を調べたはずだ。

 だから、自分が疑われていることを承知したに違いない。

 シャーラは気がつかないようにやったつもりだったと思うが、トリアは思ったよりも勘がいいのだろう。

 それで疑われていることも気がついたのだと思う。

 

 だが、とにかく、ただの勘だが、一郎はひと目見て彼女ではないことを悟った。それに、広間に集まっていた侍女たちの中には、毒の入っている容器をまだ隠して持っていたままの女をふたり見つけたのだ。

 だからこそ、一郎は侍女たちの全員に性奴隷の刻みをしてしまおうと思った。

 つまりは、キシダインは一郎やマアの予測よりも、深く侍女たちに手を出しているということがわかったからだ。

 

「ああ、終わりだ。君は犯人じゃない。俺は言ったはずだ。犯人は知っているとも……。それよりも、まずは裸になって股を開くんだ。そして、ノルエル、君も裸になって、まずはそのトリアの股を舐めるんだ。いいというまでね。君たちはそういう関係だろう?」

 

 一郎がにやりと笑うと、ふたりがはっとしたように真っ赤になった。 



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170 人形あそび~最初のふたり

「えっ……あ、あのう……ト、トリア様を、な、舐めるって……。で、でも……」

 

 まずは、裸になってふたりで愛撫をし合えという命令に、ノルエルが目に見えて動揺したのがわかった。

 侍女服に手をかけたまま、指先が震えている。

 一郎としては、このふたりがなんらかの百合遊びの関係に思えたので、その延長で抱いた方が緊張も減るだろうという考えだったのに、ここまで怯えたようにしなくてもいいのにと思った。

 

 すると、横でトリアがくすくすと笑った。

 視線を向けると、すでに侍女服を脱いで横に置いて、下着姿になっている。

 いまは胸巻きにしている布を乳房から取り除いている最中だ。

 こっちはこっちで、抱かれると決めたら、かなり度胸もあるようだ。まだ服を脱ぐことすらしていないノルエルに比べれば、随分とさばさばしている。

 

 それはともかく、この世界の文化には、まだブラジャーのようなものはない。トリアも乳房が仕事の邪魔にならないように、柔らかい布を軽く巻いているだけだ。エリカのような女戦士については、下着タイプのチョッキのようなものがあるが、そのうち気が向いたら、ブラジャーのアイデアでも提供してみてもいいかもしれない。乳房を包む部分の縁に硬い線上のものを埋め込んで形をきれいに見せるというのも、アイデアさえ渡せば、具体的な材質ややり方は勝手に考えてくれるだろう。

 マアあたりに渡せば、商品のかたちにでもしてくれるのではないだろうか。そんなことを思った。

 

「ノルエル、ロウ様のご命令よ。早く脱ぎなさい。覚悟はしたのでしょう」

 

 トリアが叱咤するように、ノルエルに声をかけた。

 

「は、はい、トリア様……」

 

 すると、ノルエルがほっとしたように侍女服を手をかけて、頭から抜く作業を始める。緊張による指先の震えはなんとかとまったようだ。

 一郎の言葉ではなく、トリアの言葉なら安心するのか……。

 だが、どうやらふたりは、一郎が予想したような対等の百合の関係というものでもないようだ。かなり一方的に、トリアがノルエルに優位な立場でふたりは遊んでいるのではないかと思い直した。

 

 一郎は、亜空間術を駆使して、一瞬にして自分の身体から衣服を取り去る。すでに亜空間なので、幾つかの空間の仕切りを作っている別の場所に送るだけだが、これはこれで、もしも魔道であれば、かなりの難度となる術だという。

 スクルズでさえ、自分が身に着けている服だけを収納術で消すことは不可能らしい。

 だが一郎は、淫魔術でなら、亜空間内ならずとも、現実側でそれができる。

 そして、ふと思ったが、もしかしたら、この技を使えば、城郭で歩いているときに、女たちから突然に服だけを剥いだりすることも可能なのではないだろうか……。

 

 いや、できる……。

 不思議な感覚だが、できるかもしれないと考えた瞬間に、実はできるということがわかったのだ。

 また、これはかなりの戦いにおける武器にもなる。

 今度、実験をやってみよう……。

 

「きゃあ」

「うっ」

 

 突然に全裸になった一郎を見て、ノルエルが悲鳴をあげた。そして、トリアは悲鳴というほどではないが、やはり、驚いたような声を喉から出す。

 一郎はまずは、腰の下着だけになったトリアの腕を掴んで、一郎の胡坐に座った足を跨がせるようにして、対面座位の体勢にして引き寄せた。

 

「ひっ」

 

 覚悟したとはいえ、ほとんど全裸の状態で、男女で密着するのは、トリアもまだ怖いようだ。抱き締めたトリアの身体が小刻みに震えている。

 だが、一郎の裸の胸と密着したトリアの乳房はとても柔らかく、その中心部分だけが固く勃起している。まだ下着に包まれている股間からは、すでにむっとするような淫靡な香りが漂っていて、彼女たちにたっぷりと吸わせた媚香の影響が完全にトリアを苛んでいるのがわかる。

 観察するまでもなく、下着は既に蜜でべっとりとなっているだろう。

 

「大丈夫だ。無理かもしれないけど、できるだけ力を抜いて……。なにも考えないで、俺に任せて……。舌を出して」

 

「は、はい……」

 

 トリアが舌を出した。

 一郎はその舌を口に含み、ぺろぺろと舐めてやる。

 

「んふっ」

 

 トリアがほとんど本能によると思うが、背中側にあった両腕でぎゅっと一郎を抱き締めた。口づけだけとはいえ、一郎は最高の快感がトリアに流れるように、舌の刺激を加えてやったのだ。それだけでなく、一郎の唾液がトリアの中に含まれることにより、淫魔術の刻みがトリアの身体に入ってくるような感覚に襲われたはずだ。

 だから、びっくりして身体に力を入れてしまったのだと思う。

 

「あっ、す、すみません」

 

 一郎を抱き締めてしまったことを自分でも驚いたのか、トリアがすぐに力を抜くとともに、口を離して一郎に謝罪の言葉を発した。

 そのトリアを一郎は背中を擦るようにして、ぐっと引き寄せて、トリアの耳元に口を近づける。

 

「大丈夫……。怖いとは思うけど、君が怖がれば、ノルエルはもっと怖がる。彼女ためにももっと楽にして……。心配ない……。大丈夫だから」

 

 ささやいた。

 すると、すっとトリアの身体から力が抜けるのがわかった。

 

「ほら、もう一度口づけだ」

 

 再び唇を重ね合わせ、今度はさらに強い快感を注ぎ込んだ。それだけでなく、大量の一郎の唾液をトリアに飲ませる。

 トリアと一郎には、圧倒的なジョブレベルの差があるので、これくらいの体液を注げば、ほぼ精液を注いだのと同じくらいの支配ができあがる。

 支配というのは、ジョブの種類に拘らず、とにかく、レベル差があればあるほど、上位者が下位者を容易に支配できる。また、逆に、レベルが下の者が上位者を支配することはできない。

 そういうものなのだそうだ。

 このことは、奴隷の首輪のような支配魔具でも同じらしく、レベル下位者が作成した支配魔具を用いても、上位者を支配することはできない。

 だから、高いジョブレベルの一郎の性奴隷の刻みのある女たちは、事実上、どんな支配魔具でも、支配魔道でも、操られることはない。

 以前、エリカがジョナスという小者の操り師に心を操られたことがあったが、それは意図的に一郎が支配を最弱に弱めていたからだ。いまは、どの女にも、そんな間抜けなことはやってない。

 

「はあ、はあ、はあ……。な、なんでしょう……。こ、これ……。わ、わたしに、なにを……」

 

 口を離すと、トリアが喘ぎ声のような音をさせながら、うっとりと一郎を見つめてきた。

 一郎はさっそく、淫魔術でトリアの心から、初めて男に抱かれることに対する恐怖のようなものを消してやった。その代わり、彼女持ち前の好奇心のような感情を大きくしてやる。

 すると、トリアがにっこりと笑った。

 

「ただの口づけだろう、トリア」

 

 一郎はトリアを抱き締めながら言った。

 そのあいだも、トリアの裸の背中を一郎の手は擦り続けている。もちろん、しっかりと性感帯のもやを柔らかく刺激しながらだ。

 トリアの全身の悶えが大きくなり、抱いている身体がどんどんと熱くなる。肌はしっとりと汗ばんでおり、一郎の怒張に密着している下着からは、さらに強い香りが流れてくる。

 

「だ、だったら、すごいのですね……。口づけって……。わたしは初めてだったので……」

 

 トリアが赤い顔で言った。

 

「初めて? ノルエルとは?」

 

 ノルエルとはただの関係ではなかったはずだ。一郎の勘が外れるわけがない。

 

「お、男の人はという意味です……。ノルエルとは……。あれっ?」

 

 トリアが一郎の背中越しにノルエルを認めたらしく、変な声を出した。

 ノルエルは、トリアと対面座位で抱き合っていた一郎の背中側になっていたので見えていなかったのだが、一郎は視線を向けてみた。すると、侍女服の上衣こそ脱いでいるが、まだ、ノルエルは、侍女服の下の白いシャツを着ていて、スカートを脱いでいる腰から下はともかく、上は下着姿にすらなっていなかったのだ。

 どうやら、その状態でとまってしまい、ぼうっと一郎とトリアの口づけを見ていただけだったみたいだ。

 

「ほら、早く脱ぎなさい、ノルエル。一緒に抱かれましょう。そのために、さっき手をあげてくれたんじゃないの? 覚悟したんでしょう」

 

 トリアがノルエルに嗜めるように、ちょっと強い口調で言った。

 

「だ、だって……。わ、わたしは、ただトリア様と離れたくなかっただけで……」

 

 すると、ノルエルが泣きそうな顔になった。

 一郎はノルエルも引き寄せようとして、トリアを抱いたまま手を伸ばした。

 

「ひっ」

 

 だが、ノルエルは恐怖を顔に浮かべて、寝台にお尻をつけたまま後ずさった。

 一郎は苦笑した。

 

「こらっ、ノルエル」

 

 強い感じではなかったが、明らかにトリアは怒ったような口調だ。

 

「ごめんなさい、トリア様……」

 

 ノルエルが泣きそうな顔になる。

 

「謝るのはロウ様にでしょう……」

 

 トリアが溜息をついた。

 一郎はとりあえず、トリアを脚の上からおろして、ノルエルに横に座らせた。そして、ふたり向き合う。

 ノルエルがトリアにすがるように、さっとトリアに身体を密着させた。

 やはり、ただの友人関係じゃないだろう。

 むしろ、かなりノルエルはトリアに依存しているみたいだ。

 トリアは剥き出しになっている乳房を両手で隠した状態で……、ノルエルはトリアの腕をしっかりと両手で掴んだ姿勢で一郎を向いている。

 一郎はふたりに向かって口を開いた。

 

「……ところで、本当はもっとすぐに伝えておけばよかったけど、秘密裏にやっていることだから、どうしても情報が漏れると困るので教えてなかったことがある。だけど、精の刻みをするのであれば、もう情報が漏れることはないはずなので、もう言ってもいいだろう……。だが、それを教えておけば、トリアの心の悩みはなくなっていたはずなんだ。悪かった」

 

 まずは頭をさげた。

 トリアはきょとんとしている。

 

「あ、あのう……。なんのこと……」

 

「君の実家のことだ」

 

「実家……ですか……?」

 

「ああ。君がさっき口にしたアンジュー家の実家の借金の状況については、十日ほど前に状況が変化している。この亜空間に入る前に口にしたおマアによる借金の肩代わりの処置が終わっているんだ。すでにキシダイン派には手が出せない状況になっているし、君の弟や妹が奴隷に売られるようなことはあり得ない。今度、実家に戻ったときに確かめればいい。だけど、手紙はやめてくれ。情報が漏れると困る。少なくとも、こっちが糸を引いて状況の改善を図っていると知られたくないんだ」

 

「えっ、本当に──? あっ、そういえば──」

 

 トリアが驚いた声をあげたが、すぐにはっとした大声に変化した。

 一郎が喋ったことは本当だ。

 だが、秘密裏にしなければならないことなので、黙っていたのだ。

 また、トリアの実家にも情報を漏らすことは禁止していた。娘のトリアに対してもだ。

 さもないと、処置の途中の状況で、すべての侍女たちの実家で同様の処置を進めていることをキシダイン側に知られると、どこかの正面で打開策を打たれる可能性があった。

 だが、いま、トリアが思いついたことがあるような声を出したのは、もしかしたら、実家からの手紙かなにかで、状況が変わったことを仄めかす文面があったのかもしれない。

 アンジュー家は王都からは遠く、簡単にはトリアも里帰りする距離ではない。

 だから、そういうかたちでしか、家族もトリアに近況の変化を仄めかすことしかできなかったのだろう。

 

「い、いえ、そう言えば、珍しく父からの便りがあり、なんとなく、安心していいというようなことを意味する内容が……。だ、だったら、あれは……」

 

 やっぱり、そうか……。

 一郎はにっこりと微笑んだ。

 

「なら、大丈夫だね。俺たちの仲間になってよかっただろう? おマアは借金は棒引きにはしなかったけど、催促なしの無利子にはしたよ。だけど、君が頑張れば、肩代わりの借金も半分くらいにしてやろうか? なかなかに仕事と私的な関係を厳密に切り分けるおマアだけど、十ノスくらい続けて抱き続ければ、音をあげるとは思うけどね」

 

 一郎は軽口を言った。

 しかし、トリアは激しく首を振った。

 

「あ、ありがとうございます……。弟や妹を……家族を守ってくれてありがとうございます。多分、本当のことなんでしょう。わたしにはわかります。ありがとうございます」

 

 トリアががばりとその場にひれ伏した。

 土下座だ。

 一郎は慌てて頭をあげさせた。

 

「動いたのはおマアだ。だけど、実は秘密にする約束でね。今度会っても、知らぬ存ぜぬの態度を守ってくれよ……。そして、ノルエル」

 

 ノルエルを見た。

 

「は、はいっ」

 

 ノルエルがびくりとした。

 

「君の実家は王都内の商家だ。これについては君は知っていると思うけど、詐欺に近い騙され方をした商売の損失があり、かなり危うい状況にあった君の父親の商売は、大きな取引きがあって持ち直したはずだ。あれも、おマアだぞ。こっちは君の父親さえ知らないはずだが」

 

「えっ?」

 

 ノルエルが目を丸くしている。

 こっちも思い当たることがあるのだろう。

 

「現段階で、キシダインが手を伸ばしていた君たちへの実家への関与はほぼ完全に改善している。ふたり目のイエンは出さない。誓うよ。だから、安心してこちら側に来るといい。イザベラ王女、アネルザ王妃、女豪商のおマア、王都一の魔道遣いのスクルズ……。ほかにもたくさんいる。みんな君たちの仲間だ。まあ、俺が一番力がないかもしれないけどね」

 

 一郎は笑った。

 ふたりはびっくりしている。

 しかし、一郎としてはやはり、もっと早く決断をしていけばよかったと思った。

 裏で動いていることを知ってくれていれば、トリアをはじめとした多くのここの若い侍女たちが、実家にかけられている圧力のことで悩むこともなかったのだ。今回のことで実際に毒を盛ったふたりも、どんなに悩んだことだろう。

 だが、性奴隷の支配をしていない女に、こっちの動きを教えるのは、それで秘密が漏れる可能性がある。

 それはできなかった。

 だから、一郎が悔いているのは、侍女たちを性支配することを躊躇った自分に対してだ。

 

 いずれにしても、度々にわたってイザベラが狙われるのは、キシダインに情報が暴露しているからだ。

 ほとんど閉じこもっているイザベラに関する情報が漏れるのは、どういうかたちかわからないが、侍女たちからそれが流れているのだろう。

 だから、それを遮断したうえに、今度はこっちがそれを利用する。

 そのために、侍女たちには、いまのままでいて欲しかったので、あえて情報を示さなかったところもある。

 

「あ、あのう、ありがとうございます……。あ、あのことは父たちも困り果てていたみたいで……。わたしにはあまり言わなかったんですけど……」

 

 ノルエルがやっと一郎の顔をまともに見て、さっきのトリアと同様に頭をさげようとした。

 一郎はそれを制した。

 

「じゃあ、面倒な話は終わりだ。さあ、それよりも愉しもう。これからは大人の時間だよ……。そうだな……。じゃあ、やはり、最初はふたりがいつも愉しむやり方で愛し合ってくれ。その方がノルエルも緊張がなくなる。いつものやり方……あるんだろう?」

 

 一郎はふたりを見た。

 さっきも同じことをしようとしたが、ノルエルにトリアを責めさせるようなことを強要したので、ノルエルはむしろ身体が固くなったみたいだ。

 だから、今度は自由にさせることにした。

 すると、再びふたりが真っ赤になる。

 

「あ、あのう、でも……」

 

 ノルエルが困ったようにトリアを見る。

 一郎は亜空間術を利用して、別の空間部屋から一個の目隠しを出現させた。

 それをトリアに手渡す。

 

「なるほど……。わかりました」

 

 それだけで、トリアは一郎の意図を汲み取ったみたいだ。

 トリアがノルエルに身体を向け直して、そっとその両肩に手を添える。

 

「あっ、トリア様……」

 

 ノルエルがびくりと身体を震わせて、顔をトリアの胸側に伏せる仕草をする。

 トリアがそっとノルエルの身体を抱き締めた。

 

「いつもの部屋のようにね……。いつもと同じよ、ノルエル……。あなたはお人形さん。わたしの大切なお人形よ。ほら、力を抜いて……。ここはふたりだけの部屋……。お仕事が終わって戻ったの……。小離宮の中のわたしたちのお部屋よ……。今日はあなたの寝台で遊びましょうね。お人形さん……」

 

 トリアがノルエルを抱き締めたままの耳元でささやく。

 眼に見えて、ノルエルの全身が柔らかくなるのがわかる。

 トリアがノルエルにそっと目隠しをした。

 黒い布製であり、頭の後ろで紐で固定するものだ。

 ぎゅっと紐が結ばれて、ノルエルの顔に目隠しが施される。

 

「ああっ、こ、怖いです、お姉様──」

 

 トリアへの呼びかけが目隠しをした途端に、“お姉様”に変化した。

 さっきの物言いから判断すると、ふたりは小離宮の中で侍女にあてがわれている部屋と同部屋であり、時々か、毎夜か知らないが、ああやって百合の遊びをしているのだろう。

 一郎はくすりと笑いたかったが、ここで声を出すと、またノルエルが我に返るといけないので自重した。

 それにしても、「お人形さん」とはなんだ?

 

「怖くないわよ、お人形さん。それに、お人形はなにもしないのよ……。ほら、力を抜いて……」

 

 トリアがノルエルに口づけをした。

 

「んんっ」

 

 トリアに抱き締められているノルエルがまさに全身の力を抜く。

 ふたりが口づけをしながら横たわる。

 一郎はできるだけ気配を消したまま、ふたりのすぐ横に移動をした。

 トリアがノルエルを抱き締めながら、まだ身に着けたままだったノルエルのシャツのボタンを外して、胸を解禁させていく。

 膨らんではいるが、まだ布に包まれているノルエルの胸は小さい。その胸が露わになる。

 トリアが再び口づけをしながら、ノルエルからシャツを脱がす。

 続いてシミーズを腰から取り去る。

 ノルエルはされるがままになって抵抗しない

 だが、興奮しているようであり、かなり鼻息が荒くなってきている。また、すでに口からは甘い喘ぎ声に近いものが混じってきた。

 横たわらされたノルエルは胸巻きと腰の下着だけの姿だ。

 成熟した大人の身体ではなく、まだ成長途中の少女の身体だ。 

 

「可愛いお人形さん。さあ、今日はなにをして遊ぼうかなあ……」   

 

 トリアの手がノルエルの両脚の側面から胴体に向かって、すっと流れる。

 

「ああっ、お姉様──」

 

 横にいる一郎がびっくりするほどの反応をして、ノルエルが身体を跳ねさせた。

 ノルエルの覆いかぶさっている体勢のトリアがくすくすと笑った。

 

「いけないお人形さんね。動いてはだめでしょう? 罰としてお手々を縛りましょう」

 

 トリアはノルエルの状態を抱き起こすようにして、ノルエルから胸巻きの布を解いて、ノルエルの小さな乳房を剥き出しにした。

 そして、その布を紐状にして、ノルエルの首にネクタイのように輪を作って結び、両端から出ている紐状の布を使ってノルエルの手首を左右で縛った。これでノルエルは両手首を首の横から離せなくなったということだ。

 随分と慣れた手つきなので、いつもやっているのだろうと思う。

 一郎は、トリアに手の動きだけで、一郎の唾液をノルエルに口移しで飲ませるように伝えた。最初はわからなかったみたいだが、二、三回同じことをすると、やっと伝わったようであり、大きく頷いて微笑んだ。

 いずれにせよ、このお人形遊びというものが、ふたりのごっこ遊びなのだろう。ノルエルがとても寛いでいるのがわかる。

 視界がないことで、むしろ安心しているようだ。

 

「お人形さん、動いてはだめよ。だって、お人形さんは動けないんですから……」

 

 トリアがくすくすと笑いながら、ノルエルの胸に手をやる。そして、小さく膨らんでいるノルエルの胸に喰い込んでいる指をうねうねと動かしだす。

 

「ああ、お姉様──」

 

 ノルエルが手首が繋がっている首を上に突きあげるように顎をあげた。

 一郎はまずはトリアの口に唇を寄せて、たっぷりと唾液を注ぎ込む。トリアは懸命に一郎が舌で与える快感に耐えるような仕草をしたあとで、愛撫をしながらノルエルの口に一郎が注いだ唾液を注ぎ込む。

 ノルエルの心に触れる感覚が沸き起こった。

 

「可愛いわね、お人形さん。さあ、もう一度よ」

 

 トリアの愛撫が胸だけでなく、ノルエルの股間にも伸びる。

 下着越しだが、トリアの細い指がノルエルの股間の亀裂を上下した。

 

「んああっ、はああ、ああ、んはあっ──」

 

 ノルエルの少女体形の裸身が弓なりに反りあがる。

 一郎は繋がったばかりの淫魔術を駆使して、一郎の気配を消してしまう。

 トリアに目で合図をして、ノルエルの顔に唇を寄せる。

 

「ほら、お人形さん、もう一度よ。お口を開けなさい」

 

 トリアがノルエルの裸身を刺激しながら、耳元でささやいた。

 ただし、近づくのは一郎の唇だ。

 ノルエルの唇に唇を重ねて、舌と舌を絡ませながら強い淫魔力を注ぎ込んだ唾液を送り込む。

 

「んああっ、ああっ、あああっ」

 

 ノルエルの反応が大きくなる。

 一郎はどんどんと唾液を送り込む。

 

「全部飲むのよ。さあ……」

 

 トリアがノルエルの身体に刺激を送りながら、ささやく。

 ノルエルがびくりとする。

 口づけをされながら、耳元でささやかれたことで、口づけをしているのがトリアではないとわかっただろう。

 しかし、すでに淫魔力が繋がっている。

 一郎は沸き起こった恐怖心のようなものをノルエルから消滅させる。

 

「ああっ、あああっ」

 

 一郎は口づけをしながら、トリアの指の愛撫に一郎の指を加える。

 ノルエルの裸身をまさぐる手が四本になる。

 しかも、ただの四本ではない。

 ノルエルの身体を知り抜いているトリアの愛撫に、性感帯のもやを道しるべに絶対に快感から逃げることができない一郎の愛撫だ。

 ノルエルの身体が激しく反応し、絶頂寸前の仕草になるのに、大した時間はかからなかった。

 

「ああっ、も、もううっ、あああ、お姉様、あああっ」

 

 ノルエルが目隠しをされている顔を左右に激しく振って悶え泣いた。

 

「お人形さんは動いちゃだめよ。ただ感じるだけ。いつものように、いきなさい。さあ、可愛い、わたしのお人形さん」

 

 トリアが左から、そして、一郎が右からノルエルを責めたてる。ノルエルは半狂乱になった。

 しかし、懸命にそれを我慢しようとしている。

 なかなかに可愛い悶えぶりだ。

 

「んふうっ、はい、はあっ、はあっ、はあっ」

 

 すぐに、ノルエルの悶え方が静かになる。

 だが、それは快感が小さくなったというよりは逆だ。明らかにノルエルは絶頂に向かって快感を飛翔させている。

 だが、お人形さんというのは、ふたりの決め事なのだろう。

 

 トリアは責めるだけ……。

 ノルエルは受けるだけ……。

 動いてもいけないし、抵抗してもいけない。

 どうやら、これがふたりがいつもしている遊びのようだ。

 

「そのまま、いつものように……。俺に見せてくれ……」

 

 一郎はノルエルを刺激しながら、トリアにささやいた。

 また、逆らえないように暗示をトリアにかける。

 トリアが虚ろな表情になり頷く。

 

「い、いつものように……ですね……。いつものように……」

 

 トリアは、そうささやくとともに、自分の下着を脱いで完全な素裸になり、次いでノルエルの腰からも下着を取り、足首から抜く。

 一郎は淫魔術でふたりの下着を回収する。ノルエルから脱がせたシャツや、まだ回収していない侍女服も同時に消滅させた。いま残っているのは、ノルエルの首に巻き、彼女の両手の自由を奪っている紐状になっている胸巻きの布だけだ。

 

「おおっ、ノルエル、可愛い、わたしのお人形さん――。どうか、わたしと一緒に達してちょうだい――。一緒よ――。一緒に、さあ――」

 

 すると、トリアがノルエルの裸身に自分の身体をぴったりと合わせて添うようにさせ、乳房と乳房を強く擦り合わせながら、ノルエルの股間のクリトリスに指を合わせて激しく動かしだす。

 しかも、片手は自分の股間だ。

 トリアは自分で自分の股間を慰めながら、ノルエルの股間もまた愛撫しているのだ。

 なるほど、こうやって彼女たちは愛し合うようだ。

 だから、一番最初にノルエルにトリアを舐めさせようとしたとき、ノルエルがやったことがないことだったから、ノルエルの緊張を招いてしまったのだと思う。

 

「ああ、ああああっ」

「はああっ、んふううっ、んんふううっ」

 

 一郎は、さらにふたりの身体に一郎による愛撫を加えた。

 トリアについてはお尻側から菊座とトリア自身の指が絡んでいる股間を刺激し、ノルエルにはトリアの指に一郎の指を再び足す。

 ふたりの身体を絶頂に向かって一気に飛翔させる。

 一郎にかかれば、絶頂させるも、ぎりぎりに留めるも自由自在だ。

 

「ああっ、あああっ」

「んぐうううっ」

 

 絡み合っているふたりの白い裸身ががくがくと痙攣する。

 あっという間にふたりは女の絶頂を極めてしまった。

 一郎はとりあえず、ふたりから手を離した。

 脱力しているふたりはなかなか動き出さない。

 しかし、やがて、トリアが上体を起こした。

 

「はあ、はあ、はあ……、さあ、まだよ、お人形さん……。いつものように、今度はノルエルだけ、いくのを見せてね……。さあ、もう一度よ……」

 

 トリアがノルエルのクリトリスにふたたび手を這わせだし、さらに乳首を口で含んで舐め始める。

 いつものようにやるという暗示がかかっているので、これはいつものような行為なのだろう。

 だが、優しい愛撫ではあるが、こうやって続けざまともなると、それはそれで激しい責めになる。

 興味を抱いたので、一郎はトリアに訊いてみることにした。

 

「いつもは、これからどうするの? ずっと責めっ放し? 交替はなしか?」

 

 トリアに訊く、

 やはり、ノルエルがぎくりと身体を震わせる。

 目隠しをしているので一郎の姿が見えないこともあり、ほとんど一郎の存在には気に留めないようだが、一郎が声を出すと、怯えの感情が走るようだ。

 一郎は、現われるノルエルの一郎に対する恐怖の感情を次々に消していく。

 

「い、いつも……。お人形役はノルエル……。責めるのはわたし……。ノルエルの可愛い姿を見ながら、わたしは自分で慰めて……、達します……」

 

 一郎の淫魔術で心を誘導されているトリアは、普通なら口にしないような赤裸々な告白を口にした。

 なるほど、そういうことかと思った。

 人形遊びというのが、ふたりの心を繋ぐ言葉なのだろう。

 一郎はノルエルの耳元に口を寄せる。

 

「……お人形さん……。俺も混ぜてね。力を抜いて……。俺も受け入れてね」

 

「は、はい……」

 

 ノルエルが目隠しをした顔を小さく頷かせる。

 すると、一郎はトリアを促して、ノルエルの上半身側に身体を移動させた。そして、トリアにはノルエルの胸から上を責めさせ、一郎自身はノルエルの脚のあいだに移動する。

 

「お人形さん、君をもらうよ」

 

 一郎はノルエルの腿を抱え、すっかりと潤んで蜜に溢れているノルエルの秘肉に怒張の尖端をあてがう。

 すっと亀頭部分がノルエルの中に入った。

 だが、先端だけだ。

 ここまでなら痛みはない。

 

「あ、ああっ」

 

 ノルエルが左右に身体を振って悶える。

 さっきから責められっぱなしで、もうなにがなんだかわかっていないみたいだが、一郎はノルエルの股間に最大の快感が走るような角度で膣の入口部を圧迫したのだ。それだけでなく、指でぷっくりと膨らんだクリトリスも刺激もする。

 それに加えて、上半身はトリアによる愛撫だ。

 さすがに堪らないようだ。

 

 しばらくその状態を続けたまま、どんどんと刺激を足していく。

 やがて、ノルエルの身体がほぐれて、再び快感を二度目の昇天に向かって走らせだす。

 一郎は肉棒をさらに奥に貫かせた。

 ゆっくりとやっても、一気になっても、処女膜を破られて初めて股間に男を受け入れるときには激痛が走るものだ。

 だったら短い方がいい。

 また、淫魔術を駆使して、激しい痛みを消滅させて、快感を幾分、増幅してあげる。

 

「ああっ、いやあ、あああっ」

 

 身体を引き裂かれるような痛みが走ったのか、ノルエルが首をのけ反らせて悲鳴をあげた。

 だが、すぐに悲鳴があえぎ声になる。

 淫魔術が痛みを快感に置き換えるからだ。

 

「ノルエル──」

 

 トリアが心配そうにノルエルの裸身をぎゅっと抱き締める。

 

「問題ない。もう最奥に着いた。出すよ」

 

 もの凄い圧迫感が怒張に走る。

 このまま律動を続ければ気持ちいいだろうが、このノルエルの少女の身体を愉しむのは、二度目か、三度目にしよう。

 いまは、射精を優先しようと思った。

 

「さあ、いくよ──。これでノルエルは俺の女だ──」

 

 一郎は二度ほどの律動で我慢して、ノルエルの子宮に精を注ぎ込む。

 唾液だけとは比べものにならない、強い力でノルエルの心を鷲掴みにする感覚を覚える。

 一郎はしっかりとノルエルに淫魔の支配を刻み込んだ。

 

「ああ、ロウ様ああ」

 

 一郎から精を受けているノルエルが、トリアではなく、一郎の名を大きく叫んだ。

 淫魔術で支配されるときには、絶頂よりも激しい快感が沸き起こるものだ。ノルエルは絶頂を極めたかのように、再びがくがくと身体を痙攣させた。

 

 一郎は処女を奪ったノルエルから男根を抜く。

 鮮血が一郎の肉棒とノルエルの股間から流れる体液に滲み混じっている。

 ノルエルはぐったりと身体を脱力させた。

 半ば失神している感じだ。

 

「さあ、今度はトリアお姉さんかな? まずは舌で掃除をするんだ」

 

 一郎はノルエルから抜いたばかりのまだ血がついている股間をトリアに向ける。

 さすがに、トリアはぎょっとした表情になった。

 ノルエルに対しては責め役だとしても、トリアも男女経験はない。生まれて初めてのフェラチオが他人の体液のついた肉棒など屈辱だろう。

 だが、トリアの心からは、その恥辱はすぐに消え、逆に愛おしむような感情が発生をした。

 一瞬強張ったトリアの表情が柔らかくなる。

 トリアが息を吐いて、一郎の肉棒を口に咥えた。

 すぐに、ぺろぺろと汚れを落とすようにトリアの舌が動きだす。

 一郎は身体を一郎の股間に向けて屈めているトリアの乳房に手を持って来て、刺激を加えていく。

 

「んふうっ、んふうう」

 

 なんでもない愛撫でも一郎の与える愛撫だ。

 乳房から爆発する甘美感に、トリアが身体を跳ねさせそうになった。

 だが、その顔をしっかりと押さえる。

 

「両手を背中に回すんだ」

 

 一郎は言った。

 トリアはすぐに背中で両手を横に重ねるようにする。

 一郎はトリアにフェラチオをさせたまま、縄束を亜空間の別の部屋から呼び寄せて、さっと両手に巻きつけていく。

 淫魔術による早縄だ。

 一郎の手がまるで魔道のように素早く動き、あっという間にトリアの両腕を重ねた部分と左右の二の腕とが縄で固定された。

 口を離させて、身体を起こさせる。

 縄を前にやり、乳房の上下に縄を喰い込ませて、乳房を飛び出させるように縄を喰い込ます。

 縄尻を再び背中に回して結び、後手縛りの完成だ。

 

「ほら、おいで……。ノルエルはちゃんと俺を受けれてくれた。お姉さん役のトリアもしっかりとやらないとね」

 

「は、はい……。お、お願いします……」

 

 トリアは一郎ににっこりと微笑んで見せた。

 男を知らないのに、これから男を受け入れるということは怖いはずだ。

 それでも気丈な表情を示すのは、なんとも頼もしい。

 一郎はにっこりと微笑む。

 そして、最初に抱き合ったように体面座位で一郎の脚を跨らせる。

 まだ股間は貫かせないが、肉芽と秘部を指で刺激しつつ、乳房を始めとする上半身に舌と指を這わせまくる。

 

「ああ、ああっ、あっ、ああっ」

 

 トリアが激しく快感でよがりまくるようになるのに、いくらの時間もかからなかった。

 

「んふうっ」

 

 やがて、あまりにも急激に昂ぶらされた快感に、トリアはがくりと状態を一郎にぶつけるように倒れさせ、一郎の肩に頬を擦りつけるようにした。 

 

「最初は痛みもある。しかし、二度目からは快感が上回る。三度目からはもはや、気持ちよさしか感じない……」

 

 一郎は暗示をを加えるようにして、トリアの腰を下から持ちあげるように抱き、上を向いている怒張の尖端に載せる。

 

「あ、こ、怖いいっ」

 

 さすがにトリアは恐怖で顔をひきつらせた。

 だが、その恐れおののく姿に、一郎の鬼畜が刺激される。

 

「力を抜け。さもないと苦しいだけだ。激痛は一瞬だ。いくよ」

 

「ま、待って──」

 

 一郎は手を離した。

 すとんと一気にトリアの股間に一郎の怒張が貫く。

 

「んぎいいいっ」

 

 トリアが絶叫した。

 縄で縛られている裸身を一郎は力いっぱいに抱き締めて、トリアが暴れまくるのを阻止する。

 しかし、実際のところ、かなり淫魔術で調整したので、一気に処女膜を突き破られて、深々と股間に男根を突き刺された割には、大きな痛みはなかったはずだ。

 怒張だって、ほとんどトリアの膣壁を強く擦ることなく、ど真ん中を貫かせた。

 絶叫したのは、痛みよりも精神的な衝撃のせいだと思う。

 

「ああ、ひどいいいっ、ひどいですう」

 

 トリアが恨みっぽく一郎の顔をトリア自身の顎で叩く。

 

「ははは、だけど、俺はこういう抱き方が好きなんだ。鬼畜でね。だけど、必ず、その鬼畜を病みつきにしてあげる。いくよ……」

 

 一郎はトリアと繋がったまま、身体を倒して正常位の恰好になる。

 律動を開始する。

 だが、無理はさせない。

 すぐに射精して、トリアの心もまた淫魔術をしっかりと刻み結ぶ。

 

「ああ、ひ、引っ張られる──。な、なんですか、これ、あああっ、あああっ」

 

 すると、トリアががくがくと震えだす。

 淫魔術が結ばれることにより快感が全身に走っているのだ。

 一郎はそれに合わせて、二度目の射精もした。

 さらに淫魔術が強くなるのがはっきっりとわかる。

 一郎はトリアからも男根を抜いた。

 

「さて、じゃあしばらく寝ておいで。痛みはすでにないはずだ。淫魔術により治療を股間に施したからね……。だけど、流石に破瓜直後には、激しい調教もつらいだろう。調教は半日ほど休んでからにする。ふたりの調教はそれからだ……。心配ない。この亜空間内では、時間の経過が外とは異なる。お腹もすかないし、時間感覚も消える。だから、ここで二日ほどの調教を受けてもらってから戻るよ。心配ない。戻るときには、しっかりと快感を覚える敏感な身体になっているから……」

 

 一郎は言った。

 縄掛けのまま横たわっているトリアが、呆然としたまま、意味は全く理解できないという表情になった。ノルエルはまだ、目隠しのまま寝息のような音をたてている。

 

「あ、あのう……。どういう意味……?」

 

「わからないという顔をしているね。つまりは、君たちが戻るのは、ここで二日ほどの調教を受けてからということさ。心配ない。俺に全部任せればいいから」

 

 一郎はにっこりとトリアに微笑みかけた。

 

 

 *

 

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい、あなた方は──」

 

 そのとき、ヴァージニアは、トリアとノルエルの手を掴んだロウに向かって大声をあげた。

 いくら王女や王妃に諭されても、突然に表れた初対面の男と侍女たちが性交をするということなど、認めるわけには、いかないのだ。

 だが、次の瞬間、そのロウも、ロウが腕を握っていたトリアとノルエルの姿もぱっと消滅してしまった。

 

「えっ?」

 

「わっ」

「なに?」

「ええっ」

 

 ヴァージニアだけでなく、侍女たちも声をあげた。

 なにしろ、突然に三人の姿がなくなったのだ。

 もしかして、移動術か?

 そこにいるスクルズが移動術という瞬間移動の遣い手だというのは、もちろん知っている。

 

「三人はどこに言ったのですか? いまのは魔道ですね?」

 

 ヴァージニアはスクルズに視線を向けた。

 しかし、スクルズは微笑みを顔に称えたままだ。

 

「魔道ではありません。ロウ様の術です。亜空間術です。他言しないでくださいね。ロウ様には秘密がたくさんありますから」

 

 スクルズがにこにことしたまま言った。

 怪訝に思ったが、たったいまロウたちが消えたのと同じ場所に、すぐに三人が再出現した。

 だが、さっきと姿が全く異なる。

 三人とも全裸だった。

 ロウは三人の中心にいて、胡坐をかいていた。

 その股間にトリアとノルエルが顔を伏せ、ふたりとも一心不乱にロウの股間を舐めている。

 なんだこれ──?

 

「きゃああ」

「きゃあ」

「ひやああっ」

 

 侍女たちが悲鳴をあげた。

 だが、ロウはにこにこしたままだ。

 自分の股間に顔を伏せているふたりの肩を叩いて、軽く肩を掴んでふたりの上体を起こさせた。

 

「あんっ、ロウ様、ま、まだ終わっていません」

「もう少し練習させてください。今度こそ、満足させてみせますから」

 

 ノルエルとトリアが恨みっぽくロウに詰め寄る口調で言った。

 それで気がついたが、ふたりの両手には革枷が背中側でしてあり、両手が使えないようになっている。

 

「いや、随分、上手になったよ。ふたりとも……。だけど、約束の刻限だ。まだ八人残っている。ほら、この布で身体を包め。身体も綺麗にするといい。約束するけど、それほどの時間もかからないまま、全員が終わるから」

 

 一郎はふたりの頭を優し気に触ってから、宙から二枚の布を出した。

 同時にふたりの背中側で音がして、ふたりから手枷が落ちる。

 だが、床に落ちたと思ったのに、それが消滅している。

 魔道?

 ヴァージニアは目を見張った。

 

「あん、だったら、今度はトリアお姉様をお人形にしたいです。ロウ様、お願いします」

 

 ノルエルが自由になった手で与えられた大きな布で身体を包ませながら、ロウに向かって甘えるような声を出した。

 だが、まるでロウ以外には眼中にない感じであり、まったく周囲を気にしている様子がない。

 それにしても、ノルエルとはこんなに元気に喋る少女だったか?

 随分と明るく元気に話しているが……。

 

「だめよ。お人形はあんたでしょう、ノルエル。ふふふ……。だけど、これはどういう状況なんですか? まるで、わたしたちがロウ様に、さっきまでの場所に連れられたときから、まったく景色が同じみたいなんですけど」

 

 ノルエルと同じように、身体を布で覆ったトリアが周囲を見回しながら言った。

 

「同じだよ。あれから数瞬しか経ってない。まさに調教に相応しい術だろう?」

 

 ロウが笑った。

 一方で、ほかの侍女たちは目を丸くしている。

 

「どのくらいの時間をすごしたのですか、ロウ様?」

 

 するとスクルズがロウに声をかけた。

 

「二日というところかな。さて、じゃあ、トリアとノルエルは終わりだ。また次の機会だ。順番にな……。じゃあ、次は誰にしようかな……? じゃあ、そこのふたりでいいか──。オタビアとダリアだね。さあ、君たちだ」

 

 たまたま、三人の近くにいた先頭の列のふたりの侍女の名をロウは呼んだ。

 そして、裸のまま立ちあがり、怯えるふたりの腕に手を伸ばすと、再びさっとオタビアとダリアごと姿を消滅させた。




 “トリア(アンジュー=トリア)
  人間族、女
   イザベラ王女の侍女
   アンジュー男爵家次女
  年齢18歳
  ジョブ
   侍女(レベル5⇒10)
  生命力:50
  攻撃力
   10(素手)
  経験数:男1
  淫乱レベル:B⇒A
  快感値:300⇒150
  状態
   ロウの性奴隷
   淫魔師の恩恵(観察分析力)”


 “ノルエル
  人間族、女
   イザベラ王女の侍女
  年齢16歳
  ジョブ
   侍女(レベル3⇒10)
  生命力:50
  攻撃力
   10(素手)
  経験数:男1
  淫乱レベル:A⇒S
  快感値:150⇒90
  状態
   ロウの性奴隷
   淫魔師の恩恵(発想力)”


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171 女の命~次のふたり

 再び、淫魔術で亜空間に移動をした。

 ついつい、調子に乗って、最初のふたりで亜空間側で二日をすごしたので、すでにかなりの時間をここで過ごした感覚はある。もっとも、実際には、亜空間では時間経過はないし、食欲もないし、眠たくはならない。また、ほぼ疲労もない。それが亜空間だ。

 しかし、一郎の頭の中では二日をすごした記憶はしっかりとある。

 だから、多用すれば、精神的に疲労するのだ。

 とはいえ、今日はいいだろう。

 性奴隷の刻みをすると決めたからには、侍女たちについても、しっかりと性の悦びを教えてあげたい。

 生娘である彼女たちが、性行為で普通に快感を覚えるには、どうしても繰り返しが必要だ。

 

「さて、君たちふたりを同時に指名した理由はわかるね?」

 

 ふたりを連れ込んだ亜空間側の部屋は、さっきトリアとノルエルとすごした部屋ではない。

 一郎は、サキから授かり、駆使できるようになった亜空間を百以上の空間に分けていて、取り出しやすいように物品別に置いているのだが、こういった女を連れ込む場所も十部屋程度ある。

 どの部屋を選ぶかは一郎の気分次第だ。

 ここはその中でも一番のハードプレイを楽しむ場所だ。

 天井には、女を吊り責めにする梁が縦横に作っていて、鎖や縄でも引っ掛けることのできる滑車があり、それを操作する装置もある。

 貼りつけ用の十字架、木馬、ほかにも虚仮脅し(こけおどし)用の鞭や金具などを飾っている板壁も作ってあり、まさに拷問室という感じだ。

 すべて、外から持ち込んだものである。

 一郎は、ただひとつのみある籐椅子に裸のまま腰掛け、その前にふたりを立たせた。

 

 ここに連れて来られたオタビアとダリアは怯えきって、すでに顔を蒼くして震えている。

 もっとも、ふたりが震えているのは、この部屋にある拷問具のせいだけではないだろう。

 一郎は二組目の侍女を選ぶのに、無造作に指名したわけじゃない。

 偶然を装ったが、最初からこのふたりを二組目として指名するつもりだったのだ。

 

 

 

 “オタビア

  人間族、女

   イザベラ王女の侍女

   カロー子爵家次女

  年齢19歳

  ジョブ

   侍女(レベル4)

  生命力:50

  攻撃力:20

   トリヤノス魔毒(猛毒、下着の中)

  経験数:なし

  淫乱レベル:SS

  快感値:30↓(下降中)

  状態

   先天性全身性感帯”

 

 

 

 “ダリア

  人間族、女

   イザベラ王女の侍女

   カロー家侍従長の長女

  年齢18歳

  ジョブ

   侍女(レベル7)

  生命力:50

  攻撃力:20

   トリヤノス魔毒(猛毒、下着の中)

  経験数:なし

  淫乱レベル:C

  快感値:300↓(下降中)”

 

 

 

 一郎は、武器でも毒でも、攻撃力を持っているものを所持している場合は、それをステータスで認識できる。

 最初からこのふたりが、毒薬を所持していることはすぐに見抜いた。

 集められている九人の侍女たちの中で、このふたりだけが目に見えて怯えていたし、このオタビアとダリアがイザベラの毒を盛ろうとした犯人であることは明らかだ。

 おそらく、このふたりの態度から、少なくともアネルザ辺りは、すぐに彼女たちの怪しさを見抜いたのではないだろうか。

 だが、一郎が犯人捜しをしないと口にしたので、それを尊重してくれたのだと思う。

 

 それにしても、女というのは咄嗟に隠そうとするときに、下着の中を選ぶというのは、本当らしい。ここなら、もっとも探しにくいとでも考えるのかもしれない。

 また、いま気がついたが、オタビアはなかなか愉快な身体をしているようだ。

 

 「先天性全身性感帯」――?

 そういえば、このオタビアは、半袖に近い侍女服なのに、ひとりだけ二の腕まで隠す白い手袋をしている。襟もしっかりととめていて、肌が露出しているのは顔だけの完全に防備だ。

 なるほど、そういうことかと思った。

 これは面白い。

 

「さて、じゃあ、俺の前に立って、揃ってスカートをめくって下着を出してもらおう。内側の薄物も含めて下着を露出させるんだ。理由は言わないでもわかるはずだ。拒否できる立場でもないことね」

 

 真っ蒼だったふたりが、しくしくと泣き出した。

 一郎は手すりを力の限り叩いて大きな音をさせた。

 泣いていたふたりが、びくりと身体を竦ませた。

 

「早くしろっ──」

 

 やろうと思えば迫力のある声くらい出すことができる。

 ふたりが慌てたように、侍女服のスカートの裾を両手で掴んで捲りあげた。

 長い靴下とふたりの白い太股が露わになる。

 だが、下着はまだぎりぎり隠れている。

 

「もっとだ。完全に下着を出せ――」

 

 手に腕の半分ほどの長さの細い棒鞭のようなものを亜空間術で出現させ、ぴしゃりと椅子の横を叩いた。

 景気のいい音がして、またふたりが怯えて身体を震わせる。

 

「返事は――」

 

「ひっ、はいっ」

「はいっ」

 

 ふたりががばりとスカートをあげた。

 今度は完全に下着が出る。

 

「もっとだ――」

 

 わざと苛ついたふりで大きな声をあげ、もう一度棒で椅子を叩く。

 

「はいっ」

「はい――」

 

 ふたりが半分泣きながら、スカート全体を丸めるように持ち直して、力一杯にたくしあげる。

 今度はふたりの(へそ)まで出た。

 

「許可なく、動くな。いいな」

 

 一郎はふたりに言ってから、露出した下着を凝視した。

 指の先程の小瓶のかたちで、下着の前側が膨らんでいる。

 

 だが、どうでもいいが、ふたりとも媚香の影響ですでに下着の股の付け根の部分に、丸い染みができているのだが、オタビアの股間はすごい。

 先天性全身性感帯とやらで、もともと敏感な身体を守るために、まるでおしめのような分厚い布の下着を身につけているのだが、それがおしっこを洩らしたみたいにびっしょりだ。

 これは、思わぬ掘り出し物だな。

 愉しい玩具になってくれそうだ。

 まあしかし、それはまた後だ。

 いまは、先に毒薬のことを片づけるとするか。

 

「もう一度言う。動くな」

 

 一郎はできるだけ凄味を利かせた声でふたりを硬直させると、手を伸ばして下着の中に手を入れ、小瓶を回収する。

 さすがに、腰を引きかけたが、一郎が怒鳴るとふたりとも動くのをやめた。また、オタビアが小瓶を出すときに、瓶が下腹部を擦っただけで、「ふうっ」と甘い声をあげて身体を屈ませたのが面白かった。一郎の一喝で慌てて、姿勢を戻したが……。

 

「これを姫様の食器に塗ったんだな?」

 

 とりあえず一郎は、ふたつの小瓶を目の前に示して、ふたりに言った。小瓶の中には少量ずつの毒が残っている。

 オタビアとダリアのふたりがスカートをめくったまま、わっと泣き出した。

 だが、一郎が口を開く前に、ダリアが泣きながら口を開く。

 

「あ、あたしです。すべて、あたしがやったことです。お嬢様には関係ないんです。ほ、本当なんです」

 

 ダリアが絶叫した。

 

「な、なにを言うの、ダリア――。ふたりで決めたでしょう。一緒に償いましょうって──」

 

 今度はオタビアが泣きながら叫んだ。

 ふたりの騒がしさに、一郎は閉口した。

 

 それにしても、お嬢様?

 一郎は、改めてステータスを確認した。

 すると、確かにオタビアがカロー子爵家令嬢で、ダリアはオタビアの実家のカロー家の家人の娘とある。

 つまり、ダリアにとっては、オタビアは主家のお嬢様ということになるようだ。どうして揃って同じ侍女として仕えることになったか知らないが、もしかしたら、オタビアの体質のことも関係あるのかもしれない。

 

 それにしても、トリヤノスの魔毒……。

 ミランダやマアにでも頼んで、出どころを確かめてもらうか。まあ、大したものは出ないかもしれないけど……。

 

 だが、一郎はひとつだけ気になることがあった。

 このふたりが、イザベラの使う食器に毒を塗ったときに、少しずつ毒を残していた理由だ。全部使い切って瓶が空になっていれば、一郎はすぐにはわからなかっただろう。あまりにも早く発見されずぎて、しかも、あっという間に集合をかけられてしまい、そのまま持っているしかなかったとしても、そもそも、毒が残っていなければ、一郎の魔眼だけではわからなかったのだ。

 この侍女たちが魔眼のことを知らないのは当然だが、さっき確認した小瓶に残っていたのは、ほんの少量ずつの毒だった。

 わざわざ残したとしか思えないくらいの量だという感じだ。

 

「ところで、ここに毒が残っているのは、もしかして、あとで自分たちで飲むつもりだったのか?」

 

 一郎は訊ねた。

 なんとなくだが、そう思ったのだ。

 ふたりがわっと泣いて、その場に膝を崩してその場に座り込んでしまった。

 もっとも、ふたりとも一応はスカートをたくし持ったままであり、跪いた分、懸命に裾をあげて、ちゃんと下着を露出させている。

 そんなところは健気なのだと思った。

 

「し、死んでお詫びします──。ふ、ふたりでそうしようと……」

 

「ち、違います。お、お嬢様じゃありません。あ、あたしが全部……。お、お嬢様、死なないでください。あたしが全部──」

 

「なにをいうの、ダリア──。もう、何度も話し合ったでしょう──。一緒に死にましょう──。もう、わたしたちにはそれしかないのだから──」

 

 オタビアとダリアが号泣しながら交互に声をあげた。

 一郎は嘆息した。

 これでは、嗜虐なんてできないだろう。

 一郎はふたつの小瓶を別の亜空間の部屋に隠した。一郎の手から毒入りの小瓶が消える。

 ついでに、脅しに使った棒鞭も消した。

 

「さっきも言ったはずだ。犯人探しなどしない。お前たちが犯人であることは、未来永劫に発覚しない。姫様もアネルザも俺の言うことを了解しただろう。そのために、こうやって、数名ずつ亜空間に連れ込んでいるんだ。トリアとノルエルは全裸で現実空間に戻しただろう? 誰が毒を持っていたかわからなくするためだ。お前たちもそうするし、ほかの者もそうしてもらう。まとめて侍女服は返還するけど、毒はこのまま封印する。だから、心配するな」

 

 一郎は言った。

 ふたりの泣き声が少し鎮まり、きょとんとした顔で一郎を見る。

 

「で、でもわたしたちは、姫様を裏切って……。で、でも、どうしようもなくて……。だ、だから、ふたりで死んで償おうと……」

 

 オタビアが嗚咽をしながら言った。

 一郎はもう一度溜息をついた。

 まあ、とにかく、少量ずつ毒薬が残っていた理由はわかった。それを後で飲んで死ぬつもりだったことも……。

 これは余計に、早く発見してよかった。

 シャーラが瞬時に、全員集合をかけなければ、彼女たちは毒を飲んで死んだかもしれないのだ。

 いずれにしても、キシダインは罪なことをする。

 彼女たちの実家のカロー子爵家の事情は承知していた。

 カロー子爵家の貴族上の保護者ともいうべき寄親があるのだが、最近になってキシダイン派に属するようになり、カロー家の長女は確か、その縁で、最近になってキシダインの影響のある侯爵家の屋敷に行儀見習いに行っている。

 その関係の中で、おそらくなんらかの脅迫をされたのだろう。

 マアからの情報提供にもそういうものがあった。

 すでにキシダインの手が伸びているから注意しろとマアが言ったふたつの家のうち、もう一方がカロー子爵家だ。

 金銭的なしがらみじゃないから、マアもまだ手はつけていなかった。

 アネルザとは、キシダインを失脚させた後は、それで影響を受ける中小貴族はなんらかの手を打って救おうと語り合っている。

 カロー家など、イザベラの侍女のひとりの実家なのだから、そうやって手を打つ家の筆頭に決まっている。

 

「追い詰められてやったんだろうが、とにかく、忘れろ──。もういちど言うけど、お前たちにも、お前たちのカロー家も手を出させない。それどころか、助けてやる。だが、もしも、姫様が毒で死んでいたら、許されないことだぞ。お前たちが死んで詫びて済むものか。カロー子爵家は取り潰しで済めば御の字なくらいだ。毒を渡して、毒殺に関与したとされれば、お前たちの親兄弟まで処刑でもおかしくないくらいの大罪だ。もうするなよ」

 

 一郎は座り込んでしまったふたりの前の腰をおろしていった。

 ふたりが再びわっと泣き出した。

 

「もう、面倒だなあ」

 

 一郎はオタビアに手を伸ばして抱き締め、いきなり口づけをした。

 淫魔力のこもった唾液を大量に注ぎ込む。

 

「んふうっ、んんっ、んんっ、んんんんっ」

 

 だが、一郎が唾液を送り込みながら舌で口の中をまさぐると、面白いくらいに、ステータスの「快感値」の数値がさがっていく。

 

 25……。

 15……。

 10……。

 5……。

 

 ものすごいさがり方だ。

 まるで直接に性器を愛撫しているくらいの反応だ。

 さらに舌で口の中にある性感帯のもやの部分を刺激してやる。

 オタビアががくがくと震えだした。

 

「んんんっ」

 

 そして、オタビアは一郎に唇を奪われたまま、背中を反りあげて絶頂してしまった。

 がっくりと脱力したオタビアが前のめりに倒れそうになる。

 口だけでこんなに深い絶頂をするというのは、大した敏感さだ。

 

「お嬢様──」

 

 ダリアが声をあげた。一郎は片手でオタビアを支えたまま、そのダリアを片手で引き寄せて、同じように唇を奪った。

 

「んんっ、んふっ」

 

 ダリアも抵抗はしない。

 オタビアもそうだが、強く言えば、逆らうことなどしない感じだ。だからこそ、言われるまま、毒を食器に塗ったりしてしまうのだろう。おおかた、言われたとおりにしないと、主家は没落するし、行儀見習いの姉もどうなるかわからないくらいのことをキシダインの手の者に言われたのかもしれない。

 とりあえず、二度とそういうことをしないように、淫魔術で心に暗示をかける。

 さらに、興奮気味のふたりをやはり淫魔術で落ち着かせる。

 ふたりの顔から絶望の色のようなものが消滅する。

 

「はあ、はあ、はあ……」

「はあ……お、お嬢様……。だ、大丈夫ですか……。あ、あのう、お嬢様は……」

 

 いまは一郎の両手に包まれている感じのオタビアとダリアは荒い息をしているが、ダリアがオタビアを気にかけるように見ながら、一郎に語りかけてきた。

 

「わかっているよ。オタビアは極度に感じやすい身体をしているんだろう。とにかく、俺に任せるといい。カロー家のことはシャーラにでも、相談をしてくれればよかったんだ。秘密裏に動いていた部分もあるので、君たちには教えられなかったが、事態はもっと進展している。カロー家は大丈夫だよ。姫様もアネルザも守ってくれる。安心して」

 

 一郎はふたりを抱えたまま優しく言った。

 それにしても、ふたりはこの期に及んでも、まだ懸命にスカートをたくし上げたままだ。

 本質的に男に逆らわない気質なのだろう。

 しかも、オタビアについては、全身性感帯で馬鹿みたいに感じやすいなんて、まるで嗜虐されるために生まれてきたような娘だと思った。

 

「あ、あのう……」

 

 オタビアが顔をあげて一郎にすがるような視線を向ける。

 一方でまだ一郎がオタビアの身体に触れているので、それだけで感じてしまっているみたいだ。

 少し回復してきた「快感値」はまたあがっているし、上気している顔がまた真っ赤にてきている。

 まあ、一郎も全裸だ。

 そのことも関係しているだろう。

 

「ただし、君たちが俺の女になればの話だ。トリアとノルエルは俺の女になった。あのふたりは、絶対に裏切らないし、見捨てることもない、俺の仲間……。姫様やアネルザも含めた頼もしい仲間が守る。君たちも来い──。守ってやる。だから、俺の女になるんだ。みんなと同じように……。それですべてうまくいく。約束する」

 

「で、でも、わたしたちは、やってはいけないことを……」

 

 オタビアがまた興奮しかけてきたので、淫魔術で感情を操作して心を鎮めてあげる。ダリアも一緒にだ。

 ふたりの顔が心なしか穏やかになった。

 

「俺の女になるな、オタビア、ダリア? 追い詰められた君たちが捨てようとした命……。捨てようとしたものなら、俺がもらう。問題ないな──」

 

 一郎は言った。

 

「でも、わたしたちは許されるはずがなくて……」

 

 オタビアが当惑したように言った。

 一郎はオタビアの身体を軽く揺すった。

 

「こらっ、考えるな、お前たちは──。お前たちの命は俺がもらったと言っただろう──。だったら、お前らは俺のものだ──。ただ、返事だけしろ──。お前たちは俺のものだ。わかったか──。オタビアとダリアの命は俺のものだ──」

 

 大喝した。

 ふたりがびくりと身体を竦ませる。

 このふたりは、とにかく強く迫られれば、すぐに男に従ってしまうタイプのようだ。放っておけば、これからもどんな利用のされ方をするかわからない。

 庇護してやらなければ……。

 

「返事は──」

 

 怒鳴りあげた。

 

「はいっ」

「はい──」

 

 ふたりが慌てたように返事をした。

 オタビアとダリアの心から迷いのようなものが消える。一郎はほっとした。

 

「今後、お前らは未来永劫に俺の女だ──。二度と死ぬことを許さん。俺がもらった命だから、今回のことを姫様にも仲間たちにも打ち明けることを禁止する。そんなことをすれば、せっかくもらったお前たちの命を失うことに通じるかもしれないからだ。勝手なことをするな。もちろん、自殺も禁止だ。お前たちの命は俺がもらい、これからは、その分、姫様を助け、その身を挺してお守りしろ。だが死ぬことは許さん。さらに、今回のことで自分を追い詰めることも禁止だ。お前たちはちゃんと罰を受けるのだから──」

 

 一郎は大きな声で言った。

 声を出すたびに、ふたりがびくびくと怯えたように震えるのが面白い。

 だけど、ふたりの心を淫魔術で探る限り、ふたりはちゃんと一郎の言葉を心に刻んでいる。

 反抗の感情もほぼ皆無だ。

 やはり、余程に従順にできているのだ。

 

「もう勝手に死なないな──。お前たちは俺がもらった。俺のものだ──。いいな──」

 

「は、はい」

「わ、わかりました」

 

 ふたりが圧倒されたように大きく頷く。 

 一郎は満足した。

 それで、一郎はトリアたちを抱いていたときに思いついた能力を試すことにした。

 相手の服をその対象の人物が身に着けている状態で、亜空間に収容させる技だ。

 やったことはないが、できるはずだ。

 できると思った……。

 

「あっ」

 

 オタビアが声をあげた。

 一郎が念じたオタビアの腕にある長い手袋が消滅したのだ。

 それは一郎の手の中にある。

 やはりできた……。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「綺麗な肌だな」

 

 一郎はオタビアの二の腕をすっと触れた。

 

「あんっ」

 

 オタビアが激しく悶えて一郎に身体を預けてくる。

 

「実に愉しい玩具だ……。大切にしてやろう。ただし、俺のやり方でな。ふたりとも、そこにある椅子に座れ、もちろん、スカートをまくったままだ……。すぐにしろ──。まあ、これは、俺流のお前たちへの罰でもあるぞ」

 

 一郎は笑って、視線で部屋の中央を示した。そこには荷台の革張りの椅子がある。

 これは一郎が設計をして、城郭の小さな工房に行き、特別な料金を支払って作らせたものだ。

 職人はなんのために使うのかわからずに、首を傾げていたが、金に糸目をつけずに、何回か試作品を作らせたので満足するものができた。

 いまでは、同じものがこの亜空間に三台、幽霊屋敷に三台ある。

 つまりは、普通の椅子ではなく、足置きの台や肘掛けがある背もたれが自由な角度で傾けられる寝椅子だ。

 しかし、足置きにも背もたれにも、肘置きにもいたるところに革紐がついている。

 さらに、座椅子になる部分は、中心部が割れていて、左右の臀部を乗せて支えるのだが、座椅子の下からでも自由に指でも道具でも局部やお尻を責められるようになっている。

 一郎はこれを「調教椅子」と呼んでいた。

 屋敷では、エリカたちを何度も乗せて、これで遊んだ。

 三人とも泣き狂ったものだ。

 

「えっ、これ……」

「ど、どうしたら……」

 

 ふたりは一郎の強い口調の命令にすぐに行動したが、椅子の前で戸惑ったようにとまってしまった。

 椅子の足置きも肘置きも自由な角度に、ハンドルで動かせるのだが、いまは、大きく上に向かって足を乗せて、股を拡げるような角度で天井側を向いていたのだ。

 そこに脚を置いて座れば、大きく股を開いて、脚を上にあげる格好になる。

 彼女たちの年齢では恥ずかしすぎる格好だろう。

 

「早くせんか──」

 

 一郎は大きめの布を出して腰から下に巻き付けて立ちあがり、思い切り足を踏み鳴らした。

 

「はいっ」

「はい──」

 

「俺のことはご主人様だ──。なにを命じられた──。復唱しろ。お前たちの命は俺がもらった。それを忘れたか──」

 

「いえ、オ、オタビアはこの椅子に座るように命じられました、ご主人様。すぐに座ります」

「ダリアも同じです、ご主人様。座ります──」

 

「忘れてる──。スカートをめくったままだと言っただろう」

 

 わざと大声を出す。

 ふたりがびくりとなる。

 

「オタビアはスカートをめくったまま椅子に座ります、ご主人様」

「ダリアもスカートをめくったままこの椅子に座ります、ご主人様」

 

 おろしかけていたスカートを再び臍が出るまでたくしあげて、ふたりが椅子に腰掛ける。

 愉しい時間になりそうだ……。

 一郎はにんまりと微笑んでしまった。



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172 従者玩具~次のふたり

 ふたりの身体を完全に「調教椅子」に固定した。足に五本、腕に五本、胸の上下と首、額にも革ベルトで締めている。腹部もたくし上げた侍女服のスカートごと縛ってやった。これで完全に身動きできない。

 

「さて、じゃあ、これから君たちへの罰をするよ。許してやるとは言ったが、ちゃんと罰は受けないとね。君たちは俺がもらった命だから、なにをされても文句はないね?」

 

 一郎は自分に向かい合わせるようにさせたふたりに向かって言った。

 めくりあがったスカートから媚香の影響で濡れている下着を晒すのは、さすがにこの年齢の娘たちには恥ずかしすぎる格好だろう。

 なにしろ、寝椅子によって身体を半分倒され、足置きに拘束された両脚は大きく開脚して上を向いているのだ。

 

「は、はい……。も、文句はありません、ご主人様……」

「ダリアも……です……、ご主人様」

 

 ふたりが真っ赤な顔をして言った。

 本当に従順な娘たちだと思った。

 ご主人様と呼ぶのは、それを強要したからだ。

 さっき、自らスカートをめくりあげさせたときもそうだったが、許可なくやめるなと強く言うと、本当にそれを健気にやろうとする。

 まあ、余程育ちがいいのだろう。

 それとも、もって生まれたものだろうか。

 

「さて、じゃあ、もう少し恥ずかしい恰好になってもらうかな」

 

 一郎は淫魔術で調教椅子についているハンドルを動かした。

 ハンドルを回すことで腕も脚も上体部も好きな角度に動かせるのだが、一郎はそれを淫魔術で動くようにしたのだ。

 つまりは、スクルズを呼んで魔道で操作できるように、さらに改良をしてもらったというわけだ。

 操作部に魔道石とも称されるクリスタルの欠片が埋め込まれており、それを魔道を吸収する探知盤にして魔道を感知し、ハンドルを自動的に動かすというわけだ。魔道で動くようになれば、一郎は大抵のものを淫魔術で動かすことができる。

 淫魔術と魔道は実は相性がよく、そんなこともできるのだ。

 まあ、淫具限定だが……。

 

 淫具だと自由自在に魔道具を操作できるのに、普通の魔道具だとまったく動かせないのは不思議だが、それが淫魔師なのだろう。

 いずれにしても、そうやって自分で淫靡な魔道具として仕上げた調教椅子を最初に味わったのは、当のスクルズだ。

 スクルズもいまからやっているように、この調教椅子に固定して、徹底的に筆責めにしてやった。

 あのときのスクルズは、いつもの余裕が消し飛んだように泣き叫び、最後には失禁までしたものだ。

 このふたりはどうだろうか……。

 

「きゃあ」

「きゃっ」

 

 ふたりが悲鳴をあげた。

 腕の部分が回転をして頭側に向かって腕が移動したのだ。

 ふたりの両腕は、「万歳」の恰好で固定する。しかも、腕を頭よりも下側にしたので、ふたりの上体はやや反り返ったようになっている。

 裸にしてもいいのだが、一郎はまずは、侍女服のままで犯そうと決めている。

 なかなかにこういう制服のようなを身に着けている女性を犯すのは、一郎の好色が刺激される。

 どうせだから、一郎はこの従順すぎる娘たちを、欲望のまま本能に従って、思う存分に愉しもうと決めていた。

 

「こっちもだ」

 

 一郎はさらに淫魔術を注ぐ。

 今度は脚側だ。

 ふたりの両脚は膝を曲げた状態で固定されているが、それがさらに上に向かいつつ、大きく開いていく。

 

「ああ、いやっ、とめて、とめてください」

「あああっ」

 

 さすがにふたりとも悲鳴をあげた。

 ふたりの両脚が左右にどんどんと割り裂かれていく。

 

「なんだとっ──。お前たちの命は俺がもらったんだぞ──。俺のものを俺がどうしようが勝手だろう」

 

 ここら辺で、どうせ泣きが一度入ると思っていた。

 一郎はわざと怒鳴り声をあげた。

 

「も、申し訳ありません、ご主人様……」

「ごめんな……いえ、申し訳ありません、ご主人様」

 

 オタビアとダリアが慌てて謝罪の言葉を口にする。ふたりとも泣きそうな顔だ。わざとやっているとしか思えない、一郎の鬼畜を誘う表情である。

 また、ふたりの脚は水平近くにまで拡がり、下着の付け根の筋まで浮き出している。

 これはかなりいやらしい。

 布を巻いている一郎の股間は完全に勃起している。

 

「じゃあ、罰はふたつだな。従者の罰は主人の罰だ。オタビアには二度いきしてもらおう」

 

 一郎はオタビアに近づき、侍女服の上衣に手をかける。

 どうしようかと思ったが、切り裂くことにした。シャーラには悪いが、新しい侍女服を支給してあげてもらおう。

 一郎は亜空間術で鋏を出す。

 ただし、その前に、さっき覚えた能力で服の下で巻いているはずの胸巻きの布を一郎の手の中に収用する。

 

「わっ──。ええっ?」

 

 急に胸の圧迫がなくなって、オタビアが驚いた声を出し、次いで、一郎の手の中に胸を巻いている布があるのを見て、オタビアが目を丸くした。

 

「さて、まずは胸を揉んでやろう。こってりとな。ただし、簡単にいくなよ。許可なくいったら今度は、君の従者を折檻だ」

 

 一郎は、冷酷な宣言をしながら、オタビアのぴったりと閉じている侍女服の襟に鋏を差し入れて縦に切り始める。

 ただでさえ、全身性感帯のオタビアが一郎の愛撫に耐えられるわけがない。

 この時点で、ダリアへの折檻は決定も同様だ。

 一郎としては、少しでも抵抗するオタビアたちを愉しみたいだけだ。

 

「あっ、いやっ、い、いえ……。な、なんでも……」

 

 思わず声をあげかけたオタビアが拒否の言葉は許さないと怒鳴られたことを思いだしたのだろう。

 

「そ、それより、ダ、ダリアは従者では……」

 

「そうか……」

 

 一郎は襟から臍くらいまでを内衣ごと切り去り、左右にがばりと布を開く。

 大きくはないが形のいい美乳が露わになる。真ん丸いお碗のようであり、ぴんと勃起している乳首が苦しそうなくらいに尖っている。

 

「あ、ああ、た、助けて、や、やめてっ……。あっ、いえ、違います。いまのは……」

 

 拒絶の言葉を思わず口走ってしまい、オタビアが慌てて否定する。

 しかし、一郎は今度はダリアの側に向かう。

 

「残念だけど、君の主人は俺の言いつけを守れなかった。この分の罰は君が受けるんだ、ダリア」

 

 一郎は限界まで開いているダリアの股に残っている下着の股間部分に鋏を差し入れる。

 ダリアがはっとした表情になる。

 

「どうした? ここを切られれば、恥ずかしい場所が丸見えだ。切られるのは嫌か?」

 

 一郎はほんのちょっとだけ切り込みを入れて、羞恥に絶望的になったダリアの表情を愉しみながら言った。

 そのあいだもゆっくりと切り込みを拡大している。

 ダリアが歯噛みするような顔になる。

 

「い、いえ……。ど、どうか、罰を……。でも、お嬢様の分の罰はどうか、あたしに……してください……、ご主人様……」

 

 羞恥に狼狽するのを必死に耐えるような表情をしているダリアが、消え入るような声で言った。

 一郎は鋏を最後にちょんと動かす。

 下着が上下に割れ、十八歳の少女の腰にまとわりつくだけの布切れになる。一郎はさらに横を切断して、布切れを全部床に落とすとともに、さらにオタビア同様に胸を切断して、乳房を露出させる。

 

「ああ」

 

 ダリアが顔を真っ赤にして、目をつぶる。

 恥辱に顔を背けたくても、額にまでベルトが食い込んでいるので、真っ直ぐに顔を向けるしかないのだ。

 また、ダリアの秘部は、広間で媚香を吸わせ続けていた影響ですっかりと充血して、密着した亀裂はほんの少し開いた感じになり、そこからかなりの愛液が慣れ流れている。それが薄い恥毛を濡らしながら、むっとするような女の香りを放っていた。

 

「可愛いまんこちゃんだね。あまり自慰もしてないようだ。自慰はどのくらいするんだ?」

 

 一郎はわざと少女が答えられないような質問をして、困らせてやった。

 

「そ、そんなこと……」

 

 案の定、ダリアはさらに顔を真っ赤にして、口をつぐんだ。

 一郎は今度はオタビアの前に向かう。

 

「まだ、俺に命をとられたという自覚ができないようだな。どんなことをされても受け入れる。どんなことを命じられてもそれをする。それが命を奪われたということだ。質問をされたら、恥ずかしいことでも答えるんだ……。さて、じゃあ、従者の罰は主人の罰だ。最初にふたりで拒否した罰が二回。いま、ダリアが質問に答えなかった罰が一回……。そういえば、罰は自分にしてくれって、ダリアが言ったかな。俺のすることに、文句を言ったから、それも一回。四回だな。オタビアはまとめて、四度いきをしてもらおう」

 

 鋏をオタビアの股間に持っていき、股間に向ける。

 そして、それで気がついたが、オタビアは普通の肌にぴったりとした下着の上に、さらに大きめの下着を二重にはいていた。

 どうやら、あまりにも感じすぎる自分の身体を、オタビアはそうやって守っているようだ。だが、その二重の下着がいまや、おしっこでも洩らしたかのように、べっとりとなっていた。

 すごい状況だ。

 しかも、顔だけじゃなく全身がすでに真っ赤に充血して、何度も達したかのようにかなりの汗もかいている。

 

「ああ、恥ずかしいです……」

 

 オタビアが恥ずかしそうな泣き顔になる。

 

「あっ、お、お待ちください。自慰は二回だけ……。前に二回だけやりました。十六歳のときです。それからは一度も。さっきの罰はあたしのものです。あたしです──」

 

 そのとき、ダリアが慌てたように言った。

 自慰が二回……?

 つまりは、ほとんどやったことがないということか……。

 まあ、なんとなくだが、この主従は四六時中、一緒にいるような感じだ。この特別な身体を持っているオタビアをそうやって、ダリアは守る役目をしていたのかもしれない。

 主人と一緒では、自慰などすることはできなかったというのは本当かも……。

 

「そうか。じゃあ、オタビアは三回で勘弁してやるか。ダリアは合わせて二回だ。忘れるなよ……。だけど、ふたりとも、今夜からは毎日しろ。命令だ。俺が抱く身体だ。うんと好色な身体になってもらわないと困るからね。いいな──。復唱──」

 

 一郎は大きな声をあげた。

 ふたりがはっとした顔になる。

 

「は、はいっ、ダ、ダリアはご主人様のご命令で毎日、自慰をします」

 

「オ、オタビアもじい……をします……。す、すみません。で、でも、じいとはなんでしょう……。わ、わからないのですが……」

 

 するとオタビアが困ったように言った。

 一郎は噴き出した。

 そして、鋏を動かして、二重の下着を切断した。

 ぐじゃぐじゃに濡れている股間が外気に曝け出されるとともに、むわっとした愛液の香りが辺りに漂う。

 ダリアもそうだが、やっと生えそろったくらいの薄い恥毛だ。

 一郎は亜空間術で横に道具を置くような腰の高さほどの台を出現させて、鋏をそこに置く。

 そして、空いた両手を胸と股間にすっと伸ばす。

 

「自慰というのは、自分でこうやって身体を慰めることだ。気持ちよくなるようにね。本当にやったことないのか?」

 

 胸と股間を柔らかく擦る。

 

「あっ、あああっ、い、いやああっ、そ、そんな怖ろしいこと、一度も……。あ、あああっ」

 

 オタビアが完全に拘束されている身体をぎしぎしとのたうち始める。

 凄まじい勢いでステータスの「快感値」が下降していく。

 さっきの口づけもそうだったが、本当に感じやすい身体なのだ。

 これだけ感じやすいと、普段の生活も困るだろう。

 だから、ずっとダリアが横について、この王宮に侍女としてあがるときも、ついてきたのだろう。

 それにしても、ここまでいやらしい身体をしていれば、あっという間に男の餌食になりそうだ。

 しかも、身体に触られれば、この身体では抵抗など不可能だし……。

 

「あ、ああああっ、あはあああっ」

 

 オタビアが激しくびくんと椅子に振動を与えながら絶頂してしまった。

 小さな愛液がぴゅっと飛び出した。

 どうやら、潮吹き体質でもあるようだ。

 つくづく、厄介な身体をしているなと思った。

 男を悦ばす身体だ。

 一郎はほくそ笑んでしまった。

 

「いまのがいくということだ。これはわかるだろう? ところで、一度目だ。あと二回」

 

 一郎は今度は胸だけに両手を持っていく。

 やわらかく美球を揉み始める。

 

「ああ、お、おかしくなります……。お、おかしくなります。許して──。んふうううっ」

 

 オタビアがまたもやあっという間に絶頂をする。

 これは大したいき人形だ。

 それにしても、一郎の魔眼を通した目で眺めると、この娘の身体はどこもかしも濃い赤のもやで包まれている。局部や胸のように、感じやすい場所だけがもやであるわけじゃないのだ。

 確かに、全身性感帯だ。

 

 例えば……。

 

 一郎は二の腕をくすぐるように繰り返し触れる。

 

「ああ、ま、またいきます。い、い、いきそううっ」

 

 オタビアが大きな声で甘い悲鳴をあげた。

 本当にすごい……。

 腕だけでこれだけの反応だ。

 刺激を脇や横腹に変える。

 

「んふうっ」

 

 オタビアが跳ねあがる。

 しかも、二連続の絶頂の後の三度目の快感のせりあがりに、すでにオタビアは痙攣がとまらないようになっている。

 

「お嬢様──」

 

 横のダリアが心配そうな声をあげた。

 

「ここも感じるか?」

 

 指を両耳に持っていく。

 首と額にベルトが嵌まっているので、避けることもできない。

 

「んひいいっ、だめええっ」

 

 オタビアが悲痛そうな声をあげた。

 

「言っておくが、勝手にいくなよ。さっきの二回はおまけだ。最初に言った通り、勝手にいけば、ダリアを折檻する。言っていくけど、俺の折檻はつらいぞ。ダリアは泣き叫ぶだろうね。可哀想に……」

 

 一郎は手をオタビアの開き切っている内腿に這わせた。

 

「あああっ、い、いきそうです。いかせてください、ご主人様──。い、いくうううっ」

 

 オタビアは叫んだ。

 一郎は首を横に振る。

 

「駄目だな。もう少し我慢してもらおう。歯を喰いしばれ。ダリアが可愛ければ、もっと我慢しろ──」

 

 一郎はオタビアの足先側に移動した。

 亜空間術でまだ履いていた靴と靴下を一瞬にして消滅させる。ついでに、ダリアの分もだ。

 そして、露出したオタビアの足の指を口に含む。

 

「あ、ああ、そんなことやめてください。汚いです。ああああっ」

 

「オタビアの身体はどこも綺麗で可愛いさ。感じやすい身体も、俺好みで満足だ。だから、いじめたくなる。ところで、両方の脚の指を舐め終るまでいくな。命令だ」

 

 一郎は舐め始めていた足からちょっと口を離して言った。

 そして、一本一本を舐め始める。

 特に指と指のあいだをこってりと……。

 まあ、我慢できないだろう。

 全身がそうだが、ここは局部同様に快感の場所のようだ。もやが赤黒い。

 

「んんんっ、んんっ、あっ、あんんっ」

 

 オタビアが動かない身体を必死に捩じり、懸命に口をつぐんで快感を耐えようとしている。

 健気で可愛いが、ステータスがちょっと下降がゆっくりになっただけで、少しも我慢できていない。

 それに、なまじ我慢させると、達したときの反動が大きい。

 一郎はそれを何人もの女の身体を通じて知っている。

 

「あ、ああっ、い、いっちゃううう、ごめんなさいいいっ」

 

 案の定、オタビアは三本目の指に到達しないあいだに、絶頂してしまった。

 拘束されている身体を反らせるだけ反らせて、大きく痙攣をしてがっくりと脱力させる。

 そして、ぴゅっとおしっこのようなものを股間から噴き出させた。

 

「あああっ、いやあああっ、ああああっ」

 

 放物線を描いて飛び出していく自分の潮吹きに、オタビアは泣き叫んだ。

 一郎にもかかるくらいに大きく上昇して、辺りを汚していく。

 

「ああ、ごめんなさい──。申し訳ありません、ご主人様──。汚いことをしてすみません──」

 

 オタビアが泣きながら言った。

 すぐに放尿の潮吹きはとまったが、オタビアはしくしくと泣いている。

 一郎はオタビアの顔側に移動して、優しく頭を撫ぜた。

 

「謝ることはない……。いまのは潮吹きといって、オタビアが俺の愛撫で感じてくれた証拠だ。可愛い姿を見せてくれてありがとう……」

 

 一郎は頭を撫ぜながら言った。

 荒い息をしているオタビアがきょとんとして一郎を見上げる。

 

「オ、オタビアのことを嫌わないのですか……? こんな変な身体のオタビアを……」

 

 オタビアが消え入るような声で言った。

 一郎は噴き出した。

 

「その素敵な身体のどこに嫌う要素があるんだ。だけど、そんなにいやらしい姿を見せる男は俺に限定だ。後で淫魔術で調整しておく。普段生活ではそんなに感じないようにしておくからな。いき人形は俺の前だけだ」

 

 一郎は頭を撫ぜながら言った。

 ほんの少し、オタビアが頬を綻ばせた。

 もちろん、淫魔術だの、身体の調整だのと言われても、なんのことかわからないだろう。

 オタビアが嬉しそうな顔になったのは、一郎が優しい口調になったからのようだ。

 

 淫魔術で心に接すればわかる。

 本当に従順な体質なのだと思った。

 男に叱られれば悲しくなる。

 褒められれば嬉しくなる。

 単純でわかりやすい。

 しかも、これだけの感じやすい身体……。

 顔も少女らしくて、可愛らしい。

 よくも、ほかの男に手を付けられずに残ったものだ。

 

「ほ、本当ですか……? い、嫌じゃないですか?」

 

 オタビアが言った。

 一郎は唇に口を寄せた。

 

「何度も言わせるな。お前は可愛い」

 

 口づけをする。

 唾液を注ぎながら、オタビアの感情を安定させる淫魔術を強めつつ、徹底的に舌で口の中を蹂躙する。

 オタビアの身体が再び絶頂に向かって飛翔をする。

 

「んんっ、んんんんっ、んなああっ」

 

 口の中を舐め続けていると、オタビアの身体の痙攣ががくがくと激しいものに変わる。

 そして、一郎の顔を弾くように激しく顔を突き出して、絶頂をした。

 

「はあ、はあ、はあっ、ご、ごめんなさい、許可なく、またいってしまいました……」

 

 オタビアがはあはあと息をしながら言った。

 

「そうだな。主人の罰はダリアの罰だ。だけど、この罰はきついからな。オタビアに選ばせてやろう。全部ダリアが罰をまとめて受けるのと、半分を自分が受け入れるのをどっちがいい?」

 

 一郎はオタビアの口から離れながら言った。

 さっき鋏を置いた台に、刷毛と筆と小さな液体の小瓶を出す。

 小瓶の中身は媚薬だ。

 強い媚薬であるとともに、強い痒みを催す成分が含まれている。

 一郎は筆にたっぷりと、その液剤を浸した。

 

「ああ、も、もちろん、全部、わ、わたしに……」

 

「いえ、全部、あたしです……。お嬢様はこれ以上苦しめないでください──」

 

 オタビアに次いで、ダリアも必死の口調で言った。

 一郎は筆と小瓶を持ったまま、オタビアの脚のあいだに向かう。

 小瓶の中にある半透明の液剤を筆で掻き回していく。

 

「半分だけだ。欲張るなよ」

 

 一郎は笑いながら、小瓶の中から筆を出して、液剤の滴る筆をオタビアの秘裂に筆を使って塗っていく。

 

「ひやああっ、あああっ、んひいいいいっ」

 

 感じやすいオタビアにとって、繊細な筆の刺激は地獄のようにつらい責め具だろう。

 

「いやああっ、なんです、わたしは、なにをされているのですか──。あああああっ」

 

 顔に喰い込んでいるベルトに阻まれて、オタビアは一郎にやられていることが見えないのだ。

 オタビアの全身に喰い込んでいる革ベルトが激しく音を立てて動く。

 

「お嬢様──。お嬢様──」

 

 あまりにも激しいオタビアの反応に、ダリアも必死に声をかけるが、向こうも同じように顔を固定しているのでよくは見えないと思う。

 

「んぐううっ、んふうううっ」

 

 しばらく塗っていると、またしてもオタビアは潮を吹いて達してしまった。

 今度は小さな量だ。

 それでも一郎は筆をどんどんと動かしていく。

 

「んぐううっ」

 

 オタビアがさらに達した。

 今度は脱力したまま動かなくなる。

 絶頂しすぎて、軽く失神したようだ。

 一郎は構わずに、筆を動かして、べっとりと愛液で濡れているオタビアの股間を完全に薬剤まみれにしてやった。

 気は失っているようだが、身体はびくびくと震え続けている。

 絶頂の余韻からは、まだまだ抜き切れないようだ。

 

「さて、じゃあ、ダリアだな。君の主人は失神したようだぞ。残りは君が受けるんだ」

 

 ダリアの側に移動する。

 

「あっ、はい……。お願いします。罰を……、ご主人様……」

 

 ダリアが小さな声で言った。

 

「君も、素直そうで、いい子だな……」

 

 一郎は筆を小瓶に改めて浸し直して、ダリアの股間に筆を持っていく。

 

「あっ、やあっ、あああっ」

 

 筆が股間を動く感触にダリアものたうち始める。

 だが、オタビアのように絶頂しまくるということはない。

 本当は筆くらいの小さない刺激では、快感が逃げない苦しさはあるが、果てしなく連続絶頂するようなことはないはずなのだ。

 オタビアの身体が敏感すぎるのだ。

 ダリアは悲鳴をあげて、拘束された身体を暴れさせたが、やはり絶頂するということはなかった。

 やがて、オタビアと同じように薬剤をたっぷりと塗り終わった一郎は、筆と瓶を台に置いて、刷毛に持ち返る。

 十八歳の初々しい少女の股間を刷毛でくすぐってやる。

 

「いやああっ、はああああっ」

 

 ものすごい声を出して、ダリアがばんと身体を跳ねるように動かして、椅子が少しばかり揺れた。

 それだけ、媚薬を塗られた股間に与えられる刺激は大きいのだろう。

 一郎はしばらくのあいだ、そうやってダリアを刷毛でくすぐり苦しめてから、刷毛を横の台に置いた。

 それだけでなく、籐椅子を持って来て、ふたりの前に座り直す。

 責めが中断されたことで、ちょっとだけほっとした表情になったダリアだったが、それも束の間だった。

 すぐに目を見開いて、暴れ出す。

 

「か、痒いっ、痒いです──。あああっ、か、痒いいいいい」

 

 ダリアが絶叫した。

 一郎は残酷に笑った。

 

「痒いだろうね。まあ、罰だからこれくらいの苦しみはないとね。それに、悪いけど、俺はこういう性癖で、可愛いと、うんと女を苦しめたくなるんだ……。ここまでが、罰の一回分だ。この液剤は塗れば塗るほど痒さが倍増するから、二度塗りまでが君の罰になる。それが終われば、破瓜をしてあげて、苦しみから解放する……。そうだね。二度塗りは君の主人が目を覚ましてからにするか……。早く苦しみから逃れるために、二度塗りに移行するには、オタビアを起こすために、もっと悲鳴をあげればいい」

 

 一郎は座ったまま言った。

 聞こえたのか、聞こえないのか、ダリアは「痒い、痒い」と泣き叫ぶだけだ。

 そして、ますます激しく身体を暴れさせだした。



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173 苦しみの向こう側~次のふたり

「ああ、か、痒いですっ。ああっ」

 

 大きく開脚させているダリアの身悶えが激しくなった。

 もっとも、革ベルトで雁字搦めにしているので、そんなには動くことはできないのだが、そうでなければ、のたうち回っているだろう。

 重量のある調教椅子がぎしぎしと揺れている。

 それだけ、必死の力でダリアがもがいているということだ。

 

「特別製の調教薬だ。俺の精を股間に受ければ、嘘のように痒みが消える。その苦しみの向こう側にある快感を味わってもらうのが調教だ」

 

「ああ、調教なんて……。か、痒いですっ」

 

 大股開きの股間はすでに真っ赤であり、侍女服から剥き出しの脚や乳房などからは、驚くほどの脂汗が滴りだした。

 顔も涙と汗でびっしょりだ。

 一郎は、横の台から刷毛を取りだしてダリアに近づいた。

 

 そういえば、うちの三人娘には、それこそ何十回も痒み責めで遊んだが、当然だが三人とも、その度に泣き叫ぶ。しかし、意外にもこの痒み責めが嫌いではないというのがシャングリアだ。苦しければ苦しいほど、それを耐え抜いて許されたときの開放感、なによりも、達成感が素晴らしいそうだ。

 シャングリアがそれを言うと、エリカもコゼも鼻白んでいたが……。

 一郎は刷毛で、腰骨まで貫いているだろう峻烈な痒みに襲われているダリアの股間をさわさわとくすぐった。

 

「んぎいいいっ、ああああっ」

 

 ダリアが絶叫した。

 

「痒いか、ダリア?」

 

 一郎は刷毛をゆっくりと動かしながら言った。

 

「か、痒いですっ、き、気が狂いそう──。な、なんとかしてください──。お願いでございます──」

 

 ダリアが革ベルトが嵌まっている白いうなじを前にあげるようにして、声を張りあげた。

 

「それはできないな。君の罰は二度塗りだからね。この倍の痒みを味わってもらう。痒みを癒すのはそれからだ。もっとも、痒みを除くのは、俺に犯されるしかない。精を注がないと、いつまでも痒みは襲う……。これも、俺の好みの淫乱な身体になってもらうための試練だ。君たちの命は俺がもらったし、俺が好きなように変えたいしな」

 

 一郎は痒みに襲われている場所ではなく、その横の内腿に付近に羽根のくすぐりを移動させた。

 ダリアは泣き叫んだ。

 

「な、なんでも致します。ご、ご主人様の思うような淫乱に頑張ってなります──。だ、だからっ──。ああああっ」

 

 ダリアは狂乱するように呻くが、一郎がそれを邪魔するように刷毛を移動するものだから、最後まで喋ることさえできない。

 塗り込められた薬液のために、ダリアは火のような痒みの苦しみに悶え続け、秘部も真っ赤に充血して、どろどろになってもきている。

 

「我慢しろ。これが調教だ。苦しみの果ての快感が病みつきになってくれたら嬉しいかな」

 

 一郎は笑いながら言って、羽根を動かし続けた。

 いくら刷毛で刺激されたところで、こんなものでは痒みは倍増するだけで、少しも痒みが消えることはない。

 やがて、ダリアはひくひくと痙攣のような動きがとまらなくなってきて、口から泡のようなものを出しながら静かになった。

 あまりの苦しみに気が遠くなりかけてきたのだろう。

 だが、ここで簡単に気絶させるような優しい一郎じゃない。

 鬼畜については、とことん鬼畜する。

 それが一郎の愛し方だ。

 一郎はダリアの真っ赤に充血して膨らんでいるクリトリスを指で力いっぱいに弾いた。

 

「んがあああっ、あああっ」

 

 ダリアが激痛に絶叫して、拘束された身体を暴れさせた。

 

「気を失わせはしないよ。ほら、頑張っているご褒美だ。舌を出せ。俺の唾液を飲め」

 

 一郎は刷毛を台に置き、剥き出しになっている乳房を揉みながら唇を吸った。

 淫魔術で、一時的だが胸の感度をクリトリス並みに敏感にしてやる。まだ精は放っていないが、たっぷりと唾液を注ぎ込めば、それくらいの身体の操りは容易だ。

 

「んああっ、ああっ、ああっ」

 

 ダリアが言われるままに舌を出しては注がれる唾液を必死に飲み下していく。

 本当に従順に言われることをやろうとする。

 可愛い娘だ。

 また、それにつれて、淫魔術の刻みも深くなるので、どんどんと乳房の感度もあがる。

 やがて、ダリアは、一郎に乳首を捏ねるように刺激されて、そのまま達してしまった。

 

「んんんっ、んんん──」

 

 拘束されている身体を限界まで反り返らせて、がくがくとダリアが絶頂をする。

 本当に従順だと思うのは、それでも一郎の唾液を呑み込むことをやめようとしないことだ。

 とにかく一生懸命だ。

 一郎は唇と乳房を離した。

 

「ああ、き、気持ちよくて……。お、おかしくなる……。あああっ、で、でも、痒いいいっ」

 

 ダリアが束の間ぐったりと快感の余韻の浸るような仕草をしたが、すぐに再び暴れ出した。

 痒みは少しも癒えていないのだ。

 強烈な快感で少しのあいだ、忘れていただけだ。

 一郎は籐椅子に座り直した。

 

 それにしても、本当にいい子だ。

 多分、この従順さを利用されたのだと思う。

 一郎は、あのとき、マアが説明してくれた調査結果を思い起こしていた。

 確か、ダリアが主人として仕えているオタビアのカロー家は、子爵家でも少し事情があるのだ。

 オタビアの父であるカロー子爵には、確かふたりの妻がいて、ひとりは伯爵籍から嫁いできた妻であり、もうひとりは騎士爵の妻だったと思う。

 この世界は甲斐性さえあれば、複数妻は珍しくないらしいが、子爵籍で複数妻は珍しいようだ。カロー子爵については、どちらかといえば、伯爵家からの妻は政略結婚に近く、騎士爵の妻は恋愛結婚だと教えられたと思う。

 そして、オタビアの姉が伯爵家の妻の娘、オタビアは騎士爵の妻の娘ということだった。

 全部、マアに教えられたことだが……。

 

 妻同士の仲も、姉妹の仲も、そのために、あまり仲が良くないということをマアが口にしていたような気がする。

 もっとも、マアによれば、妻同士の仲はお互いだが、姉妹仲については一方的なもののようだ。オタビアはこういう性格だから、むしろ素直に姉を慕っているようだが、逆に、姉については、王宮にあがることになったオタビアを妬んでいるようだというようなことをマアが口にしたと思う……。

 

 そのとき、やっとオタビアが目を開いた。

 味わわされた連続絶頂による失神から意識を戻したのだ。

 しばらくは、なにがなんだかわかっていない様子だったが、すぐに目のあいだに皺を寄せた。

 

「あ、ああ、なんですか──。か、痒い──。痒い──」

 

 オタビアが絶叫した。

 

「ああ、お、お嬢様、しっかり──。ちょ、調教なのだそうです──。お嬢様、しっかりとなさって──。あああっ」

 

 歯を噛み鳴らして痒みに身体を悶えさせ続けていたダリアが、オタビアの悲鳴に反応して大きな声を出した。

 気絶する前に、オタビアの股間にも、ダリア同様に痒みを発生させる媚薬を塗り込んでいる。

 同じように痒いはずだ。

 

「さて、じゃあ、約束だ、ダリア。もう一度、痒み剤を塗り直してから、痒みを取り除いてあげよう。君を犯してね」

 

 一郎は再び立ちあがって、亜空間術で、さっきの液剤ではなく、今度は油剤の痒み剤を出した。痒み剤だけで一郎は十種類くらいは所持している。

 その半分は魔道薬でもあり、特殊な効果もある。

 このうちの一種類を調合させたのはスクルズだ。

 スクルズを呼び出して、猛烈にもがき苦しみ、放置すれば気を失うような痒み剤を魔道で調合しろと迫ったのだ。もちろん、これも最初に味わうのは、本人だと言い渡してだ。

 気を失うまで放置されて苦しむとわかっている痒みの魔道薬を正直に調合するスクルズも、可愛いとは思ったが……。

 そして、いま出現させたのが、そのスクルズ製の痒み剤だ。

 確かに、これは幾つかある痒み剤の中でも強烈だ。

 さっきの液剤が優しささえ感じるくらいだ。

 

 それで、ふと思い出したことがある。

 あのときのスクルズも、シャングリアと同じようなことを言っていたか……。

 苦しみの向こう側に、最大の幸福があるとか……。

 

「さて、今度のは効くぞ」

 

 一郎は苦しみ叫び出したオタビアを放置し、ダリアの側に向かって、たっぷりの油剤を顔の前ですくってみせ、その指を股間側に移動させた。

 眼に見えて、ダリアは狼狽した。

 

「ああ、も、もう、これ以上、我慢できませんっ、ご主人様──」

 

 狂いだしそうな痒みと戦う身に、新たに、さらに強い痒み剤を塗られるのだ。

 ダリアは恐怖いっぱいの表情を顔に浮かべた。

 

「ああああっ、いいいいいっ」

 

 一郎の指が真っ赤に充血している襞に触れると、甲高い声をあげてダリアが悲鳴をあげた。

 

「ああっ──。ダリア、大丈夫ですか──。ご主人様、ダリアを許してあげてください。お願いでございます。罰はわたしが……わたしが受けますから──」

 

 痒みに歯を食いしばりながらオタビアが大声をあげた。

 顔の額にベルトが食い込んでいるので、隣の調教椅子で苦しんでいるダリアの姿はよくは見えないが、悲鳴は聞こえるのだ。

 自分自身が猛烈な痒みと戦いながら、オタビアは懸命の口調でダリアを心配する言葉を発する。

 

「ああ、お、お嬢様──。ダ、ダリアは我慢します。調教ですから──。そ、それよりも、ご主人様、お嬢様は許してあげてください。ただのお身体じゃないんです。この調教はお嬢様にはきつすぎます。罰も調教も、何倍もあたしが受けます──。どうか、どうか、ああっ」

 

 ダリアが身体を揺さぶりながら言った。

 そのあいだも、一郎は指先でほぐすように、油剤を膣の内側の入口に塗り足していく。

 さらに、肉芽にも塗り足す。

 すると、ダリアがぴんと身体を硬直させる。

 

「ああっ」

 

「ダリア、ああ、ダリア──。ご主人様、オタビアに──。オタビアに罰を与えてください。こ、今度は、気絶しないように頑張ります──。オタビアに罰を──」

 

 オタビアが懸命に叫んだ。

 一郎は油剤の小瓶を片手に持ったまま、オタビアに向かう。

 

「本当か? だったら、ダリアに塗り足す予定だった油剤を君に塗るぞ。ただし、お尻の穴だ。そんなところには塗られたくないだろう?」

 

 指先にたっぷりと油剤をすくい、一郎は意地悪を言った。

 我ながら、こんなにいい性質の娘たちをいたぶるというのは、意地が悪いとは思うが、まあ、これくらいしておけば、もう二度と死ぬというような気にはならないだろう。

 罪悪感も消し飛ぶような苦しみのはずだ。

 まあ、それは言い訳であり、純粋にこの従順で素直な娘ふたりをいたぶるのが愉しいのだけなのだが……。

 

「か、構いません。全部、わたしにお願いします。それと、ダリアは許してあげてください」

 

 オタビアが痒みで歯を噛み鳴らしながら気丈に叫んだ。

 だが、ダリアが悲鳴のような声をあげる。

 

「だめです、お嬢様──。こ、これはお嬢様は受けてはいけません──。お、お嬢様のお身体では、この薬剤は……、あああっ、ああああっ」

 

 最後には言葉にはならなかった。

 ダリアが苦しみもがきだす。

 

「いい覚悟だ、オタビア……」

 

 一郎は調教椅子の後ろ側に移動すると、オタビアが座っている尻置きの下に屈んだ。

 座台の部分は臀部の中心が割れていて、淫具でも指でも下から挿せるようになっている。

 一郎は油剤を潤滑油にして、オタビアのお尻の中に人差し指を付け根まで挿入した。

 そんなに抵抗もなく、オタビアは指を付け根までしっかりと受け入れた。

 指をかき回すようにして、お尻の奥に痒み剤を塗っていく。

 

「ああっ、ああああっ、あはあああっ」

 

 椅子の上のオタビアが身体を弾くように暴れさせる。

 感じているのだ。

 調教もしていないのに、お尻の中までここまで感じてしまうのだ。

 本当に、男に悪戯されるために生まれてきた身体なのだなと思ってしまった。

 いや、一郎に玩具にされるためか……。

 まあ、ほかの侍女たちもそうだけど、彼女たちが望む限り大切にしようと思った。

 このオタビアとダリアもだ。

 

「お嬢様、お嬢様──」

 

 ダリアが悲痛な声を発する。

 一郎は指を抜いて、オタビアの前に立つ。

 オタビアの身体は、てらてらと脂汗で光っている。

 

「ああ、どうすれば……。どうすればいいですか──。教えてください、ご主人様──。痒いです──。痒いです──」

 

 前後の穴で痒みを受けだしたオタビアが、我を忘れたように昂ぶった声をあげた。

 

「そうだな。しかし、君が望んだことだ。それとも、もう塗り足すのはやめるか? やはり、ダリアに塗ろう。予定の追加の量にはまだ残りがある」

 

 もう追加の予定はなかったが、一郎は意地悪く言った。

 オタビアがはっとした顔になる。

 

「い、いえ、わたしに──。そして、ダリアは許してあげてください──。あんなに苦しそうで、可哀想──」

 

「お嬢様を──。お願いでございます──。お嬢様を先に許してあげてください。その油剤はどうか全部あたしに塗ってください──」

 

 オタビアとダリアが代わる代わるに慈悲の言葉を口にした。

 相手に対してだ。

 つくづく、仲のいい主従なのだと思った。

 しかし、この油剤はとてもじゃないが、耐えられるような痒みじゃないはずのだ。

 この状況でよくも、相手を思えるものだと思った。

 

「わかったよ。じゃあ、オタビアからだ」

 

 一郎は淫魔術で調教椅子の角度をさらに傾けさせて、オタビアのお尻の穴に前から手が届くくらいの高さと角度に調整した。

 そして、指をぐいと突き挿す。

 

「ああああっ」

 

 オタビアが甘い声をあげた。

 痛みなど皆無のようだ。

 激しい喘ぎ声をあげている。

 これはすごいな……。

 

 一郎は、しばらく指でお尻の穴を捏ね回す。

 指が尻穴の中を動くたびに、オタビアは打てば響くような派手な反応をして、快感にのたうつ。

 本当にすごい……。

 一郎は、浅い抜き差しで痒みに襲われている部分の手前で挿入をやめて焦らしたり、一転して根元まで突き挿して奥を捏ね回すということを繰り返した。

 

「ああっ、あうううっ、ああっ、あっ、あっ、」

 

 抜き挿しの調子を変えるたびに、オタビアは甲高い声をあげる。

 

「気持ちいいか、オタビア? だが、ここになにかを入れるのは初めてだろう? こんなに最初から感じるのは素質があるぞ。もっと尻人形のように感じるようにしてやろう。調教でね」

 

「ああ、き、気持ちいいです──。ご主人様、い、いっても、いってもいいですか……。オタビアは──」

 

「おう、いけ――。お尻でいけたら、次は前だ」

 

 一郎は指を動かしながら言った。

 オタビアがお尻の刺激で絶頂に近づいたのはすぐだった。

 

「あ、ありがとうございます……いぐううっ」

 

 がくがくと身体を震わせてオタビアが絶頂する。

 一郎は微笑みながら指を抜いた。

 再び調教椅子の角度を調整する。

 今度は、まさに股間にそのまま挿入できる角度と高さだ。

 

「じゃあ、次は前だな。それで痒みは消える。早く破瓜をすることだ。さもないと、ダリアの苦しみはいつまでも続く。オタビアが破瓜をすれば、ダリアの痒みを消してやろう」

 

「ああ、どうか、ダリアを早く許してあげて……。あ、あんなに苦しそうで可哀想です……。わ、わたしはもっと、苦しめても結構ですから……」

 

 目を閉じてぐったりしていたオタビアが、ダリアのことを聞いた瞬間に目をかっと見開いた。

 一方でダリアは、もう意味のある言葉は発していない。

 あまりの痒みで、激しく苦しみもがき、嗚咽とともに呻き声をあげるだけだ。

 

 もう大丈夫だな……。

 一郎は思った。

 これだけの衝撃を受ければ、二度と自死の気は起きないはずだ。

 

「わからないのか? 俺はお前が破瓜をすれば、ダリアを許すと言ったぞ──。お前が犯されないと、ダリアはいつまでも苦しむだけだ」

 

 わざと大きな声を出す。

 オタビアが涙目になる。

 

「ど、どうか、オタビアの破瓜を……。い、いえ、犯してください、ご主人様……」

 

 オタビアが言った。

 一郎は頷いた。

 腰に巻いていた布を取り去る。

 すでに股間は逞しく勃起している。

 オタビアが顔に恐怖の表情を浮かべた。

 

「怖いか?」

 

 一郎はオタビアの股間に怒張の先を近づけながら言った。

 オタビアは首を横に振る。

 

「い、いえ……」

 

「いい覚悟だ」

 

 一郎は一気に男根をオタビアに貫かせた。

 かなりきつい。

 一度もなにかを挿入したことのない秘部であることは間違いない。

 オタビアがひきつったような顔になる。

 構わずに奥に挿入する。きついが思ったよりも滑らかだ。それだけ、蜜に溢れているのだ。

 処女膜を引き破る感覚が襲う。

 構わずに、そのまま最奥まで突っ込んだ。

 

「あああっ、ああっ、おおおっ」

 

 オタビアががくがくと震えだした。

 驚いたことに、破瓜の激痛よりも快感が上回ったようだ。苦痛の身悶えではなく、快感の震えだ。

 大した身体だ。

 一郎は舌を巻く思いに襲われた。

 

「俺を愉しませてくれる身体だな……」

 

 律動を開始する。

 全身性感帯というのは伊達(だて)ではないらしい。

 しっかりと感じている。

 股間の中も性感帯の宝庫らしい。

 オタビアは感じまくっている。

 できるだけ負担にならないように早く射精しようと思ったが、オタビアは痛みではなく、快感でよがっているのだ。

 一郎は腰を前後に振りながら、両方の乳房に手を伸ばして揉んでやった。

 オタビアの反応が激しくなる。

 

「ああ、い、いきますっ、また、いきます──。オタビアはいきそうです──」

 

 オタビアが叫んだ。

 

「よし、三でいけ──。一……二……」

 

 一郎は腰の動きを激しくしながら言った。

 オタビアががくがくと身体を震わせる。

 

「は、はいっ、はいっ」

 

 オタビアが一郎の律動を受けながら必死の顔で叫んだ。

 

「三──」

 

「ああああっ」

 

 言われるままに素直に絶頂したオタビアが悶絶の声を出す。

 一郎はおもむろに胸を刺激しながら射精した。

 オタビアががっくりと脱力して、再び気を失ってしまう。

 破瓜の衝撃と快感で頭が飛んでしまったらしい。

 最初の性交でここまで感じるなど信じられないが、オタビアは完全に快感で気を失ってしまった。

 

 一郎は最後の最後まで射精を終えると、しっかりと淫魔術が刻まれたのを確認して怒張を抜いた。

 股間にはオタビアの処女の証だった赤い線がついている。

 とりあえず、オタビアの拘束をすべて解き、身体を横抱きにして床に横たえる。

 次に、亜空間術で、まだ取り去っていなかった切り破った侍女服を除去してオタビアを一糸まとわぬ全裸にすると、今度は毛布を出してオタビアの裸身にかけた。

 オタビアは満足そうに、すうすうと寝息をかいている。

 一郎はダリアの側に移動した。

 

「さて、待たせたな、ダリア──。君の番だ」

 

 ダリアはあまりの痒みの苦しみで、もう正体がなくなっている感じだった。

 汗と涎と涙でぐしょぐしょの顔を一郎に縋るように向ける。

 

「ご、ご主人……様……」

 

 ダリアの歯はがちがちと鳴っている。

 

「いくぞ」

 

 ダリアについては、オタビアのように快感を覚えることはできないだろう。

 淫魔術で一郎自身の股間を綺麗にすると、さっき射精したばかりの怒張をダリアにも貫かせる。

 

「あああっ、んぐううう」

 

 ダリアは全身をのけ反らせて苦悶の声を出す。

 だが、淫魔術で探る限り、それほどの苦痛ではなさそうだ。

 まあ、これだけ痒みで苦しめたので、それが癒される快感がかなり強いようだ。

 

「ああ、ご主人様──あああああっ」

 

 処女膜を破るとき、ダリアは必死に一郎のことを呼んだ。

 一郎は座椅子ごとダリアの身体を抱き締める。

 

「すぐに、オタビアと同じように感じる身体にしてやる。俺についてくるんだ。オタビアとともに愛してやる」

 

 一郎は怒張を奥まで貫かせた。

 律動はしない。

 すぐに射精した。

 これで痒みは消滅するはずだ。

 

「あああ、ああああっ」

 

 痒みが嘘のように消えていく気持ちよさか、ダリアが顔に恍惚の表情を浮かべた。そして、大きな声をあげて、ダリアもまた、身体をのけ反らせて意識を手離した。

 一方で、しっかりとダリアにも、淫魔術が刻まれる感覚が一郎に届くのがわかった。

 

 

 *

 

 

 一郎は一枚の毛布に、素裸のオタビアとダリアを包み、胡坐にかいた脚の上に頭を置かせてふたりを休ませていたが、オタビアとダリア意識を戻したのは、体感時間で一ノス、つまりは、一時間弱の時間がすぎてからだ。

 もっとも、亜空間の中では時間の経過は関係ない。

 一郎の好きなように時間経過も変えることができるが、いまはほとんど時間を止めるような感じにしている。

 もうしばらく、ふたりについては遊ぶつもりだ。

 

 これで四人……。

 残りは五人……。

 

 だが、これだけ時間をかけて女を抱いても、いくらも時間は進まないのだ。

 実に一郎のための能力だと思った。

 また、ずっと軽い飢餓感まであった淫魔力がかなり充実した心地よい充実感だ。そして、やはり、鬼畜をすればするほど、一郎にとっては淫気が濃くなるのを感じる。

 これだけ充実した淫気が得られるとなると、女たちには悪いけど、鬼畜だけはやめられそうにない。

 

「あっ、ああっ」

 

 最初に動いたのはオタビアだ。

 先天性全身性感帯という感じやすい身体をしているオタビアは、顔に一郎の脚が触れている感覚だけで、ちょっと気持ちよくなったみたいだ。

 それで慌てて起きたのだ。

 上体を跳ねあげる。

 しかし、かなりだるそうだ。

 

「お、お嬢様……」

 

 その動きで、ダリアもすぐに起きる。

 しかし、自分が素裸なのがわかり、さっと両手で胸を隠した。

 オタビアも裸であることに気がついたようであり、すぐに真っ赤になり裸体を両手で隠す。

 

「起きたか? もう少ししたら調教を続けるぞ。オタビアはお尻を中心に調教をする。ダリアはまだ前だ。特に、ダリアにはしっかりと前で感じる身体になってもらう。とりあえず、それが目標だな」

 

「は、はい……」

 

 ダリアが赤い顔をして頷く。

 すでに淫魔力が注がれている。

 一郎に対する嫌悪感はないはずだ。

 恐怖ではなく、はにかむように恥ずかしそうにしている。

 

「わ、わたしも……よろしく……お願いします……」

 

 オタビアが胸を隠したまま、一郎に向かって頭をさげる。

 一郎は笑って、ふたりの頭を撫ぜた。

 

「さっきは苦しかったか? だが、俺はこういうことが好きな変態だ。諦めろ。同じようなことを姫様にもするし、アネルザにもする。スクルズにもね……。苦しみの向こう側にある快感だ。そういうことが好きでな。そのうちわかる」

 

 一郎は笑いながら言った。

 

「い、いえ……。でも、幸せの向こう側……ですか……」

「あ、あのう……。き、気持ちは……よかったかも……しれません」

 

 オタビアとダリアが小さな声で言った。一郎はふたりの健気な反応に、さらに笑ってしまった。

 

「そういうことだ。ところで、ふたりとも可愛かったぞ。快感に素直で俺好みだ」

 

「あ、ありがとうございます……」

「は、はい……」

 

 ふたりがますまず真っ赤になる。

 

「だが、調教再開はもう少ししてからだ。ちょっと休んでいい。だが、次もつらいぞ」

 

「は、はい」

「わ、わかりました。頑張ります……」

 

 ふたりが揃って頭をさげた。

 だが、顔をあげたとき、ダリアがふと表情を怪訝なものに変化させた。

 そして、首を傾げた。

 

「どうした?」

 

 一郎はダリアに声をかけた。

 

「どうしたのですか、ダリア?」

 

 オタビアも気がついたみたいだ。

 ダリアに視線を向ける。

 

「あっ、いえ、なぜか急に思い出したことがあって……。どうしてかわかりませんが、突然に頭に記憶が蘇ったのです……。デュセル卿……。そうです。あの男はデュセル侯爵様のお家人の方です──。どうして、思い出したのでしょう──。ああっ、間違いない──。絶対にそうです──。間違いないわ──。覚えている。覚えてますとも──」

 

 突然にダリアが興奮したように叫んだ。

 一郎は驚いた。

 

「落ち着いて、ダリア? なにを思い出したの? なにがデュセル様のお家人様なの?」

 

 オタビアが叫ぶように言った。

 ダリアの声がそれくらい大きな声だったからだ。

 

「あたしたちに、ナディアお嬢様が毒を渡されたときです。知らない男がいましたよね? そのときには誰かわからなかったのですが、いまわかりました。その男はデュセル侯爵様のご家人様です。ずっと前ですが、ある夜会の手伝いで、他所の屋敷に出向したとき、あの男がデュセル様のご警護をしているのをちらりと見たのです。でも一度だけだし、顔など覚えてもいませんでしたが、なぜか突然に記憶が思い起こされて……」

 

 ダリアが興奮したままの口調で言った。

 デュセル卿?

 この国の貴族関係には詳しくはないのだが、確か、この国の南域に領地を持つ大貴族だったと思う。

 ずっと中立に近かったが、最近になって突然に、キシダイン派になったとマアが説明してくれた気がする。

 それで、同じ南域に領地を持つカロー家の寄親の貴族も、キシダイン派に取り込まれるかたちになったのだ。

 だが、それよりも一郎には気になることがあった。

 

「ちょっと待て。ところで、お前たちに姫様を殺せと毒を渡したのは、オタビアのお姉さんなのか?」

 

 さっき、ダリアがナディアお嬢様と口にしたのが姉の名だ。

 これもマアから教えてもらったことだ。

 あまり気にかけていなかったが……。

 

 ふたりは、ちょっと言葉に詰まった感じになったが、すぐにオタビアが意を決したように頷いた。

 

「ご主人様にはすべてを申しあげます。その上で、わたしが死ぬべきだとお考えになれば、それに従います……。でも、ダリアは死ぬ必要はないと思うのですが……。つまり、ふと思ったのですが、そうすべきだと思うのです。そんな気になりました。それで姫様を少しは助けられます。もしかしたら、わたしが死ねば、姫様の状況を改善できるのではないでしょうか」

 

 オタビアが言った。

 とても冷静な口調だ。

 精を注ぐ前とはうって変わったオタビアの雰囲気に、一郎は少し目を見張った。




 “オタビア(カロー=オタビア)
  人間族、女
   イザベラ王女の侍女
   カロー子爵家次女
  年齢19歳
  ジョブ
   侍女(レベル4⇒10)
  生命力:50
  攻撃力
   10(素手)
  経験数:男1
  淫乱レベル:SS
  快感値:80
  状態
   先天性全身性感帯
   ロウの性奴隷
   淫魔師の恩恵(洞察力)”


 “ダリア
  人間族、女
   イザベラ王女の侍女
   カロー家侍従長の長女
  年齢18歳
  ジョブ
   侍女(レベル7⇒15)
  生命力:50
  攻撃力
   10(素手)
  経験数:男1
  淫乱レベル:C
  快感値:450⇒260
  状態
   ロウの性奴隷
   淫魔師の恩恵(記憶力)”


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174 女官長の動揺

「はあ?」

 

 一郎は問い返してしまった。

 いきなり、やはり死ぬべきだと語りだしたオタビアに呆れたのだ。

 しかし、本人は至って真面目みたいだ。

 

 

 

 “オタビア(カロー=オタビア)

  人間族、女

   イザベラ王女の侍女

   カロー子爵家次女

  年齢19歳

  …………

  …………

  快感値:40↑(回復中)

  状態

   先天性全身性感帯

   ロウの性奴隷

   淫魔師の恩恵(洞察力)”

 

 

 “ダリア

  人間族、女

   イザベラ王女の侍女

   カロー家侍従長の長女

  年齢18歳

  ………… 

  …………

  状態

   ロウの性奴隷

   淫魔師の恩恵(記憶力)”

 

 

 

 ステータスを見れば、どうやら、オタビアは淫魔師の恩恵により「洞察力」を覚醒している。また、ダリアについては「記憶力」だ。

 突然に、ダリアが自分たちに毒を手渡した相手を思い出したり、従順でお人よしっぽいオタビアが、策士めいた口調で語りだしたのは、このせいだろう。

 だが、この期に及んで、まだ死ぬなどと口にするのは気に入らない。

 一郎は、オタビアの腕を掴んで、強引に自分の膝の上に引き込み、お尻を一郎の片側の腿に座らせて、両脚を外に出すような体勢で肌を一郎の肌に密着させた。

 

「ひやっ、あっ、ご、ご主人様、ちょ、ちょっと……」

 

 オタビアの身体が瞬時に熱くなり、一郎に片手で抱かれながら身悶えを始める。

 全身が性器のように敏感なオタビアは、肌を接するだけで、どんどんと淫情に陥ってしまうのだ。

 ステータスを垣間見ると、回復しかけていた「快感値」が一気に下降をしている。

 接している肌からは、どっと汗が噴き出て来て、一郎の腿にはオタビアの股間から早くも滴りだした愛液が拡がりだした。

 大した感受性だ。

 

「一応、話は聞いてやる。考えたことを言え。ただし、俺がもらった命をまた捨てるというようなことを口にしたのは気に入らない。罰としてこのままだ。両手を俺の背中に回して、手首を揃えろ」

 

 一郎は言った。

 

「す、捨てるつもりは……。た、ただ、そうすれば、姫様を助けられるのではないかと……。だ、だから、有効に使って欲しくて……」

 

 オタビアは悩まし気に身体をくねらせながら、言われたとおりに一郎のを抱くようにして、一郎の後ろで手首を合わせる仕草をする。

 一郎は粘性体を飛ばして、その手首を柔らかく包んでしまう。

 

「あっ」

 

 オタビアが声をあげた。

 これで、オタビアは一郎から離れられなくなったということだ。

 

「ダリアは反対側の脚に乗れ。同じようにするんだ」

 

「は、はい」

 

 すぐにダリアがオタビアを並ぶように、一郎の膝に乗る。

 オタビア同様に一郎の背中で両手首を粘性体で拘束した。

 素裸の娘ふたりが、一郎の脚に座りぴったりと身体を寄せている体勢だ。

 

「あっ、う、動かないで、ダリア……。ああっ」

 

「お、お嬢様、すみません。でも……」

 

 オタビアは、ダリアにも腕と胴体を密着させているので、そっちでも感じるみたいだ。

 本当に愉快な身体だ。

 

「話せ、オタビア」

 

 一郎は強く言った。

 

「ああっ、あっ、は、はい……」

 

 オタビアが込みあがる身体の疼きに、必死に耐えるような口調で語りだした。

 その内容は、つまりはこういうことだった。

 

 デュセル侯爵とは、この王国における南域に広大な領土を持つ重鎮の大貴族だそうだ。

 南域は肥沃な土地を持つ豊かな地域であり、良好な農地が多くて人口も多い。それだけに独立勢力の観があり、これまでは、王太子問題についても、イザベラ側にも加担せず、それでいて、キシダイン派に属するわけでもなく、ずっと政治的な争いには関わらない姿勢で中立を保っていたそうだ。

 それが、最近になって、急にキシダイン派に変わり、王太子にはキシダインこそあるべきだと主張し始めた。

 これにより、デュセル侯爵に縁の深いオタビアの実家のカロー子爵家、オタビアの姉が行儀見習いに行っているカロー子爵家の寄親となる貴族家など、南域に領土を持つ諸領主が一斉にキシダイン派に属することになったというわけだ。

 しかし、オタビアたちに毒を手渡して、イザベラを暗殺しろと仄めかしたのは、そのデュセルの家人だ。

 だから、オタビアは、裁判でもなんでも出てデュセル卿の家人に毒をもらったと証言をするというのだ。

 もちろん、オタビアは処刑されるだろうが、デュセル卿についてもただではすむはずがない。

 南域の領主たちは、デュセル卿がキシダイン派になったので、それに倣っているだけであり、別段にイザベラが王太女になることを嫌がっているわけではないという。

 

「なるほどな」

 

 一郎は嘆息した。

 理にはかなっているが、一郎はキシダインとの対決については、向こうの土俵である貴族間のどろどろとした勢力争いで、勝敗を決するつもりは、さらさらない。

 そんなことをしても勝てるとも思わないし、勝てるとしても面倒この上ない。

 キシダインとの決着は一気につける。

 一郎はそう決めている。

 

「だが、いらんことだ。二度と命を粗末にするなと、俺は言ったぞ。罰だな。ふたりで口づけをしろ。命令だ」

 

「えっ?」

「ええ、お、お嬢様と──?」

 

 オタビアとダリアが目を大きく開けて、さらに顔を真っ赤にした。

 

「命令だと言っただろっ──。早くしろ。いいというまで、相手の舌を舐め合え──。唾液を交換しろ。それだけ慕い合う仲だ。満更でもないはずだ──。とにかく、俺の命令だ──。やらんかっ」

 

 わざと大声で怒鳴った。

 ふたりの顔が引きつる。

 

「ダ、ダリア、ご命令です」

「はい、お嬢様」

 

 一郎の目の前でふたりがお互いの顔を見合わせて、唇を合わせた。すぐに濃厚な口づけが始まる。言われたとおりに、舌と舌を絡ませて、必死になって唾液を吸い合っている。

 本当に素直で健気だ。

 一郎は微笑んでしまった。

 

「これも罰だ。黙って受け入れろ」

 

 一郎はオタビアの耳元でささやいた。

 耳に息が吹きかかるだけで、オタビアがびくびくと身体をくねらせるのが愉しい。

 一郎は自分の指に潤滑油を発生させると、オタビアのお尻に手を伸ばして、ゆっくりと肛門に人差し指を挿入していった。

 

「んあああっ、あああっ」

 

「やめるな──。続けろ──」

 

 思わず身体を反らせて甘い声をあげたオタビアを一郎は一喝する。

 すぐに慌てて、オタビアとダリアが口づけを再開する。

 一方で、一郎はくねくねと指をオタビアのお尻の中で動かしていく。

 

「んんっ、んんっ、んんんんっ、んあああああっ」

 

 オタビアが絶頂してしまったのはすぐだった。

 一郎は指を抜くとともに、口づけをやめることを許可した。

 

「はあ、はあ、はあ……」

「だ、大丈夫ですか、お嬢様……」

 

 肩を揺らして荒い息を続けるオタビアに、ダリアが心配そうに声をかけた。

 

「いずれにしても、姫様のことを思ってくれたのは感謝する。しかし、余計なことだ。いい情報をくれたことはありがたいが、キシダインとの対決は俺たちに任せろ。とにかく、もう十日程度で事は終わる。終わらせてみせる。お前たちの役目は、それまで……、いや、それ以降についても、とにかく、姫様を守ることだ。いいな──」

 

 キシダインは早晩に失脚させる――。

 

 そのための策を、アネルザ、ミランダ、マアあたりと相談をしながら進めている。

 おそらく、数日後に行われる王軍大演習がその舞台となるはずだ。

 一郎の建策した方針に従い、それぞれがすでに動いている。

 もうすぐ終わる……。

 

「も、もう二度と……命を捨てるようなことは……口にしません……。も、申し訳ありません、ご主人様……」

「あたしも、姫様にお仕えします。できることは一生懸命にやります」

 

 オタビアとダリアがしっかりと言った。

 一郎は満足した。

 

 しかし、いずれにしても、デュセル侯爵か……。

 考えている策はもうすぐなので、今更、貴族工作など不要なのだが、このデュセル卿というのは気になる。

 なぜ、ずっと中立を保っていた南域の重鎮がキシダイン派に変わったのか……?

 理由など検討もつかないが、一郎の勘は、これを調べるべきだと言っている。

 誰にやってもらおう……?

 

 マアかな……。

 キシダインの奥屋敷には情報の手が届かないとは言っていたが、これまで政治的な争いには関与していなかったデュセル卿であれば、そこまでの厳しさはないだろう。

 なにかわかるんじゃないだろうか……。

 

「……ところで、デュセル卿の家人はともかく、お前たちに毒を手渡して、直接に姫様の暗殺を指示したのは、オタビアのお姉さんなんだな? ナディア……だったか?」

 

「は、はい……。で、でも、お、お姉様も追い詰められていたんです……。さ、さもないと、子爵家も潰れるしかなく……。お姉様も人質になっていて……。お姉様は悪くないんです。悪いのはわたしたちで……」

 

 オタビアが顔をあげて言った。

 その表情は必死だ。

 しかし、一郎は内心に首を傾げている。

 ナディアも脅されているとは言ったが、本当にそうだろうか?

 詳細は訊いてもいないし、根拠はないが、オタビアの姉はオタビアを嫉んでいたということから、その姉も、この正直すぎる妹主従を利用してやろうと考えただけではないだろうか。

 暗殺が成功していれば、オタビアたちに毒を手渡したナディアもただでは済むはずも無いが、この主従はすぐに自殺するつもりだったのだ。死人になってしまえば、いくらでも誤魔化しようもあると思った。

 イザベラが死ねば、キシダインは次の国王だし、デュセル卿もそれなりの権力を握るだろう。

 暗殺事件くらい、どうにでも封じ込められる。

 

「……もしかして、姫様に毒を盛ったら、すぐに自殺しろと、そのお姉さんに仄めかされたか?」

 

 何気無く訊いた。

 オタビアもダリアも、驚いたように首を横に振る。

 

「まさか──。お姉様はそんなことはおっしゃいません。ただ、あのとき、話を聞いているうちに、そうすべきだと思っただけです」

「そうです。そうしなければならないと考えました。でも、あたしは、お嬢様はお助けしたいと……」

「なにを言うの、ダリア──。あなただけを死なせて、わたしがおめおめと生きるわけにはいかないのです──」

 

「ああ、もういい、やめっ」

 

 お互いに喋り出したオタビアとダリアを、一郎はふたりの背中にすっと上から下に向かって指を走らせることで、会話をとめた。

 

「あんっ」

「あ、ああああっ、やあああっ」

 

 ダリアとオタビアが甘い声をあげて、身体をのけ反らす。特にオタビアは、そのあと、がくりと一郎に身体を預けるように倒れてきた。

 

 いずれにしても、そのナディアも、それなりの女狐だな。

 一郎は判断した。

 はっきりと口にしなくても、オタビアの姉ならこのふたりを誘導して、自殺を仄めかして、その気にさせることは簡単なのだろう。

 あっちもお仕置きしてやりたいが、まあいい……。

 ふたりが生き残ったことで、しかも、キシダインが失脚すれば、その姉も自分が困った立場になったことを自覚するだろう。

 弱みを握られたことで、オタビアたちに戦々恐々としてくれることを期待しよう。

 なにか行動を起こそうとすれば、そのときに手を打ってもいい。

 どうせ、なにもできない。

 

「とにかく、じゃあ、もう少し調教をするぞ。さっきも言ったが、オタビアは尻を調教する。すでに感じるお尻だが、まだ俺の珍棒を受けれるには拡張が必要だ。少しずつだが、だんだんと太い淫具を入れていき、最終的にはアナルセックスの相手をしてもらう。心配しなくても、痛い思いはさせない。それは安心しろ……。そして、ダリアについては、とにかく膣で快感を得られるようになれ。今回中にとは言わんけど、当座の目標はそれだ」

 

 一郎は話を変えるように、声の響きを変化させて言った。

 ふたりがびくりと身体を硬直させる。

 だが、すぐにダリアが口を開いた。

 

「あ、あのう、こんなことを言うと、またお叱りになられるかもしれませんが、前側についても、お尻についても、あたしが調教を受けて、お嬢様は休ませて頂くわけには参りませんでしょうか? お嬢様はとにかく、普通のお身体ではなくて……」

 

 ダリアが心配口調で言った。

 しかし、一郎が返答する前に、ダリアの横のオタビアが首を大きく横に振る。

 

「ダリア、わ、わたしは大丈夫です……。も、もちろん、こんな変な身体ですから、ロウ様……いえ、ご主人様を悦ばすことはできないかもしれませんが、それでもやります……。それに、ご主人様は、わたしたちが余計なことを考えないように、鬼畜をあえてなさるのです。わたしたちは、それを甘んじて受けなければなりません」

 

 オタビアがぴしゃりと言った。

 一郎は苦笑した。

 

「そんなに上等なことは考えてないよ。俺はただ好色なだけさ。じゃあ、(ほぐ)していくぞ。同じペースじゃあ、オタビアが参ってしまうので、オタビアはゆっくりだ。ダリアは一度、俺の手で気をやってもらう。その後で挿入をして、身体が馴染むまで、しばらくじっとそのままだ。とにかく、ふたりとも俺に従えばいい。いいな──」

 

「はいっ、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします、ご主人様」

 

 オタビアとダリアが顔を引き締めた。

 一郎はオタビアのお尻の穴に上に、小指の先ほどの粘性体を出現させて、ゆっくりと揉むような振動と蠕動を与える。

 一方で、ダリアには直接の愛撫だ。股間側に手を伸ばして、クリトリスから亀裂にかけてを刺激してやる。

 

「ああんっ、あああっ」

「あああっ、んぐうううっ」

 

 あっという間にふたりが一郎に抱きついたまま喘ぎだした。

 それにしても、オタビアの洞察は当たらずにして遠からずだ。

 王女毒殺未遂という、とんでもないことをしでかしてしまったふたりの罪悪感を消すために、とにかく、少しきつめの調教をしているのは確かだ。

 ただ、他人に対しては深読みできる「洞察力」も、身内の姉については役に立たないらしい。

 話を聞いただけで、オタビアの姉のナディアが、オタビアたちに自殺をけしかけたのは明白なのに……。

 まあ、きっと人がよすぎるのだろう。

 一郎は、さらに喘ぎだしたふたりの娘の裸体を凌辱する作業に没頭することにした。

 

 

 *

 

 

「えっ?」

 

 また消えた。

 ヴァージニアは、再び消滅してしまったロウに呆気に取られてしまった。

 今度、連れて行ったのはカロー家から預かっているオタビアとダリアの主従であり、オタビアの特殊な身体については、カロー家からも情報をもらっている。

 だから、特に男には接触させないように、ヴァージニアは気を使っていたのだが……。

 

「はあ……」

「ふうっ」

 

 一方で戻ってきたトリアとノルエルは、裸体を大きな布で包んだまま、その場に座り込んでしまっている。

 

「ああ、もうだめ、なんだか、身体が熱くて」

「わたしも……」

 

 すると、ほかの侍女たちも、次々に床に座り込んでいく。

 ヴァージニアは驚いた。

 

「ちょ、ちょっと、あなたたち……。い、いえ、トリア、説明しなさい──。なにがあったんです──」

 

 ヴァージニアは怒鳴った。

 すると、トリアが口元に笑みを浮かべた。

 

「とても、素敵なことですよ、女官長様……。ヴァージニア様も、どうか早く、ロウ様のご調教を受けてくださいね」

 

「なっ、なにを言っているのです──」

 

 ヴァージニアは声をあげたが、なぜか大きく動揺をしている自分に驚いてもしまっていた。

 どうして、こんなに心臓がどきどきするのか……。

 わからない。

 だが、トリアが何気無い口調で口にした「調教」という言葉に、ヴァージニアは激しく反応をした。激しく鼓動が鳴っているのをはっきりと感じる。

 

「落ち着かんか、ヴァージニア。ロウ殿はすぐに戻る。訊ねたいことがあれば、直接に訊け」

 

 アネルザが苦笑混じりに言った。

 そのとおり、すぐにさっきロウがいた場所の空間が揺らぎ、人影が戻ってきた。

 

「きゃあああ」

「きゃあっ」

「ひゃあああ」

 

 一声の侍女たちの甲高い悲鳴がした。

 戻ってきたロウは素裸で胡坐に座っていて、やはり素裸のダリアを自分に向かい合わせにさせて、腰を上下に揺さぶるようにしながら現れたのだ。

 また、オタビアはその横で白い布に包まれて寝ている。

 オタビアはとにかく、ロウとダリアが性行為の真っ最中であることは明らかであり、それで侍女たちが声をあげたのだ。

 

「きゃああ、いやああ」

 

 ダリアもまた悲鳴をあげて、ロウから逃れるような仕草をした。

 だが、それをロウがダリアの胴体を押さえるようにして留めた。ふたりがヴァージニアに対して横向きなのでわかったのだが、よく見れば、ダリアの両手首は、なにか半透明の物質によって、ロウの背中側で束ねられて拘束されている。

 それで、ダリアはロウから離れることができないようになっているのだ。

 

「やめるなっ、続けろ、ダリア──。命令だ──」

 

 ロウが怒鳴った。

 

「は、はい、ご主人様、続けます──」

 

 ダリアが慌てたように腰を一郎の股間に沈め直して、腰を動かし始めた。

 ヴァージニアは、釘付けになったかのように、ふたりの痴態を凝視してしまっていた。

 これはロウが犯しているわけじゃない。

 ただ座っているロウに、ダリア側が腰を上下させることで愛し合っているのだ。

 

「周りは気にするな、ダリア……。この二日の調教の最後の仕上げだ。ちゃんと膣でいくことができるようになった姿をみんなに見せてやれ」

 

 一郎がダリアの腰を支えながら言った。

 

「は、はいっ、ああ、あああ、ああああっ」

 

 ダリアが喘ぎながら言った。

 そのあいだも、腰は激しく動き続けている。

 あんなに動いて大丈夫なのか……?

 ヴァージニアは、我を忘れたように、じっと見入ってしまっていた。

 

「今度は精をやるぞ。ダリアの絶頂に合わせてやる。だから、思い切りいけ──」

 

「は、はい、せ、精を、精をください──。いくっ、ああっ、あああっ、いく、また、いっちゃいます。ご主人様、またいきます──」

 

 ダリアが腰を動かしながら、一郎にぎゅっと抱きつくようにした。

 そして、がくがくと身体を震わせだす。

 

「いいぞ、いつでもいけ──」

 

 一郎も腰を上下させながら言った。

 

「ああ、あああっ」

 

 ダリアが全身を痙攣させながら、ロウの肩に顎を乗せるようにして、さらにロウの肌に乳房を密着させた。

 そのまま、ダリアは悲鳴をあげて、全身を弓なりにする。

 ダリアが女の悦びを極めたのは明らかだ。

 そのまま燃え尽きたように、がっくりとダリアは脱力をした。

 

「よし、これで今回の調教は終わりだ。思ったよりも進んだ。偉いぞ。セックスで普通にいけるようになれば、もう女として一人前だな。今度はオタビア同様に敏感な身体にしてやろう。オタビアの横で寝ていいぞ」

 

 一郎がダリアを抱えるようにして、オタビアの横にダリアの裸身を寝かせる。

 宙から白い大きな布が出現して、ロウがダリアの身体にかけた。

 

「ちょ、調教……を……あ、ありがとう……ございました……」

 

 ぐったりとなったダリアが横になったまま、両手を股間に当ててぐっと抑えるような仕草をした。

 

「どうした? まだ、痛むのか?」

 

 一郎が立ちあがり、宙から出現させた布を自分の腰に巻きながらダリアに言った。

 ダリアが横になったまま首を横に振る。

 

「い、いえ、さっきは、折角に頂いた精をすぐにこぼしてしまって叱られたので、こうやって押さえているのです。まだ、膣に力を入れることができなくて……」

 

 ダリアが真っ赤な顔になって言った。

 すると、ロウが声をあげて笑った。

 

「そんなことを言ったかな? まあ、言ったんだろう。しかし、いいから、楽に休め。もういい。性交の疲労はそのままにしておいた。余韻のまま寝るのもいいぞ。頑張ったからな。寝ろ」

 

「ありがとうございます……、ご主人様……」

 

 ダリアは褒められたのが嬉しそうに微笑んで目を閉じた。

 そして、あっという間に寝息をかきだす。

 

「はああっ」

 

 ヴァージニアは大きく息をした。

 どうやら、しばらく息をするのを忘れていたみたいだ。

 そして、はっとした。

 ロウが自分をじっと見ていることに気がついたからだ。

 しかも、得意気に頬に笑みを浮かべている。

 ヴァージニアはかっとなった。

 

「な、なにがおかしいのですか──」

 

 思わず怒鳴った。

 しかし、ロウは余裕あり気な態度で、軽く首を傾ける。

 

「さあ、特段におかしくはないですよ。それよりも、どうして、そんなに動揺をしているのですか? 男女の交合を目の当たりにするのは初めてですか、ヴァージニアさん?」

 

 ロウが笑った。

 ヴァージニアは思わず、顔を背けてしまった。

 わからない……。

 あの顔を見ていると、無性にどきどきするのだ。

 こんなこと……。

 

「と、当然です……。こ、こんなことは許されませんよ。ダ、ダリアはまだ十九歳で……。トリアもノルエルも、まだ若くて……。もしかして、オタビアにも手を?」

 

 ヴァージニアは、ロウの顔から目を逸らしたまま言った。

 どうしても、まともに顔を見られないのだ。

 見れば、激しく狼狽をする。

 理由はわからないが、なぜか、そうなるのだ。

 

「もちろん、しましたよ。とても感じやすくて、素晴らしい女の子でした。もちろん、トリアもノルエルも、ダリアも……。あっ、ダリアは目の前でやりましたから、手を出したのは見てましたよね」

 

「黙って──。あ、あなたは、なんということを──」

 

 ヴァージニアはきっとロウを睨む。

 しかし、やはり気後れする感情に襲われて、視線を逃がしてしまった。

 口惜しい……。

 しかし、どうしても、まともに顔を見れない。

 

「あなたがとやかく言うことじゃないでしょう。侍女に手を出すことは、姫様が承知し、アネルザ王妃も同意だ。さらに、いままで抱いた彼女たちは、最終的には合意したんですよ。ヴァージニアさんが咎めるのはおかしい」

 

「はーい、合意しました──」

 

 トリアの明るい声が部屋に響いた。

 

「あなたは黙って──」

 

 ヴァージニアは声をあげた。

 そして、さっとイザベラを見た。

 やはり、翻意してもらおうと思ったのだ。

 もう遅いかもしれないが、得体のしれない術で侍女たちに手を出し続けるこの男は、侍女たちには危険すぎる。

 

「王女殿下?」

 

 だが、イザベラは心ここにない様子でぼうっとしており、真っ赤な顔になって、スカートの中で腿を擦り合わせるように、脚を動かしていた。

 まるで、目の前で行われたロウとダリアの淫靡な姿に当たられたかのようだ。

 

 いや……。

 まるで、じゃない……。

 まさに、そうなのだ。

 

 慌てて、他の方々に視線を移動させる。

 すると、イザベラだけでなく、アネルザ、スクルズ、シャーラでさえ、顔を赤くして目をとろんとさせている。

 それだけじゃない。

 トリアとノルエルのみじゃなく、まだロウが連れて行っていない侍女たちまで、その場に座り込んで、うるうるとした視線になり、ロウを見ている。

 ヴァージニアは改めて驚いた。

 この男はなんなのだ。

 女を虜にする不思議な操りでも遣うのか……?

 

「……次の調教はあなたですよ、ヴァージニア……?」

 

 ロウがさっと動いて、ヴァージニアの耳元でささやいた。

 調教……。

 その言葉だけで、ヴァージニアはかっと身体が熱くなり、全身を緊張させてしまった。

 もちろん、経験の少ないヴァージニアだったが、その意味はわかる。

 なんという淫乱な言葉を口にする男だ──。

 腹が立った。

 そして、そんな風に反応した自分自身にもっと怒りを覚えた。

 だが、文句を口にしようとしたときには、ロウはヴァージニアの横を通り過ぎていた。

 いつの間にか、イザベラの前にいる。

 

「大丈夫ですか、姫様? ぼうっとしていましたね。よければ、この後で亜空間に招待しましょうか? 全員を抱き終わった後になりますが、姫様が待つのは、半ノスもいりません。すでに四人終わりました……」

 

 ロウが笑いながら、イザベラを横の籐椅子に座らせた。

 最初にイザベラが座っていて、ロウがやって来たことで、イザベラがロウに席を譲った椅子だ。

 

「あっ、いやじゃ──」

 

 そのとき、イザベラの悲鳴が響いた。

 ヴァージニアはびっくりしたが、ロウがイザベラを座らせながら、スカートの下に手を突っ込んで、イザベラの股間に手を伸ばしていたのだ。

 イザベラのスカートが捲くれあがり、付け根の下着が露出している。

 しかも、すでに、ロウの手はその下着の中に入っている。

 ヴァージニアは目を見張った。

 

「や、やめてくれ、みんなの前で──」

 

 イザベラが両手でロウの手を阻もうとした。

 だが、ロウの手が少し強めに振動し、それだけでイザベラは身体を前のめりにするように突っ伏しかけて脱力してしまう。

 

「なにをするのです──。いますぐにやめなさい──」

 

 ヴァージニアは叫び声をあげて、駆け寄ろうとした。

 

「きゃあ」

 

 しかし、そのまま前のめりに倒れそうになってしまう。

 なぜか、足の裏が床にぴったりとくっつている。

 よくわからないが、粘性体のようなものが薄く貼り付いている。

 なにこれ──?

 

「落ち着きなよ、ヴァージニア……。これは合意の上さ。姫様、手は手摺りだ。そこから動かすな、イザベラ──。ぬるぬるじゃないか。じっとしてろ──」

 

 ロウが大きな声を出す。

 イザベラがびくりとして、本当に手を手摺りに乗せた。

 ロウの手がイザベラの下着の中で本格的に動き出す。

 なぜか、ヴァージニアはじっとその場所から視線を動かせなくなってしまう。

 

「あっ、ああっ、だ、だが、みんなの前で……。ゆ、許してくれ……。は、恥ずかしい……」

 

 イザベラが真っ赤な顔で首を横に振って声をあげる。

 

「それが調教だ。ここにいる者は全員が仲間になる……。イザベラが本当に俺の女であることを知ってもらう。だから、受け入れるんです──」

 

 ロウが愛撫を続けながら言った。

 イザベラが小さく頷く。

 

「ちょ、調教か……。わ、わかった……。くっ、ううっ、あ、あああ、あああっ、ひっ、ひいいっ、あああ、い、い、いきそうだ……。そ、そんなに……さ、されたら……ああ、あああああっ」

 

 イザベラががくがくと身体を痙攣させはじめる。

 そして、大きな声をあげて、激しく身体を震わせ絶頂に達した。

 しかも、二度、三度と弓なりに身体を反りあげた。

 ロウが指を股間から出す。

 その指先には、ねっとりとイザベラの愛液がついている。

 一方でイザベラは、捲くれあがったスカートを元に戻すこともせず、まだしっかりと手摺りを掴んだまま、荒い息をして椅子の上に突っ伏している。

 

「相変わらず、容赦ないな、ロウ殿」

 

 アネルザが呆れたように声をかけている。

 だが、王妃であるアネルザも、やはり、王女に対するロウの仕打ちを咎める気はないらしい。

 そのアネルザにロウが寄っていく。

 ロウは、アネルザに抱きつき、そのまま口づけをした。

 

「んんっ、な、なにを……んんんんっ」

 

 アネルザが反射的に避けようとしたのは一瞬だけだ。

 すぐに、ロウの蛮行を受け入れるように、ロウの裸の上半身を両手で抱いた。

 しばらく、口づけをしたあと、ロウがやっと手を離した。

 すると、アネルザがその場に崩れ落ちた。

 

「くっ、い、いきなりは、か、身体に悪いな……。はあ、はあ、はあ」

 

 アネルザが膝をついたまま肩で息をしながら言った。

 口づけだけであんなに脱力するなど、どんな口づけだろう。

 ヴァージニアは息を飲んだ。

 そのときには、ロウは今度はシャーラの前にいる。

 

「あ、あのう、わたしは……」

 

「いいから」

 

 シャーラは真っ赤になって逃げようとしたが、ロウに抱きつかれてそれはできなかった。

 そして、アネルザと同じようにしばらく口づけを受けて、そのまま座り込んでしまう。

 ロウはスクルズの前に移動していく。

 

「ふふふ、わたしにも口づけをして頂けるのですか? 嬉しいですわ」

 

 さらに驚いたことに、ロウがやって来るとスクルズは自分から、嬉しそうにロウに抱きついた。

 やはり、しばらく口づけを交わし、座り込みはしなかったものの、しばらくロウに抱きつくようにして、口づけが終わっても震える脚を支えてもらっていた。

 

「す、すごいですね……。さ、さあ、残っている皆様も、早く愛して頂いてください……。お仲間になりましょう……。幸せのこちら側に……」

 

 ロウがスクルズを離すと、スクルズが満面の笑みを浮かべて全員に言い、そっとその場に腰をおろした。

 それで、ふと気がついたが、いま立っているのは、ヴァージニアとロウだけだ。

 しかも、そのロウが目の前に来た。

 

「さて、じゃあ、次はあなただ、ヴァージニア……。あなたの調教の時間です」

 

 ロウがヴァージニアの腕に手を伸ばした。

 本能的に逃げようとしたが、そのときにはヴァージニアは腕を掴まれていた。

 ふわりと身体が浮きあがる感覚が起き、一瞬にして、周囲の風景が消滅した。



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175 調教の受け入れ~熟女の女官長

「えっ?」

 

 ロウがヴァージニアの手を握った瞬間に、一瞬にして、周囲の景色が消滅した。

 周りにはなにもなかった。

 少し離れたところに、大きな寝台がある。

 寝台というよりは、大きな台であり、人が二十人くらいは楽に横になれるのではないだろうか。柔らかそうな寝台の床部の上に、やはり柔らかそうな敷布や毛布がところどころに整頓されて置いている。

 ほかには何もない。

 壁さえもなく、真っ白な世界が拡がっているだけだ。

 

「こ、ここはどこですか──?」

 

 素裸に腰に大きな布を巻いただけのロウは、まだヴァージニアの腕を握っていたが、ヴァージニアはそれを振りほどくようにしながら怒鳴った。

 

「俺の能力のひとつですよ、ヴァージニア。ところで、ジニーと呼んでもいいですか? ヴァージニアというのは、いかにも長くてね」

 

 ロウがにこにこしながら言った。

 

「お断りです」

 

 ヴァージニアはぴしゃりと言った。

 その次の瞬間、不意に片側の手首に革枷が出現した。

 しかも、すでに手首に嵌まった状態でだ。また、すでに嵌まっている枷には、短い鎖で繋がったもうひとつの革枷がある。しかも、その鎖には長い鎖もついていて、それが上に向かっていた。

 

「あっ」

 

 ヴァージニアは、鎖の先を見ようと顔を上にあげた。すると、ずっと上側に太い木製の梁があり、そこに滑車のようなものがあって、鎖はその滑車に繋がっていた。

 よく見ると、ヴァージニアはその太い梁を支える左右の二本の柱の中心に立っていたのだ。

 ここが寝台だけしかない不思議な場所というのは間違いだ。正確には、寝台とこの奇妙な吊り台しかない奇妙な場所だ。

 とにかく、ヴァージニアは、びっくりしてしまった。

 

「だったら、呼ばれたくなったら、そう言ってください」

 

 ロウがまだ装着されていない側に手首を掴んで、もう一方の革枷に嵌めてしまった。

 抵抗する間もない。

 あっという間のことだった。

 しかも、嵌めるとき、中心の鎖から半分が消滅して、ヴァージニアの手首で出現するという感じで嵌められたのだ。

 ヴァージニアは目を見張った。

 

「な、なにを──?」

 

 とにかく、ヴァージニアは慌てて外そうとした。だが、どういう構造になっているのか不明だが、鍵穴のようなものも、枷を外すための突起のようなものもない。まるで最初からそうであるかのように、ぴったりとひと繋がりの輪である。

 ヴァージニアは手枷の嵌まった手首と、しばらく胸の前で格闘した。

 

「俺じゃないと外せませんよ。亜空間の別の場所に収容して、あなたの手首の外側に再び出現させる。それをしたんです。梁にぶら下がる鎖も好きな場所に出現できます。別の場所に置いているのを出してるだけですから」

 

 ロウはヴァージニアの真ん前になっているが、目の前で自分の片方の手首に同じように嵌まった状態で手錠を出現させた。そして、消滅させる。

 ヴァージニアはびっくりした。

 

「あなたは、魔道遣い……?」

 

 物を特殊な空間に置いておき、必要なときに取りだすという技は、確か「収納術」という魔道だ。しかも、かなりの高位魔道のはずだ。

 だから、ロウは高位魔道遣いに違いない……。

 しかし、我ながら馬鹿な質問をしたと思った。

 そもそも、一瞬にして、こうやって見知らぬ場所に、「移動術」で転送をしたのだ。

 魔道でなくて、なんなんだというのだ。

 

 いや……。

 移動術でさえないのか……?

 どう見ても、ここは現実の場所とは思えない。

 そういえば、トリアたちは、一瞬だけ消滅したあとで、長くどこかで過ごしてきたかとしか思えないような状態で戻ってきた。

 まるで、かなりの長いあいだ、ロウと性交をしてきたかのような……。

 

 「調教」……。

 そして、ヴァージニアは、トリアが口にした言葉を思い出してしまった。

 その瞬間、ヴァージニアは急に動揺してしまい、かっと自分の身体が熱くなるのを感じた。

 

 すると、小さな笑い声がした。

 はっとなった。

 ロウだ……。

 いつの間にか、ヴァージニアをじっと観察するように、腕組みをして見つめている。

 ヴァージニアは、急に恥ずかしさを感じた。

 

「な、なにを見ているのです──。見ないでください──」

 

 思わず顔をそむけた。

 わからないが、どうにもこのロウに見つめられると、鼓動が激しくなって緊張が全身に走るのを感じる。

 特別に美男子というわけでもないし、若くもないこの男に、ヴァージニアが忘れているはずの「何か」を感じそうになってしまうのだ。

 それがヴァージニアを極端にロウを意識させてしまうようだ。

 

「あっ」

 

 すると、不意に手首の枷が上昇を始めた。

 顔をあげると、滑車が手錠に繋がった鎖を引きあげている。

 当然に両腕がどんどんと上にあがっていく。

 

「や、やめなさい──。やめてっ、鎖をあげないでください──」

 

 ヴァージニアは抵抗をしようとしたが、そんな手段などない。

 どんどん鎖はひきあがり、やがて、真っ直ぐに身体が伸びて、ぴんと身体が伸びあがるほどになった。

 それでも、鎖の引きあげはとまらない。

 ヴァージニアは恐怖した。

 このままでは、脚が離れて宙吊りになってしまうと思ったのだ。

 そして、本当に脚が浮く。

 

「いやああっ、やめてください──。お願いです──」

 

 ヴァージニアは絶叫した。

 すると、鎖の引きあげがとまった。

 足先は辛うじて爪先だけが床に残っている状態だ。

 

「そうやって、可愛くお願いができたら、あなたの魅力が引きあがりますよ。侍女たちも、もっとあなたを慕うようになる。あなたの噂は知っています。とても厳しい方だそうですね……。他人にも、自分にも……。仕事はできるけど、男嫌いだとか……」

 

 ロウがすぐ脇に寄って来て、爪先立ちのせいで少しせり出しているかたちのお尻をスカートの上からするすると撫でおろしてきた。

 

「うっ、や、やめなさい──」

 

 思わず息を吸い込んで顔をしかめた。

 男の劣情をはっきりと込めた手つきだったのだ。

 手を避けようとしたいのだが、爪先立ちでやっと身体を支えているだけなのだ。そんな余裕はない。

 

「また、命令口調になりましたね……。ここでは、あなたはお願いをするだけです。もちろん、俺がお願いをきくかどうかはわかりませんけどね。でも、いまはお願いをすることは許してあげますよ。しばらくしたら、そのお願いも禁止しますけどね……」

 

 ロウがヴァージニアの耳元でささやきながら笑う。

 しかも、手はヴァージニアのお尻を縦横無尽に這いまわっている。

 

「くっ」

 

 ヴァージニアは歯噛みした。

 なんでもないような手つきなのに、ロウに触れられる場所が異常なほどに感じるのだ。

 さざ波のような疼きがお尻から股間の奥に向かって次々に走り寄ってくる。

 ヴァージニアは歯を食い縛った。

 

「思ったよりはいいお尻ですね。年齢の割にはと言っては失礼ですが、まだまだ弾力もあるし、かたちも崩れてない。ちゃんと運動もしているんですね。健康にも気を使っている。それがわかりますよ」

 

「や、やめるのです──。こんなことをして、なにが面白いのです──」

 

 お尻を撫ぜまわすロウのいやらしい手つきに耐えかねて、ヴァージニアは吊られた二の腕越しにロウを睨んだ。

 とにかく、お尻を撫でまわすのをやめさせたかった。

 さもないと、甘い声が口から出てしまいそうだ。

 まるで、なにか特殊なことでもしているかのように、ロウの手による刺激がびりびりとヴァージニアの身体の芯に響き渡ってくる。

 

「とても面白いですよ。ただお尻を触られるだけで、こんなにも追い詰められている女官長殿を眺めるのがね……。賭けてもいいですが、確かめてみましょうか? 下着の中はもう濡れているでしょう?」

 

 ロウがお尻から手を離して、後ろから、さっとスカートの中に手を入れてくる仕草をした。

 ヴァージニアは驚愕した。

 

「ああっ、やめてっ、やめてください──。お願いです──」

 

 腰を必死に前に出して絶叫した。

 すると、スカートの中から膝の上くらいまで這いあがりかけていたロウの手がすっと引く。

 ヴァージニアは心の底からほっとした。

 ロウの言ったことは本当だったのだ……。

 ヴァージニアの下着の中は確かにすでにべっとりと濡れている。

 そんな姿を男に知られるのは死んでも嫌だ。

 

「やっとお願いができましたね。いい子ですよ」

 

 ロウが前に回って来て、片手をヴァージニアの顔の前に出すような仕草をした。

 次の瞬間、女官としての上着の上衣がその手の中に出現した。

 

「あっ」

 

 ヴァージニアは声をあげた。

 ロウの手に現れたのは、ヴァージニアがたった今まで身に着けていた上衣だったからだ。

 両手を吊られているヴァージニアの上半身は、前ぼたんで留めている上着の下の薄い服だけになっている。

 その下は乳房を包む胸巻きだけだ。

 身に着けているものを取り去るなんて──。

 ヴァージニアは驚きよりも恐怖した。

 この男はなんなのか……。

 

「びっくりしましたか? こんなこともできますよ」

 

 さらに、次の瞬間、胸を包んでいる布がロウの手の上の上衣に出現する。

 

「ひっ」

 

 乳房に巻いている布が取り去られて、すっと無防備になったのがはっきりとわかった。

 本当に身に着けているものを奪っているのだ。

 なんという高位魔道遣い……。

 こんな男が王都にいるだなんて、ヴァージニアは心の底から驚愕した。

 いや、そんなことよりも、薄い上衣のシャツは薄っすらと肌の色が見えるほどに少し透けているはずだ。

 胸巻きが取り去られたことで、胸どころか、その頂点の乳首まで透けるのではないか。

 ヴァージニアは必死に身体を捻って、正面から眺められるのを防ごうとした。

 

「本当に可愛い仕草をしますね。じゃあ、今度はどんな可愛い姿を見せてくれますか?」

 

 ロウが笑って宙に手を振った。

 すると、上衣も胸巻きも溶けるように手から消滅した。

 その代わりに、小さな白い布がその手に出現する。

 

「えっ?」

 

 違和感があった。

 ヴァージニアは目を見開いた。

 

「きゃああああ」

 

 そして、絶叫した。

 股間がすっと涼しくなり、スカートの中の局部が直接に外気を感じるのがはっきりとわかったのだ。

 ロウが手に出したのは、ヴァージニアのスカートの下の下着だ。

 

「な、なにをするんです――」

 

 ヴァージニアはぎゅっと内腿を締めつけた。

 ロウがくすくすと笑って、下着を自分の鼻に近づける。

 はっとした。

 ヴァージニアはかっと赤面するのがわかった。

 

「いやあっ、やめてください。そんなことはしないで──。お願いです」

 

 悲鳴をあげた。

 たったいままではいていて、ヴァージニアが股間を濡らした証拠がはっきりと残っている下着だ。

 そんなものを嗅がれたくない。

 

「やっぱり、濡れていましたね……。こういうことも満更でもない。そうなんでしょう?」

 

 ロウは余裕たっぷりに言った。

 宙に下着を放るような仕草をする。

 下着が消える。

 もうだめだ。

 怖い……。

 圧倒的な力を目の前で示されて、ヴァージニアは自分が完全に追い詰められているのを感じた。

 逃げられない……。

 怖い……。

 

「さて、始めましょうか……」

 

 ロウがさらに接近して、ヴァージニアのすぐ前に立つ。

 

「は、始めるって……なにを……」

 

 ヴァージニアは息を飲んだ。

 呼吸が苦しいのだ。

 そして、激しい鼓動が収まらない。

 ときどきする。

 このロウに見つめられると……。

 

「調教ですよ……。忘れたんですか?」

 

 ロウが笑った。

 そして、かざした手に今度は一組の金属の手枷を出す。その片側の輪には、また、長い鎖が繋がっていた。慌てて鎖の先を見上げると、梁にぶら下がっている手首を吊っている滑車とは別の滑車がそこにあり、鎖の先が繋がっている。

 これも魔道……?

 あんなのはなかったはずだ。

 ヴァージニアは目を見張った。収納術?

 だが、ロウが動いたのに気がつき、急いで視線を戻す。

 

「ああ、いやっ」

 

 気がついたときにはもう遅い。

 爪先立ちの片側の足首にその手錠の片側が嵌まっていた。

 いや、気がついたところで、抵抗の手段などなかっただろう。

 しかも、その足首に嵌められた手錠に繋がっている鎖がゆっくりと上昇する。

 

「ひっ、いやっ」

 

 片足が浮く。

 あっという間に、腿が水平になるくらいまであがった。

 ロウが手を伸ばして、突っ張りかけていたスカートを横向きになっている脚の膝上までまくる。

 だが、ゆっくりと鎖はあがり続けていて……。

 

「や、やめてください。お願い――。お願いです――」

 

 絶叫した。

 スカートの中にはなにもないのだ。

 このままでは……。

 

「いやあああ、許しえっ、許してえっ」

 

 ヴァージニアは泣き叫んだ。

 すると、鎖がとまった。

 片足は水平よりも少し上くらいだ。

 ヴァージニアは斜めになっている身体を両手で吊られている鎖を掴むようにして支えた。

 

「そんなに、悲鳴をあげるなんて……。若い侍女たちの方が聞き分けはよかったですよ。ところで、訊こうと思ってたんですが、わざと女っぽく見えないように、無理して地味な装いをしてますよね。なんでです?」

 

 ロウがヴァージニアの後頭部に手を伸ばして、ひとつに丸く束ねていた髪を解いて伸ばした。

 ふっさりとした髪が肩にふわりとかかる。

 

「やだっ」

 

 咄嗟に頭を振って、ロウの手を振りほどこうとした。

 しかし、そのまま後頭部に手を置いたまま、ぐいと引き寄せられた。

 

「ちょっと悪戯しようかな? 地味にすることが不可能なくらいに見た目をよくしましょう。眼の周りの筋肉を張るように治療(・・)して、瞼を逆に緩くしてから、もう一度張りを戻して二重にする……。それだけで、かなり雰囲気が変わりますよ……。皺も治療します。もちろん、肌の張りも……」

 

 ロウがよくわからないことを口にした。そして、強引に唇を奪われた。

 

「んんっ」

 

 逃げようとするが、顔を両手で押さえられて舌を入れられる。

 なぜか力が抜けて、身体がかっと熱くなり……。

 大量の唾液が注がれ……。

 これが、さっき王妃たちが受けていた口づけ……。

 確かに力が抜ける。

 なんだこれ?

 まるで、性行為そのもののようにいやらしくて、身体にびりびりと疼いて……。

 子宮の奥がかっと熱くなって……。

 危険……。

 この口づけは危険……。

 

「んんっ、んんっ、や、やめっ」

 

 本能的に恐怖した。

 これ以上、この口づけを続けられると……。

 そのあいだも、ロウの舌は無遠慮にヴァージニアの口の中を蹂躙して唾液を飲まされる。

 身体が爛れるように気持ちよくなる。

 とにかく必死に抵抗して、やっと口をロウから離した。

 

「残念だな。抵抗されて……。ならば、脚をもっとあげますか? あれっ? ところで、思ったよりも、かなり雰囲気が変わっちゃったな。また、アネルザに叱られるか……。まあいいか。もっと変えますか? 鼻筋も高さが目立つように治療しましょう。顔の脂肪も治療で減らしますね。小顔の方が美人が惹きたちますしね……。でも、あまり若返ると、別人に変身したみたいになるんで、あとは全身の肌や内臓筋肉を若返らせるくらいでやめますね」

 

 相変わらずおかしなことを口にしながら、ロウがヴァージニアから顔を離して笑った。

 しかし、はっとした。

 脚が再びあがりだしたのだ。

 足首が腰よりも高くなった。

 たくしあげられたスカートがすっと内腿に落ちてくる。

 

「ああっ、やめてください。お願いします――」

 

 必死で言った。

 とにかく、「お願い」という言葉が合図になり、やめてくれるのはわかってきた。

 すると、片足の引きあげが中断する。

 ほっとしたが、スカートもまくれている。覗き込めば完全にヴァージニアの秘部は丸見えだ。

 すると、ロウが片手を前に出す。

 次の瞬間、男根の形をした物体がそこに出現した。男根の模擬には付け根に小さな小枝のようなものも付いている。

 

「いやああ、な、なんなんですか、それは?」

 

 さらに、その男根の模型がうねうねと動き出したのを見て、ヴァージニアは悲鳴をあげた。

 すると、吊っている片手首の手枷だけが突然に外れた。

 ヴァージニアはとにかく、手を伸ばして捲くれたスカートを急いで伸ばす。そのまま、必死でスカートの前を押さえた。

 

「これを股に突っ込むのと、それとも、俺に胸を揉まれるのをどっちがいいですか? 好きな方を選んでください。この淫具を突っ込まれたいなら、そのままで……。でも、胸を選ぶなら、自分でぼたんを外して乳房を外に出してください。どっちでもいいですよ。今度はお願いはなし。なにしろ、選択肢をあげているんですから」

 

 ロウが言った。

 ヴァージニアはかっとなった。

 

「ふ、ふざけないで──。こ、こんなことをして、なにが面白いんですか? 馬鹿じゃないですか? 低俗です。卑劣です。揉むなら揉めばいいでしょう。あなたは、無理矢理にできるんですから──」

 

「じゃあ、揉んでもいいんですね? だったら、乳房を出すんですよ。それとも、こっちにしますか? もう濡れているでしょう? 確かめましょうか? 多分、このくらいの淫具を挿入できるくらいまでにはなっているとは思うんですけどね……。だけど、性経験が一回だけじゃあ、処女と一緒かな? 若いときに一回だけですか? 本当は美人なのに、そう見えないようにしているのは、そのときになにかありましたか?」

 

 ロウが笑みを浮かべたまま、あがっている脚の腿に手を置く。

 スカートの裾を付け根に向かってめくるような仕草をしていく……。

 

「やっ、やめて──」

 

 ヴァージニアは自由になっている手で必死にスカートを押さえた。

 それにしても、どうしてこの男は、ヴァージニアの経験が若いときの一度だけということを知っているのか……。

 まさか、それを知って、またヴァージニアを小馬鹿にしようとしているのか?

 ヴァージニアは鼻白んだ。

 ロウが手を離す。

 

「もちろん、その手を繋げ直すこともできるし、逆さ吊りにだってできますよ。だけど、俺はヴァージニアに選ばせてあげているんです。どっちですか? 胸? それとも、淫具?」

 

 ロウがまだ動いている淫具をわざとらしくスカートの中に移動させる動きをする。

 

「も、揉みたいなら、揉めばいいでしょう、この卑怯者──」

 

 叫んだ。

 だが、一郎は手の中の淫具をさっと消滅させて、ヴァージニアの前に立ち直した。

 

「淫具はまた出せますよ。ああいう張形だけで二百種類あります。淫具を選べば、その二百種類を全部味わってから解放しましょう。あなたの貞操は守られるかも……。まあ、だけど、そのときも、途中であなたが俺の本物で犯して欲しいと、お願いしてくる自信はありますけどね」

 

 ロウがお願いという言葉を強調して言った。

 やっぱり、この男はわかって、ヴァージニアの「お願い」という単語に反応させていた。

 ヴァージニアは歯噛みした。

 

「わ、わたしはもう二度と、男にお願いなんてしないわ──。あ、あなたがあのことを知っているなら……」

 

「あのこと?」

 

 ロウが首を傾げた。

 その表情は、ヴァージニアの過去のことを知っていたという様子はない。なにを言っているのかわからないという雰囲気だ。

 

「知って……いるわけじゃないのね……。それで馬鹿にしているわけでも……。でも、わたしが一度しか経験がないって知っていたし……」

 

 ロウが誰かから、ヴァージニアの昔の恥を耳にして、からかっているわけではなさそうだ。

 さっきから時々心を抉るような的確な言葉を使うので、少し勘違いをしていた。

 ロウの顔を見ればわかる。

 心の底から、ヴァージニアが仄めかしたことがわからないという顔をしている。

 

「なんのことかわかりませんが、まあいいでしょう。俺の女になりませんか? 俺の女は大勢いますが、必ず大切にしましょう。あなたも来てください。さあ、胸を出して……。それとも淫具?」

 

 ロウがにやりと笑い直して、再び淫具を出した。

 どきりとした。

 今度は別の淫具だ。

 しかも、ふた周り以上も大きい。

 あんなものを入れられれば、ヴァージニアは毀れてしまう。

 ぞっとした。

 

「も、揉みたいならそうしてください。自分がどれだけ、哀れな男か実感できるだけよ。わ、わたしは男には屈服しないわ──」

 

 ヴァージニアは残っている気力を総動員して、片脚に力を入れ直し、できるだけ身体を真っ直ぐにした。

 負けるものか──。

 二度と男には屈服しない──。

 そう決めたのだ──。

 絶対に……。

 心を引き締めると、ロウとの口づけで熱くなった気がしていた身体が、すっと正常になるのがわかった。

 ヴァージニアは少し冷静になった。

 

「……やっぱり、昔なにかあったんですか? 屈服しないなんて……。本当に随分と男嫌いなんですね……。シャングリアとは別のタイプか……。だったら、俺と勝負しますか? 俺はあなたをセックスで屈服させます。だから、俺の調教を受け入れるんです。それで屈服しなかったら、あなたを解放します。それどころか、侍女たちには二度と手を出さないと約束してもいい」

 

 ロウが自信たっぷりに言った。

 かっと腹が煮える。

 この男はなんてことを口にするのだ。

 しかも、絶対にヴァージニアが屈服すると思っている。

 この男とのセックスで……。 

 

「セ、セックスなんかに屈服するわけがないでしょう。頭がおかしいんじゃないですか──」

 

「だったら、受け入れて損はないでしょう。あなたは聡明な人のようだから、もはや犯されることからは逃げられないとはわかっているでしょう。どうせ犯されるんです。だったら、勝負すればいい。そのときに、屈服しなかったら、あなたの勝ちだ。俺はあなたの言うことに従いましょう」

 

「わたしの言うことに従う……?」

 

 ヴァージニアは眉をひそめた。

 

「……あなたの奴隷になりますよ……」

 

 ロウが耳元に近づいて囁き、顔を離してから、にやりと笑った。

 ヴァージニアはどきりとした。

 また、吸い込まれるような魅力をこの男に感じてしまったのだ。

 ついつい、目を逸らす。

 すると、ロウがヴァージニアの顎を掴んで、真っ直ぐにロウの顔に向けた。

 

「なにをするんです──」

 

 ヴァージニアはスカートから手を離して、ぱしりとロウの手を払った。

 

「でも、もしも、屈服すれば、俺の奴隷になるんです。いいですね?」

 

 ロウが微笑む。

 今度は、その微笑みで、ヴァージニアは逆に我に返る。

 負けるものか……。

 この女を見下すような男に、ひと泡ふかせてやる。

 それだけでも、その勝負とやらを受け入れる価値はあるのではないか……。

 なにしろ、ヴァージニアがセックスで屈服するなどあり得ないのだから……。

 たとえ、この男に何十回犯されようとも……。

 

「やりましょう──。約束は守りなさい。わたしが屈服しなければ、あなたはわたしの奴隷です。命令に従ってもらいます──」

 

「面白い。では、乳房を出してください」

 

 ロウが両手を拡げた。それで気がついたが、いつの間にか、二度目に出した怖ろし気な淫具はなくなっている。

 まあ、それはいい……。

 とにかく、受けてやる──。

 その馬鹿馬鹿しい勝負を……。

 

「では、勝負よ」

 

 ヴァージニアは自由になっている片手で胸のシャツのぼたんを外していく。

 指先が震えるのがわかったが、懸命にヴァージニアは自分を奮い立たせた。

 最後のひとつを残して全部のぼたんを外すと、ヴァージニアはシャツを左右に分けて胸を出した。

 そのとき、ちょっと違和感を覚えた。

 なんとなく、胸に張りがあり、しかも随分と肌が瑞々しいなような……。

 

「俺の精を注げば、特別治療術は安定します。俺が負けても、治療を解くような無粋なことはしませんよ。あなたがどうして、男嫌いになったかは知りませんが、いまのあなたを見たなら、その原因を作った男は後悔するんでしょうね」

 

 またまた、意味の分からないことを言い、ロウが背中に回る。

 

「とりあえず、胸を揉みましょう。まさか、胸だけで屈服しないですよね? まだまだ、続きはあるのはわかるでしょう。あっ、腕は繋ぎ直しておきますよ」

 

 ロウの手が後ろから、自由になっていた手首を掴んで上にあげた。

 ヴァージニアは抵抗しなかった。

 革枷の外側に手首が触れたかな、と思ったときには、再び手首に枷が嵌まっていた。

 本当に不思議な術だ……。

 ヴァージニアは手で吊られている鎖を握り直しながら思った。

 そして、ロウの手が乳房の下に伸びてくる……。

 ヴァージニアは身を引き締めた。

 

「だ、だけど、誓ってください──。あなたの矜持に懸けて──。わたしが屈服しなければ、あなたはわたしに従うんです──」

 

「だったら、あなたも誓ってください。俺の調教を受け入れると……」

 

「わかってます。誓いましょう」

 

 ヴァージニアは緊張で口の中に溜まった唾液を呑み込みながら言った。

 

「もう一度口にして……。口にすれば、それが身体に伝わる……。言葉とはそういうものです……」

 

 ロウが耳元でささやく。

 なにをわからないことを……。

 まあいい……。

 

「あなたの調教を受け入れます……。あなたがわたしとの勝負の誓いを守ることと引き換えに」

 

「俺も誓います……。あなたを屈服させれなかったら、あなたの奴隷になってもいい」

 

 ロウが言った。

 すると、突如として身体がかっと熱くなるのがわかった。

 びっくりした。

 全身から汗が噴き出てくる。

 これは異常だ……。

 

「言い忘れてましたが、俺の唾液には媚薬の効果もあるんですよ。話のあいだは、その効果を中断させてました。いまの誓いを合図に、再び活性化させたということです……。では、勝負といきましょう」

 

 ロウが左右の手でヴァージニアの乳房をすくいあげるようにして持った。

 揉み始める。

 

「あっ、な、なに──?」

 

 瞬時に、愉悦の大波のようなものがそこから弾け飛び、ヴァージニアは思わず狼狽の言葉を叫んでしまった。



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176 変わる肉体~熟女の女官長

「驚きましたよ。思ったよりも大きいんですね。わざわざ、胸巻きを強く縛って大きいのを隠していたんですか? だけど、これからはしないことです。かたちが崩れてますよ。これも、直しましょうね」

 

 喋りながらロウの手は休むことなく、ヴァージニアの乳房を揉み続けている。

 とても丹念に……。

 粘り強く……。

 根元から官能を掘り起こすかのようにゆっくりとだ。

 

 特段に変わった揉み方ではない。

 むしろ平凡だといっていいだろう……。

 最初こそ、一気に快感が弾けるような刺激を感じてしまい驚愕したが、それからは一転して、静かな波の範疇に収まっていた。

 耐えられる限度の疼きであり、それについては少し安心もした。

 だが、それでもヴァージニアは濃密な欲望を胸を刺激されることで感じずにはいられなかったし、次第に息があがるのを隠すことが難しくなってきていた。

 やはりこの男は、女の身体を扱うことは上手だと認めざるを得ないと感じた。

 

 ロウの胸への愛撫はかなりの時間になっている。

 いずれにしても、胸が大きいことはヴァージニアが自分の身体について気に入らないことのひとつだ。

 普通にしていれば、どうしても男の眼を引くくらいに、乳房が大きいのだ。

 だから、普通はロウの言葉の通りに、しっかりと胸を締めつけるようにして胸の大きさを服の下に隠していた。

 これがこんな風に露見させられるだけではなく、思うままに触られる羽目になるとは……。

 

 とにかく、ロウは執拗だった。

 また、一見作業的なのに、時折からかうように的確に快感を与えてくることもあったし、だんだんと身体の芯から熱くなるような苦悶が漏れ出てくる底知れない疼きをそこに発生させてもくる。

 ヴァージニアは一段と心を引き締めねばならず、奥歯をぎしぎしと喰い縛った。

 身体の中のなにかが変えられようとしている。

 それをじわじわと味わわされている……。

 そう思うと、次第に恐怖を覚えずにはいられなかった。

 

「い、いい加減に……し、してよ……。も、もうわかったでしょう……。こ、こんなことをいくらしても無駄なんです。こ、こんなことをして、屈服するわけないんです」

 

 とにかくヴァージニアは爪先立ちの片脚に必死に力を入れながら声をあげた。

 この男に感じるのは憤怒であり、軽蔑であり、悪寒でなければならないはずなのだ。

 だが、追い詰められている。

 それがわかりかけてきただけに、ヴァージニアはそれを納得したくなかった。

 

「ああ、もしかしたら、胸で達したいんですか? そんな風にすることでもできますよ。だけど、あなたにはまずは身体を変えていくような責めが効果的だと判断したんです。でも、お望みなら一気に絶頂するような胸揉みだってできますよ。だけど、片足で立っていられるかな?」

 

 ロウがくすくすと笑った。

 胸で一気に絶頂……?

 なにを馬鹿なと思った。

 そのときだった。

 ロウが胸を揉む動きが変化した。

 

「あっ、なにっ? ああっ」

 

 ヴァージニアは拘束された身体を左右に捻って悶えた。

 なにがどう変わったかはわからないが、一転してロウの愛撫が劇的に変わったのだ。

 とにかく、気を持ち直す。

 しかし、ロウの手つきは一瞬ごとに変わり、乳房だけが中心だったのに乳首への刺激も加わったり、機械的に動いていただけの手の動きも、左右で強弱や調子を変えられたりして、なにをされるのか全くわからなくなった。

 次々に閃光のようなものを頭に感じてしまい、身体が浮きあがる心地になる。

 甘美な快感がヴァージニアに駆け巡り、全身ががくがくと震えた。

 なにこれ──?

 ヴァージニアは狼狽えた。

 

「ほらほら、しっかりと立って――。それとも、支えてあげましょうか?」

 

 ロウが笑いながら、一方の乳房から手を移動して、足首をあげられて横向きになっている脚の腿をスカートの中に手を入れて下から担ぐようにした。

 

「あっ、や、やめなさい──。ひ、卑怯よ……。さ、触らないで──」

 

 ヴァージニアは悲鳴をあげた。

 スカートの中に入れているロウの手がもぞもぞと動いて、くすぐるように擦るのだ。それがだんだんと下着のない股間に近づく。

 

「俺がなにをしようと自由でしょう。まさか、勝負が胸揉みで終わるとは思ってないでしょう……? まあいいでしょう。じゃあ、さっきの通りに、静かな胸揉みにしましょう。その方があなたにもわかるはずです。しっかりと味わってください」

 

 ロウがスカートから手を出して、ヴァージニアの胸を触り直す。

 再び愛撫が始まる。

 たったいまの火がついたような胸揉みとは異なり、とても静かで単調な手の動きになった。

 しかし、はっきりとわかったのは、この男は手加減をしていたという事実だ。

 あのままで胸を揉まれたら、本当にヴァージニアは胸だけで達するという醜態をさらしたのかもしれない。

 それくらい、一瞬のあいだだけ垣間見せくれたロウの愛撫は神がかり的だった。

 

「な、なにを味わうというのです──。と、とにかく、無駄なことです。ば、馬鹿みたいです」

 

 ヴァージニアは荒い息をしながら言った。

 息を乱していることなど知られたくなかったが、まだ沸騰しかけた快感の余韻が続いていて、ヴァージニアは懸命に息を欲していた。

 こんなに乱れるのは、多分、ロウが唾液と一緒に口にさせたという媚薬のせいだろう。

 さもなければ、あんなにヴァージニアの身体が一気に快感に陥るなんてことはあり得ない。ヴァージニアは媚薬のことを思い出して、自分を引き締めた。

 とにかく、そうに決まっている。

 

「馬鹿なことですか? まあ、ゆっくりやりましょう。ここでは無限の時間がある。収納術はご存知でしょう? 亜空間に物を収容して、それを自由自在に取り出す技です。そうやって収納した物は、いくら時間が経っても、いつまでも変化せずに保管できます。食料などを入れても、いつまでも新鮮なままです。それは亜空間の中では、ほとんど時間が経たないからです。わかりますか?」

 

「だ、だから、なんだというのですか──? くっ」

 

 ヴァージニアは思わず声をあげてしまった。

 ロウの指がほんの少し尖りきっている乳首に触れたのだ。それだけで、甘い声をはしたなくあげてしまった自分をヴァージニアは恥じた。

 

「可愛い声ですね。もう少し聞かせてくれますか?」

 

 馬鹿な……とは思ったが、また反対側の手が揉みあがる乳房の先端側でちょんと乳首を動かす。

 強烈な疼きが迸る。

 

「あんっ」

 

 また声をあげてしまった。

 ヴァージニアは羞恥でかっと熱くなった。

 

「わかりますか? いかせるも、いかせないも、俺の自由自在だということです。そうやって、冷静さを保てるのは、さっきも言いましたが、そっちの方が、あなたが変化を自覚できるからですよ。だから、しっかりと味わってくださいね」

 

 ロウが再び静かな胸揉みに変わりながら言った。

 そのからかうような物言いに、ヴァージニアはかっとなる。

 

「まどろっこしいいい方ばかりしないで──。なにを味わうというのですか──」

 

 怒鳴った。

 すると、ロウが耳元に口を近づけたのがわかった。

 息をとともに、ロウの声が耳に吹きかかる。

 

「もちろん、あなたの身体が淫乱に変わっていくのを味わうことですよ……。取り返しのつかないくらいに身体をいじり変えられて、あなたは最後には俺に屈服します……。それを味わうんです……」

 

「な、何度も言わせないで。わたしは屈服しないと言っているでしょう――」

 

 ヴァージニアは怒鳴った。

 だが、ロウは余裕たっぷりに、ちょっと鼻で笑ったただけだ。

 その態度にも腹が立つ。

 

「胸だけでは絶頂させませんよ。そうしようと思えばできますけどね……。ああ、そうそう、亜空間の話でしたね……。つまりは、ここがその亜空間ということです。だから、ここでは時間が経たないんです。ほとんどね……。従って、その気になれば、一日でも二日でも、胸揉みを続けることができます……。そういうことですよ」

 

「い、一日──? な、なにをおっしゃっているのですか──」

 

 冗談じゃない。

 もちろん、言葉の上だけのことなのはわかっている。

 ここが本当に、時間が経たない亜空間の中だとしてもである。

 

「本当ですよ? よければやりましょうか? ああ、だけど、今回はやめときます。いくら外の時間と関係がなく、腹も減らず、眠たくもならないといっても、しっかりとここで過ごした記憶は残りますしね。俺も時間的な限界はあります。まだ調教しなければならない侍女たちが五人残っている」

 

「じょ、冗談じゃありません──。まだ、若い侍女たちを犯す気なのですか──。しかも、調教などと──。恥ずかしくはないのですか──。そんないやらしい言い方──」

 

 ロウは本当に飽きることがないかのように、胸を揉み続ける。

 しかも、単調のようでそうではなく、徐々に刺激のやり方に変化をつけてもいっているみたいだ。

 ヴァージニアはだんだんと息もあがってきたし、いつの間にかかなりの汗を自分がかいていることを自覚せずにはいられなかった。

 

「恥ずかしくはないですよ……。ありがたいとは思っていますけどね……。それに誓ったじゃないですか。あなたが俺に屈服したら、侍女たちを全員性奴隷にするのを認めると……」

 

 ロウがくすくすと笑った。

 

「わ、わたしは屈服しません──」

 

 不安定になっている意思を奮い立たせるようにヴァージニアは毅然と言った。

 

「そうかな? もうかなり、堕ちてきていると思いますけどね? かなり淫靡な身体になりましたよ。見てみますか、自分の身体を……」

 

 ロウの言葉が終わると同時に、目の前に大きな姿見が出現した。

 

「あっ、えええっ?」

 

 もう、突然になにかが現われたり消えたりすることには驚かなかったが、姿見に映っているものを見るなり、ヴァージニアは悲鳴をあげてしまった。

 正面の鏡にあるのは、ヴァージニアであってヴァージニアではなかった。

 胸を剥き出しにして、片脚を大きくあげさせられて、ロウが胸を揉んでいるので、ヴァージニアには違いなかったが、後ろで束ねていた髪をおろされているヴァージニアは、随分と若々しかった。

 肌は十代の頃のように瑞々しく、顔にあった小皺のようなものは消滅している。

 いや、若々しいだけじゃない。

 眼はぱっちりとひと回り大きくなり、一重のはずの瞼がくっきりと二重になっている。

 どことなく小顔になり、鼻筋も美しくなっていて、自分でもかなりの美貌だと感じた。

 

「こ、これ……」

 

 どういうことだと思ったが、そういえば、さっきおかしなことをロウが口走っていたことを思い出した。

 「治療」だとか、なんとか……。

 この男は女の外見を美しくする魔道まで遣うのか?

 ヴァージニアは全身の力が抜けるのを感じるとともに、信じられなくて目を丸くした。

 また、ロウのいうとおりに、胸を揉まれ続けているヴァージニアは、とてもいやらしい顔をしていて、身体も淫靡さを噴き出すかのようにいやらしくねっとりと光っていた。

 勃起している乳首も、とろんとした表情も、ヴァージニアが完全に欲情に耽っているのを示している。

 自分はこんな顔を晒しているのだ。

 これについても、呆気にとられた。

 

「こ、これは……?」

 

 とにかく、ヴァージニアは唖然としてロウを振り返った。

 女を若くする魔道などあり得るのか……?

 

「本来、美しい顔立ちなんですから、このくらいの変化は髪をおろしたことによる印象の違いで誤魔化せますよ。堕ちた後の条件を出してから、堕とすのは好きじゃないんですけどね……。俺の女になれば、女は美しくなり、俺の能力もあがります。女側の能力もね。決して一方的に搾取されるわけじゃないです……。だから、安心して屈服してください……」

 

 ロウが笑った。

 特殊な仕掛けで嘘をついているということもあり得るが、そんなことをしてなにが得なのかわからないし、このことではっとすることもあった。

 侍女たちも口にしていたのだが、最近になってイザベラとシャーラが急に美しくなったと感じていた。もともと若くて美しいふたりだったので、それほどには騒がれないが、女というものはそういうことには敏感だ。

 ふたりが次第に妖艶まで備えていくかのように変わっていくのは、イザベラに仕えるようになってすぐにヴァージニアも思った。

 

 また、今日、久しぶりに垣間見たアネルザ……。

 改めて驚いたが、アネルザは年齢はヴァージニアと変わらぬ四十代のはずだ。

 しかし、近くに寄ることができてわかったが、あれは無理した化粧で、年齢を重ねた雰囲気を作っているだけであり、接近すると、そんなものじゃあ誤魔化せない肌の張りもあるし、顔も若い。

 多分、まったく知らない者が外見だけで判断すれば、三十歳前後くらいだと考えるのではないだろうか……。

 だから、本当のことなのだ……。

 ロウは、そういう魔道も遣うのだ……。

 ヴァージニアは唖然とした。

 

「……俺に堕ちたくなりましたか?」

 

 ロウがくくくと喉の奥で笑う。

 ヴァージニアは顔を激しく振った。

 

「いいえ──。女をたぶらかすまやかしを使う邪道の術の使い手だと確信しただけです。あなたが有能な魔術遣いだということはわかりました。だけど、くだらない」

 

 ヴァージニアは気力を総動員して声を張りあげた。

 とにかく、なにがあろうとも、このロウに負けるわけにはいかないのだ。

 すると、鏡越しのロウがちょっと驚いたように目を見開いたのがわかった。

 おかしな術で見た目を若くすれば、それだけで女が堕ちるとでも考えていたのだろうが……。

 浅はかな……。

 

「なるほど……。根っからの男嫌いの堅物というわけですね……。これは堕としがいがありますね」

 

 ロウが指を喰い込ませていたヴァージニアの乳房を乳首側から胸板に押しつけるようにして、力強く全体的に捏ね回してきた。

 

「くっ、んくっ」

 

 ヴァージニアは竦みあがった。

 身体の底で静かになっていたものが一気に掘り起こされた感じになったからだ。片足で立っている脚が急にがくがくと震えた。

 すると、ロウの手がスカートの腰の横に伸びて、留め具をぱちんと外して、腰の紐を解いた。

 いつもは上下一体型の女官服だが、今日はたまたま、最近流行りの上衣とスカートが分かれる形式のものだったのだ。

 腰部分の張りを失ったスカートの腰の横部分が大きく拡がり、すとんと足首に向かって落ちそうになる。

 

「きゃあああ」

 

 スカートの中は下着を取りあげられて、無防備に局部を晒しているだけだ。

 ヴァージニアは悲鳴をあげた。

 しかし、スカートは持ちあがっている脚側の腿に引っ掛かって、辛うじて床に落ちるのは阻止された。

 斜めに垂れ下がって、かすかだが陰毛が少しだけ露出している。

 

「動かない方がいい。あまり動くと落ちますよ」

 

 ロウがとまっている側のスカートを外側ずらすように動かす。

 

「や、やめて、なにが面白いのですか、こんなの──」

 

 ヴァージニアは腰を振ってロウの手を払いのけたくなり、慌てて、その欲求を押さえた。

 そんなことをすれば、スカートはばっさりと落ちるだろう。

 いまは、片脚に引っ掛かってとまっているだけなのだ。

 しかも、いまにもずれ落ちそうだ。

 

「そうそう。動かないことです。いくら気持ちよくてもね……。黙って受け入れる。それができたら、恥ずかしい姿をさらすのが、それだけ後になります」

 

 一郎が指を鳴らした。

 すると、ずっと上にあがっていた片足を吊っていた鎖がさがり、だんだんと脚がさがってくる。

 だが、脚がさがるということは、引っ掛かっているスカートが下に落ちるということだ。

 ヴァージニアは慌てた。

 

「や、やめてください──。さげないで──。お願いです──」

 

 絶叫した。

 逆に脚をおろすまいと、懸命に膝を上にあげたままでいる。

 だが、そんな姿勢を保てるわけもなく、膝ががくりと落ちる。

 スカートもその分、床に落下しそうになる。

 

「ああっ」

 

 ヴァージニアは絶望の声を出した。

 しかし、脚の下降はすぐに止まり、スカートも落ちないで済んだ。

 

「脚をおろして欲しいのかと思えば、あげていて欲しいとはね。じゃあ、最初はこの体勢のまま犯してあげますよ。それがお望みなら……。どうします?」

 

 ロウが笑った。

 ヴァージニアは歯噛みした。

 馬鹿にされているのがわかるからだ。

 しかも、まるで少女のように悲鳴をあげて、この男に慈悲を乞いてしまった。

 それだけはやるまいと、心に決めたつもりだったのに……。

 ロウがまたもや両手で本格的な胸揉みを再開する。

 ヴァージニアはもはや必死に耐えるしかなかった。

 

「質問しているんですよ。どうするんですか?」

 

 すると、ロウが耳元で少し大きな声で言った。

 ヴァージニアはびくりとした。

 

「な、なんですか?」

 

「このまま立ったままで犯すのがいいかと訊ねているんです。それとも、やはり抱くときには寝台で犯されたいですか? ただし、寝台で抱くときには、縄で縛られてもらいます。どっちがいいですか? このまま? それとも、縄で縛られて寝台?」

 

 ロウが胸を揉みながら言った。

 ヴァージニアはかっとなった。

 

「わ、わたしは調教を受け入れると言ったんです──。なにも縛るだなんて──」

 

 胸を揉まれながらヴァージニアは言った。

 だんだんとせりあがる快感の昂ぶりで、意識をしないと思わず甘い声を出してしまいそうだ。

 ヴァージニアは大きく息をしながら、なんとか恥ずかしい声を出さずに口を開くことに成功した。

 

「縛られるというのも調教を受け入れるということに含まれますよ。それとも、あなたは勝負の約束を破るんですか? 俺には矜持を要求していて、自分はそれを守らないと?」

 

 ロウがわざとらしく呆れた声を出す。

 ヴァージニアはぐっと唇を噛んだ。

 口惜しいけど、ロウの言う通りだった。

 身体を奪われるのは既定の話なのだ。調教も承知した。その条件での勝負だ。ロウに勝負の結果を要求するなら、ヴァージニアだって約束を守る必要はある。

 

「も、もちろん守ります……。わ、わかりました。縛ってください。受け入れます。その代わり、寝台で抱いてください……。あっ、うんっ」

 

 今度は昂ぶりの声を出してしまった。

 話している最中に、ロウが嫌がらせのように、乳首を刺激したのだ。

 いずれにしても、気がつくといつの間にか両方の乳房が愉悦のざわめきを次々と燃え広がる感じになっている。

 ずんずんと胸から股間に響く感覚だ。

 目の前の鏡に映る若々しくなった自分がいやらしく淫情に耽った表情になっているのがわかる。

 

「わかりました。じゃあ、あと一ノス揉み続けます。そのあいだ、強い責めも自重しますし、絶頂に到達するような激しい愛撫は与えません。ただ、ぶすぶすとくすぶるような焦らしがあるだけです。その気になれば、一ノスなんてあなたはもちません。だけど、今はあなたの身体と心を作り変えるのが目的なので、あえて、ゆっくりと責めさせてもらいます。だから、スカートを落とさないようにしてくださいね。みっともなく身体を動かして、スカートを落とせば、この恰好のまま股間に淫具を突っ込みます」

 

 ロウが笑った。

 一ノス──。

 それが、どんなに異常な時間なのかは理解できる。

 しかし、ロウはするのだろう。

 そして、そんなことをされれば、本当に全身がおかしくなってしまうというのもわかる。まだ、四分の一ノスも経っていないと思うが、すでに爛れるように胸が熱い。

 

「ど、どうとでもすればいいでしょう──。ちょ、調教なんでしょう──」

 

 だが、ヴァージニアは気丈に言った。

 鏡の中のロウがにやりと笑った。

 

「いい根性ですね。ご褒美に二ノスにしましょう。片側一ノス。合計二ノスです。そのあいだ、絶頂することなんてないので安心してください」

 

 ロウが胸揉みに力を入れてきた。

 ヴァージニアは絶望的になった。

 

 

 *

 

 

「終わりですよ。頑張りましたね……」

 

 突然だった。

 がらがらと鎖の音がしたかと思ったが、そのときにはぐらりと身体が床に倒れてしまっていた。

 あげられていた脚と吊られていた両手の枷に繋がっている鎖が一気に緩んだのだ。

 

「わっ」

 

 ほとんど朦朧としていたヴァージニアはまったく無防備だった。

 しかも、長時間にわたってくすぶるような官能の焦燥の中にいた身体は、ほとんど脱力していて、受け身をとることもできなかった。

 顔をぶつける。

 そう思ったが、緩んでいる腕を顔の前に出すこともできない。

 そのまま前のめりに、顔から床に落ちていく。

 

「きゃああっ」

 

 ヴァージニアは悲鳴をあげた。

 その身体がぐんと持ちあがる。

 両手の鎖が完全には緩んでおらず、上体が床と激突する寸前で、身体が支えられたのだ。

 そして、ゆっくりと腕が下降する。

 全身が床に倒れ込んだところで、両手首に嵌まっていた枷が消滅した。足首の手錠もだ。

 ヴァージニアは慌てて、スカートをあげようとした。

 留め具を外されて腰紐を緩められていたスカートは倒れ込んだときに、完全に膝から下に落ちてしまい、腰から脱げていたいのだ。

 だが、そのスカートの裾をロウが足で踏みつけた。

 

「あっ、なにを……」

 

「なにをじゃないですよ。さっさと寝台に進むんです。それにしても、すごいですね。胸だけで、まるで何度も達したかのように股が濡れているじゃないですか。そんなに胸だけで気持ちよかったですか」

 

 ロウがスカートを踏んだまま、ヴァージニアの上衣にまだ残っていたシャツの襟首を掴んで力強く引っ張る。

 

「あっ、やっ」

 

 シャツは一番下のぼたんを除いてすべて外して左右にはだけていたので、ロウの力で残りのぼたんが弾け飛び、そのまま両腕を後ろに引っ張られるようにして、ロウに、最後の服を脱がし奪われてしまった。

 

「両手を背中に……」

 

 ロウが言った。

 ヴァージニアは咄嗟に両手で胸を隠そうとしたが、自分でも驚くくらいに力が入らない。

 しかも、逆らう気持ちも消し飛んでいる。

 隠しかけていた胸の前で、ロウに声をかけられて、ヴァージニアの腕はぴたりととまってしまった。

 

「二ノスもかけて、さんざんに揉んだ胸ですよ。今更隠しても仕方ないじゃないですか。それよりも、腕を背中です。調教を受け入れると言ったのをお忘れなく。言っておきますが、俺の調教はまだ始まってもいないくらいですよ。それとも、勝負などやめて、屈服しますか?」

 

 ロウが嘲笑のような声を出した。

 長い時間の胸への愛撫で消滅しかけていた気力が、ロウの笑いで力を取り戻す。

 そうだ──。

 この男との勝負だったのだ……。

 ヴァージニアは調教を受け入れて、ロウはそのヴァージニアを屈服させる……。

 そういう勝負だ。

 勝負の分は、ヴァージニアにある。

 ヴァージニアはいくら絶頂しようと、追い詰められようとも、屈服したと口にしなければいいだけだ。

 勝てる勝負だ。

 

「じょ、冗談じゃありません……。く、屈服など……。ば、馬鹿にしないで……」

 

 ヴァージニアは両手を背中に回した。

 すると、その腕に縄がさっとかかったのかわかった。

 一瞬前まで、縄など持っていなかったのだから、またまた不思議な術で出現させたのだろう。

 両手首が背中の中ほどで交差させられて、縄が絡みつき、その両手首を縛った縄が、前側にまわって両乳房の上下を固く締めあげてきた。

 

「くっ、ううっ」

 

 縄がぐっと最後に締められたとき、不覚にもヴァージニアは変な声を出してしまっていた。

 身動きできないくらいに縛められたことで、なぜか急に股間の奥がぐっと熱くなったような感覚が襲ったからだ。

 

「効いてきたみたいですね……。気持ちがいいんでしょう……。もう病みつきになりますよ」

 

 ロウがくすくすと笑った。

 ヴァージニアは縄掛けをされたまま、顔を振り向かせてきっとロウを振り返って睨んだ。

 

「な、なにが効いてきたというのですか──。それと、その下品な笑いをやめてください──」

 

 ヴァージニアが怒鳴ると、ロウが笑顔を消して驚いたような表情になった。

 

「これは驚きました。本当です……。俺の計算では、それだけ念を入れて身体をいじれば、もう逆らえなくなると思ったんですけどね。かなり、手を加えたのに……」

 

「て、手を加えたって、なんですか──?」

 

 ヴァージニアは大声をあげた。

 だが、なにかがおかしい。

 それは感じた。

 縄掛けをされたときに急に込みあがった子宮の奥の疼きがとまらないのだ。

 それどころか、どんどんと大きくなる。

 じわじわと股間から樹液のように亀裂から愛液が滲むのがわかる。

 ヴァージニアは慌てて内腿をさっと引き締めた。

 そして、はっとした。

 

「も、もしかして、また媚薬を……?」

 

 胸揉みを開始する前に、この男はヴァージニアに媚薬を施したと口にしたではないか。もしかしたら、同じことをやったのかと思ったのだ。

 さもないと、やっと胸を揉まれるのをやめてもらえたというのに、こんなにも落ち着かない感じになるのは不自然だ。

 身体が熱いのだ。

 かっかと燃えている。

 長かった胸揉みの余韻が残っているのとは違う。

 これは別のものだ。

 すると、ロウが再び微笑みを浮かべて顔を横に振った。

 

「そんな一時的なものじゃありませんよ。もっと本質的なものです。長い時間をかければ、俺は女の身体をいじれるんです。俺はただ胸揉みをしたんじゃないんです。それを通じて、ずっとあなたの身体を探り、あなたの中にある被虐の性欲を徹底的に活性化させたんです。つまり、あなたの心とは別に、まずは身体を作り変えたんです。縛られたり、侮辱的に扱われれば悦ぶ身体にね……。いまのあなたは、痛みさえも気持ちいいですよ……」

 

 ロウがまた笑った。

 唖然とした。

 なにを馬鹿なと思ったのだ。

 

「信じてないですね。試しますか……。普通なら、痛みを気持ちいいなんで思わないですよね。でも、俺の淫魔力を注がれて、被虐欲の塊のような肉体に変わったあなたの身体は……」

 

 ロウが近づき、縄尻をとってヴァージニアのお尻を高くあげるようにさせた。

 

「やあっ」

 

 ヴァージニアは逃げようとしたが、散々に続けられた胸揉みの影響でまだ脱力をしている。

 思い切り尻たぶに、ロウの平手が食い込んだ。

 景気のいい音がして、ヴァージニアはお尻に激痛を覚えた。

 

「んぎいいっ、ひゃん」

 

 悲鳴をあげたが、その次に不可思議な快感のようなものが迸った。

 まるで優しい愛撫を受けたかのような強い疼きだ。

 まさか……。

 自分でも不覚だと思ったが、それよりも、お尻を叩かれて、ちょっと気持ちがいいと感じるなど、常識では考えられない。

 ロウはさっき、ヴァージニアの身体を作り変えたと言ったか?

 

「多分、あなたはもう逃げられませんよ。心で否定しても、身体は俺の調教を受け入れます。心が追いつくのはすぐですね。こうやって、動けない身体を触られるのは、自分でも驚くくらいに感じるでしょう?」

 

 ロウが横脇辺りをすっとひと撫でした。

 

「ああっ、いやっ」

 

 ヴァージニアは、それまでになく上体をおののかせて悲鳴に近い声をあげた。

 どうして……?

 そもそも、そんなところを触られたくらいで、こんなにも露わな反応をするはずがないだ。

 だが、現実はヴァージニアの意識とは無関係に、強烈な甘美感を裸体の下に走らせていた。

 

「こうすれば、もっとわかる……。さあ、寝台まで歩いてください。俺に犯されるためにね……。調教を受け入れると誓ったことをお忘れなく」

 

 突然として視界が消失した。

 目隠しをされたのだ。

 

「ああ、こ、怖い──」

 

 ヴァージニアは自分でも信じられないくらいに身体を震わせてしまった。

 

「俺の声を頼りに進むといい。そのまま真っ直ぐです。さあ──」

 

 ロウが強く怒鳴った。

 ヴァージニアは完全に混乱していたが、とにかく言われるまま進もうとした。

 だが、ちょっと立とうとしただけで、足がもつれてひっくり返ってしまった。

 なんとか肩で避けて、顔を床に打ちつけるのは避けれたが、倒れたために寝台の方向がわからなくなってしまった。

 

「あ、あのう……。どっちですか? わ、わからなくて……」

 

 ヴァージニアは急に心細くなって言った。

 相変わらず、腰に力が入らない。

 あの長い乳房への愛撫がこんなにもヴァージニアを脱力させているとは思わなかった。

 

「こっちですよ。さあ……。立てなければ這ってでも来るんです。それが調教です。そして、これからが本当の調教です……。その被虐に作り変えられた肉体で、あなたの気丈な矜持がどこまで保つか……。示してください……」

 

 ロウの声がした。

 言葉は侮辱的だが、心細かったところに、ロウの言葉が耳に入ったことで、不思議な安堵感が襲った。

 ヴァージニアは膝立ちのまま、ゆっくりとロウの声をめがけて歩みを進めた。 



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177 淫靡すぎる身体~熟女の女官長

「ロ、ロウ殿……。お願いです。言葉を聞かせてください。こ、怖いのです。ロウ殿、おられますよね?」

 

 ヴァージニアは必死に膝を前に進ませながら声をあげた。

 別に膝で進めと強要されているわけではないが、どうしても腰に力が入らないのだ。

 また、緊縛された状態で目隠しをされてしまうと、自分でも驚くくらいに恐怖心に襲われてしまった。

 このまま放置されてしまうかもしれないと思うと、怖くて仕方がない。

 たかが目隠しで、自分でも恥ずかしいと思うくらい弱々しい声で懇願をしてしまうのは嫌だが、どんどんと沸き起こる不安に、そうせずにはいられなかった。

 もしかしたら、これも作り変えたという身体のさせることなのだろうか。

 とにかく、素裸で緊縛されて、目隠しをされるというだけで、ヴァージニアの身体が異常なほどに熱くなり、どんどんと脱力していく心地がしているのは確かだ。

 

 それが怖い。

 とにかく、怖いのだ。

 

「いますよ。ここです」

 

 すぐ横で声がした。

 ヴァージニアはほっとした。

 だが、次の瞬間、声がした方の乳首に激痛が走った。

 

「んぎいっ、い、痛いっ」

 

 ヴァージニアは悲鳴をあげた。

 乳首を思い切り摘ままれて、引きあげられたのだ。

 

「ほらほら、立って……。立たないと、寝台にあがれませんよ。前に進むんです。寝台は目の前ですよ」

 

 ロウが容赦なく乳首を握って強引にヴァージニアをその場に立たせようとする。

 だが、腰に力が入らないヴァージニアは、素早く動作することができない。そのため、ぐいぐいと乳首を引っ張られることになる。

 

「た、立ちます──。立ちますから、そんなに引っ張らないでください。くっ、あああっ」

 

 しかし、ヴァージニアは痛みの中に、なんともいえない愉悦を覚えてしまい、つい甘い声を出していた。

 かっと恥ずかしくなり、慌てて口をつぐんだが、ロウがくすくすと笑いながら、さらに強めに乳首をぎゅっと(ねじ)った。

 

「あ、あああっ」

 

 今度ははっきりとした嬌声だ。

 痛みはあったのが、それよりも強い快感を覚えてしまったのだ。

 ヴァージニアは自分でもびっくりしてしまった。

 

「どうです? この身体も愉しいでしょう? 痛くされたり、辱められたりすると、あなたはどうしようもなく興奮するんです。そういう身体にしてしまいました。こうなったら、俺の性奴隷として生きるしかありませんね」

 

 ロウが言った。

 口調は優しいが、内容は鬼畜以外の何物でもない。

 淫靡な身体に作り変えられた……。

 信じられないが、本当だと自覚しないわけにはいかなかった。

 確かに、ヴァージニアはこんなにも理不尽に扱われているにもかかわらず、いや、そうであるからこそ、股間から夥しいほどの愛液を滴らせている。

 視界は封じられているので見えないが、動作をするたびに、ぬるぬると夥しいほどの新しい愛液が内腿を刺激するとともに、股間で小さな水音をたてるのが耳に入ってくる。

 

「な、なんてことを……。こ、こんなのは卑怯です……。か、身体を元に戻してください、あっ、ああっ……」

 

「あなたが屈服したら考えましょう。それをあなたが望めばね」

 

 ロウがぐいぐいと乳首を痛く抓りながら笑った。

 ヴァージニアは歯噛みした。

 確かに身体が作り変わっているというのは、痛みが果てしない快楽に置き換わっていく実感から伝わってくる。いまこうして理不尽に乳首を(つね)られているというのに、膝が崩れるほどの疼きになって、それが全身に響きわたってくる。

 淫らな身体にされたのだ……。

 ヴァージニアは怖ろしくなった。

 もしかしたら、この身体を責められれば、本当に屈服してしまうかもしれない……。

 ヴァージニアは恐怖した。

 

「わ、わたしは屈服などしません。何度、同じことを言わせるのですか」

 

 とにかく、ヴァージニアは自分を奮い立たせるためにも、そう言った。

 懸命に足に力を入れる。

 

「それは調教を受けてから言うことですね。調教を受けていないあなたは、そんなことをいう資格はない。とにかく、あがるんです……。寝台は目の前ですよ」

 

 ヴァージニアはやっとのこと二本の脚で立った。ロウに乳首を掴まれたまま前に進む。

 少し進むと、確かに寝台の縁に膝がぶつかる。

 とにかく、さっき言われたとおりに脚をあげた。

 巨大な寝台の上に脚が届く。

 そのまま、なんとか上にあがる。

 しかし、柔らかい寝台に脚を取られて、前のめりに倒れてしまった。

 

「きゃあ」

 

 ばったり倒れたが痛くはない。

 しかし、本当に腰に力が入らない。

 

「もっと奥です」

 

 ぱしんと大きな音がヴァージニアのお尻で鳴り、激痛が走った。

 ロウが平手で叩いたのだ。

 

「んふうっ」

 

 だが、口から悲鳴がこぼれるはずなのに、ヴァージニアの口から迸ったのは、明らかに悦びの反応をしているとしか思えない甘い声だ。

 ヴァージニアは狼狽した。

 

「そんなに気持ちがいいですか。じゃあ、もっと力を入れましょう」

 

 さらに大きな肉を叩く音と、凄まじい激痛──。

 ヴァージニアは目隠しのまま、身体を弓なりにした。

 視界が奪われたので打擲にも備えることができず、そのために感じてしまう痛みもひと際だ。

 しかし、その痛みが震えるほどの愉悦に瞬時に変化する。

 

「んふううっ」

 

 しかし、またしても甘い声……。

 ヴァージニアは、必死になって脚と肩で這うように脚を進めた。

 みっともない恰好とは思うのだが、進まないと容赦なく尻を叩かれるのだ。

 進むしかない。

 やがて、ふわりと身体を抱き起こされた。

 

「あんっ」

 

 気がつくと、ヴァージニアはロウに横抱きにされてしまった。

 胡坐にかいている脚の上に身体を乗せられたみたいだ。

 すると、ロウの手が二の腕をすっと這ってきた。

 

「くああっ、はああっ」

 

 その瞬間、眠っていた性感が呼び起こされたような感覚に襲われて、ヴァージニアは大きな声をあげてしまっていた。

 

「いい声で鳴きますね。見えないから敏感になってしまって、もの凄く気持ちがいいでしょう? ジニー、痛いのはここまでです。これからは快楽の時間だ」

 

 今度は乳房の裾野だ。

 ロウがするすると胸の膨らみの下端を撫ぜまわしてきた。

 あれほどの執拗な胸への刺激で、ヴァージニアの乳房は鋭敏な神経器官のようになっていたのだ。そこを刺激されたことで、大きな快感の槍がヴァージニアの全身を一気に貫く。

 

「んふうううっ」

 

 ヴァージニアはロウの脚の上で踊るように身悶えた。

 

「どうしました、ジニー? そんなに気持ちいいですか」

 

 ロウが愉しそうに笑うのが聞こえた。

 だが、そのことでヴァージニアはかっとなってしまった。

 

「その愛称で呼ばないでって、言ったでしょう──」

 

 自分でもびっくりするくらいの大声が口から迸った。

 ロウがびくりと反応するのがわかった。

 

「す、すみません……。でも、呼ばないで……。どうか、お願いします……。ヴァジーでも、ヴァーでも、なんでも構いません……。だけど、ジニーだけは嫌なんです……。お願いします……」

 

 ヴァージニアは小さな声でつぶやくように口にしていた。

 身体が小刻みに震えているのがわかる。

 すると、ロウがすっと目隠しの下を指ですくうような仕草をした。

 もしかして、泣いている……?

 びっくりしたが、確かに自分は泣いているのしれない。

 急に異常なほどに身体が敏感になってしまったので、心の奥底にあった忌まわしい記憶まで敏感に思い起こされてしまったのだろうか。

 とにかく、これほどに感情的になるなど、ヴァージニアらしくない。

 

「ご、ごめんなさい、落ち着きました。なんでもないことなのに興奮してすみません。どうか調教を続けてください……」

 

 一瞬だけだったが、感情を噴き出したことで、噴き出しかけていたヴァージニアの心のどこかが逆に冷静になってくれたようだ。

 ロウの愛撫は中断されているが、ちょっと落ち着いてきた。

 これから、ロウの調教を受ける……。

 それは約束したことなので、ちゃんと受け入れるべきだ。

 心が平静に近くなったことで、改めてそのことを思い起こした。

 

「嫌な思い出があるんですね……。無神経にすみません。二度とその愛称では呼びませんよ、ヴァージニアさん」

 

 ロウがとても静かな口調で言った。

 ヴァージニアはぐっと唇を噛みしめた。

 なんという優しい語りかけをするのだろう。

 理不尽に追い詰められ、不当に拘束されて、いまは身体まで奪われようとしているのに、心の底ではどうしても嫌悪しきることができない。

 それは、この男が本質的にこういう言葉遣いを女にできるからだ。

 女を調教して屈服させようという物言いには腹がたつが、それに関連した乱暴な言い回しも、意地悪な行為も、屈辱的な扱いも、この男なりに男女の営みを愉しむための演技だ。

 そのくらいのことがわからないヴァージニアではない。

 だから、狡い……。

 この男は狡い……。

 ヴァージニアはそう思った。

 

「嫌な思い出というほどでも……。な、なんでもないことなんです。ずっと昔のことで……。いえ、いいです。どうか、ジニーと呼んでください。もう問題ありません」

 

 ヴァージニアはロウに横抱きにされながら、大きく息をしてから言った。

 ずっと昔のことだ……。

 ヴァージニアは、試験によって王宮にあがることになった女官であり、貴族たちのように、伝手(つて)や親の仕事の継承で勤務することになったわけではない。年に数百人も受けて、庶民で受かるのはひとりかふたり、あるかないかの登用試験だ。

 これに女でありながら合格したヴァージニアは有頂天だったし、夢にも燃えていた。

 仕事も一生懸命にした。

 最初は雑用だったが、働きぶりが評価されて、官吏として次第に難しい仕事も任されるようになった。

 

 そんな時期だった。

 ヴァージニアはひとりの美青年と束の間の恋に落ちた。

 一瞬だったがこれこそが恋だと思った。

 たまたま休みをもらい王都で食事をしているところで声を掛けられ、何気なく会話をするうちに意気投合して、お酒を飲み……。

 いまにして思うと、あのときの自分を殴ってやりたいが、そんなほとんど知らない男と連れ込み宿のようなところに入って、彼に処女を捧げたのだ。

 そのときの自分は、なんという愚か者だと思うが、あのときはお酒にも酔っていたし、ヴァージニアと出逢ったことこそ天啓であり、これこそ真実の初恋だと囁いたその男の言葉を信じた。

 一生を共にしてもいいとさえ考えた。

 その男がヴァージニアのことを“ジニー”と呼んだのだ。

 

 だが、行為が終わった後、雪崩れ込むようにして部屋に入ってきた彼の友達たちによって、ヴァージニアは一炊の夢から醒めた。

 なんと、ヴァージニアを抱いた男は、堅物そうなヴァージニアを一日で堕とせるかどうかの賭けを友達たちとして、それで抱いたというのだ。

 目の前で、「堅物女はやっぱり寝台でも堅物だった」とか「顔は地味だが身体は女っぽかった」とか下品な会話を笑いながらして、賭け金をやり取りする男たちを呆然と見てから、急いで服を着て逃げるように寮に戻った。

 ただそれだけの思い出だ。

 彼らがどうなったかも知らないし、そもそも、誰だったかもわからない。

 

 他人が聞けば、間違いなく笑い話にしかならないだろう。

 しかし、ヴァージニアには人生を左右するほどの出来事だった。

 それ以来、ヴァージニアは、二度とそんなことにならないように、自分から女らしい部分を全部無くして、一心不乱に仕事に打ち込んだ。

 それなりに出世もした。

 いまは部下はいないが、ひとりしかいない王女の女官として、女官長の役目も貰った。

 試験で登用された女官としては、あり得ないくらいの重要な役目だ。

 現段階では大した仕事もないし、仕事といっても侍女たちの監督くらいで、官吏としては直接の部下もいないが、今後、イザベラ王女の王宮における業務が増えれば、ヴァージニアの役割は極めて大きなものになるだろう。

 ヴァージニアは一生懸命にやろうと決めている。

 

 それはともかく、あんな晩のことなど、すっかりと忘れていたことだ。

 そもそも二十年以上も昔のことだ。

 どうして、思い出してしまったのだろう……。

 どうして、たまたま同じように愛称でささやかれただけで、あんなに狼狽えたのだろう……。

 

「いや、よく考えると、ヴァージニアの愛称がジニーだなんて、誰を呼んでいるかわからないし、ヴァジーがいいかな。うん、ヴァジーだ。じゃあ、ヴァジー、調教ですよ。ちょっと仕切り直しましょう……。一度絶頂しますか。それから、調教だ。うん、そうしよう」

 

 急にロウが明るい調子で笑い、さっと乳首を手で刺激してきた。

 

「ああっ」

 

 堪らずに顔を上にあげてしまい、上体を捻った。

 

「痛そうなくらいに乳首が勃起していますね。とてもいやらしい……」

 

 ロウが動いたなと思ったときには、乳首を口に含まれてしまっていた。

 舌で乳首を転がされて、くちゅくちゅと刺激される。

 

「んふううっ、はあああっ」

 

 背中で拘束されている手をぎゅっと握って、ヴァージニアは唇を痛いほどに噛みしめた。

 身体を跳ねあげたため、胸を舐めているロウの顔に乳房を思い切りぶつけるかたちになった。

 慌てて身体を引く。

 

「暴れますねえ……。我慢しないで快感を愉しめばいいんですよ。気持ちいいことは悪いことじゃないんです。ほらっ」

 

 一度口を離したロウが、再び乳首に吸いついて刺激を加える。

 それだけじゃなく、手を横脇から下腹部に滑らせていく。

 

「ああっ、いやああっ」

 

 ヴァージニアは声を引きつらせて叫んだ。

 指が陰毛に軽く触れ、そのまま太腿に這わせてきた。

 

「あっ、あっ、ああっ」

 

 ヴァージニアは右に左にと身体を悶えさせながら、ロウの手が動くたびに甘い声を出し続けた。

 ロウは一度股間に触れた後は、ヴァージニアの脚を片手で抱えるようにして、膝からふくらはぎ、ふくらはぎから足首、足の甲、足の裏、指のあいだというように丹念に刺激してくる。

 そのあいだ、乳首はずっと舌で刺激されたままだ。

 快感が駆け巡り、鋭敏な感覚が溶け出すように全身に拡がる。

 なにかが駆け巡って来る。

 

「ほら、口づけです、ヴァジー。あなたはなにもしなくていい。ただ愛されるだけです」

 

 ロウが乳房から口を離して、ヴァージニアの唇に寄せてきた。

 ほとんどなにも考えられずに、唇を重ねる。

 舌が入って来て、こんなにも口の中が感じるのかと思うくらいに、口中を蹂躙される。

 そして、ついに足を動いていたロウの手が股間にやってきた。

 クリトリスを優しく揉まれ、亀裂に指を入れられて浅い部分を刺激され、ヴァージニアは身体を跳ねあげてしまった。

 全身で途轍もないものが弾けた。

 あっという間のことだった。

 これが連続して身体の中で引き起こる。

 

「ああっ、んふうううっ」

 

 ロウの口を弾き飛ばすように顔を振り、大きな声をあげた。

 そのヴァージニアの裸身をぎゅっとロウが抱き締める。

 快感が膨れあがる。

 なんだこれ──?

 なに、これ?

 込みあがって、せりあがる。我慢するとかいうものじゃなく、とにかく、津波のように圧倒的なものが身体の中で爆発し、一気に全身に拡散してくる。

 そして、ついにやってきた。

 

「んふうううう」

 

 襲いかかった快感の迸りのままに、ヴァージニアは悲鳴をあげて全身を弓なりにした。

 身体が激しく震えている。

 しかも、あがりきった快感の波が、一瞬ごとにさらに高みにへと押しあげられる。

 ロウの愛撫は続いているのだ。

 

「あ、あああっ、あはああっ」

 

 そして、さらに快感がさらに飛翔し、ヴァージニアは二度目の咆哮をしてしまった。

 がくがくと震えている身体をそのまま寝台の上に、仰向けに横たえられる。

 

「な、なんですか、いまの? いまのなんですか──?」

 

 ヴァージニアは必死に息をしながら、ヴァージニアに覆いかぶさろうとしてくるロウの気配に向かって叫んだ。

 すると、目隠しが外された。

 ぼんやりとしていたが、すぐに視界が戻る。

 それで気がついたが、ロウは腰に巻いていた白い布を取り去っていた。

 股間では、男根が逞しくそびえ勃っている。

 はっとして、ヴァージニアは息をのんだ。

 そのとき、ロウがぷっと噴き出した。

 

「なんですかと訊かれてもねえ。絶頂も知らなかったのですか? 本当に純粋培養のお姫様みたいですねえ」

 

 ロウの言葉にヴァージニアは羞恥で顔が赤くなるのを感じた。

 なんという馬鹿な質問をしたのだろう。

 しかし、最初で最後と思っていた男との性愛は、破瓜の痛みで快感どころではなかったし、それ以来二十年以上も、そういうことから逃げ続けてきた。

 本当に知らなかったのだ。

 

「も、もちろん、知っていました。い、いまのは……」

 

 とりあえず言った。

 しかし、ロウがヴァージニアの両脚を抱え込むようにして、怒張をヴァージニアの股間に近づけてきた。

 ヴァージニアは恐怖した。

 

「ま、待って──。待ってください──」

 

 懸命にお尻だけで後ずさりをする。

 すると、ロウがくすくすと笑った。

 

「まだまだ、元気ですね。じゃあ、まだ二、三回絶頂しますか? それとも、絶頂寸前でお預けを果てしなく繰り返しますか? なにをどうにでもできますよ。いずれにしても、調教を受けると約束したでしょう。逃げないでください」

 

 ロウが優しい口調で言った。

 ヴァージニアは我に返って、身体の力を抜いた。

 

「と、取り乱しました……。す、すみません。容赦なくやってください。も、もう、わかると思いますが、こ、こういうことは経験が少ないんです」

 

 仕方なく言った。

 調教を受けると言ったにも関わらず、この醜態はやはり謝罪すべきだと思った。

 ロウが微笑んだ。

 

「思ったよりも愉快な性格ですね。すべてに対して真面目だ。セックスについても……」

 

 ロウがもう一度ヴァージニアを抱きかかえて、再び胡坐になったヴァージニアをその上に座らせた。

 今度はロウを同じ向きを向くようにだ。

 背中にぐっとロウの固い性器が当たる。

 ヴァージニアは、思わず身体を捻ってしまった。

 

「あっ、いやっ、あああっ」

 

 ロウが背中側から両方の乳房に指を喰い込ませる。

 そして、ゆっくりと揉み始めた。

 びりびりと快感が沸き起こってくる。

 やはり、長時間の愛撫により、胸が怖ろしいほどに敏感になっている。

 いまのヴァージニアは、胸を刺激されると、もうなにも抵抗できなくなってしまう。

 

「ああっ、ああっ、あっ、ああっ」

 

 あっという間に身体の芯が熱くなってくる。

 ヴァージニアは昂ぶった声をあげてしまった。

 

「ほら、脚を開いて……」

 

 ロウがヴァージニアの股間に手を伸ばして、片手で胸を揉みながら、肉芽と肉唇に手を添わせてきた。

 

「ああ、だ、だめえっ」

 

 あまりの気持ちよさにヴァージニアは、ロウの脚の上で、がくりと前のめりに身体を倒しそうになる。しかし、ロウの手がそれをがっしりと阻む。

 

「処女並みに堅い膣でしたが、特別にさっき柔らかくしておきました。痛みなんか、ないはずです。安心して俺を受け入れてください……。ほら……」

 

 ロウがヴァージニアの股間の亀裂にすっと指を挿入した。

 

「んぐううっ」

 

 びっくりしたが本当に痛くはない。

 それどころが、まるで電撃にでも打たれたかと思うような衝撃が走って、ヴァージニアは拘束されている身体を大きく震わせた。

 よくわからないが、膣の中でぐっとロウの指でどこかを押されたことで、信じられない快感が走ったのだ。

 

「いくときには許可を求めてください。それが調教です。今度は勝手にいってはいけません。調教を受けることを約束したことを思い出して」

 

 ロウが膣を指で律動しながら言った。

 ひと擦り、ひと擦りがすごい……。

 ヴァージニアはすでに思考力を奪われたみたいになった。

 それよりも、いきそうだ……。

 これがいくということだろう……。

 再びせりあがった快感でそれがわかる。

 

「あ、あああっ、いくっ、いきますっ、い、いっていいですか──」

 

 とにかく、言われるままに叫んだ。

 

「いや、駄目です。ちょっと我慢してください」

 

 ロウがさらに激しく指を股間で動かしながら笑った。

 ヴァージニアはかっとなった。

 

「そ、そんなこと──。む、無理です──、あああっ、いくうっ、いかせてええ」

 

「駄目だと言ったでしょう。これが調教というものです。勝手にいくことも許されないんですよ。それを身体で覚えるんです」

 

 ロウの指がさらに激しくなる。

 しかも、刺激の場所がクリトリスにも戻って来る。

 無理……。

 本当に無理──。

 

「む、無理です──。いぐうううっ」

 

 ヴァージニアはがくがくと身体を震わせて快感を迸らせた。

 いや、迸らせそうになった──。

 

「あがああっ、んぎいいい──」

 

 ヴァージニアは絶叫した。

 鋭敏なクリトリスを思い切り()じられたのだ。

 あがりかけていた快感が一気に消失した。

 

「だめでしょう。駄目と俺が言ったときには我慢するんです。快感に溺れちゃいけません。次はちゃんとしましょう。調教を受けると言ったんですから、それは真面目に努力してください」

 

 ロウが一度ヴァージニアの股間から指を離しながら言った。

 

「は、はい……。あっ、ああっ」

 

 ヴァージニアはとりあえず返事をした。

 しかし、そんなことができるわけがないと思う……。

 制御できるような快感ではなかった。

 口惜しさが込みあがるが、言われることは、確かにそうなのだろう。

 調教を受けると約束した以上、せめて努力くらいしなければ、ロウに大して不実というものだ。

 だが、一方で子宮の奥が急に熱くなり、まるで身体の芯が着火したかのような感じになってきた。

 ヴァージニアは戸惑った。

 

「くっ、うううっ……」

 

 ヴァージニアは、つい身体を丸めるように上体を屈めてしまった。

 

「痛くされたのが、逆に官能を疼かせてしまったようですね。どうですか? 素敵な身体でしょう、マゾの女官長殿……」

 

 ロウが再び股間に手を這わせてきた。

 

「あっ、だめえっ」

 

 さっき以上の快感が股間から全身に迸る。

 自分でもわかるほどの大量の粘液が股間から染み出ている。

 咄嗟に内腿を締めつけようとしたが、すでにロウの手が股のあいだにあり、ただロウの手を挟んだだけで終わった。

 

「すっかりとできあがりましたか? 今度はクリトリスを(つね)っても、我慢できないかもしれませんね。こんなマゾの身体じゃあ、次は痛みでも絶頂できるかもしれない」

 

 ロウが膣穴に指を絡めてくる。

 

「へ、変なことを言わないでください──。あああっ、ああ」

 

 必死で否定しようと思うけど、ロウの指が膣口を掻きまわすと、背中を甘美な電撃のような快感が走り抜け、どうしようなく喘いでしまう。

 すぐにその快感が大きく飛翔する。

 

「ほらほら、我慢するんですよ。また抓りますからね」

 

 ロウが乳房と股間を愛撫しながら言った。

 ヴァージニアはぐっと歯を喰いしばった。

 なんという意地悪な男だろう。

 これだけ我慢できないような強烈な快感を与えつつ、快感を覚えることを禁止するとは……。

 

「これが調教です。あなたが受け入れたものです……」

 

 ロウが耳元でささやく。

 股間に入る指が二本になった。

 さっきロウが口にしたとおりに痛みはない。

 それどころか、一本だけのときよりも、二本の指で交互に中で弾かれるようにされると、一気に快感がせりあがった。

 

「ああ、い、いきますっ」

 

 ヴァージニアは全身をがくがくと震わせて声をあげた。

 その瞬間、またもやクリトリスを捩じられる。

 

「んぐうううっ」

 

 ヴァージニアは絶叫してのけ反った。

 絶頂はしなかったが、快感は逃げない。激痛でさえも気持ちいいのだ。ただ、発散できなかった快感があがったまま落ちて来ず、それでいて身体の奥にある芯が抉られるように疼きまくってくる。

 だけど、いかせてだけはもらえない。

 ヴァージニアは泣きそうになった。

 苦しくて気持ちよく、気持ちよくて苦しい……。

 だけど、この苦しみから逃げたいと思う気持ちにもならない。

 いつまでも、この状態が続いてくれればいいとさえ思う。

 もう、わけがわからない。

 愛撫は続く。

 

「ああ、あ、ああああ、ま、また、あがってきて……」

 

「いかせませんよ。もっと泣き叫んでください。この身体に、いまの苦しさの快感を刻み込むように……」

 

 ロウの手の動きが速くなる。

 もう言葉を発することも難しくなったヴァージニアは、辛うじて頷くことで、聞こえていることをロウに伝えた。

 

「んぐううっ」

 

 そして、ぎゅっとクリトリスを抓られる。

 またもや、絶頂が逃げていった。

 ヴァージニアは泣き叫んだ。

 

 そして、ロウは執拗だった。

 同じことをいつまでも繰り返し、いきそうになっては激痛で直前でそれを逃散させるということを五回以上も続けた。

 ヴァージニアは気が狂いそうになった。

 

「も、もういかせて、あああっ、いかせてくださいい」

 

 ヴァージニアは何度同じことを叫んだだろう。

 またもや、身体の快感が一気に昇りあがってきた。

 

「ほらほら」

 

 だが、ぎりぎりのところでロウがクリトリスと乳首をぎゅっと握る。

 しかし、今度は快感が逃げない。

 そのまま飛翔する。

 

「あぎいい、き、気持ちいいいっ、あああ」

 

「おっと、本当に痛くても快感が勝ってしまうようになりましたか」

 

 ロウが笑って、さっと手を乳首からも股間からも一斉に引きあげた。

 

「ああ、そんなああ」

 

 ヴァージニアはまたもや焦らされてしまい、そのまま泣き狂った。

 

「調教だと言ったでしょう。この苦しみはまだまだ続きますよ。俺があなたを犯すまでね」

 

 ロウがささやきながら、ヴァージニアの裸身を後ろからぎゅっと抱き締めた。

 

「ああ、もう犯してください。お願いです」

 

 ヴァージニアは心から叫んだ。

 

「いいでしょう」

 

 再びロウが仰向けに寝かせる。

 すぐに、そそり勃っている怒張がヴァージニアの亀裂に押し当たった。

 もう逃げようとは思わない。

 太い男根がすっと肉襞の中に割り入ってきた。

 

「ああ、ああああっ」

 

 予想していた痛みなど微塵もなかった。

 それよりも、溢れまくっている愛液を潤滑油代わりにして、あっさりとヴァージニア股間はロウを受け入れていた。

 

「ああ、こわい、こわいい、き、気持ちいい──。いくうう。いかせてくださいっ」

 

 すぐに律動が始まって、あっという間に切羽詰まったヴァージニアは甘い痺れが全身を席巻して、懸命に叫んだ。

 自我さえも保てない。

 抽送のたびに大きな快感が爆発して、どうしようもなくなる。

 ヴァージニアの頭にあったのは、絶頂するときにはロウの許可が必要だというそれひとつだけだ。

 このことだけは、さっき嫌というほどに心に刻み込まれてしまっている。

 

「ぐいぐいと締まって気持ちがいいですね……。どうぞ、いってください」

 

 ロウが腰を動かしながら言った。

 許可がもらえた──。

 頭にはそれしかなかった。

 ヴァージニアは全てを開放した。

 

「ああ、ああああっ」

 

 稲妻のような痺れが全身を駆け巡る。

 頭の中のなにかが弾けて、全身の感覚が消滅する。

 恥も外聞もない。

 ただただ、ロウから与えられる快感に押し流されて叫んだ。

 絶頂さえも支配されて、男から与えられるままに快感をむさぼって果てる。

 これがこんなにも気持ちいいものだとは思わなかった。

 さっき何度も寸前で取り上げられた分の絶頂も含めて、凄まじい快感が襲ってくる。ロウも今度は邪魔をしようとはしない。

 ヴァージニアは圧倒的な快感に身を任せた。

 

「ああっ、あはああっ」

 

 ヴァージニアは雄叫びをあげるようにして、全身をがくがくと痙攣させ、背中をこれでもかと弓なりにした。

 女の極致にある快感……。

 ヴァージニアはそこに到達してしまったような心地となり、全身を崩れるように脱力させた。

 

「あなたを支配しますよ、ヴァージニア……」

 

 ロウがおもむろに言った。

 ヴァージニアの膣の奥に熱いロウの精が一射、二射と迸るのをはっきりと感じる。

 それとともに、心が巨大なものに掴まれたと思った。

 いや、いままでも掴まれていたのだが、さらに大きな手がヴァージニアの心を鷲掴みして握りしめる

 それはロウだった。

 ロウそのものが、ヴァージニア全身に入ってきた。

 席巻して、圧倒して、引き裂いて、砕けさせ、そして、握りしめる。

 なにも考えられなかった。

 ヴァージニアは、ロウに魂を掴まれたような心地の中、遠くなる意識を静かに落としていった。



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178 屈服の幸せ~熟女の女官長

「ほら、起きるんです。犯された後は、口で掃除をする。それが俺の女たちの決まりです」

 

 ロウの声がした。

 ヴァージニアは目を開いた。

 もしかして、失神していた?

 

 犯されて、気持ちよさで意識を失う……。

 そんなことがあるなどと信じられないが、確かに束の間だが気絶していたようだ。

 ヴァージニアはとりあえず、急いで身体を起こそうとした。

 だが、両手を緊縛されているうえに、全身が気だるくて力が入らない。

 すると、ロウが笑いながら、腕を掴んで身体を起こしてくれた。

 

「さあ、どうぞ……。とりあえず、好きなやり方で口で舐めてください。そして、口で奉仕するんです」

 

 ロウがまだまだ逞しく勃起している怒張を顔の前に突きつけてきた。

 ヴァージニアはたじろいでしまった。

 

「そ、そんなことまで、するのですか……?」

 

 ちょっと怯えた気持ちになり、ヴァージニアは訴えた。

 しかし、ロウに逆らうということに、異常なほどの罪悪感を覚えてしまう。

 なんだこれ……?

 どうして……。

 ヴァージニアは自分の感情に戸惑いを覚えた。

 

「これも調教ですよ。俺はあなたを調教して、あなたをそれを受け入れる。そういう約束でしょう……」

 

「うっ」

 

 思わず呻いた。

 そういえば、そんな話だったのだ。

 

「いくら俺でも、あなたが屈服するまで、永遠にここに閉じ込めるとか卑怯なことはしません。一連のセックスが終わり、あなたが屈服しなければ、あなたの勝ちです。その代わりに俺が勝てば、俺の奴隷になってもらいます。それとも、勝負を放棄しますか?」

 

「ほ、放棄などしません……」

 

 慌ててヴァージニアは言った。

 正直に言えば、もう勝負などどうでもいい気分になっている。

 それよりも、このまま快感の余韻に染まったまま横になりたい気持ちだったが、ここで勝負放棄するのは、ヴァージニア自身を放棄するような気がした。

 ロウがヴァージニアに挑み、それがどんなにこちらに不利な状況であっても、勝手に勝負を捨てることはいけないことだと思った。

 なによりも、このまま簡単に屈してしまっては、ヴァージニアの自尊心が許さない。

 

「わかりました。やります……。でも、やり方を教えてください……」

 

「じゃあ、とりあえず、口に入れて舌で汚れを舐め取ってください。歯は立てないで。それだけ気をつければいいですよ」

 

 歯を立てるなということなので、できるだけ口を開いて口に含む。

 

「んっ?」

 

 しかし、そっと唇を触れさせただけにも拘わらず、鼻から下腹部に抜けるような身体のざわめきが沸き起こったと思った。

 当惑した……。だが、やめるわけにはいかない。

 とにかく、息を大きく吸い込んでから、目の前の肉傘に唇を押しつけた。

 

「んふうっ」

 

 その瞬間、思わず突き抜けた下腹部の疼きに、ヴァージニアは鼻息を大きく鳴らしてしまった。口の中だけでなく、不可思議なぞわぞわ感が全身に拡がっている。

 目を閉じて舌を動かす。

 だが、喉から恥ずかしいほどの淫情への渇望が噴出して、ヴァージニアはさらに困惑した。

 

「どうしました? もっと犯して欲しくなりましたか? 出し入れするようにしゃぶってください。口を性器に見立てて、前後に動かすんです。自分が犯して欲しいやり方でね」

 

 正座の体勢で座っているヴァージニアの前に、脚を開いて立つロウが小さく笑いながら言った。

 

「そ、そんなこと……」

 

 思わず口を離して、ヴァージニアは控えめな抗議をした。

 口を前後させるということよりも、自分がやられたいやり方でしろという言い方に反応してしまったのだ。

 そんなことを言われると、これからヴァージニアがやる通りに、ロウから犯して欲しいみたいではないか。

 

「これも調教です……。調教に手を抜くなんて卑怯なことはしませんよね。それも勝負のうちなんですから」

 

「し、しません……」

 

 仕方なくそう言うしかなかった。

 とりあえず、ヴァージニアは再びぐっと奥までロウの肉棒を呑み込んだ。途端に込みあがった昂ぶりに、ヴァージニアは頬が引きつるかと思うくらいに、さらにぐっと奥まで押し込む。

 倒錯した快感であることはわかっているが、ヴァージニアはその先にある快感の輝きを途方もなく愛おしいもののように思ってしまった。

 意思や理性を、本能がもの凄い力で席巻して覆い潰していくのを感じる。

 

 ヴァージニアは、いまこそわかった。

 口の中にあるロウの怒張を、乾いた大地が水を欲するような凄まじい欲求として、ヴァージニアの身体が求めている。

 まさに、動物のような本能だ。

 もっと蹂躙されたい。

 さっきのように……。

 いや、もっと激しく乱暴で、理不尽なロウの責めをヴァージニアの心は飢えのように求めている。

 

「好きなように舐めるんです。本能のままに……。なにも考えず……。ただ求めてください……」

 

 ヴァージニアの心の葛藤を見透かしたように、ロウが声をかけてきた。

 その言葉に操られるように、ヴァージニアは一層熱心に、ロウに怒張に喰いついた、

 いまや、肉棒の先端は喉の手前にまで達している。

 とめられないのだ。

 鼻先から漏れる息が不自然にまでに震えている。

 頬をすぼめて、一心不乱に顔全体を動かして引きあげては押し込み、押し込んでは引きあげるということを続ける。

 いつの間にか、ヴァージニアは夢中になってしまっていた。

 また、心の中に新しい自分がいるのをはっきりと知覚する。

 なにかが目覚める……。

 一瞬一瞬ごとに、自分の身体が変化して、ほかのものに置き換わる……。

 なんだろう、これ……?

 なに……?

 全身が震える。

 顔も……。肩も……。胸も……。

 とにかく、興奮が収まらない。

 

「もういいですよ……。とても初めてとは思えませんでした。性奴隷の素質がありますね」

 

 ロウが笑って肩を叩いた。

 それで我に返った。

 だが、安堵の感情以上に、ヴァージニアは奉仕を中断させられたことに、残念さを覚えてしまった。

 

「また、犯したくなりました。俺の上に乗ってください」

 

 ロウが胡坐に座る。

 はっとした。

 また、犯してもらえる……。

 自分の身体が悦びの期待で震えるのがわかった。

 そう感じてしまうことに、戸惑いを覚えないわけじゃないが、ロウに支配されたいというのは、はっきりとしたヴァージニアの欲求になっていた。

 

 ヴァージニアはロウの上に座らさせられながら、ちらりとロウの股間に眼をやった。

 たったいままでヴァージニアがしゃぶりついていた怒張は空を向いている。緊張でごくりと唾を飲んでしまった。

 ロウがヴァージニアを立たせる。

 次に、ヴァージニアの腰に両手を添えるようにして、ロウの下腹部の上に対面で座らせようとしてきた。

 

「えっ、は、はい」

 

 縛られているので、支えられないと跨げないのだが、ヴァージニアはロウの導きのままに、ロウを開脚で跨り、怒張の上に女陰を乗せるようにして座っていった、

 

「あっ、ああっ」

 

 気がつかなかったが、ヴァージニアの股間はべっとりと濡れていた。それはさっきの交合の名残りかもしれないし、異常なほどに興奮してしまった口奉仕により新しく分泌したものかわからなかったが、とにかく、ほとんど抵抗もなく、ヴァージニアはロウの怒張を完全に受け入れてしまった。

 

「ああっ、あああっ」

 

 ヴァージニアは股間が繋がった瞬間、迸った歓喜に思わず声をあげて身体を震わせてしまった。

 気持ちいい……。

 二度目の結合は、一度目とは比べものにならないくらいに気持ちよかった。

 わからないが、どんどんと変化しているヴァージニアの身体が、ロウとの交合を果てしない快感としてヴァージニアを溺れさせるのだろうと思った。

 それにしても、なんだろう、この快感は……。

 

「さっきと同じです。あなたが気持ちがいいと思うやり方で腰を上下してください。できるはずです。そのように身体を作り変えています」

 

 ロウがヴァージニアを抱くように支えながら、耳元でささやく。

 

「は、はい……」

 

 確かにこれが人生でまだ三回目のセックスだというのに、ヴァージニアの身体には苦痛の欠片もなかった。あるのは酔うような快感への期待と、いまでも迸る肉の疼きの心地よさだ。

 ヴァージニアは大きく脚を左右に開いたあられもない恰好のまま、ロウの手に抱かれながら、緊縛されている身体を上下に動かしていった。

 

「あっ、ああっ」

 

 ヴァージニアは途方もない快感を覚えて、腰を動かしながら甘い声をあげた。

 恥ずかしい……。

 でも、とてもやめられない。

 身体に拡がっていく快感は、あっという間にヴァージニアを夢心地にさせ、どくどくと拡がる感覚をロウからむさぼるのをやめられない。

 果たして自分はどうしてしまったのか……。いや、もういい……。なにがあっても、もういい……。

 抽送は二度目よりも、三度目……。三度目よりも四度目と、だんだんと快美感が深くて大きいものになっていく。

 

「ああ、ど、どうすればいいの──。とまらない、とまらない──」

 

 ヴァージニアは腰を激しく動かしながら吠えるように叫んだ。

 これ以上やったら、危険……。

 おそらく、自分は取り返しがつかない状態に心を作り変えてしまう。

 そう予感する。

 だが、身体の気持ちよさが、ヴァージニアに腰をとめることを許さない。

 自制しようも、自制などできない。

 ロウの怒張がヴァージニアの快感の場所を次々に刺激して、ヴァージニアの理性を溶かす。

 

「どうすればいいか、答えは出てるじゃないですか。気持ちがいいんでしょう? 認めるんです……。認めた先に最高の快感があるんです。ヴァジーにはもうそれがわかっているはずだ」

 

「ああ、嘘っ、こんなの嘘──。こんなに気持ちがいいだなんて──。わ、わたしの身体──ああっ、どうしたっていうの──。あああっ」

 

 叫ぶように言って、腰を動かした。

 まるで身体を裂かれるような圧倒的な快感だ。

 

「愉しむんです。あなたの美しい身体を解放して、愉しむんです」

 

「嘘よ──。わたしは美しくなんてない──。誰もそんなことを言わないわ──。言うはずがない──。そんなことはありえない──。ただの堅物女で、ちっとも面白味のない女なのよ──」

 

「だったら、現実世界に戻ったらみんなに訊いてみるといい。あなたが美しいか、美しくないかをね」

 

 ロウが笑った。

 そして、唇を近づけてくる。

 ヴァージニアはロウの口に吸いついた。

 

「あっ、んふうっ、ほうっ」

 

 いやらしく舌を絡めながら、苦しい息を続ける。

 そのあいだも、腰はロウの怒張を上下している。

 

「セックスは気持ちいいんです。それを認めてください。認めないんですか?」

 

 ロウが口を離して、ヴァージニアの腰を持ち直し、今度はロウがヴァージニアを動かして抽送をはじめた。

 

「ああ、やめってえっ、き、気持ちいいのおお──」

 

 自分でやるのも気持ちよかったが、ロウが導くと、快感の度合いが桁違いになった。

 あっという間に絶頂に向かって愉悦を引きあげられる。

 

「気持ちいいんですね?」

 

「き、気持ちいいです──」

 

 ヴァージニアは感極まってきた。

 大きな快感がすぐ近くにある。

 それははっきりとわかる。

 

「あああっ、いくうう、いかせてください──」

 

 だが、ロウが腰を上下させながら、顔を左右に振った。

 

「ここから先の快感は、あなたが屈服しなければ到達しません。いままで味わってきたものは、ほんの序章のようなものです。最高の快感が欲しくないですか? それは屈服の向こう側にあります」

 

 ロウが耳元で言った。

 しかし、言葉が頭に入ってこない。

 ヴァージニアは絶頂に向かって大きく飛翔しようとした。

 腰と腰がぶつかり、全身をがくがくと震わせながら、ヴァージニアは身体を弓なりに反らせて、最高の快感をむさぼろうとした。

 

「あああ、ああああっ、なにっ、なんなの? なにかおかしいです──。なにかおかしいです──」

 

 ヴァージニアは首を激しく振って叫んだ。

 おかしいのだ。

 いつまで経っても絶頂感がやって来ない。

 昇天するだけの快感ははっきりとあるのに、絶頂感だけが来ない。

 女の極みはすぐ目の前にある。

 それなのに、絶頂だけがゆっくりと離れ、離れては接近し、ぎりぎりのところでまた離れる。

 それを繰り返す。

 絶頂ができない。

 

「あああ、いくううっ、いかせてください──」

 

 ヴァージニアは狂乱した。

 

「言ったでしょう──。ここから先の最高の快感は屈服の向こうにしかありません。あなたから絶頂感をとりあげてます。屈服しない限り、もう絶頂はできません。さあ、達しようとするのに達することができず、どこまでもせりあがる限界を超えた最高の快感を味わってください」

 

 ロウが腰を動かしながら言った。

 ヴァージニアは驚愕した

 絶頂をとめる──?

 そんなことができるのかどうかわからないが、この男ならそれくらいはやるのかもしれない。

 

「ひ、ひどい──。そんなのひどいです──。こ、こんなの我慢できません──」

 

 ヴァージニアは腰を動かしながら叫んだ。

 一瞬ごとに快感が爆発しそうになる。

 それなのに、絶頂できない。

 これはまさに性の地獄だった。

 

「これが調教ですよ……。さて、屈服の向こう側は最高の快感ですよ……。さあ、こちら側に来るんです……。一緒に高みに行きましょう──。屈服の向こう側にこそ、幸せがあります」

 

「我慢できない──、あああああっ」

 

 ヴァージニアは全身を激しく痙攣させた。

 とまらない……。

 痙攣がとまらない──。

 身体は絶頂をしようとしている……。

 いや、とっくにしている。

 でも、それがとりあげられているのだ。

 

「認めるんです──。負けを認めてください──」

 

 ロウが腰を動かしながら乳首を口に含む。

 快感が迸る。

 だが、いくことができない。

 

「み、認めます──。く、屈服します──。だ、だから──」

 

 ヴァージニアはついに叫んだ。

 なにかが頭で鳴った気がした。

 次の瞬間、衝撃が全身を貫いた。

 快感というにはあまりにも凄まじい巨大な絶頂の津波だ。

 

「ああああああっ、ああああっ」

 

 ヴァージニアは咆哮した。

 全身がばらばらになったかと思うような絶頂が席巻した。

 またもや、頭が白くなり、ヴァージニアは絶頂しながら意識を遠くさせていった。

 

「歓迎するよ、ヴァージニア……。これであなたも俺たちの仲間です……。これから、もっとセックスをしましょう……。ようこそ、こちら側に……」

 

 ロウが言ったが聞こえた。

 ヴァージニアがまたもや薄れゆく意識で感じたのは、屈服を認めたことによる最高の快感だった。

 

 

 *

 

 

 ヴァージニアは、ロウに渡されたものを手で持ち、呆然としてしまった。

 亜空間の中だ。

 ロウと愛し合った時間は、かなりの時間になっていたと思う。

 だが、ロウの説明によれば、ヴァージニアがロウにこの場所に導かれてから、一瞬後くらいに戻るのだという。

 どういう理屈なのかさっぱりと理解できないが、現実世界と亜空間とは時間の流れは合致せず、そのために、現実世界のどの時間軸に戻るのかは、かなり自在なのだそうだ。

 さすがに過去に繋げることはできないが、戻るときには、一瞬後に繋げることもできるし、同じ時間が経過した時間軸に接続することもできる。

 まあ、そんな感じなのだそうだ。

 

 とにかく、ここでロウとふたりきりで肉の悦びを極め尽くした時間は、体感時間では二日というところだとロウは説明してくれた。

 ヴァージニアよりも先に、同じように亜空間で調教を受けた侍女たちも、同様の時間をここで過ごして、現実世界に戻ったという。

 確かに、広間で待っているとき、ヴァージニアは、侍女たちが一瞬しかロウと消えてはいないようにしか感じなかったにも関わらず、それでいて、戻った侍女たちは、完全にセックスに慣れた女となって戻ってきた。

 つまりは、こういうことだったのだ。

 もっとも、ヴァージニアには、ロウと同じような時間を過ごしたという感覚はない。

 ここで果てしなくセックスをして、何度も何度も気絶して意識を失っている。

 だから、ロウが二日間といっても、その半分は寝ていたのではないだろうか。

 

 それはともかく、目の前の首輪だ。

 戻るにあたって、ロウがいま渡したものだ。

 ヴァージニアは素裸だが、ロウはここにやって来たときと同じように、腰に布を巻いている。

 それはいいのだが、なぜ首輪なのだろう?

 

「どういうことですか、ロウ殿? これを嵌める理由はわかりません」

 

 ロウは、ヴァージニアに首輪をしろというのだ。

 だが、さすがに動揺は隠せない。

 確かに屈服は認めたし、屈服すればロウの性奴隷だという条件も覚えている。

 だからといって、首輪など……。

 

「理由は嵌めてみればわかる。それに、あなたが屈服したことを全員に示す必要がある。それこそ、あなたが首輪に鎖を繋げられて戻れば一目瞭然だ。それとも、今更、賭けに負けたことを覆すんですか?」

 

「そ、そんなことはありませんけど」

 

 ヴァージニアは溜息をついた。

 仕方がない……。

 これも、このロウの戯れの範疇なのだろう。

 首輪をして裸で戻るなど羞恥以上の何物でもないが、そのロウの鬼畜をヴァージニアは受け入れてしまったのだ。

 もう諦めるしかない。

 

 それに、首輪をして全員の前で犬のように扱われる……。

 このことにすでに愉悦を感じているヴァージニアがいることも事実だった。

 亜空間における二日の時間とやらは、まさに、ヴァージニアを全く別の女に作り変えてしまったらしい。

 それでいて、これでいいのだとしか感じない。

 まあいいか……。

 こんな男もいたのだな。

 そう思った。

 

 まったく……。

 結局なんという男なのだ……。

 だが、完全に征服されてしまったのだという事実が、少しも口惜しさに繋がらない。

 それよりも、なんともいえない心の充実感さえ覚える。

 これが屈服するということなのだろう……。

 

「します……」

 

 首輪は大きく割れていて、容易に首に嵌めることはできる。それを首に合わせて閉じればぴったりと喉に貼りつき、今度はロウにしかない不思議な力を込めない限り外れないのだそうだ。

 そして、首輪を嵌めた。

 苦しくはない。

 だが、ぴったりと嵌められた犬の首輪の感触に、なぜかヴァージニアは呼吸を乱してしまっていた。

 

「素晴らしいね、女官長殿。犬の首輪はこんなに似合う女官はいないかもね。さあ、行きましょう」

 

 ロウが首輪の横にある金具に細い鎖を繋いだ。

 

「さあ、じゃあ、次は四つん這いです。犬ですからね。二歩足で立つ犬はいない。わかりますね?」

 

 ロウが笑った

 ヴァージニアは緊張により口に中に溜まった唾を呑み込んだ。

 首輪を嵌めればわかるというロウの言葉が、本当になんとなくわかってきた。

 こんなことは屈辱であるはずなのに、その中に存在する未知の領域にわくわくと期待する自分が現われたのだ。

 

 いまは寝台の下にいたが、ヴァージニアは「犬」になって床に四つん這いになった。

 素っ裸で……。

 これだけのことで、ヴァージニアは愉悦に恍惚となりかけてしまった。

 数十年も王宮で働いてきた認められた女官吏──。

 そんな肩書が消滅して、一介の犬になるということが、こんなにも興奮することだとは思わなかった。 

 

「犬は膝をつかないよ、ヴァジー」

 

「くっ、は、はい……」

 

 ヴァージニアは折り曲げていた膝を浮かせる。

 恥ずかしい。

 膝を立てたことで、濡れてきた秘部がはっきりと後ろから見えるはずだ。

 次の瞬間、真っ白かった目の前の景色が急に変化した。

 

「きゃああ」

「わっ」

「きゃあ──」

 

 その途端に一斉にヴァージニアの周辺で奇声が迸る。

 侍女たちの悲鳴だ。

 一瞬、身体を起こして身体を隠しそうになったが、必死で我慢した。

 

 ロウに命令されたのだ……。

 二日ものあいだ、何度も気を失うほどに犯されれば、さすがにロウに身も心も支配される。

 ヴァージニアには、もはやロウに逆らうという選択肢は心に湧いてこない。

 

「ははは、喧嘩腰のまま消えたけど、結局は、お前もロウに征服されたかい、ヴァージニア?」

 

 そのとき、アネルザの笑い声が部屋に響いた。

 顔をあげると、アネルザは床に座ったままだった。アネルザだけでなく、全員が床に腰をつけている。

 そういえば、そんな状況から亜空間に移動したのだ。

 ふと見ると、イザベラなど、まだスカートさえ直しておらず、スカートをめくりあげたまま、いまだに朦朧として荒い息をしている。

 本当に、あのときの一瞬後に戻ったのだと思った。

 

「あれっ、ちょっと待ちな──? お前、髪型が変わっただけじゃないね──。あれえっ、ロウ殿、またやったのかい──? マアのときといい、こいつといい、見境なく若返らすんじゃないよ──。秘密がばれたらどうするんだい」

 

 アネルザが呆れた口調で言った。

 ヴァージニアはそういえば、亜空間の中で一度鏡を見せられたとき、若返るだけでなく、かなりの美人に顔が変わっていたことを思い出した。

 もしかしたら、そのままなのか?

 

「まあいいじゃないか。もともと、ヴァジーは美人だったんだ。ちょっとばかり、治療(・・)をしたけど、まあ、髪型を変えたんだと思わせればいいんじゃないか」

 

 ロウが笑った。

 

「まったく、お前は……」

 

 アネルザが大きく嘆息した。

 自分ではよくわからないが、そんなに見た目が変わったのだろうか……。

 

「よし、いいよ、ヴァジー。人間に戻るのを許す。だけど、次はこの続きだ。犬になって歩いてもらうからね。これも調教だ」

 

「わかっています、ロウ殿。負けた以上、言い訳もしませんし、逃げもしません。存分に調教してください」

 

 ヴァージニアはそう言って、一度身体を起こしてぺたりとお尻をつけて胸を隠した。まあ、さっきのように考えてしまうのが、屈服したということなのだろう。

 まあいいか……。

 

 犬の首輪を嵌めて、四つん這いになって、全員の前に出る……。

 やったのはそれだけだ。

 だが、なぜか、ヴァージニアはすっかりと息があがったようになっていた。

 

「犬の気分になれましたか? まだ序の口ですけどね」

 

 ロウが訊ねた。

 そのとき、首輪に繋がっていた鎖が消滅した。

 鎖は亜空間に戻したのだろうと思う。

 

「た、多分……」

 

 ヴァージニアは息を大きく吸ってから言った。

 

「どんな気分でしか?」

 

「わ、わかりません……。言葉では言い表せません。と、とても興奮したかもしれません」

 

「やっぱり、ヴァジーは真面目ですね。とても正直だ」

 

 ロウが笑った。

 

「これでヴァージニアさんも、わたしたちの仲間ですね……。ところで、ロウ様、わたしは、まだ、お犬になる調教は受けていないですわ。いつかの運動会のときにはみんなでやりましたけど、わたしも、今度お願いしたいです」

 

 すると、スクルズが声をかけてきた。

 どうでもいいが、なんという卑猥なことを口にするのだろうと思った。

 敬虔で優しいという評判のスクルズに、こんな一面があることも今日初めて知った。

 

「必ず時間を作るよ。その代わり、きついよ。俺の考えている首輪の散歩がある。さすがのスクルズも泣くと思うけどね」

 

「愉しみです」

 

 スクルズが満面に笑みを浮かべた。

 ヴァージニアもびっくりしたが、周囲の侍女たちもざわめている。

 だが、その侍女たちが、だんだんと怪訝な表情でヴァージニアの顔をまじまじと凝視してきた。

 次第に、険しい表情になっていく。

 

「ヴァージニア様……ですよね?」

「間違いないんですね?」

 

 最初に声をかけてきたのはトリアだ。次はセクトという男爵家の娘だ。

 ほかの侍女たちも、不思議そうな顔をしている。

 

「そ、そうよ……。大きなことを言ったけど、わたしもロウ殿には敵わなかったわ。わたしはロウ殿に従うと決めました。あなた方はあなた方で……」

 

「そんなことはどうでもいいんです──。ロウ様、いまの王妃様の話からすると、ヴァージニア女官長は、ロウ様の能力でこんなにお綺麗になったんですか?」

 

 今度はクアッタという侍女だ。

 二十歳になる子爵家の娘で、侍女たちの中では一番のお喋りだ。

 

「能力は能力だが、俺に抱かれなければ、そうはならない。逆に言えば、俺に抱かれれば抱かれるほど、美しく変わるらしい。あっ、これは秘密厳守な。頼むぞ」

 

 ロウが笑いながら言った。

 すると、侍女たちの目が輝いたように見えた。

 

「そういえば、トリア様やノルエル、オタビア様とダリアも、とても肌がきれいになっている。さっきもちょっと不思議に思ったのよね」

 

 クアッタがトリアが身体に巻いている布をめくるようにしながら言った。

 

「なにすんのよ──。剥がさないでよ」

 

 トリアが赤い顔をしてクアッタの手を払った。

 

「あっ、ごめん、つい……」

 

「なにがついよ。それよりも、あんたも早くロウ様の調教されてきなさいよ」

 

 トリアが大きな声をあげた。

 そのときだった。

 

「ロウ様──」

 

 突如として若い女の声が部屋に響いた。

 視線を向けると、美しいエルフ娘がそこにいた。

 いや、美しいなんてものじゃない。可愛らしくもあり、どことなく醸し出す淫靡さもある。とにかく絶世の美女だ。

 そして、彼女はエリカというロウの冒険者仲間だと思い出した。ロウの愛人でもあるはずだ。

 面識はないが、ロウたちは王都では有名な冒険者のパーティであり、すぐにわかった。

 だが、改めて近くで見れば、噂通りの美女である。

 

「なんだ、お前、そんな恰好で……」

 

 ロウが笑った。

 そのとおり、エリカはとてもじゃないが、まともではなかった。

 まるで、たったいままで性交でもしていたように顔が上気している。

 しかも、とても急いで服を身に着けたような感じであり、服装も髪も、かなり乱れている。

 よく見れば手首に縄目の痕もあるような……。

 

「恰好なんてどうでもいいです──。どこに行くにも、ひとりで行かないでとお願いしたじゃないですか──。必ず護衛を連れてください。どうして、起こしてくれなかったんですか──」

 

 エリカがロウのところに寄って来て怒鳴った。

 ロウは苦笑して頭をかいている。

 

「だって、正体なく抱き潰れてたしな……。ところで、シルキーにここだと教えられたのか?」

 

「そうです。シルキーも叱っておきました。これからは、変な気を使わずに、わたしでも、コゼでもシャングリアでも起こしてください。いいですね──」

 

 エリカがすごい剣幕で怒鳴っている。

 ロウは笑いながら、約束すると謝った。

 それはともかく、ヴァージニアには、さっきまでヴァージニアはもちろん、王女イザベラも、王妃アネルザも圧倒的に支配してきたロウが、突然にやってきた若いエルフ女にやり込められているのが新鮮だった。

 

「あのう、このお方は……?」

 

 トリアがおずおずと訊ねた。

 ロウがトリアを含めて侍女たちに視線を向ける。

 

「おう、そうだ──。エリカ、それよりも、理由があって、ここにいる全員を性奴隷にすることに決めた。イザベラ姫様の侍女たちと女官長のヴァージニアだ……。そして、みんな、こっちはエリカだ。俺の一番奴隷だ。さっきも訊ねられたが、俺の精をもらえば貰うほどに女として美しくなる。エリカは俺の一番奴隷で、最も俺の精を与えている。だから、こんなに綺麗だぞ」

 

「おかしなことを言って、誤魔化さないでください──。わたしは怒っているんですからね。この前も、もう護衛なしで、屋敷を出ないって約束したのに……」

 

 エリカはぷっと頬を膨らませている。

 まだ、かなり憤っているみたいだ。

 それにしても、確かに美しいエルフ女性だ。

 種族として美男美女の多いエルフ族だが、彼女はその中でも図抜けた美貌だろう。

 本当に美しい。

 

「わ、わたし、ロウ様の調教を受けて性奴隷になります」

「わたしも──」

「わたしもなります」

 

 すると、まだロウに抱かれていない侍女たちが一斉にロウに向かって声をあげた。

 そのまま、ロウに向かって群がってくる。

 

「そういうわけだ、エリカ──。お説教は後で受けるよ。いまは、まだ途中だから──。よし、今度は残りの五人全員来い──。たっぷりと精をやる」

 

 ロウがまだ亜空間に連れて行っていない侍女を集めた。

 

「もう──」

 

 エリカがまだ不満そうに怒った表情で腰に手を当てた。

 

 

 

 

(第30話『侍女ハレム誕生』終わり)






 *


【イザベラ女官団】

 前身は「イザベラ侍女団」。
 ハロンドール王政期の末期からサタルス帝政期の初頭にかけて、女王としてハロンドール地区を治めたイザベラ王女の女官集団。
 鉄の団結と、類いまれな美貌、図抜けた献身で知られる女官の有能集団としてイザベラの治世を支えた。当時の多くの絵画、音楽、演劇などの題材にもなっている。
 彼女たちは、イザベラが王太女となる前の不遇時代に集められた下級貴族や階級のない庶民を出身とする侍女集団が前身であり、イザベラが、王太女、次いで、女王、さらに副王となるに従って、多くの優秀な若い女官たちを次々に吸収しながら、後に名高い「後宮官吏」(『サタルス後宮官吏』の項も参照)と称された大女官集団に発展した。
 彼女たちは……。
 ……。


ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)



 *


 “ヴァージニア
  人間族、女
   イザベラ王女付女官長
  年齢40歳
  ジョブ
   官吏(レベル12⇒40)
  生命力:50
  攻撃力
   10(素手)
  経験数:男2
  淫乱レベル:D⇒A
  快感値:300⇒150
  状態
   ロウの性奴隷
   淫魔師の恩恵(判断力)”


 “トリア(アンジュー=トリア)
  人間族、女
   イザベラ王女の侍女
   アンジュー男爵家次女
  年齢18歳
  ジョブ
   侍女(レベル5⇒10)
   官吏(0⇒レベル20)
  生命力:50
  攻撃力
   10(素手)
  経験数:男1
  淫乱レベル:B⇒A
  快感値:300⇒150
  状態
   ロウの性奴隷
   淫魔師の恩恵(観察分析力)
  備考
   好奇心大”


 “ノルエル
  人間族、女
   イザベラ王女の侍女
  年齢16歳
  ジョブ
   侍女(レベル3⇒10)
   官吏(0⇒レベル20)
  生命力:50
  攻撃力
   10(素手)
  経験数:男1
  淫乱レベル:A⇒S
  快感値:150⇒90
  状態
   ロウの性奴隷
   淫魔師の恩恵(発想力)
  備考
   トリアのねこ、気が弱い”


 “オタビア(カロー=オタビア)
  人間族、女
   イザベラ王女の侍女
   カロー子爵家次女
  年齢19歳
  ジョブ
   侍女(レベル4⇒10)
   官吏(0⇒レベル20)
  生命力:50
  攻撃力
   10(素手)
  経験数:男1
  淫乱レベル:SS
  快感値:80
  状態
   先天性全身性感帯
   ロウの性奴隷
   淫魔師の恩恵(洞察力)
  備考
   従順1号”


 “ダリア
  人間族、女
   イザベラ王女の侍女
   カロー家侍従長の長女
  年齢18歳
  ジョブ
   侍女(レベル7⇒15)
   官吏(0⇒レベル20)
  生命力:50
  攻撃力
   10(素手)
  経験数:男1
  淫乱レベル:B⇒A
  快感値:450⇒260
  状態
   ロウの性奴隷
   淫魔師の恩恵(記憶力)
  備考
   主人想い、従順2号”


 “クアッタ(ゼノン=クアッタ)
  人間族、女
   イザベラ王女の侍女
   ゼノン子爵家次女
  年齢20歳
  ジョブ
   侍女(レベル9⇒15)
   官吏(0⇒レベル20)
  生命力:50
  攻撃力
   10(素手)
  経験数:男1
  淫乱レベル:B⇒A
  快感値:250⇒190
  状態
   ロウの性奴隷
   淫魔師の恩恵(説明力)
  備考
   お喋り”


 “ユニク(ユルエル=ユニク)
  人間族、女
   イザベラ王女の侍女
   ユルエル子爵家次女
  年齢22歳
  ジョブ
   侍女(レベル5⇒10)
   官吏(0⇒レベル20)
  生命力:50
  攻撃力
   10(素手)
  経験数:男1
  淫乱レベル:A
  快感値:170
  状態
   ロウの性奴隷
   淫魔師の恩恵(調整力)
  備考
   甘え上手”


 “セクト(セレブ=セクト)
  人間族、女
   イザベラ王女の侍女
   セレブ男爵家次女
  年齢22歳
  ジョブ
   料理(レベル5⇒30)
   侍女(レベル4⇒10)
   官吏(0⇒レベル20)
  生命力:50
  攻撃力
   10(素手)
  経験数:男1
  淫乱レベル:C⇒A
  快感値:350⇒200
  状態
   ロウの性奴隷
   淫魔の恩恵
  備考
   趣味は料理”


 “デセル
  人間族、女
   イザベラ王女の侍女
  年齢17歳
  ジョブ
   侍女(レベル3⇒10)
   官吏(0⇒レベル20)
  生命力:50
  攻撃力
   10(素手)
  経験数:男1
  淫乱レベル:B⇒A
  快感値:300⇒150
  状態
   ロウの性奴隷
   淫魔師の恩恵(教養力)
  備考
   読書家”


 “モロッコ
  人間族、女
   イザベラ王女の侍女
  年齢15歳
  ジョブ
   戦士(レベル4⇒15)
   侍女(レベル3⇒10)
   官吏(0⇒レベル20)
  生命力:50
  攻撃力
   10(素手)
   100⇒250(剣)
  経験数:男1
  淫乱レベル:C⇒B
  快感値:500⇒300
  状態
   ロウの性奴隷
   淫魔師の恩恵
  備考
   集団の護衛役”


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 第31話  羞恥遊びと最後の詰め
179 羞恥散歩の実験(1)


 商会の建物は、王都ハロルドの中でもっとも中心の大通りに面している。

 窓から見える景色は、いつも馬車などが激しく往来しており、さすがは大国ハロンドールの王都だと思わせる賑やかさだ。いま見えるのは、全員が真っ白な馬にまたがる華やかな騎士団の行進である。十人、二十人でもすごいのに、おそらく、百騎は超えるであろう白馬の騎士の大集団なのだ。

 

「なかなかに豪華絢爛(けんらん)だねえ。このところは、この王都の軍も忙しそうだ。日がな一日中、いろいろな軍が行進するのが見物できるよ」

 

「数日後には王軍大演習だからね。その準備に大わらわなのよ。この数十年、戦らしい戦のない軍にとっては、年に一度の見せ場だしね。去年は観なかったのかい?」

 

 ミランダだ。

 今日はここで、ロウたちがやってきて、関係者で話し合いをすることになっている。

 いま、いるのはマアのほかに、ミランダだけだが、そろそろ刻限なので、ロウたちも来るだろう。ほかには、スクルズとシャーラが来る。

 アネルザはあえて呼んでない。

 ロウの指示だ。

 アネルザには、はっきりとしたことを確信したら、ロウの口から伝えるそうだ。

 マアもそれがいいと思う。

 溺愛していた娘アンのことだ。

 下手に教えると、アネルザの性格だと、中途半端な段階で暴発しかねない。

 

「この部屋からほとんど出なかったからね。今年も行かないけど、まあ、縁があったら見物もさせてもらう。機会があればね」

 

「そうかい。もっとも、演習といっても、決められた台本に添って行動する軍事展示だし、危ないこともないんだけどね。まあ、派手な魔道の演出もあって、大規模な演劇のようなものよ」

 

「おかげで稼がせてもらったけどね。あれだけの魔道具の量をよくも使い切るのかと思うくらいに卸したよ。魔道具を作れる技術者はそんなに多くはないしね。ハロンドール王国内にみならず、ローム三公国のあちこちに手を回して揃えたさ。まあ、大変な数箇月だったよ」

 

 マアは窓際から部屋の中心にある椅子に移動した。

 短い距離だが、本当に若返ったのだという事実を実感させる。この距離を少し前までは痛む膝を我慢して歩いていた。

 いまは、若返ったという事実を隠すための魔道具は首にはしていない。

 服装も若向きの明るい華やかな色のものだ。

 こうやって仲間内の前で若い身体を着飾るのは、マアの愉しみのひとつだ。なにしろ、外に出るときには、従来のような老人でなければならないので、お洒落を愉しむことはできない。

 

 卓には茶器と茶菓子が乗っており、柔らかい座り心地の長椅子や椅子が囲んでいる。

 今日はいま乗っている菓子のほかに、とっておきの食べ物を準備している。準備したのは、ミルクに砂糖と卵黄を加えて攪拌させて凍らせた氷菓子だ。海を越えた外国と貿易をする西岸諸国に伝えられた技術をタリオ国内の菓子職人が開発したものであり、いま、タリオの上級貴族層で大人気になっているものだ。

 まだ、ハロンドールにはそれほど伝わっていないはずだが、早晩王宮に卸すことになっている。

 おそらく、大人気になるはずだ。

 ロウには、それに先立って、ここで試食をしてもらうつもりである。

 気に入ってくれるといいのだが……。

 

「ところで、その氷菓子はどうだった、ミランダ?」

 

「最高よ。シャルベットだっけ? 本当においしいわね。お代わりないの?」

 

 ミランダがことりと持っていた器を卓に置いた。

 ひと足先に試食をしてもらった氷菓子を盛っていた器だ。完全に空になっている。それはいいのだが、口の周りに白い食べ痕がついていて、童顔で小柄なミランダがまるで子供のようだ。

 マアは噴き出してしまった。

 

「あれはあまり、大量に食べるものじゃないのよ。腹を壊すわよ」

 

 マアは椅子に腰をおろしながら、手で口の周りに食べ痕がついていると合図をした。

 ミランダが赤い顔をして、慌てたように布を出して口を拭く。

 

 そのときだった。

 部屋の一部の空間が揺れた。移動術の魔道だ。

 そこから、シャーラが出現した。

 

「マア殿、ミランダ、御機嫌よう。ロウ殿たちとスクルズ様はまだなのですね」

 

「約束の刻限は夕方だったしね……。奥の厨房の魔道庫にタリオで流行っている氷菓子があるわ。よければ試食をしていって。王女専属の侍女長殿を召使い女のように扱って申し訳ないけど」

 

「からかわないでください。召使いでも給女でもなんでもやりますよ。厨房にお邪魔します」

 

 シャーラが奥に向かう。

 みんなが勝手知ったるマアの部屋だ。

 もう教えなくても、なんでも使いこなす。

 すると、今度は一階と繋がっている階段側の扉が外から叩かれた。

 

「マア様、お客様です。シャングリア様とコゼ様です」

 

 扉の外から聞こえた明るい声はスタンだ。

 縁があり世話をすることになった孤児の少年であり、使ってみるとなかなかに才能がありそうなので、いずれは本格的に商売のことを教え込もうと思っている。

 それにしても、シャングリアとコゼか。

 ロウは一緒ではないのか……。

 

「ありがとう。お前はいいよ。ふたりだけを中へ」

 

 扉には魔道具が設置されていて、扉の内側と外側で自由に会話できるようにしている。

 スタンが返事をして、扉の前から立ち去る気配がした。

 少しして扉が開き、シャングリアとコゼが入ってきた。

 

「ロウはどうしたの? 珍しく一緒じゃないのね」

 

 声をかけたのはミランダだ。

 ふたりが空いている長椅子に並んで腰をおろす。

 

「淫乱巫女と一緒よ。エリカは護衛ね。ときどき、あのど淫乱にはついていけないときがあるわ。新しい魔道具の実験をするそうよ。しばらく遊んだら、淫乱巫女の魔道で来ると思うわ」

 

 コゼが少し不機嫌そうに言った。

 

「淫乱巫女? スクルズのこと?」

 

 ミランダがくすりと笑った。

 マアも苦笑した。

 

「淫乱巫女といえば、あいつしかいないでしょう、ミランダ」

 

 コゼが不貞腐れるように言った。

 

「スクルズがやって来ると、ロウを取られるからな。今日も四人も女がいたら目立つからと、先にここに向かうようにロウに言われたのだ。それですっかりと機嫌が悪くなった」

 

 シャングリアが口を挟んだ。

 その顔は笑っている。

 

「だいたい卑怯よね、あの巫女も。ご主人様が気に入りそうな淫具を持って来て、気を誘うんだから」

 

 コゼは言った。

 マアはそういうことなのかと思った。

 よくはわからないが、あのスクルズがロウの言いつけで、よく淫具の魔道具を作らされているということは耳にしている。

 マアにいわせれば、才能の無駄遣い以外の何物でもないが、確かにあの魔道遣いは、ロウの卑猥で馬鹿げた要求に、嬉々として応じたりする。

 今日も、その一環なんだろう。

 いまも、実験とか口にしていた気がするし……。

 

「だが、あたしに言わせれば、そなたらの方がよほどに羨ましいぞ。いつもロウ殿といられるしな。たくさん愛してもらっているのだろう? スクルズもたまにしか来れない。多少は許してやるがいい」

 

「なに言ってんですか、おマアさん。あいつ、毎朝、毎晩来ますよ。午前と午後のお勤めのあいだにやってきて、ご主人様の精をもらって、午後の祭事をしたりするんですから。どんな淫乱巫女なのよ」

 

 コゼだ。

 そんなにスクルズはロウのところに通っているのか。それにはマアもちょとびっくしりてしまった。

 

「みなさん、先日はありがとうございました。これは、マア殿の準備された氷菓子だそうです」

 

 シャーラが盆に三人分のシャルベットを準備して持ってきた。

 シャングリアとコゼの前に置き、自分も椅子を占領して氷菓子を確保して腰掛ける。

 身分も立場も違う女同士だが、同じロウの女ということで、おかしな隔てなく、こうやって和気あいあいとできる。

 この集団は、マアにとっては、本当に心を許せる数少ない集まりであり、心から安らぐことができる。

 

「先日?」

 

 ミランダが口を挟んだ。

 

「ロウ殿が姫様の侍女を全員、ロウ殿の女にしたのでそのお披露目を……。でも、おかげで、こうやって姫様と離れても、ある程度は安心していられます。わたしの代わりの護衛もいますし」

 

 シャーラが言った。

 

「おお、あいすか。珍しいな」

 

 シャングリアが言って、シャルベットに手を伸ばした。

 

「あいす?」

 

 マアは首を傾げた。

 

「そうね。あいすね。以前にご主人様が一度作ってくれたことがあったわね。エリカに魔道を遣わせながら。結構、大掛かりになったんで、それきりだったけど。あいすね」

 

 コゼも言った。

 これにはマアも驚いた。

 

「ロウ殿は、シャルベットの技法をご存知か?」

 

 思わず声をあげた。

 

「しゃるべっと? ご主人様はあいすって、言ってましたね……。うわっ、でも、これ美味しい──。エリカが作らされたものと全然違う──。うわあ、美味しい」

 

 コゼが声をあげた。

 マアはほっとした。

 ロウに悦んでもらおうと貰おうと思って、手間と金を使って準備したものなので、すでに知っているものと聞かされてがっかりしそうだった。こっちの方が美味しいのなら、それでもいい。

 

「本当だ。うまいな」

「本当に美味しいです。それに、こんな食べ物があるだなんて」

 

 シャングリアとシャーラも顔を綻ばせた。

 

「帰りには姫様にも持っていっておくれ。新しいロウ殿の愛人殿たちにもね」

 

 ロウが侍女とあのヴァージニアの全員を性奴隷にしたというのは、もちろんマアも教えてもらった。

 昨日、家庭教師にあがったら、ヴァージニアが随分美しく変身していたので、驚いたものだった。

 いつものサロンのメンバーのモンベール家のアドリーヌ嬢やサンドベール家のエミール、カリーヌ姉妹令嬢なども驚愕していた。

 ヴァージニアはお洒落に目覚めたと誤魔化していたが、あれは絶対にロウが若返りの手法を施したのだろう。

 

 それはともかく、王女の侍女たちには、かなり年齢が低い者もいるが、彼女たちもロウの攻撃範囲に含まれるなら、サロンの令嬢たちも、ロウの守備範囲ではないだろうか。

 ロウは一度も会ったことはないはずだが、アドリーヌなど、貴族令嬢とは珍しいくらいの、気立てがよくて真面目で可憐だ。ロウなども気に入るのじゃないだろうか。サンドベール家の妹のカリーヌなども、憧れの視線をアドリーヌに向けていたが……。

 

「ありがとうございます、マア殿」

 

 シャーラが頭をさげた。

 

「いずれにせよ、ロウから伝言だ。新しい魔道具の実験をするので、少し遅くなる。ただ、陽が落ちる前には来るそうだ」

 

 シャングリアだ。

 

「つまりは、陽が暮れるまでは、その実験とやらで遊ぶので、遅れるということね。ところで、なんの魔道具の実験なの? ロウのことだから、碌でもない物に決まっているけど」

 

 ミランダが呆れた声を出した。

 

「エリカは知らないけど、こっそりと淫乱巫女が教えたことによれば、結構なものよ。まあ、さすがにあたしも、それを装着する度胸はないかも」

 

 コゼが肩をすくめた。

 

 

 *

 

 

「ふふふ、愉しいですね。こうやって王都をゆっくりと歩くのも新鮮です。誰にも注目されませんし……。まずは、実験は成功ですね。それに、ロウ様がご一緒ですし……。あっ、ロウ様、あの菓子屋さんに寄ってみませんか? 皆さんに、お土産はどうでしょう?」

 

 王都の大通りをマア商会に進む方向に向かいながらスクルズがくすくすと笑った。

 エリカは、スクルズとロウが並んで歩く後ろから進みながら、護衛として周囲を警戒しているのだが、スクルズのはしゃぎようは、エリカも思わず微笑んでしまうものだ。

 王都でも有名な筆頭巫女であり、いまは暫定の神殿長代理だ。

 それがこうやって、誰からも注目をされることなく街中を歩けるのは、今日、スクルズが持ってきた『欺騙リング』のおかげだ。

 同じものをエリカも首にさせられたが、よくはわからないのだが、その機能のひとつは、こうやって人間を目立たなくするというもののようだ。

 似たものを以前にも使っていたことがあるが、これはそれのかなりの改良版ということである。

 とにかく、その実験ということで、スクルズとロウが王都の中心部に出てきたのだ。

 エリカは街中をふたりが歩くので護衛だ。

 シャングリアとコゼは、一緒にいると目立つということで先に行かされた。なにしろ、スクルズが持ってきた「欺騙リング」は二個しかなかったのだ。

 先行を指示されたコゼは、相当にむくれていた感じだったが……。

 

 いずれにせよ、とにかく、確かに誰も注目はしない。

 かといって、見えないというわけでもない。ちゃんと前から行き交う人たちは、エリカたちを避けてくれる。

 ただ注目されないだけのようだ。

 これはいいと思った。

 ロウにもしてもらえば、アスカの刺客から狙われてもかなり有効だ。

 以前の同様のものは、それは顔を覚えにくくするくらいの機能であり、すでに知られてしまった顔については効果がなかった。

 しかし、スクルズが持ってきた新しい欺騙リングは、王都中で知っているスクルズのことを誰も注目しないようにするもののようだ。

 だが、それはともかく、菓子屋に寄るだって?

 まるで、デートのようじゃないか。

 浮かれているスクルズの気持ちはわかるが。

 

「でも、そろそろ全員揃っている時間じゃないかしら。そろそろ向かった方がいいんじゃないですか?」

 

 エリカは声をかけた。

 

「大丈夫だよ。そのために、シャングリアに伝言を託しただろう。どっちにしても、夕食も食べる予定になってんだ。全員、そのつもりで時間を作って集まっているはずだ。問題ない」

 

「そうですよ、エリカさん。まったく問題ありませんわ……。それよりも、ロウ様、あの菓子店に寄ってはいけませんでしょうか? わたしは、ああいう店には立ち寄ったことはないのです」

 

 スクルズがロウに少しおもねるような口調で言った。

 エリカは嘆息した。

 これは、まだしばらく王都の散策を続けそうだ。

 ふと見ると、スクルズが口にした店は最近できた若い女向けの菓子店であり、かなりの人気の店だ。

 大衆向けでもあるので、若い女性たちがいまでも多く集まっているのがわかる。

 エリカもコゼと一緒に入ったこともあるが、スクルズくらいになると有名過ぎて入ることは難しいのだろう。

 なにしろ、スクルズは貴族ではないが、王都大神殿の筆頭巫女のひとりということで、高位貴族の格式を持っている。

 それを考えると、ちょっと可哀想にも感じた。

 

「いいぞ、スクルズ……。だけど、そのリングの効果を確認しながらだ。覚悟はいいか?」

 

 ロウがくすくすと笑った。

 エリカはどきりとした。

 ロウがあの笑い方をするときには碌なことはない。

 もしかして、このリングには、ただ顔をわからなくするだけの機能のほかに、ほかにもなにかあるのだろうか?

 

「は、はい……。も、もちろんです……。そのために参ったのですから……。でも、緊張しますね……。では、結構です。いま記憶させました。いつでもお願いします」

 

 スクルズが一度立ち止まってから、次いで、通りの隅に移動する。

 エリカも、ついていくロウとともに進む。

 

「じゃあ、亜空間にしまうぞ。おマアの部屋に着いたら返してやる」

 

 ロウが笑って、スクルズの手を握る。

 亜空間?

 だが、なにかが変わったという感じじゃない。

 いつまで経っても、なにも起きない。

 

「ふう──。こ、これは、さすがに……。だ、大丈夫でしょうか……? 周りの反応からすると、問題ないようですが、自分ではよくわからなくて……」

 

 スクルズが急に真っ赤な顔になり、手を胸とスカートの前に移動させた。

 なんだろう?

 

「問題はないようだけど、そうやって、手で隠すと逆に目立つんじゃないか。堂々としてろ。効果については俺にはわからん。なにしろ、手を握っていたしな。どうだ、エリカ? なにか不自然なところはあるか?」

 

 ロウがエリカを見た。

 エリカは首を傾げた。

 

「不自然とはなにがですか? もうなにかが始まっているのですか?」

 

 エリカは言った。

 スクルズがほっとしたようにぎこちない笑顔になる。

 そして、かなり躊躇ったように、手を身体の前から離した。

 なにか態度がおかしい。

 ロウも好色そうに、にやにやしている。

 

「特定の人間だけに欺騙を解くには、手を握ればいいのだな、スクルズ?」

 

 ロウがスクルズに言った。

 

「はい、先ほどのように、数瞬だけ握れば、それで欺騙の効果は消滅して、本当の姿が見れるようになります」

 

 スクルズが口の中の唾液を呑み込みながら言った。

 かなりの緊張状態というのがわかる。

 

「じゃあ、ふたりとも手を握れ」

 

 ロウが言ったので、エリカはとりあえずスクルズに手を伸ばした。

 相変わらずの緊張の様子でスクルズがエリカの手を握ってきた。

 なにも変わりはなかったが、すぐにスクルズの身体が揺れるような感じになった。いや、スクルズが動いているのではなく、スクルズの立つ場所の空間が揺らぐ感じだ。

 

「あっ、うわっ」

 

 次の瞬間、エリカは大声をあげてしまった。

 スクルズが素っ裸になったのだ。

 首のリングのほかには、足のサンダルしかない。

 乳房も陰毛もなにもかも剥き出しの一糸まとわぬ全裸だ。

 

「大声出すなよ、エリカ。遮蔽リングといっても声は注目されるんだ。さて、スクルズ、エリカのリングにも魔道を込めてくれ。いまの服装を記憶させるんだ」

 

「すでに終わっています。いま、エリカさんから服を奪っても、周りの人からは、いま身に着けている服を着ているようにしか映りません」

 

「なら、二番目の機能までは成功だな。三番目の機能はどうかな? しかし、その前にエリカだな」

 

 ロウとスクルズが不穏なことを語りだした。ただ、三人にしか聞こえない程度の小さな声だ。

 いずれにせよ、エリカははっとした。

 やっと、このリングの機能がわかったのだ。

 これは、顔を目立たなくするだけじゃなく、外見の服装を記憶して、それを周囲にはそのまま投影して、服装が変わっても、そのまま見せる機能ということだろう。

 つまりは、裸になっても、周りには元のまま服を着ているようにしか見えないということだ。

 さっき、亜空間に収納ということをロウが口にしたのは、あの後、新しくロウが身に着けた能力で、スクルズからすべての服を奪ったに違いない。

 それに、これが二番目?

 まだ、なにかあるということ?

 それはともかく……。

 エリカと言った……。つまりは……。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、ロウ様──」

 

 エリカは慌てて言った。

 

「待たんな。とりあえず、エリカは、スクルズのようにいきなりの全裸は勘弁してやる。少しずつ慣れていこうな」

 

 ロウが言った。

 次の瞬間、スカートが消滅して、下半身が腰の小さな下着だけになった。

 

「いやっ」

 

 エリカは悲鳴をあげ、慌てて上衣の裾を引っ張って下着を隠した。 



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180 羞恥散歩の実験(2)

「いやっ」

 

 エリカは、スカートが消失したために剥き出しになってしまった下着を隠そうと、上衣の裾を思い切り引っ張った。

 ロウのこの新しい能力のことは、すでに十分に承知している。よくはわからないが、イザベラ王女の侍女たち十人を一度に性奴隷にしたときに覚醒したらしく、収納術のように亜空間に物を収納するときに、他人が装着したり、身に着けている状態のまま、品物や衣類だけを収納できるのだ。

 コゼやシャングリアとともに、屋敷で何度も実験台になった。

 

 確かにすごい能力であり、エリカも驚いた。どんな高位魔道遣いでも、身につけている服だけを魔道で奪ってしまうなど、あり得ないはずだからだ。

 また、同時に、危険だということも、そのときに自覚した。

 この力があれば、いつでもどこでも、ロウはエリカたちを瞬時に全裸にできるのだ。

 しかし、こんな人の多いところで、それをやるだなんて──。

 

「ロ、ロウ様、こ、こんなの歩けません。返してください」

 

 エリカは必死で、ロウに小声で哀願した。

 すると、少し離れた場所にいる見知らぬ男たちが、ひそひそ声でこっちに視線を向けるのがわかった。

 エリカは羞恥に卒倒しそうになった。

 すると、ロウが爆笑した。

 

「馬鹿、そんな風に服を引っ張るな。周りには服は普通に身に着けているように見えると言っただろう。お前、スカートの中に上から手を突っ込んで、もぞもぞ動かしてるように見えるぞ」

 

 ロウが笑いながらエリカの手を上衣から離させた。そして、ロウと腕を組ませる。

 言われたことがよくわからなかったが、そういえば、目の前で羞恥で真っ赤な顔をしている素っ裸のスクルズは、エリカが握手をするまでは、ちゃんと平服を着ているように見えていた。

 だから、いまのエリカもそうなのだろう。

 だが、本来はスカートの中に入っている上衣のシャツの裾を手で引っ張ったため、スカートの中に手を入れているように見えたに違いない。

 想像したら、むしろ目立つことをしてしまったのだと思い知った。

 

「ほら、こっち来い」

 

 ロウが腕を組んだまま進みだす。

 さっきスクルズが言った菓子店に向かうようだ。

 エリカに奇異の眼を向けていた男たちは、あっという間に人混みに紛れてしまった。

 

「あっ、お待ちください。わ、わたしも腕を組んでよろしいでしょうか」

 

「どうぞ。美女ふたりに囲まれるなど男冥利に尽きるし、破廉恥美女たちよりも、むしろ目立つかもしれないけど、周囲の注目を浴びて、羞恥実験をするにはちょうどいい」

 

 ロウがエリカが腕を組んでいる反対側の左手をすっとスクルズに差し出した。

 全裸のスクルズがロウに駆け寄って、ぎゅっと腕を掴む。

 

「で、でも、や、やっぱり、は、恥ずかしいですね」

 

 スクルズが微笑みながら言ったが、ふと見ると脚ががくがくと震えている。やはり、とても平静ではいられないようだ。

 

「だ、だったら、こ、こんなの作んないでよ──」

 

 エリカはかっとして小さな声で怒鳴った。

 まったく……。スクルズが余計な魔道具を持って来なければ、こんな辱めなどされなかったのだ。

 エリカは恨みたくなる。

 

「ははは、喧嘩するなよ。ほら、お互いに手を握れ」

 

 ロウが両腕のエリカとスクルズを引いて歩かせながら、ロウの前で手を握らせた。

 すでに、スクルズの「遮蔽リング」はエリカには効果がなくなっているが、これでスクルズについても、エリカの遮蔽リングの効果も、スクルズに遮断されたに違いない。また、腕を組んでしばらく経つので、ロウに対しても同様と思う。

 

「あら、お可愛い下着ですのね」

 

 スクルズが手を離しながら、悪戯っぽく笑った。

 

「み、見ないでよ──。わ、わたしたちは……、ロ、ロウ様に、これをはくように命じられていて……」

 

 最近のことだが、エリカたち三人は、ロウの元の世界の女の下着だというものを渡され、決まってこれを身に着けるようにと、十枚ずつくらい渡されていた。

 それは、下着というよりは小さな布片であって、前側とお尻に当たる布の部分がほんのちょっとしかなく、腰回りの部分が紐になっていて、その紐を腰の横で結んで留めるというものだ。

 ロウはこの下着もどきを「ひもぱん」と呼んでいた。

 だが、まさか、それを外で晒されるとは思わなかった。

 いや、実際には見えてはいないのだろうが……。

 

「俺の愛奴用の下着だ。スクルズにも渡そう。その代わり、これ以外を身に着けるのは許さないぞ」

 

「ああ、悦んで、ご命令に従います」

 

 スクルズがぎゅっとロウの腕に力を入れるようにして、うっとりとした甘い鼻息とともに言った。見ると、スクルズの大きめの乳房がかたちを変形させて、ロウの二の腕に密着している。まるで、誘っているようだ。

 本当に、このスクルズは……。 

 エリカは溜息をついた。

 

「ところで、エリカ……。そんなにへっぴり腰になるなよ。本当は下着は見えてないんだぞ。そんなに下着を晒すのが恥ずかしいのか?」

 

 ロウがエリカに視線を向けて笑いかけた。

 エリカはロウをきっと睨んだ。

 

「あ、当たり前です。恥ずかしいです」

 

 エリカは言った。

 すると、ロウがにやりと好色に微笑んだ。

 嫌な予感がした。

 

「そうか……。それは悪かったな。恥ずかしがり屋のエリカには、そんなに、下着を見られるのが恥ずかしいのだな」

 

 気がついたときにはもう遅かった。

 ロウが一度スクルズの腕を解いて、エリカが組んでいる側の下着の横の紐をすっと解いたのだ。

 防ごうにも、ロウ側は腕を組んでいるので動かせない。

 あっという間に、反対側にも手を伸ばされて、ロウに下着を取りあげられてしまった。

 

「あっ、やっ」

 

 思わず、ロウに身体を寄せるようにして、身体をとっさに隠した。

 しかし、次の瞬間、股間に違和感を覚えるとともに、衝撃で膝を割りそうになってしまった。

 

「んんっ、なっ」

 

 なにが起こったのかわからなかったが、慌てて視線を股間に向けると、剥き出しになったクリピアスの輪にうずらの卵のような淫具がぶらさげられている。

 「ろーたー」だ。

 ロウが魔妖精のクグルスとともに作った淫具であり、これも、もともとはロウの故郷の淫具だそうだ。

 いまは振動はしていないが、ロウはこれを自由自在で淫魔力で振動をさせて、エリカたちを辱めたりする。また、振動はしていなくても、こんなものをぶらさげられたら、歩くたびにクリピアスが強く揺れて、エリカはまともには動けなくなってしまう。

 そのとおりであり、エリカはたちまちに沸き起こった強い衝撃に、その場で立ち止まってしまった。

 

「あっ、やです、ロウ様……」

 

 エリカは反対の手で淫具を押さえようとしたが、ロウに軽く手をはたかれた。

 

「これに触るな。命令だ」

 

「ああ、そんな……」

 

 股間に触れそうだった手を宙でぐっと握る。

 ロウの命令だ……。

 それには絶対に逆らわないという躾を心に刻みこまれている。

 仕方なく、エリカは手を横に戻した。

 

「ちょっと、一度、遮蔽リングの効果を戻すか……。おう、成功だ。なにも見えない。股間に淫具をぶらさげているなんて、まったく見えないぞ。よかったな、エリカ。大丈夫だぞ」

 

 ロウが笑った。

 知らないが、腕を掴むことで効果を遮断した遮蔽リングの効果を元に戻したのだろう。大丈夫というのは、それが周りにはわからないということだと思う。

 だが、そんな問題ではない。

 

「で、でも……」

 

 エリカは内腿をすり寄せるようにして、ロウに哀願の目を向けた。

 こうやって、とまっているだけでも、ちょっとした仕草でろーたーが動いて、クリピアスが動くのだ。そのたびに、強い刺激が股間に信じられないくらいに響いて、じんじんと股間が疼く。

 

 ところで、エリカたちは、再び通りの隅側にいる。

 ちらちらと、こちらに視線を向ける通行人は多いが、立ち止まったり、奇異の視線までを向ける者はない。

 やはり、遮蔽リングが効果を及ぼしているのだろう。

 少なからず注目を帯びている気がするのは、スクルズやエリカのような女が、ロウを挟んでいちゃいちゃしているのに、ちょっと視線を向けているのだと思う。

 

「剣を寄越せ。これも実験をしてみよう」

 

 エリカは腰に革帯で細剣を吊っていたが、それが一度消えて、剣だけが、再び鞘付きでロウの手に戻った。

 革帯ごと亜空間に収納して、瞬時に剣だけを取りだしたのだと思う。

 改めて思うが、ロウの能力は、そこらの高位魔道遣いも形無しなくらいにすごい。

 

「す、素晴らしい収納術の手際ですね」

 

 スクルズも感嘆したように言った。

 それはともかく、スクルズの息はもうあがったみたいになっていて、小さいが息も荒い。

 剥き出しの大きな乳房も上下に揺れている。

 スクルズも異常なほどに興奮しているようだ。

 

「ありがとう、スクルズ……。だけど、残念ながら、性奴隷にした女限定なんだ。さもなくば、侍女たちのように、性奴隷にしようとして、性行為をするときにしか発揮できない。赤の他人にも通用するなら、向かい合った相手から武器を奪ったり、裸にしたりして、無敵になるのかと思ったんだけどね……。さて、エリカ、じゃあ、持ってみろ」

 

 ロウが細剣を手渡した。

 反対側の手で持つと、ロウが満足そうに頷く。

 

「やはり成功だ。剣を持っているように見えない。これなら、武器を持っていないように見せかけて、敵を油断させるということもできそうだ。立派な武器になるぞ。この遮蔽リングは……」

 

 ロウが言った。

 よくはわからないが、そうなのだろう。

 だが、エリカは、ロウが少し前に、何気なく口にしたことが気になって訊ねることにした。

 

「あ、あのう、いまのお話は……。他人に対しては、亜空間に収納する術は遣えないのですか?」

 

「普通の使い方はできるな。だけど、お前たちにやるような、身に着けているものを取り去ったり、武器を亜空間に収納したりはできない。そういう意味では生きた人間そのものでも一緒だ。女以外は連れ込めない。つくづく、俺の能力というのは、性交関連専用にできているのだな」

 

 ロウが自嘲気味に笑った。

 すると、横にいたスクルズが前に出て、ロウと相対する位置に移動する。 

 

「そ、そんなことはありません。ロウ様の能力は素晴らしいですわ。支配した女限定でも……」

 

「そうかな……。いずれにせよ、この遮蔽リングは優れものだよ、スクルズ……。じゃあ、スクルズにはご褒美だ。変な声を出さないようにな」

 

 ロウが好色そうに微笑むのがわかった。

 スクルズの股間に、ロウに手が伸びる。

 

「えっ?」

 

 スクルズはなにをされたのかわからなかったみたいだが、エリカの目には、ロウがスクルズのクリトリスの部分に、エリカがぶらさげられたろーたーをロウが粘性体で貼りつけたのが、はっきりと見えた。

 しかも、ロウが再びスクルズと腕を組み直したとき、それが無音のまま振動を始めたのだ。

 

「んああっ、あっ」

 

 さすがにスクルズががくりと脚を折る。

 

「おっと、そんなに衝撃を受けるほどの振動はないはずだ。微振動だ。達することもないようにしている。さて、じゃあ、さっき言った菓子店に入りましょう」

 

 ロウがエリカとスクルズと腕組みをしたまま、すたすたと歩きだした。

 

「あっ、そ、そんな、ロ、ロウ様、これは……。これはちょっと……」

「んくううっ、あっ、ピ、ピアスが動いて……。あっ、あっ」

 

 ろーたーが股間で動いているスクルズはもちろんだが、エリカもまた、クリピアスが揺れて、膝が折れるほどの衝撃を受けた。

 

「破廉恥な声を出すなよ。裸が見えなくても、人目を引くぞ。誰かに腕を掴まれたりしたら、お前らの裸が露出するんだぞ。平静を装っていろ」

 

「だ、だったら、外して……。外してください。と、とにかく、こんなの……が、我慢できないし……」

 

「それを我慢させるのが調教だ」

 

 エリカの言葉にロウは応じる気配もない。まあ、エリカも別に拘束をされているわけでもないので、淫具を強引に外そうと思えばできると思うが、それをする気にはなれない。

 これも、ロウに躾けられたということだろうか。

 

 ロウによって、スクルズとともに店の中に入らされた。

 

「はっ」

 

 その瞬間、スクルズが不意に甘い声を出した。

 ちょっと驚いたが、どうやら、振動がとまったようだ。それで逆に息を大きく吐いてしまったらしい。

 だが、騒がしい店内のせいで、注目を浴びるということもなかった。

 男を挟んで女ふたりが男と腕を組んで入ってきたことでは、ちらちらと見られはするが、侮蔑的な表情や冷笑のようなものを向ける者はない。

 まあ、この王都は小さな町とは異なり、冒険者も多いし、人前で腕を組むくらいの風俗の乱れは珍しくないのだ。

 まあ、それでも、全裸姿や股間を露出して歩くということはしないだろうが。

 いずれにせよ、スクルズの淫具を止めたのは、それ以上すると、スクルズが耐えられなくなり、あられもない姿を晒して大騒ぎになる懸念があるからだと思う。

 その辺りの責めの機微は、ロウは実にぎりぎりのところを探って責めてくる。

 本当に、希代の調教師だと思ったりする。

 

「どれがいい、お前?」

 

 肩で小さく息をしているスクルズに、ロウが語りかけた。

 “お前”と呼んだのは、スクルズと名を呼ぶと、正体がばれる恐れがあるからだろう。

 だが、スクルズがさっと顔をあげた。

 

「お、お前? う、嬉しいです」

 

 スクルズが満面の笑みを浮かべて、ロウに微笑みかけた。

 本当に嬉しいのだろう。

 ぱっと顔が輝くようになっている。

 

「エリカも選べ。今日は俺が出してやる……。お前の分もな」

 

 ロウがエリカとスクルズのそれぞれの耳元で言った。

 

「は、はい……」

 

 スクルズが小さく返事をした。

 だが、エリカはただ首を縦に振っただけだ。

 クリピアスの振動で口を開けると甘い声が出そうで、必死に口をつぐんでいて、返事ができなかったのだ。

 

 それから、店の中を歩いて、三人で並べられている菓子を見て回る。

 さすがに、人気店だけあり、色とりどりの菓子が可愛くて素晴らしい。その中で、エリカたちは、通常のケーキの四分の一くらいのケーキの詰め合わせをしてもらった。

 それにしても、いくらわからないといっても、股間を露出して人前で歩くというのは、死んでしまうと思うくらいに恥ずかしかった。

 しかし、それでいて、身体が以上なほどに昂ぶり、胸が苦しくて、痺れるような感覚も襲っている。

 これはぶらさげられている淫具がひっきりなしにクリピアスを揺らして、クリトリスに刺激を送り続けるせいだけではないと思う。

 認めたくはないが、エリカはこの辱めに感じているのだ。

 ふと見ると、自分の内腿にべっとりと愛液が滴っていた。

 慌てて、脚をしっかりと密着させる。

 とにかく、もうエリカは限界だと思った。

 外気に加えて、たとえ、服を着ているように見えるとはいっても、人の視線を感じてしまい、それは全身を愛撫しているような気分になるのだ。

 

「お待たせしました」

 

 若い女の店員が丁寧な仕草で菓子の詰め合わせの箱を寄越した。

 ロウは、スクルズとエリカから腕を外して、それを受け取った。

 

「よし、行こう」

 

 店の外に歩いていく。

 エリカはスクルズとともについていく。

 そして、店を出る瞬間だった。

 

「あっ、あんっ」

「んふううっ」

 

 エリカとスクルズは同時に悲鳴をあげて、その場にうずくまってしまった。

 突如として、股間の淫具が激しく動き出したのだ。

 スクルズも同じのようだ。

 両手で股間を押さえるようにしている。

 

「お客様?」

 

 店員が驚いて声をかけてきた。

 しかし、ロウがエリカたちの手を取り、強引に立たせた。

 それで気がついたが、すでにケーキの箱はない。

 亜空間に収納したのだろう。

 

「心配ない。お邪魔したね」

 

 ロウが手を引っ張って、店の外に連れ出し、扉を閉めた。

 そのときには、もう振動はなくなっている。

 

「ひどいです、ロウ様──」

「び、びっくりしました」

 

 エリカはかっとなって声をあげた。

 一方でスクルズは、ちょっとうっとりとした雰囲気でロウを虚ろな視線で見ている。いまのでかなり感極まったみたいだ。

 

「これが調教だ。さて、まだまだ散歩をするぞ。陽が落ちるまではもう少しある」

 

 ロウが笑って、両腕を差し出した。

 エリカは嘆息をし、とにかく、スクルズとともにその腕に飛びついた。

 

 

 *

 

 

 ロウたちがやって来たのは、そろそろ夜になりかけている時分だった。

 すでに部屋の中には、燭台を灯らせている。

 また、今度も三人の来訪を告げたのはスタンだった。すでに、仕事を終えている時間だったが、ロウたちのことは顔見知りなので、わざわざ案内をしてきたようだ。

 マアは、スタンにねぎらいの言葉を告げると、扉の前から立ち去らせた。

 ここに集まっている者を知られたくないし、そもそも、マアはいまは若い女の姿だ。

 スタンは信用できる少年だが、仰天して驚かせてしまうに違いなかった。すぐに、ロウとエリカとスクルズの三人が入ってきて、ロウが背中で扉を閉める。

 

「ご主人様、待ってましたよ……。へえ、エリカもスクルズも、すっかりとお疲れみたいね」

「お前たち、スカートの下に垂れてるぞ」

 

 コゼとシャングリアが笑って寄っていく。

 エリカもスクルズも、マアがスクルズに施してもらっているような金属の細い首輪を装着していた。

 コゼによれば、姿を偽装する魔道具だといって、具体的な効果はお茶を濁したが、確かに、金属の表面に紋様のようなものが刻まれていて、魔道具っぽい。

 それはともかく、ふたりともまるで性交でもしてきたかのように、息を乱して淫靡な表情をしている。

 シャングリアの言葉のとおり、よく見れば、短めのスカートからかなりの愛液が滴っているのがわかり、くるぶしの付近まで繋がっていた。

 これは相当に、外でこってりと悪戯されたに違いない。

 マアは、思わずごくりと唾を呑み込んでしまった。

 

「ただ散歩しただけなんだが、ちょっとできあがってしまってな。おかげで、スクルズの移動術も遣えなかった……。ほら、しっかりしろよ。ふたりとも──。もう淫具は外してやっただろう」

 

 ロウが白い歯をこっちに見せた後、ふたりに笑いかけた。

 やはり、淫具でいたぶっていたのだと思った。

 もう外したということは、その前は装着をしていたということになるからだ。

 

「ふふふ、ご主人様、もしかして、エリカとスクルズは……、あれ……なんですか?」

 

 コゼが部屋に入るなり、精根つきたように床に正座するようにしゃがみ込んでしまったふたりの横に立って、ロウに媚びを売るように言った。

 しかし、“あれ”とはなんだ?

 

「おう、そうだ。それでふたりとも身体を晒して、悦に浸ってしまって、すっかりと感じてしまったというわけだ。さすがは、恥ずかしいと感じてしまうマゾ女だ」

 

「う、嘘です──。そんな」

 

 エリカが必死に様子で首を横に振る。

 マアは横で思わず微笑んでしまった。

 エリカの可愛らしさにである。

 端から見ていれば、エリカがすっかりと淫情に耽って、身体を熱くしているのは明白だ。それなのに、あんなに否定するものだから、可愛いとしかいえない。

 そんなところも、ロウがエリカを気に入っているところだろう。

 

「だって、そんなにびしょびしょじゃないか、エリカ」

 

 すかさず、ロウがからかいの言葉を発する。

 すると、エリカがますます真っ赤になる。

 

「そ、それは……、ロウ様があんな淫具で悪戯なさるから……」

 

 エリカがロウに反論するように言った。

 よくはわからないが、かなりいやらしく外でさんざんにいたぶられたのだろう。

 可哀想に……。

 マアはくすりと笑った。

 

「わ、わたしはちょっと……いえ、かなり興奮したかもしれません……。や、やっぱり、ロウ様のご調教は素敵です……。もう酔いそうですわ……。でも、魔道を刻めなかったのは申し訳ありませんでした」

 

 そのとき、スクルズが顔を染めたままロウに頭をさげた。

 ロウが苦笑した。

 それはマアも同じだ。

 こっちはこっちで、随分と自分の好色をあからさまだ。敬虔で清楚な筆頭巫女だと思い込んでいる信者たちは、こんなスクルズを知ったら驚愕することだろう。

 

「ロウ、あんたが呼び出したくせに遅いわよ。シャーラは一度戻ったわ。呼べば戻って来るそうよ」

 

 ミランダだ。

 マアも声をかけることにした。

 

「ロウ殿たちに振る舞おうと思って準備したシャルベットという氷菓子を侍女たちに持って行ってもらったのだ。ロウ殿の愛人たちとは仲良くしたいしな。よければ、夕食の後でも食べていってくれ。それと、夕食も準備をしておる。ロウ殿の趣向に合うように、またロウ殿の故郷の味に似た新作料理を準備したぞ」

 

「それは愉しみだな。おマアの部屋で打ち合わせをするのは、それが愉しみだからだ。是非、食べさせてくれ。もっとも、真面目な話をしたあとにね。おマアの食事は雑念なしに口にしたい……」

 

 ロウが笑って言った。

 マアもそう言ってくれれば、手間と金をかけたかいがあった。ちょっと嬉しくなる。

 

「あっ、それと、こっちも手土産がある。そのときに、一緒に食べよう。ふたりの決死の買い物だ」

 

 ロウがさらに言った。

 

「決死の買い物?」

 

 マアは首を傾げた。

 

「ははは、まあ、いいだろう。それよりも打ち合わせの前に、こっちを片付けさせてくれ。スクルズとエリカはできあがってしまってな。このままじゃあ、頭に血がのぼって冷静にもなれないだろう。ほら、お前たち手と頭を床に着けて尻をこっちに向けろ。もうどうにか、なりそうなんだろう? けりをつけてやるよ」

 

 ロウが笑って、ふたりの首に装着している首輪の魔道具に手を伸ばした。

 首輪が宙に溶けるように消滅する。

 多分、亜空間術で収納したのだろう。

 ロウの得意の能力だ。

 しかし、その結果によるエリカとスクルズの姿の変化に、マアも目を見張った。

 ふたりの格好が裸に変わったのだ。

 

「わっ」

「へえ、わかっていても、かなりのものね。そんな恰好で外を歩くだなんて、いい度胸しているわ、あんたたち」

 

 ロウたちの傍にいたシャングリアが驚きの声を発するとともに、コゼが皮肉っぽく言った。

 また、マアとミランダは少し距離があったのだが、横のミランダも息を飲んだのがわかった。

 なにしろ、ロウが首の魔道具をふたりから外すと、服を着ていると思っていたスクルズが全裸に変わり、エリカも下半身が剥き出しの半裸に変わったのだ。

 マアも驚いたが、それではっとした。

 さっきのコゼの物言いを考えると、さっきのリングは、ふたりがきちんと服を身に着けていると欺騙する魔道具だったのだろう。

 しかし、本当はふたりは、いま目に見える格好で王都内を歩いてきたということに違いない。

 それで、その羞恥責めにふたりともすっかりと被虐酔いしたということなのだ。

 やっと、マアも理解した。

 

「ああ、ありがとうございます、ロウ様」

「は、はい……」

 

 ロウの言葉で、すぐにスクルズとエリカが反応して、ロウにお尻を向ける。

 ロウがふたりの剥き出しのお尻を前にしてズボンを下着ごと足首までおろした。

 まずはエリカのようだ。

 ロウがエリカの腰を両脇から支え、勃起している怒張をお尻側から、エリカの股間に潜りこませた。

 

「あっ、はああっ」

 

 エリカが大きな甘い声を出して、全身を悶えさせる。

 途端に、抽送が激しく始まった。

 すぐに耐えきれなくなったように、エリカはがくがくと身体を震わせだす。

 

「ああ、あっ、ああっああっ」

 

 そして、エリカの反応が大きくなった。

 まだ始まったばかりだが、もうすぐ絶頂しそうだ。

 しかし、マアもふと我に返った。

 こうして何気なく、目の前で行われている他人の性交を眺めているが、これをまったく不自然な光景とも感じなくなった。

 ミランダも同じだろう。

 いきなり始まった破廉恥なロウたちの性交に呆気に取られてはいるが、違和感を覚えている気配はない。

 これも、ロウの好色にすっかりと染められてしまったということかもしれない。

 

「コゼ、シャングリア──。スクルズが手隙だ。身体をいたぶってやれ。スクルズは抵抗は禁止だ……。そして、もしも、スクルズの番になる前にスクルズが達したら、スクルズの代わりに、コゼとシャングリアを犯してやろう。スクルズはお預けな」

 

 ロウがエリカを犯しながら笑って言った。

 

「そ、そんな、ロウ様、あんまりです──」

 

 スクルズが泣くような声をあげた。そんなに動転しなくてもいいのにと思うくらいの悲観に暮れた口調だ。

 反対に歓声をあげたのはコゼである。

 

「わおっ、やるわよ、シャングリア──。ふたりがかりなら、あっという間よ。あんたはそのでかい乳を揉んであげて。あたしは下を責めるから──。さて、淫乱巫女様、ご主人様のご命令よ。一切抵抗しないのよ」

 

 コゼがすぐにスクルズの股間に取りつく。

 お尻を掲げているスクルズの股間側から手で愛撫を開始し、さらに、一方で舌でお尻の穴を舐めだしたのだ。

 これにはマアもびっくりだ。

 

「あ、ああっ、ああああっ、ご、後生です──。コ、コゼさん──。手を……手を抜いてください、あああああっ──」

 

 スクルズは歯を食い縛るようにしたものの、コゼに責められて、すぐに大きく裸身を波打たせて露わな声を放った。

 

「やれやれ、ロウの命令だからな。悪く思うなよ、スクルズ」

 

 さらにシャングリアがスクルズの胸を下側から搾るように揉みだす。

 ますます、甲高い嬌声をスクルズが発する。

 マアは、淫らな美女三人の痴態の光景に、半ば唖然とする思いになった。

 ミランダも同じだ。ますます目を丸くして、同じように五人の卑猥な姿を見守っている。

 

 片側は、ロウが後背位でエリカを犯す光景――。その隣では女ふたりが寄ってたかってスクルズを責め抜く姿――。

 ふたつの卑猥な絡みが堂々と繰り広げられている。

 なんなんだ、これ……。

 やがて、エリカが全身をがくがくと震わせて絶頂した。

 ロウはそれに合わせて精を放ったようだ。

 

「ああ、はううううっ」

 

 しかし、かすかに遅れて、スクルズもついに、コゼたちの責めに屈して絶頂してしまった。

 どうやら、我慢できなかったようだ。

 

「やったね──。さあ、淫乱巫女様、交代よ。次はあたしの番なんだから──。そして、シャングリアよ」

 

 コゼが嬉々としてスクルズの裸身から離れて、半ズボンを脱ぎだす。

 エリカの横に移動して、ロウに犯してもらうつもりなのだろう。

 

「ええ──。わ、わたし、駄目だったんですか──? そ、そんなのないです。後生です──。ねえ、ロウ様──。わたし、あんな恰好で歩いて、最後にロウ様に犯していただくのを本当に愉しみにしていたんです──。こ、こんなのあんまりです──。あんまりです──」

 

 すると、スクルズがロウの脚に取りすがるように哀願をした。

 恥も外聞もないようなスクルズの必死の姿には、マアも呆れた。

 

「邪魔よ、淫乱巫女様──。ねえ、ご主人様、コゼはもう準備、できましたよ」

 

 絶頂で身体を脱力させたエリカがさっきまでしていた格好で、下半身だけ剥き出しにしてお尻を掲げたコゼが、小柄な身体を誘うようにくねらせる。

 本当に嬉しそうだ。

 

「そういうなよ、コゼ……。じゃあ、スクルズ、罰ゲームだ。コゼとシャングリアが達するまでに、三回自慰で達するんだ。それができれば、最後に犯してやろう」

 

 一郎はコゼに取りつきながら言った。

 

「三回──。三回ですね──。やります──。やりますから──」

 

 スクルズがロウに身体を向けるように跪き、指を股間に移動させて愛撫を開始する。

 一方で、ロウは早速コゼを犯しだした。

 

「ああ、き、気持ちいい──。あっという間にいっちゃおう──」

 

 早くもコゼが腰を震わせだす。

 しかし、半分はスクルズに対する意地悪だろう。スクルズが三回自慰で絶頂する前に、コゼとシャングリアが終わってしまえば、スクルズの番はないということなのだ。

 

「あ、ああん、コゼさん、ゆっくりですよ。あんまり、意地悪なさらないでください」

 

「やれやれ、大切な打ち合わせなのに、いつ話し合いが始まるのかねえ……。そもそも、あんなに激しくやったら、この後で打ち合わせになるのかねえ」

 

 ミランダが横で嘆息した。

 だが、視線を向けると、そのミランダも顔を赤くして、内腿をじわじわと擦り合わせるようにしている。

 どうやら、ロウたちの破廉恥な性交に、だんだんと欲情してきたようだ。

 そういうマアも、ただ見物しているだけなのに、息があがってきた気がする。

 

 確かに、いつ話し合いが始まるのか……。

 始まるとしても、ちょっと時間を置かないとならないのは明白だ。

 ロウは本当に、スクルズに自慰による三度の絶頂を強要するだろうし、そんなことしたら、その後でロウに犯され終わったときに、スクルズも動けないだろう。

 エリカはたった一回で突っ伏してまだ動かない。

 マアは知らず、自分でも甘い吐息をしてしまっていた。

 

「でも、愉しそうね……」

 

 マアはなんとなく言った。

 心の底から無邪気で屈託のないやりとり……。

 目の前で行われているのはそんな感じだ。

 

「スクルズも……あんなに無邪気な女の子だったのね」

 

 ミランダもぽつりと言った。

 すでにスクルズは、女の子という年齢ではないが、確かに目の前の女たちは、本当に天真爛漫のまま、やりとりをしていて、まさに“女の子”という感じだった。

 

「ね、ねえ、ミランダ、こ、こうやって、見物だけというのも空しくはないかい? あたしたちも若い娘たちに負けず、ちょっと積極的に……」

 

 マアは言った。

 

「そ、そうねえ……。どうせ、全員がまともに会話ができるようになるまで、しばらくかかるだろうし」

 

 ミランダが半分ぼうっとしたまま、無意識なのか、口の周りを舌で舐めた。

 

 マアはあそこで、女たちと遊んでいるロウを見た。

 頼めば、スクルズのように鬼畜な条件を突きつけられるかもしれないが、絶対にロウは自分の女から迫られれば、邪険にはしない。

 本質的に優しいのだ。

 優しい鬼畜だ。

 

 マアは、ミランダと目で合図を交わすと、ロウに「お願い」するために、ロウに向かって近づいていった。

 沸き起こっている身体の熱い疼きとともに……。



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181 陰謀の密約と報酬

「まったく、呆れたのう──。随分とシャーラを呼び戻すのが遅いとは思っておったが、まさか、全員揃って乱交をしておったとはな──。しかも、ミランダとマアも一緒か? もっと真面目な女と思っておったが、お前たちまでロウ殿の悪徳に染められたのか?」

 

 イザベラだ。

 もっとも、怒っているという雰囲気ではない。

 その証拠に、口元には笑みが浮かんでいる。

 どちらかというと、からかっているという口調だ。実際、淫魔術で感情に接触してみても、怒りの感情はどこにもない。ただ、少し呆れているという心が大部分であり、さらに少しだが、嫉妬の感情のようなものもある。

 これは、乗り遅れたことに対する口惜しさのようなものかもしれない。

 一郎は苦笑した。

 

「悪徳はひどいですね、姫様」

 

 一郎は笑って口にした。

 すると、イザベラが白い歯を見せた。

 

「だったら、悪徳は優しいロウ殿をたぶらかす淫女たちの方かな。悪い女たちだ」

 

「この男こそが諸悪の原因ですよ、姫様……。まあ、ちょっと羽目を外しそうになってしまったのは認めます」

 

「ロウ殿の前では、あたしもただの少女になるようだね」

 

 ちょっと項垂(うなだ)れ気味のミランダと、この状況を愉しんでいる雰囲気のマアがそれぞれに言った。

 

 キシダイン工作のために集まったマアの商会の部屋である。

 集まったのは、一郎のほかに、いつもの三人娘、スクルズ、ミランダ、そして、マアだ。

 ほかにシャーラを呼び出していて、集まりの時間が夜になったことで、王女のイザベラも一緒に来れることになったらしく、たったいまシャーラとともに、ふたりが移動術でやって来たところだ。

 

 なにしろ、当初はもう少し夕方に近い時間に話し合いをして、その後は参加できる者がここで食事……とまあ、それが終われば、一郎を中心に男女の営みでも……。

 ……というような予定だった。

 だから、シャーラは、一郎が到着する前に一度やって来ていたらしいが、一郎の到着が少し遅れそうだという伝言があったので、一度宮殿敷地内の小離宮というイザベラ王女の住まいに戻り、一郎が到着次第に魔道通信で連絡をしてもらうことになっていたようだ。

 

 だが、待てど暮らせど、なかなか連絡がこないので、それで業を煮やし、夜になったということもあり、小離宮を離れても問題がなくなったイザベラとともにやって来たらしい。 

 ところが、そこで見たのは、一郎が集まっていた女六人と、乱交をやっている光景であり、それでこうやって、説教のような物言いをしているということだ。

 

 まあ、集まりが遅くなったのは、確かに一郎のせいだ。

 それは否定しない。

 なにしろ、スクルズとエリカを城郭で羞恥調教をしながらやって来たこともあり、ついつい好色の火がついてしまって調子に乗り、その勢いのまま、一郎は乱交のようなことを集まっていた女たちを相手に始めてしまったからだ。

 しかし、確かに、その原因の大半が一郎にあることは否まないが、一郎だって、ミランダやマアまでが積極的に迫って来てくれるとは思わなかった。

 嬉しくなった一郎が、ついつい我を忘れて、さらに意欲的にみんなを抱いたというのは、無理からぬことだったのではないだろうか。

 

 いずれにせよ、いまはやっと落ち着いて、マアの私室であるこの部屋にある卓を囲んで椅子に腰掛ける態勢になった。

 たったいままで性交をしていた女たちも、服や髪はまだ乱れた感じであるし、顔も上気しているものの、一郎の淫魔術で身体の回復はしており、少しだるそうだが、なんとか全員がちゃんとしている。

 

「疲労回復効果のあるエンゲル草の煎じ茶ですよ。元気が出ます」

 

 シャーラが笑いながら、全員にお茶を配り歩いている。

 卓を囲む席のもっとも上座になるひとり用の席に腰掛けているのはイザベラだ。一郎は、その右翼側の長椅子に座っていて、両横にはスクルズとコゼが陣取っている。シャングリアとエリカは、小さな椅子を持って来て、一郎たちの後ろ側だ。

 マアは、イザベラとは真反対になるひとり用の椅子である。

 ミランダは一郎たちの向かい合わせの長椅子だ。

 そのミランダの横に、お茶を配り終わったシャーラがいま腰かけた。

 

「……さて、ところで、これで来るべき者は全員なのか? アネルザ殿は? ベルズもおらんな」

 

 イザベラが口を開いた。

 この集まりが、これから始めようとしているキシダインとの戦いのための密約であることは、すでに全員が承知している。

 それに関わっているのは、一郎の愛奴たちであり、仲間たちだ。

 一郎が性奴隷の刻みをしているのは他にもいて、イザベラの十人の女官と侍女たちもいるし、冒険者ギルドのランもいる。だが、彼女たちは深くは関わっていないし、万が一、事が失敗に終わっても、斬首刑の対象になるような立場にはしていない。

 キシダイン工作が失敗すれば、処刑されるか、あるいは死んだ方がましな立場になることになるほどの重要な関わりをしているのは、ほかにはアネルザとベルズだ。

 しかし、ふたりとも、ここには来ていない。

 

「ベルズは、最終的には協力します。でも、陰謀のようなことをして他人を死に陥れるというようなことは、戒律に反することなのです。だから、話し合いには参加しません。わたしたちには信仰を守るという立場もあります。ご理解ください。ただ、もう一度申しますが、ベルズは与えられる役割には参加します」

 

 スクルズが真面目な顔で言った。

 その表情には、さっきまで一郎に犯されて、淫らに悶えていた気配は微塵もない。ほかの者の服装や髪は乱れているが、魔道でも遣ったのか、ひとりだけちゃんとしている。大したものだ。

 それはともかく、いまのスクルズの物言いには、一郎もちょっと疑念を抱いた。

 

「ベルズ様のことはわかったけど、あんたはいいの、淫乱巫女様? あんたは信仰の戒律とかいうものとは、別の立場なの?」

 

 一郎を挟んで反対側のコゼがスクルズに言った。

 さっき一郎が抱いた疑念もそれに同じだ。陰謀が戒律に触れるのかどうかは知らないが、信仰上のことでベルズがこの集まりに積極的に関われないのであれば、スクルズはどうなのだろう?

 

「わたしはわたしで、正しく優先順位をわきまえておりますわ、コゼさん。まったく問題ありません」

 

「ご主人様に従うのが、あんたの優先順位ということ?」

 

 コゼが笑った。

 最初の頃は、高い身分の神殿の巫女ということで、遠慮気味の接し方をしていたコゼたちだが、最近では一郎と一緒に暮らす三人娘に一番立場が近いということで、スクルズにも容赦ない。

 さっきもコゼとスクルズは、競い合うように一郎に交互に積極的に甘えてきたものであり、そのたびに対立するようなことを言い合っていた。

 

「それを口にすると、さすがに戒律に触れますので申せません。ただ、まったく問題はありませんとだけ申しておきます」

 

 スクルズはあっけらかんと言った。

 一郎も苦笑した。

 

「王妃殿下をお呼びしなかったのは、これから話すことがアン王女のことになるからだよ、姫様」

 

 マアが口を開いた。

 一郎も頷き、口を開く。

 

「アネルザには、その目で確かめてもらう機会を作るし、この俺が伝える。さもないと、事に先んじて暴走をしてしまうかもしれない……。アネルザをここに呼ばなかったのは俺の指示です、姫様」

 

 一郎は言った。

 イザベラが一郎に視線を向ける。

 

「その言い方からすれば、アン姉様のことについて、王妃殿が暴走をするようなことがあるということか?」

 

 イザベラの顔が険しくなる。

 このハロンドール王国の三人の王女のうち、アネルザの実の娘であるのは、長女のアンだけだ。目の前の第三王女のイザベラにしろ、タリオ公国に公妃として政略結婚で嫁いだエルザ王女にしろ、アネルザの実子ではない。

 だから、アネルザはアンを溺愛していて、政略結婚で国の外に出すことを良しとせずに、タリオ公国には第二王女のエルザを送り、アンにはこの国でイザベラに次いで、次期国王の可能性が高いキシダイン公に嫁がせた。

 キシダインが王になれば、アンもまた、王妃として国王に準じる立場になれるからだ。

 アネルザにしてみれば、アンこそ三姉妹の長女であり、女王になるべき者だったのだ。

 それがたまたま魔力が皆無だということで、この国の古い伝承に従い、王位継承権を外されたのは、理不尽極まりない事柄だったのだ。

 だから、アネルザは、王太子として、イザベラではなく、キシダインを王太子に推していた。

 

 そのアネルザを強引な手段でイザベラ派に寝返らせたのが一郎だ。

 だからこそ、一郎はアネルザが愛しているアン王女の行く末については、自分の責任でもあると感じてもいた。

 なにしろ、キシダインを失脚させることに成功すれば、当然ながら、キシダイン夫人のアンもまた失脚させることになる。

 だが、今回、だんだんと調査が進むことで状況が変わってきた。

 

 アンが置かれている状況……。

 話半分としても、とんでもないことだ。

 これを知れば、アネルザは必ず激怒して、自らキシダインの首をねじ切りに行きかねない。

 だから、とりあえず、アネルザに調査のことを伝えるのは、状況をはっきりと確認してからにしようと思っている。

 

「あたしの調査に触れた者たちがおる。ひと組目は、いまキシダインが預かっているタリオ公国からの客人のグラム兄弟だ」

 

 マアが言った。

 すると、イザベラが嫌そうな表情になった。

 

「あの野蛮人どもか……。なかなかに素行が悪いようだな。先日、宮廷を訪問したときも、あちこちで女官たちや侍女たちに粗暴なことをして顰蹙(ひんしゅく)を買っていたようだ。幸いにも小離宮は隔離されているので、実害はなかったけどな」

 

「実害があったら、是非言ってくれ。毎日通っているのだから、小さなことでもな」

 

 一郎は言った。

 その兄弟が先日宮廷にやって来たときの騒動は耳にしている。

 女官や侍女どころか、たまたま宮廷を訪問していた令嬢とかにも悶着を起こして、多数の貴族たちから、王家に不満が寄せられているようだ。

 そういう情報も入ってきている。

 まあ、キシダインの上客ということになっているから、表だったことにはなっていないようだが……。

 

「頼もしいな、ロウ殿。なんとかしてくれるのか? 相手はタリオ公国の上級貴族だぞ」

 

 イザベラがちょっと笑いながら言った。

 一郎がグラム兄弟に怒った物言いをしたのを冗談のように考えたのかもしれない。

 なにしろ、一郎は王都にやって来て一年足らずの一介の冒険者だ。

 グラム兄弟のような上級貴族とは立場が違う。

 

「姫様、言っておくけど、その兄弟を残酷に殺すというのは、もう決めている。直接に手を出すかどうかはともかくね……。おマア、続けてくれ」

 

 一郎の言葉にイザベラがちょっと驚いた表情になった。

 ほかの者も同じだ。

 女扱いは鬼畜だが、あまり残酷なことを口にはしない一郎だと思っているのかもしれない。

 しかし、一郎は、そのグラム兄弟のことを事前にマアに教えられているので、今回のことは腹に据えかねている。

 

「マア、なにを知っておる?」

 

 イザベラがマアに視線を向け直した。

 

「王都の高級酒場で散々に酔いつぶれたときに、酒の勢いもあって、ある高位階級の女を冷酷に躾けてやったと面白おかしく喋ったらしいのう。上級貴族の夫人だけど、馬鹿で能力が低いので蔑まれている役立たずで、夫の依頼で調教をしたとか……。魔道薬で回復させながら滅多打ちに殴ったとか……。夫人の大切にしている侍女を裸にして蹴り合って、蹴り球をして遊んだとか……。ほかにも聞くに堪えないようなことを……。そして、どうやら、それはアン夫人のことのようだ……」

 

「な、なんだと──?」

 

 イザベラが声をあげた。

 この集まりの女たちの中には、アンを知っている者もいるし、知らない者もいる。また、マアがいま口にした情報に、すでに接している者もいるし、初耳の者もいる。

 いずれにせよ、全員が鼻白む表情になった。

 

「ほかにも、デュセル侯爵──。この家の執事に接することができた。魔道薬を嗅がせて、少しばかり強引な手段で情報を取ったところ、ある貴人の女を抱くためにキシダイン邸に通っているということもわかった。キシダイン邸に住む貴人の女──。アン夫人のことに他ありませんのう」

 

 マアがさらに言った。

 イザベラはさらに顔を険しくした。

 

「な、なにを言っているのだ──。まさか、キシダインがあの優しいアン姉様を役立たずだと馬鹿にしてグラム兄弟に折檻を許したり、さらに娼婦のような真似をさせて、自分の手下となる上級貴族に性奉仕をさせているとか、そういうことを語っておるのではあるまいな──。そんな馬鹿なことはない──。確かに、キシダインは嫌な奴だが、それでもアン姉様だけは大切にしてくれているのだ。アネルザ王妃殿も、それだけは認めていて……」

 

「お言葉を返すようだが、これは確かな情報だよ、姫様……。それに、実のところ、キシダインとアン夫人が仲睦まじいというのは、あまり根拠のある噂ではないのだ。そもそも、アン夫人がキシダイン邸でどのような生活をしているかは全くの不明だ。あまりにも諜報に対する守りが固いのだ。でも、一介の夫人の生活について、それほど情報を隠すというのは、それ自体が不自然なことと思いませんかな」

 

 マアが言った。

 すると、シャーラが口を開いた。

 

「姫様、実のところ、それは事実です。わたしも、独自の伝手でアン夫人の情報を集めようとしたことは再三あります。でも、確かにまったく情報は得られませんでした。アン夫人のことは、キシダインは非常に堅固に情報漏れを封じているようです。言われてみれば、これは非常に不自然かもしれません」

 

「まさか……」

 

 イザベラが絶句した。

 

「信じられません……。あのお優しいアン様のことを……」

 

 スクルズも見たことがないような怒りの表情になった。

 エリカたち三人については、一郎と同じ情報にすでに接している。ただ口を真一文字にして、腹立ちに耐える様子だ。

 

「姫様、今回、ロウに言われて、冒険者ギルドとしても、アン夫人周辺のことを調査しました。それでわかったのですが、アン夫人が降嫁するにあたって、王妃殿下は十数人の侍女と下男を同行させておりましたが、ほぼ全員がすでに、病死していることがわかりました。生き残っているのが何人なのかわかりませんが、少なくとも十人以上は病死です……。ちなみに、キシダイン邸に仕える家人の中で、この二年で病死したのはほかにはおりません」

 

 ミランダだ。

 もちろん、一郎はこの報告にも接している。

 わざわざ補足しなくても、これが表すのは明らかだ。

 たった二年ほどのあいだに、アン夫人の連れてきた家人だけが、次々に病死するなどあり得ない。

 全員、キシダインに処分されたのだと思っていい。

 むしろ、それだけのことをして、のうのうとキシダインが咎められることなく平然とすごし、さらに権力を保持しているという現状が一郎には信じがたい。

 

「それは確か……なのだな……?」

 

「家人の死のことですか、姫様? 確かですね。これは表に出ていることですので……。表に出ていないのは、本当の死因だけです」

 

 ミランダははっきりと言った。

 イザベラの顔が真っ赤になった。

 激しい怒りによるものだ。

 

「それと、もうひとつ……。先日、姫様の侍女を使って、毒で暗殺をけしかけた者もわかった。これも、ギルドでひそかに捕えている」

 

 一郎は言った。

 ミランダが同意するように頷く。

 一郎が直接に動いたわけじゃないが、先日、侍女たちを一度に性奴隷にしたとき、オタビアとダリアの記憶でわかったデュセル卿の家人という男をミランダに捕えさせたのだ。

 大した面倒でもなかったようだ。

 いまは、一郎さえも知らない場所に、ミランダが厳重に監禁させているはずだ。

 捕らえてから、証拠能力として認められている強力な自白剤で、なにもかも白状させたとも耳にしている。

 やはり、オタビアたちをけしかけたのは、デュセル卿の命令だそうだ。

 オタビアの姉のナディアも絡んでいた。

 

「わたしを毒殺しようとした者を捕えているおるのか? 誰だ──?」

 

「これも、さっきのデュセル卿です、姫様。確かな証拠も握りました。デュセル卿の後ろを糸で引いているのがキシダインなのは明白でしょう。その代償は、アン夫人を抱かせることだったのかもしれません。デュセル卿の好色は有名ですから」

 

 ミランダが言った。

 もちろん、ミランダはその捜査を通じて、実際に駒として動いたのが、オタビアとダリアであることは知ってしまったが、それは口にしない。

 イザベラも訊かない。

 そういうことになっているのだ。

 

「ならば、引き渡せ──。その証拠……。つまり、犯人だな──。それでデュセルを捕える──。そして、キシダインのことを白状させる──。それで一連の決着がつく──。さすがに、これなら陛下でも……」

 

 イザベラが激昂して声をあげた。

 しかし、一郎は首を横に振った。

 

「無駄ですよ、姫様──。そんなことで決定打になるくらいになるはずがない。すでに何人も殺している。その男をキシダイン告発の証人として表に出しても、当局に引き渡した時点で証拠隠滅のために始末されるだけです。すべての王軍も、近衛兵も、行政府も、いまや全部がキシダインに握られていることをお忘れなく。だから、国王陛下だって、大人しくしているんでしょう」

 

 一郎は言った。

 もっとも、国王がなにも言わないのは、一郎の見たところ、そういうことが面倒だからではないかと思う。

 そもそも、国王がもっとしっかりしていれば、ここまでキシダインという悪党がのさばることはなかったのだ。

 

「ならば、どうせよというのだ、ロウ殿──」

 

 イザベラが椅子の手すりを乱暴に叩いた。

 すっかりと一郎に牙を抜かれた感があるイザベラだが、もともとは気性の激しいお転婆姫だ。

 いままで知らなかった、アン夫人に対するキシダインの扱いを教えられて、平静ではいられないのはわかる。

 

 だが、一郎は別のことも思った。

 異母姉妹のイザベラが、アンのことではこれだけ怒るのだ。

 実の母親のアネルザの耳に入れたらどうなるか……。

 一郎は嘆息した。

 

「キシダインを罠にかけます。弁解のしようのない決定的な失敗を……。そして、動きます。捕らえているデュセル卿の家人という証拠も、グラム兄弟の悪事も、そのときに一度に表に出します」

 

 一郎はイザベラに視線を向けた。

 

「罠?」

 

 イザベラが首を傾げる。

 だが、ほかの者はすでに承知だ。

 もう半月くらい前から、これに向かって動いていた。

 キシダインがこちらの思惑通りに暴発するように、さまざまな情報操作もしている。

 一郎の愛人たちの中で、罠のことを初めて耳にするのは、イザベラくらいのものだ。

 

「罠はすでに動いています。これについては、アネルザにも話していますし、工作そのものを一緒にやってもいます。アン王女のことは改めて、アネルザには納得させる機会を俺から作るけど、キシダインを失脚させること自体は、すでに同意だからね……。スクルズ、準備したものを……」

 

「はい」

 

 スクルズに声をかけると、スクルズが収納術で一枚の大きな地図を出して、卓に拡げた。

 この王都を中心とした周辺地図だ。

 数日後に開催される王軍大演習の会場となる郊外の演習場も記載されている。そこに至る経路も……。

 

「ほう、王都周辺地図か……。是非、買い取りたいな。言い値で支払うぞ、スクルズ殿」

 

 マアが地図を覗き込みながら感嘆の声をあげた。

 一郎は知らなかったが、以前の世界であれば、どこの地図でも店で買えるが、この世界においては、地図そのものが軍事機密らしい。

 スクルズに準備してもらったのは、神殿に置いてある機密書庫のものだ。そもそも、こんなものを神殿が保有しているということ自体が、外聞を憚るようなのだが、スクルズは一郎が頼めば、どんなことでも嫌とは言わない。

 二つ返事で持って来てくれた。

 

「駄目です。この地図は存在しないことになっているものです。存在していないものをお売りすることはできません」

 

「残念だな」

 

 スクルズの人を喰ったような返事に、マアがくすりと笑った。

 

「それで……?」

 

 イザベラが地図を覗き込むようにして訊ねた。

 一郎はエリカに言って、この部屋にあるランガというチェスに似た遊戯の駒を持って来てもらった。

 

「どうぞ、ロウ様」

 

「ありがとう」

 

 一郎はそれ受け取って、駒の入った箱を数日後に開かれる王軍演習場の会場に置く。

 

「ここが数日後の開催される王軍大演習の会場です。一年に一度のお祭りであり、大変な注目があります。王族、貴族のみならず、一般民衆も注目する大きな集まりだ……。ここで大きな失敗……。例えば、王女暗殺の現場などを押さえられれば、さすがに国王陛下も重い腰をあげざるを得ないだろう」

 

 一郎はそう言ってから、箱の中から女駒を幾つか取りだして、ある場所に置いた。

 王都から演習場に向かう経路には三経路があり、その中でもっとも遠回りになる経路上にある狭い峡谷だ。

 

「ダドリー峡谷……か? それが?」

 

 イザベラだ。

 ほかの者も黙って、一郎の言葉を待っている。

 

 一郎は、考えている策を説明した

 全員に期待している役割もだ。

 

 みんな神妙に聞き、誰も口を挟まなかった。考えていた策は少しずつは説明し、それぞれに動いてもらっていたが、こうやって最初から最後まで説明するのは初めてだ。

 思い切った策だけに、すでに知っている者も、改めて聞いて真剣な表情になっている。

 説明が終わったとき、一瞬静寂が訪れた。

 だが、その静寂を破ったのはエリカだった。

 ちょっと険しい顔をしている。

 

「わかりましたが、ロウ様は安全なところにおられますよね? その策であれば、ロウ様が正面に立たれる必要はありません」

 

 エリカが言った。

 一郎は笑い飛ばした。

 

「お前たちにだけ危険な矢面に立たせて、俺だけ安全な場所で待っていられるわけないだろう。みんなの後ろに立つよ。失敗すれば、全員で死ぬだけだ。俺だけ置いていくような意地悪をするなよ。俺の策だぞ」

 

 一郎は笑いながら言った。

 

「だったら、その場にはわたしもいよう。そもそも、それが成功するには餌が必要だな。キシダインが乗ってくる餌はわたし以外にはない」

 

 イザベラが口を挟んだ。

 一郎は肩をすくめた。

 

「そんなことは必要ない……と言いたいところだけど、実際のところ、ひとつでも歯車が狂うと、上手くはいかない策だ。姫様自身が本当に餌になってもらうのが一番いい。実はどうやって、頼もうかと思っていた。自分から言ってくれて助かったよ」

 

 一郎は白い歯を見せた。

 真剣な表情だったイザベラが破顔した。

 

「そなたが、わたしを除け者にするような意地悪でなくてよかった」

 

 イザベラがにっこりと微笑む。

 これについては、シャーラも駄目とは言わなかった。

 かなりの危険な策だ。

 これに宮廷闘争に無関係の一郎たちが深く関わって、命をかけることになる。

 さすがに、イザベラだけを安全な状況にしたいとは口にはできないのだろう。

 それに、そもそも、イザベラには一郎たちと行動をともにする以上の安全な場所など、どこにもない。

 

「承知したわ、ロウ」

 

「わたしもです」

 

 ミランダとスクルズも大きく頷いた。

 

「あたしにできることはあるかい、ロウ殿?」

 

 マアが言った。

 今回のことで一番に貢献をしてもらったのはマアであることは間違いない。

 流通の力でキシダインの屋台骨を崩し、キシダインの権力を支えている大貴族たちを領地に返している。

 だから、いまはキシダインが失脚をしようとしても、大きな声でそれを阻止しそうな大貴族は王都に不在だ。

 そのあいだに、罠に嵌まったキシダインを追い込める。

 また、独自の情報力でキシダインの悪事に迫ることができたのも、マアのおかげだ。

 マアがいなければ、アンのことなど、なにもわからなかっただろう。

 しかし、いまの説明では、当日の行動として、マアの役割はなにも含まれていない。

 

「三つほどあるかな……。ひとつ目は緊急だが、魔道具の手配を……。アン夫人のことがあるので、どうしても潜入のようなことが必要だ。危険な仕事だけど、これはコゼとシャングリアに託したい。だが、矛盾するようだが、絶対に危険にも晒したくないんだ。とにかく、いつでも脱出できる移動術の魔道符と変身用の魔道具が欲しい。いずれも、魔道遣いでなくても扱えるものだ。また、絶対に見破れないものを……」

 

「すぐに準備しよう。明日の夕方までにな……」

 

 マアが頷く。

 やはり頼もしい女だ。

 一郎はにっこりと笑った。

 

「お任せください、ご主人様。なんでも命じてください」

「わたしもだ」

 

 コゼとシャングリアがはっきりと言った。

 

「それであとふたつは、なんだ?」

 

 マアだ。

 一郎はにっこりと微笑んだ。

 

「もうひとつは、ここで祈ってくれ。なにもかもうまくいって、みんなで明るく笑えるようにね……。最後の願いは、おマアだけでないかな……。まあ、全員に対するお願いだ」

 

「全員?」

 

 ミランダが口を挟んだ。

 一郎はにっこりと微笑んだ。

 

「ああ、これだけの仕事だ。俺だってご褒美が欲しい……。だから、全部うまくいったら、俺の女たちの全員を剃毛させて欲しいんだ。そして、股間に俺の愛奴であるという紋章のような印を刻みたい。これをさせてくれたら……」

 

「て、剃毛──。いま、剃毛って言ったの、ロウ? じょ、冗談じゃないわ──。印はともかく、剃毛って、あそこの毛を剃るということでしょう──。馬鹿じゃないの──。なにを言ってんのよ──。真面目に語っているのかと思えば、その真面目な顔でふざけたことを言わないのよ──」

 

 真っ赤な顔で怒鳴りだしたのはミランダだ。

 あまりの突然の権幕で、むしろ一郎がびっくりしたくらいだ。

 しかし、自分の愛奴を剃毛するというのは、男の夢のようなものだ。いま実際に剃毛しているのはエリカくらいだし、これを機会に全員の毛を剃ってしまいたいなと思ったりしている。

 

「だから、お願いだろう──。それに俺は真面目だぞ。いいじゃないか、剃毛くらい」

 

「いや、いや、いや、絶対にいやあ──。いやよ。ふざけないでよ、あんた──」

 

 ミランダが真っ赤な顔のまま大声をあげた。

 これは嬉しいことになってきたと思った。

 こんなにも激しく嫌がるのだ。

 実際に剃毛することになったら、どんなに愉しいことになるのだろう。

 

「剃毛って……なんだ?」

 

 イザベラは首を傾げている。

 剃毛そのものの意味がわからないらしい。

 ほかの女は、あんぐりと口を開いて絶句して顔を赤くしている。比較的、動顛してないのは、すでに剃毛済みのエリカくらいのものだ。

 

「剃毛とは、あそこの毛を全部剃って、つるつるにすることですよ、姫様……。もちろん、俺が自らやります。一本一本の毛穴を食い入るように確認しながら綺麗に剃りあげてあげますね。なにしろ、命をかけるんですからね。嫌とは言わせませんよ……。ああ、そういえば、今朝、侍女たちを亜空間で抱かせてもらっときに、ヴァジーたちには話をしました。全員に剃毛させて欲しいってね」

 

「なっ」

 

 イザベラがやっと、ほかの女同様に絶句する。

 一郎は大笑いした。

 だが、笑うのは一郎だけだ。

 女たちの顔は引きつっている。

 

「いやっだたら、いやあ──。それだけは、絶対にいやよお──」

 

 ミランダがもう一度声をあげた。

 

「はいはい……。まあとにかく、全部終わってからだな。そのときに話し合おうよ」

 

「話し合う余地なんて、ないのよ──」

 

 ミランダの怒りの絶叫が部屋に響き渡った。

 

 

 *

 

 

「三人よ」

 

 まずはトリアが言った。

 

「ひとり……です」

「あたしはふたりです」

 

 すると、ノルエルとモロッコが続けて応じた。 

 小離宮にある食堂である。

 実は内密なことであるが、今夜はシャーラとともにイザベラ王女が移動術で外出をしている。

 嬉しそうに、いそいそと出掛けたので行き先はロウのところに決まっているが、おかげでトリアたちにはすることもない。

 たったいままでは、マアから送られた氷菓子を全員で愉しく食べていたが、いまは当番の者以外は自室だ。

 しかし、当番のトリアたち三人については、王女がいずれ戻るまでは、休むわけにはいかない。

 だから、この食堂に夜勤当番が集まり、なんとなく雑談に興じていたところである。

 

 少し前までも、トリアは、王女がシャーラと移動術で度々に外出をしていた気配は掴んでいたものの、一切の情報を教えてもらえなかった。

 一応はトリアだって、イザベラ王女に忠誠を誓っており、実家からの圧力にも抵抗して、最後までイザベラに付いていく覚悟だった。だからこそ、トリアを信頼してくれていないということに寂しさを感じていたものだ。

 まあ、やむを得ない状況ではあったが……。

 

 それが数日前に全員がロウの女にしてもらってから、一変して詳細な行動を教えてもらえるようになった。

 いまも、王女の不在を悟らせない工作をここで継続するように指示されている。

 嬉しいことだ。

 

 それはともかく、いま話していたのは、今日一日のあいだに、何人の男に声をかけられたかということだ。

 王女付きの侍女は、宮廷に残っている唯一の王女であり、もっとも高位の王位継承権を持つイザベラの専属侍女であるのに、なんとなく日陰者扱いのところがある。

 とにかく、宮廷内の厄介者という感じであり、宮廷内で一番の勢力を持つキシダインの政敵の位置づけであることからも、王女付きの侍女たちに積極的に声をかける者などほとんどなかったのだ。

 それが、この数日だけで、トリアだけでなく、多くの侍女たちが何度も宮廷内で声をかけられたのだという。

 全部、男からだ──。

 つまりは、付き合わないかという誘いの声掛けだ。

 

 あのときロウが口にした、ロウに抱かれれば抱かれるほどに美しく変わるというのは、やはり真実であり、まだ数日だというのに、毎日訪れるロウに亜空間で抱かれることで、トリアは自分の肌が驚くほどに綺麗になったという実感がある。

 もちろん、ほかの女も同様だ。

 もとの肌が白いトリアなどはどこまでも白くなったし、目の前の濃い褐色の肌のモロッコなどは、本当に美しい艶々の黒い肌だ。同性のトリアがぞっとするほどに美しい。

 王女付きの専任女官長のヴァージニアなど、まるで別人であり、その変化には度肝を抜かれるほどだ。

 

 だからだろう。

 突如として、声をかけられるようになったのは、その影響というのは間違いない。

 また、自分で言うのもなんだが、トリアたちはただ肌が美しくなったわけじゃない。

 何ともいえない色香のようなものまで帯びるようになった気もする。

 毎日、毎日、確実に自分が美しくなり、色香を帯びるように変わっていくのを感じる。

 本当に、ロウの愛奴になってよかったと思っている。

 しかも、早晩、王女はキシダインとの抗争に打ち勝って、正式の王太女になると思う。

 そうなれば、日陰者扱いの立場は劇的に一変するだろう。

 

 しかし、高位貴族の子女がいまから王女付きの侍女になりたいとやってきても、トリアたちが外される気づかいはない。

 なにしろ、トリアたちは、ロウの女ということでは、王女と同じ立場の仲間なのだ。

 ロウがそう言った。

 だから、絶対に一生の面倒を看るとも……。

 

 自分たちは勝ち組だ。

 トリアはいまの自分の立場を愉しんでいる。

 なによりも、毎日抱いてくれるロウとの交合は本当に気持ちいいし……。

 鬼畜な調教だって、正直、今日はなにをさせられるのだろうと、半分怯えながらも、わくわくしている自分がいることは確かだ。

 

「やっぱりね……。だけど、これから毎日、こうなのかしら。はっきり言って、もうロウ様だけしか目に入らないという感じだから、好条件の独身男だとしても迷惑このうえないのよね。なんとかならないかなあ」

 

 トリアは言った。

 困っているというのは本当だ。

 たった数日で、この変化だ。

 今後、トリアたちがロウの精をたくさんもらって、さらに美しくなるのは間違いないと思う。

 そんな不思議な力がロウの精にあるのは確信している。

 だが、そうなれば、いまはただの声掛け程度で済んでいるものが、実家を通じての結婚の申し込みということにでもなるのではないだろうか。

 いまさら、他の男に嫁ぐつもりはないので非常に面倒だ。

 キシダインが目の仇にしているイザベラ専属侍女になったことで、婚姻話などないことを覚悟していたが、よく考えれば、ロウの企てが成功して、イザベラ王女が王太女にでもなれば、いまの王女付きの侍女たちは、王女と結びつきが強い好条件の結婚相手に早変わりだ。

 どうしたものだろうか……。

 

 そのとき、扉が開いてヴァージニアが入ってきた。

 侍女たちのトリアとは、女官ということで立場は異なるが、本来は大変に優秀な叩きあげの女官だということは耳にしていた。

 だが、やはり試験登用であるということと、色気皆無の堅物という評判が祟ったのか、少し前のことであるが、王女付きの女官として小離宮にやってきた。

 王女付きの女官長といえば聞こえはいいが、部下のない女官長であり、王女自体が宮廷の仕事を全くしていていないので、業務といっても少し前から始まっている王女騎士に関わるものくらいだ。

 本来のヴァージニアの実力から考えると、閑職以外の何者でもないだろう。

 また、堅物という印象は、一緒に働いていても同じだった。

 いつも険しい顔をして、トリアたちに厳しいことを要求する姿に接するにつれ、面倒な上司がやってきたなあとしか思えなかった。

 しかし、縁があり、同じ男の支配される性奴隷になってみると、存外に可愛らしく情熱的なところもあるということを知った。

 

「ねえ、ヴァージニア様、いま話していたんですけど、やっぱりヴァージニア様も、お綺麗になって、たくさん声をかけられるようになりました? 今日一日でどのくらいの声をかけられたかって、話をしていたんですけど」

 

 トリアは言った。

 数日前なら、ヴァージニアを相手に、こんな軽口をいきなりするなど考えられなかった。

 しかし、このヴァージニアは、ロウから特別の雌犬調教というやつを受けていて、亜空間で一緒になるときは、ずっと四つん這いで這うことを強要されているし、一緒にならないときも、亜空間から戻った直後は、最低一周以上を屋敷内にいる全員の前で素裸で四つ足で首輪付きで歩かされている。

 同じように調教を受けている身分としては、対等の性奴隷としての親しみしか湧いてこない。

 

「トリア様……そんなことは……」

 

 ノルエルが心配そうに横から口を挟んだ。

 モロッコも驚いている。

 ふたりにとっては、まだヴァージニアは厳格な女官長様なのだろう。

 

 だが、ロウに抱かれて劇的に変わったのは、ヴァージニアなのは間違いない。

 若返っているし、よく見れば、目もひと回り大きくなって鼻筋も美しい。ひと周り小顔にもなって、大変な美女になった。ずっと後で丸めて束ねていた髪をおろして、お洒落に伸ばしているというだけでは、ちょっと言い訳の難しい変化だ。

 

「声をかけてくる男ということ? 関係ないわね。わたしは、ロウ様以外には(なび)かないわ。そもそも、ずっとわたしのことを見下すような視線で見ていたのに、突然に甘えたような声で言い寄って来ても、気持ち悪いだけよ」

 

 ヴァージニアがぴしゃりと言って、空いている椅子に座った。

 殺気までこもっているのではないかと思うような冷たい物言いだが、これがロウの前になると、甘えた鼻声に変わるので愉快だ。

 初日にロウと悶着を起こした迫力は、いまのヴァージニアにはロウに対しては皆無だ。

 

「まあ、それはわかりますけど、参考までにどのくらいなのかなあって……」

 

 トリアは(おもね)るように言った。

 

「三十五人よ──。ロウ様の性奴隷であるわたしに声をかけるようにな不届き者は全員の名を記録しているわ。あまりしつこいようなら、いずれあらゆる手段で排除する方針よ」

 

 凄みのある口調でヴァージニアがそう言ったので、トリアはびっくりした。

 だが、いまのヴァージニアなら、本当になんでもやりそうだ。

 業務上の罠を仕掛けられて、順に左遷されていく哀れな男たちを考えると、トリアもぞっとしてしまった。

 横を見ると、ノルエルもモロッコも目を丸くしている。

 

「まあ、ヴァージニアさんはそれだけの能力があるからいいですよね。だけど、わたしたちなんて、男を跳ね返すような力があるわけでもないし……。まあ、モロッコなら、しつこい男を剣で圧倒するんだろうけど」

 

 トリアは言った。

 

「まあ、そうかもですね」

 

 モロッコが笑った。

 ロウの女になることで、何人かの女は大きく能力を発揮させた。

 モロッコもそうだ。

 前から剣の覚えはあったが、やはり女ということで男に通じる実力というほどでもなかったようだ。

 それが、一昨日騎士団の稽古に特別参加したところ、全員を完全に圧倒してしまったという。

 シャーラも、いまはモロッコの実力を認めて、自分がいないときのイザベラ王女の護衛をモロッコに命じたりしている。

 

 ほかに、著しい能力の飛躍はセクトだ。

 料理が神がかり的に美味しくなったのだ。

 いまでは、セクトが作ったもの以外は、とても口にする気にならない。

 先日やってきたロウに、セクトが手作りの菓子を振る舞ったところ、ロウも絶賛していた。

 ほかの者はよくわからない。

 トリアも、最近では妙に頭が冴えている気もするが、もしかしたら、そんなところもロウのおかげなのかもしれない。

 

「困るようなら、わたしに言いなさい。あらゆる手段であなたたちを守るから──。それも、わたしの役目だと思っているわ。とりあえず、その男たちの名と所属を教えて──。それとなく、手を打っておくから」

 

 ヴァージニアが真面目な顔で言ったので、トリアはいざとなったら頼むとお茶を濁した。ちょっと声をかけたくらいで、ヴァージニアの工作に嵌まって、仕事を失う男たちが気の毒だ。

 

「あっ、そう……。じゃあ、とにかく、困ったら、ちゃんと言うのよ。ほかの者もそう言っておいて」

 

 ヴァージニアが念を押すように言ったので、そのときにはお願いしますと、トリアは頭をさげた。

 

「でも、確かに、急に絡まれだした者も多いみたいですね」

 

 モロッコが口を挟んできた。

 すると、ヴァージニアが大きく頷いた。

 

「さっきも言ったけど、ちゃんと手を打つから任せておいて。ただ、あなたたちも、絡んでくる男たちには毅然と対応しなさい。場合によっては、自分たちはロウ様の女だとはっきりと言ってもいいのよ。それについては、王女殿下にも、ロウ様にも許可を得ているから」

 

 ヴァージニアが言った。

 

「えっ、口にしてもいいのですか……?」

 

 ノルエルだ。

 トリアも意外だった。

 はっきりと言われたわけでじゃないが、ロウはイザベラ王女の愛人だ。その愛人を侍女たちもまた、女にしてもらっているということは、決して漏らしてはならないことだと思っていた。

 

「いいのよ。ロウ様はたくさんの女を同じように愛して頂ける方よ。アネルザ殿下もそうおっしゃっていたわ。堂々とすればいいのよ。もちろん、それがあなたたちに都合が悪いことなら、言わなくてもいいわ。ロウ様も、姫様もその態度よ」

 

 ヴァージニアは言った。

 

「それなら、いいかもしれませんね……。男に言い寄られても、もう、ロウ様の性奴隷にしてもらっているとはっきりと口にすれば、もう近づいて来ないかも……」

 

 トリアは笑った。

 すると、ヴァージニアも微笑んだ。

 

「まあ、ほかにもわたしは考えていることもあるけどね……。ロウ様が今朝お訪問になったとき、今回の騒動が片付けば、わたしたちの全員を剃毛したいとおっしゃったのを覚えている? そして、股間にロウ様の愛奴である模様のような印を刻むとも……」

 

 そして、ヴァージニアが言った。

 トリアはかっと顔が赤くなるのを感じた。

 もちろん、記憶している。

 ロウによれば、近くキシダインとの決着をつけることを考えていて、それが終われば、トリアたち全員の股間の毛を剃って、ロウの性奴隷の証である印をつけたいということだ。

 もちろん、それを受け入れてくれた女だけのことと念を押したが……。

 朝からずっといままで、侍女たちはその話で持ちきりだった。

 どうなるかわからないが、おそらく全員が受け入れるのではないかと思っている。少なくとも、トリアとノルエルについては、また、一番最初に立候補で手をあげようと話し合っている。

 

「も、もちろん、覚えています」

 

 とりあえず、トリアは言った。

 

「わたしは、そのときに、そのロウ様の愛奴の証というものを股間にはもちろん、どこか見える場所にも刻んでもらうつもりよ。額とかね……。そうすれば、わたしがロウ様の持ち物であることを誰もが一瞬で理解するでしょうし……」

 

 ヴァージニアがうっとりとした表情になった。

 顔に性奴隷の印──?

 さすがに、トリアは鼻白んでしまった。



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182 王妃の激怒と決意

「遅くなりました、お母様」

 

 「アン」がやって来た。

 アネルザは、庭園に真ん中に準備した茶会のテーブルについたまま顔をあげた。

 周りを花が囲んでいるテーブル付きのベンチに腰かけているのはアネルザとサキだ。

 サキについては、今回のことでロウに特にお願いをして、連れてきてもらった。アネルザの実家と縁のある遠方の外国の高位貴族の令嬢という触れ込みだ。

 この会合の後で考えている最後の詰めのためだ。

 

 実際のところ、人間族の女として着飾ってやって来たサキは、備わっている威厳もあり、令嬢どころか、亡命でもしてきたどこかの王族の姫でも通用するのではないだろうかと思うような風格だ。

 アネルザの提案に、最初はロウは渋ったが、アネルザの申し出の必要性は感じて理解をし、さらに、サキに話してくれることになった。

 サキも退屈凌ぎとしてはいいだろうということで、こうやって来てくれたということだ。

 王宮内をうろうろとすることになるので、隠れて入り込むよりも、こうやって正規のアネルザの客ということにした。

 場合によっては、これからも、アネルザとともに骨を折ってくれることを頼んだ。

 サキは笑って承知してくれた。

 

 サキについては、実は妖魔だということはわかっているが、あの破廉恥競技会以来、アネルザはなんともいえない親しみのようなものをこのサキに感じている。

 まあ、同じロウという希代の男に躾けられた女ということでは、人間族も妖魔族も変わりなく、同じ女だと思っている。

 

 いずれにせよ、ロウに教えられたことは、いまでも信じられない。

 いや、信じたくない……。

 とにかく、腹は煮え返っている。ロウからはくれぐれも自重しろと厳しく念を押されてはいるのだが……。

 

「よく来たな、アン。こっちは、わたしの友人だ。ゆえあって、しばらく王都に滞在することになった。詳細は訊くな。教えられん」

 

「そうですか。お母様がお世話になっております。アンでございます」

 

 アンがにっこりと微笑んで優雅に挨拶をした。

 すると、サキが横で不敵に微笑むのがわかった。

 いや……。

 これは……。

 アネルザは、ぐっと握った拳をテーブルの下に隠した。

 すると、サキが横で口を開いた。

 

「サキだ。このアネルザとは、とても親しい仲でな。まあ、わしのことは、そこにある花同様に、なにかの置きものとでも思ってくれ。気を使わんでよい。わしはお前ら母娘の会話に口を出すなと、主殿(しゅどの)に指示されておる」

 

 サキが立ちあがることもせずに言い放った。

 

「主殿?」

 

 アンが小首を傾げる。

 

「わしのことは気にするなと申したぞ」

 

 サキがアンを睨んだ。

 アンがたじろいだ表情になるのがわかった。

 アネルザはくすりと笑った。

 

「そ、そうですか……。では、改めてご挨拶だけでも……」

 

「不要だ」

 

 サキがぴしゃりと言い放つ。

 アンがますます面食らっている。

 アネルザは、サキの態度に少しびっくりしたものの、逆に落ち着きもした。

 いずれにせよ、茶会などに参加させると騒動を起こす可能性があるということで、ロウが事前に念を押したのだろう。

 だが、それを堂々と喋るとは思わなかった。

 まあいい……。

 どうせ、面食らうだけで、なにを言ったのかわからないだろう。

 案の定、目の前のアンは、サキの言葉の内容よりも粗暴な態度に困惑しているみたいだ。

 しかし、あんなに乱暴な口調にも関わらず、それでいて、醸し出す高貴さがあるのだから、このサキも大したものだ。

 

 また、この席にはふたりの「女奴隷」が後ろに立っている。一応、この茶会の給仕をするために、このふたりはここにいるというかたちだ。

 また、テーブルの上には、アンを迎えるために準備した菓子や果物が並べられている。

 すでに座っていたアネルザとサキの前には、湯気のたっている茶も置いてあった。

 

「サキについては、その通りにせよ。気にするな。サキが挨拶は不要と申せば不要なのだ。いないと思え。とにかく、座るがよい、アン」

 

 アネルザは言った。

 アンはちょっと困惑している感じだ。

 

「そ、そうですか……。ところで、ご無沙汰しておりました、お母様」

 

 アンは、いつも通りのにこやかな笑みを頬に浮かべ、明るい薄桃色のスカートをちょっとだけ摘まんで、アネルザに小さく会釈をする。そして、アネルザの向かいの席に腰をおろした。

 そのとき、アンの連れてきた侍女のひとりが、アンの腰掛ける椅子を持って介添をした。

 アンにはふたりの「侍女」が同行しているのだ。

 アネルザは、アンがアネルザに向かい合う席に座るのを待ち、アンの連れて来たふたりの侍女に視線を向けた。

 

「……同伴の者には、別の席を準備させておる。そこで自由に過ごすがいい。今日はアンとふたりきりで大切な話があるのだ。席を外せ」

 

 アネルザは言った。

 少し離れた場所に同じような茶会の準備だけをしたテーブルがある。

 お互いの席を眺めることくらいはできるが、声は到底聞こえない。

 そういう位置だ。

 アネルザは、そこを顎で指した。

 

 すると、ふたりの侍女は当惑した表情になった。

 なにしろ、アンとアネルザがこうやって茶会のかたちで会うのは珍しいことではないが、同伴する侍女たちを遠ざけるように指示したのは、これが初めてだからだ。

 アネルザは、これまでは気にも留めていなかったが、そういえば、アンと会うときには、いつも複数のキシダイン家の侍女が一緒にいたということを思い出していた。

 彼女たちは、アンのもともとの侍女ではない。

 キシダイン家の昔からの侍女だ。

 こんなことにも、気がつかなかったとは……。

 アネルザは、これまでのことを思い出して悔いた。

 

「ふたりきりと申しますが、お母様も侍女を連れているじゃありませんか。この者たちも、そばにいてはいけませんか? それにサキ様だっておられるし、ふたりきりとは……」

 

 アンが甘えるような口調で言った。

 しかし、アネルザは、厳しい表情を装って首を横に振った。

 

「……大切な話があると言ったはずだ、アン。侍女は遠ざけよ。それに後ろにいるのは、奴隷女だ。人間ではないわ」

 

「わしについては、単なる置物だ。そう申したぞ」

 

 アネルザに次いで、サキもすかさず笑いながら言った。

 アンは困惑の表情になった。

 

「わたしたちは、席を外しましょう、アン様」

 

 アンの侍女が口を挟んだ。

 すると、アンが侍女に向かって小さく頷いた。

 

「では、そのように……」

 

 アンが頷き、アンのふたりの侍女がアネルザにお辞儀をしてから、示されたテーブルに離れていく。

 

「それで、急のお呼びだてですが、なにかございましたか、お母様?」

 

 アンがにっこりと微笑みながら言った。

 そのアンの前に茶器が置かれて、そこに赤茶色の飲み物が注がれる。

 

「なあに……。エルニア産のラクト果が珍しくも手に入ってな。それで、お前を呼び出して、食べさせてやろうと思ったのだ。子供の頃に、そなたが好きだったのを思い出してな……。ただ、ラクト果は高価だ。侍女風情には勿体ない。それで遠ざけたのじゃ」

 

 アネルザはうそぶいた。

 アンは、意地悪なお母様と笑って、テーブルの真ん中にある赤いラクト果の実を手で摘まんで口に入れた。

 アネルザは、アンがおいしそうにラクト果を食べるのを注意深く見ていた。

 もっとも、会う前はこういう仕掛けで確認しようと思っていたのだが、実際には不要だった。

 顔を見るだけで確信した。

 むしろ、なぜいままでわからなかったか不思議なくらいだ。

 

「……それで、夫のキシダイン公はどうだ? 夫婦仲良くしておるか?」

 

 アネルザは、込みあがるものを耐えた。

 そして、アンが二つ目のラクト果を食べ終わったところで不意に訊ねた。

 アンが驚いた表情になった。

 

「な、なんですか、突然……? もちろん、仲良くしております。キシダイン様は、それはもう、お優しいお方ですから……」

 

 アンは言った。

 

「そうであろうな……。お前たちの仲の良さは王都でも評判じゃ。だが、十日ほど前から、グラム兄弟というタリオ公国の客がお前の屋敷を訪問しておるであろう? 実のところ、あの兄弟はわたしは好かん。女を殴ったり、蹴ったりするのが性癖だという悪評は聞き及んでおる。先日も王宮で小さな騒ぎを起こしてな」

 

「えっ、グラム様たちが?」

 

 

「そうだ。それで、その兄弟がキシダイン邸にずっといるとあっては、ちょっとだけ心配になってな」

 

 アネルザがそういうと、アンはぷっと噴き出した。

 

「グラム様たちなら、確かに屋敷に滞在しておられます。でも、礼儀正しい方々ですよ、お母様。でも、お母様の言うことなら、本当なのかもしれませんね……。だけど、本当にあの方々たちが、実はそんな困った方々なのですか? そうであれば、人は見かけによりませんね」

 

 アンは口を押さえて小さく笑った。

 そんな仕草は、アネルザの知っている娘時代のアンとまったく同じだ。

 

「ならば、いい」

 

 アネルザは茶を飲み干し、それを皿に置いた。

 後ろに侍っている「女奴隷」のうち、左側の者が新しい茶をそこに注いだ。

 左側……。

 アネルザは、緊張でどっと口に溜まった唾を飲み込んだ。

 そして、思わず立ちあがりそうになった。

 やはりそうだ──。

 

 そうであるという確信は、目の前のアンと会ったときに感じていた。

 だが、信じたくはなかった。

 あの優しいアンの幸せが偽物であり、目の前のアンが口にしたことが、アネルザを騙すためにつき続けられた出鱈目だということなど……。

 

「ひんっ」

 

 だが、浮きあがりかけた腰に、不意に舌で局部を舐めあげるような刺激が襲い掛かった。

 アネルザは、思わず声をあげるとともに、どすんと尻もちをつくように椅子に腰を落としてしまった。

 

「ははは、どうした、アネルザ? 尻でも触られたか? いや、これは済まん。わしは置物であったよ。もう口は挟まん」

 

 サキが愉しそうに笑った。

 アネルザはサキを睨んでから、次に、背後にいる「女奴隷」を睨みつけた。

 

「どうかしましたか、お母様?」

 

 一方で、目の前のアンがびっくりした声をあげる。

 

「な、なんでもない──」

 

 アネルザは顔が赤くなるのを感じながら、平静を装って言った。

 そんな悪戯をした者の正体はわかっている。

 だが、おかげで、興奮しかけた頭が、別の興奮で塗り替えられて、落ち着くことができた。

 すでに、さっきの刺激はなくなっているが、アネルザを落ち着かせるのが、さっきの刺激の狙いだろう。

 

 しばらく他愛の無い話をした。

 アネルザの眼には、アンにいつもと変わったところは感じなかった。

 とにかく、アネルザは本題に入ることにした。

 これを伝える役目があるから、じっと我慢していたのだ。

 さもなければ、こんな女といつまでも、親しく話してなどいられない。

 アネルザは落ち着くために、何度目かの深呼吸をこっそりとした。

 

「……ところで、今日、わざわざ呼びだてしたのは、実のところ大切な話がある……。これは他言無用だ。特に、キシダインには黙っておれ。明後日には正式にお触れが出されるが、重臣への披露は明日だ。お前も知らなかったことにせよ。よいな──」

 

 アネルザは言った。

 アンが口にしかけていた茶を皿に戻して、訝しむ視線をアネルザに向ける。

 

「大切な……お話……ですか?」

 

 アンが言葉を噛みしめるように、小首を傾げてアネルザをじっと見る。

 

「かねてから懸案になっていた王太子問題のことだ。あの陛下はついに、お心を決められたぞ……。突然のことだが、明日、城郭郊外の演習場にて、王族や主立つ貴族が集まる王軍の演習の謁見の席でついに王太子が発表される……。新しい王太子はイザベラじゃ──」

 

「え、ええっ──?」

 

 アンが目を丸くして、悲鳴のような声をあげた。

 アネルザは、大きく舌打ちをして、アンに落ち着けという仕草をした。

 アンは口をつぐんだ。

 だが、その表情には、大きな動揺と驚きの色がある。

 

「とにかく内密だぞ、アン──。お前とキシダインの仲は知っておるが、これは王家のこと──。夫婦のこととは思うな。キシダインとイザベラが王太子の座を巡って争っていたことはわかっておるが、もう決まったのだ。明日の謁見式では、これまでずっと空席だった王太子席に、イザベラが座るように陛下が促される。キシダインは、一段下の重臣席だ。この意味は誰であろうとわかるはずだ……。まあ、そういう段取りだ」

 

「ちょ、ちょっと待ってください、お母様──。そんなことは、あまりにも突然で……」

 

 アンが口を挟もうとするのをアネルザは制した。

 さらに続ける。

 

「わざわざ、お前に知らせたのは、明日の夕刻に、キシダインが屋敷に戻ったとき、おそらく、かなり荒れるだろうと思うからだ。あの者も、ひそかに王太子を期待しておったからな。だから、それとなく、キシダインの心を慰めてやれ。ただし、事前に知っていたことは絶対に口にするな。よいな、アン──」

 

 アネルザははっきりと言った。

 

「そ、そんな……。で、でも……。お、お母様は、キシダイン様のお味方ではなかったのですか?」

 

 アンが色をなした口調で言った。

 

「わたしは、別に誰の味方というわけでもない。キシダインも身内なら、イザベラも身内だ。イザベラが王太女になれば、王妃として、それを支えていくつもりだ。キシダインもそうであろうよ。王太女になったイザベラを今度はハロルド公として支えるだろうて……。心配するな、アン──。あのキシダインは、王太子になれなかったくらいで自暴自棄になる男ではない。自分の夫を信頼せよ」

 

 アネルザは言った。

 しかし、目の前のアンは、それでも大きな動揺をしているようだ。

 そして、慌てたように、アネルザにいとまの挨拶をして立ちあがった。

 何度もキシダインには伝えるなと念を押したが、この「アン」が一刻も早く、さっきのアネルザの言葉をキシダインに伝達したいと考えていることは確かだろう。

 アンは、離れていた侍女と合流して、そそくさと立ち去っていった。

 

「サキ?」

 

 そのとき、後ろの「性奴隷」のひとりが声をかけた。

 サキが頷く。

 

「特に置き土産のようなものはないな。魔道具は置いていっておらん。普通に話しても大丈夫だ」

 

 サキが言った。

 心配していたのは、さっきのアンがここでの会話を盗聴するような魔道具を残していくことだった。

 どうやら、そういうものはないらしい。

 

「ならいいか」

 

 アンたちが完全に視界から消え去ったのを確認し、それを待っていたかのように、背後の「女奴隷」がアネルザの両側に腰をおろした。

 

「よく耐えたな、アネルザ。あそこで、お前に暴れ出されたら、全部の計画がぶち壊しになるところだった。とにかく、明日までに始末はつく。アン殿のことも任せてくれ。どういう状況なのか、まだわからないが必ず助ける。とにかく、全力を尽くすから」

 

 口を開いたのは、左後ろに立っていた「女奴隷」だ。

 そして、その「女奴隷」が『変身の指輪』の効果を解除した。

 変身の指輪は、マアの準備した物らしい。

 女奴隷の装束はそのままだが、身に着けているのがロウになった。

 一方でもうひとりの女奴隷も変身を解く。

 こっちはエリカだ。

 ふたりが、自ら「奴隷の首輪」に見せかけた偽物の首輪を外して、テーブルに置いた。

 

「あれは、本物のアンではなかったよ、ロウ殿。一目瞭然だった。おそらく、いままで、アンだと思い込んでいた女は、真っ赤な偽者だったのだと思う。それをわたしは、アンだと思い込んでいたのだ……」

 

 アネルザは口惜しそうに言った。

 はらわたが煮え返りそうだった。

 いまこそ確信した。

 おそらく、アネルザは、アンがキシダインに嫁いで以来、ただの一度もアンと会ってはいない。

 アンだと思い込んでいたのは、いまの得体の知れない女だ。

 多分、ロウたちが女奴隷になっていたのと同じ手段で、アンに成りすましていただけだと思う。

 口惜しくて堪らない……。

 あのキシダインめ……。

 

 とにかく、アンが本物かどうかは、ロウが見極めるということになっていた。それが、二杯目の茶を注ぐときの取り決めだったのだ。

 よくわからないが、ロウはどんなに巧妙な「変身」だろうと、目の前にいる相手が偽者だった場合は瞬時にわかるらしい。

 そして、そのロウから指示されたのは、そのアンを呼び出して、国王が秘密裏にイザベラを王太子に選んだという偽情報を伝えることだ。

 その目的は、最終的にその偽情報を自然なかたちでキシダイン自身の耳に入れるようにすることだった。

 キシダインも、他の者の情報ならともかく、キシダインの味方のはずのアネルザからの言葉なら信用するはずだ。

 もっとも、それは、全部ロウに言われたことなのだが……。

 

 そして、そのとき、やって来たアンが偽者だったら、二杯目を左後ろのロウが注ぎ、本物だったら、右後ろのエリカが注ぐという取り決めにしていた。

 アネルザには、つい数日前までには思いもよらない話だったが、ロウは、アネルザに呼び出されてやって来るアンは、十中八九、偽者だと判断していたようだ。

 そして、二杯目を注いだのは、左後ろのロウだった。

 つまり、さっきのアンは、偽者ということだ。

 

「これまでのことは知らないが、さっきいたのは、ルイという名の女だ。おそらく、キシダインの部下なのだろうな。俺たちと同じように、変身の指輪を使っていたようだ」

 

 ロウが言った。

 すると、サキが口を挟んだ。

 

「確かに、変身の魔道具を持っていたな。間違いない」

 

 サキの言葉にロウが頷く。

 

「いままでも、さっきのように、どうしても外にアン王女を連れ出さなければならないようなことがあれば、あのルイという女性が変身の指輪で変身して、外に出ていたのだと思うよ。おそらく、アン王女の身代わりを完璧にこなせるように相当に訓練しているんだろうね……」

 

 ロウが言った。

 アネルザは唖然としてしまった。

 だが、さすがに首を横に振った。

 

「……まさか……。いや、確かに、さっきの女はアンではない。ラクト果をおいしそうに食べたのが証拠だ。あのラクト果は、エルニアでしか手に入らない珍しいものだが、子供の頃、一度だけアンに食べさせたが、あの酸っぱさにアンは一度で大嫌いになった……。いや、そんなことは問題じゃない。わたしにはすぐにわかった。あれはアンじゃなかった……」

 

「おそらく、本物のアン王女は、キシダイン邸の奥深くに、ずっと監禁され続けているんじゃないだろうか。そう思う……。勘だけどね」

 

「そなたの言うとおりだな……。だが、さっきだけでなく、わたしが会っていたアンはずっと偽者で、本物のアンが閉じ込められているなど……。それにまったく気がつかないなど……。実の娘なのに……。なんという迂闊……」

 

 混乱していた。

 自分でもロウが正しいということはわかっている。だが、そうであれば、アンが非常に不幸な境遇にあるということになる。

 さもなければ、わざわざ、偽物のアンを作るなど危険なことをキシダインがする道理がない。

 また、そうであれば、自分は実の娘もわからない大馬鹿者ということにもなるのだ。

 すると、反対側にいるエリカが口を開いた。

 

「……王妃殿下、わたしは難しく考えることは苦手ですが、これだけは言わせてください。このロウ様が、“勘だ”といわれた言葉が、いまだかつて間違っていたことを知りません。本当に、アン王女様は、結婚以来、ずっとキシダイン邸に監禁されているのではないでしょうか」

 

 アネルザはエリカの言葉に呆然としてしまった。

 あの優しくて、心の綺麗なアンが、キシダインにずっと閉じ込められている……?

 確かに、そんな噂があることは知っていた。

 そのたびに、こうやってアンを呼び出しては、真偽を確かめて、噂など根も葉もないことだと自分に言い聞かせた……。

 

 だが、そのアン自体が、まさか偽者だとは……。

 本当に……?

 そんな……。

 

「……も、もしも、それが真実なら、わたしはキシダインを許さん。あんな男、八つ裂きにしてやる──。おのれ、どうするか、見ておれ──。いや、もう我慢できん──。いまから、キシダイン邸に乗り込む──。そして、アンと無理矢理に会う──。そして、あの男の首を捩じり切ってやる」

 

 アネルザは激昂して立ちあがった。

 だが、その瞬間、またもや、尻の穴を舌で舐められる感触が襲いかかった。

 

「やんっ」

 

 アネルザはまたもや、椅子に座り直してしまった

 

「可愛い声を出すじゃないか、アネルザ」

 

 サキが横で笑った。

 ロウも笑っている。

 まったく、この男は……。

 アネルザは、顔が赤くなっているのを感じながら、ロウを睨みつけた。

 

「まあ、落ち着くことだ。相手は影響力の大きさでは、国王陛下も認めざるを得ないキシダイン公爵閣下だ。うまく立ち回らないと、この国で内戦になるぞ。まあ、俺たちに任せておけよ。そのための明日の策だろう? まずは、キシダインを追い詰める大義名分を手に入れることだ。そのために、あいつには、まずは思い切った手を打ってもらう。そして、それを証拠にキシダインを告発する。確かな証拠をかざされては、さすがにキシダイン派の連中も、表立って動くことはできん」

 

 ロウがにこりと笑った。

 アネルザは大きく息を吐いた。

 

「……わかった。もう、なにもかも、ロウ殿の策に乗る。その代わりに、アンを任されてくれないか? もはや、わたしは、ただただアンが幸せになってくれるのを願うだけだ」

 

「じゃあ、任されるよ。とにかく、この一件をミランダにクエストとして依頼してくれるか? 依頼はアン王女をキシダインから引き離すこと……それでいいんじゃないかな。まあ、このところ、ミランダには借りばかり作っているしね。ギルドのクエスト扱いにしてくれれば、ミランダも喜ぶだろうさ」

 

「言うとおりにしよう……。ともかく、アンを頼むぞ、ロウ殿。面倒を看てくれ。約束したぞ──」

 

 アネルザはそれだけを言った。

 

「わかった──」

 

 ロウがしっかりと頷いた。

 アネルザはほっとした。

 これで、なにもかもよくなる。

 ロウに任せさえすれば……。 

 そして、何気なく、ロウの姿を改めて見た。

 

「それにしても、そなたのその格好、笑えるな。侍女姿も似合うぞ」

 

 女奴隷特有の肌を露にした短いスカートの装束だが、それを着たまま、男の姿になったロウは、かなり滑稽な姿だ。

 

「そ、そうですよね。わたしもとても可愛いなあって、思ってたんです」

 

 エリカも隣で笑った。

 

「確かに……」

 

 サキも笑いだした。

 

「な、なんだと──。お前ら、この場でまとめて犯すぞ」

 

 すると、ロウが真っ赤な顔になった。

 しばらく、笑ったあと、アネルザはサキに視線を向けた。

 

「さて、とにかく最後の詰めだ。これだけはやっておいた方がいいだろう。まあ、手伝ってくれるかい、サキ?」

 

「ああ、任せておけ」

 

 サキが笑った。

 

「そのことだけど、本当にするのか? 大丈夫か?」

 

 ロウが心配そうに言った。

 アネルザは肩をすくめた。

 

「それこそ、こっちに任せておけだ、ロウ殿──。なにもかも手筈通り進んでも、肝心のあの腑抜けが動かなければ面倒だ。心配ない。あの男の扱いはわかっておる。とにかく、お前に教えてもらったアンのことをあいつが知っていたかどうかも、確かめないとならないしね。まあ、お前を裏切るようなことはせん。それだけは信用してくれ。そのための証人のサキでもある」

 

「もちろん、信用はしているけど……」

 

「だったら任せることだね。この役目はわたしにしかできん。とにかく、あの愚か者はしっかりと繋ぎとめておく。万が一にも、キシダインに真偽を確認させるようなことなどさせんよ。では、サキ、頼むよ──。乗り込むよ」

 

「ああ」

 

 サキが優雅に立ちあがった。

 

 

 *

 

 後宮の廊下を進んでいたルードルフは、目当ての部屋の前にいる四人ほどの衛兵を見て、目を丸くした。

 もちろん、ルードルフの配置したものではない。

 この後宮は、建物自体を厳重にして、個別の部屋ごとに警備の者を配置するような無粋なことはさせていないのだ。

 なにしろ、ここは王であるルードルフが、男として男女の営みを愉しむ場所だ。あまり、衛兵の影が多すぎると興醒めだ。

 しかも、あそこにいる衛兵は……。

 

 そして、近くまで進んで確信した。

 やはり、ここにいるのは、王妃アネルザが使っている専属の衛兵だ。

 それが意味するのはひとつだろう。

 ルードルフは心をざわつかせた。

 

「ここで待て」

 

 ルードルフは、連れていたふたりの護衛騎士に声をかけてから、その衛兵たちの前に進んだ。

 衛兵たちが直立不動の姿勢をとる。

 

「王妃がここにいるのか?」

 

 訊ねた。

 衛兵たちがいるのは、ルードルフはこれから入ろうとしていた部屋だった。中にいるのは、最近、タリオ公国から贈り物としてやって来た高級娼婦であり、このところ気に入って、続けて抱いている愛奴のひとりだ。

 今夜はここに渡るということも告げていた。

 だが、王妃の衛兵がいるということは、まさか、ここに王妃が乗り込んできたということか?

 

 嫌な予感しかしない……。

 もう十年も王妃とは身体を合わせたことはないし、男女の営みをしてくれるつもりで来たのではないと思う。

 そうであれば、まあ、嬉しいかもしれないが……。

 それよりも、面倒な話を持ってきたに決まっている。

 ルードルフは、なによりも面倒が嫌いだったので、このまま戻ろうかと考え出した。

 

「はっ、王妃殿下は室内でお待ちです。サキ様というご友人とおふたりで待っておられます。……様と一緒に……」

 

 衛兵が直立不動のまま答えた。

 告げたのは、王妃とサキという女が中にいるということと、もともとルードルフが抱くつもりだった寵姫の名だ。

 つまりは、三人の女がいるということか……。

 それにしても、サキだと? 誰だ?

 

「サキと申したか?」

 

「はっ」

 

 聞いたことのない名だ。

 王妃の友人?

 

「何者だ、そのサキとは?」

 

「私には王妃殿下のご友人としかわかりません」

 

 衛兵の言葉に首を傾げるしかなかった。

 ルードルフはその衛兵の顔に、すっと顔を近づけた。耳元でささやく。

 

「美女か?」

 

 美女なら入ろうと思った。

 醜女なら(きびす)返しだ。

 

「えっ? あっ、失礼しました……。た、大変な美貌の女性です……」

 

 衛兵が小さな声で応じた。

 ルードルフはにんまりとしてしまった。

 だったら、入るか。

 珍しいことだが、王妃が新しい女を連れて来てくれたという可能性もある。すっかりと奴隷宮を片付けてしまって、そんなことはなくなったが、以前は自分が集めていた奴隷女を折檻の一環として、ルードルフに抱かせにくるということもあったのだ。

 国王に抱かれるのが、折檻というのは多少は鼻白むところはあるが、王妃の集める女奴隷は、実に品がよく、しっかりと調教もしてあり、女として美味だった。

 だから、ひそかな愉しみでもあったが、あるいは、それだろうか……。

 とにかく、入ることにした。

 

「わかった。開けよ」

 

 ルードルフが命じると、衛兵が扉を叩いて、王の訪問を告げる。

 そして、扉が開かれた。

 中は薄暗かった。

 奥に寝台がある。

 薄っすらとしている寝台に、女が両手両足を拡げて仰向けになっているのが視界に入った。

 

「ルードルフ、来たかい」

 

 その寝台の横にある椅子に脚を組んで座っているのはアネルザだ。

 険しい顔でルードルフを睨んでいる。

 寝台の反対側で同じように椅子に座っているのが、サキという女だろう。

 なるほど、大変な美女だ。

 高貴の雰囲気のある、非常に気の強そうな女だ。

 

 しかし、驚くのは寝台の上だ。

 そこにいるのはルードルフが抱く予定だった寵姫だ。

 しかし、目隠しをされて、耳にも覆いのようなものをされている。口には猿ぐつわだ。そして、敷布が身体に被せられているが、そこからはみ出している両手首を両足首には、革紐が結ばれて、寝台の四隅に括りつけられている。

 しかも、うんうんと苦しそうに悶えている。

 これは……。

 

「全員、下がれ。余と王妃たちだけでよい」

 

 ルードルフの指示で衛兵も護衛兵も退出していく。

 扉が閉じられると、自動的に部屋に結界がかかるのがわかった。ルードルフはちょっと驚いた。

 この宮廷内は魔道雄封じの結界が張り巡らされてあり、許可なく不用意に魔道を遣うと、たちまちに警告が鳴り響くし、そもそも、魔道そのものが発動しないようになっている。

 しかし、いま確かに魔道結界がかかった。

 危険なものではないというのはわかり、おそらく、防音の結界だと思う。

 アネルザは、辛うじて魔力があるだけで、魔道は遣えないはずであり、防音の結界を張ったとすれば、そのサキだろう……。

 だが、このサキは宮廷魔導師隊の施す魔道封じの結界を上回るほどの魔道を遣えるのか?

 

「アネルザ、どうして……?」

 

 とにかく、ここにアネルザがいる理由を確かめようと思った。

 

「そこに座りな、ルードルフ……。お前に訊きたいことがある……。面倒な話は抜きだ。アンのことだよ。どこまで知っていた? そして、いつ頃から知っていて、知らないふりをしていたんだい?」

 

 アネルザが脚を組んで座ったまま静かに言った。

 しかし、座れと言われても、椅子ひとつ準備されているわけじゃない。

 床に座れということか?

 

 とにかく、ぞっとした。

 これは大変に激怒している。

 しかも、アンのことだと?

 つまりは、キシダインのことか……。

 もしかして、ついに、キシダインがアンをどういう扱いをしているかを耳にしたのか?

 いや、それはないだろう。

 キシダインはなかなか尻尾は掴ませない。

 だから、ルードルフとしても処置することができないのだ。

 ルードルフが手に入れられない情報にアネルザが到達するわけもない。

 

「ア、アンがどうしたのだ?」

 

 とりあえず言った。

 すると、アネルザが立ちあがって、こっちにすたすたと歩いてきた。

 

「アネルザ?」

 

 目の前にやって来たアネルザに、ルードルフは面食らって声を出した。

 しかし、次の瞬間、火の出るような平手が頬に炸裂した。

 

「んひいっ」

 

 ルードルフはひっくり返りそうになった。

 だが、辛うじて脚を踏ん張ってそれに耐えた。

 

「お前には訊きたいことがあるし、話もある。だが、それは久しぶりに調教をしてからだ。どうせ、十年経っても、気持ちの悪い性癖は直ってないんだろう。しかも、わたしが相手をしないから、躾けてくれる女もいなかったはずさ。ほら、いつまで服を着てんだい。ここで脱ぎな。それとも、十年経てば躾を忘れたかい、この駄犬が──」

 

 反対側の頬をまた平手打ちされた。

 

「んぐうっ、お、お許しを……」

 

 自然に哀願の言葉が口から迸った。

 同時に、これ以上ないくらいに股間が固く勃起するのがわかった。

 痛めつけられたり、苛められたりすればするほど興奮するのが、ルードルフの隠れた性癖だ。

 しかし、確かに、国王ともなれば、そんな性癖を満足させてくれる女などいない。

 従順で王に従うように躾けられている女ばかりだ。

 試しに、ルードルフを責めさせても、決して満足させてくれるような責めはしてくれない。

 いままでに、ルードルフの性癖を心の底から満足させてくれたのは、このアネルザだけだ。

 だから、ルードルフは、いつまで経ってもアネルザに頭があがらないのだ。

 夫婦仲が冷え切り、すっかりとその相手もしてくれなくなっても……。

 

 だが、これは……。

 もしかして、アネルザが今夜は相手をしてくれるのか……?

 なんという僥倖──。

 

「もう股間を勃起させたのかい、変態が──。さっさと全裸になるんだよ。今夜は徹底的に躾直すからね。そのためにサキに来てもらったんだ。寝台の上に穴は準備している。しっかりと躾直ったら、入れさせてやる。このど変態──」

 

 また平手──。

 もう我慢ならない──。

 

「脱ぐ、脱ぎます、女王様」

 

 甘えるような声が口から出る。

 これだ。

 これなのだ。

 これこそ、ルードルフが求めていたものだ。

 ルードルフは急いで服を脱ぎ捨てていく。

 そのあいだも、容赦のない平手がどんどんと飛んでくる。

 ルードルフの股間はどんどんと堅くなる。

 

「アネルザ、面白い人間族の男だな。代わろう……。それと、国王とやら……。お前が遅いので、この雌はすっかりとできあがっておるぞ。可哀想に……」

 

 サキと紹介された女が立ちあがって、さっと寝台の寵姫から敷布を取り去った。

 やっぱりだ。

 寝台の上で手足を拡げて拘束されている寵姫は全裸だった。

 しかも、股間に黒々とした淫具が挿さっている。

 そして、これも魔道だと思うが、その淫具は激しく蠕動運動をしており、まるで小便でも洩らしたのかと思うくらいの愛液が股間から溢れていた。

 かなりの長い時間、こうやって責め抜かれてきたということがわかる。

 また、おそらくそれだけじゃないだろう。

 全身が異常なくらいに上気して汗びっしょりだ。

 媚薬のたぐいも使われているのかもしれない。

 いまでも、激しく悶えまくっている。

 

「さて、とにかく、アネルザには、お前を懲罰代わりに苛め抜いてくれと頼まれておる。ちょっとばかり、聞き分けがよくなるようにな。とにかく、お前には、明日の王軍大演習とやらまで、ここで、わしの調教を受けてもらうぞ。ぎりぎりまで、一歩も出さんからそう思え」

 

 サキが無造作に女から淫具を抜いた。

 猿ぐつわの下から寵姫が感極まった声をあげたのが聞こえた。

 そして、サキが淫らな運動を続ける黒い男根型の淫具を持ってこっちに来る。

 その頃には、やっとルードルフは全裸になり終わっていた。

 アネルザにその場に正座をさせられる。

 

「尻を出せ、国王──。お前の尻がこのくらいのものを受け入れられるのはアネルザから聞いておる。いいというまで、尻の穴にこれを仕舞っておけ」

 

 サキがルードルフの目の前に淫具を見せた。

 これを挿すのか? 尻に?

 かなり太いな……。

 恐怖が走る。しかし、興奮もする。

 ますます、股間が堅くなる。

 駄目だ……。

 想像するだけで射精しそうだ。

 

「ははは、サキ、そんなことをしたら、こいつはあっという間に精を放つよ。筋金入りの変態なんだ」

 

 アネルザが大笑いした。

 これだ、これ……。

 この蔑むような笑い……。

 これこそ、ルードルフが望んでいたものだ。

 

「心配ない……。国王、お前が粗相をせんように、贈り物をしてやる」

 

 サキが勃起しているルードルフの股間に手を伸ばしたかと思った。

 

「んぐううっ、おごおおおっ」

 

 ルードルフは正座のまま雄叫びをあげてしまった。

 股間の根元に細い革紐のようなものが食い込んだのだ。

 しっかりと締めつけて、ルードルフに激痛を与える。

 

「これで勝手には射精もできん。さて、手を後ろにせい、国王。そして、尻を大きくあげろ。聞き分けがよければ、この淫具に潤滑油を塗ってやる。さもなくば、強引に突っ込む。わしはどっちでもいいがな」

 

 サキもまた蔑むように大笑いした。

 この方も女王様だ。

 このサキもまた、女王様だった──。ふたりの女王様……。

 ルードルフは興奮した。

 

「お、お許しを……」

 

 ルードルフは両手を背中に回して頭を床に着けた。すぐに、高く尻をあげるようにする。

 

「おお、なかなかよいぞ、国王──。では、ご褒美に潤滑油を塗ってやろう。主殿(しゅどの)からもらった痒み剤だ。のたうち回るがいい……。アネルザ、これで拘束をしてやれ」

 

 ぼとりと革枷が床に落ちた。

 まるで宙から落ちてきたように思ったが、もしかして収納術という魔道か?

 やはり、かなりの高位魔道遣い?

 ちょっと思ったが、思念はそこまでだ。

 頭の上にアネルザの靴が乗って、しっかりと体重をかけられる。

 

「ほらほら、しっかりと床に顔をめり込ませな、変態。そして、もっと尻をあげるんだよ」

 

「汚い尻だのう。ほら、痒み剤は塗り終わったぞ」

 

 一方で、尻の穴にさっきの張形が挿入してきた。

 

「おおおおっ」

 

 ルードルフは歓喜の声をあげてしまった。

 

 

 

 

(第31話『羞恥遊びと最後の詰め』終わり、第32話『別れの性愛』に続く)

 



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 第32話  別れの性愛
183 追い詰められた男


 モルドは、馬車の中にいた。

 アネルザと会うために宮殿にやって来た「アン」を送迎するためだ。

 キシダインに嫁いだ娘のアンを王妃のアネルザは溺愛している。

 これは有名な話だ。

 だが、そのアンを妻にしたキシダインは、アンを屋敷の奥座敷に監禁して、奴隷以下の生活を強いている。

 これは、ほとんどが知らない事実だ。

 

 国王のルードルフには三人の娘がいたが、王妃アネルザの血が流れているのは、長女のアンだけだ。タリオ公国の公妃になっている第二王女のエルザも、キシダインとともにハロンドール王国の王太子候補であるイザベラ王女にしても、妾腹の子であり、アネルザの実の娘ではない。

 だから、アネルザは、キシダインに嫁いでからのアンをこうやって、定期的に宮殿に呼び出しては、母娘の語らいをしたがるのだ。

 もっとも、キシダイン邸にいるアンをアネルザ王妃に本当に会わせるわけにはいかない。

 だから、こうやって、替え玉まで作って、アンの代わりをさせているというわけだ。

 実の母親を騙すのだから、神経の使う仕事だし、万が一にも情報が漏出すれば終わりだ。

 

 まったく、キシダインの性癖にも困ったものだが、女を徹底的に酷く扱うことが、なによりもの性的快楽であるらしいモルドの主人のキシダインは、第一王女であったアンが自分の妻になるや、屋敷の最奥に監禁して、侮辱と暴力にまみれた最低の扱いを強いた。

 それが二年にも及んでいる。

 

 キシダインとしては、アンを娶ったのは、キシダイン自身が王位継承権を得るためであり、それ以上の理由はない。

 だから、屋敷の奥に閉じ込めて、好き勝手に扱うことにしたのだろうが、キシダインに嫁がせてからも、アンに会いたがるアネルザへの対応には苦慮をしていた。

 なにしろ、王妃アネルザは、国王ルードルフに最も大きな影響を持つ女であり、なによりも、第三王女イザベラと王太子争いをするキシダインの有力な後見人なのだ。

 キシダインが本当はアンをどのように扱っているかを知れば、キシダインを王太子に推す有力な応援者を失うということでは済まず、アネルザが烈火の如く怒りまくり、キシダインを処断しようとするのは間違いない。

 

 だから、アンを屋敷に監禁した直後から、キシダインとモルドは、ルイという女を替え玉に仕立てて、徹底的な訓練をして、アンの身代わりをさせることにした。

 姿形は魔道具によってアンとそっくりにさせ、話し方や身のこなし、ちょっとした仕草なども、まったく同じように振る舞えるように練習させ、いまや、アンが屋敷外に出なければならない事があれば、ずっとそのルイが身代わりを務めている。

 

 その技巧は、それがアンではないと知っているモルドさえも、困惑するくらいであり、実際、アネルザは、度々の茶会で会っているアンは実は偽者であり、ルイが魔道具で変身している姿だというのを疑ったこともないはずだ。

 今日も、突然の呼び出しだったが、今頃は宮殿の庭園における「母娘の語らい」を愉しんでいると思う。

 

 そして、普段は滅多に屋敷から出ない執事のモルドだったが、その偽者のアンが外に出るときには、必ず、馭者役をすることになっていた。

 主人のキシダインの命令であり、キシダインは思わぬことで、ルイが裏切り、アンのことを誰かに耳打ちしないかどうかをモルドに見張らせているのだ。

 それほどに、アンを酷く扱っていることが外に漏れるのを怖がるのであれば、演技でもいいから大切に扱えばいいと思うのだが、モルドの主人のキシダインは、どうしても、女を大切に扱うということはできない性分らしい。

 我が主人ながら困ったものだ。

 

 モルドは、庭園の入口で馬車を停めて、ルイが戻って来るのをひとりで待っていた。

 アネルザからのアンの呼び出しのために、馬車で同行したのは最小限度の人間だけだ。

 アンに化けているルイを見張るふたりのモルドの手の者の女とモルド自身だ。

 これも極力、情報漏れを防ぐための配慮である。

 

 そのとき、誰もいるはずのない馬車側に、あるかないかの気配を感じた気がした。

 振り向こうとしたとき、首になにかが当たった。

 痛みはない。

 そして、尖ったものが首から抜けていく感触があった。

 

「えっ?」

 

 呟いた。

 モルドは自分が馭者台から落ちていくのをはっきりと感じた。

 地面に顔が当たるのを防ごうと思うのだが、手が動かない。

 

「な、なんだ?」

 

 もう一度呟いた。

 モルドは地面に仰向けに落ちた。

 見上げる視界に、馬車から顔を出した小柄な女が映った。

 黒髪のかなりの美女だが、見たことのない女だ。

 手に太くて長い針のような金属の道具を持っている。その先端には血がついていた。

 もしかしたら、あの金属の尖端をモルドの首に刺したのか?

 わけがわからない……。

 

「シャングリア、シャーラ、悪いけどモルドの死体の処分は任せるわ……。偽者たちが戻るまで時間がないみたいよ。エリカから魔道通信で合図が入ったわ。あたしは、そのままこいつに変身して、先に屋敷に侵入することにする」

 

 馬車の上の女が言った。

 シャングリア、シャーラ……?

 ほかにも誰かがいるのか……?

 シャーラって、イザベラの侍女をしているあのシャーラか?

 そもそも、モルドのことを死体と言ったか?

 どういうことだ?

 

「わかった。わたしは屋敷の近くに行って連絡を待ってる。魔道通信で誘導してくれ、コゼ」

 

「ふたりとも、くれぐれも気をつけてね」

 

 ふたり目の声は、やはりあのシャーラだ。しかし、シャングリアというのはわからない。コゼという女もだ。

 モルドはその女たちを確かめようと思ったが、それはできなかった。

 身体が動かせなくて、首を向けられない。

 しかも、急速に視界が暗くなっていく……。

 声も出ない。

 なにかの魔道をかけられて、身体全体がふわりと浮く感触がした。

 それが最後だ。

 モルドの意識は、急速にまったくの闇に包まれた。

 

 

 *

 

 

「し、信じられん」

 

 キシダインは、アンとしてアネルザと面会したルイからの報告と、さらに執事のモルドからの情報に接して、屋敷の自室で呆然としてしまった。

 ルイは、屋敷の奥に監禁しているアンの身代わりとして、どうしても屋敷の外にアンを連れ出さなければならないときに、長年にわたってアンに変身させて使っていた女であり、また、モルドはこの屋敷にいながら、多くの手の者を使ってキシダインにとって有益な情報を集め続けてきた信頼のできる部下だ。

 

 そのモルドも、今日はルイに同行をしており、同行させていた手の者からの情報として、ルイの報告が正しいことを証明した。

 モルド自身は、アンに扮したルイとアネルザの会合には同席はしていないが、一緒に同行させたふたりの侍女役の女部下を通じて、アネルザの言葉を把握したようだ。

 モルドによれば、ふたりの侍女は、人払いして遠ざけられたものの、ふたりとも唇の動きだけで言葉を読む能力を身に着けている。それで会話の内容を把握したとのことだ。

 また、モルドは急ぎ集めた他方面の情報からも、どうやら、もたらされた情報が正しそうだという裏付けを持ってきた。

 

 そのふたりの侍女役の手の者の女たちの証言──。

 ルイの言葉──。

 そして、彼女たちからの情報からとはまったく別方面からモルドが掴んでいる情報──。

 そのすべてが一致していた。

 キシダインは呆然としてしまった。

 

 つまりは、あの優柔不断の国王のルードルフが、長年の王太子問題に見切りをつけ、ついにキシダインを見限って、第三王女のイザベラを王太女にすると決したというのだ。

 それが明日の王都郊外の王軍演習の謁見の場で発表されるという──。

 国王をはじめ、各大臣や貴族の重鎮などが多く参加する行事だ。

 イザベラもキシダインも当然に参加することになっている。

 

 あまりもの突然の状況の変化であり、俄かに信じられることではないが、ほかならぬアネルザ王妃からの言葉とあれば信じるしかない。

 王妃アネルザは、キシダイン派の重鎮だ。

 それだけでなく、キシダインの扱う手の者を仕切っているモルド自身も、その裏付けの証拠をほかに持って来ているのだ。

 信じるしかない。

 キシダインは愕然とするしかなかった。

 

「だが、おかしいではないか。なぜ、いきなりそんなことになる。なぜだ──」

 

 キシダインは叫んでしまった。

 すると、モルドが咳払いをして、ルイに退出するように合図した。

 いまは、変身を解いているルイが一礼をして部屋から出ていく。

 ふたりきりになったところで、モルドが口を開いた。

 

「……閣下、実のところ、陛下がお心を定めた理由については、グラム兄弟のことがあるようです。どうやら、あの兄弟自身がアン様を毎夜のように犯していると、酒の席で口にしたらしいのです。それを聞いていた者の誰かが、それを陛下や王妃の耳に入れたようです。それで、陛下が不興を覚えて、周囲に確かめたところ、どうやら、アン様の境遇の噂話について、その者たちが次々に陛下と王妃にささやいたとかで……。とにかく、それで事態が一変したというのが真相らしく……」

 

 モルドが苦虫を噛み潰したような表情で言った。

 これには、キシダインも舌打ちするしかない。

 もともと、グラム兄弟が女に暴力を振るう悪癖があるというのは、本国だけでなくハロンドールにも伝わっている悪評だ。

 それを賓客扱いして、屋敷に滞在させるというのは、実のところ反対する者も多かった。

 いまは、あの兄弟は屋敷にはいないが、酒の席で口止めしていたことを喋りまくるというのは、あの兄弟がいかにもやりそうなことだ……。

 

 だが、それが国王に耳に入ったとなると……。

 国政にはほとんど無関心で、男でも女でも相手構わずに好色で有名なルードルフだが、さすがに、娘がキシダインに酷い目に遭わせられているという噂には我慢ならないものを感じたのだろう。

 

「……わかった。あのグラム兄弟とは、完全に縁を切る。屋敷の中でアンに暴言を吐いて、俺の不興を買ったということにしろ。それで、グラム兄弟の言ったことなど、出鱈目だということにしてしまえ。陛下には、すぐに釈明に向かう。手配しろ」

 

 キシダインは言った。

 情報操作についても、モルドはお手のものだ。

 白いものを黒と言いくるめる情報攪乱の手腕なら、モルドの右に出る者はない。

 また、王妃の耳に入ったのは面倒だが、ルードルフの方はどうにでもなる。

 

「すでに宮廷に連絡を取りましたが、陛下は後宮に入ってしまったそうです。なにがあっても、明日まで誰も寄越すなと命令があったらしく、面会ができるとしても、明日の王軍大演習の謁見の後しかないようです」

 

「あの能無しめ」

 

 キシダインは舌打ちした。

 また、新しい女だろう。

 それとも、また美少年の奴隷でも入手したか?

 とにかく、一度始めれば、確かに長い。

 嗜虐するのも、されるのも、とにかく快楽に結びつくことが大好きな変態で、それを邪魔されるのだけは激しく怒る。強引に面会を強要すれば、むしろ逆効果だ。

 そもそも、さすがにキシダインでも、後宮には入れない。

 

「それに事態は一刻を争いますぞ、閣下──。すでに陛下は、王太子をイザベラ王女にすると内々の者に指示をしてしまったのです。発表は明日の大演習の席です。このままでは、閣下がアン王女のことを陛下に釈明したところで、それは、王太子がイザベラ王女と触れの出された後のこと……。そうなれば、これまで閣下のお味方となっていた諸侯たちも、あっという間にイザベラ派に寝返ることも考えられます。そうなれば……」

 

「わかっておるわ」

 

 キシダインは苛立って声をあげた。

 しかし、確かにそうだ。

 これまでは、有力貴族たちも、キシダインが王太子候補であり、次の国王の可能性が高いということで、キシダインに媚びを売るような態度をしていたのだ。

 それが、イザベラが王太女になったとなれば、これまでに好き勝手をしていたつけが、一気にキシダインに降りかかって来る可能性がある。

 しかも、冤罪であるならともかく、アンを奴隷扱いして酷く扱っていたことは事実なのだ。

 ほかにもあるが、それひとつだけでも、国王がキシダインを処断する理由には十分なはずだ。

 

 国王のルードルフがキシダインのことを腫れ物に触るように慎重に扱ってきたのは、キシダインが、王妃アネルザ、さらに多くの有力貴族を味方につけているからだ。

 それがなくなれば、逆にルードルフは、王家に匹敵する力を持つキシダインを一気に片付けてしまおうと考えることはあり得る。

 あの王は、好色でだらしないが、まったくの暗愚ではない。

 

 いや、そもそも、もっと面倒なのは、王妃か……。

 キシダインが王太子の最有力候補でいられたのは、王妃の後ろ楯があったからだ。あれは、我儘で癇癪持ちで有名だが、一方で面倒看のいいところもあり、貴族界では人望もあるのだ。

 王妃がキシダインから離れれば、ごっそりとキシダイン派が減る可能性が大だ。

 ならば、王妃か……。

 

「王妃に会う。ルイをもう一度呼び戻せ。夫婦で仲睦まじいとこもを見せてくる。まだ、間に合うだろう」

 

「そっちも連絡を試みましたが、王妃宮にはいないらしく、愛人のところではないかと……。近習も行き先をよく承知してないらしく……」

 

 モルドが困った顔になった。

 

「どいつもこいつも――。王妃の行き先を知らんだと――。よく、それで近習が務まるな――」

 

 キシダインは怒鳴った。

 だが、アネルザに新しい愛人ができたのではないかという噂には、キシダインも接していた。なにしろ、あの悪名高かった奴隷宮を閉鎖したのも、その愛人にのめり込んだからだという。

 しかし、その相手が誰かというのは知らない。

 こんなことなら、もっと調べさせておくべきだった。

 とにかく、すぐに手を打たなければ……。

 

「やはり、王女を殺すしかありませんな。いまなら、手が届きます。しかし、王太女に指名されては、一度に状況が変わります。だが、いまなら……」

 

「……なにか考えがあるのか、モルド?」

 

 どうやら、モルドにはなにか策があるようだ。

 キシダインは、いつになく積極的に意見を口にするモルドに、多少の違和感を覚えたものの、とりあえず、モルドに視線をやった。

 すると、モルドは準備していたらしい一枚の地図をキシダインに示した。

 

「これは?」

 

 キシダインは地図を見た。

 モルドが出したのは、王都から郊外の王軍演習場に向かう経路の地図だ。

 王軍演習場には、複数の経路があるが、そのうちのひとつに線が引いてある。

 

「私の得た情報によれば、イザベラ王女は、ここに印した経路を使って、明日の午前中に王軍演習場に向かいます。警護に当たるのは、冒険者たちで編成した王女騎士団です」

 

「あの野蛮人どもか……」

 

 キシダインは不快な気持ちを隠すことなく吐き捨てた。

 最近のことだが、イザベラ王女は、国王に許されて、自分がギルド長をしている冒険者たちを私的な騎士として、自分の警護に当たらせるということをしていた。

 金さえ支払えば、忠誠心など誰にでも売り渡す者たちと蔑まれることが多い冒険者だが、ひとりひとりは一騎当千のつわものたちでもある。

 イザベラの身辺に冒険者たちが侍るようになって、以前にも増して狙い難くなったのは確かだ。

 まあ、こちらとしても、イザベラの騎士団に属する冒険者たちの買収工作が進んでいるから、しばらくすれば、連中についても、すっかりとこっちが支配してしまうことができると思うが……。

 

「……ここを見てください。この狭い谷道をイザベラ王女の一行は通過するのです。王女としては、自分が狙われているのは承知なので、主街道を通ると情報を流しておき、実際には意表をついて、こっちを通る気のようです。王女につけている侍女のうち、こっちに引き込んでいる者からの確かな情報です」

 

 モルドが地図上の一点を指さした。

 キシダインは地図に目を凝らした。

 

「ダドリー峡谷か……」

 

 確かに狭い場所だ。随分と遠回りだし、意表をついている。

 こんなところを通過するつもりか。

 だが、イザベラの侍女の何人かは、実家を脅迫して、こっちの言いなりの道具に仕立てた。

 先日は、デュセル卿を使って、イザベラの毒殺を企てたが、残念ながら失敗したようだ。もっとも、その侍女はまだいるようだから、犯人の特定には至ってないのだろう。

 細かいところはモルドが手配したので、詳細は知らんが……。

 その侍女の情報だというのだから、内部情報だ。

 確かだろう。

 

「……そのとき、切り通しの道に岩を落として崩してしまいます。一発で王女の乗る馬車を潰してしまえれば、それでいいでしょうが、イザベラ王女のところには、魔道を扱うシャーラも同乗するはずです。そうはうまくいかんかもしれません……。ですが、いずれにしても、それで前後の警護とは分断できます。そこをベーノムたちに、山賊を装わせて襲わせるのです。魔道を扱える者も準備しましょう。それで息の根を止めればいい。大がかりになりますが、皆殺しにすれば、証拠は出ません」

 

 モルドは言った。

 ベーノムというのは、キシダインの私兵を指揮させている獣人族の戦士であり、キシダインに絶対の忠誠を誓っていて、それで信用して使っている。

 獣人というのは知能が劣ると言われ、獣に近い存在として軽蔑の対象だが、忠誠心に篤いことは有名で、キシダインは信頼して使っている。

 そのベーノムが率いる傭兵隊は、ハロルド公としてのキシダインではなく、個人としてのキシダインに仕えている者たちであり、そういう工作に使っても情報が洩れることはない。

 ベーノムの率いる私兵を使って、イザベラを大々的に襲撃するということは、以前から視野にあったが、やり口が大袈裟になるので、これまで躊躇いがあった。

 だが、モルドの言葉の通りに、もう猶予はない。

 確かに、決断をすべきときである。

 

「……わかった、ベーノムを呼べ」

 

 キシダインは決した。

 ベーノムに命じて、山賊を装わせて、イザベラを明日の襲撃で殺させる。

 

 やるとなれば、失敗は絶対に許されない。

 キシダインの集めている私兵のすべてを動員することにした。

 総員で五百人以上になる。

 魔道遣いも含まれており、王軍の一軍にも匹敵する強兵だ。

 それで討ち漏らすということは、まずあり得ない。

 

「……呼んで参ります」

 

 モルドが言った。

 そして、部屋を出ていこうとして、不意に思い出したように言った。

 

「……そうそう……。申し伝えておくのを忘れておりました。奥座敷でアン様を見張らせているベーノムの兵ですが、先ほど五名を処断しました。その連中は侍女だけでは飽き足らず、アン様を犯そうと部屋に入ったのです。これは許されぬこと。残念ですが殺しました。ベーノムの手の者ですが、屋敷のことについては、私の管轄──。ベーノムに対しては、部下の締めつけが足りぬと、私から叱責をしました」

 

 キシダインは驚愕した。

 確かに、奥座敷でアンを見張らせているベーノムの兵については、侍女はいくら犯してもいいが、アンに手を出せば、重い罰を与えると申し渡していた。

 それにしても、一気に五名も処断するなど……。

 

 そもそも、連中は粗野で乱暴だが、キシダインの言いつけに逆らったことなどなかった。

 なぜ、命令に背いて、アンの部屋に入るというようなことをしたのだろう……?

 それに、だいたい、連中はひとりひとりが強い戦士でもある。

 それを五人も一度にモルドが処断した?

 よくも、暴動にならなかったものだ。

 キシダインは首を傾げた。

 とにかく、処断というのは行き過ぎだと思った。

 だから、そう言った。

 

「……肝に銘じます……。明日からは、必ず、キシダイン閣下の許しを得てから、処断することにいたします」

 

 モルドは、“明日から”という言葉に妙に力を入れて頭をさげた。



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184 追い詰められた女

 扉の外でどすんと大きなものが当たる音がした。

 シャングリアは駆け寄った。

 

 ここは、キシダイン家では「奥座敷」と称されている魔道の結界のかかった一角であり、さらにこの部屋は、その奥座敷でアン王女の監視を任されている男たちが寝泊りをする大きな寝室だ。

 寝台が十個ほどあるが、そこで、キシダインの妻であるアンの監視を任されているキシダインの私兵たちは交代で寝泊りしているらしい。ただ、あくまでも仮眠施設なので、寝台の数は奥座敷にいる人数分あるわけじゃない。多分、半分程度だろう。

 ただし、いまは、その寝台の全てに男が横たわっている。

 その全部が死体だ。

 

 扉を内側から開くと、すでに死んでいるらしい男が倒れ込んできた。

 首に尖ったものを突き刺した痕があり、そこからわずかだが毒の香りがする。

 シャングリアは嘆息した。

 

「コゼ、お前は一体全体、何人殺すつもりなのだ。寝台はもういっぱいだぞ」

 

 シャングリアは、男のそばに立っていたコゼに小さな声で怒鳴った。

 もっとも、コゼはいつもの小柄で可愛らしい女性の姿ではなく、このキシダイン家の執事のモルドに変身している。

 また、シャングリアについても同様であり、マアから借りている『変身の指輪』で、屋敷に住み込んでいるキシダインの家人の男に化け、こうやって奥座敷に入り込んでいるのだ。

 もちろん、コゼとシャングリアが変身している相手は、いずれも、すでにこの世にはいない。

 それぞれ息の根を止めた場所の近くに、シャーラが魔道で穴でも掘って隠したはずだ。

 

「何人、殺すかって? 全員に決まってるでしょう。女を監禁して全員で繰り返して乱暴し、あまつさえ、(かわや)女なんて蔑むような下劣な連中は、全員死ねばいいのよ」

 

 モルドの姿のコゼが吐き捨てた。

 シャングリアとコゼが、ロウの指示でキシダイン家に潜り込んだのは、昨日のことだった。

 すでにひと晩がすぎている。

 目的は、キシダインに監禁されているアン王女を確保するとともに、キシダインが無謀な賭けに出て、イザベラ王女を襲撃をするように導くことであり、さらに、その作戦の内容をロウに逐一報告することだ。

 

 だが、ここに入り込んで、うまくアン王女が監禁されている場所に潜入することに成功して驚いた。

 この屋敷で見聞きしたのは、アン王女と、その侍女のノヴァの想像以上の悲惨な状況であり、特に、侍女のノヴァは悲惨という言葉では表現できないような惨たらしい境遇にあった。

 

 アン王女に仕える唯一の侍女として、ノヴァはアンを監視するキシダインの私兵たちから、毎日のように凌辱され続ける日々を送っていた様子だったのだ。

 性欲のあり余った兵たちは、アン王女には手を出してはならないと言われている反面、侍女については、殺すのと孕ませる以外のことなら、なにをしても構わないというキシダインの言葉により、およそ考えられる限りの凌辱をノヴァに行い続けていたらしい。

 

 性器や肛門や口を繰り返して犯すことは当たり前として、時には余興として動物とまぐ合わせたり、魔道の淫具で悪戯をしたり、あるいは、ほとんど拷問まがいの嗜虐をしたりである。

 大抵のことをしても、キシダイン家にある高価な魔道の薬剤で回復させることができるし、避妊の薬もある。

 だから、男たちは、ノヴァの華奢な身体をわざと傷をつけたり、骨を砕いたり、内臓を壊させるほどの虐待をしたりと、ノヴァを人間扱いさえしていないようだ。

 身に着けている服を破られたり、汚されたり、さらに隠されるのは日常茶飯事のことらしく、排尿や排便さえも、男たちの前でさせられているということだった。 

 そんなことは特に調べる必要もなく、聞き耳をたてているだけで、屋敷のあちこちで、ノヴァをこんな風に辱めてやったとか、以前にやったこれこれは面白かったなどという会話が、奥座敷だけでなく、あちこちで語られているのだ。

 

 シャングリアが兵のひとりに変身して入り込んだ昨夜も、びりびりに破かれた侍女服を紐で縛って裸身を隠すようにしていた。

 どうやら、繕うための針と糸までも取りあげられたようだ。

 しかも、身体のあちこちに痣があり、動くのもつらそうな状況の中で、五人ほどの兵に取り囲まれて犯されていた。

 

 そのときは、アン王女が監禁さえている部屋に食事を運ぶ途中だったらしく、五人を満足させなければ、部屋に入らせないと言われてるようだった。

 それが最初に見たノヴァの姿であり、彼女はまだ少女の面影が残る可憐な美少女だった。

 それが、男たちの残酷な嗜虐心を掻きたてていることもあるのだろう。

 

 目の前で男たちに笑いながら凌辱されているノヴァの姿にシャングリアも激昂したが、モルドに扮していたコゼの行動は過激の一言だった。

 まずは、モルドとして強く命じて男たちの凌辱をやめさせ、ノヴァをアンの部屋に行かせると、不平顔の五人を次々に首に尖った錐のような特殊武器を刺して殺してしまったのである。

 シャングリアはびっくりしてしまった。

 

 しかも、すぐに男たちに飛びかかるのではなく、ちゃんとノヴァを立ち去らせてから皆殺しにするという、冷静さのうえに存在する殺意に、激しすぎるコゼの怒りが垣間見えてしまい、仲間ながらぞっとなった。

 とにかく、表情ひとつ変えずに、五人もの人間をあっという間に殺した手腕と冷酷さには、シャングリアも舌を巻いた。

 

 いずれにせよ、殺してしまった男たちについては、許されていなかったアンの部屋に侵入したためにしようということにして、シャングリアも唯一の目撃者役として口裏を合わせた。

 

 だが、コゼは、それからもノヴァに手を出そうとした男を見つけると、すぐに呼び出して陰で殺してしまうのだ。

 シャングリアは、その都度、騒ぎにならないうちに、死体を隠さねばならず、こうやって、ここで酒に酔って寝ている体裁をして、寝台に横たわらせる作業をずっと続けているというわけだ。

 

 そして、コゼがまた次の犠牲者を連れて来た。

 周りにばれにくいように、血の流れない殺し方を選んでいるコゼだが、これで最初に処断ということにした五人を含めて、十一人もコゼは殺している。

 いまだに騒動になっていないのが不思議なくらいだ。

 

「とにかく、殺し過ぎだ、コゼ。キシダインが出立する前に、ここで騒動になってしまえば、ロウが準備した策が台無しになるぞ。キシダインが屋敷でおかしな状況が発生していることに気がついて、襲撃計画そのものをやめたらどうするのだ」

 

 シャングリアは、部屋の扉を閉じて、コゼが連れてきた新しい遺体を引きずりながら言った。

 とにかく、もう寝台はないので、床にでも寝かせるしかない。

 コゼの殺した男は、床に転がしたまま顔に酒をぶっかけて匂いをつけ、横向きにして毛布を被せた。

 十人以上が意味なく泥酔して、朝っぱらから寝ているなどおかしな風景だが、こんなに次々に連れて来られては、死体の隠しようもない。

 

「あたしは、女を厠女なんて馬鹿にするような連中が許せないのよ。どっちにしても、これで終わりよ。ノヴァには、アン王女の部屋に入って、二度と出てくるなと強く命じたわ。一応はあそこは、安全地帯だしね」

 

 コゼが言った。

 シャングリアは頷いた。

 コゼは、ノヴァに手を出す兵を見かけるたびに、そいつを殺しまくるのだから、ノヴァが外に出なければ、これ以上ノヴァには手を出す兵は現れない。

 つまりは、コゼが殺意の発作を出すこともないというわけだ。

 

 シャングリアはよくは知らないが、いつも明るくて悪戯好きのコゼだが、実は、ロウと出逢う以前には、この屋敷のノヴァとよく似た境遇だったらしい。

 だから、ノヴァの置かれている境遇に、激しすぎる怒りを覚えてしまうのだろう。 

 

「それに、キシダインは出立したわよ。たったいまね」

 

 コゼがさらに言った。

 

「出立? 随分と早いな。どこかに寄るのか?」

 

 一応は貴族であるシャングリアは、ああいう式典というものは、階級の低い者から参集するというのが常識だということを知っている。

 キシダインは王家の一員という立場であるため、もっと遅い時刻に出発しなければならないはずだ。さもないと、公爵であり、ハロルド公であるキシダインが階級の低い貴族と同時刻に到着するということになってしまう。

 だから、どこかに立ち寄ってから大演習の会場に向かうのかと考えたが、キシダインが事態の改善のために釈明したがるはずの国王は、ぎりぎりまでサキが身柄を押さえる手筈になっている。

 アネルザも近習に行方不明で押し通せと厳命させているはずだ。

 キシダインが立ち寄る場所などないはずだが……。

 

「姫様を襲撃する刻限にはすでに演習場に到着していて、襲撃とは無関係であることを装いたいのよ。とにかく、ご主人様には連絡したわ。あたしたちも、いつでも向こうに合流する準備をしましょう」

 

 実のところ、当初の計画では、コゼとシャングリアは、キシダインの出立後、キシダインの命を受けたモルドの指示を装って、先にアンを屋敷から連れ出す予定になっていた。

 それができなくなったのは、アンには強力な呪いの魔道がかけられており、屋敷から外に出ようと考えるだけで、呼吸困難になってしまうという暗示が擦り込まれていることがわかったからだ。

 そうなれば、アンにかけられている魔道を解くには、ロウの力が必要だ。

 だから、アンはここに置いておき、騒動の決着後に、改めて脱出させようということになった。

 

 コゼが指のリングを操作して、いつもの姿に戻る。

 すぐに、その場で執事の服を脱ぎ始めた。

 シャングリアも変身を解いたが、兵の恰好を装っているので、服装はこのままでも戦える。

 得物も剣でいい。

 シャングリアは、自分の剣を腰に佩くとともに、コゼの服をしまってあった荷を下着姿になったコゼに投げた。

 コゼが素早く服を身に着け始める。

 

 こっち側とロウについては、ギルドの魔道具の通信具により、常時連絡が取り合えるようになっている。

 連絡さえすれば、移動術の扱えるスクルズ、シャーラ、ベルズの誰かが回収してくれる手筈だ。

 コゼが耳に入れている通信具に触れようとしたとき、急にその顔色が変わった。

 

「シャングリア、シャーラからよ──。ご主人様の指示が来たわ。撤収よ。いよいよ姫様たちの乗る馬車への襲撃が始まるわ。予定の位置に向かってる。キシダインの傭兵隊が伏せているのも確認したそうよ。待機しているミランダと合流しろだって」

 

 コゼが顔をシャングリアに向けた。

 

「いつでもいい──。ここに転送口を繋げるように伝えてくれ」

 

 シャングリアは剣の鞘をばちんと叩いた。

 一方で、コゼが口の中にある通信具にぶつぶつとなにかをささやく。

 その直後、転送術の出口が目の前の空間に開いた。

 コゼが飛び込み、シャングリアもそれに続いた。

 

 

 *

 

 

 変異が起きている。

 アンは、なんとなくそんな予感がした。

 

 このところ、連日にわたり、アンとノヴァに暴力を振るっては残酷な奉仕を強いていたあのグラム兄弟が、突如として、屋敷から出されたらしい。

 彼らが屋敷に滞在するのは、まだ半月以上予定のはずだったらしく、突然のことということになる。

 それをアンに告げたのは、キシダインだ。

 キシダインは、これまでやったことがないような猫なで声でアンに声をかけ、アンを冷酷に扱っているように思える行為をキシダインがするのは、愛しているが故のことだとささやき始めた。

 

 アンは、いきなりのキシダインの優しげな扱いに、嫌悪を通り越して恐怖した。

 その反応に、キシダインは気分を害したように出ていった。

 だが、これも意外なことに、アンにはなんの暴力も残酷な仕打ちもしなかった。

 それが昨夜のことだ。

 

 そして、たったいま、ノヴァが部屋に駆け込むようにやって来た。

 ノヴァによれば、執事のモルドから、今後、アンの部屋から、二度と外に出るなと告げられたようだ。

 また、ノヴァは奇妙なことを話した。

 牢獄であるこの部屋の外にいるベーノム(?)の監視兵が、なぜかどんどんといなくなっているというのだ。

 ノヴァがモルドに追いやられたときには、いつもは十人くらいは見張っている監視が、ほとんど姿が消えてしまっていたということだった。

 

 なにかが起こっている。

 ただの勘だが、アンにはそう思えた。

 

「……ノヴァ、来て……」

 

 アンは、やはり不安そうな顔をしているノヴァを寝台に引き寄せた。

 ノヴァもまた、アンの部屋に閉じこもることを命じたモルドに対して、いつもと異なるなにかを感じたようだ。

 モルドに指示されて持たされたらしい二人分の食事も、この二年間で見たことのないような豪華な食事だ。

 それはノヴァが出入口の扉の横に置いたまま放ってある。

 もっとも、王族として生活していた時代に比べれば、その食事だって質素なものなのだが、この二年間、冷たくて粗末なものしか口にしていないアンとしては、モルドがノヴァに運び込むことを許した食事の内容は、信じられないくらいのご馳走に感じた。

 

「なにか、変ですね、姫様……」

 

 アンがノヴァの身体を抱き締めると、ノヴァが不安そうに呟いた。

 

「そうね……。わたしもそう思うわ、ノヴァ」

 

 アンがノヴァをぎゅっと抱くと、ノヴァもアンのことを抱き返してきた。

 

「……姫様、モルド様が変でした。とても……。まるで人が違ったようで……」

 

 すると、ノヴァが顔をあげて、アンにささやいた。

 アンの顔とノヴァの顔は、ほとんど密着するかのようにくっついている。

 この部屋には監視の魔道具があり、見張りに聞こえないように会話をするには、こうやって身体を寄せ合って語り合うしかない。

 また、見張りの眼を誤魔化すため、意味のある内容をささやいていることを悟られないように、アンとノヴァの手は、お互いの身体をまさぐり合い、胸と胸、頬と頬を擦りつけるような仕草を続けている。

 この部屋の情景を眺めている者からは、アンとノヴァが身体を寄せ合って、愛の言葉をささやいているようにしか思えないだろう。

 

 長い期間、見張られ続けてきたふたりが、なんとか連中の眼をかすめて、ふたりだけで意思の疎通をするための知恵だ。いつもそうするわけではないが、どうしても連中に聞かせたくないことは、そうやって話すのだ。

 それで、いつしか、本物の百合の関係になったりもしたのだが、とにかく、アンとノヴァは、見張りに訊かれたくない言葉を交わすときには、必ず、お互いに百合の性愛を求める仕草をすることにしていた。

 それで、耳元で言葉を交わす動作を続けても、まったく不自然さがない。

 

「……人が変わった……?」

 

 アンは、ノヴァを抱きながら首を傾げた。

 

「いつになく優しいというか……。わたしを凌辱しようとした見張りたちをすぐに追い払います……。そのくせ、殺気に溢れているというか……。わたしは逆に怖くなりました……」

 

「殺気……?」

 

 アンは呟いた。

 そして、思うことがあり、ノヴァを抱く腕に力を思い切り込めた。

 それは、ほとんど無意識のことだったが、それにより身体を思わずのけぞらせたノヴァは、アンに寝台に抱き倒される体勢になった。

 

「あっ、ご、ごめんなさい」

 

 アンはとっさに身体をどかそうとした。

 そのアンをノヴァが抱き寄せて、身体を密着させて阻む。

 そして、口をアンの耳に寄せた。

 

「……いいんです。それよりも、なにか思い当たることでも……?」

 

 ノヴァがアンの身体の下で言った。

 アンは首を小さく横に振った。

 

「……思い当たることなんて、ここに閉じ込められているわたしにあるわけがないわ……。だけど、もしものことだけど、ここにわたしが閉じ込められていることをお母様や陛下が知れば、どうするかと思ってね……。逃げたいと思うわけじゃないし、それに期待をしているわけじゃないわ……。ただ、キシダインが、わたしをここに監禁していることを注意深く秘密にしているということは、わたしにもわかる……。だけど、もしも、それが発覚しそうになったら、どうするだろうとは考えるわ……」

 

 アンは言った。

 

「そ、そのときには──」

 

 ノヴァが思わず声を荒げそうになり、はっとしたように口をつぐんだ。

 言葉を詰まらせたのは、ひとつは、声をあげることで会話の内容を見張りに悟られる危険があるということだろう。

 もうひとつは、アンが逃亡を頭に思い浮かべると、窒息寸前の苦しさが何刻も発作のように続く操りにかけられているからだと思う。

 

 逃亡の意識を浮かべるだけで、死の一歩手前まで呼吸困難になる。

 そのくせ、決して死ぬこともないのだ。

 あれは苦しい……。

 この魔道のために、アンは、もはや、この牢獄の部屋から逃げようとする意思さえ持つことができなくなった。

 

 ノヴァは、アンのことを大切にしてくれた母親のアネルザや父の国王がアンの境遇のことを知ったのではないかというアンの言葉に、この屋敷からアンが脱出できることを考えたのだろう。

 だが、それを口にすることで、アンにかけられている魔道の発作を呼び起こすことを心配したのだと思う。

 だから、慌てて口をつぐんだに違いない。

 しかし、アンは、それは不可能だと思っている。

 いまも、逃亡の可能性のことは考えていない。

 その証拠に、発作は生じない……。

 

 考えているのは別のことだ。

 

「……もしも、このことが明るみになりそうになったら、発覚する前に、キシダインはわたしを殺すと思うわ。病気ということにでもしてね……」

 

 どう考えても、そうなるのだ。

 キシダインにとっては、アンなど王位継承権を得るための道具でしかなかったはずだ。

 アンが死んだところで、死んだ王女の夫として、王位継承権は残る。

 キシダインがいまアンを殺さないのは、アンが生きていた方が死んでいるよりは、王位継承としては有利になるくらいのことでしかないと思う。

 

「……そ、そんな……」

 

 ノヴァが顔を真っ蒼にした。

 その顔は、心も底からアンの身の末を心配している様子だ。

 

 優しいノヴァ……。

 愛おしいノヴァ……。

 

 こんな目に遭い続けていても、本当にアンのことを心配してくれる……。

 なんと健気で、かけがえのない人……。

 

「おお、ノヴァ──。わたしがこれを嘆いているのは、わたしのことではなく、あなたのことなのよ──」

 

 アンは声をあげるとともに、服のままノヴァの身体に全身を擦りつけるようにした。

 感極まってしまったのだ。

 すると、ノヴァがアンの下で悶えるように身体をくねらせた。

 

「あ、あん、姫様」

 

 ノヴァが顔を真っ赤にして、可愛らしい声をあげた。

 アンははっとしたが、もう心を制御できなくなってしまった。

 もうすぐ、アンたちの死期がやってくる……。

 確かに、そう考えると、すべての辻褄が合う。

 

 昨夜のキシダインの突然の態度の変化……。

 アンとノヴァの周りから、どんどんと見張りの者が遠ざけられていること……。

 ノヴァに対する執事のモルドの態度の変化……。

 なによりも、ノヴァの感じたモルドの殺気……。

 つまり、キシダインは、アンを殺すことに決めたのだ──。

 

 だから、突如として、態度を改める仕草をしたり、周りから人を遠ざけたりしているのでないだろうか……。

 見張りを遠ざけるのは、本当はアンが殺されたのだという事実を知っている者を限定するためだ。

 また、キシダインとモルドの態度の変化は、もうすぐ殺そうとしている相手に対する多少の憐れみだろう。

 

 そうやって、突き詰めていくと、ノヴァに託された食事でさえも、その予兆のように思える。

 あと残された食事がどれだけのものかわからないが、その質があがったのは、いわゆる死刑囚に対する恩恵のようなものではないか……。

 

 そして、ノヴァは、もうこの部屋から、二度と出るなと言い渡されたようだ。

 もうノヴァが二度と部屋から出ないということは、おそらく「処置」は遅くとも今日中には実施されるに違いない。

 なにしろ、アンがもうすぐ殺されるなら、ノヴァがアンの部屋に留められる理由は明白だ。キシダインがアンを殺すときには、必ずノヴァも一緒に殺すはずだ。

 だから、一緒に殺すために、そばに置くのだ。

 ノヴァをアンとともに処分するのは、余りにも当然の処置だ……。

 キシダインのアンに対する仕打ちの生き証人であるノヴァを殺さない理由は存在しない。

 しかし、それを防ぐ方法は、アンにはなにもない。

 アンにできるのは、ただノヴァとともに殺されるのを待つことだけなのだ……。

 

「ああ、ノヴァ……」

 

 アンはもう一度、アンの身体の下で横たわるノヴァを抱き締めた。

 そして、アンの思うことをノヴァの耳元で告げ続けた。

 アンとともにノヴァもまた、もうすぐ死ぬ……。

 そうに違いないというアンの言葉に、ノヴァは涙を流すのかと思えば、ほっと安堵するような笑みを浮かべた。

 

「……そうであれば、もう姫様も……わたしも苦しまなくて済むのですね……。そして、嫌なこともされなくて済む……。嬉しいです。やっとこの日が来ました……。しかも、わたしには勿体ない幸せです。姫様とともに死ねるなど……」

 

 ノヴァは微笑んでいた。

 そのノヴァの頬にぽつぽつと滴が落ちた。

 それはアン自身の涙のようだった。

 ノヴァはもうすぐ殺されるかもしれないということを、ちっとも恐れていないようだ。

 それどころか、その顔には、長かった苦しみから解放されるかもしれないという期待に満ちた喜びに溢れているように思えた。

 それは、ノヴァがここでどんなにつらい時間を過ごしたのかということを想像して余りある。

 そのノヴァが、アンの身体の下で、ふと表情を和らげた。

 

「……姫様、そうであれば、お願いがあります……。厚かましいとは思いますが、もう一度、わたしを愛してください……。できたら、死ぬ瞬間まで愛し合いたい……。どうせ死ぬなら、わたしは姫様と愛し合いながら死にたいのです……」

 

 ノヴァが訴えるように言った。

 それはアンも同じ思いだった。

 アンは一度ノヴァの身体からおりると、身に着けているものを寝台の下に次々に脱ぎ捨てた。

 

 もう、服を着ることもないだろう。

 キシダインが、アンとノヴァをどれだけ生かしておくつもりか知らないが、それは長い時間のことではない気がする。

 だったら、殺される瞬間までノヴァと愛し合おう。

 アンは心に定めた。

 

 獣のように女同士でまぐ合いをしながら死んだと笑う者がいれば、笑うがいい。

 アンには、残りの人生の最後までノヴァと愛し合えたという時間があれば十分だ。

 

 アンはノヴァに向き直った。

 すでにノヴァもまた、生れたままの姿になっていた。

 ノヴァが身に着けていたものも、アンの服とともに無造作に床に捨てられている。

 

「ふふふふ……」

 

 アンは込みあがった笑いとともに、ノヴァをもう一度押し倒した。

 この寝台には、いつもアンが拘束されるために使われる革紐が四隅についている。

 それにノヴァの手首と足首を繋ぎ始める。

 

「ひ、姫様……?」

 

 ノヴァが微笑みながら、少しだけ驚いた顔をした。

 

「いいでしょう、ノヴァ? わたしだって、たまには、あなたを責めたいわ。うんといかせてあげる。あなたの身体を全部を舐め尽くしてあげる……」

 

 アンは笑いながら言った。

 どうしても、笑いが込みあがって仕方なかった。

 ノヴァも抵抗しない。

 その代わり、ノヴァはとても妖艶な笑みを浮かべた。

 

「……いいですよ……。その代わり、この後で交代です。次はわたしがアン様を拘束します。いいですね」

 

 ノヴァが言った。

 アンは大きく頷いた。

 そして、ノヴァを四肢を大きく拡げたかたちで固定する。

 アンは、まずはノヴァの股間に顔を埋めた。

 ノヴァの股間は、すっかりと濡れている。

 驚くほどに豊かな量の蜜だ。

 アンは舌を這わせて、ノヴァの愛液を啜った。

 

「んんんっ、ああんっ、ひ、姫様──」

 

 ノヴァが身体を跳ねあげた。

 だが、拘束している四肢への革紐が、ノヴァがアンの舌から逃げるのを阻む。

 アンは、さらにむさぼるように、ノヴァの股に舌を動かし続けた。

 ノヴァが艶めかしい声をあげて乱れ始める。

 

「……も、もしも、生まれ変わったら、わたしはもう王家には生まれない。ただの普通の女として生まれる……。そして、ノヴァの妻にしてもらう……。あなたのために生きるの──。ああ、ノヴァ、大好きよ──」

 

 アンは膨らんできたノヴァの肉芽に舌で振動を与えながら、ノヴァの果肉を押し広げるように、肉襞の縁をなぞった。

 ノヴァがアンの舌に翻弄されて、激しく身悶えする。

 

 愛おしいノヴァ……。

 優しいノヴァ……。

 

 ノヴァが気持ちいいなら、アンも気持ちがいい。

 アンが快感を得るときは、ノヴァもまた快感に耽ってくれる。

 ノヴァがアンの愛撫で大きなよがり声をあげた。

 

「あううっ、ああん、わ、わたしこそ、何度でもアン様のものになります──。アン様にお仕えします……。アン様のそばにおいてもらえるなら、妻でなくていい……。ど、奴隷でもいい……。いえ、わたしは、アン様の奴隷に生まれ変わります……。ああ、アン様、あっ、ああああっ」

 

 アンは、二匹の白い蛇がお互いに絡み合うかのように身体をノヴァの身体に擦りつけ、そして、ノヴァの花芯をいたぶり、どこまでも官能の極致に身を昂ぶらせていった。

 

 

 

 

(第32話『別れの性愛』終わり、第33話『ダドリー峡谷事件』に続く)



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 第33話  ダドリー峡谷事件
185 襲撃開始~襲いかかる巨石


「正直に言えば、替え玉を使うことも検討したんですけどね。だけど、やっぱり、上手の手から水がこぼれるということもある。キシダインを完全に嵌めるには、実際に姫様に登場を願うしかなかったんですよ。お許しください」

 

 一郎はできるだけ、気楽に聞こえるように言った。

 王都郊外の演習場に向かう馬車の中だ。

 

 四人乗りの小さな馬車であり、八人乗りの大きな本来のイザベラの馬車とは別のものだ。

 そこに、一郎とイザベラ、そして、シャーラとスクルズという四人で乗っている。馭者を務めているのは、王兵に扮しているエリカだ。

 

 本来のイザベラの馬車ではなく、四人乗りの小さな馬車にイザベラに乗車してもらったのは、キシダインの私兵を率いるベーナムの落とす岩がイザベラの馬車を直撃する可能性があるからだ。

 崖の上から落下させる岩など、どこに落ちるかわからないが、モルドに扮してキシダイン邸に入り込んでいるコゼからの情報によれば、ベーナムはイザベラ襲撃にあたり、その前後を遮断して警護の兵を孤立させるだけでなく、落石そのもので馬車を潰そうとしているらしい。

 まあ、落石の罠は予想していたので、むしろ、コゼにはその通りに実行させるように促した。予期している策の方が防ぎやすい。

 とにかく、考えていた手筈通りに、一郎は大きな八人乗りの馬車にイザベラが乗っていると見せかけて、それに続く四人乗りにイザベラを移動させているところである。

 

 狭い間道だが、八人乗りの馬車は無理でも、四人乗りであれば、ぎりぎり二列になれる。

 イザベラとともに乗車している馬車は、二列になっている馬車の谷側だ。

 ベーナムが落下させる岩は山側から来るのだから、最悪、真っ直ぐにこっちに向かっても、内側の馬車に阻まれて、この馬車が残れる可能性が高くなる。

 

 また、隣で移動している馬車や八人乗りの馬車も、馭者の人形を乗せただけの無人だ。それを魔道で馬を操って動かしている。

 さらに、隊列の前後を進む冒険者たちについても、異変があれば逃げるように申し渡させた。

 実のところ、冒険者で編成したイザベラ私設騎士団だが、キシダインの手の者がかなり混じっていることは認識している。

 残念ながら、それを炙り出す猶予はなく、今回は作戦から排除するしかなかった。いくら、戦力が欲しいといっても、後ろから裏切る可能性のある連中とともに、大事な策は戦えない。

 一郎は、味方を絶対に信頼できる一郎の女たちだけで固めることにした。

 

「わかっておる、ロウ。そなたが、わたしのために練ってくれた策だ。わたしは、皆に命を預ける……。それに、皆が命を懸けているのに、わたしだけ安全な場所に引っ込んでいたとあっては、ロウの女のひとりとして、これから肩身が狭くなるではないか。わたしは、むしろ、わたしを正面に使ってくれたことに感謝しておる」

 

 一郎の隣に腰かけているイザベラが軽口を言った。

 その言葉が決して大言壮語でないことは、一郎はイザベラの感情を読むことでわかっている。

 

 これから山賊に扮した五百人ものキシダインの私兵の襲撃を受ける。

 そして、キシダインはその襲撃に失敗する──。

 キシダインとしては、警護兵を含めて十数名のイザベラ一行など、最終的には皆殺しにするつもりのはずだ。

 さもないと、生き残った者の証言で、襲ったのが決して山賊のようなものではないと発覚するかもしれないからだ。

 だから、ベーナムという獣人の隊長に、ありったけの私兵の五百を指揮させて襲撃を企てているのだ。

 

 しかし、残念ながらキシダインの企ては成功しない……。

 全滅に近い損害を受けるのは、ベーナム隊の方だ。

 そうなれば、キシダインとしては、今度こそ言い逃れは不可能だ。

 なにしろ、イザベラを襲った兵のことごとくが、キシダインの私兵であることは、捕らえた兵の証言でもいいし、遺棄した死兵の面通しでも証明できる。

 

 それが一郎の策だった……。

 

 思い切った手だが、のらりくらりとイザベラ暗殺未遂の嫌疑をかわしてきたキシダインから、誰もが納得するような証拠を得るには、これだけの大きな襲撃をさせた方がいいはずだった。

 

 だが、一郎としても、まさか、キシダインが私兵の総員を襲撃に参加させるとは思わなかった。

 落石の罠は予期していたのだが、襲撃の人数は予想よりも多かった。昨日の今日だから、そんなに動員できるとは考えなかった。

 まあ、さすがは、ハロルド公というところだろう。

 キシダインが五百もの兵で襲撃するという情報を寄せたコゼからの驚いた声はよく覚えている。

 

 しかし、もう賽は振られたのだ。

 こうなったら、一郎の女たちを信じるしかない。

 彼女たちであれば、キシダインの私兵など、五百どころか、その倍いても蹴散らしてしまうだろう。

 

 もっとも、本音を言えば、この命懸けの賭けのような状況を作り出して、自分の女たちを危機に陥らせていることについては、忸怩たる思いであることは確かだ。

 なによりも、戦うのは女たちであり、一郎自身が戦闘にはほとんど役に立たないからだ。

 一郎にできることと言えば、せめて、危険な正面に自分の身体を晒すことしかない。

 

「エリカさん、敵の罠の場所に到達して、落石が始まったら、馬車を停止させてくださいね。動いている馬車に防護の結界を張るのは難しいのです。でも、停止さえしてくれれば、岩石程度の落石の直撃に耐える結界を張れます」

 

 スクルズがどことなく呑気に聞こえる声で言った。

 このイザベラの馬車に、いまは王都一と称されている第三神殿の神官長代理のスクルズが同乗していることは、ベーナムたちはわかっていないだろう。

 スクルズについては、もちろん最初は襲撃を防ぐ戦力として期待したが、信仰上の戒律で直接戦闘の参加には支障があると耳にして、この要員から外そうとも考えた。

 だが、計画全般のことを知り、問題ないと進んで馬車に乗り込んできた。

 一郎は迷ったが、少し前に酔って第二神殿で大暴れした罪滅ぼしとスクルズが笑って言ったので許した。

 いずれにしても、スクルズの魔道術があれば、かなりの戦力になることは確かなのだ。

 

「わかってるわ、スクルズ……。ところで、ロウ様、戦闘が始まったら、絶対にわたしから離れないでくださいね。お願いですから」

 

 エリカが馭者台から声をあげた。

 一郎は苦笑した。

 

 キシダインの襲撃に際して、イザベラ自身が囮になることについては、なんの不満も主張しなかったエリカだが、一郎がイザベラとともに襲撃をされる馬車に乗るという主張には、エリカはあまりいい顔しなかった。

 

 結局のところ、一郎が押し切ったが、エリカは、だったら、それを認める代わりに、馭者役は自分がすると強い口調で言った。

 エリカとしては、作戦の必要性や内容などどうでもよく、とにかく、一郎の身を案じてくれているようだった。

 まあ、エリカらしいというところだろう。

 無論、エリカのようなエルフ族の美戦士が、それだけ一郎を本気で心配してくれるのは嬉しい。

 

「さて、そろそろかな……」

 

 一郎は窓の外の景色に目をやって言った。

 ベーナムの襲撃ポイントが迫っている。

 全員の顔が引き締まった。

 

 そして一郎は、向かいの席で緊張した様子のシャーラに視線を向けた。

 エリカを含めた四人の女の中で、もっとも緊張しているのがシャーラであることは確かだったからだ。

 これまで孤軍奮闘でキシダインの刺客からイザベラを護り続けたシャーラ……。

 だが、今日については、キシダインの刺客を避けるのではなく、あえて受け止めるのだ。

 しかも、五百人もの手勢──。

 イザベラを護ることこそ、自分の生きる価値と思い込んでいるシャーラにとっては、緊張するなというのが無理なのかもしれない。

 

「シャーラ……」

 

 一郎は手を伸ばして、シャーラの片側の乳房をぎゅっと揉んだ。

 

「ひっ──。な、なんですか、ロウ様」

 

 シャーラが耳まで真っ赤にして、抗議の声をあげた。

 

「もっと気楽にいけよ、シャーラ……。この中で一番弱い俺が大舟に乗った気持ちでいるんだ。俺の百倍も強いお前がそんなに緊張してどうする」

 

 一郎は笑った。

 シャーラは、当惑した様子だったが、すぐに大きく息を吐き、照れたように微笑んだ。

 一郎は、シャーラの心から、張りつめていたものがすっと消えていくのを感じた。

 

「お、恐れ入ります……。少し楽になりました……」

 

 シャーラが笑った。

 一郎は、さらに手をシャーラのズボンの股間に移動させる仕草をした。

 

「……もっとリラックスできるように、ここも揉んでやろうか?」

 

 一郎は言った。

 すると、シャーラは顔を真っ赤にした。

 

「や、やめてください。戦えなくなってしまいます」

 

 シャーラが慌てたように言った。

 一郎だけでなく、スクルズとイザベラも声を出して笑った。

 

「来ます──」

 

 そのとき、エリカの吠えるような声が馭者台からして、馬車が急制動で停止する。

 そして、次の瞬間、地が割れるような轟音が上から轟き始めた。

 スクルズが真剣な顔になり、すかさず両手を天井に伸ばす仕草をした。

 

 

 *

 

 

 丘陵の頂上には、臨時に設置された天幕が敷き詰められており、その向こう側には、謁見台になっている式典台が階段状に設置されていた。

 王軍大演習といえば、矢弾と魔道の光線の飛び交う派手な模擬戦だ。演習というよりは、戦場を再現した戦闘劇のようなものであり、王侯貴族ばかりでなく、多数の市民も集まる大演習祭である。

 開始は午後からであるというのに、すでに一般市民のために開放されている丘陵の一角はかなりの人手でごった返していた。

 遠目だが、臨時の屋台などが並んでいるのがわかり、本当にお祭り騒ぎだ。

 

「ハロルド公、キシダイン公爵閣下、ご到着──」

 

 護衛の騎馬とともに侵入したキシダインの乗車する馬車が定められた場所に停止すると、慌てたような触れ係が大声でキシダインの名を叫ぶのが聞こえた。

 それとともに、大きなラッパの音が鳴り響く。

 

 キシダインは、出迎えのために急いで集まって来た貴族たちに手をあげて挨拶をしながら、キシダインのために設置されている専用の幕舎に向かう。

 さすがに、まだ刻限が早いので、集まって来た貴族たちも若い者ばかりだ。

 本来であれば、公爵であり、王位継承権を持つほどのキシダインが到着するのは、もっと陽が中天に近くなってからだ。

 この辺りの上級貴族用の幕舎群の並ぶ地域は、人もまばらだった。

 

 実のところ、こんなにも早い時間にも関わらずにキシダインが、ここにやって来たのは理由がある。

 ここから少しの距離があるダドリー峡谷という場所で予定しているイザベラ王女襲撃について、万が一にもキシダインの関与を疑われないためだ。

 

 今日、キシダインと王太子を争っていた第三王女のイザベラは、この郊外の演習場に向かう途中で山賊の襲撃を受けて死ぬ──。

 襲撃するのは、山賊に扮するキシダインの私兵隊長のベーナムたちだが、ベーナムのする仕事に間違いがあるわけがない。

 しかも、ベーナムは絶対に信用のできる部下のほか、本当の山賊を使って襲撃の準備を整えた。

 

 その人数は五百──。

 

 王女が警戒している気配はなく、キシダインは襲撃そのものの成功は疑っていない。

 考えているのは、事の後、いかにして、キシダインの関与を隠し通すかだけだ。

 

 いずれにせよ、この王都から演習場に向かう経路には大きく三経路があり、ダドリー峡谷という谷地沿いの隘路を使う経路は、もっとも遠回りになる経路になる。

 イザベラ王女をはじめとする主立つ王族の一行が進む経路などは警護上の秘密だが、キシダインの執事のモルドが、イザベラ王女が進んでくる道と刻限の正確な情報を掴んできた。

 

 それによれば、イザベラは、意表をついて、狭くて遠回りになるダドリー峡谷経由の道をかなり早い時間にやって来る計画のようだ。

 

 まあ、イザベラの警護責任者のシャーラからすれば、キシダインが、常にイザベラの命を狙っているのはわかっているだろうから、意表をついた時間や経路を選んだのだろうが、むしろ、それはキシダインにとって好都合だ。

 この時間で、しかも、遠回りのダドリー峡谷回りであれば、通行はまばらだ。

 つまり、襲撃を邪魔をするほかの貴族はいないということなのだ。

 

 シャーラも、襲撃を考えている者がいる場合に備えて、その裏をかいて経路と時間を選択したのだろうが、所詮は小娘の考える浅はかな知恵にすぎない。

 わざわざ、狙ってくれと言わんばかりの危険な隘路を経路として使うというのは、策士、策に溺れるというものだろう。

 

 実際のところ、ダドリー峡谷で襲撃の準備をしているベーナムからは、すでに馬車の中で、「獲物」が隘路に侵入したという報せを魔道通信で受けていた。

 馬車がここに到着する直前だったので、その襲撃の結果の報告はまだだが、イザベラ一行は三台の馬車と十数騎の騎馬の警護だけだそうだ。

 キシダインは、必ず皆殺しにしろという指示をベーナムに伝えていた。

 襲撃結果の報告は、キシダインにあてがわれる専用幕舎の中で受けることになるだろう。

 キシダインはその幕舎に向かっている。

 

「おう、キシダインか──。こんなに早い時間に珍しいな。ちょうどよい。退屈していたところじゃ。わたしの幕舎に来るがよい。茶でも振る舞おう」

 

 そのとき、不意に声をかけられた。

 驚いたことに、声をかけて来たのは、正王妃のアネルザだ。

 キシダインがこの刻限に到着したのさえ珍しいことなのに、王妃のアネルザがすでに到着しているなど、あり得ることではない。

 キシダインは呆然としてしまった。

 

「こ、これは、王妃殿下……。な、なぜ、こんなに早く……?」

 

 やっと口を開いたが、それは言葉の途中で遮られた。

 そして、はっとした。

 今回の襲撃に際して、キシダインがここまで思い切った手を打つことを決めたのは、アネルザが溺愛しているアンをキシダインが粗暴に扱っている噂がアネルザに入ったと聞いたからだ。

 急いで言い訳をしようと思ったが、思いの外、アネルザは上機嫌にも見えた。

 キシダインは咄嗟に口をつぐんだ。

 

「そなたこそ、十分に早いであろうが。いいから、ついて来い。話があるのだ」

 

 アネルザが言った。

 そして、ふと気がつくと、十数人の王兵にアネルザとキシダインは取り囲まれた状況になっていた。囲んだのは、アネルザが連れて来ていた護衛兵のようだが、キシダインの連れていた部下は、その囲みの外側に追い払われるかたちになっている。

 キシダインはびっくりした。

 

「いいから、幕舎に来よ、キシダイン」

 

 アネルザが半ば強引に、屋根のある幕舎にキシダインを連れ込んだ。

 だが、入ることを許されたのはキシダインだけであり、キシダインのほかの部下と護衛は、巧みに外に締め出されてしまった。

 また、幕舎の中にはほとんどなにも置いてはおらず、ただ中央に一個の椅子があるだけだ。

 椅子の前には机すらない。

 しかも、幕舎の中には、あらかじめ入っていたらしい三十人ほどの武装した王兵が周りを囲んでいた。

 

「こ、これはどういうことです、王妃殿下?」

 

 さすがに、キシダインは不快さを露わにして声をあげた。

 王妃といえども、公爵であるキシダインを随行の者と引き離して、大勢の王兵が囲んでいる場所に連れ込むなど、無礼にもほどがある。

 これでは、まるでキシダインが捕縛され、監禁でもされたような感じではないか。

 

「座るがよい」

 

 しかし、アネルザは、それだけを言った。

 キシダインは、さらに不満をぶつけようと思ったが、アネルザの顔を見て言葉を失ってしまった。

 アネルザは、これまでにキシダインが接したことのないような恐ろしい形相をしていたのだ。

 

「いいから座れ、キシダイン。それとも、兵に無理矢理に座らせられたいのか?」

 

 アネルザの物言いには、はっきりとしたキシダインに対する憎しみのようなものを感じた。

 キシダインはぞっとした。

 とにかく、アネルザが怒るとすれば、おそらくアンのことだと思った。

 キシダインが長年にわたってアンを虐げてきたという事実が、国王のルードルフやアネルザの耳に入ったというのは、昨日モルドに教えられたばかりだ。

 

「ア、アネルザ殿下、なにを怒っておられるのか皆目見当もつきませんが、私は殿下を怒らせるようなことはなにもしておりませんぞ。もしかして、この私を陥れる偽りの中傷のたぐいを耳をしたのかもしれませんが、それは、根も葉もない出鱈目であり……」

 

 キシダインは、わざと笑顔を作って、ちょっと大袈裟に肩を竦めた。

 そして、媚びを売るような仕草で、アネルザとの距離を詰めた。

 だが、その瞬間に一斉に幕舎にいる兵が剣を抜いた。

 

「ひっ」

 

 キシダインはびっくりして、その場に尻もちをついてしまった。

 すると、アネルザが声をあげて笑った。

 

「なにも地面に座ることはあるまい、キシダイン。せっかくの椅子だ。それに座れ……。それから、迂闊に動くな。兵が驚くであろう。ここにいる兵は、全員がわたしの身の回りを護るために日頃からわたしに仕えるものじゃ。ハロルド公であろうとも、容赦はせんと思うぞ……。とにかく、しばらく、椅子に座っておればいい。それだけだ。命を奪おうというわけではない……。まだ、な……」

 

 アネルザがキシダインを立ったまま見下ろして言った。

 

「ま、まだ……?」

 

 キシダインは、思わず、その不吉な言葉を繰り返した。

 

「そうだ。まだ、なにもせん──。“まだ”な──。魔道通信などで、どこかに連絡や指示をされても困るから、ここで大人しくしてもらうだけじゃ……。だが、そのうち、なにかの報せが届くかもしれん。そのときには、あるいは扱いが変わるかもしれんがな」

 

 アネルザが言った。

 そのとき、外からひとりの女が新たに入ってきた。

 驚いたことに、第二神殿の筆頭巫女のベルズだ。

 

「王妃殿下、この幕舎全体を魔道で塞いだぞ。もう、この男は外に出られん。それから、この男になんらかの魔道通信が来れば、自動的に目の前で開くように処置もした。ついでに、会場全体にも、魔道の風でその通信を流す。ここにいる全員が聞くことになるだろう」

 

「ご苦労、ベルズ」

 

 アネルザが言った。

 そして、キシダインを睨む。

 

「……というわけだ、キシダイン。どんな魔道通信がお前にやって来るのか愉しみだな」

 

 アネルザがにやりと笑った。

 キシダインは背に冷たいものを感じた。



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186 死闘~女傑たちの戦い

 ベーナムがいるのは、崖の中腹であり、周囲は林ではなく草だ。

 イザベラ王女一行の馬車が近づいているという報には、すでに接している。

 

 イザベラの馬車の警護は騎馬が十数騎であり、前に十騎と後方に五騎ほどのようだ。

 報告によれば、中心を進んでいるのは、八人乗りのいつもの王女の馬車であり、その後ろから距離を詰めるようにして、四人乗りの馬車二台が二列に並行してついてきているらしい。

 おそらく、イザベラ王女とシャーラは、八人乗りの馬車の中にいるのだと思うが、もしかしたら襲撃者を欺くために、四人乗りの小さな馬車に移動をしている可能性もある。

 

 まあ、どうでもいい。

 ベーナムがキシダインから命じられているのは、馬車に乗っている者のすべてを殺すことである。

 全員を殺せば、その中にイザベラとシャーラが含まれることになるだけだ。

 

 やがて、馬車の一群が眼下を通過し始めた。

 ベーナムは手をあげた。

 不意に土と岩が崩れはじめる。

 

 眼下では、警護をしている騎馬から悲鳴のような声があがり、一斉に前後に逃げ始めている。

 全速力で駆けだした護衛の騎馬とは反対に、三台の馬車は急制動でその場に停車した。

 その馬車に向かって、岩と土砂が襲いかかっていく。

 

 ベーナムの眼には、逃げていった護衛たちのいた付近に土が崩れて、三台の馬車の前後を塞ぐとともに、その馬車に向かって、さらに巨石が次々に落ちていくのが見えた。

 まずは、八人乗りの馬車に大きな岩が二個命中して、馬と馬車を完全に押し潰す。

 次いで、手前側の四人乗りの馬車も潰れた。

 残った一台については、手前の四人乗りが岩で押されるかたちになったため、奥側の四人乗りも岩と土によって、向こう側に流される態勢になったものの、そのままひっくり返ることもなく残った。

 ただ、完全に前後を岩と土が塞いでいて、身動きもできない状態になっている。

 

 そのときベーナムは、なにか不自然な違和感を覚えた。

 一瞬、それがなにであるのかわからなかったが、すぐに、唯一残っている馬車の馭者が、異様に素早く馬車の向こう側に身を隠したからだとわかった。

 ほかの二台の馬車の馭者は、馬車を襲った土砂に埋もれた感じなのに比べれば、馭者とは思えない身のこなしで、こっちから身を隠したのだ。

 

 もしかして、あれは、シャーラ──?

 なんとなく思った。

 イザベラについている護衛の中で面倒なのは、ただひとりであり、それが侍女長であり、魔道戦士のエルフ女のシャーラだ。

 若いが腕も立つし、そこそこは魔道も遣える。

 用心深くもあるので、馬車の中にいると見せかけて、馭者に扮するというのは、シャーラがいかにもやりそうなことだ。

  

 いずれにしても、シャーラただひとりだ。

 そのエルフ女の魔道戦士さえ倒してしまえば、イザベラ王女など、所詮は十六歳の小娘──。

 始末するのは造作もない。

 

「よし、魔道師たち──。火球を浴びせろ」

 

 ベーナムは別の位置で三箇所に分かれて待機させている魔道士六人に合図をさせた。

 最初に火球を浴びせるのはふたつの目的がある。

 ひとつは馬車に残っていて、まだ息をしている者がいれば、そのまま炎と煙で焼き殺してしまうことだが、もうひとつは魔道の源である魔力の嵐を馬車の一帯に起こして、向こうで魔道を遣えなくするためだ。

 安定した魔力を術者が制御できなければ、万が一にも、移動術などの「移動系」の魔道が発揮する魔道具を向こうで持っていても、それが発動することはない。

 魔道戦士でもあるシャーラは移動術は遣えないはずだが、あのシャーラのことだから、逃亡のための魔道具を準備している可能性は高い。

 だが、火球はめがける目標付近に魔力の嵐を発生させる効果もあるので、火球を遣えば、しばらくは魔道具による逃亡は不可能になる。

 

 始まった。

 人間の頭ほどの火球が、三方向から立て続けに発射される。

 山賊に扮しているが、六人のうち三人はキシダインの私兵に含まれる魔道士であり、さらに三人はれっきとした王軍魔道師だ。キシダインの息のかかっている者であり、今日の襲撃に際して、キシダインが参加させたのだ。

 いずれも高位魔道士であり、稲妻のような火球が立て続けに馬車に向かって降り注ぐ。

 

「んっ?」

 

 そのとき、ベーナムは不可思議なものを見た。

 最初は目の錯覚かと思った。

 だが、やはり錯覚ではない……。

 降り注いでいる火球が、ことごとく馬車に命中する直前で見えない壁に突き刺さるように止まってしまっている。

 

「なんだ?」

 

 思わず声をあげた。

 ベーナムの声に、やっと周囲の部下たちも異変に気がついた。

 距離は離れているが、六人の魔道士からも、大きな動揺のようなものを感じているのが伝わってくる。

 なにしろ、雨あられと発射している火球のすべてが、なにかの大きな力により止められているのだ。

 

 そのときだった。

 

 馬車の直前で阻まれていた火球が、急にまとまって三個の大きな塊になったと思った。

 

「な、なんだ、あれは──」

 

 叫んだのは身を隠していたベーナムの部下たちだ。

 ベーナム自身も悲鳴をあげかけたが、それは轟音にかき消された。

 三個の巨大な火球が、一斉に三方向に逆に突き進んだのだ。

 そのときの大きな音がベーナムの口から出たものを聞こえなくした。

 

「うわっ」

「ひいいっ」

「ぎゃああ」

 

 大きな絶叫が三箇所で起こった。

 三組に分かれていた魔道士たちがいた一帯だ。

 

 だが、すぐにそこは静寂に包まれ、黒焦げになった林の残骸と肉の焼ける匂いがたち込めるだけになった。

 ざわめきが、ほかの場所に隠れている兵たちから一斉に起きた。

 魔道士たちがいた場所にいた魔道士と伏兵が消滅している。

 彼らが、大きな火球に包まれて、あっという間に灰になってしまったというのは明らかだ。

 ベーナムはぞっとした。

 

 すると、眼下の馬車の扉がいきなり開いた。

 唯一残っていた四人乗りの馬車だが、落下させた岩と土砂の影響はないようだ。

 ベーナムは、そのとき、やっと残っていた馬車を埋もれさせようとしていた土砂が、さっきの火球と同じように直前で止まっていることがわかった。

 

 なぜ……?

 

 思ったのは、強力な結界のようなものが馬車を守っていて、それが土砂や火球を阻んだということだ。

 しかし、シャーラがそこまでの魔道遣いであるというのは知らない。

 

 そして、馬車から出てきた人物にベーナムは驚いた。

 

 最初に出て来たのはシャーラであり、次に出てきたのは冒険者風の黒髪の男だったが、三番目に出て来たのは第三神殿のスクルズだったのだ。

 

 唖然とした。

 いまや、王都一の魔道遣いだという評判のスクルズがなぜここに……?

 

 しかし、考えている暇はなかった。

 周囲を探るように、こっちを見回すように視線をあげていた男が、突然にベーナムのいる方向を指さして、なにかを叫んだように思えたのだ。

 

 そして、目の前の空間が不意に揺れたように思った。

 

「……あんたが大将ね?」

 

 その空間から小柄な女と、もうひとりの剣を持った女が飛び出してきた。

 

 移動術──?

 

 考えるよりも先に身体が動いていた。

 ベーナムは崖下に向かって跳躍し、辛うじて小柄の女が斬りつけてきた短剣を皮一枚で避けることができた。

 だが、皮一枚だけは斬られた。

 崖の下に向かって落ちながら、切られた首の皮の部分から血が噴き出すのがわかった。

 

「全員、出よ──。ひとりひとり囲んで殺せ──。皆殺しにするのだ」

 

 なんとか斜面に生えている樹木の枝を掴むことに成功して、崖下の馬車のある場所まで落ちていくことは防げた。

 ベーナムは、伏兵たちに一斉に攻撃を命じた。

 周辺一帯からわらわらと兵が飛び出す。

 枝から地面に降りて、ベーナムも体勢を取り直して見上げた。

 

 改めて見てわかったが、ベーナムを殺しかけた小柄な娘とともに飛び出してきたのは、女騎士のシャングリアだった。

 シャングリアといえば、確か、なんとかという冒険者の男に惚れて、押し掛け冒険者になっていたはずだ。あの男嫌いのシャングリアが一介の冒険者の恋に落ちたというのは、王都で知らぬ者のない艶話であり、しかも、その男は結構有名な冒険者パーティーのリーダーだったと思う。

 だとしたら、そのパーティーが王女の護衛をしているのか?

 しかし、そうだとしても、なぜ、第三神殿のスクルズが?

 

「皆の者、殺せ――。どの敵でも殺すことに成功した者は報酬を十倍にする――。王女を殺せば五十倍だ――」

 

 ベーナムは叫んだ。兵たちの歓声が起きる。

 考えるのはやめだ。

 とにかく、全殺しにするだけだ。

 しかし、さっきの場所には、十数名が潜んでいたのだが、すでに、シャングリアたちふたりに斬り伏せられていなくなっている。

 流石に強い――。

 そのふたりの女がベーナムを追いかけるように、斜面を滑り降りてくる。

 だが、そのふたりを隠れていた兵が取り囲むようにし、すぐに見えなくなった。

 

 そのとき、別の場所から喧噪が起きるのがわかった。

 人が五人、六人と弾け飛んでいる。

 なにが起きているのかわからなかったが、目を凝らすと、人が飛んでいる場所に、両手に斧を持った童女がいて振り回しているのだと悟った。

 

 凄まじいの一言だ──。

 ひとり、ひとりと人間が飛ぶのではない。

 振り回している斧に触れた者が、次々に集団で宙に弾き飛ばされているのだ。

 現実とは思えない光景に息を飲むとともに、ベーナムはさらに驚いた。

 二本の斧を振り回しているのは、あの冒険者ギルドのミランダだ。

 

 王都随一の女魔道遣いのスクルズ――。

 

 有名なお転婆女騎士のシャングリア――。

 

 冒険者ギルドの副長にして、伝説の(シーラ)クラス冒険者だったミランダ――。

 

 次々に出現する女傑に、ベーナムはさすがに尋常ではないものを感じた。

 罠にかけたつもりだったが、まさかとは思うが、罠にかかったのは自分たち──?

 

 そうも思ったが、最早、後には退けない。

 ベーナムとしては、襲撃を続行するしかないと思った。

 ただ、王女の一行に、スクルズやミランダなどが混じっていたとあっては、後々の影響が大きすぎる。

 ベーナムは、とりあえずの一報をキシダインに魔道通信で送ることにした。

 届いた感触はあったが、キシダインからの指示はない。

 キシダインからは、事前に、特に指示がなければベーナムの裁量で動けと言われている。

 基本的に、ほかの貴族たちが周りにいる状況では、自由に魔道通信に応じることは難しいからだ。

 ならば、ベーナムとしては、襲撃を続行するだけだ。

 腹は決まった。

 

「なんとしても殺せ──。全員で馬車に向かうのだ──。そこにイザベラがいる。どんな方法でもいい。殺せ──。報酬は五十倍、いや、欲しいままにもらってやる――」

 

 ベーナムは怒鳴った。

 すでに隠れていた兵の全員が姿を現している。

 狭い隘路一帯にベーナムの部下が溢れていた。

 思ったよりも抵抗があるといっても、戦闘らしきものが起きているのは三箇所だけだ。

 

 ひとつは、最初にベーナムに襲い掛かったシャングリアたちのいるところ──。

 その戦闘の喧噪は、距離を近づけながら、こっちに少しずつ降りてくる。

 

 そして、ミランダのいる一画。

 そこでは、まるでその場所で竜巻でも起きているのかのように、人が次々に宙に飛んでいる。

 

 もうひとつは、真下の馬車のある場所だ。

 なにかの結界で守られているという感じは続いていて、大勢のベーナムの部下たちが襲い掛かっているものの、一定の距離で阻まれて近づけないでいる。

 そこを屋根に昇っているふたりのエルフ女が矢の速射で倒しまくっている。

 ふたりのエルフ女のうち、ひとりはシャーラだが、もうひとりは知らない。

 また、スクルズは馬車の前だ。

 おそらく、イザベラ王女は、まだ馬車の中なのだろう。

 そして、さらに馬車の屋根に登っているエルフ女のあいだに胡坐に座っている黒髪の男がいる。

 その男が、再びこっちを見た気がした。 

 馬車の扉の前に立っていたスクルズが腕を振う。

 すると、巨大な火の玉がこっちに向かってくるのがはっきりと見えた。

 

 

 *

 

 

「あそこだ──」

 

 馬車の上に乗っている一郎は、斜面の中腹を指さした。

 この丘陵一帯には、キシダインが集めた兵で溢れかえっている。ただ、全員が山賊に扮しており服装や武具もまちまちだ。

 これだけ大勢の中から、ベーナムという指揮官を探し出すのは容易ではないが、この集団の中で「獣人」はただひとりだ。

 だから、それを目安に見つけようとしているのだが、さすがにそれは難しいと思っていた。

 

 だが、思いのほか、うまくいっている。

 一郎が、あの辺にいるのではないかと思って視線と意識を向けると、本当にその中にベーナムという獣人のステータスを持っている存在を見分けることができるのだ。

 これも、魔眼保持者としての勘の良さのもたらす恩恵だろうか。

 

「はい、ロウ様」

 

 次の瞬間、馬車の前に立っているスクルズが再び火炎を轟射した。

 丘陵に巨大な炎の砲撃のようなものが突き刺さる。

 ロウが指さした場所一帯が黒焦げになって、十数名ほどの人の死骸ができあがる。

 もっとも、その中にベーナムがいるかどうかは、すぐにはわからない。

 

 ただ、まだ死んではいないと思った。

 勘にすぎないが、そんな気がするのだ。

 いずれにしても、またもや、大勢のステータスの海に紛れてわからなくなった。

 

「スクルズ、もう火炎は打たなくてもいい。この結界を維持することに専念してくれ」

 

 一郎は馬車の上から、下に立っているスクルズに怒鳴った。

 なんでもなさそうな表情をしているが、スクルズのステータスを垣間見ると、「魔道力」のみならず、「生命力」の数値までどんどんと枯渇しそうな勢いで減っている。

 その証拠に、ただ立っているだけのスクルズの足元には、彼女の身体から滴り落ちる大量の汗で水たまりができるほどだ。

 

 無理もない。

 スクルズは、この馬車一帯に結界を張り、厚い空気の層のようなものを作って、近づこうとするものが、それに阻まれて、まるで水の中を進まなければならないような状況に陥らせるような防護壁を作っているのだ。

 完全に遮断しないのは、それをすればさらに大きな魔道力が必要とするためだが、馬車の上に乗っているエリカとシャーラの矢まで遮断してしまうことになるからでもある。

 

 とにかく、一郎の左右に立っているふたりのエルフ女が、その状態を利用して、馬車に近づこうとして、急速に動きが鈍る襲撃兵を面白いように射殺している。

 いまは、土砂の上に、さらに弓で射抜かれた死骸の山ができあがって、新手が近寄ってこれないほどだ。

 

 いずれにせよ、スクルズは、結界だけでも、かなりの労力を使っているのに、さらに火炎の火球を時折放射するということもやっている。

 しかしながら、その威力はすさまじく、放射される火炎の柱に触れる者は、一瞬にして黒焦げの死骸に変わるほどだ。

 また、敵兵を一度の放射で減殺する効果もあるが、なによりも心理的な効果が大きい。

 一郎の眼にも、スクルズが火炎を出すたびに、眼に見えて敵が動揺するのがよくわかる。 

 だが、もうやめさせないと、スクルズの体力がもたないと思う。

 

「はい」

 

 スクルズが元気な声をあげた。

 

 一郎はうなづくと、視線をふたつの喧噪に向ける。

 左右の二箇所で、コゼとシャングリア、そして、ミランダがシャーラの移動術で突入するかたちで敵兵の海に飛び込んで暴れている。だが、あの三人はまだまだ体力はありそうだ。

 少しでも危なくなれば、すぐにシャーラに回収させるつもりなのだが、いまのところ、その必要はないように思う。

 

 特に、ミランダがすごい。

 伝説のシーラランクの冒険者とは聞いていたが、たったひとりで周りに群がる数十名の敵を圧倒している。

 ここから見ていると、いまでは、敵も近づきたがらず、なんとか遠巻きに囲んで投げ槍や弓矢で殺そうとしているようだが、ミランダは、巧みに敵の中に入り込んで、遠巻きに自分を攻撃させないようにしている。

 だが、それだと、延々と動き続けなければならないと思うが、まだまだ体力に問題はないようだ。

 ミランダのいる場所は、捜さなくても、襲撃兵が四人五人と宙に飛んでいるのですぐにわかる。

 本当に人のできる技とは思えない。 

 

 一方で、コゼとシャングリアは樹木の陰に隠れていて、ここからでは姿を確かめることはできない。

 とにかく、あのふたりには、指揮官のベーナムをひたすらに追えと命じている。

 この集団もベーナムさえいなくなれば、統制はとれなくなり、四散するような気がする。

 

「ロウ様、矢──」

 

 興奮したエリカの大声が降ってきた。

 見上げると、エリカとシャーラの矢筒が空になりかけている。

 一郎は胸の紋章に触れ、あらかじめ準備してあった次の矢筒を亜空間から取り出した。

 エリカが空になった矢筒を投げ捨て、それを肩にさげ直す。

 

「こっちも、お願いします」

 

 シャーラが手を伸ばした。

 一郎はシャーラにも新しい矢筒を渡す。

 

「そっちからまた来たわ、シャーラ」

 

 エリカが声をあげながら、矢を放った。

 その矢は二つの方向に分かれて、土砂の山を乗り越えて馬車に飛びつこうとしたふたりの兵の首にそれぞれに突き刺さる。

 エリカは二本の矢を同時に射るということをやっているのだ。

 矢がふたりに刺さって倒れたときには、エリカはすでに次の二本をつがえている。

 

 四人、六人……八人……。

 全部、胸の真ん中か、首の中心を射抜いている。

 

 また、シャーラもまた、反対側からやってくる敵兵を射抜いている。

 

 何度目のかの突撃のような集団での猛撃だったが、またもや追い返した。

 新しい死骸が十体ほど増えると、集団が背を見せ始める。

 エリカとシャーラは、容赦なく、その背中にどんどんと矢を射抜いている。

 

 とりあえず、馬車に押し寄せていた敵は、土砂の後ろの樹木のところまでさがった。

 馬車の周辺は膠着した感じになった。

 

「エリカ、シャーラ、まだいけるな」

 

 一郎は怒鳴った。

 

「当り前です」

 

 エリカは返事とともに、さらに矢を放った。

 かなり距離のある敵兵が樹木の横で倒れるのが見えた。

 シャーラも負けていない。

 別の場所の敵兵が倒れる。

 それが五人ずつくらい繰り返した。

 

 敵兵がさらに後退していく。

 完全にここについては、攻めあぐねている様子だ。

 エリカとシャーラもひと息ついている。

 

 一郎は腰にさげていた水筒を口に含むと、立ちあがってエリカの顔に口を寄せて、口移しで水を飲ませた。

 エリカが目を白黒させるのがわかった。

 

「あ、ありがとう……ご、ございます。で、でも、こんなときに……」

 

 顔を離すと、エリカが顔を真っ赤にして言った。

 

「こんなときだからさ。心配するな。敵が戦意を持って近づけば、俺がわかる。ひと息できるときはしろ」

 

 一郎は再び水を口に含むと、今度はシャーラに口移しで水を飲ませた。

 シャーラも喉が渇いていたのだろう。

 一郎の与えた水をおいしそうに飲んだ。

 

「わたしも喉が渇きましたわ、ロウ様」

 

 すると、スクルズが馬車の下から笑いながら言った。

 一郎は、ぽんと水筒をスクルズに放った。

 

「あら、わたしには口づけはしていただけないのですか?」

 

 スクルズが軽口を言った。

 

「その代わり、今回のお礼に、俺がスクルズの身体を隅々まで洗ってやるよ。それこそ、お尻の穴まで念入りにこの手でな」

 

 一郎は人差し指を出して、くねくねと動かす仕草をした。

 スクルズの顔も真っ赤になった。

 

「ロウ様、下品です」

 

 エリカが横でたしなめる。

 一郎は笑った。

 

 そのとき、一郎は膠着していた正面に新しい動きが起こりかけていることに気がついた。

 敵全体のうちで、比較的後ろ側にいた集団が、どんどんと前に集まってくるのを感じた。

 

 一郎は感覚を研ぎ澄ます。

 

 やはり、うしろから出てくる集団の先頭付近に、ベーナムという男のステータスが見えた。

 さらに、目を凝らすと、黒い武具を身に着けた比較的背の低い男がいる。

 その男のステータスが獣人のベーナムと出ている。

 

「あそこだ。ミランダとコゼに連絡──。動いている集団の先頭付近にベーナムがいる。黒い武具だ。そいつを殺せば、あとは烏合の衆だ。勝手に逃げ出す。あいつを殺せ」

 

 一郎の言葉をスクルズが馬車の中にいるイザベラに告げるのがわかった。

 馬車の中で隠れているイザベラには、魔道通信による連絡係をしてもらっていた。

 コゼにも、シャングリアにも、ミランダにも、ギルドから提供された魔道通信具を耳に装着させている。

 

「……ついでだ、姫様──。ベーナムを仕留めた者には、どんなことでも、俺が一日、命令に従ってやると伝えてくれ。早い者勝ちだぞ」

 

 一郎はさらに言った。

 スクルズがイザベラに伝え、その直後に、そのスクルズが火炎の柱を斜面に飛ばした。

 一郎はびっくりした。

 

「ス、スクルズ──。火炎はもうなしだと言っただろう」

 

 斜面の一部に火柱があがり、集団の動きが静止した。

 だが、ベーナム自体は炎に巻き込まれるのを免れた気配だ。

 

「でも、ベーナムという者をやっつければ、ロウ様を一日独占できるのでしょう? それは狡いですわ」

 

 スクルズはあっけらかんと言った。

 

「だけど、もう駄目だ――。ミランダとコゼたちがそこに辿り着きそうだ。今度、火炎を打つと巻き込む」

 

 一郎が諭すように告げると、スクルズは残念そうな仕草をした。

 

「ロウ様、あれですね。黒い鎧──。遠いけど、ここから狙えないわけじゃないわ」

 

 エリカが声をあげた。

 

「いえ、わたしが──」

 

 シャーラもほぼ同時に声をあげた。

 そして、ふたりの放った矢が、山なりの軌道を描いて、戦場になっている丘陵の上を飛翔し始めた。



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187 決着のとき~一番手柄は?

「黒の武具……」

 

 シャングリアが横で呟くのが聞こえた。

 イザベラの声が耳につけている魔道具に入って来て、ベーナムを仕留めれば、ロウを一日好きなようにできると伝えてきた。

 コゼは、慌てて動き出しているベーナムの姿を確認しながらほくそ笑んだ。

 

 さすがは、ロウだ。

 こんな戦いの中で面白いことを言う。

 もちろん、ロウを一日独占できる権利を他人に譲るつもりはない。

 コゼは、飛んでくる矢に構わず、前に駆け始めた。

 

 コゼの視線は、しっかりと遠くにいるベーナムを捉えている。

 最初にロウに仕留めろと命じられて以来、ひたすらに追い続けてきた敵だ。

 なかなかにすばしっこくて、もう少しというところで、何度も逃げられてしまっている。

 あれは、コゼがもらう――。

 今さら、他の者に獲物を渡しはしない。

 

 敵には少し距離がある。

 立ちはだかる無数の敵をシャングリアとともに、ひたすらに排除し続けてきたが、いまや、遠巻きにして矢を射かけるということくらいしかしなくなった。

 ひと振りごとに、ひとり、ふたりと息の根を止めていくコゼとシャングリアの前に、大勢の敵がひるんでいるのだ。

 

 しかし、それでも、ベーナムにはまだ剣が届かない。

 いま、コゼは敵から奪った剣を持っていた。

 最初に持っていた短剣は、すでに刃こぼれで斬れなくなり投げ捨てている。

 一方で、シャングリアも五本目の剣になるだろう。

 やはり、敵から奪ったものだ。

 

「わたしがやる」

 

 シャングリアも飛び出してきた。

 前を塞ぐかたちになっていた敵の集団が、恐怖に顔を歪めるのがわかった。

 敵の数は多いが、決して死にもの狂いで攻撃してくる相手ではない。

 それで隙ができている。

 

「どいてよ、シャングリア」

 

「どかん。一番手柄をたてて、ロウに褒めてもらうのはわたしだ」

  

 ふたりで斜面を横に駆けた。

 前に敵の集団がいたが、左右に割れるかたちになったので、そのまま突破する。

 突破する寸前に、剣の届く範囲にいた者を数名斬り倒す。

 

 そのとき、戦場に火炎の直撃が起きた。

 スクルズだと思うが、ベーナムは小さく丸まって、魔道の防護膜を自分の前に出すことで、火炎に巻き込まれることを防いだ。

 ただ、それで火炎から守れるのはベーナムだけだ。

 周囲のほかの者は、炎に包まれて吹き飛んでしまっている。

 

「火炎を止めて──。もうすぐ、ベーナムに追いつく」

 

 コゼは走りながら叫んだ。

 口の中で喋れば、馬車にいるイザベラを通じて、ロウたちに伝わることになっている。

 二射目の火炎は飛んでこない。

 コゼはシャングリアとともに走った。

 

 ベーナムが大声で周りから兵を集めている。

 三十人ほどが集団になったが、ベーナムの指示にも関わらず集まって来ない者も多いようだ。

 

 コゼは、その集団の中に飛び込んだ。

 瞬時に四人を倒す。

 横では、シャングリアがふたり斬っている。

 

 ベーナム──。

 

 やっと顔が見えた。

 懸命になにかを叫んでいた。

 それは、味方に指示を出しているというよりは、コゼと同じように口の中にある魔道具で、どこかに魔道通信をしているように感じた。

 相手はキシダインだろうか──。

 

 コゼとシャングリアは完全に敵の群れの中にいた。

 シャングリアの肩に敵の剣が掠って血が吹き出た。

 しかし、シャングリアは何事もなかったかのように、さらに前に出る。

 コゼも向かってくる敵をかわして腕を取り、その相手の剣で隣の男の腹を刺させる。その男についても剣で喉を掻き切った。

 シャングリアとコゼのあいだに誰もいなくなり、ぴたりと横に着くことができた。

 

 ベーナムとの距離は、ほんの少し──。

 もう、五人ほどがあいだにいるだけだ。

 シャングリアが雄叫びをあげながら、くるりと反転した。

 次の瞬間、後ろから刺そうとしていた敵兵が血飛沫をあげて崩れ落ちた。

 

「キシダイン卿、キシダイン卿──。こ、このままでは……」

 

 ベーナムはまだなにかをどこかに報告し続けていた。

 おそらく、指示を乞いたいのだろう。

 そのベーナムが顔をあげた。

 ベーナムと視線が合う。

 慌てたように、ベーナムが逃げ出そうとする。

 

「待て、お前の首が所望だ。一騎打ちをしろ──」

 

 シャングリアだ。

 

「なにが、一騎打ちよ。あたしの獲物よ──」

 

 コゼは剣を振り回しながら叫んだ。

 そのとき、反対側から喧噪がやって来た。

 

 ミランダ――。

 怪力無双のミランダが二本の斧を振り回しながら、猛然とやって来る。

 全身が血で真っ赤だ。

 どうやら、全部返り血のようだ。

 

 ベーナムが意を決したように剣を構えた。

 そのとき矢が飛んで来て、ベーナムの首に正確に二本突き刺さった。

 コゼは動きの止まったベーナムに体当たりするように腹に剣を突き立てた。 

 ベーナムが後ろに倒れていく。

 さらにミランダが跳躍してきて、ベーナムの首を両断した。

 

「ベーナムは死んだ。お前たち、いつまで戦うつもりだ──。お前たちの雇い主は死んだぞ。これから先は、ただ働きだ。もうお前たちに給金を払ってくれる者はいないぞ──」

 

 シャングリアが転がったベーナムの首に剣を突き立てて宙にかざすと、大声で叫んだ。

 丘陵にざわめきが拡がっていく。

 すぐに周囲から敵兵がいなくなった。

 さらに、大勢の敵の潰走が始まる。

 コゼたちの周りからは完全に敵がいなくなった。

 百……、あるいは二百はあるかもしれないくらいの数の屍体が残された。

 

「終わったわね」

 

 ミランダがほっとした表情になって、その場に座り込んだ。

 コゼとシャングリアもその横に腰をおろす。

 

「ご主人様、終わりました。あたしがベーナムに致命傷を負わせて倒しました。敵は逃げていきます」

 

 コゼは魔道通信で送った。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。ベーナムの首を落としたのはあたしよ。あんた、自分の手柄と伝えたのね」

 

 するとミランダが声をあげた。

 

「だって、本当じゃないですか、ミランダ。あたしの剣が腹を刺したんです。それで倒れていったんですから、あたしの手柄ですよ。ご主人様のご褒美はあたしのものです」

 

 コゼははっきりと言った。

 

「……だけど、致命傷というなら、最初に飛んできた矢じゃないのか? あれはエリカとシャーラが射たものだと思うぞ」

 

 シャングリアが口を挟んできた。

 コゼは舌打ちした。

 

「そんなの言わなきゃわかんないわよ……。というよりも、あんなのは掠っただけじゃないのよ」

 

 コゼは言った。

 すると、ミランダが笑いだした。

 

「だったら、ロウを従わせる権利をあたしとシャングリアにも分けなさい。そうすれば、コゼが一番手柄だということを認めてあげるわ。さもないと、エリカに言うわよ。あの娘も地味に面倒だから、自分の矢がベーナムの動きを止めたことを知れば、強硬に自分の手柄を主張すると思うわよ」

 

 ミランダだ。

 コゼは嘆息した。

 

「わ、わかりましたよ。その代わり、半日はあたしがご主人様を独占しますよ。残りの半分をおふたりで分けてください」

 

 コゼは仕方なく言った。

 

「それで、手を打ちましょう」

 

 ミランダがにやりと微笑んだ。

 コゼは、シャングリアの肩を治療するために、そばの死体の服を引き裂いて布を作った。

 

「だけど、やっぱりミランダもロウを独占する権利が欲しいのだな。確かにじっとくっついていられるだけで、幸せな気持ちになるしな」

 

 シャングリアがコゼに肩の治療をしてもらいながら笑った。

 大した傷じゃない。とりあえず、応急処置をして、あとはロウにでも、ゆっくりと治してもらえばいいだろう。

 

「なに言ってんのよ。あたしの望みはあんたらとは違うわよ。あの変態男に何でも従わせることができるんでしょう――。その権利で剃毛なんて、あほうげたことを諦めさせるのよ――」

 

 ミランダが真っ赤な顔になって怒鳴った。

 どうでもいいけど、ミランダは上から下まで血で真っ赤なのだ。その顔で照れると、不気味というほかない。

 コゼは笑ってしまった。

 

「ミランダはそんなに、剃毛が嫌なのか?」

 

 シャングリアが不思議そうに訊ねた。

 

「あ、当たり前よ。ドワフ族のあそこの毛を剃るなんて、全ドワフ族に対する冒涜よ――。あんたらは嫌じゃないの? 一緒に抗議しましょうよ」

 

 ミランダが叫んだ。

 ああ、あのことかと思った。

 まだ、引きずっていたのか……。

 

「えっ、わたしらか? 他の者は知らんが、確かにあそこの毛をロウに剃られるなど恥ずかしいけど、あんなにロウがそれをしたがるなんて、ちょっとロウが可愛く思ったな。わたしは剃られるつもりだ。性奴隷の証だというし、そもそも、エリカは毎日やってるしな」

 

 シャングリアのあっけらかんとした言葉に、ミランダが唖然とした顔になる。

 

「あたしも、ご主人様にやってもらうわ。むしろ愉しみよ」

 

 コゼも言った。

 最初に会ったとき、コゼの股間には一本の毛もなかった。かつて、厠女と蔑まれていた時代に、連中に悪戯で剃られ、毛の生えないように毛穴を殺されて、ずっと無毛だったのだ。

 そのコゼの下腹部をロウは不思議な力で戻し、コゼの処女を奪うのだと言って犯して復活した処女膜を破り、死んでいたはずの陰毛も戻してしまった。

 それはロウの優しさだ。

 コゼは大きく息を吸った。

 以前はあの時代のことを考えるだけで、発作のように呼吸が苦しくなった。

 大丈夫だ。

 いまは、幸せが遥かに上回るので、つらいことを思い出しても、笑顔でいられる。

 ロウのおかげだ。

 コゼに人生をくれたロウ……。

 そのロウに、あそこの毛を剃ってもらう……。

 それは、コゼにとっては、厠女の記憶とともに、過去を完全に捨て去る儀式にしようと思っている。

 もう思い出すこともない。

 思い出しても大丈夫……。

 

「た、愉しみ? 嘘でしょう、コゼ?」

 

 ミランダが目を丸くした。

 

「本当よ。愉しみ。さて、終わったわよ、シャングリア。じゃあ、話を合わせようね。三人でとどめを刺した。でも、一番手柄はあたしよ」

 

 コゼは立ちあがった。

 シャングリアとミランダが頷き、それぞれに少しだるそうに身体を立ちあがらせた。

 

 

 *

 

 

「終わったな」

 

 一郎は馬車の上で立ちあがると、両手をふたりのエルフ女のお尻にやって、揉むように動かした。

 

「あん」

「あっ」

 

 ふたりが可愛らしい声を出して、もじもじと身体を動かす。

 だが、一郎の悪戯から逃げようという素振りはない。

 

「ロウ、みんなもありがとう──。なんと礼を言っていいか」

 

 そのとき、イザベラが馬車から飛び出すように出て来た。

 なにがあっても、馬車から顔を出すなと命じていたイザベラは、みんなが戦っているあいだ、さぞや馬車の中でやきもきしたことだろう。

 イザベラの心には、仲間に対する申し訳ないという心と感謝の気持ちで満ち溢れていた。

 

「だったら、お礼はかたちのあるもので返してください。また、仲間内のパーティをしましよう。みんなに、美味しいものを振る舞ってくださいね」

 

 一郎は笑って言った。

 そして、やっとエルフ女たちのお尻から手を離して、馬車の屋根から下りていく。

 エリカたちもそれに続く。

 

「ロウ様、では、わたしは、これで立ち去らせていただきます。もうすぐ、王軍の一隊がやって来るのでしょう? これでも聖職者ですから、不殺の誓いを破ったことを知られるわけにはいかないのです」

 

 一郎が地面に降りてくると、スクルズが小さく頭をさげた。

 

「不殺の誓い?」

 

 一郎はそれはなんだと訊ねた。

 すると、スクルズは、聖職者にある者は無暗に人を殺めないという誓いがあり、自分から好んで戦場に出てくるなど、聖職者資格を剥奪されるほどの禁忌だと説明した。

 一郎は知らなかったから、びっくりしてしまった。

 やっぱりそんな戒律があったのだ。

 だから、スクルズを戦いの場から外そうとまで思った。

 それにも関わらず、襲われることがわかっている馬車に乗り込んできたのはスクルズだ。

 とにかく、一郎は詫びの言葉をスクルズに告げた。

 

「……それは、ロウ様が謝ることではありません。そんなつもりで言ったのではないのですから……。もちろん、これからも同じようなことがあれば、わたしはロウ様やそのお仲間の“矛”にもなり、“盾”にもなってみせます。ご心配なさらずに」

 

 スクルズはにっこりと微笑んだ。

 その屈託のない表情には、一郎も苦笑するしかない。

 

「でも、神様に叱られるんじゃないですか?」

 

 一郎はうそぶいた。

 

「もちろん、全身全霊で神にもお仕えしますが、同じようにロウ様にもお仕えするつもりです。なにしろ、わたしの命はロウ様に救われたのですから」

 

 スクルズは笑って言った。

 そして、魔道で移動術の出口を作り、その中に消えていった。

 一郎は、その背中に感謝の言葉をもう一度告げた。

 

「さて、じゃあ、エリカ、俺たちも去るぞ。コゼも連れていく。なにしろ、そういえば、ギルドの記録では、俺とエリカは死んだということになっているしな。これ以上は目立ちたくない。シャングリアは置いていく。有名人だしな。ミランダとともに、ここでキシダインの私兵から襲われたと、姫様とともに王軍に証言してくれ」

 

 一郎は戦場を眺めて言った。

 丘陵には襲撃兵たちが遺棄した屍骸がたくさん転がっている。

 調べれば、彼らの多くがキシダインの私兵であることは、さすがにわかるはずだ。

 

 また、一郎の手筈通りに進めたのであれば、アネルザとベルズは、キシダインを拘束して動かぬ証拠を掴むために、ベーナムからキシダインに送られた魔道通信を横取りするように処置していると思う。

 しかも、一郎はベルズに、キシダインあての魔道通信を模擬演習を予定している会場全部に、そのまま流してしまえと指示していた。

 ベーナムについては、コゼがとどめを刺したと連絡を受けているが、それまでのあいだ、かなりの魔道通信をどこかに送ったというのは確かのはずだ。

 今度こそ、言い逃れはできないと一郎は確信している。 

 

「ご主人様ああ──」

 

 声がした。

 斜面をおりてきながら、コゼが元気そうに手を振っている。

 横には、シャングリアとミランダもいるが、三人とも返り血がすごい。

 それだけ、激しく戦ったという証拠だろう。

 

「じゃあ、コゼが到着したら、俺とエリカとコゼをキシダイン邸に送ってくれ。キシダインについては、アネルザが拘束していると思うが、すぐに救い出さないと、キシダインがアン殿を殺すように、屋敷に指示を与える可能性もある。その前に屋敷から連れ出す」

 

 一郎はシャーラに声をかけた。

 シャーラが「わかりました」と頷いた。

 

 アンとその侍女のノヴァ救出については、このまま、一郎とコゼとエリカの三人でやる手筈になっていた。

 自分の妻のアンが屋敷から逃亡できないように、キシダインが二重、三重の操心術をアンにかけており、それを解くためには、どうしても一郎の淫魔術が必要そうなのだ。

 最初は、スクルズに解いてもらおうかと考えもしたが、あのキシダインは魔道に関しては十分に備えており、スクルズの魔道でも救出は不可能ではないかもしれないものの、時間がかかりそうな感じなのだ。

 それほどの時間をかけるわけにはいかない。

 一郎が淫魔術をアンに施すことには、アネルザも了解している。

 

「ロウ、アン姉様を頼む。アン姉様は本当に優しい人なのだ。その姉様がキシダインにそんな目に遭わせられていたなど、わたしには許せん。なんとしても、姉のアンをお救いしてくれ」

 

「任せてください、姫様。もちろん、優しくしますよ。アン王女も、姫様に負けず劣らずの美人だそうですしね」

 

 一郎はにっこりと微笑んだ。

 

 

 *

 

 

 アネルザの嘲笑うような声が天幕に響き渡った。

 キシダインは項垂れたままでいた。

 

「お前の部下による襲撃は失敗したようだな。ベーナムだったか……。悲鳴のように、お前の名を呼び続けておったな。何百人で襲撃したか知らんが、あの感じだと数名の護りしかいないイザベラを殺し損なったようだな。存外にお前の手兵も情けない」

 

「わ、私の兵というわけでは……」

 

 キシダインは俯いたまま言った。

 頭の中では必死に、この場を取り繕う方策を考える続けていた。

 だが、よりにもよって、キシダインの手兵を率いるベーナムが、キシダインに逐一襲撃の状況を報告する魔道通信を会場中に流されてしまったのだ。

 集まっている貴族どころか、見物の民衆でさえも耳にしている。

 言い訳のしようがないというのが現実だ。

 

「ああそうか。まあいい。いますでに王軍が現場に向かっておる。おそらく、屍体もあるだろう。手兵を調べれば、なんでもわかる。ベーナムという男はお前と話すための魔道具を保持しているはずだ。そもそも、今回は王女一行という証人にもおる。今度こそ、逃げおおせると思わんことだな」

 

 笑うのをやめたアネルザが冷たい表情で言った。

 その顔には明らかな憎悪と侮蔑が浮かんでいる。

 キシダインはぞっとした。

 ただの王妃だが、ルードルフがかなりの政務をアネルザに押し付けて丸投げするので、いまや、アネルザの権威は国王そのもののように大きい。

 そのアネルザにここまで憎まれては、もはや、かなりの貴族がキシダインから離れるに違いない。

 

 そのとき、幕舎の中に誰かが入ってきた。

 この王軍大演習の差配をしている小役人のひとりだ。キシダインに侮蔑の表情をちらりと向けるとともに、アネルザに近づいて小声でなにかを報告する。

 アネルザが頷き、その役人を戻らせる。

 

「キシダイン、今日の観閲への王の謁見は中止になった。王女襲撃の報が届いてな。それで、急遽取りやめることになった。しかし、演習そのものは実施だ。集まっている観客もおるしな」

 

 キシダインがは顔をあげた。

 もう王の耳に入ったのか?

 打つ手が速い……。

 内心で舌打ちした。

 これは、すっかりと準備がしてあったに違いない。

 そもそも、さもなければ、ベーナムからキシダインへの報告を横取りして、会場中に流すなどということができるわけがない。

 

 誰の知恵だ……?

 アネルザがこんな策を思いつくとも思えない。

 イザベラでもないだろう。

 シャーラか……?

 しかし、シャーラにはそんな影響力など……。

 誰だ……。

 誰か大物がキシダインを裏切ったのか?

 キシダインは必死に、この策を考えることができて、自分に敵対するだろう相手を思い浮かべようとした。

 

「……聞こえんのか、キシダイン──」

 

 そのとき、アネルザの苛立った怒鳴り声がした。

 キシダインは顔をあげた。

 どうやら、なにかを話しかけられていたようだ。

 思念に夢中で聞いていなかった。

 だが、いつの間にか幕舎の隅にいた屈強な兵たち数名に周りを囲まれていた。

 そして、両側を挟み込まれる。

 

「な、なんだ?」

 

 キシダインは声をあげた。

 

「アンのことだ──。わたしがどれだけ腹が煮え返っていると思うかと訊ねておるだろう──。もういい──。始めよ──」

 

 首に縄がかけられた。

 びっくりして手で縄を掴もうとしたが、すでにしっかりと縄がかかって指も入らない。

 呆気にとられているあいだに、強引に椅子から立たされて、身体を前後左右から持ちあげられた。

 足が地面から離れる。

 

「んぐうっ、んがあっ」

 

 左右から縄が引っ張られて、じわじわと絞められ出した。

 キシダインは恐怖した。

 殺される──。

 目の前にいるアネルザが殺意の塊のような表情で首を絞められていくキシダインを見ている。

 

「がっ、だ、だずげ……」

 

 助けて……。

 そう言おうとしたが、言葉にならない。

 わざとゆっくりと縄を引っ張っているのだろう。

 しかし、確実に首が絞まっていく。

 

「助けてと言おうとしたのか、キシダイン? お前に殺された者たちも、同じように思っただろうよ。死んで詫びて来い」

 

 アネルザが冷酷に言い放った。

 そのとき、幕舎にどやどやよ王軍の兵の一団が入って来るのが見えた。

 身体が離されて、首に掛かっていた縄が外される。

 キシダインはその場にへたり込んでしまった。

 気がつくと、股間が冷たかった。

 キシダインは自分が失禁をしてしまったことがわかった。

 

 入ってきた兵がキシダインを取り囲んだ。

 驚いたことに、手首に手枷をかけられた。

 その手枷を繋げている鎖の部分に引き縄がかけられる。

 愕然とした。

 ハロルド公である自分をこのように普通の罪人同様に扱うとは──。

 

「みっともなく小便を洩らしたズボンのまま、歩かされるのは気の毒だ。脱がしてやれ。替えのズボンはないがな」

 

 アネルザが高笑いした。

 キシダインは耳を疑った。

 

「や、やめんか――。お、俺を誰だと――。や、やめてくれっ、うわっ」

 

 だが、兵が集まり、あっという間に、キシダインからズボンを奪い取ってしまう。

 キシダインは下半身を下着姿にされてしまう。

 

「わたしも仮にも女だからな。陰部をさらけ出させよとまでは命じられんわ。慈悲だ。下着は許してやろう。恥を晒しながら檻車まで進むがいい」

 

 檻車?

 そんなものまで準備してあるのか?

 やはり、これは完全に仕掛けられてしまったのだ。キシダインは悟った。

 

「キシダイン、あのままくびり殺してもよかったが、まだ首は残しておいてやろう。どうせ、すぐに離れるがな。一応は裁きもあるだろうし。まあ、形式的なものだ。お前の処刑など、もう決まっておる」

 

「ま、待ってください、王妃──。話を……」

 

「連れていけ──」

 

 キシダインは我に返って釈明をしようとしたが、そのときには、アネルザはキシダインの興味を失ったかのように、幕舎を出ていってしまった。

 そして、キシダインもまた、兵に囲まれたまま、幕舎の外に連れ出された。

 無礼千万にも──。

 

 

 

 

(第33話『ダドリー峡谷事件』終わり、第34話『囚われの王女救出と王妃の忠告』に続く)



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 第34話  囚われの王女救出と王妃の忠告
188 ふたりとひとり


「ここから先が例の奥座敷です。この内側に入るには特殊な鍵が必要ですが、すでに手に入れています」

 

 重厚そうな扉の前で、コゼが紋章入りの丸い硬貨に似たものをかざすと、扉がひとりでに左右に開き始めた。

 その鍵自体も魔道の道具のようだが、本物のモルドを殺したときに入手したものであることは間違いない。

 

 キシダイン邸の中だ。

 一郎はキシダインの屋敷には堂々と入った。

 客人としてである。

 ただし、冒険者ギルドから借りている変身リングで、エリカがキシダインに、そして、コゼがモルドに化けている。変身リングで誰かに化けるには、その相手の体液か何かをリングに覚え込ませる必要があるが、キシダイン分についても、モルドに化けていたコゼが昨日のうちに準備していた。

 

 予定外の時間に戻ってきたキシダインについては、出迎えた家人たちは不審な表情は見せなかったが、モルドが外から戻ってきたことについては、玄関で迎えた侍女たちが不思議そうな顔をしていた。

 玄関で出迎えた家人たちは、執事のモルドは、家人たちが立入禁止になっている「奥座敷」にいると思っていたのだろう。

 しかし、キシダインに化けているエリカが、尊大そうな口調で、一郎のことを奥の院に連れていく客人だと告げると、玄関で出迎えた家人たちは、すぐに立ち去っていった。

 どうやら、そういう風に躾けられているようだ。

 

 そして、いまは、奥座敷に入る扉の前だ。

 奥座敷というのは、第一王女だったキシダインの妻であるアンが監禁されている魔道の結界のかかった屋敷の最奥の場所だ。

 キシダイン家の家人たちでも、ほとんどの者が入室を禁じられていて、中にはキシダインの私兵の男たちが、交代で常駐して監視をしている。

 

 先日潜入を果たしたコゼとシャングリアによれば、奥の院の中はほとんど無法地帯と化しており、アンもそうだが、とりわけその侍女のノヴァは酷い目に遭っているようだ。

 

 さっきまでいたダドリー峡谷から、キシダイン邸に跳躍する寸前に、コゼとシャングリアからふたりの窮状について改めて知らされたが、話半分だとしてもノヴァに対する仕打ちは酷すぎる。

 それは、嗜虐好きの一郎さえも鼻白むほどであり、改めてキシダインたちに対する怒りで腹が煮えたぎっている。

 

「開きます」

 

 一度潜入を果たしている案内役のコゼが言った。

 開くと薄暗い廊下があった。

 とりあえず、誰の姿もなく、また、特に騒ぎらしいものもないようであり、一郎はほっとした。

 

「酒臭いわね……」

 

 エリカがぽつりと言った。

 一郎も同じ感想を抱いた。

 

「ふふふ……。モルドの姿をして、ここにいた連中に今日はいくらでも酒を飲んでいいからと告げてから、大量の料理と火酒を連中のたまり場に運んだのよ。生き残っている連中も、すっかり飲んだくれているでしょうね」

 

 コゼが喉だけで笑った。

 ここに潜入したとき、侍女のノヴァを凌辱していた監視人の男たちをコゼが次々に刺殺したというのは、ここに移動術で跳躍する直前に聞かされたばかりだ。

 驚いたが、コゼの心の奥にある奴隷時代の記憶が、コゼにそんな暴発的な行為をさせてしまったのだろう。一郎は、コゼの行為を批判するつもりもないし、咎める気持ちもない。

 

 それはいいとして、用心深いキシダインは、奥座敷の出入りを厳重に管理していて、魔道を遣って、執事のモルドか、キシダイン自身でなければ、そもそも、奥座敷の出入口になる扉が開かないようにしていたらしい。

 それが、さっきコゼが持っていた魔道の鍵になる硬貨のような金属だ。

 

 また、アンとノヴァについては、執事のモルドとしての指示で、アンの部屋から出てはならないと言ってきたようだ。

 コゼは、アンの部屋を鍵で開閉できないようにもしてきたことであるし、扉をぶち破らない限り、誰も出入りはできないはずだと一郎に説明した。

 さらに、キシダインは侍女のノヴァにはなにをしてもいいと言っている傍ら、監視の私兵たちがアンの部屋に入ることを厳しく禁止しているので、鍵も持っていない男たちが勝手に部屋に入る心配はまずないとも言っていた。

 

 いずれにしても、コゼは殺した私兵の死体をこの奥座敷の中にある仮眠部屋に放り込んできたと言っていた。だから、アンとノヴァが無事であり、奥の院の中にいた男たちが逃亡して異変をどこにも知らせることができないとしても、一郎たちがやって来た時点で、自分たちの危険を認識して大騒ぎになるんじゃないかと予想していたが、それは杞憂だった。

 やって来た奥の院は、酒臭い以外は鎮まっている。

 おそらく、コゼの作った屍体は見つかっていないのだと思う。

 

「面倒なことから済ませるか」

 

 奥の院内に入ると、一郎はコゼに唯一の出入口となる扉を閉鎖させた。

 これで、コゼの持っている鍵がなければ、誰にも出入りできないはずだ。ほかに鍵を持っているのはキシダインのはずだが、キシダインがいまここに現れるのは、あり得ない。

 

 一郎は魔眼を駆使して、まだ残っている連中がいる部屋を探した。

 すぐに見つかり、一郎はその部屋を開いた。

 

「ああっ、なんだ?」

 

 部屋にいたのは五人ほどの男たちだ。

 かなりの酒を飲んでいる気配であり、すっかりと酔っ払っている。

 

 一郎は、懐から短銃を出すと、最初に口を開いた男の眉間をいきなり撃ち抜いた。

 残った四人が驚愕して、悲鳴をあげて、椅子から立ちあがる。

 ステータスで確認する限り、ひとりひとりはそれなりの強兵だが、突然のことであり、しかも酔っているので、椅子から転げ落ちたり、ひっくり返ったりして、まともには対応できない。

 

「皆殺しにしろ」

 

 一郎はそれだけを言った。

 キシダインとモルドに扮しているエリカとコゼが、男たちに飛びかかった。

 全員が屍体になるのに、数瞬しかかからなかった。

 

「行こう」

 

 始末が終わったところで、一郎はアンたちがいる部屋に向かった。

 案内がなくても、魔眼で居場所は簡単にわかる。

 アンたちがいるのは、この一角の中でもっとも奥まった場所だ。

 一郎は、コゼに扉を開かせて、室内に入った。

 

「おお……」

「あら、まあ……」

「うわっ」

 

 室内に入ったとき、一郎だけでなく、エリカとコゼの口からも、驚きの声が出てしまった。

 部屋の真ん中に大きな寝台があるのだが、そこにふたりの裸女が絡まって眠っていたのだ。

 しかも、ふたりは汗まみれであり、それぞれの股間にはふたりの激しく愛し合った証拠の体液が満ち満ちている。

 さらに、驚いたことに、魔眼でアン王女だとわかる女性は、寝台の四隅に四肢を拘束されていた。

 ノヴァは、そのアンに覆いかぶさるようにくっついて眠っているのだ。

 このふたりが、気を失うほどに激しい百合の性愛をやっていたのは明白だ。

 

「これは面白いことになったな」

 

 一郎はほくそ笑んだ。

 そして、服を脱ぎ始める。

 エリカとコゼが、ほとんど条件反射のように、それを手伝い始めた。

 

「馬鹿、お前らは――。いまキシダインとモルドに変身しているんだぞ。それが客人が服を脱ぐのをかいがいしく手伝ったりしたらおかしいだろ。いいから、ふたりを起こせ。そして、手筈通りだ……。始まったら、部屋の隅で大人しくしていろ。いいな──」

 

 一郎は言った。

 エリカとコゼに指示していたのは、本物のキシダインのふりをして、客人としてやってきた一郎に「奉仕」をしろと、アンとノヴァに命じることだ。

 おそらく、アンたちふたりは、抵抗しないはずだ。

 キシダインは、こうやって連れてきた客の相手をすることを繰り返して、アンに強要してきたらしいからだ。

 

 それと同じことしてアンとノヴァを犯すことについては、少し心が咎めるのだが、一度精液を体内に入れてしまえば、一郎の淫魔術がふたりに刻み込まれる。

 そのためには、回りくどいことをするよりも、キシダインの姿でアンたちに、一郎の相手をせよと命じるのが、手っ取り早い。

 

 キシダインがアンにかけた操心術を解くには、数度にかけて精を注ぎ込み、さらにアンと深い関係になることが必要だとは思うが、そうやって深く淫魔術を刻み込んでしまえば、魔道の解除は難しい作業ではない。

 いずれにしても、最初に一滴でいいので、ふたりの体内に一郎の精を入れることだ。

 あとは、淫魔術でいくらでも操れる。

 

 とにかく、それまでは、一郎がアンを助けに来たと悟らせてはならないのだ。アンが一郎のことを救出者だと認識した瞬間に、アンが呪いで苦しみもがくことになる。

 申し訳ないが、最初はアンを寝取る不埒な客人を演じるしかない。

 

「あっ、そうですね……」

「わかりました」

 

 エリカとコゼが寝台に寄っていく。

 そのあいだに、一郎はすっかりと生まれたままの姿になった。

 すでに、最初から股間は勃起させた。

 その状態のまま、一郎もまた寝台に寄っていった。

 寝台の下には、ふたりが脱ぎ捨てたらしい衣類が散乱していた。

 

「おい、起きろ」

 

 まずは、キシダイン役のエリカがふたりに大きな声をかけた。

 アンとノヴァのふたりが身じろぎをしはじめる。

 

「あっ、旦那様──。も、もうしわけ……」

 

 最初に目を開いたのはノヴァだ。

 引きつったような顔をして、慌ててアンの拘束を解こうとする。

 

「あ、あなた──」

 

 アンもまた目を開く。

 慌てて起きあがろうとして、四肢を縛っている寝台に引き戻される。

 その慌てぶりが気の毒でもあり、また、同時に可愛くもあった。

 

「そのままでいい」

 

 一郎は声をかけた。

 ふたりが金縛りにあったかのように静止する。

 

「アンとノヴァ、この人は俺の客人だ。奉仕をせよ」

 

 エリカが口にした。

 そして、背を向けて部屋の隅に向かっていく。

 魔道具でキシダインに変身しているエリカだが、生真面目な性格のせいか、コゼと異なって他人のふりをするのが下手だ。

 だから、余計なことを喋らずに、さっきの言葉だけを口にして離れろと指示していた。

 

「さあ、奥様、いつものように、閣下の客人のお相手をなさってください。この方はロウ殿というお方です。故あって、詳細は申しあげられませんが、とても大切なお客様とお心得ください。また、ロウ殿は、ノヴァも一緒に抱くことを所望されております」

 

 モルド役のコゼが言った。

 声も魔道具で変声しているのだが、それだけでなく、知っている一郎が見ても、とても女が変身しているとは思えない。

 モルドという執事に、完全になり切っているコゼに一郎は感心した。

 

 一方で、アンもノヴァも、突然のことに、まだ頭が働いていない気配だったが、すぐにふたりともすべてを諦めたような表情になった。

 コゼがそれを確認して、エリカのいる部屋の隅に向かう。

 一郎は勃起させた股間のまま、アンの開いている足側の寝台の隅に胡坐をかいて座った。

 

「……ど、奴隷妻のアンでございます。こ、こんな格好で申し訳ありません。わ、わたしの身体でよければ、ご、ご存分に……。で、でも、できれば、わたしだけにしていただくわけには……」

 

 アンが寝台に縛られたまま、顔だけをこっちに向けて挨拶をした。

 さすがに、その恰好で喋るのは恥ずかしそうだ。

 

 それにしても、本来であれば王族であるアンに、こんな娼婦のような台詞を言うようにキシダインは強要しているのだと思った。

 その物言いには、言い慣れた感じさえする。

 一郎は、それだけで、このアンがキシダインにどんな目に遭わされていたのかを理解することができてしまった。

 また、アンが一郎に向かって喋った言葉のうち、後半の部分は離れていったキシダインとモルドに聞こえないように配慮した小さな声だった。

 

 とにかく、こんな状況でも、アンがノヴァを庇おうとしているのがわかった。

 このふたりは、本当に仲がいいようだ。

 まずは、それを利用して、ふたりの心をほぐすのが得策だろうと一郎は判断した。

 心を解放させた方が淫魔術が深く刻まれて、魔道で刻まれているアンの操心術が解除しやすくなる。

 

「ア、アン様……。わたしなら、大丈夫です。一緒にご奉仕するのであれば、嬉しく思います」

 

 ノヴァが早口で言った。

 

「じゃあ、まずは、このたぎった一物を舐めてもらおうか。ノヴァ、俺の股間から精を吸い取れ。ただし、口の中で溜めて、お前の女主人と半分ずつにして飲み込むんだ。すぐにやれ」

 

 一郎はキシダインの男客を装った厳しい口調で言った。

 ノヴァはそれほどに躊躇した仕草を見せずに、胡坐座りの一郎の股間に顔を埋めると、舌でぺろぺろと亀頭を舐めてから、口全体ですっぽりと一郎の怒張を咥えてきた。

 一郎はいきなり、ノヴァの口の中で射精してやった。

 

「んふうっ、あっ」

 

 まさか、なにもしないうちに口の中で精を出されるとは思わなかったのだろう。

 ノヴァは、驚きで目を白黒している。

 

「どうした? 言われたとおりにしろ。口の中のものを半分に分けて、アン王女とふたりで飲むのだ。アン王女もよいな」

 

 一郎は言った。

 ノヴァが一郎の口から離れて、一郎の精を運んでいく。

 そして、さっき一郎の一物を咥えていた口で、アンと口づけをして一郎の精を飲み合った。

 ふたりが確かに一郎の精を飲んだのがわかった。

 アンとノヴァが一郎の淫魔術によって支配に入る感覚が起こったのだ。

 

 こうなれば、あとは簡単だ。

 すでに支配に陥っているが、さらにそれを強いものにするには、ふたりの膣の中にそれぞれに精を直接に注げばいい。

 ふたりの感情操作も可能なので、作業は容易くなる。

 

 また、アンに施されている魔道の呪いの詳細も読めた。

 これなら、混み入っているが本格的に一郎との淫魔の結びつきができあがれば、時間もかけずに解除できる。

 だが、やっぱり、それまでは、一郎がアンを助ける可能性があることは、かすかでも考えさせるわけにはいかないとわかった。

 確認していた通りに、アンが、一郎が救出者であることを見抜いて、この屋敷から逃げ出せるという望みを抱いた瞬間に、まだ解けてはいない魔道が、アンの呼吸を止める仕掛けになっているのだ。

 一郎は、アンとの結びつきができることで、改めて、それがわかった。

 

「それにしても、お前たちは女同士で愛し合う百合の性愛の関係のようだな……。いや、いいのだ──。抗議しているわけでも、文句を言っているわけでもない──。ならば、お前たちを抱くまでに、まずは、ふたりで愛し合ってみせろ。女同士のまぐ合いというのも、一度見物したい」

 

 一郎は言った。

 ふたりははっとした表情になったが、性愛の途中で気を失ってしまって、重なって眠っている姿を見物されてしまったというのは、ふたりともわかっている。

 そのことでも、ふたりは一郎に対する心の抵抗心まで失っているようだ。

 だが、それでも、ノヴァはさすがに目の前で女同士まぐ合えと言われて、やや抵抗があるようだ。

 

 しかし、面白いのは、拘束をされたまま一郎たちを出迎えるかたちになったアンが、まずはノヴァと愛し合えと命じられたときに、急に安堵のような感情を拡げたことだ。

 どうやら、アンにとってノヴァの存在は、このキシダイン邸における監禁生活の心の拠り所になっている気配だ。  

 ならば、やはり、その関係を利用するのが最善の方法だ。

 

「なにをしておる、ノヴァ。命じられたことができんのか? そこにお前の女主人が可愛い蕾まで覗かせているだろう。まずは、そこを指で愛撫しろ」

 

 一郎はわざと不機嫌そうな顔を装って、苛ついた口調で言った。

 アンが慌てたように口を開く。

 

「……さ、さあ、ノヴァ……。お客様のご機嫌を損じてはなりません……。それに、さっきの交わした誓いを覚えていますね……。最後の最後まで……。誰に見られてもいいのです……。わたしは嬉しいのです。もう一度、わたしに淫らなことをしてください……。ふたりでさかりのついた雌のように愛し合いましょう」

 

 アンがノヴァの耳元でささやいたのが聞こえた。

 すると、ノヴァの心から、すっと躊躇いのような感情が消滅したのがわかった。

 ノヴァは顔を真っ赤にして、うっとりとした表情をアンに向けた。

 

「……わ、わかりました。ノヴァの愛を受けてくださいね……」

 

 ノヴァは体勢を変えると、四肢を拡げているアンの身体の上に裸身を重ねるような体勢になりながら。指先でアンの股間にそっと触れた。

 

「あ、ああっ、も、もっと……もっと、強く……」

 

 ノヴァの指がアンの股間で動き始めると、アンはすぐにもどかしげに身体を揺さぶり、さらに強い刺激を要求してきた。

 浅くではあるが、淫魔術でふたりの心に触れている一郎には、ふたりの心から、一郎の存在や、ましてや、部屋の隅にいるキシダインとモルドと思っているふたりのことなどが締め出されていくのがわかった。

 

 いまのいままで、ふたりの心には、大きな恐怖心のようなものがしっかりとあったのだが、ふたりが愛し合いだすと、それがほとんど感じなくなるくらいに小さなものになっていった。

 そして、「幸福感」としか思えない感情が、ふたりを支配し始める。

 

「ふふふ……。こうですか、姫様……。ここですね……。ここですよね。そして、こう……」

 

 ノヴァが不意にくすくすと笑って、愛撫を強めた。

 だが、実際には、肝心の部分にはノヴァは触れずに、アンが本当に感じる部分を避けて、責めの力を強くしたようだ。

 アンの身悶えが激しくなる。

 それとともに、どんどんと「快感値」の数値がさがっていく。

 

「……そら、ふたりで口づけだ」

 

 一郎は言った。

 ノヴァが一郎の言葉に操られるように、アンの口に顔を重ねて、舌を絡めだす。

 

「ああっ」

 

 アンは首を大きくのけ反らせて激しく喘ぎだした。

 ふたりがもう一度、唇を重ね直して、さらに濃厚な口づけを交わし始める。

 一郎は、すっかりと陶酔した感じになっているアンとノヴァに近づくと、ふたりの顔が接している部分に、一郎の顔を接しさせ、三人の舌と舌が絡み合うようにした。

 ただし、刻んでいる範囲での淫魔術の力を利用して、一郎自身の存在をふたりに感じさせないようにする。

 アンとノヴァは、お互いの唾液を吸い合いながら、一郎の唾液も一緒にすすり合っている。

 それにより、だんだんとふたりに対する淫魔の刻みが強くなる。

 

「ああ、姫様──」

「ああっ……ノヴァ、す、素敵です……」

 

 ふたりがお互いの名前を口にし合いながら、三人の唾液を飲み続ける。

 いまや、酔いしれた雰囲気に変化したアンとノヴァが、完全にふたりだけの世界に入っていることは確かだ。

 このふたりは、こうやって、すべてを忘れてふたりの世界に没頭することで、つらい現実を忘れるように努めてきたのだろう。

 ひとたび、百合愛を強要したら、あっという間に錯乱する姿を示し始めた。

 

 ふたりの心の幸福感がどんどんと巨大になる。

 一郎は、ふたりに淫魔術を刻むのに、無理矢理に犯すのではなく、できるだけの幸福感の中でふたりを支配してやりたいと思っていた。

 もちろん、強姦するように犯しても、淫魔術は刻み込める。

 しかし、このふたりに限っては、一郎との最初の関係だけは、可能な限り幸せに包ませながら抱いてやりたいと思った。

 それには、できるだけ一郎の存在を消滅させてしまう抱き方がいいようだ。 

 

 一郎は十分だと思ったところで、ふたりから口を離す。

 それでも、アンとノヴァは、憑かれたように顔まですりつけるように濃厚なキスを繰り返す。

 一方で、ノヴァの指先は、小刻みな震えがとまならくなっているアンの太腿に指を絡ませながら、粘っこい愛撫を継続している。

 

「ああ、も、もう駄目です。もう、いってしまいます──。ああ、ノヴァ──」

 

 アンが悲鳴のような声をあげて、右に左にと顔を捩じりだす。

 ノヴァは口づけをやめて、身体全体をアンに擦りつけるように動き始めた。

 

 ふたりの乳房と乳房──。

 股間と股間が強く擦れ合い始める。

 ふたりの狂態が激しくなる。

 

 一郎はふたりが重なり合っているところに割り込むように身体を差し入れた。

 そして、ノヴァの指先が当たっているアンの股間に怒張をすっと飲み込ませる。

 同時に、ノヴァの股間にも指先を伸ばした。

 たったいままで、ふたりだけで擦り合っていた部分に、一郎の一物と指がとって代わった感じだ。

 ただし、一郎は淫魔術を総動員して、一郎の存在を消している。

 ふたりがいま結合と愛撫を受けているのは一郎なのだが、ふたりにとっては、一郎がやって来たことさえも知覚していないと思う。

 

「も、もっと躊躇わずに、ノヴァ──。も、もっとです」

 

「ああ、姫様も──。そ、そこ……、す、素敵です。す、すごく気持ちいいです。あ、ああ──。す、すごく感じる──。ああっ」

 

 ふたりが一層激しく悶えだす。

 アンは一郎に犯されながら……。

 ノヴァは指の愛撫を股間に受けながら……。

 

「き、気持ちいいわ、ノヴァ――。もっとして。もっと激しくくださいっ」

 

「ひ、姫様も、きょ、今日はすごいっ。と、飛ぶ。い、意識が飛びそうです。あ、ああっ、姫様、気持ちいい――」

 

 それぞれの名を呼んで、さらにおねだりの言葉をお互いに吐きかけた。

 

「い、いくううっ」

「わ、わたしもです──んぐうう──」

 

 アンとノヴァのふたりが同時に身体をのけぞらせた。

 一郎はまずはアンの股間にたっぷりの精をそのまま注ぎ込んだ。



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189 ふたりでひとり

「い、いきます、いぐうう」

 

 ノヴァと客人の男は、寝台の上で縛られているアンの裸身の上で激しく抱き合っていたが、そのノヴァが男にしがみつくようにして、背筋を弓なりに反らせた。

 男は胡坐に座った腰の上に、ノヴァを乗せるようにして抱いていて、そのノヴァが汗まみれの身体を男に擦りつけるように絶息したような声をあげている。

 

 アンはまだ楽にならない息を懸命に続けながら、それにしても、一体全体、自分たちふたりは、いつからこの男に抱かれているのだろうと考えていた。

 それがどうしても記憶にないのだ。

 

 キシダインが連れてきた客人だという男が寝台の上にあがったとき、最初に命じられたのは、この男の前でノヴァと抱き合えということだったはずだ。

 しかも、男はアンがたまたま、ノヴァによって四肢を寝台に繋ぎ留められている状態であったことから、アンが自由になることを許可せず、そのまま、アンをノヴァが責めることを求めたのだ。

 

 すでに汚されるまで汚され、辱めるだけ辱められたた身体だ。

 見知らぬ男の前で女同士の絡み合いを見せることが、恥辱だとは思わない。

 むしろ、どんな状況であろうとも、ノヴァと愛し合えるというのは、この地獄のような屋敷での生活における目くるめくような幸福の時間なのだ。

 アンは、キシダインが、アンのこともノヴァのことも、それほど長く生かすつもりがないという予感を覚えている。

 だから、少しでもノヴァと愛し合える時間がもらえることは、むしろ、望外の喜びだった。

 

 そして、ノヴァとアンは愛し合った。

 愛し合ったはずだ。

 だが、気がつくと、アンは目の前の男に抱かれ、ノヴァもまた同じように抱かれていた。

 それだけではなく、すでにアンは二度も男の精を股間に注がれている。

 ノヴァも、同じだけ抱かれていると思う。

 

 回数だけを知覚しているのは、とにかく男が精を注いだとき、凄まじい衝撃が全身を走り抜けるのを覚えているからだ。

 その不思議な恍惚感は忘れようもなく、男がアンの心を鷲掴みするような不可思議な感覚とともに、それを知覚した。

 しかし、なぜか、前後の記憶がない。

 

 あるのは、ノヴァと胸や股間を擦り合って絶頂を極めたはずだという感覚だ。

 それなのに、絶頂するときには、確かに男の怒張はアンの中にしっかりと挿入されていた。

 

「そろそろ、俺の淫魔力がアン様に刻まれている魔道を越えましたよ。そろそろ、正体を明かしてもいいでしょうね……。実のところ、俺はイザベラ王女とアネルザ王妃に頼まれて、おふたりを救いに来た者です」

 

「えっ?」

 

 アンはびっくりして声をあげた。

 

「ただ、アン様に刻まれていた魔道の縛りを解除するのに、こうやって外道のようにおふたりを抱くことが必要だったのです。許してください。面倒な説明は省きますが、俺は女を犯さないと能力が発揮できないんです」

 

 男が半ば失神状態のノヴァをアンの上に重ねるように横たわらせながら言った。

 この男の与える巨大な快楽に、息も絶え絶えになってしまったノヴァは、いまの男の言葉を耳にしてはいないだろう。

 だが、アンは驚愕した。

 

 アンを助ける──?

 しかも、アネルザとイザベラの頼み──?

 まずは、その懐かしい名前の響きに、アンは叫びだしたくなるような懐かしさと嬉しさを感じた。

 

 しかし、それと同時に恐怖した。

 助かる……?

 駄目だ──。

 それを心に思ってはならない……。

 アンにかかっている呪術がアンの呼吸を止めて、死にまさる苦しみを与えるのだ。

 全身が逆立つような恐怖を予感し、アンは歯を食い縛った。

 

 だが、なにも起きない……。

 襲ってくるはずの苦しさはない。

 あるのは、全身を包む、痺れのような性の疼きだけだ。

 

「……その調子なら、大丈夫のようですね。もう、逃げられますよ。あそこにいるキシダインとモルドも、本物じゃありません。俺の女であり、仲間のエリカとコゼという女です。あとでちゃんと紹介しますね」

 

 男がアンの耳元でささやくように言った。

 それだけで、アンは全身が溶けるように感じてしまい、思わず甘い声をあげてしまっていた。

 

「ふふ……。それよりも、随分、感じやすい身体をしていますね……。イザベラ姫様も、アネルザもいやらしい身体をしていますけど、あなたも素晴らしい。これから、愉しくやれそうですよ」

 

 男が言った。

 そして、すっとアンの下腹部に指を伸ばした。

 

「んふううっ」

 

 男の指がアンの恥部に触れた瞬間に、痛みと錯覚するような熱い戦慄が襲い掛かった。

 アンは、顔を左右に激しく揺さぶり、拘束された身体をのけぞらせた。

 

「面白いことをしてあげましょう。仲良しのおふたりにぴったりの淫魔術です。アン様とノヴァの快感を完全に同調させてシンクロさせます。これで、おふたりは、真の意味で一心同体ですよ。アン様の感じた快楽は、同じものとしてノヴァに感じ、ノヴァが受けた快楽とまったく同じものがアン様にもやって来ます。ふたり同時に達すると、快感の二倍、四倍に増幅するということです。この身体で保持しておきますね……。俺たちの仲間になったことに対する俺からの贈り物です」

 

 同調──?

 しんくろ──?

 片方が受けた快楽がもうひとりにも伝達する?

 男が言っていることが、ほんの少しも理解できない。

 だが、男がその言葉を告げ終わったとき、ただでさえ、性交の余韻で熱くなっていた身体が、さらにかっと燃えたようになったのだ。

 

 なんだろう、これは──?

 アンは狼狽えた。

 

「……あっ、ああっ、ああ……」

 

 そのとき、気を失ったように横たわっていたノヴァが、身体を悶えさせながら身じろぎした。

 そのノヴァを起きあがらせて、男が立ったいま、アンに説明したことと同じことを言った。

 ノヴァも訳がわからないのだろう。

 きょとんとしている。

 

「あっ、な、なに……?」

 

 しかし、説明のあいだ、男はノヴァの身体のあちこちをまさぐるように擦っていたのだが、なにも触れられていないアンの身体にも、ぞわぞわという感覚がやって来た。

 ふと見ると、ノヴァも男の愛撫で身体を淫らにくねらせている。

 

「さっそく、共鳴の洗礼がやって来ましたね。次からは、ふたりのどちらかが精を受けても、別のひとりも、それにより支配を深めてしまいますよ」

 

 男がそう言いながら、ノヴァの身体を移動させて、ノヴァの顔がアンの股間に覆いかぶさるようにした。

 

「……説明よりも、体感した方が早いでしょう。さあ、ノヴァ、アン様の股間を舐めるんだ。まあ、それにより、ノヴァも同じ場所に同じ刺激を受けるのだから、手の込んだ自慰のようなものだけどね」

 

 男が言った。

 やはり、意味はよくわからなかったが、それはノヴァも同じだろう。

 しかし、もはや、この男に逆らう気持ちはなく、アンはノヴァの責めを受け入れる体勢を取った。

 ノヴァも特に抵抗の素振りは示さない。

 すぐに、ノヴァの唇がアンのもっとも敏感な肉芽を包むのを感じた。

 

「ああっ」

「ふわあっ」

 

 アンは悲鳴を迸らせてしまったが、驚いたことに舐めているノヴァについても同じような声をあげた。

 

「な、なんですか、ロウ様──。い、いまのは──?」

 

 ノヴァが顔をあげて男に視線を向けている。

 アンは、その言葉で、この男がロウという名前だったことを思い出した。

 

「これが快楽の共鳴だ。さあ、やめるな」

 

 ロウがノヴァの顔をアンの股間に押しつけ直すとともに、ノヴァの両手を伸ばさせてアンの乳房に乗せるようにした。しかも、指でしっかりと、アンの勃起した乳首を挟ませている。

 その不思議な感触に、アンは驚いた。

 乳房と乳首に密着させられたノヴァの手と指は、なぜか粘性物のようなもので貼りつき、離れなくなったのだ。

 なにをされたのかというのもわからない。

 しかしながら、本当にアンの乳房にノヴァの手はくっついている。

 

「んああっ」

「んんっ」

 

 またもやアンとノヴァは同時に声をあげた。

 ノヴァが身悶えしたため、くっついているノヴァの手がアンの乳房と乳首に刺激を加えたようになり、それでアンは感じる声をあげたのだが、やはり、ノヴァもまた悶え震えた。

 

 これが快楽の共鳴──?

 わけがわからないが、納得するしかない。

 このロウは、不思議な力で、その言葉のとおり、アンとノヴァの快楽を完全に同調するように細工をしたと思った。 

 

 それにしても、このロウは何者だろう……。

 アネルザやイザベラから派遣されたと称するが、それは本当だろうか?

 いずれにしても、もっと不思議なのは、アンはこのロウに抱かれることについて、些かの罪悪感も嫌悪感もないということだった。

 これまで、キシダインをはじめとして、多くの男に抱かれてきたが、共通するのは、怖気が走るほどの気味の悪さだった。

 それは、媚薬により無理矢理に快楽を引き出されたときも同じだった。

 無理矢理に絶頂させられながらも、アンの心の奥底には、男たちに対する心の底からの嫌悪がしっかりとあった。

 

 だが、このロウに対してはそれがない。

 むしろ、もっと苛められたいという気持ちしか沸いてこない。

 これまでノヴァにしか抱かなかった幸福感をこのロウに抱かれることで感じる。

 もしかしたら、それは、ノヴァと一緒に抱かれているということからやってくる錯覚なのかもしれないが、アンはだんだんと自分の心に、このロウにもっと滅茶苦茶に苛められたいという願望が沸き起こってしまっていて当惑していた。

 

「さあ、ノヴァ、続きをするんだ。最後の仕上げをする」

 

 ロウが言った。

 不思議だ……。

 

 いまのはノヴァに命じた言葉だが、このロウの言葉には、絶対に逆らいたくないという気持ちにさせる力がある。

 ノヴァも同じなのだろう。アンの股間に顔を押しつけたまま、ノヴァが本格的な舌責めを開始した。

 

「いやあっ、はぐうう」

「んふうう」

 

 アンはぴたりとノヴァに肉芽に唇を押し当てられ、敏感なところに舌を這わせられ、身体をのけぞらせてしまい、つんざくような絶叫をした。

 ほとんど同時に、ノヴァもまた一瞬凍りついたようになって、大きな悶え声をアンの股間に密着したままあげる。

 だが、舌責めはやめない。

 

 アンは、ノヴァに奉仕をされながら……。

 ノヴァは、アンを奉仕しながら……。

 それぞれに悶え叫んだ。

 

「うふううっ」

 

 そして、股間に大きな充実感が襲ってきた。

 眼を開くと、ロウがアンの股間を責めるノヴァを背後から突いていた。

 おそらく、「性感の共鳴」とやらで、その感覚がアンにも襲ったのだろう。

 

 そして、律動が始まった。

 実際には、なにもない。

 だが、確かにロウに犯される感覚が襲い続けている。

 これは、ノヴァが犯されている感覚……。

 それと同じものをアンも受ける……。

 いま、アンはノヴァと同時に犯されているのだ――。

 アンは、その事実に対して、気を失うほどの感動と幸福感を覚えた。

 

「ああっ、ノヴァ、ロウ様──。き、気持ちいいです……。あ、ああっ」

 

「んふううっ、んふっ、んんっ、んんっ」

 

 アンの嬌声に合わせるように、アンの股間を舐めているノヴァが声を迸らせている。

 これが共鳴だとすれば、ノヴァはもういきそうなのだろう。

 アンは、ノヴァに舐められながら、さらにロウに股間を激しく犯されることで、信じられないような快感を覚えているのだ。

 

 すごい……。

 ノヴァに愛されても気持ちいいのだが、ロウに子宮近くをごつごつと抉られて、泣くような快感が襲う……。

 

 いや、違う……。

 これは、本当はノヴァに襲っている快感だ。

 だから、気持ちいいのだ。

 それを共鳴で感じているだけのはずだ。

 しかし、アンにとっては、自分自身が犯されているのも同じだ。

 大きな快感の波が席巻し、アンは悲鳴をあげて、全身を硬直させた。

 全身が崩れ落ちるような衝撃を覚えて、アンは一瞬目まいに襲われる。

 同時に、股間にしっかりとロウの精が流れ込むのを感じる。

 

 それは、本当に不可思議な衝撃だった。

 いま、アンは犯されてはいない。

 ロウに犯されているのはノヴァだ。

 それにもかかわらず、アンは現実にロウの怒張を膣に感じていたし、それだけでなく、しっかりと精を注がれたのも感じた。

 

 そして、アンは絶頂した。

 おそらく、本当に絶頂したのはノヴァなのだと思う。

 ノヴァが犯され、そして、絶頂したことにより、アンもまた犯されている感覚に襲われ、精の放出の衝撃を覚えた。

 それは、まるでノヴァに犯されている感覚だった。

 

 いや、ノヴァだ。

 アンは、ノヴァに犯されているのだ。

 ロウという男の身体が介入して、流し込まれているのはノヴァの快感なのだ。

 本能的にそれがわかり、心の底からの充実感を覚えた。

 アンとノヴァはひとつになった。

 ふたりでひとつにだ――。

 ふたりでひとり……。

 それがわかった。

 そして、もっと大きなロウという存在が、アンとノヴァを包み込んでいる。

 

 大きな快感がずっと続いていた。

 絶頂してもなお、まだ気持ちよさが終わらない。

 アンはまるで宙に浮かんでいるような恍惚感を味わい続けていた。

 

「ああ、ひ、姫様、姫様、姫様……」

 

「ノヴァ、ああっ、ノヴァ──」

 

 ノヴァがアンの股間から顔を離して、痴呆のようにアンのことを呼んだ。

 アンもまた、ただひたすらに、ノヴァの名を呼ぶ。

 頭が真っ白になる。

 アンは、ノヴァとひとつになりながら、そしてまた、このロウという男に身も心も支配される感覚に襲われた。

 

 それは恐ろしいものでも、屈辱的なものでもない。

 この男に支配される……。

 ノヴァとともに……。

 

 お前たちを性奴隷にする──。

 頭の中に言葉が発生した。

 それは、声として発せられた言葉ではない。

 突然にアンの心の中に発せられた啓示のようなものだった。

 

 はい──。

 

 アンの心の中で声がした。

 それは、ノヴァ自身の心の中で発せられた承諾の言葉に違いない。

 

 待って──。

 

 アンは、ノヴァに置いていかれるような気持ちになり、慌てて、アンも性奴隷になるという叫びを心の中で叫んだ。

 ノヴァが向かうところに、アンも一緒に進まなければならないのだ。

 アンはノヴァであり、ノヴァがアンでもあるのだから……。

 お互いがお互いの一部なのだ。

 いや、すべてだ。

 

 すぐに、巨大でとても温かいものが、アンを支配するのを感じた。

 そして、身体全体にロウが入ってきた。

 ノヴァの存在とともに……。

 いま、アンは真の意味で、ノヴァとひとつになった。

 なんという幸せなのだろう。

 もう死んでもいい……。

 アンは薄くなる意識の中で、はっきりとそう思った。

 

 

 *

 

 

 一郎は顔をあげた。

 都合よく気を失ってくれたアンとノヴァは、そのまま亜空間の中に一時的に連れ込んだ。

 このまま、キシダインとモルドに化けているエリカとコゼとともに、屋敷を出ていけば、なんの問題もなく、外に出れるだろう。

 屋敷の敷地に出るのも、この屋敷の家人に命じて、馬車を準備させればいい。

 一度、外に出てしまえば、あとはどうにでもなる。

 一郎は、待機をしていたエリカとコゼに声をかけるために、ふたりに視線を向けた。

 

「おいおい……」

 

 だが、視線の先にあった光景に接して、思わず一郎は突っ込みの言葉を呟いてしまった。

 エリカとコゼは、一郎がアンとノヴァを抱くのにあてられたのか、股間に片手を挟むようにして強く太腿を締めつけ、もじもじと身体を捩じらせていたのだ。

 つまり、ほとんど無意識のうちに、自慰のように股間を刺激してしまっているようだ。

 ふたりの顔は真っ赤であり、しかも、一郎がそっちを向いているのに気がついていない。

 

 それにしても、エリカとコゼは、それをキシダインとモルドに化けたままやっているのだ。

 正体がわかっていると思えば可愛いが、見た目は男なので笑ってしまう。

 一郎は、ふたりをからかってやることにした。

 

「こらっ、気をつけ──。その場に立て──」

 

 思い切り怒鳴った。

 

「は、はいっ」

「えっ、はい──」

 

 ふたりが慌てふためいた感じで、立ちあがって身体を真っ直ぐにした。

 その瞬間、一郎は噴き出してしまった。

 ふたりの股間では、しっかりと勃起した股間がズボンの膨らみを作っている。

 一郎は、裸のまま、ふたりの前に歩み寄った。

 

「動くな。じっとしてろ──。命令だ」

 

 股間を隠そうとしたエリカに一喝して行動を制すると、一郎はふたりの前にやって来た。

 膨らんでいるズボン越しに、ふたりの男の性器を鷲掴みする。

 

「うっ、あ、ああ、ちょ、ちょっと、ロウ様……」

「くうっ、い、いや……」

 

 ふたりが甘い声を出して悶えだす。

 もっとも、その声も変声している男の声だ。

 ちょっと気色の悪いものもある。

 

「なにをやってんだ、お前ら──。これでも一生懸命に、アン様とノヴァを慰めていたんだぞ。お前らはそれを見ながら自慰か──。ちょっといやらしすぎるぞ」

 

 一郎はからかいながら、布越しに擦る手の動きを速くした。

 エリカとコゼが、小さな悲鳴をあげた。

 だが、動くなという命令に、ふたりとも姿勢を崩せないでいる。

 

「あ、ああ、や、やめて、やめてください、ロ、ロウ様……。こ、こんな格好のままは……や、やです……」

 

「ご、ご主人様、いや、あっ、ああっ」

 

 ふたりがさらに悶え始める。

 一郎は、当惑するふたりの訴えを無視して、さらに勃起した男根を刺激し続けた。

 やがて、ふたりは、ほとんど同時にズボンの中で射精をした。

 

「どうだ? 男として精を放った気分は?」

 

 一郎はふたりに言った。

 エリカもコゼも、すっかりとしょげたようになってしまっている。

 一郎は笑ってしまった。

 

「……あ、あのアン様とノヴァは……」

 

 しばらくして、キシダインの姿のエリカが遠慮がちに言った。

 

「亜空間に一時的に退避させた。じゃあ、ふたりを外に連れていくぞ。屋敷に入ったときと同じにキシダインの客を装って出ていく。コゼもしっかりと頼むぞ」

 

 一郎が言うと、やっとふたりとも正気に戻ったような顔になった。

 ただし、ふたりのズボンの前は、射精した精液で丸い染みのようなものができている。

 

 それにしても……。

 

 一郎は思った。

 戻ったら、変身を解いてからも、男根だけは残して、ふたりをからかってやるか──。

 たまには、ふたなり責めというのも愉しいかもしれないな……。

 一郎は部屋を出ていきながら、そんなことをふと考えた。

 

 

 *

 

 

 すでに夜になっていた。

 アンとノヴァがいるのは、第三神殿の客間の一室だった。

 そこに、二年前には、地方からやってきたばかりの筆頭巫女だったスクルズが、神殿長代理になっていて、ロウから、アンとノヴァの身柄を預り、匿ってくれることになったのだ。

 

 スクルズは、なにか必要なものがあれば、すぐに言ってくれと告げ、神殿長としての務めがあるからと、数名の巫女にアンたちの世話を命じて立ち去っていった。

 いまは、アンとノヴァをここに預けたロウたちはいない。

 アンたちをスクルズに託すと、夜にはイザベラとアネルザが来るはずだと言って、立ち去っていった。

 

 アンはいまだに、この状況について理解できないでいた。

 本当に、キシダインの屋敷から出ることができたのだろうか……?

 ロウは、キシダインについては、もう権力を失う直前にあり、万が一にも連れ戻される心配はないから安心して欲しいと、アンに言った。

 

 アンはあまりのことに呆然としてしまい、あの地獄のような場所から助け出してくれたことに、ロウにお礼を告げるのを忘れたと気がついたのは、かなりの時間がすぎてからだ。

 それにしても、結局、あのロウは何者だっただのろう……。

 アンは、自問自答し続けている。

 

「……姫様、なにかお飲みになりますか? それと、軽い食事をしませんか?」

 

 同じ部屋にいて、アンと同じように呆然としている様子のノヴァが言った。

 部屋には、豪華ではないが数種類の飲み物や、果実や菓子などの食べ物が準備されていて、好きなように飲食して欲しいし、なにかほかに食べたいものがあれば、隣室に控えているミウという若い巫女に告げてくれとスクルズは言ってくれていた。

 そして、スクルズは、アンたちをふたりきりにした。

 アンとノヴァをふたりきりにするのは、スクルズの配慮のようだった。

 

 アンは、なんとなく、この神殿の神殿長代理のスクルズが、アンとノヴァの事情をすっかりと承知している様子であることを感じた。

 また、スクルズは、アンをここに置いて立ち去ったロウと親しそうだった。

 

 どういう関係なのだろう……。

 スクルズはすでに筆頭巫女であり、神殿長代理をするほどの高位聖職者なので、ロウとスクルズが男女の関係というのは、まずあり得ないのだが、それを思わせるような親しさがふたりの中にはあった。

 

 また、男女の関係といえば、キシダインと執事のモルドに変身して、アンをキシダインの屋敷から脱出するのをロウとともに尽してくれた、エリカというエルフ女とコゼという小柄な女性は、間違いなく、ロウと男女の関係だろう。

 

「姫様?」

 

 ノヴァだ。

 アンは、慌てて返事をした。

 

「そ、そうね……。じゃあ、貰うわ。ただし、あなたも一緒に食事をなさい。それが条件よ」

 

 アンは言った。

 通常、王族とその侍女が一緒に食事をするというのはあり得ないが、アンはもはや、ノヴァのことを単なる侍女などとは思っていない。

 

 盟友であり……。

 仲間であり……。

 親友であり……。

 そして、恋人であり……。

 それにしても、これは本当のことなのだろうか……。

 本当にアンとノヴァは救われた……?

 

 本当に──?

 

 アンは思い出して、ノヴァに見えないように、自分の股間に手を伸ばすと、ここで与えられた服の上から軽く肉芽の付近を揉んでみた。

 

「あんっ」

 

 アンも鼻息をあげてしまったが、軽食の準備をしていたノヴァが、甘い声をあげて膝を崩した。

 

「くっ」

 

 そして、さらにアンの股間に大きな疼きが襲った。

 やっぱり、ロウが言及した「快楽の共鳴」というのは、本当にふたりの身体に刻まれているのだと悟った。

 アンが自分の股間に触れることで、それがノヴァに伝わり、ノヴァが感じたことで、さらに逆に衝撃がアンに戻ってきたのだ。

 アンはそれを理解した。

 

「も、もう、姫様──」

 

 ノヴァが顔を真っ赤にして、頬を膨らませた。

 だが、その眼は笑っていた。

 アンも思わず、微笑んでしまった。

 

 そのとき、扉が外から叩かれた。

 返事をすると同時に扉が開き、そこからイザベラが飛び込んできた。

 イザベラの侍女長のシャーラも一緒だ。

 

「姉上──」

「イザベラ──」

 

 久しぶりのイザベラだった。

 二年前には、まだ子供だったが、いまでは少し大人の女性の風格を備えている。

 アンはイザベラを抱き締めながら思った。

 

「おお、アン姉様、苦労したのだな。わたしも、姉様の境遇を承知したのは、ついこのあいだだったのだ。だが、ロウのおかげで助けることができた。嬉しい──。もうすぐ、王妃殿下も来るぞ。なにしろ、キシダインが捕縛されたのでな。その始末で、まだ来れないのだ。だが、必ず来る──。三人で話をしようぞ。とにかく、本当によかった」

 

 イザベラがアンを強く抱きしめながら声をあげた。

 アンは、やっと助かったのだという実感が込みあがってきた。

 そう思うと、急に涙がこぼれ落ちた。

 アンとイザベラと抱き合いながら、しばらく泣き続けた。

 

 アンが口を開いたのは、やっと発作のような慟哭が収まってからのことだ。

 まず、訊ねたのは、アネルザ王妃とは仲がいいのかという疑念だ。

 

 二年前──。

 キシダインに降嫁することが決まったとき、アネルザとイザベラの関係は最悪だった。

 アネルザは、まだ少女のイザベラを目の仇のようにしていて、イザベラ王女を失脚させ、キシダインを王太子にしようと画策していた。

 アンはイザベラのことが好きだったので、なんとかアネルザを翻意させようとしたが、その力はアンにはなかった。

 

 そして、二年──。

 

 アンは、ノヴァとともに、あの屋敷に閉じ込められていたので、その時間でなにが変わったのかはわからない。

 ただ、ロウの物言いにしても、スクルズにしても、さらに、いまのイザベラの言葉からして、アネルザとイザベラはかなりの昵懇のように思えた。

 アンとしては嬉しいことだが、どうしてそうなったのかが不思議だった。

 

「イザベラ……。そのう……、お母様とは……?」

 

 思わず、訊ねた。

 その短い言葉だけで、イザベラはアンが訊ねたいことを理解したのだろう。

 にっこりと微笑んだ。

 

「すっかりと仲良しだ。……まあ、いろいろある。姉様には包み隠さずに話すが、つまりは、それもロウのおかげなのだ」

 

 イザベラは椅子にアンを腰かけさせて言った。

 自分も隣に腰かける。

 それだけではなく、さらにシャーラとノヴァを呼んで、同じテーブルに同席させた。

 シャーラには躊躇った感じはなかったが、ノヴァは当惑していた。

 だが、シャーラに強引に連れられるようにして、ノヴァもやって来る。

 

「つまりは、この四人は、“姉妹”というものらしい。姉上とわたしは、もちろん姉妹だが、実はシャーラもそうでな。ノヴァもそうなったのだろう……。そして、この神殿のスクルズ、ほかにも、大勢の姉妹がいる。ロウを中心にしたな……。そして、アネルザ王妃殿下もまた、そうなのだ」

 

 イザベラが顔を赤くして言った。

 だが、アンにはちっともわからなかった。

 

「わからないわ、イザベラ。姉妹とはなんでしょう?」

 

 アンは首を傾げた。

 

「なんだったなかあ……。前にロウに教えてもらったのだが……」

 

 イザベラは困ったような顔になった。

 

「“さお”姉妹ではなかったですか、姫様」

 

 そのとき、シャーラが口を開いた。

 イザベラがぽんと手を打った。

 

「そうだ。竿だ。竿──。竿姉妹だ。つまりは、この四人を含めて、アネルザ殿下も、ロウを中心とした竿姉妹というわけだ。つまりは、あの男はクロノスなのだ」

 

 イザベラが嬉しそうに言った。

 だが、まだアンには合点がいかず、途方にくれてしまった。

 しかし、なぜだか、笑いが止まらなくなり、けたたましく笑ってしまった。

 

 笑って、笑って……。

 いつしか、アンはむせび泣いていた。

 ふと見ると、ノヴァも泣いていた。

 その姿をイザベラとシャーラが優しげな顔で見ていた。

 

 

 *

 

 

「おう、アン──。会いたかったよ。今度こそ、本物だね──」

 

 アネルザがやって来たのは、すでに夜中に近い時間だった。

 こんな時間によくも、宮殿を出て来られたものだと思ったが、どうやら、宮殿内にあるアネルザの私室とこの第三神殿は、常時移動術で行き来できる魔道を刻んだ姿見がお互いに設置してあるとのことで、いつでも自由に往復できるのだそうだ。

 それだけでなく、ロウの屋敷にも繋がっているとのことであり、アンはそれについても驚いてしまった。

 

 とにかく、アンとアネルザは抱き合って再会を喜び合った。

 そして、しばらく泣き合ってから、大切な話があると言って、アネルザにイザベラとともに呼ばれて、三人だけで隣の寝室に入った。

 シャーラとノヴァはそのままだ。

 

「ふたりにとって、シャーラとノヴァが大切な相手ということは承知している。だけど、これはしばらくはお前たちの胸の中にしまっておきな。大切な忠告をしようと思っている」

 

 アネルザが急に深刻な表情になって言った。

 アンはイザベラとともに姿勢をただした。

 だが、アネルザがそれを見て苦笑した。

 

「これは畏まりすぎたかねえ。まあ、大したことじゃない。わたしがお前たちに悟らせたいのは、あのロウを絶対に手放すなということだ。わたしにはわかる。アンはともかく、もうイザベラもわかりかけてきたと思う。あいつは今回のことひとつを見てもわかるように、大した男だ。希代の人物と言っていい。この先、なにがあっても、あいつに従え──。これは王妃としても心からの忠告だ」

 

「なんのことかと思えば、それはわかっている、王妃殿下。わたしはそのつもりだ」

 

 イザベラが笑った。

 しかし、アネルザが首を横に振る。

 

「いや、わたしが主張するのはもっと本質的なことだ。あの男は間違いなくクロノスだ──。しかも、一代の英雄の器だ。わたしは確信したよ。これから、なにがあるかわからん。お前たちの父親、あの男はあんな器だし、キシダインひとりのことだって、なにもできなかった男だ。わたしは、もうあれを見限っている。お前たちも見限るんだ。いまの王とロウ──。もしも、このふたりのどちらかを選ばないとならないとすれば、絶対にロウを選べ。しかも、迷いなくね。これはわたしの心からの忠告だよ」

 

 アネルザが言った。

 さすがにイザベラは驚いた表情をしている。

 いま、アネルザが口にしたのはただ事じゃない。

 国王よりも、ほかの人物を重んじろというのは、王妃として絶対に口にしてはならない言葉だ。

 だが、アネルザはそうしろという。

 これは、万が一、ロウが王を裏切るようなことをすれば、そのときにはロウに付けと言っているのだ。

 そんなことを……。

 

「わかっている──。あのロウはそんなことを考えてないし、王とロウが対立するというようなことは多分ないのかもしれない。ただ、わたしが言いたいのは、お前たちの幸せは、ロウとともにあるということだ。あんな男はいない。絶対に逃がすな。幸いにも、あの男は大勢の女を同時に大切にしてくれる男だ。お前たちふたりとも愛してもらえ。必ず手放すな」

 

 アネルザがきっぱりと言った。

 そして、頬を綻ばせた。

 

「わかった。忠告に従う、王妃殿下」

「従います、お母様」

 

 イザベラとアンはしっかりと頷いた。

 すると、アネルザが安心したように、ふたりを同時に抱き締めた。

 

 

 

 

(第34話『囚われの王女救出と王妃の忠告』終わり、第35話『寝取りの恩賞』に続く)



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 第35話  悪党の処分と寝取りの恩賞
190 丸投げ王宮裁判


 アネルザが激怒した。

 

「なんだと──。あのろくでなしが──」

 

 そして、激昂のまま立ちあがる。

 横にいた一郎は、さすがに苦笑してしまった。

 これはこれで、かなりの根性の座った王だな。

 まだ、会ったことはないのだが、逆の意味で感心する。

 

 宮殿内にあるアネルザの王妃宮の一室だ。

 キシダインを捕縛したダドリー峡谷事件から十日ほどが経っている。

 今日は、キシダインを裁くための宮廷裁判の日だ。キシダインほどの大貴族を裁くのに、わずか十日というのは短いが、時間をかけるとキシダイン派の重鎮の貴族が領地から戻って、キシダイン擁護の諸工作をする可能性がある。

 それでアネルザが急がせたのだ。

 幸いにも、いま王都には、それを阻止しようとする勢力はほぼ皆無だ。キシダイン派の重鎮の大貴族の地盤である領地経営を流通の力で揺るがせ、いまこの時期にことごとくを王都から離れさせたのはマアの功績だ。

 

 もっとも、キシダインの突然の失脚に大部分の貴族は動顛をしてしまい、いまのところは王家の裁きを静観の構えである。

 王都にいる貴族のみならず、国内中の全部の貴族、王軍大演習のときに流された魔道通信でハロルド公による王女暗殺未遂を知った多数の民衆、さらに諸外国まで、キシダインに与えられる処置に注目をしているはずだ。

 世界中が注視する裁判――。

 それが、今日の宮廷裁判だ。

 

 仮にも王族であるキシダインは、王家の家長である国王しか裁くことができない。

 それが今日行われる。

 一郎はもちろん、その宮廷裁判に参加する資格はないが、アネルザの特別の計らいで、アネルザの従者にでも扮して、こっそりと見物させてもらう予定になっていた。

 それで、朝早くからこうやって、護衛代わりのエリカとともに、アネルザの私室にやって来ていたのだ。

 

 だが、もたらされたのは、後宮にいるサキからのアネルザ宛ての伝言であり、今日の宮廷裁判については、全部を王妃のアネルザに委ねるというルードルフからの信じられない内容だったのだ。

 ダドリー峡谷事件のときに、ルードルフの身柄を押さえてもらったサキだったが、あれから、結局後宮に入り浸って、そのままルードルフの相手をしてもらっていた。

 もちろん、身体の関係をするわけじゃない。そんなことは一郎は許さない。

 ただ、話によれば、別に身体を犯させなくても、サキがルードルフを嗜虐するだけで、十分にルードルフは悦びむせぶらしく、そのサキを通せば、どんな書類にでもルードルフがめくら印で王印を押すので、キシダイン裁判の手配を早急に進めるために、サキにそのままルードルフの相手をしてもらっていたというわけだ。

 さもないと、あの仕事嫌いの王では、進む業務も進まないという事態に陥ってしまうのだ。

 キシダイン派を一気に追い込むための処置も、王の名でなければなにもできない。だが、サキが王を言いなりにすることで、わずか十日で一気に処理できた。

 普段の業務とは異なり、今回については王のサインがないと動かないものがかなりあったのだ。

 

 それはいいのだが、その王が、たったいま、その宮廷裁判そのものも王妃に任せると、後宮にいるサキを通じて王妃に伝言を寄越してきたのだ。

 どうやら、サキに言わせれば、面倒だというよりは、キシダインをどうするかについて、国王として判断するのが気後れしているらしい。

 だから、王妃が肩代わりをして代わりに裁くか、裁判そのものを延期しろと言ってきたのだ。

 さすがに、一郎も呆れたところだ。

 

「ふ、ふざけやがって……。できるものならやっている。嘘でもいいから、全員の前で国王としての裁きを下さないかい──。わたしで収まるわけないだろう──」

 

 アネルザが荒々しく床を踏み鳴らした。

 その気持ちはわかる。

 ここまでの段取りは、すべてアネルザが整えたのだ。

 キシダインをどうするかということについては、一郎も交えて話し合い、どのような判決を下せばいいのか、ずっと後宮に入り浸っているルードルフに、サキを通じて教え諭しもした。

 ただ、実際には国王自らが判断をして下すべき判決なので、事前に内容を強要したことは秘密だ。

 アネルザと一郎だけが携わり、イザベラにさえも教えてない。

 サキは、国王自らの決定として、責任をもって、それを全員の前で口にしろと言ったはずだ。

 ここまでやったのだ。

 だが、それも嫌なのだそうだ。

 しかも、いまさら延期などできるわけがない。

 アネルザが激怒する気持ちは十分にわかる。

 

「えっ、キシダインの裁判は延期ですか? そんなことできるのですか?」

 

 一郎とアネルザのほかに、唯一室内に存在するエリカが首を傾げている。

 すると、アネルザが舌打ちした。

 

「そんなことできるものかい──。そんなことしたら静かにしているキシダイン派の連中が息を吹き返す。国王が迷っているという印象を与えるからね。そうしたら、また元の木阿弥だ。今日、あいつに引導を渡す──。それしかない。ルードルフは絶対に首根っこを捕まえて連れてくるから、心配ないよ」

 

 アネルザが言った。

 そして、部屋にある魔道通信用の魔道具に向かう。

 通信先はルードルフ側にいるサキだ。

 

「サキ、これからわたしが乗り込むと伝えな──。尻を蹴飛ばしに行くとね」

 

 通信具に怒鳴った。

 すると、そこからサキの笑い声がした。

 

『ははは、悦んでいるようだよ。どうにもならない変態だねえ。だけど、人間族の国というのは変わっているねえ。こんなんで国王が務まるのかい?』

 

 サキが面白がる口調で言葉を寄越してきた。

 アネルザが苦虫を潰したような顔になる。

 

「務まるものかい──。その後始末はわたしがずっとやってたんだ──。だけど、今日だけはだめだ──。国王以外にはできない。それが宮廷裁判なんだ。ルードルフもわかっているはずだ」

 

 アネルザが怒鳴った。

 一郎は後ろから声をかけることにした。

 

「こうなったら、キシダインを陥れるのに使った変身具で、アネルザが王に変身するぞと伝えたらどうかなあ? それだけでなく、国王の証となる装飾具を寄越せとも」

 

 言ってみた。

 激昂しているアネルザが一郎が口にしたとおりの内容を伝える。

 サキがルードルフに伝えると応じ、いったん通信が切断された。

 アネルザが深く嘆息をしながら、再び一郎の横に椅子に座り込む。

 

「さすがに王に変身して、わたしが代わりをすると伝えれば出てくるだろう……。それがどんなに大罪なのか、あいつもわかっている。王妃であろうとも、王に化ければ否応なく処刑だ。それはわかっている。いくらあいつでも、まさかわたしを重罪人にはせんさ」

 

「そうでしょうか?」

 

 黙って話を聞いていたエリカがぼそりと言った。

 一郎もルードルフが本当に変身リングに自分の姿を刻んで寄越す確率は五分五分くらいに思っている。

 国王のことなどほとんど知らなかったが、これは聞きしに勝る愚物のようだ。

 それに、さっき王に変身する魔道具を準備しろと伝えさせたのは、こうなったら覚悟することもあったからだ。

 迷っている暇も、もう余人を巻き込む余裕もない。

 無論、延期するなどできない。

 すでにかなりの過激なことを王の名でやった。いまさら、それは王の意思ではないとでもされたら、一郎たちが獄に繋がることになる。

 また、そんなことで、キシダインが力を戻しても、今度は一郎たちが逆に破滅だ。

 逆戻りなどあり得ない。

 

「いずれにしても、アネルザも苦労しているのだな。知らなかったよ」

 

 一郎は笑った。

 アネルザは肩をすくめた。

 

「まあ、あいつは完全なるお坊ちゃんなんだ。悪い意味でね……。生まれてすぐに、王になると決まっていた男でね。それでいて、碌に国王教育も受けずに、甘やかされて育ってしまって、国王の覚悟とか責任とかいうものを十分に備えずに王になってしまったんだ。好色だけは一人前だけど、それ以外はまるで子供だ。それがあいつなんだ」

 

 アネルザが舌打ちしながら言った。

 

「その子供のような国王を支えて頑張っているんだな。まあ、これからは俺たちもアネルザを支えるよ。困ったら頼ってくれ」

 

「本当か? 甘えるぞ」

 

 アネルザがやっと笑った。

 

「おう、いつでもいい……。だけど、さすがに、いまからだとな。俺はいいけど、アネルザが大切な宮廷裁判に出れなくなっても知らんぞ。ここのところ、どうにも性行為に関しては容赦できなくてね」

 

「せ、性行為のことではない──」

 

 アネルザが赤くなる。

 エリカも一郎の横でくすりと笑っている。

 すると、アネルザがふと口元に微笑みを浮かべた。

 

「……ならば、わたしの話を聞いてくれるか、ロウ……。まあ、ルードルフがサキの説得に応じるまでの暇つぶしだ。これは、ほとんど誰にも話したことのないことでな……。というよりは、さすがにわたしも忘れておったのだ。なにせ、随分と昔の話でな……。だが、なぜかふと思い出した」

 

 アネルザが、なにかを懐かしむような顔になった。

 このアネルザが昔話とは珍しい。

 一郎は興味を抱いた。

 

「昔ってなんだ? 初めての男の話か?」

 

 だが、なんとなく、一郎はからかった。

 アネルザが鼻を鳴らした。

 

「そんなつまらん話をするか──」

 

「つまらんことはないだろう。恋多きアネルザ王妃の最初の恋はなんだったのかな? 俺は興味があるよ」

 

 一郎は笑った。

 アネルザは自嘲気味の笑みを浮かべた。

 

「最初の男はルードルフだ……。つまらん話だろう……? わたしも、あの色情狂の馬鹿王の妻になるまでは貞節な女だったのだぞ……。いや、考えてみれば、お前も立派な色情狂だな。どうやら、わたしは色情狂の男に縁があるようだ」

 

 アネルザが笑った。

 自分が色情狂というのは、認めざるを得ないだろう。

 一郎は苦笑した。

 

「……予言だ」

 

 ひとしきり笑った後、アネルザが口元に微笑みを残したまま、ぽつりと言った。

 

「予言……?」

 

 一郎は意外な言葉に首を傾げた。

 そして、考えてみれば、これだけ日常に魔道が浸透している世界なのに、この世界で予言という単語に接するのは、これが初めてだということに気がついた。

 

「わたしが十三歳の頃だったな……。わたしはこの王都の屋敷で育ったのだが、その王都屋敷を抜け出して、ある場所に侍女を連れて出かけた。当時、恐ろしいほどよく当たるという評判の予言者が城郭の裏通りに住んでおってな……。そこを訪ねて行ったのだ」

 

「ほう」

 

 一郎は相槌を打った。

 

「……知っとるとは思うが、予言というのは禁忌の魔道だ……。まあ、その予言者という婆も、表向きは別の商売だったが、それなりの金子を支払えば、禁忌の予言をしてくれたのだ。わたしは、侍女を説得して、密かにその予言者を訪ねたということだ」

 

「禁忌の魔道?」

 

 一郎は思わず声をあげた。

 もちろん、予言というのが、この世界では禁止されている魔道だというのは知らなかった。

 それで、「予言」という言葉を耳にすることがなかったのだとわかったが、それほどの感慨はない。

 一郎の感覚では、予言など、当たったようで当たらないという曖昧なものだという認識しかない。

 

 声をあげたのは、この世界にやって来たばかりだった頃、エリカに連れられて行った褐色エルフの村で出会ったユイナのことを思い出したからだ。

 自分の才能を高めたくて、禁忌の魔道に手を出そうとしてたっけ……。

 一郎を冤罪に追い込んで知らぬふりを決め込もうとしたので、仕返しのために呼び出して、さんざんに尻穴を弄んでやった。

 どうしてるだろう、あいつ……?

 

「なんだ、予言が禁忌とは知らんかったのか?」

 

 アネルザがきょとんとした。

 一郎の物思いを別のことと受け取ったようだ。

 

「物知らずでね」

 

 一郎はそれだけを言った。

 

「……まあいい。とにかく、予言はするのも、それに、接するのもご法度だ。だが、わたしは好奇心を押さえられんかった。十三歳くらいの多感な時期だしな……。それで屋敷を抜け出して、自由にできる金を持って、こっそりとその予言ができるという魔道師を訪ねた」

 

 アネルザは言った。

 

「へえ……。それでなにを予言してもらったんですか?」

 

 エリカが口を挟んだ。

 すると、アネルザがにんまりと微笑んだ。

 

「十三歳の多感な時代だと言ったであろう……。その年代で興味のある予言といえば、ひとつしかないわ」

 

「恋の予言か?」

 

 なんとなく言った。

 そう言われると、十三歳くらいの女の子が興味がある話題というと、それ以外には思いつかない。

 

「ご明察」

 

 アネルザは笑った。

 だが、すぐに真顔になり、言葉を続けた。

 

「……だが、不思議な予言だった……。その予言の魔道師は、わたしの顔を見て、すぐに希相だと唸ったのだ。まさに英雄王の王妃になる娘の顔だと言ったぞ。確かに、わたしは王家に嫁いでもおかしくはないくらいの名門の家の娘だったので、王妃になるというのはあり得ない話ではなかったのだが、わたしは変装をして町娘の恰好をしていたのだ。そのわたしを王妃になると言ったのだぞ。わたしは驚いてしまった」

 

「うまく騙されただけかもしれないぞ」

 

 一郎は言った。

 だが、アネルザは気を悪くした様子もなく、微笑んだままでいた。

 

「確かにな。一緒に連れてきた侍女もいたしな。あるいは、そいつがわたしの素性をばらしていたのかもしれないし、ほかにもいろいろと可能性はある……。考えてみれば、実のところ、あいつは予言者などではなかったかもしれん。予言の魔道ができるという詐欺師でしかなく、わたしは騙されてしまったかもしれんなあ」

 

 アネルザは懐かしそうな表情をしながら言った。

 

「それにしても、英雄王の王妃だって……?」

 

 一郎はその大袈裟な物言いをからかってみた。

 予言が成就したとすれば、英雄王というのは、いま宮廷裁判の場で国王の責任を果たすのは嫌だと駄々を捏ねているルードルフになるのだろうか。

 しかし、王ではあるが、英雄という感じではなさそうだが……。

 

「ああ、そうだ。英雄王の妃だ。その予言の魔道師の言葉だがな……」

 

「つまりは、一応は予言は当たったわけか?」

 

 一郎は言った。

 その予言者の言葉の通りに、アネルザはルードルフの妻になって正王妃になっている。

 だが、アネルザは静かに首を横に振った。

 

「だが、英雄王だぞ……。あの馬鹿垂れが英雄という器か? それに、実はその予言者は、こうも言ったのだ。“お前は天下を取る英雄の妻になり、母にもなる女だ”と……。言葉そのものは、気には留めておらんかったし、それっきりのことで、それから思い出すこともなかった……。だが、もしかして、あれは、お前のことではないのかなあ……?」

 

「俺?」

 

 一郎は驚いた。

 

「そうだ。お前が王になれば、わたしはお前というクロノスの女のひとりであり、妻にもなろう。イザベラやアンの母なので、お前の義母でもある。つまり、母にもなるということだ。予言通りだ」

 

 アネルザが笑った。

 

「馬鹿馬鹿しい」

 

 一郎は吐き捨てた。

 

「そうかもしれん。まあ、乙女の心じゃな。そもそも、ルードルフは英雄の器ではない。あれは絶対に違う。これから天地がひっくり返っても、英雄にはならん」

 

 アネルザはさらに高らかに笑った。

 

「じゃあ、俺が英雄か? 弱くて、自分の女たちに守られているだけの俺がか?」

 

 一郎は苦笑した。

 だが、アネルザは笑みを消して、静かに首を横に振った。

 

「もっと自分の力を知るのだな。お前は力を持っておる。いい機会だ。あの愚物から王権を乗っ取れ。わたしは喜んで協力する」

 

「ここで言う冗談じゃないな。仮にも、ここは宮廷内だぞ」

 

 一郎は苦笑した。

 すると、アネルザが急に真顔になり、なにかを言いたそうに口を開いた。

 しかし、そのとき、目の前の空間が歪んで、サキが移動術で現われた。

 サキは妖魔としての姿ではなく、人間族の美女の姿だ。

 美しい妖艶な衣装を身に着けていて、一郎でもぞっとするほどに綺麗だ。 

 それはともかく、手に錫杖のようなものを持っている。

 冠もだ。

 まさか……。

 

「ほら、目当てのものだ。あの変態は喜んでリングに自分の姿を刻み、これを寄越したぞ。国王に成りすます三点道具というところだな。アネルザによろしく伝えてくれと言っていたぞ」

 

 サキが卓の上に、手に持っていた道具を笑いながら置いた。

 一郎も目を丸くした。

 

「あ、あいつ──。どこまでもふざけやがって──」

 

 アネルザが喚いた。

 一郎は溜息をついた。

 

「あれは多分動かんぞ。まるで駄々っ子だな。本当に国王か? とにかく、今日のシナリオが荷が重いそうだ。本当に人間族の国というのは不思議な世界だ。これが妖魔の王なら、まずは側近から首を刎ねられるな。能無しの王を妖魔は大切にはせん」

 

「わたしも同じ気分だよ……。仕方ない……。わたしが行ってくる。今日の宮廷裁判にはどうしても、あいつの存在が必要だ。置物でもいい──」

 

 だが、一郎はそれを留めた。

 アネルザが怪訝な顔をして振り返る。

 

「んっ?」

 

「だが、強引に連れて来ても、キシダインに気遅れてして、予定外の裁きをされても困る。いま、アネルザが言ったが、本当に置物でもいいのか?」

 

 一郎は訊ねた。

 

 

 *

 

 

 宮廷が珍しく緊張感に包まれている気がした。

 だが、緊張はイザベラ自身もそうだ。

 

 イザベラは、出仕すると、群臣が居並ぶ広間に入り、玉座の右隣に設けられている「副座」に向かった。

 これまで存在しなかった席であり、新たに設けられた席だ。玉座ほど荘厳ではないが、それを除けば、ほかのどの椅子よりも、豪華に作られている。

 玉座の右隣は、王位継承第一位の者の席と決まっており、これまでずっと空位になっていた。そこにイザベラが座るということは、その意味することは明らかだ。

 

 その隣には、正王妃のアネルザの席があり、すでにアネルザは腰かけていた。

 いつもこういう場では苛ついている印象のあったアネルザだが、今日はなぜかにこにこしている。

 また、文官、武官たちも入っており、近衛兵は両側に武装して並んでいた。

 その前をイザベラがシャーラを連れて進んでいると、イザベラの緊張がアネルザにも伝わったのか、アネルザがにっこりとを微笑んで小さく頷く仕草を示した。

 イザベラは、歩きながらゆっくり深く息を吸い込むと、長く息を吐いた。

 それで、少し落ち着きを取り戻すことができた気がした。

 

 任命式はまだであるが、これが王太女としてのイザベラの最初の宮廷務めだ。

 これから行われるのは、第一王女アンの婿にして、ハロルド公であるキシダインに対するルードルフ王の沙汰だ。

 

 キシダインがイザベラを暗殺しようとしたことについては、言い逃れのできない状況で明白となり、キシダインはこの数日、王都内にある「クリミナの塔」に監禁されていた。

 クリミナの塔は、貴族の罪人を収容するための石牢の塔である。

 

 また、そのキシダインが王女であるアンに、どのような仕打ちをしていたかということも、明らかになっている。

 王軍公開演習のときに、これまで監禁されていたキシダイン邸の奥の院から、アンがロウによって救い出された後、第三神殿まで王妃が宰相たちを連れてやってきて、アンと話をしたのだ。

 その供述には、イザベラも同席した。

 キシダインのやったアンと侍女のノヴァに対する酷い仕打ちのことを姉のアンは、包み隠さずに語った。

 自分が受けた仕打ちを語るアンは、どんなに惨めな気持ちだったろう。しかし、包み隠さずに、アンはそれがキシダインを追い込み、少しでもロウへの恩返しになるのであればと、アンは勇気を持って公にしたようだ。

 

 ともかく、王命により、すでにキシダインとアンの離縁は成立している。王位継承権も剥奪だ。

 さらに、厳しい処分がくだされるだろう。

 それが今日行われる宮廷裁判だ。

 

 その宮廷裁判において、イザベラは、ルードルフ王からの指示という伝言を受け、玉座の右隣に座っているように事前に命じられたのだ。

 実のところ、イザベラがこのような宮廷における王の謁見に同席するのは初めてのことだ。

 王そのものに会うのも久しぶりだ。

 本当にいつも、後宮に入り浸っている王であり、イザベラもまた、これまで宮廷に出仕する資格がなかった。

 会いようがないというのが実際だ。

 なにしろ、これまで、イザベラは単に王の娘であるという第三王女にすぎず、宮廷における役職はない。

 だから、政事(まつりごと)に関わるということがなかったのだ。

 従って、侍女長のシャーラとともに、ほとんどの時間を小離宮ですごしていた。

 ただ、これからは、王の行う様々な内政や外政に関与するのが、イザベラの大切な日常になるのだろう。

 

 イザベラは、まだ空席の玉座の横に腰かけた。

 シャーラが無言でイザベラの背後に立つ。

 イザベラの侍女長だったシャーラは、イザベラの護衛隊長に格上げになった。これまでも同じことをしていたのだから、シャーラの役割は変わらないが、肩書ができたことで、シャーラの服装が侍女服から、護衛らしい王軍騎士の正装に変化していた。

 これについては、ロウはシャーラの侍女姿が気に入っていたらしく、ひどく不満そうだった。

 そして、王太子の護衛の衣装は下着の露出すれすれの短いスカートにしろと言って、シャーラを困らせていた。

 イザベラは思い出して、笑みをこぼした。

 

 副座ができたことで、アネルザの席は、玉座からみて、イザベラの右隣に接する位置に移動している。

 そのアネルザが、すっとイザベラの手に自分の手を重ねた。

 

「……あの男の無様な姿を焼きつけておけ、イザベラ。今日の王の姿もな」

 

 アネルザが少し嬉しそうにささやいた。

 アンは、そのアネルザの浮き立つような雰囲気にちょっと小首を傾げた。

 そのとき、王の出座を宰相が告げた。

 イザベラは、ただ頭をさげた。

 

「キシダインを前に」

 

 玉座に着くと、ルードルフ王はすぐに言った。

 イザベラの父親ではあるが、それは血が繋がっているという意味であり、イザベラにはルードルフ王に父としての親しさはない。

 それは三人の娘のすべてが同じだろう。

 ルードルフは、自分の子を自分と一緒にすごさせたことはないし、庶子である第二王女のエルザも、後宮の女を母に持つイザベラも、実の両親と暮らした記憶はない。

 ただ、第一王女のアンだけは、正王妃のアネルザのもとで、少女時代までを生きた。

 しかし、そのアンも、父であるルードルフとは暮らしていない。

 正王妃のアネルザとルードルフ王が、別々の屋敷で生活をしていたからというのもあるが、おそらく、ルードルフ王は子の父として生活をともにするという思考そのものがないのだと思う。

 

 衛兵がキシダインを連れてやってきた。

 イザベラを暗殺しようとして、つけ狙い続けてきた男だが、実際のところイザベラ自身は、キシダイン本人の姿を垣間見るのは久しぶりだ。

 キシダインの失脚を決定づけることになった王軍大演習のときも、イザベラが演習場に到着したときには、すでにアネルザが手を回した兵によりキシダインは逮捕されていて、クリミナ塔送りにされた後だったのだ。

 

 キシダインは、憔悴しきっているように思えた。

 このキシダインに対して、王がどういう裁きをするのか、イザベラは知らない。

 公爵であり、王族に連なる地位にあるキシダインの処断は、王にしかできない。

 だから、宮廷裁判なのだ。

 

「……へ、陛下……」

 

 衛兵に引き出されて、群臣の並ぶ前に跪かされると、キシダインはすぐに口を開きかけた。

 だが、王がそれを制する。

 王が合図をした。

 すると、衛兵が五個の桶を持って入ってくる。

 

「出せ」

 

 ルードルフ王が命じると、桶から首が次々に並べたてられた。

 悲鳴があがり、群臣には膝をつくものもいた。

 

「ひいいいっ」

 

 キシダインは腰を抜かしたようになり、その場に尻もちをついてしまっている。

 イザベラは、悲鳴こそあげなかったが、並べられた生首を見て、ぞっとしてしまった。

 そのひとりはデュセルだ。

 ハロンドール王国の南域に属する地方領主であり、キシダイン派で知られていた。

 ほかにもキシダインに親しい高級貴族ばかりだ。

 王軍の将軍もひとりいる。

 それが生首になって五個並んでいる。

 

 イザベラは、それがどういう者の首なのかわかった。

 第三神殿で、キシダインにどのようなことをされたのかをアンが赤裸々に語ったとき、キシダインに強要されて、アンが無理矢理に性の相手をさせられた男として言い並べた者たちだ。

 その者たちがすでに殺されて、首になって並んでいる。

 イザベラは度肝を抜かれてしまった。

 

 いずれにしても、本当に、アンはまったく包み隠すことない話をしたと思う。

 王女でもあるアンが奴隷女のように叩かれたり、蹴られたりして犯されたという話を余人に告げるのは、恥ずかしかったであろうし、恥辱でもあったと思うが、アンは自分の恥がイザベラを救うことにもなると知ると、なにひとつ隠そうとはせずに、淡々と説明した。

 

 もっとも、それは事前にロウに言い含められていたためでもある。

 アンは自分とノヴァを助けてくれたロウにかなり心服しているようであり、ロウがつらい記憶だろうが協力してくれと頼むと、むしろ、それでロウになにかの恩返しになるのであればと喜ぶような顔になり、宰相である大貴族たちに、アンがキシダインから受けた仕打ちを微に入り細に入り説明したのだ。

 

 また、アンは、キシダインを追い詰めるためであれば、どうか自分の醜聞を利用して欲しいとも、アネルザにも言っていた。

 そして、今日の宮廷裁判になった。

 それにしても、王はその者たちに手を回して、ひと足早く処断をしていたのだと思った。

 

「首になった者たちは、お前という夫がいたにもかかわらず、余の娘であり、お前の妻だったアンを強姦した男たちだ。この者たちは、アンが余の娘であることを知りながら、アンに手を出した。つまりは余を裏切ったと同じだ。同じように、首になって、ここに並びたいか、キシダイン?」

 

 ルードルフ王は冷ややかに言った。

 キシダインは蒼白な顔で唇を震わせている。

 

「……お前は王太子になることを望んでいたし、余もお前の力量を買っていた。だが、自分の妻がお前に親しい者に犯されていたことを知らぬとは呆れたものだ。それとも、お前も承知でアンをほかの男に犯させたか?」

 

「……い、いえ……」

 

 キシダインはそういうのが精一杯のようだった。

 しかし、イザベラは、王の物言いが少し意外だった。

 こんなに力強く語る人物だったろうか。

 それに、内容も意外だ。

 アンの申し出により、キシダインが歪んだ性癖の果てに、アンをほかの男に寝取らせたのは明白のはずだからだ。

 それなのに、なぜ、王はキシダインがそれを知らなかったなどという言い方をしたのだろう。

 

「そうか……。ならば、これらの者には、特にアンは手酷い仕打ちを受けたと言っておった。それも知らぬことだな?」

 

 王が合図をすると、広間に入る大扉が再び開かれた。

 数名ずつの衛兵に全身を拘束された鎖を引っ張られながら、ふたりの大柄の男が入ってきた。

 そのふたりは、下帯一枚の裸にされており、口には言葉が喋れないように布と縄で猿ぐつわをされている。

 イザベラは、この男たちについても何者かを知っている。

 タリオ公国からやってきているグラム=コブとグラム=ヴェルの兄弟だ。

 このふたりも、キシダインがアンに「もてなし」を命じた者だ。

 

「んぐううっ」

「ふぐううっ」

 

 王の前に連れて来られたふたりは、あまりの扱いに怒り狂っているようだ。

 だが、イザベラは、このふたりに関する制裁の許可を遠いタリオ公に受けていることを知っている。

 

 ハロンドールは強国だ。

 そのハロンドールの三分の一の国力もないタリオ公国が、ハロンドール王の強い申し出に逆らえるわけもなく、タリオ公国は、アンに酷い仕打ちをしたというふたりをハロンドールで殺すことをすぐに承知してきたそうだ。

 それに、タリオ公国の大公妃は、アンとイザベラの姉妹であるエルザだ。

 その口添えもあったのだと考えられる。

 エルザもまた、優しいアンを好きだったのを覚えている。

 グラム兄弟がアンにしたことを承知したならば、エルザもふたりを許しはしないだろう。

 

「どうだ、キシダイン? 心して返事をせよ。アンは、この者からお前の屋敷で殴られ、蹴られ、そして、犯されたと語ったぞ。余は、このふたりを殺すつもりである。だが、もしも、それがお前の許可を受けて行ったものだとすれば、命は奪わんことにする。さあ、答えよ。この兄弟が、アンを犯したことをお前は承知していたのか? それとも知らなかったのか?」

 

「し、知りませんでした、王よ……」

 

 キシダインが言った。

 グラム兄弟が抗議するように吠えたが、キシダインは俯いたまま、兄弟には視線を向けなかった。

 ルードルフ王が指図をすると、兄弟を押さえている衛兵とは別の者たちが出てきて、ふたりの顔に麻袋を被せた。

 また、兄弟のそれぞれに三人の棍棒を持っている衛兵が周りにつく。

 鎖で四肢を拘束されている兄弟が暴れ始めるが、それを衛兵たちが四方から鎖を引っ張って静止させる。

 

「やれ」

 

 ルードルフ王が短く言った。

 麻袋を被った兄弟の顔に最初の棍棒が打ち下ろされた。

 それを始まりにして、袋を被せた兄弟の顔に狂ったように棒が叩きつけられる。

 さすがにイザベラは目を背けた。

 

 麻袋を被せられている兄弟から絶叫が迸ったようだが、それは袋に阻まれて大きな声にはならなかった。

 宮殿に肉が棒に打たれ続ける音が響き続けた。

 グラム兄弟は、しばらくは呻き声をあげていたが、棍棒で殴る音が二十発を越えると、もう声を出さなくなった。

 

 イザベラは顔をあげた。

 グラム兄弟は、袋を顔に被せられたまま、すでに床に横たわっていて動かなくなっている。

 顔に被せた袋には、内側から噴き出た血の染みがところどころにできているが、それでも、まだ、その袋めがけて、衛兵たちが交代で力任せに棍棒を振り下ろしている。

 

「もうよい。死体を外に出して、首を切れ。切った首は、タリオ公国に送れ。余の家族に対する凌辱は、ハロンドールに対する挑戦も同じだ。その警告にする」

 

 ふたりの身体が広間の外に出された。

 袋は被されたままだ。

 宮殿はしんと静まり返り、しわぶきひとつあげるものはない。

 

「キシダイン」

 

 王の声が宮殿に響いた。

 

「は、はい……」

 

「お前のハロルド公の地位を解く。アルバナに行け。そこで静かに暮らすがいい」

 

 アルバナというのは、東の辺境にある流刑地だ。

 ルードルフは、キシダインを処断しなかったのだと思った。

 イザベラはそれが意外だった。

 キシダインにもまた、最初にアンに身体を抱かせた者たちの生首を見せられ、目の前で王がグラム兄弟を惨殺するのに接して、間違いなく、自分も処断されると思っただろう。

 だから、流刑といわれて、意外そうな表情でルードルフに視線を向けている。

 

「……ひとつだけ言っておく。余は、お前にしても、お前が信頼している者にしても、その力量を買っている。だが、余の大切な娘を粗略にしたことについては残念だ。よって、お前は流刑とする。かの地で、自分のやったことを省みて、心を洗うがいい。今回の裁定はこれで終わる――。今回のことで、これ以上の罪を拡げることはない。皆の者――。これからも、余と王妃と王太女に忠誠を尽くし、この国をともに支えよ」

 

 ルードルフ王が高らかに言い放った。

 群臣が自然に頭をさげる。

 アネルザが今日の王を目に焼き付けておけと言った意味がわかった。

 これこそが王の姿だ。イザベラが将来になるべき姿なのだ。

 当惑するくらいに、今日の王は威厳に満ちていた。

 

 そして、キシダインは外に出された。

 居並ぶ群臣を見回してから、ルードルフは退出していった。

 結局、最後の最後まで、アンにやったことを糾弾しても、イザベラの暗殺未遂のことについては、王は一言も触れなかったと思った。



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191 王妃と王太女の会談

 イザベラは、宮廷裁判のあと、一度私室に戻ったところで、すぐに王妃の個人的な部屋に呼ばれ直した。

 シャーラとともに、小離宮から王妃宮に向かう。

 到着すると、すぐに王妃の部屋に案内され、待ち構えていたアネルザに私室に連れ込まれた。

 さらに、奥の部屋に案内され、人払いがされて、ふたりだけとなる。

 シャーラを連れてくることも許されなかった。シャーラは、部屋の外で待機している。

 イザベラは、アネルザと小さな机を挟んで座った。

 

「誰にも言うな。言えば、ロウの首が飛ぶ……」

 

 アネルザが神妙な表情になり、顎で横の台を指した。

 驚いたことに、そこには王の証である冠と錫杖、さらに一個の指輪がある。

 指輪は明らかに、なにかの魔道具のようだ。

 そして、そこで初めて、さっきのルードルフ王が実はロウであったことを告げられたのだ。

 イザベラは驚愕してしまった。

 

「本当に、誰にも言うなよ――。エリカにも口止めした。先日は、もしも、ルードルフとロウのどちらかを選べと告げられれば、ロウを選べと言ったが、まさに今日はそんな気分だよ。まさか、今回の処置まで丸投げするとは思わなかった。しかも、身代わりを立てるというと、王の印である錫杖と冠まで寄越したんだ。どこまで愚物に生まれついてんだよ」

 

 アネルザがうんざりしたように言った。

 イザベラは唖然としたままでいた。

 まさか、王が王国の歴史を左右するような宮廷裁判から逃げるだなんて……。

 しかも、さっきのはロウ──?

 あれが……。

 イザベラには、堂々とした国王そのものにしか見えなかったが……。

 

「どうする? このままルードルフを始末して、ロウに代わりをさせようか? 幸いにも、あいつの姿を刻んだ変身具はあるし、王の象徴もそこにある。案外、いけるんじゃないかい?」

 

 アネルザが自嘲気味に笑った。

 イザベラは、もう一度横の台を見る。ならば、その指輪は変身リングなのだろう。

 冠と錫杖と合わせて、国王変身セットというところだろうか。

 これを本当に渡してきたとすれば、確かにアネルザならずとも、血の繋がっている娘のイザベラだって呆れてしまう。

 

「それでロウは?」

 

 ここにはいないようだ。

 それにしても、さっきのは本当にロウ?

 とても信じられない。

 そもそも、あんなに演技力のある人だったのか?

 イザベラには、迫力のある立派な王にしか思えなかった。少なくとも、あの場にいたもの全員が、平素とは異なる王の威厳に自然と頭をさげ、圧倒されて戦慄した。

 それが、ロウだっただなんて……。

 

「戻ったよ……。冷や汗かいたと恐縮していたけどね。だけど、なかなかどうして。立派な国王の姿だったじゃないか。あれなら、誰ひとりとして、実は王でなかったのは気がつかんかったろう……。いや、むしろ、立派すぎたね。ルードルフをよく知ってる者なら、ルードルフにはあんな風格などないことがわかってるしね」

 

 アネルザが高笑いした。

 しかし、やがて笑うのをやめて真顔になり、イザベラの顔を覗き込むようにして、顔を近づける。

 

「宮廷裁判は今日でなければならなかった。さもなければ、キシダインを潰すために、この十日でやったことが無駄になる。キシダイン派は息を吹き替えし、ルードルフの迷いに乗じて、キシダインを擁護しようとするだろう。そして、あいつの権力が復活する。だから、一気に片づける必要があった。それなのに、今日は気が進まんなどと我が儘を言い出しやがってね……」

 

 アネルザが苦虫を潰すような顔になった。

 我が儘を言ったというのは、ルードルフ王のことだろう。よくはわからないが、宮廷裁判の直前にでも、国王が出たくないとでも、駄々を捏ねるということでもあったのだろうか?

 それで、急遽、ロウが代役を務めた?

 やっとわかってきたが、なんということを……。

 王に成り済ますなど、大変な大罪だ。

 

「それで……本物の陛下は?」

 

「後宮だよ。サキが隠している。サキの能力で記憶を一時的に麻痺させた愛妾たちを次々に抱かせている。居場所も後宮の部屋を移動術で転々とさせてるから、護衛騎士でさえもどこにいるかは把握してない。護衛が侍っているのは、いまでは誰もいなくなった空き部屋だ。ルードルフの身柄はこの十日間、そうやって、ずっと押さえてたんだ。万が一にも、キシダイン派に接触させないようにね」

 

「えっ? 十日間?」

 

 イザベラは声をあげた。

 すると、アネルザがにやりと笑った。

 

「お前の父親だけど、あれはどうしようもない愚物さ……。とりあえず、女を抱かせておけば大人しい……。それがわかっているから、今回のことで、いままでキシダイン派だった連中が、自分は助かろうと、賄賂代わりに次々に性技に長けた美女を送り込んできてね。会わせはしないが女についてはもらって、ずっとあいつの相手をさせてた。とにかく、あんなのに表に出られては、滅茶苦茶になる。だから、こっちで匿って、後宮から命令だけ連発させてたんだ」

 

「ええっと……。つまり、この十日間で行われたキシダイン派の捕縛や、タリオ兄弟の逮捕、それと、さっきのアン姉様に手をつけた者たちの断首とかは……」

 

 今回のキシダインの失脚を受けて、多くはないが、特にキシダインとの関係が深い部下的な貴族、癒着が激しかった商家や役人たちが二十人以上、ほかにもキシダイン派の軍人も数名は捕縛されてる。

 断首されたのは、まだ五人のみだが、それなりの人数がまだ獄の中だ。

 それらは、王命で実施されたはずだが、もしかして、王はほとんど関与してなかった?

 

「わたしとロウ、そして、サキだけでほとんどやった。マアも少しは絡んでるかな……。まあ、それくらいだ……。ルードルフには、女をあてがいながら、ただ署名をさせ、王印を押させただけだ。自分がなにを命じたのかよくわかってもないだろう。玉璽もこっちで抑えてる。そういう意味ではやりたい放題さ」

 

 アネルザはくすくすと笑った。

 そんなことになっていたとは、ちっとも知らなかった。ただ、言われてみれば、キシダイン派を潰すには、あのダドリー峡谷の一件だけでは十分ではない。

 いや、むしろ、あれをきっかけに、どれだけ一気にキシダイン派で厳重に固まっていた権力や権益を崩して、奪い取れるかだ。

 つまり、それをこの十日でやっていたのだと気づいた。

 イザベラなど小離宮で、どんどんと進む事態の変化に呆然とし、やはり、ルードルフはアンのことでかなり怒っているのだと思った。

 なにしろ、アンのことで腹に据えかねた国王が、自ら次々に指示を出していると噂もたっていたし……。

 しかし、実はなんのことはない。

 ここで、やっていたのだ。

 アネルザとロウで……。

 

「そういう意味では、この十日間のことはお前にも絡んでもらうべきだったかもしれない。蚊帳の外に置くんじゃなくてね……。だけど、お前を今回のことに関わらせるのは、ロウが嫌がってね」

 

「えっ?」

 

 イザベラは思わず声をあげた。

 突然にイザベラの名が出たからだ。

 しかし、考えてみれば当然と思った。イザベラは王太女になるのだ。

 これまでは、王太子がいなかったので、国王の政務の代行を王妃アネルザがしていたが、本来はそれは王太子のやることだ。王妃には制度上、それほどの権限はない。国政に関することは、王太子は国王に準じる地位にある。それが本来である。

 そもそも、今回のことは、イザベラとキシダインとの、王太子争いのことだ。キシダイン派の瓦解のための活動は、むしろイザベラが中心になるべきだ。

 しかし、まったく考えなかった。

 だが、ロウがイザベラに関与させるのを嫌がったと言ったか?

 

「イザベラ、そんな顔をするな。ロウはお前を邪魔者のように考えたわけじゃないよ」

 

 アネルザが笑った。

 そんなつもりはなかったが、いま、イザベラは変な顔をしたのだろうか?

 とにかく、顔から表情を消す。

 

「べ、別にそんな風には……」

 

「そうか……。まあよい。とにかく、この十日でやったのは、汚い仕事だ。捕縛させたのはキシダインの権力を潰すのに、どうしても阻害になるかもしれん者たちだ。軍人も貴族もそうだ。王家ではなく、キシダインのために動きそうなのは先に捕らえた。商家もそうだ。キシダインの財政基盤を完全に潰すための措置だ。実際に法に触れる罪を犯しているかどうかは知らん。時間もないし、いちいち調べとられん。だから、でっちあげた」

 

「そ、そうなのか? しかし……」

 

「言いたいこともあるかもしれんが、必要なことだ。あいつの政権基盤を残しておくと、お前の治政の阻害にしかならん。すべてを一新する必要がある……。そういう意味では、ロウの指示は、こういうことでも実に的確だったな。権力争いのどろどろした内容など経験があるわけでもないだろうに、キシダインの力を潰しながら、かといって、やりすぎて連中を結束させたり、反発しないように、実に手をつける正面や相手の均衡を考える。あれは才能だな。話をすれば、本当に的確に判断してくれる。勘がいいのだ」

 

 アネルザが目を細めて愛しそうな表情になる。

 国王の政務嫌いは有名であり、その分、王妃の負担が大きかったのは、イザベラも知っている。

 だから、もしも、ロウがアネルザのやることを手伝い、しかも、アネルザが感心するくらいに相談役として役立ったなら、アネルザはどんなにそれをありがたく思っただろう。

 確かに、いまはそんな顔をしている。

 

「だが、やはり、そういうことなら、わたしにも手伝わせて欲しかったな。それは役には立たんかもしれんが、わたしのことでもあるのに……」

 

 やはり、イザベラは不満に感じてしまった。

 イザベラがやるべきことをロウがやったと思ったのだ。

 すると、アネルザが首を横に振る。

 

「さっきも言いかけたが、ロウはそなたを邪魔に考えたわけじゃない……。というよりも心配したのだ。お前がまだ十六歳だからと言ってな」

 

「心配?」

 

「王太女になるとはいえ、まだ十六歳のお前の心を汚い政治の駆け引きに染めてしまうのは気の毒だというのだ。存外に心配性でもあるようだ」

 

 アネルザがにやりと笑った。

 イザベラは当惑した。

 

「そ、そんなこと……」

 

「まあ、だから、不満に思うな。いずれにせよ、ロウには大恩ができたな。この十日だけのことではなく、宮廷裁判ひとつにしても、ロウのしてくれたことは大きすぎる。まあ、あいつのことだから、そんなことを言っても、じゃあ、身体で恩を返せというだろうがな。お前も陰毛を剃られるくらいは覚悟せいよ。暗殺から免れて、王太女になれたのは、あいつのおかげだ」

 

 アネルザが大笑いした。

 突然に話が淫交の話題になり、イザベラは顔が赤面するのを感じた。

 

「な、なんでいきなり、毛の話など……」

 

 イザベラは困惑して、頬を膨らませた。

 しかし、アネルザは笑ったままだ。

 

「すまん、すまん、しかし、思い出してな。わたしが恩に感じるとあいつに言ったら、そうしたら、ならばと毛を剃られてしまったのだ。いまはつるつるだ。見せてもよいぞ」

 

 アネルザがさらに笑いながら言った。

 イザベラはびっくりした。

 そして、イザベラさらに当惑するのがわかったのだろう。アネルザの高笑いが大きくなる。

 

「だから、あいつに下手に恩義に感じるなどとは口にせんことだな。あれは、本当に希代の女たらしで好色男だ。キシダイン派の撲滅のために、連中の権力基盤となる人材を罪を鳴らして捕縛させていくという汚い仕事をしながら、一方でわたしを抱き、サキを抱き、わたしの陰毛を剃るという悪戯もするのだ。護衛で交代で着いてきていた三人娘も満足させるくらいには抱いていたようだ。あんなに忙しかったのにな。とんでもない男だよ」

 

 アネルザが言った。

 だが、ロウらしいかもしれないとも思った。

 イザベラもくすりと笑ってしまった。

 

「だが、その様子だと、この十日間は忙しかったのだろう? ロウはずっとここに?」

 

「いたな……。ほとんど、ここに寝泊まりしているような状態だった……。だが、そなたのところにも行ったであろう? 侍女たちの剃毛はかなり進んでいるらしいじゃないか。お前の毛はまだ無事か? ミランダのところにも行ったが、あれは、ダドリー峡谷のときの報酬を盾に断られたみたいだな。ロウが口惜しそうにしていた。まあ、ミランダもドワフ族の矜持かなんかは知らんが、ロウを相手にどこまで持ちこたえられるか」

 

 アネルザが悪戯っぽく言った。

 しかし、剃毛など……。

 そういえば、そんなことを事前に言っていたのは覚えているが……。

 そもそも、侍女たちの剃毛が進んでいるなど初耳だ。

 こっちでも蚊帳の外か……。

 まあ、わざわざイザベラに話すことではないと思うが……。

 いずれにしても、まだイザベラの毛は無事だ。おそらく、シャーラも大丈夫だろう……。

 いや、もしかして……。

 戻ったら、無理矢理に確認するか……。

 

「ロウもすごいな」

 

 とにかく、イザベラはそれだけを言った。

 

「おう、すごい──。とにかく、わたしの目に狂いはなかった。一介の冒険者にしておくには勿体ない。なんとしても王家で囲い込まないとな。あいつは、ただの女扱いがうまい男だけではない。どこで学んだのかと不思議なくらいに権謀術数にも長けている。キシダインを処刑にしなかったことなど、わたしは意外だったな。だが、理由を聞いてなるほどと思った」

 

 アネルザの言葉に、はっとした。

 さっきの宮廷裁判で意外だったのは、キシダインの処遇だった。

 アンに手をつけた大貴族たちがことごとく斬首になり、グラム兄弟も残酷に撲殺された。

 しかしながら、当のキシダインが流刑だ。

 これは腑に落ちなかった。

 

「もしかして、キシダインを流刑にしなかったのは、ロウの判断なのか? 陛下ではなくて?」

 

「陛下? あのろくでなしの駄犬がなにかの判断なんかするものかい。ロウの意見……、つまり、わたしたちのロウの下した判断だよ。わたしは処刑以外には考えられなかったけどね」

 

 アネルザが微笑んだ。

 イザベラは怪訝に思った。

 

「どういうことなのだ?」

 

 イザベラは訊ねた。

 すると、アネルザの口元から笑みが消えた。

 

「意外なんだろう? 宮廷裁判では、王に扮したロウが、あの茶番でキシダインがアンを辱めたことについてだけを繰り返して咎めていたのに、お前に対する暗殺のことや、派閥を組んで自らの勢力を作り、専横に近いことをしていたということには、一切の言及はしなかったからね。これはわたしとロウであらかじめ考えた台本だ。本当はルードルフがあれをやるはずだったんだ……。だが、あのろくでなしは……。しかし、まあ、結果的にはよかったかもね……。ルードルフには務まらなかったよ……。いや、話が逸れたね……」

 

 そして、イザベラにしっかりと視線を向ける。

 

「お前のためだよ。ロウは、お前のことを考えて、そうしたんだ」

 

「わ、わたしのため?」

 

 意外な言葉にイザベラは当惑した。

 

「お前には弱点がある。それを指摘したのはロウだよ。つまり、お前を庇護してくれる領主たちがおらず、独自の派閥勢力というものがない。だから、キシダインのようなものがのさばったんだ。本来は、ルードルフの娘であるお前が王太女になるのは、当たり前の話なんだ。それに反論が出るのがおかしいんだ。お前が無能ではないのは、誰もが知っている。真の無能はいまでも後宮で腰を振っている駄犬だけどね……」

 

 アネルザが口元を歪めて言った。

 さっきからそうだが、ルードルフ王のことに言及するたびに、怒りが込みあがるような表情になる。

 余程に今回のことは腹に据えかねたのだろう。

 それはさておき、イザベラ自身のことだ。

 

「ロウがわたしの権力基盤がないのが欠点と?」

 

「そう言ったね。だから、キシダインを下手に退ければ、キシダインとそれを支持する領主たちが、お前に刃向かい、場合によっては、大きな内乱にでもなることが考えられた。だから、こんなにも短い期間で一気に片付けたんだ。逆に言えば、キシダインには、あれを支持する味方が多い。それはあれの長所だ。あんなんだが、圧倒的な支持をあいつは持っているんだ」

 

「確かに。わたしには、支持をしてくれる貴族はいない。」

 

 それは認めざるを得ない。

 

「そう言う意味では、おそらく、キシダインがそのまま王になるのが一番揉めなかった。あの駄犬の功績は、その優柔不断のおかげで、キシダインを王太子にしなかったことだろう。駄犬は駄犬で、キシダインが王太子になれば、自分はさっさと片付けられるくらいのことはするかもしれないという危機感くらいはあったのさ」

 

「それは……」

 

「お前に言わせれば、あの男が王になるのが相応しかったという物言いについては、異論もあるやもしれん。だが、あの男が王太子になれば、多くの領主はそれを支持することはわかっていたし、逆に、先日までの状況で、お前を王太子にすれば、それを気にいらない領主たちが刃向かい、ハロンドールが内紛に乱れる可能性もあったと思う……。これはロウが言ったことさ。まあ、お前が権力を持つのを邪魔したわたし自身に、大きな責任があるんだろうけどね。悪かった……」

 

 アネルザが頭を深々とさげた。

 イザベラは慌ててそれを押しとどめた。

 

「だが、ロウはよくわかっているとも感心したよ。ロウの言葉を借りれば、もしも、キシダインほどでもなくても、お前に領主たちを押さえる力量がもっとあれば、あの駄犬でも、お前を王太子に任命するのに躊躇わなかったはずだということさ……。確かに、あの駄犬が怖れていたのは、自分の生命が脅かされることと、内乱が起きることだ。キシダインを選べば前者、お前を選べば後者ということだ。そうかもしれないと、わたしも思った」

 

 アネルザが言った。

 確かに、イザベラもそうだと思ったが、それを一介の冒険者のロウが指摘した言葉だということに改めてびっくりした。

 本当に何者なのだろう。

 

「……だけど、これで終わりだ。キシダインの醜聞をあれだけ表に出せば、もはや、キシダインを推せる領主はない。キシダインは政争の挙句に流刑されるのではない。アンに対する残酷な仕打ちを咎められて失脚するのさ……。いいかい。これが大切なのさ。キシダインを王太子に推していた連中は大勢いる。暗殺未遂もその一環だ。それを咎めれば、その大勢のキシダイン派だった連中が動揺する。自分たちもまた、罪の対象であるかもしれないと思ってしまってね」

 

「つまり、だから、アン姉様に対する罪だけ糾弾したということなのか?」

 

「そういうことだね……。まあ、偉そうに喋っているけど、考えることにかけては、どうにも、わたしはロウには及ばなくてね。そんな風に思考したことはなかったよ……。それはともかく、だから、ロウと相談をして、わたしは、あえて、キシダインを追及するのは、アンに対する行為のみのこととしたんだ。キシダインの派閥に属しても、アンのことは知らなかった者が大多数だ」

 

「ならば、これまで、わたしとキシダインで王太子を争ったことに際して、キシダイン派だった者たちの罪は問わないということか?」

 

「ルードルフに扮したロウが、最後に宮廷裁判で宣言したのは、まさにそこのことだ。ずっとキシダイン派だった者たちは、王が政争のことを持ち出さなかったことに、かなり安堵しているだろうよ。わたしとロウが首を斬らせたのも、あくまでも、アンに手を出した者たちだけだしね」

 

 イザベラは、やっと、なぜ、ルードルフ……、いや、ロウが宮廷裁判でイザベラの暗殺未遂のことを持ち出さなかったのかわかってきた。

 キシダインのイザベラ暗殺未遂は長く続いていたイザベラとキシダインの王太子の座を争っていた確執の延長にある。

 もしも、王がその確執を咎めて処断をすれば、当然に、これまでキシダインに属していた者たちは、自分たちもまた咎められるのではないかと動揺するだろう。

 それを避けたかったのだと思った。

 なにしろ、彼らは、これから、いずれはこの国の女王となるイザベラが使うべき者たちなのだ。

 

「だから、わたしが王太女になったとき、大きく領主たちが動揺することを避けるために、姉上のことだけを宮廷裁判で言及させたのか……」

 

「アンにだけ恥をさらさせたようで気の毒だとは思うけどね……。だけど、アンのことだけを口にして、キシダインを失脚させたことで、キシダインの失脚が非常に曖昧なものになった。それでいて、キシダイン派で、もっとも力を持っていた者たち五人は処断もした。もう大きな抵抗勢力はない。あとは、お前の仕事だ。つまり、味方を増やすことだ」

 

「はい」

 

 イザベラは言った。

 味方を作ること……。

 イザベラは自分に言い聞かせた。

 

「キシダインに属していた者を取り込め。お前の味方にせよ。獄に繋いでいる者はお前の名で釈放するといい。あの連中はもう結果が出てしまえば、なにもできない。これもロウの知恵だ。たっぷりと恩を売るといい。さっそく、そいつらを取り込め──。使えない駒などない。汚れてても、気に入らなくても駒は駒だ──。どうやって使うかを考えるんだ」

 

「……あの連中を味方に?」

 

「そうだ。ひとつだけ言っておくよ……。まあ、またもや、ロウの言葉で恐縮するけどね……。王は、王だから王なのではない。王たらんとするから王なのだそうだ。王の役目にはいろいろとあるけど、大きなものは国を乱さんことだと、ロウは言ったね。部下に反乱を起こさせてはならんと……。内乱があれば民衆が犠牲になり、国は衰え、力を失う。そうなれば、外国につけ入れられることになる」

 

「ロウがそんなことを……?」

 

 イザベラは言った。

 唖然とした。

 

「わたしも改めて、ロウの言葉はもっともだと思ったよ。確かに、民政も大切だし、交易をして国を豊かにすることも必要だけど、ロウの言うとおりに、まずは、王は国を乱してはならんのだろうね。それが使命だろう」

 

 アネルザがにっこりと微笑んだ。

 イザベラはしっかりと頷いた。

 

「……まあ、いずれにしても、これが政治というものであり、国とはこの程度のものだということさ。わたしとしては、ロウには、王の器があるということを確認できて、今回のことは本当に満足だ」

 

「王の器?」

 

 すると、アネルザがにやりと笑った。

 

「……つまりは、あいつを手離すなということだ。絶対にだ。しがらみを作れ。さっきのことはロウが言ったことだ……。わたしは別のことを言うよ……。ロウを離すんじゃないよ。そのために、できることをしな。なんだったら、子供のひとりやふたりは孕んでみせな。それで、ロウはハロンドールを見捨てられなくなる。あいつは大した男だよ」

 

「お、王妃殿下──」

 

 イザベラはかっと顔が熱くなるのを感じた。

 孕めなど、なんということを……。

 アネルザがまたもや高笑いした。

 

「まあいい……。いずれにせよ、イザベラ、お前が王太女だ。長く空位になっていたが、これでやっと、国としてのあるべきかたちになるんだ……。とはいっても、お前は政事のことや、貴族たちをどう扱うかということについて、なにも知らないと思う。心配はいらない。少しずつ、わたしが持っていた業務をお前に移管していく」

 

 アネルザが言った。

 仕事をしたがらない国王の仕事をかなりの部分で王妃が肩代わりをしているということは、もちろんイザベラは知っている。

 

「はい……」

 

 イザベラは返事をした。

 アネルザは微笑んでいたが、その眼は笑っていなかった。

 イザベラは身を引き締めた。

 どうやら、アネルザがまだなにかをイザベラに伝えようとしていることに気がついたからだ。

 

「とにかく、しばらくは勉強だね。お前はこれまで実務についたことがない。宮廷調整や貴族どもとの駆け引き──。覚えなければならないことは多い。流通や政務の勉強はマアにしてもらっているとは思うけど、それを現実の業務にすることはまだまだだ」

 

「わかっている」

 

「まあ、お前に付けているヴァージニアは優秀だ。ほかにも人を頼るんだね。なにもかも抱え込む必要はないし、むしろ、それは邪魔なことだ。ルードルフに取り柄があるとすれば、あれは自分ではなにもせずに、仕事ができる相手になにもかも任せてしまえることかもね。ある意味ではそれも王の大切な資質だ。絶対に自分がやらなければならないことまで丸投げするのは、言語道断だけど」

 

 アネルザがまた溜息をついた。

 

「わかりました」

 

 とりあえず、イザベラは返事をした。

 しかし、イザベラはひとつだけ訊ねてみることにした。

 

「……ところで、キシダインのことだが、このまま流刑地ですごさせるつもりか?」

 

 イザベラは言った。

 ふと、考えてたのは、ロウのことだ。

 ロウは、キシダインについて、単にイザベラを害して王太子の座を狙っていたという以上に不穏な勢力と結びついて、その力をハロンドールにも及ぼそうとしているのではないかと懸念していた。

 そして、その不穏勢力は、ロウの個人的な敵でもある気配なのだ。

 キシダインを処断しておかなければ、その勢力を引き入れて、なにをしでかすかわからない。

 そのくらいのことは、イザベラにもわかる。

 

「お前が懸念していることは想像がつく。だけど、さっきも言ったけど、国王自ら処断すると動揺する群臣がいるから、処刑は避けた。だが、キシダインは危険だ。死んでもらうのが一番よいというのは、ロウもわたしも一致している。だから、流刑地に向かう途中で雷にでも当たって死んでもらうのがもっとも都合がよい……。そういう結論になった」

 

 アネルザが意味ありげに笑った。

 イザベラは首を傾げた。

 

「雷?」

 

「この王都には便利な組織がある。お前がギルド長をしている冒険者ギルドだ。すでに、ルードルフ王の名で、ある極秘クエストをギルドに依頼した。ミランダは、もっとも信頼する冒険者に、そのクエストの実行を命じるさ。例によって、あの駄犬は実際には関知してない。それでも名前くらいは使わせてもらうさ」

 

「クエスト?」

 

 イザベラは意外な言葉に訝しんだ。

 

「つまり、王家はキシダインの処置に関わる、あるクエストをギルドに依頼したのさ。それをロウたちは受ける。まあ、そういうことになった……。そういうことで、ロウも忙しい。だから、本当はロウが伝えた方がいいと思うことを、こうやって、わたしがお前に伝えたということだ」

 

「ロウは?」

 

「そのクエストさ。その準備に奔走している。次に王宮に来るのは、それが終わってからだろう……。いずれにせよ、本当に、ロウへの恩義は巨大すぎるね……。わたしも、もうひと働きして、なんとしても、あの駄犬にロウを王国に取り込む方策のひとつかふたつをやらせるよ」

 

「取り込むとは?」

 

 イザベラは訊ねた。

 しかし、アネルザは微笑んだだけだ。

 

「まあ、いいじゃないか……。だが、絶対に駄犬に承知させる――。お前はお前で、ロウが戻ったら、改めて礼をいうといい。表には出せないが、お前が王太女になれたのは、ロウのおかげだ。まさか、自分の力とも思わんことだ」

 

「それはわかっておる。ロウには感謝してもしすぎない」

 

「だったら、陰毛がなくなるのは覚悟するんだね──。さっきも言ったけど、わたしはさっさと剃られてしまったよ」

 

 アネルザがまたも豪快に笑った。



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192 水辺の絶景

 揺れで頭を思い切り馬車の壁に打った。

 

「揺れる──。もっと、ゆっくり進め」

 

 キシダインは怒鳴ったが、馭者台で馬車を操る兵からの返事はなかった。

 ただ、その代わりに、馭者台の兵が前を進む護送隊の隊長になにかを喋ったのだけは聞こえた。

 もっとも、外は結構激しく雨が降っているので、なにを喋ったのかはよく聞こえない。遠くだが雷の音までする。

 そして、いつまで経っても、馬車の揺れもそんなに変わりはなかった。

 キシダインは舌打ちした。

 

「お転婆女め──。女のくせに、公爵に対する気の使い方も知らぬ面白みのない女だ。王都にいるあいだに犯してやればよかったな。そうしたら、少しは躾も身についたかもしれん」

 

 護送隊長はシャングリアという女だ。

 王都では、お転婆姫と綽名されており、美貌だが男勝りの気の強さで有名な女騎士だ。

 騎士のくせに、冒険者ギルドにも属するという変わり者でもあるが、今回は騎士としてキシダインの護送に任じたようだ。

 

 おそらく、これはキシダインに対するイザベラ王女の嫌がらせだと思う。

 シャングリアがイザベラと親しい関係というのは、少しは耳にしていた。

 ほかの者なら、護送のキシダインに、護送のあいだも手心を与える可能性もある。

 だが、男嫌いのシャングリアなら、相手が公爵でも、そんなことはしない。

 だから、シャングリアを指名させたのだと思う。

 

 実際、朝から始まっているこの道中は、まるで市井の罪人扱いの手酷いものだ。 

 この馬車だって、椅子に布一枚敷いていない木のままの硬い座席であり、窓や馭者台との間には、しっかりと鉄格子が嵌まっている。

 キシダインには、それが面白くなかった。

 

「旦那様、落ち着きなさいませ。ここは、辛抱しましょう。命が残っただけでも見つけものです。流刑地で再起を図りましょう。私もいろいろと探っておりますので」

 

 馬車の中でキシダインと向かい合うように座っている執事のモルドが言った。

 この男は、監禁されていた塔の中で、すでに死んだと聞かされていたが、どうやら、それは誤りだったようだ。

 キシダインが、アルバナの流刑地送りになるにあたって、唯一のキシダインの随行者として、同じ馬車に乗せられてきた。

 ただし、キシダインとは違って、両手首に手枷を付けられている。

 しかも、後手にだ。

 

 どうやら、キシダインは、公爵という身分のために拘束こそされなかったが、執事にすぎないモルドには容赦などないようだ。

 今日はまだ行程の初日ではあるが、モルドの拘束はアルバナに到着する予定の五日後まで、そのままなのだそうだ。

 汁と黒パンと干し肉を与えられた食事にしても、キシダインは一応は木製のフォークを渡されたが、モルドは、それを地面に置かれて犬のように、口だけで食べさせられていた。

 

「再起か……。ところで、冥王の連中とは連絡がつかんのか……?」

 

 キシダインは声をひそめて言った。

 冥王の連中というのは、パリスとかいうローム人の仲間のことであり、キシダインにも深くは知らされてはいないのだが、魔族に関わる拠点をハロルド王都に作りたいということで、人手を介してキシダインに近づいてきた。

 もちろん、魔族は認めるわけにはいかないが、多額の賂を渡してきたし、ロームに関わる商いの利権も準備してきた。

 それで、利用できる分は利用してやろうと思って、目こぼしをして泳がせていたのだ。

 そのうちに、目に余るものになれば、一網打尽で潰してしまえばいい。

 そう思っていた。

 だが、こうなったら、その連中に頼るしかないのかもしれない。

 魔族でもなんでも、パリスのところには、力の強い不思議な連中が揃っていることは確かなのだ。

 先日、王都を襲ったクライドとかいう男も、冒険者ギルドに排除されたとはいえ、なかなかに使えそうな男だった。

 なぜか不意に行方不明になってしまったボニーという女も不思議な術を使ったし、そういう者を数名再び送ってくれれば、こんな少人数の護送隊など、簡単に制圧できるのだ。

 あるいは、そいつらを流刑地に送ってもらえれば……。

 

「いくつか手は打ってみましたがね。どうにも、連絡がつきませんので……。例えば……」

 

 モルドは数名の名を挙げた。

 しかし、その名は、あのクライド事件のあとで、すでに捕縛されたり、突然に姿が消えたことを知っている連中ばかりだった。

 クライド事件の被害を受けた冒険者ギルドと神殿が結託して、犯人狩りをした結果だと承知しているが、キシダイン本人に影響を及ぼさなければ、冥王の連中の力がハロルドから弱まるのは、むしろ望ましいので、対処はしなかった。

 だが、モルドは、それを知っているはずだ。

 なぜ、そんな使いものにならなくなっている連中の名を挙げるのだろう。

 

「うるさい。そいつらはもう使えんだろう。なにを喋っておる」

 

 キシダインは声をあげた。

 しかし、大きな声になりかけたことに気がついて、慌てて口をつぐんだ。

 だが、雨足も雷の音もさらに激しくなっている。

 馬車の中の会話など、馭者に聞こえることもないだろう。

 

「……ですから、私の知らない連中の手の者が他にもいるのではないかと思ってですね……。閣下、なにか思い出すことはないですか?」

 

 モルドは探るようなことを言った。

 キシダインは、お前が知らん者を俺が知っているわけなどないだろうと跳ねつけた。

 しかし、モルドは、それからも、のらりくらりと、キシダインが知っている冥王の手の者が他にもいるはずだから、なんとか思い出してくれと、繰り返し迫ってきた。

 キシダインは、頭を振り絞って数名の名を挙げたが、それだけだ。

 最後には、このモルドに対して苛つきを覚えてしまい、口を開くのをやめた。

 すると、モルドがすっと背筋を伸ばした気がした。

 

「……どうやら、本当に聞きだせることは、他にはないようね。冥王の関係者については、少なくともハロルドからは処置が終わっているようだということがわかったわ。そうでないとしても、もうあんたは知らないわね。これで、ご主人様も喜ぶかな……。きっとご褒美をくれるわね」

 

 モルドの口から小さな針のようなものが噴き出したと思った。

 首がちくりと傷んだ。

 それが最後の知覚だった。その直後、猛烈な睡魔に襲われて、キシダインは意識を失ってしまった。

 

 

 *

 

 

 波の音がした。

 キシダインは眼を開いた。

 

 視界に映ったのは、砂地の地面だ。少し先に岩場があり、そこに小舟が縄で繋げてあった。岩場については、大きな水面になっていて、ずっと先まで水が続いている。

 周りは燭台で明るかったが、どうやら、ここは洞窟の中の水辺のようだ。

 つまり、ここは湖面に面する洞窟の中なのだ。

 

 だが、なんで……?

 どうして、こんなところにいるのだろう……?

 それにしても、異常に視界が低い。

 まるで、地面すれすれにいるような……。

 

「な、なんだ、これは──?」

 

 そして、キシダインは絶叫した。

 自分がどういう状況なのか、やっとわかったからだ。

 キシダインは、砂地の洞窟の中に顔だけを出して埋められていたのだ。

 身体は縦になっていて、手も足も完全に地面の中だ。

 身動きひとつできない。

 キシダインは悲鳴をあげ続けた。

 

「おう、やっと、意識を戻したな。気分はどうだ? あんたを雷に当てて殺すという面倒なクエストでな。スクルズまで動員して、結構手間がかかったんだぞ。雷の演出までやってな。だが、シャングリアもスクルズもうまくやった。あらかじめ、黒焦げになった屍骸とあんたの身体を兵に気がつかれないようにやった入れ替えも完璧だった。あんたの入っていた馬車が雨の中で雷に当たって崖から落ちたというのは、誰にも疑いようもない」

 

 目の前に黒髪の男が現われた。

 地面に埋められているキシダインを見下ろすように微笑んでいる。

 その横には、後ろ手錠を嵌めている黒髪の小柄な可愛らしい顔をした女もいる。なぜか、モルドの服装をしていて、衣服はぶかぶかで裾を折り曲げて着ていた

 男の反対側の横には、金髪のエルフ女の美女もいる。

 その三人はキシダインの顔の反対側から回り込んできたのだ。

 よくわからないが、後ろには、さらに人がいる気配もする。

 しかし、首を回すことのできないキシダインには、それを確認することができなかった。

 

 いずれにしても、この状況だ──。

 これはなんなのだ──?

 この男は、なにを喋ったのだ?

 スクルズの名も出した気がしたが、まったく意味がわからない。

 さらに、キシダインのことを、雷に当たって死んだとか口にした?

 だが、自分は生きている。

 もっとも、顔だけ外に出して、土に埋められているという異常な状況でだが……。

 

「なにを言っているか、わからん──。とにかく、俺をここから出せ。話はそれからだ」

 

 キシダインが喚いた。

 すると、男が声をあげて笑い出した。

 

「あんた、面白いな。心の底から貴族意識が強いんだな。普通、そんな状況なら、泣いて命乞いをするだろう。それなのに、俺に命令するのか」

 

 男は笑い続けた。

 その両横にいるふたりの女も苦笑している。

 キシダインはますます苛ついてきた。

 

「いいから、ここから出さんか。俺のことを知っておるのか? 俺は公爵だぞ。貴族だ。早く、ここから出せ」

 

 もう一度、言った。

 今度は男は返事をしなかった。

 その代わりに、モルドの服を着ている女が男に顔を向けた。

 

「それよりも、ご主人様、どうして、これを外してもらえないんですか? もう、モルドの役目は終わったんですから、いい加減に外してください。もうすぐ朝になりますよ」

 

 女が後手の腕を揺するようにして、顔を男に向けた。その顔は不満そうに頬が膨らんでいる。

 

「まあ、そう言うなよ。俺が女を拘束した方が興奮することは知っているだろう。だから、ずっと可愛がってやったじゃないか。それに、そんな風にぶかぶかの服を着られると、まるで子供を襲っているようで興奮するんだ」

 

 驚いたことに、その男はいきなり、そのモルドの服を着ている小柄な美人を抱き寄せると、ズボンの中に上から手を突っ込んで股間で動かし始めた。

 

「あ、あんっ、ご、ご主人様……。いやんっ、ああっ」

 

 男が目の前でその女の股を愛撫し始めたのは明らかだ。だが、横の美女もそれに対して、奇異の表情をすることもない。まるで、珍しくもないことのように苦笑のような顔をしただけだ。

 また、その当の女にしても、後手に拘束をされていて、手で抵抗できないとしても、そんなに逃げる素振りもない。

 男の突然の仕打ちに、むしろ喜んでいるみたいな気配だ。

 

「とにかく、今回の最大功績はお前だ、コゼ。お前の演技力のおかげで、このキシダインを暴発させることができた。護送馬車の中でもご苦労さんだったな。屋敷に帰ったら、いや、それまでも、また抱くけど、これはおまけだ」

 

 男が女のズボンに入れている手の動きが素早くなる。

 もう女はまともに立っていられない感じであり、男の胸に身体と顔を預けるようにしてもたれかかっている。

 男はその女の肩を抱いて支えながら、さらに手を早く動かした。

 キシダインはその淫らな光景を唖然として、見上げている。

 しかし、股間にちょっと痛みが走る。

 首から下はしっかりと土で埋もれているので、勃起しようとしている性器が土で圧迫されて痛いのだ。

 キシダインは顔をしかめてしまった。

 だが、目の前の男女はまったく頓着する様子がない。

 キシダインなどいないかのように、淫らな行為を続けている。

 

「んふうううっ、あああっ」

 

 そして、小柄な女が身体をがくがくと震わせて、背筋をぴんと伸ばす仕草をした。

 達したようだ。

 キシダインは唖然として、見守ってしまった。

 

「まあ、コゼの演技力が随一だというのは認めるな。だが、演技といえば、ロウの演技も見事だったそうじゃないか。わたしも見たかったな。ロウの国王姿」

 

 背後で別の女の声がした。

 やはり、後ろにも、目の前の男女三人のほかに人がいるのだと悟った。

 しかし、声に聞き覚えがある。

 そして、すぐに、シャングリアではないかと思った。

 護送中に声を聴いていたので、声に記憶があった。

 

「まて、お前、シャングリアか──? そうなのだな。お前がここに俺を連れてきたのか──」

 

 怒鳴った。

 キシダインの護送を担任していたのはシャングリアだ。

 それにもかかわらず、キシダインの護送を中断して、こんなところにいるのは、シャングリアの仕業に決まっている。

 

「そうなのよ、シャングリア──。すっごい、かっこよかったの──。本当に、本当に、かっこよかったわ。わたしもびっくりしたの──。そしてね……」

 

 急に興奮したように話しだしたのは、目の前の女のうちのもうひとりのエルフ女だ。大変な美女だが、それに似つかわしくない無邪気そうな笑顔で元気に語りだした。

 いずれにしても、こいつらがキシダインをまるで無視して話をするのが気に入らない。

 そんなことは、キシダインの人生でなかったことだ。

 キシダインを無視できる者など、この世界のどこにもいないのだ。

 

「返事をせんか──。後ろにいるのはシャングリアだな? なぜ、俺をここに連れてきた? ちゃんと説明しろ──」

 

 キシダインは喚いた。

 ところが、女もそうだし、男もまったくキシダインを見ない。まるで、存在しないかのように振る舞っている。

 一方で、男は苦笑のような表情を浮かべた。

 向けているのは、まだ、男の演技力とか、王の振舞いとかを延々と語り続けているエルフ女にだ。

 なんの話かもわからない。

 

「エリカ、アネルザに言いふらすなと釘を刺されたんだろう? 王に化ければ、それだけで理由の如何を問わずに、問答無用の死刑だそうだぞ。秘密だと言っただろう。どうやら、みんなが知っていたのは、お前のせいだな?」

 

 男が笑った

 すると、エルフ女が顔を赤くした。

 

「だ、だって……。すごく、素敵で……。仲間内なら、いいかなあと思って……。でも、そうですね。もう言いません」

 

 エルフ女がちょっとしょげたようになった。

 

「はあ、はあ……。もう遅いわね……。じゃあ、罰として、エリカは屋敷に戻っても、ご主人様のお情けはなしね。それに、ひとりだけ、近衛兵に扮して、ご主人様の雄姿を見れただなんて狡いし……」

 

 まだ男のもたれかかったままの小柄な女がくすくすと笑った。

 すると、エルフ女の顔が真っ赤になり、小柄な女を睨んだ。

 

「い、いいじゃないのよ──。アネルザ様が謁見の間に入らせてくれたんだから──。それに、あんただって、ちょっと話したら、根掘り葉掘り聞いたじゃないのよ──。なんで、わたしだけお情け無しなのよ──」

 

「ご主人様、エリカは秘密だっていいながら、あたしとシャングリアに無理矢理に秘密を喋ったんですよ。これは罰として、三日間はあたしたちがご主人様に愛されるのを見物するだけの罰ですね」

 

 小柄な女が(おもね)るような物言いで、男を見上げた。

 

「変なことをロウ様に言わないで──」

 

 エルフ女が絶叫した。

 ロウ……?

 この男はロウというのか……。

 なんとなく、聞き覚えがあるような、ないような……。

 いずれにしても、この男には面識はない。

 とにかく、こいつは誰なんだ──。

 キシダインは腹が煮え返ってきた。

 

「いいから、答えんか──。お前は誰だ──。そして、俺をどうして、こんな目に遭わせている──。さっさと説明せんと容赦はせんぞ──」

 

 ありったけの力で叫んだ。

 やっと、目の前の男女がキシダインに視線を向けた。

 だが、ちょっと驚いたような顔をしている。

 

「驚きました、ご主人様。なんか、こいつ生意気で嫌いです。もう行きましょうよ。いつまでも、ここにいる理由はないし」

 

 むっとしたような顔で言ったのは、小柄な女だ。確か、ほかの者はコゼと呼んでいたか?

 

「まあ、そう言うなよ、コゼ……。こんな男でも、死ぬとなれば、慈悲でもかけたくなるだろうさ。死ぬ前に目の保養くらいはさせてやろうぜ……」

 

 男……つまり、ロウがコゼと呼んだ女の身体を回して、後ろから抱くような格好にした。そして、身体を押しながらキシダイン側に向けさせ、コゼの背後から腰に手を回した。

 

「ちょ、ちょっと、ご主人様──。な、なにをするんですか──」

 

 コゼが顔を真っ赤にして、腰を左右に動かして男の両手を振りほどこうとしている。

 驚いたことに、男は後ろ手錠で抵抗できないコゼのズボンに手を伸ばして、それを脱がそうとしているのだ。

 もっとも、やはり、コゼの抵抗も小さい。

 今度も、コゼが本気で嫌がっているわけじゃないことは明白だ。

 あっという間に、コゼはキシダインの目の前で、ズボンを脱がされて、下半身がすっぽんぽんになった。下着は最初から身に着けていなかった。

 さっき達したばかりの蜜の糸を引いている女の股間がキシダインの真上に曝け出される。

 しかも、ロウがコゼの足を開かせて、立ったまま前屈みの体勢にさせた。

 開かせた脚は、キシダインの顔のすぐ前だ。

 

「ほら、エリカ、コゼの身体を支えてやれ」

 

 ロウが笑いながら言った。

 そのあいだも、男の手は後ろからコゼの股間をまさぐり、服の上から乳房をくすぐるように動いている。

 

「あっ、ああっ、も、もう……。さ、さっきもやりましたし……」

 

 コゼが激しく悶えだす。

 

「さっきもやったし、いまもするんだ。今日は寝られると思うなよ。帰りの馬車の中でもずっと相手をしてもらうからな。のびのびになっていたコゼの日の始まりだ。睡眠も食事も風呂も、なにもかも、俺に抱かれながらやってもらうぞ、もちろん糞尿もね。だから、手なんかいらん。例えば、顔でも痒くなったら、俺に言え。俺が代わりに掻いてやる」

 

「あっ、ああっ、う、嬉しいですけど……。あ、あああっ、あああああっ」

 

 コゼの身悶えがどんどん大きくなる。

 キシダインは呆然と、コゼの股間を見あげていたが、その股間が男の指で弄られて、あっという間に滴るほどの蜜を帯びてきた。

 コゼが異常なほどに濡れやすい性質なのか、男が希代の色事師なのかは知らないが、とにかく、キシダインは驚くしかなかった。

 いずれにしても、コゼの股間はキシダインの顔のほぼ真上にある。

 

「ロウ様も悪趣味ですね……」

 

 さっきエリカと呼ばれたエルフ女が、男に命じられたとおりに、コゼの身体を前から支える場所に来た。

 すると、位置的にエリカというエルフ女は、キシダインの顔を跨がなければならず、エリカは実際にキシダインの顔の真上に立って、前屈みのコゼの肩をしっかりと抱く体勢になる。

 そのエリカのスカートは短いので、顔を向ければ、エリカの下着が下から見える感じだ。

 その白い下着の股間の部分に、少しずつ丸い染みが拡がっているのまではっきりと見える。

 なにしろ、ちょうどキシダインがよく見えるように、キシダインの両脇に燭台が置かれてもいるのだ。

 

「い、いい加減にせよ。と、とにかく、土から出せ──。お前はロウというんだな──。もう覚えたぞ──。こんなことをして大変なことになるぞ。俺は公爵なのだ。お前だけじゃない。お前の家族、親類縁者──。交友関係に至るまですべてを破滅させる──。それだけの力を俺は持っておるのだ──」

 

 キシダインは必死に叫んだ。

 すると、ロウはコゼを後ろから弄びながら、ひょいと顔を出す。

 

「わかっているよ、公爵閣下。だから、死ぬ前に、せめて最後の絶景を拝ませてやろうとしているんじゃないか。もうわかったと思うけど、俺はクエストであんたを殺す依頼を受けた。だから、俺はあんたを雷に当たって、護送中に死んだように見せかける細工をしたんだ。あんたは死人だ。少なくとも、もう死んだことになっている」

 

 ロウが言った。

 キシダインは耳を疑った。

 もう死んでいる?

 死んだように見せかけた?

 クエスト──?

 

「お、お前は冒険者か? 冒険者ふぜいが俺に手を掛けられると思っておるのか──」

 

 キシダインは声をあげた。

 よりにもよって、たかが冒険者がキシダインを殺すなどというのは不敬もいいところだ。

 まったくおこがましい──。

 ロウがにっこりと微笑む。

 

「……あんたは本当に愉快な男だな……。いずれにしても、あんたみたいな男は、わけもわからず死んだんじゃあ、許せない。それで本物のあんたをこんな場所まで連れてきて、生れたのを後悔させながら、じわじわと殺すことにしたんだ。ここは、舟じゃないと来れない湖面に面する洞窟だ。悲鳴はあげ放題だ。万が一にも、悲鳴が陸地に届くことはない。とにかく、ゆっくりと死ね──。その代わり、俺の女たちがよがる光景をたっぷりと見せつけてやるからな」

 

 ロウという男からズボンと下着が消滅した。突然に消えたのだ。魔道か? そんな魔道は見たことないが……。

 コゼの股間に後ろから怒張を押し当てて、一気に沈める仕草をした。

 

「ふううっ」

 

 コゼが身体を弓なりにして、小さくない悲鳴を洩らす。

 ロウの抽送が始まる。

 ねっとりした蜜が結合部から怒張が引き出されるとともに、溢れるように糸を引いている。

 なにしろ、ここからは結合部まではっきりと見えるのだ。

 

「はああ、ご、ご主人様、な、なんでもいいです──。どんな風に抱かれても、ご主人様に抱かれれば、コゼは幸せです──」

 

 コゼが突かれながら感極まったように叫んだ。

 すぐに、ロウの挿入を受けている股間の蜜はとめどのないものになった。

 早くもコゼは、腰と脚を小刻みに震わせ始め、絶頂の兆しを示し始めている。

 

「はう、ああ、はうっ、はっ、あっ、ああ……」

 

 淫靡な水音とコゼの声が洞窟に響き渡る。

 それが、しばらく続いた。

 

「んぐううっ、ご、ご主人様、いきます──」

 

「おう、いけ」

 

「あ、ありがとうございいます──。いぐうううっ」

 

 やがて、コゼがエリカに支えられている背筋をぴんと伸ばして弓なりにした。

 その全身が大きくがくがくと痙攣する。

 

「キシダイン、見てるか? いいものだな。心の通じ合っている女を抱くというのは──。気持ちいいぞ。もう、お前にはできないことだな。せめて、土の中で一物を勃起させて大きくしろ」

 

 ロウが腰を前後に動かしながら笑った。

 キシダインは顔をしかめた。

 さっきからそうなのだが、実際に、地面の中のキシダインの股間は大きくなろうとして、膨らみを大きくしていて本当に痛い。

 

「さあ、終わりだ、コゼ。じゃあ、次だ」

 

 ロウが一物をコゼの股間から出して、ぽんとその尻を軽く叩いたと思った。

 その直後、急にコゼが金切り声をあげた。

 

「ひいいっ、いやあ、ご、ご主人様、悪戯はやめてください」

 

 コゼが絶叫して、ロウが離れた脚を閉じようとする。

 しかし、ロウが笑いながら、コゼをさらに前に押して、完全にコゼがキシダインの顔を跨ぐ位置に変えた。

 コゼが足を閉じられなくなっている。

 

「どうしたんです、ロウ様?」

 

 コゼとロウが前に移動するのに合わせて、後ろに下がったエリカが不思議そうな声を出した。

 

「コゼの膀胱をいっぱいにした。この男に小便でもかけてやろうと思ってな」

 

 ロウが言った。

 小便──?

 キシダインは眉をひそめた。

 

「ああ、そういうことですか……。じゃあ、コゼ、頑張ってね」

 

 エリカの手が移動して、コゼの脇に伸びたのがわかった。

 すると、コゼがさらに悲鳴をあげた。

 エリカはコゼの脇をくすぐり始めたようだ。

 

「わああ、わあっ、あ、あんた、自分じゃないからって、エリカ……。い、いつも、ご主人様の悪趣味にはいやな顔をするくせに……。ひいいっ、や、やめて、く、くすぐらないで──。や、やあああっ」

 

 コゼが暴れている。

 しかし、前後をロウとエリカに抱えられては、逃げることもできない。

 やがて、しゅっという音とともに、コゼの股間から尿の迸りがキシダインの顔めがけて落ちてきた。

 

「うわっ、ぱっ、ぷわっ、や、やめっ……」

 

 キシダインは声をあげて逃げようとしたが、顔だけ出されている状況ではそれも不可能だ。

 容赦なくコゼの放尿は、キシダインの顔に当たり続ける。

 しばらく続いて、やっと尿が終わる。

 ロウから離されたコゼは逃げるように、キシダインの顔の前からいなくなった。

 

「そらっ、俺の小便もかけてやる──」

 

 今度はロウがキシダインの顔めがけて小便をしてきた。

 キシダインは悲鳴をあげた。

 

「うわっ」

 

「思い知れ、悪党め──」

 

 キシダインに小便をかけながら、ロウが憎々し気な口調で言った。

 

「ぷわっ、くっ、や、やめっ、んんっ」

 

 文句を言おうとしたら、その開いた口をめがけてロウが小便をかけてくる。図らずもちょっと口に入ってしまい、慌てて口をつぐむ。

 そして、そのロウもやっと排尿を終え、下半身を露出したまま横に移動していく

 

「……さあ、次はアン様とノヴァの番ですよ。おふたりも、こいつの顔に小便をかけてやってください。それとも、土でも食わせてやりますか? 好きなことをしていいですよ」

 

 ロウが顔をあげて、キシダインの後ろに向かって声をかけた。

 

 アン──?

 ノヴァ──?

 

 キシダインは驚いてしまった。



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193 別れの放尿

 平服を着ているアンとノヴァが、一郎の命令でキシダインの視界に入る側にやって来た。

 このふたりは、一郎たちがキシダインの目の前で、嬲るように痴態を演じているのを困惑の表情で見守っていたのだ。

 実際のところ、一郎の感じるふたりの感情も「複雑」そのものの状態だ。

 いまも、守るように横にいたシャングリアに促されて、キシダインの前に、おどおどした感じでやって来た。

 

 そのとき、アンの姿を見たキシダインの形相が一変した。

 顔を真っ赤にして、激しい怒りを露わにしたのだ。

 

「アン、お前は自分のしていることがわかっているのであろうな──。やっとわかった。この冒険者の連中は、お前が雇ったのだな。さかりのついた雌の分際で、一人前に俺への復讐のつもりか──。この売女が──。すぐに俺をこいつらから解放させろ。さもなければ、殺すぞ──。そこのノヴァをだ。およそ、考えられる限りの凌辱をした挙句に寸刻みに切り刻んで殺す。さっさと出せ──。雌豚──」

 

 キシダインが喚き散らし始めた。

 一郎はかっとなった。

 いずれにしても、アンが登場したことで、この男は、どうやらキシダインを捕まえて、拷問まがいのことをして殺そうとしている首謀者がアンだと思い込んだらしい。

 だから、いきなり、感情的に怒り出したのだろう。

 

 考えてみれば、貴族意識の高いこのキシダインにとっては、一郎たちは、人として存在していない「虫けら」のようなものだ。

 だが、アンは違う。

 キシダインの価値観の中では、虫けらである一郎たちが主導的にキシダインに手をかけるをいうのはあり得ることではなく、アンが復讐のために、一郎たちを雇ったのだという図式ができあがったに違いない。

 

 とにかく、少し黙らせてやろう……。

 一郎は、一歩前に進み出た。

 そのときだった……。

 誰かの大きな恐怖の感情が一郎の中に流れ込んできたのだ。

 

 それはアンだった。

 キシダインに罵られたアンが、顔を真っ蒼にして、ぶるぶると震えだしたのだ。

 しかも、あんなに顔を白くしているのに、地面に汗が落ちるくらいに、顔から汗をかき始めた。

 

「いかん」

 

 一郎は、とっさにアンを引き寄せて抱き締めた。

 キシダインから、二年にわたり染み込まされた恐怖心は、思った以上にアンの心を蝕んでいたようだ。

 こんなに無力化しているキシダインなのに、怒鳴られたことで、アンはパニック状態になりかけている。

 一郎は、アンの感情の中に侵入して、膨れあがった恐怖を抑え、その代わりに、一郎に対する愛情の気持ちを増幅する。

 すると、すっとアンの心に「安心」と「安堵」の感情が拡がったのがわかった。

 一郎はほっとした。

 アンの心の動揺が小さくなり、落ち着きを取り戻したからだ。

 その証拠に、一郎の腕の中にいるアンの身体も、すっと柔らかい感じになった。

 

「あっ」

 

 一郎に力強く抱きすくめられたアンが少し当惑したように反応した。

 そういえば、一郎は下半身はなにも身に着けていない状態だった。コゼを抱くために亜空間に一時的に収納して、そのままだったのだ。

 それで剥き出しの一郎の一物がアンに押しつけられたようなかたちになったため、アンが戸惑いの声をあげたのだ。

 一郎は面白いから、わざと一物を大きく勃起させた。

 

「あ、ああ……そ、そんな……」

 

 アンがたったいまとは一転して、別の意味で、もじもじと落ち着きなく動き始める。

 一郎は、大きくなった股間をさらにアンの腹に押しつけるようにしてやった。

 アンがますます恥ずかしそうに身を捩る。

 

「な、なにをしておる──? お、お前、まさか、その平民と? はっ、呆れた雌だな。まあ、確かに、お前のような雌は、そのような下賤の男が相応しいのかもしれんな。所詮は、なんの能力もない片輪女だしな」

 

 突然にキシダインの高笑いが足元から響いた。

 そういえば、こいつがいたんだ……。

 一瞬、存在を忘れていた一郎は思い出した。

 

「誰が片輪女だ──。人の心を持ち合わせていない、お前こそ、片輪だ──」

 

 そのとき、突如、ノヴァが絶叫すると、力の限りキシダインの顔を踏んづけた。

 

「ふぎいっ」

 

 キシダインがまるで豚の鳴き声のような音を出して鼻血を噴き出させる。

 さらに、ノヴァがキシダインを蹴る。

 そして、また蹴る──。

 ノヴァから常軌を逸したような怒りの感情が流れてきた。

 これは、制御を失ったさっきのアンの感情と同じだ。

 アンの反応は、キシダインに対して「恐怖」のパニックだったが、ノヴァはどうにもならない「怒り」のパニックだ。

 

「こいつめ、こいつ──。あ、あたしの友達を──。仲間を──。しかも、姫様を侮辱して──。お前なんか、お前なんか──」

 

 ノヴァが狂ったようにキシダインの顔を蹴り続ける。

 キシダインの鼻は潰れ、鼻と口から血が出た。

 それでも、ノヴァはキシダインを蹴るのをやめない。

 

「ノ、ノヴァ」

 

 アンが一郎の腕の中から飛び出すと、心配そうにノヴァの肩を掴んだ。

 キシダインへの暴力の発作を収めたノヴァが、アンに抱きついて号泣し始める。

 一郎は抱き合っているふたりごと抱くと、今度はノヴァの感情を制御してやる。

 ノヴァの興奮も、すっと収まっていくのを感じた。

 

「もう、我慢できないわ」

「あたしもよ。やってやってよ、エリカ」

 

 そのとき、横で待っている感じだったエリカとコゼが同時に声をあげた。

 コゼは後手に手錠をかけたままだったので、ふたりを代表するようにエリカが前に進み出る。

 そして、ノヴァに蹴りまくられて、ぐったりとしているキシダインの前にやって来た。

 エリカが剣を抜く。

 

「ぎゃあああ」

 

 キシダインが絶叫して、顔の横から血が噴き出た。

 エリカがキシダインの片耳を切り落としたのだ。

 

「今度、口を開いたら、口の中に剣を突っ込むわよ」

 

 エリカが怒鳴った。

 一郎は苦笑した。

 一方で、アンとノヴァは、一郎の腕の中で目を丸くしている。

 

 一郎は、ふたりから手を離すとともに、忘れていたコゼの拘束を淫魔術で解いた。

 また、亜空間からコゼの本来の服を出してやった。コゼが身支度を始める。

 一郎はアンとノヴァのところに戻った。

 

「……さて、じゃあ、ふたりに命令です。この馬鹿に小便をかけるんです。とりあえず、下を全部脱ぎましょうか。俺と同じように、下半身すっぽんぽんになってください」

 

 ふたりが「ええっ」と同時に声をあげた。

 だが、一郎が微笑みつつ、ふたりを促す声をさらにかけると、ふたりは顔を真っ赤にしながらも、それぞれのスカートに手をかけた。

 

「待ってください。ふたりへの言いつけを忘れたんですか? おふたりには、なにからなにまで、お互いにやり合いっこをするように命じたはずですよ。服を脱ぐのはもちろん……、顔を拭く、歯を磨く、身体を洗う、大便の後でお尻を拭くことさえも、自分ではなく、相手にやってもらうように命令しましたよね。まさか、俺がいないときには、命令に従っていないんじゃないでしょうねえ──」

 

 一郎はわざと強い口調で言った。

 アンとノヴァが第三神殿に移ったのは、まだ十日余りだが、一郎は、キシダイン派の処置をアネルザとともにやる傍ら、毎日ふたりのいる第三神殿に行っては、徹底的に犯して快楽漬けにしていた。キシダインの宮廷裁判準備で時間も限られていたものの、その分は亜空間も駆使して、実質的にはさらに長い調教を施している。

 そして、それ以外でも余計なことを考えられないように、お互いの世話を徹底的にやり合うように強要していた。

 ふたりが健気に、一郎の意地悪な命令に諾々と従っていたのは十分にわかっている。

 

「そ、そんな。ちゃんとやっておりました。本当です」

「そうです。恥ずかしかったですが、本当にご命令を守っておりました」

 

 ふたりが揃って慌てたように声をあげた。

 一郎は内心でほくそ笑んだ。

 夢中で言い訳を始めたことで、ふたりの心からキシダインのことが消滅したのがわかったからだ。

 意地悪な物言いをしたのは演技だ。

 悪いが、ふたりの痛めつけられて極端に不安定だった心を平静に保つために、ふたりには一郎に対する一途な恋心を作らせてもらった。

 それをふたりの心の治療に変えたのだ。

 一郎がふたりを保護したとき、ふたりは長く虐げられた生活のために、前の世界でいう、いわゆる「心的外傷後ストレス障害」、つまり、「PTSD」の状態になっていた。別段、一郎は医者ではないが、保持している魔眼の能力と、前の世界で覚えていた多少の知識でそれがわかったのだ。

 その治療は、一郎のやり方で行った。

 ふたりの心の傷ついた部分を、一郎を慕う気持ちと、なによりもお互いに向かっている強い恋愛心に置き換えてやったのだ。快楽という一郎の施す特効薬とともに……。

 

 そもそも、アンとノヴァは、キシダインから救ってくれた一郎に対する特別の感情が存在していた。

 そのふたりに、一郎のことをなくてはならない存在にするのは、難しいことではなかった。

 すでにふたりとも、もう一郎の命令に逆らえない状態になっている。

 また、そのアンとノヴァのふたりのお互いの百合の関係をさらに助長するために、生活に関する一切の行為をお互いにやり合えと指示していた。

 すべてにわたってだ。

 

 もっとも、これについては、アンはともかく、ノヴァが強い戸惑いを示した。

 侍女としてアンの世話をしているノヴァには、アンの世話をするのは慣れているが、逆にアンに世話をされることはないからだ。

 しかし、一郎は絶対にそうしろと厳命した。

 アンとノヴァについては、お互いに魅かれ合っているふたりごと、一郎は愛するつもりだ。

 それが一番、ふたりの心を安定させることがわかってきている。

 

「ただ、いまは、皆さんの前だったので……」

 

 アンがさらに、当惑したように言った。

 

「言い訳無用です。罰として、しばらく、おふたりの服は下だけでなく、上も没収します。この場で素っ裸になってください」

 

 一郎に叱られるかたちになったアンとノヴァは、少し項垂れたような感じで、今度はお互いの服を脱がせっこをし始める。

 アンとノヴァが相手の衣服を脱がせるたびに、手を伸ばして取りあげ、亜空間に隠していく。

 あっという間に、ふたりは生まれたままの姿になった。

 

 いずれにしても、いま、この瞬間は、アンとノヴァの心には、キシダインの存在はほとんど占めていない。

 あるのは、一郎のことと、お互いのこと、そして、一郎の性奴隷仲間であるエリカたちのことだけだ。

 キシダインについては、まるで路傍の石のように気にならない存在になっている。

 一郎がふたりの心に触れて、そう促しているのだ。

 

 一方で、ノヴァの蹴りとエリカの耳削ぎで憔悴しているキシダインは、アンが唯々諾々と一郎に従っている光景に当惑しているようだ。

 それほどの威圧も与えていないように思える一郎に対し、アンが積極的に服従しようとしている態度が、どうにもキシダインには理解できないのだろう。

 

 この男は、これまで、ほとんど他人というものに向き合うことなく生きていた。

 アンが本当はどんな性質なのかなどというのは考えたこともなかっだろうし、ましてや、侍女のノヴァは、キシダインにとっては存在していないのも同じのはずだ。

 腹心のはずの執事のモルドに対してでさえそうだ。

 コゼの演技がうまいとはいえ、入れ替わっていることに、まるで気がつかなかった。

 心を理解するという能力が、この男には欠如している。

 だから、王族であるアンが、同じ王族のキシダインよりも、名もない一郎に惹かれているように見えるのが、この男にとって理解の外なのだ。

 

「さあ、小便です。そこにある首は、岩ころとでも思ってください。その岩ころに小便を引っ掛けるんです」

 

 一郎は、両手で乳房と局部を隠しているアンのお尻をぽんと叩いた。

 同時に、アンの膀胱を水分で破裂しそうにしてやる。

 アンについても、ノヴァについても、ほかの女たちと同様に、もう、すっかりと身体を操れるくらいに、淫魔術を深く刻み終わっている。

 

「あ、ああっ」

 

 アンが両手で股間を押さえた。

 そして、一郎に押されて、その場にしゃがみ込む。

 だが、座り込んだのは、キシダインの顔のあるすぐ目の前だ。

 

「あっ」

 

 アンがそれに気がついて、はっとしたように立ちあがりかけた。

 だが、一郎は淫魔術を総動員して、アンの身体を金縛り状態にしてやる。

 同時に、後ろから両膝に手を当てて真横に開いてやった。

 これで、アンはキシダインの顔に向かい、脚を拡げてしゃがんだ状態で身動きできなくなった。

 

「う、うう……」

 

 キシダインが目の前に拡げられたアンの股間に接して、なぜか呻き声のような声をあげた。

 

「さあ、準備はいいですよ。するんです、アン様」

 

 一郎は少し強めに声をあげた。

 アンの身体がぶるりと震えた気がした。

 

「は、恥ずかしいですわ、ロウ様……」

 

 次の瞬間、しゅっと音がしてアンの股間から放水があった。

 一郎はにやりと笑ってしまった。

 アンが一郎の命令に諾々と従い、離縁したばかりとはいえ、夫だったキシダインの顔めがけて、大きな抵抗なく小便をしたということについて、キシダインがショックを受けたような顔をしたのだ。

 

 一郎は横にいるノヴァを引き寄せた。

 ノヴァの身体とアンの身体は、快感を共鳴させている。

 一郎はノヴァの股間に手を伸ばして、股間を弄り始めた。

 

「あっ、や、やっ、ああっ……」

 

 ノヴァが一郎の腕の中で大きく身悶えを始める。

 だが、ノヴァが感じると、同じ快感がアンにも伝わるのだ。

 一郎の手管により、発作のような快感を爆発させたノヴァの性感を小水をしている最中に伝えられたアンは、大きく狼狽して混乱状態に陥った。

 

「ああ、そんなあ、ああ、いやあっ」

 

 アンがキシダインの顔をめがけてする尿の迸りが、アンが身悶えすることにより右に左にと動く。

 

「うわっ」

 

 顔に勢いのある奔流をかけられるキシダインが哀れそうな声をあげた。

 一郎はその光景が面白くて、笑い声をあげてしまった。

 

「……ご主人様って……」

「ロウ様……」

「ロウ……」

 

 横にいるエリカとコゼと、キシダインの後ろのシャングリアが、それぞれに呆れたような声を出す。しかし、一郎は無視した。

 やがて、アンの放尿が終わった。

 当然、次はノヴァだ。

 

 一郎は、ノヴァも膀胱をいっぱいにさせて、キシダインの顔の前にしゃがませる。

 そして、ノヴァが尿をするのに合わせて、今度はアンの股間を弄くった。

 ノヴァもまた、アンの受ける快感を送られ、放尿をしながら、アンとともによがり声をあげた。

 

「さあ、次は横になってください。ふたりともです」

 

 一郎は、亜空間から一枚の毛布を出して拡げると、尿をしたばかりのノヴァを、アンとともにその上に横倒しにした。

 場所はキシダインの顔の前だ。

 アンとノヴァが完全に一郎になびいてしまったのをキシダインに見せつけてやるつもりだ。

 それに、このふたりはまとめて抱くと、とても可愛らしく、そして、淫靡で美しくなる。

 自分のものであったつもりだったのに、実は自分が手に入れていなかったことに気がついて嘆くがいい。

 まずはノヴァの股間にずぶずぶと怒張を沈める。

 

「んふううっ、ロ、ロウ様──」

「あん、ああっ」

 

 ノヴァがあられもない声をあげて、顔を仰向かせる。

 愉快なのは、横に寝かせているアンの反応だ。

 まるで、アンもまた一郎に犯されているように、横で大きく反応している。

 まあ、ノヴァとアンの快感はまったく共鳴していて、一郎がノヴァのもっとも感じる場所を亀頭で擦るまくっているのだから、アンが激しくよがるのは当たり前なのだが……。

 いずれにしても、本来は他人のものである快感を無理矢理に押しつけられるアンは、むしろノヴァ本人よりも狂乱している。

 

 一郎はノヴァの股間でできるだけ淫らな音が響くように、ノヴァの亀裂に怒張を出入りさせた。

 ノヴァとアンは、一郎によってキシダインの存在をほとんど知覚しないようにしているので気がついていないが、キシダインは憎々しげにこっちを見ている。

 しかし、さすがに、さっきエリカに片耳を落とされたのが堪えたのか、口は開かない。

 

 一郎は、思う存分、ノヴァの股間を蹂躙した。

 赤いもやの感じる場所を刺激しまくる。

 やがて、ノヴァの身体の震えがとまらなくなり、そして、大きな声をあげて、ノヴァは横に寝ているアンと一緒に、激しい愉悦の頂点に達した。

 

「さあ、次はアン様ですよ」

 

 すぐさま一郎は、怒張をアンの股間に移動させ、抽送を始めた。

 アンがむせび泣きのような声を出してよがりまくる。

 達したばかりのアンの身体が、もう一度絶頂に陥るのはあっという間だった。

 アンは、今度は激しすぎる自分の快楽をノヴァに強制しながら、一郎の身体にしがみついて、がくがくと腰を震わせた。

 その横でノヴァも全身を弓なりにして、激しく二度目の絶頂に達している。

 一郎はアンの股間の中に精の迸りを注ぎ込んだ。

 

「……アン様、気持ちよかったですよ。ノヴァもね……。これから仲良くしましょう。今日からは、さらにおふたりに本格的な調教を開始しますね。ふたりには、もう性交のことしか考えられないような、淫らな身体になってもらいます。とりあえず、今日からノルマとして一日に十回の自慰です。ふたりでやるから、実質に二十回ですけどね」

 

 一郎がそう言うと、アンとノヴァは気だるそうに身体を起こしながら、「そんな」ともじもじと身体を捩らせた。

 

「頑張ってくださいね……。ご主人様の調教は本当に大変ですよ」

「それにしても、やっぱり、アン様にも容赦ないんですね」

 

 コゼとエリカだ。

 

「二十回か? それだと、一日中続けないとならないかもだぞ?」

 

 また、シャングリアは大真面目な顔で、驚いたような声を出した。

 

「そんなにはかからんさ。そうだ。ふたりには十回ずつ終わらないと、相手の股間に恐ろしいほどの痒みが発生する呪いをかけておきますね。相手に迷惑をかけたくなければ、毎日自慰に励むんですよ」

 

 一郎はアンとノヴァに笑いかけた。

 ふたりが真っ赤になる。

 三人娘はちょっとたじろぎ気味の表情だ。

 

「ちっ」

 

 そのとき、足元から舌打ちがした。

 キシダインだ。

 一郎の鬼畜な命令に、満更でもないような表情で顔を赤くしているアンに対して、キシダインが憤怒の表情を浮かべている。

 

「声を出すなというエリカの言葉を理解しなかったの?」

 

 すでに着替え終わっているコゼがたまたま水辺にあった細い小枝をひょいと拾う。

 さっと屈んで、キシダインの髪を掴んで上を向かせた。

 

「な、なにを、んぐうううっ」

 

 コゼが拾った小枝を鼻血が出ていたキシダインの鼻の穴に無造作に突っ込んだのだ。

 ぼとぼとぼとと、大量の血がそこから吹き出た。

 

「ふんっ」

 

 コゼが小枝を引き抜き、湖に投げ捨てた。

 怖いなあ……。

 そこには、さっき、一郎に抱かれて可愛くよがった女の面影はない。

 一郎は、血を流して呻いているキシダインの前にしゃがんだ。

 

「キシダイン、このアン様とノヴァは、お前には勿体ない女だよ。だから、俺が寝取って、もらい受ける。俺がしっかりと添い遂げて、可愛がってやるから、心配するな」

 

 一郎は立ちあげると、亜空間から下着とズボンを出した。

 

「あっ、あたしが……」

「わたしもします」

「ご主人様」

「ロウ様……」

 

 ノヴァ、アン、コゼ、エリカの四人が先を争うように服に手を伸ばして、一郎がはこうとした服を横取りした。

 

「あっ」

 

 一方でキシダインの向こう側にいて出遅れた感じのシャングリアがしまったという顔になる。しかし、意を決したように、猛然と参加してきた。

 争って世話をしてくれるなど嬉しいことだ。

 王族のアンまで……。

 

 結局、エリカが一郎の下着、シャングリアがズボンの係りになり、コゼは先輩性奴隷として「お掃除フェラ」をアンとノヴァに教えることになったようだ。

 コゼが教授し、次に三人がかりで一郎の性器に舌を這わせ始めた。

 一郎はキシダインが呆然と視線をこっちに向けているのが面白かった。

 

 そして、最後にエリカとシャングリアが一郎に下着とズボンをはかせてくれた。

 すっかりと身支度が終わった一郎は、岩に繋げてある舟の方向を見た。

 

 湖面がかなり迫っている。

 潮が満ちているのだ。

 そろそろ引きあげときだろう。

 

 もうすぐ夜が明ける。

 実は完全に朝になる前に、この洞窟はすっかりと水に埋もれてしまうことがわかっている。

 ここは、満ちているときには、完全に湖の中になってしまう洞窟なのだ。その証拠に意識のないキシダインを埋めるためにやって来たときには、完全に洞窟の地面に引き揚げたのに、岩に繋いでいる小舟が水に浮かんで、少し距離がある。

 キシダインをこのまま置き去りにすれば、万が一にもキシダインが助かることはない。

 

「……じゃあ、そろそろ、戻ろうか」

 

 一郎は声をかけた。

 ただ、アンとノヴァのふたりは全裸のままだ。

 ふたりとも恥ずかしそうに、懸命に両手で裸身を一郎の視線から隠そうとしているのがいじらしい。

 

「待ってください、ご主人様──。みんなでこいつにおしっこを引っ掛けたのに、なにもしていない者がふたりいますよ」

 

 そのとき、コゼが声をかけてきた。

 コゼの横でエリカとシャングリアがぎょっとした顔になった。

 

「ちょ、ちょっと、コゼ、余計なことを……」

「なにを言っている」

 

「そうだな。じゃあ、エリカとシャングリアも小便だ。みんなでエリカからスカートと下着をひん剥け──。シャングリアは俺が脱がせる。逃げるなよ」

 

 一郎は声をかけた。

 

「わっ」

「な、なんだ?」

 

 エリカとシャングリアがたじろぐような仕草をしたが、そのときには一郎が淫魔術でふたりから抵抗する心を失わせている。

 

「それ、行くわよ。ご主人様に逆らったら折檻を受けますよ。わたしたちは、このエルフ娘から服を脱がせるんです」

 

「はい」

「すみません、エリカ殿……」

 

 まずは三人の女がエリカに群がった。

 コゼだけでなく、アンとノヴァが「きゃあきゃあ」とエリカに群がるのが面白い。

 もっとも、そうなるように、淫魔術でふたりの感情をコントロールしているのだが、アンとノヴァが一郎の女たちに心を開くのは、まあ、いい傾向だ。

 一郎によって身体の自由を失っているエリカが、コゼたちから腰から下を脱がされていく。

 

「さあ、シャングリアも観念しろよ──」

 

 また、一郎は亜空間術で、騎士姿のシャングリアの身体からすべての服を奪った。

 

「ひあっ」

 

 一瞬にしてすっぽんぽんになったシャングリアが慌てて裸体を隠そうとする。

 一郎はそのシャングリアを捕まえた。シャングリアの後ろから膝を持って抱え込み、まるで幼女に尿をさせるような恰好にした。

 我ながら、どうしてそんな力があるのかと不思議に感じるが、好色に関することだと、いくらでも力が漲るのが不思議だ。

 シャングリアを抱えたまま、キシダインの顔の前に連れていく。

 

「ロ、ロウ、こんなの格好恥ずかしいぞ」

 

 シャングリアが狼狽える。

 

「当たり前だ。恥ずかしいのが調教だ。いいからしろ」

 

 シャングリアの膀胱を一刻の猶予もないくらいに尿でいっぱいにする。

 我慢できる限界は、すでに越えているはずだ。

 

「んはっ」

 

 シャングリアが変な声を出して、股間からしゅっと放尿をした。

 キシダインの顔にばしゃばしゃとかかる。

 しかし、キシダインはすっかりと消沈したようになり、呻き声をあげるだけだ。

 

「そら、次だ。シャングリアは服を着ていいぞ」

 

 シャングリアのおしっこが終わったところで、シャングリアを解放して、取りあげた衣類と装具を亜空間から出して渡し、今度はエリカを見る。

 すでに三人から服を剥ぎ取られて裸になっていた。

 そのエリカに、限界突破した尿意を送り込む。

 

「あっ、くうっ」

 

 手で裸体を隠すようにしていたエリカが腰を引いて、両手で股間を強く押さえる格好になった。

 

「はーい、準備万端ですよ。ほらっ、行っといで」

 

 コゼがへっぴり腰のエリカの背中をどんと押した。

 

「いやっ、押さないでよ」

 

 エリカが悲鳴をあげながら、振り返ってコゼを睨んだ。

 一郎はさっきのシャングリア同様に、エリカを両腿の後ろから抱えると、やはり、幼児を放尿させる体勢にする。

 

「あっ、いやです――」

 

 エリカが抵抗しようとするが、こうなったら無駄なことだ。

 羞恥に悲鳴をあげるエリカの股間をキシダインに向けると、三人の女にエリカをくすぐらせた。

 たちまちにエリカが奇声をあげながら、放尿を開始した。

 

「エルフ美女の小便だ。今度こそ、これが最後の絶景だ。人でなしのお前には勿体ないご褒美だが、死ぬまでの短いあいだ女たちの痴態を頭に焼き付けておくといい」

 

 一郎はうそぶいた。

 エリカの失禁が終わったところで、エリカも解放する。

 

「も、もう、みんな悪趣味よ──」

 

 エリカが脱がされたスカートと下着をひったくって、シャングリアと一緒に、みんなから少し離れて服を着始める。

 

「さっきの仕返しよ」

 

 コゼが笑った。

 

「さあ、今度こそ、出発だ。みんな舟に乗れ──」

 

 一郎は、シャングリアとエリカの身支度が終わったところで小舟に向かった。エリカが砂浜から離れた感じになっていた舟を魔道で引き寄せ、まずは自分が乗り、次いで一郎を引っ張り載せる。

 キシダインがはっとしたように悲鳴をあげた。

 

「ま、待て、ほ、本当にこのまま置き去りにするつもりではないだろうな──。ま、待つんだ。お前たち──」

 

 キシダインが喚いた。

 だが、一郎は無視した。

 次に、アンとノヴァを先に舟に乗り込ませる。もっとも、このふたりだけは、まだ裸だ。だが、抗議はしてこない。もじもじと恥ずかしそうにするだけだ。

 また、そのあいだに、シャングリアとコゼが協力して岩から縄を外している。

 エリカは()の準備をしている。

 シャングリアとコゼが舟を湖に押し出した。

 舟が湖面に滑り出る。

 最後のふたりが舟に飛び乗った。

 

「待って、待つんだ──。わ、わかった。金だ。金をやる。いくらでもやる──。このままにしておくな──。待て、待つんだ──。ア、アン──。助けよ──。俺を助けるのだ。命令だ──」

 

 舟が完全に洞窟から出たところで、キシダインの声が追ってきた。

 だが、エリカが舟の()を切り、あっという間に湖の上を突き進む。

 キシダインの声など、すぐに湖の波の音に消されて聞こえなくなった。

 

「……さて、じゃあ、早速、一回目の自慰を始めますか、ふたりとも……。今日は特別にひとり二十回ずつにしましょう。かなりきついですよ。頑張ってくださいね」

 

 一郎は舟の上で裸身のまま座っていたアンとノヴァに笑いかけた。

 ふたりとも、一郎の言葉に目を丸くした。

 

「こ、これから、ふたりで四十回ですか? そ、そんな……。冗談ですよね?」

 

 アンは絶句したようになり、ノヴァは思わず声をあげたという感じでそう言った。

 そのとき、コゼが横から微笑みながら声をかけた。

 

「……残念ながら、このご主人様は、この手のことで冗談はおっしゃらないわ。ぼやぼやせずに始めた方がいいですよ、ふたりとも……。まあ、これもご主人様のお優しい慈悲だと思うことです。とにかく、ほかのことなど考えられなくくらいに、自慰に没頭するんですね……」

 

「そういうことです。回数が日没までに終わらないと、相手の股間が猛烈に痒くなる呪いはもうかけ終わりました。相手のことを考えたら、徹底的に自慰に励んでください」

 

 一郎の言葉に、アンとノヴァは顔を蒼くした。

 しかし、これでいい。

 これでふたりは、少なくとも日没までは、キシダインのことを考えられないだろう。

 思い出すことがあっても、すでに死んでいる。

 あんなやつのことなど、もう心から消してしまえばいいのだ。

 

 アンとノヴァが顔を見合わせた。

 そして、ひそひそ声でふたりで、順番のようなことを話し、まずはノヴァが自分の股間を指でまさぐり始めた。

 

 一方で舟は月夜の湖の上を静かに走り続ける。

 朝はまだだが、エリカは夜目が利く。

 夜明け前の今の月は一個だが、それで十分なのだろう。

 一郎には見えない岸に向けて、舟は真っ直ぐに進んでいるに違いない。

 

 シャングリアが舟の上から燭台の灯りを左右に振った。

 すると、遠くで同じように小さな光が動くのが見えた。

 

「エリカ、スクルズが馬車で待っているのは、あそこだ」

 

「了解よ」

 

 エリカが()を操り、舟の頭をそっちに向ける。

 

「あっ、ああっ」

「あんっ、ああん」

 

 そのとき、ノヴァとアンがちょっと大きめの声を出して、裸身を震わせた。

 さっそく達しそうだ。

 

「ほら、来いよ、さっきも言ったけど、今日はコゼの日だ」

 

 一郎は胡座に座った脚の上にコゼを引き寄せて横抱きにすると、服の下から手を入れて、こりこりと指を乳首を擦った。また、コゼの半ズボンを引き下げながら股間に手も差し込む。

 

「ああっ、ご、ご主人様ああ――」

 

 急激な快感の引き上げで、コゼの甘い声がアンとノヴァの嬌声に重なった。

 一郎は素早く片手でズボンの前から怒張を出す。体勢を対面に変える。

 一郎は女たちの淫らな声を聞きながら、さっそくコゼのズボンを亜空間に収容し、次いで紐パンをずらすと、すっかりと濡れている気持ちのいいコゼの股間の中に男根を埋め込ませた。






 *

【キシダイン(の死)】

 ……以上が当時の王国の記録に残ってる梟雄キシダインの死であるが、実はキシダインの死にはかなりの異説がある。
 即ち……。
 …………。
 ともかく、キシダインが流刑地への移送の途中で雷に打たれ、護送馬車ごと谷に転落して死んだという話は当時でさえ、できすぎている話とされ、王家が密かに暗殺したのではないかという噂がまことしやかに流布されたという伝承もある。しかも、それだけの大事故にも関わらず、犠牲者がキシダインひとりというのも、いかにも不自然である。
 いずれにせよ、キシダインはもっとも当時の王家に都合のよい死に方をしたことは確かであり、キシダインの死に恐怖した貴族が王家を畏怖するようになった最初の出来事となる。
 また、大貴族たちがこぞって無視していたイザベラが王太女になったことで、キシダイン派として結束していた有力貴族の悉くが国政への影響力を失うことになった。
 このキシダインの死で終わった王太子闘争が、当時のルードルフ王にどのような心理的影響を与えることになったかは、当時の記録でも量りとることはできない。しかしながら、一年後に狂王と化したルードルフ王の蛮行を鑑みると、ルードルフが本事件によって、貴族に対する信頼を失うきっかけになったのではないかという推測も妥当性がなくはない。
 これについて、帝政中期の歴史家モントの見解は……。
 …………。
 また、キシダイン事件は、当時は冒険者ギルドに、自らの死を偽装して存在を隠匿していたロウ(本項では、当時の名乗りで表記をまとめている。ロウの名乗りの変遷については《ロウ=サタルス》の項目を参照)が世に出る契機となった出来事でもある。
 この事件の論功行賞において、ロウは……。
 …………。


 ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


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194 寝取りの代価(1)─国王の依頼

「そら、コゼ、取って来なさい」

 

 エリカが白い球体を床に放った。

 一郎の感覚では、エリカが遠くの床に投げた玉は、ピンポン玉くらいの大きさのものだ。

 それがころころと床を勢いよく転がっていく。

 

「は、はいっ」

 

 少し恐怖に怯える感じのコゼが、脱兎のごとく四つん這いで球体を駆け追っていく。

 コゼは特に拘束はされていないが、コゼの小さな首には、エリカが装着した真っ赤な犬の首輪がついていた。

 

 また、コゼは素裸だ。

 コゼがエリカの命令に従って、四つん這いで移動することを甘んじているのは、早い話がエリカが怖いからだ。

 なにしろ、いまのコゼはわずか十歳の童女なのだ。

 それに比べて、エリカは立派な大人である。

 しかも、いまのコゼには、エリカについては、絶対に逆らってはならない「調教師」だと認識させていた。

 そのコゼを、エリカが乗馬鞭で脅しながら服従を強いているのだから、逆らえるわけもなく、コゼはさっきから汗だくになりながらも、エリカの「遊び」の相手にされている。

 

 サキの仮想空間の中だ。

 キシダインの始末をつけてから、王都に戻った翌日となる。

 今日は、王家からの呼び出しがあり、一郎とエリカとコゼは、王宮に出向いていた。

 成功をしたクエストの一件だと思うが、最終的な任務達成の確認に加えて、今日ここで報酬を受け取ることになっている。

 意外なことに、一郎と会うのは国王自身だという。

 もちろん、そんなことは知らなかったが、宮廷内に案内をされて、準備された一室で待っていたら、そこにサキが現われて、しばらくしたら国王が面会をすると、一郎に告げたのだ。

 一郎は驚いてしまった。

 

 まあ、考えてみれば、キシダインの暗殺に関する仕事は、一応は王家から冒険者ギルドに出された秘密クエストということになっている。もちろん、本当は、あれは一郎がアネルザにやらせたことであり、突き詰めれば依頼人は一郎自身のようなものだ。

 だが、かたちとしては、王家の依頼であり、王家といえば、当主は国王だ。

 従って、報酬を支払うのであれば、当主の国王というのは当然かもしれない。

 しかし、相手は国王だし、アネルザからも、好色なだけの筋金入りの怠け者の愚図男だと聞いていたので、その国王がわざわざ、一郎に面談をするように取り計らうとは意外だった。

 

 また、サキが国王の伝令のような立場で、一郎を出迎えるのは不思議な感じだが、実は、先日のキシダインとの最終抗争の過程で、一郎たちがルードルフ王の身柄を押さえて、こっちに都合のよい王命を出させるための、ルードルフの懐柔(調教)をする役目をサキにお願いしていた。

 サキはアネルザとともに、ルードルフを後宮に実質的に監禁をし、一郎とアネルザがやりたい放題に作った命令にサインをさせ、魔道により国王にしか調印のできないように制限されている玉璽を片端から押させまくらせた。

 それにより、わずか十日でキシダイン派と称される主流派から、宮廷における権限とさまざまな権益を失わせることに成功したということだ

 

 宰相たちも一掃されている。

 キシダインの失脚を契機に、これまでの大臣はほぼ入れ替わり、アネルザが選んだ数少ない「王女派」と呼ばれる者たちが選出された。

 新しい宰相も、フォックスという男であり、アネルザに言わせれば、人畜無害が取り柄のぱっとしない男なのだという。

 まあ、アネルザ曰く、それくらいが丁度いいのだそうだ。

 

 ただ、そのキシダイン派追い落としの一連の過程で、ルードルフの居場所はサキしか把握しておらず、サキがルードルフの行動を管理するという態勢ができあがってしまった。

 だから、一郎とルードルフの面談に際し、一郎に対する伝言をサキが伝えに来るということになったということだ。

 

 それはともかく、そのルードルフがやって来るまで時間があるので、仮想空間で遊んではどうかということになった。

 国王ほどにもなれば、相手を待たせるのも、ひとつの権威表現のようなものなので、あえて時間をかけるのかと思えば、いま抱いている女とやりまくっていて、やめそうにないだけなのだそうだ。

 今日は国王付きの女官を国王のところに連れていったが、彼女も待たされているらしい。

 だから、こっちはこっちで好きなことをしていればいいと誘われた。

 一郎は、そうさせてもらうことにした。

 

 仮想空間術はサキの固有能力であり、サキは自分の想像する世界を自由自在に作成して、そこに自分だけでなく、他人を閉じ込めることができるのだ。

 そして、そのサキを一郎は支配をしているので、近くにサキがいれば、一郎はそのサキの能力を通じて、仮想空間術を操ることもできる。

 そこで、サキから一時的に能力を貸与された一郎は、エリカの耳打ちの願いを聞き入れて、コゼを十歳にして仮想空間に入れ、「調教師エリカ」がコゼを躾るという世界を作り出したのだ。

 そして、いまに至っている。

 サキについては、いったんルードルフのところに戻った。

 

 ところで、今回はシャングリアは同行していない。

 シャングリアは、先日のキシダイン護送中の「落雷事故」の後始末があり、この数日は連日騎士隊の方に通っている。

 まあ、書類仕事の類いなので、シャングリアによれば、もう一日か二日で全部完了するということだった。

 シャングリアが書類仕事というのは、ぴんとはこないが、あんな性格でも、一応の書類はこなせるし、そういえば、先日はコゼとともにキシダイン邸に魔道具で変身して入り、家人のひとりの演技をして、アンたちを保護するということもやった。案外に器用なのだ。

 それに、真っ正直な性格のようでありながらも、貴族間の駆け引きや権謀術数も理解していないわけでもなさそうだ。

 あれでも、やはり貴族なのだなと思ったりする。

 

 とにかく、いまは、この仮想空間の中で、すっかりと調子に乗っているエリカが、思う存分に、子供姿になったコゼをいたぶっている真っ最中だ。

 一郎が呆れてしまうほどのはしゃぎぶりである。

 

 いまも、エリカが投げた球体を童女のコゼが追いかけていく。

 さすがにコゼだ。

 その動きは素早く、まるで本当の四つ足の小動物のようだ。

 

「んふううっ」

 

 だが、もう少しで球体に追いつくというところで、突然に童女のコゼの身体ががくりと折れ曲がり、その場にひっくり返った。

 その理由はなんでもない。

 コゼのクリトリスには、一郎がエリカに与えた吸盤式の振動具がすっぽりと被されている。しかも、お尻の中にも、エリカによって、イボ付きのローターもねじ込まれたようだ。

 それをエリカが操作している「リモコン」で作動されたのだ。

 外観は童女でも、コゼの肉体の中身そのものは、すっかりと調教の終わった敏感な身体だ。

 性感帯だって、しっかりと発達している大人のそれである。

 特に、お尻を徹底的に一郎から調教されているコゼには、お尻と肉芽の同時の刺激は堪らないだろう。

 だから、ひっくり返ってしまったのだ。

 なかなかに、エリカもえげつない。

 

「こらっ、さっさと立ちなさい、コゼ──。お前のご主人様が仕上がり具合を見学に来られたのよ。不甲斐ない姿を見せるんじゃない──」

 

 エリカが乗馬鞭でぴしゃりと床を叩いて、大きな音をさせた。

 どうやら、設定は、一郎が奴隷主人で、エリカが調教師ということのようだ。まあ、どうでもいいが……。

 

「は、はい──。んくうっ、くっ」

 

 コゼが慌てたように立ちあがり、四つ足の姿勢になって駆け始める。

 だが、エリカはコゼの股間の淫具を振動させっぱなしなのだろう。

 コゼの動きは、さっきと比べて遥かにぎこちない。

 

「くううっ、可愛いいい……。見てください、ロウ様……。あのコゼがあんなに、わたしに素直に……。ロウ様、愉しいです」

 

 エリカが滅多に見せない心からの悦びの顔を一郎に示しながら、一郎に耳元でささやいた。

 一郎は苦笑するしかない。

 実のところ、エリカは、サキの仮想空間の中で、童女に戻したコゼと「遊ぶ」のが、なによりも大好きだ。

 よくわからないが、ツボに嵌まるとはこのことであり、そんなに回数は多くないのだが、記憶操作で身体だけでなく、記憶さえも童女化しているコゼを百合責めするときのエリカは、いつものエリカとは異なり、性欲剥き出しの生き生きとした姿を示す。

 

「んっ、んんっ」

 

 童女のコゼが球体に追いついた。

 動きが戻っているので、いつの間にか、エリカはコゼの股間の振動を止めたようだ。

 これからコゼは、球体を咥えて戻るのだが、エリカはコゼに球体を膣の中に入れて、戻って来いと命令しているようだ。

 コゼが顔をしかめながら、懸命にピンポン玉大の球体を股間に亀裂に押し込んでいる。

 

「さっさとする。遅い──」

 

 エリカがぴしゃりと床を乗馬鞭で叩いた。

 

「は、はい、申し訳ありません、エリカ様──」

 

 コゼが指で一気に玉を亀裂に押し込み、慌てて駆けてくる。

 だが、またエリカが横にあるリモコンで、コゼに装着している淫具を操作したのがわかった。

 

「ひにゃああっ」

 

 コゼが悶え声をあげてひっくり返る。

 

「ははは、ロウ様、愉しいです──」

 

 エリカが白い歯を見せて言った。

 一郎は、エリカらしくない緊張感のない姿に噴き出してしまった。

 そのとき、目の前に、サキがいきなり出現した。

 このところ、すっかりと見慣れた感のある人間族の妖艶な美女姿だ。

 

主殿(しゅどの)、ルードルフが来るぞ。ルードルフは、なぜか、主殿を一対一で余人を交えずに、面会するのを望んでいる。場所は別の部屋だ。一対一なら、あの国王には危険などない。危険な魔道具も武器も所持していないことは、わしが確認済だ。まあ、こっちは主殿に繋いだ仮想空間側でわしも待機するし、エリカとコゼもおるが、どうする?」

 

 サキが言った。

 一郎は首を竦めた。

 

「一対一か。存外に国王も度胸があるのかな? 武器も持たないで? 向こうは護衛もつけないということ?」

 

「護衛は部屋の外に出す。案内人の女官もいるが、よくは知らんが、国王はそいつにも外で待機するように命令しておったぞ。自分には誰であろうとも、手は出せんそうだ」

 

 サキの言葉に頷き、一郎はエリカに声をかけた。

 

「というわけだ。ちょっと、外で国王と話してくる。一対一だが、サキが安全を保障する。お前たちは仮想空間の中で待機してくれ。なにかあったら、頼む──」

 

「はーい──。でも、絶対になにかあれば、わたしたちを必ず出してくださいね……。ほらっ、コゼ、走れ──」

 

 エリカがこっちを見ずに返事をして、白い玉を思い切り遠くに投げた。

 幼いコゼが必死に駆け出すが、すぐにがくりとひっくり返る。

 エリカを見ると、リモコンを片手にけらけらと笑っている。

 

 まったく……。

 一郎はいつにないエリカの姿に苦笑した。

 

「じゃあ、戻してくれ、サキ」

 

「わかった。ルードルフに告げたら、わしも仮想空間側で待機する。あっ、そうそう。さっきアネルザから伝言があったぞ。国王の申し出には逆らうなと言っておったな」

 

「逆らうな? そもそも、アネルザは、俺が国王に会うことを知っているのか?」

 

 宮殿に出頭指示が来ていることは教えたが、さすがにさっきの今では、王に会うことをアネルザに伝える暇はなかった。

 

「一応な……。よくはわからんが、アネルザは損をするわけじゃないから、国王の申し出は受けて置けとか言っておったな。お前が快く応じることに期待しているそうだ」

 

 おかしな伝言だなとは思ったが、とにかく一郎は頷いた。 

 

「おう、そうだ──。大事なことを忘れておった。あの国王は、一応は魔道具の防護具のようなものを持っておる。こっちから攻撃しなければなにもないが、魔道でも刃物でも、もしも、なんらかの敵意のある攻撃をすると跳ね返ってくるというもののようだ。だから、わしでさえも、あれを魔道をかけることはできんのだ。気をつけるがいい」

 

 そんなものもあるのかと思ったが、一郎は「わかった」と言い、サキに仮想空間から出すように告げた。

 それにしても、そんな護り具をルードルフ王が持っているとは思っていなかった。

 だったら、サキは、もはや完全にルードルフを言いなりにしているようだが、それは魔道なしにやっているのかと改めて感心もした。

 そして、現実世界側の部屋に戻った。

 すると、すぐに扉が開く。

 入って来たのは、ひとりの女官だ。

 

「お待たせしました、ロウ殿。陛下がお会いになります」

 

 その女官に促されて、一郎は立ちあがった。

 部屋に入ったときは、エリカとコゼも含めて三人だったのだが、一郎しかいなくなっていたことに、訝しむ様子もなかった。

 そのまま、一度、廊下に出て、その女官の後ろから歩く。

 しばらくして、ふたりの近衛兵が扉の前に立っている部屋に着いた。

 女官は中に入ろうとはせず、扉を外から叩いて、一郎の到着を室内に告げた。

 室内から返事があり、女官が扉を開く。

 

「どうぞ、ここからはおひとりでお願いします。陛下はそれを望んでおります」

 

 一郎は軽く女官に会釈をして、室内に進んだ。

 室内は、広いとも狭いともいえない程度の部屋だ。

 しかし、そのさっきの部屋に比べて格段に調度品が豪華であり、部屋の中心にある卓を囲んだ長椅子のひとつに、ひとりの中年の男が深々と腰かけている。

 

 

 

 “ルードルフ=ハロンドール

  人間族、男

   ハロンドール王国国王

  年齢50歳

  ジョブ

   治政力(レベル5)

  生命力:50

  攻撃力

   50(素手、王の宝珠)

  魔道力:30

  経験人数

   男20、女210

  特殊能力

   「王の宝珠」の加護”

 

 

 

 国王のルードルフに間違いがないようだが、どこにでもいる中年の親父という感じだ。

 ぷっくりと出ている腹がすごい。

 もっとも、会うのは一応は初めてではあるが、先日のキシダインに対する宮廷裁判のときに、一郎はルードルフに変身をしている。だから、王の姿に初めて接するというわけではないのだが、やはり、姿見越しではなく、自分の目で見る印象は異なる。

 また、どうでもいいが、垣間見えるジョブにある治政力レベルが「5」というのは、低いなと思った。

 このジョブは、治政をするような役割についている者に現れるジョブのようだが、あのキシダインは治政力ジョブが「20」だった。

 かつて、歌姫事件で一郎が痛めつけたドルニカ女伯爵など、治政力レベルそのものは、「30」もあった。

 それに対して、仮にも国王が「5」というのはどうなのだろう。

 

「国王陛下……」

 

 とりあえず、その場に跪く。

 もっとも、知っている儀礼はこれくらいだ。

 この後にどうするべきかも知らない。

 もしかしたら、こっちから話しかけてはいけなかったか?

 まあいいか……。

 

「冒険者だというが、存外に礼儀正しいのだな。しかし、構わぬ。無礼講でいこう。そっちにかけたまえ、ロウ」

 

 ルードルフ王は無邪気そうな笑みを浮かべたまま言った。

 一郎は王の向かい側の長椅子に腰をおろした。

 礼節をやらなくていいというのは助かった。

 ルードルフ王が嬉しそうに微笑む。

 なんだかとても上機嫌だ。

 正直な感想は、よくわからない男だということだ

 

 目の前の王には危険なものを感じないが、なぜ、ここまで一郎に対して無防備なのかわからない。

 一郎は、一応は百戦錬磨ということになっていて、一郎がその気になれば、衛兵に護られていない王などどうにでもなると、ルードルフは考えていいと思う。実際のところ、ルードルフは、一郎が宮廷裁判でタリオ兄弟を殺させ、今回の「クエスト」でキシダインの始末を終えたことを知っているはずである。

 高位貴族の殺人も意に返さない男と認識しているはずだ。

 もっとも、ルードルフのステータスには、「王家の宝珠」という魔道具らしきものがある。

 これが、サキが言っていた王家の護り具なのだろう。

 その護り具に絶対の自信を持っているのか……?

 いずれにせよ、ルードルフには、極めて友好的な雰囲気のみしか感じない。

 一郎に対して、なんの敵意も抱いていないようだ。

 ルードルフは、たった一個の護り具のみだけを持ったままのほとんど無防備な状態で、本当に、たったひとりで一郎の前に姿を現したようだ。

 そして、ことりと小さな箱のようなものを卓の上に乗せた。

 

「いま置いたのは防音具だ。これで、この部屋における声は、いかなる方法であっても外に漏れることはない。外にいる護衛どもにもな」

 

 ルードルフがにっこりと微笑んだ。

 それは、ルードルフが危険なのではないかと思った。

 この男の危機管理はどうなっているのだろうと、逆に心配になってきた。

 

「俺が……いえ、私が怖くないのですか?」

 

「怖い? 怖くはないな。お前のことは王妃が保証している。余にとっては、それで十分だ。あれはなかなかに頼りになる女でな。いずれにせよ、今日は、対等の立場で話したい。それで、お前にやって来てもらったのだ。人払いもしたのはそのためだ」

 

 ルードルフがからからと笑った。

 

「対等な立場…………ですか?」

 

 一郎は不要にへりくだることもなく、かといって、十分に礼儀を重んじている話し方になるように気をつけて言葉を選んだ。

 

「対等な男としてな。だが、こういう言い方をすれば、対等というわけにはいかぬかもしれんな。つまりは、余はアネルザの夫であり、アネルザは余の妻だ。お前は、その余の妻を寝取った男ということだ。だが、それでも、余は対等の会話を望んでおる」

 

 ルードルフがさらに高笑いした。

 一郎は背に冷たいものを感じてしまった。

 実のところ、アネルザに新しい愛人ができ、それが一郎であるというのは、王都の貴族界では知らぬ者のない醜聞となっているらしい。

 当然に、ルードルフは承知しているはずだ。

 妻を寝取った男が、その妻の夫と対面するのだ。

 しかも、それは、このハロンドールの最高権力者だ。本来であれば、これは災厄そのものだろう。

 もっとも、この会見にはそういう殺伐としたものは全く感じない。

 

「……そんな顔をするな、色事師よ。余は、そなたについて恨んではおらんし、なにかの咎めをするつもりはない。だが、あのアネルザをあそこまでたらし込んでくれた恩人を一度見ておきたいと思ってな」

 

「はあ……」

 

 なんと応じていいかわからない。

 とにかく、ルードルフは上機嫌だ。

 だが、いまだに一郎には、その上機嫌の理由がわからない。

 

「もちろん、お前が、以前までアネルザが奴隷宮に囲っていたような多くの男娼風情でないことは承知しておるぞ……。そうそう、キシダインの一件だったな。あれを見事に片付けてくれたことは本当に感謝している。なにせ、あの男は実に面倒な男だったからな。それに、宮廷裁判では余に化けてくれたらしいな。だが、それは重罪だぞ。この国の法では死刑にあたる。もちろん、余が問題にすればということだがな。つまりは、そなたの命は、ある意味で余が握っておる。そういうことだ」

 

 ルードルフ王が意味ありげににやりと笑った。

 一郎はさすがにむっとした。

 あのときに、そのキシダイン裁判に出席するのが嫌で、後宮で駄々をこねたのはこいつだ。だから、一郎が肩代わりをする羽目になったのだ。

 しかし、ルードルフは、一郎がちょっと不機嫌になったことなどわからなかったのか、さらに機嫌よく笑いながら口を開く。

 

「……しかし、お前は面白い男のようだな。ちょっと調べさせたところ、お前の愛人はアネルザだけではないようだ。モーリアのところの女騎士のシャングリアもお前の愛人なのだろう? ほかにも、いつもエルフ女や人間族の女を侍らせておるとか。すべて、お前の愛人なのだろう?」

 

 ルードルフ王は、ますます上機嫌で言った。

 

「まあ、そのとおりです……」

 

 否定するつもりもないし、否定することは不可能だ。

 冒険者としての一郎が、シャングリアを始め、美女揃いのパーティの「紺一点」として名も馳せているのは隠しようもない。一郎というぱっとせず、また若くもない男が、美女ばかり侍らせているということが結構有名なのは承知している。

 

「好色であるところは、余に似ておる。まさか、それだけ美女をいつも侍らせておいて、手も出してないということはあるまい? 全部に手を出し、満足させ、そのうえで慕われている。そうだな?」

 

「まあ、そうですね」

 

 肉体関係がないなどと嘘をついても仕方ないし、とりあえず認めた。

 とにかく、なんのために、一郎を呼び出したのか見極めようと思った。どうやら、この国王は、一郎に対して、キシダインの暗殺成功の報酬を渡す以外の目的があるようだ。

 いずれにしても、ルードルフ王から感じるのは、一郎に対する旺盛な好奇心である。

 それが態度にも、言葉にも出ている。

 ここに呼び寄せたのが、好奇心から出たものであるのは確かな感じだが、いま少し考えが読めない。

 

「ますます、いいのう……。ならば、その性技の腕で女たち……、さらには、アネルザまでもたらしこんだ。そうだな?」

 

「たらしこんだとかは……」

 

 その言い方は好きではない。

 まあ、その通りともいえないことはないが……。

 

「よいよい。そう硬くなるな──。一対一の男同士の話だと申したであろう。とにかく、さっきも言ったが、余は礼を言うために呼んだのだ。キシダインの件……。そして、アネルザの件をな……」

 

 一郎は訝しんだ。

 キシダインの件というのはともかく、アネルザの件で礼とはなんだろう。

 すると、ルードルフが急に真面目な顔になった。

 

「キシダインは面倒な男で、懐中の刃物も同じだった。余に代わり、王になる野心を持っていた。ただ、自分を味方する大貴族を集めていて、迂闊に排除すると暴発を起こしかねない危険を持っていた。かといって、あいつの望むとおりに、王太子にしようものなら、あっという間に余を亡き者にして、王になっただろう。だから、王太子にもさせられん。本当に困っておったのだ。まあ、それでアンを嫁がせて懐柔したのだが……」

 

 ルードルフが溜息をついた。

 急に、しおらしそうな表情になったなと思った。

 もしかしたら、かなり感情が変わりやすい性格なのだろうか。

 しかし、それはともかく、いま、少し聞き捨てならないことを耳にしたと思った。

 最後の言葉によれば、もしかして、この国王はキシダインが危険な男であることを知っていて、アンを嫁がせた?

 

「キシダインがどんな男であるかを承知で、アン様と婚姻させたのですか? 例えば、女扱いとか……」

 

 調べてわかったが、あの男はかなり重度の性差別主義者であり、アンとの婚姻の前にも、それでかなりの問題を起こしていたということがわかった。

 その都度、身分の力と金の力で闇に葬っていたようだが、王家の力であれば、その程度の情報には辿り着いたのではないだろうか。

 これについては、アネルザも、当時はキシダインの身分や王権に近い立場のことしか気にせずに、性格のようなものに着目しなかったことを悔いていたが、ルードルフ王については、キシダインにアンを嫁がせれば、アンが不幸になることをある程度予期してもいいでのはないだろうか。

 だとしたら、アンを不幸な境遇にしたのは、王も共犯だということにもなるのだが……。

 

「余としては、懐柔でなだめつつも、機会を見つけて失脚させる機会も窺っておったのだが、隙のない男でなかなかに尻尾はつかめんかった……。お前は、いい具合にあいつを追い込んでくれた。これで、キシダイン派は消滅だ。もう余の立場を脅かす者はない。本当に礼を言う」

 

 ルードルフ王は言った。

 一郎の質問を聞いていたのか、聞いていなかったのはわからないが、まあいい……。

 いずれにしても、この男がアンをキシダインと結婚させたのは、自分を脅かす力を持ちかけていたキシダインを懐柔するのが目的だったということだ。

 少なくとも、アンの幸せを望んだ結果ではないだろう。

 この王が考えたのは、自分の保身のことだけということか……。

 考えてみれば、何度も危機に陥ったイザベラについても、その対応は酷いものだった。

 イザベラが何度も暗殺に瀕し、それがキシダインの仕業だとわかっているのに、なにも手を付けなかったのだ。

 この男にとっては、娘たちというのは、その程度ということだ。

 

「……キシダインの暗殺の手並みも見事だったな。キシダインは雷に当たって死んだ。王都では、天罰によるものというのが専らの評判のようだ」

 

 ルードルフ王は笑った。

 一郎は、「おそれいります」とだけ答えた。

 すると、王はにやりと笑った。

 

「なかなか、打ち解けんな。余は、腹を割った話をしているつもりだがな」

 

「一国の王陛下に対して、隠す腹などありません。でも、さすがに、いささか緊張しております。もしも、無礼があれば、それに免じてお許しを」

 

 一郎は頭をさげた。

 どうでもいい。

 いずれにしても、なんの話し合いかわからんが、この男がイザベラやアンを大切に考えていないことを推察できることに接して、一郎もあまりいい気分ではない。

 そろそろ、引きあげたいかな……と一郎も考えだしてきた。

 

「冒険者のくせに、そつが無いな。まあよい……。ならば、席を変えようか……。最初にも言ったが、余は、お前と腹を割った話がしたい。だから、距離が縮まれば、遠慮もなくなるだろう」

 

 ルードルフは、すっと立ちあがったかと思うと、テーブルを挟んで一郎の座る長椅子に腰かけてきた。

 一郎はちょっとびっくりした。

 一対一で対面するのも不敬なのだが、さすがに、一国の王と同じ椅子に座るということが許される行為ではないということはわかっている。

 慌てて立ちあがろうとした。

 しかし、ルードルフが一郎の腰に手を回して、がっしりと押さえてそれを阻む。

 そして、すっと一郎の耳元に、口を近づけてきた。 

 

「もっと、腹を割ろうぞ、ロウ……。なにせ、余とお前は、同じ女を食った仲だぞ。アネルザの件は感謝しておる。よくぞ、あの扱い難い雌猪を大人しくさせてくれた……。アンとキシダインの夫婦仲が悪いことがばれたときには、殺されるかと思ったが、まあ、あれも悪くなかったな。とにかく、余は、お前の足にキスをしたいくらいだ。あれは、キシダイン以上に扱いにくくてなあ」

 

「ちょ、ちょっと陛下……」

 

 なんのつもりか知らないが、やたらに距離が近い。

 しかも、回した一郎の腰から手を離す気配がない。

 

「……本当だぞ、ロウ。余が好色であるのは評判であるから知っておると思うが、本当はアネルザは、それが面白うなかったのだ。しかし、余も長くひとりの女に執着する気質でもない。余がアネルザに飽くのもすぐだった……。それで婚姻当初は、寵姫を替えるたびに、狂ったように喚き散らしたものだった……」

 

「そんなことが……?」

 

 あのアネルザも、このルードルフの好色に嫉妬していた時代もあったのかと思った。いまは、完全に見放している感じだが……。

 それはともかく、一郎は身体をずらして、ルードルフから距離を取ろうとした。

 だが、ルードルフがその分身体をずらせて、一郎と密着した体勢を保持してくる。

 なんなんだ、これ?

 一郎は困惑した。

 

「そう逃げるな……。腹を見せ合おうぞ……。そのアネルザだが、やがて、腹癒せなのか、これ見よがし性奴隷を集めたりしてなあ。だが、お前が相手をするようになり、奴隷どもも処分してすっきりした……。それだけじゃない……。このところ、余にも優しくするようになってな……。このあいだも久しぶりに、余の相手をしてくれたのだ……。本当に気持ちよかった。おそらく、それもお前のおかげだな……。本当に感謝しておる……」

 

 ルードルフ王はにこやかに言った。

 しかし、相手をしたというのは、アンの偽物との茶会の後に、ルードルフの身柄の確保にサキとともに向かったあれのことだろうか?

 耳にしている限り、相手をしたというものじゃなく、拷問まがいの嗜虐をして痛めつけただけのことだったはずだが……。

 それにしても、ルードルフの手は、一郎の腰に回されたままだ。

 気持ち悪いなあ……。

 

「……だが、一度訊いてみたかったのだ。あのアネルザをどうやって飼い慣らしたのだ。話によれば、アネルザはお前に夢中で、傍目にもすっかりとお前に惚れ抜いているのが明らかなそうではないか……。どうやら、お前に与えられる快感はアネルザを骨抜きにしたようだ。どんなに凄い性の技を持っておるのか興味があるぞ」

 

 王の手がすっと、ロウの太股の上に置かれた。

 ぞわぞわという気味の悪さに包まれる。

 そして、この王のステータスに、性経験「男:20」という情報があるのを思い出した。

 

 一郎は、今度は慌てて、立ちあがろうとした。

 だが、その一郎の腕をがっしりとルードルフ王が掴む。

 思いのほか力の強い男で、一郎は押さえつけられるかたちになった。

 ルードルフ王がすっと一郎ににじり寄る。

 座っている脚がぴったりと接する。

 一郎は、肌が粟立つのを感じた。

 

「まあ、待て、ロウよ……。別に取って食おうとしているわけではないわ。落ち着かんか。ところで、なかなか良いかたちの尻をしとるな。どうだ……? アネルザを垂らし込んだ性の技……。余にも味わわせんか……? 実はな……」

 

 王がさらに一郎に密着する。

 一郎は離れようとするのだが、ルードルフはかなり強く一郎を掴んでおり、振りほどくには全力で抵抗することが必要そうだった。

 一郎が躊躇していると、にやりと王が微笑んだ。

 

「……余は女好きだが、男の相手を全くせんわけではない。アネルザについている侍女によれば、アネルザは、お前のことを神の技を持つ男とも言っているそうではないか……。あれは、凡そ隠し事はできん女だ……。余はそれを聞いて、お前に興味を持った……。神の技……。興味がある。実に興味がある……」

 

 ぞっとした。

 王の顔が真剣だったからだ。

 一郎はとにかく、離れようとした。

 しかし、ルードルフ王がそれを許さない。

 

 いずれにしても、これで王が一郎を呼んだ理由がはっきりした。

 だが、まさか、ルードルフ王が、一郎をわざわざ呼び出したのが、自分の好色を満足させるためとは夢にも思わなかった。

 そして、その求める相手が一郎とは……。

 

「お、お待ちください、陛下……。お、俺は男を相手にする趣味は……」

 

「心配いらん。余のところには、一時的であれば、性別を逆転させる技を持つ魔道を扱う魔道師もおるぞ。お前が女になればよい……。それとも、余が女になるか……? どっちでもいいぞ」

 

 ルードルフ王が、一郎の腰に回している手にぐいと力を入れる。

 好色であることにかけては、ほとんど病気だという噂もある王だ。

 全身の粟立ちがさらに激しくなる。

 

 しかし、そのときだった。

 一郎の魔眼によって、目の前のルードルフの全身に、さっと赤いもやが浮かびあがるのがわかったのだ。

 一郎が女を抱くときに、愛撫の道しるべにしている性感帯の証のもやである。これを目印に愛撫をすれば、どんな女でも、避けられない快感を呼び起こされて泣き狂う。

 一郎の必殺の武器だ。

 だが、なぜか、その能力が発動してしまったのだ。

 まさか、一郎の内心のどこかが、ルードルフとの性交を意識した?

 一郎は、ルードルフに迫られかけていることよりも、それを心の底から恐怖した。

 

「うわっ」

 

 一郎は悲鳴をあげてしまった。



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195 寝取りの代価(2)─子爵殿の塔

「なんだ、声をあげたりして。可愛いのう……。心配するな。余に任せよ。さすがに、神の技の男でも、男を相手にするのは初めてであろう? 最初は余が責めよう……。それで、打ち解けてきたら、余を責めてくれればいい」

 

 ルードルフが猫なで声でささやく。

 ぞっとした。

 だが、もっと恐怖を覚えるのは、いまのこの瞬間でも、ルードルフの身体に性感帯のもやが浮かび続けていることだ。

 おそらく、一郎にかかれば、ルードルフをあっという間に快感に狂わせることも可能だろう。

 一郎はなによりも、そのことに戦慄した。

 この世界にやってきて、初めて自分の能力に恐怖してしまった。

 また、そういえば、アネルザがサキを通じて、ルードルフに従えというような意味のことを伝えてきたことを思い出した。

 まさかとは思うが、このことじゃないだろうな……。

 

 いずれにしても、まさか、男である王が同じ男である一郎に興味を抱いてしまうなど……。

 しかも、ただの三十男だぞ──。

 女と見まがうような美少年というわけでもないし、偉丈夫でもない。

 まあ、他人の性癖に文句を言えるような真人間でないことは承知しているが……。

 

 困った──。

 本当に困った──。

 だが、下手に手を出して、ステータスにある「王家の宝珠」というものに阻まれたら、なにがどうなるかもわからないし……。

 悪意のあるすべての攻撃を跳ね返すなら、粘性体にも逆に拘束されてしまいそうな気もする。こんな変態の前で身動きできなくなれば終わりだ。

 そのルードルフ王が一郎の耳元に口を寄せてきた。

 

「……一度でいい……。相手をせい。それですべてを忘れてやろう……。アネルザのことも、宮廷裁判で余に化けたこともな……。それですべての罪は帳消しだ……」

 

 耳の中にふっと息を吐かれた。

 一郎は悲鳴をあげそうになるのを辛うじて我慢した。

 

「……ところで、アン様については、今後どうなさるおつもりですか……? 王宮にお戻しになるのですか」

 

 どうにかして話を逸らそうとして、一郎はとっさに言った。

 いずれにしても、もともと、この王がアンをどうしようとしているのかが気になっていたのだ。

 一郎がキシダイン邸から救出したアンについては、とりあえずの応急処置として、第三神殿のスクルズに預けたが、いまだに、アンは第三神殿の預かりとなったままだ。

 一方で、アネルザ経由だが、このルードルフが、アンの再婚について近習に打診をするようなことを仄めかしたと耳にしていた。

 もっとも、これについては、アネルザが烈火の如く激怒して、あっという間に立ち消えになったとも教えられている。

 だから、気になっていたのだ。

 

 すると、ルードルフ王は、一郎に密着しかけていた手を離して、眉をひそめた。

 一郎は、急いで王と距離を開ける。

 だが、もう長椅子はぎりぎりであり、あまり離れることはできなかった。

 

「アン? アンがどうしたというのだ。これは王家の話であり、お前には関係ない。まさかとは思うが、アンには手を出すなよ。当然だが、イザベラにもだ──。アネルザは許したが、未婚の王女に手を出したとあっては話が違う。王家への謀反も同じだ。それはだめだ──。それにアンは汚れた女とはいえ、離縁したのだから未婚だ。絶対に手を出すな」

 

 ルードルフ王は険しい表情で言った。

 アンのことを「汚れた女」だと表現したのは気に入らないが、当然ながら、一郎がすでにアンに手を出していることは知らないようだ。

 もちろん、イザベラのことも……。

 だが、アンとノヴァが第三神殿に移り住むようになって十日以上……。

 いまや、アンもノヴァも、完全な一郎の性奴隷だ。イザベラなど、小離宮に詰めている女官や侍女たちごと支配してしまった。

 それらを知られたら、この王が今度こそ烈火の如く怒るのだろう……。

 

「まさか、もう、手を出していまいな……?」

 

 王が訝しむ声をあげた。

 

「滅相もありませんよ」

 

 一郎は、とりあえず首を横に振った。

 すると、ルードルフ王の相好が再び崩れた。

 

「……そうであろうな。あそこには、スクルズという巫女がいる。この半年で、魔道の才能を発揮し、王都一の魔道師の声もある。あの女傑の見張っている神殿だからな。たとえ、腕のいい冒険者のそなたといえども、迂闊には手は出せんだろう。余も、スクルズには、自ら念を押している。絶対に男を近づけるなとな。スクルズは、なんの問題もないと保証をしたぞ」

 

「そうですか……。スクルズ様が……。ならば、絶対に安心ですね。あっ、私は決して、アン様に恋慕などはしておりませんよ。これでも身の程はわきまえております。ただ、気の毒な目に遭われたお方なので心配で……」

 

 一郎はわざと恐れおののく態度をした。

 だが、スクルズは、アンに誰にも手を出させるなと国王に指示されているなどと、まったく口にしなかった。

 それどころか、毎日のように第三神殿は通っている。そもそも、そのための移動ポッドが、スクルズの私室に置いてあるのだ。

 一郎は、神殿に着くと、まずはスクルズを亜空間で抱き、次いで、スクルズの魔道でアンたちの寝室に送ってもらい、そこで亜空間にアンとノヴァを呼び寄せて、「調教」をするというのをこのところの日課にしている。

 確かに、スクルズが王に応じたとおり、なんの問題はないが……。

 

「そうか……。まあ、いずれにせよ、当面は、アンはあのままスクルズに預けることになるのだろうな……。それがアンの望みでもあるようだし……。いずれにせよ、本当にアンにも、イザベラにも、手は出すなよ──。スクルズにもさらに念を押しておく。近づこうとしても無駄だ」

 

 一郎は、そのスクルズも自分の女であり、進んで一郎に、アンを提供しているのだと舌を出してやりたくなったが自重した。

 

「……さて、無粋な話はこのくらいにしよう……。ところで、キシダインを始末してくれたクエストの報酬のことだが、帰りに持たせよう……。だが、もうひとつ準備しているものがある。アネルザにも厳しく要求されたからな……。まあ、お前がこの国を出ていかんための枷でもある。なにせ、お前は今回のことで王家の秘密に接してしまった。その秘密を握ったまま、外国にでも行かれると困る。お前たちは土地に執着のない冒険者だ」

 

「別にどこにもいくつもりなどありません」

 

 一郎は言った。

 アスカという魔女に恨みを買っている立場としては、同じ土地に住み続けるということが危険であることはわかっているが、すでにあまりにも王都にしがらみを作りすぎてしまった。

 一郎を慕ってくれる大勢の女たちを置いて、ほかの土地に逃げるという選択肢は、もう一郎にはない。

 

「ならば、貰っておくことだ。宮廷への出入りが便利なように、適当な爵位と役職をやる。とりあえず、子爵だな。過去に大きな功績のあった庶民に子爵位を授爵した前例が幾つかある。家名については、すでに廃絶している貴族名からボルグという姓を選んでおいた。ボルグ卿だ。悪くあるまい……。ついでに、王妃の相談役という役職も準備をした。堂々と宮廷内に出入りできるぞ。逢引もしやすかろう」

 

 そして、改めて王の腕に身体をしっかりと掴まれた。

 強引に振りほどくのは簡単だが、乱暴なことをして騒動になっても問題がある。

 

 だが、貴族の爵位をくれるだと……?

 貴族に興味はないが、確かに爵位があれば、これからいろいろと便利になるのは確かだ。

 そもそも“ロウ”という冒険者は死んだことになっているから、不便なところもあった。

 しかし、新たに“ボルグ”という貴族の名が得られれば、今度はその名で動き回ることもできる。

 あのアスカも、まさか、ボルグ卿というハロンドールの貴族が、一郎であるなどとは夢にも考えないだろう。

 悪くないな……。

 

「ボルグ子爵ですか……?」

 

「おう、ボルグだ。古い言葉で“塔”という意味もあるそうだ……。それで、お前の塔はどんなものだ?」

 

 ルードルフがズボン越しに一郎の股間を鷲掴みした。

 しかも、わさわさと握り動かしてくる。

 一郎は、本当に悲鳴をあげてしまった。

 いずれにしても、もう限界だ──。

 

 “そろそろ、助けろ──”

 

 一郎は胸にある紋章に触れた。

 その紋章は、サキが一郎に刻んだものであり、サキと繋がるための妖魔の刻みだ。

 さっきから、仮想空間の中で笑っているサキの感情に接していた。

 どうやら、サキは、この状態を面白がっている様子だ。

 一郎が紋章に触れながらサキに念じると、ふっと仮想空間からサキの気配が消滅した。

 そして、すぐに、外から扉を叩く音がした。

 

 

 *

 

 

 アネルザが大笑いした。

 

 王妃宮であり、アネルザの私室だ。

 あの忌々しいルードルフ王から解放されて、サキに連れて来てもらったのだ。

 エリカとコゼは、いまだにサキの仮想空間だ。サキに言わせれば、エリカはまだ童女のコゼの調教に夢中になっていて、いまは四肢を拘束したコゼの裸体を筆責めにして、笑い泣きじゃくらせているという。

 

「それで、どうしたのだ? あの好色男と抱き合ったのか? どうやって愛し合った? お前が女役か? それとも、あの愚図王が女役か? 言っておくが、あいつは両刀使いだぞ。女はとっかひっかえと激しいが、男の寵姫は比較的長く続く傾向があるな。あいつの後宮は美女揃いだが、実は男も数名おる」

 

 アネルザがからかうような口調で言った。

 

「うるさい──。仮にも、お前の夫じゃないか。なんという変態だ──。サキに、部屋の外から声をかけてもらって、時間切れだと強引に引き離してもらったんだ──。かなり、不服そうだったけどな。とにかく、サキには感謝だよ」

 

 一郎は不貞腐れて言った。

 サキは一郎の座っている横の席だ。

 ここは、アネルザのサロンのような部屋であり、大きな窓から陽光が注がれている明るい茶会の体裁をとっている。

 ここにいるのは、一郎とアネルザとサキであり、人払いもされていて、部屋にいるのは三人だけだ。また、三人で囲んでいるテーブルには、茶と菓子が並べられている。

 

「だが、次はわからんぞ……。あれは、わしの言うことなら、聞き分けもよくなったから、さっきは、わしの言葉に従ったが、かなり主殿に興味を抱いたようだ。しかし、身体に付けている護り具のせいで、仮想空間に連れ込むということもできんし、魔道で操ることも無理だ。それをすれば、わしが仮想空間で支配されるし、魔道で操られることになる。しかも、宝珠は本人の意思なく外せんようになっている。ただの首飾りなのだがな」

 

 サキが笑った。

 いつもにはない一郎の焦る様子が愉しかったのだそうだ。

 いずれにしても、さっきは危ないところだったが、なんとか、サキに助け出してもらった。

 たまたま、一郎との面会の後に、新宰相たちとの謁見の予定を入れていて、その刻限だと言って、ルードルフを強引に連れ出してくれたのだ。

 本当に助かった。

 

 だが、次は厳しいかもしれない。

 しっかりと対策を整えておく必要がある。

 今度こそ、時間が十分にあるときに呼び出すに違いない。

 だが、王家の宝珠という護り具が、すべての抵抗を跳ね返すとすれば、眠り薬のようなものを準備しても、逆に一郎が眠ってしまうことになるだろう。

 また、幻術のようなことも遣えない。幻を見るのはルードルフではなく、術者ということになる。

 もちろん、武器による抵抗も無駄だ。

 よくよく聞けば、もしも、武器で傷つけようしても、怪我をするのは武器を遣ったこっちだというのだ。

 だから、あんなに平然としていたのだ。

 さらに、サキの仮想空間術も通用しないということであれば、考えてみると思ったよりも厄介かもしれない。

 

「しかし、その王家の宝珠というのは、片時も外さないのだろう? だが、お前たちはルードルフを嗜虐したと言わなかったか?」

 

 不思議に思った。

 どんな攻撃でも跳ね返す王をどうやって責め苦に逢わせるのだろう?

 

「あいつは筋金入りの変態なんだよ。あいつにとって快楽に繋がることは別だ。本人が受け入れてしまう」

 

「だから、主殿が性愛の一環として鞭打てば、護り具は発動せんかもしれんぞ。今度やってみてはどうだ? そして、淫魔術で支配したからよい。あの変態なら、快楽のために主殿の支配を受け入れるかもしれんな。そのときには、王家の宝珠は無効になる」

 

 アネルザの言葉に次いで、サキがそう言って笑った。

 

「冗談じゃない」

 

 一郎は吐き捨てた。

 

「だが、あれはお前を子爵にはしただろう? 呼び出したのはそれを内々に言い渡すためだと思っておったが、まさか、お前に言い寄るとはのう」

 

 アネルザがまだ笑い転げている。

 一郎はむっとした。

 

「とにかく、まだ上塗りが足りん。アネルザも、ちょっと口直しの相手をしてもらうよ」

 

 一郎は目の前に座っていたアネルザを、亜空間に収納する力で瞬時に素っ裸にしてやる。同時に、粘性体を飛ばして、強引にアネルザの両腕を背中に回させて固定した。

 

「うわっ、な、なんじゃ?」

 

 アネルザが狼狽えた声をあげて、体勢を崩して椅子から落ちそうになった。

 一郎はアネルザを引き寄せて床におろし、自分は胡坐になって、同じ方向にアネルザを脚の上に座らせる。

 さらに粘性体を発生させて、今度はM字開脚に固定した。

 そして、鳥の羽根を二本出して、乳房と股間をさわさわとくすぐってやった。

 しかも、一気に身体の感度を十倍ほどにしてやる。

 

「い、いやっ、んふううっ」

 

 アネルザが激しく首を振って悲鳴をあげた。

 だが、粘性体で雁字搦めに拘束されている。一郎の脚の上に座らされて悶えるだけで、抵抗することも、避けることもできない。

 しかも、肌の感度は十倍だ。

 アネルザはあっという間に、汗をびっしょりとかいて全身を真っ赤にした。

 

「ははは、主殿も、余程に気持ち悪かったのだな……。アネルザ、お前の変態夫が主殿をそれだけ怒らせたのだ。相手をしてやれ。主殿をここに連れてくる直前には、わしも仮想空間で口直しとやらで抱かれたぞ。そのときには、主殿の全身にはひどい粟立ちができておった。可哀想に」

 

 サキが優雅に笑いながら、テーブルの茶に手を伸ばして口に入れた。

 その足元で、一郎が全裸にしたアネルザを羽根責めにしているという状況だ。

 とにかく、ルードルフに迫られたときのことを思い出すと、いまだに怖気が走る。

 だが、なにが嫌だったというと、一郎の能力が男にも通用するとわかったことだ。つまりは、その気になれば、ルードルフを快楽責めにして、徹底的にいたぶることもできたのだ。

 それが、自分にできるということが気持ち悪い。

 

「ああっ、んぐううっ、ああっ、ああああっ」

 

 アネルザが激しく裸体をよがらせて、全身をよがらせる。

 一郎はそのアネルザの全身のあちこちを二本の羽根で掃くようにくすぐっていく。

 あっという間に、アネルザが絶頂寸前までの快感を全身で沸騰させたのがわかった。先日剃毛してやった股間が充血して真っ赤になり、みるみると愛液を垂らしはじめる。

 

「ほら、とりあえず、男側でいっておけ……。女側はまだまだお預けだ」

 

 一郎は一方の羽根を横に置き、手でアネルザの股間の「男根」を摘まむように動かした。

 淫魔術で悪戯をして作っているアネルザのふたなりだが、大きさは幼児程度の小さな男根だ。

 しっかりと勃起させていたが、一郎が刺激をすると、そこからぴゅっと白濁液が飛び出した。

 

「うふうっ――。あ、ああっ、いやあっ、そこはいやじゃあ──。く、苦しくなるのだ。そこだけはやめてくれ」

 

 アネルザが泣き叫んだ。

 なにしろ、男側で射精すれば射精するほどに、女側の淫情が切なく焦らされるような刺激が加わるように細工をしている。

 この特殊なふたなりにされたことで、アネルザは完全に一郎の愛奴に落ちてしまった。

 いずれにしても、いまやアネルザは、完全に一郎のマゾ女だ。

 こんなに可愛らしく悶え狂うアネルザのことを、あのルードルフは、“サディストの女王様”だと思い込んでいるようだ。

 女の性質を見抜けない男だと思った。

 こんなに、苦しみ悶える姿が可愛いのに……。

 

 それとも、本当は(エス)で、それを一郎が(エム)に調教したか?

 いや、違うな……。

 アネルザの本質は、Mだ。

 気性は荒いが本当は男に頼りたがる女だ。

 それが間違って、頼りがいのない男に嫁いで捻じ曲がったのだ。それを一郎が正しただけだ……。

 

「くそう、くそう──。まだ思い出す――。あいつは俺の性器を揉んできやがったんだ。本当に気持ち悪かったんだぞ──。サキがいなければ、どうなっていたことか……」

 

 一郎はアネルザのふたなりを羽根で掃きながら言った。亀頭の部分の割れ目を丁寧に刺激する。

 もちろん、ここも感度十倍だ。

 だが、ここは女の部分とは異なり、一郎の淫魔術がなければ射精もできない。いつまでも苦しい淫情が溜まるだけだ。それでいて、射精をしても快感は一瞬で、次の瞬間に、それに数倍する快感への飢餓感に襲われる。

 アネルザがさらに悶え狂った。

 

「んひいいいっ、そこはいやじゃあ──」

 

 とにかく、さっきはサキの機転で逃げられたが、次はわからない。

 ルードルフは、今度はゆっくりと時間の取れるときに、呼び出すと言い捨てて言ったし、あの顔は本気だ。

 おそらく、また気紛れで、理由をつけて一郎を呼び出しそうな気配だ。

 もう、あんな目に合うのは、絶対に御免だ。

 

 一郎は、アネルザを羽根で責めながら、自分には男を抱く趣味も、抱かれる趣味もないと繰り返して、鬱憤をぶつけた。

 だが、アネルザは、すでに狂乱状態だ。

 一郎の言葉が耳に入っている様子はない。

 粘性体で身動きできない身体を懸命に振って、泣きじゃくるような声をあげる。

 

「どうだ、アネルザ──。今日は徹底的にいたぶってやる。感度をさらにあげてやろうな。二十倍だ。だが、気絶もさせないぞ。どうだ、気持ちいいだろう?」

 

 一郎は羽根の責める場所をクリトリスを拡大させた疑似男性器とその下の女性器に集中した。

 アネルザの身体が激しい痙攣状態に陥った。

 

 一郎は羽根を横に置き、粘性体を操ってアネルザの胴体を抱え、対面座位の体勢にする。

 腰から下のズボンと下着を亜空間に収納する。そして、勃起して天井を向いている怒張にアネルザの亀裂をあてがうと、ぱっと手を離して、アネルザの股間を勢いよく肉棒に落とす。

 

「あああっ」

 

 アネルザがうなじを仰け反らせて悲鳴をあげた。

 一郎は、腰の括れを両手で持ち、アネルザの身体を上下に激しく動かす。

 しかも一郎は、しっかりとアネルザの膣の中の性感帯を強く擦るように動かしている。

 感度は二十倍だ。

 アネルザはまるで火傷をしたような昂ぶった声をあげ続ける。

 

「いいいっ──。んふううう──」

 

 すぐに、さっそく一回目の気をやった。

 一郎は、アネルザから一物を抜くことなく、そのままさらに律動を継続する。

 アネルザが、またもや感極まった声をあげた。

 

「なあ、サキ、考えたんだが、悪いけど、しばらく、このまま、あの変態王の後宮に入っていてくれないか? 寵姫としてでも……。それで、もっと王の支配を強めて欲しい。そして、また、あいつが余計なことを考えたら、俺を助けて欲しいし、それと、俺になんか興味がなくなるくらいに、女責めにしてくれ」

 

 一郎はアネルザをよがらせながら、サキに声をかけた。

 サキが笑った。

 人間の女に化けているサキは、本当に神々しいほどの美人だ。身体には触れさせないとはいえ、このサキをルードルフの寵姫という肩書きにするのは癪に障るが、背に腹は代えられない。ほかにいい方法も思いつかない。

 

「まあいいぞ。人間族に化けて後宮にいれば、主殿が毎日抱きにきてくれるしな」

 

 サキが笑った。

 その通り、一郎はサキを国王に送り込んで以来、ずっと毎日抱きに行っていた。その頻度は、確かに異空間から呼び出して、時折抱いていた回数とは比べものにならない。

 

「約束するよ。毎日来る。だから、あの変態王の魔の手から俺を守ってくれ。そのうちに、クグルスにでも頼んで、本物のサキュバスでも送り込む。そうすれば、いくらなんでも、男に興味など抱かないだろう」

 

 一郎はアネルザの腰を上下させながら言った。また、右手で乳房を持ち、乳首をあやしもした。

 すると、アネルザがまた全身を激しく震わせ出した。

 腰が奇妙に震えだす。

 

「ひ、ひいいっ、い、いっ、いぐううう」

 

 喉を搾るような嬌声を出して、またもやアネルザが身体を硬直させる。

 太腿が小刻みに震え、ぎゅっと一郎の肉棒が膣で圧迫される。

 

「ひ、ひいいっ」

 

 アネルザの裸体がぴんと伸び、大きくのけ反った。そして硬直する。

 二度目の絶頂だ。

 だが、一郎はまだまだだ。構わずに同じ調子で責め続ける。

 

「手加減をしてやらんとアネルザが毀れるぞ。ところで、サキュバスと言ったか?」

 

 サキだ。

 

「まあな。サキュバスに知古はないが、クグルスなら知り合いもいるだろう。変態王が男に興味を抱かなくなるくらいには、たらしこんでくれるだろう。……というわけだ、アネルザ──。そのうちに、本物のサキュバスも連れてくる。ちゃんと人間族に化けさせるから、サキ同様に後宮に送り込む手配を頼むな」

 

 一郎はアネルザを責めながら耳元で言った。

 サキに次いで、さらに妖魔を後宮に送り込むことを問題があるなどとは考えない。

 それよりも、一郎の貞操を守るのが優先だ。

 スクルズの言葉じゃないが、まったく問題なしだ。

 いずれにせよ、サキに加えて、本物のサキュバスだ。それに捉われてしまえば、さすがに、あの王も、暇つぶしに一郎に手を出そうなどとは考えることもないに違いない。

 

「ひい、ひい、ひいいい。も、もう、い、息が……。ちょ、ちょっと、い、息が──。ああああっ」

 

 アネルザが痙攣をして白目を剥きかけた。

 がくがくと、またもや全身を痙攣させ始める。

 

「聞こえているな、アネルザ──。そのときには適当な理由をつけて、国王の後宮に送り込んでくれよ。なあ。頼むぞ」

 

 一郎はアネルザの身体を上下に揺すりながら言った。

 アネルザはまたもや達して、身体を激しく暴れさせた。

 一郎は、アネルザの絶頂に合わせて、今度はアネルザの子宮にたっぷりと精を注ぎ込んだ。

 すると、アネルザの身体が完全に脱力した。

 気を失ってしまったのだ。

 ぐったりとなったアネルザをとりあえず、一郎は横に寝かせた。

 怒張を抜くと、夥しいほどの愛液が股間から流れ出た。

 

「サキ、もう一度だ。下着だけ脱いでこっちに来い」

 

 人間の姿のサキを股間に招いた。

 サキが妖艶に微笑んでその場に立ち、スカートに両手を突っ込んで下着を脱ぐと、たったいままでアネルザが貫かせていた怒張に、スカートを拡げるようにして、跨って来る。

 アネルザと同じように対面座位だ。

 

「おお、主殿、主殿の一物は、やはりひと味違う──。おおおっ」

 

 怒張が深々と挿さると、サキがすぐに雄叫びのような声をあげた。

 一郎はサキの快感の上昇に合わせるように、ゆっくりと腰を揺らし始める。

 

「サキ、お前のことだから心配はないと思うけど、絶対に魔族であることを知られるな。それと王を言いなりにしてくれよ。俺の貞操がかかっているからな。頼むぞ。それと淫魔術による貞操帯をするからな。俺以外の男とは性交ができなくなる呪いだ。受け入れろよ」

 

 一郎は笑いながら言った。

 そのあいだも、腰を上下左右に動かし続けている。

 腰を動かす一打一打が、的確にサキの性感帯を突いている。

 しかも、さっきのアネルザと同じように、一気に身体の感度を十倍以上に上昇してやった。

 

「な、なんでもしていい──。ああああっ、あむうううっ、んぐうううっ」

 

 サキが早速、一郎の腰の上で激しく一回目の絶頂をした。

 

 

 

 

(第35話『悪党の処分と寝取りの恩賞』終わり)



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 第36話  勝利の温泉慰労会~または、大剃毛大会
196 ある日の午後


「スクルズ様、ベルズ様はもう少ししたら、顔を出すということでした。ウルズ様がもう少しでお寝つきになりそうなのです。わたくしめが交代すると申し出ましたが、必要ないと申されまして……。その代わり、挨拶をすぐにしない無礼をミランダ様に謝って欲しいと言っておられました」

 

 出現したブラニーがミランダの前のお茶を温かいものに交換しながら言った。ブラニーの外見は、人間族の十歳程度の童女であり、ロウたちが暮らしている幽霊屋敷と称される城郭外の屋敷に住みついているシルキーによく似ている。このブラニーは、この小屋敷と呼んでいるスクルズ保有の屋敷に住みついている屋敷妖精なのだ。

 

 もともとは、ロウたちと一緒に赴いたミラン城郭の近くの廃神殿に住みついていた屋敷妖精だが、縁があり、スクルズがこの王都で購入した屋敷に移動してきて住みつくことになった。

 屋敷妖精は、高位魔道遣いにだけに仕え、屋敷の全般を強力な魔道で管理してくれる便利な存在なのだが、王族でも手に入れることのできない非常に稀有な存在だ。

 その屋敷妖精がスクルズの眷属ということなのだ。

 

 もっとも、スクルズの眷属とはいっても、本当はロウの眷属だとスクルズは思っている。実際、このブラニーは、スクルズに眷属として仕えているが、ロウに対してもしもべだと口にしている。

 シルキーのような男女の性関係はないが、このブラニーにも、ロウは一度口によってではあるが、精を体内に注いでいる。それで、ロウの淫魔術による支配がブラニーにも刻まれてしまったようなのだ。

 ただ、同じ相手には、ふたりの屋敷妖精は重複して仕えることはできないという屋敷妖精の掟があるらしく、それで、この屋敷はロウではなく、スクルズの名義ということにして、実質的にはロウの王都内の拠点でもあるこの屋敷に住んでもらうことにしたという経緯である。

 

「なにをいまさら他人行儀な……。わかっているわよ。ちょっとあたしの来るのが早すぎたのよ。ロウの屋敷に集まる刻限には、まだ随分とあるし、ゆっくりでいいわよ。どうせ、出発するのは、ウルズの昼寝が終わって、さらに夕方になってからなんだし」

 

 ミランダがゆったりと椅子に腰かけたまま言った。

 伝説のシーラ・ランクの元冒険者であり、怪力無双で知られる武芸を持つミランダだが、見た目はブラニー同様の人間族の童女だ。

 童女姿のブラニーに世話をされる童女の外観のミランダに、スクルズはちょっと可笑しみを感じてしまった。

 

「なあに?」

 

 ミランダがスクルズを見た。

 スクルズは微笑んだまま、首を軽く横に振る。

 

「なんでもありませんわ、ミランダ……。それにしても、随分とおめかしされていますね? お似合いですわ。それにこんなにお早く訪れるなど、やはり、ひと足早く、ロウ様のところに向かってはどうなのですか? わたしたちは、夕方になってしまいますが、別にミランダまでそれに倣うことはありません。どうぞ、行ってください」

 

 スクルズはくすくすと笑った。

 冒険者ギルドの副ギルド長であり、実質的にはギルド長である多忙のミランダが、まだ午後になったばかりだというのに、この王都内のブラニーが管理する屋敷にやって来たのは、今日はロウの愛奴の女たちが、幽霊屋敷に招待をされて、全員集合するからだ。

 キシダインとの抗争も終わり、全員で慰労会をしたいとロウが発言をして、それで今日の夕方に全員が幽霊屋敷に行くことになったのだ。

 それに合わせて、今日はミランダも休暇を取ったようだが、スクルズとベルズも、午後を休暇にしてこの屋敷で過ごしていた。

 

 また、ここに集まってくるのは、このブラニーの屋敷には城郭外の幽霊屋敷とを繋ぐ「移動ポッド」が設置されているからだ。

 なにしろ、ロウが屋敷妖精のシルキーと三人娘と暮らしている屋敷は、王都の城門を出た郊外にある。王都の街並みからは完全に離れたひっそりとした河川沿いの林の中であり、馬車でも一ノスはかかる。

 だが、スクルズは、ロウの屋敷とこの私室を瞬時に移動できる魔道の設備を壁の一角に備えつけていて、ここからなら、その魔道設備で瞬時にあの屋敷に移動できる。

 これが「移動ポッド」であり、かなりの高位魔道による維持管理が必要であるが、ロウの性奴隷になることで急上昇をしたスクルズの魔道力により、スクルズにも施せるようになった。

 これがあれば、魔道力がなくても、移動術を駆使でき、いつでも、好きなように行き来できる。

 それでいて、ロウの仲間でない者には、ただの壁の模様であり、そこに触れても『跳躍術』は発動しないようにもしている。

 スクルズの工夫であり、いずれにしても、この「移動ポッド」が、ここには『幽霊屋敷』のほかにも、『第二神殿』『第三神殿』、さらに宮殿内の『小離宮』『王妃宮』と繋げられているので、ロウやロウの愛奴たちは、どこかに秘密裏に向かいたいときには、まずはここを経由して向かうことが専らだ。

 今日も、マアなども、ここに来て、ロウのところに向かうはずだ。

 

 それはいいのだが、夕方の集合に対して、ミランダは随分と早くここにやって来た。なにしろ、まだ昼過ぎだ。

 しかも、随分とおめかしをしてやって来たように見えるので、ミランダもそれなりに張り切っているのが丸わかりだ。

 

「冗談じゃないわよ。おめかしなんてしないわよ。ふ、普通よ。普通。ただ、あいつに会いに行くんだから、贈り物の服を着ていかないと悪いと思っただけよ。それに、わたしだって、ここでランとも待ち合わせているんだから、夕方に一緒に行くわよ。ただ、あたしはギルドに住みついているから、せっかくの休暇なのに部屋にいるんじゃあ、いつもと一緒だから、どこかに出て行けって、マリーに追い出されたのよ」

 

 ミランダは真っ赤な顔になった。

 そして、飲みかけのお茶をテーブルに戻す。

 そのとき、手元が震えてがちゃんと大きな音を立てた。ミランダの内心の動揺が透けて見えるようで面白い。

 

 なんだかんだで、やっぱりミランダも、愉しみにしているようだ。

 だから、ついつい、早くギルドを出て、ここに来てしまったのだろう。

 そう思うと、スクルズは口許に笑みがこぼれてしまった。

 また、ランもマリーも、冒険者ギルドで働くギルドの事務員だ。

 ただ、マリーは違うが、ランはロウの愛奴のひとりでもある。

 ランは、以前、エリカも陥れた操り師に騙され、記憶を抜かれて闇奴隷として娼館に売られてしまった若い娘であり、それにかかわる捜査の中でミランダが保護して、ギルドの使用人として雇ったものだ。

 だが、詳細は知らないものの、あのマアの調査で、その操り師をそもそも雇った分限者を特定したらしい。それで手を回して、ランが奴隷解放されるだけの金子を取りあげたらしく、最近になって奴隷解放されている。

 

 それはともかく、そもそも操り術で記憶を抜かれたランを回復させるために、ロウの淫魔術が必要になったということになり、ロウが抱いて性奴隷の刻みをしたようだ。

 それで、すっかりと懐いてしまったとらしい。

 また、ロウに支配されれば、その女の能力が跳ねあがるという、特殊な効果により、ランはギルドの職員として必要な事務仕事に関する能力を大向上したらしく、いまでは、なくてはならないギルド管理の戦力のひとりのようだ。

 そのランは、夕方になって来るらしく、さっきもミランダは、ランを待ってから向かうのだと言い張っていた。

 

「それは必要はありませんよ、ミランダ。ランも時々はここに来るし、勝手は知ってます。ブラニーもいますから、ミランダが先に向かっても問題ないでしょう。まだ、ロウ様のところには、誰も集まっていないはずです。いつもの三人だけですから、先にロウ様に愛されてもらってはいかがですか?」

 

 スクルズは言った。

 すると、ミランダの顔がますます真っ赤になった。

 

「そ、そんなことしたら、張り切っているみたいじゃないのよ。みんなと一緒でいいのよ。それに、今夜は、例の剃毛の日なんでしょう──。そんな日に早々と向かったら、なにをされるか──。今日だけは絶対に早くは行かないわ──」

 

 ミランダが声をあげた。

 スクルズはまたくすりと笑ってしまった。

 そうなのだ。

 ロウは、キシダインとの闘争に打ち勝った自分へのご褒美だと宣言して、支配している女全員の陰毛を剃らせて欲しいと言っている。

 それが今日ということになっていた。

 

 すでに、早々と剃られてしまったアネルザやイザベラの侍女団のような者たちもいるが、大部分は今日の集まりでということになっていた。

 ただ、三人娘のうち、まだ剃毛の終っていないコゼとシャングリアは、夕方前までに終わらせるとも言っていたので、もしかしたら、今頃剃毛の儀式が始まっているのかもしれない。

 

「そういえば、ミランダは剃毛を受け入れないことに決められたそうですね。ロウ様がお嘆きになっていましたよ。なんでも、あのダドリー峡谷の戦いの功績を盾に、ロウ様の要求を跳ねのけられたとか」

 

 スクルズは、紅茶に手を伸ばして口にしながら言った。

 それで気がついたがブラニーの姿がいつの間にか消滅している。

 ブラニーは世話が必要なときには、瞬時に姿を出現させるくせに、必要のないときには、姿を消す場合が多い。

 まあ、そのあいだも、スクルズたちの世話だけでなく、ウルズの世話をしているベルズを見守り、屋敷全体を警戒して、侵入者対策なども卒なくやっている。

 おそらく、そのために、必要なとき以外には姿を消すのがやりやすいのではないのだろうかと思う。

 

「あ、当たり前よ──。とにかく、なんでも一個の要求を聞き入れる約束だからね。だいたい、なんて男なのよ。女の毛を剃るだなんて」

 

 ミランダが思い出したように息巻いた。

 あのキシダインの私兵と戦ったダドリー峡谷の戦いにおいて、その指揮官だったベーナムという獣人にとどめを刺した者には、ロウがなんでも言うことをきいてやると約束をしていて、結局、コゼとシャングリアとミランダが同時にとどめを刺したらしく、三人がその権利をもらったのだ。

 その権利をミランダは、自分の陰毛を守るために行使したというわけだ。

 

「でも、コゼさんもロウ様を丸一日独占し、シャングリアさんも半日の独占をして、それはそれは、とても素敵な時間をお過ごしになったらしいですよ。ミランダもそれにお使いになったらいかがです? お股の毛は諦めて」

 

 スクルズは笑った。

 

「冗談じゃないわよ──。ドワフ族の女があそこの毛を失うなど、あたしは、他のドワフ族のいい笑いものよ──」

 

 ミランダが激昂して声をあげた。

 よくはわからないが、ドワフ族は体毛に特別な価値観を持っているところがあるので、剃毛など非常識極まりないことなのかもしれない。

 すると、ミランダがスクルズを睨んできた。

 

「あんたも、遠慮することないのよ──。言えないのなら、あたしが代わりに言うわよ──。馬鹿馬鹿しいロウの要求になんて、言いなりになることないんだから──。ランにも同じことを言ったわ。女の意思に反して、絶対に剃毛なんてさせないから、嫌なら正直に言って──」

 

 ミランダが息巻いた。

 だが、スクルズはそれを微笑みで返した。

 

「いえ、わたしは、剃って頂くつもりです。それに、剃毛の後には、ロウ様の所有物である証を付けて頂けるそうですよ。むしろ愉しみですわ」

 

 スクルズが言うと、ミランダは溜め息をついた。

 

「あんたはそう言うと思ったわ……。とにかく、あたしの今日の使命は、あんたのような変人はともかく、剃毛などという非常識から、みんなをあの好色男から守ることよ─。」

 

 ミランダがきっぱりと言った。

 スクルズはにこにこと微笑んだ。

 

「でも、ミランダ、非常識が多数派になれば、それはすでに常識に変わります。常識も、ひとりしかいなければ、それこそ、非常識ですわ」

 

「剃毛を受け入れないのが少数派だっていうの──? そんなわけないでしょう──」

 

 ミランダが声をあげた。

 スクルズは、むきになるミランダがなんだか面白くて、ちょっと笑いたくなったが、とりあえず自重することにして、話題を変えることにした。

 

「……そうですか。ところで、その控えめなお化粧も、ミランダによく似合っていて可愛いですわ。ロウ殿もお喜びになるでしょう。でも、今日のご趣向は温泉だそうですわ。よければ、化粧落ちしない魔道を施しましょうか?」

 

「温泉? そうなの? なら、頼むわ」

 

 ミランダが言った。

 スクルズは魔道を刻む。

 これで、折角のミランダのお洒落が台無しにならない。

 

「ありがとう」

 

「いえ……」

 

 それからしばらく、他愛のない話をした。

 一方で、なかなかベルズが来ないなあとも思ったが、ウルズが愚図っているということはないだろう。

 この前も同じようなことがあり、様子を見に行ったら、一緒に添い寝をして寝ているベルズの姿を見つけたことがある。

 実のところ、神殿長代理として多忙のスクルズよりも、圧倒的にベルズがウルズを世話をする時間が多い。

 もっとも、スクルズが、時間があれば、ロウのところに向かってしまうせいでもあるとは、反省しているものの、とにかく、もうウルズはベルズには、かなり慣れている。

 ベルズがあやして、愚図るということはほとんどないはずだ。

 

「それにしても、あんたも変わったわね。ロウに会ってから……。あっ、いい意味でよ」

 

 すると、ふとミランダか言った。

 

「変わりましたか?」

 

 スクルズは飲んでいたお茶を置き、小首を傾げた。

 そのとき、すっとブラニーが現れた。

 

「温かいものに、お取り替えいたします」

 

 ブラニーがテーブルのお茶をそれぞれに入れ換えだす。いつの間にか、空近くになっていたようだ。

 

「ところで、ベルズは?」

 

 スクルズはブラニーに声をかけた。

 

「ウルズ様と一緒にお休みに……。お声をかけますか?」

 

「いいえ、必要ないわ」

 

 スクルズは笑って首を横に振った。

 やっぱり、一緒に寝てしまったようだ。

 いつも、きちんとしているベルズが、ウルズとだけになると、なんとなく気を抜いた感じになり、うたた寝などをするのが愉快だ。

 すると、ミランダがまた小さく笑ったのが聞こえた。

 視線を向け直すと、ブラニーから入れ替えてもらったばかりのお茶を菓子と一緒に口にしている。

 

「やっぱり、変わったわ。風格があるというか……。芯があるというか……。前とは違う。なんだか達観したような……。まあ、ロウの影響なんでしょうけどね」

 

 ミランダが言った。

 

「風格……ですか?」

 

「ええ。風格というか、心の底にどっしりとした芯のようなものがあって、誰に対しても朗らかで余裕のある雰囲気を自然に醸し出すようになった気がするわ。こう言ってはなんだけど、一年前は、ただ美しいだけの筆頭巫女でしかなかったという印象だったわ。それが、いつの間にか、代理だけど、この王国の歴史でもっとも若い神殿長として相応しい趣きを示すようになっている。とっても、不思議よ」

 

「そのことなんですが、ミランダ……。実のところ、本当にわたしの神殿長就任の話があるようなのです。もちろん、まだ本決まりではありませんが、ハロンドール国王陛下の推薦と、タリオ公国に影響力の高いマアさんが教皇庁への働きかけもやってくださっているようで……」

 

 スクルズは少し複雑な思いで言った。正直、神殿長就任の話については、嬉しさよりも不安が大きい。

 また、実のところ、国を支配している国王と、信仰を支配している神殿界の関係は複雑だ。

 

 この世界で現在知られている国々の基礎は、現在では事実上、三公国に分かれているローム帝国であり、そのローム帝国が成立したときには、このハロンドール王国も魔道王国エルニアも、辺境と称される蛮地でしかなかった。

 そのローム帝国と同様に古い歴史を持つのが、旧ローム帝国の帝都地区に存在するローム大神殿を中心とする神殿界なのだ。

 いまは、人間族の土地が拡がるにつれて、神殿界もハロンドール王国などに拡がったが、ハロンドール王国内の神殿は、あくまでもいまはタリオ公国内に呑み込まれている旧ローム帝国帝都地域に存在する大神殿の権威の下にあり、当然に神殿長などの人事も大神殿内にある教皇庁が握っている。

 その教皇庁の長が教皇だ。

 

 とはいっても、当然ながら、各地域の神殿も、世事と無関係の存在ではない。

 ハロンドール王国の王都である三神殿の神殿長の選定をハロンドール王の意思と関係なく、教皇庁で進めることは、事実上はできない。

 以前から、ハロンドール王国の宮廷と王都神殿界が、教皇庁に対して急激な魔道能力が飛躍したスクルズを正式の神殿長の大抜擢することを推薦してくれていたのだが、今回のキシダイン事件の直後に、改めてハロンドール王国の宮廷が教皇庁に強い推薦をしてくれたみたいなのだ。

 マアについては、もともとタリオの商業界を支配するような女豪商なので、ハロンドール王以上の影響力を教皇庁に対して持っている。

 ロウとの関係で、マアは以前から、スクルズの名を教皇庁に積極的に入れてくれてもいた。

 そんなことがあり、いきなりのことであるが、しばらく空位のままになっていた王都の第三神殿の神殿長に、いまは代理神殿長であるスクルズを就任させる人事が持ちあがったというわけだ。

 

「そうなの? すごいじゃない」

 

 ミランダが目を丸くした。

 しかし、スクルズとしては複雑だ。

 神殿長など、本来であれば、まだ二十五歳のスクルズが就任するような役職ではない。タリオ公国にある教皇庁内にはさらに高位の役職はあるが、このハロンドール王国内では神殿界の最高位なのだ。

 それにスクルズがこの若さで就任するなど……。

 

「わたしとしては複雑ですが……。でも、ロウ様の子爵位への授爵が決まったということなので、目指そうとも……。神殿長ともなれば、この王国では最上級貴族と同じ扱いを受けられます。少しでもロウ様をお助けできるのではないかと……」

 

「あなたは、なんでもロウなのね」

 

 ミランダがちょっと笑った。

 

「まあ、でもまだ決まりではありません。教皇庁からは教皇猊下に意見を提出するための査察団も派遣されると耳にしていますし……。まあ、どうなることか」

 

「へえ……。でも、候補に入るだけでも大変なことじゃないのよ。まあ、いずれは、あなたなら神殿長も当然なんでしょうけど、二十代の神殿長ということになれば、王国の歴史始まって以来ということになるのかしら……。それにしても、どうして、宮廷はそんなに熱心にあなたを神殿長に推すの? あっ、もちろん、それに相応しいとは思っているけど……」

 

 ミランダが言った。

 スクルズは微笑んだ。

 

「アン様を受け入れる報酬のようですわ。陛下からは、アン様の身柄をくれぐれもお守りするように、きつく頼まれております。わたしの魔道であれば、宮殿以上の安全を保つことも可能ですし……。もちろん、わたしは快くお受けしました。それに対する報酬が、教皇庁への働きかけなのです」

 

「アン様を? まあ、当然に大切に保護はするんでしょうけど、あの国王陛下がアン様のことをあなたに頼んだの?」

 

 ミランダには意外のようだ。

 まあ、わかる気もする。

 もともと、いまのハロンドール王のルードルフは、好色なだけの怠け者という評判であり、人気のある王ではない。

 だから、わざわざ、娘のことを心配して、スクルズになにかを頼むというのが想像できなかったと思う。

 

「陛下もひとりの父親として、ご心配なのでしょうね。くれぐれも、悪い虫がつかないように守ってくれと申されましたよ」

 

 スクルズはくすくすと笑った。

 すると、ミランダが目を細めた。

 

「悪い虫? 思い切り、悪い虫と接触させているじゃないのよ。アン様たちのところに、あいつが通ってくるというのは耳にしているのよ。そもそも、手引きをしているのはあんたでしょう、スクルズ?」

 

「わたしは陛下には、なんの問題もありませんので、お任せくださいとお返事をさせていただいただけです。ロウ様を近づけないと約束したわけではありませんから……」

 

「やっぱり、あんたは変わったわよ」

 

 ミランダが呆れたという表情になった。

 

「……ところで、今日は、そのアン様たちはどうしているの? 神殿預かりになっているだけで、別に神殿で修行をするわけでもなし、あなたと一緒にくればよかったんじゃなの?」

 

「……ふふふ……。ミウも含めて、三人ともそれぞれの自室で自慰をしていますわ。この時分は毎日の決まった日課なのです。邪魔をしては悪いので、終わるまで部屋に留めていますわ。それとも、呼びましょうか。ロウ様のお言いつけなので、自慰のノルマはこなさないといけませんが、それはここでもできますので……」

 

 すると、ミランダが憤慨したような顔になる。

 

「なんですって──。昼間から自慰を強要するなんて──。それって、どうせ、あのロウの差し金でしょう──。あんたはロウの言いなりだから、刃向かうつもりはないのだろうけど、あいつ、このところ、絶対に調子に乗ってんじゃないの──。いいわ──。やっぱり、あたしは年長者として、あの鬼畜男に説教をする──。そもそも、以前はもっと大人しかったくせに、ここのところ、すっかりと歯止めがなくなったように、やりたい放題だじゃないのよ──。しかも、いま、ミウも名前が出てたわねえ──。いつの間に手をつけたのか知らないが、あんなに幼い娘に手を出すなど、好色にも限度があるわ──」

 

 ミランダが激昂した様子で叫んだ。

 スクルズは慌てて否定した。

 

「アン様とノヴァについては、確かにロウ殿の言いつけです。でも、ミウは違うのです。ロウ様とはまったく関わりのないところで、わたしが言いつけております。ミウはいまは、一日に何度も自慰をして、あの身体に性的快楽を染み込ませなければならないのです」

 

 スクルズは言った。

 ミランダが目を丸くした。

 

「えっ、ミウに自慰をあんたがさせていると言ってんの?」

 

 ミランダは唖然としている。

 スクルズが声をひそめた。

 

「……ミランダだけに申しあげますが、これは聖職界に伝道されている魔道遣いとしての修行の秘宝なのです。ミウは非常に高い素質を備えた魔道遣いの卵です。だからこそ、ミウは性の快感を覚えなければなりません。しかし、ミウは承知のとおり、あんな酷い目に遭い、母親が惨たらしく犯されて殺されるのを見てしまい、さらに、自分自身も快楽とはまったく別の状況で犯され続けました。だから、性的なものに対する心の拒否感が強いのです。このままでは、ミウは危険すぎて、排除のことも考えなければなりません」

 

「排除?」

 

「殺すことです」

 

 ミランダ目を丸くした。

 

「殺す……? どういうことなの、スクルズ? しかも、魔道遣いの修行の秘術が自慰?」

 

 だが、スクルズはもちろん大真面目だ。

 軽口を言ってるわけじゃない。

 あの年齢のミウに自慰のような行為を教えているのは、好色でしているわけじゃない。魔道遣いの修行として必要でさせているのである。

 スクルズが巫女見習いとして神殿に入ったのも、ミウとほぼ同じ歳のときだったが、スクルズが高い魔道力を保持しているとわかったら、すぐに、この「修行の秘法」をやらされていた。

 

「……ドワフ族、そして、エルフ族などは、生まれながらにして魔道力を備えている種族です。そして、心を制御して魔道力を抑えたり、あるいは発散したりすることを自分の手足を動かすことと同じようにできます。でも、人間族は違うのです。人間族が魔道力を使いこなすようになるには、まずは、ドワフ族やエルフ族と同様に、魔道力を統制することを覚えなければなりません。でも、実のところ、それは大変なことなのです」

 

「人間族にとって、魔道力を扱うことが難しいということは、耳にしたことはあるけど……」

 

 ミランダが言った。

 エルフ族やドワフ族に比べて、人間族には魔道を自在に扱える者が圧倒的に少ない。だから、いかにうまく魔道遣いを育てるかということについては、おそらく、他種族よりも、ずっと研究されているだろう。

 その魔道研究をするのも、神殿界の役割のひとつだ。

 すべての魔道遣いが神殿に属するわけじゃないが、神殿界で出世しようとすれば、高位魔道遣いであることは絶対条件だ。

 

「……それは、人間族が本来は魔道力を扱う者ではないということに起因するのかもしれません。そして、魔道力を備えている人間族の大部分についても、それをうまく扱えないことは問題ありません。魔道力を統制することを覚えなければ、魔道を発揮できないだけのことですから……。ただ、ミウについては……」

 

 スクルズの言葉に、ミランダが困惑顔になった。

 おそらく、スクルズはちょっと深刻な表情になってしまったのだと思う。

 

「ミウがどうしたのよ?」

 

 ミランダが訊ねた。

 スクルズは嘆息した。

 

「……ミウについては、備えている魔道力が大きすぎるのです。わたしも、このような例は初めてです。でも、ミウはとても大きな魔道力を身体に備えることができるということがわかりました……。ミウはこの神殿にやって来る以前に、魔道力を統制する訓練を一度も受けずにすごしてしまいました。また、ミウやその周りの者たちも、ミウが魔道遣いの力があることには、まったく気がつきませんでした。なにしろ、ミウは魔道力はとても不安定で、普段のときはほとんど魔道力がない状態なんです。それが時折、高位魔道遣いに匹敵するくらいの魔道力を集めることがあるのです……。ミウが魔道遣いであることに気がついたのは、ロウ殿です」

 

「あの男は不思議なくらいに勘がいいからね」

 

 ミランダが言った。

 スクルズも頷いた。

 だが、ロウには、単に勘がいいというだけでは説明のつかないような洞察力もあるとも思っている。

 スクルズは、ロウには、女の身体を不思議な術で操ったり、亜空間に引き込むという信じられない能力のほかにも、まだまだ秘密があるみたいだ。

 しかし、いまは、それは口にしなかった。

 

「ミウは、この神殿でやった簡単な施術で、魔道遣いとして覚醒しました。いまは魔道を遣えます。しかし、そのことで、非常に困ったことになったのです」

 

「困ったこと?」

 

 ミランダは首を傾げた。

 

「ミウにはまだ魔力を自分の意思で統制することはできません……。いえ、できるのですが、大きな怒りの発作のようなものが、不意に出現して、無制御の魔道が暴走することが度々あるのです。その怒りの大部分は、あのクライドに向けられているものなのですが、その怒りが普段の生活の中の何気ないことをきっかけに噴き出してしまうようなのです。そして、ミウの攻撃的な魔道が不意に発動します……。それでも、ミウでなければ問題はなかったでしょう。けれども、ミウは類いまれな大きな魔道力の持ち主です。だから、ミウは自分で制御のできない高位魔道を無意識に暴走させてしまうのです。いろいろとやっていますが、わたしには、うまくミウを導けなくて……」

 

「制御できない魔道──?」

 

 ミランダは声をあげた。

 それがどんなに危険なものであるかは、ミランダにもわかるだろう。

 ドワフ族、エルフ族、人間族、そして、獣人族もそうだが、その隠された本性は、怒りによって引き起こされる攻撃性だと言われている。

 魔道力を制御できないうえに、大きな魔道力を有する者はまれに存在する。

 だが、それは社会にとても危険なものである。

 なにしろ、ちょっとした怒りを覚えてしまうだけで、魔道力が暴走して、魔道力による暴力を振るうことがあるからだ。

 人間族に限らず、その種族の世界でも、生まれつきの障害で魔道力を制御できない子供が現われた場合は誅殺することになっている。

 可哀想だが、それ以外に集団の安全を保つ方法がない。

 ミランダには、やっと事の重大さがわかってくれたようだ。

 とても深刻そうな表情になった。

 

「このままでは、本当に危険な存在になりかねません。それで自慰を覚えさせました」

 

「それがわからないわね……。ミウの問題はわかったけど、それと自慰がなんの関係があるのよ」

 

 ミランダの疑念に対して、スクルズはにっこりと笑った。

 

「それが修行の秘術なのですよ、ミランダ」

 

「秘術って? 自慰をすることが?」

 

 ミランダは眉をひそめた。

 

「自慰に限りません。魔道力を制御するということは、怒りを制御することと同じです。人間族の魔道遣いは、制御できない強い怒りを覚えた場合、しばしば魔道力の暴走を起こします。特に、ミウのように高い魔道力の持ち主が暴走を起こせば、周りに危害を及ぼしてしまいます。本人の意思とは無関係に……」

 

「はあ……」

 

 ミランダは生返事だ。

 よく理解できないらしい。

 

「わたしたち聖職者の魔道遣いの修行では、頻繁に肉体の接触をします。つまりは、愛の行為ですね。幼児期をすぎれば、絶頂を伴う疑似性愛により、精神の緊張を和らげることも体得させます。つまり、快楽を身体に染み込ませて、常に緊張を解くことを覚えさせるということですね。異性愛に限りません。同性愛についても、魔道遣いである聖職者には大切な修行行為です」

 

 スクルズの説明に、ミランダは最初は困惑した感じだったが、しばらく待っていると、だんだんと腑に落ちたような表情になってきた。

 

「……そういえば、あんたとベルズ、そして、ウルズ……。さらに、三人を狙ってロウに排除され、いまは行方不明になっているノルズとも、あんたたちは同性愛の関係だったとわね。それは、それが背景ということ? つまり、秘密の修行仲間?」

 

「そうですね……。実のところ、なぜ、高位魔道遣いが好色の方が好ましいのか完全にわかっているわけじゃありません。でも、高位魔道遣いは例外なく好色です」

 

 スクルズはきっぱりと言い切った。

 ミランダもちょっと考え込んだ感じになる。

 

「まあ、どうしても、うまくいかないときには、ロウ様にお願いすることも考えています……」

 

「ロウに──? まさか、あんたは、あの十歳の童女でしかないミウをあの鬼畜男に抱かせようと思っているんじゃないんでしょうね」

 

 ミランダが声をあげた。

 

「あら? なぜ、いけないのですか? ロウ様は、こと性愛については、素晴らしい能力をお持ちです。きっと、ミウのことも優しく抱いてくれて、性愛に対するわだかまりを失くしてくれ、ミウに緊張を和らげる習慣を身に着けてくれると思います」

 

 スクルズはあっけらかんと言った。

 

「馬鹿言ってんじゃないわよ。あの男が嗜虐趣味だと忘れたわけじゃないでしょうね?」

 

「それがどうしたのです? ミウにはきちんとロウ様の相手をするように申し伝えます。大丈夫と思いますわ」

 

 スクルズは応じた。

 そのときだった。

 扉が開いて、ベルズが現われた。

 

「すまんな。添い寝をしているうちに、眠ってしまった。ウルズは昼寝だ。ミランダ、御機嫌よう」

 

 ベルズは空いている席に腰掛ける。

 ブラニーが出現して、ベルズのお茶を準備し始める。

 

「ベルズ、いま、聞いたんだけど……。ミウだけど、あんたも、場合によっては、あんなに年端もいかない子をロウに抱かせるつもりなの?」

 

 ミランダが声をあげた。

 ベルズが面食らった顔になる。

 

「なんだ、藪から棒に? もしかして、ミウの不安定な魔道力のことか? それなら、まあ、選択肢のひとつということだな」

 

「わかんないわねえ、聖職者というのも……」

 

 ミランダが呆れたというような声をあげた。

 スクルズは笑ってしまった。

 

「ところで、ベルズ、今日の集まりではどうするの? つまり、剃毛のことだけど……? もしも、気が進まなくて、仕方なくロウ様に従おうということなら、ミランダが責任をもって、抗議してくださるそうよ」

 

 スクルズは笑ったまま言った。

 すると、ベルズは首を傾げた。

 

「あれか? わたしは受け入れるつもりだ。ロウ殿には借りもあるし、先日やってきて、一生懸命に剃毛させてくれと主張してきた。そんなに言わなくても、ちゃんと受け入れると応じた。わたしも、ロウ殿の愛奴のひとりのつもりだし」

 

「本当?」

 

 ベルズの返事にミランダも信じられないという顔をしている。

 

「やっぱり非常識はミランダの方かもしれませんよ」

 

 スクルズはちょっとからかい気味に言った。



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197 淫魔師の刻印と女の反応

「あ、ああ、エ、エリカ、や、やあっ」

 

 開脚椅子に拘束されているコゼが艶めかしく身悶えしながら激しい喘ぎ声をあげているのが聞こえる。

 コゼが拘束されているのは、亜空間にも置いている「産婦人科の検診椅子」だ。

 

 派遣社員として、さまざまな経験をしていた一郎だったが、さすがに産婦人科の検査椅子など見たことはない。

 だが、召喚前の一郎の趣味でもあったSM小説では定番のものであり、冒険者で稼いだ金を使って、王都にある工房のひとつに行って、そこの職人に作らせたのだ。さらに、スクルズを呼び出して、魔石の破片を埋め込み、自由自在に一郎に動かせるように細工もした。

 なかなかに淫靡に女を責められるので、気に入って使わせてもらっている。

 

 この椅子の特徴は、女に股を開いて座らさせ、四肢と胴体を革ベルトで固定して、脚の角度を自由に変化させたり、あるいはさらに開脚することもできるという仕組みだ。

 また、腰については、尻たぶだけを支えるようになっていて、真ん中にはなにもない。

 だから、好きなように股間を弄り回すことができるという優れものの拘束具なのだ。

 作らせた職人は、注文をつける一郎に対して、何に使うものなのかとしきりに首を傾げており、なんとなく、拷問具ではないかと訝しんでいたみたいだったが、まさか、こうやって、女をいたぶるための性具だとは想像もできなかったと思う。

 

 今日は、それを二脚準備し、昼過ぎからコゼとシャングリアを座らせて、この幽霊屋敷の地下で責め続けている。

 目的は、ふたりの剃毛だ。

 なにしろ、今夜は、ここに一郎の女たちが集まり、大剃毛大会を開催することにしている。

 キシダイン事件が解決した打ち上げだ。

 とはいっても、集まってくる女の人数が多い。

 だがら、すでに、エリカは剃毛が終っているものの、コゼとシャングリアの剃毛は未実施であることから、三人娘くらいは全員を事前に終わらせておこうと思って、いまやっているというわけだ。

 

 そして、まずはシャングリアに取り掛かっているところだ。

 一郎は、裸体を椅子に拘束されて大股開きさせられているシャングリアの股に、顔をうずませるような体勢になっている。

 また、コゼも同じような格好なのだが、コゼを相手にしているのはエリカだ。

 

 エリカは準備と称し、コゼの股間を徹底的な筆責めにするのだと張り切って、ずっとコゼをいたぶっている。

 その物言いによれば、コゼは石鹸ではなく、愛液を泡の代わりにさせるのだという。

 よくわからないが、いつも真面目なエリカも、時々羽目を外したようになることがある。

 今日がその日のようだ。

 いずれにしても、百合責めの経験を重ねているエリカの責めに、コゼもいつもの小悪魔ぶりは消失して、悲鳴をあげ続けている。

 

 なお、ちなみに、開脚椅子に座らせられているシャングリアとコゼは当然として、責め手側の一郎もエリカも全裸だ。

 朝から四人で淫らに過ごし、ちょっと休憩がてらに始めたのが、このふたりの剃毛なのだ。

 

「さて、俺の愛奴らしい格好になってきたぞ、シャングリア」

 

 一郎はシャングリアに視線を戻して、目の真ん前にあるシャングリアの股に向かい、上から下にかけて剃刀を滑らせた。

 さっき乗せたばかりの白い泡が、銀色の陰毛とともに削り取られ、そのあとに白々とした肌が露わになる。 

 

「あ、愛奴か……」

 

 シャングリアがちょっとうっとりとしたような口調で言った。

 一郎はにんまりしてしまった。

 気の強いシャングリアだが、それは一郎以外の相手に対してのことだ。

 このお転婆女騎士が、一郎の責めに対してだけは、マゾっ気をさらけ出すのが愉しい。

 

「もう半分はなくなったぞ、シャングリア。だが、すっかりと乳首もクリトリスも勃起しているな。興奮しているのか?」

 

 一郎は笑って、横に準備している刷毛を手にとる。

 陰毛に添って泡を足すとともに、刷毛の先で肉芽をすっと刺激する。

 

「う、うううっ」

 

 シャングリアが開脚させられている脚を突っ張らせて、拘束されている裸体を限界まで反り返らせる。

 

「ほら、ほら、動くな、シャングリア。動くと罰だぞ」

 

 一郎は刷毛を置いて剃刀に持ち替えながら、真っ赤に勃起している赤い突起をぴんと指で弾く。

 

「あぐううっ、んぎいいっ」

 

 力は弱くても、女の身体の中でもっとも敏感な場所だ。

 シャングリアが悲鳴をあげた。

 だが、面白いのはシャングリアの身体の反応だ。

 実のところ、三人娘の中で、いまやすっかりとマゾ度が高くなってしまったのがシャングリアだ。

 一郎の悪戯で股間に激痛を与えられたシャングリアなのだが、目の前の股間からは一気に溢れるような愛液があふれ出てきたのだ。

 クリトリスを弾かれた痛みを快感に変えてしまったようだ。

 

「こら、シャングリア。痛くされて悦ぶなんて、はしたなさすぎるだろう。まったく、いやらしい女だ」

 

 一郎は揶揄しながら剃刀を動かしていく。

 さらに白い場所が拡がり、無毛の丘が大きくなる。

 

「ああ、そんな意地悪を言わないでくれ。さ、さすがに恥ずかしすぎる」

 

 シャングリアが顔を真っ赤にして左右に振った。

 やがて、シャングリアの股間は、赤ん坊のようにつるつるになる。

 

「よし、これでさっぱりした。仕上げに二度と陰毛の生えないように処置をする。それと、最終的には、俺の愛奴の印をつけるからな。刻印だ」

 

「刻印?」

 

 反応をしたのは、シャングリアではなく、コゼを筆責めにしていた横のエリカだ。

 剃毛では先輩のエリカだが、まだ、刻印はしていない。いや、新しい淫魔術の能力である刻印を施したのは、まだサキだけだ。

 施そうとしているのは、赤ん坊の拳ほどの小さな丸い紋章だ。

 それを淫魔術でつけるのだが、これをすると、一郎と一郎が淫魔術を刻んでいる愛奴たち以外から、本物であろうと、玩具であろうと、一切の挿入ができなくなるという仕掛けになっている。

 一郎のわがままで、ルードルフの後宮に潜入してもらっているサキが万が一にも、犯されることがないようにするための「貞操帯」のようなものだ。

 試す機会もないのだが、他の男などに犯されそうになれば、前にしろ、後ろにしろ、信じられないくらいに股間が固くなり、挿入を受けつけなくなるはずだ。

 これを剃毛とともに、今日は全員に刻み込むつもりだ。

 我ながら、独占欲の強いようで申し訳ないが、一度愛奴にした女たちについては、死ぬまで一郎以外の者に汚されたくはない。

 

「ああ、そうだ、エリカ。後でお前もするぞ。もちろん、コゼもな。コゼの剃毛が終われば順番に処置する」

 

「そうですか……。じゃあ、コゼ、続きをするわよ。たっぷりと泣いてね」

 

 エリカは、コゼに振り返って、またもやコゼの股間に筆を這わせだした。

 

「んひいいっ、あ、あんた、い、いい加減に──。し、しつこいわよおっ」

 

 エリカの徹底した百合責めに、さすがのコゼも泣きながら、エリカに許しを乞いている。

 

「ふふふ、可愛いわあ、コゼ。そんな風に素直に悦んでくれるんなら、もっともっと愛してあげるわね」

 

 エリカがくすくすと笑った。

 

「な、なに、言ってんのよ──」

 

 椅子に拘束されているコゼが悪態をついた。

 だが、見ていると、エリカは余裕のある表情で、コゼの股間に口をつけると、今度は肉芽を口づけをするようにちゅうちゅうと吸い始める。

 

「あああ、あああっ、やあああっ」

 

 コゼががくがくと全身を震わせて悲鳴をあげる。

 

「んふううっ、エ、エリカ──」

 

 コゼが椅子に拘束された身体を浮きあがらせるようにのけぞった。

 よくやるなあと思う。

 ああやってエリカがコゼを責め始めて、すでに、小一時間が過ぎている。この世界の時間では、一ノスというところだ。

 シャングリアの剃毛を開始するずっと前から始めていて、いまだにやめるどころか、休息を与える兆しさえない。

 とにかく、一郎に出逢う前は、アスカの「ねこ」だったエリカは、舌責めについてはかなりの技巧を持つ。

 そのエリカの責めをまともに受けているコゼは、もうたじたじのようだ。

 

 エリカは、一郎がコゼを責めることを許すと、最初に短い時間で立て続けに小さめの絶頂をコゼに三、四回させた後、今度は一転して焦らし責めを開始していた。

 絶頂寸前までコゼを責め立て、コゼがいきそうになると、責めを緩くして、しばらく熱を冷ましてから再び絶頂ぎりぎりのところに押しあげるのだ。

 一郎は、それを魔眼でステータスを覗きながらやるが、エリカはコゼの反応だけを見ながら、本当にぎりぎりのところまで追い詰めている。

 いきそうでいけない宙ぶらりんの状態で相手を保持させる技巧は、一郎から見ても大したものであり、一郎は、あるいは単純な女責めだけの能力なら、自分よりもエリカがずっと上ではないかと思った。

 それくらい巧みなエリカの女責めだ。

 

 だが、それにしても、エリカはすっかりとコゼを責めるのに夢中になっているが、そもそも、コゼの剃毛をするので、シャングリアが終わるまで、コゼの身体を火照らせておけと指示したのを忘れているんじゃないだろうか。

 シャングリアは終わったのだが、エリカはコゼを責めるのをやめる様子がない。

 一郎は苦笑した。

 

「あっ、ああっ、エ、エリカ、そ、そこはいやっ──。おかしくなっちゃう」

 

 コゼが絶叫した。

 エリカは熱っぽい口吻をコゼの肉芽に与えながら、指先で開脚椅子の下からコゼの菊座の部分を指で愛撫し始めたのだ。

 エリカの粘っこい技巧に、コゼががくがくと身体を激しく震わせ始める。

 

「ん、んんんっ、ああああっ」

 

 一郎の魔眼では、コゼの絶頂が間近いことが、「快感値」という数字でわかる。

 

 九……八……、……三……二……。

 

 数値は絶頂に近づいている。

 それに応じて、コゼの身体の反応と悶え声も大きくなる。

 

「ふふふ……、はい、お預け」

 

 エリカが口と指を離した。

 数字は、一とゼロのあいだくらいだ。

 

「さすが……」

 

 一郎も思わず唸った。

 

「ああっ、もう、エリカ、意地悪しないでよ」

 

 がくりと脱力したコゼが、怒ったように叫んだ。

 

「だったら、今度はロウ様の淫具を使ってあげるわね、コゼ。もっといかせてと、甘えた声でお願いできたら、最後にはいかせてあげてもいいわよ」

 

 エリカが横の台に乗せてある「バイブレーター」を取りあげながら言った。

 一郎が準備したものであり、電気ではなく淫魔力の力だが、淫魔力か魔道力を注げば、蠕動運動をしながら頭の部分を上下左右に激しく動かし始めるというものだ。

 エリカは、それを手を手に取ると、魔道力を注いで作動させ、びしょりと濡れているコゼの女陰の周辺に静かに触れさせた。

 

「あふううっ」

 

 コゼが背骨になにかを突き通されたかのような鋭い悲鳴をあげた。

 

「ああ、エ、エリカ、た、堪らない──。も、もっとしてよ。もう、やめないでよ」

 

 コゼが拘束している四肢と胴体の革ベルトを引き千切らんばかりに暴れながら叫んだ。

 エリカの操る淫具は、股間の上をなぞり、いまは菊の蕾の表面をうろうろとしている、

 コゼの裸身が、バイブの振動と合わせるように上下左右に踊るように動く。

 だが、エリカはコゼがもっとバイブに局部や肛門を押しつけようとすると、それを引いて、ぎりぎり触れるか触れないかくらいの位置を維持している。

 あれでは、いつまでやられても、絶頂するほどの快感が得られないだろう。

 しかし、エリカは、やがて、それさえも引きあげてしまった。

 コゼは狂乱している。

 

「さあ、コゼ、舌を吸って……。上手にできたら、いかせてあげるわ」

 

 エリカが、脂汗を滲ませて喘ぎ続けているコゼの顎を掴むと、自分の方に引き寄せた。

 コゼは躊躇う様子もなく、エリカの唇にぴったりと唇を押し当てて懸命にエリカを舌を吸いだす。

 

 いずれにしても、一郎は確信した。

 これは、エリカは、完全にコゼの剃毛のことは頭から抜け落ちている。

 久しぶりの「百合遊び」に完全に夢中になってしまっているようだ。

 これはまだ責め終わるのにも、まだ時間がかかりそうだ。

 無理矢理に終わらせてもいいが、まあいい……。

 一郎は、いつもとは立場が逆転しているふたりの姿にほくそ笑みながら、一郎の目の前でシャングリアに視線を戻す。

 

「まだ、横は取り込み中だ。先にシャングリアの刻印をするか。だが、サキにもやったが、かなり身体に負担もあるようだ。どうにも、注ぎ込む淫魔力が強すぎるみたいでな。サキなど、しばらく動けなくなった」

 

 すでにサキには、一郎の淫魔術の刻印を施したのだが、そのときもびっくりした。

 愛撫というわけでもないのに、立てつづけに連続絶頂し、サキが白目を剥いて気を失ってしまったのだ。

 しかも、口からは泡まで噴いていた。

 強すぎる一郎の淫気を大量に与えることによる影響のようだが、あの妖魔将軍のサキでさえ、ああなるのだから、ただ人間族のシャングリアには大丈夫だろうか。

 死ぬことはないはずだが、どうなるのか予想はつかない。

 

「だ、大丈夫だ……。い、痛くしてもいいぞ。わ、わたしはロウの女だからな」

 

 股を開いたままのシャングリアが赤い顔をして言った。

 一郎は笑った。

 

「痛くしてもいいじゃなくて、痛くされたいんじゃないか? シャングリアは、マゾっ子だからな」

 

 からかった。

 すると、火照っていたシャングリアの顔がさらに真っ赤になったのがわかった。

 

「そ、そうかもしれない……。お、お前になら、死ぬほどに鞭を打ってもらいたいかもしれない」

 

 そして、赤い顔のまま、表情だけは真面目になって言った。

 一郎はちょっと驚いてしまった。

 

「そういうのがいいのか? だったら、本当にするぞ。俺を焚きつけたら後悔するぞ。俺は変態だからな。自分の女をそんな風に痛めつけるのも興奮するんだ」

 

 一郎が言うと、シャングリアの目が大きくなった。

 

「だ、だったらしてもいいぞ。わ、わたしを玩具にしていい。す、好きなように……。わ、わたしは、お前に性奴隷にしてもらうときに、なにをしてもいいと言ったぞ。そういうのが好きならしてくれ。多分だけど、わたしはそういうことが興奮すると思う」

 

 シャングリアが大真面目な口調で言った。

 これには、ちょっと一郎もたじろぐ気分になった。

 

「……ありがとうよ。とりあえず、いくぞ。刻印だ」

 

 一郎は無毛になったシャングリアの股間に手を置く。

 淫魔術を活性化させる。

 一郎の中にある淫気がシャングリアの股間の上にある手に集まっていくのがわかる。

 それを一気にシャングリアの中に注ぎ込む。

 

「んぎいいいっ、んがあああっ、あがああああ、んがああああ」

 

 すると、シャングリアの身体が一郎が驚くくらいに、暴れ出す。

 とてつもない大声で悲鳴を絶叫した。

 

「うわっ」

「なに?」

 

 横のコゼとエリカも、何事かと行為を中断して、こっちに視線をむけたのがわかった。

 だが、驚いたのは一郎も同じだ。

 サキのときとは雰囲気が違う。

 これは、激しい快感に襲われれているというよりは、怖ろしいほどの激痛に襲われている感じだ。

 慌てて手を除けるが、すでに淫気を注ぎつくしている。

 中断はできない。

 シャングリアは、まるで焼き印で押されたかのように、拘束をされている裸体を開脚椅子の上でのたうち回っている。

 

「シャングリア、大丈夫か?」

 

 一郎はとにかく、もう一度シャングリアに淫魔力を触れさせて、落ち着かせようと思った。

 痛みなら、もう一度淫魔力を注げば緩和できる。

 

「んぐううっ、いぐうううっ、あがああああっ」

 

 だが、そのときには、シャングリアは激しく絶頂をして、白目を剥いたような感じになっていた。

 サキのときと同じだ。

 違うのは、この状態に至るまでに、シャングリアが痛みのようなものを味わったことだ。

 サキのときには、ただの連続絶頂だったのだ。

 

「ああっ、ふわああっ」

 

 シャングリアの股間からかなりのまとまった量の愛液が迸った。

 次いで、シャングリアの身体が完全に脱力する。

 失神したみたいだ。

 それだけでなく、シャングリアの股間からじょろじょろとおしっこが迸りだす。

 一郎の身体を濡らしながら、気を失ったシャングリアはぐったりとなっている。

 

「な、なんですか、いまの?」

「ご主人様、シャングリアは?」

 

 エリカとコゼは驚いて声をかけてきた。

 一郎は淫魔術で改めて、シャングリアの身体を探った。

 そして、ほっとして頷く。

 

「問題ない。気を失っているだけだ。あまりにも気持ちよくてな」

 

「き、気持ちよくって、シャングリアはそんな感じじゃありませんでしたよ……。なんか、すごい雄叫びを……」

 

 エリカが顔を引きつらせ気味に言った。

 だが、本当のことだ。

 シャングリアの身体を淫魔術で確認していた限り、さっきの激痛を受けたような反応の中で、シャングリアが途方もない快感を覚えたことに間違いない。

 いまも、シャングリアの身体は大きな快感の余韻に浸っている状態だ。

 

 そして、ふと思いついたことがあった。

 いまのシャングリアの反応から推測された仮説だ。

 とにかく、さっきのシャングリアが怖ろしいほどの激痛を通じて、快感を覚えたのは間違いないと思う。

 だが、その直前に、一郎とシャングリアは、シャングリアがマゾだから、鞭打ちの責めをしてみるというような喩え話をしていた。

 あるいは、それが関係あるのかもしれない。

 まだ、仮説だが、この刻印を施すとき、圧倒的に濃い淫魔力を一気に大量に注ぎ込む影響により、一瞬頭がおかしな状態になり、その女の望む性癖が剥き出しになるんじゃないだろうか。

 突拍子もない予想だが、なんとなく、そんな考えが浮かんだ。

 まあ、試してみる価値はあるかもしれない。

 

「大丈夫なんですか、シャングリアは?」

 

 エリカは、まだ呆然としている感じだ。

 

「問題ない。それよりも、シャングリアをおろして横に寝かせてやってくれ、エリカ。掃除も頼む。今度はコゼの剃毛と刻印をする」

 

 エリカが持ったままだった筆を取りあげて横に置くと、一郎はエリカと場所を変わった。

 

「は、はい……」

 

 エリカがシャングリアのところに行き、まずは魔道でシャングリアの失禁によって汚れた床を掃除する。

 そのついでに、一郎の身体も綺麗にしてくれた。

 次いでエリカがシャングリアを拘束していた革ベルトを外しだす。

 だが、まだシャングリアは目を覚ます様子はない。

 

「さて、コゼも覚悟はいいな。これからするのは、コゼが二度と俺から離れられなくなる呪いのようなものだ。二度と俺以外の男に受け入れられることはないし、淫具で遊ぶこともできなくなる。仲間内は別だけどね。毛を剃るのも、その儀式の一環だ。刻印は俺の愛奴の印だ」

 

 一郎は新しい剃刀を手に取った。

 開脚椅子のコゼがぶるりと身体を震わせた。

 

「も、もちろんです、ご主人様……。嬉しいです。で、でも、エリカ、酷いんですよ……。た、たくさん意地悪をして、あたしを焦らし責めに……」

 

 コゼは目に涙を浮かべている。

 それほどに追い詰められたのだろう。

 一郎は笑った。

 

「それはいつも、コゼが意地悪するからだろう。じゃあ、刻印の処置が終わったら、ご褒美に犯してやろう。もっとも、シャングリアみたいに気を失ったら、犯せないけどな」

 

「やったね──。約束ですよ。あたし、気絶なんかしません」

 

 コゼがきっぱりと断言した。

 一郎は頷いた。

 さて、これでどうなるかだ。

 一郎の予想通りであれば、シャングリアとは反応が違うはずだが……。

 

「さて、じゃあ、お毛毛とはお別れだ」

 

 一郎はコゼの股間で剃刀の刃を動かす。

 コゼの愛液がたっぷりとコゼの陰毛を濡らしていて、確かになんの処置も不要な感じだ。

 一郎は、容赦なく剃刀で陰毛を剃っていった。

 興奮しているかのように、コゼが小さく喘ぎだす。

 ぞり、ぞりと剃刀を動かす度に、白い恥丘が広くなっていく。

 

「あ、あん、ご、ご主人様……。ご、ご主人様にさ、触られると……」

 

 愛撫らしい愛撫などなにもしてないのに、コゼはどんどんと愛液を股間に足していっている。

 真っ赤に充血している股間がひくひくと動くのが、本当にいやらしい。

 やがて、つるつるの丸坊主になった。

 

「じゃあ、刻印だ。終わったら、犯してやろう」

 

「は、はい」

 

 さすがにコゼの顔が蒼くなり、歯を食いしばるような動作をする。

 さっきのシャングリアの反応はすごかった。

 当然に、凄まじいほどの衝撃があると予想しているに違いない。

 だが、一郎の予想では、女たちの性欲を剥き出しにしたような願望の反応が身体に噴出するはずだ。

 さっきのは、シャングリアが極めて特殊すぎたのだと思う。

 

「大丈夫ですか……」

 

 気がつくと、エリカが心配そうな表情で横にいた。

 シャングリアは床におろされて横たわっている。裸体に毛布を掛けられていて、まだ寝息のようなものをかいている。

 

「コゼが終われば、エリカだぞ」

 

 エリカに声をかけると、コゼに顔を向け直して、さっきと同じようにコゼの下腹部に手を当てて、淫魔力を大量に注ぎ込んでいく。

 

「うわっ、わっ、わわっ、わわっ、なに? なに? なにこれ? ああ、なに? 気持ちいい──。気持ちいい──。なに、なにこれ、ご、ご主人様──。ああ、ご主人様──。ああ、ご主人様──。や、やあ、触って──。ご主人様──。いっちゃいや──。どこにもいっちゃいやあ──。ご主人様、コゼの前からいかないで──。どこにも、いっちゃいやああ──。ご主人様がいなくなったら、死ぬ──。コゼは死にます──。ご主人様ああああ」

 

 一郎は手を離した。

 手をどけたコゼの下腹部では、シャングリア同様に、刻印が浮かびあがりだしている。

 全員が同じ刻印だが、一郎がルードルフに貰ったボルグ家の紋章だ。

 円があり、中心に塔が描かれてその塔に絡まる二匹の大蛇という図柄だ。この紋様にも仕掛けがあるが、まあ、そのお披露目は後だ。

 それにしても、コゼは錯乱をしたみたいになっている。

 目の前の一郎を必死で探し求めている様子を示しだした。

 

「コゼ、しっかり──」

 

 エリカが声をあげて、コゼの身体を掴もうとした。

 一郎はそれを制して、開脚椅子の背もたれごと、コゼを抱き締めた。

 

「コゼ、俺だ──。俺はここだぞ」

 

 すでに刻印の処置は走り出している。特にすることもない。

 一郎はぎゅっとコゼを抱き締めてやった。

 

「ああ、ご主人様──。大好き──。コゼはご主人様が好きです──。ああああっ」

 

 一郎が抱き締めると、さっきのシャングリアと同じように、がくがくと絶頂の反応を示しだした。

 

「いいいっ、あああっ、すごいいいっ、あああああっ、ご主人様ああああっ」

 

 可愛らしい顔に女の悦びをいっぱいに浮かべて、コゼが絶頂をした。

 そして、やっぱり、そのまま気を失ってしまった。

 これは、約束を守って犯すことができなくなったみたいだな。

 一郎は苦笑した。

 

「コゼはどうしちゃったんですか?」

 

 エリカは驚いてしまっている。

 だが、一郎はもはや、刻印を施したときの女たちの反応について理解した。

 やはり、これは、淫魔力を大量に注がれることで、錯乱状態になると同時に、女たちの性癖を剥き出しにして、外に出してしまうのだ。

 これは、結構面白いかもしれない。

 最終的に気絶するほどの絶頂感に陥るのを除けば、女の身体に異常は残らないみたいだし……。

 

「しばらくすれば目を覚ますさ……。犯す約束をしたから、コゼはちょっとこのままにしておこう。それよりも、エリカ、お前にも刻印をするぞ」

 

 エリカはどうなるのか?

 一郎はエリカの腕を掴むと、引き寄せて、立ったまま下腹部に手をやって、刻印を施すための処置を開始した。

 

「わっ、ロ、ロウ様──。ま、待って、いきなり──」

 

 エリカがびっくりしているが、激しくは抵抗しない。

 しかし、一郎の身体にしがみついてぎゅと乳房を一郎に押しつけるようにしてきた。

 ちょっと怖いに違いない。

 

「あ、ああああっ、いいいいいいっ」

 

 そして、エリカが一郎の腕の中で跳ねるように動き始める。

 刻印の術が本格的になったため、エリカの身体の中で淫魔術が暴れ狂う感じになっているのだと思う。

 下腹部から手を離して、エリカを両手で抱き締める体勢にする。

 そのとき、ちらりと目をやったが、ボルグ家の塔と二匹の蛇の紋章が、エリカの下腹部で真っ赤になっている。

 

「ああっ、ロウ様──。エ、エリカをいじめてください。恥ずかしいことしたい──。いや……。したくないけど、すると興奮するの──。ロウ様、エリカに思いっきり恥ずかしいことをさせてください。いやだけど、ロウ様に苛められるのが好きです──。あああ、やだああっ、ロウ様に意地悪されたいい。恥ずかしい、恥ずかしい──」

 

 エリカが両手で一郎にとりすがるように、顔に苦悶というか……羞恥に苛まれているときのような表情を浮かべる。

 これもまた、特殊な反応だなと思った。

 羞恥責めでもされているような反応のようだが……。

 

「ああ、ロウ様が欲しい──。ロウ様におまんこを犯して欲しいです──。ああ、いやらしい言葉を言うと興奮するの──。ロウ様、エリカの淫乱なおまんこを犯してくださいいいっ──」

 

 すると、今度は腰を一郎の下腹部に激しく擦るつけるような動きを開始する。

 卑猥な言葉を叫びながらのおねだりだ。

 およそ、普段のエリカなら、絶対に想像もできないような破廉恥な行為だが、これがエリカの隠れている性癖の欲望なら面白い。

 

 いずれにしても、肉体の快感を暴発させてしまって気絶をしたサキ、シャングリア、コゼとは違い、エリカの性癖爆発の反応は精神的なもののようだ。

 その分、性行為の余地があるようだ。

 とりあえず、エリカを抱かせてもらうことにする。

 

「ほら、犯してやるから、思いつく限りの卑猥な言葉を口にするんだ。エリカが絶対に言わないような言葉を絶叫しろ」

 

 一郎はエリカを床に横たわらせると、両脚を立たせて開脚させる。

 そのまま、正常位で一気に怒張をエリカに貫かせた。

 

「んふううっ、エ、エリカは、とても淫乱で──ああ、おまんこが熱いです──。熱いいい──。エリカのおまんこをもっとぐしょぐしょにしてくださいい──ああああ」

 

 卑猥な言葉を口にしろという命令に、エリカが懸命に言葉を探すような表情をして、嬌声と嬌声のあいだで必死に言葉を紡いでいる。

 だが、確かに興奮しているようだ。

 エリカの快感値が急降下して、あっという間に絶頂しそうな雰囲気だ。

 

「もう終わりか? もっと卑猥な言葉を言え──」

 

 一郎は律動させながら言った。

 

「ち、ちんぽ、欲しいです──。ロウ様のおちんぽ素敵ですうう──」

 

 酔っ払ったようなエリカが絶叫し、その瞬間、一郎の身体を下から力いっぱいに抱き締めて、激しく身体を震わせて絶頂をした。

 

「あああああ、ああああああっ」

 

 しかも、これはかなり深い──。

 おそらく、この一回でエリカは失神する。

 一郎はそれがわかった。

 さっきの隠語連発も合わせて、これが刻印の術を施したことによるエリカの一連の反応なのだろう。

 いずれにしても、最後には気絶するほどの絶頂をするのは同じみたいだ。

 

「いくぞ」

 

 一郎はエリカの中に精を放った。

 

「ロウ様のちんぽおおおおっ」

 

 正気に戻れば、羞恥にのたうち回るのではないかと思うような、ちんぽ絶叫をして、エリカもまた意識を手離してしまった。



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198 女騎士ハード志願

「あひいっ、ま、またあっ、いくうっ、いくうっ、いきます──。ご主人様、いくうっ、狂う……。ああ、ああっ、いくううっ、いくううう」

 

 コゼが一郎の股間に腰を押しつけるように突きあげた。

 がくがくと総身を揺すりたてている。

 動きが激しいので、拘束させている開脚椅子がぎしぎしと揺れている。

 また、その声はまるで断末魔のように大きい。

 一郎は、コゼを犯しながら、反応のよさにほくそ笑んでしまった。

 どうやら、これもまた施したばかりの刻印の影響みたいだ。

 愛奴たちに施す刻印は、どうやら一郎が与える快感を増幅する作用もあるようだ。

 

「ほら、甘えん坊のコゼ、口づけだ」

 

 一郎は腰を前後に律動させつつ、開脚椅子の背もたれに斜めに寝かせるようにしているコゼに向けて身体を倒す。

 そして、唇を重ねた。

 また、一郎の片手はコゼの乳房を這い回り、刺激を増幅している。

 

「ああ、ああああっ、いく、ご主人様、大好きいいっ、コゼはご主人様が大好きいい……。んんんっ、んんっ、んん、んんっ」

 

 コゼが夢中になって、一郎の舌に舌を絡ませてくる。

 可愛い反応だ。

 一郎は思う存分に、コゼの口の中の性感帯を蹂躙していく。

 そのあいだも、一郎は乳房を愛撫しつつ、亀頭でコゼの膣の中の感じる場所を強く抉りまくっている。

 

「んああああっ、いぐううっ、いくうう」

 

 激しくコゼが頭を振ったことで、重ねていた唇も外れてしまった。

 コゼの痙攣が大きくなり、またとまらなくなった。

 いずれにしても、もうそろそろ絶頂する。

 一郎には、それがわかっている。

 

 剃毛と刻印の術式が三人娘に終わったばかりの一郎たちの屋敷だ。

 シャングリアとエリカは、まだ刻印のときの衝撃で気を失っていて、ひと足先に意識を取り戻したコゼを、いま犯しているところである。

 コゼについては、刻印を受け入れるご褒美に、犯すという約束だったので、剃毛のときに拘束していた開脚椅子に座らせたまま、コゼの意識が戻るのを待っていたのだ。

 そして、いい具合に、残りのふたりよりも早く意識を戻したので、さっそくコゼをもらっている。

 まあ、ご褒美だろうが、そうでなかろうが、最終的には犯すということには変わりないが……。

 

「ああ、気持ちいいですううう」

 

 そして、コゼが狂おしく股間を跳ねあげて、拘束されている全身を限界まで反り返らせた。

 震えていた裸体がさらに激しく痙攣する。

 

「ああ、俺も気持ちがいい……。一緒にいこう、コゼ……」

 

 一郎は、律動をしながら、コゼの絶頂に合わせて、腰を振って精を放つ準備をする。

 ぎゅっとコゼの膣が一郎の怒張をますます締めつけた。

 

「んぐううう」

 

 すぐに、コゼが奇声をあげて、絶頂をした。

 一郎はコゼの子宮に精を放つ。

 コゼは束の間裸体を硬直させたようになったが、やがて、がくりと、一気に全身の力を脱力させた。

 一郎はコゼから怒張を抜き、軽く口づけをした。

 コゼが虚ろな目で、うっとりと一郎を見つめて、口づけを返してきた。

 

「はあ、はあ、はあ……。あ、ありがとうございます、ご主人様……。いい気持ちでした……」

 

 唇を離すと、コゼがまだ荒い息を続けつつ、一郎に半分呆けた顔を向けた。

 一郎は、コゼの物言いに苦笑した。

 

「いい気持ちだったのは俺だよ。ありがとう、コゼ」

 

 いつもそうだが、一郎に犯された女たちは、なぜか行為が終わったときに、一郎にありがとうとお礼を言ってくれる。

 男としては感無量なのだが、こんな風に性癖全開にし、拘束椅子なんかに縛りつけ、凌辱気分を味わうようなことをして、満足させてもらっているのは一郎の方なのだ。

 どうしても、女が一郎にお礼を言うということに慣れることができない。

 

 一郎は、コゼを縛っていた全身の革ベルトを全部外すと、まだ力が入らない感じのコゼを抱きあげ、そのまま床に胡坐をした一郎の脚の上に抱え込んだ。

 さっき、刻印をつけたとき、コゼは甘えん坊全開の態度を錯乱した状態の中で示してくれた。

 以前からわかっていたが、コゼは一郎の女たちの中でも、一番に一郎に甘えたがっている女だ。

 一郎に拾われる前の不幸な境遇が、それをコゼにさせるのかもしれないが、これが少しでもコゼの慰めになるなら、一郎としてもコゼをできるだけ甘えさせてあげたいと改めて思った。

 

「ほら、俺に跨るんだ。ふたりが目が覚めるまで、くっついていよう。コゼはいつも、俺に尽くしてくれるからな。なにか望みはあるか? なんでもしてやるぞ」

 

 一郎はコゼを対面座位の体位で密着させながら言った。

 コゼが嬉しそうに、一郎の胸に頬を擦りつける。

 とてもじゃないが、冷酷に敵の首を裂いていく、熟練の女アサシンとは思えない。

 

「コゼの望みは、もう叶っています。あたしはご主人様と一緒にいつまでも一緒にいられれば幸せです……。それだけです」

 

「だったら、諦めることだ。もう望んでも、俺から離れられない。その刻印は、ただの印じゃない。俺の所有物の証だ」

 

「嬉しいです、ご主人様」

 

 コゼが一郎の背中に手を回してぎゅっと抱きついてきた。

 シャングリアとエリカが目を覚ましたのは、それからしばらくしてからだ。

 ふたりとも、眼を開けて、しばらくぼうっとしていた感じだったが、突然にエリカが悲鳴をあげた。

 

「いやあああ」

 

「うわっ、なんだ、なんだ?」

「なによ、エリカ、突然に?」

 

 シャングリアとコゼがびっくりして声をあげた。

 

「あああ、わ、わたし、わたし……」

 

 一郎は、コゼを抱き締めながら、エリカに視線を向けた。

 その顔は真っ赤になっている。

 おそらく、さっき、ちんぽ絶叫をして昇天したことでも思い出したのだろう。恥ずかしいことをされるのが隠れた性癖というのは笑うしかないが、卑猥語を大声で喚きながら快感によがるエリカは新鮮だった。

 また、機会があればやらせるか……。

 

「どうしたのよ、エリカ? なにかあったの?」

 

 コゼもエリカに声をかけた。

 

「な、なにかって……」

 

 エリカは真っ赤な顔のまま、困惑したような表情になっている。錯乱状態になったようだが、どうやらしっかりと記憶には留めているらしい。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「教えてもいいか、エリカ?」

 

 一郎はエリカに声をかけた。

 すると、エリカが顔をひきつらせた。 

 

「わああっ、だめっ、だめです、ロウ様──。さっきのことは絶対に誰にも言わないでください──」

 

 エリカが必死に叫んだ。

 一郎は笑った。

 もっとも、あのとき、咄嗟に『映録球』という魔道具を取りだし、魔道力の代わりに淫魔力で卑猥語を叫ぶエリカの姿を記録したと言ったら、エリカはどういう反応をするだろう?

 

 『映録球』というのは、この世界にある一般的な魔道による記録具であり、水晶球のような小さな半透明の球体なのだが、それに目の前で起きている映像と音を記録して、好きなときに、好きな場所で立体映像として再現できるのだ。

 その映録球に、ちんぽ絶叫をする自分の姿を再現したとしたら、エリカはどんな風に羞恥にのたうち回るだろう。

 すでに、亜空間に収容したが、いま出すと、エリカに記録を消去させられそうなので自重した。あれは、簡単に複製が作れるはずなので、ちゃんと複製を作ってからのお披露目にしようと思った。

 

「なによ。気になるわねえ。ご主人様、エリカはなにを隠したがっているんですか?教えてくださいよ」

 

 一郎に抱かれているコゼが一郎を見あげた。

 

「絶対に言わないでくださいね、ロウ様──」

 

 エリカが叫んだ。

 そのとき、一郎は、半身を起きあがらせているシャングリアが、なにかを思つめたように、自分の下腹部に手を当てて考え込んでいることに気がついた。

 押さえているところは、一郎が施した刻印のところだ。

 

「どうしたんだ、シャングリア?」

 

 一郎は今度はシャングリアに声をかけた。

 

「ああ、ロウ……。いや、なんでもない……。いや、やっぱり、あるかな……。さっきのことだ。お前に刻印を受けたとき……。わたしは、とても気持ちよかった……かもしれない……。それを考えていたんだ……。そして、なんだが不思議な気分になっている」

 

「不思議な気分?」

 

 シャングリアに刻印を施したとき、シャングリアは全身に激痛を覚えて、そして、その痛みを途方もない快感に変換をして絶頂をしたのだ。

 それだけでなく、潮吹きに次いで失禁までした。

 刻印の術を施すことで、女の隠れている剥き出しの性癖の願望を引き出すのだとすれば、間違いなくシャングリアは、強い被虐癖を呼び起こされたということだろう。

 エリカもそうだったから、あの錯乱状態のときのことは記憶にあるのだろう。

 それで考え込んでいるのか?

 

「まあいいだろう。それよりも、シャングリアにもご褒美をやろう……。ちゃんと剃毛も刻印も受け入れたしな。コゼはいま終わったところだ。エリカについては、刻印を受けながらだったが、ちゃんと精を注いだ。シャングリアだけまだだったから、次はシャングリアだ」

 

 ロウがシャングリアに視線を向けた。

 コゼが一郎の上からどいて、シャングリアのために場所を開放する。

 しかし、シャングリアはちょっと顔を赤くして、なにか思い詰めるような表情になって、じっと一郎を見つめてきた。

 一郎は首を傾げた。

 

「どうした?」

 

 すると、もともと赤かったシャングリアの顔がさらに真っ赤になった。

 

「うん……。どうしようかと迷っていたが、思い切って打ち明ける……。ロウ、よければ、わたしに鞭責めをしてくれないだろうか……。棒で叩いたり、蹴ったりしてもいい。とにかく、乱暴に扱ってもらいたいのだ……」

 

「ええ、なに言ってんの、シャングリア?」

 

 エリカが横から口を挟んだ。

 とてもびっくりしているみたいだ。

 だが、シャングリアは、エリカは無視して、一心に一郎だけを見つけている。

 

「なあ、ロウ……。刻印を受け入れる前に、ロウもわたしたちに対して、我慢しているようなことを口にしてたじゃないか……。だから、わたしをロウに性のはけ口にして欲しいのだ。女を鬼畜に乱暴するのは、お前は嫌いじゃないだろう? そもそも、もしかしたら、わたしはなによりも、そういう風に扱われるのが好きなのかもしれない。刻印を受け入れたときにそう思ったのだ」

 

 シャングリアがにっこりと笑った。

 一郎はちょっと驚いた。

 

 *

 

 

「容赦なくいくぞ。ただし、どうしても、やめて欲しいときには、“タミナス”と口にしろ。わかったな、シャングリア。それを合言葉にしよう……。だが、やる限りは容赦なくやる。シャングリアの言うとおりに、俺は女を鬼畜に扱って悦ぶ変態だ」

 

 一郎はシャングリアの両手首に嵌めた革枷に天井から伸びる鎖を繋げながら言った。

 シャングリアは完全な素裸だった。

 さっきの部屋ではなく、同じ地下にある別の調教室だ。

 シャングリアの突然の希望により、シャングリアに、いわゆる「ハードSM」をすることになった。

 ならばと、道具と設備が整っている別の調教室に、四人で移動してきたのだ。

 

「たみなす? どういう意味だ、ロウ?」

 

 シャングリアは怪訝な顔をした。

 その表情は、言葉の意味そのものよりも、合言葉を告げることで、責めをやめるという意味合いのことを一郎が告げたことがよく理解できていないようだ。

 

「“限界”という意味だ。責めはやめてくれという合図だな」

 

 一郎はにやりと笑った。

 だが、シャングリアは憤慨したように眉をひそめた。

 

「わたしは、お前にとことん痛めつけられたいのだ。覚悟はできているし、手加減なんてしなくてもいい。お前の欲求を思う存分、わたしにぶつけて欲しい。それが望みなのだ」

 

 シャングリアが言った。

 どうやら、刻印を受けることで、マゾ度をさらに覚醒したのかもしれない。

 一方で、エリカとコゼについては部屋の隅で見守っている。

 相変わらず女たちは全裸だが、一郎だけは腰の下着を身に着けている。

 鞭打ちをするとなると、どうにも邪魔だからだ。

 

「だったら、俺を愉しませてくれよ」

 

 そのシャングリアの両手首に繋げた鎖を一郎は引きあげた。

 シャングリアのつま先が宙に浮きあがる。

 

「だったら、口にしなければいいだけじゃないのよ。中止の合言葉を作ってくださったのは、ご主人様の愛情よ」

 

 壁に背中をつけて床に座っているコゼが声をかけた。

 一方でその横のエリカは、複雑そうな表情をして押し黙ったままだ。

 同じマゾだが、痛みを快感に覚えるような性癖はエリカにはないだろう。一郎に犯されるよりも、むしろ鞭打って欲しいと口にしたシャングリアの申し出は、まったく理解できなかったようだし、とても心配そうな顔をしている。

 だが、当のシャングリアが望み、一郎も悦んでいる。

 エリカとしては、口を挟む余地などないのだ。それで、ただ困惑しているとううことだ。

 

「わたしは覚悟を決めているぞ。とことん、ロウに責められたい」

 

 シャングリアが声をあげた。

 一郎はにんまりとしてしまった。

 日常において、あまり“ハード”な責めをしない一郎だったが、それに興味がないというのは嘘になる。

 むしろ、シャングリアのようないい女を思う存分、痛めつけて泣かせたいというのは、一郎のような嗜虐趣味を持っている男の願望のようなものだろう。

 

 折角のシャングリアの好意だ。

 一郎は大いに愉しむつもりである。

 第一、一郎は性奴隷にした女を淫魔術の力で治療をすることもできる。また、隠されている真の感情さえ、読むことができるのだから、本当の限界を見誤ることなどない。

 それに、コゼもシャングリアも間違っている。

 限界だと感じたら、合図をしろとは言ったが、それで終わるとは一度も口にしていない……。

 

 一郎は、準備していた台を持って来た。

 それに責め具を並べて置いているのだ。

 その中から、まずは黒い布を取り出して、シャングリアに目隠しをした。

 

「あ……」

 

 視界を塞がれたシャングリアがびくりと裸身を震わせた。

 

「もう音をあげるか?」

 

 一郎は笑った。

 

「ま、まさか……」

 

 だが、シャングリアは気後れしたように声を出した。そのシャングリアの腹を一郎は、砂入りの革の棍棒で思い切り突きあげた。

 

「うぐっ」

 

 シャングリアが声を迸らせる。

 両手で吊られた身体が揺れて、戻ったところを今度は鳩尾を狙って下から殴る。

 シャングリアは絶息するような声をとともに、身体をくの字に曲げた。

 

「まだまだだぞ、シャングリア」

 

 一郎は棍棒を投げ捨てて、今度は鞭を手に取った。

 人の背丈よりも長い革の鞭だ。

 もちろん、こんな鞭は使ったことはないが、なぜか自在に扱うことができるだろうという確信がある。

 おそらく、これも淫魔術のなせる技だと思う。

 一郎はシャングリアの不意を突くように、まずは背中側に鞭を叩き込んだ。

 

「んふうっ」

 

 シャングリアがぐらりと身体を揺すって、背を反りかえらせた。

 

 次は前だ。

 一郎は立ち位置を変えずに、一度鞭を前に出し、戻って来る鞭の動きでシャングリアの乳房付近を打つ。

 

「んがあっ」

 

 シャングリアが悲鳴を洩らした。

 なにしろ、目隠しをされているシャングリアには、どこからいつ打たれるのかということがわからない。

 だから、備えることのできない痛みと、なによりも激痛への恐怖は大きなものであるはずだ。

 一郎は鞭を振るい続けた。

 

 肩に……。

 腕に……。

 脚に……。

 尻に……。

 

 打つごとに、シャングリアは泣き声のような息を洩らす。

 その苦痛に悶える姿に、一郎は自分の股間が固く勃起するのを感じた。

 

 自分は興奮している。

 一郎はシャングリアの全身に増えていく蚯蚓腫れを見ながら思った。

 シャングリアに指摘されたときには、完全にはぴんと来てなかったが、確かに一郎には、女を鞭打って興奮するという異常性欲もあるようだ。

 

 一郎は、しばらく鞭を振るい続けた。

 シャングリアも、吊られている鎖を両手で掴んで懸命に悲鳴を耐え続ける。

 

 だが、鞭打ちが五十発を超え、蚯蚓腫れの傷が裂けて血があちこちから滴るようになると、その手が離れてシャングリアの身体は垂れ下がった。

 いずれにしても、さすがの体力と筋力だ。

 シャングリアの裸身は、一郎の一本鞭を淡々と跳ね返す。

 

 一郎は汗だくになりながら、鞭打ちを続けた。

 ビシリ、ビシリと一郎の鞭は回転が速くなっていく。

 やがて、汗びっしょりになった一郎は、疲労を感じて鞭を台に戻した。

 その代わり、大きな壺に入った荒塩を握る。

 それをシャングリアの胴体の傷口に無造作に塗り込めた。

 

「ふがああっ、あがあああっ、があああっ」

 

 息も絶え絶えだったシャングリアの身体が飛び跳ね、絶叫して暴れ始めた。

 

「シャ、シャングリア、合図をしなさい。もう、終わりにしてもらうのよ」

 

 そのとき、ずっと息を呑んだように押し黙っていたエリカが、耐えきれなくなったように口を出した。

 一郎はエリカとコゼに視線を向けた。

 ふたりとも、人が変わったように、シャングリアに鞭を振るう一郎に顔色を変えているものの、ふたりの感情は異なる。

 

 コゼの思考は、完全に一郎に向いていて、一郎がシャングリアを残酷にいたぶることについて、一郎自身がどんな気持ちや反応を抱いているかということをひたすら探求しようとしているようだ。

 その証拠にコゼの感情は、好奇心、疑念、疑い、驚き……。

 そういうもので満ちている。

 

 それに比べて、エリカは純粋にシャングリアのことを心配しているようだ。

 同情、不安、緊張……。

 そんな感情で交錯している。

 

「だ、大丈夫……だ……」

 

 辛うじてシャングリアの口から出たのはその言葉だった。

 一郎は思わず微笑んでしまった。

 

「だ、大丈夫であるものですか……。ねえ、ご主人様……」

 

 エリカは、今度は一郎に哀願するような口調を向けてきた。

 

「大丈夫というから、大丈夫なんだろう」

 

 しかし、一郎は大して気にも留めない。

 その代わりに、鎖を操作して、宙吊りのシャングリアの身体をおろして、腰が床に着くほどにした。

 シャングリアの傷だらけの裸身が、脱力をしたまま脚が床に横たわる。ただし、両手はまだ天井に繋がっているので、上体は起きたままだ。

 

 一郎は下着をおろすと、シャングリアの両腿を抱え、猛っている怒張を股間に貫かせた。

 

「んはああっ」

 

 シャングリアの身体が弓なりに曲がった。

 膣を貫く怒張には、まったく抵抗などなかった。

 むしろ、女陰から滴る淫液が十分すぎるくらいだ。

 一郎は、残酷に鞭打てば鞭打つほど、シャングリアが欲情していくことに気がついていた。だからこそ、安心して、いくらでも惨く扱えた。

 一郎による鞭打ちだけで、これだけ濡れるというのも、愉快だが……。

 

「えっ?」

「へえ……」

 

 エリカとコゼの当惑する声が聞こえた。

 やっとふたりにも、シャングリアが完全な淫情の中であることがわかったのだ。

 しかし、エリカの声には純粋な困惑の響きがある。一方のコゼは、驚きという感じだ。

 

「ううっ、んふうっ、はううっ」

 

 一郎が容赦のない律動を始めると、シャングリアは唸り声のような嬌声をあげ始める。

 苦しそうではあるが、その苦痛の中に激しい快楽が入り混じっており、シャングリアはあっという間に愉悦の頂点に近くに昇りつめた。

 淫魔術で抱いている女の反応がわかる一郎には、それがはっきりとわかった。

 

「鞭打たれてこんなに悦ぶのか。本当に変態だな、シャングリア──。俺の女に相応しい」

 

 一郎はシャングリアの身体の反応に満足して言った。

 そのあいだも、一郎の腰はシャングリアの傷だらけの裸身を乱暴に犯し続けている。

 

「あ、当たり前……だ。わ、わたしは……はっ、はあっ、ま、まぞだ、だから……な。お前、せん、専用の……嗜虐……道具に……」

 

 シャングリアが息も絶え絶えに言った。

 

「嬉しいことをいう。確かに、マゾだな。お前の性の昂ぶりを感じるぞ。もうすぐいきそうだろ、シャングリア?」

 

「う、うん……。い、いく……。だ、だけど……、わ、わ、わたしは……わたしではなく……はあっ、はっ……お、お前の……よ、欲望の……は、はけ口……に、はあっ、はあああっ」

 

 そのとき、シャングリアの身体に力がこもり、その裸身がひときわ大きくのけ反った。

 全身ががくがくと震えて、膣と子宮が縮んで、抽送を続けている一郎の一物をぐっと絞りあげる。

 達したのだ。

 一郎もそれに合わせて精を放った。

 

 シャングリアは、一郎がシャングリアに合わせるのではなく、一郎の欲望のままに犯されたがったようだが、そんな健気なシャングリアの感情が伝わるだけに、一郎はその可愛さに我慢できずに、精を解放することにした。

 

 シャングリアの身体からがくりと力が抜けた。

 弛緩したシャングリアの身体から小水が迸る。

 黄色い奔流は、一郎の下腹部に当たって、流れ落ちていった。

 コゼとエリカが慌てたようにやってこようとしたが、一郎はそれを制した。

 まだ、シャングリアへの責めは終わっていない。

 一郎に鞭打たれて欲情し、さらに前戯もないのに一郎を受け入れ、呆気なく達するような変態女には、さらなる罰が必要だろう。

 

 だが、一郎は知っている。

 シャングリアのマゾは、一郎の性愛に応じるために、シャングリアがわざわざ自分の心に作りあげた後天的なものだ。シャングリアがいつも口にするが、シャングリアが「一郎専用のマゾ」というのは本当だ。

 おそらく、一郎以外の相手では、シャングリアはまったく異なる反応をすると思う。

 シャングリアの心も身体も知ることができる一郎にはそれがわかる。

 

 一郎は陰茎を引き抜き、シャングリアを汚水の上に完全に横たわらせた。

 そして、天井から垂れる新しい二本の鎖を準備すると、シャングリアの両足首にそれぞれ革枷を用いて繋ぎとめる。

 両手首に繋がる鎖は、床の金具に固定し直し、両脚の鎖を引きあげた。

 

「ああ……」

 

 気絶したようになっていたシャングリアが意識を戻したようだ。

 だが、まだ目隠しは解いていないので、眼を開いたシャングリアの瞳は隠れている。

 いずれにしても、シャングリアは、両脚を開いて逆さ吊りになっている体勢に固定された。しかも、両手は床側に固定されている。

 一郎は台から太い蝋燭を取り出すと、シャングリアの膣に強引に深々と突き立てた。

 

「うぐううっ、な、なんだ? なに?」

 

 シャングリアが新しい苦痛に暴れた。

 突き立てた蝋燭は、かなりの太さだ。それを挿入された痛みでシャングリアはもがいている。

 さすがに、シャングリアも激痛に鎖をがちゃがちゃと鳴らした。

 

「いいものを塗ってやろう。シャングリアを俺専用のマゾだと認めた証だ」

 

 一郎はシャングリアの目隠しを取った。

 そして、シャングリアの目の前に、部屋の隅から持って来た燭台を示した。

 なにをされるのかわかったシャングリアが、さすがに恐怖に顔色を変える。

 一郎はその反応にも満足して、シャングリアの股間に突き挿さっている蝋燭に火を点した。

 

「シャングリア、これがなにかわかるか? よく燃える油だ。これを股間に塗ってやる。この蝋燭の火は消えることはない。そして、だんだんと炎は油を塗った股間に近づいてくる。やがて、どうなるかわかるな?」

 

 一郎は鬼畜に笑うと、シャングリアの股間の蝋燭を突き立てている女陰の周りに油をどぼどぼと流した。

 シャングリアの無毛の股間から油が垂れ流れる。

 

「エリカ、コゼ、来い……。また、抱いてやる」

 

 一郎は壁のふたりに声をかけた。

 コゼはあっという間に、一郎のところに飛んできた。

 エリカは困惑したように、残酷に人間燭台にされているシャングリアを気にしながら、それでも、言われるままに、全裸でやってきた。

 とにかく、一郎は興奮の頂点にいる。

 少しは発散しないと、血がたぎっておかしくなりそうだ。

 一郎はそのあいだに、完全な全裸になると、逆さ吊りのシャングリアの視界側でふたりを抱き始めた。

 

「んふうっ、あ、熱いいっ──。ああっ、熱いいいっ」

 

 今度は我慢などすることもできずに、シャングリアが絶叫して身体を振り立てている。

 しかし、それにより、蝋が飛び散ったようであり、シャングリアの口から、さらに大きな悲鳴があがった。

 

 一郎はその悲鳴を美しい音楽のような気持ちで受けながら、ふたりの女の裸身を交互に愛撫する。

 すぐにコゼは、本当に一郎のことを愛おしそうに抱きついてきたが、エリカはどうしてもシャングリアが気になるらしく、ちらちらとそっちに視線を時折やっていた。

 

 だが、そのふたりとも、すぐに一郎の手管に翻弄されて、余裕のない状態になる。

 一郎は、エリカの豊かな乳房をしゃぶりながら、一方で怒張をコゼの股間に突きたてるということをして愉しんだ。

 

「ああっ、あっ、た、助けて、も、もうだめえっ、あああ……、た、たみ……なす……。た、たみなす……」

 

 シャングリアがついに合言葉を叫んだ。

 ふと見ると、もうほとんど炎は、シャングリアの股の土手の間近だ。

 しかし、一郎は無視した。

 そのまま、エリカとコゼを抱き続ける。

 

「ロ、ロウ様、シャングリアが合言葉を──」

 

 エリカが慌てたように声をあげた。

 しかし、一郎は、起きあがろうとしたエリカを押し留め、コゼの中に入っていた怒張をエリカのヴァギナに入れ直す。

 そして、コゼを引き寄せて、口を開かせ、その口の中を舌で蹂躙してやる。

 

「あ、ああっ、ご、ごしゅりんさま……」

 

 コゼが涎を流しながら気持ちよさそうに顔を蕩けさせる。

 エリカは怒張の抽送に喘ぎ声を出しながらも、断末魔のような悲鳴をあげるシャングリアにも意識を向けている。

 

「ああ、あっ、ああっ、ああ……」

 

 だが、しばらく亀頭の先でエリカの膣の中の感じる場所を強く擦り続けると、やっとエリカの反応が余裕のないものになった。

 一方で、逆さ吊りのシャングリアの悲鳴はもう絶叫に近い。

 合言葉の“タミナス”も、もう言葉にはなっておらず、ただの叫び声でしかなかった。

 

「いく、いきますうっ、はああっ」

 

 感じやすいエリカの身体が、一郎の怒張を受け入れたまま飛び跳ねた。

 一郎はエリカを抱きながら、顔をシャングリアに向ける。

 シャングリアの股間にある蝋燭は、ほとんど長さを失っていた。

 炎が油を塗った股間の土手にゆらゆらと迫っている。

 

「ひぎゃあああっ、あがああああっ」

 

 そして、絶叫がした。

 一郎はエリカの股間から怒張を抜き、対面座位の体勢でシャングリアの身体がよく見えるように、コゼを抱き寄せる。

 コゼが一郎の股間の上に、女陰で怒張を受け入れながら座り込んだ。

 蝋燭の蝋痕でいっぱいのシャングリアの股間がぼっと燃えあがる。

 

「あがああっ、はがあああ」

 

 股間を焼かれているシャングリアが狂ったように暴れ続ける。 

 その炎の中で、あのボルグ卿の紋章だけ、見事にシャングリアの股間に見事に浮かびあがっているのが見えた。

 シャングリアの身体を淫魔力で探る。

 問題ない。股間を油で焼かれるという凄まじい苦痛の中で、シャングリアがほとんど絶頂に匹敵する快感を受けているというのもわかった。

 まさに、マゾだな。

 

 一郎は、コゼに絶頂を極めさせると、脱力したコゼを床に横たえて立ちあがった。

 股間を油で焼くという一郎の暴挙によって、もはや呻き声さえも出せなくなっているシャングリアは、逆さ吊りのまま、凄惨な表情になって脂汗びっしょりの顔で激しく息をしている。

 一郎は、そのシャングリアの前に仁王立ちになった。

 両脚を開いて天井から吊るされ、さらに束ねた手首を床に鎖で繋ぎ留められているシャングリアの顔は、ちょうど立ちあがった一郎の股間の高さだ。

 

「呆けるな、シャングリア。気を失うには早いぞ」

 

 一郎は台から今度は乗馬鞭を手に取った。

 そのまま股間をめがけて打ち下ろす。

 

「んがああっ」

 

 シャングリアが大声を迸らせて身体を跳ねさせたが、さすがにその動きは小さい。

 すでにほとんど体力も残っていないに違いない。

 一方で、鞭で打ち付けたシャングリアの股間は、こびりついていた蝋が、燃えあがった炎の熱によって、再び溶けて大きな塊になっていたのだが、それが鞭によって剥がれてシャングリアの剥き出しの股間がやっと露わになる。

 

 油の炎による火傷はそれほどでもない。

 もともと、熱さは伝えるが、火傷そのものはしないような特別な油を使ったのだ。

 だが、股間に突き挿した蝋燭については、別にSM用の蝋燭というわけではなく、この世界にどこにでもあるような普通の蝋燭だ。

 蝋が剥がれたシャングリアの股間には、垂蝋による丸い火傷が無数についていた。

 

「舐めろ、シャングリア」

 

 一郎はエリカとコゼを犯して、ふたりの愛液に加えて一郎自身の精液にまみれている男根をシャングリアの口に押しつけた。

 息も絶え絶えのシャングリアが、逆さ吊りのまま、それを口に咥える。

 

「ロ、ロウ様、いくらなんでも、そんなには……」

 

 コゼよりもひと足先に絶頂させられ、床に腰をおろした状態で見守っていたエリカが心配そうな声をあげた。

 

「馬鹿ね、エリカ。シャングリアを見なさいよ。さっき、ご主人様が仰ったわ。シャングリアは感じているのよ」

 

 すると、寝そべっていたコゼが、身体を起こしながら横から口を挟んできた。

 一郎はにんまりと笑った。

 コゼには、シャングリアが途方もない愉悦にいるのがわかったのだ。

 いずれにせよ、さすがは、“自分は一郎専用のマゾ女”だと豪語するだけある。

 一郎は嬉しくなった。

 とにかく、シャングリアは十分に一郎を満足させてくれた。

 一郎は目の前にあるシャングリアの股間を舌で舐め始めた。

 

「んっ、んふうっ、んんっ」

 

 一郎の一物を舌で奉仕していたシャングリアが、口に一郎の一物を含んだまま甘い声を出す。

 そして、吊られている身体を悶えさせる。

 

 一郎はますます赤みを深める股間の紋様に淫気を込めた。

 すると、紋様から二匹の蛇が飛び出し、シャングリアの裸身につけられた鞭の傷を擦るように這い出す。すると、蛇が這ったところについていた鞭の痣も破れた肌も、完全に治療されて、跡形もなく傷は消えていく。

 

 自由自在に動いて女をいたぶる刺青の紋様……。

 これこそが、一郎の施した淫魔師の紋様の秘密だ。もっとも、エリカもコゼも気がついていないようだが……。

 やがて、舌で唾液をまぶしているシャングリアの股間は火傷の傷もなくなって、すぐに、いつものシャングリアの綺麗な土手に戻っていく。

 そうやって、シャングリアに刻んだ惨たらしい傷をどんどんと消していった。

 奉仕を続けるシャングリアが、少しずつ体力を取り戻していくのもわかった。

 

「……ま、待って……。待ってくれ、ロウ……」

 

 そのとき、シャングリアが一郎の怒張を口から離して、口を開いた。

 

「なんだ、シャングリア? ちゃんと俺をいい気持ちにしてくれたら、逆さ吊りから解放してやる。音をあげるな」

 

 一郎は笑った。

 

「ち、違う」

 

 だが、シャングリアが床に垂れている白銀の髪を左右に揺らして首を振る。

 

「傷を治してくれているなら……、お、お願いだから、全部は消さないでくれ……。い、いくつか残して欲しいのだ。お前につけられた傷だ……。全部、失くしてしまうなんて酷いぞ……」

 

 シャングリアが言った。そして、再び一郎の怒張を口に含む。

 一郎は、その物言いには驚いたが、すぐに嬉しくなって微笑んだ。

 傷痕をそのままにして欲しいとは、やっぱり大したマゾだ。

 

 やがて、すっかりとシャングリアの裸身から鞭痕が消えた。

 しかし、要望に従って、三箇所の傷だけは残してやった。

 首の付け根についた一箇所、右乳首の下の一箇所、そして、左太腿の一箇所の合計三箇所だ。

 いずれも、酷い蚯蚓腫れになっていて、放っておけば痕に残りそうだ。

 

「出すぞ」

 

 一郎は短く言って、シャングリアの口の中に精を放出した。

 シャングリアが懸命に舌と喉を使って、搾り取るように一郎の精を飲み下す。

 鎖と枷からシャングリアを解放した。

 エリカとコゼが両脇から支えて、シャングリアの裸身を床に横たえてくれた。

 

「こっち来い、シャングリア」

 

 一郎は床に胡坐をかいて、シャングリアを呼び寄せた。

 対面座位は、一郎が一番好きな体位だ。

 女の肌の全部と接することができるし、喘ぎ声もすぐ顔の前で聞くことができるからいい。

 このところ、一郎は好んでこの体位にする。

 

「う、うん……」

 

 シャングリアがはにかんだように身体を起こす。

 だが、自由になったばかりの両手が、一郎を前にしたときには、背中に引っ張られるように後ろに回った。

 

「あっ」

 

 シャングリアが小さな声を出した。

 裸身を動き回っていた二匹の蛇が両手首に移動して、お互いの胴体を絡め合ったのだ。

 それでシャングリアは再び拘束されてしまったというわけだ。

 

「じゃあ、俺に跨って、自分で腰を上下させて、自分自身を快感に追い込め。ただし、いきそうになったら、自分の意思で腰をとめろ。それを繰り返すんだ」

 

「そ、そんなあ」

 

 一郎の「寸止め命令」に、シャングリアは顔をしかめたが、それでも一郎の股間の上に腰を沈めるようにして、膣に怒張を受け入れる。

 シャングリアの股間はびっしょりと濡れていた。

 深々とその股間が一郎の一物を包み込み、すぐに中腰の体勢で腰を上下させ始める。

 あっという間に、シャングリアの息はあがり、身体が淫らに悶えだす。

 

「お前たちも呆けるな。シャングリアの口と胸を舌で愛撫しろ。ただし、俺の許可なくシャングリアをいかせるなよ」

 

 一郎がエリカとコゼに声をかけると、素裸のままふたりが慌てたように寄って来る。

 エリカはシャングリアの口を舐め、コゼは乳房だ。

 シャングリアは、ますます激しくよがりだす。

 

「あ、あああっ」

 

 すると、シャングリアがぴたりと動きをとめた。

 早くも達しそうになり、それでとまったのだ。

 一郎は素直に言いつけに従っているシャングリアの姿に、征服欲が刺激されて、にんまりとした。 

 

 結局、シャングリアはエリカとコゼの愛撫を受けつつ、一郎の怒張を受け入れて擦りながら、絶頂しそうになったら自ら中断するという行為を十回は繰り返した。

 十回目のときには、もうシャングリアも、これ以上腰を上下させることもできないような状態だった。

 

 十一回目で一郎がやっと絶頂を許したときには、シャングリアは体力が尽きるように、一郎の身体に倒れ込んできた。

 一郎はシャングリアをしっかりと抱き締めながら、シャングリアの股間の中に思い切り精を放った。

 

 今度こそ、完全に意識を失ったシャングリアから一郎は怒張を抜いた。

 

「ま、待って、ご主人様」

 

 そのとき、コゼが声をかけてきた。

 一郎はシャングリアを抱いたまま、振り返った。

 

「なんだ?」

 

「あたしも鞭打ってください」

 

 すると、コゼが意を決したように言った。

 一郎は驚いた。

 

「なに言ってんのよ、あんたまで」

 

 エリカが仰天した口調で言った。

 

「エリカは黙っていて──。ねえ、ご主人様、あたしだって、ご主人様の持ち物です。玩具であり、奴隷です。ご主人様に対する奴隷根性は誰にも負けません。あたしもご主人様の好きなように扱ってください」

 

 コゼは口調は真剣だった。

 淫魔術の力で垣間見ることのできるコゼの心も、大きな覚悟のような感情がしっかりと存在していた。

 一郎には、コゼの気持ちがわかった。

 

「わかった……。だが、今度な。約束する……」

 

「ありがとうございます。そして、お願いします。それと忘れないください。あたしもまぞです。ご主人様に対してはまぞです。ご主人様になら、なにをされても快感を覚えてみせます」

 

 コゼが破顔した。

 一郎はほくそ笑んだ。

 そして、ちらりとエリカの顔を見た。

 エリカは、コゼの言葉に目を丸くしていたが、一方で、その内心には大きな動揺があった。

 

 葛藤と羨望……。

 怯えと迷い……。

 淋しさと罪悪感……。

 そんなものが渦巻いている。

 

 この流れであれば、エリカもまた、ハード志願をしなければならないとでも思っているのかもしれない。

 だが、怖くてできないのだ。

 そんな表情だ。

 一郎は、そのエリカの頭をぽんと叩いた。

 

「もしかして、自分も立候補しないといけないと思っているなら不要だ、エリカ。それよりも、エリカには別にやってもらいたいことがある。コゼとふたりでな」

 

「エリカとふたりで?」

「わたしにやってもらいたいこと?」

 

 コゼとエリカが同時に声を出した。

 一郎はにやりと笑った。

 そして、エリカの首に手を伸ばす。

 エリカがはっとした表情になったときには、すでに亜空間から取り出した手錠付きの首輪がエリカの首に嵌まっている。

 

「わっ、な、なんですか、ロウ様?」

 

 エリカがびっくりして、首輪に手を振れた。

 一郎はそのエリカの両手首を首輪に繋がっている手錠に嵌めてしまった。

 首輪に繋がっている手錠には、多少の余裕があるので、胸くらいまでは伸びるが、それ以上は首から離れない。

 そんな拘束だ。

 

「もうすぐみんなが来るからな。余興を頼む……。それにエリカは、俺が宮廷裁判で国王に成りすませたことをみんなに言いふらした罰がまだだったろう。だから、一発芸を披露してもらう……。コゼはその調教係だ。エリカをうんと苛めていいから、思い切り恥ずかしいことをさせるんだ。それをみんなの前で披露してもらう」

 

 一郎はさらに、エリカの股間にクリピアスのリングに手を伸ばして、その小さな輪に細い鎖をがちゃりとつけた。

 

「ひいいっ、う、嘘ですよねえ、ロウ様──」

 

 エリカが真っ蒼になって絶叫した。

 

「はははは、嘘のわけないでしょう──。ほら、だったら時間がないわよ──。行くわよ、雌犬エリカ──。とりあえず、そのまま外に行こうか──。そろそろ薄暗くなる頃だし、いまなら河原には誰もいないわよ。ちょっと歩いて来ようよ」

 

 エリカの股間に繋がっている鎖を一郎からを引っ手繰るようにして掴んだコゼがぐいとエリカを引っ張った。

 

「んひいいっ、じょ、冗談じゃないわよ──。なによ、外って──。ね、ねえ、ロウ様──。許してください──。ひいいい」

 

「ほら、抵抗できるならしてごらん──。これはご主人様のお言いつけなのよ」

 

 コゼがエリカを部屋の外に連れ出していく。

 エリカは顔を蒼くしているが、あれはあれで、隠れた性癖は羞恥責めのはずだ。

 満更でもなくないずだ。

 自分でそれを認められなくても……。

 

「みんなが集まる頃には戻れよ」

 

 一郎は、軽く手を振ってコゼとエリカを送り出した。



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199 ニワトリ芸

「う、うう……」

 

 シャングリアが一郎の腕の中で目を覚ました。

 一郎は裸のシャングリアをぎゅっと抱き締める。

 

「ありがとう、シャングリア。そして、随分と愉しませてもらった」

 

 一郎は笑いながら声をかけた。

 シャングリアは呆けた感じであり、状況がよくわかっていなかったみたいだが、すぐに記憶を呼び覚ました様子になり、胡坐に座った一郎に横抱きをされている状況から起きあがろうとした。

 だが、すぐに自分の両腕が縄で背中で緊縛されていることに気がつき、それを確かめるように身じろぎをする。

 シャングリアの両腕は、背中で水平にさせ、縄で縛りしっかりと背中に密着をさせている。さらに二の腕にも縄が掛かり、乳房の上下に喰い込むとともに、首にも後ろ側から縄がかかっている。「後ろ高手小手縛り」というものだ。

 シャングリアの意識がないあいだに、一郎が施したのだ。

 

「わたしは気を失ったのだな。エリカたちは?」

 

 シャングリアを鞭責めにした地下の調教部屋だが、いつの間にかふたりきりになっていることに気がついたのだろう。

 一郎に抱かれたまま、周囲を見回している。

 

「外かな。だが、もう一ノス近く経つのに、まだ戻って来ない。ちょっとコゼを焚きつけたからな。雌犬調教にのめり込んでるのかも。まあ、そのうち戻るさ。そろそろ夕方だ。みんなが集まる頃だし」

 

「雌犬調教?」

 

 シャングリアが怪訝な表情になった。

 

 

 *

 

 

「い、いい加減にしなさいよ、コゼ──。あ、あんた、あ、あとで酷いからね」

 

 屋敷に戻り、元の調教室に戻ってくると、エリカが怒りで顔を真っ赤にして言った。

 しかし、コゼはエリカを無視した。

 また、調教室はがらんとしていた。

 

「旦那様とシャングリア様は、サキ様の仮想空間に入られました。王妃様とサキ様もすでに、ご到着です。おふたりも向かわれますか? 旦那様からは、コゼ様たちのいいように、するように申しつけられておりますが」

 

 シルキーが出現した。

 どうやら、すでにロウもシャングリアも、すでに仮想空間に出かけてしまったようだ。

 

「き、聞いてんの、コゼ──。とにかく、拘束を解いて。それから、わたしたちも、ロウ様のところに行きましょう。あんたへのお説教はその後にしてあげるわ」

 

 怒鳴り疲れたのか、エリカが大きく息を吐いた。

 無理もないだろう。

 ロウの言いつけとはいえ、このエリカのクリトリスに嵌まっているクリリングに金具付きの細い鎖を繋げ、それを使って屋敷の外に引っ張り出してやったのだ。

 また、エリカは、一郎によって、両手首に、首輪に繋がる手錠を嵌められている。

 ロウの拘束具なので、ロウでないと外れない。

 エリカの魔道でもどうしようもないし、そもそも、ロウはエリカの魔道を封印してしまったみたいなのだ。

 何度も魔道を試みようとしていたようだが、まったく発動しなかったので、間違いないと思う。

 さすがは、ロウだ。

 

 それをいいことに、コゼは誰もいないとはいえ、屋敷の外の川辺まで、素っ裸のエリカを連れていったのだ。

 だが、コゼも裸だ。

 まあ、恥ずかしかったが、それはエリカへの仁義のようなものだ。

 本当は、エリカだけそのままにして、コゼだけ服を着てもよかったのだ。

 そして、コゼは、リングに繋がっている鎖を引っ張って脅迫し、そのエリカに、河原で片脚あげ小便までさせた。

 激怒しながらも、みっともなく恥ずかしい小尿姿を晒したエリカは、本当に面白かった。

 

「あっ、ミランダ様たちが、屋敷にご到着のようでございます。移動ポッドに反応が……」

 

 シルキーが探るような表情になる。

 コゼはシルキーに視線を向ける。

 

「あたしたちはいいわ。もうちょっと、エリカを調教するから。あたしたちは、全員が揃ってから行くとご主人様に伝えて。あんたはミランダたちのところに行っていいわよ」

 

「かしこまりました」

 

 シルキーが消える。

 すると、エリカが口を開いた。

 

「なんのつもりよ──。それに、調教ってなによ──。もういいでしょう──」

 

 エリカが真っ赤な顔で怒鳴る。

 コゼは、そのエリカに、にっこりと微笑んだ。

 エリカがぎょっとした表情になる。

 コゼは手に持っている細い鎖を無言でぐいと引っ張った。

 

「ひぎいいいっ」

 

 エリカが絶叫して腰を前に出す。

 敏感な肉芽を容赦なく引っ張られるのだ。

 エリカとしては、そうするしかないだろう。

 それにしても、この状況でさんざんに悪戯されて、野外で片脚あげ小便までさせられたというのに、コゼを罵倒して叱るなど、状況をよく考えないエリカの気性の真っ直ぐさに、コゼも笑いたくなる。

 

「それっ、駆け足──」

 

 コゼは紐を持ったまま、部屋を飛び出して廊下を全力疾走した。

 屋敷の廊下はかなりの距離がある。

 走り回るのに、十分な距離だ。

 

「や、やめてっ、ああっ、ひ、ひいいっ、や、やめてったら、コゼ」

 

 エリカが懸命に走りながら、後ろで悲鳴をあげた。

 だが、ちょっとでもコゼから遅れれば、縄に繋がったリングで肉芽が引き延ばされて、激痛が与えられる仕掛けだ。

 エリカはコゼと一緒に走るしかない。

 しかし、いままで散々に外でいたぶられて、エリカの脚は、かなりふらついている状態だし、拘束されているために、そんなには速く駆けられない。

 廊下を二、三往復する頃には、エリカの悲鳴は泣き声に変化した。

 コゼは四往復したところで、やっととまってやった。

 

「ああっ……」

 

 コゼが足を止めると、エリカは精根尽きたように、その場にしゃがみ込む。

 エリカの白い肌は、火照り切って真っ赤だし、全身には夥しい汗もかいている。このくらいの駆け足で、エルフ族のエリカが、こんなに疲れるわけがないので、この汗は散々に肉芽を引っ張られたことによる脂汗だろう。

 

「いまだけは、あたしに服従した方がいいんじゃない、エリカ? それとも、もうちょっと走る? ご主人様にあんたの調教を命じられているんだから。忘れたの?」

 

「な、なに言ってんのよ──」

 

 すると、荒い息をしていたエリカが、真っ赤な顔で怒鳴り始めた。

 だが、あまりにも興奮しきっていて、コゼにはエリカの言葉の半分も意味がわからない。

 とにかく、どうやら、エリカは、コゼのことを思い切り罵っているようだ。

 そう来なければ愉しくない。

 

 コゼは、再び鎖を持って駆けだした。

 エリカが悲鳴をあげて、走り出す。

 

 そのエリカが、やっと服従すると口にしたのは、二回目の四往復が終わったときだった。

 ふと見ると、エリカの股間からはべっとりと愛液が脚の内側を伝ってくるぶしまで届いている。

 

「さあ、服従するわね……」

 

「はあ、はあ、はあ……。す、する……。だ、だけど、あ、あとで……」

 

 エリカが荒々しく息をしながら、コゼに向かって顔をあげて睨んだ。

 まだ、なにかを言いたそうだったが、コゼがわざと駆けだす仕草をしてみせると、蒼くなってなんでもないというように、慌てたように首を激しく横に振った。

 余程に、クリトリスのリングに繋がった鎖を引っ張りまわされたのが堪えたのだろう。

 

「シルキー。手が空いたら来て──」

 

「はい、コゼ様」

 

 すぐに、にこにこと笑っているシルキーが出現した。

 エリカがはっとしたように、目を見開いた。

 

「シ、シルキー、この腕を解いて──。すぐに、わたしをこの悪戯娘から解放して──」

 

 エリカが叫んだ。

 シルキーに頼めばいいと思い出せば、絶対にシルキーに助けを求めると思った。

 むしろ、気がつくのが遅いくらいだ。

 

「シルキー、その命令は却下よ。そもそも、エリカを拘束なさったのは、ご主人様よ。ご主人様が、あたしがエリカを調教することを命じたの」

 

 コゼはすかさず言った。

 シルキーが困った顔になった。

 

「申し訳ありませんが、エリカ様。旦那様のご家族として、おふたりにもお仕えしておりますが、おふたりの言葉の優劣はつけられません。わたくしめには、エリカ様を勝手に解放してもよいかどうか、判断はつきません。どうか、お許しください」

 

「そ、そんなあ……」

 

 エリカががっかりした顔になった。

 コゼはシルキーともよく話をするので、シルキーがどんな価値感で行動するかを熟知している。

 いまのような物言いをすれば、シルキーはエリカを勝手には解放しない。

 それはわかっていた。

 

「さあ、諦めるのよ、エリカ……。じゃあ、ご主人様がお喜びになるように、“ニワトリ芸”を教えてあげるわ。あたしも昔やらされたことがあるけど、とっても卑猥な芸だから、きっと、ご主人様はお愉しみよ」

 

「ニ、ニワトリ?」

 

 エリカが怪訝な表情になった。

 高潔で知られるエルフ族には、想像もできないような「芸」のはずだ。

 エリカは、とんでもないことをやらされるに違いないとは想像しているかもしれないが、なにをするのかはわかっていないと思う。

 そんな顔をしている。

 しかし、コゼは、今日はそれを仕込んでやろうと決めた。

 エリカに芸をさせろというのが、ロウの言いつけなのだ。

 

 ロウたちの前で、エリカが卑猥なニワトリ芸をする光景に接すれば、ロウは絶対に喜ぶと思う。

 きっと誉めてくれるに違いない……。

 

「シルキー、料理に使う卵を出して。ニワトリの卵よ。あるでしょう?」

 

「はい」

 

 すぐに、シルキーがざるに入れた数個の卵を出現させた。

 

「じゃあ、シルキー、調教に入りましょう。天井から伸びる鎖を出して。自在に長さを調整できる操作具も欲しいわ」

 

 コゼは言った。

 

「な、なに言ってんのよ」

 

 エリカがまたもや顔を真っ赤にして怒る。

 しかし、文句を言うと、鎖を引っ張られることを思い出したのか、 すぐに口をつぐんだ。

 ちょっと面白い……。

 

「で、でも……」

 

 シルキーも当惑顔だ。

 コゼのエリカに対する「悪戯」の邪魔をしないとは言ったが、積極的に参加するとは言っていないからだ。

 

「いいのよ、エリカだって悦んでいるんだから……。エリカ、立って」

 

 コゼは笑いながら、鎖を引っ張ってエリカを強引に立たせる。

 

「んぎいいっ」

 

 エリカがコゼの仕打ちに悲鳴をあげながらも、すぐに慌てて直立する。

 この鎖をコゼが持っている限り、エリカはコゼの奴隷だ。

 本当に愉しい……。

 

「エリカのお股を見てよ、シルキー。あんなに蜜でびっしょりなのよ。だから、もっと苛めていいのよ。口ではああ言うけど、エリカは本当は、もっと意地悪されたいんだから。そもそも、エリカも観念しなさいよ──。ご主人様に罰だって言われたんだから」

 

「な、なに言ってんのよ──。だって、こんな理不尽な──。それに濡れてなんかないわよ──」

 

 エリカが顔を真っ赤にして頭を振った。

 それはともかく、これだけ股間を濡らしていてそれでも否定するのか?

 エリカの股は、本当にびっしょりと濡れている。

 それにも関わらず、あんなに懸命に否定するのは、このエルフ娘には自覚がないのだろうか……。

 なんか笑いたくなる。

 いずれにしても、エリカは、コゼから股間のリングを引っ張られて辱められるという行為に、すっかりと興奮してしまっている。

 頭でどうそれを否定しようとも、すっかりとマゾ調教されたエリカの身体は、しっかりと欲情してしまうのだ。

 

 エリカだけじゃない。

 コゼもそうだし、シャングリアも同じ性質だ。

 ミランダも、スクルズも……。

 王妃だって、王女だって、ロウに調教されれば、誰も彼もそうなる。

 本当に、ロウはすごい……。

 

「……なるほど、本当ですね。エリカ様もわたくしめと同じのようです。わたくしめも、旦那様に意地悪をされると、不思議な気分になります。興奮状態になるのです。エリカ様も、わたくしめと同じで嬉しいです」

 

 シルキーがエリカの股間を覗き、納得したように頷いた。そして、魔道で天井から伸びる鎖を出現させた。

 コゼは、その先端に、エリカの股間に繋がっている鎖を結び、手渡された操作具で、鎖を引きあげていく。

 

「いやあっ、やめて、コ、コゼ、もうやめてったらあ」

 

 エリカが泣き叫んだ。

 コゼはエリカが背筋を真っ直ぐにしなければならないくらい高さで鎖の引きあげをとめた。

 ちょっとでも身体を屈めれば、股間に激痛が走るエリカは、これで身動きすることもできない。

 

「じゃあ、エリカ、まずは、これをお股に呑み込むのよ。最後には、コケコッコウと鳴きながら出すんだからね。全員が集まり終わるまでに、できるようにならないといけないんたから、休む暇はないわよ。さあ、股を開いて」

 

 コゼはシルキーが持つざるから一個の卵を取り出して、エリカの股間に持っていった。

 

「そ、そんなことできるわけないわ」

 

 エリカがぎゅっと内股を締めつけて、コゼが卵を近づけるのを阻もうとした。

 

「あんたって、学習能力ないわねえ。まだ盾突くの?」

 

 コゼは操作具でエリカの股間のリングに繋がっている鎖を引きあげる。しかも、クリピアスを限界まで伸ばしている鎖を指で弾きもした。

 クリピアスを揺らされるたびに、エリカは絶叫して、必死のつま先立ちをする。

 コゼは、しばらくエリカに泣き声を出させてから、やっと鎖を少し緩めてやった。

 

 今度は諦めたのか、エリカが素直に股間を開く。

 しかし、ちょっと懲らしめすぎたのか、エリカの股間はすっかりと乾いてしまっていた。

 

「コゼ様、これでは無理ですよ。エリカ様がお可哀想です」

 

 横から覗き込んでいるシルキーも口を挟む。

 

「そうね。だったら、ちょっと薬を使うわ。媚薬を出して」

 

 コゼは、ロウがよく使う薬剤の中から、ひとつの油剤を指定した。

 局部に塗ると蕩けるように疼きが走るだけでなく、かなりの痒みも呼び起こす薬剤だ。

 その名称を耳にして、エリカがさっと顔色を変える。

 

「コ、コゼ、も、もういい加減にして、お願い……」

 

 エリカが哀願してきた。

 そして、薬剤を塗られまいと、必死に股を閉じてくる。

 だが、コゼはさっと背後に回る。

 お尻の後ろから指を入れて、股間の狭間にたっぷりと薬剤を塗っていく。後ろからならどんなに股を閉じても防ぎようがないのだ。

 ついでに、お尻の奥にも油剤を塗ってやった。

 エリカが抵抗しようと暴れ出すが、すかさず、コゼは、ぎりぎりまで再び鎖を上に引っ張ってやる、動けば鎖に繋がったクリピアスを引っ張られることになり、エリカはすぐに大人しくなった。

 

「あとは待つだけね。ニワトリ芸を仕込んで欲しくなったら、そう言うのよ、エリカ」

 

 コゼは前に回り込んで、にっこりと微笑んだ。

 そして、さらにたっぷりの油剤を指に乗せると、ピアスのリングに引っ張られて真っ赤になっているエリカのクリトリスに塗ってやる。

 エリカがまたもや絶叫する。

 

 結局のところ、エリカが屈服するのにそんなに時間はかからなかった。

 しばらくすると、エリカはエルフ族特有の美しすぎる肢体を左右に振って、悲痛な声で訴えた。

 

「ああ、コ、コゼ、お願い。ニ、ニワトリ芸でもなんでもするから、痒みをなんとかして……。お、お股が熱いの……。それに痒い……。痒いの……」

 

 エリカは唇をかみしめて、長い黄金色の髪を打ち振って、涙まで浮かべている。

 この薬剤を塗られて放置したときの苦しみは、コゼもわかっている。

 それこそ、死ぬような痒みで、狂ったようになるのだ。

 

「じゃあ、今度こそ、大人しく卵を飲み込むわね、エリカ?」

 

「う、うん……。す、する……」

 

 エリカはもうあがらう気力はないようだ。

 コゼは懐から出した卵をエリカの股間にあてがった。

 指でゆっくりと押していく。

 エリカが歯を噛みしめて、ぎゅっと顔をしかめる。

 徐々に卵が、エリカの股間の中に消えていく。

 

「さすがは、一番奴隷とやらね。すごいわ、エリカ」

 

 コゼはからかったが、エリカはそれを跳ね返す気力の余裕はないようだ。

 必死になって腰を振り、股に卵を飲み込もうとする努力をするだけだ。

 もっとも、股間の奥にも媚薬をたっぷりと塗っているので、それを癒すには、卵でもなんでも挿入してもらうしかない。

 恥辱の仕打ちだが、エリカは蕩けそうに気持ちよさそうでもある。

 やがて、すっかりと卵がエリカの股間に消えてしまった。

 

「じゃあ、次は出してちょうだい、エリカ。できなければ、できるようになるまで、薬剤を塗り足すわよ。この薬を重ね塗りすれば、どんなことになるか、あんたも十分にわかっているでしょう?」

 

 コゼの言葉にエリカが顔色を変えた。

 すぐにエリカは、裸身を仰け反らせて、腰を前にやったり、後ろにやったりして、全身に力を入れ始める。

 やがて、股にすっかりと消えていた卵を、今度は見事にぼとりと待っていたコゼの手の中に産み落としてみせた。

 

「すごいわ、エリカ。こんなに簡単にやってのけるなんて、信じられない。じゃあ、もう一度よ」

 

 コゼは、エリカの蜜でどっぷりと濡れている温かい卵を再び、エリカの股間に押し戻した。

 

「まあ、それはいいだろう。ちょっとした余興だよ。それよりも、よく頑張ったな。さすがは、シャングリアだ。よく音をあげずに堪えたものだ。一応は回復をさせたが、身体はどうだ?」

 

 一郎の言葉に、シャングリアは自分の身体を確認するように、上体を捻ったりして動かす。一郎はその動きを助けて、シャングリアの上体を完全に起こさせ、一郎の脚を跨いで対面座位の体勢にする。

 向かい合うシャングリアの裸体が一郎の裸身に寄り掛かるかたちになった。

 

「ちょ、ちょっとだるい感じだ……。でも、問題ない」

 

 シャングリアは少し息が乱れている感じで言った。

 

「まあ、本来であれば、一日は起きあがれないほどの状態だったからなあ。それを淫魔術で強引に回復させたから、ある程度の疲労が残るのは仕方ない。だけど、ちょっと俺もやり過ぎたかもだ。シャングリアがあんまり頑張るので歯止めがきかなくなったかもしれん」

 

 一郎は苦笑した。

 シャングリアの股間を火で焼くなど、そんな残酷なプレイが自分にできるとも思わなかった。

 シャングリアに言い渡していた「タミナス」の合言葉も、興奮のまま無視してしまったし、責め役としては反省かもしれない。

 

「い、いや……。わ、わたしこそ気持ちよかった。ロウが全力でわたしにぶつかってきてくれていることが心から伝わってきた。だから、幸せだった。よければ……、いや、どうか、また、やってくれ。ロウが本当に愉しかったなら、わたしはいつでも痛めつけられたい……。もっと激しくてもいい。それよりも、もう一度言ってくれないか? わたしは頑張ったか?」

 

 シャングリアが一郎の肩に乗せていた顔を動かして、一郎の顔を覗くようにしてきた。

 一郎はその顎を軽く掴むと、口づけをした。

 

「んんっ」

 

 びくりと身体を震わせて、シャングリアが小さく悶えだす。

 限界まで引き起こしたシャングリアの深い淫情は、一郎のちょっとしたこの刺激だけで、また全身に呼び起こされてしまったみたいだ。

 シャングリアの口の中を舐め回しながら、一郎は縄で引き出された乳房の頂点が勃起し、みるみるとシャングリアの白い肌が桃色に染まっていくのがわかった。

 鼻息も荒くなっている。

 一郎はしばらくシャングリアの口を舌で蹂躙してから唇を離した。

 

「とっても頑張った。俺はすごく興奮した」

 

 一郎ははっきりと言った。

 

「そ、そうか……。わたしは頑張ったのか……。嬉しいな……。へへへ……」

 

 シャングリアが頬をにやけさせる。

 お転婆女騎士として世間に知られているシャングリアが、一郎だけに見せる可愛らしい表情だ。

 一郎も嬉しくなった。

 

「気絶をしているあいだに縛らせてもらった。今夜はシャングリアはずっとのこのままだ。マゾのシャングリアへのご褒美だな。身体は回復をさせたが、希望だったから傷は残した。本当にいいのか? 跡形もなく消滅させることもできるんだぞ」

 

 一郎は指でシャングリアの首についている蚯蚓腫れの小さな傷を撫ぜた。

 シャングリアに残した傷は、首に一箇所と、乳房の上に一箇所、そして、太腿だ。

 ほかの二箇所はともかく、首については外からでも見えるだろう。これだけでも消してはどうかと、一郎は改めて訊ねた。

 だが、シャングリアは首を横に振った。

 

「いや、これでいい……。これがいいのだ。これも、それも、お前につけてもらった愛奴の証だ。誰かに訊ねられたら、お前につけてもらったと大威張りで見せてやる」

 

 シャングリアが白い歯を見せた。

 

「そ、そうか」

 

 頷いたものの、大抵の相手はどん引きするだろうなと思った。

 まあ、シャングリアがそれでいいなら、別段に一郎の評判などどうでもいいけど……。

 すると、いつもの侍女服を着ているシルキーが出現した。

 

「旦那様、サキ様とアネルザ様がご到着です。ここに、移動ポットを繋げますか?」

 

「ああ、頼む……。それと、そろそろ、シルキーも裸になってもらおうか? 今日の宴は全裸パーティだしな」

 

 一郎はシャングリアを抱いたまま笑った。

 シルキーはにっこりと微笑んだ。

 

「かしこまりました」

 

 一瞬にしてシルキーから服が消滅して裸体が現われる。

 見た目は少女だが、伸縮自在の性器は、犯せばしっかりと一郎の一物を締めつけて、いい気持ちにさせてくれる。

 一郎はそれをよく知っている。

 

「悪いが、サキが来たら、俺たちはサキの準備する仮想空間に入る。シルキーは、集まって来る女たちをそこに誘導してくれないか?」

 

「わかりました」

 

 全裸のシルキーが消え、入れ替わるように、サキとアネルザが出現した。

 ふたりとも平服ではあるが、しっかりと貴族の淑女らしい装束を身に着けている。

 

「よく来たな。一番乗りだ」

 

 一郎はシャングリアにもう一度軽く口づけをしてから、シャングリアを床におろす。

 サキとアネルザがちらりと見るが、微笑むだけで何も言わなかった。

 一郎が女を縛ったりするのは日常茶飯事のことなので、いまさら動揺もすることもない。

 

「イザベラたちは遅れてくると思う。まだ政務があるのだ。だが、遅くはならん」

 

「それと、宴のときに飲食する飲み物や食べ物は、わしが預かっているぞ。仮想空間に置いている」

 

 アネルザに続き、サキが言った。

 あのダドリー峡谷でキシダインの私兵と戦ったとき、みんなで打ちあげの宴をするときには、お礼代わりに、イザベラがみんなに食事をご馳走してくれと軽口を言った。そのときのことを覚えていたらしく、今日の宴のことを誘ったとき、イザベラからそれを申し出てきた。

 一郎は頷く。

 

「じゃあ、早速、サキ、会場に頼むよ。それと、仮想空間にはシルキーがみんなを誘導するので、シルキーが仮想空間に接触できるようにしてくれ」

 

「わかっておる。ところで、エリカとコゼがおらんな」

 

「取り込み中でね。後で合流してくる」

 

「わかった」

 

 サキが小さく手を振る。

 すると、周囲の風景が一変して、夕焼け空の下の草原が出現した。 

 四方には地平線が囲み、どこまでも緑の草の絨毯が拡がっているが、その景色の一角だけに、岩肌の目立つ小山がある。そこに向かって、馬車が通れるような整備された道が向かっているのがわかる。

 

主殿(しゅどの)の注文の場所だ。ここを調べるために、眷属に実際に行かせて景色を確認させたのだぞ。だが、主殿も、ほかの女を口説くために、わしに使い走りのようなことをさせるとは酷いな」

 

 サキが笑った。

 別段、怒っているというわけじゃない。

 まあ、軽口を言っているだけだ。

 

「ほう、草原か。だが、全員集まって、剃毛パーティをすると言っていたが、ここが会場なのか?」

 

 アネルザだ。

 

「だけど、美しい風景だな。実際の場所か、ロウ?」

 

 アネルザに続き、シャングリアも周囲を見回しながら言った。

 立っている一郎たち三人に対して、シャングリアは縄掛けをされたまま床にお尻をつけていたので、そのまま草の上に座り込んでいる体勢だ。 

 

「実際の風景さ。ただ、誰ひとりとして余人が存在していないけどね。それ以外は、いまの実際の風景だ。そこを準備してもらったんだ」

 

「へえ……」

 

 シャングリアが物珍しそうに、きょろきょろとしている。

 一郎はサキに寄っていく。

 

「もちろん、労力への埋め合わせはするよ、サキ。国王の見張りについても世話になっているしね……。ところで、この場の仮想空間の支配権を俺に譲渡を……」

 

 シャングリア同様に、一郎もまた全裸なので、性器丸出しの一郎に、ちょっとだけ気後れした反応をサキがしたが、一郎がサキを抱き締めると、サキも抱き返してきた。

 すぐに、仮想空間の支配権が一郎にも渡されるのを感じる。

 一郎は、草原地帯に、王都にやってくる以前に、エリカとコゼと立ち寄ったアッピア峠という場所にあった岩場の温泉を出現させた。

 それだけでなく、温泉の周囲全体を囲むように、たくさんの寝椅子やテーブルなども出現させる。もちろん、ところどころに寝台もだ。

 さらに音楽──。

 以前の世界における静かなクラシック音楽を風に混ぜて奏でさせる。

 そして、照明としての篝火(かがりび)――。

 実際の風景に合致させているので、もうすぐ陽が落ちると思うからだ。

 

「おう、すごいねえ。温泉かい」

 

 アネルザが感心したように、その寝椅子のひとつに腰掛けた。

 次の瞬間、抱いているサキとアネルザの全身から一切の衣類が消滅する。一郎が亜空間術で瞬時に収納したのだ。

 支配している女に対してだけ可能な、一郎の文字通りの「離れ技」だ。

 

「うわっ」

「おっ?」

 

 アネルザとサキが少し驚いたように声を出した。

 ふたりの股間は既につるつるの無毛だ。また、アネルザはまだだが、サキについては刻印まで終わっている。

 もっとも、妖魔のサキは最初から股間は無毛だった。

 サキの刻印を先に施したのは、ルードルフを見張るために、後宮に入り込んでもらったので、万が一にも間違いがあって、サキが襲われないための用心だ。

 なにしろ、一郎の刻印を施せば、一郎と一郎の支配に陥っている女以外から挿入ができなくなる仕掛けになっている。

 

 ただ、妖魔将軍という二つ名を持っているサキを襲える存在が一郎以外にいるとも思えないが……。

 一郎は、向かい合って抱き締め合ったまま、サキの股間に手を伸ばすと、つるつるとした亀裂の中に指を滑りこませ、小さな肉芽を探り出す。

 

「うおっ、い、いきなり……。ま、待ってくれ。イザベラから預かっているものを出す」

 

 準備したたくさんのテーブルに、大量の食事が並べられた。飲み物もだ。食器などもある。一見して、種類に富んだ食材を手間をかけて調理をしたものだとわかる。

 イザベラも今回のために、骨を折ってくれたのだろう。

 調理の中には、マアにでも教えてもらったのか、おにぎりや醤油に似た調味料を使った料理など、一郎の故郷の世界を思わせるものまである。

 イザベラの意気込みが伝わってくるようで、一郎は微笑んでしまった。

 ほかにも、手掴みで食べれるように小さく切った色とりどりの果実など、さまざまな趣向のようだ。

 

「こりゃあ、いいねえ」

 

 アネルザが裸体のまま立ちあがり、酒を置いている一角に寄っていく。

 さっそく、葡萄酒に手を出して手酌で注ぐ。

 

「酔っ払うなよ。この前みたいなのはご免だ」

 

 一郎はアネルザに声をかけてから、サキの中に挿入している指を本格的に動かす。もちろん、股間の突起を刺激しながらだ。

 

「あっ、くっ、しゅ、主殿の……あ、愛撫は……あ、相変わらず……。す、すごいな……。あっという間に……」

 

 サキの全身から力が抜けていくのがわかる。

 一郎は指を入れたまま、岩場の中の温泉に向かってサキを誘導する。

 

「ほら、サキ、両手を背中に回せよ」

 

「あ、ああっ、わ、わかった……」

 

 指を入れたままなので、サキの歩みはへっぴり腰であるし、横歩きのような感じだ。妖魔将軍ほどの女傑のサキの、そんなぎこちない動きが、一郎の嗜虐心を誘う。

 素直に腕を背中に回したサキの両手首に、革手錠を出現させて嵌める。すでに譲渡されている仮想空間を支配する力によるものだ。

 

「ほら、ほら、しっかりと歩けよ、サキ」

 

 一郎は湯の中にサキを導きながら、もうすっかりと柔らかくなり、愛液でたっぷりの滑らかさを得ているサキの膣をぐりぐりと動かして刺激する。

 

「あっ、やっ」

 

 サキが可愛らしい声を出して、がくりと腰を落とした。

 

「んふううっ」

 

 だが、その動きが更なる刺激になり、サキはぐっと背中を弓なりにする。

 そのまま、サキを湯の中に引っ張り込んで、湯の中の石を椅子にして座らせる。もちろん、指はそのままだ。

 さらに愛撫を続ける。

 

「ああっ、ああああっ、くうっ、うううっ……」

 

 サキの悶えが激しくなっていく。

 一郎はさらに乳房に手を伸ばして、ゆっくりと揉みあげてもいく。

 

「ふわわっ、主殿、き、気持ちいい……。きょ、今日はひと潮だ──。な、なんでこんなに……」

 

 サキがいやらしく悶えながら言った。

 一郎はふと、湯の中のサキの股間に紋章に目をやる。

 普段は肌に同化していて、じっと見なければわからないくらいなのに、いまは紋様は真っ赤になっている。

 やはり、おそらく、この紋章には、ただでさえ敏感に調教されている一郎の女たちを、さらに感じやすくさせる効果があると思う。

 サキは普段の倍くらいは敏感だ。 

 

「シャングリアも来い。身体をほぐしてやる」

 

 まだだるそうに座っていただけだったシャングリアに、一郎は声をかけた。

 シャングリアがおずおずと一郎たちのところに歩いて来る。

 

「まずは指でいくか、サキ? それとも、ちんぽを突っ込んで欲しいか?」

 

 一郎は刺激を激しくしながら言った。

 まだ始まったばかりだが、すでにサキはかなりのところまで来ている。

 おそらく、このまま続ければ、あっという間にサキは最初の絶頂をする。

 

「そ、そんなの決まっておるだろう──。あああっ、んぐうう」

 

 サキがぐっと歯を食いしばるような仕草をする。

 

「欲しければ、ちゃんとおねだりをしてみな、サキ。それとも、妖魔将軍ともなれば、俺みたいな弱い人間族なんかに弱みを見せるのは嫌か?」

 

 一郎は意地悪く言った。

 いつの間にか汗びっしょりになっているサキが、一郎を見て微笑む。

 

主殿(しゅどの)のどこが弱い。このわしが敵わないのだぞ。人間族の仕組みはまだ理解できんが、あんな能無しの王が人間族の王であるよりも、主殿が相応しいと思うがな……。おおっ、そこは──」

 

 サキが話しかけていたところを膣の中の指を弾くように動かすことで邪魔してやる。

 そういう意地悪が一郎は大好きだ。

 翻弄されるサキを目の前にして、一郎の股間は固く勃起した。

 

「ロウ」

 

 そこにシャングリアもやって来た。

 緊縛しているので、足元が不安定そうだ。

 サキの胸を揉んでいた手を離して、シャングリアの腕を取り、湯の中に引き寄せて、サキと同様に膣に指を突っ込む。

 

「んあああっ、はあっ」

 

 すぐにシャングリアもよがり声をあげる。

 

「おやおや、もう始めたのかい? だけど、わたしは呼んでくれないのかい、ロウ殿?」

 

 座椅子に座ったまま優雅そうに葡萄酒を口にしていたアネルザが、一郎に向かって笑いかけた。

 一郎は、アネルザの首に首輪を出現させる。

 それだけじゃなく、首輪の前部分に鎖で繋がっている手枷を出現させて、それをアネルザの両手首に嵌まっている状態にした。

 

「な、なんじゃ?」

 

 アネルザがぎょっとしている。

 両手首の革枷と首輪に繋がっている鎖の長さは、それぞれ肘から先くらいのものだ。これでアネルザは胸から下に手を移動できなくなった。

 

「王妃殿は、その恰好で俺の給仕だ。三人分の飲み物と摘まみを運んできてくれ。酒はあまり強くないもの。摘まみは任せるけど、手で食べられるものだ」

 

「このわたしに給仕を命じたのは、多分、お前が初めてだぞ」

 

 アネルザが苦笑し、手錠の嵌まった手で葡萄酒の盃を持ったまま、飲み物や食べ物のある一画に歩いていく。

 盆もあるので、それに適当に準備をしてくれるだろう。

 

「も、もうだめじゃ、主殿……。そ、そなたのをくれ」

 

 一方でサキが全身を痺れさせたかのように、身体を小刻みに震わせながら言った。

 

「あ、ああっ、んはああっ」

 

 また、シャングリアも湯の中で緊縛されている裸体をくねらせだす。

 やはり、股間の紋様は真っ赤な色に変わっている。

 

「なにが欲しいんだ、サキ? はっきりと口にするんだ」

 

 一郎はさらにサキへの刺激を強めながら言った。

 

「んはああああっ、わ、わかった。言う──。言う──。主殿の男根をくれ。頼む」

 

 サキが身体をぴんと伸ばしながら叫んだ。

 一郎は、サキの股間から指を抜き、サキを一郎の怒張に挿入させながら、股間の上に座らせる。

 

「おおおおっ」

 

 サキが声をあげる。

 

「シャングリア、すまんな、ちょっと待ってくれ」

 

 シャングリアをいたぶっていた指を抜くと、一郎はサキの腰を両手で抱えて、上下の律動を開始する。

 

「ほおおおおっ」

 

 サキが吠えた。

 やはり、この紋章は快感を増大させていると思う。

 どう考えても、いつもよりも反応が激しい。

 

「んぐうう、いぐううう」

 

 呆気なくサキが絶頂した。

 一郎はそれに合わせて少し律動をしてから、サキの子宮に大量の精を注ぎ込んでやった。

 

「んふううう」

 

 そして、サキが脱力する。

 ぐったりと一郎にもたれかかってくる。

 

「サキも気持ちよさそうだのう……。ところで、サキも後宮では、ロウ殿の命令を健気に果たしておるぞ。あの愚物がロウ殿に目がいかないように、次々に女をあてがっている。あの感じなら、しばらくは大丈夫かもな」

 

 アネルザだ。

 いつの間にか大きな盆を持ち、その上に数種類の飲み物や皿に盛った摘まみを載せている。

 一郎はサキに挿入をしたまま、アネルザを見上げ、ちょっと悪戯心が頭をもたげるのを感じた。

 アネルザの股間には、一郎の淫魔術で作っている小さな男根があり、その根元には淫魔力を刻む金属の小さな輪っかが食い込んでいる。

 射精管理用の淫具だが、それを微振動させた。

 

「おほっ、うわ、な、なにっ?」

 

 アネルザの小さな股間がいきなり勃起するとともに、がくりと膝を割りそうになっている。

 

「落とすなよ、アネルザ。そのまま、湯に入って来て、盆を持ってろ。もちろん、盆を落としたり、飲み物をこぼしたりしたら罰だからね。その代わり、射精はやり放題にしてやる」

 

 一郎は笑って、さらに振動を激しくする。

 

「ああ、そんな意地悪を──。ああああっ」

 

 ぴんと勃起しているアネルザのふたなりの男根から、ぴゅっと精のような体液が飛び出て湯の中に入る。

 だが、この男根で射精をすればするほど、アネルザは切ないような焦らしの疼きを女側の性器に感じるのだ。

 

「ああ、も、もう、堪忍だ。堪忍だ、ロウ殿──」

 

 アネルザが泣きそうな顔になる。

 しかし、一郎は無視する。

 

「早く、入って来いよ」

 

 一郎は笑った。

 そして、サキから怒張を抜き、今度はシャングリアに挿入する。

 

「あああっ、ロウ──」

 

 シャングリアが縄掛けされた身体をよがらせる。

 そのとき、シルキーが出現した。

 

「ミランダ様とラン様のご到着です。それと、コゼ様とエリカ様ですが、コゼ様は、全員が揃ってから、ここに来るということでございました」

 

「わかった。ほかの客も、訪問次第に、どんどんと来させてくれ」

 

 一郎が言った。

 シルキーが消えて、ミランダとランが出現する。

 シャングリアを抱きながら、一郎はそっちに視線を向けた。

 ふたりとも随分とめかし込んでいる。

 これは、あっという間に脱がしては申し訳ないかなと思った。

 

「うわっ、ここって──」

 

 ミランダは周囲の光景に絶句している。

 一方で、横のランは、アネルザにじっと視線を注ぎ、すぐに目を丸くした。

 

「ま、まさか──。もしかして、王妃様では? う、嘘でしょう──」

 

 あれ?

 もしかして、王妃が一郎の愛奴のひとりであることを聞かされていなかったか?

 ランの真っ赤になっていた顔がさっと蒼ざめるのがわかった。



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200 あたしは平凡少女

「あら、まだいたの? もう、あがっていいわよ、ラン」

 

 事務室の扉が開いて、マリーの声がした。

 ランは、書きかけの書類から顔をあげた。

 

 ミランダから与えられているランの執務室だが、かなりの書類で(あふ)れかえっている。

 王都だけじゃない。この国のあらゆる冒険者ギルドに関する資料がここに全部集まっているのだ。

 それを整理して、魔道のかかった情報共有装置により検索ができるかたちでまとめるのが、ランの仕事だ。

 それだけでなく、冒険者ギルドの経費管理の一部の業務もランはやっている。

 もともとは、ミランダが一手に引き受けていた冒険者ギルドの管理に関する業務なのだが、ランがそれができるということがわかると、ミランダから助手を命じられた。

 ギルドの管理の下級奴隷として小間仕事をしていたのが、マリーのような窓口業務をするようになり、いまや、自分で称するのは気が引けるが、ミランダの片腕のようなギルド長の助手業務だ。

 大出世だろう。

 

 我ながら、わずか三箇月でしかないのに、この業務の変わりようは驚くばかりだ。

 しかも、たった半年以上前までは、ランはなんとか、メニューの文字が読めて、簡単な代金の計算ができるだけの、場末の食堂の女給だったのだ。

 それが、なぜか、いつの間にか、ほんの少し教わるだけで、難しい書物も平気で読めるようになり、試しにやらせてもらえれば、複雑なギルドの管理業務の手伝いもできた。

 ミランダが狂喜して、自分の仕事の手伝いをさせるようになったのはすぐだった。

 

 ランも驚愕するしかなかったが、やったこともない事務仕事を簡単にできるようになるなど尋常なことではない。

 おそらく、ロウのおかげだと思う。

 そう思うしかないのだ。

 なにしろ、こうやって突如として能力が開眼したのは、ロウに二度目に抱いてもらった直後のことだったのだ。

 

 もしかしたら、ロウには精を注いだ相手について、なんらかの能力を飛躍的に向上させる力があるのではないか……。

 さすがに、そのことに思い当たり、ロウやミランダに訊ねた。

 やんわりとはぐらかされたものの、否定もされなかった。それだけでなく、絶対にランの考えを口外するなとも釘を刺された。

 ランはそれである程度のことを察した。

 

「あっ、でも、一応、今日の分の業務が……」

 

 ランはマリーに言った。

 

「そんな仕事は、あんたなら明日にでも取り戻せるんでしょう? ミランダは、さっさと休みをとって、ロウ殿のところに向かったんだから、あんたも準備しなさいよ。せっかくの宴なんだから、おめかしだってあるでしょうに」

 

 マリーが苦笑している。

 だが、マリーは知らないのだ。

 今日の宴は、ロウからは裸の集まりだと耳打ちされている。

 ロウの愛人たちが集まり、内輪だけの乱交で交友を深めるのだそうだ。

 だから、お洒落は無意味らしい。

 

 もっとも、それでもせっかくロウに会うのだし、できるだけめかし込みたいという気持ちはある。

 まあ、ロウの周りに集まっている女たちに比べれば、ランなど平凡すぎて一緒にいるのが恥ずかしくなるくらいだが、それでもロウはランの恩人だし、なによりも、ランはもうロウを好きになってしまったのだ。

 たとえ、ほんの気紛れでもいいし、ちょっとしたからかいとしてでも構わない。

 ランは、ロウに関わりたい。

 だからこそ、ロウの女たちの集まりに呼んでもらえるなど、ランは有頂天になった。

 ランみたいな女を……。

 

「あっ、でも、おめかしといっても……。それに、集まりは夜なんです、マリー。まだ、陽が高いし……」

 

 ミランダが珍しくも仕事をあがったのは、陽が中天にのぼったときだったが、まだ、それから時間はあまり経ってない。陽はちょっと西に傾いたくらいだ。

 

「いいのよ。それに、どうせ愉しみで、仕事なんてはかどらないでしょう。まあ、あんたのやっていることを代わりにやってあげるとはいえないけど、しっかりと、ミランダとあんたの仕事は溜めといてあげるわ。でも、もうあがりなさい。先輩命令よ」

 

 マリーが笑った。

 ランは新参ものだが、マリーはギルド職員として十年以上になる。若く見えるので、新人と勘違いされることが多いようだが、実は三十代も半ばの三人の子持ちだ。

 だが、夫はいない。

 三人の子供も全員が父が違う。

 よくわからないが、三人の父の全員が、マリーが魔道遣いとして冒険者のひとりだった時代の男たちだそうだ。

 なにか事情もありそうなのだが、マリーは事情を語らない。

 ただ、酔ったときに、自分は男を不幸にする女だと悲しそうに洩らしただけだ。

 

 また、ありがたいことだが、マリーは、ついこのあいだまで、奴隷身分だったランに、最初から分け隔てのないた態度で接してくれた。

 ランは怪しげな操りの術を掛けられて闇奴隷にされ、場末の娼館で性奴隷として飼われていた少女なのだが、ミランダが、ランが不当な手続きで奴隷になっていることを発見し、ロウの能力で操りも解呪してもらった。それだけでなく、ギルドによる身請けというかたちで、ここに引き取ってもらったのだ。

 まさに、地獄から天国に引きあげられた救援だった。

 

 しかし、不合理な手続きによる奴隷であっても、奴隷は奴隷である。

 だが、深い事情を承知していたマリーは、ランを奴隷ではなく、ごく普通の新人職員として扱ってくれ、それだけでなく、たちの悪い冒険者たちから、ランを守ってくれるようなことも度々してくれた。

 幸いにも、ミランダとロウは、ランに操り術をかけた操り師からランを購ってすぐに娼館に性奴隷として売り飛ばしていた分限者を見つけてくれ、身請けのためのお金を奪ってきてくれたのだ。

 ランは奴隷解放された。

 

 喜びに泣きじゃくるランに対して、ロウは気にする必要はないと言った。また、ランは詳細は教えてもらえなかったが、直接にそれをしたのは、ロウの知り合いの商人とのことだった。

 とにかく、そんなこともあり、ロウにも、ミランダにも、ランは背負って背負いきれない恩があると思っている。

 

 それはともかく、冒険者ギルドの職員は、マリーのように冒険者を引退して、第二の仕事としてギルド職員を務めるようになった者が大半だ。

 ミランダからして、この国で最後の(シーラ)ランクの元冒険者であり、そのため、ミランダも含めて職員は、本来、腕自慢の一騎当千の強者であり、書類仕事や細々とした業務管理ができる者は少ない。

 マリーの言葉だが、ミランダ自身が本当は「脳筋」であり、ギルドの管理などという仕事が得手ではないらしい。

 だからこそ、突然に高い事務管理能力に目覚めたランが貴重なのだそうだ。

 

 確かに、ランにしても、ギルド管理の奴隷として連れて来られたはずの自分が、ギルドの極秘事項まで扱うような重要書類まで任されるのだから、恐縮してしまう。

 しかし、ミランダによれば、ランはロウの女のひとりなので、安心なのだそうだ。

 目の前のマリーも、ミランダの書類仕事を手伝うこともあるが、そのときもミランダは、本当の極秘事項情報には、マリーには触れさせない。

 

 だが、ランには平気でそんな情報も渡す。

 だから、今回のキシダイン事件にかかわる事務処理にはランが関わった。

 この国でもっとも権力を得ていたキシダイン卿の暗殺をロウが引き受けて実行したというクエスト内容には戦慄してしまった。

 これについては、少なくとも三十年間は解放されることがない魔道保全がかけられた。

 だから、現段階でギルド職員で、今回のことを承知しているのは、ミランダとランのふたりだけだ。

 ランとしては、怖ろしい秘密に接してしまったという恐怖しかない。

 だが、そのことがあり、キシダイン事件解決の打ち上げという側面があるらしい「性宴」にランも呼ばれることになったというわけだ。

 

 それにしても、ミランダがこれほどに重要な極秘書類の作成に、ランなどに関わらせるなど、ミランダのやることには驚きだ。

 しかし、ミランダに言わせれば、どうやら、ロウの女になるということは、仲間を裏切れないなんらかの「呪い」のようなものがかかるらしい。

 これについて、もちろん、ランには不満はない。そもそもランの命を助けてくれたのが、ロウなのだ。

 いや、そうでなくても、ランはロウに心を支配されるのであれば大歓迎である。むしろ、支配して欲しい。

 いずれにしても、だから、余人に任せるよりも、ランに任せるのが絶対に安心できるのだそうだ。

 

「だけど……」

 

「だけどじゃないわ。さっきも言ったけど、仕事はきっちりと残しておくわ。だから、遠慮することなく、行っておいで。そもそも、あんたを見ればわかるのよ。心ここにあらずって感じじゃないのよ。本当に愉しみなんでしょう? どうせ、こんなときに、仕事なんて捗らないわよ」

 

 結局のところ、マリーに強引に事務室を追い出されてしまった。

 それに、マリーの指摘は本当だ。

 

 ロウと時折逢瀬を繰り返すようになって、その性技の巧みさに、気の遠くなるような快感を覚えるようになっていたが、それとともに、その危険さも自覚してしまった。

 あのロウから与えられる性の快楽は、まさに危険な魔道のようなものだ。

 神がかりな愛撫の快感を受け、繰り返しの絶頂の末に熱い精を与えられて恍惚とする幸福感とともに終わるロウとの交合は、やがて沸き起こる激しい中毒症状のような疼きとの引き換えだ。

 ロウに抱かれてしばらくすると、怖ろしいほどに子宮が疼いてくる。再び抱いて欲しくてどうしようもなくなり、気が狂いそうになる。

 しかも、このところは、キシダイン事件とやらで、ロウに抱いてもらう日からかなり遠ざかっていた。

 ロウの精液をもらっていない子宮は、ぎゅんぎゅんと脈動して、息を吸うのも苦しいと感じるときもある。

 だから、ロウに誘ってもらえて、恥ずかしいが身体がかっかと期待で熱くなっていたのも事実なのだ。

 

 ランは、準備していたとっておきの一張羅を身に着け、しっかりと化粧を施してから、ミランダと待ち合わせている小屋敷に向かった。

 そこは、ロウが保有する二軒目の屋敷だ。ロウとロウが一緒に暮らしているエリカたちとの生活の場は、王都郊外の通称「幽霊屋敷」と呼ばれる離れ屋敷であり、今日の集まりもそこなのだが、ロウはそれとは別に、王都内に拠点となる小さな屋敷を一軒保有している。

 ちょっと込み入った経緯で、その屋敷の書類上の保有は第三神殿のスクルズらしいが、対外的には、そこはロウの屋敷で知られていた。

 また、この屋敷には、ブラニーという屋敷妖精が棲みついていて、さらに、スクルズが施した移動術の設備が整えられていて、それを使って、ロウの郊外屋敷に、一瞬にして転送できるようになっている。

 そこから、向かうのだ。

 ミランダとの待ち合わせも、その小屋敷だ。

 

 そして、屋敷に着いた。

 ランがいつもロウに抱いてもらうのは、この小屋敷であり、勝手は知っている。逆に、王都郊外の屋敷に招待されたのは、今回が初めてだ。

 そもそも、それが嬉しい。

 

「ラン様、いらっしゃいませ。ミランダ様とスクルズ様はお待ちです」

 

 表から入ったところで、すぐに屋敷妖精のブラニーがランを待ち構えていた。

 

「あっ、お世話になります」

 

 ランは慌てて頭をさげた。

 すると、十歳くらいの童女の外見を持つブラニーがちょっと困ったような笑みを浮かべる。

 屋敷妖精として、屋敷の主人に尽くす性質を持つブラニーにとって、名目上の主人のスクルズや実質的な主人のロウと同様に、ランのように時折通ってくる愛人たちについても、ちゃんと仕える相手なのだという。

 だから、ランがここに来るたびに、屋敷妖精に恐縮し丁寧すぎる態度をとってしまうことに、いつも、必要のないことだと言ってくれる。

 しかし、そんなことをいっても、ランは誰かに仕えてもらうような身分じゃない。

 逆に、ブラニーの態度こそ、ランは困ってしまう。

 

「ああ、来たわね」

 

 案内をされた部屋に入ると、ミランダとスクルズが卓を挟んで座っていた。

 どうやら、酒を飲んでいるようだ。

 卓の上には、火酒と呼ばれる強い酒瓶があり、炙った魚と野菜の肴が置いてある。

 だが、杯がミランダの前にしかないところを見ると、飲んでいるのはミランダだけのようだ。

 スクルズは温かいお茶を飲んで、にこにこしている。

 

「ミランダ、飲んでおられるのですか?」

 

 ちょっとびっくりして言った。

 だが、考えてみれば、ドワフ族というのは、酒を水代わりにして幼少から嗜む酒豪の種族とも言われている。

 ギルド内では飲まないようにしている気配だが、ミランダが酒好きなのは、ランも知っている。

 

「飲んでるわよ。とても素面じゃ行けないわよ。とにかく、あんたの下の毛は、あたしがしっかりと守るからね。冗談じゃないわよ、あの変態──」

 

 ミランダがランを一瞥してぐいと酒の杯を掴んで呷った。

 えっ?

 もしかして、かなり酔っている?

 そのとき、ミランダの真向かいに座っているスクルズがくすくすと笑った。

 

「まだ、そのことにこだわっているのですか、ミランダ? ロウ様はあなたの言い分を受け入れて、お毛は剃らないとおっしゃったのでしょう? そんなにしつこく言い募ると、まるで本当はロウ様に剃ってもらいたいみたいですわよ」

 

 スクルズが微笑みながら言った。

 すると、ミランダが怒ったような形相でかっとスクルズを睨んで、空になった杯を卓に叩きつけるようにした。

 

「冗談じゃないわよ──。あたしは剃ってもらいたいなんて思ってないわよ──」

 

「だけど、ロウ様が剃毛をして、ロウ様の持ち物であることの印をつけてもらうのが、愛人の証であるというようなことを仰ったので、断ったものの、かなり動揺しておられるのでしょう?」

 

 スクルズがくすくすと笑って、ミランダの空いた杯に酒をなみなみと注ぐ。

 いまや王都どころか、王国一の魔道遣いではないかという評判もある美貌の女神官のスクルズは、ミランダ同様に、実はロウの愛人のひとりだ。

 もちろん、ランはそんなこと知らなかったし想像もできなかったが、そもそも、ここがロウの拠点である屋敷でありながら名義がスクルズであることや、ギルドの極秘書類の管理を通じて知った「三巫女事件」の真相、さらに、ロウのクエストにかなりの頻度でスクルズが関わっていること、それを踏まえたうえでの、スクルズのロウに対する態度などを観察して、ランはあるとき、思い切ってスクルズに訊ねてみた。

 

 あっさりと、スクルズは、自分はロウの女であることを認めた。

 男神官と異なり、女神官については、天空神クロノスに仕える者という意味合いで、男との性関係は、禁止ではないものの、信仰における不適切な行為となっていることをランも知っている。

 ましてや、スクルズは、第三神殿の神殿長代理も務めるほどの高位の巫女だ。

 そのスクルズに恋人がいるなど、大変な醜聞になるはずだが、スクルズはあっけらかんしていた。

 あのときは、ランも唖然としたものだ。

 

 また、この屋敷には、やはり、ロウの愛人なのだというウルズもいる。元の第一神殿の筆頭巫女であり、ここで何度も会っているが、幼児返りをして、まさに大人の外見をした幼女だった。

 その真相も、やはり、ランはギルドの極秘文書の管理を通じて承知している。

 

「動揺してないわよ──」

 

 ミランダが怒ったように吐き捨てて、ぐいと酒を飲んだ。

 顔には出ていないが、なんとなくかなりの酒を飲んでいる様子がある。

 ランはスクルズの耳元に口を寄せた。

 

「……一本目ですか?」

 

 火酒はかなりの強い酒だ。

 ランが飲めば、一杯どころかひと口で倒れてしまうだろう。

 

「三本目ですわ、ラン」

 

 スクルズがまた笑って、ミランダの杯に酒を注いだ。

 

「さ、三本?」

 

 ランは思わず声をあげた。

 午前中はギルドで仕事をしていたミランダが、午後にここにやって来てすぐに飲み始めたとしても、まだ三ノスもすぎていない。

 それで三本というのは、かなりの速度と量だ。

 ドワフ族でなければ、間違いなく正体を失っているに違いない。

 

「あなたも言われましたか? ロウ様の剃毛宣言……。今日はロウ様の女が一同に会するだけでなく、全員の毛をお剃りになるそうですわ。そして、ロウ様のお印をつけるとか……。でも、ミランダはそれを徹底的に断ったのです。そして、ロウ様はだったらいいとお許しになったみたいで……。でも、本当はそれを気にしているんですよ」 

 

「き、気にしているわけないでしょう──。そもそも、女の股間の毛を剃るなんて、あいつ、なにを考えているのよ──。ラン、あたしは、ちゃんとあんたのことを守ってあげるからね──」

 

 スクルズの声がほんのささやき声だったのだが、ちゃんと聞こえたようだ。

 ミランダの持つ杯がだんと卓の上で音を立てた。

 唖然とすることに、もう空になっている。

 ランは目を丸くした。

 

「ミランダ、ちょっと飲み過ぎでは? まだ、昼間ですし……。それに、あたしはロウ様のお申し出は嬉しくて……。あたしのような女を皆さんと同様に扱っていただけるなど、信じられないし……」

 

 ランはおずおずと言った。

 すると、ミランダがランを睨みつけた。

 

「な、なんでえ──。あんたも、あたしを裏切るの──」

 

 ミランダが一転して悲しそうな顔になった。

 ランはたじろいでしまった。

 

「裏切りって……」

 

 なにが裏切りなのかわからない。

 でも、わかったことは、やっぱりミランダは酔っているだろうということだ。かなり感情的になっている。

 

「もう連れて行ってください、ラン。このままでは、また泥酔しそうですわ……。ミランダもいいでしょう? どうぞ、お先に……。わたしは、アン様たちを待って、向かいますから」

 

 ミランダは手酌をしようとしたが、スクルズがさっと手を振って、瓶を消してしまった。魔道だろう。

 だけど、アン様?

 スクルズの管理する第三神殿には、キシダインの元妻のアン王女が預けられているが、まさか彼女のことではないはずだが、他にもロウには愛人がいるということは知らなかった。 

 

「ちょっと、スクルズ──。酒を出しなさいよ。あんな変態男のところに向かうのに、とても素面でいけないわよ。出しなさい」

 

「いいから、向かいましょう、ミランダ。あたし、ロウ様の本屋敷には初めて呼んでもらうのです。早く行きたいのです」

 

 ランはミランダの腕を掴んで立たせるように引っ張った。

 スクルズの言うとおりであり、これ以上の酒はよくないだろう。

 

「えっ、あんた、あの変態男の屋敷に行ったことないの? もう何度も抱かれているんでしょう?」

 

 ミランダがちょっと驚いたような顔になった。

 

「抱いては頂きましたが、全部この小屋敷のことです。それに、変態とおっしゃいますが、それはなんのことなのですか? ロウ様は随分とお優しいと思いますが……」

 

 ランはミランダを引っ張って立たせながら首を傾げた。

 ロウが複数の女を愛人にしていて、それだけでなく、一度に何人もを同時に抱くこともあるということは知っている。

 今夜もそういう性宴だ。

 だが、ランについては、実のところ、ふたりきりでしか抱かれていない。

 抱き方も普通で、いわゆる正常位だ。

 変態的な抱き方といえば、あの分限者のところであるとか、娼館でのことの方が余程につらかった。

 

 ランがロウは優しいと口にしたので、ミランダが詰め寄るように、ロウはどんな風にランを抱くのかを訊ねてきた。

 そんなこと口にするものじゃないと思ったが、なぜか、スクルズも詰問してくる。

 仕方なくランは、いつも普通だと説明し、赤裸々な内容も問われるままに答えた。

 すると、スクルズが縛ったりしないのかと驚いたように言ったので、ランは首を横に振った。

 縛られて抱かれたことはない。

 

「淫具は? あの痒み責めは?」

 

「お尻などとかは?」

 

 ミランダとスクルズが驚いたように破廉恥な質問をしてくる。

 そんなことはされたことはないので、ランは否定した。

 

「……あいつ、あれでも、ランには気を使っているのね……。まあ、酷い目に遭ったからか……」

 

「そういうところが、ロウ様のお優しさなのですよ」

 

 ミランダとスクルズが嘆息しながら言った。

 よくわからないが、ラン以外の者には、かなりの過激なこともするようだ。

 でも、そうだとすれば、このあいだまで娼婦として乱暴な抱かれ方をされ、日に何人もの男の相手をさせられてきたようなランに対して、手加減をしているということになる。

 ミランダの言葉のとおり、それは、もしかしたら、奴隷になってしまっていたランの境遇に、ロウが気を使っているのかもしれないが、少し寂しく思う。

 ランは、ミランダやスクルズのような女傑ではない。

 ただの平凡な女だ。

 ロウの周りにいるようなとんでもない美女には及びもつかない平凡な外見だし、騙されて奴隷にされたような馬鹿女だ。

 そのランに対して、ロウの性癖を解放してくれないのは、嬉しいことではない。

 

「……羨ましいです。あたしも、変態をされたいです……」

 

 思わず口にした。

 すると、ミランダが呆れたという顔になった。

 そして、スクルズが口を開く。

 

「でも、これからはランのことも、容赦なく調教するのでしょうね。だから、宴に呼んだのでしょう」

 

 スクルズは笑った。

 

「まあいいわ。じゃあ、行くわよ、ラン──。じゃあ、後でね、スクルズ」

 

「では、後ほど……」

 

 ランはスクルズに会釈をした。

 ミランダがブラニーを呼んで、移動ポッドの手配をしてくれと声をあげた。まったく酔った形跡もない。

 足どりもしっかりしている。

 ランは感心した。






 *


【ラン】

 サタルス帝に仕えた女傑のひとり。元は冒険者ギルドの職員であり、冒険者でもあったサタルス帝がその能力を見抜き、施政を支える女官吏として抜擢したといわれる。
 サタルス帝の近侍として重要職務を歴任し、晩年は第二代の宰相まで昇りつめた。
 しかしながら、彼女の生い立ちや経歴は完全に抹消されており、ギルド職員になった経緯も伝わっておらず、身分についても平民であるとしかわからない。
 一説によれば……。


 ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


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201 みんなで温泉に行こう(1)─剃毛と罰

「ま、まさか──。もしかして、王妃様では? う、嘘でしょう──」

 

 やってきたランが大きな声をあげて、その場にしゃがみ込んでしまった。余程に驚いたのだろう。

 一方で、ミランダは周囲の風景に呆然として目を見張っている。

 ここは、サキに頼んで準備してもらったミランダの故郷の風景なのだ。

 ハロンドール王国の北側にあるエルニア魔道王国よりも、さらに北側に拡がる北方の草原地帯であり、ミランダはそこにあるドワフの集落で生まれ育った。

 この温泉は本物の風景とは異なるが、それ以外はミランダがもう何十年も戻っていない思い出のままのはずだ。

 ミランダを口説いて、剃毛に同意させるための一郎の仕掛けのひとつである。多少は落ち着いた気持ちになり、頑なな拒否反応を崩し、一郎の破廉恥な申し出を受け入れてもいいという感情になればいいと思った。

 

「あっ、ああっ、ロウ、ロウ、もういく、いぐううっ、い、いってもいいか、あっ、ああっ」

 

 さて、緊縛したシャングリアを岩場の温泉の縁にもたれさせるようにして、下半身を背後から犯しているが、もう数回絶頂しているシャングリアは、早くも絶頂に追い詰められたみたいだ。

 それに反応がいつもよりも激しい。

 やはり、下腹部に施した「淫魔の刻印」は、刻まれた女たちをかなりの淫乱体質に変えてしまう気がする。

 

 一方で、たったいま犯し終わったサキは、脚だけを湯につけた状態で、湯の縁の岩場にうつ伏せになって、荒い息をしている。

 妖魔将軍ともまで称される雌妖魔だが、性行為については一郎にはかなわない。

 体力のあるサキは、それに応じる限界までの快感を与えた。

 しばらく動けないかもしれない。

 

「ロ、ロウ、か、堪忍だ。ああ、またっ」

 

 そして、アネルザはその一郎の横で首輪に繋げられた手錠に拘束された手で盆を持ち、盆に乗っている飲み物を持って待機するということを横でしている。切なそうに身体を震わせて哀願の言葉を吐きだすのは、アネルザの股間に淫魔術で作っている小さな男根の根元を振動する金具でいたぶっているからだ。

 気の強い王妃が泣きそうな顔になっているが、実際には、こんな一郎の苛めでかなりの欲情をしているのがわかっている。

 国王でさえも尻に敷くほどの強い性格のアネルザだが、実は隠れている心の中には、かなりの被虐体質が眠っていた。それを引き出して、表に曝け出してやったのが一郎だ。

 

「飲み物をこぼすなよ。こぼせば、お仕置きだぞ、アネルザ」

 

 一郎はシャングリアを犯しながら、ミランダとランを連れてきた屋敷妖精のシルキーに、アネルザが支えている盆に載っている杯に飲み物を継ぎ足せと合図をした。

 そのちょっとした仕草でシルキーは一郎の意図を読み取ったようだ。

 にっこりと微笑むと、ぱっと姿を消し、一瞬後にはアネルザのいる湯の中に出現して、手に持ってきた瓶から冷えた果実酒らしきものを注ぎ足す。

 

「もうしわけありません、アネルザ様。旦那様の言いつけですので……」

 

「ああ、そんなあ──。やっぱり、お主は鬼畜だ」

 

 並々と盆の上の飲み物を足されたアネルザが泣き声をあげた。ただでさえ、脚が震えているのに、杯のすれすれまで飲み物を足されたので、それを保持するのは難しいだろう。

 だが、こぼせば、お仕置きだ。

 気の強いはずのアネルザの顔が絶望と恥辱の顔に染まるのがわかった。

 いい顔だ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「シャングリアの後は、アネルザだからな。しっかりと待ってろよ。それとかなり溜まっただろう。射精を許してやろう」

 

 アネルザの模擬男根の根元の金属の輪は、いまは振動でアネルザを追い詰めているが、射精管理の機能を持つ。それを解除して、射精ができるようにした。

 もっとも、いくら射精しても、女であるアネルザは、それにより性的満足をすることはない。

 それどころか、女側の性欲に怖ろしいほどの焦燥感が拡大する仕掛けになっている。

 これで、一郎はアネルザを一郎に逆らえない「マゾ女」に堕としたのだ。

 

「あっ、ああっ、ああっ」

 

 さっそくアネルザがぴゅっと小さな男根の先から白濁液を飛び出させた。

 その動作でアネルザの身体が揺れ、さっき注ぎ足した杯から酒がこぼれたのがわかった。

 これで「罰」確定だ。

 一郎は、淫魔術を遣ってアネルザの膀胱をいっぱいにしてやる。

 アネルザの模擬男根は、あくまでも模擬なので放尿の機能はない。それは女の身体側でしかできない。アネルザは、失禁寸前の状態になったはずだ。

 

「ああっ、ま、また、そんなひどいことを──」

 

 アネルザがさらに泣き声をあげた。

 

「まさか、王妃ともあろうものが湯の中で小便はしないよな。もしも、洩らせば、罰の付け足しだぞ」

 

 一郎は笑って、シャングリアを犯すことに専念することに戻る。

 緊縛しているシャングリアを湯の中で後背位に変え、温泉の縁でうつ伏せの上半身を岩場に突っ伏して失神しているサキの横に上半身を倒させ、お尻に股間を叩きつけるようにして、激しく律動をする。

 

「ロ、ロウ、いくううっ、いぐうう」

 

 シャングリアの身体ががくがくと震え、その身体がぴんと伸びる。 

 

「まだだ、俺はさっきサキに注いだばかりだからな。もうちょっと、我慢しろ。我慢できなくなれば言え。さっきみたいにクリトリスを握り潰してやる。それで我慢するんだ」

 

 一郎は、シャングリアをさらに激しく犯しながら言った。

 もっとも、まだ射精ができないというのも嘘だ。

 淫魔師としては最高レベルにある一郎は、自由自在に射精を繰り返すこともできる。そう言うのは、ただ、シャングリアをいたぶりたいだけだ。

 一郎は押し込んだ男根の先で、シャングリアの子宮近くをぐりぐると押し揺らした。

 

「だ、だけど、あああっ、だ、だめえ、我慢できない。(つね)って──。抓ってくれ──」

 

 シャングリアが悲鳴のような声をあげる。

 すっかりと調教済みのシャングリアは、一郎が命じれば、健気にその命令をやり遂げようと頑張ろうとする。

 クリトリスを握り潰してくれという残酷な言葉も、一郎が言えばそれをする。

 まあ、痛いのが気持ちいいのもシャングリアの体質なので、満更嫌でもないとは思うが……。

 それに、さっきもやったのだが、一郎はすでにシャングリアが肉芽を握り潰される激痛を受けながら、絶頂をするという行為が病みつきになり変えているのを知っている。

 いつの間にか、被虐癖が開花の大した「マゾ女騎士様」だ。

 

「んぎいいっ」

 

 一郎は容赦なくシャングリアの股間に手を伸ばして、膨らんでいた肉芽をぐいと抓った。

 もちろん、背後から犯しながらだ。

8

「んぐうううっ、ああああっ」

 

 派手な嬌声をあげながら、シャングリアは大きく身体を反らせて絶頂する。

 シャングリアの身体が力を失うのがわかった。

 一郎はシャングリアに精を注ぐと、怒張を抜いた。

 

「シルキー、こっちに来て、サキとシャングリアを頼む。しばらく、寝椅子に横にさせておいてくれ」

 

 一郎はシャングリアの上半身をサキと並べて温泉の縁の岩に預けさせながら言った。

 

「はい、旦那様」

 

 屋敷妖精のシルキーが出現して、童女姿でありながら、軽そうにサキを横抱きにすると、一瞬姿を消し、すぐに寝椅子のひとつにシャングリアを横たえた。そして、すぐにサキを同じように運んでいく。

 辺りは夕暮れの草原のど真ん中だが、裸で眠っても風邪などひくことがないように、サキに外気の環境を調整してもらってある。

 

「それと、ランも頼む」

 

 一郎はシルキーに声をかけてから、アネルザに向かい合った。

 どうやら、ランは一郎がアネルザとシャングリアと同時にいたぶっている光景を目の当たりにして、気絶をしてしまったようだ。

 ほかの一郎の女とは異なり、もともとはただの市井の娘だ。

 だから、これまでは「手加減」をして抱いていたし、一対一でしか愛を交わしていない。

 しかし、そろそろいいだろうと思って、今日は全員の紹介の意味を込めて乱交の宴に案内した。

 だが、やはり刺激が強かったのだろうか……。

 

 一方で、アネルザは、顔を真っ赤にして半泣きの表情で、内腿を締めつけて激しい尿意に耐えつつ、小さな男根の形状に変えられている陰核の根元で振動をしている淫具の刺激を我慢している。

 アネルザの尿意は、もちろん一郎の悪戯だ。

 

「さて、どんな罰にしようかな。とりあえず、口で奉仕をしてもらおうかな……。あっ、もちろん、湯の中でおしっこをしないでよ、アネルザ。ほかのみんなも入るんだからね」

 

 一郎はアネルザに持たせていた盆から飲み物の入った盃を取りあげて、一気に飲み干す。

 アネルザの顔が悲痛そうに歪む。

 もっとも、実際にはこんな恥辱的な扱いを受けて、被虐の血が沸騰するほどに興奮しているのだ。

 

「ロ、ロウ、あんた、大概にしなさい──。そもそも、この風景はなによ。な、なんで、こんなところを……」

 

 倒れてしまったランを抱えているミランダが声をあげたのがわかった。

 

「ミランダへのせめてもの贈り物だよ。今日は剃毛大会だから、剃毛と引き換えにしか犯さない。剃毛を嫌がっているミランダは見物になるだろうから、景色くらいは愉しんでもらおうと思ってね」

 

 一郎はわざとらしく笑い声をあげた。

 

「なっ」

 

 するとミランダが絶句して顔を赤くするのがわかった。

 今日集まる女たちの中で、実のところ、剃毛を嫌がっているのはミランダだけだ。女たちには事前に剃毛を宣言をしたが、拒否の言葉を吐いたのはミランダだけだったのだ。

 また、なんだかんだと意地を張っているみたいになっているミランダだが、他の女があっさりと受け入れよたことで、かなり動揺を示していることにも、一郎は気がついている。

 なんだかんだで、押しに弱いのがミランダだ。

 

 故郷の風景──。

 剃毛を受け入れていく女たち──。

 自分だけ抱かれない焦燥感──。

 いろいろと取り揃えてやれば、最後には受け入るだろう……。

 ついでだ──。

 淫魔術を使って身体を操り、気がつかないくらいにだんだんと身体が欲情するように身体に細工をしてやろう。

 その身体を癒してもらうには、剃毛を受け入れるしかないから、おそらく時間の問題だと思う。

 

「そ、そんなこと言って……。そんなので、あたしが剃毛を受け入れると思ってんの──?」

 

「どうかな?」

 

 一郎は明らかに動揺しているミランダから意識を離したふりをして、アネルザから盆を取りあげ、その髪を乱暴に持つ。

 

「な、なんじゃ?」

 

 アネルザが動顛して目を大きくあける。

 構わず、一郎は体重をかけてアネルザを引き倒すようにして、一郎の身体ごと顔を湯に突っ込んだ。

 

「あがっ」

 

 湯の中からアネルザの悲鳴が聞こえたが構わずに、一郎の股間を口で咥えさせる。

 そんなに大きな抵抗はしない。

 一瞬、身体を暴れさせかけたが、すぐにアネルザはお湯の中に身体を漬けて、湯の中の一郎の怒張を奉仕する態勢になる。

 

「旦那様、スクルズ様、ベルズ様、ウルズ様、アン様、ノヴァ様、そして、マア様のご到着です。いま、屋敷側に入られました」

 

 シルキーがミランダの横のランを受け取り、一郎に声をかけてきた。

 

「わかった。全員に、屋敷で服を脱いでこっちに来させてくれ。いよいよ宴だ──。いいかシルキー、誰であろうと、向こうで服を脱いでから、全裸でこっちに来るように指示してくれ。それと裸になれば、全員一緒だ。一切のいつもの上下関係を禁止する」

 

 一郎は息が苦しくなって、湯の中で身体を暴れさせかけてきたアネルザの頭を押さえつけながら、シルキーに命令した。

 

 

 *

 

 

 ランは寝椅子に横たわりながら、目の前で繰り広げられる性宴をぼんやりと眺めている。

 王妃アネルザが容赦なく鬼畜に責められる光景を見た最初の衝撃からは解放されたが、いまは、それ以上の圧倒的な動揺を心に受けている。

 とにかく、凄い……。

 凄いのひと言だ。

 

 ランは知らなかったが、ロウの恋人、それとも、愛人と呼ぶべきなのかわからないが、とんでもない人たちと、そして、想像以上の多くの女性たちがいるということがわかった。

 

 ランとミランダがやって来たときには、シャングリアとアネルザ、そして、後でわかったのだが、サキという国王様の寵姫の女性だけだったのだが、いまは、続々と増えている。

 ロウは、そのひとりひとりを相手して順番に抱き、剃毛をし、呪術的な魔道を施し、それが終わってからもう一度抱く、ということを延々と繰り返している。

 

 それにしても、ロウの女性たちというのは、なんという人数と、そして質なのだろう。

 この中にランが混じっているなど、冗談にもならないし、早く知ってよかったと思う。

 絶対に、自分はこの中に含まれるような女じゃない。

 だんだんとそれも自覚してきた。

 

 だから、最初にここにやって来てから、一度湯に入っただけで、あとはずっとこの寝椅子に横たわり、準備されている豪華な飲み物と食べ物を愉しんでいる。

 それだけでも、庶民のランには十分な贅沢であるし、不思議なことに、こうやって、裸で座椅子で過ごしても、いつまで経っても、身体も冷えないのだ。

 なんとなくだが、この空間が現実の世界ではないということがわかってきた。

 すでに、かなりの時間がすぎているというのに、いつまでたっても、さわやかで美しい夕暮れの風景のままだ。

 これひとつとっても、ここが通常の空間でないということはわかる。

 おそらく、なんらかの魔道的な世界なのだろう。

 

 いずれにしても、とにかく、ロウの女たちというのは、すごい。

 

 最初からいたのが、まずは、王妃アネルザ──。

 いまの国王のルードルフが国政にほとんど興味を示さず、大臣や王妃に政務を丸投げして、一日のほとんどを後宮に入り浸っているというのは、王都であれば、庶民でも知っている有名な話であり、いまの事実上の国政の中心は、この王妃のアネルザといっていい。

 しかし、大変な激情家で、気儘であり、非常に怖い人だという噂だったので、ロウにいたぶられて、泣き声をあげてよがりまくる姿は、果たして、本当にあの王妃様なのだろうかと、どうしても信じられなかった。

 しかし、王妃様なのだ。

 王妃様は、ロウに苛められて悦ぶ嗜虐癖の女性……。

 ランは、そんなこと初めて知った。

 

 そして、もうひとりの最初からいたのが、国王の寵姫だというサキ──。

 とても美しい人だ。

 だけど、とても気さくそうで、ランにも何度か声をかけてくれた。

 国王の寵姫だという人が、どうして、ここにいて、しかも、その女性をロウが抱くのか、ランはその事情が理解できないが、ロウ以外の人物には、とても偉そうで、それなのに、ロウに対してだけは、とても可愛らしくなるのが面白い。

 

 さらに、シャングリア──。

 もちろん、シャングリアは知っている。

 お転婆騎士として有名な方であり、騎士の爵位を持つ女貴族様だ。

 しかし、あるクエストで一緒になったことで、ロウに心酔してしまい、おしかけ恋人のように迫って、いまはエリカとコゼたちとともに、ロウと一緒に暮らしている。

 そういえば、エリカとコゼは、今日はまだいない。

 どうしたのだろう?

 

 そして、この後で、ミランダとランはやって来たのだ。

 ランはあれから、ほとんどの時間をここで休んでいるのだが、ミランダは、なぜか、赤い顔をしながら、なんだかんだと、ロウについて回っている。

 ここに来る前まで、ミランダは、剃毛されるなど冗談じゃないと息巻いていたが、ここにやって来てからのミランダを観察する限り、果たして、剃られたいのか、剃られたくないのか、ランにもわからなくなってきた。

 嫌なら、近づかなければいいし、そしたら、ロウは放ってくれるだろう。なにしろ、ほかの女性がたくさんいる。実際、ランもこうやって座っていて、まだ、ロウとは話もしてない。

 だが、ミランダとしては、剃毛は嫌だけど、まったく相手にしてもらえないのも不満そうだ。

 だから、ああやって、ちょっと距離をとって、ロウに近づいているのだろう。

 それにしても、ミランダはちょっと怖い女性のように、日頃は思っていたので、ああやって、可愛らしい態度を眺めていると、申し訳ないが、ミランダのことを少し微笑ましく感じてしまう。

 

 それから後は、剃毛と刻印を受けた順番で説明すると、まずは、スクルズだ。

 第三神殿の神殿長代理の方であり、可愛らしい外見と雰囲気、そして、王都でも随一の高位魔道遣いとして、とても有名なお方だ。

 スクルズがロウの恋人のひとりということは知っていたので驚かなかったが、ロウの前に出ると、あんなに可愛くなるとは意外だった。

 とにかく、言葉でも態度でも、徹底的にロウに甘えるばかりであり、心からロウのことが大好きだということが丸わかりだ。

 また、そのスクルズが剃毛を受けた後、呪術的な刻印をロウが施すのを初めて目の当たりにしたのだが、あれには驚いた。

 刻印らしき呪術をした直後に、スクルズはおかしくなってしまい、ロウの足元にうずくまり、四つん這いになって、「にゃーにゃー」と言いながら、ロウの足に身体を一生懸命に擦りつけるということを始めたのだ。

 しかも、ロウの足の指を舐めて離さず、嬉し涙を流しながら、しばらくのあいだ感極まったかのように、ロウにくっついたまま身体を震わせていた。

 甘えているのだが、甘え方がなんか鬼気迫るような感じであり、ちょっと怖かった。

 

 スクルズの次にロウが剃毛と刻印をしたのが、第二神殿の筆頭巫女のベルズだ。

 筆頭巫女というだけでなく、魔道研究家としても有名な人であり、ベルズのいる第二神殿は、魔道研究者たちのサロンのようになっている。

 三巫女事件の記録については、ギルドの秘文書を扱ったとき読んだので、スクルズとともに、ベルズもロウの愛人なのではないかと予想したが、やはりそうだった。

 ベルズもまた、刻印を受けた直後に、突然におかしな反応になった。

 言われもしないのに、両手を背中に回して、ロウに顔を叩いたり、身体を蹴ったりして欲しいと哀願を始めたのだ。

 ランだけでなく、ほかの女性たちも驚愕していたが、このときにやっと、刻印をした直後には、その女性の本質部分にある隠れた性癖のようなものが極端に表に出てくるということがわかった。

 ロウやほかの女たちがそう語ったのだ。

 また、それで知ったが、いつも凛としてつつましいが、第二神殿のベルズは、実は苛められて悦ぶ被虐の性癖の持ち主ということだった。

 

 次は、ウルズだ。

 ウルズについても、ランは前から知っている。

 彼女の幼女返りの理由と事情についても、関連するギルドの秘文書に触れたことがあるので認識していたし、そもそも、何度か小屋敷で会っている。

 ランも、ロウに抱いてもらうときに小屋敷に行って、ウルズと接したとき、やっと、最近になって、あの背の高い美女のことが、だんだんとまだ幼い童女のように思えるようになってきた。

 彼女は刻印を受けると、ロウに抱きついてきて、まるでロウを強姦するかのように、舌足らずながら、「まんまん、まんまん」と性交を迫り、ロウが相手をすると、けらけらと幸せそうに笑いながら昇天して、あっという間に寝てしまった。

 

 そして、アン様──。

 やっぱり、ここに来る前のスクルズが小屋敷で口にしたアンという女性は、第一王女のアンだった。

 アンが受けた可哀想な経験のことは知っているし、とても気の毒な方だと思っていたが、彼女はとても幸せそうに笑っていたので、ランも安心した。

 このアンと、彼女の侍女だというノヴァは、なにか変だった。

 ロウがアンを愛撫すると、横のノヴァも悶え、ノヴァにロウが刺激を与えると、アンもまた快感に声をあげたりしていた。

 この主従のふたりについては、ロウはずっと一緒に相手をした。

 剃毛もひと掻きごとに、剃刀を相互の股間に移動させたし、刻印だって、ふたり同時だった。

 刻印直後は、このふたりは、ロウを尻目にふたりでくっつき合い、百合の性愛のような愛撫をし合った。

 一連の刻印の後の女の反応では、ロウではなく、別の相手にくっつくという一番不思議な光景だった。

 

 そこまで終わったとき、新しく女たちがやって来た。

 なんと、王太女のイザベラ以下の侍女軍団たちだ。

 イザベラ王太女を筆頭に、有名な護衛長のエルフ族の魔道騎士のシャーラ──。

 あとは、初顔合わせだったので、名前も知らなかったが、彼女たちが王太女に仕える女官や侍女たちだということは、すぐにわかった。

 半分くらいは、貴族のご令嬢の方々で、そうでなくても、王宮に仕えるのだから、それなりの格式の家の女性のはずだ。

 しかも、とても綺麗だった。

 

 そして、もう、この辺りになると、ランの感覚も麻痺してくる。

 王妃がいて、第一王女様がいて、国王の寵姫様がいて、さらに、王太女様、その直属の女官と侍女の方々、それに加えて、第三神殿の神官長代理、第二神殿の筆頭巫女、冒険者ギルドを牛耳っているミランダ、ロウと同じパーティの三人の女性たちも一騎当千の女傑だ──。

 心の底から、それらの全部を恋人にしているロウとは、何者かと考えた。

 そして、なぜ、自分はここにいるのかと、それからずっと自問自答している。

 

 王太女たちがやってくると、一気に賑やかになり、女たちの色香と女の匂いと、男女の営みの淫靡な香りや、その他いろいろなもので、辺りは凄いことになった。

 ロウは本当に絶倫であり、信じられないくらいの女性を次々に抱き、剃毛をして、また抱き、愛し合い、絶頂をさせて、精を放ち……ということを繰り返した。

 本当にすごい……。

 そして、いまでもそれは続いている。

 ランは圧倒されていた。

 

 そういえば、なんだかんだと、結局のところ、ミランダも剃毛を受け入れて、刻印を受け入れた。

 王太女の侍女たちが順番に剃毛を受けている途中でだ。

 その間、ずっとミランダは、ロウにつかず離れずに、距離を取りながら、ついていってたのだから、ミランダがロウに抱かれたがっていたのは、わかりやすすぎるくらいだ。

 侍女たちが三人くらい終ったところで、ミランダはロウに呼ばれ、剃毛を受け入れた。

 口で抵抗したのはほんの少しであり、ロウがちょっと強引に迫ると、ミランダは呆気ないくらいに簡単に折れた。

 そして、ミランダの股間は、まるで童女のようにつるつるになり、見た目も幼いので、もはや、ミランダの裸は、どう見ても、子供にしか見えなくなってしまった。

 そういえば、刻印を受けたときに、ミランダがどうなるのかと思っていたら、ランも引くくらいに、ミランダがロウにべたべたに甘えてきた。

 まるで、童女返りしているウルズみたいであり、あんな風にロウに甘えたいというのが、ミランダの本音なのかと、なんとなく納得した。

 そのミランダは、その後、ロウに抱き潰されて、いまも離れた寝椅子で横になっている。

 

「ランだな。初めましてだ。もっとも、お前のことはよく知っているがな」

 

 ふと気がつくと、ひとりの女性が近づいてきていた。

 確か、マアという女性だ。

 ちらりと見ると、まだ股間の陰毛が残っている。

 最初の方からいたが、ランと同様に、どうやら、まだロウの儀式は受けていないみたいだ。

 

「マア様ですよね……。初めまして……。あのう、ロウ様とは、どういうご関係で……。あっ、あたしは、冒険者ギルドで職員をしているランです。ロウ様には奴隷として売られているのを助けられて……」

 

 ランはマアの素性を質問しようとし、途中で慌てて、自分の自己紹介をした。

 自分のことを言わないのに、相手に質問をするなど、失礼と思ったのだ。だが、言い終わって、やっぱり、ランのことを説明するなど失礼じゃないかと考えてしまった。

 誰だかわからないが、とても風格がある人だと思ったので、多分、それなりに名のある人に違いないのだ。

 ランなどが関わっていい女性じゃない気がする。

 すると、マアが笑った。

 

「なんだか、緊張をしているようで初々しいのう。どうやら、そなたも、まだ剃毛と刻印の儀式とやらを受けておらんのだな。だったら。早々に割り込むとよい。あの感じだと、もうすぐ、二廻り目が始まるぞ。それに、遅れているようだが、エリカとコゼが戻れば、もっと賑やかになる。あのふたりは、独占欲が強いからな。特にコゼが……」

 

 よくロウたちのことを知っている人だと思った。

 やっぱり何者なのだろう?

 

「あ、あたしはいいんです。ただのギルドの職員なんです……。その前は下町の料理屋の給仕女をしていて……。だけど、馬鹿で男に騙されて……。もう、なんでここにいるのか……」

 

「なんで、ここにいるのかと言っても、ロウに呼ばれたのであろう? もしかして、ほかの女に比べれば、自分は劣ると思って、気にしておるのか? だったら、関係はないぞ。それよりも、これだけの数だ。その全員がロウに抱かれたがっている。そうでなくても、ちょっとでもくっついたり、話をしたがっている。あれに割り込まねば、ロウの視界には入らんぞ」

 

「あ、あたしは……。それに、そういうマア様だって、まだなんでしょう……?」

 

 ランはマアの股間をちらりと見た。

 もうここで股間の毛が残っているのは、マアとランくらいのものだろう。

 つまりは、まだ一度も、ここでロウの相手をしてもらっていないということだ。

 今日のロウは、抱いた女は、ことごとく、剃毛と刻印を施している。

 

「あたしは、あの中には割り込む気概はないのう。実のところ、この見た目の若さは、ロウに贈られたものだが、実際にはかなりの年増だ。歳は六十を過ぎておる」

 

 マアがからからと笑った。

 六十歳を過ぎている?

 なんの冗談かと思った。

 どう見ても、三十歳を過ぎているとは思えない。

 

「もしかして、エルフ族とかの混血の方ですか……?」

 

 見た目はエルフ族じゃなく人間族だが、長命種で知られるエルフ族なら、六十歳でこの見た目というのは不自然ではないので、その血が半分くらい入っているのか考えた。

 すると、マアは笑った。

 

「正真正銘の人間族じゃ。ロウの不思議な力だな。そなたが、ロウの精を受けて、大変な知恵者になったというのは、ミランダからも、ロウからも耳にしている。あたしは、ロウから若さをもらった。それからは、ずっとロウの(しもべ)だ」

 

 そして、マアは、自分はタリオ公国から商家団を率いて、この王都にやって来ている自由流通商会のマアだと自己紹介をした。

 ランは驚愕した。

 もちろん、自由流通商会のマアは知っている。

 数箇月前から、王都どころか、この国の流通支配をひっくり返すような勢いで勢力を強めている自由流通の中心人物であり、しかも、ランが奴隷解放をするときに、大変な世話になった人である。

 だが、そのマアと目の前のマアでは、見た目が違い過ぎて、まったく連想できなかった。

 だけど、ロウに若さをもらって、若返った?

 あり得ることじゃないが、あのロウのことだから、そんなこともあるのだろうか?

 とにかく、ランは慌てて、奴隷解放のときのことについてお礼を言った。

 

「やめよ。ロウの女なら、あたしらは仲間だ。気にするでない。ところで、冒険者ギルドでは活躍のようだな。ミランダも喜んでいるぞ。なんだかんだで、ミランダは、書類仕事が得手ではないのだ。そなたのような優秀な部下は、ミランダは以前から喉から手が出るほどに欲しかったのだ。だから、こき使われているのだろう?」

 

「あたしなんか……。だけど、役に立っているなら嬉しいです」

 

 ランはそれだけを言った。

 ただ、使われている実感はある。

 だけど、あんなに大切な仕事をランなんかに任せっきりで大丈夫かという不安もある。

 そもそも、闇奴隷として娼婦をしていたところを助けられてから、すぐにやっていたのはギルド内の掃除とか、荷運びとかの簡単な小間使いだったのだ。

 それが、一度、憧れのロウに抱いてもらってから、がらりと状況が変わった。

 後でわかったことだが、どうやら、ロウがミランダに推薦したらしいのだが、ロウに抱かれた後すぐに、ランの仕事はマリーと一緒の受付になった。

 さらに、ランは、自分がいつの間にかすらすらと文字が読めて、理解できないはずの書類が簡単にわかるようになっていることに気がつき、驚いてミランダに相談すると、ミランダは、すぐにランを執務室に呼び込んで、いきなり、自分の前にあった書類の束を半分、ランに寄越したのだ。

 そして、いまに至っている。

 最近では、ミランダが直接に手掛けている書類よりは、ランがやっているものの方が多いだろう。

 でも、ミランダは、ギルドの最高機密の文書の処理なども、平気でランにやらせたりするので、逆に怖くなる。

 

「役に立っているさ。だから、ああやって、ロウに興じておられるのだろう。しかし、あいつも、時々子供のようになるな。剃毛は嫌だ嫌だと喚きながら、ロウにくっついていくのだから、あれでは、実は構って欲しいというのが丸わかりではないか」

 

 マアは、少し離れた寝椅子で寝ているミランダの裸体にちらりと目をやって笑った。

 股間の陰りを失い、本当に人間族の童女にしか見えなくなったミランダが、そこでは寝息をかいている。

 ランも不謹慎ながら、可愛いなあと思って、くすりと笑ってしまった。

 

「そういえば、マア様には、ギルドの流通の正面についても、お世話になっています。冒険者ギルドで扱う採集物について、いろいろと便宜を図ってもらっていて、とても、感謝しています」

 

 ランは思い出して言った。

 冒険者ギルドの業務には、冒険者を管理し、彼らにこなさせるクエストを集め、それを処理するという仕事のほかにも、冒険者たちが採集してきた様々な採集物を流通に乗せて売り捌くというものもある。

 ほかに、クエストとして、異国の品物を手に入れられないかとか、ときには、奴隷などの流通を手配されるときもある。

 そういう正面で、マアの自由流通商会には随分と助けられている。かなりの特別扱いをしてくれているのだ。

 いや、助けられているということそのものについて、ミランダも気がついていないかもしれない。なにしろ、ランがそれがわかったのは、その正面の書類を手掛けた結果のことであり、複数の書類を照らし合わせて、マアが裏から手を回し、冒険者ギルドが有利になるような取引きにしてくれていることに気がついただけなのだ。

 

「ほう、よくわかったな。ロウ殿の女たちの仕事だし、気を配って関与させているだけだが、支援しているのはわからんはずだった。そなたは、あたしが思う以上に、物を見る目があるようだ」

 

 マアは嬉しそうに目を細めた。

 ランは顔が赤くなる気がした。

 

「あ、あたしは、ただ書類を眺めていただけで……」

 

「書類を眺めているだけでは、その裏にある流通の流れなど読み解けん。もしかしたら、お前には、書類仕事以上に、なにかの業務をこなす才能があるのかもしれんな。あたしもそうだったが、ロウの女になると、驚くほどの能力に開花することがある」

 

 あまりにマアがランを褒めてくれるので恐縮してしまう。

 それから、しばらく、流通の話を聞かせてもらった。

 以前なら、そんな話に全く興味をを覚えることなどできなかったと思うが、ギルドで書類に触れていると、さまざまなことが頭に浮かび、とても面白いと感じるのだ。

 自由流通商会の商会長のマアと話ができるなど、滅多にないことであるし、ランは思い切って、話してみることにした。

 そして、色々と語ったが、マアは、ランが指摘したローム三公国の流通の状況の変化について、大きな興味を抱いた。

 

「待て、それは本当か? タリオにそんな流れが?」

 

 マアが真剣な表情になる。

 ランが言ったのは、各国の冒険者ギルドで扱うクエストの共通検索リストでわかることなのだが、この半年、タリオ公国の冒険者ギルドにおいて、食料調達や武器調達のクエストの割合が極端に増加しているという事実だ。

 そのこと自体は事実なのだが、それを指摘したところ、それはマアにとっては、意外なことだったみたいだ。

 

「うーん、このところ、ハロンドールのことばかりかまけていたからのう……。ローム地方のことも調べ直させるか。いずれにしても、それが本当なら、重要な情報だぞ。つまりは、タリオ公国でそういうことが必要ななにかを企てている者がいるということだ。しかも、表の流通ではなく、裏ともいえる冒険者ギルドを使っているということがかなり怪しい感じだ」

 

 マアは唸った。

 ランとしては、何気ない話題のつもりだったので、ここまでマアを悩ませてしまうということにたじろいでしまった。

 

「それから、読み取れるのは、戦争の準備か……?」

 

 そして、マアが呟いた。

 戦争──?

 本当?

 ランは内心で驚いた。

 

「それにしても、本当に聡明な娘だな。よければ、あたしの勉強会に来るか? ロウに頼まれていてな。定期的に何人かに、他国の情勢や流通、その他の学問についてなど、いろいろと教えておるのだ」

 

 マアが言った。

 

「勉強会ですか?」

 

 もちろん、勉強はしたいと思っている。

 文字が簡単に読めるようになり、自分でも頭が働くようになったというのは自覚している。ギルドの書類をこなしているだけで、新しい知識がどんどんと吸収されていくのも感じる。

 もしも、ほかのことを学ぶ機会があるというなら、それは願ってもない話だ。

 ミランダとも相談して、ギルドの業務に支障がないなら、参加してみたい。

 だから、詳しく訊ねてみた。

 そして、びっくりした。

 

「お、王太女殿下の勉強会? あたしなんかが、とんでもありません」

 

 慌てて断った。

 よく話を聞けば、マアがやっているのは、王太女のイザベラに対する勉強会なのだそうだ。

 ほかにも、貴族の子女やイザベラの侍女たちも参加しているとのことだ。

 だが、そんなところに、ランが加わるなど、とんでもない。

 そもそも、どうやって、王宮に通うというのだ。

 

「おマアの勉強会か? いいんじゃないか。参加しなよ、ラン。姫様には俺から言っておく。是非、勉強するといい」

 

「ロウ様──」

 

 ランは声をあげてしまった。

 いつの間にか、ロウがそばにいたのだ。

 まったく気がつかなかった。

 しかも、股間が隆々と勃起している。

 それだけでなく、全体が粘液のようなもので光っていて、たったいままで、誰かの女性の中に入っていたというのがわかる。

 ランはあまりの羞恥にたじろいでしまった。

 

「ロ、ロウ殿、心臓に悪いぞ。そんな風にそれを見せないでくれ」

 

 マアが真っ赤になって言った。

 すると、ロウが笑った。

 

「百戦錬磨で、泣く子も黙る鬼豪商のおマアがそんなに戸惑わなくてもいいじゃないか。いつも見てるだろう」

 

「見ておらん──。そもそも、なにが百戦錬磨だ。お前のそれで勝てる女がおるものか。あたしも、お前に対しては少女も同然だ」

 

「おマアにそんな風に言ってもらうのは嬉しいね。ところで、もう剃毛が終わってないのは、おマアとランのふたりだけだ。やらせてもらうよ……。シルキー」

 

 ロウが屋敷妖精の名を呼んだ。

 すると、次の瞬間、シルキーが剃毛の道具を載せた車輪付きの台とともに、目の前に現れた。

 

「お待ちどうさまです、旦那様……。あれっ?」

 

 出現したシルキーだったが、不意に宙に視線を泳がせるような顔になり、ロウに視線を向け直してきた。

 

「旦那様、お待ちください。屋敷側にコゼ様とエリカ様がお戻りになったようでございます。こちらに来ることを希望されております」

 

「通してくれ」

 

 ロウは言った。

 すると、ロウのそばの空間が揺れて、そこにコゼとエリカが出現した。

 だが、その姿に、ランは驚いた。

 なにしろ、ふたりとも全裸なのはいいのだが、エリカはその場に四つん這いになり、首輪をつけていて、そこから伸びている細い鎖を立っているコゼが持っていたのだ。

 そして?エリカは、頭と腕に鳥の羽根のような飾りをつけていて、おまけにお尻の穴にまで、尻尾を挿し込んである。

 

 なんだ、これ?

 

 いや、違う……。

 すぐそばだから気がついたが、エリカの首輪に繋がっている鎖は、首輪には繋がっていない。首輪の前側にある丸い金具の中を通っているだけだ。

 そこから鎖は細い糸のようなものに繋がり、さらにエリカの股間に伸びている。

 

「ちゃんらーん、お待ちかねです。これから、エリカ鳥の調教をご覧にいれます。さあさあ、皆さん、とくとご覧あれ──。ご主人様、見てくださいね……」

 

 コゼが大きな声で口上のようなことを叫んだ。

 一方で、エリカがとても悔しそうな表情になった。

 

「ほら、挨拶──」

 

 コゼが軽く鎖を引っ張った。

 

「ひぎいっ、こ、こけっこおううっ」

 

 すると、エリカが慌てたように叫んだ。



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202 みんなで温泉に行こう(2)─雌鳥披露

「おっ、なんだ?」

 

 一郎は、出現したコゼとのエリカの姿に驚いてしまった。

 コゼもそうだが、エリカは素裸だ。

 まあ、それは、ここにやって来る前に、全員が裸になってからサキの仮想空間に連れてくるようにシルキーに言ったので、当然なのだが、その裸の状況だ。

 コゼはエリカの首に鎖を繋ぎ、しかも、その鎖をクリピアスに繋げた糸を結びつけている。

 そして、エリカはコゼに四つん這いを強要されているみたいだ。

 すっかりと、エリカも精根尽きた様子であり、かなり、コゼにいたぶられたというのがわかる。

 

 あのとき、コゼがエリカを引っ張って屋敷を出ていったときに、エリカのクリピアスに糸を繋いで悪ふざけをしていたので、コゼのことだから、エリカをからかって遊んでいることは予想していたものの、やっと戻ってきたと思ったら、とんでもない格好をエリカに強要して戻ってきた。

 

 まずは、エリカの頭にある大きな羽根飾り──。

 そして、尻尾まである。

 しかも、さらに後手に拘束されている腕の二の腕部分にも、羽根の飾りをつけていて、まるで大きな鳥のようだ。

 なんだろう……?

 

「ちゃんらーん、お待ちかねです。これから、エリカ鳥の調教をご覧にいれます。さあさあ、皆さん、とくとご覧あれ──。ご主人様、見てくださいね……」

 

 すると、コゼが大きな声で口上のようなことを叫んだ。

 一方で、エリカがとても悔しそうな表情になる。

 

「ほら、挨拶──」

 

 コゼが軽く鎖を引っ張る。

 

「ひぎいっ、こ、こけっこおううっ」

 

 すると、エリカが慌てたように、絶叫した

 一郎はくすりと笑ってしまった。

 これは、コゼには懲罰物のお仕置きだな……。

 そうは思ったが、ただ、一連の催しを見物してからにしようと思った。

 

「なんだ?」

「なにをやってんのよ」

「どうしたんですか」

 

 わらわらと女たちが大勢集まってくる。

 一郎の女たちがほぼ全員集まっているので、かなり多い。

 エリカの顔が引きつっているのがわかる。

 

「なにをやっているのだ、ふたりとも?」

 

 シャングリアが言った。

 

「ほら、エリカ……。もう一度よ」

 

 すると、コゼがエリカに小さな声でささやいた。

 エリカの裸身には、一郎が装着した乳首ピアスとクリピアスがあるのだが、コゼが持っている鎖が首輪の金具を通して、クリピアスに繋いであるので、エリカは命令に従うしかないみたいだ。

 ああやって、散々に悪戯されたのだろう。

 いまは両手は自由のようだが、もう逆らう気力を失うくらいに、エリカはコゼから手酷い仕打ちを受けたに違いない。

 エリカは凄い形相で顔をコゼを睨みつけている。

 一郎は、笑ってしまった。

 

「わ、わかってるわよ……。こ、こけこっこおおおっ」

 

 エリカがきつい視線でコゼをひと睨みしてから、突如としてその場で奇声をあげた。

 

「な、なんだ?」

 

 それがあまりも大きな声だったので、一郎はびっくりしてしまった。

 

「こけぇ、こけえぇ、こけっこっこおおおー」

 

 エリカががに股になり、おかしな動作で脚を踏み鳴らしながら絶叫した。

 一郎も唖然としてしまった。

 ほかの女も驚いている。

 

「こけっこっこおおお」

 

 さらにエリカは、甲高い声をあげたか思うと、腰を割ってぐいと無毛の股間を突き出すようにして、数回腰を前後に振る。

 コゼが手に持っていた空のざるをエリカの股間に当てた。

 そのざるに、ぽとんと卵が落ちる。

 

 一郎は目を丸くした。

 

「まだあるでしょう、エリカ」

 

 コゼがまるで動物を操る調教師のように、持っていた紐をぶんと振る。

 

「いぎいっ、や、やめてよ──。い、言うことをきいているでしょう、コゼ」

 

 エリカが顔をしかめた。

 紐が揺れて、クリトリスに喰い込んでいるピアスが引っ張られたからだ。

 おそらく、コゼはああやって、ずっと、エリカを言いなりにしていたに違いない。

 一郎は、呆れてしまった。

 

「こけっここおお――」

 

 エリカがもう一度叫んだ。

 今度はさっと一郎たちにお尻を向けて、その尻を一郎に突き出すようにする。

 コゼがさっと尻尾を抜く。

 

「ひんっ」

 

 尻尾が抜けるとき、エリカがその刺激で裸体を震わせて、身体を弓なりにする。

 しかし、すぐに元の体勢に戻った。

 そして、お尻の穴から卵が産みだされて、さっきのざるにぽとりと落ちた。

 

 一郎は爆笑した。

 

「うわあ……」

 

 横のシャングリアは、あんぐりと口を開けたままだ。

 

「こ、これは……」

 

「あんたら……」

 

 イザベラとアネルザは唖然としている。

 ほかの女たちは、どう対応していいか困ったような感じだ。

 

「まあ、エリカ様、素敵ですわ」

 

 一方でスクルズだけが明後日の反応をした。

 

「雌犬ならず、雌鳥……」

 

 ぽつりと呟く声も聞こえた。

 顔を向けると、イザベラの女官長のヴァージニアだ。

 真っ赤に顔を染め、うっとりとエリカたちの姿に見惚れたようにしている。

 一郎は苦笑した。

 

「面白い芸だったけど、やりすぎだ、コゼ」

 

 一郎はコゼからエリカの股間に繋がっている紐を取りあげて、軽く叱った。

 すると、コゼがぺろりと舌を出した。

 

「だって、エリカがどうしても、ご主人様やみんなに、にわとり芸を見せたいって、言うんですもの……。だから、教えていたんです」

 

 コゼが笑った。

 エリカが顔を真っ赤にした。

 羞恥のための赤面ではなく、激怒による赤い顔だ。

 

「ど、どの口で、そんなこと言うのよ──。よくも、よくも……。ね、ねえ、ロウ様、コゼは酷いんです。わ、わたしの股間に紐を繋いで、やりたい放題……。ほ、本当に……本当に……」

 

 エリカが興奮してぶるぶると震えだした。

 一郎は苦笑して、エリカをぎゅっと抱き寄せる。

 

「落ち着けよ、俺たちだけの遊びさ……。面白かったぞ。ほら、ご褒美だ。みんなは解散してくれ」

 

 一郎は、集まっていたみんなをとりあえず追い払った。

 女たちはめいめいに立ち離れていく。

 今夜は順番に、剃毛をして刻印をするということになっているので、すでに終わった女たちは、まだ終わっていない女がいるまでは、一応は大人しくしてくれと頼んでいる。

 残りは、ふたり……。

 目の前のマアとランになる。

 ただ、その前に、エリカのことだ。

 

「おマアとランのふたりは、ちょっと待ってな」

 

 マアとランに声をかける。

 ふたりとも、ちょっと慌てたように首を横に振った。

 たったいまのコゼとエリカの寸劇に、圧倒されてしまったみたいだ。

 

「おいで、エリカ」

 

 一郎はエリカを抱き寄せた。そして、紐を引っ張ってエリカの股間を引っ張りながら、後ろに回している指を尻の亀裂に動かし、指をお尻の穴に挿入する。

 口や態度では嫌がるが、エリカの股間はコゼのいたぶりのためか、べっとりと蜜に溢れていて、お尻にまでそれが拡がっている。

 さすがは一郎の「一番奴隷」であり、根っからのマゾ娘のエリカだ。

 だから、コゼもああやってからかうのだろう。

 

「あっ、ああっ、ロ、ロウ様……。ちょ、ちょっと……」

 

 エリカが狼狽えた声を出した。

 一郎がお尻に指を入れたまま、ゆっくりと紐を引っ張って、エリカを歩かせ始めたからだ。

 そのまま長椅子まで導き、一郎はその長椅子に腰かける。

 エリカは前に立たせた。

 お尻に入った指は、まだ挿入したままであり、お尻の中に火照っている赤いもやを擦りまくっている。

 

「あ、ああん……」

 

 エリカが声をあげた。

 一郎がエリカの尻をなぶりながら、クリリングに繋がった紐を軽く引いたのだ。

 一郎は、手に持っている紐を少し引っ張り気味にして、エリカに痛みが加わるようにしている。

 実は、その方がエリカも快感が増幅すのだ。

 その証拠に、ステータスの示す快感の度数が、どんどんと下降して、絶頂を示すゼロに近づいていく。

 

「あ、ああっ」

 

 しばらく続けた。

 エリカが悶え続ける。

 

「コゼ、お前は罰だ。俺がエリカにご褒美をする手伝いをしろ。俺の一物を舐めて、勃起させろ」

 

 一郎は言った。

 本当は勃起させるも、させないのも自由自在であり、現にたったいままでわざと勃起させて移動していたのだが、いまは萎えさせている。

 

「はい、ご主人様」

 

 すぐに、コゼが寄ってきて、一郎の股間の顔をつけて、さっと口に性器を咥えた。

 コゼの口の中で、一郎の股間が勃起して逞しくなる。しばらく、コゼの舌を堪能した。

 

「もういいぞ」

 

 一郎はエリカの肛門から指を抜いて、コゼをどかした。

 また、紐で導いてエリカを一郎に跨らせるようにする。

 エリカの両足を「M字開脚」させて、一郎に向かい合うように、膣を一郎の怒張に被せさせていく。

 

「あううっ、んひいいっ」

 

 エリカが細やかな身体を仰け反らせて声をあげた。

 

「これは、あっという間だな……」

 

 一郎は苦笑した。

 腰の上下運動を開始する。

 一郎の思った通り、エリカは一郎が数回上下に腰を動かすだけで、呆気なく昇天して身体をぶるぶると痙攣させた。

 

「ああ、ロウ様──」

 

 エリカがぐったりと一郎に体重を預けてくる。

 一郎はとりあえず、エリカの頭と肩の羽根飾りを取り外した。

 

「じゃあ、ちょっと食事にするか。エリカも腹が減っただろう。さすがに、これは邪魔だから外すな」

 

「……どうぞ、旦那様」

 

 さっきまではなにもなかった目の前に、小さなテーブルに載った温かい食事が準備された並んでいた。

 その横でシルキーがにこにこと微笑んでいる。

 さすがは、屋敷妖精だ。

 いつも完璧なタイミングだ。

 

「コゼ、お前は罰として、俺たちの足元の床に這え。自分で後手に手枷をするんだ」

 

 一郎はコゼに、亜空間から出した手錠を渡して命じた。

 

「はい」

 

 コゼが満更でもない表情で、いそいそと手枷を嵌める。

 嗜虐癖であり、被虐癖でもあるのが、コゼだ。

 さっきまでエリカをいたぶっていた嗜虐の表情が消え、責められて悦ぶ被虐女の顔になり、うっとりと相好を崩す。

 

「じゃあ、いくぞ、エリカ」

 

 一郎はエリカの股間に怒張を挿入したまま、エリカを抱いてテーブルに向かって足を進めた。

 

「ひっ、あっ、ああ……ロ、ロウ様、こ、こんな……」

 

 抱きかかえられたエリカが、喘ぎ声混じりの驚いたような悲鳴を放った。

 その足元にコゼが寄ってくる。

 一郎はエリカの正面に抱いて密着した状態でテーブルに面している状況だ。また、怒張は完全にエリカの中に入っている。

 

「コゼ、エリカのお詫びとして、いいと言うまで、エリカのお尻を舐めろ。手を抜くなよ。心を込めて奉仕するんだ」

 

「はい……。ふふふ、さっきはごめんね、エリカ」

 

 コゼが早速、エリカのお尻の穴に舌を這わせだす。

 

「あ、ああ……あっ、だ、だめ……あ、ああ……」

 

 エリカの悶え声が始まる。

 一郎は、その可愛らしい声を愉しみながら、ふと横を見た。

 唖然としているマアとランがこっちを見ている。

 一郎は、いい機会だから、ランをこの乱交に参加させることにした。

 マアはともかく、さっきからランは、この集まりにどうしても溶け込めない感じで、ずっと所在無げにしていることに気がついていた。

 ほかの女の剃毛と刻印があったから、ランに声をかけるのが遅くなったが、いい機会だし、ランにもこの破廉恥で淫乱な一郎の女集団のひとりだということを自覚してもらおうと思う。

 なんだかんだで、いままでランと接するときには、一対一で正常位でしか抱いてない。

 縛ったことすらない。

 だけど、そろそろ、乱交参加の洗礼も受けるべきだ。

 

「ラン、葡萄酒をくれ。口移しでね……」

 

 一郎は言った。

 前の世界では、貧乏だったので、あまり飲酒の機会もなかった一郎だったが、この世界にやってきてから、その機会も多くなった。こっちの酒も結構好きである。

 一方で、ランは一郎の言葉に顔を真っ赤にした。

 

「さあ、どうぞ」

 

 シルキーが素早く、寝椅子にいるランに、葡萄酒の入ったグラスを手渡す。

 

「は、はい」

 

 ランが緊張した感じで、シルキーからグラスを受けとる。そして、立ちあがってそばまで来ると、お酒を口に含んで、一郎に唇を密着させてきた。

 

「ありがとう。このまま給仕をしてくれ。飲み物も食べ物も、全部ランが俺に口移しで渡すんだ」

 

 一郎はそう言ってから、ランの口に唇を重ねた。

 ランの唾液とともに流れてきた葡萄酒を愉しむ。そして、差し入れてきたランの舌を舐めまわす。

 

「んんっ、んふっ」

 

 素早く、一郎の淫魔術で、ランの口の中を性器同様の敏感な場所に変化させる。

 それを舐めまわされるランは、一郎の舌に耐えられないように小刻みに身体を振るわせながら、荒い鼻息を始める。

 

「もう一口」

 

 一郎はランから口を離す。

 すぐに、ランが葡萄酒を口に入れ直して、口づけをしてくる。

 早くも、ランの股間からは、つっと愛液の線が垂れ落ちている。

 一郎の女たちは、誰も彼も、一郎にかかるととても感じやすくて愉しい。

 今度は、一郎は、すぐにランから口を離して、対面座位で一郎に密着しているエリカに、その葡萄酒を口移しで飲ませた。

 

「うまいか、エリカ?」

 

 喘ぎ声を出しながら、なんとか酒を喉に入れたエリカに一郎は訊ねた。

 エリカの膣には勃起した一郎の肉棒が挿入されたままだ。

 特別に律動のようなことはしていないが、一郎かエリカが身じろぎするたびに、股間が刺激されて、エリカは繰り返し喘ぐ仕草を示す。

 

「お、おいしい……で、ですけど……。あ、あの……あっ、ああ……も、もう、コゼを……や、やめさせて……く、ください……」

 

 エリカが一郎に抱かれながら、早くも困惑した声を出す。

 一郎とエリカが座っている椅子に足元では、素っ裸のコゼが後手に手枷をしたまま、ぺろぺろとエリカのお尻の穴を舐め続けている。

 調子に乗ってエリカを苛めたコゼへの罰だ。

 しかし、コゼは悪びれた様子もなく、むしろ、さっきまでのエリカへの悪戯への続きのような感じで、嬉々として舌を動かしている。

 本当に、コゼにはかなわない……。

 一郎は苦笑した。

 

「なにを言っているんだ、エリカ。意地悪だったコゼへの罰だ。お前の尻を舐めさせて、辱めているんだぞ」

 

 一郎はうそぶいた。

 

「も、もういいです……。ゆ、許しますから……。はああっ」

 

 エリカがひと際大きな嬌声をあげる。

 コゼがエリカのお尻への刺激を激しくしたようだ。

 一郎が視線を向けると、コゼが悪戯っぽく笑った。

 やっぱり、コゼはコゼで、エリカへの尻舐めを愉しんでいる気配だ。

 一郎は微笑んだ。

 

「そうか……。ならいいか……。だったら、コゼ……。こっちに来て、エリカに謝れ。仲直りのキスだ」

 

 一郎が言った。

 コゼとエリカが真っ赤になった。

 しかし、コゼはすぐに立ちあがって、机の下から出てくると、エリカに顔を近づけて唇を寄せてくる。

 

「ごめんね、エリカ……。あたし、エリカだと、ついつい、からかいたくなるの。本当は好きよ」

 

 コゼがうっとりとした表情で言った。

 ふたりが濃厚な口づけを交わし始める。

 

「ラン、肉を」

 

 そのふたりの目の前の痴態を目の前にしながら、一郎はランに向かって口を開く。

 エリカとコゼの濃厚な口づけに、驚いた表情のランが、恥ずかしそうな顔で肉を手で取り、一度自分の口に入れてから、そのまま一郎に口移しをしてきた。

 

「数回咀嚼するんだ。そして、唾液ごと、俺の口に入れろ」

 

 一郎はランの口が一郎の口に触れる直前に言った。

 ランの顔が真っ赤になる。

 そして、一郎の指示のまま数回肉を噛み、それを一郎の口に入れてきた。

 

「来い、コゼ、お前の食事だ」

 

 コゼに声をかける。

 ランに口移しされたものを、コゼに口移しする。

 

「わおっ」

 

 コゼが幸せそうに、一郎の口にむさぼりついてくる。

 

「ラン、もう一度だ。次はエリカだぞ」

 

 ランがまた肉を口に入れる。

 一郎は、そうやって、三人の女との口づけを愉しみながら、至福の食事を堪能し続けた。

 

「相変わらず、いやらしいことには手を抜かんなあ。見ていると妬けてくるぞ」

 

 マアが寝椅子に横たわったまま笑った。

 そのマアにも、口移しで寄越せと言ったが、そっちは全力で拒否された。

 まあ、いいかと思って、それ以上は強要するのはやめた。 

 そうやって、しばらく、食事をしてから、エリカとコゼを解放した。

 このふたりについては、剃毛も刻印も終っている。

 残りは、ランとマアなのだ。

 

 そうして、やっと、マアとランの施術の番となった。

 まずは、ランということにした。

 口移しの食事に参加させたこともあり、すっかりとランも欲情して、身体ができあがってしまったみたいになったからだ。

 

 ランを寝椅子に横たわらせ、膝を曲げさせて脚を開かせる。

 ゆっくりとゆっくりと剃毛をしていく。

 股間を凝視されることでランはとても恥ずかしそうだ。

 また、泡をつけるために刷毛で股間を掃くので、それで感極まったりもしている。

 一郎は、剃毛のあいだに、ランに三回ほど気をやらせてから、すぐにランを犯して精を注いだ。

 ランはそれで、もう動けないくらいにぐったりとなった。

 そして、刻印だ。

 刻印を施すとき、どの女も心の欲望をさらけ出したみたいになるのだが、ランの場合は、急に一郎に抱きついて、結婚を申し込んできた。

 さすがに、遠巻きに見守っていた女たちが騒然となり、しばらくのあいだ、かなりの大騒ぎになった。

 かなり、宥めるのに難航した。

 

 剃毛と刻印の最後はマアだ。

 マアだけは、刻印で特別な反応がなかった。

 ただ、いつもの性行為の後のように、一郎とぎゅっと抱きつきたがっただけだ。

 

 やっと、全員の処置が終わり、その後、本格的な乱交になった。

 寄ってくる女を片っ端から抱き潰し、精を放ち、追いかけて捕まえては抱く──。

 それを繰り返す。

 

 クグルスのお披露目もした。

 魔妖精であり、人間族の世界からは忌避と排除の対象である魔族に属する妖精だが、案外に拒否反応はなかった。

 クグルスもまた、一郎の大切な仲間ということで、どの女もあっさりと受け入れてくれた。

 

 こうやって、おそらく、丸一日以上の時間を仮想空間で過ごしてから、一郎は現実世界の二ノス(約二時間)後の世界に戻った。

 女たちも、それぞれに戻っていく。

 

 本当に、愉しい一日、いや二ノスだった。

 

 

 

 

(第36話『勝利の温泉慰労会~または、大剃毛大会』終わり)



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【7章 成りあがり貴族】
203 二匹のサキュバス


 サキは潤んだ眼を一郎に向けている。

 一郎はサキの唇に口を重ねた。

 王宮の後宮に忍んできた一郎とサキの逢瀬である。

 こんなところに、男が入り込めば、子爵位をもらった一郎といえども間違いなく死罪だが、すぐにサキの仮想空間に隠れたので問題ない。

 いまは一時的に、この仮想空間を操る権限を譲渡させてもいる。

 

 四肢のないサキは、一郎を抱き締められないことがもどかしいように、胴体だけの身体を艶めかしく揺すって、ねっとりと舌を絡めてくる。

 口をすすりながら、一郎はサキの頭の角の付け根に指を絡めた。

 頭にある小さな角の縁は、雌妖魔であるサキの最大の弱点だ。もしも、ほかの者が触れれば、激怒だけでは終わらないだろう。文字通り粉々に砕かれる。ここに触れられるのは一郎だけの特権だ。

 サキは派手な呻き声をあげだした。

 

「あの変態王の相手をするときには、“女王様”をやっているらしいが、なぶるよりもなぶられる方がいいだろう、サキ?」

 

 一郎は唇を離して、手をサキの股間に這わせながら言った。

 そこは、まるで尿でも洩らしたかのように濡れている。

 

「あの男の話はするな、主殿(しゅどの)……。わしを抱いているときにほかの男の話をするなど、無粋じゃぞ」

 

 サキが拗ねたように言った。

 一郎は「すまなかったな」と笑って、真っ赤になっているサキの顔に怒張を突きつける。

 サキが我を忘れてむしゃぶりつこうとするのを、さっと一郎は肉棒を避けた。

 

「いただかせてくださいと、言いな」

 

 一郎はからかった。

 サキが苦笑した。

 

「この妖魔の世界では“妖魔将軍”とも二つ名のあるこのわしに、そんな口をきくとはなあ。これでもわしは、一声で百でも二百でも妖魔を集められる上級妖魔なのじゃぞ……。だが、主殿に意地悪されるのは心地よい……。つくづく、主殿は不思議な人間族の男じゃのう。そして、鬼畜の変態男じゃ」

 

 サキが満更でもなさそうな恍惚の表情を浮かべながら言った。

 一郎とサキがいるのは仮想空間の世界でも、最初にサキと出逢ったときと同じで、なにもない真っ白い空間だ。

 地面は寝台のように柔らかく、それが延々と続いている。

 そういう場所にしている。

 

「でも、こんな風に手足を消されて胴体だけで愛されたいと言ったのはサキだ。俺に言わせれば、十分、サキも変態だぜ。まだ、手足を戻さなくていいのか?」

 

 妖魔の妖魔力も、妖魔族では超一流の水準のサキだが、いまは一郎が許可しない限り、一郎にはいかなる能力も遣うことはできないし、一郎に一時的に渡した仮想空間の力から脱することもできない。

 つまり、一郎がこのまま手足を戻さなければ、サキは永遠にそのままなのだ。

 本来であれば、この仮想空間はサキの能力なのだが、そんなことさえ、一郎に委ねるほどに、サキは一郎にすべてを許している。

 

「まだじゃ。こうやって、無防備な状態で主殿に抱かれるのがいいのじゃ。わしに、こういう淫交の世界を教えたのは主殿だからな。責任もって相手をしてもらうぞ……。とにかく、それをいただかせてくれ。頼む」

 

「はいはい」

 

 一郎はサキに一物を差し向けた。

 サキがぱくりと口にそれを入れる。

 一郎は、わざと意地悪をして、一気に咥え込ませた怒張を喉の奥まで差し込ませた。

 サキがむせて白目を剥き、涙を拭きこぼす。

 それでいて、サキは満足したように一郎の性器をもむさぼっている。

 

 この国のルードルフ王の後宮に潜り込ませたサキであるが、予定通りに王はサキに夢中になり、いまや、片時もサキを離したくないほどにのめり込んでいる様子だ。

 サキを後宮に送り込んだのは、王妃アネルザの手配であり、いまは妖魔本来の姿をしているが、人間界にいるときは、人間族の絶世の美女の姿をさせている。

 

 おかげで、一郎に興味を抱きかけた両刀使いの変態王は、いまのところ、すっかりとその気もなくなったようであり、一郎も心の平穏を取り戻すこともできた。

 ただ、あまりにも、王が後宮にいるサキに入り浸るようになったので、サキの負担が大きくなっている。

 それで、さらに王にあてがう女を増やす予定である。

 

 本物の雌淫魔ふたり、つまり、サキュバスだ。

 男と性交して、虜にすることを生業とする正真正銘の魔族である。

 もちろん、王をとり殺させるつもりはないが、本物のサキュバスにかかれば、あの淫乱王が彼女たちにのめり込まないはずはない。

 それで、サキの負担はかなりなくなるはずだ。

 人間族が敵としている魔族をこっそりと王の後宮に潜ませるというのは、発覚すれば、王国に対する反逆ととられないこともないかもしれないが、一郎は、あの王にはなにをしても許されるという気分になっている。

 とにかく、あの王なら、サキュバスと知っても、それを悦ぶというのは間違いない。

 

 いずれにしても、後宮に入らせるサキュバスを、魔妖精のクグルスに手配をさせていて、手頃な者を見つけたので、今夜、一郎のところに連れてくると言われていた。

 それで、ここで待っているところだ。

 ついでに、負担をかけているサキのご機嫌もとらなければならない。

 だから、後宮に夜這って、仮想空間にサキを連れ出し、どんな風に抱かれたいかと訊ねたら、いまのように四肢を消滅させて、胴体だけで一郎に抱かれたいとねだられたのだ。

 それでこうしているところである。

 

「ほら、奥まで使って奉仕しろよ」

 

 一郎は乱暴にごしごしとサキの口で荒々しく性器をしごいた。

 本来であれば、サキの性癖については嗜虐癖であり、相手をする男を「性奴隷」にして、自分に仕えさせるのがサキの性癖だ。

 事実、ルードルフ王については、すでに、きっちりとサキの「マゾ男」にしているらしい。

 ただ、一郎は、そのサキにすっかりと、被虐の快感を刻み込んだ。

 いまでは、サキは、一郎に淫魔術と真名で支配されているというだけでなく、鬼畜で乱暴に抱かれる一郎との性交の虜だ。

 

「……んん……む……んんっ……」

 

 サキの顔が苦しそうに歪んだ。

 涙どころか、鼻水まで垂れている。

 しかし、それでもしっかりと唇を締めて、一郎の肉棒に舌を絡ませてくる。

 だが、さすがの一郎といえども、サキの滑らかな舌遣いと巧みな吸引に、急に精が込みあがってきた。

 一郎は、急いで性器を口から出した。

 

「俺のチンポはおいしかったか、サキ? そろそろ、本番といこうよ」

 

 一郎は、サキの髪を掴んで、荒々しく白い地面に転がした。

 乱暴に扱うのは、サキと愛し合うときのお約束だ。

 サキもそれが好きなのだ。

 手足のないサキが、支える手段もなく、二、三回転がって仰向けになる。

 

「お、お願いじゃ……。滅茶苦茶にしてくれ……」

 

 サキがだらしなく口を開けたまま、えずいてこぼれ出た涙を滲ませて言った。

 

「任せろ」

 

 一郎は胴体と頭だけのサキの横に座り込んだ。

 妖魔も人間族も、性器の形状も質も同じだ。

 サキの女陰は、物欲しそうにうごめいていて、前から垂れた蜜が菊門までびしょびしょに濡らしている。

 一郎は、肉棒の先をサキのアヌスにあてがう。

 サキがひっと息を呑んだ。

 

「い、いきなり、そこは……」

 

「どこをどう使おうが、俺の勝手だろう。俺の性奴隷の分際で文句を言うんじゃないよ」

 

 一郎はいったん肉棒を退けて、サキを抱きかかえると、両膝の上にうつ伏せにして、ぴしゃりと尻を叩いた。

 

「はうっ」

 

 肉を叩く小気味のいい音が鳴り響き、それとともに、サキも引きつった悲鳴をあげた。

 

「す、すまん、主殿……。ゆ、許してくれ」

 

 サキが言った。

 

「いや、罰だな……。いつもの痒み責めをしてやろう。しばらく、我慢してもらうよ」

 

 一郎は指先にたっぷりと強烈な掻痒剤の油剤を浮かびあがらせる。

 淫魔師として、身体から媚薬を出すのは、お手のものだ。

 また、痒み責めは、一郎が大好きな責めだ。女傑揃いの一郎の女たちが、痒み責めには、尊厳を失って泣き叫ぶ。

 それがいいのだ。

 

「ああ、いやだ」

 

 腰を捩るサキを簡単に捕まえると、一郎は指先から油剤を放出しながら、股間と肛門の奥にたっぷりと塗っていく。

 作業が終わると、一郎は一個の椅子を出現させて、見物の体勢になった。

 サキは椅子の足元だ。

 四肢のない芋虫のようなサキの顔に足の裏を乗せた。

 

「足の裏を舐めろ。それで俺を達しさせてみせな。名高い妖魔族の妖魔将軍だろう? それで、俺を達させることができたら、痒みを癒してやる」

 

「そ、そんなことができるわけない……。しゅ、主殿は鬼畜じゃぞ」

 

 サキは不満げに言ったが、それでも、すぐに一郎の足の指を舐め始める。

 ねっとりとした舌遣いは、本当に達してもいいかなというほどに気持ちよかった。

 だが、そのサキは、すぐに全身を真っ赤にして、肩で息をし始める。

 しかし、一郎は放っておいた。

 

 仮想空間での時間は存在していながら、逆に存在していないようなものだ。

 ふたりの時間でたっぷりと三十分くらい、サキに足舐めをやらせていたと思う。

 もちろん、足舐めだけで一郎が射精するなどあり得ず、いまは勃起も収めている。

 逆に、サキの全身は脂汗でびしょびしょになっていて、全身が激しく悶え続けるようになっていた。

 

「どうした、サキ? 随分と腰を振っているじゃないか。小便か?」

 

 一郎はサキの口から足を抜くと、仰向けに足でひっくり返す。

 そして、脚の指ですっかりと尖りきっている乳首を揉み踏んだ。

 

「んふうっ、おおおっ」

 

 サキが身悶えた。

 そして、眼がつりあがり、白い歯が剥き出しになった。

 苦しそうに頭が振り立てられる。

 

「ああ、か、痒い……。しゅ、主殿、もう、たまらん。お、お願いじゃ。お尻でも、女陰でもよい。その肉棒を突き立ててくれ。なんでもする。なんでもするから」

 

 サキが泣き叫んだ。

 

「じゃあ、なにをしてもらうかな。考えておくよ」

 

「なんでもする。わしは、主殿の性奴隷だからな」

 

「いい覚悟だ」

 

 一郎はにっこりと笑うと、サキを抱いて、再び肛門に亀頭を当てた。

 ゆっくりと貫いていく。

 アナルを責めるときには、怒張を貫くにつれ、肉棒の周りから潤滑剤も放出するようにできる。本当に淫魔師の能力というのは本当に便利なものだ。

 

「うはっ」

 

 サキが電撃にでも撃たれたように、激しく身体を痙攣させた。

 

「き、気持ちいい──。き、気が狂う……。しゅ、主殿との性交は……さ、最高じゃ……」

 

「大袈裟だなあ。まだ、始まったばかりだぞ」

 

 一郎はからかいながら、じわじわと肉棒をサキのアナルに抉り込ませた。

 やがて、肉棒が突き入れられる最深部に到達する。

 今度は、抜きにかかる。

 サキは言葉にならない声を叫んで、顔を振り立てた。

 一郎は、亀頭が抜けかける直前に、再び突き入れを開始して、また奥に入れていく。

 これを繰り返す。

 

「んぐううっ」

 

 三回目くらいで、サキは胴体だけの身体を弓なりにして、気をやった。

 一郎はアナルから怒張を抜き、サキの女陰に矛先を変化させる。

 ぐいとサキのヴァギナに一物を一気に突き立てた。

 サキの股間は無毛だ。先日、全員の女の陰毛を剃ってやった。そのときに刻んだ一郎の刻印が真っ赤に浮かびあがっている。普段は肌に同化して隠れているが、女が性的に興奮するとこんな風に浮かびあがる。

 さっそく、こっちでも律動を開始する。

 さらにサキが、狂乱を示し始める。

 

「しゅ、主殿の前では……わ、わしも……た、ただの……少女じゃ……。く、狂う……。も、もっと、いじめてくれ……。もっと、もっとじゃ……」

 

 サキが泣くような声をあげながら叫んだ。

 ぐいぐいと股間が一郎の股間を締めつける。

 一郎は、サキの望むままに、乱暴に子宮口を突きあげた。

 サキが乳房をゆすって、よがり狂う。

 すぐに、サキの絶頂の兆しはやってきた。

 だが、一郎は巧みに、それを無理矢理に回避させ、昇天させないまま、次の高みにまでサキを導く。

 サキがさらに狂乱する。

 

 抽送を続けていると、サキがまた絶頂しそうになる。

 だが、それもやらない。

 ぎりぎりのところで、ぴたりと律動を静止し、サキが焦れて泣き始めるのを待ってから、また律動をするのだ。

 

 五回同じことをすると、本当にサキが泣き始めた。

 こんなに感情を爆発させることは、一郎とふたりきりのときしか見せない、サキの隠れた一面だ。

 

「じゃあ、そろそろいかせてやる。ぎりぎりでやめた分もあわせて、五回分絶頂させてやろう」

 

 一郎の言葉に、サキの目が驚きで丸くなる。

 だが、構わずに、一郎は淫魔術で、次の絶頂でその感覚が五回繰り返すようにした。

 そして、サキの股間を一気にしごく。

 

「い、いぐうっ、しゅ、主殿……す、好きじゃあ──」

 

 サキが叫んだ。

 そして、びくりびくりと総身を収縮させ、あっと叫んで絶息するような息を放って、がくりと脱力する。

 

「俺も愛してる」

 

 だが、無論、それで終わらない。

 すぐに、同じ絶頂がまたやってきて、サキががくがくと震えだす。

 今度も絶叫とともに脱力し、それも束の間、またもや身体が震えだす。

 

「ひいっ、ひいっ、も、もう勘弁、勘弁じゃ、主殿──」

 

 絶頂を繰り返させられるサキが喚いた。

 やがて、やっと五回の連続絶頂が終わった。

 サキはがっくりと首を折り、完全な失神状態になった。

 一郎は、サキの股間に精を放ってから、おもむろに肉棒を抜く。

 そして、サキを抱えるように抱きなおすと、四肢を復活させて、温かい温泉を出現させた。

 サキと一郎は、その温泉に腰から下を浸かって、岩壁にもたれかかったようになっている。

 すぐに、サキが身じろぎをしはじめた。

 

「……わ、わしは気を失ったのじゃな……?」

 

 サキが眼を開いた。

 元に戻った手足を確かめるように少し動かし、ぎゅっと一郎に抱きついてきた。

 一郎は、サキに優しくキスをしてやる。

 

「き、気持ちよかった……。主殿は最高じゃ……。淫魔師とはいえ、たかが人間族にこうまで支配されるとは思わなかった……」

 

 しばらく舌を絡ませて余韻を愉しむようにしていたサキが、恥じらうような顔を一郎に向ける。

 まるで少女のようなその表情に、一郎はぞくりとするような可愛らしさと、美しさを感じた。

 

「不本意か? だが、もう逃げられんぞ。股間を見てみろ。その刻印がある限り、俺以外の男と愛し合うのは不可能だ。俺の性奴隷だ」

 

 一郎は言った。

 サキが一郎から身体を少しだけ離して、自分の股間に視線をやる。

 五連続絶頂の狂乱で、まだ快感の余韻の中にあるサキの下腹部には、先日淫魔術で刻んだ紋章がくっきりと浮かんでいる。

 逆さ塔と二匹の蛇をあしらったボルグ子爵家の紋章だ。

 一郎が貰った貴族位であり、正式の叙爵式も一昨日終わった。あの馬鹿王の前で忠誠の言葉を述べ、国王が子爵にすると宣言するだけの簡単なものだ。

 貴族といえども、領地もなく年金もなく、ただの名誉だけだ。それでも一介の流浪の冒険者が王都にやってきて一年余りで子爵になるなど、数百年ぶりの快挙らしい。

 まあ、表立って言えないが、キシダイン事件を解決した功績で

あり、キシダインとともに譜代の大貴族たちの力が削がれ、王家に権力が集中したどさくさの所業だろう。

 アネルザからも、大した反発もなかったと聞いている。

 

「主殿の性奴隷か……。悪くないな……。いや、まったく悪くない」

 

 サキが白い歯を見せた。

 

「サキが気をやると、それが浮かびあがる。ルードルフ王に抱かれるときに絶頂するなよ。挿入が不可能とはいえ、寵姫のそんなところにボルグ家の紋章が浮かびあがっては、大騒ぎになるからな」

 

 一郎は笑った。

 

「あの男に身体を見せるわけがないであろう。そうしているように、思わせているだけじゃ。わしは主殿だけのものだからな。ほかの男に身体を許すことなどない。安心せい」

 

 サキが言った。

 これには、一郎もびっくりした。

 

「王には、身体を許していないのか? 寵姫でありながら?」

 

「当り前であろう。わしをなんだと思っておるのだ?」

 

 すると、サキが不満そうな顔になった。

 そのときだった。

 仮想空間に、何者かが侵入してくる気配を感じた。

 サキにもわかったようだ。

 すっと立ちあがって、一郎から離れる。

 立ちあがったときには、さっきまで浮かんでいた甘えたような表情が消滅し、いつもの厳しい顔つきになっていた。

 一郎も裸身を包むガウンのようなものを出して、身体にまとう。

 温泉も消滅させて、白い空間だけの世界に戻す。

 

 目の前の空間が揺れた。

 現われたのは、二匹の雌淫魔だ。

 見た目は人間族の美少女だが、紛れもなく、サキュバスだ。

 一郎は魔眼により、それがすぐにわかった。

 ふたりとも、身体にぴったりのレオタードのようなものを着ている。

 

 だが、一郎が驚いたのは、ふたりのうちのひとりが持っている手のひら大のシャボン玉のような透明の球体だ。

 その中に、クグルスが入っている。かなり弱っている気配だ。一郎が目の前にいるというのに、それに反応しない。

 あるいは、内側からは、外は見えないのだろうか?

 

 しかも、球体の中には、たっぷりと水のような液体が充満していて、クグルスはつま先立ちで立って、辛うじて顔の半分を水の外に出している状態だ。

 しかも、雌淫魔(サキュバス)が球体を動かすたびに水面が揺れるので、顔に何度も水を被ってしまい、とても苦しそうだ。

 

「あんたが、ぼくたちに用事があるという人間族の男かい?」

 

「この魔妖精が、おかしなことを言ってきてねえ。おれたちに、人間族であるお前のしもべになれというんだよ。もちろん、なにかの冗談だよね? だけど、久しぶりに笑ってしまったよ。お礼に、あんたをとり殺していいかい?」

 

 ふたりがけらけらと笑った。

 

 “ぼく”という一人称を使う方がピカロ──。

 “おれ”がチャルタ──。

 

 一郎は、魔眼でそれを知った。

 だが、いまは、それよりもクグルスだ。

 よく見れば、お腹がぷっくりと妊娠したように膨らんでいる。

 おかしい……。

 

「そんなことよりも、クグルスを解放しろよ。なにをやっているんだ──」

 

 一郎は声をあげた。

 だが、ふたりは笑い続けたままだ。

 

「なにって、ぼくたちに人間族に仕えろなんて、こんな失礼な話はないからね。それで、懲らしめていたところさ……」

 

「そのとおりさ……。ほら、おかわりだよ、クグルス。たっぷりと飲みな。溺れ死にしたくなければ、顔が出るまで、また、頑張って飲むんだ」

 

 球体を手にしている側のサキュバス──すなわち、チャルタが球体を股間に持っていった。

 ふたりはレオタードのような身体にぴったりの服を身につけているのだが、チャルタは恥ずかしそうにする素振りもなく、股間の部分の布をずらして陰部を出し、股間の下に球体を置くように位置させる。

 一郎は目を丸くした。

 

 しかし、次の瞬間、もっと驚愕した。

 チャルタが、そのまま球体に向かって、立ち小便をしたのだ。

 しかも、そのおしっこがクグルスが閉じ込められている球体にどんどんと入っていく。

 クグルスの顔が完全に、液体に沈んだ。

 

「ほらほら、頑張って飲むんだよ。それとも、あんたのご主人様の前で、おれのおしっこで溺死してみせるかい?」

 

 チャルタとピカロが爆笑した。

 一郎はかっとなった。

 

「いい加減にせぬか、お前ら」

 

 そのとき、サキが吠えるような大喝をした。

 チャルタとピカロが、初めてサキの存在に気がついて、視線を向ける。

 

「まさか、もしかして、サキ様?」

 

「なんで、ここに?」

 

 そして、ぎょっとした顔になった。



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 第37話  サキュバスと淫魔師
204 神クラス


「えっ、サ、サキ様?」

「なんで、ここに?」

 

 サキュバスたちが一瞬にして態度を改め、動揺した声を出した。

 やはり、サキは妖魔の中では、一目も二目も置かれる存在なのだろう。

 

「やかましい、お前ら。その魔妖精のクグルスは、この方のしもべで、わしの仲間だ──。そして、お前たちがさっきから馬鹿にしたように話している相手は、わしの主殿(しゅどの)だ──。主殿に対する侮辱は、わしへの侮辱も同じ。八つ裂きにしてやるから、どこにも逃げるな──」

 

 肌がひりひりするような凄まじい怒声だ。

 横にいた一郎も、思わず全身を固くした。

 だが、二匹のサキュバスのチャルタとピカロは、そんなものではすまない。

 サキの権幕に、二匹のサキュバスは、顔が真っ白になり、全身が金縛りになったように硬直した。恐怖で竦みあがったわけじゃない。

 どうやら、サキの魔道で全身を拘束されてしまったようだ。

 不自然なくらいに身体を真っ直ぐにして、棒のように姿勢を伸ばして動かなくなる。

 それとともに、チャルタが持っていた球体が弾けた。

 

「げほっ、げほっ、げほっ」

 

 クグルスが落ちてくるのを一郎は手を伸ばして、途中で受け止めた。

 半分意識がないような状態だ。

 一郎は手のひらで包んで、揉んでやった。

 

 魔妖精のクグルスの身体は、淫魔師の一郎とは相性が良すぎて、一郎が触れただけで、よがり狂ってしまう。

 愛撫や性交で発する淫気は、クグルスの生命エネルギーのようなものだ。

 一郎がクグルスの身体の表面を揉みほぐすようにしてやると、途端に全身が赤くなり、もぞもぞと動き始める。

 一郎はほっとした。

 かなり、弱ってはいたようだが、死ぬような状況じゃなかったらしい。

 ピカロたちの悪戯で、強制的にかなりおしっこを飲まされて、腹が膨れていたようだが、それは淫魔師の能力で治してやった。

 クグルスの目がやっと開く。

 

「ご、ご主人様……?」

 

 最初の一声がそれだった。

 次いで、一郎の手の上で身体を激しく悶えさせ始める。

 一郎はずっとクグルスの肌を擦っていたのだ。

 

「あっ、ああんっ、気持ちいいっ……」 

 

 クグルスが元気に叫んだ。

 一郎は苦笑した。

 だが、クグルスが我に返ったように真顔になる。

 そして、思い出したように、ぱっと宙を飛んで、くるくると見渡した。

 ここがどこで、どういう状況なのか悟ったのだろう。

 すぐに、顔が険しくなった。

 

「ご、ご主人様、サキ様、こいつらひどいんだよ。ぼくをおかしな球体に閉じ込めて、次から次に、交代でおしっこを流し込んで……」

 

 まくしたて始めた。

 いつも陽気なクグルスには珍しく、目に涙まで浮かべている。

 余程に口惜しかったのだろう。

 懸命に、チャルタとピカロのことを一郎に訴えた。

 いずれにしても、前からクグルスに頼んでいた、サキの手伝い候補が彼女たちらしい。

 そして、断られた。

 

 とにかく、クグルスが金切り声で喋り続けることをまとめれば、以下のような内容だった。

 すなわち、人間界に潜り込ませて、絶対に淫魔であることを悟られないような有能な淫魔といわれて、クグルスは、多くのサキュバスの中から、このチャルタとピカロの二人組に目を付けた。

 サキュバスとしては若いが、性技の技術に長け、魔道の力も抜群にある。

 なによりも、容貌が人間族の少女に見えるので、一郎の注文にぴったりだと考えたようだ。

 クグルスとしては、このふたりこそと決めて、一郎のしもべになれと誘ったのだ。

 そして、こんなことになったということである。

 

「さて、どうして欲しい、主殿? あの人間の王のところに連れていくのであれば、身体を傷つけるわけにはいかんだろうが、目玉くらいは潰すか? 盲目の寵姫というのも、あの変態男であれば、気に入るかもしれんぞ。あの男は、男でも女でも両方いけるのだが、苛められる側でも、苛める側でもいいという筋金入りの変態だ。きっと気に入るだろうて……」

 

 サキが言った。

 棒状の体勢で動くことのできないチャルタとピカロが、恐怖を顔に浮かべる。

 

「いや、わざわざ、妖魔将軍様の手をわずらわすこともないさ。俺が調教する。このふたりを自由にしてやってくれ」

 

 一郎はおどけて言った。

 そして、眼の前に大きな寝台があると思い浮かべた。

 白いだけのこの世界に薄ピンクのシーツに覆われた一個の寝台が出現する。

 

「わっ」

「おう?」

 

 サキが手を振る。

 すると、ふたりが前側によろめいた。

 金縛りを解放してもらって、一瞬だけ体勢を崩したのだ。

 

「チャルタとピカロだったな。寝台にあがれよ。仮にもサキュバスだ。人間族の男と性交することに抵抗などないだろう? クグルスを酷い目を遭わせてくれた礼をしてやる。躾け直してやろう

 

 一郎は羽織っていたガウンを脱いで素裸になると、寝台にあがって、真ん中で胡坐を組んだ。

 サキュバスのふたりが、きょとんとしている。

 ステータスを覗けば、長ったらしい真名もわかるから、それで支配してもいいが、こいつらは、ちょっと懲らしめてから支配したい。

 一郎は、ふたりを事前に聞いていた通称の呼び名である「ピカロ」と「チャルタ」で呼んだ。

 

「えっ?」

「はあ?」

 

 ふたりは、一郎に言われた内容の意味が、すぐには頭で理解することができなかった感じだった。

 だが、すぐに、ぷっと噴き出した。

 しかし、すぐに、サキの存在を思い出したように真顔になる。

 

「サキのことは気にしなくていいさ。お前らを相手にするのは俺だ。手出しをさせないようにするから遠慮なく喋れよ」

 

 一郎は笑った。

 そして、サキに手を出すなと告げた。

 サキが軽く肩を竦めて、寝台の横に椅子を出現させて、脚を組んで座り込む。

 

「ご主人様、やっつけちゃえ」

 

 クグルスも、宙を飛んで、背もたれにちょこんと腰かけた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。よくわからないが、あんたは、サキ様の知り人なんだろう? 冗談じゃない。あんたには手を出すことはやめておくよ」

 

「それに、わかっていないようだけど、おれたちはサキュバスなんだ。人間族のあんたが、おれたちとセックスをしたら、必ず、おれたちにのめり込む。サキュバスとの性交はそれだけの威力があるんだ。サキ様のお相手のあんたをとりこにしてしまったら、おれたちは本当に殺される。勘弁しておくれ」

 

 ピカロとチャルタが困惑したように言った。

 すると、サキがぷっと噴き出した。

 

「お前たちのことは耳にしている。若いが有能な雌淫魔(サキュバス)だということもわかっている。だけど、本物を見抜く目がないとはな。お前らが、主殿をとりこにできるものなら、やってみるがいい。わしは手を出さん。冥界の女神インドラに誓ってやろうか?」

 

 サキが二本の指を出して、顔の前にかざす仕草をした。

 よくわからないが、あれは魔族特有のなにかの慣習のようだ。

 ピカロとチャルタが目を丸くしている。

 

「誓った? 誓ったね? 誓ったよ、チャルタ」

 

「確かに誓った……。じゃあ、本気でいいんだね、サキ様? この人間族の相手をおれたちがやっていいんだよね? その結果、こいつがサキ様から、おれたちに心を移しても、仕返ししないんだよね?」

 

 ピカロとチャルタが信じられないという顔をしている。

 

「つべこべ言うな。誓うといったら誓う。主殿が手出しをするなというのだからな。それと、これは言っておくが、主殿に心を奪われているのは、わしだ。主殿は、わしなどには心は置いておらん」

 

 サキが言った。

 一郎は、首を横に振って、サキに笑いかけた。

 

「心を奪われていない女を愛人にするほど、俺は暇じゃないさ。ほかに女がいることは認めるが、しっかりとサキにも惚れている。サキの身体はエロチックで最高だ。よがり方もね」

 

 一郎がそう言うと、サキが顔を真っ赤にして照れた表情になった。

 その様子に、ピカロとチャルタは唖然としている。

 一郎はふたりに視線を向け直す。

 

「いずれにしても、早く寝台にあがれ、お前ら」

 

 一郎は言った。

 ふたりのサキュバスが、呆れたような顔で一郎を眺めて、大きく嘆息した。

 

「まあいいさ。サキ様もああ言っているし、ぼくたちのせいじゃないよ」

 

「そうだな。じゃあ、おれでいいかい、ピカロ? あんたじゃあ、調子乗ると、手加減できなくなるだろう?」

 

 ふたりが話し合いを始める。

 一郎はもう一度口を開いた。

 

「誰がひとりずつ来いと言った。面倒だから両方一度に来い──。まずは、サキュバスの本領を示してみろ。技を駆使して、俺のちんぽを勃起させてみな」

 

 一郎はごろりと横になった。

 股を開いて、全裸のまま寝台に大の字になる。

 サキュバスふたりが、今度こそ本当に驚いた顔になった。

 そして、サキの手前、遠慮がちだった態度が一変し、一郎に対して、怒りを露わにする表情になる。

 

「お、お前、サキ様の知り人だから、遠慮してんだぞ」

 

「ま、まったくだ。身の程のということを知っているのか──?」

 

 ふたりが声をあげた。

 

 しかし、それは、一郎こそ、このふたりに言いたい台詞だ。

 一応は、クグルスが選んだ二人だから、遠慮しているのだ。

 本当なら、手っ取り早く、このふたりを支配下に置いて、なにも考えられない人形にしてやってもいい。

 だが、これからも付き合いがあると思うので、性の対決などという茶番をやってやろうとしているだけだ。

 もっとも、彼女たちは彼女たちで、これまでまともな強敵という存在には触れたことがないのだろう。

 なにしろ、魔眼で観察することのできるふたりの淫魔としてのレベルは、ピカロが“70”で、チャルタが“60”だ。

 おそらく、自分たち以上の存在という者には滅多にお目にかからないに違いない。

 

 ただし、サキの妖魔としてのレベルは“80”であり、一郎に至っては、すでに淫魔師レベルは“95”だ。

 もしも、ふたりに魔眼の能力があれば、たかが人間だと一郎を侮ることはなかったと思う。

 

「いいから、来いよ。ただし、お前たちも誓え。ふたりがかりで俺と性の勝負をして、ただひとりの俺に負ければ、俺の奴隷になるんだ。ここにいるクグルスよりも下の、下僕奴隷にしてやる。俺の女のだれひとりの命令にも逆らえない末端奴隷だ。いいな──。誓え」

 

 一郎は挑発した。

 サキュバスたちが怒りで真っ赤になった。

 心の底から激怒している。

 そんな顔色だ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 面白いことになってきた……。  

 

「サ、サキ様、ここまで言われては容赦はできないよ」

 

「まったくだ。サキ様も、この無礼な人間族の言葉を聞いたよね。許すわけにはいかないし」

 

 ピカロとチャルタが眉を吊り上げて、一郎を睨みつける。

 

「うるさいのう。いつまで、そうしておるのだ。主殿がお前たちに、お情けを与えようと言っているのだ。さっさと寝台にあがれ。それとも、本当は臆しているのか?」

 

 サキがわざとらしく、からかい口調で言った。

 横のクグルスも、小馬鹿にしたように笑った。

 いよいよ、ピカロとチャルタが激昂した様子になる。

 

「よし、やってやろう。ほんの一瞬だ。それ以上、射精させるのに時間がかかったのなら、ぼくは、お前の命令には、なにも逆らえない犬そのものになってやる」

 

「おれは雌畜だ。本当に、お前に性の技で負けたと感じたのなら、このサキュバスととしての能力のすべてをお前に支配させてやろう。その代わり、お前が負けたら、おれたちのセックスのことしか考えられない人形になってもらうぞ」

 

 ふたりが叫んだ。

 さんざんの挑発により、ついに冷静な判断力を失ったようだ。

 一郎は、すかさず、さっきのサキの仕草を真似る。

 

「インドラに誓うよ」

 

 一郎は、二本の指を立てて顔にかざす。さっきのサキと同じ仕草だ。

 ピカロとチャルタも同じことをした。

 その瞬間、なにか強い力が、一郎を支配するのを感じた。

 もしかしたら、いまの行動が、なんらかの契約魔道の縛りを産んだのかもしれない。

 自分自身が、魔道の遣い手と考えていなかった一郎は、ほんの少しだが焦ったような気持ちを覚えた。

 

 だが、まあいい……。

 

 いずれにしても、このふたりが、クグルスにやったことは、どうしても許せない。

 一郎自身が行うのはいいのだが、他人が一郎の女を辱めるのが、こんなにも怒りを感じさせるとは、一郎は考えなかった。

 

「ち、畜生、やってやる──。チャルタ、ぼくに任せときな。連続で十回射精させてやる。この人間男は泣き叫ぶと思うよ」

 

「あんたばかりずるいよ。じゃあ、俺はこいつの尻をもらう。射精を支配されて、管理される地獄というのをたっぷりと味わわせてやる」

 

 サキュバスたちが寝台に昇ってきた。

 そのときには、ふたりが身に着けていたレオタードのような装束は消滅している。

 サキュバスの股間は、童女のように無毛だった。

 ふたりのサキュバスが、無防備に寝ているだけの一郎の股間に群がる。

 一郎の一物は、だらりと股に垂れ下がっている状態だったが、サキュバスたちがそれを勃起させて、とりあえず、射精をさせようと、指と舌を這わせだした。

 

 さすがにサキュバスだ。

 

 全身を抉られるような官能の疼きに、一郎はたじたじとなりかけたが、一郎は淫魔師の能力を総動員して、股間が膨らむのを防いだ。

 すると、やけになったように、サキュバスが一郎の全身のあらゆる場所を刺激して、一郎を興奮させようと必死になる。

 

 だが、それは「詰み」だ。

 「チェックメイト」である。

 一郎の体液は、精液だけでなく、あらゆる分泌液が、女を淫魔術で支配させる力を持っている。

 亀頭に直接舌を這わせるなど、愚の骨頂だ。

 一郎は、股間をうごめくふたりのサキュバスたちに、少しずつ、彼女たちを支配することのできるだけの体液を口にさせてやった。

 

 やがて、だんだんと、ふたりの身体を支配する感覚が沸き起こってくる。

 一郎の支配がサキュバスたちに、浸透してきたようだ。

 だが、ピカロとチャルタは、一郎を屈服させてやろうと、夢中になっている。

 いまだに、一郎に逆に支配されたことに気がついていないようだ。

 

 一郎は、股間に顔を埋めているサキュバスたちをそのままに、寝台の横の先に視線を送って微笑みかけた。

 サキが頬をほころばせた。

 

「お、お前、インポなのだな。騙したな」

 

「そ、そうだ。こんなにもやっているのに、まともな男で勃起しないなどあり得ん。お前は不能なのか──。ならば、この勝負は無効だ」

 

 やがて、夢中になっていたピカロとチャルタが、相次いで顔をあげて叫んだ。

 一郎は大笑いした。

 

「俺がインポ?」

 

 一郎は一物を勃起させた。

 サキュバスたちが、ぎょっとした表情になる。

 

「あんまりにも下手糞なので、ついつい、股間を大きくする機会を逸してね……。ところで、そろそろ、こっちも始めていいかな?」

 

 一郎は、目の前のピカロの股間に手を伸ばして、ふっくらと盛りあがる恥丘をそろりと指で撫であげた。

 

「ううっ」

 

 すると、ピカロが身体を硬直させて身震いした。

 すでに、ふたりの身体に、一郎の淫魔術の支配を刻み終わっている。

 いかに、サキュバスとはいえども、もはや、一郎の手管から逃れることは不可能だ。

 それに、ふたりの身体の性感帯は、はっきりとわかっている。

 性感帯を示すもやは薄いが、一郎にはふたりが、どこをどうされれば感じてしまうのか、裸身を見るだけで知ることができる。

 一郎は、今度はチャルタの乳房を下から揉む。

 もちろん、淫魔術でチャルタのその場所の快感を急激上昇しながらだ。

 

「ああ、な、な、なにこれ?」

 

 チャルタが狼狽して悲鳴をあげた。

 

「俺の手は気持ちいいだろう? 遠慮しなくてもいいんだぜ。そもそも、ふたりとも神経を昂ぶらせ過ぎさ。ふたりともいい女だ。うんといい声で泣いてくれ」

 

 一郎は寝台に仰向けに寝そべったまま、左右にしゃがんでいるふたりの股間に本格的に手を這わせだした。

 

「ひっ、ひゃん」

「うひっ」

 

 ふたりが弾かれたように、身体をびくりとさせ、大きな嬌声をあげた。

 

「チャ、チャルタ」

「う、うん、こ、こいつ、危険だ」

 

 ピカロとチャルタが狼狽した声をあげる。

 一郎は、粘膜を出してふたりの手のひらを寝台にぴったりと密着させる。

 足首と膝もだ。

 

「うわあっ」

「きゃああ」

 

 サキュバスたちが悲鳴をあげた。

 

「さて、ピカロは、俺に十連続射精をさせるとか言ってたな。チャルタは尻責めで射精管理だったね。同じことをしてやるよ」

 

 一郎はふたりの性感帯をそれぞれの一点に集め、防護できなくなった股間と肛門に指をすっと入れた。

 

 

 *

 

 

「あひっ、ああ、ああ、な、なんで……あひいいっ」

「お、おおっ、おほおおっ、ちょ、ちょっと、待って、待ってええっ」

 

 ピカロとチャルタが、寝台に手足を離れられなくなったまま、十回目の絶頂をした。

 そのあいだ、一郎はただ寝そべっていて、ピカロの局部とチャルタのお尻の穴に指を入れているだけだ。

 つまりは、ふたりのサキュバスは、愛撫ともいえない一郎の指の動きだけで、お互いに続けざまの絶頂をしたということだ。

 さすがにサキュバスだけあり、意識こそ飛ばさなかったが、すでに疲労困憊で精魂尽きたような状態だ。

 

 もっとも、これには仕掛けがある。

 一郎は、淫魔師の能力を使って、指が入っているふたりのそれぞれの穴の中に、ちょっとした膨らみを作ったのだ。

 それは、いわゆる、快楽のスイッチのようなものであり、それをぐいと押すと、全身の性感帯という性感帯が一気に活性化されて、あっという間に絶頂をするという仕掛けになっている。

 不思議だが、そんなものを作ったら面白いだろうと思って思念したら、すぐにできてしまった。

 

「サキュバスが形無しじゃな。さすがは主殿だ……。ところで、お前ら、仮にもサキュバスなのだろう。少しは抵抗せんか」

 

「そうだ、そうだ。情けないぞ」

 

 寝台の横で見物を決め込んでいるサキとクグルスが、野次のようなからかいの言葉を飛ばす。

 ふたりのサキュバスが口惜しそうな顔になった。

 

「そ、そんなこと言われても、う、動けなくするなんて……。ひ、卑怯だ……」

 

「そ、そうだよ。ず、狡いよ……」

 

 ふたりが息も絶え絶えに言った。

 短い時間で絶頂を繰り返しているので、うまく息ができなくて苦しいのだろう。

 一郎は、わざと笑い声をたてた。

 

「なにが狡いんだ。最初に一方的に責めさせてやったろう。技を駆使しても、俺を勃起させることもできなかったんだ。何度やっても同じだよ……。とにかく、ちょっとでも我慢してみろ。そうしたら、手足を自由にしてやる」

 

 一郎はそう言ってから、ふたりの身体の奥に作ってある小さな膨らみをぐいと押した。

 

「んぐうっ」

「あはああっ」

 

 ピカロとチャルタが歯を食い縛る仕草をしたが、やはり、汗を飛ばしながら、呆気なく絶頂をした。

 

「サキ、こいつら歯ごたえがなくて、退屈だ。舐めてくれ」

 

 一郎は声をかけた。

 すると、サキが苦笑した。

 

「わしに、こいつらの前で奉仕しろというのだな。主殿も酷いな」

 

 口ではそう言いつつも、サキは満更もでもない顔をして、寝台にあがってきた。

 そして、跪いて、一郎の股間に顔を埋めると、いったん鎮めてだらりと垂れていた一郎の性器を口に含む。

 まずは、唾液が全体にいきわたるように亀頭を中心に舌を動かし、しばらくしてから、おもむろに喉の奥まで使って、激しく吸引するようにフェラを開始した。

 

 さすがはサキだ。

 そのいやらしくも、気持ちのいい口奉仕に、一郎の欲情は一気に高まる。

 なによりも、妖魔の中では一目も二目も置かれている妖魔将軍ことサキに、ほかの妖魔の目の前で女奴隷のように奉仕をさせるというのがいいのだ。

 そのシチュエーションに、一郎も興奮してきた。

 

「サ、サキ様が……?」

「ほ、本当?」

 

 横では、ピカロとチャルタが呆気にとられている。

 おそらく、サキが「主殿」と呼んだり、一郎に仕えているということを口にしたが、それは言葉だけのことだと思っていたかもしれない。

 サキが一郎の性器を躊躇いなく、しかも、嬉しそうに奉仕しているのを見て、サキュバスたちも呆気に取られている。

 

「お前らは、なにも考えずに絶頂してな。とりあえず、我慢だ。サキュバスなら、少しは快感に耐えられないのか?」

 

 一郎は指をちょいと動かす。

 

「ぐああっ」

「んきいいっ」

 

 またもや、いとも簡単に、サキュバスふたりが絶頂した。

 

 だが、あまりにも簡単に絶頂を繰り返すふたりに、一郎も不思議に思ってきた。

 自分のやっていることとはいえ、クグルスは、このふたりをサキュバスとして優秀ということで、ここに連れて来ようとしたはずだ。ところが、サキュバスたちは、まったく一郎に、抵抗らしい抵抗もすることができない。

 しかし、考えてみれば、身体を動けなくされたとはいえ、サキュバスであれば、一郎がやっているような性の魔道を一郎に対しても抗うことができるのではないだろうか。

 それにもかかわらず、まるで、なすがままというのは、なぜだろう。

 

「ご主人様、知ってる? サキュバスは、自分よりも能力の高い淫魔師には、絶対に逆らえないんだ。心も身体もね……。そういう本能が最初からあるんだよ。多分、こいつらは、もうご主人様の命令には逆らえなくなっていると思うよ」

 

 すると、クグルスが一郎の顔の前までやって来て、一郎の疑念を見透かしたように言った。

 

「そういうものなのか?」

 

 一郎は指を抜くとともに、ふたりを粘性の拘束から解放した。

 寝台にピカロとチャルタが力尽きるように倒れる。

 

「サキ、気持ちいいぞ。ご褒美だ」

 

 一郎はサキの口の中に射精をした。

 サキが喜びの声をあげて、一郎の精を飲み込んでいく。 

 

「はあ、はあ、はあ……」

「お、お前……、い、いや、あ、あんた、何者なんだ……?」

 

 ピカロとチャルタが、倒れたまま、虚ろな表情を向ける。

 一郎はサキから一物を抜いて立ちあがると、寝台で重なるように横になっているふたりに股間を向けた。

 ふたりの顔は汗まみれで、鼻孔と口が開き、身体は、まだ連続絶頂の余韻が収まらないのか、がくがくと小刻みの痙攣を続けている。

 

 一郎は、思わず微笑んだ。

 この姿だけだと、このふたりがサキュバスだと言われても、信じることは難しいだろう。

 ただの追い詰められた人間族の美少女にしか見えない。

 まあ、その外見の可憐さを買って、クグルスは一郎のもとに連れて来ようとしたのだと思うが……。

 いずれにしても、お仕置きだ。

 このサキュバスふたりに、思い知らせてやる。

 

「クグルスにしたことと、同じことをしてやる。こっち向いて口を開けろ」

 

 一郎は言った。

 ふたりがぎょっとした表情になる。

 だが、寝そべっていたふたりは、すぐに、上体を起こして、一郎の前に顔を向けるような体勢になる。

 

「あ、あれっ?」

「えっ……?」

 

 ピカロとチャルタが相次いで口を大きく開いた。

 ふたりの様子から判断して、自分の意思でやっているというよりは、勝手に身体が動いたという感じだ。

 サキュバスは淫魔師に操られやすいというクグルスの言葉は、本当のようだ。

 

「全部飲めよ」

 

 一郎はふたりの口めがけて、いきなり放尿を開始した。ふたりの口を目掛けて、尿を代わる代わるおしっこを向ける。

 

「わっ、わっぷ、ああっ」

「ひやっ」

 

 口にふたりが眼を白黒させた。

 それでいて、口を閉じることができないようだ。

 ふたりとも、顔全体を一郎の尿まみれにしながら、懸命に尿を飲み続けている。

 ピカロもチャルタも、自分自身の行為が信じられないという表情だ。

 

「やっほっ、ご主人様、もっと苛めてやって。いい気味だ」

 

 横でクグルスが拍手喝采をした。

 やがて、放尿が終わった。

 ふたりは顔を一郎の尿でびっしょりと濡らして、呆然としている。

 

 一方で一郎は、これで完全に、ふたりを淫魔師の力で捉えたことを確信していた。

 一郎の精を股間に注ぐのも、小便を飲ませるのも、実は、支配に陥らせるということでは同じことだ。

 一郎の体液には、それだけの力がある。

 心の中に、ふたりを完全支配した確かな感覚がやって来ていた。

 とりあえず一郎は、自分自身のステータスを覗いて、ふたりが一郎の性奴隷になったことを確認しようした。

 

「あれ?」

 

 しかし、一郎は思わず声をあげてしまった。

 一郎のステータスががらりと変化していたのだ。

 

 

 

 “ロウ=ボルグ(田中一郎)

  人間族、男

   冒険者(アルファ)クラス

   子爵

  年齢:36歳

  ジョブ

   淫魔師・淫魔遣い(レベル99)

   戦士(レベル5)

  経験人数:女40

  生命力:200

  攻撃力:30

  完全保有性奴隷

   エリカ

   クグルス(しもべ)

   コゼ

   シャングリア

   シルキー(屋敷妖精)

   ミランダ

   スクルズ

   ベルズ

   ウルズ

   ノルズ

   ブラニー(屋敷妖精)

   サキ

   シャーラ

   イザベラ

   アネルザ

   マア

   ヴァージニア 

   トリア

   ノルエル

   オタビア

   ダリア

   クアッタ

   ユニク

   セクト

   デセル

   モロッコ

   ラン

   アン

   ノヴァ

   ピカロ(下僕奴隷)↑

   チャルタ(下僕奴隷)↑

  特殊能力

   淫魔力

   魔眼

   粘性遣い↑

   淫魔遣い↑

  状態

   ユグドラの癒し

   サキュテストの紋章”

 

 

 

 大きくステータスが変化している……。

 まずは、淫魔師に“淫魔遣い”という言葉が追加されている。

 おそらく、本物の淫魔であるサキュバスのピカロとチャルタを支配したことによるものであろうが……。

 なんだろう?

 

 それにしても、淫魔師としてのジョブレベルのすごさはなんだ。

 

 レベル99……?

 

 これは、あのアスカと同じジョブレベルだ。

 まさに、神クラス。

 つまり、考えられる限りの最高レベルということではないだろうか……。

 

 そういえば、力が自分にみなぎっているのも感じる。

 生命力も“200”になっていて、桁あがりをしている。“200”などというのは、妖魔族などでなければ、接したこともない数字だ。

 それだけ、一郎が死ににくいということだと思うが……。

 

 それではっとした。

 なぜ、そんなに自分自身が変化したのか、その理由が突如として、頭に啓示のように浮かんだのだ。

 

 つまり、サキュバスを支配したためだ……。 

 

 “淫魔師は、雌淫魔(サキュバス)を支配して、真の力を手に入れる……。”

 

 なぜか、その知識が急に心に浮かびあがった。

 

「どうかしたのか、主殿?」

 

 横のサキが心配そうに声をかけてきた。

 どうやら、一郎は少しのあいだ、じっと思念に耽ったようになってしまっていたようだ。

 

「なんでもない」

 

 それよりも、ふたりのサキュバスだ。

 新たに身についたらしい“淫魔遣い”の能力は後で試すとして、とりあえず、きっちりとお仕置きをしておこうと思った。

 犯すのは、それからだ。

 ピカロとチャルタの周りに粘性物を発生させて、ふたりの身体を一気に包む。

 透明の粘性物の塊が、突如としてふたりに襲い掛かったようになった。

 

「うわっ、ウーズ──?」

「ひいいっ」

 

 ふたりが真っ蒼になって悲鳴をあげた。

 ウーズというのは、かつて、シャングリアと初めてクエストをやったときに、オーヌという男が操っていた「スライム状」の化け物のことだ。

 なんでも溶かしてしまう恐ろしい生物であり、そういえば、透明の粘性物が襲う光景は、まさに、あのときのウーズと似ているかもしれない。

 

「さて、じゃあ、まずは、ピカロからいくか。ピカロへのお仕置きは、燭台の刑だ」

 

 一郎は「スライム」で身体全体を覆って動けなくしたピカロを床におろすと、仰向けにして足だけを頭側に持ってきた。

 いわゆる「まんぐり返し」の格好だ。

 

「わっ、わっ、わっ」

 

 ピカロが動揺した声をあげる。

 一郎は、ピカロを包んでいた粘性体を乳房と局部から解放した。

 

「ピカロ、これが、なにかわかるな」

 

 一郎は、今度は仮想空間の力で、火のついた太い蝋燭を二本出現させた。

 

「な、なに? なに?」

 

 ピカロの顔に恐怖が浮かぶ。

 一郎は構わず、上から蝋燭の蝋をピカロの乳房にたらたらと落としてやる。

 

「ひぐうっ、あ、熱いいいっ」

 

 ピカロが絶叫した。

 一郎は傾けている蝋燭を乳房からみぞおち、みぞおちから腹部に、蝋を落としながら動かしていく。

 ピカロが悲鳴をあげて、のたうつ。

 しかし、一郎の操るスライムが、ピカロに逃げることを許さない。

 

「ほんに、主殿は鬼畜じゃのう」

 

 サキが苦笑している。

 

「褒め言葉だと思っておくよ、サキ」

 

 一郎は笑った。

 そして、大きく割り開かれて、上を向いているピカロの局部に、蝋燭を持っていく。

 

「ひぎゃああっ」

 

 無毛の局部に、一郎の落とす蝋がぼたぼたぼたと落ちた。

 絶頂責めでぱっくりと開いていた粘膜のあいだに、熱い蝋燭が滴る、

 さすがのピカロも、身体を激しく動かして絶叫する。

 

「あとで火傷は治してやるから、いまはたっぷりと苦しんでおけ」

 

 一郎は屈み込むと、ピカロの股間を蝋燭の炎でくすぐるように炙る。

 ピカロがけたたましい悲鳴をあげた。

 

「ピ、ピカロ、ピカロ──。ピカロになにするんだよ」

 

 まだ寝台の上にいるチャルタが叫んだ。

 しかし、チャルタは、スライムに包まれて、動くことはできない。

 叫ぶだけだ。

 

「お前へのお仕置きは別にある。そこで待っていろ」

 

 一郎は振り向くことなくチャルタにそう言うと、ピカロの股間に蝋燭を垂直に立て、無造作に蝋燭を押し入れた。

 

「あぐうう」

 

 ピカロがつんざくような悲鳴をあげた。

 

「これが燭台の刑だ。ところで、もう一本蝋燭があるが、どこに挿すかわかるか?」

 

 一郎は笑った。

 

「わ、悪かったよ。もう勘弁してよ」

 

 ついにピカロが泣き出した。

 こうなってしまえば、サキュバスといえども、ただの少女だ。

 実際のところ、一郎は、魔眼によって、ピカロもチャルタも、年齢が“16歳”だということを知っている。

 本当に若いのだ。

 

 一郎はもう一本の蝋燭に潤滑油をまぶしてから、すでに蝋燭が立っているピカロの股間の後ろの肛門に挿していった。

 ピカロが泣き喚く。

 

「蝋燭の火が燃え尽きるまで、そうやって反省しろ。それが終われば、身体を治療して、優しく抱いてやる」

 

 一郎は言った。

 そして、チャルタに視線を向ける。

 チャルタがぎょっとした顔になった。

 

「クグルス、今度はお前にも手伝ってもらうぞ。これを操れるか?」

 

 一郎は、小さな壺と、それに入っている筆を出現させた。

 

「なに、これ?」

 

 クグルスはきょとんとしつつも、すぐに念動力で筆と壺を空中に浮かべる。

 

「蜂蜜だ。前から尻の穴までたっぷりと塗ってやるんだ」

 

 一郎は言った。

 そして、指を弾く。

 

 次の瞬間、寝台で拘束されていたチャルタが、両手を見えない天井から垂れた縄で縛られて上にあげさせられた格好になる。しかも、両足首は肩幅の倍ほどの棒に両端を縛らせて開脚させた。

 一瞬にして、新しいかたちで拘束されたチャルタが、顔を硬化させた。

 そして、何気なく、顔を下に向けて、顔色を変えて絶叫した。

 

「うわああっ、あああっ、いやあああ」

 

 一郎が、拘束しているチャルタの足元に無数の蟻が出現することを想像した。

 すると、チャルタの脚のあいだが真っ黒になるほどの蟻が出現する。その蟻はあっという間に、チャルタの足首に群がって、チャルタの白い肌を黒くした。

 

「ひいいっ、いいいいっ、許して、許してよ。うわあああっ、いやあああ」

 

 チャルタが悲痛な声で泣き叫ぶ。

 蟻がどんどんと肢を昇って、チャルタの太腿にあがってくる。

 だが、一郎はどんなに暴れても、チャルタの両足が地面から離れないようにしているので、チャルタは蟻から逃げることはできない。

 

 面白がったクグルスが、さっそく筆を操って蜜を局部に塗り始める。

 すると、それまで十数匹にすぎなかった局部にたかる蟻が、一斉に肢を這いあがって、局部を真っ黒にするほどに群がってきた。

 けしかけた一郎ですら、ぞっとするほどだ。

 

「お尻にも塗ろうね」

 

 だが、クグルスは頓着なく、さらに筆でチャルタの後ろの穴にも蜂蜜をどっぷりと垂らす。

 チャルタは号泣して、許しを乞い始めた。



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205 サキュバス犬

 そんなに長い時間ではなかったはずだ。

 一郎は、燭台責めにしていたピカロと、蟻責めにしていたチャルタを同時に解放した。

 

 ピカロの股間は、蝋燭の熱で真っ赤に焼き焦がされ、チャルタのそこは、無数の蟻に噛まれて極小の腫れでむごたらしく覆われている状態になっていたが、サキの仮想空間のことであり、一郎の意思ひとつで、すべてを幻とすることができる。

 

「とりあえず、クグルスにやったことの仕返しはこれくらいにしていくか。どうだ、クグルス。もう許していいか?」

 

 宙に浮かんでいるクグルスに声をかける。

 溜飲もさがったのか、すっかりとご機嫌な感じだ。

 

「いいよ、ご主人様。ところで、お前ら、ご主人様のすごさがわかったか?」

 

 クグルスが高笑いした。

 一方で、サキュバスのふたりは反応がない。意識はあるのは間違いないが、精魂尽きた感じだ。

 

 一郎は仮想空間に念を込める。いまは一時的に、サキに空間の支配権を譲渡させてる。一郎の空間だ。

 一瞬にして、ふたりの身体が責めの前の状態の染みひとつない真っ白い肌に逆戻りした。体力も回復しているはずだ。精神的な疲労はそのままだろうが……。

 拘束もなくなって、場所は最初の寝台の上だ。

 もちろん、寝台で一郎がやった放尿の痕跡もなくしている。

 ピカロとチャルタのふたりは、呆然としている。

 

「俺の奴隷になると誓って、足の指を舐めろ、ピカロとチャルタ」

 

 一郎は寝台の隅に胡坐をかいていたサキを椅子代わりにして、背中をもたれさせた。

 

「おうっ、主殿……。わしが椅子か?」

 

 サキが嬉しそうに後ろから一郎の裸身を抱きかかえる。

 

「それとも、さっきのをもう一度するか? 今度は、ピカロが蟻責めで、チャルタが燭台の刑にするな」

 

 一郎はサキの裸身に身体を預けたまま、にやりと笑った。

 サキュバスたちが顔を蒼ざめさせる。

 

「ぼ、ぼくは奴隷になる」

 

「おれも」

 

 ピカロとチャルタが争うように、左右それぞれに一郎の脚の指に顔を伏せて、舌を這わせ始める。

 一郎は満足した。

 そして、宙にいるクグルスに、再びちらりと視線を向ける。

 

「クグルス、こいつらをもらっていいか?」

 

 声をかけた。

 すると、クグルスがにっこりと微笑む。

 

「うん──。うんと、可愛がってあげてよ」

 

「じゃあ、そうするかな。まずは、チャルタが来い。ピカロはそのまま、足を舐めていろ」

 

 一郎は言った。

 すると、チャルタがちょっとだけ怯えたような表情になって立ちあがった。

 チャルタは、一郎の股間の上に跨って、ゆっくりと怒張に向かって腰を落とし始める。

 一郎は、近づいてきたチャルタの乳房に手を添えた。

 そして、ゆっくりと揉む。

 

「あ、ああっ、か、感じる。や、やっぱり、すごい」

 

 チャルタが身体を捩った。

 さっきも思ったが、愛撫がどうというよりは、サキュバスたちは一郎の肌に触れると、とても感じてしまうようだ。

 

「ぐずぐずするな。早く腰をおろせよ。それと、俺に抱かれるときは、必ず腕は後ろで組め。それが、下僕奴隷のしつけだ。覚えておけ」

 

 一郎はわざと乱暴な物言いをして、チャルタの両方の乳首を思い切り抓った。

 

「あっ、い、痛いっ」

 

 チャルタが悲鳴をあげる。

 一郎は、チャルタのステータスを確認する。

 痛みに対する反応はない。

 性的興奮度を表す「快感値」が下がらないから、チャルタは「マゾ」というわけでもないのだろう。

 まあいい……。

 ゆっくりと躾けていってやろう。

 

 一郎は、刺激を優しい愛撫に変化させ、指で乳頭を挟んでこりころとしごきながら、乳房全体をしっかりと揉みだす。

 チャルタは、なかなかに胸の性感が強いようだ。

 乳首はあっという間に尖りきり、チャルタは快感に耐えられなくなったように、大きな甘い声をあげた。

 

「ご主人様、サキュバスは、本当に淫魔師とは相性がいいんだよ。だから、淫魔師に抱かれると、サキュバスは、常識じゃ考えられないくらいに感じちゃうんだ。ぼくが、ご主人様に触られるだけで、いっちゃうのと一緒だよ」

 

 クグルスが横から言った。

 

「ほ、本当……。か、感じすぎる……。こ、これでも……お、おれ……サキュバスなのに……。こ、この人の手……す、すごい……」

 

 チャルタがいよいよ一郎の怒張に股間を触れさせて、腰を沈めて秘肉に包み始める。

 

「あひいっ、ひああっ」

 

 すると、いきなり、驚くような奇声をあげた。

 

「おっ、どうした?」

 

 チャルタが身体を弓なりにして、後ろにひっくり返りかけたので、慌てて一郎は手を伸ばして、チャルタの細い身体を引き戻す。

 そのため、引っ張られたチャルタは、一郎の怒張を膣で咥えたまま、腰をどんと一郎の股間に押し落されたかたちになった。

 

「はんぎゃあっ」

 

 チャルタが奇声をあげて、全身をがくがくと震わせて絶叫した。

 その激しすぎる反応に、一郎も驚いてしまった。

 

 そもそも、一郎はチャルタのステータスをしっかりと確認していたから、かなり感じてはいたが、チャルタの「快感値」が、まだ“100”前後だったことを知っている。

 「快感値」とは、女がどれだけ感じているかという数字であり、絶頂までのカウントダウンを表すものだ。“0”になったら絶頂であるが、“100”くらいだと、まだまだといったところだ。

 それが、一気に“0”になったのだから、ものすごい衝撃だったと思う。

 

「ほら、ぼくが言った通りだろう、チャルタ。ご主人様にかかれば、信じられないくらいに、気持ちよく絶頂するって……。サキュバスは、淫魔師に操られた方が幸せになれるんだ。これで、ぼくのことを信用したね?」

 

 クグルスがけらけらと横で笑った。

 だが、チャルタはそれどころではないようだ。

 まだ、挿入しただけだというのに、絶頂の感覚が流れっ放しになったかのように、奇声をあげて連続でいき続ける。

 

「は、は、はぐつううう――。い、いぐううっ、あ、あああっ、ま、またあああえ、はにゃあああ、うにゃああああ」

 

 チャルタが一郎の上で、裸体を踊らせ続ける。

 これは異常だ。

 一郎もチャルタを抱き留めながら、目を見張った。

 

「サキュバスは、淫魔師に出逢うことで、すべての性感が解放されて、無限の快楽を得ることができる……。あの伝承は本当のことだったようじゃな」

 

 サキが後ろでささやくくように言った。

 一郎はチャルタを抱いたまま、顔だけをちょっと後ろに向ける。

 

「なんだ、それ?」

 

「そんな伝承があるのだ。サキュバスと淫魔師の関係を示す言葉だが、実際のところ、当のサキュバスたちでも、真偽は知らんと思う。なにしろ、本物の淫魔師というのは、千年に一度くらいの珍しい存在だしな。サキュバスは大勢いるが、いま生きているサキュバスで、淫魔師のしもべになったことのあるサキュバスはおらんはずだ。だから、この伝承は謎に包まれていたが、この様子では、本当じゃな……」

 

 すると、一心不乱に一郎の足の指を舐めていたピカロが口を離して、声をかけてきた。

 

「だ、だけど、サキ様、ぼくたちは……い、淫魔師に会ったことあるよ……。だけど、こ、こんな風に……あっという間に支配されなかった……」

 

「ばかたれ、ピカロ。そんなのは偽物だ。操り術を駆使する程度のまがい者じゃ。本物の淫魔師など、ほとんど伝説の存在なのだぞ。その本物の淫魔師のしもべになれるのじゃ。サキュバスとして、ありがたいと思え」

 

 サキが怒鳴った。

 ピカロはぴくりと身体をすくませて、一郎の足の指に奉仕する体勢に戻る。

 すると、サキが急に甘えたように鼻を鳴らした。

 

「……ところで、主殿の匂い……。いい匂いじゃな……。特に、その精の匂い……。たまらん……。くらくらする」

 

 サキが息を吐く。

 そして、一郎の背中と接している乳房を左右に動かしだした。

 一郎は、粘性遣いの能力で、サキの腰をすっぽりとスライムの膜で薄く包んだ。

 次いで、サキの菊座が触れている部分のスライムを一郎の勃起した男根そっくりとのかたちと硬さに変化させると、ぐいと突き進ませる。

 

「ああっ、しゅ、主殿──」

 

 サキが身体を震わせて悲鳴をあげた。

 

「しっかり支えていろよ。よがってもいいけど、椅子が勝手に倒れることは許さんぞ」

 

 一郎はそう言ってから、サキのお尻に埋まったスライムの男根をバイブのように振動させた。

 

「ああっ、主殿」

 

 サキが淫らな反応を示して、小刻みに震え始める。

 経験の多いサキだが、さすがに尻を犯されたのは、一郎だけだそうだ。

 だが、いまやサキは、後ろの穴でも前の穴と同じように一郎を受け入れ、なおかつ、快感をむさぼることができる。

 これも、調教の賜物というものだろう。

 

「さて、こっちはどうかな……? ちんぽが嵌まっただけで、そんなにいきまくるんじゃあ、動かしたらどうなるか……?」

 

 一郎はチャルタの腰を持って、無造作に上下に動かした。

 

「ひああっ、ひああっ、あああっ」

 

 するとチャルタは、まともに言葉を発することもできないくらいに、快楽にのみ込まれた状態になった。

 一郎の魔眼には、チャルタが絶頂しては、それが戻らないまま、すぐに次の絶頂に身体が包まれるということを果てしなく繰り返しているということが示されている。

 これでは、さすがのサキュバスでもたまらないだろう。

 

 チャルタは、激しい痙攣状態をしばらく持続していたが、やがて、糸が切れたように脱力した。

 一郎も精を出すきっかけがなかったが、とりあえず力を失ったチャルタの子宮に精を放った。

 

「う、うああっ」

 

 すると、気を失ったようになっていたチャルタが、突如として覚醒したようになり、大きく目を見開いた。

 

「忙しい女だなあ」

 

 一郎は苦笑した。

 そして、チャルタの股間から肉棒を抜き、腰の上からチャルタをおろして、チャルタの身体を横に移動させる。

 

「あ、ああ……す、すごい……。すごかった……。ク、クグルス……、あ、謝る……。こ、こんなすごいご主人様に出逢わせてくれようと……し……してた……のを……い、嫌がっていたなんて……」

 

 チャルタが息も絶え絶えに言った。

 

「やっほう」

 

 クグルスが空中でとんぼ返りをして、喜びの態度を示す。

 

「あ、ああっ、しゅ、主殿、い、いきそうじゃ……。いきそう……」

 

 そのとき、身体をもたれさせているサキががくがくと震えだした。

 ずっと、肛門に「粘性体バイブ」を入れっぱなしで振動させている。

 しかも、一郎はチャルタを抱きながらも、しっかりとサキの性感帯を見極めて、一番感じる場所に模擬バイブの先端を当てていた。

 サキが耐えられなくなるのも無理はない。

 

「おう、いくら、いってもいいぞ、サキ。ただし、お前は椅子だ。勝手に倒れるな」

 

 一郎は言った。

 

「あ、ありがとう……。はうううっ」

 

 サキが一郎の身体の前に回していた両手にぐっと力を入れて、一郎を抱き締めながら絶頂した。

 だが、達したところで、振動をやめてやるわけでもないので、サキの息がすぐに、追い詰められたように荒くなった。

 一郎は、そんなサキの様子に満足し、一心不乱に一郎の足の指を舐め続けているピカロに声をかけた。

 

「次は、お前だ、ピカロ」

 

「は、はい、ご主人様……」

 

 ピカロが顔をあげた。

 すでにすっかりと欲情しきっている感じだ。

 目は虚ろで、顔は真っ赤に火照っている。

 

「ピ、ピカロ、こ、このご主人様……す、すごい……。一瞬にして、信じられないくらいに気持ちよくなって……。い、意識が……す、すぐに……飛ぶ……。と、とにかく、抱いてもらえ……」

 

 まだ身体を動かせない様子のチャルタが、ピカロに声をかけた。

 ピカロは大きく頷いて、さっきのチャルタと同じように、一郎の腰に跨って膣を埋め落としてきた。

 

「んはああっ」

 

 やはり、反応はチャルタと同様だった。

 肉棒を挿入した瞬間に、歯止めがなくなったように、ピカロも連続絶頂を開始する。

 これは、サキュバス特有の反応のようだ。

 さっき、クグルスが言っていたが、クグルスの肌に触ると、無制限にクグルスが悶えまくってしまうのと同じ現象が、膣を挿入することで、サキュバスであるチャルタとピカロにも発生しているのだろう。

 

 だが、あまりにも反応が面白いので、一郎はちょっと悪戯したくなってきた。

 いきまくるピカロの絶頂を、淫魔の力で一時的に止めてやった。

 

「ひいっ、な、なにいっ、な、なにが……。なにが起きた──?」

 

 ピカロが白目を剥いた。

 無理もない。

 なにしろ、連続絶頂するほどの快感が続くのに、絶頂だけが突如として取りあげられたのだ。

 快感が膨らむだけ膨らんで、一瞬ごとに、ピカロの身体の中でどんどんと巨大化していくのが一郎にはわかった。

 ピカロは、何度も絶頂の言葉を口にしながら、それでも達することのできない苦しみにのたうち回った。

 

「それ、解放してやる」

 

 しばらく、ピカロの狂態を愉しんだあと、一郎は挿入している怒張の先端からピカロの子宮に精を浴びせると同時に、堰止めをしていたピカロの絶頂感覚を解除した。

 

「んぎいいっ」

 

 ピカロが断末魔のような声をあげて、そのままひっくり返った。

 しかも、一郎の男根が引き抜かれたのと同時に、秘裂からすごい勢いで放水が始まった。

 じょろじょろと失禁しているピカロは、完全に意識を失っている。

 

「ピ、ピカロ──?」

 

 チャルタが驚いて声をあげた。

 

「死んでないよ。その一歩手前までいったかもしれないけどな」

 

 心配そうにピカロに駆け寄ったチャルタをそのままに、一郎は後ろで悶え続けているサキに身体を向けると、寝台に押し倒した。

 

「待たせたな、サキ。もう一度、犯してやろう。いまのふたりと同じように、気を失うまで抱いてやる。長く抱いて欲しければ、できるだけ意識を保ってみろ」

 

 一郎はうそぶくと、サキの両腿を抱えてびっしょりと濡れている膣に怒張を貫かせた。

 すると、肉壁ごしに、サキのお尻の中で振動をさせているスライムバイブの刺激がびりびりと伝わってくる。

 ちょっとくすぐったい……。

 

「あ、ああ、しゅ、主殿、主殿には勝てん──。た、頼む。いつまでも、わしも……主殿の下僕にしてくれ──」

 

 一郎が律動を開始すると、サキがさっそく最初の絶頂をしながら、しっかりと一郎の身体を抱き締めてきた。

 

 

 *

 

 

「じゃあ、もう一度、やろうか、シャングリア……。ちょっと、乾いてきたもの。ロウ様が戻るまでに、言いつけ通りに、コゼのお股をたっぷりの蜜で溢れさせてあげないと」

 

 エリカがくすくすと笑って、何十度目かの筆責めをコゼに開始した。

 シャングリアも筆を持たされているが、ほとんど見学状態だ。

 

「う、うわあっ、も、もういいってば、エリカ。や、やめてえっ」

 

 上半身には薄物の服を身に着けているが、下半身はすっぽんぽんのコゼが、大きく股を開かされている身体を激しく暴れさせだす。

 しかし、全身を革帯で縛られているコゼの身体は、それほど動くことはない。

 また、コゼは半裸状態だが、シャングリアとエリカは平服である。

 

 いつもの屋敷の地下であり、コゼが座らされているのは、「開脚椅子」とロウが呼んでいるちょっと変態的な金属製の椅子だ。

 ロウが持ち込んだものであり、背もたれの部分が後ろに倒れるとともに、手すりや座席のあちこちに革紐があって、座った者の関節という関節を椅子に括りつけるようになっている。

 しかも、この椅子の最大の特徴は、脚を置く部分だ。

 椅子から脚を上にあげて、膝から下を拘束する台がついていて、その高さや開脚の幅を自由に変えられるようになっている。

 コゼはそれに座らされているのだ。

 エリカが哀れなくらいにびっしょりと濡れている、そのコゼの股の亀裂にすっと筆を這わせた。

 

「んぐううっ」

 

 歯を食い縛ったコゼが、椅子に拘束されている身体を限界まで弓なりにする。

 

「ほら、さぼらないのよ、シャングリア。ちゃんと、あんたも、やりなさいよ」

 

 エリカが反対側にしゃがんでいるシャングリアに声をかけてきた。

 

「わ、わたしは……い、いいよ……。エリカに任せるから」

 

 シャングリアが無理矢理に持たされている筆を手の中で遊ばせながら言った。

 ロウに言いつけられているのは、クグルスの呼び出しで、サキのいる後宮に行っているので、そのあいだに、エリカとふたりでコゼを責めて、その股間を蜜でびしょびしょに濡らしておけという命令だ。

 ロウが戻れば、また四人で遊ぶことになる。

 まあ、いつもの遊戯のひとつだ。

 コゼが生け贄になっているのは、ロウの前でくじを引いたのであり、たまたまだ。

 

 ただ、シャングリアは、同じ仲間のコゼをこうやって、縛りつけて責めるなど気乗りはしない。

 それに比べれば、エリカは、いつもやり込められている鬱憤とばかりに、喜々としてコゼを責め立てている。

 その弾けぶりは、横から見ていて当惑するほどだ。

 

「あっ、あっ、ああっ……」

 

 コゼがエリカのしつこい筆責めで泣くような声を出し始める。

 だが、容赦なくエリカは、コゼのクリトリスをこれでもかというくらいに筆でなぞる。

 コゼの悲鳴がますます大きくなる。

 

 シャングリアも、最初はエリカとともに、いつもシャングリアたちに悪戯をするコゼを懲らしめようと、エリカとともに筆責めをしたが、コゼが泣き叫び始めると、可哀想になってきて、それからはあまり気が進まなくなった。

 だが、エリカは、コゼが苦しみ悶え始めると、ますます興に乗ったように、しつこくコゼを責めたてた。

 その様子には、いつも受け身のエリカの片鱗はない。

 

「いやあ、エ、エリカ。ゆ、許して、許して、ああっ──」

 

 コゼが開脚されている内腿を激しく痙攣させ始めた。

 シャングリアの目でも、コゼが筆で達しようとしているのがわかる。

 

「だめよ。いかせてあげない。ロウ様には、蜜で溢れさせておけとは言われたけど、絶頂させてもいいとは言われてないものね……。お、あ、ず、け」

 

 エリカが、コゼの反応が大きくなったところで、さっと筆を引っ込めた。

 シャングリアは、さすがに呆れた。

 

「お姉ちゃんって、言ってよ、コゼ。そうしたら、手加減するかも」

 

 エリカが笑った。

 だが、コゼは荒い息をしながら、きょとんとしている。

 

「はあ、はあ、はあ……。な、なに言ってんのよ……。あ、あたしの方が……と、歳上……」

 

「それに、なんのが関係あるの? ほら、お姉ちゃんよ。一度、呼んでったら」

 

 エリカがコゼの内腿を筆でくすぐりだす。

 コゼが悲鳴をあげた。

 シャングリアは呆れてきた。

 そのとき、屋敷妖精のシルキーが姿を現した。

 

「旦那様が後宮からお戻りです。ご指示により、ここに転送します」

 

 そして、次の瞬間、ロウが出現した。

 シャングリアは、自分の顔が反射的に破顔するのがわかった。

 

「ロウ様、お帰りなさい……。言いつけ通りに……。えっ、ええっ、ロウ様?」

 

「わっ、ロウ──」

 

 エリカに続いて、シャングリアはロウに声をかけようとしたものの、ロウの姿に驚いて絶句してしまった。

 ロウは四つん這いにしたふたりの少女のふたつの背中に跨り、そのふたりにロウを乗せたまま歩かせながら出現したのだ。

 しかも、ふたりは素っ裸であり、くっついている側の脚と腕が同時に動くように、腿と腕を密着して革帯で拘束されている。

 圧巻は、ふたりの鼻にある大きな金属の鼻輪だ。

 ロウはそれに紐を繋いで、手に紐を持っているのだ。

 シャングリアは度肝を抜かれた。

 

「おっ、コゼ、だいぶやられたみたいだな。ところで、こいつらを紹介するよ。お前ら、とまれ」

 

 ロウが持っている紐をぐいと引っ張った。

 ふたりの少女が呻き声のような音を口からあげて、その場に停止する。

 シャングリアは、エリカとともに、唖然とした。

 開脚椅子のコゼも口をぽかんと開けている。

 ロウが少女たちから降りる。

 少女たちがほっとしたように同時に嘆息した。

 

「ロ、ロウ様、この方々は……?」

 

 エリカが三人の疑念を代表するように言った。

 ロウがにんまりと笑う。

 

「……新しい奴隷だ。これでもサキュバスでな。ピカロとチャルタだ。アネルザを通じて、滅亡した遠国の姫君たちとして、王の後宮に送り込む──。さあ、お前たちの大先輩になる俺の性奴隷だ。挨拶しろ」

 

 ロウがまだ持っていた紐を乱暴に揺する。

 鼻輪を引っ張られるかたちのふたりが悲鳴をあげた。

 

「ピ、ピカロです。下僕奴隷です」

 

「チャルタです。皆さま、よろしくお願いします」

 

 ふたりがその場に土下座をした。

 シャングリアは目を丸くしてしまった。

 

 サキュバス?

 下僕奴隷?

 なんなんだ、これ?

 横を見ると、エリカもコゼもすっかりと、びっくりしている気配だ。

 

「まあ、あとで説明するよ。後宮に送り込む前に、もう少し、雌犬調教しようと思ってな。まあ、数日のことだが……。いずれにしても、こいつらのことは、大型犬だとでも思え。ほら、そこのコゼの股をいいというまで舐めろ。いけ──」

 

 ロウはふたりのところに行くと、ふたりを繋いでいた腕と腿の革帯を外す。さらに、鼻輪も取り去って、ふたりをコゼにけしかけた。

 少女たちが四つん這いのまま、コゼにさっと群がった。

 

 当惑した感じだったコゼだったが、すぐに態度が変化した。

 少女たちがコゼの身体を舐め始めると、コゼの目が大きく開かれて、すぐにがくがくと震えだしたのだ。

 そして、あっという間に、コゼは絶頂して果ててしまった。

 シャングリアも、激しいコゼの反応に驚いた。

 

「ふふふふ、このコゼ様という人……可愛いね。すごく、敏感だよ、チャルタ……」

 

「本当……。ねえ、ロウ様、もっと可愛がっていいですか? おれたちなら、舌だけで、腰が抜けるまでコゼ様を絶頂させられるよ。おしっこも漏らすかも……」

 

 少女たちが、くすくすと笑いながら、ロウを振り返る。

 シャングリアは、ぞっとした。

 紛れもなく、ふたりが本物のサキュバスだとわかったからだ。

 理由もなにもない。

 直感だ。

 あんなに激しい反応……。

 これは、ただ事ではない……。

 あまりにも、ロウが何気なく口にしたので、サキュバスというのは半分冗談かと思ったが、正真正銘のサキュバスなのだ。

 シャングリアは確信した。

 

「……いや、コゼはもういい。これからは俺が可愛がる……。お前たちは、エリカとシャングリアに挨拶しろ。こいつらは服のままでいい。ただし、本当に小便を漏らすまで“挨拶”するんだ。サキュバスの技を遣え」

 

 ロウが言った。

 そして、指をさしながら、シャングリアとエリカをサキュバスたちに紹介する。

 少女たちのひとりがさっとシャングリアを見る。

 ぞっとなったが、その瞬間、シャングリアは金縛りになったように動けなくなった。

 

 サキュバスの魔道だ。

 

 そう思ったときには、サキュバスのひとりに抱かれて、口を吸われていた。

 凄まじい快感が全身に流れ込んでくる。

 シャングリアは悲鳴をあげた。

 

「ひゃああ、あああっ」

 

 ちょっと離れた場所で、エリカが早くも絶頂したような声をあげている。

 シャングリアもまた、服の上から股間と胸をまさぐられ、それだけで、狂うような快感が込みあがる。

 頭が白くなり、気がつくと、シャングリアは、身体を大きく震わせて絶頂していた。

 

「ふふふ、可愛いね……。おれはチャルタ。あいつは、ピカロだよ。よろしくお願いします、先輩……」

 

 すると、チャルタがにんまりと微笑み、シャングリアから二度目の絶頂を引き出すために、愛撫を再開し始めた。

 

 

 

 

(第37話『サキュバスと淫魔師』終わり)



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 第38話  闘少女対淫魔師
206 新たなる日々


「はあっ?」

 

 ミランダは唖然とした。

 

 そして、すぐに、おそらく、自分はスクルズの言葉をなにか誤解したのだろうと思った。

 さもなくば、例によって、あの鬼畜男がスクルズになにかをしたかだ。

 

 いずれにしても、ロウが一枚絡んでいるのは間違いないと思った。

 そうでなければ、敬虔な聖職者であるスクルズが、こんな馬鹿げたことを言い出すわけがない。

 少なくとも、スクルズのことを以前から知っているミランダには、スクルズが狂ってしまったのではないかと思うような、スクルズの言葉だった。

 

「ミランダ、わたしは至って真面目です。これは、わたしにとって大切な儀式なのです。知っていると思いますが、王都三神殿の神殿長に巫女が就任するというのは、すなわち、主神にして、天空神たるクロノス神の妻の末席に加わるという意味があります。しかし、わたしは、たとえ形式といえども、別のお方を夫としては受け入れるつもりは全くありません。本当にないのです」

 

 スクルズの物言いは頑なだった。

 ミランダは、一見素直そうに見えるスクルズが、実は大変に頑固な気質であることをよく知っている。

 それだけに、すでに決心している口調には、翻意させることが難しいという気はする。

 しかし、言うべきことは言わないとならないだろう。

 ロウを取り巻く女たちの中で、いまや良識派といえる者は、ミランダくらいになっている。誰かが歯止めとならなければ、あの男はどんどんと増長して、手につけられないわがまま男になっていく気がするのだ。

 

 王都中央にあるギルド本部だ。

 すでに夜はかなり更けており、本部にはここを家にしているミランダのほかに、数名の待機要員がいるだけだ。

 ここは、本部の奥にあるミランダの私室といえる場所であり、スクルズはこの部屋に直接に転送術でやって来たのだ。

 ふたりきりで話したい「依頼」があるということであり、もともと、防音の結界が施されている一室なのだが、そこにスクルズは、さらに自分自身の魔道により、あらゆる魔道具による盗聴、盗撮を防ぐ結界を二重にかけた。

 それだけ、余程の話なのだろうと思った。

 

 スクルズが語ったのは、数日前にタリス公国内にある大神殿から正式の使者が訪れ、スクルズの第三神殿長の就任が決定したということだった。

 あらゆる意味で異例の大出世であり、スクルズの魔道遣いとしての評判とハロンドール内における人気が評価されての結果だろう。

 大国ハロンドール王国といえども、神殿に関しては、ハロンドール王の王権の外にあり、その人事は旧ローム帝国の帝都に存在する大神殿の教皇が持つ。

 ハロンドール国王と言えども、神殿の人事は自由にできないが、ロウは自分の持っている影響力を駆使して国王を動かし、遠い大神殿にスクルズの推薦をしつこくさせたとは聞いている。

 それで、やっと就任が決まったのだろう。

 王国の歴史で最も若い王都三神殿の神殿長であり、百年ぶりほどの女性神殿長だ。

 正式に世間に発表されれば、大変な騒ぎになるだろう。

 ミランダも嬉しかった。

 

 しかし、それに次いで、スクルズが口にしたのは、正式発表後に大きな間隙もなく行われるはずのスクルズの就任式において、あることをロウに頼みたいという依頼だ。

 その依頼の内容が荒唐無稽すぎて、神殿長就任のお祝いの気持ちも吹っ飛び、唖然となってしまったところだ。

 そして、我に返った。

 ミランダは、スクルズが正気を失ったとしか思えなかった。

 

「とにかく、考え直しなさい。これは忠告よ。あの男に可愛がってもらいたいのであれば、式典の後でも前でもいくらでも可愛がってくれるわよ。ほかならぬ、あんたのお願いならね」

 

 ミランダは溜息をつきながら言った。

 だが、案の定、スクルズは首をはっきりと横に振る。

 

「ミランダにはわからないと思いますが、聖職者であるからこそ、わたしにとって、就任式は許されぬ行為なのです。わたしたち聖職者にとって、神との契約は破棄することなどあり得ない絶対の誓いです。だから、ロウ様にお願いしました」

 

「つまり、その儀式そのものを壊して欲しいと?」

 

「その通りです。わたしは、ロウ様の精を受けて儀式に臨み、誓いの儀式の最中にロウ様に犯されます。婚姻の対象となる女が別の男の精を受けているとなれば、儀式の意味合いは、天空神との婚姻というものから、天空神との婚姻の拒絶の意思を示すことになります。わたしは、敬虔な聖職者であるが故に、神と偽りの儀式を行うわけにはいかないのです」

 

「神とは婚姻はしない。だけど、神殿長には就任する……。それをしたいということ?」

 

 ミランダはもう一度嘆息した。

 言葉そのものはもっともらしいが、内容は滅茶苦茶だ。

 スクルズは、あろうことか、神殿長就任式の最中にロウに抱かれるというのだ。

 そして、これをクエストとして、冒険者ギルドに依頼し、ロウに高額の報酬を受け取ってもらうのだという。

 ミランダとしては、どれから突っ込んだらいいかを迷うほどの、常識外れの内容である。

 

「いいから冷静になりなさい、スクルズ。あんた、頭は大丈夫?」

 

 いくらなんでも、失礼な物言いかと思ったが、それで少しはスクルズが怒ってくれれば、多少は事態も変わるのではないかと思った。

 どうやら、見た目は冷静そうだが、スクルズは思いつめるだけ思いつめていて、まともな思考状態ではないようだ。

 

 まあ、無理もないのだ。

 このスクルズは、聖職者界では、王都第三神殿の筆頭巫女として、巫女としては上位の地位にあったが、男の神官を含めれば、王都内だけでも十番目くらいの地位だった。

 地方にある大きな神殿長に就いている者も含めれば、聖職者順位としては、二十番以内にも入っていなかったはずだ。

 それが、王の推挙とはいえ、ごぼう抜きの王都第三神殿の神殿長就任である。

 王都内については落ち着いているが、聖職者世界においては、いまだにかなりの騒ぎというのは耳にしている。

 あちこちから妬み嫉みをぶつけられるスクルズは、大変な心の重みであると思う。

 そもそも、王都三神殿の神殿長就任は、それだけでハロンドール内の聖職者界では、三番目以内の序列であることを意味する。

 女である巫女が、三神殿の神殿長に就くのも、実に百年ぶりくらいだ。

 大変なことなのだ。

 

 もっとも、スクルズは将来を嘱望された有能な巫女だったので、ひそかに将来的には、王都神殿長の地位も期待はされていた。

 だが、それは本来はずっと先の話であったはずだ。

 まずはどこかの中堅クラスの地方神殿の神殿長となり、そこで実績をあげて、王都に戻り、三神殿のいずれかの副神殿長、さらに、もう一度、今度はもっと大きな地方神殿長となって、それからのことだったろう。

 いまは二十代のスクルズは、少なくとも、四十歳以上にはなっていたと思う。

 そもそも、ロウがスクルズたちに関与するきっかけとなったのは、スクルズが地方神官長に出世しようとするのを第一神殿の筆頭巫女だったウルズが嫉んだことから端を発している。

 

 それが、あらゆる慣例を打ち破って、スクルズは二十六歳という若さで王都三神殿の神殿長に就任するのだ。

 ロウと関係するようになったことで、スクルズの魔道力が異常にあがり、誰もが認める王都第一の魔道遣いとなったということがあっても、スクルズの出世は異常だ。

 それでも、スクルズは、この話があったとき、ふたつ返事で神殿長就任を受けた。

 以前のスクルズであれば、まずは、こんな話は絶対に拒否したはずだ。

 

 その理由もミランダは知っている。

 スクルズは、自分が神殿長になることで、恩義のあるロウをもっと助けることができると思っている。

 ノルズ事件のとき、命を失うところだった自分を、ロウが救ってくれたことをスクルズはいまだに強く感謝しているようだ。 

 

 それにしてもだ……。

 

「わたしの頭はいたって冷静です。ロウ様には、大変なご負担になるとは思いますが、わたしにとっては必要なことなのです。わたしは、天空神の妻となることなく、神殿長になりたいのです……。そもそも、なぜ、巫女の神殿長の就任は、天空神クロノスとの婚姻の誓いという意味になるのでしょう。殿方の神官が神殿長になる場合は、そのような誓いの意味などないのです。不公平です」

 

「知らないわよ。あんたら聖職者の慣習のことなんて……。神学論争をあたしにぶつけないでよ」

 

 ミランダは苦笑した。

 さすがに、スクルズもちょっと顔を赤くした。

 

「……いずれにしても、わたしは、本来の儀式のまま、就任式を受けるわけにはいきません。天空神は、男女の性愛には寛容なお方です。きっとわたしの気持ちをわかってくれると思います」

 

「天空神はともかく、就任式には、王陛下をはじめとして、内外からの賓客が出席するのよ。一般民衆だって、王都どころか、地方からも大勢やってくるはずよ。あんたは、そこでロウに犯されようって言うの?」

 

「ロウ様ならやってくれると思います。実は、先日直接お願いしました。ロウ様は受けてくださるそうです」

 

 スクルズが嬉しそうに言った。

 

「そりゃあ、引き受けるでしょう。あの男は、こういう破廉恥な遊びが大好きなのよ。だけど、これは、あの男にとっても、大変な負担よ。下手をすれば、この国の神殿界を冒涜した極悪人として、火あぶりになるかも」

 

「そんなことはさせません。わたしがついているのです。それに、ロウ様は失敗などなさいません」

 

 スクルズはからからと笑った。

 ミランダは呆れてしまった。

 これは、相当にロウに参っているようだ。

 スクルズは否定するかもしれないが、ずっと信仰の対象だった天空神そのものが、いつの間にかスクルズの心の中で、ロウと入れ替わっているのかもしれない。

 

「……それで、どうなのです? 冒険者ギルドでは、このクエストを引き受けてはくださらないのですか? ならば、わたしは個人的なお願いとして、ロウ様のところに改めてお願いに行きます」

 

 スクルズははっきりと言った。

 ミランダは、今度こそ諦めた。

 

「わかったわよ。勝手なことをされるよりは、わたしの目の届くところでやってもらう方がましよ。だけど、スクルズ、これだけは言っておくわ。ロウはいまや、一介の冒険者じゃないわ。姫様の愛人であり、王妃様のお相手でもある。あたしだって……。とにかく、あんたのわがままで、もしも、ロウになにかがあったら……」

 

「わがままなのは承知しています。でも、今回だけは、このわがままを受け入れてください。わたしにとっては、本当に必要なことなのです。これは、天空神に対するわたしとの密かな儀式でもあります」

 

 スクルズが深々と頭をさげた。

 ミランダは三度目の溜息をつくと、ちょっと大袈裟な素振りで肩を竦めてみせた。

 

「とにかく、この件は預からせてもらう。いま、ロウには別件で指名依頼をしているの。ある闘奴隷の案件があってね。連続で指名依頼は出せないわ。それもギルドの掟でね」

 

「結構です。就任式の日時はある程度の裁量を持っております。ロウ様の都合のよいように、就任式の時期を決めさせていただきます。いずれにしても、就任式もすぐにというわけにはいきませんし」

 

 スクルズはにこにこと微笑みながら言った。

 とにかく、時間を置かせた方がいいだろう……。

 ミランダは、四度目の溜息をついた。

 

 

 *

 

 

「旦那様、お召し物をご準備いたしました」

 

 一郎の前に、屋敷妖精のシルキーが台車とともに出現した。

 台車に載っているのは、桶に入れた洗顔用の湯と着替えだ。眼をやると、着替えはボルグ家の紋章の入った貴族風の装束である。

 今日は子爵として顔を出さなければならない行事のある日なのだ。

 一応、一郎はボルグ家の姓をもらい、子爵の称号を与えられた貴族のひとりということになっている。

 貴族には、さまざまな課税から逃れたり、あるいは国王の許可なく王軍が捕らえることができないなどという特権があるらしいが、同時に義務もある。

 

 もっとも、義務というが大したものではない。

 今日は宮殿に間近い武闘場で行われる闘士の戦いを貴族席で見学するというものだった。

 よくは知らないが、キシダインが失脚した後、ハロルド公を兼ねて宰相でもあったキシダインの宰相としての地位を引き継いだ貴族が主催する武闘会であり、大勢の一般市民にも無料で開放される大きな催しらしい。

 それに、一郎は子爵として見学するのだ。

 新しい宰相の人気取り施策のひとつなのだが、王都に所在する貴族は、ほとんどがそれに参加する。

 一郎も、冒険者とはいえ、貴族になったのだから、そのような催しには、せめて顔くらい出すのが義務だとアネルザにも釘を刺されていた。

 

 武闘会は昼前から開催されるらしいが、貴族としては高い地位ではない一郎は、早めに貴族席に入らなければならない。

 まあ、馬車でまともに向かえば、この「幽霊屋敷」から王都の城門まで半ノスほどかかるが、“ホットライン”を使って、王都内の小屋敷に跳躍し、そこから馬車で向かうのでそれほどの時間はかからない。

 対外的には、向こうが子爵としても一郎の屋敷ということになっていて、向こうは向こうで、屋敷妖精のブラニーが外出用の馬車を準備してくれているはずだ。

 ボルグ家の紋章付きの馬車で、武闘場に乗りつけるのも、貴族として約束のひとつというわけだ。

 

「着替えをお手伝いします」

「わたしも」

 

 コゼとエリカがすぐにやって来る。

 シャングリアはいない。

 今日は、貴族としての参加なので、エリカとコゼは留守番だ。

 シャングリアを護衛を兼ねた従者ということにして、ひとりだけ同行させる予定である。

 

「準備できたぞ。わたしはいつでも出発できる」

 

 すると、シャングリアが奥の部屋からやって来た。

 女騎士としての正装をしている。

 シャングリアの美貌が引き立つ素晴らしい装束だ。

 しかも、スカートだ。

 本来であれば、女騎士とはいえ、正装にスカートはない。だが、シャーラやアネルザに指示して、強引に正式に採用させた。

 もちろん、一郎の趣味だ。

 男装もいいが、やはり女将校用の軍服というのはいい。

 いま、シャングリアは、その新採用のスカートの軍服を身に着けている。一郎の指示だ。

 丈も膝よりも上であり、これも一郎好みである。

 

「とにかく、ロウ様のことお願いね、シャングリア。なにかあったら守ってよ。一介の冒険者のロウ様がいきなり子爵になったんだから、敵意を抱いている貴族も多いかもしれないし……」

 

 エリカが一郎の着替えを手伝いながら、シャングリアに言った。

 いつもは護衛役はエリカなので、一緒に行けないのが不安そうだ。

 

「わかっている。だが、問題はないと思うぞ。表には出ていないが、ロウがなぜ、子爵の地位を与えられたのか、その功績の内容はほとんどの貴族は当たり前に知っている。公然の秘密というわけだな。キシダインの私兵を壊滅させたほどのロウに手を出す馬鹿はいないと思うな。むしろ、向こうがロウを怖れている」

 

 シャングリアだ。

 

「まあ、そんな敵意も王妃様が上手く処理してくれているわよ。王太女様もいるしね……。ところで、闘技場でミランダと合流するんですか? それとも、その前に合流を?」

 

 コゼも口を挟んだ。

 また、コゼが訊ねたのは、今日は単に闘技を観戦するだけじゃなく、ある指名依頼の内容がそこで説明されることになっているからだ。

 (アルファ)クラスの冒険者である一郎は、定期的に指名依頼を受ける義務があるが、今日の闘技の催しに加わっている興行師のひとりから、ある依頼を受けているらしい。

 詳細はまだ知らされていないが、それも今日、ミランダから説明を受けることになっている。

 

「闘技場で合流だ……。ところで、シャングリア、よく似合っているぞ。軍服もいいな。貴族らしくエスコートしよう。腕をとれよ」

 

 身支度が終わった一郎は、左腕を腰の横にやって、シャングリアが手を掛けられるようにした。

 

「女騎士はエスコートは受けないぞ」

 

 シャングリアは苦笑しながらも、一郎の左腕に手を掛ける。

 一郎はすかさず、収納術でシャングリアのスカートから下着を亜空間にしまった。

 身に着けている衣類を魔道で収納するなど、知られている魔道では不可能らしいが、一郎は淫魔術で簡単に実施できる。

 まあ、女相手限定だが……。

 

「ひっ」

 

 シャングリアが掴まっていない側の手でスカートの前をさっと押さえた。

 

 

 *

 

 

 闘技場の周りは、かなりの人だかりだった。

 一郎たちの進む入口は貴族席なので、一般市民の集まる方向とは違う。

 喧噪の場所の横を抜けて、比較的すいている場所の方向に進んだ。

 いずれにしても、かなりの混雑ぶりだ。

 今日は、新しい宰相の就任のご祝儀ということで、宰相の個人資産を提供して行う闘技場の催しであり、全員が無料で見学できるのだそうだ。

 闘技場そのものだけでなく、その周りには、集まる観客目当ての屋台なども立ち並び、かなりのお祭り騒ぎだ。

 

 入口についた。

 馭者役を務めていたシャングリアが飛び降り、近くの兵を呼んで馬車を所定の場所まで運んでいくように頼んでいる。

 その兵はにこやかに応じ、シャングリアと馭者を交代した。

 兵たちは、王軍の衛兵の装束ではないから、宰相の雇った傭兵だろうと思った。

 

 シャングリアが扉を開き、手を出す。

 一郎は、その手を持ち、馬車を降りた。

 そのまま引き寄せて、シャングリアの腕に自分の腕を絡ませて、シャングリアの身体を寄せた。

 だが、顔が赤い。

 やはり、「ノーパン」にされているのが恥ずかしそうだ。

 

「や、やっぱり、みんな見ている気がする……。は、恥ずかしいぞ、ロウ……」

 

 シャングリアが真っ赤な顔で一郎にささやいた。

 確かに、ここには多くの兵もいるし、案内係も大勢いる。

 まだ、早い時間なので、一郎程度の低い階級の者だが、闘技場にやってきた貴族たちもいる。

 

「悪戯は嫌か?」

 

 一郎はわざと言った。

 

「い、嫌じゃないが……」

 

「だったらいいだろう」

 

 一郎はそのまま歩き始めた。

 

 男勝りのお転婆騎士で名高いシャングリアが、一郎と腕を組んでぴったりと寄り添いながら歩く光景に、周りの者たちが奇異の視線を向けるのがわかった。

 ただ、実のところ、もうシャングリアが、一郎に惚れて、冒険者になったというのは王都でも有名な話だ。一郎とシャングリアがいい仲であることが、いまさら噂になって困ることもない。

 むしろ、有名なシャングリアを一郎が独占していることをひけらかせるようでいい気分だ。

 一郎はシャングリアの腕を絡めたまま、通路を進んでいった。

 その横をシャングリアがはにかむようにしてついてくる。

 だが、そのシャングリアがスカートの下になにも身に着けていない破廉恥なことをしているとは思わないだろう。

 シャングリアもちょっと緊張気味だ。

 それがなかなかに愉快だ。

 

「ボルグ卿」

 

 だが、闘技場の施設内に入ってすぐ、ひとりの従者風の男から声をかけられた。

 一郎には、それがアネルザの家人だということがすぐにわかった。

 老人だが、アネルザが幼少の頃からの従者だということであり、アネルザを絶対的に信奉している男だ。

 

「どうぞ、こちらへ……。アネルザ様がお待ちです。時間まで一緒に過ごそうと申されております」

 

 その老従者がささやいた。

 何度もアネルザの屋敷には出向いているので、一郎もシャングリアも、この従者とは顔なじみだ。実際のところ、一郎がアネルザの愛人であることも、この従者は承知している。

 

 確かに、まだ催しの開始までは随分と時間がある。

 だが、今日は国王もやって来ると耳にしているので、王妃も出席はするのだろうが、まだ正王妃のアネルザがやって来るような刻限ではない。

 アネルザがすでに到着しているとは驚きだ。

 一郎がそう言うと、従者はにっこりと笑った。

 

「……ボルグ殿もお越しになるというので、実のところ、随分と愉しみにされていたのですよ。早くから、おめかしをなさったりして……」

 

 従者が笑った。

 この老人は、一郎というどこの馬の骨ともわからない若者が、アネルザを愛人にしても、ちっとも嫌な感情は持っていない。それどころか、一郎が出入りするようになって、アネルザの心が安定したと喜んでくれてもいる。

 折につけ、そう言うので、一郎もほっとしているところだ。

 

 老従者の案内で、そのままシャングリアとともに、上級貴族用に場所に移動していった。

 地下に待合用の個室が幾つかあり、そのひとつをアネルザはあてがわれて、そこで待っているのだそうだ。

 

 個室のある場所に降りる階段についた。

 そこには王軍の衛兵がいて警備していたが、老従者が声をかけると、さっと道を開いて、一郎とシャングリアを通してくれた。

 地下の通路に着く。

 すると、向こうから随行の者を率いた太った男が歩いて来るのが見えた。身なりからして、随分と地位の高い上級貴族だということだけは予想がついた。

 魔眼で覗けるステータスからも、彼が身分の高い貴族であることはわかる。

 後ろにいるのは、従者の恰好をしているが全員が護衛のようだ。

 それぞれが一騎当千の戦士だ。

 一郎とシャングリアは、壁に張りつくようにして通路を解放した。

 

「……あれが新しい宰相だ、ロウ。ブライトン伯爵家のフォックス殿だ」

 

 すると、シャングリアが耳元でささやいた。

 へえ、あれが新しい宰相か……。

 魔眼で確認したが、確かに宰相だ。

 もっとも、たったいままで、一郎は新しい宰相の名も承知していはいなかったのだが……。

 

 そのフォックスが一郎たちのいる場所の前を通りかかった。

 すると、すっと足を止めて、一郎の顔を覗き込んだ。

 

「知らぬ顔だな。どこの下級貴族がここに紛れてきた。ここは上級貴族しか立ち入りを許されぬ一画だぞ。おい、摘まみ出せ」

 

 フォックスが突然に怒鳴った。

 護衛たちがさっと動く。

 

「なんだ、いきなり」

 

 シャングリアが怒ったように、一郎の前に出た。



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207 興行主の依頼

「なんだ、いきなり」

 

 シャングリアが怒って、迫ってきた護衛の胸を突き飛ばした。

 

「いかん、やめろ、シャングリア」

 

 一郎は声をあげたがもう遅い。

 ひとりが突き飛ばされると、ほかの護衛の顔色が変わり、一斉に腰の剣に手をかけた。

 護衛たちのステータスを確認する限り、一対一ならば、シャングリアが勝つだろうが、護衛の数は四人だ。シャングリアひとりでは勝ち目はない。

 

 一郎は戦うつもりで、懐の短銃に手をかけた。

 そのとき、薄っすらと床と宰相のフォックスの身体全体に青い光が灯った気がした。

 一郎の魔眼の能力には、一郎が戦うと決めたとき、相手の弱点が青く光るというもうひとつの力がある。

 それが作動したのだ。

 一郎は床についている足の裏から粘性物を発生させて、護衛たちの靴を床に貼りつけた。

 

「うわっ」

「おっ」

「な、なんだ?」

 

 護衛たちの体勢が崩れる。

 その隙をついて、フォックスの腰の短剣をさっと抜くと、フォックスの喉に刃先を押しつけた。

 

「全員、止まれ。さもないと、どうなっても知らんぞ」

 

 一郎は叫んだ。

 そのときには、護衛たちの足を密着させた粘性物は消滅させている。

 護衛たちにしても、なぜ、いきなり足を取られたのかを理解することはできないだろう。

 

「き、貴様……」

 

 一郎に刃物を突き付けられたフォックスが真っ蒼になった。

 

「護衛たちを落ち着かせてください。シャングリアもだ。お前、気が短すぎるぞ」

 

 怒鳴った。

 

「シャングリアだと……?」

 

 フォックスは、やっと女騎士がシャングリアだと気がついたようだ。

 

「全員、やめよ」

 

 そして、慌てたように護衛たちに言った。

 護衛が距離を取るのを確認して、一郎は短剣を引いて、フォックスの腰の鞘に戻す。

 

「ご無礼、お許しください」

 

 すっと頭をさげる。

 一郎が剣を引くと、フォックスの顔色が再びさっと変化した。

 今度は、真っ赤になる。

 

 まずいな……。

 怒り心頭のようだ……。

 

 一郎は悟った。

 当然といえば、当然だろう。

 戦闘を回避するための、とっさの手段とはいえ、この国の宰相に剣を向けたのだ。

 なんとか、うまく収めないと、今後、この国で生きていけない。

 

「宰相様、このボルグ卿は、王妃殿下に招かれて、部屋に向かうところなのです」

 

 思わぬ事態に、そばで蒼い顔をしていたアネルザの老家人が、やっとのこと口を開いた。いきなり始まった喧騒に身体を硬直させてしまっていたようだ。

 

「王妃殿下?」

 

 フォックスが目を丸くしている。

 

「なんの騒ぎじゃ」

 

 そのとき、声がした。

 アネルザだ。

 廊下の騒動に気がついて、わざわざ姿を見せてくれたのだろう。

 とにかく、この場を収めるために、アネルザの権威を利用させてもらおう……。

 一郎が王妃の重要人物だとわかれば、このフォックスも、一郎たちに対する捕縛などは躊躇してくれるはずだ。

 まあ、恋多き王妃で有名なアネルザだ。

 いまさら、広まって困る醜聞もないだろう。

 

「アネルザ」

 

 一郎はことさらわざとらしく喜んだ声をあげて、アネルザに寄っていった。

 王妃を呼び捨てにしたことで、フォックスや護衛がびっくりしている。

 アネルザも怪訝な表情になった。

 構わずに、一郎はアネルザを両手で抱き締める。

 

「わっ、ロ、ロウ?」

 

 アネルザが驚いた声を出した。

 一郎は、そのまま、アネルザの口を吸う。

 

「んっ、んんつ……」

 

 アネルザが当惑して、喉で音を鳴らす。

 だが、やるとなったら、全力の口づけだ。

 一郎は、アネルザの口の中の赤く灯る性感帯を舌で強く擦りまくる。

 すると、赤い部分が増えたので、さらにそこを擦る。次々に変化する性感帯を強く弱く舌で刺激する。

 気がつくと、かなりの長いキスになった。

 さすがに、周りが騒然となる。

 

「……アネルザ……」

 

 一郎は口づけをしながら、かすかに口を離して、アネルザの耳元で事情を語って、話を合わせてくれとささやいた。

 そして、口づけを続ける。

 アネルザが軽く頷いた。

 しかし、アネルザは腰が抜けたようになってしまって、一郎が身体を支えてやらなければ、立っていられないほどになった。

 だんだんと重みが加わるアネルザの身体をぐっと抱える。

 

 一郎がアネルザから身体を離したときには、アネルザは軽く達した感じになったようだ。

 折につけ、一郎の快楽調教を受けているアネルザだ。

 全身のどこを愛撫しようとも達してしまうような、一郎好みの感じる身体になってしまっている。

 すでに、アネルザの股間がびっしょりとなるほどに濡れているのが一郎にはわかった。

 感度抜群の可愛い女だ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「はあ、はあ、はあ……。フォ、フォックス、見ての通りだ。このボルグは、わたしの……愛人だ。粗相があったなら……そ、それに免じて許せ」

 

 アネルザが荒い息をしながら言った。

 一郎のことをアネルザが、愛人と紹介したことに、宰相のフォックスは驚いている。

 ただ、少し前まで、王妃宮の地下に、国王の後宮に匹敵するような性の相手をさせる奴隷を大勢集めた奴隷宮を作っていたようなアネルザだし、愛人をとっかえひっかえするのも有名だった。だから、新しい愛人のひとりやふたりも珍しくもないはずだ。

 一郎としては、そんな愛人のひとりとでもしておけば、宰相も事を荒立てようとは、考えないだろうと判断したのだ。

 できれば、今後とも可能な限り、目立ちたくはないのだが、そろそろ潜伏したままでいるには、一郎も有名になりすぎているところもあったし、まあ、潮時だと思う。

 

「ボルグ……卿……。おう、あの例の……」

 

 フォックスが眼を丸くした。

 なにか思い出したことがあるようだ。

 まあ、表には出てないが、新しい宰相ともなれば、キシダイン事件で一郎たちが果たした役割は承知しているだろう。

 途端に一郎に対する敵意が消えて、顔に柔和そうな表情が浮かびあがる。

 

「これは、もしかして、宰相のフォックス様でしたか? 知らぬこととはいえ、大変なことをしました。陛下から、分不相応の爵位まで賜りましたが、実は作法も知らぬ冒険者です。どうか水に流してください」

 

 一郎は大袈裟に頭を下げた。

 

「こちらこそ、知らぬこととはいえ、わけも訊ねずに失礼した。ブライトン家のフォックスだ……。しかし、さすがは、(アルファ)クラスの冒険者殿だ。肝が冷えたな」

 

 フォックスは、アネルザがあいだに入ったことで、一転して慇懃な態度になった。しかも、まるで、一郎に媚びるような笑みまでする。

 これには、一郎もちょっと驚いた。

 また、顔こそ知らなかったものの、一郎のことは知っていたようだ。

 そして、「後程、客席で」とアネルザに、丁寧な挨拶をして立ち去っていった。

 

「ふう、助かったよ、アネルザ。シャングリアの短気で、宰相とひと悶着起きるところだった。他人の前でアネルザが困るんじゃないかと思ったが、あのくらい仲良しのところを見せておかないと、新宰相にどんな目に合わされるかわからんしなあ」

 

 一郎はアネルザに言った。

 

「なあに、お前になぶられるのは歓迎だ。それに、あの男にそんな根性はない。キシダインの後、イザベラがやりやすいように、人畜無害の男を宰相に据えただけだ」

 

「人畜無害?」

 

「そうだ。あの男に対する世間の評価がそれだ。キシダインの頃は、権力を持った相手におもねるくらいしか取り柄がなかったのだ。それでも、キシダインからは無視されておったから、キシダイン派の追放の網にもかからんかった。宰相とはいえ、お前が気にするような男ではないぞ」

 

 アネルザが豪快に笑った。

 

「剣を向けたことも、あっさりと許してくれたな。さすがはアネルザの神通力だ」

 

「もともと小心者だ。キシダインと対決したお前と争う気概などない。たまたま機嫌が悪かったのだろう。まあ。あいつも、折角の私財をはたいた闘技会なのに、思惑の外れたことがあって、虫の居所が悪かったのだ。普段はもっと、おおらかな男だぞ」

 

「思惑が外れた?」

 

「ああ、そうだ……。いや、そもそも、それは、そなたのせいだったな。ならば、絡まれるのも仕方ないか」

 

 アネルザがさらに笑った。

 一郎は首を捻った。

 

「俺のせい?」

 

「まあ、続きの話は奥でな。わたしの控え室に来るといい」

 

 アネルザが悪戯っぽく笑う。

 まるで、少女のような屈託のないその表情に、一郎は苦笑していまう。

 いずれにしても、一郎と関係するようになって、もっとも変化したのはアネルザだと思う。

 初めて会ったアネルザは、とにかく、常に不機嫌で、誰彼となく苛ついているという印象だった。

 だが、最近では、一郎は、上機嫌に笑っているアネルザしか見たことがない気もする。

 

「それでは、私はここで……。刻限になれば、声をかけに参ります……。では、ボルグ卿、アネルザ様をよろしくお願いいたします」

 

 アネルザの老家人が声をかけた。

 どうやら、一郎をアネルザに引き渡して、ついては来ないようだ。本来、いかなる場合でも王妃と一介の貴族男をふたりきりにしないと思うが、おそらく、あらかじめアネルザに、そういう指示を受けているのだろう。

 アネルザはわかったというように手を振り、そのまま一郎たちを控え室に案内し始めた。

 この気さくな感じが、本来のアネルザなのだろうとなんとなく思った。

 一郎は歩きだした。

 シャングリアもついてくる。

 

「しかし、さっきはすごかったな。ロウの体さばきの見事なこと。お前があんなに素早いとは驚いた。フォックスに、あっという間に剣を突きつけたときなど、横のわたしまでびくついたぞ」

 

 すると、ずっと黙っていたシャングリアが、興奮したように言った。

 視線を向けると、顔が上気している。

 

「なんだ、なんだ? そんなに、こいつがすごかったか、シャングリア?」

 

 アネルザが興味深そうに、振り返った。

 

「そうだ。まさに、電光石火の早業だったぞ、王妃殿下。殿下にも見て欲しかった。きっと、惚れ直したに違いない」

 

 一郎は苦笑した。

 びくついたのは一郎だ。

 シャングリアが、相手が宰相とわかっていながら、突っかかったときには、一時はどうなることかと思った。

 一郎が宰相に刃物を向けたのも、最悪シャングリアが罪に問われないためだ。武器を向けるまでのことをすれば、シャングリアが宰相の部下に手を出したことなど、どうでもいい小事になる。

 

「なにを言っている。部屋に入ったら、罰だからな、シャングリア。向こう見ずにもほどがあるぞ。お前の短気で大騒ぎになるところだった。アネルザの家人もいたんだから、大人しくしてれば、収まったんだ」

 

 一郎は怒鳴った。

 

「えっ?」

 

 シャングリアは困惑した声をあげた。

 案の定、深い考えなどなかったのだ。

 

「とにかく、部屋に着いたらお仕置きだ。覚悟しておけよ」

 

 一郎がそう言うと、シャングリアが「ええっ」と声を出した。

 横でアネルザが、声をあげて笑った。

 

 アネルザの部屋の前には、衛兵らしき者はいなかった。

 おそらく、事前に追い払ったのだと思う。これも許されないことのような気がするが、アネルザだから許されるのだろう。

 一郎は、アネルザの案内で部屋の中に入った。

 

 部屋の中に入ると、かなり広い場所にいくつもの長椅子があり、広いテーブルに果物や肉、また、酒と思われる瓶が並べられていた。

 そして、手前の長椅子から、談笑が聞こえてきた。

 話し声はミランダだった。

 相手は、浅黒い肌をした老いた男だ。

 ステータスを覗くと、「興業主」というジョブがあった。

 レベルは、“20”だ。

 かなりの実力と思っていい。

 だが、具合も悪そうだ。

 生命力の数値が“10”くらいしかない。人間族の場合、基準値は“50”なので、かなり低い。

 病気というよりは、老いだろう。外見でも、そんな感じだ。

 

「依頼の件はわかった。あとで連絡するわ」

 

 ミランダが言うと、興業主は一礼をして、杖をつきながら部屋を立ち去った。

 やはり、かなり足元が弱々しい。

 

「いまのが、クエストの依頼人か?」

 

 一郎は、ミランダに向かい合うように長椅子に腰かけて言った。

 この闘技場で、指名クエストの説明をするというのは、事前に受けていた。だが、王妃の控え室で待っているとは思わなかった。

 

「まあ、わたしが仲介する依頼でな。あの興行主には昔から世話になったのだ。戦えなくなった闘奴を回してもらったりしてな。だが、近く引退するらしい。それで思い残すことがあって、その解決を冒険者ギルドに依頼してきたというわけだ」

 

 アネルザが口を挟んだ。

 

「引退?」

 

「老いだ。闘奴を闘わす興行主としては、もう身体がついていかんとこぼしていたな」

 

「それで、さっきの老夫の依頼をわたしたちに指名されるというわけだな?」

 

 一郎の隣に腰かけたシャングリアが、横から言った。

 すると、ミランダが首を横に振った。

 

「正確にはわたしたちではないわね。ロウによ。ロウ単独。あなたが断れば、依頼そのものをギルドは断るわ。多分、ほかの誰にも無理だと思うから」

 

「随分と買いかぶられたものだな。なんだい、俺にしかできない依頼というのは?」

 

 一郎は笑った。

 

「マーズという女闘奴を知ってる? 新人として二年前に闘奴になってから、どんなに強い相手であっても圧倒的に勝ってしまう、連戦負けなしの有名な闘奴よ」

 

「知らん。そういうのは疎くてね」

 

 一郎は肩を竦めた。

 

「だったら、今日のセミイベントを観てて。それにマーズという闘奴少女が登場するわ。さっきまでいた男は、その闘奴を所有している興業主よ。でも、今日の試合は勝つと思う。しかも、圧倒的にね……。それくらいマーズは強いの。依頼の内容は、そのマーズに敗北の味を教えることよ」

 

 一郎は驚愕した。

 

「冗談言うなよ。闘奴なんかと戦って勝てるわけないだろう。俺をなんだと思ってるんだよ。最低に弱い闘奴でも、俺なんかひと太刀目で首をはねられる」

 

「剣は遣わないわ。あなたのやり方でいいのよ。相手は闘いが専門の闘奴なんだから、試合のやり方はこっちの言い分にさせる……。素手でやり合えばいいわ。場所も闘技場のような場所でなく、練習場みたいなところでやる……。とにかく、闘技のような状況でそのマーズをやっつけてくれればいいのよ」

 

「同じことだ。首をはねられる代わりに、首の骨を折られるだけだ」

 

 一郎は呆れて言った。

 

「お互いに、とどめを刺すのはなしよ。ちゃんと約束させるから」

 

 ミランダが言った。

 

「ミランダ、いくらなんでも、ロウと無敵の闘奴では話にならん」

 

 シャングリアだ。

 

「そうかなあ。あたしのロウの評価は高いわよ。相手が闘奴でも、寝技になれば無敵なんじゃない?」

 

「無敵を気取った覚えはないよ、ミランダ。そもそも、なんで、わざわざ、敗北の味を教えないとならないんだ?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「それが闘奴として一皮剥けるために必要なんだそうよ。負けることを知らない闘奴は、闘いが雑になり、そのうちに、ちょっとした相手にやられて、呆気なく死んでしまう。そういうものなのだそうよ。本当は、興行主自身が時間をかけてマーズにそれを悟らせたいんだけど、引退を決めたことで、その暇がなくなったということよ」

 

「はあ」

 

 一郎は気のない返事をした。

 

「普通は下積み時代に、負けの経験を先輩闘奴から植えつけられるものだけど、マーズは強すぎたのよ。闘奴になって新米のときから無敵で、いまもそうよ。あの興業主は何百人もの闘奴を育てている。彼はマーズのような逸材が、そのうちあっさりとやられるのを心配してるのよ」

 

「知るかよ。俺には勝てんと言ってるんだ。新米時代から負け知らずだと? なおさら、俺が勝てるか」

 

 一郎は吐き捨てるように言った。

 

「いや、わたしも、ロウなら勝てると思うな。マーズは女だ。女闘奴なのだぞ」

 

 別の椅子に座っているアネルザが口を挟んだ。

 視線を向けると、にこにこと笑っている。

 

「女ねえ……」

 

 一郎は眉をひそめた。

 

「そう……。美貌の少女闘奴マーズ。屈強な男闘奴を相手にして、負け知らずの無敵を誇っている闘奴界の人気者よ。だけど、あんたなら勝てるんじゃない? 素手の格闘で腰布一枚で戦うのよ……。要は、“世の中には強い者はいくらでもいる。無敵などとんでもない”。それをマーズにわからせればいいんだから」

 

「あの興業主は、闘いの最中にお前が、マーズの腰布を剥ぎ取るようなことをしても、構わないと言っているぞ。つまりは、そういう闘いなのだ。闘いの場は、そういうことができる場所を整える」

 

 ミランダに続いて、アネルザも言った。

 どうやら、闘いにかこつけて、マーズという女闘奴を犯せということのようだ。

 確かに、一郎は勝負がセックスなら、負けない気はしないが……。

 しかし、相手は戦闘のつもりでくるのだ。

 

 うーん……。

 

「さっきも言ったが、あの興業主には、以前から戦えなくなった闘奴を性奴隷として回してくれたりして、世話になったのだ。その恩があったので、ミランダを紹介してやったところでな。できれば、力を貸してやってくれ」

 

 アネルザがさらに言った。

 そしてアネルザは、もう性奴隷を融通してもらう付き合いはないから、安心しろとも笑った。

 

「まあいいわ。返事は今日のマーズの試合を観てからでいい。でも、いい返事を期待してるわね、ロウ」

 

 ミランダが立ちあがった。

 

「なんだ。もっとゆっくりしていかんのか、ミランダ?」

 

 アネルザが声をかけた。

 

「そうしたいけど、ほかにも用事があるのよ、殿下……。じゃあね……。あんたには、ほかにも指名依頼があるんだけど、まあ、それは次の機会でね」

 

 ミランダは通路に出る扉に向かった。

 そして、思い出したよう一郎に振り返った。

 

「いい忘れていたけど、マーズは生娘よ。十六歳。性にはまったくの初心(うぶ)だそうよ。興業主の言葉だけどね」

 

 ミランダがにやりと笑った。

 そして、部屋の外に出ていった。

 

 十六歳の生娘の女闘奴──。

 戦えば、鍛えた熟練の男闘奴でも勝てない無敗の英雄……。

 それを格闘にかこつけて、試合中に犯す……。

 そして、完全に屈服させる……。

 

 それが今回の依頼か……。

 

 まあいい……。

 とにかく、後で考えよう。

 それよりも、やるべきことをしよう……。

 やりたいことというべきかもしれないが……。

 

「まあいい……。いずれにしても、まだ時間はあるんだろう? じゃあ、ふたりとも、下だけ脱いで、腰から下はすっぽんぽんになれ。シャングリアはさっきの罰で尻叩き十回だな。アネルザは助けてくれたお礼のセックスだ。早くしろ」

 

 一郎の言葉に、シャングリアとアネルザが顔を真っ赤にした。



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208 貴賓室の情事

「ご、ごお……」

 

 王妃用控え室に、シャングリアの泣き声混じりの声が響いた。

 それとともに、一郎がシャングリアの生尻を叩く音も鳴り響く。

 一郎がやっているのは、持ち前の短気で、宰相のフォックスと騒動を起こしかけたシャングリアへの懲罰としての尻叩きだ。

 

 闘技場の地下にある貴賓室である。

 闘技会の開催にはまだ間があるので、王妃のアネルザにあてがわれているこの部屋で、シャングリアとともに暇を潰しているところだ。

 懲罰といっても、その暇潰しの材料のようなものだ。

 

 シャングリアには、長椅子に座っている一郎の上に、下半身をすっぽんぽんにさせて、うつ伏せの横抱きで、膝の上に腰を乗せさせている。

 さらに、両手は背中で組ませている。

 別に拘束してない。

 自分でそうするように命じ、どうしても痛さに我慢できなくなれば、手を背中から離せと申し渡している。

 いまのところ、悲鳴混じりの声はあげるが、手を背中から離そうという素振りはない。

 

「ははは、男勝りで名高いシャングリアも、ロウの前では形無しじゃな。そんな可愛い声を出すとはのう」

 

 アネルザだ。

 そのアネルザも胸当てだけの下半身が裸の格好だ。

 一郎が命じたのは、下半身に身につけているものを全部脱げというものだったが、アネルザは上衣とスカートが繋がったドレスを着ていたので、そんな格好になったのだ。

 部屋の中にいる三人の中で、きちんと服を着ているのが一郎だけという状況は、いかにも「主人と女奴隷たち」という構図あり、一郎は愉しく興奮していた。

 

「そら、もう一発」

 

 一郎は力の限り、シャングリアの尻を叩いた。

 すでにシャングリアの尻は真っ赤に腫れあがっている。

 その赤尻に新しい手形が加える。

 

「ひゃ、ひゃああ……」

 

 シャングリアがおかしな声をあげて、身体をのけ反らせた。

 一郎は苦笑した。

 その理由を一郎は知っている。

 このところ……特に刻印を刻んで以来、シャングリアは、痛みに対して恐ろしく感じやすくなってしまい、いまも軽くいってしまったのだ。

 一郎のズボンの腿の部分に、べっとりとシャングリアの愛液が垂れたのがわかった。

 

「数はどうした、シャングリア」

 

 一郎は足の上のシャングリアの股間に手を伸ばして、膣の入口の付近をすっと撫でた。

 

「ううっ、ろ、ろくううっ」

 

 シャングリアがうつ伏せに腕を組んだまま、弓なりにとび跳ねた。シャングリアの股間は恐ろしく熱くて、しかも、やはりびしょびしょだ。

 

「数を数えてないのは無効だ。やり直せ」

 

 一郎はシャングリアの尻を叩く。

 

「ご、ごめん。ろくうっ」

 

 シャングリアは悲鳴をあげる。

 

「やり直しと言ったら、一からだろうが。低能か、お前」

 

 一郎は叩く代わりに、再び股を愛撫した。今度はクリトリスだ。指でくるくると回してやる。

 もちろん、罵倒の物言いはわざとだ。

 シャングリアは、一郎から乱暴にされるだけでなく、口汚く罵られる「プレイ」がお気に入りなのだ。

 

「ひうううっ。そ、そんなことされたら、へ、変になるっ」

 

 シャングリアが痙攣のような震えをした。

 驚くことに、それだけで絶頂しそうになったようだ。シャングリアのステータスにもそれが表れていた。

 面白いので、絶頂寸前で指をさっと離す。

 そして、亜空間に保管している「パドル」という革のしゃもじのような形の尻叩き用の責め具を取り出した。

 

 バシッ──。

 パドル特有の大きな音が鳴る。

 

「い、いちいっ」

 

 すっかりと被虐に酔ったような口調で、シャングリアが数を叫んだ。

 

「いいぞ、シャングリア。いい子だ」

 

 一郎はシャングリアの股を指でぐちゃぐちゃと愛撫する。

 シャングリアが激しく悶えるが、またもや寸前でやめる。

 そして、パドルで尻をひっぱたく。

 

「ひゃああん、しゃ、しゃん……い、いや、にいっ」

 

 絶頂寸前まで快感を引き上げられて、間髪入れずに、いきなり尻を叩かれ、シャングリアの頭は本気で対応できなかったようだ。

 

「やり直せ、雌豚」

 

 また、パドル。

 シャングリアは、また「いちっ」と叫んだ。

 

 叩くときには口汚く罵り、数を言えたら優しく愛撫──。

 ただし、寸前までの快感しかやらない。

 そして、打擲──。

 それを繰り返す。

 

「……きょ、きょ……」

 

 シャングリアは、狂乱の様子を示しだした。

 しかも、パドル叩きが増えると、なぜか舌足らずの状態になってしまった。

 一郎は吹き出してしまった。

 

「声が小さい。しかも、“きょ”とはなんだ。それでも、女騎士の称号を持つ貴族か。最初からやり直し」

 

 一郎は意図的に難癖をつけて、最初からやり直しをさせた

 シャングリアは文句は言わなかったし、責めを終わらせることの約束事である背中での腕組も解こうとしない。

 それに、シャングリアの顔を見れば、繰り返される快感と痛みに酔いしれ、朦朧となるほどに興奮しているのは明白だ。

 すっかり淫情に酔ったように、顔を真っ赤にして表情は蕩けきっており、涎まで垂らしている。

 

「しゃ、しゃん」

 

 パドル叩きで数度目くらいの“3”を数えたときだった。

 

 またもや、陰核をいじりだした一郎の手管に、シャングリアは奇声を発してよがり出す。

 一郎は、ぎりぎりまで責め立ててから、さっと手を離して、パドルを打ちつけた。

 

「ふぬううっ、よ、よんんっ」

 

 シャングリアはがくがくと身体を震わせて、ついに打擲で達してしまった。

 

「誰が達していいと許可したか──」

 

 一郎はさらにパドルで叩く。

 

「ご、ごおおっ、も、もうだめえっ、き、気持ちよすぎる」

 

 驚くことに、シャングリアはまたもや、叩かれて達してしまった。身体を弓なりにして、腰を揺らしながら痙攣する。

 一郎は苦笑しながら打擲した。

 それから、シャングリアは、一発打つごとに絶頂を繰り返した。

 どうやら、ぎりぎりの寸止めと尻叩きの責めに、シャングリアの身体のどこかの線が切れたみたいになったようらしい。

 

「い、いくっ、きゅ、きゅううっ」

 

 シャングリアが馬鹿みたいに叫んだ。

 やはり、軽く達している。

 

「最後だ。いくぞ」

 

 一郎は声をかけた。

 すると、シャングリアが、はっとしたような顔になった。

 

「だ、だめだ、ロウ。もっと、もっとだ」

 

 最後だと言われたシャングリアが、我に返ったように声をあげた。

 

「尻が破けてしまうぞ」

 

 一郎は笑った。

 

「そ、それでもいい」

 

 シャングリアは切羽詰まった感じの口調だ。

 一郎は、パドルを亜空間に戻すと、さっと体勢を変え、シャングリアの尻を後ろから突くような格好にし、素早く自分のズボンと下着を膝に下げて、一気にシャングリアの秘肉に一物を沈めた。

 

「ひゃああああ」

 

 シャングリアが絶叫して身体をのけ反らす。

 一郎は、膣の中で光るように真っ赤に感じる子宮口前の性感帯を亀頭の先端でぐいと押した。

 そして、赤い場所を擦りながら抜き、また突く。

 それを激しく繰り返す。

 

「んふううっ」

 

 シャングリアはまたもや絶頂した。

 

「ほら、最後はこれだ。数えろっ」

 

 一郎は絶頂の途中のシャングリアのクリトリスを指でぎゅっとつねる。

 

「はぎいいいっ、じ、じゅううっ」

 

 シャングリアは絶叫し、失神してぐったりと脱力してしまった。

 

「やれやれ、ちょっとばかりやりすぎたか……」

 

 一郎は、笑いながら、まだ猛々しく勃起している怒張を抜いた。

 そして、真っ赤に腫れあがっているシャングリアの尻をぺろぺろと舐めてやる。

 一郎の体液に備わる淫魔術が効果を及ぼし、赤い腫れがみるみるなくなっていく。

 多分、眼が覚めたときには、痛みも消滅しているに違いない。

 まあ、シャングリアのことだから、それを寂しがるかもしれないが……。

 

「本当に、ロウは女に優しいのう」

 

 すると、呆れたような声がかけられた。

 アネルザだ。

 視線を向けると、胸当て一枚のあられもない姿で、全身を真っ赤にして汗をかき、無意識なのか、もじもじと膝を擦り合わせている。

 どうやら、一郎がシャングリアを犯す光景に、すっかりと欲情してしまったようだ。

 しかし、一方で、その顔には可笑しさを耐えるような笑みを浮かべている。

 一郎は肩を竦めた。

 

「気絶するほど、尻をひっぱたくようなプレイをする俺が優しいって?」

 

 一郎は笑った。

 

「気絶したのは、苦痛ではない。いわゆる、いきすぎだ。短い時間で繰り返し達したので、息が続かなくなったのだ。シャングリアの寝顔を見よ。幸せそうに寝ておるわ。それにしても、起きるのか?」

 

 アネルザが笑い返した。

 そう言われると、シャングリアは満足そうな表情をしている気がする。責めの中止の合図だった腕の組みは最後まで外されずに、いまでも背中だ。

 一郎は意識のないシャングリアの両手を真っ直ぐに伸ばして楽な体勢にしてやった。

 

「一応、身体の回復はさせた。問題ないさ」

 

 一郎はうつ伏せのシャングリアに毛布代わりに、騎士服の上衣をかけてやる。

 

「わたしが感心するのは、お前の奉仕の態度だ。なんだかんだで、まだ精を放ってはいないのであろう? それでよいのか? わたしには、シャングリアを満足させるためだけに、お前が汗をかいているように見えた。ちょっと妬けたわ」

 

 豪快なアネルザの笑い声が部屋に響く。

 

 奉仕の態度か……。

 一郎は苦笑した。

 そうかもしれない……。

 

 一郎は、精を放つことそのものよりも、女がよがったり苦しみに耐える姿に接するのが好きだ。

 だから、結局のところ、女が先に果てて、精を放つ機会を失うことも多い気がする。

 まあ、それは女がたくさんいることで、そうなっても、次の女がカバーしてくれるが……。

 

「じゃあ、アネルザが俺の精を受けてくれよ。今日の処理係だ」

 

「嬉しいのう」

 

 無礼な物言いに気を悪くした感じもなく、アネルザがにんまりと笑った。

 

 一郎は、アネルザの股間で勃起している疑似男根の根元に嵌まっているリングの淫具を振動させた。

 疑似男根は子供の男性器ほどの大きさだが、本当は肥大化したクリトリスだ。

 ただし、淫魔術で小さな亀頭と尿道口まで作って、精液のように愛液が飛び出すようにしている。

 最初にアネルザを調教したとき、アネルザを屈服させるために淫魔術でそうやってふたなりにしてやったのだが、この疑似男根を悪戯するたびに、アネルザが激しく反応するので、面白いから、いまでもそのままにしている。

 

「ああん、や、やめてくれ。い、いきなり……」

 

 根元のリングは、疑似男根をそのまま保持させるとともに、発情の反応をさせることができる。

 アネルザは、一転して少女のような声をあげて、よがり出した。

 

 平素の豪胆な態度とのこのギャップが愉しいのだ。

 一郎は、抵抗力を失ったアネルザの両脚を持つと、膝を手すりに引っかけて、手から出した粘着剤で貼り付けた。

 両手は背もたれを抱かせて、やはり貼り付ける。

 これでアネルザは、大股開きで身動きできなくなった。

 

「アネルザにも奉仕してやるぞ。だから、妬くな」

 

 どうやって責めようかと考えたが、一郎はぶるぶると物欲しそうに震えている疑似男根を口で咥えてやった。

 ぺろぺろと舌で先端を舐める。

 

「う、うわああっ、そんなところを」

 

 アネルザが絶叫した。

 そのまま、口全体で擦ってやる。

 アネルザはたちまちに、悶絶して一郎の口の中に精を放った。精とはいっても、本当は女の愛液なのだが、ちょっとおかしな気分にならないことはない。

 だが、このアネルザと二人きりのときだけの倒錯の遊びだ。

 

「ほら、お前の出したものだ。きれいにしろ」

 

 一郎はアネルザの放った精を舌に乗せて、アネルザの口に突きつけた。

 

「あ、あんまり、わたしを追い詰めないでくれ……。お、お前に与えられるものが……す、すごすぎて……、分別のない少女のような気分になる」

 

 アネルザが一郎の舌を舐め始める。

 一郎は唇を重ねて、濃厚なキスをした。

 アネルザの精も、ふたりの唾液も一緒になってふたりの口を行き来する。

 

「結構じゃないか。少女になって、悶えてくれよ」

 

 一郎は再び、アネルザの小さな男根を舐めた。

 アネルザは切なそうによがる。

 なにしろ、男根でいくら射精をしても、女としての快感は満足できないように細工している。

 男根から精を出せば出すほど、狂うような焦燥感が拡大する仕組みだ。

 

 一郎はしつこいほど精絞りを繰り返しては、それをアネルザの舌で舐めとらせた。

 アネルザは泣き狂った。

 

「た、頼む、ロウ……。お前のをくれ。前でも、後ろでもいい……。な、なあ……」

 

 アネルザが喚き出した。

 それがちょっと常軌を逸した感じにもなったので、一郎は怒張をアネルザの股間に一気に挿入した。

 

「んふううっ、はああはあ、き、気持ちいい」

 

 アネルザはあっという間に悶絶した。

 身体を反り返らせて、痙攣して果てる。

 それでも、懸命に膣の筋肉で一郎の怒張を締めて責めてくる。

 

 性技については、たくさんの一郎の女たちの中で、雌妖のサキに継ぐ、能力を持っているアネルザだ。

 なんとか、一郎を満足させようとしてくれているのだ。

 アネルザの感情からも、そんな健気な心が読み取れる。

 我が儘で気分屋で知られる王妃だが、実はなかなかに相手を思いやるところもある。

 それが、こんなところに現れもする。

 

「じゃあ、一発目だ」

 

 一郎は腰を激しく動かし、アネルザの中に精を放った。

 しかも、アネルザのもっとも感じる場所を亀頭で刺激しながらだ。

 アネルザは大きな嬌声を出して、二度目の絶頂をした。

 

「まだまだ」

 

 一郎は抜くことなく、さらに責めを強めた。

 指をアネルザの尻穴に深々と挿して刺激する。

 そして、胸当てをずらして、巨乳を露出させると舌で吸う。

 

 ヴァギナ、疑似男根、アナル、乳首の究極の四箇所責めだ。

 アネルザは堪らず、また達した。

 一郎はそれに合わせて、二度目の精を放った。

 

 三度目はやめた。

 アネルザが白目を剥いたからだ。

 

 一郎はアネルザから一物を抜くと、アネルザの拘束を解いた。

 

「ロウ……。ま、待て……」

 

 すぐにアネルザは意識を戻した。そして、起きあがり、一郎の性器に掃除フェラを始める。

 跪いて奉仕女に徹する王妃に、一郎はずっと頭を撫でてやった。

 何歳になっても、そんな風に可愛がられるのは嬉しいのか、アネルザの心から喜びの感情が入ってくる。

 

「王妃様にフェラチオなどをやってもらうとはなあ。そんな果報者は、天下に国王陛下を除けば、俺くらいのものだろうな」

 

 一郎は笑った。

 すると、アネルザが一郎の股間から口を離して微笑んだ。

 

「あんな男に、そんなことするか。わたしがチンポを舐めたことのある男は間違いなくお前だけだ。なぜか、お前のチンポはいくら舐めても、嫌な気分にはならん。不思議だ」

 

 アネルザが言った。

 一郎は思わずにんまりとしてしまう。

 

「嬉しいことを……。じゃあ、お返しだ」

 

 口を離したアネルザの股間を舐め返してやろうと、ズボンと下着を整えてから、今度は一郎が跪いた。

 だが、アネルザが大慌てでそれを制する。

 

「お前に股を舐められたら、また欲情してしまうではないか。そこに座っておれ」

 

 アネルザは笑って、さっきまで座っていた王妃用の椅子に一郎を腰掛けさせると、自分で服を着始めた。

 そう言えば、最初の頃、いつも侍女に着衣を手伝わせているアネルザは、自分では服を着れなかった。

 だが、いつの間にか、自分で着れるようになっている。

 練習でもしたのだろうか……?

 

 アネルザの着替えをぼんやりと眺めながら、一郎はそんなことを考えた。

 服装を整えたアネルザは、一郎の横に腰をおろした。

 

「茶でも出したいが、あれでは侍女を呼べん。それとも、起こすか?」

 

 アネルザが床に横たわっているシャングリアを顎で指して言った。

 一郎は微笑みとともに、首を横に振った。

 

「あのままにしとくさ。なかなかの景色だ。そうだ。いまのうちに、スカートの丈を変えてやろう。うんと短くな」

 

 一郎は、特別に作らせた女騎士の装束に合うミニスカートを亜空間から出して、いままで着ていたスカートを隠した。

 もちろん、下着も渡さないので、シャングリアは下着なしで観客席に同行するしかない。

 闘技場で恥ずかしそうにするシャングリアの姿が愉しみだ。

 

「相変わらず、女の責めには手を抜かんのう」

 

 アネルザが呆れたような声を出す。

 

「性分でね」

 

 一郎は笑った。

 アネルザがつられたように笑った。

 しばらく、ふたりで声を出して笑った。

 

「そう言えば、フォックス宰相が不機嫌で、それは俺のせいだと言ってなかったか? 部屋の外で騒動になったときだよ。あれはどういう意味なんだ?」

 

 一郎は思い出して訊ねた。

 

「ああ、あれか……。つまりは、ルードルフだ。今日の闘技会には出席せん。それであてが外れて、フォックスが不機嫌だったのだ」

 

 アネルザが笑った。

 一郎は、王宮で王に迫られたときのことを思い出して嫌な気持ちになった。

 だが、それがなぜ一郎のせいなのだろう?

 一郎はさらに訊ねた。

 

「お前のせいだぞ」

 

「俺?」

 

「お前がサキに次いで送り込んだピカロとチャルタとやらだ。あの雌妖が化けた女人があいつは気に入ってしまってな。最近では政務にもほとんど出ずに後宮に入り浸りだ。いい具合に腑抜けておる。前から政務には興味を抱かん男だったが、それに拍車がかかったな」

 

 アネルザが笑った。

 

 サキに加えて、ピカロとチャルタのふたりのサキュバスを遠国の美姫という触れ込みで後宮に入れる際には、アネルザの協力を仰いだ。

 もちろん、その正体については、アネルザには説明した。人間族の天敵である魔族たちだが、アネルザは特に反感は持たなかったようだ。

 一郎の愛人であるというだけで、すべてを受け入れ、ただ、任せておけと言っただけだ。

 男のくせに、男の一郎に性的興味を示した、バイセクシャルの変態王の関心を他所に向けるための処置だが、いまのところ、他のことなど考えられない状態とは耳にしている。

 

「ところで、スクルズのことは聞いたか?」

 

 アネルザが話題を変えた。

 しかし、スクルズのことと言われても、思い当たるものはない。そういえば、このところ忙しいらしく、先日の剃毛パーティー以来、屋敷にやって来てない。

 

「いや、このところ屋敷にやって来てないなあ。なにかあったの?」

 

「耳にしておらんなら、スクルズが直接に、そなたに言いに来るだろうな。ローム地方にある大神殿は、この国の王都ハロルドの第三神殿の神殿長にスクルズを内定した。近く正式に教会として発表があるはずだ」

 

「おおっ」

 

 一郎は声をあげた。

 神殿界の人事は、国家の王権とは関係なく、旧ローム帝国域にある大神殿にいる教皇が握っている。

 代理扱いの第三神殿長に、スクルズを推薦する工作をハロンドール王国としてやってもらっていたが、それが実を結んだようだ。

 

「だったら、お祝いしないとな。今夜でも夜這うか」

 

 一郎は笑った。

 アネルザが苦笑する。

 

「夜這いといえば、王太女になったイザベラが寂しがっておるぞ。このところ通っておらんだろう」

 

「そう言えば、そうかな」

 

 イザベラが王太女になって以来、住まいがティナ宮から、王のいる正宮に移動したため、前のように自由に往き来できずに、ついお見限りになっているかもしれない。

 だが、王のいる正宮殿に忍び込むのは、流石に一郎でも至難だ。

 スクルズが移動術を刻んだ鏡もあるが、正宮殿は魔道防止の結界が厳重であり、万が一潜入が発覚すれば、スクルズにも迷惑がかかる。

 一郎としても自重していた。

 すると、その一郎の表情で、そんな内心を察したのか、アネルザが笑った。

 

「まあ、あれも自分から積極的に通って来んようでは、お前の女である資格はないがな。まあいい。それよりも、真面目な話だ。茶化さずに聞け」

 

 アネルザが真顔になった。

 一郎はいぶかしんだ。

 

「お前には野心はないのか?」

 

「野心?」

 

 突然の問いに、一郎は困惑した。

 

「王になる野心はないかと聞いておる。わたしの夫でもいいし、イザベラの夫でもよい。そうなれば、正規に王位継承権も発生する。わたしは夢物語ではないと思うがな」

 

「王位?」

 

 一郎は思わず言った。

 そして、慌てて、首を横に振って否定した。

 

「隠すな、ロウ……。わたしが信用できんのか?」

 

 アネルザがやはり笑みを浮かべることなく、一郎をじっと見てきた。

 

「俺はただの好色男だ。王位への野心などないよ」

 

 一郎は首を横に振った。

 アネルザが最近、時折、ルードルフにとって代われと仄めかすことには気がついている。特に、キシダイン裁判のときに、ルードルフが現実逃避し、仕方なく一郎が王に成り代わったとき以降、それが顕著になった。

 しかし、一郎にはその気はない。

 

「なあ、わたしがなにも気がつかない馬鹿だと思っておるのか? お前の魂胆に気がつかないわたしではないぞ。どうか、本心を打ち明けてくれ」

 

 アネルザが真面目な顔のまま言った。

 しかし、一郎には戸惑いしかない。

 だが、確かに野心があると思われても仕方がないかもしれない。

 

 国王の正王妃をこうやって愛人にしただけでなく、さらに、王女の政敵を倒して、自分の女である王女を王太女にした。

 また、王には密かに雌妖たちを送り込んで侍らせて骨抜きにしており、いま耳にしたところによれば、王は国政に興味を示さなくなったという。

 それだけでなく、サキは、一郎の命令さえあれば、瞬時に王の寝首をかくだろう。さらに、正宮殿にかけられている魔道防止の結界や魔道探知は、サキならば時間をかければすべて無効化すると思う。

それくらいは、一郎の指示なしでサキは動く。

 

 つまりは、その気になって望めば王の命を奪うことも不可能ではないということだし、あるいは、完全な傀儡にして一郎が権力を奪うことも簡単かもしれない。

 なにしろ、王妃と王女は一郎の言いなりだし、王都で一番と二番の魔道遣いの巫女は一郎の味方で、ついでに冒険者ギルドという実力者集団も一郎は動かすことができる。

 権力が集中していたキシダインとともに、これまで王国を牛耳っていた譜代の大貴族はほとんど力を失った。

 マアは、一郎に歯向かう政敵の経済基盤を意図も容易く瓦解させるだろう。一郎が精を注いで以来、マアの流通支配力は神がかり的だ。

 

 そんなことをやっている男が、野心がないという方が無理があるのかもしれない。

 だが、間違いなく一郎には野心などない。

 すべてが成り行きだ。

 

「なるほど、野心か……」

 

 一郎はおかしくなった。

 しかし、一郎はあることを思い出した。

 

 あの変態王に言い寄られたときだったが、ルードルフ王のステータスの末項に、『王の宝珠の加護』という項目があったのだ。

 それが気になり、なんとなくだが、あのとき得意の淫魔術を駆使して、危機を回避しようとは思わなくなった。

 

「だが、王には宝珠の護りがあるんじゃないか? 迂闊に手は出せんし、その気もない。俺は一介の冒険者だよ」

 

 一郎は言った。

 しかし、アネルザは目を見開いた。

 

「なぜ、王の宝珠のことを知っている? 宝珠のことは王家の秘中の秘だぞ。王に災厄を向ける者があれば、それが逆転して、その災厄が相手に跳ね返るという魔道の秘具だ。わたしは、お前に、その存在を教えてやろうと思っていたのに……」

 

 アネルザが驚いている。

 しかし、一郎もまたびっくりした。

 

 「王の宝珠」というものに、そんな仕掛けがあったとは知らなかった。

 そうであれば、あのときルードルフ王に言い寄られたとき、いつぞやのパーシバルとかいった貴族の青二才のときのように、サキの仮想空間で女にして淫魔術で支配しようとしていれば、もしかしたら、一郎こそ淫魔術で王に支配されていたかもしれない。

 あの男にセックスで支配される自分を想像すると、ぞっとなってしまった。

 

 しかし、アネルザがすぐに唸り声をあげた。

 一郎が押し黙ってしまったので、その沈黙を勝手に、別の意味に解釈してしまったようだ。

 

「……そうか……。いや、なるほど、それでサキたちを……。なるほど、なるほど……。ルードルフは寝屋でも宝珠を外すことはないが、いずれは、確かに裸になれば隙も示すかもしれんしな……。なるほどのう……」

 

 なんだか、納得してしまった。

 一郎は、もう一度野心はないと強調した。

 

「わかった。ならば、そういうことにしておこう──。お前に野心はない。いまはそれでいい」

 

 アネルザは意味ありげに微笑んだ。

 どうやら、わかっていないようだ。

 まあいい……。

 ただの逢瀬の後の戯れ話のことだ……。

 

「ただ、これだけは言わせてくれ」

 

 アネルザが一郎を見た。

 さらに、言葉を続ける。

 

「いずれにせよ、お前はすでに大きな権力を持っている──。お前がそれを望んだか、そうでないかに関係なくな──」

 

「権力? 一介の冒険者だぜ。爵位だって、平民が成り上がった子爵だ。上には、伯爵、侯爵、公爵といっぱいいる。上級貴族ですらないんだ」

 

 一郎は肩を竦めた。

 しかし、アネルザは真面目な顔のまま、首を横に振る。

 

「茶化すな。そんなの関係あるか――。大貴族たちがごっそりと力を失い、いまやお前は貴族界の衆目の的だ。わたしやイザベラのみならず、外からは、ルードルフもお前の昵懇だと思われているぞ。なにしろ、国王自らによる子爵への大抜擢だ。また、キシダインの失脚後、王族の権威が大きく高まったいまの状況で、お前は王族全員に強い影響力がある。そして、すべての貴族はそれを知っている」

 

「知っている?」

 

「そうだ。当たり前に物を考える力があれば、いまのお前に手を出す貴族はない。それくらいの地位になったのだ。お前が望む望まないに関係なくな。少なくとも、貴族連中はそう見なしている。残る王族は北家、南家と称するふたつの公爵家だが、あいつらなら、わたしが押さえる。金食い虫の役立たずで、気位だけが高くて、民衆にも人気がない。どうにでもなる。お前が望めばな」

 

「望めばって……」

 

 一郎は困ってしまった。

 権力欲などないというのは本音だ。

 また、北家、南家というのは、確か王弟と王甥になるハロンドール王家の分家だ。

 公爵といっても、権威のみであり、固有の領土はない。王都の北と南に宮殿のような屋敷を構えて、確か、国費から膨大な年金を付与されている。ただ、副業で怪しい商売に多数手を出しているという評判であり、権力を傘に小さな騒動を起こしているのも知っている。

 いまのところ、一郎たちに関わりがなかったので、対立することなどなかったが……。

 

「一度権力を持ってしまえば、常にそれを蹴落とそうとする者が機会を狙っていると思うがいい。お前は、お前自身とお前を支持する女たちの立場を守るために、否応なく、そういう者と争わないとならないことになる……。キシダインは、お前を敵とも思っていなかった……。だから、お前にしてやられた。それと同じことが、今度はお前に起きるかもしれんということだ」

 

 一郎はアネルザの言葉に当惑した。

 自分自身がすでに権力の渦の中に存在している者という自覚はなかったからだ。

 だが、あるいは、アネルザの言う通りなのかもしれない。

 一郎が王宮の権力争いに関わる気がなくても、すでに関わっている。

 守りたい者を守るためには、ある程度の力を保持する努力が必要というのは、確かにそのとおりかもしれない……。

 

「……まあ、お前がぼうっとしていても、わたしもいるし、イザベラもいる。シャーラもあれでなかなか宮廷工作には長けている。スクルズのような者や、マアもお前を助けるだろう。ミランダもちゃんと、お前の周りには気を配っておる。なにも心配することはない」

 

 再び、アネルザが豪快に笑った。



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209 観客席の羞恥調教

 闘技場の観客席で一斉に拍手が起こった。

 王妃アネルザ入場に伴う拍手だ。

 シャングリアは、アネルザとともに進む一行の後ろを緊張とともに階段をあがっている。

 なんでもない観客席の階段だが、さすがに膝が震えた。

 ロウのせいだ。

 

 本来であれば、シャングリアもロウも、下級貴族の一群の中で一般市民とほぼ同じ席で闘技会を観戦するはずだったのだが、王妃アネルザの貴賓室で時間を潰しているうちに、主催者のフォックスの計らいで、アネルザの近くの席が準備されることになっていた。

 ロウが主催者のフォックスに、自分がアネルザの愛人だと自称したため、フォックスが気を遣ってということらしい。

 

 もっとも、フォックスがロウに気を遣ったというよりは、アネルザのご機嫌を取ろうとしたというのが正解だと思う。

 いずれにしても、アネルザも喜び、ロウとシャングリアはアネルザの座る貴賓席に近い席に座ることになった。

 

 待合室での逢瀬の際に迂闊にも失神してしまったシャングリアだったが、気がつくと、それまでにはいていたスカートはロウに隠されてしまっていて、その代わりに、いまはいている短いスカートだけが残されていたのだ。

 

 ロウの命令には、嫌も応もない。

 

 仕方なく、腿の半分の丈もないスカートだけを身に着けて、観客席に向かうことになったのだが、待合用の貴賓室をアネルザとともに出たところで、主催者である宰相のフォックスから、ふたりとも、アネルザの近くに席を準備したと告げられたのだ。

 

 それでこうやって、大勢の観客の見守る闘技場の観客席の階段を下着をつけていない短いスカートだけで昇る羽目になったというわけだ。

 観客席の貴賓席は、階段状の観客席の中段になる。

 そこまで歩いていかなければならない。

 

 シャグリアとしては、下から覗かれるのではないかと、ひやひやしている。

 

 すると、背後から階段を歩いているロウの小さな笑い声が聞こえた。

 

「そんなに緊張するなよ、シャングリア……。白い尻は俺のところからは丸見えだが、観客はみんなアネルザ王妃を見ているさ。スカートを隠すような不自然な動作をしなければ、お前が下着を身に着けていないことなんかばれないよ」

 

 ロウが後ろからささやいた。

 そうかもしれないが、シャングリアにとっては途方もない不安でいっぱいだ。

 

 それに、本当にそうだろうか……?

 

 儀礼用の女騎士の軍装にはスカートというのもあるが、こんなに短いものは存在しない。

 観客席の多くは、確かにアネルザ王妃を見ていると思うが、その中には、スカートから太腿を剥き出しにして脚を露出しているシャングリアに視線を送っている者も大勢いる気がするのだが……。

 

 とにかく、ようやく階段を昇り切ったときには、シャングリアの頬は火照りきっていた。

 

「ふう……」

 

 安心感で大きな溜息が出た。

 しかし、その安心は束の間だった。

 次の瞬間、スカートの中の股間に、突然に指が這い回る感覚が襲いかかってきた。

 

「んんっ」

 

 思わず声をあげそうになり、シャングリアは懸命に歯を食い縛った。

 

 

 *

 

 

 一郎は、淫魔術を遣って、指に術を込めた。

 指の感覚を遠隔でシャングリアの身体に飛ばす術である。

 すると、ただ目の前で動いているだけの人指し指に、シャングリアの股間のぬるりとした感覚が沸き起こった。

 もしかしたら、こんなことができたら愉しいのではないかと思い、さらにできるのではないかと想像してやってみたら、本当にできたのだ。

 

 自分でも驚いた。

 サキュバスたちの支配に成功して、一郎の淫魔師レベルは、ついに“99”に達したが、それ以来、淫行に関する限り、どんなことでも、頭に浮かぶ限りのことができる気がする。

 気分は、魔道遣いだ。

 一郎は、大勢の人間のいる観客席を貫いている通路の上で、シャングリアの股間を遠隔で愛撫する。

 

「んんっ」

 

 シャングリアの焦ったような声がした。

 ただでさえ、ノーパンで大勢の観客の見守る階段を昇らされて、興奮で欲情しているところに、さらに遠隔とはいえ、一郎の指の刺激を感じてしまい、思わず激しく反応してしまったようだ。

 

「ロ、ロウ……?」

 

 シャングリアが訝しむようにして一郎に視線を向けた。

 

「俺たちの席はここだな。じゃあ、王妃殿下。まあ、後ほど……」

 

 アネルザの席は後ろと横に壁のある「箱席」だ。一郎たちは、そこから一段低い席になる。横との仕切りなどはないが、ひとりひとりの席の距離も前後の間隔も広く、ゆったりとした感じだ。

 

「お、おう……」

 

 アネルザは、シャングリアの様子を訝しみながら、同行の侍女や護衛たちとともに離れていく。

 一郎は、シャングリアを促して、指定されている席に座った。とりあえず、刺激はやめている。

 だが、シャングリアが腰をおろした直後に、再び指を動かして、シャングリアを刺激する。

 シャングリアには触れていないが、一郎の指には、熱のこもったシャングリアの股間が体液のぬるりとした感触とともに伝わってくる。

 

「あっ、またっ」

 

「声を出すなよ。目立つぞ」

 

 一郎はシャングリアの耳元でささやく。

 シャングリアが慌てて、口をつぐむ。

 そのあいだも、一郎によるゆるやかな悪戯は続いている。

 

「んっ、んんっ」

 

 歯を喰い縛って耐えるシャングリアが可愛い。

 一郎はほくそ笑んだ。

 とにかく、シャングリアと一郎は隣同士だが、間違いなく一郎はシャングリアに触ってはいない。

 シャングリアは、股間に覚えた感覚に当惑してしまっているだろう。

 そのシャングリアに、にやりと微笑みかけると、もう一度、指に念を込めて、身体の前の指を宙を擦るように動かしてやった。

 

「ああっ」

 

 またもや、シャングリアは甘い声をあげた。

 だが、慌てたように口をつぐむ。

 そして、恐怖に怯えるように、小さく首を横に振った。

 一郎の淫魔術のなせる技と確信したようだ。

 すっかりとマゾに染まってしまったシャングリアだが、さすがに、こんなに大勢の観客が周りにいる状況で身体をなぶられるのは嫌なようだ。

 しかし、もちろん、こんなに愉しいことを中止するわけがない。

 一郎はシャングリアの股間の感覚のある指を宙で動かした。

 

「んふうっ」

 

 シャングリアは慌てたように、自分の口を手で押さえ、一郎を睨んできた。

 

「や、やっぱり、ロ、ロウなのだな……。い、悪戯は……」

 

 シャングリアが真っ赤な顔を寄せて、一郎にささやいてきた。

 だが、一郎はとぼけてやった。

 

「……なんのことだ? 俺はただ指を動かしているだけだよ。勝手に感じているのは、シャングリアだろう」

 

 一郎はそう言ってから、中指をシャングリアの膣に挿入すると想像してみた。

 すると、柔らくて熱いシャングリアの膣の感覚が中指に沸き起こる。

 

「うぐくっ」

 

 シャングリアが座ったまま身体を曲げる。

 

 人差し指は肉芽……。

 

 指にシャングリアの局部の性感帯がそれぞれに当たっていると想像する……。

 すると、たちまちに、その感覚が指に発生する……。

 

「くっ」

 

 シャングリアが歯をきつく噛んだのがわかった。

 すでに顔は真っ赤で、我慢している身体には脂汗が浮かんでいる。

 懸命に口を押さえて、声を我慢している。

 これは面白い……。

 思うとおりに、指の感覚が移動するのか……?

 試しに、今度は人差し指が右の乳首だと想像してみる。

 新しい感覚が襲ったので、指を動かしてくりくりと回した。

 

「ううっ──。ロ、ロウ……」

 

 シャングリアが胸に片手を当てて、今度は反り返った。

 

「大人しくしていろよ。周りの者が奇異の視線を向けているぞ」

 

 一郎はたしなめた。

 シャングリアが絶望にうちひしがれたような顔になった。

 そして、抗議をしても、一郎が悪戯をやめるつもりはないと悟ったのか、両手を椅子に手すりにやってぐっと掴む。

 そして、歯を食い縛っている。

 とにかく無反応を装おうと決めたようだ。

 

 だったら、もっと試したくなる。

 シャングリアの弱いところはわかっているし、どこを触ればシャングリアが反応するかは、一郎には丸わかりだ。

 耐えられるなら、耐えてみるがいい……。

 

 一郎は人差し指を肉芽に戻すとともに、“親指は菊座……”と心で唱えた。

 親指にシャングリシアの肛門の締めつけの感覚が起きる。

 

「うわっ」

 

 シャングリアが悲鳴をあげて、椅子から転げ落ちそうになった。

 さすがに、周囲の数名がシャングリアを見る。

 

「どうかしたのか、シャングリア殿?」

「具合でも?」

 

 たまたま若い貴族男の数名が近くにいたのだが、彼らがシャングリアに声をかけてきた。

 

「な、なんでもない──。なんでもないのだ」

 

 シャングリアは焦ったように叫んだ。

 だが、すかさず一郎は、抵抗のできないシャングリアの股間を遠隔操作でなぶる。

 しかも、今度は、膣に入っている中指と肛門に挿入している感覚の親指を擦り合わせるように動かした。

 

「んんっ」

 

 シャングリアが顔を真っ赤にして、座ったまま背筋を伸びあがらせた。

 声をかけた男たちが驚いている。

 その慌てぶりに、一郎は噴き出しそうになった。

 一郎は可笑しさを感じながら、しつこく指を強く擦り合わせる。

 

「ううっ」

 

 シャングリアがまたしても反応した。

 声をかけた若い貴族たちの怪訝な表情と、シャングリアの狼狽えぶりが本当に愉快だ。

 

 一郎は素知らぬ顔をして、さらに続けようとした。

 だが、斜め背後に離れているアネルザが、後ろからこっちを呆れたように見ていることに気がついたのだ。

 どうやら、アネルザは、一郎が淫魔術でシャングリアをひそかにいたぶっていることを悟ったようだ。

 

 しかし、一郎はふと思いついた。

 

 こっちの右の指はシャングリア……。

 そして、こっちの左手にアネルザを……。

 そうやって、闘技会のあいだ、ずっと悪戯してやれば愉しいだろう……。

 一郎は、遠くからにやりとアネルザに笑いかけた。

 アネルザがぎょっとした表情になった。

 だが、そのときにはもう遅い……。

 一郎の左指は、もうアネルザの股間に繋がってしまった。

 

 アネルザが貴賓席でがたりと体勢を崩した。

 一郎は、シャングリア同様に、アネルザの股間も遠隔で指による刺激を与えたのだ。

 アネルザの席の周りが慌ただしくなりかけた。

 一郎は、くすくすと笑った。

 懸命に、なんでもないと平静を装うアネルザが面白い。

 一方で、一郎の左右の指はくねくねと動いて、ふたりの股をいたぶり続けている。

 

 しかし、それは次に起こった喧噪に立ち消えになった。

 大きな拍手が闘技場に起こったのだ。

 視線を向けると、王太女のイザベラが闘技場に現れたのだとわかった。

 場内からアネルザに数倍する拍手と歓声が沸き起こった。

 

 一郎もふたりへの悪戯を中断して、拍手をする観客に加わって立ちあげると、周囲に合わせるように手を叩いた。

 シャングリアもならっている。ただ、悪戯のせいか、足元が覚束ないようだ。

 

 アネルザ王妃とは比べ物にならない歓声に、一郎は改めて若く美しい王太女イザベラが、大変に人気のある存在であることを改めて悟った。

 このイザベラに対する割れんばかりのに拍手と歓声に比べれば、アネルザに対する拍手は儀礼的でまばらなものを越えていないような気がする。

 つまりは、王妃の人気がないのは、ここにはいない国王の人気があまりないことの裏返しだろう。

 

「はあ、はあ、はあ……。ロ、ロウ、これでもう、いい加減に悪戯は……」

 

 そのとき、隣でほかの観客同様に拍手を続けているシャングリアが荒い息をしながら言った。

 視線を向けると、シャングリアの顔は真っ赤で汗びっしょりだ。

 無理もない。

 

 これだけの観衆のひしめく闘技場の観客席で、下着なしで短いスカートをはき、さらに一郎の淫魔術で股間をさんざんになぶられているのだ。

 ふと見ると、シャングリアの内腿には、ヴァギナから洩れた蜜がつっと足首まで垂れていた。

 羞恥に顔を赤く染めているシャングリアがなんとも色っぽい。

 

「そんなに気持ちいいか……?」

 

 一郎はシャングリアの耳に口を寄せてささやいた。

 

「た、頼む……。もう……」

 

 シャングリアは哀願する表情を一郎に向ける。

 気の強いシャングリアのこんなに切羽詰まった表情は珍しい。

 もちろん、こんなに愉しいことを中止するわけがない。

 一郎は返答代わりに、シャングリアの股間に結びついている指を擦るように動かしてやった。

 

「んふうっ」

 

 たちまち、シャングリアが腰が砕けるようにしゃがみ込んだ。

 だが、ちょうど、貴賓席に到着したイザベラが、歓声を送る客に合図をして着席を促したところだったので、その動きは目立たないものに終わった。

 

「……ふふふ、どうだ、シャングリア? 我慢できないのを無理矢理に我慢させるのが調教だ」

 

 一郎も他の観客たちと同様に席に座りなおしながら言った。

 

「そ、そんな……」

 

 シャングリアは困惑した口調だが、すぐに諦めた顔になった。

 席に腰かけた一郎は、再びシャングリアに悪戯を再開した。

 横のシャングリアが、耐え忍ぶような小さな呻き声とともに、手すりをぎゅっと掴んで震えだす。

 

 もちろん、離れた席に座っているアネルザのいたぶりも続行だ。

 遠隔の指なぶりを再開すると、イザベラの隣に設けられたアネルザの貴賓席では、アネルザが懸命に我慢して小さく悶えだしたのがわかる。

 

 一方で、いよいよ闘技場の試合も開始となった。

 最初の試合は闘士同士の闘いではなく、人の身体の三倍もあるような巨大狒狒(ひひ)とひとりの闘士との闘いだった 

 観客は早くも熱狂しているが、実のところ一郎は、こんな闘技会には野蛮なものを感じて、あまり興味がない。

 それよりも、観客の視線が闘技に集中している傍ら、こっそりとシャングリアやアネルザをいたぶって、恥ずかしがる様子を眺める方が面白い。

 一郎は、指を使った遠隔で隙を見てはふたりを悪戯し、その苦しそうな様子を愉しんだ。

 

 そうやって、シャングリアとアネルザを使って、しばらく遊んでいたが、ふと強い淀みを感じさせる感情の流れが心に入って来たように感じて一郎は顔をあげた。

 

 感情の流れの源は、一段高い貴賓席にいるイザベラだった。

 視線が合うと、イザベラは慌てたように視線を逸らした。

 

 どうやら、イザベラはじっと一郎の姿に視線を向けていた感じだ。

 そして、イザベラに意識を集中すると、イザベラから流れてきた淀みと感じた感情の正体を理解した。

 

 複雑な複数の感情がもつれて絡み合っているのではっきりと断定するのは適切ではないかもしれないが、つまりは、“嫉妬”だ。

 イザベラは、自分のすぐそばでアネルザやシャングリアが一郎に悪戯されているのに接して、なんとなく焼きもちを抱いてしまったようだ。

 ティナ宮ですごしていた頃は、かなりの頻度で夜這いをしに行っていたが、王太女になり、イザベラが正宮殿に住まいを移してからは、一度も遊びに行っていない。

 イザベラも、悶々としているというわけのようだ。

 面白いから、さらに悶々とさせてやろうと思った。

 

 二、三日、焦らしておいて、夜這いはそれからだ……。

 そして、焦らすためには、いつも接している護衛のシャーラが犯されて、イザベラには手出しをしないというのが、一番効果があるだろう。

 自分の思いつきに、改めて、内心の「S性」を感じてしまう。

 

 一郎は、イザベラの後ろで護衛長として立っているシャーラに視線を送った。

 侍女としてずっとイザベラのそばにいたエルフ娘の魔道戦士であるシャーラは、いまは侍女服の服装から、王太女の護衛長として騎士の服装をしている。

 そのシャーラに手招きする。

 そして、観客席の裏の通路を指さした。

 

 護衛長として周りに意識を払っているシャーラだが、一郎の存在を気に留めていないわけがない。

 案の定、シャーラは一郎の仕草にすぐに気がついた。

 だが、怪訝な表情をして、かすかに困惑の表情になった。

 

 当然だろう。

 護衛長として、王太女になったイザベラから離れることはできないはずだ。

 しかし、もちろん、一郎はそれを許すつもりはない。

 シャングリアとアネルザに繋がっていた指を一度解き、シャーラの股間に「シンクロ」させた。

 そして、指でシャーラの肉芽をくりくりと刺激する。

 指にじゅっとシャーラの股間から蜜が滲む感覚と、感じやすいシャーラの敏感な豆の肌触りの感触は指に発生する。

 

 ふと見ると、シャーラががくりと膝を折っている。

 だが、さすがに、あの場では反応するわけにはいかないだろう。

 気丈にも、すぐに姿勢を戻した。

 一郎は、しばらく遠隔で指で股間に刺激を続けてから、指の「接続」を外す。

 ほっとした表情のシャーラに、もう一度、通路に出ろと合図した。

 

 シャーラは怯えたような目をしながらも、今度も首をかすかに横に振った。

 一郎は、またもや股間をなぶってやる。

 今度は、さっきよりも念入りにしつこくやった。

 

 シャーラが耐えられずに、前のめりに身体を曲げ、片手を前の貴賓席の背もたれにかける。

 向こうでシャーラは懸命に歯を食い縛って声を出るのを我慢している気配だが、姿勢を保つことはできなかったようだ。

 

 一方で、イザベラがこっちにはっきりと視線を向けているのがわかった。

 イザベラの「嫉妬」の感情がさらに強くなる。

 イザベラとしても、こんな大勢の観客のいる前で、一郎に悪戯されるのは嫌だとは思うが、それはそれで、周りの一郎の「女」が悪戯されているのに、ひとりだけなにもされないのは、ちょっと不安を感じるようだ。

 そんな感情の動きが一郎に伝わって来る。

 

 焦れろ……。焦れろ……。

 

 一郎は、わざとイザベラにもわかるように、シャーラに三度目の合図をした。

 

 そのとき、周囲の観客席で大歓声があがった。

 少し視線をやると、上半身裸体の男闘奴ふたりが剣と盾で派手な闘いを開始していた。

 ふたりの身体からは、すでに、いくつかの切り傷で血が噴き出している。

 その情景に観客たちは熱狂していた。

 さっきまで、猛獣と闘奴との戦いだと思ったので、いつの間にか、次の試合になっていたようだ。

 まるで見ていなかったので、まったく気がつかなかった。

 

 三度目の合図には、シャーラは逆らわなかった。

 イザベラの耳元になにかをささやくと、ちょっと面白くなさそうな表情になったイザベラの返事を待つ気配もなく、すっと席を離れた。

 一郎も立ちあがる。

 

 観客席の裏の通路に出た。

 闘技場の外に出る階段と繋がっている通路であるが、闘技会の真っ最中でありひっそりとしている。

 すぐに、シャーラが赤い顔をしてやってきた。

 

「こ、困ります、ロウ殿……。に、任務中なんです……」

 

 シャーラがたしなめるように言った。

 一郎は、指をシャーラの「遠隔」で股間の突起に触れさせて、激しく動かした。

 合わせて、この前、サキュバスたちを眷属化したときに身についた新しい技で、膣内に「絶頂スイッチ」のような快感の突起を作って、それを遠隔でぐいと押す。

 

「あはあっ」

 

 すっかりと一郎に調教された敏感な女の身で、その刺激に耐えられるわけもなく、シャーラは自分の手で口を押さえて、それ以上の悲鳴が出るのを防ぐと、その場にしゃがみ込んでしまった。

 ぐいと身体を伸ばして、がくがくと震わせる。

 達してしまったのだ。

 

「い、いまの、いまのなんですか?」

 

 シャーラが息を乱したまま、驚いた表情で顔をあげる。

 

「……それよりも、シャーラ……。前にも言ったが。ズボンは禁止だ。俺は短いスカートが好みでな。シャングリアにも、今日は強引にスカートにさせた。いいな、次からはスカートにしろよ」

 

 一郎は言った。

 遠隔の指は、いまでもシャーラの股をなぶり続けている。

 しゃがんだままのシャーラは、腰骨が砕けんばかりの痺れに、切なそうな声をあげていた。

 

「わかったな」

 

 一郎は指先をしつこく動かしながら言った。

 シャーラは懸命に手で口を押さえて、必死の表情で大きく頷いた。

 

「よし──。じゃあ、今日ズボンをはいてきた罰だ。刺激をやめて欲しければ、俺を満足させろ」

 

 そう言って、うずくまっているシャーラの顔の前に、ズボンの前から出した肉棒を突き出す。

 

「しゃぶっていかせるんだ。さもなければ、指を遠隔で動かし続けるぞ。どれくらい我慢できるんだろうな……。俺に逆らえば、さっきの技であの姫様の真後ろで強制絶頂させて、悲鳴をあげさせてやる。しかも、何度でもな」

 

「ああ……」

 

 もちろん、乱暴な言葉遣いと脅しは演技だ。

 だが、シャーラが逆らえば、本当にするつもりだ。

 もっとも、シャーラが一郎の命令に刃向かうわけがないが……。

 しゃがんでいたシャーラが一郎の股間に向きを変え、美貌のエルフ戦士の口が開いて、一郎の亀頭を含んだ。

 

「いいぞ。もっとねちっこくやるんだ。早く、俺をいかせないと、誰かに見られるぞ」

 

 一郎は、わざと鬼畜な口調で笑った。

 シャーラは懸命の仕草で舐めまわし始める。

 いまだに終わらない股間への指責めで、シャーラは半分酔ったようになっていたので、ここが誰がやってきてもおかしくない闘技場の通路であることを思い出したのかもしれない。

 シャーラがちょっと緊張した表情になった。

 

「ん、んん……」

 

 シャーラは一心不乱に一郎の肉棒を吸いあげる。

 一郎は、その一生懸命さに免じて、精を出してやることにした。

 やろうと思えば、このままずっと精を出さずに、奉仕を続けさせることもできるが、確かにこんなところで、いつまでも破廉恥なことはできない。

 それに、一郎の魔眼は、誰かがこっちに近づいてくることに気がついていた。

 まだ、視界には入っていないし、足音も遠いので、シャーラはわかっていないが、その人物がやって来ている。

 

「んんっ?」

 

 だが、足音の気配でやっとシャーラが気がつく。

 慌てて腰をあげようとするシャーラの顔を両手で押さえて、一郎の股間から離れるのを防ぐとともに、両手と両足を粘着物で貼りつけた。

 シャーラは、身体を起こせなくなった。

 

「んんっ、んっ、んあああっ」

 

 一郎は精を放った。シャーラが軽く腰を震わせる。

 そのとき、やってきた人物の盛大な溜め息が聞こえた。

 

「ふう……。なにやってんのよ、あんた? 離れた場所から見ていたけど、ちっとも闘技を観ていないじゃない。これからは、あたしがそばにいるからね。闘奴少女のマーズを観てくれと言ったでしょう」

 

 やって来たのは、ミランダだ。

 ミランダは、半分怒っていて、半分呆れている様子だ。

 

「あっ、ミランダ様──」

 

 精を放ち終わった一郎がシャーラを解放してやると、シャーラが狼狽えた様子で立ちあがった。

 一郎は、ミランダに振り返る。

 

「忘れてないよ、ミランダ……。マーズとかいう闘奴は、セミファイナルだっただろう。それまで暇だから、遊んでただけさ」

 

 一郎はうそぶいた。

 そして、立ち去る気配を示したシャーラを後ろから羽交い絞めにした。

 片手で口を押さえて、シャーラの身体を壁に押しつける。

 そして、空いている片手で、シャーラのズボンを外しにかかった。

 

「んんっ? ロ、ロウ様──」

 

 シャーラが一郎の手の下から抗議の声をあげた。

 しかし、その口調は控えめだ。

 無論、その気になれば、シャーラは一郎をこの場で叩きのめすこともできるし、強引に抵抗することも容易だろう。

 しかし、すっかりと一郎に支配されているシャーラには、それができない。

 あっという間に、ズボンを膝まで降ろされてしまう。

 一郎は、後ろからシャーラの下着を引き破った。

 

「下着はなしだ。姫様のところには、たっぷりと俺の精液の匂いをさせながら戻ってくれ。姫様がもっと焦れるようにな」

 

 一郎は、シャーラを壁におしつけて、腰を引くような姿勢にさせると、尻の下からずぶりと怒張を挿した。

 

「ああ、んんっ」

 

 すっかりと濡れているシャーラの秘肉は、あっさりと一郎の一物を受け入れる。

 

「気持ちいいよ、シャーラ……。なによりも、まるでレイプしている状況なのが面白いな。王国の歴史は長くても、王太女付きの護衛長を任務中にレイプした男は、そうはいないだろう」

 

 一郎は機嫌よく腰を前後させながら言った。

 シャーラは激しく悶え続ける。

 

「なにを考えてんのよ、あんたは……?」

 

 ミランダは、シャーラを通路で犯す一郎に呆れ顔だ。

 構わず、一郎は抽送運動を続けた。

 シャーラが喘ぎだす。

 手で口を塞いでいなければ、大声を響かせていたかもしれないくらいの乱れ方だ。

 

「んん、んんっ、んんんっ」

 

 一郎はかなりの激しさでシャーラの股間を突きまくった。

 もちろん、赤いもやの性感帯をしつこくだ。

 やがて、シャーラは腰を震わせて、極みに達した。

 一郎はそれに合わせて、精をシャーラの子宮に注ぎ込む。

 

「あ、ああっ、ロ、ロウ殿……」

 

 手を離すと、シャーラは精根尽きたように、その場に跪く。

 一郎は、がっくりと脱力したようになっていたシャーラを無理矢理に立たせると、ズボンをあげてやった。

 

「しっかりと、股を閉じていろよ。俺の精がこぼれて、そのズボンに染みができるぞ」

 

 一郎がからかうと、シャーラははっとしたようになって、股間を締めつけるような仕草をした。

 

「行っていいぞ」

 

 シャーラを解放する。

 慌てたように、シャーラは戻っていった。

 

「……とにかく、あたしが見張っているからね。これからは、ちゃんと闘技を観なさい。いい加減にしないと怒るわよ」

 

 ミランダが厳しい口調で言った。

 どうやら、本気で腹をたてているようだ。

 この状況で、ミランダにまで悪戯をすれば、その場はいいが、後が怖い。

 それに、一郎だって、女が心の底から嫌がれば、羞恥調教はしない。ある程度、感情が読めるので、あいつらが受け入れる余地のある、ぎりぎりのところで遊んでいるだけだ。

 まあ、純粋に羽目を外しているだけのところも、ないことはないが……。

 

 いずれにしても、そろそろ、やめどきか……?

 一郎は肩を竦めた。



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210 闘奴少女の試合

「よっしゃああっ」

 

 横の席でシャングリアが雄叫びをあげた。

 少し前まで、一郎の悪戯で羞恥に顔を染めて悶えていた女とはとても思えない元気さだ。

 

 眼下では、何試合目なのかは知らないが、屈強な男闘奴同士の決着が着いたところだ。

 それで、試合に熱中していたシャングリアがほかの観客とともに歓声をあげたのだ。

 

 試合は激しい剣の闘いであり、なかなか決着がつかない感じになっていたのだが、一方が盾を地面に落としてしまい、それがきっかけになり、戦いが終わった。

 だが、負けたのは、盾を落とした側ではなく、反対側の相手だ。

 どうやら、盾を弾き飛ばされたと見せたのは、隙を誘うための擬態だったようだ。

 無造作に入り込んできた相手に向かって、自分の落とした盾を相手の足元に蹴って体勢を崩し、一刀両断で剣を持っていた右腕を肘から切り落とした。

 それで勝負ありだ。

 

「野蛮だねえ……。やだやだ。どうして、こんなのが好きなのかねえ」

 

 だが、一郎は闘技場の砂に拡がる血だまりに顔をしかめた。

 やっぱり、どうしても残酷な戦闘ショーというのは受け入れることができない。

 さっきから、闘技場にぎっしりと埋まっている観客は、大歓声をあげ続けているが、一郎には、これのどこが愉しいか理解できないでいた。

 

「血を見るのが好きじゃないなんて、意外な面があるのね。あんた自身だって、悪党を殺したというのは、一度や二度じゃないんでしょう、ロウ? そのあんたが、闘奴の血にしかめっ面をするなんて意外よ。そもそも、あたしたちと一緒に、キシダインの傭兵団と目の前で戦ったときは、もっとひどい状況だったわ」

 

 一郎に密着するように座っているミランダがからかうような物言いをした。

 

「そうは言われても、あのときは、俺が直接に手を下したわけじゃないしな。それに、俺は殺し合いが好きなわけじゃない。ましてや、こんな残酷な見世物は、好きになれないさ」

 

「そうか──? 興奮するだろう、ロウ──。闘奴たちの激しい戦いに接していると、かっと身体が熱くなってこないのか?」

 

 シャングリアが興奮状態のまま、横から怒鳴ったような声をあげる。

 一郎とシャングリアも、身体と身体を接して座っているのだが、周りが大歓声なので、ある程度大きな声をあげないと、声が届かないのだ。

 

 闘技会が始まった当初は、淫魔術を遣った悪戯で、このシャングリアをはじめ、アネルザ、さらに王太女になったイザベラの護衛のシャーラにまでちょっかいを出し、闘技会の最中に弄んで愉しんだ。

 しかし、やって来たミランダに叱られ、いまは大人しく観戦をしている。

 

 そして、本来は、二人掛けの席に、身体の小さなミランダが押し入り、シャングリアとともに一郎を挟んで座っているが、もともと広目の席なので窮屈ではない。だが、少し三人でぎゅっと身体を寄せ合うような態勢になっている。

 不自然に密着している一郎たちに、周りも奇異の視線を向けているが、ミランダももう諦めているのか、いまはそれよりも、一郎のお目付けに徹するようだ。

 

 さすがに、ミランダに睨まれては、大人しくした方がいいだろうと判断して、一郎は淫魔術で周りの女に悪戯をするのはやめた。

 ミランダにだって、やろうと思えば、淫魔術でいたぶることは容易だが、あまり怒らせると後が怖い。

 

「かっと熱くなるなら、お前たちと愛し合うのが一番さ。俺には、あの野蛮な殺し合いのどこが愉しいのかわからないね」

 

 一郎はシャングリアに言った。

 あからさまな物言いに、シャングリアが困ったように顔を赤らめた。

 すると、横でミランダが声をあげて笑った。

 

「殺し合いじゃないわ。まあ、実際には命を落とすのも珍しくはないけど、腕を斬られたくらいなら死なないわ。闘技場には、腕のいい魔道師もついているし、高額の治療薬も充実している。すぐに治療もされると思う。半月もすれば、あの腕を切断された闘奴も、試合に復帰できると思うわ」

 

「それでも野蛮なことには変わりないさ」

 

 一郎は言った。

 ミランダが肩を竦めた。

 

「まあいいわ……。闘奴の試合は、王都でも人気の催し物だから、あんたが喜ぶと思って、アネルザとも相談して誘ったんだけど、却って悪かったわね。いずれにしても、次に出るのが女闘奴のマーズよ。あんたの相手よ」

 

 ミランダが一郎の耳元に口を近づけて言った。

 

「まだ、クエストを受けるとは言ってないよ」

 

 一郎は苦笑した。 

 このミランダから、闘技会が開催される前に言われたのは、これから出てくるらしい女闘奴のマーズと一郎が一騎打ちをして勝って欲しいというクエストの依頼だ。

 一郎としては、少女とはいえ、闘奴と一対一で戦うなど、とんでもないと瞬時に断ったが、ミランダは一郎なら勝てると確信しているらしく、マーズの闘いを観てから返事を聞かせてくれと言われている。

 

 まあ、戦うとしても、闘奴と闘奴としての戦闘ではなく、一郎のやり方で勝負してもいいということになっている。

 つまりは、戦いに乗じて、一郎がマーズを犯してしまえと、けしかけられているのだ。

 依頼主は、マーズの「主人」となる興行主であり、マーズはとにかく強いので、負けの味を知らないのだという。

 興行主によれば、それは長所ではなく、欠点でしかないらしく、これからマーズが飛躍するために、一度、徹底的な負けの味をマーズに味わわせたいのだという。

 

 よくわからない依頼だが、依頼は依頼だ。

 ミランダは、どうしても、このクエストを一郎にやらせたいようだ。

 

「出てくるわよ」

 

 ミランダが声をあげた。

 闘技場が大歓声に包まれる。

 壁のふたつの扉が解放され、左右の扉のそれぞれから闘奴が登場してきたのだ。

 

 一方は確かに若い女闘奴だ。

 年齢は十六歳ということだったが、顔は確かにそんな感じだ。

 将来は大変な美女になりそうな感じだが、いまは美少女というのが当てはまる。

 身体は大きいだろう。

 一郎の女たちの中では、アネルザが一番の身長だが、同じくらいに高いと思った。

 髪は黒で肩の後ろまで伸ばしている。だが、まるで刃物で無造作に切断したような切り口だ。しかし、それは彼女の美しさを少しも損なってはいないと思った。

 

 圧巻なのは首から下だ。

 これまでに出てきた男闘奴に比べれば、やはり女だけあり身体はひと周り以上も小さく感じるものの、筋骨隆々の逞しい身体つきだし、胸は大きいが、胸元は筋肉なのか、乳房なのか判然としないほどに筋肉が隆起している。

 腕の太さ、脚の太さを見ても、まさに鍛えられているという感じだ。

 身体は大きく、首から下は、逆にとても十六歳には思えない。

 

 ただ、これまでの闘奴たちが、革の武具のようなものを身に着けていたのに比べれば、乳房と股間を覆うだけの布の服だ。

 服というよりは下着だろう。

 一郎の感覚では、前世界におけるビキニの水着だ。

 そして、マーズは武器らしいものはない。

 まったくの空身だ。

 

「あれで闘うのか?」

 

 一郎はミランダに訊ねた。

 

「見ていればわかるわ。あんた好みかもよ」

 

 ミランダが意味ありげに笑った。

 

 一方で、マーズと戦うために出てきた男闘奴側にも驚いた。

 ひとりではなく、三人いるのだ。

 全員が武具はなく、下着を思わせる革の股布だけをしている。

 やはり、武器はない。

 

「一対三か? しかも、女側がひとり?」

 

 意外な演出に一郎もびっくりした。

 しかし、考えれば、それだけマーズが強いということだろう。

 大股で中央に進み出ていくマーズの顔は自信にあふれており、自分よりも身体の大きな男闘奴が三人いても怯んだ様子はない。

 

「あなた好みと言ったのは、これからよ」

 

 ミランダが言った。

 やがて、四人が中央に進み出た。

 こちらを向き、すなわち貴賓席で最上位の身分となる王太女のイザベラに礼をする。

 歓声がいよいよ大きくなる。

 四人がお互いに向き直る。

 

「おおっ?」

 

 一郎は思わず声をあげた。

 闘技場の中央にいるマーズがいきなり、身に着けていたものを脱ぎ始めたのだ。

 胸当てと下着は脱ぎ捨てられて、地面に放り投げられた。

 陽に焼けたマーズの逞しい全裸が大勢の観客席の前で露わになった。

 野次混じりの歓声が最高潮となった。

 

「な、なんだ?」

 

 一郎は声をあげてしまった。

 

「あんた好みだと言ってでしょう。これがマーズの試合の決まり事よ。こうでもしないと、あまりにも一方的に終わるから面白くないのよ。マーズは素手で闘い、全裸で男闘奴の挑戦を受ける。負ければ、その場で犯していい。そういうことになっているのよ」

 

 ミランダが解説した。

 

「びっくりしたな。だが、マーズは処女だと言わなかったか? 恥ずかしくないのか?」

 

 闘奴とはいえ、まだ少女といえるような年齢だ。

 闘奴としてではなく、あんな色情狂まがいの演出をして、嫌じゃないのだろうか。

 

「恥ずかしいに決まっているでしょう。マーズはもちろん、命令だからいやいややっているのよ。でも、闘奴とはいえ、所詮は奴隷よ。主人の興行主の命令には逆らえないわ」

 

 ミランダは肩を竦めた。

 

 銅鑼が鳴り、試合が始まった。

 ところが、歓声が大きかった割には、試合そのものは呆気なく終わった。

 マーズは巨漢が信じられないくらいに素早く動き、三人から囲まれるという愚は犯さなかった。

 さっと背後に回ると、ひとりを後ろから胴体を掴んで、頭から地面に叩き付け、次いで二人目を足払いでひっくり返すと、首を踏んづけて気を失わせた。

 一瞬、ふたりとも死んだのではないかと思うような迫力だったが、一郎の魔眼では気絶状態ではあるが、死んではいない。それどころか、思ったよりも軽傷だ。

 マーズは手加減をしたのだ。

 それだけ、力の差があるということだが……。

 最後に残ったひとりとの戦いは、実際には闘いにもならなかった。

 マーズの拳の殴打の連発に、すぐにぐったりとなり、最後には顎への一発で崩れ落ちた。

 

 大歓声があがったが、女闘奴のマーズが闘技場の真ん中で犯されるのを期待していたらしい一部の観客からは、不満を表す「ううっ」という大きな唸り声が鳴らされている。

 

「あれがマーズか? あの化け物と戦えって?」

 

 一郎はおかしくなった。

 ミランダは本当に一郎が勝てると思っているのか?

 

「あんたとの試合も全裸にさせるわ。勝利条件は、マーズを犯すことに成功すること。あんたが、あの男闘奴同様に倒されて戦えなくなれば、あんたの負け。勝てば金貨五枚を払うわ」

 

「勝てると思っているのか?」

 

 一郎は苦笑するしかなかった。

 

「あんたならね」

 

 ミランダは白い歯を見せた。

 一郎は肩を竦めた。

 

「まあいいさ。じゃあ、俺が説明する試合場を準備してくれるなら、受けてやるよ。この闘技会のエキシビションだ。さっさと片付けるさ。明日でどうだ?」

 

「えきしび……? なによ、それ? あんたって、ときどき、おかしな言葉を使うわよね……。まあいいわ。それで、条件とはなに?」

 

 一郎はミランダにそれを説明した。

 ミランダはちょっと考えて、すぐに頷いた。

 

「準備できると思う──。ありがとう。好色のあんたなら、絶対に受けてくれると思ったわ」

 

「好色は余計だよ」

 

 一郎は笑った。

 

 

 *

 

 

「明日、冒険者と試合ですか?」

 

 マーズが待機室への訪問を受けたのは、試合後の身体の手入れを終わり、遅めの食事をとるために、与えられている部屋に戻ってからすぐだった。

 やって来たのは、マーズの主人であり、興行主本人だ。

 

「昼間くらいの闘いじゃあ、明日の連戦でも、どうということはないだろう、マーズ?」

 

「まあ……。だけど、冒険者とはなんです? どんな戦いなのですか?」

 

 マーズは言った。

 今日のような大きな闘技場で闘うことも多いが、貴族の宴会の催し物のひとつとして闘試合をすることは珍しくはない。

 そんなときは、素っ裸で戦わされること以上の恥ずかしい恰好もさせられることもあるが、試合は試合だ。

 闘技の試合である限り、マーズには不満はないし、不満があったところで、奴隷であるマーズには逆らうこともできない。

 ただ、命令に従うだけだ。

 

 もっとも、この興行主には感謝している。

 女で闘奴などしているのだから、本来であれば、もっと酷い目にあっても仕方がないのだ。事実、他の興行主に飼われている女闘奴は、闘奴でありながら、娼婦のようなこともやらされているみたいだし、男闘奴の性処理扱いだって珍しくない。

 それが常識であり、女闘奴の地位など、そんなものだ。

 しかし、子供ながらも、大きな身体と怪力を買われて、石切場で奴隷として働いていたマーズを、この興行主は高い金を出して買い取り、闘奴としての技を教えてくれた。

 強くなること、闘いの技を極めることは、いまや、マーズの生き甲斐だ。

 

 貞操についてだって、マーズを犯したければ、試合に勝てという言い方で、逆に守ってくれているのだ。

 奴隷なので、好きな男と結ばれる望みもないから、貞操にこだわりはないが、理不尽に闇討ちされたり、薬を盛られたりして、身体を奪われたくない。

 可能ならば、自分よりも強い相手に、無理矢理に身体を奪われたいものだ。

 そんなことを軽く口走ったことがあるので、負ければ犯されるなどという趣向にしてくれているということだ。

 観客は喜ぶし、マーズとしても負けた相手になら犯されるのに不満はない。男闘奴たちも、試合で犯していい約束になってるので、試合外では牽制し合って、卑怯な手段では襲わない。

 それにしても、冒険者か……。

 

(アルファ)ランクの冒険者の男だという話だ。しかし、実際にはわからん。とにかく、相手は素手で闘うことを望んでいる。観客はいない。ただ、十数名の見物客がいるらしい。その前で闘うのだ。戦闘の条件は、昼間と同じだ。負ければ、お前は犯される。武器は遣わない。素手だ」

 

 興行主は言った。

 マーズは息を吐いた。

 

「まあ、なんでもいいです。でも、あたしは強いです。負けません。旦那様が、負けることを望んでいても、わざと負けることなんてできないんです」

 

 マーズはこの主催者が、ずっとマーズが負けることを望んでいる気配なのは知っている。

 一度、完膚無き敗北の味を知るというのは勝負師にとっては、大切なことなのだそうだ。

 そうは言われても、マーズは闘技で負ける気はしない。

 いまのところ、自分よりも強い相手というのにはお目にかかってはいないし、だから、今日のような複数の闘奴が相手でないと、勝負にもならないということが続けているのだ。

 

「わざと負ける必要はない。ただ、見た目は大したことはないようだが、明日の相手は強いそうだ。油断しないことだ」

 

「とにかく、わかりました。でも、正直、試合にはならないと思いますよ」

 

「……それはどうかな。先方も、それなりの猛者だと聞いている。それと、その試合は、お忍びだそうだが、王太女殿下と王妃殿下も来られるそうだ。粗相のないようにな」

 

 興行主が言った。

 マーズは驚いてしまった。



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211 ぬるぬる試合

 興行主がマーズを連れてやって来たのは、軍営の営庭だった。

 マーズは、少し驚いてしまった。

 

 ただ、すっかりと陽は暮れていたので、王軍の兵の姿はほとんどなかった。

 あらかじめ声がかけられてあったのか、マーズと主人の興行主を乗せた馬車は、名を告げると、咎められることなく、すぐに軍営の中に入ることができた。

 そして、やって来たのが、この営庭の隅の道場だ。

 

 道場といっても広い。

 地面に屋根と壁があって、雨の日でも武術などの稽古ができるようになっている場所のようだ。

 道場の外でマーズたちを出迎えたのは、驚いたことに、冒険者ギルドのミランダだった。

 

 ミランダといえば、冒険者ギルドの副ギルド長であり、実質的にこの帝都における冒険者のすべてを牛耳っているドワフ族の女だ。

 そのミランダが、自ら、ひとりで案内役として待っていたということに、マーズはちょっと面食らった。

 

「ふたりとも、ようこそ」

 

 ミランダがまずは、マーズの主人である興行主に挨拶をしてから、続いて馬車を降りてきたマーズに言った。

 また、道場には大きな扉もあったが、ミランダが立っていたのは通用門の前だ。

 そこから中に入るようだ。

 

「マーズです」

 

 マーズはとりあえず、羽織っていたものを脱いで挨拶をした。

 マントを脱げば、マーズが身に着けていたのは、いつもの闘奴の試合と同じで、下着のような革の上下の闘奴服だ。

 

 ミランダの身体は小さく、童顔なので見た目は人間族の少女のようだった。

 だが、かつては、伝説とも謳われたシーラ・ランクの冒険者であることをマーズは知っている。

 確かに、立っている姿だけを眺めても、かなりの実力の持ち主ということがわかる。

 マーズは闘奴なので、基本的にはお互いに準備をした状況で、武術をもって闘い合うということしかしないが、ミランダは、そうではなく、いつ襲われるのかわからないという、まさに神経を研ぎ澄ます実戦の中で、戦いの術を極めてきた者といえるだろう。

 こんなに近くで、ミランダと接するのは初めてだったが、以前から敬意を抱いていたミランダに会えたことに、マーズは嬉しくなった。

 

「もしかして、今夜のあたしの試合の相手というのは、ミランダ殿ですか? だったら嬉しいです。以前から、手合わせ願いたかったから……」

 

 今夜、ここに連れて来られたのは、ひとりの相手と闘技の試合をするためだと聞いている。興行主に言われているのは、それくらいのものだ。

 闘技場で闘う闘奴のマーズだが、それ以外にも、貴族の催し物などで闘技を披露したりすることは多い。

 マーズは、珍しい女闘奴だし、見栄えがするので、闘奴というよりは見世物に近いような興行も少なくはない。

 ただ、どんな内容であれ、闘技をもって戦う試合であれば、マーズは誇りをもってそれをする。

 それだけだ。

 強くなることはマーズの生きる目的であり、そのためなら、なにを差し出してもいい。

 

 また、興行主には、今夜の試合は、普通の試合ではなく、マーズの初めての敗北になるかもしれない試合になるかもしれないとも仄めかされていた。

 冒険者ということ以外は、誰が相手だということは秘密であり、事前に教えることはできないし、闘いの後で他言することもだめだと念を押されている。

 だから、誰が相手なのか知らなかったが、もしかしたら、このミランダが相手なのだろうか……?

 現役は退いているが、一応、ミランダも冒険者だろう。

 ならば、相手に不足はない。

 すると、ミランダが声を出して笑った。

 

「残念ながら、あたしじゃないわ。でも、強いわよ……。強いといっても、あなたが予想もできない強さだけどね。だけど、あたしも、あいつには勝てないのよ。忌々しいけど、あいつに、完膚なきまでに負けたと思わされたのは、一度や二度じゃないわ」

 

 ミランダが笑いながら言った。

 マーズは驚いてしまった。

 このミランダが、これほどまでに称賛する相手とは誰だろう……?

 

 だが、マーズには、この帝都で、ミランダよりも強い者に思い当たる者がいない。

 何人かの王軍騎士などを思い浮かべてみたが、しっくりとくる存在には、思い至らなかった。

 

「じゃあ、どうぞ。みんなが待っているわ……。ところで、事前に聞いていると思うけど、ここに入ってからのことは、一切、他言無用よ。ここで誰に会って、誰と戦ったということは、誰にも言わないこと──。いいわね」

 

 ミランダが念を押すように言った。

 それは興行主にしつこく言われていたので、マーズは承知していると応じた。

 促されて、道場の中に入る。

 内部は、かがり火が四隅に置かれていて、まるで昼のように明るかった。

 

「これは……」

 

 興行主が短く言葉を発して、すぐに膝を曲げようとした。

 道場の中心には、四角い池のようなものが掘ってあり、その周りを杭で縄で囲んであったのだが、それを見下ろす位置に小さな階段状の観客席が作ってあって、そこに、紛れもない王太女のイザベラと正王妃のアネルザがいたのだ。

 ふたりがお忍びで観戦することは聞かされていたので驚きはしなかったが、とりあえず、儀礼をとるために、マーズは興行主とともに、膝をおろそうとした。

 

「やめよ──。ここでは、儀礼はなしじゃ。わたしらは忍びで来ておるし、話を聞けば、そんな行儀のいい試合じゃないようだしな」

 

 王妃のアネルザがからからと笑って、マーズたちが礼をとろうとするのをとめた。

 観客席には十数人ほどの者がいたが、いずれも女のようだった。

 アネルザと王太女のイザベラは、その中心付近にいる。

 ただ、随分と親しそうな感じだ。

 集まっている者は上下の隔てなしに、適当に座って談笑しているように思える。

 

「近くで見ると大きいし、すごい筋肉だなあ。まあ、お手柔らかに頼むよ」

 

 そのとき、観客席の向こう側の影に隠れていた者が現われて言った。

 男だった。

 身体全体を羽織るガウンのようなもので身体を包んでいる。

 

 しかし、マーズには首を傾げるしかなかった。

 恰好から考えれば、この男がマーズの試合の相手のようだが、男は闘奴ではないようだ。かといって、騎士というわけでもなさそうだ。

 どこにでもいるような市井の男という感じだ。

 なによりも、この男はそれほどの武術は持ち合わせていないだろう。

 少しも強そうに思えない。

 だが、ミランダは、今日のマーズの相手は、ミランダでも敵わない猛者だと言ったと思うが……。

 

「どうか、ロウ様の首を折らないでくださいね、マーズ殿。それ以外は、すぐに治療することができますから」

 

 王妃アネルザの隣に座っている女が、笑いながら声をかけてきた。

 平服を着ているのでわからなかったが、第三神殿のスクルズだ。スクルズといえば、この国随一の魔道遣いで有名な第三神殿の神殿長代理の高位巫女である。

 そのスクルズまで観戦するのかと思ったら、そのスクルズの上の段に腰かけているのは、第二神殿のベルズだ。その横にいるのは、頭にフードを被っているので、よく顔が見えないが、同じ年端の若い女性に思える。ベルズの腕を抱いて、ぴったりとくっついている。

 

「ぱぱ、頑張ってください」

 

 そのフードの女が舌足らずの口調で男に声をかけた。

 マーズは、眉をひそめた。

 もしかしたら、病気ということで、しばらく姿を隠している第一神殿のウルズか……?

 

「おう、いい子にしてるんだぞ」

 

 男も親しそうに声を返す。

 

「わたしは、まだ納得してませんよ。やっぱり無理です。強そうですよ。ロウ様になにかあったら……」

 

「まだ文句言うの、エリカ。納得したんでしょう。黙って応援しなさいよ」

 

 不満そうに声をあげたのは、若いエルフ族の女だ。可愛らしさと妖艶さが入り混じったような大変な美女だ。

 なだめる言葉でたしなめたのが、小柄な人間族の女だ。

 いずれにせよ、このふたりも強いだろう。

 醸し出す気配だけで、それはわかる。

 

「納得してないわよ――。させられたのよ」

 

「ご主人様に連続絶頂させられて、解放してもらいたくて、屈服したのよね。とにかく、大人しくしなさい。ミランダも命は保障すると言ってんだから」

 

「でも……」

 

 エルフ女は、まだ不満そうだ。

 すると、別の女が口を開いた。

 

「ところで、ミランダ、どういうルールなのだ。ロウ殿が試合の途中で、手足の骨を折られたり、顔面を砕かれたりするのは負けなのか? それとも、わたしたちが治療をするのは許されるのか?」

 

 ベルズだ。

 ミランダは、試合中の魔道は禁止だし、そんなことになれば、男の負けだということを説明した。

 

「スクルズにしろ、ベルズ殿にしろ、それが応援か? 後でお仕置きしてやるぞ。エリカも心配してくれるのは感謝するよ」

 

 男が笑いながら言った。

 そのあまりにも親し気な感じに、マーズは驚いた。

 その男は、ロウという名前のようだが、マーズには記憶にない。

 しかし、もっと驚いたのは、かなり失礼なことをロウが口にしたと思うのに、スクルズとベルズが満更でもなさそうに、笑顔で顔を赤らめたことだ。

 

 なんなのだ、この男は……?

 しかも、マーズは、スクルズが応じた言葉に、さらに驚愕した。

 

「はい、じゃあ、お仕置きを愉しみにしています。それと、この後、お時間を作っていただけないでしょうか。少しお話が……」

 

 スクルズはそう言ったのだ。

 ふたりの会話は、まるで男女の戯れ話という雰囲気だ。

 あり得ないが、その一瞬、第三神殿のスクルズとロウという男が、男女の間柄に思えてしまった。

 

「スクルズ、その話はあたしの預りだと言ったでしょう」

 

 ミランダがぴしゃりと言った。

 なんのことかわからないが、内輪の話というのはわかる。それはともかく、なんとも緊張感がない。

 

「なんの話だ?」

 

「いまは、いいのよ」

 

 スクルズの言葉に首を傾げた男をミランダが制した。

 

「ぱぱ、ウルズもお仕置きして。ウルズはぱぱが大好き」

 

 あのフードの女が言った。

 声は大人の声だが、口調はまるで幼児のようだ。マーズは混乱した。

 そのとき、咳払いがした。

 ミランダだ。

 

「……さっきも言ったけど、本当に、ここでの話は他言無用よ」

 

 ミランダが苦笑するような表情で言った。

 

「マーズ、この戦いには、本来の報酬とは別に賞金をつけてやろう。勝った方に金貨十枚だ。頑張るがよい。だから、闘奴殿もロウ殿を殺さないでくれよ」

 

 声をかけたのは、商会長で有名なあの女豪商のマアだ。

 世間の狭い闘奴隷のマーズでさえ知っている王都の有名な女傑たちの集まりに、マーズも当惑してきた。

 

「ならば、王妃として、わたしも賞金を出すか。ロウがいたぶられるという面白い余興の見物料だ。マアと同じだけ出す」

 

 王妃アネルザがにこにこして言った。

 

「ただし、殺す一歩手前でやめておけよ、マーズとやら。間違って命を奪えば、悪かったでは済まんぞ。王都の広場で火あぶりにしてやるからそう思え」

 

 王太女のイザベラが言った。

 マーズは無言で頭をさげた。

 

「おいおい、それが応援か、姫様? どいつもこいつも、俺が勝つと思っている者はいないのかよ」

 

 どうやらロウという名前らしい男が笑った。

 王太女を相手に、なんという失礼だと思ったが、この場の誰もが、その態度が当たり前のように接している。

 唯一の例外は興行主だ。

 マーズと同様に、ここに集まっている者と、その女たちとロウの親し気な様子に、目を白黒させている。

 

「あら、あたしは、あんたが勝つと信じているわよ。さもないと、試合を組んだりしないわ。本当に頑張ってよ、ロウ。勝たないと、成功報酬はないからね。それだけじゃなく、負ければ、クエスト不達成で罰金よ」

 

 ミランダだ。

 

「怖いねえ」

 

 ロウは笑った。

 

「わたしはお前が勝つと思う、ロウ──。頑張れ」

 

 下の段の白銀の髪の女が元気な声をかけた。

 これも平服でわからなかったが、お転婆騎士こと、シャングリアだ。

 男嫌いの男装の女騎士と耳にしていたが、随分と短いスカートだと思った。

 それでふと思ったが、エリカという女のスカートも短い。スクルズやベルズもだ。とてもきれいな脚だ。

 

「わ、わたしも、ロウ様が勝つと信じてます。でも、どうか、お怪我のないように」

 

「あたしも……」

 

 イザベラの横の女性が恥ずかしそうに赤い顔をして言った。

 続いて声をかけたのは、侍女の服装をした女だ。

 

「おう──。アン殿もノヴァも優しいなあ……。明日でも夜這いに行くよ」

 

 ロウが軽く返した。

 

「まあ、それは是非、わたしのところにも……」

 

 すると、スクルズが慌てたように横から口を出す。

 もう、なにがなんだかわからない。

 

「ロウ殿、あ、姉上に失礼だぞ」

 

 イザベラが怒鳴った。

 マーズはそれでわかった。そして、びっくりした。

 王太女の姉というのだから、アンというのは、もしかして、アン王女のことみたいだ。

 夫だったキシダインが死去したあと、第三神殿預かりになったと耳にしていたが、そういえば、巫女服を着ている。

 

「あら、失礼なことはないわよ、イザベラ……。へ、変なこと言わないでよ……。ちっとも失礼ではありません。お待ちしてます、ロウ様」

 

 女が不満そうにイザベラに言った。

 やっぱり、間違いなく、イザベラの姉のアン王女だ。

 

「姫様は、このところ、ロウ殿がお相手をしてくれないので、ご機嫌斜めなのですよ、アン様」

 

 イザベラの下に座っているエルフ女が笑って言った。

 あれは、王太女の護衛長となったシャーラだ。彼女も有名人だ。

 

「そ、そんなことない」

 

 イザベラが真っ赤になった。

 

「いい加減にしなさい。他言無用と言ったけど、慎みというものがあるでしょう」

 

 ミランダが大渇した。

 やっと女たちが静かになる。

 

「じゃあ、ルールを改めて説明するわ」

 

 ミランダがマーズとロウを中央にある池に促した。

 興行主は、ミランダに言われて、観客席の隅に腰かける。

 

 池には、なにか粘性のどろどろしたものが入れられていて、ぬらぬらと不気味に輝いていた。緑色をしていて池の底は見えない。

 あれはなんだろうかと、首を傾げた。

 

「ぬるぬるローション池のスライムプロレスごっこだ。愉しくやろうぜ、マーズ」

 

 ロウが軽口を言った。

 だが、ロウが口にした単語の意味がわからず、マーズは当惑した。

 

「この中に敷き詰めてあるものは、害のあるものじゃないわ。ただの潤滑性の油剤よ。その中で闘ってもらうわ。マーズ、このロウは素人だからね。これはハンデと思ってちょうだい。まともな場だと、瞬間に勝負がついてしまうからね」

 

 ミランダが言った。

 

「不服はない。このロウ殿も、条件は同じなのだろう?」

 

「そうだが、俺はぬるぬるローションの闘いは得意だぞ」

 

 ロウが口を挟んだ。

 

「ぬるぬるろーしょん……?」

 

 この粘性の油剤のことのようだ。

 

「試合の勝敗は、相手が気を失うか、負けを宣言するまでよ。殺すのはなし。とどめは刺さない。それ以外は、なにをしてもいい……。いい、マーズ。なにをされるかわからないという意味はわかるわね?」

 

 マーズは頷いた。

 このところ、興行主の発案で、闘奴の試合のとき、マーズは負ければ、相手に犯されるという条件をつけて、試合をしていた。

 観客を沸かせるための演出だが、マーズはそれを受け入れている。

 女が闘奴をしている以上、負ければ犯されるということくらいあってもいい。

 そう思っている。

 

「じゃあ、これも、認めてくれ。ハンデだ」

 

 ロウが身体にまとっていたガウンの中から、数個の金属の枷を取り出した。

 押し付ければ簡単に手首や足首に嵌められる形状のものだ。

 それをぽんと池に放り投げる。

 

 ぼちょんと数個の音がして、枷は「ろーしょん」とかいう池の中に消えた。

 ちょっと見ただけでは、どこにあるかはわからない。

 

「構わないわね、マーズ?」

 

 ミランダが言った。

 

「構いませんが、あれを嵌めて自由を奪うということですか? だが、試合をしながら、あたしに嵌めるつもりであれば、そんなことは不可能です」

 

 マーズはロウの意図がわからなかった。

 

「できるかどうか、やってみるさ……。ただ、間違って、自由を奪われれば、いかに、あんたでも無抵抗に犯されるしかないということだ」

 

「本当に、本気でやってもいいのですか? あっという間に終わると思いますけど……。あたしが彼に負けると思えません。素人では試合にもなりません」

 

 マーズは最後に念を押した。

 集まっている女の観客が、この試合を相当に楽しみにしているというの感じる。

 しかし、勝敗は一瞬で決まるだろう。

 彼女たちを失望させることにはならないだろうか。

 

「本気で結構だよ。俺も本気でする」

 

 ロウがガウンを取り去った。

 

「わっ」

 

 マーズは思わず声をあげてしまった。

 ロウはまったくの素裸だったのだ。

 しかも、股間では男の性器が隆々と勃起していた。

 

「純情な反応だな」

 

 ロウが笑って、池を囲んでいるロープをくぐって、すっと池の中に入っていく。

 そして、ずぶずぶと歩いて、中央に進んでいった。

 マーズも、その後に続いた。

 

「うわっ」

 

 だが、数歩進んだだけで、マーズは悲鳴をあげてしまった。

 粘性物は膝まであったのだが、それをしきつめてある足場は、まったく踏ん張りがきかずに、つるりと滑ってしまったのだ。

 ロウが普通に歩いているので、マーズも同じように歩こうとしたのだが、こんなにつるつるしているのでは、まともに立つこともできない。

 

「条件は一緒だからな。卑怯な手段で負けたと思うなよ」

 

 中央で待つように立っていたロウが、ろーしょんの池の中から手枷をひょいと拾いあげて、滑り進んできたマーズの右足首に、がしゃりと手枷を嵌めた。

 しかも、反対の枷を右手首にもかけたのだ。

 

「あっ」

 

 マーズは声をあげた。

 

 一瞬のことであり、つるつる滑る「ろーしょん」に自由を奪われて、マーズはまったく抵抗ができなかった。

 逆に、マーズの手首をとられたとき、男の手がマーズの肌にぴったりと貼りついた感触が襲ってもいた。

 

 とにかく、これで、早くも、マーズは片脚と片腕を繋がれてしまい、かなりの自由を奪われて、動けなくなってしまったのだ。

 反対の手足は自由なので、まだ戦えないことはないが、立つことはできない。

 

「始め」

 

 容赦のないミランダの声が、試合場の外からかかった。



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212 完膚なき敗北

「ちっ」

 

 マーズが片膝をついて、口惜しそうに舌打ちした。

 一郎は、そのマーズと距離をとって、向き合っている。

 

 マーズは上体を右に倒すような恰好で一郎に向かい合っているが、立っていれば膝まであるローションの池は、マーズがしゃがみ込んだ状態になることで、マーズの腰まで浸かっている。

 

 一郎は心の底から安堵していた。

 これで、ほとんどマーズの動きを封じることができた。

 あとは、料理するだけだ。

 

 本物の闘奴であるマーズと真剣勝負をするにあたり、一郎がミランダに出した条件は、このぬるぬるローションの池での戦いということにすることだ。

 ローションの目的は、滑りやすく、足を取られやすい状況にして、マーズの攻撃力を封じることだけではない。

 一郎の能力のひとつである身体から粘性物を出して操る技を欺騙するためだ。

 

 実際のところ、最初に試合場に入った瞬間に、一郎は一気にこの試合場のローション池の底面に粘性物の膜を張り巡らせた。

 一郎がローションに足を取られず、自由に動き回れるのは、そのためである。一郎が足をついている場所は、粘性物がぴったりと足の裏に貼りついているのだ。

 逆にマーズが歩くところについては、粘性物を完全にローションに同化させて、さらにつるつるの足場にして、池の底をまともに歩くことができないようにした。

 まず、これで一郎が負けない条件がひとつ……。

 

 しかも、マーズは自分が足を取られてひっくり返ったと思っていると思うが、実際にはローションに混ざっている粘性物が、一郎の操作でタイミングよく足首を逆に引っ張っていたのだ。

 それで、マーズが転んでしまったというわけだ。

 さらに一郎は、いまや、倒れたマーズの全身に粘性物を完全にまとわりつかせてもいた。

 マーズは、自分がぬるぬるのローションにまみれたと思っているかもしれないが、実際にはほとんどが一郎の身体から出した粘性物だ。

 それは一郎の意思で好きなように動かすことができる。

 これだけの条件なら、さすがに一郎が負けるわけがない。

 

 ただ、一発喰らってしまえば終わりだ。

 おそらく、ただの一発の殴打や蹴りで、自分が気を失って倒れてしまう自信が一郎にはある。

 そのとき、観客席から女たちの応援の声が聞こえた。

 一郎は、振り返ることのないまま手を振った。

 

「どうした、マーズ、試合開始前の攻撃は卑怯か? これからは、油断しないことだな。これが本当の殺し合いなら、すでに決着はついている。実際の闘いじゃあ、油断したとしても、死ねば終わりだ。死んだ者は相手の非を鳴らす権利はない」

 

 一郎は挑発した。

 

「ぬかせ──。まだだ」

 

 怒りを顔に浮かばせて、マーズが身体を滑らせるように倒して、飛び込んできた。

 まだ自由を保っている脚で、一郎を横蹴りするつもりだろう。

 しかし、一郎はその動きを読んでいた。

 

 マーズは、手首と足首が繋げられている側の右膝を支点にして、自由な左足を後ろに曲げて蹴り飛ばす体勢をとっていたが、一郎は、その支点になっている右膝を粘性物の力で逆に引っ張った。

 

「あっ」

 

 マーズが前のめりに倒れて、顔をローションに突っ込んだ。

 完全にうつ伏せになったマーズの左手首と左足首に、一郎は池から出した手枷を簡単に繋げてしまう。

 繋げるにあたっては、マーズの手足にまとわりつかせている粘性物をお互いに引き合わせて密着させているので、マーズの怪力でも振りほどかれる心配はない。

 

「ああっ、し、しまった」

 

 マーズが身体を捻らせて叫んだ。

 しかし、もう左の手首と足首もマーズは繋げられたのだ。

 マーズには、どうしようもない。

 一郎は、枷が嵌まったら、すぐに粘性物を再びローションに同化させてわからなくした。さもないと、おかしな技を一郎が遣っているのがばれてしまうからだ。

 

「身体のバランスが悪いな。これまで力任せの闘いの稽古しかしなかったろう? あんたの闘技場での戦いを見て、一発であんたの弱点はわかった。だから、この試合場を準備してもらったんだ」

 

 もちろん、出鱈目だ。

 三人の男闘奴を一瞬で倒してしまうような女闘奴に、弱点などあるわけがない。

 だが、今回のクエストは、マーズに敗戦を味わわせることなのだ。

 そのためには、完膚なきまでの実力差で勝利する必要がある。

 だから、一郎は、この試合では、圧倒的に実力差のある男を演じるつもりだ。

 

「ち、畜生──」

 

 マーズが叫んだ。

 だが、さすがに両手両足をそれぞれに左右で束ねて拘束されては、マーズも身動きできない。

 一郎は、後ろに回り込むと、カエルが手足を開いたような恰好のマーズを前のめりに倒すと、髪の毛を掴んで、顔だけを上にあげてやった。

 

「んぐうっ、は、離せ──」

 

 マーズがもがいた。

 

「離していいのか? じゃあ、俺の指を振りほどいてみろ。俺はお前のような力任せの技はないが、身体のツボを押さえて指一本で身動きできないようにすることもできるぞ」

 

 一郎は髪の毛を離した。

 前に体重がかかっているマーズは、そのまま首から下をどぼんと池の中に沈めてしまった。

 すかさず、粘性物を身体が浸かっている首から上の部分のあちこちに、ベルトのように巻きつけて顔をあげられなくした。

 そのうえで、首を上から指で強く押す。

 指は、なんの効果も及ぼしていないが、マーズは、まさかぬるぬるのローションだと思っている油剤に、一郎の操る粘性物の紐が混ざっているとは夢にも思わないだろう。

 本当に指一本で身体を押さえられていると思い込むはずだ。

 

「んんっ、んぐうっ」

 

 粘性物の顔を突っ込まされて息ができないマーズが、懸命に身体を暴れさせる。

 一郎は、反対の手をマーズの無防備な股間に伸ばすと、革布をずらして中に指を入れた。

 

「んがっ、んんっ」

 

 マーズがローションの中でもがいた。

 しかし、顔をローションに沈められ、粘性物の紐でがんじがらめになっているマーズには、なんの抵抗もできない。

 マーズは、随分とクリトリスが性感帯として発達しているようだった。

 膣は処女だが、自慰の経験は豊富なようだ。

 闘奴としての闘いの後で興奮で火照っている身体を、クリ遊びで慰めていたに違いない。

 一郎はローションの潤滑を利用して、マーズの陰核をくるくると押し回した。

 

「んがあっ、んん」

 

 ローションの中のマーズの口から大きな声が出た

 同時に、いままでよりもまして、身体を暴れさせる。

 一郎は、ローションに紛らせていた粘性物を紐状にして、さらに胴体にも幾重にも巻きつける。

 さすがに、マーズも激しくは動けなくなる。

 

「んっ、んんっ、んんっ」

 

 しばらく続けると、マーズの反応が変わってきた。

 快感に悶えているのだ。

 

 当然だ。

 一郎は魔眼の力で、マーズの特に感じる性感帯を見ながら刺激をしている。

 その一郎の指をもってすれば、マーズが快感から逃げられるわけがない。

 

 やがて、マーズが、今度は苦しそうに震えてきた。

 ずっと息を封じられているので、呼吸が苦しいのだ。

 一郎は、首に指を置いていた指を離すと、髪の毛を掴んで顔を引きあげてやる。

 

「ぷはあっ──。はあ、はあ、はあ……」

 

 マーズが盛大に息をする。

 しかし、すぐに力任せに顔を沈める。

 すかさず、粘性の紐を二重三重に首から上に巻きつけて固定する。

 ステータスを観察することにより、かなりマーズが弱っていることを悟った。

 

 一郎は、クリいじりをする指を中指に変えて、人差し指をこの闘奴の少女の秘肉の入口に挿し入れた。

 ローションの潤滑の力で、大した抵抗もなく処女の膣に一郎の指がするすると入っていく。

 一郎は指を膣の中の赤い部分を押し揉みつつ、ゆっくりと指を挿入していった。

 

「んんっ、んんっ、んっ」

 

 こうなれば巨漢の筋肉少女といえども、ただの十六歳の処女娘だ。

 処女膜を破られる恐怖で、引きつったような悲鳴をあげている。それでいて、自分の意思に反して、容赦のない快感を与えられることに当惑しているようだ。

 マーズがローションの中で悲痛な喘ぎ声を出しているのがわかる。

 

 一郎はもう一度、髪の毛を掴んで顔をあげてやる。

 またしても、マーズは激しく息をする。

 今度は、一郎は、その状態を保ったまま、クリトリスを刺激してやる。

 

「あふうっ、はああっ、ああ……」

 

 マーズが腰を小さく震わせ始めた。

 一郎の手管により、急激に快感が上昇しているのだ。

 このまま刺激し続ければ、マーズはすぐに昇天するだろう。

 

「……呆気ないな、マーズ。これが敗戦の味だ。負ければ犯される。それが女戦士の敗北の末路だ。しかし、これは、殺し合いじゃない。だから運がよかったな。殺されないで済むぞ」

 

 一郎はわざと挑発的な物言いで、マーズの反感を煽った。

 マーズは口惜しそうに吠えたが、いまや全身には一郎の粘性の紐でがんじがらめになっていて動けない。

 しかも、絶息責めで体力を奪われたうえに、一郎の指が膣と肉芽を責めている。

 マーズは、抵抗不可能だ。

 一郎は指をちょっと沈め、そして、それ以上深く挿し込むのを止めた。

 

「あぐっ」

 

 マーズが秘肉の奥で沸き起こった痛みに声をあげた。

 

「マーズ、俺の指はあんたの処女の証の前でとまっている。このまま、指を一物に交代させて犯すのは簡単だが、あんまり、呆気なさすぎるんでな。あんたを犯すのは次にする。最初はこのまま、絶頂するだけだ」

 

 一郎は指を抜き、攻撃の矛先をマーズの肉芽に集中させた。

 クリトリスの皮を剥きあげると、指先で表面を静かに這わせる。

 ローションがあるので、皮を剥いても痛みはそれほどないはずだ。

 髪を離して、どぼんと顔をまた沈める。

 

「んんっ、んんっ、んん」

 

 指のクリトリス責めを加速した。

 ローションに沈んでいるマーズの声は明らかな喘ぎ声になった。

 やがて、マーズの身体がぶるぶると激しく震え始める。

 そして、拘束されている身体を反らせるだけ反らし、マーズは激しく太腿を痙攣させて、がっくりと脱力した。

 

 一郎は指を革の股布から抜くとともに、片手で左右の手枷を外した。

 枷は簡単な操作で外れるようになっているのだ。

 身体の自由を与えてから、一郎はさっとマーズから離れた。

 

「くはっ──。はあ、はあ、はあ……」

 

 マーズが勢いよく顔をあげる。

 しかし、達したばかりで力が入らないようだ。

 四肢で身体を支えるように四つん這いになり、荒い息をしながら一郎を呆気にとられた表情で見た。

 

 一郎の圧倒的な試合展開に、しばらく固唾を呑んでいた感じだった女たちから、安堵混じりの歓声がした。

 女たちに軽く手を振ってやる。

 

「な、なん……で……? あ、あたしは、ま、参った……して……ない……」

 

 マーズは一郎が枷を外したことに、驚いたのだろう。

 それでも、まだ敗北を認めたくないという自尊心は残っているようだ。

 もっとも、この状況でマーズが負けを認めないのは織り込み済みだ。 

 

「さっきの状態でも、勝負はついてないというなら、それでもいいさ。もう一度、勝負してやる。今度は犯すぞ。手加減はしてやらない」

 

 一郎がそう言うと、マーズが顔を真っ赤にした。

 

「て、手加減だと──」

 

 案の定、すぐに頭に血が昇った状態になった。

 

「手加減じゃなければ、なんなんだ? あのまま、枷を付けたまま、顔をローションにつけっぱなしにしていれば、参ったという言葉を使わせることなく、あんたを気を失わせることができたんだぜ」

 

「くっ」

 

 マーズが一郎を睨んだまま歯噛みした。

 余程に口惜しいのだろう。

 

「ま、まだだ──。もう一度だ──」

 

 マーズが叫んだ。

 

「いいさ。その代わり、身に着けている物を脱げ──。負けは負けだ。だったら敗者らしい姿になってもらう。脱ぎな」

 

 一郎は言った。

 マーズは一瞬、怒りで身体を震わせたようになったが、すぐに身体を起こすと、両手を背中にやって、乳房を包んでいる革の胸当てを外し始める。

 全裸闘技は、観衆のいる闘技場でやっているくらいだから、大きな抵抗はないのだろう。

 マーズが胸当てを池の外に投げ捨てた。マーズの大きな乳房が露わになる。

 鍛えているだけあり、巨乳なのにほんの少しも垂れていない。

 見事な乳房だ。

 

 さらに、マーズが立ちあがる。

 革の腰布に手を当ててすっと下げた。

 恥毛は薄めだ。

 マーズが片脚をあげて腰布を抜こうとしたところを一郎は、さっと粘性物で足首を引っ張って倒した。

 

「きゃああ」

 

 マーズが尻もちをついてひっくり返る。

 一郎はわざと大笑いしてやる。

 

「最初にも言ったが、あんたは身体の安定性がない。だから、こんなローションくらいで足を取られるんだ。もっと稽古をした方がいいぜ」

 

 一郎は、粘性物で足首を引っ張ったのを隠して、嘲笑うような声を出してやった。

 マーズの顔がますます赤くなる。

 いい具合に挑発されてくれて、いい調子だ。

 こんな無双の闘奴少女に、冷静に試合を運ばれては堪らない。煽るだけ煽らないと、一発で沈められて終わりだ。

 一方でマーズは、腰を落としたまま、腰から下着のような革布を取り去り、すっかりと全裸になった。

 

「こ、今度は負けん」

 

 マーズが立ちあがっては脚を開く。姿勢は前屈みの恰好だ。

 今度は慎重だ。

 しかし、実際には、いまでもマーズの全身には、一郎の粘性物がしっかりとまとわりついている。

 すでに、勝負はついている。

 一郎はローションの中から、足を使って枷をひとつ取り出した。

 

「じゃあ、次は右指一本で相手をしてやろう。左指は勘弁してやるさ。左指は強いからな」

 

「ふ、ふざけるな──。さ、さっきはいきなりだったからだ。本当なら、お前など一発で倒せる」

 

 一郎が煽ると、マーズが怒りで顔を赤黒くして怒鳴った。

 もっと血がのぼれ。

 一郎は内心でほくそ笑んだ。

 

「俺が一発食えば負けるのは認めるが、その一発が出ないだろう。これが玄人と素人の実力差だ」

 

 一郎の挑発に、ますますマーズが怒りを顔に出す。

 だが、今度は最初とは異なり、不用意には近づいて来ない。

 おそらく、動くと体勢を崩すので、一郎を待ち受ける策にしたのだと思う。

 一郎はすっと距離を詰めた。

 マーズが飛びかかる態勢になる。

 

「ほらっ」

 

 一郎はローションを蹴りあげて、マーズの顔にかけてやった。

 

「あっ」

 

 意表を突かれたのか、マーズがぐらりと身体を揺らす。

 一郎は、マーズの両脚にかかっている粘性物を同時に、後ろに引っ張って倒した。

 

「うわっ」

 

 またもや、マーズがうつ伏せに倒れる。

 一郎の目の前に滑り倒れる感じだ。

 すかさず、粘性物の紐でマーズの胴体を固定して、馬乗りになる。

 さらに、粘性物を利用して、マーズの両手を背中に持っていくと、今度は両手を背中側でがちゃりと手枷で拘束してやった。

 

「ほら、約束の右指だ」

 

 一郎はローションを利用して、マーズの尻の穴に右手の人差し指を一気に根元まで滑り挿した。

 

「うはああっ」

 

 身体を弓なりにして、ローションの液面の上に顔をあげたマーズが、甲高い声で悲鳴をあげた。

 

「ほら」

 

 一郎はくねくねと指を動かして、尻をなぶってやった。

 生娘のくせには、尻の性感が発達している娘なのだ。

 マーズが奇声をあげて、尻を自然と上にあげた。

 

 

 *

 

 

「うわあっ」

 

 お尻の穴に指を入れられてしまい、マーズは悲鳴をあげた。

 必死で腰を振って抜こうとするのだが、ロウは指を中で鉤状に曲げていて、容易に抜けないようにしている。

 しかも、挿入されている部分に信じられないような痺れと疼きが走って、腰の力が抜けてしまうのだ。

 最初に戦ったときもそうだったが、ロウの手はまるで魔道でも帯びているかのように、マーズの身体から信じられないような快感を呼び起こす。

 

「ち、畜生」

 

 だが、ロウの身体を引き剥がそうとしても、両手首に背中側で手枷を嵌められてしまって、自由が利かない。

 マーズは、力を振り絞って、両脚を後ろに曲げてロウの胴体を掴もうとした。

 

「ほい、いらっしゃい」

 

 しかし、マーズがそうするのを読んでいたように、ロウはお尻の穴から指を抜くと、簡単に両脚を両手で抱え込んで掴んだ。

 

 再びがしゃりと音がした。

 

「あっ、そ、そんな」

 

 驚いて声をあげたが、もう遅い。

 抱えられて、思い切り背中に反り返された両足の足首に金属の枷が嵌まっている。

 しかも、思い切り背中側に脚を曲げた状態から戻せない。

 どうやら、枷と枷のあいだの鎖が、両手を拘束している枷の鎖と交差させられているようだ。

 マーズは、背中側に四肢を集められて、動けなくなってしまった。

 最悪の状態だ。

 

「さて、約束だ。犯してやろう。一応、選ばしてやるぞ。尻の穴と前の穴とどっちがいい?」

 

 ロウが笑いながら、潤滑油の池の中で胡坐をかき、その膝の上にマーズの身体を抱えて、両手で乳房を揉み始める。

 

「あ、ああっ」

 

 マーズは必死に身体を悶えさせて、その手を振りほどこうをした。

 ロウの指が触っている場所に、身体が溶けるような愉悦が走り抜いたのだ。

 マーズはむず痒いような感覚に拘束された身体を必死でよじらせた。

 だが、親指と中指で軽く乳首を摘まみあげられ、そこに起こった電撃のような甘い衝撃に、マーズは叫び声をあげてしまった。

 

「質問に答えるんだ。尻の穴か、前の穴か、訊ねてるんだぜ」

 

 ロウが愉しそうに、マーズの乳房を弄びながら言った。

 だが、そんなこと答えられるわけがない。

 それよりも、マーズはなんとかして四肢に嵌められた手枷の鎖を引き千切れないかともがいた。

 黙って犯されるなど闘奴としてのマーズの境地が許さない。

 

「だったら、最初はアナルからいくか。前は次にとっておくよ」

 

 ロウが笑いながら、腰の上にマーズを前向きに跨らせるように、マーズの身体を縦向きに動かす。

 お尻の穴に、ロウの怒張の先端が当たるのを感じたマーズは、大きく狼狽した。

 

「ひやあっ、いやあっ──。わ、わかった。前に、前にしてください──」

 

 潤滑油の力を利用してか、ロウの勃起した性器がじわりと入ってきた。

 肛門の粘膜が無理矢理に押し広げられて、ゆっくりと奥に進んでくる。

 

「いやあ、やめて──。やめてください」

 

 マーズは歯を食い縛って、顔をのけぞらせた。

 それでも、耐えられずに口をぱくぱくと閉じたり開いたりする。

 尻の穴が押し広げられる苦痛と、一方で、そこから沸き起こる不可思議にも燃えるような感覚……。

 マーズは狂乱に追い込まれた。

 

 曲がりなりにも闘技を勝負にして、これほどの屈辱を味わったのは初めてだ。

 対等の勝負で完膚なきまでに負け、しかも、尻の穴を犯される……。

 マーズは、この世にこれほどの恥辱があったのかと思い知らされる気持ちになった。

 

「う、ううっ、も、もう……。は、は、入らない……」

 

 マーズは呻いた。

 

「力を緩めないと、つらいのはお前だぞ、マーズ」

 

 それでも、ロウはゆっくりと奥に奥にと肉棒を貫いていく。

 それに伴い、マーズのお尻はいっそう拡張されて、引き裂かれるような苦痛が襲いかかった。

 

「う、うう……」

 

 次第に、声さえも出せなくなった。

 マーズはひたすらに呻き声をあげ続けた。

 

「よし──。頑張った。やっと、最後まで入ったぞ」

 

 尻たぶがぴったりとロウの腰に押しつけられる感触が襲った。

 マーズは、終わったとほっとした。

 

「なにを安心しているんだ? これからだぞ」

 

 ロウが笑って、今度は肉棒をゆっくりと抽送していく。

 

「ああっ、ゆ、許してください──」

 

 マーズは金切り声をあげた。

 だが、大きな声を出したつもりだったのに、その声は信じられないくらいにか細かった。

 

「尻の力を抜けと言っているだろう。痛いのがいいなら、それでもいいけどな」

 

 ロウがマーズの肛門を犯しながら言った。

 だが、なんの抵抗もできない。

 ただ、背中でがちゃがちゃと絡み合っている枷の鎖が鳴るだけだ。

 

「ゆ、許して……。もう許してください……。ああっ」

 

 やがて、マーズは泣き声をあげた。

 しかし、ロウは許してくれない。

 お尻に挿入している肉棒を上下にゆっくりと動かし続ける。

 マーズは激痛を必死に堪えた。

 

 だが、しばらくすると、マーズは自分の身体に変化が訪れてきたのがわかった。

 だんだんと身体全体が炎に炙られているかのように熱くなり、痺れるような疼きが巨大なものになってきたのだ。

 そして、ぴったりとロウの一物を咥え込んでいるマーズのお尻が、収縮と弛緩を繰り返すうちに、ロウの怒張になじんでいき、痛みよりも気持ちよさがまさっていく気がする。

 それがマーズをさらに混乱させた。

 

「アナルセックスの素質は、かなりありそうだな。だが、一切の調教なしに、いきなり尻で達するのは無理か……」

 

 ロウが片手で乳房を掴んで身体を支え、さらに反対の手で、またクリトリスを刺激し始める。

 

「ああ、あっ、やめて、あん、ああん」

 

 自分でも信じられないような女らしい声が出た。

 マーズは、肉芽と乳首を弄られることで駆け抜ける電撃に身体をくねらせてしまう。

 しかし、お尻の穴にはしっかりとロウの怒張が貫いている。

 身じろぎすると、どうしてもその圧倒的な存在を意識せざるを得ない。

 

「んふうっ」

 

 マーズはまたもや、身体を弓なりにして絶頂した。

 その瞬間、ロウがマーズのお尻の中になにかを出したのがわかった。

 

 犯された……。

 しかも、お尻を……。

 マーズは頭が真っ白になる感覚に襲われながら、その事実に愕然とした。

 

 ロウがマーズのお尻から男根を抜いて身体を起こし、どんとマーズの身体を投げ出した。

 うつ伏せの体勢で身体を油剤の池に沈ませたマーズから、ロウはまたもや、手足を拘束している枷を外していく。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 マーズは油剤に四つん這いになった。

 二度も続けて絶頂させられて、マーズはすっかりと身体の力が抜けたようになってしまった。

 そして、なによりも、これほどまでに自分が無抵抗に負けてしまうという事実が信じられないでいる。

 だが、それが紛れもない事実であることを、まだ異物が入っているように落ち着かないお尻がしっかりと主張する。

 

「どうするんだ? まだ、勝負はついていないぞ……。お前は、気も失っていないし、参ったとも言っていない……。それとも、もうやめるか?」

 

 またもや、少し距離をとって立っているロウが腕組みをしながら言った。

 その股間には、たったいままでマーズのアナルを犯していた性器が油剤の滴を垂らしながら、逞しく勃起している。

 

「も、もう一度……。お、お願いします……」

 

 マーズは立ちあがりながら言った。

 口惜しいが、ロウは確かに強い。

 それは認めざるを得ないだろう。

 おそらく、ちっとも強いという気配のない見かけさえも、ロウの武器だったに違いない。

 あのミランダが、あんなに称賛した理由が、いまこそはっきりとわかった。

 

 いまは、犯されたことに対する屈辱よりも、生れて初めて感じた絶対的な強さに接していられることに、おかしな身震いを覚えていた。

 もっと、このロウと戦っていたい……。

 かなわないまでも、一矢報いることはできないのか……。

 そう思った。

 

「そう来なくっちゃな。さっきも言ったが、あんたは力に頼りすぎだ。だから、足を取られるのさ」

 

 ロウがにやりと笑った。

 次の瞬間、不意に両足首が後ろに引っ張られるような感覚が襲いかかる。

 マーズは、無理に抗うのをやめ、足が滑る方向に大人しく身体の重心を預けた。すると、身体全体がすっと後ろに滑っていき、マーズは倒れることを防ぐことができた。

 

「あっ、な、なるほど──。な、なんとなく、コツがわかった気がします。もっと教えてください」

 

 マーズは自分でも驚くとともに、思わず叫んでいた。

 力に頼りすぎるから駄目なんだという、ロウの言葉の意味が少しだが理解できた気がする。

 マーズは嬉しくなった。

 

「おっ、おう……」

 

 ロウが当惑した声をあげた。

 なぜか、目を丸くして驚愕した顔をしている。

 いずれにしても、なにかを体得できそうな気がする──。

 いまは、このロウと、もっと戦いたい……。

 心からそう願った。

 

「で、では、お願いします、先生──」

 

「せ、先生?」

 

 ロウがびっくりしている。

 

「あなたは、あたしの先生です。先生の言っていることが少しわかった気がするのです。確かに、力に頼りすぎているというのは、あたしの弱点なのようです。それを教えてくれたのですから、あなたは先生です」

 

 マーズは興奮気味に声をあげていた。

 なんで、さっきのようなことができたのかわからないが、いまは二度も気をやらされて、身体の力が抜けてしまっているような状態だった。

 だから、余分な力が抜けて、さっきのような不思議な動きができたのではないか……。

 

 そして、はっとした。

 あるいは、それを教えるために、ロウはあえて、マーズに二度の絶頂をさせたのではないだろうか……?

 いや、そうに違いない。

 

「ま、まあいいや……。じゃあ、再開といこうか……。ただ、一回目と同じだ。敗者には敗者の屈辱を味わってもらう。これを舐めろ。俺が精を放つまで、しゃぶるんだ」

 

 仁王立ちになっているロウが勃起している自分の性器を指さした。

 

「え、ええっ?」

 

 マーズは驚愕した。

 フェラチオという行為がセックスのひとつであり、愛し合う男女というのは、そんなことをするというくらいの知識はマーズにはある。

 男闘奴たちは、まだ、年若い女闘奴のマーズを面白がって、わざと目の前で卑猥な話をするのだ。だから、耳年増だと思っている。

 だが、いまは闘技の試合の最中だ。

 王太女や王妃をはじめ、見物人もいる。

 そんなところで、男の性器を口に含むなど、マーズには考えられないことだった。

 もちろん、経験もない。

 

 どうしていいかわからずに、マーズは思わず、池の外で試合を仕切っているミランダを見た。

 ミランダもまた、困惑した表情をしていたが、別段、ロウの言葉を批判するような雰囲気はない。観客の女たちも同じだ。

 なぜか、赤い顔をして、腿を擦り合わせたような仕草をしている者が大半だったが、ロウの要求そのものは、驚いていてはいないようだ。

 

 マーズは、興行主にも視線を向けた。

 しかし、興行主は、なにかぼんやりとしているようだ。意識はあるのだが、目の前のことを知覚はしていない──。

 そんな感じだ。

 

 魔道……?

 なにかの魔道をかけられて、ぼっとしている?

 マーズは訝しんだ。 

 

「なにをしてんだ──。早くしろ。敗者の屈辱を味わえ。そうでなければ、その先にある強さには辿り着けんぞ」

 

 ロウの声がした。

 頭に鍵をかけられたような不思議な感覚が襲った。

 それは、嫌なものではないし、むしろ、なんともいえない気持ちよさが伴うものだった。

 次の瞬間、マーズには、ロウの言葉に逆らいたくないという感情で支配されていた。

 

 それに……。

 

 “敗者の恥辱を味わうことが、強さを追及する道……”

 

 ロウのその言葉は、マーズの思考に深く貫いた。

 

「わ、わかりました、先生……」

 

 ロウに逆らう気持ちになれない。

 強さを追求するためだ……。

 ロウがそう言うのだから、意味のあることに違いない。

 

 マーズは注意深くロウに近づき、足元に跪くと、口を開いてロウの性器の亀頭部に唇をあてがう。

 精を放ったばかりの男の匂いと味が、口の中に充満した。

 一瞬、気持ち悪いという感触が襲いかかった。

 だが、我慢した。

 

「んっ、んふうっ、んふう……」

 

 マーズは、精一杯に口を拡げて舌を這わせていった。

 

「ああ、気持ちいいぞ……。だが、舌もいいけど、もっと強くしゃぶってくれよ」

 

 しばらくすると、ロウが言った。

 マーズは言われたとおりに、舌の動きを止めて、口中全体を使って、ロウの一物を吸いあげる。

 

「おお、すげえ……。こりゃあ、俺じゃなくても一瞬だな」

 

 ロウが嬉しそうに笑った。

 次の瞬間、むせかえるような臭気とともに、口の中にぴゅっとロウの精が発射された。

 

「一滴残さずに、飲み干すんだ」

 

 命じられるまま、マーズは口の中のものを喉に押し込んでいく。ロウは口から怒張を抜いてくれないので、ロウの性器を舐めながら、一方で精を舌で奥に送り込むような感じだ。

 やがて、なんとか、ロウの精を残さず飲むことができた。

 

「じゃあ、試合再開しよう」

 

 ロウがぽんとマーズの眉間を指で強く押した。

 そして、怒張を口から抜く。

 

「あっ、あれ?」

 

 マーズは声をあげた。

 ロウに眉間を突かれた瞬間に、急に手足が脱力して、ほとんど力が入らなくなったのだ。

 マーズは、跪いた状態のまま、両手をだらりと体側に這わせたまま、動けなくなってしまった。

 

「秘孔を突いた……。お前の身体は、いまは、俺の操り状態だ……」

 

 ロウが言った。

 

 秘孔……?

 マーズは耳を疑った。

 

 おそらく、それは経絡突きという技であり、武術の中でも、それを極めた者だけが駆使できるという伝承の技だと思う。

 人の身体のあちこちにある経絡という場所を刺激し、思うままに相手の身体を操るのだ。

 経絡の中には、死に通じる場所もあるらしく、そこに強い気を送り込まれると、そのまま死に至るというものだ。

 

 ロウは経絡遣い……?

 

 信じられないが、これまでの戦いにおける圧倒的な強さを考えると、それで、すべてが理解できた気がした。

 

「じゃあ、女になってもらうぞ。その代わり、身体の感度を上昇させてやる。処女膜が破れる痛さが少しは紛れるはずだ。淫乱の秘孔だ」

 

 ロウがマーズの身体を池の中に仰向けに倒しながら、ぽんともう一度眉間を指で突く。

 その瞬間、かっと身体が熱くなった。

 マーズは知らず、喘ぎ声をあげていた。

 

「いくぞ。身体を支えていろ、それくらいの力は残っているはずだ」

 

 倒れたマーズの両腿をロウが両手でがっしりと抱えて、マーズの腰に怒張を近づける。

 逃げようにも、本当に力が入らない。

 マーズは、身体が完全に倒れて、顔が池の中に沈まないように、肘をたてて状態が寝そべるのを防いだ。

 ロウの怒張がマーズの股間に侵入を開始した。

 

「いやあっ、い、いたい、いたあい、ゆ、許して、いたいいい」

 

 身体を引き裂くかと思うような激痛にマーズは顔を仰け反らせて叫んだ。

 だが、強烈な甘美感が膣の内襞を擦られることで沸き起こりもする。

 マーズはふたつの感覚に、すっかりと混乱して言葉にならない声をあげ続けた。



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213 勝敗の行方と生尻の列

「いやあっ、い、いたい、いたあい、ゆ、許してください。いたいいい」

 

 マーズが悲鳴をあげた。

 鍛えあげて痛みには強い闘奴少女といえども、さすがに破瓜の激痛はあるようだ。

 一郎は、淫魔術を遣って、少し痛みを和らげてやった。

 ただし、とんと額を突いて、経絡突きをした振りをする。実際には、精液を飲ませたことで、身体を操れるようになったのだが、マーズは一郎が経絡遣いだと信じて疑ってないだろう。

 

「はうっ」

 

 処女膜を破られる痛みが消え去ると、女の中心を襲う痛みに身をよじらせていたマーズが途端に快感に悶え始める。

 痛みさえなくなれば、マーズの身体の感度を常態の数倍にまであげている。

 膣に挿入している一郎の怒張に、途端にマーズの肉襞から染み出る蜜がまとわり始めた。

 

「淫乱の秘孔を突いているからな。お前の身体は、俺の操り状態だ。口惜しかったら抵抗してみろ」

 

 一郎はうそぶいた。

 だが、いまはマーズの身体は、完全に淫魔術で弛緩させている。動くことなどほとんどできないはずだ。

 

「あ、ああっ、せ、先生……。い、いひいっ」

 

 マーズが喉を上にあげて絶息するような声をあげた。

 一郎の怒張は、マーズの膣の最奥に到達していた。その部分には将来は快感の場所として発達するであろう部分がほんのりと白桃色に光っているのを感じたが、いまは、まだ未開発であり、快感を覚えるどころではないだろう。

 

 一郎は淫魔術でそこを陰核と同じくらいに敏感な場所に変化させるとともに、亀頭の先で押し揉み始める。

 

「うわあっ、な、なに? な、なんなのです? うはああ」

 

 マーズが乱れ始める。

 弛緩させているはずだが、股間による締めつけがすごい。

 いずれにしても、初めての交合で、激しい抽送はつらいはずだ。

 一郎は、しばらくは、奥まで挿入したまま快感のつぼを押し揉むことに徹することにした。

 そのために、マーズは容赦のない淫情の刺激に襲われて、顔を真っ赤にして腰をよがらせている。

 

 いずれにせよ、とにかく、一時はどうなることかと思った。

 粘性のローションの池の中に、淫魔術で生成した粘着剤を混ぜて、思うままにマーズを凌辱していた一郎だが、だんだんとマーズは、不意に足を引っ張られることにも慣れて、うまく体重を統制して、転ばないことを覚え始めたみたいだった。

 様子を観察する限り、やがて、粘着の縛りもうまく克服しそうな予感がした。

 それで、慌てて淫魔術で完全に身体を支配することにし、マーズに一郎の精を口から飲ませた。

 

 これにより、マーズの身体を支配することができるようになった一郎は、「秘孔を突いた」と称して、適当に眉間を押した仕草をするとともに、淫魔術でマーズの手足を弛緩させた。

 無論、秘孔など知らず、出鱈目もいいところだが、マーズは一郎が武術の達人か、なにかだと思うだろう。

 それに、一郎も一度かっこよく、それを言ってみたかったのだ。

 

「ああ、はあ、はあ、も、もう……ゆ、許してくれっ」

 

 淫魔術の力で一時的に敏感にされた膣の中を肉棒で押し揉みされ続けたマーズが、哀願の悲鳴をあげた。

 顔には玉のような汗がたくさんん浮かんでいる。

 自らの意思ではどうにもならない淫情の昂ぶりに、マーズは歯を食い縛っている。

 そろそろ、いいようだ。

 一郎は本格的に腰を使い始めた。

 

「あ、ああ、う、動かないで──。こ、怖い──」

 

 マーズが絶叫した。

 男闘奴が三人がかりでも敵わないような無敵の女闘奴といえども、こうなると、ただの十六歳の娘だ。

 マーズは鍛えあげた筋肉質の身体を打ち震えさせだす。

 

「ああ、ゆ、許して、許して……」

 

 一郎が抽送をするたびに、筋肉質の大きな乳房がぶるぶると動く。

 この試合場に、マーズの激しい叫び声が響き渡る。

 

「負ければ、犯される。それは覚悟のはずだ。これも戦いだ。この屈辱を忘れるな。そして、精進しろ」

 

 一郎は適当なことを口にして、マーズの心を煽る。

 一方で、マーズの快感がさらに増幅するように、腰の動きを速くしたり、ときにはゆっくりにし、亀頭で擦る場所も確実にマーズが感じる場所を選んで、マーズの性感を昂らせていった。

 たちまちに、マーズは絶頂に向かって、快感を飛翔させた。

 生娘が最初の交合で気をやるなどあり得ないのだが、淫魔術を駆使できる一郎だからこそできることだ。

 

「あ、ああ、あああっ」

 

 マーズの喘ぎ声が一段高くなった。

 

「それっ、こうしてやろう」

 

 一郎はマーズを犯しながら、手を伸ばしてマーズの乳房を揉み始める。

 硬いなあ……。

 普通の女たちとは違う触感だが、これはこれで味があると思った。

 うねうねとこね回すと、マーズの快感がさらに上昇して、絶頂寸前の状態にまで近づいた。

 一郎はすかさず、さっき敏感にした子宮口の入口部位を強く連続で亀頭を打ち込む。

 

「んはああっ、うはああっ」

 

 マーズはその責めに抵抗することができずに、腰のあたりを小刻みに痙攣させて、女の悦びを極めていく。

 一郎は、マーズの子宮に精を発射した。

 

 しかも、マーズの身体を操り、マーズの絶頂状態を少し長めに持続するようにする。

 そのため、マーズは気をやった状態からおりてくることができずに、しばらくのあいだ、腰をがくがくと痙攣した状態を持続し、一郎が一物を引き抜いても、まだ絶頂状態を続けた。

 一郎はマーズが動けなくなったのを確認してから、絶頂を解放した。

 マーズががっくりとローションの池に仰向けに脱力する。

 

「……さあ、参っただな。これで、最後の操も奪われたわけだ。降参しろ」

 

 一郎は言った。

 マーズが最後の力を振り絞るように、上体を起こす。

 だが、淫魔術による弛緩が続いているはずだ。

 ほとんど、身体の自由は利かないだろう。

 

「……あ、ありがとうございます……。で、でも、あたしは……ま、まだ……せ、先生と……た、た、戦いたい……。も、もう少し、戦わせてもらえませんか……」

 

 マーズは微笑んでいた。

 顔も赤い。

 処女を失ってすぐに、よく立てるなあと思ったが、さすがは、鍛えているだけある。

 また、一郎は支配した女の感情をその気になれば、読み取ることができる。

 マーズの感情には、たったいま犯された一郎に対して、はっきりと好意の気持ちが発生していた。

 自分よりも強い男に対する憧れのような気持ちだと思う。

 心に触れられるようになると、無敵の闘奴少女のマーズが、意外に純朴で、気持ちが優しい人間だというのもわかってきた。

 すると、こんな騙し討ちのような好意で、純潔を奪ってしまったことに、罪悪感も生まれる。

 

「お、お願いします……」

 

「おう……」

 

 とりあえず、言った。

 すると、まるで、女が愛しい男の肌に手を伸ばして触れるよう

に、マーズがまだ火照って赤い顔をしながら、そっと片手を一郎の胸に伸ばす。

 戦意を感じなかったこともあり、一郎は黙って裸身を預けた。

 

 しかし、次の瞬間、マーズの全身に気がみなぎるような気配を感じた。

 ぎょっとした。

 だが、そのときは遅かった。

 

「はうっ」

 

 マーズが奇声とともに、一郎の胸に当てた手をわずかに浮かして、もう一度叩きつけた。

 ほとんど手のひらだけをかすかに動かすような攻撃だったが、マーズの渾身の気を叩きつけた掌底は強烈だった。

 一郎は、そのまま後方へ吹っ飛び、作られた池の壁に背中を叩きつけられた。

 

「ロ、ロウ──」

「ロウ様」

「ロウ殿」

 

 女たちの大きな声が一斉に聞こえた気がした。

 だが、背中と後頭部をしこたま打った一郎は、すっと自分の意識が薄まっていくのを感じた。

 

「せ、先生?」

 

 マーズが這うように寄ってきた。

 心配そうな顔をしている。

 

「……ま、参った……。も、もう教えることは……、なにもない……」

 

 一郎は最後のかっこつけをすると、マーズを支配していた淫魔術を解放して、遠くなる意識に身を委ねた。

 

 

 *

 

 

「……ロウ様、大丈夫ですか?」

 

 眼を開けた。

 視界にたくさんの女たちの顔があった。

 一番近いのは、スクルズだ。

 どうやら、スクルズの膝の上に頭を寝かせているようだ。

 

 身体には試合前に身に着けていたマントを被せられていたが、まだ裸のままだ。

 そして、身体を横たえているのは、マーズと戦ったローション池の外であり、観客席の前の地面だ。

 そこで、スクルズに膝枕をされていた。

 

「ロウ様、大丈夫ですか? もう少し横になってた方が……。スクルズ、治療は終わったんでしょう? 代わるわ」

 

「いいえ、無用です、エリカさん」

 

 エリカが一郎の身体を奪うような素振りをしたが、にこにこと微笑んだままのスクルズががんとして阻止する。

 

「ご主人様、しっかりしてください」

「やっと、起きた。よかった」

「ロウ様、心配しました」

 

 コゼ、シャングリア、アン、そして、集まっていた一郎の女たちが、口々に安堵の言葉を発する。

 一郎は身体を起こした。

 周りを見渡す。

 

 そして、マーズを闘技の試合をしていて、最後の最後に、掌底を胸に叩きつけられて、気を失ってしまったのだと思い出した。

 

 どうやら、試合は終わったようだ。

 マーズはどうしたのだろう……?

 周りを見る。

 マーズの姿はなかった。

 

「マーズは?」

 

 一郎は言った。

 すると、女の輪の中からミランダがすっと進み出た。

 

「戻ってもらったわ。あんたが意識を戻すまで、そばにいたいと言ったんだけど、追い返したのよ。みんなが、あんたに群がりだしたので、これ以上、不審を抱かせないようにね。王妃殿下どころか、姫様や、三巫女、女豪商のマアたちなんかが、揃いも揃って、あんたの女だとはっきりとわかってしまったら、都合が悪いでしょう?」

 

 ミランダが微笑みながら言った。

 その顔には、一郎に対する慈しみの感情が溢れているよう思った。

 

「ロウ殿、あの若い女闘奴は、ものすごく、そなたと別れるの未練そうだったぞ。相変わらず、罪作りで、女の敵だな」

 

 マアが笑った。今日のマアは、屋外ということで、欺騙の魔具で老女姿だ。

 

「俺は負けたんだな?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「そうね。負けね。本来であれば、クエスト達成とはみなせないけど、マーズは試合後に、自分の負けを完全に認めていたから、クエストについては成功にするわ。いつでもギルドに顔を出して。成功報酬を払うから」

 

 ミランダが笑いながら言った。

 一郎は頷いた。

 

「……そうか……。マーズは負けたと言ったか」

 

 苦笑した。

 調子に乗って油断したのが悪かったかもしれない。

 だが、マーズは完全に淫魔術で身体を弛緩していた。

 あの状況で、マーズがまだ攻撃力を残していたとは意外だったが、一発で失神してしまうような強烈な打撃だった。

 それをマーズは、ほとんど事前動作なしに、わすかな手の動きだけでやってのけたのだ。

 さすがは、無敵の闘奴だと思った。

 

「だけど、マーズはすごく名残惜しそうだったわ。あのマーズが顔を真っ赤にしてはにかむ姿なんて、本当に珍しいものを見れたわ」

 

 ミランダが意味ありげに微笑んだ。

 しかし、一郎はミランダの笑みの正体が見抜けずに、首を傾げた。

 

「でも、やっぱり、ロウは強かったな。あのマーズを子ども扱いだった。お前は最高だ」

 

 シャングリアが口を挟んだ。

 なぜか、赤い顔をしている。

 それで、ステータスをこっそりと覗いた。

 

 そして、驚いた。

 シャングリアはすっかりと欲情しているようだった。

 もしかして、一郎がマーズを凌辱的に犯すのを見物していて、あてられて興奮してしまった?

 

「あのう、ロウ様、お見事でした。かっこよかったです」

 

 エリカだ。エリカの顔も赤い。

 それで、はっとして、改めてここにいる女たちのステータスを観察する。

 誰も彼も、大なり小なり、シャングリアと同じようなものだ。

 みんなすっかりと、身体が火照って熱くなっている状態だ。

 一郎に調教されて、みんな淫乱な身体になってしまっている。先日、全員に刻んだ刻印のせいかもしれない。

 とにかく、欲情しやすいのは、一郎の責任だろう。

 思わず、笑ってしまった。

 

「じゃあ、治療をしてくれたお礼に、スクルズ殿を犯してあげます。下着を脱いで、スカートをまくったら、頭を地面につけて、俺に尻を向けてください」

 

「は、はい」

 

 一郎の破廉恥な言葉に、ちょっとたじろいだ様子を示したスクルズだったが、命令そのものには逆らう気はないようだ。

 ほかの女たちがいるというのに、スカートの中に両手を入れて、下着を脱ぎ始める。

 

「ロ、ロウを引きあげたのは、わたしだぞ。わたしとミランダとエリカだ。礼ならわたしたちにも……」

 

 シャングリアが口を挟んだ。

 そうなると予測していた。

 一郎はにんまりと微笑んでしまった。

 

「……じゃあ、シャングリアも同じように並べ。ミランダとエリカもな」

 

「は、はい」

 

「あ、あたし?」

 

 ミランダが顔を真っ赤にした。エリカはすぐにスクルズの横に行く。

 そのとき、アネルザが口を開いた。

 

「待て──。シャングリアやエリカは、屋敷に戻れば、またロウと一緒にいられるのだろう。一緒に住んでいない女が優先のはずだ。シャングリアとエリカは表で見張っておれ。それよりも、この軍営を準備したのは、わたしだぞ。礼ならわたしもだ」

 

 アネルザが進み出た。

 一郎がお道化た仕草で、並べと手で示すと、嬉しそうに下着に手をかけ始める。

 

「ま、待って──。ロウはわたしを指名したのです。な、なんで……」

 

「そうですよ」

 

 シャングリアとエリカは、不服そうだったが、確かに見張り役は必要だ。

 一郎は、ふたりを説得して外に出した。

 膨れていたが、シャングリアとエリカは渋々、この道場の外に出ていく。

 

「じゃあ、犯して欲しい者は並んでください。左から順番にいくよ。最後までいったら、今度は右から……。そして、また左からです」

 

 一郎は声をかけた。

 

「はい、あたしっ」

 

 シャングリアとエリカが外に出されたとき、隠れるようにしていたコゼが、さっとスクルズとミランダのあいだに割り込む。

 ミランダは、まだ照れた様子で、ちゃんと並んでなかったのだ。

 ほかの女たちは顔を見合わせる仕草をしたが、結局、残った全員がスカートをまくって下着を脱ぎ始める。

 早く準備が終わった者については、一郎がさっき命じた格好になり、さっそく、一郎に白い尻を向けだす。

 アネルザがいるというのに、娘のアンも、あんまり迷った様子を見せずに並んだ。

 

 ただ、イザベラだけが、ちょっと取り残された感じになっていた。

 この中では、間違いなく、一番気位が高い。

 それで、こんなところで、はしたなく尻を出すということに躊躇いがあるのだろう。

 しかし、一方でイザベラの護衛のシャーラは、いそいそと支度を始めている。

 

「お、お前も並ぶのか、シャーラ?」

 

 ほかのものと同じように尻を出す準備をしているシャーラに、イザベラが戸惑った声を出した。

 

「これだけの者がいるのですから、護衛役は十分ですよ。それに、ここは軍営の中ですし」

 

 シャーラは悪びれる様子もなく、列に並んだ。

 

「ま、待て──。わたしもだ。やっぱり、わたしも犯してくれ」

 

 イザベラが慌てて声をあげ、下着を脱ぎだす。

 一郎は苦笑した。

 

「イザベラ、最後だぞ、最後──。こんなときには、王太女といえども、特別扱いはなしじゃ。最後だったんだから、列の最後に並ぶのだぞ」

 

 スクルズとコゼに次ぐ番をしっかりと確保し、三番目の位置に陣取っているアネルザが叫んだ。

 

 一郎は改めて、壮観な光景を眺めた。

 左から、スクルズ、コゼ、アネルザ、ミランダ、アン、ノヴァ、ベルズ、ウルズ、シャーラ、マア、そして、最後にイザベラが尻をこっちに向けて並んでいる。

 

「じゃあ、いきますよ」

 

 一郎はまずは一番左側のスクルズの腰をつかむと、尻の後ろから、すっかりと元気を取り戻している肉棒を突き挿していった。

 

「あっ、ああ、ロウ様、ありがとうございます」

 

 スクルズが嬉しそうに、剥き出しの腰をぶるぶると震わせた。

 

 

 

 

(第38話『闘少女対淫魔師』終わり) 



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 第39話  天空神の花嫁
214 新神殿長の依頼


「あ、ああっ、あ、ああっ、き、気持ちいいです、あはあっ」

 

 湯の中のスクルズが一郎に股間を突かれながら、腰をくねらせて絶叫した。

 スクルズの両手は、一郎の背中にがっしりとしがみついている。

 対面座位の体位だ。

 一郎の怒張はしっかりとスクルズの股間を貫いており、律動が十回を超えたところで、ついにスクルズが快感を極めて全身を痙攣させた。

 

「ああ、ああはああっ、ロウ様……。い、いきます。いくううっ」

 

「どうぞ、遠慮、なく。じゃあ、俺も、いかせて、もらうよ」

 

 一郎は腰を振りながら、最後の刺激をスクルズに与えた。

 豊かな乳房がぶるぶると揺れ、スクルズが絶頂に達する。

 半身を湯に漬けているスクルズが、身体を弓なりにして、一郎の怒張を咥えている股間をぎゅっと収縮させた。

 一郎はそのスクルズの絶頂に合わせて精を放つ。

 

 大所帯になった一郎のハレムの女たちを抱くためのいつもの亜空間だ。

 ただ、ピカロとチャルタのふたりのサキュバスを眷属にしたことで、淫魔師レベルが“99”となり、その結果、さまざまな能力が顕著に向上した気がする。

 もちろん、女扱いに限ることだが……。

 

 一郎の亜空間能力の上昇もそのひとつだ。

 すなわち、本来のサキの亜空間能力ほどではないが、単なる白い空間でしかなかったのが、ある程度、亜空間の中に幻術で発生させられるようになったのだ。

 もちろん、生きている者で連れ込めるのは、一郎の女だと認めた者たちに限定されるというのはあるが、小規模であれば、空想の世界を出現させることができる。

 また、サキがやるように、女たちの年齢や記憶なども一時的にいじくることもできるみたいだ。

 サキの能力が一郎にも伝播したみたいな感じである。

 

 だから、今夜も、いつもの屋敷にいたのだが、偶然大勢が集まってしまったこともあり、強化された亜空間能力を使って、全員を亜空間に連れ込んだ。

 さもないと、集まってきた女たちを十分に悦ばすことができない。

 亜空間の中は、外側の空間とはまったく別に時間が流れており、ここで何十時間過ごそうとも、一郎の意思ひとつで、数瞬の時間経過として、現実世界に戻ることが可能なのだ。

 だから、ここでなら、時間を気にすることなく、女たちと愛し合うことができる。

 一郎の女たちは、それぞれに王都で重要な地位についている者が多く、彼女たちの時間は、時折クエストをこなすだけの暇人の一郎に比べて、余程に貴重だったりする。

 

 とにかく、一郎は女たちを亜空間に連れ込むと、今日はサキなしで、そこに温泉を準備した。

 景色を作ることまではできないが、真っ白い空間の中に、ぽつんと温泉が存在する感じだ。

 ここに、いつもの三人娘に加えて、スクルズにミランダ、アンとノヴァの主従、さらにイザベラとシャーラが集まっているところだ。

 イザベラの十人の侍女のうち、半分の五人も一緒に来ている。

 

 侍女たちについては、イザベラが連れてきたのだが、“ほっとらいん”と称する移動術の設備を使ったとはいえ、さすがに全員を同時に連れて来て王宮の居室を空にするわけにはいかず、半分だけにしたそうだ。

 まあ、一郎の屋敷に遊びに行く権利を巡って、かなりの争いがあったらしいが……。

 いずれにしても、とりあえず、この温泉を現出させた亜空間の中で、全員をひと通り抱き潰し、いまは、湯の中と外で女たちはぐったりと身体を休めている。

 

 そして、折り入って話があるというスクルズを改めて呼び寄せ、ちょっと女たちと離れた一角で愛し合いを兼ねて、その話というものを聞いていたところだ。

 その内容には驚いたが、ほかならぬスクルズの「お願い」だし、スクルズの頼みであれば、無条件に承知するしかない。

 なにしろ、スクルズには、日頃から無理を言って、一郎のおかしな思いつきに協力してもらったり、彼女の貴重な時間を一郎たちのために使ってもらっている。

 世話になっているのだ。

 とにかく、いま了承した。

 

「あ、ありがとうございました。いい気持ちでした……。それと、おかしなお願いを受けていただいて感謝しております。当日はどうか、よろしくお願いします」

 

「まあ、スクルズのお願いだしね……。どんなことであろうとも、断るつもりはなかったよ。だけど、まあ、考えてみるよ。やり方は一任させてもらうということでいいね。それと、改めて、神殿長への就任おめでとう」

 

 一郎はスクルズから一物を抜きながら言った。

 湯の中で犯されて絶頂の余韻と、湯あたりで、スクルズは半分ぼっとしている。

 一郎は、温泉の縁にスクルズを連れていき、湯に膝下だけを漬けるようにして、温泉の外に座らせた。

 ほかの亜空間に収納してあるものを転送して、大きめのグラスで冷たい果実酒を出す。

 

「ありがとうございます」

 

 受け取ったスクルズの喉が動き、手渡したグラスが空になる。

 

「おかわりは?」

 

「いえ、ごちそうさまでした」

 

 スクルズは湯の縁に座っており、それに対して一郎は、まだ湯の中だ。スクルズの裸体を下側から見上げるようにな視線になっている。

 湯に濡れて、桃色に染まるスクルズの裸身が一郎の前に露わになっている。

 いつもながら、綺麗な身体だ。スクルズは、特に裸体を隠すようなことなく、一郎をうっとりとした表情で見つめ返してきいる。

 

「就任式ではロウ様のお好きになさってくださいね……。思う存分辱めて欲しいですわ……。わたしがロウ様の奴隷ということをしっかりと刻み込んでいただきたいのです。神の前で……」

 

 スクルズが柔和に微笑んだ。

 一郎は嬉しくなった。

 実のところ、スクルズに「お願い」をされたのは、第三神殿の神殿長に抜擢されることになったスクルズの神殿長就任式において、スクルズを儀式の中でレイプすることだ。

 驚いたが、スクルズは真面目のようだった。

 式典では王都を始めとして、神殿界の重鎮たちを中心に国内外からも大勢の賓客が訪れる。

 もともと、美貌で気さくな人柄で王都でも民衆に人気のあるスクルズだから、就任式が開かれる第三神殿では、当日は大変な数の民衆で賑わうことも予想される。

 その場で、スクルズは一郎に犯されたいらしい。

 とにかく、引き受けるということを一郎は約束をした。

 

「それにしても、神様の前で、俺に汚されたいだなんて、とんでもなくやんちゃな淫乱巫女様だね。天界の天空神とやらもびっくりだろうさ」

 

 一郎は茶化した。

 だが、スクルズはにこにこしたままだ。

 

「わたしには、必要なことなのです」

 

「必要ねえ……」

 

 一郎は苦笑したくなった。

 敬虔なはずの大切な式典で、自分を凌辱して欲しいというようなことが、どうして必要なことになるのだろう。

 そう考えると、可笑しくなったのだ。

 だが、そのスクルズが真面目な顔になったので、表情を崩すのは自重した。

 

「……ところで、ロウ様、実は、わたしは本当は不安です。筆頭巫女の聖職者が地方神官長の経験なしに王都大神殿の神官長になるのは異例中の異例です。それにまだ若輩者です。務まるでしょうか……」

 

 スクルズは嘆息した。

 一郎は、スクルズなら大丈夫だと請け負った。

 また、もしも困ったことがあれば、一郎もいるし、ほかの仲間に頼ってくれとも言った。

 スクルズは、ちょっとだけほっとした顔になった。

 

「……ところで、それとは別に、陛下から、あるお達しが密かにわたしにありました。それについても、ご相談をしたいと思っていたいのです」

 

「お達し?」

 

 あのルードルフ王がなにをスクルズに言ってきたのだろう?

 一郎は意外なスクルズの言葉に首を傾げた。

 だが、スクルズは口を開くとともに、くすくすと笑いだしたのだ。

 

「……アン様をロウ様に絶対に近づけるなというのです。それだけじゃなく、悪い虫がつかないように、責任をもって見張れとも……。どうやら、陛下がわたしの神官長就任に口添えしたのは、わたしがアン様を預かる代償であるようです。それで、どうしたものかと……」

 

 一郎はスクルズの言葉に笑ってしまった。

 あの王は、一郎の好色を見抜いて、アン王女に手を出さないかどうか心配になっただろう。

 そういえば、いつかの王との会合のときにも、一郎は、アンには絶対に手を出すなと、王から釘を刺されていた。

 

 今回のスクルズの神殿長就任には、ハロンドール王家からの強力な口添えが、神殿界の人事を握っているタリオ公国内にある神殿本部の教皇に対して行われたのは知っている。

 具体的に動いたのは、王妃のアネルザであり、王太女になったイザベラなのだが、あのルードルフとしても、これでスクルズに恩を売ったつもりでいるのだろう。

 

 それにして、アンに変な虫をつけないようにか……。

 しかし、あの王は、アンがキシダインから残酷な仕打ちを受けていることを薄々承知してながら、自分の保身のために、それを放置した。

 それがキシダインが失脚して、王位を脅かす危険がなくなったからといって、今更、心配顔をすることには、かなり苛つく。

 

 まあ、スクルズにしても、どうしましょうとか言いながら、第三神殿で預かっているアンたちのところに、一郎が通うのを放置しているし、今夜もこうやって、しっかりとアンを一郎のもとに連れてきている。

 スクルズが、王の命に少しも従うつもりがないのは明白だ。

 

「……まあ、とにかく、あの国王様には、すべて承知したと応じておいてくれ。まあ、あっちのことは任せてもらうよ。アン様もノヴァも、これまで通りに俺は調教するよ。もちろん、スクルズもね──。神殿長になったからといって、俺から逃げられるとは思わないことだ」

 

 一郎は、スクルズをもう一度湯に連れ込んで、一郎に対してお尻を向けさせる。

 そして、スクルズの腰を引き寄せ、お尻の穴に指をゆっくりと挿入していく。

 一郎の指には、淫魔術の力でたっぷりの潤滑油が滲んでいる。

 そのおかげもあり、あっという間に一郎の指は、根元までスクルズの尻穴に挿し込まれた。

 

「あ、あっ、ああ、そ、そこは……」

 

 スクルズが驚いたような声を出した。

 だが、もう遅い。

 一郎の指はスクルズの尻穴の中で鉤状に曲がっている。

 もう簡単には抜けることはない。

 

「じゃあ、神官長への就任祝いは、若き女神官長の本格的な尻穴調教にしようかな」

 

 一郎はスクルズの尻を指で愛撫しながら言った。

 スクルズが、「そんな」と困惑した口調で声をあげながら、淫らに身体を悶えさせた。

 

「あーあ、結局、自分で頼んだのね、スクルズ……。就任式の案件については、冒険者ギルドで預かるって言ったでしょう。まあいいわ。受けるんなら、指名クエストを発動させてもらうわ、ロウ。これはクエスト扱いにするわ……。スクルズもいいわね」

 

 そのとき、少し離れた場所にいたミランダが、スクルズを抱いている一郎に寄って来ながら、声をかけてきた。

 どうやら、ミランダは、就任式の場でスクルズをレイプして欲しいという、スクルズのとんでもない依頼を知っていたようだ。

 それにしては、いままで、なににも言わなかったなと思った。

 とりあえず、一郎はスクルズのお尻から指を抜いた。

 

「あんっ」

 

 スクルズが安堵した様子ながらも、ちょっとだけ切なそうな仕草をする。

 

「はあ、はあ、はあ……。もちろん、クエスト扱いで構いませんわ、ミランダ。そういうつもりでしたので。でも、なかなか、ロウ様にお伝えしてくれないし……」

 

「タイミングを計ってたのよ──。それに、あんたがどこまで本気かどうかも、判断つかなかったし……」

 

 スクルズが荒い息をしながら、ちょっとだけ不満そうな表情をミランダに向ける。

 ミランダが溜息をついた。

 それでわかったが、今回のスクルズの「依頼」は、ミランダは乗り気ではないらしい。

 もしかして、それでずっとスクルズをはぐらかしていたのだろうか。

 だが、いま、スクルズが直接に一郎にお願いをして、それを一郎が受けたことで、考えを変更して、クエスト扱いにして、ギルドで管理することにしたのだと思う。

 なにしろ、当日は、就任をするスクルズがひとりになる機会など、ほとんどないに違いない。

 賓客が集まることで、警備は神殿兵だけでなく、王軍も加わるはずだ。

 その厳重な警備の中をかいくぐって、スクルズをレイプするのは、かなり困難が予想される。実はかなり危険なクエストだ。

 しかも、スクルズの要望は「レイプ」なのだ。神からスクルズを奪って欲しいという物言いをした。合意のセックスじゃない。

 さて、どうやって、それを成功させようか……。

 

「無茶はしないよ、ミランダ」

 

「それを聞いて安心したわ」

 

 ミランダがまたもや溜息をついた。

 

「ふふふ……。とにかく、ロウ様、いつも気持ちよくしていただいて、ありがとうございます。でも、そろそろ離れます。ほかの方にも、ロウ様をお譲りしますね。では、就任式ではよろしくお願いします。本当に愉しみです」

 

 スクルズがくすくすと笑いながら、一郎から離れた。

 王都一の魔道遣いと称されるほどの女傑であり、しかも、絶世の美女のスクルズを犯して、感謝の言葉を告げられるというのは、男冥利に尽きるというものだが、こういうときには、この世界に連れて来られてよかったと思う。

 

「じゃあ、ミランダが来いよ。これからもよろしくという意味合いを込めて愛し合おうぜ」

 

 一郎はミランダに声をかけた。

 この亜空間には、たったいままで抱いていたスクルズに加えて、シャングリア、ミランダ、イザベラ、シャーラ、アン、ノヴァ、コゼにエリカ、さらに五人のイザベラの侍女という女たちが集まっている。

 いまは、ひと周り抱き終わったこともあり、ほかの女たちは落ち着いた感じだ。

 スクルズが離れたことで。一郎の前にはミランダだけになった。

 

「な、なに言ってんのよ。あ、あたしはいいわよ……。ほかの子を可愛がってあげなさいよ」

 

 すると、ミランダが顔を真っ赤にして、困惑の声をあげた。

 ほかの女に比して、二倍近くも年齢を重ねているくせに、今更照れるなとからかいたくなるが、まあ、それもミランダの可愛らしいところだ。

 

「いいから、ミランダは両手を背中に回してくれよ。いつかみたいに、感極まって抱きつかれて、背骨を折られかけるのは嫌だからな。両手を拘束させてもらうよ」

 

 一郎は言った。

 

「えっ、ええ?」

 

 ミランダが立ち止まって、さらに顔を真っ赤にした。

 

「へえ、そんなことをしたのか、ミランダ? 確かに、ミランダが力一杯にロウを抱けば、ただで済みそうもないな」

 

 ちょっと離れていた場所で湯の外で横たわっていたシャングリアだ。一郎たちの声が聞こえたのか、身体を起こして口を挟んできた。

 

「そ、そんなことしないわよ。へ、変なことを言わないでよ、ロウ──」

 

 ミランダが声をあげた。

 しかし、次の瞬間には、ぎょっとした顔になった。

 ミランダの両手は背中で縄で結び合わされ、さらに乳房の上下にも縄がしっかりとかかり、乳房を強調するような緊縛が施されたからだ。

 このくらいのことは通常空間でもできるが、一郎の亜空間を操る力が強化されたことで、亜空間であれば、さらに自由自在に駆使できる。

 

「ほら、来い」

 

 一郎は両手の自由を失ったミランダをまるで子供を抱くように持ちあげると、岩場の淵に座らせた。

 そして、脚を拡げさせて、股間に口づけをする。

 

「んはあ、ちょ、ちょっとロウ……。や、やめてよ。は、恥ずかしいわよ」

 

 ミランダが悶えるのをがっしりと脚を掴んで固定し、股間に舌を這わせた。

 強烈な媚薬成分の混じっている唾液をミランダの亀裂に擦り込み、さらに勃起したクリトリスにまぶしていく。

 少し前までは、ドワフ族の女らしく、ミランダの恥毛はかなり量が多かったが、先日、すっかりと剃りあげてやったので、もうミランダの見た目は、一郎にとっては、まるで「小学生」だ。

 そのミランダの股間を舌でねっとりと舐め尽くしていく。

 あっという間に、ミランダの身体の震えがとまらなくなった。

 さらに、舌先で肉芽の皮をめくって、そこを唾液で包んで舌で転がすように動かす。

 

「んふうううっ」

 

 ミランダが上半身を岩場に倒すようにして絶頂した。

 一郎はミランダの身体を慌てて、両手で支える。

 さっそく昇天してぐったりとなったミランダをもう一度湯の中に入れると、一郎は怒張をミランダの股間に埋め込んで腰を動かし始めた。

 一郎に股間の中にある鋭い性感帯を強く刺激され続けるミランダは、またもや短い時間で気をやった。

 怒張を抜くことなく、一郎は弧を描くようにミランダの股間を突き続け、乳房に口をつけてちゅうちゅうと音を立てて吸ってやる。

 一郎の手にかかれば、淫魔術を刻んでいる女を極めさせることなど、赤子の手を捻るようなものだ。

 

 そのまま対面座位でもう一度絶頂させ、一度抜いて岩場に上体を預けさせて、背後から犯してまたもや気をやらせる。

 

 次に、もう一度一郎を向かせて、前から犯す。

 数回目の絶頂に昇りつめかけたミランダの唇に一郎が唇を重ねると、ミランダは無我夢中の風で一郎の舌先を強く吸いあげてきた。

 ミランダは、さらに一度絶頂し、一郎が精を放つのに合わせて、もう一度絶頂した。

 

 一郎はほとんど失神状態のミランダを縄掛けしたまま岩場に寝かせた。

 気がつくと、横になって休んでいる者が多かった湯の周りで、いつの間にか女たちが一郎に視線を注目させている。

 周りの女たちは、ミランダの痴態を呆気にとられたように見守っていたが、ミランダが派手な恥態を示したことで注目し、また愛してもらいたいような顔になっている。

 誰も彼も、肉食獣みたいだな。

 ふと、思って、一郎はほくそ笑んでしまった。

 

「ご主人様、次はあたしです」

 

 すると、その隙をつくように、ずっと岩場側にいたコゼがさっと一郎の前に走り寄って来た。

 だが、それをさっとシャングリアが制した。

 

「待て、コゼ──。お前はもう三度も、ロウに抱いてもらっているぞ。そろそろ、みんな回復する。少し自重した方がいいのではないか。それに、あのエリカを変えてもらったのは、コゼのおねだりだろう。相手をしないか」

 

 シャングリアがコゼを押し避けるように一郎の前にやって来た。

 

「大丈夫よ。エリカはいま放置調教中なんだから」

 

「だったら、なおさらだ、コゼ。エリカの相手をしろよ」

 

 一郎はコゼに言った。

 

「ご主人様が言うなら、仕方ありません。後で仲良くしてくださいね」

 

 コゼが少し不満そうに一郎から離れていく。

 一郎は笑いながらシャングリアを抱き寄せた。まあ、コゼについてはすぐに埋め合わせができる。

 シャングリアをそのまま湯の中に誘った。

 そして、乳房に口をつけながら、股間にすっと指を潜らせた。

 

「あんっ」

 

 シャングリアがびくりと身体を震わせる。

 亀裂の内側は火傷をするかと思うほどに熱くて、すでにびっしょりと愛液で濡れていた。

 ほとんど愛撫もしていないのに、すでに挿入可能な状態にあるようだ。

 シャングリアの股間から指を抜いて、怒張を貫かせる。

 すぐにシャングリアが、悲鳴のような悶え声をあげた。

 

 一郎は、シャングリアを湯の中で犯しながら、ふとひとりだけ離れて岩場に備えてある木製の重厚な椅子に四肢を革ベルトで拘束されて座らされているエリカに目をやった。

 そのエリカの前には、シャングリアにたしなめられて、戻ったコゼがいる。

 しかし、コゼの前のエリカは、普段の姿とは違う。

 いまのエリカはわずか十歳の童女なのだ。

 実は、少し前からのことだが、エリカのおねだりで、何度かコゼを童女に戻して、エリカの相手をさせたことがある。なにしろ、童女姿のコゼを「調教」することは、百合癖もあるエリカの大好物なのだ。

 エリカが繰り返し求めるので、サキの仮想空間に接することがあれば、求めに応じてコゼを童女に戻したりしていたが、なんとなく、コゼにそれに気づかれたみたいなのだ。

 

 それで、コゼから、今度はこっそりとエリカを童女にして仕返しに調教させて欲しいとねだられた。

 一郎としては、十歳の童女のエリカというのも悪くないと思って、今度はエリカに通告なしに、亜空間に入るなり、エリカを幼くした。

 一時的に記憶も消してやる。

 それだけでなく、コゼを「調教師」と認識する暗示も与えた。

 

 そして、ふと見ると、童女のエリカが拘束された椅子に腰かけたまま、全身をびっしょりと汗で濡らしてよがり狂っている。股間に淫具が当ててある。手渡したローターだ。

 さっき一郎のところに来る前から、童女のエリカの股間にその淫具を密着したままにしているのは明白だ。挿入もしているみたいだ。スクルズに魔宝石の欠片を入れさせて、魔道力のない者でも自在に振動などをさせられるようにしているものだ。とにかく、淫具だけは、この亜空間内に大量にある。

 とにかく、その渡したローターを装着して放置し、さっきはこっちに来たのだろう。

 だが、コゼがその童女のエリカのところに戻っている。

 一郎はシャングリアに意識を戻した。

 本格的な抽送に移行する。

 

「ああっ、ロ、ロウ、ロウ、もういく。いくうっ」

 

 シャングリアが顔を左右に振って可愛らしい悶絶をしたのはすぐだった。

 

 そのとき、けたたましい絶叫が岩場から聞こえた。

 一郎は驚いて、とりあえず、シャングリアから身体を離して、悲鳴の方向を見た。

 見ると、椅子に拘束しているエリカがコゼの指を思い切り噛みついていた。

 一郎は慌てて湯から出て、エリカとコゼのいるところまで向かった。

 

「いたあっ、は、離せ──。ば、ばか──。い、いたいいっ」

 

 コゼが泣き声をあげている。

 だが、エリカの噛む力は強く、コゼがもがいてもなかなか口を離さない。

 

「どうしたんだ──? とにかく、コゼを離せ、エリカ──」

 

 一郎が大渇すると、やっと十歳のエリカはコゼから口を離した。

 怒ってエリカの髪を掴みかけたコゼを一郎は抱き寄せ、一方でエリカを見た。

 エリカの童女の股間には、やはりローターが挿入されていて、それが振動を続けていた。クリトリスにも当たってる。

 かなり長い時間、淫具の刺激を受けていたらしく、エリカの股間には夥しい愛液が漏れている。顔は朦朧として、肩で息をするほどに呼吸は荒い。

 だが、しっかりと、コゼを鋭い視線で睨みつけていて、首を横に曲げて唾を岩に吐いた。

 その唾はコゼの血で真っ赤な色をしていた。

 

「い、いい加減にしな、人間──。今度は指を噛み千切ってやるよ──。この変態女──」

 

 童女のエリカがコゼに悪態をついた。

 一郎は少し驚いた。

 エリカの知能は、肉体とともに十歳に戻っていて、それに応じて、意識も性質も十歳当時のものに戻っているはずだ。

 それでも、エリカにはコゼのことを「調教師」だと思い込ませたはずであり、そのコゼに乱暴をするはずなどないはずだった。

 だが、現にエリカは、コゼの執拗な責めに激怒し、隙を見せたコゼの手に興奮して噛みついたようだ。

 なんという気性の荒さだろう。

 一郎は、大人になったエリカを知っているだけに、この荒々しい子供のエリカに舌を巻いた。

 あるいは、これこそが、エリカの隠れた本質なのかもしれないが……。

 

「大丈夫ですか?」

「いまのお声は?」

「まあ、まあ」

 

 一郎に抱き潰されて、いままで呆けていたイザベラの侍女たちも驚いて集まってきた。

 今日やって来たのは、トリア、ノルエル、オタビア、ダリア、モロッコだ。

 侍女長のヴァージニアを始め、残りは王宮で留守番らしい。

 

「まあ、大丈夫ですか、コゼさん……。わたしが手当てをして差しあげます」

 

 ほかの女とともに追いかけてきたスクルズが、一郎に抱き慰められているコゼの指を手に取った。

 エリカの歯型がついて、かなりの血が流れていたコゼの指の傷が塞がり、血も消えて、すっと元に戻る。

 

「怖いなあ……。一緒に手を出さなくてよかったよ。そういえば、大人のエリカも怒らせると怖いしな」

 

 横でシャングリアが笑った。

 すると、コゼがきっとシャングリアを睨みつけた。

 

「じょ、冗談じゃないわよ──。な、なによ、こいつ──。ご主人様、エリカはあたしの言葉に従うようにしてくれたんじゃないんですか──?」

 

 コゼが憤慨して声をあげた。

 

「ううん……。そのはずなんだがなあ……。どうも、当時のエリカは、あまり人の指図を受けるような気性ではないようだな」

 

 一郎は頭を掻いた。

 

「と、とにかく、ま、股のものを止めろ、お前ら──。そ、それとわたしを離せ──。さもないと、どいつもこいつも、喉を噛み千切るぞ──」

 

 エリカがまたもや怒鳴った。

 周りの女たちも目を丸くしている。

 一郎は、十歳のエリカを大人のエリカに戻した。

 それとともに、エリカを拘束していた椅子を消滅させ、股間に淫具も消してやる。別の亜空間に収納し直したのだ。

 

「あれっ……? な、なに? なんですか、これ?」

 

 普段の姿になったエリカがきょとんとしている。

 十歳の状態から大人に戻したとき、そのまま記憶を繋げてしまうとエリカの頭に混乱が生じるために、現実世界に戻るまで、十歳のときの記憶は封印することになる。

 だから、なにが起きたかわからないエリカは、周りを一郎たちに囲まれてきょとんとしている。

 

「なんですかじゃないわよ、あんた──。あんたって、子供のとき、とんでもないじゃじゃ馬だったのね。二度とごめんよ」

 

 コゼがまだ憤懣(ふんまん)が収まらない口調でエリカを怒鳴りつけた。

 

「はあ? もしかして、あんた、わたしになにかした?」

 

 すると、エリカも急に顔を険しくした。

 

「とにかく、ご主人様、抱いてください。とても痛かったんです」

 

 一郎の腕の中のコゼが急に相好を崩して、一郎に甘える声をあげた。

 そして、ぎゅっと裸身を一郎にくっつけてくる。

 一郎は、苦笑して抱き返す。

 

「待つのだ、コゼ──。エリカに噛まれて気の毒だったが、それはある意味、自業自得だ。それよりも順番を守れ。今度は、わたしの番にしてもらう」

 

 コゼを押しのけたのはイザベラだ。

 横入りするように、コゼと一郎のあいだに入って来る。

 

「な、なんです──。姫様でも我がままは許せませんよ。あたしが抱いてもらうところだったんですから」

 

「なにが我がままだ──。さっき、シャングリアも言ったであろう──。聞こえたぞ。コゼはもう三度もお情けをもらったらしいじゃないか。次だ、次」

 

 イザベラが強い口調で言った。

 

「いいえ、わたしもいます」

 

 シャーラも断固とした声を挟んだ。

 

「そうだ、コゼ。それと、わたしたちもちょっと久しぶりなのだ。わたしとシャーラだけじゃなく、侍女たちも、もう少しロウに相手をしてもらいたい。アン姉様たちもな」

 

 イザベラがさらに言った。

 コゼがぷっと頬を膨らませる。

 

「い、いえ、わたしは……」

「あたしも……」

 

 すると、アンとノヴァがたじろぐような声をあげた。

 

「いや、姉上、これだけは言っておくぞ、わたしたちが王族といっても、この者たちは絶対に遠慮はせん。積極的にいかないと、おこぼれにさえありつけないぞ。みんな、ロウの寵を受けようと必死なのだ。この前、王妃殿下にそう言われた」

 

 イザベラが姉のアンに説教口調で言った。

 そういえば、アネルザがそんなことをイザベラに言っていた気がする。だから、今日は珍しく、侍女を率いて自分から、一郎の屋敷を訪問してきたのだと思った。

 それにしても、いつになく積極的になったイザベラだ。これは、ちょっと夜這いの間隔を開きすぎたかな?

 一郎は噴き出してしまった。

 

「ま、待ってよ。いつの間に、こんなことになってんの? ねえ、どういう順番なのです? わたしの番はどんな感じになっているのですか」

 

 エリカが強い口調で割り込んできた。

 一郎はなんだか嬉しくなった。

 

「わたしたちも、そろそろ、もう一度お願いします……。ねえ、ノルエル」

「はい……」

「わたしたちも……」

 

 休んでいた侍女たちも積極的になってきた。

 休憩をしたことで回復したのだろう。

 

 それにしても……。

 ……と思う。

 

 この中のひとりでさえ恋人にできたら、世の男はその幸運に、狂ったような妬みをその男に示すだろう。

 それをこれだけ独占し、しかも、女たちが一郎に犯してもらおうと争ってくれるのだ。

 正に人生の春に違いない。

 

「心配しなくても、全員抱き潰すよ。皆で愉しもう」

 

 一郎はそう宣言し、まずは正面にいるイザベラを抱き寄せ、立ったままの姿勢でイザベラの秘裂に肉棒を突き立てた。



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215 我が儘な眷属たち

「いけなかったのか」

 

「いけなかったのか?」

 

 一郎と主従の誓いをした二匹のサキュバスが、困惑したように声をあげた。

 

 王宮の敷地内にあるルードルフ王の後宮だ。

 もっとも、サキの仮想空間のことであり、ここは現実の世界ではない。

 一郎は、自分の屋敷と王宮を移動術で自由に往復できる“ほっとらいん”と名付けた魔道具で繋げてもらっていたが、それを使って後宮に忍び込んだあと、すぐにサキの仮想空間にサキたちを集めてもらったのだ。

 万が一にも、後宮に男が潜入したことを咎められないためにだ。

 

 一郎はそこにいる。

 周りにいるのは、サキのほかに、あの変態王の相手として送り込んだ、ピカロとチャルタのサキュバス二匹だ。

 もっとも、三人とも人間族の美女の姿に変わっていて、本来の魔族の面影は完全にない。

 

 神殿長就任式の場で一郎にレイプして欲しいというスクルズのとんでもない依頼についてサキに相談する傍ら、一郎のために頑張ってくれている三人を慰労しようと思い、久しぶりに彼女たちを訪問したのだが、一郎はそこで驚くべき告白をサキュバスたちから聞いてしまったところだ。

 スクルズの就任式は、もう三日後に迫っていた。

 

「いけなかったというか……」

 

 一郎も困惑してしまった。

 ふたりのサキュバスが告白したことによれば、このふたりは、王に仕える寵姫として王をたらし込んだだけでなく、王宮に仕えている宰相をはじめとした大臣たち重鎮、さらに大将軍以下の武官たちを次々に喰ってしまったらしい。

 喰うというのは、文字通りの意味ではなく、サキュバスの性の力で虜にするということだ。

 つまりは、このふたりは、あっという間に王宮の重鎮たちを性で支配してしまったということらしい。

 一郎は驚きを通り越して、呆然としてしまった。

 すると、横で話を聞いていたサキがけらけらと笑った。

 

「まあ、仕方ないだろう。サキュバスからすれば、人間との性交は食事のようなものだ。人間族の男を垂らし込むのは本能だ。やってはいけなかったのであれば、事前に告げておかなければだめだ。それは主殿(しゅどの)が悪い」

 

「だが、こんなにあっという間に……。そもそも、お前たちは王の寵姫ということになっているのだろう? どうやって、大臣や将軍たちと寝たんだ? まさか、サキュバスの姿に戻ったとか?」

 

 一郎は訊ねた。

 そうであれば、王宮内に、魔族のサキュバスが入り込んだとして、いずれ噂がたち、当然に討伐があるだけでなく、侵入経路について問題になるだろう。

 張本人の一郎に、やがて、その捜索の手が伸びる可能性もある。

 だが、ピカロとチャルタが元気よく首を横に振った。

 

「もちろん、それは約束をしたから魔族の姿は見せていないぞ。このままの恰好で言い寄ったのだ」

 

「おれは武官側を受け持ってな──。ピカロは文官だ。三日でどれだけたらし込めるかという競争もしたんだ。おれが十人、ピカロが九人だ。おれが勝ったのだぞ。ご主人様、ご褒美が欲しいな」

 

 チャルタが椅子に腰かけている一郎の足元にすっと寄ってきて、甘えるように胸を足にすり寄せてきた。

 

「あっ、ずるい──。ぼくも──」

 

 するとピカロも同じように寄って来る。

 一郎は溜息をついた。

 宮廷と軍部の重鎮たち十人と九人ともなれば、すでにかなりサキュバスに喰われている。どうやらいまや、ハロンドール王宮の大部分は、この二匹のサキュバスの支配にあるということだ。

 サキュバスとの性交は、普通の人間にとっては逆らうことのできない魔薬と同じだ。

 その与える快楽に支配されて、完全な操り状態になるのだ。

 いつの間にか、大変なことになってしまったと思った。

 

 それにしても、王宮の者もだらしがない……。

 いくら、サキュバスの魅了だとしても、仮にも王の寵姫なのだ。

 手を出さないという分別はないのか……。

 それとも、そういう理性を失わせてしまうのが、サキュバス族なのだろうか……?

 

「まあいいか……。だが、ほどほどにしておけよ。お前たちがサキュバスだというのがばれたら、お前たちは逃げればいいが、俺は破滅だ。なにしろ、お前たちを送り込んだのは俺なんだからな」

 

 一郎は足元のふたりに言った。

 このまま成り行きに任せたら、もしかしたら、大変なことになるのではないかという予感もしたが、まあいいだろう。

 なるようになる。

 

「おう、だったら、今度、王宮魔道長を喰っておく。万が一にも、ぼくたちを見抜きそうなのは、あいつだけだしな」

 

「そうだな。だったら、おれもやるよ。あいつ、老いぼれだから、多分、もう勃たないぞ。かなりの淫気を注ぎ込まないとならないと思うから、ふたりの方がいいよ」

 

 サキュバスたちが陽気な声をあげる。

 一郎は呆れた。

 

「ほどほどにしておけと言ったばかりじゃないか。どうやら、お前たちには、口よりも身体に覚えさえた方がいいようだな。そこに裸になって、またがれ」

 

 一郎は亜空間収納の力で、一個の木馬を出現させた。

 もともとは、エリカたちと遊ぶための調教具だ。

 このところ、自由になる金が増えたこともあり、大小の淫具を王都の職人に作らせたりしている。魔道具なら、スクルズだ。

 これもそうであり、一郎の設計で職人に作らせたものをスクルズに魔道を込めさせた。

 そんなことでも、スクルズは嫌な顔ひとつすることなく、一郎の馬鹿げた遊びに付き合ってくれる。

 だからこそ、今回のスクルズの「願い」も、なんとか実現してあげたい。

 

 それはともかく、出したのは木馬だ。

 木馬といっても、両側に頭があり、その首に当たる部分に手首を固定するための手枷がついている。さらに、胴体にも脚を固定するための枷がある。

 一郎が思いついた責め具であり、淫乱なサキュバスには、かなり堪える責め具になるだろう。

 ピカロとチャルタは、突然に出現した怪しげな双頭の木馬に驚いている。

 

「さっさとするんだ。もちろん、跨ったら最後、おりれないぞ。サキュバスの魔道の能力も、俺に対しては封印してあるしな」

 

 一郎の言葉に、サキュバスたちはちょっと不安な表情になった。

 最初にかなり激しく調教したので、そのときの責めを思い出したのかもしれない。

 しかし、ふたりとも、一郎の命じるままに、その場で服を脱ぐと、大人しく向かい合うように木馬に腰かけた。

 一郎は手枷と足枷を嵌めていく。さらに、腿や脛、腹にもベルトを装着して、ほとんど動けないようにしてしまう。

 ふたりは、乳房を密着させた状態で木馬の上に固定をされてしまった。

 

「なにが始まるのだ、主殿?」

 

 サキが興味深そうに立ちあがって、木馬を覗き込む。

 

「まあ、見ていろよ」

 

 一郎は、ふたりのサキュバスが跨っている木馬に念を込めた。

 ふたりの股間が密着している木馬の背中の部分が縦に割れて、柔らかな羽毛のついたこぶし大の球体が出現したはずだ。

 それが媚薬効果のある油剤を放出しながら回り始める。

 

「うわっ」

「ああっ」

 

 すぐにサキュバスたちが悲鳴をあげた。

 球体の表面に出ている羽毛が、ゆっくりとふたりの秘裂やアヌスの入口を油剤を塗りながら撫で始めたのだ。

 

「んふうっ、こ、これは……」

「ご、ご主人様、な、なにこれ?」

 

 ふたりが困惑の声を出す。

 一郎は笑った。

 

「心配しなくても、この木馬はただ、そうやってお前たちの股を刺激するだけだよ。何ノスも同じように、ゆっくりと刺激を続けるというだけのことさ」

 

 一郎は笑った。

 

「なるほど、焦らし責めをする木馬というわけか……。淫乱なサキュバスには、一番つらい責めかもな」

 

 サキが言った。

 サキュバスたちは、早くも汗びっしょりになって泣き声をあげ始める。

 

「ああ、そうだ──。さっきの王宮魔道長の話だけど、一応、支配しておけ。くれぐれもばれるなよ」

 

 一郎は言った。

 王宮魔道長なら、爵位をもらう式典のとき、遠くから垣間見たことはある。

 確かに大変な老人だ。

 だが、レベルは大したことはなかった。

 スクルズやベルズが遥かに魔道師としてはレベルは上だ。

 まあ、このサキュバスのふたりなら問題はないだろう。

 

「ところで、主殿、わしからも報告することがあるのだ。報告というよりは贈り物かな。見てくれ」

 

 そのとき、サキがさっとなにもない状態から、手に一個の赤い宝石のついた首飾りを示した。

 

「あっ、お、お前、それ──」

 

 一郎は叫んだ。

 サキが首飾りを出現させた途端、サキのステータスにその持ち物の名が現われたのだ。

 

「おう、その態度は、これがなにかわかったのだな、主殿。さすがだな。これはあの変態男が持っていた王の宝珠だ。肌身離さずにしているから苦労したが、やっと偽物にすり替えることができたのだ。これは、わしが見ても、かなりの貴重な魔道具だぞ。あの男よりも、主殿が持つのが相応しい。もらってくれ」

 

 サキがにこにこしながら言った。

 一郎は目を丸くした。

 

「お前、なんてことを……」

 

 一郎は唖然として言った。

 サキが持っている物が、このハロンドール王国の秘宝中の秘宝である『王の宝珠』であることは明白だ。

 一郎の魔眼がそれを伝えている。

 最初にこの存在に接したのは、キシダイン暗殺の直後に、ルードルフ王に言い寄られたときだが、この守りがあることで、下手なことをすることはできなかった。

 

 なにしろ、『王の宝珠』という魔道具は、王にかけられそうになった悪意のある魔道や攻撃をすべて相手に跳ね返すという力があるそうだ。

 すなわち、もしも、命を奪う魔道を王にかければ、どんなに高い魔道であろうとも、その魔道遣いは跳ね返った自分自身の魔道により死に、あるいは操りにかけようとした者があれば、逆に王に操られるということだ。

 それだけではなく、剣であろうと、槍であろうと、毒であっても、致命傷を与えるような攻撃を受ければ、王の死の直前に、暗殺者と生命力が入れ替わって、王の命は守られて暗殺者が死ぬのだそうだ。

 まさに、完璧な「守り神」ということだ。

 

 以前、パーシバルというシャングリアに手を出そうとした貴族のお坊ちゃんを、サキの仮想空間の世界の力で女体化して奴隷状態にしてやったことがあったが、同じことを王にしていれば、気がついたときには一郎は王の性奴隷になっていたことだろう。

 下手に手を出して、あの両刀使いの変態中年に逆らうことのできない奴隷にされもしれないと考えると、そら恐ろしいものを感じる。

 

 それだけの秘宝が目の前にある。

 しかも、サキはこれをこっそりと王の身体から外して、偽物とすり替えてきたのだという。

 サキのことだ。

 簡単に見破られるような下手な作為はやらないと思うが、それにしても、なんと大それたことをやったのだろう。

 これでは、一郎は王家を簒奪しようとする極悪人だと誤解されても仕方がない。

 

「なんてことをするんだ──。すぐに……」

 

 すぐに戻して来いとサキを怒鳴りあげようとして、ふと思った。

 つまりは、いま、あの変態王を守る宝具はなにも存在しないということだ。

 あのときはできなかったが、王家の宝具がないということになれば、パーシバルにやったことを王に行うこともできるはずだ。

 無論、女体化して遊ぶということをするつもりはない。

 そんなことをしても、あの変態王は随喜の涙を流すだけだろう。

 しかし、一郎の精を体内に入れさえすれば、男であろうと、女であろうと、一郎はすぐに望むままの操り状態にすることができる……。

 

 王位を簒奪するつもりはないが、もしものために保険をかけてもいいのではないか……。

 なんらかの手段で、あの変態王に一郎の精液を口にさせる。

 それを確認してから、こっそりと淫魔術を王に結んでしまう。

 大それた策だが、別にそれで王に危害を加えるつもりはないのだからいいだろう。

 あくまでも、いつぞやのことのようなことがあったときの、いざというときだけに使う「保険」だ。

 

 今度は仕掛けても大丈夫という予感がする。

 根拠のない「勘」だが、すでに一郎は自分の勘がかなりの精度で正しいということがわかっている。

 

「本当にばれることはないよな、サキ?」

 

 一郎は首飾りになっている宝物を受け取って首にかけた。

 なにかが変化したという感じはない。

 しかし、いざというときには、これが力を発揮して一郎を守るのだろう。

 

「実際には効果がないことを除けば、完璧な複製と交換しておいた。まずは大丈夫じゃな。偽物だとわかるときは、あれに効果がなく、ハロンドール王が殺されてしまったときだろうさ。そのときには、あの主殿の奴隷姫が王位を継ぐのだろう? そのとき、返してやればよかろう。あるいは、主殿自身が王になるかだな」

 

 サキが笑った。

 一郎が王になればいいというサキの「冗談」には、一郎も声を出して笑ってしまった。

 いずれにしても、確かにそういうことだ。

 まあ、しばらく借りておいてもいいかもしれない。

 

「そもそも王がこの秘宝に守られていることは、かなり知られている事実らしいぞ。だから、偽物だろうと、本物だろうと、王が外さん限り、手を出す者はおらん」

 

「偽物でも十分に抑止効果があるということか……」

 

 いつあのアスカが、一郎の存在に気がついて刺客を送り込むともわからない。

 あの変態王よりも、一郎の方がこれを必要としているの確かだ。

 一方で王は、王家の宝珠のために、誰もが手を出さないと思っているのだから、暗殺の心配はないと思う。

 一郎は、自分の心をそう納得させた。

 

「……おい、ピカロとチャルタ、お前たちに任務を与えてやる。今日と、明日と、明後日、お前たちを毎日犯して精を放つ。その精を子宮で溜めておけ。そして、スクルズ殿の戴冠式のときに、王と一緒に、お前たちもついて来るんだ。そのとき、王の控室でお前たちは、王に抱かれて、子宮に溜めた俺の精を全部あいつに舐めさせろ。それだけの仕事だ。いいな──」

 

 一郎は刷毛のついた球を股間に刺激されて、向かい合って木馬の上で、焦らし責めの苦痛に喘いでいるふたりのサキュバスの髪の毛を掴んで大声をあげた。

 さっきから、このふたりはさかりのついた雌さながらに、大声で一郎に性交を強請り続けている。

 無視していたが、それなりの声をあげないと、ふたりの耳にはなにも届かないという感じなのだ。

 

「ああ、ごしゅりんしゃま、なんでもしましゅ。だ、だから、ぼくに精をちょうだい……」

 

「お、おれにも、ねえ、犯してよ。ごしゅじんひゃま。もう、いかせて、いかしゃてえ」

 

 ピカロとチャルタが舌足らずの声で一郎に向かって叫んだ。

 その顔には、もう理性の欠片もない。

 一郎は呆れた。

 

「なんだよ。まだ、大した時間は経ってないじゃないか。うちの三人娘は、半日だって焦らし責めに耐えるぞ。サキュバスのくせにだらしのないふたりだなあ」

 

 一郎は言った。

 

「仕方あるまい。サキュバスにとって、主殿の与える責めは快楽責めであろうと、焦らし責めであろうと通常の百倍の刺激となって脳を焼き尽くすのだ。それが淫魔と淫魔師の関係じゃ。たとえば、お前が半ノス、焦らし責めで放っておいたとすれば、ふたりにとっては、百倍の時間、焦らし責めにかけられたと同じなのだぞ。ほんの短い時間で狂うのは当然だ」

 

 サキが解説した。

 一郎はそんなものかと思ったが、確かに、ちょっと放置しただけなのに、二匹のサキュバスは、すでに常軌を逸したような反応になっている。

 

 いずれにしても、サキュバスにとっては、一郎の存在は神がかり的な快感を与える逆らうことのできない支配者ということになるのだろう。

 逆にいえば、性の技に長けているサキュバスだが、一郎にかかれば、一郎のほんの少しの愛撫に狂う敏感すぎるよがり人形も同然ということだ。

 このふたりを相手にしていると、本当にもっと残酷に責めたてて、支配してやりたくなる。

 もしかしたら、これも淫魔師の本能なのかもしれないが、いずれにしても、実に愉しい「玩具」だ。

 

 とりあえず、ピカロの拘束だけを外してやった。

 一郎に抱えおろされたピカロが、一郎に抱いてもらえると悦びの声をあげた。

 一方で、置いてきぼりにされて焦らし責めを続けられるチャルタは悲痛な声をあげる。

 この絶望の声が、一郎の嗜虐心を刺激する。

 

 一郎は球体の回転を激しくして、十分に達することのできるくらいの刺激に変えながら、チャルタの快感を淫魔術で操り、ぎりぎりのところで絶頂できなくしてやる。

 チャルタが悶絶の悲鳴をあげた。

 だが、いつの間にか絶頂することができなくなっているとわかれば、また苦しみ悶えるはずだ。

 一郎はほくそ笑みながら、とりあえず解放したピカロを床にうつ伏せにして、さっそく両腿を抱えて肉棒を突き挿した。

 

「ああ、いやあ、いいいっ」

 

 一郎の肉棒が股間を貫くと同時に、ピカロは奇声をあげて狂ったように達してしまった。

 

「こらっ、いくのはいいけど、俺が精を放つまで気を失うなよ。三日間、精を溜め込むんだぞ。さっきの話を聞いていたか」

 

 律動を続けながら耳元で怒鳴った。

 三日後に迫ったスクルズの就任式のときに、このふたりに溜めさせておいた一郎の精を王に飲ませる。そのとき一郎は、こっそりと部屋の中に隠れているつもりだ。

 そして、あの変態王が一郎の精を飲んだとわかった時点で、淫魔の力で支配してしまう。

 これで、二度と男色を迫られることはない──。

 

「んふう、いひい、はひいいっ」

 

 しかし、生殺しで極限までの快感を溜めさせられていたピカロは、一郎の存在を知覚しているのかどうかも怪しい感じだ。

 快楽をむさぼることしか考えていないような様子でひたすらによがり続ける。

 

「サキュバスを性交で失神させることを心配するような人間族が存在するとは滑稽じゃのう。ピカロ、サキュバスの誇りにかけて、せめて最後まで意識を保たんか」

 

 サキが背後から揶揄の声をあげる。

 しかし、快楽をむさぼる獣と化しているピカロは、真っ白い肌を桃色に染めて悶え狂うばかりだ。

 

 一郎がピカロに精を放ったのは、ピカロが三回目に絶頂したときだ。

 

「しっかりと溜めておけ。明日も入れるし、お前らが王に抱かれる当日の朝も精を股間に入れるからな」

 

 一郎はピカロに精を放ちながら言った。

 

「ひゃ、ひゃいい、ごしゅりんしゃまあ」

 

 ピカロが尾を引くような長い嬌声をあげたかと思うと、完全に脱力した。

 一郎は怒張を抜いて立ちあがると、ずっと木馬の球体責めに遭っていたチャルタの拘束を解いておろした。

 もう息も絶え絶えだ。

 一郎はわざとちょっと離れた場所に立った。

 

「抱いて欲しければこっちに来いよ、チャルタ」

 

 一郎は言った。

 結局はしっかりと抱いて快楽を極めさせるのだが、そのあいだのやり取りは「ゲーム」のようなものだ。

 しっかりと追い詰めて、屈服させてから激しく抱く。

 それが愉しい……。

 

 一郎の呼びかけがわからなかったのか、木馬から拘束を解かれて、おろされたチャルタはすぐさま、手を股間にやろうとした。

 恥も外聞もなく、一郎やサキの前で秘裂を指で掻きまわすつもりだったのだろう。

 一郎はすかさず、粘性体をチャルタの両手首に発生させると、それを手首に付着させたまま背中側に移動し、チャルタの両手を後手に拘束してしまう。

 チャルタがはっとしたように顔をあげた。

 

「せっかく、抱いてやろうと思ったのに、俺の性器よりも、自分の手がいいと思うような不届きな性奴隷は、またお預けだ。そこで立っていろ……。サキ、来いよ」

 

 一郎はサキを呼んだ。

 チャルタが必死の謝罪を繰り返したが、そこで立っていろと冷たく突き放す。

 意気消沈したように、チャルタが項垂れた。

 

「チャルタへのお仕置きの手段として、わしを抱くとは失礼な話じゃな」

 

 サキが苦笑しながらやってくる。

 それでも、満更でもなさそうだ。

 サキの股間は、一郎がピカロを抱いているのを見ていることであてられたのか、まだ愛撫もないのに、たっぷりと濡れていた。

 サキを突っ立っているチャルタの足元に誘導すると、すぐに股間に怒張を滑り込ませる。

 

「はあっ」

 

 サキが息を呑んだ。

 あっという間にサキは快感に飲まれたように悶え狂った。

 嬉しそうに一郎にしがみついてきて、唇を迫って来る。

 一郎は舌でサキの口の中を愛撫しながら、ゆっくりと律動を開始した。

 人間に化けていても、妖魔のままでも、サキ特有の股間の温かさと心地よさは同じだ。

 そのまま先端から溶けていくのではないかという気持ちよさだ。

 ふと見ると、チャルタが恨めしそうな顔で、一郎とサキのセックスを見下ろしている。

 

「と、ところで、王家の宝物を一時的に借りていることはアネルザ王妃には内緒にしてくれよ。お前らは仲がいいからな。うっかりと喋られては困る」

 

 一郎は釘を刺した。

 すると、喘ぎながらサキは首を横に振った。

 

「で、できん……。む、無理じゃ」

 

「なんでだ?」

 

 一郎は驚いて言った。

 そのあいだも、一郎はサキの股間を荒らしく突き続けている。

 

「ア、アネルザは……知っておる……。そもそも、宝物をすり替えて、主殿に……わ、渡してはどうかと……さ、誘ったのは、アネルザだ──。しっ、知っているものを知らないように……す、することは無理……じゃ……。おっ、おおっ、そ、そこいい……。いいいっ」

 

 サキが身体を弓なりにそらせる。

 一郎は、アネルザ自らが、王家の宝物を一郎に渡せとサキにけしかけたと聞いて、呆れて苦笑してしまった。

 一郎は、サキが二度目の昇天をしたときに合わせて、精を放った。

 サキは身体全体を反り返らせて悶絶した。

 

「じゃあ、チャルタの番だな。待たせたな。お前は子宮だけじゃなく、尻にも精を入れる。三日間、子宮と尻に精を溜めろ。王に尻を舐めさせて、精を飲み込ませるんだ。できるか?」

 

「で、できる……。ああ、もっと苛めてくれ……。お、おれはご主人様に意地悪されるごとに、途方もなく身体が熱くなるよ。ああ、ご主人様……」

 

 後手に拘束されたままのチャルタが一郎に体当たりするように身体をぶつけてきた。

 一郎は、チャルタをしっかりと抱きしめた。

 そして、絶頂のストッパーを解放してやる。

 

「片足でしっかりと立ってろよ」

 

 チャルタの片脚を抱えて、立ったまま怒張をチャルタの股間に突きたてる。

 

「あうううっ」

 

 早速、一回目のエクスタシーにチャルタの身体がぶるぶると震えた。



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216 控室の倍々ゲーム

 神殿長の就任式の当日がやって来た。

 一郎は、会場に向かって馬車で進みながら、その式典の大きさをひしひしと実感していた。

 

 神殿長の就任式は、第三神殿で行われるのであるが、当日に城郭にやって来ると、王都内のほとんどの通常の商店や設備がほぼ機能停止状態になっていることを知った。

 王都住民たちは、式典に次いで行われる新神殿長の演説とパレードを見ようと、かなりの人数が会場の第三神殿近くに集まっているのだ。

 また、あちこちでスクルズ就任を祝う私的なお祝いの小宴が道端で行われている。

 まさに、王都全部がパーティー会場になったかのようだ。

 新たな第三神殿の神殿長になろうとしているスクルズが、本当に民衆に人気のある存在であることも悟った。

 可愛らしい美貌の巫女が王国の歴史の中でもっとも若い神殿長になろうという神聖な式典に、王都に存在する人々の中で、熱狂的かつ積極的に関わろうとしていない者などいないかのようだった。

 

「すごいですね、ご主人様。どこもかしこも、あいつのお祝いで一色ですよ」

 

 馬車の窓から通りを眺めながら、コゼが心からの感嘆の言葉を発した。

 エリカはもちろん、貴族の式典には慣れっこのはずのシャングリアまで、お祝い一色の王都の風景に唖然とした表情をしている。

 三人とも、いつもの動きやすい冒険者姿ではなく、精一杯のおしゃれをしていた。

 

 一郎たちが乗っている馬車は、シャーラの手配した王妃の紋章のある馬車だ。

 馭者をしているのも王家の兵である。

 いつもの一郎たちの馬車では、まずは城門を通り過ぎるまでに、随分と時間がかかるはずだとシャーラに言われたのだ。

 大袈裟なことを言うものだと思ったが、素直にシャーラに従ってよかったと思った。

 ごった返している各通りは、馬車が渋滞を作っていて容易には進めない状況にもなっていた。

 その中で王家の紋章付きのこの馬車だけが、ほかの馬車を避けさせて優先的に進むことを許されるという感じになっていた。

 本当は、いつものように、移動術を遣って一気に跳躍してきてもよかったのだが、就任式の日の王都は一見の価値があると、皆が口にするのでわざわざ馬車でやって来た。

 確かにそれほどのにぎやかさと華やかさだ。

 

「枢機卿ボルグ子爵──。ご到着──」

 

 第三神殿に到着すると、触れ係の大きな声が聞こえた。

 枢機卿というのは、宮廷からもらった役職であり、王の相談役という役目らしい。

 別段、あの王の相談にのることなどないのだが、枢機卿の役職があれば、王宮施設内をうろうろしても咎められないからと、アネルザが手配してくれたのだ。

 

 案内人のような者が出てきて、馬車から降りた一郎たちを案内していく。

 神殿といっても、式典の中心となる本殿ではなく、その隣にある建物である。

 式典そのものは本殿なのだが、そこは儀式の中心となるので、貴族の待合室のようなところは設けられないのだそうだ。

 王家の者の控室も、内外の賓客の待合室もこちら側にあると耳にしている。

 そもそも、一介の子爵に過ぎない一郎のために、待合室が準備されているというのも不自然なのだが、これもアネルザかイザベラあたりの手配に違いない。

 

 二階にあがる階段を昇って、すぐ左側にある一室に導かれた。

 待合室は思ったよりも広い部屋だった。

 かなりのスペースに広々としたソファが並んでいて、立派な調度品も揃えられている。

 

「なかなかの部屋だな。式典まではしばらくある。とりあえず、ゆっくりしようぜ。お前たちも座れよ」

 

 一郎はソファの真ん中に腰をおろした。

 今日は、いろいろとやることがあり忙しい。しかし、まだまだ時間があるので、多少はここで遊ぶ時間がある。

 

 コゼがさっと一郎の隣に場所をキープする。

 しかも、一郎に擦り寄って来て甘えるように身体を擦りつけても来る。

 いつもながらの素早さに、エリカとシャングリアも呆気に取られている。

 

「シャングリアは反対側、エリカはソファに両足をあげて、俺に向かい合うように跨るんだ」

 

 一郎が命じると、ふたりもちょっと顔を赤くしてから、言われるままに一郎に寄ってきた。

 正面に位置するエリカの唇をまずは舌を入れて愛撫してやる。

 一方で両手は左右にいるコゼとシャングリアの胸を服の上から揉むように動かした。

 三人の甘い吐息が一郎の顔に吹き付けられる。

 

「失礼します」

「失礼します」

 

 扉の外から声がした。

 びくりとした三人が離れようしたが、誰が入って来ようとしているのがわかった一郎は、三人の身体をすかさず粘着物で床とソファーに密着させて、逃げられないようにする。

 その状態で、三人への愛撫を継続する。

 

「あ、あん、ご、ご主人様……」

「ロ、ロウ……」

「ん、んんっ」

 

 動けなくなった三人が無遠慮に一郎に愛撫をされて、それぞれに声をあげる。

 入ってきたのは、巫女姿のアン王女とノヴァだ。

 一郎の世話係を命じられたのか、トレイに飲み物や食べ物を載せた盆を載せている。

 だが、エリカたち三人が一郎に群がるようにしているのを見て、面食らったように立ち竦んだ。

 王位継承権を放棄しているとはいえ、王族のアンを子爵にすぎない一郎の世話係にするというのは、破格の待遇だが、スクルズの配慮だろうか。

 

「すぐに閉めてください。挨拶はどうしたんですか? 俺に会ったときには、いつも決まった挨拶をするように命令したじゃないですか。また、お仕置きをしようかな」

 

 一郎はエリカから口を離すと、戸惑っているアンとノヴァのふたりににやりと微笑んだ。

 実のところ、ふたりが第三神殿預かりとなって以来、ずっと一郎の調教を受けている。

 ばれれば大変な不敬罪だが、いまや、すっかりとふたりとも一郎の可愛い「性奴隷」だ。

 ふたりが慌てたように、扉を閉める。

 

「今日はわたしたちが、ロウ様たちのお世話をいたします」

 

「ロ、ロウ様、よろしくお願いします」

 

 ふたりがトレイから手を離して、両手で短いスカートをがばりとめくりあげた。

 一郎がふたりに強要している一郎への挨拶だ。

 ちょっとした悪戯心だが、一郎はここにやって来る度に、そうやって股間を露わにするように命じている。

 しかも、ふたりとも下着を身に着けていない。

 これも一郎の命令だ。

 秘部を露わにしているアンとノヴァのふたりは、恥ずかしそうに腰をもじもじさせている。

 

「ちゃんと自慰に励みましたか? ズルはしていませんよね」

 

 一郎は手招きをして二人を呼び寄せる。

 午前中のうちに、一日十回の自慰──。

 それが、一郎が今朝指示をしたふたりへのノルマだ。

 しかも、一郎の悪戯で、ふたりの絶頂感覚を繋げたままだ。

 だから、十回の自慰といっても、それぞれの絶頂を味わうのだから、それだけで二十回の絶頂となる。

 

 このふたりには、会いに行けなくても、毎朝、その日にやるべき趣向を凝らした調教のノルマをメモで届けている。

 その内容も毎日変えている。

 いわゆる、遠隔調教というわけだ。

 

 苦労をしたふたりだ。

 余計なことを考えないように、性愛漬けの毎日を送らせているというわけだ。

 だから、ふたりとも、もう快感に耽ることしか考えられないような破廉恥な身体になっている。

 その証拠に、一郎に股間を見られているだけで、早くもべっとりと股間が濡れてきている。

 ふたりがすでに、性的な興奮状態にあることは、魔眼を駆使することなく明らかだ。

 

「し、しました。命令には従っております。それはもう……。ノヴァと一緒に……」

 

「あ、あたしもです……」

 

 ふたりはスカートをめくりあげたまま、こっちにやって来る。

 スカートめくりは、一郎がやめていいと口にするまで、なにがあろうと続けなければならない……。

 それも約束事だ。

 ふたりは顔を真っ赤にしたまま、三人への愛撫を継続している一郎の前までやって来た。

 

「じゃあ、今日のノルマの成果をここで披露してもらいましょう。俺の目の前でお互いに自慰をしてください。ただし、アン様が自慰をしているときには、ノヴァは声を出しちゃいけません。逆にノヴァが自慰をしているときには、アン様は声だけは我慢するんです。さあ、アン様からどうぞ」

 

「そ、そんな……」

 

 ふたりが困惑した顔になった。

 当然だろう。

 ふたりの絶頂感覚も性感も完全に同調させられていることは、もうアンもノヴァもわかっている。

 ひとりが愛撫をすれば、もうひとりの身体には、なにもせずとも、その刺激と快感が伝わってしまうのだ。

 しかし、一郎は女が快感を我慢しようとして、悶える姿が大好物である。

 それを見たかった。

 

「さあ、アン様、始めてください。ノヴァは我慢だよ。達するなとは言わないよ。声を我慢するんだ。簡単なはずだ」

 

 一郎は言った。

 アンとノヴァが顔を見交わして、決心したように頷き合った。

 

「で、では、いきます」

 

 アンが片手でスカートを保持したまま、股間を指で愛撫し始める。

 ノヴァはそのままだ。

 

「んんっ」

「んっ」

 

 すっかりと敏感な身体になっているふたりが早くも押し殺したような声を出した。

 

「ノヴァは我慢だと言っただろう──」

 

 ちょっと強く言う。

 ノヴァは「すいませんでした」と歯を食い縛る仕草をした。

 

「あっ、ああっ、ご、ご主人様、いく……。も、もういきそう……」

「わ、わたしもだ……」

 

 コゼとシャングリアだ。

 いま左右の女を愛撫する一郎の手は乳房からスカートの中に移動をしていた。

 スカートの中をまさぐり続けられていたコゼとシャングリアが絶頂の前兆のような動作を始めた。

 

「だめだ。勝手にいくと罰だぞ。我慢するんだ。それこそ、死に物狂いで我慢しろ」

 

 一郎は気まぐれで、ふたりへの絶頂を禁止する。

 コゼとシャングリアが「そんな」とそれぞれに声を出した。

 

「そうだな。今日は順番に達していいことにするか。エリカ、俺の股間に跨れ。そして、自分で腰を振って気持ちよくなるんだ。一番奴隷のエリカが達したら、次はコゼ、その後、シャングリアも達していい」

 

 一郎は言った。

 横のコゼが「ずるい」という小さな抗議の声をだしたのが聞こえた。

 

「お、お股にいただきます……」

 

 エリカはちょっとはにかんだような仕草を示したが、さっと立ちあがって下着をスカートから落とすと、一郎のズボンと下着を膝までさげて一物を露出させた。

 すでに勃起している。

 その怒張に、エリカが改めて腰の上に跨るようにして股間を埋めてくる。

 

「あ、ああっ、ロウ様──」

 

 エリカは挿入するだけで、大きなよがり声をあげた。

 

「ん、んん、はああっ」

 

 そのとき、アンがさっそく自慰による絶頂を示した。

 「メモ調教」により、一郎が来なくても、毎日、毎日、性交のことしか考えられないような生活を送らせているのだ。いつの間にか、アンもノヴァも、信じられないくらいに敏感な身体になってしまっていた。

 

「ん、んんっ」

 

 その隣で泣きそうな顔になりながらも、ノヴァが必死の形相で声を出さないまま、身体をぶるぶると震わせた。

 

「じゃあ、交代」

 

 エリカが本格的に動き出したことによる気持ちのいい刺激を愉しみながら、一郎は素早く言った。

 交代といっても、ふたりとも達しているので、実際はつまりは自慰による連続絶頂だ。

 どのくらいで音をあげるかだ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 一方で、左右のふたりは、一郎の愛撫に耐えようと、それぞれにぎゅっと一郎の首にしがみついてもきた。

 

「あ、ああっ、いきます、ロウ様、ああああっ」

 

 一方で一郎の腰に跨がっていたエリカが絶頂してがくがくと身体を揺らす。

 一郎は脱力したエリカを横にどけてやる。

 まだ、射精はしていないので、股間は猛々しいままだ。

 

「ほら、どいて、エリカ」

「うわっ、押さないでよ、コゼ」

 

 コゼが元気よく一郎に跨がってくる。

 

「あ、あんっ、気持ちいい。ご主人様、大好き、ああん」

 

 一郎の上でコゼが跳ねる。

 

「俺も大好きだ」

 

 一郎は腰の上のコゼを抱き締めて、耳元でささやいた。

 それだけでコゼは、感極まった感じになった。

 

 そして、いつものように乱行だ。

 やがて、コゼも達して、シャングリアの番になる。

 そのあいだ、アンとノヴァは快感を共鳴させたまま、自慰の繰り返しだ。

 ふたりともがっくりとなっている。

 一郎は全員に全裸になるように命令した。

 

「さて、俺はまだ一度も達してないぞ。五人がかりで奉仕してもらおうかな。よってたかって相手をしてくれ」

 

 一郎も素早く裸になると、五人の女たちに、わざと偉そうに言った。

 エリカたち三人は一度ずつ達したばかりだし、アンとノヴァは連続自慰で、それ以上に疲労状態だ。

 五人とも余裕はない。

 それぞれに、顔を見合わせるようにする。

 

「あ、あたしがいくわ」

 

 やはり、斬り込み隊長はコゼか……。

 

「よし、来い」

 

 一郎は、ソファを寝台代わりにして、コゼの小柄な身体をそこに押し倒した。

 

「そうだ。ただやるだけじゃ、つまらないから、倍々ゲームにしよう。罰ゲームだな。達するたびに淫魔術で身体の感度を倍にしよう。俺が一度達すれば、元に戻すから、頑張って俺をいかせてくれ」

 

 なんとなく気まぐれで、そう宣言した。

 一郎の下のコゼを筆頭に、五人の女の顔がひきつったのがわかった。

 

 

 *

 

 

 

「あううっ」

 

 エクスタシーが突き抜けたらしいアンが、一郎の身体の下で、がくがくと身体を震わせて脱力した。

 一郎は最深部まで貫いていた怒張を抜く。

 身体を一郎から離されたアンは、ずるずるとソファの下に滑り落ちていった。

 

「ア、アン様……」

 

 そのアンを床にいたノヴァが辛うじて受け止める。だが、一郎の淫魔術で快楽を同調しっ放しにしているノヴァは、アンと同じように絶頂をしており、ほとんど朦朧としている。

 

「ほら、次は誰だ? シャングリアは少し休んだだろう。来いよ」

 

 一郎は周りに女たちを見回して、やはり床に腰をおろして一郎の足元にもたれかかるようにしていたシャングリアの腕を取った。

 

「ま、待って……。う、嬉しいけど……、さ、さっき、二度連続で達して……。ま、まだ息が……」

 

「うるさい。五人がかりで、俺一人満足させられないでどうする。それでも女騎士か」

 

 一郎は笑って、シャングリアの裸身を引っ張りあげた。

 抵抗はしないが、顔が引きつっている。

 なにしろ、いつもの十六倍も敏感な感度の身体にさせられているのだ。

 その身体で一郎に抱かれれば、どうなるか、すでに思い知っている。

 しかも、今度達したら、三十二倍だ。

 もはや、肌を布で擦っても達してしまうレベルではないだろうか。

 

「あ、あたしが……」

 

 すると、横からコゼが手を伸ばした。

 しかし、ほとんど力が入っておらず、辛うじて息をしているという感じだ。

 コゼは、もう五回も昇天しているので、三十二倍の感度になっている。次に絶頂したら、六十四倍ということになるが、それでも、一郎と接することのできる機会を逃したくないらしい。

 健気なコゼだ。

 

「わかった。じゃあ、コゼだな。おいで」

 

 一郎はシャングリアの手を離して、横で脱力しているコゼを引きあげて一郎を跨がせ、向かい合うように腰かけさせた。

 もちろん、天井を向いている一郎の怒張の真上に、コゼのヴァギナが当たる位置でだ。

 

「ああっ、んふううっ」

 

 一郎の男根がぐっしょりと蜜で溢れているコゼの小さな粘膜に突き挿さっていく。

 コゼはもうそれだけで、いきそうになりぶるぶると身体を震わせて、一郎の背中にしがみついてきた。

 

「いくなよ。これ以上いくと毀れちゃうぞ。いかずに俺の精を搾り取れたら、全員を元の身体に戻してやる」

 

「は、はい」

 

 コゼも懸命に呼吸を整えようとしながら頷いたが、もはや、すぐに昇天するレベルまで追い詰められている。

 しかも、どこをどうすればコゼが気持ちよくなるかなど、もはや、淫魔術を駆使することなくわかっている。

 そんなコゼを料理するのは簡単だ。

 すぐに律動して昇天させてもよかったが、少しはコゼにも愉しむ時間を与えようと思って、一郎はコゼの口を開かせて、舌で口の中を愛撫してやることにした。

 

 だが、感度が三十二倍ということは、口の中もそれだけ敏感になっているということだ。

 一郎が舌でコゼの口の中を舐め始めると、コゼの口が閉じる力を失って、ぱかりと開いたままになった。だらだらと流れ出した涎を丁寧に舐めてやる。

 たちまちに息があがったコゼは、どんどんと絶頂に向かって快感を飛翔させていく。

 

 気まぐれで始めた倍々ゲームだが、勝負は呆気なくついた。

 一郎はまずは、感じやすいエリカと、自分だけでなく二人分の絶頂を受けなければならないアンとノヴァを集中的に責めて、早々と達しさせて、あっという間に戦力外の状況にした。

 コゼとシャングリアは、ふたりがかりで一郎を責めようとしたが、一郎が精を放つことなく、ふたりとも四倍の感度になってしまった時点で勝負はほぼ終わった。

 あとは、脱力して一郎の周りに倒れ込んでしまった女たちを気ままに引っ張りあげては、抱き潰していくという「作業」になっている。

 

 エリカは六十四倍になった身体で絶頂させられて、最高限度に一郎が設定している百倍感度になって、すでに失神状態だ。

 アンとノヴァは、ひとりがいくと、もう一人も絶頂するというハンディがあるので、控えめにしてやったが、たったいまアンがノヴァど合わせて五度目の絶頂をしたので、ふたりとも三十二倍になったところだ。

 コゼとシャングリアは、達しそうになったら自ら逃げるというやり方で、多少は時間稼ぎをしているが、それでは、だんだんと体力が削り取られるだけであり、一郎の精を放つところまではいかない。

 すでに、疲労困憊だ。

 そして、シャングリアがいまは四度いきの十六倍。

 コゼが五度いきの三十二倍状態だ。

 

 いずれにしても、一郎はまだ一度も達していない。

 時間も潰せたし、精を放って終わりにしてやってもいいかもしれない。

 かなり愉しんだが、これだけの美女を抱き続けて精を放たないというのも、ある種の拷問のようなものだ。

 

「こ、こわれても……い、いいれしゅ……、ご、ごしゅりん……しゃま……」

 

 舌を舐められ続けているコゼが舌足らずの口調で言った。

 こうなると、童顔のコゼは可愛さが増す。

 我慢できなくなった一郎は、コゼを抱えあげるようにして律動を開始した。

 

「あううっ、はにゃああっ」

 

 しゃくりあげるような嬌声をあげて、コゼが達してしまった。

 仕込んでおいた淫魔術によって、コゼの身体の感度が六十四倍になる。

 

「だ、だめえっ」

 

 コゼが後ろ側に倒れてしまって、怒張が抜けてしまった。

 一郎は苦笑しながら、コゼを捕まえて横に座らせる。

 

「五人でかかって、ご主人様を一度も満足させられないなんて、俺の恋人集団失格だな」

 

 一郎はからかった。

 もっとも、そんなのはこの場限りの冗談だし、これだけ尽してくれる彼女たちを本当にありがたいと思っている。

 しかし、こういうプレイの最中は、わざと罵るような言葉を使ったりもする。

 それもまた、すっかりと一郎にマゾに躾けられた女たちの快感を呼び起こすことになるのだ。

 

「も、申しわけありません……。失格だなんて、おっしゃらないでください……。あ、あの、お口でさせてもらえませんか……」

 

 ふと、足元で動いてきた女体があった。

 アンだ。

 ちょっと驚いたが、一郎が頷くと、嬉しそうに一郎の怒張を頬張ってくる。

 

「あっ、姫様、わたしが……」

 

 すると、ノヴァが慌てたように寄ってきた。

 仮にも、アンはこの王国の姫だ。

 娼婦がするようなプレイは、アンよりも自分が率先してやるべきだと思ったのかもしれない。

 すると、アンが口を離して、ノヴァに顔を向けた。

 

「お許しをもらってわたしがするのです。それよりも、あなたもお手伝いなさい。このままでは、ロウ様に捨てられてしまいます。さあ」

 

 アンが身体を寄せて、ノヴァが割り込んでくる場所を作った。

 一郎は少し股を開いて、ふたりが動きやすいようにする。

 ふたりの舌が左右から怒張を刺激する。

 さすがに気持ちがいい。

 だが、捨てられるという物言いは大袈裟だろう。

 思ったよりも真面目な顔をしていたので、もしかしたら少しはそんな心配をしてくれているのかもしれないが、美しき王女でもあるアンが、一郎に捨てられる心配をしてくれているとすれば、一郎も男心をくすぐられる。

 

「じゃあ、健気なアン様へのお礼にチャンスをあげましょう。口の中で俺の精を出すことができたら、なんでもひとつ言うことをきいてあげます。その代わり、これだけのハンディで、またもや、先に達したら罰を与えます。そうだな……。三日間、俺の屋敷で召使をしてもらいましょう。全裸でね。首輪もつけてもらいます。しっかりと、奴隷扱いしてあげますよ」

 

 一郎はからかった。

 口に一郎の一物を頬張っていたアンがびくりとなった。

 そして、急に一郎を舐める舌の動きが激しいものになる。

 さすがに、神殿に身柄を預けられている状態だといっても、一刻の姫君なのだ。一郎のような一介の冒険者風情の家に連れていかれて、裸で三日間も生活するなど嫌なのだろう。

 それとも、なんでも言うことをきくという提案が気に入ったのかもしれない。

 

 しかし、そう簡単にはいかない。

 アンは普段の三十二倍の感度なのだ。

 口の中だって、性感帯の宝庫だ。

 感じさせる手段には事欠かない。

 一郎はアンの口の中に入っている怒張の先端を淫魔師の力で垣間見ることのできる性感帯を狙って動かしてやる。

 

「んんっ」

 

 アンがびくりと身体を震わせた。

 さらに一郎は、手を伸ばして、揺れているアンの乳首を指で挟んで捏ねる。

 

「あんっ」

 

 アンが思わずという感じで口を離して、甘い声をあげた。

 一郎は笑った。

 

「どうしたんですか、アン様。まさか、俺がなにもしないとは思っていたんじゃないでしょうねえ。乳首をいじられるくらい我慢するんですね」

 

 一郎はアンの乳首を弄びながら言った。

 だが、実際のところ、一郎は口の中を怒張で擦るだけで、アンを絶頂させる自信はある。さらに胸の刺激が加われば、アンを絶頂させるなど容易い。

 もっとも、一郎は適当なところまで追い詰めれば、アンの口の中に精を出すつもりだ。

 そろそろ出したいし、それにアンがなにをご褒美に要求してくるのか興味がある。

 

「姫様」

 

 ノヴァがさらに身体を屈めて、一郎の睾丸を口で吸うように刺激してきた。

 アンを手伝うつもりのようだ。

 

「ロウ、わたしたちもいるぞ。今度こそ、追い詰めるからな」

 

 すると、シャングリアが身体を寄せてきて、一郎の乳首をぺろぺろと舐め始めた。

 荒い息をしていたコゼも、反対側から乳首を舐めだす。

 

「おっ?」

 

 さすがに、女ふたりに性器を舐められ、左右から乳首を刺激されては、一郎の性感も一気に上昇する。

 かなり溜まっていたこともあり、一郎はついに精を放ってしまった。

 アンは、すぐには口から性器を離さず、最後の最後まで一郎の精を舐めきってくれた。

 

「アン様の勝ちですね。約束ですから、なんでも言うことを聞きますよ」

 

 一郎は全員の身体の感度を元に戻した。

 全員がほっとした顔をする。

 身体の熱さが元に戻ったことで、正常な状態になったことに気がついたのだろう。

 ただひとり、失神状態のエリカは、相変わらず床にだらしなく突っ伏した状態だったが……。

 

「だったら、さっき申されたロウ様のお屋敷での召使をさせてください。奴隷のように扱って欲しいです」

 

 アンがぱっと顔を赤らめて言った。

 一郎は驚いてしまった。



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217 変身の指輪

「だ、だって、それは罰の方でしょう」

 

 そして、一郎は呆れて言った。

 フェラをさせているときに、罰のことを口にしたら急に熱心になった様子を示したので、てっきり罰が嫌なのかと思ってしまったのだ。

 

「でも、ぞくぞくしてしまいました。ロウ様にはご恩もありますし、それはもう喜んでお勤めさせていただきます。ねえ、ノヴァ?」

 

 アンはあっけらかんと言って、百合のパートナーでもある侍女を見る。

 ノヴァは目を白黒させている。

 一郎は笑ってしまった。

 なんだか、スクルズの度胸のよさが、アンにも移ってしまったかのようだ。

 

「じゃあ、そうしましょう。三日間、首輪ひとつの裸で家事をしてもらいますからね。ああ、それともうひとつ条件をつけます。屋敷にやってくるときには、素っ裸のまま馬車で来てください。スクルズには言っておきますので、きっと手配してくれると思いますよ」

 

 アンとノヴァは、これには顔が強張った。

 だが、逆らわないだろう。

 そんな気がする。

 ふと、横を見ると、コゼとシャングリアが呆れた顔になっている。

 

「わ、わかりました」

 

 やがて、アンが頷いた。

 いつの間にか、さらに顔が赤くなり、しっかりとマゾの顔になっている。

 アンが承知すれば、ノヴァは逆らわない。

 ノヴァも「わかりました」と頷いた。

 とにかく、これでまた愉しみができた。

 そうと決まった以上、しっかりと躾けてやろうと思った。

 

「だけど、これはもともと罰ゲームの予定だったですからね。ほかに、お願い事はないですか?」

 

 一郎が訊ねると、アンがはにかんだような表情になった。

 どうやら、あるようだ。

 しかし、少し言いあぐねている気配である。

 

「言ってください。いや、命令にしよう。心に思っていることを口にするんです。命令ですよ」

 

 一郎は、さらに訊ねた。

 

「……だったら、ロウ様のことをご主人様とお呼びしては駄目でしょうか……? そして、ロウ様には丁寧な言葉ではなく、乱暴に語りかけて欲しいというか……」

 

 アンが小さな声で恥ずかしそうに言った。

 一郎は耳を疑ってしまった。

 だが、淫魔術の力で覗いたアンの心は、一郎自身がたじろぐほどの一郎への純粋な愛情で満ちている。

 どうやら、本気で一郎のことを“ご主人様”と呼んで、奴隷扱いされたいらしい。

 これには当惑した。

 

「……コゼ殿がなんだか羨ましくて……」

 

 さらに消え入るような声でアンが言った。

 

「えっ、そ、そうなんですか?」

 

 いきなり名前を出されたコゼが当惑した顔になった。

 

「まあ、そうしたいのであれば……」

 

 一郎は言った。

 すると、アンが本当に嬉しそうに微笑んだ。

 

 まあいだろう……。

 アンに「ご主人様」などと呼ばせたら、アネルザはともかく、イザベラやミランダあたりが文句を言いそうな気がしたが……。

 

 そのとき、ノックの音がした。

 一郎も含めて、全員が全裸だ。

 しかも、部屋は男女のまぐ合いの匂いが充満している。

 いまだに失神をしているエリカ以外の女全員がびくりとなった。

 

「どうぞ」

 

 一郎はすぐに応じた。

 誰が入って来ようとしているのか、わかっていたからだ。

 

「わっ、わっ」

「ちょっと、ご主人様」

「えっ」

「そ、そんな」

 

 女たちが一斉に狼狽えの声を放った。

 しかし、入ってきたのはミランダだ。

 もちろん、一郎は魔眼の力で、扉の前にミランダがやって来た時点でわかっている。

 ミランダは、入るなり、すぐに後ろ手に扉を閉め、呆れたという表情を一郎に向けた。

 

「まあまあ……。スクルズに、アン様を侍女代わりに派遣したと聞いたから、ちょっかいくらいは出しているだろうとは思ったけど、やっぱり手を出してたわね」

 

 ミランダが苦笑している。

 

「もちろん、手を出したさ。それよりも、頼んでいたものを持って来てくれたか?」

 

 一郎は応じた。

 そして、立ちあがって自ら服を着始める。

 コゼが一郎の着替えを手伝おうとしたが、それを制して早く身支度をするように伝えた。

 普段の冒険者姿ではなく、ちゃんとした正装なので女たちも身支度に時間が必要なのだ。

 化粧だってやり直す必要がある。

 全員がばたばたと服を身に着け始めた。

 もっとも、エリカひとりだけは、取り残された感じになっているが……。

 

「まあね。ただし、ちゃんと貸し賃は取るわよ。あんたとあたしの関係とはいっても、仕事は別だからね」

 

 ミランダが一個の指輪を差し出した。

 いつぞや、借りたことのある『変身の指輪』だ。

 ただし、そのとき借りたものは、スクルズたちと知り合うきっかけになったノルズという女に奪われたまま戻ってきていない。

 これは同じ機能の魔道具だ。

 つまり、これを身体に嵌めて念じれば、それなりの魔道遣いであれば、念じた相手に変身できるという魔道具なのである。

 今回は、いろいろと活動することがあるので、それで、万が一にも失敗して騒動になったときのために、一郎が関与していないということを証明するためのアリバイ作りのために借りることにしたのだ。

 

「ありがとう。感謝するよ」

 

 一郎は指輪を受け取った。

 そして、気絶しているエリカの身体を膝の上に抱き寄せる。

 

「ほらっ、いい加減に起きろ」

 

 一郎は粘性体の球体を手から発生させ、その中に指輪を埋め込むと、エリカの膣の中にぐいと押し込んだ。

 

「えっ、なに──。なんなの?」

 

 気絶から意識を戻したエリカが、がばりと身体を起こして、驚いた声をあげた。

 

「な、なに、なに、なに?」

 

 エリカが狼狽えたように股間を押さえた。

 しかし、すでに一郎の悪戯で股間には、指輪が粘性の球体に包まれて入っている。簡単に取り出せるようなものではない。

 一郎は必死になって、股間に指を突っ込んでいるエリカの姿に大笑いしてしまった。

 

「ロウ、ギルドの大切な財産なのよ。なにをしてくれるのよ」

 

 ミランダが横で真っ赤な顔をして怒鳴った。

 

「まあいいじゃないか、ミランダ。別に指に嵌めなくなって、身体に触れさせておけば変身に問題はないんだろう? 粘性体に包んでいるので、変な傷がつくこともないさ」

 

「そういう問題じゃないでしょう」

 

 さらに、怒鳴ってきた。

 とりあえず、怒っているミランダをなだめて、一郎はまだ朦朧としている雰囲気のエリカの横に座り、ぐいと身体を引き寄せて口づけをする。

 

「ん、んんっ」

 

 最初こそエリカは戸惑った様子を示したが、一郎が舌を口の中に差し入れると、すぐに熱っぽく舌を絡めてきた。

 しばらく、口の中の性感帯を舌先で擦りまくる。

 すると、エリカはうっとりとした表情になり、くたくたと裸身を一郎に預けてきて、細腕を一郎に巻き付けてきた。

 

「エリカ、お願いしたことを覚えているか? 今日はいろいろと動きたいんだが、俺がアネルザやイザベラ姫様やスクルズに親しいことは、もう知られている。だから、目立ちたくないんだ。俺に変身して、招待者席に座っていてくれるか? シャングリアやコゼと一緒にな」

 

 一郎は唇を離すと、エリカの耳元で息を吐きかけるようにして話しかけた。

 

「あっ、ああ、は、はい……。お、覚えています……。ロウ様に変身すればいいんですよね……」

 

 エリカはまだぼうっとしているようだったが、すぐに念を込める表情になった。

 一郎の前でエリカの身体が白い煙のようなものに覆われ始める。

 立ちあがってエリカから一郎が離れたときには、ソファに素っ裸で腰かけている一郎の姿が出現していた。

 

「裸の自分と対面するのは複雑な気分だな。あれっ?」

 

 一郎はエリカが変身した自分の姿を見て、声をあげてしまった。

 

「まあ、ピアスが残っているのね」

 

 コゼも声をかけてきた。

 一郎に変身したはいいが、エリカの乳首と陰核に装着させている「ピアス」がそのまま残ってしまっているのだ。

 エリカが変身した目の前の一郎の裸に、男の乳首にピアスが食い込み、股間に至っては、男性器の根元の上部分にピアスを嵌めた女の陰核がそのまま残ってしまっている。

 

「わっ、わっ」

 

 エリカは我に返ったように、さっと腿と膝をぴったりと閉じ合わせて、手で股間を覆った。

 さすがに男の裸になるのは恥ずかしいようだ。

 

「えっ、なに? どうして? 見せなさい──」

 

 しかし、びっくりした口調でミランダが、エリカに近づいて手を払いのけた。

 

「ちょ、ちょっとミランダ……」

 

 エリカが真っ赤な顔で抗議したが、ミランダの怪力に手を阻まれては、さすがになにもできない。

 それにしても、口調はエリカっぽいが、声そのものは男の声なのだ。一郎としては複雑な心境だ。

 

「こんな筈はないわよ。姿形も声も、変身しようと思って念じた相手にそっくりになるはずなのよ。身体に喰い込んでいる装着品だって一時的に身体から消滅した形になるはずだわ。現に、股間に入っていた指輪は、身体の中に入っちゃったんでしょう」

 

 ミランダは一郎のピアスが残ってしまったことが意外そうだ。

 股間のピアスをぐいと引っ張った。

 

「んひいっ、ひ、引っ張らないで」

 

 エリカが悲鳴をあげた。

 

「あっ、ごめん」

 

 我に返ったようなミランダが、慌てて、一郎の姿になっているエリカから離れた。

 

「その変身リングを作った術師よりも、俺の淫魔師としてのジョブレベルが高いからじゃないか」

 

 一郎は何気なく頭に思いついたことを口走った。

 だが、すぐにそれを後悔した。

 一郎が淫魔師であるということはもうみんな知っているが、魔眼の力でステータスまで読めるとは告げていない。

 だから、全員のジョブやそのレベルなどが一郎にわかるということや、それ以前に、ステータスのような数字が全員について回っているということを知らないのだ。

 ジョブレベルなどと言っても、みんなわけがわからないだろう。

 

「じょぶれべる……って、どういう意味?」

 

 案の定、ミランダが怪訝な口調で一郎を見た。

 

「ああ、だから、それは淫魔師としての俺の能力で作ったものだから、その変身リングを作った者よりも、俺の力が強かったら変身の魔道から無効になっちゃったんじゃないかということさ」

 

 一郎は急いで、差しさわりのない物言いに直した。

 だが、ミランダはますます表情を険しくする。

 

「まさか……。あんたが相当の性豪で、おかしな術の使い手であることは認めるけど、それを作ったのは、もう百年以上も前に存在した伝説の魔道技師なのよ。それよりも、あんたが上……?」

 

 ミランダが一瞬、怖ろし気なものでも眺めるような視線を一郎に向けた。

 そのときだった。

 不意にエリカの悲鳴が轟いたのだ。

 もちろん、声は一郎の男性の声だ。

 

「ちょ、ちょっと、コ、コゼ、悪戯はやめなさい。これを外すのよ」

 

 見ると、エリカはソファに座ったまま、コゼによって後ろ手に手錠をかけられてしまっている。

 しかも、片脚は鎖付きの手錠で、足首をソファの脚に繋げられてしまっている。いまは、コゼはエリカの反対の足首を開かせて、もうひとつのソファに足に手錠で繋げようとしている。

 まだ気絶から醒めたばかりでぼうっとしていたとはいえ、エリカを相手をあっという間に、その状態にしてしまうとは、さすがのコゼの早わざだ。

 

「なにやってんだ、コゼ?」

 

 一郎は面白そうなので、抵抗するエリカの身体を一瞬だけ弛緩させる。

 コゼはすかさず、エリカを開脚した状態で固定してしまった。

 

「な、なによ、は、離しなさい、コゼ。ふざけないで」

 

 エリカが真っ赤な顔で身体を揺すって喚いた。

 

「そんなこと言わないでよ。いつか、ご主人様を苛めさせてくれると言ったのに、結局、あたしたちが苛められたということもあったじゃない」

 

 そういえば、そんなこともあったなあと一郎は苦笑した。

 

「だ、だから、なによ──?」

 

「だから、せっかく、ご主人様の身体になったんだもの。ちょっとくらい悪戯させてもらってもいいんじゃないかなあと思ってね。いつも、ご主人様に意地悪されるばかりで、こんな機会ないんだもの」

 

 コゼは、あっけらかんと言って、エリカが変身している一郎の股間にあるピアスを弄り始める。

 そこだけは、女の身体だ。

 エリカが悲鳴をあげて、拘束された身体をよじりだす。

 

「わっ、大きくなったぞ」

 

 シャングリアもエリカの前で興味深そうに、しゃがみ込んだ。

 その言葉のとおり、大きく開いているエリカの股間では、一郎自身と同じ男性器が、むくむくと勃起をし始めている。

 

「み、見るな、シャングリア──。い、いいわ。こんなもの、わたしの魔道で外す……」

 

 エリカが念を込める表情を示した。

 

「そうはさせないわ」

 

 コゼが勃起した股間を手で擦る。

 

「なああっ、や、やめてえ」

 

 エリカが奇声をあげた。

 快感で集中を途切れさせられたエリカの魔道が収束するのが一郎にはわかった。

 

 すると、突然にけたたましい笑い声が部屋に響き渡った。

 アンだ。

 一郎の姿で勃起しているエリカを見て、腹を抱えて大笑いしている。

 いつも、控えめで大人しいアンが、こんなに感情を剥き出しにしているのは珍しく、一郎は一瞬呆然とした。

 見ると、アンの横でノヴァも目を丸くしている。

 

「ご、ごめんなさい……。で、でも、あんまりおかしくって……」

 

 アンが懸命に笑いを堪える様子を示したが、ちらりと大きくなったエリカの股間の男性器を眺めて、再び噴き出して笑い始めた。

 そのあまりの激しい笑いに、一郎もつられて微笑んでしまう。

 なにがアンの笑いの発作を生んだのかわからないが、アンは爆笑し続けている。

 

「アン様、こっちへ来てくださいよ。舐めっこしましょうよ。ご主人様に仕返しをしましょうよ。このご主人様なら、すぐにやられちゃいますから」

 

 コゼが微笑みながら、アンを手招きした。

 エリカは、真っ赤になって抗議したが、アンはコゼに引っ張られるようにして、大股を開いているエリカの……つまりは一郎の股の前に両膝をついた体勢になる。

 

「まあ、ご主人様、失礼します」

 

 アンはまだくすくすと笑いながら、悪戯っぽく笑って、勃起している怒張の先端に軽くキスをした。

 

「んひいっ、ア、アン様、お、お戯れを──」

 

 エリカが拘束された身体を揺すって声をあげた。

 すると、なにがおかしいのか、またアンが爆笑した。

 

「ま、まあ、アン様……」

 

 ノヴァはまだ口をあんぐりと開けたままだ。

 余程に、アンがあんなにはしゃぐのは珍しいのだろう。

 確かに、一郎も驚いた。

 どちらかというと、華やかで気の強い一郎の周りの女たちの中で、アンは王女という家系にありながら、とても大人しく受け身だ。

 だが、一郎に変身させたエリカの姿に、なにが愉しいのか、まるで子供のように笑いこけている。

 

 まあ、これまで、この部屋で一郎とともに、五人の女たちが淫靡に絶頂し合った。そんなことが、アンの内心のたがのようなものを外すきっかけになったのかもしれない。

 横を見ると、いつもとは違うアンの姿にミランダも、気押された感じになっている。

 

「なんか、愉しそうだな。わたしもいいかな」

 

 シャングリアも遠慮気味だが、乳首のピアスをいじくり始める。

 

「な、なによ、シャングリアまで」

 

 エリカが喚いた。

 一郎は苦笑した。

 なんだか、新しい玩具をもらった子供のように、女たちが一郎の姿のエリカに群がっていくのだ。

 一郎は肩をすくめた。

 もう、これは女たちの興奮が収まるまで放っておくしかない。

 

「じゃあ、ちょっと出てくるな。落ち着いたら、適当にうろうろして、俺の顔を適当に見せびらかしてくれ。そのあいだに、俺は動き回らせてもらう」

 

 一郎は室内の女たちに声をかけた。

 しかし、聞こえているのか、聞こえてないのか、みんな一郎の姿になったエリカに夢中で、その裸体をいじくり回して喜んでいる。

 

 まあいい。

 とりあえずは、アネルザのところだ。

 そこで、サキとコンタクトをして、サキュバスのふたりを使って、王を淫魔術で支配するという陰謀をするつもりだ。

 さすがに、それは、アネルザとサキ以外には内緒にしている。

 また、本来であれば、王がやって来るのは、就任式開始の直前のはずなのだが、それについては、サキがうまく事を進めることにもなっている。

 

 そして、それが終わった後に、スクルズのところに面会にいく。

 忙しいだろうが、いろいろと今日のことで打ち合わせがあるのだ。

 スクルズに頼まれているクエストに加えて、あの両刀使いの変態王が万が一、再び一郎に興味を持たないように、事前に手を打つというのが、今日やろうとしていることだ。

 

 そのとき、再びノックの音がした。

 一郎は魔眼の力で、扉の外にいるのはシャーラひとりだとわかった。

 今度は、それをみんなに告げて、安心させてから扉を開いた。

 

「えっ、アン様?」

 

 入って来るなり、シャーラは素裸の一郎の前に跪いて、けたけたと笑いこけているアンの姿に驚いた顔になった。

 また、一郎がふたりいるのを確かめて、さらに目を丸くしている。

 

「あっちはエリカだよ、シャーラ。なにか用事か?」

 

 一郎は声をかけた。

 

「た、愉しそうですね」

 

 シャーラは、朗らかなアンの姿に、呆気に取られている感じだ。

 しかし、さらに一郎がなんの用事なのかを訊ねると、イザベラが呼んでいると告げた。

 

「姫様が?」

 

 ちょっと怪訝に思ったが、このところ、なにかと多忙で、イザベラが寝泊まりをしている正宮殿には遊びに行っていないことで、あまりイザベラのところに通わない日々が続いていた。

 一郎としては、さまざまな侵入防止の仕掛けのある正宮殿そのものに夜這いに行くのはかなりの負担なので仕方がないと思っていたのだが、それで思うところがあったのか、急に向こうから積極的に接近するようになっていた。

 先日も、侍女の半分を連れて屋敷にやってきたし、もっと来てくれと、はっきりと口にするようにもなっていた。

 後宮側にいるサキたちや、正宮殿に隣接する王妃宮には頻繁に行くので、イザベラとしては不満なのかもしれないと思ったりした。

 もっとも、そんな風に考えるのは、一郎の驕りかもしれないが……。

 予定では、アネルザの控え室に向かうところなのだが、まあ、式典には時間があるので、王太女の控え室に寄り道しても問題はない。

 

「なら、姫様のところに顔を出すか……。ところで、エリカには、ほどほどにしてやれよ、みんな」

 

 一郎は、まだ一郎の姿のエリカに姦しく集まっている女たちに、もう一度、声をかけてから部屋を出た。



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218 愛の配達人

「忙しくされているようですね」

 

 シャーラが歩きながら言った。

 なんとなく、棘がある感じがして、一郎は「そうでもないけどね」と応じて首を竦めた。

 

 部屋を出てすぐに、フード付きのマントを手渡されて、身につけている。王宮魔道師の正式の装束であり、魔道警備の一貫として、王太女の護衛長であるシャーラと魔道警備のためにうろついているという体を作るためだろう。

 不自然でないし、顔もフードで隠しているので、シャーラと一緒である限り、怪しまれることもないはずだ。

 

 王太女の控室は三階にあるようだ。

 アネルザの控え室も三階だと言っていたので、王家の重鎮は、そこに全員を集められているのかもしれない。

 もっとも、国王のルードルフがどこに位置するのかは秘密だ。

 一郎もまだ知らない。だが、それはアネルザがこっそりと一郎に教えることになっている。

 

「ほう」

 

 三階にあがると、一郎は思わず声をあげた。

 廊下に貴顕淑女のきらびやかな一団が行列を作って並んでいたからだ。

 一郎がシャーラとともにやって来ると、一斉に彼らがシャーラに視線を向けてきた。

 

「今日はすでに王太女殿下の面会の予定は詰まっております。お待ちいただいても、面談はかないませぬ。どうか、お引き取りを」

 

 シャーラが声をあげた。

 どうやら、ここに並んでいたのは、王太女になったイザベラにお目通りをしようとする貴族たちの行列だったようだ。

 一郎は驚いてしまった。

 

「いや、ご挨拶だけでも」

 

「先日、お約束したのですよ。今日、お目にかかることになっているのです」

 

「是非とも話を聞いていただきたいことがありまして……」

 

 口々に訴えかけてくる陳情の雨を抜けながら、シャーラはどんどんと進んでいく。

 一郎は大人しくついていった。

 シャーラは面会は駄目だと断っていたが、廊下で待っている貴族たちは離れる様子はない。

 面会という形ではなくても、儀式が始まる前には必ずイザベラも廊下に出てくることになる。

 そこを待って、声をかけようという魂胆なのかもしれない。

 

「随分な人気者だな。いつも、こんな調子か?」

 

 一郎は歩きながら、シャーラに耳打ちした。

 

「これでもましな方です。陛下がこのところ、一斉の面会を拒否されておりますから、さまざまな理由で王家に陳情をしようという者たちが、すべて姫様のところに来るのです。姫様とともに、ティナ宮でひっそりとしていた時代が懐かしいです」

 

 シャーラがちょっと疲れたように言った。

 一郎はくすりと笑った。

 もともと、政治には感心のなかった国王のルードルフだったようだが、このところ、以前にも増して無関心になったのは、一郎が色事好きのルードルフ王に、サキ、ピカロ、チャルタといった淫魔の美女を次々に送り込んでいるからだ。

 そのとばっちりが、イザベラに回ってきているというわけだろう。

 キシダインのあの手この手の罠や暗殺の手から、孤軍奮闘でイザベラを守り抜いてきた有能な魔道戦士のシャーラだが、多くの拝謁者を器用に捌くというような仕事は不慣れなようだ。

 

「ヴァージニア辺りに相談して、そういう仕事も、うまく仕事を割り振るといいよ。それに侍女たちだね。彼女たちはすでに、侍女以上の仕事ができる。やらせることだ」

 

 シャーラは貴族たちが並んでいる王太女の部屋の前の扉からは入らない。どこか、隠し扉でもあるのだろうか。

 そのまま、三階の廊下をふたりで進む。

 

「侍女たちですか?」

 

 シャーラが言った。

 だが、一郎が侍女たちに精を放ってから、「淫魔師の恩恵」という能力向上効果により、女官長のヴァージニアをはじめ、十人の侍女軍団は軒並み、イザベラの業務を支える能力に覚醒している。

 レベルだけなら、一郎の知る限り、この王宮のどの官吏よりも優秀だ。

 彼女たちに必要なのは経験だけなのだ。

 

「そうですね。やってみます」

 

 シャーラも、一郎の精に、女の能力を飛躍的にあげる効果があることはわかっている。

 一郎の提案に、素直に頷いた。

 

「但し、信用できるのは、いわゆる精で繋がった仲間だけだ。それは絶対の信用ができる。しかし、ほかは心からの信用はしないことだ」

 

「承知してます。お気遣いに感謝します、ロウ殿」

 

 シャーラがにっこりと微笑みを向ける。

 一方で、シャーラと進むと、廊下にいる貴族たちが驚いたように、一郎に訝りの視線を向けるのがわかった。

 やがて、廊下に誰もいない一室の前に辿り着き、その部屋に入ってから、壁の隠し扉のような場所から狭い通路に入って、そこから、やはり隠してある出入口から、どこかの部屋に入った。

 果たして、そこはイザベラの控え室だった。

 イザベラのほかに、ヴァージニア以下、三人ほどの侍女がいる。ユニク、セクト、デセオだ。

 四人とも一郎を認めると、ぱっと相好を崩した。

 一方で、イザベラは、一郎を見てにっこりと笑い、そして、すぐに怒ったような表情になった。

 

「まあ、ロウ殿」

「ロウ様」

「ロウ様」

「ごきげんよう、ロウ様」

 

 ヴァージニアたちが声をかけてくる。

 王太女に先駆けて、声をかけるなど不敬なのかもしれないが、さすがに、裸の付き合いをしている者同士だ。

 一郎を挟むと遠慮がなくなる傾向にある。

 シャーラがすかさず部屋に魔道をかけたのがわかった。

 これで、部屋は完全な密室状態になるとともに、防音の処置もされたのだろう。

 

「ご無沙汰だな、ロウ──。いや、ボルグ卿か。アネルザ王妃のところには、頻繁に訪問しているようだが、わたしのところには最近あまり来ぬな。聞いたところ、今日も、ここは素通りする予定だったらしいじゃないか。ひどいぞ」

 

 開口一番、イザベラが言った。

 どうやら、やっぱり、それを不満に思っての呼び出しのようだ。

 嫉妬する女は可愛い。

 一郎は思わず笑みをこぼした。

 

「ちょっとしたクエストの最中でしてね。王妃のところに行くのも、その一貫なんですよ、姫様」

 

「クエスト?」

 

 イザベラは首を傾げている。

 今日の神殿長就任式の途中で、スクルズをレイプして欲しいと頼まれているのは、必要最小限の範囲でしか教えてない。

 だから、イザベラも知らないはずだ。

 

「申し訳ありませんが、これはギルド長の姫様にも秘密です。だけど、アネルザのところに行くのは、そういうわけで、単に遊びに行くわけじゃないんです。だから、妬く必要はないですよ」

 

 イザベラが真っ赤になった。

 

「や、妬くとはなんじゃ──。それに、それだけじゃない。わ、わたしは怒っておるのだ。耳にしたところ、姉上を侍女代わりに使っておるようだな。ならんぞ。なにを笑っておる」

 

 イザベラが怒鳴った。

 どうやら、一郎はにやにやし過ぎてしまったようだ。

 一方で、周りのヴァージニアたちはにこにこと笑っている。

 なんとなく、イザベラと一郎のやり取りが愉しいんだろう。

 

「姫様、ご心配なさらずとも、アン様は幸せにしてみせます。そもそも、アン様に侍女として俺を接待するように指示したのは俺じゃないですよ。多分、スクルズで……」

 

「言い訳無用だ。姉上は可哀想な仕打ちを受けたのだ。できるだけ大事に扱ってやらねばならん……」

 

「問題ないですよ。さっきだって、みんなと愉しく大笑いしてたんですから」

 

 一郎は言った。

 

「ああ、そういえば、あんなに愉しそうに笑っておられるアン様を初めて見た気がします。いつも大人しいお方でしたから、あんな元気な面もあるんですね」

 

 シャーラが思い出すように言った。

 

「姉上が大笑い?」

 

 イザベラが怪訝な表情になった。

 一郎は、そんなイザベラを無視して、すたすたと近づいていく。

 イザベラがびくりと身体を動かした。

 一郎はイザベラが座っている貴賓椅子の真正面に立つ。

 そして、さっとしゃがみ込むと、両足首を手に取って、手すりまで一気に引きあげた。

 

「きゃあああ」

 

 イザベラが驚いて声をあげたが、その時にはイザベラの両膝は椅子の手すりに掛けられて、しかも、一郎の発した粘性体によって貼りつけられてしまっている。

 もちろん、両手も手すりにぴったりと貼りついた。

 

 イザベラに限らず、聖職者のスクルズまでそうなのだが、一郎の好みでスカートが短い。

 王都でも有名な女傑たちが、短いスカートをはくものだから、いまやミニスカートは王都の最先端の流行なのだ。

 ともかく、その短いスカートが捲くれあがり、下着が露わになる。

 これも、一郎の言いつけで、一郎の女たちは下着のほかに余計なものを身につけない。

 一郎は、剥き出しになった下着の中心を指で突いた。

 

「あ、あんっ」

 

 イザベラが真っ赤な顔になって、腰を捩った。

 

「ぐちゃぐちゃ言わずに、俺に犯して欲しければ、そう言ったらいいんですよ。俺に犯されたくて、呼び出したんですよね、そうでしょう?」

 

 一郎は指を離して、くすくすと笑った。

 

「そ、そんなこと──」

 

 イザベラは横を向いた、

 気の強い女だが、まだまだ少女といえる年齢だ。

 あからさまに性交を強請るなど、恥ずかしいのだろう。

 

 一郎はふと後ろを見た。

 シャーラは最初から、一郎にイザベラの相手をしてもらうつもりで呼び出したのだろう。

 部屋の隅に引きあげて、気を遣ったように横を向いている。

 もちろん、シャーラだけでなく、ヴァージニアたちもそわそわし始めた。

 一郎が短時間で複数の女を抱くことができることを知っているからだ。

 というよりも、侍女たちを使って、淫魔力を充填するようになってからは、イザベラたちについては、そういう抱き方しかしていない。

 

「だったら、いいですよ。シャーラやヴァージニアたちを抱こうかな。シャーラとヴァージニア、こっちに来いよ」

 

 一郎はシャーラを呼んだ。

 シャーラがびっくりした声をあげた。

 

「わ、わたし──? い、いえ、きょ、今日は大切な日で……。け、警備のことがありますから。それに、わたしよりも姫様を……」

 

 シャーラが狼狽えた声で手を横に激しく振る。

 

「わたしは参ります。ロウ様の雌犬ですので……」

 

 しかし、一方でヴァージニアはすぐに応じる。とりあえず、スカートから下着を脱ぎ出す。

 

「あっ、よければ、わたしも……」

「わたくしも、どうか……」

「ロウ様、わたしもです」

 

 残り三人の侍女も顔を真っ赤にして寄ってこようとする。

 一郎は四人を抱き寄せた。

 

「シャーラも、いいから来るんだよ。命令だ──」

 

 一郎は淫魔術で逆らえない縛りを発する。

 滅多に使うことはないが、一郎は性奴隷として淫魔術で刻んだ女を自由自在に動かせる。

 シャーラが操られている身体に驚くような顔をしながら、ゆっくりと一郎に向かってやって来た。

 

「な、なんじゃ、お、お前ら――。わ、わたしの前で――」

 

 一郎の粘性体により、椅子にM字開脚に拘束されているイザベラが真っ赤な顔で抗議した。

 

「そうですよね、姫様。姫様はプライドがお高いので、俺ごとき間男に犯されるのは、お好みではないでしょう」

 

 一郎は意地悪を言うと、やって来たシャーラの上体をイザベラの椅子に上体を押しつけて、前屈みにする。

 そして、イザベラ同様に粘着体で動けなくしてから、ズボンを背後から脱がしていった。

 さらに、自ら服を脱いだヴァージニアたちも、イザベラの目の前で交互に愛撫を開始した。

 

「ま、待ってください、ロウ様。しゅ、集中が途切れると、この部屋に張ってある結界が……」

 

 シャーラが音をあげる物言いをする。

 

「だったら、集中を途切らせなければいいでしょう」

 

 一方で、ヴァージニアたちと三人の侍女たちはのりのりだ。積極的に一郎の愛撫を受け入れて、代わる代わるよがり声を放つ。

 一郎はズボンを下着ごと足首までずりさげると、まずは、シャーラのお尻を指で弄り始めた。

 たちまちにシャーラが食い縛った歯の隙間からよがり声を出し始めた。

 

「あっ、あん、あん、ああっ」

 

 最初は抵抗のような仕草を示したシャーラだったが、指でお尻の穴を弄り始めると、すぐにくたくたと力が抜けたようになってしまった。

 そもそも、シャーラはイザベラをM字開脚に固定している椅子に上体を押しつけてはいるものの、拘束しているわけではない。

 だが、シャーラはすっかりと諦めて、一郎を受け入れる態勢になっている。

 一郎はズボンをおろして一物を出すと、シャーラのお尻の下を通って恥部に怒張を挿し入れ、服越しに乳房を揉みながら律動を開始した。

 シャーラが大きな嬌声をあげた。

 

「ほら、キスだよ」

 

 一郎は言った。

 すると、シャーラが顔を後ろに捩じって、一郎に向けてきた。

 一郎は美しい魔道戦士のエルフ女性に唇を重ねて、思うままに舌で蹂躙する。

 また、ヴァージニアと三人の侍女たちにも、同じように口づけをする。

 さらに、乳房やうなじを吸ったりしてやり、四人も喘ぎ声を出させた。

 

「お、お前たち、わたしの前で──」

 

 イザベラが苛ついたような声をあげた。

 しかし、ふと見ると、イザベラの白い絹の下着に丸い分泌液の染みができている。

 シャーラやヴァージニアたちと一郎が目の前で乱行のような交合を始めたことで、イザベラがすっかりと熱くなっているのは確かだ。

 

「俺は愛の配達人ですから……。求めてもらえれば、いくらでも愛をお渡ししますよ。でも、俺がお呼びじゃないなら、その気になるまで、姫様は、これで我慢してください」

 

 一郎は指を伸ばすと、イザベラの下着の隙間に手をやり、指の先から粘性体を中に注ぎ込んだ。この粘性体は自由自在に形や固さを変えられるだけじゃなく、一郎の意思で好きなように動かせる。

 一郎は粘性体でイザベラの股間をすっぽりと包んでしまうと、微振動をさせた。

 

「あんっ」

 

 椅子に拘束されているイザベラの身体が跳ねる。

 

「それっ、もっといけ」

 

 一郎は続いて小さな滴状にした粘性体を次々に発射して、イザベラの全身をくすぐるように這いまわさせるように仕向けた。

 イザベラが真っ赤になって悶えだす。

 もちろん、一郎の粘性油は一郎の体液を変質させたものなので、強い媚薬効果がある。

 

「それだけじゃ、退屈でしょうからね。もうひとつ贈り物をあげますよ、姫様」

 

 一郎はさらに淫魔師の力で、イザベラの膀胱を水分でいっぱいにして、さらに倍の水を送り込んだ。

 

「あ、ああっ、な、なんということを……。ロ、ロウ、そ、そなたの仕業か──?」

 

 イザベラが一転して苦しそうな悲鳴をあげた。

 当然だろう。

 股間と全身に粘性体の淫らな刺激を受けながら、尿意を我慢するのはつらいものだ。

 もっとも、実はイザベラの尿道の先は粘性体で完全に密封している。

 イザベラは懸命に尿意を我慢している気になっているとは思うが、実は出したくても出せないのだ。

 それがわかれば、さらにのたうち回るに違いない。

 

「ひ、姫様?」

「えっ?」

「殿下?」

 

 犯されていた最中で朦朧としていたシャーラやヴァージニアたちが、イザベラの様子にやっと気がついて声をあげた。

 しかし、一郎はすかさず、シャーラたちの感じる膣の中の部分を集中的に亀頭の先でごしごしと擦ってやり、手ではほかの女を愛撫する。

 

「んはあっ、あああ」

「んはあっ」

「あああっ」

 

 シャーラたちは吠えるような嬌声をあげた。

 早くも達するようだ。

 やがて、まずはシャーラ身体を弓なりにして、悲鳴のような声を放った。

 一郎は、崩れかけるシャーラの身体を乳房で支えて、二度、三度と腰に叩きつけるような動作とともに精を放つ。

 

「じゃあ、休んでてね、シャーラ。さあ、交代だよ」

 

 すぐに怒張を抜き、ヴァージニアを犯す。

 そうやって、次々に女たちを犯していく。

 しかし、イザベラだけは、玩具と尿意で翻弄させるだけでお預けだ。

 イザベラが苦しそうに悶え泣く。

 しかも、ひとりだけ除け者になっているような感じになっているので、ちょっと焦れ怒っている感じだ。

 そうやって、五人をあっという間に抱き倒してから、やっとイザベラに向き直った。

 

「さあ、姫様の番ですよ。それとも、こんなところだから、やめますか?」

 

 わざとらしくからかった。

 

「い、意地悪言うな――。そ、それになんとかして欲しい――。ひいいいっ」

 

 イザベラが拘束されていない膝から下だけをばたばたと振って、一郎に抗議する。

 一郎はシャーラの身体を離して横に移動させると、今度はさっきから一郎の悪戯で全身を粘性体に妖しく這い回られているイザベラの前に立った。

 

「それよりも、おしっこがしたいですか? ちょっと待ってくださいね。趣向があるんですよ」

 

 一郎は、イザベラの尿道そのものを肉芽並みに敏感な場所に変えるとともに、排尿するたびに絶頂の指令を脳に送るように淫魔術で操作した。

 これで排尿をするたびに、イザベラは強制絶頂するというわけだ。 

 

「ほら、おしっこしてください」

 

 一郎は苦悶に顔を歪めるイザベラの粘性体による手足の拘束を解放する。

 さらに、粘性体によって栓をしていた尿道口を解放する。

 

「そ、そんな、待って……」

 

 だが、M字開脚によって拘束されていた身体は、いきなりは自由には動かないようだ。

 イザベラが足を手摺りからおろすよりも先に、崩壊がやってきてしまった。

 

「なあああ、だ、だめえっ」

 

 イザベラの脚はまだ片脚がかかった状態だったが、がくがくと身体を震わせて、下着越しに一気に尿が垂れ落ちだす。

 そして、みるみるおしっこが下着を濡らしていき、椅子の上に大きな水たまりを作って拡がっていった。

 

「ああっ、な、なに、なに?」

 

 しかも、一郎の悪戯で一気に性感が上昇して、絶頂に駆け昇っていった。

 イザベラはなにもできないまま、周辺をおしっこまみれにして絶頂を極めてしまった。

 

「ああ、どうしましょう」

 

 気がついた侍女のユニクが狼狽えた声をあげた。

 部屋がイザベラの尿まみれになっただけでなく、スクルズの就任式に来ていくはずの王太女の正装がおしっこでびしょびしょになったのだ。

 

「ああっ」

「どうしよう」

 

 ヴァージニアやシャーラ、ほかの侍女も酔いが醒めたように、顔を蒼くした。

 この式典のために、支度してきた衣装が台無しだ。

 動顛するのは無理はないだろう。

 

「問題ありませんよ、姫様。汚れたままいけばいいでしょう。それとも、いっそのこと脱いでいけばどうですか?」

 

 一郎は意地悪を言った。

 

「そ、そなたは、意地の悪いことを……」

 

 イザベラがきっと一郎のことを睨みつけた。

 

「とにかく、すぐに代わりの衣装を準備します」

 

 ユニクが立ちあげって、さっき脱いだ服を急いで着ようとした。

 ほかの女たちも動き出す。

 しかし、一郎は指をパチンと鳴らした。

 すると、イザベラの身に着けていたものが消滅して、完全な素っ裸になる。

 それだけでなく、ユニクが着ようとした服や、ほかの女たちの衣装も部屋から消滅する。

 

「えっ、な、なんじゃ?」

 

 イザベラはびっくり仰天している。

 実のところ、仕掛けは簡単だ。

 すでに、亜空間に入っている。

 最初にシャーラを抱き始めたところで、全員まとめて亜空間に連れていったのだ。

 しかも、人間だけでなく、絨毯、調度品、壁の飾りまでまとめて、亜空間に持って入った。

 だから、全員が亜空間に移動した感覚はなかったろう。

 逆に全員が脱いだ服については、同じ亜空間でも別の場所に格納した。レベル“99”になれば、これくらいだってできるのだ。

 もちろん、イザベラの着ていたものさえも同じだ。イザベラの身体と、身につけていたものを分離して別々に収納したのだ。

 服を着ていた感覚があったのは、淫魔術を駆使した幻影だ。全員の女が最初から素裸だったのだ。

 指を鳴らしたことで暗示が消えて、我に返っただけのことだ。

 

 亜空間に連れていったのは、万が一、シャーラの集中が途切れて結界が壊れて、誰かに入って来られては困るからだ。

 実際にはイザベラの衣装は尿まみれになどなっていないから現実世界で身支度しなおせばいい。

 亜空間でのことなので、現実世界では、ほんの少ししか時間が経ってないので、十二分の時間もある。

 説明をすると、ヴァージニアやシャーラを始め、侍女たちもほっとしていた。

 

「でも、まともに服を返して欲しければ、俺を満足させるんですよ。さもないと、淫具を仕掛けたまま、式典に出させますよ」

 

「そなたは……」

 

 イザベラが怒ったように一郎を睨んだが、実はそれほど激してはいないようだ。

 それよりも、イザベラの心は、すっかりと淫欲の興奮に染まっている。

 だが、一郎はわざと突き放すような物言いをすることにした。

 

「そんな怖い顔するんなら、またお預けをしましょうかね」

 

 一郎は再びぱちんと指を鳴らした。

 その瞬間、イザベラの股間には、粘性体のバイブが発生して前後の穴を埋めた状態になる。

 

「んあああっ、や、やめてえっ」

 

 イザベラが股間を両手で持ってのたうち始めた。

 その粘性体のバイブを一気に高速回転でうねらせたのだ。

 しかも、前後だ。

 そして、いくら快感を溜めても、絶頂できないようにもした。

 すっかりとイザベラの身体は一郎の淫魔術に支配されており、まあ、やりたい放題だ。

 

「ひ、姫様──」

 

 呆けていたシャーラが驚いて声をあげた。

 しかし、そのときには、シャーラの身体にも粘性体の縄がかかり、胡坐縛りに加えて後手縛りになっている。

 一郎はシャーラの身体を前に倒し、無防備になったシャーラの股間を再び犯しだす。

 

「あ、ああっ、も、もう、わたしは満足しています。お許しを──」

 

 シャーラが悲鳴をあげた。

 

「だが、なかなか、姫様が俺に犯してくれと言わないもんだからね。だったら、シャーラたちが相手をするのは当然でしょう。さあ、いつものように時間は関係ない。順番に犯すので並んでくれ。さて、ヴァージニアは雌犬だったよな。お前は四つん這いだ」

 

 一郎はシャーラを再び犯し始めるとともに、ほかの女たちにも淫らな指示をする。

 ヴァージニアを始め、女たちがうっとりとした顔になり、裸体を並べる。

 

 結局のところ、イザベラがお願いだから犯してくれと喚くまでに、それ程の時間はかからなかった。

 しかし、もう少し焦らそうと思い、一郎はシャーラたちがさらに二度絶頂するまでイザベラを放置し、ふた回りしたところで、それから、やっとイザベラを抱いた。

 

 媚薬で感度があがり切った身体を粘性体の淫具によって責められたうえに、一郎によって絶頂感を取りあげられていたイザベラは、そのすべてを解放してやると、まるで壊れたかのように連続絶頂をした。

 一郎は、イザベラが続けざまに五回の絶頂をして失神寸前になったところで、やっと精を放った。

 

 そのときには、シャーラも完全に床に身体を横たえて、ほとんど失神状態だったが、一郎は亜空間から全員を現実世界に引き戻す。

 亜空間から現実世界に戻れば、性交の疲労は回復するはずなのだが、六人とも呆けたままだ。

 頭の中では、簡単に切り替えはいかないみたいだ。

 

「じゃあ、姫様、調教を愉しんでください」

 

「調教?」

 

「姫様は王太女でも、俺の前では、俺だけの性奴隷です。そのことを身体に刻みつけるための躾ですよ。あっ、見送りは結構、それよりも、支度をし直してください」

 

 一郎はそううそぶくと、みんなに手を振って、退出する扉に向かう。シャーラの案内で入ってきた裏口側だ。

 

「ま、待て」

 

 イザベラが立ちあがったが、すぐに「うっ」と呻いて身体を前倒しにした。

 

「姫様、あっ?」

 

 一郎に声をかけようとしたシャーラが、イザベラが変な動きをしたことに気がついて、そっちに走り寄った。

 実のところ、一郎は亜空間から連れ戻す直前に、ちょっとした仕掛けをした。

 イザベラの股間に、縄瘤を喰い込ませた股縄をしたのだ。

 全員を現実世界に戻しつつ、一郎とイザベラだけを時間差をつけて残し、淫魔術で意識を失わせて股縄を施し、意識を回復させてから、ほぼ時間差なしで、一郎とイザベラも他の者が戻った一瞬後に戻ったという仕掛けである。

 イザベラは、すぐには気がつかなかったとは思うが、身体を動かすことで、瘤が股間に喰い込んで、思わず声をあげてしまったというわけだ。

 

「解きたかったら解いていいですよ、姫様。だけど、式典のあいだ、ずっと我慢したままでいられたら、今日の夜にでも、それを解くために夜這いをしにきてあげます。逆に、もしも解けば、離れていてもわかる仕掛けになっています。そうしたら、もう夜這いもしませんし、調教なんて悪戯もやめましょう」

 

 一郎はそう言い添えて、当惑しているイザベラを残して、ひとりで部屋を出た。

 イザベラが股縄を解くのか、解かないか知らない。

 だが、イザベラがどんな選択をするのか、ちょっと試したくなったのだ。

 でも、まあ外さないだろう。

 一郎には確信がある。



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219 王妃の間男

 一郎は三階の廊下をひとりで進んで、今度は、前もって教えられているアネルザの部屋に向かった。

 やはり、アネルザが控え室から出てくるのを待ち構えているような貴族の集団があったが、イザベラのところとは異なり、彼らは控え室の目の前からは追い払われて、距離を取らされている。

 その横をすり抜けながら、フードをしたまま進む。

 

 訝しげなたくさんの視線を感じたが、すでに、アネルザの老家人が気を遣って部屋の外で待っていてくれて、護衛の位置からもあっさりと内側に入れた。

 フードで顔を隠していたので、それを外すと家人がにっこりと微笑んだ。

 にこやかに一郎を部屋に通す。

 もちろん、本人はそのまま廊下に留まったままだ。

 

 部屋の中には、アネルザだけでなく、サキも待っていた。

 サキは妖魔の姿ではなく、王の寵姫としての人間女の姿である。

 

「おう、主殿(しゅどの)、すでに王は来ているぞ。いつでも、例の仕掛けの準備はできている」

「この部屋から行くがいい。チャルタもピカロも準備万端のようじゃ」

 

 サキとアネルザが言った。

 アネルザには、すでに万が一のことを考えて、王に淫魔術をかけてしまうつもりだと説明している。

 王に操り術を仕掛けるなど、この国に対する謀反もいいところだが、アネルザはなにも言わない。ただ、にこにこしているだけだ。

 

 もちろん、サキたち妖魔に異存があるわけじゃなく、特にこれを阻害するものなどなく、あっさりと終わると思う。

 チャルタとピカロのふたりには、この三日、一郎の精を溜めさせ続けた。

 今朝だって、わざわざ後宮に忍び込み、ふたりを犯して精を注ぎ込んである。

 これから、王とサキュバスのふたりは、この就任式の控室で抱き合うことになっている。

 そのとき、サキュバスふたりは、一郎から三日間注がれた精を王に舐めさせる。

 それを隠れて見守り、一郎がすかさず淫魔師の縛りを刻んでしまうというだけの仕事だ。

 

 万が一にも失敗はないと思う。

 ルードルフ王など、支配を刻まれたということさえ気がつかないだろう。

 王を守るはずの王宮魔道師長も、昨日のうちに、サキュバスたちがついに支配に置いたと報告を受けたばかりだ。

 

「言っておくけど、アネルザ、これは、万が一の保険なんだ。別にこの国を取って喰おうというつもりはないんだぞ」

 

「はいはい、まあ、そういうことにしておこう。“ほけん”というのがどういう意味なのか知らんがな」

 

 アネルザが意味ありげに微笑んだ。

 一郎は首を竦めた。

 まあいい……。

 

「それよりも、少しくらいは、チャルタとピカロを待たせてもいいんだろう。なんか、さっきアン殿たちを抱き、ノヴァを抱き、その後、イザベラ姫様とシャーラと侍女たちも抱いて、愛の配達人の気持ちなんだ。よければ、骨を折ってくれたお礼をしたいんだけどね」

 

 一郎は言った。

 すると、アネルザとサキがお互いに顔を見合わせて、そして、にっこりと微笑んだ。

 

「もちろん、主殿の命令であれば、骨を折ることなど当然だが、主殿が愛してくれる機会なら、どんなときでも逃したくはないな」

 

「サキと並んで犯されるというのも一興だ。愉しみだ」

 

 ふたりが示し合わせていたかのように大きなテーブルに突っ伏して、一郎にお尻を向けてスカートをめくった。

 サキを後宮に預けていることから、本来、後宮を管理する役目であるアネルザに労を折ってもらっているのだが、このふたりは気が合うのか、種族の垣根を越えてかなり仲がいい。

 いまも、並んで犯されるという状況に、くすくすとお互いに笑って、期待を隠さない。

 一郎よりも歳上の女傑だが、こうして抱くときは可愛いふたりだ。

 ふたりとも、スカートの下は完全なノーパンだった。

 一郎はふたりに近づいていくと、ふたりの腰に左右の手を這わせ始めた。

 たちまち、ふたりのふくよかなお尻が淫らに悶え始めた。

 

 最初にどちらにしようかと迷ったが、まずはサキの尻たぶに手をかけた。

 ゆっくりとした愛撫を与えて快感を増幅させながら、時折強烈な快感を加えていく。

 あっという間に、サキは激しく悶え狂ったようになる。

 一郎は下半身を露出させると、おもむろにサキの股間に怒張を挿入した。

 

「あっ、しゅ、主殿――」

 

 たちまちに、サキが悶え狂った。

 女陰にずぶずぶと肉杭を打ち込む。

 

「おっ、おおっ、好き、これが好き、おっ、おっ、おおうっ」

 

 サキが雌の声をあげる。

 律動を続けると、サキはあられもない声をあげ、全身をひくひくとうごめかせながら、サキが一郎の怒張を締めつける。

 

「ああっ、気持ちいい、主殿……」

 

 サキが身体をくねらせながら絶頂した。

 一郎はすぐには許さず、さらにサキを連続絶頂で昇天させてから、精を放った。

 

「待たせたね、アネルザ」

 

「それほどでもない。よろしく頼む。そなたの前では、わたしもはしたない女になりそうだ」

 

 腰が抜けたサキから怒張を抜き、すぐにアネルザに向かう。

 愛撫するでもなく、アネルザの股間はたっぷりと濡れていた。

 すぐ横でいき狂うサキにあてられて快感を燃えあがらせてしまったのだろう。

 一郎はすぐにアネルザに挿入した。

 サキ同様に後背位だ。

 

「どうだ、アネルザ、気持ちいいか? 男の側と、女の側のどっちでいきたい?」

 

 一郎は、アネルザの股間を後ろから男根で貫きながら、ゆさゆさとそのふくよかな尻を揺すりあげた。

 

「も、もちろ……うわっ、はああっ」

 

 一郎に後ろから犯されているアネルザが返事をしようとしたが、そこをすかさず、膣の中でアネルザがもっとも感じる場所を狙って亀頭の先端で突きあげる。

 一瞬にして頭が白くなるような快感を送り込まれたアネルザは、満足に言葉を継ぐことができなくなったらしく、その代わりに派手に嬌声を吐き出す。

 

 それと同時に、またもやアネルザの性感値の数値が絶頂に向けて跳ねあがってしまったので、アネルザの股間に生やしているふたなりの男根の根元をぐっと手で締めて射精を阻止するとともに、淫魔術を遣ってアネルザの女の快感を絶頂寸前の状態で寸止めの歯止めをかけてやった。

 

「ああっ、そ、そんなああっ、こ、これは、あああああっ、やああ、やめてくれ、ロウ殿──」

 

 アネルザがテーブルに突っ伏していた身体を弓なりにして、激しく声をあげた。

 十分な快感を得ているにもかかわらず、男側でも女側でも絶頂することができないアネルザは狂乱している。

 

「おいおい、王妃様……」

 

 しかし、そのあまりの大きな声には、一郎も苦笑してしまった。

 一郎が仕掛けているとはいえ、なにしろ、ここは第三神殿に隣接して準備されている王妃アネルザのための控室だが、一郎が記憶する限り、防音の結界などは施していなかったはずだ。

 部屋内こそ、一郎とアネルザとサキの三人しかいないが、扉の外にはあの老家人がいるし、アネルザの護衛たちだって、完全に部屋の中を放っているわけじゃないだろう。壁や扉越しに、聞き耳くらいはたて、万が一のことがあれば飛び込んでくるくらいの用心はしているはずだ。

 いくらなんでも、派手すぎる。

 

「主殿のせいではないか……。まあ、だが、気にするな。主殿が王妃の愛人であることは、公然の秘密らしいぞ。むしろ、お主と王妃の関係が広まれば広まるほど、お主の影響力も大きくなるというもののようじゃ。なにしろ、この我が儘王妃を虜にしている愛人殿だからな。だから、多少は問題ない」

 

 ひと足先に一郎と愉しみ、やっと脱力状態から回復してきたらしいサキが横から口を挟んできた。

 アネルザに挿入している男根を抽送し、アネルザの股間の中に感じる快楽のもやを強く弱くと擦らせながら、一郎は視線をサキに向ける。

 

 サキは妖魔将軍としての姿ではなく、一郎の言いつけで人間族の絶世の美女に変身し、国王ルードルフの寵姫として後宮に潜り込んでいる。

 いつものサキも悪くないが、あの女好きの好色王がのめり込むだけあり、人間族の女の今の見た目は本当に美しい。

 しかも、まだ交合の余韻いっぱいの色っぽい表情をしていて、一郎に熱っぽいまなざしをうっとりと向けている姿は、一郎の欲情をさらに刺激する気がした。

 

 たったいま、このサキに精を注いだばかりだが、淫魔師である一郎の性欲はほとんど無尽蔵だ。

 この後、スクルズのところに挨拶に行き、そして、神官長の就任式の最中に凌辱をするという約束もあるし、その前に一郎の尻を狙っているかもしれない変態国王を淫魔術で操るための仕掛けをするという作業もある。

 

 忙しいのだ。

 だが、もっとサキもアネルザも犯したい──。

 その欲望がまたもや頭をもたげてくる。 

 

「そういう国王の寵姫殿が王妃殿下と愛人男が愛し合っている場所に一緒にいてもいいのか? 子爵になりあがった冒険者の俺が好色なのはそろそろ有名になりつつあるしな。サキまで俺の恋人だと勘繰られてしまうんじゃないのか」

 

 一郎はアネルザを犯しながら言った。

 

「問題あるまい。わしとアネルザは仲がよい。同じ男を相手にするくらいのことは不自然ではない」

 

 サキが言った。

 だが、そういう倫理観ではなく、国王の寵姫が別の男と身体の関係があるという噂が立つことが問題になるのではないかと主張しているのだ。

 まあ、妖魔に人間族の価値感は通用しないのだろう。

 一郎はそれ以上、主張するのはやめた。

 それに、身を守るために一郎がやらせていることとはいえ、サキが別の男のものである演技をするのは、気持ちのいいことではない。

 一郎の女であるという噂が立つのであれば、それはそれで好ましい気もする。

 

「ああ、あんっ、あああっ、も、もう、おおっ、ああっ」

 

 一郎はさらにアネルザを責め続けた。

 絶頂しそうになっては責めを引きあげ……。

 絶頂したとしても淫魔術で寸止めしてそれを許さず……。

 それを繰り返す。

 アネルザは半狂乱になった。

 

「あああっ、いぐううっ、いきたいいいっ、ろ、ろうどのお──。も、もう、堪忍──。堪忍じゃああ」

 

 やがて、アネルザの声はますます大きくなり、悲鳴のように部屋に響き渡っている。一郎が腰を引くたびに、必死になって息を吸い、突き入れるたびに絶息するように吐き出すということを繰り返す。恍惚の表情はますます強くなっており、もう自分がどういう状況で、ここがどこであるかなど、まったく知覚できなくなったかのようだ。

 

 もう、いいだろう。

 それに、一郎もそろそろ、この王妃に精を吐き出したい。

 一郎は寸止め状態だったアネルザの身体を解放してやった。

 

「ああ、あううううっ」

 

 次の瞬間、最初にふたなりペニスから勢いよく白濁液が飛び出した。

 もっとも、男の精液に見えても、実際にはアネルザの愛液だ。

 さらに、腰が激しく痙攣をしはじめ、アネルザの身体はテーブルの上で限界まで身体を反り返り、ついにアネルザも女の方でも快楽の頂点を極めていった。

 

「あああ、おおおおっ、あああっ」

 

 アネルザが絶頂しながら叫んだ。

 淫魔術による寸止めを解除したことで、一気に溜まっていた絶頂が何度も繰り返しているのだ。

 アネルザは、信じられないくらいに長い時間、絶頂をし続けている状態になった。

 

「……いくよ」

 

 一郎はこれでもかというほどの力で締めつけるアネルザの股を感じながら、アネルザの子宮に向かって精を弾き飛ばした。

 

「ああ、い、いいっ、いいっ、いいいいっ──」

 

 反り返ったアネルザの身体がうつ伏せのままがくりと脱力する。

 長い長い絶頂状態がやっと途切れたらしい。

 アネルザがそのままテーブルからずり落ちそうになったので、一郎は慌てて上から抱きとめて、テーブルに乗せ直した。

 

「あれっ? ねえ、アネルザ……。王妃様……」

 

 一郎は男根を抜いて、軽くアネルザの頬を叩いて揺さぶったが、寝息のような音を立てるだけで、ほとんど無反応だ。

 どうやら、軽く気を失ってしまったらしい。

 

「やり過ぎじゃ、主殿……。このアネルザは就任式の開始までに、まだまだ会見の予定があるはずだぞ。行列を作って並んでいる連中を強引に待たせて、主殿との時間を作ったのだ。抱き潰してどうする」

 

 サキが笑いながら言った。

 

「つい、夢中になってね……。でも、行列か……。姫様のところも凄まじかったけど、王妃様も人気者なんだね」

 

 控え室から離されていたが、アネルザのところに並んでいた貴族たちを思い出した。

 

「王がこのところ政務を顧みんのでな。自然と王太女と王妃に面談の希望が集まる。国王ではなく、王妃が政務を動かしているのがわかっているしな。まあ、最近は、イザベラよりはましのようだが……」

 

 もともと政務嫌いの王だったらしいが、いよいよ政務に目を向けないようになったのは一郎のせいだろう。サキ、チャルタ、ピカロといった性技に優れた妖魔や淫魔を送り込み、彼女たちとの性交のことしか考えられないようにしてやった。

 一度、身体を求められてから怖くなり、絶対に一郎に目を向けなくするための処置だ。

 政務を蔑ろにさせる意図はなかったが、まあ、その分、王妃や王太女に権力が集まるようなので、一郎としても都合がいいかもしれない。

 

「アネルザも、このところ政務も真面目にこなしているみたいだね。以前はそうでもなかったはずだけど」

 

「主殿がいるからだろう。少しでも、お主の立場をよくしようと頑張っておるのだ。健気じゃぞ」

 

 サキが微笑みかけた。

 一郎は、そのサキの顔に、ズボンをあげないまま、股間を向ける。

 些かの躊躇いも示すことなく、サキは精を放ったばかりの一郎の男根を口に咥えて、舌で掃除を始めた。

 

「それにしても、最初はどうなることかとも心配したが、人間族の女の姿もなかなか様になっているじゃないか、サキ。後宮生活も大きな粗相をすることもないし、むしろ、美貌の寵姫として評判も高いと聞く。肩苦しい思いもあるだろうが、よくやってくれている。ありがとう」

 

 一郎は、掃除フェラをさせながら、サキの頭を撫ぜる。

 遠国の地位のある貴族の娘ということになっているサキだが、妖魔が扮しているとは思えないほど、令嬢としていい評判しか耳に入らない。

 

 清楚で……。

 朗らかで……。

 少しも高慢な性質のないさばけた気安さがある美貌の令嬢……。

 

 それがサキの評判だ。

 誰のことなのだと笑いたくなるが、一流の妖魔なので、人間の王宮に入って、人間族の令嬢のふりをするのも難しいことではないのかもしれない。

 

 それにしてもだ。

 

 考えてみれば、このサキは、妖魔将軍とも称されていて、魔族、妖魔の世界では一目も二目も置かれる存在であり、力の強い眷属を百匹でも二百匹でも集められるらしい。

 なによりも、サキ自身が妖力にも長け、膂力にも勝り、さらに空間を操る特殊能力を持っている伝説的な女怪物である。

 そのサキを性の力で支配し、ほかの女と性交をした後始末をさせているのだと考えると、改めて、もしかしたら、自分もこの世界にやって来て、それなりの存在になったのではないかと錯覚してしまう。

 

「主殿の命令だからな……。サキュバスのふたりも、なかなかに愉快な連中だ。愉しくやっておる」

 

 一郎の合図で股間から口を離したサキがにっこりと微笑みかけた。

 屈託のない、引き込まれるような笑みだ。

 サキほどの妖魔に、こんな表情をさせているのだと思うと、一郎は嬉しくなった。 

 

「これからも、世話になる、サキ。その代わり、いっぱい愛するから。俺のためにな」

 

「おう、わしはいつでも主殿ために動いておるぞ。それと、いつでも後宮に来い。この王妃や、二匹のサキュバスどもとともに大歓迎する」

 

 そのときだった。

 

「あ、ああ……ロ、ロウ殿……」

 

 やっと、アネルザが目を覚ましたようだ。

 一瞬、状況がわからなかったみたいだが、すぐにはにかんだような表情を浮かべて、服装を整え始める。

 だが、股間を布のようなもので拭こうとする仕草を示しだしたので、それはやめさせた。

 

「股を拭くのは駄目だ、アネルザ。式典のあいだ、俺が注いだ精をしっかりと股に入れたまま参加してもらおう。下着も禁止だよ。股をしっかりと締めつけてね。さもないと、結構注いだから、他人の前で、俺の精が脚に垂れてきても知らないよ」

 

 一郎はアネルザが手に持った布を取りあげて言った。

 

「ロウ殿は本当に鬼畜だな。わたしは、この後、辺境侯とも会うのだぞ。粗相などあっては、面倒な相手だ。このわたしも気を遣う相手なのに、面談の前に、股も拭かせてもらえぬのか?」

 

 不満そうに言っているが、口元は我慢できないかのように笑みを浮かべている。

 一郎の理不尽な命令が満更でもないようだ。

 時間が少し経ったところで回復しつつあった「快感値」の数字がまた下がってきたことからも、それがわかる。

 あの集めた女奴隷を後宮で嗜虐責めにしていた王妃が、いつの間にか、すっかりとマゾ体質になったものだ。

 

「……その代わり、いい子だったら、後でご褒美をあげますよ、王妃殿下……」

 

 一郎はお道化た口調でアネルザを顔を自分に向けさせ、アネルザの顎をそっと持った。

 唇を重ねる。

 

「ああ……」

 

 アネルザはまるで少女のように顔を赤くしながらも、重ね合わせている唇を開いて、一郎の舌を迎え入れた。

 一郎は、アネルザの口の中の性感帯をしっかりと確認しながら、その口の中を甘く溶け込むように舌で愛撫した。さらに、アネルザの舌全体が性感の集中を示しだしたところで、その舌先を抜き取らんばかりの強さで吸いあげていく。

 

「あ、ああっ、はああっ」

 

 アネルザが喘ぎ声をあげ、その口の横からひと筋、ふた筋と涎が落ちていくのがわかった。

 しばらく、アネルザとの口づけを愉しんでから、一郎はアネルザを解放した。

 すると、アネルザは、その途端に全身から力が抜け落ちたようになり、一郎にぐったりと身体を預けさせてきた。

 

「さすがは主殿だな。そのアネルザも、主殿にかかっては、無垢の少女そのものじゃ。まあ、わしも人のことは言えんが」

 

 サキが笑った。

 アネルザはまだ力が入らないのか、一郎の胸に身体を預けて荒い息をしている。

 

「はあ、はあ、はあ……。き、気持ちよかった……、ロウ殿……」

 

 アネルザが口を開くのもつらそうに、そう言った。

 

「さあ、その辺境侯とやらに会うんだろう? しっかりしなよ、アネルザ」

 

 一郎はアネルザを立ちあがらせ、サキに合図をした。

 少しばかり、予定よりも遅くなったが、これから、この神殿内に準備した秘密の経路を使って、国王の控室の裏側に潜入するのである。

 そこでは、一郎の意図を汲んだチャルタとピカロの二匹のサキュバスが、その股間に溜め込んだたっぷりの一郎の精を国王のルードルフに舐めさせているはずである。

 王が一郎の精を口にすれば、王を一郎の淫魔術の支配下に置くことができる。

 一郎の身体に興味があるらしい、あの変態に対する万が一の場合の処置だ。

 この部屋から人気のない場所に隠れて向かう秘密の経路が準備されていて、本来、そこに進むためにこの部屋にやって来たのだ。

 サキも立ちあがった。

 

「ああ、気をつけてな、ロウ殿」

 

 アネルザがだるそうに吐息をつきながら言った。

 静まりかけていた性交の余韻が、いまの口づけですっかりと戻って来てしまったらしい。

 

「そういえば、辺境侯って、誰?」

 

 大して興味もなかったが、部屋を出ていきかけて、何気無く訊ねた。

 アネルザのさっきの口ぶりでは、大切な客のように聞こえたのだ。

 国王に対してだって、まったく敬意を示さず、気が進まなければ、平気で誰との面談でも、やめてしまうアネルザだ。真面目になったとはいえ、貴族との関係における傍若無人ぶりには、そんなに変化はない。

 そのアネルザが気を遣う相手とは珍しいと思った。

 だが、一郎の問いに、アネルザはきょとんとした表情になる。

 

「おい、主殿、辺境侯というのが誰か知らんのか? 呆れたのう」

 

 一郎の横にいるサキが笑った。

 

「有名な人物なのか?」

 

「辺境侯は、わたしの父だ。本当にロウ殿は貴族世界に興味がないのだな。だが、わたしの父親も知らんかったとは、ちょっと寂しいのう」

 

 アネルザが笑った。

 一郎はさすがに赤面してしまった。

 

「お、俺にとっては、アネルザはアネルザだ。お前が王妃だから愛するわけじゃないし、権力には興味はない。アネルザはいい女だ。俺にとっては、それで十分なんだ」

 

 慌てて言った。

 だが、確かに、何度も身体を合わせている女の係累も承知していないなんて、男としては失礼なことに違いない。

 ましてや、どうやら、アネルザの父親は、それなりの大貴族様だったらしい。

 承知していて、当然のことのようだ。

 

「おう、今度はちょっと嬉しいのう……。だが、いつぞやも言ったが、ロウ殿も、すでに子爵の爵位を持ち、陛下自らの推薦で枢機卿に任じられ、さらに、わたしやイザベラにも親しい立派な貴族だ。味方も敵も、まったく知らないでは、いつ足をすくわれるやもしれんぞ。王妃になったことで籍は抜けておるが、わたしは辺境侯であるマルエダ家の長女だ。辺境侯はこの王国にひとつであり、王族の公爵家に継ぐ上位貴族になる。役に立つやもしれんから、覚えておいてくれ」

 

 アネルザが豪快に笑った。



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220 式典前の情事

 周りに誰もいないのを確かめると、一郎は、サキとともに、神殿の奥側の彫像の陰になっている場所を選んで、サキが仮想空間から出した大きな姿見を潜った。

 すると、そこは真っ暗な閉鎖された部屋だった。

 サキが妖力を使う気配がした。

 すると、部屋に明かりが灯った。

 

 どうやら、国王たちの衣裳小屋になっている場所のようだ。

 狭くはないが、あちこちにたくさんの大きな衣装箱にようなものが積み重ねられており、掛けられている衣装や靴、あるいは台に載せられた装飾具のようなものが散乱している。

 部屋には誰もいない。

 

「ルードルフの控室の裏側になる物置じゃ。王家から運んできた衣装類をとりあえず置く場所だそうじゃ。しばらくは、誰も近づかんはずだし、見つかったところで、わしと逢瀬を愉しんでいたということにすれば言い訳になる。そして、あの男の控室の裏側になる……。主殿の注文通りだと思うが?」

 

 サキが笑った。

 国王との寵姫との逢瀬が、言い訳になるのかどうかは知らないが、これからやろうとしているのは、怪しげな術で国王を支配してしまおうという、王族の暗殺に匹敵するほどの重罪だ。

 確かに、これから国王に淫魔術をかけてしまうとしていることが発覚するよりは、王の寵姫との逢引きの方がましであるのは間違いない。

 

「こっちだな……。確かに、国王の控え室の真裏だね……。でも、よく、こんな場所があったものだ」

 

 一郎は、目の前の壁に密着するように、両手を触れさせながら言った。

 壁越しだが、この向こう側に、ルードルフ王と、一郎の眷属の二匹のサキュバスであるチャルタとピカロのステータスが読み取れる。

 ただし、一切の話し声は聞こえない。無論、様子を見ることもできない。

 あるいは、国王の控室には、防音の結界でもかかっているのかもしれない。

 

「待ってくれ」

 

 サキが壁に両手を当てた。

 すると、一瞬、壁が揺れた錯覚になり、気がつくと、目の前の壁が透明になって、長椅子に座っているチャルタとピカロの姿と、その前に跪いているルードルフ王が視界に入ってきた。

 見た目は人間族の少女であるチャルタとピカロは下着姿だ。

 

 しかし、なんだろう?

 ルードルフ王は素っ裸であり、両手を背中に回して両手首に革枷を嵌められているのだ。

 こちらから見えるのは、ルードルフ王の尻なのだが、なにをしているのか……?

 淫らな遊びには間違いなさそうだが……。

 

「……向こうの声が聞こえるようにする……。こっちの声や気配は伝わらんから安心してくれ。でも、ちょっと時間がかかるぞ。向こうが張っている防音の結界を壊すのは容易いが、そうすると、潜入者がいることがばれるからな。王宮魔道師どもの結界を壊さんように、音だけこっちに流れるようにする」

 

 サキが言った。

 そして、真顔になり、神経を集中させる様子を示しだす。

 一郎はその横顔に視線を向けながら口を開いた。

 

「……だが、よくも、こんな場所があったなあ。結界を向こうが敷いているとはいえ、国王の控室の裏側に、誰もいない無人の部屋があるなんて、警備上問題があるんじゃないか?」

 

「この部屋はずっと離れた場所に存在することになっておる。目くらましの魔道がかかっておるのだ。今日、就任式をするあの巫女が協力してくれてな。あの巫女は、本当に、主殿(しゅどの)に関わることであれば、どんなことでも無条件に引き受けるな」

 

 サキが微笑んだ。

 巫女というのはスクルズのことだろう。

 どうやら、これについて、サキとアネルザだけでなく、スクルズも一枚噛んでいるようだ。

 スクルズも、敬虔で真面目な巫女だったはずだが、最近ではすっかりと一郎に染まってきた気がする。

 思わず、くすりと笑いをこぼした。

 

「んっ? どうかしたか?」

 

 サキがこっちを見た。

 

「なんでもない。すまん」

 

「そうか……。終わったぞ」

 

 サキが頷いた。

 すると、声が聞こえてきた。

 最初に飛び込んできたのはチャルタの声だ。

 

「すけべそうな身体しやがって。裸にされて、そんなに嬉しいか。それでも王かよ。汚いものをおっ勃ててさあ」

 

「もっと締めてやるよ。お前みたいな変態王の一物には、その革ベルトがお似合いだ」

 

 今度はピカロだ。

 なにをしているのかは、ルードルフ王の裸体の陰で見えないが、ピカロはルードルフ王の股間に両手を伸ばして、なにかの作業をしている仕草だ。

 そして、すぐに王の苦悶の声が聞こえてきた。

 

 どんなことをしているのかと思ったら、どうやら男責めのプレイだったらしい。

 一郎自身もSM好きの変態なので、他人の性癖のことには、多少の理解はあるつもりだが、こうやって覗きをするなら、できれば美しい女が責められている光景がいい。

 中年太りのぶよぶよした身体の男が責められる姿には、まったく性欲が刺激されず、可愛らしいサキュバスたちの下着姿を前にしても、一郎の一物は萎えたままだ。

 

「お、お許しを……。ああっ、き、きつい、ゆ、許してくれ」

 

「やかましいよ。それくらいで騒ぐんじゃない──。ほら、散歩だよ。膝を床につけたまま、ついて来い」

 

 ピカロが歩き出した。

 その手には細い鎖が握られていた。そして、鎖の反対側にはルードルフ王の股間があり、勃起した怒張の付け根を締めつけている革ベルトにそれが繋がっている。

 ルードルフ王は泣き声をあげながら、ピカロが速足で進む後を懸命に膝立ちでついていく。不自由な姿勢で歩かされることよりも、張り割けんばかりにきつく絞った男根がつらそうだ。

 革ベルトで締めつけられた先の部分は、赤黒く変色して、勃起でぱんぱんに張りつめている。

 

「もっと速く進めよ、豚──」

 

 いつの間にか乗馬鞭を持っていたチャルタが力いっぱいに、ルードルフの尻を叩いた。

 

「ひいいっ、ひいいっ」

 

 ルードルフが哀れに泣き叫ぶ。

 しばらく、その光景が続く。

 

 ピカロとチャルタは、ルードルフ王を鞭で追いたてて、控室をぐるぐると歩かせている。

 一郎たちが壁の向こうに来ているのがわかっているのか、こちらをちらりと見て、ピカロが片目をつぶって合図をしてくる。

 しかも、ちょうど一郎たちの近くでとまり、股を開いて、ルードルフ王の顔に擦りつけるようにした。

 

「舐めな。気持ちよくできたら、その尻を張形で犯してやるよ。ただし、精は出させないけどね。そのベルトを外してやるのは夜だ。それまで、しっかりと我慢するんだ」

 

 ピカロはルードルフの顔を上に向かせて、その顔に股間を乗せるようにした。

 

「むっ、むぐうっ」

 

 息を塞がれたルードルフが苦しそうに呻いている。

 ただ、嬉しそうでもある。

 すっかりと被虐の劣情に襲われているのが、ここからでもよくわかった。

 

「ぼくのおまんこの匂いはどうだ? 臭いかい? 匂うかい? この三日は洗ってないからね。たっぷりの汗や膣垢が溜まっているだはずだ。ひとつ残らず、綺麗にするんだよ」

 

 ピカロが笑っている。

 三日間以上、股間を洗わせなかったのは、一郎の指示だ。そして、汗どころか、ピカロはこの三日、一郎に犯されるたびに精を注がれ続け、その精を子宮に溜め込まされた。

 そして、いまこの瞬間に股間から出すことを許され、ルードルフ王に一郎の精液を舐めさせているのである。

 

 一郎の精液が身体に入ってしまえば、一郎は淫魔術を相手に結べる。

 それで、心を支配してしまうのだ。

 一郎は念を込めた。

 確かに、ルードルフ王の心と身体を一郎の淫魔術が掴んだ感覚がやって来た。

 淫魔術を王に届かせることには成功した。

 

 しかし……。

 

「だ、だめだ……」

 

 一郎は断念した。

 ルードルフ王から、一度淫魔の刻みを引きさげる。

 伸ばしかけていた支配を中止する。

 

「どうしたのじゃ? 量が足りんか? この後、チャルタもいる。あいつも精を溜め込んでいる。それだけのものをあれに飲ませれば、十分な量になるはずだぞ」

 

 サキが一郎の様子に首を傾げながら言った。

 一郎は首を横に振った。

 

「違うんだ。量の問題じゃない。性欲の問題だな。どうやら、淫魔の支配というのは、少なくとも性欲の対象になる相手じゃなければならないみたいだ。俺はその王の裸に接しても、まったく勃起しない。この状態じゃあ、多少の淫魔術は駆使できても、相手の心を支配するというところまでは無理みたいだ。今回の計画は失敗だ」

 

 前にもパーシバルというシャングリアに手を出した男を淫魔術で仮想空間に連れて込んで調教してやったことがあった。

 そのときは、顔に精液を塗って、男に淫魔術をかけたのだが、考えてみれば、淫魔術で心を支配したわけじゃない。

 パーシバルを女にして徹底的に犯し、女好きのパーシバルを男にしか興味のない変態に調教してやったものの、別段、心を操って洗脳したわけじゃないのだ。

 サキの仮想空間を利用して、時間をかけてサキとともに遊んでやっただけだ。

 

 一郎には、男を淫魔術で支配してしまうというのは不可能のようである。

 少なくとも、勃起できるほどの相手でないと無理だ。

 そして、この中年男を相手に勃起できるとは思えない。

 仮想空間で女にしたとしても同様だろう。

 可能だとしても、どうしてもやる気にならない。

 

「そうか、男相手では勃たんか──。だが、チャルタとピカロには、褒美をやってくれよ。今回は頑張ったのだ」

 

 なにがおかしいのか、サキが大笑いしている。

 

「わかっているよ。無理を言って準備してもらったのに、サキにも悪かった」

 

 一郎は頭をさげた。

 

 

 *

 

 

「そなたも、よくやるな。大人しい顔をして結構大胆だ」

 

 ベルズがスクルズの衣装を直しながら、くすくすと笑った。

 

「なんのこと?」

 

 スクルズはとぼけたふりをしてにっこりとベルズに得意の笑顔で笑いかけた。

 満面の笑顔は、このところ身に着けたスクルズの処世術だ。

 すると、ベルズが苦笑して溜息をついた。

 

「わたしにまで、そんな顔をすることはない。まったく、本当にスクルズは、この半年でまるで人が変わったな。都合が悪いことも、その無邪気そうな微笑みをにっこりと教皇庁の高位神官たちに向けて、なんでも誤魔化してしまう。だが、わたしには通用はせんぞ」

 

 ベルズが言った。

 スクルズは首を竦めた。

 

「そんなつもりはなかったわ、ベルズ。だけど、これは、ちゃんと教皇庁の許可を受けた衣装なのよ。最終的にはわたしの裁量に任せるという裁定になったから」

 

 スクルズはにっこりと微笑んだ。

 

「しかし、巫女の礼装は紫だぞ。あるいは、黒。スクルズが着ているのは純白の装束だ。まるで花嫁衣裳ではないか」

 

 ベルズが肩を竦めた。

 

「まあ、あの裁定会のことをあなたがやり直すつもりなの? あなたまで、わたしの資質を批判するとは思わなかったわ。もしも、あなたもまた、わたしの神殿長に就くことを時期尚早だと思うのであれば、どうぞ、部屋から出ていって構わないのよ」

 

 スクルズはわざと不満そうにつんと顎を突き出してみせた。

 すると、ベルズは噴き出した。

 

「わかった、わかった。巫女の就任式は天空神との婚姻の誓いだ。わたしは、それが当たり前だという価値観で育ったからな。どうしてもこだわってしまうのだ。なにしろ、知っている通り、わたしの実家は代々、貴族巫女を出している家系なのだ。許して欲しい。もちろん、ちゃんと手伝う。今日のわたしはそなたの付き人だ」

 

「嬉しいわ。だったら、腰紐をちょっと直してくれない。ひとりじゃあ、形が整わなくて」

 

 スクルズは言った。

 ベルズが立ちあがってスクルズの後ろに回って、装飾の帯紐を結び直す。

 

 もちろん、こう言い合っているのは戯れだ。

 だが、神殿長の就任式にまるで、婚礼衣裳のような真っ白い純白の礼装をスクルズが着ることに、ベルズが違和感を覚えているのは本当だろう。

 ベルズでさえ、こうなのだから、教皇庁の重鎮たちを納得させるのは大変だった。

 たかが、礼装の色だけのこととは思うが、長年続いてきたしきたりを変えるというのは、なかなか難しかった。

 

 だが、最終的にはスクルズの希望がかなうことになった。

 結局のところ、たかが礼装の色のことなのだ。

 巫女の神殿長への就任式が白い純白姿だというのが異例というのであれば、そもそも、二十代の巫女が神殿長に就くのも異例だ。

 

 スクルズの就任式典を調整するためにやって来た教皇庁の重鎮との会議では、スクルズがにっこりと微笑んで困った顔を見せていたら、なんとなく、認めてもいいという雰囲気ができあがり、最終的にはスクルズの裁量ということになった。

 もともと、教会法には、就任式の巫女の礼装についての規定などなく、紫や黒だというのは、最初に就いた巫女の神殿長がそうであったのが慣例化したに過ぎない。

 

 そのとき、扉を叩く音がした。

 スクルズには、誰が入って来ようとしているのがすぐにわかった。

 返事を待たずして、扉が開いたからだ。

 この部屋で、スクルズが友人であるベルズに頼んで、装束の着付けをしていることは神殿関係者は誰でも知っている。

 それにもかかわらず、無遠慮にスクルズのいる部屋の扉を開けるのは、スクルズの知る限り、ひとりしかいない。

 

「ロウ様、いかがですか?」

 

 スクルズは思わず笑みがこぼれるのを感じながら、ロウに正面を向けた。

 ロウの目が驚きで大きく見開いている。

 その表情を見ることができただけでも、純白の礼服を着るために頑張ってよかったと思った。

 スクルズは、手元を手で押さえて、くすくすと笑った。

 すると、ロウもにっこりと微笑み返してきた。

 

「これは、とても美しい……。まるで、結婚式の花嫁のようですね」

 

 ロウが言った。

 

「まあ」

 

 なにか気が利いた言葉を返そうと思ったが、なにも口から出てこない。

 顔がかっと熱くなるのを感じた。

 しかし、嬉しかった。

 ロウに褒められたことで、この礼服を教皇庁に認めさせるために頑張ってよかったと思った。

 

「だけど、そんなにきれいな服を脱がせるわけにも、しわにするわけにもいきませんね。あなたを抱くのは、もう少し後に取っておくことにしますよ」

 

 ロウが冗談めかしく言った。

 スクルズは、服に手をかけて、すぐに紐を解き始める。

 

「ベルズ、手伝って。服を脱ぐわ」

 

「な、なに言っておる──。着付けにどれだけの時間がかかったと思っておるのだ。一度脱げば、しわが……」

 

 ベルズが悲鳴をあげた。

 でも、スクルズは、すでに下半分をばさりと床に脱ぎ落とし終わっていた。

 

「いえ、ロウ様に愛してもらうのが優先です。さあ、ご調教お願いします」

 

 スクルズはロウに駆け寄った。

 

 

 *

 

 

「あ、ああ、はうっ、あああん」

 

 スクルズの背中が跳ね上がり、喘ぎ声が大きくなった。

 そろそろ、絶頂しそうだ。

 一郎は、縄のかかったスクルズの上半身をテーブルに引き倒して、股間に怒張を貫かせて律動をしている。

 一方で、ベルズは、部屋の隅で不機嫌そうにしている。

 

 理由はわからなかったが、どうやら、せっかく着付けをした服が台無しになるということのようだ。

 しかし、抱いて欲しいと言ったのはスクルズだし、抱くときに縄で縛って欲しいと口にしたのもスクルズだ。

 まあ、縛られることについては、スクルズ自身の好みというよりは、一郎がそれを好むことを知っているからこその挑発のようにも思えたが……。

 

「あ、ああ、き、気持ちいいです、ロウ様。んああっ、はああっ」

 

 一郎の怒張が抜き挿しされるたびに、大きく開かせている両脚ががくがくと痙攣する。

 よがりぶりも本当に可愛い。

 しかも、これから王都第三神殿の神殿長に、史上最年少で就こうとしている優秀な魔道遣いを無遠慮に抱いているのだ。

 そう思うと、一郎もさらに興奮してくる。

 

「んはあ、ああ、ああ、ああ」

 

 スクルズの反応がさらに淫らで激しいものになる。

 一郎は、今度は深く挿し込んだ状態で、円を描くように腰を動かした。

 スクルズは全身を震わせて、身体を弓なりにのけぞらせる。

 いつも敏感なスクルズだが、今日は増して敏感だ。

 しかも、女神官長の礼服というよりは、真っ白い婚礼衣装だ。

 それを身に着けている美貌の女巫女を縛り、下半身を裸体にして犯すなど、そうそうできるシチュエーションではない。

 

「ひああっ、ロ、ロウ様、ロウ様、ああ、ああああっ」

 

 さらに律動を続けると、スクルズは意識すらも怪しくなり、何度も背中を弓なりにするようになった。

 このまま抱き潰したい気持ちはあるが、今日は大切な就任式だ。

 一度、いかせるくらいで留めておかなければならないだろう。

 

 もっとも、その一回でとことん責めさせてもらうが……。

 だから、さっきから、スクルズがいきそうになったら快感を逃がし、逃がしてはぎりぎりまで追い詰めるということを繰り返している。

 

「ああ、あああっ、あああっ」

 

 スクルズの嬌声がさらに激しくなる。

 一郎は粘性術を遣って、スクルズの菊の穴に粘性体を侵入させて、内部で一郎の怒張そのままの形と硬度を復元させた。

 

「んあああっ、ロ、ロウさまああ──」

 

 一郎は、上から本物の怒張で、下からは複製の怒張でピストン運動をする。

 スクルズの肉壁を通じて、ごつごつと怒張同士が当たるのは一郎自身も気持ちがよく、また、スクルズは半狂乱だ。

 

「あはあっ、はあああ」

 

 絶息するような悲鳴が響き、スクルズの身体ががくがくと痙攣した。

 縄で強調されている胸が服越しにぶるぶると揺れる。

 そして、二度、三度と痙攣したのち、スクルズの身体が完全に脱力した。

 一郎はおもむろに中で精を放った。

 しかも、子宮だけでなく、後ろの粘性体で複製した怒張からも、同じ量の精を生成して注ぎ込む。

 淫魔術を遣えば、このくらいのことは簡単にできる。

 

「じゃあ、お掃除フェラは、ベルズ殿に頼みましょうかね」

 

 一郎はテーブルに身体を押し倒しているスクルズから怒張を抜き、まだ勃起したままの一物をベルズに向けた。

 

「わ、わたしがか──?」

 

 ベルズは当惑した表情を示したが、顔は真っ赤だ。

 

「ま、待って……。ベ、ベルズ、今日は……わ、わたしのわがままを優先させて……。ま、前にも……後ろにも注いでくださったのですね……。あ、ありがとうございます、ロウ様……。で、できれば、口にも注いでいただけませんか……。わたしは、ロウ様の匂いとともに就任式に臨みたいのです」

 

 スクルズが身体を起こしてテーブルから降りた。

 そして、縄掛けをされたまま、一郎の腰の前に膝立ちになる。

 そのまま“ロウ様”と呼びかけられているが、スクルズほどの美貌の女神官にそんな風に呼びかけられると、それだけで、一郎の怒張はさらに膨らみを大きくする。

 

「匂いって……。まさか、そのまま身体を拭かずに、就任式に出るのか?」

 

 ベルズが目を丸くしている。

 

「もちろんよ。ロウ様とともに就任式に出たかったのよ。わたしは、天空神ではなく、ロウ様のものですから」

 

 スクルズが小さな口を精一杯に開いて一郎の怒張を咥える。

 舌が一郎の男根の幹や亀頭を柔らかく這い回る。

 フェラについては、スクルズは三人娘に次いで、数多くやらせているだろう。

 すでに、どうやれば一郎が気持ちよくなるかを熟知している。

 あっという間に、一郎は精を出してもいい気持ちになった。

 

「出しますよ」

 

 一郎は口にするとともに、スクルズの口の中に精を放った。

 スクルズはとろんとした表情になり、それを喉の奥に押し込んでいく。

 もちろん、そのあいだも舌で精の滴を舐め取っているし、口で精の残りを怒張から吸い出してくれもする。

 

「あ、ありがとうございました、ロウ様。これで望みは叶いました。犯していただいてありがとうございます。ロウ様に犯されたまま就任式に臨みます。わがままな依頼に感謝します」

 

 スクルズが後手縛りのまま一郎の前で膝立ちをしたまま頭をさげた。

 

「依頼?」

 

 ベルズがきょとんとしている。

 どうやら、スクルズは、就任式で一郎を犯してくれという奇妙な依頼をしたことをベルズには言っていなかったようだ。

 

「なにを言っているんです。いまのは前菜ですよ。ちゃんと、就任式の真っ最中にスクルズ殿を犯しに来ます。覚悟していてくださいね」

 

 一郎は言った。

 

「まあ、そうなのですか? ならば、愉しみにしています」

 

 すると、スクルズが満面の笑みを浮かべた。

 

「なにを言っているのか理解不能だが、とにかく、着付けのやり直しだ。急ぐぞ、スクルズ」

 

 ベルズが立ちあがって、スクルズは脱ぎ捨てた白い礼装のスカート部分を拾いあげた。

 一郎は淫魔術で縄を解く。

 スクルズの両腕を緊縛していた縄がぱらりと解けて落ちた。

 

「なにを言っているのよ、ベルズ。わたしは、そんなに人でなしではないわ。ほかの巫女たちに支度を手伝わせずに、あなただけに頼んだのは、ロウ様にあなたも愛してもらうようによ……。ねえ、ロウ様、ベルズのことも愛してあげてくれませんか?」

 

 スクルズは言った。

 もちろん、淫魔師レベル“99”の一郎には問題はないが、すでに二発出している。並みの男であれば、さらにもう一発というのは拷問に等しいのではないだろうか。

 一郎は苦笑した。

 

「わっ、そ、そなたこそ、なにを言っておるか、スクルズ。わたしはいい。わたしだって、もう礼服を着ているのだ。これを脱いだら、今度こそ間に合わなくなる」

 

 ベルズが焦ったように言った。

 確かに真っ白い装束のスクルズほどではないが、ベルズもまた紺を基調とした金飾りのある見事な礼装だ。

 スクルズの就任式には、ベルズも第二神殿の筆頭巫女として出るのだから、当然の礼装なのだろう。

 

「大丈夫ですよ。あまり服が乱れないように終わらせてあげますから」

 

 だが、一郎はベルズが持っていたスクルズの礼服のスカート部分を取りあげてスクルズに手渡し、ベルズについては、亜空間から「産婦人科の検診椅子」と一郎が呼んでいる拘束椅子を出現させて、ベルズを強引に座らせる。

 ひざ掛けに腕を置かせてあっという間に革ベルトで拘束し、脚は開かせて高く上がっている足置きに乗せさせて、こっちも革紐で縛ってしまう。

 

「そ、そんな……。これは恥ずかしいぞ」

 

 ベルズは大きく足を開いて上にあげた状態で固定されてしまう。すでに四肢は革紐で押さえつけているので、力を入れてもまったく動かない。

 

「もちろん、恥ずかしいさ。だけど、抵抗できないのが嬉しいですよね。ほら」

 

 一郎は垂れ下がって股間を隠している礼服のスカート部分をまくり上げた。

 

「あっ、いやっ」

 

 ベルズは顔を真っ赤にして視線を逸らせた。

 可愛らしい反応に、まだむき出しのままの一郎の一物も元気を取り戻す。

 

「服がしわになるのが嫌なのですね。だったら、胸揉みはやめましょう。その代わり、下着は諦めてくださいね。式典には下着なしで参加してください」

 

 一郎は粘性術で粘性体を刃物状に形成すると、刃に当たる部分を固くする。

 簡易ナイフのできあがりだ。

 それでベルズの下着をさっと切り取った。

 

「ううっ」

 

 ベルズが身体を捩らせた。

 すると、つっと膣口から粘っこい体液が流れ出してきた。

 

「おやおや、恥ずかしい恰好にしただけで感じてきたんですか。いやらしいなあ」

 

 スクルズほどではないが、ベルズもまた濡れやすい。

 しかも、実は相当のマゾだ。

 気の強い女ほどマゾとはいうが、ベルズはそれを地でいく女だ。

 

「そ、そんなこと言わないでくれ、ロウ殿」

 

 ベルズが顔を真っ赤にした。

 なんとも可愛らしい。

 

「可愛いですね、ベルズ。ねえ、ロウ様、お手伝いしていいですか?」

 

 素早くスカートだけを身に着けたスクルズが、にっこりと微笑みながらやって来た。

 もともと、ウルズも含めた三人の巫女は、少女時代は、お互いに百合の関係の仲だったそうだ。しかも、意外にもM役はベルズだったらしい。

 そんなことも、一郎はこのふたりから教えてもらって承知している。

 

「なんでもやってください」

 

 一郎は指でベルズの股間をほぐしながら言った。

 すでにベルズの股は愛液でびしょびしょだ。

 切なそうに腰を動かしているベルズが、スクルズの言葉に焦ったようになった。

 

「な、なにをするつもりだ、スクルズ──。うはあっ」

 

 ベルズが全身を弓なりにして悲鳴をあげた。

 スクルズが魔道で電撃を飛ばして、微弱な電撃をベルズの身体に浴びせたようだ。

 しかも、どうやら、電撃が流れっ放しになっているらしい。

 ベルズは苦痛の混じった悲鳴をあげて暴れ出す。

 

「ロウ様、こんな風に電撃で痛めつけながら苛められるのが、ベルズは好きなのです。昔は、魔道の練習がてら、よくやりました」

 

「結構、過激な遊びをされていたんですね」

 

 一郎は苦笑した。

 そして、怒張をベルズの股間にゆっくりと突き挿していく。

 

「ああ、んんっ、こ、これは──」

 

 一郎の亀頭がベルズの股間の奥まで辿り着くと、それだけでベルズの息は絶息したような感じになった。

 そのあいだも、微弱な電撃はどんどんと流れ続けている。

 ベルズの快感値はどんどんと数字をさげていき、絶頂に向かってまっしぐらに降下している。

 本当にMなのだと思った。

 

「じゃあ、いきますね」

 

 一郎は本格的な律動を開始した。

 すぐに、ベルズは内腿を痙攣させて激しく悶えだす。

 

「ああ、はああ、あああっ」

 

「気持ちいいですよ、ベルズ殿。キスをしましょう」

 

 一郎は身体を倒して、ベルズの口に唇を合わせた。

 すると、ベルズが夢中になって舌を絡ませてきた。

 

「気持ちよくなってきたみたいですね。じゃあ、もっと感じさせてあげます」

 

 一郎は椅子の金具を使って、椅子全体を前屈みにするとともに、高さを低くした。

 これで一郎の怒張は強く膣を突きあげる感覚に変化したはずだ。

 

「んはあああっ、あん、ああっ、ひいい」

 

 ベルズが子宮を揺さぶられる衝撃に全身を震わせた。

 

「いくときには、いくと言ってください。それに合わせますから」

 

 そんなことを口にしなくても、ベルズが絶頂するタイミングはわかるのだが、わざわざ口にさせるのが、女責めの醍醐味なのだ。

 

「か、堪忍……。堪忍してください……。ああっ、い、いくうっ、いきますっ」

 

 ベルズが拘束している革紐を千切るかと思うような勢いで全身を痙攣させた。

 それと、急に口調が柔らかくなり、一郎に媚びるような物言いになる。

 ベルズの被虐癖に火が付いたようだ。

 一郎はベルズの絶頂に合わせて、この部屋に入って来て三度目、神殿に到着してからであれば、もう十回目近くになる精を放った。  



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221 一番奴隷、怒り心頭

 歩きながら、エリカの股間をむんずと掴んだ。

 

「きゃあああ」

 

 すると、ロウの姿になっているエリカが悲鳴をあげた。

 コゼは、エリカの狼狽えぶりが楽しくて、思わず吹き出してしまった。

 

「あんたってば、きゃああはないでしょう。ご主人様の声で女の悲鳴を出さないでよ」

 

 コゼはけらけらと笑った。

 すると、きっとエリカが睨み返してくる。

 

「だ、だったら、触るな、この変態女──」

 

 エリカが大きな声で怒鳴った。

 

「や、やめんか、お前たち。ばれるだろう」

 

 すると、シャングリアが低い声でたしなめた。

 エリカが慌てて口をつぐむ。

 しかし、どうしても、笑いが込みあがり、コゼはくすくすと笑い続けた。

 

 すでに、待合室ではなく、会場に進む通路である。

 案内人の先導で、何人かのほかの貴族とともに進んでいるところだ。

 人目もある。

 もっとも、コゼたち三人は集団の最後尾であり、ちょっと距離を開いて進んでいたところだった。だから、いまなら目立たないと思って、ロウに変身中のエリカに悪戯したのだが、あんなにけたたましく叫ぶとは思わなかった。

 おかげで、何事かと数名の者が振り返ったのがわかった。

 

「あ、あんた、いい加減にしなさいよね……」

 

 表情を必死に繕う一郎の姿のエリカが、小さな声でコゼに言った。

 しかし、コゼは肩を竦めてやった。

 

「だって、ある程度は注目浴びなきゃ。さもないと、ご主人様のお言いつけを果たせないじゃないの」

 

 コゼはうそぶいた。

 なにしろ、ロウに言いつけられたのは、ロウの姿をしているエリカができるだけ目立つことだ。

 こうやって、ロウの姿のエリカが、別にすごしているうちに、本物のロウは、ちょっと明らかにできない行動をひそかにやるというわけだ。

 だから、就任式の会場に進みながら、おかしなことをしているが、単に悪戯しているわけじゃない。

 とにかく、ロウは確かにこっちにいたという存在感をしっかりと披露する必要がある。

 これで、かなりの者がロウのことを記憶しただろう。

 だから、いいのだ。

 

 もっとも、それは理由の半分だ。

 残りの半分の理由は、面白いからだ。

 癇癪持ちのエリカをからかうのは愉しいし、いちいち反応してくれるのも嬉しい。

 それに、今日のエリカはロウの姿だ。

 どうしても、からかいたくなる。

 

「うわあああっ。もういい──。こんなのやめよ。そもそも、あんな馬鹿げた依頼を律儀にする必要なんてないわ。だいたい、スクルズもスクルズよ。天空神との誓い? はっ、勝手にすればいいじゃないのよ。だけど、誓いの最中に襲ってくれなんて、馬鹿じゃないの──」

 

 エリカが癇癪を起して舌打ちした。

 コゼはびっくりした。

 それほど大きな声じゃなかったが、ひそめたような声でもなかったからだ。

 

「わっ、なにを言っている、エリ……いや、ロウ」

 

 シャングリアがエリカの口を押さえた。

 だが、それを振りほどいて、エリカがシャングリアを突き放す。

 今度こそ、周りの眼が一斉にこっちに向いているのがわかった。

 コゼは憤怒の表情をしているエリカに目で、それを合図した。

 

「くっ……」

 

 エリカもやっとそれに気がついて、口をつぐむ。

 ここで、なにもかも大声で暴露して、すべてを台無しにする気まではなかったようだ。

 しかし、これは相当にぶち切れたみたいだ。

 なんだかんだと、嫌がるのを無視して、変身によって、エリカに生まれた男性器の股間を何度もいじくってやった。

 少々やりすぎたかもしれない。

 

「わ、悪かったわよ……。ねっ、機嫌を直してください、ご主人様」

 

 コゼもなだめるような物言いで頭をさげる。

 「ご主人様」という声はことさら大きくした。

 

「うるさい、この変態──」

 

 エリカがコゼを突き飛ばさんばかりに通路の脇の隙間に入り込む。

 急いで追いかけたが、そこは脇道になっていて奥に通じている。

 エリカの姿はない。

 入ってみてわかったが、そこにも脇に進む通路があり、しかも、幾つもある。

 

「……あれっ、どこに行った?」

 

 シャングリアも追ってきた。

 コゼは首を横に振った。

 

「ね、ねえ、ご主人様──」

 

 声を出す。

 

「うるさいわね、ここよ」

 

 声がした。

 だが、男の声じゃない。いつものエリカの声だ。

 ちょっと先の隙間から、ひょいとエリカが顔だけ出してきた。

 驚いたことに、女の姿に戻っている。

 変身を解いたのだ。

 コゼは唖然とした。

 

 急いでそっちに向かう。

 すると、まさに着替えの最中だった。

 着ようとしているのは、たったいままでロウの姿で身につけていた貴族の礼装だ。

 服が変わっていないのは、変身をするときに裸だったからだろう。あの「変身の指輪」という魔道具は、服装を含めて変身前の姿にしか戻らないらしい。

 エリカは一郎の姿になるときに素裸だった。

 だから、戻れば、裸の状態にしかならない。

 そのため、エリカは一度服を脱ぎ、エリカの姿になってからまたそれを着ようとしているに違いない。

 だから、こんな物陰に隠れたのだろう。

 

「くうっ、も、もう、ロウ様って、なんてところに、指輪を入れるのよ」

 

 エリカが上衣を身に付けたものの、下はなにもはいていない状態で、顔を真っ赤にして指を股間に入れている。

 どうやら、指輪を取ろうとしているようだ。

 そういえば、ロウはエリカの股間に指輪を挿入して変身をさせたのだった。

 

「まさか本気か? クエストを途中で放棄するなど、ロウだけじゃなく、ミランダも怒るぞ」

 

 シャングリアがその様子に真剣な口調でたしなめの言葉を口にした。

 すると、エリカがきっとシャングリアを睨んだ。

 

「もともと、こんな依頼は、反対だったのよ。本当に馬鹿じゃないの。神殿でやる就任式の最中にロウ様に犯してくれなんて。ロウ様をなんだと思っているのよ」

 

 エリカがまくしたてた。

 コゼは肩を竦めた。

 これは相当に頭に血が昇っている。

 なにがいけなかったのだろうか……?

 

 待合室で、ロウの恰好で全裸だったエリカをみんなの目の前で、何度も射精させて笑い者にしたことだろうか……?

 あるいは、案内人に声をかけられて会場に向かうあいだも、なにかと股間を触って刺激し勃起をさせ続ける悪戯をしたことだろうか……?

 

 滅多に癇癪を起さないエリカだが……。

 いや、そんなことない。癇癪はいつもか……。

 いずれにしても、今日は相当に怒っているようだ。

 クエストを途中でやめるなどと騒ぐのは余程のことだ。

 

「ねえ、言いつけに背けば罰があるわよ、エリカ。いいから、戻ってよ」

 

 コゼは控えめに声をかけた。

 

「罰は受けるわよ。クエスト失敗の罰金だって、わたしが支払う──」

 

 エリカが声をあげる。

 

「なにを言っているのだ、エリカ。わたしたちの役割は、ロウがスクルズを犯すときに、万が一騒動が起きた場合に備えて、ロウのせいだとばれないように……」

 

「騒動なんて起きないわよ。理由つけて追っ払われたのよ。そもそも、危ないなら、やめればいいじゃない。罰でも何でも受けるわ。わたしはもういやっ──。くうっ」

 

 声をあげたエリカの指にはねっとりと性液にまみれた指輪があった。

 こうなったら、エリカはもう手が付けられない。

 ロウの前ではしおらしいエリカだが、もともと気の短い真面目女だ。

 誰よりも、エリカの気性はコゼは知っている。

 ロウ以上に、エリカ自身以上に、エリカのことはわかっているという自負もある。

 

「わかったわ。一度ご主人様のところに戻りましょう。とにかく、もう一度、控室に……」

 

 コゼは言った。

 怒れば誰の言葉も耳にしないエリカだが、ロウだけは別だ。

 ロウに諭されれば、気も落ち着くだろう。

 

 ……とは言っても、いまはもう、控室にはロウはいない。

 アンとノヴァがいるだけのはずだ。

 ロウは、スクルズのところにいると思うから、アンに連絡をお願いすればいいと思うが……。

 

 しかし、式典に準備されたロウの席は、かなり中心に近い位置にある。ロウは爵位は子爵と低いが扱いは上級貴族だ。

 シャーラによれば、宰相のフォックスがアネルザの愛人ということで、そのように扱うように指示しているらしい。

 会場には身分の低い者から入る。

 さっきは、上級貴族の列席者の集団だったので、後に入るのは王侯やそれに準じる格式の者たちだと思う。

 一度戻ってしまえば、後から式典に入り直すということはできないと思う。

 エリカの言い草じゃないが、罰を覚悟した方がいいかもしれない。

 

「ふんっ」

 

 ロウの姿のエリカが、鼻息荒く立ちあがって、コゼの横を乱暴に通り抜けていく。

 シャングリアは呆然としていたが、コゼが微笑むと、つられるように頬をほころばせた。

 「やれやれ」という共通の感情だ。

 

 さっきの通路に出た。

 すでに誰もいない。

 しかし、エリカはつかつかと通路を乗り越えて反対側に進んでいく。

 ちょうど渡り廊下だったので、向こう側は一般民衆のいる広間になる。

 

「どこに行くのよ、エリカ──。控室に戻ろうって言ったでしょう」

 

「あんたこそ、なに言ってんのよ。わたしはもうやめたって言っているでしょう。戻るのは屋敷よ――。屋敷に帰るのよ──」

 

 エリカの怒鳴り声が返ってきた。

 コゼは今度こそ慌てた。

 エリカがいつにも増して激怒しているのがやっとわかったからだ。

 あのエリカがロウを放って戻るなんて、頭に血が昇っているに違いない。

 

「待って、待ちなさい」

 

 追いかけた。

 しかし、エリカはまるで走るように進んでいったので、追いついたのは就任式の後で行われるスクルズの演説を聞くために集まっている大群衆のいる広場の端っこだった。

 

「頭を冷やせ、エリカ。わたしは、ロウに言いつけられたことはちゃんと果たしたいのだ。お前がおらねば、成り立たんだろう」

 

 シャングリアが大声をあげた。

 

「だったら、これをあげるわ。スクルズにでも、ロウ様にでも変身したらいいわ」

 

 エリカがシャングリアに変身の指輪を押しつけた。

 

「魔道が遣えなきゃ、変身はできんだろう」

 

 シャングリアがぐいとエリカの腕を掴む。

 

「なによ、やる気──?」

 

 エリカが腰の剣を掴む仕草をした。

 しかし、たったいままでロウの姿になっていたので、剣など持っていない。

 やっと気がついて、ばつが悪そうな顔をする。

 コゼは、さっと後ろから手を伸ばして、エリカのズボンの上から股間のピアス動かしてやった。

 

「ひゃああ」

 

 エリカが奇声をあげて、股間を押さえた。そして、その場にしゃがみ込む。

 真っ赤な顔になったエリカが、コゼの脚を掴もうとしたときには、すでにコゼはエリカから距離をとっている。

 まともに、やり合えばエリカにも、シャングリアにかなわないことは知っているが、逆にまともにやり合わなければ、コゼは誰にも負けないと思っている。

 

「落ち着けって言っているでしょう。本当にあんたって、相変わらずの短気ねえ……。そのくせ、とっても感じる身体をしているくせに……」

 

 コゼはからかった。

 そこに稲妻のようなエリカの蹴りが飛んでくる。

 だが、座った状態からの蹴りだったので、避けるのは簡単だ。

 空を切ったエリカは、すでに立ちあがってコゼと向かい合う体勢になった。

 

「やめないか、エリカ。大騒ぎになるぞ」

 

 シャングリアがたしなめた。

 コゼとエリカのあいだに入って来る。

 

「騒ぎになんかならないわよ」

 

 さすがに、エリカもちょっと大人げないと思ったのか、少しだけ冷静さになった感じになった。

 

「やめるにしても、続けるにしても、勝手に帰るのはまずいよ……。一度、ご主人様に会おうよ」

 

 コゼは静かに言った。

 このタイミングが難しいのだ。

 しかし、まさに、このタイミングだ。コゼには確信がある。エリカのことは、なにもかもわかっている。

 案の定、エリカは眼に見えて、落ち着きを取り戻した。

 

「それは無用よ……。わかったわよ。ロウ様に変身するわ……。まだ、間に合うわね……」

 

「本当?」

 

 コゼもほっとした。

 エリカも、怒鳴りまくって発散でき、少しだけ冷静さを取り戻したようだ。

 

「だけど、条件があるわね」

 

 しかし、急にエリカが悪戯を思いついたような表情になった。

 コゼは首を傾げた。

 

「条件って、なによ……?」

 

 とりあえず、訊ねた。

 すると、エリカがにんまりと微笑んだ。

 たったいままで、あんなに激怒していたエリカが、急に機嫌よく笑ったことに、違和感がある。

 

「あんた、今日一日、明日の朝まで、わたしの妹になってよ。どうせ、ロウ様は今日は、ほかの女のところだろうし、あんたが妹になるなら、ちょっと癇癪を引っ込めてやってもいいわ」

 

「はああ?」

 

 訳のわからないエリカの要求に、コゼは思わず声をあげた。

 

「いいじゃないのよ。スクルズのつまらないクエストなんて、ちっともやる気にならないわ。ロウ様もロウ様よ。だけど、わたしにも、いい事があるなら我慢する。あんたが、妹になるなら、協力してもいいわ」

 

「な、なによ、その開き直り。協力って、ご主人様のご命令じゃないのよ。そもそも、あたしの方が歳上で……」

 

「いや、承知した。それでいい。いいな、コゼ」

 

 シャングリアがコゼの言葉を食い気味に遮った。

 コゼはシャングリアに顔を向ける。

 

「なに言ってんのよ、シャングリア。そんなエリカの我が儘なんて、許すことなんか……」

 

「いや、それで不満を引っ込めてくれるというんだから、エリカの温情だ。妹でもなんでも、やってやれ。減るものでなし」

 

「だって、妹ってなによ――」

 

「どうするの、コゼ? わたし、本当に今回のクエストなんか、どうでもいいと思ってんのよ。あんたが承知しないなら、どんなに後で叱られるとわかっても、や、ら、な、い、から」

 

 エリカが開き直ったように言った。

 

「やる。やるな、コゼ。いいな」

 

 シャングリアが早口で迫る。

 それ以上は、抵抗できず、渋々、コゼは頷いた。

 しかし、なんで妹になんか……。

 

「ははは、じゃあ、ちょっと呼んでみてよ、コゼ」

 

 エリカが期待のこもった顔でコゼを見る。

 

「……うう……、じゃあ、エリカお姉ちゃん、お願いだから、もう一度、ご主人様に変身して……」

 

 仕方なく、コゼはそう口にした。

 すると、エリカが満面の笑みを浮かべる。

 

「お安いご用よ。後で全部終わったら、お姉ちゃんとお風呂に入ろうね、コゼ。ベットも一緒よ。あっ、それと、そのあいだ、ずっと指縛りね」

 

「ちょ、調子に……」

 

「承知したぞ、エリカ――」

 

 シャングリアが大きな声を出す。

 すると、完全に癇癪の収まったエリカが、変身する場所を探すために、もう一度物陰に飛び込んでいった。

 コゼは溜め息をついた。



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222 公然猥褻式

 荘厳な音楽が鳴り響く広間をスクルズは、静かに進んでいた。

 道を作るのは、全土から集まってきた神官や巫女たち、あるいは、王宮で任を果たす文官、武官である。

 または、役職は持たないがやはり全国から集まってきた下級貴族たちだ。

 しかし、スクルズは、その中に目当ての人物を探すことはできなかった。

 

 とにかく、見える範囲にはいない……。

 

 探しているのは、今日の就任式において、スクルズを奪ってくれることを頼んだロウだ。

 どこにいるかは教えてもらっていない。

 

 もっとも、この辺りに並んでくれているのは、それぞれの世界で階級が低い者たちだ。

 これから列が正殿に近くなるにつれて、居並ぶ者の身分も高くなる。

 ロウ一行については、子爵だが、スクルズの縁故の者として上級貴族同様に扱って欲しいと頼んでいる。

 だから、就任式の式典の外ではなく、中にすでに並んでくれているのだろうか?

 

 いずれにしても、ロウは必ずやってきて、スクルズを天空神たるクロノスから奪ってくれると約束してくれた。

 

 わくわくしていた。

 

 王都三大神殿への巫女の神殿長就任は、神々の父であり、夫である天空神クロノスとの婚姻の誓いを意味する。

 神官にとって、儀式における誓いは重い。

 神殿長になったならば、もはや、いかなる相手であろうとも、男女の関係になることは許されない。

 もしも、誓いを破ったならば、それは単に神官の規約を破ったということでは終わらない。平和と豊かさを誇るハロンドール王国への神々の庇護は失われ、広く神の神罰が下るとされている。

 

 だが、糞くらえだ。

 スクルズの心は、いまやただひとりの男性にある。

 筆頭巫女の地位を奪われ、残酷な拷問の末に火あぶりにされて処刑されるところを救ってくれた恩人……。

 

 ロウ・ボルグ……。あるいは、ロウ……。

 唯一の男性だと誓った人──。

 スクルズの心の人……。

 

 王都が消し飛ぼうと、この国がなくなろうと構わない。

 スクルズは、ロウのそばにいたいだけだ。

 それにより、死して永遠の地獄に落ちてもいい。

 ただ、ロウがスクルズのそばにいてくれて、時折抱き締めてくれさえすればいい……。

 

 音楽が一層大きくなり、スクルズを先頭にする行進は、就任式の会場である正殿に降りる階段に差し掛かった。

 通路を作る左右の列を作る人物の格式がさらに高くなる。

 さすがに、スクルズも知らない者はいない。

 しかし、やはり、ロウの姿はないようだった。ほかのロウの女たちもいない。

 また、ウルズとミウの姿もない。

 幼児返りしているウルズは、式典への出席は不可能だし、ミウはそのウルズの世話を頼んでいる。

 まだ童女のミウを「ミウ姉ちゃん」と呼ぶウルズを思い出して、ふと笑ってしまった。

 

 やがて、無言のまま就任式の会場である正殿に着いた。

 式典の会場には二百人ほどの王族貴族、宮殿の高位高官、そして神殿界の重鎮が肩を触れ合うように集まっている。それが三段ほどの台にびっしりと並んで、中心に立つスクルズを見下ろすようになっている。

 スクルズは懸命にロウの姿を探しながら、中央に向かった。

 アネルザやイザベラ、ベルズの顔もある。

 

 イザベラは赤い顔をしている。

 また、ロウの淫らな悪戯を受けているのだろうか……?

 そう思うとおかしかった。

 

 そして、いた。

 ロウだ。

 上級貴族の集団の後列にひっそりと……。そばに、コゼとシャングリアもいる。エリカは見えない。

 スクルズは嬉しくって、ロウにしかわからない合図をした。

 すると、ロウは複雑そうな表情になり、その代わり、コゼが苦笑のような笑みを浮かべて、かすかに手を振ってきた。

 

 そして、気がついた。

 ロウにまとわりついている、微かな魔道的な気配……。

 スクルズだからこそわかったのだ。

 あれは、ロウじゃない……。

 もしや、変身のできる魔道具?

 

 ならば、あのロウは、エリカ?

 だったら、ロウはどこに?

 もしかしたら、どこかに隠れている?

 スクルズは興奮してきた。

 どこかなあ? どこにかくれているのだろう?

 

 でも、さすがにきょろきょろするわけにもいかず、祭壇に向かう。

 祭壇の真ん中には巨大な女神の像と天空神の玉座があって、祭壇そのものには赤い布が被せられている。スクルズは儀礼に従い、台に両手を置くように跪いた。

 

「天空神を讃える歌を……」

 

 式典を司るのは第二神殿の神殿長である。

 ハロンドール王国の王都にある三個の大神殿は、それぞれ数字を持って呼称されるが、その三個に上下はない。

 いまは、第一神殿と第二神殿のそれぞれの長のうち、第二神殿長がわずかに就任が早い。

 従って、ハロンドール王国内の神殿界の序列一位が第二神殿長となり、彼がスクルズの就任式を執り行うことになったのだ。

 

 合奏と合唱が鳴り響くあいだ、スクルズは祭壇に向かってじっと頭を垂れたまま、無言でいた。

 それも儀礼だ。

 

「臣民を代表する第一立会人は余が務めよう」

 

 歌が終わると、決められている台詞を述べて、中央付近に座っていたルードルフ王がすっくと立ちあがった。

 そして、跪いているスクルズの真後ろに立つ。

 

「男子たる神官を代表する第二の立会人は私が……」

 

 第一神殿長が次に立って、王の左側に立った。

 

「すべての巫女を代表する第三の立会人はわたし……」

 

 遠いタリオ公国内にある教皇庁からやって来た巫女神官だ。

 いまは、事実上、三個の公国に分裂しているが、大陸中の信仰の中心である教皇庁は、もともとローム帝国の帝都にあったのだ。

 ローム帝国は、すでに瓦解しているが、神殿界の中心である教皇庁は、現在でも強い権勢を保っている。

 名目的には、教皇庁はタリオ公国には属さず、ここの王都三神殿も、バロンドール王国には属さない。

 もっとも、名目でない部分では、当然ながら、それぞれが存在する王国等の権威の内側にあるのは事実だが……。

 

 その教皇庁からやって来た高位巫女が右後ろに立つ。

 ざわめきが消滅し、しわぶきひとつなくなる。

 本物のロウはどこだろうか?

 どきどきしている。

 

「巫女スクルズ、汝は神を信じるか。天地創造を行った天空神を信じるか?」

 

 静まり返った正殿に、第二神殿の神殿長の声が響き渡った。

 

「信じます」

 

 スクルズは頭をさげたまま静かに言った。

 

「天空神、そして、そのしもべたちの言葉を信じるか?」

 

「信じます」

 

「神殿が語る教典を信じるか?」

 

「信じます」

 

「冥王と魔族を退け、それを敵とすることを誓うか?」

 

 ちょっと迷った。

 ロウの女の中には魔族の女もいるからだ。

 だが、迷ったのは数瞬だ。

 この儀式そのものがスクルズにとっては嘘なのだ。

 小さな嘘を躊躇う必要はない。

 

「誓います」

 

 すぐに言葉を続けた。

 

「天空神を伴侶とし、生涯を尽すことを誓うか?」

 

 スクルズは顔をあげた。

 この誓いだけはしたくなかった。

 スクルズの心にあるのはひとりだけだ。

 だが、はっとした。

 眼を開いたとき、周りには誰もいなくなっていた。

 ただひたすらに真っ白い空間があるだけだ。

 

 亜空間……?

 

 スクルズは幾度も、ロウの作る不思議な空間につれていかれたことがある。

 このなにもない世界は、まさにロウの不思議な力によって作られた世界に違いなかった。

 

「汝は、このロウを伴侶とし、生涯をロウの慰み者として尽くすことを誓うか?」

 

 ロウのお道化た声がした。

 

「ロウ様」

 

 スクルズは思わず立ちあがって振り返った。

 口から笑みがこぼれるのがわかった。

 

「もちろん、誓います。わたしはロウ様の性奴隷です。それはもう、喜んで」

 

 スクルズは明るく言った。

 ロウが声をあげて笑った。

 

「難事な注文をするものだ。うまくいかなくても知らんぞ」

 

 もうひとりの声がした。

 頭に目立つ二本の角があるサキだ。

 気がつくと立っていたのだ。

 

「まあ、サキさんも?」

 

 スクルズは微笑かけた。

 

「ここは、サキに頼んだ仮想空間だ。いくらすごしても、現実世界では時間は経たない。依頼をこなしに来たのさ。腕を後ろに回して」

 

 ロウが言った。

 スクルズは両手を背中に持っていく。

 すると、手首に縄があった。

 

「跪いて。さっきと同じように」

 

 スクルズはロウに背中を向けて、見えない祭壇の前に屈むように膝立ちになる。ただし、今度は両手は背中だ。

 ロウがスカートを後ろから掴んだ。

 びりびりと音がして、真っ白い礼装のスカート部分が左右に裂ける。

 スカートの下はなにもはいていない。

 裂かれた布のあいだからお尻が剥き出しになったのがわかった。

 

「これから、サキの仮想空間を現実世界にぎりぎりまで近づける。ただし、現実空間に戻るのはスクルズだけだ。つまりは、現実世界のスクルズと、仮想空間のスクルズがシンクロ……同調した状態になるはずだ。これで、スクルズは俺に犯されながら、式典に参加することになる……はずだ」

 

「まあ、素敵です」

 

 声をあげた。

 まさに望んだとおりだ。

 大勢の者が見守る式典の祭壇において、ロウに犯されて辱められる。

 なんという興奮する「ぷれい」だろう。

 

「ただし、このわしもそんなことをするのは初めてだ。ちょっとでもずれれば、そなたを犯している主殿(しゅどの)が現実世界でも出現してしまうかもしれない。あるいは、装束を破られて尻を剥き出しにしているそなたの姿が現実に出てしまうかもしれん。いずれにしても、わしの妖魔の魔力が発散するのは防げん。怪しむ者がいれば、不自然なことが起こっていることがわかるだろう」

 

「わたしがなんとかします。現実世界側で魔力の流れを乱して、魔力の流れを感知できなくします。万が一のことがあれば、すべてはわたしのしたことと罪を受けます。ロウ様にはご迷惑をかけないようにします」

 

 スクルズは言った。

 サキはため息をついた。

 

「わからんな。なぜ、そこまでこだわる?」

 

「わたしには大切なことなのです。お願いします」

 

 スクルズはきっぱりと言って、頭をさげた。

 

「仕方ないのう」

 

 サキが諦めたような口調で言った。

 それとともに、真っ白い空間が次第にはっきりとした現実世界に代わっていくのがわかった。

 そして、サキの気配が消滅した。

 しかし、腰を後ろから抱くロウの手の感触だけは、いつまでも残った。

 

「天空神を伴侶とし、生涯を尽すことを誓うか?」

 

 スクルズは閉じていた目を思わず開いた。

 こちら側では、ずっと祈りの格好でいたようだ。

 現実世界に戻ったらしい。

 

「うっ」

 

 次の瞬間、スクルズは声を出していた。

 指がスクルズの股間とアナルに触れたのだ。

 触っただけで激しい電撃が走るような愛撫は、ロウの手にほかならなかった。

 ただし、ざわめく者はない。

 スクルズの後ろには誰もいない。

 それでいて、スクルズははっきりとロウの指を感じていた。

 仮想空間と現実世界がぎりぎりのところで同調したに違いない。

 

 スクルズは脚を開いた。

 だが、それは仮想空間側のことだ。

 現実世界のスクルズは、まだ祭壇に向かってじっとしている姿勢を崩していない。

 

「ち、誓います」

 

 スクルズは慌てて言った。

 誓いの儀式が続く。

 そのあいだ、スクルズはずっと仮想空間側のロウの愛撫を感じていた。

 愛撫は長い時間ではなかった。

 おそらく、現実世界のスクルズが意識を飛ばさない程度に加減をしてくれているに違いない。

 

「……神を信じる者に生まれる悪心を退け、神の求める所業を促すことに生涯を尽すと誓うか?」

 

 誓いの儀式がさらに続く。

 スクルズはたちこめてきたサキの妖魔の魔道波を誤魔化すために、周囲一帯の魔力の波をかき乱した。

 いまのところ高位神官にも、列席の宮廷魔道師にも、おかしな表情をしている者はいない。

 大丈夫そうだ。

 すると、秘烈にゆっくりと怒張が挿入されるのを感じた。

 

「ち、誓います、ああ……」

 

 声がうわずってしまった。

 仕方がない。

 緊張のためだと思ってくれるだろう。

 

「信仰に対する悪を追放することを誓うか?」

 

「ち、誓います……。う、ううっ」

 

 スクルズは必死に悶え声を隠した。

 いつもの稲妻のような激しすぎる快感とは違う。

 はっきりとした手加減を感じる。

 それでも、ロウの手、ロウの肌、ロウの匂い、ロウの怒張を身体が感じるのだ。

 スクルズの身体には快感が迸り、震えがとまらなくなった。

 

「スクルズよ。第三神殿の神殿長への就任を望むか?」

 

「望みます」

 

 はっきり言った。

 神殿長になれば、権限は遥かに増える。

 ロウに尽くせることも多くなる。

 いざというときは守ることもできるだろう。

 そのために、スクルズは神殿長になりたかった。

 

「代表の立会人たちよ、スクルズを新たなる神殿長として認めるか?」

 

 第二神殿長の声がした。

 スクルズは歯を食い縛った。

 仮想空間側のロウの抽送が激しくなったのだ。

 何気無い動作を装って、手の平で口を塞いだ。

 

「認めよう」

「認める」

「認めます」

 

 国王に続いて、残りふたりの立会人の合意の言葉があった。

 

「スクルズ──。自ら神殿長たる名を名乗るがよい」

 

 王都三神殿の神殿長は、神殿界の最高位だ。

 これまでの名を捨てて、新たに神殿長としての新しい名を名乗ることになる。

 それは自ら名乗りを上げることが習わしだった。

 

「ス、スクルズと……。あ、ああ……。わ、わたしの……し、信仰は神殿長の前と……後と……な、なにも変わりません。引き続き……ス、スクルズと名乗ります……」

 

 スクルズは必死に舌を動かした。

 ぺてんの言葉だが躊躇はない。

 ロウのためにつく嘘だ。

 それよりも、口を開くと淫らな喘ぎ声が出てしまいそうだ。

 なにしろ、股間ではロウの怒張が激しく抽送している感覚がある。

 気持ちよすぎて、我を失わないようにするのが大変だ。

 

 そして、スクルズはこの凄まじい快感が、ただ仮想空間側で身体を犯されているためだけじゃないことをわかっている。

 これまで、スクルズはずっと神に仕えることと、ロウに支配される女であることの両方を保っていた。

 だが、この就任式をもって、スクルズはついに信仰を捨てることを決めた。

 いや、信仰は続いている。

 ただ、その対象が天空神クロノスではなく、ロウという現実の男に変わっただけだ。

 かつて、生涯を神に仕えることを誓った敬虔なスクルズはもういない。

 ここに存在するのは、ロウという男に支配され、彼に与えられる快感と幸福感に酔いしれる牝だ。

 そう思うと、スクルズはどうしようもなく快感に支配された。

 

 もう、すべてを失ってもいい……。

 ロウのためなら……。

 そして、死んでもいい。

 

「天空神の御名に代わり、スクルズを神殿長と認める」

 

 第二神殿長から宝冠が与えられ、それがスクルズの頭に載せられた。

 しかし、スクルズはまさにその瞬間に全身をかすかに震わせて絶頂に達していた。

 二度、三度と快感の矢が貫き、背中が弓なりになるのを必死の思いで隠した。

 やがて、その痙攣が収まると、股間の肉棒から放たれた生温かいロウの精が子宮に染み込んでいくのがわかった。

 驚いたことに、溢れた精がつっと太腿の内側を辿って膝に向かっていくのを感じた。

 ロウの精は、仮想空間と現実世界の壁を越えて、こちら側にやって来たようだ。

 

 大きな拍手が一斉に沸いた。

 スクルズは力の入らない下半身に魔道をかけて、なんとか立ちあがって、ゆっくりとお辞儀をした。

 

 だが、これで終わりてはない。

 さらに一連の式典は続く。

 次に、一度休憩してから外にいる一般民衆の前に出ていき、就任の挨拶と演説をするのだ。

 

 休憩室ではひとりにはなれなかったが、小尿をすると告げて厠に行ったとき、現実世界に戻ったロウに、口を塞がれて犯された。

 扉の外には付き添いの巫女が何人もいるのにである。

 これは興奮した。

 

 スクルズが野外で挨拶をするあいだも、仮想空間側に戻ったロウの見えないレイプはずっと続いた。

 全身を舌で舐め回され、筆のようなものや振動する淫具で刺激され、そして、犯された。

 何度も皆の前で達した。

 

「ああ、愛してます……。心の底から……」

 

 達するたび、声を出すことが我慢できなくなるたびに、そう口にした。

 ロウは見えなかったが、確かに式典を通じて、ずっとスクルズとくっついてくれていたし、ひとつになった。

 最後には、あまりもの恍惚感で意識を保つのも難しくなった。

 だが、やはりロウは、スクルズが耐えられるぎりきりのところで、手加減もしてくれた。

 それでなんとか、儀式を全うすることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、スクルズの就任式、いや、ロウに生涯を捧げることを誓う儀式は終わった。

 

 

 

 

(第39話『天空神の花嫁』終わり)



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 第40話  ふたりのクロノス
223 酔っ払いエルフと王妃の情報


「ご主人様、準備できましたよ」

 

 日課として復活した王太女室訪問から戻ると、コゼが元気に声を変えてきた。

 就寝前の精力発散のために、イザベラ、シャーラを始め侍女軍団たちを抱きにいって戻ったところである。

 これをやらないと、性的欲望を全部、エリカたちにぶつけることになり、翌朝、エリカたちが大変なことになる。

 淫魔師としてレベルがあがり、能力が増大したのはいいのだが、困った代償が、この精力の激しさだ。

 一日にたくさんの女を抱かないと、不可思議な飢餓感覚が一郎を襲うのだ。

 それで申し訳ないのだが、一郎はイザベラの侍女たちを毎晩抱くのを習慣にさせてもらっていた。

 

 いずれにせよ、向こうに到着するなり、亜空間に皆を連れ込んで、全員を満足させるまで抱いた一郎にとっては、体感は三時間を超えているが、コゼたちにとっては、一郎が出発したのは、ほんのちょっと前だ。

 だから、「お帰りなさい」もない。

 また、一時期、自重していた侍女軍団参りを復活したのは、サキたちがついに王宮内を完全把握したことによる。

 いまや、王宮にあった警備のための結界は、サキたちがほぼ把握したようだ。

 眷属たちもやりたい放題だが、まあ、一郎にとって都合がいいのは確かなので、利用させてもらっている。

 

「はい、選んで」

 

 コゼがエリカとシャングリアに向かって拳を差し出す。

 そこには、三本のこよりの半分がある。

 侍女詣での前に、三人に籤で「酒浣腸」の犠牲者を選べと指示していたのだ。別段の理由はないが、一度やってみたかったのだ。

 とにかく、籤で当たったひとりが、酒を尻に注がれて、どうなるかを観察されるというわけだ。

 三人は嫌がったが、一郎には甘い三人だし、最終的には一郎の我が儘を受け入れてくれた。

 やられるのは、籤で選ばれたひとりだというのも、三人が納得してくれた理由もひとつではあるだろう。

 とにかく、酒浣腸の実験台という犠牲者選びの籤がいま、始まるということである。

 

「変な仕掛けはしてないわよねえ、コゼ?」

 

 エリカがコゼの表情を不審げに睨みながら、三本の籤を代わる代わる指で移動する。

 どうにも、当たり籤を引きたくないのだろう。

 だが、籤をすると、いつも、ほぼ百パーセントの確率でエリカが当たりを引く。

 エリカが不審に思うのは無理はないのだ。

 

「インチキなんてないわよ。いくらでも好きなのを選ばせてあげてるでしょう」

 

 コゼがにこにこしながら言う。

 エリカはかなり迷った挙げ句、籤のひとつを選んだ。

 

「じゃあ、わたしはこれだ」

 

 続いてシャングリアも選ぶ。

 残ったのがコゼということだ。

 

「それじゃあ、開くね」

 

 コゼが声をかけた。

 

「いや、待って――。やっぱり、交換。わたしはこれにする」

 

 しかし、エリカが大声でコゼを留め、コゼの選ぶことになった籤に持ち変える。

 

「文句ないわよね?」

 

 エリカがにやりとコゼに微笑みかけた。

 やはり、エリカもいつもいつも、自分が当たり籤ばかり選ぶのは不自然だと考えているのだろう。

 だから、直前に変更したに違いない。

 

「ないわ。みんな、引いて」

 

 コゼの掛け声で、エリカとシャングリアが同時に籤を引っ張った。

 

「あっ、そんな」

 

 果たして、先が黒くなっているこよりを引いたのはエリカだった。

 エリカが目を丸くする。

 しかし、じっと、観察していたから、一郎にはわかったが、ふたりが籤を引くときに、コゼの拳がほんの微かに、不自然に動いたと思った。

 一郎はくすりと笑ってしまった。

 

「じゃあ、エリカね。さあ、準備をしましょう。さっさと下を脱ぎなさい。シャングリアはお酒浣腸の支度して。ねえ、シルキー、お酒とぬるま湯を準備してあげて。エリカは葡萄酒が好きだったわね。じゃあ、ちょっとそれを持って来てよ。人肌に温めてね」

 

 コゼが喜んだ様子で、元気に指図をし始めた。

 一方で一郎は、コゼが手に持っていた残りのこよりをさっと内ポケットに隠したことに気がついた。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、コゼ。いま、なにかやったわね? 絶対に籤に細工をしたに違いないわ。もう一度、籤を見せなさい」

 

 すかさず、エリカが叫んだ。

 どうやら、一郎が気がついたコゼの仕草に、エリカも気がついたようだ。

 

「なに、言いがかりつけてるのよ、エリカ。なんの細工もしてないわよ。ほら」

 

 コゼが一度しまった籤をもう一度出して、エリカに示した。

 確かに、残りの籤は、「はずれ」籤を示す先端が白いままのこよりだ。

 だが、コゼのことだ。

 一度、ポケットにしまった時点で、どんな細工でもできる。

 

「そんなはずないわよ。ポケットの中を見せなさい。絶対になにか仕掛けをしたわ」

 

 エリカがコゼの腕を掴んだ。

 だが、コゼはさっとそれを簡単に振りほどいた。

 

「変なことばかり言わないのよ。ちゃんとした籤で当たったんだから、ご主人様の思いつき……じゃなかった……。お言いつけの酒浣腸の実験を受けるのはエリカよ。観念して大人しくしなさい」

 

「その“ちゃんとした籤”というのが怪しいのよ。いいから、あんたこそ、大人しくするのよ」

 

 エリカがもう一度コゼを掴もうとする。

 だが、コゼはそれをひらりとかわして、シャングリアの後ろに回り込んだ。

 

「シャングリア、この聞き分けのないエルフ女を捕まえて。さっさと、縛りつけようよ」

 

 コゼがお道化た口調でシャングリアを盾にして、エリカから逃げ回る。

 あの態度から考えるに、おそらく、コゼは本当に籤に細工をして、エリカが当たり籤を引き当てるようにさせたに違いない。もしかしたら、最初は全部に黒い印をつけておいて、引っ張る直前に、エリカの選んだ籤以外の先端を拳の中で千切ってしまうとか……。まあ、コゼなら、それくらいの芸当は朝飯前だろう。ただ、それをすると、籤を引かせた後で、コゼの手の中に、千切った先端が残るが、すぐにポケットに隠せばわからない。

 一郎は長椅子に座ったまま、ふたりの騒ぎを眺めて苦笑した。

 

「落ち着きなよ、エリカ。もういいじゃないか。どうせ、こんなの四人だけの遊びだろう。ロウのいう“あるこーる浣腸”とかいうやつの実験台になりなよ」

 

 シャングリアがエリカをなだめるように言った。

 しかし、エリカはそれによって、ますます激昂したように顔を赤くした。

 

「だ、だったら、あんたが実験台になりなさいよ、シャングリア──」

 

 エリカが怒鳴る。

 

「な、なんでわたしなのだ。籤で当たったのはエリカだろう」

 

 シャングリアも奮然とした表情で言い返す。

 いつもの屋敷の夜だ。

 一郎は立ちあがって、エリカを抱き寄せた。

 

「ほら、もう諦めろ。コゼが仕掛けたとしても、それを疑わずに籤を引いてしまった時点でエリカの負けだ。仕掛けがあっても見抜けなかったんだろう? こっち来い」

 

 一郎はエリカを引っ張って長椅子に位置まで連れてくると、もう一度自分は座り、エリカは膝のあいだに立膝で立たせて、上衣の下から片手を潜り込ませて乳房をゆっくりと揉み始める。

 そして、口をエリカの首筋に寄せて、エリカの身体に浮かびあがっているうなじの性感帯を舌で刺激してやる。

 

「あっ、んんっ、ロ、ロウ様……」

 

 すぐにエリカが一郎に抱き寄せられたまま、よがりだした。

 一郎はコゼとシャングリアに目くばせをした。

 ふたりが寄ってきて、エリカの腰に手を伸ばして、スカートを脱がそうとし始める。

 

「あっ」

 

 エリカがさっと身じろぎしようとした。

 だが、一郎はすかさず、それを抱き寄せて制す。

 

「腕は頭の後ろだ。いいというまで動かすな」

 

「そ、そんな……」

 

 エリカは不満そうな口調ながらも、一郎に言われたとおりに、捕虜になった女兵のように、両手を頭の後ろに置いた。

 一郎の命令は、エリカにとってはどんな拘束具よりも効果のある拘束具だ。

 なんだかんだといっても、エリカは一郎の許可なく、両手を動かすことはしない。

 

「ほら、エリカ、気持ちいだろう」

 

 一郎は舌と手によるエリカへの愛撫を少し強めた。

 エリカの両乳首には、一郎の施した宝石付きのピアスが嵌まっている。それを弄ぶように揺らしてやると、エリカが一気に力が抜けたように、一郎に身体を預けてきた。

 

「あっ、ああ……」

 

 一郎の前に跪いているエリカが艶めかしく悶えた。

 一方で、シャングリアとコゼは、エリカの腰からスカートと下着を脱がしてしまった。

 エリカの白いお尻が露わになる。

 

「……準備できました」

 

 タイミングよく、シルキーが車輪付きの台車に乗せた浣腸セットを運んで来た。

 

「ごめんな、エリカ……。じゃあ、頑張ってな」

 

 シャングリアが台から小瓶を手に取って、指先にたっぷりと載せた潤滑油をエリカのお尻の穴に塗り始める。

 そして、コゼは、ボールに入っている薬液入りのぬるま湯に葡萄酒を注ぎ込むと、ガラス管の浣腸器にそれを注入する。

 ふたりとも、いつもの慣れた仕草だ。

 いつもやったり、やられたりしているので、エリカも含めて、浣腸のやり方は十分に熟知している。

 

「ああ、ちょっと待って」

 

 さすがにエリカが抵抗の仕草をした。

 だが、それでも頭の後ろの両手だけは動かさないから、健気なものだ。

 

「もう、観念しろ、エリカ」

 

 一郎はエリカをしっかりと抱き締めて、動きを封じた。

 エリカが「うう」と呻いて、大人しくなる。

 

「じゃあ、入れるわね、エリカ」

 

 コゼが愉しそうに、エリカのお尻に浣腸器の先端を突き挿した。

 一気に葡萄酒入りの薬剤を抽入していく。

 

「ん、んんっ」

 

 エリカが歯を食い縛るように表情を歪ませた。

 一郎はエリカが頭の後ろで組んでいる両手を取り、一郎の身体を抱き締めるかたちに変えさせた。

 エリカがぎゅっと一郎にしがみついてくる。

 

「もう少しよ、エリカ。頑張るのよ」

 

「んっ、んんっ、んんっ」

 

 コゼがさらに力を入れて浣腸器のポンプを押していく。

 一方でエリカは苦しそうだ。

 葡萄酒入りのぬるま湯のしずくが多少漏れ出るが、大部分はエリカの身体の中に送り込まれた。

 一郎は、エリカの胸を揉む手を続けながら、エリカの顎を摘まんで顔をあげさせ、口づけをする。

 エリカがうっとりとした表情になり、一郎と舌を絡ませてきた。

 

「さあ、終わったわ、エリカ。出したくなったら言ってね。あたしとシャングリアでしっかりと受けとめてあげるから」

 

 ついに浣腸器の中の液体を空にしたコゼが笑いながら言った。

 ふと見ると、浣腸を注ぎ込まれたエリカの白いお尻が、まるで花でも咲くようにみるみると真っ赤になってきている。

 アルコールがさっそく身体に吸収されているのだろう。

 そして、その赤さがぱっと全身に拡がっていく。

 その急激な変化は、見ていて驚くほどだ。

 

「はあ、はあ、はあ……、く、く、くる……ひい……」

 

 一郎と唇を離したエリカが激しく息をし始めた。

 いつの間にか、エリカの全身は脂汗でびっしょりだ。

 しかも、気がつくと顔も、酔ったように真っ赤になっている。

 

 一郎は、唇を半開きにして、激しく喘いでいるエリカの身体を淫魔術で探った。

 女を淫魔術で支配している一郎には、意思さえあれば女たちの身体の状態を確認することができる。それだけでなく、ある程度なら、治療だってすることも可能だ。

 だからこそ、アルコール浣腸というものをやってみようと思ったのだ。いわゆる、急性アルコール中毒になりかけたら、一郎の力で酒を抜いてしまうことも容易なのだ。

 

「いかん、出るぞ。桶を当てろ」

 

 一郎は急いで言った。

 エリカの身体が、浣腸液に含まれていた葡萄酒のために、完全に弛緩状態であることがわかったからだ。

 いつもは、浣腸をされても、恥ずかしがっていつまでも我慢するエリカだったが、いまはもう出てしまいそうだ。

 

「か、かわ……や……、い、いかしぇ……て……」

 

 エリカが一郎をぐっと抱きながら、泣くような声で言った。

 舌は完全に呂律が回っていない。

 真っ赤な顔に涙を溜めている。恐ろしいほどに色っぽい。

 

「そんな暇はない。ここでやれ……。それに、俺たちとエリカの仲だ。気にするな」

 

 一郎は怒鳴った。

 

「ひゃ、ひゃ、ひゃい……」

 

 エリカが小さく頷く。エリカの身体は脱力して、一郎に完全にもたれかかる感じだ。

 

「エリカ、出していいぞ」

 

 シャングリアが慌てたように、木桶をエリカの股の間に差し当てた。

 

「旦那様、エリカ様の用便はすぐに消滅させてよろしいですか? それとも、そのままに?」

 

 シルキーが一郎を見た。

 屋敷妖精のシルキーは、この屋敷の敷地内に限り、高度の魔道が自在に遣える。エリカの出した便を瞬時に消して、匂いが部屋に残らないようにすることなど、お手の物だ。

 だが、責めにおける戯れとして、時折、わざと出した便をそのままにして、羞恥をさらに拡大させるということもやる。

 それで、どう対処していいか、シルキーは訊ねたのだ。

 

「すぐに消していい」

 

 一郎が言うと、シルキーが静かにうなずいた。

 

「遠慮しなくていいのよ、エリカ。こうしてあげるね」

 

 コゼが、跪いて一郎にしがみついている体勢のエリカの股間に手を伸ばして、クリピアスを弄りだした。

 いつもの悪ふざけだ。

 一郎は苦笑した。

 

「ひにゃあっ、やああっ」

 

 エリカが目を見開いて悲鳴に似た甘い声をあげる。

 そして、「許して」という叫びを舌足らずにあげると、激しく全身を痙攣させた。

 

「あっ、あっあ、ああっ」

 

 エリカが悲痛な声をあげた。

 三人娘の排便姿は何度も目の当たりにさせているが、おそらく、エリカについては、一番たくさん見物していると思う。

 それでも、エリカはいつまでも羞恥の仕草を見せる。

 

 まあ、それがいいのだが……。

 シャングリアの抱える桶に、凄まじい勢いで水飛沫が流れ出ている。

 だが、その排便は、桶に当たる暇もなく、シルキーによって消滅していっている。

 おかげで、匂いもないし、シャングリアにもコゼにも、エリカの噴流のしずくさえも飛んでいないようだ。

 

 そして、エリカの糞便が終わった。

 

「どらどら、後始末は俺がやるよ、エリカ、頑張ったな」

 

 一郎はシルキーから湯桶と布を受け取ると、エリカを支えたまま、体勢を変えて、床に跪いているエリカのお尻を拭いてやる。

 

「ロ、ロウしゃま……やしゃしい……。き、きしゅ……して……」

 

 すると、エリカが再び身体をぐっと預けてきて、一郎に顔を寄せてくる。

 どうやら、葡萄酒入り浣腸が効いてしまって、すっかりと酔っ払ってしまったようだ。

 一郎は、エリカのねだる口づけに応じながら、一方でエリカのお尻をきれいに拭き取った。

 コゼとシャングリアも手伝い、すぐにきれいになる。

 

「ロ、ロウしゃま、やさしい……。で、でも、コゼ……や、やひゃしく……ない」

 

 エリカが不意に一郎から離れた。

 そして、コゼをすっと見る。

 

「わっ、なに?」

 

 コゼが身構えた感じになる。

 次の瞬間、エリカが急に一郎から離れて立ちあがった。そして、エリカの指から、短い光線のようなものが放たれる。

 

「んぎいいいっ、はがあああ」

 

 コゼが股間を両手で押さえてひっくり返った。

 どうやら、電撃をコゼの股間に浴びせたようだ。コゼがズボンを押さえてのたうちまわっている。

 エリカがけらけらと笑いだした。

 

 ぎょっとした。

 完全に酔っているのだけはわかる。

 エリカの足はふらふらとして、おぼつかない感じだ。

 だが、とっても愉しそうでもある。

 

「あははは、コゼ、わ、わたしゅ……が、ま、まどうをつひゃえる……のを……わ、わしゅれてた? ほら、もう、一発……。ゆっくりにしてあげる……から……にげなしゃい……」

 

 エリカが再び電撃を放つ。

 今度は、まるで時間がとまったように、光線がゆっくりと宙を進んでいく。

 しかし、それがコゼの股間に向かっているのは明白だ。

 コゼが顔色を変えて起きあがった。

 慌てたように逃げようとする。

 

「あるいて……にげりゅのは……き、きんし……。はってにげて……」

 

 エリカが相変わらずのけらけら笑いを続けながら、今度は瞬時に光線を飛ばした。

 その途端、コゼの両足首が張りついたようにくっつく。

 

「きゃあああ」

 

 コゼがその場に倒れ込む。

 その様子が面白かったのか、エリカが馬鹿みたいな声で笑いだした。

 

「エリカ、危ない」

 

 足元のおぼつかないエリカがぐらりと倒れ掛かったので、横にいたシャングリアが慌てて手を伸ばした。

 

「シャ、シャングリア……あんたはすき……。コゼも……すき……。だけど……あ、あいつ……い、いじわる……りゃから……。でも、あんたは……ふつうに……すき……」

 

「そ、そりゃあ……どうも……。ねえ、ロウ、エリカ、酔っ払っているぞ」

 

 シャングリアがエリカを支えたまま、一郎を見た。

 

「それはわかっているよ」

 

 一郎は苦笑した。

 

「ひいっ、ひいっ、と、とめて、とめてよ、エリカ──。助けて──。あ、謝るから──」

 

 そのとき、コゼの必死の声が部屋に響いた。

 コゼは脚がくっついたまま、両脚跳びで懸命に部屋を逃げ回っている。その後ろをゆっくりとエリカの光線がついていっているのだ。

 

「……シャングリアは……優しいから……きしゅ……キ、キス……してあげる」

 

 だが、エリカはもうコゼを見ていなかった。

 シャングリアに振り返ると、がばりとシャングリアに抱きついて、口づけをし始める。

 

「うわあっ」

 

 シャングリアがエリカに押し倒された。

 エリカももつれるように倒れ、そして、シャングリアの身体に馬乗りになって、シャングリアにキスをし始める。

 こうまで酔ったエリカには初めて接したが、笑い上戸とキス魔とは知らなかった。

 

「ひぎゃああ」

 

 そのとき、ついに電撃に追いつかれたコゼが、部屋の隅でけたたましい悲鳴をあげた。

 一郎は笑ってしまった。

 

「エリカ、来いよ。シャングリアにだけずるいぞ。俺にもキスしてくれよ」

 

 一郎は呼びかけた。

 エリカがさっと一郎を見る。

 そして、満面の笑みを浮かべた。

 

「ロ、ロウしゃま……。しゅき……。ねえ……。エリカ……ロウしゃま、しゅき……。いじめて……。ねえ、エリカのこと……いじめて……。いじめられて……、だ、だかれ……たい……。その、あと……そのあと……よしよし……しゃ、しゃれるの……しゅき……」

 

 エリカがふらふらと歩み寄って来た。

 なにを言っているのか、いよいよ聞き取れなくなったが、どうやら、苛められて、よしよしとされるのがいいと言っているようだ。

 しかも、エリカは、一郎の前までくると、命じられたわけでもないのに、自ら両手を背中に回してから、一郎に身体を寄せてくる。

 

 一郎は粘性物を出すと、エリカの両手をそのまま離れないようにした。

 口づけを交わす。

 エリカの口の中にある赤いもやの性感帯を余すことなく舐めまわすと、エリカは完全に脱力して、一郎に身体を預けてきた。

 

「ロ、ロウしゃま……いじめて……。わ、わたし……が、がまんしゅる……。ロウさま……いじめて……わたし、がまんして……それで、よしよしして……」

 

 口を離したエリカがとろんと目元と潤ませて言った。

 

「わかった」

 

 一郎は頷くと、エリカの股間にあるクリピアスを無造作に引っ張った。

 

「ひぎいいいっ、あがあああっ」

 

 エリカが絶叫した。

 そして、汗びっしょりの顔を限界までのけぞらせて、苦しそうに歯を噛み鳴らした。

 

「ああっ、い、いちゃい──。いちゃううよおお」

 

 エリカが泣き叫ぶ。

 一郎は手を離した。

 

「よく我慢したぞ、ご褒美だ」

 

 一郎がエリカの頭を撫ぜると、エリカは嬉しそうに一郎に笑顔を向けてきた。

 その満足そうな笑みに、一郎も思わずもらい笑みを洩らしてしまう。

 

「酔っ払ったエリカは、甘え上戸だったのだな」

 

 シャングリアが呆れたように声をかけてきた。

 

「あ、甘え上手って、なによ──。エ、エリカ、いい加減に足を自由にしてよ──」

 

 這い進むようにやって来たコゼがエリカに文句を言ってきた。

 

「ああ、そこに……いりゃ……いたの、コゼ?」

 

 エリカがさっと指を向けた。

 再び、あのゆっくりとした電撃が部屋の中をコゼに向かって進みだす。

 コゼが、悲鳴をあげる。そして、身体を反転させて、また逃げ出す。

 

「コゼのことはもういいだろう? それよりも、俺に犯されたくないのか?」

 

 一郎はエリカを振り向かせて、ズボンから勃起した肉棒を出した。

 エリカが目を見開くようにしたのがわかった。

 

「エ、エリカ……レイプしゃれたい……。エリカは……にげるの……。れ、りぇも……ロウ様につかまって……おかしゃれるの……。エリカ、しょ、それがいい……」

 

 すると、エリカが恥ずかしそうに言った。

 もしかしたら、それはエリカがいつも隠している願望なのかもしれない。

 一郎は、シルキーに足枷を出させると、エリカの足首に嵌めた。

 

「じゃあ、逃げろ。追いつかれたら、犯すぞ。ろくに愛撫もせずに、思い切りぶち込んでやる」

 

 一郎は立ちあがった。

 エリカがきゃっきゃと笑いながら、足枷で阻まれた脚でよちよちを逃げ始める。

 

「あっ、いいな。次は、わたしもそれをして欲しい」

 

 そのとき、シャングリアが声をあげた。

 一郎はゆっくりとエリカを追いかけながら、わかったと応じた。

 

「あ、あたしも──です──」

 

 すると、部屋の反対側で、まだ光線から逃げ続けているコゼが叫んで来た。

 

「じゃあ、三番目にな」

 

 一郎は笑って答えた。

 

 そのときだった。

 部屋の角で待機している態勢だったシルキーが一郎の前にやって来た。

 

「アネルザ様がご来訪です。こっちに転送いたしますね」

 

「アネルザ? わかった。ここに頼む」

 

 特に来訪の予定はなかったが、珍しいことではない。

 スクルズが設置した移動術による転送設備で、お互いに自由に行き来している。

 さっきのイザベラの侍女詣でもそれを使ったのだ。

 

 この屋敷にある本来の転送設備ので入り口そのものは地下なのだが、転送による訪問者については、屋敷妖精のシルキーが気をきかせて一郎が都合のよい屋敷内に、さらに転送してくれる。

 すぐに、アネルザが一郎の前に現れた。

 

「おっ、なんだ? 取り込み中か、ロウ殿? 相変わらず賑やかだな」

 

 アネルザがやって来るや、開口一番に言った。

 この大広間では、エリカに足をくっつけられたコゼが逃げ、さらに足枷をつけたエリカを一郎が追いかけっこをするという馬鹿騒ぎをやろうとしていたところだ。

 

「ああっ? なに、あんただれ? ロウさまをもしかして、なにかしようとしてる? わたひ、ロウしゃまの、ごえいよっ」

 

 すると、突然にエリカの怒鳴り声がして顔をあげた。

 そっちを見る。

 顔にぞっとするような怒りの感情が浮き出ている。

 一郎ははっとした。

 エリカの身体はふらふらだ。その眼は完全に焦点が合ってない。

 酒が回ったところで、いきなり走り出したから、一気に酔いが回ったのかもしれない。

 だが、次の瞬間、いきなり目の前が真っ白になった。

 

「うわあっ、ご主人様――」

「ロウ――」

 

 コゼとシャングリアの絶叫が響く。

 

「ひいいっ」

 

 アネルザもひきつったような悲鳴をあげた。

 一方で、一郎には、なにが起きたのかわからなかった。

 

 我に返ったときには、アネルザと一郎の前に、シルキーが立っていた。

 そして、四散しつつある白い煙……。

 もしかして、魔道の爆炎をエリカに浴びせられた?

 それを、シルキーが弾いたのか?

 

「うわあっ、大丈夫か、ロウ、王妃殿下――?」

「な、なんてことすんのよ、この馬鹿エルフ――」

 

 シャングリアとコゼだ。

 ふたりとも、すっかりと淫情から覚めて、いまは顔を蒼くしている。

 また、アネルザは一郎の前で尻餅をついている。

 

「旦那様……、さしでがましいと思いますが、エリカ様には、もうお酒はお飲ませにならない方がよいかと……。いまのは、即死級の火焔砲でした」

 

 シルキーが荒い息をしながら言った。シルキーには珍しく、かなりの能力を使った気配だ。いつも浮かべている微笑みは消滅している。

 それだけで、まさに間一髪だったというのがわかる。

 

「や、やっぱり……、いまのは、エリカが?」

 

 ぞっとした。

 酔っ払ったエリカが加減せずに、魔道をこっちに叩き込んだというのは違いないようだ。それをシルキーが防いだのだ。

 そして、エリカは少し離れた床の上で引っくり返って寝ている。

 たったいままで、コゼを追い回していた魔道の玉も消滅している。

 

「一気に限界を超える理力を使ったので失神したようですね」

 

 さらにシルキーが言った。

 

「つまりは、魔道切れか……」

 

 一郎はとりあえず、淫魔力でエリカの身体から酒抜きをした。すべての拘束を解く。

 寝てしまったのは変わりないが、これで酔いだけは醒めただろう。

 

「やれやれ、スクルズといい、エリカといい、凄まじい酒癖の悪さだな。死ぬところだった……」

 

 アネルザがやっと口を開いた。

 しかし、まるで魂でも抜かれたような表情だ。

 

「お前が言うなよ、アネルザ」

 

 一郎は苦笑した。アネルザだって、前に酔っぱらって、ミランダとともに、一郎を逆レイプしたことがある。

 とにかく、さすがに一郎も、そのまま乱交にふける気にはならず、服装を整えて、エリカには毛布をかけさせた。エリカの悪戯で両足がくっついていたコゼも元に戻っている。

 

「悪かったな、アネルザ。せっかく来てくれたのに……。だが、さすがの俺も命の危険の後だから、ちょっと時間が欲しい。すぐに“勃ち”直るから」

 

「よくわからんが失礼なことを考えてるのではないか? わたしだって、いつもいつも、抱かれるためだけに遊びに来るだけじゃない」

 

「えっ、そうなの?」

 

 コゼが茶化すように声をかけてきた。

 

「当たり前だ。そもそも、今日は大切な話があってきたのだ」

 

「大切な話?」

 

 シャングリアだ。

 アネルザが頷いた。

 

「実はな……。ちょっと困った話が持ちあがっていてな」

 

「困った話?」

 

 一郎は言った。

 アネルザはいつになく真剣な表情になっている。

 

「……うむ……。アンのことだ……。話をする前にひとつだけよいか? このことはまだ他言無用であり、そもそも、アンも知らん。イザベラもな。だが、お前にだけには話をしておいた方がいいと思ってな。だが、心配いらん。わたしの目の黒いうちは、必ず話は潰してやる。そもそも、失礼な話なのだ。エルザもいるのに……。ルードルフは完全に舐められておる。まったく……」

 

 急にアネルザが早口で語りだした。すごく不機嫌だ。

 一郎は首を傾げた。

 よくわからないが、また、あの馬鹿王がなにかをやらかしたのか?

 しかし、アンのこと?

 

「勿体ぶってないで言えよ。なんの話なんだ?」

 

 一郎は言った。

 すると、アネルザが嘆息した。

 

「タリオ公国のアーサー大公を知っておるか、ロウ殿?」

 

 アネルザが訊ねた。

 

「タリオ公国のアーサー大公?」

 

 知らないわけでもない。

 タリオ公国といえば、自由貿易で急に国力を増大している隣接する旧ローム帝国内の三公国のひとつだ。ハロンドールにも商業進出しており、経済力なら、いまやハロンドールにも並ぶほどのはずだ。

 マアの母国でもあるので、多少は承知している。

 そして、アーサー大公というのは、そのタリオ公国の若い大公だ。

 このハロンドール王国からも、第二王女のエルザ姫が嫁いでいる。

 そういえば、さっきアネルザが、そのエルザの名を出したか?

 とりあえず、一郎は知っていると応じた。

 

「そのアーサー大公が近く来国する。表向きの用件は謝罪だ。キシダインが招待し、アンとノヴァを狼藉したグラム兄弟の件で、大公自ら詫びるためということになっている。だが、実際には見合いだ。そのアーサー大公がアンを妃としてもらい受けるという話が水面下で進んでおる」

 

「アン様をか? 馬鹿な――。タリオ公国には、エルザ様が嫁いでいるだろう。ハロンドールの王女をふたりも妃にするのか?」

 

 大声をあげたのはシャングリアだ。一郎も唖然とした。

 

「馬鹿にした話だが、ルードルフは乗り気だ。なにしろ、アーサー大公は、その見返りに、我が国との貿易にかかっている関税の大幅な引き下げを提案してきているようだ。それで、断る理由がないというのが王宮の大勢の意見になっている……。すまん、ロウ殿、わたしも知らなかったことなのだ。ルードルフというよりは、南家公爵家で、王弟のランカスター公が動いているのだ。それで把握するのが遅れた。すまん」

 

 アネルザが頭をさげた。

 だが、さすがに、一郎はむっとした。

 立場としては、王家の婚姻について、何ひとつ一郎が口出しできる立場でないことはわかっているが、アンもすでに一郎の女だ。

 勝手なことをされれば、腹もたつ。

 

「すまんって……。そもそも、アン様は今更、婚姻など望まないだろう」

 

 ロウは言った。

 しかし、アネルザは怪訝そうな表情になる。

 

「上級貴族の婚姻に本人の意思など関係ないぞ。このわたしもそうだったしな。アンに限らず、王族の婚姻など、王家の政略の駒ひとつだ。宮廷も、キシダインと離縁して、第三神殿の預りになっているだけのアンが政策の役に立つなら、拒否する理由はないというのが意見の大勢だ。まあ、最終的には、ルードルフの考えひとつだな」

 

 アネルザはあっさりと言った。

 アンの再婚そのものには反対のようだが、アンの意思云々というのは首を傾げている。

 婚姻に対する価値観は、大貴族ならではなのだろう。

 そういえばアネルザ自身も、マルエダ辺境侯という大貴族の長女というのは、先日教えてもらったばかりだ。

 

「それで、そのタリオ公国にアン様が嫁ぐんですか?」

 

 コゼが心配そうに言った。

 アネルザは首を横に振る。

 

「さっきも言ったが、そんなことはわたしがさせん。しかし、面倒なのは、実はアンの立場だ。アンはキシダインに嫁ぐときに、一度王家から抜けておる。かたちとしては、キシダインの死ぬ直前に離縁しているが、王家に復帰しているわけじゃない。王家からいったん籍を抜けば、復帰は余程のことがなければできん。相続をややこしくせんための王家の法でな」

 

 アネルザが苦虫を潰したような顔になる。

 

「どういうこと?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「つまり、わたしも勝手は言えんということだ。それこそ、かたちだけだが、実はアンは、さっき話が出たランカスター公の養女になっている。王家に復帰させるわけにはいかんから、籍だけ借りたのだ……。つまりは、アンの婚姻については、そのランカスター公が支配権を持っている。何度も言うが、かたちだけのことだぞ。無論、最終的にはルードルフの許可なしに、婚姻などできん」

 

 アネルザは言った。



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224 淫らな三人

「ぱぱ、ぱぱ、いくの、もっとして、ぱぱ、きもちいいのう──。ぱぱとのまんまん、きもちいい──」

 

 ウルズが一郎にしがみつきながら大きな声で叫んだ。

 見た目は美しい大人の女性だが、童女返りしてしまったことで、心はまだまだ子供だ。

 だが、一郎とのセックスは大好きだ。

 一郎が訪れると、すぐに性交を強請ってきて、今日も、いま抱いているところである。

 腰から上は、上から被る無地の貫頭衣を身に着けているが、腰から下にはなにも身に着けていない。

 対面座位で愛を交わしている一郎とウルズの横に、ウルズが脱ぎ捨てたまま放り捨ててある。

 最近になって、やっとおしめが外せるようになったらしいウルズの下着は、スクルズたちが身に着けているような上質だが、柄や飾りのない無味乾燥な小さな下着だ。

 

「俺も、気持ち、いいよ、ウルズ。もっと、気持ち、よく、なろうな。今日は、ぱぱも、ウルズの中に、出そう、かな」

 

 一郎は胡坐に座る股間の怒張に跨らせているウルズの秘裂を貫かせたまま、ウルズが一番感じる場所を怒張の先が抉れるように、ウルズの腰を下から担ぐようにして上下に揺らしてやる。

 

「ああん、ぱぱあっ、だいすきいっ」

 

 ウルズががくがくと身体を震わせた。

 

 王都にある小屋敷だ。

 対外的には子爵としての一郎の王都屋敷ということになっていて、届けもしているし、その体裁も整えている。

 だが、実際の所有者は、スクルズだ。

 少なくとも、この屋敷を管理している屋敷妖精のブラニーは、そう納得して、この小屋敷に住み着いている。

 また、普段、ここで暮らしているのは、童女返りしているウルズである。

 そのウルズをブラニーが世話をして、スクルズとベルズが交代で「育児」をしている家というわけだ。

 

 今日は、珍しくも、スクルズがここで会いたいという伝言があり、朝食が終わるとともに出てきたところである。

 おそらく、昨日の話だと思う。

 いつもなら、スクルズは用事があれば、この小離宮に一郎を呼び出すということはしない。自ら幽霊屋敷にやって来る。

 用があるときはもちろん、用事がなくてもやって来る。

 それは、神殿長代理から、正式に神殿長になっても変わらない。

 就任式関連の忙しい日々が、やっと日常に戻りつつあるが、なんだかんだと、関連行事の多忙の寸間を縫って、スクルズは毎日のように屋敷にやって来ていた。

 まあ、エリカもコゼも呆れていたが……。

 

 いずれにしても、だから、わざわざ場を変えて話したいというのは、昨夜のアネルザの話だろう。

 タリオ公国のアーサー大公のところに、アンが嫁ぐ話が持ちあがっているというアネルザの話には驚いたが、あの後、アネルザは第三神殿にも向かい、当人のアンにも情報を告げにいくと言っていた。

 その昨日の今日だ。

 おそらく、その話に間違いない。

 

 従って、いつものエリカたち三人については置いてきた。

 特に、スクルズからの伝言には言及はなかったが、話し合いの場所を幽霊屋敷ではなく、ここに指定したのは、一郎だけに話をしたいのではないかと考えたからだ。

 そうでなければ、内緒の話であろうともに、幽霊屋敷で十分なのだ。

 護衛なしに外出するのをエリカは極度に嫌うが、通称「幽霊屋敷」から、この小離宮に向かうのは、スクルズが設置してくれた“ほっとらいん”の鏡を通過して、移動術で跳躍するだけだ。

 エリカには、絶対にひとりで屋外に出ないことを約束させられた。

 正直、どれだけ過保護なのだと突っ込みたくなるが、エリカは一郎を守ることを絶対的な自分の責任のように思っていて、いつも、一郎を心配してくれる。

 まあ、どの女もそうだが、一郎には過ぎた女だろう。

 

 そして、一郎だけで小離宮にやってくると、さっそくウルズに掴まったというわけだ。

 スクルズもまだ来ていない。

 いたのは、ウルズと屋敷妖精のブラニーだけだ。

 一郎の姿を認めた途端に、ウルズは一郎にだっこを迫った。

 スカートと下着を脱ぎ捨てて──。

 

 そして、いまに至る。

 

「ああん、ぱぱあっ」

 

 ウルズが一郎の首にぎゅっとしがみつき、三回目の絶頂を迎える反応を示しだす。

 おしめが取れる前は、一度の絶頂ですぐに失神状態になっていたものだから、三回も続けて絶頂できるのは成長というものだろう。

 ウルズがぶるぶると震えて、滑らかな膣で一郎の肉棒をぎゅっと締めつけた。

 

「ぱぱ、いくのうっ」

 

 絶頂感覚はもう知っているので、そのときには「いく」と教えろと「教育」している。

 ウルズも最近はちゃんとそれができるようになった。

 

 それにしても、魔瘴石を強引に引き剥がしたことで、無垢の魂になってしまい、そのために、もう一度成長をやり直しているウルズだが、肉体は大人だ。だから、一郎の愛を受け入れることもできるが、心はあくまでも童女だ。

 このまま、性三昧の生活をさせ続けていたら、十年程後に、どんな大人の女性になっていることだろう。

 ちょっと心配にならないでもないが、親代わりのスクルズもベルズも、一郎がウルズに精を注ぐたびに、成長の促進を感じると言っていて、むしろ積極的にウルズを抱いてくれという。

 まあ、ふたりがいうなら問題もないだろうと、一郎も無邪気そのもののウルズが求めるままに、こうやって機会さえあれば、ウルズを抱いている。

 

「ああ、あああん、ぱぱあああっ」

 

 ウルズが力一杯に一郎を抱き締め、三度目の絶頂をしたことがわかった。

 一郎はウルズの子宮に精を放った。

 ウルズが白目を剥くようにのけ反り、すっと脱力する。

 重くなったウルズの身体を離して、一郎はその場に横たえた。

 すると、この小屋敷を管理している屋敷妖精のブラニーがすっと姿を現わす。

 

「ウルズお嬢様を寝台にお運びしますね」

 

 ブラニーが軽々とウルズの身体を横抱きに持ちあげる。

 ウルズは、すでに寝息をかいており、幸せそうに眠っている。目を覚ます気配はない。

 そのブラニーとウルズが消えた。

 この客間ではなく、ウルズの寝台がある私室に向かったのだろう。

 

 取りあえず、することもなくなり、一郎は服装を整えて、ソファに座り直した。

 すると、すぐにブラニーが再び姿を現わした。

 

「お嬢様はお休みです。ところで、ありがとうございます。お嬢様はとても幸せそうでした」

 

 ブラニーがお茶を入れ直した。

 準備はしてくれていたのだが、大して飲まないうちにウルズに突撃されたので、すっかりと冷えてしまっていたのだ。

 

「お嬢様と呼んでいるのか?」

 

 新たに注いでくれた茶を口にしながら、一郎はなんとなく訊ねた。

 

「もちろんです。大切なお嬢様です。だから、ロウ様がウルズお嬢様を大切にしてくれるのが嬉しいのです」

 

 ブラニーが満面の笑みを浮かべた。

 なんとなく、そこには屋敷妖精と屋敷で暮らす主従ではなく、母性愛のようなものを感じた。

 スクルズやベルズも世話をしているが、なんだかんだと、一番長い時間をウルズとすごしているのは、間違いなくブラニーだろう。

 一郎たちの幽霊屋敷のシルキーもそうだが、屋敷妖精は単に家の家事のようなことをするのみならず、家族に対する愛情のようなものを家人に向けるのだなと改めて思った。

 目の前のブラニーがウルズに示すものには、なんとなく母性愛のようなものを感じる。

 

 そのとき、一郎の横で給仕のようなことをしていたブラニーがびくりと顔をあげた。

 

「お屋形様です……。それと、ベルズ様ですね。いま、ウルズ様のお部屋に入られました」

 

 ブラニーが一郎に視線を向けた。

 やっと、スクルズが来たみたいだ。お屋形様というのは、スクルズのことである。

 だが、ベルズも一緒なのかと思った。 

 この屋敷には、一郎の本屋敷や宮殿などとの転送施設に加えて、第三神殿と第二神殿にも繋がっている。

 それは、ウルズがいつもいる部屋に直接に繋がっているので、そこに入ったようだ。

 

「少々お待ちください」

 

 ブラニーが再び姿を消した。

 しばらくすると、この客室の扉が廊下側から叩かれた。

 返事をすると、入ってきたのは、スクルズとベルズのふたりだ。

 

「ロウ様、先日の就任式ではありがとうございます。無理なお願いなのに聞いていただいて……」

 

 椅子に座ると、すぐにスクルズが頭をさげた。

 神殿長としての装束を身に着けている。

 だが、なんとなく違和感がある。

 なにしろ、スクルズの依頼を受けて、就任式の真っ最中にスクルズを犯したのは、十日も前のことだ。

 そして、それから、スクルズは毎日のように、一郎のところに遊びに来ているし、お礼だって何度も受けている。

 なぜ、いまさら、あれから初めて会ったような言葉を使うのだろう。

 もしかしたら、ベルズがいるから、話を合わせてもらいたいのだろうか?

 

「スクルズ、お礼よりも、謝れ──。先日の就任式のことで、おかしいと思ったら、とんでもないことをロウ殿に頼んだりしていたそうではないか。ロウ殿も人がいい。こいつのあんな我が儘で破廉恥な依頼など断ってもいいのだ。とにかく、今日は謝らせにきた」

 

 横から口を挟んだのはベルズだ。

 どうやら、先日の就任式における一郎とスクルズの艶話をやっと知ったようだ。

 あるいはミランダ辺りがベルズに教えたのだろうか?

 とにかく、ベルズは憤慨している様子だ。

 もっとも、その相手はスクルズにであり、一郎にではない。

 

「もう、こんなにお説教は堪忍よ、ベルズ。あなたの言うとおりにちゃんと謝ったではないの……。ねえ、ロウ様」

 

 スクルズが一郎に媚びるように、にっこりと微笑んだ。

 いつもそうだが、思わず貰い笑みを浮かべたくなるような笑顔だ。

 一郎もつられるように、笑ってしまった。

 

「いつもそうだ。とにかく、ロウ殿は素晴らしいお方なので、羽目を外したくなる気持ちもわかるが、お前はもっと慎みを持つがいい。ミランダから就任式のときのクエストのことを聞いたときには耳を疑ったぞ。常識で考えろ、常識で──。とにかく、とんでもない依頼を済まなかったな、ロウ殿」

 

 ベルズも一郎に向かって頭をさげた。

 一郎は困惑した。

 あのときには、しっかりと一郎は愉しんだ。謝られると当惑する。

 

 ベルズは少しのあいだ、憤慨したようにスクルズに文句を言い続けていたが、しばらくすると気が済んだのか、神殿に戻ると口にして立ちあがった。

 ベルズがいなくなると、スクルズがまるで悪戯が成功したかのように、笑って舌を出した。

 その可愛らしい姿は、とてもじゃないが、王国史上で最も若い王都大神殿の神殿長には見えない。

 

「ロウ様、遅くなって申し訳ありません。なにしろ、突然にベルズが神殿に来たのですよ。どうやら、ミランダがロウ様にお願いをした就任式のときのクエストをベルズに漏らしてしまったらしくて……。冒険者ギルドの守秘責任はどうなっているのでしょう。おかげで、わたしは早朝からずっとベルズのお説教でした」

 

 スクルズが笑いながら言った。

 少しも悪びれている様子はない。

 一郎も苦笑した。

 

「そして、ありがとうございます。話を合わせていただいて……。ベルズからのお説教の流れで、わたしは、就任式後、ずっと多忙でロウ様にはお会いしていないことになってしまって……。毎日、会っていたなどと、正直に口すれば、おそらく、ベルズの小言は、まだまだ続いていましたわ」

 

 スクルズはあっけらかんと言った。

 

「それは災難だったね」

 

 一郎はとりあえず、それだけを言った。

 すると、スクルズが立ちあがった。

 

「……さて、では、今日、来て頂いた用件ですが……。話の前に、アン様たちを連れてきます。ちょっとお待ちください」

 

 やはり、アンの件かと思った。

 ベルズがたまたまやって来たので、とりあえず連れてこなかったのだろう。

 どうせ、移動術で往復すれば、時間などまったくかからない。

 

「アネルザは、昨夜は第三神殿に?」

 

「ええ、アン様としばらくお話されてましたわ。わたしとも少し……」

 

 やっぱり、話を知っているのだと思った。

 スクルズがいったん姿を消滅させる。

 

「さて……」

 

 一郎は机の前にある茶菓子に手を伸ばした。

 スクルズが戻ってきたのは、最初の一個を食べ終わった頃だった。

 

「ロウ様、参りました」

「ご主人様……」

「ロウ様……」

 

 三人が姿を現わした。一郎のことを「ご主人様」と呼ぶのはアンだ。先日の就任式のときに、待合室で侍女をしてくれたとき、なんとなく、そんな話になったのだ。

 

 それはいいのだが、三人とも完全な全裸である。

 唯一、靴だけを履いている。

 一郎は仰天した。

 

「なんだ、その恰好は?」

 

 一郎はたじろいでしまった。

 すると、スクルズが羞恥に顔を赤くしながら、身体をもじつかせつつ口を開く。

 それでいて、身体は隠したいのを隠さないことを決めているように、両腕を身体の横にぴったりと密着させて、もじもじと身体をくねらせている。

 スクルズだけでなく、アンもノヴァも全身を真っ赤にしている。

 

「ロウ様、だって聞きましたのよ。アン様とノヴァとお約束したそうじゃないですか。素っ裸で召使いをするのですよね。昨夜、アン様に教えてもらいましたのよ。もちろん、わたしも参加させていただきますわ。今日は予行練習です。でも、ただ裸のまま、“ほっとらいん”で移動するだけで、勇気がいりますのね。当日は三人で参ります。もちろん、お言いつけの通りに、裸でも馬車に乗りますわ」

 

「ご主人様、なんか、こんなことになってしまって……」

 

 アンも真っ赤な顔でくすくすと笑っている。

 先日の就任式依頼、なにが切っ掛けになったのかわからないが、アンはよくころころと笑うようになった。

 まるで、スクルズがうつったみたいだ。

 それにしても、てっきり、アンに突然に降って湧いた婚姻話のことで相談に来たと思ったが、まるでそんな雰囲気がない。

 

「それにしても、ベルズも困ったものです。せっかく召使いの予行練習にお付きいただこうとしましたら、早朝から押し掛けてくるんですから。計画が台無しです。わたしも今日は、この時間しか割けないというのに……」

 

 スクルズはぶつぶつ言っている。

 一郎はなんだか身体の力が抜けてしまった。

 

「もしかして、ここに俺を呼び出したのは、この件ですか?」

 

 一郎は訊ねた。

 すると、スクルズがにっこりと微笑んだ。

 三人揃って、一郎の前に正座の姿勢で腰をおろす。

 

「ふふふ、そうですね。それもありますね。アン様のことはスクルズにお任せください。ロウ様は、アン様が他の男に嫁ぐことなど反対ですよね」

 

 そして、微笑んだまま言った。

 横のアンがぴくりと反応をする。

 喰えない神殿長様だ。

 アンの婚姻話など、眼中にないように振る舞いながら、やはり、その件とは……。

 

「当然だね」

 

 一郎はスクルズに応じた。これについては、もう一郎の腹は決まっている。当面は様子見ということも決めた。

 だが、話に進展があるようなら介入する。

 アンはすでに一郎の女だ。

 すると、アンの顔がぱっと破顔した。

 

「も、もちろん、わたしはいまさら、どこにも参りません。それは絶対です。昨夜もお母様にははっきりと申しましたし、お母様もそのつもりもないと断言して頂けましたし……」

 

 アンがちょっと申し訳なさそうな表情で言った。

 もしかしたら、一郎がどういう反応を示すか不安だったのだろうか。

 この表情からすれば、もしかして、一郎が怒るとでも……?

 

「ロウ様、なにからなにまで、スクルズにお任せください。タリオの大公には、アン様は会わせも致しません。アン様はロウ様にお預かりしている大切な身です。ロウ様のお心さえ知れれば、あとはスクルズの仕事です。断固として、アン様はお渡ししませんわ。たとえ、王家であろうとも」

 

 スクルズはぽんと小さく自分の胸を叩いた。

 そうはいっても、いくらスクルズでも王家の権威には逆らえないだろう。

 まあ、アネルザもいるし、ルードルフの周辺はサキたちで囲んでいる。どうにでもなるとは思うが……。

 

「だけど、アン様を第三神殿に預けているのは、王家の意思でしょう? 引き渡しの拒否などできないんじゃないの?」

 

「わたしにとっては、ロウ様にお預かりしているつもりです。王家と戦争になってでも、アン様はお守りします」

 

 スクルズはにこにこと笑う。

 

「頼もしいね。じゃあ、よろしく頼むね」

 

 まあ、戦争ということどないだろう。

 スクルズ特有の冗談だろうが……。

 

「スクルズ殿、あまり物騒なことは……」

 

 アンだ。

 戦も辞さないというスクルズの言葉に戸惑ったみたいだ。

 

「アン様、ロウ様の言葉は絶対です。スクルズはたとえ、世界を敵に回しても、ロウ様が望まないことは致しません

 

 スクルズがきっぱりと言った。なんの迷いも感じられない堂々とした物言いだ。

 一郎は笑ってしまった。

 

「とにかく、全裸召使いの予行練習でしたね。じゃあ、とりあえず、抱かせてもらいますか。我が家の召し使いの一番大切なお勤めですよ……。さあ、アン様、ノヴァ、おいで」

 

 一郎は両手を拡げた。

 

「はい」

「はい……」

 

 すると、アンとノヴァが嬉しそうに一郎抱きついてきた。

 

「縛ります……。腕を背中に回してください、ふたりとも」

 

 一郎が命令すると、アンとノヴァは赤かった顔をさらに真っ赤にして、すぐに一郎に背を向けて、手を背中に回した。

 

「まあ、除け者は狡いですわ。わたしもご調教をお願いします」

 

 スクルズが慌てたように、アンとノヴァの横にやって来た。

 

 

 *

 

 

「あんっ、あんっ、あんっ」

「はっ、はあっ、はあっ」

 

 一郎は、アンを床に跪かせて椅子に捕まるようにもたれさせながら、後ろから尻たぶの狭間から怒張を出入りさせていた。

 すでに溢れ出す愛液はとめどのないものになり、アンは早くも絶頂の兆しを示し始めた。

 全裸召使いの予行演習だと称して、スクルズに半ば強引に連れて来られたアンとノヴァだったが、いざ抱いてみると、全裸でやって来ただけで興奮していたのか、たっぷりと股間は濡れていた。

 

 愛撫らしい愛撫を待つことなく、すぐに淫らによがりだした。

 三人を順に抱いているが、いまは二順目の最初であり、一郎の相手をしているのはアンである。

 アンはすでに性的興奮の真っ最中だ。

 

 愉快なのは、その横でアンとほとんど同じ姿勢で隣の椅子に突っ伏しているノヴァである。

 一郎の淫魔術により、女主人のアンと完全に性感を同調させられているノヴァは、アンとまったく同じように悶え声をあげ、淫らに尻を振って女主人同様に快感を昂ぶらせているのだ。

 

 一方で、アンとノヴァの両腕は、一郎が亜空間から出した縄で高手後手縛りに緊縛されている。

 アンたちだけじゃない。

 横で悶えているスクルズも同じように、縄で緊縛していた。

 

 また、縄掛けは上半身のみではなく、股間にも施している。

 縄瘤を作って敏感な部分を抉らせつつ、一郎に抱かれる番のときだけ、股間を解放させることにした。

 そして、待っているあいだは、腰を振って「自家発電」を繰り返すように命令をしたのだ。

 三人とも健気にそれを頑張っている。

 

 やっとひと回りしたところだが、一郎に犯されながら、縄瘤で自らを慰めねばならない三人は、いよいよ性に狂った感じだ。

 特に、アンとノヴァは、一郎が快感の共鳴をしていることで、受ける快感が倍になり、しかも、いまこうして、アンが犯されるときも、一郎が直接与える快感に加えて、ノヴァが腰を振って、縄で受ける刺激も同時に味わわなければならないということになっている。

 いま犯しているのはアンだが、ノヴァも同じ責め苦を受けているのであり、すでに朦朧としている。

 

「いくっ、いきます。お、お許しを……」

 

 アンが股間で、ねちゃねちゃといういやらしい音を響かせながら、感極まった声で言った。

 

「あ、あああ、アン様、ああああっ」

 

 ノヴァも同じように興奮した声を出して、ぶるぶると腰を震わせた。

 アンを犯すということは、ノヴァを犯すことも同じだ。

 性感の共感により、ノヴァと快楽について一心同体にされているアンは、ノヴァともども、二度続けて絶頂させられようとしている状況だ。

 

「遠慮なく達してください。どんなことを要求してもいいですよ、アン様。スクルズを見倣ってください。遠慮なんかいらないし、恥ずかしがる必要もありません。俺も含めて、みんな淫乱で変態なんです。どうか、アン様も思い切り快感を貪ってください」

 

 一郎はアンのもっとも感じる場所を選んで、怒張の先でしつこく突きながら言った。

 最初の男だったキシダインの根性のねじ曲がった性癖のせいで、男の欲望を満足させる道具のように躾けられてしまったアンは、どうしても性には受け身的で、しかも、自分が快感を覚えることが罪悪であることのように思ってしまうようなところがあった。

 だから、スクルズの誘いとはいえ、全裸で一郎の前にやってきたのはびっくりしたが、もしかしたら、いきなり沸き起こった再婚話に、ちょっと不安になって、思い切ったことをする決心をしたのかもしれない。

 いずれにしても、大人しくて、なんでも遠慮するのがアンの悪い癖なので、見合い話が起きたことで、不安にならないように、スクルズもアンを焚きつけたのかもしれない。

 

「は、はい、あ、ありがとうございます。いく、いきますっ、いぐううっ」

 

「ああ、んふううっ」

 

 アンが全身を歓喜にわななかせて昇天した。

 その横でノヴァも一緒に絶頂している。

 

「ほ、本当に、一心同体なのですね。とても、可愛いですわ」

 

 一周目の絶頂の余韻に浸っていたスクルズが、アンとノヴァが同時に絶頂するのを愛おしそうな視線を向けながら言った。

 

「次はもう一度、ノヴァだね」

 

 一郎は、アンから怒張を抜くと、ノヴァを引き寄せて、すっと亀頭を秘裂に挿し込み直した。

 また、ノヴァを抱き寄せるとともに股縄は外している。一方で、アンについては、一郎が一物を抜いた瞬間に、再び縄で封印をした。

 淫魔術を駆使する一郎ならではの早業だと自負できる。

 

「あん、ロ、ロウ様、あ、ありがとうございます」

「んくう」

 

 ノヴァだけでなく、たったいま果てたアンが可愛らしい声で悶える。

 

「なんだか……、狡い気もしますね……。あっ、ああっ、ああっ……。ア、アン様とノヴァは続け……てなので……、ああっ、あっ、わたしの……番が……飛ばされて……いる気持ちに……なります……」

 

 スクルズが命じられている縄瘤の自家発電を続けながら、くすくすと笑った。

 

「だったら、特別にスクルズも共鳴を感じるか?」

 

 一郎は淫魔術で、スクルズの快感についても、一緒に共鳴をさせてやった。

 これで三人とも、三重の快感を同時に受けることになる。

 

「きゃああ、ああああ」

 

 抽送をしているノヴァが突然に悲鳴をあげた。

 ノヴァの受ける快感に、アンだけでなく、スクルズの快感まで加わったからだ。

 

「ああ、こ、これは……きょ、共鳴って……すごいのですね……。あ、ああ……。こ、この強烈に敏感な疼きがノヴァの……? それとも、アン様も……、あああっ」

 

「ス、スクルズ殿も、す、すごい……。ああっ、ノヴァ、いきそう、もう一度いきそう、ああっ」

 

「わたしもです、ああああっ」

 

 犯されているノヴァが身体を弓なりにして、がくがくと身体を震わせる。

 そして、三人が同時に腰を落とした。

 三重の快感の共鳴の洗礼に、腰が砕けてしまったのだろう。

 

「い、いきます、ロウ様……。ああ、ロウ様──」

 

 そして、ノヴァは一郎に股間を貫かれながら、達してしまった。

 

「ああ、ご主人様──」

 

「ロウ様あああ──」

 

 アンとスクルズも絶頂する。

 一郎はとりあえず、ノヴァの胯間に精を放った。

 そして、ノヴァを解放した。

 

「さあ、まだまだ許しませんよ、ノヴァもアン様も──。特に、アン様には、俺のものだということを身体にも心にもしっかりと刻んでもらいますよ」

 

「も、もう、アンはご主人様のものです……。タ、タリオ大公殿との話は、絶対に合意しません──」

 

 アンが息も絶え絶えに言った。

 ノヴァの絶頂は、アンの絶頂でもある。

 

「ロ、ロウ様、スクルズにもロウ様をお刻みください。スクルズは幸せです」

 

 若き美貌の大神殿の神殿長として、王都どころか、周辺諸国にまで名が拡がりつつあるらしいスクルズが、神官とは思えない淫らさで、一郎を誘うように、腰をくねらせた。



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225 女諜報員

「おっ、これは婆さんの新作か? なるほど、こりゃあ、アーサー王かい。よくできた紙人形だ。きっとこれも評判になる。なにしろ、ラバン婆さんの紙人形は、本当に評判がいいからな」

 

 小物売りの亭主が機嫌よく、まずは、ビビアンが籠に入れて運んできた五十ほどの紙人形を受け取った。

 相手は商家だが、大通りに店を構えるような大旦那ではなく、小さな家と同じ屋根の下の屋台とも見紛うほどの小さな商店だ。売っている物はちょっとした小物であり、庶民を相手にする店である。

 そこに、定期的に内職で作った品物を卸しにいくのが、「ラバン婆さん」という、身寄りのないひとり暮らしの老女という設定になっているビビアンの仕事だ。

 

 ビビアンが渡したのは、色を染めた紙を数種類準備して、人の姿に見えるように織り込んだ手のひらほどの平ぺったい紙人形である。紙は粗末なものを使っているので、色を染めることには手間取るものだが、折り込むのは元来手先の器用なビビアンにとっては簡単だ。また、高貴な者も近くで見慣れているので、簡単な細工で王族などの装束を真似ることもできる。頭の被り物も紙で拵え、目と口をそれなりに筆で入れると、自分でもなんだが、どことなくアーサーに見えないこともない。

 別段、この商売は金儲けが目的ではなく、ごく自然に、このハロンドール王都の人の波に溶け込むのが狙いだったが、ビビアンの作った紙人形はよく売れた。

 

「アーサー王じゃない。大公様じゃよ。ほれ、王冠じゃなく、大公の肩飾りをしているじゃろう。タリオ公国は皇帝に忠誠を尽くす三公国のひとつじゃ。言ってみれば、アーサー大公は、王様じゃなく、大きな領主殿だ」

 

 ビビアンは言った。

 自らが超一流の魔道戦士であり、二十歳で大公に即位して以来、わずか十年でタリオ公国を大国ハロンドールと並ぶと称されるほどの富国強兵を成し遂げた一代の英傑のアーサーは、この隣国ハロンドールでも人気者である。

 なにしろ、大変な美男子なのだ。

 アーサーは、この国の第二王女であるエルザ姫を后のひとりとして以来、友好国の君主として、数回この王都を訪れており、その都度、王都臣民が驚きとともに関心を寄せるほどの派手な演出で王都を行進している。

 

 数日前も、キシダインに招かれた客人だったグラム兄弟が王家に迷惑をかけたことに対する詫びという口実で、王都を部下とともに訪問していた。

 ビビアンも、一介の平民の老婦として、アーサーたちの王都内の行進を眺めたが、全員が絢爛豪華な揃いの赤い武具で揃えた二十騎ほどの護衛騎士が白馬に跨った姿は大したものだった。

 なによりも、絶世の美男子であるアーサーと腹心のランスロットが先頭を並んで進む光景は、なるほど、他国の君主でありながら、この王都の者が絶賛して見惚れるほどの素晴らしいものだった。

 まるで神話の世界から抜け出てきたように、神秘的に美しい姿であり、王都の女たちが誰も彼も、身分に関わらず称賛するのも無理はないとは思う。

 

 まあ、あの男は見てくれだけはいいし……。

 

 ビビアンは思った。しかし、すぐに「見た目だけ」というのは、アーサーには気の毒な評価かもしれないと、心の中で考え直した。

 

 なにしろ、幼少の頃から、あらゆる才能に抜きんでいていたアーサーは、剣王ランスロット、神域の魔道主マーリンなどの能力ある部下を得て、二十歳にして伯父の前大公を廃し自らが大公となって以来、近隣諸国が「タリオの麒麟児」と呼ぶほどの実績を示した。

 すなわち、十年をかけて公国内の革命的な改革を押し進め、領主から人民と土地の支配権を取りあげて完全な中央集権による独裁体制を作りあげると、この闘争の過程で前大公を担ぎ上げた旧領主たちを前大公とともに容赦なく処断し、全ての公国内の敵を一掃した。国内に敵のなくなったアーサーは、部下たちの献策を次々に実行して、それが効を奏してタリオ公国は、一気に力を増大したのだ。

 いまや、タリオ公国は、大公アーサーを中心として、史上最高ともいえる繁栄をしている。

 しかも、国内闘争が長かったので、彼の支配する軍隊は、戦いを生き抜いた精鋭であるし、息のかかっている傭兵団にしてもかなりの数になる。

 流通だって、数年前に商業ギルドを廃して、自由流通制度に移行してから、びっくりするほどに商取引が盛んになって、タリオ公国を誰もが認める三公国で随一の強国にのし上げた。

 しかも、数年前からその自由流通制度をほかの二公国にも強要することで、瞬く間に商業力において、大国ハロンドールをしのぐほどの富国も成し遂げた。

 まさに英雄の所業だ。

 それは認めよう。

 

「大公でも、王様でもいいさ。強くて頼り甲斐のあるお方らしくて、羨ましい限りだね。まったく、うちの王様とはえらい違いだ……。おっと、こんなこと誰かに聞かれたら、不敬罪で首を刎ねられちまうか」

 

 主人が大袈裟な素振りで、両手を顔の前で振りながら豪快に笑った。

 ビビアンは苦笑した。

 

 この国に間者として潜入してきて以来痛感していることだが、この国の王のルードルフは、驚くほどに人気がない。

 好色でどうしようもない怠け者というのが貴族と平民共通の評価であり、また、王族に連なる御三家と称される三公爵家が揃って不出来で、一族たちが度々にわたって市民に迷惑をかけるということも続いていて、それに一切の関心を王家が示さないことが、国王の不人気に拍車をかけている。

 まあ、それでも、しばらく前に、御三家の一角であるキシダイン公が失脚して公爵家が廃爵され、御三家が二家になったときには、多くの市民がひそかに喝采したみたいだ。だが、それでも、王家の人気回復にはつながらなかった。

 ただ、それを切っ掛けに、王太女になったイザベラについては、それなりに人気がある。

 その証拠に、ビビアンの作ったイザベラ人形は、そこそこの売り上げのようだ。

 今回も、全部で百個ほどの紙人形のうち、二十個はイザベラ人形だ。

 

 主人がにこにこ顔で百束の紙人形を受け取り、空になった籠に銅貨をじゃらじゃらと放り込んだ。

 前回卸したときの倍の値がついている。

 しかも、以前は色紙を仕入れるのに、ビビアンの持ち出しで仕入れていたが、今回については、材料になる色の薄紙をまとめて渡された。

 ビビアンの作る紙人形がよく売れるので、独占をして、この店だけに卸して欲しいみたいなのだ。だから、材料代も負担するから、どんどんと作って、この店だけに売ってくれと言われている。

 その通り、ビビアンの作る紙人形は、この小さな小物屋の棚の中心の目立つ場所に置かれている。

 先日渡したスクルズ人形は、ほとんど売り切れに近い状態だ。

 色々と作ったが、この王都では、史上最年少で、王都大神殿のひとつの女性神殿長になったスクルズがもの凄く庶民に愛されている。

 清楚で美しく、敬虔で誰にでも優しいスクルズの姿は、本当にこの王都の人気者だ。

 もっとも、ビビアンとしては、数箇月前に、この王国内の廃神殿の事件において、スクルズと関わって、その正体を知っているだけに、美しくて優しいということには共感するが、「清楚」という部分については、複雑な気持ちだ。

 ビビアンの知る限り、あのスクルズの好色さはかなりのものであり、一緒に、あの男に抱かれたときには、聖職者とも思えないほどの乱れぶりだったし、はしゃぎぶりだった。

 

「こんなにもいいのかい? まあ、ありがたくもらうよ。ところで、この前のはいいのかい? またやってやろうか? こんな婆でよければね」

 

 ビビアンは籠の中の銅貨を巾着にしまうと、主人に向かってにやりと笑った。

 王都に派遣されているタリオの間者として老婆に扮しているビビアンだったが、あまりにも、男日照りが続くと、発散できない性欲のために身体が疼いて仕方がなくなる。

 それで、前回半分冗談で、この男の性器を吸ってやろうかと持ち掛けたら、お前みたいな婆あじゃあ、勃つものも勃たないと笑われた。

 だったら、精を口の中に放させることができたら、金をもらうと賭けをしたのだ。

 その結果、ほんの少しの時間で、この男はビビアンの口の中に精を放ってしまった。

 性の技にかけては百戦錬磨のビビアンに、素人の四十男が平静を保てるわけがないのだ。

 久しぶりだったし、できれば、そのまま食ってしまいたかったが、見た目は老婆に化けれても、身体の若さは細工できない。ましてや、女の性器など年齢を誤魔化せない。

 ならば、本当は若い女が老女に化けているとわかり、怪しい女だと評判になるかもしれない。

 アーサーの野望に付き合っての、いずれ手を出すつもりの「友好国」の情報を継続的に入手するための潜入任務だが、慎みのない色呆け婆あだと思われるのは問題ないが、年齢を誤魔化している間者と発覚するのは面倒だ。

 

「い、いいのか? か、金は払うよ。だけど、女房が奥に……」

 

 すると、主人は真っ赤な顔になって、ひそひそと言葉を発した。

 やはり、ちょっと期待していたのかもしれない。前回も終ったときには、随分と満足したみたいだった。

 だから、店を訪れたときに、すぐに言い寄るのかと思ったら、どうやら、妻が店の奥にいるようだ。

 それで素知らぬ振りをしていたのか……。

 

「金はいらんよ。あたしもしたいんだ。そっちの物陰に行きな。あっという間に終わらせてやるよ」

 

 ビビアンは店の外には見えない奥側の棚の影に主人を導いた。

 すると、なるほど、奥で女の話声がした。近所の夫人でも来ているのかもしれない。愉しそうな世間話の声がする。

 

「そっちに座って……」

 

 ビビアンはたまたまあった台に男を腰掛けさせて、自分は男の股のあいだに跪いた。

 すぐに、ズボンの前のぼたんを外して下着をずらさせる。

 そして、肉棒を眼前に露出させた。

 

「いい気持ちにしてあげるからね」

 

 ビビアンは笑って生々しい男の性器を口に咥えた。

 あまり身体を洗っていないのか、強い臭気がする。

 その臭さがビビアンの好色を痺れさせる。

 ビビアンの股間はすぐにびっしょりと濡れる。

 

「ああっ……」

 

 舌を動かすと、あっという間に主人の性器が勃起して、同時に気持ちよさそうな喘ぎ声も出してきた。

 舌を縦横無尽に動かし、亀頭部を刺激しまくる。

 男が快感に顔を歪めたのがわかった。

 

「ああ、い、いいな……。き、気持ちいい……。なかなかだ……」

 

 主人が満足気に言った。

 肉棒から漂ってくる生臭さに酔いそうになりながらも、一心不乱に一物を吸いあげる。

 

「おお、そ、そんなにしたら……」

 

 男がビビアンの頭を押さえるようにして、腰をぶるぶると震わせた。

 ビビアンの口の中で肉棒が大きく膨らんで、熱い粘液が口の中に放たれる。

 

「ああ、やっぱり、男の精はいいねえ」

 

 一度口を離して笑うと、ビビアンはもう一度男の性器に吸いついて、粘っこい白濁液を喉の奥に押し込んでいった。

 

 

 *

 

 

 小物屋の主人と遊んだあと、ビビアンは老女の姿のまま、王都の街中を市場に向かう方向に進んだ。

 紙人形を運んでいた籠に袋入りの飴を載せている。市場の隅で売るためだ。市場というものは人の噂話のるつぼだ。実に様々な情報が人々の言の葉に載せられて運ばれてくる。

 ビビアンは、さっきの小物屋の近くで、今度は飴を仕入れて市場に向かった。

 市場に近づくにつれて、人混みが増えて、行き合う人の数が多くなる。

 

 とにかく、このところ、ハロンドールの王都では最近さまざまなことが進んでいた。

 ビビアンは、この数箇月、うらぶれた老婦の姿でそれらをなんとなく見てきた。

 タリオ公国から派遣された間者としてだ。

 大公であるアーサーが各国に送り出したタリオ公国の間者は、それなりの数がハロンドール内に入っており、無論、その多くが王都ハロルドに集中していた。

 

 ビビアンが仕えているタリオ公国のアーサーには、実のところ野望がある。

 自分を、魔族王であった冥王を封印してローム帝国を建国した初代帝になぞらえており、この大陸を統一して、自らが唯一の皇帝になろうという野望だ。

 もっとも、アーサーは一国の「王」といえども、形式上はまだ滅んではいないローム皇帝の家臣であり、デセオ、カロリックの大公と並ぶ領土主でしかない。

 そもそも、このハロンドール王国からして、タリオ一国の規模では及びもつかないほどの大国であり、鎖国をして対外的な国交のほとんどを実施していない魔道王国エルニアにしても、タリオ公国のような小国とは比べ物にならない。

 それを自分の代で統一しようというのだ。

 アーサーがなりたいのは「英雄」なのだ。

 子供の頃、ローム初代帝のロムロスの絵本を読み、それに憧れ、自分もそうなりたいと思ったのだそうだ。

 

 幼児の戯言だ──。

 それを三十になる今まで、その思いを持続しているのだ。

 余人が聞けば狂人と思うかもしれない。

 だが、アーサーは大真面目だ。

 だから、戦略結婚で王女を妻のひとりとして迎え入れたこの国に、実に多くの間者や工作員を派遣して、いずれ計画する侵略のための土台を作ろうとしている。

 ビビアンも、そうやって派遣された諜報員のひとりだ。

 アーサーは、ひとりの女工作員にすぎないビビアンに、自分の策謀の全貌は示さないが、おそらく、ビビアンのように派遣されている特殊工作員は、このハロンドール王国内に百人はいるんじゃないだろうか。

 アーサーのとりあえず狙いは、名目上の宗主であり皇帝家を廃して、三公国を統一することだと思うが、同じくらいに狙っているのが、このハロンドール王国なのである。

 

「おい、婆さん、飴の袋をふたつほどくれ」

 

 市場に近い雑踏で声をかけられた。

 ビビアンと同じように潜入しているタリオの間者の男である。商人の恰好をしている。

 もともと、諜報員としては指揮官クラスだったビビアンだったが、このあいだ、屋敷妖精をタリオ公国家に連れてくるという特殊任務に失敗して、部下のないひとりの工作員に格下げされた。

 元来、一匹狼の方が動きやすいビビアンとしては、部下持ちでなくなったことについては不満はないが、あの仕事で叱責されたことには納得はいっていない。

 見栄っ張りのアーサーが、自分に屋敷妖精を仕えさせたいという気紛れでビビアンに命じたあの仕事だが、高い魔道遣いにしか従属しないと言われている屋敷妖精を呼び寄せるというのに無理があるのだ。

 

 とにかく、降格されたからだけではなく、いずれにせよ、ビビアンはアーサーがあまり好きではない。

 完全無欠のアーサーなのだが、実のところ、女嫌いなのだ。

 もっとも、女を抱くのが嫌だというのではなく、女全般を軽視していて、男よりも能力が劣るものとして馬鹿にしているのだ。

 だから、屋敷妖精の確保というどうでもいいような任務失敗を口実に、それなりに諜報員として実績を積んでいたビビアンを降格したのだろう。

 本当に腹がたつ。

 どうでもいいのだが……。

 

「あいよ」

 

 ビビアンは籠をおろして、飴の袋を二個出した。

 すると、男は代金を渡すときに、手のひらに小さくたたんだ紙片を滑り込ませてきた。

 ほとんど、顔を合わせることなく、ビビアンは再び籠を担ぐ。

 そして、人気のないところで紙片を覗くと、夕方にアーサーの宿泊している屋敷に顔を出すように指示があった。

 ビビアンは、紙片を粉々にすると、それをばらばらに溝に捨てた。

 

 

 *

 

 

 アーサー一行は、王家の準備した王都内の屋敷に逗留している。

 王都滞在中のアーサーたちの世話は、王弟である南家公爵家のランカスター家が担っており、屋敷の警備もアーサーたちの世話も、その公爵家の手配だ。

 ハロンドール王国内の公爵家はいまは二つであり、いずれも王族であるが領土はなく、毎年定まった年金により、公爵家を支えている。

 だから、領土持ちの貴族たちほどの実権はないものの、気位だけは高く、ビビアンからすれば、膨れあがった自尊心が服を着て歩いているような一族たちだ。

 王都のあちこちを闊歩しては威張り散らして騒動を起こし、年金だけでは支えられない贅沢な生活費をさまざまな闇商売に手を出しては、王都の治安を乱す元凶にもなっている。

 実に人気がない。

 いまのハロンドール王も民衆には不人気であるものの、さらに嫌われている二家の公爵家があるので、ルードルフ王も呆れられてはいるが憎まれてはいない。嫌われ者の象徴として、あえて存在を許しているのかと思うくらいだ。

 

 いずれにしても、屋敷に忍び込むのは簡単だった、

 ビビアンは、アーサーたちがいるはずの部屋まで迷うことなく進んだ。

 このところの老婆の恰好はしていない。

 年齢相応の三十歳半ばの熟女姿だ。

 公爵家から派遣された家人たちと接することなく、アーサーの待っている部屋の扉を叩いた。

 

「入れ」

 

 返事があり、室内に入ると、アーサーのほかに、腹心にして今回の護衛長に任じている若き将軍のランスロット、そして、ビビアンに代わって、ハロンドール正面の諜報を束ねることになったコンバーという男が揃っていた。

 コンバーは、アーサーの部下の中では二線級だが、ランスロットはアーサーの腹心中の腹心だ。

 ここで、しばらくのあいだ、会議のようなものをしていた気配である。

 

「ビビアン殿、しばらくだな。早速だが情報をもらいたい。第三神殿長のスクルズの弱みが欲しい。なんでもいい。あの女を追い詰めることができるような材料が欲しい。あるいは、アネルザ王妃でもいい」

 

 口を開いたのはランスロットだ。

 三十歳のアーサーよりも若く二十七歳だ。

 公国では有名な魔道戦士であり、指揮にも長けているという評価の美貌の男だ。

 アーサーはすでに二人の妻があるが、ランスロットは独身なので、本国では大変な人気だ。

 しかし、身持ちも堅く、浮いた話はない。

 あまりにも女気がないので、アーサーと男色の関係ではないかと訝しむ者も少なくないくらいだ。

 ビビアンも、一度ならず、筆おろしでもしてやろうと、ランスロットの少年時代に声をかけたことはあるが、けんもほろろに断られた。

 いまだに、男女の関係になったことはなく、アーサーの直属の部下の中で、ビビアンが性的関係になったことのないほとんど唯一の男である。

 

「弱み? 藪から棒だねえ。あたしの任務は王都の民衆に紛れ込んで、民の声や民政の情報を集めることだよ。いきなり、天上人たちの弱みと言われてもねえ」

 

 ビビアンは立ったまま肩をすくめた。

 もともと、前大公の弟であるアーサーの父の代からの「影」であるビビアンは、アーサーについても、幼馴染のランスロットについても、ふたりが少年の頃から知っている。

 いまは、一方は大公であり、もうひとりはその腹心だが、ぞんざいな口をきくことについては許してもらっている。

 それに、アーサーもランロットについても身体の関係はないが、早世してしまったそれぞれの父親たちとは、しっかりと肉体関係があった。

 ビビアンからすれば、どうしても、かしこまる気持ちになれない。

 

「噂話で十分だ。色々と上手くいかなくてな。弱みでも握れれば、上手く立ち回れる」

 

 アーサーが卓の上の葡萄酒を優雅に口にしながら微笑んだ。

 余裕のあるような口調だが、長い付き合いでもあるビビアンには、このアーサーが内心でかなりの苛立ちを抱いているのがわかった。

 

 今回、アーサーがハロンドールを訪問したのは、表向きにはグラム兄弟のことを大公自ら謝罪するという名目であるものの、実際には寡婦になったアン王女との「お見合い」の意味があるということは耳にしていた。

 アーサーにとって、妻にする女に関しては、政略目的以上に、一流の女の蒐集という意味合いが強いことを知っているので、大国ハロンドールの王女とはいえ、誰かの妻だったアンをアーサーが娶ろうとするというのは意外だった。

 なにしろ、自らクロノスだと自称しているアーサーは、超一流の女だけを妃として集めようとしているのだ。

 いまの妃はふたりだが、ひとりはハロンドール王国の第二王女のエルザ、もうひとりはこの大陸の宗教を支配しているローム大神殿の教皇クレメンスの孫娘のエリザベートだ。どちらも、アーサーには過ぎた女だとビビアンは思っているが、アーサーにしてみれば、王女とはいえ庶子腹のエルザも、大司教には違いないが本来は貴族籍ではないエリザベートも、自分の妻としては相応しくないと思っているみたいだ。

 だから、ふたりとも正妃ではなく、正妃を空位としたまま、第二妃、第三妃の称号を与えている。

 アーサーが領土拡張とともに、いま力を注いでいるのが、正妃候補集めなのだ。

 だが、王女とはいえ、グラム兄弟を始めとして、何人もの男たちに凌辱されたことが公になっているアンを、アーサーが妻として欲しがるというのは、アーサーの性質からすれば、考えられないような気がしていた。

 

 一方で、ビビアンは、目の前のアーサーの不満の理由も知っている。

 ハロンドールに入り込んでいる諜報員の束ねから外されたかたちのビビアンだったが、アーサーが王都を訪問してからの状況については、しっかりと情報を得ている。

 ハロンドール王のルードルフに、性技に長けた美人の性奴隷五人を贈り、グラム兄弟のことを詫びたアーサーだったが、内々に進めていたアンとの婚儀の話については、そんな話などなかったかのように、ルードルフにはぐらかされてしまい、しかも、後宮に引っ込んで出てこないルードルフには、最初の面談以降、これ以上の直接面談の機会は得られそうにないようだ。

 それで、王妃アネルザのところに行ったが、アンを国外に出すなど冗談じゃないと、無礼千万にも王妃宮を追い払われたらしい。

 仕方なく、せめて、アンに会おうと第三神殿に使いを出したものの、スクルズからはアン王女は、王家の預かり物であり、どんな相手であろうと男の訪問を許すことはないと拒否されたみたいだ。

 ハロンドールがいかに大国でも、一連の扱いは、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いのあるタリオ大公に与える仕打ちではない。

 それで、すっかりと怒ったのではないかと予想はしていた。

 案の定、かなり腹を立てているみたいだと感じた。

 もっとも、馬鹿にされて怒っていることなど、絶対に表に出さないのがアーサーという男である。

 根っからの格好付けなのだ。

 

「弱みねえ。だけど、そういうのは、このコンバーの役目では? あたしは王宮工作の任務をおろされて、ほかの諜報員との繋がりも持ってないしねえ。大して役に立つ情報もないと思うけど? でも、アーサー殿がなにを狙っているのかを教えてもらえれば、それに応じる情報も提供できるかもしれません」

 

 ビビアンはちょっと嫌味を足した口調で言った。

 つまらない理由で諜報の束ね役を外されたビビアンだったから、これくらいの物言いは許されるだろう。

 それに、アーサーの価値観からすれば「傷者」であるはずのアン王女を欲しがるというのはやっぱり不自然だ。

 この男がなにを考えているのか知りたい。

 

 まあ、軍事政略にかけては大した男のアーサーだが、女の話については「坊や」だから、くだらないことを考えているというのは予想している……。

 そもそも、政略としては、すでにエルザを妃にしているのだから、同じ王室から二人目を貰う必要はない。

 アーサーには別の狙いがあるに違いない。

 すると、ビビアンに代わってハロンドール担当ということになっているコンバーが口を開いた。

 

「も、もちろん、やることはやってます、ビビアンさん。国主工作は上手くはいっていたと思ってたんです。好色の国王に定期的に新しい女をあてがって、喰い込んだりして……。だけど、いざ、アン王女再婚のことを正式に進めようとした途端に、あちこちで物事が動かなくなってしまって」

 

 コンバーが顔を赤くした。

 ビビアンの後輩格の諜報長のコンバーだが、この男ともビビアンは寝たことがある。

 それこそ、尻の毛まで抜くほどの快感を味わわせてやった。

 やはり、それ以来、こいつもビビアンには頭はあがらない。

 それにしても、いまの言葉には、ビビアンも呆れてしまった。

 この国の王宮工作をするためのやり方というのをこいつは、まったくわかってなかったようだ。

 

「この国の王宮を動かしているのは王妃のアネルザだよ。国王なんて、好色の怠け者で有名で、大抵のことは王妃に丸投げなんだ。最近は王太女になったイザベラもいくつかの正面を受け持っているみたいだけど、それをいいことに、国王は後宮に閉じこもっている。王妃を動かさないと、この国は動かないよ。国王なんて、あてになるものかい」

 

 ビビアンは言った。

 すると、コンバーがますます顔を赤くした。

 

「女の言いなりになるなど、やはりこの国も末期だな。まあ、だからこそ、やりやすいが……。いずれにしても、このまま、アン王女にも、イザベラ王女にも個人的な繋がりができないまま帰国したのでは、なんのためにわざわざ来たのかわからん。役に立つ情報があるなら教えてくれ、ビビアン」

 

 アーサーが言った。

 滅多なことでは女相手に頭などさげないアーサーなので、先代からアーサーの一族に仕え、しかも、アーサーの父親の愛人のひとりでもあったビビアンといえども、いまのようにアーサーが頼み事のように言ってくるのは珍しい。

 

 それだけ、アン王女の護りが固いのだろう。

 だが、いま、アン王女だけでなく、イザベラと個人的な繋がりが得たいと口にしたか?

 もしかして、アーサーの狙いは、アンではなく、王太女になったイザベラ?

 イザベラなら、いずれはこのハロンドールの女王になる。

 一流の女の収集癖のあるアーサーなら、正妃として申し分はないと考えるかもしれない。

 あるいは、アン王女を切っ掛けにして、イザベラを狙っている?

 常識を考えればふざけた思考だが、瑕疵のあるアンに近づいて、実際にはイザベラを獲物にしようとしているということか?

 普通ならあり得ないが、自分が女にもてるのを熟知しているアーサーなら、まだ十七歳のイザベラを攻略するのは容易いとでも考えているかもしれない。

 アンとの婚約など、いくらでも取り消せるし、それを契機にイザベラに繋がりを作って、イザベラを正妃にする?

 ビビアンは、なんとなくだが、自分の勘が正しいような気もした。

 でも、ビビアンの情報の限り、あのイザベラについても……。

 

「大公殿の真の狙いは王太女殿下なのですか?」

 

 ビビアンは言った。

 すると、アーサーは悪戯を見透かされたような無邪気な笑みを浮かべた。

 

「さあな。だが、実のところ、魔道通信でルードルフ王と話したとき、確かにアン王女について口にしたが、妻として得たいのがアン殿の方だと断言したわけではない。王は誤解したかもしれないけどな。しかし、考えてみればわかるはずだ。この俺が王女と言えども、男たちに凌辱されたような女を妻にするわけあるまいに」

 

 アーサーが大笑いした。

 やっぱりそうかと思った。

 まあ、アーサーが狙っているのがイザベラだとしても、アンだとしてもどうでもいいが……。

 

「とにかく、弱みといえるかどうかはわかりませんが、アネルザ王妃の愛人、そして、スクルズ猊下の想い人なら知っていますよ」

 

 キシダイン事件を契機に子爵の地位を得たアネルザの愛人のことは大して調べなくても有名だ。

 一方で、スクルズの恋人については誰も知らないことだが、ビビアンの立場はアーサーに仕える諜報員だ。

 手に入れた情報が有益であれば、当然に母国に渡す。

 友情よりも、諜報員としての役割が優先するのは当たり前である。

 それに、あの廃神殿事件のあとで、スクルズを含めたあの男の愛人たちと一緒に、あの男と十日間も遊んだが、はっきりとスクルズのことを口止めはされなかった。

 

「アネルザ王妃の愛人というと、確か、ロウという冒険者だったな。実力のある冒険者のようだが、それでも移住一年にして一代貴族になるとはすごい。だが、スクルズ殿の想い人とはなんだ? 天空神と結んだはずのスクルズ殿に男がいるなど、本当であれば、大変な醜聞だぞ」

 

 アーサーが驚いた口調で言った。

 アネルザの愛人としても知られているロウのことは多少は知っているようだが、スクルズのことは驚いたみたいだ。

 まあ、当然だが……。

 

「スクルズ殿の想い人というのが、そのロウ殿なんですよ、アーサー大公。彼こそは真のクロノスです。一流の女はみんな彼に惹かれます。そんな男なんです」

 

 ビビアンは、かつてロウに抱かれたときのことを思い起こしながら言った。

 男あしらいには自信を持っていたビビアンが、あの男の前では、ただただ翻弄されるだけの無力な女になりさがった。

 あれ程の快感を与えてくれた男は、後にも先にもロウしかいないと思う。

 

「真のクロノス?」

 

 ロウに対するビビアンの評価に、アーサーが不快な表情になった。 



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226 昼下がりの情事(1)─淫具の悪戯

「ふ、ふざけないでよ──。待ちなさい、コゼ──。それを渡すのよ――」

 

 まどろみから目覚めると、エリカの怒鳴り声が広間に鳴り響いていた。

 一郎は顔をあげた。

 どうやら、屋敷の広間のソファで居眠りをしていたようだ。身体に薄い掛布がかけられている。

 下半身はしっかりとズボンをはいているが、上半身は裸だ。

 

「旦那様、冷たい飲み物などいかがですか?」

 

 屋敷妖精のシルキーが目の前に出現して、にこにこと微笑みながら盆に載った水滴のついたグラスを差し出す。

 グラスに満たされているのは果実水のようだ。

 手を伸ばすと、杯全体が冷えていてひんやりとした。

 口に入れる。

 ほんのりと香りを感じるくらいの薄味の果実水だ。

 さすがはシルキーだ。

 一郎の好みそうなものを状況に応じてよく悟ってくれる。

 

「ほほほ、捕まえてごらんなさい」

 

 一方で、広間の反対側で、コゼが笑いながら広間のあちこちを駆けまわっていく。それを真っ赤な顔をしたエリカが追いかけまわしているのだ。

 しかし、すばしっこいコゼには、エリカも中々追いつけず、ふたりの距離はどんどんと離れていく。

 それに、どことなくエリカの動きはぎこちない。

 また、しっかりと、服を身に着けているコゼに対して、エリカは慌てて服を着たみたいに、服装が乱れている。

 よくわからないが、なにをしているのだろう?

 ふたりが追いかけっこをしているのは、大きな広間の反対側なので、ここからでは、状況もよくわからない。

 コゼの手の中にはなにかが握られているのは辛うじてわかる。

 おそらく、コゼがなにかの悪戯をエリカに施して、それをエリカが怒って追い回しているのだと思うが……。

 

「どうしたんだ、あいつら?」

 

 一郎は一気に飲み干して空になったグラスをシルキーに手渡すと、シルキーに訊ねた。

 

「旦那様とエリカ様が午睡をされているあいだに、コゼ様が悪戯を……」

 

 シルキーがくすくすと笑った。

 そのときには、グラスも盆もシルキーの手元からは消滅している。

 

 いつもの日常の屋敷だ。

 まだ、昼間であり、広間にある大きな窓からは、庭からの明るい光が射し込んで、広間にも日差しが拡がっている。

 そういえば、昼食の後で特にすることもなく、ここでエリカとコゼを相手に軽く遊び、そのままソファで居眠りをしてしまったのだということを思い出した。

 

 シャングリアはいない。

 王都をタリオ公国のアーサー大公が訪問しているということで、王都警備の増員が必要になり、一応はまだ王軍騎士の肩書きのままのシャングリアも呼び出されたのだ。

 アーサーがいるあいだの十日ほどは詰め所から離れられないらしく、もう五日ほど屋敷には戻っていない。

 まあ、なにかあったときの連絡手段も渡しているが、いまのところ、特に問題もないようだ。

 しかし、なんだかんだと、十日もシャングリアも留守にすることはなかったので、ちょっと寂しい気もする。

 

 それはともかく、タリオ大公のアーサーのことだ。

 先日、アネルザがここにやって来て、そのアーサーとアンとの戦略結婚の話が、水面下で持ち上がっていると教えられた。

 そして、そのアーサー一行がこの王都にやって来ているらしい。

 もっとも、やきもきはしたが、問題はなさそうだ。

 王妃のアネルザと、アンを匿っているスクルズの強力なガードにより、アーサーは肝心のアンには面会すらできていないみたいだ。

 昨日も王宮と第三神殿をこっそりと訪問して、アンの再婚話がまったく進展をしていないことを確認した。

 この婚姻話を進めようとしたのは、南家公爵家と称されるランカスター公爵のようだが、すでに手は打った。

 

 まずルードルフについては、後宮に潜りこませたピカロとチャルタのふたりのサキュバスに指示して、情交のことしか考えられないようにして、後宮に缶詰めにさせた。だから、アーサーと面会をして、アンの再婚話を押し進めることはできないはずだ。

 一郎が知っている者の中で、もっとも無能で怠情な男だが、こういうときには操りやすい。

 

 また、サキュバスたちは、宮廷の主立つ大貴族を支配してしまっているので、ふたりに洗脳を強めさせれば、王宮内は一郎の思惑から外れることはない。今回の再婚話は各方面で徹底的に業務を遅延させろと言い渡したので、アーサーがいくら焦っても、遅々として調整は進まず、この話が具体的に進むことはないはずだ。

 アーサーとやらは腹を立てるだろうが、このまま予定の滞在期間がすぎれば終わりである。

 一国の君主が母国を離れるのは、これが限度だろうし、アーサーが帰国すれば、この話は立ち消えだ。

 話が違うと、アーサーは怒るかもしれないが、まあ、タリオ公国との関係が多少悪化しても、知ったことじゃない。

 一郎は、キシダインから離れてから幸せそうにしていたアンとノヴァを王都から離すつもりは全くないのだ。

 

「あっ、ご主人様、起きられたんですね。さっきは遊んで頂いてありがとうございます」

 

 コゼがソファの背もたれを飛び越して、一郎の膝の上に飛び乗ってきた。

 まるで猫のような身軽さだ。

 一郎の首に両手を回して、ぺろぺろと一郎の唇を舐めてくる。

 やっぱり、猫だな。

 一郎はほくそ笑みながら、コゼの舌を舐め返す。

 

「あっ、んふうっ」

 

 コゼがびくんと身体を震わせて、脱力して一郎の身体にもたれかかった。

 

「ロウ様、そのまま捕まえて──。その操作具を取りあげてください──」

 

 エリカの大声が背中からした。

 操作具?

 一郎はコゼから口を離して、エリカにソファ越しに振り返った。

 

「んふうっ──。あああっ、ま、また、あんた──。ああっ」

 

 だが、もう少しでソファに辿り着くと思った瞬間、いきなりエリカが脚をもつれさせてうずくまった。

 しかも、スカートの上から股間を両手で押さえて、お尻を高くあげた格好で悶えだす。

 

「あんたのクリピアスに、しっかりと振動具を二個も密着させたからね。ぶるぶると振動されると効くでしょう。ほらほら、貞操帯の鍵が欲しくないの、エリカ? あたしを捕まえないと、玩具は外せないわよ」

 

 一郎の膝の上のコゼがエリカに向かって、小さな板のようなものと小さな鍵を見せるようにして、それをひらひらと動かした。

 どうやら、一郎の調教道具を勝手に持ってきたみたいだ。

 さしづめ、一郎とエリカが性愛の疲労で居眠りをしているあいだに、ひと足先に目が覚めたコゼが、エリカの股間に玩具を装着して、さらに貞操帯で封印をしてしまったということだろう。

 確か、先に抱いたのがコゼで、そのあとエリカを相手にして、そのまま抱き合って眠った気がするので、多分、コゼが先に目覚めたのだと思う。

 一郎の与える快感に意識を飛ばしたのはふたり共通だが、エリカだけが一郎をくっついて寝ていたのが気に入らなかったのかもしれない。

 コゼは時折、こんな悪戯をする。

 

「んふうっ、ロ、ロウ様──。そ、それを取りあげて──。あ、ああああっ」

 

 エリカが必死の口調で一郎に向かって哀願する。

 あげた顔は真っ赤ですでに薄っすらと脂汗をかいている。両手はぶるぶると震える股間を押さえたままだ。

 よく見れば、裸体に薄い前留めのシャツを直接に着ているだけだ。しかも、上ふたつはぼたんが外れていて、白い乳房がこぼれそうになっている。

 予想だが、目が覚めた途端にコゼの悪戯に気がついて、慌てて服を身に着けて追い駆けだしたということだと思う。

 どうでもいいが、ものすごく煽情的だ。

 

「どれ、これのことか?」

 

 一郎はコゼが握っていた操作具と貞操帯の鍵を取りあげた。

 とりあえず、貞操帯の内側に仕掛けているらしい淫具の振動をとめてやる。

 エリカがほっとした表情になり、がっくりと脱力した。

 

「大丈夫か? 災難だったな」

 

 一郎はコゼを横にどかすと、立ちあがってエリカに歩み寄り、まだうずくまったままのエリカの両手の手首を握った。

 

「はあ、はあ、はあ……。あ、ありがとうございます、ロウ様……。ええっ──?」

 

 エリカは目を丸くしてびっくりした声をあげた。

 一郎がエリカの両方の手首に、亜空間から出した革枷をそれぞれに嵌めたからだ。

 さらに、天井に粘性体を飛ばして紐状にし、エリカの両手首の枷にくっつける。長さを調整して、エリカが両足で立つほどの長さに固定して、両腕を吊りあげてしまう。

 

「ちょ、ちょっと、ロウ様──」

 

 エリカが狼狽えた声を出した。

 

「そんないやらしい格好で俺の前にやって来て、手を出さずにはいられないじゃないか。とにかく、貞操帯を外したいだろう? だから外してやろうと思ってね」

 

 一郎はエリカの前に立つと、少しのあいだ美しいエルフの肢体を堪能してから、背後に回って、エリカの腰に手を伸ばす。

 そして、耳に息を吹きかけながら、スカート越しにお尻を撫ぜ、さらにシャツの上から乳房を揉みあげた。

 まあ、これもお約束というやつだろう。

 

「あっ、はあっ」

 

 エリカがびくりと痙攣した。

 胸巻きをしていないエリカの乳首には、はっきりとピアスのかたちが浮き出ている。すでに乳首も勃起状態だ。

 軽くピアスを弾く。

 

「んふうっ、ロ、ロウ様──。ああっ」

 

 喉に詰まったような掠れ声をあげて、エリカはびくびくと身体を震わせた。

 また、本当に身体がまだだるいのだろう。

 いつもはしっかりとしている膝が軽く震えている。

 

「あら、いいなあ、エリカ。また、遊んでもらって……。ねえ、ご主人様、もう少ししたら、あたしも遊んでくださいね。でも、いまは、まだちょっと身体が怠いから、そのあいだ、エリカとたっぷりと遊んでください」

 

 ソファの背もたれから顔を出したコゼがけらけらと笑った。

 すると、エリカが項垂れていた顔をぱっとあげる。

 

「な、なに言ってんのよ──。わ、わたしだって、まだ身体が痺れたように疲れているのよ──。そ、それに、こんなの装着されて、ち、ちっとも休んでないし……」

 

 エリカがわけのわからない悪態をコゼに叫び出した。

 一郎は構わずに、エリカの胸を揉みほぐしながら、お尻を刺激した。

 エリカが身体を捻って悶える。

 

「まあまあ、ご主人様にお仕えするのがあたしたちの役割なんだから、もう少し頑張りなさいよ。それに、ご主人様をゆずってあげるって言ってんだから」

 

「ああっ、あ、あんたが言うの──。だ、だったら、あんたが相手しなさい──。あっ、で、でも、ロウ様が嫌だっていうんじゃないですよ。そ、そんなこと思ってません。だ、だけど、ちょっと、まだ怠くて……。あっ、そ、そこは──」

 

 両手を天井から吊られたままのエリカはコゼに文句を言っていたが、急にはっとしたように表情を変えて、一郎に振り向いた。

 一郎のことを拒否したような物言いだったことに気がついたのだろう。

 相変わらず、真面目で可愛い女だ。

 

「いや、気にするな。むしろ、もっと抵抗してくれた方がいい。その方が愉しい」

 

 一郎はエリカの身体に刺激を与えながら、片手で短いスカートをたくしあげた。

 

「いやっ」

 

 エリカが片脚を曲げて露出した股間を隠そうとする。

 それにしても、こんなに毎日のように裸体を見ているのに、相変わらず、エリカは一郎に裸をじっくりと眺められるのを恥ずかしがる。

 本当に責めがいのあるエルフ娘だ。

 

「ああ、は、恥ずかしいです……」

 

 エリカが恥じらいの溜息をつく。

 露わになったのは、股間に喰い込んでいる細めの革の貞操帯だ。

 この貞操帯は一郎も知っている。もちろん、一郎が作ったものだ。貞操帯というよりは「Tバック」であり、革のふんどしのように股間に喰い込んでいる。

 いくら寝ていたとはいえ、こんなものを装着されてるまで、起きなかったというのは余程に疲労困憊だったのかもしれない。

 それなのに、起き抜けにコゼに悪戯されて、またこうやって一郎に襲われるのだから、考えてみれば気の毒かもしれない。

 そして、確かに股間の部分が淫具のかたちに多少膨らんでいる。

 多分、ローターだと思う。

 こんな淫具は地下の調教室に各種集めて、箱に入れて置いてあるし、この屋敷の前の主人が蒐集した調教具が集められている離れの部屋もある。

 コゼは、そこから持ってきたのだろう。

 貞操帯には内側にディルドがついているタイプもあるが、これはそうじゃない。ただ締めつけるだけのものだ。

 

「あたしに感謝してよね、エリカ。あんたがいやらしく悶えるから、ご主人様がお相手してくれるのよ」

 

 コゼが淫具を動かす操作盤をエリカに見えるように示したのがわかった。

 一郎は貞操帯の鍵は持ってきたが、操作盤はソファに置いたままだったのだ。

 ソファの背もたれから顔を出しているコゼが操作盤に手をやった。

 

「あっ、やめっ──。ああああっ」

 

 エリカがぐんと腰を突き出すようにして、全身を弓なりにした。

 貞操帯の内側に挟まれている二個のローターが動いたのだ。股間に手を触れている一郎の指にも、淫具の振動が伝わってくる。

 

「んふうっ、あ、あああっ、だ、だめえっ、とめてっ、とめなさい、コゼ──。あああっ」

 

 エリカが激しく腰を振りながら叫んだ。

 一郎は亜空間収容の技でエリカが上半身にまとっているシャツを消滅させた。

 先端の乳首にピアスの嵌まったエリカの双乳がふるふると揺れる。

 一郎は軽く乳首のピアスを愛撫する。

 

「ひんっ」

 

 今度はエリカが前のめりの身体をくねらせた。

 天井から両手が吊られていなければ、その場にしゃがみ込んでしまったような勢いのある動きだ。

 

「コゼ、いかせるなよ。エリカを絶頂させるのは俺の愛撫だ」

 

 一郎はスカートの腰の留め具を外すと、床に落ちたスカートを足首から抜いた。同時に足首に粘性体を飛ばして両足首に巻きつかせ、エリカの両脚を大きく開かせて床に密着する。

 

「わかりました、ご主人様。じゃあ、後はご主人様にやってもらってね、エリカ」

 

 コゼが操作具を動かして、淫具の振動をとめたようだ。

 大股開きになったエリカの身体ががっくりとなる。

 一郎はエリカから手を離した。

 すでに汗びっしょりのエリカの裸体を一郎はしみじみと眺める。

 実に美しい身体だ。

 最初に会ったときから綺麗だったが、最近になって艶やかさが加わり、絶世の美女と言っても過言ではないかのように美しくなっている。

 一郎の女たちは、一郎の淫魔術の影響なのか、誰も彼も綺麗になっていると思うが、エリカがその中でも抜きんでている。

 まあ、一郎が一番多く精を注いでいるのがエリカなのは間違いないので、そのせいかもしれないが……。

 

「じゃあ、貞操帯を外すか」

 

 一郎はエリカの前に跪いた。

 鍵はポケットの中だ。

 かちゃりという音がして、貞操帯が床に落ちる。

 一緒にやはり二個のローターがぼとぼとと床に転がる。

 

「やっ」

 

 微かにエリカの身体が竦みあがった。

 左右に割られている白い太腿が痙攣したように小刻みにおののく。

 すでに股間は真っ赤になっていて、愛液でびっしょりだ。

 無意識なのか、エリカは反射的に腰を揺すって、脚を閉じようとするかのように身体を動かす。

 まるで誘っているかのような反応に、一郎も嬉しくなる。

 一郎は跪いたまま、エリカの股間に顔を寄せ、ピアスの嵌まっている赤い豆に唇を押し当てた。

 

「はあああっ、ロ、ロウさまああっ」

 

 エリカの甲高い嬌声が部屋に響き渡った。

 ころころと口の中でクリピアスを舌で弾く。

 

「あはああああっ」

 

 エリカの身体ががくがくと震えて、一郎の顔に股間を押しつけるように絶頂したのはあっという間のことだった。

 

「さっそく達したか。じゃあ、そろそろ、本格的に遊ばせてもらうか」

 

 一郎は荒い息をして、吊られている革枷に体重をもたれさせるエリカに、亜空間から出した小瓶から油剤を出し、手のひらにたっぷりとのせると、エリカの正面から、その油剤を塗り込んでいった。

 

「あっ、ロウ様、それって──」

 

 呆けていたエリカが、油剤を塗られていることに気がつき、慌てて身体を避けさせようとした。

 しかし、無駄なことだ。

 どんなに抵抗をしようとも、拘束されているエリカが一郎の悪戯から逃げられるわけがない。

 一郎は左右に乳房を柔らかく揉むようにしながら、油剤を丹念に擦り込んでいった。

 続いて、恥裂からお尻の谷間まで油剤を塗る。

 ピアスの食い込む肉芽にもすり込んだ。

 一郎の指が動くたびに、エリカは嬌声をあげて悶えたが、刺激は弱めにしたので、二度いきするほどにはならなかった。

 それでも、一回の絶頂後はかなり敏感になるのがエリカの身体なので、油剤を塗るために局部を指で擦るたびに、激しく反応するのが愉しい。

 やがて、すっかりと油剤を塗り終わり、一郎は一度エリカから手を離す。

 

「な、なにを……ぬ、塗ったんですか……?」

 

 エリカが諦念のこもった顔を一郎に向けた。

 

「ただの媚薬だよ。痒みはそれほどじゃない。ただいつもの十倍くらい感じやすくなる」

 

 一郎は笑って、亜空間から三本の刷毛を出現させた。

 エリカがぎょっとしたように、それを凝視する。

 

「コゼ、来い。一緒にエリカを苛めるぞ」

 

 一郎は、そのうちの一本を取りだすと、エリカの首から肩にかけて、すっと刷毛を這わせる。

 

「んふうっ」

 

 エリカが弾かれたように反対側に顔を避けた。

 構わずに、一郎は横を向いたエリカの顔の頬から耳の周辺を刷毛でなぞり回した。

 

「くううっ、いやあっ、く、くすぐったいです──あああっ」

 

 エリカはたちまちに顔を打ち振った。

 

「わおっ、面白そう──。あたしにもやらせてくれるんですか、ご主人様」

 

 コゼがソファを飛び越してやって来た。

 一郎は三本のうちの二本をコゼに手渡した。

 

「その代わり、あとで交代だ。エリカの次はコゼが苛められる番だ。次は逆にエリカにコゼを責めさせるからな」

 

「怖いなあ……。でも、いまはエリカを責めてもいいんですよね。こんな風に……」

 

 コゼはエリカの顔の反対側に移動すると、一郎と同じように逆の耳を刷毛でくすぐりだす。

 

「ああっ、コ、コゼ、あ、あとで、ひ、酷いからね──。さ、さっきのも合わせて、た、たっぷりと仕返しするから──」

 

 エリカが顔を必死で動かしながら、きっとコゼを睨んだ。

 すると、コゼがころころと笑った。

 

「そんなこと、まだ言わない方がいいんじゃない。ほら、それよりも、もっと逃げなさいよ。さもないとくすぐっちゃうわよ」

 

 コゼが耳から無防備な脇の下に刷毛を移動する。

 一郎も合わせて、反対の脇を刷毛でくすぐる。

 

「んひゃああっ、いやああ、ひゃあ、ひゃああ、ひゃああ、あははははは、く、くすぐったい──。いやああ、んふふふふ、ぐふふふふ、あはははは、だ、だめええ、助けて、あはははは」

 

 両方の脇の下を同時にくすぐられるエリカは狂ったように身体を動かして、苦しそうに笑い声をあげだした。

 

「ここもくすぐったいんじゃないか?」

 

 一郎は後ろに回ると、刷毛ではなく、エリカの横腹を両手でくすぐる。

 

「ははははっ、んひいいいっ、いやああ――。や、やめてください、ロウ様──。いやああ、うぐううううっ、ぎゃはははは」

 

 エリカが一郎の手から逃れようと全身を限界まで前に突き出す。

 だが、前からはコゼの刷毛が前で待っている。

 刷毛で両脇をコゼからくすぐられて、エリカの身体が後ろに戻る。

 だが、すると一郎の指の餌食だ。

 

「も、もうだめえええ、はははははは、あはははは、た、助けてえええ──。ゆ、ゆるして、許してください──。あはははは、ふはははははは」

 

 前にも後ろにも逃げられないエリカは、全身を真っ赤に染めて、苦悶の笑い声を絶叫し続けた。

そして、しばらくすると 感極まったように、笑いながらぼろぼろと涙をこぼしだした。



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227 昼下がりの情事(2)─レイプ志願

「いやああ、いやいやいや、ああああっ、ははははは、だめええええ」

 

 美しいエリカの顔が苦痛に歪んで笑い続ける。

 やがて、じょろじょろと音がして、ふと見るとエリカの股間から尿が流れ出ていた。

 激しいくすぐり責めに耐えられずに、ついに失禁をしてしまったみたいだ。

 一郎は、コゼがエリカの身体を刷毛でくすぐるのをやめさせた。

 

「あら、エリカったら、おしっこ漏らしちゃったのね。仕方ないわねえ。じゃあ、あたしが掃除してあげるから」

 

 コゼがエリカの脚のあいだにしゃがみ込んだ。

 

「コゼ様、わたしくしめがします」

 

 シルキーがさっと出現する。

 

「いいのよ……。あたしがしたいの」

 

 しかし、コゼはそれを拒否した。

 すると、童女メイド姿のシルキーが渇いた布をコゼに手渡した。

 

「あ、あんた……。こ、交代したら、ひ、酷いからね……。わ、わたしが責める番になったら……。わたしの番のときは……」

 

 大の字に拘束されているエリカが立ったまま、恨みっぽい視線でコゼを見おろしている。

 エリカの顔は真っ赤であり、肩で息をしていて、汗びっしょりだ。涙も涎も、鼻水まで垂れ流した酷い顔である。

 それでも美しいのだから、すごいと思う。

 

 また、エリカがしきりに「わたしの番」というのは、エリカの受ける責めが終われば、責め手を交代して、エリカにコゼを責めさせると言ったからだろう。

 エリカはエリカで、百合責めについてはかなりの技を持っているし、容赦なくコゼを責めたてるだろう。

 それはそれで、一郎も一緒になって責めるのが愉しみでもある。

 

「あんたって、面白いね。そんなことは、完全に交代してから言った方がいいわよ。まだ、あんたはご主人様に拘束されていて、あたしは刷毛を持っている。それがどういうことかわかる?」

 

 床を拭き終わったコゼが、微笑みながら、刷毛の一本で開いているエリカの股間を円を描くように掃く。

 

「ふわあああっ、もう、やめてええええっ」

 

 エリカが激しく腰を動かして、刷毛から逃れようとする。

 コゼは笑いながら、さっと刷毛を引きあげた。

 一郎もほくそ笑んだ。

 コゼは、わかっている。

 くすぐり責めも快感責めには違いないが、これ以上は単純な拷問だ。

 それはそれでもいいのだが、ちゃんと一線を見極めているのは、嗜虐性の小悪魔としてコゼが成長した証拠だろう。

 まあ、コゼの場合は、エリカ相手専門だが……。

 

「エリカ、そろそろ、俺に犯されたんじゃないか? それとも、もう少しくすぐりを続けて欲しいか?」

 

 一郎は手に持っていた一本の刷毛を無防備なエリカの脇に近づけながら、意地悪く言った。

 さすがに、もうくすぐられるのは嫌だろう。

 エリカの顔が恐怖に染まる。

 

「いやです──。もう絶対に嫌──」

 

 エリカが必死に顔を横に振る。

 一郎は刷毛を亜空間に収容すると、エリカの顔を両手で軽く掴んで、とりあえず、舌で鼻水や涎を舐めてやる。

 エリカが目に見えて狼狽した。

 

「ひゃ、ひゃあ、ロ、ロウ様、わ、わたし、き、汚いですから──」

 

「エリカに汚い場所なんかないさ。コゼ、股のおしっこも綺麗にしてやれよ」

 

 一郎は、まだエリカの足元にしゃがんだままのコゼに声をかけた。

 そして、すぐにエリカの顔を舌で掃除する作業に戻る。

 

「はい、ご主人様」

 

 コゼもエリカの股間に顔を埋めて、尿で汚れた股間を舌で掃除をする。

 

「うわあっ、ああ、んぐうう」

 

 エリカが大きく身悶えて、甘い嬌声を出し始めたが、一郎が口を塞いでしまったので、それはくぐもったような音に変わった。

 

「んああっ、んあああ」

 

 すぐに、エリカの身体が小刻みに震え始める。

 一郎は顔を押さえるようにして顔を舐めているし、コゼは両手でエリカの腰をしっかりと掴んで舌で股間を舐め続けている。

 エリカの息がまたまた荒くなり、身体全体を捩る。

 

「んうううう」

 

 しばらくすると、エリカがうなされたように、顔を仰向かせて呻いた。

 ぶるぶると身体が痙攣したように震える。

 達したのだ。

 

「さて、どうするかな? また最初から始めるか、それとも、俺に犯されるかだ。犯されたいなら、おねだりをしろ」

 

 一郎はいったんエリカから手を離して、項垂れているエリカの顔を覗き込むようにした。

 コゼも立ちあがって、今度はエリカの背後に回る。そして、すっとエリカの胸に手を伸ばして、エリカの乳首のピアスに指を絡めだす。

 

「あっ、も、もう、やだったら、コ、コゼ、あ、あんたはもう手を出さないで──。ロ、ロウ様、犯して、犯してください──。ひゃあああっ」

 

 コゼにピアスの嵌まっている敏感な場所を刺激されて、エリカが悲鳴をあげる。

 どうでもいいけど、本当にこのふたりは仲がいい。

 これだけやっても、仲悪くならないし、エリカはエリカで、サキの仮想空間の技などで、コゼを童女に戻して容赦なくコゼを責めたてたりする。

 くすぐり責めだって、童女のコゼに施したときの方が、さっきよりもえげつなかった。

 お互いに、やったりやられたりの淫らなふたりなのだ。

 まあ、それを強要しているのが一郎なのだが……。

 

「だったら、ご主人様におねだりしなさいよ。うんといやらしくね」

 

 コゼが乳首から乳房の裾側に手を移動させて、手の動きをやわやわと揉む動きに変えた。

 ふうと、エリカが大きく息を吐く。

 それほどの間を置かずに、エリカが顔をあげた。

 

「ロ、ロウ様、エ、エリカを犯してください……」

 

 エリカが甘い息を吐きながら言った。

 ぞっとするほどの美しさと淫靡さだ。

 見慣れているエリカのはずなのに、一郎は、思わず息を呑んでしまった。

 だが、コゼの手が床に置いていた刷毛を取り、さわさわと股間を動かしだす。

 

「ひゃああ、や、やめえええっ」

 

 エリカが身体をくの字に曲げて絶叫する。

 

「もっといやらしくよ。ご主人様にお願いして、くすぐりを再開するわよ──」

 

 コゼが刷毛を引きあげる。

 だが、いつでも動かすのだと主張せんばかりに、エリカの太腿に刷毛を当てている。

 一郎はエリカの前に立ったまま、わざとらしく腕組みをした。

 エリカが諦めたように、一度大きく息を吐く。

 そして、口を開く。

 

「ロ、ロウ様、わ、わたし、エリカはいやらしくて、好色な女です。ロウ様が大好きで、犯されたくて仕方がありません。しかも、とっても変態なんです。こうやって、縛られて犯されると興奮します。どうか、お情けをください」

 

 エリカが一気に言った。

 思ったよりも強烈な言葉に、一郎は股間が固くなるのがわかった。

 

「あ、あたしだって、ご主人様が大好きです──。あたしも、ご主人様に意地悪されて犯されるのが好きなんだから──」

 

 すると、なぜか、コゼが対抗するように、一郎に訴えかけてきた。

 コゼの顔も真っ赤だ。

 思わず一郎は、笑ってしまった。

 

 一郎は、再びエリカの背後に回り、コゼを横に避けさせて、エリカの腰を抱き寄せる。

 そのとき、エリカの両手を天井から吊っている粘性体で作った紐は、少し長さを伸ばして、かなりの余裕を持たせるようにもする。

 エリカは、手首の革枷に体重を預けるように、前屈みになった。

 

「うあっ、はっ」

 

 エリカの細く括れた横腰を一郎は愛おしむように、手を這い回らせる。

 それだけでエリカは、びくびくと裸身を強張らせた。

 

「あっ、あっ、ああっ、ロ、ロウ様──。ロ、ロウ様の手が、あ、当たるところが、し、痺れて……あああっ」

 

 エリカの身体が跳ねまわるように動き始める。

 構わず一郎は、手を腰から上に向かって這いのぼらせ、乳房の表面を包むように撫でる。

 

「んふうううっ、あああああっ」

 

 びっくりするくらいに激しくエリカの身体が反応する。

 またもや官能のうねりが充溢してしまったことは、淫魔術や魔眼を使うまでもなく、愛撫を通じて感じる手の感触で明らかだ。

 

「もう、入れて欲しいか?」

 

 一郎はエリカを後ろから抱き締めながら、耳元に息を吹きかけた。

 片手は胸に残ったままだが、一方の手は股間に伸びて、ピアスの嵌まっているクリトリスの外周をそっと動かす。

 エリカの腰がぴくぴくと跳ねる。

 

「ほ、欲しいです──。ね、ねえ、ロウ様、もう欲しいです──」

 

 エリカが感極まったように叫んだ。

 一郎は亜空間術で自分がはいているズボンと下着を一瞬で収容する。

 全裸になり、すっかりと勃起している一郎の男根が露出する。

 収容術は高位魔道遣いしかできないらしいが、身に着けているものだけを収容するのは、魔術では理論上不可能らしい。

 一郎の技は魔術ではなく淫魔術なのだが、目の前の女や一郎自身から、一瞬にして衣類を消滅させる技には、あのスクルズさえも目を丸くする。

 

「ほら、だったら、舌だ」

 

 一郎は手で股間を胸を愛撫しながら言った。

 勃起した男根は後ろから、エリカの股間に押しつけるようにしている。

 エリカが首をひねって、むさぼるように一郎の舌に自分の舌を絡めだしてきた。

 しばらくのあいだ、一郎はエリカを手で愛撫しつつ、獣のように唾液と舌をお互いにむさぼり合った。

 

「じゃあ、犯すぞ。エリカの欲しいものだ」

 

 一郎はさらに両手を吊る粘性体の紐を伸ばすと、エリカをさらに前屈みの姿勢にした。

 お尻側から怒張をエリカの熱い潤いの狭間に押し入れる。

 しかし、そのまま押し入りはしない。

 先っぽだけ入れたまま、回すように入り口だけを刺激してやる。

 

「ああっ、い、意地悪しないでください──。あああっ」

 

 エリカが強請(ねだ)るように腰を動かした。

 一郎はしばらく焦らしてから、両手でエリカのふたつの乳房を抱えつつ、じわじわと亀頭を奥に奥にと沈めていく。

 

「あああっ、あああっ、き、気持ちいい、や、やっぱりすごい──。あああああっ」

 

 エリカの興奮した声が迸った。

 たっぷりの愛液は素晴らしい滑らかさと瑞々しい吸引力とともに、一郎の性器を受け入れていく。

 やはり、エリカの股間は気持ちがいい。

 鍛えられている筋肉は、無意識だろうが、ぐいぐいと一郎の男根を締めつけもする。

 一郎は、吸い込まれるように怒張を最奥まで到達させた。

 そして、ずんとひと押しして、エリカに甲高い嬌声をあげさせると、ゆっくりと引いていく。

 

「ふうううっ、んんんんっ」

 

 エリカの口からため息交じりの甘い声が洩れ出す。

 出ていくときだって気持ちがいいはずだ。

 一郎はしっかりと赤いもやの部分を擦りながら、引き出ているのだ。

 もっとも、淫魔術で確認できるエリカの膣の中は、どこもかしこも、赤いもやになっていて、なにをどうしてもエリカは快感が暴発すると思う。

 また、膣だけでなく、全身に快感が走っていることがわかる赤いもやがいっぱいだ。

 一郎は手をその赤いもやに次々に移動させる。

 

「ああ、いやああっ」

 

 エリカが官能の悲鳴をあげた。

 一郎は律動を続ける。

 ゆっくりとした動きを、次第に速いものに変えていった。

 それに従い、エリカの弾きだす愉悦のうねりが峻烈になっていく。

 だが、考えてみれば、エリカのような絶世の麗人が、一郎の性交を受け入れ、しかも、拘束して犯すという変態的な行為をむしろ悦びとして反応してくれるのだ。

 やはり、この世界に召喚されてよかったと思う。

 コゼだって、シャングリアだって、スクルズだって、もちろん、ミランダ、イザベラ、アン、ノヴァ、ベルズ、ウルズ、シャーラ、アネルザ、そして、ヴァージニアをはじめとする侍女軍団、マアにラン、屋敷妖精のシルキーだって、一郎を男として受け入れる。

 なんという幸せなことだろう。

 大切にしなければな……。

 ふと、そんなことを思った。

 そのあいだも、激しく抽送を続けたので、エリカはいよいよ絶頂に向かって快感を飛翔させたみたいな反応になる。

 

「あああっ、はああああっ」

 

 エリカは全身をがくがくと震わせ出した。

 そして、裸体を汗とともに跳ねあげ、悶え捻り、ぐいぐいと一郎の一物を股間で締めつけてくる。

 一郎も、エリカの快感に合わせるように、自分の快感を調整した。

 

「いくうっ、いきますうっ」

 

 エリカがそう叫ぶなり、後ろの一郎の腰に、自分のお尻を強く押しつけてくる。

 

「んふううう」

 

 美しく澄んだ声を放って、大きくエリカが裸体を弓なりにすると、さらにがくがくと全身を震わせた。

 また、達したようだ。

 エリカの身体が脱力していく。

 一郎はそのエリカを乳房を揉んでいる手で支える。

 

「んふううっ、あああっ、もう──」

 

 エリカが目を見開いたのがわかる。

 一郎はなおも変わらない速度で、律動を継続しているのだ。

 昇りつめたはずのエリカが、すぐに次の絶頂に向かって快感の波を引き寄せたのがわかった。

 

「きゃううううう」

 

 おかしな奇声をあげながら、あっという間にエリカは連続絶頂した。

 一郎はおもむろに、熱い精をエリカの子宮に注ぎ込んでやった。

 エリカから男根を抜く。

 

「はあ、はあ、はあ……。あ、ありがとうございます。き、気持ちよかったです……。で、でも、少し休ませてもらっていいですか……」

 

 精をエリカに注ぎ込むと、一郎はやっとエリカを解放してやった。

 すでに、革枷も粘性体も消滅させている。

 一糸まとわぬ姿だが、もうエリカを拘束しているものはなにもない。

 エリカは床に倒れ込むようにして、しゃがみ込んだ。手を床について、荒い息を続けている。

 

「ご主人様……、お掃除しますね……」

 

 待ち構えていたコゼが一郎の足元にしゃがんで、舌で一郎の股間を舐めてくる。

 鼻で息をして、嬉しそうに一心不乱に口奉仕するコゼは本当に可愛いと思う。

 

「エリカ、地下で汗を流してくるといい。次はエリカがコゼを責める番なんだろう?」

 

 一郎はコゼにお掃除フェラをさせながら笑った。

 すると、エリカが顔だけをこっちに振り向かせて、にやりと微笑んだ。

 視線は一郎ではなく、一郎の横のコゼに向けられている。

 

「か、覚悟しなさいよね、コゼ……。わ、わたしのしつこさを今日こそ、わからせてやるわ……」

 

 エリカがコゼに言った。

 さすがに、コゼも少し顔を蒼くした。

 エリカも、さっきの刷毛責めには、かなり根に持っているみたいだ。

 

「あ、あたしだけじゃないでしょう──。ご主人様も責めたじゃないのよ──」

 

 コゼが一郎から口を離し、エリカに向かって抗議するように、頬を膨らませた。

 だが、エリカは酷薄そうな笑みを浮かべる。

 

「言いたいことはそれだけなのね、コゼ……。じゃあ、すぐに戻って来るから……」

 

 エリカがまだふらふらとしている脚で、部屋を出ていく。

 広間を奥に向かう方向であり、奥の扉の向こうには、地下に降りる階段があり、地下には調教部屋に加えて、一日中温かく湧いている大浴場がある。

 そこで身体を洗うのだ。

 

「夜まで長いわよ……。たっぷりと遊ぶわよ、コゼ」

 

 さらに、エリカは、扉に消える前に、再び捨て台詞(せりふ)を口にしてから、扉の向こうに消えた。

 コゼがぶるりと震えるのがわかった。

 

「ね、ねえ、ご主人様、もう一度、戻ってきたエリカをふたりで悪戯するのはどうですか? 今度は自分が責める番だと思い込んでいるエリカを、またまた苛めるんです。ちょっと、面白い趣向も思いついているんですけど……」

 

 エリカがいなくなると、コゼがすぐに一郎に媚びを売るように話しかけてきた。

 一郎はにっこりと微笑んだ。

 

「それも面白いかもな。だけど、さすがに、エリカの機嫌が悪くなる。今回は諦めろ。ほら、こっちを向いて、ズボンを膝まで下げろ。準備するぞ」

 

 一郎はコゼの手を掴んで立たせると、ソファまで連れていき、自分はソファに座って、コゼを一郎の脚のあいだに立たせた。

 いつもスカートをはいているエリカやシャングリアとは異なり、すばしっこい動きが持ち味のコゼはいつも太腿までの革の半ズボンをはいている。

 

「はーい」

 

 コゼは一郎の命令のまま、ズボンを膝までおろした。

 一郎の女たちは、一郎が作らせた紐パンを下着としている。コゼもそんな煽情的な小さな下着をしていた。

 ふと見ると、白い下着の股間の部分が丸い染みになっている。

 

「濡れているな? 興奮したのか?」

 

 一郎は下着の紐に手を掛けて笑った。

 コゼが真っ赤な顔になった。

 

「ご主人様に近づくと、コゼはいつでも興奮します。大好きなんです」

 

「そうか、ありがとう」

 

 一郎は紐を解いて下着を取り去った。

 先日、剃毛で無毛にした童女のようなコゼの股間が露わになる。

 コゼの女陰はすっかりと濡れていた。

 それが、コゼの言葉の通り、一郎にこれから抱かれるという期待によるものなのか、一郎の股間を舐めたことで興奮してしまったのか、あるいは、エリカを責めたために、逆に自分も性的欲情をしてしまったためなのかはわからない。

 

「エリカが戻る前に、エリカと同じ準備をしないとな」

 

 一郎は亜空間から新しいローターと貞操帯を取りだす。

 ローターは、コゼがエリカに悪戯したときと同じで、遠隔操作のできるものだ。

 コゼに後ろを向かせた一郎は、うずらの卵のような淫具をコゼのお尻の穴に押し込んだ。

 もちろん、瞬時に潤滑油を淫魔術でまぶした。

 

「あんっ」

 

 お尻はコゼの性感帯でもある。

 そんな風に調教したのだ。

 お尻の刺激にコゼが甘い声を出す。

 

「次は貞操帯だ」

 

 一郎の貞操帯には、張形があったり、内側に無数のいぼがあって、動きたびに股間のあちこちを苛むものもあるが、いま、一郎がコゼのために準備したのは、さっきエリカが装着されていたものと同じで、「Tバックタイプ」の股間を締めつけるだけのものだ。

 それをコゼにはかせて装着する。

 

「んんっ」

 

 股間を締めつけられる刺激にコゼがちょっと顔を歪めた。

 一郎はコゼにズボンをはき直すように指示する。

 エリカは、コゼから服を剥ぐところから愉しみたいはずだ。

 コゼが服装を整えていく。

 だが、貞操帯もあるが、やはりお尻の中の異物が気になっているみたいだ。

 身支度が終わったところで、一郎は亜空間から出した遠隔操作具を出して、ローターの振動をさせた。

 

「うわっ」

 

 コゼがお尻を両手で押さえて、飛びあがるような動作をした。

 

「やあーん、やん……。ご、ご主人様、や、やっぱり、お尻は、お尻は、お尻はだめですう」

 

 コゼが甘えた声で、一郎に抱きついてきた。

 歯を食い縛るようにして悲鳴を耐えているコゼを、一郎はぎゅっと抱き締めた。

 

「だって調教だしな。コゼは俺の調教は嫌いか?」

 

「だ、大好きですけど……」

 

 お尻の刺激に腰を小刻みに震わせながら、さらに、コゼが一郎にぎゅっとしがみついてきた。

 そのとき、いつの間にか姿を消していたシルキーが一郎たちの前に出現した。

 一郎は、ローターの振動を停止させて、シルキーに視線を向けた。

 

「旦那様、ブラニーから連絡です。ラン様がこっちに来られるみたいです」

 

「ラン?」

 

 ランというのは冒険者ギルドの職員の若い娘であり、男に騙されて闇奴隷として娼館にいたのを、縁あって一郎の手配で身請けして、ミランダに預けた娘だ。

 いまでは、奴隷解放をしたうえに、一郎の性奴隷として精を刻んだので、「淫魔師の恩恵」により能力が飛躍し、事務能力が格段にあがり、ミランダの片腕といえるほどの業務をこなすようになっているようだ。

 だが、そのランがどうしたのだろう?

 ランが向こうから訪ねてきて、この屋敷に来るというのは珍しいことなのだ。

 

「ひとりか? とにかく、こっちに通してくれ」

 

 一郎は言った。

 もうひとりの屋敷妖精であるブラ二-が管理している王都内の小屋敷とは、スクルズが設置した移動術で結ぶ“ほっとらいん”で結んでいる。

 本来のほっとらいんの出入り口は地下の一室なのだが、向こうから来るときには、シルキーに指示して、一郎がいる場所にそのまま繋げてもらうことが多い。

 

「かしこまりました。ラン様は、おひとりでございます」

 

 果たして、すぐに目の前の空間が揺れて、ランが現われた。

 ギルド職員の服装をしている。

 

「珍しいな、ラン。休憩時間かなんかを利用して、抱かれに来たか?」

 

 一郎の前に立つことになったランに一郎は笑いかけた。

 性奴隷の刻みをしている女たちの中では、一番慎み深いのが、実はランだ。この時間のように昼間から抱かれるのは抵抗があるようだし、乱交も好きではないみたいだ。

 体位だって正常位以外だと不安がる。

 だから、なるべく一対一の抱き方をすることにしているが、そのため、どうしても回数が減ってしまう傾向にある。

 ランは、月に一度程度でも十分に満足しているみたいであり、あまり向こうからも迫って来ない。

 

「あの淫乱巫女じゃないんですから……」

 

 コゼがくすりと笑って、一郎の隣に座ってきた。

 しかし、腰をおろすときに、びくりと身体を震わせたから、貞操帯の内側のお尻の異物が淫らな刺激を呼び起こしてしまったのだろう。

 また、コゼが淫乱巫女と呼んだのは、スクルズのことで間違いない。

 そういえば、アーサーが王都を訪問してからは来てないが、夜討ち、朝駆け、日中だって寸間を惜しんで、スクルズは移動術でやって来て、一郎に抱かれて帰る。

 ほとんど、ここに住んでいる錯覚に陥るほどだ。

 

「いえ、いえ、いえ、あ、あたしはまだ仕事中で──。そ、そのう、ギルドにロウ様たちへの指名依頼が急に入って来て……。ミランダは、今日は王宮に行っていて留守なんです。連絡がつかなくて……。でも、相手が相手なので、待たせるのも都合が悪くて……。それで、マリーさんと話して、ロウ様には話だけでもしてもらえないか相談しようと思って……」

 

 ランが困ったように言った。

 一郎は首を傾げた。

 指名依頼?

 このところ、一郎たちは指名依頼を専門のようにして、冒険者ギルドのクエストをこなしている。

 ミランダが魔物関係の難しい依頼を持ってくるのだ。

 

「なによ、指名依頼って? それを受けろってこと?」

 

 コゼが口を挟んだ。

 すると、ランが首を横に振った。

 

「指名依頼にするかどうかは、ミランダが判断されると思います。そう説明もしたんですけど、だけど、その方々が、ロウ様を呼べとしつこくって……。それで、ロウ様たちには、申し訳ありませんが、話だけでもしてもらえないかと相談をしにきたんです。本当は冒険者の立場を守るのがギルドの立ち位置なので、こんなことをお願いに来るのはおかしいんですけど……」

 

 ランがしょげたような表情で言った。

 よくわからないが、ランも相当に困っているみたいだ。

 つまりは、一郎を指名依頼にしてきた依頼者は、かなりの上の立場なのだろう。

 本来であれば、依頼を受けても、ミランダの判断なしで、クエストを受ける冒険者との話し合いなどないはずだが、断れないほどの相手に違いない。

 ミランダがたまたま不在であったこともあり、困り果てたマリーとランは、直接一郎に相談をすることに決めたのだろう。

 まあ、頼ってくれるのは嬉しいが……。

 

「話だけならいいけどね……。これから、ギルドに行けばいいのか?」

 

 ほっとらいんを使って王都の小離宮に向かえば、冒険者ギルドまではすぐに着く。

 半ノスもかからないと思う。

 

「いえ、向こうは夕方までに改めて来ると……。そのときまでに、ロウ様たちを待機させておけと言っていて」

 

「待機?」

 

 強引に呼び出しておいて、すぐにやって来て、そのまま待っていろとは、かなりの尊大な態度だ。

 相手は誰だ?

 しかも、ギルドが、相手の無理な要求に応じるしかないほどの依頼人というのは……。

 

「依頼人は、タリオ公国大公のアーサー大公です。ロウ様のパーティに、王都滞在間の護衛を指名依頼してきたんです」

 

「大公?」

 

 アーサー大公がわざわざ護衛依頼?

 王都内に滞在間の警備は王軍が受け持っているし、アーサーたち自身が魔道でも武術でも、かなりの強者と耳にしている

 これは一郎たちに、本当に依頼をさせたいわけじゃないだろう。

 おそらく、一郎に会うことそのものが目的だ。

 そうなれば、やはり、アンとの婚姻話に関係するということか?

 しかし、アンが一郎の女だということは知らないはずだが、どうして一郎のところに?

 それに、なにを?

 まあいい……。

 いずれにしても、呼び出しには応じるしかないか……。

 

「まあ、わかったよ。とりあえず、すぐに、ギルドに向かうさ」

 

 一郎は言った。

 ランがほっとした顔になった。

 

「申し訳ありません」

 

 ランが頭をさげた。

 そのときだった。

 広間の奥の扉が開く。

 エリカだ。

 もう戻ってきたみたいだ。

 髪は濡れていないが、肌は上気しており、湯あがりというのはわかる。

 それにしても随分と早い。

 余程に急いだのかもしれない。

 

「戻りました、ロウ様……。あれ? ランじゃないの。ひとり? 珍しいわね」

 

 エリカがこっちにやって来ながら、ランを見て言った。

 一郎は、そばまで来たエリカに、アーサー大公が指名依頼というかたちで、急遽一郎をギルドに呼び出しをかけたということを説明した。

 すぐに三人で行くことにするということも……。

 

 エリカはすぐには合点がいかない表情だったが、しばらくすると不満そうに眉をあげた。

 

「そんなあ──。だったら、わたしの番はどうなるんですか──。また、お預けですか──?」

 

 そして、悲鳴のような抗議の声をあげた。



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228 大公と冒険者(1)─呼び出し

「うっ」

 

 横を歩いていたコゼの膝ががくりと折れた。

 お尻の中に入れっぱなしの淫具が動き出したのだろう。

 だが、人通りの多い王都の大通りである。

 コゼは歯を食い縛るようにして、一郎の腕を掴んでいる手に力を入れて、身体を預けるようにしてきた。

 

「近いわよ、コゼ。離れなさい──」

 

 一郎の反対側の腕に手を掛けて、コゼとは逆側にいるエリカが不満そうにコゼに声をかける。

 

「だ、だったら、い、悪戯、や、やめなさいよ、エリカ……」

 

 コゼが一郎越しにエリカを睨んだ。

 すっかりと上気して、額には玉の汗が浮かんでいる。

 王都の小屋敷から冒険者ギルドに向かって歩くだけの短い経路だが、エリカが操作しているローターに翻弄されて、コゼはすっかりと官能を燃えあがらせてしまった気配だ。

 無理もないだろう。

 お尻は、一郎が調教したコゼの最大の性感帯である。

 そこに淫具を入れられて街中を歩かされるだけでなく、エリカによって、遠隔操作で何度も何度も、刺激を送られているのだ。

 さすがのコゼもたじたじだ。

 

「あ、あのう……」

 

 後ろからついてくるかたちのランが困惑したように声をかけてきた。

 一郎は苦笑した。

 

「心配ない。ギルドに到着する前にはちゃんとする。こんなの俺たちのいつもの遊びだ。それに、エリカも発散したいのさ」

 

 振り返ると、ランは顔を真っ赤にしている。

 わざわざ淫魔術で覗かなくても、ランが王都の大通りで始めたエリカとコゼによる痴態に、戸惑いつつも、あてられて少し淫情を燃えあがらせてしまったみたいだ。

 一郎も意外だったが、予定されていたエリカによるコゼへの「仕返しタイム」が中止になったとわかったら、エリカはせめてギルドに到着するまでは、自分にコゼを責めさせてくれと、一郎に要求してきたのだ。

 真面目なエリカからの野外羞恥責めの要求は珍しい。

 一郎は許可した。

 それで、いま、こうやって、一郎を挟んで腕をとって歩いているふたりが、淫靡な遊びをこっそりとやっているということだ。

 ランは唖然としつつも、ちょっと自分も興奮してきたのがわかるように、無意識なのか太腿を擦るように歩いている。

 一郎はにんまりとしてしまった。

 

 冒険者ギルドからやって来たランの求めに応じて、アーサー大公と面談をすることになり、一郎はエリカとコゼを引き連れて、冒険者ギルド本部に向かっているところである。

 ギルド本部は、王都でも大通りに面した貴族街に近い場所に存在する。

 王都でも賑やかな場所なので、それだけ冒険者ギルドがハロンドール王国内で力を持っているということだ。

 ちなみに、マアのいる商会は冒険者ギルドに近い場所にあって、その商会と流通において対立する立場の商業ギルドは、もっと王宮に近い完全な貴族街の中にある。

 王国内の流通については、マアの率いる自由流通協会が、旧態依然の商業ギルドからとって代わりつつあるので、いま、もっとも賑やかな地域が、この周辺だろう。

 そのため、行き交う人々の数もかなり多い。

 

「エリカお姉ちゃんよ……。そう呼ばないとお仕置きするわよ」

 

 自分がやられるのではなく、余人がされるなら、羞恥責めの人目も、エリカには気にならないようだ。

 繰り返される淫具の悪戯に、我慢が難しくなったコゼに、エリカは容赦なく、再び操作具で振動を送り込んだ。

 

「んはあっ」

 

 コゼの脚ががくりとなり、歩くのがとまった。

 一郎は、腕を組んでいるコゼを強引に引っ張って、前に進ませる。

 

「ご、ご主人様、ま、待って」

 

 引きずられるかたちのコゼが哀願するように、赤く染まった顔を一郎に向ける。

 元来、童顔で子供っぽい顔のコゼだが、いまは随分と色っぽい。

 

「待たないよ。それが調教だろう?」

 

 一郎は耳元でささやく。

 コゼの顔がさらに真っ赤になった。

 そのとき、コゼの身体ががくりと脱力した。

 おそらく、振動をとめたのだと思う。

 エリカの操作だ。

 コゼを休ませるためというよりは、動かしたりとめたりした方が効果的だからだと思う。

 自分自身が何度も同じ目に遭わされているので、どうやればコゼを追い詰められるかも、エリカはわかっているみたいだ。

 

「ほら、エリカお姉ちゃんて、呼びなさい。さもないと、次は振動を強くするわよ」

 

 エリカが得意気に操作盤をひらひらとコゼに見せた。

 コゼがエリカを睨む。

 

「あ、あんた、いつもそう言うけど、あたしの方が歳上なんだから……」

 

「それがどうしたの?」

 

「きゃん──」

 

 コゼが悲鳴をあげると、一郎から手を離してその場でうずくまってしまった。

 さすがに周囲の人々の注目が一気に集まる。

 もともと、一郎たちはすれ違う者たちの注意を集めていた。

 エリカはエルフ族の中でも絶世の美女といっていい美形だし、コゼも本当に可愛らしい顔になった。

 そのふたりがどちらかというとぱっとした外見でもない、そして、若くもない一郎の腕に両方からぶら下がっているのだ。

 淫具で淫靡な遊びをしていることまではわからないと思うが、醸し出す雰囲気というものがある。

 一郎もかなりの人数の男たちがちらちらとこっちを見てくることには気がついていた。

 

「あ、あんた……」

 

 座り込んだコゼが立ちあがりながらエリカを真っ赤な顔で睨んだ。

 とりあえず、振動はとめたのだろう。

 ちょっと脚が震えているが、コゼはなんとか立ちあがった。

 

「さて、じゃあ、そろそろ終わりだ。エリカ、コゼ、もうすぐギルドだ。ちゃんとするぞ」

 

 一郎はエリカから操作盤をとりあげるとともに、亜空間収容の術でコゼのお尻の中の淫具を消滅させた。

 股間を締めつけるような貞操帯は、屋敷を出るときに外させていたので、一応はこれでコゼも普通に動けると思う。

 解放されたことで、コゼもほっとした表情になった。

 

「そ、それにしても、あんたって、本当にしつこいわねえ」

 

「あんたに言われたくないわね」

 

 コゼの言葉に、エリカはつんとした物言いで言い返した。

 一郎はふたりのあいだで笑ってしまった。

 

 そして、ギルド本部に到着した。

 中では、ランの先輩事務員になるマリーが心配そうな表情で待っていた。

 まだ、夜にはならないので、冒険者の数は閑散としているが、十人ほどがギルド内にいる。

 マリーは受付の外に出て来て、一郎たちの前にやって来た。

 

「あっ、ロウさんたち……。申し訳ありません。本来は、指名依頼の受付の決定以前に、依頼人と冒険者側の面談などしないのですが、どうしても会いたいと強く言われて……。ミランダもいないし、どうしていいか……。あっ、ミランダについては、いま伝令を王宮に向かわせていますので……」

 

 マリーが一郎たちに深々と頭をさげた。

 ギルド事務員としては、ベテラン格になるマリーだが、大公ほどの立場の者に強く要求されては、拒否も難しかったのだろう。

 話によれば、アーサー大公は護衛とともに、いきなりここに乗り込んできたというから、マリーも驚愕したに違いない。

 ハロンドール王国の冒険者ギルドのギルド長は、いまは王太女になったイザベラだが、名目だけのことであり、イザベラ自身は、一度もギルドに顔を出したことなどないと思う。だから、マリー自身は王族に近い身分の者など初めてだったに違いない。

 他国とはいえ、一国の君主に乗り込まれたのだから、さすがのマリーもどうしていいかわからなかったみたいだ。

 

「構わないよ。ところで、どこで待てばいい?」

 

 一郎は訊ねた

 すると、マリーが一郎をつれてきたランに顔を向けた。

 

「一番の個室に、ロウさんたちを案内して、ラン……」

 

 マリーがランに言った。そして、顔を一郎に向け直す。

 

「……実は、すでに大公殿下は中でお待ちです。護衛は男が五人。全員帯刀……。それと、大公殿下と護衛長の方は魔道遣いのようです」

 

 マリーは小さな声で言った。

 ランの話によれば、一度出直して、夕方にでも再びやって来るということだったが、すでにいるらしい。

 まだ、夕方とはいえない時間なので、随分と自由な大公様みたいだ。

 また、マリーが小さい声で教えてくれた内容は、できる限りの情報を一郎に先に伝えようとしてくれたのだろう。

 受付のようなことをしているが、マリー自身も魔道遣いだ。

 だから、護衛も魔道が遣えることを見抜いたのだと思う。

 

「……とにかく、指名依頼を受けるかどうかは、ミランダでなければ判断できません。それは伝えております。しかし、大公殿下は、ただロウ様たちの実力を事前に見極めたいと一点張りで……」

 

 マリーが心配そうに言った。

 

「実力ねえ」

 

 一郎は肩をすくめた。

 とりあえず、一郎はランに案内されて、一番という個室に向かった。

 ここの冒険者ギルド内には、(アルファ―)ランク以上の上級レベルの冒険者限定で使用が許される個室が十部屋程準備されている。

 一番個室というのは、その中でももっとも上質の部屋のようだ。

 

「入れ」

 

 扉の外からランが声をかけると、室内から男の声がした。

 部屋の中には、三人掛けのソファーが向かい合うように置かれており、アーサーと思われる美貌の男は、扉に身体を向けるようにひとりで座っていた。

 五人の護衛という男たちは、向かって右側に三人、左側にふたりいて、ふたつの長椅子を完全に囲むように立っている。

 確かに全員が剣を持っており、タリオ軍の軍装だと思われる赤白の派手な具足をつけている。

 一郎は、その中のひとりの「男」に注目した。

 

 へえ……。

 

「座れ。儀礼はいい。冒険者というものは、貴族の礼式など身につけてはおらんだろう。期待もしていない」

 

 それが大公の第一声だった。

 一郎は少し大袈裟な仕草で、その場で最上級の儀礼をしてみせた。

 もともとの世界では庶民だったが、この世界の庶民に比べれば、それだけでもかなりの礼式の素地はある。それに、子爵になったときに、アネルザに頼んで貴族の儀礼についても仕込んでもらっていた。

 それなりに格好がついているはずだ。

 腰を折って頭をさげた一郎に、エリカが慌てたように頭だけをさげた。

 だが、コゼは突っ立ったまま、部屋の中の護衛たちを睨んでいる。

 

「ほう、冒険者上がりだったが、そういえば子爵の地位を持っているのだったな。なかなかに様になっている。頭をあげよ」

 

 アーサーの笑ったような声がした。

 顔をあげると、その通り微笑んでいる。

 一郎は促されるまま、アーサーと向かい合う席に腰掛けた。

 エリカとコゼは迷ったようだが、一郎が声をかけて、両側に座らせる。

 アーサーに対して、一郎たち三人が向かい合うかたちになる。

 

 

 

 “アーサー=ブルテン

  人間、男

   タリオ公国大公

  年齢:32

  ジョブ

   治政力(レベル40)

   軍師(レベル30)

   戦士(レベル20)

   魔道遣い(レベル8)

  生命力:100

  攻撃力:300(剣)

  魔道力:500

  経験人数

   男0、女30 ” 

 

 

 

 なるほど……。

 すばやく、魔眼でステータスを覗いた一郎は、ただの大公ではなく、噂の通り、戦士としても一流だということがわかった。

 五人の護衛も、それなりの猛者だ。

 一郎は、最初に気になった護衛とともに、さらにもうひとりに注目した。

 

 

 

 “ランスロット=デラク

  人間、男

   近衛将軍

   伯爵家三男

  年齢:27

  ジョブ

   軍師(レベル20)

   戦士(レベル30)

   魔道遣い(レベル10)

  生命力:100

  攻撃力:500(剣)

  魔道力:250

  経験人数

   男0、女0 ” 

 

 

 アーサーを含めた六人の中で、彼が最も強い。

 だが、童貞か……。

 どうでもいいことに、一郎は注目してしまった。

 

「単刀直入に命じる。明日、第三神殿のスクルズ殿と面談する。その護衛をお前たちがしろ。拒否は許さん」

 

 アーサーがあっさりとした物言いで言った。



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229 大公と冒険者(2)─指名依頼

「単刀直入に命じる。明日、第三神殿のスクルズ殿と面談する。その護衛をお前たちがしろ。拒否は許さん」

 

 アーサーは、まるで応じるのが当然という様子で一郎に言った。

 一郎は、別にアーサーの部下というわけでもない。

 そもそも、ここがタリオ領ならともかく、アーサーにとっては外国であるハロンドール領だ。

 なんという無礼な態度なのだろうと思った。

 それとも、命令をしなれている者というのは、元来こういうものなのだろうか。

 

 だいたい、マリーは、アーサーに対して指名クエストとして受け付けるかどうかは、ミランダでなければ決定できないということを説明しているはずだ。

 ここに通される前にも、マリーは一郎にそれだけは念を押したと告げながらも、申し訳なさそうにしていた。

 マリーはギルド職員としては有能であり、相手が大公であろうと、筋はきちんと通して、それについては強調しているはずなのだ。

 

 そして、ふと気がついたが、部屋に入って来て以来、アーサーが凝視しているのは、ただただ一郎に対してだけだ。

 しかし、実のところ、一郎たちに対面する者は、大抵は、まずはエリカの美貌に目を奪われる。

 次に、ほかの女たちにも視線を向け、さらにエリカたちが外面だけでもわかるくらいに、一緒にいる一郎に意識を向けていることに気がつく。

 それから、やっと、これだけの美女たちの中心にいる一郎が、大して顔もよくなく、若くだってないぱっとしない男であることに注目するのだ。

 ……にもかかわらず、アーサーが注目しているのは、一郎に対してのみだ。

 そうだとすれば、この会合に先立ち、アーサーは、一郎について、それなりの知識を得たうえで臨んだのだろう。

 さもないと、わざわざ、国の客として来訪しているアーサー大公が一介の冒険者に指名依頼などするわけがない。

 

 いずれにしても、一郎は護衛任務など受ける気はない。

 アーサーたちに、冒険者の護衛など必要ないことは明白であるし、裏があることがわかっている得体の知れないクエストなど受けられるわけがない。

 

「マリーは説明したとは思いますが、まだ指名依頼としてギルドが受けるかどうかは……」

 

 一郎は、できるだけ柔和な印象を与えるように気を付けて表情を作りながら、口を開いた。

 だが、手摺りに置いているアーサーの指が苛立たしそうに椅子を叩いた音で遮られた。

 一郎は口を閉ざして、思わずアーサーに視線を向けた。

 

「冒険者殿は耳が聞こえんようだ。拒否は許さんと言ったはずだが」

 

 アーサーが馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 

「なぜ、俺たちなんですか? そもそも護衛ってなんなんです。それが必要とも思えませんけど」

 

 込みあがりかけたものをぐっと我慢して、一郎は静かに言った。

 もともと、外来人の一郎には、この世界の上位階級の者たちに、無条件にへりくだってしまうような感情はない。

 それに比べて、目の前のアーサーは、気軽な態度を装うことで隠しているものの、一郎のような平民や冒険者という相手に対して、かなりの蔑視の意識を抱いているのだろうか。

 一応は一代子爵という地位を持っているものの、冒険者であり、身分のない移民出身であることが公になっている一郎など、アーサーのような立場からすれば、平民以下には違いない。

 この恰好のいいアーサーの表情の端々に、そういう心が醸し出ているように思った。

 まだ出逢ったばかりだが、だんだんと、一郎は、自分がこの男が好きでなくなってきていることに気がついた。

 

「冒険者、俺は面倒な話が好きではない。駆け引きは嫌いだし、ましてや、冒険者を相手のやり取りに時間をかけたくない。俺は、お前を雇うと言っている。お前は冒険者だし、金さえもらえば、どんなことでもするはずだ。値を釣りあげたいのなら欲しい額を言え。支払ってやる」

 

「冒険者というのは、金を貰えばなんでもするということではありませんよ。俺たちにも矜持というものはあるんです」

 

「矜持? 冒険者が?」

 

 アーサーがまた笑った。

 さすがにむっとした。

 さっきから、この男は一郎がなにかを喋るたびに、口元を歪めるような笑みを浮かべる。

 いやな感じだ。

 

「いい加減にしろ、冒険者──。大公殿下を相手に無礼であろう」

 

 一郎たち囲むように両側に立っている護衛のひとりが、咎めるように言った。

 一番入り口側にいる男であり、一郎の背中側に立つ男だ。

 この五人の護衛の関係はわからないが、ステータスから判断して、ランスロットという男が護衛長のような立場であることは確かだ。

 口を開いたのは、五人の中では、もっとも武芸が劣っている者だ。年齢も低いし、おそらく下っ端だろう。

 わざわざ、率先して怒鳴るなど、なんとなくだが、まるで役割が決まっているような……。

 

「別の物言いをしてもいい。ここには、俺の護衛が五人いて、全員が剣を持っている。見たところ、お前は武器を持っていないし、武器を持っているのは両横の女だけだ。つまりは、武器を持った者を相手にして、丸腰でいるのも同じということだ。言うまでもないが、お前の連れの女はお前を守るほどの腕はない……」

 

 アーサーが笑みを浮かべたまま言った。

 一郎は今度こそ驚いた。

 

「俺たちを脅迫しているのですか? ここはギルド本部内ですよ」

 

「それがどうした。先に言っておくが、俺は若い頃から敵が多かった。しかし、欲しいものは必ず手に入れてきた。諦めたことなどない。目的を達するためであれば、直接行動も使うし、搦め手も使う。しかし、冒険者を相手に駆け引きなど面倒くさい。断れば暴力も使うかもしれないと言っているだけだ。俺が欲しいのは、“わかりました”という言葉だけだ」

 

 いくら大公でも、失礼な態度だと思ったが、一方で一郎は違和感も覚えた。

 それで思ったが、もしかして、さっきからアーサーはわざと一郎を怒らせようとしている?

 目的はわからないが、アーサーの態度が一郎を意図的に挑発させようとしているものであるとすれば、納得できるものもある。

 さっき急に、一番下っ端の護衛が一郎に怒鳴ったのも、最初から役割が決まっていたのではないだろうか。

 そのとき、不意に横から声が挟まれた。

 

「たかが神殿に行くのに、別に護衛が必要なくらいに軟弱なの? あそこには、あなたたちを取って喰おうとする者なんていないわよ」

 

 コゼだ。

 どちらかというと人見知りの傾向があるコゼが、初対面の相手に自分から口を開くのは珍しい。

 しかも、大公相手への毒舌だ。

 一郎は思わず横のコゼを見た。

 コゼはかなり怒っているようだった。

 どうやら、一郎に対するアーサーの態度に、黙っていられなくなったみたいだ。

 しかし、そのとき一郎は、目の前のアーサーがかなり不快そうに、目を細めたのがわかった。

 これまでの物言いや態度には、演技じみたものがないではなかったが、なぜかコゼが口を開いたいまの一瞬だけは、アーサーの顔には心の底からの感情が浮き出た気がする。

 根拠のない一郎の勘だが……。

 アーサーは、かなりのコゼへの蔑みを抱いたような……。

 一郎は、コゼをなだめようと、もう一度コゼに視線を向けた。

 

「静かにしていることだ、…………ごときが……」

 

 そのとき、アーサーが小さく舌打ちしたのが耳に入った。

 ほんの小さな声だったし、一郎はコゼに視線を向けていたので聞き取れなかったのだが、コゼの顔が真っ蒼になり、身体がびくりと震えて硬直したようになった。

 一郎はびっくりした。

 そのとき、反対側のエリカが急に立ちあがったことに気がついた。

 

「なんですって──」

 

 驚愕したが、エリカは拳を握ってアーサーに殴りかかっていた。

 

「大公──」

 

 動いたのは、あのランスロットいう護衛長だ。

 すでに、アーサーとエリカのあいだを割るように半身を入れている。

 しかし、エリカの拳がアーサーに届くのが早かった。

 アーサーの頬にエリカの拳が当たり、アーサーがのけ反った。

 まるで自らあたりにいったようにアーサーはまったく動かなかったのだが、ランスロットがほとんどエリカの身体を押さえたので、それほどの勢いをアーサーにぶつけられず、アーサーはわずかに顔を後ろにそらしただけで終わった。

 

「離しなさいよ──」

 

 ランスロットに掴まれたエリカが、さっと身体を捻って、ランスロットの腕をとって投げ飛ばす。

 

「うわっ」

 

 ランスロットがほかの護衛たちのところに飛んでいった。

 相手の力を利用した上手い投げだ。

 一郎はいきなり始まった乱闘に目を丸くしつつも、エリカの武術の技に感嘆してしまった。

 

「貴様──」

「なにをするか──」

 

 巻き込まれなかった側の護衛たちが血相を変えた感じで、剣を抜いた。

 一郎はどうするか迷った。

 

 このまま暴れるか──。

 それとも、いったん捕らわれるか──。

 一方で、コゼは顔色を変えたまま、まだ硬直している。

 なにを言われたのだ……?

 

「やめい──」

 

 そのとき、大きな怒鳴り声が響きわたった。

 アーサーだ。

 にやにやしながら顎を擦っている。

 そこは、さっきエリカが拳を叩きつけた場所だと思う。

 

「し、しかし……」

「大公──」

「アーサー大公、ですが、この女は──」

 

 護衛たちは色めき立っている。

 

「剣を収めよ──。最初からの手筈だったはずだ。挑発して怒らせた。怒るのが男ではなく、女の方というのは意外だったがな。案外に冷静なのだな。それとも臆病か? しかし。自分の女を罵られて激昂しないというのは、男としてどうなのかな?」

 

 アーサーは、余裕のある態度だ。

 しかし、ちょっと侮蔑と失望のような感情が醸し出ているのがわかった。

 

「それにしても、ランスロットが投げられたのは驚いたな。いまのは本気で投げられたのだろう、ランスロット?」

 

 アーサーがランスロットに笑いかけた。

 ランスロットは、悔しそうに顔をしかめて立ちあがった。

 

 一郎は首を傾げた。

 だが、よくわからないものの、やはり、さっきからの態度は一郎を挑発しようとしている一連の行為のようだったみたいだ。 

 とにかく、一郎はエリカをとっさに掴んで引き戻すと、ソファに強引に戻して抱き締めた。

 一緒にコゼの身体も強く抱き寄せる。

 だが、いまだに、コゼは震えている。

 一体全体、アーサーはコゼになにを言い、どうしてエリカはいきなりアーサー大公に殴りかかるという暴挙をしたのだろう?

 一郎はエリカの耳元にささやいた。

 

「……エリカ、こいつは、なにを言ったんだ?」

 

 ほとんど音にはならないささやき声だ。

 一郎の問いに、まだ真っ赤になって怒ったままのエリカは、ちょっと躊躇した表情になった。

 だが、ほんの小さな声で、一郎だけに聞こえるように、エリカが一郎の耳元に口を寄せる。

 

「コゼのことを……厠女(かわやおんな)ごときが……と」

 

 かっとなった。

 一郎は、自分がアーサーを殴りたくなった。

 しかし、まずはコゼだ。

 一郎はエリカから手を離して、コゼを両手でぎゅっと強く抱きかかえ直す。

 コゼはまだ震えている。

 「厠女」というのは、一郎やエリカが一生懸命に、コゼの心の奥に封印した暗い闇を引き起こしてしまう引き金だ。

 決して、コゼに言ってはならない言葉なのだ。

 アーサーを睨みつけた。

 

「おっ、やっと男の顔になったな……。まあいい。とにかく、手を出したのはお前たちだ。このことは、ただで済むわけにはいかないな。この国の客として招かれているこの俺が、いやしくも一介の冒険者に暴力を振るわれたのだ。王妃殿下には抗議をしないとなあ……」

 

 アーサーはにやにやと笑っている。

 してやったりの顔だ。

 一郎は、やっとアーサーの狙いに気がついた。

 やはり、これまでずっと、一郎を挑発するための態度だったというのは間違いないみたいだ。

 目的は、つまりは、王妃アネルザに「借し」を作ることだろう。

 

 アンとの政略結婚の話を進めるためにやってきたアーサーは、この王都に到着した途端に、急に進展しなくなった状況に業を煮やしていた。

 なにしろ、肝心のルードルフには一度面談したきり、それからは後宮に引き込まれてしまって会えず、国王の政務の大部分を代行している王妃アネルザは、頑なにアーサーを拒否して、ほとんど門前払いの態度だ。

 また、アンに会うために独自に動こうとしても、スクルズは王家の許しなく、誰であろうとも「男」をアンには会わせられないと、アーサーを拒否している。

 すべて、一郎が背後でやらせていることであり、「牛歩戦術」ではないが、それでのらりくらりとやり過ごさせるつもりだった。

 アーサーは、この状況を打開したかったのだろう。

 

 一郎が王妃アネルザの愛人だというのは、実のところ、王都の社交界では有名だ。

 大して調べなくてもわかる。

 だから、アーサーは強引に一郎を呼び出して、怒って手を出させようとしたに違いない。

 いくら一郎でも、一国の大公を殴ったとあれば、大逆罪に等しい犯罪だ。

 侮辱されたからというのは言い訳にもならないだろう。

 完全なる一郎たち側の落ち度だ。

 アーサーが一郎への処分を要求すれば、アネルザはアーサーを懐柔するために、ある程度の申し出に応じるしかない。

 アネルザが一郎たちを見捨てるわけがないから、アーサーの譲歩を引き出すために、アネルザはやむ無く、相当の代償を支払うだろう。

 

 うまく嵌められたのだと思った。

 しかし、許せない。

 いまだに小さく震えているコゼのことだ。

 さっきまで、あんなに無邪気に笑っていたコゼをここまでしたアーサーを、決して一郎は許さないと思った。

 

「わかりました……。取引をしましょう。面倒なことは嫌いだというのは俺も一緒です。スクルズ殿のことは知っていますし、アン様に会いたいというなら俺が頼んでもいいです。スクルズ殿は応じると思います」

 

 一郎は言った。

 アーサーに屈服するのは癪だが、ここは応じるしかない。

 とりあえず、アンには申し訳ないが多少は妥協をする――。

 一度の面談がそのまま婚姻になるわけじゃない。

 しかし、アーサーは、面白い言葉を耳にしたかのように、お道化た態度で首を横に振った。

 

「なにを偉そうに──。なにか勘違いをしているようだが、俺が冒険者ふぜいと取引などするわけがないだろう。お前ができるのは、俺に従うことだけだ。さもないと、俺は俺を殴ったエルフ女を断固として処断しろと、この国の王宮に要求する。一国の大公を殴ったのだ。ただで済むわけないだろう」

 

 アーサーは一郎に見下したような視線を向けた。

 一郎は歯噛みした。

 

「えっ、そんな……」

 

 エリカはやっと自分が感情のままアーサーに手を出したことが大事であることがわかったみたいだ。

 さっきまでの怒りの形相が一転して、焦燥の表情になっている。

 すると、アーサーの顔が勝ち誇ったようになった。

 

「……とはいえ、お前がスクルズ殿に、縁のある男というのは知っている。護衛のクエストは引き受けろ。もちろん、真の役割は護衛じゃない。スクルズ殿を説得して、アン殿を俺の前に出すことだ。それに成功すれば、俺を殴ったエルフ女については、王妃殿には寛大な処置をするように申し出てやる」

 

 アーサーは言った。

 アンに会えたとしても、それだけで、すべてを不問にする気はないようだ。

 とことん利用する気配だ。

 一郎は腹が煮えるのをぐっと我慢した。

 

 それはともかく、アネルザとの関係は意図的に言い触らしている部分はあるものの、なんとなくだが、アーサーは、一郎とスクルズの関係についても知っている様子だ。

 

 だとすれば、情報源は彼女だろう。

 いつぞやの廃神殿のクエストのときに、一郎が助けてやったタリオの諜報員の女……。

 エレインと名乗ったが、ステータスにはビビアンとも、レイクとも名前が現われていた……。

 コゼの過去について調べたのも、彼女かもしれない……。

 一郎は顔をあげて、一郎たちをいまにも切りかかろうとするように殺気を向けている護衛たちを見た。

 

 そのときだった。

 突如として、部屋の扉が開き、そこに、顔にびっしょりと汗をかいているミランダが立っていた。

 どうやら、かなり急いで、ここに戻ってきた感じだ。

 小さなミランダに不似合いな大きな乳房が、荒い息遣いのために前後に揺れている。

 護衛が数名、さっとミランダの前を阻むように立つ。

 

「どうにも、この冒険者ギルドというところは無礼なのだな。入室の許可をした覚えはないが?」

 

 アーサーはミランダをじっと見た。

 

「そ、それは失礼をしました、大公陛下……。ところで、話はあたしが伺います。指名クエストということでしたが……」

 

 ミランダは焦った口調でがばりと頭をさげたあと、すぐに少し早口の口調で言った。

 しかし、アーサーがそれを阻む。

 

「……しかし、丁度いいから抗議したい。俺はこのギルドの職員の許しを得て、指名クエストをしようと思っている彼らと面談をしていた。ところが、たったいまのことだが、ちょっと話をしていたところで、このエルフ女に顔を殴られたのだ。無論、王宮にも抗議するが、ギルドとしても落とし前をつけるべきであろう。このギルドの規則では、一国の賓客に対して、所属の冒険者が暴力を振るうというのは、どんな処分になるんだね?」

 

 アーサーが不遜そうな態度のまま言った。

 ミランダが目を丸くした。



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230 大公と冒険者(3)─本物のクロノス

「えっ、暴力?」

 

 ミランダは困惑した声を放った。

 エリカがアーサーに暴力を振るったという告発に、ミランダは驚いた表情になる。

 一郎に、すかさず視線を向けてきた。

 しかし、一郎はすぐには返事をしなかった。

 いまは、コゼのことに集中したかったのだ。

 

「待ってくれよ、ミランダ……」

 

 ミランダを見たのは一瞬だけだ。

 意識を腕の中のコゼに戻す。

 一郎は、座ったままコゼを力強く抱きしめ、淫魔術を駆使して、コゼの精神に触れている。

 

 コゼの心は乱れていた。

 そして、激しく絡み合っていた。

 それを一歩一本と緩めながら、解きながら鎮めていく。

 いま、激しく動いている線は、厠女(かわやおんな)と蔑まれながら、毎日男たちと性交を強要されていた記憶であり、奴隷の首輪に強要されて、理不尽な暗殺を繰り返し実行させられていた忌まわしい過去だろう。

 

 一郎は、ともすれば闇に引きずられそうになるコゼの心を制御し、普段の生活の中でいやな過去を思い起こすことがないように、ずっと注意深く、コゼの記憶を封印をしていた。

 それをこのアーサーは、ただのひと言でコゼが忘れたかった過去を呼び起こしてしまったのだ。

 

 絶対に許さないと思った。

 だが、いまはコゼだ。

 

 一郎は、コゼの精神の抑揚を制限し、心が落ち着くようにしていった。

 しばらくすると、コゼが一郎の腕の中で脱力する。

 眠ったのだ。

 これで問題ない。

 コゼがもう一度、意識を戻したときには、コゼの過去の亡霊は、再び記憶を封印された心の奥底に隠されているはずだ。

 一郎はコゼの身体をソファに置く。

 

「そ、それは本当よ、ミランダ……。でも……」

 

 すぐに応じなかった一郎に代わり、立ちあがったエリカがミランダに答えていた。

 だが、アーサーがエリカを制するように、ミランダに向かって口を開いた。

 

「いずれにしても、冒険者ギルドには、大公である俺を殴った暴力女の引き渡しを要求する。冒険者ギルドには、犯罪を犯した冒険者の当局への引き渡し協定があるはずだ。従って、罪状が明白のこのエルフ女の身柄についてはこちらが預かる。ここはタリオ公国ではないが、殴られたのはタリオ大公である俺であるから、協定により、俺がその当局とみなされるはずだ。それが適当だ」

 

 一郎は舌打ちした。

 今度は、エリカを引き渡せときた。

 

 引き渡し協定がなんなのかはわからないが、冒険者ギルドというのは、スクルズたちの所属するティタン教会と同じように、複数の国を跨って構成されている組織体だ。冒険者ギルドが存在するそれぞれの国体からは、ある程度の独立性も持っている。

 だからこそ、犯罪者である冒険者をそれぞれの国や領主に引き渡すという協定もあるに違いない。

 アーサーの言葉に、ミランダが苦虫を噛み潰したような顔になったから、おそらく、そうなのだろう。

 一郎の感覚では、ハロンドール国内の犯罪の場合は、引き渡し協定たるものがあるとしても、相手はハロンドール王国という気もするが、この世界ではそうでもないのかもしれない。

 

 いずれにせよ、アーサーの思惑は明白だ。

 アネルザやスクルズに影響力を持っていると認識した一郎を、自分の道具として、とことん利用するつもりだと思う。

 エリカは、そのための人質だ。

 そんなことでも、考えているのだと思う。

 だが、それをさせるつもりはない。

 

「待ってください、大公。とにかく、謝罪をします。それよりも、そもそもの話に戻しませんか。クエストを依頼するかどうか、俺たちの力を見極めたいということだったはずです。だったら、力を見せましょう」

 

 一郎は立ちあがった。

 言葉遣いは丁寧だが、一郎の口調には明らかに、アーサーたちへの憤懣がこもっていたと思う。

 一郎の不穏な雰囲気に、護衛たちが緊張するのがわかった。

 

「待て」

 

 ランスロットが一郎の前を阻むように出てくる。

 凄まじい威圧を感じるが、一郎は平然と受けとめた。

 ランスロットの向こうにいるアーサーが不敵に微笑むのが見えた。

 

「ほう、ランスロットの殺気を顔色を変えずに受けとめられるとはな……。まあいい。力を見せるとはどうするのだ? なにか余興でもしてくれるのか、冒険者?」

 

 アーサーが笑った。

 確かに、ランスロットからは強い気のようなものが向けられている。

 しかし、それを正面から受けても、一郎はなぜか平然としていられた。武芸の心得のない一郎がランスロットの気を流し受けられるのは、おそらく、一郎の淫魔師レベルが関係しているのだと思う。

 

 この世界にある約束事のひとつに、一郎の魔眼のみで垣間見れることができる「ジョブレベル」があることには、最近気がついている。

 例えば、どんなに優れた魔道遣いであろうと、ジョブレベルが上の相手に対して、隷属の魔道をかけることはできない。

 「奴隷の首輪」は、魔道遣いが魔道を込める魔具だが、実のところ、魔道を刻んだその魔道遣いのもっているレベルよりも高い相手には、隷属の魔道の効果を及ぼすことができないのだ。

 それは、なにも魔道師レベルに限らず、ほかのどんなジョブのレベルであっても、同様になる。

 

 すなわち、すでに淫魔師レベルが“99”に達している一郎に、効果を及ぼすことができる「奴隷の首輪」はこの世界には存在しないということだ。

 目の前のランスロットの気も同様だと思う。

 ランスロットの最高ジョブレベルは、「戦士」ジョブの“30”だ。

 淫魔師レベル“99”の一郎には、ほとんど効果はないみたいだ。

 

「な、なぜ……?」

 

 ランスロットの顔が険しくなる。

 激しく気を練って、一郎にぶつけているからだと思う。ランスロットの顎から汗が滴ったのがわかった。

 

「それくらいの気なら、エリカでも跳ね返せるよ……。それと、ひとつだけ言っておきます。エリカを引き渡しはしません。殴られて当然のことを大公陛下は口にしたでしょう。エリカが殴ってくれて、むしろ感謝して欲しいですね。俺が手を出していれば、あなたは死んでましたよ」

 

 一郎はランスロット越しに、アーサーを睨んだ。

 すると、アーサーが爆笑した。

 

「お前になにができる。女に守られている臆病者のくせに──。お前が本物のクロノスなどというのは笑い話だな。今後はクロノスなどという自称はせんことだ」

 

「ただの一度もクロノスなんて、自称したことはないけどね……」

 

 一郎は苦笑した。

 この世界では、大勢の女を支配する甲斐性のある男を天空神になぞらえて、「クロノス」と呼ぶ習慣があるのは知っている。

 一郎の女たちが、ときどき一郎のことを“クロノス”だと口にすることがあるが、一郎がそれを強要したことはないし、一郎自身が自分がクロノスなどと言ったことは断じてない。

 

 だが、アーサーは、それがとても気に入らないことのようだ。

 そういえば、エレイン、すなわち、ビビアンがアーサーのことを話したとき、アーサーについては、自称クロノスだと蔑んだことがあった気がする。 

 一郎はエリカに一瞬だけ目をやった。

 エリカは、一郎の挑発めいた言葉に応じるかのように、すぐに飛びかかれる体勢で構えている。そもそも、コゼを侮辱したアーサーに、いまだにエリカが激怒していることはわかっている。いつも、やり合うふたりだが、実はとても、お互いを想い合っているのは、誰よりも一郎が知っている。

 

「エリカ、ランスロットを抑えろ。ほかの護衛とアーサーは任せろ……」

 

「大丈夫ですか……?」

 

「なに、ちょっと脅すだけだ……」

 

 一郎は、アーサーたちに視線を向けたまま、小さな声で言った。

 アーサーの顔から笑みが消える。

 

「んっ? 本当にやるつもりか……?」

 

 アーサーは余裕のある表情だ。

 だが、右手に巨大な魔力がどんどんと充満していっているのがわかる。

 一郎は魔道遣いではないが、なぜか、魔道の波動の流れを感じたのだ。

 おそらく、あれは何らかの攻撃魔道を放つ準備に違いない。

 

「ロウ、やめなさい――。エリカもよ。ギルド内における私闘はご法度よ。手を出すことは絶対に禁止する──。なにがあったのか、ちゃんと話は聞くから……」

 

 ミランダだ。

 かなり焦った口調だ。

 部屋の中に拡がっていく不穏な気配に、ひとり困惑している気配だ。

 さっきまで、ミランダの前には三人の護衛がいたが、一郎とアーサーが向かい合う態勢になったので、ひとりを除いて、一郎とエリカを制する位置に動いている。

 いまは、ランスロットを挟んで、座っているアーサーと、立ちあがっている一郎とエリカが向き合うかたちだ。その両脇にほかの護衛が一郎たちが構えている。

 剣こそ抜いていないが、一瞬後には抜刀できる感じだ。

 

「ギルドの女よ。さっきも言ったが、俺を殴ったエルフ女の取り調べはこちらで行う。エルフ女については、こっちで十分に調べが終わってから引き渡す。場合によっては、本国に連れ帰るかもしれんけどな。虜囚として……」

 

「まだ、そんなこと言ってんのか、大公……」

 

 一郎は敬語を使うのをやめた。

 視線には、もはやアーサーしか映っていない。

 ランスロットは、エリカが対応する……。

 すでにほかの護衛は距離的に届かない……。

 とにかく、コゼを傷つけたアーサーには、ひと泡吹かせてやる。

 そう決めた。

 

「ロウ、やめろと言ったら、やめるのよ──」

 

 ミランダが後ろから絶叫した。

 

「……それに、大公陛下──。エリカの引き渡しには応じられません。ロウについてもです。コゼも含めて、三人の冒険者ランクは、(シーラ)です。(シーラ)・ランクの冒険者は、ギルドとしても特別保護をする掟があり、それは相手が国家そのものでも適用します。Sランク冒険者は、国家を越える貴重な人材であり、特定の国家が不当に囲い込むことを防止するための特別協定として……」

 

「こいつらが(シーラ)ランク? (アルファ)ランクのはずだが?」

 

 アーサーがミランダの言葉を遮って、かすかに首を傾げた。

 Aランクだと、エリカの身柄を引き渡すことになり、Sランクだと引き渡さないで済むという掟が本当にあるのかどうかは知らない。

 だが、ミランダの言葉に対するアーサーの反応を考えると、それは自明のことなのだろう。

 

 そういえば、あまり興味はなかったが、ランが寝物語でそんなことを言っていた気がする。

 そのときの話を思い起こせば、確か、(シーラ)ランクほどの冒険者であれば、ひとつの国家が拘束して、自国の戦力として隷属させてしまうことが考えられ、それを防止するためということだった気がする。

 だから、どんな国家であろうと、(シーラ)ランクの冒険者については、たとえ、国家級の王族の権力であろうとも、絶対的にギルドが守るのだそうだ。

 各国もそれは認めている。

 さもないと、Sランクの冒険者をひとつの勢力が独占してしまうことが考えられるのだ。

 

 しかし、もっと大切なことだが、一郎はいま現在、(アルファ)ランクだ。

 (シーラ)ランクなど、確か世界でも、二十名もいないと耳にしたことがあるし、パーティとして数えたら、現役は五組くらいのはずだ。

 

(シーラ)ランクになったのが数日前なので、公表する暇がなかったのです。でも、間違いなく、彼らはすでにSランクです。すべての国に認められたギルドと国家間との特別協定に基づき、三人の引き渡しを拒否します、大公陛下」

 

 ミランダがきっぱりと言った。

 どうやら、ミランダはエリカを引き渡さないために、一郎たちをSランクに昇級させることにしたみたいだ。

 手続きや書類は、日付を遡って誤魔化すのだろう。

 ミランダがそこまでしてくれることに、一郎は少し驚いた。

 すると、アーサーがふっと笑った。

 

「面白い男だな……。よくよく女に守ってもらえる過保護君ということか……。まあいい。そこまで言うなら、エルフ女の引き渡しは不要だ。その代わり、指名クエストは受けてもらう。この男のパーティを雇う。期間は俺がこの王都に滞在間だ。そのあいだは、このSランクとやらの男のパーティは、俺の部下扱いだ」

 

「それは……」

 

 ミランダの困ったような声がした。

 一郎は、アーサーに視線を向けたまま、片手をあげてミランダを制する。

 

「ねえ、アーサー大公様、俺と賭けをしませんか?」

 

 一郎はアーサーを見つめたまま言った。

 

「賭け?」

 

「あなたが、なんだかんだで、俺たちの力を見たいと思っていることはわかります。あるいは、どれほどの者なのかどうかを見極めたいと考えている……。こうやって、対立するような状況になっても、いまだに護衛たちを、俺たちにけしかけさせない。挑発のようなことをしながら、しつこく、俺に話をさせようとしている。違いますか?」

 

「さあな」

 

 アーサーは笑った。

 しかし、表情の反応からすれば、一郎の考えは正しいことのように思った。

 

「多分、あなたは知りたいんでしょう。アネルザやスクルズ、その他の女……。あるいは、このミランダもかもしれない……。この国にいる女傑たちに大きな影響力を持っているかもしれないこの俺のことを……。いつの時点であなたが俺に興味を抱いたかわかりませんが、それなりには調べたんでしょうね。だから、それで強引に接触しようとした……。それがいまの状況です」

 

「俺が冒険者君に興味を抱いていると? 随分と自惚れが強いのだな」

 

「大公陛下ほどではありませんよ」

 

「なに?」

 

 一郎の言葉に、アーサーがむっとした顔になった。

 

「……あなたは、ご自身が有能な戦士であり、ここにいる五人はタリオ公国の誇る自慢の近衛兵なんでしょう。だけど、俺とエリカがその気になれば、あなたにだって手が届きますよ。力を試そうとするのはいいけど、無暗に冒険者を挑発などしないことです。それがどんなに危険なことなのか知っておいた方がいい」

 

「手が届く? このランスロットを始めとする五人は俺がとめているから、お前たちを斬らないのだぞ。この俺がひと言発すれば、その瞬間に、お前たちふたりは死ぬことになる」

 

「やってみることですね。俺はあなたを殺しません。ただ脅かすだけです。もしも、俺たちが勝ったら、さっきのエリカの行為を含めて、いずれも不問にしてもらいます。その代わり、あなたに雇われて、アン様に面談する機会は作ってあげましょう。アネルザにも話はしてあげてもいい。保証するのは話をする機会を作るだけのことですが……」

 

 一郎は言った。

 今度は一郎がアーサーを挑発する番だ。

 アネルザやスクルズを呼び捨てにしたことでも、一郎が本当に彼女たちに影響力を持っていることを示したつもりだ。

 

 いずれにしても、コゼを傷つけたことは、ただで許すわけにはいかない。

 多少は脅かしてやる。

 それに、この男は気にくわない。

 せいぜい、この国に留まるのは、残り三日程度だとは思うが、そのあいだはしっかりと見張り、なにを考えているのかしっかりと見極めさせてもらう。

 

 なんのために、アンに興味を抱いているのか……。

 それとも、興味を抱いているのは、アンではなく、ハロンドール王国そのものか?

 

 いまのハロンドールの国王は、一郎から見てもこれ以上ないほどの無能だ。

 アーサーでなくても、多少の野心家であれば、簡単に乗っ取れるのではないかと考えても不自然ではない。

 そういえば、あのエレインにしても、マアにしても、アーサーを知る者は、例外なく、アーサーのことを野心家で有能な男だと口にしていた。

 

「お前にその力があるというのか、冒険者君?」

 

「試してみることです」

 

 一郎は言った。

 アーサーが軽く肩をすくめた。

 すでに、アーサーの拳には、魔道発動の準備が終わっているのがわかる。

 万が一にも、一郎がアーサーに手が届くとは考えていないだろう。

 そもそも、一郎はいまなんの武器も持っていない。

 アーサーなら、一郎には武芸の心得など皆無であり、一郎と一対一の状況になっても、一郎を無力化する自信はあると思う。

 ましてや、ランスロットを始め五人の護衛がいるのだ。

 

「ロウ、やめなさい……。相手は大公陛下よ……」

 

 ミランダがもう一度言った。

 だが、アーサーが手でミランダを制する動作をした。

 

「ギルドの女、これは、ただの試しだ──。座興だ。とめるな」

 

 アーサーが言った。

 ミランダが嘆息した音が背中から聞こえた。

 一郎とアーサーが争うのをとめることを諦めたのだろう。

 

「では、動きますよ……。ところで、タリオ公国は、あなたひとりでもっている国です……。あなたという人は大変な改革家であり、かなりの無理をして、いまの国の状態を作ったそうですね……。だけど、いまがとて大切なとき……。いま、あなたが死ねば、タリオ公国という国は乱れるんでしょうね。しかも、あなたには子もおられない。つまりは、誰を後継者にするかどうかについても、一から残された者で考えなければならない。きっと大いに乱れるでしょう」

 

「なにが言いたいんだ、冒険者君」

 

「あなたはとても自信家のようだけど、実はとても危うい状態にあるのだということをお教えするためです。これに懲りて、人を試すようなことはしないことです」

 

 一郎は一歩前に出た。

 目の前のランスロットを始めとして、護衛たちが一斉に動く。

 

「えっ?」

 

 だが、ランスロットが一瞬、目を丸くした。

 両足が床から密着して動かないことに気がついたのだ。なにしろ一郎は、話のあいだ、ずっと粘性体を薄く伸ばして、彼らの脚を床に密着させる準備をしていた。

 一郎の淫魔師レベルは“99”だ。

 ランスロットもアーサーも、それなりの魔道遣いではあるが、まったく気がついていなかったようだ。

 それだけじゃない。

 護衛たちの剣が抜けないように、鞘と柄の部分も粘性体を拡げておいた。

 驚いている護衛たちの動きが一瞬、とまった。

 一郎には、その一瞬で十分だ。

 

「そりゃあ──」

 

 エリカがランスロットを掴んで、再び投げ飛ばす。

 油断はしていなかったはずだが、今度は脚を粘性体に取られていて、体勢を崩している。

 エリカは簡単にランスロットを横に押し飛ばした。

 ランスロットが倒れるときには、咄嗟に両足の粘性体は消滅させている。

 

「おっ──」

 

 一郎は数歩進んで、アーサーの頭に手を伸ばす。

 アーサーの目が大きく見開く。

 一郎の手には、火縄のついた短銃があったからだ。

 亜空間から出現させ、一郎は一瞬にして、手に短銃を持たせて、アーサーに突きつける格好になった。

 驚いているアーサーが魔道を一郎に発動させたのがわかった。

 

「ぐあああっ」

 

 アーサーが後ろに吹っ飛ぶ。

 そのまま壁に激突して、アーサーは頭を打ってぐったりとなった。

 

「大公──」

「大公陛下──」

「アーサー陛下──」

 

 護衛たちが悲鳴をあげた。

 この時点においても、一郎は、粘性体によって護衛たちの足を床に縫いつけている。

 エリカに飛ばされたランスロットについても、再度粘性体で床に拘束した。

 

「約束ですよ、大公。これは不問のことです」

 

 一郎はアーサーに言った。

 後頭部を打ちつけて朦朧としている様子だったが、アーサーにはちゃんと意識はあるみたいだ。

 アーサーが衝撃で一郎から跳ね飛ばされるかたちになったのは、一郎がいま、あの「王家の宝珠」を服の下に付けているからだ。

 ここに来る前に、一郎は念のために、サキがルードルフからすり替えて奪ってきた王家の護り魔具を首からぶらさげてきたのだ。

 王家の宝珠というのは、本来はハロンドールの王に代々受け継がれている伝承の宝具であり、あらゆる悪意のある攻撃を術者に跳ね返す機能がある。毒を盛れば、毒が返り、刀で斬れば、その傷は斬りつけた当人の身体を傷つける。

 そんな宝珠だ。

 当然に、一郎に魔道を放ったアーサーは、その魔道を自分自身に受けることになったということだ。

 それにしても、初めてこれを試すことになったが、実に便利な宝具だ。

 

「これは……」

 

 アーサーが我に返った。

 しかし、呆気にとられている。

 いまだに、なぜ、自分が飛ばされたのかわからない様子だ。

 それにしても、アーサーが命拾いしたのは、致死性の魔道を一郎に放たなかったことだ。

 もしも、一郎を殺すつもりの魔道を打っていれば、宝珠の護りの効果により、死んだのはアーサーの方だったろう。

 

「ロウ──」

「ロウ様、大丈夫ですか──?」

 

 ミランダとエリカが同時に叫んだ。

 このときには、護衛たちの足を拘束していた粘性体は消滅させている。

 

「なにをしたのだ──。待て──」

 

 ランスロットが慌てたように立ちあがって声をあげた。

 だが、一郎はそのときには、エリカの腕をとって、部屋の外に出ていた。コゼについては、さっきのどさくさのあいだに、亜空間に一時的に隠した。

 しかし、アーサーもランスロットも、突然にコゼがいなくなっていることに、気がついてもなさそうだ。

 

「では、大公陛下、俺たちはこれで……。明日は第三神殿でお待ちしています。しっかりと護衛の任務は務めますよ。あっ、いつご訪問されるかは連絡をいただかなくて結構です。スクルズに聞きますから」

 

 いまだに混乱から回復していないアーサーたちを置いて、一郎はエリカを伴って部屋を出た。

 幸いにも、ランスロットもほかの護衛も、まだ立ち直っていない。

 

 ミランダが、あとは任せろと言わんばかりに、にっこりと微笑みを向けて、小さく手を振る。

 そして、一郎は一目散にギルドから逃亡した。

 

 

 *

 

 

 ビビアンは、少し前の情景を些かの興奮とともに回想している。

 アーサーとロウとの対立のことだ。

 

 ビビアンは、護衛の男のひとりに化けて、その場に立会していたのだが、自分の主人とはいえ、アーサーのやり口は、あまり、上品とはいえないものだった。

 

 アーサーは、ビビアンが提供した情報から、あのロウという冒険者上がりの一代子爵の男が、実際には、かなりの影響力を王家に持っているということに気がついた。

 そもそも、子爵というのは、本来、移民をして一年にもならない男に、いきなり与えられるような爵位ではない。

 だが、国王自らの物言いで、ロウは子爵になったのだ。

 ほかの貴族たちの反感のようなものも、王妃が立ち塞がって、それをすべて排除している。

 このこと、ひとつだけでも、ロウが実はかなりの王家にとって重要な人物だということがわかる。

 

 アーサーは拙速だった。

 しかも、直接的に動いた。

 ロウが王家の重要人物だと悟ると、すぐにこれを利用しようとし、冒険者ギルドに乗り込み、強引に指名依頼をかけた。

 ロウを手に入れるためである。

 

 しかも、対面では、わざと怒らせるように振るまい、自分を攻撃させて、弱みを握るということを考えた。

 アーサーは一国の大公であり、一応はこの国を訪問している賓客だ。

 そのアーサーを一介の冒険者が殴れば、大変なことになる。

 また、愛人だというロウを処刑させるわけがない王妃のアネルザが、アンの婚姻話を完全に無視している態度を改め、アーサーに譲歩するしかなくなるだろうということは予想がついた。

 そんな計算により、面談したロウを散々にあおり、意図的に激昂させようとしたのだ。

 

 ビビアンも護衛のひとりに扮して見ていたが、まあ、アーサーの態度は、下衆そのものであり、コゼに聞こえるように「厠女」と蔑んだときには、ビビアンさえも鼻白んだ。

 しかも、あの言葉は、おそらく計算によるものじゃない。

 アーサーの心からの蔑みだ。

 

 コゼに関する調査をアーサーに伝えたのはビビアンだが、アーサーの反応は、不幸すぎる境遇に陥っていたコゼについて、コゼをそんな風に扱った男たちではなく、コゼの方を蔑むというものだった。

 まあ、男尊女卑の傾向の強いアーサーらしいとは思ったが……。

 

 とにかく、その結果、ロウではなく、ロウの仲間のエリカがアーサーを殴りかかることになり、アーサーは予定通りに軽く殴打を受けて、一郎、ひいては、王妃のアネルザを追い詰める材料を得た。

 ここまではアーサーの思惑通りだ。

 

 そして、アーサーは、さらに、エリカの暴力を最大限に活用して、ロウをじわじわとなぶった。

 エリカを人質にとるということまで仄めかして、ロウをいたぶりさえしたのだ。

 ミランダという冒険者ギルドの女が現われたが、そのギルドの女にも、嫌味たっぷりの態度で尊大に応じた。

 まさかとは思うが、ビビアンがロウのことを「クロノス」と呼んだことを相当に根に持ったのか?

 そんな感じの、珍しくもしつこいアーサーの対応だった。

 

 しかし、アーサーの攻勢はここまでだ。

 今度は一転して、ロウがアーサーを挑発するような物言いをし、アーサーなどいつでも手を出せるということを口にしはじめたのだ。

 アーサーにしても、護衛のランスロットにしても、何度も戦場に出たことがある強者である。

 冒険者などに後れを取るなど考えもしなかっただろう。

 ビビアンからしても、ロウは武術はからきしだ。

 戦えば、アーサーでも、ランスロットでも、瞬時にロウを殺せると思った。

 アーサーも、案の定、ロウの挑発を嘲笑して、ロウの挑戦を受けて立つということを言った。

 

 そして、ロウは手を出した。

 

 あとはどうなったかわからない。

 

 一瞬だけのことだが、護衛としてふるまっていたビビアンを含み、あそこにいた全員が、なぜか一瞬にして動きを封じられたのだ。

 さらに、ランスロットもエリカに排除され、ロウはアーサーに手を向けた。

 そのとき、ビビアンは、一瞬だったが、なにもないはずのロウの手に射撃準備の終った短銃が握られているのを見た。

 びっくりした。

 

 ロウがあの瞬間に引き金を引きさえすれば、アーサーは即死していたに違いない。

 なにしろ、ロウの銃は真っ直ぐに、アーサーの眉間に向けられていたからだ。

 そして、次に起こったことも、なにもわからない。

 

 アーサーは咄嗟に攻撃魔道を発動したと思う。

 だが、その衝撃で跳ね飛ばされたのは、ロウではなく、アーサーの方だった。

 なぜか、アーサーは魔道を放ったロウから、自らの魔道を跳ね返されたのだ。

 ビビアンは動きを封じられた状態で呆気にとられた。

 

 そして、壁に打ち付けられたアーサーを尻目に、ビビアンを含めた全員は、すぐには混乱から抜け出せなかった。

 はっと気がついたときには、ロウは女たちを連れて、部屋を出てしまったあとだった。

 捨て台詞を残して……。

 

 そして、いまに至る。

 

 我に返って、激昂の表情を示したアーサーだったが、ロウを捕えよとは言わなかった。

 もちろん、殺せとも……。

 

 逃亡する直前に、ロウはアーサーに、アーサーの行動に最小限の協力することを約束していたし、ロウを使って、事態の打開を図るという当初の目的は、達せられる状況になっていた。

 してやられて口惜しいという思いはあったと思うが、それを除けば、まあ、ロウはアーサーがアンと会う場を設定すると約束もしたのだ。

 それだけでなく、頑なにアーサーを失礼千万にも、門前払いに近い扱いを続けている王妃のアネルザとも会談の機会を作るとのことだ。

 

 王家でもない、本来は一介の子爵でしかないロウが、そんなことを約束できるのはおかしいのだが、ロウを知っているビビアンからすれば、ロウが約束をしたのなら、必ずそれは果たされる……。

 そんな気がした。

 

 いずれにしても、いまのことだ。

 

 ビビアンが新たに命じられたのは、ギルドから逃げていったロウを追いかけ、居場所を確認し、さらに尾行し、ロウが明日までのあいだにどういう行動をとるのかの情報をとることだ。

 どこに向かい、誰と接触し、どんな話をしたのかということを見極め、明日の朝にアーサーに報告をする……。

 それを命じられた。

 だから、いま、こうやって、王都の道を進んでいるということだ。

 

 すでに、護衛に扮していた男装は解いている。

 いまのビビアンは、どこにでもいる若い王都の平民の娘の格好だ。

 背中に野菜の入った籠を担いでいて、市であがなった食材をどこかの料理屋にでも、運んでいく体裁だ。

 とにかく、まずはロウたちがどこに行ったのかという足取りを追うことだ。

 ロウが王都の城外にある人里から少し離れた場所にある通称「幽霊屋敷」を棲み処にしていることは、ビビアンはすでに掴んでいる。

 しかし、そこには戻らないだろう。

 

 さっきのいまだ。

 ロウは第三神殿にいるスクルズあたりと合流して、明日の行動について話し合いをするはずだ。

 それとも、王妃のところか……。

 いずれにしても、王都内にはいるはずだ。

 とにかく、早く見つけないことには……。

 

 そのときだった。

 ひたひたと足音が後ろから音がしたと思った。

 振り返った。

 そこにいたのは、果たしてロウだ。

 横にはエリカもいる。

 ロウは、こっちを向いて、意味あり気に微笑んでいた。

 しかし、いまのビビアンは、ただの町娘の姿であり、一郎が知っているはずはない。

 だが、ロウは明らかにビビアンに視線を向けている。

 ビビアンは、不安な気持ちになった。

 

「ご主人様に用事があるの、エレイン? あっ、本当はビビアンっていうのが通り名だって?」

 

 はっとした。

 まったく気がつかなかったが、完全に背後をとられていたのだ。

 後ろから話しかけてきたのはコゼだった。

 アーサーに厠女と蔑まれて、真っ蒼になって震えた影はもうない。

 コゼの存在に目を丸くしているビビアンに向かって、愉快そうに笑っている。

 それにしても、ビビアンという諜報員としての名を知っている?

 それはあり得ないことのはずなのだが……。

 

「くっ」

 

 次の瞬間、ぐらりと身体が揺れたのを感じた。

 いきなり全身が脱力する。

 身体をコゼに抱えられた。

 わけがわからない。

 しかし、すぐに毒を打たれたのだと気がついた。

 首の後ろに違和感がある。

 おそらく、コゼに背後を取られた瞬間に、弛緩剤を塗った針を首に打たれたのだと思う。

 ビビアンともあろう者が……。

 思わず舌打ちした。

 

「実は俺たちも、あんたを探していた。色々と教えてもらおうと思ってね。心配ない。コゼの針は強いものじゃない。すぐに身体は動くようになる。少しのあいだ、大人しくしてもらうだけだ。口づけをする時間だけね」

 

 ロウがやって来て、ビビアンの身体を抱き締めて、すぐそばの路地に連れ込んだ。

 周りの人影がなくなる。

 また、エリカがさっとビビアンの手を背中に動かし、指に紐のようなものを巻きつけた。

 ぎゅっと親指の付け根がまとめて縛られる。

 指縛りだ。

 

 悲鳴をあげようにも、舌が痺れて動かない。

 声さえも出ない。

 ビビアンはやっと恐怖を覚えてきた。

 

「あっ、あ……あ、あ……」

 

 なんとか声を出そうともがくが、やはり声は出ない。

 そのビビアンの口をロウの唇が塞いだ。

 ロウの舌とともに、唾液が入ってくる。

 その瞬間、突如として、得体の知れないものが心を鷲掴みする感覚が襲いかかってきた。



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231 女間者の失敗

「ぐっ」

 

 口の中に血の匂いが拡がる。

 ビビアンが自分で口の中の一部を噛み切ったからだ。

 なにしろ、ロウに口づけされて、口の中を舌で愛撫された瞬間、痺れるような快感が全身を覆った。

 ロウの与える快感は、コゼによる身体の弛緩よりも余程に脅威に感じた。

 それで、咄嗟に口を噛み切った。

 疼いて熱くなりかけた感覚がまともになる。

 

「おっと」

 

 ロウはさっとビビアンを離して、路地の壁にビビアンの身体を押しつけるようにした。

 口を中を噛み切ったときに、一緒にロウの舌も噛み千切ってやろうかと思ったが、うまく身体を離された。

 案外にこっちの動きに敏感だ。

 歯の中に隠している解毒剤を歯で破いて飲む。

 弛緩していた身体が力を取り戻すのがわかる。

 

「あれ? 回復した?」

 

「ロウ様、離れてください──。わたしが対応します」

 

 エリカが剣を抜いて、さっとロウの前に出てくる。

 その横では、コゼがビビアンに身構えている。

 一瞬ではわからないが、コゼの手の中には、小さな針が幾つか隠れているのがわかる。

 おそらく、その先端に塗ってあった毒剤がビビアンの身体を一瞬弛緩させたのだろう。

 しかし、ビビアンはこんなときのために、いつも口の中に解毒剤を隠すようにしている。

 それが役に立った。

 

「ちっ」

 

 ビビアンは苛つきに、思わず舌打ちしてしまった。

 後手に縛られた指を縄抜けで解こうとするが、なぜかうまくいかないのだ。

 仕方なく、後手に両手を拘束されたまま、ビビアンは、エリカとコゼに距離をとるようにじりじりとさがった。

 だが、背中は壁だ。

 すぐに追い詰められる。

 跳躍して逃亡もできるが、ふたりはかなりの猛者だ。

 隙も見つからない。

 そのとき、ふたりの背後にいるロウがくすくすと笑った。

 

「縄抜けはできないよ。ビビアンは、その気にならないはずだからね。あなたは俺に捕まりたがっている。なにしろ、前に俺に何度も何度も精を注がれているからね。実のところ、あのとき、あなたに淫魔師の支配をしなかったわけじゃない。ただ、活性化しなかっただけだ。だから、こうして、唾液の呼び水だけで、あなたを操ることもできる」

 

 淫魔師の支配──?

 操り――?

 

 なにを馬鹿なと思ったが、ロウの言葉が終わった瞬間に、縄抜けをしようとしていた指がビビアンの意思を裏切るように動かなくなった。

 さっきのように薬剤で弛緩をされたというものとは違う。

 ビビアンの思考自体がロウへの抵抗をやめたのだ。

 自分自身の身体の反応に、ビビアンは驚愕してしまった。

 

「淫魔師?」

 

 言葉だけは知っている。

 精液の力で女を支配するという伝承の存在だ。

 だが、淫魔師など、実際には精力自慢の男の自尊の単語であり、本当に精液で女を支配することができる能力など、あり得ないと思っている。

 いや、ビビアンだけがそう思うだけじゃなく、それが世間一般の考えだ。

 言葉そのものは存在するが、実際には存在してない。

 淫魔師とはそういうものだ……。

 だが、そんなものが本当に存在する? 

 しかし、いまのビビアンの身体の反応……。

 本当に操られている……?

 

「信じる必要はないよ。いずれにしても、もう一度愛し合おうよ。ところで、口の中の傷は治しておいたよ。それだけで、すでに俺に支配されているのがわかるんじゃない?」

 

 ロウが顔に笑みを浮かべながら言った。

 傷……?

 そして、はっとする。

 さっき噛み切ったはずの口の痛みがない。

 血の味も消えている。

 治療した?

 魔道も遣えないはずのロウが?

 怪我や病気を癒す光魔道は、魔道遣いでも高位技術だ。

 

「どういうこと?」

 

 ビビアンは当惑した。

 

「だから、愛し合うのさ。それでわかる。ビビアンも、それを求めているんじゃないかな? 少なくともビビアンの身体はね」

 

 ビビアンは舌打ちした。

 あの廃神殿での出逢いのあと、ビビアンは、目の前の女ふたり、さらに、シャングリアという女騎士、そして、いまは第三神殿の神殿長になったスクルズとともに、ロウたちと十日間ほど温泉宿で愛し合った。

 あれは、確かに素晴らしい体験だった。

 性愛に関しては百戦錬磨のつもりだったビビアンだったが、目の前のロウを前にしては少女も同然だったのを覚えている。

 確かに、あのときの快感は身体が忘れさせてもらえない。

 このロウの与える快感に我を忘れて、ただただ十日間を愉しんだ。

 女間者としての任務を忘れて、ひたすらに肉欲をむさぼる日々はなんと甘美だったことか……。

 しかも、このロウの精力は、ほとんど無尽蔵としか思えず、四人もの女を相手に怒張が萎えるということがなかった。

 いくらでも女たちの求めに応じて、相手をしてくれるのだ。

 ビビアンも夢中になって、ほかの女たちと一緒に、ロウの性器をむさぼったっけ……。

 

 実のところ、あれはすごかった。

 しかも、いまでも、あの日々がビビアンにつきまとう。

 異様な身体の火照りとともに、ふつふつと、あのときの快感が甦って来ることがあるのだ。

 収めようとしても、収められない身体の熱さ……。

 これが襲いかかると、ビビアンはどうしようもない疼きに見舞われるのだ。

 もしかして、あのときの余韻だろうかなと、最初の頃は思った。

 だが、その火照り具合は、日に日に高まっていった。

 ほかの男を抱いても満足できない。

 

 ロウはとにかく特別だった。

 特別だ。

 性愛にかけては、ビビアンがこれまで一度も出逢ったことのない男だ。

 本音をいえば、ビビアンの身体は、確かに再びロウに抱かれることを欲している。

 しかし、抱かれてしまえば、さすがに存在がばれるし、ロウが王家に関わる人物だとわかった以上、不用意な接触は避けるべきだと自重した

 だが、ロウの周りを調べながら、ロウに会わない日々は、狂おしい性の飢餓感として、ビビアンを苦しめもした。

 それは事実だ。

 

 だから、ロウが口にした、ビビアンの身体がロウを求めているということについては、否定はできない。

 性愛で男に負けたという事実は口惜しくもあるし、いままでの人生で保ってきた自負心と誇りのようなものが崩れるのを目の当たりにするのは、呆然とするものがあったが、もう一度ロウに抱かれたい──。

 そう考えているビビアンの一部があるのは事実だ。

 しかし、それを口にするわけにはいかない。

 

「まあ、あんたがいい男なのは、認めるけどね」

 

 とりあえず、ビビアンはそれだけを言った。

 そのあいだも、注意深く三人を見ている。

 エリカとコゼは、すぐにでもビビアンに飛びかかってこれそうだが、ビビアンとロウが語り始めたので、いまは静観している感じだ。

 だが、ビビアンが動けば、躊躇なく飛びかかってくるだろう。

 一方で、いまのこの時間は、ビビアンにとってもありがたい。

 コゼの毒薬により一時的に弛緩した身体が、歯に隠していた解毒剤を飲むことで回復をしてきている。だんだんと力が戻るのがわかる。

 こうなったら、うまくロウを人質に取れればいいのだが……。

 エリカもコゼも、ロウを人質に取られれば、絶対に抵抗しない。

 そんな予感はある。

 このふたりにとって、第一優先はロウだ。

 

 だが、なんの武芸の心得もないようなロウが得体の知れない力を持っているのもわかっている。

 さっき冒険者ギルドで、なにもない宙から短銃を出してみせた技や、あのアーサーを衝撃で吹き飛ばした不思議な力……。

 ロウは決して油断してはならない男だ。

 アーサーの評価は、あの出来事の後である、いまの今でも低いみたいだが、ビビアンはとんでもない凄腕じゃないかと思っている。

 

「どうせ、逃げられない。諦めて俺に支配されなよ。あんたがタリオの間者であることは、あのときから気がついていた。そのときには、タリオ公国は敵じゃなかったから、気にもしなかったけど、俺の女たちに手を出そうとするなら話は別だ。あんたには、俺に寝返ってもらう。俺の女を守るためだ」

 

「冗談じゃないよ。ロウには助けられたし、感謝もしている。あんたがいい男だったのは覚えているし、確かにあたしの身体はあんたを忘れてない。でも、これとそれとは別だよ。あたしが寝返る? 笑わせないでよ。それよりも、あんたは、ハロンドール王家にとって、どういう存在? なんで、そんなに影響力があるんだい? 王妃があんたに従うようにも思えるのはなんで?」

 

 ビビアンの調査の限り、王妃アネルザがかなりのところで、ロウに便宜を図っているのは確かだ。

 それは単に愛人だということだけでは、異常なほどだ。

 また、あのスクルズがロウに惚れ抜いているのは、ビビアンは肌で知っている。

 そのスクルズが預かっている第一王女のアンだから、ロウもアンのことは知らない存在でもないのかもしれない。

 また、潜入調査で詳しいことまでわからなかったが、少なくとも王太女になったイザベラの侍女たちは、ロウのことをよく知っている気配だ。

 だから、もしかしたら、このロウと王太女はそれなりに親しいのではないかとも勘ぐっている。

 なにしろ、イザベラが王太女になる契機となったキシダインの起こしたイザベラ襲撃で、イザベラを助けたのはロウたちだ。

 ロウはその功績で子爵の地位をもらったのだ。

 命の恩人であるロウをイザベラが親しくしないはずはない気がする。

 この事件を境にするように、あんなに仲が悪かった王妃とイザベラの関係が、劇的に改善されているが、もしかして、その間に立ったのもロウではないかと、ビビアンは推測している。

 まさか、本当に淫魔師としての支配?

 

「俺たちは仲間だ。愛し合うことで、お互いを裏切ることがない絶対の絆を結ぶ。いまから、ビビアンにも、その絆に加わってもらう」

 

「だから、そんなことできるわけないと言ったよ。お願いだよ。あんたには恩もあるし、義理もある。争いたくない。いまだって、あまりに不利なことは、アーサーには喋ってない。最小限のことしか、アーサーには報告してないんだ」

 

 事実だ。

 あれから、諜報員としては、部下を外されたかたちになり、ひとりハロンドール王国の王都に潜入する命を受けたビビアンは、それを利用して、ロウやその周辺についてそれなりに調べた。

 コゼがどうやら逃亡奴隷らしいということも、その調査の中でわかったが、例えば、アーサーには、コゼの気の毒な境遇については説明したが、逃亡奴隷であるということについては隠した。

 教えれば、それについても、なにか利用するのではないかと思ったのだ。

 

「ビビアン、もう一度言うけど、あなたが俺たちの仲間に加わるのは決定事項だ。それで、アーサーがなにを考えているのか教えてもらう。でも、強引に操りたくない。そんなことをすれば、ビビアンの心に何かしらの悪い影響が出る。だから、ビビアンには、望んで仲間に加わって欲しい……。まあ、いずれにしても、屈服してもらう。コゼに意地悪をした仕返しくらいはしないとね」

 

「意地悪?」

 

 コゼがちょっと首を傾げた。

 まるで、なんのことなのか、わからないという仕草だ。

 もしかして、さっきのこと覚えていない?

 だとしたら、ロウは自分の女にそんなこともできる?

 

 やっぱり、ロウが淫魔師だというのは、本当──?

 ならば、これは最大級に重要な情報だ。

 この世に淫魔師という者が実際に存在している……。

 信じられないが、だんだんと信じる気になってきた。

 そもそも、だとすれば、三人の女傑や王妃、高位魔道遣いのスクルズ、おそらく、さっきの態度で予想しているが冒険者ギルドのミランダも、ロウに親しい感情を抱いているということについて、全部説明できる。

 女を精の力で支配する淫魔師……。

 それがロウ……。

 

「あんたって、本当に淫魔師?」

 

 ビビアンは言った。

 ロウはにっこりと笑った。

 その表情に淀みはない。

 

 ビビアンは背に冷たいものが流れるのがわかった。

 ならば、自分の中にも、そのロウの支配が入り込んでいるのか……。

 それで縄抜けをする意思を失わされた……。

 危険だ……。

 この男は限りなく危険だ……。

 殺さなければ……。

 ビビアンの本能がそれを訴える。

 

 仕方がない……。

 殺したくはないが……。

 両手が封じられていても、こいつを殺す手段はいくらでもある。

 ビビアンは脚に力を込めた。

 

「足技に気をつけろ、ふたりとも……。なにか仕込んでいるかもしれない」

 

 そのとき、ロウがすかさず言った。

 ビビアンは息を呑んだ。

 

「エリカ、全体はあんたに任せるよ。でも、こいつの足技と仕込んでる暗器にはあたしが対応する」

 

 コゼがわずかに前に出た。

 ビビアンは身構えた。

 針──?

 コゼが手に持っている投げ針を飛ばすことを狙っているのはわかる。

 

「ビビアン、あなたは、おそらく、いまの大公のアーサーに仕えるのを心の底からよしとはしていない……。あなたの心には常に不満がある。それは口にも出していた。だから、俺に寝返ったとしても、自分の心に裏切るわけじゃない。下賤な物言いだけど、すでに身体は屈服している。あとは心がそれに追いつくだけだ。

 

 ロウが言った。

 ビビアンは顔をしかめた。

 

「あたしを説得するつもりなの? あり得ないわよ──」

 

「説得じゃない。教えているだけだ。その方が楽だということを……。それに、すでにあなたはさっき俺の唾液を吸った。すでに勝負はついている……。膝を折るんだ……」

 

「えっ?」

 

 ロウが言葉を発した瞬間に、ビビアンの両膝が突然に力を失い、ビビアンはその場に跪くかたちになった。

 すかさず、足首に二本の針が飛んで刺さった。

 コゼの投げ針だ。

 物理的にも足が動かなくなる。

 

「ご主人様、裸にして武装解除しますか?」

 

 コゼがさっと近づいて、ビビアンの背後に回って襟首を掴む。ビビアンの首には、コゼの持つ小さな刃物の刃が突きつけられた。

 エリカはまだ、注意深く、ビビアンに剣を向けて睨んでいる。

 さすがに、もう逃げられない……。

 ビビアンは悟った。

 口の中の解毒剤はもうない。

 ビビアンの身体は、再び脱力してしまっている。

 

「必要ない。もうビビアンは抵抗しない。そうだよね? あなたは俺を傷つけることはできない……」

 

 ロウが近づいてくる。

 その言葉をかけられることで、ビビアンはロウに対する敵意がすっと抜けるのがわかった。

 心を操る……?

 ビビアンはぞっとした。

 本物だ……。

 恐怖が全身を走り始める。

 

「怖がらなくて大丈夫よ、エレイン……。いや、ビビアンね。ご主人様は、気持ちよくしてくれるわ……。」

 

 コゼが言った。

 しかし、そのコゼも軽口は叩くが、まだ緊張は解いていない。

 いまだに用心深くビビアンを見張っている。

 一方で、エリカは剣を収めた。

 

「わたしは、路地の入り口を見張っています。なるべく、早くお願いします。コゼ、任せたわ」

 

 そのままエリカが離れていく。

 早く終わる?

 なに──?

 ロウがエリカに向かって口を開く。

 

「すぐ終わる。その後はお仕置きだ。ただのお仕置きじゃあ満足しないだろうし、心も折れないだろう。だから、ビビアンには、いままでに体験したことのないような恥辱を準備している。最後にはご褒美だ。お仕置きは、俺たちの仲間になる儀式のようなものだから、悪く思うなよ」

 

 ロウがビビアンの身体を掴む。

 コゼがさっと刃物を引く。

 後手で指縛りにされている身体を反転させられて、路地の壁側に頭を向かされた。

 コゼがビビアンの首と胴体を押さえ、地面に跪いたまま、ビビアンが地面に頭をつけさせられた。

 手足の力を抜いている弛緩剤とおそらく、なんらかのロウの暗示の言葉が、ビビアンに抵抗力を失わせる。

 ビビアンは、簡単にロウに向かって後ろを向けて、お尻だけを高くあげる格好にされた。

 

「うわっ、なによ──」

 

 ビビアンは思わず声をあげた。

 ロウが後ろから、町娘の恰好のビビアンのスカートを捲りあげて、下着を下に引っ張ったのだ。

 両腰を横から持っているロウの手とは別の手が伸びて、その下着を切り去ったのがわかった。

 コゼだろう。

 

「や、やめてっ」

 

 ビビアンは悲鳴をあげた。

 やっと、この場で犯されるということがわかったのだ。

 身体を犯されるのは苦痛じゃない。

 男の身体をむさぼるのは大好きだし、こんな路地のような野外で男と愛し合った経験は数限りなくある。

 だが、ロウに精を注がれれば、心を支配される。

 それを恐怖したのだ。

 

「小娘みたいな悲鳴をあげないのよ」

 

 コゼが笑って、ビビアンから切り去った下着を口の中に強引に押し込んできた。

 さらに、素早く革紐のようなものを口に咥えさせられて、布が口から出せないようにされる。

 

「んんんっ」

 

 ビビアンは地面につけている顔をのけ反らせた。

 服の上からだが、ロウが片手でビビアンの胸の膨らみを交互に愛撫し始めたのだ。

 

「んんうっ」

 

 やっぱりロウの手はすごい。

 耐えようしても耐えきれない鋭い愉悦が瞬時に襲いかかってきた。

 服の上からちょっと触れられただけでこれなら、直接に触られたらどうなるのか──?

 いまさらながら、ビビアンはロウとの性愛の怖さを思い出してきた。

 ロウがビビアンの胸を揉みながら、お尻の亀裂に舌を這わせる。

 

「んひいっ」

 

 あまりもの甘美さと衝撃に、ビビアンは地面方向に落としている上体をぴんと反らして、悲鳴をあげた。

 さらに、次々に快感を注ぎ込まれる。

 

「んぐうっ」

 

 ビビアンは喉の奥で呻かずにはいられなかった。

 ロウの舌がお尻を這い回る。

 片手が股間に伸びる。

 さらに胸の愛撫……。

 峻烈な衝撃が次々にビビアンを撃ち抜く。

 

「んんっ、んんんっ、んんっ」

 

 快感が全身を駆けまわる。

 支配される──。

 それがわかった。

 だが、それもいいかと思うほどに、体内に込みあがる欲情のうねりは甚大だ。

 身体がどんどん燃えあがる。

 いま、どんな状況で、ここがどこであるかということもわからなくなる。

 

 思考が溶けていく。

 それとともに、すべての対抗心が快感の中に消えていく。

 気持ちいい――。

 耐えられない。

 もう、どうでもいい……。

 これがあればいい……。

 ビビアンはそう思い始めてきた。

 そして、ロウの舌がお尻の穴に強引にねじ込まれてきた。

 

「んああああああっ」

 

 深い芳烈なまでの歓喜に、ビビアンは我を忘れた。

 一気に快感が飛翔して、絶頂を迎えそうになる。

 だが、すっとロウの愛撫が一瞬とまる。

 絶頂が遠のき、ビビアンは焦燥感で狂いそうになった。

 

「んぐううっ」

 

 ビビアンはおねだりをするように腰を振った。

 もしも、手足が自由だったら、ビビアンは強引にロウを抱き倒して、すぐにでも怒張を股間に貫かせて快感をむさぼったに違いない。

 だが、いまは手足が弛緩され、コゼがビビアンの身体を押さえてもいる。

 ロウから与えられるものしか得られない。

 それがもどかしい──。

 

「んっ、んんっ、んんっ」

 

 欲しい──。

 身体に潜む性感のすべてがロウを求めている。

 本当になにもかもどうでもよくなった。

 このまま欲情に支配されて、快感を極め続けたい。

 そう思った。

 すると、ロウが後ろで笑った気がした。

 

「いきますね」

 

 ロウが頭をビビアンのお尻側からあげて、体勢を変えるのがわかった。

 次の瞬間、ビビアンの尻たぶの下にロウの怒張が当たるのを感じた。

 そのまま、一気に股間に突きたててくる。

 

「んふううううっ」

 

 声は出せないが、ロウの怒張が入ってくるあまりの衝撃に、燃えさかっていた欲情という欲情が全身を歓喜させる。

 次に深々と身体を貫く怒張がすっと引かれる。

 

「んあああ」

 

 ビビアンは全身をがくがくと震わせた、

 ただ、貫くだけでもビビアンを追い詰めた怒張がいよいよ抽送を開始したのだ。

 二度、三度と律動が繰り返させる。

 股間からとめどない愛液が迸るのがわかる。

 全身の震えがとまらない。

 早くもビビアンは、またもや絶頂を迎えようとした。

 

「んはあっ、んふううっ、ふっ、んふうう」

 

 猿ぐつわをされて声が出せないのがもどかしいほどに、ロウに与えられる歓喜は峻烈だ。

 もういいや……。

 ビビアンに諦めのような感情が込みあがる。

 こんなに気持ちいいのだ。

 

 それに、ロウの周りの女たちは誰も彼も幸せそうだ。

 あの中にビビアンも加わる──?

 もしかしたら、悪くない……?

 いや、まったくもって悪くないか……。

 あのアーサーに仕えるよりも、ロウたちに与する方が遥かに愉しいに決まっている。

 どうして逡巡をしていたのか、わからなくなってきた。

 どちらをビビアンが真に求めているかなど、自明の理のはずなのに──。

 

「ビビアン、あなたを奪います──。アーサーの手元から……」

 

 ロウが激しく怒張を抜き挿ししながら静かに言った。

 ビビアンは誰の者でもない──。

 ましてや、アーサーのものじゃない。

 奪うも、奪われるもない。

 ビビアンがアーサーに仕えるのは、アーサーの前の大公のときからのしがらみであり、前の大公には世話になっていて、愛人でもあったし、それで……。

 

「んあああっ」

 

 思念を吹き飛ばさせるような大きな愉悦が五体を貫いた。

 しかも、さらに律動を受けて、その愉悦を上回る新しい快感が送り込まれる。

 そして、それさえも上回る次の大きな快感が──。

 

「んんんあああ──」

 

 すべての官能という官能が燃えたつような歓喜のうねりに襲われて、ビビアンは絶頂を迎えた。

 ビビアンの全身に快感を極めた衝撃が貫き、精を胎内に放たれたと思った。

 ロウの怒張が少し大きくなり、精の迸りが子宮に近いところに、どくとく当たっているのをはっきりと感じたのだ。

 

 ロウに支配された──。

 今度こそわかった。

 いや、すでに支配されていたのだ。

 ただ、それを自覚させられただけだ。

 なんとか抵抗しようとしたのが可笑しくなる。

 ビビアンは猿ぐつわをされたままくすくすと笑ってしまった。

 

「なにが可笑しいの?」

 

 コゼがビビアンの口から布を取り去った。

 

「なにも……可笑しく……ないか……。あーあ、支配されたんだなあと思ってね」

 

 ビビアンは言った。

 だが、はっとした。

 急に冷たいものがお尻の中に注ぎ込まれてきたからだ。

 なんだ──?

 

「逃げられないよ……。絶対に……」

 

 咄嗟に逃げようとしたが、ロウの言葉で、なにかの力が心に加わり、一切の抵抗心を奪われる。

 ビビアンは動けなくなってしまった。

 そのあいだも、液体のようなものが注がれる感触は続いている。

 やがて、やっとそれが終わり、いつの間にか差し込まれていたらしい管のようなものが抜かれるのがわかった。

 しかし、すぐに次の管が差し込まれる。

 

「な、なにをしているのよ、ロウ──。ちょ、ちょっと──」

 

 ビビアンは懸命に後ろ側に顔を向けた。

 ロウがビビアンのお尻に頭の大きさほどの袋を当てている。それをロウが搾って中身をビビアンに注ぎ込んでいるのだ。

 もしかして、浣腸袋──?

 ビビアンも性愛については百戦錬磨を自負しているので、そういう変態的な性の遊びも知らないことはない。

 無論、自分がそれをされたことはないが……。

 

 ロウがビビアンのお尻の中に注いでいるのは、その袋に入っていた浣腸液に間違いない。

 ふと見ると、すでに空になっている浣腸袋が横に落ちている。

 浣腸をされたということが信じられなかったが、それが事実であることを、すぐに圧迫してきた便意と下腹部に一気に迫った鈍痛によって、ビビアンに悟らせる。

 

「な、なにすんのよ──」

 

 ビビアンはロウに振り返って怒鳴ったが、そのままロウに腕をとられて、強引に立ちあがらされた。

 ロウは、数個のうずらの卵のような物体を手に持っている。

 なにかわからずに、ビビアンは首を傾げた。

 だが、それよりも、急激に襲ってきた便意に、ビビアンは顔をしかめた。

 

 厠に……。

 

 だが、周りにすぐに駆けこめるような厠はない。

 それよりも、いまだに後手を指縛りされたままだ。

 おそらく、ロウはこれを解くという意思を失わせる暗示をビビアンにかけたままなのだろう。

 ビビアンには、縄抜けとしようという意思が湧き起こらない。

 

「ビビアン、さっきも言ったけど、これから俺たちの仲間になる洗礼だ。それに、アーサーのことは気に入らないし、そのアーサーに俺たちのことを喋ったのはビビアンなんだろう。だから、罰は受けないとね」

 

「罰?」

 

 ビビアンはロウを睨んだが、すると街娘の装束の下から、すっと胸に向かって手を差し込まれた。

 

「あっ」

 

 ビビアンは思わず身体を崩しかけた。

 ロウの指が乳首に触れたのだ。

 この男の愛撫は本当に神がかりだ。

 ただ触れるだけで、信じられない愉悦が襲いかかる。

 だが、いまは……。

 ビビアンは必死にお尻を締めつけた。

 

「な、なに?」

 

 ロウの手はすぐに出ていったが、乳首に違和感がある。

 さっきの異物を両乳首に貼りつけられたというのはすぐにわかった。

 なにかの粘性物も付着してあったのだろう。

 ぴったりとなにかが乳首にくっついている。

 

「右に曲がるときには右の乳首が振動する。そうしたら、右に進む……。左が振動したら左に向かうんだ」

 

 ロウが言った。

 次の瞬間、右の乳首に貼りついた異物が急に振動をした。

 

「いやっ」

 

 ビビアンは悲鳴をあげた。

 だが、一瞬後にまるで小娘のような声をあげたことに、ビビアンは赤面してしまった。

 すぐに振動はとまったが、ロウはにこにこしている。

 ビビアンは歯噛みした。

 

「と、とにかく、な、なに、くだらないことをさせようと……」

 

 ビビアンはロウに悪態を突こうとしたが、はっとして身体を硬直させてしまった。

 ロウの身体が屈んで、スカートの中に手を入れてきたのだ。

 

「あなたは、粋な女性だからね。仲間になる洗礼の遊びも、粋なものにしたよ」

 

「なにが粋よ――。ふざけないで」

 

 ビビアンは怒鳴ったが、やっぱり、ロウの悪戯を振りほどけない。

 股間に異物を貼り付けられて、スカートから手が抜かれる。

 

「そのまま、前に進むときには、股の玩具が動く。そのときは、そのまま前に進んでいく」

 

「ちょ、ちょっと──」

 

 身体を捩じって避けようとしたが、ロウだけじゃなく、コゼにも身体を掴まれて阻まれる。

 普通なら、たとえ後手に縛られていても、ビビアンだったら、いくらでも逃げようもあるのだが、どうしても抵抗できない。

 淫魔師だというロウに支配されたことで、抵抗する心を奪われたのだ。

 ロウは本物だ――。

 

「試してみるか?」

 

 クリトリスに違和感がある。

 やっとわかったが、おそらく、さっき手に持っていたうずらの卵状の小さな物体だ。それを粘性体のようなものを使って、股間にも両乳首にも貼りつけたのだ。

 

「おうっ」

 

 股間から沸き起こった衝撃に、ビビアンは膝を折った。

 その瞬間、お尻から排便を漏らしそうになり、顔を蒼くしてしまった。懸命に耐える。

 この振動もすぐにとまる。

 

「じゃあ、玩具の誘導に従って歩いてきてくれ。俺の許可なく、ほかの厠に行けない暗示を与えておくよ。それと、誰にも助けを求められない暗示もね。指を縛られていても、俺以外には抵抗もできるだろうから、変な男がいたら、容赦なく倒せばいい。ただし、街中で洩らさないように気をつけてね」

 

 ロウがビビアンから身体を離す。

 ビビアンはびっくりした。

 まさか、このまま放置して立ち去ろうとしている?

 

「ま、待ちなさいよ──。どこにいくのよ──」

 

 ビビアンは怒鳴った。

 こうしているあいだも、下半身を駆け巡る便意に襲われ続けている。

 

「ある場所で、ビビアンを待ってるよ。普通に歩けば、半ノスもかからない。なんとか辿り着けば、厠で排便をさせてあげる。間に合わなければ、そこら辺で垂れ流すしかないね。隠れてしようという狡いのはだめだよ。それもできない暗示を与えとく」

 

 またもや、なにかの力が頭に加わるのがわかった。

 まさか、ロウが口にしたとおりの暗示をかけられたのか?

 ビビアンはぞっとした。

 

「じゃあね、ビビアン──。淫具が教える場所で待っている。これが、あなたへの罰と仕返しだ。それじゃあ健闘を祈るよ」

 

 ロウが離れていく。

 ビビアンは唖然とした。

 

「健闘じゃなくて、奮闘かもね」

 

 コゼも笑いながらロウについていく。

 

「ま、待ちなさい──」

 

 ビビアンは急いで追いかけようとした。

 だが、股間と右の乳首に急に振動が発生して、ビビアンはがくりと身体をその場で折り曲げた。

 

「ああっ、いやあっ」

 

 ビビアンは必死にお尻を締めつけた。

 お尻を内側から圧迫する力に、その場に崩れそうになった。

 そのあいだに、ロウもコゼも、路地から見えなくなる。多分、さっきエリカが向かった方向だ。

 右乳首と股間の玩具はいまでも小さな振動を続けている。

 

 右に進めということ……?

 しかし、ロウたちがいなくなった方向とは反対側だ。

 

「あっ、くっ」

 

 振動が強くなる。

 

 ビビアンは仕方なく、右方向に身体を向けて歩み出した。

 右に進むと、振動がなくなった。

 とりあえず、ほっとする。

 だが、振動で誘導するということは、なんらかの手段でビビアンを見張っているということだろうか……?

 どこかで見ている?

 

 しかし、最早なんの気配もない。

 そもそも、いまでも逆らおうとする気持ちが生まれてこない。

 ロウたちを追いかけるのは無理だ。

 ビビアンは屈辱に震えながら、お尻に全ての力を集めて、ふらつく足どりのままで、歩き始めた。



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232 女間者の屈辱

「うっ、くっ、ふ、ふざけんなよ……」

 

 ビビアンは、悪態を呟きながら、下腹部を襲う強烈な便意と戦っていた。

 浣腸液を注入されて、路地に置いてきぼりにされたビビアンは、両方の親指の付け根を背中側でまとめて縛られた「指縛り」でゆっくりと歩みを進めている。

 路地からはすぐに出て、いまは、かなりの人通りのある通りに出てしまっている。

 背中側で手を組んでいればわからないかもしれないが、いまのビビアンは、二十歳くらいの街の娘に扮しているので、その姿でずっと人混みを後ろに手をやったまま進むのは、かなり不自然な姿勢のような気もする。

 しかも、うっかりと、それなりに美人の顔立ちの若い娘に扮してしまったこともあり、ビビアンから醸し出している艶香にあてられるのか、何気なく振り返る通行人の男たちも多い。

 こんなことなら、老婆か、もっと目立たない中年の女にでも変装すればよかったと後悔した。

 

「んううっ」

 

 すると、またもや、突然に股間と左側の淫具が動いた。

 だが、ちょっとでも気を緩めると、下半身に襲いかかっている便意に負けそうになる。

 ビビアンは懸命にお尻に力を入れた。

 そもそも、あの路地裏で犯されたことにより、すでにビビアンは全身が脱力するような倦怠感に襲われている。

 それくらいに、ロウとの性愛は快感が強かった。

 しかし、そんなことは言ってられない。

 ビビアンは、一生懸命にお尻に力を入れて歩く。

 そうするしかないからだ。

 こんな人通りの多い場所で、大便を漏らしてしまうことなど恐怖でしかない。

 

 ビビアンは、玩具にもてあそばれるまま、必死に左に曲がった。

 同じように、何度も何度も方向を変えさせる合図を送られたことでわかっているが、すぐに進まないと、だんだんと振動が強くなるのがわかっている。

 ロウに装着されている玩具は、ビビアンに歩く速度を緩めることさえ、許さないのだ。

 

 それにしても、どこに向かうのだろう。

 それもわからず、ただ進ませられるのは不安だ。

 また、どのくらいの時間我慢すればいいかも知らない。

 いつまで耐えれば、厠に行くことを許されるのか……?

 とにかく、ただただ、乳首と股間に装着されている淫具の振動を頼りに進むだけだ。

 それがビビアンを追い詰める気がした。

 

 考えることなど許さない。

 ただ、命令に従え――。

 そう言われている気さえする。

 

 それなのに、すでに、淫魔師のロウに支配をされているという証拠なのか、こんなことを強要されても、逃亡をしようという感情にならないし、「命令」に背いてどこかほかの場所に駆け込んで、追い詰められている排便を勝手にしてしまう気持ちにならない。

 もしも、ロウのところに辿り着くまでに排便するならば、道の真ん中で排泄することは禁じられてないので、そうなるしかない。

 冗談じゃない。

 死んだって漏らすものか……。

 

 それに、もしも、ビビアンがこの責め苦から逃げ出してしまえば、おそらく、ロウはもうビビアンを相手にしてくれないだろう。

 あの温泉街での十日間の淫情に耽った日々があり、そして、さっき路地でロウに抱かれて、あの快感が蘇った。

 そうなってしまうと、あんなにも長いあいだ、ロウから抱かれないで、よくも耐えられたのだと思うほどに、ビビアンは官能の飢餓感に襲われている。

 多分、ビビアンは、もうロウがいない日々を我慢できることができるとは考えられない。

 そんな風に思考してしまうのも、ロウに淫魔師の能力で支配されているということかもしれないが……。

 

「わっ」

 

 しかし、さすがに曲がったところで、ビビアンは足を竦ませてしまった。

 なにしろ、今度、玩具に翻弄されて進み入った通りは、庶民の市場が集まっている王都でももっとも賑やかな場所であり、実際にかなりの人混みがある地区だったのだ。

 淫具の合図に集中するあまり、周りが見えていなかったが、さすがに、ここをこの状態で通り抜けるのは脚が竦んだ。

 だが、ビビアンが躊躇したのが気に入らなかったのか、これまでで最大の振動がビビアンに襲いかかった。

 しかも、三個の玩具が一斉に──。

 

「うわあっ」

 

 ビビアンは一瞬全身を伸びあがらせて、がくりと膝を折った。

 その動きで、お尻から排便が噴き出しそうになり、恐怖に襲われたビビアンは、懸命にお尻に力を入れる。

 

「おっ、どうした、姉ちゃん?」

 

 たまたま近くにいた若い男がビビアンを振り返った。

 その声に反応して、さらに数名が振り返る。

 本来のビビアンよりもずっと歳若い男だが、おそらく、その男はビビアンが自分よりも若いと思っているだろう。

 ちょっと声をかけてみたいという下心もあるのかもしれない。

 思わず、指縛りの手でお尻をぐっと抑えたビビアンは、すぐに背筋を伸ばした。

 顔が真っ赤になっているのがわかるが、必死に顔を繕う。

 

「な、なんでもないよ」

 

 ビビアンは、苦悶の声が出そうになるのを耐えて、声をかけてきた若い男を迷惑そうに一瞥して、足早にその場を離れた。

 すると、やっと玩具の振動がとまった。

 おそらく、立ちどまったら、また玩具を振動させられるだろう。

 しかし、今度、またもや強い振動をさせられたら、それこそ命取りだ。

 ビビアンは一生懸命に足を進ませた。

 だが、本当にもう我慢できそうにない。

 そもそも、ここは人混みが多すぎる。

 ただ、進むだけでも、右に左にと、前からくる人間を避けながら進まなければならない。

 でも、いまのビビアンには、その動きさえも、つらすぎる動作だった。

 

「うう……」

 

 気がつくと、ビビアンは全身を脂汗でびっしょりに濡らしていた。

 そして、刺激を与えられたり、とめられたりを繰り返されている股間からは夥しい量の蜜が溢れ出しているのがわかる。

 下着を身に着けていない股間から流れ出した白濁液は、スカートの内側の太腿から膝、膝から足首、足首から履物の中の脚の指にまで流れ込み、指先をぬるぬるとぬかるませる。

 とにかく、後ろ手のまま、ビビアンはいつの間にか、全身に汗をかきながら、はあはあと息を荒げて足を進めていた。

 やっと、人混みの多い場所を抜ける。

 

「ぐっ」

 

 左の乳首と股間が激しく振動する。

 うずまくりたくなるのに耐えて、ビビアンは指示の通りに曲がる。

 だが、猛烈な便意に脚が上手く動かない。

 時折、前後左右に体勢を崩しそうにもなる。

 しかし、もしも倒れれば終わりだという確信はある。

 ビビアンは必死の思いで、進み続けた。

 

 そのうち、なにも考えられなくなる。

 一切の思考が消滅して、ただ排便に耐えて前に進むことだけしか思考できなくなっていく。

 便意には波もあり、その波が大きくなるときもあれば、引くときもある。引くときには少し楽になるが、そんな時に限って、淫具を激しく動かされて、波を戻される。

 そんなことを繰り返されているうちに、ビビアンは口も開けないくらいの決壊寸前に追い詰められた。

 ビビアンはひたすらに歯を喰いしばった。

 あまりにも強く噛みしめつづけたため、口の感覚が消えたほどだ。

 いつまで耐えさせられるかわからない。

 目的地さえも知らないのだ。

 だが、絶対に耐えてみせる。

 

 とにかく、意地だけで進んでいた。

 それに、ロウは耐えられる範囲でしか、ビビアンを追い詰めない──。

 根拠はないが、ビビアンが頑張ろうとする限り、そして、諦めないでいられれば、最後まで辿り着ける……。

 そんな気持ちになってもきた。

 絶対に漏らさない。

 それは、ビビアンの矜持であり、ロウに対する譲ることのできない存在証明みたいなものだと思った。

 自分でもよくわからないが、追い詰められて従い、逆に、従うことで、もっと従って評価を受け、この仕打ちを与えているロウにビビアンの意地を見せつけてやりたいと思うようになっていった。

 

 そうやって、しばらく、玩具に弄ばれるように進み、やがて、大きな建物の前に行きついた。

 

「ここは……?」

 

 ビビアンは思わず呟いた。

 辿り着いたのは、ビビアンと同じようにタリオからやって来ている大商会の商会長であるマアの事務所だ。

 マアは、六十歳を超えた、タリオどころかローム三公国で知らぬ者のない女豪商であり、最近では、ルード海を越えた遠洋貿易にも手を拡げ、このハロンドール王国を牛耳っていた商業ギルドにとって代わって、この国の商取引を支配するのではないかという活躍をしている。

 さすがの男尊女卑の傾向もあるアーサーでさえも、一目置くしかない女傑だ。

 だが、なんでこんなところにと思ったが、マアの商会の建物を正面に見るように立つと、またもや股間の玩具が激しく動き出した。

 乳首の玩具は動いていないので、そのまま真っ直ぐということだと思うが、正面はそのマア商会なのだ。

 

「よく頑張ったね、ビビアン。厠はすぐそこだよ」

 

 すると、果たして、商会の脇の階段の上から、ロウが降りてきた。

 マアについては親しいわけではないが、タリオ公国においても、現在のハロンドールにおいても、マアは最重要人物なので、マア商会の建物やマアについて、知識はある。

 向こうはわからないと思うが、顔も見たことがある。

 

 また、マア商会の建物は五階建てで、マアの個人的な空間は二階であり、その二階はほかの階とは独立した造りになっていて、余程に親しい者しか、マアはその個人空間には立ち入らせないというのは有名だ。

 その二階から、ロウが降りてきたというのが意外だった。

 もしかしたら、ロウはここの女豪商とも親しいのか?

 ロウのことは、それなりに調べてあったつもりだったが、まだまだ知らないことがあったのだと思った。

 だが、いまはそれよりも、ロウの姿を見たことで、かっと怒りが込みあがった。

 

「あ、あんたねえ──」

 

 怒鳴ろうとした。

 しかし、股間の玩具がさらに強い振動を起こした。

 

「んぐううっ、や、やめてええっ」

 

 ビビアンは、ずっと引き締めていたお尻の中心が緩みそうになって、目の前が真っ暗になって、下肢を竦みあがらせた。

 

「あ、ああっ。いやああ」

 

 もう限界だと思った。

 その瞬間だった。

 突如として、身に着けているものが消滅した。

 商会の正面であり、全くの野外だ。

 突然に、身に着けているものがすべてなくなったのだ。

 なにが起きたのかということさえ理解できなかった。

 

「ひいいい」

 

 ビビアンは、悲鳴をあげてその場にうずくまった。

 だが、その悲鳴とともに、ビビアンは全身の毛穴からどっと脂汗が噴き出すのがわかった。

 洩れた──。

 目の前が真っ暗になった。

 玩具はいまだに強く動いている。

 それに加えて、いきなり道の上で素っ裸にされて動揺してしまい、緩むことなく締めていたお尻から力を抜いてしまったのだ。

 だだ一瞬後、まだ洩れてはいないということを悟った。

 

「もたもたしない方がいいよ、ビビアン。いまなら、恥ずかしいのは、一瞬で済む」

 

 ロウがにこにこと微笑んでいる。

 なにも考えられなかった。

 とにかく、起きあがってよろよろとロウに向かって歩く。

 ほかには、なにもない。

 ビビアンとロウだけだ。

 

 それでわかったが、本当になにもない。

 真っ白な空間があるだけだ。

 ビビアンとロウは、まったく何もない真っ白な空間で向かい合っていた。

 とにかく、ロウのところに辿り着いた。

 

「ロ、ロウ──」

 

 ビビアンはただ、それだけを言った。

 感情がついていかず、なにを言っていいのかわからなかったのだ。

 

「ほら、ビビアンの厠だ」

 

 ロウに抱きかかえられるように立ちあがらされた。

 しかし、促されて足元を見て、ビビアンは愕然として全身を震わせた。

 ロウのいう厠というのは、膝下ほどの高さの大きな四角い容器に、ただ手首ほどの高さに水が溜まっているだけのものだったのだ。

 しかも、容器の全体が透明になっていて、排便も排便姿も丸見えになる。

 ビビアンは、こんな透明の容器など、いままでに見たことがなかったが、それよりも、やっと厠に行けると思ったのに、こんな風にロウの前でさせられるなど、絶対に嫌だと思った。

 

「こ、こんな」

 

 ビビアンはあまりの扱いに抗議しようとしたが、ロウに強引に容器を跨いで座らせられた。

 

「頑張ったご褒美ですよ。排便と絶頂を同時に味わわせてあげます」

 

「ああ、やめてえっ」

 

 ビビアンは必死になって訴えたが、容器に跨ってがに股になっているビビアンの股間にロウの指が二本挿し入れられた。

 指が動き出し、その甘美感の衝撃にビビアンは我を忘れさせられた。

 しかも、両方の乳首に加えて、股間ではいまだに玩具の強烈な振動が続いている。

 

「ああ、ああ、だ、だめえ、き、汚いから──。は、離れてええ──」

 

「俺の女にすると決めた以上、汚いことなんてない。遠慮なく垂れ流してよ」

 

 ロウが指をぐっと膣襞を揉み押すように動かした。

 さらに、クリトリスに貼りついている玩具をぐっと親指で押される。

 

「あいいいいっ」

 

 一瞬にして、絶頂に昇りつめさせられて、ビビアンはロウに片手で支えられたまま、全身をのけ反らせる。

 同時に、ついに耐え続けてきた菊門も崩壊する。

 

「いやあああ、あああ、ああああっ」

 

 どっと排泄物が液剤とともに、容器の中にびしゃびしゃと降り注いでいく。

 そのあいだも、ロウはビビアンの股間を愛撫し続けている。

 わけのわからない感情に襲われて、ビビアンは排泄しながら、絶頂し、そして、泣き出してしまった。

 

「排便すると同時に股間を悪戯すると、十人が十人とも、みんな泣きじゃくる。気にしなくていい……。だから、そんな姿をあまり見られたくないと思ったから、亜空間側に連れてきた……。だけど、俺にだけには、なにもかも曝け出すんだ。ほら、もう一度気をしよう」

 

 すさまじいほどの水便が終わっても、がに股のビビアンの身体からは、まだまだ大便が落下し続けている。

 やがて、ぼとりぼとりと固まった便も落ちていく。

 

「ゆ、許してええ、あああっ、ああああっ」

 

 ロウのあの神がかり的な快感が爆発して、ビビアンはまたもや快感の頂点に達してしまった。

 やがて、やっと排便が終わった。

 すると、急に指の拘束が消滅した。

 ビビアンは、抱きかかえるようにしているロウに両手でしがみついた。

 

「ああ、ううううっ、ううううっ」

 

 人間としてもっとも恥ずかしい姿を晒した恥ずかしさと、与えられた快感のすさまじさと、ロウに対する、もつれ乱れている感情がぐちゃぐちゃになり、ビビアンは泣きやむことができなかった。

 どうして悲しいのかわからなかったが、ビビアンはひたすらロウを抱き締めて号泣してしまっていた。

 それがしばらく続く。

 

 やっと落ち着いてきて、ビビアンは、ロウとともに、周囲になにもない真っ白な空間にふたりだけでいることに気がついた。

 ここは?

 股間と乳首の玩具に翻弄されながら、マア商会の正面に誘導されてやって来たはずだ。

 そこで急に素っ裸にされるとともに、装着されている玩具を最大限に振動させられて、目の前が真っ白になったところまでは覚えている。

 しかし、そのままだ。

 ここはどこ──?

 だんだん我に返ってきて、現実にはあり得ない空間に、ビビアンは当惑してしまった。

 

「こ、これはどういうこと……? ここはどこなの?」

 

 ビビアンは声をあげた。

 そして、はっとした。

 たったいま、排便をした容器が消滅している。

 それだけでなく、装着されていた淫具もない。

 指縛りをさっき解かれたのだが、その解いた紐もまたどこにもない。

 

「俺の秘密のひとつということかな。亜空間術の世界さ……。まあ、後で説明するよ……。ところで、この中なら、ほとんど時間が進まない。みんな待っているけど、その前に、もう一度愉しもうか。ビビアンへのご褒美だ」

 

 亜空間術──?

 なんだ、それ?

 魔道的な空間だということまでは理解できるが、とんでもない魔道だということだけしかわからない。

 まあ、ロウは魔道師ではないのだから、淫魔師としての能力なのだろうが……。

 

「ほら、おいで」

 

 ロウがその場に胡坐をかいた。

 ビビアンは両手を引かれて、その腰の上に誘導される。

 だが、目を丸くした。

 たったいままで、ロウは服を身に着けていたはずだが、素っ裸になっている。

 ロウの股間では、逞しい怒張が隆々と天を向いていた。

 

「ま、待って、あ、あたし、まだ、汚い──」

 

 しかし、排便をして身体を拭いてもいないということを思い出し、ビビアンは足に力を入れて踏ん張った。

 

「問題ないよ、すでに身体はきれいさ……。アナルでセックスだってできるくらいさ。まあ、今日は前で愉しませてもらうけどね」

 

 ロウが言った。

 普段なら抵抗もできるのだろうが、ただでさえ王都の街中を玩具で翻弄されながら歩かされて、すでに二度続けての絶頂を味わっている。

 ロウの目の前で排便をさせられた衝撃からも冷めておらず、ビビアンはほとんど抵抗もできなかった。

 それに、もうロウには一切が逆らえないという気分だ。

 ロウが大丈夫というのだから、大丈夫なのだろう。

 こんな風に、男を完全に信頼をしたことはないが、いまは、ロウが黒と言えば黒だし、白と言えば、それがなんであれ、白だと思い込める。

 

「あああ、あんっ」

 

 ロウの股間の怒張をビビアンの股間は、簡単に根元まで受け入れた。

 胡坐になっているロウを跨いで対面座位のかたちで、ロウを受け入れ、ビビアンは腰を上下に動かされる。

 

「ああ、いやあ、あんんっ、ああああっ」

 

 ビビアンはロウの背中にしがみつき、あっという間にせり上がった快感に大きなよがり声をあげた。

 いつもなら、相手から主導権を奪おうと、すぐに性技で男を圧倒しようと図るのだが、いまはそんな気にはなれなかった。

 ロウに与える快感に素直に反応し、淫靡な腰の動きによって高められる快楽だけに没頭しようとした。

 ロウは一気にビビアンを絶頂させようとしているみたいだ。

 激しく身体を上下に揺さぶられて、乳房がぶるんぶるんと上下に揺れた。

 身体の表面から消えた汗が、またもや噴き出して、ビビアンの全身を濡らす。

 

「ああ、あん、ロウ、いい、いい、いいいよお──。なにも、考えられない──。や、やっぱり、あんたって、最高──。さ、さっき、い、いじめられたときも──、き、気持ちよかったかも──」

 

 自分でもなにを言っているかわからない。

 すぐに絶頂はやってきた。

 ビビアンはロウに抱き締められながら、天を仰ぐように首を上にあげた、

 

「ああ、いぐうう、あ、あんたには、か、敵わない──。く、屈服する──。あ、あんたは、最高よおおお──」

 

 ビビアンはまたもや昇天した。

 すると、ロウの精がまたもや、子宮に向かって注がれるのを感じた。

 

 ああ、自分は完全に支配されたんだな……。

 心からそう思った。

 

 いままでの人生で、他人に身を預けたこともないし、信頼したこともないが、この男だけは安心できそうだ。

 ロウの精を感じながら、ビビアンは根拠もなく、心からそう考えてしまっている自分を見つけていた。

 

 これが男に支配されるということか……。

 悪くない。

 まったく悪くない。

 

 心からそう思った。

 大きな幸福感とともに……。



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233 女間者の告白

「えっ?」

 

 絶頂の余韻から醒めると、またもや風景が変わっていた。

 いまのいままで、真っ白な空間でロウと抱き合っていたのに、いまは、入ったことがない見知らぬ部屋の一室にビビアンはいた。

 

「ほら、ビビアン」

 

 ロウが大きな薄い布を出して、ビビアンの全身にかけてくれた。

 ビビアンもロウも素っ裸だったのだ。

 ロウも自分自身をそれで包んでいる。

 どういうこと?

 たったいままで、不思議な真っ白い空間にいたはずなのだが……。

 

「ご主人様、お帰りなさい──。あら、やっぱり来たのね、ビビアン……」

 

 コゼがロウに飛びついてきて、ぐっとその腕に掴んできた。

 そして、ロウの隣にいるビビアンを一瞥する。

 ビビアンはぞくりとした。

 コゼが微笑みながらも、しっかりとビビアンに、殺気に近い警戒を油断なく寄せているのがわかったからだ。

 ビビアンも諜報員としては、そこそこの実力者である自負はある。

 だから、他人の監視の視線に敏感であることは、諜報員としての本能のようなものだ。

 まあ、タリオ公国の諜報員として、ロウたちとは反対側の立ち位置にあるビビアンだ。

 ロウの愛人を兼ねた護衛としては、まだビビアンに用心深さを向けるのは当然だろう。

 

 一方で、さっき対立したことで、ビビアンは、コゼにしてもエリカにしても、凄腕の女傑であることを肌で知っている。

 そのひとりであるコゼが、こんなにも無条件にロウに甘えた仕草を示すのが不思議だ。コゼがビビアンに警戒して接近してきたというのはわかるが、どちらかというと、ロウに甘えるのが第一優先で、ビビアンを見張るのは二の次という感じだ。

 

「ロウ様、こちらにどうぞ。ビビアンも座って」

 

 声をかけてきたのはエリカだ。

 そこにいたのは、そのコゼのほかに、エリカ……、さらに、ほかに三人の女がいる。

 

 ひとりは、さっきまで冒険者ギルドにいたはずの若い職員のラン──。

 アーサーがギルドを突然に訪問したとき、マリーという女職員とともに、毅然とした態度で対応をした若い娘だ。

 なぜ、ここにいるのかという疑問はある。

 ふと見ると、本人自身も同じように思っているのか、落ち着かない態度だ。

 

 もうひとりは、驚いたことに、イザベラ王太女の腹心のエルフ女のシャーラだ。

 もちろん、接するのは初めてだが、諜報員として、顔くらいは知っている。

 シャーラは、王太女の護衛長であり、まだイザベラが王宮でなんの地位もない王女のひとりだったときから、侍女としてイザベラを後継者争いに伴う暗殺から守り抜いたほどの女傑だ。

 確か、ナタル森林の森エルフ出身であり、親はナタル森林国のエルフ族の貴族としてはそれなりの人物だったと思う。

 理由は知らないが、出奔同然にナタルの森を出て、数年の放浪の末にハロンドール王都に流れ着き、一度冒険者ギルドに所属したのち、縁があり、味方がほとんどいなかったイザベラの護衛をするために侍女としてギルドから派遣されて、いまに至っているという女である。

 すでに冒険者からは除籍していて、イザベラが王太女になってからは、騎士の称号を受けて、護衛長に任じられている。

 王太女の腹心中の腹心だ。

 どうしてここにいるの知らないが、ロウが呼んだのだろうというのは予想がつく。

 そうだとすれば、ビビアンの予想通りに、王太女のイザベラとロウとは、あのキシダイン事件を通じて繋がっているということだろう。

 

 残りのひとりはわからない。

 二十代後半くらいの美女であり、年齢には似つかわしくない風格のようなものを感じた。

 椅子に座っているのは、その女とシャーラだ。

 ほかの者は、複数ある長椅子には座らず、直接に床に腰をおろしている。

 

「早速で悪いけど、情報を提供してもらいたい。あのアーサーがなにを考えているかだね。それで、こうやって情報交換をするのに適する者に集まってもらった。シャーラについては、急で悪かったけど、姫様もアネルザも執務中だしね。ふたりには情報を通しておいてくれ。いや、俺があとで行くかな」

 

 ロウがビビアンを女たちの輪の中に誘導しながら、シャーラに言った。

 ビビアンがロウに導かれたのは、エリカが座っている隣であり、やはり床に直接に座っているランに挟まれる位置だ。

 そこにロウとともに座ると、ロウの隣には強引にコゼが割り込んできた。

 ランが遠慮するように、横に移動する。

 

「コゼ、我儘よ──。ごめんね、ラン」

 

 エリカがコゼをたしなめている。

 

「あ、あたしは別に……」

 

 ランは慌てたように、手を顔の前で振った。

 コゼは、素知らぬ顔だ。

 いまだに、ロウの腕に両手でしがみついている。

 それでいて、いまだにロウの反対側のビビアンに注意を向けているのがわかる。本当にロウが大切なのだろう。

 

「なかなかに女が広いな、ロウ殿。今度はビビアン殿か──。タリオ公国では重用されておる有能な女間者殿だぞ。先日はイザベラの侍女の全員を愛人にしてくるし、いつも、ロウ殿には驚かされる」

 

 口を開いたのは、ただひとり名前がわからない美女だ。

 また、ビビアンが相手を知らないのに、向こうがビビアンを知っているということに驚いた。

 

「なんとなく、成り行きでね、アーサーのこともあるし協力してもらうことにした。シャーラにしても、タリオについて、王宮で知っている情報と合わせたい。俺の勘だけど、アーサーは油断ならない男のような気がするね。単に、アンとの婚約話を進めるためだけに、ハロンドールに来ているんじゃないと思うよ」

 

 ロウが言った。

 

「話し合いはいいですけど、外交に関しては、わたしはそれほどに、深いところまで状況に通じているわけではありませんよ。姫様の護衛長にすぎませんし」

 

 シャーラが困惑したように言った。

 いずれにしても、ビビアンがロウに捕らわれたのは、たった今のことなので、王宮にいたはずのシャーラは、なんらかの手段で急遽、ロウに呼び出されて、すぐに駆けつけたということだろう。

 それとも、あらかじめビビアンを捕えることを予定していた?

 いや、あのアーサーとの会同のときのことを考えれば、ロウがタリオ公国に敵愾心を抱いたのは、あの会合が切っ掛けであり、それ以前はなんの意識もなかったと思う。

 だから、ビビアンがタリオの間者と気がついていたとしても、捕らえようと考えたのは、あの会合の最中に違いない。

 そもそも、普段、ビビアンは、王都の市井に紛れ込み、あの会合に参加するような立場じゃない。

 ロウがビビアンの普段の居場所を知っているわけがないと思う。

 従って、ロウはシャーラを突然に呼び出し、シャーラはそれに即座に応じた──。

 少なくとも、ロウは彼女にそれをさせるだけの立場にあるということだ。

 

「なにを言ってんだ、シャーラ。世情に通じ、姫様を狙う様々な敵から長く守り抜いてきたあなたじゃないか。それに、ビビアンの話は直接に聞いておく必要もあると思うよ。アーサーが何人の間者を王国に潜入させているか……。そういうことを聞きたくないか?」

 

「間者? ほかにも潜入者が?」

 

 シャーラの表情が一変した。

 ビビアンを問い詰めるように睨んでくる。

 

「待ちなさいよ、シャーラ──。とにかく、ビビアンもロウ様に認められたんでしょう。だったら、仲間よ。なにか飲む? 喉が渇いたでしょう」

 

 エリカだ。

 ビビアンを除けば、全員が目の前に、なんらかの飲み物を置いている。ソファに座る者はテーブルに、床に座るものは、盆に載せて、それぞれの前にある。

 果実水、紅茶、水のようなもの、ばらばらだ。

 ロウに前には、湯気の出ている緑色のお茶がある。

 

 湯気──? しかも、そのお茶は半分くらいが飲みかけだ。

 それでふと疑念が沸いた。

 つまりは、ロウの前にあったものは、ロウが席を離れる前に準備されていて、ロウがそれに口をつけてから、階下に降りて、ビビアンを出迎えたということだ。

 それなのに、まだ湯気が出ている?

 なんでもないことなのだが、仕事柄、細かいことに疑問を抱いてしまう。

 

「あっ、あたしがします、エリカさん」

 

 ランが慌てて立ちあがる。

 だが、それをロウが制した。

 

「いいから、ランはここにいてくれ。大切な話し合いの要員だ。それに比べれば、コゼとエリカは、俺同様になにも知らん。エリカ、頼むよ」

 

「はい、ロウ様……。それで、なにがいいの、ビビアン?」

 

 エリカがビビアンに声をかけてきた。

 なにがあるのかを訊ねると、名を知らない女が準備のできる飲み物を口にした。

 つまりは、ここはその女の住居なのか……。

 ビビアンが果実水が欲しいと言うと、エリカは厨房と思われる奥に消えていった。

 

「あ、あのう、ロウ様……。でも、あたし、ただのギルドの職員で……」

 

 ランが困惑したように言った。

 

「ランのことは耳にしているよ。書類仕事を一手に引き受けるようになり、ギルドの情報にかなり精通するようになっているだろう? ミランダも書類仕事が得手じゃない。むしろ、細かいことは、最早、ランの方が知っていると思っている。国内情勢や国際情勢なんかも、おマアの教育に参加して、かなり勉強しているそうじゃないか」

 

「あ、あたしにできることなら、なんでもします──。ロウ様、なんでも言ってください──」

 

 ランが元気に言った。

 ロウに声をかけられたのも、褒められたのも、本当に嬉しそうだ。

 直観だが、このランもまた、ロウが好きだと思う。

 まず、間違いない。

 しかし、それにしても、ロウには何人愛人がいるのだろう。

 聞き間違いでなければ、ソファの女は、ロウがイザベラの侍女の全員を愛人にしたと口にもしている。

 まあ、なにかの喩え話なのだとは思うが……。

 

「ランはよい生徒だな。あたしが保証する。侍女たちよりも、ほかにやって来る貴族の令嬢たちよりも筋がいい。一を聞いて、十を知る能力がある。大したものだ」

 

 ソファの女だ。

 なんで、この女が応じる?

 ビビアンは首を傾げた。

 

「いやいや、あたしなんて、ただの平民で……。このあいだまで、メニューの文字を読めたくらいで……」

 

 ランは恐縮している。

 

「だけど、いまでは、ギルドにあるかなりの古文書なんかもすらすらと読むそうじゃないか。ミランダも舌を巻いていたよ」

 

「そ、そんな……。そんな……。ロウ様のおかげで……。あ、ありがとうございます」

 

 ロウがさらに褒めると、ランは顔を真っ赤にした。

 とても可愛らしい。

 それにしても、メニューしか読めなかった女が、いまでは古文書を読む?

 このランは何歳?

 十代後半にしか見えないのだが……。

 

「ちょ、ちょっと、まだ、わけがわからないんだけど……。あたしって、いつ、ここに? ……というよりは、ここどこ?」

 

 とにかく、ビビアンはロウに視線を向けた。

 そもそも、全身に残る気怠さと、身体の火照りを考えれば、ビビアンの記憶の通りに、たったいままでロウに抱かれていて、すぐにここにやって来たということなのかもしれないが、ビビアンには、ここに入ってきた記憶がない。

 意識を失ったという感覚もない。

 気がつくと、一瞬にしてここにいたのだ。

 『移動術』──?

 そう思ったが、あのとき、ロウしかいなかったし、そんな感じでもなかった。

 いや、亜空間がどうのこうのと言っていたか……?

 

「それよりも、あんた、どうだったの? ご主人様のことだから、うんちしながら、いい気持ちにされなかった。あれをされると、もうなんでも、いいやって気になるのよね」

 

 そのとき、コゼが突然に声をかけてきた。

 少し前の醜態を思い出して、ビビアンはかっと顔が熱くなった。

 

「そんなこと、どうでもいいでしょう、コゼ──。あんた、いい加減にしなさい──。それよりも、ロウ様にくっつき過ぎよ──。いい加減に離れて──。ちょっと交代しなさい」

 

 ビビアンは言い返そうとしたが、それよりも早く、厨房から戻ってくる途中のエリカがそれを遮って、コゼに怒鳴った。

 エリカは運んできた盆をビビアンの前に置いて、コゼをロウから引き剥がそうとした。

 ちょっと大人げないエリカの行動に、ビビアンはたじろいだ。

 

「なにすんのよ──。ご主人様自身が、あんたとご主人様のあいだに、ビビアンを連れてきたのよ──。愛が深くないのよ」

 

 コゼが馬鹿にしたようにエリカに返事した。また、ロウの腕をさらにぎゅっと掴む。

 すると、エリカの顔が怒りで真っ赤になる。

 

「き、聞き捨てならないわよ、コゼ──」

 

 エリカが怒鳴った。

 なんだ、これ──?

 ロウの隣に座ることがそんなに重大事か?

 ビビアンは交代してやろうかと、エリカに声を掛けようと思った。

 

「そんな他意はないよ。ただ、たまたま座っただけだ。だったら、ひとりは俺の膝の上でもいいぞ」

 

 ロウがそう言った瞬間、コゼがさっと体勢を変えて、ロウの胡坐の脚に横抱きされるように収まった。

 その素早さは呆れるほどだ。

 エリカは、なにか言いたそうにコゼを睨みつけたが、思い直したのか、さっきまでコゼがいたロウの隣の場所に陣取った。

 ビビアンは、エリカの前にあった飲み物を載せた盆を移動させてやった。

 

「それで、さっきの話どうなの、ビビアン?」

 

 コゼがロウに横抱きされたまま言った。

 すると、またもや、ビビアンが応じるよりも早く、エリカが口を挟む。

 

「もういいでしょう、その話は──。アーサーの話でしょう」

 

「なによ、ちょっと訊いただけじゃないのよ。それに、あんたも気になるんじゃないの? こいつがどれくらいご主人様に屈服したのかとかね。愛されたのかとかも……。そもそも、なにせ、ご主人様に武器を向けようとしたんだから、ちゃんと改心したのか確かめないと」

 

 コゼがきっぱりと言った。

 ロウに武器を向けた覚えはなく、向けたのはコゼとエリカに対してであり、どちらかといえば、ロウたちから先に危害を向けられそうになったのだ。

 まあ、ロウが淫魔師だと知り、危険だと思って、処断しようとしたのは確かだが……。

 

「改心って……」

 

 そして、ビビアンは思わず呟いた。

 第一、改心しなければならないことが、なにひとつあるとは思えない。

 むしろ、タリオの諜報員として得ていた情報をこれから、ロウたちに漏らすということについて、正直罪悪感がある。

 まあ、すでに諦めているが……。

 

「だが、そなたこそ、そもそもロウ殿を暗殺しようとしたんじゃないのか? そういえば、シャーラもそうだったらしいな」

 

 ひとりだけソファーに座っている女が愉快そうに口を挟んだ。

 ビビアンは、その内容に驚いた。

 

「えっ、そうなんですか──?」

 

 声をあげたのはランだ。

 知らなかった気配だ。

 それにしても、コゼはもともと、ロウを殺そうとした?

 シャーラも?

 

「い、いまさら、そんなこと言わなくていいじゃないですか、おマアさん──。いまは、あたしが、ご主人様を一番大好きなんです。だから、いいんです──」

 

「だったら、ビビアンがロウ様を好きになってくれれば、それでいいんじゃないのよ……。ぐずぐず言わないでいいのよ──。それと、あんたが一番だというのは取り消して──。一番奴隷はわたしなんだから……」

 

 エリカがぴしゃりと言った。

 今度はコゼが怒ったように真っ赤になった。

 

「う、うるさいわねえ──。なにかというと一番一番って……。あんたこそ、ご主人様を連れてきてしまった罪悪感で仕方なく、ご主人様にお仕えしているんでしょう」

 

「仕方なくですって──。とんでもないわよ──。わたしはロウ様が大好きよ──。いっつも、どんなことだって……、恥ずかしいこと、痛いことも、苦しいことも、心からロウ様を受け入れてるじゃないのよ──」

 

 エリカが激昂したように叫ぶ。

 ビビアンは、ちょっとたじろぎの気持ちになってきた。

 そもそも、いまの会話にそこまで怒る要素あったのだろうか?

 もしかしたら、このふたりは果てしなく仲が悪いのか?

 それにしては、アーサーがコゼを侮辱したとき、エリカは真剣に怒っていたが……。

 まあ、いまのは、このコゼがわざとエリカを怒らせるように誘導した感じではあったが……。

 すると、コゼがにんまりと微笑んで、ロウに笑いかけた。

 

「へえ、ねえ、ご主人様、いまの聞きましたよね? じゃあ、エリカに、うーんと恥ずかしい悪戯をしてもらいましょうよ。なんでも心からやるんですって。あたし、また、新しいこと考えたんですよ」

 

 コゼが媚びを売るような物言いをする。

 ビビアンは、今度は呆れてしまった。

 

「あんたたちって、本当はどういう関係なの?」

 

 ビビアンは思わず言った。

 

「そんなこと、どうでもいいじゃないですか。とにかく、話を進めてもらえませんか。ところで、ここにいる女性がタリオ公国の諜報員というのは本当ですか? それに、さっきのハロンドールに潜入している間者について……」

 

 イザベラの護衛長のシャーラが真面目な顔でたしなめるように言った。

 

「タリオの間者が多数この国に入り込んでいるのは事実だぞ、シャーラ殿……。そもそも、このあたしからして、商売を通じて得られたこの国の内情を本国に伝える義務を負っておる。そのための手の者も多数抱えておる。いまは、その手の者はロウ殿のために動かしているがな」

 

 名の知らぬ女がそう言って笑った。

 そもそも、この女は誰なのだ?

 いまの言葉からすれば、タリオ人?

 

「まあ、いろいろとあると思うけど、ビビアンについては、もう信用していい。すでに仲間だ。それを前提に話をする」

 

 しばらく、黙って微笑んでいただけだったロウが言った。

 すると、急に全員がほっとした表情になり、また、全員の目がビビアンに集中した。

 あまり息の合った絆のようなものは感じなかったのに、ロウのひと言で急にまとまった感じだ。

 ビビアンは、本当に首を傾げる気分だ。

 

「ところで、この人は誰で、なぜ、あんたは、あたしを知っているのよ?」

 

 ビビアンはシーツで身体を隠したまま、ソファの女に言った。

 すると、その女がけらけらと笑いだした。

 

「頻繁に会うという間柄ではないが、何度か顔を見たことがあるぞ。そなたのことは、以前から注視はしていた。まあ、アーサーに仕えるよりも、このロウ殿の方が仕えようがあることは保証する。大切にしてくれる」

 

 その女が言った。

 ビビアンは怪訝に思った。

 自分のことを知っているこの女だが、以前にも会っているようだ。

 少なくとも、向こうは知っているし、アーサーに近い人物の気配である。

 しかし、ビビアンは知らない。

 

 ただ、どこかで見たことがある気も……。

 それはともかく、つまりは、ロウは、アーサーに極めて近い女である彼女を自分側に引き入れているということだ。

 

 それにしても、誰──?

 

「おマア……。マアだよ。ここの商会の会長だよ……。ここはその会長であるおマアの部屋だ。ビビアンの話を聞くなら、マアのところで話し合うのが一番だと思ってね」

 

 ロウが言った。

 マア?

 マアって、商会の会長のマア?

 女豪商にして、泣く子も黙る古だぬきのマア?

 この若い美女が?

 

 えっ?

 いや、なにを……。

 んん──?

 いや……。

 まさか……?

 

 いや、まさかだ……。

 しかし、そう言われてみれば、マアの面影はある。

 若いときのマアも知っているビビアンは、いまやっと、目の前の女がその若いときマアの姿とよく似ているということがわかった。

 

 いや、似ているが、こんなに美人でもなかったか……。

 似ている?

 似ているというものじゃない……。

 

 これは……。

 

「ええええっ」

 

 ビビアンは絶叫した。

 いや、こいつは、やっぱり、マアだ。

 だけど、六十を超えた婆さんだったはずだ。

 こんなに若いって──。

 

「びっくりしますよね。あたしも、最初は驚きましたし……」

 

 ランが笑った。

 

「まあ、あたしたちも驚いたよねえ」

「確かに……」

 

 コゼとエリカも大きく頷いている。

 ということは……。

 えええ──?

 

「も、もしかして、あんたって、女を──。あんたの淫魔師の力とやらは、もしかして、もしかして、もしかして、女を若返らせることもできるのかい──?」

 

 ビビアンは驚いた。

 任務上、若い女に化けることもあるし、実際に今日もそんな感じで若作りをしていた。

 しかし、目の前のマアには、そんな誤魔化しじゃない、正真正銘の若さがある。

 これは本物だ。

 

「ほ、本当にマア殿──? 本当に──?」

 

 ビビアンはほとんど絶叫に近い声で言った。

 マアの顔がはにかんだ表情になり、ちょっと頬が赤らんだ感じになる。

 

「ロウ殿の能力だ。ロウ殿は女が望むものをくれる……。あたしには若さ……。ランにはそこら辺の貴族宰相にも負けんような知恵と業務処理の力を……。シャーラ殿も、エリカ殿も、コゼ殿も、みんなロウ殿の恩恵を受けて強くなったのだ。そなたは、なにを貰うのだ?」

 

 マアが言った。

 ビビアンは、ロウに飛びついた。

 それこそ、襟首を掴んで、ぐっと顔を寄せる。

 

「あ、あたしにも若さをちょうだい、ロウ──。あ、あんた、そんな能力があったの? どうして、もっと早く教えないのよ──。若くしてよ──。それに、あんたの力って、女を若くするだけじゃないでしょう──。あんたの女と噂がある者は誰も彼も、急に綺麗になっているわ。もしかして、それもあんたなんでしょう──」

 

 ビビアンは、アーサーに命じられている王都の市井調査の傍ら、ロウやその周りの者について少しずつ調べてきた。

 それでわかったが、ロウの周りには、最近になって、とても綺麗になったと周囲から噂をされている女が何人もいる。

 恋をして美しくなったとか、幸せだから綺麗になったとか、そういう話じゃない。

 皺や染みが消えたり、肌や髪が美しくなったり、ちょっと目鼻立ちの一部がよくなったりという目に見える変化だ。

 ビビアン自身が、その女たちの全員を昔から知っているわけじゃないので、変化そのものはわからないものの、思い当たる女は全員がロウの女の可能性のある女たちかも……。

 

 王宮では、ちょっと以前では日陰者扱いだったイザベラ侍女団が、最近では、美人女官団とか称され、高い評判で王宮内を闊歩したりしているらしい。

 ミランダ、スクルズ、シャングリアだって、前からそれなりに美しかったり、可愛らしいという評判はあったが、このところは、それに拍車がかかっている感じのようだ。

 おそらく、ロウなのだろう。

 若さを女にもたらすことができるなら、美しさだって簡単に与えられるはずだ。

 それが伝承の「淫魔師」に違いない。女に美と若さを与える……。これは、すべての女がその力にひれ伏すという伝説に十分な能力だ。まさに、「クロノス」の力だ。

 

「あたしにも若さと美しさをちょうだいよ──。それをくれるなら、アーサーでも、タリオ公国でも、魂だってあげるわよ」

 

 ビビアンはロウの首根っこを握ったまま言った。

 

「大袈裟だなあ……。だったら、ビビアンの知っていることをここにいるみんなに教えてやってよ。幼くすることはできないけど、俺の女である限り、見た目の若さくらいなら簡単にあげられる」

 

 ロウが事も無げに言った。

 ビビアンは狂喜した。

 

 それから、やっとビビアンの持っている情報を全員に示すことになった。

 ビビアンは、自分が知る限りのことについて説明した。

 

 ビビアンがまず言ったのは、アーサーがかなりの野心家であり、彼の頭には、いずれは周辺国を統一して、まずは、ロームの皇帝になり、最終的には、このハロンドールも、北方の魔道王国エルニアの併合も、視野に入れているということだ。

 そのために、常識外れの数の特殊工作員を各国に潜入させている。

 いまアーサーの手が集中している国は、まずは同じローム帝国内の二個の公国、そして、ハロンドール王国だと言った。

 アーサーは、この国の王は無能だと思っていて、いまは懐柔施策をしているが、ローム帝国を統一したら、すぐにハロンドール王国に攻め入るつもりのはずだと説明した。

 アーサーの頭では、これを十年以内に成し遂げるつもりで、動いていると……。

 そのために、本気で多数の情報員や工作員を各地に潜入させているということも……。

 

「こんなにも……?」

 

 ハロンドール王国に入り込んでいる諜報員などの概数を言ったとき、まず声をあげたのはシャーラだ。

 百人は入り込んでいて、三分の一は王都にいる。

 シャーラは、具体的な要員の名前などを知りたがり、ビビアンは知る限りについて教えてやった。

 まあ、シャーラもすぐにタリオの諜報員を処断したりはしないはずだ。

 殺せばそれっきりで、別に送られた工作員がそれに変わるだけだ。

 それよりも、誰が諜報員なのかわかっていて、泳がせて情報をとる方がいい。

 ビビアンが諭すまでもなく、シャーラはそのつもりでいるみたいだ。

 

「王都以外には、南が多いねえ……」

 

 マアが、ハロンドール王国に入り込んでいる諜報員の拡がり方の情報に接して、呟くように言った

 

「アーサーの思惑までは、あたしにはわかりませんけどね。ほかにも諜報員は各地にいますよ。冒険者、軍人、小役人、市井の民、ときには盗賊や領主の妻などになりすましているかもしれません。アーサーは、そういうことにかけては、とても長けています。残念ながら、あたしにも、すべての諜報員の全容などわかりません。アーサーのほかには、数名が知るだけでしょう。あたしもまた、アーサーの駒のひとつなんです」

 

 ビビアンは、その呟きに丁寧に返した。

 それにしても、自分よりも歳下としか思えない相手が、実際には六十を超えた老女だというのがいまでも違和感がある。

 

「南になにかあるのか?」

 

 ロウが言った。

 すぐにシャーラが口を開く。

 

「もともと、キシダインの影響が強かった領主が集まっているところですね。キシダインの失脚で、幾つかの権益も失っているので、いまの体制には不満もあるかもしれません。まあ、表になど出してませんが」

 

「その不満に乗じて、アーサーが手を出そうとしているということは?」

 

 ロウが疑念を口にしたが、残念ながらビビアンには、それに答えられるだけの情報を持っていない。

 そう応じると、ロウはわかったと、小さく頷いた。

 

「そういえば、南側の地方正面については、冒険者ギルドについても、よい噂は聞きません。貴族に対する鬱憤をぶつけるようなクエストが多くて、それでトラブルも多発しています。それと、冒険者間の喧嘩のような騒動も少なくないし……。最近では盗賊関係のクエストが最も集中している地域でもあるかもしれません」

 

 ランが言った。

 その表情は真剣だし、話し合いが本格的になる前のおどおどしていた態度はない。

 毅然として、口調もしっかりとしている。

 まるで、人が変わったかのようだ。

 ビビアンは正直、ランのことを軽く見ていたので驚いている。

 やはり、ロウに集まる女は、全員がひと癖もふた癖もある者ばかりだ──。

 改めて思った。

 

「あたしも流通の視点で調べてみるよ」

 

 マアがロウに言った。

 ロウが「よろしく頼む」と言うと、マアが嬉しそうな表情になった。

 

 また、今回のアンとの婚約話についても説明した。

 もっとも、これについては、ビビアンの持っている情報は皆無に近い。

 ビビアンは、アーサーと語ったときの言動から、アーサーがアンとの婚約をハロンドール王に打診しているのは、単に新たな婚姻話を持ちあげる切っ掛けが欲しかっただけで、アーサーがアンを妃にしたいと思うはずがないと言った。

 おそらく、正妃として迎えるなら、イザベラ王太女狙いじゃないかと。

 あの男は見栄っ張りであり、自分の女にそれなりの箔を要求する。

 王太女であり、次期女王のイザベラであれば、形式的な婚姻だけでも、アーサーは満足するだろうと意見を言った。

 

「価値のあるいい女を蒐集する──。アーサーにはそんな女癖があるとは耳にしたことがあるね」

 

 マアが言った。

 

「そういう意味では、いまのエルザ様も、エリザベート様も、大公は気に入ってはいない。エルザ様は庶子腹だし、エリザベート様は、ティタン教会の大司教猊下の孫娘だけど、どの王家との繋がりもなく、王族でもない。アーサーは、彼女たちに第二妃と第三妃の地位しか与えていないわ。正妃は空位よ」

 

 ビビアンも続けた。

 

「正妃など娶る予定もないのに、空位にしているのか? それは女性に失礼だろう」

 

「あれは、そういう男なのよ、ロウ」

 

 ビビアンは吐き捨てた。

 実力のある大公だとは評価しているが、ふたりの王妃たちの扱いについては、ビビアンはアーサーを軽蔑している。

 

「アンは単なる噛ませ犬にするだけで、本命はイザベラ姫様ということか……。先に伝えておくかなあ……。まあ、明日の会談が終わってからにするか。先入観のないところで、アンにも判断してもらおう」

 

 ロウが言った。

 すると、エリカが口を挟んだ。

 

「そのことですけど、本当にアン様をアーサーに会わせるのですか?」

 

「まあ、これでもクエスト扱いだしね。アネルザにも会わせるよ。茶会でも開いてもらうさ。話はまだだけど、俺が言えば断りはしないだろう。場を作らせる。イザベラ姫様も呼ぶ。向こうの狙いを知っていれば、逆にアーサーの心の内を引き出すいい機会だ。もっと、アーサーの性質とかも知りたいし」

 

 ロウが言った。

 ビビアンは、気になってしまって口を開いた。

 

「ところで、アン王女にしても、イザベラ王太女殿下にしても、さっきからロウは、ふたりと特別な関係みたいなことを仄めかすけど、実際にはどんな関係なの?」

 

「ふたりとも俺の女だね。性奴隷さ」

 

 ロウが白い歯をビビアンに見せた。

 ビビアンは目を丸くした。



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234 氷の微笑と満面の笑み

 第三神殿から連絡があったのは、昨日の夜のことだった。

 午後であれば、いつでも対応するという神殿長のスクルズからの伝言であり、正式の印章による蝋印が施されてあった。

 断り続けていたアンとアーサーの面談に、やっと神殿側が応じるというのだ。

 アーサーは、早目の昼食をとって、いま宿泊しているランカスター公爵家の準備した屋敷から、第三神殿に向かうことにした。

 いまは、移動中の馬車の中にいる。

 

 正直にいえば、王女とはいえ、傷物のアンの婚約を打診したのは、ハロンドール王への追従(ついしょう)が半分なので、本気で妃にするつもりはない。

 キシダインに嫁ぐ前であれば、血統もよく、ハロンドールの第一王女として価値があったが、複数の男に凌辱された女と公になっている今のアン王女に価値はない。

 

 実のところ、アーサーが本気で正妃として考えているのは、この国のイザベラか、ナタル森林国のエルフ女王のガドニエルだ。

 いずれも、次期王女、現王女として、国を離れられない立場だが、それぞれの国に留まりながら、定期的に国を訪問し合う「形式婚」であれば、問題はないはずだ。

 

 ただ、いまのタリオ公国は、小国から、やっと中堅国の評価を受けるようになった発展途上に過ぎず、ハロンドール王国やナタル森林国に比べれば格下であるため、対等の婚姻関係を進めるには、タリオ公国の実力をさらにあげる必要がある。

 だが、数年以内には、それなりの国力にする予定だ。

 

 それに、アーサーは自分の外見が、男としてかなりの美形であることも知っている。

 まだ男を知らぬような少女のイザベラ、あるいは、結界に包まれた幻城に閉じ籠って一切の世間との交流を断っている世間知らずのエルフ女王のガドニエルなど、アーサーと対面する機会さえあれば、簡単に落とす自信もある。

 

 そういう意味では、今回の訪問で、アンとの面談が実現しようと、できまいとどうでもよかったが、アーサーが申し込んだにも関わらず、会うことができないというのは、沽券に関わることで気に入らなかった。

 しかも、一度はアーサー自身が直談判で第三神殿に赴き、スクルズに、アンと会わせるように詰め寄ったのだ。

 そのときも、スクルズは氷のような冷たい微笑で、アーサーを門前払いした。

 さすがに、異国で騒動を起こすわけにはいかないから、強引に入り込むのは自重したが、アーサーとしては、あそこまで軽く扱われたのは我慢ならない屈辱だった。

 だから、やっと面談がかなったのは、ほっとしている。

 これが、ロウという冒険者の下級貴族が段取りしたものというのが、小癪に障るが……。

 

「たった一日で、手のひら返しだな」

 

 馬車で神殿に向かって進みながら、アーサーは向かいに座るコンバーに話し掛けた。

 そもそも、第三神殿に預けられているアンと面会したいというのは、王都に到着した直後に申し込んでいた。

 ハロンドール訪問前の成り行きから、当然に認められるものだと思っていたし、アーサーの訪問を拒否されるとは考えてもいなかった。

 だが、蓋を開けてみれば、こちらの使者に対する神殿の回答は、王家の許しがなければ、王女には会わせないの一点張りで、頑としたものだった。

 だからといって、王家に言っても、アネルザが相手にしないし、ルードルフは後宮から出てこず、話にならない。

 アーサーとしては、馬鹿にされている気持ちだが、愚昧を敵とすればの思いであり、虚しく思っていた。

 しかし、ようやく、対面の話になり、アーサーとしては、面目だけは立ったというところだ。

 

 馬車には三人がいて、アーサーのほかには、コンバーとランスロットだ。

 ランスロットは、今回のハロンドール訪問では、護衛長を兼ねて、アーサーの幕僚として常に同行させている。

 ランスロットとコンバーのほかには、三人の護衛が外にいるが、騎馬で馬車の前後を警護しながら進んでいる。

 一国の長としては、かなり質素な人数だが、アーサー自身が魔道にも武術にも長けているので、本国でもこんなものだ。

 

「段取りしたロウには、確かな影響力があるのでしょうね。大言に相応しい実力があるということでしょう」

 

 ランスロットが静かな口調で言った。

 アーサーは内心で舌打ちした。

 

 この男は、戦士としても、将軍としても有能であり、アーサーへの忠誠心も高く、部下として非常に有能であるものの、欠点はやや「脳筋」の傾向があることだ。

 だから、昨日、ロウたちに圧倒されて以来、ロウに対して過大評価の傾向がある。

 しかし、あれは、ただ能力のある女に守られているだけの見せ掛けだけの男であり、魔道も遣えず、武術の心得もないのはしっかりと見切った。

 あのとき、一瞬で銃を出したように見えたのは、おそらく、手妻(てづま)の一種であり、意表を突かれさえしなければ、不覚をとることなどなかったはずだ。

 また、アーサーを弾き飛ばした仕掛けがなにかはわからないが、多分、特殊な防護魔具を装着していただけだと思う。

 あんな男がアーサーに勝るなど、認めるわけにはいかない。

 

「そのことですが、あれから神殿そのものに、あのロウが立ち寄った形跡はありません。ただ、王太女の使者が夕方に訪問しました。状況からして、第三神殿の突然の態度の変化はそれによるものなのだと思います……。そのう、ロウの功績とは言えんでしょう……」

 

 コンバーだ。

 ハロンドール正面の諜報員の束ねをさせている男であり、今日は、護衛に扮して馬車に同乗させていた。

 コンバーを同乗させたのは、昨夜、ビビアンから新たに報告のあったハロンドール王家に関する情報について、整理したいからだ。

 コンバーについては、本人自身の諜報員としての能力は低いが、管理者としては実直であり、派手ではないが堅実な仕事ぶりを示していて、アーサーとしては、高く評価している。

 だいたい、コンバーの情報の分析については、いつもアーサーの考えに合致する。

 これは、コンバーが優秀な証拠だろう。

 それに比べれば、ランスロットにしてもそうだが、コンバーの前任者のビビアンは、アーサーの考えと一致せず、意見が食い違うことが多かった。

 コンバーは、今日は、護衛のひとりにやつしているが、いつもはハロンドールの宮廷に出入りする小役人だ。ハロンドールの下級貴族としての肩書きも作りあげている。

 

「さもあろう。つまりは、王太女正面が動いたということだ。あの男の力量とは評価できん」

 

 アーサーは吐き捨てた。

 

「そ、そうです。その通りだと思います」

 

 コンバーが大きく頷く。

 やっぱり、コンバーはわかっている。

 アーサーは満足した。

 すると、ランスロットがくすりと笑った。

 

「なにがおかしい――?」

 

「ビビアンによれば、ロウは、あれから王太女を訪問したということです。だから、ロウが動かしたのは王太女なのでしょう。そして、王太女が第三神殿に使いを出した……。昨夜のビビアンの情報に合致します。ロウを過小評価したいのはわかりますが、あれは、なかなかの男と思いますよ」

 

 ランスロットが含んだような笑みを浮かべながら言った。

 

「過小評価をしているつもりはない。ただ、事実として評価しているだけだ。あれは女に頼っているだけの男だ。逆に言えば、お前は、単に負けたからという理由だけで、過大評価しすぎだ」

 

「そうですか? でも、得体の知れない男であることは確かでは? まあ、いまのところ目に見えるのは、ロウが女を動かすことによって、事を動かすというやり方をしていることですが、それひとつについてだけでも、実に面白い」

 

「なにが面白いものか。お前まで、あれがクロノスだというのか?」

 

 アーサーは、ビビアンが、ロウをしてクロノスだと、その実力を絶賛したことを思い出して不愉快になった。

 しかし、まさか、ランスロットまでが、ロウをクロノスと評価するのだろうか?

 

「複数の実力のある女が慕う男というのが、クロノスの定義なら、そうなのでしょう。ビビアン殿の評価に俺は賛成です。少なくとも、あのとき一緒にいたエリカにしても、コゼについてもそれなりの猛者ですね。これから会うスクルズという女神官も魔道にかけては超一流のようですし」

 

 ランスロットは、あっさりと言った。

 アーサーは、ロウを高評価するランスロットの物言いが愉快ではなかったが、それ以上議論するのはやめた。

 ランスロットには、アーサーに対して、歯に衣着せぬ発言を許しているが、そうしなければ、アーサーの周りはアーサーへのご機嫌取りで埋まってしまう。

 しかし、面白くないものは、やはり面白くない。

 ただ、ランスロットは根っからの武人なので、そのランスロットが、武人ではないロウを高評価したのは意外だった。

 

「コンバー、ところで、ビビアンの夕べの情報は、どう評価する?」

 

 アーサーは、コンバーに話を振った。

 ビビアンの情報というのは、ロウの行動の調査を任せたビビアンからの新たな報告であり、王妃アネルザの愛人と知られているロウが、実はイザベラの恋人だというものだ。

 王妃アネルザの愛人という噂は、その隠れ蓑というのだ。

 

 次期女王が、全くの平民どころか、移民でしかない男を恋人にするなど、常識はずれだが、だからこそ、王妃の愛人ということにして、噂が表に出ないようにしているというのだ。

 にわかに信じがたいものがあり、コンバーに裏を取るように指示した。

 そもそも、それが正しいなら、王妃からして、イザベラとロウの恋愛を後押ししていることになる。

 しかも、ビビアンが言うには、ロウが王宮に通いやすいように、移動術に長けるスクルズが全面的に協力しているというのだ。

 寄ってたかって、一介の冒険者が王太女と恋愛するのを助けるなど、根も葉もない噂としても馬鹿馬鹿しい。

 とにかく、調査をコンバーに任せた。

 

 そもそも、ビビアンが先代の大公から仕えている有能な諜報員であることはわかっているが、あの女のように、毎日毎晩、男を変えるような尻軽女は、アーサーは真の意味で信頼できない。

 人間として低俗であり、そんな女に重要な仕事を任せたくない。

 だから、前々から機会を狙っていて、手の者の束ねも先回の廃神殿の調査失敗のきっかけを利用して、このコンバーに交代させたのだ。

 だいたい、あの淫女がアーサーを内心で軽んじているのはわかっている。

 アーサーは、それに応じる扱いをしてやっただけだ。

 

「もしかしたら、ビビアン殿の情報は正鵠を射ている可能性はあります。王太女の侍女団が不自然なくらいに、ロウについて親しげに評するのは、すぐに裏がとれました。実際に、王妃を訪問するのと変わらぬ頻度で、ロウは王太女を訪問してます。王太女がロウと親しく話す現場も少なくない者が目撃してました。これらは、その気になれば、あっという間に裏取りできました」

 

 コンバーは言った。

 アーサーは唸った。

 愛人がいるくらいは、最終的には目論んでいるイザベラとの婚姻に問題はないが、愉快な話ではない。

 女の価値は惚れる男の質だと思っており、この情報が正しいとすれば、アーサーとしては、イザベラの価値が大きく低下した気分になった。

 

 やがて、馬車が第三神殿に到着した。

 スクルズはいなかったが、案内に副神殿長の男が待っていて、アーサーに恭しく礼をした。

 

「ご案内します」

 

 副神殿長が先に立ち、神殿の奥に向かう。

 前回、直談判でやってきたときには、入り口に近い部屋だったので、これだけで扱いが違う。

 奥に進むのは、アーサーとランスロットだけにした。ほかは、ここで待機だ。コンバーの役目もこれで終わりである。

 

 奥に近い応接間の前に着く。

 室内に入る。

 果たして、中にロウがいた。

 昨日の女ふたりも一緒だ。三人とも、ソファには腰かけずに、壁を背にして立っていた。

 

「なぜ、お前がここにいる?」

 

 アーサーは思わず言った。

 

「なにって、護衛ですよ。クエストでそう依頼したじゃないですか……。ところで、ご機嫌麗しゅうございます」

 

 ロウがおどけた口調で言い、きちんとした礼をした。

 一緒にいる女ふたりも、合わせたように頭をさげる。ロウに比べれば、女ふたりの作法が付け焼刃じみていてぎこちない。

 それにしても、昨日もそうだったが、ロウは学のない移民あがりのくせに、礼儀作法はきちんとしている。

 品は悪くないし、所作もしっかりしている。

 そういえば、ハロンドールにやって来る前はどこにいたのだろう。

 一応、調べさせるか……。

 アーサーは思った。

 

「ところで、これをお渡ししていいですか、大公陛下。王妃殿下からの茶会の招待状です。時期は、明日の今頃にでも。ただし、数名のみの内輪のものなので、大袈裟な護衛はご遠慮とのことです」

 

 ロウがさっと封筒を出して、ランスロットに両手で渡した。

 まったく、こいつは行儀がいいのか、悪いのかわからない。

 冒険者が大公に話しかける口調としては砕けすぎている。しかし、招待状を直接渡さないのは作法通りだ。

 もっとも、ここで、ついでのように渡すのは無作法だ。

 それにしても、王妃との茶会?

 あれほど、私的な面会を断り続けられてきたアネルザ王妃が、一転して茶会への招待と来た。

 ロウに任せれば、事態は進展すると勧めたのはビビアンだったが、こんなにも動くものなのか。

 アーサーは苦笑した。

 

「承知したと応じてよい」

 

 アーサーは言った。

 すると、ロウがにっこりと微笑んだ。

 

「では、後ほど返事をしておきます。それと、茶会には王太女殿下も同席なさるということです」

 

「イザベラ殿が?」

 

 個人的に会う機会をまったく設けることができなかったイザベラなので、面談の機会が与えられたのは喜ばしい。

 アーサーとしては、願ったり、叶ったりのことである。

 ルードルフ、アネルザ、イザベラについては、この王都の滞在間に、なんとか親交を深めたいと思い、世話役のランカスター公に頼んで、夜会などを開いたりしてもらったりした。

 だが、ことごとく出席を断られて、閉口をしていたところでもあったのだ。

 

「たまたま、時間ができたということです」

 

「たまたまなあ……」

 

 アーサーは嘆息した。

 とりあえず、副神殿長の案内に従い椅子に座る。

 すぐに、副神殿長が退出して、入れ替わりに巫女がやってきて、アーサーの前に紅茶を出してきた。

 

 そして、茶に口をつけるか、つけないかくらいで、扉が開いて、スクルズが入ってきた。

 微笑んでいるが、相変わらずの氷のような微笑だ。

 アーサーに対して、すっと頭をさげかけて、いきなり、その顔をぱっとあげた。

 

「まあ、ロウ様、お越しだったんですか? わたしのところへの伝言は、大公陛下のご関係の方がお見えとだけ連絡がありましたもので」

 

 スクルズが満面の笑みを浮かべて声をあげた。

 人の顔はこんなにも変わるのかと思うほどの劇的な変化だ。

 

「その通りですよ、スクルズ様。今日は大公陛下の護衛で来ています。クエストでしてね」

 

 ロウが苦笑交じりに言った。

 

「えっ、そんな、他人行儀……。あれっ? つまりは、ロウ様はそちら側なんですか?」

 

 スクルズが驚いたように目を見開いている。

 

「そちら側も、こちら側もないわよ。それよりも、大公陛下が無視されて、怒ってるわよ、神殿長様」

 

 コゼという小柄な女が呆れたような物言いで口を挟んだ。

 随分とぞんざいな口調だから、本来はもっと親しいのだろう。

 スクルズの態度にしても、ロウの女であることがわかっているコゼの態度にしても、ロウとスクルズが男女の関係があるという、ビビアンの話は本当かもしれない。

 そうでないとしても、かなり親しい間柄だろう。

 

「これは失礼をいたしました、大公陛下。本神殿の神殿長のスクルズでございます。先程は、結構なお土産をありがとうございます。す、べ、て、教会の教えを拡げるためのものとして、大切に使わせていただきたいと思います」

 

 スクルズが改めてアーサーに頭をさげた。

 たったいま、ロウに向けたものとは異なる氷の微笑に戻った。

 自分に媚びも売らず、面と向かっても頬を赤らめることなく接するこの女に、逆にアーサーは興味を持ちそうになった。

 また、お土産と言ったのは、アーサーが先触れとともに渡した贈答品のことだ。

 教会に対する寄付用のものと、スクルズ個人に対するものにわけたが、“すべて”という言葉を強調したので、個人的には受け取らないという意思表示に違いない。

 まあ、どちらでもいいが……。

 

「アーサーだ。今回はご足労かける。ところで、早速だが、アン殿に会いたいが、ここで会えるのか? それとも、別の場所で?」

 

「ここに連れてまいります。ただし、アン様は色々なことがありましたので、男の方が複数おられるような場所では落ち着かなくなり、平静を保つことがおできになりません。従って、護衛のお方はご遠慮してただけますか? それと、わたしも同席させていただきます。あと、アン様の侍女が一緒に来ます」

 

「構わない」

 

 アーサーは、ランスロットに合図をする。

 ランスロットは、アンに対する贈り物を持たせていたが、それをアーサーの座るテーブルの前に置く。

 

「では、俺は……」

 

 ランスロットがアーサーに頭をさげる。

 

「ロウ様はどうぞ、こちらに」

 

 すると、スクルズが卓を囲むソファのひとつに、ロウを誘導する仕草をした。

 これには、アーサーは驚いた。

 

「護衛は退出させるのではないのか? このロウも必要ない。この男は護衛ということで案内を命じたが、アン殿と会うのに、こいつらを同席させるつもりはない。出ていかせる」

 

 アーサーは言った。

 

「まあ、それはご同意できません。ロウ様が来られているのは知りませんでしたが、来られているのがわかった以上、ご一緒していただきます」

 

 スクルズがきっぱりと言った。

 アーサーはその頑なな態度と意外な拒否の言葉にびっくりした。

 

「特に同席をさせる必要はあるまい。ちょっとした世間話をするだけだ」

 

「いいえ、ロウ様も同席していただきます」

 

 スクルズは断言した。

 なんでこんなにこだわるのかというほどの、頑とした態度だ。

 

「スクルズ様、俺たちは席を外そう。アン様をお願いする」

 

 すると、ロウが口を挟んだ。

 

「わかりました。では、そのようにいたします」

 

 一転して、スクルズが意見を変えた。

 アーサーは、これには驚くともに、心の底から呆れてしまった。



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235 元王女の赤らむ頬(表面)

【アーサー視点】

 

 

 ロウと女たち三人が出ていく。

 アンはすぐに、やって来るということだったが、アーサーはそれまでのあいだ、スクルズとふたりきりということになった。

 すでに人払いをしているので、侍女役の巫女もいない、完全にふたりだけだ。

 アーサーは、一度このスクルズに訊ねてみたいことがあったので、いい機会だと思った。

 

 美貌の若き女神殿長として名高く、さらに、王国一の魔道遣いとの定評もあるスクルズが、なにを考えて、一介の冒険者と恋仲であるのかということだ。

 もちろん、本当は、そのような関係ではないのかもしれないが、たったいまのあからさまな態度を人前で見せれば、その「噂」が真実であるという証拠のようなものだ。

 

 まあ、とはいえ、まだそんな噂などにはなっていない。

 しかし、神殿長ほどの高位神官になった女性は、天空神と生涯の愛を誓うという意味合いから、一切の男性関係を持たないのが不文律のはずだ。

 敬虔で純潔のはずの女神官長が、特定の男の恋人がいるなど、大変なことだ。

 しかも、スクルズは、若く美貌の女巫女として、ハロンドール王国に留まらず、ローム地方でも有名だ。

 大変な醜聞になるだろう。

 

「ところで、スクルズ殿、あなたと、あのロウはどういう関係なのです?」

 

 単刀直入に言った。

 スクルズは怪訝な表情になった。

 

「どういう関係とは?」

 

 そして、にっこりと微笑んで、小さく首を傾げた。

 さっきまでの、感情がこもっていないような氷の微笑とは違う。

 だが、ロウに向けたような心からの満面の笑みとも異なる。

 なんともいえない複雑な笑みだ。

 

「あなたと、ロウに男女の関係があるという噂があるようだ。だから、本当なのかどうかを訊ねたいと思ってな」

 

「まあ、タリオ大公の大公陛下ともあろうお方が、随分と醜聞好きなのですね。しかも、大変な下世話な物言いで驚きました」

 

 スクルズがころころと笑った。

 その態度には、別段に焦った様子もないし、不安そうな態度もない。

 平静そのものだ。

 むしろ、アーサーを軽んじるような態度もあって、逆にむっとした。

 それは気に入らない。

 

「真実なら、大変な醜聞だからな。天空神の伴侶の誓いをしたはずの女性高位神官が、天空神との誓約を破ったとあれば、単純な破門ではすむまい。大変な騒ぎになるのだろうな」

 

 アーサーはにやりと笑ってみせた。

 そして、テーブルにある茶を優雅に口にする。

 

 さて、どう出るかな……?

 怯えるか……。

 あくまでも、誤魔化そうとするか……?

 逆切れをして、怒りだすのか……?

 

 いずれにしても、この女の弱みを握ったということができれば、それでいい。

 実際に、なにかの脅迫を具体的にするつもりはないし、下世話な話を世間に暴露するほどの恥知らずではない、

 ただ、アーサーに生意気な態度をとる目の前の女神官が焦る様子でも眺めることができれば、前回邪慳にされた溜飲もさがる。

 その程度だ。

 まあ、場合によっては、今後の取引の材料にもさせてもらうが……。

 つまり、反応によっては、今後、このスクルズを利用するための取引の材料にするつもりだということだ。

 民衆に人気があり、ハロンドールの王都でも重い立場にあるスクルズは、将来においても、いくらでも利用価値がある。

 

「ロウ様は、わたしにとって、特別なお方です。これでご満足ですか?」

 

 しかし、スクルズはあっさりと言った。

 アーサーは、驚いてしまった。

 

「特別な関係とは?」

 

「ご想像のとおりですわ」

 

 スクルズはにっこりと微笑んだ。

 

「否定しないのか?」

 

 アーサーは、まじまじとスクルズの顔を見直してしまった。

 脅迫めいた言い方をしたが、決して、スクルズの素直な告白を期待したわけじゃない。

 そもそも、スクルズは高位魔道遣いであり、このハロンドール王都でも、指折りの女傑のひとりだ。

 自尊心も高いだろうし、アーサーに対する態度は、一国の大公にも怯まない毅然としたものだった。

 年齢に似合わない度胸もあり、なかなかの女傑だと、アーサーは評価していた。

 だからこそ、ただの成りあがりの一介の冒険者と男女の関係があるということなど、実際にそうであっても、絶対に認めたりはしないと確信していた。

 

「ええ。否定しません。暴露したければ、どうぞ。逆に、タリオ公国の大公陛下は、醜聞で女を脅迫する下衆男だと、言い触らしてさしあげましょう」

 

 スクルズがにこにこしながら言った。

 アーサーはたじろいでしまった。

 いくら脅迫の材料をぶつけたところで、それを怖れていなければ、効果はない。

 それに、アーサーが他人の隠れた私生活を覗き見し、それを拡げるような愚劣な男だとされては、なによりも、アーサーの品性が耐えられない。

 

「流言をばら撒けば、俺と刺し違えるとでも?」

 

 アーサーは言った。

 すると、スクルズが噴き出した。

 アーサーは呆気にとられた。

 

「まさか、そんなことで刺し違えなどできませんよ。あたしが教会を破門になった代わりに、アーサー陛下の性格の低級であることが表沙汰になった程度では、陛下もそれほど傷つきも致しませんでしょう?」

 

 スクルズが笑いながら言った。

 笑顔も仕草も、辛辣さの欠片もないが、喋っている内容は皮肉交じりで強烈だ。

 アーサーは、辟易した。

 

「……ただ……」

 

「ただ?」

 

 スクルズが急に真面目な表情になった。

 アーサーは、いきなり醸し出された強い威圧に、思わず姿勢を正した。

 

「ただ、正直に申しますと、教会を破門になったところで、大して困りません。なにかの脅迫の材料にでもなさりたいのであれば、どうぞ、お好きに……。しかし、これだけは申しておきます」

 

「んん?」

 

「わたしのことはともかく、この一件で、ロウ様のことを脅迫のようなことをなさいますことについては、お気を付けください。ロウ様に危害を加えようとする者は、間違いなく、このスクルズの敵です。ロウ様に手を出すなら、お覚悟なさってください」

 

 スクルズがきっぱりと言った。

 アーサーを相手に、啖呵を切った目の前の女に、今度こそ、アーサーは驚愕してしまった。

 

「……アン様の準備ができたようですね」

 

 すると、スクルズが顔を扉に向けた。

 控えめなノックがあり、スクルズが返事をして、侍女をひとり連れた貴婦人が入ってきた。

 アーサーは立ちあがった。

 

 おっ?

 

 アーサーは内心で少しだけ驚くものがあった。

 入ってきたのは、アン王女だ。

 正確には、すでに王籍からは外れているので王女ではないが、ハロンドール国王の第一王女であり、正王妃にして、マルエダ辺境侯の第一女アネルザとのあいだに生まれた血統も由緒正しい、アン王女である。

 だが、アーサーが驚いたのは、その美しさだ。

 

 アンと会ったのは、これが初めてではない。

 いまは、アーサーの妃にしているエルザとの政略結婚のときに、数回顔を合わせている。

 そもそも、最初に、アーサーが婚姻の相手として打診をしたのは、第一王女のアンの方であり、血筋もいいことから、アーサーはそれを望んでいた。

 しかし、王妃のアネルザが、実子のアンを国外に出すことを嫌がって、アーサーに嫁ぐのは、第二王女のエルザになったのだ。

 王妃の実子であるアンに比べて、エルザはルードルフが平民の侍女に産ませた子であり、庶子腹だ。

 アーサーとしては、馬鹿にされた気分だったが、当時は、タリオ公国には、それに否とするほどの国力はなかった。

 タリオ公国が流通改革に成功し、その成功を背景に強引に中央集権を進めて、さまざまな制度改革を断行して、曲がりなりにも、国として対等の物言いができるようになったのは最近なのだ。

 せめて、数年早く、改革が成功して、いまほどの国力があれば、アンの婚姻の相手は、アーサーだったろう。

 

 それはともかく、アンに対して、驚きを感じたのは、現われたアンがアーサーの記憶にあった姿よりも、ずっと綺麗だったからだ。

 所作も美しく、なによりも、女としての色香がある。

 これほどの女だったのか意外に思った。

 

 だとしたら、やはり、惜しいことだ。

 男たちに汚された身体でなければ、再婚といえども、アーサーの妃のひとりとして迎えてもよかっただろう。

 

「アーサー=ブルテン、タリオ大公です。幾久しく」

 

「ア、アン=ハロンドール・ラングーンです」

 

 アンは静かに言って、儀礼のために身体を低くした。

 挙措が美しい。

 着ているものも華美ではないが、品がよいものであり、アンをとても惹きたてている。

 また、アンの名乗りは、元のハロンドール王家の王族としての姓に加えて、キシダインとの離縁に際して、名義のみのラングーン公爵家の籍を受けているせいである。

 ハロンドールの風習では、婚姻や養子、あるいは、授爵などにより、新たな姓を賜ったりすると、前の姓に新たな姓を後に重ねて名乗るのだ。

 だが、アンのいまの名乗りでは、キシダインに嫁いでいたときの姓が欠落している。

 彼女の中では、自分の姓として残すことを憚る唾棄すべき婚姻だったという意味だろう。

 

 そして、アーサーは、アンがアーサーを前にして、頬を赤く染めて、吐息のようなものをかすかについたのがわかった。

 内心でほくそ笑んだ。

 大抵の女がアーサーを前にしたときに示す反応であり、アーサーとしては日常のことだ。

 たったいままで、アーサーに媚びを売らないどころか、脅しのような態度をとるスクルズに対面していただけに、なんだかほっとする態度だ。

 

「お目にかかれて光栄です、アン殿」

 

 アーサーは、改めて、古いハロンドールの儀礼をとった。

 すると、アンの目が驚いたように見開き、赤かった頬がさらに、真っ赤になったのがわかった。

 そして、アーサーの所作に動揺をしたのか、体勢を崩しでもしたかのように、膝を小さく折った。

 

「あっ」

 

 アンがよろめいたので咄嗟に手を伸ばしたが、アンの横に立っていたスクルズがさっとアンの腰に手を伸ばして支える。

 

「さあ、どうぞ、アン様……。ノヴァもこちらに……」

 

 スクルズがアンをそのまま、ソファに腰をおろさせるようにした。

 アーサーとは、向かい側の席だ。

 それはいいのだが、スクルズは、アンと一緒についてきた侍女を自分の横に座らせたのだ。

 侍女が同席するとは聞いていたが、まさか座るとは思わなかった。

 アーサーは面食らったが、アンもなにも言わないし、スクルズは侍女を座らせるなど、どうかしたのだろうか。

 しかし、当の侍女も、顔をうつ伏せにしてどうしていいかわからないように、小さくなっているだけで、大人しくされるままにしている。

 遠慮をするつもりもないようだ。

 なんだ、この侍女は、と怪訝に思った。

 

 とにかく、アンとの会話を始めた。

 とはいっても、アーサーとしては、アンとの婚約話は、ルードルフ王との駆け引きの材料にするつもりだけのものであり、大して本気でもない。

 だから、アンの人となりに興味もないし、この縁を深める予定もない。

 予定では、最終的には、アンについては、キシダインとの婚姻時代の「瑕疵」を盾に断り、そのときには、タリオとハロンドール間の流通を抜き差しならないものにしておいて、ハロンドールの流通を牛耳り、この国の王家に、アーサーがなくてはならないものにしておいてから、的をイザベラに切り替えるつもりなのだ。

 場合によっては、婚約話をちらつかせておきながら、さらにこの国の王家に喰い込み、さまざまな工作を進めて、この国の屋台骨を徹底的に弱らせるというのも一案だ。

 まあ、まだ、そのときでもないが、それらは、これからの話だろう。

 

 だから、アンとの話題も月並みなものでしかない。

 時候について、王都やタリオ公国の流行りのものについて、食べ物について、趣味についてなど、他愛のないものばかりだ。

 ただ、アーサーとの会話のあいだにも、ちらちらとアーサーを覗き込むようにしては、顔を赤く染め、さらに落ち着かないように、脚を右に左にと、もじもじと恥ずかしそうに動かすのが印象に残った。

 

 また、贈り物として持ってきた宝石箱を手渡したとき、指先同士が触れたときには、はっとしたように、びくりと身体を震わせもした。

 おそらく、指先とはいえ、アーサーと肌が触れ、羞恥を覚えたのだと思うが、結婚の経験があるとも思えない初心(うぶ)な反応だ。

 アーサーは、ちょっとアンが初々しく感じた。

 

「よければ、また話をしたいですね。また、ご訪問をしてもいいですか?」

 

 ともかく、アンのはにかむような、照れるような表情が素晴らしく可愛くて、アーサーの心は跳ねた。

 惜しむらくは、このアンが汚された女であることだ。

 それは、アーサーの妻として相応しくない。かえすがえすも残念だ。

 

 いずれにせよ、アーサーは、アンがアーサーに好意を抱いたのをはっきりと確信している。

 だから、まるで誘うような口調で優雅に話しかけた。

 

「えっ?」

 

 だが、アンは、アーサーの言葉を聞いていなかったのか、問い返してきた。

 その目はうるうるとしていて、アーサーに向ける情熱のようなものも感じる。

 ここまで、好意を向けられると、アーサーも申し訳なく思う。

 なにしろ、婚約話をこっちから持ってきながら、実際にはその気がないのである。

 アーサーは、くすりと笑った。

 

「また、遊びに来てもいいですか、アン殿? 俺とあなたは、とてもいい話し相手になれると思います。……とはいっても、ハロンドールにいられるのも、あとは数日のこと……。ああ、そうだ。今度は是非、タリオ公国に来るといい。今度は、アン殿をタリオで歓待いたしましょう。エルザも会いたいでしょうし」

 

 アーサーは言った。

 すると、アンが首を傾げた。

 そして、にこりと笑った。

 

「た、大公殿が、わたしのような者に心を配られることはないでしょう……。どうか、お構いなく。きょ、今日は愉しい会話でした……。お、お気をつけてお国にお戻りください……。で、では……」

 

 アンが言った。

 アーサーに向けて、とても熱い視線を向けていたと思っていたので、あっさりとした別れの挨拶は意外だった。

 

「さ、さあ、ノヴァ……」

 

 そして、アンはすぐに、侍女と手を取らんばかりに、一緒に身体を支え合うようにして、部屋を出ていってしまった。

 アーサーは、肩透かしにあった気がして、呆気にとられた。



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236 元王女の赤らむ頬(裏面)

【アン視点】

 

 

 夜に届いたのは、王太女の紋章のある王宮からの手紙であり、一度だけ、アーサーと面談をして欲しいという王太女のイザベラからの指示だった。

 イザベラが、アンになにかを指示するのも、頼むのも珍しいことだった。

 アンは、気が進まなかったが、アーサーと会うことにした。

 スクルズに相談をしたが、スクルズのところには、ロウからも、同じようなことを伝言で届いたということだった。

 

 イザベラもそうだが、ロウの言葉なら嫌も応もない。

 アンは、アーサーと会うことにした。

 場所は第三神殿内であり、どこかに出かけるということでもないようだ。

 面談の時間も、半ノス程度のことと、スクルズからは申し訳なさそうに語られた。

 

 タリオ大公のアーサーという男が、アンとの再婚話を持ち掛けているという話は、少し前にアネルザから言われていた。

 アンとしては、寝耳に水のことであり、驚くしかなかった。

 もちろん、王家に生を受けたものとして、国としての命令であれば、二度目であろうと、三度目であろうとも、政略の必要により嫁がなければならないということはわかっている。

 しかし、まさか、アンに再婚の打診があるなど夢にも思わなかった。

 なにしろ、アンは、キシダインを追い落とすために、自分が受けた凌辱の数々を明らかにして世間に公開していた。

 不特定多数の相手に、性奴隷のように奉仕をしていたなどというのは、王族であろうとも、貴族女としては終わりである。

 アンを妻とする相手がいるとも思えない。

 ましては、タリオ大公アーサーといえば、改革に次ぐ改革により、飛ぶ鳥を落とす勢いで、この数年で力をつけてきた有力国の事実上の「国王」である。

 三人目の妃とはいえ、アンを指名するというのは意外だ。

 

 ただ、アーサーという男は、非常に計算高く、陰謀好きの側面があると聞いている。

 もしかしたら、アンと婚約をするという話を利用して、ハロンドール王家に取り入り、なにかしらの国益を得ようということではないだろうか。

 まあ、そんなところではないかと想像した

 

 いずれにしても、アンは、もうロウの女のひとりのつもりである。

 イザベラにしても、王妃アネルザにしても、それを知っているはずだ。

 だから、今回の話は、完全に断るということで一致していてくれ、スクルズも巻き込んで、とにかく、アンを隔離するということに決まっていたはずなのだ。

 それで、頑として、アーサーがアンに接触することを各正面で拒んできた。

 ところが、アーサーの帰国数日前にして、いきなりの面談指示である。

 アンとしては、ちょっと驚いた。

 もっとも、イザベラからの手紙にも、これで話を進めるのではなく、引導を渡すためのものでしかなく、どうか理解して欲しいとあり、まあ、国と国との外交のこともあり、仕方のない側面もあるのだろうと納得した。

 

 そして、当日がやって来た。

 約束の刻限に近づくと、連絡があり、アーサーが神殿に入ったと報せが入る。

 アンは、ノヴァとともにふたりでアーサーが待っているはずの客間に向かった。

 しかし、途中の廊下で、いきなり陰から腕を掴まれた。

 

「ロウ様──?」

「ご主人様──?」

 

 アンは、ノヴァとともに、思わず声をあげてしまった。

 陰からアンたちを阻んだのは、ロウだったのだ。

 エリカとコゼもいる。

 

 また、ロウのことを“ご主人様”と呼ぶのは、アンだけがもらったご褒美だ。ノヴァについては、まだ許可を受けていない。

 ノヴァは、アンがロウのことを“ご主人様”と呼ぶなら、自分もそうしたいようだが、アンは許していない。

 これは、アンがもらった特権だ。

 また、呼び方を変えてもらってから、ロウはアンに丁寧語を使わなくなった。

 アンは、それが嬉しい。

 

「ロウ様、大丈夫です。誰もいません」

「ここで? それとも隠れます?」

 

 エリカとコゼがさっと、物陰に押し込まれたアンたちを外部の者から見張るような体勢をとる。

 慌ただしいロウたちの姿に面食らった。

 

「ここでいい。一瞬で終わる。亜空間に連れ込む」

 

 ロウが短く言った。

 次の瞬間、アンとノヴァは、神殿ではなく、なにもない真っ白の空間にいた。

 ロウの亜空間術の世界だ。

 不思議な術であり、この場所で過ごした時間は、外の空間とは無関係に流れ、ここでどんなに長い時間をすごしても、さっき亜空間に連れ込まれたときの、一瞬後に戻ることができるのだ。

 

 気がつくと、ロウと三人でそこにいた。

 アンは当惑した。

 まあ、久しぶりに面会できて、とても嬉しかったが……。

 

「ご主人様、どうして?」

 

 アンはロウに言った。

 すると、ロウがアンとノヴァをそれぞれに一瞥して、ノヴァをその場に四つん這いにさせた。

 後ろから、ノヴァのスカートをがばりとめくり、下着の上からノヴァのお尻を撫ぜてくる。アンはそれをノヴァを通した感覚の共鳴で感じた。

 

「はんっ」

「ああっ」

 

 ロウが愛撫しているのはノヴァのお尻だが、そのロウの不思議な術により、アンとノヴァの性感が一心同体になるように「共感」により結ばれているのだ。

 つまり、ノヴァの受ける快感がなにもしなくてもアンに伝わり、また、アンが受けた愛撫は、ノヴァにもそのまま伝わる。

 だから、アンは、ノヴァがロウから刺激を受けたことで、一緒にその快感を受けてしまったのだ。

 

「アンは、綺麗な衣装だからね。犯せば皺になる。まあ、ノヴァを犯せば、アンを犯すのと同じだし……」

 

 ロウが言った。

 そして、股間にぞくぞくする刺激が走った。

 横を見ると、ノヴァの下着越しに、ロウがお尻から秘裂の膨らみにかける辺りを指で繰り返し撫で返している。

 

「あっ、ああっ」

「あんっ、ご主人様──」

 

 ノヴァとアンは、ふたりでよがり声をあげてしまった。

 

「本来であれば、事前にアンに説明をしておくべきだったんだけど、ばたばたしてしまっていて、会いに来るのがここまでぎりぎりになって申し訳ない。単刀直入に言えば、アンにはアーサーを見極めて欲しい。ただ、会ってどう思ったかだけを教えて欲しいんだ。深く考えないで……。ノヴァもね……」

 

 ロウがアンの耳元でささやく。

 一方で、ロウがノヴァの下着をおろして、直接に指でノヴァの股間を愛撫し始めたのがわかった。

 稲妻のようなロウの快感がアンの全身を駆け巡ったのだ。

 ノヴァとロウは、アンのすぐ横にいる。

 視線を向けると、膝上ほどの丈のノヴァの侍女服のスカートからノヴァの下着が引きおろされている。

 ロウに犯されているノヴァの身体は、アンの身体と快感の一心同体の状態なので、ノヴァが受けている快感は、アンにもそのまま伝わる。

 むしろ、他人の受ける快感を強制的に身体に発生させられる側の方が、頭と身体が合致しないので、追い詰められ方が激しいといえる。

 

「ああ、ご主人様──」

 

 アンは両手で股間をおさえたような格好で、ノヴァと同じような恰好で、お尻だけを高く上げた格好でうつ伏せに倒れてしまった。

 

「ロウ様、あん──、あはああ」

 

 ノヴァの甲高い奇声が耳に入ってくる。

 そして、ロウの指が秘部に入ってきた。

 いや、挿入されているのは、ノヴァの中だが、アンの股間にもしっかりと、その感覚が伝わってくる。

 その指が、股間の中の感じやすい場所を刺激する。

 

「あはああっ」

「んあああっ」

 

 アンとノヴァは隣り合って、一緒にぶるぶると身体を痙攣させた。

 

「……ただ、悪いんだけど、どうにも、おふたりには、無自覚で構えることなく、ただ直観だけで、アーサーを見てもらう必要があるみたいなんで……。まあ、俺にもよくわからないんだけど、ふたりに発生している能力が、それぞれ、“無自覚の直観力”と“無自覚の強運”とあるみたいで……。まあ、ふたりには無自覚でいてもらうために、俺に犯された余韻のまま、アーサーに面会してもらうよ」

 

 しばらく、指の抽送が繰り返される。

 ロウの言葉は、まったく頭に入って来ない。

 よくわからないけど、ロウは、アンたちに、アーサーと会うことで、なにを感じたかを教えてもらいたいようだ。

 アンがなんの役に立つのかわからないが、もちろん、ロウが望むなら、なんでもしてあげたい。

 とにかく、ふたりして翻弄され、よがり合う。

 しばらくすると、指が抜かれて、入れ替わるようにロウの怒張が押し当てられた。

 

「あんっ」

「はうっ」

 

 秘裂が押し広げられて、お尻越しに男根が打ち込まれてきた。

 衝撃を噛みしめながら、アンは下腹部の力を抜く。

 ロウの与える快感に身を委ねようと思ったのだ。

 

「いやあ、ああっ、あっ、あっ、ああ」

「あん、あああっ、んはあああ」

 

 抽送が始まるとともに、胸がぎゅうぎゅうと揉まれだした。

 なんでもない愛撫のようだが、とにかく、ロウに触れられる乳房が気持ちいい。まるで溶けてしまいそうだ。

 揉まれているのはノヴァであり、その感触は伝わってこない。アンに伝わるのは、揉まれることによって発生する快感だけだ。

 頭がついていかなくて、おかしくなりそうだ。

 

「ああああっ、い、いきますうっ、ロウ様、いきそうです──」

「あふううっ、あああ、ご主人様──」

 

 ノヴァが絶頂しかかっているのを感じた。

 その強烈な快感のせり上がりがアンを襲ったのだ。

 全身が痺れる。

 

「いっていいよ……。俺も気持ちいい。こうやって、ふたりを愛すると、おふたりの優しさが伝わってくる気がします」

 

 ロウが嬉しそうに笑った。

 そして、律動がさらに激しくなる。

 快感の槍がアンの全身を貫いた──。

 

「くううううっんんん」

「んふうううううっ」

 

 絶頂した。

 ノヴァもまた、同じだ。

 一緒に快感を極める──。

 何度繰り返しても、この幸福感は凄まじい──。

 子宮にどくどくとロウの情欲の迸りが当たるのがわかった。

 注がれたのは、ノヴァの身体だろうが、ロウの欲情の証は、しっかりとアンにも伝わった。

 

 しばらく、快感の余韻が続く。

 やっと、ロウがノヴァの股間から抜けていった。

 アンは手を伸ばして、脱力していくノヴァと抱き合うようにして、身体を支え合った。

 

「ノヴァの下着は返さないよ。俺の精液もそのままにする。アーサーと会う時間、しっかりと股間を締めて、精液を垂らさないようにするんだ。それがノヴァへの調教だ。まあ、それくらいのことをしながらの方が、“無自覚”という状態に合致するんじゃないかなあ」

 

 ロウがノヴァの足首に絡まっていたノヴァの下着を抜き取ったのが見えた。

 宙に消えるように、その下着がロウの手から消滅する。

 

「はあ、はあ、はあ……。は、はい、ロウ様……」

 

 ノヴァがアンに抱かれながら、ロウに向かって、数回頷いた。

 性交の余韻に浸るノヴァは、顔が上気して、とろんと目が潤んでいる。とても、可愛らしくて、そして、いやらしい……。

 もしかしたら、自分もあんな表情をしているのだろうか。

 アンは必死に呼吸を整えながら、ロウに視線を向ける。

 

「む、無自覚……とおっしゃいましたか?」

 

 アンは訊ねた。

 ロウがさっきから、その不思議な言葉をアンたちに言い聞かせる。

 なんのことだろう?

 

「うん、前からそうだったんだけど、俺の性奴隷の刻みを受けると、なぜか、女たちの能力が覚醒する。淫魔師の恩恵という現象みたいなんだけど、実は、ふたりにも、能力が覚醒しているんだ」

 

 ロウが言った。

 アンはちょっと驚いた。

 ロウが淫魔師という能力があることは、すでに知っているが、その淫魔師の力で性奴隷の刻みをした女性は、なんらかの能力が覚醒することがあるいうことは、最近になって教えられた。

 そのときは、その不思議な話にびっくりしたが、腑に落ちることもあった。

 

 アンの知る限り、第三神殿のスクルズは、筆頭巫女時代には、あれほどの魔道遣いではなかったし、イザベラに仕える侍女たちも、驚くべき業務処理能力が突如として発揮できるようになったという。

 イザベラにしても、キシダインからの監禁から解放されてみると、魔道力が向上していたし、最近では不思議なくらいに、王太女として複雑な政務の業務を卒なくこなしている。

 深い面識はないが、ミランダの預かるランという少女は、限られた文字しか読めない程度の無学だったのに、ある日突然に、誰よりも上手に書類仕事ができるようになったということだった。

 そういうことが周りにあったので、「淫魔師の恩恵」というロウによる新たな能力発動の話に、妙に納得したものだった。

 

 しかし、アンについては、自分の能力が特段に変わったということもないし、いつも一緒にいるノヴァも、以前からの変化のようなものは感じていなかった。

 だから、淫魔師の恩恵というものは、全員に発動するわけじゃなく、アンのようなもともとの能力が低く、なんの取り柄もない女には発生しないのかなあと思っていた。

 だから、たったいま、アンとノヴァにも、なにかの能力が発生していると聞かされて、驚いてしまった。

 

「あ、あたしにも、なにかの能力が? もしかしたら、ロウ様のお役に立てるのですか?」

 

 ノヴァが呆気にとられながらも、少し嬉しそうに言った。

 これまで、ずっとロウには助けてもらったり、ほかの女性の方々と同じように愛してもらったりと、ずっと、受け取るばかりだったので、その覚醒したものがなにかということはわからないけど、もしかしたら、恩返しできるかもしれないというのが嬉しいのだろう。

 アンも同じ気持ちだった。

 

「お役に立てるというか……。おふたりには、こうやって、俺の無尽蔵で破廉恥な性の相手をしてもらっているだけで、十分に尽くしてもらっているんだが……。とにかく、なにも考えずに、アーサーという男に接して、ふたりがどうすべきと思ったか、あるいは、どういう男だと思ったかということを教えて欲しい。実のところ、俺もどうすべきかわからなくてね」

 

「そ、それはもちろん……。でも、わたしは、アーサー大公には、あまり面識が……。会ったのは、エルザの婚姻のときで三年前ですし……。エルザには手紙ももらってますけど、そもそも面識がほとんど……」

 

 それから、アンもキシダインと結婚し、最近になって、ロウに救出されるまで、完全に世間と隔離されて閉じ込められていた。

 それ以降も、世に隠れるように、第三神殿に匿われていたので、ほとんど何も知らない、世間知らずなのだ。

 

「それは問題ない。むしろ、都合がいい。多分だけど、先入観があると、うまく能力が発動しないんじゃないかと思うんだよね。なにせ、“無自覚”っていうのが条件のようだし……。事前情報は忘れてくれ。だから、アンにはこれをしてもらうよ。面談に集中できないくらいで丁度いい」

 

 ロウが取りだしたのは、鍵付きの革の下着だった。ただし、大小の二本の張形が内側にある。

 それがどういう機能を持つものなのかは、アンにもわかる。

 アンは、自分の顔がかっと赤面するのがわかった。

 

「貞操帯だ。アーサーとの面会のあいだ、嵌めてもらうよ。もちろん、拒否は認めない。これは調教でもあるしね」

 

 ロウがにやりと淫靡に微笑んだ。

 アンは当惑しながらも、ふっと微笑んでしまった。

 こういう悪戯をするときには、ロウはとても、無邪気そうな表情になる。いまも、もっともらしいことを言いながらも、実際には、十分に愉しんでいるようだ。

 ロウが愉しんでくれるのであれば、アンも本望だ。

 アンは、ノヴァから手を離して、立ちあがった。

 

「わ、わかりました……。お言い付けに従います……。あ、あのう、なにも知らない方がいいとおっしゃられるなら、その通りにいたします。そ、それも……」

 

 アンは恥ずかしかったが、ロウに身体を向けて、スカートをたくし上げようとした。

 だが、ロウにそれを制された。

 

「そのままでいいですよ……、いや、いいよ。綺麗なドレスみたいだから、申し訳なくて」

 

 ロウがアンの衣装のスカートに身体を潜り込ませてきた。

 いつもは、神殿から出ないので、平服か、それとも、巫女服なのだが、今日は王族として会う必要があり、それなりのものを準備してもらっている。

 スカートもふわりと膨らみが大きいもので、丈もくるぶし近くまである。

 そのスカートの中に、ロウがすっぽりと入った。

 

 さすがにたじろいだが、とにかく、ロウの作業がしやすいように、脚を開き気味にして大人しくした。

 一瞬にして、下着が消滅し……、おそらく、すでに下着として役に立たないくらいに濡れていたと思うが……、すぐに張形が股間とお尻を深々と打ち抜いてきた。

 

「あっ、あんっ」

 

 声を出してしまった。

 なにかの潤滑油も塗ってあるみたいだ。

 違和感もなく、むしろ気持ちいい。

 だが、完全に貞操帯という下着を装着されて、腰の後ろ側でがちゃりと鍵が嵌められたときには、妙な痒みのようなものが加わってきた。

 

「いつもの調教用の痒み剤じゃない。ちょっとむず痒いくらいのものさ。何度も言うけど、無自覚にアーサーに面してもらうための処置だからね」

 

 ロウがスカートから身体を出して笑った。

 

「も、問題ございません……。が、頑張りましょうね、ノヴァ……」

 

 アンと同じように感じているはずのノヴァに、アンは声をかけた。

 侍女服のノヴァは、両手で股間を押さえるようにして、真っ赤な顔でもじもじしている。

 すでに頭がぼうっとしてきた。

 まるで、さっきまでの性交がずっと続いているみたいな感覚だ。

 ただ挿入されているだけなのに、二本の張形でいやでも性感が刺激されて、どんどん熱い蜜が股間を濡らすのがわかる。

 

「実のところ、その張形は、俺の男根をまったく同じかたち、同じ質感に調整してある。存分に愉しんでよ、無自覚にね……」

 

 ロウが言った。

 次の瞬間、アンとノヴァは、真っ白な亜空間の世界から、再び神殿の廊下の途中に戻っていた。

 

「終わったんですか?」

「本当に一瞬ですね」

 

 エリカとコゼが声をかけてきた。

 相変わらず不思議だが、現実側ではほとんど時間がすぎていないのだろう。

 

「じゃあ、頼んだよ。俺たちは席を外すように言われているので、待機しているよ。スクルズがいるので、万事、彼女に任せればいい。アーサーについて、思ったことを後で教えてくれ」

 

 ロウに送り出された。

 しかし、こんな状態で、アーサーとまともに話などできるのだろうか。

 アンは、脚ががに股にならないように、意識して両膝を閉じて歩いた。

 でも、それにより、股間とお尻の張形を締めつけることになり、一段と快感が増幅する。

 

「んっ」

「あっ」

 

 知らず、アンはノヴァと手を繋いでいた。

 とにかく、アーサーが待っているはずの部屋に進む。

 しかし、一歩歩くたびに、じんじんと甘美感が股間を駆け抜ける。

 ノヴァも必死に声を押し殺して、吐息をついている。

 

 やっと、扉の前に着く。

 アンはノヴァから手を離して、ノックした。

 返事があり、部屋に入ると、まさに美貌の貴公子という外観の男が立ちあがって待っていた。

 アーサーだ。

 顔など覚えていなかったが、会ってすぐに思い出した。

 そういえば、キシダインとの婚姻が決まる前には、このアーサーの美しさに、ときめきのようなものを覚えた記憶があるが、いま久しぶりに会って思ったのは、なにかぎらぎらと粘っこく観察されて気持ち悪いなという印象だ。

 

 計算高い……。

 じろじろとアンを眺めているが、まるでアンの価値のようなものを数値測定でもされている感じ……。

 夫だったキシダインと同じような自尊心の高さ……。

 好きになれそうにない相手……。

 

 ロウから感じたことを教えてくれと言われているので、アーサーの印象を懸命に自分で分析してみた。

 

「アーサー=ブルテン、タリオ大公です。幾久しく」

 

「ア、アン=ハロンドール・ラングーンです」

 

 アンは儀礼のために身体を低くした。

 身体を動かすと、ずんと張形が股間に響く。

 懸命に歯を噛みしめて声を我慢する。

 後ろのノヴァも、息を殺して耐えているのが伝わってくる。いま、感じている張形の刺激は、ノヴァにも共鳴しているのだ。

 ノヴァも必死だろう。

 

「お目にかかれて光栄です、アン殿」

 

 アーサーが改めて儀礼のための頭をさげた。

 三年前に素敵な男性だと思ったのに、いまは所作が気障っぽくて、不快ささえある。

 なんだか、不思議だ。

 そのときだった。

 

「あっ」

 

 思わず腰を落としかけた。

 突然として、股間の二本の張形がぶるぶると動き出したのだ。

 脳天まで突き抜けるような快感の衝撃が走る。

 倒れそうになって、腰を後ろから支えられた。

 扉のところまで出迎えるようにしてくれていたスクルズだ。

 咄嗟に、手を伸ばしてアンを掴まえてくれたのだ。

 

「……ロウ様ですね……?」

 

 耳元でささやかれた。

 アンがかすかに頷くと、くすりと笑うのが聞こえた。

 

「さあ、どうぞ、アン様……。ノヴァもこちらに……」

 

 今度は一転して大きな声だ。

 アンを椅子に座らせてくれる。

 それだけじゃなく、ノヴァもまた、導いてスクルズの隣に腰掛けさせてくれた。

 本来であれば、侍女のノヴァの立場なら、部屋の隅で立っていなければならないが、それが無理であるのは、同じ快感の共鳴状態にあるアンが誰よりもわかっている。

 スクルズの配慮がありがたかった。

 しかし、ふと顔をあげると、アーサーが面白くなさそうな表情で、ノヴァを睨んでいるのがわかった。

 声を耐えるのが必死のノヴァは、そのアーサーの視線には気がついていないようだが……。

 そして、振動がとまる。

 アンはほっとした。

 

「それにしても、お美しくなられて驚きました。そう言えば、神殿の前庭には、美しい薔薇園がありましたね。いまが丁度季節なのですか?」

 

 アーサーは語りかけてきた。

 前庭の薔薇というのは、ここ巫女たちが共同で管理している花園にあるものだ。

 神殿の庭に、花の庭園というのは不似合いな感じだが、この第三神殿には巫女が多いので、みんなで話し合って、作ったもののようだ。

 その前庭で、しばらく前にクライドというならず者が暴れて、多くの神官が死んでいる。

 このときの慰霊の意味もあるようだ。

 それはともかく、アンは会話どころじゃない。

 股間の張形が微妙な振動を始めたり、とまったりということが繰り返され始めたのだ。

 これは間違いなくロウの悪戯だろう。

 アンは、ただただ、身体を震わせながらも、できるだけ、それを表に出さないように努力した。

 しかも、刺激が繰り返されることで、だんだんとむず痒さが一層増幅してきており、それが振動のたびに癒されて、大きな愉悦になって肉体に響き渡る。

 さすがに会話どころじゃない。

 アーサーがしきりに話しかけるが、アンはひたすらに、張形の刺激に翻弄されるばかりだった。

 

 そうやって、淫具に弄ばれる時間が刻々と過ぎていった。

 どのくらい過ごした頃だろうか。

 会話が途切れたのを見計らったように、アーサーが卓の隅の置いていた四角いの布の包みを前に出してきた。

 その頃には、もうアンの身体が汗びっしょりになっている。

 アーサーとの会話など、なにも耳に入らない。

 会話といっても、一方的にアーサーが喋るのを懸命に相槌を打つだけだが……。

 

「そうそう、忘れるところだった……。今日のお近づきの印に……。タリオ公国産の品です。拒否をして、俺を失望させないでください」

 

 アーサーが茶目っ気のある口調で手元に置きっぱなしだった包みを開いた。

 中身は宝石箱のようだ。

 美しいものであり、一見して高価なものとわかる。意匠も凝らしたものであり、綺麗な宝石を散りばめさせている。

 儀礼上、受け取らないとならないだろう。

 アンは手を伸ばした。

 

「あっ、つっ──」

 

 そのとき、アーサーの指が触れるか触れないかというタイミングで、股間が急に激しく動いたのだ。

 これまでのように、微妙な振動じゃない。

 かなり激しい刺激だ。

 長い時間じゃなかったが、短い時間でもなかった。

 やっと、とまったときには、腰から力が抜けるように下半身が痺れてしまっていた。

 

「さあ、そろそろ……」

 

 スクルズが声をかけてくれた。

 おそらく、スクルズは、アンたちがどういう状況にあるかを薄々わかっているだろう。

 それで、口を挟んでくれたのだと思う。

 すると、アーサーが口を開いた。

 しかし、股間にはどうにもならない焦燥感が渦巻いている。

 あんな風に、張形の振動を繰り返されてしまったら、アンもどうしようもなく追い詰められてしまうしかない。

 股間のむず痒さもこれまで以上に、耐えられないものになっている。

 

 そのとき、ふと、ノヴァを見た。

 アンの衣装とは異なり、ノヴァの侍女服のスカート丈は、膝上くらいの短いものだ。

 その裾の下に、つっと愛液が垂れ落ちているのが見えた。

 ノヴァもまた、握りこぶしを両膝に置いて、懸命に耐えている。

 

「……しても、いいですか?」

 

 そのとき、アーサーがじっとアンの顔を覗き込むようにしてきた。

 まったく、話を聞いていなかったアンは、困惑してしまった。

 

「えっ?」

 

 しかも、不躾にも無遠慮に問い返してしまった。

 あまりもの股間の刺激の繰り返しで、アンも余裕がなくなっていたようだ。

 だが、アーサーがくすりと笑った。

 

「また、遊びに来てもいいですか、アン殿? 俺とあなたは、とてもいい話し相手になれると思います。……とはいっても、ハロンドールにいられるのも、あとは数日のこと……。ああ、そうだ。今度は是非、タリオ公国に来るといい。今度は、アン殿をタリオで歓待いたしましょう。エルザも会いたいでしょうし」

 

 アーサーの言葉に、アンは慌てた。

 生返事をしているうちに、もしかしたら、アンがタリオ公国を訪問するという話になりかけていたのだろうか。

 

「た、大公殿が、わたしのような者に心を配られることはないでしょう……。どうか、お構いなく。きょ、今日は愉しい会話でした……。お、お気をつけてお国にお戻りください……。で、では……」

 

 アンは急いで立ちあがる。

 

「さ、さあ、ノヴァ……」

 

 アンはとにかく、ノヴァの腕を掴むようにして引っ張って、挨拶もそこそこに、部屋を出ていった。

 すでに立ちあがっているスクルズが、アンの耳元に口を近づけた。

 

「大丈夫です……。多分、お隣の部屋にロウ様がおられます……」

 

 スクルズに耳打ちされた。

 アンはノヴァとともに、廊下に出た。

 

「ふふふ、こっちですよ、アン様」

 

 部屋を出ると、そこにコゼが待っていた。

 ほかには人はない。

 人払いをされていたのか、廊下にも人影はない。

 コゼがいるだけだ。

 

「コ、コゼさん……?」

 

「ご主人様が呼んで来いって……。さあ……」

 

 ノヴァとともに、手を引っ張られて、さっきまでいた客間の隣室に連れ込まれた。

 室内に入ると、すぐに扉が閉じられた。

 果たして、そこにロウがいた。

 しかも、客間に面する壁に向かっていて、その壁には、隣室の様子が透けて見えていた。

 ロウはその透明の壁に面して、座椅子に腰掛けていた。

 横にはエリカもいる。

 

「調子に乗って悪かったね……。ここは、スクルズがあらかじめ準備していた部屋みたいだよ。ここから、隣の部屋の声も聞こえるし、様子も見える。そっちからはわからなかっただろう?」

 

 ロウがアンたちを振り向いて言った。

 アンには、そんな仕掛けになっていたなんて、客間ではまったくわからなかったので驚いてしまった。

 だが、壁の下になにかの魔道具のような箱がある。

 これが、その仕掛けなのだろう。

 壁の向こうでは、アーサーを護衛騎士が迎えに来て、スクルズが見送りをしている。

 

「あんまり遊ばないつもりだったけど、ふたりを見ていると、ついつい……。申しわけない」

 

 ロウが頭を掻いた。

 呼び寄せられるまま、ロウの足元の床に、ノヴァととも座り込む。

 

「どうぞ」

 

 エリカが苦笑のような笑みを浮かべたまま、ロウの横の位置を空けた。

 アンとノヴァは、両側からロウを挟むかたちになった。

 

「……さて、本題に入る前に、アーサーの印象を教えてもらおうかな?」

 

 ロウがアンとノヴァを抱き寄せながら言った。

 アンは、流石に噴き出した。

 

「そっちは、本題ではないのですか?」

 

 アンは、ロウに言われたので、股間の刺激に耐えながらも、必死にアーサーを観察していたのだ。

 

「本題は、ふたりの調教だよ。ほら、ご褒美だ」

 

 アンの唇をロウの口が塞ぐ。

 舌を差し込まれて、口の中を舐められると、全身の力が抜けて、ロウにしだれかかってしまった。

 

「ノヴァもごめんな」

 

 あまり悪びれた感じもなく、アンから唇を離すと、ロウは、今度はノヴァに口づけをする。

 

「んん、んあっ」

 

 ノヴァも夢中になって、ロウの口を吸っている。

 彼女もまた、すっかりと興奮してしまっていたのだとわかる。

 

「……さて、アーサーについて、どう思った、アン?」

 

 ロウがふたりから口を離して、改めて質問した。

 アンは首を傾げた。

 よく覚えていないというのが印象だ。

 それでも、思い出す限りのことを言った。

 

 計算高い──。

 自尊心が高そう──。

 野心家──。

 人をぎらぎらした視線で観察している──。

 虚栄心が高そう──。

 自信家──。

 

 とにかく、思いつくままのことを語る。

 ロウは満足そうに頷いた。

 でも、これはなにかの役に立っているのだろうか……?

 

「……アーサーは、本当に、アンを妃にしようとしていると感じたかい? 勘でいい」

 

 ロウが訊ねた。

 アンは首を横に振った。

 

「そんな風には感じませんでした。あのう、正直に言えば、なんで、わたしに会いに来られたのか……」

 

 今日の会談でわかったが、アーサーにはまるでアンに対する興味がなさそうだ。

 そもそも、だったら、どうして、婚約の打診をしようとしたのかわからない。

 

「なるほど……。だったら、イザベラ姫様だったら、アーサーは興味を持つかな?」

 

「イザベラ……ですか……? そうですねえ……。特に根拠はありませんが、あの人だったら、イザベラには興味を抱くかもしれませんね。イザベラは王太女ですし……。あっ、もしかしたら、わたしに接触をしてきたのは、最終的には、やっぱり、イザベラを狙っていると?」

 

 野心家で虚栄心が高そうなアーサーだったら、平凡そうなアンではなく、王族らしい外見と所作を持ち、さらに、れっきとした王太女のイザベラにこそ、興味を抱きそうだ。

 理由らしい理由もなく直観なのだが……。

 

「なるほど……。俺以外の直感者に触れると、やっぱり参考になる……。じゃあ、そのイザベラが絶対に自分には惚れないとわかったら、あいつは諦めると思うか?」

 

「そんなことはわたしには……」

 

 アンは困惑してしまった。

 そもそも、アーサーについては、ほとんど知らないのだ。

 

「いいから、いいから……。直観だけで言ってよ」

 

 ロウの手が服のスカートに入り込み、革の下着の上から股間をぐいぐいと揺する。

 

「んふうっ」

「ひゃん」

 

 アンだけでなく、ノヴァも悲鳴をあげた。

 頭の中が真っ白になる。

 

「ほら、思うことを言って……」

 

 耳元でささやかれる。

 なんの話だったか……。

 ああ、アーサーが諦めるかどうかか……。

 

「わ、わかりませんが……。か、彼は自信家の、よ、ようなので……、自分に靡かないような女性に自分から言い寄るのは、自尊心が耐えられないような……」

 

 短い面談だけの印象だが、ほかの男が好きな女に、あのアーサーが言い寄るとは思えない。

 イザベラも、ロウが好きだろう。

 そんなイザベラを追いかけるのは、アーサーがやりそうなこととは思えなかった。

 

「なるほど……。なら、方針が決まったな……」

 

 ロウが満足そうに言った。

 しかし、アンはさらに口を開いた。

 

「……で、でも、か、彼は野心家……。欲しいものを諦めはしない……。どうにかして、自分を求めざるを得なくするとか……。裏工作をして陥れてでも、欲しいものを得ようとするような……」

 

 そんな気がした。

 思うままのことを口にしただけだが、するとロウは考え込むような表情になる。

 

「も、申し訳ありません……。た、ただ、思っただけで……」

 

「いや、いいんだ。ありがとう……。すごく参考になった……。引導は渡す。でも、これからも、面倒になる可能性もあるということか……」

 

 ロウが妙に納得した様子になる。

 アンは、自分の言葉の何が参考になったのかわからず、逆に恐縮してしまった。

 

「じゃあ、次はノヴァだ。君には、ただこの硬貨を選んで欲しい。表と裏……。どちらでもいい……。運を天に任せて弾いてもいい。とにかく、表か裏かを選べばいい。俺はそれに従おうと思う」

 

「選ぶ? 表、裏?」

 

 ノヴァはロウに一枚の銅貨を渡されている。

 アンに対する質問よりも、もっとわけがわからない。

 ノヴァも困惑している。

 

「いいから……」

 

 ロウにさらに言われて、ノヴァは首を傾げながらも、両手で銅貨を包んで、その中で転がす。

 そして、ぱっと片手の手のひらに、その銅貨を載せた。

 

「表か……。わかった、決心がついたよ」

 

 ロウが笑った。

 アンとノヴァは、さっぱりとなにがわかったのがわからない。

 

「今後の方針は決めた……。じゃあ、さて、遊び時間だ。さっきはつらかっただろう。抜いてあげよう」

 

 ロウの手が再びスカートの中に伸びて、やっと革の下着の鍵が外されて、二本の張形が引き抜かれた。

 

「んふううっ」

「きゃああ、あああっ」

 

 アンとノヴァは甲高い悲鳴をあげた。

 そのとき、廊下に通じる扉が開くのがわかった。

 びっくりしたが、入ってきたのはスクルズだった。

 すぐに扉が閉じられる。

 

「ああ、もう仲良くされているのですね。ロウ様、先ほどは失礼しました。まさか、お見えだとは思わずに、失礼なふるまいを……。さあ、どうか、スクルズに罰を……」

 

 そのスクルズがやって来て、巫女服の腰紐に手を掛け始める。

 どうやら、脱ごうとしているみたいだ。

 

「わっ、また、この淫乱巫女──。いま、アン様たちがお相手なのが見えないの──」

 

 コゼだ。

 スクルズが関わると、このコゼが時々、大人しく感じることがあるから不思議だ。

 一方で、エリカは、スクルズのいきなりの乱入に目を丸くしている。

 

「でも、ロウ様は、愛の多いお方ですし……。それに、わたしは罰を受けるべきで……」

 

「なにが罰よ──。あっ、そうだ。ご主人様、この淫乱巫女への罰で、その革の下着をしてやったらいいんじゃないですか? この巫女様は罰が欲しいみたいですよ」

 

 コゼが言った。

 革の下着というのは、アンから外された張形付きの下着のことだ。

 でも、たったいままでアンが装着されていたものであり、まだぬらぬらとアンの愛液で光っている。

 アンはびっくりした。

 

「なるほど、それはいいな。じゃあ、スクルズへの罰はこれだ。これで焦らし責めになってもらおう。それを嵌めて、エリカとコゼも含めて、俺が四人を愛するのを見物しているんだ」

 

 ロウが笑った。

 

「そ、そんなあ」

 

 腰から巫女服の下袍を脱ぎかけていたスクルズが顔色を変えた。

 一方で、コゼとエリカが嬉しそうに微笑んで、ロウに抱きついてくるのがわかった。




 “アン=ハロンドール・ハロルド・ラングーン
  人間族、女
   元ハロンドール第一王女
  年齢:24歳
  ジョブ
   なし
  生命力:50
  戦闘力:10
  魔道力:なし
  経験人数
   男6、女1
  淫乱レベル:S
  快感値:100(平常時)
  状態
   ロウの性奴隷
   淫魔師の恩恵
    無自覚のときの直観(予想)力
   ノヴァとの快感共鳴
   性奴隷の刻印”



 “ノヴァ
  人間族、女
   アンの侍女
  年齢:18歳
  ジョブ
   侍女(レベル10)
  生命力:50
  戦闘力:10
  魔道力:なし
  経験人数
   男15、女1
  淫乱レベル:S
  快感値:100(平常時)
  状態
   ロウの性奴隷
   淫魔師の恩恵
    無自覚のときの強運
   アンとの快感共鳴
   性奴隷の刻印”


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237 クロノス宣言の日

 穏やかな日射しに満ちた昼下がりの宮廷の庭園である。

 ロウを仲介して受け取ったアネルザからの案内状にある刻限に間に合うように、アーサーは宮廷の大手門に到着した。

 すでに、伝達がしてあったらしく、宮殿敷地内に入ったところで、すぐに衛兵が騎馬で現われて、アーサーたちの乗る馬車の案内につく。

 

 ハロンドール王宮は広い。

 タリオ公国の大公宮のように周囲を囲む堀のようなものはないが、その代わりに、大手門と呼称される正門を越えても、すぐには宮殿に到着しない。

 大門を潜ってしばらくは広大な庭園があり、それを突っ切っている路を進んだ正面に位置するのが正宮殿だ。

 また、正宮殿以外の各離宮には、正宮殿までの分かれ道をそれぞれの方向に向かうことになる。

 

 今日の目的地は正宮殿ではなく、それに隣接する王妃殿だ。

 正面からは見えないが、王妃殿は正宮殿の左半分側の後ろにあり、奥行きがあるので広さは正宮殿と代わりない。

 いまの王妃のアネルザが国王のルードルフを尻に敷いているのは、知らぬ者のない有名な話であり、そのアネルザが自分の権威を見せつけるために、正宮殿に匹敵する王妃宮を建設させたのだという。

 正宮殿の右半分の後方にあるのが、国王の愛人たちの住まいである後宮だ。つまりは、王妃宮と後宮は隣接するかたちになるようだ。

 また、その後宮と王妃殿とは地下で繋がっていて、いずれも王妃の管轄だ。

 

 もっとも、いまの国王のルードルフは、治政の場所である正宮殿にはおらず、専ら、後宮に入り浸っているそうだ。

 アーサーも、一度、正宮殿の謁見室で対面をしてからは、ルードルフ王の姿を一度も見ていない。

 正宮殿にて、政務をやっているのは、王妃のアネルザであり、また、王太女になったばかりのイザベラである。

 このふたりが、事実上、国王の執務を代行しているというのが、いまのハロンドール宮廷の実情なのだ。

 

「結局のところ、今回の訪問では、これといった成果はありませんでしたね、大公陛下。今日の茶会で話が進めばいいのですが、王妃のことですから、やはり、アン殿を国外に出すことについては、よしとしないでしょう」

 

 ランスロットだ。

 今回の訪問の目的が表向きは、アン元王女との婚約の打診ということになっているので、そのことを言っているだろう。

 今日の茶会では、護衛は最小限ということであったので、事実上、護衛はこのランスロットしかついていない。

 ほかの護衛は、宮殿の敷地内に入るまでは、馬車に騎馬で同行させていたが、宮廷敷地内に入ったところで、護衛騎士をハロンドール王軍騎士と交代している。

 

「それでもいい。今回は顔見せのようなものだ。それに、この国の機能がほぼ麻痺しているということが確かめられた。考えているものを前倒しにしようと思っている。いまが狙い目だろう。国王は女道楽に没頭して、政務を顧みないどころか、王宮にも出仕しない。ランスロット、場合によっては、あの老害たちよりも先に、ハロンドールが片付くかもな」

 

 アーサーは笑った。

 馬車の中とはいえ、仮にもハロンドール王宮の敷地内で語る内容ではないが、馬車の中はアーサーとランスロットのふたりきりであり、ほとんど、口の動きだけで会話をしている。

 万が一にも、外に漏れることはない。

 また、“老害”というのは、名目上の宗主ということになっているローム皇帝庁のことだ。

 あいつらは、もはやなんの実権もないが、かたちだけはタリオを始めとする三公国の宗主であり、その皇帝庁については、タリオ公国内の小さな山村に押し込めている。

 

「俺には、まだ、ハロンドールは安定しているように思えますけどね。国王が政務に関わらなくても、王妃と王太女で政務が安定していているのでは。流通にも混乱はないし、むしろ、活性化しているように感じます」

 

 ランスロットは言った。

 あえて、反対意見を返しているのかもしれないが、このハロンドールの現状について、アーサーとランスロットの見解は異なっている。

 アーサーは、国王が無能で、女が政務を代行しているような状態の現状は、つけ入る隙が大きいと思うのだが、ランスロットはそうは感じないようだ。

 ただ、もうアーサーは決めていた。

 いずれにしても、ランスロットは根っからの武人だ。

 謀略のたぐいに長けているわけでもなく、それを求めてもいない。

 ランスロットに期待するのは、戦場における働きだ。

 

 もっとも、ランスロットの分析にも一利ある。

 ハロンドールの流通を支配させるために送り込んでいる自由流通商会だが、この国の旧態依然とした商業ギルドを駆逐しつつあるのはいいが、逆にうまくとって代わりすぎて、混乱なく新たな流通体制に移行しそうな気配なのだ。

 もともと、アーサーが目論んだのは、商業ギルドが支配しているこの国に、王都のみを自由流通で乗っ取り、流通の二重構造による混乱を助長することだったのだ。

 ところが、この国に乗り込ませたマアは、女のわりには、思いのほか有能過ぎたようであり、王都のみならず、この国の主要領主にも食い込み、あっという間に自由流通で、この国の全土を固めつつある。

 これでは混乱どころか、流通が上手く流れるようになり、むしろ国を強くしてしまう。

 思いのほか、この国が混乱しないのは、マアによる自由流通による乗っ取りが上手くいきすぎているからだと思う。

 

「あのマアの婆あには、この国から近く撤退させる。もう一度、この国の商業ギルドを復活させる。その方が混乱を呼べそうだ」

 

「一度、支配力を失ったこの国のギルドを復活させるのですか?」

 

 ランスロットは首を傾げた。

 うまくいかないと考えているのだろう。

 

「うまくいかなくてもいい。すでに種は蒔いた。商業ギルドの呼び戻しに成功すれば、ラングーン公に莫大な富が入るように工作をしている。あの男も必死になって、動くだろうさ」

 

 ラングーン公というのは、今回、アーサーたちの世話人となったこの国にふたつある公爵家のひとつであり、いまのルードルフ王の王弟だ。

 ルードルフが女にだらしないのに対して、公爵は金にだらしない。

 アーサーも二重三重に手を回させて、借金で雁字搦めにしている。

 アーサーが工作させたのは、退行しつつある商業ギルドを復活させるだけで巨万の財が入り、首が回らなくなりかけている借金がなくなって、再び財力を得られるという魔法のような夢物語だ。

 だが、あの公爵はこの話に乗るだろう。乗らなければ破滅というところまで、追い詰められている。金のためなら、もうあの男はどんなことでもする……。

 

 実際、ラングーン公は、タリオ大公アーサーの面倒を看るような表の政務をこなす傍ら、資金繰りに困って、この国では禁止されている闇奴隷の売買にも大規模に関与しているくらいだ。

 必ず、ラングーン公は、商業ギルドの復活に手を出す。

 

 さらに、アーサーは、今回の訪問のあいだに、もうひとつの公爵家であるグリムーン家にも、この話に噛ますことに成功していた。

 二大公爵家が揃って、商業ギルド復活に動けば、ハロンドール王宮も無視できない。

 女が支配している宮廷では、うまくは対処できないはずだ。

 しかも、その運動に合わせて、アーサーは、マアたちを一気にタリオ公国に引きあげさせて、自由流通を停滞させるつもりだ。

 うまくいかなくても、それで流通が一時的にでも混乱して、市民生活に支障が出ればそれでいい。

 あとは、次の工作が待っている。

 

「マーリンを呼んである。今夜には、この王都に到着するだろう」

 

 アーサーは言った。

 ランスロットは、不快そうな感情を隠そうともせずに、ただ頷いただけだ。

 マーリンは魔道遣いだが、ランスロットが表側の男だとすれば、マーリンは裏側の人間である。

 ふたりとも、アーサーの腹心中の腹心だが、性質は異なる。

 ランスロットは、軍を率いて敵と戦うことに秀でているが、マーリンは部下を使って、特殊な工作を実施する。目的のためなら、暗殺、誘拐、大量破壊、人質工作、各種不正行動や擾乱行動などなんでもする。

 アーサーに言わせれば、新しく国の体制を作り替え、さらにそれを拡げるという仕事は、きれいごとだけではいかず、表と裏があって、初めて成功するものなのだ。

 だが、正義感の強いランスロットには、マーリンのやり方は気に入らないようだ。

 

 また、そのマーリンからは、あの老害連中の驚くべき謀略のことも届いていた。

 マーリンの飼っているノルズという女間者からの情報らしいが、なんと連中は、ついに狂ったのか、自分たちの権力を取り戻すために、禁忌の魔道に手を出そうとしているというのだ。

 アーサーは、放っておけと指示をした。

 これをうまく活用すれば、ついに老害の連中を片付ける完璧な大義名分を手に入れることができる。

 

 しばらくすると馬車が停止した。

 扉が開く。

 すでに、王宮の前庭を通り過ぎて、王妃宮の裏側の花園の入口に到着していた。

 ひとりの女騎士が扉を開いた。

 

「シャングリアと申す者です。ここからは、徒歩となります。王妃殿下の特命により、わたしがご同行します」

 

 端正で美しい顔立ちの若い女騎士だ。

 ほかに待っていたのは、数名の王軍騎士たちである。

 ただ、雰囲気からして、アーサーを案内するのは、その女騎士ひとりのようだ。

 

「わかった」

 

 アーサーは、馬車を降りた。

 すると、ほかの騎士たちの後ろから、ロウが現われた。女ふたりの冒険者も一緒だ。

 アーサーは驚いた。

 

「なんだ、お前は?」

 

「なんだとはひどいですねえ。指名クエストにしたのは、そちらですよ。名目は護衛ですが、それは大公陛下が期待しているものではないことはわかっています。昨日同様に、王妃殿下の茶会の席まで、シャングリアと一緒に案内をします」

 

 ロウが女騎士のことを呼び捨てにしたことで、アーサーはやっと、シャングリアというのが、このロウと恋仲という変わり者の女騎士だということを思い出した。

 エルフ族の女戦士といい、人間族の小柄な女といい、このシャングリア、そして、昨日のスクルズ、まあ、この男の周りには、美女が揃っているということだけは、認めざるを得ないだろう。

 

「王妃殿下がお待ちですよ。王太女殿下も」

 

 ロウはそれだけを言って、すぐに先を歩き始めた。

 そのロウの前後と横に、シャングリアを含めた三人の女がさっと位置につく。

 

 どうにも、この男と一緒だと調子が狂う気がする。

 とにかく、後を進む。

 特に誰も口を開くことなく、やはり両側に美しい庭園が拡がる小路を進んでいく。

 やがて、大きな樹木群があり、その樹木が作る木陰に幅広のテーブルが準備されていた。

 長テーブルの片側には、ふたり分の席があり、そこには誰も座っていない。

 一方で、それに面する反対側には、ずらりと席があり、王妃アネルザ、王太女イザベラ、昨日話をしたアン、そして、スクルズまでいる。イザベラの護衛長のシャーラという女エルフも座っている。

 不思議な集まりだなと思った。

 

 そして、そちら側には全部で九個の席がある。つまり、四席分の空きがある。

 空いているのは両端と中央だ。中心に座っているのは、王妃と王太女だ。だた、それを挟む最中央の席も空席になっている。 

 アーサーは訝しんだ。

 配席から、王妃と王太女に挟まれた場所はもっとも上座となる。

 しかし、この国でそのふたりよりも、上座に座るべき者というと国王以外にはない。

 もしかして、この茶会にルードルフ王が?

 アーサーは首を傾げた。

 

 また、ほかに、お茶の接待の準備をする女たちが十人ほどいる。

 遠目だが、その女たちに指図をしている状況から、どうやら、あれはイザベラの侍女たちのように思える。

 よく見れば、昨日はアーサーとアンの面談に不相応な同席をしたアンの侍女が、今日はアンの後ろに立っている。

 

「よく来たな、アーサー大公。そなたの護衛も同席でよいな?」

 

 最初に口を開いたのは、王妃アネルザだ。

 侍女たちは、アーサーとランスロットを誘導するように、やはり、アネルザたちの反対側にあるふたつの席に、アーサーたちを導いた。

 アーサーは、ランスロットに目で合図して、アーサーの隣に座らせる。

 座ると、すぐにアーサーたちの前に茶が準備された

 菓子やちょっと口に摘まめる果物も、テーブルに並んでいる。

 

「お招きいただいて……」

 

 アーサーが敬礼をしてから、挨拶の言葉を口に仕掛けると、ここまで案内をしてきたロウたちが、なぜが反対側に回っていく。

 そして、驚くことに、両端に空いていた三個の空席に、ロウの仲間のふたりの女、そして、シャングリアという並びで分かれて座る。

 さらにびっくりしたことに、一番中央の上座の席に、ロウが当たり前のように腰かけたのだ。

 アーサーは目を丸くした。

 

「結界を張りました。ロウ様。ここでの会話は、どこにも聞こえませんし、見えもしません。魔道で遮断されて、遠目からの監視も不可能です」 

 

 ロウが座ると、すぐにスクルズがロウに声をかけた。

 魔道結界?

 だが、声だけじゃなく、視覚も遮断するとなると、かなりの高位魔道だ。

 やはり、スクルズはそれなりの猛者のようだ。

 

「さて……。では、改めて、あなたと話したい、大公……陛下」

 

 ロウが目の前に置かれた茶を一口だけすすってから言った。

 それを置いたのは、やはり周囲の侍女たちだ。

 ただ、ほかの者たちに対する世話と異なり、ロウに対してだけは、三人ほどいた近くの侍女が争うように、ロウの世話をしようとしたように見えた。

 それだけではなく、なんとなくだが、侍女たちだけでなく、正面に座る女たちの全員が、ロウを見ている……?

 そんな錯覚がした。

 いずれにせよ、どうして、ロウがこの茶会の第一声を?

 

「その前に説明をしてもらいたいものだな。なぜ、お前がそこに……? いや、王妃殿下、この集まりはなんなのですか?」

 

 ロウに訊ねようとして、すぐにアーサーは、視線をアネルザに向け直した。

 一介の冒険者でしかないロウを、アーサーに対する上座に置くなど、王妃特有のアーサーに対する愚弄だと思ったのだ。

 ロウがアネルザの愛人であることは、ビビアンからの情報で知っているから、それは即ち、アネルザの遊びだ。

 間違いない。

 そのロウを上座にすることで、王妃はアーサーを馬鹿にする魂胆だと思った。

 

「なにか怒っておるのか、アーサー大公? 実のところ、わたしも、ほかの女も、どうして、集められたかよくは知らん。ただ、ロウが集まれと言うから集まった。そういうことだ」

 

 アネルザが笑った。

 ロウは、そのアネルザと反対側のイザベラのあいだにいるのだが、アーサーににっこりと微笑みを向ける。

 

「アーサー大公、あなたに申しあげたいことは、ただひとつだけです。俺の両横に並ぶ女たち、接待の侍女たちも含めて、全員が俺の女です。政略であろうと、寝取りであろうと、恋愛であろうと、いかなる理由があっても、俺の女をほかの男に委ねるつもりはない。それを言いたかったのです。では、お気をつけて本国にお帰りください……。さようなら」

 

 ロウが言った。

 

「なっ」

 

 アーサーは唖然としてしまった。

 だが、なんの冗談なのだと思った。

 ロウの発言の真意を図りかねて、アーサーはすぐには言葉が出てこない。

 だが、愛人だという王妃のアネルザはもちろん、不敬罪にも匹敵する無礼な物言いをされたはずのイザベラにしても、アンにしても、ロウの発言に対して怒るどころか、笑っている。

 

「昨日会ったそこのアンに会わせました。今日は横にいるイザベラ……。あなたが会いたいという希望だったので、俺の女だけど、会う段取りはしてあげました……。でも、あなたが、このイザベラやアンとの婚姻を考えているということを耳にして、今日は正確なことを教える気になったんです。このふたりは俺の女です。ふたりに限らず、ここにいる全員が俺の女です。手を出すことは許しません……。おわかりですか?」

 

 ロウの物言いは一応は丁寧であるものの、大変な無礼なものだ。

 それに、イザベラやアンが自分の女なのだという嘘を堂々と口にするのは、どういう料簡なのだ──?

 なにかを謀ろうというのか?

 それにしたって、ただの冒険者が、王妃のみならず、まだ未婚のイザベラを含めた二人の王女とも愛人などとは……。

 

「王妃殿下、私はわけのわからないことを言われて困惑しています。冗談を聞くつもりはないのです。改めて、なんのために、こんな茶番を準備して、くだらない芝居を見せるのか納得のいく説明をしてもらいたい──」

 

 アーサーは立ちあがった。

 馬鹿にするにもほどがある。

 想像するに、アネルザが、アンにしろ、イザベラにしろ、エルザに次いでふたり目の王女をタリオ公国に送るつもりはないのはわかっている。

 それを拒否するための嫌がらせなのだろうが、アーサーとしては、イザベラとの婚姻については、お互いの国に留まったままの「形式婚」というものを準備している。

 話を聞く前に、この仕打ちはうんざりだ。

 

「そなたに話をしているのは、ロウだぞ、なぜ、さっきから、わたしに話しかける」

 

 アネルザが微笑みを浮かべつつ、肩をすくめた。

 すると、ロウがさっとイザベラに片手を伸ばした。

 

「どうにも、この女たちの全員が俺の女だということを納得していただけないようですね。ただ、俺もこれからのことがあるだろうし、多少は表にこれを晒すことにしたんですよ。さもないと、あなたのような者がこれから俺の女に手を出そうとして面倒かもしれないし……。俺の女たちはますます綺麗になるし……」

 

 そして、ロウはなにを思ったのか、横のイザベラの手を取り、強引に引っ張って、自分の膝の上に横抱きにした。

 しかも、イザベラのロウの身体側の片腕を、自分の腕を上から被せることで堅め、その腕をイザベラの背中を通して、反対の腕を掴むようにした。

 つまり、両手を片手で拘束したということだ。

 そのまま、ロウはイザベラの唇を奪った。

 アーサーは目を見張った。

 

「ロウ、まさか、そのまま、ここで性交をする気か? まあ、ここで、とめ立てする者はいないかもしれんが」

 

 アネルザは横で呆れた表情で笑っている。

 

「んっ、んんっ、んんんっ」

 

 イザベラは脚をばたばたさせて暴れているが、驚いたことに他の者は、誰もロウの蛮行を防ごうとはしない。

 まるで日常のことであるかのように、平然としている。

 イザベラの侍女であるはずの周りの女たちも、まったく慌てていないし、邪魔をしようとする気配さえない。

 護衛のシャーラでさえ、苦笑をしているだけだ。

 

「な、なにを──」

 

 やっと口づけから解放されたイザベラが、真っ赤な顔でロウに抗議の声をあげた。

 しかし、横抱きをされているロウの前から、強引に降りる気配はない。

 

 アーサーは、やっと確信した。

 さっきのロウの言葉は嘘じゃないのだ。

 本当のことなのだ。

 

 演技ではないのは、ロウに口づけをされて、怒った顔をしながらも、はにかんだように照れている表情が混じっているイザベラを見ればわかる。

 アーサーも朴念仁じゃない。

 女が本気で男に惚れているか、それとも、なにかの芝居をしているのかということくらいは、目の前で接すればわかる。

 

「大公陛下、これで不満足なら、イザベラ姫様の裸を見せるわけにはいきませんから、イザベラ姫様が絶頂をする姿だけでもお見せしましょうか。それなら、やっと、俺がイザベラ姫様の男であることを納得しますか?」

 

 ロウがイザベラの両腕を封じている側ではない方の腕を、イザベラのスカートの中に無造作に入れた。

 

「な、なにをする──。や、やめんか、ロウ──。こんなところで──。やっ、やああっ、いやああっ」

 

 ロウの手がもぞもぞとイザベラのスカートの中で動く。

 さすがに、イザベラも必死に両手でそれを阻もうとするが、全身全霊の本気の拒否ではないことは明らかだ。

 アーサーには、まるで恋人同士のじゃれ合いにしか見えない。

 そして、やはり、ほかの女はロウの行動を阻止しない。

 好き勝手にさせている。

 無視して、菓子や果実を口にしている女たちさえいる。

 すると、やっとロウがイザベラのスカートから手を出した。

 しかし、その手には小さな白い下着がひらひら動いている。

 ロウの腕の中のイザベラが、両手でドレスのスカートを押さえて、涙目になっている。

 

「い、いいかげんに、やめよ──」

 

 声を出したのは、ランスロットだ。

 アーサーの横で真っ赤になっている。

 一方で、あまりの馬鹿げた痴態に、アーサーは呆気に取られてしまっていた。

 

「……では、納得いただけましたか、大公陛下? 彼女が俺の女であることを……。もちろん、アンもそうですよ。なんだったら、アンには俺の一物を舐めさせますか?」

 

 ロウが挑戦的な視線をアーサーに向ける。

 

「まあ、ご主人様……」

 

 だが、ロウの言葉に、当事者のアンは、怒るのではなく、恥ずかしそうに真っ赤になっている。

 あの感じだと、信じがたいことだが、アンはロウが命じさえすれば、本当にロウの股間をアーサーの前で奉仕さえしそうだ。

 それにしても、ロウのことを“ご主人様”だと──?

 

「わ、わかった、もういい──」

 

 アーサーもそう言った。

 目の前で、他人の性行為を見物させられるなど冗談じゃない。

 それにしても、これをするつもりで、スクルズは視覚を封じる結界であたりを包んだのか。

 なんということだ──。

 

 そのとき、あのときのビビアンの言葉を思い出した。

 彼こそが、本物のクロノスだと――。

 不愉快だ。

 実に不愉快だ。

 強い女を集めて、その女たちに守られているだけの男ではないか。

 

「もういい、不愉快だ」

 

 アーサーはそのまま席を立った。

 ランスロットが慌ててついてくる。

 

「大公陛下、お送りしよう」

 

 シャングリアが立ちあがったのがわかった。

 アーサーは見送りは不要と断った。

 女騎士も、それ以上は無理に送ろうとはしなかった。

 その背中に、ロウたちの会話が聞こえてくる。

 

「……ひ、ひどいぞ、ロウ──。ななな、なんの真似だ──。と、とにかく、ひ、ひどい──。下着も返せ――」

 

 イザベラが怒鳴っている。

 しかし、声の雰囲気からは、まだロウに横抱きにされたままの気配だ。

 

「……これもしっかりと証拠を見せつけるためですよ、姫様。姫様がほかの男に奪われるなど、全力で阻止します。もちろん、アンも。まあ、姫様については、婚姻を逃したことへの責任は、何らかのかたちでとりますから。俺は腹を括りました」

 

「本当だな、ロウ──。言質(げんち)はとったぞ」

 

 アネルザの嬉しそうな声も聞こえた。

 アーサーは、あまりの不愉快さに、それ以上耐えられなくて、急いでその場を離れていった。

 

 

 

 

(第40話『ふたりのクロノス』終わり)

 

 






 *

【ロウ=ボルグ・ハロンドール・ナタル・サタルス】

 …………。
 …………。
 ……サタルス帝にまつわる公的な記念日は幾つかあるが、伝承によれば、サタルス帝の女性たちが、特別な記念日だと毎巡、私的な祝祭をした日がほかにふたつあるという。
 サタルス帝の私生活に関する一級資料として知られている『コゼ日記』(『コゼ』の項を参照)には、この私的記念日が「転移の日」「クロノス宣言の日」と呼ばれていたとあるものの、しかしながら、その私的記念日がいかなる由来の日であったかがほとんど伝わっておらず、長く、サタルス帝研究者たちの謎のひとつとなっていた。
 しかしながら、サタルス帝の冒険者時代からの愛人でありながら、早世したスクルズ(『スクルズ』の項を参照)の神殿長としての日誌が近年になって発見され、その死の数箇月前にあたる該当の日付に、スクルズが王妃茶会に参加したという記録があることがわかり、研究者の間では、これがなんらかの関連があったのではないかと推測がなされている。
 なお、……。
 …………。
 …………。



 ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


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 第41話  恨み屋さん
238 もうひとりの幼馴染


「はいよ、美人のおふたりさん。お待たせ」

 

 酒場の若い主人が威勢のいい声をかけて、ゼノビアとシズの座っているテーブルに、二杯の黒ビールをどんと置いた。

 

「繁盛しているようね」

 

 ゼノビアはビールをとりながら、その若い主人に声をかけた。

 

 マイムというハロンドール王国の王都に近い城郭だ。

 ゼノビアとシズは、その城郭内の安宿に泊まることにして、夕食代わりの酒を交わしていたところだ。

 

 宿は二階であり、一階は食堂を兼ねた酒場になっている。泊り客だけではなく、外からやってくる客もここで酒を飲めるようになっている。

 ところが、時間が経つにつれて、外からの客がどんどんと増えてきた。

 いまは、空いていたテーブルも全部埋まり、立っている客までいる。

 店は若い夫婦とその母親の三人で切り盛りしているようだが、文字通り「てんてこ舞い」の状況だ。

 

「まあね。ただ、この時分だけのことさ。ニーナの唄が終われば、客もある程度は消える。やってきた客の大半は、ニーナの歌が目当てだからな」

 

 若主人はすぐに立ち去って、ほかのテーブルに酒を配り始めた。

 給仕をしているのはこの若主人ひとりなので、なかなか注文に追いつけないようだ。

 立っている客などは、大きな酒樽が壁際に置いてあり、横に置いたざるに代金を入れて、勝手に自分で杯にビールを注ぐやり方になっている。

 

「ニーナの歌?」

 

 ゼノビアの隣のシズが可愛らしく首を傾げた。

 今回のゼノビアの仕事の依頼人であり、いまの恋人だ。

 本来はゼノビアへの依頼料はもっと高額なのだが、シズがゼノビアの愛人になるのと引き換えに、格安の依頼料で今回の仕事を引き受けることにした。

 

 シズは可愛い。

 エルフ族特有の尖った耳を持っていて、見た目は完全なエルフ族だが、エルフ族と人間族のハーフ、すなわちハーフエルフだ。

 彼女の透き通るような白い肌もシズがエルフ族の血を引いていることを物語っている。

 ただ、エルフ族にしては、少し背が低い。

 まあ、それがシズの可愛らしさを惹きたてているのだと思う。

 

 また、シズはエルフ族なら誰でも遣える魔道を操ることができない。

 残念ながら、彼女の半分を流れている人間族の血が、彼女の母親であるエルフ族の魔道能力を伝えなかったのだ。

 エルフ族の外見でありながら、魔道を遣えないというのは、シズの大きな劣等感になっているようだ。

 だから、シズは剣一本で生きることを決心して、自分の剣技を磨いて、この世を渡ってきた。

 ゼノビアとシズが出逢ったのも、小戦(こいくさ)の多い三公国の戦場になった町でのことであり、戦場に若い女は珍しいので、当然のように仲良くなり、すぐに意気投合した。

 

 ゼノビアは、ひと目で彼女を気に入ってしまった。

 だから、彼女と偶然に知り合ったとき、恨みを抱く相手がいるというシズに、ゼノビアの方から売り込んだ。

 シズは承知し、それで、こうやってシズが恨みを晴らしたい人物のところに向かう旅が始まったというわけだ。

 

「この店の名物だそうよ。これだけの客が集まるのは、彼女の歌があるからね。そして、今回の手掛かりでもあるわ。だから、ここに来たのよ……。まあ、とにかく、聴こうよ。こんな宿屋を兼ねた安酒場の若奥さんだけど、一年ちょっと前は、王都でも有名な歌姫だったらしいわよ」

 

 店の主人がいなくなると、ゼノビアはシズの耳に口を近づけて耳打ちした。

 シズがちょっと驚いた表情になる。

 確かに、元とはいえ、王都の歌姫がこんなところで歌を唄うというのは意外だろう。ゼノビアも最初にその情報に接したときには、そう思った。

 

 そのとき、大喝采が周囲から起こった。

 ゼノビアは視線をあげた。

 厨房からひとりの若い女が現われたのだ。

 お腹が大きい。

 妊娠しているようだ。

 おそらく、臨月だろう。

 

 そして、歌が始まった。

 

 ゼノビアは驚いてしまった。

 事前の調査で、ニーナのことは知っていたが、それでも、実際に聴いてみると、さすがに王都でも有名な歌姫だと思った。

 

 透き通るような美しい歌声──。

 あの小さな女の身体から出ているとは思えない声量──。

 なによりも、彼女の奏でるしらべが素晴らしい。

 ゼノビアはしばらく、歌に聴き惚れてしまった。

 

 二曲が終わったところで、ニーナがぺこりと頭をさげた。

 静まり返っていた酒場がわっと沸いた。

 拍手喝采だ。

 ゼノビアもほかの客たちと一緒に懸命に拍手した。

 横を見ると、シズも感嘆の表情を浮かべて、手を叩いている。

 すると、さっきの若主人が出てきた。

 歓声でよく聞き取れないが、どうやら、もう終わりだと叫んでいるようだ。

 しかし、客たちはそれを許さずに、いつまでも拍手が続いた。

 ニーナは笑って、若主人を制して再び唄い始めた。

 今度は明るく愉し気な曲だ。

 酒場から喧噪が一瞬にして消滅する。

 

 この歌もよかった。

 歌が終わると、またもや大喝采だ。

 今度は、ニーナは頭をさげて、笑顔のまま、すぐに厨房に戻っていった。

 客たちが帰り始める。

 今夜は、これ以上はニーナは唄わないのだろう。

 気がつくと、立ち見の客はいなくなり、テーブルも半分ほどになっている。

 

「いやあ、待たせたね。どうしても、ニーナの歌が終わるまでは、手が回らなくて……。済まない」

 

 若い主人がやって来た。

 大皿に乗った料理がテーブルに置かれる。

 酒と一緒に頼んでいたものだったが、やっと注文を運んで来たのだ。

 

「ニーナ……、いえ、奥さん、もうすぐ赤ちゃんができるみたいね。幸せそうでよかった。実は、あたしも一年前まで王都に住んでいたのよ。あんなことがあったから、心配していたんだけど、元気そうでよかった。また、彼女の歌が聴けるなんて幸せよ」

 

 ゼノビアは声をかけた。

 もちろん、嘘だ。

 王都には一度も訪れたことはない。

 そもそも、ニーナは有名な歌姫であり、王都で歌っていたころの彼女の歌は、ゼノビアのような一介の旅の女が簡単に耳にできるようなものではなかったはずだ。

 だが、ニーナに起こった騒動のことは知っている。

 ドルニカ伯爵夫人の事件も調査済みだ。

 

「王都の頃のニーナを知っているのか?」

 

 若主人が驚いた顔になる。

 ゼノビアは頷いた。

 そして、わざと意味ありげに声をひそめる。

 

「……ドルニカ伯爵夫人の事件のことも知っているわよ……。本当にお気の毒なことだったね……。だけど、本当によかった……。あんなに幸せそうで……」

 

「待ってくれ──」

 

 若主人が慌てたように遮る。

 ゼノビアはわざと驚いた表情を見せた。

 

「……ニーナは、あの事件のことは忘れているんだ……。そっとしておいてくれ」

 

 若主人がちょっと怒ったような口調で言った。

 ゼノビアは、軽く肩を竦めた。

 

「……気に障ったなら、ごめんなさい。悪気はなかったのよ。もうすぐ赤ちゃんできるんだものね。いやなことを思い出させるようなことはしないわ……。ところで、あのとき、あなたが雇った冒険者の行方を捜しているんだけど知らない? パーティリーダーが殺されて、解散したと耳にしたんだけど、仲間だった女たちがどうなったのか知りたいのよ。あたしたちも、彼らに助けられてね……。もしも、リーダーが殺されて苦労しているなら、せめて仲間だった女たちに恩を返したいと思って……」

 

 ゼノビアがそう言うと、若主人は驚いた顔になった。

 

「ロウ殿のことか? ロウ殿が死んだって? そんなことは知らんぞ」

 

「でも、冒険者ギルドの記録に、死んだと発表されていたわよ。パーティも解散になっている。あたしは、確かにギルドの記録でそれに触れたわ」

 

 これは本当だった。

 一応は冒険者に登録しているゼノビアは、冒険者記録に触れることもできる。

 三公国で冒険者記録を確認したゼノビアは、シズが恨みを抱いている相手が冒険者登録されていて、しかも、所属していたパーティがリーダー死亡により解散と記録されていることを見つけたのだ。

 ただ、遠国のことであり、それ以上のことはわからない。

 だから、シズを伴って、ハロンドール王国にやって来た。

 ドルニカ事件のことは、この王国に入ってから、そのパーティに関する情報を集める段階で知った。

 ここにやって来たのは、解散後のパーティの行方を知るためだ。

 ただの依頼人であったこの若主人がなにかを知っているとは限らないが、記録されているクエストの関係者を訊ね歩けば、手掛かりは掴めるだろうとは思っている。

 

「俺は冒険者ギルドのことは知らないけど、ロウ殿のことはよく知っている。大恩人だしな。死んだどころか、いまや王都で一番有名な冒険者だ。王都ではただひとつのシーラ・ランクの冒険者だし、確か爵位も貰ったはずだ」

 

 若主人はそう言うと、ほかの客の料理を配るために離れていった。

 ゼノビアは、シズに顔を向けた。

 

「吉報ね。どうやら、やっぱりシズの恨みの相手は生きているわよ。これなら、探し当てるのに苦労はなさそうよ」

 

 ゼノビアは笑った。

 

「じゃあ、よろしくね、お姉さま……。エルフの女として、きっと殺してね……、あの裏切り者を……」

 

 シズが酷薄に笑った。

 ゼノビアは苦笑した。 

 

「だけど、本当にいいの? あたしは、一度手掛けた依頼は途中ではやめないよ。そんなことをしたら、こっちの身の破滅にもなるしね。だけど、仮にも、そのエルフ女は、あんたの幼馴染なんでしょう。本当にいいの? これが最後の確認よ」

 

 ゼノビアは言った。

 シズから依頼されている恨みの対象は、そのロウという冒険者の仲間のエルフ女だ。

 名はエリカ──。

 シズの幼馴染だそうだ。

 

「問題ないわ。お願い、お姉さま……。裏切り者に死の制裁を……」

 

 シズが飲みかけの黒ビールのジョッキを顔の前にかざした。

 

「じゃあ、引き受けたわ……。ただし、支払いは、あんたの身体でね」

 

 ゼノビアはそのジョッキに、自分の持っているジョッキをこつんとぶつけた。

 シズが真っ赤な顔になった。

 

 

 *

 

 

「んんっ……あん……んん……」

 

 シズは、寝台の上で一糸まとわぬ身体を悶えさせながら、切ない声をあげてしまった。

 

「ふふふ、あんまり声を出さない方がいいわよ。ここは安宿だしね。きっと、シズの可愛い声が壁越しに聞こえるわね。隣って、確かでっぷりと太った行商人のおじさんだったわね」

 

 腰を包む下着一枚で、乳房も露わにしたゼノビアが、シズの全身を覆っている水膜越しに、横たわるシズの身体を優しく揉みほぐしながら意地悪に言った。

 だが、薄い水の膜越しに施されるゼノビアの愛撫は、耐えられない疼きをシズに与える。

 シズは必死で歯を食い縛った。

 

 水を操る魔道は、ゼノビアの得意中の得意の技だ。

 いまも、シズの裸身に薄布のように首から下の全身をゼノビアの操る水が覆っている。

 それにしても、なんだか身体が異常だ。

 肌は異常なほどに熱くて、特に敏感な局部や乳首などは、痛いほどの疼きに襲われている。

 この水がただの「水」でないことは明らかだ。

 

「い、意地悪……い、言っちゃいやよ、お、お姉さま……。だ、だけど、こ、これ……み、水に……な、なにか……は、入っている……?」

 

 シズは息も耐えだえに言った。

 少しでも油断をすれば、大きな嬌声が口からこぼれ出そうなのだ。

 シズは必死でいやらしい声が口から出るのを我慢しながら、ゼノビアに訊ねた。

 すると、ゼノビアがくすくすと笑い声をあげる。

 

「もちろん入っているわ。シズの身体の感度が異常に上昇する媚薬をたっぷりと混ぜているわ。こんなものに浸かっていたら、すぐに身体が敏感になって、誰かに触られるたびに欲情する玩具になってしまうわよ。シズにもっと可愛くなって欲しくて、特別に調合したのよ」

 

 ゼノビアが言った。

 シズはぞっとした。

 ゼノビアが水の操りとともに得意なのが、薬草の処方なのだ。

 ほんの少量で人が即死するような猛毒を遣って、人知れず誰かを暗殺するような仕事も得意にしていて、誰も知らないような特殊な薬草もよく知っている。

 そんなゼノビアにとっては、人の感覚を狂わせるような薬剤もお手のもののはずだ。

 ゼノビアが、特別に調合した媚薬ともなれば、それは恐ろしいほどの効き目と思う。

 

「い、いやよ──。い、意地悪よ、お姉さま」

 

 シズはとっさに全身を包んでいる「水」を取り去ろうとしてしまった。

 だが、指先が濡れる感覚はあるが、膜のように全身を覆っている水が離れることがあるわけもなく、むなしく肌の上を手が動いただけで終わった。

 そんなシズの慌てぶりが面白かったのか、ゼノビアが楽しそうに笑った。

 

「慌てちゃって、可愛いわね」

 

 ゼノビアがシズの乳頭を軽く突いた。

 その途端、ゼノビアの身体を覆っている水に波が発生して、乳首の周りの水が振動した。その刺激でシズは鼻息のかかった艶めかしい声をあげてしまった。

 

「ふふ、本当に敏感になったわね、シズ……。まあ、元々、感じやすい身体をしていたものね。幼いころから、姉役のエルフっ子たちに苛められて、淫らな身体にされた挙句に捨てられてしまって、悶々と苦しむ日々を送り続けたんだったわね……。でも、もう大丈夫よ……。これからは、あたしが毎晩のように可愛がってあげる……」

 

 ゼノビアが本格的にシズの胸を揉み始めた。

 手によって刺激される直接の愛撫もあるが、同時に水に起きる波の振動の二重の刺激がある。

 途端に電撃のような快感に襲われて、シズはなにもできなくなってしまった。

 ただ、自分の口から迸る淫らな声とともに、肢体をくねくねと悶えさせるだけだ。

 

 一度触られれば、火がついたように熱くなる淫らで敏感な身体……。

 それがシズの身体なのは本当だ。

 それは、幼い頃にずっと過ごしたエルフの里での体験が原因だ。

 シズは、ハーフエルフであるが、若くして死んだ母親がエルフ族だったこともあり、ほかの孤児のエルフ族の子供とともに、孤児のエルフ族が共同で育てられる施設で育った。

 

 父親は知らない。

 人間族であったということしか知らされていないし、里の者もそれ以上のことはわからないようだ。

 そして、母親のエルフ女は、不慮の事故で突然に死んだ。

 それが、シズが両親について知っていることのすべてだ。

 

 だから、シズには家族はいない。

 しかし、あのエルフ族の里で、三人姉妹のように育った幼馴染み……。

 それはシズにとっての家族だ。

 少なくとも、シズはそう思っていた。

 

 だが……。

 

 そのとき、思念を吹き飛ばすような、ゼノビアのいやらしい愛撫が襲いかかった。

 さっきから胸ばかりを責められている。

 ゼノビアが意図的にやっているのは明白だ。

 多分、胸揉みだけでよがり狂うシズの痴態を眺めるのが愉しいに違いない。

 

「あっ、あああっ、はあん」

 

 シズは大きな声をあげてしまった。

 もう、声を耐えようとする意識も希薄になっている。

 

 乳首を触られればそれだけで脱力して悶え、肉芽を摘ままれれば抑えきれない嬌声が迸る。

 股間を刺激されようものなら、立っていられないほどの疼きが全身を駆けまわり、なにかを局部に挿入されたりすれば、あっという間に絶頂を極めてしまう……。

 

 それがシズなのだ。

 自分の身体だが、もう自分の意思ではどうしようもない……。

 こんな身体になったのは、あの幼いころからのエルフの里の日々が原因だと思う。

 

 毎日、毎夜、淫らな悪戯で悶え合ったあの日々……。

 幼馴染の三人の中で唯一魔道を遣えないシズは、ほかのふたりの魔道の玩具のようなものだった。

 覚えたての淫らな魔道を代わる代わる身体にかけられて、狂ったように悶えさせられた生活……。

 

 みじめさはない……。

 あれは、恍惚の楽園にも喩えられるような満ち満ちた年月だった。

 あのふたりとの「密かな愉しみ」は、なによりも素晴らしい思い出だ。

 

 童女から少女、そして、大人の女といえるような年齢になっても、三人の関係は永遠に続くとシズは信じていた……。

 

 だが、それは突然に終わった。

 

 一番の姉役だったイライジャは、突然に男とできてしまい、彼と結婚をするために、その男と一緒に里を出ていってしまった。

 そして、エリカも、イライジャが去るのに合わせて、冒険者になるのだと言って里を出ていき、それっきりだ。

 ふたりとも、シズに事前になんの相談もなかった。

 シズはただ、すでに出ていくことを決めていたふたりから、突然に別れを告げられただけだ。

 泣いてすがったが、ふたりは出ていった。

 シズはひとり里に残された。

 

「本当に敏感なおっぱい……。胸揉みだけでいってしまいそうね」

 

 横に座っていたゼノビアが、シズの身体を抱えあげて身体の前で背中から抱くようにした。

 もうすっかりと力が抜けているシズには、なんの抵抗もできない。

 ただ、ゼノビアのなすがままだ。

 ゼノビアが、両手でシズの乳房を揉みながら、覆っている水全体で乳房の微振動を開始した。

 

「ああ、だめえ、お姉さま──」

 

 シズはあっという間に達してしまい、全身をがくがくと痙攣させて、絶頂に呑み込まれてしまった。

 

「可愛いあたしの絶頂人形……」

 

 ゼノビアがシズを後ろから抱き締めながら、シズの耳元でささやいた。

 

 絶頂人形……。

 

 まさにその通りだと、シズは思った。

 

「……次はクリトリス……。その次はおまんこ……。それが終わればおしっこの穴……。そして、お尻よ……。今夜は寝かさないからね、シズ」

 

 ゼノビアが笑いながら言った。

 途端に、肉芽を包む水がぶるぶると震えだした。

 シズは悲鳴をあげた。



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239 理不尽な事件

「エリカ、こっちを手伝ってよ」

 

 荷駄馬車の方からコゼの声がした。

 エリカは、すぐに行くと声をかけてから、目の前の物売りの主人に、エリカたちが購った野菜を箱に入れて馬車まで持って来てくれるように頼んだ。

 そして、少し離れた場所に停めてある荷駄馬車に向かう。

 

 王都の食材の市だ。

 そこにたくさんの物売りが集まっていて、野菜でも魚でも肉でも、大抵のものはここで全部買える。

 だから、エリカとコゼは、ここにやって来たのだ。

 

「まったく、人間族は非力ねえ。こんな樽ひとつ持ちあげられないの?」

 

 エリカはコゼにからかうような物言いをしながら、コゼに上にあがるように促した。ひらりと荷駄馬車の荷台にあがったコゼに向かって、ひと抱えある樽を持ちあげる。

 ドワフ族とまではいかないが、エルフ族も狩猟族だけあり、そこそこ力がある。

 人間族とは身体の仕組みが違うので、人間族であれば、大の男でも持ちあげるのに苦労する荷も、女のエリカであげられないことはない。

 

「ほら」

 

 エリカは荷台のコゼに樽を渡した。

 中身は塩漬けの魚だ。

 樽いっぱいの魚など、エリカたちにこれを売った物売りは、きっとエリカたちが何十人も集めるような食事会でも開くのだと思ったかもしれない。

 しかし、これは、エリカたち四人が住んでいる屋敷で食べるためだけの食材だ。

 別に数十人分の食事というわけじゃない。

 四人分だ。

 

「さすが、馬鹿力女──」

 

 コゼが軽口を叩き返す。

 そして、エリカから受け取った樽をごろごろと転がして、荷台の奥に運んでいく。

 

「馬鹿とはなによ、馬鹿とは──」

 

 むっとしたエリカは文句を言ったが、コゼは素知らぬ顔だ。

 エリカは嘆息した。

 

 とりあえず、ひと息して、屋敷から持って来た荷駄馬車を眺める。

 すでに荷台は、さまざまな食材で充満していた。

 樽入りの豚肉、樽入りの牛肉、樽入りの鳥肉、そして、いま運んだのが樽入りの魚というわけだ。

 ほかにも大量のパンや、穀物の粉。

 一郎が大好きなので、米も数袋もある。

 チーズに牛乳、葡萄酒も買った。

 さらに、果実の詰まった木箱だけで三箱もあり、調味料の瓶もずらりと並んでいる。

 かなりの量と種類の食材だが、これだけ集めてくるようにエリカとコゼに指示したのは、屋敷妖精のシルキーだ。

 シルキーは屋敷内に限り、どんな大魔道遣いでも敵わないような魔道の力を駆使するが、さすがに食材だけは作り出すことはできない。

 だから、定期的に、こんな具合に、どこからか料理の材料となる品物を外から運んでくる必要がある。

 今日、その当番になったのが、エリカとコゼということだ。

 

 もっとも、普通であれば、これだけの材料を一度に買ってしまえば、毎日十人の客がやって来たとしても、全部食べつくすまでに、ほとんどの食材は腐って食べられなくなるだろう。

 しかし、シルキーの待っている屋敷内に持ち込みさえすれば、あとは、シルキーの魔道で、いつまでも新鮮な状態で保持することができるのだ。

 

 ……とはいっても、エリカは、その食糧庫が屋敷内のどこにあるのかも知らない。

 シルキーに渡した後は、次にエリカたちが、これらの食材に出逢うのは、毎日の食卓の料理になったときというわけだ。

 

 また、食材といえば、少量だが、今朝もマアのところに立ち寄って、ロウの故郷の味に似ているらしい、なんとかという調味料も受け取ってきた。

 マアの商会は、タリオ本国側の活動ではあるが、異国との貿易もやっていて、ロウの故郷の味に似ている珍しい調味料を外国から手に入れることができるのだ。

 ロウもそれが大好物だ。

 

 それはいいのだが、そのマアにタリオ公国への帰還指示が出ているらしい。

 あのアーサー大公が帰国してから、すぐに本国から通達されたものであるらしく、役人ではないマアには従う義務はないが、逆らえば、本国における商業権益を失うことになるので、事実上の「命令」であるということだ。

 それを受け取ったときのマアも悩んでいた。

 エリカもよくは知らないが、随分とマアも考えたようだが、アネルザやイザベラ、そして、ロウなども交えて話し合い、いまでは、通達指示に従い帰国の方向で動いているようだ。

 あくまでも、一時的な帰国だが……。

 

 マアとロウの関係が、アーサーに知られたわけではないと思うが、マアに言わせれば、この王都で商業ギルドの復権の動きがあるらしく、謀略好きのアーサーがなんらかの仕掛けを企てている可能性もあると言っていた。

 まだ、その動きが不明なのでなんともいえないが、マアが本国に戻った方が、大公府の動きも掴みやすいし、あのマアであれば、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長中のタリオの流通を逆支配することもできるかもしれず、そんな思惑もあり、一度、指示に従って帰国することにしたのだ。

 そういうこともあり、マアは、不在間でも、ロウの好きな食材が途切れないように、少量ずつしか手に入らないそれらの調味料を入手の都度、こうやって渡してきてくれる。

 本当にロウに尽くしてくれる女性でありありがたい。

 タリオ本国に一時的にでも戻るのは、あくまでもロウのためなのだ。

 

「お待ちどう、美人のお嬢さんたち──。ここに、置いていくぜ──」

 

 そのとき、さっき野菜を購った物売りの主人が、まだ子供の小僧さんを連れて二箱の野菜を運んで来た。

 

「ありがとう、おじさん」

 

 エリカは、荷台に飛びあがると、コゼとともにそれを受け取って、荷台に並べる。

 

「シルキーに頼まれたのは、これくらい、エリカ?」

 

 物売りが立ち去ると、箱を置き終わったコゼが腰をあげてエリカを見た。

 エリカは、魔道で空中に四角を描く。

 すぐに、その四角の中の宙に文字が浮かびあがる。

 シルキーが指示した食材がそこに書いてあるのだ。

 元奴隷のコゼは文盲だが、エリカはしっかりと読み書きができる。幼い頃に育ったエルフの里の施設で教わったからだ。

 エリカは、それを読みながら、荷台に並んでいる食材を確かめた。

 

「大丈夫みたいよ……。じゃあ、戻ろうか、コゼ」

 

 エリカは頷いた。

 コゼがひらりと馭者台に移動する。

 エリカは、箱と箱のあいだに場所を見つけて、荷台に座り込んだ。

 

 すぐに馬車が動き出す。

 馬車が揺れる。

 途端に、エリカは睡魔を感じ始めてきた。

 なにしろ、まだ陽は東側にあるくらいの朝である。

 食材市は早く行かなければ、いい材料は揃わないので、早朝に屋敷を出てきたが、いつものように、昨夜は遅くまで一郎に可愛がってもらった。

 正直まだ眠い。

 しかも、馬車の揺れが心地よくて、眠気を誘う。

 エリカはそのまま横の箱に身体を預けて、屋敷まで寝ることした。

 

 そのときだった。

 

「きゃあああ」

 

 突然に馬車が大きく揺れて、急制動がかかった。

 

「うわっ」

 

 エリカはその反動で大きく身体を揺られて、危うく引っ繰り返りそうになる。

 

「なによ、コゼ──」

 

 エリカは身体を起こして、怒鳴った。

 

「しまった。当たったわ」

 

 だが、コゼが血相を変えた様子で、馭者台で立ちあがっている。

 

「当たった?」

 

 エリカは怪訝に思って、馭者台に向かう。

 しかし、そのときには、コゼはひらりと地面に降りた後だった。

 ふと見ると、馬車の前に若い女が倒れている。

 

 まさか、当たったというのは、馬車であの女性をひいたのか?

 この辺りは、たまたま人通りの少ない場所のようであり、周囲にはほとんど人がいない。

 エリカも急いで馬車を飛び降りると、コゼがいる女性のところに向かった。

 倒れているのは、若い人間族の女だ。

 どこか怪我をしたという感じはないが、意識はないようだ。

 ぐったりと地面に横たわったまま動かない。

 

「なにがあったの、コゼ?」

 

「急にこの人が飛び出してきて……。とにかく、避けきれなかったの。そんなに強く馬車に当たったわけじゃないと思うけど……」

 

 コゼが困惑気味に言った。

 

「頭を打ったのかも。動かさない方がいいわね」

 

 エリカは言った。

 コゼが頷く。

 

「あたし、スクルズを呼んでくる」

 

 コゼが立ちあがった。

 ここからスクルズのいる第三神殿までは、そんなに距離はない。

 スクルズであれば、治療術で大抵の負傷は治してしまう。

 

「お願い。わたしはここで待っているわ」

 

 コゼは足が速い。

 そのコゼが全力で向かえば、そんなに時間はかからないだろう。

 コゼが駆けだしていった。

 その姿が、すぐに曲がり角の向こうに消えていく。

 

 すると、向かい側から小さな馬車がやって来ることに気がついた。

 馭者台にいるのは、黒いフード付きのマントを覆った小柄な馭者だ。

 だが、その馬車は真っ直ぐに、エリカと女がいる方向に向かってくる。

 エリカは、ここに人が倒れているのを知らせようと、立ちあがろうとした。

 

「えっ?」

 

 そのとき、足首にちくりと、なにかが刺さった感触が襲った気がした。

 

「あっ」

 

 次の瞬間、エリカはすべての力を失い、その場に崩れ落ちた。

 

 弛緩剤──?

 

 そう悟ったときには、エリカは完全に地面に倒れ込んでいた。

 しかも、気絶していると思い込んでいた若い女が、素早く立ちあがって、布を取り出して、エリカの口の中に押し込む。

 さらに、それが口から出ないように、口の上になにかをぺったりと貼られてしまった。

 

 通りかかって来た馬車がすぐ横に停まる。

 エリカの顔に袋のようなものが被せられて、視界を奪われた。

 これは、余程にこういうことに、手慣れた者たちだ。

 エリカは咄嗟に思った。

 しかし、どうしようもない。

 口に入れられたものは、ただの布ではないようだ。

 なぜか、舌と喉が痺れたような感じで、悲鳴もあげられない。

 

 脱力している身体が担がれた。

 馬車の中に乗せられたとわかったのは、胴体が馬車の壁にぶつけられたためだ。

 

 あっという間だ。

 

 エリカは、なにが起きたのかわからず、なんとか力を振り絞って、とにかく、顔にかけられた袋を外そうとした。

 しかし、今度は首筋にまたもや針に刺されたような刺激を感じた。

 

 エリカは無意識の闇の中に一気に吸い込まれていった。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うう……」

 

 エリカは呻き声をあげながら、必死に鼻に迫って来た水を飲んだ。

 途端に飲んだ水を吐き出しそうになる。

 しかし、吐くわけには行かない。

 エリカは苦しさに耐えて、ひたすらに口の前の水を飲み続けた。

 

 どこかわからない得たいの知れない建物の中だ。

 多分、周りには誰もいない。

 エリカはただ水を飲み続けた。

 

 もう、どのくらいの水を飲んだのか見当もつかなかった。

 おそらく、エリカの腹は飲み続けている大量の水のために、ぷっくりと膨らんでいるかもしれない。

 だが、首を動かすことができないエリカは、ほんの少しも下を見ることができないので、自分の身体がどういう状態なのかを知ることもできない。

 それに、首を曲げられたとしても、顔全体を覆っている容器は完全にエリカの視界を塞いでしまっている。

 

 エリカが感じれるのは、周囲の音と気配だけだ。

 だから、ここがどこかということはわからない。

 誰がこんな風にエリカを拘束していったのかということもわからない。

 周囲からは音や声が聞こえないから、いま周りには誰もいないのかもしれない。

 ただ、上から注がれる水がじょろじょろと容器に入ってくる音だけが不気味に続くのみである。

 

 とにかく、見知らぬ女に毒で気を失わせられて、馬車に乗せられ、気がつくとエリカは、この見知らぬ家に閉じ込められていたのだ。

 意識が戻ったときには、エリカはいまのように、正座の状態で真っ直ぐに背筋を伸ばした状態で身動きできなくなっていた。よくわからないが、なにかによって雁字搦めにされているようだ。

 腕は背中に回されて動かせないし、両足は畳んだ状態から体勢を崩すこともできない。

 

 そして、首から上にはなにかの容器が嵌められていて、視界も奪われていた。嵌められているのは、頭の上が開いている球体のようだった。

 球体の壁は狭く、視界の前に迫っている容器の壁は真っ黒だ。

 首も動かない。

 容器自体が四方から細い鎖で引っ張られて動かないようになっている感じだ。

 

 とにかく意識を戻した直後は、エリカも激しく悪態をつくとともに、なんの目的なのだと懸命に叫んだ。

 だが、応じる声はなかった。

 そもそも、周囲に誰もいない感じだった。

 エリカは途方に暮れた。

 

 だが、そのうちに、首に嵌められている容器の中に、上から少しずつ細い水流が落ち始めたのだ。

 ぞっとした。

 避けようにも、容器自体が動かないので、容器に注がれる水からは逃げようがない。

 たちまちに、容器に入って来る水面がどんどんとあがってきて、エリカの口どころか鼻の穴まで届きそうになったのだ。

 エリカは悲鳴をあげるとともに、必死で容器を水流から横にどかそうとした。

 しかし、なにもできない。

 水は相変わらず、顔を覆っている容器の中に少しずつ注がれ続ける。

 もはや、水死しないためには、水を飲み干すしかなかった。

 エリカはとりあえず、鼻の穴が出るまで水を飲んだ。

 

 そして、エリカと水の戦いが始まった。

 水はどんどんと注がれる。

 死なないためには、水を飲み続けるしかない。

 

 あっという間に、これ以上水を飲むことができなくなった。

 だが、それでも水は注がれ続ける。

 愕然とするしかなかった。

 

 エリカは懸命に水を飲み続けた。

 そして、いまに至っている。

 

 どのくらいの時間がすぎたのだろう。

 

 二刻……?

 三刻……?

 

 どんなに短いとしても、一刻半よりも短いということはない。

 それだけの長い時間、エリカは水を飲み続けているのだ。

 

 エリカはもう朦朧としている。

 だが、意識を失うこともできない。

 水を飲むのをやめれば、エリカの顔を包んでいる容器は水でいっぱいになり、エリカは溺れ死ぬしかない。

 

 そのときだった。

 扉が音を立てて開く音がしたと思った。

 

「んっぐう、ふぐうう」

 

 言葉を喋ろうとしたが、口の上まで水面があがってきているので、ただ水に息が混じる音がするだけだ。

 

 すぐにがらがらと椅子のようなものを引きずる音がした。

 誰かが、エリカの前に座ったのがわかった。

 

「へえ、さすがは、自尊心だけは大きい正真正銘のエルフ族ね。そんなに腹が膨れているのに、おしっこを漏らしていないとは立派じゃない。それとも、まだ水を飲み足りない?」

 

 若い女の声がした。

 おそらく、馬車の前に出てきて、エリカを罠に嵌めた女だと思った。

 だが、なんのために、エリカをさらい、どうして、こんな拷問にかけようとするのかが見当がつかない。

 

 すると、目の前の容器で大きな音が鳴った。

 容器が二つに割れて、水が流れ落ちた。

 視界が戻り、目の前にやはりあの女が出現した。

 にやにやと微笑みながら、椅子に腰かけたまま脚を組んでエリカを眺めている。

 

「はあ、はあ、はあ……。だ、誰よ、あんた……?」

 

 やっとのこと言った。

 そして、もう一度、記憶を全力で回転させる。

 やはり、知らない女だ。

 人間族とは思うが、エリカとはそんなに年齢の差もないと思う。

 すると、その女が魔道の杖を取り出して、エリカに向けた。

 

「立ちなさい」

 

 すると、突如として身体の拘束が消滅した。

 手足も自由になる。

 雁字搦めに縛られていたと思ったのは、そう思わせていた魔道の拘束だったようだ。

 だが、足がすっかりと痺れてしまって立つことができない。

 女が苛立ったように、杖をもう一度振った。

 

「はぎゃああ」

 

 エリカは絶叫してその場にひっくり返った。

 全身に凄まじい電撃が迸ったのだ。

 女の放った魔道によるものだ。

 すると、股間に生温かいものが流れたのがわかった。

 

「あっ、いや……」

 

 さんざんに水を飲まされ続けてきたので、膀胱が破裂しそうなくらいに尿意が襲ってきていた。

 その状態で電撃を浴びせられたために、ついに尿が漏れ出てしまったのだ。

 一度堰を切った尿は、もう止めることはできない。

 エリカはひっくり返ったまま、かなりの長い時間放尿を続けた。

 

「まあ、呆れた豚ねえ。あんた、せめて、おしっこするなら、厠に行かせてとか、容器を当ててとか言えないの? おしっこをしたかったから、黙って垂れ流したの? それでもエルフ族? それとも、エルフ族の恰好をした豚なの?」

 

 女の呆れたような笑い声が部屋に鳴り響いた。

 

「なっ」

 

 あまりの言い草に、流石にエリカも絶句した。

 しかし、いまでも、股間からは尿が垂れ流れている。

 その状態で悪態など口にできるものではない。

 

「さっきのは撤回よ。人前で失禁するような女は、高潔で名高いエルフ族とは言えないわね。あんたは豚に決まり。豚並みに扱ってあげるわ。とにかく、さっさと立ちなさい」

 

 女が嘲笑しながら言った。

 はらわたが煮えかえる気がした。

 だが、飛びかかろうと思っても、これだけ身体が弱っているうえに、女の持つ杖は油断なく、こっちを向いている。

 一方で、エリカの魔道が完全に封じられているのはわかった。

 さっき首に嵌まっている容器は外れたが、まだ首になにかが嵌まっている。

 それが、エリカの魔道を封じているようだ。

 

「まずは、その小便臭い下着とスカートを脱ぎなさい。話はそれからよ」

 

 女が言った。

 憤怒が沸き起こった。

 今度こそ、我慢ならない。

 

 エリカは我を忘れて、女に飛びかかろうとした。

 だが、エリカが行動を起こす前に、全身を凄まじい衝撃が襲いかかった。

 

「あぎゃあああ」

 

 エリカは絶叫して、その場に倒れてしまった。

 電撃は女の持つ魔道の杖ではなく、首からだった。

 エリカが女を攻撃しようとした瞬間に、首輪から電撃が放流されたのだ。

 女が大きな声で笑った。

 

「無様ね……。あんたがあたしに危害を加えようとすれば、首輪があんたの心を読んで、強い電撃を与える仕掛けになっているのよ。電撃が嫌なら、できるだけ逆らおうとは考えないことね……。まあ、あんたに恨みはないけど、うんと恥をかいてもらうわ。そして、エルフ族として耐えられないような死を贈る。それが依頼人の望みだしね」

 

「依頼人?」

 

 エリカは訝しんだ。

 

「あたしの名はゼノビア──。職業は“恨み屋”よ。毒遣いの闇の処刑人とも呼ばれているわ──。あたしのことは、呼び捨てでいいわよ。別に、あんたを調教しているわけじゃないしね。あたしが依頼されているのは、とりあえず、あんたにたっぷりと恥をかいてもらうことよ」

 

 ゼノビアが言った。

 しかし、エリカはなんのことかわからなかった。

 

「恨み屋? 処刑人?」

 

 こいつは殺し屋なのか?

 なんのこと──?

 なぜ……?

 

「話は終わりよ。じゃあ、その小便臭い下着とスカートを脱ぎなさい。それとも、もう一度水を飲む? あれをまた二刻やる? そうしたら、もう少し素直になると思うけどね」

 

 ゼノビアが笑った。

 エリカはぞっとした。

 あの水飲みの恐怖が蘇る。

 まだ、エリカの身体は、強要された途方もない水飲み影響で、ぐったりとしている。

 さすがに、もうあれだけはごめんだ。

 

「……言っておくけど、助けが来ることを願うのは無駄よ。よくわからないけど、あんたの身体から、なんらかの魔道が発信されているというのはわかったわ。だから、一応手は打っている。助けは来ないわ……。あんたの仲間はあんたがどこに連れていかれたのか見当もつかないはずよ……。とにかく、脱ぎなさい。まずは、あなたにうんと無様になってもらうのが、依頼人の望みなんだし……」

 

 ゼノビアが言った。



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240 卑劣な人質と歩行拷問

「はがあああっ」

 

 エリカが十度目の電撃でまたもや、ひっくり返った。

 抵抗感を抱くと自動的に電撃が発するようになっている首輪の魔道具だ。

 ゼノビアは呆れてしまった。

 ねちねちといたぶりながら、このエルフ女を自ら素裸にさせるつもりなのだが、なかなかに頑なで、結局まだスカートと靴を脱いだだけだ。

 

 その間に、十度も電撃でのたうち回ったということは、十回、ゼノビアに襲いかかろうとしたということだろう。

 普通ならば、どんなに繰り返しても、三回で心が萎える。

 余程に気が強いに違いない。

 

 もう一度、水を飲ませてもいいが、それでは、エリカに恥をかかせることにはならない。

 依頼は、まずはエリカに恥辱を与えることなのだ。

 エルフ族はプライドが高い。

 そのプライドを徹底的にへし折る。

 それが、「依頼人」であるシズの第一の望みであり、シズを裏切ったエリカへの懲罰なのだ。

 そして、最終的には、エルフ族の「死」を贈る。

 だが、なかなか骨が折れそうだ。

 

 ゼノビアはやり方を変えることにした。

 魔道通信で隣室に待機して、この部屋の様子を眺めているはずの彼女に、こっちに来る準備をするように伝えた。

 

「無様ね、エリカ。いい加減に抵抗が無駄なことを悟りなさいよ。そんなに、下着を脱ぐのが嫌なの? いいわ。じゃあ、上を先にしましょう。脱いで」

 

 ゼノビアは魔道の紐を出現させると、呻き声をあげるだけで、うつ伏せに倒れたまま動かないエリカの首輪に、その魔道の紐を繋げた。

 白く光る紐が首輪と密着する。

 光の紐の反対側は天井だ。

 紐を短くして、無理矢理立たせる。

 

「んぐううっ」

 

 引き上がる紐で首が締まるかたちになったエリカが、両手で首輪を掴んで立つ。

 しかし、首輪はぴったりとエリカの首に密着しているので、指を入れる隙間などない。

 ゼノビアは、わざと嘲笑してやった。

 

「一度、首でぶら下がってみる? そうすれば、裸になる気になるかもね」

 

「ふ、ふざけるな……。も、目的を言いなさいよ……。あ、あんたの……依頼人は誰よ……?」

 

 エリカが息も絶え絶えに言った。

 水責めと繰り返された電撃で、エリカの体力はかなり奪われている。

 健脚を誇るエルフ族のエリカも、もうふらふらだ。

 ゼノビアは、エリカの問いには返事をせずに、首に繋がっている魔道紐をさらに短くする。

 天井に繋がる紐が吊り上がっていく。

 

「ひぎいいっ」

 

 エリカの足が爪先立ちになって、背がぴんと伸びた。

 部屋に呻き声が迸った。

 

「服を素直に脱ぐ気になったら言いなさい。紐を緩めてあげるから」

 

 魔道紐がさらに短くなった。

 ついに、エリカの足は完全に宙に浮いた。

 

「んぐううっ、ぬぐうっ。脱ぐうっ」

 

 エルフが絶叫した。

 ゼノビアは紐を緩めた。

 エリカの足が再び床につく。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 エリカが荒い息をしながらも、こっちをすごい形相で睨んだ。

 

「はぎゃあああ」

 

 次の瞬間、またもや電撃でエリカが全身をのけ反らせる。

 十一回目か……。

 敵意を持つなと諭されても、どうしても無意識に、ゼノビアに反意を抱いてしまうのだろう。

 ただ、これでは埒があかない。

 ゼノビアは一旦、首輪から電撃が流れる仕掛けを魔道で解除した。

 

「ほら、ほら、立って、服を脱ぐのよ」

 

 ゼノビアは椅子に座ったまま、杖を向ける。

 エリカが顔をさっと蒼ざめた。

 さすがに、恐怖の色が顔に出ている。

 

 やっと、エリカが上衣に指をかけた。

 脱いだ服がエリカの足下に落ちる。

 続いて、中衣も脱がせ、エリカは胸を包む胸当てと腰の小さな下着だけになった。

 

「次は下着ね。その前に、脱いだものを蹴って、こっちにやるのよ」

 

 エリカが脱いだ上衣とスカートがエリカの足元にあったのたが、ゼノビアはそれを蹴らせた。

 寄ってきた衣類を魔道の杖で燃やして、一瞬で灰にしてやる。

 脱いだものを燃やされるという屈辱で、エリカの顔が歪んだ。

 しかし、さすがに悪態をつくのは自重したようだ。

 エリカは口惜しそうに、歯噛みしただけだった。

 

 そのとき、背後の扉がとんとんと向こう側から叩かれた。

 準備ができたようだ。

 

 ゼノビアは入ってくるように声を返す。

 エリカが怪訝な表情になった。

 

「コゼ──」

 

 入ってきた女の姿に、エリカが悲鳴をあげた。

 外からやって来た人物は、後手にした両手首と足首に革枷を嵌めたコゼの姿だ。

 

「……エ、エリカ……」

 

 彼女は口を開くのもやっとという感じで、荒い息をしながら言った。

 ちゃんと服は着ているが、まるで拷問を受けたことが明らかであるかのように、あちらこちらが破けている。

 しかも、顔色は悪く、顔全体に赤い発疹がある。

 すべて、ゼノビアがやったことだ。

 

「コゼ、あんた、なにをされたの? 顔の発疹はなによ──」

 

 首輪に繋がった魔道紐で立たされているエリカが絶叫した。

 エリカの視線は真っ直ぐにコゼを見ている。

 そのコゼは、後手に拘束され、足枷同士が短い鎖で繋がっていて、よちよち歩きしかできないという哀れな姿だ。

 

「わ、わかんない……。し、神殿に向かおうとしたら、突然、大勢の集団に捕まって……。気がついたら、ここに……」

 

「大勢の集団?」

 

 エリカは戸惑っている。

 おそらく、エリカは、自分を捕らえたのは、ゼノビアともうひとりの女くらいの少数だと考えていたはずだ。

 実際にエリカをいたぶっているのが、ゼノビアだけだったことからも、そんな印象を抱いていたと思う。

 それなのに、コゼがほかにも仲間がいるという言及をしたので驚いたようだ。

 

 これでいい……。

 

 正体不明の敵に対しては、大きな恐怖感が募る。

 どんなことでも、エリカを追い詰める材料になってくれれば、それでいい。

 コゼの出現も半分はそれが目的だ。

 人質としての価値は未知数だったが、顔色を変えているエリカの姿を観察する限り、コゼを「人質」にすれば、エリカは従いそうだ。

 やはり、大切な仲間なのだろう。

 

 ゼノビアはよちよちと歩いてきた彼女の襟首をむんずと掴んで、ゼノビアの腰かける椅子の下に引き倒すようにして、無理矢理に腰を落とさせた。

 その首に、わざとエリカに見えるように懐から出した針を近づける。

 

「も、もう……やめて……」

 

 泣きそうなコゼの声だ。

 しかし、抵抗はない。

 ちくりと針先を首の横に刺した。

 

「う、うううっ」

 

 ぶるぶると苦しそうに震え出したコゼの姿に、エリカが顔色を変えた。

 

「なにをしたのよ──。答えなさい、ゼノビア──」

 

 エリカが血相を変えた。

 

「なんてことないわ。ただの致死性の毒針を刺しただけよ。抵抗できなくするために少しずつ毒を与えているのよ。コゼの顔の発疹はそのためよ」

 

 ゼノビアは言った。

 エリカがさらに顔を蒼くした。

 

「お、お願い……。も、もう解毒剤を……。手遅れになるわ……」

 

 足元から怯えきったコゼの声がした。

 本当に哀れそうな口調だ。

 ゼノビアは嘲笑で返す。

 

「エリカに言うのね、コゼ……。あんたを殺すことは依頼にはないし、たまたま、エリカと一緒にいたから捕まえただけだから、解毒剤を打って助けてもいいわ。ただし、そのエリカが素直に素っ裸になったらね」

 

「解毒剤? 解毒剤があるのね? だったらコゼにそれを……」

 

 エリカが怒鳴った。

 ゼノビアは、思い切り床を足で踏んで大きな音を鳴らした。

 

「素っ裸になれと命令してるでしょう、エリカ──。さもないと、友達は死ぬわ。このままだと、残り一刻というところね。それまでに解毒剤を打たないと確実にコゼは死ぬわ。この女が死ぬのは、お前のせいよ──」

 

 ゼノビアは怒鳴り返した。

 エリカが顔を引きつらせて絶句する。

 

「エリカ……、助けてよ……」

 

 足元で声がする。

 コゼだ。

 しかし、実際には、彼女の声の響きからは、彼女の複雑な感情が見え隠れしている。

 少なくとも、ゼノビアにはそれがわかった。

 

「コ、コゼに解毒剤を打つのよ。約束よ」

 

 エリカが憤然とした様子で胸当ての紐に手をかけた。

 普段は締めつけて戦闘などの邪魔にならないようにしている豊かそうな乳房が、胸当てを外すことであらわになり、存在を主張するようにぶるりと揺れる。

 

「あらっ、ちょっと待ちなさい。手をどけて」

 

 ゼノビアは大きな声をあげた。

 エリカがさっと両手で隠したので、よく見えなかったが乳首の先に金属のようなものがあったように見えたのだ。

 エリカは面白いくらいに顔を真っ赤にしたが、すぐに諦めたように乳房から手を外した。

 

 果たして、エリカの両乳首には、きらきらと光る宝石が埋め込まれた小さな金属の輪っかが嵌め込まれていた。

 ゼノビアは呆気にとられて、少しのあいだエリカの裸身に見入ってしまった。

 そして、はっとした。

 

「下よ。下も脱ぎなさい。コゼを助けたければね」

 

「くっ」

 

 エリカは口惜しそうにしたが、素直に最後の一枚も床に放った。

 ゼノビアはすかさず、下着類を魔道で燃やす。

 これで、このエリカには身につける衣類はなくなった。

 この部屋には、布切れ一枚存在しない。

 勝手に逃げようにも、逃げることもできなくなったはずだ。

 改めて、エリカの裸身を眺める。

 

「へえ……」

 

 ゼノビアは声を出していた。

 金属の輪っかは、股間にも嵌められていた。

 エルフ族特有の完璧に美しい裸身に装着された乳首と股間の宝石付きの金属は、妙にいやらしくて、そして、扇情的だった。

 気は怖ろしく強く、正確もお転婆なのはすでにわかったが、とにかく外見は美しい。しかも、美しいだけでなく、すごく色っぽいのだ。

 女のゼノビアから見ても……、いや、女が嗜好のゼノビアにとっては、素晴らしい獲物だ。

 ゼノビアは笑うよりも、ちょっと欲情してしまった。

 

「早くコゼに解毒剤をしなさい──」

 

 エリカが怒鳴った。

 それで、ゼノビアはいまは、エリカに恥辱を与える作業の最中であることを思い出した。

 とりあえず、エリカの首輪に繋がっている魔道の紐を消す。

 

「それを履きなさい。履けば魔道がかかって外れなくなるわ」

 

 次いでゼノビアは、ひと組の靴を魔道で出現させた。

 ただの靴じゃない。

 踵の部分に棒状の高い踵がついていて、それを履けば、つま先立ちの不自然な格好でしか歩けなくなり、大抵の者は満足に歩くこともできなくなる。

 しかも、長い踵の下の棒状の部位は、左右で微妙に長さが違っていて、バランスがおかしくなるようにも細工をしている。

 それを見たエリカが怪訝な表情になった。

 

「な、なによ、これ。それよりも、コゼに解毒剤を……」

 

「あんた次第ね。解毒剤は打つわ。あんたがちょっとした遊戯に応じたらね」

 

「遊戯? なんの遊戯よ?」

 

 エリカが顔に怒りを浮かべたのがわかった。

 

「なんだって、いいでしょう。早くその靴を履くのよ。こうやって、喋っているあいだも、刻一刻とコゼは死に近づいているわよ」

 

 ゼノビアはわざと酷薄そうに言った。

 

「エリカ、お願い……。助けて……」

 

 そのとき、苦しそうにコゼが呻いた。

 エリカがはっとしたような表情になる。

 そして、覚悟したように靴を履いた。

 ゼノビアはその様子を眺めて、コゼを出したのはいい判断だと思った。

 エリカは余程に、このコゼを殺したくはないようだ。

 このまま、コゼを人質にしておけば、どんなことでも言うことを聞きそうだ。

 

「は、履いたわ……。きゃあっ」

 

 エリカは一度立ちあがったが、あまりに不自然な体勢だったので、すぐにひっくり返りそうになった。しかし、足を踏ん張って、辛うじてそれに耐える。

 さすがは戦闘種族のエルフ族であろう。

 ゼノビアは感心した。

 

「部屋の隅に丸太ん棒があるでしょう。それを肩に乗せなさい。両手は横に拡げて、しっかりと取っ手を握るのよ」

 

 部屋の隅には、あらかじめ準備してある丸太ん棒がある。

 長さはエリカの身長ほどであり、太さはエリカの二人分というところだ。

 おそらく、人間族の女では持ち上げることは不可能だろう。

 エルフ族でも、かなりつらいはずだ。

 エルフは、歯噛みをするような顔になりながらも、やっぱり大人しく丸太を抱えた。

 

「くっ、うう……」

 

 エリカは呻きながらも、自分の身体の数倍もある丸太を肩に乗せて抱えあげた。

 両手は命じたとおり、水平に左右に伸ばして、丸太に添わせるようにして、金具を握っている。

 ゼノビアは魔道を跳ばして、丸太についている金具ごとエリカの手首から先を丸太に埋め込んだ。

 これでエリカは丸太を離せない。

 

「なっ──?」

 

 エリカが驚いて絶句した。

 

「部屋の隅をぐるぐる回りなさい。とりあえず、五周よ」

 

 ゼノビアは砂時計を出して、手すりの上にひっくり返して置いた。

 

「な、なによ、それ」

 

 エリカが怒鳴った。

 だが、苦しそうだ。

 膝が早くもがくがくと震えているし、全身から汗が吹き出してきて、前屈みの身体の下にぽたぽたと落ち始めている。

 

「言ったでしょう。ただの遊戯よ。条件を達成すれば、コゼに解毒剤を打つわ。早く始めた方がいいんじゃない。砂時計はもう動いているわ。砂が落ちきる前に、回り終わらないとならないんだからね」

 

 ゼノビアは笑った。

 エリカはぎょっとした顔になる。

 しかし、一度弱々しく息をしているコゼに目をやってから、諦めたように歩きだした。

 

 だが、さすがにつらいようだ。

 しかも、特殊な靴を履かされていて、まともに歩くことも、ままならないのである。

 さらに、苛酷な水責めと電撃で、体力は根こそぎ奪ってもいる。

 

 エリカは汗だくになりながら、必死で部屋を五周回り終わったものの、砂時計は三周目の途中で砂を落とし終わっていた。

 

「全然、駄目じゃない。お前の頑張り次第で、コゼが生きるも死ぬも決まるのよ。お前の頑張りはその程度? もう一度やりなさい。遊戯に失敗するごとに、コゼに致死性の毒を追加するからね。すでに結構毒を注入してるし、何針目で死ぬかしら」

 

 ゼノビアは笑いながら、コゼの首に毒針をすっと突き刺した。

 

「やめてえっ」

 

 エリカがすさまじい声で絶叫した。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仲間を救いたいという気合が足りないようね。お前には、これをサービスしてやるわ。いやなら、抵抗してみなさい。コゼは死ぬだろうけどね」

 

 ゼノビアが近づいて来た。

 いつの間にか、手に小壺を持っている。

 その中には刺激臭のする油剤が入っていた。それが、ゼノビアの手によって、秘裂に塗り込められ、さらにお尻の穴や乳首にもたっぷりと塗られる。

 

「くっ」

 

 そのあいだも、エリカの背骨と腰は重い丸太がのしかかって、いまにも崩れそうな重圧をかけ続けられていた。

 一瞬でも気を抜くとたちまちに倒れてしまいそうな重さだ。

 しかし、一度倒れてしまうと、絶対に立てない。

 エリカはそう思って、足を踏ん張り続ける。

 だから、ゼノビアがどんなにいやらしく指を動かしても、ほんの少しもそれを抵抗することができない。

 

「ふらつくんじゃないわよ。まだ、これで終わりじゃないからね」

 

 ゼノビアがしつこいくらいに、局部と乳首に薬剤を揉みあげては、こね回す。

 この女がエリカに興味があるわけではなく、エリカにいやらしい声を出させて侮蔑するのが目的であるのは明らかだ。

 エリカは、必死になって歯を食い縛って、口から喘ぎ声が洩れそうになるのを耐えた。

 だが、ゼノビアはかなり愛撫上手だった。

 女の身体を燃えあがらせるのは、随分と得意な感じだ。

 慣れた手つきで、エリカの粘膜や胸をなぞってきて、エリカはたちまちに快感を引き起こされた。

 

「う、うう……く、んん……」

 

 食い縛った歯から、どうしても声が洩れ出てしまう。

 そもそも、掻痒剤が塗られた場所から急激に猛烈な痒みが拡がってくるのだ。

 それを愛撫により癒される気持ちよさは、耐えようと思っても我慢できるものではない。

 

「ほら、これがいいんじゃないの?」

 

 ゼノビアがいままでわざとらしく触れなかった三個のピアスに代わる代わる刺激を与え出す。

 

「ああっ、いやっ、はんんっ」

 

 エリカは衝撃で倒れそうになるのを懸命に足を踏ん張って耐える。

 ゼノビアが嘲笑った。

 

「ちゃんと真っ直ぐに立つんだよ、エルフ女。どんな気分か言ってごらんよ。エルフ族は誇り高い種族と言われているんでしょう? それがこんな歩きにくい踵の高い靴を履かされて、素っ裸で丸太を担いで、何度も何度も、やり直しで歩かされるのはどんな気持ちなの?」

 

「コ、コゼに解毒剤を……う、打って……。くっ……うう……。あ、あんたの狙いは、わたしなんでしょう……?」

 

 エリカは返事の代わりに言った。

 椅子のところでうずくまっているコゼは、すでにぐったりとしていて、かなり呼吸が荒い。

 肌の露出している顔や首には、赤い発疹が浮かびあがっていて、得体の知れない毒を注入されているのは間違いないと思った。

 

「あたしは、どういう気持ちか言えって、命令しているのよ。それとも、コゼを殺そうかしら」

 

 ゼノビアは、さっと指から小さな針を出した。

 それを持って、つかつかとコゼのいる方向に戻っていく。

 

「み、惨めで、恥ずかしいわよ──」

 

 エリカは慌てて言った。

 ゼノビアが振り返って、満足そうに微笑んだ。

 

「そうでしょうね、まともなエルフ族なら、耐えきれないくらいに惨めで恥ずかしいことだと思うわ。でも、足りないわね……。エルフ族のあんたに、とても耐えられない恥辱と死をもっと与えないとね……」

 

 ゼノビアはそう言って、椅子までいって座り直した。

 だが、足元で荒い息をしているコゼには、手はかけなかった。

 とりあえず、エリカはほっとした。

 

 それにしても、まるで誰かに伝えているような物言いだった。

 依頼を受けて、エリカに復讐をしているという意味のことを口にしていたし、このゼノビアを雇った者は、どこかでこの光景を眺めているのだろうか……?

 エリカは訝しんだ。

 

「やり直しよ。気合を入れてやったんだから六周ね」

 

 ゼノビアが椅子の手すりの砂時計をひっくり返す。

 エリカは、仕方なく、重い脚を引きずるようにして歩き出した。

 普通の状態でも、これだけの丸太を担いで歩くのはつらい。

 それにもかかわらず、足には歩きにくいおかしな靴を履かされているし、水飲みと電撃拷問の疲労は、まだエリカの体力をかなり削いでいる。

 いまは、まともに歩くこともできない。

 すぐに呼吸が乱れ始めた。 

 

 六周を歩き終わったときには、やはり、砂時計の砂は落ちきっていた。

 しかも、砂時計が尽きたのは、まだ言われた距離の半分も歩き終わっていなかった。

 それでも、最後まで歩かないとコゼに毒を追加すると言われたので、疲労困憊になりながらも、エリカは、必死で六周を回ったのだ。

 

「エルフ女なら、もっと歩けるはずね。それでも、戦闘種族のエルフ? やり直しよ」

 

「うう……」

 

 膝ががくがくと震えていたが、エリカは再び回り始める。

 命令に従わずに休息すれば、ゼノビアはコゼに毒を追加する口実にするだろう。

 ゼノビアの目的は、最終的にはエリカを殺すことのようだが、できるだけエリカを侮蔑するというのも、ゼノビアへの依頼の内容になっているようだ。

 だからこそ、エリカを侮辱するためだけの目的で、コゼを惨たらしく殺す可能性も否定できない。

 このまま放っておかれれば、そうなりそうだ。

 エリカとしては、腹が煮えそうなこの恥辱に耐えて、ゼノビアの命令に従うしかない。

 

 それに、歩いているうちに、踵の高いこの靴の歩き方もわかってきた。

 だんだんとコツを掴んできたと思う。

 さっきよりも、速く歩けそうだ……。

 

 そして、やっと六周が終わった。

 今度の六周は、さっきよりも速かった。

 だが、やはり、二周分近くも時間が足りなかった。

 

「やり直し」

 

 ゼノビアが嬉しそうに言った。

 

「くっ」

 

 エリカは足を前に出す。

 すぐに開始するのは、そうすれば、コゼに毒を足されるのを防げるからだ。

 しかし、その代わり、エリカの足腰は悲鳴をあげている。

 

 とにかく、間に合わせるために、エリカは歩幅を大きくした。

 脚が引きつるように痛みだす。

 だが、休むわけにはいかない……。

 

「うう……。くっ……」

 

 半分ほど回ったところで、エリカは呻き声をあげた。

 乳首と股間を強烈な痒みが襲ってきたのだ。

 いよいよ、本格的に掻痒剤が暴れ出したようだ。

 

「ああっ、うううっ、ぐううっ」

 

 ほとんど気力だけで歩いた。

 今度は、砂時計がいつ落ち終わったということさえ、見る余裕はなかった。

 

「まあまあ、速くなったけど、結局、時間内ということでは、五周も終わらなかったじゃない。砂時計が落ち終わりまでに六周を回るのよ。やり直し──」

 

「うう……」

 

 エリカは丸太を担いで歩き出す。

 

 次と、その次は最後の六周目の途中で砂時計が尽きた。

 もう少しだった。

 

 だが、さらに次は五周目で砂時計は終わってしまった。

 

 そして、次──。

 今度は、四周の途中……。

 

 全部、六周まで回っているのだが、砂時計が終わるまでに歩き終わる距離はだんだんと短くなっている。

 

「やり直しよ、豚──」

 

 ゼノビアの叱咤が飛ぶ。

 またもや、四周目の途中で砂は尽きた。

 もう、エリカには体力は残っていない。

 もはや、立っているのでやっとだ。

 

「む、無理よ……」

 

 エリカは弱音を吐いた。

 とりあえず、まだ周回が残っているので歩いているが、すでに限界は超えたと思う。

 だが、六周歩かないと、やり直しの機会ももらえない。

 なんとか、早く成功しないと、このままコゼが死ぬ──。

 

「やる気がないからよ。続けなさい」

 

「む、無理だったら──。せ、精一杯やっている──。で、でも、痒いのよ……。な、なんとかして……」

 

 エリカは激昂して叫んだ。

 股間の痒さは絶望的なものになろうとしていた。

 本当は暴れまわりたいくらいの痒みなのだが、下手に動くと体勢を崩してしまうので、じっとしていなければならない。歩くだけじゃなく、じっと立っているだけでも、凄まじい拷問だ。

 

「やる気がないようね。コゼに毒を足すわ。どうやら、そっちが望みのようだし」

 

 椅子に足を組んでいるゼノビアがコゼの髪を掴んで引き寄せる。

 エリカははっとした。

 

「あ……あ……」

 

 コゼはさっきから、ほとんど言葉を発しない。

 ただ、目を大きく開いて、エリカがゼノビアの拷問を受けるのを見守るだけだった。

 いまも、乱暴をされたのに、されるがままだ。身体がもう動かないのか、首筋に針が近づいたのがわかるはずなのに、抵抗しようともしない。

 

「ま、待って、今度はやる。やるから──」

 

 エリカは急いで叫んだ。

 これ以上、コゼに毒を足させるわけにはいかないのだ。

 すると、ゼノビアの針がコゼの首のほんの少し手前で静止した。

 

「……それとも条件を変える? それに応じるなら、コゼに毒を足すのは勘弁してあげるわ。それだけでなく、六周のところを五周に減らしてあげる。なんとか、五周なら間に合いそうだしね」

 

「わ、わかったわ……」

 

 エリカには、応じるしかなかった。

 

「じゃあ、コゼ、立つのよ……」

 

 ゼノビアがコゼに向かって怒鳴った。

 コゼが虚ろな表情で、苦しそうにゼノビアに顔を向ける。

 

「……あの豚エルフの股ぐらに、この張形を挿してきなさい。逆らえば、魔道で一気に毒を活性化させるわよ。そうしたら、あんたは即死する……。ほら、一時的に毒の苦しみを緩めてあげるわ。ただし、ちょっとでもおかしな動きをすれば、やっぱり全身に毒を回らせるからね」

 

 ゼノビアが言った。

 その手の上に、男性器の張形が出現した。

 『取り寄せ』の魔道だ。

 だが、エリカはそれを見て、思わず顔をしかめてしまった。

 ゼノビアが魔道で出した張形は、全体がうねうねと蠕動運動をしていたのだ。

 それを股間に挿入して、歩けということだろう。

 エリカはさすがに鼻白んでしまった。

 あんなものを入れられれば、五周どころか、一周だって歩けるかどうか怪しい。

 

「……ふうう……」

 

 コゼが大きく息を吐いた。

 ゼノビアの魔道で楽になったのか、床にしゃがみ込んで静止していた体勢から、ゆっくりと立ちあがる。

 そして、ゼノビアから振動を続ける張形を受け取った。

 それを持って、ゆっくりと近づいて来る。

 

「……ご、ごめん、エリカ……」

 

 コゼが張形を手にして、エリカの正面までやって来た。

 

「い、いいのよ……」

 

 とりあえず言った。

 しかし、エリカは近くまでやって来たコゼに、奇妙な違和感を覚えた。

 なにがおかしいということはわからない。

 だが、見た目はコゼなのだが、醸し出す雰囲気がどことなく、いつもと異なる気がした。

 そのコゼが、ぺろりと口の周りを舐めた。

 

 エリカに張形を挿していたぶるのをなにか悦んでいるような表情に、エリカの疑念はさらに膨らんだ。

 コゼには嗜虐癖があり、エリカに淫靡で過激な性的悪戯をすることは、日常のことだ。

 だが、一方でコゼは非常に人見知りだ。

 そんな自分の性癖を他人の前で公開したりしない。

 コゼが嗜虐癖を起こすのは、親しい者のあいだでのことだけだ。

 エリカのことを苛めるのが特にコゼが好んでいるのは知っているが、ゼノビアのような第三者の前で責めることを悦ぶのは違和感がある。

 

 いずれにしても、いまは目前に迫っている追加される責め苦のことだ。

 とにかくエリカは、せめて張形を挿入されても立っていようと、膝に力を入れた。

 コゼが張形の先端を股間に当てる。

 

「んふうっ」

 

 痒みに襲われている股に張形の振動が伝わって来て、エリカはそれだけで悶絶しそうになった。

 一方で、コゼは不意に素っ頓狂な声を出す。

 

「あれ?」

 

 コゼが焦ったような声を出した。

 

「どうしたのよ?」

 

 少し離れて椅子に座っているゼノビアが立ちあがった。

 エリカも視線を股間に向けた。

 なにが起きているかわかった。

 コゼが張形を挿し込もうと、ぐいぐいと力を入れているにも関わらず、突然にエリカの股が石にでもなったように、挿入を拒否しているのだ。

 

 しかし、エリカはなにもしていない。

 そもそも、たとえ股間に力を入れたところで、油剤を塗られている股はそれが潤滑油代わりになって、コゼが挿し込もうとする張形を簡単に受け入れてしまうはずだ。

 

 そして、一瞬後、エリカはなにが起きているかを理解した。

 ロウの淫魔術だ──。

 

 少し前だが、ロウはエリカをはじめとして、自分の女たちに、不思議な印を刻んでいた。

 それは、ロウ以外の存在に犯されそうになると、ロウが女たちの身体に充満させている淫魔力が働いて、股が石のように固くなって挿入を拒否するのだ。

 つまり、エリカの意思に関係なく、エリカの身体が自動的に固まって、他者から男根や男根を模したものを挿入されるのを防ぐのである。

 さっきのゼノビアの指くらいだと、その印が作用することはないが、張形くらいになれば、確実にロウの刻んだ紋章が局部への侵入を拒否する。

 

 もっとも、その拒否の対象は、ロウの淫魔力が働いていない者だけに限ったことだ。

 ロウの命令で、お互いに玩具で悪戯し合うこともあるし、それについては、おかしな力が発動しないように施されている。

 それにも関わらず、目の前のコゼは、ロウがエリカに刻んだ印に拒否されて、エリカに張形を挿し込むことができないでいる。

 

 それが意味するのはひとつしかない……。

 

「うああああっ」

 

 エリカは最後の力を振り絞るようにして、丸太を担がされている上体を大きくひねった。

 

「ひぎいっ」

 

 頭を丸太にぶん殴られるかたちになったコゼが、床にひっくり返った。

 

「な、なにをするのよ──」

 

 ゼノビアが怒りの声をあげた。

 だが、怒っているのはこっちだ。

 コゼに……いや、コゼに変身している偽者の身体めがけて、丸太を打ち下ろした。

 

 ロウの施した淫魔師の印に反応して、エリカへの「挿入」を拒否されるということは、この女がコゼではないということだ。

 ゼノビアは魔道遣いだ。

 だから、なんらかの魔道具を使えば、他の者をコゼに変身することもできたのだろう。

 それとも、このコゼの偽者も魔道遣いであるかだ……。

 

「ぶふうっ」

 

 腹にエリカが担いでいる丸太を叩きつけられた偽者が、口から胃液を吐いた。

 だが、すぐに強引に丸太の下から這い出る。

 その動作は、さっきまでの死にそうな弱々しいものではない。

 やはり、あれも演技だったようだ。

 

 いずれにしても、これでわかった。

 ゼノビアと、このコゼの偽者は仲間だ。

 ふたりで、エリカを騙して、からかっていたのだ。

 

「ちっ……。あんたはさがって……。もう一度、弱らせるわ。捕まえて水責めにしてやる。そうすれば、人質がいなくても、言いなりになると思う……。考えてみれば、そっちの方が面白いかもね」

 

 ゼノビアが杖を手にして、エリカに向けた。

 

「い、痛いわねえ……。あ、相変わらずのお転婆馬鹿……。ちっと綺麗になったと思ったけど、中身は変っていないわ……」

 

 まだ跪いたままのコゼの偽者が悪態をつく。

 

 相変わらず……?

 

 何者が変身しているかわからないが、なんだかエリカのことを知っている感じだ。

 もしかして、こいつが、エリカに恨みを持つという依頼人?

 

 だが、エリカはどうすることもできない……。

 まだ、丸太を肩に担がされたままであり、振り下ろした丸太をもはや動かすことも不可能だ。

 コゼが偽者だとわかったところで、ゼノビアの拷問を無抵抗で受け続けなければならないという状況には変化はない。

 

「きゃあああ──」

 

 そのとき、突如として、ゼノビアが手にしていた魔道の杖が後ろに吹っ飛ぶとともに、ゼノビアが自分の身体を両手で抱くようにしてうずくまった。

 エリカは呆気にとられた。

 

「ああ、ああ、ああああっ」

 

 ゼノビアが床に這いつくばって、苦しそうに悲鳴をあげ続ける。

 強い電撃でも浴びているような感じだ。

 

「お、お姉さま?」

 

 コゼの偽者が悲鳴のような声をあげて、ゼノビアに振り返る。

 

「ふぎいっ」

 

 しかし、そのコゼの偽者も、姿の見えない巨人にでも踏んづけられたかのように、突然に床に手足を伸ばして、貼りついてしまった。

 そのまま身動きできない気配である。

 

「拷問を受けるエリカがあんまり色っぽかったんで、もう少し見物していてもよかったがな……。もう一度、水責めともなれば、興醒めだ──。エリカを毀されては堪らん。お前らの拷問ごっこは終わりだ」

 

 転送術で誰かが次々に出現する気配とともに、不意に背後から声がした。

 

「ロ、ロウ様──」

 

 エリカは叫んだ。

 声は間違いなくロウの声だった。

 だが、丸太が重くて、声がした背後を振り返ることができない。

 それでも、懸命に視線を向ける。

 やっぱり、ロウだ。

 それだけじゃなく、コゼとシャングリア、さらに、スクルズまでいる。

 武器を手にして、ゼノビアたちに向けている。

 なにも持っていないのはロウだけだ。

 

「お、お前たちは、エ、エリカの仲間か……? だ、だが、どうして……? 追跡ができないように魔道で処置していたのに……。なんでここが……?」

 

 ゼノビアが呻くように言った。

 そのゼノビアは、いまでは四つん這いの恰好になっている。

 その体勢で身動きできなくされたようだ。

 おそらく、スクルズの魔道だろう。

 コゼの偽者も、床にうつ伏せに貼りついたままだ。

 

「あんたが何者かは知らないけど、ここにいるのは、王都でも右に出る者はいない大魔導師。第三神殿の神殿長スクルズ殿だぞ──。ついでに言えば、俺は自分の女が連れ去られても、どこに向かったのかが、わかるような処置を女たちに刻んでいる……。ふたり掛かりなら、あんたの魔道なんて、簡単に破ることができた。追いかけてくるのは簡単だったよ」

 

 ロウが笑った。

 

「でも、ちょっと時間がかかりました。間に合いはしましたけど……」

 

 スクルズの呑気そうな声も聞こえた。

 

「ごめんね、エリカ。あんたがその丸太を担がされて歩き始めた頃には、この城外の廃屋の裏に辿り着いたんだけど、ご主人様がエリカが色っぽいから、もう少し見物していたいとか言っちゃって……」

 

 コゼだ。

 

「本当に、ロウは悪趣味なのだ、エリカ」

 

 シャングリアの困ったような声もあった。

 

 よくわからないが、どうやらここは王都の城門の外のどこかの廃屋らしい。

 ロウたちの物言いによれば、スクルズの助けも借りて、ロウたちは、少し前に、ここにやって来れたのだが、ロウの趣味でちょっとのあいだ見物していたようだ。

 シャングリアの言い草ではないが、それはあまりにも悪趣味だ。

 さすがに、エリカもむっとした。

 

「……その丸太は魔道で腕が食い込んでいるようですね。すぐに外しますね」

 

 スクルズの落ち着いた声がした。

 

「それはまだいい。それよりも、うちのエリカが痒み剤で苦しんでいるからね。それを癒してあげないと……。それまで、この連中を無力化しておいてくれ。絶対に逃がさないようにね。もしも、逃がしたりしたら、厳しく罰を与えるよ」

 

「まあ、そんなことを言われてしまっては、わざと失敗してしまいそうですわ」

 

 スクルズが軽口を言う。

 

「大丈夫ですよ、ご主人様。あたしたちがいますから……。シャングリア、あたしの偽者を頼むわ。あたしは、ゼノビアという女につくから」

 

 コゼとシャングリアがさっと移動する。

 ふたりが、それぞれに床に貼りついているふたりの女に武器を向ける。

 

 一方でロウが身動きのできないエリカに近づいてきて、後ろに立った。

 どうやら、この場で犯しそうな気配だ。

 

「やめろ──。エリカに触るな、この下衆男──」

 

 そのとき、コゼの偽者が絶叫した。

 エリカは驚いてしまった。

 

「どうやら、エリカに確執があるようだな。まあ、あんたが何者なのかは、ゆっくりと後で訊いてやるよ……。その身体にね……」

 

 ロウがからかうような口調で言った。

 そして、ズボンと下着をおろして、エリカの尻たぶを両手で掴むと、背後からずぶりとエリカの局部に一物を突き入れた。

 また、両手で乳房を掴んで荒々しく揉み始めもする。

 

「はあ、ああ、ロ、ロウ様、ありがとうございます──。ふわああっ」

 

 痒みに狂っていた乳房と股間に開始されたロウの責めに、エリカはなにもかも忘れて、大きな嬌声をあげてしまった。

 ロウに犯される快感にかかっては、さっき抱きかけていた怒りも収まるしかない。

 

 気持ちいい……。

 もうエリカには、それしか考えられなかった。

 

「け、汚らわしい──。汚い男の手でエリカに触るんじゃない」

 

 そのとき、再びコゼの偽者が絶叫した。



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241 困った幼馴染

「んふううっ」

 

 本格的に背後からの律動を始めると、さっそくエリカはむせび泣くような声とともに、ぐっと身体を弓なりにするような仕草をした。

 だが、エリカの両腕には大きな丸太が魔道で食い込んでいて、左右に腕を開いて頭を下にし、腰を高く掲げた体勢から大して動けない。

 動けない女を思う存分犯すというのは、一郎の一番好きなシチュエーションだ。

 一郎はますます激しくエリカを責めた。

 

「あ、ああっ……。も、もういいです……。こ、こんなところで……は、恥ずかしいし……。んあああっ」

 

 エリカが大きく悶えた。

 周りには一郎だけでなく、スクルズもいるし、コゼやシャングリアもいる。わけのわからない二人の女襲撃者もだ。

 それなのに、ひとりだけあられもない声を出すのは恥ずかしいようだ。

 いつまでも、そういう羞恥心を持ち続けていられるのは、エリカの魅力の一つだ。

 

 もちろん一郎はもっとエリカを泣かせるように股間を突きまくる。

 エリカは、ほとんど悲鳴混じりの嬌声をあげた。

 なにしろ、エリカの股間にはクリピアスがあり、一郎が怒張を突けば、自然にクリピアスも揺れて、クリトリスが刺激されることになる。

 また、胸を揉みながら、乳首ピアスに指を入れて刺激もしている。

 エリカは堪らないはずだ。

 

「も、もうやめてっ、エリカが嫌がっているじゃない」

 

 そのとき、絶叫がした。

 コゼに変身しているシズという女だ。

 

 

 

 “シズ

  ハーフエルフ(人間・エルフ族)、女

  年齢:19歳 

  ジョブ

   戦士(レベル7)

  生命力:100

  攻撃力:5↓(拘束中)

  魔道力:なし

  経験人数

   女3

  淫乱レベル:A

  快感値:100

  状態

   変身中(魔道)”

 

 

 

 ハーフエルフとあるが、魔道はまったく使えないようだ。

 コゼに変身しているのは、もうひとりのゼノビアという女の魔道を遣っているのだろう。

 いずれにしても、隠れて聞いていた限りにおいては、このシズが依頼人になり、エリカを辱しめたうえに殺してくれと、もうひとりのゼノビアという女に頼んだようだ。

 

 

 

 “ゼノビア

  人間族、女

   傭兵業(休職中)

   恨み屋

  年齢:23歳

  ジョブ

   戦士(レベル20)

   傭兵(レベル15)

   魔道遣い(レベル10)

   毒遣い(レベル10)

   アサシン(レベル5)

  生命力:50

  攻撃力:5↓(拘束中)

   毒針(拘束中)

   暗器(拘束中)

  魔道力:100(凍結中)

  経験人数:女15

  淫乱レベル:B

  快感値:400”

 

 

 

 一方で、ゼノビアのステータスには、アサシンのジョブがしっかりとある。

 それにしても、性経験はふたりとも女だけのようだ。

 シズなど、三人しか経験がないのに、随分と感じやすい敏感な身体をしているのがわかる。

 エリカとはどういう関係だろう……?

 また、殺人を依頼するくらいだから、なにかの理由で、エリカを憎んでいるのだろうかと思っていたが、さっきから一郎がエリカを犯すのを大声で罵っている。

 よくわからない。

 ゼノビアもまた、性癖としては、男は未経験の百合嗜好らしい。

 いずれにしても、そんな男嫌いの女たちを泣き叫ばせながら犯すのは、愉しいだろう。

 一郎の鬼畜の血が騒ぐ。

 

「ロ、ロウ様、許してえっ──」

 

 そのとき、エリカが絶叫した。

 一郎は、エリカのGスポットを繰り返し擦るようにしていたのだが、だんだんとポルチオがおりてきたのがわかったので、そこを突いたのだ。

 

「うふうううっ、ロ、ロウ様……き、気持ちいいれしゅ……」

 

 エリカは、舌足らずの口調で、激しく身体を痙攣させて、がっくりと脱力した。

 続いて、多い量ではないが、じょろじょろと失禁も始まる。

 そして、軽く気を失った。

 一郎はエリカから一物を抜いた。

 

「スクルズ、もういいよ。エリカを解放してあげてくれ。媚薬に犯された身体の治療もね……」

 

 振り返った。

 スクルズは顔を赤らめて、ぼうっとしていたようだったが、もう一度一郎が声をかけると、慌てたようにエリカと丸太を離した。

 

「さて、どっちのお仕置きからやるかな?」

 

 一郎は服を整えながら、床に張りついて動けないシズとゼノビアを見た。

 ふたりが恐怖に包まれたような表情になった。

 

「あ、あたしを殺しなさい……。エリカに危害を加えたのはあたしよ。その女は関係ないわ」

 

 すると、ゼノビアが蒼い顔で言った。

 

「いえ……、エリカへの恨みを晴らすように依頼したのはあたしです……。お姉さまは巻き込まれただけです。許してあげてください」

 

 シズが言った。

 

「お姉さま……?」

 

 訝しんだが、百合の関係にある女同士の特有の呼び掛けだと悟った。

 ステータスで表れている表示から考えると、ゼノビアは経験を重ねているレズの「女王様」というところだろう。

 対して、シズはゼノビアにしつけられている「ネコ」なのだろう。

 これは面白いことになってきたと思った。

 だが、とりあえず、この女たち……、とりわけ、シズがエリカとどういう関係かを探るのが先だ。

 

「スクルズ、ゼノビアの魔力を完全に発散してくれ。それでゼノビアは、魔道を遣えなくなるだけじゃなく、シズの変身も解ける」

 

 一郎は言った。

 いまは凍結状態だが、完全に消滅させれば、シズの変身は解けると思う。

 

「な、なんで、あたしだけじゃなくて……、シズの名も知っているの?」

 

 ゼノビアが眼を丸くしている。

 そのとき、風のようなものが飛んだと思った。

 スクルズの魔道だろう。

 

「んぐうっ」

 

 ゼノビアがまるで鞭で打たれたかのように、身体を震わせて呻き声をあげた。

 彼女の魔力が一気に“0”になる。

 

「あれっ? 顔が変わったぞ。お前、エルフ族か?」

 

 シズを見張っていたシャングリアが驚いた声を発した。

 確かに、コゼに化けていた変身が解けて、エルフ族特有の美貌と尖った耳が出現した。

 ただ、これまで接したことのあるエルフ族の中では一番童顔だ。

 

「ハーフエルフだ。エルフ族とは異なり、魔道は遣えないようだな」

 

 何気なく言った。

 すると、シズが激昂して目を剥いた。

 

「お、お前にそれが関係あるかあ──。魔道は遣えなくても、剣の腕で十分にやっていける」

 

 そして、怒鳴りつけてきた。

 どうやら、エルフ族の顔をしながら、魔道を遣えないことは、このシズの逆鱗だったようだ。だが、いきなり人が変わったようになって怒ってきたことに、一郎はちょっとたじろいでしまった。

 

「シ、シズ……?」

 

 そのとき、気を失っていたエリカが身動きして、声をあげた。

 どうやら、意識を戻したようだ。

 

「あっ、ロウ様……」

 

 しかし、すぐにさっきの激しい自分の絶頂ぶりを思い出したのか、顔を真っ赤にして、さっと乳房と股間を手で隠す。

 そして、次に、ゼノビアとシズに、鋭い視線を向ける。

 このふたりに、ひどい目に遭わされたことを思い出したのだろう。

 だが、シズを認めて、さっと相好を崩した。

 

「シ、シズ? シズじゃないの。わおっ、わたしのこと訪ねてきたの? それとも偶然? とにかく、懐かしいわあ」

 

 そして、甲高い声で歓びを示した。

 エリカはとても嬉しそうだ。

 

「えっ? やっぱり知り合い?」

 

 コゼが声をあげた。

 そのとき、コゼが見張っていたゼノビアがかすかに手を動かしたと思った。

 注意しようとしたが、そのときには、コゼの蹴りが針を構えようとしていたゼノビアの手首に炸裂するとともに、スクルズの放った電撃がゼノビアに浴びせられた。

 

「ぐああああ」

 

 ゼノビアが絶叫した。

 毒針がコゼによって、遠くに蹴り追いやられる。

 一郎は亜空間の力で、その毒針を消してしまう。

 

「無駄ですよ……。おふたりとも抵抗なさらないでくださいね。抵抗なさるなら、もっと苦しめなければならなくなります」

 

 スクルズだ。

 スクルズは、ゼノビアの自由を魔道で奪ったうえに、いまでも電撃を浴びせ続けている。

 ゼノビアの激しい咆哮が続いている。

 

「まだ、ゼノビアは暗器を隠しているぞ、コゼ。構わないから、服をひん剥け。下着もなにもかも、取りあげるんだ」

 

「はい。じゃあ、裸になりましょうね……。ところで、ご主人様、この女、犯すんですか?」

 

 コゼがゼノビアの服を脱がし始めた。

 ゼノビアの絶叫がとまる。

 スクルズが電撃をとめたのだと思う。

 しかし、身体は弛緩したままのようだ。

 

「わっ、わっ、や、やめてぇ」

 

 ゼノビアが悲鳴をあげる。

 しかし、スクルズの魔道の拘束があるので、ゼノビアは抵抗できない。

 

「そうだな。最終的にはな」

 

「だったら、この油剤を使いますか?」

 

 コゼがゼノビアの服を脱がしながら言った。

 ゼノビアの足元には、エリカに対する歩行拷問のときに使った掻痒剤の小壷がある。

 

「それはいいなあ。頼むよ」

 

「ち、ちくしょう──」

 

 悲鳴と悪態をつきながらも、どんどんとコゼによって衣類を剥ぎ取られていく。

 また、コゼは同時にゼノビアの持つ隠し武器も外していっている。

 

「さて、とりあえず、こっちだな。エリカの知り合いだとしても、エリカに手を出したのは許せん。しっかりと、お仕置きしないとな」

 

 亜空間から、こういうときのために準備しておいた三個の首輪を出した。

 王宮からもらってきたものであり、魔道具であり、拷問具だ。

 三個の首輪のひとつをシャングリアに渡して、シズの首に嵌めさせる。

 もうひとつはゼノビアだ。

 コゼに渡す。

 ふたりの首に一郎の準備した首輪が嵌まる。

 

「さあ、ふたりとも見ろ」

 

 一郎は手に残っている首輪を部屋の隅に投げた。

 ゼノビアとシズだけじゃなく、全員の視線がそれに集まる。

 一郎は指を鳴らした。

 

 破裂音がして、部屋の隅にあった首輪が木っ端微塵になる。

 周囲には焼け焦げたような痕もできた。

 ゼノビアとシズの顔が恐怖に包まれる。

 

「わかるな? 俺が指を鳴らせば、お前たちに嵌めた首輪のどっちでも好きなように破裂させられる。その瞬間、首はもげて胴体から離れるというわけだ……。スクルズ、もう拘束はいいよ……。ふたりとも、抵抗したければ抵抗しな。そうすれば、自分じゃなく、もうひとりの方の首輪を破裂させる」

 

 スクルズの魔道から解放されて、床に張り付いていたゼノビアとシズが身体を起こす。

 すでにゼノビアは素裸だ。

 さっと、両手で乳房を隠す。

 

「おっと、勝手に手を動かすな──。シズの首をもぐぞ、ゼノビア。手は背中で組んでろ」

 

 一郎は怒鳴った。

 

「うう……」

 

 ゼノビアが口惜しそうに歯を噛み締めながら、手を後ろに組む。

 

「そうよ、あんた。まだ、お薬が途中だからね」

 

 そのゼノビアにコゼが掻痒剤の油剤をこれでもかと塗っていく。

 

「あ、ああっ、も、もうそれ以上は……」

 

 ゼノビアが悶え出した。

 こっちはしばらく、コゼに任せておいていいだろう。

 改めて、シズに注目した。

 

「エリカ、このシズとは、どういう関係なんだ?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「幼なじみです……。わたしとイライジャ、そして、シズは同じエルフの里の孤児の施設で育ったんです」

 

 そういえば、そんなことを聞いたことがある気がする。

 イライジャというのは、エリカとの旅が始まって最初に訪問した褐色エルフの里で出逢った、気っぷのいいエリカのお姉さん的なエルフだ。

 エリカとは百合の関係であり、一郎とふたりしてエリカを縛って責めた記憶がある。

 そのときに、エリカとイライジャのほかに、もうひとり仲が良かった幼馴染がいたと教えられた気がする。

 名前までは知らなかったが……。

 つまり……。

 

「もしかして、エリカはこいつとも百合関係だったのか?」

 

 訊いてみた。

 

「そ、そうです……」

 

 エリカは顔を赤らめて言った。

 やっぱりそうだったようだ。

 だが、エリカとはそんな関係だったシズが、なんで、エリカに恨みを持っているのだろう?

 

「それで、エリカは、シズからなにを恨まれているんだ?」

 

 一郎はそれを訊ねた。

 

「さあ……。わたしにはさっぱり……。あんた、本当にわたしに恨みがあるの?」

 

 エリカはきょとんとしている。

 

「あんたは、裏切り者よ」

 

 すると、シズが叫んだ。

 

「裏切り者?」

 

 エリカは首を傾げた。

 

「あんたもイライジャも裏切り者よ──。将来、三人で結婚して一緒に暮らそうと約束したくせに、イライジャはさっさと男を作って里を出ていくし、エリカも同じように出ていって……。それに、なによ──。その破廉恥な身体の飾り──。恥を知りなさい。恥を──」

 

 シズが大きな声をあげた。

 

「エリカ、この女と結婚するのか?」

 

 シャングリアが驚いた顔で口を挟んだ。

 

「し、しないわよ──。な、なによ。結婚って……。女同士でしょう」

 

「だけど、約束したよ。あたしはずっとそれを信じてたのに……。それなのに、あたしを置いていったのよ──。あんたもイライジャも裏切り者よ──。だから、いつか恨みを返そうとずっと、その機会を狙ってたのよ」

 

「そもそも、結婚ってなによ──? そんな記憶ないわ」

 

 エリカが困惑した顔で言った。

 

「十二歳のときよ。忘れたっていうの? ゆ、許せない」

 

 シズは喚いた。

 一郎は嘆息した。

 よくわからないが、どうも、このシズはかなりの不思議ちゃんのようだ。

 エリカが大きく溜め息をついた。

 

「あんたも、変わってないわねえ……。とにかく、ロウ様、お騒がせしました。このシズは昔から、こんな風に思い込みが激しい困ったちゃんでして……」

 

「こ、困ったちゃんですって──? あ、あんたもイライジャも、むかしからあたしを馬鹿にして……。子供扱いして……。き、嫌いっ」

 

 シズがぷっと頬を膨らませた。

 一郎は呆れた。

 

「だが、そんな理由でエリカを殺そうだなんて物騒だな。ほかに理由でもあるんじゃないか?」

 

 一郎は言った。

 すると、シズがびっくりした顔になった。

 

「あ、あたしがエリカを殺す? 冗談じゃない。なんで、あたしがエリカを殺すんですか。ちょっと、ひどい目に遇わせようとしただけです」

 

「えっ?」

 

 一郎は首を捻った。

 確かに、エリカを拷問しながら、そんなことを喋っていた気もするが……。

 一郎はゼノビアに視線を向けた。

 

「お前はエリカを殺せと依頼されたんじゃないのか、ゼノビア?」

 

 一郎は訊ねた。

 そのゼノビアは、コゼによって、全身に油剤を塗られて身体を真っ赤にしている。

 いまは、もうコゼは塗布をやめているものの、すでに痒みが襲ってきているのだろう。

 全身を激しく悶えさせて、呻き声のようなものをあげ続けていた。

 しかし、両手を背中から離さないだけ立派だ。

 

「し、死に匹敵する辱しめを遇わせろとは依頼されたけど……、こ、殺す依頼は……さ、されてないわ……。エルフ族なら、プライドを粉々にする羞恥を与えれば、死と同じよ……。あ、あたしは殺し屋じゃないわ……。恨みを晴らすのが仕事なのよ」

 

 ゼノビアは荒い息をしながら言った。

 とんだ茶番劇だったようだ。

 一郎は笑ってしまった。

 

「……いずれにしても、騒動の罰は罰だな。エリカ、お前の幼馴染でも容赦はしないぞ」

 

「存分にやってください、ロウ様。このシズにはいい薬です」

 

 エリカは言った。

 一郎は再び、亜空間の能力を使って、溢れんばかりの水が入った樽と木桶を出した。

 

「じゃあまずは、砂時計が終わる前に、この木桶で七杯、水を飲み切れ、シズ。できなければ、指を鳴らしてゼノビアを殺す」

 

 すると、シズが真っ青になった。

 

「そ、そんなに飲めるわけないわよ──」

 

「だったら、ゼノビアが死ぬだけだ」

 

 一郎はゼノビアが座っていた椅子に腰かけると、手すりにあった砂時計をひっくり返す。

 

「シズを許してあげて。責めなら、あたしが負うから」

 

 ゼノビアが叫んだ。

 

「お前が責め苦を受けるのは当たり前だろう。お前は、エリカが担いでいた丸太を担ぐんだ。許可するまで回り続けろ。動けなくなったら、シズを殺す」

 

 ゼノビアが恐怖に顔を歪ませた。

 

「こ、こんなの持てない。あ、あたしはエルフ族じゃないのよ。人間族の女よ」

 

「だったら、シズが死ぬだけだ……。エリカ、その靴を貸してやれ」

 

 エリカは歩行拷問のときにはかされていた踵の高い靴をいまだにはいていたのだ。

 

「ああ、これですね。じゃあ、頑張ってね」

 

 エリカが靴を脱いで、ひょいとゼノビアに放り投げた。

 ゼノビアが痒みの苦痛に呻きながら、靴を履く。

 

 だが、彼女が命令に従って、丸太を担いで歩けたのは一周もなかった。

 仕方ないので、引きずらせたが、それでも大した距離は進めなかった。

 だから、代わりの罰として、淫具でもてあそびながら、連続浣腸をして全員の前で排便させ、最後にはシズの顔に汚水を浴びせさせた。

 その後、アナルを犯すとともに、最初に丸太を担げなかった罰として、樽二個を強引に飲ませた。

 もちろん、飲むことができなかったので、漏斗(ろうと)で無理矢理に飲ませてやった。

 

 シズについても、最初に命じた樽水を飲んでいる途中で一度吐いた。

 他人には容赦なくやらせるくせに、なかなか堪え性のない女たちだ。

 やはり、口に漏斗を突っ込んで、強引にふた樽分飲まさせた。しかも、一郎は尿道を粘性体で塞ぎ、尿を漏らすことも許さなかった。

 シズは、臨月の妊婦のように腹が膨れあがり、そのときには、完全に泣きじゃくっていたが、容赦なく犯した。

 

 シズとゼノビアを犯して精を注いだのは、しっかり淫魔術を施して、あくまでも仕返しをさせないためだ。

 だから、淫魔師の恩恵が発動するほどの深い刻みではない。

 

 最後に、スクルズを呼ぶ。

 

「……はい」

 

 寄ってきたスクルズに耳打ちする。

 すると、スクルズがくすりと笑った。

 

「よろしいんですか?」

 

「いいんじゃないか。エリカも死ぬような目に遭わされたんだ。死ぬような恥ずかしい体験をしてもらおう」

 

「だけど、エリカさんの責め苦が長引いたのは、ロウ様が……」

 

 スクルズがからかうような物言いをしたので、一郎は思い切り咳ばらいをした。

 ひょいとスクルズが肩をすくめる。

 

「では、仰せの通りに……」

 

 お道化たような物言いとともに、スクルズは魔道を発動させて、素っ裸のままのシズとゼノビアを転送術で跳躍させた。

 転送の直前に、封印していた尿道口も解放してやった。

 あとはどうなるかわからない。

 

「さて、災難だったわね、エリカ。大丈夫? だけど、あんたって、人質があたしと思って、あんなに頑張ってくれたんだよね。嬉しかったわ」

 

 拷問のときの疲労で床に座り込んでいるエリカにコゼが声をかけた。

 

「ふん」

 

 エリカが照れくさそうに、鼻を鳴らして横を向く。

 一郎は思わず笑った。

 

「さて、戻るか。結局のところ、殺す、殺されるというような物騒な話ではなかったな。ところで、ふたりを、どこに転送したんだ?」

 

 シャングリアだ。

 

「王都でもっとも賑やかな噴水広場だ」

 

 一郎は言った。

 

「うわっ、あの状態でか? 気の毒だな」

 

「まあ、それくらいはな──。いいよな、エリカ?」

 

「いい薬です」

 

 エリカがちょっと憤慨気味に応じた。

 



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242 慰労のスローセックス

「とにかく、災難だったわね、エリカ……。でも、よかったじゃない。ご主人様にこんなご褒美もらえるなんて」

 

 コゼが一郎の身体に密着しているエリカの乳房にすっと手を伸ばした。

 

「さ、触らないで──。すごく身体が敏感になってるの──」

 

 エリカが怒鳴った。

 しかし、コゼは容赦なくエリカの乳首についているピアスをいじくる。

 抵抗したくても、エリカの両手首と両足首は、向かい合う一郎と体面座位の体勢で一郎の背中側で縛られている。

 両手も使えないし、逃げることもできない。

 

「んふうっ──。だ、だめええええっ、だ、だめだって、言ってるでしょう、コゼ──」

 

 エリカが一郎の膝の上で身体を弓なりにして反応した。

 同時に一郎の一物が挿入されている秘肉がぎゅっと絞まる。

 一郎がたしなめると、コゼが悪戯っ子のように舌を出して離れていく。

 しかし、コゼの表情には、そこはかとなく、不平のようなものが見え隠れしている。

 おそらく、羨ましいのだろう。

 一郎は放っておいた。

 

「ロウにこんなに優しくされるなら、わたしも誰かに復讐されたいな」

 

 シャングリアも不満そうに言った。

 

 いつもの屋敷だ。

 長椅子やテーブルがある大広間ではなく、もう少し小じんまりとした小部屋だ。床には絨毯が敷き詰められていて、一郎と三人娘、さらに、スクルズを加えた五人で、絨毯の上に直接腰をおろしている。

 騒動は片付いた。

 だが、スクルズも神殿長として忙しいと思うのに、なぜかこの王都一の魔道遣いは、事が終わってからも、のこのこと一郎たちとともに屋敷に付いてきた。

 

 その中心にいるのが一郎とエリカだ。

 

 一郎とエリカは、いわゆる「スローセックス」の真っ最中であり、ほかの三人の女がそれを見守っているという状況なのだ。

 昼前、幼馴染みとその幼馴染みが雇った「恨み屋」から酷い目にあったエリカの慰めというわけだ。

 

 エリカの命を狙った暗殺劇かと思った騒動も、結局は数年越しに行われた痴話の末の茶番だった。

 その茶番を起こしたのは、エリカの幼馴染みであり、かつてのレズ姉妹であるシズと、シズのいまの恋人であって恨み屋という珍妙な生業をしている女流浪人のゼノビアだ。

 

 ふたりは共謀してエリカを拐い、痴情の限りを尽くす「ハードSM」を仕掛けた。

 だが、エリカが何者かに連れていかれた可能性がある、というコゼの報せに接すると、一郎はすぐに行動を起こして、シャングリアとコゼ、さらにスクルズの協力も得て、淫魔力と魔道力の限りを尽くしてエリカを探した。

 その結果、案外簡単に、エリカのことを見つけることができた。そして、エリカを救出し、首謀者のふたりを捕らえることにも成功した。

 

 シズとゼノビアをどうしてやろうかと思ったが、まあ、「プレイ」の域を越える危害を加えるつもりはなかったようだし、エリカの幼馴染みということもあったから、ちょっとしたお仕置きで解放してやった。

 

 大したことじゃない。

 

 せいぜい、ゼノビアには、丸太を肩に載せて歩き続けさせ、体力を根こそぎ奪って抵抗できなくなったところで、バイブでいたぶりながらの連続浣腸責めで繰り返し全員の前で排便させた。そして、最後の浣腸では、床に仰向けに拘束したシズの顔の上に排便させた程度だ。

 

 また、シズは木桶一杯の水を無理矢理に飲ませてから、尿道口を粘性体で封鎖して排尿を許さず、一郎の小便を飲ませ、次いで、浣腸をしたゼノビアの尻の下に縛りつけて、汚物を顔に浴びさせた。

 

 さらにふたりを強烈な媚薬水で洗浄して、ふらふらになったところを犯し、今後、一郎に逆らったり、仕返しを考えられない程度に、淫魔力で支配した。

 犯す場所は、シズは前の穴だが、ゼノビアはアナルだ。

 

 その後、解放した。

 

 もちろん、普通に解放したわけじゃない。

 そのときまで、シズについては、最初に飲ませた樽水を放尿で出せないように、一郎の淫魔力による粘性体で尿道を封鎖していたので、尿意に七転八倒していたのだが、そのシズと同じだけの樽水をゼノビアに強引に飲ませ、素裸のまま、スクルズに、人の賑わう王都の噴水広場に転送術で送ってやったのだ。

 送ると同時に、ふたりの尿道封鎖も解除したから、到着と同時に排尿したんじゃないだろうか。

 

 まあ、せいぜいそのくらいであり、大したことはない。

 

「あら、どなたか、復讐をされるようなお方がいるのですか、シャングリアさん?」

 

 シャングリアの言葉を受けて、スクルズがにこにこしながら口を挟んだ。

 

「そんなのはいない。わたしは、いつも清廉潔白に生きている。恨みなど買ってない」

 

 シャングリアがどんと自分の胸を叩く。

 

「どうだか……。案外に知らぬ間に、誰かを傷つけているかもよ……。誰かさんみたいにね」

 

 コゼがつっと指で、また、エリカの背中を上から下までなぞる。

 

「きゃあああ」

 

 エリカは悲鳴をあげて、縛られた手で一郎にしがみつくようにしたきた。

 

「やめてやれ、コゼ。いまのエリカには愛撫のひとつひとつが、ぶん殴られるような衝撃に感じるんだ」

 

「でも、あたしもして欲しいです」

 

 コゼがぷっと頬を膨らませた。

 

「やたらに、ちょっかい出すのは、それが本音か?」

 

 一郎は苦笑した。

 

 いまやっているスローセックスとは、一郎の知識の中にある「ポリネシアンセックス」をアレンジしたものであり、エリカが一時的に監禁された王都郊外の廃屋から戻ってすぐに開始し、そろそろ五ノス、一郎の時間感覚では、四時間強は続けている。

 その間、最初の二ノスはお互いに裸身で抱き合うだけですごし、次いで、こうやって向かい合って性器を結合しただけで、じっとすごし、いまに至っている。

 

 愛撫もしない。

 ただ、挿入したまま抱き合い、話をするだけの時間をすごすのだ。

 体面座位にして、一郎の背中側のエリカの手首と足首を縛らせたのは、一郎のアレンジだが……。

 

「喉が乾いたろ、エリカ」

 

 一郎は、そばに置いてある果実水を取り、口に含んだ。

 そして、エリカの唇に口を近づける。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 エリカが真っ赤な顔になりながらも、口移しに水を受け取る。

 やっぱり喉が乾いていたのだろう。

 エリカは喉を鳴らして水を飲んだ。

 

 無理もない。

 エリカの身体は長い結合によって、いつの間にかじっとりと汗をかき、いまはしずくが垂れるほどになっている。接している一郎もかっかと身体が熱くなるほど、エリカの身体は熱い。

 また、この「スローセックス」で興味深かったのは、淫魔力によって確かめられる性感帯だ。一郎は今回は淫魔力を一切使わず、ただ抱き締めるだけに徹していたのだが、時間が経つに連れてエリカの全身は性感帯を示す赤みを濃くし、いまや全身が均等に赤い。

 絶頂への快感の昂りを示す「快感値」は、じわじわと下がって、いまは一桁台だ。

 つまり、エリカは本来であれば、あっという間に通りすぎるはずの絶頂寸前の状態をゆっくりと味わっているということだ。

 

 そもそも、一郎はしっかりと膣の奥深くまで勃起させている肉棒を挿入している以外は、エリカを抱き締めているだけであり、まったく愛撫をやっていない。

 それなのに、エリカはどんどん快感を昂らせている。

 一郎は、ポリネシアンセックスをアレンジしたスローセックスにこんな効果があるとは、思いもよらなかった。

 

「ほら、肉だ」

 

 一郎は今度は干し肉を口に入れると、少しだけ咀嚼してからエリカの口に入れる。

 

「あ、あん、んんっ……」

 

 エリカはまるで愛撫でも受けている感じで悶えるような仕草をしながら、口移しで食べた。

 

「う、ううっ……。や、やっぱり狡い。ねえ、ご主人様、エリカを助けたあたしたちが見ているだけで、騒動の原因だったエリカが、こんなに長い時間もご主人様に可愛がってもらえるなんて、おかしいですよ」

 

 コゼが不満そうに声をあげた。

 一郎は苦笑した。

 

「だから、向こうに行ってろと言ったろう。とにかく、大変だったのはエリカだったんだから、エリカを慰労するんだ。嫉妬するくらいなら、コゼもシャングリアも、別の部屋にいればいいだろう」

 

「つ、冷たいです、ご主人様──」

 

 コゼが、またほっぺたを丸くする。

 

「わ、わたしは、なにも言ってないぞ。ちょっと、いいなあと言っただけだ」

 

 シャングリアだ。

 

「わたしは、ここにおりますよ。仲のよいおふたりを眺めていると、なんだか心がなごみます。幸せのお裾分けをしていただいている気分になるのです」

 

 すると、スクルズがにこにこしながら口を挟んだ。

 

「さすがは聖職者だ、スクルズ。ほら、見習え、コゼ」

 

 一郎は笑った。

 だが、時々、心配になるのだが、神殿長というのは、もっと忙しいんじゃないだろか。

 それとも、案外に暇なのだろうか?

 

「ど、どうせ、あたしは奴隷あがりだもん。聖職者様のような立派な人と比べたら酷いですよ」

 

 コゼが泣きそうな顔になった。

 これは、ちょっとはね除けすぎたかもしれない。

 まるで駄々っ子だが、コゼは一郎の愛情だけを生きる糧のすべてとしているところがある。

 コゼの甘えは、真摯で真剣なものだ。

 

「わかった、わかった、今度な……。だから、今は我慢しろ」

 

 一郎は仕方なく言った。

 すると、コゼの顔がぱっと明るくなった。

 

「約束ですよ、ご主人様」

 

 さっきの不機嫌さが嘘のように上機嫌になった。

 現金な奴だ。

 

「あだ、ああっ……。い、いきそう……。あ、ああ……。ロ、ロウ様……。い、いきそうです……」

 

 そのとき、エリカが感極まったように声をあげた。

 

「ああ、わかってる……。お前の気持ちよさが俺にも伝わって、俺も気持ちいい……」

 

 一郎はぐいとエリカの細身を抱き締めた。

 エリカとの密着度が増して、まるでエリカとひとつになって溶けていく気分だ。

 

 本当に気持ちいい……。

 

 ごく自然に、じわじわと射精への欲求が込みあがってくる。

 エリカも同じだろう。

 いま、エリカの「快感値」は、本当にゆっくりとした速度で、「2」から「1」、そして、「1」から「0」になろうとしている。

 淫魔術の支配で、わざと絶頂寸前で快感を固定して遊ぶことはあるが、普通の性交でこんなにゆったりと快感があがってくことがあるとは思わなかった。

 一郎も、こんな風に迫りあがるような射精感は初めてだ。

 

「あ、ああ、いく……」

 

 エリカが身体をがぐがくと震わせだす。

 

「う、うう……」

 

 一郎も気がつくと声を出していた。

 もう、なにも考えない。

 ただ、エリカとひとつになる体感だけを愉しんだ。

 

「ふわあっ」

 

 エリカが縛られた手と脚で、一郎の胴体にがっしりとしがみつく。

 いつの間にか、エリカの「快感値」が「0」になっていた。

 しかし、絶頂は一瞬には終わらないようだ。

 その状態がしばらく続いている。

 

「おおお……」

 

 驚いたことに、一郎もまた声をあげていた。

 しかも、すでにエリカの中に精を放っていたようだ。

 知らない間に射精するなど初めてだったので、一郎はびっくりしてしまった。

 

「あ、ああ……あああ……」

 

 エリカのか細い嬌声が長く続く。

 そして、かなりの時間、同じ姿勢でなにをするでもなく、そのまましばらくお互いの裸身にしがみついていた。

 快感の余韻がなかなか止まらないのだ。

 絶頂の瞬間と余韻との境目も判然としていない。

 ただ、ひたすらに巨大な快楽のうねりに巻き込まれ、呑み込まれて、砕かれた感じだ。

 一郎は、女たちがそんな状況になるのを、よく目の当たりにするが、一郎自身も、その心地になるとは意外だった。

 

「終わった……?」

 

 しばらく続いた沈黙を破ったのは、シャングリアだった。

 それを合図とするように、部屋の中の全員が一斉に息を吐いた。

 

「まあ、素晴らしかったですわ……。本当におふたりが愛し合っているのが伝わってきました」

 

 スクルズが愉快そうに言った。

 一郎は顔をあげる。

 目の前のエリカは、まだ熱から覚めないかのように、一郎の胸板に額をつけて、はあはあと荒い息をしていた。

 

 また、スクルズは相変わらずの微笑み顔だ。

 シャングリアはぼうっとしている。

 ただ、コゼだけが、ひとり苛立たしそうな表情になっている。

 

「や、やっぱり狡い──。あんなに気持ちよさそうなご主人様なんか、滅多にない。そのときにエリカがお相手してるなんて。あたしのときにあんなになって欲しかった──。あたしの方がエリカよりもご主人様が好きなのに──」

 

 すると、そのコゼの言葉にむっとしたのか、エリカががばりと顔をあげて、コゼに振り返った。

 

「馬鹿なこと言わないでよ。あんた、いっつも同じこと言うけど、わたしは一番奴隷なのよ。わたしこそ、ロウ様のことを大切に思ってるわ」

 

 すごい剣幕だ。

 まったく、なにが気に障るのか知らないが、コゼのからかいに、そんなにむきにならなくてもと思う。

 

「ふん──。あんたは、ご主人様を異世界から召喚してしまった申し訳なさで、仕えているんでしょう? あたしはご主人様がすべてよ」

 

「誰がそんなこと言ったのよ。わたしだって、ロウ様を心から慕っているわ」

 

「前にそんなこと言った──」

 

「言ってない──」

 

 エリカが喚き返した。

 

「やめないか……」

 

 一郎はまたまた始まったコゼとエリカの口喧嘩に呆れて、エリカの腰を下から持ちあげた。そして、一度亀頭近くまで一物を出すと、手を離して、すとんとエリカの腰を落としてやる。

 それだけでなく、淫魔力で亀頭が走る膣の道筋を一気に数十倍に感度を高めてやった。

 

「ふにゃあああっ──」

 

 あっという間に絶頂したエリカが咽び泣くような声をあげて、がっくりと脱力する。

 

「コゼ、あんまりエリカをからかうなよ。エリカは真面目なんだからな……」

 

 一郎はぐったりしているエリカを抱き締めながら言った。

 

「あたしだって、真面目です──。ねえ、ご主人様、あたし、もうご主人様がいない世界で生きていくつもりないですから。もしも、元の世界に帰るようなことがあるなら、絶対に連れていってくださいね」

 

 なんだか、コゼが怒ったように言った。

 

「元の世界? 藪から棒になんだよ」

 

 面食らった。

 だが、コゼがそんなことを思っているなどと初めて知ったし、それが必要以上に一郎に甘えるコゼの背景にあるのだろうかと思った。

 

 しかし、実際にそんなこと考えもしなかったが、その可能性はあるのだろうか……?

 一郎を実際に召喚したエリカは、あのアスカの力を借りた、にわか召喚師だったので、帰還の技など無いのではないかと言っていたものの、あるいは、あのアスカならその方法を知っているのかもしれない。

 いままでずっと、アスカから逃亡することしか考えていなかったから、アスカにそれを訊ねようという考えに至らなかったが、いまや、一郎の淫魔師としてのジョブレベルは“99”だ。

 アスカを無条件に怖れる必要がないどころか、やりようによっては、アスカを淫魔力で支配できる可能性がある。

 そして、もしも、支配できれば、アスカに一郎を逆召喚させることも可能かも……。

 

「あっ、いまの顔、本当に元の世界に帰ること考えましたね──。絶対ですよ。あたしはついていきますからね、ご主人様──」

 

「いてっ」

 

 いきなり、両頬をコゼにつねられた。

 見ると、また泣きそうな顔をしている。

 

「ほ、本当、コゼ? 許しませんよ、ロウ様──。こんなに尽くしているのに、足りないですか? 元の世界がいいですか」

 

 すると、エリカが声を大きくあげた。

 縛られた手で一郎の背中を揺するようにしてくる。

 

「もちろん、わたしも同行するぞ。どんな場所でもな。わたしは最初に言ったはずだ、ロウ。お前の行くところに付いていくとな」

 

 シャングリアだ。

 気がつくと、三人娘が一郎に詰め寄ってる。

 一郎は苦笑した。

 

「とらぬ狸の皮算用で騒ぐな。そんな方法があるのかどうかもわからんのだ。それに、俺は正直に言えば、元の世界などに帰りたくない。俺だって、お前たちと別れるのは嫌だ」

 

 正直に言った。

 どう考えても、この世界の人生がいいに決まっている。

 元の世界であれば、これだけの絶世の美女を独占できることなどあり得ない。

 すると、三人娘が一様にほっとした表情になる。

 もしかしたら、あまり口に出すことはないが、一郎が異世界人、すなわち、外界人であることは、ずっと彼女たちの内心の不安になっていたのかもしれない。

 

「ご心配ありません。ロウ様はどこにも行かせません。ロウ様がどこかに行ってしまうことなど、このわたしが全力で阻止します。さもなくば、わたしもついていきます。それこそ、魔道十二戒など気にしませんし、禁忌の術を遣うのも躊躇いません」

 

 すると、スクルズが毅然とした口調で口を挟んだ。

 禁忌の術とは、この世界でかつて封印されたという冥王の遣っていた魔道のことだ。

 そう言えば、褐色エルフの里で一郎に関わったユイナという小娘が、その禁忌の魔道術に手を出していたのを思い出した。

 

 とにかく、それはこの世界では、ご法度中のご法度らしい。

 いずれにしても、王都の最高神殿のひとつの神殿長スクルズが、その地位を無視して禁忌の魔道に手を出すというのは、スクルズ独特の冗談であろう。

 

「王都の歴史で、もっとも若い神殿長のあなたが、それを棄てて、一介の俺を追いかけて異世界に来るのか? まあ、この場での戯れとしても、嬉しいよ、スクルズ」

 

 一郎は軽口を言った。

 すると、スクルズが傷ついたように、眉間に皺を寄せた。

 

「まあ、ロウ様は、本当になにもわかって、おられないのですね」

 

「わかってない?」

 

 一郎は首を傾げた。

 

「ええ、わかっておられません。わたしが神殿長になったのは、一重に、もっとロウ様に尽したいからです。ただの筆頭巫女よりも、その方が、いざというときに、ロウ様の助けになれると考えたからです。だから、わたしは妬みや嫉みをはね除けてでも、神殿長になったんです。そうでなければ、わたしは神殿長など、どうでもいいのです」

 

「えっ」

 

 一郎は驚いた。

 すると、スクルズがにっこりと笑った。

 そして、次に、さっと姿勢を整えた。

 改まった感じであり、居住まいを正している。

 

「つきましては、ロウ殿にお願いがあります。是非ともロウ殿にして頂きたいことがあるのです」

 

「お願い?」

 

 一郎は首を傾げてみせたが、すでにスクルズの願いなら、無理にでも果たさなければならないと決めた。

 一郎は、この人のよい巫女を便利に使いすぎているところがある。

 今日だって、昼間にエリカを助けるのに力を貸してもらい、それ以降、一郎たちにこうやってついてきている。

 まあ、エリカを助けたときはともかく、昼間の時間は勝手に居座ったのだが……。

 いずれにせよ、この女神殿長殿には、かなりの借りがあるという自覚はある。

 

「わたしとも、さっきの“すろーせっくす”というのをやってください。お願いですよ。絶対にです」

 

 スクルズが言った。

 

「あ、あたしが先よ、この淫乱巫女──」

 

 コゼが横から憤慨したように絶叫した。

 

「まあまあ、どっちが先だなんて、そんなことはどうでもいいじゃないですか、コゼさん。些細なことです」

 

 スクルズがぱっと破顔した。

 

「あたしが最初って、言ってんのよ──。どうでもいいってなによ──」

 

 コゼが怒って怒鳴った。

 しかし、スクルズはコゼを笑って宥めるような物言いをするくせに、順番のことは口にしない。

 笑って誤魔化す雰囲気だ。

 

 まったく、かなわないな、この神殿長様には──。

 一郎は苦笑してしまった。



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243 被害者たちの残念な訴え

 目を疑った。

 巫女服を着ていたあのスクルズという女が、ロウという男になにかをひそひそ声でささやいたと思った瞬間、急にはらわたが軽く捻じれるような感じがして、気がつくと、大勢の王都市民のいる賑やかな場所に立っていたのだ。

 そして、尿意が襲いかかった。

 

「いやあ」

 

 すぐ横で悲鳴がした。

 シズだ。

 一糸まとわぬ素っ裸であり、両手で股間を押さえてしゃがみ込んだ。

 

「うわっ」

 

 ゼノビアもまた座り込んだ。

 自分もまた、シズと同じように完全な真っ裸であることを思い出したのだ。

 

「なんだ、なんだ?」

「おい、どうした」

「おお、お前らなんだ?」

 

 ゼノビアとシズが大きな声で悲鳴をあげたことで、あっという間に大勢の通行人たちに囲まれてしまった。

 どうやら、ここは王都の中心部にある噴水広場と呼ばれる場所のようだ。

 昼間でも夜でも、たくさんの者が集まって寄合や集会を行ったり、あるいは憩いのために集まったりする場所だ。

 広場を囲むように屋台もたくさん並んでいて、さっと眺めるだけでも、百人近い者がいる気がする。

 

「ううっ」

 

 とにかくゼノビアは、しゃがんでいる身体を両手で隠すようにしながら、歯を食い縛った。

 猛烈な尿意に襲いかかられているのだ。

 

 なにが起こったのかを頭で理解するのに、数瞬が必要だった。

 そして、もしかしたら、これは『転送術』とか『移動術』とか称される跳躍魔道ではないかと考えた。

 

 もちろん、ゼノビアほどの能力では遣うことなどできない高位魔道であるが、あのスクルズと呼ばれていた巫女が、実はゼノビアには足元にも及ばない高等魔道師であることは確かだ。

 ゼノビアの魔道が一瞬にして使用不能にされたことから、それは明白だ。

 そうであるとすれば、あのスクルズがロウというエリカの「ご主人様」に命じられて、ゼノビアとシズを魔道で、衆目の中に素っ裸で送り込んだのは、間違いない気がする。

 

「ああ、向こうに行ってください……」

 

 消え入るような声でシズが言ったかと思うと、シズの股間からしゅっという音とともに、ゆばりが落ち始めた。

 そして、それは大きな音を立てて地面を奔流として叩き始める。

 

 無理もない……。

 このシズは、あのロウから拷問され、木樽で大量の水を飲まされて、かなりの時間、不思議な力で尿道を塞がれて、尿意が溜まったままにされていたのだ。

 それが、ここに跳躍されるとともに、解放されてしまったのだろう。

 いくら大勢の市民の集まる王都広場といえども、シズが一瞬しか我慢できなかったのは無理もない。

 とにかく、ゼノビアとシズを囲んでいた者たちが騒然となった。

 

「ああっ……、もういやあ……」

 

 シズが泣き始めた。

 

「シ、シズ……泣かないで……。ごめん、ごめんね……。あんたの依頼に失敗したのは、あたしのせいよ……」

 

 ゼノビアは手で顔を覆ったまま、自分の決断で尿道を緩めた。

 あるいは、もうほんのしばらくは尿意を我慢できたかもしれないが、いずれにしても、ここから逃げ出すほどには耐えることは不可能だっただろう。

 それだったら、愛するシズとともに、ここで羞恥地獄を味わおうと思った。

 それが、シズに対するゼノビアのせめてものお詫びだ。

 

「こいつらなんだ? いきなり小便を始めたぞ」

「頭がおかしいんじゃねえか?」

「新手の娼婦か? だが、陽が落ちる前に商売をするのは、王都じゃあ禁止だぜ」

 

 衆人の中に混じっている若い男たちが、からかいの言葉をぶつけ始めた。

 早く逃げ出したいのだが、シズとゼノビアの放尿は続いている。

 立ちあがることは、まだできない。

 

 そのあいだも、白痴だの、頭のおかしな女たちだのという揶揄が降り注ぐ。

 隣では、シズが慟哭し続けている。

 だが、一方で、ゼノビアには、こんな仕打ちを受けたことに対する怒りがふつふつと沸き起こってきていた。

 

 まあ、いずれにしても、今回はゼノビアの失敗だ。

 あのエリカというエルフ女に、あんな恐ろしい力を持った男がついていたとは夢にも思わなかったし、彼を取り巻く女たちがあれほどの一騎当千の女傑たちとは不覚だった。

 とてもじゃないが、ゼノビアには歯が立たないというのは、完全に理解した。

 シズの幼馴染だったエリカというエルフ女を見つけたことに満足し、その周辺調査を怠ったことは、完全にゼノビアの落ち度だ。

 シズには本当に申し訳なかった。

 

 しかし、だからといって、女を素っ裸で限界寸前の尿意を与えたまま、衆人のいる王都広場に魔道で転送するなどあんまりだ。

 

 だが、ロウという男は怖い……。

 あのロウに犯されたとき、なんらかの操り術のようなものを刻まれたのかもしれない。これだけの怒りに襲われながらも、ゼノビアはどうしても、ロウを憎いという感情を抱くことができないでいた。

 

 おそらく、あのロウは、なんらかの操り術の持ち主……。

 間違いない……。

 

 だが、それを取り巻く女たちについては別だ。

 まだ、残っているゼノビアの冷静な判断力がそれを語っている。

 ロウに対して怒っているのに、腹をたてられない。

 復讐をしたいのに、恨みの感情が沸かない。

 

 その矛盾した感情に支配されているゼノビアは、それを解決しようと、懸命に心を整理しようとした。

 

 そして、放尿をしながら、すぐにその解決法に到達した。

 ロウの女だ……。

 

 ロウには、腹が立たないが、その女に対してなら腹が立てられる……。

 ロウには、恨みが沸かないが、その女に対してなら恨める。

 

 ならば、スクルズだ。

 神殿の高位巫女のくせに、得体の知れない若い人間族の男の言いなりになっていたあの女……。

 おしっこを続けながらゼノビアは、ロウの命令に諾々と従って、躊躇なく素っ裸のゼノビアとシズを転送術でここに送ったスクルズという巫女に対する激しい怒りを込みあげた。

 

 許さない……。

 絶対に許さない……。

 復讐してやる……。

 

 さもなければ、恨み屋と自称して世間を渡ってきたゼノビアの女がすたる。

 

 幸いにも、あのスクルズが何者かは、もうわかっている。

 信じられないことだが、あのスクルズは、王都だけでなく、このハロンドールに入国したときから時折耳にすることがあった、若き美貌の高位巫女にして、優れた魔道師としても名高い第三神殿の神殿長に就任して間もないスクルズだ。

 移動術を駆使できる魔道師のスクルズが、ほかにいるわけがない。

 

 だが、意外だった……。

 

 教会法では、確か、神殿長となる巫女は俗世の男性との性的関係はご法度のはずだ。

 男神官とは異なり、巫女の最高職就任には特別な意味がある。

 神々の父、クロノスとの婚姻の意味があるのだ。

 神官とは無縁のゼノビアでさえも、そのくらいの常識はある。

 

 だったら、神殿長に就任するスクルズが、ロウという男の愛人であるというのは、大変な醜聞になるはずだ。

 だが、ゼノビアとシズをいたぶるあいだ、あのスクルズは、ロウにしなを作り、ロウの命令に絶対服従の態度を崩さず、ロウに女として特別な感情を抱いていることを隠そうともしていなかった。

 つまり、あのロウは、エリカに加えて、仲間のふたりの女を愛人にしているのみならず、第三神殿のスクルズまでも愛人にしているのだ。

 

 しかし、だからこそ、これを恨みを晴らす手段にしてやろう……。

 ゼノビアは放尿をしながら思った。

 

 それにしても、溜まりに溜まった尿はなかなか終わる気配がなかった。

 その分、ゼノビアとシズの死ぬような羞恥は続くということだ。

 だんだんと、周囲のざわめきが大きくなる。

 ゼノビアの怒りは頂点に達した。

 

「お前ら、なに見てんだよ──。いつまでも見物してんじゃない──」

 

 絶叫した。

 すると、さすがに周りの者たちがたじろいだように、取り囲む輪を大きくした。

 

「こら、行きなさい──。散るのよ──。ここは、このミランダが預かる。いいから解散しなさい」

 

 そのときだった。

 突然に女の声がして、集まっている者たちを退け始めた。

 

 ミランダ……?

 

 少なくとも初めて接する声には違いないが、名に記憶がある。

 すると、目の前に十歳くらいではないかと思われる童女が現われた。

 

「ほら、あんたたち、ちょっと周りを隠しなさい」

 

 しかし、その童女が一緒にいた人間族の大人の女ふたりに指示をした。

 すると、その女たちが身に着けていた上着を両手で拡げて、ゼノビアとシズを周囲から隠すように拡げてくれた。

 

 そして、やっと放尿が止まった。

 だが、ふと見ると、シズは自分がした尿の水たまりの上にしゃがんだまま泣いている。

 余程にショックだったのだと思う。

 

「貸して、お願い」

 

 ゼノビアは前後を囲む二枚の上着のうちの一枚をひったくって、シズの裸身を隠した。

 シズが立ちあがって、ゼノビアにすがるように抱きついてきた。

 

「こ、怖かった……。本当に怖かった……。ご、ごめんなさい、ゼノビアお姉さま……。あんなに怖い思いをさせて……。ごめんなさい……」

 

 シズがゼノビアを抱いたまま声をあげた。

 ゼノビアはその身体をぎゅっと抱きしめ返す。

 そのゼノビアの裸身を後ろからなにかが覆った。

 

 服だ──。

 

 壁にしてくれていたもう一枚の上着をその小柄な女性がかけてくれたのだ。

 そして、そのときには、ゼノビアはこの童女にしか見えない女が何者かを思い出していた。

 

 この王都で冒険者ギルドの副ギルド長をしているドワフ族の女のミランダであり、一騎当千の実力者集団を牛耳るこの王都の重要人物のひとりだ。

 エリカへの復讐が終われば、このハロルドで冒険者として居を構えることも検討していたので、ミランダという冒険者ギルドの事実上の支配者の女のことは、名前くらいは覚えていた。

 

 それで閃いた……。

 

 冒険者ギルドといえば、金銭次第でどんなことでも引き受けるという、王家や貴族界、宗教界、あるいは商人ギルドとも一線を画する、既存の権威の外にある集団だ。

 

 だったら……。

 

 ゼノビア自身が復讐を企てることは諦めている。

 だが、その冒険者ギルドに頼めば……。

 

 依頼の内容は、「第三神殿の神殿長スクルズという巫女の権威の失墜」──。

 

 幸いにも、身に着けているものは剥がされたが、宿に置いている荷には手はつけられていないと思う。

 そこに、これまでの生活で貯めに貯めた財が隠してある。

 この依頼に、それを全部つぎ込んでやる。

 そして、この王都から逃亡する。

 それに決めた。

 この方法なら、なにかの操り術を仕掛けられたゼノビアでも、「恨み」を晴らすことができそうである。

 

 とにかく、なんでもいいのだ……。

 仕返しが成功するか否かさえも、実はどうでもいい……。

 しかし、このままでは、どうしても腹の虫が収まらないのだ。

 だから、どんな些細なことでもいいから、仕返しをしたという思いを抱いて、シズとともに王都を去る……。

 

 それで、なんとか心を抑えよう……。

 

 いずれにしても やはり、ロウという男に復讐する気持ちは、まるで心を制御されたように、心に浮かべることができない。

 だが、その周りの者であれば、ゼノビアの復讐心は抱くことができる……。

 

 よし──。

 

「……遠くから見ていたけど、あんたらふたりがいきなり出現したことで、なにが起こったのか想像がつくわ……。とにかく、ギルド本部はこの近くよ。一緒に来なさい」

 

 思考に耽っていたゼノビアの肩をミランダがぐいと押した。

 

 

 *

 

 

「依頼?」

 

 ミランダは目を丸くした。

 同時に、慌てて部下を部屋から退出させて、ゼノビアとシズと三人だけになった。

 そして、大きく溜息をついた。

 

 ロウったら……。

 

 困惑するとともに、ここにはいないあの男のいつもの鬼畜癖に、呆れた思いが沸き起こった。

 

 冒険者ギルド本部の個室のひとつだ。

 ミランダは、王都広場に素っ裸で出現して、いきなり衆人の中心で放尿を開始した見知らぬ若い女をとりあえず、ここに連れてきた。

 

 まあ、なにが起こったのか、このふたりが『移動術』で転送されて来た時点で、ミランダは察してしまったが……。

 

 人をある地点から別の場所に一瞬にして跳躍させる『移動術』は、この王都でもスクルズ、ベルズ、シャーラにしか遣いこなせない高等魔道だ。

 非常に珍しい魔道であり、周りにいた者は、ゼノビアとシズが魔道で跳ばされてきたことすらわからなかったようだが、ドワフ族として少しは魔道も扱うことができるミランダには、なにが起こったのか、すぐにわかった。

 そして、このふたりが 跳躍術でやってきたということは、スクルズ、ベルズ、シャーラの三人のうちの誰かが、それをやったということでもあるだろう。

 

 しかし、その三人は自分の意思でそんな鬼畜はやらない。

 だが、反面、その三人は、ある男の命令であれば、どんなことでも従ってしまう。

 

 つまり、ロウだ。

 

 また、激しい尿意に襲わせたまま、若い女を素っ裸で王都のにぎやかな場所に送り込むなどという鬼畜は、いかにもロウがやりそうなことだ。

 

 さらに、ミランダは、なにが起こったのかという質問に対して、舌が張り付いたように黙り込んでしまうゼノビアとシズの姿で、すべてが、ロウの仕業であることを完全に確信した。

 おそらく、ロウとのことを口外できないようになにかの処置を刻まれたに違いない。

 

 だが、事情の説明もできないのに、いきなりゼノビアという女が、冒険者ギルドに対するクエストの依頼を始めたのだ。

 これには、びっくりした。

 

 その内容は、第三神殿のスクルズの醜聞を世間に拡げるというものだった。

 つまり、「スクルズには実は愛人がいて、その男の性奴隷的な女だ」という話を世間に拡めろというのだ。

 自分でしないのは、ロウの仕返しが怖くて自分ではしたくないが、守秘義務が徹底されている冒険者ギルドを通せば発覚しないと思ってくれたのかもしれないし、もしかしたら、ロウのなんらかの処置で自分では行動できないのかもしれない。

 

 いずれにしても、依頼そのものは、もしも、噂として拡げる内容が事実であれば、ギルドとしての倫理を逸脱するものではない。

 そして、ミランダは、それが事実であることを調査の必要もなく知っている。

 また、かなり高額な依頼料を支払う準備もあるようだ。

 冒険者ギルドを預かる副ギルド長としては、クエスト依頼を不適当な案件として跳ね除けてしまう理由はない。

 

 ただ、ミランダとスクルズが個人的に親しいという一点を除けばだ。

 

 しかし、どうやら、このゼノビアもシズも、ハロンドール王国の王都ハロルドにはやって来たばかりであり、そういう世事については疎いようでもある。

 

 ……というよりは、見たところシズはもちろん、ゼノビアはかなりの世間慣れしている気配はあるものの、いまは冷静な判断ができないほどに感情が昂っている様子だ。

 無理もないが、冷静になる前でよかった。

 この女が、冒険者ギルドに依頼すること以外に、なにかの仕返しの手段を思い付いた後だったら、多少面倒なことになるところだったかも……。

 

 ともかく、ゼノビアは、ミランダが冒険者ギルドの副ギルド長だと認めると、いきなりスクルズに対する復讐を依頼してきた。

 察するところ、人の心を支配する不思議な力のあるロウのことだから、ロウに仕返しをすることや、ロウにやられたことを他人に訴えることについては、このふたりができなくなるようにはしたようだ。

 けれども、それは、ロウ以外の者に復讐することができなくなる所にまでは及ばなかったようだ。

 ギルドを通じてだが、しっかりとスクルズへの復讐をしようとしている。

 ミランダはどうしたものかと、溜息をついた。

 

 それにしても、どうにもロウのやったことは中途半端だったようだ。

 また、スクルズもスクルズだ。

 宗教界の最高権威のひとつである王都第三神殿の神殿長であるというのに、スクルズはいつまでもロウに絶対服従すぎる。

 一度、説教が必要かもしれない……。

 

「ねえ、あたしはもういいわ、ゼノビアお姉さま……。なにか嫌な予感がするの。もう関わるのはやめましょうよ。もう復讐ごっこはいいよ」

 

 シズが言った。

 会話の端々から、このシズこそ、ロウたちになにかのちょっかいを出した張本人だということがわかる。

 それを手伝ったのが、このゼノビアらしい。

 だが、手酷い仕返しをロウから受けた。

 まあ、そんなところだと思う。

 当たらずとも遠からずというところだろう。

 このふたりは、自らそれをミランダに説明することはできないようだが、それも、ロウに確認すればわかることだ。

 

「なに言ってんのよ、シズ。あんた口惜しくないの?」

 

「口惜しくない。あたしは、むしろ命が残ってよかった……。できれば、二度と関わりたくない。あたしには、ゼノビアお姉さまがいればいい。もう、それで十分」

 

「とにかく、これは矜持の問題よ。あのままじゃあ、終われないわ」

 

 ミランダは言い争いのような会話を始めたふたりに、咳払いでこっちに注目を向ける。

 そして、口を開いた。

 

「……とにかく、あんな恰好で外に放り出されたりして、身体が冷えたんじゃない。温かいものを準備させるわ。詳しい話はそれからにしましょう……。ちょっと待ってね。クエストの依頼受けの書類を準備するから」

 

 ミランダは一度席を立ち、そして、ランを呼ぶ。

 ランもまた、ロウの性奴隷の刻みを受けており、ミランダとともに、スクルズとロウの関係も十分に知っている。

 

「ラン、いつものお茶を準備してあげて……」

 

 書類を探す振りをして、ランに言った。

 だが、“いつものお茶”などというものは、ここには存在しない。

 敏いランなら、それで察するはずだ。

 お茶に眠り薬を服用させると思う。

 

「わかりました、ミランダ。いつものですね」

 

 ランは支度を始める。

 ミランダは、書類を準備する素振りをしながら、それを見ていた。

 すぐに、ランがふたりの前に温かい紅茶を差し出した。

 ふたりとも、特に疑う様子もなく、それぞれに茶をすすり始める。

 ミランダは、にやりとほくそ笑んだ。

 

 とにかく、あのふたりが冷静になる前でよかった……。

 

 さもなければ、飲み物に一服盛るなどという古典的な罠には、簡単に引っ掛からなかったかもしれない……。

 ミランダは、さっそくふたりがうつらうつらし始めたのを確認すると、書類の準備をやめて、ふたりが完全に眠り込むのを待つ態勢になった。

 

 

 *

 

 

 はっとした。

 

 気がつくと、ゼノビアは見知らぬ場所にいた。

 なにが起きているのか自覚するのに、しばらくの時間が必要だった。

 そして、腕と肩に激痛が襲った。

 

「……お目覚めか、ゼノビア? こんなに早く再会するとは夢にも思わなかったな。せめてもの情けとして、丸一日は休ませてあげた。ずっと寝ていたのでわからないと思うけど、いまは、あれから一日経った翌日だ」

 

 聞き覚えのある声がした。

 そして、身体に戦慄が走った。

 恐怖が迸る。

 

 目の前にいるのは、あのロウだった。

 そして、そのロウは、ゼノビアの視線の少し下にいて、椅子に腰かけている。

 もっとも、こっちを向いているのは背もたれだ。

 ロウは顔だけをこっちに向けている。

 

 それでわかったが、ゼノビアは両手首を縛られて、天井からぶらさげられていた。

 床は宙に浮いている爪先のずっと下にある。

 

 ここは、どこかの屋敷のようだ。

 どうしてここに……?

 ゼノビアは頭が混乱した。

 

 最後の記憶は、ミランダによって冒険者ギルドに連れていかれ、依頼するクエストについて話をしていたときのことだ。

 だが、それで記憶が途切れている。

 ミランダが書類を取りにいくと告げ、そして、若いギルド職員がお茶を入れてくれて……、そのあと急激な睡魔が襲い……。

 

「ああ、もう許して──。エリカ、許してったら──」

 

 そのとき、シズの悲鳴がした。

 

「ああ、シズ──」

 

 ゼノビアは叫んだ。

 少し離れた場所で、全裸で後手縛りにされたシズが、三角木馬に跨がされて悲鳴をあげていたのだ。

 その周りに、エリカとあのもうふたりの女の仲間がいた。

 よくわからないが、エリカたち三人も全裸だ。

 どうやら、三角木馬に跨っているシズをその三人が筆でくすぐり続けているようだ。

 シズは泣き叫んでいる。

 

「や、やめて──、シズのことを許して──。あたしが責められる。あたしを痛めつけて」

 

 ゼノビアは絶叫した。

 どうしてこうなったのか理解もできないが、冒険者ギルドにいたはずのゼノビアとシズは、そこで意識を失わされて、今度はロウの屋敷に連れて来られたらしい。

 

 なんで……?

 どうして……?

 

 とにかく、恐怖が頭を渦巻く。

 うまくものを考えられない。

 すると、ロウが笑いだした。

 

「あんたが責めを負うのは当たり前だろう。軽い罰で許してやったら、今度はスクルズに危害を加えようと考えるとはな──。今度こそ、本物の恐怖と服従を身体に刻み込んでやる……。ところで、もういいよ」

 

 ロウが椅子から立ちあがった。ロウは服を着ていなかった。

 勃起した性器が股間にそそり勃っている。

 

「うわっ、まさか」

 

 そして、こっちからは死角になって見えなかったものが視界に入って来て、ゼノビアは悲鳴をあげてしまった。

 ロウの椅子の前に、さっきのミランダとランがうずくまっていたのだ。

 しかも、ふたりとも全裸だ。

 両手を後手縛りにされて、どうやらロウの股間を口で奉仕していた気配である。

 

「……そうだ──。ゼノビアへのお仕置きの前に、うまく対応してくれたミランダとランに、ご褒美をしなくっちゃね。床に膝を立ててお尻をこっちに向けてくれ」

 

 ロウが言った。

 

「あんたって、まったく……。ここに来るたびに、あたしを巻き込んで、馬鹿げた乱痴気騒ぎをするけど、普通に会話をして、普通に食事するとかないの?」

 

 ミランダが全裸に後手で縄をかけられた姿で不満そうに言った。

 

「馬鹿げた乱痴気騒ぎは、ミランダが来なくても、いつもやってる。それこそ、普通のことだよ。ほら、ランも……。そろそろ、ランもこういう乱痴気騒ぎにも積極的に参加して欲しいと思っていたところだ。たまたま、それをやっていたところで丁度良かった」

 

 ロウがくすくすと笑う。

 

「は、はい……」

 

 ランという若い娘は、真っ赤な顔で頷いた。

 そして、ロウに命じられるまま、縄で拘束された裸体をうつ伏せにして、ロウに向かってお尻を高く上げた。

 

「なにが、たまたまよ──。あ、あたしは、あんたにお説教しにきたのよ。それなのに、なんでこんなことになるのよ──」

 

 一方で、横のミランダは、まだ悪態をついている。

 

「もちろん、お説教は聞くよ。犯しながらでよければね……。それよりも、お礼をしなくていいの? じゃあ、ランだけ犯すか? ミランダは横で見るだけでいい?」

 

 ロウが余裕ぶったわざとらしい口調で言う。

 しかし、ゼノビアにはわかった。

 このロウはもちろん、ミランダにしても、これは言葉だけの遊びだ。

 実際にはミランダは、怒ってもないし、むしろ、照れているだけだ。

 逆に、すでにかなりの興奮状態にある。

 縛られることで欲情しているのだと思う。 

 その照れ隠しに、もっともらしいことを言っているだけだ。

 そもそも、たったいままで、部下の女と男の性器をしゃぶっていて、お説教もなにもあるものか──。

 

「じゃあ、いくよ、ラン」

 

 ロウがランのお尻に手をやって、後ろから愛撫を開始したのがわかった。

 

「ああ、し、しなくていいとは、言ってないわよ……」

 

 すると、ミランダが顔を真っ赤にして、慌てたように、ロウに言われるままの恰好になった。

 ランと同じであり、つまり、頭を床につけて、お尻をこっちに高く掲げる格好だ。

 女として、これほど無防備な体勢もないだろう。

 

 第三神殿の神殿長だけでなく、冒険者ギルドのミランダや職員のランまで……?

 この男、果たして何者?

 ゼノビアに今度こそ、正真正銘の恐怖が走った。

 

 そのミランダとランの股間をロウが背後から指で代わる代わる愛撫を始める。

 すると、ミランダとランのふたりがあっという間に激しい反応をして悶え始めた。

 

 

 

 

(第41話『恨み屋さん』終わり)

 

 

 

 

  第1部 完結



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【第2部 エルフ族の救世主】
244 ひとつ目の陰謀


【ハロンドール王国・王都ハロルド】

 

 

 ハロンドール王国の王都ハロルド──。

 マーリンは、一箇月ほど前からここにいる。

 

 王都の城郭内の北側に、庶民を相手にするような小さな薬師の店も持っている。

 本来、ここで店をやっていたのは、半年前に王都に住みついたばかりのマルリスという老人だ。

 だが、そのマルリスは、薬の原料となる薬草を仕入れるために、城外に出たところで、マーリンが殺した。

 薬師として成功しているが、身寄りもなく、人付き合いもほとんどないマルリスという老人は、入れ替わるのに都合の良い相手だった。

 マルリスの死体を処分して、姿かたちの外観を魔道で作ったマーリンは、そのまま、マルリスという男になった。

 

 ここに、マーリンを送ったのは、タリオ大公のアーサーだ。

 マーリンは、アーサーに仕え、アーサー以外の命令には従わない。

 そのアーサーに受けた指示は、できるだけ早い時期までに、このハロンドールを乱せということだ。

 乱し方の大要は受けているが、細部のところについては、マーリンに一任されている。

 それが、アーサーのやり方であり、信頼を得た相手については、そういう自由裁量権を与えられる。

 だが、アーサーの期待に応えられなければ、だんだんと自由はなくなり、指示が具体的かつ、詳細なものに代わり、一切の意思は認められない。

 使える者はとことん使うが、使えないと判断すれば、ばっさりと処分することもある。

 まあ、大抵は、その始末をするのは、マーリン、あるいは、マーリンの直接の手の者の仕事なのだが……。

 

 いずれにしても、マーリンは準備のために、一箇月を使った。

 ただ、このハロンドールという国を王都に位置して見るためだけに使った。

 それでわかったのは、国としては可もなく不可もなくというところだということだ。

 

 物価は安くはないが、飢えるほどに高くはない。

 都市部と地方部の貧富の差は激しいが、それで命がけで政府を倒したくなるというほどでもない。

 善人が不幸になり、悪意のある者が我が物顔で闊歩する理不尽さはないとはいえないが、どこにでもある程度であり、目に余るほどの悪はなく、怨嗟のような民の声は聞こえてこない。

 社会から逸脱する不法者の候補の者たちも、うまく冒険者ギルドという受け皿があり、治安も安定している範疇だろう。

 

 こういう国を乱すには、簡単ではない。

 思い切ったことをする必要があると判断した。

 アーサーからは、国を混乱させろとは言われているが、潰せとは言われていない。

 乱してから、最終的には戻させてもいいのだ。

 

 アーサーに必要なのは、時間だろう。

 皇帝庁に思い切った動きがあり、アーサーはそれに乗じて、大きなことをしようとしている。

 そのアーサーが欲しているのは、最低限、アーサーが動く期間、ハロンドールがローム地方のことに関与できなくすることだろう。そして、アーサーに都合がいいように、表向きの友好国であるハロンドールが対応してくれることだ。

 最大限に望むこととなれば、この国に内乱でも起こってくれて、大国だと言われているこの国の力が大きく減殺されることであるはずだ。

 アーサーの腹心を任じているマーリンには、それくらいのことは、アーサーに直接確かめることなく、理解しているつもりだ。

 

 その日の夜、マーリンは、店の奥にある生活用の部屋を兼ねた作業場に閉じこもり、いつもの魔石に魔道を込めた。

 すると、周囲が白い霧のようなものに覆われて、その霧に執務室の光景がぼんやりと現れる。

 マーリンの魔道と魔道具によるものであり、遠いタリオ公国の大公府と通信をするための特別な魔道だ。

 向こうでも、同じような霧が魔石によって発生し、そこには、マーリンの姿がぼんやりと映っているはずだ。

 

「マーリンか」

 

 霧にアーサーの姿がぼんやりと映った。

 声はしっかりと届いている。

 定期的に行うことになっている連絡であり、ハロンドール工作を任されながらも、多くの手の者を抱えているマーリンには、アーサーに伝えなければならない情報は多数ある。

 

「老害たちは、育てている獣たちを森に放ちました。封印されているものを解放するために、森の瘴気が各地で破られています。森は大きく乱れ、いまや魔獣が横行しています」

 

 マーリンは言った。

 ところどころを隠語を使っているが、アーサーにはそれでわかるはずだ。

 “老害”は名目上のタリオ公国を始めとする三公国の宗主であるローム皇帝──。

 “森”とは、エルフ族の支配するナタル森林国──。

 “獣”とは、皇帝庁が密かに組織している活動組織のこと──。

 投影のアーサーの顔が不機嫌そうに歪む。

 

「ついにか……。それにしても、あの年寄りども、やっていいことと、駄目なことの区別もつかなくなったか。失った過去の栄光を取り戻すために、この世界を滅ぼすのか?」

 

「都合のいい夢を描いているようですな。初代帝ロムルスと同じ力が、血統によって、自分たちにもあるものだと錯覚をしているのですよ。それでいかがなさいますか?」

 

 さすがに、この陰謀は世界に与える影響が大きすぎる。

 万が一にも成功するとも思えないが、仮に成功すれば、タリオ公国としても、目障りな皇帝庁から権威を失わせるというというような小さなことでは済まない。

 この世界の滅亡に関する問題だ。

 

「あいつらにそんな力があるか。静観しておけ。場合によっては、森の女王に恩を売るが、まあ、状況を見極めてからだ。恩を売れれば、安くものを買えるかもしれんがな」

 

「御意に……」

 

 マーリンは頭をさげた。

 引き続き、情報収集──。

 ノルズにはそう伝えるつもりだ。

 ただ、ノルズからは、この件に関して、“魔女”を解放させたいと言ってきていた。これについても、当面は自重せよと指示することになるだろう。

 

 いずれにせよ、アーサーの考えも確認できた。

 やはり、アーサーは、徹底的に大きな騒動を起こさせたいようだ。

 まあ、さもなければ、いくらアーサーに英雄の素質があるといっても、結局はタリオ公国という小国をせいぜい中堅国に拡大したくらいで、生涯を終わりかねない。

 だが、世が大きく乱れるならば、アーサーという英雄は、時流に乗り、歴史に残る偉人として輝かしい業績を残すのだろうと思う。

 

「ところで、そちらの状況は? 今回も報告事項はないか?」

 

 向こう側のアーサーから皮肉っぽい物言いで訊ねられた。

 マーリンは苦笑した。

 まだ、一箇月だ。

 しかし、アーサーは、それでも、なんの成果も行動もないということが怠慢に感じるのかもしれない。

 いずれにしても、ちょうど今夜から動くつもりだったことがある。

 それを耳に入れておこうと思った。

 

「手頃な女を見つけました。テレーズ=ラポルタ……。ハロンドールの南地方に領土を持つ女伯爵です。一箇月ほど後、ルードルフ王の政務を補佐する女官長として、王都に派遣されます」

 

「あの男の政務の補佐? そんなものが必要なのか?」

 

 この国のルードルフ王が全く政務を顧みず、王政のほとんどを王妃アネルザと王太女のイザベラが代行しているのは有名な話だ。

 ルードルフが正宮殿に出てくるのは、数日に一回くらいのことであり、しかも、どうしても外せない儀礼くらいである。

 当然に、アーサーもこの国の王宮の状況は承知している。

 

「テレーズ=ラポルタという女伯爵は、年齢は四十五歳の年増なのですが、大変な美女なのですよ。テレーズが王宮にあがることで、ラポルタ領には、代わりに執政をする官僚団と多額の支度金と定期的な資金援助が行われます……」

 

 マーリンの説明に対して、アーサーが舌打ちした。

 

「そういうことか……」

 

「まあ、最近は年増好みだそうで」

 

 マーリンも笑いながら言った。

 

「それで、その女伯爵がどうした?」

 

「すり替えます。黒を扱う女を飼っておりますゆえに。ちょうどいいかと」

 

 マーリンが“黒”という隠語を使うと、アーサーの目が大きく開いた。

 “黒”というのは、闇魔道のことだ。

 闇魔道は禁忌の魔道のひとつであり、他人を操り、意のままに動かす術のことである。

 マーリンは、少し以前から、闇魔道を扱う女を保護していた。

 あるところから逃亡し、山道で野垂れ死に仕掛けていた女であり、マーリンはその女の命を助ける代わりに、隷属の支配を受け入れさせた。

 いまでは、完全なマーリンの奴隷である。

 

「……うまくいくか? 王宮だぞ……」

 

 アーサーの顔が怪訝な表情になる。

 

「うまくいかずとも、足がつくことはありません。失敗すれば、その段階で命がなくなるように呪術を刻んでおります。失敗と認識した段階で、口を割る前に死にます」

 

 死んで問題はない。

 拾った女だ。

 だが、万が一にも成功すれば、労せずしてこの国を乗っ取ったのも同じだ。 

 また、アーサーに説明した通り、マーリンの呪術は完璧だ。

 絶対に逆らえない人形というだけでなく、任務に失敗したと認識した時点で、すべての生態活動が停止することになっている。

 マーリンやアーサーの名が出ることはない。

 無意識にされて、自白をすることもできないようになっている。

 それに、おそらく、テレーズが女官長として入れば、主要な居場所は、正宮殿ではなく、後宮になるはずだ。

 後宮ならば、警戒も緩くなる。

 現に、性奴隷の贈答に事よせて、タリオの間者を王の近くに幾人か侍らせている。

 

「よかろう、やれ……。今後、これに関する報告は必要最小限にせよ。この件はお前に一任する」

 

 マーリンは頷いた。

 それについては、マーリンの方から申し出ようと思っていた。

 あまりにも、重大な陰謀でありすぎる。

 人形にした道具で情報が発覚しなくても、この魔道通信で洩れる可能性もある。

 

「ありがたき」

 

 マーリンは目の前の霧の中の像に頭をさげた。

 

「……ただし、うまく王を操れれば、ひとつだけやって欲しいことがある」

 

 すると、アーサーが言った。

 そのとき、急に、向こう側のアーサーの表情が不機嫌そうになった。

 マーリンは怪訝に思った。

 アーサーがさらに続けた。

 

「ロウ=ボルグ、この男を失脚させろ。女たちの前から消せ。どんな方法でもいい。殺しても構わん。ただし、絶対に情報が洩れないやり方でやれ」

 

「わかりました」

 

 マーリンには、すぐに、その男が一箇月ほど前に、アーサーにこの王都で恥をかかせた冒険者上がりの子爵だということがわかった。

 どうやら、さっきのアーサーの複雑そうな表情は、マーリンへの追加指示が、ロウへの私怨によるものだったからみたいだ。

 詳しいことは知らないが、あの自信家のアーサーが、その自信を砕かれるようなことがあったらしい。

 この王都訪問の最後の茶会に参加したときのことのようだ。

 知っているのは、そのときに同行をしたランスロットだが、アーサーから箝口令を言い渡されて、ランスロットも口を割らないので、マーリンも詳細は知りようもない。

 いずれにしても、マーリンには、それほどの重大人物とは感じられなかったロウという男のことをアーサーがかなり毛嫌いしていることは知っている。

 

「それでは……」

 

 マーリンは魔石から魔力を抜く。

 霧が消滅した。

 

 それから、二ノスほどがすぎた。

 来訪者は、遠慮がちに店の外の通りから小さな鈴を鳴らした。

 

「入れ」

 

 大声ではない。

 外になど、ほとんど聞き取れないはずの低い声だ。

 だが、ほんのしばらくすると、部屋の中に黒づくめの女が立っていた。頭にやはり、黒いフードを被っている。

 どこから忍び込んだのかは知らない。

 

「来たな、テレーズ」

 

 マーリンは言った。

 

「テレーズ?」

 

 女が訝しむ口調で応じる。

 もちろん、この女の名はテレーズではない。

 しかし、そんなことはどうでもいい。

 今後、この女がそれ以外の名を使うことはない。

 すり替わりが成功すれば、生涯をそのテレーズとして生きる。失敗すれば、その場で死ぬだけだ。

 

「テレーズ=ラポルタ──。一週間後に地方を出立して、この王都にやって来る。国王に仕える女官長としてな……。お前は、その女になりきれ。どんな手段でもいい」

 

 マーリンは、金貨の入った袋が三袋、宝石の入った袋が二袋、それぞれに置く。

 かなりの財産だ。

 

「……やり方は任せる。この金を使え。使い方も自由だ。ただし、完全にすり変われ。発覚しそうになったり、失敗しそうになったら死ね」

 

 マーリンは、女に呪術を刻み直した。

 女が一瞬だけ、苦しそうに大きく息を吐いた。

 悪意のある呪術が刻まれたときの反応だ。

 これで、任務が失敗しても、誰の工作なのか発覚することはない。

 

「わかりました……。それで、成功したあと、どうすれば?」

 

「王の後宮に入り込んでいる手の者から伝える。お前からはなにもするな」

 

「かしこまりました」

 

 女が言った。

 案外に若いのかな?

 声でなんとなく、そう思った。

 それでわかったが、マーリンはこの女の年齢を知らない。

 かなりの闇魔道の使い手だということは知っているが、そういえば、生い立ちとか家族のこととか、なにも聞いていない。

 隷属できたことで、興味を持つ必要がなかったからだが、それを思い出した。

 まあいい……。

 マーリンは、一個の魔石を女に投げた。大きさは親指の先ほどだ。

 女がそれを宙で受ける。

 

「これは?」

 

「魔道が刻んである。それを身体に入れろ。魔道を注げば、一度だけ、目の前の相手に姿形を変えられる。元には戻れん」

 

 女が頷く。

 そして、懐からナイフを出して、左腕を裂いた。

 血が流れ落ちる。

 女が傷口から、魔石を押し込む。

 そのとき、やっと呻き声らしいものを女が出した。

 

「光魔道は遣えんのだったな」

 

 マーリンは治療術を女に注いだ。

 魔石を入れた女の腕の傷が消滅するのがわかった。

 

「終わりだ、去れ」

 

 すると、黒づくめの女が闇に融けるように消えて見えなくなった。  

 いつの間にか、机に載せていた金貨と宝石の袋が消えている。

 ふと見ると、あったはずの女の血の痕さえも、床からなくなっていた。



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【1章 旅の準備】
245 ふたつ目の陰謀


【ナタル森林国・イムドリス宮】

 

 

「ガドニエル様、よろしいですか? ブルイネン隊長がおみえです」

 

 ガドニエルは、侍女の呼びかけに、気だるさをこらえて頷いた。

 このところ、ガドニエルは体調のすぐれない日々が続いていた。

 まだ齢は、百五十年も過ぎていない。

 黄金色の長い髪もまだ少女時代のときのままだし、肌の滑らかさも、見た目の若さも、人族の二十代の女と引けを取らない状態を保持している。

 しかし、実際のところずっと身体に力が入らないという日々が続いているのだ。

 治療の魔道も、エルフ族の秘薬も役には立ちはしない。

 なにかの「呪い」なのだろうかと思ったりまでしたが、どうもよくわからないでいた。

 

 ここはナタル大森林という巨大森林の中心にあるエルフ族の小城塞である。

 城塞名をイムドリス宮殿という。

 ナタルの大森林には、百個以上の森エルフの里があり、さらにドワフ族の村や有名な地下都市もある。

 イムドリス宮殿は、ナタルの森を支配するエルフ族長老の住居だ。

 そして、エルフ長老家の深い結界で隠された亜空間の中にある。それを支配することは、エルフ長老家の長老しかできない。

 つまりは、ガドニエルでなければ、結界は自由にならないのだ。

 逆に、ガドニエルならば、このイムドリス宮殿を世界のどこにでも繋げることができる。

 いまは、ナタル森林国の首都的な空中都市のエランド・シティの行政府である水晶宮に繋げている。

 だから、ガドニエル以外の者がイムドリス宮に来るには、その水晶宮を経由するしかない。

 

 ガドニエルは、そのイムドリス宮殿とエランド・シティの女王であり、森エルフだけでなく、世界に拡がる街エルフも含めたすべてのエルフ族の頂点に立つ女長老でもある。

 

 もっとも、頂点といっても、実際にはナタルの森にある有力族長のまとめ役にすぎず、人族の王のように絶対的な権力があるわけじゃない。

 エランド・シティについても、行政は太守に完全に任せておりガドニエルに実権はない。

 ただし、ガドニエルが動けば、すべてのエルフ族になんらかの影響を及ぼす。

 それくらいの力はある。

 

 侍女が両扉の片側を開く。

 椅子に座ったまま顔をあげると、血のりのついた具足のままのブルイネンがガドニエルに向かって真っすぐに部屋を横切って来る。

 ガドニエルは訝しんだ。

 任務を果たして一目散に戻ってきたのだろうが、長老の塔に報告にやって来るまでに、せめて血を拭くくらいのいとまはあったはずだ。

 だが、戦闘の痕跡が残る恰好のままやって来るのはどうしたことだろう。余程に急いでやって来たということだろうか。

 

「ひとまず任務を果たしました。とりあえず、エランド・シティの城塞の周辺に沸いた魔物のたぐいは一掃したことを報告します」

 

「どうしたのです? 随分と暗い顔ですね。魔物は退治をしたのでしょう」

 

 ブルイネンの浮かない表情を見て、ガドニエルはそう言った。

 ガドニエルがブルイネンに命じていたのは、イムドリスが繋がってるエランド・シティの周辺で発見された新しい「特異点」の封印と、そこから溢れ出たらしい魔物の退治だ。

 

 このところ、ナタル森林のあちこちに特異点が発生して、魔物の力の根源である瘴気が溢れかえり、それにより、封印されたはずの魔物が次々に現われるということが続いていた。

 特異点というのは、かつて人族と戦った魔王である「冥王」とその眷属の魔物を封印した魔界と、こちら側の世界を繋ぐ出入り口のことである。

 完全に封印したはずなのだが、なんかのきっかけで封印が弱くなる空間ができて、冥王のいる魔界が繋がってしまうのだ。

 それが「特異点」である。

 

 特異点ができれば、そこから、大量の瘴気とともに、何十という魔物が出現して、こちら側の世界を荒らす。

 それだけでなく、瘴気がさらに拡大して、大地に満ち満ちてしまえば、冥王そのものが現われるほどの、空間の大きな綻びに発展するかもしれない。

 だから、すぐに魔物を退治するとともに、特異点を再び封印して瘴気の拡大を防がなければならないのだ。

 特異点だけを封印しても、魔族の吐き出す息そのものが瘴気である。

 魔物もまた、駆逐しなければ、やはり、瘴気の充満の原因になってしまう。

 

 ガドニエルは、イムドリスのエルフ守備兵を使って、その魔族討伐と原因となる特異点封印を逐次に続けさせていた。

 もちろん、イムドリス宮で隔離した生活を送っているガドニエルに、その義務もなければ、役割もない。

 ガドニエルは、あくまでもナタル森林国の象徴にすぎず、実際の森の運営は、エランド・シティと呼ばれるナタル森林内の中心である空中城塞に置かれている水晶宮の政務庁で行うからだ。

 魔族討伐のためのエルフ軍も、その水晶宮が握っている。

 

 だが、このところのナタルの森の魔族の大発生は、あまりにも異常事態である。

 ところが、水晶宮で政務を任せているカサンドラという女エルフのやり口が、あまりにも無策のように思え、女王として危機感を覚えていた。

 それで、カサンドラを通して得られるもののほかに、情報を得ようと思って、親衛隊を動かして、討伐の傍ら、情報集めをさせていたのだ。

 ブルイネンは、その親衛隊長だ。

 

「討伐に当たったエルフ兵十人が死にました」

 

 その報告に、ガドニエルは眉をひそめた。

 魔物討伐は戦いであるので、負傷はつきものだ。

 しかし、魔道力の強いエルフ族の兵は滅多なことでは死なず、即死でない限りすぐに治療術で回復する。

 従って、十人の死者が出たということは、エルフ族の強兵を十人一度に即死できるほどの強力な魔物が出たということだ。

 ブルイネンが重そうな口を開く。

 

 巨人族の軍団──。

 信じられない単語がそこから洩れた。

 ほかにも、グリフォン、キマイラの単語もあった。

 それだけの超強力な魔物が、エランド・シティの近傍に現れたというのは信じられないことだった。

 

「命を落とした者に冥福を……」

 

 ガドニエルは立ちあがって祈りの仕草をした。

 ブルイネンが静かにこうべを垂れる。

 

「それにしても、このところの魔物の頻繁な出現は異常です。これだけの質と数の特異点が続けて発生するなど、かつてなかったことです。なにが起きているのでしょう、ガドニエル様?」

 

 祈りの仕草が終わるとブルイネンが言った。

 ガドニエルは首を横に振った。

 

「わかりません。でも、これがナタルの森に留まらない、全大陸の現象ということは断言できます。三公国、ハロンドール、エルニアなど、人族の諸王国からも、頻繁な特異点の発生と魔物の出現は報告されています。嫌な予感がします」

 

 ガドニエルは椅子に座り直しながら言った。

 外交というものを積極的に行わないナタル森林国であり、また、政務に関することは全て、結界の外側のエランド・シティの水晶宮でしか行わないので、ガドニエルに入る情報は間接的なものだ。

 それでも、この世界に異変が起きているという兆候には、十分のことのようにガドニエルは感じた。

 

「嫌な予感とは?」

 

「もしかしたら、冥王の復活とか……」

 

 ガドニエルは静かに言った。

 ブルイネンが「まさか」という顔をしたが、これまでに集められているすべての兆候を繋ぎ合わせればそうなるのだ。

 特異点の乱出以外にも、ブルイネンにも話していない世界中の数々の異常現象の情報があるが、そういったことの全部を分析していけば、数百年前に異界に封印された冥王を、誰かが復活させようとしているのではないかという結論になる。

 恐ろしいことだが……。

 

「……荒唐無稽のこととはわかっています。でも、とにかく、わたしの名で人族の王たちに親書を送ろうと思います……。“冥王の復活の兆候あり”──と。これをエルフ族女王のガドニエルの名で知らしめます。冥王の復活など許してはなりません。情報を共有し、特異点の出現を防ぎ、現れればすぐに封印する。これを繰り返すしかありません。ましてや、このナタルの森に、冥王復活の場所など作らせてはならないのです。それは、ブルイネンにお願いします」

 

 ガドニエルの言葉に、ブルイネンが顔を引き締めて出ていく。

 

「アルオウィンを呼んでくれる?」

 

 ブルイネンが去ると、ガドニエルは侍女に告げた。

 アルオウィンとは、ガドニエルが使っている手の者の長だ。

 ブルイネンが軍団を率いて表の戦いをするとすれば、アルオウィンは人の海に紛れて、各地で情報収集や裏の任務を果たす仕事をする。

 亜空間結界にある宮殿に閉じこもり、世間と途絶されているガドニエルの唯一の耳目である。

 そういう役割だ。

 

 しばらくすると、美しい女エルフがやって来た。

 アルオウィンである。

 

「ガドニエル様、お体の具合はいかがですか?」

 

「ちっとも……。このところ、心労の種が続いていますからね。その疲れが溜まっているのかもしれません」

 

 ガドニエルはアルオウィンに言った。

 そして、世界各地の特異点にまつわる異常現象についてのガドニエルの意見を口にした。

 何者かが冥王の復活を目論んで、意図的に特異点の拡大と拡散を謀っている……。

 信じられることではないが、アルオウィンとは何度もその可能性について意見を交わしてきた。

 アルオウィンも、いまはガドニエルと意見が同じであり、このところの特異点発生は、偶然ではなく、人為的なものを感じていると言っている。

 

「先日やって来た人族の女のことを覚えていますか?」

 

「ノルズですね」

 

 アルオウィンは言った。

 半年ほど前だが、このアルオウィンがこのイムドリスにやって来たひとりの人族の女を連れてきた。

 エルフの結界があるこの小宮殿に、そのノルズと名乗る女がどうやって入ったかはわからない。

 ここに入るのは、事実上、エランド・シティにある水晶宮にある特別な部屋から入るしかない。

 だが、そこは厳重に管理されており、密かに入り込むなど、事実上不可能のはずなのだ。

 

 しかし、入ってきた。

 すぐにアルオウィンの部下が捕らえたものの、そのノルズがもたらした警告は、あまりにも常軌を逸したものだった。

 だが、アルオウィンは、持ち前の勘で、そのノルズという女の言葉が意味のない出鱈目ではないと思ったらしい。

 だから、アルオウィンがガドニエルの前に、ノルズを連れてきたのだ。

 

 そのノルズが警告したのは、三公国のかつての宗主国であり、いまはなんの権力もない皇帝家が、冥王の復活をさせようという陰謀を働いているというのだ。

 そして、それを実現させるために、世界各地で特異点発生の工作を続けており、そのもっとも大きな特異点が、三公国の端にある「アスカ城」という都市国家で作られようとしているという内容だった。

 

 いまであれば、あの警告が真実かもしれないという思いはあるが、当時は馬鹿げた話だと思った。

 俄かには信じられないことであり、なによりも、アスカ城のアスカが、ガドニエルやナタルの森に害を及ぼそうとするなど、あり得ないことなのだ。

 ガドニエルはとりあえず、そのノルズを牢に監禁するように命じた。

 イムドリスに潜入した罪と、不穏な噂を広めて人心を不安に陥れようとしているという罪だ。

 しかし、その夜のうちに、ノルズは脱走して、イムドリスから消えた。

 いまもって、どうやって逃げたのか、さっぱりとわからない。

 

「あの言葉が気になります。アスカ城という場所に向かってくれますか? そこでなにが起きているのか、あるいは、起きていないのかを確かめてきてください」

 

「わかりました」

 

 アルオウィンは言った。

 そのアルオウィンも退出する。

 

「疲れました。湯浴みをします」

 

 ガドニエルが侍女に言うと、すぐに五人の侍女が動き出す。

 やがて、湯の準備ができたと、ひとりが言いに来た。

 ガドニエルはその侍女の肩を借りて、部屋を出て湯舟に向かう。

 本当に体調が悪い。

 こんなこと初めてだし、この半端ない疲労感はなんなのだろう。

 

 湯舟のある部屋に着く。

 大きな部屋に深紅の絨毯が敷き詰めてあり、その真ん中に人がひとり入れるくらいの湯舟がある。

 香水の香りをたちこめたなめらかな湯が満たしてある。

 ガドニエルは身に付けているものをすべて侍女たちに脱がせてもらい湯舟に肢体を浸ける。

 

「ふう……」

 

 気持ちがいい。

 

 ガドニエルは湯舟の中から首と乳房と足首から先だけを出して、身体を伸ばして横になった。

 身体が温かくなるにつれて、眠気に襲われた。

 ガドニエルは、静かに眼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくしてから目が覚めた。

 どうやら、本当にあのまま眠っていたらしい。

 湯舟の中で上体を起こした。

 

 鎖の音……。

 はっとした。

 両手首に金属の枷が嵌められている。

 びっくりした。

 そして、はっとした。

 湯舟の前に、ひとりの男エルフがいたのだ。

 

「さすがは世界一の美しさと称されるガドニエル様ですね。じっくりと裸を堪能させていただきましたよ」

 

 さすがに小娘のような悲鳴はあげなかったが、慌てて乳房を腕で隠すようにして身を竦めた。

 

「な、何者だ──。どうやって、ここに入った──?」

 

 動顛した。

 そして、すぐに誰なのかわかった。

 

 ダルカンというエルフ族の男だ。

 一年以上前に、褐色エルフの里という小さなエルフ村で長老をしていた男であり、そこで罪を犯して、顔に刺青のうえに、その里を追放になった男である。

 本来であれば、ナタルの森にも残ることはできないのだが、このダルカンの縁者がガドニエルに親しく、泣きつかれて仕方なく、小間仕事をする雑人として、イムドリスに住むことを許した。

 ここであれば、世間と隔離されているので、エルフ族の世界から追放された者でも匿うことはできる。

 罪人らしいが、反省しているようだし、頼まれたこともあり、仕方なく、彼を預かることにした。

 最初以降、一度も顔など見なかったのだが、罪人であることを示す刺青が額にあることから、それを思い出したのだ。

 

 だが、なんでここに?

 ガドニエルはすっかりと狼狽えてしまった。

 

「お前たち、なにをしている。この不届き者を捕らえよ──。すぐにブルイネン隊長を呼べ」

 

 叫んだ。

 湯舟の周りには、相変わらず五人の侍女が囲むように立っていた。

 しかし、ダルカンは、彼女たちになにも咎められることなく、鼻の下を伸ばしたような下品な顔つきで、ガドニエルの裸身を眺めている。

 

「わからないのですか、女王様? 五人の魔道の杖は、俺じゃありませんよ。さっきからあんたを狙っているんですよ」

 

 ダルカンの言葉にはっとした。

 確かに、侍女たちはいつの間にか、魔道の杖を抜いている。

 魔道の杖というのは、持っている魔力を増幅して魔道を強力にする道具だが、彼女たちはそれをガドニエルに向けているのだ。

 

 わけがわからない。

 

 すると、ダルカンが魔道の杖を出し、魔道を放った。

 手枷に鎖が出現して、ガドニエルの裸身を宙に引きあげる。

 

「う、うわっ──。ど、どういうことだ。お、お前たち、なんでだ? なぜ、侵入を許した? なぜ、捕らえん?」

 

 侍女といえども、五人とも一騎当千の魔道戦士の女エルフたちだ。

 しかも、ガドニエルに完全な忠誠を誓っているはずだ。

 だが、まったくダルカンのやることを阻止しようとしない。

 それどころか、ガドニエルがダルカンに抵抗できないように、ガドニエルの魔力を発散させるように魔道をかけている。

 

「無駄だよ、女王──。あんたが侍女だと思っていた女たちは、この一箇月で全員、こっそりと入れ替わってたんだ。ここにいるのは、みんな俺の仲間だ……。というよりもある方の部下だがな。特別な魔道具で侍女に化けているだけだ。あんたが元気なら気がついたかもしれないが、毎日、身体と魔力を弱らせる毒を与え続けてきたから、その身体じゃあ、入れ替わりなど感知できなかっただろうさ」

 

 ダルカンが笑った。

 侍女たちがずっと前から、いつの間にか入れ替わった……?

 一箇月以上もかけて、毒を盛った……?

 

 信じられないが、いまこの状況を考えると、それが事実なのではないかと信じるしかない。

 しかし、エルフ族の女王たるガドニエルをその総本山たるイムドリス宮で罠にかけるだと?

 

「な、なにを考えている、ダルカン──。恩をあだで返すとは──」

 

 ガドニエルは魔道を放った。

 しかし、すぐにそれが無駄であることがわかった。

 身体に魔力を封印する魔道陣が刻まれている。

 寝ているあいだに刻まれたのだろう。

 本来であれば、ガドニエルに魔道をかけて、魔道陣を刻むなど不可能のはずだ。

 しかし、この一箇月調子が悪くて、ガドニエルの身体は本来の状態ではなかった。

 どうやら、それはこのダルカンが仲間とともにやったもののようだが、とにかく、そのためにガドニエルは魔道を封印されてしまっているようだ。

 ガドニエルは、背中に冷たい汗が流れるのがわかった。

 

「あなたが余計なことをするからですよ。俺はあんたを見張るのだけが役目だったのに、人族の国王に警告の親書を送ろうとするとはね……。そんなことをするから、こうやって強引な手段を使わなければならなくなったのです」

 

 宙に浮かんだ鎖が天井を進み、身体全体が湯舟の外に出た。

 ダルカンがガドニエルの背後にまわって、指を尻たぶの下から股間に這わせてくる。

 

「うっ、な、なにをするか──。や、やめよ──。やめんか──」

 

 大声をあげた。

 しかし、このガドニエルの部屋は、外に対して完全防護の結界がかけられている。

 ガドニエルか、侍女が解放しなければ、どんな者でも部屋には入れないし、声が廊下に洩れることはない。

 

「なにを狼狽えているんですか? 生娘でもあるまいに」

 

 ダルカンがいやらしく股間を弄ってくる。

 ガドニエルは必死に脚をばたつかせた。

 しかし、もともと毒のせいで身体がだるいのだ。

 抵抗らしい抵抗もできない。

 それをいいことに、ダルカンはガドニエルの乳房を揉み、クリトリスを愛撫し、腟に指を挿し入れる。

 ガドニエルは悲鳴を振り絞って、総身をあばれさせた。

 しかし、いやらしい愛撫がガドニエルの抵抗力を削ぎ落としていく。

 

 それにしても、いまにしてもわからない。

 本当に侍女は入れ替わっているのか?

 誰かが変身している感じなど、まったくないのだが……。

 

「わ、わたしになにかあれば、すべてのエルフ族が敵に回る。こ、こんなことをして、ただで済むと思っておるのか──。この部屋の外には、わたしを守る大勢の者がいるのだ」

 

 ガドニエルは言った。

 

「しかし、いまはひとりもいない。油断して平和呆けをするから、身の回りから侍女がいなくなっても、あるいは、毒を飲ませられ続けてもわからない……。違いますか?」

 

 ダルカンが前に回って来て、片脚だけを掴んで、身体を引き寄せた。

 いつの間にか、ダルカンは股間を露出していた。

 勃起しているダルカンの怒張は、いとも簡単に、ガドニエルの股間にねじ込まれた。

 

「ああっ、あぐうっ」

 

 激しく律動が始まる。

 なんの抵抗もできない。

 

 やがて、あっさりと精を注がれた。

 犯されたのだ。

 口惜しさに歯ぎしりした。

 

 次の瞬間、ダルカンの手首にある腕輪が光ったと思った。

 すると、ガドニエルは自分の心が、ぽんと肉体から弾き飛ばされるような感覚に襲われた。

 

 床に弾き飛ばされる衝撃とともに、ガドニエルは身体を打ちつけていた。

 驚くことに、ダルカンの身体が宙吊りになっているガドニエルの肉体に、すっと消えるのが見えた。

 宙吊りの身体が鎖から外れて、裸身のガドニエルがこっちに視線を送る。

 

 目の前に自分?

 ガドニエルは茫然自失になった。

 声をあげた。

 

「ガアアア、ハガアアア──アガアア?」

 

 しかし、自分の口から出たのは魔獣のような呻き声だけだ。

 身体を見る。

 手も足も毛むくじゃらの醜くて、短いものに変化していた。

 

「アガアアアアア──」

 

 喚き声はまさに野獣の咆哮だった。

 まさか、身体を乗っ取られて、ガドニエル自身は魔獣の姿にされた?

 部屋の隅にある大きな姿見を慌てて見る。

 そこには、猪の顔をした醜い雌の醜豚鬼(オーク)がいた。

 

「ンガアアアア」

 

 ガドニエルは絶叫した。

 だが、口から出るのは、やっぱり魔獣の吠え声だ。

 まさか、こうやって本物の侍女たちも、ひとりひとり魔獣に変えられたのだろうか?

 

「親衛隊長を呼べ──。部屋に魔獣が侵入した。捕らえよと命じろ」

 

 ガドニエルの姿のダルカンがガウンを着ながら言った。

 なんとか、ガドニエルは、もう一度魔道をかけようとした。

 しかし、この身体ではまったく魔道が発動しない。

 言葉さえも喋れない。

 

「誰か──。誰か──。魔獣です。長老様の部屋に魔獣が出現しました──」

 

 侍女のひとりが駆け出した。

 廊下に通じる扉を開いて叫ぶ声がした。

 ガドニエルは焦った。

 すぐにエルフの親衛隊の兵がやってくるだろう。

 そうすれば、問答無用でガドニエルは雌の魔獣として殺される……。

 

 ガドニエルは走った。

 ダルカンの前から逃げて、さっきの部屋に出て机の中の一個の宝玉に飛びつく。

 

「いかん、逃げられます。あれは、女王のみが使える脱出用の魔道具です」

 

 侍女のひとりが大声を出して指さしてきた。

 しかし、そのときには、ガドニエルの心の入ったこの魔獣の身体は、宮殿の外の世界に跳躍していた。

 

 

 *

 

 

「ガドニエル様──」

 

 ブルイネンは部屋に飛び込んだ。

 そこには、ガウン一枚だけを身につけているガドニエルの姿があった。

 周りをガドニエルを守るように、侍女の魔道戦士たちが囲んでいる。

 

「おお、ブルイネン──。大事です。突然にオークが部屋の中に、魔道跳躍してやって来たのです。やって来たときと同じように亜空間を脱して、外世界のナタルの森に逃げましたが、まだ遠くには行っていないはずです。捕らえなさい」

 

 ガドニエルが言った。

 

「はっ、草の根を分けても──」

 

 ブルイネンは事の重大さを知って驚愕するとともに、すぐに周辺探索をするための兵を集合させるために動いた。



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 第1話   混沌の幕開け
246 温泉の贈り物と快感の共鳴


【ハロンドール王国・隠れ温泉】

 

 

「あんっ、あんっ、あんっ」

「はっ、はあっ、はあっ」

 

 一郎は、アンを温泉の縁の岩場にもたれさせ、後ろから尻たぶの狭間から怒張を出入りさせている。

 すでに溢れ出す愛液はとめどのないものになり、アンは早くも絶頂の兆しを示し始めた。

 愉快なのは、その横でアンとほとんど同じ姿勢で岩に突っ伏しているノヴァだ。

 一郎の淫魔術により、女主人のアンと完全に性感を同調させられているノヴァは、アンとまったく同じように悶え声をあげ、淫らに尻を振って、女主人同様に快感を昂ぶらせているのだ。

 今日は、ふたりには縄掛けはしてない。

 アンもノヴァも腰から下を湯に浸かり、上半身を縁の岩にもたれさせて、必死に身体を支えている。

 

 この秘密の温泉場には、いつもの三人娘、スクルズ、アンとノヴァ、そして、マアを連れてやってきた。

 本来は、王都から、徒歩で三日以上の距離のある岩場の温泉だ。

 

 まだ、温泉としては、ほとんど知られてなかった場所らしく、人里からも、主街道からも距離があり、一郎たち以外に誰かがやって来る可能性はほとんどない。

 ここを行商に身をやつさせている手の者によって偶然に見つけたマアは、一郎が温泉好きということを知り、一郎専用の本物の岩場の温泉にして贈り物にするために、びっくりするような巨額の大金を投じて入浴のできる設備を整えさせ、さらに寝泊まりや食事の支度のできる小さな建物、温泉に面するあずまやなどを造らせて、本当に一郎へのご機嫌取りの材料として渡してきたのだ。

 

 あの日本食に似た異国の調味料のこともあるが、マアは、一郎のためなら、金に糸目をつけずに尽くしてくれる。

 心から嬉しいが、こんな辺鄙(へんぴ)な場所に、これだけのものを造らせるなど、材料を運ばせるだけで、相当の金を使ったに違いない。

 いくらかかったのか、ちょっと怖くて聞きたくない気分だ。

 

 そして、それに一枚噛んだのがスクルズだ。

 せっかくのマアの贈り物の一郎専用の温泉だが、距離もあるし、辿り着くまでに難事なのでは使えない。

 それで、スクルズが、王都郊外の一郎の屋敷と、王都内の幾つかの建物を結んでいる“ほっとらいん”と一郎が名づけた『移動術』で瞬間移動できる魔道設備の技術を応用し、遥か王都とこの温泉までを瞬間転移できるように、魔道設備で繋げたのだそうだ

 

 一郎の幽霊屋敷と、王都の中心部までは、歩けば半日ほどの距離にある。

 スクルズの技術では、それが限界の距離らしいのだが、スクルズは、移動術の中継設備を中間位置に幾つも作り、即ち、移動術の術式を刻んだ大型のクリスタル石を使った中継基地を作らせることで、歩けば三日のところにあるここまで、一瞬でやって来ることを可能にしたというのだ。

 

 スクルズに言わせれば、長距離転送技術は、これまでナタル森林国のエルフ族のみが独占していた秘密の古代技術であり、それを試行とはいえ、再現してみせたスクルズには、早くも、神殿界のみならず、魔道研究者のあいだでも注目を集めつつあるらしい。

 

 また、クリスタル石は、こういう魔道設備には絶対に必要な材料であり、魔道を刻んだり、魔力を保持させる特殊鉱石らしいが、ナタル森林の森エルフしか作成できないようで、数はふんだんになく、移動術の中継を可能にするような大きさだと高額だ。

 それを準備したのも、マアらしい。

 ただ、設置と魔道の刻みについては、魔道具の技術訓練を兼ねて、第三神殿の神官に手伝わせたようだ。

 ふたりとも、公私混同も最たるものだが、すべて一郎の機嫌を結ぶためだというのは、ありがたいし、正直嬉しい。

 

 それで、今日はお披露目ということで、一郎たちがマアとスクルズに連れてきてもらったのだ。

 さすがに、作業員に神官を使っているので、一郎の屋敷に直接繋げるわけにはいかず、第三神殿とここが繋がっているが、屋敷から第三神殿までも繋がっているので、いつでも通える。

 温泉で女たちを愛するのが大好きな一郎には、なによりの贈り物だ。

 

「あおう、おあっ、ああうっ」

 

 慎ましやかなアンには、珍しくすっかりと興奮する呻き声をあげている。

 また、一郎の怒張が背後から股間を突くたびに、太腿とお尻をいやらしくおののかせもする。

 

「はあっ、あああっ、んはああ」

 

 その隣では、アンとまったく同じような格好のノヴァが全身を震わせて悶えている。

 ある意味、なにもされてないのに、裸体だけをひとりで反応させるのは、滑稽かもしれないが、少し前までは、アンが同じ状況だった。

 すでに、女たちを抱くのは、三廻り目になるのだが、アンとノヴァは快感を共鳴させっぱなしなので、事実上、彼女たちだけ、六回目ということになる。

 一郎が抱くときには、大抵は、一郎が一度精を放つあいだに、女たちは何度も達してしまう。

 だから、アンもノヴァも、もう十数回昇天してるだろう。

 はっきりいって、ふたりとも息も絶え絶えだ。

 

「いぐうくっ、いきます。お、お許しを……。も、もう一緒に、一緒にいってぐだざいいい」

 

 アンが泣くような悲鳴をあげた。

 もう限界なのだろう。

 達したとしても、一郎が精を放たないと、終わることはない。だから、必死で哀願してるのだ。

 

「遠慮なく……。達してよ……、アン。合わせて……あげる……」

 

 一郎はアンのもっとも感じる場所を選んで、怒張の先でしつこく突きながら言った。

 

「は、はい、あ、ありがとうございます。いく、いぎまずっ、いぐううっ」

 

「ああ、んふううっ」

 

 アンが全身を歓喜にわななかせて昇天した。

 その横でノヴァも一緒に絶頂している。

 一郎も、アンに合わせて精を放つ。

 

「はあああ、ありがとうごさいます……」

 

 怒張を抜くと、アンが脱力して、湯の中に倒れそうになった。

 一郎は慌てて、アンの裸身を抱える。

 

「あっ、あたしが……」

 

 自分自身も疲労困憊なのだが、ノヴァが急いで寄ってきて、アンを抱きかかえる。

 だが、さすがに、ノヴァもふらふらだ。

 一郎は、アンとノヴァを順に横抱きにして、湯の外に置いてもらっている寝椅子に横にさせる。

 ちょっと大きめの寝椅子だったので、別々にするよりはと思って、ふたりとも一緒に置いた。

 亜空間から水筒を出して、ふたりに飲ませる。

 ふたりは半分朦朧としたまま、水をむさぼるように口にした。

 そして、お互いに素っ裸で抱き合い、すぐに寝息をかき始める。

 

「本当に、一心同体なのですね。とても、可愛いですわ」

 

 いつの間にか、湯の中からだが、すぐそばに近寄ってきていたスクルズが、アンとノヴァが裸で抱き合って寝入る姿に愛おしそうな視線を向けながら言った。

 このスクルズも、まだ縛ってない。

 

 アンとノヴァは、スクルズのいる第三神殿の預かりということになっている。

 一郎は、二人を相手に、夜這いはもちろん、淫具による遠隔調教や破廉恥な宿題の命令など、キシダイン時代のことなど思い出すこともできないくらいに、日夜性愛に没頭することを強要している。

 それに接しているスクルズは、ふたりの快楽の共鳴関係をよく承知しているのだ。

 

 また、今日の温泉お披露目に、アンとノヴァを誘ったのは、一郎とスクルズの考えだ。

 キシダインを追い詰めるためだったとはいえ、アンにもノヴァにも、ふたりがキシダインに受けていた性的虐待を公にしてもらったし、多くの貴人がいる宮廷裁判でも暴露させた。

 そのため、表に出れば、多くの者に奇異の視線を向けられるのがわかっているので、アンは社交界などには出ずに、神殿に閉じこもりだ。

 アンはそれを不満には思ってないみたいだが、たまには、外にも出してあげたいと考え、転送で一気に来られるなら、誰にも会わないから大丈夫と考えて、ここに連れてきたのだ。

 

「おかしな悪戯を仕掛けているようだな。まったく、ロウ殿とは不思議な男だ……」

 

 その横にマアもやってきた。

 マアは、外行き用の老婆姿ではなく、一郎の淫魔術で若返った本来の姿だ。

 スクルズとマアは、三廻り目のときは、周回の最初だったので、身体を起こせるくらいに回復したみたいだ。

 

 それに比べれば、うちの三人娘は、三周り目が終わってから、まだ気絶して回復しておらず、湯の縁の岩で三人とも正体なく寝転んでいる。

 まあ、気心知れてるので、容赦なく責めたてたのが理由なのだが……。

 

「不思議な男?」

 

 好色だとか、変態だとかいうのはわかるが、不思議とはなんだろう?

 この世界に連れてこられた影響による淫魔術の能力で、絶倫になったし、不思議な術が遣えると思うが、そういうことでもないみたいだ。

 一郎はふたりのいる湯に戻った。

 

「アン殿のことは、タリオ公国から来た馬鹿どもが絡んでいたこともあり、よく知っている。大変な不幸だ。心に傷が残ってもおかしくない。それなのに、アン殿もノヴァも、本当に幸せそうだ。いつ会っても、心の底から笑っている姿が見られる。これは、凄いことだぞ、ロウ殿」

 

「ただ、好色のまま、抱かしてもらってるだけじゃないか。いまだって、ちょっとやりすぎたかもだ。死にそうな感じで、悲鳴をあげてたし……。でも、幸福か?」

 

 一郎は苦笑した。

 だけど、そんな風に見えるなら嬉しい。

 このふたりには、本当に幸せになって欲しい。

 もう一生、嫌なことなんて味わうことなく、気楽に笑うことだけで過ごさせてあげたい。

 

「幸福だろう。あんな仕打ちを何年も受け、やっと解放されたが、普通なら何年もかけて、心の傷を癒していくのだぞ。それでも、心に影響は残りやすい。しかし、あのふたりは、そなたがすぐに預かったこともあり、その翌日から、屈託なく笑えるようになった。これが凄くなくて、なにが凄いというのだ」

 

 マアが笑った。

 

「誉めてもらえたのかな。大した取り柄はないが、好色だけは取り柄で、それが役に立ったなら嬉しい」

 

「まだ、そんなことを言うのですか、ロウ様。ロウ様は素晴らしいですわ。真心も、魔道のような力も……。クエストもいままでに失敗したことがなく、世界に十人もいない(シーラ)ランクの冒険者ではないですか。謙遜も過ぎるのでは?」

 

 今度はスクルズだ。

 くすくすと笑っている。

 賞賛されるのは嬉しいけど、このふたりは、性奴隷の刻みをしている。

 誉めるのが当たり前で、それを割り引かねばならないだろう。

 それに、冒険者ランクについては、腕っぷしのない一郎だけでは何のクエストも成功できないだろうし、あの三人のお陰だ。

 また、最高クラスになったのは、アーサーがエリカに手を出しそうになったとき、それを回避するために、ミランダが無理して処置しただけだ。

 もっとも、そういうことを言い合いしても仕方がない。

 いまは、凄いということにしてもらうか。

 

「じゃあ、凄いなら、ご褒美が欲しいな。スクルズ、今度は縛って抱きたいね」

 

 一郎は亜空間から縄束を出した。

 

「あら、もちろん、お願いします。スクルズは、ロウ様に飼育される雌犬でございます……。でも、できれば、お手柔らかに……。本当はもう、ふらふらで……」

 

 顔にちょっと疲労の色があったが、それでも、スクルズはにこにこして、両手を背中に回した。

 

「じゃあ、少しは自重するよ」

 

 一郎は素早く、スクルズを高手小手縛りにする。

 縄掛けをしていくと、スクルズはそれだけで、うっとりと甘えるような縄酔いの姿態を示しだした。

 そして、縛り終わったスクルズの股間に前側から触れた。

 もう、ねっとりと濡れている。

 

「あんっ」

 

 そのスクルズは可愛い声を出して、拘束された裸身をくの字に曲げた。

 一郎は、スクルズの全身を湯の中に誘い、引き寄せて、湯の中ですっと亀裂に挿し入れる。

 

「あっ、あああっ、あん、ロ、ロウ様、あ、ありがとうございます」

 

 スクルズが感極まった様子でお礼を言い、さらに、可愛らしい声で悶える。

 それにしても、うちの女たちは、なぜ一郎に抱かれるときに、お礼を言うときがあるのだろう。

 どう考えても、男がお礼を言うべきと思うのだが……。

 それに、スクルズもそうだし、若返ったマアも、ほかの女も能力が高く、また、美人ばかりだ。

 自分みたいな男が触れるなど、それだけで申し訳ない気もするのだ。だが、抱き出すととまらないし、遠慮も消える。

 

「おおっ? 言っておくが、ロウ殿。あたしは今日はすでにお腹一杯だぞ。本当の年齢は、いい歳の婆あだしな……。あたしの分も、ほかの女を愛してやってくれ」

 

 すると、一郎がスクルズを抱く横にいたマアが慌てたように言った。

 順番からすれば、このスクルズの次は、マアだ。

 

「遠慮するなよ、おマア。俺はいくらでも相手できるし、譲る必要はない」

 

「譲っておらん――。そもそも、女だって、普通は三度も、四度も一度にはできんものだ。そなたは明らかに規格外だが、ロウ殿に調教された女たちだって、ここまで相手ができるのは普通じゃないぞ」

 

 横のマアが言った。

 そんな会話をスクルズを抱いて、腰を動かしながらする。

 

「そうか? なにが普通か、俺にはわからんし」

 

 一郎はとぼけながら、今度はスクルズを一郎に前向きに跨がせる。

 上半身を密着し合う対面座位の体位だ。

 再び抽送を開始する

 

「ひううっ」

 

 スクルズは早速、身体を弓なりにして、大きな反応を示した。

 

「あっ、ああっ、ああっ」

 

 一郎は律動を続ける。

 スクルズは、あられもなく肢体を打ち震わせ続けた。

 一郎は、スクルズに律動しながら、ぐっと抱き締めて、背中にある性感帯群を次々に刺激する。

 

「あんんんっ」

 

 すると、恍惚とした表情で、スクルズは一郎の口に舌を差し入れてきた。

 そして、夢中になって、舌にしゃぶりついてくる。

 スクルズが絶頂を迎えようとしているのは明白だ。

 一郎は最後のひと押しのために、ほんの少し体勢を変えて、怒張が深くまで挿さるようにした。

 

「いぐううう」

 

 高らかに悲鳴をあげると、スクルズは優美な五体を震わせて、歓喜の頂上に昇り詰めた。

 一郎は、スクルズの中に精を放った。

 

「ふ、ふうう――。た、堪能しました……。で、でも、い、息が……。ちょ、ちょっと、や、休ませて、く、ください……」

 

 スクルズの裸体がずるずると、脱力していく。

 一郎は、アンたちと同じように、一度湯の外に出して、寝椅子に横にさせた。

 それだけでなく、亜空間術で冷たい水を出して、口移しで飲ませる。

 

「はあ、はあ、はあ……、う、嬉しいですわ……」

 

 スクルズがうっとりとした表情で言った。

 

「まだ、縄は解かないよ。スクルズは俺の雌犬だし」

 

 半分冗談だ。

 さっき、スクルズが自分でそう言ったから、真似ただけだ。

 

「は、はああっ」

 

 すると、驚いたことに、その言葉でスクルズは小さく痙攣して、顔をぐっとのけぞらせた。

 ステータスで判断する限り、いまの言葉だけで、軽くいっちゃったみたいだ。

 

「えっ、スクルズ?」

 

「す、すごく……興奮します……。ね、ねえ、約束です。いつか、スクルズを本当のロウ様の雌犬にしてください。ロウ様に飼われて、首輪で繋がれて……。それで、それで、餌だよって、縛られて食べさせられて……。そ、それから、それから……」

 

 なんだか、酔っ払ったみたいにスクルズがとろんとした表情で、甘えだした。

 酒酔いならぬ、一郎酔いか?

 

「いまもそうだよ……。いつでも屋敷においで。そんな風に扱ってあげるよ……」

 

 一郎は軽く口づけをして、スクルズから離れた。

 スクルズもまた、寝息をたてだす。

 また、湯に戻ろうとする。

 しかし、マアがあがってきて、別の寝椅子に腰掛ける。

 

「あれ? マアも休憩?」

 

「もう十分と言ったではないか。そなたに尽くしたいが、体力が続かん」

 

 マアが笑っている。

 一郎は、マアが座る同じ座椅子に並んで座った。

 ふたりで全裸で座る。

 一郎は果実水を小さな置き台ごと、ふたり分のグラスに入れて、亜空間から出す。

 

「ところで、改めてお礼を言うよ、おマア。いつも尽くしてくれるおマアには感謝だ。こんなにいい場所を独占できるのは嬉しい」

 

 果実水の入ったグラスをマアに渡す。

 マアが美味しそうに、喉を動かす。

 

「なにを言う。そなたのくれた奇跡からすれば、なにほどでもない。それに、しばらく会えんでなあ。餞別代わりじゃ」

 

「餞別かあ……」

 

 一郎も果実水を少し飲んでから、溜め息をついた。

 少し前から、タリオ公国へのマアの一次帰国の話があったが、いよいよ、それが本決まりとなっていたのだ。

 タリオ公国アーサーによる流通戦の仕掛けのようだが、おそらく、アーサーは一度浸透しかけていた自由流通を、マアの商会団を引き揚げさせることで後退させ、このハロンドールに混乱を招かせるつもりだろう。

 その証拠に、この国に残っている二代公爵家の運動もあり、権益を失いつつあった商業ギルドが復活しそうな気配なのだ。

 

 しかし、王都には自由流通により、ギルドに関わりのない新興の商家が、既にかなり入っている。

 そこに、自由流通の拡がりに力を注いだマアの商会が退散して、そもそも新興商家をなかなか認めない商業ギルドがとって代わり直すのは、混乱しか予想できない。

 

 だが、マアにはマアの事情がある。

 本国の指示に逆らえば、商会長の地位からの失脚もあるし、マアの商会がタリオ公国からのさまざまな便宜を今後受けられなくなるかもしれない。

 それで、アーサーの思惑に乗るのは気にかかるが、みんなで散々に話し合い、一時的になると思うが、マアは商会ごと、タリオ公国に帰国することになった。

 戻れば、アーサーの思惑も掴みやすいし、先日の感じでは、なんとなく、なにか企んでいる気がするのだ。

 こちらのことは、ロウたちで情報も集められるし、ビビアンを通じた情報も入るから対策も打てるが、タリオ公国のことは、誰かが向こうに行かねばなにもできない。

 

 それに、よくわからないが、ビビアンも本国に召還されたとか言っていた。

 一郎との関係がばれたということじゃなく、ビビアンの言葉を借りれば、以前に一郎の情報をアーサーに入れたとき、ビビアンが一郎をクロノスと評価したのが、すごく気に入らなくなったみたいだ。

 それで、とにかく、一郎のことを誉める女をハロンドールから離したいという料簡で、別方面の担当になったそうだ。

 また、その任務先は、タリオ公国と同じローム三国のひとつのカロリック公国らしい。

 流通も治安も混乱していて、少女大公の評判も悪く、あまりいい噂は耳にしない国だが、ビビアンは今度はそこに向かうとのことだ。

 

 いずれにせよ、アーサーの動きを可能な限り把握するという仕事をマアが引き受けてくれることになった。

 これもまた、一郎のためであり、これだけの女傑が、本当に健気に尽くしてくれる。

 

「マアが戻ってこれる基盤を、アネルザと姫様と一緒に、頑張って整えるよ」

 

 一郎は言った。

 これから、予想される商業ギルドと自由流通とのあいだの流通戦については、なんとか商業ギルド側を駆逐しようと、アネルザ辺りが調整しているのだが、アネルザに言わせると、二大公爵が邪魔で、うまくいってないみたいだ。

 さすがに、王妃でも、二大公爵家には手が出せないし、肝心の国王は相変わらずの役立たずだ。

 また、調べているうちに、両公爵家とも、なかなかに怪しい商売に手を染めていて、たとえば奴隷業などもしており、平民の娘を誘拐同然の借金の罠に嵌めて、奴隷にするなど、相当に悪どいことをしているみたいだということもわかってきた。

 その連中の商売には、もともとの商売ギルドが都合がいいらしい。

 

 とにかく、だから、市民の二大公爵家の評判も悪い。

 それにも関わらず、野放しなので、これもいまの王家の不人気の理由になっている。

 しかも、一方の公爵家は、禁止されてる闇奴隷もしているみたいだ。

 つまり、本来奴隷にならない者に、奴隷の首輪をつけて、奴隷にしているというのだ。

 いまのところ、明確な証拠もなく、これも手つかずだ。

 

「なあに、タリオ公国に戻れば、そなたに、タリオのみならず、ローム三国の流通支配権を手に入れて、贈ってやろう」

 

「愉しみにしてるよ」

 

 もちろん冗談だろう。

 一郎は笑った。

 

「おっ、そなたの女たちが目を覚ましたぞ。すごいのう。もう復活か」

 

 マアが湯の方を眺めて言った。

 確かに、反対側の縁に横になっていたエリカとコゼとシャングリアが湯をばしゃばしゃと跳ねながら、こっちにやって来る。

 ほかの女とは異なり、三人は三廻り目のときに、縄掛けして抱かせてもらった。

 だから、三人とも、縄で両腕を後手縛りにされている。

 一郎は、湯に戻って、三人に近づく。

 

「ご主人様、元気になりました。次はあたしの番です。どうぞ、犯してください」

 

 コゼだ。

 後ろ手に縄掛けされたまま、じゃばじゃばと進んでくる。

 

「な、なにが、あたしの番よ──。あんたは、ひとりだけ、もう四回もロウ様に犯してもらったんだから、ちょっと脇に退いてなさいってばあ」

 

 しかも、その後ろから、エリカが来て、ちょっと後ろから、やはり、縄で縛られているシャングリアが向かってくる。

 コゼとエリカの競走は、半分意地による張り合いだろう。

 シャングリアはその後ろで苦笑している。

 そして、先頭のふたりが着いた。

 

「ご主人様、あたしがお勤めを果たします。どうぞ」

 

「ロウ様、わたしが尽くします。どうぞ、わたしを」

 

 よくわからないが、コゼとエリカが後手縛りの身体をお互いに一郎に擦り寄るようにしてくる。

 

「ロウ、このふたり、どっちがロウが深く好きだと言い合いを始めたのだ。なんとかしてくれ」

 

 シャングリアが後ろで笑っている。

 かなり、どうでもいいことなのだが、ふたりには意味あることなのだろう。

 

「どうしたんだ? コゼもエリカもシャングリアも、俺には過ぎた女性だと思ってる」

 

 一郎はふたりの裸体を抱き締めた。

 

「だ、だって、ロウ様、こいつ、あたしの愛が薄いから、ロウ様に尽くさないとか言うんですよ。わたし、尽くしてますよね?」

 

「あたしの方がご主人様が大好きって言っただけよ。仕方ないじゃないの。そうなんだから。あたしは、この中の誰よりも好きである自信があるわ。あたしは、ご主人様が死ねといえば死ぬんだから」

 

「わけのわかんないことを言うんじゃないわよ、コゼ──。ロウ様を慕っているのはみんな同じよ」

 

 エリカが怒鳴った。

 一郎は、またまた始まったふたりの口論に苦笑してしまった。

 これでいて、ふたりは仲が悪いわけじゃないのだ。

 その証拠に、クエストのときなど見事に息の合ったところを示すし、このところ強要しなくても、ふたりで百合の性を貪ったりもしてみせる。

 

「みんなの愛は感じてる。俺なんかに尽くしてくれるのもありがたいと思ってるよ……。そうだ。じゃあ、もっと仲良くするために、シャングリアを含めて、三人で共鳴なんてどうだ? 」

 

 早速、一郎はシャングリアも含めて、コゼとエリカ、そして、シャングリアの快感を共鳴で繋いだ。

 さらに、ついでに、三人の股間全体を薄く粘性体を飛ばして股間を包み、軽く振動させてやる。

 クリトリス、膣、アナルの三点責めだ。

 三人が一斉に悲鳴をあげた。

 

「ひやっ、きょ、共鳴って……。あっ、ああっ……。こ、この強烈に敏感な疼きはあんたね、エリカ? ちょっと、いきなり刺激が強すぎるわよ、エリカ」

 

 コゼががくりと膝を倒して、湯の中に肩まで浸かるかたちになる。

 共鳴の洗礼に、腰が砕けてしまったのだろう。

 

「こ、これはエリカのか……? た、確かに、き、きつい……」

 

 シャングリアも真っ赤な顔になって、激しく悶え始める。

 

「な、なに言ってんのよ、ふたりとも──。三人の疼きが全員に襲い掛かっているのよ──。そ、それよりも、お尻が異常に感じてしまうのは、あんたでしょう、コゼ──? な、なにこれ──?」

 

 エリカも声をあげた。

 そして、コゼに続いて、エリカ、さらにシャングリアも、耐えきれずに、湯の中に膝を落としてしまった。

 それにしても、騒がしくて、愉しい痴態だ。

 一郎は思わず微笑んでしまった。

 

「命令だ──。三人で乳房を舐め合え。許可なくやめるなよ。途中で気を抜いたら、三人まとめて、浣腸して全員の前で排便させるからな」

 

 一郎は言った。

 コゼとエリカとシャングリアがぎょっとした顔になり、三人くっついて乳房を舐め合い始める。

 三人の嬌声がすぐにあがりだす。

 

 一郎はそれを確認し、湯の中にしゃがんだコゼとエリカのお尻に手をやり、振動する粘性体を押し込むように、お尻の穴に指を挿していく。

 

「い、いきます、ロウ様……。ああ、ロウ様──」

「うわっ、ひいい」

「んはああ、だ、だめっ、ちょっと、なんだ、これ? ああっ」

 

 コゼのお尻の中には快感のつぼが一杯だ。そこを刺激して愛撫してやると、三人揃って、がくがくと全身を震わせて身体を弓なりにした。

 そして、コゼの快美感の急激な上昇に、ふたりが引きずられたのだろう。エリカとシャングリアも激しく反応をする。

 

「ああ、ご主人様――」

「ロウ様――」

「ロウ――」

 

 そして、三人揃って、あっという間に絶頂してしまった。

 しかし、すぐに理解した。

 三人全員に刺激を与えてるので、結局、共鳴により、三人とも三人分の快感をいっぺんに受けることになるということだ。

 だから、あんなに早く達してしまったのだ。

 ただ、これは刺激が高すぎるだろう。

 とりあえず、粘性体は消滅させた。しかし、挿した指はそのままだ。

 

「乳舐めはどうした? ほら、まだまだ許してないぞ。まあいい、乳舐め合いはコゼとエリカのふたりがやれ。シャングリアは来い。俺に奉仕だ」

 

 一郎は、まだコゼとエリカのアナルから指を抜かないまま立ちあがった。

 当然に、ふたりとも強引に立つことになる。

 

「あんっ」

「ああっ」

 

 コゼとエリカが甘い声をあげる。

 お尻に指を入れられたまま立たされて、強い刺激を受けたのだ。

 

「ふわっ」

 

 シャングリアも声を出す。

 これはちょっと、愉しいかも……。

 

 そして、シャングリアがコゼとエリカを割るように、顔を赤らめて一郎の前にきた。

 湯の高さは膝上ほどしかないので、一郎が立ちあがったことで、勃起している一郎の男根が湯の外に出ている。

 シャングリアが一郎の前に膝立ちをして、舌でぺろぺろと一郎の性器を舐め始めた。

 その両側では、コゼとエリカが尻穴を刺激されながら、お互いの乳房を代わる代わる交代で舐め合っている。

 淫靡な光景だ。

 

「んはっ、ああっ、こ、こんなの……。で、でも、みんなの快感が……。く、口の中に……ご主人様がいるみたいで……」

 

「だ、だめえっ、コゼ、ピアスに触れないでえっ」

 

 コゼとエリカが悶えたり、騒いだりと、かなり賑やかに快感に浸かっている。

 

「んあっ、んんっ、だ、駄目だ……。しゅ、集中できない」

 

 シャングリアが口を離して、泣き言を言った。

 ふたりの快感を共鳴で受けながら、奉仕はきついのかもしれない。

 

「これも調教だ。しっかりやれ」

 

「う、うん……」

 

 シャングリアは甘い吐息をついてから、一郎の怒張を舐める体勢に戻る。

 そのとき、ばしゃりと音がした。

 スクルズだ。

 起きて、湯に入ってきたのだ。

 もちろん、まだ、さっきの縄掛けのままだ。

 

「ふふふ……。愉しそうですね……。ロウ様……。ところで、わたしも、共鳴をさせてもらえないでしょうか。寂しいですわ」

 

 そのとき、スクルズが背中側から一郎に擦り寄って来た。

 前側は、三人娘が密着して、空きがないからだろう。

 スクルズは乳房を一郎の脇にあてて、ぐりぐりと擦りつけるようにしてくる。

 どうやら、スクルズもまたまた欲情してきたようだ。

 一郎の前の三人の狂態にあてられたのだろうか。

 

「……こ、公私混同で……し、神官たちに……ご主人様への……点数稼ぎを、手伝わせた……ふ、不良、巫女……。あ、あんたも共鳴に……、入るの……?」

 

 コゼが喘ぎながら、スクルズをからかう。

 

「まあ、コゼさん。わたしは、神殿長である前に、ロウ様の雌犬ですわ。ロウ様のためなら、このスクルズの権力はなんでも使います」

 

 スクルズがきっぱりと言った。

 しかし、神殿長の前に、一郎の雌犬?

 雌犬はいいとして、優先順位が逆だろう。

 一郎は笑ってしまった。

 まあいい。

 一郎は、淫魔術で三人の快感共感にスクルズも追加した。

 

「ひやんっ」

 

 一気に快感に襲われたスクルズが腰が抜けたように、どぼんと湯にしゃがみこんでしまった。

 

 みんな淫乱な女たちばかりで嬉しい。

 お愉しみはこれからだ。

 一郎はほくそ笑んでしまった。 



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247 あるエルフ少女の失敗(1)─不名誉刑

【ナタル森林国・褐色エルフの里】

 

 

「いやあ、いやあ、いやあ」

 

 ユイナは森の中を走り続けた。

 大中小の魔獣がすっかりと、ユイナを取り囲んでいる。

 いまは、三十匹はいるだろうか。

 もしかして、さらに多いのかもしれない。

 ユイナが作った『特異点』は、巨大な空間の亀裂となって、大量の瘴気を噴き出すとともに、一斉に魔獣を異空間から解放してしまったのだ。

 

 それから、どうなったのかもわからない。

 まず最初に、瘴気の激しい噴出に巻き込まれて、ユイナは岩場に全身を叩きつけられた。

 そして、ユイナの身体の二倍も三倍もあるような魔獣が亀裂から、次々に飛び出すのを見たのだ。

 それから、とにかく逃げ出して、いまに至っている。

 あれから、かなりの時間が過ぎているが、まだユイナは魔獣の輪の中から逃亡しきることができない。

 襲撃されそうになり、なんとか身を隠して、連中をやり過ごし、やがて見つかってしまい、またもや逃げて、再びどこかに隠れる。

 それを繰り返している。

 

 ユイナには武術の心得もなければ、魔獣からの逃亡の役に立つような魔道が遣えるわけでもない。

 ただ、魔道研究が好きで、人よりも多くの魔道を知っており、古代魔道にも詳しく、魔道十二戒で使用も研究も禁止されている禁忌の術にだってある程度精通している。魔道具作りにも自信があり、素人研究者としては一端の者という自負もある。

 ユイナがやろうとしたのは、魔獣を使役して自在に操る古代魔道による召喚術という魔道だ。

 それができれば、強くもないユイナにとっても、大きな武器になる。

 もしかしたら、冒険者というものにもなれるのかもしれない。

 だから、ユイナの持っている禁忌の魔道書の手順に従って、術式を刻んで術を再現しようとしたのだ。

 場所は、褐色エルフの里から少し離れた森の中だ。

 

 しかし、失敗した。

 召喚どころか、魔獣の集団出現が起きてしまい、支配するどころじゃなく、その牙や爪に引き裂かれないために、命からがら逃亡するしかなくなった。

 また、ユイナの魔道で開いてしまった特異点という名の、異空間との亀裂がどうなったかもわからない。

 

「ひいっ、ひっ、ひいっ」

 

 懸命に走る。

 これまで、ずっと岩場や草むらなどに、隠れながら逃げてきたが、なんとか里に向かおうとしたのが悪かったのだろう。

 隠れる場所などない比較的樹木が開けた場所にきてしまった。

 そして、すっかりと魔獣に囲まれてしまったのだ。

 逃亡中のあいだに、様々な魔獣の姿を見たが、いまユイナを追いかけるのは、ガグと呼ばれる人間の三倍もある身の丈の毛むくじゃらの二本脚の魔獣だ。それと確か、ティンタロスという口の大きな四つ足の獣──。

 それが共闘するように追いかけてくる。

 彼らは脚が速く、力も強大だ。

 捕まれば、一瞬にして、ユイナなど八つ裂きになるに違いない。

 そして、はらわたを喰われて、ユイナを餌にする。

 

 だが、幸いなのは、彼らの身体がかなり巨大なことだ。

 ガグは人の三倍の身の丈だし、ティンタロスだって四つ足だがユイナの二倍はある。

 その大きさが、まばらとはいえ、周囲に生えている大きな樹木に阻まれて、足止めになっている。

 もっとも、すぐにその樹木をなぎ倒して、追いかけてくるので、そのあいだに逃亡することには成功していない。

 まだ、里には距離もある。

 それに、里に逃亡したところで、この魔獣を里に呼び込むだけだ。

 もう、ユイナにはどうしていいかわからない。

 

 とにかく走るにも限界はある。

 すでに息は切れている。

 このままでは、もうすぐ足がもつれて、やがて、倒れる。

 そのときは、終わりだ。

 

「うわっ、なんで」

 

 ユイナは脚をとめた。

 前にティンタロスに回られたのだ。

 とっさに、横に移動して、少しでも樹木のある側に逃げようとした。

 しかし、そっちにも数体のガグがいる。

 

 もう駄目だ──。

 ユイナは死を覚悟した。

 

 そのとき、不意に目の前のガグとティンタロスがなにかに打たれたように倒れた。

 強い電撃を浴びて倒れている。

 さらに、武器を持った十人ほどの里のエルフ族の男たちが、草むらを割って出現した。

 次々に、魔獣たちが倒されていく。

 圧倒的な殺戮だ。

 ユイナはその場にしゃがみ込んだ。

 

 白刃が近くを舞いまわる。

 魔道も飛ぶ。

 だが、すべて、ユイナに関係のない戦いだ。

 次々に魔獣が殺されていく。

 やがて、静かになった。

 ユイナは座り込んだままだ。

 とりあえず、追いかけられていた魔獣の全部が、死ぬか、逃げるかしている。

 助かったのだ。

 ユイナを助けてくれた者たちの集団から、数名が近づいてきた。

 

「プルトさん、エクトスさん……」

 

 ユイナの里である「褐色エルフの里」の警備隊を組織しているふたりだ。

 ほかにいるのは、その隊の者たちみたいだ。

 

「ユイナちゃんか……。なぜ、ここに? 突然に魔獣が大発生がしたという情報に接して、討伐に出てきたんだが、どうしてここにいる? 討伐が終わるまでの外出禁止令を耳にしなかったのか?」

 

 幼いころからユイナを知っているプルトは、いまだにユイナを“ちゃん”付けで呼ぶ。

 それはいいのだが、ユイナが解放してしまった特異点の亀裂から、魔獣が大量に発生したことで、里の警備隊が出動していたようだ。

 あれから、半日は過ぎていると思うが、里に近い森だったこともあり、早々に異常を把握してくれたのだろう。

 そして、討伐に出てきた。

 ユイナは、その彼らに偶然助けられたということだ。 

 

 ほっとして脱力したが、ユイナにはやらなければならないことがあったし、言わなければならないこともある。

 それは、ユイナにとっては、極めて都合の悪い事態を引き起こすだろうが、放っておくと、このままではとんでもないことになる。

 ユイナが開いてしまった特異点という大きな亀裂は、いまだに大量の瘴気を噴出し続けているはずだ。

 そこから、いくらでも魔獣が出現する。

 とにかく、塞がなければ、里の周りが魔獣だらけになる。

 もしかしたら、魔族まで現れるかも……。

 

「プ、プルトさん……。お、お願いがあります……。少し離れた森のある場所に、特異点が開いています……。それを塞ぎたい……。でも、魔獣がいては、わたしでは近づけないんです。しかし、魔獣をなんとかしていただければ、わたしが塞げると思います……。どうか……」

 

 ユイナはがばりと、地面に手をついて頭をさげた。

 しらばっくれれば、ユイナのやったことは発覚しないかもしれないが、おそらく、あの特異点を塞ぐことができるのは、ユイナにしかできない。

 

「どういうことだ? 特異点の場所がわかるのか、ユイナちゃん」

 

 プルトが驚いている。

 ここまでの魔獣の大発生となれば、当然に特異点の解放がされたと考えるのが常識だ。

 プルトたちも、それは予想していたはずだ。

 おそらく、魔獣を追いかけながら、その場所を探そうとしていたと思う。

 それをしなければ、いくら魔獣を駆逐しても、いくらでも特異点の亀裂から魔獣が発生する。

 しかし、特異点の発見は非常に難しく、開いたばかりの特異点があっという間に見つかることはほとんどない。

 

「いや、待て、どういうことか白状してもらうぞ……。いや、その前に、特異点の封印が先だな。しかし、しっかりと、その後で説明してもらう」

 

 黙っていたエクトスが酷薄な口調でユイナに言った。

 

 

 *

 

 

 光は、天井近くのずっと高い場所にある小さな明かり取りの窓だけだ。

 だから、昼間でも随分と薄暗く、夕方になればほとんど夜と変わりはなくなる。

 もちろん、夜になれば真っ暗であり、囚人であるユイナに与えられる蝋燭はないので、ほとんど、灯かりのない生活をずっと続けていることになる。

 褐色エルフの里の中にある囚人用の石塔だ。

 その最上部に近い牢で、ユイナはもう半月は過ごしている。

 囚人としてだ。

 

 罪状は、禁忌の魔道に手を出して、特異点の亀裂を発生させて、大量の魔獣と瘴気を放出させた罪だ。

 

 判決は死刑──。

 

 ただし、プルトたち警備隊が活躍して、魔獣は里の近くから駆除することができたし、幸いにも、亀裂の大きさそのものはかなりだったが、短い時間で封印をすることができたので、規模の割りには、被害は大きなものにはならなかった。

 発生した魔獣とたまたま森で出くわして負傷した者はいたが、死者はいない。しかし、もちろん、里の警備隊にも負傷者はいる。

 もっとも、魔獣は処理できたものも多いが、逃亡を許したものもかなりあるそうだ。

 褐色エルフの里から出た警備隊は、里の近辺から魔獣をなくすのが目的であり、完全な殺戮を目指したものではなかったからだ。

 だから、そうやって逃げた魔獣が、どこかでほかの誰かを殺してしまっている可能性はある。

 

 いずれにしても、死者がいなかったことは、罪の軽減にはならない。

 もちろん、すぐにユイナが原因であることを告白して、特異点の封印を迅速に行えたことも、死刑判決を回避する材料にはならなかった。

 禁忌の魔道に手を出して魔獣を溢れさせ、一時的とはいえ、森に大量の瘴気を発生させるなど、問答無用の死刑だ。

 

 祖父のトーラスが里の(おさ)であることなども関係なく、騒動が一応は片付いた三日目くらいに、里の広場で簡易な裁判があり、ユイナはあっさりと死刑の判決を受けた。

 いつだったか、あのロウとエリカが、ユイナが原因の魔妖精騒動で冤罪になりかけてしまった、あの裁判と同じだ。

 今度は、冤罪でもなく、あのときの真犯人だった自分が、罪人となったのだが……。

 

 ただし、あのとき、プルトに泣きついて罪を自白し、すぐに特異点封印の処置をしたことだけは評価された。

 死刑判決であるが、不名誉刑を受け入れれば、死刑は受けないですむという選択をすることが許されることになった。

 不名誉刑というのは、額に罪人の紋様の刺青をし、エルフの世界からの追放を受け入れることで、死を減じてもらうというものだ。

 エルフ族の守護神であるアルティスの女神からの加護を失うことを意味し、死んでもエルフ族の黄泉の世界には受け入られないとされていて、むしろ死刑よりも厳しいとされている。

 

 ユイナは、不名誉刑を受け入れた。

 だから、いま、ユイナの額には、エルフ語で死人を意味する文字が魔道で刻まれている。

 不名誉刑といえば、クリスタル石を不法に売りさばいた罪により、この里で死刑判決を受けたダルカンという前の長がいる。

 彼の場合は、顔への刺青と追放というのが、死刑の代替えに受けた不名誉刑だったが、ユイナの場合は、刺青に加えて、エルフ族以外の種族に対する奴隷としての隷属化処置が、死刑に代わる不名誉刑になった。

 

 褐色エルフの里の全員を騙して、さらに、イライジャの夫だったトードも殺しているダルカンよりも、ユイナに対する不名誉刑がずっと重いというのは納得できないものもあるが、それだけ禁忌の魔道というのは、罪が重いということなのだろう。

 とにかく、ユイナが奴隷としての追放を受け入れたことで、ユイナの首には、『隷属の首輪』が嵌められた。

 すでに、隷属は受け入れているが、その相手は決まっていないので、隷属の対象はまっさらである。

 これから、売り手が決まれば、その人物を主人として首輪に刻み、一応は、ユイナはその相手の奴隷になるということだ。

 

 あの裁判以降、トーラスには会っていないが、数日前に里の長をやめたという。

 本当に迷惑をかけたと、ユイナは後悔している。

 どうして、あんなことになってしまったのか。

 とにかく、想定していた瘴気よりも、遥かに多い量の瘴気が大発生した。

 だから、ユイナの制御を越えてしまい、大量の瘴気と魔獣の発生を許してしまったのだ。

 後悔しても、したりない気分である。

 

 いずれにせよ、あの裁判から、ユイナがこの石塔に監禁される日々が続いている。

 この塔には、特殊な魔道と結界が掛かっており、魔道は遣えず、脱走することも不可能だ。

 ユイナがここにいるのは、ユイナを奴隷として売るエルフ族以外の種族の奴隷商を探すためだ。

 おそらく、人間族ということになると思うが、エルフ族以外の奴隷商など、ローム三公国か、あるいは、ハロンドール王国から呼び寄せるしかなく、それで、売り手が見つかるまで、ここで収監されることになったというわけだ。

 

 食事は、一日二回。

 糞尿は、壺にして、日に一度壺を抱えて捨てに行く。

 もちろん、外に出るわけではなく、牢がある階の隅に、魔道によりふんだんに水が沸く大甕があり、そこにある下水から下に捨てて洗うのだ。

 身体を清潔にするための水もそこでもらえる。

 一応は、奴隷として売ることになっているので、身体を洗うことは自由にできる。その方が値がつくからだ。

 

 そして、この日、やっとユイナの買い手だという商人が現われた。

 連れてきたのは、エクトスだ。

 彼は、あのダルカンという里長に対する闘争のときは、イライジャ同様に、ユイナとも同志のような関係にあったが、あの特異点事件のとき以来、人が変わったようにユイナに厳しくなった。

 まだプルトは、トーラスの孫娘であるユイナに、遠慮のようなものもあるのだが、エクトスは、裁判でも徹底的に、ユイナの罪を糾弾した。

 理由はわからないが、とにかく、魔獣や魔族に対して激しい憎悪を抱いている感じであり、それを呼び寄せたユイナは、彼にとって唾棄すべき対象になったようだ。

 

 その人間族の商人というのを連れてきたのは、エクトスのようだ。

 でっぷりと肥った人間族の中年の男であり、ユイナが、手枷と足枷を嵌められて、若い牢番ふたりによって、牢のある階の面談室のような広い場所に連れて来られたとき、エクトスと商人がそこにいたというわけだ。

 その部屋に、エクトスと肥った商人が椅子に座っていて、ユイナはその前に立たされた。

 すると、エクトスは、ユイナに一枚の羊毛紙を示した。

 面接を許可するバロアの署名が入っている。

 バロアというのは、トーラスがユイナのことで辞職したので、暫定の里長をすることになったらしい。

 ロウに対する裁判では判事をし、あの裁判で、ロウは冤罪だとして、無罪を言い渡したあの女性である。

 ユイナの裁判でも、彼女が判事だった。

 何事にも、何人へも公正誠実――。

 それが、バロアの評価だ。

 

「この人間族の商人がお前を買う。エランド・シティと通商をしているデセオの商人だ。エランド・シティにおける公示で、犯罪奴隷の売り渡しの情報に接して、お前を購いにきたのだそうだ」

 

 エクトスは、羊毛紙をかざしながらユイナに言った。

 すると、隣の椅子に座っている肥った商人が、腹を揺すりながら笑った。

 

「購うかどうかは、商品を見てからですな。私は奴隷商人ではありませんが、たまたま、エルフ族の娼婦を手に入れたいと、デセオのある娼館に頼まれておりましてな。まあ、条件が合うなら入手しておこうかと」

 

 デセオ公国か……。

 もちろん、ユイナは行ったことはないが、退廃と享楽の国とも称される独特の文化を持った国だと耳にする。

 あらゆる性行為が禁忌ではなく、そこの人々は毎日毎夜、開放的な性を愉しむのだそうだ。

 娼婦も男娼も侮蔑の対象ではなく、むしろ、性技に長ける娼婦や男娼は、尊敬される存在なのだそうだ。

 

 そうか……。

 デセオ公国に連れていかれるのか……。

 ユイナはぼんやりと思った。

 

「条件は合うだろうさ。こいつは犯罪奴隷だ。不名誉刑を受けて、エルフ族の世界を追放されるためにここにいる。はっきり言って、値はいくらでもいい。二束三文で十分だ」

 

 エクトスは吐き捨てた。

 

「二束三文って……」

 

 さすがにむっとして呟く。

 ユイナは、エクトスを睨んだ。

 だが、エクトスは冷たい視線を向けるだけだ。

 まったく、余程にユイナが嫌いになったのか……。

 

「だが、我がデセオでは、カロリックやタリオとは異なり、奴隷の身分保障がうるさくてですなあ。最低生活の保障や衣食住の面倒をとることは義務づけられておるのですよ。まあ、獣人は別ですが……。税もかかりますしな……。つまりは、元手を回収できる奴隷でなければ、維持費がかかるということです。商品として通用するかどうか調べても?」

 

「ふん、存分にしろ」

 

 エクトスは言った。

 ユイナは、黙って会話を耳にしていたが、デセオというのは、随分と、奴隷扱いがいい国らしい。

 ユイナとしては、かなり条件がいいのかもしれない。

 

「いずれにしても、額の文字は娼婦としては減点ですなあ。顔はいいのですが、なんとも惜しい。消せませんか?」

 

「エルフ族の呪術で刻まれた刺青文字だ。消えん」

 

「そうですかあ……。うーん、顔はいいのだがなあ。じゃあ、身体を見るか。ちょっと服を脱いでもらえるか? 裸が見たい」

 

 商人が言った。

 ユイナはびっくりした。

 

「は、裸──? 冗談じゃないわよ。なんで、裸にならなけりゃあなんないのよ──」

 

 怒鳴りつけた。

 商人がちょっと竦んだような仕草をした。

 ユイナは上下が繋がった灰色の貫頭衣の囚人服を着ていたが、それをぎゅっと手錠のついた腕で抱く。

 

「こりゃあ、気が強いですなあ。納得して、性奴隷になるのではないのですな。すると、調教が必要なのか……。しかし、先方は、すでに心構えをしている娼婦を注文しているし……。うーん」

 

「エルフ族の女を裸にして検分するだと──。本気で言っておるのか、貴様」

 

 そのとき、エクトスが不機嫌そうに怒鳴った。

 褐色エルフの里近辺のエルフ族は、ほかの里のエルフ族に比して、とりわけ他種族に対する差別意識が強い。

 ユイナのことを嫌悪しているエクトスだが、エルフ族のユイナが人間族に辱められるのも気に入らないようだ。

 だが、その人間族に、ユイナを売り渡すのだから、矛盾する感情だとは思うが……。

 

「いずれにせよ、こいつは奴隷として売られることは受け入れている。問題ない」

 

「だが、心では受け入れていない。デセオ公国では、娼婦というのは、ただ綺麗だったり可愛かったりの女であれば、簡単になれるという職業ではないのです。それなりの性技の修行も必要だし、それには覚悟も要する。とにかく、裸を見なければ話にならない。私は娼婦候補として、この娘を買おうかどうかを考えているのです」

 

 商人はきっぱりと言った。

 エクトスは鼻を鳴らした。

 

「ふん、まあいい。仕方ない。ユイナ、裸になれ。全部そこで脱げ」

 

 エクトスは、牢番の男に、ユイナの手錠だけを外すように命令した。

 外さないと、服を脱げないからだろう。

 

「じょ、冗談じゃないわよ──。承知しないわよ、エクトス──」

 

 大声で叫んだ。

 だが、エクトスが杖で魔道を放った。

 魔道が遣えないように結界を張り巡らされているこの石塔だが、例外もある。

 プルトとともに、里の警備責任者として許されているエクトスのような者に渡される特殊な魔道の杖だ。あれは、エクトスが魔道を遣うことを可能にするのだ。

 ユイナに魔道が飛び、全身が硬直した。

 身体が動かせなくなる。

 胸を抱くようにしていた両手がだらりと下に垂れた。手錠も外れて床に落ちた。

 

「脱がせろ……」

 

「や、やめろお」

 

 動かなくなったのは身体だけであり、舌は動く。意識もしっかりしている。

 ユイナは、思い切り声をあげた。

 男の牢番ふたりが好色そうな顔になって、ユイナに近づいてくる。

 

「へへへ、こりゃあ、思わぬ、役得ってとこかな」

 

「まあ、許してくれよな、ユイナ。これも命令でな」

 

 エクトスに命じられた門番たちは、ユイナに襲いかかるように、囚人服に手を掛けてくる。

 

「ふ、ふざけるな、エクトス──」

 

 ユイナは絶叫した。

 だが、身体がまるで金縛りになったように動かない。

 首から下がユイナの意思から切り離されてしまったみたいだ。

 しかし、他人の手なら動くみたいだ。

 その証拠に、両脚はしっかりと床を踏んで立っている。

 でも、ユイナには感覚がない。

 

「おっ、くれぐれも、傷はつけないようにしてくださいね。商品になりませんから」

 

 商人が心配そうに声をかけてきた。

 だが、ユイナはそれどころじゃない。

 あっという間に、囚人服の貫頭衣を頭から剥ぎ取られた。

 貫頭衣の下は、腰を覆う下着だけだ。

 胸巻きのたぐいは与えられていない。

 ユイナの乳房が露わになって、男たちの前で曝け出さされた。

 

「だ、誰か、助けてよお──。誰かああ──」

 

 ユイナは力の限り叫んだ。

 すると、エクトスがせせら笑った。

 

「誰がお前のような、魔獣を里に呼び込む悪党を助けるものか──。せいぜい、酬いを受けるといい。そもそも、お前は、エルフ族の名誉よりも、不名誉を受け入れた恥知らずだ。それなりに扱ってやる」

 

「冗談じゃないわよ──。死刑を選んで、黙って殺されろというの――。結局、誰も死ななかったじゃないのよう。わあっ、やめ、やめええっ」

 

 ユイナは泣き叫んだ。

 下着が腰からおろされる。

 ついにユイナは一糸まとわぬ、素裸にされてしまった。

 横にいる若い牢番ふたりが、ユイナの陰毛や胸に目をやって、同時に血走った目になり、ユイナは恐怖してしまった。

 

「ほう、使い込まれてはいないようですな。ところで生娘なのか、お前?」

 

 商人が椅子に座ったまま言った。

 ユイナはかっとした。

 

「お前に関係ないでしょう──」

 

「生娘かどうかが関係あるのか? あっ、そうか、性奴隷として引き取るのだったな。生娘だと値打ちがあるということか?」

 

 エクトスが何気無い口調で言った。

 両側の牢番が好色の目を向けているのに対して、エクトスはユイナを裸にしても、何の興味もないように、こっちを眺めている。

 むしろ、そばの牢番よりも、エクトスに怒りが沸く。

 

「生娘に値打ちなどありませんよ。そういう好事家がいるのは確かですけどね。だが、私はちゃんとした娼館に売るのですから、生娘なのは価値が下がります。経験がないということですから。それだけ手間がかかるということですしね」

 

「そういうものか」

 

「いずれにせよ、健康に異常はないみたいですね。ちょっと痩せかけているけど、それは囚人暮らしの影響でしょうな。食べさせれば、肌の張りも取り戻すでしょう。さて、では性器の方も確認させてもらいますね」

 

 商人が立ちあがった。

 

「さ、触ったら殺すわよ──」

 

 ユイナは喚いた。

 そのときだった。

 突然に階下に通じる側の扉が開いて、誰かが乱入するように部屋に飛び込んでいた。

 

「イライジャお姉さん──?」

 

 ユイナは驚いて声をあげた。

 いきなり、部屋に乱入してきたのは、あのイライジャだったのだ。

 

 しかし、どうして、ここに?

 イライジャは、ユイナの義理の叔母にあたり、かつては、この里で暮らしていたが、いまは離れている。

 一年前、ロウという人間族の男と愛し合ったことを裁判で告白し、それが原因で里を追い出されていたのだ。

 

 それが、どうしてここに?

 ユイナは混乱した。

 

「奴隷商人を連れて塔に向かったと耳にしたから、急いでくれば、これ? エクトス、恥を知りなさい――」

 

 イライジャが怒鳴った。

 相変わらず、怒るとすごい迫力だ。

 エクトスが鼻白むのが、ユイナにもわかった。



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248 あるエルフ少女の失敗(2)─性奴隷競売

「イライジャお姉さん──?」

 

 とにかく、ユイナは、驚いて声をあげた。

 どうして、ここに?

 

 なにしろ、イライジャに会うのは、ほぼ一年ぶりだ。

 ユイナの叔父であるトードの未亡人であるイライジャは、ユイナの叔母になるのだが、年齢が比較的近いこともあり、ユイナにとっては姉的な存在だった。

 だが、ロウが裁かれた裁判で、イライジャはロウを庇うため、魔妖精が召喚をされたと思われる時間には、ロウと性行為をしていたと証言した。

 イライジャとしては、自分の命を助けてくれた存在であるロウに対する恩返しのつもりだったと思うが、人間族を蔑視する感情の大きいこの里では、もうそれで、イライジャの住む場所はなくなってしまった。

 さらに、祖父のトーラスが、イライジャの行為は死んだトードへの裏切りだと腹を立て、屋敷から追い出したこともあり、イライジャは、あれからすぐに里を出て、ユイナの前からいなくなっていた。

 ただ、ユイナとは手紙のやり取りはしていて、エランド・シティで冒険者をしているということは知っていた。

 エランド・シティは、ナタル森林国の首都のような都市で、ナタル森林では唯一、冒険者ギルドがあるのだ。

 イライジャは、そこで冒険者になっていたはずだ。

 なんでここに?

 

「エクトス、見損なったわよ。女囚を裸にしていたぶるのが趣味だとは、呆れた男ね。あんたは、もっと誇り高い男かと思っていたけど、どうやら、わたしの見込み違いだったようね。あんたも、これで、エルフ族の面汚しの同類よ」

 

 イライジャがさっきの啖呵に次いで、さらに強い叱咤の言葉を口にすると、エクトスがさっと顔色を変えた。

 ユイナは、このエクトスが人一倍、人間族に対する蔑視意識が強く、エルフ族としての自尊心が高いことを知っている。

 エルフ族の面汚しというのは、エクトスにとって、なによりもの侮辱だろう。

 

「どうして、貴様が──。お前はこの里を追放されたはずだぞ、イライジャ──。それに、これは連れてきた商人が必要だというから、検分をさせているだけだ。奴隷として売り払われるこいつには当然の処置だ。ユイナは、死よりも不名誉を選んだ。こいつこそ、エルフ族の面汚しだ」

 

「あんたの矜持も結構だけど、それを押しつけないことね。それに、なんと言い繕おうと、あんたが人でなしだということは確かね。あんたは、ユイナを侮辱するために、こんなことをしているんでしょう」

 

 イライジャがエクトスを睨みつけながら、呆気に取られている商人を押しのけ、床に落ちていた貫頭衣を拾って、ユイナの身体を隠してから抱き締める。

 なにがなんだかわからないけど、ユイナはほっとして、脱力する心地になる。

 すると、さらに面談部屋に人が入ってきた。

 

「エクトス、あなたに許可したのは、ユイナを購入する意思のある商人をユイナと面談させることよ。あなたらしくもなく、女囚を破廉恥に裸にするなんて、どういう料簡なの?」

 

 イライジャの後ろからやって来たのは、暫定里長のバロアだった。

 一緒に来たらしい。

 

「これは、バロア殿……。しかし、なにしろ、この商人がユイナを性奴隷として購うかどうかを決めるのに、裸を見る必要があるというものでしてね」

 

 エクトスは悪びれた様子もなく言った。

 

「そうだとしても、せめて、女エルフを立会わせるとか、そういう処置が必要ね。こんな男しかいない場所で、関係のない牢番に服を脱がさせるというのはどうかしら。いずれにしても、裸にするのは、いまは許可できないわ」

 

 バロアが言った。

 エクトスは肩をすくめて、魔道を放った。

 硬直していた身体が自由を取り戻す。

 ユイナは、イライジャの腕から貫頭衣を取り、急いで服を着た。

 下着は牢番のひとりがまだ手に握っていたので、ひったくって取り返す。

 

「ところで、追放されたイライジャを里に入れるのを許したのはバロア様ですか? それは、いくら里長代理でも許されることでは……」

 

「黙りなさい、エクトス──」

 

 イライジャが怒鳴った。

 相変わらず、凄い貫禄だ。

 エクトスが一瞬たじろいだ表情になる。

 

「わたしは、追放なんて受けた覚えはないわよ。勝手に出ていっただけよ。そもそも、なんでわたしが追放されないといけないのよ。人間族の男と寝たから? 馬鹿じゃないの──」

 

 イライジャが鼻を鳴らす。

 エクトスが真っ赤な顔になる。

 しかし、ユイナも、そういえば、イライジャが出ていったとき、罪を正式に鳴らされるような手続きはなかったことを思い出した。

 だけど、イライジャは、ほとんど里の全員から糾弾されるような立場になり、だから、ユイナもイライジャが里から追放されたと思い込んでいた。

 

「な、なんだと、人間族と通じた恥知らずな女のくせに……」

 

「やめなさい、エクトス──」

 

 バロアが一喝した。

 そして、商人に顔を向ける。

 

「……商人殿、身内の醜態を晒してしまい、失礼をしました。しかし、事情が変わりまして、このユイナについては、競売で売り払うことになりました。ユイナの検分は、女エルフの立会で改めて認めます。けれども、競売の期日は、百日後ということになります」

 

「百日後? つまり、三箇月半ということか──?」

 

 エクトスが声をあげた。

 

「後日に競売? おお、これはちょっと勘定が合わなくなってきました。実のところ、私の取引先は、デセオの高級娼館でありまして、この女囚については、ちょっと気が強すぎるし、納得済みでなければ、娼館で働くのは難しいと考えていたのです。そもそも、競売ともなると、競り落としの値もあがるでしょうし……。申しわけないですが、今回はなかったということに……」

 

「申し訳ありません。しかし、公示の内容を後で変更をしたのは、こっちの落ち度……。お詫びに、この里でできるほかの取引きをしてもいいのですが……。例えば、クリスタル石などどうでしょう。純度の高いクリスタル石のうち、この里で許可されている出荷分で、まだ売り先が決まっていないものがあります。条件さえあえば、そちらと契約をすることは可能ですが……」

 

「おう、それは願ってもない。クリスタル石は、魔道施設や様々な魔道具に必要ですが、このナタル森林国でしか産出できず、常に品不足にあるのです。数はいくらでもかまいません。売っていただければ……。いや、もしも、定期的に取引きが可能であれば、当方としても、値段の交渉に応じる準備があります……」

 

 クリスタル石とは魔石とも呼ばれ、魔道に必要な魔力を充満することができる特殊な鉱石だ。

 現存するほとんどの魔道器具は、このクリスタル石がなければ作動しないが、クリスタル石は、このナタル森林国でなければ、生産することができないので、ナタル森林国にとっての特別な産業物である。

 だから、外の世界の商売人にとっては、そのクリスタル石を定期購入できるというのは、非常に魅力的な話なのに違いない。

 しかし、それはわかるが、この商人は、クリスタル石を取引きできそうだということで、ユイナを買おうかどうかを検討していたときと比べて、遥かに嬉しそうだ。

 なんだか、それに腹がたつ。

 

「いいでしょう。では場所を変えて話をしましょう。改めて、わたしの執務室の方においでください」

 

 バロアが商人にそう言って、後刻、商売の話をするということで、ここから一度引き取るように告げた。

 商人は乗ってきた馬車を里の中に入れて、宿泊所代わりにしているらしい。

 そこにいるので、誰かを寄越して欲しいとバロアに言い、部屋を出ていった。

 

「な、なによ──。わたしよりも、魔石が重要? なんか、腹立つ」

 

 ユイナは憤慨を口にした。

 

「黙りなさい──」

 

 しかし、イライジャが強い口調で叱ってきたので、すぐに口をつぐんだ。

 

「だ、だけど、イライジャお姉さん、どうして、ここに?」

 

 ユイナは、イライジャに訊ねた。

 

「仕事よ」

 

「仕事?」

 

 ユイナは首を傾げた。

 

「バロア様、商人を返すとはどういうことですか? ユイナは不名誉刑の受け入れにより、エルフ族以外に奴隷として売り渡すのが取り決め。早い者勝ちで売り払えばいい。競売とはなんです?」

 

 エクトスが不満そうに言った。

 すると、イライジャが荷から三通の手紙のようなものを取りだした。

 

「それは?」

 

 エクトスが怪訝な表情になった。

 

「ユイナの買い手の申し出者よ。三人分あるわ。不名誉刑による奴隷売り払いについては、原則として申し出順となっているけど、複数の申し出者があった場合は、必要により、競売にかけることになっているわ。近親者の希望によりね。なにしろ、奴隷として払った代金は、家族に渡すことになっているんだし、高い方がいいものね。そして、これは、トーラス様の競売を希望する旨の申出書よ」

 

 イライジャがさらに書類を取りだした。

 四通の手紙のような書類──。

 それをバロアに渡す。

 

「三人分の購入申し出者? なんのことだ? そもそも、なんで、お前がそれを持ってくる? しかも、トーラス様の申出書まで?」

 

 ユイナも驚いたが、エクトスも呆気にとられている。

 

「なんでなんて、ご挨拶ね。わたしって、これでも一年も冒険者をやっていて、顔も広いし、シティで出ていた公示について、ユイナを買いとることを希望する商人を見つけることは、面倒じゃなかったわ。だけど、わたしが仲介をした商人たちは代理人ばかりで、まだ商人の全員が森の外にいて、競売の時期を可能な限り先に延ばすことを求めているの。だから、わたしは今回の犯罪奴隷の売り払いに参加する仲介業の者として、後日の競売の開催を要求したのよ」

 

 イライジャがエクトスに説明した。

 よくわからないが、エランド・シティで冒険者をしているイライジャは、ユイナが犯罪奴隷として売られるという里から出した公示に、シティで接したのだろう。

 それで、買い手を探して、彼らを仲介し、申し込みの書類を持参して、ここまで来てくれたということのようだ。

 ユイナは唖然とした。

 

「そ、そんな馬鹿な。三箇月後だと──。こんな娘、とっとと売り払って……」

 

 エクトスが怒りだしたが、それをバロアが制する。

 

「それはあなたが決めることじゃないわね、エクトス。あんたが魔獣嫌いで、それを呼び込んだユイナに、人一倍怒っていることはわかるけど、わたしとしては、この里の掟に従って、業務を進めるしかないわね」

 

「しかし、バロア殿……」

 

「とにかく、複数の申し出者が同時に現れ、さらにどの申し出者も競売を希望して、手付金も支払っている。しかも、ある程度の期間を置いた時期における競売の開催をね。それだけでなく、ユイナの保護者であるトーラスの競売の申出書まである。手続きは完璧ね。イライジャを仲介者のひとりと承認し、彼女の求める競売を認めるしかないわ。そもそも、ほかにも、これから申し出者がいるかもしれないし」

 

 バロアが言った。

 エクトスは不愉快そうに鼻を鳴らして、黙って席を立ち、部屋を出ていった。

 

「便宜に感謝します……」

 

 イライジャがバロアに頭をさげた。

 バロアが頷いた。

 そして、そのバロアは、ふたりの牢番に視線を向けた。

 

「さて、あんたたち、ふたりについては、今後、ユイナの監視任務から外すわ。見張りは交代させる。女囚に手を出すような牢番には、任せられないしね」

 

「そんな、俺たちは……」

「エクトス様の命令で……」

 

「わかっているわ。だから、処罰はしない。だけど、今後はこの塔には近づけもしない。とにかく、ユイナを牢に戻しなさい」

 

 バロアの命令に、不満そうに牢番ふたりが頷く。

 

「さて、ユイナ、あんたは牢よ。競売が百日後になったといっても、あなたの罪は変わりないわ。奴隷として売られるのが、今日ではなく、百日後になったということよ」

 

「ユイナと話がしたいんです。牢越しでいいので、ふたりきりになりたいんです。今度は、家族としての面談を求めます」

 

 イライジャが口を挟んだ。

 

「いいでしょう。許可します。あなたたちふたりは、ユイナを牢に入れたら、距離を取って監視なさい」

 

 バロアが牢番に命令をして、部屋を去った。

 そして、ユイナはイライジャとともに、牢番に連れられて、牢に戻った。

 牢のある場所はうす暗く、廊下に通じる壁も、人が屈んで潜れるほどの鉄格子の扉があるだけで、ほかは石壁である。

 ユイナは牢に入り、イライジャは鉄格子の向こう側にしゃがむようになった。

 ふたりの牢番は、離れていったようだ。

 

「イ、イライジャお姉さん……、あ、あのう……」

 

 ユイナは、まずは今回のことを言い訳しようとしたが、イライジャに睨みつけられて、口を閉ざしてしまった。

 

「言いたいことは山ほどあるし、なんでこんなことをしでかしたのか、じっくりと聞いてお説教をしたいところだけど、そんな時間はないわ。あんたは、このままでは、どこの誰ともわからない相手に売り飛ばされて、生涯を奴隷として暮らすことになるわ……。今日来た男……。あいつ、善良そうなこと並べていたかもしれないけど、あれの、奴隷扱いは厳しいわ。とりあえず、購入しても、娼婦として見込みがないと思えば、容赦なく代金を回収するために、闇商人に売り払うわ。そして、あんたは、娼婦には向かない。あいつに買われたって、結局、そういうところに、売り払われるのが落ちよ」

 

 イライジャが怒ったように言った。

 奴隷扱いが優しそうだったので、イライジャの言葉には驚いたが、まあ、確かに、そんなうまい話はないはずだというくらいの分別は、ユイナにもある。

 

「だけど、イライジャお姉さんの見つけてくれた買い手なら、いくらか安心なんでしょう?」

 

 ユイナは言った。

 どうせ、売られるのだ。

 だったら、せいぜい、大切にしてくれるところに売られたい。

 そして、隙が多いところに……。

 イライジャの紹介なら、あまり冷酷には扱われずに、少しは安心できる気がした。

 

「あれ? あんなの偽物よ。全部、適当な名前をでっちあげただけよ。三箇月後の競売には、あの中からの商人なんて、誰も来ないわ。書類を偽造して、手付金も準備したのよ。あんたのせいで、とんだ出費だわ」

 

 イライジャは低い声で言った。

 ユイナはびっくりした。

 

「な、なんでそんなことを──?」

 

「馬鹿、声が大きい」

 

 イライジャが叱った。

 ユイナは慌てて、声を潜める。

 

「……で、でも、なんでそんなことを……?」

 

「あんたをすぐに売り払われたりしないためよ。複数の買い手が競合すれば、里の掟により、あんたは日付を置いて、競売にかけられると決まる。とにかく、これで百日の余裕ができたわ」

 

「だけど、百日後に誰も現れなかったら……」

 

「多分、百日後なら現れるわ。少なくとも、興味を持っていた奴隷商はいたし、冒険者も使い捨ての奴隷として、いいかなあと口にしていた者も多かった。エルフ族なら魔道が遣えるしね。ただ、エランド・シティとここは離れているので、すぐには応じられなかっただけよ。でも、百日の余裕があるなら、それまでに別の買い手が現れるわ。しかも、複数ね……」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

「そうよ。そして、これから、何人かの競売希望者が、競売に参加するかどうか、あんたを見に来るかもしれない。だけど、とにかく、あんたは、できるだけ、売り物になんて、ならないということを見せつけなさい。顔はできるだけ汚す。病気のふりでもでなんでもして、そいつらに興味を無くさせるのよ。いいわね──」

 

 イライジャが真剣な口調で言った。

 だが、ユイナにはいまひとつ、イライジャの考えがわからない。

 

「で、でも、買い手がつかなかったら、里の掟により、わたしは処刑されて……」

 

 ユイナが死刑にならなかったのは、死よりも重いとされる不名誉刑を受け入れたからだ。だが、その不名誉刑の条件となる奴隷として、売り払えなかったら、やはり処刑されることになる。

 ユイナとしては、奴隷として、誰かに買ってもらわないとならないのだ。

 

「いいから、わたしの指示に応じなさい。これは賭けよ。その余裕ができた三箇月のあいだに、わたしは、ロウを探す。そして、地に頭を付けてでも、あんたを落札してくれるように頼む。あんたは、実は、あのロウを好きでしょう? どうせ、奴隷として落札されるなら、彼の奴隷になりたいはずよ」

 

 イライジャは言った。

 今度こそ、ユイナは驚愕した。

 

「ロウって、あいつ、死んだんじゃないの──?」

 

 ユイナは声をあげた。

 すると、イライジャが心痛そうな顔になった。

 

「……もしかしたら、わたしがあんたに、それを仄めかす言葉を手紙で送ったから、あんたが自棄になったのかと思っているわ。もしも、そうだったら、わたしは責任を感じている。でも、あのとき手紙に書いたように、ロウとエリカが死んだと、冒険者ギルドの記録に載ったのは事実よ。だけど、あれから、また、記録が修正されたの。多分、生きてるわ」

 

 イライジャは言った。

 ユイナは呆気にとられた。

 死んでない?

 

 もちろん、そう思ってた。

 あいつが死ぬわけない──。

 死ぬはずがない──。

 何度も、自分に言い聞かせた。

 

 そして、ユイナは確かめたかった。

 どうしても、その真偽を確認したかったのだ。

 だから、無理をしてでも、冒険者になろうと、禁忌の術に手を出し、冒険者として仕事ができるように、魔獣の召喚術を会得しようとしたのだ。

 失敗して、魔道を暴発させ、大きな特異点を作ることになってしまったが……。

 

「ほ、本当に生きているの、あいつ──?」

 

 ユイナは声をあげた。

 

「あいつって言うのはやめなさい。あんたは、手をついて、どうか奴隷にしてくれって頼む側なんだから。それに、これは賭けだと言ったでしょう。本当に、あのロウが生きているかはわからない。生きていても、あんたやわたしの相手をしてくれる保障もない。だけど、賭けてみる価値はある。なんとして説き伏せて……」

 

「それよりも、あいつは、本当に生きているの──? それを教えて──。ほかは、どうだっていいわ──」

 

 ユイナは怒鳴った。

 イライジャがまた声を鎮めるように、手で仕草をする。

 ユイナは、落ち着こうと大きく息を吐いた。

 

「すごく最近だけど……冒険者ギルドの共通検索記録が再び訂正されたの。ハロンドール王国王都を拠点とする冒険者として、ロウ=ボルグとエリカという名が新しい(シーラ)・クラスとして発表されたわ。冒険者としては最高クラスよ。同じロウだとすれば、冒険者になって一年余りでのことということになり、常識外れだけど、わたしは、それがあのロウだと思う。しかも、エリカという名もある。こんな偶然なんて考えられない」

 

「い、生きていたの……」

 

 ユイナは安堵のあまり、全身の力が抜ける思いがした。

 あいつが生きている……。

 死んでなかった……。

 生きてる……。

 

「……だから、ユイナ、わたしは、なんとかロウとエリカを見つけて、あんたを落札してくれと頼んでくる。彼にはそんな義理などないし、むしろ、わたしたちには悪感情を持っていると思うわ。保障なんてないけど、賭ける価値はあると思わない? エリカもいるなら、なんとかなるかも……。いえ、するわ……。なんとかする。ロウの奴隷にだったら、あんたはなりたいでしょう?」

 

 イライジャは言った。

 

 ロウの奴隷になら、なりたいかだって?

 そんなの、答えは決まっている。



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249 女伯爵への姦計

【ハロンドール王国・ラポルタ領】

 

 

 薄暗い店だった。

 テレーズ・ラポルタは、五人の護衛とふたりの侍女ともに、指定された刻限の少し前に着いた。

 馬車は、街外れのなんでもない廃屋の傍に停めてある。そこから夜の街を護衛たちとともに、徒歩で進んできたのだ。

 黒いマントを羽織り、顔もマントに付いているフードで隠している。

 八人の全員が同じ姿をしていた。

 ただ、護衛については、全員がマントの下に剣をはいている。

 また、侍女も、懐に武器を隠している。

 テレーズでさえ、武器を持っていた。

 

 もっとも、テレーズについては、自衛のためであっても武器など役にはたたない。

 女伯爵として四十歳を半ばすぎるまで、護身術すら学んだことはない。

 しかし、テレーズを除けば、侍女を含めて全員が手練れだ。

 そういう人選をした。

 また、馬車に馭者を待たせているが、テレーズが二ノス以上戻らないときには、すぐに領館と、街にある領軍の施設に報せに走るように手筈を整えている。

 万が一にも、相手の罠に陥らないためだ。

 だが、そうでなければ、ぎりぎりまで交渉をするつもりではある。

 

 テレーズとしても、ひとり娘のマリーは可愛い。

 できの悪い子ほど愛おしいとはいうが、十四歳になるマリーは、貴族の誇りのようなものはなく、放蕩癖があり、お世辞にもできがいいとはいえない。

 しかし、娘は娘だ。しかも、ひとり娘だ。死んだ夫の唯一の忘れ形見でもある。

 できれば、助けたい。

 だからこそ、連中の要求に従い、こうやって、女伯爵テレーズ自らやって来たのだ。

 

「いらっしゃい。ここは会員制の店でね。食事をして、酒を飲み、賭けをする。薬もある。あらゆる退廃的な性も揃えているよ。男でも、女でも、同性でも、異性でも……。獣人の娼婦もいる。男娼もね」

 

 店の中は、とても狭くて、がらんとしていた。

 テーブルも二個ほどしかない。

 貴族の邸宅に仕える執事のような格好をした壮年の男がカウンターのような場所にひとりいるだけだ。

 

「ここの責任者に会いたいわね。迷い鳥の母親がやって来たと伝えて頂戴。羽根休めにやってきたとね。それに、夜はとても短いわ。なにしろ、男女が愛するには、十分な時間とはいえないからね。それと、月は青いし、太陽は明るい。私は躍り疲れているの」

 

 テレーズは指示されていた合言葉を告げた。

 壮年の男は頷いて、なにかの操作をした。

 すると、驚いたことに、ただの壁に亀裂が走り、両側に開いて奥に進む空間が出現した。そして、奥に階段がある。

 

「主はお待ちかねだ。ただし、奥に進めるのは、お母さんを含めて女ふたりと男ふたりだけだ。それ以外は、ここで待つことになる。もしも、ここで交渉を打ち切るなら、マリーお嬢様とは二度とは会えない。掟のままに奴隷として売り払う。相手が貴族様だろうが、領主様だろうが、王様だろうが関係ない。あんたの娘はそれだけのことをした」

 

「マリーはここにいるのね?」

 

「行って確かめることだ。すべての交渉は、この先で行う。俺は交渉人じゃないし、ただの雇われただけの伝言者だ」

 

「どうだか」

 

 テレーズは肩をすくめた。

 そして、五人の護衛のうち、ふたりを指名し、ひとりの侍女に一緒に来るように命じた。

 残りはここで待機だ。

 

 いずれにしても、テレーズは、自分の領地が抱える都市の中に、こんな秘密の遊戯場のような場所があることは知らなかった。

 外から見ただけでは、どこにでもあるような平凡そうな居酒屋にしか見えなかったが、実は会員制の特殊な遊び場になっていたのだ。

 まあいい。

 どうせ、ならず者の連中だ。

 今回のことが終われば、理由をでっちあげてでも、容赦なく摘発させて潰すつもりだ。

 だが、それは、娘のマリーを無事に保護してからだ。

 

 マリーは素行が悪く、閉じ込めても、叱っても、夜遊びのようなことをやめられず、これまでも度々に騒動を起こしていた。

 そのたびに、泣いて謝るのだが、やはり、ほとぼりが冷めると、また遊興に手を出して、羽目を外すということを繰り返していた。

 付き合う友達も悪く、テレーズがいくら諭しても、まったく生活を改めるということがなかった。

 領主の娘だから、大抵のことはテレーズの名を出せば、切り抜けられるという甘えもあっただろう。

 テレーズとしても、忙しさにかまけて甘やかしてしまったという反省もある。

 だから、今回のような騒動になってしまったのだ。

 

 とにかく、テレーズの館に、マリーの知人だという者がやって来て、手紙を置き捨てて去ったときには驚いた。

 それには、マリーが会員制の遊戯場に入り浸りになっていて、支払い能力のない借金を作ってしまい、さらに、贋金を使おうとして、店のしきたりに従い、借金奴隷として売り払う旨の内容が記してあったのだ。

 マリーは、いつもの取り巻きの友人たちと、そこに行き、多額の借金を作ってしまったようだ。

 すぐに、調べさせたが、事実のようだった。

 さらに、それがあって、初めて気がついたのだが、マリーは昨夜、こっそりと屋敷を抜け出して、それっきり戻っていないということもわかった。

 

 テレーズは自分の足元の領土内の都市に、そんな退廃的な店があるなど知らなかったが、それ自体は違法ではない。

 だから、支払える能力のない賭けをすることは、むしろ、そっちが罪だ。しかも、手紙によると、マリーは贋金を使って見せ金にし、それで賭けをしたらしい。

 それで支払えず、しかも、贋金という大罪を犯している。

 どう聞いても、マリーが罪人だ。

 見せしめに、店が奴隷として売り払っても、許されるほどのことだ。

 領主の娘などということなど関係ない。

 それが法だ。

 

 もっとも、手紙の内容が、本当に真実であった場合の話だ。

 しかし、すぐにさせた調査でも、不完全ではあるが、事実でありそうなことを裏付けていたし、しかも、いかにも、マリーがやりそうな話で、テレーズは真実ではないかと予感した。

 だから、あまり公にすることを躊躇ったのだ。

 

 連中は、すぐに処置せずに、テレーズに話し合いを求めてきた。テレーズ本人が交渉することが条件であったが……。

 つまりは、交渉の余地があるということだ。

 だったら、穏便にすませたい。

 少し前とは異なり、多少の金銭の要求なら、なんとかするつもりだ

 

 なにしろ、テレーズは一箇月程したら王都に向けて出発し、いまのルードルフ王の女官長として、王宮で働くことになっている。

 それに伴う準備金を受け取っていた。

 また、逆に、娘の犯した醜聞が明らかになると、テレーズにも極めて不都合だ。

 

 なにしろ、今回の女官長の話は、ラポルタ家にとっては、まったくありがたいことなのだ。なくなったら困る。

 まあ、女官長としてとはいっても、好色である国王の性愛の相手も含まれているらしいものの、大して産業もない、貧乏伯爵家としては、王宮側の準備する多額の準備金と定期的な支援金は魅力だった。

 王の夜の相手として後宮に入ること自体も、未亡人であるテレーズからすれば、名誉に近いことだったし、テレーズは乗り気だ。

 資金援助だけでなく、優秀な官僚団も領地に来ることになっていて、すでに先遣隊が来ている。

 確かに彼らは優秀であり、テレーズがいなくても、上手く領地経営を導いてくれそうだ。

 だからこそ、女官長の実娘が贋金で賭け事に興じ、店に捕らわれて奴隷として売却されたという、大変な醜聞を公にするわけにはいかないのである。

 

 いずれにしても、まずは、娘のマリーの保護だ。

 ただ、最初の手紙には、店の場所も交渉人の相手も記載はしていなかった。

 慌てて、捜査をさせたときも、それらしい特殊な遊戯場所があるということはわかったが、具体的な場所の情報はなかった。

 

 そんなときに来たのが、二度目の手紙だ。

 今日の夕方のことであり、マリーについては引き渡すので、その代わりに、誰にも知らせずに、テレーズが自らやって来て、借金の支払いと謝罪をするように要求していた。

 テレーズが直接に来ないときには、交渉は打ち切り、マリーは奴隷商に引き渡すとあった。

 迷った末に、テレーズは連中の要求に応じるふりをすることにした。

 少人数で乗り込むことは危険ではあるが、とにかく、マリーさえ身柄を確保できれば、あとはどうにでも揉み消せる。

 店ごと関係者を潰せばいい。

 後は、どうにかなる──。

 それで、一騎当千で信頼のできる手練れの部下を同行させて、乗り込むことにしたのだ。

 

「どうぞ、伯爵様。この騒動の結末は、地下で待っています」

 

 伝言役を名乗る男が大袈裟な仕草でお辞儀をした。

 テレーズは現われた階段を選んだ三人の護衛たちとともに、降りていく。

 果たして、そこは大きな広い部屋になっていた。

 奥にはいくつもの扉があり、さらに向こうに部屋もありそうだ。

 食事や飲酒をするテーブルのある場所、賭け事をする場所、なにかのショーをするようなステージもある。

 椅子に囲まれた寝台まである。

 

 テレーズたちがやってきたのは、小さなダンスホールを思わせる一画であり、そこに十人ほどの男女がいた。

 全員が顔の半分を隠す仮面をつけている。

 そして、その連中の前には、素っ裸で天井から両手首を束ねて吊るされているマリーがいた。

 

「マリー、ああ、なんてことを──」

 

 テレーズは叫んで、駆け寄ろうとした。

 しかし、そのテレーズを護衛たちが肩を掴んで阻んで、近づかせまいとする。

 

「な、なにをするのです。離しなさい──」

 

 テレーズはかっとして叫んだ。

 しかも、マリーの肌には、あちこちに青あざがあり、殴られたり、蹴られたりされた痕がある。

 

「勝手なことをしないのよ、伯爵様。ちゃんと捕まえておきなさいね、あんたたち」

 

「わかりました」

「かしこまりました」

 

 マリーを囲む集団の中から、ひとりの女らしき者が出てきた。

 女らしいというのは、その人物がテレーズと同じように頭にフードを被っていて、顔が隠されているから、はっきりとは判断できないからだ。

 だが、見えている表情と声で、おそらく、女だというのはわかる。

 しかし、それよりも、その女の言葉に、テレーズの護衛が反応したことに驚いた。

 それだけでなく、まるで、その女の言葉に従うかのように、いまも、テレーズの肩を握る手に力を入れている。

 ぎょっとして、ふたりを見る。

 

「女伯爵様、そんな風に見ても無駄よ。彼らは、すでにわたしに、忠誠を尽くしているわ。その侍女殿もね」

 

 女が言った。

 なにを言われたのか、すでにテレーズの理解を越えている。

 

「ちょ、ちょっと、どういうことなの、お前たち──。離しなさい──。離すのよ──」

 

 テレーズは絶叫して暴れようとした。

 だが、ふたりもの屈強な護衛の腕から逃れることなど不可能であり、しかも、簡単に両手を背中側に持っていかれた。

 

「こんなものも役には立ちませんけど、一応は取りあげておきますね」

 

 唯一ついてきた侍女のひとりが、テレーズの懐から隠していた武器を取りあげた。

 テレーズは呆然としてしまった。

 

「な、なにが起きたというの──。お前たち、説明しなさい。誰か、誰か来なさい──」

 

 テレーズは金切り声で叫んだ。

 連れてきた護衛たちは、果たして偽者だったのか?

 激しく疑念が湧くが、いまは逃げることを考えた。

 地下に連れてきた護衛たちが裏切り者であることは確かだが、まだ、四人が一階に残っている。

 テレーズの悲鳴が届けば、助けにやって来るか、あるいは、都市内で待機している警備隊に報せてくれるだろう。

 とにかく、こんなのは、想定外だ。

 逃げなければ──。

 

「抵抗しないのよ。こっちを見なさい……」

 

 女が冷たい口調で言った。

 テレーズは、思わず、声に従って、フードの中の女の両目を見る。

 急に、その仮面越しのふたつの瞳に吸い込まれるような感覚に襲われ、テレーズの全身が恐怖に包まれた。

 抵抗しようという気力が消失する。

 怖い……。

 ただ、怖い──。

 恐怖がテレーズに襲いかかる。

 

「さあ、静かになったわね。じゃあ、話でもしようかしら、伯爵様……。とはいっても、引導を渡すだけのことだけどね。だけど、どうして、こうなったのかもわからないで、娼館に売り飛ばされても、寝覚めが悪いでしょう」

 

 女が溜息をついた。

 すると、女の横にいる酷薄そうな男が口を開いた。

 

「そのことなんですけど、この女は殺した方がいいんでは? 異国の娼館に売り飛ばしたとしても、万が一にも、本物であることに気がついた者がいては……」

 

「黙りなさい──」

 

 女がぴしゃりと言った。

 しかし、その会話から、テレーズにさらに恐怖が生まれる。

 

 殺す──?

 異国に売り飛ばす──?

 

 いずれにしても、もしかしたら、簡単に対抗できると思って、不用意に直接出てきたのは間違いだったか?

 だが、娘のマリーが関与した怪しい店など、伯爵家の力を使えば、いくらなんでも、どうにかなると思ったのだ。

 どうして、こんなところに、のこのことやって来てしまったのか……。

 

「殺す……?」

「殺すのか?」

「えっ?」

 

 そのとき、護衛たちと侍女が動揺したように、びくりとしたのがわかった。

 

「殺さないわ──。この女はここで犯す。娘ともども売り払い、その代金は全員で山分け。すでに、娘のたちの悪い友人たちは、闇奴隷屋に引き渡したわ。あれは、あんたらの取り分よ」

 

 女が慌てたように言って、少し離れた場所にあるテーブルを指さした。

 そこには、七個に分かれた布袋が準備されている。中身は金貨とか銀貨のたぐいのような気がする。

 しかし、すでに売り飛ばした?

 さらに、さっきから、テレーズとマリーについても、奴隷商に渡すつもりだと話している……。

 女伯爵の自分を──?

 その令嬢のマリーを──?

 テレーズは唖然とした。

 

「……気を付けてよね……。あたしの術は、心を操っているわけじゃないのよ。感情を操るのよ。この女伯爵のことについて、部下たちが嫌気を抱いていたことは確かだけど、殺すところまでは思ってないのよ。あたしは、こいつの部下たちの心の範疇で操作しているのよ。あまりにも、意思に反したことなら、うまくいかないのよ。口出ししないで」

 

 女が不満そうに言った。

 

「だが……」

 

「だが、じゃないわよ……。そもそも、売られた女が、いくら自分が本当は伯爵だと言っても、頭がおかしいと思われるだけよ……。本物はいるんだし……」

 

「しかし、万が一……」

 

「あたしの決め事に文句があるの──」

 

 ついに女が怒鳴った。

 

「わかったよ……。とにかく、面倒だな……」

 

 口を挟んだ男が不貞腐れたように吐き捨てた。

 だが、次の瞬間、女がさっとその男を見る。

 すると、男が能面になり、すぐに、女に対する畏敬のような顔になった。

 その表情の変化は劇的なほどであり、テレーズも唖然とした。

 

 だが、いまのやりとりでわかったのは、この女がなんらかの操り術を駆使しているということだ。

 しかも、感情を動かすということらしい。

 これは、禁忌の魔道のひとつである闇魔道というものだろう。

 おそらく、それで、テレーズの部下たちは操られているに違いない。

 操られているのが思考そのものなのか、あるいは、感情だけなのかはわからないが、とにかく、魔道をかけられていることには変わりない。

 テレーズは、突然に部下たちが裏切った理由に合点がいった。

 

 そして、さらにわかったのは、テレーズもまた、すでにさっきこの女の闇魔道にかかってしまったということだ。

 なぜか、この女に逆らうという気持ちが起きてこない。

 ただただ、怖い。

 怖くて仕方がない。

 

「まあいいわ。そろそろわかったと思うけど、あんたは罠にかかったのよ。少し前からね。そいつらの随行についても、あんたは適当に選んだつもりかもしれないけど、実際にはそう仕組まれたの」

 

「えっ?」

 

「いずれにせよ、あんたに恨みはないけど、諦めて頂戴。その代わり殺しはしないわ。娘ともども、残りの人生を娼婦として、生きるだけよ。まあ、死ぬよりもいいでしょう」

 

 女が酷薄そうに言った。

 テレーズはぞっとした。

 

「こ、こんなこと、許されるわけないわ。す、すぐに足がつく。お、お金なら……」

 

「金なんか大してないでしょう。すっかりと調べはついているのよ」

 

 女がせせら笑った。

 

「あ、あるわ。王宮に入る支度金が……」

 

「いいえ、ないわ。それは借金に消えてる。残ったのは大したことない。女伯爵とは聞こえがいいけど、領地経営は下手くそで、借金だらけ。だから、国王に身体を売るようなことを引き受けたんでしょう?」

 

 それは、事実だった。

 夫が死んでから、伯爵位と領地を受け継いで、いままでやって来たが、なにをやっても上手くはいかず、領地の財政は火の車だ。

 だから、正直、女官長の話は嬉しかった。

 若くもないテレーズにとっては、領地のために売れるのであれば、自分の身体であっても嬉しい。

 

「部下たちから、そんなに慕われてもいない。だから、あたしの魔道なんかで、みんな簡単に心変わりしたのよ。みんな、不安がってんのよ。だから、将来の不安を取り除くような話を持ち出して、魔道で感情を動かしたら、簡単に心が転んだわ。忠誠心が高い部下だと、こうはいかないのよね」

 

 女がさらに言う。

 馬鹿にされているというのに、やはりどうしても口惜しいという感情は湧かない。

 それよりも、なんとか逃げたい。

 だが、マリーを助けなければ……。

 マリーがいなければ……。

 

「そうよ、あんた……。あんたが逃げれば、マリーはどうなるかわからない……。だけど、あんたがあたしに従うなら、マリーの命は助かる。一緒にいさせてあげる。娼婦としてだけどね……」

 

 女が諭すように告げる。

 マリーを助けたい。

 この気持ちが心で一気に大きくなった。

 だからこそ、危険を承知でここまできたのだ。

 領地を失っても、爵位を失っても、どんなにできが悪くても、ひとり娘のマリーだけは助けたい……。

 ここに来る前には、マリーについては最大限に努力はするが、やむを得ないときには、見捨てる決心をしていた。

 しかし、もう逃げたくない。

 マリーが殺されてしまう。

 

「わ、わたしはどうなってもいいわ。マリーを……、マリーを助けてください」

 

 テレーズは叫んだ。

 すると、女の目が笑った気がした。

 

「……そうね。娘は大切よ……。その感情が動かないように保持しておいてあげる……。そうすれば、あんたは、この出来損ないが人質である限り、なにもできない……」

 

 女の言葉が染み入るように心に入ってくる。

 そうだ。

 マリーを助けなければ……。

 母親として……。

 

「じゃあ、早速、試してあげるわ。マリーだっけ? この娘を助けたければ……一緒にいたければ、ここで服を脱ぎなさい。生まれたまんまの姿になるのよ。下着から全部。髪飾りひとつ、指輪の一個に至るまで、ここで外しなさい」

 

「えっ?」

 

 テレーズは自分の耳を疑いかけた。

 

「ほら、早く脱ぐのよ。娘がどうなってもいいの?」

 

「そ、そんなことをここでわたしにさせようというの──。娼婦に売るなら、売ればいいでしょう。さっさと、わたしもマリーも連れていけばいいのよ」

 

 この女が異国にテレーズたちを売るといっても、実際にはそんなことは不可能だということをテレーズにはわかっている。

 仮にも、領主を誘拐して、無事に領地を出れるわけがない。

 それに、テレーズが二ノス後に戻らなければ、ここに領軍が殺到する。

 怪しげな術を使う女だけれども、いくらなんでも、兵の全部を操ることなど不可能なはずだ。

 テレーズが自らここに来ることについては、領軍の主要な者には語っている。

 護衛たちが裏切っていたとしても、軍の幹部を根こそぎ操るなどあり得ない。だから、テレーズは、ここで、ただ時間を稼げばいいのだ。

 

「あんたは口答えしなくていいのよ。それよりも、護衛たちをけしかけてあげるわ」

 

 女がテレーズから、両脇の護衛たちに視線を向け直す。

 

「ほら、尊敬はしてないけど、あんたらは、美しい女伯爵のことを内心で気に入ってたんでしょう? その感情を増幅してあげるわね。だから、丸裸にしなさい。ただし、服は破らないでよ……。それと、侍女のあんたは、取り分を持って一階で待ってなさい。そして、残りの護衛にも声をかけておいで。女伯爵を犯したければ、降りて来いってね」

 

「ば、馬鹿な真似はやめて──」

 

 テレーズは絶叫した。

 しかし、護衛だった男ふたりの目つきが一瞬だけ、とろんと呆けたかと思うと、すぐに好色そうな怪しい表情になった。

 そして、テレーズから着衣を奪い始める。

 

「ああ、お母様──」

 

 マリーが宙吊りのまま泣き叫ぶのが聞こえた。

 一方で、侍女はさっとテーブルに向かって、袋をふたつ抱えると、そのまま一階の方に走っていった。

 

「うるさいねえ、小娘──。もとはといえば、あんたのせいじゃないの──。ほかにもいろいろと罠を考えていたけど、あんたのおかげで随分と手間が省けたさ。ひとり娘のあんたの放蕩で、領地の将来を見限っている者が多くて、簡単に魔道にかかってくれたしね」

 

 女がぴしゃりとマリーの尻を平手で叩いた。

 マリーが悲鳴をあげる。

 

「誰かあ──。誰かきてえ──」

 

 テレーズはとにかく叫んだ。

 大の男ふたりにかかっては、テレーズなど子供も同然だ。

 どんどんと服が奪われて、裸にされていく。

 それを女の元々の部下たちが受け取って、女に運んでいく。

 

「おっ、やってますな」

「俺たちも参加しましょう」

「テレーズ様、実は以前から、お慕いしてました」

 

 一階からどやどやと残りの護衛たちが降りてきた。

 口惜しいことに、彼らもテレーズから衣服を奪う作業に参加する。

 やがて、下着姿だけにされた。

 両手はがっちりと掴まれて動かせない。

 貴金属のたぐいがどんどんと外されていく。

 

「さあ、早く下着をちょうだい。そろそろ、時間がないかもしれないし。確か、二ノスだっけ?」

 

 女が笑った。

 二ノス?

 領軍に、テレーズが戻らなければ、ここに殺到するように指示したことを知っているのか?

 だが、テレーズはそれどころじゃない。

 肩から乳房を包む下着を脱がされ、ついに、腰の下着まで掴まれた。

 

「きゃあああ、これ以上は許してええ」

 

 必死に腰を振って抵抗する。

 だが、あっさりと下着を足首から奪われる。

 狼狽して、その場に身を縮こませようとするが、強引に立たされた。

 それどころか、この部屋の奥にある寝台のある場所に、寄ってたかって運ばれる。

 そして、寝かされた。

 四肢を握られて、さらに両膝を乳房につけるように、持ちあげられる。

 

「あらあら、ちょっとばかり、あなたに対する恋慕の心を弄ってやったけど、思った以上に、あんたの部下は、けだものねえ。裏切って、あんたを犯せとはそそのかしたけど、想像以上の乱暴ぶりじゃない。しかも、仮にも自分たちの主人をまんぐり返し? 容赦ないわねえ」

 

 女が近くに寄って来て笑った。

 しかし、テレーズからは見えない。

 完全に護衛たちに囲まれている。

 しかも、護衛たちはおもむろに全員がズボンを脱いで下半身を露出しはじめたのだ。

 すぐに、五人の赤黒い性器が露わになる。

 全部が逞しく勃起している。

 

「いやああ、あ、あなたたち、正気になって──。なにをしようというのよ。やめてええっ、やめなさいい──」

 

 テレーズは狂ったように叫んで暴れた。

 

「さあ、やろうぜ」

「ああ、しかし、その前に滑りをよくしないとな」

 

 言うなり、護衛のひとりがテレーズの股間に唇を押し当てて、亀裂に沿って舐め始めた。

 すぐに、秘裂を指で左右に割り、さらに舌を置くと粘膜に侵入させてくる。

 

「あっ、ひいっ、いやあっ、ひいいっ」

 

「国王に身体を売るような女伯爵のくせに……。畜生、そんな淫乱女なら、俺たちが犯ってやる」

 

 別の護衛がテレーズの乳房を揉み始めた。

 しかも、左右から……。

 

 無理矢理に発生させられる性の疼きに襲われながら、テレーズは、女が、自分がやっているのは、部下の中に存在している感情を増幅させてるだけだと口にしたことを考えていた。

 もしも、そうなら、テレーズが国王の女官長に就任することを受け入れたことで、彼らの心が離れたのだろうか?

 その仕事が、本当は娼婦も同然の職務だというのは、この国の中枢にかかわる者なら、大部分がそれを知っているだろう。

 それで見限られた?

 

「……ねえ、せめて、こういうことが、気持ちいいと感じる感情を増大してあげるわ。女というものは大なり、小なり、犯されれば気持ちいいと感じる心があるわ。生物としての本能ね」

 

 またもや、女の声が聞こえた。

 そして、わかったが、どうやら、女は、すぐそばにきて、服を着替えているようだ。

 だが、次の瞬間、テレーズは狼狽した。

 甘い感覚が身体の奥底からふき出してきたのだ。

 しかし、まさか、部下の男たちに輪姦されそうになって、女の悦びを感じるなど……。

 

「おお、感じてきたようだぜ、テレーズ様が」

 

 股間の愛撫をしていた男が嬉しそうに言った。

 

「ち、違う──」

 

 テレーズは悲鳴をあげそうになった。

 だが、さっきの狼狽はすでに焦りになっている。

 身体の底で発生した甘い感覚は、次第に欲情のうねりになって、四肢に拡がりだしたのだ。

 すでに、小さく膨らんだ小鼻からは不規則な息遣いが繰り返すし、口からは明らかな嬌声が洩れ出し始める。

 

「いや、やっぱり、感じてるぜ、テレーズ様は」

 

 股間にいた護衛が体勢を変化させる。

 はっとして、見た。

 すでに、亀頭が女の亀裂に当てられている。

 

 犯される──。

 腰を振って避けようと思うが、あっという間に深々と怒張を貫かれてしまった。

 

「いやあああっ、ああああっ」

 

 律動が始まる。

 甘美な快感が拡がる。

 

 慌てて、テレーズは歯を食いしばる。

 声が出そうだったのだ。

 だが、股間を貫かれ、乳房を揉まれることで生み出される愉悦は、だんだんとテレーズを追い詰めていく。

 

「こらっ、あんたら、今後二度とその女をその名で呼ぶじゃないわよ。マリーのこともよ。なんと名前を付けて呼ぼうとしてもいいけど、その女はテレーズじゃないわ。これから、奴隷の娼婦として売りさばかれて、男に身体を売るだけの女よ」

 

 すると、テレーズを犯している背後から、女の強い口調が響き渡った。

 その口調があまりにも強かったので、テレーズを犯していた男たちが、思わず動きをとめて、硬直したほどだ。

 

「あっ、その姿は──」

 

 そして、テレーズは絶句した。

 男たちが身体を硬直して、身体を起こしたために、視界が割れたのだ。

 その視界に映ったのは、テレーズそのものだった。

 怪しげな術でテレーズを罠にかけたさっきの女のはずだが、さっきまでテレーズが身に着けていた服を完全に身に着けている。貴金属まで同じように着こなしているし、髪型も一緒だ。

 しかし、それだけじゃなく、顔がテレーズそのものなのだ。

 びっくりした。

 

「さて、じゃあ、行くわね、伯爵様……。いえ、元伯爵様……。あんたには、これっぽっちも恨みはないけど、これも仕事でね……。あんたたちには、腕のいい調教師たちを準備しているわ。そいつらの言うことに従うといいわよ……。そうすれば、これからの毎日が少しは楽になる……。それがせめてものお詫びよ。殺さないのもね」

 

 女が言った。

 そして、護衛たちに声をかける。

 

「……そして、あんたらは気がすんだら、金を持って領地から消えなさい。あたしは、侍女たちと一緒に、マリーの偽者を連れて屋敷に戻るけど、あんたたちのことはうまく処置しとく。だけど、今後、ラポルタ領に接近すれば、死ぬと思いなさい」

 

「わかった。いや、わかりました、伯爵殿」

「承知しました」

 

 護衛たちがお道化たように口にして、再びテレーズを犯す体勢に戻る。

 いまの言葉はどういう意味──?

 まさか、この女はこのまま、わたしと入れ替わって、屋敷に行くのか?

 さっきから、そのことを仄めかしていたが、本当に?

 しかし、その思念が吹き飛ぶ。

 束の間、中断していた律動が再開したのだ。

 

「はううっ」

 

 食い縛った口から声が洩れた。

 身体では、テレーズの気持ちとは別に、淫靡な快感がうねりとなって暴れ出している。

 快感が込みあがる。

 

「さて、出すぜ。そ、そろそろだ」

 

 テレーズに男が呻くように言った。

 

「全員が出すんだからな。中に出すなよ。顔にかけてやれ」

 

 誰かが声をかけ、律動をしていた護衛が勃起した一物を抜く。

 いきなり、白濁液が顔にふってきた。

 

「いやああ」

 

 声をあげた。

 

「さて、選手交代だ、伯爵様……。いや、名無しの女」

 

 すると別の護衛が位置を変わる。

 今度はかなりの巨根だった。

 すぐに、その巨根がねじ込まれた。

 

 

 *

 

 

【その後の女伯爵】

 

 この後、本物の女伯爵テレーズとその令嬢である娘のマリーは、玄人の調教師たちの徹底的な調教を受け、逃亡の意思も、抵抗の意思も完全に失って、カロリック公国の娼館に売り飛ばされます。

 その娼館では、単に女を抱かせるだけでなく、客の前で卑猥な見世物をして、金をとるということもしていました。

 ふたりは美人で、肌もきれいだったことが主人に気に入られ、娼婦よりも、見世物で恥態を演じる方を主体にやらされることになります。

 高貴な身分だったふたりですが、実の母娘で、しかも、大勢の客の前で、道具を使って愛し合うということまでやらされ、心も徹底的に折れてしまいます。

 そして、心の抵抗心を奪う闇魔道の影響もあり、ふたりは娼婦に堕とされた自分たちの境遇を受け入れるようになっていきます。

 

 

 しかし、その調教の過程は、別のお話ということで……。



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250 魔女の憂鬱

【ルルドの森林域・アスカ城】

 

 

「お食事です、アスカ様」

 

 エマは、夕食を持って、アスカの寝室に入った。このところ、アスカは酒を好むので、果実酒の瓶とグラスに加えて、肴になりそうなものも準備してきた。

 そして、エマの入室と同時に、魔道によって部屋が閉所される。

 

 ここには、限られた者しか出入りすることはできないのだ。

 入室については、アスカの認めた者だけ……。

 退出については、アスカの従者ということになっているパリスの認めた者だけ。

 誰でも、自由に出入りできるわけではなく、むしろ、ほとんどの者が入ることはできない。

 アスカさえも、ここから出られるのは限定したときだけだ。

 ただし、アスカはこの城塞とその周辺であれば、自分の「影」を分身で作って出現させることができる。

 しかし、本体については、この寝室と幾つかの部屋くらいしか出入りはできないことになっている。

 

 いまは、エマは入室も退出も認められているので、自由に出入りできる。

 ところが、人嫌いのアスカは、いまはこの部屋に入るのをエマしか認めてはおらず、従って、すべての侍女としての仕事をエマがしなければならない。

 もちろん、性の相手も……。

 

「そこにお置き、エマ。ところで、服を脱ぐんだよ、お前」

 

 入ると、苛立った表情で、両手を腰にあてがって立っているアスカが、鋭い眼で命じてきた。

 どうやら、今日は、ちょっと暴力的な性愛の趣向のようだ。

 嫌なことがあって、不機嫌なのだろう。

 その原因をエマは教えられていたので、おそらく、アスカはエマに八つ当たり気味に鬱憤をぶつけて、苛立ちを発散したいに違いないと思った。

 こんなときについても、エマはわきまえている。

 ちゃんと、適度に抵抗をしなければならない。

 最初から従順では、アスカを満足させることはできない。

 その加減が難しいのだ。

 

 エマは食事を載せた盆を脇のテーブルに置き、一瞬、躊躇した態度をした。

 すると、つかつかとアスカが寄って来て、いきなり両頬に刺すような痛みが走った。

 往復で平手打ちをされたのだ。

 

「なにをぼさっと、突っ立ってんだい、のろま──」

 

「うっ」

 

 わかっていたとはいえ、愕然となるくらいに強烈な平手だった。

 これは、余程にアスカの苛立ちが強いのだとわかる。

 どうやら、激しい責めになりそうだと予感した。

 

「聞こえないようだね」

 

 アスカの美貌が意地悪く歪んだと思うと、先ほどに増して容赦のない平手が頬に飛んできた。

 

「ぬ、脱ぎます」

 

「遅いよ。脱ぐと言っておいて、お前は、まだ服を着ている。お前のことはわかっている。そうやって、わたしを馬鹿にしているんだろう。お前まで、わたしを愚弄するのかい──」

 

 またしても、目から火花が出るような頬の激痛。

 しかし、アスカの言葉に、エマはどきりとした。

 慌てて、侍女服のボタンを外し始める。

 エマのことを優しく扱ってくれるアスカなので、今のことも演技なのだと知っているが、もしかしたら、本気なのかとも思った。

 それくらい、今日のアスカには迫力がある。

 

 急いで服を脱ぐ。

 最後の下着まで脱ぐと、エマは一糸まとわぬ素っ裸になった。

 

「手を除けな。ちゃんと裸を見せるんだ」

 

 エマは両手で乳房を隠すようにしていたが、両手を体側に垂らして、裸体の全てを晒す。

 アスカの美貌は最高だ。

 そのアスカの前で裸になるなど、いつになっても慣れることはない。

 しかも、ちゃんと服を身に着けているアスカの前で、自分だけが素っ裸であるということが、惨めで苛立ちのようなものを覚える。

 以前はこんな感情を抱くことはなかったが、いまは正直にいえば、アスカの相手をするのは嫌だ。

 でも、そんなことを口にしようものなら、アスカは間違いなく、エマを殺すだろう。

 だから、この魔女にエマの感情の変化を見透かされるわけにはいかない。

 この女に気に入られなければ、終わりだということくらいの分別は、エマにもある。

 

「濡れてないねえ。どうして、お前は濡れてないんだい──」

 

 ぎくりとした。

 少し前なら、エマはこういう状況になれば、すぐに興奮して股間で涎を垂らしていただろう。

 だが、濡れていない。

 エマは焦った。

 

「も、申し訳ありません、アスカ様、すぐに濡らします」

 

 エマは慌てて、手を股間に持っていった。

 女の股に沿って指を動かす。

 以前は、この股間に男の性器を魔道で生やされていたが、いまは女の性器だけだ。

 ただし、陰毛は一本もない。

 全部、アスカに剃られて、二度と生えない処理もされた。

 エマがアスカの性奴隷だからだ。

 

「余計なことをするんじゃない。それよりも、偉そうに立ってないで、四つん這いになりな」

 

 また、叩かれた。

 頬をぶたれたエマは、急いでアスカの足元に跪いて、両手を床に着けた。

 その背にどすんと、アスカが腰をおろす。

 

「歩け」

 

「はい」

 

 よろけそうになりながらも、エマは必死に部屋の奥に向かう。

 軽いとはいえ、一人前の女性であるアスカを楽に載せて動けるほどの力はない。凄まじい重圧が両腕や両脚、そして、腰にのしかかる。

 あっという間に、全身から汗が噴き出してくる。

 

「部屋を回るんだ。五周だ」

 

「は、はい……」

 

 必死にアスカを乗せて部屋を這い続ける。

 そして、やっと五周が終わって、部屋の奥側に着く。

 アスカが、そこにあった椅子に座り直した。

 エマは疲労困憊になっていた。

 椅子に座るアスカの足元に正座をさせられる。

 すると、首輪を嵌められて、前手で両手首に革枷を装着された。

 

「自慰を許してやるよ」

 

「えっ?」

 

 エマは思わず問い返した。

 またもや平手を頬に打たれる。

 

「わたしは同じことを言わされるのが好きじゃないね」

 

 エマは手錠のついた手を股間に持っていくと、下腹部の亀裂に沿って動かし始めた。

 すぐに身体の芯を甘い感覚が込みあげてくる。

 指でクリトリスを弾くような、軽い刺激にした。

 すると、じーんとするような快美感が全身に流れわかる。

 

「はあ……」

 

 切ないような吐息がでた。さらに愉悦が込みあがるように、エマは指先を強く動かす。

 

「やっと感じてきたようだね、エマ。おかしいねえ。お前は、ちょっと前までは、わたしに責められるだけで、どろどろに股間を濡らしたものだけど、いまはそれなりのことをしないと濡れもしないのかい……。じゃあ、床に横になりな。続けるんだ」

 

 背に冷たいものが流れる。

 なんで、そんなことを……。

 とにかく、エマは仰向けになり、やや股間を開いて、自慰の手を速めた。

 

「あっ、ああっ」

 

 だんだんと大きな快楽の波が襲いかかる。

 自分の身体が小刻みに痙攣を始めたのがわかった。

 

「あううっ」

 

 エマは指で股間を擦りながら、峻烈な感覚に襲われて、思わず腰全体を上に動かした。

 

「もっと、脚を開いて、お前のいやらしいところを見せないかい」

 

 アスカが笑った。

 そして、エマの脚のあいだに、自分の足を置いて、エマの股を大きく開かせる。

 恥ずかしさの中で、さらに苛烈で妖しい衝撃に見舞われた。

 

「はあっ、ああっ、あああっ」

 

 股間を刺激する手に力を入れる。

 指を動かす手をさらに速くする。

 すっかりと膨らんでいるクリトリスをころころと転がす。

 

「指を入れな、エマ」

 

 アスカの声が聞こえた。

 エマは操られるように、指を二本添えて股間に挿入する。

 

「あはあっ、あああっ、あああっ」

 

 エマは挿入した指を出入りさせつつ、開脚したままの腰を淫らに揺する。

 一気に絶頂が襲いかかってきた。

 次の瞬間、がくがくと全身を硬直させて、エマは快感の頂点に自分を追い立てた。

 

「もういい、終わっていいよ」

 

 しかし、その瞬間、急に手首が引っ張られて、股間から離された。

 気がつかなかったが、いつの間にか手錠の鎖に、別の太い鎖が繋がっていて、それをアスカが引っ張ったのだ。

 だが、まさに絶頂寸前で、自慰を強制的に中断させられたエマは呆気にとられてしまった。

 

「あ、あのう」

 

 エマはアスカに恨めしく顔を向けた。

 

「なんだい?」

 

 手錠の鎖を引っ張られて、エマはアスカの前に立膝する体勢になる。

 

「ま、まだ、いってません」

 

 次の瞬間、頬を張られた。

 

「まだ、お預けだよ、馬鹿」

 

 アスカが笑いながら、立ちあがった。

 魔道だと思うが、天井から鎖が垂れ下がっている。

 アスカは、エマの手錠の鎖をその天井からの鎖に繋げた。

 

「そら、立つんだ」

 

 鎖が短くなる。

 エマは両足が浮くまで吊りあげられた。

 

「まったく、好き者そうな身体だよ。さすがは、わたしが見込んだ可愛い娘さ」

 

 アスカがエマの無防備な横腹から腰の横をすっと撫でさげた。

 

「はああっ」

 

 自慰により快感を極めかけながら、絶頂寸前でそれを取りあげられたエマの身体は、信じられないくらいに敏感になっているようだ。

 さらに、アスカは、指で腰の括れを刺激しつつ、反対側の腰を舌で舐めあげてくる。

 

「ううっ、はああっ、ア、アスカ様──、あああっ」

 

 エマの弱点を知り抜いたアスカの責めだ。

 いやでも、エマの身体は燃えあがっていく。

 

「ああ、可愛いよ、エマ……。悪かったね。今日は虫の居所が悪かったのさ。お前に乱暴をするつもりはなかったんだけどね。でも、お前はちゃんと、わたしの心を読んで、それなりの相手をしてくれる。やっぱり、わたしのエマさ」

 

 さっきまでの張りつめていたような怒りとは打って変わり、急にアスカがエマに優しい言葉をかけてきた。

 ほっとした。

 エマに弱い、いつものアスカだ。

 そして、アスカは、エマの下腹部に唇を押し当てて、片手で腰を抱き、もう片手で股間に這わせ、さらに舌で刺激を加えてきた。

 

「ああっ、はああっ、あああっ」

 

 驚くほどに、あっという間にエマは快感の頂点に押しあげられた。

 しかし、アスカは、今度もまるで揶揄するかのように、エマが絶頂寸前になったところで、刺激の矛先を巧みにかわしてしまった。

 

「あっ、そんな」

 

 エマはまたしても寸止めをされ、宙吊りの身体を切なく悶えさせた。

 そして、アスカの本格的な責めが始まった。

 アスカの愛撫は巧みだ。

 どんなに我慢しようとしても、すぐに快感の頂点に押しあげられる。

 でも、ぎりぎりでそれをとりあげ、そうかと思うと、エマの弱い性感帯を突かれて、一気に昇天しかけ、そして、すっと手を引くのだ。

 エマは翻弄された。

 とてつもない快感のうねりに、甘美なすすり泣きのような声を出し、上気した顔を激しく左右に振った。

 

 それがしばらく続いた。

 そして、アスカの指が股間に挿入してきたのは、おそらく、半ノス近くが経ってからだと思う。

 指が二本、敏感な入口から入ってくる。

 

「はああっ、ああっ」

 

 エマは吠えるような声をあげて、宙吊りの身体を跳ねさせた。

 アスカの指が膣穴への出入りを開始する。

 同時に肉芽を親指で刺激される。

 それだけでなく、もう一方の手は、エマの後ろから伸びて、お尻の穴まで刺激するのだ。

 

「んぎいいいいっ」

 

 これまで感じたことのない峻烈な快感が襲いかかる。

 信じられないような充実感がエマの五体を駆け巡る。

 

「いきそうかい……?」

 

 しかし、すっとアスカの指が離れていく。

 エマは半狂乱になった。

 

「ああっ、やめないで、やめないでください、アスカお姉様──」

 

 エマは懸命に哀願した。

 だが、やっぱり、アスカの手は快感の極みを与えてくれることなく、エマから離れてしまった。

 

「ああっ、そんなあ」

 

 エマは泣き叫んだ。

 

「心配しないでいいよ。いいものをあげるよ」

 

 優しそうな口調に変わったアスカは、小さな瓶を出してくると、つんと刺激臭のする油剤を手に取り、エマの乳房に塗り込んできた。

 

「あっ、な、なにを……。ああ、それは……」

 

 ひんやりとする感触に、朦朧となっていた目が醒めたみたいになった。エマははっとして、身体に塗られていく油剤に愕然とした。

 もちろん、この油剤の効果は知っている。

 全身がかっと燃えあがって、どうしようもなく疼くとともに、強い痒みが発生する強力な媚薬だ。

 哀願もむなしく、エマは抵抗することもできずに、さらにお尻の狭間から股間の奥までたっぷりと油剤を塗られてしまった。

 

「さて、じゃあ、折角の食事だ。もう冷めてしまっただろうけど、食べさせてもらうよ。そのあいだ、じっとしておいで、エマ」

 

 アスカはそのまま行ってしまった。

 しかも、この寝室と繋がっている別室に、食事を載せた盆を自ら抱えて、いなくなってしまったのだ。

 しばらくのあいだ、エマはそのまま放置された。

 

「か、痒いいっ、ああっ、助けてえ、アスカお姉さまあ」

 

 すぐに、エマは泣き叫びだした。

 しかし、いなくなったかのように、アスカは戻ってきてくれない。

 半ノスほどすぎて、アスカが戻ったときには、あまりに痒みの苦しさに、必死でアスカに訴えた。

 

「お、おろしてください──。アスカお姉様、後生です──」

 

「どうしたんだい?」

 

 アスカは惚けたような口調で言った。

 食事は終わったようだが、酒と肴だけを持って来て、それを小さな卓に置く。

 

「ああ、痒いんです。お願いです」

 

 信じられないような掻痒感だった。

 これまでも、アスカには痒み責めを味わわされたことがある。

 しかし、今度のは桁違いの痒みだ。

 アスカは、いままでにエマに塗ったことがないような強い痒みの薬剤を使ったのだ。

 

「そうだろうねえ。それは特別性だよ。いままでの油剤の十倍は痒い。凄いだろう? あとどのくらい、わたしの可愛いエマは我慢できるだろうかねえ? そうだね。少なくとも、一ノスはそこで踊ってもらうかい」

 

 アスカは、エマが痒みの苦しみで悶える目の前に、酒を載せた小卓を運んできて、ちびちびとお酒を愉しむ態勢になる。

 

「そ、そんなの、無理です──」

 

 エマは悲痛な声をあげた。

 狂おしいほどの痒みは、もう瞬時も耐えられない。

 

「お、お願いします、アスカお姉様」

 

 唇を噛みしめ、涙を浮かべ、髪を打ち振って、エマはひたすらに懇願を繰り返した。

 

「もっと苦しんでおくれよ、エマ。わたしは、お前の苦しむ顔が大好きさ。今度こそ、わたしだけのものになったんだと思えるからね」

 

「ああ、あたしはとっくに、アスカお姉様のものです──」

 

「……どうだかね……」

 

 アスカが意味ありげに呟いた気がした。

 そして、優雅に酒を口にする。

 エマは、そのアスカの目の前で、苦悶と哀願を繰り返しながら、少しでも痒みを忘れようと、身体をくねらせ、太腿を擦り合わせる。

 

 しかし、今日はいつもに増して、責めが長くて残酷だ。

 すでに、宙吊りがかなりの長時間になった。

 両肩と両腕につるような激痛が走っている。

 しかし、いまのエマにはありがたい痛みだ。

 その痛みが少しは痒みを忘れさせてくれるのだ。

 

 どれくらいの時間が経っただろうか……。

 いつの間にか、アスカが目の前に立っていた。

 酒のせいか、ほんのりと目の周りが赤い。

 

「これを入れて欲しいかい、エマ?」

 

 アスカが顔の前に示したのは、一本の張形だ。

 そして、その先端を乳首の頂に、押し当ててきた。

 

「あんっ」

 

 エマは悲鳴のような声をあげて、張形の先に胸を擦りつけようとした。

 だが、すっと張形が逃げる。

 

「ここはどうだい?」

 

 今度は股間だ。

 もっとも敏感な肉芽に、ぐりぐりと淫らに擦りつける。

 

「おおおっ」

 

 そこから全身に響き渡る快感の衝撃は凄かった。

 エマは恥も外聞を忘れて、張形に股間を押し当てる。

 

「入れてやるよ、エマ。きっと気持ちがいいよ」

 

「ああ、入れて──。入れてください──」

 

 焦らすようなアスカの愛撫に、もうなにも考えられない。

 一瞬も我慢できない。

 

「お前は淫乱で、わたしの飼い猫だ。そうだろう? お前は裏切らない? そのはずさ。そうに違いないよ」

 

 アスカが言った。

 痒みに苦しみながらも、エマの鼓動が激しくなる。

 ばれているわけがない──。

 そんなはずはないのだ。

 しかし、今日に限って、どうしてアスカは思わせぶりな言葉を……。

 

「お前はわたしのものだ。淫乱で、どうしようもなく淫らな淫獣だ……。そう、口にしな」

 

「ああ……、あ、あたしは、淫乱で……淫らな……淫獣です……。ア、アスカ様の……アスカお姉様のものです……」

 

「そうかい?」

 

 ぐっと張形が亀裂を割って、押し入ってくる。

 とてつもない興奮がエマの全身を噴きあがる。

 

「動くんじゃないよ。腰を動かせば、張形は抜いて、貞操帯で股間を封印する。明日の朝まで、刺激はお預けさ」

 

 アスカが張形をさらに深く挿しながら笑った。

 エマはすでに、挿し込まれた張形を股間で締めたり緩めたりして、痒みを癒そうとしていたが、慌ててそれをやめる。

 

「そうだ。動くんじゃない。動けば、明日までなにもなしだよ。朝までほったらかしだ。それがいやなら、動くんじゃない」

 

「ああ……、うう……」

 

 張形は深くまで挿し込まれた。

 アスカが張形から手を離す。

 しかし、ちょっとでも気を緩めると、腰は無意識のうちに動き出しそうになる。

 それとともに、全身が悶々とした疼きに染まり変える。

 苦しい……。

 痒い……。

 エマは泣きそうになった。

 

「おいで……」

 

 手錠を外されて、宙吊りの身体が降ろされる。そして、四つん這いのまま寝台に行くように命令された。

 しかも、張形を股間に咥えたままだ。

 ほとんど体力は残っていなかったが、エマは必死になって、這い進んだ。

 

「よくやったね、エマ……。じゃあ、楽しい時間だ。ふたりで愛し合おう……」

 

 寝台の下まで辿り着くと、アスカに寝台に引きあげられた。

 エマには、もう寝台にあがる力がなかったのだ。

 寝台の上で、再び手錠をされた。

 両手を背中に回されて、両腕を水平に置くかたちで手首に手錠を嵌められたのだ。

 

「ほら、欲しかったものだよ」

 

 アスカがエマを仰向けにして、ずんと張形で腰を突きあげる。

 

「あうううっ、はああっ」

 

 張り裂けそうな悲鳴をあげて。自分でも呆れるほどに腰を激しく動かした。

 あちこちが痒いが、股間は特に痒い。

 そこが張形で痒みを癒される──。

 まさに、想像もできないような快感だ

 

「はああっ、いぐううっ、いかせて、いかせてください、アスカ様ああ──」

 

 エマが絶叫した。

 早い律動で送り込まれる衝撃に、エマはすさまじい喜悦に打ち抜かれた。

 そして、絶頂した。

 しかも、それが終わらない。

 絶頂したのに、すぐにまた次のうねりがあがってきた。

 

「ああっ、ま、またああっ」

 

 エマは熱にうなされたように、さらに絶頂する。

 やはり、まだ、終わらない。

 終わらないのだ。

 

「二度連続で達したのかい、エマ? お前は、やっぱり、わたしの可愛い淫乱な奴隷だよ。さあ、次はわたしの番だ。お前がわたしをいかせてくれたら、今度は、まだ残っている痒い場所を順番に、癒してあげるよ」

 

 アスカは服を脱ぐ。

 あっという間に全裸になったアスカは、寝台に仰向けになり、膝を立てて股を拡げた。

 エマはとり憑かれたように、その股間に顔を近づけると、舌でアスカの股間を刺激する。

 すぐにアスカはよがりはじめた。

 

 

 *

 

 

 エマがアスカの部屋を出たのは、夜中に近い時間だった。

 アスカは、まだ半分微睡んでいたが、エマが起きあがったことで、身体を起こした。

 少し酒を飲みたいということだったので、残っていた酒で枕元に準備だけした。

 部屋を出ていくエマに、アスカはなにか言いたそうにした気がしたが、結局何も言わなかった。

 

 魔道の施錠のある扉を抜けると、そこはいつものように、パリスの部下がたむろする場所になっていて、数名のパリスの側近たちが、酒を飲んでいた。

 彼らが今日の当番のアスカの見張りなのだろう。

 

 このアスカ城には、ここで暮らす者についての序列がある。

 そして、下位階級者は、上位階級者に絶対服従。

 これが、パリスの取り決めだ。

 しかも、上位階級者は下位階級者に対する懲罰権があり、理由があれば、負傷させるようなものでなければ、どんな屈辱的な罰でも与えていいことになっている。

 一応は強姦はご法度だが、女などは、犯された方がましなような懲罰を面白がって与えられるのはよくある。

 エマなど、かつては、頻繁に恥辱的な懲罰を受けた。この城塞で、アスカのお気に入りなど、パリスの直属の者からすれば、体のいいからかいの対象だ。

 

 そして、その階級構成において、最上級にあるのが、アスカの従者ということになっているパリスだ。そして、第二階級と第三階級が、パリスが部下だと認めているパリスに直接に仕える者たちだ。

 第三階級以上は、原則として、第四階級以下にはさがらない。

 いわゆる貴族階級なのだ。

 それも、パリスの取り決めだ。

 もっとも、第二階級と第三階級の序列は厳然と存在する。

 

 あとは、第四階級からが第六階級に分かれるが、大したことはない。第四階級以下は、所詮は、奴隷階級の中での序列のようなものだ。

 しかも、頻繁に入れ替わるので、昨日まで上だった者が今日から最下層になったり、その逆も頻繁だ。

 

 そして、エマはこのうち、第三階級になる。

 もともとは、第五階級にすぎなかったが、アスカに気に入られ、そして、パリスに使命を与えられることで、第三階級に成りあがったのだ。

 

 ここにいるアスカの見張りたちは、第二階級だ。

 アスカ自身はアスカ城のどこにも行けないが、自分の影であれば、魔道の通信具になっている魔道の杖を転送させることで影を生み出し、大抵のところに送り込むことができる。

 それでも、自分の部屋の前のこの地区については、影さえも送り込めない。

 ここは、第二階級と第三階級の地区になるからだ。

 

 また、アスカは、エマが第三階級の地位に上がったことは知らない。

 そんなことが暴露されれば、エマがやったこと、やっていることがばれる。

 アスカにばれれば、エマはパリスに見放され、アスカに八つ裂きにされる。

 そうに決まっている。

 

 パリスに言いつけられているのは、アスカの見張りだ。なにを喋り、どんな行動をするか。

 それを逐一報告することになっている。

 ご褒美は、パリスから与えられる寵愛だ。

 アスカの猫だったエマだったが、あるとき、パリスに襲われて犯され、パリス側につくことで、第三階級にしてもらった。

 これは、アスカへの裏切りかもしれないが、やっているのは、ただ、アスカのことを報告しているだけだ。

 でも、アスカはパリスが嫌いなので、エマがパリスの愛人にもなっているとわかれば、エマを抱かなくなると思う。

 それどころか、殺すかもしれない。

 だから、ばれるわけにはいかないのだ。

 

「おう、エマか。お前らが乳繰り合う声がここまで聞こえていたぜ。気持ちよかったか?」

 

 酒に酔ったパリスの部下が、エマの姿を認めて、からかうような声をかけてきた。

 アスカは知らないだろうが、アスカはあの部屋で話すこと、呟くこと、すべて、この連中がたむろするここに、放送のように聞こえることになっている。

 その機能も、エマが報告をさせられているのも、すべてパリスがアスカを見張るためのものだ。

 しかし、エマのはしたない嬌声も、ここに響き渡っていたかと思うと、かっと羞恥で赤くなるものがある。 

 

「放っておいてください。これも、任務なんですから。それよりも、パリス様に連絡を取っていただけますか? 今日のアスカの状況をお知らせしなければなりません。この前の作業をしてからのアスカの反応です。あたしは、それを確認するように指示されています」

 

「わかったことを言うな。ただの淫売のくせに。パリス様に犯されて、それでちゃっかり、ご主人様のアスカを裏切った売女だろうが。パリス様に会いたいって、まさか、パリス様の女になったつもりじゃねえだろうなあ。あの人は、根っからの嗜虐好きなんだ。気に入った相手については、とことん毀すのさ。お前を抱くのも、アスカを毀すための手段だ」

 

「そういうことだ。お前がパリス様の目に留まったのは、アスカのお気に入りだったからだ。パリス様は、そういう相手を自分のものにして、アスカをどん底に落とすのが好きなのさ」

 

 男たちが嘲笑の声を発した。

 そんなことは、わかっている。

 でも、エマはパリスが忘れられない。

 あと、一度でもいい。

 パリスに抱かれる機会が欲しい。

 それだけなのだ。

 だからこそ、パリスに指示されたこと、すなわち、アスカを愚直に見張って、その心情の変化を報告するということを続けているのだ。

 

「そんなことよりも、アスカのことを報告します。パリス様に取り次いでください」

 

 エマは言った。

 第三階級のエマの立場では、パリスとの直接の接触は許されておらず、彼らを通しての取り次ぎが必要だ。

 口惜しいがそれが現実だ。

 

「残念ながら、パリス様はいねえな。当分は戻らねえ。伝言は俺たちが受ける」

 

 男たちのひとりが酒を呷りながら笑った。

 エマは失望した。

 よくはわからないが、アスカは、今回、極めて不本意なことをパリスに指示をされて、強制的にやらされたみたいなのだ。

 だから、パリスには、これにより、アスカになにか変化がないか、よく観察して伝えろと指示されていた。

 アスカの性の相手だったエマが、パリスに見出されて犯され、パリスの女になれと口説かれて、初めてもらった任務らしい任務だ。

 だから、張り切っていた。

 それなのに、肝心のパリスがいないだなんて……。

 

「それよりも、ちょっとやらせろよ。パリス様にはいいように伝えてやる。あんまり、お前らの淫靡な声ばかりを聴かされる俺たちの立場にもなれよ。それとも、懲罰がいいか? 理由はなんでもでっちあげられるぜ」

 

 そのとき、男のひとりが立ちあがって、エマに近づいてきた。

 エマは嘆息した。

 拒否することはできる。

 しかし、そのときには、また、懲罰で全裸掃除や床舐め、舌で厠清掃など、なにをさせられるかわからない。

 それに、こいつらは、パリスに禁止されているにも関わらず、平気で下位階級を殴ったりする。

 エマも嫌がれば、死ぬほど殴られるかもしれない。

 その結果、結局は無理矢理に犯される。

 さらに、そんなことになっても、ここでは誰も助けてくれない。全員が見て見ぬふりをする。

 パリスへの訴えなど無意味だし、無論、アスカなど、なんの力も持っていない。

 

「さっさとして……。中に出していいわよ。避妊してるから。その代わりに、長引かせないで」

 

 エマは経験上、素直にやらせた方が一番楽なのがわかっている。

 スカートを捲り、下着を膝まで下げて、やって来る男に尻を向けた。

 

「おう、すぐに終わるぜ」

 

 男が好色そうな声を出して、エマの股間を愛撫し始めた。

 エマは黙って、それを受け入れた。

 

 *

 

 アスカは、ひとりで酒を口にしていた。

 嫌なことがあると、酒に逃げるというのは、我ながら情けないとは思うのだが、ほかに逃げる対象などありはしない。

 

 アスカの性癖は、自分と同性の女であるが、自分に靡いていない女にのめり込むのは、やはり虚しいものだ。

 だから、どうしても、酒ということになる。

 少なくとも、酒はアスカを不愉快にはさせない。

 

 アスカは、憂いていた。

 生きることに……。

 人と接することに……。

 人の世の絶望を味わうことに……。

 

 今頃は、パリスはイムドリスだろうか……。

 

 アスカにしか作ることのできない、ナスカ森林国の女王、ガドニエルの魔道を無効にする護符……。

 なんのために、あんなものをパリスが欲したのかは不明だが、パリスの命令に逆らうことができないアスカには、やれと言われれば、それに抗う手段などない。

 アスカは、その目的のわからない、ガドニエルを陥れる護符を作成して、パリスに手渡した。

 アスカの心が晴れないのは、そのことがあったからだ。

 

 だからこそ、こんなときには、エマを抱き、心の底からの性欲に発散して、なにもかも忘れたいのに、やっぱり、すでに心変わりして、自分に靡かなくなった相手に熱をあげたふりをするのも虚しい。

 

 オデッセイ……。

 エルスラ……。

 エマ……。

 

 なんで自分が愛そうと思った相手は、どいつもこいつも、すぐに自分を裏切るのか……。

 

 アスカは、手にしている酒をぐびぐびと一気に呷った。

 



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251 太守夫人への理不尽な命令

【ナタル森林国・エランドシティ】

 

 

「カサンドラ太守夫人におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」

 

 夜会の宴もたけなわとなった頃合いを見計らって、会場に姿を見せたパリスは、上級エルフたちの集まる賑やかな宴を横切って、真っ直ぐに夜会の中心にいるカサンドラに向かって歩いていった。

 そして、さっと腰を屈めて挨拶をする。

 

 ナタルの森に位置するエルフ族の都と称されるエランド・シティ──。

 エランドは、都市全体が二層に分離しており、もちろん、支配階級のエルフ族は上層地区に住む。上層部だけに注目すれば、浮いていることになるので、浮遊都市とも称される。

 その上層部の中心となる水晶宮で行われている定例の夜会である。

 

 集まっている者のほとんどはエルフ族であり、しかも、人間族でいえば、貴族階級にあたる上級エルフたちだ。

 美貌で知られるエルフ族たちだが、その中でも上級エルフともなれば、さすがにひとりひとりの美しさだけでも、言語に尽くしがたい。

 それがこうやって、豪華な宝石や装束に包まれて、何十人も集まっているのだ。

 これはこれで、まるで、吟遊詩人の語る物語の一篇を切り抜いたような光景ではないかと思った。

 そして、その宴の中心にいるカサンドラは、ひと際美しく輝いている。

 

 人間族であれば、すでに老境に達するどころか、とうに墓の中にいる年齢ではあるが、長命のエルフ族にあっては、まだまだ色香の漂う見目麗しき貴婦人だ。

 しかも、彼女こそ、このエランド・シティの統治を、エルフ族の長老たるガドニエル女王から直々にも申し渡されている太守夫人である。

 本来の太守は彼女の夫であるエリサリオンであるが、三年前にエルフの魔道でも治療できない病に倒れて、寝台から離れられない生活を送っている。

 いまや、彼女こそ、このエルフ族の支配するエランド・シティの事実上の最高責任者なのだ。

 

 そのカサンドラが、パリスの姿を認めて、ぱっと顔を赤くした。

 二箇月ぶりのエランド・シティへの訪問になるが、パリスの訪問のたびに、同じように相好を崩す。

 そんなに嬉しいか、雌犬め……。

 パリスはほくそ笑んだ。

 

「パリスか……。ひ、久しいな……」

 

 彼女の周りには、十人ほどの男女が集まって、談笑をしていたが、カサンドラがそれを中断して、パリスに身体を向けたため、さっと人の波が引いたような状態になった。

 エルフ族ではないパリスではあるが、このエランド・シティでは、太守代行をしているカサンドラの相談役という地位を与えられている。

 表向きの任務は、外国を飛び回って情報を集め、それをカサンドラに伝えるという、エルフ族の外交の一端を手伝うような役目だ。

 エルフ族ではない者が、エルフ族の行政に関わるのは多くはないが、珍しいことではない。

 エランド・シティにおける政務庁の水晶宮だが、表向きには諸種族の合一の都市ということになっていて、エルフ族以外の相談役も幾人かはいるのだ。

 特に、人間族は、下層地区を加えると、エルフ族よりも多くいるくらいなので、エルフ族に次いで、政務庁には集まっていると思う。

 従って、パリスがここに現れても訝しむ者もいないし、カサンドラ直属の相談役なのだから、案内なしに目通りすることも当然ということだ

 

 パリスは、屈めた腰を真っ直ぐにすると、すっとカサンドラに歩み寄った。

 だが、カサンドラにしかわからぬ表情で、カサンドラを威圧する。

 カサンドラの美貌がぎょっとしたように怯えで歪んだ。

 可愛い仕草だ。

 パリスは思った。

 だが、その怯えの下には、これから始まる「仕打ち」を想像して、彼女の期待があるのを見抜いている。

 

 離れていたのは、二箇月間だったか?

 パリスにとってはなんでもない期間だが、パリスに飼育され、パリスの与える嗜虐的な調教から離れられない身体になってしまったカサンドラにとっては、長すぎる月日だったに違いない。

 

「い、いつ戻ったのじゃ……?」

 

 カサンドラが顔を紅潮させたまま言った。

 その顔はすでに真っ赤であり、目元は潤み、薄っすらと涙さえ滲んでいる。

 嬉しいのだろう。

 まるで少女のような反応だが、仕方のない反応かもしれない。

 なにしろ、このエランド・シティでもっとも高位の地位にあるカサンドラには、パリスによって開発されてしまった淫情の身体を癒してくれる相手が誰ひとりとしていない。

 いや、相手になってくれたところで、パリスでなければ、彼女を慰めることは不可能だ。

 

 そうなるように躾けた。

 二箇月前に、予告なしに、カサンドラの前からいなくなったパリスを求め、身体が火照り続け、癒されることのない焦燥と官能に苦しみ、愛人の男エルフとの交合や激しい自慰でも消えていかない官能への飢餓感に襲われる続けたはずだ。

 この身分の高いエルフ女はマゾだ。

 しかも、かなりの重度の……。

 それは、「ご主人様」以外からの責めで満足などできない……。

 パリスがそのようにしたのだ。

 カサンドラの身体を……。

 心を……。

 

 エルフの都たるエランド・シティの実質的な最高行政官の地位にあるカサンドラは、二年もかけてパリスに、じっくりと調教され続けた、パリスの雌犬だ。

 最初の出会いからそうだったわけじゃないが、パリスはそのように躾けて、いたぶられるほどに欲情するど変態女に、ゆっくりと仕込んでやった。

 もちろん、そんなことは誰も知らない。

 エランド・シティの太守夫人ともあろうものが、得体の知れない余所者の愛人などということを……。

 ましてや、雌犬などと……。

 パリスは、思わず喉の奥で笑ってしまった。

 

 点在する里ごとに自治区が分かれ、全体としての政治的な結束の低いエルフ族だが、森エルフの中心であるエルフ女王のガドニエルの影響力と支配力は大変なものである。

 だが、ガドニエルは、もう数十年もイムドリス宮と呼ばれている結界の奥に引っ込んでいて、ナタル森林に点在する各エルフの里をまとめる行政的な仕事をしているのは、このエラルド・シティにある行政庁である。

 その行政庁は、外観から「水晶宮」と呼ばれており、太守はその水晶宮の最高権威者だ。

 また、結界に包まれる亜空間に存在するイムドリス宮にいるガドニエルに会うには、この水晶宮の最奥にある転移門を使わなければ、辿り着くことはできない。

 その転移門を管理するのも太守だ。

 つまり、二重の意味で、エラルド・シティの太守は、ナタル森林全土に影響を与えるほどの権力者ということだ。

 

 その女傑が、ただの旅の商人の小僧ということになっているパリスに怯える光景は愉快だ。

 もっとも、ここに集まっているエルフ族には、パリスのことを見た目通りに、十歳程度の人間族の少年と思っている者は皆無だろう。

 なにしろ、二年前にここに始めてやって来たとき、パリスは人間族の十歳の少年の姿だった。

 それから、頻繁に通っているが、相変わらず、パリスの見た目は十歳の少年のままだ。

 そんなことは、パリスが本当に十歳の人間族であれば、ありえないし、長命族のエルフ族は、外観と本当の年齢が合致しないことが珍しいことではないことに慣れている。

 

「先ほど、到着したばかりです。まずは、太守夫人にご挨拶をと思いまして……。それと、少しばかり内密の話もございます……」

 

 パリスは小声ながらも、しっかりと周りの者に聞こえるように言った。

 カサンドラが「ひっ」と小さく息を飲むのがわかった。

 パリスは、思わず吹き出したくなった。

 もちろん、彼女の反応は、パリスが早速、カサンドラになにかをしようということを悟ったからこその恐怖の反応ではあるが、それを嫌がる仕草を示すのは、決して演技ではない。

 心からの反応だ。

 

 だが、どんなに心が嫌がっても、その心の底にある本能のようなものが、パリスからの嗜虐を求めてしまうのだ。

 それこそが、パリスが刻み込んだ被虐の性癖だ。

 おそらく、ここでいきなり強姦してやっても、口では拒否をしながら、カサンドラはパリスが命じれば、これだけの者がいる前でも、パリスの前で股を開く。

 どうしても、そうしてしまうのだ。

 また、そういう風に調教した。

 カサンドラが、パリスから離れるのは不可能だ。

 

「は、話か……。な、ならば、別室で……」

 

 カサンドラが周囲が訝むくらいに激しく数回頷き、なにかを従者らしき者に告げようとした。

 パリスはそれを制した。

 

「な、なんじゃ……?」

 

 カサンドラは怪訝な表情をパリスに向けた。

 

「ここで十分です。防音の結界をかけてください」

 

 パリスは静かに言った。

 だが、即座に周りを覆わせたのは、カサンドラではなく、パリスの結界だ。

 しかも、防音だけではなく、幻視までかけている。

 周りにいた者たちからすれば、カサンドラが、パリスの申し出に応じて防音の結界をかけたようにしか思えないだろうし、ふたりが薄透明の結界の中で立ち話をしているようにしか見えないはずだ。

 しかし、それは幻視だ。

 実際に中でなにをしようとも、パリスが幻視を解除しない限り、周囲にはなにもわからない。

 

「仕事だ、カサンドラ──。最近のことだが、ナタル森林の一角で特異点が発生し、大量の瘴気が噴出するという現象が発生した。とにかく、とんでもない量だ。すぐに封鎖されてわからないが、どうやって、それを発生させたのかを知りたい。詳細な位置もわからん。だが、黒エルフの集落が集まっている北東域だ。すぐにやれ」

 

 パリスは一転して口調を変化させた。

 公然の関係ではないので、他者がいるときには、さっきまでのようにパリスがへりくだる喋り方をして、ふたりきりのときには、逆にパリスが尊大な態度をとる。

 だから、口調の変化はいつものことなのだが、カサンドラはパリスが口にした内容に、きょとんとしている。

 

「特異点? しかし、このところ、あちこちに特異点が発生して……。水晶宮は本来、エランド・シティのみの管轄なので、ほかの里のことは……。瘴気がどうしたというのじゃ?」

 

 カサンドラは首を傾げている。

 実のところ、パリスは、あまりカサンドラに、行政官としての権限を積極的に使う命令をしたことはない。

 だから、いきなり行政府を動かせと指示をされて、かなり当惑しているようだ。

 そもそも、このナタル森林の全土で拡がっている特異点の異常発生と魔獣の増加について、パリスは、カサンドラに知らぬ存ぜぬで、あまり動くなと仄めかしていた。

 それが一転して、詳しく調査しろという指示だ。

 カサンドラが戸惑うのは当然だろう。

 パリスはカサンドラの胃袋を拳で突きあげた。

 

「ふぐわっ」

 

 呻くと同時に、カサンドラの女体が前のめりに曲がって浮きあがる。

 拳には威力を十倍にする呪術を覆わせている。

 カサンドラの四肢が一気に脱力していく。

 

「俺の命令には質問するな。俺は奴隷にいちいち理由を訊ねられるのが好きじゃないんだ」

 

 跪いたために、パリスと同じほどの高さになったカサンドラの首に、すっと魔道具を伸ばした。

 幻視術を仕込んでいる首輪だ。

 これをさせると、パリスが思うままの幻視を周囲に投影することができる。もちろん、首輪を装着していることもわからなくなる。

 

 念を込めた。

 

 これで、結界を解除しても、この宴に参加しているほかの者には、カサンドラの恰好がどんな状況になろうとも、たったいままでの状態の着飾った姿の幻視が映り続ける。

 

「あが、があっ、はが……」

 

 カサンドラは四つん這いになって、必死に息をしようともがいている。

 パリスは、そのカサンドラのドレスの襟首を掴み、一気に縦に引き破った。

 カサンドラが仰向けにひっくり返る。

 

「あっ、ああっ──。な、なにを──」

 

 ドレスの下は下着だ。

 カサンドラの肢体は、人間族であれば、まだ二十代でも通用するだろう。

 さらに引き破る。

 カサンドラは本能的に服を破られるのを防ごうとするが、そのときには、容赦なく蹴りあげてやった。

 だんだんと抵抗が少なくなり、どんどんとカサンドラの美しい肌が露わになる。

 

 すると、うっすらと肌に浮かびあがっている「隷属の紋章」が腹に出現する。

 無論、これにも、幻視の術が常時かかっていて、誰の目にも映ることはない。

 例外は、術をかけられたカサンドラ自身とパリスだ。

 

 愉しい。

 

 エルフ族を従える最高行政官でありながら、この女はこうやって、公然の中でいたぶられても、俺に逆らうことができないのだ。

 身体を両手で隠そうとしたカサンドラの身体を両手で起こし、その腹に今度は膝をめり込ませた。

 

「んふううっ」

 

 カサンドラの口から舌が飛び出るとともに、胃液のようなものが少し噴き出した。

 

「汚ねえなあ」

 

 パリスは苦笑しながら、再び四つん這いになったカサンドラから、今度は腰から下のスカート部分を横方向に千切り取った。

 もう、カサンドラは抵抗しなかった。

 ただ、床に額を擦りつけて、涙目になって口を開くだけだ。

 おそらく、まだ満足に息ができないのだろう。

 パリスは、ズボンについたカサンドラの体液を破り奪ったドレスの布で拭く。

 拭いた後は、さっと放り投げた。

 布が空中で消滅する。

 

「カサンドラ、まだ、太守夫人気どりでいやがるのか? お前の身体に俺の呪術による隷属の呪いが刻まれている限り、お前は俺の人形だ。人形が意思を持って、命令に質問をしたり、疑念を抱く必要はねえ。ただ、服従するだけだ。覚えておけ」

 

 パリスはやっと荒い呼吸を始めたカサンドラに言い放った。

 このエルフ族の太守夫人に、呪術までかけて支配を完全にしたのは、半年前のことだ。

 いまや、本当の意味で、完全にパリスの雌奴隷だ。

 隷属の紋章は、隷属する側の心からの同意がなければ、絶対に受け入れさせることはできない。

 だが、このエルフ女は、パリスの調教を受け、ついには、隷属の紋様も受け入れたのだ。

 

 エルフ族は長命族だけあり、伴侶のいる者でも、貞操に対する観念が低い。

 なにしろ、百年以上夫婦をしているのだ。

 しかも、老いはなく、いつまでも若々しい外観と身体を保持する。

 当然に、伴侶以外との異性との交合もおおらかになる。

 

 この太守夫婦も、お互いの貞操を守り続けたのは、婚姻十年までのことであり、それからは、お互いの性には不干渉の関係に移行したそうだ。

 珍しいことではなく、エルフ族間の夫婦関係では当たり前のことだ。

 むしろ、伴侶のほかに、異性と関係を持たない夫婦の方が例外だ。

 例外は、(つがい)という特別な魂の繋がりを結ぶことらしいが、エルフ族にしかない魂の繋がりであり、パリスに言わせれば、心変わりができなくなる呪術のようなものであり、現実にそんな関係を結ぶのは余程の馬鹿だと思う。

 

 ただ、性におおらかなエルフ族の夫婦の関係であっても、伴侶以外の異性とは、完全に性行為だけの関係に徹するという不文律はある。

 この太守夫人も、ほかのエルフ族たちと同じように、パリスと出逢う以前には、何人かの性行為だけを行う愛人を数名保持していた。

 そして、ちょっとした興味で、ローム地方からやって来た「少年の姿をした大人の人間族」を閨に連れ込んだ。

 

 それからは簡単だ。

 最初の一日目に、パリスとの性交から離れられない快感を与え、繰り返す逢瀬に、激しすぎる被虐の性癖を徹底的に刻み込んでいった。

 あれから二年……。

 いまや、完全にパリスの雌犬だ。

 こうやっている行為そのものだって、口や態度では嫌がるものの、股ぐらはべっとり濡れているに違いない。

 完全に堕とすのに半年もかからなかった。

 

 半年前には、エルフの女長老に指名されたエランド・シティの管理者ほどの立場であるにもかかわらず、パリスに隷属する「隷属の紋章」さえも受け入れた。

 奴隷の紋章を受け入れさせてからは、それを絶対に知られないことと、パリスとの関係を完全に秘匿することを命じている。

 こうやっていたぶるのは、素直にパリスへの隷属を受け入れているカサンドラへの「ご褒美」だ。

 

「脱げよ、(ばば)あ──。こっから後の宴は素っ裸ですごせ。そのために幻視の首輪をつけさせたんだ。ちゃんと最後まで過ごせよ。そして、宴が終わったら、私室に戻れ。俺を呼び出すまでは、なにもするな。身体の洗浄も着替えも禁止だ。侍女たちには着替えを手伝わせるな。そして、侍女を追い払ったら、渡している魔道具で俺を呼べ。お前の腐れまんこに俺の珍棒をぶっ挿してやる」

 

 パリスはわざと下品な言葉でカサンドラを呷った。

 カサンドラの顔が羞恥で歪むとともに、顔どころか全身が興奮で充血したようになる。

 

「わ、わかった……。め、命令のとおりに……」

 

 カサンドラは膝立ちのまま、びりびりに破れている衣装を脱ぎ始める。

 一方で、パリスは、脱いだそばから、パリスは布切れを消していく。

 ついには、胸当てと小さな下着までカサンドラは脱衣した。

 

 パリスは陰毛に包まれているカサンドラの股間を見た。

 案の定、信じられないくらいに濡れている。

 まだなにも愛撫はしていない。

 暴力と侮蔑を与え、結界で遮断しているとはいえ衆人環境の中で素っ裸にしてやっただけだ。

 それなのに、カサンドラの股間は真っ赤に熟れきって、愛液が太腿の内側にまで滴り落ちている。

 

「立て、結界を解く……。ああ、その前に、贈り物をしてやろう。エルフの年増女が少しでも早く、俺を寝室に呼び出したがるようにな」

 

 まだ殴られた影響が残っているのか、カサンドラが足元をふらつかせたまま立ちあがる。幻視がかかっているとはいえ、カサンドラからすれば、ただの全裸だ。

 さすがに恥ずかしいのか、パリスの前では手でさっと股間と乳房を隠した。

 しかし、パリスが舌打ちをすると、顔を蒼くして、隠していた手を体側に移動させた。

 

 パリスは収納魔道を遣って「格納」していた空間から小瓶を取り出した。

 カサンドラがそれに気がついて、一瞬で顔色を蒼くした。

 なにをされるのかがわかっているのだ。

 この強烈な掻痒剤の効果は、たっぷりとこのエルフ女の身体に染みついている。

 

 だが、この女は、これを塗られることで、どんな醜態をこの宴ですごす残りの時間に晒さなければならないかをわかっていながら、逆らおうとはしない。

 これまでに刻んだ、この女に対するパリスの調教が、カサンドラからパリスに逆らう意思を失わせているのだ。

 隷属の紋章を刻んでいるので、『命令』を与えれば拒否できないのだが、いまでは、そんなものを使わなくても、この女は大抵のことは受け入れる。

 すでに、それくらいに感覚は麻痺している。

 パリスは、小瓶の中の掻痒剤をたっぷりと膣の中に塗り込んでやった。

 

「ううっ、んんんっ」

 

 塗ったのは、ただの掻痒剤ではない。

 魔道の薬剤である。

 塗れば一瞬後から、痒みの苦しみが始まるという特別性だ。

 すぐに、カサンドラは裸身をがくがくと震わせて、全身を真っ赤にして汗をかき始めた。

 

「め、い、れ、い、だ……。宴が終わって、寝室に俺を呼び出すまで、自分の股間に触ることを禁じる。なにかを当てることも禁止だ。そうやってずっと震えていろ」

 

 パリスは意地悪く、カサンドラの耳元でささやいてやった。

 今度は、支配効果のある「命令」による呪縛だ。

 これでもう、カサンドラは、どんなことがあっても、痒みを解消することができない。

 呼吸も荒くなり、口から息を吐きだすたびに小鼻を開いている。

 まあ、これもふたりの約束事のようなものだ。

 つまりは、ごっこ遊びだ。

 

「う、ううう……。む、無理……。こ、このままなんて、無理じゃ……」

 

 食い縛る歯のあいだからカサンドラの苦悶の声が出る。

 パリスはそれを無視した。

 

「なにが無理だ。そう言いながらも、苛められてしっかりと欲情するのがお前だろう。お前といい、あいつといい、エルフ族の年増というのは、マゾというのが決まり事なのか? あいつも、痒み責めが大好きだぜ」

 

 パリスは笑った。

 カサンドラがはっとした表情になる。

 欲情しきった顔が一瞬だけ、真顔になる。

 

「お、お嬢様は……。お嬢様は無事なの? い、いつ、ここに連れてきてくれるの──?」

 

 カサンドラが言った。

 パリスはその質問には答えなかった。

 返事の代わりに、いまや完全に勃起しているカサンドラの肉芽に手を伸ばし、指で数回弾いた。

 

「んふううっ」

 

 カサンドラはそれだけの刺激で、全身を突っ張らせて、激しいよがり声をあげた。

 

「あいつのことはそのうちだ──。それよりも、さっきの話だが、とにかく、どこの里のことなのか特定しろ。誰が、どうやってやったのかもだ。とにかく、小さな情報でもいいから、わかったことがあれば、すぐに俺を呼び出せ。そのたびに、こうやって調教してやる」

 

 パリスはにやりと笑う。

 カサンドラの相好が崩れた。

 躾けられるということに悦んで、股で涎を垂らしやがる。

 しかも、ちょっとした情報があるたびに、パリスが来るのだ。

 この女は必死になって、この事案の調査を指示するに違いない。

 雌犬め……。

 

 それにしても、今回のことを知ったときには驚いた。

 いま、ナタル森林を覆っている瘴気と魔獣の発生の原因を作っているのは、実はパリスだ。

 だから、どの場所で、どの程度の瘴気が発生し、さらにそれにより魔獣が何体くらいこっちに溢れたかということまで把握している。

 だが、あの黒エルフの集落密集地域で発生した、短時間の瘴気の大発生は、パリスの管轄の外であり、規格外だった。

 ほんの短い時間だったにも関わらず、びっくりするような瘴気量が発生している。

 パリスがやらせているような小さな亀裂ではない。

 とてつもない亀裂だ。

 それが起こったのだ。

 

 すぐに調べさせようとしたが、あまりにも、呆気なく封印されなおしたようであり、特定できなかった。

 だが、知りたい。

 あれほどの瘴気が発生したのなら、かなりの大きな亀裂ができたと思う。

 また、検知した瘴気も濃密だ。だから、最初から強力な魔獣が発生している。

 パリスの作らせるものは、最初は小さな亀裂しか生まれないので、強力な魔獣を出現させるほどの瘴気が充満できるのには、時間もかかる。従って、それまでに、エルフどもに邪魔されて、封印されてしまうことが多い。

 実際、カサンドラに邪魔させたエランド・シティ周辺については、かなりの特異点に発展し、魔獣も強力になりつつあるが、ほかの地方は、収束されてしまったところも多い。

 まったく、エルフ族というのは、狩猟種族を称するだけあり、魔獣に対しても、うまく対応している。

 なかなかに忌々しい。

 いずれにせよ、あの一気に大きな特異点を作る方法がわかれば、パリスの野望は遠からず実現することになる。

 

「わ、わかったわ……」

 

 カサンドラがぶるぶると震えながら言った。

 いよいよ痒みが我慢できなくなったのだろう。

 パリスは、それに満足して、結界を解いた。

 

 「ひっ」という短い悲鳴がカサンドラの口から鳴ったが、パリスはそれを無視して、恭しく見えるように完璧な仕草で、貴人に対する礼をとった。

 

「申し訳ありませんが、そういうことで、よろしくお願いします、太守夫人」

 

 パリスはそう告げると、さっときびすを返した。

 

「ま、まっ……」

 

 待ちなさい──?

 あるいは、待ってください──?

 

 もしかしたら、そんな言葉を口にしようと思っていたのかもしれない。

 しかし、かなり長かったカサンドラとパリスの結界内の会話を訝しんでいたほかの高位エルフたちが、あっという間にカサンドラを囲むのがわかった。

 太守夫人として、事実上のエルフ族の行政を担う最高責任者だ。

 一言でもカサンドラと会話をしたいという者は大勢いる。

 あっという間に、カサンドラは夜宴の客人たちに囲まれた。

 素っ裸で股間に掻痒剤を塗りたくった状態で……。

 パリスは、カサンドラをそのままに出口に向かった。

 

 幻視の首輪をつけられた全裸姿で痒み剤を塗られて置き去りにされたカサンドラだが、それでも、宴を中途退出することはないだろう。

 隷属の首輪による「命令」がなくても、いまのカサンドラには、パリスに逆らうという発想はできない。

 まだ、終宴まではかなりあるので、そのあいだ、たっぷりと痒みと羞恥の苦悶に浸ってくれるに違いない。

 

 完全に退出する前に、少し離れたところで振り返ると、パリスはカサンドラのいる場所に視線を向けた。

 そこには、素っ裸で全身を真っ赤にして身体を震わせながら、着飾ったエルフたちに囲まれているカサンドラの姿があった。

 ここからでもわかるくらいに、痒みの苦痛と裸体を晒す羞恥に、いまにも気絶せんばかりになっている。

 幻視の首輪のおかげで、誰ひとりとしてカサンドラが衣類をまとっていないことに気がつかないようであるが、本人は自分が裸であることを自覚しないわけにはいかないし、気が狂うほどの痒みが股間を襲っているという苦痛もある。

 それにもかかわらず、あの状態では、痒みをまぎらわすために、太腿を擦り合わすことさえ許されないのだ。

 そんな不自然な動きをすれば、幻視の効果があっても、カサンドラの痴態は露わになってしまう。

 

 たっぷりと嗜虐の快感を愉しむといいぜ、婆あ──。

 パリスは、にやりと微笑むと、そのまま宴の会場を後にした。

 

 

 

 

(2部・第1話『混沌の幕開け』終わり、第2話『遠方からの依頼人』に続く)



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 第2話   遠方からの依頼人
252 女三人の愚痴三昧


 ミランダが冒険者ギルドの表側の執務室から奥側の部屋に戻ると、応接用の椅子に座って寛いでいるアネルザがいた。

 テーブルには火酒が置いてあり、肴の干し魚が皿に載せて置いてある。

 戸棚を見る。

 ミランダは溜息をついた。

 

「アネルザ、昼間から酒かい? いい身分だねえ。それはともかく、飲むのはいいけど、酒は持参しろと言ったじゃないか。なんだって、あたしのばっかり飲むんだい」

 

 ミランダは文句を言った。

 アネルザが口にしている酒も肴も、ミランダが寝酒で準備して置いてあるものだ。

 また、戸棚から勝手に出したみたいだ。

 

 スクルズとロウが、とうとう強引に“ほっとらいん”という移動術の跳躍設備を、この冒険者ギルドの最奥のミランダの執務室を兼ねた私室に設置したのは十日ほど前だ。

 だが、この数日、アネルザが、それを利用して、ミランダの部屋に入り浸りになっていた。

 もともと、王宮にある宮殿群のうち、アネルザのための宮殿である王妃宮にある王妃の寝室には、“ほっとらいん”があったのだが、ミランダの部屋にも設置したことで、こうやって、気軽にアネルザが遊びに来れるようになったというわけだ。

 はっきりと言って迷惑だ。

 

「堅いことを言うんじゃないよ、ミランダ。このところ、急に政務から離されて暇なのさ。あの女官長がやってきてから、どうにもルードルフが政務に目覚めてしまってね。おかげで、あの怠け者の代役をやっていた王妃はお祓い箱というわけさ」

 

 アネルザが自嘲気味に笑った。

 ミランダは、アネルザの前に行き、テーブルにある酒瓶に手を伸ばした。

 だが、さっとアネルザがそれを手で持って逃がす。

 

「……今度、箱で返してやるから……」

 

 アネルザがミランダの顔を見て、真面目な顔で言った。

 ミランダは肩をすくめて、戸棚からアネルザが使っていたグラスとは別に、自分用のグラスを出す。

 

「約束だよ」

 

 ミランダが空のグラスを差し出すと、アネルザが相好を崩して、酒瓶から酒を注ぐ。

 

「だけど、お前こそ、いいのかい? まだ仕事中じゃないのかい」

 

 アネルザが目の高さに、自分の杯をかざしながら言った。

 

「ドワフ族を舐めんじゃないよ。二樽を越さない限り、あたしは素面(しらふ)だよ。まあ、ちょっと休憩だ。長年尽くした王宮業務を新しい女官長に取りあげられてしまい、不貞腐れて酒浸りの王妃様の愚痴くらい聞く時間はあるさ」

 

 ミランダも自分の目の高さに酒の入ったグラスを持ってきた。

 

「ありがたいねえ」

 

 アネルザがぐいと酒を飲む。

 ミランダもそれに合わせて、酒を口に入れた。

 

「まあ、国王が国王の仕事をする。よく考えれば結構なことさ。薔薇の樹に薔薇の花咲く。それが当たり前で、あんたがここで不貞腐れる必要なんてないんだよ」

 

「普通なら、そうなんだろうけど、馬鹿が働き者になるなんて、一番始末に悪いさ。馬鹿は怠け者がいい。そういう意味ではあいつは、結構、いい王様だったんだよ」

 

「いまは?」

 

「最悪だね」

 

 アネルザが吐き捨てるように言った。

 ミランダは苦笑した。

 この数日、毎日同じ愚痴を聞いているので、アネルザが不貞腐れている事情は、大体把握している。

 それによれば、テレーズという新しい女官長がルードルフ王のところにやって来たのは、十日ほど前のことらしい。

 ラポルタ領という王国の南域に属する女伯爵であり、ミランダもそれほど詳しいわけではないが、アネルザ曰く、ぱっとしない貧乏伯爵だそうだが、とにかく、四十を半ばすぎているのに、醸し出す色香はそれなりのものなのだそうだ。

 

 そのテレーズという女伯爵をいつもの癖で、あの好色の王がなにかの行事のときにでも、見染めたらしい。

 それでルードルフ王は、女伯爵のテレーズに国王付きの女官長という職務を準備し、そばに仕えることを要求したそうだ。多額の準備金と定期的な支援金、さらに、優秀な官僚団の派遣が代償だ。

 無論、性の相手も含まれる。

 

 テレーズという女伯爵はそれを受けた。

 ミランダの価値感からすれば、上級貴族が身売りをするのかと驚きたくなるが、あの国王にまつわる話としては珍しいことではないし、なんの権力もない貧乏伯爵家だ。

 まあ、いつものことであり、アネルザは気にもしてなかったそうだ。

 だが、事態がいつものことでなくなったのは、テレーズが女官長として王宮に入った直後かららしい。

 

 なにを思ったか、国王はテレーズの着任以降、急に勤勉になり、そのテレーズという女官長とともに、毎日、宮廷に出仕して仕事をしているのだという。

 女官長というのは、本来、国王の性の相手をするのではなく、国王に仕事をさせるのが役割であるので、そのこと自体は問題などありようもない。

 しかし、それにより、これまで内々の業務として、アネルザが代行していた国王業務の執政は、途端に必要のないものになった。

 つまりは、テレーズという女官長が、ルードルフ王を勤勉に目覚めさせたことで、急にアネルザのやることがなくなったというわけだ。

 ついでに、実権も失い、こうやって、昼間からミランダのところに酒を飲みに来るくらいしかすることがなくなったというわけだ。

 

「まあいいさ。しばらくは、のんびりするがいいよ、アネルザ。だけど、普通は、王妃というのは、こういう暇な時間があれば、上級貴族の女性を招いて茶会社交をするとか、芸術家などを育てるために金を使うとか、演劇や競馬にでも行くとか、まあ、そういうことをするんじゃないのかい? あんたは、酒かい」

 

「ほっといてくれよ。わたしは変わり者の王妃で通ってるんだ。わたしが招く茶会なんて、怖がって誰も来やしないよ。それよりも、気心知れた友達と飲んでいた方が楽さ」

 

「友達ねえ」

 

 ミランダは失笑した。

 まあ、王妃に友達と言われるなど、一介の冒険者ギルドの副ギルド長としては誉だろう。

 事実、ロウという男があいだに入らなければ、王妃と一対一で酒を飲むなど考えもしなかったし、全く敬語も使わずに、会話をするなどあり得ることじゃない。

 こういった関係を築けたのも、ここにはいないロウのおかげだと思う。

 

 だが、目の前のアネルザも、もしも、ロウがいれば、ミランダのところなんて通わずに、真っ直ぐにロウのところに向かっているだろう。

 そして、ロウはアネルザの気分など一新してくれるような、素晴らしい時間を与えると思う。

 かなり、特殊なやり方だが……。

 

「ところで、あの男は、まだ王都には戻らないのかい? 退屈でしょうがないよ」

 

 アネルザが酒を呷りながら言った。

 ミランダは笑った。

 

「よくも、面と向かって、あんたの相手をしてあげているあたしの前で、退屈なんて言うものさ……。まあ、わからないねえ。本来であれば、ダンジョン化した洞窟の特異点の封印なんてクエストは、数箇月単位の仕事さ。彼らだったら、数日で終わらせるかもしれないけど、さすがに、あたしにも、いつ戻るかなんて見当はつかないよ」

 

 ロウたちのパーティは、いま、ミランダの権限による指名クエストの遂行中だ。

 このところ、ハロンドール国内のみならず、大陸共通の現象として、突然の特異点の発生と、それによる瘴気の噴出と魔物の放出という現象が多発していた。

 特異点というのは、いわゆる異空間との亀裂のことである。

 かつて冥王という魔族の王が全世界を滅亡に導いたとき、ロムルスという英雄が現われて、その冥王とその眷属の魔族や魔物たちを亜空間に封印して、世界に平和をもたらした。

 特異点というのは、その封印した異空間とこちらの世界との空間の亀裂のことなのだ。

 

 封印されている向こう側との亀裂が開くと、瘴気とともに魔物がこちら側に溢れることになる。

 瘴気というのは、魔物や魔族にとって、生存に必要不可欠のものであり、これがなければ、彼らは生存できず、逆にいえば、瘴気が溢れれば、この世界は再び魔族や魔物の溢れる土地に逆戻りするということだ。

 

 特異点がどういう過程で発生するのかというのは、いまだに解明されていないが、とにかく、特異点が発生するたびに、すぐに封印をしなければならない。

 さもなければ、開いた異空間との亀裂はどんどんと拡大し、噴き出す魔物は巨大で始末に負えない種類になって、もしかしたら、魔族と称する冥王の眷属たち、ひいては冥王そのものの復活に繋がるかもしれないのだ。

 そこに至るまでには、かなりの濃厚な瘴気の蔓延が条件となるものの、特異点は発生と同時に封印しなければならないものと決められている。

 

 その特異点の発見と封印に、異常な眼力と能力を有するのが、ロウたちのパーティなのだ。

 特異点の発生は、近辺に強力な魔物が多量に発生することでわかるのだが、その場所を特定することは極めて難しい。

 ところが、ロウたちは、いつもその場所に到着するや、あっという間に発見し、特異点の核となる魔瘴石をすぐに破壊して、特異点を封印してしまうのである。

 どうやっているのか、ミランダさえも知らない。

 とにかく、おそらく、いま存在する全世界の冒険者パーティの中で、特異点封印については、最高の権威の連中であることは間違いない。

 

 それで、今回、王都から数日の距離に発生した魔物の大発生現場に向かってもらい、特異点の封印の依頼を指名クエストとした。

 ロウたちが出発したのは五日ほど前だから、まだ到着間もない時期であり、常識であれば戻るような時期じゃないが、そもそも、規格外のところがあるから、どうなるのか予想はつかない。

 

「ふうん、じゃあ、しばらく暇だねえ」

 

 アネルザが不満そうに、また酒を口にした。

 ミランダも酒を飲む。

 しかし、ふと気がつくと、杯が空になっていたので、酒瓶に手を伸ばした。

 手酌で継ぎ足す。

 

「そういえば、例の影武者作戦はどうなったんだい、アネルザ? 例の男は捕まえたかい?」

 

「マーリンかい?」

 

 アネルザは軽く肩をすくめて、酒を舐める。

 

「そんな名前だったかねえ、ビビアンが言っていたのは?」

 

 ミランダは干し魚に手を伸ばした。

 影武者というのは、アネルザとミランダで考えたロウを守るための処置のひとつだ。

 もう二箇月以上前になるが、タリオ大公のアーサーという野心家の異国の大公とロウとのあいだで諍いのようなことが起き、ロウは、アーサーを茶会に招き、その席で自分は、王太女イザベラとアン王女の愛人だから、手を出すなという趣旨のことを言ったらしい。

 アスカという魔女に目をつけられていて、ずっと名を隠すように冒険者活動をしていたロウだったが、ついに表に顔を出すことを決意したということのようだ。

 

 ミランダはその茶会そのものには出ていないが、経緯は知っているし、事情も把握している。

 実際、ロウはあのとき以来、意図的にイザベラを王宮の外に連れ出し、一対一ではなく例の三人と一緒だが、数回ほど演劇の鑑賞のようなことをしている。

 イザベラの外出自体、極めて珍しいことなので、あっという間に、仲睦まじくロウのエスコートで歩くイザベラの姿は高級貴族たちのあいだで話題になったそうだ。

 まあ、実態は、演劇鑑賞という名の野外調教であり、股間を苛む貞操帯を装着させられた王太女のイザベラが、ロウに連れまわされて、淫靡な悪戯を受けたというのが事実のようだが……。

 

 とにかく、ロウはこれまでのように、自分の死亡記録を冒険者ギルドに乗せるなどの小細工をして存在を隠すということをやめたということだ。

 それよりも、ある程度、イザベラの愛人だということを表に出すことにしたみたいだ。

 ミランダも、それに合わせて、ハロンドール王国冒険者ギルドとして、新たな(シーラ)ランクの冒険者の誕生を各国の冒険者ギルドに通報した。

 (シーラ)ランクの冒険者であれば、ハロンドール以外でも、国家権力に対する保護をそれぞれのギルドから受けられる。

 タリオ公国でも例外はない。万が一、アーサーに拉致されるようなことがあったとしても、タリオ公国の冒険者ギルドで、ロウの救出のために敵対もしてくれる。

 

 それはともかく、それを機会に、確かにロウの周りに、怪しい人影が増えたというのは、アネルザならずとも、ミランダも気がついてきた。

 イザベラの恋人というだけで、王都では時の人なのだから、アーサーの手の者ならずとも、ロウに貴族どもの諜者が向けられることは予想できる。

 だが、ロウがたらしこんだビビアンというタリオの女間者は、タリオ公国の大物の諜報の長である魔道遣いがこの国への工作のために、入り込んでいる可能性を示唆したのだ。

 そのビビアンが名を出したのが、マーリンという老人だ。

 

 もっとも、ビビアン自体、公国の中枢にまで踏み込んでいるわけじゃないし、ビビアンそのものが、本国から別任務を与えられ、ハロンドールから離れて、カロリック公国に行ってしまった。協力は仰げない。

 それでアネルザがやったのが、「影武者作戦」だ。

 ロウのそれらしい偽者を王都にうろつかせて、間者たちの混乱させるのと、あわよくば釣り出しに寄与させようということだ。

 

 また、アーサー対策だけでなく、もともと、ロウとエリカが狙われているというアスカという魔女の存在もある。

 ロウの周りには、エリカ、コゼ、シャングリアという一騎当千の女が常時ついているので、大抵のことに不覚をとることはないとは思うが、ロウは好色すぎて、なにかといえば、隙も多い。

 その警戒心のなさについては、もうどうしようもないので、ミランダやアネルザのような女が動いてあげないとならないと思っている。

 

「まあ、一応はロウの偽者をうろうろさせている。やらないよりはましというくらいだろうけどね。いまのところ、引っ掛かるものはない。ロウの周りを間者らしき者が動いている気配は確かにあるんだけど、同じくらいの頻度でわたしやイザベラ、その他の王宮貴族の周りも動いている者がいる。炙り出しは難しいさ」

 

「まあ、仕方ないさ」

 

「マアがいれば、もう少しうまく動かしたかもしれないけど、やっぱり、わたしも、こういう調査のようなことは苦手でねえ」

 

 アネルザが自嘲気味に笑った。

 それはミランダも同じだ。

 お互いに部下や手足にできる冒険者はいるが、あくまでも、それは表のことであり、あまり、あからさまにロウのために、彼らを動かすわけにはいかない。

 むしろ、それが連中に対する隙になるかもしれないのだ。例えば、ロウの身辺護衛をする者を作って、そいつらに刺客を混ぜられたら、逆に危険になってしまうということだ。

 それで、不慣れながら、アネルザとミランダが直接に動いて、諜者狩りのようなことをするしかないのだ。

 

「そういえば、マアは元気かねえ。そろそろ、タリオに着いた頃だと思うけど……。だけど、あの男は、そういう結節があるたびに、なにかにつけて全員集合をさせて、馬鹿げた遊興をするよねえ。あのお別れ会もすごかった」

 

「確かに」

 

 ミランダも思い出して笑った。

 タリオ公国本国の意向で、マアが自由流通商会の主出つ商家を率いて、ハロンドール王国の王都から撤退をしたのは、十日ほど前のことだ。

 つまりは、ロウがクエストに出発する直前だ。

 例によって、ロウの呼びかけで、ロウの女が全員集められて、乱痴気騒ぎをした。

 

 小便我慢耐久競争……。

 アナル綱引き……。

 淫具を装着しているのは誰でしょうゲーム……。

 早絶頂リレー……。

 淫具限定借り物競争……。

 

 ロウが考えたおよそ馬鹿馬鹿しい遊びを、紅白に分かれて「運動会」と称してやらされた。

 まあ、同じようなことをキシダイン対決の直前にもやったが、今回はイザベラの侍女団もいて人数も増え、それなりに盛りあがったのは事実だ……。

 それはともかく、あのマアもタリオ公国に去った。

 マアとしては、あくまでも一時帰国のつもりであり、戻って来る気満々だったから、早晩、ハロンドールに帰って来るのは間違いないが、それはタリオ公国とハロンドール王国のあいだに流れる不穏な気配が消滅してからになるだろう。

 あるいは、マアはローム三国の流通を支配して、ロウに贈るのだと息巻いていたから、本当にそれをしてしまうのかもしれない。

 ロウは、冗談のように受け入れていたが、ロウが絡むと、あの若返った老女は、なにをするかわからないところがあるので怖い。

 

「そういえば、ロウをクエストに出したりして大丈夫なのかい、ミランダ? 考えてみれば、むしろ、クエストとやらの遂行中を狙われて、刺客に襲われるということはないかい?」

 

 すると、思い出したようにアネルザが酒を口にしながら言った。

 ミランダは肩をすくめた。

 

「……とはいっても、こっちにも都合があるしねえ。特異点封印のクエストは、最優先で処理させないとならないし、それには、あの連中が最適なんだよ。まあ、スクルズも付いて行ったし、彼女たちに限って、遅れはとらないさ」

 

「スクルズ? あいつ、また一緒に行ったのかい? マアが帰国する直前のクエストでも同行していったじゃないかい。いくら、ロウが心配でも頼みすぎだろう、ミランダ」

 

 アネルザが非難するような視線をミランダに向けた。

 ミランダは口にした杯をテーブルに戻す。

 

「冗談じゃないさ。あたしが頼んでたと思っているのかい、アネルザ。あいつは、勝手に付いて行っているんだよ。そりゃあ、あれ程の魔道遣いだから、一緒に行けば、ロウにとっても頼もしいのは違いないけど、いくらなんでも、王都大神殿の神殿長様に、報酬もなしに、クエストの手伝いなんかさせないさ。いや、報酬が準備できても、とんでもないことさ」

 

 ミランダの言葉にアネルザは、溜息をついた。

 

「神殿長というのは、暇なのかねえ?」

 

 そして、呆れた声を出した。

 そのときだった。

 例の“ほっとらいん”になっている姿見の鏡面が揺れた。

 誰かがやってくるみたいだ。

 ミランダは、アネルザとともに、姿見に注目した。

 

「珍しいねえ、ベルズじゃないかい」

 

 アネルザが声をかけた。

 現われたのは、第二神殿の筆頭巫女のベルズだ。

 いつもの巫女服を着ている。

 なにか不機嫌そうだ。

 

「ああ……。これは王妃殿下……。昼間から酒とはいい身分だな……。ミランダも一緒か? また、仕事をランに押しつけたのか?」

 

「押しつけはしないけど、あいつのおかげで書類仕事もギルドの管理も楽になったのは確かだね。まあ、あたしが自分でするよりも、余程に効率がいいし、正確だ」

 

 ミランダは言った。

 そして、一緒に飲むかと訊ねると、鼻で笑って断られた。

 ベルズは、ミランダとアネルザが座っているソファに混じって腰掛ける。

 

「ところで、スクルズがロウ殿とクエストに一緒に行ったというのは本当か、ミランダ?」

 

 すると、ベルズがいきなり言った。

 アネルザが酒を飲みながら大笑いした。

 

「なんだい、ベルズ、情報が遅いねえ──。もう五日も前のことじゃないか。一緒に行ったらしいよ。ミランダの話によれば、帰りはいつになるかわからないとのことだね」

 

「ああ、やっぱりか──。あの不良神殿長め──」

 

 ベルズが頭を抱える。

 ミランダはくすりと笑った。

 

「どうしたんだい?」

 

「どうしたも、こうしたもないよ。あいつ、数日ほど留守にするから、そのあいだのスクルズがしなければならない礼拝や、神学講義、第三神殿の魔道訓練の指図とかを全部わたしに押しつけていったんだ──。一日か二日のことだと思ったから、承知はしたけど、もう五日じゃないか。しかも、明日は三神殿合同の巫女礼拝があるのだ。あれは、スクルズでないと務まらない──」

 

 ベルズが嘆くように言った。

 アネルザが横から口を開く。

 

「諦めるんだね。明日なんて、間違いなく戻らないよ。そもそも、あいつが王都を留守にするなんて言ったら、大抵はロウのお供だよ。前回もそうだったじゃないか。把握してないのかい、ベルズ」

 

「いちいちしてはおらんな、殿下。スクルズはあの若さで神殿長のようなことをやっているので、あれの頼みなら、できるだけ便宜は図るようにしている……。魔道技術研究のサロンについても貢献してくれてるし……。まあ、お互いだしなあ」

 

「魔道技術研究のサロン? ああ、そういえば、お前はそんなこともやってるのだったな。お前こそ、忙しかろう」

 

 アネルザが言った。

 ベルズは結構忙しい。

 第二神殿の筆頭巫女をしつつ、三個神殿の若い神官たちへの神学講義、魔道訓練の講師をし、さらに、神殿界、魔道技師、王軍魔道師などの職や身分の垣根を越えた魔道技術者の定期的な集まりを主宰して、王国の魔道技師の発展に寄与する活動をしたりしているのだ。

 その活動が、さっきベルズが口にしたサロンだろう。

 ともかく、ミランダに言わせれば、ロウにつきまとってばかりのスクルズよりも、余程に勤勉である。

 それを思い出したが、スクルズもそのサロンとやらの集まりに関わっているとは知らなかった。

 

「忙しくないとは言わんが、それはスクルズも同じだし、協力し合っている」

 

 ベルズが言った。

 しかし、アネルザが鼻で笑う。

 

「忙しいものかい。むしろ、なんで、神殿長の仕事を放っぽりだして、ロウにばかりにくっついていられるのか、わたしもミランダも疑問に思っていたくらいだ」

 

 アネルザが豪快に笑った。

 

「ねえ、ベルズ、スクルズがあんたが主宰の魔道技術研究のサロンに関与してるなんて初耳だけど、それって、長距離転送魔道のことじゃないだろうねえ。あたしのとこに、無理矢理に作っていった“ほっとらいん”の延長の……」

 

 なんとなく、ミランダは口を挟んだ。

 

「おう、よく知ってるな、ミランダ。いままで、この活動にはなんの興味を示さんかったスクルズが、急にその技術発表をしてなあ。あれは画期的だ。神殿界もスクルズの研究投資に前向きだし……」

 

 だが、それを聞いてアネルザが吹き出した。

 

「なんだ、それは――。もしかして、スクルズがロウのために、マアと温泉を贈ったときに、作ったものじゃないのかい。あいつのことだから、余人ために役立てようということじゃなく、ロウのクエストを楽にするための投資に、お前が巻き込まれてるんだよ」

 

 アネルザの言葉に、ベルズは一瞬驚いた顔になったが、すぐに口惜しそうな表情に変わった。

 

「ああ、やっぱり、あれもロウ殿絡みか──。なんかおかしいなあとは思ったのだ……。だとしたら、なんで、わたしばかり貧乏くじを……。もう絶対に、スクルズのお願いなど聞いてやるものか」

 

 ベルズが言った。

 ミランダも笑ってしまった。

 

「やっぱり、少し飲みな、ベルズ。多少は飲んでも、魔道ですっきりできるだろう?」

 

 ミランダは立ちあがって、杯を取りに行った。

 ベルズは、今度はいらないとは言わなかった。むしろ、果実水で割れというので、それも戸棚から出してテーブルに置く。

 ベルズは勝手に火酒と果実水を半々に混ぜ、それを魔道で杯ごと冷やして口にした。

 

「……だけど、新しい働き者の女官長のおかげで、王妃殿下が仕事を干されて、不貞腐れているという噂だが、こうやって、油を売っているところを見ると、本当のようだのう」

 

 するとベルズがアネルザに視線を向けて言った。

 

「同じ神官仲間の行動は把握してないのに、王宮貴族のことは、よく知ってるじゃないかい」

 

 アネルザが皮肉っぽく言い返す。

 

「これでも、もとはといえば、上級貴族の令嬢だからな。むしろ、貴族としての方が目もあれば耳もある」

 

 ベルズが言った。

 元は商家の養女であるスクルズに対して、ベルズもそうだし、あのウルズも貴族出身の巫女だ。

 まあ、ウルズは下級貴族の出身ですでに没落して、身寄りがないも同然だが、ベルズは、ブロア伯爵家という建国以来の名家出身になる。

 なんでも、嫡家は子弟のひとりを必ず神官にしなければならないという習わしがあり、それで第三女のベルズが入信したということらしい。

 神官に入るとともに、名目では実家とも縁も切れるが、実際にはベルズは上級貴族の令嬢としての別の顔を持つ。

 だから、王宮事情もそれなりに知っているのだろう。

 

「まあ、暇なのは事実だね。国王がいるなら、怠け者の代わりに、仕事を代行する必要もないしね。ミランダには、だったら上級貴族の夫人でも集めて茶会でもやったらといわれたところさ」

 

 アネルザが言った。

 だが、ベルズは険しい顔になった。

 

「そんなことを言っていないで、王妃がいない王宮でなにが起きようとしているのか把握したほうがいいな、殿下。その様子じゃあ、意図的に王妃に情報を入れないようにされている気配だけど、王宮内に新しい宮殿の建設計画が急に持ちあがったことは知っておらぬのか?」

 

 ベルズが言った。

 アネルザが驚いた顔になる。

 

「新しい宮殿? そんな話は知らんぞ。そもそも、そんな予算などない。昨年は不作だったしな。王宮としても、かなりの散財をして、小麦などを大量に輸入して、飢饉を防いだりしたのだ。その財政の圧迫から、まだ回復しておらん」

 

「だったら、その新宮殿に加えて、離宮の建設も着手が命じられたのも知らんのか? そもそも、王宮にできる新しい宮殿は、テレーズ宮と名付けられるという話だ。それを王妃が知らないと?」

 

 ベルズの言葉に、アネルザが唖然としている。

 さすがに、ミランダも知らなかったが、本当なら大変な話というのはわかる。

 そもそも、王都の新宮殿に携わる工人だけでも、大変な人数が王都に殺到することになるだろう。

 それこそ、数千人の単位で人口が増加するに違いない。

 関連業務も拡大して、ギルドの仕事も増大する。

 

「知らん──。まったく知らん──。なんのことだ? そもそも、テレーズ宮だと──。なんで、そんなことになっているのだ。あいつはただの女官長だろう」

 

「ルードルフ陛下の大のお気に入りのな……。わずか、数日であの国王陛下に、自分の名の宮殿を作らせる触れを出させるとは、何者だろうかと、貴族界は大騒ぎを始めているのに、なぜ、王妃殿下がそれを知らん? しかも、ここでのんびりと酒など飲んでおる」

 

「すぐに調べる。本当ならただでおかん。サキとも相談して、あの馬鹿をもう一度後宮に押し込める。新しい宮殿に離宮だと? 冗談ではない。国が傾くぞ。そもそも、大臣はなにをしているのだ。そんなこと不可能なことは、すぐにわかるだろうに」

 

 アネルザは立ちあがった。

 すぐにでも、王宮に戻る気配だ。

 そのときだった。

 廊下側から部屋の扉が叩かれた。

 返事をするとランだった。

 ミランダは入るように言った。

 

「あっ、これは王妃殿下、それに、ベルズ様……」

 

 ランはびっくりしたように言った。

 ミランダはそれを制した。

 

「ところで、どうかしたのかい?」

 

 訊ねた。

 なんとなく、ランがなにかを焦っているような表情だと思ったのだ。

 

「は、はい……。実は、先ほどですけど、ロウ様とエリカ様のことを聞きまわっている女がギルドにやって来たと、マリーから一報が入って……」

 

「ロウとエリカのことを──?」

 

 アネルザが声をあげた。

 ミランダも眉をひそめた。

 

「いまも、いるのかい?」

 

 ミランダも言った。

 もしも、まだいるなら、とりあえず顔を確かめようと思った。

 

 命を狙う者がいることがわかっているロウとエリカだが、そのふたりの組み合わせといえば、ロウが口にしていたアスカという魔女を連想する。

 ミランダが、新しい(シーラ)・ランクの冒険者ということで、ふたりの名をギルドの共通検索記録に載せたのは、一箇月ほど前だ。

 それで、そのアスカとやらが、ふたりの存在を見つけたとはいえないだろうか。

 だいたい、アスカという魔女からは、一度、クライドというとんでもない刺客を送られたこともある。

 新たな記録に接しさえすれば、やはり、ロウが死んではいなかったと推測するのは当然だ。

 一箇月というのも、記録に接して、すぐに刺客を送り込んだとして、ちょうど計算が合う時間である。

 

「怪しいねえ」

 

 アネルザも眉間に皺を寄せた。

 

「いえ、どこに行ったら会えるのかとしつこく訊ね回っていたみたいですけど、誰も知らないと応じて、しばらくすると諦めて戻ったみたいです……。あたしも連絡を受けたのは、いなくなった後だったので……」

 

 ランは答えた。

 ミランダは頷いた。

 とりあえずはいい……。

 

 有名なロウだが、どこに住んでいるのかは、絶対に表にならないように、注意深く処置している。

 王都内にある小屋敷とロウたちが言っているウルズを保護している家でさえ、冒険者たちに訊ねたくらいでは、辿りつけないと思う。

 それに、あそこには、ブラニーという屋敷妖精もいる。

 屋敷妖精は、屋敷の管理については、大魔道遣いに引けを取らない能力を発揮する。

 そこらの間者や刺客では、内部を垣間見ることも不可能だろう。

 ましてや、ロウたちの本当の住まいである「幽霊屋敷」には届くはずはない。

 そこにも、シルキーという屋敷妖精がいるし……。

 

「受付を仕切るマリーはどういう対応をしたんだい? その女はマリーにはロウのことを訊ねなかったのかい?」

 

「訊ねたそうです。特定の冒険者の秘密に関することは教えられないと答えたみたいです。ロウという名の冒険者が所属することは確かだけど、ほかのことは一切教えられないと……。ただ、かなりしつこかったと聞いています。幼馴染だから教えろの一点張りで……」

 

 マリーのみならず、全ギルド職員には、その辺りは徹底させていた。

 特に、ロウとエリカについては、身の危険もあるので、いかなることがあっても、情報を漏洩するなと厳命しているのだ。

 マリーの対応は、ミランダの指示通りだ。

 

「どんな女だった? もちろん、マリーにもすぐに確認するけど」

 

「褐色の肌のエルフ族だったそうです。まだ若い……」

 

「黒エルフか?」

 

 すると、いままで口を開かなかったベルズが反応をした。

 視線を向けると首を傾げている。

 

「どうかしたかい、ベルズ?」

 

 ミランダは声をかけた。

 

「うむ……。シャーラ辺りに聞けばすぐにわかると思うが、確か、黒エルフ、あるいは、褐色エルフ、ダーク・エルフとも称するはずだが、その連中は、森エルフの中でも、特に閉鎖的で、あまり人間社会に出てくるような種族ではないはずだと思ってな。人間族嫌いなのだ」

 

 ベルズが言った。

 エルフ族というのは、ナタル森林を故郷とする長命で美しい外見が特徴の種族なのだが、大きく森エルフと街エルフに分かれる。

 種族としての違いはないのだが、人間の社会に進出して、一緒に暮らしている者を街エルフと称するのに対して、森エルフというのは、いまだにナタル森林の中で里という小集落を作って昔ながらの生活を守っている者たちだ。

 森エルフは、街エルフを軽蔑していて、顕著な者たちになると、自分たちに人間が接触するだけでも嫌悪する者もいるという話だ。

 シャーラもエリカも、もともとは森エルフだが、ナタル森林を出て街エルフになった者ということになる。

 

「ますます怪しいな。人間嫌いのエルフ族をわざわざ人間社会に送るというのは……。ミランダ、とにかく、調べさせろ」

 

 アネルザが言った。

 ミランダも頷いた。

 

「そうだね……。だったら、そういえば、あのふたりにさせるか……」

 

「あのふたり?」

 

 ミランダの呟きに、アネルザが反応した。

 

「シズとゼノビアという女二人組のパーティだよ。一度、エリカに手を出そうとして、ロウに捕まった。精を受けて、ロウに逆らうこともないし、腕がいいことはあたしが保証する。そもそも、こういう調査とか、特別な工作とかいうことが、むしろ得手の連中だ。新規登録だけど、すぐに、(ブラボー)・ランクにしたくらい優秀なんだ」

 

「任せるよ、ミランダ。できれば、生け捕りにしておくれ。ロウをどうしようとしているのか、捕まえて自白させる」

 

 アネルザは言った。

 ミランダはアネルザを見る。

 

「了解したよ。ただ、これはあんたの依頼するクエストということでいいかい? 依頼料は支払ってもらうよ」

 

 ミランダの言葉に、アネルザが目を見開いた。

 

「金をとるのかい? 水臭いじゃないか。ロウのためだろう」

 

「ロウのためなら動くさ。だけど、ギルドとしてのことは別だよ。シズとゼノビアを動かすには、依頼料がいる。つまりは、その出所(でどころ)が必要ということさ」

 

 ミランダは、アネルザに白い歯を見せた。

 アネルザが口元を緩める。

 

「がめついねえ……。まあいい。すぐに既定の依頼料を届けさせる」

 

「箱ごとの火酒もだよ──」

 

 ミランダは念を押した。



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253 クエスト終了の夜(1)─巫女とアナル

「まずは、媚薬と道具で(ほぐ)させてもらう……。こっちの油剤は調教用の特別なもので、これをスクルズの後ろの穴に奥深く擦り込む。すると、どうなるかわかると思うけど、とにかく、気が狂いそうに痒くなる……」

 

「はい……」

 

 一郎の説明をスクルズは恍惚ささえ感じられる表情で聞いている。

 スクルズは上半身はきちんとした外出用の巫女服だが、下半身はなにもなしのすっぽんぽんだ。

 さらに、両手は背中に回させて、縄で後手縛りにさせていた。

 そのスクルズを一郎は、あぐらになった膝の上に、うつ伏せにして横抱きに抱えている。

 説明のあいだ、一郎はスクルズの臀部を手のひらで触り続けているが、鬼畜な一郎の説明に対して、スクルズは怖がる様子もなく、むしろうっとりと一郎に身体を擦りつけてくる。

 まるで、猫みたいだ。

 

「その状態で、まずは道具で尻穴を抉る。だけど、張形の表面からも痒み剤が滲み出る。先に塗られる油剤を含めて、特殊な術をかけていて、俺の精液でなければ、中和できないことになっている。つまりは、なにがなんでも、最終的には俺の性器を受け入れなければ、死ぬような痒みはいつまでも続くということさ」

 

「ぞ、存分におなぶりください。どうか、スクルズをロウ様のよろしいように……」

 

「もちろん、前側も同じようにほぐす。本命がお尻でも、前の穴も同時に責めた方が、後ろの穴も柔らかくなるしね」

 

「はい」

 

 スクルズが小さく頷いた。

 一郎はスクルズの股間を下から手を伸ばして、すっと局部の亀裂に触れる。

 

「はうっ」

 

 あぐらの上で、うつ伏せで横抱きになっているスクルズの身体がびくりと弾けた。

 一郎に責められるということで興奮しているのか、スクルズの股間は、すでに、びしょりと新しい蜜で濡れていた。

 もっとも、ほかの三人とともに、食事前に一度抱いている。

 それで、まだ身体が熱いままというのもあるだろう。

 

「うわっ、お前、すごいなあ──。人間族の巫女といったら、ぼくたちの天敵だけど、お前は敵じゃないぞ。むしろ、すっごい濃くて美味しい淫気を放出している。大好物だ」

 

 クグルスだ。

 一郎を責めるスクルズの周りを飛び回り、さっきからはしゃぎまくっている。

 

「ま、魔妖精さん……、ほ、誉めていただいて、嬉しいですわ」

 

 スクルズが上ずった声で言った。

 

「うん、お前、とっても好色だな。ねえ、ご主人様、こいついいよ。ぼく、気に入ったよ。こいつ、エリカやコゼやそっちの女騎士よりも、ずっとすけべえそう。手離しちゃだめだよ。こいつがひとりいるだけで、ご主人様はだいぶ、淫気集めが楽になるはずさ」

 

 クグルスが興奮したように、一郎とスクルズの周りを飛び回っている。

 教団の神官と魔妖精など、天敵どころか、不倶戴天の仇同士のようなものだが、このふたりに関しては相性がいいようだ。

 一郎の女たちの全員に、クグルスの存在を披露したのは、キシダイン戦の終わった慰労の宴のときだったが、スクルズとクグルスの対面は、それ以来ということになる。

 だが、クグルスはスクルズと淫気の濃さと豊富さが気に入り、スクルズはスクルズで、クグルスが一郎に、スクルズを熱烈に推薦するので、すっかりと打ち解けたみたいだ。

 一郎も、こんなに仲良くなるなら、もっと早く顔合わせさせればよかったかなと思ったくらいだ。

 

「それにしても、意外だったわね。あんた、しょっちゅう、屋敷に来るし、こうやってクエストにも頻繁についてくるくせに、まだ本格的なお尻の調教を受けてないなんて知らなかったわ」

 

 エリカとともに、洞窟の横穴の出入り口部分で見張りをしているコゼがこっちに目をやって笑った。

 

「こ、この前の“あなる綱引き”のときとか、ち、小さなものは、入れたことはあるんですけど……。ロ、ロウ様のとかは、まだ……」

 

「いいぞ。誰でも最初はあるからな。とにかく、全部、ご主人様にお任せすればいい……。うわっ――。だけど、ご主人様、こいつ、本当にすごいよ。ご主人様にお尻触られるだけで、こんなにむんむん淫気出すなんて」

 

 とにかく、クグルスは上機嫌だ。

 

「スクルズ、こうなったら、今夜中にアナルセックスを俺としてもらうからね。しかも、目標は気をやることだ。まあ、俺に任せればいい。だけど、ちょっと限界まで搾るけどね」

 

「ご、ご調教、お願いします……」

 

 お尻を撫でられながら、スクルズが甘い吐息を出しつつ言った。

 すると、またクグルスが感極まった声を出して、くるくる宙を舞ったので、多分、また、まとまった淫気がスクルズから放出されたのだろう。

 本当に淫乱体質の神殿長様だ。

 もっとも、それはあくまでも、一郎が相手のとき限定というのは、一郎にも十分わかっているが……。

 

 一郎たちがいるのは、クエストとして与えられた特異点が発生していた巨大洞窟の一角だ。

 その洞窟の外への出口に近い場所にあった広い部屋のようになっている横穴の中に一郎たちはいた。

 明日になって、地方王軍の一隊が一郎たちが封印した特異点を確認するために到着するまで、ここで過ごすということだ。

 地下へ地下へと拡がっているこの洞窟の下層側には、まだ間引き終わっていない魔獣も残っているが、奥側にあった特異点は、すでに破壊したし、魔獣が出てこられないように、魔獣避けの香を地下二層から一層の境界部の隘路(あいろ)に充満させてきた。

 だから、こっちには、出てこられないはずだ。

 依頼は、特異点の破壊であり、洞窟内の魔獣の掃討ではない。

 従って、あとは、明日やって来るだろう地方王軍の一隊に、特異点破壊を確認してもらい、このダンジョン化した洞窟を申し送れば終わりである。

 

 つまりは、ここにはミランダによる指名クエストによって受けた「ダンジョン処理」というクエストでやって来たのだ。

 ダンジョンというのは、ここのように閉鎖された洞窟などの内部に特異点が生まれてしまい、そこから瘴気が発生して充満し、それとともに、魔獣の集団がそこに繁殖してしまう現象のことだ。

 

 特異点というのは、かつて人類を滅亡に瀕しさせたという冥王という魔王を、眷属たち魔族や狂暴な魔獣たちとともに封印した異世界の壁にできた空間の亀裂のことだ。

 また、瘴気というのは、魔獣、あるいは、すでに封印されている冥王の眷属たちだという魔族が生きるのに必要なエネルギー源のことになる。

 特異点ができることで、そこから瘴気が放出され、次いで、その瘴気を力の源にする魔獣が溢れ出てくるという循環になる。

 

 特異点はなんでもない開闊した場所にできることもあるが、こういう洞窟のような狭い場所にできると、瘴気があっという間に濃くなり、発生する魔獣も狂暴で強力なものになる。

 だから、こういう特異点の発生場所は、特別にダンジョンと呼ばれている。

 特異点の中でも、ダンジョンは特に危険なので、予兆があり次第に、即座に封印をしなければならないことになってもいる。

 

 いずれにせよ、まだ一日目であるが、すでに特異点の破壊は終わった。

 例によって、瘴気を辿れるクグルスを特異点の探知機代わりにして近づき、迫ってくる魔獣は、スクルズの魔道で追い散らして、それでも襲うものだけエリカとシャングリアで片付け、一郎など、コゼの護衛を受けながら、ただ歩いていただけだ。

 そして、発見した特異点にあった魔瘴石の結晶を破壊して、特異点を封印し、一層まで戻ってくるときに、ちょうど狭くなっていたところで、魔獣の嫌う香を焚いて封鎖し、最後に香のこちら側の一層だけは魔獣を掃討した。

 

 早朝に開始して、夕方までの仕事だ。

 地方王軍への連絡も、一層部の掃討の途中でコゼに近くの里に行ってもらって、明日の昼には来るという返事をもらい、後はここで、万が一、魔獣避けの香を突破するかもしれない魔獣を見張りつつ、暇潰しをするだけになったということだ。

 そして、夕食前に、四人を順に抱かせてもらい、さらに、夕食後、シャングリアだけもう一度抱き、その後で、実は、この四人ではスクルズだけが、本格的なアナルセックスをしたことがないという話題になり、こうやって急遽、スクルズのアナル調教をすることになったというわけだ。

 

「ところで、お尻の洗浄は終わってるな、スクルズ?」

 

 一郎は、相変わらず、スクルズの生尻を触りながら言った。

 

「は、はい……。ロウ様とシャングリア様がお愉しみのあいだに、コゼさんと、エリカさんにやり方を教わって……。さっき……」

 

「だったら、これからは毎日するんだよ。屋敷に来るときだけじゃなく、いつ俺が神殿に忍び込んで襲っても、お尻で受け入れられるようにね」

 

 一郎はスクルズのお尻を堪能しつつ笑う。

 なんか、こうやって触るだけで、すべすべで気持ちいい。なんか、病みつきになりそうだ。

 

「は、はい……、い、いつでも、お尻をお開けして、お待ちしてます……」

 

 スクルズが甘い息を吐きながら言った。

 

「お前、いちいち、言うことがえろいな。人族で、能力の高い巫女は全員えろいけど、お前はぼくの知ってる巫女では一番えろいぞ」

 

 クグルスが愉しそうに笑った。

 ちなみに、“えろい“とか、“えっち”とか、”すけべえ”という言葉をクグルスが頻繁に使うのは、一郎の受け売りだ。

 一郎が口にしたのを意味を聞いてきて、それから気に入って使っている。

 

「ありがとうございます、魔妖精さん」

 

「なんか、羨ましくなってくるな。まあ、今日は大活躍だったし、一緒に来てくれて助かった。やはり、魔道遣いがいると違うな。あっ、別にエリカが役に立たないというわけじゃないぞ」

 

 シャングリアが横穴の最奥側から声をかけてきた。

 今夜の見張りは、三人で交代でやってくれることになっていて、シャングリアは、エリカやコゼと夜中に交代するらしい。

 だから、シャングリアは一足先に休む態勢で、すでに毛布にくるまって横になっている。

 食事の後でシャングリアだけもう一度抱いたのは、ひとりだけ、先に仮眠して休むことがわかっていたからだ。

 

「わかってるわ、シャングリア。でも、わたしも今日は、同じようなことを考えた……。でも、ロウ樣、これから、ダンジョンのような厳しいクエストがあるなら、専属の魔道遣いが欲しいですね。わたしでも、務まると思いますが、わたしも前にいると、どうしても攻撃の補助は同時にはできなくて」

 

 エリカだ。

 一郎は頷いた。

 魔道遣いとしても、すでに一流を名乗ってもいいエリカだが、こういう狭い場所で隊形(フォーメーション)をとる場合は、シャングリアとともに前衛をしてもらわなければ困る。

 シャングリアも強いが、本来人間を相手の剣技であり、魔獣のような相手だと、狩猟種族のエルフ族のエリカに一日の長がある。

 コゼの武術は、どちらかといえば、アサシンに特化していて、忍んで喉を刈るなら、コゼに誰もかなわないかもしれないが、正面からのまともな戦いなら、コゼはふたりに劣る。

 後方から魔道で援護したり、固まっている集団を散らしたり、あるいは遠方から叩いて、前衛を支援するような役割の魔道遣いがいると楽というのは、後ろで見ていた一郎にも理解できた。

 まあ、一郎が完全に役に立ってないというのは、実感もしたが……。

 

「あ、あら、わ、わたしは、いつでもご一緒します……」

 

 スクルズが言った。

 特に性感帯をいじっているわけではないが、ずっとお尻を撫でてるので、スクルズも身体が火照ってきたようであり、肌は熱くなってきたし、ほんのりと色づいてもきた。汗も出てきたようだし、すっかりと心もほぐれたみたいだ。

 

「それなんだけど、なんで、あんた、いつも一緒に来れるの? 大丈夫なの? 神殿長って」

 

 コゼが口を挟んだ。

 それについては、一郎も疑念を抱いていた。

 前回もそうだし、今回もそうなのだが、スクルズが無報酬で同行するというので、その言葉に甘えて来てもらったが、ダンジョン処理のクエストなどは、本来いつ終わるかわからないような長期戦にもなり得るような不確定の予定の遠出だ。

 よくも、そんなに頻繁に王都を抜けられるものだ。

 

「こ、今回は、例の長距離跳躍設備の設置検証という……め、名目で……。実際、設置しましたし……。神殿としても、有用な研究技術ということで、事業化の認可と臨時予算の確保もできて……」

 

 長距離跳躍設備というのは、一箇月程前に、マアとともにスクルズが贈ってくれた温泉郷に、王都からその温泉まで瞬時に来られるようにするために、スクルズが考えてくれた魔道技術だ。

 すなわち、一郎の屋敷や小屋敷、あるいは、王宮にこっそりと設置した移動術設備の“ほっとらいん”を、長い道なりに多くの中継具を挟むことで、数日単位の距離を一瞬で移動できるようにする技術である。

 確かに、スクルズは、ここに進むまでの道中で、道端に埋めるようにして、魔石付きの中継具を逐次に設置していた。

 だから、明日は地方王軍に申し送りが済めば、一瞬で王都に戻れるらしい。

 

「なるほどねえ。まあ、だけど、ずっと固定的というわけにもいかないし、今後のクエストのことも考えて、戦力向上は考えたいな。それはともかく、明日、すぐに戻るのもなんだし、折角だから、その前のおマアの温泉に立ち寄るか。二、三日泊まってもいい」

 

 おマアの温泉というのが、この前の一郎に贈り物してくれた温泉のことだ。

 

「いいですねえ、ご主人様……。あっ、だけど、お忙しい神殿長様は、ご一緒じゃなくていいんですよ。どうぞ、王都に先にお戻りください」

 

「ま、まあ、コ、コゼさん、そんな水くさいことを……。わ、わたしも混ぜてください。移動術設備の確認にも都合がいいし」

 

「それはいいけど、本当に問題ないの、スクルズ?」

 

 エリカが声をかけた。

 

「問題ありませんわ、エリカさん。不在間の業務は、ベルズが快く引き受けてくれています。ベルズはわたしが多忙がちなことを気遣ってくれて……」

 

「なにが、多忙がちよ、不良巫女」

 

 コゼが笑った。

 

「ねえ、もういいんじゃない、ご主人様?」

 

 すると、クグルスが口を挟んだ。

 一郎は、スクルズのお尻からやっと手を離して、掻痒剤を指にたっぷりと載せた。

 

「そうだな。さて、じゃあ、始めるか、スクルズ」

 

「は、はい」

 

 スクルズが元気に返事した。

 一郎は、スクルズを反転させて、あぐらの上で仰向けにして、半身を一郎の上半身に預けるようにさせた。

 そして、まずは、脚のあいだから腕を入れて、無毛の股間の割れ目をほぐすようにして、ゆっくりと油剤とともに押し拡げていく。

 それとともに、指でじわじわと油剤を擦りつけながら、奥に奥にと指を進める。

 さらに、もう一方の手の人差し指にも油剤を乗せて、お尻の穴を微妙にまさぐって、粘ったものを塗っていった。

 

「うっ、はあっ、はっ……」

 

 スクルズは前後の穴で指が動くたびに、髪を振り、声を我慢するように呻く。

 

 一郎は左右の指で交互に油剤を足しながら、揉みあげるように、前後の穴に油剤を足していった。

 念入りに……。

 少しも痛みなど与えないように……。

 丁寧に丁寧に優しく……。

 すぐに、スクルズは完全に身体を燃えあがらせて、淫らに悶え始めた。

 

「声を出してもいいんじゃないか」

 

 一郎は声をかけた。

 

「だ、だって、シャ、シャングリアさんの、お、お邪魔に……」

 

 スクルズは懸命に声を押し殺そうとしているみたいだ。

 すると、すでに、完全に横になっているシャングリアがこっちに白い歯を見せた。

 

「気にしなくていい、スクルズ。もともと、どんな状況でも仮眠ができるように騎士として鍛えているし、さっき抱いてもらって、いい具合に疲労もしている」

 

 シャングリアはそれだけを言って、くるりとこちらに背を向けて、洞窟の壁側に顔を向ける。

 驚いたことに、すぐに小さな寝息が聞こえてきた。

 

「あっ、そこっ」

 

 またもや、スクルズの身体が跳ねあがった。

 一郎は愛撫の手を強め、もっとお尻の穴の奥に指を進めさせるようにしていたのだ。

 スクルズがびくりと大きく身体を反応させる。

 今度は、一郎は、前の穴を動く指の刺激を控えめにして、後ろの穴をいじる指からの快感がわざと大きくなるように、赤いもやの性感帯を指の動きで制御した。

 これで多くの快感の中から、お尻の愛撫のみスクルズは拾ってしまうはずだ。

 生まれて初めてのお尻で受ける本格的な快感に、スクルズが大きく身体を反応させる。

 

「さて、もう一度、裏返しだ」

 

 一郎は再びスクルズを両脚の上で反転させた。

 今度はほとんど対面座位のような体勢で、上体を一郎の上半身にもたれさせる。さらに、両脚をあぐらをかいている一郎を跨がせ、大きく開かせる。

 指を本格的にお尻の穴に突っ込んで油剤とともに、柔らかくほぐす。

 

「んはああっ、あううっ」

 

 スクルズが大きな声を放った。

 油剤によって滑りが十分な指をすっすっと律動するように動かす。

 闇雲に、ただ前後に動かしているわけではない。

 行きも帰りも、浮かびあがる赤いもやの濃い部分を強く刺激している。

 スクルズの身体の反応が激しいものになる。

 

「おお、いいぞお、お尻で感じてきたな、えっちな巫女──。すっごくいやらしくて、いいぞ」

 

 クグルスが宙を舞いながら歓声をあげている。

 だが、しばらく激しく刺激したところで、一郎は前も後も指を引いてしまう。

 後手縛りに緊縛されたスクルズを抱き締めた。

 これからが調教だ。

 一郎は少しのあいだ、スクルズを抱くだけにした。

 

「ああ、か、痒いです。か、痒くなりました」

 

 しばらく経つ。

 一郎の腕の中のスクルズが哀訴の声を出して、激しく身体を震わせ始めた。

 しかも、かなり激しく腰を振り動かしている。

 

「もう少し我慢かな。そうすれば、張形でも、一物でも待ち遠しくて堪らなくなる」

 

「ああ、でも、痒いんです。ああ、痒いいっ」

 

 スクルズは一郎の腕の中で、悲鳴をあげだした。

 さすがに、特別製の掻痒剤の効き目は、いつも冷静なスクルズをあっという間に錯乱に近い状況に追い込んだみたいだ。

 

「ははは、ご主人様って、やっぱり性奴隷を見つけるのが上手だよね。こいつって、苦しそうに泣いてるけど、すっごい淫気を出し続けているぞ。多分、こうやって苦しめられると、とっても感じちゃうんだと思うよ」

 

 クグルスがうっとりとした表情で言った。

 一郎が愛撫すると、クグルスは暴力的な連続絶頂を繰り返し帯びることになるが、こうやって人族の濃い淫気を浴び続けると、なんともいえない幸福感に満ち満ちたエクスタシー状態になるらしい。

 クグルスは本当に満足そうだ。

 

「じゃあ、口づけをしよう。だけど、もっと泣くほどに痒みを我慢してもらうよ。さあ、もっと遠慮なく腰を振ったらいい。いやらしくね」

 

 一郎はスクルズの口を吸う。

 スクルズはしばらくのあいだ、一郎の舌を貪っていたが、やがて自分から口を離した。

 

「お願いです、ロウ様──。もう耐えられません」

 

 スクルズが本格的に暴れ始めた。

 しかし、一郎は粘性体を出して、スクルズの膝から下を地面ごと包んで固め、あまり動けないようにしてしまう。

 そして、上体を抱く腕に力を入れて、暴れるスクルズをぐっと拘束する。

 

「ああっ、お願いです──」

 

 スクルズはそろそろ狂乱状態に陥って来ている。

 一郎はスクルズの下から身体を抜いて、スクルズの上半身を毛布を敷いている地面に倒した。

 スクルズの膝から下は粘性体で固めているので、スクルズは脚を拡げた高尻の恰好になる。

 その後ろに回った一郎は、亜空間から二本の筆を出すと、スクルズのお尻の穴とクリトリスの付近を同時にくすぐってやった。

 

「んひいいっ、ああっ、もう、お願いします──。スクルズを犯してください──」

 

 スクルズが毛布につけている顔をのけ反らして、感極まった声をあげる。

 しかし、一郎はまだ許さない。

 しばらくのあいだ、スクルズの股間とお尻を筆でいたぶり続けた。

 

「ああ、もうひと思いに──」

 

 スクルズが絶叫した。

 

「まだまだだよ、お愉しみはこれからだ」

 

 一郎は、筆をしまうと、二本の張形に持ち変える。表面に痒みの汁がどんどんと滲み出る特別性の張形だ。

 その張形をすっとスクルズの前側の股間に挿してやる。

 死ぬほどの痒みが襲っている股間を癒してくれる張形の挿入は、スクルズに異様なほどの快美感を与えるはずだ。

 

「ああ、気持ちいいです、ロウ様あああ」

 

 スクルズは日頃の慎みを忘れたように、つんざくような悲鳴をあげて、泣きじゃくり、悶えた。

 さらに、一郎はスクルズのお尻にもう一本の張形を挿し入れていった。

 

「うっ、ううっ、おおっ、ああっ」

 

 スクルズは自分のお尻の穴にも張形が入って来たのを自覚すると、掲げている双臀を引きつったように痙攣させて、剥き出しの下半身を左右にのたうたせた。

 ここまで、スクルズを追い込むのは久しぶりだ。

 一郎は、スクルズのお尻に張形の先っぽだけを挿しただけで、手を離した。

 

「スクルズ、我慢だぞ。あんまり尻を振れば、張形が落ちる。そうしたら、朝まで放置する。だから、じっと我慢するんだ」

 

「ああ、ロウ様」

 

 スクルズは振っていた腰をぴたりと静止させた。

 だが、すぐにぶるぶると震わせだす。

 痒いのだろう。

 

「わおっ、ご主人様、鬼畜うう」

 

 クグルスが揶揄するような声をあげた。

 

「そうだな。じゃあ、コゼ、来い。スクルズがもっと焦れったくなるように、スクルズの目の前で可愛がってやろう。スクルズ、終わるまで落とすなよ」

 

 一郎はコゼを呼んだ。

 

「そんなああ」

 

 スクルズが悲鳴をあげる。

 

「はーい」 

 

 また、コゼが張り切った声を出して、一郎に飛び込んできた。

 一郎は、着衣を亜空間に格納できる技を使って、コゼの下半身を一瞬で裸体にする。

 エリカがこっちを見て苦笑している。

 だが、なにも言わなかった。

 ただ、エリカもまた、一郎に責められるスクルズにあてられたのか、顔が上気して赤い。

 

「ご主人様って、本当に鬼畜だよねえ。この状態でこの巫女を放置か? しかも目の前でコゼを抱くのか──? まあ、でも、こいつも満更でもないのは、どんどんと淫気が搾り出てくることかな……。おお、こっちはコゼの淫気か。まだ、抱かれてないのに、ご主人様に呼ばれただけで、淫気を放出するほど興奮するんだな。お前も、ご主人様が大好きだな」

 

 クグルスがスクルズのお尻に挿さっている張形の上に、とんと乗って笑った。

 その重みで、すっと張形が抜け落ちそうになり、スクルズが悲鳴をあげ、慌ててお尻を締めつけたのがわかった。

 

「当り前よ──。ご主人様はあたしのすべてよ」

 

 一方で、コゼはがっしりと一郎に抱きついてくる。

 一郎はコゼを対面座位の体形で跨らせると、その唇に口を重ねて、舌を差し込んで、コゼの口の中を愛撫した。

 たちまちに、コゼが甘い吐息をはきながら、一郎にしだれかかってきた。



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254 クエスト終了の夜(2)─戦力増強

 コゼの子宮に叩きつけるように、激しく続けざまに怒張を打ち込む。

 

「はうっ、ほうっ、ほおおっ、んふうっ」

 

 一郎の腰の上に乗っているコゼの小柄な身体が、怒張の先によって、子宮にずんずんという刺激を受け、じっとりと汗をかいた身体をうねり舞わせる。

 すでに五回達しているので、次の一回で終わってやるか。

 一郎は股間の突き上げをさらに速くした。

 

「ああ、ご主人様ああ」

 

 コゼが対面座位の状態でがっしりと一郎の背中に手を回し、強く抱き締めてくる。

 そして、ぎゅうぎゅうと腕に力を入れつつ、身体を弓なりにした。

 コゼは、また達しそうだ。

 一郎は、コゼが絶頂しかかるのに合わせて、いったんコゼの腰をぎりぎりまで持ちあげて、一郎の股間に落下させるように打ち沈めた。

 そして、コゼが衝撃で絶頂するのに合わせて、射精をしてやる。

 

「きゃふうう──」

 

 コゼが奇声をあげて、全身を限界まで反り返らせながら絶頂した。

 

「きゃふううっ」

 

 すると、コゼだけでなく、コゼの淫気を堪能していたクグルスまでも、同じような声をあげて、悶絶して地面に落ちそうになった。

 コゼの発する淫気が大きすぎて、一瞬制御を失ったのだろうか。

 しかし。すぐに立ち直って、宙を舞い出す。

 

「うわあ、びっくり。コゼに気絶させられるところだった。ご主人様、すごおおおい……。いまの淫気の津波みたいだったよねえ……。うわっ──。こいつ、白目剥いてる」

 

 クグルスが叫び声をあげた。

 その通り、コゼは一郎の一気の責めに、限界を突き抜けてしまったみたいで、ずるずると脱力してしまった。

 これは、やり過ぎたみたいだ。

 

「あらら、それじゃあ、コゼもだめですね……。いいですよ、ロウ様。大した見張りじゃないし、今夜については、コゼの分もわたしがやっときます。そのまま、朝まで寝かせておいてください」

 

 見張りについているエリカが、一郎に笑いながら声をかけてきた。

 もともと、夜を三回に分けて、最初の三分の一をエリカとコゼ、次の三分の一をシャングリアとコゼで行い、最後の三分の一は、エリカひとりの予定だと話していた。

 しかし、一郎がコゼをここで抱き潰してしまったため、このままだと、エリカが寝ずの番をする羽目になってしまう。

 

「それは悪かった。だったら、俺も見張りをするよ。腕っぷしには自信はないけど、なにかが接近すればわかるから、見張りなら役に立てるぞ」

 

 一郎には「魔眼」という能力がある。

 むしろ、見張りには最も適しているかもしれない。

 

「問題ありませんよ。この感じなら、第一層まであがってくる魔獣はいそうにありません。それに、ひと晩くらい寝なくても、まったく大丈夫です。人間族とエルフ族は、身体の造りが違いますから……。わたしたちは狩猟民族ですから」

 

「そうか?」

 

 とりあえず、一郎はコゼを横抱きにして運んで毛布を出し、シャングリアの横に毛布に包んで寝かせた。

 シャングリアは、本当に完全に寝入っている。

 

「はい。でも、ご褒美に明日、温泉で優しく抱いてください」

 

「ああ、約束する。少なくとも最初の一回目は優しくするよ」

 

 一郎はわざと“最初の一回”という言葉を強調した。

 エリカが小さく笑った。

 

「わかりました。それよりも、スクルズが可哀想ですよ」

 

 調教の一環として、焦らし責めにしているスクルズの前でコゼを抱いたが、スクルズは、一郎によって掻痒剤を塗られた股間とお尻に張形をねじ込まれ、しかも、お尻については張形の先っぽを入れただけで尻尾のようにされた高尻の恰好だ。

 そのスクルズに、一郎はじっと我慢して、お尻の張形を落とすなと命令している。

 一郎はスクルズに目をやる。

 

「う、うう……。ロ、ロ、ロウ……しゃ、しゃま……い、いえ、様……」

 

 スクルズあまりの痒みの苦しみに、汗みどろになり、涙も鼻水も涎も流して、顔がすごいことになっている。

 それでも、言いつけの通りに我慢しているのだからすごい。

 一郎の予想では、とても耐えられないと思っていたのだ。

 そのときには、第二、第三の鬼畜を準備してあった。

 まあいい……。

 約束だ。

 ここから先は、スクルズに集中することにしよう。

 

「ああ、ロウ様……。か、痒くて……痒くて……ああっ……」

 

 スクルズが一郎と目が合ったことで、ぼろぼろとまた涙をこぼした。

 かなり追い詰められて、かなり錯乱状態に近いのかもしれない。

 しかし、震えるだけで、じっと耐えている。

 本当に凄いなと思う。

 拘束されているとはいえ、別にスクルズの魔道を遣えなくしているわけじゃない。その気になれば、スクルズは縄掛けなど、あっという間に切断して自由になれる。

 それなのにしないというのは、心の底から一郎には逆らう気がないのだろう。

 

「頑張ったな……」

 

 一郎は先っぽしか入っていなかったお尻に挿さっていた張形をぐっと押して、ずぶずぶと沈めてやる。

 

「のおおっ、ああああっ」

 

 悲鳴そのものの嬌声をあげて、スクルズがお尻をぶるぶると振った。

 そして、顎を毛布につけたまま、限界まで喉を上にあげる。

 一郎は、お尻に深くまで入った張形を手でゆっくりと回すように動かす。

 

「ふおおおっ」

 

 全身をひきつらせて、スクルズは人間とも思えないような声を放った。

 こんなに追い詰められているスクルズは珍しいから新鮮だ。

 

「早くも、お尻で感じられるようになったみたいだな。いいぞ、スクルズ」

 

 一郎は今度はゆっくりと抜いていく。

 スクルズは、腰をひくひくと揺する。

 開きっぱなしになったスクルズの口からだらりと涎が落ちたのがわかった。

 

「こいつも、すっかりとお尻遣いだな。ご主人様、一気にやっちゃえ」

 

 クグルスがスクルズの周りを飛びながら、歓声のような声をあげる。

 一郎は首を横に振る。

 

「いや、まだ早い……。もう少し、追い詰めないとね」

 

 そして、一郎はスクルズの顔側に回る。

 さっきコゼと性交して、一郎は、まだ下半身を露出したままだ。

 一郎はあぐらをかいて、スクルズの顔の前に股間を持っていく。

 

「さあ、続きをして欲しければ、奉仕するんだ。スクルズは俺の雌犬になるんだろう。俺の雌犬だったら、自分よりも俺の快感を優先するんだ」

 

「ああ、も、もちろんです……。あっ、で、でも、力が……」

 

 一郎の股間は地面からやや高い位置にあるので、地面に顔を付けているスクルズからすれば、ちょっと高いのだ。

 ひょいとスクルズの上半身を抱えるようにして、スクルズの胸から上をあぐらに乗せるようにする。

 

「これで届くはずだ」

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

 スクルズが小さな口を精一杯に開いて、一郎の股間に吸いつくようにした。

 いきなり喉の奥まで導いて、むしゃぶりつくように舌を動かしてくる。

 

「んあっ、んんっ、んんっ」

 

 舌だけでなく、顔まで動かして遮二無二舐めてくる。

 まるで、なにかが憑りついたみたいだ。

 一郎はぐっと身体を前のめりにすると、スクルズのお尻に挿さっている張形に手を伸ばして、再びゆっくりと動かし始める。

 

「んふううっ、んくううっ」

 

 スクルズが顔と身体をのけ反らせる。

 

「ほらほら、歯を立てないんだぞ」

 

 一郎はお尻の張形を律動させて、だんだんとスクルズをお尻による絶頂に導いていく。

 一方で、スクルズはもう憑りかれたように、一心不乱に一郎の性器に奉仕している。

 一郎は道具を操作して、スクルズにのっぴきならない状況に追い込んでいった。

 

「スクルズ、いつでも達していい。力を抜け……。我慢するな」

 

 一郎の動かすお尻の張形に、絶頂の波に乗せられているスクルズが、まるで電撃でも受けているかのように腰を痙攣しはじめた。

 

「んあむ、んあっ、んんっ、んんっ」

 

 奉仕を懸命に続けるスクルズの震えが速くなる。

 

「お尻でいけそうだな、スクルズ……。ほら、もう少しだ」

 

 一郎はお尻に入っている張形を前の穴に入りっぱなしの張形に肉壁越しにぶつけるように擦った。

 そこが、赤黒くなるくらいに、性感帯のもやが色づいてもいたのだ。女のどこをどうやって刺激すれば感じてしまうかを赤いもやで知ることができるのは、淫魔師である一郎の最大の武器だ。

 

「んふううう」

 

 スクルズがあっという間に達してしまった。

 一郎はそのスクルズの口に精を放った。

 

「もう一度だ、スクルズ」

 

 一郎は股間をスクルズの口から抜いた。

 すると、スクルズはもう力が入らないのか、いつもは飲み干す一郎の精をそのまま涎とともに、口の外に吐き出してしまった。

 眼は虚ろで、かなり息も荒い。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 スクルズは呆けたように、ただ荒い息をするだけだ。

 眼も泳いでいる。

 

「すごいなあ……。それに容赦ないな、ご主人様──。だけど、こいつは悦んでるぞ。ご主人様にもっと苛められたいみたいだ」

 

 朦朧としているスクルズの周りを舞いながら、クグルスが元気に笑った。

 

「……わかってる……」

 

 一郎は、スクルズから一度離れ、再び高尻になっている尻側に回って、再び張形を操作した。

 今度は二本を同時に出し入れする。

 

「んほおおっ」

 

 スクルズが奇声を発して、下半身全体をひきつらせた。

 しばらく動かす。

 すると、スクルズはすぐに二度目の絶頂に陥りそうになった。

 一郎は、二本のうち、まずは前の穴の張形を抜く。

 

「ああ、そんなあ……」

 

 絶頂しそうなところを取りあげられて、スクルズが失望で身体を震わせる。

 

「そんなあ、じゃないだろう、スクルズ。俺の一物が欲しくないのか?」

 

 一郎は張形が抜けたばかりのヴァギナに、怒張の先端を当てながら言った。

 

「ああ、欲しいです──。き、来てください、ロウ様──。スクルズに、それを──」

 

 スクルズが声を振り絞るように言った。

 さすがに、追い詰められすぎて、いつもの慎みなど忘れたみたいに声をあげてくる。

 一郎はすでにびっしょりと濡れたスクルズの股間に、怒張の先だけをぬるりぬるりと擦りつける。

 焦らすようにゆっくりとだ。

 いつものスクルズもいいけど、こうやって我を忘れたようになって乱れるスクルズもいい。

 

「ふわっ、ああっ、んああっ、も、もっと、もっとください──。お願いです」

 

 スクルズが顎を突き出しながら、腰を必死に動かして、一郎の一物をもっと深く咥えようとする。

 一郎は焦らすだけ焦らそうと思って、すっとぎりぎりまで腰を引く。

 

「ああ、待って、お待ちください、あああっ」

 

 スクルズがあられもない声をあげて、腰を後ろ側に押し出すようにして、追いかけてくる。

 そして、どうしても先端しか届かないとわかると、腰を物欲しそうに左右に振る。

 

「ロウ様、お願いです、来てください。それを──」

 

 そのあいだにも、スクルズの股間からは、毀れたみたいに蜜が溢れ出しては滴り落ちる。

 

「わおっ、この巫女、最高──」

 

 クグルスがうっとりと声を出す。

 一郎は、スクルズのお尻の両脇を掴んで、今度こそ奥に怒張を沈めていく。

 

「ああっ」

 

 スクルズが鼻息とともに、甘い声を出した。

 

「ほら、待ち焦がれたものだよ」

 

 一郎は怒張をスクルズに入れていく。

 

「は、はいっ、あ、ありがとうございます、あああっ」

 

 肉棒がゆっくりと沈むにつれて、スクルズの甘い声も大きなものになっていく。

 瑞々しくて、綺麗なスクルズの性器だ。

 一郎はその粘膜の狭間にずぶずぶと怒張を打ち込んでいった。

 

「ああああっ」

 

 一郎の性器がついに子宮近くの最奥にまで届く。

 快感が集まっている部分を狙うようにぐっと押す。

 

「いひゃあああっ、あああっ」

 

 スクルズが縄掛けの上体を打ち震わせながら、気持ちよさそうな陶酔の声を出した。

 すでに、エクスタシーのうねりに襲われているみたいだ。

 一郎は、焦らすように、それでいて、絶頂寸前の快感の暴発の状態から逃げられないように、しばらく律動を調整する。

 スクルズの反応がますます狂ったように派手になる。

 

「あっ、ああっ、ロウ様、最高です──。あああっ、あああああっ」

 

 スクルズが、完全に一郎との性交に酔いしれたみたいになってきた。

 一郎は生身の性器を出し入れしながら、手を伸ばして巫女服の上からスクルズのふたつの乳房を鷲掴みにする。

 服越しでも、一郎にはスクルズがなにをどうされれば感じるのか、赤いもやではっきりとわかる。

 

「あはっ、はっ、あはああっ、ああっ、ああー、んはあああっ」

 

 赤いもやに従って、手を動かし、怒張で膣を擦って刺激すると、ついにスクルズが歓喜の声を絶叫した。

 一郎は、律動をもっと速くする。

 なにをどうすればスクルズが満足し、どうやれば限界寸前でとどまってしまうのかなど知り抜いている。

 一郎は、スクルズに最高の絶頂をさせるために、股間を動かした。

 

「あはあああっ」

 

 ついにスクルズが絶頂をした。

 しかし、それで終わらせない。

 一郎は、そのまま連続絶頂にスクルズを追い込んだ。

 

「おおっ、おおおっ、あああっ」

 

 さらに怒張を動かす。

 絶頂したのに、下がってこない快感の暴発に、スクルズが狂乱する。

 すぐに、スクルズは二度目の快感の極みに達した。

 スクルズが二度連続の絶頂をするのに合わせて、精の噴射を解き放った。

 

「ひぐううっ、いぐううっ」

 

 スクルズが悲鳴を放つなり、ぴんと身体を硬直させたように、全身を突っ張らせる。

 だが、そこにさらに快感を足す。

 

「あ、ああっ、ああああ……」

 

 再び甲高い声をあげながらスクルズが絶頂する。

 絶頂三連発だ。

 スクルズが脱力していく。

 それとともに、股間が緩んだのか、じょろじょろと放尿を始めてしまった。

 ほとんど白目を剥いている。

 

「うーん、満足──。こいつ、最高だね」

 

 クグルスがぐったりとなったスクルズの背中にぽんと降り立ちながら言った。

 だが、一郎は首を横に振った。

 

「まだだ……。もう一本、本命が残ってる」

 

 一郎はスクルズの失禁が終わったところで、ずっと挿入されっぱなしだったお尻の張形を抜いた。

 また、淫魔術を使って、自分の怒張の表面に潤滑油を浮かべる。

 かなり、放置していたので、一郎との性交のあいだであっても、このお尻の穴だけは満たされることのない情欲と、解消されることのない痒みの苦痛に襲われ続けただろう。

 一郎は絶頂の余韻の醒めないうちに、張形の挿入によって、口を開いたようになっているスクルズのお尻の穴に怒張を当てる。

 ねっとりと押し当てながら、肉棒を沈めていく。

 

「んふうっ」

 

 気を失ったかのように脱力をしていたスクルズがびくりと震える。

 一郎は、スクルズのアナルを犯しながら、片手を女陰に這わせ、クリトリスを転がしつつ、さっき精を放った膣の外側を刺激し、穴の中にも指を出し入れさせた。

 さらに、服の上からだが、乳房を揉み、乳首を転がし、粘性体を耳に飛ばして、ねっとりと舐めあげるように刺激を与える。

 ついでに、粘性体を膣内に潜入させ、Gスポットとボルチオをぐっと刺激する。

 逃げようのない四箇所、いや八箇所責めだ。

 

「んふううっ、んぐうううう」

 

 スクルズはあっという間に、狂ったような激しい反応を示しだす。

 そして、一郎の怒張はいとも簡単に、スクルズのお尻の穴に打ち抜かせることができた。

 衝撃など与えない。

 スクルズからすれば、気持ちよさに追い詰められているうちに、いつの間にか深々とお尻の穴に性器を挿し込まれていたという感じに違いない。

 一郎は今度はゆっくりと抜く。

 ほかの七箇所の刺激は、ぎりぎりのところで調整してやる。達するのは、尻の快感でと決めていた。

 

「んはあ、あああっ」

 

 スクルズが洞窟の天井を向く。

 

「つ、突き抜けるうう、んはあああ、ひぎいいい──」

 

 そして、奇声をあげた。

 アナルセックスは、挿入よりも抜くときが気持ちいいようだ。

 個人差はあるようだが、一郎の女たちもほとんどそうだ。

 

「だ、だめえですうっ、おおおおおっ」

 

 スクルズが身体を反り返らせて叫んだ。

 しかし、まだだ。

 一郎はゆっくりと律動を続ける。

 スクルズは官能の悦びによる大きな身悶えを繰り返す。

 

「ご主人様、こいつ、またいくね」

 

 クグルスはくるくるとスクルズの周りを飛んでいたのだが、一郎のそばまでやって来て、耳元でささやいてきた。

 

「そうだな……。じゃあ、最後に一緒にいこう、スクルズ」

 

 一郎はスクルズに声をかけてから、少しだけ小刻みな律動に変化させた。

 

「おう、おう、おう」

 

 お尻を打ちつけられ、抜かれ、一郎の施す責めのままに、スクルズは腰を懸命に振り、前後させ、そして、甘美なすすり泣きのような声を放った。

 

「んふううう、いぎまずうう」

 

 スクルズが最後の力を振り絞るように、がくがくと激しく全身を震わせた。

 一郎は、その絶頂に合わせて、精を射ち抜く。

 今度こそ、スクルズは完全に意識を失った。

 

 

 *

 

 

 すっかりと満足して、クグルスは別空間に戻っていった。

 クグルスの目の前で、激しく女たちと性交するのも、半分近くは、特異点の発見に協力してくれるクグルスへのお礼のようなものだ。

 一方で、スクルズは完全に意識を失っている。

 とりあえず、縄だけを解き、もう一枚毛布を出して、身体を包んでからシャングリアとコゼが寝ている横に運んでいった。

 

「お疲れ様です」

 

 横穴の出口で見張りを続けているエリカのところに行くと、エリカが含み笑いのような表情を浮かべて、一郎に声をかけてきた。

 

「どうにも、やり過ぎる傾向があるのかな。どうしても限界まで責め抜いてしまう」

 

 一郎は頭を掻きつつ、エリカに近づいて、軽く口づけをした。

 エリカが嬉しそうに、一郎に一瞬だけ抱きついてくる。

 

 最近はどの女もどんどんと美しくなっていく気がするが、エリカの色っぽさはその中でも群を抜いている。

 おそらく、美形で知られているエルフ族の中でも、いまのエリカはかなりの美貌の持ち主ということになるだろう。

 それでいて、醸し出す色香がすごい。

 まあ、一郎が毎日のように精を注いでいる。

 その影響があるのだろうと思う。

 

 しかし、さすがに、この状況でエリカまで抱き潰せば問題があるので、自重して離れる。

 エリカと向かい合うように、横穴の出口に座る。

 とはいえ、さっきのスクルズもそうだし、コゼもそうだし、目の前のエリカも同じだが、一郎が好きなときに犯し、好きなように扱い、好きなだけ辱めても、まったく文句は言わない。

 それどころか、嬉々として相手をしてくれる。

 本当にありがたいことだ。

 

「ところで、さっきのことだけど相談しないか? まあ、エリカだけでなく、みんなの意見も聞くけど、とりあえず、いい機会だし」

 

 一郎は座るなり言った。

 

「さっきの話?」

 

 エリカが首を傾げている。

 

「新しいパーティ要員の話だよ。エリカは、こういうことには詳しいだろう? 今回、クエストをもらうときに、ミランダも口にしていたけど、やはり、最近の魔獣発生は異常なほどだそうだ。だから、今後は魔獣関連のクエストも多くなると思う。だったら、実質三人だけでは辛いんじゃないかと思ってね。どうにも、俺は冒険者として、役に立っているとはいえないし……。女を愉しませるだけしか、能のない男だ」

 

 一郎は自嘲気味に笑った。

 エリカがくすりと笑う。

 

「そのことですか……。でも、ロウ様は、パーティリーダーとして、十分にお役に立っていると思いますけど……。しかし、わたしよりも、ロウ様のご意見はどうなのですか? 実際にわたしたちを指揮しているのはロウ様ですし、全員の動きを見て、感じることがあるのではないですか?」

 

 エリカが言った。

 

「そうだね。実のところ、これから、今日のような魔獣駆除のようなクエストが多くなるなら、ひとり盾役が欲しいと思っているんだ。うちの場合は、アタッカー、つまり、攻撃役はエリカとシャングリアで十分だ。だけど、ふたりだって、あんまり集団で襲われると対応できなくなる。今日は、スクルズが魔道で魔獣を散らす役割を担ってくれたけど、さすがに常備戦力として考えるべきじゃない」

 

「まあ、そうですね。スクルズは、その気っぽかったですけど」

 

 エリカが笑った。

 一郎も微笑んだ。

 もしかしたら、もしも、一郎がスクルズに、神殿長などやめて、一郎のパーティに入るために冒険者になれと命じれば、すぐにそれに従ってしまうような気もする。

 だが、まさか、そんなことをさせるわけにもいかない。

 

「……とはいっても、スクルズのような高位魔道遣いが冒険者として、見つかるわけがない。それに俺たちの場合は、ちょっと事情があるから、誰でもいいというわけにもいかないし」

 

「ロウ様の性の相手ができる女性であることが望ましいですね」

 

 エリカが微笑みを浮かべたまま言った。

 一郎は苦笑した。

 

「まあ、そういうことだけど、それで思ったんだが、盾役の戦士を増やしては、どうかと思うんだ。スクルズの魔道ほどの役割は期待できないにしても、その盾役の戦士がまずは先頭で魔獣の攻撃を受けとめることで代替えできる……。そして、うまく散らしてもらって、エリカとシャングリアがアタッカーとして攻撃するという戦術だ……。コゼは勘が鋭いし、罠の探知なども得意だ。シーフ役として俺と一緒に後方に位置するか、それとも、すばしっこいから“釣り役”にも期待できると思う」

 

「ちょ、ちょっと待ってください──。そのさっきから、“あたっかー”とか、“盾役”とか、“釣り役”とか、なんですか、それ? なんとなく、盾役だけは、意味もわかるんですけど……」

 

 エリカが困惑した表情になった。

 一郎の言葉は、自動的にこの世界の言葉に翻訳されているようなのだが、その言葉はうまく伝わっていなかったみたいだ。

 前の世界では、貧乏社会人だったので、およそゲームなどには縁もなかったが、なんとなく、人から耳にしたりして知識だけはあった。

 それがぴったりの言葉だったので使っただけで、別にゲームのつもりで提案したわけじゃない。

 ただ、後ろからじっと見ていて、最適のやり方を考察して、自分たちに必要な新しい戦力について思ったことを、もっとも当てはまる言葉を使って、口にしただけだ。

 

 一郎は、敵の攻撃を受けとめる防御役の“盾役”──。

 敵を倒すことに専念する“アタッカー”──。

 待ち受けている場所に、敵を牽引してくる“釣り役”について説明した。

 エリカが大きく目を見開いた。

 

「随分と合理的な任務区分と役割設定だと思います。驚きました。ロウ様は、魔獣との戦いについても精通しておられたのですね」

 

 エリカが大袈裟すぎる賞賛をした。

 一郎はむしろ恥ずかしくなった。

 

「精通などしてないけど……。それに、前にアネルザにちょっとだけ相談されたこともあってね……。みんなの反対がなければ、一度試しに、思い切って声をかけてみようかと……」

 

 一郎は言った。

 エリカが怪訝な表情になる。

 

「その言い方は、誰か思い浮かべている者がいるのですね?」

 

 一郎は頷いた。

 

「いつかクエストで俺が戦った闘奴少女のマーズを覚えているか?」

 

「マーズ? ああ、いつぞやの、ぬるぬる試合……」

 

 エリカが思い出すような顔になる。

 

「実は、あのクエストで戦ったマーズの師匠が急死したらしくてね。所属の闘奴たちも、処分されているみたいなんだ。マーズほどになると、これまでの賞金で自分の身分を買い取って、自由人になるのが定番みたいなんだけど、ちょっと声をかけてみようかと思って……。まあ、あれだけ闘技に全力を注いでいた娘だから、冒険者としての誘いに乗るかどうかは不明なんだけど……]

 

「なるほど、あのマーズの実力であれば、ロウ様がおっしゃられた盾役というのはぴったりかもしれませんね。あのときも、マーズはかなり、ロウ様に心酔していたみたいなんで、案外に話に応じるかもしれません。声をかけるだけ無駄じゃないし、王都に戻ったときに、誘ってみてはいかがでしょう。わたしは賛成します」

 

「そうか……。じゃあ、コゼやシャングリアの意見も聞いてみて……」

 

「そうですね」

 

 エリカが大きく頷いた。

 そのときだった。

 

 後ろに気配を感じたので、振り返るとスクルズだった。

 まだ足元がふらつく感じだが、自分で歩いてこっちにやって来ていたのだ。

 身体に毛布を巻きつけている。あの下の下半身はなにも身につけていないはずだ。

 

「あら、もう動けるの、スクルズ?」

 

 エリカは目を丸くしている。

 

「自分で自分の身体の治療をして……。と、とりあえず力の入らない足腰の回復と疲労の除去をしました……。ロウ様、不甲斐なくて申し訳ありません……。途中から覚えていないのですが、あのう……。わたしはちゃんとできたでしょうか……。そのう……。あなるせっくすは……」

 

 スクルズが顔を赤くして、はにかむように訊ねた。

 さらに、腰が抜けたように、ぺたんと一郎の傍にしゃがみ込む。

 一郎は慌てて、スクルズの身体を支えるように手を伸ばした。

 とにかく、まだ脱力したように不安定なスクルズを手を添えて支えてやる。

 そして、スクルズを真っ直ぐに見る。

 

「ああ、とても気持ちがよかったよ、スクルズ。俺はしっかりと愉しんだ。スクルズもちゃんとできていた。だけど、やりすぎだったかもしれないから、今度はもっとゆっくりとしよう」

 

 一郎はスクルズの頭に手を伸ばして、その頭を撫でた。

 スクルズがほっとしたような顔になる。

 

「そ、そうですか……。わ、わたしはちゃんとできましたか……。だ、だったら、ご調教をありがとうございます」

 

 スクルズがぺこりと頭をさげた。魔道で回復させたと言っていたが、まだつらそうだ。息も荒い。

 一郎は思わず微笑んでしまった。

 

「ところで、さっきのお話が耳に入って……。今後のクエストのために、パーティの戦力増強を行うというお話ですけど……」

 

 スクルズが言った。

 

「また、自分の売り込み?」

 

 エリカがからかうように口を挟んだ。

 だが、スクルズは微笑みを浮かべたまま、首を横に振る。

 

「そ、それも魅力的な案ですが……。もし考えていただける余地があるのなら、ミ、ミウを預かってもらうわけにはいかないかと……。冒険者としてでも……。ただ、ちょっと問題があるので、できれば一度、神殿で会って頂いて……。実のところ、ベルズとも何度も相談をして……」

 

 珍しくも、スクルズが困惑を顔に浮かべている。

 しかし、ミウといえば、クライド事件の犠牲になり、両親を目の前で殺され、ミウ自身も、あのロリコン卑劣漢に凌辱された可哀想な少女のことだ。

 一郎はステータスを読むことで、ミウに魔道遣いの才能があることがわかって、スクルズに面倒を看てもらうことをお願いした。

 あれから、スクルズとベルズが魔道修行を施した結果、本当に魔道に開花したと耳にしている。

 まだ童女だが、ミウはすでに十一歳であり、魔道遣いとしては遅い開花だ。

 それでも、時折、神殿ですれ違ったときにステータスを覗くのだが、なかなかに高い魔道遣いのレベルを獲得していて、魔道修行とやらが、うまくいっているようだということを感じていた。

 しかし、スクルズの表情はなんだか暗い。

 

「ミウを冒険者に?」

 

 エリカは驚いている。

 ステータスを垣間見れる一郎とは異なり、エリカはミウが魔道遣いとして、それなりの能力を秘めていたという感覚はないのだろう。

 ミウ自身も、一郎たちの前で魔道を披露したことはない。

 だから、スクルズがミウを冒険者に推薦したことにびっくりしているようだ。

 

「ええ、エリカさん……。ただ、このままでは、どうにもなりません。だから、一度、試しに、ミウをロウ様が抱いていただけないかと……。さっきも言いましたが、ベルズとも何度も意見は交換しました。いまとなっては、もうロウ様が頼りとしか……。せっかく、ロウ様がわたしたちを信頼して預けていただいたのに、だらしないことですけど……」

 

 スクルズが申し訳なさそうに言った。 

 しかし、ロウはびっくりした。

 

「ミウを抱く? それは俺が思っている意味でいいの? つまり……」

 

「はい、ミウを犯して精を注ぎ、ロウ様の女のひとりにしてもらえないでしょうか。ミウが死なないためには、それしかないかもしれません」

 

 スクルズが嘆息しながら言った。

 

「ミウが死なないため──?」

 

 エリカが横から声をあげた。

 

「ええ……。もしも、それで駄目なら、ミウは慣習法に従い処分されます。わたしたちの立場では、ミウを庇うことはできないのです」

 

 スクルズが深く息を吐いた。



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255 新旧寵姫の争い

「余は、季節の変わるまでに、さらに、五人の女を完全に堕として見せる。誰か賭けるか?」

 

 やっと見つけたルードルフ王は、後宮と正宮殿を繋ぐ渡り廊下の途中にある休息場で、側近たちを集めて、意気揚々と喋っているところだった。

 顔は得意満面であり、身振り手振りにより、腰の動きまで添えて、六人ほどの若い男たちに、女の抱き方を語り続けている。

 周りにいるのは、ルードルフの側近というよりは遊び相手の近習といってよく、国王であるルードルフのご機嫌を取り結び、終始上機嫌にするためだけに集められている連中だ。

 その中のふたりほどは、美女かと見惑うほどの美少年だ。

 テレーズは、そのふたりとルードルフが身体の関係があることをしっかりと知っている。

 

 テレーズは溜息をついた。

 こういう連中は、最初の段階で排除して追い払ったはずだ。

 ルードルフのご機嫌取りはテレーズひとりで十分なのだ。

 ほかに、ルードルフを操れる者がいるというのは、テレーズにとって、都合のいい話ではない。

 だが、いつの間にか、また集められている。

 この数人は、先日追い払った者たちとは異なるので、テレーズの闇魔道の効果が消えたということではない。

 つまりは、いなくなった近習の代わりに、ルードルフが新しい要員を集めてきたということだ。

 あるいは、誰かが、あてがったかだ。

 

「陛下が何人の女を堕とすかどうかなど、賭ける者はおりませんよ。陛下でございますれば、何人もの女でも思いのままでございましょう」

 

「そうそう、絶倫にして、女泣かせ。どの女も陛下に腰を振って近づきます。十人どころか、二十人でも容易いのでは?」

 

「陛下のご威光に、世の美女はことごとく、陛下に甘言をささやきます」

 

 近習たちが歯の浮くような言葉を代わる代わるささやく。

 ルードルフは得意満面だ。

 つまりは、ルードルフが堕とすと豪語しているのは、女の話なのだ。しかも、後宮に何人の新しい女を入れるのかということではなく、上級貴族の夫人を何人抱けるかという話であり、そういう意味では、テレーズもその堕とした人数の中に含まれているのだろう。

 五人でも、十人でもいいのだが、昼間から女の話とはなかなかに度し難い。

 

 それにしても、なかなかに操り難い男だ。

 離れた物陰から、ルードルフたちを眺めながら、テレーズは思った。

 テレーズがマーリンから与えられている指示は、このルードルフを操って、国政を混乱させ、ハロンドールという国に失政の大穴を開けることだ。

 それで、テレーズという女伯爵にとって代わり、闇魔道の力を利用し、国王付き女官長として王宮に入り、まずは閨でこの男の心を“とりあえず”掴まえた。

 心を掴まえるというのは、闇魔道的な意味であり、この男の喜怒哀楽の感情を意のままに動かすことができるようになったということだ。

 テレーズは、操る相手の思考そのものを動かすことはできないが、感情を操ることで同じことができる。

 さすがに一国の王に闇魔道をかけることについて、当初は警戒もし、王家の護りのようなものがあってテレーズのような悪意のある魔道に対処している可能性も考えたのだが、接触してみたら、簡単に闇魔道が通ってしまった。

 呆気にとられたくらいだ。

 

 ただ、“とりあえず”というのは、まだ完全には支配しきっていないということだ。

 テレーズの闇魔道は、感情の中でも、悪感情、すなわち、怒り、嫉み、悲しみ、恐怖、絶望といった負の感情をもって支配するというのを本質としている。

 しかし、この国王は、常人よりも、驚くほどに悪感情が小さいのだ。

 これには、閉口している。

 だから、操り難い。

 

 一度、爆発的な負の感情を発揮しさえしてくれれば、それ以降は、闇魔道を完全に浸透させて、次々に悪感情を誘発させて、ほとんど意のままに暴君にでも、なんにでも、変えることができるだろう。

 だが、驚くほどに、この男は悪感情を心に染めるということがない。

 数日前、あのアネルザ王妃が、国庫の予算について怒鳴り込んで来たとき、横のテレーズも鼻白むほどの罵詈雑言を浴びせた。

 これなら闇魔道でルードルフの悪感情を掴まえられると喜んだが、そのときにルードルフに浮かんだ感情は、恍惚と歓喜、そして、欲情だった。

 

 なんのことはない。

 この男は、アネルザ王妃に屈辱的に怒鳴られることで、性的興奮を覚えていたのだ。

 呆れるとともに、ハロンドールの国王が王妃に頭があがらないという噂の本質がわかった気がした。

 

 いずれにしても、まだ完全ではない闇魔道ではあるものの、なんとか支配はしている。

 悪感情ほどにうまくは操れないものの、喜びのような感情だって、テレーズは動かせる。

 たとえば、テレーズが国庫を空にしてでも、新しい宮殿を作り、金に物を言わせて離宮を作りましょうと耳元でささやく。

 それに合わせて、ルードルフの心に悦びの感情を拡大させるのだ。

 すると、ルードルフはその気になり、大臣を呼んですぐに実行を命じるというわけだ。

 これを使って、まずはこの国の財政を一気に悪化させようと思った。

 

 最初は、思いのほかうまくいき、何箇月もまともに正王宮で政務したことがないというルードルフを政務の場に連れて行き、宮殿建設と、そのための増税を大臣や官吏たちに指示させた。

 もちろん、いきなりやって来て、矢継ぎ早に奇天烈としか思えない指示を発するルードルフに官吏たちは面食らったみたいだが、それはその場でテレーズが闇魔道でそいつらの心を制御してしまう。

 ある意味、好色なだけで能天気な国王とは異なり、常人であれば、なんらかの負の感情を常に抱えている。

 それを見つけて、闇魔道で掴まえることは簡単だ。

 そうやって、テレーズはあっという間に、ハロンドールの王宮を操ることに成功してしまったのだ。

 

 しかし、それからが、あまりうまくいかない。

 問題はやはり、ルードルフ王なのだ。

 思考でなく、感情を支配することで成立するテレーズの闇魔道は、悪感情ではない、正の感情だけでは、うまく支配できない。

 そもそも、操る相手の真にやりたいことや、やりたくないことまでを強要するのは、極めて難しいのだ。

 ルードルフは根っからの怠け者だ。

 最初にうまく焚きつけて、政務に連れ出すことで、こっちに都合のいい命令指示をさせたが、元来、政務などやりたくない男なので、すぐに政務など放り出して怠ける方向に心が動き、目の前のように、後宮に引きこもりそうになってしまうのだ。

 

 今日だって、テレーズは、政務室に連れ出して、この国の商業ギルドの復権に邪魔な自由流通側の数軒の商家の取り潰しの書類にサインをさせようと画策していた。

 さらに、王都を中心とした新しい増税についての承認だ。

 増税の名目は、この前、強引に計画実行を指示させた新たな宮殿と離宮建設のためだ。

 そのための財源確保となる。

 宮廷内には反対者が多いが、主要な大臣や官吏にはテレーズの闇支配が進んでいて、この国王さえ強引に周りを振り回せば、それらも動く。

 ところが、この王はとにかく政務から逃げてしまうのだ。

 

 それで、いまでは、新王宮建設計画も、なんとなく頓挫というか、停滞したかたちになっている。

 ルードルフを操ることで、国政を混乱させようと目論んでいるテレーズとしては、非常にやり難い。

 

 今日も、ちょっと目を離している隙に、こうやって政務をやめて、後宮に消えてしまいそうになってしまった。

 とにかく、あの男が書類にサインをしてくれないと、なにも動かない。

 国王が長期に仕事をしないときには、この国はなぜか王妃が業務を代行をして、王妃のサインでも国政が動くことになっているらしく、国王が後宮に引っ込むと、あのやりにくい王妃に実権が戻ってしまう。

 ルードルフを政務に連れ出すだけで、王妃から実権を奪うことに成功したテレーズだったが、また、ルードルフが後宮に引きこもると、再び王妃に権力が戻ってしまう。

 

 その意味ではテレーズは焦っていた。

 あの王妃がテレーズを眼の仇にしていることはわかっている。

 マーリンからも、アネルザから、ハロンドールの権力を引き離せと指示を受けている。

 なによりも、不思議なことなのだが、王妃のアネルザには、テレーズの闇魔道がまったく効果がないのだ。

 理由は不明だ。

 しかし、あの国王への罵倒事件のときだって、罵るアネルザ側がむしろ、悪感情の塊だったのに、不思議にもテレーズの闇魔道は受けつけもしなかった。

 もしかしたら、悪意のある魔道に対する防護処置でもしているのかもしれない。

 

 その意味では、この王宮には、テレーズの支配を完全に拒否する存在はほかにもおり、例えば、王太女のイザベラだ。

 マーリンからも、まずは、イザベラ王女の心を自在にしたいという指示は届いていた。

 おそらく、これは、マーリンというよりは、大公であるアーサーの指示だと思う。

 テレーズは下っ端だが、マーリンに直接仕えるくらいの地位なので、アーサー大公が自分の妃のひとりとして、まだ独身で婚約者もいない王太女のイザベラを狙っているのは知っている。

 それに邪魔なのは、一に王妃アネルザ、二にロウ=ボルグという成り上がり子爵……。

 マーリンからは、しっかりと念を押されている。

 しかし、イザベラ王太女はもちろん、その周辺の侍女たちですら、闇魔道が通じなかった。

 これは、誤算だった。

 

 つまりは、アネルザもイザベラの支配もうまくいかず、ロウについては、まだ顔を見る機会すらない。

 王妃や王女を愛人にしているというとんでもない男だから、頻繁にご機嫌伺いに来ているのかと思えば、まったく王宮で顔を見ることもない。

 ただ、数回、王太女を連れ出して、演劇鑑賞をするということはあったみたいだ。

 特定の男など周りに寄せ付けず、男の影など皆無だった王太女が男にエスコートされて、外出をするなどなかったことらしく、一気にこの国の貴族界は色めき立ったようだ。

 しかも、テレーズは目の当たりにはしなかったが、観劇のあいだ、イザベラは終始、ロウに親しそうにしがみつき、顔を赤く染め、時折びくりびくりとロウに反応したり、さらに、何度も甘い溜息を繰り返していたという見物者の話なので、どうやら、ロウよりも、イザベラがロウにぞっこんというのは真実だと思った。

 

 それはともかく、国王を操りさえすれば、国政など、どうにでも好き勝手できると思っていたのだが、そもそも、国政をやらせるのに苦労するとは思わなかった。

 とにかく、テレーズはルードルフの前に出ていった。

 

「陛下、なにも言わずに、いなくなられるのは、ひどうございます。テレーズは探しました」

 

 虫唾が走りそうになるが、媚びを売るように、しなをつくってルードルフに話しかける。

 近習との話に夢中になっていたルードルフが相好を崩した。

 ルードルフの心には、テレーズに対する思慕の心を最大限に昂ぶらせるように、闇魔道で操っている。

 つまりは、ルードルフはテレーズに心の底から傾注している状態なのだ。

 しかし、この男のやりにくいのは、心の底からひとりの女だけにかまけるという思考も感情もないことだ。

 テレーズに惚れながらも、ほかの女にも惚れるし、無論、抱く。

 ほかの女に手を出さないようにさせることは不可能だった。

 

「おう、サキから伝言があってな。肌のきれいな双子の少女奴隷の準備ができるということらしい。ひとりは従順で純粋、ひとりは淫乱……。そんな風に躾けたそうだ。ちょっと興味が湧いてな」

 

 ルードルフが悪びれる様子もなく言った。

 また、サキかと思った。

 あの女は、ルードルフの寵姫として知られているが、ただ王に美貌で取り入っているのではなく、いまのように、ルードルフが興味を持つような性奴隷の女や少年を連れて来ては、それを斡旋することで、ルードルフの寵愛を得ているのだ。

 むしろ、テレーズの見る限り、サキ自身は王の閨に入っていない。

 

 少なくとも、テレーズがやって来てからは、あれだけのルードルフのお気に入りのくせに、身体に触れることさえさせてない。

 不思議な寵姫だ。

 そして、サキもまた、テレーズの支配を受け付けない存在のひとりだ。

 しかし、サキについては、さらにおかしな気配もある。それについての懸念は、マーリンにも伝えている。

 

 指示役のマーリンからは、とにかく、自由流通の萌芽を切り取り、ちょっとでも優秀な部下を処断させ、無駄な出費をさせて、国庫を傾けさせ、重税をさせろと指示を受けている。

 ほかにも、通すべき政策や新しい法律について、マーリンの手の者を通じて指示を受けている。

 それらがどういう意味を成すのか、政務などちんぷんかんぷんのテレーズには意味不明だが、言われるままに動くだけだ。

 ただ、それには、とにかく、ルードルフを国政に縛りつけておくことが不可欠なのだが、この数日、サキが妙に絡んできて、ルードルフを政務室から後宮に呼んでしまう。

 本当にやり難い……。

 

「ねえ、陛下、お人払いを……」

 

 テレーズは、ルードルフの横に割り込んで椅子に座り、身体を密着させて、甘えた声を出す。

 反吐が出そうだ。

 また、テレーズは、いまのいままで、ルードルフをこのまま強引に政務に戻そうかと思っていたが、いま、ルードルフの感情に触れてやめた。

 おそらく、うまくいかない。

 テレーズの闇魔道は、思考ではなく、感情を操るのだ。そもそも、その気がないのをやる気になどさせられない。

 やはり、なにかの悪感情を抱かせないと……。

 

「人払い? どうした? 欲情したか?」

 

 ルードルフがにやりと微笑む。

 馬鹿がとは思ったが、笑顔は壊さない。

 同時に周りの者たちに、闇魔道を伸ばす。

 男たちの心の中に、ここにいては落ち着かないという気持ちを増幅する。

 

「へ、陛下、では、我々は……」

「それでは……」

 

 若い近習たちが立ちあがる。

 やっとふたりきりになった。

 もっとも、まだ本物の護衛が遠巻きにいる。

 すぐ近くまで来ないのは、この王が女好きで、女が逃げるので、遠巻きに護衛しろと徹底しているからだそうだ。

 なんと、無防備なのだと驚くばかりだ。

 実際、いまでも、テレーズはルードルフの首を刈ることが可能だ。

 しかし、試しにどうして護衛を強化しないのか、閨で訊ねると、自分には王家の魔道防護があるので、問題はないのだと威張っていた。だが、テレーズにはその魔道防護というのが、なんなのかいまだにわからない。

 実際、テレーズの闇魔道は、完全ではないにしろ、効果を及ぼしているからだ。

 

「陛下、ところで、女の話よりも、もっと有益なことを話しませんか?」

 

 テレーズは猫なで声で言った。

 すると、ルードルフがテレーズの腰に手を回して、ぐっと引き寄せる。

 込みあがる苛立ちに耐えて、テレーズは両手をルードルフの胸に置いて、しだれかかる。

 

「女よりも有益なこと? 思いつかんな」

 

 ルードルフが高らかに笑った。

 この駄目王がと腹がたつが、ぐっと我慢する。

 とにかく、このままでは、うまくいかないのだ。

 なんとか、このルードルフから激しい悪感情を引き出すのだ。一度掴まえれば、あとはそれをどんどん増幅するように心の感情を操ればいい。

 とにかく、最初だ。

 それにしても、こんなに悪感情を引き出すのに苦労する相手は初めてだ。

 心の底から、この王は能天気なのだ。

 ハロンドールのような大国でなければ、およそ王など務まるような男と思えない。

 

「ロウ=ボルグ卿のことです。実は、よからぬ話を耳にしました。陛下のお耳に入れるべきかどうか迷いましたが……」

 

 テレーズは意味ありげに言った。

 ロウという男をとにかく失脚させろというのも、マーリンからの指示だ。

 そのロウの悪い噂を吹き込んで、悪意を抱かせるとはどうだろうかと考えた。

 ロウが王妃や王太女を寝取って、やりたい放題というのは、王宮では誰でも知っている。

 おそらく、知らぬのは、この駄目王だけというのは、想像に難くない。

 それを教えて、悪感情を作りあげるというのは、テレーズの役割からして一石二鳥である。

 

「ロウがどうかしたか?」

 

 ルードルフが首を傾げた。

 感情に触れるが、やはり、名を出しても、特に思うこともないみたいだ。だが、自分の妃を寝取られているのだから、もしも、それを知っていれば、いまのように平静ではいられないはずだ。

 テレーズは、ルードルフが、ロウとアネルザの噂も、ましてや、イザベラ王太女にも手を出していることは知らないと確信した。

 

「ロウと王妃殿下のことです。口にするのもはばかられるのですが、男女の関係だという噂を……。この前も……」

 

 テレーズは、ルードルフの耳元に、ささやくように言った。

 だったら、もしかしたら簡単ではないのか?

 あることないこと、ロウの悪口を吹き込めば……。

 そもそも、ロウがアネルザの愛人というのは、この王宮では、かなり有名みたいだし、事実なのだ。

 しかし、突然にルードルフが笑いだした。

 感情には、一片の悪意もない。

 テレーズは呆気に取られた。

 

「そうか、励んでいるようだな。この前も久しぶりに、あれが怒鳴り込んできて、かなり臆したが、結論からいえば、王妃は余が国政に励むのは気に入らぬらしい。余のような馬鹿は、女さえ抱いていればいいのだそうだ。まったく、王妃をうまく躾てくれているようだ。男というのはそれでいいのだ。実にありがたい」

 

 ルードルフが笑いながら言った。

 テレーズは呆気に取られた。

 しかも、先日のことだと思った。そういえば、そんなことをアネルザは怒鳴っていた。考えてみれば、あれから、ルードルフを政務に縛りつけるのが難しくなった。

 こいつは、あのアネルザの怒鳴り込みに、しっかりと欲情し、言葉としても自分に都合のいい部分しか取り込まなかったのだとわかった。

 

「し、知っていたのですか?」

 

 それにしても、王妃が浮気しても怒らないとは……。

 

「知るもなにも、余が頼んだのだ。知っておるか、テレーズ。あれは、この世でただひとり、あの猛虎のような女を猫にできるのだ。ロウがアネルザに関わるようになって、余は平和になった。あれは頼りになる」

 

 これは駄目だと思った。

 ロウとアネルザの関係からでは、このルードルフから悪感情は引き出せそうにない。

 それにしても、まさか、国王の公認とは夢にも考えなかった。

 

「それだけではなく、そのロウと王太女殿下も……」

 

 テレーズは、今度はロウとイザベラの男女関係を暴露した。噂では、演劇観賞とのことだったが、テレーズはおそらく男女の関係があると仄めかしてみた。

 すると、ルードルフがにんまりと笑った。

 

「確かに、あれも最近、妙に色っぽくなったしのう。ロウに女にしてもらっているということか……。まあ、あれの場合は、世継ぎの子種の問題があるが、それさえ解決すれば、何人の男の愛人があっても構わんし……。それに潔癖すぎるのが、君主として足りぬと思ったが、よい具合に練れてきて安心もしておる。しかし、念を押したが、結局のところ、手を出したか。まあよい」

 

 ルードルフは笑った。

 今度こそ、テレーズは驚愕した。

 王妃を寝取っている男が、王女と男女の関係を持っても、なにも思わないのか?

 この男の価値観はどうなっているのだ?

 

「そう言えば、久しくロウには、会っておらんな。また、一度呼んで、イザベラとどういうことをしているのか、聞いてみたいのう」

 

 ルードルフがにやにやしている。

 テレーズも、言葉を失ってしまった。

 

「陛下――」

 

 そのときだった。

 後宮側から、誰かがやって来て、不意に声をかけてきた。

 顔をあげると、寵姫のサキだった。

 相変わらず、神々しいばかりの美しさだ。海を越えた遠国の王女だという触れ込みだが、その遠国の名は聞いたことはなかった。

 しかし、元々王族だということを信じさせる風格と威厳はある。

 

 そして、背後にふたりの美姫の少女を連れている。

 確か、ピカロとチャルタという名だったと思う。

 このふたりも、遠い国の上級貴族の令嬢ということになっているが、さすがに、それは眉唾とテレーズは思っている。

 外見はなるほど、肌も美しいし、大変な美貌だが、このふたりは、娼婦を思わせる淫乱さと下品さがある。

 多分、どこかの高級娼婦として育てられた者たちを偽の身分を作って、後宮入りさせたのだと思う。

 しかし、連れてきたのが王妃なので、国王も含めて誰もなにも言うものはない。

 

「ルーちゃん、遅いから迎えにきたよ。向こうで、お姫様たちが待ちくたびれてるから」

 

「さあ、行くよー。ぼくたちが案内するからね」

 

 ピカロとチャルタのふたりが、ルードルフの両脇にやって来て、テレーズから引き離した。

 ぴったりとふたりから乳房を腕にくっつけるようにされて、ルードルフはあっという間に好色な表情になる。

 

「おっ、それはすまんな。ちょっと話をしておってなあ」

 

 ルードルフが笑った。

 だが、次の瞬間、ふたりのうちのひとりがいきなり、ルードルフの頬を張り飛ばした。

 テレーズは目を疑った。

 

「んはっ」

 

 ルードルフがよろめく。

 しかし、さらにもうひとりの側がルードルフの襟首を掴んで、強引に跪かせた。

 

「あっらあー、いけないんだあ、ルーちゃん。いつから、おれたちと一緒に歩くとき、二本足で歩いていいことになったの? これは、またお仕置きかなあ? 浣腸しちゃうぞう」

 

「し、しかし、ここでは……」

 

 ルードルフが困ったように言った。

 だが、テレーズにはわかるのだが、こういう目に合うのが、ルードルフは嫌ではないようだ。

 しっかりと欲情の感情がルードルフから伝わってくる。

 アネルザに罵倒されながらも興奮していたのは、わかっていたのだが、ルードルフには、ここまでの極端な性癖もあるのだと初めて知った。

 

 しかも、さらに驚愕するのは、いまの状況に、遠巻きにしている護衛がまったく動揺する気配がないことだ。

 つまりは、こういうことは、ルードルフ王にとっては、日常茶飯事なのだ。

 まだ十日余りだったので、聞きしに勝るルードルフ王の変態ぶりに、テレーズは唖然とした。

 なるほど、だから、生半可なことでは、悪感情を持つことがないのだとも思った。

 

「さあ、歩きなさい、お犬のルーちゃん。今日は躾なおすからね。美人の双子ちゃんは、おれたちの躾の後かな。いい子だったら、連れてきてあげる」

 

「そうだね。ぼくらの調教を受け直しかな。とにかく、待たせるなんて、許せないよ。後宮に着いたら、まずは裸になってもらうからね。そして、たっぷりと浣腸するよ」

 

「それから、おしりぺんぺんさ。おちんちんも、もみもみだよ。いいというまで、うんちを我慢できたら、おれたちが、道具を使って、お尻を犯してあげる」

 

「もしかしたら、ぼくたちを犯してもいいよ。その代わり、ここから、お犬ちゃんだ」

 

 ふたりがけらけらと笑いながら、ルードルフを強引に四つん這いにしてしまった。

 しかも、首に鎖付きの首輪までする。

 テレーズは圧倒されてしまった。

 しかも、ルードルフが興奮しているのは、感情を読むまでもなく、しっかりと膨らんでいるズボンだけでわかる。

 

「待って――」

 

 しかし、テレーズは我に返った。

 このまま、連れていかれるわけには……。

 

「ピカロ、チャルタ、陛下を連れていけ。この女と話があるでな」

 

 すると、サキがテレーズの前に立ちはだかり、行く手を遮る。

 ルードルフはピカロたちに連れていかれた。

 四つん這いで歩かされながら……。

 

「お前、テレーズだったな」

 

 すると、突然にサキがテレーズに語りかけてきた。

 面と向かって、会話をするのは初めてだったが、凄まじい殺気だ。

 テレーズは、自分がサキの威圧に触れて、呑まれたように全身が緊張するのがわかった。

 なんだ、これ?

 自然に身体が震えてくる。

 これが一介の寵姫が醸し出す迫力かと思った。

 なにもされてないのに、背中に冷たいものが走る。

 

「わしは、この国に興味はないし、国主が腐れようが、死のうが、困ろうが、なんの興味もない……。この国そのものも、どうでもよい。アネルザがお前への不満を漏らしておったが、わしとしては、なんでもすればいいと思っておる」

 

 わし……? 国主……?

 当然の口調の変化に、テレーズは戸惑った。

 しかも、サキは遠くの護衛や離れていくルードルフには聞こえないように、テレーズの目の前でささやくように話している。

 しかし、凄い気迫だ。

 テレーズは口を開くことができなかった。

 こんなのは初めてだ。

 

「……だから、お前がなにかをしてるのは、漠然とは気がついておるが、放っている……。だが、ひとつだけ言っておく……」

 

「ひ、ひとつだけ……?」

 

「あのルードルフの前で、ロウ=ボルグの名を出すな」

 

 サキが凄みのある声で言った。

 だが、なにをしているか知っていると言った?

 まさか……。

 

「よいか、もう一度言う……。あの国王の前で二度と、ロウ=ボルグの名を出すな。わしは、そのためにここにおる。それが主殿(しゅどの)の命だからだ。わしが興味を持つのはそれだけだ」

 

「主殿?」

 

「お前に関係ない……。よいな。ロウという男に関わるな。興味も持つな。忠告は一度だけだ。次は殺す……」

 

 サキがテレーズに視線を合わせるようにした。

 その瞬間、テレーズの中に、大きな恐怖心が襲いかかった。

 なにも、答えることはできなかった。

 おそらく、なにかの魔術的な波動だ。

 それで、恐怖を増幅されたのだ。

 テレーズは、闇魔道遣いである自分に送り込まれた支配術の痕跡に驚愕した。

 

「ひっ」

 

 テレーズはその場にしゃがみ込んだ。

 

「もっとも、わしが手を出さずとも、そろそろ、アネルザたちも、怪しいと気がつく頃だろうがな……。いまのところ、お前やルードルフなど脅威のうちにも入っておらんだけだ……。しかし、あのアネルザやイザベラたちが本気になれば、そこそこ面倒だぞ……。まあ、本音を言えば、わしとしては、面白ければ、それが一番だがな」

 

 サキがにやりとテレーズに微笑みかけた。

 テレーズは、生涯でこんなに恐怖を覚えた微笑みは初めてだった。

 しかし、サキは、それで興味をなくしたように、後宮に向かって、ゆっくりと戻っていった。

 

 だが、しゃがみ込んだまま、テレーズは思った。

 いま、感じた魔道の波動は……。

 おそらく……。

 間違いない……。

 

 

 *

 

 

 マーリンはテレーズからの報告に接し、隠れ家にしている王都の片隅の薬師の家で、しばらくのあいだ、ひとりで思念に没頭していた。

 

 信じられないことだった。

 そもそも、なぜ、テレーズがその波動から、それを確信したのかもわからない。

 しかし、テレーズは確かな情報として、それを報せてきた。

 テレーズには、それを信じるだけの理由があるのだろう。

 

「しかし、魔族が王宮に?」

 

 マーリンは、何度も心の中で繰り返した疑念を口に出してみる。

 もしも、本当なら極めて都合がいいかもしれないが……。

 

 皇帝家を追い込むために準備していた秘薬……。

 それは、タリオ公国本国にあるが、ここに運ばせることは可能だ。

 

 そして、マーリンは決心した。



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256 真夜中の襲撃者(1)─誘拐クエスト

「随分と美味しいクエストさ。女ひとりさらって、金貨十五枚かい。こりゃあ、こたえられないねえ。魔獣退治とかいうと、どうしても不慣れなあたしたちだけど、人間相手ならどうということもない。ミランダもあたしたちを選ぶとは、まあ、見る目はあるさ」

 

 ゼノビアが喉の奥でくくくと笑った。

 シズは、その横で、王都の通りを歩いていたが、なんとなく気になることがあって、ゼノビアほどには有頂天にはなれなかった。

 そもそも、人をさらうという仕事というと、この王都でエリカにちょっかいを出したときのことを思い出す。

 あのときに受けた恐怖心と絶望感は、シズの心に消すことのできない心の苦痛として、いまだに残っている。

 同じ冒険者だし、しかも、あの目立つロウたちのパーティなので、偶然目にすることもあるのだが、そんなときはシズは、急いで物陰に隠れて、極力ロウを避けるようにしていた。

 ロウを見かけると震えがとまらなくなるのだ。

 

 すぐ近くにエリカも暮らしているのだから、改めて訪ね、旧交を温めたいという気もするだのが、あのロウと接触するなど、恐怖しかない。

 だから、直接に関与するわけではないといえ、ロウ=ボルグに関わる女を捕まえろというミランダから与えられた秘密のクエストには、そもそも気が乗らないのだ。

 

 王都にある旅人を相手とする宿屋街の通りである。

 そこを、シズとゼノビアは歩いていた。

 ミランダから指示のあった「黒エルフ族の若い女」という人物を探すためだ。

 昨日の夜に呼び出されて、冒険者ギルドに顔を出せば、いきなり個室に連れ込まれて、ミランダから秘密クエストというのを言い渡された。

 それが、このクエストだ。

 とにかく、ミランダによれば、昨日のことだが、ロウとエリカを探している得体の知れない女が突然に冒険者ギルドにやって来たのだという。

 その人物を探して、さらって連れて来いというのが、クエストの内容だ。

 

 報酬は、金貨十五枚──。

 着手金として、すでに五枚を受け取っている。

 金貨十五枚といえば、この王都で小さな家なら一軒家を丸ごと買えるくらいの額だ。一度のクエストの報酬として、常識的な金額ではない。

 だからこそ、シズは、この報酬が本クエストの危うさを物語っている気がしたのだ。

 また、ミランダからは、このクエストについては、絶対に秘密厳守。いかなる状況にあっても、冒険者ギルドとしてのクエストだと悟られるなと、くどいくらいに念を押されている。

 つまりは、口止め料込みの、その報酬額なのだ。

 その見知らぬ女がやったことといえば、ロウの居場所を冒険者ギルドで訊ね回ったということだけだ。

 ほかに咎などない女の自由を奪って連れてくるなど、もちろん違法だろう。

 だから、この報酬だ。

 

 それくらいはわかる。

 しかし、それにしても、あのミランダは、ロウのことになると、どれだけ過保護になるというのだろう。

 ちょっと接触を図ろうとした女を違法を厭わずに、誘拐を命じるなど……。

 まったく、公私混同も甚だしい。

 

 いずれにしても、シズはできれば、ゼノビアに断って欲しかったクエストだが、ゼノビアは大喜びで受けた。

 それでこうやって、とりあえず、手掛かりを求めて捜し歩いているということだ。

 いまのところ、探す当てになるのは、当該人物が褐色エルフの女ということだけだ。

 褐色エルフというのは、エルフ族では珍しい肌の黒いエルフ族であり、ナタル森林の北東部に幾つかの集落に分かれて暮らしている森エルフ族になる。

 エルフ族の中でも、特に排他的な傾向のある一族たちであるので、そもそも、人間族の国に出てくることが難しい。

 

 ミランダからは、褐色エルフの女を見つけたら、その女がロウを探している女かどうかを確認してから、生け捕りにしてさらって来いと指示を受けているが、ここで褐色エルフを見つければ、まず間違いなく、狙いの人物だろう。

 褐色エルフが偶然にも、ふたりも三人も、王都に入って来ているとは思えない。

 たとえ複数いたとしても、かなりの高確率で、同じ目的をもって王都にやってきた仲間だろう。

 従って、とりあえず、この王都では珍しい肌の黒いエルフ族の情報を探し、それで居場所を特定できたら、ゼノビアの毒で昏倒させてさらってくるというのが大まかな作戦だ。

 確かに、金貨十五枚の仕事としては、簡単のような気はする。

 

「なんだい、浮かない顔をしているじゃないの、シズ。大丈夫だよ。なんて事のない仕事さ。肌の黒いエルフ族なんて、ここでは目立つ。今日中に……。まあ、今日でなければ、明日には情報にぶつかるさ。そしたら、毒針を打ち込んで、さっさとさらう。それだけだよ」

 

 ゼノビアが笑った。

 果たしてそうだろうか……。

 なにか、嫌な予感もするんだけど……。

 

「でも、この前、とても怖かったから……。ロウに関わるクエストというのが気になるのよ」

 

 シズは正直なところを言った。

 もっとも、そのロウは、ダンジョン化した洞窟における特異点の除去というクエストを受けて、数日前に王都を留守にしている。

 王都にいないのはわかっているので、こんなに怯える必要はないのだろうけど……。

 

「また、それかい? 可愛いシズだね。大丈夫だよ。あたしがついてる。ちょっとおいで」

 

 宿屋街といえば、それなりに人通りもあるのだが、ゼノビアはシズを路地に連れ込んで、人気の無いところを探して、物陰に隠すようにした。

 そして、いきなり路地の石壁に背中を押しつけられるようにされた。

 

「ゼノビアお姉様?」

 

 シズは当惑して小さな声をあげた。

 しかし、ゼノビアはあっという間に、シズの両手を背中に回させて、片手でさっとシズの両方の親指の付け根を縛ってしまう。

 怖ろしいほどの早業であり、いきなりシズは両手を封じられてしまった。

 

「あっ、お姉様」

 

「声を出さないんだよ。それとも、大きな声を出して見物人を作りたいのかい?」

 

 ゼノビアがくすくすと笑いながら、スカートの下から手を差し込むとともに、上衣の裾からも手を入れて、シズの胸と股間を愛撫し始めた。

 

「あっ、そんな」

 

 シズは身悶えた。

 しかし、シズの身体を知り尽くしているゼノビアが、シズの弱いところを次々に刺激する。

 あっという間に力が入らなくなり、シズは脱力して抵抗などできなくなってしまった。

 だが、誰もいない物陰とはいえ、白昼であり、しかも、すぐそばは人通りの多い通りだ。

 世間話をしながら通り過ぎていく通行人の声がひっきりなしに聞こえる。

 そんなところで、シズはゼノビアから破廉恥な愛撫を受けているのだ。

 羞恥と恥辱で、極限なまでの緊張感に追い込まれ、シズはめくるめく被虐の陶酔に襲われてしまった。

 

 誰かに見られたら……。

 でも、気持ちいい……。

 

 とにかく、シズは懸命に声を押し殺した。

 だが、ゼノビアはそんなシズの困惑が愉しいのか、いよいよ責めを強くする。

 胸巻きの下に指を差し込まれて乳首を転がすように動かされ、股間の下着の中にも指が入り、肉襞の中に指を挿入させながらクリトリスを刺激される。

 

「んんっ、んんんっ、んんんっ」

 

 強いものが込みあがった。

 シズの小柄な身体が大きくのけ反り、硬直した太腿にどっと愛液が噴きだして、内腿に伝わったのがわかった。

 

「ふふふ、派手に気をやったわね。これで心配なことは消えた? いいから、あたしに任せなさい。こんなのなんてことのない仕事よ」

 

 ゼノビアが耳元でささやいた。

 息を吹き掛けられて、シズはびくりと反応する。

 そんなシズを笑いながら、ゼノビアが羞恥で俯いてしまったシズの服装を整えて、指縛りも解放する。

 シズはゼノビアに抱きついてしまった。

 

「ああ、お姉様、幸せです……。お姉様だけは、あたしから、いなくならないでくださいね」

 

「当り前よ。あんたは、あたしの可愛い猫だからね。永遠に離してなんかやらないよ。覚悟おし」

 

 ゼノビアもシズを抱き締め返してくれながら、シズの頭を撫でる。

 いつの間にか、シズの身体から言いようのない不安のようなものがなくなっていることに気がついた。

 

 それにしても……。

 

 実のところ、褐色エルフといえば、シズはひとりだけ、思い浮かべる人物もいる。

 だが、伝え聞いたことによれば、彼女は、まだナタル森林にいるはずであり、エランド・シティというエルフ族の都にある森林内で唯一の冒険者ギルド支部で、フリーの冒険者をしているはずだ。

 こんなところにいるはずはない……。

 だけど、万が一、あの女だったら……。

 

 そのときは、シズは全力をもって逃亡するだろう。

 なにが苦手だといって、ロウ=ボルグという男も怖かったが、そのロウよりもずっと、シズはその女エルフが苦手だ。

 

 まさか、イライジャではないよね……。

 

 シズはまだ脱力して怠い身体をゼノビアにもたれかからせながら、再び宿屋通りに戻った。

 

 

 *

 

 

 聞き込みによる手掛かりが見つかったのは、その日の夕方だった。

 褐色エルフの女が宿泊している宿を見つけたのだ。

 もっとも、まだ戻ってはおらず、また、前払いで連泊の手続きはしているものの、昨夜は戻っておらず、その前は戻ったが、その前日もいなかったということで、毎日戻るわけでもないようだった。

 荷物も残してはおらず、もしかしたら、戻って来ない可能性もあると、宿屋の亭主も首を傾げながら語った。

 

 前払いで手続きをしながら、宿泊はしないなど不思議だと思ったが、さらに聞き込んだところ、同じように不規則な連泊をしている宿屋がもう一軒あった。

 両方の宿屋で耳にしたことを総合すれば、その女は二軒の宿屋で部屋を同時に借り、どちらかの宿で宿泊をするということを繰り返しているみたいだとわかった。

 なんで、そんなことをするのかは謎だ。

 

 もしかしたら、用心深いのかもしれないが、それ自体が、彼女が怪しい立場であるということを物語っている気がした。

 シズとゼノビアは話し合って、それぞれの宿屋にひとりずつ泊まり、情報を探ることにした。

 なにかあったら、お互いにすぐに連絡を取り合えるように、通信用の魔道具も準備した。

 この日については、結局、褐色エルフは、ふたりの宿屋の両方に現れずに、ゼノビアとも連絡をして、そのまま分かれて宿泊を続けようということにした。

 

 シズは、久しぶりにひとり寝で寝台に滑り込んだ。

 もちろん、褐色エルフの部屋だという扉には特殊な魔道具を仕掛けて、誰かが中に入れば、シズに信号が入るようにもしている。

 そして、そのまま寝入ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 腕がシズの身体をぎゅっと抱き締めてくる。

 まだ朦朧とした意識の中で、シズはうっとりとその気持ちのいい感触に身を委ねた。

 こうやって、誰かに抱き締められながら寝るのは安心する。

 

 シズは、親のない子供であり、母親の故郷だという森エルフの比較的大きな里でシズは育った。

 里の名は「自由エルフの里」といい、周辺ではもっとも大きなエルフ族の集落だった。

 

 シズの母親はエルフ族だが、父親は人間族だったそうだ。

 いずれにしても、シズには両親の記憶はまったくない。母親はシズを産むのと引き換えに命を失い、父親は人間族だということしかわかっていない。

 だから、シズはエルフ族であって、エルフ族ではない。

 ハーフ・エルフ族──。

 つまりは、合いの子である。

 

 自由エルフの里には、シズのような孤児を引き取る大きな施設があり、その里だけではなく、近隣の里からも孤児になった子供が預けられていて、シズはそこで何十人ものエルフ族の孤児たちの集団で育った。

 

 だが、シズはその外観からいつも浮いていた。

 確かに、シズの外観の一部はエルフ族特有の美しい肌を持ち、人間族に比べて目立つやや長い耳を持つ。

 しかし、シズの半分の人間の血は、シズの身体をエルフ族にしては随分と小柄にし、さらに、顔立ちもエルフ族というよりは、人間族に近い童顔にさせていた。

 エルフ族は子供といえども、誰も彼も、特有の美しい顔立ちをしているのだ。

 シズの顔と身体は、エルフ族の集団に入ると、明らかに違和感があった。

 

 集団とは違う異質の存在……。

 それは、そのことをもって、ほかのエルフ族の子供たちがシズを意地悪の対象にする十分な理由になった。

 しかも、シズはまったく魔力がない。

 エルフ族にとって魔道を遣えないということはあり得ることではなく、蔑みと苛めの標的にシズがなるのは当然だった。

 だから、シズは苛められっ子であり、常に仲間外れだった。

 

 そんな苛められる日々から脱却したのは、七歳のときだ。

 近隣の里から、ふたりの子供が新しい孤児として預けられてきたのだ。

 ひとりは、シズと同じ歳の白エルフ──。

 もうひとりは、肌の黒い、二歳上の褐色エルフ──。

 エリカとイライジャだ。

 

 エリカはとにかく強くて、剣でも体術でも誰もかなわなかった。すでに、大人の男でもエリカには歯が立たない者がいたくらいだ。

 また、イライジャはとても頭がよかった。

 物知りで、時にずる賢く、なによりも、人の上に立つのが相応しいような不思議な貫禄があった。

 

 エリカとイライジャは、別に前からの知り合いということではなかったようだが、シズのいた里の孤児院の施設にやって来て意気投合し、あっという間に、このふたりが孤児たちのリーダーのような存在になった。

 シズはいきなりやって来て、歳上の男の子たちをも差し置いて、すぐに全員を牛耳ったエリカとイライジャに憧れた。

 このふたりのように強くなりたいと思った。

 そして、接近した。

 

 すると、そのふたりも、ほかのエルフ族の子供とは違っている可愛らしいシズの外観が気に入ってくれて、いつもそばにいる存在として、シズを受けれてくれた。

 ふたりと仲良くなったことで、シズに対するいじめは皆無となり、シズの幸せな日々が始まった。

 

 それからは、いつも三人一緒だった。

 シズがそれを求めたということもあるだろう。

 常に三人──。

 

 遊ぶときも……。

 勉強するときも……。

 武術の稽古をするときも……。

 食事のときも……。

 身体を洗うときも……。

 そして、こうやって寝るときも……。

 

 魔道のできないシズをふたりは馬鹿にしなかったし、そもそも、イライジャもまた、そんなに魔道が得手というわけでもない。

 しかし、集団のリーダーだ。

 

 このことは、シズに自信をくれたし、ふたりはシズに武術を教えてくれた。

 シズは、魔道の代わりに、誰にも負けない剣を身につけようと、それから今までにまして剣技の稽古に励むようになった。

 

 シズがエリカとイライジャに性愛のようなことをするようになったのは、それから五年後……。

 十二歳のとき……。

 

 シズには縁はなかったが、エリカもイライジャも、武術のみならず、エルフ族として魔道訓練を受けていた。

 特にエリカは、魔道の能力も高く、上級魔道組だった。

 

 そして、理由はわからないが、上級魔道の訓練の中には、自慰や仲間同士の性愛を積極的にするというものがあり、その相手として、エリカは、イライジャとシズにそれを求めたのだ。

 シズにしてみれば、いまでも意味不明なのだが、上級魔道師として魔力を高めるには、つまりは好色であることが望ましいのだという。

 その因果関係はわかっていないものの、好色であればあるほど、飛躍的に魔道力があがるという事実だけはわかっていて、このエルフ族の里でも、高位魔道師として見込みのある子には、童子、童女の時代から、そうやって早熟な性愛に目覚めさせるということをやっていたのだ。

 それを切っ掛けに、シズは、エリカとイライジャと、お互いに肉体を愛撫し合う「恋人」の関係になった。

 

 あれから、ずっとシズは、何年間もひとりで寝たことはなかった。

 常に、エリカ、または、イライジャ……、あるいは両方と一緒に寝た。

 肌と肌をくっつけて……。

 こんな風に……。

 

 三人で愛し合うときには、支配するのはイライジャだった。

 エリカもシズも、ただただイライジャに遊ばれて、気持ちのいいことをされて悶え狂う。

 そんな関係だった。

 イライジャは、どこで覚えるのか、縄遣いが上手で、イライジャに縛られると、いつも身動きのできない苦痛と恥ずかしさとともに、たとえようのない恍惚感を味わったものだった。

 

 シズは幸せだった。

 とにかく、シズはずっと三人は一緒だと思っていた。

 三人の関係は、死ぬまで続くものと信じ込んでいたし、結婚の約束だってした。

 それなのに……。

 

 それなのに、イライジャが里を訪れた同じ褐色エルフの男性と恋に落ちて、里を出ていったのは、三人が秘密の関係になった三年後……。

 イライジャが十七歳のときであり、シズとエリカが十五歳のときだ。

 

 イライジャは里を出ていき、エリカもまた、それを機会に里を出ると告げて、シズの前からいなくなった。

 シズは裏切られたと思った。

 一生、三人一緒だと思っていたのに……。

 それから、ずっとシズはこうやって、眠るときにシズを抱き締めてくれる存在を探していた。

 

 そして、ゼノビア……。

 やっと見つけた人生の伴侶……。

 二度と離さないと言ってくれた……。

 シズの大切な人……。

 

 こうやって、いつもシズを温かく抱きしめて寝てくれる……。

 懐かしい感触……。

 シズは相手を抱き締め直そうとして、腕が動かないことに気がついた。

 

 まあいいか……。

 

 シズが抱き締めなくても、その相手はシズをぎゅっと抱いてくれている。

 それで、十分にシズは満足だ。

 

 いい匂い……。

 

 強く抱きしめられて、ちょっと息が苦しい。

 だけど、苦しいのはいい。

 好きな人の肌を感じないよりも、ずっと幸せだ。

 シズは声を漏らした。

 

 だが、誰の肌の香りだろう?

 まだ眠気で痺れているシズの頭は働かない。

 ゼノビアではない気がする……。

 だけど、懐かしい……。

 

 耳元に息が吹きかけられた。

 そのくすぐったさに、力が抜けそうになる。

 昔からシズは耳が敏感だった。

 よく、イライジャとエリカからからかわれ、身動きできないようにされて、何度も何度も、左右から耳を刺激される悪戯をされたりした。

 おかげで、耳に息を吹きかけられるだけで下半身が痺れるようになってしまい、いまでも、耳打ちされるときなどは、自分が感じていることを隠さなければならなかったりする。

 

 その耳の刺激が続いている。

 シズの官能が刺激され、身体が熱くなる。

 だんだんと意識がはっきりとしてくる。

 

 はっとした。

 誰──?

 

 ゼノビアではない──。

 彼女は、褐色エルフの女を探すために、もうひとつの宿屋を見張っているはずだし、そもそも、この肌の香りと雰囲気は、ゼノビアじゃない──。

 

「ふふふ……。やっと、起きたのね、シズ……」

 

 耳元でささやかれた。

 誰かがシズの身体の上に乗っている。

 一方でシズの両手両脚を寝台の四隅に伸ばして、手首と足首を縛られていた。

 しかも、ちゃんと服を着て寝ていたはずなのに、完全な全裸だ。

 シズは驚愕した。

 

「んんんぐうう」

 

 叫ぼうとした。

 真っ暗で相手の姿はよくわからない。

 だが、ゼノビアではないということだけは、確実にわかる。

 しかし、口の中に布が入っていて、その上からさらに布を咥えさせられて頭の後ろで縛られている。

 猿ぐつわをされているのだ。

 

 誰──?

 シズは恐慌状態になった。

 

「誰かがわたしを探しているのに気がついて、昼過ぎから逆に罠を張って、その二人組が離れて見張りをするような状況を作ったのよね。だけど、まさか、シズとはねえ……。わたしもびっくりしたわ……。だけど、探す相手がわたしだということは知らなかったみたいね……。つまり、あんたらは、わたしだということを知らずに、わたしを探していた。そうよね……?」

 

 拘束されたシズの上に乗っている女が耳の穴に息を吹き込む。

 

「んんっ」

 

 腰の辺りの力が抜けそうになり、反対側に顔を動かすが、しかし、女はしっかりとシズの頭を抱えていて、反対側の耳にも指を入れて愛撫する。

 

「んんふううっ」

 

 シズは身体を竦みあがらせた。

 だが、ぎしぎしと手首と足首に嵌まった革紐のようなものが鳴るだけだ。

 やがて、そうやっているうちに、闇に眼が慣れて来て、薄っすらと相手の顔がわかるようになる。

 

 しかも、この声……。

 まさか……。

 

「しかも、急いで調べたところによれば、あんたたち冒険者のパーティなんだって? だったら、これはクエストで受けたのよね……? 一体全体、どういう経緯でわたしなんかの調査をクエストで受けることになったのか、洗いざらい喋ってもらうわね、シズ」

 

 イライジャ……。

 まさかのイライジャだ──。

 

 シズは愕然とした。

 本当に、謎の褐色エルフ女というのはイライジャだったのか……。

 だけど、そうだとすれば、ロウとエリカ訪ねてきたのは、ミランダが心配して、クエストにまでしたような、そんなに危険な意味はない?

 だって、イライジャとエリカは旧知の仲だし、もしかして、普通に訪ねて来ただけ?

 

 それにしても、なんでこんな状況に……?

 眠っていたとはいえ、素っ裸にされて縛られるまで気がつかないなど……。

 すると、イライジャがくくくと笑った。

 

「動顛しているようだけど、あんたたちは冒険者としてはまだまだね。シズもあんたの今の相棒の女も腕っぷしがあることは、離れて見張っていてわかったけど、無闇に聞き込みするなんて愚策よ。いきなり、知らない相手が自分を探せば、すぐに用心するでしょう。今頃は、向こうも、わたしが部屋に仕掛けた睡眠香でぐっすりよ……。どっちでもよかったけど、シズの方が気心知っているし、あんたの身体に訊ねることにするわね」

 

 睡眠香……?

 そんなものを仕掛けられていた?

 気がつかなかった。

 だが、あれは無色無臭で、確かにわかりにくい。

 しかも、事前でも、事後にでも気付け薬を身体に入れれば、すぐに覚醒するし、効果がなくなる。

 身体に害もなく、扱いやすい毒としてシズもゼノビアもよく使う。

 まさか、そんな単純な手に引っ掛かるとは……。

 

 おそらく、イライジャは気付け薬を服用しているのだろう。そして、睡眠香の影響で寝入ってしまったシズの服を脱がせて拘束すると、シズにその気付け薬を嗅がせて覚醒したのだと思う。

 さっきの朦朧とした夢心地は、睡眠香が抜けていくときの独特の感覚だったに違いない。

 

「んんんんっ」

 

 それはともかく、とにかく、事情を説明することだ。

 でも、クエストの内容は話せない。

 それをイライジャにわかってもらわないと……。

 

「さて、じゃあ、そろそろ始めるわね。だけど、もしかして、クエスト条件に口止めも入っているかもしれないから、訊問はしばらく、あんたを可愛がってからにするわ……。だけど、懐かしいわねえ……。昔はこうやって、三人で遊んだものね。もう一度、エリカも入れて、三人で遊びたいわね」

 

 イライジャが唇で耳を、手を乳房と股間に這わせてきた。

 シズはたちまちに翻弄された。



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257 真夜中の襲撃者(2)─昔馴染み

「んくっ、んふっ」

 

 イライジャの愛撫が続いている。

 四肢を縛る革紐は、若干緩く直されていた。

 しかし、それはシズを自由にさせるわけではなく、イライジャが好き勝手に、シズの身体を愛撫することができるようにだ。

 それと、身悶えるシズの抵抗を愉しむためだと思う。

 イライジャ自身が、笑いながらそう言った。

 

「んふううっ、んんんっ」

 

 シズは必死で拘束を解こうとしている。

 しかし、縄掛けの得意なイライジャの縛りが簡単に緩むことはなさそうだし、イライジャはシズの耳を舐め、背中を愛撫し、内腿の付け根を焦らすように刺激してくる。その刺激に翻弄されるシズには力が入らない。

 まだ、本格的な強い快感ではないものの、全身が痺れるように疼きが走り回り、シズの抵抗力を失わせていく。

 多分、それが狙いなのだろう。

 また、イライジャはまるで自分自身の身体であるかのように、シズの敏感な背中の場所を探し当てて、撫でさすり、くすぐり、それとも、軽く抓るようにしたりと、次々に刺激の仕方も変えてくる。

 しかも、股間の付け根のもどかしくてぎりぎりのところを愛撫しながらだ。

 そのたびに、シズは振り回され、震え、悶え乱れた。

 

「そろそろ、猿ぐつわを外す? 大騒ぎしないと約束したら、外してもいいわ」

 

 イライジャの手が背中から胸に移動してきた

 もう一方の手は相変わらずに、シズの大股開きの股間をまさぐっている。しかし、いまだに肝心な部分には一度も触れない。

 ただ、すでにすっかりと自分の股間が濡れていることをシズは気がついていた。

 

「んんっ」

 

 シズは必死に首を縦に振った。

 イライジャの手が口に伸び、猿ぐつわが外されて、口から布を取りだしてくれた。

 

「んはっ、はあ、はあ、はあ……、イ、イライジャ、こ、こんなことは……や、やめ、て……」

 

「こんなことって、なあに?」

 

 イライジャの指がクリトリスに伸びてすっと撫であげた。

 

「あふううっ」

 

 シズは本能的に脚を閉じようとしたが、足首の革紐に阻まれて、微かに寝台を振動させただけだ。

 腕も頭の上側に大きく開いたままで動かすことはできないし、シズはイライジャのされるがままになるしかなかった。

 

「お、お願い、もうやめて──。イ、イライジャをどうこうしようと思ったわけじゃないわよ。ご、誤解よ──。あ、あたしたちは別のクエストで……」

 

 とにかく、クエストのことをイライジャに話すわけにはいかないのだ。

 それがクエスト条件だし、なんとか誤魔化せば……。

 

「ならいいわ。もう、そんなことどうでもよくなった。可愛いシズに久しぶりに触れていると、昔を思い出してきてね。あなたをもう一度躾なおしたくなったわ。今夜は朝まで遊びましょうよ。そしたら、もう一度訊ねるわ」

 

 イライジャがくすくすと笑った、胸や局部を強く刺激してくる。

 一気に淫らな感覚が倍増して、シズは大きな悲鳴をあげた。

 いずれにせよ、シズの言葉は、まったく信用されなかったみたいだ。

 すると、イライジャがくすくすと笑った。

 

「あんまり大きな声を出さない方がいいんじゃない。安宿だから壁は薄いわよ。まあ、真夜中だし、両隣の客も寝ているかもしれないけど」

 

 イライジャがすっと愛撫の手を緩めて、また周辺を探るような刺激に変えた。

 シズは悶え震えた。

 イライジャの魂胆はわかっている。

 つまりは、シズを完全に性的に屈服させる気なのだ。

 それから、必要な情報を聞き出すつもりなのだろう。

 そして、このままイライジャの巧みな愛撫を受け続ければ、確実にシズは屈服する。

 シズはそう思った。

 

「ほら、もっとあんたを見せて……。昔みたいに、わたしに甘えてくれないの? 可愛い、シズ」

 

 イライジャが愛撫を続けながら、耳元でささやく。

 ぞくぞくと痺れのような快感が全身に走る。胸と局部の翻弄するような刺激が続く。

 どんどんと押し寄せる淫らな感覚に、シズは頭を右に左にと振りながら、なんとか正気を保とうとした。

 やっぱり、イライジャは、責め上手だ。

 そして、地獄のような愛撫だ。

 なかなか触れて欲しい場所には刺激を与えてくれず、ぎりぎりのところばかりを狙って延々と責め続けてくる。

 感覚はどんどんと高まるのに、なかなか満たされない。

 そうかと思うと、さっと一瞬だけ強い刺激を欲しい場所に与えたりし、シズがそれに沈もうとすると、再びさっと逃げてしまう。

 

 心が乱れる。

 もうどうなってもいいという感情が襲う。

 シズの中に、本当に屈服されてしまうという恐怖が湧き起こる。

 とにかく、逃げないと……。

 シズはやっと我に返った。

 大きな声で助けを呼べば……。

 

「おっと、相変わらず、駄々っ子ね」

 

 シズが声をあげようと、大きく息を吸い込んだとき、イライジャの指が首の横を突然に深く突いた。

 その瞬間、喉の力が小さくなり、息がしにくくなった。

 

「ふはっ、はっ、はあっ、はっ、な、なに? なん……なの……」

 

 シズは混乱した。

 また、大きな声を出したつもりなのに、ささやくような声しか出ない。

 しかも、息ができない。

 精一杯に呼吸して、やっと普通に息が吸えるくらいだ。

 イライジャの「経絡突き」だと悟った。

 故郷の里で別れるときには、すでにイライジャはその技を身に着けていたが、イライジャは「経絡」という身体のあちこちにある「つぼ」に気を注ぐことによって、相手の身体を弛緩させたり、痺れさせたりすることができるのだ。

 いま、喉を弛緩させる経絡を押されたのだとわかった。

 

「はっ、はっ、く、苦しい……。イ、イライジャ……、く、苦しいの……」

 

 息ができない。

 だんだんと苦しくなる。

 必要な息が十分に吸えないので、頭がぼうっとしてくる。

 シズは恐怖に襲われた。

 

「逃げたりしないで、シズ……。そうしたら、元に戻すわ。それに、もう切なくなったんじゃない。正直に言ってよ」

 

 シズは首を横に振った。

 思い切り、股間を強く掻きまわして欲しい。

 でも、おそらく、それを口に出したら、シズは負ける。

 イライジャに屈服させられて、完全に軍門に下ってしまうことは目に見えている。

 

「な、ない……。そ、そんな……ことない……。そ、それよりも、息を……。はあ、はあ、はあ……」

 

 シズは哀願した。

 もうだめだ。

 本当に苦しい。

 呼吸を半分以下に抑えられて、こんなに愛撫をされ続ければ、このまま死んでしまう。

 すると、イライジャがさっきの首の横を再び強く押す。

 足りなかった息が一気に入ってくる。

 

「また助けを呼ぼうとしたら、もう一度息をとめるからね、シズ」

 

 イライジャがそう言って、股間を強く刺激してきた。

 

「あっ、ああっ」

 

 シズは身体を大きくのけ反らせて悶えた。

 

「さあ、思い出そうね、シズ……。あんたは、わたしのねこだったのよ。可愛い、可愛い、シズ……。甘えん坊で……寂しがりやで……」

 

 イライジャは肌に密着するような薄いシャツを身に着けていたが、それをさっと脱いだ。

 胸巻きはすでに外されいて、イライジャの乳房が露出する。

 乳首は勃起していた。

 シズは、イライジャもまた、興奮しているのだとわかり、少し嬉しくなった。

 ズボンも脱ぐ。

 イライジャが腰の小さな下着一枚だけになる。

 

「イ、イライジャ──」

 

 思わずシズは声をあげた。

 吸い込まれるような優しい瞳がシズを受けとめる。

 シズの中に、あの懐かしい里の日々が思い起こされてくる。

 

「さあ、ふたりで愉しみましょう……。昔のように……。昔と一緒よ」

 

「昔と……」

 

 そのとき、イライジャがシズの上にぴったりと重なるようになり、イライジャの乳首をシズの乳房と乳首に重ねるようにして、擦りつけてきた。

 指がすっと股間の亀裂に挿入してくる。

 シズの敏感な場所をその指がぐっと押した。

 

「ああっ、ああああっ、んはあああっ」

 

 シズは声をあげてしまった。

 慌てて口を閉ざすが、淫らで痺れるような快感がシズを襲っている。

 

 そして、イライジャの愛撫が続く。

 どれくらい時間が流れたのか……。

 もう、なにも考えられない。

 自分がどうしてここにいて、いまどういう状況なのか考えられなくなる。

 それよりも、イライジャとシズの時間に浸りたい。

 いまだけ……。

 いま、この瞬間だけでいいので、あの愉しかった里の日々に……。

 

「あうううっ、イライジャ姉さん──あああっ」

 

 シズは激しく身悶えた。

 そして、イライジャの名を昔の呼び方で叫ぶ。

 乳首と乳首を擦る遊びに、シズは翻弄される。

 甘く鋭い感触のあとに、イライジャの肌の温かみが伝わり、それが快感の余韻にように全身に響く。

 

「んふうう」

 

 そして、股間の中を刺激される。

 クリトリスをくすぐられる。

 一気に快感が暴発する。

 

「やあっ、やっ、ああっ」

 

「ああ、き、気持ちいい……。あふうっ」

 

 シズだけでなく、イライジャも胸の刺激で悶えている。

 嬉しかった。

 イライジャも感じているのだと思った。

 シズは乳房が擦って来るのに合わせて、今度は自分から擦りつけるように、胸を出した。

 

「あああっ」

 

 イライジャの眉間に快感の縦皺が寄る。

 その瞬間、イライジャがシズの股間の刺激をさらに大きくした。

 

「んぐうううっ」

 

 全身に衝撃が走った。

 一気に絶頂が迫ってくる。

 だが、すっとイライジャの手が股間から離れる気配がした。

 

「ああ、待って、このまま──」

 

 シズは腰を持ちあげて、イライジャの指を追いかけるようにしながら、思わず声をあげた。

 

「だったら、なにか言うことがあるんじゃないの?」

 

 イライジャが笑った。

 いま、イライジャは上体を起こして、シズの胸から離れている。

 股間の指は、腰をあげているシズの局部ぎりぎりのところまで引いていた。

 

「い、いかせて──。イライジャ姉さん、このままいかせて──」

 

「よくできました……。可愛いわ、シズ……」

 

 イライジャが戻ってきた。

 股間に深く指を挿入して、肉芽とともに強い刺激を与えてくる。

 さらに、身体を倒して、シズの唇にイライジャの口を重ねてきた。舌が挿入してきて、口の中と舌を舐められる。

 

「んふうううっ」

 

 シズは絶頂した。

 快感が迸り、全身が震えた。

 ぱっとなにかが弾けた。

 一気に身体が脱力する。

 

「さっきは気持ちよさそうだったわね……。だけど、可愛いシズ……。まだまだ、終わりじゃないわよ。さっき、あんたの荷物から見つけたんだけど、こんなものも持っているのね」

 

 一瞬だけ頭が真っ白になって、なにもかもわからなくなってしまったが、気がつくと、寝台から降りていたイライジャが、股間に張形を生やしていた。

 シズとゼノビアが愉しむための玩具であり、男性器をかたどったものを腰に革ベルトで巻いて繋ぐものだ。

 ゼノビアは、それで「男」になって、シズを責めるのだ。

 それを、イライジャが下着の上から身に着けている。

 

「さあ、続きをしましょう。朝までは長いわ……」

 

 イライジャが妖艶な笑みを浮かべて、再び寝台にあがってきた。

 

 

 *

 

 

 ミランダは苦虫を噛み潰しているような気持ちになっていた。

 目の前にいる褐色エルフの女は、ミランダとその女のあいだにあるテーブルに、一個の透明の小さな球体を乗せていた。

 鶏の卵ほどの大きさの半透明の球体であり、「映録球」という魔道具だ。

 記録をした映像と音を半透明の立体映像として再生してくれる記録具であり、王都では広く扱われている消耗品だ。

 安価ではないが、高額でもないので、魔道具を扱う店ならどこででも、また、いくらでも買える。

 

 それはいいのだが、ミランダが困惑したのは、この女が持ち込んだ映録球の記録だ。

 さっき、再生した記録では、寝台に仰向けにして縛りつけられているシズが汗みどろの朦朧とした表情で、ミランダから目の前の女を襲えとクエストを受けたと語っていた。

 どういう経緯で、シズが自白させられたか不明だが、胸から下を掛け布で覆っていたシズの身体は裸だろう。

 なんとなくそんな感じだった。

 つまりは、シズは、この女を捕らえようとして、逆に捕まり、色責めにかけられて、すべて自白してしまったということか……。

 面倒なことになったと思った。

 

 それにしても、あいつらめ……。

 失敗するにしても、やり方があるだろう。

 なにもかも、ぶちまけて記録にまで録られるなど……。

 ミランダは内心で舌打ちした。

 

「それで、イライジャだったかしら? あんたは、なにを言いたいの?」

 

 ミランダは言った。

 冒険者ギルドにある上級者パーティー用の個室のひとつだ。

 まだ、早朝といえる時間だったが、目の前の女が襲撃でもせんばかりの勢いでここにやって来て、ミランダを呼び出し、この部屋に案内させると、ふたりきりで、さっきの映録球の記録を再生したというわけだ。

 ミランダの問い掛けに、イライジャという女はにっこりと微笑んだ。

 

「まず、はっきりさせておきたいのは、そこにあるのは唯一の記録じゃないということよ。すでに十数個は複製して、わたしが無事にここを出なければ、あちこちに、ばら蒔かれる手筈になっているわ。善良でなんの罪もない異国の訪問者をこのギルドが襲撃させたという証拠よ。それが拡散すれば困るんじゃない?」

 

「あちこちって、どこよ?」

 

 困るというほどでもないが、確かにギルドの醜聞にはなるだろう。どうにでも揉み消せる案件ではあるものの、拡散の仕方によっては、ギルド長であるイザベラや、イザベラの保護者のような立場になっているアネルザに迷惑がかかるかもしれない。

 アネルザは、いま、テレーズという女官長とのあいだで、王宮支配の主導権争いの真っ最中だ。

 まさか、このギルドが足を引っ張るわけにはいかない。

 

「あちこちは、あちこちよ。あなたに説明する必要はないと思わない? まあ、ばら蒔かれれば、困るところと思ってちょうだい」

 

 ミランダは嘆息した。

 なかなかに、したたかな女みたいだ。

 

「じゃあ、要求は? それとも、ただ文句を言いに来たの?」

 

「まさか」

 

 すると、イライジャががばりと頭をさげた。

 ミランダは驚いてしまった。

 

「ロウとエリカに会わせて。わたしは、怪しい者でもなんでもないわ。それと、教えて――。あなたのところにいるロウ=ボルグとエリカという(シーラ)・ランクの冒険者は、一年半以上前にナタル森林からこの国にやって来た移民のふたりに間違いないのね? あのふたりは生きてるの? そうなのよね?」

 

 イライジャが頭をあげる。

 女の態度の急変に、ミランダは面食らう思いになった。

 

「なによ、あんた? そもそも、あんたは何者なの?」

 

 とりあえず訊ねた。

 なんとなくだが、心配したようなロウとエリカを狙う刺客の類いには見えない。

 改めて考えると、この目の前のイライジャは大した武術の腕はないだろう。

 刺客とは思えない。

 もっとも、エルフ族だから、魔道が得手なのかもしれないが、ミランダにはイライジャから、それほどの魔道力も感じない。

 まあ、高位魔道遣いなら、自分の魔力は完全に隠してしまうから、イライジャがそれかもしれないが、どうにも、ミランダにはイライジャが刺客のような仕事をするような女には見えないのだ。

 すると、イライジャは首に提げていた鎖を服の下から出して、ミランダに示した。

 鎖の先には、冒険者であることを示す紋章付きの銀の丸い金属版が付いている。銀は(ブラボー)・ランクを示す。

 

「あんた、冒険者だったの?」

 

 ミランダは、首飾りを受け取りながら言った。

 次いで、自分の魔力をそれに通す。

 ハロンドール王国全域の冒険者ギルドを統括するミランダのみに許される特別の魔道だ。

 

 ギルドのタグから、イライジャの情報が頭に流れ込む。

 所属は、ナタル森林国のエランド・シティの冒険者ギルド……。

 登録名は、イライジャ――。

 パーティーは誰とも組んでおらず、フリー ――。

 罰則や規定違反の記録はない……。

 この場でわかるのは、それくらいだが、奥で検索器にかければ、さらにこれまでに受けたクエストの記録までわかるだろう。

 

「記録を照会してもらっていいわ。もしも、ここのロウとエリカが、ナタルの森林から、一年半くらい前にやって来た移民のふたりなら、ふたりにどうしても会いたいのよ。エリカとわたしは、幼馴染みよ。ロウとは、まあ、親しい仲というところかしら」

 

「親しい仲?」

 

 ミランダは小首を傾げた。

 すると、イライジャはうっすらと微笑んだ。

 

「男と女の仲よ。まあ、一度だけだけど……。いえ、二度か……。お陰で、里を追い出されて、いまはフリーの冒険者よ……」

 

 そして、イライジャは真顔に戻った。

 

「さあ、わたしの手の内は明かした。教えてちょうだい。彼はどこ? 生きてるんでしょう? あんたから、言うわけにはいかないなら、ナタルの里のイライジャが訪ねて来たと、彼らに伝えるだけでいいわ。大切な話があるのよ」

 

 イライジャは真剣な表情だ。

 ミランダは確信した。

 これは、“白”だ。

 

 そのときだった。

 部屋の奥側の扉が開いて、アネルザが入ってきた。

 ミランダは、イライジャがここに飛び込んできた時点で、即座に王宮のアネルザに、“ほっとらいん”で連絡をとっていた。

 アネルザは、隣の部屋でずっとミランダとイライジャのやり取りを聞いていたはずだ。

 この部屋の様子を覗く仕掛けを隣室に備えさせている。

 ここは、個室の中でもそういう目的にも使える特別な部屋なのだ。

 

「えっ?」

 

 突然に乱入してきたアネルザに、イライジャが呆気にとられた表情になる。

 一方で、アネルザは、ミランダとイライジャがそれぞれに腰かけている向かい合う長椅子のうち、ミランダのいる側に無造作に座った。

 

「ミランダ、こいつは問題ない。ただの知り人だったようだ。すまんかったな。お前をさらうように指示したのは、わたしだ。なにしろ、ロウには何人か敵がおるものでな」

 

 アネルザが言った。

 イライジャが怪訝な顔になる。

 

「あのう……。あなたは……?」

 

 イライジャはどう反応していいか、わからない感じだ。

 まあ、そうだろう。

 アネルザの装束からすれば、ひと目で上級階級の女性であることはわかるはずだ。

 しかし、喋り方は独特の粗野な雰囲気であるので、接したばかりでは、アネルザがどういう立場の相手なのかはわかりにくいと思う。

 

「この国の王妃のアネルザだ」

 

 イライジャが目を丸くした。

 そして、慌てたように立ちあがりかける。

 だが、アネルザが手でそれを制する。

 

「よい。どうせ、お前がロウの女だというなら、ならば、同じ立場だ。わたしもまた、ロウの女だからな。ロウにすっかりと支配されてしまった愛人のひとりだ」

 

 アネルザがからからと笑った。

 

「ええっ?」

 

 イライジャが絶句した。

 

「アネルザ、それは……」

 

 さすがに、ミランダはたしなめた。

 まだ、ロウとどの程度の関係なのかわからない。いきなり、あからさまにしすぎだ。

 しかし、アネルザは手をひらひらと身体の前で軽く振る。

 

「構わん。こいつは、確かにわたしらの仲間なのだろう。ロウの女というのは本当に違いない。なんとなくだが、わたしにはわかる……」

 

「信用してもらって、ありがとうございます」

 

「そして、ロウはいま、クエストで王都にはおらん。性の相手をする女を四人連れていっている。その中のひとりが、さっき言っていたエリカだな」

 

「ええっ? あの純真で誠実そうなロウが? こっちで、そんなにたくさんの愛人が?」

 

 イライジャが呆気にとられたような声をあげた。

 しかし、むしろ、ミランダはイライジャの物言いに驚いた。

 

「純真で誠実? 誰のことだ? ロウのことを話しておるのではないのか? あのとんでもなく好色で女たらしの……」

 

 アネルザも首を傾げている。

 

「もちろん、ロウのことですけど……。エリカをとても大事にしていて……。わたしが強引に迫ったときには、なんか気後れしたみたいな態度で……。まあ、その後はとても上手でしたけど……」

 

 イライジャが懐疑的な顔になる。

 しかし、すぐにはっとなったように、顔を赤らめて口をつぐんだ。

 アネルザにつられて、赤裸々に語りすぎたと思ったのだろう。

 

「セックスが上手なところは一致してるな。しかし、鬼畜だろう?」

 

 アネルザが言った。

 

「鬼畜というほどでも……。縛られはしましたけど……。でも、あのう、同じロウですよね?」

 

「多分な……。だが、あの男が純真だと? 王妃のわたしを強姦した男だぞ。逆さ吊りにして」

 

「えっ、逆さ吊り?」

 

 イライジャは驚いている。

 

「お前も酷い目にあったのだろう、ミランダ? 最初はほとんどレイプだったのだろう? あの男が純真か?」

 

 アネルザがミランダに話を振る。

 ミランダも肩を竦めた。

 まあいい。

 おそらく、このイライジャは仲間なのだろう。アネルザには人を見る目はある。

 アネルザはイライジャに、すでに信頼をのせている気配だ。

 

「最初だけじゃないわね。いまでも、時々、襲われるわ。何度、当然に顔に袋を被せられて、無理矢理に犯されたか……」

 

 ミランダは思い出して言った。

 どうでもいいけど、なぜ、あの男はミランダを相手にするとき、あんな心臓に悪い抱き方ばかりするのか……。

 聞けば、ランについては比較的、優しく抱いている気配なのだが……。

 

「ところで、ボルグという姓は? 話を聞いていると、だんだんわたしが訪ねてきた同じロウなのか不安になってきて……。とにかく、王都には着いたばかりで、彼らのことは向こうのギルドで検索できる記録しかわからなくて……」

 

 イライジャはだんだん不安そうになっている。

 

「ボルグというのは、あの男が王国に対する功績でもらった子爵としての姓だ。まあ、ゆっくりと教えてもやろう」

 

 アネルザだ。

 

「ところで、あんた、エリカとは幼馴染みというのは本当なの?」

 

 ミランダは口を挟んだ。

 

「ええ、ナタル森林のある里の孤児院で、シズも合わせて三人一緒で……」

 

「なら、間違いないわ。同じエリカよ。ロウには紹介するわ。でも、王妃殿下の言うとおり、彼はクエストで王都を出てるわ。だけど、数日以内に戻ると思う」

 

「それは、本当かい、ミランダ?」

 

 アネルザが口を挟んだ。

 

「ええ、夕べ遅くに、向こうのギルド支部から、ロウたちが特異点を処理して、地方王軍に引き渡したという情報が入ったのよ」

 

「よかった……」

 

 イライジャは、ほっとしている。

 

「ところで、あんたがギルドから無事に出れないとき、あちこちにばら蒔かれることになっている映録球はどうなってるの?」

 

 ミランダは言った。

 怪しい相手でなかったのは判明したが、こうやってのんびりと話しているうちに、あれが拡散されては堪らない。

 だが、イライジャはにっこりと微笑んだ。

 

「あれは、嘘よ。映録球も安くはないし、そんなに数は揃えないわよ。そこにあるのが唯一のひとつよ」

 

 つまりは、はったりということか。

 ミランダは苦笑した。

 

「そういえば、シズといえば、彼女たちにはちゃんとクエストの報酬を支払ってよね、ミランダ。あれでも、あたしの妹分なんだから、追い詰めといて、クエストを失敗させたなんて、目覚めが悪いわ」

 

 すると、イライジャが言った。

 ミランダは当惑した。

 それにしても、初対面なのに、かなり親しげだ。まあ、これがイライジャの武器でもあるのだろう。

 

「成功か失敗かは、ギルドで決めるけど、クエストは失敗でしょう。当然に、支払いはなしよ」

 

 ミランダは言った。

 すると、イライジャは軽く首を横に振った。

 

「シズには、詳しいところまで白状させたわ。クエストの内容は、わたしをあなたの前にさらってくることだったんでしょう? わたしは、ちゃんとあなたの前に来たわ。目的は達成されているもの」

 

「えっ?」

 

 面食らったが、横でアネルザが大笑いした。

 

「なかなか、面白い女だな――。ミランダ、払ってやれ。確かに、こいつはギルドに来た。ある意味、生け捕りだ」

 

「冗談じゃないわよ。クエスト情報を漏らすなんて、大失敗もいいところよ。そういうクエスト条件だったのよ」

 

 ミランダは、驚き呆れた。

 

「誰にも知られてないわ。情報漏洩はなし。知ったのはわたしだけよ……。そもそも、さらう相手に知られずに、ここに連れてくるなんて不可能なんだから、その前提は、わたし以外の者に知られるなという意味じゃないの」

 

「はあっ?」

 

 ミランダは声をあげた。

 だが、なぜか、アネルザはイライジャの言い分が気に入ったようだ。

 さらに笑って、成功扱いにしてやれと言った。

 

「……まあ、依頼人は、一応はアネルザなんだから、あんたが成功というなら、そう扱うしかないんだろうけど……」

 

 なんだか、釈然としない。

 そのとき、今度はロビー側、つまり、冒険者たちの集まる受付などがある側が騒がしくなった。

 まだ、冒険者がやってくるような時間には早すぎるが、争うような声もする。

 マリーとランの声もするような……。

 

「ちょっと、どきなさいよ。わかってんのよ。あいつはここにいるんでしょう――」

 

 壊れるような勢いで扉が開く。

 怒りの形相で入ってきたのはゼノビアだ。シズもいる。マリーとランはふたりして、それをとめようとしていたみたいだ。

 

「ね、ねえ、ゼノビアお姉さま、あ、あたしが悪いの……。イライジャとも喧嘩しないで。本当にごめんなさい」

 

 シズが泣きそうな顔をして、ゼノビアの後ろから、引き留める格好だ。

 とにかく、ゼノビアはすごい形相だ。

 

「あなたがゼノビアね? 悪く思わないでよね。あんただって、わたしに危害を加えようとしたんでしょう。お互い様よ――」

 

 イライジャが立ちあがって、ゼノビアの前に立ちはだかるように近づく。

 その動作があまり堂々としていたので、ミランダが心配したくらいだ。なにしろ、ゼノビアはイライジャをいまでも殺さんばかりの勢いなのだ。

 

「やかましい。あ、あんたねえ、あたしのシズに……」

 

 そして、ゼノビアがイライジャの胸ぐらを掴んだ。

 

「やめてっ」

 

「ゼノビア――」

 

 ミランダは、シズとともに慌ててあいだに入る。

 

「だったら、わたしと勝負する?」

 

 すると、イライジャが動じることなく言った。

 ゼノビアは、まだイライジャの襟を掴んだままだ。

 ミランダは強引に、ゼノビアを引き剥がした。

 

「勝負? あんたとあたしがかい? 望むところだよ。表に出な」

 

 ゼノビアが怒鳴る。

 しかし、イライジャは笑った。

 

「腕っぷしの勝負じゃないわよ。そんなのわたしが負けに決まってる。百合愛の勝負よ。寝台の上でどちらが上かの勝負なら、してもいいわ」

 

「百合愛って、なに言ってんだい、お前――」

 

 ゼノビアが目を白黒している。

 そのとき、アネルザの笑い声がした。

 

「本当に面白い女だね、イライジャ……。ところで、そんなに怒るんじゃないよ、ゼノビアとやら。このイライジャは、お前らのクエストを成功扱いにするように、ミランダと直談判したんだ。依頼料を出したのは、わたしだけど、ちゃんと報酬は払ってやるよ」

 

 アネルザが笑いながら言う。

 ゼノビアは、やっとアネルザの存在に気がついたようだ。

 首を傾げている。

 

「誰だい、あんたは?」

 

「この国の王妃のアネルザだよ。お前たちのことは、少しだけ聞いた。ロウとエリカを襲って返り討ちにされて、犯されたんだろう? だったら、棹仲間だね。そのロウの女のひとりだよ。ちなみに、そこのイライジャもそうらしい。だったら、一応は仲間だ。それに免じて怒りを引っ込めな」

 

「王妃――殿下? ロ、ロウの女? あ、あいつ、やっぱり何者?」

 

 ゼノビアが大きな声をあげた。

 

「そう思うわよね」

 

「常識外れの懐の広さですから、ロウ様は……。本当に大勢の女の人を愛されます」

 

 すると、ずっと口を開かずにいたかたちのマリーとランが口を開いた。

 ふたりは、まだ開きっ放しの扉のところにいる。

 そこを通して覗くギルドのロビーには、まだ人はいない。

 

「ねえ、さっきから、ちょっと気になってるんですが、あのロウには、ここにいる者のほかに、もっともっと愛人がいるのですか? なんとなく、そんな物言いみたいなんで……」

 

 イライジャがアネルザを見た。

 アネルザはにやりと微笑む。

 

「あいつは、自分の女については、隠さん主義に切り替えたみたいだから、教えてもいい……。ここにいる全員……ランも含めてな……。さらに、王太女、わたしの娘の王女、その両方の侍女全員、王太女の護衛長に王太女付き女官長……。みんな、ロウの女だ。そして、女騎士……。大きな声じゃ言えんが、女神殿長に、筆頭巫女、ほかにもいる。とにかく、みんな、ロウを慕っておる」

 

 アネルザがそう言って笑った。

 

「ええ――? どうして、あのロウがそんなことになっているの?」

 

 イライジャが大きな声をあげて驚いた。



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258 童女巫女の魔道修行

 ミウから凄まじいほどの火炎の塊が放出されて、辺り一帯を紅蓮の炎が包み込む。

 ベルズは、慌てて結界を強化するとともに、空中に浮いているミウの魔道紋に向かって衝撃波を叩き込む。

 ミウの魔道を霧散させるためだ。

 しかし、あまりにも強いミウからの魔力の放出のために、逆に押し返されそうになる。

 ベルズの魔道力をもってして、ミウに弾かれかかるとは……。

 だが、もしも、このまま押し返されたら、ベルズどころか、この第二神殿の道場ごと、ベルズもミウも吹き飛ぶだろう。

 ベルズは必死に、自分の魔道に全力を注いだ。

 

「ミウ、魔道を解除せい──」

 

 ベルズは、とにかく、ありったけの魔力の念を込めた。

 また、やっと我に返ったミウが、焦って魔道の効果を取り消そうとする。だが、うまく魔力を制御できないために、自己から放出される魔力の勢いに押されている。

 それにしても、なんという力──。

 よくも、こんなに魔力を集められるものだ──。

 

「ひ、ひいいっ」

 

 ミウが焦ったように悲鳴をあげる。

 ベルズは、二重三重の結界でミウを包む。

 万が一にも、ミウを守れるようにだ。

 だが、次の瞬間、魔道紋の破壊に成功し、大火炎が消失して、辺り一面に見えない魔力となって発散していった。

 ベルズは、道場とミウに張っていた防護結界を解いた。

 しかし、もう限界だった。

 一時的な魔力の欠乏に陥ったベルズは、その場に座り込んでしまった。

 

「ベ、ベルズ様──」

 

 びっくりしてミウが駆けてくる。

 その顔は真っ蒼だ。

 自分の起こした魔道の暴発に恐怖しているのだろう。

 しかし、ベルズのような魔力の欠乏状態にはなっていないみたいだ。

 ベルズは肩で息をしながら苦笑した。

 

「ご、ごめんなさい──。あ、あたし……申し訳ありません」

 

 ミウが駆け込んできた勢いのままに、ベルズの前にひれ伏すようにして、ベルズの身体を掴む。

 ベルズは、ミウの頭にそっと手を置いた。

 

「き、気にするな……。わたしが試してみろと言ったのだ。一応は、そなたをスクルズから預かったからには、実力を試してみたかった。しかし、大したものだ。とても、魔道遣いとして目覚めて半年余りとは思えん。とにかく、あれだけの現象を引き起こせるのだ。自信を持つがいい」

 

 ベルズはそう言いながら、一時的に外させていた『魔力制御の腕輪』をミウに嵌める。

 スクルズが作ったものであり、魔力制御の苦手なミウから魔力の発散を制御するものだ。これだけの魔道遣いでありながら、ミウはまだ魔力制御ができず、ともすれば、なにかの激しい感情に襲われただけでも、意図しない魔道を発動させることがある。

 魔道遣いが魔力制御できないというのは、大変に危険なことであり、スクルズはミウが魔力の放出によって事故を起こさないように、常にそれを装着することを強要していたのだ。

 ただ、今日はスクルズから、留守中のミウの面倒を看ることを頼まれたこともあり、一度改めて、ミウの真の実力を確かめようと思って、あえて、腕輪を外させて魔道を発揮させてみたのだ。

 いつもは、スクルズの施した『魔力制御の腕輪』を装着した状態でしか、魔道訓練をしていないので、ベルズもミウがどれくらいの実力を秘めているかベルズも肌で知らなかった。

 

 しかし、まさか、あれ程のものとは……。

 これは危険だ……。

 ミウが大した魔道遣いでないなら問題はない。

 だが、あれ程の魔道を発揮できる少女が、魔力の制御をできないとは……。

 

「申し訳ありません」

 

 ミウがまだ項垂れている。

 ベルズは立ちあがった。

 ミウは心配そうな顔をしている。

 

「大事無い。魔力が底をつきそうになっただけだ。それよりも、そなたはなんともないのか?」

 

 ベルズは、まだミウの頭の上に手を置いていたが、いまこうやっていても、ミウから魔力を感じることはない。

 そういう意味では不思議だ。

 

「なんとも……」

 

 ミウはきょとんとしている。

 体内に蓄積している魔力を感じにくい者というのはまれに存在し、個人差の問題だ。一般に、高位魔道遣いは、自分の魔力を周囲に同化することを巧みにすることができる者が多いので、魔道遣いであることすらわからない相手もいることはいる。

 だが、ベルズ程になると、それでも、大抵の魔道遣いから魔力量を感じることはできる。

 そもそも、ミウは魔道遣いとしては、未熟もいいところであり、本格的な修行が半年をやっと超えたところどころか、魔道遣いの素質を秘めていることがわかってからも、一年もすぎていないのだ。

 しかし、わからない。

 不思議だ。

 

 あのクライド事件のとき、一軒の家に立てこもったクライドをロウが倒した後、ロウがミウをして、魔道遣いとしての大きな素質があると口にしたときのことは、ベルズもその場にいたので覚えている。

 だが、正直、ベルズは半信半疑だった。

 いや、信じられないという気持ちの方が大きかった。そもそも、魔道遣いとしての素質があるかどうかは、五歳になるまでにほぼわかる。

 ミウのように、十歳になるまで魔道適正が認められなかった子供が、実は魔道遣いの素養があったなどとされる例など、聞いたこともない。

 ましてや、いまのように、ベルズを凌ぐほどの魔道を発動できるなど……。

 とにかく、常識外の存在がミウなのだ。

 

「……とにかく、魔力の制御だな。そなたは、自分の魔力を感じることができるか?」

 

 ベルズは訊ねた。

 だが、ミウは残念そうに首を横に振る。

 

「スクルズ様にも、色々な修行を教わっているのですが、あたしは魔力を感じることが苦手で……」

 

「そうか……」

 

 ベルズは嘆息した。

 ミウの問題については、スクルズからも耳にしているし、ベルズも立ち会って、問題解決の方策を探ろうと、幾度となく検証もしたし、試しもした。

 だが、そもそも、魔力をうまく感じることができない者が、魔力を制御するなどできるわけがない。

 さらに、ミウは感情が昂ぶったりすると、意図しないで強力な魔道を発動したりもするそうだ。

 そんな存在などが、世間に混じれば、怖くて仕方がない。

 しかし、それがミウなのだ。

 

 どうしたらいいのか……。

 ある一定以上の魔道力を持っている者が魔力を制御できなくなった場合は、社会の罪悪として処断をすることが求められる。

 もちろん、ミウにそんなことをするわけがないが、スクルズもベルズも、王国に属する高位魔道遣いとして、神官であることとは別に、制御不能の魔道遣いの排除についての義務を帯びているのだ。

 

 こんなことなら、魔道遣いとして目覚めさせなければよかったとは思うが、おそらく、スクルズやベルズが介入しなくても、ミウは早晩、魔道遣いに目覚めていただろう。

 これだけの素質のある魔道遣いの子供が全く発見されてなかったというのは、ミウが一定の居住地を持たずに行商を中心に生活していた夫婦の子供だったからというのもあるだろうし、そもそも、魔力が他人からわかりにくいという、ミウの特異体質が余人から指摘されるのを拒んだのだろう。

 

 だが、感情が昂ぶることで魔道が発生してしまうのであれば、スクルズが引き取らなければ、遅かれ早かれ、なんらかの魔道の暴発事故を起こしていたかもしれない。

 そのときには、こうやって、こっそりと魔道修行をさせながら、魔力の安定化のために努力させるということもできなかった。

 ミウのような者は、すぐに排除対象として指定されてしまう。

 

「魔力を安定するために、秘法の修行が有効だ。だが、そなたの場合は、それそのものが心の不安を及ぼしている可能性もあるな……」

 

「そ、そんなことは……」

 

 ミウは慌てたように首を横に振った。

 秘法の修行というのは、実のところ、自慰や同じ世代の同性相手による疑似性愛──。そういうもののことだ。

 諸説あるものの、性愛に対して解放的であり、好色であることとは、なぜか魔道遣いとしての能力向上に繋がるのだ。

 どうして、好色と魔道が関係があるのかはわかっていないものの、性愛について早熟で肉体的に淫乱な者が、高い魔道の遣い手として大成することは、多くの実例がかなり古くから知られていた。

 だから、ベルズも、神殿巫女としての修行時代には、毎夜毎夜、同室の修行巫女を相手に、積極的に淫行に耽ることを求められていた。

 それが、神殿界の秘法の修行なのだ。

 スクルズもウルズも、そして、かつて、魔瘴石をベルズたちの身体に埋め込んで、破滅に追い込もうとしたノルズもまた、修行時代の秘法仲間だ。

 

 ベルズもスクルズも、普通の魔道修行では、ミウの魔道制御が上手くいかないと悟ると、かなり早い段階で、秘法を修行に取り込む処置をしていた。

 もっとも、ミウには、両親を目の前で殺したクライドに、まだ無垢な身体を犯され、日々虐待を受け続けてきた記憶がある。

 秘法で要求される淫らな行為は、逆に、ミウの心の傷を呼び起こすことに繋がっているかもしれない。

 もしかしたら、それが、ミウが魔道制御をできなくしている原因かも……。

 だが、試すことのできるものは、すべて試さないと……。

 このままでは……。

 

「ミウ、スクルズとは、秘法についても受けているのだな……?」

 

「は、はい……」

 

 ミウが顔を赤くする。

 秘法の修行をしているのかという問いは、言い換えれば、夜寝る前には、手や淫具で自慰をしているのかと訊ねているのと同じことだ。

 さすがに、恥ずかしいのだろう。

 

「では、わたしと一度するか」

 

 ベルズは言った。

 通常は、秘法は年頃の同じ同性の相手と協力して行う。

 自慰ということもあるが、それだって、修行仲間として心を通じ合った者の前で痴態を見せ合うことにより、身体と心の淫乱に拍車がかかり、魔道力の活性化が効率的に行われるのだ。

 だが、ミウの場合は同世代の相手がいない。

 魔道制御のできないミウをほかの者に紹介するわけにはいかないし、万が一、秘法の修行行為の最中に、魔道が暴発したりすれば、相手が危険なだけでなく、ミウの魔道制御の問題が発覚してしまうからだ。

 

「ベ、ベルズ様と──?」

 

 ミウは目を丸くしている。

 

「嫌なら強要はせんが、なんでも試したい。わたしとスクルズが愛し合ったのは見せたな? 高位魔道遣いというのは、ああいうことをして、魔道力を高めるということをしている。わたしなら、ミウの魔道の暴発にも、すぐに対処できるし、やってみるのは駄目か?」

 

 ベルズは言った。

 スクルズとベルズが愛し合う姿をミウに見学させたのは、秘法の修行に移らせることを決めた最初の段階だ。

 淫乱になれば、魔力が向上し、魔道能力があがるなどということは、たとえ、事実であっても、なかなか信じられないし、そもそも抵抗があるだろう。

 だから、秘法に入る前に、大抵は、先輩神官がお互いに性愛をする姿を見せ、そのときに放出される魔力に触れさせることで、納得をさせるのだ。

 ベルズも、スクルズたちとともに、先輩巫女たちが寝台で身体を貪る光景を最初に見物させられたことをよく覚えている。

 

「い、嫌じゃありませんが、ベ、ベルズ様が、あ、あたしとですか……?」

 

 ミウは驚いているみたいだ。

 ベルズはくすりと笑った。

 

「スクルズと肌を触れ合わせたことはないのか?」

 

「ス、スクルズ様となど……。とんでもありません」

 

 ミウは左右に首を振った。

 まあ、あの女は、ミウのことに真面目でないというわけではないが、暇さえあれば、ロウのところに通うようだし、ミウにまでは手を出さないか……。

 それに、スクルズもまた、ミウの受けた仕打ちを考慮し、他者を介しての秘法は躊躇していたみたいだ。

 しかし、もうそんなことは言っていられない。

 

「ならば、来い」

 

 ベルズはミウの手を握って、足を前に進めた。

 行先はベルズの個人的な寝室だ。

 ミウの身体が、かっと熱くなり、その温もりが握っているミウの手を通して伝わってきた。

 

 

 *

 

 

「ミウ、来るのだ……」

 

 先に生まれたままの姿になって寝台にあがったベルズに、ミウは呼ばれた。

 どきどきしていた。

 まさか、ベルズとこんな行為をすることになるなど……。

 

 もちろん、ベルズが大真面目な気持ちでミウのことを心配し、ミウにままならない魔道制御が上手になるように、ミウに付き合ってくれようとしているのはわかっている。

 だが、まだ昼間だ。

 ベルズに呼び出されて、魔道修行を第二神殿の道場で行っていたのは、まだ陽が中天にある頃だし、その途中でベルズに言いつけられて、このベルズの私室に連れられてきたのだ。

 まだ明るい。

 しかも、第二神殿の筆頭巫女であるベルズと、ミウが愛し合うことになるなど……。

 

「は、はい……」

 

 ミウもまたすべての服を脱ぎ、いま最後の一枚を脱いで、ベルズと同じように生まれたままの姿になる。

 寝台にあがる。

 すると、自分の裸体にかけていた薄い布の中に、ベルズがミウの身体を引き込んだ。

 美しいベルズの裸体に、ミウの肌が密着する。

 緊張で鼓動の音が聞こえるくらいに大きくなる。

 

「落ち着くがいい……。心をゆったりとさせて快感だけを追うのだ。ほかのことは一切頭から排除せよ。わたしの胸の音が聞こえるか?」

 

 ベルズがミウの裸を抱き締めて、乳房と乳房のあいだに、ミウの耳を押しつけるようにした。

 耳にベルズの胸の音が入ってきた。

 ミウと同じくらいに鼓動が大きくて速い。

 

「わたしもまた、緊張をしておる。だが、なんでもやってみよう……。スクルズから、このまま魔道制御ができなければどうなるか聞いたか?」

 

 ベルズがミウを抱き締めながら言った。

 

「はい……」

 

 ミウは小さく頷く。

 

「そうか……。だが、わたしから改めて説明をさせてくれ。そして、受け入れて欲しい。ミウにとっては、こんなことは汚らわしいことだし、醜いことのように思うかもしれないが、必要なことのひとつなのだ。わたしたちは、ミウを助けたい」

 

 ベルズがミウを抱き締めながら言った。

 ミウは返事の代わりに、ベルズの胸に顔をつけたまま首を横に振る。

 

「ふふ……」

 

 すると、ベルズがちょっとくすぐったそうに笑った。

 ミウのやったことで、ベルズが反応した。

 そう思うと、ちょっと嬉しくなった。

 だいたい、ベルズにしても、スクルズにしても勘違いをしている。

 ミウがこういうことを嫌がると思っているのだ。

 まだ、自慰のような行為をするのはいいけど、他人からされるのは極度に嫌がると思い込んでいる……。

 だから、スクルズはこれまでの秘法の修行では、スクルズは触れることなく、自慰行為の延長上だけでそれを行おうとしていた気配がある。

 でも、秘法により魔力を増幅するには、他人とそういう行為をやり合う方が、ずっと効果がある……。

 それはミウも、秘法に関する書物を読まされたから知っていた。

 

「何度も繰り返すが、これは必要なことなのだ……。心を解放して受け入れてくれ……。魔道制御できない魔道遣い……。それは過去に何十という実害を生んできた。約五十年前のアーロンド事件では、制御不能となった魔力の暴走が都市の四分の一を崩壊させたことがある。大勢の無辜の民が犠牲になって死んだ。この現象については、さらに百五十年前、最初に実例が報告された魔力暴走者の名を取り、アルペンガウム症候群という……」

 

「知っています……。しょ、書物で読みました」

 

「そうか……。勉強熱心でよい……。とにかく、それ以来、さまざまな対策が考察されてきた。アーロンドのような魔道の暴発が起きないようにするためにな……。魔道の封印というのは、何度も試されてきたものの、これは意識的に魔道を遣うのを妨げるだけで、無意識化の魔道の放出を防ぐ効果はない。もっとも、これは既存の技術だけの話であり、わたしも魔道封印については、サロンを通じて新技術を探っておるし、場合によっては、そっちの正面でも……。とにかく、嫌かもしれんが……」

 

「ベルズ様──」

 

 ミウは顔をあげた。

 ベルズが第二神殿の筆頭巫女というだけでなく、王都の魔道技術者の集まるサロンの主催者という顔も持っているのは知っている。

 このままミウの魔道制御がうまくいかず、さらに、暴発する魔道が危険域に達すれば、スクルズもベルズも、アルペンガウム症候群の対象者として、ミウを処断しなければならないというのもわかっている。

 だから、スクルズも、ベルズも、懸命にミウの暴発を防ぐ方法を探ってくれているというのも……。

 今日、ベルズがミウに愛の行為をするという理由も、十分に認識している。

 

「んん?」

 

 ベルズがミウを見た。

 

「わかっております……。嫌じゃありません。それどころか、あたしのような子供のお相手をして頂けるのが嬉しいのです。よろしくお願いします……」

 

 ミウはぎゅっとベルズの裸体を抱き締めた。

 ベルズの身体からすっと力が抜けた気がした。

 

「ふふふ……、どうやら緊張しておるのは、わたしの方か……。すまんな……。正直に言えば、わたしはいつも“受け”でな。ちゃんとミウを気持ちよくできるのか……。いや、なにを言っておるのだ、わたしは……」

 

 ベルズが照れたような表情になった。

 なんだか、ベルズの態度がおかしくなり、失礼ながら、ミウはくすりと笑ってしまった。

 

「まあ、とにかく、始めよう……。ああ、ロウ殿のように、上手にできれば、いいのだがな……」

 

 ベルズはミウの股間にすっと手を伸ばしてきた。

 ミウは羞恥とくすぐったさで、びくりと身体を反応させた。

 

 ロウ……。

 

 ベルズが何気なく口にしたその名前……。

 ミウは、急に胃が締めつけられるような心地に襲われた。

 

 しかし、ゆっくりとベルズがミウの亀裂を指で上下に刺激し始めると、痺れるような心地が全身に拡がり、ミウは思念を続けることができなくなった。

 

「痛かったり、嫌だったら言ってくれ……。それと、快感が拡がると、同時に魔力が大きく膨らむような感覚に襲われるかもしれん。そのときは、抵抗をせんことだ。下手に我慢しようとすると、逆に制御力を失う。何度も言うが、魔力と快感は連動しておるのでな」

 

 ベルズがミウと身体を入れ替わり、ミウの背中を寝台につけて仰向けにする。

 そして、ベルズ自身は、すっと掛け布の中に身体を潜らせて、完全に掛け布の中に全身を入れてしまった。

 そして、ミウの下半身側で身体を丸くする。

 

「えっ、ベルズ様?」

 

 困惑して中を覗き込もうとしたが、ベルズの両手でがっしりと両脚を押さえつけられた。

 しかも、ベルズの顔がミウの股間に動く。

 

「ひゃん、んはあっ」

 

 ミウは身体をぴんと張り、全身を突っ張らせた。

 ベルズの舌がぺろぺろとミウの股間を舐め始めたのだ。

 

「あっ、あっ」

 

 ミウは身悶えをしながら、声をあげていた。

 ベルズの舌は内腿の付け根を丁寧に丁寧に舐めあげている。

 そして、股間の亀裂に沿って、つっと下から上に舌で舐めあげた。

 

「あっ、あんっ」

 

 ミウは大きく首筋を反り返らせて、左右に割って押さえられている太腿をひきつらせた。

 ベルズの舌の愛撫は続く。

 だんだんと、ミウは絶頂に向かって追い立てられていく。

 身体が解けていくような甘美感……。

 どうして、こんなに舌だけで……。

 自分でするのとは全く違う気持ちよさ……。

 

「も、もっと上の方を……」

 

 ベルズの粘っこい舌責めに追い立てられるように、ミウはひっそりと口に出した。

 すぐにベルズの舌が亀裂の上側の一番気持ちのいいところを強めに舐め始めた。

 

「ああっ、き、気持ちいい──。気持いいですっ」

 

 ミウは鋭い快感に下半身を痺れさせた。

 そして、さらに繰り返される淫靡な舌の愛撫により、まるで電撃でも帯びたのかと思うような激しさで、ミウは裸身をぶるぶると震わせて、うっと全身をのけ反らせた。



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259 王都帰還と婚姻談義

 エリカたちが王都に戻ってきたのは、夜だった。   

 もっとも、クエストが終わってから立ち寄った「おマアの温泉」を出立したのも、たったいまのことである。

 つまりは、一昨日にダンジョンの特異点の破壊に成功し、それを昨日の昼間に地方王軍に引き継ぎを済ませ、それからスクルズの移動術で夕方には温泉に到着して、丸一日以上をずっと五人で温泉で過ごして、やっと王都に戻ったということだ。

 

 あのダンジョン化した洞窟から、ロウが「おマアの温泉」と呼んでいる秘境の温泉に行ったのも、そして、温泉から王都に戻ったのも、スクルズの設置した長距離転送装置によるものだから楽なものだ。

 まさに、あっという間だった。

 

「そ、それでは、ロウ様……。お世話になりました……。あ、明日、屋敷の方に伺います。ところで、“ほっとらいん”の方に向かいますか?」

 

 スクルズの設置した長距離転送施設の王都側の出入り口は、第三神殿の庭に設置されている。

 そこで、スクルズが夜目にもわかるくらいに顔を赤らめて、ぎこちなくお辞儀をした。

 エリカは苦笑した。

 

「そうだなあ。ちょっと日にちが開いたから、姫様のところに行ってくるよ。みんなは、先にギルドに向かってくれるか? そこで合流しよう」

 

 ロウが言った。

 姫様というのは、王太女のイザベラのことであり、ロウはイザベラと侍女軍団を性支配してから、毎日のように、王宮に転送装置で通い、イザベラをはじめとして、シャーラやバージニアやほかの侍女たちを抱きに行っている。

 エリカが耳にしている限り、侍女たちもロウが毎日やって来ては、自分たちを愛してくれるのをとても愉しみにしているみたいだ。

 自分の女には優しいロウであり、だから、ロウも逆に気を使って、できるだけ通っている節もある。

 

 ただ、彼女たちを抱くときには、時間経過が消滅する亜空間に連れ込んで愛し合うみたいであり、出立したと思ったら、エリカたちの視点ではすぐに戻ってくる。

 それでも、十人以上の女を次々に抱いてから屋敷に戻り、夜は夜でエリカたち三人と倒錯した性愛を愉しむのだ。

 今日だって、たったいままで、あの温泉でエリカたちとたっぷりと遊んだ。

 エリカ自身、まだ腰に力が入らない感じで、ふわふわしている。

 それでも、ロウは、これから王宮に向かい、侍女たちに手を出すみたいだ。

 どれだけ絶倫なのかと、正直圧倒されるものがあるが、それが淫魔師というものなのだろう。

 例によって、亜空間で抱くと思うので、あっという間に戻るとは思うが……。

 

「だったら、わたしたちは歩いてギルドに向かいます。クエスト完了報告なので、受付側から入った方がいいでしょうし……。でも、ロウ様は“ほっとらいん”で来てください」

 

 エリカは言った。

 “ほっとらいん”というのは、スクルズの私室を始めとして、スクルズの名義になっているブラニーのいる小屋敷、王宮内のアネルザとイザベラの私室、エリカたちが暮らしている幽霊屋敷、さらに、先日ロウが強引に繋げたミランダのいる冒険者ギルドというように、ロウが女のところに通うのに都合がいいように、張り巡らされているスクルズによる転送装置であり、名付けたのはロウだ。

 意味はわからない。

 ただ、それを使えば、ロウは侍女たちとの行為の後で、ギルドの内側のミランダの私室にはなるものの、直接に跳躍してギルドに到着できる。

 ひとりにさせるのは心配だが、“ほっとらいん”での移動だけなら、問題ないだろう。

 

「わかった。じゃあ、行こうか、スクルズ」

 

 ロウがスクルズに声をかけた。

 長距離転送装置、今度はロウがこれを“げいと”と名付けたが、その出入口は、いまいる第三神殿の庭にあるのだが、“ほっとらいん”の移動口は、スクルズの寝室にあるのだ。

 なぜ、場所が違うのかといえば、“ほっとらいん”については、外聞を憚るものであり、そんなものを王宮内に設置していることが発覚すれば、警備上の問題もあり、大変な騒ぎになるからだ。

 つまり、秘密なのだ。

 

 それに対して、長距離転送施設側については、神殿内の誰もが接触することのできる庭にある。

 なにしろ、スクルズは、長距離転送移動設備に必要な中継器を設置するための経費を神殿界に掛け合って出費させている。また、ベルズが主宰している魔道技術者のサロンにも売り込み、出費してくれる者を募ったりもしている。

 だから、かなり公共性の高い設備なのだ。

 出入口が目立つ神殿の庭にあるのも、それが理由だ。

 

 しかし、今日温泉でロウに愛し合ってもらっている傍らで、スクルズと話したが、この長距離転送施設の設置は、そもそもロウのためなのだ。

 ロウやエリカは冒険者なので、当然ながら今回のように、遠方にクエストで赴くことがある。

 しかし、今回、設置したような転送装置をある程度王都を中心とした地域に張り巡らせておけば、スクルズは神殿長という職務を遂行しながら、クエストに同行することも可能になると思っているみたいだ。

 どこまで、ロウにくっついていたいのだと呆れるが、まあ、ロウと四六時中一緒にいれる立場であるエリカとしては、スクルズの健気さもわからないでもない。

 それはともかく、スクルズの公私混同に巻き込まれる神殿界の関係者も、スクルズの動機の真相を知れば、唖然とするだろうと思った。

 

「さあ、じゃあ、行こうか、スクルズ。ちゃんと歩いてな。ここから寝室までも移動術で向かおうなんて、横着したら駄目だよ」

 

 ロウが笑って、スクルズの腕を取り、すっと歩き出した。

 だが、数歩進んだだけで、スクルズは「うっ」と呻いて、立ちどまってしまった。

 

「いつも優雅に歩くスクルズじゃないか。そんな風にへっぴり腰で歩いちゃあ、駄目さ」

 

 一郎がにやにやと笑って、持っていた腕を引いて、スクルズを真っ直ぐにさせる。

 スクルズが甘い息を吐いた。

 

「意地悪ですわ、ロウ様……」

 

 スクルズがうっとりとした顔で言った。

 女のエリカから見ても、随分と艶めかしい。

 

「それが調教というものさ。嫌か?」

 

「も、もちろん、嫌じゃありません……。が、頑張ります……」

 

「ああ、頑張れ」

 

 一郎が頷いた。

 スクルズの動きがぎこちないのは、またまたロウが、別れ際にスクルズに悪戯を施したからだ。

 スクルズが秘境の温泉から、この王都の第三神殿まで跳躍をしてくる直前のことであり、スクルズの「肛門調教」の一環として、明日の朝まで、スクルズのお尻に、「あなる棒」という張形を挿し込んで、股縄で封印をしてしまったのだ。

 スクルズの動きが不自然なのは当然だ。

 

 今回のクエストに同行したスクルズは、ちょっとした切っ掛けで、ロウからお尻の調教を受けることになった。

 エリカたち三人は、なんだかんだと前でも後ろでもロウを受け入れられるように、調教を受け終っているが、スクルズについては、まだ、それをしていないということがわかったからだ。

 それで、スクルズは、今回の旅のあいだ、クエスト終了をしたダンジョンの洞窟でも、その後で寄り道した秘境の温泉でも、かなりの頻度でお尻を責められていた。

 そして、別れ際に、ロウに調教用の「あなる棒」を挿入されて、その上から股縄を締められたというわけだ。

 

 もっとも、ロウもただの縄掛けだと称していたから、その気になれば、スクルズも縄を解くこともできるし、張形を抜くこともできるだろう。

 でも、ロウはスクルズに絶対に自分で外すなと命令をしていた。

 縄掛けを外さない限り、大便は不可能だし、放尿も縄をしたまままき散らすしかない。

 スクルズも、この二日でかなりお尻で感じるようになっていたみたいなので、そのままひと晩をすごすのは大変だろう。

 一応の期限は明日の朝ということになっている。

 ロウが命じたのは、朝の祭儀が終わったら、張形を抜いてもらうために、ロウの屋敷にやって来ていいということだった。

 

 おそらく、スクルズは、それまで外さないだろう。

 ロウの言いつけを守り、しっかりとお尻の中に棒を挿入して過ごし、嗜虐の悦びに顔を染めながら、“ほっとらいん”で幽霊屋敷に嬉々としてやって来るスクルズの姿が目に見えるようだ。

 

「じゃあね、不良神殿長様。明日までしっかりね」

 

 コゼがスクルズにさっと近づき、巫女服の上から腰の後ろに手を伸ばし、縄を掴んで乱暴に左右に動かした。

 

「ひんっ、んはああっ、コ、コゼさん──。い、悪戯は──」

 

 スクルズが悲鳴をあげて腰を屈めた。

 だが、その動きでも、お尻に強い刺激を受けてしまったみたいで、お尻に両手を当てて、しゃがみ込んでしまった。

 

「う、うう……。コ、コゼさん……」

 

 スクルズがうずくまったたま、上気した顔で恨めしそうにコゼを見る。

 

「明日、また遊ぼうね、淫乱巫女ちゃん」

 

 コゼがけらけらと笑う。

 

「コゼ……」

 

 横でシャングリアが苦笑している。

 エリカも呆れてしまった。

 しかし、人見知りの傾向の強いコゼが、ああやって性的悪戯を仕掛けるのは、逆に愛情の裏返しだ。

 エリカも大概の仕打ちに遭っているが、それは理解しているつもりである。

 

「ほら、立つんだ。だけど、そんなに効くか? どっちがつらい? お尻に入っている張形の方か? それとも、縄瘤が食い込んでいる股間の側か?」

 

 一郎がスクルズを強引に立たせた。

 

「りょ、両方です……」

 

 スクルズが真っ赤な顔で言った。

 

「そうか……。ふうん……」

 

 ロウがなにかを企むような表情になった気がした。

 嫌な予感もしたが、そのまま、エリカたちに手を振って、スクルズと腕を組んで去っていく。

 エリカたちも、神殿を出て、冒険者ギルドに向かうことにした。

 まだ、夜になったばかりなので、ギルドへのクエスト完了報告には十分に間に合う時間だ。

 第三神殿と冒険者ギルドはあまり距離もないし、ギルドから“ほっとらいん”のある小屋敷までも近い。

 もっとも、先日スクルズとロウが、冒険者ギルドの奥にあるミランダの私室を兼ねた執務室にも、ほっとらいんを設置したから、そこからでも、シルキーの待つ幽霊屋敷にはあっという間に帰れる。

 

「さて、わたしたちも行くか」

 

 シャングリアが声をかけた。

 エリカとコゼも頷き、まずは神殿の門に向かう。

 クライド事件から、警備も厳しくなっている神殿だが、エリカたちのことは顔もわかっているし、『移動術』を駆使できるスクルズが魔道で呼び寄せると思い込んでいるので、いきなり内側から向かっても咎められることはない。

 案の定、大したやり取りもなく、素通りできた。

 夜になりかけている王都の大通りを三人で進む。

 

「今夜はアルティスとへラティスか。ロウと同じだな。クロノスも女を絶やす夜というのは存在しない」

 

 シャングリアが空を見上げながら何気なく言った。

 アルティスもへラティスも太陽神クロノスの五人の妻の女神であり、シャングリアが言ったのは月のことだ。

 アルティスはエルフ族の女神、へラティスは人間族の守り神とされている。ほかに、ドワフ族の女神のミネルバ、一定の国を持たない遊牧の諸種族の守り神のテルメス、そして、正妻のメティスをもって、クロノスの五人妻だ。

 夜になって輝く月も五個であることから、その月をもって、クロノスの五人妻になぞらえられている。

 エリカは、エルフ族という狩猟種族なので、月の動きには詳しい。

 夜目の効くエルフ族は、昼間よりも、夜に狩りを専ら行うくらいなのだ。

 

「確か、夜半になれば、正妻のメティスも顔を出すわ」

 

 今日の日付だったら、確かそうだったと思う。

 五個存在する月は夜になれば、入れ代わり立ち代わりに現われてきて、およそ、月のない夜というのは滅多にない。

 だから、人々は五人の女神は、クロノスが抱くから輝くのであり、クロノスは女を絶やすことがないと言われているのだ。

 

「正妻といえば、ご主人様の正妻は、エリカということになるのかなあ?」

 

 コゼが呟くように言った。

 いま、エリカたちは、エリカとコゼが並んで前を歩き、シャングリアが後ろを進むというかたちで冒険者ギルドに向かっている。

 

「正妻? なによ、藪から棒に……」

 

 エリカは困惑した。

 おそらく、ロウと生涯を添い遂げるというのは、エリカの中では確定している。コゼもそうだし、シャングリアも同じだろう。

 しかし、結婚とか、妻とかは考えたことはない。

 

「だって、最近、ご主人様は、結構頻繁に、姫様を連れ出すじゃない。世間に喧伝するみたいに……。だから、王都の中じゃあ、ご主人様はイザベラ姫様の恋人だって噂が拡がってるようよ。王太女様が冒険者に恋をした──という感じで、世紀のロマンスとか……。世間ではご主人様は、姫様と将来結婚するという噂になっているみたい。だから、そうなったら、あたしたちはどうなるのかなと思ってね」

 

「えっ、なにそれ?」

 

 エリカは声をあげた。

 確かに、あのアーサーの来訪以来、ロウはある程度世間に見せつけるように、イザベラを数回ほど外に連れ出している。

 イザベラには、特定の男の相手がいるのだということを世間に仄めかすためだ。

 しかし、王太女のイザベラとロウが結婚をするのだというのが、世間的な噂話になっているとは知らなかった。 

 

「だって、時々耳にするわよ。あたしが耳にするくらいだから、貴族様とかは、もっと言ってんじゃないの? どうなの、シャングリア?」

 

「そうだな。そういうことには目聡いのが貴族だしな。あまりにも身分に差がありすぎて、本気に捉えている者は少ないが、突然に出現したイザベラの花婿候補に貴族界は大騒ぎだ。一部の貴族では、ロウに(よしみ)を結びたいと動いている家もあるようだ。ロウは、貴族の中では、いまや時の人だな」

 

「そ、そうなの?」

 

 エリカはびっくりした。

 

「まあ、そうだ。特に、ロウは王妃とも昵懇であることは、貴族界ではかなり有名だ。取り込むことができるなら、取り込みたいと思う家はいくらもあるだろう。そういう連中が考えるのは、まずは妾だ。ロウが女好きであることは、わりかしすぐに調べがつくから、王妃や王太女に近いロウに、妾を送り込もうというのは、そういう貴族たちが最初に思いつくことだな」

 

 シャングリアが笑った。

 

「ええ、なによ、それ──。そもそも、ロウ様が王太女の恋人と噂になったことで、妾をロウ様に送るの? それ、変じゃないの?」

 

「変であるものか、エリカ。そもそも、王妃様からして、ロウのことをクロノスという言葉を使って称賛している。クロノスなら、妻が複数いて当たり前だ。うまくいけば、正妻のイザベラ姫様と並ぶ妻の座に、妾から成りあがるかもしれないのだ。王妃様がとめているから静かなだけで、ロウの居場所が知られれば、ロウのところには、妾候補やその釣書が殺到していると思うぞ」

 

「そ、そんなことに、なっているなんて……」

 

「だから、あんたに訊ねたのよ、エリカ。もしも、そうなったら、正妻はあんたなのか、姫様なのかと思ってね。なんだかんだで、ご主人様に一番親しい女は、あたしたちよ。姫様に不満はないけど、姫様とご主人様が結婚したら、あたしたちは蚊帳の外に出されるのかなあ」

 

 コゼが不安そうに言った。

 エリカもちょっと心配になってきた。

 確かに、そうなったら、どうなるのだろう。

 

「でも、正式に結婚なんてないでしょう。いくらなんでも……。人間族の国も、エルフ族の国と同じじゃないの? 例えば、いまのエルフ族の女王のガドニエル様がロウ様と結婚とかになったら、世界中のエルフ族が飛びあがって驚くわ」

 

「いや、そもそも、アネルザ様はその気だし、わたしは、そうなるのではないかと思っているのだがな」

 

「王太女殿下と──? まさか……」

 

 エリカは唖然として、シャングリアを振り返る。

 

「いや、考えれば、あり得ないことではないのだ。そもそも、イザベラ様自身がそれを望んでいるんじゃないか。断言するが、これから王太女殿下の前に誰が現われようと、相応しい関係となりそうな男はいないぞ。ロウは姫様の置かれている特殊な立場からは、確かに優良物件だ」

 

「えっ?」

 

 そう言われても、エリカには貴族界の事情などわからない。

 シャングリアの話に聞き入った。

 

「先日は、アーサーが婚姻に関する調略目的でハロンドールにやって来たが、実際のところ、これ以上、ハロンドールとタリオが強く結んでも、利益があるのは向こうであり、こっちではない。ハロンドール王国は大国だ。三公国の特定の一国だけとのこれ以上の結びつきは、ハロンドールとしては得るものが少ない。ハロンドールと対等といえば、魔道王国のエルニアだが、あそこは王女しかいない。王太女殿下の相手はおらん」

 

「はあ……」

 

 エリカは空返事をした。

 

「転じて、ハロンドール国内を見れば、それは適当な貴族の男子は大勢いるが、婚姻しても、キシダインのような外戚を作るだけだ。王家としては望まんだろう。いまの王家は、国内の大貴族に媚びを売らなけばならないほど弱くないしな。敵対しそうな有力貴族は、全部キシダイン事件のときに弱体化されている」

 

 エリカは驚いていた。

 その内容よりも、シャングリアが貴族の事情や国家間の力関係などのことをとうとうと述べたことに呆気にとられたのだ。

 エリカの知っているシャングリアは、王都でも有名なお転婆姫であり、エリカやコゼと競争するようにロウに抱かれ、三人の中で誰よりもマゾで……。

 そして、ロウの悪戯で素っ裸で王都を四つん這いで歩いたこともあって……。

 油で女の股に火をつけられたこともあって、しかも、それを喜々とした思い出話として語るような変態で……。

 だが、やはり貴族なのだ。

 貴族情勢や外交情勢をきちんと理解し、それを語るような一面もあるのだと思った。

 

「……そういう意味では、外国の貴族の子弟と婚姻することもありえん。外国の外戚をわざわざ作るようなものだし、それなら、国内の方がましだ。つまりは、イザベラ様はもう王太女になられてしまったので、そのことで婚姻の相応しい相手がいなくなったのだ」

 

「そ、そうなの?」

 

「そうだ。だが、結婚しないということはあり得ん。子供はいるのだ」

 

「子供だけ?」

 

「極論すればな。夫はいらんが、絶対に子供は必要だ。さもないと、王家がなくなる。アン様はもはや、ほかに婚姻をなさるとも思えんしな……。まあ、最悪、三公国の有力国のタリオ公国の公妃となられているエルザ様のところから男子を養子とするという手もあるが、それもいろいろあって避けたいだろう。そもそも、まだ向こうも王子はおらんし……。王都の馬鹿公爵から養子をとるのも阿呆らしい。この国の民が絶望する」

 

 ハロンドールには、ルードルフ王の父王の時代に作られた公爵家が二家あるが、領土は持たず名誉職のような立場だ。

 国庫から年金を支払って、王国が二家を養っているが、闇奴隷などと結びついているという噂もあり、しかも、一族揃って傍若無人の行いが目立ち、実に民衆から評判が悪い。

 そこから、次世代の国王ということになれば、ただでさえ人気に乏しい王家が、さらに不人気になるのは目に見えている。

 そもそも、アネルザは、商業ギルドと自由流通の主動権争いの喧噪で二家の公爵家とは政治的に対立している。

 公爵家からの養子は認めないと思う。

 

「それで、ご主人様ということ、シャングリア?」

 

 コゼが口を挟んだ。

 

「もちろんだ。だったら、姫様が望む相手と結婚した方がよい。そして、それは力のない弱小貴族の方が望ましい。ロウなど打ってつけだ。言い換えれば、イザベラ様の立場からすれば、夫はいらんが子は欲しい……。アネルザ様も、イザベラ姫様がロウの子を身ごもってくれることを望んでいる。王妃様がときどき、そういうことを口にするが、あれは冗談で言っているのではないぞ」

 

 シャングリアははっきりと言った。

 ロウがイザベラ姫の夫となり、いずれは女王の夫に……。

 そして、ロウの子が国王に……。

 想像もできないことだが、シャングリアは十分にあり得ることだという。

 

「そうなったら……。すごいかもね……。でも、そうなると、やっぱり、あたしたちはどうなるのかなあ……」

 

 コゼが溜め息をついた。

 確かに、ロウが王太女の夫になったとすれば、エリカたちの立場はどうなるのか。

 エリカにも、やっとコゼの不安が伝わってきた。

 だが、シャングリアが笑った。

 

「なにも変わらん。いまだって、ロウはイザベラ姫様のところに夜這いに行くし、王都の屋敷には、スクルズ様が作った“ほっとらいん”もある。生活が変わるとは思えんな。ロウは、一晩でふたり三人どころか、それ以上の女を平気で抱く男だ。そもそも、いまも十数人も抱きに行ったのだろう? そして、多分だが、また夜もわたしたちを抱いてくれるのだろう。問題ない」

 

「なら、いいか」

 

 コゼがほっとした顔で言った。

 

「なら、いいね」

 

 エリカも安心した。

 

「それにしても、あんたも、やっぱり貴族女なのね。ただのマゾの変態女じゃなかったのね」

 

 コゼがからかうように言った。

 だが、シャングリアは首を横に振った。

 

「わたしは、マゾの変態女だ──。そのことに誇りを持っている──。ロウ専用のな──」

 

 シャングリアが堂々と言った。

 エリカは苦笑した。

 しかし、それはそれとして、ふと、シャングリアはどうなのだろうと思った。

 

「そういえば、あなたはどうなの? 貴族よ。政略結婚などしないの?」

 

「わたしか?」

 

 シャングリアが意外そうな表情になった。

 

「わたしの両親はもういない。一応はモーリア家の大伯父の庇護を受けているが、わたしと婚姻して得られるものは相手の貴族にない。だから、わたしは女騎士になったのだ。わたしは誰とも結婚などせずに、自分の力で生きていくつもりだった。その必要もあった」

 

 シャングリアが言った。

 伯父とは呼ぶのだが、実は遠縁の親族らしい。

 シャングリアがその庇護を受けているのは、複雑な事情があるというのは耳にしている。

 とにかく、実はシャングリアは、その「大伯父さん」とはほとんど血の繋がりはないようだ。

 だから、ひとりで生きていかなければならないと考えたのだろう。

 

「だけど、あなたは人気があるわ。モーリア家も貴族家なんでしょう。それに、あんたは美人だし……」

 

 モーリア家のシャングリア嬢といえば、お転婆姫として有名だが、一方でひとりの女性として、若い貴族のあいだで、人気があるのはエリカも少しは知っている。

 シャングリアはもてるのだ。

 そもそも美人だし、話し方はぶっきらぼうだが、付き合えばわかるが、とても素直だ。それに結構色っぽいし、好色なことも受け入れる。エリカは、自分が男ならシャングリアは、純粋にひとりの女として好ましいと思う。

 

「モーリア家などただの男爵家だぞ。ほかの貴族が取り合いをするほどのものじゃない。それに、大伯父も、ロウという新興貴族の噂くらいは耳にしているはずだ。男爵家の厄介者の娘が、王妃や王太女と縁を作ったのだ。いまでは、わたしがロウの女であることをむしろ望んでいるし、喜んでいるはずだ」

 

「ロウ様とイザベラ姫様の関係をあなたの伯父様はご存知なの?」

 

「そんなのは、もう有名なことだ。貴族はそういうことには目聡いのだ。目聡くなければ生きてはいけん。そもそも、王太女殿下はともかく、王妃殿下そのものが、あまり秘密にする気がない。アネルザ様は、ロウがイザベラ姫様の正式のお相手になることを望んでいるのだ」

 

「はあ……」

 

 ちょっと驚いてしまった。

 まあ、そういうものなのだろう。

 とりあえず、納得することにした。

 

「……つまりは、モーリア家の大伯父という人は、シャングリアがご主人様の愛人になることを望んでいると?」

 

 コゼが訊ねた。

 

「そうだぞ──。考えてみろ。ロウがイザベラ様の夫になれば、当然にさらに高い爵位はもらうだろうし、成りあがりだが大貴族だ。その妾になるのだぞ。モーリア家としては、政略結婚のなんの役にも立ちそうになかったわたしが、モーリア家を引き立てる役割を担ってくれるのだ。いまでは、思わぬ幸運に喜んでくれているさ」

 

「わたしには、わからない世界だわ」

 

 エリカは言った。

 

「だが、これからは無関係ではいられない。ロウが望む、望まないに関わらず、いまやロウは一介の冒険者などではない。誰も言わないし、触れないだけで、ロウはもう王都でも有名人なのだ。あの茶会でロウがイザベラ姫様との関係を公にすることを決心したことで、ロウはそういう立場になったのだ」

 

 シャングリアが言った。

 エリカは溜息をつくしかなかった。

 やがて、冒険者ギルドに着いた。

 

「あら、エリカさん、コゼさん、シャングリアさん、お帰りなさい。クエストご苦労様でした。無事に成功したことは、支部を通じて情報が入っています。王国からの報奨金も出ています。手続きしますか?」

 

 すぐに受付のマリーがエリカたちを見つけて声をかけてきた。

 ランとミランダはいないようだ。

 奥で仕事をしているのだろう。

 また、ギルドには十数人の冒険者たちがいたが、エリカたちを見て、好奇心とか、崇拝とか、羨望とか、とにかく複雑な視線をあちこちから向けてくる。

 いまや、かなり有名な冒険者パーティになってしまったし、こうやって注目されるのはいつものことだ。

 

「ロウ様は、まだ?」

 

 ロウは奥側の“ほっとらいん”でやってくるはずだが、イザベラのところで過ごすのは、亜空間を使うはずなので、向こうにおける時間経過はほとんどない。

 場合によっては、ロウが先に到着していることも考えたが、まだみたいだ。

 

「はい、お見えにはなってません」

 

「じゃあ、待たせてもらうわ、マリー。ここで待ち合わせなの。それから成功報告の手続きをするわ」

 

 エリカはシャングリアとコゼとともに、空いているテーブルを占拠して、マリーに応じた。

 ロウがいなくても、成功報酬を受け取ることはできると思うけど、パーティリーダーのロウがいないと、少し手続きが煩雑になる。

 トラブルを防止するためのギルドの決まりなのだが、どうせここに来るのだから、待っていた方がいい。

 

「ところで、エリカさん、そういえば……」

 

 マリーがなにかを伝えるように、口を開いた。

 エリカたちはロビー内の奥側の事務所に通じる扉に近いテーブルを占拠していたのだが、そのとき、その扉が開いて誰かが入ってきたと思った。

 すると、マリーの目線がなにかを捉えたみたいになり、訝し気に首を傾げて、言葉を途中で切った。

 なんだろうと思ったが、エリカは誰かの気配を背後に感じた。

 だが、次の瞬間、いきなり乳房を後ろから鷲掴みされた。

 

「きゃあああ」

 

 飛びあがりかけたが、その不審者の手がエリカの乳首に嵌まっているピアスを指で見つけて、くりくりと刺激してくる。

 

「いやああっ、な、なによおっ」

 

 全身に痺れのようなものが走り、エリカは椅子から転がり落ちるように床に尻もちをついて逃げた。

 

「相変わらず、敏感ちゃんねえ。でも、いまのなに? なにか、胸につけてんの?」

 

 エリカの胸をいきなり揉んだ人物がけらけらと笑っている。

 その人物を見て、エリカは目を見張った。

 

「なによ、この黒エルフ?」

 

 コゼがさっと動いて身構える。

 シャングリアも咄嗟に立ちあがった。

 

「イライジャ? どうして──?」

 

 そこにいたのはイライジャだった。

 なんで、ここに……?

 褐色エルフの里で別れたイライジャが、なぜかここにいた。

 

「だけど、大袈裟ねえ、エリカ……。でも相変わらず、とても感じやすいのね。お姉ちゃん、ちょっと嬉しいわ」

 

 イライジャがくすくすと笑った。

 だが、よく見れば顔が赤い。

 もしかして、酔ってる?

 そんな感じだ。

 

「とにかく、また会えて嬉しいわ。本当あんたたちが生きていてよかった──。あなたたちが死んだだなんて、わたしは全く信じていなかったのよ」

 

「知り合いか?」

 

 シャングリアが不審な声で訊ねた。

 

「知り合いよう──。あなたは、シャングリアで、こっちはコゼちゃんね。あなたたちのことも、ミランダとアネルザから詳しく聞いたわよ。よろしくね、わたしはイライジャよ。エリカの幼馴染……。ふふふ、そして、ロウとは二度寝た仲よ。一度目はわたしの無理矢理だったけど」

 

 イライジャがけらけらと笑った。

 突然に現われたイライジャの赤裸々な言葉に、周囲も騒然としている。

 

「コゼちゃん?」

 

 コゼがむっとした口調で応じたのが聞こえた。

 

「もしかして、イライジャ、酔っている?」

 

 エリカはまだ腰を床につけたまま言った。

 

「なに言ってんのよ。酔ってなんかないわ。ただ、昼間からずっと奥でミランダとアネルザと飲んでいたけど」

 

 完全に酔っている雰囲気で、イライジャが答えた。



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260 千客万来の夜

「おや、お帰り、ロウ」

 

 “ほっとらいん”で、冒険者ギルドに到着すると、酔いつぶれているアネルザと、その横で酒を飲んでいるミランダがいた。

 どうやら、ここで酒盛りをしていたみたいだ。

 このふたりが宴会をしているところにやってきて、とんでもない目に遭ったことがあるから、思わず身構えてしまったが、ミランダはそれなりには酔っているみたいだったが、今日はそれほどでもないようだ。

 

「酒盛りか?」

 

 一郎はミランダの座っている隣に座り込む。

 寝息をかいているアネルザは向かい側の長椅子だ。

 

「まあね」

 

 ミランダは、すぐそばにやってきた一郎に、とろんとした視線を向けた。

 いや、これはそれなりに酔っているな。

 一郎は、思い直した。

 

 ふと見れば、空になった酒瓶が十本ほど床に転がっている。

 食べ物も大皿に載せた料理が二皿あり、ほとんどなくなっている。

 これだけのものを食べ終わったのだから、かなりの時間を過ごしたんじゃないだろうか。

 そして、よく見れば、取り皿も杯も三人分あることに気がついた。

 つまりは、ミランダとアネルザのほかに、もうひとりいたということだ。

 

「誰かいたのか?」

 

 一郎はミランダの小さな身体を抱き寄せる。

 ミランダは、ちょっとびくりと身体を震わせたが、まずはアネルザを見て、しっかりと寝入っているのを確かめ、次いで廊下に通じる扉に目をやり、ちょっと考える仕草になる。

 性愛に関しては慎み深く常識人を装うミランダが、実のところ、ふたりきりのときには結構甘えたがる。

 いまも、誰かがやって来る可能性があるかどうかを考えているのだろう。

 そして、ふたりっきりということになると、途端に甘えた感じになるのがミランダだ。

 

「あなたとエリカを訪ねてきた女がね……」

 

 ミランダが一郎に抱かれていることで、落ち着かない感じで言った。

 

「俺とエリカを女が? いまどこに?」

 

「多分、個室のどこかで、エリカたちと……。うわっ」

 

 ミランダが動顛した声を出す。

 一郎がミランダをソファに押しつけるようにして、粘性体を飛ばして、両手を背もたれの後ろに貼りつけたのだ。

 両脚はソファに持ちあげて、M字に身体の横に開いて、やはり椅子に貼りつける。

 これで怪力ミランダも、椅子を壊さない限り無防備だ。

 一郎は、淫魔術と亜空間術の併用により、ミランダの衣服を一気に亜空間に収容してしまう。

 ミランダの全裸拘束のできあがりだ。

 

「わっ、ちょ、ちょっと、ロウ──」

 

 いきなり、あられもない姿にされてしまったミランダが我に返ったように狼狽の声を出す。

 しかし、すでに全裸で無防備なM字開脚の格好で拘束されたミランダに、抵抗の手段はない。

 一郎は、亜空間から乾いた絵筆を出すと、ミランダの肩から脇の下にかけてすっとそれで撫でた。

 

「んはあっ、ロ、ロウ──」

 

 ミランダが勢いよく身体を跳ねさせた。

 しかし、座っている一郎ごと、ソファを揺らしただけだ。

 

「可愛く達してごらん、ミランダ。そうしたら、服を返してあげるよ……。それと、声は我慢した方がいい。アネルザを起こして、恥ずかしい格好を見られたいなら別だけどね。それとも、ランかマリーが駆けつけてくるかも……」

 

 一郎はしばらく、そうやって筆を動かす。

 ミランダが筆の動きに合わせるように全身を捻っては、喉の奥から嗚咽のような息を迸らせる。

 

「あ、あんた、ま、また、き、鬼畜なことを……。んふううっ、はああっ」

 

 一郎はミランダの身体の割りには、大きめの乳房を筆先で刺激していく。ミランダの乳房がまるで見えない糸で吊られたように震えて盛りあがり、ぴんと乳首が勃起した。

 ミランダの悲鳴も大きくなる。

 一郎は、亜空間から目隠しを取りだして、ミランダにしてしまう。

 

「あっ、や、やだあっ」

 

 ミランダが狼狽の声をあげる。

 視界を遮ったことで、ミランダをさらに翻弄することが可能になった。

 一郎はもう一本の筆を出すと、左右の手に持ち、両側からミランダが予測していなさそうな場所を探して、次々に刺激の場所を変えていく。 

 

「ああっ、ああっ、やああっ、あああっ」

 

 ミランダの身悶えが激しいものになる。

 必死で口をつぐもうとしているのがわかっているので、それを邪魔するように、筆で翻弄する。

 

「く、口にな、なにか、入れて……。お、お願い、んふううっ」

 

 そして、ミランダが吠えるように声をあげた。

 自分でも、声が大きいのに気がついているのだろう。

 一郎は、亜空間に格納している淫具の中から、魔妖精のクグルスと一緒に考えた淫具を出した。

 一郎の勃起した男根と同じ形状と触感のディルドを口の中に収納させるようにする口枷であり、口の中に挿入して頭の後ろで金具で固定してしまうものだ。

 素早くミランダの口にそれを嵌める。

 目隠しをされているミランダが訳のわからない口の中の感触に、激しく動揺しているのがわかる。

 一郎は、淫魔力をその淫具に注ぐ。

 すると、ミランダの口の中で模擬の男根がうねうねと動き出した。

 フェラ強制装置というわけだ──。

 

「んっ、んんっ、んんんっ──」

 

 果たして、ミランダがいよいよ追い詰められたのがわかった。

 しかし、被虐酔いに深く陥ってきたのか、明らかに抵抗が小さくなる。

 一郎はすっと筆を下腹部に近づけた。

 筆先を太腿の内側を這わせて、ついにいまは陰りのない亀裂だけになっているミランダの股間に筆を動かす。

 

「んんんっ」

 

 ミランダが腰をつきあげて、四肢を強張らせた。

 しばらく、一郎はミランダの筆責めを続けた。

 そして、いよいよ、ミランダが追い詰められたと感じたところで、筆を亜空間にしまい、はいているズボンを下着ごと脱ぐ。

 さらに、椅子に片脚を乗せて、勃起している怒張をすっかりと濡れているミランダの亀裂にぐいと突っ込む。

 

「んふうううっ、んんんん」

 

 口の中に含んでいるものと同じものがミランダの股間に突き挿さる。

 律動を始める。

 ときに激しく突き、ときに浅い抜き差しを繰り返し、焦らすようにゆっくりと動かしたかと思うと、不意に根元まで突っ込んで奥を捏ね回したりする。

 

「んんんんっ、んんんんっ、んんんんっ」

 

 抽送の速度や深さ、角度を変化させるたびに、ミランダは激しく身体を暴れさせ、すすり泣くような声を出し、あるいは、口枷の下から甲高い悲鳴をあげた。

 やがて、首筋を大きく浮き立たせて、激しく腰を振り、がくがくと腰を震わせた。

 絶頂したのだ。

 もちろん、体力のあるミランダなので、一度くらいじゃ許さない。

 なおも、腰の動きを速くする。

 

「んごおおおっ、んぐううう」

 

 ミランダがなにかを訴えるように、必死の表情で顔を横に振った。

 なにが言いたいのかわからないし、目隠しと口枷のせいで、もともと表情はわからない。

 構わずに律動していると、ミランダが二度目の絶頂をした。

 一郎は再び絵筆を出して、一郎の一物が挿さっている股間のクリトリスに筆を這わせる。

 激しく律動を続けながら……。

 

「んぐうううっ、んぶううう」

 

 ミランダがいよいよ首を激しく振り、三度目の絶頂の兆しを示した。

 一郎は、ミランダについては巧みにその絶頂をぎりぎりに留めるように調整をして、一方で一郎の興奮が頂点になって射精したくなるまで待たせた。

 そして、ミランダの痙攣のような震えが完全にとまらなくなった頃、おもむろにミランダに精を放つ。

 それに合わせて、待たせていた絶頂をミランダに与えてやった。

 

「んぐううう」

 

 上体を搾り尽すように絶息したミランダが大きく全身を弓なりにして突っ張らせたかと思うと、がくりと脱力してしまった。

 どうやら、本当に悶絶してしまったみたいだ。

 一郎は粘性体を消失させるとともに、口枷を亜空間に収納して、ミランダを自由にした。

 だが、目隠しを外したミランダは、完全に白目を剥いていた。

 酔いのせいもあったかもしれない。

 

 一郎はミランダをソファに横たわらせて、自分の服装を整えると、勝手知ったる部屋の奥から毛布を出して、ミランダの裸身にかけた。

 ついでに、酔いつぶれて寝息をかいているアネルザにもかけてやる。

 

 そして、そういえば、結局、誰が一郎とエリカを訪ねてきたのか、ミランダに確認するのを忘れていたのを思い出した。

 

「まあいいか……」

 

 一郎は呟くと、ふたりを置いて部屋を出た。

 ギルドの事務所側の奥から、冒険者たちの集まるロビーのある方向に向かう。

 しばらく廊下を進むと、十個ほど並ぶ扉があった。

 上級冒険者のための個室が並ぶ部屋の前であり、ロビー側からも、こちら側からも入れるようになっているのだ。

 一郎は、魔眼を使って、エリカたちが入っている部屋を見つけた。

 

「えっ?」

 

 しかし、部屋に入る前に、一郎を訪ねてきた人物の正体を知って、驚いて声をあげた。

 扉を開く。

 個室でエリカたち三人とともに一郎を待っていたのは、懐かしい顔だった。

 

「イライジャさん──」

 

 一郎は声をあげた。

 久しぶりだ。

 この世界にやって来たばかりの頃、旅の路銀を得るために立ち寄った「褐色エルフの里」に住んでいたエリカの姉さん的な肌黒のエルフ女性だ。

 

「あっ、ロウ様」

「ロウ」

「ご主人様」

 

 すると、エリカたち三人が一斉に声をかけてきた。

 また、イライジャが一郎を見つけて、すっと立ちあがった。

 

「まあ、ロウ、あんたの話は色々と聞いたわよ──。あんた、しばらく見ないあいだに、とんでもない色事師になったみたいじゃないの。呆れたわああ」

 

 イライジャがにこにこしながら、一郎の胸を指でとんと軽く突く。

 どうやら、酔っているみたいだ。

 さっきの部屋でアネルザとミランダが飲んでいた人は、イライジャだったのだろう。

 

「イライジャさん……。懐かしいねえ。なぜ、ここに?」

 

 一郎はイライジャに話しかけた。

 だが、そのイライジャに腕をとられて、くすくすと笑いかけられる。

 さらに、いままでイライジャが座っていた長椅子に引っ張り座らされた。

 エリカたち三人は、その反対側の長椅子に三人揃って座っている。

 

「ロウ、このイライジャとやらは、お前に大切な用事があるみたいだぞ」

 

 シャングリアが言った。

 

「大切な用事?」

 

 一郎はイライジャとエリカを交互に見る。

 だが、イライジャはくすくすと笑うだけで、なかなか口を開かない。

 これは、見た目よりもかなり酔っている。

 そういえば、息も酒臭い。

 仕方なく、エリカを見ると、エリカは首を横に振る。

 

「わたしたちも、まだ教えてもらってなくて……。ロウ様が来たら説明すると言われたんです」

 

 一郎はまだ両手で一郎の腕を掴んで、胸を押しつけるようにしているイライジャに視線を向け直す。

 

「俺に用事があるんですか?」

 

「いいわよ、そんなの……。本当にロウ──。あんたって、女の敵ねえ」

 

 なぜか、イライジャが嬉しそうに笑う。

 

「女の敵?」

 

 思いもよらぬ言葉に、一郎も戸惑ってしまう。

 

「ロ、ロウ様、イライジャと、ここでロウ様を待つあいだ、色々と話を……。もともと、王妃殿下やミランダと、ロウ様の話をしていたみたいで……」

 

 エリカがおずおずと声をかけてくる。

 だが、イライジャが一郎の胸にしだれかかってきた。

 一郎の胸に、頬を擦りつけるようにしてくる。

 

「あなたって、本当に……何人女を作ったら気がすむのよ。あんたにはがっかりしたわあ……。もっと、女に誠実な男だと思っていたのよ……。エリカはわたしの大切な妹のようなものだし、きっと大切にしてるって信じていたのよ……」

 

 語りだしたイライジャの口から出たのは、お説教のような内容だ。

 しかし、その態度は完全に一郎に甘える酔っ払い女である。

 とりあえず、言いたいことを喋らせることにした。

 下手に妨げたりすると、むしろ面倒くさくなる。

 一郎はそれを経験で知っている。

 向かい側の三人にも、黙っているように仕草で示す。

 すると、イライジャが一郎に媚びを売るような仕草を続けながら、一方で言葉の内容だけは、一郎を非難する。

 結局のところ、イライジャの主張は、概ね以下の通りだった。

 

 エリカは一郎を愛している。

 少なくとも、エリカは褐色エルフの村で一郎に全力で尽くしていた。

 昔からエリカを知っている自分は、エリカがどんなに一郎に対して一途であるかわかった。

 それにも関わらず、ひとりやふたりではなく、十人、二十人と愛人を作るなど言語道断だ。

 別に男がひとりの女としか付き合ってはならないとか、複数の妻を持ってはならないとかいうつもりではないが、いくらなんでも限度がある。

 男は女に幸せを与える責任がある──。

 

 ……といった内容のことが次々に強い口調でイライジャからぶつけられる。

 これについては、一言もないので、一郎は黙って苦笑した。

 もっとも、イライジャも本気でないのだろう。

 酒飲みの戯れ話のようなものだと思う。

 その証拠に、本当にイライジャは上機嫌だ。

 話の内容とは裏腹に、イライジャからは再会を喜ぶ感情しか伝わってこない。

 

「ふふふ……。本当に男らしくなったわねえ……。それに、とても鬼畜に……。アネルザとミランダに聞いたわよ……。ちょっと聞いただけでも、女を破廉恥な姿で外に連れまわしたり、おかしな淫具でいたぶったりと、本当にやりたい放題……。随分と王都生活を愉しんでいるのね」

 

 イライジャがけらけら笑った。

 これは随分と、アネルザとミランダと赤裸々な話をしたものだと思った。

 それに、アネルザを呼び捨てにするとは、随分と打ち解けたものだと思った。

 

「……い、いい加減にしないか、イライジャとやら……。お前にロウのなにがわかる。そもそも、ロウがわたしたちに、幸せを与える責任があるなど無礼な話だ。自分の幸せくらい自分で掴んでみせる。ロウと一緒にいるのが、わたしの幸せなのだ。酔っ払いの戯言とはいえ、聞き捨てならないぞ」

 

 シャングリアが我慢できなくなったように口を挟んだ。

 

「そうよ──。もう、辛抱ならないわ」

 

 コゼも憤慨したように声をあげる。

 

「ま、待って、ふたりとも……」

 

 しかし、エリカが狼狽えたように、コゼとシャングリアを宥めるような仕草をした。

 そのとき、イライジャがすっと一郎から身体を起こして、三人に向かって頭をさげた。

 一郎だけでなく、エリカたち三人も呆気に取られている。

 

「ごめんなさい。ちょっと酔って調子に乗ったみたいね。もちろん、ロウを蔑むつもりはこれっぽっちもないわ。ただ嬉しいだけ……。でも、死んだという記録がエランド・シティに伝わってきたときには絶望もした……。だけど、ミランダに聞いたら、死んだことにして追っ手を避けるための処置なんだってね。話はわかったけど、ちょっとだけ嫌味も言いたくなったわ……。本当に、あのときは衝撃を受けたのよ」

 

 イライジャが恨みっぽく言った。

 そして、再び抱きついてきて、感極まったように一郎に口づけをしてきた。

 これには、一郎も驚いた。

 

「わっ、イライジャさん──」

 

 イライジャが一郎の唇から顔を離したとき、一郎は思わず狼狽の言葉を発してしまった。

 

「な、なによ、どうなってんの?」

「今度はなんだ?」

 

 上機嫌で一郎に口づけをしてきたイライジャに、コゼとシャングリアも困惑している。

 もちろん、一郎も同じだ。

 シャングリアの言い草じゃないけど、どうなってんだろう?

 

「イライジャって、呼び捨てにしてよ、ロウ──。今度、わたしに丁寧な言葉を使ったら、あたり構わず、口づけをするからね──。とにかく、懐かしい。あなたにも、エリカにも会いたかった。それをまずは、告げたかったの……」

 

 イライジャが言った。

 一郎もくすりと笑った。

 

「なに、この女──」

 

 コゼは不機嫌そうだ。

 すると、今度はイライジャは一郎から腕を外して、がばりとその場にひれ伏した。

 土下座だ。

 いろいろと脅かしてくれる人だ。

 一郎は唖然とした。

 

「……頼み事があるようだね……。もしかして、ユイナのこと?」

 

 一郎は、今度はイライジャが口を開く前に言った。

 丁寧な言葉を使って欲しくないということだったので、ぞんざいな口調に変化させた。

 

「えっ、どうしてわかったの?」

 

 イライジャが驚いたように顔をあげる。

 

「勘だよ」

 

 事前に、イライジャが一郎に用事があってわざわざやって来たと教えられていたので、かなり深刻な話があるのだと予想していた。

 もちろん、それがなにかということはわかりようもないのだが、頼み事があるとすれば、もしかしたら、ユイナのことではないかと考えたのだ。

 イライジャが土下座するほど、深刻なもののようだし、だったら、自分のことじゃなくて、他人のことだと思った。

 ならば、ユイナじゃないかと考えた。

 本当にただの勘だ。

 

「とにかく、いいよ……。承知したよ」

 

 すぐに言った。

 イライジャの眼が丸くなる。

 

「ま、まだ、なにも頼んでないわよ」

 

 イライジャが床に正座したまま言った。

 顔をあげたイライジャは、きょとんとした表情だ。

 

「確かに、まだなにも聞いてないね……。だけど、余程のことなんだろう? さっきの様子を見ると、俺のことを死んだかもしれないと思ってくれて心配してくれたようだし、まあ、罪滅ぼしかな……。それに、こんな遠くまで来てくれたなんて感激だ。そもそも、イライジャは、エリカのお姉さんのようなものだ。さらに、褐色エルフの里ではイライジャにはお世話にもなった。俺がイライジャの頼みを断れない理由は、こんなに揃ってるよ」

 

 一郎は微笑んだ。

 

「だ、だけど、わたしたちは、あなたに酷いことをしたわ。里を救ってくれたあなたを無実の罪で殺そうとまでしたのよ。あなたにはわたしたちに恨みこそあれ、わたしの頼みなど受ける理由なんてないはずよ」

 

 イライジャはあまりにも呆気なく一郎が話を受けいれたので当惑しているようだ。

 一郎は立ちあがって、イライジャの腕を取ると横のソファに腰かけさせた。

 

「だったら、あのときのお礼かな。生まれて初めての人殺しをした俺を慰めようと、エリカも交えて、夜這いに来てくれた。あのときは嬉しかったよ」

 

 一郎はうそぶいた。

 イライジャが顔を赤くするともに溜息をつく。

 

「はあ……。やっぱり、あなたは優しいわねえ……。確かにもてるわ、これは」

 

 イライジャが口許を綻ばせた。

 

「それで、イライジャ? ユイナのことってなあに? あの性悪娘、なにかしたの?」

 

 エリカが口を挟んだ

 すると、イライジャがソファの横にあった袋を手に取った。

 人の頭ほどの麻袋を出して拡げる。

 中身は金子だ。

 銀貨、銀粒、銅銭……。

 金貨のような大きな金は多くはない。

 一生懸命に貯めたのだろうということはわかる。

 

「お願いというのは、これで……もしかしたら、まだ全然不足かもしれないけど……、ユイナをあなたに買って欲しいの。奴隷として……。ユイナが売りに出されるわ。競売にかけられるの。どうか、あなたに競り落として欲しいの。一生のお願いよ」

 

 イライジャは言った。

 一郎は驚いた。

 そのときだった。

 扉が勢いよく、開かれた。

 アネルザだ。

 

「王妃殿下、ご機嫌いかがですか?」

 

 一郎はお道化て言った。

 

「休んだおかげで、多少は酔いは醒めたかな。だが、ミランダを抱き潰して通り過ぎたのだな。声くらいかけてくれればいいのに、水臭いぞ」

 

 アネルザが笑っている。

 一郎が場所を開けると、その横に座ってきた。

 

「やっぱり、とても親しいのね。この分じゃあ、王太女殿下とも親しいというのは本当なのね」

 

 イライジャが笑った。

 アネルザがイライジャに顔を向ける。

 

「おお、イライジャ、やっと、ロウに会えたのだな。話とやらは終わったか?」

 

「まだです。まあ、だけど、やっぱり、ロウは優しいということを確認できました。本当にいい男ですね」

 

 イライジャが笑った。

 

「おう、確かにな。王妃のわたしを意地悪く調教するような男だがな」

 

 アネルザがにっこりと笑って、一郎に顔を向けた。

 一郎は苦笑いした。

 

「そうだ──。よければ、明日、例のほっとらいんで屋敷に来ないか、アネルザ。イライジャの歓迎会をするんだ。ささやかな宴だけどね」

 

 一郎は言った。

 

「えっ、わたしの?」

 

 イライジャは目を白黒させている。

 

「万難を排して来よう」

 

 アネルザが嬉しそうに微笑んだ。

 

「えっ、明日は宴なんですか?」

 

 エリカが口を挟んだ。

 

「来れる者には集まってもらう。スクルズは来るだろう。ベルズとウルズも久しぶりに屋敷に呼びたいね」

 

 すると、今度はまた、扉が外から叩かれた。

 一番近くだったコゼが扉まで行き、扉を開いた。

 

「あっ、王妃殿下まで……」

 

 入ってきたのは、王太女のイザベラだ。

 シャーラも一緒だ。

 イザベラは真っ赤な顔をして、かなり怒っているみたいだ。

 一方で、シャーラは後ろで笑いを我慢するような顔をしている。

 イザベラが「王妃殿下まで」と呟いたのは、イザベラは“ほっとらいん”でここにやって来たはずなので、抱き潰されているミランダの姿を見たのだろう。

 それを踏まえての、「王妃殿下も」という言葉なのだと思う。

 

「姫様?」

「イザベラ様」

 

 一方で、シャングリアとエリカが驚いて声をあげた。

 なにしろ、一応は冒険者ギルド長のイザベラだが、イザベラ自身がここを訪問するのは、極めて珍しいのだ。

 

「イザベラ……姫様……? あっ、王太女の?」

 

 イライジャもびっくりしている。

 

「やあ、さっき別れたばかりですけど、どうかしましたか、姫様。御身体は問題ないですか」

 

 一郎はすっと呆けた。

 もちろん、珍しくもここに現れた理由は想像がついている。

 

「よくも、よくも……。そんなことを……。あれ? 客か?」

 

 イザベラが怒りに震える声で言った。

 しかし、すぐにイライジャの存在に気がついて、口調を変化させてイライジャに視線を向ける。

 

「気にしなくていいと思うぞ、イザベラ。彼女はロウと前に関わりを持った女で、エリカの幼馴染だそうだ。それよりも顔が赤いぞ。どうかしたのか?」

 

 アネルザが愉しそうに言った。

 不思議だが、本当に一郎と話しているときのアネルザは機嫌がいい。

 これでも、王都で一番気が短くて扱いにくい女と称されている王妃なのだが……。

 

「い、いえ……」

 

 イザベラが引きつったような顔になった。

 どうして顔が赤いのかはわかっている。

 イザベラには、さっき全員を抱いた後で、ひとりだけ身体の疲労を抜かないまま亜空間からこちら側に戻し、まだ意識のない状態のときに、肉芽や局部を抉る股縄を施してやったのだ。

 そのうえで、スクルズ同様に、朝までそのままにしておくように置手紙を残し、勝手に外せば、一郎の言いつけに背いたものと見なすという言葉をそれに置いてきた。

 特に、淫魔術はかけていないので、外そうと思えば外せる。

 スクルズのときと同じだ。

 どうもつらそうな感じであるのは、まだ股縄をしたままなのだろう。

 

「どうしたんです、姫様? 朝には早いですよ」

 

 一郎は入口のところで立ったままのイザベラに近づいていった。

 イザベラのそばまで寄ると、そのイザベラが一郎の耳に口を寄せてくる。

 

「……わ、わかっておる。だが小用が……」

 

 イザベラがもじもじと太腿を擦り合わせるようにしてささやく。

 なるほどと思った。

 どうやら、おしっこがしたいようだ。

 それで、ここにちょっとだけ外してもらいに来たのだろう。

 勝手に外せばいいのに、健気といえば健気だ。

 まあ、スクルズにしても、イザベラにしても、一郎に命じられれば、どうしても言いつけに背く気にはなれないようだ。

 可愛いらしいものだ。

 

「どうぞ、姫様? お座りください」

 

 事情を知らないエリカが立ちあがって席を譲るように声をかけた。

 だが、しかし、イザベラは慌てたように、首を横に振る。

 それはそうだろう。

 座れば、縄が余計に食い込むはずだ。

 立っていた方が楽だと思う。

 

「そう言わないで、座って話をしましようか、姫様。ほらっ」

 

 一郎はわざとイザベラの腕を取って思い切り引っ張った。

 

「あっ、い、いやあっ」

 

 イザベラは二、三歩歩いて、すぐに我慢できなくなったように、がくりと膝を折った。

 

「姫様──」

 

 シャーラが慌てたようにイザベラの腰を掴む。

 一郎は手を離した。

 

「どうしたんです、姫様?」

 

 一郎はからかった。

 

「わ、わたしがどうしたのか、知っているであろう……。い、意地悪だぞ……」

 

 イザベラが色っぽい吐息をしながら、恨めしそうに一郎を見た。

 

「あれ? まさか……」

 

 アネルザが不審そうな声をあげた。

 ふと見ると、女たちが一斉に顔を真っ赤にした。

 イザベラが一郎によって、性的悪戯をされていることがわかったのだろう。

 ただひとり、イライジャだけがきょとんとしている。

 

「ほ、本当に王太女殿下とも、王妃殿下とも仲良しなのね。本当にびっくりしちゃった……。ところで申し遅れました、王太女殿下……。イライジャと申します。エリカとは幼馴染で、ロウにはかつて命を助けられたことがある女です」

 

 そのイライジャが立ちあがって、丁寧にイザベラにお辞儀をした。

 イザベラが慌てたように姿勢をただす。

 すると、またもや扉が外から叩かれた。

 

「ロウ、あ、あんたねえ──。さっきはよくも……。あれっ、姫様──?」

 

 ミランダだ。

 慌てて服を着てきた感じであり、服はかなり乱れた感じだ。

 

「なんだか、あなたって、とても忙しいのね」

 

 イライジャが呆れ半分の口調で一郎に声をかけた。

 

「おかげで、愉しくやっているよ」

 

 一郎はこっそりと、イザベラの尿意を倍増してやった。

 

「ひっ」

 

 すると、イザベラが両手で股間を押さえて、内腿を擦り合わせるように、ぐっと身体を強張らせた。



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261 いきなり、黄金水伝説

「ああ、お願いだ、もう厠を使わせてくれ」

 

 一郎がイザベラの膀胱を満水状態にしてやったことで、あっという間に、イザベラに尿意の限界がやってきてしまったみたいだ。

 顔が蒼ざめ、前屈みに折った身体の下腹部や膝ががくがくと小刻みに震えだしている。

 そんな様子を眺めていると、ついつい一郎の心に悪戯心が芽生えてしまう。

 一郎はシャーラが支えていたイザベラの身体を受け取ると、がっしりと後から腰を持って真っ直ぐにさせた。

 

「わかりましたよ、姫様。だけど、まずは股縄を外さないと、おしっこもできないでしょう。外すので手を背中に回してください。親指を重ねるようにするんです」

 

 一郎はイザベラの腰を持っている手を離して、両手首を掴むと、背中側に持って来させた。

 

「な、なんで、これ以上括らねばならんのだ。た、ただ、わたしは厠に行きたいと言っているだけで……」

 

「じゃあ、そのまま、まき散らすんですね。その代わりに、縄は解きませんよ。そうだなあ……。明後日くらいまで、そのままにしてもらおうかな。おしっこはともかく、大きいのはどうやってするんですか?」

 

 一郎は意地悪く言った。

 もっとも、縄など勝手に解いてしまえばいいのだが、イザベラにしても、ほかの女にしても、一郎の理不尽で鬼畜な命令に絶対に逆らわない。

 なぜ、そうなのか、こっちが訊きたいくらいだ。

 確かに、やろうと思えば、イザベラくらい繰り返し精を放っていれば、淫魔術でいくらでも感情も心も操れるとは思う。

 しかし、別にそんなことをしなくても、女たちは逆らわない。

 そもそも、心を操って調教しても、なにも愉しくない。

 こういうのは、嫌がるのを強要することに、風情があるのだ。

 目の前のイザベラのように……。

 

 いまも、イザベラは文句を言いながらも、後ろ手にされることに抵抗をしてない。

 力を抜いて、されるがままにしている。

 口では逆らいながらも、身体では逆らわない……。

 まるで、狙ってやっているようなイザベラの反応に、ついつい鬼畜の虫が騒いでしまう。

 おそらく、股縄だって、一郎が外すなと命じれば、絶対に外さないのだろう。

 一郎は背中側で重ね合わせたイザベラの左右の親指の付け根に粘性体を飛ばして紐状にして縛り、金属のように固くしてしまった。

 指錠のできあがりだ。

 

「ああ、も、もう我慢できん。た、頼む、ロウ……」

 

 イザベラは美しい眉根をしかめ、唇で歯を噛みしめている。

 

「わかっていますよ。だから、股縄を外すんでしょう」

 

 一郎は、淫魔術を重ねた亜空間術で、イザベラが身に着けていた衣装を一瞬して亜空間側に収納してしまった。

 

「ひっ」

 

 イザベラが悲鳴をあげて、その場にうずくまる。

 

「うくっ、うううっ」

 

 しかし、急にしゃがんだことで縄瘤に股間を刺激されたらしく、全身を赤くして、身体を小さく震わせた。

 また、衣装を奪われたイザベラは下着姿だ

 ただし、乳房と腰の括れまでを包む一体型の下着は身に着けているが、一郎が股縄を施した下腹部にはなにもない。

 無毛の亀裂にしっかりと股縄の瘤が深く抉っている。

 

「まったく、あんたは……」

 

 ミランダが批判するように、一郎に向かって嘆息したが、それ以上はなにも言わなかった。

 そして、いつの間にか、さっきまで一郎が腰かけていた場所を占領して座っている。

 広くはない個室には、ふたつの横長のソファと一個のひとり掛け用のソファが小さなテーブルを挟んでいて、ふたつの長椅子に、エリカ、コゼ、シャングリア、イライジャ、ミランダ、アネルザが座っていて、一郎とイザベラがその横で鬼畜な遊びをしており、そのすぐそばでシャーラがおろおろと立っているという状況だ。

 

「ロ、ロウ殿……、あ、あのう……」

 

 シャーラがちょっと困ったように、声をかけた。

 一応はイザベラの護衛なのだから、本来はこういう状況であれば、ロウを排除するのがシャーラの役割だ。

 だが、シャーラにしても、すっかりと一郎に取り込まれてしまった一郎の女だ。

 イザベラがなんだかんだと一郎に逆らわないのと同様に、シャーラも一郎には反抗しない。

 戦えば、ほんの一瞬で一郎は制圧されると思うが、それはしないのだ。できるけど、シャーラはしない。

 イザベラもまた、一郎には懇願するが、シャーラには助けてくれとは口にしない。これもまた、一郎とイザベラのあいだの不文の取り決めのようなものだ。

 

「ああ、そこに座っていてくれ、シャーラ……。大丈夫だよ。ちょっと遊んでいるだけだから」

 

 一郎は言った。

 シャーラに限らず、ほかの女たちが呆れ半分、驚愕半分でこっちを見ているのを知っているが、一郎は完全にその視線を無視する。

 そして、イザベラをその場に立たせ、腰の括れに巻いている縄を解き、縦になっている部分を無造作に亀裂から抜く。

 

「んああっ、ひんっ」

 

 瘤が外れるときに刺激を受けてしまったのか、イザベラは股縄を抜かれると同時に、嬌声を発して、またもやその場にうずくまった。

 

「あっ、いやあっ」

 

 そして、次の瞬間、ぐっと内腿を締めつけて、ぶるぶると身体を震わせた。

 だから、そのまま失禁するのかなと見守ったものの、なんとか耐えたみたいだ。

 しかし、すっかりとイザベラの全身は汗にまみれてしまい、立膝にしている両腿は官能的に小刻みに痙攣のように動いている。

 王太女である美少女が、こんな風に一郎に苛められて、尿意の限界に苦しんでいるなど、申し訳ないとは思うが、一郎もなんともいえずに、興奮してしまう。

 

「はあ、はあ、はあ……。で、では厠に連れて行ってくれ、ロウ……。も、もう、このままでよい……」

 

 なんとか大きな尿意の波を落ち着かせたのか、イザベラがやっと口を開いて、縮ませている両腿を組み替えるようにしならがら、熱っぽく喘ぐように言った。

 こんな半裸の姿でいいから厠まで連れていけとは、思い切った言葉だが、さっき奥側からやって来たから、この時間には、ギルドの裏側になる廊下はほとんど誰もいないということを承知しているのだろう。

 そして、厠は廊下に出て、少し進んだところにある。

 目と鼻の先だ。

 とはいっても、この恰好でもいいというのは、イザベラの尿意もいよいよ、恥や外聞に構ってはいられないということだろう。

 服を着る猶予がないと本人が自覚するほどに、追い詰められているという証拠だ。

 

「さて、どうしようかな」

 

 一郎は亜空間から手錠を取りだして、イザベラがうずくまっている片足首の一方にさっと手錠の片側をかけてしまった。さらに、すぐそばのひとり掛け用のソファの脚に、手錠の反対側をかけてしまう。

 これで、一郎が手錠を外さない限り、イザベラはどこにも移動できない。

 

「な、なにをするのだ──。こ、これ以上、わたしに生き恥をかけというのか。この鬼畜男──」

 

 足首を横のソファに繋げられたことに気がついたイザベラが、かっと怒りの表情を浮かべて、一郎に怒鳴りかけてきた。

 一郎は無視して、まだ立ったままだったシャーラを捕まえ、空いているそのひとり掛け用の椅子に腰かけて、シャーラを自分の膝の上に横抱きにかかえる。

 

「うわっ、ロウ殿──」

 

 シャーラが狼狽えた声を出す。

 

「ね、ねえ、ロウ──。あんたって……」

 

 すると、一郎のすることを唖然として、じっと見ているだけだったイライジャが、たまりかねたように声をかけてきた。

 

「いいのだ、イライジャ、放っておけ。それよりも、飲み直すか? ミランダ、お前の寝酒を持って来い」

 

 しかし、アネルザがイライジャを遮った。

 イライジャはまた黙ったものの、困惑している様子だ。

 

「本当にいいのよ、イライジャ。こういうのは、ロウ様のいつものことで……」

 

「い、いつものことであるものか、エリカ──。ロウ、た、頼む。もう漏れるうう──」

 

 イライジャに説明しようとしたエリカに抗議するように、イザベラが悲鳴をあげた。

 

「あれは、あたし用って言ってるでしょう。あんたが送って来るはずの火酒の箱は届いてないわよ」

 

 ミランダがイザベラと一郎を完全に無視して、アネルザのさっきの言葉に抗議した。

 ミランダも今夜は完全無視と決めたらしい。

 

「だから、いま手配をしてる。吝嗇家のようなことを言うな、ミランダ」

 

「今日の飲み食いはあたしの私費だったのよ──。せめて半分払ってよね」

 

「まとめて運ばせるし、今度持ってくると言っておるだろう」

 

 アネルザが豪快に笑った。

 小気味いいくらいに、イザベラと一郎を全く無視して、会話が進んでいる。

 ほかの女たちも、ほとんど無視しているし、イザベラを助けようとする者もいなければ、一郎を咎める者もいない。

 全員が淡々としている状況に、イライジャは衝撃を受けているみたいだ。

 

「俺が出してやるよ。コゼ、エリカ、シャングリア──。みんなに配ってくれ」

 

 一郎は亜空間から、火酒、葡萄酒、果実酒、さらに甘い菓子類と塩菓子、ちょっとした肴を出してテーブルに並べた。人数分の杯もだ。

 女たちが歓声みたいな声をあげて、飲み食いの準備を始める。

 こういうものは、かなりの量と種類を常に亜空間に常備している。

 

「ロ、ロウ、も、もう駄目じゃ──。が、我慢できん」

 

 イザベラが額にべっとりと脂汗を滲ませて、苦しそうに喘ぎながら呻くように言った。

 

「じゃあ、姫様には、俺の性器に奉仕してもらいましょうか。俺が精を放ったら、厠に連れて行きましょう」

 

「な、なんで、そんなことをいきなり……。と、とにかく、そのようなこと、ここでできるか──。お、お前はなんという鬼畜を──」

 

 イザベラが激しく狼狽したように叫んだ。

 

「いきなりするのが調教ですよ。嫌ならいいさ。そのままにしてればいい……」

 

 一郎はわざとらしく言って、イザベラを無視するような態度をとって、膝の上のシャーラを服の上から愛撫し始める。

 

「ちょ、ちょっと、ロウ殿──。あっ、ああっ、ああっ」

 

 たちまちにシャーラがよがり始める。

 イライジャは、ますます目を丸くしている。

 

「わ、わかった──。する──。奉仕する──。奉仕するから、この足の枷を外してくれ」

 

 ついに、イザベラが泣き声をあげる。

 

「わかりました。だけど、始めたばかりでやめると、シャーラに申し訳ないですからね。シャーラが達するまで待っていてください」

 

 一郎はうそぶいて、シャーラの愛撫の手を激しくする。

 

「ああっ、ああっ、い、いえ、だ、大丈夫……。わ、わたしは、ああああっ」

 

 ズボンをはいている服の上からだが、一郎は自分にだけわかる性感帯の赤いもやに従って、シャーラを愛撫し続ける。

 シャーラが悶えまくって、完全に抵抗力を失うのはすぐだった。

 

「は、早くいけ、シャーラ──。め、命令だ──」

 

 尿意に追い詰められているイザベラが固く唇を噛みしめつつも、必死に声を絞り出すように声をあげる。

 

「そ、そんな、姫様──、あああっ、んふううっ、あっ、ああっ」

 

 一方で、すっかりと追い詰められているシャーラは、そろそろ絶頂の兆しを示し始めていた。

 ここでシャーラの絶頂を遅らせて、イザベラを追い詰めてもいいが、まあ、そんなことをしたら、イザベラはただ漏らすだけだろう。

 それも愉しいが、漏れるか漏れないかのぎりぎりのところで追い詰めて、最後に漏らさせる。

 そっちの方が愉しい。

 一郎は、シャーラを絶頂させようと、愛撫の手を速めて、刺激を激しくした。

 一郎にかかれば、服の上からであろうと、愛撫で絶頂させるなど雑作もない。

 

「ああっ、お、おかしくなりますう──。んんんっ、あああっ」

 

 シャーラが一郎の衣服を握りしめ、銀色の髪を乱し振って、ちょっと大きめの声で絶叫する。

 

「わっ、ロビーの方まで、聞こえるんじゃないの?」

 

 コゼが心配そうに言うのが聞こえた。

 シャーラは、一郎の服を掴んだまま、大きく身体を弓なりにして、がくがくと身体を痙攣させた。

 達したのだ。

 

「は、早く……。は、早く……」

 

 椅子の横でうずくまっているイザベラが涙目で訴える。

 一郎は、脱力したシャーラと身体を入れ替えると、椅子にシャーラを座らせる。

 そして、イザベラの前に仁王立ちになると、全体にねっとり脂汗を滲ませて、尿意が限界に達して苦痛に脈打つイザベラの顔に、ズボンの前から出した怒張を突きつける。

 

「んふっ」

 

 ほとんど躊躇う様子も示さずに、イザベラは一郎の性器を咥え込んだ。

 すぐに、必死の様子で舌を使い始める。

 そのあいだも、イザベラの両腿はしきりに擦り合わされている。

 こうやってあと一歩のところをきりきりと耐えながら、一郎の怒張を奉仕するイザベラを見ると、心から疼くような嗜虐の昂ぶりを感じてしまう。

 いずれにしても、これ以上は無理だというのは、一郎にもわかっている。

 それほど焦らすことなく、一郎はイザベラの口の中で精を放ってあげた。

 

「ま、まあ……」

 

 感嘆の声をあげたのはイライジャみたいだ。

 ほかの者は、こっちを無視して、半分は酒盛りで、半分は菓子を口にして、お喋りに興じている。

 

「あ、ああっ」

 

 そのとき、ついにイザベラがちょろちょろと尿を内腿ににじませだしたのがわかった。

 一郎がかなり早く精を放って、もう少しで厠にいけるという安心感が油断を誘ったのかもしれない。

 イザベラはぶるぶると震えて、身体をのけ反らすように動かした。

 一郎は、亜空間から木桶を出すと、さっとイザベラの股間の下に差し入れる。

 その瞬間、しゅっと音が出たかと思うような激しさで一条の放水があり、木桶の底を強く叩いて、イザベラが木桶の中に尿を排泄し始めた。

 

「ああ……、いやじゃあ……」

 

 イザベラがついに泣き出してしまった。

 一郎は激しいイザベラの放尿をうまく木桶を動かして受けとめながら、嗚咽をし始めたイザベラの身体を片手で抱いた。

 これはちょっとばかり、苛めすぎたかもしれない。

 やっと放尿が終わっても、喋ることなく、しくしくと泣き始めたイザベラを一郎は横抱きにして立ちあがった。

 足首の手錠は、収納術で一瞬にして、丸ごと亜空間にしまっている。

 

「うわっ、今度はなんじゃ、ロウ?」

 

 嗚咽をやめたイザベラが涙目を見開いて一郎を見た。

 

「ミランダ、隣の部屋を借りるな。それとシャーラも来い──。さっきの続きをしよう」

 

 一郎はそのまま、廊下側の扉に向かう。

 

「はあ……、ロビー側は内側から鍵をしておいてよね」

 

 ミランダは隣室でイザベラを連れて、なにをするのかわかっているのだろうが、ほとんど一瞥せずに、熱のこもってない口調で一郎に言った。

 ミランダは、アネルザ、イライジャ、シャングリアという面々と酒を交わしている。

 ほかの女たちは、菓子と果実水を選んでいるみたいだ。

 

 また、一緒に来るように告げたシャーラは、まだ呆けていたようであり、一郎は扉を開けてくれともう一度、声をかけると、やっと慌てて立ちあがり、扉を開いてくれた。

 一郎は、さっきと同様にシャーラに扉を開けさせると、イザベラを誰もいない個室の長椅子のソファーに横たえた。

 

「さっきは可愛かったですよ、姫様……。今度は愉しみましょう。シャーラは一緒ですけど、いいですよね。ほとんどふたりきりのようなものです」

 

 一郎はシャーラに内鍵を頼み、反対側に座って待っているように頼んで、イザベラの上に身体を添わせるように長椅子に横たわる。

 片手を上半身だけを包んでいる薄い下着の下に差し入れて、乳房を揉む。

 もう一方の手は、股間の亀裂に指を這わせる。

 放尿をさせて拭いてもいないが、イザベラの股間は尿ではない体液で夥しいほどに股間を濡らしていた。

 人前で意地悪く放尿をさせられて、すっかりと動顛して泣いてしまった反面、実は股間をじっとりと濡らすほどに興奮してしまっていたようだ。

 さすがは、一郎が仕込んだマゾ王女様だ。

 

「お、お前は意地悪だ──。き、鬼畜だ」

 

 拗ねてもがくように身を捩らせるイザベラに、なだめるような声を掛けながら、一郎はしっかりと彼女を抱き締めて口づけをした。

 イザベラは、まだ指縛りのままの身体を悶えさせながら、夢中な様子で一郎に口づけを返してくる。

 そのあいだも、一郎は乳房と股間の愛撫を継続している。

 しばらく続けると、すぐにイザベラは興奮したように、激しい反応を示しだす。

 

「あああっ、あううっ」

 

 やがて、鋭い声を出したかと思うと、全身をびんと硬直させてさっそく一回目の絶頂をした。

 一郎は少しだけイザベラの息が整うのを待ってから、片脚だけを抱えあげ、硬直している怒張をすっとイザベラの股間に貫かせた。

 

「あっ、ああっ、ロ、ロウ──」

 

 イザベラが我を忘れたように声をあげた。

 律動を開始する。

 脱力しかけていたイザベラが再び激しく悶えて、喜悦の声を洩らしだす。

 一郎は、イザベラの若い身体を十分に愉しみながら、激しくしたり、緩やかにしたりと責めに強弱をつけつつ、どんどんとイザベラを追い込んでいった。

 やがて、一気に矛先を激しくして、荒々しく全身を揺さぶるように犯しまくる。

 

「もう、もうだめえ」

 

 そして、ついにイザベラは十六歳とは思えない色っぽい仕草でがくがくと身体を悶えさせたかと思うと、またもや絶頂して果てた。

 今度は、それに合わせて、一郎も精を出す。

 

「んふうううっ」

 

 イザベラが腰を突き出すように全身を弓なりにした。

 一郎はイザベラの裸身を抱き寄せ、一郎の顔に顔を近づけさせて、また、唇を重ねた。

 イザベラは無我夢中の様子で、侵入してきた一郎の舌を吸いあげまくる。

 本当に可愛い。

 しばらく濃厚で溶け込むような口づけをかわしてから、一郎はイライジャから身体を離した。

 イザベラは完全に寝入ってしまった。

 

「やれやれ、じゃあ、寝ているあいだに、もう一度股縄を締めるかな」

 

 一郎は亜空間からきれいな布と水桶を出すと、イザベラの股間を一度拭いて、清潔にしてから、再び股縄を施した。

 

「まだ、するのですか?」

 

 長椅子に腰掛けて待っていたシャーラが驚いたように声をかけてきた。

 

「当然だろう。明日の朝までの約束だ。姫様には、朝食後においでと伝えてよね。いいか、朝食後だぞ。朝飯までは、この股縄のまま過ごすんだ」

 

 一郎は目を覚まさないイザベラに、あっという間に股縄を施すと、さっき取りあげたドレスを亜空間から戻して、イザベラの身体に上からかけた。

 そして、シャーラのいる側に向かう。

 

「服のままする? それとも、裸になる?」

 

「うう……。わたしはもう十分に満足なんですけど、わたしもするという一択ですか?」

 

 シャーラが抱き締める一郎を抱き返しながら言った。

 しかし、一郎が口を寄せると、シャーラから顔を寄せて、口づけを返してくる。

 

「できれば、姫様のように下だけ脱がしてもらっていいですか? これでも、まだ職務中ですから……」

 

 口を離すと、シャーラが顔を赤くして、一郎に甘えるように言ってきた。

 

「仰せの通りに……」

 

 一郎はお道化て、亜空間にシャーラのズボンを下着ごと奪ってしまう。

 本当に便利な能力だ。

 そして、心行くまでシャーラを愉しんだ。

 

 そして、シャーラには三回の絶頂をさせた──。

 一郎は最後の一回で精を放ち、あとはまだ横になったままのイザベラを託して、一郎はほかの女たちの待っている部屋に戻った。

 

「終わったんですか?」

「どうぞこちらに」

「いえ、こっちに」

 

 一郎が入ってくると、女たちが一郎を一斉に呼び寄せた。

 とりあえず、座る前にイライジャを見た。

 イライジャは既に眠ってしまっていて、完全に寝息をかいていたのだ。

 酔いつぶれたのかと思ったが、なんとなく疲れている感じもしたので、一郎はイライジャには悪いが、イライジャと口づけをして唾液を注ぎ、最低限の淫魔術を刻んだ。

 イライジャの身体を淫魔術で探る。

 どうやら、無理をして旅をしてきたらしく、かなりの疲労状態だった。

 一郎は淫魔術でイライジャの身体を回復するように術を施すと、亜空間の中にそのまま取り込んだ。

 

「じゃあ、こっちにどうぞ」

 

 強引にコゼに引っ張られて座る。

 すると、コゼが一郎の膝の上によじ登ってきた。

 

「もう、あんたは」

 

 エリカがたしなめるように、コゼに不満の声を発した。

 

「ほら、ロウ殿、飲め──」

 

 ちょっと酔ったアネルザが、一郎に酒の入った盃を押しつけてくる。

 

「駄目です──。ご主人様、酔っ払い女たちを真面目に相手しなくていいですからね。それよりも、帰りましょうよ。お疲れですよね。コゼがお風呂で身体をお洗いします。おっぱいで」

 

 コゼがアネルザの差し出した盃を払いのけて、甘えるように頬をすり寄せてきた。

 

「そうだな。じゃあ、帰るか」

 

 一郎は言った。

 

「なんじゃ、つれないのう」

 

 アネルザが苦笑する。

 

「ロウ、わたしも風呂で身体を流すぞ。む、胸で」

 

「わたしも、してもいいです」

 

 シャングリアとエリカが慌てたように、一郎に言い寄ってくる。

 

「なによ──。あたしが最初に言ったんだから」

 

 すると、コゼが威嚇するように、ふたりを睨みながら一郎の首にしがみつく。

 そんな三人の姿に、思わず一郎は笑い声をあげてしまった。

 だが一方で、屋敷の浴場において、三人掛かりで乳房と素股に泡をつけて身体を洗ってもらっている自分を想像した。

 

「いいねえ。すぐ帰ろう」

 

 一郎は立ちあがっていた。



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262 懇願と決心

 昨夜はかなり遅くまで、ギルドでばたばたとしていたので、結局、イライジャときちんと話ができる状況になったのは翌朝だった。

 なにしろ、あれから「色々」と、イザベラやアネルザの相手をしているうちに、イライジャが寝入ってしまったのだ。

 

 色々というのは、尿意で七転八倒し始めたイザベラの片手に手錠をして、椅子の脚に繋ぎ、厠に行きたければ、ここでフェラをしろと脅し、怒ったイザベラを放置して、目の前でシャーラを悪戯するということを始めた。

 

 すぐに泣きの入ったイザベラに、全員の前で奉仕させて、結局厠に行く余裕のなくなったイザベラは、やはりみんなの前で股縄を外したところで漏らしはじめ、そのまま、一郎が亜空間から取り出した木桶に放尿することになった。

 ちょろちょろと漏れ出ていた尿が木桶を当てた瞬間に、しゅっと音を立てて飛び出したのはなかなかの光景だった。

 余程に我慢してたのだろう。

 放尿が終わったことろで、泣きべそのような仕草をはじめたので、慰めと誤魔化しのために隣室に連れていって、一転して優しく抱き、そのまま、シャーラとともに抱き倒した。

 その後、とりあえず、股縄を締め直して、王宮に返した。

 すると、その隣室にアネルザもやって来たので、やはり挨拶代わりの鬼畜セックスをした。

 そして、やっと元の部屋に戻ったら、すでにイライジャは寝てしまっていたのだ。

 

 もちろん、昼間からミランダとアネルザと付き合っていた酒のせいでもあるだろうが、寝ているイライジャに唾液を注いで淫魔術で繋ぎ、改めて身体を淫魔術で探ったら、イライジャはかなりの疲労状態であることがわかった。

 どうやら、イライジャは相当に無理な旅をして、このハロンドール王国の王都ハロルドまでやって来たみたいだった。

 そのうえ、王都に着くや、一郎の行く手を求めて探し回り、さらに、ミランダによれば、シズたちともひと悶着あり、一昨夜はあまり寝てないみたいだ。

 その状態で、昼間からアネルザとミランダとの酒盛りに付き合ったのだから、一気に睡魔も襲って当然だ。

 まあ、王太女が目の前で鬼畜に放尿させられ、それを一切周りの者がとめないという現実に、かなり衝撃も受けていたから、心が圧倒されたのかもしれないが……。

 

 一連のひと騒動を終えて、みんなで屋敷に戻ってから、イライジャは客室に寝かせた。

 もちろん、一郎は一郎で、この屋敷に戻ってからも、三人のみならず、シルキーとまで愛を交わした。

 一郎は一郎で、とても忙しかったのだ。

 結局、昨夜、イライジャはそれきり目を覚まさなかった。

 

 イライジャが起きあがってきたのは朝だ。

 随分と血色がよくなっていた。

 とにかく、みんなで朝食ということにした。

 朝食は香草入りの鶏肉のシチューと魚のフライに蜂蜜のパンだ。

 もちろん、準備をしてくれたのは、屋敷妖精のシルキーである。

 

「温かいミルクのお代わりはいかがです?」

 

 イライジャを含めた五人で朝食をとっているあいだを屋敷妖精のシルキーがかいがいしく給仕をしている。

 シルキーの存在がイライジャは珍しそうだった。

 

「も、もう結構よ、屋敷妖精さん」

 

 イライジャは言った。

 それを合図にするように、みんなで席を移動して長椅子のある居間側に移動する。

 もっとも、居間にしている場所も、食堂のようにしている場所も、ひと繋がりの同じ大きな部屋だ。

 全員でソファに腰かけると、いつの間にか、こっちにやってきているシルキーがトレイに載せた紅茶を配り始めた。

 振り返ると、たったいままで食事をしていた長テーブルには、なにもなくなっている。

 

「屋敷妖精などという存在は、知識では知っているけど、実際に出逢うのは初めてよ。みんな、あなたのように人間族の子供の姿なの?」

 

 お茶を受け取りながらイライジャがシルキーに話しかけた。

 

「どうでしょうか? わたくしめにはわかりません。わたくしめには、この屋敷以外の記憶はありません。でも、王都のお屋敷にはブラニーという屋敷妖精もおり、やはり、人間族の童女の姿をしております。だから、もしかしたら、すべての屋敷妖精は童女の姿なのかもしれません」

 

 シルキーがにこにこしながら答えた。

 

「こうやって、話をすると、やっぱり童女などではないとわかるわ。随分としっかりしているもの」

 

「恐れ入ります」

 

 シルキーはイライジャに応じながら、全員に飲み物を配っていく。

 

「だけど、屋敷妖精は、かなりの上級魔道遣いでないと仕えることはないというわ。あなたって、王都にやって来て、そんなに魔道遣いとしての能力があがったの?」

 

 イライジャが声をかけたのはエリカだ。

 ここで一郎と暮らす三人娘の中で魔道遣いの能力を持っているのはエリカだけだ。

 だから、シルキーがエリカに仕えていると思ったのだろう。

 

「シルキーはロウ様のしもべよ。ロウ様は魔道遣いではないけど、魔道遣い以上の能力がおありなの。いわゆる魔道も遣うわ」

 

 エリカは一郎が「淫魔師」とまでは言わなかった。

 それは、ばらしていいものかどうか迷ったのだろう。

 また、エリカが魔道というのは、精の力で女を支配する能力、亜空間の力、身体から粘性体を出して自在に操る能力などだろう。

 なるほど、魔道といわれれば、その通りなのかもしれない。

 

「ロウが魔道を?」

 

 イライジャは驚いている。

 

「ところで、そろそろ詳しい話をしよう。ユイナがどうしたんだ、イライジャ?」

 

 一郎は水を向けた。

 昨夜、イライジャから強く言われたので、意図的に丁寧な言葉遣いをやめている。イライジャもそうして欲しそうだったのだ。

 

 イライジャが、ユイナのことで頼み事があって、遥かハロルドまでやって来たというのは昨夜知った。

 しかし、それ以上はまだ聞いてない。

 昨夜、ギルドで詳しい話をしようと思ったときには、次々に訪問者がやって来て話しそびれ、それから、いつの間にかイライジャが眠ってしまったので、話が聞けなかったのだ。

 しかし、頼みの内容がユイナのことというのは承知している。

 さらに、イライジャは一郎にユイナを奴隷として購えと口にした。

 一体全体どういうことだろう?

 すると、イライジャが姿勢を正した。

 

「実は、ユイナはある罪を犯して処刑になるの……。さもなければ、顔に刺青を刻んだうえに、侮辱刑を受け入れてエルフの里を追放されるかよ。ユイナは処刑を拒んで、侮辱刑を受け入れたわ。それで、人間族の奴隷商人に売り渡すことになっているの。だから、ロウに買って欲しいのよ。身も知らずの他人の奴隷になるよりも、ユイナはロウに買われたがっているわ……。なにしろ、ロウがいなくなってから……」

 

 イライジャは堰を切ったように、早口で語り始める。

 一郎は慌てて、それを制した。

 

「ちょ、ちょっと待って。ユイナが処刑? あいつ、なにしたんだ?」

 

 質問したものの、すぐに思いついた。

 あのエルフ娘は、異常なほどに魔道に対する好奇心が強かった。

 特に、古代魔道だ。

 その古代魔道を詳しく記した古文書を大切にしていて、詳しくは知らないが、それには、魔道遣いが本来禁止されている禁忌の魔道というのがかなり詳しく記載されていたみたいだ。

 それで魔妖精のクグルスを召喚して、逆に身体を乗っ取られて大騒動を起こした。

 あのときは、それをユイナがしらばっくたせいで、一郎は危うく処刑されるところだったのだ。

 なにをしたのかは知らないけど、おそらく、今度も禁忌の魔道に手を出して失敗したのだろうというのは想像がつく

 

「禁忌の魔道に手を出したの……。しかも、それをずっと研究していたのもばれて……。魔獣を召喚しようとして、魔道を暴発させて、その魔獣を大量に里の近くの森に溢れさせてしまって……」

 

「あの性悪娘……」

 

 舌打ちとともに悪態をついたのはエリカだ。

 エリカは、ユイナが一郎を陥れようとしてたのを根に持っていて、いまだにユイナにいい感情を持っていない。

 また、一郎もまた、やはり、禁忌の魔道の制御に失敗したのかと思った。

 妙に納得できるところがある。

 

「ねえ、そのユイナとは誰ですか、ご主人様?」

 

 黙って話を聞いていたコゼが口を挟んだ。

 エリカが褐色エルフの里でのことをコゼとシャングリアに説明した。

 途中から、ふたりの顔は険しくなった。

 一郎自身も、改めてエリカの説明を聞いていると、随分な娘だったなあと思い出した。

 最初に殺されかけたところを助けたにもかかわらず、エルフ族特有の排他的な自尊心から一郎を軽んじて邪魔者のように扱い、自分の失敗でクグルスを呼び出して大騒ぎになると、その罪を一郎に擦り付けて知らん顔をしたと、エリカが説明した。

 コゼとシャングリアは、明らかに不機嫌になった。

 

「はあ? なんで、そんな娘を助けに行かなければならないの? 禁忌の魔道かなんかしらないけど、どこのひひ爺の慰み者にでもなればいいじゃないの──。ご主人様、本当にその娘を買いに行くんですか?」

 

 コゼが憤慨して言った。

 

「ロウの決めたことであれば文句はないが、わたしも話を聞いた限りでは、恩知らずの無神経なエルフ娘のように思えるな。もしも、助けたならば、ここで一緒に暮らすのか?」

 

 シャングリアも不満顔だ。

 イライジャはしゅんとなっている。

 

「いろいろと意見はあるかもしれないけど、昨日、言ったとおり、俺はイライジャの頼みを引き受けると決めている。それが俺が奴隷として買い取ることなのであれば、そうするつもりだ。ここで生活をさせるかどうかは別問題だけどな……」

 

「でも、ロウ様……」

 

 エリカが口を挟んだ。表情を観察する限り、どうやら、エリカですら、ユイナを助けに行くことに不満がありそうだ。

 だが、一郎はそれを途中で制した。

 

「あと、あいつが恩知らずで、無神経なのは間違いない。でも、イライジャの頼みを受け入れることは承知した。 それを前提に話を進めてくれ」

 

 一郎はきっぱりと言った。

 エリカも含めて、コゼもシャングリアも釈然としない表情だったが、一郎の言葉が明確なものだったので、とりあえず黙った。

 一郎は、視線をイライジャに向け直した。

 

「だけど、腑に落ちないこともある。イライジャの旦那さんを冤罪にして殺し、エルフ族の大切な特産品であるクリスタル石を転売して私腹をこやしていたような男がただの追放刑だったのに、ユイナについては人間族の奴隷として売り渡すのか?」

 

 イライジャやイライジャの義父をさらって殺そうとしたのは、一郎とエリカがやってきたときに里長をしていた男だ。

 一郎たちの活躍で悪事が明るみになって追放刑になったが、ユイナは追放ではなく、奴隷として人間族に売るという。

 まるで、ユイナの方が重罪扱いだ。

 

「……ロウ様、そういうものなのです。エルフ族の価値観では、あのダルカンの罪以上のことが、禁忌の魔道に手を出すことなんです」

 

 エリカが言った。

 そういえば、ダルカンという名前だったか……。

 

「わかった……。じゃあ、話を続けてくれ、イライジャ」

 

 イライジャにさらに詳しい話を促した。

 しかし、それ以上の話は、大したことはなかった。

 つまるところ、ユイナは召喚した大量の魔獣を操ることはできなかった。それで、里で大騒ぎを引き起こしたらしい。

 魔獣は退治されるか、追い払われたものの、今度はユイナが原因であることは、すぐに発覚した。

 ユイナも、今回は逃げおおせなかったみたいだ。

 そして、一郎が受けたような里の裁判で、「死刑」の判決を受けたというわけだ。

 

「でも、ユイナは処刑を拒否したわ。ダルカンが許されたように、エルフ族の掟では、顔に刺青をすることは処刑と同様ということになり、処刑を免れて追放となるの。でも、禁忌の魔道に手を出したうえに、魔獣まで散乱させてしまったとあっては、ただの追放で済むわけにはいかないということになって……」

 

「それで、人間族の奴隷商人への売り渡しということに?」

 

 イライジャが頷く。

 そういうものなのだろう。

 なんとなく納得した。

 人間族限定なのも、あの排他的な里では、それが厳罰になるのだろう。

 でも、ユイナの祖父は、イライジャの義理の父であり、ダルカン追放後の里の里長だ。そのトーラスの力をもってしても、ユイナの罪を軽くすることはできなかったのだろうか?

 一郎は、それについても訊ねた。

 

「……ユイナが捕らえられてすぐに、トーラス様は里長をやめたみたいよ。わたしが褐色エルフの里に着いたときには、バロアが暫定の里長になってたわ……。ほら、あなたの裁判を担当した女エルフよ」

 

 一郎の質問にイライジャがそう答えた。

 裁判をした女エルフの名前など記憶にはないが、あの高潔そうな女エルフのおかげで、一郎は曲がりなりにも公平な裁判を受けられて、冤罪を免れた。

 それは覚えている。

 しかし、それはともかく、なんとなく、いまのイライジャの物言いで、思い出したことがあった。

 

「そういえば、イライジャは、いまは、エランド・シティにいるんだって? 里から出たのか?」

 

 イライジャがナタル森林国の都と称される「エランド・シティ」というエルフ族の都市で冒険者をしているというのは、イライジャが寝入ってから、ミランダに教えてもらっていた。

 イライジャは、そのシティの冒険者ギルドに所属するフリーの冒険者なのだそうだ。

 ランクは(ブラボー)で、かなり優秀な評価だ。

 

「まあ、色々あってね……。ちょっと里に住みにくくなったというか……」

 

 イライジャが言い難そうに言った。

 それで、一郎には思い当たったことがある。

 あの里は、かなり極端な人間族嫌いだった。

 それがあったから、彼らの偏見のせいもあり、一郎も冤罪で死刑になりかけたのだ。

 しかし、一郎を巡る裁判のとき、イライジャは一郎を庇うために、魔妖精のクグルスが召喚された刻限のときには、一郎と閨で愛し合っていたと証言をしてくれた。

 あのとき、一郎を庇うような物言いをしたのは、イライジャともうひとりくらいのものであり、嬉しかったのを覚えている。

 だが、イライジャが里に住みにくくなったというのであれば、それが理由だとしか思えない。

 

「もしかして、あのとき、俺を庇ったから……?」

 

「あなたのせいじゃないわ」

 

 イライジャは笑って、首を横に振った。

 だが、なんとなくだが、一郎は自分の勘が正しいようだということをそれで悟った。

 そして、イライジャは再び顔を引き締めた。

 

「……とにかく、ユイナの競りは、褐色エルフの里で行われるの……。遠くから奴隷商人を呼ぶから、百日後ということになったわ。わたしがここまで来るのに一箇月ほどかかっているから、残りは二箇月くらい……。お願い……。いえ、お願いします。どうか、ユイナをあなたたちで競り落として──。多分、ユイナも、それを望んでいるわ。それは確認したの──」

 

 イライジャが深々と頭をさげる。

 そして、競りが行われるという期日を口にした。

 確かに、あと二箇月だ。

 それまでは、ユイナは一郎たちも監禁された里の中央にある塔に監禁されるらしい。

 ナタルの森まではかなり距離がある。

 おそらく、徒歩でも馬車でも、片道一箇月というところか……。

 それはいいのだが、一郎にはちょっと気になることもある。

 

「それよりも、そもそも、あのユイナは俺の奴隷になることを望んでないと思うけどなあ……」

 

 一郎は思い出して言った。

 褐色エルフの里の滞在中、ユイナは終始を通じて一郎のことを侮っている態度を続けていた。

 彼女の価値観では、人間族の一郎は劣等人種なのだ。その一郎の奴隷になりたいだろうか?

 一郎は正直に、その懸念を口にした。

 

「そ、そんなことない──。ユイナは、ロウたちが去ってから、すぐに随分と様子がおかしかったのよ。わたしは、里から離れたけど、手紙でユイナとやり取りもしていたの。あなたが死んだとギルドの記録に載ったときには、ユイナは文面だけでもわかるくらいに、落ち込んでいて……」

 

 イライジャは強い口調で言った。

 だが、それは一郎には、冤罪で陥れかけた戒めとして、別れ際に徹底的な肛門調教をしたことを覚えている。

 あれだけの仕打ちを受けて、あのプライドが強そうだった娘が、一郎を恨みこそすれ、復讐以外の目的で、もう一度会いたいと思うだろうか。

 ましてや、一郎の奴隷になりたいなどと……。

 

「そ、それに、あなたって、夕べはかなり、王太女様に鬼畜だったわ。ユイナを連れ帰って、あんな風に毎日いたぶれば? あの娘は簡単には心なんて折れないから、それを調教するなんて愉しいわよ」

 

 ちょっと渋るような表情になっていたのか、イライジャが焦ったように、少し明るめの口調になって、一郎をあおり立てるように言った。

 

「なるほど、それは悪くないな」

 

 あの小生意気だったユイナを性奴隷調教するというのは、考えてみれば、面白そうだ。

 

「そ、そうでしょう――。やっちゃえ、やっちゃえ。ユイナをここで調教しましょうよ。なんでもやり放題よ」

 

 イライジャがわざとらしく焚きつける。

 一郎は苦笑した。

 まあいいか……。

 

「いずれにしても、普通に旅をして一箇月で到着だな……。二箇月なら余裕だ」

 

 一郎は三人娘を見た。

 エリカたちは、仕方がないという表情をした。

 もともと、一郎の決心に逆らうつもりはないのだろう。

 

「ところで、そのユイナって何歳? 美人?」

 

 そのとき、コゼが口を挟んだ。

 

「歳は十八……。顔は可愛いわ。美人よ」

 

 イライジャが言った。

 

「だったら、昨日あんたが持って来た金子じゃあ、買えないわ。奴隷には相場がある。エルフ族の若い美女なら、性奴隷として、飛び切りの値段で売買されるわ。あんなものじゃあ、買えないわよ。話を聞いたところでは、競りなんでしょう? 買うのはご主人様だけ?」

 

 コゼは奴隷あがりだ。

 自分自身が売られただけでなく、城郭にいるあいだには、自分と同じような境遇で女が売られていく奴隷市にも接していただろう。

 ある程度の知識はある。

 

「そりゃあ、ほかにも集まるかも……。でも、わたしにはこれしか……。残りは……なんとか……」

 

 イライジャが意気消沈して言った。

 言葉の最後の部分は、口の中でごにょごにょと鳴っただけで、なにを言っているのかわからなかった。

 コゼが目を大きくした。

 

「はあ──? あんた、もしかして、不足する分をご主人様に出せと言っているの──? ご主人様を馬鹿にして、しかも、陥れた娘を助けるために──」

 

 コゼが大声を出して立ちあがった。

 

「わ、わかっている……。そんなことを頼めた義理でもないことは重々承知よ。だけど、あの娘のせめてもの幸せを考えると、ロウに引き取ってもらうのが一番いいの……。そ、そうだ。わたしをつけるわ──。わたしも、ロウの性奴隷になる。わたしを買って、ロウ──。なんでもする。だから──」

 

「なに言ってんのよ。ご主人様の奴隷はいっぱいいるわ。なにかの代償にはなりはしないわよ」

 

 コゼがむっとして言った。

 一郎はコゼを座らせた。

 

「まあいいさ。これまでの稼ぎもあるし、道中で大きなクエストを受ける機会があれば、それで軍資金も増やせる。だけど、競りには参加するけど、持ち金で勝てなかったら、それで終わりだ、イライジャ。引き受けると言ったから、そこまではやる。でも、それで線引きだ。いいね」

 

「はい」

 

 イライジャがまた深々と頭をさげた。

 軍資金を蓄えながら進むということになれば、時間的な余裕がもっと必要になる。

 なるべく早く出るということがいいだろう。

 すぐに出立というわけにはいかないから、王都を出るのはどんなに早くても、十日ほど後になるだろうが、それなら時間的には問題ない。

 移動を除いて、一箇月の余裕があるので、その時間を利用して移動しながら時間のかからないクエストも途中で受けることもできる。

 最悪、ぎりぎりまで稼ぎながら近づき、馬に乗れるシャングリアにでも、騎馬だけで突っ走らせるということもできる。

 シャングリアは人間族なので、条件に入る。

 やはり、すぐに出た方が、より融通が得られるか……。

 そのときには、帰りもあるから、三箇月ほどの不在ということになるな……。

 

「じゃあ、軍資金稼ぎもするなら、さっそく出発ということにしよう。目途は十日後──。それでも、途中でクエストを受けるということになれば、二箇月はぎりぎりになる」

 

 一郎は宣言するように全員に告げた。

 

「みんなにも挨拶しなければならないな。シャングリア、二、三箇月は戻れないぞ。一緒に来れるか?」

 

 シャングリアは騎士団にも所属している。

 長く王都を離れるのは許可が必要なはずだ。

 シャングリアが参加できるかどうかで、考え方も変わる。

 

「問題ない。わたしは騎士団の一員である前に、お前のパーティに所属する冒険者だ」

 

 シャングリアが胸を叩いた。

 

「皆様、本当によろしくお願いします」

 

 イライジャがもう一度頭をさげた。

 そのときだった。

 シルキーがすっと姿を現わした。

 

「スクルズ様がご来訪です。それと、イザベラ様も……」

 

 シルキーが言った。

 

「珍しい組み合わせだけど、昨日の続きね……」

 

 コゼがぽつりと言った。

 確かに、スクルズには、アナル棒を入れっぱなしにさせているし、イザベラには股縄を装着したままだ。

 ふたり揃って、今日の朝まで外さないと宣言をしていた。

 イザベラについても、一郎の目の前で放尿をさせた後で犯し、やはり、その後で股縄を締めなおさせている。

 

「ふたりとも、ここに」

 

 一郎の言葉で、すぐにシルキーが移動術の空間を繋げたのがわかった。

 目の前の空中が急に揺れるように動いたのだ。

 

「ああ、ロウ様、スクルズでございます……。や、やっと朝の祭儀を終えました。が、頑張りました」

 

「ロウ、も、もう許してくれ」

 

 そして、移動術で同時に転送してきたふたりが、いきなり泣くような声で一郎に訴えかけてきた。

 

「ロウ殿、姫様はあんまり眠れなかったようですよ。今朝も、まだおしっこをされてないし、もう解放してあげて頂けませんか」

 

 イザベラと一緒についてきたシャーラも、困ったような顔で一郎に訴えた。

 一郎はほくそ笑んでしまった。

 そして、ちょっと思いついたことがあり、すっと立ちあがった。

 

「じゃあ、夜の宴の前哨戦だ。七人もいるし、全員で順番に俺の前でおしっこしてもらおうかな。但し、自慰をしながらだ。必ずいきながら放尿するんだ。タイミングを逃したら、罰として浣腸だ……。心配しなくても、全員、膀胱は満水にしてやる。あと、言うまでもないけど、俺にはわかるから、達した振りをしても無駄だよ。本当に絶頂するんだ」

 

 一郎は宣言した。

 女たちが一斉に悲鳴をあげた。

 

「な、なにそれ? それをわたしもするの?」

 

 イライジャも顔色を変えている。

 

「当たり前だよ、イライジャ。夕べも目の当たりにしただろう? こんなのは俺たちの日常だ。これが俺の性癖だ。そもそも、イライジャも、ユイナのことを引き受ける見返りに、俺の性奴隷になってくれるんだろう。まさか、嫌とは言わないよね?」

 

「う、うう……」

 

 イライジャが絶句して、顔を赤くする。

 

「な、なにを言っとる。そんなことはせんぞ。嫌だ。お、お前は昨日といい、今日といい。わ、わたしをなんだと……」

 

 イザベラが叫んだ。

 

「却下です、姫様……。さあ、シルキー、準備を……。そうそう、ちゃんと木桶におしっこするようにな。狙いを外しても、浣腸な」

 

 一郎が声をかけると、シルキーの淡々とした返事とともに、たちまちに床に広いシートが出現して、たくさんの木桶も現れた。

 さらに、浣腸一式もだ。

 女たちが、揃って大きな悲鳴をあげた。

 

 

 

 

(第2話『遠方からの依頼人』終わり、第3話に続く)



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 第3話   第1回チキチキ3Pの宴
263 赤い箱と青い箱


 いつもの屋敷の広間の片隅に五個の脚付きの大きな姿見が並んでいる。

 姿見の大きさは人の背丈ほどもあり、いずれも人が通り抜けられるほどの幅がある。

 そのとおり、通り抜けられるのだ。

 

 スクルズの移動術の能力を駆使した魔道具であり、それぞれ「第三神殿のスクルズの私室」、「宮殿内の王妃殿のアネルザの寝室」、「正宮殿のイザベラの書斎」、「屋敷妖精ブラニーが守っている小屋敷」、そして、新たに加わった「冒険者ギルドのミランダの部屋」を瞬間的に移動する出入り口である。

 同じものが向こうにもあり、基本的には自在に通り抜けられる。

 ただし、一郎の淫魔術の刻みのある女だけが使えるように、細工をしている。

 それ以外の者にとっては、ただの姿見だ。

 これが“ほっとらいん”だ。

 

 少し前までは、壁などを使ったりもしていたが、跳躍先を逐次に増やすに伴い姿見で統一した。

 壁は動かせないが、姿見なら簡単に移動できる。

 調教室(ぷれいるーむ)は地階にあるので、姿見を地階に移動させれば、女たちを直接調教部屋に呼ぶこともできる。

 まあ、もともと、シルキーがいれば、この屋敷のどこにでも、さらに転送してくれるのだが……。

 

 また、アネルザの部屋には、後宮に繋がる“ほっとらいん”もあり、そこから、サキたちのいるところに向かうこともできるようになっている。

 おかげで、女たちのところに通うのが便利になった。

 もっとも、ほっとらいんの有効距離は王都と王都郊外の屋敷くらいのもので、これ以上遠くなれば、“ほっとらいん”は使えなくなる。

 それをさらに、遠距離にしたのが、スクルズが新たに作った長距離対応の跳躍設備だ。

 “ほっとらいん”の応用版であり、途中に魔石付きの中継器を幾重にも重ねることで、本来何日もかかる距離も一気に跳躍できるものだ。

 一郎は“げいと”と名づけたが、最近、スクルズはこれの開発に成功して、何回か一郎も恩恵を受けた。

 ただ、あっちは魔石を扱うことから資金がかかるため、スクルズはあちこちに資金提供を求めて、技術公開をしているので、こっちは公共性が強い性質のものだ。

 しかし、これを開発した動機が、一郎と一緒にクエストに参加したいからだというのだから、一郎としても恐れ入ってしまう。

 

「この前、やっとミランダを説得して、冒険者ギルドにも繋げたんだ。でも、本当にミランダが嫌がって大変だった。俺が突然に背後からやってきたりすると、緊張するのでやめてくれと言われ続けてね」

 

 一郎は横に立つイライジャに説明をしながら笑った。

 

「はあ……」

 

 イライジャは、移動術ほどの高等魔道を術者なしに延々と維持する仕掛けに、目を丸くして驚いている。

 一郎は、古代エルフ族の魔道技術に同じものがあると耳にしていたのだが、よくよく聞けば、エルフ族でも失われた技術らしく、いまは彼らにしても、こんなものはないらしい。

 

「ご主人様、支度はできたみたいですけど、寝台の横にある箱と玉はなんですか?」

 

 コゼだ。

 シャングリアとエリカもいる。

 

 今日は、イライジャの歓迎会を兼ねた宴ということで、趣向を凝らした遊びを準備している。

 何人くらい集まれるかわからないが、一応全員に声をかけた。

 昨日、冒険者ギルドで声をかけたときには、アネルザは来ると言っていたし、スクルズも、朝の時点で、ベルズとウルズを伴ってやって来ると返事をした。

 イザベラも来るかもしれない。

 ミランダも遅くなっても、顔を出すということだった。

 

 一郎は、この場を利用して、三箇月ほど留守にすることをみんなに伝えるつもりだ。

 褐色エルフの里に行き、罪を犯して奴隷として売られることになったユイナを競り落とすためだ。

 クエストで王都を空けることはよくあることだが、三箇月ともなれば初めてだろう。

 伝えそこなったりすれば、それこそ、戻ったときに怒って頭の皮でも剥がされかねない。

 なにしろ、一騎当千の女傑揃いなのだ。

 

「箱か? まあお愉しみだ。番号もな。もう少しして、みんなが集まったら説明するよ」

 

 コゼが訊ねたのは、性宴の余興として準備した二個の箱と数字の書いた玉のことだ。

 玉は一応、一から十まで数字を揃えたが、必要であればまだ増やせる。箱は赤い箱と青い箱の二個だ。

 箱の上の部分に丸い穴が開いていて、腕が入るようにしている。

 また、部屋の真ん中には、広めの寝台がある。

 半透明のカーテンで四周を囲んでいるが、内側の様子は外から影として見えるようになっている。

 

 食事や飲み物は、その寝台をぐるりと囲んだ卓に置く。

 いまは、まだなにも載せてはいないが、パーティが開始となれば、一瞬にしてシルキーが準備したものを並べるはずだ。

 つまりは、宴席のど真ん中に、男女が寝る寝台があるのだ。

 ただのパーティでないことは、イライジャにもわかっているだろう。

 しかし、イライジャはこの宴の支度を見せられても、特に動揺した様子はなかった。

 だから、念のために一郎は訊ねることにした。

 

「ところで、イライジャ、覚悟はいいね。隠さずに言うけど、俺の主催する宴は、ただ食事をして、お酒を愉しんで、お喋りをするというものじゃないよ。セックスだ。乱交さ──。そういう宴だ」

 

「もう覚悟は整ったわ……。朝から馬鹿みたいなことをさせられたときからね」

 

 イライジャが溜め息をついた。

 一郎はくすりと笑った。

 イライジャを含めて、うちの三人娘、たまたまやってきたスクルズとイザベラとシャーラも混ぜて、自慰で絶頂しながら、放尿するという破廉恥行為を全員の前でひとりひとりさせた。

 

 さすがに、当初は心の葛藤もあったみたいだが、やって来た王太女や神殿長がやり、三人娘まで順番に恥を晒していく中で、ユイナを助けてくれるなら性奴隷になってもいいと表明したイライジャがやらないわけにはいかなかっただろう。

 イライジャについても、そんな行為をやってのけ、それでイライジャも吹っ切れたみたいだ。

 

 いずれにしても、朝の出来事で、それまでにあったコゼやシャングリアの抱いていたわだかまりのようなものは、ある程度消失できたと思う。

 特に、コゼなど、突然やって来て、得たいの知れない性悪娘を助けてくれなどと言ってきたイライジャに対し、内心では思うこともあったようだが、一緒に馬鹿げたことをやることで、多少は仲間意識のようなものも芽生えたみたいだ。

 心の中にあったイライジャへの不信感のようなものは、かなり小さくなっている。

 まあ、お互いに自慰をしながら、放尿するところを見せ合ったりすれば、反発心も消えるしかないというわけだ。

 

「エリカにも、あなたの性癖のことはよく教わったわ。どうやら、あなたは、特殊な性癖を持つ好色で、しかも、女を惹きつけて離さない英雄クロノスだったのね。まあ、正直なところ、エルフの里を抜けて、ユイナとここで暮らすとなれば、あなたの援助も必要だし。打算のためにも、あなたには、これからも抱かれておきたいわ」

 

「はっきりと打算のためと口にするのも、イライジャらしいな。だったら、大いに利用してくれ。あなたが俺の相手をしてくれる限り、俺は全幅の援助を惜しまないよ」

 

 一郎は笑った。

 

「ああ、もちろん、打算抜きであなたのことは慕っているわ……。さっきもとても気持ちよかった……。腰が抜けるほど……。わたしったら駄目ね。もう少し可愛げのあることでも言えばいいのに」

 

 イライジャが苦笑しながら、溜息をついた。

 ところで、朝のひと騒動が終わったあとだが、イライジャについては、一度抱いて、精を注ぎ直して、淫魔術の結びつきを完全に作らせてもらった。

 すでに、イライジャも一郎の支配下にある。

 

 

 

 “イライジャ

  褐色エルフ族、女

   冒険者(ブラボー)・ランク

  年齢21歳

  ジョブ

   戦士(レベル10)

   魔道遣い(レベル4)

   緊縛師(レベル3)↑

  生命力:100

  戦闘力:80

  魔道力:50

  経験人数:男2、女2

  淫乱レベル:B

  快感値:200

  状態

   一郎の性奴隷↑

   淫魔師の恩恵(交渉術)↑”

 

 

 

 一郎の性支配を受けると、なぜか女のなにかの能力があがるのだが、イライジャの場合は、緊縛師というわけのわからないジョブが覚醒し、さらに交渉術という能力向上があった。

 一郎がステータスを読めることは、仲間内にもほとんど教えていない事で、イライジャにも伝えていないのだが、この能力覚醒はなんなのだろう?

 まあ、気長に観察すればいいか……。

 

「もちろん、イライジャは可愛いよ。そうでなければ、無条件であなたの頼みを承知したりしない。正直、俺はあなたがいなければ、あの里なんて、二度と行くつもりもなかった。イライジャの頼みだから、行くんだ」

 

「もう、あなたって、本当にクロノスねえ……。女を喜ばせる男よ」

 

 イライジャが顔を真っ赤にした。

 

「ロウ様、どうぞ」

 

 あとは参加者を待つだけであり、ほかにすることはない。

 話にひと息ついたのを見計らったのか、エリカが声を掛けてきた。

 一郎はエリカに促されるまま、長椅子の真ん中でエリカの横に腰を落とす。

 すると、向かいの椅子に座っていたコゼがさっとやって来て、一郎の隣に陣取った。

 

「あんたって、いっつも、ロウ様の横に来るわよねえ。たまには、シャングリアに譲りなさいよ」

 

「だったら、エリカが遠慮したらいいでしょう。一番奴隷なんだから」

 

「なんで、一番奴隷だからなのよ」

 

 すぐにふたりの口争いが始まった。

 まあ、お約束のようなものだ。

 一郎は苦笑した。

 

「わたしはいい。なんとなく、後で可愛がってくれそうだしな」

 

 シャングリアは、ちらりと部屋の真ん中に準備をしてあるカーテンに囲まれた寝台に視線をやってから、大人しく向かい側に座った。

 イライジャも、遠慮のない口喧嘩をするエリカとコゼに、驚いた様子ながらも少し嬉しそうだ。

 

「とても親しそう……。よかった。エリカも幸せそうで」

 

 そして、なぜか、溜息をついた。

 一郎は両手を伸ばして、エリカやコゼのふたりの内腿や胸を触ったりして悪戯をする。

 まあ、これもお約束のようなものだ。

 何気無いお触りでも、一郎はきっちりと性感帯を中心にしか触らないので、すぐにふたりとも反応してしまい、ぐったりと一郎にもたれかかるようになる。

 

 向かい側に座ったシャングリアはにこにこしているが、イライジャはちょっと居心地が悪そうだ。

 まあ、目の前でいちゃいちゃされると、ちょっとどうしていいかわからないという感じだろう。

 慣れてもらうしかない。

 

 やがて、陽が落ちた。

 

 シルキーが出現して、さっと食事をテーブルに並べ始める。

 あっという間に、パーティの準備が整う。

 一郎たちも、飲み物をもらった。

 

「おう、来たぞ、ロウ……。イライジャもおるな」

 

「アネルザ、昨日はありがとうございます」

 

 最初に“ほっとらいん”からやってきたのは、アネルザだ。

 やはり、イライジャも気さくに応じて、とても親しそうだ。

 昨日、一郎たちをギルドで待っているあいだ、アネルザとミランダと酒盛りをして、すっかりと仲良くなったみたいだ。

 それにしても、一国の王妃と初対面にも関わらず、呼び捨てにするのを許される程に親しくなるなど、さすがはイライジャというところだろう。

 

主殿(しゅどの)、ピカロとチャルタは置いてきた……。おう、お前が新しい性奴隷か? なかなか、したたかそうな顔をしとるな」

 

 人間族の女の姿のサキもいる。

 ふたりとも部屋着の軽装だ。

 ほっとらいんから、侍女たちの目を盗んで来るのだから、ドレスというわけにもいかないだろう。

 それに、一郎のパーティといえば、途中から服など全部脱いでしまう。

 着飾って来るようなパーティではない。

 

「ピカロたちは、忙しいのか?」

 

 一郎は訊ねた。

 一方で、シルキーがすぐに、サキに特別製の酒を手渡している。

 サキはあれしか飲まないからだ。

 一度舐めたことはあるが、およそ人の飲めるような代物じゃなかった。

 いや、そのとおり、人が飲めば毒である。

 だが、ある種の毒は、妖魔族にとっては、害がないだけではなく、心地よい酔いをもたらすらしく、それがサキの大好物なのだ。

 

「主殿が気にすることでもないが、ルードルフを見張らせる必要があってな。あの変態の相手をしている。まあ、おかげでわしは抜け出して来れたがな」

 

 サキが毒酒を口にしながら言った。

 一方で、エリカがイライジャに、サキは国王の寵姫で、実は妖魔族だとささやいている。

 さすがに、イライジャが顔色を変えた。

 

「何にいたしますか、王妃殿下?」

 

 シルキーがにこにこしながら、各種の飲み物を載せたトレイをアネルザのところに押してくる。

 

「ロウ殿と同じものでいい」

 

 アネルザは葡萄酒を手に取った。

 一郎も女たちがお酒を飲んでくれるのが好きだ。

 向こうの世界では、あまり飲む機会もなかったので、酒というのは悪いものではないと思ったのは、こっちに来てからだ。

 なによりも、女たちが普段よりも淫らで積極的になる。

 まあ、いつぞやのアネルザとミランダの酒乱騒動には閉口したが……。

 

 いや、エリカにスクルズもいた……。

 ふたりには、絶対禁酒令を与えている。エリカは酔っぱらって、コゼに電撃を浴びせまくったことがあり、スクルズに至っては、ここにいる者たちの頭を吹っ飛ばしかけた。

 迷惑な酔っぱらいなのだ。

 もっとも、無理して酔わせたのは一郎なので、文句を言えないが……。

 

 今回はソファ類や椅子を例の寝台を囲むようにたくさん準備した。

 アネルザとサキが、適当なソファに腰掛ける。

 シルキーが台などを引き寄せ、酒と料理をそこに置いたりしている。

 

 次にやって来たのは、イザベラとシャーラだ。

 やはり、ふたりとも軽装だ。

 侍女たちが抜けられないのは最初から聞いている。

 王太女府をもぬけの殻にしてしまっては、イザベラの不在を誤魔化す者がいなくなる。

 向こうの埋め合わせは、ちゃんと準備するつもりであり、問題ない。

 

「今日はもういいのか、イザベラ? このところ、あの唐変木が仕事に口を出したりするんで、政務も混乱しておる。そのとばっちりが全部、そっちに回ってきているのだろう? まあ、大変だろうが、少し頑張れ。いまのうちに実権を握っておくがいい。そのうち、あの生意気な女官ごと、無理矢理に引退させよう。そうすれば、そなたが国王。ロウがその夫だ」

 

 アネルザがイザベラに声をかけた。

 よく聞けば、なかなかに物騒な物言いだ。

 

「せ、政務は、シャーラやバージニアが侍女たちとうまく手伝ってくれて……。でも、王妃殿下……、け、結婚など……」

 

 イザベラはどう返事をしていいかわからない感じで、顔を赤らめた。

 そんな表情は年齢相当で可愛らしい。

 実はイザベラは、いまの一郎の女たちの中で最年少だ。

 そんな年齢でハロンドールほどの大国を背負うのは大変だろう。

 せめて、癒してやろうと思う。

 それくらいしか、一郎にはできない。

 

「ところで、昼間はちゃんと仕事はできたか、シャーラ?」

 

 一郎はいまは護衛長のシャーラに声をかける。

 

「ちょっと、つらかったです」

 

 シャーラが一郎のからかいに苦笑した。

 今朝は、早々にやって来たイザベラとシャーラを相手に奮闘した。

 あの自慰放尿に引き続く時間だ。

 ふたりとも、王宮に戻したのは、完全にノックダウンさせてからだ。

 

「ありがとう、シルキー」

 

 シャーラは酒を断って、果実水を手に取った。

 こんな時くらい、くつろげばいいのだが、キシダインの差し向ける刺客からイザベラを守り抜くことをずっとやっていて、酒を飲まない習慣ができてしまったそうだ。

 まあ、無理強いはしないが……。

 

「わたしは、こっちがいいな」

 

 イザベラも酒じゃなくて、温かい蜂蜜水を選んだ。

 彼女は酒は飲めるが、あまり好きではないみたいだ。

 王宮ではどうしても口にしなければならないパーティなどもあるから、まったくの下戸ではないようだが、好きで飲んだりはしないらしい。

 一度、とことんイザベラを酔わせたい気がする。

 多分、可愛くなる予感はある。

 

 そのとき、小屋敷に繋がっている姿見の表面が波動で揺れるような感じになった。

 向こうから人が潜り抜けてやって来るようだ。

 

「きゃっほう、ぱぱ──」

 

 飛び出してきたのは、幼児返りしたウルズだ。

 このところ、やっと足腰がしっかりして普通に歩けるようになった。

 本当にゆっくりと幼児から成長をやり直している感じだ。

 それはいいのだが、完全な素っ裸だ。

 一郎だけでなく、全員が目を丸くした。

 

「ぱぱ、来たよ。まんま、しよう。まんま」

 

 一郎に裸で抱きついてきた。

 そして、一郎の両隣にいるコゼとエリカを邪魔そうに見た。

 

「コゼおばさんとエリカおばさん、どいてよ。いっつも一緒にいるね。今日はウルズの番だよ」

 

 素っ裸のウルズが一郎の膝の上に強引に乗って来る。

 仕草は幼児でも、姿は一人前の女だ。

 これは眼の毒だ。

 

「お、おばさん?」

「それよりも、なんですっぽんぽんなのよ」

 

 コゼとエリカが押しのけられるように離れた。

 確かに、なんで裸なのだろう。

 

「あ、あのう、この方は?」

 

 イライジャが驚いてる。

 エリカが元第一神殿の筆頭巫女だと紹介した。理由があって、幼児返りしていると説明したが、それに一郎が関係しているとまでは言わなかった。

 

「ところで、なんで裸なんだ? スクルズたちは?」

 

 一郎は裸身を押しつけていくるウルズの身体をだっこしながら訊ねた。

 

「すーままがそうしようって。ぱぱがそうしろって、言ったんでしょう?」

 

「俺が言った?」

 

 記憶がない。

 一郎は首を傾げた。

 

「ほら、あれじゃないですか、ご主人様。結構前にアン様とノヴァに、首輪をつけて、裸でここで給仕をしろって言ったじゃないですか。そのときには、最初から裸で来いって……」

 

 コゼが横から言った。

 

「ああ……、いや、あれは……」

 

 そういえば、そんな冗談をずっと以前に口にした気もする。

 思い出したが、素っ裸で馬車に乗って来いって、からかった……。

 しかし、もう何箇月も前だ。

 それに、あれから、練習とか言って、スクルズが小屋敷にアンたちを裸で連れてくるということとかがあって……。

 もう終わったんじゃ……。

 いや、それから、なにもしてないか……。

 

「今日は、ええっと……れんしゅう……れんしゅうだって、すーままが言っていたよ。れんしゅう」

 

 ウルズが一郎の膝の上で言った。

 

「練習?」

 

 怪訝に思った。

 すると、また姿見が揺れて、今度はミランダが出現した。いつもの服装だ。

 思ったよりも早かったようだ。

 

「……ほら、恥ずかしいなら、やめればいいでしょう」

 

 鏡を出るなり、ミランダはその鏡に向かって叫んだ。

 なんだろうと思ったら、スクルズが裸で出てきた。

 続いて、アン、ノヴァも出現する。

 ミランダを除いた三人とも素っ裸だ。

 顔を真っ赤にして、手で股間と胸を隠すようにして、とても恥ずかしそうに小さくなっている。

 

「に、二度目の練習です。今回こそ、お言い付けの通りに馬車に乗ったまま裸で向かおうとしたんですけど、準備できませんでした。なにしろ、あらゆる可能性を考慮していくと、城壁で馬車の扉を開かれても問題ないようにする工夫が見つからず……。わたしはともかく、アン様にご迷惑をかけるわけにもいかないし……。申し訳ありません」

 

 スクルズが赤い顔のまま言った。

 一郎はなんと言っていいかわからなかった。

 突っ込みどころいっぱいだし……。

 そもそも、そんなに真面目な話じゃないし……。

 しかし、スクルズにしては、全裸で関門のある城壁を通りすぎるのを思いとどまったのは、まともだといえないでもないし……。

 だいたい、確かに、アンたちに裸で来いって軽口を言ったかもしれないが、かなり前だし、スクルズは関係ないだろう。

 このところ思ってきたが、スクルズは筋金入りの変態なのではないだろうか?

 

 続いて、スクルズは、ベルズは来ないと言った。

 ベルズは領地から親族が来ていて、今日は都合がよくないらしい。

 もっとも、こんなスクルズの「変態」には、暇でも付き合わないだろう。

 イライジャには、スクルズやアンたちが何者なのか、エリカが説明している。

 第三神殿長に、そこで預かっている王女と侍女だと教えられて、イライジャは絶句している。

 

 また、ミランダによれば、ランも来れないようだ。

 ただの小間使いだったランだが、いまや、ミランダの片腕みたいになっていて、今日は一度に抜けるのは難しかったらしい。

 まあ、一郎の気まぐれの呼び掛けだし、仕方ない。

 しばらく、留守にすることについての挨拶は、改めて全員に明日するつもりだ。

 

「ご主人様、首輪もしました……。今度こそ、み、三日間、よろしくお願いします……」

「お願いします……」

 

 スクルズの後ろのアンとノヴァが頭をさげた。

 やはり、ふたりとも裸だ。しかも、どこから手に入れたか知らないが、犬につけるような首輪をしている。

 まあ、スクルズの変態の犠牲者だろう。

 いや、もともとは一郎か……。

 ふと見ると、イライジャの顔は完全に強張っている。

 おそらく、思考がついていっていないのだろう。

 

「そのことなんだけど、残念ながら、その約束は戻ってきてからのこととさせて欲しい。出立の準備もあるんで。実は十日後にはナタルの森に行くんだ。ある依頼があってね……」

 

 一郎は全員にイライジャの依頼のことを説明した。

 みんなちょっと残念そうにしている。

 特に、スクルズが目を丸くしている。

 

「三箇月も……」

 

 そして、なんだか絶望するような顔になった。

 さすがに三箇月では、ついては来られないだろう。同行するとは言わなかった。

 なんだか、とても申し訳ない気になった。

 

「済まないな、スクルズ。夕べ、そういうことになって。朝は言いそびれてた」

 

「い、いえ……。そ、そうですか……。ナタルの森……。と、遠いですね……」

 

 なんだか、意気消沈している。

 本当に申し訳ない気持ちになる。

 せめて、言葉を掛けようと思ったものの、うまく言葉を思い付けずに断念した。

 

「……というわけなので、ミランダ、しばらくクエストは受けれないよ。もっとも、道中のギルドでいくつか受けようと思っているけどね」

 

 とりあえず、ミランダに言った。

 しかし、ミランダはある程度事情を承知していたみたいだ。びっくりはしてない。

 夕べ、一郎がイライジャと話をしていたときに、部屋にやって来たあとは、この話題は出さなかったので、昨日の酒盛りのときにでも、イライジャから聞いたのだろう。

 

「道中のそれぞれのギルド支部と、ナタルの森のエランド・シティのギルドには一応連絡はしておくわ。気をつけてね。まあ、あなたたちのことだから心配ないと思うけど」

 

 さらに、ミランダが言った。

 

「そうか。気をつけてな」

 

 アネルザも驚いてはいない。やはり、イライジャから聞いたのだと確信した。

 

「三箇月か……。そうか……」

 

 イザベラだ。こっちは、スクルズと同じような顔をしている。

 なんか、泣きそうな顔に見えて、少し慌てる気持ちになる。

 三箇月留守にするというのは、そんなに深刻な話だろうか……。

 

「侍女たちのみんなには、今夜でも説明して、挨拶するよ。いや、明日の昼間も行く。夜も行く。なるべく、通うよ」

 

 別に今生の別れでもなんでもないのだが、イザベラの顔を見ていたら、そう言っていた。

 だが、考えてみれば、侍女軍団をまとめて性奴隷にしてからは、イザベラのところには、クエストで留守にするとき以外はほぼ毎日通っていた。

 

 一郎はさらにサキに視線を向ける。

 そういえば、サキには、ずっとルードルフの見張りなんて、仕事を頼んでいる。

 あの変態は、女好きなだけでなく、快楽というものの全てに興味があって男色家でもある。

 一郎が色事師と耳にして、一度その性技を閨で自分にも披露しろと言われて、ぞっとしたことがあった。

 それで、寵姫として後宮に入り込み、ルードルフの見張りと、万が一にも一郎を呼び出したりしないように処置することを頼んでいた。

 サキのおかげで平和だったが、一郎が長期不在となれば、ルードルフに呼び出される心配もないから、見張り任務は解除しておこうと思った。

 

「サキも、そういうわけで、頼んでいるルードルフの見張りは、しばらく必要ない。いないあいだは、俺を呼び出すなんて気まぐれは起こしようもないしね……。戻ってくれば、またお願いするだろうから、寵姫として完全にいなくなっては困るんだけど、適当な言い訳ができれば、不在の間は好きにしていい。チャルタたちにも伝えてくれ。それと、長くありがとうな」

 

「うむ。今度は好きにするのだな。承知した」

 

 サキの返事に、一郎は頷いた。

 そして、全員を見渡す。

 

「だけど、せっかくのスクルズの趣向なので、それに倣いましょうか。今日は全裸パーティにしましょう。さあ、みんな裸になってください」

 

 一郎は声をかけた。

 ところどころから、「ええっ」という声もした。

 

「お召し物はこれにお入れください」

 

 しかし、次の瞬間には、シルキーが人数分の籠が部屋に出現させていた。

 まだ、服を着たままの女たちは、呆気にとられながらも、すぐに服を脱ぎ始める。ミランダさえも、なにも言わずに脱いだ。

 一郎も脱いでいく。

 ただひとり、イライジャだけが取り残されている。

 

「イライジャは、お客さん扱いされたいか? 脱がないのか?」

 

 一郎は声をかけた。

 

「ぬ、脱ぐわよ……」

 

 ほとんどの女はすでに素裸だ。

 さすがに、圧倒されたような感じだ。

 イライジャも追いかけるように全裸になっていく。

 

「さて、じゃあ今夜の趣向を説明する。全員に一から十四までの番号の書いた玉を渡す。それを赤い箱と青い箱の好きな方に入れてくれ。赤い箱は縛られて俺に抱かれたい者。青い箱は縛られないで抱かれる側だ。俺は、それを両側から一個ずつ取る。選ばれたふたりは、そこの寝台で三人で愛し合う。それを繰り返す。そのあいだ、ほかの者は、飲み食いをしながら待つ。そういうことだ……。じゃあ、好きな方の箱に入れてくれ」

 

 一郎はシルキーにそれぞれに球を渡すように指示した。

 玉が女たちに適当に渡される。

 思ったよりも人数が増えたので、シルキーに命じて急きょ十四まで数を増やしてもらった。

 

「もしかしたら、わたくしめも人数に入ってるのですか?」

 

 全員に配り終わって、まだ一個残ったことで、シルキーが一郎に微笑みながら訊ねた。

 

「もちろんだ。シルキーはどっちがいい?」

 

「じゃあ、わたくしめは、縛られない方で……。給仕もありますから」

 

 シルキーは自分の十四と書かれた自分の玉を青い箱に入れた。

 そして、給仕服を脱ぎ始める。シルキーはまだ服を着ていたのだ。

 

「では、始めよう。題して、第一回ちきちき3(ぴー)の宴――」

 

「なんですか、それ?」

 

 コゼが声を掛けてきた。

 

「俺が、昔に唯一好きだったテレビ番組からとった」

 

「てれび?」

 

 コゼが首を傾げるとともに、なにか不満そうな表情になる。

 そう言えば、コゼは一郎が前の世界の話をすると、ものすごく嫌そうな顔になるのを思い出した。

 それで、これ以上、説明するのはやめた。

 

「さあ、シルキーだけじゃなく、みんな球を箱に入れるんだ」

 

 一郎は明るく言った。

 女たちが周りの動きをうかがうような視線を送り始める。

 迷っているようだ。

 一郎も今夜の趣向にはわくわくしている。

 これまでになかったような組み合わせになるかもしれないし、愉しみだ。

 

「……ということは、数が少ない方に入れた方が順番が早く回るのかなあ……」

 

 近くにいたコゼが小さな声でひとり言を口にするのが聞こえた。

 一郎はコゼらしいと苦笑した。

 

「ま、まさか、この人数をロウがひとりで相手を?」

 

 やっと服を脱ぎ終わったイライジャが玉を持ったまま声をあげた。

 イライジャの持っている玉は“四”だ。

 

「昨日も言ったろう、イライジャ。信用してなかったのか? この男はクロノスだ。だから、これだけ女が集まるのだ。独占するなど不可能だしな。こんなにいても、この男ひとりに全員が打ちのめされるのだ。もしかしたら、二巡目もあるかもしれんぞ」

 

 アネルザがイライジャにそう言って、笑った。

 そのアネルザは、自分の玉を赤い箱に入れた。

 イライジャは呆気に取られている。

 

 それを合図にするように、全員が選んだ箱に次々に入れていく。

 

 縛られないで抱かれる側の青い箱に入れたのは、シルキー(十四)、イライジャ(四)、コゼ(二)、イザベラ(七)、シャーラ(八)、ウルズ(九)、サキ(六)──。

 

 赤い箱は、アネルザ(五)、エリカ(一)、シャングリア(三)、アン(十二)、ノヴァ(十三)、スクルズ(十一)、そして、ミランダ(十)だ。

 

 特に、ミランダが恥ずかしそうに、さっと縛られる側の赤い箱に自分の玉を入れるのが面白かった。

 

「わっ、なにそれ、ちょっと見せなさいよ、エリカ。朝は、わたしも動揺してたから、見逃してたわ。そういえば、夕べ、乳を揉んだときに、変な感触があったんだけど、これかあ――」

 

 そのとき、イライジャが愉しそうな声をあげた。

 どうやら、エリカの身体に装着している乳首ピアスとクリピアスを見つけたようだ。

 

「えっ、は、恥ずかしいわよ、イライジャ」

 

 エリカが全身を真っ赤にさせて身体を隠す。

 

「ほら、隠しちゃだめよ。触ってもいいわよ、イライジャ」

 

 すかさず、コゼがエリカを羽交い絞めにして、腕を掴んでエリカの身体から離させる。

 

「な、なに言ってんのよ、触っちゃだめえ。か、感じるの」

 

「だったら、触らなくっちゃ。ほら、動かないのよ、命令よ」

 

 きゃあ、きゃあと騒がしい声が響く。

 一郎はそれを横目で見ながら、青い箱と赤い箱から一個ずつの玉を取った。

 

「青い箱は“七”、赤い箱は“十”だ」

 

「えっ、あたし?」

「わたしか?」

 

 ミランダとイザベラが返事をした。




(注 意)
 本組み合わせは、(当時、)本当にくじを作って決めました。


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264 くじ引き三人セックス(1)─避妊不要

「ひ、姫様、よろしくお願いします……」

 

「う、うむ、ミランダ……」

 

 寝台にあがってきたミランダとイザベラがぎこちない挨拶を交わす。

 一緒に寝台にあがった一郎は、横で噴き出してしまった。

 

「な、なによ」

「なんじゃ?」

 

 ミランダとイザベラは不満そうに一郎を睨んだ。

 もっとも、ふたりの不満顔は不安の裏返しだ。

 それはわかっている。

 ふたりとも、思わぬ相手と組むことになって照れくさいということもあるし、気恥ずかしいというのもあるだろう。

 一郎たちの女たちの中では、ふたりとも真面目な部類だ。

 性についても、自分から羽目を外す方ではない。

 

「おふたりに言いたいのは、せめてセックスのときくらい、我を忘れて愉しんでくれということです……。ミランダ、両手をあげて。今回はミランダが縛られる方で、姫様が縛られない方でしたね」

 

 さて、ここから先は、一郎の独壇場だ。

 女たちを相手に、なにをしてもいい時間なのだ。

 

 一郎はあらかじめ準備してあった天井から鎖でおりている手枷に、ミランダの両手首を繋いだ。長さはちょうどミランダが寝台に跪く状態で、万歳をするような長さにした。

 ただの鎖じゃない。

 一郎の淫魔術の紋様を練り込んであり、自在に伸縮できる。

 以前、女たちの身体に紋様を刻んで、ほかの男に犯されないように淫魔術を注いだことがあったが、それを道具に施した応用だ。

 どうやら、スクルズなどが、魔道具を作るのと同じ工程のようなのだが、やってみたらできた。

 淫事に関することである限り、想像した通りに、なんでもできてしまう自分が怖い。

 

 とにかく、この鎖でうまく長さを調製して、ミランダを膝立ちさせる。

 次いで、ミランダの両目を目隠しをして覆ってしまった。

 

「あっ」

 

 視界を失ったミランダが身を捩った。

 一郎はさらに、淫魔術を使って、一時的に聴覚を奪ってしまう。

 これでミランダは、視界と聴覚を奪われてしまったということだ。

 

「な、なにをしたの? なんなの?」

 

 ミランダが狼狽えた声を出した。

 自分の声が聞こえないはずなので、馬鹿みたいに声が大きい。

 

「姫様、知っていますか? 人というものは視界も聴覚も奪われると、ものすごく皮膚感覚が鋭くなるんですよ」

 

 一郎はすかさず亜空間からローターを取り出すと、それを振動させてミランダの股間に粘着効果をつけた粘性体でぴたりと貼りつける。

 

「あっ、だ、だめ……ああ」

 

 途端にミランダの腰が砕けたように、がくりと両手に全身をもたれかからせるようになった。

 さらに取り出したローターを、ミランダの両乳首に貼りつけ、続いて膣、お尻の穴にも挿入する。一郎の媚薬効果付きの潤滑性と粘着性のある体液をまぶしているので、簡単にミランダの身体に密着するし、穴から抜けることはない。

 

「う、ううっ、くっ、うううっ」

 

 ミランダの全身から汗が噴き出して、腰がくねくねと動き出す。

 視界と聴覚を奪ったために、ローターの振動の刺激を感じすぎるくらいに感じてしまい、全身が溶けるような快感が沸き起こっているのだと思う。

 一郎はさらにミランダに箝口具をした。口の部分が空間になっている筒状のものだ。

 大抵の責め具は、いつでも取り出せるように亜空間に集めている。

 便利なものだ。

 

「あ、ああ……」

 

 大きく開いたままのミランダの口から、涎が流れ出す。

 一郎は舌でそれを舐めとるようにしてやった。

 同時にローターが貼りついて淫らな振動を加えている、ミランダの豊かな乳房を前から揉みしだく。

 

「んあ、んああっ」

 

 ミランダの身体からさらに力が抜ける。

 そのミランダが、箝口具の周りを舐めている一郎の舌を追いかけるように舌を伸ばしてきた。

 ミランダは人前であまり積極的になることはないが、今回は周りを感じることができないためか、いつになく大胆だ。

 一郎は、しばらくのあいだ、ミランダとの舌の絡め合いを愉しんだ。

 

 やがて、やっとミランダから口を離した一郎は、すぐ横で座っているイザベラに視線を向ける。

 イザベラは、一郎がミランダを責めるのにあてられたように、赤い顔をして呆けていた。

 一郎はその手が自分の乳房と股間をぎゅっと押さえつけるようになっていることを見逃さなかった。

 

「あっ」

 

 一郎の視線に気がついて、イザベラが慌てたように手をどける。

 

「どうです? やっぱり、縛られて俺に責められたくなったんじゃないですか、姫様?」

 

 一郎はにんまりと笑った。

 どうして、縛られないで抱かれる青い箱に自分の玉を入れたか知らないが、イザベラはマゾだ。一郎がセックスでそれを躾けたのであり、イザベラはそれ以外の性交をしたことがないので、彼女が知っているのは、そんなセックスだけなのだ。

 まあ、自由を奪われて抱かれたいと自分から表明することが恥ずかしかっただけだと思う。

 

「そ、そうじゃな……。ロ、ロウがそうしたいのであれば……」

 

 イザベラがもじもじしながら口にし、同時にほっとした顔になった。

 やっぱり、イザベラも縛られて抱かれたかったようだ。

 一郎はイザベラの両手を背中側に回させて、亜空間から取り出した縄で素早く後手縛りにする。

 さらに、ミランダと同じように目隠しをした。

 

「姫様、ミランダの涎を舐め取ってあげてください。命令です」

 

 一郎は拘束したイザベラをミランダの裸身に押しつけるようにした。

 

「ああ、ああっ?」

「え、えっ?」

 

 ミランダが戸惑った声を出す。

 イザベラもまた、困惑した声を出した。

 

「い、いやじゃ、ミランダとは恥ずかしいし……」

 

 イザベラが、ミランダから顔を離して、怖がるように首を横に振る。

 一郎は返事の代わりに、新しいローターを取り出すして潤滑油の体液を塗ってからイザベラのお尻につるりと入れてしまう。

 

「んはあっ、ああっ──。や、やじゃ──。とって……とってくれ、ロウ──」

 

 イザベラがお尻を激しく振って、悲鳴をあげた。

 すっかりアナル調教の終わっている女もいるが、イザベラはほとんどお尻を責めてやったことがない。

 いやがるイザベラへ二個目、三個目とどんどんお尻の穴に振動を続けるローターを挿入していく。

 

「何個くらい入れたら、姫様も素直になりますかね」

 

 四個目は股間に密着させた。

 イザベラがやっとミランダと口づけをすることに同意した。

 ふたりの口を重ねさせる。

 ミランダは、すぐに相手が一郎ではないことに気がついたとは思うが、もう観念したのかイザベラの舌に応じるように舌をねちゃねちゃと舐め合いだす。

 

 一郎は満足しながらも、ふと周りに意識を移す。

 今回は寝台の上が直接見れないように、周囲を完全にカーテンで囲っているが、もちろん声や音は聞こえるし、三人の動きは内側の燭台によってシルエットとして外からわかるようにしている。

 さっきまで騒がしかった周りの女たちは、すっかりとしんとなっていた。

 どうやら、一郎とミランダとイザベラの三人セックスに注目しきっているようだ。

 

 ふたりが身体を向き合わせているので、ふたりの乳房はほとんど接触している。

 一郎はイザベラの乳房をミランダの乳首に装着しているローターにくっつけるように押しつつ、舌でふたりの乳首を転がした。

 さらに、両手をそれぞれの股間に移動して、クリトリスを刺激してやる。

 

「あっ」

「ああっ」

 

 ふたりの身体がびくりと跳ねた。

 それぞれの腰の動きが淫らになり、女の性臭が匂いたってくる。

 すでにすっかりと準備は整っているようだ。

 ふたりとも、そろそろ挿入してもらって、絶頂したいだろう。

 なにしろ、ふたりともローターを身体にくっつけられて責められっぱなしなのだ。

 特にお尻の穴に挿入されているものがつらそうである。

 

 しかし、一郎は簡単には犯しはしなかった。

 いつまでも愛撫を続けて焦らすように悶えさせる。

 ローターだって、いきそうになれば振動を緩めてやる。

 後がつかえているので、そんなに長い時間をふたりだけで使うわけにはいかないが、それでも一郎の時間感覚で十五分は焦らすような愛撫を続ける。

 ふたりともすっかりと息を乱して、汗びっしょりになった。

 そのあいだも、ふたりは口や首筋へのキスをずっと続けさせた。

 

「そろそろ、いきましょうか。じゃあ、姫様からです」

 

 一郎はイザベラをうつ伏せにして、お尻を天井に突きあげるような姿勢にさせた。

 お尻を持ちあげ、すっかりと濡れている肉孔に怒張を埋めていく。

 ローターについては、股間は外したが、お尻はそのままだ。

 

「うう、ああ、ああっ」

 

 怒張を挿入すると、イザベラの背中が大きく反った。

 だが、完全に根元まで収まると、逆に力が抜けたようになり、イザベラの身体からくたくたと砕ける。

 一郎は背中側からイザベラの乳房を抱き、乳首を指で弾くように転がしながら、秘奥に向かって荒々しく怒張を律動させた。

 ここからは一郎の真骨頂だといっていい。

 触れる場所、突く位置、ちょっとした指の動きに至るまで、すべてイザベラの性感帯を示す赤いもやにしか向かっていない。

 全身に浮かぶ性感帯のつぼを的確に連続で刺激され、生身の女が耐えられるわけがない。

 

「んあああっ、ロ、ロウ、き、気持ちいい……。き、気持ちいい……、う、うあああっ、はあああっ」

 

 散々に焦らしてやったイザベラの身体は、あっという間に絶頂をした。

 イザベラの裸身が弓なりになってがくがくと震える。

 一郎はイザベラの子宮にたっぷりと精を注いでやった。

 

「どうします? このまま孕みますか? 避妊薬は常時飲んでいると思いますが、俺の精はその気になれば、それに関係なく、イザベラ姫様を妊娠させてしまいますよ」

 

 一郎はからかった。

 他意はない。

 ちょっと意地悪を言ってみただけだ。

 

「い、いや……、ひ、避妊薬など……。の、飲んでない……。お、お前の子なら、う、産んでもいい……」

 

 イザベラが脱力したまま言った。

 一郎は少し驚いてしまった。

 この世界には、身体に無害な避妊薬が安価で売られている。どこにでもあるような雑草から作るので、いくらでも量産できるらしい。

 だから、当然全員が服用していると思っていた。

 しかし、イザベラは口にしてはいなかったようだ。

 

「おう、いいぞ、ロウ殿──。王家のことは、わたしがなんとでもする。なんだったら、わたしでもいいぞ。まだまだ、もうひとりくらい大丈夫だ」

 

 すると、カーテンの向こうから、笑いながらの野次のような声が聞こえてきた。

 アネルザだ。

 

「そ、そうか……」

 

 一郎は戸惑いながらも、だったらいいのかな、と思ってしまった。

 イザベラの子なら、気が強くで可愛い子供ができるような気がした。

 まあ、本当にそんなことになれば、大騒ぎになるだろうが……。

 そんなことを考えてるうちに、一郎は精を放っていた。

 

「まあ、そのうちにね……」

 

 一郎は口づけをして、怒張をイザベラから抜く。

 一緒に尻穴のローター責めからも解放してあげた。

 

 今度はすかさず、ミランダに向かう。

 ミランダは全身をローターだらけにし、両手を上にあげて全身を痙攣させたようになっていた。

 それでも、まだ一度も達していない。

 ぎりぎりのところをさまようように保持させていたのだ。

 

 一郎はまずはミランダからすべてのローターを外した。

 次に、ほとんど朦朧となっているミランダの小さな身体を抱えて、ミランダの真下に仰向けに寝る。

 そして、ミランダの股間に天井を向いている怒張の先をあてがい、淫魔術で細工ができるようにしているミランダの手首の枷と繋がっている鎖を伸ばして、すとんと落とすようにした。

 

「んふううっ、ほおおおっ」

 

 早くもミランダはそれで達してしまった。

 完全に両手を拘束している鎖に身体を預けて脱力する。

 

「まだまだ、だよ」

 

 一郎はミランダの腰を一郎の腰の動きで捩じり動かすようにした。

 しかも、ミランダの全身に下から手を這わせている。

 もっとも、ミランダの視界と聴覚は奪ったままだ。

 ミランダが知覚するのは、一郎の愛撫と怒張だけのはずだ。

 その状態で膣を掻きまわされて、しかも、全身の性感帯を刺激され、ミランダは立て続けにさらに二度気をやった。

 もういいだろう。

 一郎は精を放った。

 

 そして、怒張を抜いてからミランダの聴覚を解放すると、両手首の枷、目隠し、箝口具を外す。

 

「う、ううう……」

 

 さすがのミランダが完全にノックダウンだ。

 

「次は誰かな? さあ、クジと行こうか」

 

 一郎はカーテンをさっと開けて、寝台を降りた。

 

「わっ、そんなに近くにいたのか」

 

 すると、ほかの女がびっしりと寝台を取り巻くように、すぐそばに座っていた。

 一郎は驚いてしまった。

 

 

 *

 

 

 次の回は、青い玉がシャーラで、赤い玉がシャングリアだった。

 一郎はシャングリアを縄で後手縛りにして、ふたりの身体を「69」状態で向かい合わせる。つまりは、シャーラの股間にシャングリアの顔、そして、シャングリアの股間にシャーラの顔がある体勢だ。

 そして、お互いの股間を舌で舐めさせた。

 

 さすがに恥ずかしがったふたりだったが、「競争」だといい、先に達した方は全員の前でおしっこをさせるというと、ふたりとも相手をいかせようと励み合った。

 もともと、競争心の強いふたりだ。

 どんなことであろうと、勝負事となると夢中になるところがある。

 

 そのあいだも一郎はふたりの全身を横から好きなように嬲った。

 特にお尻の穴に指を代わる代わる入れて刺激してやると、ふたりとも面白いように反応した。

 

 結局のところ、負けたのはシャングリアだ。

 縛られている分、感じてしまったのか、あるいは一郎が念入りに愛撫しすぎたのかもしれない。

 一郎は約束通りに、淫魔術でシャングリアの膀胱を水分でいっぱいにしてやり、そのうえで性交をした。

 

 シャングリアは悶え狂った。

 そして、絶頂の直後、ついに失禁した。

 だが、一郎もそれがわかっていたので、すかさずシャングリアを幼女をおしっこさせるように後ろから膝を抱え込むと、寝台の外に出し、皆の前で床におしっこさせた。

 

 全員が苦笑するなか、イライジャは目を丸くしていた。

 シャングリアの尿はあっという間に屋敷妖精のシルキーがきれいにした。

 

 次にシャーラを抱いた。

 シャーラもたっぷりと二度いきさせた。

 もちろん、ふたりにも最後に精を注いでいる。

 

 

 *

 

 

 三回目の玉はコゼとノヴァだった。

 ノヴァはアンと快感を同調させているので、ふたりは一緒に抱くことにし、アンも寝台にあげて、青い箱から、もうひとりを選ぶことにした。

 五人セックスだ。

 

 選んだのは、シルキーの十四だった。

 

 アンとノヴァを縛り、コゼとシルキーをさらに寝台にあげる。

 四人一度だが、一郎には問題ない。

 

 半ノスほど愉しむと、四人とも三回ずつ昇天させる。そして、四人全員に最後に一度ずつ射精をした。

 

 四人とも完全に脱力した。

 シルキーでさえも、ぺたんとお尻をつけて座ったまま動かなくなった。

 達した回数はアンとノヴァなど、もうひとりの分も引き受けているので六回もいっており、特にふたりは完全に白目を剥いて気を失った。

 

 寝台の外にいたエリカとシャングリアが、どこからか毛布を出してきて部屋の床に拡げた。とりあえず、そのまま寝てしまったアンとノヴァを手空きの者がそこに運び、一郎に抱かれ終わってまだ身体がだるい者も、そこに休みにいく。

 

「まるで、なにかの難民キャンプだね」

 

 一郎はその光景に笑ってしまった。

 

 

 *

 

 

「ロウ、あなたって、これだけやって、まだ、本当に大丈夫なの?」

 

 次の相手を選ぶために寝台をおりると、身体を手で隠すようにしているイライジャが声をかけてきた。

 

「わかったであろう、イライジャよ。こいつは信じられないような絶倫なのだ。だから、女が大勢必要になるのだ。すでに八人終わっているが、どうやら相手をするだけじゃなく、全員に精も放ったようだしな」

 

 アネルザが言った。

 

「だって、昨日の話は、多分、大袈裟に盛ってるんだろうと……。アネルザとミランダが口にしたロウの話は、とても本当とは思えなくって……。でも、むしろ、控え目な話だったのね……」

 

 イライジャがそれだけ言って絶句している。

 

「次は誰かな?」

 

 一郎は玉を引いた。

 青い箱、すなわち、縛らない側は、イライジャになった。

 

「じゃあ、寝台にどうぞ、イライジャ」

 

「は、はい……」

 

 少し圧倒されてしまった感のあるイライジャが寝台に行く。

 

「さて、もうひとりは……」

 

 一郎は玉を赤い箱から出す。

 

「十一だ」

 

「わ、わたしです」

 

 スクルズが小さく手をあげた。



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265 くじ引き三人セックス(2)─王様遊び

 一郎はイライジャとスクルズを寝台にあげた。

 すでに縄束を準備している。

 とりあえず、スクルズを縛ろうとして、ふと思いついてイライジャに縄を渡した。

 そう言えば、イライジャは最初に会ったとき、エリカを見事な亀甲縛りにしてみせた。

 なかなかの縄遣いだと思ったし、あのときイライジャと抱き合いながら、イライジャが縄が得意だと語ったのを思い出したのだ。

 それに、イライジャを抱いて、淫魔師の結びつきをすると、淫魔師の恩恵により、「緊縛師」というジョブが生まれていた。

 お手並み拝見といきたいと考えた。

 

「わたしが?」

 

 イライジャが戸惑いの声をあげた。

 渡された縄束を持ったまま、当惑したように一郎とスクルズに交互に視線を送る。

 

「わたしがだよ、イライジャ。この神殿長殿はとても淫乱だからね。うんと、恥ずかしがらせてあげてくれ」

 

「そ、そんな……。わたしが淫乱なのは、ロウ様だけで……」

 

 スクルズは言い訳をするような物言いをしたが、すぐに口を閉じた。

 そして、苦笑するような表情を浮かべて顔を赤らめる。

 

「……そうですね。淫乱ですね。でも、それはロウ様に気に入られたいからです……。わたしだって一生懸命なんです……。だって、エリカさんたちは、いつもロウ様と一緒ですけど、わたしはそうじゃありませんし……。次もさすがに、ご一緒できないし……。エリカさんたちはずるいです。寂しいです」

 

 スクルズがちょっと不満顔になった。

 どうやら、うちの三人娘が同じ屋敷で一郎と生活しているのに、スクルズはそうではないと嫉妬めいたことを言っているようだ。

 また、ナタルの森に出掛けるあいだ、一緒についていけないのも不満そうだ。

 一郎は可愛らしいことを言い始めた若き神殿長を抱き寄せて、口づけをした。

 スクルズが一郎の背中に両手を回して、裸体をもたれかけてくる。

 

「なるほど、王都第三神殿の神殿長様ということで緊張したけど、中身は可愛らしい女の子なのね。ほっとしたわ」

 

 イライジャが笑って、背後からスクルズの胸の上下にすっと縄を回した。

 

「あら……?」

 

 唇を離したスクルズが振り返って、視線をイライジャに向ける。

 

「スクルズ……様でしたよね。これでも、わたしはエリカの性の“お姉様”でしたのよ。スクルズ様って、本当は女の子が好きですよね……? いまは、ロウが好きみたいですけど」

 

 すると、イライジャがスクルズに縄掛けをしながらくすくすと笑った。

 スクルズが驚いた顔になった。

 一郎もまた、ちょっとびっくりした。

 

 そういえば、スクルズは一郎が助ける前に、かつての神学校同窓生であるウルズ、ベルズ、そして、ノルズと百合の関係だった。

 その関係は神学校卒業とともに終わったようだが、神殿界に残らなかったノルズに、そのかつての関係をだしにして近づかれて騙され、体内に魔瘴石を入れられてしまったのだった。

 いまはロウにべったりの感であるスクルズだが、確かにもともとの性癖は百合だ。

 だが、イライジャはそれを一発で見抜いたようだ。

 

「どうして?」

 

 スクルズが当惑している。

 

「わたしにはわかるんです。なんとなくね……。勘が働くというか、昔からそういうのには、目聡いですよ。誰が誰を好きかなんてのもわかります……。実のところ、相手が女の人だと、少し接すれば、被虐癖なのか、嗜虐癖なのか、普通なのかということもわかります……」

 

 イライジャが妖艶に微笑む。

 

「そ、そうなのですか……? そんなにわかりますか?」

 

「ええ、当てましょうか」

 

 イライジャほ、スクルズに縄掛けをしながら笑った。

 

「スクルズ様は“受け”ですね……。だけど、責めるのもちょっと好きかな……。だけど、本質は受け。しかも、被虐好き……。そんな感じ……。違いますか?」

 

 イライジャの指摘にスクルズは動揺している。

 

「いや、その通りだね。よく当たってる」

 

 一郎も納得するとともに感嘆したが、その通りなのだ。

 そのあいだもイライジャは、スクルズの身体にどんどん縄掛けをしている。

 どうやら、亀甲縛りのようだが少し違う。縄の編み方が特殊だ。

 見たこともないような縄の組み方をしている。

 

「……なんだ、それ? 不思議な結び目だな」

 

 一郎はスクルズの身体に施される縄掛けを見ながら言った。

 

「わたしの編み出した技よ。エリカもシズも、この縄で泣かせたものよ」

 

「まあ、シズのことも知っているのですか? ……ああ、そういえば、エリカさんの幼馴染と言われてましたね。エリカさんとシズが幼馴染だそうですから、もちろん、イライジャさんも同じなのですね」

 

「シズも知っているのですか?」

 

 イライジャはちょっと驚いている。

 

「まあ、色々あってね。後で説明するよ」

 

 一郎は笑った。

 やがて、すっかりとスクルズの胴体に網のように縄が絡まった。

 イライジャは、スクルズに両手を頭の後ろで組むように言った。

 

「こ、こうですか……?」

 

 スクルズが言われたとおりにする。

 

「もっと、後ろです」

 

 イライジャはさらにスクルズの身体を思いっきり背中に反らせるようにしてから手首に縄をかけた。その縄尻を背中側で下に引っ張りお尻に向かって垂らす。

 いつの間にかスクルズの股間の前側には、大きな縄瘤が作られている縄が準備されており、イライジャはその股縄をスクルズの両腿にくぐらせて割れ目深くに喰い込ませている。

 そして、腰の後ろでまたもや特殊な巻きつけをしてから、両手首からさがっているさっきの縄に繋いだ。

 

「あっ」

 

 スクルズの口から小さな悲鳴が迸る。

 素早くて的確な見事な股縄だ。

 縄瘤は見事にスクルズの股間の急所を抉っている。

 しかも、イライジャはスクルズに、身体全体を大きく反り返らせるようにさせてから股間を潜った縄と繋いだ。

 とても不自然な恰好であり、スクルズは窮屈そうだ。

 だが、一郎はやっとイライジャの縄の仕掛けの工夫がわかってしまった。

 

「なるほど、これはいい」

 

 一郎は思わず唸った。

 イライジャが妖しげな笑みを浮かべる。

 

「この縄掛けなら、泣き悶えるだろうなあと思ったのよ。この神殿長様はどうかしら。でも、久しぶりなのに完璧にできたわ」

 

 イライジャが悪戯っぽく笑った。

 だが、すぐに妖艶な表情に戻る。

 そして、どんと乱暴にスクルズの裸身を押し倒した。

 

「ああっ、そんな」

 

 すぐに、スクルズの悲鳴が迸った。

 イライジャの縄掛けの本領が発揮されたのである。

 つまりは、イライジャがスクルズに施した股縄の縄掛けは、わざとスクルズが背中を反らせた状態で固定して窮屈に感じるようにし、姿勢を楽にしようとスクルズが身体を元に戻そうとすれば、股縄が食い込んでしまうという仕掛けなのだ。

 一郎は、イライジャの思った以上の玄人技に、感嘆を通り越して、興奮してしまった。

 これも、緊縛師というジョブの能力か?

 

「すごいなあ。うまくできている」

 

 一郎は思ったことを言った。

 すると、イライジャが得意そうに微笑む。

 

「ありがとう……。でも、まだまだよ。例えば……」

 

 イライジャがスクルズの無防備な両脇に手を伸ばしてくすぐる。

 

「あんっ」

 

 スクルズは身をよじって避ける。

 

「あっ、ううっ」

 

 すると、スクルズは、直後にその場にくたくたと身体を沈めそうになった。

 

「あんっ、いやっ」

 

 しかし、今度は途中で伸びあがる。

 だが、またもや、身体を崩して膝を折る。そして、悲鳴をあげて、元通りの弓なりの体勢に身体を伸ばしてしまった。

 

「あらあら、でも、そんな不自然な体勢いつまで、もつかしら? それに、さっきよりも股間に縄が食い込んでいますよね、神殿長様? それは、動けば動くほど、股間が責められる仕掛けになっているんですよ」

 

 イライジャか笑った。

 

「ほう……」

 

 一郎はさらに感嘆した。

 どうやら、身体にしている特殊な縄掛けの亀甲縛りは、スクルズが身体を大きくひねると、その動きによっても股縄が食い込む仕掛けになっているようだ。

 これでは、確かにスクルズは動けない。

 しかし、逆にいつまでも、このままじっとしているのも難しいと思う。

 大した縄の技だ。

 

「じっとしていても愛撫を受ける。でも、愛撫を避けようとしても縄が股に喰い込んで感じてしまう。そんな縄なのよ、これは」

 

 イライジャが言った。その表情には、いわゆる「女王様」の妖艶な笑みが浮かんでいる。

 一郎はイライジャの別の顔を垣間見た気分だ。

 

「じゃあ、始めましょうよ、ロウ」

 

「ああ……」

 

 なんだか、イライジャに圧倒されていると思った。

 ともかく、一郎とイライジャによる、ふたりがかりのスクルズ苛めが始まった。

 前後からスクルズを挟み込み、全身を撫でまわしてスクルズに悶えさせるのだ。

 四本の手で全身を刺激されるスクルズはどうしても身体を動かしてしまう。

 しかし、動けば股間の縄瘤がたちまちに食い込んで、「自家発電」することになる。

 スクルズはあっという間に追い詰められた状態になった。

 すぐに、スクルズは二度続けて絶頂した。

 

 一郎はぐったりとなったスクルズの股縄だけを外すと、怒張を挿入した。

 さらに責めたて、もう一度スクルズが絶頂したところで、精を放った。

 

「じゃあ、イライジャ、来てくれ」

 

 一郎はイライジャを抱き寄せた。

 だが、イライジャはスクルズをちらりと見て微笑んだ。

 

「ふふふ、でも、この神殿長様も可愛い……。本当に感じやすいし……。まだまだ、愛したいわね」

 

 そこで、イライジャの提案で、脱力しているスクルズの両手首に天井から伸びている二本の鎖に繋がった枷を嵌め、膝立ちの体勢に起こした。

 そして、イライジャがさっきの股縄を施し直す。

 

 一郎とイライジャは、そのスクルズを挟んで愛撫をし合い、スクルズをもてあそびながら、さらにお互いを愛し合うということをした。

 スクルズは狂乱した。

 最後にはスクルズの胸と股を背中側から刺激するイライジャを背後から犯すという体勢で、イライジャに精を放った。

 

 

 *

 

 

 次はエリカとウルズだ。

 

 もっとも、これは3Pにはならなかった。

 エリカを払いのけるようにして一郎に抱きついてきたウルズを先に抱くと、ウルズは激しすぎる反応ですぐに気持ちよくなってしまい、求めに応じて挿入して律動をすると、すぐに絶頂して寝てしまったのだ。

 そのため、事実上、エリカとふたりだけになってしまった。

 

 あっという間に寝息をかき始めたウルズをエリカとともに呆れて眺めた。

 

「じゃあ、この回はふたりだけだな」

「はい」

 

 一郎がそう言うと、エリカがはにかんだように頷く。

 そして、なにも言わないのにエリカは一郎に背中を向けて、両手を背中に回してくる。

 

 可愛い女だ。

 一郎は縄でしっかりと、エリカの両腕を緊縛した。 

 

「だったら、あたしが──」

 

 すると、突然、カーテンががばりと開いてコゼが飛び込んできた。

 

「な、なによ、あんた? あんたの回は終わったでしょう」

 

 エリカが目を見開いている。

 

「いいじゃないの。ふたりずつ抱いてもらう趣向なんだから、ひとりしかいないなんてずるい……じゃない。ご主人様のお考えに合わないわ。あたしが参加してあげる」

 

「余計なお世話よ」

 

 エリカは息まいたが、コゼは強引に寝台にあがってきてしまった。

 しかも、さらに文句を言おうとしたエリカに巧みに組み伏せて、股間に喰い込んでいるピアスを指で揺らす。

 すでに縄で縛っているので、コゼの素早さにエリカも対応できない。

 

「んふうっ──」

 

 エリカが悶えて脱力する。

 しかし、すぐに下からコゼを睨む。

 

「あんた、ずるいわよ──。なにかというと、そうやって……」

 

「まあまあ、仲良くしましょうよ、エリカ……。いやなら、こうよ──」

 

 コゼがエリカの股間のピアスを引っ張るような仕草をした。

 エリカが悲鳴をあげた。

 一郎はふたりを眺めて苦笑してしまった。

 

 一方で一郎は、カーテンが開いていたので、ほかの女たちの様子を垣間見た。

 アン、ノヴァ、イザベラ、そして、いま終わったばかりのスクルズはいまだに毛布のところで横になっている。

 イライジャとシャングリアとシャーラは、やっと食事を始めたようだ。

 まるでピクニックであるかのように、皿に載せた食材を床に直接置いて一緒に飲み食いをしている。

 また、シルキーはやっと体力も回復して、給仕として動き出してもいた。

 もちろん、全員が素っ裸だ。

 なかなかに壮絶な光景である。

 しかも、イライジャ以外は、全員が無毛だ。

 何人かは、興奮するとうっすらと浮かぶ紋様が下腹部に浮き出ている。

 そして、まだ番のやってきていないアネルザとサキは、最初に一郎が抱いたミランダと三人で酒を飲みながら談笑をしていた。

 どうやら、最初のときのように、ぴったりと寝台に張りついていたのは、コゼだけだったようだ。

 

「まあ、いいさ。コゼも来い」

 

 一郎は笑ってコゼを手招きした。

 

「やった」

 

 コゼがエリカを手放して抱きついてくる。

 

「もう」

 

 エリカが頬を膨らませた。

 

 そして、半ノスほどの時間をかけて、エリカとコゼを愛してやった。

 今度はコゼもぐったりだ。

 エリカとともに「毛布組」に混じっていった。

 もちろん、ウルズも一緒だ。

 多分、ウルズはこのまま、朝まで起きない気がする。

 

 

 * 

 

 

 最後の組はアネルザとサキである。

 

「話し合ったのだがな。これだけの女をずっと相手をしてくれているロウ殿に、わたしたちがふたりがかりで奉仕をしようということになった。性の経験ということでは、わたしらはほかの女よりは多いからな。ロウ殿を少しは満足させてやれると思う」

 

「そういうことだ。主殿(しゅどの)。だから、そこに寝そべってくれ。たまには、女を悦ばすだけじゃなく、自分が気持ちいいだけのセックスをしてもいいのだぞ」

 

 アネルザとサキがそう言って、寝台にやってきた。

 一郎は、ならばと、ごろりと横になった。

 すぐに、ふたりの一郎に対する愛撫が始まる。

 

 大の字で寝転んでいる一郎の一物を最初に口に咥えたのはアネルザだ。一方でサキは一郎の身体を舌と手でねちっこく愛撫をしてくる。

 また、乳房を使って一郎の全身を擦るようにもしてくる。

 確かに気持ちいい。

 ぞわぞわと快感が全身から吹きあがる。

 

 そして、しばらくしたら、場所を入れ替えて今度はサキがフェラを担任して、アネルザが全身の愛撫になった。やり方も変化するので、さらに気持ちよさも上昇する。

 

 いつまでも我慢してふたりの奉仕を味わってみたい気もあったが、一生懸命にしてくれるふたりに感謝の気持ちもあり、快感の覚えるままに精を放出した。

 そのときに、一郎の男根を口に咥えていたのはアネルザだ。

 アネルザがおいしそうに一郎の精を飲み下した。

 ふたりとも一郎が気持ちよく達したのが嬉しそうだ。

 

 ふたりは、それだけで満足し、そのまま寝台をおりてもいいような素振りだった。

 すでに大勢の女たちに精を放った一郎に遠慮したのかもしれない。

 まあ、がっつかないだけの年齢もある。

 

 もっとも、もちろん、それだけでは一郎は許さない。

 そもそも一郎は、自分だけ気持ちよくなるセックスというのは嫌なのだ。

 まあ、根っからのサディストなのだと思う。

 とにかく、女が一郎の技によって、よがりまくり、乱れ悶え、いき狂うのが好きだ。

 このまま、終わるわけがない。

 

「じゃあ、感謝を込めて……」

 

 一郎はとっておきの責め技を使うことにした。

 粘性体を出してふたりの身体全体を薄い膜ですっぽりと覆ったのだ。

 そのうえで、ふたりの身体に浮かぶ性感帯のつぼを示す赤いもやの位置の全部を、自動的に膜で刺激するように念を込めた。

 全性感帯の一斉責めだ。

 しかも、もやの薄い部分は強い刺激、濃い部分は弱い刺激とさせた。

 そして、ふたりを正面から抱き合うようにさせて、お互いに相手の背中で粘性体で手首を束ねて固定する。

 今日は縛られる側と縛らない側に分ける予定だったが、もう面倒だ。

 一緒に責め落してしまうことにした。

 ふたりの性感も一気に十倍モードにする。

 

「うはあっ」

「おおおっ」

 

 ふたりとも瞬時に悶絶してひっくり返った。

 さすがに、この責めは効くようだ。

 ふたりが抱き合ったまま、三回連続で達した。しかも、ほんの短いあいだでだ。

 放っておけば、いくらでも連続絶頂しそうだ。

 アネルザの疑似男根も勃起して、精液と似た体液を噴出した。擬似男根とは、クリトリスを淫魔術で肥大化させて子供の陰茎ほどにして、射精機能まで持たせたものだ。アネルザを責めるためのもうひとつの性器である。

 その根元には射精管理のための淫具の輪っかもある。

 

「ほら、アネルザ、遠慮なくいっていいよ。今日は射精管理をやめてやろう」

 

 一郎はアネルザの疑似陰茎に手を伸ばして、軽く擦った。もちろん、ここにも薄い膜が取り巻いているので、膜の振動と伸縮の動きが加わっている。そこに一郎の手の刺激を加えたのだ。

 

「んふうう、ロ、ロウ殿──」

 

 アネルザが身体を弓なりにして吠えるような声をあげる。

 そして、またもや精を放った。

 正面にいるサキを巻き込むように脱力する。

 

 一郎はその勢いを利用して、ふたりの身体を転がし、アネルザを下にしてサキを上にした。

 その上から肉棒を貫かせる。

 場所はサキのアナルだ。

 一郎が手で穴を拡げるようにすると、そこから粘性体の膜がすっと内側に入り込んだのがわかった。さっそく、内側で刺激を開始している。

 

「おおお、主殿(しゅどの)──」

 

 サキが絶叫した。

 あまりもの急激な快感上昇に、サキも耐えられなかったようだ。

 数回の律動であっさりと意識を手放した。

 ふと見ると、アネルザもがっくりと脱力している。

 こっちは、一郎が挿入する前に失神してしまったらしい。

 一郎は苦笑した。

 

 どうやら、この責めは刺激が強すぎるようだ。

 ふたりにかけた淫魔術を解放して、ふたりを離す。

 そのまま、ふたりを寝台に横にさせたまま、一郎は寝台を降りた。

 

 

 *

 

 

「俺もなにか食べようかな。腹が減った」

 

 なんだかんだで全員の相手をし終わるのに、四ノスほどすぎただろう。

 一郎の時間感覚では、三時間半だ。

 夕方がすぎたばかりだった外も、とっぷりと更けているようだ。

 

「すぐに何かお持ちします。そこに座っていてください」

 

 寝台の横にいたコゼが、怠そうな身体をすぐに起こして食べ物をとりにいった。

 前の性交で毛布の場所まで運ばれたと思ったが、もう復活して、そばにいたらしい。

 

「飲み物はわたしがお持ちします、ご主人様」

 

 声があった。

 アンだ。

 そこにはノヴァもいる。

 こっちも復活組だ。

 

「いえ、アン様、あたしが……」

 

 ノヴァが言っている。

 

「おふたりとも、わたしがやるから大丈夫です」

 

 一郎が寝台から出てくるとともに、毛布から起きたエリカも動き出して、飲み物のあるトレイに向かう。そばにはシルキーがいたが、任せるつもりはないらしい。

 

「あらあら、人気者ね」

 

 すると、イライジャがそばに寄ってきて、一郎の背中に裸身をくっつけてきた。

 乳房が当たる感覚が心地いい……。

 

「あっ、ずるい、イライジャ──」

 

 食べ物を持って戻ってきたコゼが不満そうに声を出した。

 なにがずるいのか知らないが、どうやら、コゼが待っていたのに、一郎を横取りされた気持ちになったようだ。

 

「ちょっとくらい、いいでしょう」

 

 イライジャが一郎に肌を寄せたまま、コゼの場所を作るように横に動いた。

 コゼが一郎の前にやって来て、料理の載っている皿を差し出す。

 

「ねえ、ロウ、今度はあなたが縛られてよ。その代わり、ふたりで奉仕するわ。食べ物や飲み物を口にするのも、ほかにもよ……。例えば……痒いところがあれば掻くとか、なにもかも、みんなふたりでやってあげる。ねっ?」

 

 イライジャが悪戯っぽく言った。

 

「面白いことを言うなあ……。縛られればいいのか? セックスはなし?」

 

 一郎はお道化て、両腕を背中に回した。

 脚は胡坐にかいたままだ。

 

「セックスがしたいときは、あなたはそう口にすればいいのよ。相手をするわ。だけど、自分ではなにもしちゃだめ」

 

 イライジャがくすくすと笑って、背後の寝台に手を伸ばす。

 そこに置き捨ててあった縄束を取り、一郎を後手縛りにした。首の横と胸の上下にも縄がかかり、がっしりと縛られる。

 

「なにが始まるのだ?」

「なんじゃ?」

 

 シャングリアが寄ってきた。

 イザベラもだ。

 さらに、シャーラとミランダも来る。

 そこに、飲み物を持っているアン、ノヴァ、エリカも寄ってきた。

 三人とも両手に飲み物入りのコップを持っている。

 全部で六杯。

 すべて酒のようだ。

 そんなに飲むものかと、つっこみたくなった。

 

「今度はあたしたちが、ロウを責める番よ。飲み物をあげる人、食べ物をあげる人、奉仕する人……。それぞれ役割を決めましょう。順番に回すわね」

 

 イライジャがいつの間にか仕切りだして、女たちに指図を始めた。

 一方で、一郎の脚に縄をかけて、胡坐縛りに緊縛もしている。

 一郎は手足を縛られて動けなくなった。

 

「これでいいわ。じゃあ、みんなで奉仕するわね、ロウ」

 

 イライジャが顔をあげて、さっとエリカの持っていた飲み物を手に取り、自分の口に入れて、一郎に抱きついて口移しに飲ませてきた。

 冷えた葡萄酒だ。

 

「わっ、やっぱり、ずるい、イライジャ──。仕切るふりをして抜け駆け──」

 

 コゼが声をあげた。

 

 

 *

 

 

 半ノス後──。

 

 一郎はすっかりと女たちに密着されて囲まれた状態にあった。

 

 縄掛けされて胡坐縛りのうえに、後手縛りになっているのは変わらないが、まずは股間をアンとノヴァの主従コンビが舌で奉仕している。

 両乳首をエリカとコゼだ。

 また、首や耳、肩や脇など背後から舌で舐めるのがイザベラとシャーラである。

 基本的には、一度に責めるのは五人から六人であり、それが入れ替わり、立ち替わりで交代をしている態勢だ。

 それが続いている。

 

「ほら、飲み物だ、ロウ」

 

 シャングリアだ。

 口移しで炭酸入りの果実酒を飲ませてくる。いまの「飲み物係」なのだ。

 

「お肉よ」

 

 すぐに反対側からイライジャの口がやってくる。「食べ物係」だ。

 

「そろそろ交代よ、みんな──。でも、ロウ、セックスしたければ、そうしてもいいのよ。あなたは命じるだけ……。そして、誰に声をかけてもいいわ」

 

 口を離したイライジャが、さっと一郎の前にある砂時計に目をやって言った。

 交代というのは、砂時計で時間を計って、一定時間すぎれば役回りと人が入れ替わるということだ。

 一度に一郎に群がれないので、そういう仕組みにイライジャがしたのだ。

 イライジャもいつの間にか、すっかりとこの馬鹿騒ぎに溶け込んでいる。

 しかも、愉しそうだ。

 一郎はほっとした。

 

 一郎がやった性の宴だったが、もはや、一郎をだしにした女たちの遊びという雰囲気だ。

 そして、やはりイライジャには、身についたリーダーシップがあるのだろう。

 自然に女たちを指図する役に収まっている。

 

「なんか王様にでもなった気分だね。しばらく、このままで」

 

 一郎は言った。

 

「そう……。じゃあ、はい、交代──」

 

 イライジャが声をあげた。

 

「次はわたしがお道具にご奉仕です」

 

 スクルズが寄ってきた。スクルズはいまさっき起きあがってきたばかりである。

 アンたちに交代して、ぱくりと怒張を咥えてくる。

 左右の四人も交代し、イザベラ、シャーラが背中側からの責め、乳首責め役はさっき口移し役だった、イライジャとシャングリアがスライドして受け持つ。

 

「わたくしめも参加してよろしいですか?」

 

 すると、シルキーがやって来た。

 

「もちろんよ。じゃあ、飲み物役を」

 

 イライジャが一度顔をあげて言った。

 

「ミランダも来いよ。そこの蜂蜜漬けのパンを食べさせてくれ。ミランダの唾液をたっぷりとまぶしてな」

 

 一郎はちょっと離れていたミランダに声をかけた。

 照れくさいのか、ミランダだけはちょっと距離を置いてこっちを見守るだけだったのだ。

 

「あ、あたし?」

 

 当惑した声を出したが、一郎はミランダの心にかなりの喜びの感情が発生したのがわかった。

 皿にさっとパンを載せて、こっちにやって来る。

 しかも、山盛りだ。

 

 これで、参加していないのは、毛布で寝ているウルズと、寝台で横になっているアネルザとサキだ。

 

「面白そうなことをしているな」

「わしらも参加させて欲しいな」

 

 そのとき、アネルザとサキが寝台から降りてきた。

 

「王様遊びさ。仕切りはイライジャだから、イライジャに従ってくれ」

 

 一郎は笑った。

 

「王様か……。主殿(しゅどの)は、王様遊びは好きなのか?」

 

 サキが縛られている一郎を見て、にこにこしている。

 

「悪くない。サキのフェラも久しぶりに欲しいな。アネルザにはどこを舐めてもらおうかな」

 

 一郎はうそぶいた。

 

「なるほど……。では、わしに任せるがいい。主殿を王様にしてやる」

 

 サキが白い歯を見せた。

 

「いいねえ。愉しみだ。じゃあ、いい気持ちにしてくれ」

 

 一郎は女たちに奉仕されながら笑った。

 

「じゃあ、次は、サキさんとアネルザが奉仕係をしてください。あたしたちじゃあ、ロウはちっとも精を放ってくれないんです」

 

 イライジャが口を挟んだ。

 

「もちろんじゃ。任せろ──。アネルザ、やるぞ。主殿をやり込めるんだ。さっきの仇だ」

 

 サキも冗談ぽく言った。

 

「わかった……。だが、この馬鹿騒ぎも三箇月はなしだな……。ロウ殿、道中気をつけてくれ。そして、戻ったら、また呼んでくれ。こんな愉快な集まりは、なかなかないのだ」

 

 アネルザも愉しそうに言った。

 

「……本当です。しばらく寂しくなりますね……。本当に……、本当に……。ところで、砂時計が終わるまではわたしの番ですからね……。まだ、奉仕の交代はしませんよ。念のため……」

 

 一郎の股間の前に顔を埋めていたスクルズが一度顔をあげて言った。

 そして、すぐに一郎の怒張を愛おしそうに舐める作業に戻った。

 

 

 

 

(第3話『第1回チキチキ3Pの宴』終わり)



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 第4話   淫らな巫女たち
266 女神官長襲撃


 地方神官を集めた会合に引き続く宴は佳境に入っていた。

 一年に一度の会合であり、スクルズが正式に神殿長に就任してからは、最初の会合だ。

 特に、今年はスクルズの神殿長としての初年度ということで、会場は第三神殿ということになっていた。

 

 この会合は、毎年、王都神殿の巫女団の共同主宰ということになっていて、本来は、本会合の準備のための話し合いが先日の王都巫女会の共同祭祀だったのだが、スクルズはロウのクエストについていっていたので、ベルズに話し合いの議長を押し付けて、戻ってこなかった。

 それで、王都に戻ってきたときには、ベルズは烈火のごとく怒っており、あれから口もきいてくれない。

 昨日も、ロウの屋敷の性宴の誘いに行ったところ、完全無視されてしまい、会うこともできなかった。ベルズの侍女役の巫女から、親族と会うので同行しないという伝言をもらっただけだ。

 

 そして、今日の地方神殿会議にしても、本当はベルズが手伝うことになっていたのに、仮病で出てこない。

 きっと、まだ腹を立てているのだろう。

 さすがに、スクルズも少し反省した。

 

 とにかく、今夜はその地方神殿会議における懇親会のための宴だ。

 神官同士の内輪の宴といえども、その辺の貴族の宴と変わりない。

 音楽があり、酒と料理があり、お互いに談笑をしてすごすというものだ。

 スクルズは、立席で行われている大広間を回って、ひと通りの挨拶をすませ、しばらく過ごしたところで、会場を抜けることにした。

 一応の挨拶も終わったし、神殿長のスクルズには退出が許される時間だ。

 招待の地方神官たちも、高位神官はそろそろ退席を始めている。

 

「このまま、戻りますね、ミウ」

 

 会場を出ると、すぐに追ってきたミウに声をかけた。

 顔が赤い。

 息もつらそうだ。

 しかし、スクルズは無視した。

 可哀想だが、これも業だ。

 

「はい」

 

 ミウがスクルズに従ってついてくる。

 あのクライド事件のときに、引き取った童女だ。

 いまはスクルズ専任の付き人のような役割をしている。

 

 ロウの勧めで、魔道遣いとしての修行をさせてみたが、ミウは修行を開始してわずか数日で、有り余る魔道遣いとしての才能を開花した。

 いきなり上級魔道を簡単にやってのけたときには、スクルズさえも度肝を抜かれたが、あのまま数年修行を続ければ、スクルズさえも上回る魔道遣いになることは間違いないと思っていた。

 当初は、スクルズやベルズが学んだ上級魔道遣い候補が集まる神学校に行かせることも考えたが、とりあえず、そのときは保留にした。

 親を無残に殺されてまだ間もないミウをひとりにさせるというのが可哀想だというのもあったし、ミウ自身がここを離れることを嫌がっていた。

 上級魔道遣いの神学校は、王都からずっと北側のエルニア王国に近い国境沿いにあるのだ。

 

 そして、問題がすぐに発覚した。

 ミウの「アルペンガウム症候群」の疑いだ。

 アルペンガウム症候群とは、高位魔道師がなにかの理由により、魔道制御ができなくなることであり、脳や肉体の老化などにより、制御力が失われてしまった場合や、精神的な平静を失うような衝撃的な出来事があり、感情の抑制ができなくなった場合などに引き起こると言われていた。

 ミウは、高い魔道現象を引き起こせる反面、まったく魔力制御ができず、明らかにアルペンガウム症候群の要件に合致していた。

 スクルズは焦った。

 

 アルペンガウム症候群の疑い者については、約五十年前に、アルペンガウム症候群だったアーロンド神官が都市を巻き込んで爆死して以来、問答無用で兆候があり次第に、当局に届け出て、安楽死させることが決まっている。

 ミウは、アルペンガウム症候群の発祥者に該当していると思われた。

 

 その理由も容易に類推できた。

 老化によって引き起こされるアルペンガウム症候群発症者とは異なり、若年者の場合は、ほとんどが性的虐待による精神的不安定により起きるのが通例だった。

 理由はわかっていないが、魔道の高さや安定さは、当人の性的な好色さと比例するとされていて、性愛の快感に強い抵抗がある者は、心が魔道を無意識に拒否するので、魔道の不安定現象を生むのだとされている。

 

 ミウはおそらく、それに該当すると思った。

 なにしろ、ミウは、あのクライドの可哀想な犠牲者だ。

 それから、スクルズ、そして、ベルズも巻き込んだ。上級魔道師のための、秘法の修行を開始した。

 すなわち、ミウが性愛の快感を拒否しないように、徹底的に性の快感を植えつけ、心の抵抗を取り除くということだ。

 

 こうなった以上、あのとき神学校に送るのを躊躇ってよかったと思った。

 もしも、神学校で発見されていたら、向こうでミウは処分されていただろう。

 すぐに、スクルズの直接の指導で、上級魔道師としての「修行の秘法」を開始した。

 すなわち、自分の身体をできるだけ淫らで感じやすいものにするための行為だ。

 

 自慰……。

 淫具……。

 媚薬……。

 そして、同性愛……。

 それが修行の秘法だ。

 

 限られた神官しか知られていないことだが、頻繁な性的絶頂が魔道遣いの力を高めることは知られており、肉体の淫乱さがその魔道遣いの魔道能力を飛躍的に増大することもわかっている。

 なぜ、そうなのかはわかっていないが、歴史に名を遺す魔道遣いは、誰もが多淫であるし、スクルズ自身も自分が人よりも淫乱だということを感じている。

 だから神学校では、男子であっても女子であっても、妊娠の恐れのない同性同士の性愛は推奨されていた。

 それが高位魔道遣いの能力向上に繋がるし、お互いの友情を深めることにもなるからだ。

 そんな環境の中で、スクルズは、ノルズ、ウルズ、ベルズという女生徒と百合の深い関係になった。

 

 魔道学に造詣の深いベルズによれば、魔道に必要な魔力と、性愛に生みだされる淫気が同質なのではないかという説もあるらしい。だから、魔道力の高い者は、多淫で感じやすくなるのだということのようだ。ベルズもまた、この説に賛成している。

 もっとも、これについては、あまりにも荒唐無稽すぎるという反論もあって、魔道学会の見解は統一されていない。

 

 ただ、スクルズはベルズと意見を同じくしている。

 ロウという男と出逢えばそう思わざるを得ない。

 彼は、高位魔道遣いであるスクルズやベルズの魔道にかからず、スクルズたちですらどうにもできなかった魔瘴石を呆気なく除去してみせた。ほかにもいろいろな根拠はあるが、なによりも、最近になって駆使するようになったロウの不可思議な術は魔道そのものだ。

 ロウは自分は魔道遣いではないと口にするが、間違いなくロウは魔道遣いだ。

 しかも、スクルズでさえ再現が不可能な高位魔道の保持者に匹敵する能力保持者だ。

 いずれにせよ、ミウがあの悪しき記憶を乗り越え、性愛の快感を受け入れるようになれば、ミウの魔道制御力が安定することも望める。

 

 思念に耽っていたスクルズは、そろそろ私室に近いということに気がついた。

 ミウに振り返る。

 

「部屋に戻ったら、今夜は休んでもいいですよ。着替えはひとりでしますから」

 

「わ、わかりました……。そ、それで、あのう……」

 

 すると、ミウが困ったようにスクルズに声をかけてきた。

 言いたいことはわかっている。

 魔道遣いとしての秘法の修行に入って以来、休む前に必ずやるように命じていた自慰をしたいのだ。

 だが、帰都以来、ミウには禁淫の業を強いていた。

 だから、そろそろ許してくれと言いたいのだと思う。

 廊下を進んでいたスクルズは、周囲に人影がないことを確認して、ミウを物陰に連れていった。

 

「言いたいことはわかっています。でも、これも魔道遣いの修行なのです。我慢しなさい。それよりも、厠は大丈夫ですか? これはそういうものを我慢するためのものじゃありませんから、厠に行きたくなったら我慢せずに言うのですよ」

 

 スクルズは小柄なミウの前に屈み込み、彼女巫女服のスカートの裾をめくりあげて股間の部分にそっと手を置いた。

 

「あっ、ああっ」

 

 ミウが顔を真っ赤にして身体をびくりとさせた。

 その股間には、スクルズが嵌めさせた革の貞操帯がしっかりと嵌まっている。

 この貞操帯は、内側に大小の丸い突起があり、それが常に振動して、ミウに淫らな刺激を与え続けている。

 

 スクルズは股間の部分に魔道を送り込んで、内側の部分にさらに強い振動を送った。

 この貞操帯は、「修行の秘術」用の特別なものであり、禁淫の業を行うときのものだ。

 これをしている限り、いまのような他人からの魔道以外に、股間に淫らな刺激を感じることができない。

 なんでもないことのようだが、秘法の修行をしている神官は毎晩のように自慰や同性同士の性愛を繰り返している。

 それが数日間、時には一箇月以上もそんな行為を禁止されるのだ。

 これは結構つらい。

 スクルズも少女時代にこれをやったから、禁淫期に入ったミウが悶々とした苦しみを送っているのはわかっている。

 だが、これをすると、身体が敏感になるのと引き換えに魔力が飛躍的に増大する。

 大きな効果が認められている修行法のひとつだ。

 しかも、ミウについては、ただ刺激を遮断するのみならず、特別貞操帯によって、微弱ながら一日中淫らな刺激を受けつつ禁淫をするという最上級の業をやらせている。

 まだ、二日目だが、ミウが音をあげるのに、十分な時間だろう。

 

「んんんっ、んああっ」

 

 ミウがぶるぶると身体を震わせて、淫らな声をあげた。

 スクルズは、ミウに首を横に振ってたしなめる。

 ミウがぐっと、歯を喰い縛る。

 

「声を出してはいけませんよ、ミウ……。修業の秘法である、禁淫の業は、我慢すればするほど、効果があります」

 

「は、はい……」

 

 貞操帯の淫らな刺激を受けているミウが、真っ赤な顔になって懸命に口をつぐむ。

 可愛い……。

 スクルズは、適当なところで、ミウの貞操帯に魔道を送るのをやめて、刺激を元通りに弱くした。

 

「ああ……」

 

 ミウが残念そうな表情になる。

 かなり、物欲しそうな仕草もしている。

 しかし、スクルズは、ミウのスカートを元に戻して、何食わぬ顔で立ちあがる。

 歩き始めるとミウがついてきた。

 ちらりと後ろを振り返ると、ミウはもじもじと内腿を擦りつけるような仕草をしながら、十一歳の童女とは思えないほどの淫らな表情をしていた。

 

「……ところで、あのことは考えてくれましたか、ミウ?」

 

 スクルズはミウを横に招き寄せて声をかけた。

 

「……は、はい……。ご、ご命令であれば、や、やってみようと……、いえ、やっていただいてもいいと思っています……」

 

 ミウが俯いたまま答える。

 スクルズは完全な拒絶ではないことにほっとした。

 「あのこと」というのはロウのことだ。

 つまり、修行の延長として、ロウに抱いてもらうことを勧めているのである。

 

 本当は、修行の秘術は同性間の行為に限られており、男女間の行為に至ることはご法度だ。

 男女の性愛は単なる行為で終わらず、恋愛に発展することが多いし妊娠というトラブルもある。また、魔力を高める修行のためとはいえ、巫女が異性との多淫な性愛を繰り返すということが、世間の理解の外であることは確実だからだ。

 

 しかし、スクルズはミウのことをロウに委ねてみたいと思っている。

 ベルズも言及していたが、ロウには不思議な力がある。

 ロウと関係を持つようになって、スクルズの魔道力は飛躍的な上昇をした。

 それは常識では考えられない向上だった。

 スクルズほどではないが、同じようにベルズも魔道力があがったし、シャーラに至ってはそれまでできなかった移動術ができるようにもなった。

 ロウが魔道遣いの能力を向上させる力を持っているのは間違いないのだ。

 

 ミウの魔力が安定しない理由もわかっている。

 それは、残酷なミウの初体験が関係している。

 あのクライドだ。

 ミウは目の前で母親が犯されて殺されるのを目撃したし、ミウもまた童女好きのクライドに無理矢理何度も犯され続けた。

 そのことは、ミウに激しいまでの男女の性愛に対する嫌悪感を作ってしまった。

 いまでも悪夢にうなされて夜中に飛び起きることがあるようだ。

 魔力の放出が起きるのは、大抵そのときや、その後のことが多い。

 ここまで安定したのが十分に奇跡のようなものなのだ。

 

 しかし、ロウとミウが男女の営みをすることは、それはそれで、危険なことでもあった。

 ミウの魔道制御の問題が、クライドの凌辱が原因なら、ミウがロウと関係をもとうとしたとき、思わぬミウの感情の暴発が起きて、ロウを傷つける可能性もある。

 そのときには、スクルズやベルズとは違い、魔道遣いではないロウには対応できないだろう。

 

 だから、ロウには相談しつつも、最終的にロウに、ミウのことを委ねていいかの決心はついてなかった。

 先日のクエストのときにも、ミウの問題について、ロウには相談したものの、やはり、ロウはクライドの件が心の傷になっているかもしれないミウについては、慎重な態度を取りたいという返事であり、いまのところ、保留状態ということになっている。

 でも、ロウは、あと数日したら、約三箇月の不在になる。

 どうしようか……。

 もう一度相談しようか……。

 焦るのはよくないかもしれないけど、ロウが不在のあいだに、ミウのアルペンガウム症候群が進んでしまったら……。

 

「命令ではありませんよ。あなたの意思を訊ねています。もしも嫌ならやめてかまいません。あなたが望む事が前提です。でも、ロウ殿はあと十日足らずで出立されます。戻ってくるのは早くても三箇月後です。それは承知しているでしょう」

 

「は、はい……」

 

 しかし、ミウの口調には、まだ迷いの響きがある。

 スクルズは小さく嘆息した。

 いっそのこと強引に犯してもらうか……。

 ロウなら、そんな行為であったとしても、ミウの心を安定させてしまう気もするのだが……。

 でも、万が一にも、ロウを傷つけたら……。

 

「それでは失礼します」

 

 スクルズの私室の前に着くと、ミウがスクルズに向かって頭をさげた。

 ミウの私室はスクルズ専任の付き人なので隣室の小部屋だ。

 スクルズは「おやすみなさい」と言って、ミウと別れた。

 部屋に入る。

 魔道を飛ばして、部屋の燭台に火をともす。

 

「えっ?」

 

 スクルズは声をあげた。

 明るくなったことで、寝台の真ん中に無造作に置いてある一通の手紙が目に入ったのだ。

 とりあえず、中を読む。

 

 

 

 “お前の秘密を知っている。”

 

 

 

 手紙はその言葉から始まっていた。

 それによれば、秘密をばらされたくなければ、このまま神殿長用の厠にいって、そこにある命令書に従えと書いてある。逆らえば、神殿長として相応しくない行為をしたことを世間に暴露するそうだ。

 読み終わったスクルズは、思わず微笑んでしまった。

 

「まあ……」

 

 スクルズはくすりと笑った。

 こんな悪戯をするのは十中八九、ロウだろう。

 本当にスクルズを愉しませてくれる人だ。

 スクルズはわくわくする気持ちを抱きながら、部屋を出て指示のとおりに厠に向かう。

 

 神殿長用の厠は、他の神官たちとは離隔していて、神殿長の私室のある棟の隅にある。

 個室に入ると、二通目の手紙が床にあった。

 また、その横には袋がある。

 とりあえず、手紙を読む。

 

 

 

 “服を脱いで、その袋の中に入れろ。

 サンダルはそのままでいいが、下着もなにもかも全部だ。

 そして、袋の中に拘束具が入っている。

 それを全部しろ。

 まずは革紐付きの白い玉がある。

 それは口に咥えて首の後ろで鈎をかけろ。しっかりと口の奥に詰め込め。”

 

 

 

 スクルズは袋を開いて中を覗いた。

 確かに、書いてあるものが入っていた。

 だがほかにもある。

 目隠しと、二個の手錠だ。

 手錠には魔道がかかっている。

 それもわかった。

 手紙の続きに視線を向け直す。

 

 

 

 “次は手錠を持って目隠しだ。

 手錠はそれぞれの左右の手首にかけるんだ。手錠をかけてから左右の壁にある柱の金具にもう一方の輪っかを押しつけるようにしろ。すると、ちゃんと嵌まるようになっている。

 その状態で待て。

 もちろん、扉に鍵をするな。”

 

 

 

「あらあら……」

 

 念のこもった命令だ。

 スクルズは袋の中の物を全部手に取った。

 驚いたことに、口枷にも目隠しにも、手錠にもそのすべての拘束具に魔道封じの紋様が刻んであった。

 これだけ念を入れてあれば、さすがに、スクルズの魔道も封じられてしまうだろう。

 

 ロウもいろいろなことを考えてくれる……。

 そして、スクルズはもう一度命令に目をやって、読み直した。

 読み終わってどんな状態になるかということを想像すると、きゅっと全身が火照って股間の奥が疼く感じがした。

 

 とにかく、スクルズは身につけている巫女服と下着を脱いで畳んで袋に入れた。

 個室の外はまだ廊下ではなく手洗いをする場所だが、扉を開いてそこに出す。

 

 次に、口をいっぱいに開いて白い玉を押し込み、革紐で装着した。

 玉にはたくさんの小さな穴が開いていて、涎が止められないようになっていた。また、玉はかなり大きくて、一生懸命に口を開かなければ押し込むことができなかった。

 

「……」

 

 試しに小さく声を出してみた。

 驚くことに呻き声さえも洩れない。

 なにか特殊な魔道陣が刻まれているらしく、声を完全に遮断する効果もあるようだ。

 

 次はとりあえず手錠だ。

 それぞれの左右の手首にかける。

 さっきの口枷と相まって、スクルズの魔道が凍結状態になったのがわかった。

 スクルズは目隠しを持って、左右の柱にある金具の位置を確認する。

 そんなものはなかったはずだが、左右の柱に手錠をかけるような金属の輪っかがある。これに手錠の輪を押しつければ、外れなくなるようだ。

 

 これを嵌めてしまって、もしもロウでなかったら……。

 

 そんなことはあり得ないが、訪問している地方神官の客の中でスクルズを罠にかけようとしている者がいないとも限らない。

 そもそも手紙には、“秘密を知っている”と書いてあっただけで、それがどんな秘密かは書かれていなかった。

 

 いえ、そんなことはない……。

 

 こんなことをロウ以外の誰がやるというのだ。

 スクルズは自分に言い聞かせて、厠の内鍵を外す。

 これで誰がやって来ても侵入は拒めない。

 

 目隠しをする。

 そして、手探りで左右の金具の位置を探り、まずは右手側の輪を嵌めた。

 最後は左手側だ。

 がちゃりと金属音がする。

 

 これでスクルズはどうあっても逃げられない。

 誰でも入って来れる状態で、スクルズは素っ裸で左右の手を拡げた状態で、声を封じる口枷と目隠しをしているのだ。

 

 そう思った途端に、スクルズは軽い絶頂の酔いのようなものを感じた。

 

 だが、なかなかロウはやって来なかった。

 口に溜まった涎が顎を伝い、身体の下の床に落ちるのがわかった。

 

 どうしてロウはやって来ないのだろう……。

 

 だんだんと不安が大きくなっていく、

 あり得ないが、もしかしたら、ロウのやったことではないのかも……。

 そんな妄想は消えては浮かび、浮かんでは消える……。

 

 どれくらいの時間がすぎただろうか……。

 やがて、廊下に通じる扉が静かに開く物音がした。

 そして、個室に入る扉も無造作に開く。

 

「思ったとおり、いい身体じゃな。しかも、まぞか……。股間がべっとりと濡れておるわ。前戯もいらんな」

 

 スクルズは戦慄した。

 背後に立つ声はロウの声ではなかった。

 老人を思わせるしわがれ声であり、スクルズは混乱状態に陥った。

 しかし、腕ががっしりとスクルズを掴み、強引に両脚に足を割り込まれた。

 そして、腰を引き寄せられて、あっという間に後ろから肉棒を股間に挿入されてしまった。



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267 強姦魔たち

 ち、違う──?

 いや、これは違う──。

 

 違う──。

 

 違う。

 違う。

 違う。

 

 スクルズは一瞬にして、股間に挿入してきた男根がロウのものではないことを悟った。

 その瞬間、大混乱した。

 

 必死になって腰を振って暴れた。

 足を振りあげて、懸命に背後の男を蹴りどかそうともした。

 

「うわっ、あ、暴れる」

 

 そのとき、急に後ろの男が狼狽したように声をあげた。

 スクルズの腰を掴んでいた手が緩む。

 すかさず、スクルズは自由な足をめちゃくちゃに動かして、背後の男を蹴りまくった。

 そして、うまい具合に、背後の男の足を踏みつけることができた。

 

「い、いたあっ」

 

 悲鳴があがり、すぽんと股間から男根が抜けて、男が離れたのがわかった。

 すると、横から笑い声が起きた。

 

「まだまだじゃな。拘束した女を犯しておきながら、途中で逃げられるとは」

 

 その男が笑いながら言った。

 やはり、しわがれ声だったが、さっきの男とは別の声だ。

 

 ふたり?

 後ろにふたりいるの?

 スクルズは動顛してしまった。

 

「そ、そんなこと言われたって……」

 

 最初にスクルズを犯そうとした男の方が不満そうな声をあげた。

 しかし、確かにしわがれ声の男の声なのだが、なんだか口調が不自然だ。

 まるで、女が喋っているような……。

 スクルズに疑念が走る。

 

「まずは弱らせるんじゃ……。それと脚も拘束してしまうか。お転婆神殿長様に足を踏まれては堪らんしな」

 

 横にいたと思われる男がその言葉を口にした瞬間、突然に足の裏が床に貼りついたように動かなくなる。

 しかも、ただ貼りついただけじゃなく、ぐいとスクルズの両足を左右に引っ張ったようにして、大股開きにしてから動かなくなったのだ。

 

 魔道……?

 

 スクルズはびっくりしたが、いずれにしても、これで絶体絶命の状態になってしまったことになる。

 手足は大きく拡げられて身動きを封じられ、さらに魔道封じの手枷まで使われているのだ。

 しかも、声を出すことのできない口枷と、目隠しまでされている。

 

 今度こそ、逃げられない……。

 スクルズの背中に冷たい汗が流れたのがわかった。

 すると、横からスクルズの股間に、すっと手が伸びて股間を弄り始めた。

 

「……」

 

 途端に、腰が抜けるほどの快感が襲いかかった。

 突き抜けた鋭い愉悦に、スクルズは一瞬にして脱力してしまい、両手首の手枷に身体を預けるようなかたちになった。

 

「ほらほら、しっかりと立たんか。淫乱な雌神官め」

 

 股間だけじゃなく、乳房をぎゅっと掴まれる。

 電撃のような快感が乳房で爆発する。

 

 うわあっ──。

 

 とてもじゃないが我慢できるような甘美のうねりではない。

 全身の官能という官能を一気に呼び起こされるような愛撫だ。

 だが、同時にスクルズを疑念が襲った。

 この稲妻のような快感に覚えがある。

 こんな魔道のような愛撫をするのは、スクルズの知る限りひとりしかいない。

 もっとも、スクルズもたくさんの男を知っているわけじゃないが……。

 

 男の愛撫が続く。

 なんでもないような手管なのに、ひと撫でひと撫でが爆発するような快感を呼び起こす。

 スクルズは、もうなにも考えられなくなった。

 そして、この指から与えられる感覚のあまりの気持ちよさと衝撃に、スクルズは上体をぴんと反らせた。

 声が出せない状態になっていてよかった。

 そうでなければ、スクルズは我慢できなくて、悲鳴のような嬌声をとどろかせてしまっただろう。

 

「ほら、もうできあがったぞ。もう一度やってみろ」

 

 スクルズに愛撫を加えていた男がすっと身体を離す。

 だが、スクルズは、そろそろ気がついてきた。

 あんな愛撫ができる者がそんなにいるわけがない。

 それに、愛撫をしていた男から香った微かな体臭……。

 

 これは……。

 

 スクルズはすっと全身の力が抜けるのがわかった。

 再び、最初のときの男根が入ってくる。

 しかし、冷静になってみると、これは本物の男根ではないことがわかった。

 

 おそらく……。

 スクルズは緊張を緩めた。

 

「ふふふ、さすが……。この淫乱神殿長殿は気がついてしまったようじゃな……。まあいい……。予定通りにいこう」

 

 横の男が言った。

 いや、その男は、いまはスクルズを後ろから突いている「誰か」の背後に回っている。

 スクルズは思わず笑い声が出そうになった。

 しかし、それは魔道のかかった口枷に阻まれる。

 

 律動が開始した。

 

 だが、気持ちはいいとは思うが、それはさっきの指の余韻が残っているからだと思う。

 スクルズは、改めて自分の身体がロウでなければ受け入れないものになっていることを悟った。

 

「……ほら、ご褒美じゃ」

 

 二番目の男が言った。

 スクルズにではなく、スクルズを後ろから犯している「男」に語りかけたものだ。

 

「んんっ、ああっ、んあああっ、だ、だめえっ」

 

 スクルズを犯していた「男」が奇声をあげて、スクルズの背中に突っ伏した。

 柔らかい乳房の感触が背中に伝わる。

 しかも、声がしわがれ声の男ではなく、女そのものの悶え声になった。

 

「こらっ、興醒めするでしょう。変声の魔道を解かないでくださいよ」

 

 二番目の男の声も変化した。

 ロウの声だ。

 そして、悲鳴をあげているのは、間違いなくベルズのようだ。

 

 どうやら、ベルズは股間に張形を革帯のようなもので固定しているのだろう。

 百合遊びのときに使用するものだ。

 また、そのベルズをロウはさらに後ろから犯している気配だ。体勢的に後ろの穴を犯されているのではないだろうか。

 いまや、ベルズはスクルズを犯すどころか、完全にスクルズに身体を預けるかたちになっている。

 

「あ、ああ、ああっ、そ、そんな、だ、だめだっ」

 

 そして、スクルズを犯しているはずのベルズの反応が激しいものになった。

 よくわからないが、どうやらロウとベルズが結託して、スクルズを悪戯しにきたらしい。

 

「ふううっ」

 

 ベルズが悲鳴のような声をあげてがくがくと身体を震わせた。

 そのまま、脱力してぺたりと背後に座り込んでしまった気配だ。

 

「しょうがないですねえ……。全部、失敗してしまいましたよ。このところ調子に乗っているスクルズを懲らしめるんじゃなかったんですか」

 

 すっかりと元の声に戻ったロウが呆れたような口調で言った。

 やはり、ふたりの声が変声していたのは、ベルズの魔道だったのだろう。

 それをロウがベルズに悪戯したことで集中が途切れて、魔道が解かれてしまったに違いない。

 とにかく、心からほっとした。

 

 それにしても、懲らしめる……?

 なぜ……?

 ……とは一瞬思ったが、心当たりはたくさんある。

 いや、ありすぎる。

 今回だって、本来はスクルズが仕切らなければならない、地方神官の会同を準備する王都巫女会合の寄り合いをベルズにやらせてしまった。

 腹をたてたベルズから、無視を決め込まれてしまった真っ最中だった。

 

「そ、そなたが、ふざけるから……。そ、そもそも、わたしはスクルズを調子に乗らせないように、ロウ殿からも諭してやってくれと頼んだだけだ。こ、こんなことは無理だと言ったのに……」

 

「だけど、愉しかったでしょう。最初なんか、のりのりだったじゃないですか」

 

 ロウがベルズと入れ替わったのがわかった。

 スクルズはロウに挿入して欲しくて、すかさず、ロウを誘うように、ぐいとお尻を突きあげてみせる。

 

 ロウだとわかった途端に、一切の羞恥も矜持も消え去る。

 スクルズにあるのは、ロウに犯されて全身全霊を支配されたいという雌の本能だけだった。

 

「いやらしいですねえ」

 

 ロウがスクルズの尻たぶを掴んですっかりと濡れ切った狭間に怒張を打ち込んできた。

 火の出るような快感がスクルズの身体に襲い掛かる。

 

 この一瞬にしてすべてのものを焼き尽くすような律動は、まさしくロウだ。

 数回の律動でスクルズは達しそうになって、顔を前に突き出していた。

 だが、口枷の魔道具のおかげで声は発しない。

 

 これはいいかも……。

 

 声を消すことができるこの口枷があれば、遠慮なく、どこであろうともロウとの快感にすべてを委ねることができる。

 だったら、いつも以上の愉快な思いつきをロウにお願いできる……。スクルズの妄想のままに……。

 そんなことを思った。

 

 凄まじい愉悦が込みあがってきた。

 いやらしい水の音が股間で鳴っている。

 スクルズはさっそく絶頂を迎えようとしていた。

 

「ほら、首をこっちに……」

 

 ロウが律動を続けながら言った。

 スクルズは口枷を嵌めている顔を後ろに向ける。

 ロウが口枷から溢れでているスクルズの涎を舐め始めたのだ。

 スクルズは途方もないくらいの焦燥感に襲われるのがわかった。

 口枷がなければ、思う存分ロウの舌を味わうことができたのだ。

 とにかく、スクルズは身体のあらゆる部分でロウを感じたかった。

 

「お仕置きだか、ご褒美だかわからなくなってしまったな」

 

 ロウが笑いながら、スクルズの乳房を両手で掴んで、怒張をお尻の下から出し入れする。

 全身に横溢していた欲情がひと打ちごとに五体をうねりまわる。

 

「仕置きなどであるものか。しっかりと悦んでいるではないか」

 

 ベルズの皮肉交じりの声が床側から聞こえた。

 まだ、ぺったりと床に腰をつけたままらしい。

 その言葉には荒い息が混じっていた。さっき達したばかりだからだろう。

 

「仕方がないな。こんなに淫らな、いけない巫女様になってしまったのは、多分、俺のせいだし」

 

 ロウがスクルズの胸をぎゅっと掴んで、さらに律動を激しくする。

 

「…………」

 

 声にならない悲鳴をあげて、スクルズは上体をひねってロウに口枷と唇を舐められながら全身をがくがくと震わせた。

 官能という官能が燃えていた。

 そして、全身が溶けるような絶頂感が襲う。

 

 スクルズは股間の中で膨れる怒張を締めあげながら、全身をわななかせた。

 そのとき、熱ささえ感じるようなロウの精が子宮めがけて迸ったのがわかった。

 

 

 *

 

 

「……お情けをありがとうございました、ロウ様」

 

 私室に案内されると、すぐにスクルズが床にぺったりと腰をおろして、深々と頭をさげた。

 一郎は苦笑してしまった。

 

 第三神殿の神殿長用の私室である。

 もっとも、私室とはいっても、ほっとらいんの鏡が置かれている完全な寝室ではなく、公務も兼ねる部屋であり、部屋の中央には大きな机とそれと対になっている椅子があった。

 だが、ほかには椅子はない。

 ここは客を迎えるような場所ではないからだ。

 

 一郎はスクルズによって、強引にそこに腰かけさせられた。

 一方で、スクルズは甘えるように、一郎の足元の床に座り込んでしまったのだ。

 また、一緒にやって来たベルズは、一郎とは向かい合う椅子に座っている。

 

「ベルズもありがとう……。ロウ様を連れてきてくれるなんて……。それと、今回のことはご免なさい。反省しているのよ」

 

 スクルズがにっこりと微笑みながら、ベルズに頭をさげた。

 ベルズが盛大に嘆息した。

 

「冗談じゃない。わたしはちょっとお灸を据えてくれと頼んだのだ。それなのに、さかりのついた雌猫のように……」

 

 ベルズが面白くなさそうに言った。

 

「ところで、今夜はどうして、あんなことを?」

 

 床に座っているスクルズが一郎を見上げるようにして訊ねた。

 

「本来は挨拶だよ。みんなのところに順にね。スクルズは行事で忙しそうだったから、夜になっただけだ。でも、ベルズのところに先に寄ったら、喧嘩しているというしね。まあ、仲直りのきっかけの悪戯だ」

 

 実のところ、もうすぐ出立なので、今日は最後に、女たちのところをひと回りしているところだったのだ。まあ、出発まではこうやって、女たちのところを毎日回るつもりではいる。

 今日は、昼過ぎから始まり、まずは、王宮に忍び入り、アネルザを抱きに行った。

 アネルザのところに先に行ったのは、昨日はばたばたして忘れていたが、あの闘奴少女のマーズのことを頼みたいと思ったからだ。

 一郎とクエストで対決したマーズについて、騙すような勝負で戦った一郎だったが、彼女の実力はよく覚えている。

 そのマーズの主人が亡くなり、慣例により自由民になると耳にし、それで、彼女さえよければ一郎のパーティーに入ってもらいたくて、アネルザに間に入ってもらいたいと思ったのだ。

 もともと、アネルザが亡くなった興業主の知り合いだったことによる縁であり、確か親族が興業の一座を相続したと聞いたが、その親族との仲介をアネルザにお願いしてきた。

 

 さらに、そこから後宮に忍び込んで、サキとチャルタとピカロをダウンさせた。

 

 次いで、イザベラのところに向かい、イザベラとシャーラを犯してから、ヴァージニアをはじめとする侍女軍団を亜空間で順に犯して可愛がった。

 最後に、もう一度、現実側でイザベラを犯した。

 何度も、現実側でイザベラを抱くのは、王太女の仕事をするイザベラの股間にたっぷりと一郎の精を注ぎ、その淫靡な匂いのまま、余人に会わせるのが愉しいからだ。

 我ながら、鬼畜趣味だとは思う。

 

 それから、冒険者ギルドに向かい、ミランダをレイプごっこでしばらく遊んでから、ランを呼び出して抱いた。

 そのとき、ついでなので、アネルザに仲介を頼んでいることを説明したうえで、一郎がマーズをパーティーに介入したいと考えてることを伝えた。

 ミランダも賛成であり、協力しようと言ってくれた。

 

 次は第二神殿に行った。

 だが、第二神殿に行くとベルズはおらず、こっちではなく、小屋敷に数日引きこもっていることがわかって、そっちに行き、そこでお約束通りにベルズと、さらに、ウルズを抱いてから、引きこもりの事情を訊ねた。

 

 すると、スクルズが仕事を放り出して、一郎のクエストについていったことが、相当に腹に据えかねたらしく、本来は協力して対応すべき地方神官の集まりの準備会合をスクルズに全部やらせて、ベルズは、小屋敷に閉じこもることに決めたというわけのようだった。

 

 まあ、ふたりの喧嘩の原因の一端は一郎にもある。

 だから、ベルズを宥めるべく、スクルズを懲らしめる一計とともに、こっちに来たのだ。

 まあ、スクルズへの悪戯が成功したとは言いがたいが、こうやって、お互いに話す機会を作ったことで、まあ、よかったということだ。

 

 いずれにしても、これだけの女のところに回って、全員を満足させただけでなく、ひとりひとりに精を注ぎ、まだ夜が遅いという時間にもなっていない。

 それでも、いまでも性欲も尽きることがないように溢れ返っている。

 我ながら、淫魔師になった自分の絶倫ぶりが怖ろしくなる。

 

 それはともかく、今回のふたりのいざこざについては、確かに、スクルズが悪いのかもしれない。

 価値観の違いとしかいえないが、スクルズとは異なり、ベルズはまだまだ敬虔な巫女の部分をしっかりと残している。

 一郎に接するのが駄目だとは言わないが、巫女である以上、「遊び」は「遊び」、「信仰」は「信仰」と割り切るべきというのだ。

 

 特に、今回については、大切な神殿長業務をベルズに代行させて丸投げしたことを非常に怒っていた。しかも、丸投げの理由が、一郎とくっついてクエストに行くためだったと知って、激怒していた。

 だから一郎は、だったら、スクルズの肝を冷やすために、ちょっとした悪戯をしようと提案したのだ。

 呆れかえるのかと思ったが、思いのほかベルズも乗り気になり、ああやって、見知らぬ襲撃者のふりをしてスクルズを襲ったということだ。

 

 結局、すぐにばれてしまったが……。

 

「……そうですか。それはやっぱり、ありがとうございます。ところで、例の件ですが……」

 

 すると、スクルズが急に神妙な表情になって、口を開いた。

 

「ミウのことか……」

 

 一郎は言った。

 スクルズは頷いた。

 

 ミウの魔道制御の問題について、詳しく教えられたのは、先日のクエストのときだった。

 すなわち、クライド事件を機会に一郎たちが保護し、魔眼によって、魔道遣いの能力を秘めていることがわかったので、スクルズに預けたミウだったが、そのミウはほんの少しの訓練で魔道遣いとしての有り余る才能の片鱗を示したらしい。

 いまでは、立派にひと通りの魔道も遣えるそうだ。

 一郎もそれは知っていた。

 時折会うと、そのたびにミウのステータスの魔道遣いのレベルがあがっているからだ。スクルズもこのまま育てば、ミウは自分以上の魔道遣いになるだろうと以前に言っていた。

 

 しかし、一方でミウは魔力が本当に不安定であり、時々自分でも制御できない魔力暴走で周囲を破壊したり、近くの者を怪我させたりしそうになったこともあるのだそうだ。

 それが、先日のクエスト終了した洞窟で教えられた事実と、一郎への相談事の内容だ。

 

 いまでこそ、スクルズの魔道具で抑えているが、いずれは抑えきれなくなることは明白らしい。

 そして、魔道制御力の低い高位魔道遣いは、「アルペンガウム症候群発症者」といい、兆候の段階で安楽死処置をさせることが、法により定められているそうだ。

 このままでは、ミウを「処理」しなければならない。

 だから、ロウがミウを犯すことで、能力向上をはかり、魔道制御の安定化をできないか、相談されたのだ。

 

 しかし、一郎は迷っていた。

 普通なら一郎には、女を抱くことに躊躇など持たない。

 しかし、ミウはまだ、十一歳であり、クライドに凌辱されて、心の傷を負った娘だ。

 一郎は、これについては、態度を保留していた。

 

「やはり、ミウをロウ殿に抱いてもらうのか?」

 

 すると、ベルズがスクルズに声をかけてきた。

 一郎はベルズに視線を向ける。

 ベルズは真剣な顔だ。

 ミウの問題のことは、ベルズも承知していたようだ。

 

「わたしには、もう、それしかないかと……」

 

「そうだな……。確かに、ミウについては、それしかないのかもしれん……。多分、ミウは男が怖いのではないかな? それが何故か魔力の安定を邪魔しているのだと思う。しかし、ロウ殿なら、うまく導いてくれるのは間違いないとは思うが……、しかし……」

 

 ベルズが語った。

 ミウのことについては、ベルズとスクルズとの間で、すでに相談済みの内容のようである。

 あのクエストの終わったダンジョンで相談されたときも、ベルズとは何度も話したとスクルズも言っていた。

 

「……しかし、ロウ様とミウの相性のことね?」

 

「相性?」

 

 一郎は首を捻った。

 

「つまり、ロウ殿がミウの相手をしてもらうとき、ミウの魔道が暴発しないかということだ。わたしらは、ロウ殿ならば、ミウの魔道の安定化を期待できるのではないかと考えている反面、ロウ殿を危険に晒したくはないとも思っている」

 

 ベルズが溜め息をついた。

 ふたりにしても、一郎に相談しつつも、どうしていいかの結論までは、出ていないのだ。

 

 そのとき、扉を外から叩く男がした。

 入ってきたのは、アンとノヴァだ。

 ふたりについては、この部屋に入るとすぐに、夜の祈りの務めが終わればやって来るようにスクルズが伝言を飛ばしていたので、それでやって来たのだ。

 

「……ロウ様、さっきの話は後ほど……。いずれにせよ、ミウについては、禁淫の業をさせてますが、後で一度会って頂けないかと……。そのうえで、是非、ご判断を教えてもらえませんでしょうか」

 

 スクルズが小さな声で言った。

 禁淫の業というのが、なにかわからないが、要はミウに会い、一郎が手を出せるかどうかを意見をくれということだろう。

 だが、まだ十一歳で親を殺した男に凌辱された童女を理由があるとはいえ、同じように犯すのか……。

 さすがに、一郎も積極的にはなれないでいる。

 

「ご主人様、いらっしゃいませ……。嬉しいです」

「ロウ様、いらっしゃいませ」

 

 アンとノヴァが満面の笑みを浮かべて、スクルズと同じように、床にちょこんと座る。

 まあいい。

 ミウについては、後で会うときに考えることにしよう。

 それにしても、なぜ、床に座る?

 向かいのベルズも苦笑している。

 

「アン様、ノヴァ……。ロウ様はわざわざ、わたしたちに旅立ちの挨拶をなさるために、訪問をなさってくれたのです。わたしたちは、もうお情けをもらいましたので、よければ、お相手をお願いしてはいかがですか」

 

 スクルズが言った。

 

「まあ……。で、では、お願いできますでしょうか……」

「あ、あたしも……」

 

 アンとノヴァがぱっと顔を赤らめながらも、ロウにさらににじり寄ってきた。

 

「ところで、ご主人様、ノヴァとも相談したのですけど、お願いがあるのです……」

 

 そのとき、アンが急に、はにかんだ表情になって言った。

 だが、その可愛らしい仕草に、一郎は思わず微笑んでしまった。

 

「今夜は、色々な人からお願いばかりだね。いいよ。ほかならぬ、アンの頼みだ。なんでも言ってくれ」

 

「本当ですか? 嬉しいです……。実は先日の集まりのとき、イザベラがご主人様に、ある約束をしてもらったことが、羨ましくて、羨ましくて……」

 

 イザベラになにを言ったかなど微塵も覚えてないし、なにかの約束を交わした記憶もない。イザベラになにかを言ったのだろうか?

 

「それで、お願いいたします。わたしとノヴァにも子種を頂けませんでしょうか。わたしたちの子として大切に育てます。是非とも、ご主人様にお願いしたいのです……」

 

 一郎は絶句してしまった。



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268 神殿奥の淫事

「あ、ああ……、い、いい……」

 

 正面座位の体勢で腰に載せているアンが声を上ずらせて、早くも絶頂の痙攣を起こし始めた。

 まだまだ続けることもできるのだが、一郎はこのまま精を放つことにした。

 今夜は考えていることがあるのだ。

 

「出すよ」

 

「は、はい──。お、お願いします……。あ、ああっ」

 

 一郎は股間をアンの膣の中の赤いもやにぶつけるように上下に激しく動かし、ありったけの精を迸らせた。

 アンもがくがくと狂おしそうに悶え、声を搾りだすように気をやる。

 

「あ、ああっ、ロ、ロウ様……。あ、ああっ、アン様、んんんっ」

 

 その横でさっき精を放ち終わっているノヴァが女の悦びの声を出して震えている。

 このふたりは、快楽の共鳴で結んでいる。

 どちらかが快楽を受けると、まったく同じ快楽がもうひとりにも襲う仕掛けだ。

 アンもノヴァも、まずは一郎がノヴァを抱いたときに揃って絶頂し、いまはアンが一郎にいかされてふたりで気をやったということだ。

 身も心も結び合ったふたりについては、一郎はずっとこの快楽の共鳴を繋げっ放しにさせている。

 これによって、ふたりの絆がこれ以上ないというほどに強くなったのは、一郎は魔眼を通じて知っていた。

 その心の結びつきは、ふたりのそれぞれの一郎に対しての敬愛の念よりも遥かに強い。

 それは誰にも分かつことはできない。

 一郎さえもだ。

 そして、分かつつもりもない。

 

「じゃあ、抜くね……」

 

 ふたりの絶頂の余韻がそろそろ鎮まって来たのを待ち、とりあえず一郎は、腰の上からアンの裸身をおろした。

 寝台におろされたアンは、腰が砕けたようになり、くたくたと崩れそうになる。

 そのアンを自分自身も力が入らないようになっているノヴァが、慌てたように後ろから支えた。

 

「はあ、はあ、はあ……。お、お情けをありがとうございます……。さ、さあ、ノヴァもお、お礼を……」

 

 ノヴァに支えられているアンが荒い息をしながら頭をさげた。

 

「あ、ありがとうございました……」

 

 ノヴァも深々とお辞儀をする。

 アンもノヴァもかなりの水準の美女だ。

 そのふたりを犯して、お礼を言われるなど、男冥利に尽きるというものだ。

 一郎も思わず苦笑してしまう。

 

「お疲れさまでした、ロウ様。お掃除してよろしいですか」

 

 一郎がアンとノヴァを抱くのを静かに見守っていたスクルズがうっとりとした表情をして言った。

 すでに、全員がスクルズの寝室に移動をしている。

 アンとノヴァを抱いたのもスクルズの寝台だ。

 スクルズとベルズは、その邪魔にならないように、ずっと部屋の隅にある椅子に腰かけて、こちらを見守っていたのだ。

 「お掃除」というのは、性行為の終わった一郎の男根を舌で綺麗に舐めあげることだ。

 王都一の魔道遣いであり、史上最年少で王都三神殿の神殿長となったスクルズに、そんなことをさせるというのは、考えてみれば気が咎める気もするが、すでにスクルズは一郎の返事を待たずに、寝台にのぼって来ている。

 そして、ぱくりと一郎の一物を咥えた。

 

「本当に、そなたはロウ殿のことになると、際限なく淫らで、はしたなくなるな」

 

 そんなスクルズの姿に、ベルズは揶揄するように言った。

 もっとも、そのベルズの顔は真っ赤だ。

 スクルズほどではないが、一郎がアンたちを抱くのを眺めているうちに、またまた欲情してしまった感じになっているのだ。

 スクルズのように遠慮なく積極的に求めてくれればいいと思うのだが、そうもできないのがベルズの性分なのだろう。

 

「あっ、待って。まだ、服は着ないで。まだまだ、終わらないよ」

 

 巫女服を着直そうとしたアンとノヴァに一郎は声をかけた。

 ふたりがきょとんとした表情をこちらに向ける。

 そのあいだもスクルズは一心不乱に一郎の一物を舐めている。いまは最後の仕上げとして、ちゅうちゅうと残りの精を吸ってくれているところだ。

 気持ちがいい。

 本当に、この王都一の巫女殿は、一郎と付き合うようなって、本当に淫らでいやらしくなった。

 こんな奉仕だって、一生懸命に覚えようとしてくれるので、いまや、三人娘と匹敵するほどに上手だ。

 

「終わりました……。ふふふ、おいしゅうございました、ロウ様」

 

 スクルズが顔をあげて、にこにこと微笑んだ。

 その満面の笑みには、なにもかも忘れさせてくれるような癒しがあると思った。

 

「……でも、まだ終わらないというのはなんでしょう。アン様とノヴァには、まだなにかの“ぷれい”をさせるということですか?」

 

 スクルズが微笑んだまま言った。

 一郎は「そうです」と頷くと、寝台を一度降りたアンたちをもう一度寝台にあがらせる。

 

「……ところで、ふたりにお話がある。さっきの子種のことだ……」

 

 一郎は切り出した。

 

「は、はい」

「はい」

 

 一郎と向かい合うように正座に座ったアンとノヴァが大きく頷く。

 このふたりは、今夜一郎に抱かれる前に、お願いだから子種を欲しいと言ったのだ。ふたりが言うには、その子供をふたりの子供として育てたいということだった。

 

 ふたりとしては真剣に話し合った結果だということであったが、一郎はその願望の裏にあるふたりの心に、すでに気がついている。

 もちろん、それくらいに一郎のことを愛してくれているということはわかっているが、それ以上にふたりは、アンとノヴァのお互いが離れることのできないなにかの「(あかし)」が欲しいのだ。

 つまりは、一郎の子をふたりで育てたいというのは、ふたりが互いに一生を共にしたいという気持ちから出たものであり、その愛情のかたちとして、子供を求めたのだ。

 その気になれば、ふたりの感情を読み取ることができる一郎には、すぐにそれがわかった。

 もっとも、アンとノヴァ自身が、自分たちの本当の感情に気がついているかどうかまではわからないが……。

 

「子種のことはいずれ請け負う。でも、いまは、ふたりの心をもっと深く結びつける贈り物をしよう……。ねえ、スクルズ、腕輪でも、指輪でもなんでもいいんだが、ちょっとした装飾品で処分してもいいようなものはないか?」

 

 訊ねた。

 スクルズはちょっと小首を傾げたが、むかし屋台で買った安物の指輪ならと口にして、寝台から降りた。

 

「……なにをするつもりなのだ、ロウ殿?」

 

 ベルズが訝しむ口調で言った。

 

「ちょっとした淫具を作るんですよ……。どっちにしようかな……。まあ、ノヴァかな……」

 

 一郎は意味ありげに微笑んでみせた。

 淫具と聞いて、目の前のアンとノヴァが当惑した表情になる。

 

「……これでよろしいですか?」

 

 スクルズが指輪を差し出した。

 特に飾り石などない銅細工の指輪だ。

 

「じゃあ、もらうよ」

 

 一郎はそれを手の中にぐっと握る。

 そして、亜空間の力を使って、肘から先だけを亜空間に入れる。ただ、限りなく現実側に近い状態にしているので肘から先が消滅しているわけじゃない。

 一郎の亜空間側に入った指輪に、一郎が思う淫具を作るための念を込めていく。

 こんなことをやるのは初めてだが、成功するという確信はあった。

 いつの間にか、レベル99になった淫魔師としての一郎の能力は、一郎自身の想像をずっと超えたものがある。

 こと性行為に関することであれば、一郎はほとんど無限ではないかと思うほどの力を駆使することができるのだ。

 

 できる――。

 想像力――。

 つまりは、この指輪に淫魔力を封印して、条件付けるという行為だ。

 できるはずだ。

 いや、できる。

 淫魔術を指輪に込める。

 「物」に淫魔師の能力を使って術を込め、淫魔術を刻むというのは前にもやった。

 だから、今度もできる……。

 その確信で全身を包ませる。

 亜空間を使ったのは、その方が淫気を紋様として、固めやすいからだ。

 とにかく、念を亜空間側の指輪に注ぐ。

 

「……す、すごい……。ロウ殿、そなた……いま、凄まじいまでの魔力を注いでおるぞ……。こ、これは……」

 

 ベルズが目を丸くして腰をあげた。

 

「確かに……。これは、さっきの指輪に魔道紋を刻まれているのですか……? 魔道具作成を……?」

 

 スクルズも驚いている。

 魔道遣いとしての能力に秀でているふたりは、魔力の流れのようなものをある程度感じることができるらしい。

 そのふたりからすれば、一郎のやっていることは、魔道を行使しているように思えるようだ。

 

「これは魔力じゃない……。淫気だ……。魔道具作りではあるけどね……」

 

 一郎は言った。

 もっとも、一郎自身は魔力と淫気の違いはわからない。

 いろいろと文献などを当たってもらったこともあったが、魔道教典に精通しているベルズによれば、そもそも、魔力と淫気は同質だという説もあるということを口にもしていた。

 そして、やがて、求めているものができあがった。

 一郎は亜空間の力を解除し、できあがった指輪の淫具をノヴァに差し出した。

 

「害はない。装着してみてくれ」

 

「え、えっと……」

 

 ノヴァが困惑した声を出す。

 当然だろう。

 得体の知れない指輪をいきなり説明もなく嵌めろと言われれば、困惑もするし、拒否感もわくはずだ。

 だが、一郎は無視した。

 尻込みしたように、腰を引いたノヴァの右手首を強引に掴むと、さっと指輪を人差し指に嵌めてしまった。

 

「あ、あれ? な、なにか……。な、なにか変です……。な、なんですか──?」

 

 ノヴァが声をあげた。

 だが、そのときには、すでにノヴァの身体には異変が起きている。

 

「ま、まあ、ノヴァ──」

 

 最初に悲鳴のような声をあげたのは、ノヴァのすぐ横にいたアンだ。

 そして、スクルズとベルズも驚きの声をあげる。

 

「ひ、ひいいっ、ロ、ロウ様──。こ、こんなの──こんなのあんまりです──」

 

 ノヴァも絶叫した。

 彼女の股間には隆々とした男根がしっかりとそそり勃っていたのだ。

 一郎が作ったのは、一郎特製の『ふたなりの指輪』だ。

 つまりは、この指輪をはめると、女の股間に男根が生えて、女同士で男女の性愛が可能になるということだ。

 性別を超えて、お互いに愛し合っているアンとノヴァには、ぴったりの淫具だと思う。

 

「い、いやです。ロ、ロウ様、これだけはいや──」

 

 ノヴァが慌てて指輪を外そうとした。

 だが、抜けない。

 そのように細工をしているからだ。

 

「無理だよ。それはもう外せない。ただ、三回精を放てば、簡単に抜けて身体も元に戻るようにした。じゃあ、しっかりと愛し合ってきてくれ。ここから先は、ふたりの部屋でどうぞ。ふたりだけの愉しい時間をすごしてくれ」

 

 一郎はにやりと笑った。

 ノヴァはすっかりと顔を引きつらせている。

 アンも口をあんぐりと開けたままだ。

 

「……相変わらず、意地が悪いというか……。悪趣味というか……」

 

 椅子から立ちあがってこっちにやってきたベルズが、ノヴァの股間に生えた一物をしげしげと眺めながら言った。

 

「……でも、これ……。ロウ殿のお道具に似てますね……。というよりはそっくりかも……」

 

 スクルズも言った。

 

「あ、あんまり見ないで──」

 

 ノヴァが泣きべそをかいたようになって、手で男根を隠す。

 

「さあ、ふたりとも服を着ていいよ。自室に戻ってくれ。ちゃんと男の機能はあるから、精だって出るし、もしかしたら、妊娠もできるかもしれない。それこそ、ふたりの子供だ……。ノヴァもそれを失くしたかったら、アンにお願いするんだ。精はちゃんとアンの中に注がないと無効になるからね。自慰では消滅しないよ」

 

 一郎に促されたアンとノヴァは、呆然とした感じで脱いだ巫女服を身につけ始める。

 目の前で愛し合わせてもいいが、「男」になったことのないノヴァは、簡単にはアンとうまくはいかないと思う。

 もしかしたら、三回の精を出すまで、朝までかかるかもしれない。

 ふたりだけにさせて、苦労をさせるのも「調教」の一環だ。

 

「ところで、これは繰り返し使えるのですか?」

 

 するとスクルズが訊ねてきた。

 

「もちろんだ。ふたり限定だけどね。装着するたびに男根が生えて、外すためには、相手の膣に三回の精を放つことが必要になる……。ついでに言っておくが、どっちが装着してもそうなる。飽きたら、今度はアンが男役をやってもいいし、まあ、工夫して愉しんでくれ」

 

 一郎は言った。

 ふたりが部屋を出ていく。

 特に、勃起した男根のままのノヴァは、どうしていいかわからない感じで、真っ赤な顔になって、股間を巫女服の上から押さえていた。

 

「それにしても、またもや、おかしなものを……」

 

 ベルズが苦笑している。

 

「おかしなものなのではありません。素晴らしい思いつきですし、大変な魔道具です。さすがはロウ様です」

 

 一方でスクルズは目を輝かせた。

 

 

 *

 

 

「ミウの魔力か……」

 

 一郎は大きく息をした。

 アンとノヴァが出て言った後、ふたりがやって来る前に途中だったミウの話の続きをした。

 そして、改めて色々と話してもらった。

 

 一郎にあのミウを抱いてやって欲しいというスクルズとベルズの申し出であり、それはミウの魔力を安定させるために必要なことのようだ。

 一郎も、魔力と淫気が極めて同質に近く、深い関係にありそうだというのは、以前から薄々感じていた。

 淫魔師である一郎には、「性奴隷」として刻んだ女の能力を向上させるという力もあるようなのだが、特に魔道遣いに対しては、それが飛躍的だ。

 

 淫魔師は、淫気を女に満たすことで女を操るのだが、その満たした淫気が魔道遣いの能力を大きく向上させるということは間違いない。

 一郎がミウを抱いて性奴隷の刻みをすれば、ミウの力はさらにあがるだろう。

 それだけでなく、いま懸念になっている魔力をコントロールする能力も備わるかもしれない。

 

「問題は、ミウの気持ちかなあ」

 

 一郎は口にした。

 いまさら、善人ぶるつもりはないし、好色のおもむくまま女たちを抱き潰してきた一郎だ。

 ミウを抱くことができないなどとは言わない。

 しかし、ミウは目の前で母親をレイプされて殺され、自分自身も未成熟な身体を残酷に犯された経験をしている。ミウの魔力が時折暴走したように発散するのだとすれば、それはその悪夢のようなあの体験が引き起こしているのだろう。

 スクルズたちによれば、魔力を発散するときには、ささやかな陶酔感があり、それは性行為のあとの快感に似てなくもないようだ。

 だから、魔力の発散や充填が、あの記憶を無意識に引き出すきっかけになるのかもしれない。

 つまり、ミウは性行為そのものを大きく嫌悪している可能性がある。

 おそらく、そうなのだろう。

 だから、魔力がうまく安定しないのではないかと思う。

 

 また、ふたりが短いあいだに教えてくれたことによれば、魔道遣いとしての能力向上の方法は、自慰や媚薬や同性同士の性愛というような極めて煽情的な行為であり、高位魔道遣いの中だけで伝わっている「秘法」とのことだった。

 ミウが性行為そのものを嫌悪する感情がなくなれば、魔力に対する拒否感はなくなり心も安定する。

 問題になっている魔道制御もやりやすくなり、取得できる。

 スクルズたちはそう分析しているようだ。

 そして、一郎には、ミウを犯すことで、能力向上は確実にできると思う。

 

 だが……。

 ミウはまだ、幼い。

 

「どうか、お願いします、ロウ様……。ミウには言い聞かせています。これはミウがアルペンガウム症候群を克服するために必要なのです」

 

「まあ、この場合はそうだ。馬鹿げた話と思うかもしれんが、ロウ殿が思っているよりも、事態は切実で緊迫もしている。魔力の安定しない高位魔道遣いなど、社会の罪悪だ。ミウがそうであると漏れ出れば、わたしたちは、ミウを処分しなければならないのだ」

 

 スクルズに続いてベルズが言った。

 冗談を口にしている雰囲気ではなかった。

 その内容は穏やかではない。

 

「処分とは大袈裟だな。安定しない魔道が問題なら、ただ遣えなくすればいいだけだろ。魔道を封じる魔道具は、この世界にはたくさん種類があるし……」

 

「ロウ様、それは違います。いま存在する魔道封じの道具は、すべて意識的な魔道を封じるものです。ミウが時々引き起こすような無意識の魔道の暴発を防ぐ魔道封じの道具は存在しないのです」

 

「いまはまだ、スクルズの作った魔力を制する腕輪でいくらか封じている。だが、わたしの見たところでも、ミウはまだ成長過程だ。このままであれば、魔力が安定できないまま、魔道の力そのものがもっとあがるかもしれん。そうなれば、もう殺すしかない。そうなる前に手をつけねばならんのだ」

 

 スクルズとベルズは深刻な表情で言った。

 一郎はとにかくミウを連れて来てくれと言った。

 スクルズが伝言用の「言玉」を発してどこかに送る。

 隣室に控えているミウに飛ばしたのだろう。

 

「……ロウ殿、ミウにはこの二日、禁淫の業をさせておりました。性的にとても餓えた状態にあります。男性を受け入れやすいかとも思います……」

 

「禁淫の業?」

 

 一郎は首を傾げた。

 

「つまりは焦らし責めということだ。ロウ殿は得意だろう? 溜まるだけ溜まっている……。それに、ロウ殿が相手なら、ミウも嫌じゃないと思う……」

 

 ベルズは大真面目な表情で言った。

 

「し、失礼します」

 

 部屋の外でミウの声がした。

 可愛らしい巫女服に身を包んだミウが入ってくる。

 とても緊張している。

 おそらく、どういうことをさせられるか、ある程度承知してやって来ていると思う。

 スクルズのことだから、魔道遣いとして一人前になるには、一郎に抱かれるのが絶対に必要だくらいは、言ったかもしれない。

 さらに、魔力が安定できなければ、殺されるということも口にしているだろう。

 ミウの身体は小刻みに震えていた。

 それはともかく、巫女服の下の股間におかしなものをしている。顔も赤い。これが禁淫の業か……。

 スクルズだな。

 一郎は立ちあがって、ミウをすっと抱き寄せた。

 

「ひ、ひいっ」

 

 その瞬間だった。

 なにかが起きた。

 気がつくと、一郎は宙に浮かびあがっていた。

 そのまま、強い力で飛ばされる。

 

「ロ、ロウ様──」

「うわっ──」

 

 スクルズとベルズが絶叫した。

 壁に背中を叩きつけられた。

 しかし、それほどの衝撃でもない。

 ふと見ると、スクルズとベルズのふたりは、魔道を発したと思われる構えをしていた。

 一方はミウに、もう一方は一郎に向かっている。

 激痛が走った身体があっという間に楽になる。

 咄嗟に、一郎の身体に衝撃を吸収させる術をかけてもくれたのだろう。

 もうひとりは、ミウの魔道を発散させるための動きか……。

 

「う、うわっ──。ご、ごめんなさい──。ごめんなさい。申し訳ありません──あああっ」

 

 ミウが悲痛な叫び声をあげたのが聞こえた。

 

「だ、大丈夫だ」

 

 一郎は頭を擦りながら言った。

 それにしても、びっくりした。

 これが魔力の暴走というやつなのだろう。

 

「こ、こんなことするつもりはなかったのです……。ど、どうかお許しを──」

 

 ミウが駆け寄ってきて、一郎の目の前で土下座をした。

 

「……これほどとは思わなかった……。これではロウ殿が危険だ。どうやら、もっとやり方を考えなければならないな」

 

「そうね……。でも、魔力を十分の一に減じる腕輪をしていてよかった……。さもなければ、ロウ様も無事ではなかったかもしれないわ……。それと、さっきのお願いは取り消させてください、ロウ様。これではロウ様が危険です。ほかの手段を考えます」

 

 ベルズとスクルズが深く嘆息した。

 あれが十分の一?

 大した魔力だったが……。

 

 しかし、一郎はもう決めていた。

 一郎にしかできないこともある。 

 ミウが一郎を攻撃してしまったのは、男に対する嫌悪感が引き起こしたのは間違いない。

 だったら、その嫌悪感を取り除くことのできる男が、一郎においてほかにないのは明らかだ。

 また、一郎なら無理矢理にミウを犯すこともできるかもしれないが、それではなんにもならない。

 

「……いえ、やっぱり、俺に任せてもらいましょう……。ねえ、ミウ」

 

 一郎はミウの顔をあげさせた。

 

「は、はい」

 

 ミウが一郎を見る。

 

「俺はミウを苦しめた男を殺し、ミウを救った。それを覚えているな?」

 

「わ、忘れていません……。ロウ様は命の恩人です……。それなのに、あたしは……」

 

 ミウが泣きそうな顔になった。

 一郎は思わず手を伸ばしそうになって、慌てて躊躇した。

 また、弾き飛ばされたらかなわない。

 

「……だったら、その恩を返してもらおう。知っていると思うけど、俺たちは数日後には王都を出立して、エルフの里に向かう。その道中ではいくつかのクエストも受けるつもりだ。冒険者としてね」

 

「は、はい」

 

 ミウが頷いた。

 なにをしろと言われるのかわからないのだろう。きょとんとした表情だ。

 

「旅のあいだ、ミウにも俺のパーティに加わってもらう。冒険者としてだ。能力の高い魔道遣いを探していた。ちょうどいい。ミウに加わってもらう。いいね──。それがあのときの恩の代価だ」

 

 一郎は言った。

 ミウは驚いている。

 一郎はスクルズに視線を向ける。

 

「……ミウを借りる。とにかく、俺たちには打ち解ける時間が必要だ。俺だけじゃなく、三人娘もいる。イライジャも一緒だ。ミウの面倒は見れると思う。それに、魔道遣いが必要だというのは本当だ。エリカもいるけど、彼女は魔道よりも武術が得意だ。専門の魔道遣いは欲しい」

 

 一郎の申し出に、スクルズもちょっと躊躇った表情になる。

 だが、すぐにしっかりと頷いた。

 

「……では時間がありませんね……。ミウ、必要と思われる魔道は教えます。これから数日間、寝る暇もないと思いなさい。ロウ様の役に立つのです。冒険者としての活動は実戦で魔道を鍛えるよい舞台です。いまはこうしているわたしやベルズも、かつては冒険者としての経験もあります」

 

 スクルズがきっぱりと言った。

 

「へえ、知らなかった……。ふたりは冒険者をやったことがあるのか?」

 

「修行代わりにな。半年ばかりのことだが……。じゃあ、ミウ、ロウ殿と一緒に行くがいい。気をつけてな」

 

 ベルズが笑った。

 ミウは目を白黒している。

 しかし、やがて、決心したように大きく息を吐く。

 

「あ、あの……。よ、よろしくお願いします」

 

 そして、ミウが一郎に深々と頭をさげた。

 

「でも、ちょっと、ミウが羨ましいですね……」

 

 しかし、スクルズが真面目だった表情を崩して、なんだか悲しそうに溜め息をついた。

 

「あ、あのう……」

 

 ミウが困ったように、スクルズ、そして、一郎、ベルズをきょろきょろと見る。

 

「やめんか、スクルズ、そなたは……」

 

 ベルズがくすりと笑った。

 

 

 

 

(第4話『淫らな巫女たち』終わり)



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 第5話   女闘奴の受難と王都出立
269 情報通の女と闘奴事情


「ただいま、ロウ……。いま、帰ったわ」

 

 屋敷に戻ってきたイライジャが、いきなり上衣を脱いで一郎の膝の上に座ってきた。いつもは、三人娘の誰かしらが、まとわりついているものだが、いまは一郎はただひとりで長椅子に腰かけていた。

 なにしろ、うちの三人娘は忙しいのだ。

 ナタル森林に向けた出立の日は、数日後に迫っていた。

 

 もっとも、一郎自身はそうでもない。

 旅の準備は三人娘がやってくれているし、一郎は嵩張るものを亜空間に片付ける以外には大してすることはない。

 それも、エリカたちが準備したものをただ亜空間収納の能力で向こう側に入れるだけのことだ。

 暇なものだ。

 

 イライジャは、なにをしているかわからないが、ほぼ一日中王都側に出ているようだ。

 すでに、“ほっとらいん”を使いこなしている。

 向こうの小屋敷のブラニーとも、すっかりと顔なじみになった気配である。

 この連日、朝に出かけていき、夕方に戻って来る。

 

 また、王都にいるほかの女についても、出立が近づくにつれて忙しくなってきた。

 まず、冒険者ギルドのミランダとランは、一郎たちが道中で何件かクエストを受ける予定だと説明したことで、必要な調整と情報収集をしてくれている。

 

 神殿のスクルズたちは、まだまだ、地方神官の集まりとやらが続いているようだし、さらに、一郎たちと一緒に旅に出ることに決まったミウに、ベルズとともに、最後の魔道の特訓をしてくれている。

 

 王宮にいるアネルザ、イザベラ、サキたちがそうそうここに来れるわけもない。

 一応は、イザベラと侍女団たちのところには連日通っているが、いまや、王太女府の体を成してきたイザベラの業務は、唯一の女官のヴァージニアが中心となり、侍女たちが官吏のように取り組んでいて、あまり邪魔をすることもできない。

 

 実際、このところ連日、王都の女たちを回っていたのだが、一郎に関わることで忙しくしているのに、さらに一郎が遊びに行くのは、さすがに彼女たちの負担であり、申し訳ないという気持ちになってきた。

 だから、とりあえず、一昨日くらいから、夜限定に自重していた。

 従って、今日も昼間は、一郎も所在なく座っているだけの時間をすごしているというわけだ。

 

「おう、イライジャ」

 

 一郎は、第三神殿と繋がっている“ほっとらいん”の出入り口の姿見から出現して、甘えてきたイライジャに微笑みかけた。

 イライジャが屋敷にやって来てから、なんだかんだと毎日抱いている。スキンシップが重なるにつれて、イライジャは一郎に対して、すごく積極的になってきた。

 

 今日も、なぜか戻って来るなり上着を脱いで、上半身が胸当てだけの恰好で一郎に擦り寄ってきている。

 この数日のお約束であり、「あのイライジャが?」と思うほどに甘えてくる。

 もっとも、彼女の甘えぶりは、かなりの打算のようなものがありそうだ。

 一郎がこの王都でかなりの人脈があるとわかったこともあって、一転して一郎にとことん擦り寄ることに決めた感じでもある。

 褐色エルフの里ではわからなかったが、こういうしたたかな部分もイライジャの性質の一部なのだろう。

 

「お帰り。どこに行っていたんだ?」

 

 一郎は顔の下に迫っているふたつの大きな褐色の塊に視線をやりながら言った。

 

「秘密よ……。それよりも、触っていいのよ……。ああ、あなたは、縛ってから抱くのが好きなのよね。じゃあ、どうぞ。ところで、お願いがあるんだけど……」

 

 イライジャがすっと両手を背中に回す。

 一郎は苦笑するしかなかった。

 ここまで露骨に誘われると、鼻の下を伸ばすどころか、警戒したくなる気分だ。

 もっとも、こういう駆け引きも悪くない。

 それに、わざと蓮っ葉なふりをしているが、実のところ、イライジャがそれほど男慣れしていないことはわかっている。

 イライジャの内心の不安も一郎には明白であるし、つまりは、イライジャはいろいろと考えて演技をしているのだ。

 この場合は、一郎とできるだけ親しくなるのが、イライジャとして得であると計算しているのだろう。

 

「あら、ごめんなさい。落としちゃった」

 

 そのとき、いつのまにかそばを通りかかったコゼが……。

 ……というよりは、いつの間に戻っていたのかわからなかったが、気がつくと、すぐ横にいた。

 そして、わざわざ、近くまでやってきて、なにかをイライジャの胸の谷間にねじ込んだ。

 

「んひいいいっ」

 

 その瞬間、イライジャが絶叫して飛びあがった。

 そして、なにかを胸から取って投げ捨てる。

 コゼがイライジャの胸の谷間に落としたのは、「氷」の玉のようだ。

 この世界においては、氷というのは魔道で作るものなので、かなりの贅沢品なのだが、一郎の屋敷には、屋敷妖精のシルキーがいるので簡単に作ってくれる。

 だから、コゼはシルキーからもらったのだと思うが、それをイライジャの胸に入れたようだ。

 なんという悪戯だと呆れたが、それで、イライジャが飛びあがったというわけだ。

 コゼは皿の上にただ氷を載せて運んで来たようなので、コゼはイライジャに嫌がらせするためだけの目的で持って来たのは間違いない。

 

「な、なにすんのよ、この性悪女──」

 

 さすがにイライジャがぶち切れて怒った。

 立ちあがって、コゼに掴みかからんばかりになった。

 ただ、本気でやり合えば、イライジャはすぐにコゼにやられてしまうだろう。

 さすがに自重したようだ。

 一瞬の後、少し大人しくなる。

 

「あんたこそ、いい加減にしてよ。なに、ご主人様に甘えてんのよ。慎みなさい。新入りのくせに――。ご主人様はあたしたちのものよ」

 

「ロウは誰のものでもないわよ──。そもそも、あんたがそれを言うの? あんたがいつもエリカを押しのけて、ロウを独占したがって、エリカのことを邪魔者にしていることをわたしは知ってんのよ」

 

 イライジャが言い返した。

 一郎も吹き出してしまった。

 確かに、隙あらば一郎にべったりとくっついてきて、エリカに嫌味を言われるのは、コゼの専売特許だ。

 それはいいのだが、このところ、同じことが数日続いている。

 エリカにとってコゼは鬼門だが、コゼにとってはイライジャが鬼門のようだ。

 それにしても、どうして仲良くできないのだろう。

 

「……やめないか」

 

 一郎は淫気をふたりの股間に一気に送り込んで、クリトリスに対して急激な快感を送り込んだ。

 

「んふうっ」

「うはああっ」

 

 コゼとイライジャが同時に奇声をあげて、その場に倒れ込む。

 

「あら、取り込み中ですか?」

 

 そのとき、エリカの声がした。

 振り向くと、庭に通じる扉から入ってきたらしいエリカたちがいる。

 シャングリアもいたが、驚いたことにミランダもいる。

 

「んひいいっ、ご、ご主人様ああっ」

「ちょ、ちょっと、あああっ」

 

 一方で、コゼとイライジャは、あっという間に悶絶したようになり、ふたりでお互いに支え合うように抱き合って、がくがくと身体を震わせた。

 ふたりとも、あまりにも急激に沸き起こった快感に耐えきれずに、絶頂をしてしまったのだ。

 よく考えれば、なかなかに壮絶な光景だが、この屋敷では日常だ。

 ミランダもちらりと見ただけで、心を動かした気配もない。

 一郎はコゼとイライジャから淫魔術を解放した。

 ふたりとも、すぐには動けず、抱き合ったまま、床に尻もちをついて、肩で息をしている。

 

「やあ、ミランダ、来てたのか?」

 

「ついさっきね。“ほっとらいん”も便利だけど、たまには、景色を見ながら、王都の外を進むのもいいわね。たまたま、荷馬車で荷を運ぶエリカたちと会って、同行させてもらったのよ。帰りは、“ほっとらいん”を使うわ」

 

 王都ハロルドの冒険者ギルド本部の副ギルド長として、怖ろしく多忙だったミランダだが、このところ、かなりの業務をランが肩代わりしてくれるようになったことから、少し余裕があるようだ。

 ちょっと前なら、瞬時に移動できる手段があるのに、時間をかけて、荷馬車で揺られてここまで来ようとは考えもしなかっただろう。

 王都の城門からここまでは、荷馬車だと一ノスくらいの距離がある。

 まあ、こういう余裕も、一郎がこの数日、邪魔しに行ってないからに違いない。

 

「ロウ様、旅のあいだの食糧や飲料水を仕入れてきました。裏庭に詰んでありますので、あとで亜空間への収納をお願いします」

 

「わかった」

 

 一郎はエリカに応じた。

 エリカたち三人は、道中における食料調達をしてきてたみたいだ。

 旅のあいだでも、逐次に仕入れられるだろうが、王都ではなんでも手に入るし、一郎の亜空間は、いくらでも収納ができる。取り出しも容易い。

 しかも、亜空間内は時間経過がほとんどないので、いくら経っても食料も水なども腐ることもない。

 あればあるだけ、亜空間に収納しておいた方が、後々楽になる。

 

「ところで、ロウ、道中で引き受けられそうなクエストの情報を持ってきたわ」

 

 ミランダが言った。

 わざわざ、調査結果を持って来てくれたようだ。

 呼び出せば、すぐに向かうのだが、まあ、これもミランダの息抜きなのだろう。

 ミランダがこれだけ気が抜けるのは、本当にランのおかげだ。

 いい仕事をしてくれる。

 娼館の性奴隷として売られていたランを保護して身請けしたときには、ランがここまで成長してくれるとは、夢にも思わなかった。

 一郎の精を受けたことによる淫魔師の恩恵の影響だが、いまだに一郎には、その法則性がわからない。わかるのは、高位魔道遣いについては、その魔道能力の向上がほかの者よりも能力向上が顕著だということくらいだ。

 

「……皆様、夕食はいかがですか? ミランダ様も……」

 

 そのとき、シルキー声が声をかけてきた。

 まだ、夜更けというわけでもないが、すでに陽は落ちかけている。

 確かに夕食にはいい時間だ。

 いつの間にか、部屋の奥の一角の長テーブルに夕食の支度ができている。

 たったいまやってきたばかりのミランダも含めて、六人分が準備されていた。

 

「もらうわ、シルキー」

 

 ミランダが微笑んだ。

 また、ふとイライジャを見ると、さっきのことなどなにもなかったかのように、すでに上衣を身につけている。

 

 夕食になった。

 

 食事をしながらミランダが切り出した話題は、まずはクエストのことだった。

 ナタルの森に行くまでのあいだに、いくつかのクエストを請け負って、ユイナを競り落とす資金の足しにするという話をしていたので、ミランダが地方ギルドで請け負える(シーラ)級依頼をリストアップしてくれてきたようだ。

 今日の訪問は、それが主目的だったらしい。

 

「……次も魔獣の掃討ですね。場所は……。報酬は……」

 

 エリカが宙に出現させているリストを順番に上から声に出して読んでくれた。

 これも魔道であり、紙ではなく、空中に文字などを浮かべて、それを読むのだ。ミランダから魔道で情報を受け取り、それをエリカがやはり、魔道でその情報を宙に出して、確認しているということをしている。

 だが、一郎はしゃべりに関しては問題ないものの、この世界の文字の読み書きは、あまりできない。

 まったくできないわけでもないのだが、エリカなどが代行してくれるので、ついつい、本気で勉強をしないで放っていた。

 これからのこともあるし、そろそろ覚えないといけないとは思っているのだが……。

 もっとも、この世界では、文字の読み書きができないのは珍しくもない。

 一般の庶民は、大抵はできない。

 料理屋の給女だった以前のランは、メニューの文字くらいは読めたらしいが、それですら立派なものなのだ。

 

 ただ、一郎の周りの女たちは、読み書きができる者が多い。

 エリカはできるし、貴族であるシャングリアも問題ない。イライジャも大丈夫だ。

 コゼはまったく読み書きできなかったのだが、いまは少しずつ、エリカやシャングリアなどから教わっている気配である。

 そして、最近、文字の練習代わりに、『日記』を付け始めたみたいだ。

 一度見せてもらったが、すごく大きな字で毎日こつこつと書き留めてあった。

 なにを書いているのだと訊ねると、一郎がなにを食べたのか、誰とどんな風にセックスをしたのかということを延々と記録しているみたいだった。

 そのとき一郎は笑って、日記というのは自分のことを書くのではないのかと言ったら、そんなのつまらないし、興味もないという返事だった。

 まあ、文字の練習になるのなら何でもいいだろう。

 

 とにかく、いまは、文字の読めるエリカに、空中に書いてあるリストを説明してもらっていた。

 

「随分と魔物退治のクエストが多いようだな」

 

 シャングリアが口を挟んだ。

 

「最近、魔物の発生率が高くてね。どこの支部でも冒険者が足りない状況よ。腕のいいパーティなら、いくらでもクエストがあるわ。あたしとしても、王都から腕のいい冒険者を派遣したという体裁をとらせてくれれば、地方ギルドに恩を売れるし、できればそうしてもらいたいわね。討伐クエストなら、あなたたちにかかれば、時間もかからないだろうし、随分と報酬もいいわよ」

 

 ミランダが目の前のスープを口にしながら言った。

 

「冒険者が不足しているのか?」

 

 なんとなく訊ねた。

 実際のところ、一郎は冒険者としてのクエストをこの王都でしか受けたことがない。

 地方の状況は知らないのだ。

 すると、イライジャが横から口を挟んだ。

 

「そうね……。このところ、一時的な冒険者不足が続いているようよ。あちこちの領主たちが、腕のいい冒険者を家臣として囲い込むことが続いているのよ。なにしろ、領主は領域に出現した魔獣や魔物を退治しなければならない義務があるしね。滅多にないことなら、賞金を払って冒険者ギルドに依頼すればいいけど、たびたびとなれば、魔獣退治に慣れている冒険者を家臣にしてしまえばいいと考える貴族も多いということよ」

 

 一郎は王都にやって来たばかりのイライジャが、地方情勢に案外に詳しいことにちょっと驚いた。

 

「詳しいんだな、イライジャ」

 

 一郎は正直な感想を言った。

 

「まあ、あたしの取り柄は、情報取りだから……。これでも、この数日、王都見物するために出掛けていたわけじゃないのよ……」

 

 イライジャが料理を口にしながら、深刻そうに言った。

 まあ、大して魔道も剣技も高くないイライジャだが、考えてみれば、夫を殺したうえに冤罪に仕立てたダルカンに対する叛乱組織をひそかに指揮していたのは彼女なのだ。

 腕っぷしの強いエルフ男を従えて、事実上のリーダーとしての活動を数年続けていた。

 イライジャは、イライジャで女傑なのだと思った。

 さすがは、エリカが頭があがらない姐さんエルフだ。

 

「おかげで、ギルドとしても、腕のいい冒険者が引き抜かれて迷惑もしているのよ」

 

「だけど、腕がよければ、冒険者として暮らした方が実入りがいいんじゃないか、ミランダ。貴族の家人になっても、そんなに儲からないだろう?」

 

 一郎は言った。

 

「だけど、それでも貴族の陪臣というのは、ただの移民の冒険者にとっては憧れでもあるのよ。安定した暮らしを子供に与えられる可能性もあるわ。うまく勤めあげれば、子供も仕えさせることができるのよ。それに、冒険者なんて、いつまでも続けられるものじゃないわ。命懸けだし」

 

「まあ、そんなものなのかな」

 

 一郎はなんとなく納得した。

 

「ところで、イライジャ、ナタル森林というのは、どんな状況なの? エランド・シティの支部からの情報は入るから、シティ周辺が魔獣の多発で苦労しているのは承知しているんだけど、あそこは、各里にギルドがないものだから、全体情報は得にくいのよね」

 

 ミランダがイライジャに声をかけた。

 

「そうね。ナタル森林は、もっとひどい状況よ。おかげで、ナタル森林国の都のエランド・シティの冒険者ギルドに所属していたわたしも、仕事にはあぶれなかったし、業績も重ねて、(ブラボー)・ランクにまでなれた。森林には異常なくらいに、魔獣が増加しているわ。このわたしも、森林内を移動するときには、護衛を雇ったわ。おかげで、蓄えが目減りして、誰かさんに嫌味を言われたけど」

 

 イライジャが泣き真似をして、ちらりとコゼを横目で見た。

 ユイナを競り落とす金が、イライジャが準備した分のみでは、不足だと厳しく指摘したのはコゼだ。

 そのことを言っているのだろう。

 

「なによ」

 

「なんでもないわよ、コゼちゃん」

 

 イライジャがからかうような物言いをし、コゼがむっとした顔になった。しかし、イライジャはすぐに真面目な顔に戻り、一郎に向かって口を開く。

 

「いずれにせよ、各領主の囲い込みが進んでいるのは冒険者だけでないそうよ。戦闘奴隷なんていうのも、最近は引く手あまたらしいわね。武芸能力の高い奴隷など、いまや、値段が跳ねあがっているわ。冒険者の引き抜き同様に、直接攻撃力の高い奴隷の値段もあがってる。これも、頻発する魔物の影響ね。あちこちの地方領主が買い漁ってるのよ。ほら、夕べ、あんたが、なんとかという闘奴……」

 

「マーズよ、イライジャ」

 

 エリカが口を挟む。

 

「そう、マーズ。そのマーズのことを口にしてたから、一応は闘奴状況に関する全般情勢は調べてきたわ。魔獣多発の影響でその闘奴も高額取引きの対象よ」

 

 イライジャが言った。

 マーズというのは、しばらく前に、ミランダを通したアネルザの依頼で引き受けた闘奴少女だ。

 とんでもなく強い巨体の美少女なのだが、魔獣相手のクエストが連続している現状において、一郎のパーティに加わってもらえないかと考えていた。

 それというのも、あのときに一緒にいたマーズの師匠のような興行主が急死したみたいなのだ。

 それで、マーズの所属していた闘奴一座は解散となり、ばらばらに売りに出されていると耳にした。

 マーズのような人気闘奴の場合は、いままでの賞金があるので、それで自分を買い取って、自由民になるのが通例だとも聞いている。

 ならば、パーティに誘ってみようかと思っているのだ。

 

「ふうん……。魔物多発による高額取引きねえ……」

 

 一郎は言った。

 この世界に長いわけでもない一郎だから、相場観というのはわからないのだが、各地におけるこのところの魔獣や魔物の発生量は、かなり異常のようだ。

 魔獣の頻出は、特異点の頻発が原因なのだが、その特異点の破壊を得意としている一郎たちパーティがあっという間に、(シーラ)ランクに昇り詰められたのも、その時流に乗ったというところだろう。

 まあ、あれはクグルスのおかげなのだが……。

 

「ところで、ロウ……。今日、持ってきた情報は、そのこともあるわ。マーズって闘奴隷……。彼女についてよ。アネルザに仲介を頼んだって話だったけど、なにか変なのよね」

 

 ミランダだ。

 

「変って?」

 

 一郎は訊ねた。

 さっきのマーズについて、勧誘の仲介を依頼をアネルザに頼んでいた。

 だが、パーティーの戦力増強に関して、ミランダにも相談はしていたのだ。もちろん、ミウのことも説明した。

 

「……そのマーズを引き取った男が変な男でね……。今日の午前中にマーズに会いに行ったんだけど、そいつと喧嘩して、会わせてもらえなかったのよ……。どうも、おかしな感じでねえ……」

 

「えっ?」

 

 一郎は首を捻った。

 どういうこと?

 

「おかしな感じってなによ、ミランダ?」

 

 口を挟んだのはエリカだ。

 ミランダは渋い顔をしている。

 

「うん、実は、死んだ興行主の遺産を相続したのは、あの興業主の息子なの。ただ、闘奴興行に縁のある男じゃないし、相続した闘奴を全部売り払っているみたいなのよ。だけど、そいつは、マーズも売ることを考えてたみたいでね」

 

「マーズを売る?」

 

 一郎は怪訝に思った。

 話が違う。

 

「さっき、イライジャが言った通り、闘奴というのは、いまは、それなりに金になるのよ。欲しがる領主は多いしね……。あたしは、マーズにあんたが誘ってると伝えようと思ってたんだけど、マーズを引き取りたいなら相場の金を支払って買い取れと怒鳴ってきて……。それで大喧嘩よ。アネルザからはなにか言ってきてる?」

 

「いや、まだなにも……。だけど、マーズは自分で自分を身請けして、自由になるんじゃないのか? 買い取れってどういうこと?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「どういうことと、言われても、そうだとしか……。とにかく、そいつ、昼間から酔っぱらってて、話にならないのよ。それで調べさせたんだけど、どうにも、おかしくて……。とにかく、午前中の段階で、そいつはマーズは売るの一点張りで……」

 

「なによ、そのどら息子……」

 

 コゼが不快そうに言った。

 

「ほんと……。どら息子よ。父親は立派な男だったけど、血さえ繋がっていれば、どら息子にはなれるのね」

 

 ミランダは嘆息した。

 

「だけど、マーズの戦績だったら、自分で自分を買い取れただろう。奴隷から自由民になっても、闘奴の戦いに出られなくなるわけじゃないし、大抵は遺言で、それまでに貯めた賞金で自由を手にできるようになっていたはずだ。マーズの興行主は、公証人を通じた遺言を遺していなかったのか?」

 

 シャングリアだ。

 貴族出身なので、そういう興行についても幾らか詳しい気配である。

 そもそも、闘技に限らず、王都の興行なんていうのは、貴族が自分の力を誇示するために、資金を出して催す側面もある。

 だから、それなりの闘奴事情も承知しているのだろう。

 

「いえ、ちゃんと死んだ興行主はマーズが自由になれるように、遺言を遺していたわ。それは、正規に公証人を通じて届けられていた。それは確認したの。だから、いくら相続したとはいえ、その息子の勝手なんかできないはずだけどね」

 

「ならば、それを無視して、マーズを売れば犯罪だ。マーズほどの有名な闘奴なら、闇奴隷にしたてて、売ってしまうのは難しい。闇奴隷と知ってて、買うのも犯罪だしな」

 

 シャングリアが言った。

 

「闇奴隷、そんな、馬鹿な」

 

 一郎は眉をひそめた。

 闇奴隷というのは、正規の手続きをせずに、不当な手段で奴隷になった者のことをいい、もちろんご法度だ。

 しかし、一度奴隷になってしまうと、奴隷の首輪に支配されてしまって、自分が非道な方法で奴隷になったことを口にできなくされてしまうので、発覚しにくい。

 この王都を中心として、その闇奴隷組織が横行しているというのは、たまに耳にする。

 そもそも、ランがそうだった。

 ランを騙して売ったジョナスという操り師は、その場で撃ち殺したが、ランを買い取ったルロイという商人は、まだ地方で生き延びている。

 マアに頼んで、破産寸前にまで追い込んでもらったということはあったが、いまはどうしているか知らない。

 

「とにかく、マーズについても、その男についても、引き続き、情報を集めさせてるわ。アネルザにも伝言した。もう少し待ってちょうだい」

 

 ミランダが神妙な口調で言った。

 一郎は、さらに、マーズについて訊ね、ミランダにわかる範囲で情報を提供してもらったが、その息子はもともと、かなり評判が悪い男のようだ。

 しかし、死んだ興業主との唯一の縁者であることには変わりなく、興業主も、遺産そのものについては、その男に遺すようにも手続きしていたらしい。

 ただ、闘奴の幾人かは、自由民にすることも遺言していて、マーズは自由民になる闘奴に指定されてあったようだ。

 ミランダは、引き続き、その息子を調べるので、明日か、明後日には、新しい情報を集めて持ってくると約束してくれた。

 マーズについては気になるが、ここではそれ以上の話をしても意味はない。

 暇だし、一郎自身も動いてみるか……。

 ちょっと、そんなことを思った。

 

「……じゃあ、マーズのことについては、悪いけど頼むよ、ミランダ……」

 

「わたしも、当たってみるわ。こう見えても、情報集めには自信もあるのよ、ロウ」

 

 イライジャが横から言った。

 一郎は頷いた。

 

「……マーズについてはできる限りのことをするわ……。ところで、話を戻すけど、そういうことだから、王都周りは、王軍がいるからそうでもないけど、地方は魔獣の発生で結構大変なのよ。時間の許す範囲でいいから、道中で地方ギルドに顔を出してよ。こっちからも連絡しておくから」

 

 ミランダが言った。

 

「わかった。もちろん、寄るさ。ユイナを競り落とす努力はすると約束したしね。競り落とすための軍資金は少しでも増やしたい。もっとも、限られた時間の範囲になるけどね」

 

「そのことなんだけど、あまり無理をしなくてもよくなったの。後見人が見つかったのよ」

 

 イライジャが口を挟んだ。

 

「後見人?」

 

「そうよ……。役に立つ魔道奴隷を買ってくれる人がね。ユイナは魔道が得意だから、そういう使い道もあるわ。それを、さっきあなたに、許しをもらおうと……」

 

 一郎は意外なイライジャの言葉に少し驚いた。

 このところ、いないと思ったら、奴隷の仲買いのような真似をしていたのかと思った。

 

「えっ、ユイナを誰かにまた売るつもりなの、イライジャ?」

 

 エリカがびっくりしている。

 確かに話の流れからすれば、そんな感じだ。

 しかし、イライジャは慌てて首を横に振る。

 

「違う、違う。持ち主はあくまでロウよ。働かせるだけよ……。勝手なことをしてると、気を悪くしないでね、ロウ……。もちろん、ユイナをあなたの性奴隷にすることは間違いないんだけど、そればっかりというのもね……。ちゃんと、ユイナも働かせないと……。そして、連れてきてから働かせれば、競り落とすためのお金を貸してくれるそうよ。あっ、来たわ」

 

 イライジャが視線を部屋の奥側に向けて声をあげた。

 視線の先は、三個の姿見が並んでいる一画だ。

 ほっとらいんである。

 確かに、そのうちのひとつの鏡部分が揺れている。

 

「ほう、夕食中か?」

 

 現われたのはアネルザだ。

 

「王妃殿下、お食事は?」

 

 姿を消していた屋敷妖精のシルキーがテーブルの横に出現する。

 

「そなたの食事は王宮の料理よりも、ずっと美味だからな。もらおうか……」

 

 アネルザがテーブルの空いている席に座った。

 そのときには、すでに料理が目の前にある。

 たったいままで料理など存在しなかったはずだが、一郎にはそれが出現したのもわからなかった。

 

「もしかして、ユイナの後見人って……」

 

 一郎はイライジャとアネルザを交互に視線をやった。

 

「ユイナの後見人? ああ、イライジャが持ってきた話のことか? 禁忌の魔道戒破りを犯したというエルフ娘のことだな。もうイライジャが話したかもしれんが、腕のいい魔道遣いでもあるなら、身請けのための金子を出そう」

 

 アネルザだ。

 イライジャとアネルザ、そして、ミランダが酒盛りを通じて、かなり意気投合したのは知っている。

 だが、イライジャとアネルザが、ユイナの身請け資金の提供のことまで、交渉していたとは知らなかった。

 

「アネルザ様がユイナの身請け資金を出してくれるのですか?」

 

 エリカが言った。

 

「無制限というわけにはいかんが、エルフ娘ひとりを買うくらいの金は自由に出せる……。いや、出そう。義理とはいえ、わたしもイザベラの母親だしな。以前は迷惑をかけたし、少しは償いもしたい……。それにしても、なかなかに交渉上手な女なのだな。そのイライジャは」

 

 アネルザが笑った。

 

「なんで、姫様の話がここで、出てくるのだ?」

 

 シャングリアが首を傾げた。

 一郎も不思議に思った。

 

「わたしが話を持っていったのよ」

 

 イライジャが言った。

 そして、アネルザとイライジャが語るには、やっぱり、今日、イライジャはアネルザにユイナの身請け資金を出してくれと頼む交渉をしていたようだ。

 そのとき、イライジャがアネルザを説いたのは、王太女であり、あのとき宴にいたイザベラには、いくらでも信頼できる部下が必要だということらしい。

 イライジャが宮廷事情に数日で精通したのは驚きだと言うほかないが、イライジャはアネルザには、イザベラにはもっと信頼できる者を充実するべきだと説得したみたいだ。

 確かに、侍女軍団は頼りになるが、イザベラは王太女であり、いずれはこの国の女王になる。

 そのイザベラなのに、王太女になる前のキシダインとの確執があったので、頼りになる味方は極めて少ない。

 あの侍女たちも、一郎が連日精を注いでいることもあり、淫魔師の恩恵により、それなりに頼りになる存在にはなっている。

 しかし、腕のいい魔道師はいてもいい。

 シャーラもいるが、彼女だけでは、子飼いの戦力には足りないだろう。

 

 それで、ユイナを紹介したようだ。

 エルフの掟で大罪を犯したものの、腕のいい魔道遣いであることには変わりなく、しかも、一郎の奴隷になれば、絶対に裏切られることも、逆らうこともない。

 それでアネルザが引き受けたということらしい。

 驚いたことに、イライジャはすでにシャーラにも同じ話をしにいき、シャーラも信頼のできる者なら使いたいと言ったらしい。

 無論、ロウの許可が大前提と言ったらしいが……。

 大した交渉術だ。

 

「まあ、ユイナは拾い者だと思うよ。性格には難点があるかもしれないけどね」

 

 とりあえず、一郎は言った。

 また、そもそも、イザベラがなかなか直属の部下を増やせないのは、一郎のせいでもある。

 あれだけ、四六時中、夜這いならぬ、朝に昼にと忍んで、淫らに遊びに巻き込んでいては、下手に余人を侍らせるわけにはいかない。

 だから、どうしても、シャーラやヴァージニア、そして、侍女たちのように、一郎が手をつけている女のみで固めるしかないということになる。

 

「性格については、ロウ殿がしっかりと躾けるのだろう? イライジャが指摘するまで、わたしも深く考えてなかったが、シャーラにはこれからは護衛というよりは、イザベラの腹心となってもらわねば困るしな。護衛役は増やしたい。しかし、それはロウ殿の女でなければならん」

 

 アネルザは優雅にスプーンでスープを飲みながら言った。

 イザベラのところに集める者については、一郎と同じようなことをアネルザも考えてくれていたみたいだ。

 

「ところで、ロウ殿、例のマーズという闘奴のことだ」

 

 アネルザが言った。

 

「ロウに頼まれてるマーズのことで、そっちはなにか進展があったの?」

 

 ミランダだ。

 

「まあな……。それはともかく、ロウ、お前は、あのマーズが見つかれば、お前のパーティに加えて、今回の旅に同行させるつもりなのだな? つまり、お前の女にするということか?」

 

「本人が同意すればね」

 

 一郎は応じた。

 

「つまり、本気なのだな?」

 

「本気? おかしなことを訊ねるね。まあ、本気だよ」

 

 一郎は頷いた。

 

「そうか、わかった……。それで、マーズのことだが、ちょっと、面倒なことになっているかもしれん。まだ、はっきりとはわからんのだがな」

 

 すると、アネルザがちょっと困ったように言った。

 アネルザがこんな表情をするのは珍しいことだ。

 一郎は訝しんだ。

 

「なにか、煮え切らないなあ。どういうこと、アネルザ?」

 

「つまりは、マーズは、もしかしたら、手を出すのが不可能なところに連れていかれそうになっているかもしれないということだ。マーズの引き取りに、グリムーン公が動いている気配がある……。つまり、ルードルフの叔父だな。調べさせているが、あいつは、“誰にも手がつけられん者”と呼ばれていてな」

 

 アネルザは苦虫を噛み締めたような表情になった。

 グリムーン公……。先日、アーサー大公の世話をしたランカスター家の当主と並ぶ、この国の二大公爵だ……。

 両家とも王族であるが、あまり評判はよくない。

 国王ルードルフが政務にやる気がなくて、なにも言わないのをいいことにやりたい放題をしていて、それが王都で国王が不人気である遠因のひとつにもなっている。

 それにしても、この国の公爵やら、隣国の大公やら、少し前には夢にも思わなかった支配階級の者たちが、一郎に絡んでくる気がする。

 それが、世界が拡がるということかもしれない。

 

「だけど、誰にも手が付つられない(アンタッチャブル)だって?」

 

「いままではな……。さすがに、二大公爵は、わたしでも荷が重い。領土もない年金貴族だが、権威だけはあってな。政争ということにでもなれば、わたしとしても無傷では済むまい。気に入らぬ連中ではあるものの、だから、いままでできるだけ無視していた。わたしがそうなのだから、あいつが手を出すなら、大抵の無法は通る。だから、“誰にも手がつけられん者”なのだ」

 

「もしかして、アネルザ、グリムーン公爵がマーズに興味を持って、闇奴隷にして連れていこうとしてるの?」

 

 ミランダが声をあげた。

 

「もしかしたらな……。だが、あいつには見張りはつけておる。もしも動けば、いま、こうしている瞬間でも連絡は来る。しかし、どうする、ロウ殿?」

 

 アネルザが意味ありげに、一郎を見た。

 

「どうするとは?」

 

「さっきも言ったが、二大公爵が相手では、わたしでも荷が重いのだ。面倒な性格の連中で、いまや、イザベラ支持の最大派閥の後継人はわたしでもあるから、わたしが動くということは、すなわち、連中の恨みは、わたしのみならず、イザベラにも向かうかもしれんということだ」

 

「だから、手を貸せないと?」

 

 一郎は目を細めた

 だが、一郎には、アネルザの真意がわかってきた。

 アネルザは、公爵と争い事をすると大変だから、やりたくないと言っているのではない。

 言いたいのは、多分逆だ。

 おそらく、その公爵とまともに対立するということは、喩えて言えば、“ルビコン川を渡る”ということなのだろう。

 重大な一線を越えるということだ。

 

「そうは、言っとらんがな……」

 

 アネルザが肩を竦めた。

 しかし、一郎も覚悟を決めた。

 アネルザが言って欲しいことを言おうと思ったのだ。

 

「だったら、手を貸して欲しい、アネルザ。俺の女なら、俺の我が儘のために権力を貸せ。そしたら、ご褒美に抱き潰してやる」

 

 一郎は、さらに軽口を付け加えた。

 

「おう、それはいいな。お前の命令なら、喜んで命を張るぞ、ロウ殿」

 

 アネルザが破顔した。

 

「悪いな……。頼む。動いてくれ。だったら、さっきの言葉とは別になにか、望みがあれば言ってくれ」

 

「望み?」

 

 アネルザがきょとんとした。

 一郎は微笑んだ。

 

「まあ、俺にできることならばね」

 

 一郎はおどけた。

 すると、アネルザが意味ありげに口元をあげる。

 

「ならば、イザベラと同じものをもらうか」

 

「同じもの?」

 

 一郎は首を傾げた。

 

「子種だ」

 

 アネルザが大笑いした。



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270 闘少女とどら息子

 人の死は呆気ないものだ。

 生まれながらにして奴隷だったマーズは、心からそう思う。

 死はいつも身近なものだった。

 だが、「親」のようにも思っていた興行主が突然に死んでしまったことには、心から打ちひしがれる思いだった。

 

 女の子ながらも、大の男と同じように石切り場の重労働をしていたマーズを闘奴隷として見出し、闘い方を教えてくれた興行主──。

 彼が死んだ。

 道を歩いていて、突然に倒れてそれっきりだったらしい。

 興行主の財産である闘奴の遺産を継いだのは、闘技などとは無縁の興行主の息子にあたる者だった。

 

 そして、その男は、マーズの所属する闘奴一座を解散することに決めた。

 マーズの親代わりであった興行主の老人が死んでから、あっという間のことだった。

 闘奴たちはそれぞれに処分されて、ほかの興行主や見知らぬ領主などに売られることになった。

 

 本来であれば、マーズもそうなるはずだったかもしれない。

 しかし、マーズは自分で自分を買い取って、「解放」を受けることにした。

 幸いにして、マーズを育ててくれた興行主は、マーズが闘試合で獲得した賞金をマーズのものとして保管してくれていて、すでにひと財産になっている。

 実際のところ、マーズはいつでも自由民になることができるくらいの賞金を稼いでいた。

 だが、そうしなかったのは、興行主がいたからだ。

 彼のところで、もっと強くなりたい。

 マーズの望みはそれだけだった。

 

 そんなことを言っているマーズを「欲がない者は強くはなれない」と笑ってたしなめたのも興行主だ。

 興行主が突然死する直前の頃であり、考えてみれば、それが興行主がマーズに教えた最後の教えだったかもしれない。

 

 欲を持たなければならないというのは、欲があって闘いの目的ができれば、鍛錬にもっと身が入るからだという。

 実際、懸賞で獲得した金で、奴隷解放を果たした闘奴隷も何人かいた。

 強さを極めるためには、強さの延長になにを求めるのか、目的を持たねばならないのだそうだ。

 マーズの望みは、もっと強くなることだけだったが、そのときの言葉で、ほかの望みを考えることにした。

 ふと、ある男性のことが頭に浮かびかけたが、結局のところ、それがはっきりとした「欲」というかたちになる前に、興行主は死んでしまい、マーズには相談する相手がいなくなってしまった。

 

 いずれにせよ、死んだ興行主は、強くなるためには、どうしたらいいかということを導いてくれた。

 マーズにとっては親も同然だ。

 だが、死んだ。

 わずか数日前のことだ。

 その日の朝までは、まったく普通だったのだ。

 やはり、死はいつも身近にある。

 

 マーズは興行主の闘奴の中では一番の稼ぎ頭だった。

 負けないというのもあったが、興行主は客を集めるために、マーズに全裸で試合をさせるような破廉恥なこともさせたので、いつも賭けられている賞金が上乗せになっていて、大きかったのだ。

 いまにして思えば、大勢の観客の前で全裸で試合をするのは屈辱だったが、おかげで奴隷解放できるまでの金があっという間に稼げたのだから、それも興行主の思いやりだったのかもしれない。

 そもそも、マーズも、あれをやらされたことにより、負けて犯されたくないという強い感情を抱いて、闘いに望めたと思う。

 

 千万の鍛錬も、一度の真剣勝負には敵わない──。

 

 それも興行主の口癖だったし、あれは、勝ち続けることに貪欲でなかったマーズを鼓舞するための、ひとつのやり方だったのだろう。

 また、実のところ、負ければ犯されるという条件で、男闘奴と試合をすることは、興行主がマーズを絶対的に守るためだったのだ。

 そういう条件なので、マーズと試合をする男闘奴は、たとえ勝っても、マーズにとどめを刺すわけにいかなくなる。

 観客の望みは、マーズが犯されることであり、マーズが生きていないと、犯せないからだ。

 結局一度も正規の試合では負けなかったから意味はなかったが、あの条件を受け入れたことで、マーズは必然的に、試合で殺されない保障をされていたのだ。

 死ななければ、手足がなくなっても、治療魔道で回復できる。

 興行主は、本当にマーズを大切に考えてくれていたのだと思う。

 

 十五歳にして最強の闘奴隷と謳われるようになったマーズは、獲得した賞金が自由民となるのに十分な額に達したとき、興行主から闘奴隷をやめて、奴隷解放するかどうかを訊ねられた。

 しかし、マーズは拒否した。

 マーズの生きる目的は強くなることだし、闘奴でなくなったら、どうしていいかわからなかったのだ。

 ほかのことには興味がない。

 興行主は、闘奴でなくなっても、闘技はできるのだと言ってくれたものの、闘奴でなくなるということは、興行主の縁も切れるということであり、それには不安しかなかった。

 結局、マーズは、興行主の下で闘奴であり続けることを選んだ。

 やめたくなったら、いつでもそうしていいと、興行主は言ってくれた。

 

 そして、そんな会話をして半年くらいに転機がやってきた。

 強くなることに限界を感じていたマーズは、興行主の命令で、ある男と闘試合をすることになったのだ。

 相手の名はロウ──。

 闘戦士でもなんでもなく、ひとりの冒険者だった。

 あの興行主は、マーズがさらに強くなるためには、負けることを味わわなければならないと言った。

 負けることに意味があるということがわからなかったが、そもそもどんな闘いであろうと、一対一の闘いで自分が負けるとは考えられなかった。

 しかも、ただの冒険者だ。

 このときばかりは、マーズは興行主が変になったのだと思った。

 

 そして、お互いに素裸でやった試合で、マーズは完膚なきまでに敗北した。

 闘技などまったくの素人で弱そうなロウに、マーズはなにもできず敗北して犯された。

 マーズは呆然とする思いだった。

 負ければ犯されるという緊張を強いるために興行主からは、ずっとそういう条件で戦いをさせられていたが、まさか、あんな細い腕の男に負けて犯されるとは夢にも思わなかった。

 

 でも、犯されたことはどうでもいい。

 負けたことさえも、口惜しいとも思えなかった。

 それくらいの完全な負けだった。

 

 強さには限界はない──。

 マーズはそれを知った。

 

 さらに鍛錬をして、もっと強くなろう──。

 マーズはそれを決意した。

 そして、またロウに挑むのだ。

 強くなったマーズをまた見てもらおう。

 それが新しいマーズの目標になった。

 

 闘い続けるための目的を持て──。

 興行主に言われたのは、あのロウとの試合の直後だ。

 そのときに思ったのは、ロウのことだった。

 ロウともう一度戦う……。

 いや、ロウに再び会って、強さとはなにかということについて教えてもらう。

 それは、目的になるのだろうか……?

 マーズは、興行主に訊ねてみようと思った。

 でも、それを相談することがないまま、興行主は急死してしまった。

 マーズは生きる手段を失った気持ちになった。

 

 だが、興行主が死んだことによる衝撃が、一日一日とすぎ、ゆっくりと薄まることで、少しずつマーズも我に返れるようになった。

 マーズを導いてくれる興行主はいなくなったものの、目的はあるのだと考えた。

 ロウともう一度会うのだ。

 戦いの目的は、それでいいのではないだろうか……?

 マーズの考えが正しいのかどうかを教えてくれる人はいなくなったが、マーズは正しいと考えることにした。

 マーズは、ロウと再び試合をすることを目的にした。

 

 だから、マーズは闘奴隷をやめることを決めた。

 「先生」、すなわち、あのロウのところに行くのだ。

 先生は、闘奴でも、興行主でもないから、マーズは闘奴をやめないと会えない。

 だから、やめる──。

 そして、強さを極めよう。

 強さは闘奴でなくても極められる。

 そう決心すると、それこそがマーズのやりたかったことだとわかった。

 考えてみれば、あれからマーズが思うのは、寝ても覚めてもロウのことばかりだった。

 

 マーズの初めての男……。 

 マーズに敗北の味を教えてくれた男……。

 生まれて初めて自分よりも強いと認めた男……。

 ロウ……。

 

 恥ずかしいがマーズは毎晩のように自慰をする。

 生死ぎりぎりの戦いと鍛錬が自慰による快感を求めるのだ。

 命の証を求めるかのように、身体が火照る。

 しかし、あれからマーズは満足する快感を味わっていない。

 いくら自慰をしたところで、あの快感には程遠い……。

 

 ロウに会いたい。

 ただ、会いたいのだ。

 

 一度、ちゃんと意識してしまうと、いてもたってもいられないほどに会いたくなった。

 マーズのことを受け入れてくれるかどうかはわからないが、土下座をしてでもお願いするつもりだ。

 生れて初めて負けた相手のところで、さらなる強さを極めたいというのもある。

 しかし、それよりもマーズは、ロウのところに行きたかった。

 

 暇さえあれば思うのは、ロウのことばかり……。

 ロウと裸で試合をして犯され、何度も女の快感を与えられてしまった。

 それが忘れられない。

 

 ロウに会いたいのだ──。

 ただ、会いたい……。

 

 会って顔を見たい。

 できれば話をしたい。

 会いたい──。

 思うのはそればかり……。

 

「やって来たか、マーズ」

 

 そしていま、マーズは、新しい「主人」である死んだ興行主の息子の前にいる。

 男の名はタルト──。

 タルトは、数日前までは、死んだ興行主の部屋だった場所にいて、そこに豪華そうな大きな椅子を持ち込ませて座っている。

 マーズは、その前に立たされた。

 

 その日の鍛錬が終わり、夕食と身体の手入れを済ませて、闘奴小屋で休んでいたところを呼び出されたのだ。

 奴隷解放の手続きのことは、すでに伝えてあったので、おそらくそのことだと思う。

 

「お前の新しい主人が決まった。グリムーン公爵閣下だ。よかったな」

 

 すると、いきなり言い渡された。

 タルトの口から出たのは意外な言葉だった。

 マーズは戸惑った。

 

「グリムーン公のところ……ですか? いえ、あたしは奴隷解放の手続きをお願いしたのです。どういうことでしょうか、タルト様?」

 

 貴族のことなど、なにも知らないが、公爵というと貴族の中でも最上位の貴族様だろう。

 それはいいのだが、闘奴一座を持っている貴族の一覧くらいは頭にあるが、グリムーンという貴族が保有している闘奴一座というのは耳にしない。

 もしかしたら、新興の一座でも立ち上げようというのかもしれないが、いずれにせよ、マーズには興味がない。

 

「やっぱり、闘奴というのは、強いばかりで馬鹿だな。だから、お前は、グリムーン公爵閣下のところに引き取られるんだ。大変な幸運だぞ。俺に跪いて感謝しろ。どうやら、お前を闘奴の試合のときに見物して、気に入ったんだとよ。よかったな」

 

 タルトは哄笑した。

 しかし、マーズは、世話役の者を通じて、奴隷解放の手続きをお願いしていたのだ。

 そのために十分な私額は貯まっていたはずだし、死んだ興行主は、正式な手続きをしてくれていて、興行主が死んでも、遺言により、あの金もマーズ自身のことも、目の前の息子のものにはならないということも知っている。

 賞金もマーズも、マーズ自身のものなのだ。

 その金でマーズは、奴隷解放ができるはずだ。

 

「い、いえ、あたしは、自由民になります。その手続きをお願いします。その公爵様のところには行きません。闘試合も一度引退しようと思ってるんです」

 

 マーズははっきりと言った。

 考えているのは、ロウのところに行って弟子入りすることなので、ロウがマーズを闘技の試合に出そうとするのかどうかがわからなかった。

 ロウは闘技の世界に生きる人ではないので、おそらく、マーズを弟子にしてくれても、闘試合には興味を抱かないと思う。

 それなら、それでいい。

 マーズの目的は、もっと強くなることなので、ロウのところで鍛錬ができるなら、闘試合には出れなくていい。

 それに、ロウは冒険者だ。

 うまくすれば、マーズをクエストに連れて行ってくれるかもしれない。

 ならば、鍛錬の場所が闘試合ではなく、クエストという本物の戦いの場になるだけだ。

 考えてみれば、そっちの方が強くなるためには魅力的だ。

 おそらく、闘試合では、これ以上の強さは求められないと思う。

 

「やっぱり、闘奴は馬鹿だな。どうにも、人間の言葉がわからねえ」

 

 タルトはげらげらと笑い続ける。

 言葉がわからないのは、お前だと思ったが、マーズはぐっと我慢した。

 しかし、このタルトは、マーズをグリムーンという大貴族に売るという。

 まったく理解できなかった。

 

「あたしは、奴隷解放を希望します。その手続きをしてください」

 

 仕方なく、もう一度言った。

 すると、笑っていたタルトの顔があきらかに不機嫌なものに変わった。

 

「解放──? 馬鹿なことを言うな、マーズ。お前は奴隷だ。奴隷は死ぬまで奴隷だ。それは闘奴であろうと同じだ。奴隷には変わりない。馬鹿か、お前は──」

 

 タルトはせせら笑った。

 その目の前には、飲みかけの酒がある。

 タルトはひとりであり、マーズは部屋の扉を背にして立っていた。

 

「ですから、あたしは、これまでの賞金で自分を買い取ります」

 

 とにかく、マーズははっきりと言った。

 すると、いきなり酒の入っている杯が顔に向かって飛んできた。

 マーズは簡単に避けたが、背中側で杯が壁に当たって床に転がる。

 

「さっきから、うるせえなあ。名の売れてる闘奴だから、調子に乗ってんのかあ? 闘奴だろうが、奴隷は奴隷だ。自由人なんかなれるか──。それとも、まさか、俺が許可しねえのに、あのミランダとかいうちび女に会ったんじゃないだろうなあ──?」

 

 怒鳴られた。

 だが、マーズは、突然にミランダの名が出てきたことに少し驚いた。

 ミランダといえば、あのロウとの闘いのときに関わった冒険者ギルドの人だ。

 どうして、突然にミランダの名が?

 

「ミランダさんがどうかしたのですか?」

 

「知らねえよ。ロウなんとかという男がお前を探しているとか、なんとか……。俺の持ち物が欲しけりゃあ、それに見合う金を払えってんだよ。ふざけやがって……。そういやあ、王妃の使いとかいうのも来たなあ。どいつもこいつも、なんで、俺がただで、闘奴を手放すと思ってやがんだ?」

 

 タルトは不機嫌そうに、ぶつぶつ言っている。

 だが、いまなんと言った?

 ロウがマーズを探していると言った?

 

「待ってください──。いま、なんと? 先生……、いえ、ロウさんが、あたしを探してると言いましたか?」

 

「ああ? ちび女の話か? お前には関係ねえ。お前が自由民になったら、冒険者がどうのこうのと言ってたが、お前は奴隷だ。金を出す者のところしかやるもんか。あのちび女も、王妃も、あほで、馬鹿で、糞ったれだ」

 

 タルトは酒瓶のまま、ぐびぐびと酒を口にする。

 マーズは耳を疑った。

 それは本当のことだと思っていいのだろうか?

 まさか、ロウの方がマーズを冒険者として欲しがっているなどと……。

 この酔っ払いの言葉なので確かなことではないが、しっかりとそう聞き取れた。

 

「な、ならば、あたしは自由民になり、ロウさんのところに……」

 

「うるせえってんだろうが──」

 

 タルトが今度は酒瓶を投げようとした。

 しかし、さすがに躊躇し断念する。

 

「そんな話はあったが、あのちびが金を出さないと言ったときに、その話は終わった。そもそも、もう、別の飼い主を見つけてあるんだ。誰にも文句は言わせねえ。俺には後ろ楯があるんだ」

 

「でも、あたしのこれまでの賞金で……」

 

 マーズは訴えた。

 あの金で解放手続きができるはずだ。

 死んだ興行主は、いつでもできると言っていたし、興行主が死んだことを教えてくれた闘奴の世話係をする老人もそう言っていた。

 マーズは、その世話係に、解放手続きを進めてもらうように頼んでいたのだ。

 世話係も、マーズの新しい門出に激励の言葉を告げてくれた。

 とにかく、奴隷解放してもらって、ロウのところで、新しい人生を送るのだ。

 

「ああ──? なんのことだ? 賞金? そんなものがどこにある。お前は無一文だ。なにを言っているんだ。奴隷が財産など持てるか──。ふざけるな」

 

 タルトが目の前の卓にあった酒瓶をまた掴んで飲んだ。

 とにかく、かなり酔っている雰囲気だ。

 もっとも、マーズはこの男の酔っている姿しか知らない。

 数日前に乗り込んできたこの男は、朝であろうと、昼であろうと、夜であろうと、いつ見ても常に酔っ払っている。

 こんな男がマーズたち闘奴の持ち主になったのかと思うと、うんざりする気分になるが、闘奴を育てることしか興味のなかったあの興行主の唯一の身内なのだそうだ。

 

「いえ、賞金が貯めてあるんです。ちゃんと調べてください。本当です」

 

 マーズは死んだ興行主との約束のことを訴えた。

 自分のものである賞金が、どこに保管してあるかも説明した。

 マーズはそれを教えられていたし、実際に何度も現物を見ている。

 だが、タルトは笑うばかりだ。

 

「そんなものはねえ。どこにもねえ。いつも、いつも、お前たち馬鹿は同じことを喋る。奴隷の金は主人のものだ。そして、お前らの主人は俺だ。わかったら、グリムーン公爵様のところに行け。俺が見つけてきた、お前たちの売り先の中では、一番の好条件のところだ。なにしろ、どこがいいのかわからないが、あのグリムーン様は、お前を性奴隷として欲しがっているんだからな」

 

 タルトが大笑いした。

 話が完全に通じないことにマーズはしばらく呆けていたが、やっとこのタルトが、マーズのものであるはずの貯まった金子を横取りしたのだとわかってきた。

 それがわかったとき、マーズにも憤怒が沸き起こった。

 

「あ、あたしのものであるものを盗んだのだな──。ゆ、許さないぞ──」

 

 怒鳴った。

 タルトの顔が恐怖で歪むのがわかった。

 

「うわっ、動くな──。命令だ──」

 

 タルトが絶叫した。

 それでマーズは、自分がテーブル越しにタルトを掴もうとしていたのだとわかった。

 マーズは命令によって、両手を前に出したまま静止している。

 奴隷であるマーズには、「主人」の命令に絶対服従の魔道が刻まれている奴隷の首輪がある。

 マーズ自身の目の前で手続きをしたわけではないが、興行主の遺産を譲り受けたタルトは、すでに新しい「主人」として、マーズたちを支配する処置を終っているのだろう。

 マーズは、タルトの言葉で動けなくなってしまった。

 死んだ興行主には、奴隷の首輪を使われたことがないので、実際にこんな効果があるなどということを初めて身をもって味わった。

 

「……ほう、本当に奴隷の首輪というのは、命令に言葉通りに従わせることができるのだな。俺を捕まえてどうするつもりだったんだ、マーズ。まさか、殺そうとでもしたか?」

 

 タルトはマーズが動けなくなったことでほっとしたようだ。

 顔から恐怖の色が消えて、下品さが滲み出ている。

 一方で、マーズはこの泥棒の前でなすすべのない状態にされて、口惜しさで頭が爆発しそうになっている。

 しかし、主人は主人だ。

 マーズは懸命に、自分の心を抑えた。

 

「こ、殺すなど……。た、ただ、あたしの金を……」

 

「お前の金などない。あれは俺のものだ」

 

 タルトが大きな声をあげた。

 かっとなった。

 やっぱり盗ったのだ。

 あれは、マーズがそれこそ死と隣り合わせで命懸けで獲得した金なのだ。

 それを奪うなど……。

 ぎりぎりと歯噛みした。

 しかも、あの金がなければ、奴隷解放できない。

 奴隷解放を果たせなければ、マーズはロウのところに行けない。

 そのことは、マーズを絶望的な焦りのような気分にさせた。

 

「だが、奴隷の首輪というのは面白いものだな。実際に奴隷の主人になどなったのははじめてだが、なんでも命じることができるのか? マーズ、その場で服を脱げ。全裸になってみろ、命令だ。脱いだら、両手を頭の後ろにやってがに股になって動くな」

 

 タルトがけらげらと下品に笑いながら、気紛れのように言った。

 

「な、なにを馬鹿な──」

 

 マーズは耳を疑った。

 しかし、気がついたときにはマーズは身につけている革の上下を脱ぎ始めている。

 マーズは乳房を覆う革チョッキと革の半ズボンをはいていたが、両手がそれに手をかけた。

 そして、あっという間にタルトの前でサンダルだけになる。

 「命令」により、マーズの手足は、マーズの意思とは無関係に動いている。

 初めて、奴隷の首輪によって身体を支配されることを味わったマーズは、そのことに恐怖した。

 サンダルも脱ぐ。

 素っ裸になると、マーズの手が頭の後ろに貼りついたようになり、脚を左右に折り曲げて動かなくなる。

 

「お前のような大女は、おれの好みじゃないが、よく見れば可愛い顔をしているし、ここにいるのは、むさい男闘奴ばかりで、入れる穴を持っているのはお前だけだ。ちょうどいいから、相手してやる」

 

 タルトはズボンを脱ぎ始めた。

 マーズはぞっとした。

 

「こ、こんなこと……。ゆ、許されんぞ……。う、訴える。そ、その公爵のところに売られて、お前の支配から抜けたとき……」

 

 マーズは悔し紛れに言った。

 すると、タルトがちょっと顔色を変えた。

 

「……公爵様か……。そりゃあ、確かに困るか……?」

 

 マーズの言葉に困ったようだ。

 これなら……。

 

「そうだ。喋ってやる。その公爵に訴える。とにかく……」

 

 しかし、すぐにタルトの顔に卑猥な笑みが浮かんだ。

 

「……いや、問題ねえ……。確か、公爵様はもう勃たねえとかいう噂だ。その代わりに、大勢の手下に気に入った女を毀れるまで犯させるんだった……。まあ、手を付けたことは正直に言うさ。その代わり、売値は半値にする。そっちの方が公爵様は喜ぶ。別に、公爵様も処女好きというわけでもねえだろう」

 

 タルトが立ちあがってマーズのところにやって来る気配を示した。

 マーズはどきりとしたが、タルトは思い出したように、マーズがいる方向とは反対の壁に向かい、棚からごそごそとなにかを探し出す。

 

「どうせ、闘うことばかりしか能のない色気のない女なんだろう。いつも俺が娼婦を呼び出しては使っている媚薬を使ってやる」

 

 タルトが持って来たのは小壺だ。

 油紙の蓋を外して、怪しげな油剤をたっぷりと指ですくった。

 動くことのできないマーズの前にやってきて、股間の女芯を絞り出すように動かしながら、媚薬だと口にした油剤を塗り始める。

 

「う、ううっ……。や、やめろ……。や、やめないか……」

 

 マーズは塗られた瞬間に襲ってきた怪しげな刺激に歯を食い縛って悲鳴を耐えた。そして、ぴんと背骨を仰け反らすように裸身を躍らせる。

 しかし、さっきの「命令」のためにそれ以上動けない。

 それをいいことに、タルトは油剤を潤滑油にして、マーズの媚肉に指を這わせて、媚薬の油剤を塗り込んでいく。そして、指を二本埋め込み、膣の奥までたっぷりと塗ってくる。

 マーズはいつの間にか、腰をぶるぶると震わせていた。

 

「ほう……。生娘じゃないのか……。意外だな。だが、生娘同様に狭いな……」

 

 タルトが笑いながらさらに油剤を股間に塗ってくる。

 指が触れている部分が信じられないくらいに熱くなり、ずきずきと疼いてきた。

 これが媚薬というものなのかと思った。

 早くもその恐ろしい効き目がマーズに襲い掛かってきた。

 

「どうだ。お前がどんなに強かろうと、動けなければただの女だ。たっぷりと泣き叫ぶがいい」

 

 タルトがマーズの股間から手を離して、壺を卓の上に置いた。

 そして椅子を持って来て、マーズのすぐ正面に座り直す。

 手を伸ばそうとする気配はない。

 マーズが媚薬にどう反応するかをじっと観察するつもりのようだ。

 

「う、ううう……」

 

 マーズの身体から力が抜けていくのがわかった。

 身体の芯がかっと灼けるようだ。

 全身がどろどろと熱で溶けていく。

 

「感じてきたようだな、闘奴マーズ……。おまんこが濡れて、真っ赤になってきたぜ」

 

「も、もう許して……」

 

 マーズは訴えた。

 タルトが座ったまま、マーズの硬く勃起した乳首をこりこりと揉み動かした。

 マーズは裸身をふるわせて、思わず声をあげた。

 

「女らしい声を出されると、こんなでか女でもやっぱり雌なんだとわかるな」

 

 マーズは必死になって顔を横に振る。

 こんな屈辱を与えられながら、女の反応をしてしまう自分が情けなかった。

 そして、またタルトが手を離す。

 しばらく、また観察をされる時間がすぎる。

 やがて、マーズはこの媚薬の恐ろしさを理解してしまった。

 

「こ、こんなの……。あ、熱い……。か、身体が熱い……」

 

 マーズが声を引きつらせた。

 必死になって手足を動かそうとする。

 だが、さっきの命令が効いていて、がに股で両手を頭の後ろで組んだ姿勢を全く変えることができない。

 

「もっともっと疼いてくるぜ。俺に犯されたくなったら、遠慮なく言いな。いつでも犯してやるからよ」

 

「た、助けて──。ああっ、こ、こんなの……。へ、変になる──。ああっ」

 

 マーズは激しく腰を動かしだした。

 言葉通りの恰好を変えなければ、それは自由にできるのだ。

 それがどんなに浅ましい姿なのかということを考える余裕もない。

 どんどんと痒みにも似た疼きが拡大する苦痛に、マーズは泣き声をあげて裸身を激しく揺さぶった。

 こんなの我慢できない。

 

「早く言えよ。どうして欲しいんだ?」

 

 犯してくれなどと死んでも言いたくなかった。

 だが、タルトに舐めるような目で見られている股間は、意思とは関係なくどんどんと熱くなり、刺激を求めて勝手に動き続ける。

 

「早くおねだりしろよ。気が狂っても知らねえぞ」

 

 もう駄目だ。

 気が狂うような疼きから逃れたくて、なにも考えられない。

 

「お、お願いだ。犯して……。なんとか……して……。ああっ、あああっ」

 

 我を忘れて叫んだ。

 タルトがにんまりと微笑んだ。

 

「じゃあ、両手はそのままで、その寝台に横になって股を開け。絶対に俺に攻撃するな。命令だ」

 

 タルトが言った。

 部屋の横にはタルトが使っている寝台がある。

 マーズはそこに横になった。

 

「思い切り愉しもうぜ。そら、俺のちんぽを入れてやる」

 

 いつの間にか下着まで脱いで、怒張を剥き出しにしていたタルトがマーズの媚肉の合わせ目に亀頭を分け入らせていく。

 

「ああ、あああっ」

 

 マーズは全身を仰け反らせて悲鳴をあげた。

 媚薬に苛まれた肉体は、タルトの太くたくましいものが入ってきたことで、気も遠くなるような快感を呼んだ。

 それでいて、冷静なマーズの一部が、ロウに与えられた快感とは、雲泥の差の物足りなさであることを教えてもいた。

 それがさらにマーズをもどかしい気持ちにさせる。

 

「お、おおっ、こ、こりゃあ、すげえ。締まる──。締めつけやがる──。おっ、おっ、とおっ、こりゃあ、まずい──。ひええっ、ひ、締め付けんなよ、おおおっ」

 

 タルトが奇声のようなものをあげて、あっという間にマーズの中で精を放ったのがわかった。



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271 闘奴少女と白馬の王子

「起きろ──」

 

 つんとする刺激臭でマーズは目が醒めた。

 眼を開けると、どこかの天井が見える。

 それが闘奴たちの道場だとわかったのは、少ししてからだ。天候の悪いときでも鍛錬ができる建物であり、床には頑丈な厚張りの板が敷き詰められている。

 かなりの広さもあり、二階部分からは道場が見下ろせるようにもなっている。

 ちょっとした小さな試合興行ならここでもできるのだ。

 実際のところ、マーズも幾度も、ここで闘試合興行に参加した。

 だが、なぜ、ここで寝ていた……?

 頭がぼんやりとしている。

 

 周りは明るい。

 道場には、篝火(かがりび)も焚けるようになっていて、夜でも鍛錬ができるのだが、すでに陽は明るいようだ。

 採光用の大きな窓からは、燦々と陽の光が道場を照らしている。

 

「聞こえねえのか──。起きるんだよ、マーズ」

 

「ぐっ」

 

 マーズは乳房を思い切り足で踏みにじられて、さすがに顔をしかめて呻いた。

 しかし、それでわかったが、マーズは乳房を剥き出しにしているみたいだ。

 なぜ……?

 

「あっ、ええ──?」

 

 はっとした。

 やっと自分の置かれた状況がわかったのだ。

 マーズは全裸だった。

 そして、道場のど真ん中に仰向けに寝かされていた。

 腕は頭の横……。

 

「な、なんで?」

 

 思わず叫んだ。

 腕を動かそうとして、じゃらりと鎖の音がした。

 マーズの両手首には、金属の手錠が嵌まっていて、それは首に嵌められている金属の首輪の両側に密着するように、首の両横に繋がっている。

 つまりは、マーズは両手を首の横から動かせないように拘束されているのだ。

 もともと、されていた奴隷の首輪とは違う。

 それとは別の拘束用の首輪だ。

 そして、足首にも金属の枷──。

 足の枷のあいだは鎖で繋がっており、マーズは肩幅から脚を開くことができないようになっていた。

 

 そして、周りには十人ほどの屈強な男たち……。

 マーズの乳房を踏みつけたのはタルトだった。

 その横には、脚に車輪のついた椅子に座っている老人がいる。随分と身なりがいい。また、十人の屈強な男たちとは別の執事のような男が老人の椅子の後ろに立っている。

 

 さらにだんだんと頭がはっきりとするようになり、昨夜のことを思い出した。

 昨日は、そこにいるタルトに呼び出されたところ、マーズが自由民になるために貯めていた賞金を横取りされていて、マーズの身柄については、グリムーンという公爵に売り飛ばすと言われたのだ。

 到底受け入れられることではなく、マーズは抵抗しようとしたものの、奴隷の首輪による強制力によって自由を奪われ、タルトに犯された。

 それからの記憶はない。

 

 ただ、マーズに精を放ったタルトが、マーズに飲み薬のようなものを無理矢理に飲ませたのを覚えている。

 それで、急に意識が消えた。

 もしかしたら、あれは眠り薬で、あれから、いまのいままで眠っていた?

 そして、ここに運ばれて、この恰好にされたのか?

 多分、そういうことなのだろう。

 いまが、いつなのかわからないが、少なくとも朝にはなっている。

 随分と空腹だし、喉も乾いている。

 それを考えると、もしかしたら昼くらいなのかもしれない。

 

「これでまだ十六歳か……。大きいのう。筋肉も見事だ。だが、乳房は柔らかそうじゃ。こういう闘女は、乳房が男のようになっている者がほとんどなのだが、ちゃんと女の身体をしているのは珍しいのう。陰毛も上品だ。この前の値で支払ってやろうぞ、タルト」

 

 口を開いたのは、車輪付きの椅子に座っている老人だ。

 グリムーン公爵という貴族に、マーズを売り飛ばすと言っていたので、もしかして、こいつがそうなのか?

 

 取りあえず、身体を起こす。

 しかし、身体が重い……。

 これは、薬を飲まされたのは、昨夜の一度のみじゃないだろう。それから、寝ているあいだに、繰り返し全身の弛緩剤と眠り薬を飲まされ続けていたに違いない。

 身体がそんな感じだ。

 

「しかし、公爵様……。さっき、お話しました通りに、実は昨夜、一度……」

 

 タルトが恐縮するように、老人に揉み手で寄っていく。

 間違いない。

 あいつがマーズの新しい飼い主となる男なのだ……。

 

「構わん。どうせ、ここにいる全員に、挨拶代わりに犯させる……」

 

 老人が言った。

 マーズは耳を疑った。

 全員に犯させる?

 

 周りには、十人くらいの屈強な男たちだ。

 闘士ではないようだが、それなりの猛者だろう。それは彼らの身体つきを見ればわかる。

 おそらく、戦闘兵士……。

 公爵の子飼いの傭兵か……?

 なんとなく、そんな感じだ。

 何人かは上半身が裸だったが、身体が見える者たちの肌には、例外なく、切り傷や刺し傷のような古傷がたくさん身体についている。

 

「マーズ、余がお前の新しい飼い主じゃ。まずは、戦えば無敵というお前の実力を見たい。こいつらと戦ってみよ」

 

 戦ってみろ?

 しかし、マーズは拘束されている。

 だが、周りの男たちは無表情のまま、あるいは相好を崩して、身に着けているものを脱ぎ始める。

 ぎょっとした。

 

「負ければ、犯される。そういう試合をいつもやってるのだったのう。今日も条件は同じじゃ。手足が拘束されている以外はな」

 

 グリムーン公が下品に笑った。

 ここで、全員がマーズを犯すのか……?

 そんな戦いを強いられ続けてきたマーズだが、こんな風に拘束をされたままで、どうやって戦えばいいのか……。

 

 一方で、十人ほどの傭兵らしき男たちは、どんどんと服を脱いで、下半身を露出していく。

 ほとんどの男の股間が勃起していた。

 マーズは慌てて立ちあがった。

 

「えっ、なに……?」

 

 だが、マーズは違和感に思わず声をあげた。

 全身が異常にだるいのだ。

 さっきは、弛緩剤がまだ効いているのだと判断したが、これは違う気がする。

 身体が熱い……。

 動いただけで、汗が全身から噴き出してくる。

 

「無敵の闘少女マーズ──。どのくらいの抵抗ができるのかのう? 両手は頭の横に拘束。脚は動かない。身体は裸。しかも、たっぷりと強い媚薬を飲まされて、身体が熟れきっている。これからこの十人に犯させるが、すぐに毀れて余を失望させるなよ」

 

 老人、すなわち、グリムーン公が好色そうに笑った。

 すると、執事のような男が公爵が座る椅子を車輪で動かして、さがっていく。

 タルトも一緒に離れた。

 マーズは拘束されたまま、十人の男に囲まれた状態で取り残される。

 

 くそう……。

 

 マーズは歯噛みした。

 とにかく、身構える。

 マーズはすっかりと囲まれている。

 すると、後ろから、忍び足で誰かが近づいているのを肌で感じた。

 とりあえず、マーズは気がつかない素振りをする。

 腕が無造作に後ろから伸びてきた。

 マーズはいきなり振り返ると、上体の力だけで、頭突きをその男の顎に食らわせてやった。

 

「うごああああっ」

 

 しっかりと顎を砕いてやったから、その男は悲鳴をあげてのたうち回った。

 だが、一方でぐらりと身体が傾いた。

 両腕が首の横で拘束をされて、うまく平衡をとれないのと、飲まされている媚薬のせいだろう。

 

「くそうっ、やっちまえ」

「とりあえず、ぶちのめせ」

 

 怒号のような声が響きわたり、男たちが突進してきた。

 マーズは先頭の男の胸に頭から飛び込んだ。

 

「捕まえた……、うげえっ」

 

 その男はマーズの頭をがっしりと胸で受けとめたが、次の瞬間、頭を捻って、マーズは男の顔面に肘を叩き込んでいた。

 顔の骨が折れる感触が確かに伝わる。

 これでふたり……。

 

「こいつ――」

「じたばたと……」

 

 後ろから羽交い絞めにしようとしたふたりの腕をかわして、身体を沈める。

 両脚を揃えて伸ばし、そいつらの足首を払った。

 ふたりが体勢を崩して倒れ落ちる。

 

「おっ?」

「うわっ」

 

 そのときには、マーズは立ちあがって、跳躍していた。

 ふたりの顔めがけて、両脚をそれぞれ床に叩きつける。

 

「んがあっ」

「ふげええっ」

 

 男たちが奇声をあげ、そのまま動かなくなる。

 これで四人……。

 

「なんという無様じゃ──。貴様らは、それでも傭兵か──」

 

 グリムーン公の不快そうな声が道場に響いた。

 残りの男たちが、そのひと声で色めき立った。

 ひとりが殴り掛かって来る。

 それを紙一重で避けて、体当たりで飛ばす。

 すぐさま振り返り、後ろのふたりに、頭を振って肘鉄を喰らわせる。ふたりが呻き声をあげてうずくまる。

 

 後ろの男──。

 屈んで、足に体当たりする。

 そいつが転ぶ。

 入れ替わるように立ちあがって、喉を踏みつけて絶息させる。

 跳躍した。

 鎖の繋がっている両脚を回して、ひとりの男に回転蹴りを叩きつける。

 男がグリムーン公が離れて座っている方向に飛んでいって、車輪の付いた椅子に座っているグリムーンの身体にぶつかった。

 

「貴様、余の身体に触れるな──」

 

 グリムーン公は椅子に杖を置いていたが、それを転がってきた男の口に思いきり突っ込んだ。

 

「んげえええ」

 

 男が口から血を噴いたのがちらりと見えた。

 それよりも、残りの男たちだ。

 倒しただけの男たちは、すでに立ちあがっている。

 残りは四人──。

 しかも、四人とも一度はマーズの肘打ちなどが食い込んでいて、足元は揺れている。

 

 いける──。

 マーズは確信した。

 

「お前ら、マーズが拘束されててよかったなあ」

 

 そのとき、グリムーンのところにいたタルトがげらげらと笑いだした。

 一方で四人の男たちは、マーズを慎重に囲むようにしながら、連携をとるように身構えている。

 迂闊に距離を詰めたら、あっという間にマーズに抵抗されるのがわかったのだろう。

 

 しかし、次の瞬間だった。

 衝撃が全身に走った。

 

「んごおおおお」

 

 マーズは絶叫して、その場に崩れ落ちていた。

 なにが起きたかわからなかったが、首に嵌められている金属の首輪から強い電撃が流れたのだということがわかった。

 のたうち回りながらマーズは、タルトを見た。

 手でなにかの操作をしている。

 魔道具か……。

 

「うおおおっ」

 

 電撃の痛みを耐えて起きあがり、タルトに向かって走る。

 だが、足首に嵌まっている足枷からも電撃が迸り、マーズの脚が弛緩した。

 

「んがあっ」

 

 マーズはその場に倒れ落ちた。

 

「そいつの首輪に鎖を繋げろ。それと重りを持って来い」

 

 タルトが叫んだのがわかった。

 おそらく、まだ倒れていない男たちに言ったのだろう。

 

「あがあああっ、ぐがあああっ」

 

 しかし、そのあいだも電撃は続き、マーズはなにもすることができず、ひたすらに、床で激痛に悶え叫んだ。

 やっと電撃がとまったのは、高い天井からおりてきた太い鎖が、マーズの首輪の後ろの金具に繋がれたときだ。

 両足首に、鍛錬用の砂の嵌まった大きな樽がそれぞれに繋がれる。

 首輪に繋がっている鎖が引きあげられ始めた。

 さすがにこれは引き千切れない。

 マーズが身体を真っ直ぐに伸ばした時点で鎖の上昇がとまった。

 

「公爵様、趣向を台無しにして申し訳ありません。念のために首輪と足枷に電撃紋を刻んでおりました。ただ、あのままでは……」

 

「よいよい、余の準備した傭兵どもが思ったよりも不甲斐なかっただけだ。それにしても、拘束されつつも、男十人を相手にして、傷ひとつつけられんとは、聞きしに勝る強さじゃ。そのマーズを余の手で毀せると思うと、ぞくぞくするわい」

 

 グリムーンが車輪付きの椅子のまま寄ってきた。

 

「少し弱らせましょう。さもないと犯すこともできません。奴隷の首輪で命令するのは簡単ですが、よければ、この虎のような娘を躾けてみせましょうか?」

 

 タルトが媚びを売るように、グリムーンに言った。

 

「よかろう。多少の傷はつけてもよい。余のところには腕のいい治療師も飼っておるしな。フラントワーズ、余の妻だが、治癒の魔道が遣える」

 

「魔道遣い様が奥方様ですか。羨ましい」

 

「なに、ただの奴婢よ」

 

 グリムーン公が笑った。

 一方でタルトは、残っている男たちに道場の倉庫から、棍棒のような鉄棒を持って来させた。

 これも鍛錬用のものだ。

 運ばれてきた鉄棒は二本──。

 残っていた四人のうち、ふたりがそれを持って、マーズを挟む。

 残りのふたりは、マーズに倒された六人を外に運び出している。

 

「さて、マーズ、お前の大好きな鍛錬の時間だ。声を出すなよ」

 

 タルトが寄ってきた。

 そして、そのタルトの合図で、鉄棒を持っているひとりがマーズの腹を尖端で突きあげた。

 

「んぐっ」

 

 さすがに声が迸りかけた。

 腹に穴が開いたのかと思うような衝撃が加わったのは、胃袋の下だ。

 吊られた身体が後ろに揺れて、足首に繋がっている砂入りの樽に阻まれて、急激に姿勢が戻る。

 その戻ったところをさらに強く、突きあげるように鉄棒が襲いかかる。

 今度は鳩尾だ。

 的確に急所を狙ってくる。

 

「ぐはっ」

 

 マーズは吐くような声とともに呻き声をあげた。

 

「あがあっ」

 

 今度は後ろから容赦のない鉄棒の打擲が尻を襲う。

 マーズは悲鳴をあげてしまった。

 

「声を出したのう」

 

 グリムーン公が相好を崩したのがわかる。

 そうやって、しばらく前後左右から腹や尻を滅多打ちにされた。

 しばらくは耐えたが、殴打が五十発を超えたところで、マーズの身体は脱力して力を失った。 

 すると、男たちが手に持つものが鉄の棒から乗馬鞭に変わった。

 タルトが持ち返させたのだ。

 

「乳房を打ってやんな。股ぐらもだ」

 

 タルトが酷薄に笑った。

 股──?

 ぞっとして脚を閉じようとするが、これだけ棒で打たれて力を失っている身体では、足首に繋がっている砂入りの樽を動かすことができない。だから、マーズの脚は開いたまま動かせない。

 

「へえ、この大女──」

 

 前の男の乗馬鞭がマーズの股間に振りおろされた。

 

「ぐうっ」

 

 股間を上から鞭先が舐めた途端、マーズは必死で声を喉の奥で抑えつけた。

 とにかく、こんな卑劣な男たちの前で弱い部分を見せるのが嫌だったのだ。

 だが、直接に股間を打たれる激痛が、マーズも想像ができないような衝撃を与える。

 

「もういっちょ」

 

 たったいま、マーズの股間を打ちおろした男が返す鞭を下から股間に振りあげた。

 

「あぎいいっ」

 

 マーズは吠えた。

 股間のもっとも敏感な局部をまともに、鞭が当たったのだ。

 全身の力が抜ける。

 

「おりゃあああ」

 

 すると、もうひとりの男が鞭をマーズの乳首に打ち払った。

 

「んあああっ」

 

 マーズは悲鳴を我慢することができなかった。

 そして、今度は鞭打ちの洪水が開始された。

 

 十発──。

 二十発──。

 三十……。

 

 股間、尻、乳房、脇腹、腿……。

 とにかく、あらゆる部分が叩かれる。

 息をする暇もないほどの連続の鞭だ。

 いつしか、マーズの身体は完全に力を失って、首輪の鎖で上に引っ張られるだけになっていた。

 

 百発──。

 いや、二百──?

 

 打たれた数など、もうすでにわからない。

 かなりの長い時間を鞭打ちされたと思う。

 マーズの皮膚は、いつしかあちこちが破れ、かなりの血が滴るようになっていた。

 

「もういいだろう。前戯は終わりだ」

 

 はっとした。

 気がつくと、打ち疲れて汗まみれの男ふたりが少し離れている。

 タルトの声がほんのすぐ後ろから耳に入って来たのだ。

 同時に、そのタルトの腕が背後から胸に絡みついてきた。

 そして、ゆっくりと揉み始める。

 乳首を指で転がしながら……。

 

「はああっ」

 

 マーズは上体を弾ませて、露わな声を放っていた。

 自分でもその反応に驚いた。

 しかし、タルトの手の包むような感触は、怖ろしいほどにマーズの淫情を呼び起こした。

 

「ああっ」

 

 マーズは声を放った。

 そして狼狽した。

 すぐに、最初から飲まされていた媚薬のせいだと悟った。

 また、圧倒的な打擲で感覚がどうかしてしまったというのもあるだろう。

 しかし、自分が声まで出して、女の反応をしてしまうなど……。

 

「へへへ、女の匂いが股からし始めたぜ。気持ちがいいか、マーズ」

 

 ぼろぼろの身体に、性感が響き渡る。

 マーズは、上体から腰を喜悦に任せて、あられもなくくねらせてしまった。

 

「ああっ、ああっ、ああああっ」

 

 タルトの手が乳房から股間に伸びる。

 ねっとりと指が股間を愛撫する。

 マーズは悲鳴をあげた。

 

「ははは、さあ、できあがったぜ。お前ら運がいいぜ。最初は十人の予定が四人になったんだ。四人がかりで、(まわ)してやりな。公爵様が満足されるくらいに毀すんだ。でかくても、所詮は小娘だ。とびきりの媚薬を追加してやるからよう」

 

 タルトがマーズから離れて、げらげらと笑った。

 腰から水筒のようなものを取りだす。

 ふたを開けて、マーズにまた寄ってくる。

 ぞっとした。

 これ以上、媚薬を追加されたら……。

 

 そのときだった。

 金属音のような轟音が道場に突然に響き渡り、目の前のタルトがひっくり返った。

 

「うわあああっ、なんだ──。なにがあった。うわああっ、血がああ、血があああ」

 

 マーズの足元に倒れたタルトは、持っていた水筒を手離して、横腹を押さえて泣き声をあげている。

 そこから確かにかなりの血が流れ出している。

 マーズは唖然とした。

 一体全体、なにがあったのか……?

 

「それは、俺が狙ってる女だ。手を出すな、ちんぴら」

 

 そこにいたのは、ロウだった。

 あのときに一緒にいた女たちも三人いる。

 四人は少し離れており、ロウは中心にいて、そのロウの周りを囲むように、武器を抜いた女たちが構えている。

 また、ふと見ると、ロウの手の中には黒い金属の道具のようなものが握られていた。

 マーズが見たことのないものだが、握り手があり、細い筒の先がこっちを向いている。

 その先端からは白い煙が薄っすらと出ていて、そこからなにかが発射されたみたいだ。

 どうやら武器らしいが、やはりマーズは見たことがない。

 

「ご主人様の銃の腕って、どんどん上手になりますね」

 

 ロウのやや前に立って、二本の短剣を握っている小柄な女がこっちを見たまま、声だけでロウに話しかけた。

 

「時々、サキの仮想空間で山のように銃を撃たせてもらっている。あそこなら、弾の問題もない。剣とは違って、数さえこなせば、確実に上手になるから楽だ」

 

「剣だって、一生懸命に毎日素振りをすれば、確実に上手になりますよ」

 

 ロウの横のとても美しいエルフ女の戦士が言った。

 彼女は神々しいくらいに美しく、また細剣を片手に立ち、さらに片手をこっち側に向けている。

 まさに、戦女神(いくさめがみ)のアルティアそのもののように感じた。

 

「ただし、正しい素振りと正しい姿勢でだろ?」

 

 ロウが茶化すように言った。

 その瞬間、構えていた金属の武器が消滅して、すぐに手の中に同じものが現われた。

 さっき、小柄な女が「銃」と言っていたので、やっとあれが銃という武器なのだとわかった。

 マーズは、言葉としては耳にしたことがあるが、生まれて初めて見るので、それが銃だとわからなかったのだ。

 

「そうです。正しい素振りと正しい姿勢です」

 

「遠慮しとくよ、エリカ……。俺の剣にはお前がなってくれ。頼りにしているから」

 

「わかりました」

 

 エリカと呼ばれたエルフ女性がちょっとだけ嬉しそうに微笑んだ。

 

「だが、ロウは銃にかけては、もはや一流を名乗ってもいいかもしれんぞ。その命中率は、王軍でもそんなにはおらん」

 

 エリカの反対際の人間族の女騎士だ。彼女のことももちろん記憶している。

 ただ、あのときと異なり、凛とした美女の彼女が、ああやって剣を抜いて構える姿は、反対側のエリカがエルフ族の守護神アルティアなのに対して、人間族の女神であるヘルティアを思わせる。

 女神ふたりに挟まれて、さらに前を守護神のように両手短剣を構えた小柄な女に護衛されるようにして立っているのがロウだ。

 

「な、なんだ、お前らは──。どこから入った──。ここは護衛の傭兵で固めていたはずじゃぞ──。おい、お前ら、余を守れ──」

 

 グリムーン公が悲鳴のような声をあげた。

 この道場に残っているのは、マーズをいたぶっていた傭兵ふたりしか残っていない。

 そういえば、マーズが倒した男たちを外に運んでいった残りの傭兵は、いつまで経っても戻って来ていないことに気がついた。

 

「くそうっ」

「うりゃああ」

 

 マーズのそばにいた屈強そうな傭兵ふたりが、ロウたちに飛び込んでいく。

 

「ちょろちょろ、するな──」

「ふん、目障りよ……」

 

 女騎士が飛び込んで、ふたりのうちのひとりをあっという間に斬り倒した。

 また、残ったひとりも、エリカの飛ばした魔道の衝撃波のようなものに吹っ飛ばされて、そのまま床に倒れて動かなくなる。

 

「さて……」

 

 ロウがグリムーン公に向かって歩みだした。

 すると、三人の女たちも、一緒に動く。

 

「うわっ」

 

 声をあげたのは、グリムーン公の車輪付きの椅子をずっと動かしていた執事だ。

 ロウがあの銃を構えたまま近づいたので、恐怖で尻もちをついたのだ。

 そのまま逃げていこうとしている。

 

「ま、待て、待たんか──」

 

 置いていかれるかたちになるグリムーン公が恐怖に顔を引きつらせる。

 ロウの前には、ずっと小柄な女がロウの身を守るように進んでいるのだが、彼女が執事を追いかける仕草をしたが、ロウがそれを阻んだ。

 グリムーン公が座っている椅子のところまでロウが来た。

 すると、ロウがいきなり、グリムーン公の椅子を蹴り倒した。

 マーズは目を見張った。

 

「うわああっ、な、なんじゃ、お前――。ひいっ、ひっ、余、余がグリムーン公爵と知って……」

 

 グリムーン公が床に投げ出される。

 

「あんたの自己紹介には興味はないね」

 

 ロウが銃をグリムーン公に向ける。

 

「ひいいいっ、撃つなあああ──」

 

 グリムーン公が絶叫した。

 手足をばたつかせて逃げようとしているが、その場でもぞもぞしているようにしか見えない。

 ロウが銃の先端を床にいるグリムーンに向けている。

 

 大きな音が鳴った。

 グリムーン公の横の床に穴が開いたのがわかった。

 ロウの撃った銃弾は、グリムーン公の顔のすぐ近くをかすめたみたいだ。

 グリムーン公が失禁をしたのが、ここからでもわかる。

 

「ひいっ、ひっ、だ、だから、なんで、なんで、ここにいる……。よ、余の護衛兵は……」

 

 グリムーン公が歯をがちがちと鳴らして震えている。

 ロウの手からまた銃が消滅した。

 魔道──?

 

 どうやら、ロウは魔道も遣えるのだとわかった。

 マーズは、ロウが魔道も駆使できるのを知らなかったので、唖然としてしまった。

 

「さっきから、護衛、護衛と喚いているけど、道場の周りにいた私兵の一団が来ないことが不思議なのか? そろそろ制圧されたんじゃないか? 王軍騎士団にね」

 

「王軍だと?」

 

 グリムーン公が呆気に取られている。

 すると、左右の出入口から五十名ずつくらいの王軍の一隊がそれぞれに入ってきた。

 驚いたことに、一隊の先頭には王妃アネルザがいる。

 護衛兵に守られながら、こっちに静かに歩いてくる。

 

「ロウ殿、銃音が鳴ったが問題ないか? 外は片付いたようだぞ。すでに制圧のようだ」

 

 アネルザがからからと笑った。

 

「大丈夫、マーズ?」

 

 さっきのエリカと女騎士のふたりがマーズのところにやって来た。

 マーズの足元で、横腹を押さえて呻き声をあげているタルトから鍵を取りあげて、金属の首輪と手錠、樽や足枷が外される。

 身体が自由になっても、まだふらついたが、女騎士がさっと支えて、床に座らせてくれた。

 すると、ロウがこっちにやって来た。

 一方で、グリムーン公は入ってきた兵の一団に囲まれている。

 

「マーズ、媚薬を飲まされて、身体が弛緩しているようだな。そういうものにも、耐性をつけないとな。よければ、俺が色責めの修行をしてやろうか? その代わりに、俺と毎日セックスをする必要があるけどね」

 

 ロウが微笑んだ。

 そして、さっと手の中に一枚の毛布を出現させてマーズの裸身にかけてくれる。

 マーズは、呆然としてしまった。

 危ないところに颯爽と現れて、マーズを助けてくれる……。

 これは、まるで白馬の王子様じゃないか──。

 まさか、自分のような大女で、闘奴をしているような者が、こんな風に白馬の王子様に救出されるお姫様のような扱いを受けるとは……。

 マーズは全身が真っ赤になるのを感じた。

 

「……悪かったな、マーズ。不穏な状況は把握していたんだが、まさか、もうこんなことになっているなんて、思わなかった。知っていたら、昨夜のうちに乗り込んでいた。すまん──。ところで、俺のことを覚えているか?」

 

 ロウが毛布に包まれて座り込んでいるマーズの前に座り込んだ。

 

「も、もちろんです、先生……。だ、だけど、どうして……」

 

「ああ、実は、マーズがいた闘奴の一座が解散になると耳にしてね。よければ、冒険者として、俺たちのパーティに入ってくれないかと誘いに来たんだ。あんたの底抜けの強さが欲しくてね……。ただ、ちょっとばかり、危機に陥っていると聞いて、アネルザに頼んで、王軍の一隊を貸してもらったのさ」

 

 ロウがお道化た感じで言った。

 

「あ、あたしをですか──。あれは、本当の話で……?」

 

 言葉に詰まった。

 横に転がっているタルトの口からだが、ロウがマーズを冒険者のパーティに誘おうとしているというのは、昨日耳にした。

 本当であれば、嬉しいと思ったが、たったいま本人の口からそれを告げられた。

 マーズは有頂天になった。

 

「……ところで、薬の影響を抜く……。傷もな……。これは治療だ。いきなり殴るなよ」

 

 そして、不意に、ロウが毛布ごとマーズを抱いて、口づけをしてきた。 

 しかも、舌が入り込み、唾液が注入される。

 マーズは目を白黒させてしまった。

 だが、それよりも衝撃を受けたのは、ロウに口づけされた瞬間に、全身を甘い痺れが包み、次いで雷のような気持ちよさが駆け抜けて、全身に拡がったのだ。

 

「あっ、ああっ」

 

 ロウが口を離した。

 だが、マーズはしばらく呆けた感じになり、すぐに動くことができなかった。

 しかし、一方でずっと身体にまとわりついていた不快な火照りが消滅していることに気がついた。

 それだけでなく、棒と鞭で傷ついた痛みがなくなった。

 毛布の下の身体を覗くと、血の痕はあるが、皮膚が破けたところが、すべて塞がっている。

 マーズは驚愕した。

 しかし、そう言えば、ロウがマーズに口づけをする前に、「治療」と口にしていた。

 ロウは女に口づけをすることで、治療術の魔道を遣うのか?

 マーズは唖然とするしかなかった。

 

「ア、アネルザ──。こ、こんなことは許されんぞ──。よ、余をこんな風に扱うなど──」

 

 グリムーン公だ。

 いまは、取り囲んだ兵士たちに起こされて、車輪付きの椅子に乗せ直されている。

 だが、周りに護衛がまったくいない状態に、恐れおののいているのか、威勢の割りには顔色が蒼い。

 身体もぶるぶると震えている。

 失禁で汚れたズボンもそのままだ。

 

「うるさいねえ、グリムーン──。ところで、お前はなんでここにいるんだい? 今日は、ここにいるタルトという悪党が、公証人を通して、遺言で自由民となることが届けられているマーズという闘奴を闇奴隷として売り払おうとしているという情報に接し、こうやって、手入れしに来たんだけど、まさか、あんたが買い手じゃないだろうねえ。だとしたら、大変なことさ。なにしろ、闇奴隷とわかっていて買うのは大変な罪だからねえ」

 

 アネルザが不敵に笑った。

 

「なにい?」

 

 グリムーン公が絶句した。

 マーズにはよくわからないが、ロウが連れてきた王軍の一隊は、そこに血を流しているタルトの捕縛に来たというのが名目ということなのだろうか?

 そういうことをグリムーン公に言っている?

 マーズはよくわからなかった。

 

「聞こえなかったのかい、グリムーン──。ここに入って来たとき、お前が命じて、闇奴隷として売り飛ばされかけているマーズをいたぶっているように見えたけど、それが本当なら、大変なことだと言ってんだよ──。それとも、たまたま、ここにいただけなのかい? だったら消えな。それとも、関係者になりたいのかい──。ああ、そういえば、外にいた、お前の私兵は全員が庭に転がっているよ。このまま帰るなら見逃してやる。連れて帰りな──」

 

 アネルザが怒鳴った。

 びっくりするような貫禄だ。

 さっきまで傍若無人だったグリムーン公が絶句している。

 

「ア、アネルザ、き、貴様、この余に、こんな真似をして、ただで……」

 

「連れていきな──」

 

 アネルザが指揮官らしき男に声をかけた。

 グリムーン公の椅子が押されて、外に連れ出される。

 

「待て──」

 

 そのとき、マーズの前にいたロウが立ちあがった。

 アネルザが手で合図をして、グリムーン公の車椅子をとめる。

 反転させて、ロウの方を向かせる。

 

「な、なんだ、貴様は──」

 

 グリムーン公がロウを睨んだが、その顔には明らかに恐怖が浮かんでいる。

 

「俺はロウ……。ロウ=ボルグだ。あんたを蹴り飛ばした男……。よく覚えておいてくれ」

 

 ロウがグリムーン公に言った。

 そして、手で追い払うような仕草をした。

 グリムーン公が今度こそ外に連れ出される。

 

「余計なひと言だな。あの男は忘れんぞ……。恨みを買うなら、わたしだけでよかったのだ。わざわざ、ひと足先に乗り込んで、目立つようなことをして……。ところで、いまは、ここで脅すのが、わたしの限界だ。この場では殺すことまではできん……。公爵を処断するには、闘奴を闇奴隷として買っただけでは、罪が軽すぎるのだ。あいつは、このまま放免するしかない」

 

 アネルザがロウに近づいて耳元で言った。 

 

「いいさ……。これで恨みの相手がアネルザだけでなく、俺に対しても二分される。アネルザばかりに、恨みの矛先を押しつける気はない……。もっとも、そんなことを言いながら、三箇月も王都を留守にするんだから、申し訳ないけどね」

 

「まあ、できれば、そなたがいないあいだに、公爵からは力を削いでおくさ。むしろ、丁度いい」

 

 アネルザが笑った。

 

「悪いな……。戻れば、公爵との政争も手伝うよ」

 

「無用と言いたいが、頼もしいし、嬉しい。じゃあ、約束の礼も頼むぞ」

 

「あれは冗談だろう?」

 

「冗談なものか」

 

 アネルザが大きな声で笑った。

 なんのことかわからないが、ロウがとても複雑そうな表情になった。

 

「なんか、そういう競争も急に始まったわね。イザベラ姫様に、王妃様? アン様も手をあげたいって、宴のときにつぶやいてたけど、あたしもサビナ草を飲むのやめようかな」

 

 ずっとロウについていた小柄な女がぼそりと言った。

 サビナ草……?

 もしかして、避妊草の?

 

「わたしは、とっくにやめているぞ。ロウが望むなら、いつでも受け入れる。ロウ次第だ」

 

 不意に女騎士が口を挟んだ。

 

「えっ、そうなの?」

「そうなのか──?」

 

 エリカとロウがほぼ同時にびっくりしたように声をあげた。

 

「あ、あのう……、先生……。ありがとうございます……」

 

 マーズは言った。

 とにかく、なにが起きたのかわからずに、圧倒されて口をきくのも忘れていたみたいになっていたが、とにかく助かったのだ。

 ロウがこっちを見た。

 優しく微笑んでいる。

 

「とにかく、よかったな……。先手を打って、さっさと乗りこんだつもりだったのに、実際には危機一髪だった……。とにかく、なんて男だ、こいつは──」

 

 ロウがずっと忘れられたように放置されていたタルトの腹を蹴った。

 

「うがああっ、ぐがあああ」

 

 タルトが呻いた。

 すでにかなりの出血をしている。

 しかし、治療されることなく放っておかれているので、かなり衰弱をしている。

 

「では、王妃殿下、連れて行きます──」

 

 王軍の一隊の指揮官らしき男がアネルザに敬礼をする。

 

「ああ、厳しく調べて、余罪を洗いな。多分、マーズ以外にも、本来は解放されるはずだった闘奴を不当に闇奴隷にして売り飛ばしているはずだよ。拷問で殺してもいいけど、すべて自白させてからにするんだよ」

 

「わかりました──」

 

 生真面目そうな騎士隊長がもう一度敬礼をし、部下に命じてタルトを外に運ばせる。

 それとともに、乗り込んできた兵も引きあげていく。

 アネルザの護衛らしき数名はいるが、それは道場の入口までさがっていった。

 

「ところで、大丈夫か? 女の身体を棒や鞭で打たせるなど、他人がすると腹がたつな」

 

 ロウが心配そうに言った。

 マーズは噴き出した。

 

「あたしは闘士ですよ、先生。あたしを女扱いするのは、先生だけです」

 

 マーズは笑った。

 すると、ロウが困ったような顔になった。

 

「先生はやめてくれよ。そんな器じゃないし、困ってしまう」

 

 ロウが頭を掻く。

 

「先生は先生です──。どうか、そう呼ばせてください──。それと、さっきの話ですが、是非ともお願いします。先生の奴隷としてお仕えします。冒険者のパーティの戦力としてお加えください」

 

 マーズはしっかりと頭をさげた。

 そして、ロウの気の変わらないうちに、さっき口にしていた、マーズのパーティー入りのことを承諾しなければと思った。

 

「奴隷の身分はすぐに解放するよ。ここを出れば、正規の手続きをするために、奴隷登記所に向かう。本当はそんなことをしなくても隷属を外せるんだけど、マーズの場合は、正規に手続きをした方がいい……。とにかく、受け入れてくれてよかった……。じゃあ、よろしくな」

 

 ロウがマーズの頭をあげさせた。

 顔をあげると、口づけをされたときのように顔が近い。

 マーズはかっと顔が赤くなるのがわかった。

 

「初々しい反応だな。ところで、よいのか、マーズ? 一応は、わたしが仲介を頼まれたから訊ねるが、この男の傍に行くということは、女として大抵のことはさせられるぞ。誠実そうな顔をしておるが、このロウはかなり好色で鬼畜だ。信じられないくらいの回数のセックスを求められるし、もしかしたら、さっきみたいに鞭で打たれるかもな。そういう性愛もあることを耳にしたことがあるか?」

 

 アネルザが横から口を挟んだ。

 セックスは当然だが、鞭で打つ?

 このロウがタルトと同じようなことをするなど信じられなかったが、タルトが相手なら怒りと屈辱しか感じなかったものが、ロウに裸にされて鞭で打たれることを想像すると、悪くないと思ってしまったから不思議だ。

 考えようによっては、修行だ。

 とにかく、マーズは断るつもりはない。

 慌てて、首を縦に振った。

 

「もちろん構いません。鞭打ちでも、セックスでも──」

 

「鞭打ちなんてしないよ。今回、傍からみてわかった。女たちを鞭打ったりするのは自重するよ」

 

 ロウが意気消沈したように言った。

 

「なにを言う──。していいのだぞ、ロウ──。いや、むしろ、してくれ」

 

 すると、女騎士が焦ったように、突然に叫んだ。



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272 筋肉少女の初奉仕

 屋敷の地下にある湯は広い。

 一郎が十数人の女たちと同時に入浴しても、まだ余裕があるくらいくらいの大きさだ。湯舟の部分のみならず、湯船の外の空間も随分な大きさがある。

 おそらく、前の当主がここで、さまざまな遊びをするために、そういう設計にしたのだろう。

 また、これだけの大きさの湯舟ということになると、本来であれば水を引くだけでもかなりの重労働だが、ここには屋敷妖精のシルキーがいるので、一日中温かくて清潔な湯をこんこんと湧きたてることができる。

 便利なものだ。

 

「ねっ、こんな風に泡を立てて、それでご主人様の大切なところをよくお洗いするのよ……。柔らかく、両手で揉むようにしてね……。でも、嫌ならやらなくてもいいわよ。ご主人様に奉仕をしたい女はいっぱいいるから。今日はいないけど、押し掛け女の神殿長も、実はご主人様のお股をお洗いするのが好きよ」

 

 コゼが湯船に浸かっているマーズを前にして、一郎の股間の洗い方を教授している。

 

「い、いえ……。い、嫌などとんでもない……」

 

 マーズは大きな身体を小さくして、顔を真っ赤にしている。

 そのあいだも、コゼはこねこねと一郎の性器を両手で捏ね回して洗ってくれている。

 柔らかで優しい手つきがいやらしくて、気持ちいい……。

 また、一郎を洗っているのは、コゼだけじゃない。

 エリカとシャングリアのふたりも、その肉体を使って、一郎の全身を洗いまくってくれている。

 

「まあ、早く慣れた方がいいと思って、一緒に湯に入ったのだ。これから、ロウの女にしてもらうのだろう? だったら、こういうことも、頻繁にすることになる」

 

「わたしたちは、これが終わったら退散するけど、ロウ様をよろしくね、マーズ」

 

 シャングリアとエリカは、乳房や太腿に泡をつけて、一郎の前後から背中や胴体、腕や脚に胸を擦りまくっている。

 また、前にいるコゼとともに、ときどき一郎と口づけをかわしたりもする。

 なかなかの体力仕事だが、このふたりなら問題ない。

 

 実のところ、こうやって、股間洗いに加えて、乳房や太腿を使って淫らな身体洗いの奉仕をさせるのが、最近の一郎のお気に入りだ。

 最初は戸惑っていた三人だったが、いまは躊躇なくやってくれるし、かなり上手になってきた。

 とにかく、女たちが小さく喘ぎ声を出しながら、一生懸命に豊かな乳房で肌を洗ってくれるのは、なんともいえない征服感が刺激されて愉しい。

 今日は、マーズという見学者もいるのだが、三人とも躊躇うことなく、いつもの痴態を披露してくれた。

 おかげで、マーズは先輩愛人のエリカたちが、娼婦でもやらないような淫靡な行為を嬉々としてやっているのを目の当たりにして、圧倒されている感じだ。

 湯の中で自分の身体を抱き締めるようにして、身の置き所もないという感じだ。

 

 しかし、闘えば、大の男が束になって勝てないような百戦錬磨の闘少女が、女三人がかりの一郎へのあられもない奉仕の光景に、半分怯えたようになって、息まで乱している様子は面白い。

 なんだかんだで、性愛には未習熟の十六歳の少女だ。

 こんなにも淫らな情交まがいの行為を見せられてしまっては、ただただ動揺するしかないようだ。

 

 今夜は、マーズが一郎たちのところにやってきて最初の夜だ。

 昼間は、グリムーン公やタルトのことについての後始末、マーズの奴隷解放手続き、マーズの冒険者登録とパーティ手続きなどでばたばたとし、やっと夕方になって屋敷に戻って落ち着いてきたところだ。

 

 マーズは、とにかく、屋敷に連れてこられて、全てに圧倒されたみたいだ。

 それほどでもないとは思うのだが、地下まである二階建ての屋敷に圧倒され、屋敷妖精のシルキーの存在に圧倒され、食事の美味しさに圧倒され、そして、この地下階の湯の大きさと豪華さに圧倒され、さらに、エリカたち三人がかりの一郎への奉仕に圧倒されたということだ。

 

 エリカたちも、仲間になったばかりのマーズの目の前で、わざわざ破廉恥な行為を演じてみせたのも、一刻も早くこの関係に慣れて欲しいという気持ちからだろう。

 なにしろ、ナタル森林への出立は、もう明後日に迫っている。

 だから、手っ取り早く打ち解けるためだと思い、マーズの前で痴態をやってのけたのだと思う。

 もっとも、マーズはすっかり恐縮して大人しくなっているから、彼女たちの考えが成功したとは言い難いかもしれないが……。

 

「じゃあ、ロウ様、わたしたちは、今夜はこれでさがります」

 

 エリカが泡まみれになっている一郎と自分たちの身体に湯をかけながら言った。

 あのぬるぬる試合で、一郎はマーズのことを犯してはいるが、自分の女として抱くのは、今夜が最初ということになる。

 マーズの前でいやらしい姿を示したのも、これから一郎とふたりきりにするのも、三人なりに色々と気を使ってということに違いない。

 

「ああ、悪いな」

 

 一郎は、エリカたちに泡を洗い流してもらったところで、マーズのいる湯船に入り直した。

 湯は熱くない。

 シルキーに頼めば、瞬時に温度調整をしてくれるが、いまは長く浸かっても湯あたりしないように、(ぬる)めにしてもらっている。

 マーズとは、少なくとも、この湯船の中で一度以上は愛し合うつもりだ。

 それから、寝室に場所を移して続きということになるだろう。

 

「じゃあな、マーズ」

 

 先に出ていくシャングリアが、マーズに声をかけた。

 両手で胸を抱き、湯の中にしゃがみ込んで身体を縮めているマーズがびくりと動く。

 反応が初々しくて面白い。

 

「マーズ、旅には、あとイライジャというわたしの幼馴染と、ミウという子が同行するわ。イライジャは今夜は別件で遅くなるみたいだから、明日の朝食のときに紹介するわね。ミウが合流するのは明日の夕方よ。ぎりぎりまで魔道訓練をするんだって」

 

「は、はい、エリカさん」

 

 マーズはちょっと緊張した声を出す。

 その様子にエリカがくすりと笑った。

 

「とにかく、ロウ様にすべてをお任せするといいわ」

 

「ねえ、やっぱり、一緒にいて欲しい、マーズ? ひとりだと心細いんじゃないの?」

 

 エリカに次いで、コゼがマーズに声をかけた。

 

「なに言ってんのよ、コゼ。一緒に来なさい」

 

 だが、エリカにたしなめられて、浴場の外に連れ出される。

 これで、三人とも出ていった。

 一郎は湯船の中で、マーズとふたりきりになる。

 

「さて、マーズ……」

 

 一郎は少し距離のあるマーズに向かって、湯の中を進む。

 

「は、はいっ」

 

 マーズの声は少し裏返っている。

 エリカたちとしては、緊張をほぐすためにやったと思うが、逆にマーズの緊張を強いた気がしないでもない。

 マーズはがちがちだ。

 とにかく、まずはマーズの緊張を解さないとなと思った。

 

「戸惑いもあるかもしれないけど、いまから、俺はマーズを抱く。もう理解していると思うけど、俺たちはこういう集団だ。マーズにはその一員になってもらう。そして、これが拒否をする最後の機会だ。一度女にした者を俺は決して離してやれない。執着心が強いんだ」

 

 とりあえず、一郎はマーズに笑いかけた。

 

「い、いえ、そんな……。と、とっくに覚悟は……。あっ、違います。覚悟とかじゃなくて、あ、あたしは先生のものになりたいと……」

 

 マーズが慌てたように、首を横に振る。

 一郎は、湯の中をさらに進み、マーズと肌と肌が触れるばかりの距離に詰めた。

 マーズが目に見えて動揺するのがわかる。

 一郎との強姦まがいの試合で純潔を失い、タルトには夕べ強引に犯されたと話してくれた。

 だが、男女の行為に慣れているわけでなく、やはり、闘技では大の男が束になって敵わないような猛者であっても、その辺りは、十六歳の女の子なのだと思う。

 だが、少し不思議だ。

 少なくとも、一郎と戦ったときには、一郎の性器を見て、多少は怯えていたが、全体的には堂々としていたし、そもそも、裸の男と平気で組み合ったりもできるのだ。

 それなのに、裸で一緒に湯に浸かるのが恥ずかしいのか?

 

「俺のものになってくれるんだね?」

 

 一郎はマーズの手を引こうと手を伸ばした。

 

「うわっ」

 

 マーズが驚いたように手を引っ込める。

 しかし、すぐに思い直したように、手を出し直す。

 やはり、マーズの目の中に怯えが見える。

 びっくりしたことに、マーズはちょっと震えているみたいだ。

 

「も、申し訳……、避けたわけでは……。そ、そうだ。改めてお礼申しあげます。朝は助けてもらってありがとうございます。どうか、あたしを先生の女にしてください……」

 

 そう言いながらも、マーズはかなり声が上ずっている。

 一郎は嘆息した。

 闘うことにかけては度胸もあるし、無双であるのに、男と性愛をするのは、ここまで臆病になるのだと思った。

 さて、どうしたものかな……。

 

「マーズ、もっと強くなりたいか?」

 

 試しに、そう質問してみた。

 すると、俯き加減だったマーズの顔ががばりとあがる。

 

「もちろんです。あたしは、強くなりたいです」

 

 マーズははっきりと言った。

 ついさっきまでのおどおどとしていた雰囲気はない。

 微かにあった震えもぴたりととまっている。

 闘うということに関連することであれば、なんの緊張もしなくなるようだ。

 面白い娘だ。

 ならば……。

 

「俺の精を飲み、俺と愛し合って、精を受ければ強くなる。俺にはそういう力がある。俺の周りの女たちは、そうやって実力を向上させた」

 

「えっ?」

 

 マーズは目を丸くしている。

 だが、困惑している。

 当然だろう。

 精を受ければ能力があがるなど、いきなり言われて誰が信じるものか。

 だが、一郎が考えたのは、一郎との愛の行為をとにかく強引に修行と関連付けてやることだ。

 それで、このマーズは、喜んで一郎に身体を開くかもしれない。

 

 論より証拠だ。

 一郎は、マーズの前で立ちあがると、勃起させた股間をマーズの顔の前に示した。

 

「わっ」

 

 さすがにマーズの顔が羞恥で真っ赤になる。

 構わずに、マーズの口の中に強引に男根を突っ込んだ。

 

「んあっ」

 

 マーズが びっくりして、口の中で声をあげる。

 だが、拒否はしない。

 こういう性行為があることを知っているかどうかはわからないが、戸惑って噛み千切るということもないようだ。

 ただ、どうしていいかわからずに、目を白黒している。

 

「マーズ、俺を信じるな? 舐めろ。口の中の俺の性器を舌で刺激するんだ。唇で擦れ。そうすれば、精の汁が出る。全部身体に入れろ。そうすると、お前の欲しいさらなる強さが手に入る」

 

 一郎はマーズの頭を手で後ろから押さえながら言った。

 マーズは一郎の強引さに観念したかのように、舌を動かし始める。

 すでに、淫魔術はマーズの中に刻み込んでいる。レベルのあがった一郎にとっては、女を支配するのに、精液でなければならないということはないのだ。

 唾液でも、汗でもある程度の支配はできる。

 だが、やはり、精液による支配だと、身体を操りやすいし、深くまで心身に介入できることは確かだ。

 とにかく、一郎は、マーズに奉仕をさせながら、その抵抗心のようなものを根こそぎ沈めてしまう。

 その代わりに、活性化しかけている被虐心に繋がる情感を一気に大きくしてやった。

 マーズの身体がすぐに反応して、熱っぽく息を喘ぎ始めさせる。

 

「もっと激しく舐めるんだ。マーズ」

 

 一郎は声をかけた。

 マーズはだんだんと荒々しい息遣いになりながらも、一郎の命じるままに、必死の様子で舌を動かす。

 

「そうだ。出すぞ」

 

 稚拙すぎて精を放つには興奮が足りないのだが、今日はマーズに口奉仕を覚えさせるのが目的じゃない。

 一郎は精を放った。

 

「ううっ」

 

 決して美味しいものじゃないだろう。

 一郎が性器をマーズから抜くと、マーズはほとんど無意識に、精を口から出そうとしかける。

 

「出すな──。飲むんだ」

 

 一郎は怒鳴った。

 マーズが我に返ったように動きをとめる。

 そして、口を閉じて、懸命に精液を飲み下すような動作をする。

 

「そんなに嫌そうな顔をしないでくれよ。慣れれば、まるで甘い汁のように美味しく思えるさ」

 

 一郎は笑った。

 すると、マーズは怪訝な表情になった。

 そして、一瞬、首を傾げたかと思うと、つらそうに喉に押し込もうとしていたのが一転して、一気に飲み下してしまった。

 

「な、なんでしょう、先生──。先生の言葉のとおりに、急に甘くなりました。いま、なにかしたのですか?」

 

 マーズが驚いたように言ったが、びっくりするのは一郎だ。

 甘くなるなど口から出まかせであり、そんなはずはない。

 それとも、その気はなかったが、勝手に淫魔術でマーズの味覚を改変してしまったか?

 もしかして、言葉に出したことで、それが「言魂(ことだま)」として、無意識に発動したのだろうか?

 最近は、ミウのことで魔道の暴発について勉強したりした。それによれば、同じ無意識の魔道の発動でも、ミウのように無秩序な魔道の暴発は、単純に魔力の暴発と称されるが、意味のある魔道となって発動するのは「言魂」ということも知った。

 なかなかに難しいのだ。

 

 まあ、それはいい……。

 ともかく、一郎はマーズの身体に対して、「淫魔師の恩恵」を活性化させた。

 つまりは、マーズに一郎の性奴隷としての刻みをするということだ。それでマーズに淫魔師の恩恵が及ぶ。

 強くなることに貪欲な彼女であるので、一郎の精を受けたことで、「強さ」が向上するということを理解できたなら、一郎と愛し合うことに対する抵抗が消滅するだろうと思う。

 だから、いきなり精を口の中に放って、精を体内に入れさせたのだ。

 

 

 

 “マーズ

  人間族、女

   一級闘士

   冒険者(チャーリー)・ランク

  ジョブ

   戦士(レベル30→35(上昇中))

  生命力:150

  攻撃力:800→1200↑

  経験人数

   男2

  淫乱レベル:B

  快感値:200↓

  状 態

   一郎の性奴隷

   淫魔師の恩恵”

 

 

 

 まだ、上昇した強さが定着したという感じではないが、すでに効果は見えている。

 戦士としてのジョブレベルや戦闘力は、まだまだあがりそうだが、マーズが能力の向上を実感するには十分だろう。

 一郎は、身体を動かしてみるように促した。

 

「えっ、ここでですか?」

 

 マーズは突然にフェラをさせられて、精を飲まされ、すぐに武術の型のようなものをやれと言われて当惑している。

 しかし、逆らわない。

 立ちあがると、一郎に横を向けるようにして、宙に向かって数回殴打をするような動作をした。

 稲妻のような突きに、見ているだけの一郎も目を見張ったが、マーズが驚愕したように、自分の手のひらを見たのがわかった。

 それにしても、どうでもいいが、一郎にはマーズの殴打は全く見えなかった。

 空気を裂く音がふたつ響いただけだ。

 それと年齢と周りの筋肉のわりには、豊かな乳房がぶるぶるりと揺れたのが見えたのみだ。

 なんという突きだ。

 

「な、なにいまの……。せ、先生、あ、あたし、いまのは……?」

 

 マーズが動顛している。

 自分の身体のことだから、いままでと全く異なる動きができたことがわかったのだと思う。

 一郎はにやりと笑った。

 

「これが俺の力だ。俺は女を愛すことで、相手の女を強くし、その女たちに助けてもらう。口に出しただけで、いまの強さだ。子宮に精を受ければ、信じられないほどに能力があがるぞ。短期間でね。強さの限界を極めたくないか?」

 

 一郎は言った。

 淫魔師の恩恵は、精を口で摂取させるよりも、やはり、性愛により注ぐほうが遥かに効果が強いのは確かだ。

 まあ、それにこれまでの例でいえば、淫魔師の恩恵によりステータスはすぐにあがるが、それが実際に肉体に定着するには半月ほどかかる。

 それまで、だんだんと実際の能力がステータスに見合うように向上していくかたちになるので、マーズも精を受ければ受けるほど強くなるという心地を味わうはずだ。

 

「お、お願いします。どうか、あたしに強さを──」

 

 マーズが気色ばんで言った。

 思った通りに、強くなることに対しては貪欲な娘だ。

 

「なら、おいで」

 

 一郎はマーズを抱き寄せた。

 今度は躊躇のような雰囲気はない

 性愛が強さに繋がるとわかった途端に、一郎に抱かれる行為はマーズにとっては闘技の修業のようなものに移り変わったのだろう。

 一郎はマーズを湯から出して、洗い場の広い床にマットを敷いた。

 亜空間から出したものだ。

 

「横になるんだ」

 

 一郎はマーズの裸体を仰向けに横たわらせる。

 素晴らしい筋肉だが、その逞しい身体のあちこちに指を這わせ始めた。

 赤いもやの示すままに、乳房を手のひらでさすったり、内腿のあたりを撫でたりする。

 一郎にかかっては、マーズのどこが性感の急所なのかわかっているし、急所の周りだけをわざと微妙に責めたてて、新しい性感帯を簡単に開発することだって可能だ。

 その気になれば、マーズの超敏感な性感帯を一時的に作ることもできる。

 気儘にマーズの全身に指を這わせていると、すぐに、マーズは興奮を示すようになり、最初は閉じ合わされていた太腿は完全に力が抜けて、左右に拡がった状態になった。

 

「あ、ああっ、せ、先生……」

 

「なにもしなくていい……。ただ、俺を感じればいい……」

 

 一郎は、今度は手だけでなく、舌先で足の指から足首、足首が脛、脛から太腿を粘っこく愛撫していく。

 

「あっ、あっ、あっ、ああっ」

 

 やがて、マーズの身体の震えが大きくなる。

 一郎は脚を拡げさせて、マーズの股間に顔を埋めると、もっとも敏感な場所は避けて、その周辺だけを徹底的に舌で責めた。

 

「あっ、やんっ」

 

 大きな身体には似つかわしくない可愛い声でマーズが悶える。

 一郎はしばらく局部を舌で責めたててから、顔を上に移動させて、手のひらで包みながらゆっくりと乳房を上下させつつ、乳頭の舌先で刺激した。

 

「はああっ」

 

 

 一郎はもう一度マーズの股間に顔を移動させた。

 再び、舌先で柔らかく股間を舐めあげる。

 マーズの陰毛は非常に薄い。

 ほとんど生えていないのではないかと錯覚するほどだ。

 その薄い陰毛を舌で掃き、濡れ光る亀裂に、舌をぴったりと押しつけた。

 

「ひやああっ、せ、先生──」

 

 昂ぶった声がマーズの口から迸る。

 無意識だろう。

 マーズの両手が股間にある一郎の頭をがっしりと抱え込んだ。

 

「なああっ、ああっ、ああっ、ああっ」

 

 さらに悲鳴が大きくなる。

 一郎が舌先を亀裂の奥深くに侵入させて、内部を舐め尽くすように動かしたからだ。

 

「ああっ、あっ、ああっ」

 

 マーズの巨体が大きく弓なりになる。

 

 舌の責めの場所をクリトリスに集中させる。

 そこは、いままでずっと焦らすように周辺の刺激しかしていなかった場所だ。

 男性との性愛の経験がほとんどないマーズだが、自慰の習慣はあるようだ。

 このクリトリスだけはかなりの性感が発達しているのはわかっていた。

 

「ああっ、んふううううっ」

 

 マーズががくんがくんと身体を揺さぶらせた、

 しかし、一郎は昇天するぎりぎりのところで責めを留めた。

 その代わりに、身体を起こして怒張をマーズの股に当てて、一気に挿入させる。

 まだ、膣いきは難しいかもしれないが、乏しい性感帯を刺激するように亀頭を擦って刺激する。

 同時に、下腹部と下腹部をぴたりと密着させて、回すようにクリトリスを腰で揉みあげる。

 それにしても、凄い締めつけだ。

 挿入している一郎の一物をぎゅうぎゅうとマーズの股間が搾りあげてくる。

 

「ああっ、いいいいっ、先生──」

 

 マーズが最初の絶頂をした。

 一郎は、とりあえず精を注いで、さらに淫魔術を強化する。

 だが、抜かない。

 まだ十分に硬いままだし、律動を継続する。

 

「あっ、あっ、せ、先生、あ、あたし、ああっ」

 

 一郎が絶頂して精を放ったのは気がついているだろう。

 

「マーズ、耐久力の訓練だ。俺とセックスすると、どんどんと強くなる。マーズ、お前は強すぎるから、長い戦いを経験したことがない。それをセックスで鍛えるんだ。できるだけ長く頑張れ。それで耐久力も鍛えあげられる」

 

 一郎は腰を動かしながらうそぶいた。

 もちろん、適当な出まかせだ

 だが、訓練だと口にした途端に、マーズの目の色が変わった気がした。

 

「は、はい──。頑張ります──。よ、よろしく、お、お願い、し、します──」

 

 愉快なことに、一郎がセックスで、闘士としても強くなると仄めかしたのをどうやら、本気にした気配だ。

 ちょっと面白いから、一郎は悪戯心が刺激されてしまった。

 

「いいぞ、マーズ。だったら、今度は絶頂をできるだけ我慢しろ。とにかく、ぎりぎりまで粘るんだ。そうすれば、各段に耐久力が向上する──。達するのを耐える耐久力も。戦いのときの耐久力も同じだ、粘れば粘るほど、戦いのときにも粘れるようになる」

 

 今度こそ、まったくの出鱈目だ。

 だが、マーズが強すぎるあまり、実戦で長く戦ったことがないのも本当らしいのだ。

 どこまで信じるのかと試しに言ってみたのだが、マーズは一郎の股間を突かれながら、激しく首を縦に振った。

 

「は、はい──、先生──。で、できるだけ我慢します。あ、あのう──。抱きつくのをお許しください──」

 

「ああ、いくらでも抱きつけ」

 

 一郎の言葉が終わるや否や、マーズが下からしっかりと一郎の背中を抱き締めてきた。

 そっちの方が快感を逃せるのだろうか。

 それにしても、一郎は、女が一郎からの快感を我慢しすぎると、絶頂したときの反動が強烈になるのを知っている。

 このマーズは真面目そうだから、一郎が言えば、本当に限界ぎりぎりまで我慢するだろうが、それにより、却って自分を追い詰め続けることになるはずだ。

 まあ、ほとんど初めての性行為で長時間セックスは可哀想かもしれないけど、もともと体力はあるし、大丈夫だろう。

 一郎は、今夜はとことん、マーズを長く抱き潰してやろうと決めた。

 

「ああっ、ああっ、あああっ、んぐううっ、ぐうう」

 

 一郎は律動を続けながら、極小の粘性体の膜をマーズの全身のあちこちに飛ばし、身もあげながら、ぶるぶると振動をさせてやる。

 全身の性感帯という性感帯に一斉に刺激を受けて、マーズの目が一瞬白目を剥いたようになる。

 

「あっ、あああっ」

 

 背を締めつけるマーズの腕に力が入る。

 一郎は危うく絶息しそうなのに耐える。

 膣の入口に近い腹側の膨らみを亀頭でごしごしと擦ってやり、我慢することが不可能な快感を一気に与えてやった。

 だが、一郎はそんなマーズから、いくらでも簡単に絶頂を強いることもできる。

 膣の入口に近い腹側の膨らみを亀頭でごしごしと擦ってやり、我慢することが不可能な快感を一気に与えてやった。

 

「んはあああっ、あああああ」

 

 マーズが二回目の絶頂をした。

 がくがくと激しく痙攣をする。

 

「まだまだだな……。早すぎる──。もっと、続けるぞ。もっと耐えるんだ。強くなりたくないのか?」

 

 一郎は笑うのを我慢して、怒張の抽送を継続する。

 

「あ、ああ、つ、強くなりたいです──。あ、あああっ、もう一度──。もう一度お願いします──。あああっ」

 

 もしかして、かなり面白い娘かも……。

 いわゆる「体育会系」ののりのままに、マーズが必死の形相で一郎に性愛の継続を強請ってきた。

 

 これは愉しいかも……。

 ならば、その方向性で遊ぶか。

 

「よし、じゃあ、これを耐えろ、訓練だ──。強くなりたければ、耐えろ──。根性入れろ──」

 

 一郎は律動の角度を変化させ、またもやマーズを狂乱させてやった。

 しかし、早くも、マーズは次の絶頂の兆しを示し始めた。

 どうにも、性に関しては耐久力に乏しいようだ。

 

 

 *

 

 

 もう、どのくらいロウとの性愛が続いているのか見当もつかない。

 マーズは、自分の不甲斐なさに、忸怩たる思いに陥っている。

 浴場で始まったロウとの交合は、いまは同じ地下にある寝台のある部屋に場所を変えて続いている。

 

 ただ、一緒にいられるだけでもいいと思っていたロウが、実はマーズの力を向上させてくれる不思議な能力を持っているとは驚いた。

 精を注ぐことで、その女の能力をあげることができるということに対して、当初は、ロウが冗談でも喋っているのかと思ったが、その力は本物だった。

 最初に口で奉仕をして、口の中に放たれた精を飲んだあと、試しに殴打の型をやってみたら、マーズは自分が考えられないほどに、腕に凄まじい速さと衝撃を乗せられるようになっていることに気がついた。

 

 しかも、ロウに言わせれば、まだまだ、これが限界でないそうだ。

 もっともっと、マーズの力を引き出すことができると言っていた。

 マーズは有頂天になった。

 強さを極めるというのは、マーズの生きる目的でもあるからだ。

 

 それはいいのだが、折角、ロウが今夜の性愛でマーズの耐久力を鍛えるために、マーズの相手をしてくれているのに、マーズはちっとも、ロウに与えられてる課題を遂行することができない。

 それが情けない。

 すなわち、できるだけ達するのを我慢して、ロウの性愛を受けるという命令だ。

 どうして、自分はロウの期待に応じることができないのだろう。

 マーズは、自分自身をとても残念に考えてきた。

 

 とにかく、一生懸命に絶頂を耐えようと思うのだが、ロウの不思議な愛撫に翻弄され、硬化した官能の芯を抉られ、結局、マーズは何度も絶頂を極めてしまっていた。

 もう、幾度達したのかわからない。

 その度に、マーズは首を横に振ったり、歯を噛みしめたり、快感を逃そうと息を吐くのだが、数回の波を耐えるのが限界で、すぐにロウに導かれるように絶頂をしてしまうのだ。

 

「あ、ああああっ、またあああ、す、すみません、先生──、あああっ」

 

 マーズはまたもや縄掛けをされている裸体をがくがくと震わせた。

 縄で両手を背中に縛られたのは、愛し合う場所が浴場から寝室に移動してからだ。

 よくわからないが、マーズは縛られてからの方が、ずっと気持ちよくなるのが激しくなる気がする。

 ロウからは、こうやって拘束するのも強くなるためであり、縛られて身体を愛撫されることで、縛られないよりも、ずっと神経が研ぎ澄まされ、それが戦いの役にたつのだそうだ。

 そう言われると、確かに縛られてからはずっと肌が敏感になって、愛撫がびんびんと身体の芯に響くようになったような気もする。

 ロウによれば、こういう厳しい状態で耐久性を鍛えることによって、得るものが多いと微笑みながら言われた。

 確かにそうなのだろう。

 

「まだまだだな。それじゃあ、合格はやれない。もっと我慢するんだ」

 

「は、はい……」

 

 マーズは大きく息を吐きながら言った。

 それにしても、ロウはずごい。

 ロウからは、性愛も闘技の試合も同じだと教えてもらった。

 つまりは、身体を身体をぶつけ合い、神経を研ぎ澄ますという点では通じるものがあるのだそうだ。

 

 そういう意味では全くマーズは、ロウに歯が立たない。

 ロウに覆い被せられていたかと思うと、いつの間にか引きずられて、上からロウの腰の上に座らされていることに気がついたりする。

 そうかと思うと、ふたりで身体を起こして、ロウの太腿に座らされていたりだ。

 すべて結合した状態でである。

 

 本当に、もう何ノスすぎたのか……。

 いまや、あまりの疲労困憊で全身は痺れ切り、自分の身体なのにどうにもならない感じだ。

 ただ、押し流される。

 そんな感じだ。

 自分の身体であり、どうにもならない。

 

 こんなに追い詰められたことはない。

 確かに、これを耐えることができれば、生死のやり取りをする戦いでも持久力を向上することができると思う。

 

 そして、マーズはまたもや身体を震わせながら、緊縛されている裸体を弓なりにさせた。

 

「ははは、何度達してもいいけど、俺はまだ、口に出したのも合わせて二回しか出していないから、まだまだ終われないぞ」

 

「は、はい……。はあ、はあ、はあ……」

 

 そうなのだ。

 実のところ、ロウは一番最初にマーズに精を放って以来、ずっとマーズを抱いて性交するだけで、確かに一度も精を出してはいない。

 それは、本当に申し訳ないと思う。

 マーズは、自分が情けない。

 だが、もう苦しい。

 こんなにも自分の肉体を行使したこともなければ、ここまで追い詰められたこともない。

 マーズは絶頂したばかりの汗みどろの身体を抱き締められて、ともすれば、気が遠くなりかける自分を懸命に叱咤した。

 

 しかし、もう意識を保っていられない。

 身体を起こしていられず、ずるずると身体が脱力していくのを感じた。

 

「あれ? おいっ」

 

 すると、ロウが慌てたように声をかけてきた。

 しかし、マーズは身体を起こすことができない。

 もう、限界だ……。

 そして、ここまで限界を極めるまで身体を酷使できたということが、実に新鮮だった。

 

「……こりゃあ、参ったなあ。もう少し頑張れると思ったんだが、加減を間違ったか……。なあ、マーズ、マーズ?」

 

 ロウが慌てたように、マーズを抱え直す。

 でも、その声はどこか遠くから呼び掛けられているように感じる。

 だが、ロウはすぐそばにいて、マーズを抱き締めてくれてもいる。

 マーズはだんだんと気が遠くなるのを知覚しつつ、どうしようもない自分を残念に思った。

 

「……ほら、ご主人様ったら、ついつい、張り切りすぎるんですから……。じゃあ、ちょっとだけ、コゼがお相手しますね。マーズを苛めちゃだめですよ。まだ、最初なんですから……」

 

 そのときだった。

 いつの間に部屋に入ってきたのが、なぜか寝間着姿のコゼがそこにいて、寝台にあがってきていた。

 しかも、ロウに抱きついている。

 どういうことなのか理解できない。

 ただ、コゼがきたことで、ロウはマーズを離して寝台に横たえ、コゼを自分に呼び寄せた。

 

「どうしたんだ、コゼ?」

 

「たまたま様子を見にやってきたら、マーズが大変そうだったんで……。ねえ、マーズ、ちょっと交代してあげるわね……。とにかく、ご主人様って絶倫で容赦ないから、休み休みじゃないと、最後までお付き合いできないわよ……。じゃあ、ご主人様、ちょっとマーズが休憩のあいだは交代します。次はコゼを食べてください」

 

「本当にたまたまか……? まあいい。じゃあ、来い──」

 

 ロウはコゼを抱き寄せて、さっきまでマーズがやっていたのと同じように、お互いに向き合って座った体勢で、服の上からコゼを愛し始めた。

 

 遠くなる意識の中で、たちまちに、コゼがよがり声をあげはじめるのがわかった。






 *


【淫魔師の恩恵後のマーズのステータス】


 “マーズ
  人間族、女
   一級闘士
   冒険者(チャーリー)・ランク
  年齢:16歳
  ジョブ
   戦士(レベル50↑)
  生命力:150
  攻撃力:
   800→1200(素手)↑
   900→1800(大剣)↑
  経験人数
   男2
  淫乱レベル:B
  快感値:300(通常時)↓
  状 態
   一郎の性奴隷
   淫魔師の恩恵”


 *


【マーズ=サタルス】


 闘士にして戦士。人間族。出身はハロンドール王国だが、詳細は伝わっていない。生年はハロンドール暦***年(新暦前**年)、没年は新暦***年。ロウ=サタルス帝の最初の婚姻における妻のひとり。
 元は闘奴にして、冒険者時代のサタルス帝と出逢った十六歳のときには、すでに有名な闘士だった。
 だが、サタルス帝に見出され、奴隷解放されてサタルス帝に仕えるようになる。
 エリカ、コゼとともに、サタルス帝が従軍したすべての戦いに、サタルス帝の護衛として参戦したことで知られている。
 特に、サタルス帝の運命を決定することになった南域の内乱においては……。
 ……。
 ……。
 子に一男あり。



 ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


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273 女寄れば……。そして、出発

「ふう……」

 

 汗にまみれたマーズが庭から戻ってきた。

 

「あっ、エリカ様」

 

 マーズは、エリカを認めた途端に、がばりと身体を畳んで深くお辞儀をした。

 

「言ってるでしょう。そんなに畏まらないで。わたしたちを見てよ。そんなに行儀のいい関係じゃないのよ」

 

「そうはいきません。特に、エリカ様は一番奴隷様ですし」

 

 マーズが言った。

 習慣だという身体の鍛錬をしていたようだ。

 この筋肉娘は、本当によくやる。

 朝に鍛錬し、昼のほとんどの時間を武術の訓練に使い、こうやって夕方から夜になるまで、また鍛錬だ。

 まだ、ここに来て、たった二日目だが、ほとんど欠かしたことのない日課だそうだ。

 強くなることにかけては、本当に貪欲だ。

 昼食後の訓練のときには、エリカとシャングリアも、マーズと少し稽古をしたが本当に強い。

 それでいて、とても謙虚だ。

 特に、ロウに対して大変に傾心しており、あの茶番のようだったというぬるぬる試合で、自分の未熟さを実感したのだそうだ。

 

 本当に?

 ……とも思うが、とにかく、闘技に対して、とても真面目だ。

 感心してしまう。

 

 エリカたちは、先に夕食を終え、食卓から長椅子に移動して、寛いでいたところだった。

 いつもなら、ロウがいるが、今日はアネルザのところに行ってくると言って、朝から出掛けていった。

 マーズのことでグリムーン公爵とやらと悶着を起こしたことで、それの始末をしているのだ。

 また、その帰り……、多分夜になるのだろうが、王都中の女たちのところを全部周るとも言っていたので、帰りはいつになるかわからない。

 エリカの周りには、コゼ、シャングリア、イライジャがいる。

 

「あんたも、よくやるわねえ。そんなに身体を酷使したら、後で大変になるわよ。むしろ、余裕があるときは、身体を休めて体力を温存していたほうがいいわ。特に、夜の前はね」

 

 コゼがくすくすと笑って軽口を言った。

 いつも一緒にいるので、コゼの言葉に含んでいるものはわかる。

 コゼは、夜になれば、ロウに抱かれるのだから、あまり体力を酷使してしまうと大変だと口にしたのだ。

 

「大丈夫です、コゼ様。毎日、続けて身体を酷使しない方がいいことは知っています。三日に一回は軽めで済ませて、筋肉を休めるようにはしてます。まだ、あたしも成長期なのでそうした方がいいそうなのです。だけど、少しは身体を動かさないと、落ち着かないのです……。それに夕べは、あたしの不甲斐なさを実感しました。あたしには持久力が不足です」

 

 マーズが言った。

 どうやら、コゼの言葉を鍛錬の要領についてのことと受け取ったようだ。

 コゼも苦笑している。

 

「成長期ねえ……。でも、そんなに大きいじゃないの。まだ、大きくなりたいの?」

 

 コゼが笑ったまま首を竦めた。

 小柄なコゼに比べれば、大柄のマーズは背丈も倍とは言わないが、それに近いくらいある。肩幅も胸幅もコゼとは比較にはならない。

 しかし、まだ十六歳だそうだ。

 確かに、まだまだ成長するのかもしれない。

 

「あたしは、大きくなりたいのではなく、強くなりたいのです」

 

 マーズははっきりと言った。

 どうにも噛み合っていない会話に、エリカもなんとなく笑ってしまった。

 

「わかったわよ。とにかく、汗を流しておいでよ。昨日も行ったから、地階に浴室があるのを知っているでしょう。いつでも湯が沸いているから、一日中、使えるわ」

 

 コゼの言葉に、マーズは驚いたように目を丸くした。

 

「そ、そんな……。昨日も勧められましたが、あれはあたしなどの使うものではないと思います。そばに川があるので行ってきたいと思っています。それで布を借りたいと……」

 

 マーズは湯を使っていいと言われて、驚いたようだ。

 そういえば、ロウがこの屋敷を手に入れてから、毎日のように浴槽を使うのが習慣になっているが、自分の屋敷に浴室を作るなど、貴族階級のすることだ。

 この屋敷では、屋敷妖精のシルキーがいるので手間いらずだが、本当はたくさんの労夫がいなければ維持できないし、湯を沸かすために魔力を常続的に提供できる魔道師も必要になる。簡単なことじゃないのだ。

 大貴族だって、そんなには入らない。

 それなのに、ロウは毎日どころか、日に数回も入ることがある。

 エリカも、ロウの浴槽好きには、最初はびっくりしたものだった。

 いまでは、当たり前になってしまったが……。

 

 まあ、もっとも、そのロウもいまや貴族だ。

 爵位は子爵だが、すでに上級貴族扱いの待遇も受けている。

 屋敷に浴槽くらい持っていても、おかしくはない身分になった。

 たった二年足らずでここまでなったかと思うと、ロウには改めて感嘆してしまう。

 

「マーズ様、布です……。でも、浴室には別の布も着替えも準備しておきました。ご自由にお使いください。なにか不足のものがあれば、宙に向かって声に出していただければ、すぐに対応します。それと、汗を流されたら、夕食が食べられるように準備しておきますから」

 

 屋敷妖精のシルキーが出現して、マーズに布を差し出した。

 

「うわっ──。あ、ありがとうございます、シルキー様」

 

 いきなり現れた屋敷妖精に面食らったようであり、マーズが声をあげた。

 マーズが昨日、この屋敷にやって来て、なによりも驚いたようなのは、屋敷妖精の存在だ。マーズはそんなものがこの世に存在することも知らなかったらしく、とにかく、魔道が遣い放題の召使など、想像を越える存在だったようだ。

 

 それにしても、王都でも有名な闘奴なので、マーズには、もっと尊大な部分もあるのかと思ったが、礼儀正しく、むしろ、誰に対してもへりくだっている。

 訊ねると、そんな高慢な鼻は、ロウとの試合でへし折られたのだそうだ。

 本当にわからない女だ。

 

「どうか、シルキーと呼び捨てにしてください、マーズ様」

 

 すると、シルキーがにっこりと笑った。

 

「とんでもない。あなたのような、魔道遣いを呼び捨てなど……」

 

 マーズは当惑したように首を横に振り、とりあえず布を受け取った。

 その場で身体の汗を拭き始める。

 

「そうよ、マーズ。それに、そろそろ、わたしたちのことも、呼び捨てにしてよ。さもないと、いつまで経っても、仲間になれないわ」

 

 エリカも声をかけた。

 

「で、でも……」

 

 マーズは恐縮している。

 

「そうだな。そうしてくれ。ロウが新しい仲間として連れてきたのだから、わたしたちは対等な仲間だ。だから、昨夜も一緒に湯船に浸かったのだぞ。わたしのこともシャングリアと呼び捨てにするがいい。みんなでロウを守っていこう」

 

「ま、まさか──。そんなことはできません、貴族様」

 

 マーズがさらに顔色を変えた。

 その様子に、エリカもなんだか笑ってしまう。

 

「はあ……。そういえば、あんたも貴族だったわね……。そんな素振りもないから、すっかりと忘れていたわ」

 

 コゼだ。

 

「忘れて結構だ。わたしはロウの性奴隷だ。その立場に満足しているし、そう扱って欲しい。ロウの女ということで、みんな対等だ。お前もそうだぞ、マーズ」

 

 シャングリアがきっぱりと言った。

 すると、ずっと黙っていたイライジャが横で吹き出した。

 

「本当に……。あんたたちはみんな気さくねえ……。実のところ、あたしだって、まだ慣れないわ。あんたたちはともかく、王妃様や王女様、神殿長様……。国王陛下の寵姫たち、あの有名な冒険者副ギルド長……。本当に仲良し。それに、屋敷妖精に、王都一の女闘奴まで……。もう驚かないわ」

 

 そして、イライジャは言った。

 

「……もっと驚くわよ、イライジャ。まだまだいるんだから……。ご主人様を慕う女豪商……。タリオ公国の間者、それもご主人様の女よ」

 

 コゼが言った。

 マアやビビアンのことだろう。

 彼女たちは、タリオ公国側に属する者たちで、一時的というかたちで離れているが、れっきとしたロウの女だ。

 

「ほかにもいるぞ。姫様の侍女たち全員、冒険者ギルドの職員のラン……。彼女たちも、ロウが手をつけて、ロウの女になった。そして、一度女にした者をロウは本当に大切にしてくれる」

 

 シャングリアが口を挟んだ。

 イライジャは、ただただ目を丸くしている。

 

「とにかく、汗を流してきなさいよ、マーズ。身体をきれいにしておくのも、わたしたちの務めよ。そのうち、ロウ様も戻ると思うわ。そのときに、ご指名になったら、お相手をすることになるから」

 

 エリカは言った。

 

「えっ? でも、ロウって、王都出立前の挨拶ということで、またまた、夜のあいだに、ほかの女のところを回るんでしょう?」

 

 イライジャが首を傾げた。

 

「ご主人様のことをわかってないわね、イライジャ。昼間は王妃様のところで公爵のことで話し合いをして、多分そのあいだに王妃様を抱き、その後で夜になって、女たちのところを回って相手をし、そして、戻って来たら戻ったで、あたしたちのことを愛してくれるのよ。それがご主人様よ……。まあ、でも、今夜は大丈夫よ、マーズ。あたしが対応しておくから。あんたは、昨日も相手をしたんだから、今日はゆっくりとするといいわ」

 

 コゼが言った。

 

「そんなこと言って、またロウのことを独占しようとしているな。そうはいかんぞ」

 

 シャングリアが横から声をかけた。

 

「と、とにかく、湯に行ってきます……」

 

 マーズが慌てたように部屋から出ていった。

 お呼びがあるかもという言葉で、急にいそいそとした態度になった。その様子は、まだまだ健気にも見える。

 そして、マーズは部屋から出ていきかけて、思い出したように振り返った。

 

「そうだ、コゼ様。夕べは助けてもらってありがとうございました。お礼をいう機会がなくて、いまの時間になってしまいましたが助かりました。でも、本当にコゼ様は凄いのですね」

 

「コゼよ。呼び捨て」

 

 コゼが笑った。

 

「うーん、でも、コゼ様……。そう呼ばせてください」

 

 マーズはぺこりと頭を下げて出ていく。

 エリカは呆気にとられた。

 だが、すぐにはっとした。

 夕べは、マーズがやって来た最初の夜ということで、エリカたちは、ロウとマーズをふたりきりにさせたのだ。

 せめてもの歓迎の気持ちだったが、どうやら、この女はまたもや、抜け駆けして割り込んだようだ。

 

「あ、あんたは、せっかくのマーズの最初の夜に──」

 

 エリカはコゼを睨んだ。

 

「な、なによ。あの娘も感謝してるじゃないのよ。大変な状況だったのよ。そもそも、まだまだ、あのご主人様をひとりで相手させるなんて無理よ。そっちの方が可哀想よ」

 

 コゼが言い返した。

 そう言われると、黙るしかない。

 確かに、いまの感じだと大変だったようだし……。

 

「なに? だったら、ロウの相手はいつも二人かがり?」

 

 イライジャが横から茶化すように言った。

 

「いや、大抵は三人かがりだな。ロウはなかなか満足しなくて大変なんだ。確かに、ひとりというのは、わたしも怖いかな」

 

 シャングリアが笑った。

 イライジャは今度こそびっくりしている。

 

「ええっ、いつも、そんなことになってんの? ちっとも知らなかった。でも、あたしが夜の相手をしたときが、二日ほどあったけど、そのときは一対一だったわよ」

 

「なに言ってんのよ、イライジャ。それは、ご主人様があんたにまだ、気を使ってるのよ。あんたと終わった後で、必ずあたしたちのところに来てるわ。知らなかったの? だから、まだ、事実上、あんたの当番の日はまだ来てないわよ。ご主人様が朝まで過ごす日が本当の当番よ」

 

 コゼが呆れたように言った。

 イライジャは驚いている。

 そして、すぐに、ちょっと大袈裟な仕草で肩を竦めた。

 

「はっ、どおりで女がたくさんいても喧嘩にならないわけね。あたしは、ロウは好きだけど、三日に一度、いえ、十日に一度でいいわ。あんな抱き方を毎晩されたら、本当に死んでしまうわよ。だけど、本当に伝説のクロノスと同じね。決して、ひとり寝はしないのね」

 

「確かに、ひとり寝をしないクロノスだな……。まあ、それでも、今日は十分に発散して戻るのだろうから、比較的すぐに解放してくれるのかもな」

 

 シャングリアが笑った。

 今日はいよいよ出発前の最後の夜ということになった。

 だから、ロウは今日も王都に赴き、王都に住んでいる女たちのところをひと通り回っている。

 グリムーン公のことで話し合うことがあると言っていたので、午前中に、まずは“ほっとらいん”でアネルザのところに行ったが、そのまま宮廷で、アネルザ、イザベラ、シャーラ、バージニア、侍女軍団、サキ、さらに、ふたりの淫魔……、そして、冒険者ギルドでミランダとラン……。神殿か小屋敷を周り、ベルズ、ウルズ、最後に、第二神殿のスクルズのところに行って、スクルズに加えて、アンとノヴァにも挨拶するとも言っていた。ミウは多分、帰りに連れてくるのだろう。

 夕食は済ませておけと指示されたが、あまり遅くなるつもりはないと思う。

 女たちとの時間は、その気になれば、ロウは亜空間という武器があるので、そこで何日分もの長さを一瞬で過ごすことができる。

 

 考えてみれば、驚くのは当たり前なのかもしれない。

 エリカもロウ以外の男の人を知っているわけじゃないが、普通はそんなに相手にできないというのは、なんとなくわかる。

 

「だったら、あたしがひとりでお相手するわよ。なによ、そんな嫌なことみたいに」

 

 すると、コゼが憤慨した口調で言った。

 

「嫌なこととは言ってないわよ。ロウはすごいって、話よ」

 

 イライジャが笑って応じる。

 

「そうよ。ご主人様はすごいのよ。当たり前でしょう──」

 

 今度は、コゼが一転して自慢気に言った。

 別にコゼがすごいわけじゃないと、横槍を入れたくなったが、とりあえず自重した。

 

 それから、なんとなく、みんなで艶話となった。

 ロウとの「ぷれい」でなにが一番すごかったかという話題になったのだ。

 

 イライジャは、シャングリアが「鞭打ち」のときの思い出を赤裸々に語って驚愕していた。

 ロウがそんな乱暴なことをするとは思っていなかったようだ。

 だが、シャングリアがうっとりとして、まるで美しい思い出のような言い方で、全身を傷だらけにされて、その傷を抱き締めて癒されたときのことを語ると、ずっとそのあいだ、絶句したようになっていた。

 

「あたしはお尻の調教かな……。ご主人様って、ああいうときはすごいものね……。開発の調教のときは、毎晩どころか何日もずっと付きっ切りで淫具や媚薬や、それからご主人様のお道具で責めるのよね。あれが一番の思い出」

 

 コゼも言った。

 イライジャは真っ赤な顔になった。

 

 エリカは木馬責めのことと、糸吊りで放置されたことを言った。

 もっとも、あのときのエリカは、ほかの者の操り術に支配されていて、頭がおかしくなっていた。

 いまにして思うと、痛いのはいまでも嫌なのだが、正気のときにもう一度、あれくらいのぎりぎりの責めをしてもらいたいという感情はある。

 あれは、ロウの激しさと優しさを思い知った記憶である。

 

 そして、さらに、三人で競い合うようにしばらく、ロウの責めのことを語った。

 

 野外プレイや浣腸、放尿……。

 そういうものだって、ロウの「ぷれい」になる。

 浣腸されて、お尻をロウの指で洗われるのだというと、さすがにイライジャも「信じられない」と口にした。

 そして、嫌じゃないのかと問われたので、「嫌だが、嫌じゃないと」と応じた。ますます、イライジャは目を丸くした。

 

 ほかにも、シャングリアが掻痒剤を塗って王都を歩かされたときのこと……。

 エリカがピアスの穴を開けられたときのこと……。

 コゼは何度も失神しても繰り返された筆責めのことなどを話した。

 

 さすがにそのあいだは、イライジャは口を挟めないようになっていた。

 だが、時折、色っぽく溜息をついたり、急に内腿を擦り合わせるような動作をしていたから、聞いているうちにイライジャも、ちょっと淫情したようになったのかもしれない……。

 

「……ところで、そろそろ、教えてよ、エリカ。ロウって、何者なの?」

 

 話がひと息ついた感じになったところで、急に改まった感じになって、イライジャがエリカに視線を向けた。

 

「な、なにって……」

 

「あたしは馬鹿じゃないのよ、エリカ。もう、ロウがただの絶倫というだけじゃあ、説明がつかないということはわかるのよ。そもそも、エルフの里で出逢ったときには、なんの魔道も遣えなかったロウが、さまざまな魔道を駆使するようになっている。女の数についても異常。まるで化物……」

 

「異常で化物って……」

 

「化物でしょう──。あり得ない……。そして、女を一日中相手にして、それでもずっと女を悦ばすことができる……。そして、この王都でも、才能や実力、あるいは、地位のある女という女が、揃いも揃ってロウに集まり、それでいて、誰も喧嘩をしない……。こういうことって、あり得ることじゃないわ……。エリカ、もう白状しなさい。ロウは何者なの──?」

 

 イライジャはなにかを確信しているようだ。

 エリカはどうしたものかと困って、コゼとシャングリアにすっと視線を向けた。

 ロウが淫魔師というのは、簡単に教えていい内容ではないからだ。

 いまのロウの女の中でも、それを知っている者と知らない者がいる。

 ロウは全員には教えていない気配だし……。

 

 淫魔師は女を虜にして、その身体と精神を操る。

 伝承ではそうなっている。

 だが、それはほとんど禁忌の存在だ。

 誰も、本当は自分が操られているかもしれないと言われれば、気持ちのいいものじゃない。

 ロウがエリカたちの心を操っているとは思わないが、それすらもロウの術なのかもしれないのだ。

 まあ、いまさら、エリカとしてはどうでもいいことだが……。

 しかし、頭のいいイライジャがそれについて、どう反応するかわからない。

 もっとも、夕べは、マーズにもあっさりと教えたらしいので、ロウは積極的に語るつもりがないだけで、女には隠すつもりはないのかもしれないが……。

 

 だが、その眼の動きにイライジャは気がついたようだ。

 突然に、エリカのすぐ隣に移動して来て、ぐっと抱き寄せてきた。

 しかも、いきなり内腿と胸に手を這わせるようにしてきた。

 ぞわぞわという感覚が襲う。

 

「……ほかの人はいいのよ……。あたしを見なさい、エリカ……。あたしとあんたの仲でしょ……。さあ、教えなさいよ……」

 

 そして、耳元でささやいてきた。

 しかも、舌を耳に入れてきた。

 そこは、エリカの弱点だ。

 たちまちに全身の力が抜ける。

 

「ひっ、や、やめて──」

 

 エリカはイライジャを振りほどいて逃げようと思ったが、なぜか動けない。

 幼い頃から、エリカはイライジャには逆らえないのだ。そういう心が染みついてしまっているのだ。

 

「やめなさいよ──。ご主人様はご主人様よ──。どうだっていいでしょう──」

 

 そのとき、コゼがあいだに割り込んで、イライジャとエリカを引き離した。

 エリカはほっとした。

 

「どうだっていいとは、あたしも思うわ。だったら、教えてくれたっていいでしょう。ロウがただ者でないことはわかるのよ。でも、内緒にされると、気持ちのいいものじゃないわ」

 

 イライジャがコゼを見た。

 だが、その表情には怒ったような感じはない。むしろ、なにかを愉しんでいる気配だ。

 こういうイライジャも昔からのものだ。イライジャは、時々、なにを考えているかわからないところがある。相手に自分の考えを読ませずに翻弄するような物言いをし、いつの間にか自分の思うようにしてしまう。

 それがイライジャという女だ。

 

「あんたが気持ちよかろうと、そうでなかろうと、知ったことではないわね」

 

 コゼがはっきりと言った。

 イライジャが大袈裟に首を竦める。

 

「……じゃあ、別の言い方をしようかしら……。実を言うとね、ロウに抱かれるようになって数日なんだけど、このところ、信じられないくらいに頭が冴える気がするのよ。口も回る。まるで、魔道にでもかけられたようにね。昼間、マーズも言っていたけど、ロウに抱かれた後の今日は、闘技が一段も二段も向上したと口にしていたわね……」

 

 「淫魔師の恩恵」のことだと思った。

 ロウが自分の女として認めた者は、なにかしらの恩恵として、なにかの新しい能力が生まれるか、あるいは、それまでに持っていた能力が飛躍的に向上したりする。

 エリカ自身も、魔道力が格段にあがっているし、剣技の実力も抜群にあがった。

 あのスクルズも、王国随一の魔道遣いの評判は、ロウの女になってからだ。

 ただの料理屋の給女だったランは、いまや、難しい書類を扱う業務処理能力に長けるミランダの片腕だ。

 ほかにも、そんなのは、枚挙にいとまが無い。

 イライジャが気がつかないわけがない。

 

「王都で話したロウの女たちも、大なり小なり、同じようなことを言っていた……。それも、ロウの秘密なんでしょう? 女の能力を向上させる力を持つの?」

 

 やはり、本当にたった数日なのに、よく情報を集めている。

 エリカも感嘆した。 

 

「……ともかく、イライジャ、ロウ様のことについては、ロウ様に訊ねてくれない? わたしたちとしては、それしか言えないわ」

 

 エリカはきっぱりと言った。

 

「そうよ──。ご主人様に訊ねるのね。あんたが真に信用に足る女だと判断すれば、教えてくれるわよ」

 

「あたしが信用ならないっていうの?」

 

 イライジャがコゼを睨みつけた。

 

「ご主人様の女になって、たった数日じゃないのよ」

 

「まあいいわ。ロウに直接訊ねろと言うんなら、そうするかな……。それはともかく、コゼ、あんた、これから、あたしと寝なさい」

 

 突然にイライジャが言った。

 エリカはびっくりした。

 コゼも、その横のシャングリアも驚いている。

 

「あ、あたし──? な、なんでよ?」

 

「いいじゃないのよ……。あんたが可愛いからよ。ロウのことをそんなに慕って、むきになって……。とても、真剣に想っていて……。改めて、あなたってすごいなあと思ってね。ロウとの付き合い方について、色々と教えて欲しいわ……。まあ、先輩としてご教授して欲しいということよ」

 

「ご教授?」

 

 コゼは、目を白黒させている。

 

「ええ……。そもそも、あたしたちって、少なくともしばらくは旅の仲間になるんだし、もっと打ち解け合うべきと思うのよ……。それなのに、あたしたちって、どうも馬が合わないというか……。ロウにももっと仲良くしろと言われたじゃない……。だからよ……。それこそ、ロウのためよ……。もっと知り合いましょうよ」

 

 イライジャが急にコゼに媚びを売るような物言いをした。

 エリカは嘆息した。

 これは、イライジャが標的としてコゼを選んだようだ。

 イライジャの百合の技は、ロウに匹敵するくらいのただ者じゃないことはエリカが一番よく知っている。

 淫乱体質ではないのだが、ひとたび、そういう状況になったら、人が変わったように、縄を使った百合の技で責めたてるのだ。

 少女時代は、エリカとシズは揃って、そのイライジャの百合の技で、心の底から躾けられてしまったのを覚えている。

 おそらく、イライジャはコゼをこの際、性の技で圧倒して、なにかしらの情報を取り出すつもりだろう。

 あの目付きは間違いない……。

 

「仲良くって……」

 

 コゼが訝しむ表情になった。

 イライジャが百合の癖のあることは、コゼも知っている。

 嫌な予感がしているのだろう。

 まあ、女同士についても、ロウの命令でやったりするし、いまや仲間内では当たり前のようになっているので、コゼも大きな嫌悪感はないと思うが……。

 

「なにもしないわよ。ただ、話を聞きたいだけ。ロウについて話しましょうよ。そうすれば、あたしも、初めてエルフの里で会ったときのロウのことを教えるわ。そりゃあもう、素敵だったんだから……。あなたの知らないロウのことを教えるわ……」

 

 イライジャはすっかりと口説きの口調だ。

 ロウのことを教えるといっても、そんなに長い付き合いじゃないし、数日のことでしかない。おそらく、あれは、コゼを寝室に誘うためのはったりだ。

 

「ご主人様の昔の話?」

 

 すると、一転して、コゼが満更でもない顔になった。

 

「そうよう……。とても格好よかったロウのお話……。知りたくない……? ねえ、行きましょうよ。さあ……。それに、あたしたちが仲良くするのは、ロウの命令なのよ……。ほら、おいでよ……」

 

 イライジャがコゼの手を掴んだ。

 コゼは戸惑いながらも、振りほどくことなく、そのまま部屋を一緒に出ていく。

 だが、イライジャは部屋から出る寸前に、エリカに向かって、こっそりと意味ありげに片眼をつぶった。

 エリカは戸惑った。

 

「いいのか、エリカ。ふたりとも、行ってしまったぞ。あれは、コゼを色責めで、訊問するつもりではないか?」

 

 コゼとイライジャが部屋から出ていくと、シャングリアが言った。

 エリカと同じ予感をシャングリアもしたらしい。

 でも、問題ないだろう。

 イライジャの言うとおりに、イライジャもまた、仲間になったのだ。

 この前は、サキが妖魔であることも受け入れたし、ロウについてのどんな事実を知っても、受け入れはすると思う。

 

「いいんじゃない。コゼが無理矢理、イライジャに寝室でいろいろと白状させられたとしても……。コゼにはいい薬よ」

 

 エリカは言った。

 本音を言うと、コゼがイライジャにどんな目に遭わされるのか、ちょっと楽しみでもあるのだ。

 すると、シャングリアもくすりと笑った。

 

 あとで、こっそりと覗きに行こうかな……。

 ロウにも教えれば、興味を抱きそうな気もするし……。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一郎たちの前に、見送りの女たちがずらりと勢揃いしている。

 

「ロウ、気をつけてな」

「ロウ、帰還を待っておるぞ」

「ロウ様……」

「ロウ様」

 

 正王妃アネルザ──。

 王都冒険者ギルド長にして、王太女イザベラ──。

 その護衛長シャーラ──。

 女官長ヴァージニア──。

 侍女全員ではさすがに、来れなかったみたいだ。イザベラとしても、数人に許可すると収拾がつかなくなるので、女官長だけ連れてきたのだろう。

 だが、ヴァージニアも改めて見ると、とても綺麗になった。外観も少女のように若々しくなっているし、なによりも、とても色香がある。

 ヴァージニアに限らず、イザベラの侍女たちは、いまや王宮で、仕事のできる美女軍団という評価を受けており、以前はイザベラ付き侍女など、キシダイン時代には成り手のなかった日陰者集団が、急に王宮の中心として注目を帯びるようになり、なかなかに大変らしい。

 

「じゃあ、よろしくね」

「ロウ様」

 

 冒険者副ギルド長で、事実上のギルド長であるドワフ女のミランダ──。

 そして、その片腕と称していいほどに、業務処理に開眼したラン……。

 

「うう……、ロウ様、ご無事で」

「待っておるな」

「ぱぱ、はやく、かえってきてねえ」

 

 王都三神殿のひとつにして、史上最年少で第三神殿の神殿長となったスクルズ──。

 第二神殿の筆頭巫女ベルズ──。

 いまは、第二神殿の預かりとなっていて、幼児返りして、もう一度大人への階段をゆっくりと歩んでいる最中のウルズ──。

 

「ご主人様……」

「ロウ様……」

 

 第三神殿の預かりとなっている王女アンとその侍女ノヴァ──。

 

「屋敷のことはお任せください」

 

 そして、屋敷妖精のシルキーだ。

 

 それに対して、一緒に出立するのは、一郎のほかに、エリカ、コゼ、女騎士シャングリアの三人娘に加えて、今回の依頼人のような立場のイライジャ、そして、急きょパーティに加わることになった奴隷解放されたばかりの元女闘奴のマーズと小さな魔道遣いのミウである。

 

「な、なんであたしらまで……」

「イライジャがしつこいのよ。お願いよ、ゼノビア……」

 

 ゼノビアとシズもいる。

 このふたりの立場は微妙だが、しっかりと淫魔術を刻んでやっているので、一郎から離れられない立場ということには変わりない。

 

 それにしても、いつも思うのだが、こうやって女たちが揃うと圧巻である。

 この中でミウだけは、一郎との身体の関係はないが、なんとなく予約中ということになっている。

 

 ここに集まった者たちだけで二十人──。

 ここに並んでないサキやクグルスたち魔族関係、侍女たち、タリオに戻ったマアとビビアンを含めると、三十五人だ。

 よくも、こんなにもなってしまったものだ。

 改めて考えると、これでいいのかと怖くなる。

 

 また、共通するのは、誰も彼もスカートの丈が短いことだ。

 一郎がこの王都にやって来た頃は、女のスカートといえば、大抵は脛まで隠れていて膝よりも上に裾のあるスカートなどあり得なかった。

 だが、一郎の女になった者たちが、一郎が好むので、こぞって短いスカートをはくようになり、王都の有名な美女たちが短いスカートを揃って身につけるようになったことで、いつのまにか、王都中の流行のようになってしまっている。

 ある意味、一郎の存在がこの王都の歴史を変えたということになるのだろうか。

 

 一郎は順番に口づけを交わしていくことにした。

 

「なんか大袈裟ですねえ……。行って帰って三箇月ほどの旅ですよ」

 

 一郎は笑いながら、まずは、イザベラに寄っていく。

 一応は、この女たちの中でもっとも身分が高いことになるので、気を遣ったということもあるが、たまたま、一郎に近い側に立っていたという理由だけでもある。

 

「みんなお前の女だ。三箇月どころか、一箇月だって狂おしいほどに離れ難いのだ。女はいくら増えてもよいが、必ず無事に戻って来い……。それと、王都のことは任せておけ。三箇月あればそれなりに整理しておく」

 

 横から茶化すように口を挟んだのはアネルザだ。

 王都のことというのは、一郎が始めさせてしまったグリムーン公爵との政争のことだ。

 思い切り挑戦状を叩きつけた感じになったが、早くももうひとりの公爵のランカスター公爵を巻き込んで、動き出している気配がある。

 こんなときに、王都を離れるのは申し訳ないと思うのだが、アネルザはむしろ都合がいいと言う。

 一郎は笑顔を苦笑に変化させ、イザベラの腰を抱いて、ぐっと強く引き寄せる。

 

「うっ……。ロ、ロウ……」

 

 抱き締める力が予想外に強かったのか、あるいはみんなの前で抱き締められたのが恥ずかしかったのか、イザベラが当惑したように小さな声を出した。

 だが、すぐに吹っ切れたように、一郎の背中に両手を回して抱きついてきた。

 

「き、気をつけよ……」

 

「姫様も……。困ったことがあれば、皆に遠慮なく相談してください。全員、一心同体の仲間ですよ」

 

 一郎はイザベラと唇を重ねて舌を差し込みながら、すかさず口の中の感覚をクリトリスに直結させた。

 一時的にだが、口の中をクリトリス並みの敏感な場所にしてやったのだ。

 それだけでなく、一気に身体の感度を十倍以上に引きあげてやる。

 

「んふうっ」

 

 口の中を舌で舐めてやると、あっという間にイザベラが悶絶して腰を砕かせた。

 

「そ、そなたは──」

 

 その場で尻もちをついてしまったイザベラが真っ赤な顔で一郎を下から見あげた。

 あまりにも瞬間的に達してしまったイザベラは、腰が抜けてしまって、すぐには立てないようだ。

 

「イザベラ?」

 

 横でアネルザが驚いている。

 

「そんなに感極まってくれたんですか。嬉しいですねえ、姫様」

 

 一郎はうそぶき、次にアネルザを抱き寄せる。

 

「んあああっ」

 

 同じようにアネルザも口を蹂躙して絶頂させた。

 やっぱり、アネルザも崩れ落ちた。

 

「あっ、ロ、ロウ様、わ、わたしは護衛ですので……」

 

 すでに尻込みしているシャーラの手首を掴み、強引に口づけする。

 同じやり方でやっぱり昇天させる。

 

「あ、あのう……」

 

 真っ赤になって狼狽えるヴァージニアを捕まえて、同じ目に逢わせる。

 

 それからは、もうお約束だ。

 完全に逃げ腰のミランダの足の裏を粘着油で拘束し、捕まえて口づけをする。さすがなのは、女たちの中で唯一腰を抜かさなかったことだ。

 逆に、ランは完全に腰を抜かしてしまった。

 

 巫女組については、スクルズは大人しく受け入れ、「ほおっ」と気の抜けたような顔になってうずくまった。

 ベルズは諦めモードで、彼女もまた、素直に一郎の舌を受け入れた。

 大きな幼児のウルズは、口づけの疑似セックスでだらしなく股を開いて座り込んでしまった。

 

 アンとノヴァはそれぞれに絶頂した快感で、もうひとりも達してしまうので、二度いきし、ふたりとも、やっぱり、その場で腰を抜かしたようになった。

 

「……ところで、先日の指輪……使ってますか……?」

 

 ふたりから離れるとき、ふたりに耳打ちした。

 指輪というのは『ふたなりの指輪』だ。

 指輪を嵌めると、どちらでも男根が生えてきて、相手に三度精を放たないと元に戻らないという、一郎特製の淫具だ。

 

「あ、あれは……」

 

 ノヴァが真っ赤になる。

 嫌そうな感じじゃない。

 なにかを思い出して恥ずかしくなったように見える。

 

「……あ、ありがとうございました。大切に使ってます……」

 

 アンもなぜかお礼を言った。

 その顔はこれ以上ないというくらいに真っ赤である。

 どうやら、密かに愉しんでくれているようだ。

 

「あ、あたしらはいい──」

「そ、そうですよ。いいです──」

 

 このときには、ゼノビアもシズもなにをされるのかわかっていて、完全に逃亡モードになっていたが、逃げることは一郎の淫魔術が許さない。

 ふたりの口もクリトリスに繋いで、悶絶するまで、たっぷりと舐めあげてやった。

 

「ひっ、ひいいっ」

「んふううっ」

 

 それぞれに崩れ落ちた。

 

 最後は屋敷妖精のシルキーだ。

 

「わたくしめもですか?」

 

 シルキーがにこにこにしながら一郎に顔を差し出す仕草をする。

 

「家を頼むよ」

 

 一郎はそれだけを言い、口づけをする。

 なかなかしぶとかったから、意地になって責め立てたら、やっとその場で腰を抜かさせることに成功した。

 

「……相変わらず、呆れるわね」

 

 馬車に戻ると、イライジャが苦笑して言った。

 一郎が乗り込むと、イライジャに続き、シャングリア、エリカ、マーズが乗り込んで来た。

 

「ロウ様、よろしくお願いします。皆様もよろしくお願いします」

 

 最後にミウが乗り込んで、丁寧に頭をさげた。

 全員が気さくに、ミウに声をかける。

 

「全員だな」

 

 一郎は腰を完全におろした。

 馬車は座席があるようなものではなく、本来は荷を積むような荷駄馬車に幌を被せた「幌馬車」だ。

 ただ、大量のクッションを運び込んで詰め込んである。

 人数が多いので、必要な荷物を積みやすいというのと、野宿のときに横になって寝れるようにだ。

 もちろん、移動しながらセックスもできる。

 

「じゃあ、出発します」

 

 馭者台からコゼの元気な声がした。

 最初の馭者役はコゼが務めるらしい。

 

 ……というよりは、昨日からコゼはイライジャからできるだけ距離を置くように逃げ回っている気配だ。

 今日も率先して馭者をすると言って離れていった。

 一郎は帰りが遅かったので見逃したが、イライジャの百合責めの洗礼を受けて、それからずっと逃げ回る状態が続いているらしい。

 余程に参ってしまったのだろう。

 

「では、行ってくるな──」

 

 一郎は馬車の後ろ側から顔を出して手を振る。

 王都に残る女たちが一斉に手を振り返した。

 

 

 

 やっと出発だ。



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【2章 旅の途中】
274 【独白】 あたしの神様(クロノス)


 “こ、この人は死んだんですか……。”

 

 

 

 “ああ、死んだ。あんたはミウというんだな……。”

 

 

 

 ……

 ……

 ……

 

 

 それが、あたしが、あの人と初めて交わした言葉でした。

 あの悪魔をあっさりと倒したあと、あの人は気さくな口調であたしに声をかけてくれました。

 神様だと思いました。

 

 誰にも倒せなかったあの悪魔……。

 お父さんを笑いながら殺し……。

 お母さんを犯して殺し……。

 あたしを殴りながら犯した悪魔……。

 

 あいつが憎くてたまりませんでした。

 でも、怖くて怖くて逆らえませんでした。

 ちょっとでも命令に背けば、容赦なく指の骨を折って折檻されました。

 いいえ、逆らわなくても、あたしが泣いた罰だと言って指を折り、あたしを犯しながら、下品な言葉とともに笑いながら、また指を折ったりもされました……。

 逃げようと思っても、逃げられず、あたしはあいつに犯されるために、荷物を担がされて付いていきました。

 

 その男を憎く思ったのは、あたしだけじゃありません。

 あいつは、行く先々で残酷なことをして、ただの愉しみのために、人殺しを繰り返しました。

 ハロンドールの王都に辿り着くまでのあいだ、あたしはそいつが数限りなく、人殺しをして、愉しそうに笑うのに接しました。

 だけど、誰もあいつに刃向かうことはできませんでした。

 誰がやっても、どんなに大勢でかかっても、あいつは傷ひとつつきません。

 そして、あいつに逆らった者は……いえ、逆らわなくても、あいつが殺そうと思った者は、ひとり残らず残酷に殺されました。

 あたしは、それを全部、目の前で見聞きしました。

 

 最近では少なくなりましたが、あいつが死んでからも、夜眠ると、あいつが人殺しをしながら笑う声が聞こえてくるときがあります。

 そんなときには、飛び起きるのですが、いつも汗びっしょりになっていて、がたがたと震えてしまっていました。

 わけもわからずに、泣きたくなることも度々ありました。

 お父さんとお母さんが生きていた頃は、あたしはとてもおしゃべりでよく笑う子だと言われていたものでした。

 でも、あたしが笑うようになったのは、ほんの最近のことのような気がします。

 随分と笑ったことがなかったので、そのやり方さえも忘れていたほどです。

 

 とにかく、あいつがあたしを殺さなかったのは、あたしを犯すためでした。

 あいつは、あたしのような子供が好きで、人を殺したあとは、決まって血がたぎるのだと言って、必ずあたしを犯したのです。

 だから、あたしはあいつに殺されずに、連れまわされることになったのです。

 何度も何度も、あたしは、あいつの性器を股に入れられて精を放たれました。

 とても痛かったです。

 股が裂けて血も出ました。

 それでも、あいつはあたしを何度も犯しました。

 あたしが痛いと泣き叫んでも、お構いなしです。

 口にも射精されました。

 何度かは、お尻まで犯されました。

 

 そして、なによりも許せなかったのは、あんな悪魔に犯されることに、だんだんと快感を覚えるようになっていたことです。

 情を覚えるようになっていたことです。

 そのときの感情を思い出すと、あの悪魔以上に、あたし自身のことを許せないという気持ちになります。

 

 実際、あの悪魔にも、少しだけ優しいところもあったのです。

 犯されるときに逆らわなければ、ほんの少しだけど、いたわるような声をかけてくれることもあります。

 滅多にないことですが、あの悪魔は時折優しい言葉をかけてくれたときには、胸が痛いくらいにきゅんとなったこともあった気がします。

 

 あんな悪魔を……。

 ……とは思うのだが、あんな悪魔だって、あれだけ犯され続ければ、だんだんとその行為の中に気持ちよさを見つけるようになっていきます。

 拷問のような苦しみを通じて与えられる優しさも、優しさは優しさなのです。

 

 どうせ逆らえないのだし、だったら、できるだけ素直にした方が……。

 そう考えるようにもなっていたと思います。

 いまでは、そんな考えは、ぞっとするのですが、あの男を好きにならなければならない……。

 そう自分に言い聞かせるようになっていました。

 

 お父さんを殺し……。

 お母さんを犯して殺した悪魔の優しさを嬉しがるなど、身の毛もよだつほどの苦痛でしたし、なによりも、そんな風に考えるあたし自身を憎悪しました。

 

 憎い……。

 憎い……。

 あの悪魔が憎い……。

 あたし自身が憎い……。

 だが、犯されるのは悪くない……?

 あたしはそう考える自分を心の底から憎みました。

 憎みながらも、そいつを好きになろうとしているあたしもいました。

 あたしは苦しみ続けました。

 

 とにかく、王都にやって来ても、あいつは傍若無人に暴れ続けました。

 神殿で暴れ、冒険者ギルドの前で暴れ……。

 第三神殿で多くのは神殿兵が殺され、冒険者ギルド前では、冒険者の方々と、果てには王軍の兵までやって来たのに、あいつは笑いながら、相手を殺すのです。

 どんな武器でも、縄でも、網でも、魔道でも無駄でした。

 全部、あいつの身体をすり抜けていきます。

 どんなに大勢でかかっても、剣を使っても、魔道でも、その悪魔は倒せません……。

 あたしは、ただなにもできずに、隅でうずくまって、あいつとほかの人たちが戦うのを見ていただけです。

 

 しかし、それは突如として終わりました。

 本当に呆気ないくらいに突然のことです……。

 神様がその悪魔を一瞬で倒してくれたのです。

 その神様の名前はロウ……。

 あたしは、ロウ様の名を心に刻みつけました。

 

 その瞬間、ロウ様は、あたしの神様になりました。

 

 あのとき、神様はあたしを見てこうも言いました。

 語りかけた相手はスクルズ様でしたが、あたしはあの神様の言葉を鮮明に覚えています。

 

 

 “……そのミウという子には、大きな魔道力があるみたいだよ。まだ活性化されていないようだけど……。もしかしたら、大変な魔道遣いに化けるかもしれない……”

 

 

 あたしに魔道の力?

 

 そんなはずはないとは思いました。

 なにしろ、あたしに魔道の力があるなど、それ以前には誰にも言われたことはありませんでした。

 お父さんも、お母さんも魔道は遣えませんでしたし、行商の旅ばかりしているので、あまり魔道を遣える人には会ったこともありませんでした。

 普通であれば、三歳くらいのときに、近くの神殿で誰でもただで受けることができる「魔道検査」も受けていません。

 そもそも、そんなことを神殿でしていることも知りませんでした。

 とにかく、あたしには、魔道は無縁のものだったのです。

 

 でも、そのときには、神様が言うならそうかもしれないとも考えました。

 いえ、神様がそう言うなら、神様を失望させないためにも、本当に魔道を遣えるようになりたいとも思いました。

 とにかく、その神様の言葉は、あたしの新しい生きる意味になりました。

 あたしは、ひそかに心に誓いました。

 

 神様に誉められるような魔道遣いになろうと……。

 

 ……とはいっても、正直なところ、あのときのことは、あまりよく覚えていません。

 あのときに限らず、あの悪魔につれ回された日々のことも、だんだんとよく思い出せないようになってきています。

 また、それからスクルズ様に連れられて、第三神殿で生活するようになった最初の日々もぼんやりとした記憶にしかすぎません。

 まるで、ずっとなにもない闇の中にでも閉じ込められていたかのように、いまでも当時のことは頭の中で黒い影のようになったままなのです。

 最初からそうだったのか、だんだんと、そうなったのかもわかりません。

 いまだって、思い出そうとすれば、あのときのことをこうやって、振り返ることができるのに、いつもは忘れたように、記憶に蓋が掛かっているみたいな感じなのです。

 

 だけど、神様があたしに声をかけてくれた言葉だけは明白な記憶として蘇らせることができます。

 それだけは、あの嬉しかった感情とともに、あたしのそばにいつもあります。

 

 言葉だけじゃありません。

 初めて会ったときの口調も、そのときの神様の顔も、服装も、ちょっとした仕草だって、身体の香りさえも思い出せます。

 それでいて、あのとき周りに誰がいて、どんなことを話していて、どういう経緯でスクルズ様があたしの面倒を看てくれるようになったかがひどくぼんやりとしているのです。

 なんだか、変ですよね。

 とにかく、神様が“ミウ”とあたしの名を呼んでくれ、あたしに魔道の才能があると口にしてくれました。

 

 そして、あたしの新しい人生が始まりました。

 

 あたしの新しい住まいとなったのは、王都ハロルドの第三神殿という場所です。

 そこまで連れていってくれたのはスクルズ様です。

 

 そこで世話を受けるようになって知りましたが、スクルズ様は大変に偉い巫女様だったのです。

 あたしがやってくる直前まで、筆頭巫女という神殿で第三位の地位にある方だったそうですが、あの悪魔が神殿の神殿長と副神殿長だった男の人を殺していたので、あたしがやって来るとともに、神殿の責任者のような立場になりました。

 また、新しい神殿長がすぐにやってくるはずだったらしいのですが、それはなかなか決まらず、スクルズ様が神殿長代理をなさるようにもなっていました。

 その理由は、あたしだけでなく、周りの人たちも不思議がっておられたようですが、やがて、その理由も明らかになりました。

 スクルズ様が、史上最年少の若さで、しかも、王都では久しぶりの女性神殿長になられたのです。

 

 スクルズ様はとても優しい人です。

 みんなからとても慕われていて、神殿の人だけでなく、民衆の人たちからも大変に好かれています。

 怒ったり、声を荒げたりするのを聞いたこともなく、いつもにこにこしています。

 

 そばにいると誰もが助けたくなる……。

 誰もが話しかけたくなる……。

 

 スクルズ様とはそういう人なのだそうです。

 少なくとも、あたしが接する人は全員がスクルズ様のことを褒め称えます。

 そういう普通の人々から得られる人気も、スクルズ様が神殿長に就任するのを後押ししたのだと思います。

 

 だけど、ほとんどの人が知らないことなのですが、実はスクルズ様には、恋人がおられます。

 あたしはスクルズ様に直接仕える付き人のような立場になったので、すぐにそれを知ってしまいました。

 なんと、スクルズ様の恋人は、あたしの神様でした。

 それがわかってしまったとき、なぜかあたしは胸が痛くなってしまって、ちょっと泣いてしまいました。

 

 ともかく、スクルズ様がロウ様とお会いになるのを本当に楽しみになさっているのは、あたしさえも微笑ましいと思ってしまうほどです。

 当時の筆頭巫女を兼務する神殿長代理という立場は、並大抵の忙しさではなく、しかも、女神殿長への就任についての根回しや調整などもあったので、スクルズ様は信じられないくらいに忙しくされていたと思います。

 それなのに、ロウ様に呼ばれれば、なにを犠牲にしても嬉しそうに出ていったし、そのために寝る時間を削らなくてはならないとしても、スクルズ様はロウ様に会いたそうでした。

 

 スクルズ様はロウ様が本当に好きなのだな……。

 

 あたしは胸の痛みとともに、それを感じました。

 あるとき、あたしはロウ様との出会いのきっかけはなんなのかと訊ねたことがありました。

 スクルズ様は、ロウ様は命の恩人だと教えてくれました。

 だけど、ロウ様は、あたしにとっても命の恩人です。

 

 スクルズ様は狡いな……。

 

 あたしは、ほんの少しですが寂しい気持ちになりました。

 ロウ様もスクルズ様も優しかったし、おふたりが仲がいいことはよいことのはずなのに、ロウ様がスクルズ様の恋人なのだと悟ったとき、あたしはますます心に石が入り込んだような気持ちになったのを覚えています。

 

 だけど、それほど時間をかけずして、おふたりの関係が、あたしが思っていたのとは違うとわかりました。

 あたしは、また明るい気持ちになることができました。

 

 あたしの神様は、神様は神様でも、クロノス様だったのです。

 

 ロウ様には、大勢の恋人がおられます。

 そして、その全員をとても大切にされているみたいですし、愛しておられます。

 スクルズ様も愛しておられるし、ほかにも、第二神殿の筆頭巫女のベルズ様も……。

 ロウ様と一緒に暮らしているらしい、エリカ様、コゼ様、シャングリア様も……。

 冒険者ギルドのミランダ様もそうだし、ランというギルドに新しくやって来られた女性の方も、あっという間に恋人のひとりになったみたいです。

 スクルズ様のお友達で、あの不思議なウルズもそうです。

 秘密になさっているが、神殿でお預かりということになっているアン王女様とノヴァ様も……。

 時折、神殿にやってこられる王太女のイザベラ殿下もロウ様と男女の仲のような気もします。

 もしかしたら、王妃殿下のアネルザ様さえも……?

 

 つまり、あたしが神様と思い定めた人は、たくさんの女の人を同時に愛すことができるクロノス様だったのです。

 それがわかると、今度はあたしは、とても嬉しい気持ちになれました。

 なにしろ、それはつまり、もちろん、おこがましいとは思うのですが、ロウ様があたしのことを振り返ってくれる可能性が零ではないということだからです。

 正直に言えば、ロウ様と恋人になりたいとは願ってはいないと思います。

 それはあまりに大それたことだからです。

 あたしは、そこまで物知らずではないのです。

 

 ただ、その可能性があるというだけでよかったのです。

 

 あたしは生まれて初めての恋をしたのだと思います。

 それを自覚したのは、いつの頃からだったでしょうか。

 あたしがロウ様を男の方として愛していることを悟ったのは……。

 よくわかりません……。

 最初からだった気もしますし、ずっと時間が過ぎてからだったかもしれません。

 

 でも、確かなのは、いつの間にかあたしは、神様を愛してしまっていたということです。

 ひとりの女として……。

 ほかの方と同じように……。

 スクルズ様にだって、負けず劣らぬくらいに……。

 

 スクルズ様に魔道の試験をしてもらったのは、神殿で世話を受けるようになって十日ばかりしたときだと思います。

 スクルズ様はもっとあたしが落ち着いてからと考えていたようですが、あたしからお願いしました。

 

 魔道試験のことは、神殿で暮らすようになるとすぐに知ることができました。

 神殿という場所は、魔道遣いにとっての修行の場所のような面があり、小さな子が魔道遣いの可能性があるとわかった場合、手数料なしで、神殿で調べるということをしているのです。

 そして、もしも、ある程度の力があるとわかった場合は、見習い巫女や神官となって魔道の訓練が無料で受けることもできます。

 魔道遣いとして大成するには、能力の高い魔道遣いの弟子になるか、神殿界に入るしかないので、無料で学べる神殿には魔道遣いの卵たちが頻繁にやってくるということでした。

 この大陸では、かなり常識的なことなので、スクルズ様は、あたしが神殿でやっている魔道試験のことを知らなかったことに、ちょっと驚かれたくらいです。

 

“この水晶玉に手を置くのよ、ミウ。ちょっと疲れた感じがすると思うけど、害はないから慌てないでね”

 

 そのときの魔道試験は、スクルズ様が直接行ってくれました。

 言われた通りにすると、透明の水晶玉の色がすぐに赤くなり、やがて真っ白になりました。

 スクルズ様が言った疲れた感じというのはなかなかやってきませんでしたが、突然にぱんとなにかが弾ける音がして、水晶玉が元の透明に戻りました。

 

“ま、まあ……。振りきれちゃたわ。まさか、試験玉の限界を超えるなんて……”

 

 スクルズ様が嬉しそうに声をあげたのを覚えています。

 すぐに、スクルズ様はさっきよりも大きな水晶玉を持ってこられました。

 スクルズ様の説明によると、その水晶玉は対象者の身体に備わる魔力を強制的に吸い込み、その大きさを計測する器具とのことです。

 

 魔力とは、魔道の根源となる力のことだそうです。

 そして、魔道遣いは、風や大地や地面やあらゆるものの中に溶け込んでいる魔力を吸い込んで魔道を行使するのです。

 また、魔力は生まれながらにしてほぼ大きさが決まっていて、訓練により少ない魔力で魔道を発揮することはできるようになっても、魔力そのものを拡大することはできないらしいです。

 魔力が大きいほど大きな魔道が遣えることは確かなので、この魔道玉の検査で、魔道遣いとしての素質や、将来どの程度の魔道遣いになることができるかというのがわかってしまうのだと教えられました。

 

 疲れた感じがすると事前に言ったのは、検査のために、かなり限界まで魔力を強引に吸い取ってしまうからのようです。

 赤くなればなるほど魔力が大きいという意味であり、白はそれを通り越したということも、教えてもらいました。

 つまりは、あたしは超一流の魔道遣いに匹敵するくらいの魔力を持っていることのようでした。

 

 とにかく、スクルズ様は嬉しそうでした。

 でも、大きい水晶玉に変えて再び試験をすると、スクルズ様の顔が難しい表情に変化しました。

 やはり疲れた感覚はありませんでしたが、今度はずっと薄い桃色のままだったのです。

 

 同じことを何度もやりました。

 水晶玉は色が薄い桃色に変わるときもあったし、真っ白になることもありました。

 やる度に色は変化しました。

 スクルズ様は本当にしつこいくらいに、同じことを繰り返しました。

 そして、スクルズ様は最後に諦めたように溜め息をつかれました。

 

“あなたは“不安定型(インスタビリティ)”ね。しかも……”

 

 スクルズ様はそう言われました。

 どうやら、あたしは本来は一定であるはずの魔力の容積が、大きくなったり小さくなったりする人間のようでした。

 どんな魔道遣いでも、魔道を駆使すれば魔力は減り、睡眠等により時間をかけて自然に魔力は戻るのです。

 しかし、あたしの場合は、魔力の容積そのものがくるくると変化しているとのことでした。

 

“まあいいでしょう。とにかく、練習しましょう。あなたに合った魔道の使い方があると思うわ”

 

 スクルズ様は明るく言われました。

 そして、その後から、スクルズ様との魔道の訓練が開始されました。

 あたしは、あっという間に魔道が遣えるようになったと思います。

 

 最初は簡単な魔道からでした。

 スクルズ様の教え方は、あとでわかったことですが、とても独特でした。

 「ぎゅっと」とか「ばああっと」とか、とにかく擬声語をよく使われます。

 あたしはよくわからなかったのですが、そうすると、スクルズ様は、まずは、スクルズ様自身の魔力をあたしの身体の魔力に繋げ、あたしの身体の中で魔力を動かして魔道を行うということをしました。

 それで魔道を発揮する感覚を掴めというのです。

 後日、あたしのところに、魔道教育をしにきたベルズ様がそれを聞いて、呆れたように、スクルズ様に小言を言ったのを覚えています。

 そして、ベルズ様は改めて、あたしの魔道の使い方を理論立てて教えてくれました。

 正直、ベルズ様の話はとてもわかりやすかったです。

 おそらく、説明の言葉も、あたしのために平易な言葉を使ってくれていたと思います。

 

 あたしは、すぐに、電撃(エナジー・ボルト)という魔道を習得しました。

 実際のところ、あたしは、ほとんど最初から、続けざまに、電撃玉を五発繰り出して発出することができました。

 スクルズ様もベルズ様もとても喜ばれて、おそらく、自分たち以上の魔道遣いになるのだと、嬉しそうに言われました。

 そんなことは、とても信じられませんが、あたしはいままでできなかったことが、突然にできるようになったことに、とても有頂天になりました。

 

 

“いい出来です。最初からこんなに簡単にできてしまうとは、やはり、大魔道遣いとしての素質があるのですね。ロウ様の言った通りです……”

 

 こうして、魔道の練習の日々が始まりました。

 魔道そのものは大して難しいとは感じませんでした。

 

 攻撃系魔道……。

 防衛系魔道……。

 治癒系魔道……。

 精神系魔道……。

 聖霊系魔道……。

 

 あたしは怖ろしく短い期間で初級から中級系の魔道を覚えてしまったらしいのです。

 スクルズ様も、ベルズ様も、あたしの魔道遣いの上達ぶりに、十分に満足をされていました。

 

 でも、それはしばらくのあいだだけでした。

 しばらくすると、スクルズ様もベルズ様も、あたしが魔道訓練をするたびに、難しい表情をされるようになりました。

 最初にやった魔道検査のようなことを、別の装置でやったりもしました。

 それこそ、何十回もです。

 

 そして、あたしが夜に、あの悪魔のことを思い出して、無意識で魔道を発動させて、周りの物を壊してしまうということがあり、スクルズ様は、顔色を真っ蒼にして、あたしに箝口令を命じられました。

 魔道の暴発のことは誰にも喋っていけないと……。

 

 そして、これは魔道遣いとしては致命的な欠陥らしく、スクルズ様によれば、魔道遣いとして不適格者というだけでなく、魔力が暴発して周囲の人を傷つけたり、物を破壊したりする可能性もあるということでした。

 例えば、魔力が溜まった状態で突然に容積が減れば、当然に意思に関わらず魔力が一気に外に出るということです。

 それが魔力の暴発です。

 意思を伴わない魔力の暴発は、状況によって周りの人を傷つけたり、周囲の物を破壊したりします。

 大変に危難な存在とされているようです。

 しかも、さらに自分の力で、魔道をまったく制御できないということにもなれば、「アルペンガウム症候群」といい、社会に対する危険人物と認定されて、安楽死で処分されることが法律で決まっているのです。

 もっとも、そのアルペンガウム症候群という概念を教えられたのは、かなりの時間が過ぎてからのことです。

 とにかく、すぐに魔道の制御を覚えねばならず、でも、その時点であたしは、魔道制御の感覚そのものがわかりませんでした。

 後日、アルペンガウム症候群に関する書籍を読みましたが、客観的に判断して、あたしは、間違いなく、アルペンガウム症候群の症例に合致しており、すぐに当局に報告をして、安楽死措置をとるべき対象だと思いました。

 

 “……大丈夫……。きっと自分で管理できるようになるわ……。でも、このことは誰にも言わないでね。表向きには、あなたは魔道遣いとして適正がなかったということにするわ……。あなたはあたしの侍女としてそばにいなさい。わたしがあなたに魔道の訓練をする……”

 

 とにかく、その日からあたしのスクルズ様とのふたりきりの魔道訓練が開始されました。

 暴発を防止するために、発動する魔力を十分の一にする腕輪も装着してもらいました。

 スクルズ様があたしのために調整したものであり、この世にひとつしかないものだそうです。

 

 スクルズ様、そして、その頃には、ベルズ様も頻繁に来られるようになり、おふたりから、魔力制御を教わる日々が続きました。

 ただ、時折、体内に蓄積されていた魔力が突然に流出して、スクルズ様の危惧する魔道の暴走のような現象も引き起こりました。

 

 そして、ベルズ様が申されるには、あたしが性行為に対して拒否感を抱いていることが魔力を安定できないことと関係があるのではないかということでした。

 ベルズ様は、スクルズ様には魔道力は及ばないものの、魔道知識や魔道技術理論に造詣の深いお方だったのです。

 

 あたしは、魔道訓練の秘法を始めることになりました。

 高位魔道師のみに伝授されるという修行の秘法は、スクルズ様とベルズ様の両方から講義を受けました。

 それは驚くような内容であり、十歳のあたしには理解の外にあるような赤裸々な話でもありました。

 つまりは、性的に淫乱になる訓練なのです。

 

 あたしには理解の外だったのですが、性的に淫乱であることは、なぜか魔道を上達させることに繋がることが密かに知られていて、神官の中では上級魔道遣いになる者に対する訓練として、同性愛が奨励されているというのです。

 神学校といわれる教団の若い巫女や魔道遣いの育成施設では、一日一回の自慰が強要されていて、同室となる者たちがお互いの裸身を愛し合うことはほとんど義務であるとのことでした。

 スクルズ様とベルズ様も実はそういう「同窓」の間柄だと説明を受けました。

 いまは幼児返りしているウルズもそうだったそうです。

 

 唖然としているあたしのために、スクルズ様とベルズ様は、最初は抵抗があるだろうからと、あたしの前で本当に愛し合うところを見せてくれました。

 そして、愛し合っているときのおふたりの魔力を感じるようにと言われたのです。

 

 本当に、あたしの前でスクルズ様とベルズ様は愛し合われました。

 おふたりの言っていることもわかりました。

 おふたりが性的に興奮なさるにつれて、どんどんとおふたりの魔力が濃いものになり、周囲一帯に魔力が満ち溢れるという現象が発生したのです。

 それだけでなく、おふたりが絶頂をなさるときには、おふたりの身体の中の魔力が最大限度まで蓄積された状態にもなりました。

 からかわれているのかと思いましたが、本当でした……。

 

 それから、これまでの魔道制御の訓練と共に、「秘法」の修業も加わりました。

 一日に達しなければならない絶頂回数を与えられ、余裕のあるときには自慰に励むように言われました。

 ときには振動をするような淫具を使って、身体を慰められるようなこともされました。

 

 結局のところ、魔道修行の秘法は、あたしの魔道の効果を上昇することに役に立ちましたが、制御そのものには効果が生まれなかったようです。

 だんだんと、スクルズ様も、ベルズ様も、悩まれるような表情ばかりをあたしの前でするようになりました。

 

 ところが、信じられないことが現実のこととしてやってきました。

 あるとき、スクルズ様が、突然に、あたしに「秘術」の延長として、ロウ様に頼んであたしを抱いてもらおうと思うのだが、嫌かと訊ねられたのです。

 

 ロウ様はあたしの神様です。

 あたしはそれを想像はしたものの、現実として考えてはならないことだと思っていました。

 驚いているあたしに、スクルズ様は、実はロウ様には魔道遣いの能力を飛躍的に向上させる不思議な力があり、もしかしたら、あたしの魔力制御の問題も解決してくれるのではないかと諭すように言われました。

 あたしの戸惑いと驚愕を拒否しているものと思ったのかもしれません。

 

 だけど、あたしがロウ様を拒否するなどあり得ないことです。

 あたしの神様のロウ様があたしを愛してくださる──?

 本当に──?

 

 正直にいえば、あたしは狂喜していました。 

 だけど、その気持ちをどうスクルズ様にお伝えすればいいか、わからなかっただけです。

 

 そして、その日がやって来ました。

 

 ロウ様たちは、ある用事があり、三箇月ほど王都を留守にするということになり、その前に、あたしがロウ様に抱かれる行為を済ませようということになったのです。

 それに先立ち、禁淫の業というのをあたしは受けていましたが、それは性的な飢餓状態になり、ロウ様を受け入れやすくするためとのことでした。

 当日、別室で待機をしていたあたしは、スクルズ様の伝言によって、第三神殿にやって来られたロウ様の前に来ました。

 

 ロウ様はあたしを認めると、優しく抱き寄せてくださいました。

 心臓が爆発するのではないかと思うくらいに、激しく鼓動したのを記憶しています。

 でも、次の瞬間、なぜか魔力が暴発して、あたしはロウ様の身体を弾きとばしてしまったのです。

 

 あたしは愕然として、一生懸命に謝りましたが、ロウ様はとても優しかったです。

 スクルズ様は時間をかけて進めようと言われ、あたしを旅に同行させるとおっしゃったのです。

 

 呆然としました。

 

 もちろん、嬉しいです。

 三箇月も会えないと思っていたロウ様とずっと一緒に旅ができるのです。

 あたしはとても興奮しました。

 半面、横のスクルズ様がとても寂しそうにしていたのを覚えています。

 

 いずれにせよ、こうして、あたしはロウ様の旅に同行することになりました。

 まだ、抱いてもらってはいませんが、必ず、ロウ様に抱いていただきます。

 

 出発前に、スクルズ様からは、いくつかの上級魔道についても教えてもらいました。

 私室に結界を作り、いつも嵌めている魔力を制限する輪っかを外して、思う存分魔力を発揮するやり方を叩き込まれました。

 

 また、旅のあいだに、心が決まったら、ロウ様に身体を委ねるようにとも言われ、閨の技のようなものも、スクルズ様から少しだけ指導を受けました。

 スクルズ様は、決してロウ様には逆らわず、ロウ様の好色な命令には絶対服従を貫き、そして、できれば、何度でも抱いてもらうようにと笑っておっしゃっいました。

 あたしはかっと身体が熱くなったのを覚えています。

 

 だが、一方で怖くもあります。

 ロウ様に抱いてもらうのはいい。

 でも、この前のときのように、勝手に魔力が暴発して、ロウ様を傷つけることになったらどうしよう……。

 それだけが怖ろしくて、ロウ様に「お願い」をすることができないでいます。

 

 しかし、必ず、ロウ様の女にしてもらいたいと思っています。

 できるだけ、すぐに……。

 だけど、怖いことは怖いです。

 緊張します。

 ロウ様に女にしてもらうなど、想像しただけで、恥ずかしくてどうにかなりそうです。

 でも、とにかく、ロウ様が誘ってくだされば、なにもかもお任せして、ロウ様に犯してもらうのです。

 

 だって、ロウ様は、あたしの(クロノス)様ですから──。



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 第6話   邪悪な欲望
275 報酬はあたし……


 何事もなく、旅も三日ほどすぎた。

 

 エルフの里で行われるユイナの競りは、二箇月ほど先である。

 どこにも立ち寄らなければ、馬車でならゆっくりと進んでも一箇月もあれば十分だろう。

 その気になれば、騎馬なら十日もあれば到着できる。

 従って、道中では、数日で受けられるようなクエストをいくつかこなすつもりである。

 ユイナを競り落とす軍資金は、事前にイライジャが準備したものに加えて、アネルザが準備してくれたものがある。

 ほかにも一郎たち自身の蓄えもあるので、おそらく十分だとは思うが、多いに越したことはない。

 それに、地方ギルドでクエストを受けるというのは、ミランダとの約束でもある。

 

「とりあえず、冒険者ギルドは、ここのようですね」

 

 一郎の隣を歩いているエリカがほっとしたように言った。

 やって来たのは、タイランという街だ。

 王都のように城壁や城門があるような街ではない。王都に比べれば、街というよりは農村に毛が生えたように感じてしまう。

 

 ここにやって来たのは、王都から運んできた手紙と荷があるからだ。

 「配達」クエストは、本来であれば、シーラ・ランクに属する一郎たちがこなすようなクエストではないのだが、どうせ通り道だからと引き受けたのだ。こんな小さなものでも、クエストはクエストだ。それに、ここのギルド長は、ミランダの古い馴染みらしく、是非立ち寄ってくれと特別に言われてもいた。

 

 ただ、あまり王都から外に出ない一郎たちの中には、地理に明るい者がいない。エルフの里のあるナタルの森に入れば、エリカもイライジャも詳しいのだが、王国内の大きな街道から逸れるような、こんな田舎街になるとよくわからない。

 それでもタイランの街にやって来るまではなんとかなったが、街の中のどこに冒険者ギルドがあるかは、まったくわからなかった。

 それで、こうやって一郎とエリカが馬車から降りて、道々訊ねながら、後ろから馬車を従えてやって来たというわけだ。いまの馭者はコゼだ。

 

「ここがそうなの? 酒場じゃないの?」

 

 馬車を停車させたコゼが、馭者台から不審の声をあげた。

 確かに、そんな感じだ。

 目の前の店には、酒場であることを示す空の酒樽が置かれている。

 

「地方に行けば、冒険者ギルドなんて色々よ。酒場を兼ねているなんて珍しくもないわ。王都のギルドもミランダが就任する前は、酒場だかギルドだがわからなかったそうじゃない……。それに、あそこに冒険者ギルドの看板があるわ」

 

 エリカが指さしたのは、入り口の扉の上側にある紋章の看板だ。

 一郎の首に掛かっているものと同じ紋様であり、冒険者ギルドであることを示すものだ。確かに、間違いないようだ。

 

「みんな、着いたぞ」

 

 一郎は馬車の後ろに移動して声をかけた。

 

「はい」

「はーい」

 

 女たちの元気な声が返ってきた。

 最初に飛び降りてきたのはマーズだ。

 そして、預かっている荷の入った袋を受け取る。

 続いて、シャングリア、イライジャ、ミウという順番で降りてきた。ミウは餞別代りにもらったという布のローブに身を包んでいる。いかにも魔道遣いという服装だが、華奢で小柄なミウが身につけると、ローブが新品なせいもあり、なにかのコスプレのようだ。

 一郎がそういうと、「コスプレ」という単語の意味がわからないミウは首を傾げていた。

 

「とりあえず、中に入るか……。マーズ、荷を持ってついてきてくれ。イライジャも一緒に。ほかの者は待機──」

 

 あまり大勢でいきなり入るのもどうかと思ったので、とりあえず、エリカとイライジャとマーズだけを連れていくことにした。

 この数日で、イライジャの優秀さはすっかりとわかった。短い時間でメンバーの個性と能力も掌握してくれたみたいであり、なにかと頼りになるので、クエストを受けるかどうかを相談しようと思った。

 

「いらっしゃい。見慣れない顔だな。空いている席に座ってくれ。ここは宿も兼ねているから、泊まりもあるぜ」

 

 カウンターの奥にいた酒場の主人が元気な声をあげた。

 頭の禿げあがった小太りの中年の男性だ。ほかに給女をしている若い娘がいる。ステータスを覗くと二人は親子であり人間族だ。

 驚いたことに、そうは見えないのだが、店の主人はかなりの上級の冒険者レベルを持っている。戦士ランクもそれなりだ。低いが魔道遣いでもあるようだ。

 

「場合によっては客になるかもしれないけど、とりあえず、依頼(クエスト)で来たんです……。マーズ──」

 

 一郎はカウンターに進んでいくと、後ろのマーズに声をかけた。

 

「どうぞ」

 

 マーズが袋をカウンターに置く。

 配達クエストは、大抵が冒険者ギルドと冒険者ギルドを結ぶ荷の運搬だ。そこで荷を受け取ったギルド先で荷の受け入れを記録してもらえれば、受け取った側で報酬の支払いを受けられることになる仕組みらしい。

 

「おう、配達クエストか。冒険者だったのか。ご苦労さん……。ちょっと待ってくれ」

 

 店の主人が袋の中にある荷を改めだすとともに、カウンターの奥から水晶玉のようなものを取り出す。

 手をかざすと、急に光りだして、文字のようなものが空中に浮かびだした。なにかのリストなのだろう。

 

「はい、確かに──。代金はどうする。現金で? それとも登録しとくかい?」

 

 主人がにこやかに言った。

 登録というのは、ギルドの登録だけしておいて、どの地方の冒険者ギルドや両替商ギルドでもおろせるようにするというシステムだ。一郎の元の世界でいう銀行のような感じだ。

 

「最終的には現金で。ただ、ここで適当なクエストがあれば、受けようと考えてます。それと合算して報酬を受けたいと思います……。それと、ミランダがよろしくと……」

 

 一郎は服の下から首飾りを出して見せた。

 (シーラ)・ランクである証明であり、主人は一瞬目を丸くした。

 

「ああ、ミランダの知り合いの冒険者か──。そういえば、優秀なシーラランクのパーティが来てくれると、連絡が来ていたな……。もしかして、あんたらか──。だったら、早く言ってくれよ」

 

 一郎がミランダの名を出すと主人は懐かしそうな声をあげた。聞けば、ミランダとは随分昔になるらしいが、一時期、一緒にパーティを組んでいたことがあるそうだ。

 この主人については、いまは怪我をして戦えなくなったために冒険者を引退し、故郷であるこの土地でギルドマスター兼酒場の主人をしているのだそうだ。

 ミランダは元気かと訊ねるので、王都でも有名な女傑だと教えてやった。

 一郎の女のひとりであることは、とりあえず喋らなかった。

 少しのあいだ、カウンターを挟んでミランダのことについて会話をした。

 

「……そうか……。是非泊まっていってくれ……。せめて、酒を一杯ずつおごらせてくれよ」

 

「ありがたいけど、俺たちは七人連れですよ」

 

「七人か──。だったら、二部屋準備する。一泊目はただでいい。酒も全員に一杯ずつおごる。ただし、食事代は払ってくれよ」

 

 主人がにこやかに言った。

 一郎は、マーズにみんなを呼んできてくれと伝えにいってもらった。

 

「そうだ。クエストだったな──。いま、入っているのは、そこにある」

 

 店の主人はカウンターの反対側にある壁を指さした。

 確かに、十枚ほどの紙が無造作に貼ってある。

 

 それにしても、なんだか、冒険者ギルドというよりは、酒場が本業で、冒険者ギルドの仕事はついでにやっているという感じだ。

 とりあえず、一郎はエリカとイライジャとともに紙が貼られている酒場の壁に向かう。

 

 それで気がついたが、店の中には十人ほどの客がいて、三個ほどのテーブルに分かれて座っていた。誰も彼も、珍しそうに一郎たちを眺めている。

 ひとりだけ、ミウと同じ年くらいの少女が隅に座っていたが、ほかは全員が男であり、テーブルに酒の杯が並んでいる。

 ほかの土地から冒険者がやって来るのが珍しいのだろうかと一瞬思ったが、ふと見ると、ほとんどの視線はエリカに向いているというのがわかった。

 イライジャも美人だが、エリカにはかなわない。

 考えてみれば、美貌で有名なエルフ族だが、その中でもエリカは若く美しい方に入る。それだけじゃなく、一郎から毎日のように精を注がれて、色っぽさに磨きのかかったフェロモンまき散らしの可愛いエルフ娘だ。

 どうやら、そういうことのようだ。

 

「……護衛任務が二件……。薬草採集が一件……。これは魔獣退治ですね……。アンデッドモンスターの調査というのもあります……」

 

 エリカが順にクエストを読んでいく。

 クエストにはランクがあり、冒険者はパーティランクと同じか、低いクエストを受けられる仕組みになっている。(シーラ)ランクの一郎たちは、どのクエストでも受けられるが、通常は自分たちの能力よりも高いクエストは受けることはできないのだ。

 無謀にクエストを受けて失敗されるのを防ぐためであるらしい。

 魔獣退治とアンデッドモンスター調査が(アルファ)ランククエストで、ほかは(チャーリー)ランクだ。最下級クエストの(デルタ)クエストも五件ほどあった。

 

「まあ、あんたたちなら、魔獣退治のクエストが適当なんじゃない。全滅させなくても、退治した数に応じて報酬が支払われるようだから、時間がかかるようなら中断してもいいんだもの。アンデッドモンスターは、聖霊術をマスターした魔道遣いでないと除霊できないわ……。ミウも一応はできるらしいけど、まあ、彼女に負担がかかるようなクエストはまだ無理ね。エリカは聖霊術はできないでしょう?」

 

 イライジャが言った。

 だが、エリカが首を傾げた。

 

「……でも、確か、ロウ様って、アンデッドモンスターを倒せましたよね……。ほら、ルルドの森で……」

 

 エリカが思い出すように言った。

 そういえば、そんなこともあった。

 あれはこの世界にやって来てすぐのときであり、アスカの城からエリカの魔道で脱走したとき、グールの充満しているルルドの森に入ってしまい、そのとき、なぜかグールの弱点となる核の一点がわかってしまい、そこに松明を当てるとどれもこれも、瞬時に退治できてしまったのだ。

 あれは、いまにして思っても不思議だ。

 

「ええっ? あ、あんたって、聖霊術まで遣えるの?」

 

 エリカの言葉を聞いたイライジャは目を丸くしている。

 

「いや、聖霊術というわけでも……」

 

 一郎は困ってしまった。

 

 しかし、それはともかく、ふと思ったことがある。

 それで、エリカに魔獣のクエストと、アンデッドモンスターの調査のクエストの場所を訊ねてみた。

 すると、どちらも“東の森”と称される街から少し外れた場所のようだった。ただ、アンデッドモンスターの出没されたと噂される地域は、どちらかといえば、森の外れの人家に近い場所のようだ。

 

「やっぱり……」

 

 一郎は頷いた。

 

「なにがやっぱりなの?」

 

 イライジャだ。

 

「いや……。確か、俺の記憶では、アンデッドモンスターが出現するのは、瘴気という魔物特有の気が溢れていることが原因だったはずだ。そして、それは魔獣も同じだ。魔獣は特異点と呼ばれる瘴気の発生場所が作られてしまったために、そこから入って来る現象だ。つまり、そのふたつの依頼は、同じ原因だと思うんだよ」

 

「この近くのどこかに、特異点が発生しているということ?」

 

 イライジャは眉をひそめた。

 だが、一郎は何度か、特異点封印のクエストを受けているので、特異点と呼ばれる異界との結界の綻びのことと、出現する魔獣との関係はわかっている。そもそも、一郎の女には、サキのような魔族そのものもいる。かなり、特異点について詳しいという自負もある。

 

 魔獣も魔物も、かつて封印された冥王と称される魔族の王の支配に属するものであり、冥王そのものとともに、この世界とは異界に当たる場所に封印をされた。

 だが、なにかの偶然などにより、その封印が綻ぶことがある。

 それが特異点だ。

 

 特異点が大きくなれば、瘴気が溢れて地域一帯に満ち、魔獣や魔物、そういうものが封印された異界から抜け出てきて、こちら側に次々に出現する。

 だから、可能な限り素早く、発見された特異点は再び封鎖しなければならない。

 ただし、発生した魔獣や魔物には特異点が封印されて瘴気がなくなっても、生きていけるものもある。仮想空間術のあるサキがそうだし、そもそも人族の淫気を食料とするクグルスなどの淫魔族系の種族は、瘴気とは無関係に生きる。

 また、魔物の吐く息が瘴気そのものであり、それがどんどんと拡がれば、さらに瘴気が濃くなり、特異点と離れても魔物が生きやすい環境ができあがるということにもなる。

 

 また、魔獣もそうだ。

 本来は瘴気のあるところでしか生きることのない魔獣が子を成せば、それは瘴気がなくても生存を続ける。

 この世界のいまでも存在する大部分の魔獣は、それであるらしい。だから、魔獣の存在は、必ずしも、深刻な特異点がそばにあることを意味しない。

 

 だが、アンデッドモンスターは別だ。

 彼らは子を成さないし、瘴気のある場所にしか出現しない。

 従って、アンデット系のモンスターがいるということは、ほぼ間違いなく見つかっていない特異点がそばにある。

 

 一郎は小声で、自分の見解を簡単に説明した。

 

「そうね……。ロウ様の言う通りよ。アンデッドモンスターと瘴気の関係についてはあまり知られていないけど、そのとおりなのよ」

 

 エリカも同意した。

 彼女はアスカと一緒にいるとき、なぜかアンデッド系の魔獣と関わることが多かったらしい。アスカの城の周りにはルルドの森などがあり、瘴気に溢れていて、信じられないくらいにアンデッドモンスターが多かったようだ。

 

「ううん……。そうだとしても、でも、このアンデッドモンスターの調査クエストは、(アルファ)ランクにしては随分と報酬が安いわ。金貨一枚だもの……。まあ、退治じゃなくて、調査だからこの額なのかもしれないけど、これじゃあ、割に合わないわね」

 

 イライジャが言った。

 確かにそうだとは思った。

 アンデッドモンスターは金貨一枚で受けるようなクエストではない。その十倍でも受け手は少ないだろう。それだけ、退治が難しいからだ。

 アンデッドモンスターを相手にするなら魔獣の方が割がいい。魔道じゃなくても剣が通用するし、魔獣そのものの退治だけでなく、素材と称される肉体の一部分を買い取ってもらうこともできる。

 

 そのときだった。

 軽く、袖を後ろから引っ張られた。

 振り返ると 背後に十二、三歳の少女が立っていた。

 ひとりだけ、食事も酒もないテーブルにいた少女だ。

 一見して、この街か、その近くの農村の娘だろうということはわかる。

 

「お兄ちゃんたち、冒険者? そのクエストを受けてくれるの?」

 

 そのクエストというのは、アンデッドモンスターの調査クエストのことのようだ。彼女の示す指先には、そのクエストの依頼の貼り紙がある。

 

 魔眼を使うと、その少女の名は“サターシャ”とあった。

 やはり、村娘だ。ジョブには魔道遣いともあるが、またレベルは低い。

 年齢は十二のようだ。

 ちなみに処女だということもわかった。

 

「検討中よ。ところで、あなたは?」

 

 エリカが言った。

 

「あんたには話しかけていないわ、エルフさん。あたしは、このお兄ちゃんに用があるの」

 

「な、なによ──」

 

 少女のちょっと失礼な物言いに、エリカはむっとした表情になる。

 

「だったら、そのクエストを受けて──。たった一日で終わるクエストよ。クエスト報酬は金貨一枚分だけど、あたしの身体を提供する……。一日間、好きなだけ遊んでいいわ。男の人って、そういうのが好きでしょう。それで不足する分を補って──」

 

 彼女がロウに挑むように言った。

 この調査クエストの依頼者は、彼女なのだろうか。

 それにしても、この年齢で身体を提供とは穏やかでない。

 一郎は呆気にとられた。

 

「こらっ──。サターシャ──。そんなものは報酬としてギルドで認められないと言ったはずだ。駄目だと断っただろう」

 

 すると、店の主人がこっちに気がついて、慌てたようにカウンターから声をあげた。

 

「うるさいわねえ──。でも、いつまで経っても、これっぽちの報酬じゃあクエストを受けてくれる冒険者は現れないし、報酬もこれ以上準備できないんだから仕方ないでしょう──。だったら、これはギルドを通さない依頼にするわ──。あたしはこのお兄ちゃんに直接交渉する──」

 

 サターシャが怒鳴り返す。

 随分と気が強い少女のようだ。

 

「それは掟破りだ。いくらマイセンさんのところのお嬢ちゃんでも、ギルドを通さない直接交渉の依頼をギルド内ですることを許すわけにはいかん──。それに、マイセンさんのところの嬢ちゃんに、娼婦のような真似をさせられるか──」

 

 店主が怒鳴った。

 マイセンというのが誰かわからないが、この店主の口ぶりでは、街でもそれなりの名士という感じだ。

 ほかの酔客も、報酬として身体を提供すると口にしたこの少女を馬鹿にしたり、卑猥な表情を向けていない。

 誰も彼も困惑したような表情だ。

 

「黙れ、黙れ、黙れ──。なにもしてくれないのに偉そうに言うな──。ねえ、お兄ちゃん、あたしのおじいちゃんを助けてくれない。さっきも言ったけど、報酬は金貨一枚とあたしの身体よ──」

 

 サターシャが腰にさげていた小袋をさっと開いて示した。

 中にはぎっしりと小さな硬貨が入っている。全部合わせると、これが金貨一枚分になるのだろうか。

 

「とりあえず、話を聞こうか……」

 

 一郎は言った。

 

「ほ、本当?」

 

 サターシャが破顔した。

 怒っているような表情よりも、笑った顔は遥かに魅力的だ。

 思わず、笑みをこぼした。

 

 そのとき、またもや店の扉が開いて、誰かが入ってきた。

 腰に剣をさげた少年だ。

 ただし、剣を吊っている以外は、どこをどう見ても、農夫の少年という感じである。

 

 年齢はサターシャと同じ歳──。

 名はレオン。

 ただし、武術の腕はなかなかのものだ。

 戦士レベルは“10”──。

 この年齢としては大したものかもしれない。

 一郎など、銃の技術があがることで、戦士レベルがやっと“5”になったところだ。

 

「サターシャ、また、ここに来たのか──。勝手にいなくなるなと言っただろう──。護衛ができないだろう」

 

 少年が叫んだ。

 護衛──?

 この少年は、このサターシャの護衛役なのか……?

 

「レオン、やっと依頼を受けてくれる人が見つかったのよ。この人よ──。この人が受けてくれるわ──」

 

 サターシャが声をあげた。

 いや、話を聞くと言っただけだし、まだ受けるとは口にしていない。

 そう言おうとしたら、レオンという少年がつかつかと目の前までやって来て、一郎をすごい顔で睨みつけた。

 

「受けた──? ただでか──? ただで受けるんだな──? まさか、代金を取るつもりじゃないだろうな」

 

 レオンが言った。

 横でエリカが口を挟もうという素振りを示したが、一郎はそれを制した。

 

「俺たちは冒険者だぞ。ただ働きをするわけないだろう。クエストを受けたとすれば、報酬はちゃんともらう。クエストを達成したときにな」

 

 一郎ははっきりと言った。

 

「代金は金貨一枚分の硬貨と、あたしの身体──。ちゃんと払うわ。約束する。ねえ、お願い──」

 

 サターシャが必死の口調で口を挟んだ。

 すると、レオンがさっと剣を抜く。

 

「許さん──。決闘だ。武器を抜け──」

 

 そして、レオンが叫んだ。

 しかも、いきなり斬り込んできた。



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276 魔獣退治・前半戦

「なにすんのよ」

 

 一郎が剣の斬撃に気がつくよりも早く、エリカの怒声が響いた。

 金属と金属がぶつかる音がして、レオンの剣が遠くに飛ばされる。

 エリカの剣がレオンの剣を弾いたのだ。

 

「いてえっ」

 

 レオンが右手首を掴んでうずくまる。

 だが、すぐに飛んでいった剣の位置を認め、飛びつこうとした。

 

「動くな」

 

 しかし、一郎はその眉間に短銃を突きつけた。

 すでに火はついている。

 

 亜空間には、火のついた二連発式の短銃が数十丁は準備されている。この世界に存在する最新の武器だ。クエストの賞金を継ぎ込んで、さらにアネルザの伝手を使って集めまくったのだ。

 そして、一郎はそれらを手首から先だけを亜空間側に包むことで、瞬時に取り出せるように処置している。

 周りの者から見れば、一郎が魔道で短銃を取り出したようにしか思えないだろう。

 剣の才能がない一郎だったが、銃だけは数を撃つことで、当たるようになった。剣の鍛練は気が進まなかったが、銃の訓練だけは、サキの仮想空間も活用してたっぷりとやったのだ。

 いまや、この短銃だけは一郎も、自分がそこそこの遣い手だと自負している。

 ましてや、この距離だ。

 外しようもない。

 目の前の少年が金縛りにあったように動かなくなった。

 

「見知らぬ相手に、いきなり決闘だと叫んで斬りつけてきたんだ。返り討ちにあっても不満はないな? ここにいる全員が証人だ」

 

 一郎はできるだけ凄味を効かせるように努力しながら言った。

 そして、引き金を握る指にじわじわと力を入れていく。

 レオンが跪いたままの姿勢で顔を蒼くした。

 

「……う、うう」

 

 レオンがやっと恐怖で震えだしたのがわかった。

 レベル10といえば、王都であれば、ごろごろしているが、この辺りの田舎では、大人であっても向かうところ敵なしだったかもしれない。おそらく、こんなにも呆気なく負けるとは思いもしなかったのだろう。

 

「やめてっ、レオンを殺さないで」

 

 そのとき、絶叫がした。

 サターシャだ。

 銃を突きつけている一郎の前に割り込もうとしている。

 一郎は構わず、引き金を強く引いた。

 

 ガシャ──。

 

 空音が鳴る。

 一郎が亜空間から取り出したのは、火はついているが、弾込めをしていない銃だったのだ。

 呆然としているレオンに、にやりと笑いかけた。

 

「なんちゃってな……。だが、殺されてもおかしくない状況だぞ。冒険者は荒くれが多い。本当なら殺されても文句を言えないところだ。これに懲りたら無鉄砲はやめるんだね。護衛という限りは、このサターシャを守るのが君の役割なんだろう? それじゃ、サターシャどころか、自分自身も守れないぞ」

 

 一郎は手首から先を亜空間に包んで銃を消す。

 目の前のレオンが脱力したようになったのがわかった。

 

「このばか──」

 

 すると、いきなり罵声が響いて、レオンの頬で音が鳴った。

 サターシャがレオンの頬を思い切り平手打ちしたのだ。

 

「なんてことすんのよ──。この人はやっと見つけたおじいちゃんを助けてくれる冒険者なのに──。謝んなさい──。謝るのよ──。このばか──」

 

 サターシャがすごい剣幕で、もう一度レオンの頬を張った。

 慈悲の欠片もない力一杯の張り手だ。

 一郎はたじろいでしまった。

 

「んぎいっ──。だ、だって……いてえっ、お、お前の身体を……いたあっ──。こ、こいつが……」

 

「やかましい。それは、あたしが言ったことじゃないのよ──。あたしが報酬として身体を提供しようが、レオンの知ったことか──。そんなんで、報酬をまけてくれるなら、それに越したことはないのよ。それなのに……。こいつめ、こいつめ──」

 

 サターシャがレオンを叩き続け、その勢いのままレオンに馬乗りになった。

 さらに、ビンタを連発している。

 

「ちょ、ちょっといい加減にやめなさいよ」

「いいから、落ち着きなさい、ふたりとも……」

 

 呆気に取られていた感じだったエリカとイライジャが気がついたように、サターシャをレオンから引き離した。

 それを合図にするように、静まり返っていた店の中がほっとしたざわめきに包まれる。

 

「……さすがはシーラランクの冒険者だな。魔道遣いか、あんた……。とにかく、レオンを殺さないでくれてありがとう……。そいつは悪い子供じゃないんだが、サターシャのこととなると見境がなくてな……」

 

 安堵したような店の主人の声がした。

 サターシャもレオンも、みんな顔馴染みなのだろう。

 何人かの客が、レオンをからかうような声をかけたりしている。

 

「なにか言うことあるでしょう、レオン──」

 

 まだ憤懣が収まらない様子のサターシャがレオンの腕を掴んで、強引に立たせる。

 

「ご、ごめんなさい。で、でも……」

 

 レオンが大人しく頭をさげた。

 ただの向こう見ずではないようだ。

 ちゃんと謝るだけ立派だろう。

 根は素直なのかもしれない。

 

「でも、じゃない──」

 

 サターシャがレオンの頭を叩いた。

 

 そのときだった。

 どやどやと新しい喧噪がやってきた。

 コゼたちだ。

 手持ちの荷を抱えて、店の中にやって来たのだ。

 

「ご主人様、馬車は預けました。それよりも、ふた部屋だそうですけど、あたしはご主人様と一緒の部屋ですからね。これだけは言っておきます。なにせ、ご主人様の護衛ですし」

 

 まず口を開いたのは、先頭で入ってきたコゼだ。

 後ろにシャングリア、マーズ、ミウと続いている。

 

「なに言ってんのよ、ロウ様の護衛はわたしよ──」

 

 すると、エリカが噛みつくように言った。最初にアスカの城を逃亡してきて以来、エリカは一郎の護衛を自負している。部屋割りのことはともかく、コゼが一郎の護衛だと主張したのが気に入らなかったようだ。

 

「そうだったわね。じゃあ、あたしはご主人様の性奴隷。だから、同部屋ね」

 

 コゼがにこにこと言い返した。

 堂々と性奴隷だと口にしたコゼに、店の者たちが驚いたのがわかった。

 一郎は苦笑してしまった。

 

「だったら、わたしもロウと同部屋だ。性奴隷だしな。それに、ロウと同じ部屋ということは伽をするということであろう? わたしも当然に加わるぞ」

 

 シャングリアだ。

 店の中のざわめきが大きくなったのがわかった。

 

「あんたらいい加減にしなさいよ。慎みのない……。それに、古くからの者と新しい者に分かれて部屋に入ってしまったら、チームワークに亀裂が入るじゃない。新入り代表として、わたしはロウと相部屋になるから。いつも一緒にいるあんたらが遠慮しなさい」

 

 イライジャのたしなめる声が響く。

 

「そ、そんなこと言って……」

 

 コゼが不満そうな声をあげる。

 

「あら、だったら、わたしとあんたは、一緒の寝台で寝ましょうか、コゼちゃん」

 

 イライジャが意味ありげに微笑んだ。

 途端にコゼがびくりと尻込みするのがわかった。

 一方で、いきなり他人の前で、平気で痴話を交わし合う女たちに、マーズとミウが呆然としている。

 

 まったく、こいつらは……。

 

「やめないか、お前ら──。イライジャの言うとおりだ。場所をわきまえろ」

 

 一郎は一喝した。

 口は閉じたが、コゼがなにかを主張するように、しっかりと一郎の腕を掴んできた。

 

「なあ、あんた……。えらい別嬪さん揃いだなあ。だが、まさか、全部あんたの女というわけじゃないんだろう?」

 

 話を聞いていた酔客のうち、一番近かった男が好奇心を抑えきれなくなったかのように言った。ただ、さっき、いきなり短銃を出現させた一郎の手妻を見ていたのだろう。その口調には遠慮のようなものもある。

 

「そうですね。全員というわけじゃありません。一番小さい娘の魔道遣いのミウには手を出してませんよ。まだね……」

 

 一郎が冗談交じりで言うと、ミウが真っ赤になった。

 

「す、すみません……。不甲斐なくて……」

 

 ミウが呟くように言った。

 

「いいんだ、ミウ……。旅のあいだにたっぷりと時間はある。そのあいだに、ロウのお情けを受け入られるようになればいいんだ。みんな応援しているから」

 

「そうだ。あたしもできることは協力するよ。そうだ──。今度、あたしが先生に可愛がられるところを見るというのはどうだろう? それで抵抗感はなくなるのかもしれない」

 

 シャングリアとマーズだ。

 マーズとミウは身体つきはまるで違うが、十一歳になったミウと十六歳のマーズは一番年齢が近い。いつの間にか、大の仲良しになってしまった。

 

 ミウが「うん」と頷いている。

 性行為をして、ミウの魔力を安定させてくれとスクルズに頼まれて預かったミウだが、いまのところ、少しずつ緊張のようなものがほぐれていっているのはわかるが、まだまだ性行為を受け入れられるようにはなっていない。もっとも、一郎も、これについては焦るつもりはない。

 

 訊ねた男だけでなく、男たちの全員が一郎に対して、畏敬のような視線を向けた。

 なんかちょっと気持ちいい……。

 

「ね、ねえ、サターシャ……。やっぱり、この人に頼むのはやめようよ……。危ないよ」

 

「なにが危ないのよ──。あんたは黙りなさい──」

 

 サターシャがレオンを一喝した。

 

 

 *

 

 

「敵──」

 

 先頭を進んでいたエリカが叫んで、さっと飛びあがって後ろに退がった。

 次の瞬間、たったいままでエリカがいた場所の地面から、巨大な角が二本飛び出てきた。

 続いて現われたのは、巨大なミミズだ。

 そのミミズの先端に人の身体ほどの大きな牙が二本あり、それが最初に地面から飛び出したということだ。

 

大蚯蚓(ランド・ウォーム)です。地面から飛び出してきます。気をつけてください。それと牙には毒があります」

 

 エリカが叫びながら、さっと細剣を振って牙の一本を切り割いている。

 反対側の牙にもシャングリアの剣が一閃した。

 緑色の体液のようなものが飛び出して、魔獣がもがき始める。

 

 東の森と呼ばれる街外れの森だ。

 一郎たちは、ひとまず魔獣退治のクエストを受けて、こっちに来ていた。

 クエストは、このところ大量に発生している東の森の魔獣をいくらでもいいから退治して欲しいという内容だった。

 全滅させるというクエストではない。

 数を減らせば、それに応じて報奨が支払われるというものであり、処分すべき魔獣の種類はいくつか挙げられていた。大蚯蚓(ランド・ウォーム)もそのひとつになっている。

 

 この街にやって来て二日目である。

 結局のところ、一郎はこの魔獣退治のクエストと、サターシャからの依頼であるアンデッドモンスターの調査というクエストを受けることにした。

 ただし、優先は魔獣退治だ。

 報奨から見てもこっちが本命であるし、向こうはいわば、ボランティアのようなものだからだ。サターシャも後回しになることは承知し、魔獣退治が片付いてから、改めて連絡をするということで納得してくれた。

 店の主人に訊ねても、魔獣については大いに住民の生活を脅かしていて、切羽詰まった感じだったが、アンデッドモンスターそのものについては、出現すると言われている場所も、墓地域の一角に限定されていて、近づかなければ襲撃もされないらしく、またいまのところ犠牲者は出ていない。

 魔獣退治に比べれば急がなければならないという感じではなかった。

 

「どいて下さい──」

 

 一郎のすぐ前にいたマーズが大剣を持って飛び出した。

 エリカとシャングリアが脇に外れて、マーズの突進経路を解放する。

 

「うおおおっ」

 

 マーズの剣が炸裂する。

 一郎の眼には入らなかったが、二閃したらしい。

 胴体が三つに分裂して地面に横たわる。

 

「気をつけてよ──。大蚯蚓(ランド・ウォーム)は一匹いれば、必ず数匹が一緒にいるわよ。また出てくると思う」

 

 イライジャだ。

 一方で、最後尾を進んでいたコゼが前に出たマーズに代わって、さっと一郎を守る位置に移動する。

 

「待つよりも攻めよう──。こいつの弱点は、イライジャ?」

 

 一郎は怒鳴った。

 

「冷気──。温度が冷えると、動きが鈍くなるのよ」

 

 イライジャが短く言う。

 一郎はミウを見た。

 

「ミウ、この辺りの土一帯に振動を起こせ──。驚いて出てきた大蚯蚓(ランド・ウォーム)に冷気を浴びせるんだ。ほかの者は待機隊形──。大人しくなったところを次々に首を切り落とせ──。それと、コゼ、牙と牙を結ぶ場所に、さっきの魔獣の核がある。そこを刺しても即死すると思う」

 

 巨大蚯蚓の身体を切断するほどのパワーのないコゼに、一郎はさっき出現した大蚯蚓(ランド・ウォーム)とやらの弱点を教えた。

 束の間だったが、一郎には土から出現した魔獣の弱点が青い光として魔眼で認識できたのだ。

 敵とみなした相手の弱点が青い光でわかるのも、一郎の魔眼の力のひとつだ。

 

「わかりました、ご主人様」

 

 コゼがさっと両手に短剣を構える。

 エリカとシャングリアたちも、中心にいる一郎たちに背を向けるように半円形陣を組んだ。

 正面はマーズだ。その両側にエリカとシャングリアが構える。その後方で、一郎とイライジャとミウが守られるような体形だ。コゼは一郎のすぐ前で中間位置になる。

 

「い、いきます」

 

 ミウが身構えた。

 最初の戦闘ということで、ミウの極度の緊張が伝わってくる。

 すぐに地震のような揺れが足元から起きる。

 

「来るわ」

 

 エリカが雄叫びをあげる。

 大きな牙を持った魔獣の大蚯蚓(ランド・ウォーム)が五匹、次々に地面から飛び出してくる。

 うまい具合に、すべて外側だ。

 

冷却嵐(アイス・ストーム)

 

 ミウが叫んだ。

 周囲一帯に凄まじい冷気が沸き起こる。

 

「いまよ──」

 

 エリカの声を合図にするかのように、近接戦闘役のエリカ、シャングリア、マーズが動きの鈍った魔獣に飛びかかった。

 

 ただし、コゼは前に出ない。

 今日のコゼは一郎の護衛役なのだ。

 どんなときでも、一郎から離れるなとエリカに厳命されていた。

 いつもは言い争いの多いふたりだが、こういうときは真剣だし、連携もばっちりだ。

 あっという間に大蚯蚓(ランド・ウォーム)が倒れていく。

 最初に屠った魔獣を加えて、全部で六匹が死骸となって転がった。

 

「牙を回収したら、ここでキャンプを張りましょうよ、ロウ。魔獣の血の匂いを追って、ほかの魔獣がやって来ると思う。それを待ち受けて処分していくのよ」

 

 イライジャが言った。

 確かに、考える限りの適切な策だ。

 一応はこれで大きな成果だが、請け負ったのは一帯からの魔獣の掃討であり、魔獣はいまの大蚯蚓(ランド・ウォーム)だけではない。可能な限りの魔獣の発見と退治がクエストの内容になっている。

 歩き回るよりも、呼び寄せる方が手っ取り早いのは確かだ。

 また、イライジャの役割は戦闘そのものではなく、リーダーである一郎の補佐である。なんとなくイライジャが司令塔のように指示するのをみんな受け入れるようになっていた。

 

 しかし、一郎にはもっと有効な手があった。

 ただ、それを披露することをちょっと迷っていた。

 だけど、そろそろいい機会だ。

 王都の女たちには、すでに紹介済みだし、全員が受け入れてくれた。

 新しい女たちも、問題ないと思った。

 

 一方で、女たちはさっき倒した大蚯蚓(ランド・ウォーム)の牙の回収のために、すでに動き始めている。

 牙は魔獣退治の証拠になるし、毒のこもっている牙に魔道処置を加えれば、すりつぶして粉にすることで毒消し剤の貴重な材料になるとのことだった。ここのギルドでも受け取るだろうし、大きな城郭にあるような魔道ギルドでも高値で受け取るということだ。

 

「……終わりました、ロウ様……。保管をお願いします」

 

 エリカたちが麻袋に包んだ牙を持って来た。

 一本一本の牙が大きいので、これだけあると持ち運ぶだけでも本来一苦労だが、一郎の能力があれば、それ程でもない。

 次々に亜空間にしまい込むだけだ。

 あっという間に処置が終わった。

 

「今夜はみんなで寝ずの番ね。じゃあ、支度をするので野宿の道具を出して、ロウ」

 

 イライジャが言った。

 荷は全部、亜空間だ。

 まったく便利なものだ。

 

「露営準備も魔獣退治も、ご主人様はなにもしなくていいですからね。よければ、ひとりくらい抜いてもいいですよ。好きなように暇つぶしの相手を命じてください」

 

 コゼが言った。

 ただ、「自分がやる」とは言わなかった。

 さすがに、魔獣の集まる夜が予想されるということで、軽口を言う気にならないのだろう。

 

「俺もそんなに淫獣じゃないぞ。ひと晩くらい女を抱かなくても我慢できるよ」

 

 一郎は笑ったが、女たちは笑わなかった。

 

「本当に?」

 

 エリカが女たちの心情を代表するように、不審な顔で小首を傾げた。

 一郎は咳払いした。

 いずれにしても、さっさと終わらせるか……。

 

「ところで、イライジャ……。待ち受けよりもいい手がある。元を断つんだ」

 

「元を断つ?」

 

 イライジャが不審な顔になる

 

「ただし、イライジャはもちろん、ミウとマーズも騒ぐなよ。受け入れてくれ。あいつも立派な仲間だ」

 

 マーズとミウはともかく、イライジャはあのときの悶着を記憶しているので、誤解するかもしれない。でも、聞く耳を持っていそうな女だし大丈夫だろう。

 一郎は腕を擦って念を込める。

 クグルスを呼び出すのだ。

 魔妖精は特有の嗅覚で、瘴気の根元である「特異点」の場所がわかるのだ。

 

「呼ばれて飛び出て、じゃじゃしゃじやーん。クグルスだよ。ご主人様、久しぶり──。わお、新入りがいる。黒エルフに、デカ女、小さいのもいるな……。いや、小さいのはご主人様の臭いがないから手付かずか? いずれにしても、みんなスケベそうだ。さすがはご主人様だ。みんな美人だし」

 

「ま、魔妖精──? み、みんな、離れて──。身体を乗っ取られて色情狂にさせられるわよ」

 

 イライジャが魔道の杖をさっと抜いて、クグルスに向けた。

 

「おっ、やるか、黒エルフ?」

 

 しかし、だが、クグルスは自在に宙を飛び回る手のひら程度の妖精だ。なかなかイライジャの狙いも定まらない。クグルスがイライジャにぶつかって身体を乗っ取る方が早かった。

 

「きゃああああ」

 

 イライジャが悲鳴をあげて、うずくまる。

 そして、いきなり自ら乳房と股間を服の上からまさぐり出した。

 

「や、やめてぇ」

 

 イライジャが真っ赤な顔をして悶えだす。

 クグルスが身体を乗っ取って、イライジャを操っているのだ。

 

「クグルス、適当なところでやめておけよ」

 

 一郎は苦笑した。

 

「と、とめないんですか?」

 

 エリカが驚いた声を出した。



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277 童女魔道遣いの不思議

 ミウは思念に耽っていた。

 ロウと同行することになって、最初のクエスト……。

 タイランという街の外れにある東の森に巣食う魔獣を退治するというクエストであり、ミウは生まれて初めて、魔獣と戦うことになった。

 少し前までは、魔獣など命からがら逃げるべきものであり、戦うなど夢にも考えなかった。

 だけど、ミウがロウたちの旅に同行できるのは、覚えた魔道で戦うためだ。

 そして、クエストの始まり……。

 初めての戦闘だったが、うまくもやれた。

 

 大蚯蚓(ランド・ウォーム)という魔獣を倒すため、土を振動させて、現れたときに冷気を発生させるという命令を受けた。

 いずれも中級魔道だったが、うまくいった。

 さすがに、魔力を制限する腕輪をしたままで戦うわけにはいかなかったので戦闘直前に外したが、周囲の味方を傷つけるということなく、役割を果たすことができた。

 

 ミウは心の底から安堵した。

 だから、気が抜けていたのだと思う……。

 ちょっと感慨に耽っていたために、わからなかったのだが、気がつくと魔妖精が出現していたのだ。

 

 魔妖精もまた魔獣の一種だ。

 身体は手のひらほどと小さいが、宙を舞うことができ、淫気を支配して人間を虜にして操り、ときには身体に入り込んで肉体を支配してしまうという性質(たち)の悪い存在だ。

 

「んふうっ、ああっ、ああっ」

 

 ふと見ると、イライジャさんが身体を乗っ取られたらしく、突然に自慰のような行為を開始して、奇声をあげて悶えている。

 

「浄化──」

 

 とっさに魔道を発して、イライジャさんの中から魔妖精を追い出す。

 

「うわあっ、やったなあ──。やるか、小さいの──」

 

 一度は外に出た魔妖精だったが、激昂して今度はミウに向かってきた。

 

「やめろ、ミウは駄目だ」

 

 ロウが焦ったように叫んだ。

 そのときには、魔妖精はミウの身体の中に入り込んでしまっていた。

 

 しまった──。

 ミウは焦った。

 

 体内に入られてしまうと、外からでなければ魔妖精を追い払えない。

 抵抗のしようがないのだ。

 それでも、必死に魔妖精を退治しようと、体内の魔力を練る行為をした。

 

「うわあっ──。な、なに、こいつ?」

 

 次の瞬間、不思議にも魔妖精がミウの中から転がり出て地面に転がった。

 そして、苦しそうにもがきだす。

 

 しめた──。

 

「浄化──」

 

 魔道を発射する。

 

「んふううっ、いやああ──。ご、ご主人様、助けて──。か、身体が溶ける──。ご主人様──」

 

 魔妖精がのたうち回りだす。

 それとともに、だんだんとその姿が薄くなっていくのがわかった。

 

「ま、待て、待て、待てよ、ミウ──。クグルスは仲間だ。消すな──」

 

 ロウが必死の声をあげて、ミウの肩を掴んだ。

 そのときだった。

 ミウの意思とは関係なく、凄まじいまでの電撃が周囲に放出された。

 

 

 *

 

 

「うわっ」

 

 一郎は凄まじい力が、ミウの身体から暴発したことがわかって、瞬間的にミウの身体から手を離した。

 

「ひいっ」

「うわっ」

「ふわっ」

「ああっ」

「ううっ」

 

 だが、予想をしていた先日の身体を放り投げられるような暴風は起きず、その代わりに周りにいた女たちが一斉に股間を押さえてうずくまった。

 一郎もまた、瞬時に股間が勃起して、むらむらとした欲情が沸き起こった。

 とりあえず、淫魔力で興奮を抑え込む。

 自分の女たちの性欲だけじゃなく、自分自身の性欲もコントロールできるのだ。

 

 それにしても、なにか様子がおかしい……。

 魔眼を働かせると、全員のステータスのうち性的な欲情度を示す「快感値数」が“10”以下になっている。快感値数が0になれば絶頂したということなので、10というのはその寸前ということだ。常態から一気にそこまで欲情させられるということは、かなりの衝撃だったはずだ。そんなものは、快感を通り越して苦痛でしかないことを一郎は知っている。

 まあ、いつもやっていることなのだが……。

 

「ご、ごめんなさい。あ、あたしったら、電撃(エナジー・ボルト)を……」

 

 ミウの泣くような声がした。

 

 電撃──?

 

 訝しんだが、どうやらミウは、いまの魔道の暴発が電撃系の魔道だと思い込んでいるようだ。

 だが、あれは断じて、そんなものとは違う。

 淫魔師の一郎が唖然とするほどの強力な淫撃の暴発だ。

 

「な、なにが電撃(エナジー・ボルト)だよ──。いまのは淫情風(ホーニィ・ブレス)──。まさしく、淫魔族の魔道じゃないか──。ねえねえ、ご主人様、こいつ何者?」

 

 クグルスが飛びあがって叫んだ。

 

「おう、元気になったか、クグルス?」

 

 たったいままでミウの不思議な魔道で消滅しかかっていると思ってびっくりしてしまったが、どうやら元気になったようだ。宙に浮かんで、一郎の背中に隠れる位置に移動してきた。

 

「元気だよ。あれだけの淫気を大量に浴びせられたらね。でも、ちょっと洩らしちゃった……。うほうっ──。まあ、絶頂は淫魔の元気の源さ。だけど、こいつ、なに? なんで淫魔族の高等魔道を遣えるの?」

 

「さあなあ……」

 

 一郎はミウを見た。

 本当にどういうことだろう。

 一郎はミウのステータスを覗いてみた。

 

 

 

 “ミウ

  人間族、女 

   見習い巫女

   冒険者(デルタ)・ランク

  年齢:11歳

  ジョブ

   魔道遣い(レベル12)

   退魔師(淫)(レベル1)↑

  生命力:50

  攻撃力:5

  魔道力:***

  経験人数:男1

  淫乱レベル:B

  快感値:120”

 

 

 

 驚いた。

 改めて、ステータスなんか滅多に覗かないから知らなかったが、少し見ないうちに、かなり内容が変化している。

 魔道遣いとしてのレベルは、いつのまにか“12”となり、これは、かなりの上級のレベルだ。

 だが、本格的に習い出してから半年しか経っていないはずだから大した成長だ。

 また、随分と感じやすい身体に変化していると思った。

 そして、不思議なことに、魔力の数値がない。零ではなく、表示がないのだ。

 これもよくわからない。

 

 なによりも、「退魔師(淫)」というのはなんだろう。

 こんなものは、なかったはずだ。

 もしかしたら、たったいま覚醒したジョブということになるのだろうか。

 一方で、いまのおかしな魔道について、クグルスは淫魔族の魔道だと言い切った。

 確かに、一瞬にして女を欲情させてしまう術など、淫魔師の技そのものだ。

 一郎も遣うことができるが、自分の女に対してだけだ。

 しかし、ミウは性行為のない周囲の女たちに、一瞬にしてそれをかけてしまった。

 

「なあ、この中で退魔師というジョブに聞き覚えのある者はいるか?」

 

 一郎はうずくまっている女たちに向かって訊ねた。

 

「た、退魔師──。それは、ぼくたちの敵だよ。淫魔族をはじめとして、魔族を消滅させるやつだ。それがこいつなの──? そ、そうか。だから、ぼくが消えそうになったんだな」

 

 すると、クグルスが大きな声で叫んだ。

 そして、ますます、ミウから逃げるように一郎の背中に隠れる。

 

「……そ、そんなことはいいわよ……。ロ、ロウ……。せ、説明してもらうわよ。その魔妖精が仲間ってどういうことなのよ? もしかしたら、あのときの魔妖精の騒動と関係あるんじゃあ……」

 

 イライジャがやっと上体を起こして言った。

 ただし、かなり息が荒い。

 顔は上気して真っ赤だし、前髪が汗で額に貼りついている。

 まさに情交の真っ最中という感じであり、とても色っぽい。

 

 それはともかく、“あのときの魔妖精の騒動”というのは、褐色エルフの村における裁判に繋がった騒動のことだろう。

 ユイナが禁忌の魔道を遣って魔妖精のクグルスを呼び出し、「契約」によって一郎に悪戯をさせようとしたものの、淫魔師だった一郎にクグルスが捕らわれ、逆にクグルスがユイナに仕返しをしたという事件だ。

 その結果、魔妖精を召喚したのが一郎ではないかと疑われて、一郎は危うく裁判で処刑されるところだった。

 こうやって、そのときのクグルスを一郎が眷属のように扱っているのを見ると、あのときの騒動の根源が一郎にあったのではないかと誤解をするかもしれないと思っていた。

 

「そのときの魔妖精だよ。縁があって、いまは俺のしもべだ。呼び出したのは、こいつには瘴気の根源である特異点を見抜く力があってね……」

 

 一郎は説明をし始めた。

 そのあいだに、ほかの女たちも、やっとなんとか落ち着きを取り戻した感じで、身体を起こしていく。

 とにかく、イライジャにはユイナが呼び出した縁でしもべにしたのが始まりであり、価値観も違うし、お調子者のところもあるが、根はいいということを強調した。

 話が終わったときには、全員の動揺もすっかりと収まり、普通に話ができる状態にはなっていた。ただし、全員が落ち着かないように、腿をすり寄せるような仕草をしている。

 おそらく、さっきのミウの魔道で、股間がびっしょりと濡れたのだろう。

 後で、下着を出してやった方がよさそうだ。

 一郎は苦笑した。

 

「……話はわかったわ……。いまさら、あなたに驚くことはないと思ったけど、まだまだあるのね……。とにかく、その魔妖精は、元はといえば、ユイナの呼び出した魔妖精というわけね……」

 

 イライジャが釈然としない感じでぶつぶつと言っている。

 まあ、なんとかクグルスを受け入れてくれる気持ちにはなっているようだ。

 とりあえず、一郎はほっとした。

 

「だ、だけど、魔族をしもべにって……? 怖くないのですか?」

 

 マーズがおずおずとした口調で言った。

 この怪力筋肉娘が怖いというのは意外すぎて面白いが、エリカに教えてもらったことによれば、一般には魔妖精というのは、性欲と精神を操る存在ということで忌避されている存在だということだった。

 マーズの言葉は、魔妖精に対する反応としては当たり前のものであり、まだ大人しいくらいのものだ。

 ミウなど、一瞬にして消滅させようとしていたし……。

 そういえば、クグルスを身体から追い出して、そのまま消えさせようとした力……。

 あれが覚醒したらしい「退魔師」の力なんだろうか。

 だが、退魔師はともかく、「退魔師(淫)」ってなんなのだろう?

 

「なにを言っているでか女──? 淫魔師のご主人様が淫魔のぼくをしもべにするのは当たり前だぞ──」

 

 すると、クグルスが堂々と大きな声で言った。

 

「えっ?」

「淫魔師?」

「ええっ?」

 

 マーズだけじゃなく、イライジャもミウも呆気にとられている。

 そういえば、一郎が「淫魔師」だというのは教えていなかった気もする。

 

「……あれえ? もしかして、秘密だった、ご主人様?」

 

 珍しくもクグルスが三人の表情に、空気を読んだようなことを口にした。

 

「まあ、いまさら隠し事は無意味だし、もういいよ」

 

 一郎は自分が外界人であり、この世界に召喚されたときに、「淫魔師」の能力を覚醒したようだと教えた。

 それを知っている三人娘は当然になんの反応もなかったが、残りの三人は目を丸くして驚いていた。

 ついでに、淫魔師の能力のひとつは、支配した女の能力を高めることだとも言っておいた。

 利点も言っておかないと、怖がられてばかりも困る。

 

「言いふらされるわけにはいかないが、解放して欲しいと思うものは口に出して欲しい。俺はみんなの心を縛るような真似はしていない。確かに、それができることは事実だけどね。約束するよ」

 

 一郎が淫魔師だと初めて知らされた女たちが困惑する表情になった。

 だが、それだけだ。

 一郎も彼女たちの感情を探ったが、一郎に対する不信や危惧の心はない。

 純粋にびっくりしているだけだ。

 とりあえず、ほっとした。

 

「そんなこと、いいじゃないか、ご主人様──。それよりも、こいつだよ、こいつ──。これ、なんなの? なんで、魔妖精のぼくを消してしまうことができるのさ──? なんで、ご主人様と同じ淫魔術が遣えるのさ──?」

 

 クグルスが叫んだ。

 

「えっ、あたしが……ですか?」

 

 ミウはきょとんとしている。

 どうやら、魔道を暴走させたという認識はあるが、淫魔術を暴走させたという認識はないようだ。

 

「ええっ、さっきのは、ロウ様の悪戯じゃないんですか?」

 

 エリカだ。

 ほかの女も同じような反応だ。

 まあ、一瞬にして激しく欲情させるというのは、いつも一郎がやっているような悪戯なので、当然に女たちは一郎の仕業だと思ったのだろう。

 しかし、正真正銘、ミウのやったことだ。

 一郎はミウに説明を求めてみた。

 

「あ、あたしにはさっぱり……。あたしには、電撃の魔道が放出したと思ってました……」

 

 ミウは自分の魔道が周りの女たちをあっという間に欲情させてしまったと教えられて、唖然としている。

 

「あっ、そうだ。皆さま、申しわけありません──」

 

 そして、思い出したように、地面に両膝をつけて謝りだした。

 一郎はとりあえず、ミウを落ち着かせて、もう一度事情を訊ねてみた。

 やはり、ミウには周囲の女の淫情を突然に活性化させるような魔道は遣えないし、そんなことやろうとも思わなかったということだ。

 スクルズの教えた魔道にも、そんなものは含まれていなかったとのことだ。

 まあ、あのスクルズのことだから、ただの電撃魔道に、こっそりと淫情の魔道を忍び込ませるくらいはやりそうだが、一郎が知る限り、スクルズもその手の魔道は遣えないはずだ。

 

 念のために、クグルスに放った魔道についても訊ねてみた。

 突然に「退魔師」のジョブが出現したことに関係がありそうだが、ミウが放つつもりだったのは、中級の「浄化(ホーリー・ライト)」だったそうだ。

 だが、クグルスだけでなく、エリカもきっぱりと否定した。

 アンデッド・モンスターではないクグルスに、浄化系魔道は効果がないはずだというのだ。

 だったら、退魔師系のほかの魔道が発動してしまったと考えるべきなのだろう。

 退魔系の魔族退治の魔道だが、淫魔系の性欲をおかしくする波動が加わった魔道……?

 

 どうにも、不思議だ。

 一郎も首を傾げた。

 まあ、いいか。

 そのうち、なんとなくわかってくるだろう。

 

「あたしは、やっぱり魔道遣いとして不適格者なんですね。思った魔道と別の魔道を遣ってしまうなんて」

 

 ミウは意気消沈してしまった。

 

「なに言ってんのよ……。クグルスを消滅させかけるような強力な魔道を遣っておいて、不適格者もなにもないでしょうに……」

 

 コゼがぼそりと言った。

 

「まあ、そうだな。だが、魔獣との戦闘のときには、ちゃんと魔道がうまく発動していたし、問題はないのではないか」

 

 シャングリアも口を挟んだ。

 

「ふん、こいつが欲求不満なのが原因だよ。ちょっと身体に入ったけど、こいつはご主人様に対する欲情でいっぱいだった。それが消化されないから、それによって集められた淫気が突然に暴走してしまうんだよ。それにこんなに小さいけど、こいつマゾだよ。さっさと抱けばいいよ、ご主人様。きっとご主人様好みの女に化けるね」

 

 クグルスが吐き捨てるように言った。

 その口調には棘がある。どうやら、クグルスは自分を消滅しかけたミウのことをまだ根に持っているようだ。

 それでいて、どうしても苦手意識があるのか、ミウとは一郎を挟んで反対側の位置から移動しようとはしない。

 

「俺に対する欲情?」

 

 一郎はずっと背中に隠れているクグルスに問い返した。

 

「な、なにを言うのですか、魔妖精さん──」

 

 ミウが悲鳴をあげた。

 視線を向けると顔が真っ赤だ。

 どうやら、本当のようだ。クグルスは身体に入ることで、その対象の心と身体を乗っ取って、一時的に同化する。

 そもそも、淫情に関することなら、一郎同様にクグルスはなんでもわかる。

 

 だが、それがそうなら、ミウの現象について、一郎にも思い当たることはある。

 そもそも、淫気というのは、魔道遣いの力の源の魔力と同質だ。

 それには諸説あるものの、一郎は真実だと思う。

 淫魔師としての、あるいは魔眼保持者としての「勘」がそう言っている。

 完全に同質ではないのだが、まあ本質は同じものというところではないだろうか……。

 

 いずれにしても、スクルズによれば、神殿でも何度も魔道の暴発は発生したようだが、一郎の前では二回だけだ。

 共通するのは、一郎がミウに触れたということだ。

 仮説だが、ミウが一郎に対して愛情を持ってくれていて、それが一郎に触られたことで一気に淫情が発生し、さらに膨れあがることで「魔力」ではなく、本当は「淫気」として発散したのではないだろうか。

 スクルズは魔力の暴発だと思ったかもしれないが、スクルズにも淫気と魔力の違いはわからない。

 暴発した淫気がどのような現象を起こすかは予測はつかないはずだ。

 さっきは淫情を起こさせるような波動だったらしいが、普通の魔道と同じ現象だって起きる。

 クグルスだって、淫気を源にして、電撃や火炎の魔道を発出させる。

 おそらく、一郎がミウに性的満足を与えてあげるようになれば、「魔力」の暴出、すなわち、淫気の暴出はなくなるような気がする。

 

 もっとも、一方でスクルズが怪訝していた、そもそも魔力の容積が変化するという現象は、これでは説明がつかない。

 スクルズもベルズも、まずは、魔力が変化する現象を抑制しないと、魔道制御をすることができないという見解である。

 だが、一郎の見たところ、ミウの魔力が変異するとはいっても、魔道そのものについては、ミウは失敗していない。

 スクルズもまた、ミウは上級魔道でさえも、発現できると言っていた。

 ただ、ときどき、予期せずに暴発するだけなのだ。

 

 もしかしたら、ミウの魔力が安定しないために魔道制御がうまくいかないこと、そして、魔力の流出の原因が無関係だとすればどうだろう。

 つまり、暴出していたのは魔力ではなく、欲情して発散しない淫気が外に発出されていただけで、魔力の容積の変化とは関係がないということだ。

 魔力の制御については、ミウの魔力が自在に変化するのだとすれば、そもそも、スクルズやベルズが教えているようなやり方では、制御できないだけなのではないか……。

 そうであれば、逆に、ミウの能力は必要な魔力を必要なだけ確保できる自由自在の魔力集積力であり、欠点でもなんでもないというになる。

 まあ、一郎は魔道には不案内なので、これはただの素人の思いつきだが、一郎の「勘」がなんとなく正しいと、いっている気がした。

 しかし、一郎の仮説が正しければ正しいで、ミウは欲求不満になると、魔道を暴発させる体質だということか?

 それは、それでかなり迷惑な特異体質だ。

 

 とにかく、なんでもいい。

 ここには、スクルズもベルズもいないし、ミウを預かったのは一郎だ。

 なんでも、やってみよう。

 

「ミウ、お前のことはもっと慎重にやってあげるつもりだったが、計画変更だ。最終的には俺を受け入れてもらうけど、まずは軽い調教をする。本格的な調教は、一連の魔獣退治が終わって宿に戻ってからにするが、これは前払いだ。魔道でもなんでも遣って跳ね返してみろ」

 

 わざと酷薄な物言いをすると、一郎はミウを抱き寄せ、粘着油を発生させて、ぴったりと一郎とミウの身体をくっつけてしまった。

 これで魔道の暴出が起きても跳ね飛ばされることだけはない。

 

「ひいっ、あ、ああ、ロ、ロウ様──」

 

 いきなりのことで驚いたミウから強いエネルギーのようなものが発散しそうになったのを感じた。

 だが、一郎はその前にミウのローブの中に手を入れ、さらにスカートの下の股間に指を触れさせて、離れないように密着する。

 

 その直後、凄まじい電撃が全身を襲った。

 興奮したミウによる淫気の流出だ。

 今度は電撃のかたちで発生したようだ。

 

「んひいいいっ」

 

 悲鳴をあげたのはミウだ。

 一郎は自分自身を粘性体で覆うだけでなく、一時的な衝撃防止膜を作っていたので、それほどのものはなかった。

 だが、ミウは一郎の指から逆流した電撃がもろに股間に流れてしまったみたいだ。

 完全に脱力したミウを一郎は抱きかかえた。

 すると、股間からじょろじょろとミウのおしっこが流れ出したのがわかった。

 

「あ、ああっ、ロ、ロウ様……。も、申しわけ……」

 

 ミウが狼狽えた声をあげた。

 だが、一郎はその口を唇で塞いで、舌とともに唾液を流し込むことで中断させた。

 ミウの喉が動く。

 一郎の唾液をミウが吸い取ったことで、わずかだが淫魔力の流れができあがった。

 ミウの魔道を制御できる感覚が発生する。

 これで一郎が関与して、淫気の暴流を防ぐこともできそうだ。

 

「ざまあみろ。ご主人様、もっと苦しめちゃえ」

 

 クグルスが囃したてた。

 すっかりとミウに苦手意識をもってしまったらしいクグルスは、ミウに仕返しをしてもらっている気分になっているのかもしれない。

 だが、一郎は淫魔力が繋がったことで、さっきクグルスが口にした「ミウはマゾ」という意味も理解した。

 電撃が股間に流れてしまうという激痛を喰らってしまったことで、ミウは完全に欲情していた。

 それはかなり激しいものであり、ミウの股間からはおしっこ以外のかなりの量の分泌液をしっかりと感じた。

 

 そのとき、一郎は顔をあげた。

 一郎の魔眼がここに近づく存在を感知したのだ。

 魔獣だ。

 

「……お前たち、お客さんだ……。相手をしていてくれ……。二匹……いや、五匹いるな。一番活躍してくれた者に一連の魔獣退治が終わったときに、なんでも、ひとつだけ、いうことをきいてやろう。どんなことでもだ」

 

 やって来たのは大蜥蜴(ジャイアント・リザート)が五匹だ。魔獣の死骸の血に寄せられてやって来たのだと思うが、毒を持っている以外には大したことのない魔獣だ。

 任せて問題ないだろう。

 

「わかりました」

 

 風のようにエリカが飛び出していく。

 

「あっ、待って──」

「抜け駆けはさせん」

 

 続いてコゼとシャングリアが駆けだす。

 

「そんなの狡いわよ、ロウ」

 

 戦闘能力のないイライジャが不満そうに言った。

 だが、そのときには、三人娘は我先に魔獣の気配に向かって消えてしまっている。

 

「あ、あたしはロウ様の護衛を……」

 

 マーズも飛び出そうとしたようだが、さすがに護衛役がいないのは問題だと思ったのだろう。

 イライジャとともに、この場に留まった。

 

「いい子だな、マーズ……。だったら、宿に戻ったときの伽はマーズを指名するよ。腰が抜けるまで抱いてやろう」

 

 顔を横に向けると、マーズが「そんな」と言いながら、顔を赤くしている。だが、剣の構えだけはしっかりとしている。

 一方で、ミウの股間に対する下着越しの愛撫は続けている。

 最初の一回を除いて、一応は魔道の暴発現象は起きていない。

 それよりも、順調に淫気というかたちで、ミウは身体に発生している淫情を放出している。

 なんとなくだが、ミウの魔力も安定しているような気がする……。

 

「ん、んんんん」

 

 そのとき、さっそくミウががくがくと身体を震わせて、最初の絶頂をした。

 まとまって、かなりの淫気が発散したが、やはり、魔力の暴出というかたちでは表に出ることはなかった。

 一郎はほっとした。

 

「ミウ、いまはここまでだ。みんなが戻って来たら、特異点探しだ。今夜は宿には戻れないかもしれないけど、明日か、明後日には戻る……。戻ったら、しばらく、ミウは俺と同じ部屋だ。この意味はわかるな?」

 

「は、はい……」

 

 ミウが荒い息をしながら、真っ赤な顔で頷いた。



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278 魔獣退治・後半戦

「前方から敵襲──。ええっと……蠕虫蜥蜴(ワーム・ドレイク)だ。数は……ええっ? たくさんだ。とにかく、いっぱい──」

 

 一郎は叫んだ。

 蠕虫蜥蜴(ワーム・ドレイク)の襲撃というのは、魔眼で読み取った情報である。

 実際には、まだ魔獣の姿は見えない。

 東の森における「魔獣狩り」を続けつつ、クグルスの案内で特異点を追って進んでいた。

 昨日に続けての二日目になる。結局、昨日だけでは特異点まで辿り着けずに、露営ということになった。

 ちなみに、夜は誰も抱いてない。

 魔術の巣のような場所で女を抱いて、全体戦力を低下させるような節操なしの愚物ではないのだ。

 

 また、特異点とは、瘴気と呼ばれる魔物や魔獣の生命源が漏れている異界との「裂け目」であり、大抵は瘴気が固まって魔瘴石と呼ばれる瘴気の結晶体を作り出す。

 それを核にして、特異点はさらに拡大し、放っておくと裂け目を拡大し、さらに強大な魔物の出現ということにも繋がるのだそうだ。

 そして、さらに現象が進めば、巨大な空間の穴ができあがって、魔族や冥王そのものは封印から解放されて、こちら側に出現するかもしれない。

 そうならないためにも、特異点は見つけ次第に封印をしなければならないのだ。

 

 封印するには、魔瘴石を破壊すればよく、それで裂け目はなくなる。

 ただ、問題は、魔瘴石のある場所には必ず魔物や魔獣が存在しており、しかも、魔瘴石の発散する瘴気を吸い込んでいるために、非常に強力であることだ。

 効率がいいのは、成長する前の幼い特異点のときに魔瘴石を破壊することであり、そうすれば瘴気も薄いし裂け目も小さいため、封印も楽だ。

 しかし、幼い魔瘴石は発見がしにくい。

 従って、どうしても、発見される特異点は大きく育ったものが大半となり、軍による討伐対象となる。

 そうでなければ手が付けられないのだ。

 逆に、まだ育っていない特異点を偶然に見つけることは、国や領主にとって本当にありがたいことであり、発見して報告しただけでも、多額の褒賞金が出る。

 ましてや、魔瘴石の破壊と裂け目の封印ということになれば、その賞金だけでもひと財産となる。

 国側とすれば、成長してしまえば、軍を出動させなければならないほどの事態になるのであるから、相当の財を賞金としても安いものなのだ。

 

 一郎は冒険者になったばかりのときから立て続けに、未成長の特異点を発見しては封印するということを繰り返して、一気に財を築いたし、冒険者レベルもあげた。

 しかしながら、一郎にとっては難しいことではない。

 特異点の発見はクグルスができるし、魔瘴石を破壊するための核点は一郎が魔眼で見つける。

 あとは、エリカやコゼに命じて、その核点を強打させるだけでよかった。

 ただ、特異点の近辺には強力な魔獣がいるので、そのあしらいが大変なだけだ。

 

 でも、考えてみれば、あの頃はまだまだ、冒険者をまじめにやっていた。

 生きることに余裕ができると、それにかまけて本能のまま生きているだけの気がする。

 だから、こうやって特異点を追っていると、あの頃の初心に戻ったようだ。

 

蠕虫蜥蜴(ワーム・ドレイク)の群れよ──。全員、崖沿いに密集──」

 

 すかさず、イライジャの声が飛ぶ。

 

「……エリカ、右の岩に登って弓を。コゼは前衛を埋めて」

 

「わかった。だけど、マーズ、ロウ様を守ってよ。魔獣が抜けるようなら、躊躇なくさがって」

 

「任せてください」

 

 エリカがイライジャの指示に従って、崖を身軽に登り、足場を確保した。そして、エリカがいた位置にコゼがさっと入る

 マーズがやや前方で大剣を抜く。だが、マーズは必要により、後衛の一郎の位置までさがって、護衛に徹することになっている。

 また、一郎の横のミウは無言で魔道を放つ態勢をとった。

 

 もう、何度目かの魔物との遭遇なので、全員が連携にも慣れてきた感じだ。

 魔獣を発見するのは、魔眼保持者の一郎──。

 全体の統制はイライジャ──。

 戦闘は、基本的には、マーズを真ん中にして、エリカ、シャングリアが先頭に出て戦い、コゼが遊撃的に動く。

 そして、一郎、イライジャ、ミウが後衛という陣形だ。

 いまのように、エリカが遠くから弓を射る役目のときには、その代わりにコゼが前衛に出る。

 

 すべて、イライジャの指示だ。

 一郎は知らなかったが、一郎がいなくなったあと、里を追い出され、生活のために冒険者になったイライジャは、こうやって人を指揮をする役割で冒険者としての生計を立てていたらしい。

 なにしろ、冒険者というのは自分自身の腕はあっても、他人の力をうまく使うということにかけては下手なものが多いらしい。

 個人の能力はあっても、それを連携させる技量がないのだ。

 その点、イライジャは人を使って、彼らに指示をしてなにかをやらせるという能力に長けていた。

 冒険者を指図する役割の冒険者として重宝されていたようだ。

 一郎も、イライジャに接して、剣の腕も魔道の腕も、それほど高くない彼女が、どうして冒険者として成り立っていたのかがわかってきた。

 

 全員で、道の片端の岩壁を背にするに陣形を作る。

 すぐに下り坂になっている前方から巨大なムカデの大軍がやって来た。ただし、顔の部分がトカゲだ。

 

 あれが蠕虫蜥蜴(ワーム・ドレイク)か……。

 

 だが、その数が……。

 異常だ。

 

 十匹──?

 いや、二十匹──。

 それ以上だ。後から後からどんどん押し寄せる。

 あっという間に目の前の地面が蠕虫蜥蜴(ワーム・ドレイク)に埋め尽くされる。

 

「うわっ、か、数が──」

「だめだよ、イライジャ。数が多い──」

 

 前に出ていたシャングリアとコゼが武器を構えたまま悲鳴をあげた。

 一郎も度肝を抜かれてしまった。

 とんでもない数だ。

 

 エリカが立て続けに弓を射る。

 先頭付近の蠕虫蜥蜴(ワーム・ドレイク)の動きが鈍くなるが、それだけだ。すぐに、その上から別の蠕虫蜥蜴(ワーム・ドレイク)がやって来る。

 

「きりがない。間に合わない」

 

 上でエリカも悲鳴をあげた。

 

「ご主人様、この先に魔瘴石……特異点があるよ。近くだ」

 

 一郎の横を飛んでいるクグルスが素早く言った。

 

「特異点から漏れ出る瘴気を吸って、大量発生したというわけだな」

 

 一郎は呻いた。

 

「撤退──。全員、撤退──。崖の上に退避──」

 

 イライジャが叫んだ。

 なんにしても数が多い。

 この数は許容範囲を超えている。 

 

「あたしが盾になります。皆さま、そのあいだに」

 

 マーズが前に出た。

 

「コゼ、縄を」

 

 上にいたエリカが素早く叫んだ。

 身軽なエリカやコゼはともかく、少なくとも一郎は簡単には崖を登れない。だから、上から引きあげようというのだろう。

 

「わたしも最後でいい」

 

 シャングリアがマーズと並ぶ位置につく。

 

「ほい」

 

 コゼが腰に吊っていた縄束をエリカに投げた。

 

氷吹雪(ブリザード)──」

 

 横でミウが魔道を放った。

 冷却に弱い蠕虫蜥蜴(ワーム・ドレイク)の動きが鈍った気がした。

 また、直撃の一群は凍りついて動かなくなっている。だが、それでも、どんどんと後ろから増える。

 あっという間に、蠕虫蜥蜴(ワーム・ドレイク)で埋め尽くされている大地がそばまでやってくる。

 

「ロウ様、縄を取って──」

 

 エリカが必死で叫んだ。

 どうやら、女たちは、自分たちが犠牲になってでも、まずは一郎を安全地帯に引きあげるつもりのようだ。

 イライジャさえも、武器をとっている。

 しかし、間に合わないだろう。

 

「クグルス、なんとかしなさい。時間を稼ぐのよ」

 

 上からエリカの怒鳴り声がした。

 

「なんとかって、なんだよ──」

 

 クグルスも言い返す。

 

「みんな、落ち着けよ。それっ」

 

 一郎は静かに言った。

 足の裏から大量の粘性体を発生させて大地を這わせる。

 一郎の前にいる女たちの足と足のあいだを粘性体が通り抜けて、蠕虫蜥蜴(ワーム・ドレイク)の足の下に伸びる。

 

 ギャギャギャガガガガ──。

 ガギャガガガガ──。

 イギャイギャイギャガガ──。

 

 まさに迫らんとしていた蠕虫蜥蜴(ワーム・ドレイク)の脚が粘性体に貼りついて、集団の動きがとまる。

 これでも、能力値レベル99の(シーラ)ランクの冒険者だ。こんなこともできる。

 もっとも、レベル99は淫魔師としてのものであり、この能力も、もともとは女を手っ取り早く拘束するための淫魔師としての技なのだが……。

 

 ついでに、目の前にやはり粘性体の壁を作る。

 腰ほどの高さだ。

 粘性体を突破して、ここまでやって来たものをとめるためのものである。

 だが、ほとんどの蠕虫蜥蜴(ワーム・ドレイク)は、脚を粘性体に捕らわれて、その場で地面にくっついている。ここまでは来れない。

 また、後方からやってきた個体も、動けなくなった個体の上を走って来るが、一郎がどんどんと粘性体を増量して、捕らえた個体の上にも粘性体を流している。

 それも次々に捕まえる。

 

「すごい……。でも、あんた、こんなことができたの? 早く、言ってよ……」

 

 イライジャが目を丸くしている。

 だが、いつも嗜虐のために使っているふざけた能力を実戦で使用することは、一郎だって初めてだ。

 一郎だって、我ながら驚いている。

 しかも、これだけの広域に粘性体を放射しても、魔力が途切れるような疲労感のようなものは皆無だ。

 その気になれば、まだまだ作れそうである。

 一郎にはもともとステータス上は魔力はないのだから、この魔道そのもののような現象は、淫魔師の操る淫気のエネルギーを根源としているのだと思うが、どうなっているのかは一郎にもよくわからない。

 いずれにしても、力が枯渇する感じはない。

 

「へえ、あのいやらしい粘性体があんな風に……」

「こんな使い道が……」

「さすが、ご主人様……」

 

 シャングリアとエリカは驚いているようだ。一方でコゼは感嘆の声をあげてくれている。

 

「うわあ……」

「まあ……」

 

 マーズとミウはただただ唖然としている。

 

「なにをしている。どんどんと狩ってくれよ。とりあえず動きをとめただけだ。いくぞ」

 

 一郎は亜空間から短銃を取り出すと、無造作に一匹を撃った。

 場所は長い身体の中心部付近だ。

 一郎には、そこに魔族の核があることが魔眼でわかったのだ。

 人間の二倍ほどの大きさのワーム・ドレイクが弾丸一発で死骸に変わったのがわかった。

 

「そ、そうでした」

 

 エリカが再び弓を持つと、さっと一匹を射る。

 硬い甲羅のような鱗を持つ蠕虫蜥蜴(ワーム・ドレイク)だが、エリカは鱗と鱗の隙間をうまく狙って矢を貫いている。しかも、さっき一郎が銃で撃った場所と寸分違わぬ位置だ。

 エリカは、一郎が最初に銃撃して、蠕虫蜥蜴(ワーム・ドレイク)の弱点がどこにあるかを教えてくれたのを知っている。

 エリカの射た個体もそれで死んだ。

 

 それから後は、作業のようなものだ。

 蠕虫蜥蜴(ワーム・ドレイク)は噛まれれば即死するほどの毒があるが、魔道のような攻撃はなく、動けなくなった蠕虫蜥蜴(ワーム・ドレイク)を殺すのは簡単だ。

 手分けをして、無数の蠕虫蜥蜴(ワーム・ドレイク)を狩っていく。

 

「きりがないよ。焼いちゃえば?」

 

 しばらくしてから、クグルスが口を挟んだ。

 

「そうねえ……。鱗は素材として売れば値がつくけど、こんなにたくさんあっても時間がかかるわねえ……。どうする?」

 

 イライジャが一郎を見た。

 最終判断を一郎に求めているようだ。

 

「そうするか」

 

 一郎も頷いた。

 すぐに、数百匹はいる蠕虫蜥蜴(ワーム・ドレイク)にとどめを刺す作業から、とどめを刺し終わっている個体からの素材回収に変わる。

 魔獣からの素材の剥ぎ方はエリカ以外はよく知らないので、エリカが講師となり、一郎も混ざって実地で覚えていく。少女魔道遣いのミウも含めて全員でとりかかり、五百枚ほどの鱗が集まった。

 片っ端から、一郎の亜空間に放り込んでいく。

 

「討伐退治の証拠としては十分でしょう。これ以上の数は増えても賞金は同じだし。素材だって、これだけの数を買い取ってくれるギルドはないかもね。どっちにしても、ここの地方ギルドでは無理よ」

 

 イライジャが汗を拭きながら言った。

 

「じゃあ、クグルス、頼むわ。残りは焼いて」

 

 エリカが事もなげに言った。

 クグルスがすごい勢いでエリカの正面に飛んでいった。

 

「これ、全部? こんなにひとりで焼けるわけないよ。倒れちゃうよ」

 

「倒れればいいじゃない。ロウ様に可愛がってもらえれば回復するんでしょう。許すから」

 

「なんで、お前に許しをもらわないとならないんだ」

 

 クグルスが大きな声をあげた。

 

「あっ──。あたしがやりますから」

 

 ミウが前に出た。

 だが、一郎はそれを押し留めた。

 

「ちょっと実験してみたいことがあるんだ。いいか?」

 

 一郎は女たちをさがらせると、切り離していた粘性体を新しい粘性体で繋げる。

 やろうとしているのは、女たちを相手にハードプレイする気持ちで、淫魔師の技を戦闘に応用できないかということだ。

 とっさに思いついたことだが、一郎の頭に浮かぶ「勘」というのは、大抵は正しい推量だったりする。

 おそらく、魔眼保持者としての特性なのだろう。

 

 一郎は以前に、シャングリアの股間を「土手焼き」したときのことを思った。

 

 ……粘性体が拘束している蠕虫蜥蜴(ワーム・ドレイク)の群れを女の黒い陰毛だと想像し……。

 ……土手焼きの調教をするつもりで、粘性体を可燃性の油剤に変質させる……。

 

「な、なんかいやらしい顔していない、ロウ……?」

 

 イライジャがぼそりと呟くのが聞こえた。

 

「ちょっとぞくぞくするかも……」

「ぷれいのときの表情だな……」

 

 コゼとシャングリアがそれに応じるようにささやいた。

 ふと見ると、三人娘は全員が赤い顔をしている。そろそろ、長い付き合いになるし、何百回も身体を重ね合った、時間以上に深い関係だ。一郎が淫らなことを妄想しているのがわかるのかもしれない。

 しばらくすると、思ったことができたという感覚がやって来る。

 粘性体のすべてが燃えやすい燃料体のようになった。

 

「ミウ、火炎弾(ファイヤー)を打ち込んでくれ」

 

 一郎は言った。

 ミウがすぐさま一弾の火炎を放射する。

 

 一瞬にして粘性体が燃えあがり巨大な炎が出現した。

 大量の蠕虫蜥蜴(ワーム・ドレイク)が死んでいるものも生きているものもすべてが火に包まれる。

 彼らの阿鼻叫喚の鳴き声が響き渡る。

 

「すごい……」

 

 イライジャは絶句している。

 

「ほおお」

 

 マーズなど、馬鹿みたいな声を出している。

 

 すると、一郎の魔眼に、なにかが接近する反応があった。

 

 

 

 “蠕虫竜(キング・ワーム・ドラゴン)

  レベル40

  生命力:2000

  状態

   魔瘴石による強化”

 

 

 

 すぐに、火炎の向こうから巨大な生物がやって来た。

 まるで、黒い山だ──。

 目の前で焼かれている通常の蠕虫蜥蜴の五倍の大きさはある。

 変異もしており、顔の部分は恐竜を思わせた。

 

「ご主人様、あいつだ──。あいつの身体の中に魔瘴石があるよ」

 

 クグルスが興奮したように叫んだ。

 

「そのようだな。来るぞ、みんな──」

 

 一郎は声をあげた。

 だが、なぜかみんなすぐに動かない。

 

「……ねえ、あんたの技で、あいつを足止めできないの? ついでに、そのまま火炎で焼いたら?」

 

 イライジャがぼそりと言った。

 それもそうかと思った。

 火炎を避けるように出てきた魔瘴石持ちの巨大な魔獣に、可燃性に変質している粘性体を繋げる。

 魔獣の動きがとまるとともに、炎が燃え移って、魔獣の親玉が炎に包まれた。

 森の中に魔獣の断末魔の奇声が響き渡る。

 

 こうして、東の森の魔獣退治のクエストは、特異点の発見と封印というおまけ付きで、呆気なく終わった。

 

 

 *

 

 

 破壊された魔瘴石の一部を特異点封印の証拠として持ち帰り、一郎たちは東の森からの帰途についた。

 なんだかんだで、クエスト達成には二日間しかかからなかった。

 森を抜けて、辿り着いたのは墓地だ。

 墓石のようなものがたくさん並んでいる。

 

「……ロウ様、そういえば、あのサターシャという娘が依頼してきたクエストの場所って、ここじゃないんでしょうか。東の森に面する墓地とありましたし……」

 

 エリカが一郎に言った。

 一郎たちは、終了した東の森の魔獣退治のクエストと合わせて、アンデッドモンスターの調査というクエストを受けている。

 まだ、詳細なクエスト内容は聞いていないものの、宿屋を兼ねている冒険者ギルドの貼り紙によれば、確かに、その場所は、東の森に接する墓地だということだった。

 おそらく、対象の場所は、ここで間違いないだろう。

 

「……そうだとしても、どこにも異常などないわね。まあ、もうすぐ陽が暮れるから、わからないけど……」

 

 イライジャが言った。

 陽は西の空に消えかけていて、そろそろ薄暗くなっている。

 

「アンデッド・モンスターの種類がわからないけど、大抵の死霊体(アンデッド)は陽の光を嫌うわ。暗くなれば、姿を現すかも」

 

 アスカ城の経験で、アンデッド・モンスターに詳しいエリカが素早く言った。

 

「ここは、このまま通り過ぎよう。まずは依頼の内容を聞いてからだ。宿に戻るぞ」

 

 一郎は言った。

 そうとなれば、魔妖精のクグルスは隠れてもらわなければならない。

 出現させたまま人里に行けば、大騒ぎになる。

 

「ご苦労だったね、クグルス──。ありがとう」

 

 一郎はクグルスに言った。

 

「ご主人様、ご褒美、ご褒美」

 

 クグルスが寄ってきた。

 最初の頃は裸に近い薄物だったが、最近では裸体に綺麗なドレスのようなものを纏うようになっている。よくわからないが、一郎がレベルアップしたために、クグルスのレベルもあがったのだそうだ。

 いまは、魔妖精としてのレベルが“60”だ。

 何気に超強力な魔族となっている。

 さっきの蠕虫竜(キング・ワーム・ドラゴン)ですら、レベルは40だったのだ。

 

「ほら」

 

 一郎はクグルスを掴むと、透明の服の下から指を入れて肌をゆっくりと擦り始める。

 

「あいいいっ、いいっ、くううう──。ご、ごしゅりんしゃま、いつもすごおおいい」

 

 クグルスがすぐに激しく悶え始めて、激しく腰を振り始めた。

 あっという間に絶頂をしてしまう。

 一郎は、そのまま愛撫を続ける。

 クグルスが狂おしく身悶えをしながら奇声をあげ、再びがくがくとオルガニズムの痙攣を開始する。

 

「……いつも愛撫だけじゃ寂しいだろう。淫魔師レベルがあがって、こんなこともできるぞ」

 

 一郎はクグルスの小さな膣と自分の男根の感覚を同調(シンクロ)させた。

 ズボンの中で勃起している一郎の性器を指から出した粘性体でつくった小ペニスと完全に一致させて、それをクグルスの股間に貫く。

 

「んふううっ、ご、ごりゅりんしゃまあ──」

 

 クグルスが手の上でのけぞった。

 一郎は小ペニスを操って激しく律動させる。

 

「りゃめえ、りゃめええ、ひんりゃう、ひんりゃううう」

 

 クグルスは完全に舌が回っていない状態だ。

 一郎が肌の上から触るだけでも激しく連続絶頂してしまうクグルスには、同調した疑似男根とはいえ、膣を一郎に犯されるのは刺激が強すぎるのかもしれない。

 やがて、クグルスの腰の痙攣がとまらなくなり、五回ほど連続で絶頂した。

 一郎は五回目で、下着の中で精を放った。

 だが、その精は下着やズボンを汚さずに、そのままクグルスの中にある疑似ペニスからクグルスに放たれる。

 

「んぶわあっ」

 

 クグルスが悶絶した。

 腹が一気に蛙のように膨れあがり、疑似ペニスをはじき出した膣だけでなく、口や鼻からも一郎の精が逆流して噴き出る。

 

「うわっ、まずい──」

 

 一郎は慌てた。

 考えてみれば、クグルスの小さな身体にそのままの量の精を放てば、こうなるのは当然だった。

 急いで、ありったけの淫魔力を遣って、損傷したかもしれないクグルスの身体を治療する。

 股間から注いだ精液がどの経路を使って口や鼻に流れたのか考えたくない……。

 一瞬、息がとまったようになっていたクグルスが激しく息を再開した。

 膨れあがった腹も、瞬時に戻る。

 一郎はほっとした。

 

「ロウ、なにをしたのだ?」

「い、いまのなんですか、ロウ様?」

 

 たまたま近くにいたシャングリアとエリカが驚いて声をあげた。

 

「な、なんでもない。なんでもない。なんでもない──」

 

 一郎は懸命に誤魔化す。

 おそらく、一郎はクグルスを内蔵破裂で殺しかけた。

 もっとも、瞬時に治療ができたのは間違いないが……。

 すると、全身が一郎の精液にまみれてしまったクグルスがさっと飛びあがった。

 

「しゅ、しゅごかった……。し、しあわせ……。ま、また、さっきのしてね……」

 

 恍惚の表情のクグルスの身体が消滅した。

 どうやら、大丈夫だ。

 一郎はほっとした。

 

 そのときだった。

 

「ミウ、大丈夫か──。ミウ」

 

 マーズの悲鳴が轟く。

 視線を向けると、ミウが仰向けで倒れていた。

 

「ミウ、どうしたの?」

「ミウ──」

 

 全員がミウに駆け寄った。

 

「なにがあった?」

 

 一郎はステータスを覗く。

 

 

 

 “ミウ

  人間族、女 

   見習い巫女

   冒険者(デルタ)・ランク

  年齢:11歳

  ジョブ

   魔道遣い(レベル12)

   退魔師(淫)(レベル20)↑

  生命力:50

  攻撃力:5

  魔力:***

  経験人数:男1

  淫乱レベル:B

  快感値:120

  状 態

   ***

   ***”

 

 

 

 だが、どうしたのかわからない。

 しかし、ステータスの最後にある「状態」の項目の部分の一部がかすんで読み取れなくなっている。

 なんらかの異常状態にあることは確実だ。

 しかも、退魔師(淫)のレベルが、“20”だ。

 昨日の夕方は、まだ“1”だったはずだ。

 

「どうしたんだ? なにが起きたんだ?」

 

 一郎は怒鳴った。

 

「わかりません。いきなり、倒れてしまって」

 

 マーズは当惑したように言った。

 

「とにかく、宿に」

 

 イライジャが言った。

 マーズがミウの身体を横抱きにした。



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279 夜の訪問者

「まあ、さすがは、(シーラ)・ランクの冒険者たちだ。女ばかりのパーティで、正直、軽く見ていたんだが、やっぱり、あのミランダの折り紙つきのパーティだな。度肝を抜かれちまったぜ」

 

 冒険者ギルドのマスターを兼ねた酒場の主人が自ら、一郎たちのテーブルに料理を並べながら言った。

 一郎を中心にして、エリカ、シャングリア、コゼ、イライジャの五人がテーブルを囲んでおり、軽いアルコールであるエールと数種類の料理の大皿が置かれ始める。

 

 ミウとマーズはいない。

 二階でミウが休んでおり、マーズはその看病についている。

 もっとも、ミウは大丈夫だ。

 いきなり倒れて、一時はどうなることかと思ったが、ここに辿り着く前に意識は戻り、問題はなさそうだ。

 実際のところ、大丈夫ではないかと食事に誘ったのだが、ミウの方から、少し横になっていたいと言われたのだ。マーズについていて欲しいというのもミウ自身が頼んできた。だから、食事を運んで、マーズに任せている。ミウもマーズとは仲がいいので、マーズとふたりの方が落ち着くのかもしれない。

 

「しかも、特異点の発見と始末までやっちまうとはなあ。確かに、急に東の森に魔獣が多くなったと思ってはいたが、まさか、ここに特異点が発生していたとは」

 

 主人が感嘆したように言った。

 一郎はたびたび特異点という瘴気の裂け目には遭遇しているが、この世界の一般の人々にとっては、特異点の発生など、太陽が欠けることほど珍しいことなのだ。魔獣が発生したところで、それが特異点の出現ということには結びつかない。なにしろ、普通の人々にとっては、特異点の討伐とは、王軍の一隊をもって、数年がかりでやることなのだ。

 冒険者がやってきて、数日で終わらせてしまうようなものではない。

 もっとも、イライジャによれば、このところ、急に特異点の発見例が多くなっているようだ。だが、これまで特異点の発生例のない地域では、どうしても、特異点の発生に気づくのが遅れがちになるようだ。

 

 いずれしても、今回も運がよかったと思う。

 魔獣に取りついていた特異点は、本当に生まれたばかりのものだった。

 だから、簡単に処置できたのだ。

 

「まあ、たまたま討伐した魔獣に魔瘴石があっただけで、偶然ですね。偶然」

 

 適当に誤魔化した。

 

「とにかく、軍には連絡はしておいた。ただ、王軍魔道師隊が確認できるまで、最低二日ほどかかると思うがな。クエスト褒賞金はすぐに手続きできるが、特異点破壊の賞金はそれが終わってからになると思う。それまでは、ここに足止めになってしまうな」

 

「それは構いません。もうひとつのマイセンという人の依頼もありますしね。そっちに手をつけますし」

 

 どんな依頼なのか、詳細はわからないのだが、明日にでも、連絡をしてみようと思った。

 

「それなんだが……」

 

 すると、主人が渋い表情になった。

 

「なにか?」

 

「あのサターシャに、本当に手を出すのか?」

 

「ああ、そのことですか……」

 

 一郎は思わず笑った。

 クエスト報酬に不足する分は、自分を一日自由にしていいとか言っていた元気な女の子だった。

 年齢は十二歳か……。

 

「まあ、あの子の覚悟を確かめただけですよ。そのつもりはありません。ただ、折角なので、話は聞きます。まあ、特別奉仕ですね」

 

 一郎は言った。

 

「えっ、そうなのか? 報酬が安いのに、興味を持ったのは、サターシャとかいう娘が気に入ったからだと思ったが?」

 

 すると、黙って食事をしていたシャングリアが横から言った。

 

「そうなのか……って……。いくらなんでも手は出さないよ。あのサターシャはまだ十二歳だぞ」

 

「十二歳がなんなんです。ミウは十一歳ですよ」

 

 コゼも含み笑いで口を挟んだ。

 

「ミウには、まだ手を出してない」

 

 手を出すつもりではいたが、まだ抱いてはいない。

 

「まだね……。そして、ミウは十一歳……。あなたの節操のなさに、年齢制限があるのは知らなかったわね。そもそも、あなたの手を出してないというのは、女の子のスカートに手を突っ込んで、股間を愛撫して絶頂させることは含まれないのね」

 

 イライジャが呆れた口調で言った。

 

「それでも、手は出していないだろう。ちょっと味見しただけだ。まあ、いずれは、出すとは思うけど……」

 

 一郎は仕方なく言った。

 すでに、唾液などを飲ませて淫魔術を刻んでいるが、まだ結びつきは弱い。

 やはり、性行為をしなければ、完全には支配できない。

 ミウのステータスに読めない部分があるのも、倒れた原因がよくわからないのも、いま少し結びつきが弱いためだと思う。

 しかし、そのとき、はっとした。

 ギルドの主人がまだすぐ横にいるのを一瞬、失念していたのだ。

 際どい話を始めた一郎たちに、主人が目を白黒させている。

 

「……ところで、部屋割りはどうしましょう。わたしはロウ様と一緒に休みますが、ほかに同室するのは、ミウとマーズでよろしいですか…? でも、ミウはあんな調子だし、今夜は手を出さない方が……」

 

 すると、空気を読めないエルフ娘が周りを気にせずに、ぼそりと言った。

 

「な、なんで、あんたなのよ。一番活躍した者がご主人様の伽を受ける約束だったじゃないのよ」

 

 すぐにコゼが噛みつく。

 

「だから、わたしよ。わたしが断然多く数を仕留めたわよ。そんなの明らかだったでしょう。わたしは、ずっと前衛にいたのよ」

 

「知らないわよ。あたしが多かったってば。まあ、いちいち数なんてかぞえてないけど、絶対よ。ご主人様の伽はあたし──。譲らないからね」

 

「やめんか、ふたりとも──。恥ずかしいだろう」

 

 さすがに、一郎は声をあげた。

 エリカとコゼは、やっと声が少し大きかったことに気がついたようだ。赤くなって口を閉じた。

 気がつくと、そばにいる主人だけでなく、店にいるほかの男客たちも聞き耳を立てている。

 

「……ふふふ、やっぱり、実力のある男のところには、女が集まるんだな。まさかとは思ったが、本当にここにいる女はあんたの女なんだな」

 

 主人が笑った。

 

「それは否定しません。なぜか、みんな慕ってくれて……。でも、実力があるのは彼女たちですよ。俺なんて、付録のようなものです」

 

「謙遜も嫌味よ、ロウ。ワーム・ドレイク数百匹をひとりで倒した男が、付録だなんて」

 

 イライジャが苦笑した。

 

「ところで、話は変わりますが、マイセンさんという人はどんな人なんですか?」

 

 主人に訊ねてみた。

 明日の朝には、接触するとしても、その前に事前情報くらいは整理しておきたい。

 

「マイセンさんか? まあ、この辺りで知らない人はいないさ。みんな世話になっている。魔道遣いでな。病人が出ては治療してもらったり、畠仕事や害虫退治、日照りや大雨の災害、なんでも助けてもらっている。それなのに、本当に安い礼金しか受け取らないんだ。ただ、このところ、調子が悪いみたいでな。サターシャも心配しているというわけだ。こんなときこそ、俺たちも恩返ししたいんだが、あんまり、なにも言ってくれなくてな」

 

 主人がぼそりと言った。

 サターシャについても、改めて訊ねてみた。

 彼女はマイセンという魔道遣いの孫娘らしい。同じ屋敷で暮らしていて、屋敷には、さらに老侍女とその孫がふたりいるとのことだ。

 サターシャと一緒にやってきて、騒動を起こした自称サターシャの護衛のレオンは、老女の孫なのだそうだ。

 サターシャの両親については、サターシャが生まれて間もなく死んだのだということも教えてくれた。

 

「調子が悪いことと、今回の依頼は関係があるのかしら?」

 

 イライジャが口を挟む。

 主人は肩を竦めた。

 

「それについては、なにもわからん。そもそも、墓場にアンデッド・モンスターが出現するようになったという噂話はあったが、夜だけのことだし、しばらく様子見の感じだったんだ。だが、サターシャを通じて、マイセンさんがクエストとして依頼書を出してな。もしかしたら、関係があるのかもしれねえが、それは直接話を訊いてもらうしかねえな」

 

「でも、クエストの詳細がわからないのに、最終的に依頼を受けるかどうかの判断はできないわ」

 

「もっともだな。今回のクエストについては、ギルド扱いにはしないことにするさ。直接にやりとりして、受けるかどうかを判断してくれ」

 

 主人が言った。

 一郎は「承知しました」と応じた。

 

 そのときだった。

 店の扉が開いて老婆が入ってきた。

 あのレオン少年も一緒だ。

 そのレオンがつかつかと一郎の前にやって来た。

 

「この前はいきなり、失礼なことをして申し訳ありませんでした。それと、殺さないでくれて感謝します」

 

 立ったまま、いきなり、がばりと頭をさげた。

 一郎は面食らった。

 

「あたしからも感謝します。レオンの祖母のメリジーヌと申します」

 

 老婆もやって来て、頭をさげた。

 さっき話に出てきたマイセンの老侍女だろうと思った。

 

「あっ、ロウです。こっちは仲間です……」

 

 丁寧な挨拶に思わず、一郎も丁寧な対応で返した。女たちについても、順に名前を紹介する。

 メリジーヌはいちいち女たちにも頭をさげて挨拶をした。

 

 挨拶が終わると、メリジーヌは自己紹介をした。

 やはり、メリジーヌは長くマイセン家に務める侍女であり、いまでは唯一の家人なのだそうだ。

 また、このレオンは死んだ娘夫婦の忘れ形見であり、遠方で暮らしていた娘夫婦が赤ん坊だったレオンを遺して死んだときに引き取ったようだ。

 かつては、もう少し、屋敷が賑やかな時期もあったようだが、いま屋敷で暮らしているのは、マイセンとサターシャ、そして、メリジーヌとレオンの四人のみとのことだった。

 

「高名な冒険者であり、子爵様でもあるボルグ様に依頼を受けていただけるなど、光栄です。どうか、主人のマイセンをお助けいただくよう、お願いします」

 

 ひと通りの挨拶が終わると、メリジーヌが一郎にまた頭をさげた。

 

「えっ? あんた、子爵様だったのか?」

 

 店の主人も驚いている。

 だが、それは一郎も同じだ。

 一郎が爵位持ちなどということは、誰にも言っていないはずなのだ。

 

「なんで、俺が爵位持ちだと知っていたのですか?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「主人のマイセンより耳にしました。お嬢様から、旅の冒険者の方が依頼を引き受けてくださると知らされまして、失礼ながら、マイセンが少し調べたようでございます。是非ボルグ様に、助けていただきたいと申しております」

 

 驚いたが、片田舎で暮らす魔道遣いの割には、世間が広いようだ。ギルドの主人も知らなかった一郎の素性など、簡単に調べられなかっただろう。

 そして、一郎たちが魔獣退治のクエストを終了して戻ってきたということを小耳に挟んで、急いでここにやって来たらしい。

 

「申し訳ありませんが、まだ依頼を受けるかどうかの最終判断はしていません。とにかく、話を訊くということだけ決めているだけです」

 

 イライジャが口を挟んだ。

 

「はい。もっともです。それで、今日やってまいりましたのは、報酬の追加でございます。既定の報酬に加えて、これも受け取ってもらいたいと思ってでございます」

 

 メリジーヌがレオンを促した。

 すると、革袋をレオンがテーブルの上に置いた。

 中身は大きな額ではないが、さまざまな種類の硬貨だ。ほかにも、指輪や貴金属類。価値のありそうなものが雑多に入っている。かき集められるものを集めてきたという感じだ。

 

「これもつけるよ。お父さんの形見の剣だ。魔道が加わっているもので、少しは価値があると思う」

 

 レオンが腰の剣を抜いて出した。

 魔道がかけてあれば魔剣ということになるのだろうか。

 

 とにかく、これは侍女にすぎない彼女たちの私財だろう。主人の依頼に家人が私財を出すというのは余程のことと思った。

 どうしようかと思ったが、金は受け取った。

 だが、剣は返した。

 

「とりあえず、金子は受け取ります。依頼を達成したら成功報酬として受け取ります……。でも、これは返すよ。君はサターシャちゃんの護衛なんだろう? 剣がなければ守れないじゃないか」

 

 恰好つけたものの、どうせ、大した価値があるとも思えない。

 剣を金に換えるのも面倒だ。

 

「あ、ありがとう」

 

 レオンは感極まった様子で剣を受け取った。

 

「もしかして、これは娘さんの形見では?」

 

 さらに一郎は、袋から指輪の類いを取り出した。

 

「……そ、そうですが……」

 

 一郎は嘆息した。

 そして、それらも外に出す。

 

「だったら、これも結構です。依頼は話を聞いてからですが、手に負えない内容でない限り、受けますよ」

 

 メリジーヌはほっとした表情になった。

 

「あ、あのう、だ、だったら……」

 

 レオンが少し険しい顔になる。

 この少年が言いたいことも予想がつく。

 

「サターシャには手を出さないよ。少なくとも、いまはその気はない」

 

 一郎ははっきりと言った。

 

「この人は、別にサターシャに手を出すつもりはないそうさ。相手をしなければならない女の人がいっぱいて、間に合っているそうだ」

 

 横で話を聞いていた主人が笑って言った。

 すると、レオンも目に見えて、安心した表情になる。

 

 そして、明日の昼前の訪問を約束して、ふたりが戻っていった。

 メリジーヌとレオンがいなくなると、主人がぽんと一郎の肩を叩いた。

 

「おっと、気軽に身体に触るなど、子爵様に失礼だったかな。まあ、嬉しくてな。やっぱり、あんたはいい人だ。せめて、酒を奢らせてくれ。今夜は、いくら飲んでもただでいいぞ。倒れるまで飲んでくれ」

 

 主人が豪快に笑った。

 

「そ、それは、だめ──」

「そ、そうです。お酒はほどほどに……」

「ご主人様、飲みすぎたら、いやですよ」

 

 すると、女たちが猛然と抗議した。

 

 

 *

 

 

「もう、大丈夫そうだな、ミウ」

 

 マーズは言った。

 墓地で突然に気絶をしたときには驚いてしまったが、すっかりと元気になったように思う。

 とりあえず、食べ終わった食器をさげようと、マーズはふたり分の食器をまとめ出した。

 だが、立ちあがりかけたところで、ミウに呼び止められた。

 

「なんだ?」

 

 ミウはまだ寝台に横になっている。

 マーズはその横に椅子を持ってきて、座っていた。

 

「相談があるの。実は、ここで休みたいと言ったのは、体調が悪いわけじゃないのよ。あなたとふたりっきりになりたくって……。だって、なかなか、ふたりきりにはなれないから……」

 

 ミウが改まったような物言いでマーズに言った。

 マーズは手に持っていた食器を横の台に置きなおす。

 ミウが寝台の上で身体を起こした。

 なんだか、妙に馴れ馴れしい。

 もちろん、馴れ馴れしいのは歓迎だ。

 最初は、ぎこちなくて、よそよそしかったミウに、丁寧な言葉遣いも不要だし、呼び捨てにしてくれと言ったのは、マーズの方だ。

 

 しかし、なんか距離感が……。

 ミウは、マーズの手を引いて、ほとんど密着せんばかりにくっついてくる。

 

「は、話とはなんだ?」

 

 とりあえず言った。

 

「セックスのことよ……。今夜はやめとこうと思うけど、あたしは数日すれば、ロウ様に抱かれることになる……。それで、マーズのときはどうだったかと思って……色々と教えてもらえない?」

 

「ああ、そのことか……」

 

 マーズはミウを不安に思わせないようにしなければならないと思い、にっこりと微笑んだ。

 よくはわからないが、このミウは、魔道遣いとしての能力を安定させるために、ロウとできるだけ早く関係をもたないとならないらしい。

 だが、不安だろう。

 まだ、十一歳だし、ミウは身体も小柄だ。

 その気持ちはわかる。

 

「……まあ、先生に任せておけば大丈夫としか言えないな。多分、なにも考えなくていいと思う。なにをやればいいかは、先生が教えてくれるし……。先生のやり方は、ちょっと変わっているけど。気持ちがいいし、まあ、幸せな気分にさせてくれることは確かだし……」

 

 ロウとの最初の性交は、ぬるぬるの油剤の中で戦闘をしながらだったけど、あれは数のうちに入らないだろう。

 ちゃんと寝台で抱かれたのは、マーズの所有者が、正式にロウに移動した日の夜のことだ。

 

 場所は、あの屋敷だった。

 最初は浴場で、次は寝室だ。

 いま思い出しても恥ずかしいし、あのときの狂態を考えてしまうと、穴があったら入りたくなる気分になる。だが、ロウのなんでもない手のひと触りひと触りが、信じられないくらいの愉悦をマーズにもたらした。

 マーズとしても、闘奴隷の自分が、あれほどまでに女として快感を得ることがあるとは思いもしなかった。

 特に、寝室で縛られてからは、ただただ、ロウに翻弄されて、快感に溺れただけだ。

 ロウとしては、マーズを鍛えてくれようとした気配なのだが、マーズは快感によがるだけで、ほとんどなにもできなかった。

 あのときの醜態を考えると、不甲斐なくて恥ずかしいという気持ちでしかない。

 

 とにかく、マーズはロウの前では、なにもできないひとりの少女でしかなかった。

 ほかの女の人にそれとなく訊ねたが、ロウは女を抱くときには、大抵拘束して抱くのだという。

 そうだとすれば、なにもしなくてもいい、というよりは、なにもできないだろう。

 ただ、ロウに委ねればいいということになる。

 マーズのときも、そうだったし……。

 

「た、多分、なにもしなくていい……。先生にお任せすればいい」

 

 マーズはもう一度言った。

 

「スクルズ様にも、そう言われたわ……。でも、不安かも……。ねえ、練習相手になってもらえない?」

 

 ミウが突然に言った。

 

「れ、練習相手?」

 

 マーズは思いもよらなかったミウの言葉に当惑してしまった。

 

 練習だって?

 なんの?

 セックスの──?

 

「どんな風に抱かれたの? まずは、それを教えて。さあ、寝台にあがって……」

 

 強引に寝台にあげられてしまった。

 拒否するのは簡単だが、ミウが、こんなに積極的に艶話をすることは珍しい。あるいは、ロウに抱かれることを前にして、思いつめていることもあるのかもしれない。

 ミウのことは好きだし、マーズにできることがあれば、協力してあげたいという気持ちもある。

 だから、結局、なすがままに寝台にあげられた。

 

「横になって……。さあ、教えて……。どんな風にロウ様に抱かれたの? ふふふ、口づけが先? それとも、いきなり抱かれた?」

 

 ミウに寝台に押し倒された。

 しかも、いきなりミウはマーズに馬乗りになってきたのだ。

 マーズは驚いた。

 さすがに、どいてもらおうと思って、ミウの身体に両手を伸ばす。

 

 そのときだった。

 ミウがマーズの胸の真ん中にすとんと手を置いた。

 

「はうっ」

 

 強い衝撃が襲いかかった。

 なにが起きたかわからなかったが、すぐになにかの魔道を浴びせられたのだとわかった。

 全身に痺れが走り、四肢が完全に弛緩していたのだ。

 

「マーズ、ごめんね……。でも、ちょっとだけ、大人しくして……。あたし、マーズのこと大好きなのよ……。本当のこと言うと、ロウ様なんかよりずっと好き……。男の人に抱かれるなんて嫌よ……。だから、お願い……。あたしの相手をして……。まあ、嫌だと言っても無駄だけどね。だって、無理矢理に愛し合っちゃうから……」

 

 ミウがくすくすと笑って、マーズの服に手をかけた。

 マーズは革のチョッキに革の半ズボンをしている。冒険者としては軽装で露出の部分が多すぎるのだが、長年闘奴隷をやっていたので、下着のような革の具足で闘うことに慣れている。それで、そうしていた。

 それをミウが脱がし始める。

 

「ちょ、ちょっと、ミウ」

 

 抗議の言葉を口にするが、四肢が動かないのでなにも抵抗はできない。

 意外に慣れているミウの手によって、チョッキが左右に拡げられ、紐で縛っている胸当ても解放される。

 

「大きなおっぱい、羨ましい……。そして、すごい筋肉……。うわああ……」

 

 ミウがマーズの乳房に手を伸ばしてきた。

 そのとき、またもや、身体に魔道が流れた感覚が襲った。

 ミウの手が乳房に触れる。

 

「いやっ」

 

 身体を思わず跳ねあげてしまった。

 もしも、弛緩されてなければ、上に乗っているミウを勢いで弾き飛ばしてしまったかもしれない。

 

「へへ、ちょっと悪戯しちゃった。マーズのおっぱいの感度を二十倍にあげたわ……。ふふ……、でも、気持ちよかった?」

 

「ちょ、ちょっと、変なことは……」

 

「変なことって、なによ、マーズ。これは、練習よ。練習相手になってくれるって言ったじゃないの」

 

 ミウがくすくすと笑いながら、ゆっくりと乳房に指を喰い込ませるように動かしてくる。

 すると、両乳房に断続的に電撃でも走ったような衝撃が襲いかかった。

 マーズはついつい、声を洩らしてしまう。

 それにしても、練習相手になるなどと約束した覚えはない。

 そもそも、今日のミウはまるで人が変わったかのようだ。

 魔道でマーズの身体を弛緩させて、強姦同様に襲うなど、とても、普段のミウでは考えられないことだ。

 

「……マーズ、このことは内緒にしてね……。あっ、そうだ。魔道をかけちゃおう。あたしとこんなことをしたことをほかの人に口にしたら、その場で昏睡して、倒れてしまうようにする。それなら、誰かに言えないものね」

 

 ミウがまたもや、マーズの身体に魔道を流した。

 もはや、マーズは唖然としてしまった。

 

「そろそろ、こっちはどう? 確認するね……」

 

 ミウが身体をずらして、マーズの腰に手を伸ばして、半ズボンに手をかけた。

 あっという間に、ズボンも下着も抜き取られてしまう。

 

「んふううっ」

 

 マーズは悲鳴をあげた。

 クリトリスになにかの衝撃が加わったのだ。

 

「ここの感度も二十倍よ。ここまで敏感になったお豆を弄ったらどうなるかな? きっと、マーズは悶絶しちゃうね」

 

 ミウがさらに身体をずらして、クリトリスに口づけをするように口をつけて、舌でぺろぺろと舐め始める。

 

「んふううっ、うはああっ」

 

 凄まじい衝撃が襲いかかった。

 信じられないような快感が全身に迸る。

 

「可愛いお股……。びらびらも小さくて素敵……。はは、若いっていいわね」

 

 ミウがそんなことを口走りながら、敏感な肉芽を刺激していく。

 だが、若いって……。

 しかし、思念はそこまでだ。

 ミウの舌がマーズの股間を這い、電撃のような快感が身体に迸る。

 

「ああっ、あああっ、あああっ」

 

 もう我慢などできずに、開かれた状態のマーズの両脚ががくがくと痙攣した。

 暴れかけるマーズの身体に、さらに魔道による拘束が強化される。

 

 しばらくのあいだ、ミウの舌責めが続いた。

 思考することさえできずに、マーズは翻弄され続けた。

 

「んぐうっ、ああっ、あああっ」

 

 マーズは、ただ悲鳴をあげることしかできない。

 ミウの舌が動くたびに、じんじんと全身が熱くなり、甘い痺れが腰を震わせる。

 だんだんと、意識さえ怪しくなり、頭が朦朧としてきた。

 そして、絶頂がやって来た。

 

「あああああっ」

 

 白いかすみがかかったような視界の中で、ついにマーズは快楽の波に埋没した。

 激しい痙攣が続き、弛緩している全身が完全に脱力してしまう。

 

「いっちゃった? じゃあ、次はミウを気持ちよくして……。あたしをいかせてくれたら、休ませてあげるわ。でも、それまで、責め続けるからね」

 

 ミウが一度起きあがり、なにかを持ってきた。

 鳥の羽根がついた棒だ。

 ロウが使う責め具のひとつだ。

 

「ほら、休みなんかないわよ。早く、あたしをいかせないと、息が止まって死ぬかも」

 

 ミウは裸になり、マーズの顔の上にどんと跨った。

 マーズの鼻と口の上に、ミウの股間が乗っかる。

 さすがに苦しくて、顔をもがかせたが、ミウの魔道でその力も奪われ、ぴくりとも動かなくされる。

 

「ほらほら、あたしをいかせるのよ。舌を動かしなさい、マーズ──」

 

 ミウが鳥の羽根がついた棒でマーズの股間をくすぐりだした。

 

「んぐううっ」

 

 異常なほどに敏感になっている肉芽から、想像を絶する痺れが駆け抜け、脳天まで痺れさせてくる。

 しかも、顔に股間を乗せられて、息ができない。

 

 死ぬ──。

 本当に死ぬ──。

 

 マーズは容赦のないミウの責めが本当に怖くなってしまい、懸命に顔の上のミウの股を舌で刺激し始めた。

 そして、あっという間に二度目の絶頂が襲いかかり、マーズはまたもや身体を震わせて達してしまった。



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280 朝の違和感

「も、もう、終わりにしようよ、ミウ──」

 

 マーズは死にそうな声で、ついにミウに哀願した。

 すでに、夜半はとっくに過ぎてるだろう。

 ミウがマーズに魔道をかけて身動きできなくし、そして、淫靡な悪戯を開始したのは、夜になってすぐの頃だ。

 だから、もう随分と長いあいだ、マーズはミウの好色な行為を受け続けさせられていることになる。

 いったい何ノス経っているのか、マーズにはもう見当もつかない。

 

 女同士のセックスというものが、この世にあることくらいは、性に未熟のマーズもさすがに知っている。

 そもそも、ロウの女たちは、ロウに可愛がられながらも、女同士でも愛し合うみたいだ。

 気真面目そうなイライジャは、あれで縄掛けをして女を愛撫するのが大好きらしく、エリカはイライジャのかつての恋人だったと堂々と口にする。また、よくわからないが、コゼもイライジャを苦手そうに振る舞っている。

 さらに、冗談めいた行動でありながらも、コゼがエリカに悪戯して、エリカの身体にある一番奴隷の証らしい乳首や股間の飾りをくすぐるように動かし、エリカに悲鳴をあげさせる現場などは、それこそ、何度も浴場などで垣間見ている。

 

 即ち、そういうことは、ロウの周りの女たちの中では日常のことなのだ。

 マーズも自分も求められれば、そういうことも受け入れるつもりではいた。

 ロウのところに、できるだけ長くいたいからだ。

 

 しかし、まさか、このミウがマーズにこんなことを仕掛けてくるとは夢にも思わなかった。

 とにかく、十一歳の童女とは思えぬしつこさと、ねちっこさでマーズもたじたじだ。

 さらに、魔道までかけて、マーズの身体を媚薬漬けにでもしたように、敏感にされた。

 さすがのマーズも、こんな風に魔道で抵抗力を奪われてしまっては、ミウに好きなようにいたぶられるしかない。

 

 それにしても、つい先日まで、馬車の中で大人しそうにしていただけのミウは、今夜に限って人が変わったかのようだ。

 もしかしたら、今日の昼間に、ロウがミウをみんなの前で着衣のまま愛撫をして、絶頂させるという悪戯をしたから、それが切っ掛けになったかもしれないが……。

 

 まあ、それでも、内にこもっているよりはいいので、マーズは受け入れるつもりではいるのだが、あまりにも長い性愛の強要に、マーズも息も絶え絶えだ。

 

「どうしてそんなことを言うの、マーズ? あたしの愛を受け入れられないの」

 

 マーズの身体に沿うように全裸で密着しているミウが泣きそうな顔になる。

 ふたりとも、すっかりと汗まみれだ。

 マーズはもちろんだが、ミウの股間も、童女とは思えぬくらいに性的興奮の印である愛液がびっしょりと溢れ出ている。

 

「そ、そんなことはないが……」

 

 そんな風に言われると、マーズもそう答えるしかない。

  

「よかった。じゃあ、続きをしましょうね」

 

 ミウがまたもや張形を取りだした。

 部屋の中にたまたまあったなんでもない洗濯棒のようなものを切断して、ミウがあっという間に勃起した男根そっくりの形状に魔道で加工した淫具であり、これでマーズをミウがずっと愛撫をし続けているのだ。

 それこそ、感度を普段の十数倍にも敏感にされ、この張形と刷毛を併用する責めで何度も絶頂されられた。

 

 さらに、ミウは、マーズに痴態をさせて興奮すると、マーズの顔に跨り、舌による奉仕を強要してくる。

 逃げようにも、顔の動きまで弛緩させられてはどうしようもない。

 そして、ミウを舌でいかせないと、鼻と口の上に乗った股間を避けないのだ。

 マーズは息を確保するために、動くことを許された舌を必死に動かすしかない。

 これをひたすらやらされた。

 

 そして、ミウはしばらくして性的に満足すると、また張形と刷毛でマーズを愛撫する。

 延々とも思えるような長い時間をかけてだ。

 

 やがて飽きると、マーズの感度をあげたまま、くすぐるような手による愛撫だけをして寝物語をし、それに飽きると張形をマーズに挿入して犯す。そして、興奮すると自分をマーズに慰めさせ、また愛撫……。

 

 そんなことをマーズとミウはずっと続けている。

 もう十数回、いや、何十回もいかされた。

 マーズはロウに与えられる性愛でも自覚したが、どうやら女の身体というのは、一度達すると、さらに過敏になるみたいだ。

 ミウに敏感化の魔道をかけられてしまったということもあり、本当に全身が局部そのもののになってしまったかのようだ。

 いまや、どこをどう刺激されても、マーズはいきそうな心地である。

 

「ああ、で、でも、やっぱり、もう、ミウ、そ、そろそろ許してくれ」

 

 ミウの持つ張形がすっかりとマーズの愛液でどろどろになっている亀裂に当てられて、思わずマーズもたじろいでしまった。

 だが、ミウはくすくすと笑うだけだ。

 

「ふふふ、マーズ、可愛いわね……。そんなに大きくて、筋肉いっぱいなのに、愛し合うときにはちゃんと女の顔をするのね……」

 

 ぐいと張形が深くに入り込んでくる。

 ねちゃねちゃと水音をたてながら、マーズの股間で張形が出入りを開始する。

 

「あああ、あああっ」

 

 マーズはかすかにしか動かない仰向けの裸体を弓なりにした。

 ほとんど最初のひと突きだけで、マーズは絶頂状態に陥ってしまったのだ。

 

「ふふふ、可愛いわね、マーズ……。あたし、やっぱり男なんていや。相手をするなら女の人がいい……。ねえ、マーズ、お願いだから、あのロウ様から、あたしを守ってよ。あたし、男には犯されたくないの……。いいでしょう? その代わり、こうやって、毎日、マーズをいい気持ちにしてあげるから……」

 

 ミウが絶頂したばかりのマーズに、容赦のない張形の責めを継続しながら、耳元でささやいた。

 何十度目かの絶頂直後では、さすがに頭も回らない。

 ミウの指がマーズの乳首に触れる。

 それだけでも、またもやマーズは絶頂しそうになった。

 

「ま、待ってくれ。ちょ、ちょっと休憩……」

 

 ミウを相手に、本気の弱音を口にするのは口惜しい感じもするが、今夜のミウはまるで人が変わったみたいだ。

 マーズの思考を邪魔するように、とことん性の責めでマーズを追い込んでくる。

 

「ねっ、いいでしょう、マーズ……。あのロウ様に、あたしがまだ嫌がっているって伝えてくれない? ほらほら、気持ちがいいでしょう?」

 

 一度張形を抜いたミウがマーズの身体に裸体を擦りつけるように動かす。

 

「ああっ」

 

 脂汗まみれのマーズとミウの裸体が擦りつけられて、マーズは再び絶頂に押しあげられる。

 とにかく、なにをどうされてもいきそうだ。

 頭が朦朧とする。

 

「ああ、それにしても、この身体って、本当に敏感……。マーズをいい気持ちにしようとしているのに、あたしまですっごく興奮する……。とにかく、まだまだ遊びましょうね」

 

 ミウが張形を挿し込んできた。

 しかも、またもや魔道を込めて加工したのか、ずっと責められていた淫具とは違う。

 挿入する側だけでなく、反対側も男根のかたちになっていて、それを挿し込まれた。

 マーズの股間は、その反対側の張形が突き出て、まるで男根が生えたような感じになっている。

 驚くことに、膣の中に入った張形がぶるぶると振動をしながらうねりだした。

 さらに、ミウは手のひらでマーズのクリトリスを押して、ぐりぐりと動かしてくる。

 

「あああ、あふううっ」

 

 マーズはあっという間に悶絶してしまった。

 もう頭が朦朧として、視界が白くなる。

 だが、思い切り平手で頬を打たれた。

 ミウ程度の力では痛みなどないが、それよりも、ミウに叩かれたということに驚いてしまった。

 

「勝手に気絶しないでよ。優秀な女闘士のくせに──。さあ、ほんのちょっとだけ魔道を解いて動くようにしてあげるわ。ただし、膝から上と腰だけね。それで、今度はあたしを犯すのよ。挿してあげた“双頭の張形”でね──。ちゃんとできないと、酷い目に遭わすからね」

 

 ミウが笑って、ごろりと寝台に横になって股を大きく開いた。

 それとともに、勝手に身体が浮くような感じになり、身体をひっくり返らされて、ミウの股間に張形の先端が当たるようにされた。

 ミウの魔道のようだ──。

 確かに、腰と膝の感覚だけが甦る。

 しかし、動くのはそこだけだ。

 ほかの部分は、まるで氷漬けにされたかのように動かない。

 

「ミ、ミウ?」

 

 マーズは目を白黒させた。

 双頭の張形かなにかは知らないが、おかしな男根のかたちの張形を装着させられたのも驚きだが、今度はミウを犯せと?

 もう、ミウのやることに、さすがについていけない。

 

「やるのよ、マーズ。さもないと、こうよ」

 

 ミウが笑いながら、下からマーズの顔に手を伸ばした。

 次の瞬間、絹の布がマーズの顔の下半分を覆うようにぴったりとくっついていた。外れないように頭の後ろで結ばれてもいる。

 

「息をしたければ、早く始めなさい……」

 

 ミウの顔が微笑み、彼女が伸ばした手から絹に向かって水が飛ぶ。

 布がびっしょりと水を吸った。

 マーズは困惑したが、すぐにどういうことになったのか理解した。

 絹の布はきっちりとマーズの鼻と口に密着している。それを濡らされたことで、突然に息がほとんどできなくなったのだ。

 

「んああっ、んあああ」

 

 焦って口と鼻で息をしようとするが入ってくるのは、布を濡らしている水ばかりだ。

 マーズは焦った。

 

「ほら、早くしないよ、窒息して死ぬわよ、マーズ。死にたくなければ、さっさとあたしを犯していい気持ちにするのよ……。ただし、その感度二十倍のお股でね……」

 

 ミウが寝そべったまま両膝を立てて、さらに股を開いた。

 本当に息ができない。

 マーズは苦しさに耐えて、仕方なく自由になった腰をミウに向かって突き出し、べっとりと濡れているミウの小さな膣に張形を挿していった。

 

「ああ、き、気持ちいい。さあ、動かして──。マーズ、あなたって素敵よ」

 

 ミウが感極まった声をあげる。

 だが、マーズはそれどころじゃない。

 懸命に吸っても、吸えるのは水分だけだ。

 

「んはあああ」

 

 しかも、ミウの中に股間から突き出ている張形が入り込むにつれて、挿入しているマーズの股間から凄まじいほどの快感の疼きが込みあがった。

 マーズはまたもや悶絶してしまった。 

 

「ははは、感じていると死ぬわよ。早く、あたしをいい気持ちにさせてね」

 

 そして、ミウがマーズの身体の下で愉しそうで、そして、酷薄そうな笑い声をあげた。

 

 

 *

 

 

 目が覚めた。

 異常に身体が重かった。

 そして、その理由もすぐにわかった。

 顔に寝息がかかる。

 しかも、両側からだ。

 

 仰向けになっている一郎の身体に素っ裸の女がふたり、しがみつくように寝ている。

 ひとりはエルフ美女戦士のエリカであり、もうひとりは人間族の小柄なアサシンのコゼだ。

 足側も重い。

 開いた脚のあいだに丸くなり、一郎の股間を枕にするように、やはり、裸の女が寝ている。

 女騎士の称号持ちのおてんば娘ことシャングリアである。

 それにしても、シャングリアはなんてところに寝ているのだ。

 ともかく、正真正銘の肉布団だ。

 

 どうやら、昨夜は組んずほぐれずの一夜だったが、そのまま寝入ってしまったようだ。

 女たちの拘束は解放してあるが、プレイで使った縄束は、寝台のあちこちに放置されている。

 結局のところ、昨夜はこの三人娘にイライジャを加えた四人を抱いた。

 ミウとマーズについては、ミウの希望もあり、そのままふたりで静かにさせることになったのだ。

 

「おはよう、ロウ」

 

 くすくす笑いのイライジャがやって来て、一郎の顔に被さる。

 イライジャはすっかりと身支度を終えている。

 ふと見ると、向かいの寝台で別に寝ていたようだ。

 この部屋には、さらに二個の寝台があるが、そっちは使った形跡はない。

 

 しばらくのあいだ、イライジャの口の中を舌で蹂躙して愉しんだ。口の中にある性感帯の赤いもやをなぞるように舌を蹂躙させると、それが広がって、少しずつ濃くなっていくのを感じる。

 また、それに合わせるように、全身にも赤いもやが転々と浮かびあがっていく。

 口の中を刺激されて、だんだんとイライジャの身体が欲情しているのだ。

 褐色肌のイライジャの顔が熱を持ち始め、だんだんと息が荒くなるのがわかった。

 やがて、慌てたように顔を離す。

 

「あ、あなたとの口づけって、本当に危険ね……」

 

 少し息があがったようなイライジャが、まだほんのりと赤い顔をして言った。

 

「おはよう、イライジャ」

 

 一郎は女たちを乗せたまま微笑んだ。

 

「それにしても、もてもてね、ロウ。この三人は、本当にあなたと離れたくないのね。結局、みんな、あなたと一緒に寝ることを選んだもの。ほかにも寝台はあるのに」

 

 イライジャは苦笑している。

 

「俺には過ぎた女たちだけどね。ありがたいと思っているよ」

 

 一郎は三人娘を揺り動かした。

 三人が逐次に身じろぎをして起きあがる。

 

「あっ、お、おはようございます、ロウ様」

「……ご、ご主人様……おはよう……」

「ロウ、おはよう……」

 

 やっと目が覚めたらしい三人が挨拶をした。

 そして、さっと、口づけを求めてくる。

 コゼとエリカがほぼ同時に動いたが、ややエリカが早かった。

 一郎は、エリカと口づけをし、続いて、コゼ、最後にシャングリアとキスを交わす。

 この三人については、それこそ、何百回も口の中を性器並みに敏感な場所に変えてやったことがある。

 もう、その感覚を身体が覚えてしまって、淫魔術をかけなくても、ちょっと一郎が刺激をしてやれば、性器を舐められているのと同じくらいに全身が反応してしまう。

 

「じゃあ、支度だ」

 

 一郎との口づけで呆けたようになっている三人に声をかける。

 三人ともキスひとつで身体が火照ったようになっていた。

 また、魔眼でも、欲情をしていることを示す赤いもやで全身がうっすらと赤くなっている。

 このまま押し倒せば、三人の誰であろうと、まったく抵抗することなく一郎を受け入れるだろう。

 いつもだったら、最低でも口で一度出してもらって、さらに、少なくともひとりを朝抱きするのだが、そのまま支度を促した。

 今日はマイセンという人のところを訪ねる予定がある。

 朝から本格的に抱くのは自重しよう。

 

「どうぞ、ロウ様」

 

 エリカが一郎の着替え一式を裸のまま運んできて、服を着せ始める。ほかのふたりは、そのまま自分の支度を開始した。

 当番のようなものを決めてあったのだろう。

 

「それにしても、愛し合ったときに、エリカたちの股に浮かびあがった紋章って、あなたがもらったボルグ子爵家の紋章でしょう? それをこの三人に刻印するっていうのは、まさに独占欲よねえ」

 

 イライジャが一郎に服を着せるエリカを何気ない様子で眺めながら言った。

 

「まあね。でも、ほかの男に手を出させないようにするための紋章だけじゃないぞ。いろいろな機能がある」

 

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「イ、イライジャ、余計なことを訊かないで」

 

 エリカが慌てたように口を挟む。

 

「えっ?」

 

 イライジャがきょとんとした。

 一郎はエリカの焦ったような仕草ににんまりしてしまった。

 きっと、そんなことを訊ねられると、一郎が紋章で悪戯をすると思ったのだろう。

 まあ、だったら、期待に応えなければならないだろう。

 

「例えば、こんなこともできる」

 

 三人の股間には、ボルク家の紋章である塔に二匹の蛇が絡む模様が逆さまに刻印してある。それが欲情すると三人の股間に浮かびあがる。さっきの口づけでも、エリカの股間には紋章が目覚めてしまっている。

 一郎は、とりあえず、目の前にいるエリカの蛇を動かしてやる。

 

「あっ、いやっ」

 

 エリカがその場にうずくまった。

 模様の蛇が動き出し、一匹は膣そのものに体半分が入り込んでうねりだし、もう一匹はクリトリスをぺろぺろに甘噛みをして毒液、すなわち媚薬を注入しながら、やはり、舌でぺろぺろと舐め始める。

 

「うわっ、なに?」

 

 イライジャがそれを見て、目を丸くしている。

 

「あっ、ああっ、ゆ、許して」

 

 一郎の世話をしていたため、まだひとりだけ下着も身につけていないエリカが寝台の下に座り込んでしまった。一郎は無理矢理にエリカを抱えて、イライジャに身体を向けさせる。

 

「手で押さえても無駄だから諦めなよ。紋様なんだから、押さえても肌の下で動き回られて、抵抗しようがないだろう」

 

 一郎は笑った。

 

「だ、だって」

 

 エリカが一郎の腕にしがみつくようにした。

 その腰はくの字に曲がったままだ。

 本当に色っぽい。

 

「す、すごい……。あ、あんたって、こんなこともできたの?」

 

 イライジャが唖然としている。

 

「できるのさ。ほかのふたりのも動かしてやろうか?」

 

 一郎はコゼの紋章の蛇をアヌスに移動させ、シャングリアについては、さっと上にあがって乳首を責めさせた。

 

「んふううっ」

 

「わっ、ロ、ロウ──」

 

 たちまちにコゼとシャングリアも悶絶する。

 

「わ、わかったから──。わかったから、もうやめてあげて」

 

 イライジャが慌てて言った。

 

「もういいのか?」

 

 一郎はコゼとシャングリアについては、紋章を戻してやった。だが、エリカはそのままにして、蛇に暴れさせ続けた。

 特に理由はないが、苛められてよがる姿が可愛いからだ。

 つまり、そうしたかっただけだ。

 

「ほら、エリカ、俺のことはいいから自分の支度をしな」

 

 エリカをぽんと押し出して、着替えのある荷の方に押しやる。

 だが、まだ蛇は動き回ったままだ。とりあえず、激しい動きだけは止めてやった。その代わりに、ゆっくりと全身を這い回らせてやる。

 

「も、もう、こ、これをとめてください」

 

 抗議をするエリカを無視して、一郎は素知らぬ顔をして自分の支度をする。

 

「本当に、女を責めるやり方はえげつないわねえ」

 

 イライジャが呆れた顔をする。

 

「愉しくってね。イライジャにも刻んでやろうか? これは俺の女である証のようなものだ。いまのところ、新しく入った女以外は、全員に同じものを刻んでいる」

 

 一郎は笑った。

 まだ、マーズにはしてない。もちろん、ミウもまだだ。

 

「やめとくわ。そこまで支配されたくないもの。わたしは、あんたの仕事の依頼者であり、仕事のパートナーにはなりたいと思うけど、性奴隷は結構よ。まあ、あなたとのセックスは愉しいから、身体の関係は続けたいけど……」

 

「じゃあ。そういうことにしておこう。イライジャは性奴隷じゃないけど、セックスのパートナーだ」

 

 一郎は笑った。

 

「ロ、ロウ様、いい加減に許して──」

 

 エリカが泣き声をあげた。

 いまだに、蛇がエリカの全身を動いている。返事の代わりに、蛇を両方の脇の下に回して舌でくすぐってやる。

 

「きゃああっ、や、やめてええっ、いやあっ、んふうっ、んふふふふ、くふふふふふ……」

 

 紋章の蛇に噛まれたところは、敏感になって、普通の十倍近い感度になるようになる。

 敏感にされた脇をくすぐられて、エリカが悲鳴混じりの笑い声を始めた。

 

「なんだかんだで、エリカが一番かわいがられるのよねえ……」

 

 すると、コゼがなんだか不満そうな表情をした。

 

 

 *

 

 

 余計なことをして時間がかかったが、一階の食堂におりていく。

 隣のミウとマーズの部屋はすでに空だった。

 悪戯で時間を使ったので、もう下の食堂におりたのだろう。

 

 果たして、ふたりはテーブルのひとつで朝食を開始していた。一郎たちを待たずに、食事をしていいと言ってあったのだ。

 ほかにも、何組かの泊り客が朝食をとっている。

 メニューはどれも同じで、熱い野菜スープにパン。そして、薄肉に卵焼きを乗せたものだ。

 

「あっ、ロウ様、おはようございます」

 

 一郎たちを見つけたミウが元気よく立ちあがってお辞儀をした。

 よかった。元気そうだ。

 

「お、おはようございます、先生……」

 

 向かい側に座っているマーズも立ちあがる。

 だが、なんとなく違和感があった。

 ちょっと、笑顔がぎこちないのだ。

 

「昨日はご心配をかけました。もう大丈夫です」

 

 目の前までやってくるとミウが言った。

 確かにミウは大丈夫そうだ。

 一郎たちも、ふたりの座っているテーブルに混じって座る。

 

 ちなみに、エリカは一郎に腰を抱えられるように抱かれたまま降りてきた。

 いまだに、紋章の蛇がエリカの身体を服の下で動き回っている。しかも、乳首と肉芽に嵌まっているピアスに、わざと蛇の胴体を絡ませるようにしていた。

 敏感な部分をピアスでも刺激されるエリカはもうたじたじだ。

 感じやすいので、エリカはこれで部屋の中で二度も達し、すでに息も絶え絶えになっている。

 愉しいので、そのまま連れてきた。

 エリカも荒い息をしながら、一郎に向かい合う席につく。

 

「おはようございます、朝食をお願いします」

 

 一郎は店の主人に挨拶をした。

 元気のいい返事が厨房から返ってくる。すぐに、主人の娘がスープとパンを運んできた。

 

「はい、皆さん、肉と卵はちょっと待ってくださいね」

 

 テーブルの上に人数分の料理が並び始める。

 一郎たちも食事を開始する。

 そして、一郎は、昨日倒れたこともあり、こっそりとミウのステータス、ついでに、マーズのステータスを覗き込んだ。

 

 

 

 “ミウ

  人間族、女 

   見習い巫女

   冒険者(デルタ)・ランク

  年齢:11歳

  ジョブ

   魔道遣い(レベル12)

   退魔師(淫)(レベル30)↑

  生命力:50

  直接攻撃力:5

  魔道力:***

  経験人数:男1、女1

  淫乱レベル:A

  快感値:120

  状 態

   ***

   ***”

 

 

 

 “マーズ

  人間族、女

   一級闘士

   冒険者(チャーリー)・ランク

  ジョブ

   戦士(レベル50)

  生命力:150

  戦闘力:

   1200(素手)

  経験人数

   男2、女1

  淫乱レベル:SS(鋭敏化)

  快感値:80↓

  状 態

   一郎の性奴隷

   淫魔師の恩恵

   ミウ(退魔師)の支配(微小)”

 

 

 

「あれっ?」

 

 思わず、驚きを口に出してしまった。

 

「どうしたのだ、ロウ?」

 

 シャングリアがロウを見たので、とりあえず「なんでもない」と首を横に振った。

 

 それにしても……。

 ミウのステータスにある「退魔師(淫)」のレベルがまたあがっている。

 確か、昨日倒れたときには“20”だったはずだ。

 いまは、“30”に跳ねあがっている。

 

 そして、マーズには、「ミウ(退魔師)の支配(微小)」だと?

 なんだ、あれは?

 信じられないが、ミウがマーズになにかの魔道をかけてるのか?

 まあ、一郎の支配の刻みをしているマーズには、たとえ、ミウでも精神支配のような魔道にはかからない。せいぜい、肉体の支配をできるくらいだ。

 だから、「微少」なのだろう。

 まあ、それくらいの悪戯も許してやるか……。

 

 だが、ふたりの経験人数に、“女1”が増えている。

 これが表すのは明らかであり、ミウとマーズが女同士で愉しんだということを示している。

 しかし、これまでの例では、一郎の性奴隷同士の百合の交合では、この数字は動かないのだ。ミウの場合は、まだ完全な一郎の性奴隷の刻みをしていないので、カウントされたのだろうか。

 さらに、女同士の性経験とカウントされるのは、単に身体を触り合ったという悪戯レベルでは、数字に反映されないはずだ。

 それこそ、お互いの性器を擦り合わせて絶頂を何度も重ねたり、あるいは淫具を挿入するような激しい百合プレイでないと数に入らないのだ。

 

 つまりは……。

 

 改めてミウとマーズのふたりを見ると、ミウの様子に大きな変化はないが、マーズの動作はぎこちなく、なんとなくおどおどしているように思う。

 それにさっきからほとんどなにも喋らない。

 この大きな身体の筋肉娘が、こんなにびくびくしているのはおかしいが、性には一番奥手だ。

 ミウとやり合ったのなら、ちょっとショックだったのかもしれない。

 

 だが、このふたりがねえ……。

 しかし、考えてみれば、ミウは、あのむっつりで淫乱のスクルズの愛弟子(まなでし)だ。

 そういえば、魔道だけじゃなくて、あっちの方も技を教えたとかスクルズが口にしていた気がする。

 そういえば、マーズはちょっとぐったりしているような……。

 もしかして、一郎がいま、エリカにやっているようなことを、ミウもマーズにしている?

 悪いとは言わんし、エリカやコゼもふたりでやり合ってるが、このふたりで?

 一郎はまじまじとミウとマーズを見てしまった。

 

「……なにか?」

 

 ミウが一郎の視線に気がついて顔をあげた。

 

「いや……」

 

 一郎は口を開こうとした。

 とりあえず、深刻なものではないと思うが、マーズになにかしているなら、やめさせるかなあ……。

 

「んんっ、んんんん」

 

 そのときだった。

 正面のエリカが歯を食い縛ったまま、テーブルの縁を掴んで身体を震わせたのだ。

 どうやら、ここで達してしまったようだ。

 

「いい加減にしなさいよ、ロウ」

 

 イライジャがたしなめの言葉を口にした。

 

「そうだな。ごめんな、エリカ。もうやめるよ。ちょっと調子に乗った」

 

 一郎は蛇を戻してやった。

 エリカががくりと脱力する。

 

「……頑張った分は、あとで補填するよ、エリカ。そうだ。按摩(あんま)をしてやるよ。そういう仕事もしたことあってな。エリカの全身を俺が手ずからほぐしてやる」

 

 一郎は声をかけた。

 

「あん、ま……ですか? それはなに……、い、いえ、やっぱり教えてもらわなくてもいいです。も、もう十分ですから……。で、でも、そのう……。やっばり、外では許してもらえないでしょうか……。他の人のいない部屋ではなんでもしますから……」

 

 エリカはまだ息を乱している。

 

「それは約束できないな。俺はエリカが恥ずかしそうに悶えるのが大好きなんだ」

 

 一郎はエリカの側に身を乗り出して、ささやくように言った。

 

「だ、大好きって……。そ、そうですか……。お、おそれいります……」

 

 すると、エリカがはにかんだように真っ赤になる。

 その仕草に、悪いが「なんて、ちょろい」と一瞬考えてしまった。

 

「もう、やっぱりエリカばっかり可愛がっている」

 

 すると、横からコゼがやきもちを抱いたような声を出した。

 

「なんだ? お前も、ここで羞恥責めして欲しいのか、コゼ」

 

 一郎はコゼを見た。

 すると、コゼがぎょっとした表情になる。

 

「いい加減にしなさいって、言ってるでしょう──」

 

 イライジャが強い口調で言った。

 一郎もそれでこれ以上の悪戯をするのはやめた。

 そして、一郎たちの端っこに席をとって食事をするかたちになっているミウに声をかけた。

 

「……というわけで、俺も悪戯をやめた。だから、ミウも、もうマーズにかけている魔道を解け。そういう遊びもだめだとは言わんけど、せめて、俺の精をもらってからだな」

 

 一郎は小さな声で声をかけた。

 すると、ミウが真っ赤になった。

 

「マーズに魔道って……。あ、あのう、どうしてわかったんですか?」

 

 ミウが赤い顔のまま、目を丸くして一郎を見た。

 一郎は肩をすくめる。

 

「俺に隠し事はできんよ。仲良くしたいなら、いくらでもさせてやる。だが、今後は俺の許可を受けろ」

 

 一郎は微笑みながらもはっきりと言った。

 

 

 

 “マーズ

  人間族、女

  ……

  ……

  淫乱レベル:B(通常)

  快感レベル:150↑(回復中)

  状 態

   一郎の性奴隷

   淫魔師の恩恵”

 

 

 

 すると、マーズのステータスから、「ミウ(退魔師)の支配(微小)」が消滅する。

 マーズががっくりと脱力した。

 やはり、なにか淫靡な悪戯をしていたようだ。

 とにかく、案外にミウも性に成熟しているのだなあと思った。

 また、随分と性にも開放的になってきたみたいだ。

 昨日は一度、全員の前で着衣のまま軽くとはいえ、絶頂姿を晒させるということをした。

 それで、ちょっと弾けたところがあったなら、むしろいい傾向といえる。

 

「ごめんなさい、マーズ。もうしないわね。あたし、寂しくって調子に乗ったかも……」

 

 ミウが可愛らしく両手を合わせるようにして、上目遣いにマーズに謝る仕草をする。

 

「い、いや……。べ、別に、駄目だとは言わないが……。こ、こういうことも、先生と一緒にいることを決めた以上、受け入れないとならないとはわかっている。だけど、次からは、先生の許可を受けてくれ……。そして、いまみたいに、魔道をかけなくても、ミウが喋って欲しくないことは話さない。それに、先生の許可があれば、よければ、相手をしてもいい……。あたしは、もうミウの友達のつもりでいる」

 

「ありがとう」

 

 ミウがちょっと涙目になって、マーズに頭をさげた。

 マーズが気にするなという仕草をする。

 よくわからないが、これで解決したのだろうか?

 

「……ロウ、ほら」

 

 そのとき、ずっと苦笑した顔で一郎たちを眺めていたシャングリアが、店の入口を視線で示した。

 振り返ると、サターシャとレオンのふたり連れが入ってくるところだった。

 

「お迎えに来ました。ちょっと早かったですね」

 

 サターシャだ。

 どうやら、わざわざ案内に来てくれたようだ。

 (ひる)の前という約束だが、冒険者の一郎たちと、田畠の多いこの土地の人たちでは、「(ひる)の前」の基準が違うようである。

 

「待ってくれ。すぐに終わるから」

 

 一郎たちは朝食に専念することにした。

 

 

 *

 

 

 サターシャたちには少し待ってもらって、朝食と用便を終らせて、改めて武器などの支度をする。

 全部が終わって、店を出ることができるようなったのは、半ノスほど経ったときだった。

 

 一郎たち七人、さらにサターシャとレオンの併せて九人でぞろぞろと街を進んでいく。

 馬車で行くほどの距離でもない。

 

 とりあえず、話を聞くだけの予定なので、全員でなくてもよかったが、朝食をとるために揃っていたし、みんなで行くことにした。

 やがて、街並みから離れた場所に、こじんまりとした二階建ての家があった。

 入口では、昨夜わざわざやって来てくれたメリジーヌが待っていて、一郎たちを出迎えてくれた。

 

「旦那様は、二階でお待ちです。早速ですが、皆さん、お二階の方に……」

 

 メリジーヌが一郎たちを促した。

 そのときだった。

 

「うわああっ──」

 

 突然に二階から老人の叫び声がした。

 とても苦しそうな声だ。

 

「おじいちゃん──」

「旦那様──」

 

 サターシャとレオンが階段に走った。

 メリジーヌもびっくりして駆けだす。

 一郎たちも追いかけようとした。

 

「ミウ、どうしたの──?」

 

 イライジャの叫び声だ。

 振り返ると、またもやミウが倒れている。

 

「ミウ──」

 

 こっちはなんだ?

 一郎はステータスを覗く。

 

 

 

 “ミウ

  人間族、女 

   見習い巫女

   冒険者(デルタ)・ランク

  年齢:11歳

  ジョブ

   魔道遣い(レベル12)

  生命力:50

  直接攻撃力:5

  魔道力:***

  経験人数:男1

  淫乱レベル:A

  快感値:120

  状 態

   ***

   ***”

 

 

 

 ジョブから、あの退魔師が消失している。

 どういうこと?

 しかも、経験人数にも変化が……。

 

「おじいちゃん──」

 

 すると、二階でサターシャの悲痛な声がした。

 一郎は舌打ちした。

 

「マーズとイライジャは、ここにいて、ミウを頼む。ほかの三人はついて来い」

 

 一郎は二階に向かって駆けだした。

 

 

 *

 

 

◆冒険者ギルド・タイラン支部ギルドマスター兼宿屋主人

 

【ドーバー】

 

 

 最初は半信半疑だった。

 

 シーラ・ランクとは聞いているし、あのミランダの太鼓判の伝言もあったパーティだから、そこそこの実力があるとは思っていたが、なにせ、女ばかりのパーティなのだ。しかも、パーティリーダーは、どうみても平凡そうな男である。

 

 期待半分、好奇心半分で一泊目の宿泊代と酒代を奢った。

 最初に奢りをするのは、俺の処世術だ。

 冒険者というのは、兎角、面倒な者が多い。

 そういう連中に、少しは大人しくしてもらうには、最初に多少奮発して、親しくなっておくに限る。

 

 もっとも、ロウとかいうパーティリーダーは、思った以上に大人しかった。

 礼儀正しいし、言葉遣いも丁寧だ。

 金払いもしっかりとしている。威張った感じでほかの客に迷惑をかける感じもない。

 

 しかし、実力は凄まじかった。

 魔獣退治のクエスト解決の手腕には度肝を抜かれた。

 

 たった二日入っただけなのに、尋常じゃない数の魔獣を退治してきて、特異点封印までやって来たのだ。

 それでいて、七人全員が無傷だ。

 まあ、ひとりだけ童女の魔道遣いが、魔力切れでも起こしたのか、ぐったりしていただけだ。

 さすがにシーラ・ランクだと思った。

 

 しかも、マイセンさんのところのサターシャの依頼についても、誠意をもって対応してくれている。

 突然に斬りかかったレオンのことも、殺されても文句はいえなかったのに、ちょっと説教しただけで許したし、報酬の不足は身体で払うとか言った、ませガキのサターシャのことも大切に扱ってくれている。

 俺も思わず、酒を奢りたくなった。

 

 それにしてもだ──。

 

 あれは目の毒だ。

 

 連れている女たちが誰も彼も一級品の美女と美少女──。

 思わずおっ勃つような女というのは、彼女たちのことを言うのだろう。

 

 それだけじゃなく、あの女たちは、本当に、あの男の女なのだ。最初はなにかの冗談かと思ったが、冗談じゃないのだ。

 それは、女たちの男に対する表情や態度を見れば明白だ。

 朴念仁の俺でもわかる。

 特に、エリカとかいうエルフ女とコゼという小柄の女は、人前も厭わずに、男の寵を争って言い合いさえする。

 

 まったく、冗談じゃない。

 

 それにしてもいい女たちだ。

 

 特に、色の白い金髪のエルフ女……。

 あれは、いかん。

 エルフ族というのは美男美女と相場は決まっているが、あんなに可愛らしくて美しく、そして、色っぽいエルフ娘は、世間の広い俺でも初めてだ。

 酒場にいた連中だって、全員が釘付けになっていたほどだ。

 

 しかも、今朝だ。

 あれは、なんだ──。

 まったく、なんだ。

 

 まるで性行為の最中のように、顔を上気させて身体をくねらせながら、おりてきたかと思うと、甘く息を吐いたり、時折、感極まったようにかすかに震えたりする。

 どこか具合でも悪いのかと思うが、あれはどう見ても、やっている最中のようにしか見えない。

 たまたま店にいた男客も唖然として、視線を向けていた。

 俺も、忙しいのだが、どうしても、ちらちらとそっちを見てしまう。

 

 そして、だ──。

 

 たまたま見ていたら、本当に気をやったかのように、あのエルフ美女が身体をがくがくと震わせたのだ。

 しかも、口を懸命に食い縛り、声を出さないように我慢する表情だった。

 あまりの煽情的な光景に、しばらく見入ってしまった。

 

 そして、横にいた色の黒い美女エルフが、男をたしなめる物言いをした。

 そのときの内容から考えれば、まさかとは思うが、あの男はなんらかの方法で、この場で、あのエルフ女を朝からいたぶっていたみたいだ。

 そんな感じだった。

 

 とにかく、嵐のように衝撃的な朝だったが、サターシャたちが迎えに来て、いま出ていった。

 店にいた男客も、やっと我に返ったように席を立っていく。

 

 だが、あんなに美人のエルフ女を公然といたぶるような破廉恥な悪戯を好き放題にできるだと?

 しかも、エルフ美人は、あんなことをされたのに、ほんの少しだけ、恨めしそうに不満を口にしただけで、それで終わりだ。

 それだけじゃなく、男は、冗談めいた口調ながら、可愛らしい顔をした小柄な人間族の女にも、同じような悪戯をするぞというようなことを話しかけていたから、本当に女を好き放題にできるのだろう。

 なんと羨ましい。

 やはり、実力のある男には、女も集まるということか?

 

 いずれにしても、あのエルフ美人の痴態は目の毒だ。

 娘には悪いが、今夜は色町で毒抜きだ。

 

 いや、夜まで待てねえ──。

 

 頼めば、朝からでもやってくれるはずだ。

 とりあえず、抜いて来るか──。

 

「ちょっと、出かけてくる──。店番頼むぞ」

 

 俺は娘の返事を待たずに、外に駆けだした。



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281 悪霊封印の依頼

「おじいちゃん──」

 

 二階にあがると、そこは、研究所を思わせるひと繋がりの大きな部屋になっている場所だった。

 たくさんの魔道書らしき書物や得体の知れない器具が並んでいる棚が壁を埋めている。また、中央に長いテーブルがあり、さらに、ここで寝泊りをしているらしく、マイセンのものであろう寝台もある。

 

 そして、いた。

 白髪のひげを蓄えた老人がテーブルの下でうずくまっている。

 彼がマイセンという老魔道遣いであることは間違いない。

 

 

 

 “マイセン

  人間族、男

  年齢:82歳

  ジョブ

   魔道遣い(レベル60)

  生命力:40/200(回復中)

  攻撃力:10

  魔道力:8(能力低下)

  状態

   能力麻痺”

 

 

 

 なにがあったかわからないが、生命力の衰弱が観察できる。

 もっとも、いまは安定はしているようだ。

 とりあえず、危険な状況は去ったように思える。

 

「大丈夫ですか、旦那様?」

 

 レオンもサターシャとともに、マイセンを抱えて、椅子に腰かけさせた。

 一郎は部屋の中を探索した。

 怪しい存在は、やはり魔眼では観察できない。

 

「見苦しいところをお見せした。そなたのことは知っておる……。若いが最優秀な冒険者殿のロウ=ボルグ卿ですな。わしはマイセン……。老いた退魔師です……」

 

 退魔師?

 先日のクエストの最中に教えてもらったが、退魔師というのは死霊体などの悪霊を退治する能力者だろう。

 宿屋の主人はマイセンは魔道遣いだと口にしていたが、退魔師と名乗るのだから、実際には、こっちの方が本職なのだろう。

 魔道遣いとして、街の人を助けているので、街の人は魔術遣いと認識しているということだとは思う。

 だが、マイセンのステータスには、退魔師のジョブはない。

 魔術遣いであっても、退魔師の仕事をしていたということか?

 あるいは、退魔師というジョブはないのか?

 でも、退魔師といえば、ミウのステータスにはその表示があったが……。

 

 だが……。

 まあいい……。

 後で、魔道遣いと退魔師の違いをもう一度イライジャにでも訊ねてみよう。

 

「ロウと呼んでください。ところで、なにがあったんです?」

 

「襲われたのです……。悪霊に……」

 

「悪霊?」

 

 一郎はもう一度、周囲を魔眼で探知する。

 しかし、やはり大丈夫と思う。

 怪しい者はいない。

 

「消えました。しかし、また襲いかかってくると思います。わしは悪霊に狙われておるのです」

 

 マイセンは言った。

 一郎は質問を口にしようと思ったが、誰かが階段をあがってくる足音がしたので、とりあえず口を閉じた。

 

「旦那様──」

 

 階下からあがってきたのは、メリジーヌだった。

 一郎は、詳細を訊ねる前に、ミウの様子を確かめようと思い直した。

 しかし、メリジーヌに続いて、ミウもイライジャとマーズとともにあがってきていた。

 

「ミウ、平気なのか?」

 

 声をかけた。

 たったいま倒れたはずだが……。

 

「わたしもちょっと座ってなさいと言ったんだけど」

 

 イライジャも困惑した感じだ。

 

「問題ありません。ちょっと立ちくらみしただけですし……。それよりも、なにかあったのですか?」

 

 ミウだ。

 ちょっと、いつもより顔色が悪いように思う。

 

 

 

 “ミウ

  人間族、女 

   見習い巫女

   冒険者(デルタ)・ランク

  年齢:11歳

  ジョブ

   魔道遣い(レベル12)

   退魔師(淫)(レベル30)

  生命力:50

  攻撃力:5

  魔道力:***

  経験人数:男1、女1

  淫乱レベル:A

  快感値:120

  状 態

   ***

   ***”

 

 

 一郎は愕然とした。

 また、退魔師ジョブが……。経験人数も……。

 だが、こうなると一郎もわかってきた。

 さっき、この老人が悪霊に襲われたと言ったことと、ミウのステータスの異常さは無関係ではないだろう。

 つまりは、老人の前に悪霊が現われた瞬間にミウのステータスから、「退魔師」のジョブが消滅して、その悪霊が消えると、ミウのステータスに「退魔師」が出現している。

 これは偶然ではないだろう。

 しかし、困ったことになったと思った。

 おそらく、東の森で魔獣狩りをしたときか……。

 だが、とりあえず一郎は素知らぬ顔をすることにした。

 

「では、詳しく話を聞かせてもらえますか?」

 

 一郎は何気ない様子を保って、マイセンを促した。

 一方でたまたま近くにいたエリカとシャングリアに、そっと耳打ちする。

 

「……絶対に、ミウから目を離さないでくれ……。ただし、気付かれるな……。絶対にだぞ……。おかしな動きをすれば、傷つけないよう無力化しろ。できるな?」

 

 ふたりはちょっと驚いた顔になったが、素直に頷いた。

 一郎たちは長いテーブルを囲んで座る。

 ただ、さすがに全員分の椅子はない。

 それで、行儀は悪いが、一郎とイライジャだけが椅子に座り、ミウも含めた他の者は部屋の隅で床に座ってもらうことにした。

 エリカとシャングリアは、ミウを挟むようにしている。

 メリジーヌはマイセンのために、慣れた手つきで薬液のようなものを差し出した。

 そして、お茶を入れると口にして、一階に降りていく。

 

「サターシャ、レオンと一緒に一階に行ってくれ。わしはこのロウ殿と大切な話があるのでな」

 

 マイセンがサターシャに視線を向けた。

 

「いやよ──。あたしも聞く。おじいちゃんを襲っている悪霊のことでしょう。この人たちを連れてきたのはあたしよ。あたしも話を聞く権利があるわ」

 

「いいから、行ってくれ。さもないと、わしはなにも喋ることができんのだ。いずれ話す。だから、いまは下に行ってくれ」

 

 しかし、結局のところ、マイセンの強い口調によって、サターシャはレオンとともに一階におりていった。

 かなり不満そうだった。

 

「ここから先はできるだけ内密にしたい。話を聞けば、街の者も動揺するだろう」

 

 自称退魔師の老魔道遣いは、さらにちらりと床に座っているエリカたちを見た。

 できれば、彼女たちについても、人払いをして欲しそうな気配だ。

 一郎は迷った。

 エリカたちをこの場から立ち去らせるのはいい。

 必要なことは後で話せばいいのだ。

 しかし、ミウのことがある。

 できれば眼を離したくはない……。

 だが、一方でマイセンの語ることをいまは耳にさせたくないということもある。

 

「いえ、話を聞きます。あたしたちはクエストを受ける者です。全員がきちんと話を知っておく必要があるのですから」

 

 そのとき、突然に口を挟んだ者がいる。

 ミウだ。

 

「えっ、いまのミウ?」

 

 コゼが目を丸くしている。

 一郎も少し驚いた。

 旅が始まって以来、ミウはどちらかといえば、ずっと控えめで大人しい態度をとり続けていた。

 いまのように、話に割り込んで意見を言ったりするタイプではない。

 だが、このことで決心ができた。

 

「とりあえず、イライジャを残して全員さがってくれ。あとで全部説明するから」

 

 エリカとシャングリアに目で合図する。

 ふたりがかすかに頷き、ミウを促すように立たせた。

 

「行くぞ、ミウ。みんなもだ」

 

 シャングリアが声をかけて、ぞろぞろと降りていった。

 一郎は、マーズに、お茶は結構だと、メリジーヌに声をかけてくれと頼んだ。

 

「……お気遣いに感謝する。実は、今回のクエストの、真の依頼は悪霊の封印です。だが、悪霊がずっと街の近くにいたなどということを知れば、街の者も必ず動揺すると思いまして……。それで、アンデッド・モンスターの調査という名目でクエストを出させてもらったのです」

 

 マイセンが言った。

 つまり、調査クエストというのはダミーで、悪霊の封印依頼こそが本命というわけのようだ。

 

「ずっと?」

 

 イライジャが横から口を挟んだ。

 

「十一年前に退治したある悪霊を街の近くのある場所に封印しているのだ。しかし、それがどうやら、その結界の一部が破れたようでな。悪霊の一部が漏れ出て、わしを襲うようになってきた」

 

 マイセンが語り始めた。

 それによれば、マイセンは十年以上前までは、悪霊などの封印を専門とする「退魔師」として生きていたらしい。この街に定着して、街の人を助ける「魔術遣い」と認識されるようになったのは、それ以降のことのようだ。

 この街にやって来る以前は、どこにも定住はせずに、依頼に応じて世界を転々と渡り歩く人生を送っていたとのことだった。

 そして、この田舎町に立ち寄った。

 偶然に立ち寄ったわけではなく、たまたま依頼で近くを通ったということで、それで、息子夫婦が暮らしているこの家を訪ねてきたのだそうだ。

 

「そして、惨劇が起こったのです……」

 

 マイセンが苦しそうに言った。

 

「惨劇というのは?」

 

 一郎は言った。

 

「悪霊です……。悪霊がこの家で解放されてしまい、襲いかかったのです。なんとか封印には成功したものの、突然のことで対応が遅れ、息子夫婦は死にました……。もしかしたら、それ以前に退魔したはずの悪霊の一部がわしに憑りついたまま残っていたのかもしれません。いずれにしても、わしはそれを機会に退魔師としての生活をやめました……。それからは、サターシャを育てつつ、魔道遣いとして息子たちが暮らしてきたこの街の人を助ける日々を送ってきたというわけです……。息子たちを殺した悪霊の封印を見守りながら……」

 

「もしかして、その封印が解けたということですか?」

 

「完全に解けたわけではありません。もしも、封印が破られれば、わしの命はないでしょうな。なにしろ、その悪霊はわしのことを恨んでおるのです。だが、封印の一部は解けてしまったようなのです。そのために、わしはこのところ、度々襲われるようになったということです……。さっきのように」

 

「もしかして、その悪霊を封印した場所というのは、東の森に近い墓地ですか?」

 

「そのとおりです……。あなた方にお願いしたいのは、もう一度封印を完全に刻んでもらうことです」

 

 だんだんとわかってきた。

 おそらく、東の森に特異点が発生して瘴気が大量発生したことと、このマイセンがかつて封印した悪霊の結界が破れたことは無関係ではない。

 東の森に特異点ができたことで、かなりの瘴気が墓地に流れてしまったのだと思う。

 その瘴気が、アンデッド・モンスターを生み、彼らの影響で封印が緩んでしまったに違いない。

 すでに特異点が消失しているので、放っておいてもアンデッド・モンスターは消滅するとは思うが、解けた封印はやり直す必要がある。

 一郎は念のために確認してみた。

 

「墓地にアンデッドモンスターの出現の噂があるようですが、もしかしたら、悪霊が再び暴れ出したのは、そのアンデッドモンスターが出現した時期と重なりますか?」

 

「そのようですな……。ともかく、封印の手段はわしが準備します。どうか、墓地に赴き、封印をやり直して欲しいのです」

 

「具体的には、どうすればいいのですか?」

 

 一郎は言った。

 

「新たな封印石を据え付け直すのです」

 

 マイセンが立ちあがった。

 小さな箱を持って来る。

 中には、人の握り拳大の丸い石が入っていた。

 

「封印石です……。時間をかけて、わしが退魔の術を込めたものです。これを東の森に近い墓地にあるわしの息子夫婦の墓にあてがって欲しい。悪霊をその墓石に封印しているのです……。封印石をもう一度込め直せば、それで封印が掛かり直るはずです……。この石には、すでにわしの全力の術が込められておる。ただ、墓に押しつけるだけでいい……。わし自身がやれば、もっと簡単なのじゃが、なにしろ、わしはあの悪霊のせいで近づけんのでな……。悪霊は、わしを恨んで憑り殺そうとするのです。わしはもう老いている。わしには、悪霊の攻撃をここで防ぐことくらいしかできん」

 

「……でも、悪霊そのものと戦うにはどうしたらいいのですか?」

 

 そのとき、イライジャが横から口を開いた。

 

「悪霊に剣や魔道は効かんが、悪霊自身もなにかに憑依をしなければ、危害をくわえることはできん……。つまりは、悪霊は生きている者に憑依して、その憑依した者の能力を使って攻撃をしてくるのだ。封印石を持って近づけば、おそらく、アンデッド・モンスターに憑依して襲いかかってくると思う。だから、実力のある者にしか、これを頼めんのだ。いずれにしても狡猾なやつだ。くれぐれも、悪霊の近くで気を失ったり、眠ったりすることがないようにしてくれ」

 

 なるほどと思った。

 一郎たちは、昨日まで東の森で魔獣退治をしている。

 そこで、一夜を明かしていて、交代で眠りもした。

 そのときに、森側に漂っていた悪霊のほんの一部がミウの中に入り込んだ可能性がある。

 いや、間違いないだろう。

 

 なぜ、そうなのかはわからないが、ミウのステータスに突然に退魔師のジョブが現われたのが、ミウが悪霊に憑りつかれた証拠だ。

 考えてみれば、あのときからミウの様子はおかしかった。

 おそらく、そして、東の森に近い墓地を通過したときに、さらに一気にミウの中に入り込んだのかもしれない。

 あのとき、ミウが突然に気を失うようになった。

 悪霊が本格的に憑りついたとしたら、そのときだろう。

 

 だとしたら、マーズとふたりきりにしたのは、拙かったか……?

 昨夜は、悪霊がミウに憑依して、マーズを襲ったのだろう。

 だから、ミウのステータスの「経験人数」に“女”が“1”足された。

 しかし、悪霊がマイセンを襲ったと思われるとき、ミウのステータスからは、退魔師も消滅していたし、経験人数に“女”は計上されていなかった。

 

「それで、憑依した者から悪霊を出すには?」

 

 一郎は訊ねた。

 肝心の点だ。

 

「憑依されれば、悪霊が自ら立ち去るのを待つしかない。悪霊を退けられるのは、退魔師だけです」

 

「では、マイセンさん自身の退魔の術では?」

 

 マイセンは魔術遣いだが、退魔師を名乗るのだから、そっちの能力は高いに違いない。

 

「わしの力はすでに衰えております。その力はもうありません。封印石についても、やっと必要な力を込め終ったのです。もう一度作れるとは思えません。なんとか、その石だけで封印をやり直して欲しいのです……」

 

 確かにステータスを覗く限りにおいて、マイセンの魔術遣いとしても、退魔師としても、その能力の源になる魔道力は枯渇している気配だ。

 これが悪霊に追い詰められていることによるのか、単純な老いの影響なのかは判らない。

 

「ううん……」

 

 一郎は唸った。

 だったら、もしも、ミウの中に悪霊がすでに入っているとすれば、まずはそれを外に追い出すことを考えなければならない。

 あるいは、まだ封印されている部分の本体を封印石の結界で塞いでしまえば、外に出ている部分の一部は自然に消滅するのだろうか……?

 やはり、基本方針としては、まずはミウの中から悪霊を追い出し、次いで、封印石で封印をしてしまうことだろう。

 いずれにしても、すでにミウの中には、その悪霊とやらが、入り込んでいる可能性が極めて高い。

 依頼は受けるしかない。 

 

「どうしたの?」

 

 イライジャが一郎に声をかけてきた。

 どうやら、険しい表情をしていたのだろう。

 

「悪霊を封印して以来、それを見守るために、ここで暮らしてきたのですか?」

 

 一郎は話題を変えた。

 ミウのことを、マイセンに伝えるのは避けた方がいいだろう。

 どうせ、いまのマイセンにはできることはない。

 

「息子夫婦の遺したサターシャのこともありましたのでな……。それで、この街では、退魔師ではなく、一介の魔道遣いとして暮らしてきました」

 

「なるほど……」

 

 一郎は言った。

 つまりは、死んだ息子夫婦の土地で暮らすと決めたものの、こんな田舎では、悪霊退治の退魔師の需要などない。

 だから、魔道遣いとして、彼らの生活を助けることをしてきたのだろう。

 

「では、依頼は悪霊の封印のやり直し……。つまりは、悪霊退治ということになりますね。その脅威の度合いにもよりますが、案件レベルとしては、冒険者ギルドを通じれば、最低でも(アルファ)案件。危険度によっては、(シーラ)案件でしょう。でも、準備されている依頼料では、残念ながらそれに見合うとは……」

 

 イライジャが口を挟んだ。

 つまりは、依頼料が不足だと言っているのだ。

 一郎としては、ミウのことがあったので、依頼の有無にかかわらず、この件は受けるつもりだったが、まだイライジャには、ミウの憑依している悪霊の可能性については伝えていない。

 まあ、伝えたとしても、イライジャのことだから、依頼(クエスト)として受けるとすれば、正規の料金を請求したような気はする。

 そういうプロ意識は、イライジャはきっちりとしている。

 

「わかっております」

 

 マイセンが立ちあがって、さらに別の小箱を運んできた。

 蓋を開くと、そこには十個の魔石が入っていた。

 別命、クリスタル石、または、魔法石とも呼ばれている。

 

「すごい──」

 

 イライジャが唸り声をあげた。



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282 童女と悪霊

 目の前に出された魔石を見て、イライジャが唸った。

 

「……本物ね……。正真正銘、エルフの里のどこかで作られた本物よ。しかも、純度も濃度も高いわ……」

 

 そして、イライジャは感嘆の声を放つ。

 以前、褐色エルフの里で初めてイライジャと接触したとき、イライジャの元夫に冤罪を被せて殺し、さらにイライジャたちも抹殺しようとしたダルカンという里長(さとおさ)を捕らえたことがある。

 そのとき、そのダルカンがやっていた不正な行為の中に、里で作った魔石を不当に横流しして利益を得ていたというものがあった。

 目の前の魔石も、どこかのエルフの里で同じように作られたものだと思うが、そのときに見た魔石とほとんど同じものに見える。

 魔石は貴重なものであり、このハロンドール王国でも非常に需要が高いものだ。

 魔道の力を利用する各種の施設に不可欠のものであるので、特に純度の高いものは、大変価値のあるものというのは知っている。スクルズがこの魔石を得るための資金をあちこちから提供させて、一郎が「ゲート」と名付けた遠距離移動術施設を整備しようとしていたのも覚えている。

 転売できる品物としては、最高価値のはずだ。

 

「魔道力の衰えたわしが街の人に尽くすために、使っているものなのですがな。その一部を報酬としてお渡しするということでどうでしょう」

 

「魔石を使えば、魔道遣いでなくても、さまざまな魔道を遣えるようになるのですか?」

 

 一郎は代金のことよりも、そっちが気になって思わず訊ねた。

 

「まるっきり魔道に縁のない者にとっては無理ですが、これがあれば、魔道が枯渇しても力を行使することができます。わしは、いまではそうやって魔道を遣っております」

 

「へえ、魔石にそんな使い道が……」

 

 感心した。

 そして、考えたのは、同じようなやり方で、魔石を使えば、一郎にも魔道遣いとしての技が使えるのではないかということだ。 

 一郎は淫魔師だが、一郎もまた、術を行使するときの感覚というのは身についている。

 

「……この一部を報酬として進呈したい。金貨一枚では悪霊封印に見合う報酬でないことは承知している。だが、まったく未使用の魔石五個……。これなら、内容に見合う報酬になるはずだ」

 

 ここにある魔石の半分ということだ。

 もっとも、一郎には魔石の価値はわからない。

 それで、イライジャに視線を送った。

 

「十分な報酬よ、ロウ。売れば一個につき、金貨二枚から五枚にはなるわね。魔石はこっちでは、国や教会レベルで買い占めてしまうので、あまり出回っていないし、もっと値打ちがあるかもしれないわ」

 

 イライジャは大きく頷いた。

 

「だけど、魔石がなくなれば、これから先、街の人のために魔道を遣うことに支障があるのでは?」

 

 一郎の問いかけに、マイセンは声をあげて笑った。

 

「なんの──。街の者に頼まれるような魔道程度であれば、一生使い続けても、一個の魔道石が空になることはありますまい。現に、いまだに十個のうち九個は未使用じゃ。問題はありません。それに、魔石があっても、自ら悪霊を退魔するような大きな魔道は遣えんのです。わしは見た目以上に老いておるし、弱っているのですよ」

 

 マイセンは自嘲気味に笑った。

 一郎は「わかりました」と応じた。

 いずれにせよ、十分な報酬だ。

 

「では、依頼を正式にお受けします」

 

 一郎ははっきりと言った。

 

「おお」

 

 マイセンが頭をさげる。

 一郎は全力を尽くしますとだけ応じた。

 

「……ところで、十一年前に悪霊と戦ったとき、その悪霊はどうやって、息子さん夫婦を殺したのですか? 戦いの参考にしたいのです」

 

 一郎は訊ねた。

 しかし、マイセンは首を横に振った。

 

「すまん……。覚えてないのじゃ。悪いな」

 

「マイセンさん、話したくない気持ちはわかりますが、大切なことですし……」

 

 イライジャが横から言った。

 

「違う──。本当に覚えてないのだ。記憶があれば話している」

 

 マイセンははっきりと言った。

 その様子は、なにかを隠しているという雰囲気はない。

 しかし、記憶がないとは奇妙なことだ……。

 それだけ、衝撃的なことだったということなのだろうが……。

 

 まあいい……。

 とにかく、やってみることだ。

 一郎は封印石を受け取って、一度、亜空間にしまった。

 

「では行きます……。ただ、その前に、一度、出発前に、メリジーヌさんだけと、お話をさせてください。それが終わったら、すぐに墓地に向かいます」

 

 一郎は立ちあがった。

 十一年前のことをメリジーヌに確認しておこうと思ったのだ。

 なんとなくだが、それは大切なことだと勘が働く。

 

「よろしく頼む」

 

 マイセンがもう一度言った。

 

 

 *

 

 

 一郎たちが降りていくと、一階に残っていた者たちが一斉に注目した。一郎は彼女たちを制するとともに、こっそりとミウを見た。

 特に変わった様子は見られない。

 みんなと一緒に、紅茶のようなものを口にして大人しくしているようだった。

 一郎は、エリカをそばに呼ぶ。

 

「……どうだ……?」

 

 もちろん、訊ねたのはミウのことだ。

 ほかの者には聞こえないほんの小さな声である。

 

「特には……。でも、どういうこと……」

 

「すまん。あとで説明するから……」

 

 一郎はエリカの言葉を遮って、メリジーヌに声をかけてから、彼女だけを別室に連れていった。

 今度もイライジャだけを同行させる。

 すぐに、十一年前のことを質問した。

 

「……十一年前のことですか? でも、あたしは、なにも知らないのです。悪霊が出現したときには、マイセン様のご命令で、外に出ているように言いつけをされておりまして……」

 

 メリジーヌは当惑した表情でそう言った。

 

「外というのは?」

 

 一郎は言った。

 

「街の外です。隣町まで行く用事を言いつけられました。それで、元の旦那様の許可をもらって、留守にしました。戻ってきたら、あんた怖ろしいことが起きた後で……」

 

「えっ? 元の旦那様って……? メリジーヌさんは、もともとマイセンさんの侍女じゃなかったのですか?」

 

 イライジャだ。

 

「違います。あたしは、もともと、この屋敷におられたマイセン様の御子息にあたる方に、お仕えしていたのです。マイセン様にお会いしたのは、十一年前にご訪問されたときが最初です」

 

 メリジーヌは言った。

 どうやら、メリジーヌは、ずっと以前からマイセンに仕えていたわけではないみたいだ。

 しかし、考えてみればもっともだろう。

 マイセンは、それまではずっと旅の生活だと言っていた。

 メリジーヌは、侍女以外の能力はなさそうなので、悪霊を追って各地を旅をすることなどできなかったと思う。

 

「なにか大切な用事だったのですか?」

 

 イライジャがさらに訊ねた。

 

「いいえ……。なんの用事だったでしょう……。大した言いつけではなかったと思います……。まあ、用事というよりは、旦那様たちが親子で言い争いをなさるのをあたしに見られたくなかったのかもしれません」

 

 メリジーヌが静かに言った。

 

「えっ? マイセンさんと、その息子さんは仲が悪かったの?」

 

 イライジャは当惑したような感じで言った。一郎も意外に思った。

 街の評判も、さっき接した様子でも、マイセンはとても人あたりがよい印象があったし、息子とはいえ、マイセンが誰かと言い争いをするという状況が想像できない。

 もしかしたら、その息子というのが、あのマイセンを怒らせるようなふるまいがあったのだろうか。

 だが、そういうと、メリジーヌは首を横に振った。

 

「亡くなった旦那様ご夫婦は、とてもお優しい方でした……。むしろ、屋敷に来られたばかりのときのマイセン様の方が、とても気難しい感じで、物言いも乱暴でした……。あたしにはよくわかりませんが、この屋敷にやって来られて、一方的に怒鳴っていたのは、マイセン様でした……」

 

「へえ、いまの穏やかな感じからは想像できないですね」

 

 イライジャが言った。

 

「そうかもしれません。当時は、あたしにも、とてもひどく当たられて……。それもあったので、死んだ旦那様も、あたしがマイセン様のお使いで留守にするのを許したのだと思います。屋敷にいれば、マイセン様に口汚く叱られるばかりですので……」

 

 びっくりした。

 あのマイセンという人に、そんな一面があったとは思わなかった。

 まあ、このメリジーヌの語ることが事実であったとしてだが……。

 

「それで戻ってきたら、息子さん夫婦が殺されていたと?」

 

「そういうことです……。それはもう、マイセン様もショックだったのだと思います。マイセン様は三日ほど部屋に閉じこもっておいででした……。そして、それからは、人が変わったように大人しくなり、お優しくもなられました……。なくなった元の旦那様たちの忘れ形見になったサターシャ様のこともあったので、この屋敷にそのまま残られたのです。街の方にも本当によくしてくれます……。いずれにしても、あの優しかった元の旦那様たちを殺したという悪霊は許せません。どうか、今回のことはよろしくお願いします」

 

 メリジーヌが言った。

 

 それ以上の情報は得られそうになかったので、一郎たちはマイセンの屋敷を後にした。

 

 

 *

 

 

「ロウ様、どうなったのですか? これから、墓地に向かうのですか?」

 

 屋敷を出てしばらく歩いて、周りに人気のない場所に差し掛かると、話を承知していない者を代表するように、エリカが訊ねた。

 その一方で、エリカは、一郎の言いつけを守って、ずっとミウを監視してくれている。

 いまも、一郎に話しかけながらも、ミウから目を離していない。

 

「とりあえず、宿に戻ろう。そこで説明するよ……。でも、その前に、ミウのことを片付けるか? ミウを昨夜抱くはずだったが、具合が悪そうだったので延期したよね……。だけど、元気にもなったから、さっそく、セックスをしよう──。今回のクエストはそれからだ」

 

 一郎はできるだけ軽薄そうに聞こえるように言った。

 ミウの中に、悪霊の一部が憑依していることについては、一郎はほぼ間違いないと確信をしている。そして、ミウから悪霊を引き離すには、一郎の精の力で強引に剥がすしかない気がする。

 おそらく、それで問題ない。

 そうでないとしても、一郎がミウを完全に支配すれば、ミウの能力はあがり、悪霊との戦いに優位になる。

 いま、ミウを淫魔術で支配してしまうことは、封印を手掛けるよりも、先にやった方がいい。

 

「ええ──? そっちが先なんですか?」

 

 事情を承知していないコゼが苦笑して呆れた顔をしている。

 ただ、エリカとシャングリアは真顔のままだ。

 イライジャもなにかを感づいているのか、不審な表情をしつつも、一郎を咎める様子はない。

 マーズは困惑顔だ。

 

 そのとき、ミウがぴたりと足をとめた。

 一郎は振り返る。

 ほかの者も、ミウに身体を向けるかたちになる。

 

「いえ……。もちろん、ロウ様に抱いていただくのは嬉しいのですが……。でも、やっぱり、マイセンさんのご依頼を先に済ませましょう……。あたしのことはそれからにして……」

 

「いや、お前が先だよ、ミウ──」

 

 一郎はミウの言葉を遮った。

 すると、途端にミウの表情が一変した。

 一郎たちから距離を置くように、さらに後ろにさがり、さっと魔道を放つ体勢になる。

 

「ミウ?」

「どうしたの、ミウ?」

 

 イライジャとコゼがびっくりしている。

 一方で、エリカとシャングリアが同時に武器を抜いた。

 

「えっ、ええっ──?」

「わっ、な、なんで?」

 

 すると、コゼがびっくりした声をあげる。

 マーズも目を丸くした。

 

「……墓地に行くのを先にしましょう、ロウ様……。それと、封印石を持っていますよね。それを出してもらえますか……。さもないと……」

 

 ミウが静かに言った。

 一郎を見て不敵に微笑む姿はミウじゃない。

 なまじステータスに頼るから、ミウがすでに憑りつかれていることに気がつかなかった。

 一郎の失敗だ。

 

「さもなければ、なんだ?」

 

 一郎は身構えながら言った。

 その一郎の前に、さっとエリカが立つ。

 

「……さもなければ、全員皆殺しですね。最初に死ぬのはあなたです、ロウ……。ほかの女が死ぬのは、少し愉しんでからということになるかもしれませんけどね……」

 

 ミウが喉で笑った。

 その仕草ひとつで、ミウの口で喋っているのがミウでないのは明白だ。

 ミウは、あんな笑い方はしない。

 だが、その身体にはどんどんと魔力が集まっていっている。

 一郎にはそれがわかった。

 

「なにを言っている、ミウ?」

 

 マーズが目を丸くしている。

 

「あんた、ミウ?」

「どういうこと?」

 

 コゼとイライジャは戸惑ったままだ。

 

「ミウ、大人しくしなさい」

「そうだ、ミウ。迂闊に動くなよ。傷つけたくないんだ」

 

 一方で、先に一郎からミウが怪しいことを教えられていたエリカとシャングリアが武器を抜いて、油断なくミウに向けている。

 

 しかし、そこにいたのは、ミウであって、ミウでない。

 少なくとも、ミウではない誰かが、ミウの中に存在している。

 

「そうか? やってみますか、エリカさん、シャングリアさん? 八つ裂きにしてあげますよ。手足がなくなっても、女は愉しめますからね」

 

 ミウが微笑む。

 

「……そうか、あんたミウじゃないのね」

 

 コゼもやっと武器を抜く。

 

「あたしはミウよ……。マーズ、あなたはあたしを助けてくれるわよね……? ロウ様たちは、あたしを殺そうとしているようよ。ねえ、助けて」

 

「ミウ、大人しくした方がいい……」

 

 マーズも一郎を庇うように、さっと一郎の前に移動してきた。

 

「あら、みんな敵ですか? どうしてです? あたしが、ロウ様を拒んだから? だって、まだ十一ですから……。男の人は怖いんです」

 

 ミウはお道化た口調で言った。

 だが、その視線は無駄なく、自分に向いている剣を追っている。 

 

「もう、無駄だ、ミウ……。いや、悪霊──」

 

 一郎は足の下から粘性体を一気に放出する。

 あっという間に、ミウの全身が、首から上を残して粘性体に包まれた。

 しかし、ミウは顔色ひとつ変えなかった。

 

「……いつから気がついていたか知らないけど、早く封印石を出すんだ、ロウ……。さもないと、女たちの首が吹っ飛ぶぞ」

 

 ミウの声が終わると同時に、女たち全員の首に赤い線が走ったのがわかった。

 

「うわっ」

「んぐうっ」

「ぐっ」

「ああっ」

「ひいっ」

 

 五人の女が首を押さえて、その場にうずくまる。

 一郎は舌打ちした。

 おそらく、あらかじめ魔道を仕込んでいたのだと思う。

 ミウからは大きな魔力が発射された形跡はなかった。

 

「わしが念じた瞬間に首が爆発して死ぬ……。さあ、封印石を渡せ。こいつらを殺したくないだろう? それにしても、お前は何者だ? わしはずっとお前を術にかけようとしていたのだ。女の身体では、女を犯せないしのう。それなのに、ちっともかかりやしない……」

 

 粘性体に包まれているミウが、余裕あり気に微笑んだ。

 しかし、一郎もミウが思わぬ行動に出る可能性はある程度予想していた。

 

 この粘性体が、単純に行動を封じるだけと思ったら、大間違いだ。

 一郎が念じれば、強力な防護壁にもなるのだ。

 それは物理攻撃だけでなく、魔道攻撃に対しても十分な盾になる。

 一郎は瞬時に、ミウの残っている顔の部分についても、粘性体で包んでしまう。

 そして、内側から外への魔道攻撃を遮断した。

 

「んんっ」

 

 全身のすべてを粘性体で包まれてしまったミウが粘性体の中で悲鳴をあげた。

 内側から魔道を放射したのもわかったが、すべて遮断されたようだ。

 

「ふうっ」

「かはっ」

「はあっ」

 

 エリカたちが脱力するとともに、武器を握り直した。

 ほかの者についても復活したようだ。

 ミウから発していた魔道の流れを遮断したので、全員の首の赤い線が消失している。

 

「宿に戻ってからと思ったが予定変更だ。青姦といこう……。ミウの中に入り込んでいる悪霊を追い出すには、それしかなさそうだしな」

 

「ミウの中に悪霊?」

 

 マーズは目を丸くしている。

 ほかの者もびっくりしている。

 エリカとシャングリアなども、なにかあるとは思っていたようだが、まさか悪霊そのものがミウの中にいるとまでは思っていなかったのかもしれない。

 

 一郎は粘性体に力を込めると、そのまま道の奥まで引きずっていき、十分な距離まで草むらの中を進んでから、ミウを繁みの中に横たえた。

 

「エリカ、ミウからすべての魔力を放出させてくれ。ミウを弱らせている。いまなら、お前でもできるはずだ」

 

「わ、わかりました……」

 

 エリカが戸惑いながらも、さっと魔道の杖を取り出して、魔道を放った。

 一郎は内側からの魔道を遮断しつつも、外からの魔道を通過させるようにする。

 

「んんんっ」

 

 ミウの苦しそうな声が聞こえた。

 

「準備できました」

 

 エリカの声──。

 

「よし、解放する」

 

 一郎は声をかけた。

 粘性体を一気に外す。

 

「ぷはああっ」

 

 呼吸をとめられていたミウが盛大に息をした。

 それとともに、エリカの魔道によって、ミウの全身からすべての魔力がなくなったのを感じた。

 

「さて、レイプの時間だ、悪霊──。覚悟はいいな」

 

 一郎はミウの上に馬乗りになった。

 抵抗しようとするミウの四肢を再び粘性体で地面に貼りつけてしまう。

 

「や、やめろ──。男になど──。こ、この童女を殺す──。わしになにかをすれば、このミウの命はないぞ」

 

 ミウの口から焦ったような言葉が放たれた。

 これは悪霊そのものの言葉に違いない。

 だが、やはり、声はミウのものだ。

 とにかく、いまのミウは悪霊に自我を乗っ取られたかたちなのだろう。

 ミウがこの状況を自覚しているのかどうかわからないが、こうなったら仕方ない。

 可哀想だが、ここで犯す──。

 

「どうやって、ミウの命を奪うんだ? いま、ミウは魔力が放出されて、魔道が遣えない状態なんだぞ。それよりも、まだ、ミウの中なのか? だったら、男に犯される気分を味わってみろ」

 

 一郎はミウのはだけたスカートの中に両手を入れる。

 そして、まずは下着を乱暴に破り取った。



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283 善良な魂と邪悪な魂

 ミウは、四肢を一郎の粘性体で地面に密着されて大の字に磔にされている。

 一郎は剥ぎ取った下着を横に捨てると、ミウの股間の亀裂に指を這わせた。

 

「ううっ、ううっ」

 

 ミウの首が当惑したように左右に激しく動く。

 嫌がっているが、これはミウじゃないだろう。ミウを操っているのは、ミウの中に憑依している悪霊だ。

 一郎はミウの髪を掴んで固定すると、無理矢理に唇を合わせた。

 強引に唾液をミウの口に中に注いでいく。

 

「い、いやあっ、や、やだっ。た、助けて……。だ、誰か、助けて……」

 

 ミウが必死に顔を避けて泣くような声を出す。

 一郎は舌打ちをした。

 わざわざ、ミウの口ぶりをして哀れそうな声を出しているのは、それで同情を誘って、一郎の行為をやめさせようとしている悪霊の魂胆に違いないからだ。

 もっとも、周りを囲んでいる女たちも動じた気配もなく、一郎がミウを犯すのを見守っている。まあ、悪霊が入っていなくても、女たちは一郎がミウをレイプするのを別段とめることもないと思うが……。

 

 とにかく、構わずに、さらにミウの口に唾液を注いでいく。

 だんだんと淫魔術の結びつきが強くなるのを感じた。

 

 それに応じて、ミウの性感帯もはっきりとわかるようになる。ある程度だが、これで、身体の感覚も操れそうだ。

 精を注げれば完璧なのだが、とりあえず、可能な限りの身体の感度を急上昇させる。ミウは全身に強い媚薬でも注がれたような感じになったと思う。

 

「はううっ」

 

 ミウの身体が弓なりにのけぞった。

 瞬時にミウの股間が熱くなり、一気に大量の蜜が流れ出した。

 愛撫を続ける。

 

「うおおっ、や、やめてくれ……。こ、こんな。こんな……」

 

 ミウの口から今度は男の口調で呻き声が洩れてきた。

 だが、声はミウのものだ。

 

「観念しな。さっさとミウから出ていけ──。さもないと、男に犯される体感を味わうことになるぞ」

 

 この悪霊が男であることは確かだ。

 少なくとも、一郎にこうやって愛撫されることに対する、ミウ側からの激しい嫌悪の感情を感じる。ミウならこんな反応を示すことはないはずだ。

 だが、逆に身体の反応は女そのものだ。

 みるみるうちに、ミウの身体から力が抜けていき、快感に浸かっていく素振りに変わる。

 

「ううっ、うううっ……」

 

 歯を噛み鳴らして、必死に快感に耐えようとするミウの脚を抱えて身体で押さえると、一郎は膨らんできた小さな肉芽を片手でゆっくりと回す。

 

「んふうっ」

 

 ミウが絶息するような悲鳴をあげた。

 一郎は指をヴァギナに挿入させる。

 すでにたっぶりの蜜で溢れていて、狭いものの抵抗はない。

 赤くなったもやの場所を念入りに擦る。

 ミウの身体の悶えが激しくなる。ぎゅっと膣も収縮した。

 

 もういいだろう……。

 さっさと精を注いで、悪霊を追い出そう。

 

 この悪霊の支配よりも、一郎の精の支配が強いことは間違いない。

 一郎が精を注げば、悪霊はミウに憑依できなくなり、外に飛び出すはずだ。

 

 そのときだった。

 なにかぼこりと音がした気がした。

 

「ロウ様──」

「ご主人様──」

 

 周りで見守っていた女たちの絶叫がしたと思った。

 

「えっ」

 

 わけがわからず、ミウに向かってさげていた上体を起こす。

 

「んぐうっ」

 

 頭に強い衝撃があり、一瞬視界が消えそうになった。

 身体が弾き跳ぶ──。

 転がった身体をコゼが捕まえてくれた。

 なにが起きたのかわからない。

 

「いいように、なぶってくれたな……。だが、お前はなんだ? 身体が剥がされそうになったぞ」

 

 ミウは手首と足首に、土の塊をつけたまま立ちあがっている。

 もしかして、魔道を遣って、貼りつけられている地面ごと外したのか?

 頭に感じた衝撃は、それを叩きつけられたのだろう。

 

「な、なんで? ミウの魔力は放出させたはずよ。そんなに早く回復するはずが……」

 

 エリカが驚いている。

 

「この子供は、自在型(フリィリィ)だぞ。仲間のくせに知らなかったのか? 魔道に必要な魔力を自由自在に吸収できる身体だ。魔力など、あっという間に回復できる」

 

 自在型(フリィリィ)──?

 なんだ、それはと思ったが、ミウについては一郎も、スクルズのいうような「不安定型(インスタビリティ)」という魔力が安定しないタイプではなく、通常の魔道師よりも高位に位置する自由自在に魔力を吸収できるタイプなのではないかと思っていた。

 おそらく、そのことを言っているのだろう。

 

 ミウがさっと手を前に出した。

 

「危ない──。来るわ──」

 

 イライジャが声をあげた。

 一郎はすかさず、ミウの前に粘性体の壁を作る。

 凄まじい炎の玉が連発で飛んで、作ったばかりの粘性体にぶつかって消える。

 

「なんなんだ、このわけのわからない粘性物は──?」

 

 ミウの中に入っている悪霊の舌打ちが聞こえた。

 一郎は粘性体の壁をミウに被せる。

 だが、ミウの跳躍が早かった。

 さっと、後ろに飛びのいて、それを避ける。

 一郎はさらに粘性体を追わせた。

 

 ミウが振り返って手を振る。

 大きな土の壁が出現して、一郎の粘性体を阻んだ。

 土壁(ソイル・ウォール)の術か──。

 

「捕まえろ──」

 

 一郎は叫んで、土の壁の反対側に走った。

 女たちも全員が突入する。

 

「顕現せよ。時をとめ、空間の扉を開け──。移動術(テレポ)──」

 

 叫び声がした。

 

「えっ? うそっ」

 

 コゼの声がした。

 コゼはミウを追う集団の先頭にいたのだ。

 全員の目の前で、ミウは姿を消してしまった。

 

「ミウが移動術を?」

 

 立ち止まったシャングリアが目を丸くしている。

 もともと、悪霊にそれだけの能力があったのか……。

 あるいは、完全ではないが一郎の淫魔術を刻まれかけたミウの能力が覚醒して、能力が飛躍したのか……。

 いずれの理由かわからないが、移動術は王都でも、スクルズ、ベルズ、シャーラの三人しか遣えない高等魔道だ。

 ミウは消えてしまった。

 

「どこに行ったんでしょう?」

 

 マーズの途方に暮れた声がした。

 だが、一郎はすぐに見当がついた。

 

「墓地だ──。ミウの魔道の力を使って、強引に結界を解こうとしていると思う。行くぞ──」

 

 一郎は声をあげて、駆けだした。

 全員が一郎を囲むように、追いかけてくる。

 

 

 *

 

 

 やがて、墓地に着く。

 果たして、ミウがいた。

 ひとつの墓の前でなにかをしている。

 おそらく、あれがマイセンの息子夫婦の墓なのだろう。

 そこに悪霊の本体が封印されているはずだ。

 

「もう、来たか──?」

 

 ミウの声だが悪霊が操っているのは明らかだ。

 こっちに振り向くと、さっと手を振ったと思った。

 黒い煙のようなものが、ミウの前の墓石から飛び出す。

 いくつもの小さな黒い煙に分離して、地面に吸い込まれた。

 すぐに、それぞれの場所の地面からなにかが這い出してきた。

 

骸骨戦士(スケルトン)が現われたわ──」

 

 イライジャが声をあげた。

 地面から現われたのは、剣を持った骸骨の戦士だった。

 全部で十体──。

 それがこっちに襲いかかってくる。

 

「俺がミウのところに行く。こいつらをなんとかしてくれ」

 

 一郎は亜空間から短銃を出して叫んだ。

 だが、こいつらには、弱点となる青い核のようなものが見えない。

 おそらく、憑依をしている霊の方を遮断しないと、退治できないのだと思う。

 

「仕方ない──。許せ、ミウ──」

 

 一郎はミウに向かって短銃を撃った。

 もちろん、胴体ではなく、脚を狙っている。怪我ならいくらでも治せる。

 しかし、なにかに阻まれて、銃弾は届かなかった。

 なにかの結界のようなものを張っているのだろうか。

 

「こいつ──」

「うおおおっ」

「うりゃあ」

 

 そのあいだにも、イライジャを含む女たちが武器を持って、骸骨戦士(スケルトン)に斬りかかった。

 さすがに、一騎当千の女傑揃いだけに、骸骨戦士(スケルトン)ごときに後れはとらない。もっとも、すぐに、バラバラになった骨が集まって身体を復活してくる。

 

「マーズは俺と来い。力ずくでミウをとめるんだ」

 

 一郎は銃をしまって、封印石を手に持った。

 エリカたちが骸骨戦士(スケルトン)を抑えている間隙を縫って前に出る。

 

「来たか──。だが、もう遅い──」

 

 墓の前に辿り着くというときに、ミウの口から勝ち誇った高笑いの声がした。

 なにかが墓から転がり落ちて地面に転がる。

 石だ。

 もしかしたら、これまで悪霊を封印していた封印石か?

 

 その瞬間に、真っ黒い煙の塊が墓から飛び出して飛翔した。

 さらに墓からだけじゃなくて、ミウの身体からも黒いものが飛び出して、黒い煙と一緒になる。

 

「ミウ──」

 

 気を失って崩れ落ちるミウの身体をマーズが抱きかかえた。

 一方で、一郎は黒い煙を追う。

 十体の骸骨戦士(スケルトン)からも、それが飛び出して、高く舞っている黒い煙に集まった。

 骸骨戦士(スケルトン)ががらがらと崩れて、地面に吸い込まれてしまった。

 

「いまこそ、我が身体を取り戻せる──。やっと、このときが来た──」

 

 黒い煙から大きな吠え声がした。

 一郎は舌打ちした。

 封印に失敗してしまったようだ。

 それが完成する前に、先に悪霊が飛び出してしまった。

 

「追うぞ──。マーズはミウをそのまま頼む」

 

 一郎はまたもや走り出した。

 悪霊が向かったのは、マイセンの屋敷の方向だ。

 マイセンによれば、悪霊が復活すれば、必ず自分に復讐すると言っていた。

 悪霊はマイセンを襲撃に行ったに違いない。

 

 一郎が駆けだすと、すぐにエリカ、コゼ、シャングリア、イライジャが追ってきた。

 

 

 *

 

 

 屋敷の中から悲鳴がした。

 飛び込む。

 階段の下でメリジーヌが倒れていた。

 二階から転がり落された感じだ。

 頭を打ったらしく、額から血が出ている。

 

「イライジャは彼女を頼む」

 

 それだけを言って、二階に駆けあがる。

 短銃を再び抜く。

 

「どかんか、小僧──。わしが抱き飽いたら、この娘はくれてやる。しかし、これはわしの物だ──。あの女に似ている。この娘は、わしがもらう」

 

 マイセンの声がした。

 だが、あのマイセンとは思えない下劣な口調だ。

 駆けあがった。

 

 マイセンが壁に向かって立っていた。

 その足元にいるのは、びりびりに服を破かれたサターシャだ。

 完全に怯えている。

 そして、その前に血だらけのレオンがいた。

 剣を構えたまま、立ち続けている。

 しかし、傷が顔から胸にかけて流れていた。

 大きな傷だ。

 足元には大量の血だまりができていた。

 

「や、やめ……ろ……」

 

 レオンはまだサターシャを庇っている。

 

「ならば、死ね──」

 

 マイセンが大きく片手をあげた。

 その手に、光の剣のようなものがかざされた。

 よく見ると、マイセンはズボンをはいていない。

 怒張が股間にそそり勃っている。

 

 一郎を追い抜いて、コゼが飛びかかった。

 無言で、手をあげているマイセンの肩に短剣を突き刺す。

 

「うがああっ──。いつまでも、面倒な連中だ──」

 

 マイセンが片手を振った。

 

「きゃあああ──」

 

 コゼが吹き飛ばされる。そして、壁にぶつかってぐったりとなった。

 一方で、肩に刺さった短剣がマイセンの肩から抜けて転がった。

 あっという間に、傷口も塞がっていく。

 一郎も唖然とした。

 

「マイセンさんから出ていくのよ、悪霊」

 

 エリカがさっとレオンの前に入った。

 シャングリアも反対側から剣をマイセンに向ける。

 そのとき、レオンががくりと膝を折った。

 

「レオン──」

 

 サターシャが血まみれのレオンに抱きついた。

 レオンの意識はもうないようだ。

 傷がどうなっているかわからない。

 

「出ていくだと──?」

 

 すると、マイセンが哄笑した。

 

「……どこから出ていくというのだ。この身体はわしのものだ──。わしのものではないものが入っていたのは、いままでのマイセンだ。いまこそ、本当のわしが身体に戻ったのだ」

 

 マイセンが吠えるように叫んだ。

 一郎はびっくりした。

 

「なにを馬鹿なこと言っている──」

 

 シャングリアが前に出た。

 だが、マイセンがさっと手を振った。

 シャングリアが見えない武器にぶつかったように、宙を飛ばされる。

 

「お前もだ──。どけっ、女──。いや、それとも、こっちにするか。小娘よりは、こっちがいいか」

 

 マイセンが下衆な口調でエリカに寄っていく。

 エリカがぎょっとした顔になった。

 

「きゃあああ」

 

 次の瞬間、エリカが悲鳴をあげて飛ばされた。

 エリカの服は上から下までまっぷたつに引き破られていて、エリカの下着が完全に露出している。

 

 サターシャとレオンがうずくまっているそばに、エリカが倒され、そのエリカにマイセンの身体がのしかかる。

 

「なにやってんだ──。それは俺の女だ──」

 

 一郎は声をあげて飛びかかった。

 だが、近づく前に、見えない棍棒のようなものでぶん殴られて身体を飛ばされる。

 壁まで転がり、くらくらする頭をあげて、マイセンの方を見た。

 マイセンは、完全にエリカに馬乗りになっていた。

 すでに胸当ても引き千切り、いまは腰の下着に手をかけている。

 

「いやああ。は、離せ──。離しなさい──」

 

 エリカは必死に下着を両手で掴んで泣き叫んでいる。

 だが、マイセンは余裕たっぷりで笑っているだけだ。

 そして、そのマイセンからなにかが迸る。

 マイセンとエリカの身体が光った。

 電撃(エナジー・ボルト)だ。

 

「んぐうううっ」

 

 エリカの苦悶の声が迸り、一瞬身体が、マイセンに跨られたまま弓なりになった。

 そして、がっくりと脱力する。

 

「どれ、どんな味かのう。ほかの女もその後で味見するぞ。全員逃げるなよ──」

 

 マイセンがついにエリカの下着を引き千切った。

 

「畜生──」

 

 一郎は粘性体を飛ばす。

 だが、途中で遮られて、逆流してきた。

 慌てて、粘性体を消滅させる。

 

「何度も同じ手は喰わんよ。そこで見ておれ」

 

「ご主人様──」

 

 コゼの声だ。

 目の前に無数の尖ったものが迫っていることに気がついた。

 とっさに、再び粘性体を出して壁を作ったが、全部は防げなかった。

 辛うじて胴体と顔は守ったものの、手足に木の欠片のようなものが突き刺さっている。

 ふと見ると、床の一部が剥がれていた。

 マイセンは、床を剥がして砕き、それを武器として飛ばしたみたいだ。

 

「ほう、面白いものをつけておるのう。股間に指輪か? 乳首もか。ほれっ、弄ってやろうか。ははは、堪らんか? それそれ」

 

「や、やめっ、……やめてえっ」

 

 エリカがまた叫んだ。

 だが、下半身を露出しているマイセンがそのエリカの股間と乳房を荒々しく愛撫し始めた。 

 

「くそうっ」

 

 一郎は飛びかかった。

 だが、マイセンの魔道で吹き飛ばされて、壁に全身を打ちつけられる。

 

「きゃあああ」

「うわああっ」

 

 コゼとシャングリアについても、やはり、マイセンの魔道で吹っ飛ばされて壁に叩きつけられた。

 一郎はとっさに粘性体で防護したが、かなり頭を打ったと思う。

 ふたりがぐったりとなる。

 

「あ、あふう、ううっ……。や、やめて……」

 

 一方で、マイセンに強姦されそうになって、抵抗を続けているエリカだが、その動きがだんだんと脱力するものになっているのがわかった。

 びりびりに服を破ったエリカの上に乗っているマイセンが、荒々しい手つきでエリカの乳房と股を愛撫しているのだ。

 エリカも必死の抵抗をしているが、ちょっとでもエリカが逆らおうとすると、マイセンは容赦なく、電撃(エナジー・ボルト)を浴びせている。

 すでに、エリカも虫の息だ。

 

「諦めの悪い女だのう」

 

 マイセンが嘲笑したと思った。

 

「んぎいいいいっ」

 

 エリカが絶叫して身体を弓なりにした。

 マイセンが再び電撃を身体から浴びせたのだ。

 もう、何度目になるだろう。

 

「畜生──」

 

 一郎は叫ぶと、身体から粘性体を一気に放出する。

 さっきから、同じことをやっているが、マイセンの身体の真後ろで全部跳ね返されてしまう。

 おそらく、あの位置でなんらかの魔道の結界を張っているのだと思う。

 一郎は、今度は、それを避けて、マイセンがさっき開けた床の穴に粘性体を流し込んだ。

 

 うまくいった。

 マイセンは気がついていない。

 

「な、なんか、おかしいなあ……。これだけ濡れているのに、随分と硬いな……」

 

 そのマイセンが首を傾げている。

 エリカの股間は一郎の施してある淫魔師の紋様の護りによって、マイセンの指の侵入を阻んでいるはずだ。

 おそらく、それを訝しんでいるのだと思う。

 

 とにかく、エリカに気をとられているいまがチャンスだ。

 一郎は下から床を粘性体に突き破らせて、マイセンではなくエリカを包み込んだ。

 

「うわっ──。なんだ?」

 

 目の前に粘性体を見ることになったマイセンが仰け反って声をあげた。

 一気に粘性体でエリカの身体を引き寄せる。

 一郎の手足は、さっきマイセンに床の木片を飛ばされて血だらけだ。それでも激痛に耐えて、エリカを抱き寄せた。

 

「大丈夫か──」

 

 エリカを包んでいた粘性体を消失させる。

 

「ああ、ロウ様──」

 

 エリカがすごい力で抱き締めてきた。

 その顔は半泣きだ。

 余程、身体をまさぐられたのが気持ち悪かったのだろう。

 

「あれっ? 怪我が……」

 

 しかし、すぐにはっとした顔になった。一郎の手足の状態に気がついたようだ。

 傷が少しだけ塞がる。

 エリカもミウほどではないが、初級の回復術程度は遣えるのだ。

 こんなときでも、やっぱりエリカは健気だと感じた。

 

「もういい。問題ない」

 

 一郎はエリカによる治療術を妨げて、マイセンに備えさせた。

 

「しつこい、連中だなあ」

 

 マイセンが苦笑して立ちあがる。

 その股間には、赤黒い男根が勃起していた。

 

「し、しつこいのはお前よ──」

「まったくだな……」

 

 やっと立ちあがれたコゼとシャングリアが、一郎とエリカの前に出て武器を構えた。

 もっとも、ふたりともさっき壁に頭を叩きつけられているので、動きがまだぎこちない。

 

「面倒じゃのう……。じゃあ、やっぱり、こっちにするか」

 

 マイセンが呆れたという表情で視線をサターシャに向けた。

 血だらけのレオンを抱き締めていたサターシャの顔が恐怖に包まれた。

 

「いい加減に、粗末なものをしまいなさいよ」

 

 コゼが素早くサターシャたちの前に回り込んだ。

 マイセンが片手をあげる。

 一郎は粘性体で全員の前に壁を作る。

 間一髪、火炎弾をコゼの前で阻むことができた。

 マイセンが舌打ちした。

 一郎たちの攻撃からマイセン自身を守ることはできるが、逆に一郎の粘性体の壁を、マイセンの魔道が突破することもできないようだ。

 

「ちっ、しぶといのう」

 

 マイセンが舌打ちした。

 しかし、マイセンにはまだ余裕のようなものがある。

 

「なんなんだ、畜生」

 

 一郎は、エリカを抱き締めたまま短銃を出した。

 胴体を避けて脚を狙う。

 

「無駄だ。本来のわしに戻ったからには、そこらの冒険者風情で相手になるか」

 

 マイセンが嘲笑の声をあげた。

 そのとおり、弾丸が空中で阻まれて床に落ちた。

 一郎はステータスを確かめる。

 

 

 

 “マイセン

  人間族、男

  年齢:82歳

  ジョブ

   魔道遣い(レベル60)

   退魔師(淫)(レベル60)

  生命力:400

  攻撃力:500

  魔道力:1000”

 

 

 

 やはり、能力が跳ねあがっている。

 また、悪霊が憑依したせいなのか、ジョブに退魔師が増えている。

 しかも、魔道力がとんでもない数値だ。

 退魔師のジョブに、“(淫)”がついているが、あれは悪霊が完全に淫情に支配されているからだと思う。

 悪霊に憑依されていたミウにも、それがあった。

 

 しかし、一郎は首を傾げたくなった。

 さっきから悪霊が憑依したはずのマイセンが、いまこそ、本来の自分に戻ったという趣旨の言葉を繰り返していることにだ。

 どういうことなのか……?

 

 いずれにしても、どうするか?

 殺すつもりで戦えば、やりようはあるかもしれない。

 しかし、その場合は、憑依されている側のマイセンも殺すことになる。

 コゼとシャングリアも、剣は向けるものの、致命傷を負わせないようにしているので、どうしても対応が鈍くなる。

 

 そのときだった。

 

「うあああっ、じゃ、邪魔をするなあっ」

 

 突然マイセンが絶叫して苦しみだした。

 

「わしを殺せ──。な、長くは支えられん……。は、早く……」

 

 マイセンの口から、別のマイセンの声がした。

 はっとした。

 乗っ取られる前のマイセンだ。

 

「おじいちゃん──」

 

 サターシャが叫んだ。

 

「こ、この偽者(にせもの)があ」

 

「偽者ではないわ。お互いに、わしよ……」

 

 また、声が入れ替わる。

 もう、一郎もどうしていいかわからない。

 

「こ、殺してくれ……」

 

 マイセンの口から苦しそうな声が漏れた。

 だが、またもや、すぐに狂気のマイセンが顔に戻る。

 

「ロウ様──」

 

 すると、階下から誰かがやってきて声をあげた。

 身体をマーズに支えられたミウだ。その後ろにはイライジャもいる。

 

「メリジーヌさんは大丈夫よ。こっちは? どんな状況なの?」

 

 イライジャが素早く言った。

 一方で、マーズは剣を抜いて前に出る。

 

「小うるさい蠅だ。束になったら、かなうと思っているのか」

 

 マイセンがさっと構えた。

 なにかをするつもりだ。

 

「あたしがやります──。光を遮る見えなき闇よ、光溢れるところに闇はない。聖なる光で暗黒の魂を薙ぎ払う……」

 

 ミウが早口で詠唱する。

 

「んんっ? 上級聖霊術……? させるか──」

 

 一瞬、マイセンの顔が曇ったように見えた。魔道が飛ぶ。

 一郎はすかさず粘性体の壁を飛ばすが、間に合わないかも……。

 焦った。

 

「させん──」

 

 マーズが完全にミウの前に出て、盾になる。

 マイセンの炎が飛ぶ。

 マーズの剣の一閃──。

 炎が分かれて左右に弾けた。

 遅れたが、一郎の粘性体の壁もやっとできる。

 

聖霊の光(ホーリー・ライト)──」

 

 ミウが叫んだ。

 眩しい光が部屋中を包む。

 

「うわああっ」

 

 マイセンの雄叫びがした。 

 真っ黒い煙がマイセンの身体から抜けていき、さらに光を浴びて溶けるように薄くなる。

 そして、消滅した。

 マイセンの身体が音をたてて倒れる。

 

「おじいちゃん──」

 

 サターシャが悲痛な声をあげた。

 

「ミウ、よくやった。レオンを……」

 

 それだけを指示して、マイセンに駆け寄る。

 しかし、様子がおかしい……。

 マイセンの顔には血の気がない。すでに死人のようだ。

 

 

 

  “マイセン

  人間族、男

  年齢:82歳

  ジョブ

   魔道遣い(レベル60)

   退魔師(レベル60)

  生命力:400

  攻撃力:10↓

  魔道力:0/1000↓”

  状態

   瀕死

 

 

 

「な、なんで?」

 

 思わず声をあげた。

 死にかけている。

 それに、退魔師の“(淫)”は消えたが、悪霊が憑依したために生まれたのだと思った“退魔師”ジョブが消えていない。

 もっとも、魔道力が枯渇しているので、敵対する危険はないと思うが……。

 

「エリカ、レオンの回復術をミウと変わってくれ。ミウはマイセンさんを──」

 

 一郎は言った。

 また、いまレオンを確認したが、まだ意識はないものの、これ以上悪化させなければ、命は大丈夫と判断した。

 それよりも、マイセンだ。

 

「む、無駄だ……。す、すでに、わしの半分の魂が消失しているのだ……。なにをやっても助からん……」

 

 そのとき、マイセンがかすかに眼を開いて言った。

 一方で、レオンの介護をエリカに加えてイライジャが受け持つ。

 ミウは、こっちに来て、マイセンに回復術(ヒール)をかけ始める。

 しかし、ステータスに好転はない。

 ゆっくりと生命力がなくなっていく。

 その数値が“3”に下がる。そして、“2”に……。

 

「サ、サターシャ、す、済まない……。こ、これが、欲望に負けた人非人(ひとでなし)のなれの果てじゃ……」

 

「そ、そんな、おじいちゃん──」

 

 サターシャがレオンの身体を預けて、マイセンのところに駆け寄ってきた。サターシャの身体は服が破れて、小さな乳房も無毛の股間も全部あらわになっている。だが、怪我はないようだ。レオンが必死に守ったのだと思った。

 マイセンは、いとおしそうにサターシャの顔に手を伸ばした。その手をサターシャが掴む。

 

「……レオンと仲良く……。あ、あいつはすごいな……。わ、わしを相手に……。わ、わしに……こ、こんなことを……言う……資格はないが……、あいつは、お前の騎士だ。大切に……。そ、そして、ロウ……殿……、か、感謝する……。あ、あの魔石の箱に……。か、隠し蓋がある……。その中に手紙が……」

 

 それが最期の言葉になった。

 一郎の魔眼からマイセンのステータスがなくなった。

 死んだのだ。

 

「ミウ、もういい……。レオンの治療に戻ってくれ……」

 

 一郎は上着を脱いで、まだ剥き出しのままのマイセンの腰にそれをかけた。

 

「はい……。その前にロウ様の治療も……」

 

 ミウがまだ、負傷の残っている一郎に魔道をかけようとしたが、一郎はそれを制した。

 一郎には、ユグドラの癒しがある。

 自然の大地や風に触れれば、どんな大怪我でも、しばらくすれば癒してくれる。

 一郎は窓を開かせて、外の風を部屋に入れた。

 徐々に自分の怪我が癒されていくのがわかった。

 

 

 *

 

 

「ロウ……」

 

 イライジャが手紙を差し出した。

 あれから、四半ノスほど経っている。

 十数分というところだ。マイセンの遺体はとりあえず、格好を直させて寝台に横にさせている。

 

 二階にいるのは、ロウとエリカとイライジャだ。

 ほかの者は一階にいる。

 とにかく、レオンの怪我がひどい。

 サターシャもメリジーヌも、マイセンの死はショックだろうが、いまはレオンの治療に専念している。

 ミウは下だ。

 レオンの治癒にあたってもらってる。ほかの者もそっちを手伝うように指示した。

 

 イライジャには、手紙を見つけて読んでくれと言ったのだ。

 マイセンが言い遺したのは、魔石の入っている箱に隠し蓋があり、そこに手紙が入っているということだった。

 イライジャには、それを探してもらっていた。

 

 エリカが横にいるのは、ロウの治療のためだ。

 一郎には、ユグドラの癒しという自己治療の特殊能力もあり、外の風に触れさせることでほぼ完全に回復した。

 だが、身体に入っている木の破片を除去するために、やはり、治療術が必要なのだ。

 それは、エリカに頼むことにした。

 また、エリカ自身の着替えもある。亜空間にある荷から、着替えを渡してエリカに渡した。すでにちゃんとしている。

 一郎の手足には、木片が刺さって大変のようだが、いまはエリカがひとつひとつ魔道で取り除いてくれているところだ。

 それもあらかた終わった。

 いまは最後の確認だ。

 エリカは長椅子に座る一郎の脚のあいだに跪いている。

 

「俺はまだ、字が読めなくてね……。まあ、多少はわかるんだが……。だけど、少しは予想がつく。手紙にはマイセンさんの告白が書かれてるんだろう? あの悪霊も、そして、悪霊が憑りつく前のマイセンさんも、どちらもマイセンさんだ……。悪霊なんかじゃない……。マイセンさんは、自分の魂を分離して、(よこし)まな側を封印していた。そうだったんだろう?」

 

 いまこそ、わかる。

 おそらく、間違いないだろう。

 イライジャは眼を丸くしている。

 

「どうして、わかったの?」

 

 イライジャの反応でやはり一郎の勘は正しかったのだと思った。

 みんなを下に行かせてよかった。冷静になってみると、そうじゃないかとふと思ったのだ。

 だから、真相を知る者を最小限にするために、わざわざみんなを一階に行かせたのだ。

 

「えっ、そうなんですか?」

 

 一郎の傷を一心不乱に確認しているところだったエリカが、驚いた感じで顔をあげた。

 

「読んでくれよ、イライジャ……。ただし、小さな声でね」

 

 一郎は言った。

 イライジャが一郎が座っている長椅子の隣に座ってくる。

 

「手紙は古いものよ……。おそらく、十一年前に書いたものだと思うわ。そして、これは、わたしたち宛てでもなければ、サターシャちゃん宛てでもないわ。マイセンさんが自分自身に宛てて書いた手紙よ。ただ、十一年間、一度も開封された形跡はなかったわ」

 

「多分だけど、マイセンさんは、自分でも忘れてしまっていたんじゃないかな。おそらく、自分自身を分離してしまった影響だろう。だけど、最後に封印していた半身が入ってきた。それで、手紙のことも思い出したのだと思う……。手紙を書いていたことすら、死ぬ間際まで思い出さなかった気もするな。それを予想して記憶が失われる前に手紙を書いたのだと思うけど……」

 

 一郎は自分の予想を言った。

 最初に会ったとき、マイセンには、十一年前のことを覚えている様子がなかった。

 もしも、覚えていたとすれば、一郎が十一年前になにがあったのかを確認しようとしたときに語ったと思う。あの半身はマイセンの善意の側の半身だったのだ。

 もっとも、少なくとも、息子の墓に封印したのが、自分自身の半身だというのは知っていたはずだ。

 だから、もしも、封印が解放されれば、その半身がマイセンの身体を取り戻しに来ることも予想していたのだと思う。

 

 イライジャが手紙を読み始めた。

 

 果たして、内容は一郎が予想した通りだった。

 しかし、そこに書かれていたことは、一郎の予想以上のことだった。

 過去のマイセンの犯した悪行は凄まじいものだったのだ。

 

 マイセンはもともと、旅の退魔師であったようだ。

 だが、魔道遣いでもあったので、実際にはさまざまな依頼を受けていたらしい。

 その力で各地を回り、依頼を通じて名声を得ていたようだ。

 ギルドに登録している冒険者ではないが、似たような仕事をしていたとある。

 しかし、本人の十一年前の手記による告白によれば、とてもじゃないが、性格はいいものではなかったようだ。

 極悪非道とまでは書かれていなかったが、まあ、その一歩手前だ。

 

 特に女癖は最悪で、いい女を見つけると、どうしても犯したくなってしまい、魔道の力を駆使して、乱暴もしたとある。

 ひとり息子も、そうやって生まれたようだ。

 ただ、息子が生まれたことは承知していたが、金を送るほかは、全く面倒も看ていなかったと手記にはあった。

 この城郭に立ち寄ったのも、本当に気紛れでしかなく、長く仕送りをしたのだから、宿代わりに使うつもりだけだったようだ。

 また、そのときには、息子を生んだ女は死んでいた。

 数年前に病気だったらしい。

 マイセンは、それさえも、この屋敷に立ち寄って知ったようだ。

 

 そして、マイセンは、この息子の妻に恋慕した。

 だから、まずは住み込みの召使だったメリジーヌを理由をつけて追い出し、息子もまた適当な言いつけで屋敷を出して、そのあいだに息子の妻を犯した。

 魔道で拘束をして、無理矢理だったと告白には書かれていた。

 

 それからは大いなる悲劇だ。

 戻った息子は、マイセンのしたことを知り、激怒して襲いかかってきた。

 マイセンは、あまりの息子の怒りに、つい本気を出してしまった。

 返り討ちにしてしまったのだ。

 

 マイセンの息子を殺したのは、マイセンだったのだ。

 それを見ていた嫁も、そのまま狂って自殺した。

 サターシャを遺して……。

 

 ふたりの死体を前にして、さすがのマイセンも、やっと自分のしたことの恐ろしさに我に返ったらしい。

 そして、マイセンは、三日間部屋に閉じこもり、自分の魔道の力の限りを尽くして、自分自身を分離したのだ。

 

 ひとつは、(よこし)まな心のマイセン──。

 

 もうひとりは、善良な心のマイセン──。

 

 善良なマイセンは自分の身体に留まり、邪まな側は、息子の墓に封印した。

 そのとき、彼の能力もまた分離した。

 退魔師のマイセンは、邪まな側に……。

 魔術遣いの部分は、善良な側だ。

 しかも、どちらかと言えば、邪まな側のマイセンこそが、主人格だったのだと思う。だから、善良な側のマイセンは、邪まなマイセンの人格が戻るまで、過去のことを思い出さなかった。

 まあ、いまとなっては、どうでもいいことだが……。

 

 いずれにせよ、これが真相だ。

 あとは、この街の人々が知っているとおりである。

 

 善良な側のマイセンは、自分自身を封印したことを隠して、この街の人のために尽くし、息子夫婦の遺したサターシャを大切に育てた。

 償いの意味もあったかもしれないが、邪まな側の半身を失っているので、純粋に善意の心からによるものだと思う。

 

「じゃあ、悪霊なんかじゃなくて、あれもマイセンさん自身だったということですか?」

 

 エリカはまだ信じられないという顔をしている。

 

「……邪まな側だけどね。だから、極端に本能に忠実だったのさ。特に、淫情にね……。本来は、邪まな部分と善良な部分の両方が合わさったのが、真のマイセンさんだ……。いずれにしても、封印されていた側のマイセンさんは、長く身体から分離していたので、ほとんど悪霊同然になっていたことは確かだと思うよ。淫情のお化けみたいになっていた。さもなければ、ミウの聖霊術で退治できたわけはないんだ」

 

 東の森でミウが憑依されてしまった理由も、いまではわかる。

 特異点が発生したために、東の森では瘴気が溢れて、死霊体(アンデッド・モンスター)が発生するほどだった。悪霊状態になっていたマイセンの半身も、それで力を得て、一部ではあるが封印を突破することに成功もした。

 

 ミウに憑依したのは、ただ、ミウがそこにいたからだ。

 一郎たちの中では、ミウだけが一郎の精を受けたことがなく、他者の憑依や操りに耐性がなかった。だから、のりうつられたのだ。

 もしも、ミウが一郎とすでに関係を持っていたら、一郎の淫魔の支配が防壁になり、ミウはマイセンの半身に乗っ取られなかった。

 また、さらに、ミウの高い魔道の力がなければ、ああも簡単に封印は解けなかった。

 ある意味では、一郎がミウを犯すのを躊躇っていたために、今回のクエストを失敗したといえるだろう。

 

 ただ、あの「悪霊」が邪悪な心のマイセンの成れの果てだとすれば、悪霊を退治することは、マイセンの本来の半身を殺すことであり、どうやってもマイセンを助ける方法はなかったということになる。

 唯一の方法は、悪霊、すなわち、邪悪なマイセンの半身を殺すことなく封印し直すことだっただろうが、あの半身の本来の居場所もマイセンの身体なのだから、力を得てしまった邪悪なマイセンをこれまでと同じやり方で封印できたかもわからない。

 もともと一部とはいえ、自ら封印を解いて外に出てきていたことを考えると、一郎は、新しい封印石を使ったところで、完全な封印のやり直しはできなかったのではないかと予想している。

 

 いずれにしても、失っていた心の半身が戻ったことで、善良な側のマイセンも忘れていた記憶を取り戻してしまったのだと思う。

 十一年前に、なぜマイセンが真相を手紙に書き、それを隠していたのかは、いまとなってはわからない。

 ただ、最後にそれを思い出して、真実を一郎に託した。

 そんな気もする。

 

 

 *

 

 

「イライジャ、その手紙をすぐに焼いてくれ……。手紙なんてなかった。この街に尽くしたマイセンさんは、悪霊に殺された。残念だけど……。万が一にも、このことはサターシャには教えたくない。知る必要もない」

 

「それでいいのね、ロウ?」

 

 イライジャが一郎に視線を向けた。

 一郎は頷いた。

 いずれにしても、非正規依頼とはいえ、一郎は初めてクエストに失敗した。

 完全達成記録(パーフェクター)は途絶えることになるが、そんなことは問題じゃない。

 

 イライジャの手の中に炎があがる。

 手紙は空中に浮かび、あっという間に灰になった。

 

 あとには、なにも残らなかった。

 これで、もう一度「悪霊」は封印されたのだ。

 

 

 

 

(第6話『邪悪な欲望』終わり、第7話『余話』に続く)




 このエピソードは、ロバート・スティーブンソン作『ジキル博士とハイド氏』をモチーフにしてます。


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 第7話   邪悪な欲望・余話
284 幼馴染から恋人へ(1)─大切な人


 夜である。

 

 レオンは、サターシャに呼ばれて、屋敷の二階にあがってきた。

 数日前、ここでマイセンに憑依した悪霊との激しい戦いがあった。

 いまはあらかた片付いていて、散らかっているものはない。

 ただ、元通りというわけじゃない。ここにあったマイセンの魔道研究の品物の幾つかは粉々になって壊れて捨てたし、マイセンが整理していた書類も集めてはあるが、レオンにもサターシャにも、その内容はさっぱりとわからない。

 まあ、サターシャも少しは魔道を遣えるので、そのうちに、マイセンがやっていたものを意味のあるものに変えられるようになるかもしれないが、まだまだ先のことだろう。

 

 それはとにかく、今日は一日大変だった。

 マイセンの葬儀が行われたのだ。

 長年、街のために貢献してくれたマイセンの葬儀ということで、かなりの人が参加をした。

 マイセンのために、大勢が寺院に集まってお祈りをし、埋葬のときも多くの人がマイセンの死を悼んでくれた。

 街のために尽くしてくれたマイセンの死をみんな悲しんでいた。

 レオンも同じだ。

 

 サターシャは一昨日までは、ずっと泣きじゃくっていたが、今日は一日、たった一人残ったマイセンの身内として立派に遺族としての務めを果たした。

 埋葬が終わって、街の人が戻るときも、ひとりひとりに頭をさげて、葬儀の参列のお礼を繰り返した。

 レオンは単なる家人なので、本来は葬儀の中心にいるべきではないのだが、サターシャに頼まれて、ずっと彼女の横に立っていた。

 気丈そうなサターシャだったが、やはり時折感極まったように泣きそうになることがあった。

 そんなときは、サターシャの方からレオンの手をぎゅっと握ってきた。

 手を握り返すことくらいしかできないレオンは、恥ずかしいのを我慢して、少し力を込めて握り返してあげるのだ。

 そうすると、サターシャは落ち着いたようになり、しばらくして手を離すのだ。

 そんなことが何回かあった。

 

「サターシャ……」

 

 二階にあがってきたレオンはサターシャに声をかけた。

 すでに夕食の片づけも終わって、レオンの祖母のメリジーヌは一階の私室で休んでいる。レオンも喪装を着替えて平服だ。

 二階で待っていたサターシャは、もう寝着になっていた。

 この二階はマイセンひとりが使っていた研究室兼私室であり、サターシャの私室も、一階にあるレオンたちの部屋の隣にある。

 だから、レオンをわざわざ二階に呼び出したということは、特別な話があるのだろうと思った。

 

「レオン、ここに座って」

 

 サターシャは椅子ではなく、マイセンがいつも休んでいた寝台に腰かけていた。部屋全体が暗かったが、そこだけ燭台があり、光に包まれている。

 彼女はとても複雑な表情をしていた。

 いつものような元気な感じはない。

 どちらかといえば、緊張している感じだ。

 

 葬儀から戻って来て、サターシャに、寝る前に二階に来てくれと言われたときには、改まってなんの用事だろうと訝しんでいたが、あれから少し考えていて、なんとなくサターシャの話の内容について予想がついていた。

 

 おそらく、サターシャはこれからのことを話し合いたいと思っているのだと思う。

 マイセンは死んだ。

 

 サターシャは、突然にたったひとりの肉親を失ったのだ。それは、サターシャは孤児になったということでもある。

 そして、マイセンはほとんど財は残さなかった。

 持っていた財産は、かなりの額を街の人のために使っていたし、残っていたものも、今回のクエストの報酬のために使い切ったはずだ。

 サターシャに遺されたのは、この屋敷くらいのものだろう。

 

 つまりは、サターシャは、いままで支払っていたメリジーヌとレオンへの給金を払えなくなったのだ。

 深刻な顔で話そうとしているのは、そのことに違いないと思った。

 

「話というのは、これからの生活のことだろう?」

 

 レオンはサターシャが口を開く前に、自分からそう言った。

 

「えっ?」

 

 サターシャは驚いたような顔になった。

 

「俺たちのことなら、心配いらない。給金がもらえなくてもいい。このまま、屋敷に住まわせてもられば、それでいいよ。出て行ったりしない。生活に必要な金子だって……」

 

 だが、最後まで言い終わることなく、サターシャに襟首を掴まれんばかりに密着される。

 

「なに言ってんのよ──。あんた、出て行くことなんて考えたの? あたしを置いて? あ、あたしは、もうあなたのことを家族だと思ってんのに……」

 

 サターシャは激昂した感じで声をあげた。

 しかし、急にはっとした表情になり、さっと立ちあがる。

 すぐに、棚からふたつの箱を持ってきた。

 レオンの前に置いて、それぞれの蓋を開いた。

 

「これは、魔石……? あれっ、こっちは──」

 

 レオンは驚いて声をあげた。

 片方の箱に入っていたのはエルフの魔石だ。あらかじめ大量の魔力を込めた石であって、魔道遣いが自分の魔力以外に、そこから魔力を引き出して魔道を行うための道具だ。

 エルフの里でしか作ることができないので、エルフの魔石とも呼ばれている。

 あまり流通していないので、大変貴重なもののはずだ。

 

 そして、もうひとつは、あの冒険者に支払ったはずの報酬だ。

 袋がふたつあり、ひとつはマイセンがクエストを出すときに準備した報酬金だと思う。小さな硬貨とかもあるが、金両一枚分になるはずだ。もうひとつは、追加の報酬ということで、メリジーヌとレオンが届けに行ったものであり、ずっと貯めていた財や屋敷の中で価値があると思ったものをマイセンの許可を得て足したものである。

 しかし、それがなぜここに?

 

「ごめん──。こっちはあんたたちのものでしょう。返されたんだけど、ばたばたして渡すの忘れてて……」

 

 サターシャがレオンたちの準備した側の袋を出して押しやった。

 

「いや……。それよりも、なんで、これがここにあるのさ」

 

 レオンは訊ねた。

 あの冒険者たちはもう出立していった。

 今朝のことだ。

 だから、これがここにあるはずがないのだ。

 

「……解決できなかったクエストの報酬はいらないって……」

 

 サターシャがぼそりと言った。

 

「解決できなかったって……。でも、それは、おかしいよ」

 

 レオンは首を傾げた。

 あの女連れのロウという冒険者に依頼したクエストは『東の森に面する墓地のアンデッド・モンスターの調査』だ。

 調査をした結果、不幸にもそこにいた悪霊がマイセンに憑依して、マイセンが死んでしまったということはあったが、それは本来のクエストと、無関係ということはないものの、結果的に悪霊は退治をされたし、墓地の死霊体(アンデッド・モンスター)も駆逐されている。

 まだ数日だが、もうひとつのクエストだった東の森の魔獣掃討と同様に、怪しげな気配が完全に消滅したと、みんな言っている。

 

 実際、あれから死霊体も出現していないし、今日だって、その東の森の墓地でマイセンを埋葬したのだ。

 今日葬儀で会ったとき、宿屋を兼ねた冒険者ギルドを経営している親父も、冒険者たちから、墓地のアンデッド・モンスターも退治したと報告があったと口にしていた。

 だから、これは支払わなければならない報酬だ。

 レオンはそう言った。

 

「あ、あたしだって、そう言ったのよ。あたしは借りを作るのは嫌だしね。絶対に払うと言ったんだけど、あのロウさんは受け取ってくれなかったの。ギルドの親父さんも、調査クエストはかたちとしては、ギルドを通さなかったことになっているから、報酬は当事者同士の話し合いだって言って、そっちももらってくれないし……」

 

「でも……」

 

「とにかく、だったら、これはマイセンさんへの弔い金にしようって、ロウさんが……。それで、ここにあるのよ。じゃあ、これ……」

 

 サターシャはレオンたちが準備した側の袋をずいと押した。

 しかし、レオンはそれを押し返す。

 

「そういうことなら、これはマイセンさんの弔い金だ。受け取らない」

 

「なんですって──」

 

 サターシャが怒ったように怒鳴る。

 それから、「受けとれ」、「受け取らない」でもめたが、結局、レオンたちの私財で準備したものについては返してもらうことにした。

 明日にでもメリジーヌに渡せばいいだろう。

 

 いずれにしても、あのロウって、とんでもない女たらしだったけど、案外いい人だったようだ。

 結局、サターシャにも手を出さなかったようだし、難しいクエストだって、数日で終わらせてしまった。

 酒場ギルドの親父も、大した連中だったと褒めていた。

 

「とにかく、給金はこれまで通りに支払うわ。この魔石を売るから、かなりまとまったものが手に入るもの。それについては心配しないで。だから、どこにも行っちゃいやよ──。ねえ、行かないでしょう?」

 

 サターシャがいきなり、両手でレオンの手を握ってきた。

 しかも、すごい力だ。

 

「も、もちろんだよ」

 

 レオンは慌てて言った。

 すると、サターシャが顔に満面の笑みを浮かべ、ほっとした様子を示した。

 だけど、びっくりした。

 寝着一枚の薄物のまま、密着されてどきどきした。

 また、くっつかれてわかったけど、サターシャはいい匂いの香水を薄っすらと身体につけているようだ。

 葬儀のときにはそんな匂いはしなかったから、ここに戻って来てから香水をつけたのだろうか?

 

「だけど、給金はもういらない。それはお婆ちゃんとも話し合っている。俺たちは、ここに住まわせてくれればいい。サターシャのことだって、俺が面倒を看る。そりゃあ、最初は大して稼げないけど、そのうちに、ちゃんと一人前になってみせるから」

 

 レオンは自分の胸を叩いた。

 サターシャは首を傾げている。

 

「稼ぐって……。なにをするの?」

 

「冒険者だ」

 

「冒険者?」

 

「そうだよ。俺は冒険者になる。酒場ギルドの親父さんとも話したんだ。そしたら、俺なら、(チャーリー)ランクで手続きできるって」

 

 ぽかんとしているサターシャにレオンは続けた。

 それは、最初は(デルタ)クラスのクエストとか、よくても、(チャーリー)ランクのクエストしか受けれないから、大したことはできないし、街の雑用みたいな仕事が主体になるはずだ。

 だけど、そのうちにランクもあがり、大きな仕事もできる。

 もしかしたら、別の街でも働けるかもしれない。

 それでも、必ず、ここには仕送りを続ける。

 レオンはきっぱりと言った。

 

「……大丈夫だよ。無理はしない。ちゃんと地道に経験を積んで、少しずつ実力を身につけていくよ。今回のことで、俺なんかひよっこもいいところだってわかったしね」

 

 レオンはサターシャに白い歯を見せた。

 いままで、レオンは剣技なら誰にも負けないと思っていた。

 実際に、この街では、大人だってレオンよりも強い者はいないし、だから、レオンは自分が相当の能力があるとうぬぼれていたのだ。

 しかし、あの冒険者たちに、完膚なきまでに負けた。

 エリカという美人のエルフ女には、一瞬にして剣を払われたし、ロウという不思議な魔道遣い(マジシャン)みたいな人には、短銃を眉間に突きつけられた。

 そのふたりとも、どうしてそうなったのか、わからないくらいの早技だった。

 さらに、クエスト解決能力のすごさ……。

 魔獣退治だって、特異点封印だって、悪霊退治だって、全部すごかった。

 

 すごい……。

 本当に、すごい……。

 

 自分もあんな風に強くなりたい。

 絶対になりたい──。

 心の底からそう思った。

 

「……しばらくは修行だよ。だけど、食べれるくらいには一生懸命に稼ぐ。だから、給金はいらない。これからは、俺がこの家にお金を入れるよ」

 

 レオンは言った。

 

「だったら、あたしもなる。一緒に冒険者になろうよ──」

 

 サターシャは目を輝かせていた。

 

「えっ?」

 

「……絶対よ。ふたりでやろう。そうしようよ──。レオンはあたしのパーティに入って……。いえ、あたしが、あんたのパーティに入ってもいい。とにかく、ふたりで依頼を受けよう。その方がいいって」

 

「本当に?」

 

 レオンは有頂天になった。

 冒険者になると決めたとき、本当はサターシャと一緒にやれればいいと考えた。

 レオンは剣ができるし、サターシャは魔道ができる。

 ふたりとも子供だし、経験のない新米(フレッシャー)だけど、それでも、そこそこの力はある。

 ひとりでやるよりは、サターシャと組んだ方がいいに決まっている。

 しかし、レオンはサターシャに人生を強要するつもりはなかった。

 サターシャは、マイセンの跡を継いで魔道研究家になるかもしれなかったし、そうであれば、サターシャがそれで食べていけるようになるまで、レオンが生きるために必要なものを稼ごうと決心したのだ。

 

「……だけど、魔道研究は……?」

 

 訊ねた。

 

「あれ?」

 

 サターシャは棚に並べてあるまだ残っている魔道研究具や書物に目をやって笑った。

 

「あたしに、あんなのできるわけないでしょう。一生かかったって、おじいちゃんのようにはなれない。それよりも、あたしも冒険者になりたいわ。おじいちゃんも若いころは、旅の冒険者だったって……。じゃあ、一緒に頑張ろうね。うわあ、冒険者かあ……。でも、最初はふたりで雑用よね。でも、いつか……」

 

 サターシャは嬉しそうだ。

 レオンも思わず微笑んでしまう。

 しかし、ふと思った。

 これからの生活のことじゃないとしたら、サターシャの用事はなんだったのだろう?

 

「じゃあ、サターシャの用事ってなんだったの?」

 

 レオンは訊ねた。

 すると、サターシャがいきなり顔を真っ赤にした。

 ちょっとたじろいでしまった。

 だが、サターシャは決心したように口を開いた。

 

「あ、あたしは、本当に借りが嫌いなの──。ほら、覚えているでしょう。あのロウさんたちに、クエスト依頼したとき……。報酬に不足する分は、あたしの身体で払うって言ったの……」

 

 確かに、そんな話もあった。

 それで怒ったレオンが、あのロウに斬りかかって、瞬時に返り討ちにされそうになったんだけど……。

 

「だから、あたしは言ったの──。お金については、弔い金ということで受け取ります……。でも、こっちの方は受け取ってくださいって……」

 

「え、えええっ──」

 

 びっくりして声をあげた。

 まさか……。

 

「で、でも、断られたわ」

 

 サターシャが慌てたように言った。

 レオンはほっとした。

 よかったあ……。

 まあ、手は出さないって約束したしな……。

 そのために、お金をかき集めて、追加の報酬を持っていったんだし……。

 だけど、なんてことを言いに行ったんだろう……。

 レオンは、サターシャを睨んだ。

 

「でね、そのとき、言われたのよ……。それは、あたしの大切な人にあげなさいって……」

 

「えっ?」

 

 レオンは声をあげた。

 サターシャが、ずいと身体を寄せて、レオンにくっつかんばかりに寄ってきたのだ。

 

「だから、もらって……。あたしは人に借りを作るのは嫌い……。ロウさんが大切な人にあげろって言ったんだから、これは大切な人にあげないといけないの」

 

「そ、それって……」

 

「あたしの身体をもらって……。あんたはあたしの大切な人……。あのとき、悪霊から守ってくれてありがとう……。あたしはなんにもできなかった。ただ、怖くて、あんたの背中で震えていただけ……。ありがとう。あたしを命懸けで守ってくれて……。いつか、あんたみたいに強くなる……。それはともかく、あたしをもらって……。つまり、抱いてくれってこと」

 

 サターシャが言った。

 レオンは息を飲んだ。

 

「も、もちろん、だから、これから、どうしろってことじゃないのよ。あんたがあたしのことをどう思っているか知らないし……。まあ、がさつで、お転婆で、可愛いところなんて全然ない女だし……。こ、これは、大切な人にあげろっていうことなんで、そうしたいだけで、あんたがこれに捉われることはないのよ。でも、あんたの気持ちに関係なく、あんたは、あたしの大切な人なの……。だから、あたしを抱いても、あんたは気にしなくていいの。これはあたしの都合ですることなんだから」

 

 これだけ言われれば、レオンだって黙っているわけにはいなかない。

 レオンは今度は自分からサターシャの両手を握った。

 サターシャがぶるりと震えた。

 

「サターシャは、俺にとって、誰よりも大切な人だ。そんなこと、わかっていると思っていた。サターシャ、好きだよ。大好きだ」

 

「あ、ありがとう……。嬉しい……」

 

 サターシャが下を向いて、にんまりとした。

 そして、くすくすと笑い出した。

 呆気にとられたが、なんだか、どうしても笑うのをやめられないみたいだ。

 本当に嬉しそうにしてくれている。

 レオンも嬉しかった。

 

「じゃ、じゃあ、脱ぐね……」

 

 サターシャが手を離して、自分の寝着に手をかけた。

 レオンはごくりと唾を飲んだ。

 しかし、その手がとまる。

 そして、レオンをきっと睨みつけた。

 

「だ、だけど、あたしって、全然色っぽくないよ。胸だって、まだぺたんこだし……。まあ、そのうちに、大きくなるかもしれないけど、で、でも、いまはまだ……。ほ、ほかにも、魔道のほかにも、剣の修行していたから、身体中に傷もあるし……。それに……」

 

 レオンは笑いながらサターシャに近づいて、ぎゅっと抱き締めた。

 サターシャがレオンの腕の中でびくりとする。

 

「色っぽくなくても、胸がぺたんこでも、そのうちに大きくなっても、身体に剣の修行の傷があっても……。それから、がさつでも、お転婆でも……。俺はサターシャが大好きだ。マイセンさんがサターシャをずっと守り続けたように、俺はずっとサターシャを守る。いつか強くなって、ロウさんみたいに、悪霊にだって勝てるくらいになってみせる……。それと、これだけは言っておくけど、サターシャは可愛いよ。とても女らしいと思う。少なくとも、俺にとっては」

 

「あ、ありがとう……。あ、あたしも、強くなるね……。レオンを守れるように……。あんたの役に立てるように」

 

 サターシャがレオンの腕の中で首をあげた。

 こうやって、くっつくと、いつの間にか自分はサターシャよりも身体が結構大きくなっていたのかと気がついた。

 幼いときには、ほとんど一緒だったのに……。

 

「ふ、服を脱がせるよ……」

 

 レオンはサターシャの寝着に手をかける。

 

「だ、だったら、脱がせっこしよう。あんたの服はあたしが脱がせていい?」

 

 サターシャが言った。

 レオンは頷いた。

 襟の紐をほどき、たくし上げた寝着をサターシャの首から抜く。

 サターシャは下着一枚になった。

 可愛い裸……。

 

「こ、今度はあたし……」

 

 サターシャの手がレオンのズボンの紐に触れる。

 その指は緊張でかすかに震えているようだった。

 

 レオンも、とてもどきどきした。



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285 幼馴染から恋人へ(2)─大人の階段

 服を脱がせ合って、お互いに下着一枚になった。

 燭台の灯かりに照らされているレオンの肌をサターシャが、じっと見てくる。

 

「な、なんだよ。じっと見られると恥ずかしいなあ……」

 

 レオンは苦笑した。

 そのくらい、サターシャはじっとレオンの身体に見入って来るのだ。

 

「レオンだって、あたしの裸、見てるじゃない。おあいこよ……。で、でも、きれいな肌……。ちょ、ちょっとびっくり……」

 

 サターシャが息を飲んだように言った。

 レオンは笑った。

 

「……この前、顔から胸にかけてぱっくりと斬られたろう。そのとき、あのミウっていう魔道遣いの子が上級の治療術をかけてくれたんだよ。あの子すごいよね。そしたら、古傷まで消えちゃったのさ」

 

「ず、ずるい……。男のくせに、あたしよりもきれいな肌だなんて」

 

 サターシャが本気で怒ったように、頬を膨らませた。

 

「サ、サターシャだってきれいな肌だよ」

 

「うそっ──。あたしは、そんなにきれいな肌じゃない──」

 

 拗ねたように、ぱっとサターシャが自分の胸を隠す。しかし、その手をレオンは手首を掴んで脇に避けた。

 改めて、サターシャの胸をじっと見る。

 本当に可愛らしい身体だ。

 ちょっとだけ膨らんだおっぱいが大きく波打っていて、その胸の先っぽには、ちっちゃな乳首がぴんと伸びている。じっと見ていると、恥ずかしいのか、首筋から肩にかけてがぱっと真っ赤に染まった。

 これから、このサターシャと愛し合う……。

 心臓が痛いくらいに鼓動している。

 

「そ、そんなに見ないでよ。は、恥ずかしいよ──」

 

「サターシャだって、見てるじゃないか。おあいこだろう?」

 

「あ、あたしは、いいのよ」

 

 抗議するサターシャをレオンはぎゅっと抱き寄せた。

 腕の中で、サターシャがぶるりと下着一枚の身体を震わせる。

 

 こんなときにどうしたらいいか、レオンもまったく知識がないわけじゃない。

 この街では早い者なら、十五、六歳で子供を作る男女もいるし、十二歳といえば、ちょっと早いけど、そろそろ大人の階段を昇る頃だ。どんな風に女の子と愛し合ったらいいかということについては、すでに経験を済ませた年上の少年が教えてくれたりもする。

 それがまあ、この街のひそかな伝統のようなものだ。

 そうやって、みんな経験を済ませて、子供から大人になる。

 まあ、レオンも、そうやって歳上から話だけはを聞いてはいた……。

 

 レオンはそのときの記憶を辿り、まずは首筋にキスをした、

 サターシャがまたびくりと震えた。

 確か、こうやって首にキスをしながら、だんだんと胸に近づけていけばいいとか言っていたっけ……。

 

「うっ、うう……ううう……」

 

 キスを何度もしながら、徐々に胸元にキスをする場所を移していく。すると、サターシャはぎゅっと目を閉じて、唇を何度も開けたり閉じたりしながら、だんだんと息を荒くしていった。

 

「あ、ああっ、は、恥ずかしい……。へ、変な声が出そう……。はああっ」

 

 サターシャの身体の震えはだんだんと大きなものになった。

 レオンはその顕著な反応が嬉しくなり、サターシャの胸の頂点の突起をぺろりと舐めた。

 

「はううんっ」

 

 サターシャがレオンに捕まれている身体をいきなり大きく弓なりにした。

 そして、自分の反応に驚いたように、レオンに掴まれている腕を振りほどいて、レオンの肩をぐいと押して突き放すようにしてくる。

 

「だ、駄目だよ、避けちゃ」

 

 戸惑って言った。

 

「うう……だ、だって、変な声が出ちゃうの……」

 

 サターシャは泣きそうな声で言った。

 

「いいじゃん。変な声を聞かせてよ」

 

 レオンはサターシャを仰向けに寝かせて、その両手を寝台に押さえつけるような体勢にした。

 そして、改めてサターシャの乳房を口で揉みあげるような感じで、胸の先端を代わる代わる舌で転がす。

 

「んんっ、んんっ、だ、だめっ、んあっ」

 

 サターシャが、またぐいと力を入れてレオンの身体を引き離す仕草をした。

 だが、すぐに力を抜き、その腕をどうしようかと迷う感じでしばらく宙を漂わせた挙句、レオンの背中にぎゅっと回してきた。

 レオンはサターシャが感じてくれているのが嬉しかった。

 

 そして、とにかく、多分、やり方は正しいのだろうと思った。サターシャは感じてくれている。

 それについてはほっとした。

 

 次は……。

 

 レオンは口で乳首をねちっこくしゃぶりながら、右手をサターシャの股間に滑らせた。

 サターシャの脚と脚のあいだには、レオンの片脚がすでに割っている。

 開いている脚の付け根に指を持っていく。

 

「う、うわあ、ま、待って……」

 

 サターシャが慌てたように、レオンを抱いていた手を股に持っていってレオンの手首をつかむ。

 そして、ぐいとどかしてしまった。

 

「な、なに?」

 

 さすがにレオンは当惑して、サターシャから手を離して身体を起こした。

 もしかしたら、ちょっとむっとした口調になってしまったのかもしれない。

 サターシャが慌てたように、仰向けになったまま首を横に振る。

 

「ち、違うの……。本当に嫌がっているんじゃないの……。で、でも、ちょ、ちょっと待ってね……。あ、あんたの手……。す、すごく変……。ど、どこを触られても……びりびりって……。だ、だから……待って……。ちょ、ちょっと覚悟が……」

 

 サターシャが何度か深呼吸をするような素振りをして、やがて大きく頷いた。

 

「よ、よし……。い、いいよ……。じゃ、じゃあ、脱がせて……」

 

 サターシャが覚悟を決めたような物言いをして、少し腰を浮かせるようにした。今度は両手は身体の横に添わせて、シーツを掴むようにしている。

 レオンは唾を飲み込むと、サターシャの下着の両脇に手をかけて、すっと足首に向かって移動して足首から抜く。

 サターシャの秘部がレオンの前に露わになった。まだ、陰毛は生えてない。

 

 レオンは歳上の仲間が言っていたことを記憶に思い起こしながら、もう一度サターシャの身体に屈みこむと、乳首を舌で転がしながら、指をサターシャのぴったりとくっついた亀裂に沿って動かしていく。

 

 ゆっくり……。

 優しく……。

 胸は強めに……。

 股は弱めに……。

 とにかく、繰り返す。

 するとサターシャの口から切なげな喘ぎが聞こえてきた。

 

「んんっ、へ、変よ……。こ、こんなの……き、聞いてない……。あ、最初は……い、痛いだけって……い、言っていたのに……。う、ううっ、はあ、はああっ、あっ、んあっ」

 

 サターシャが感じてしまうことへの戸惑いを一杯に表して、泣くような声を噴きこぼす。それにつれて、固かった亀裂が柔らかさを帯びすようになり、水飴のような潤滑油がみるみると溢れ出してきた。

 

「な、なによお……。あ、あたしばっかり……。あ、あんた、ずるい……ううううっ」

 

 女が感じているときには、股から愛液が出て、それでどんどんと柔らかくなるはずだ。実際、教えてもらっていた通りだ。レオンはほっとした。

 そして、そういえば、亀裂の上側にクリトリスと呼ばれる場所があるから、とにかく、そこを優しく揉めば女はすごく気持ちよくなるはずだと教えてもらったことを思い出した。

 むしろ、そこだけ刺激してもいいとか……。

 だけど、とても繊細な場所だから、絶対に力を入れ過ぎてはいけなくて……。

 

 その場所はすぐにわかった。

 レオンは股間の突起を二本の指で挟んでくすぐるように揉み動かした。

 つるりと皮を剥くように動かせばいいんだっけ……?

 こうかな……?

 

「ひにゃああ──。だ、だめええっ」

 

 サターシャの身体がこっちが驚くくらいに大きく跳ねた。

 そして、両手をレオンの背中に回して、すごい力でしがみついてきた。

 こんなに可愛いサターシャは初めてだ。

 レオンは嬉しくなって、しつこく肉芽を擦ってやった。

 

「あ、ああっ、だ、だ、だめえっ、な、なに? なによ……。な、なんか変、なんか変……。な、なんか変よ、あっ、ああっ、あああっ」

 

 やがて、サターシャの身体がぶるぶると震えだして、それがとまらなくなった。

 それでも、やめない。

 とにかく、しつこいくらいに繰り返さないと駄目なんだ。

 レオンは一生懸命に繰り返した。

 サターシャはちょっと抵抗するような素振りをしたが、今度はそれができないように、レオンの身体全体でサターシャを押さえている。

 そして、胸とクリトリスを刺激し続けた。

 

 どのくらい続けただろうか。

 基準がわからないので、とにかく長い時間をかけて、それをした。

 やがて、サターシャがすごい力でレオンの背中にしがみついたかと思うと、腰をレオンの手に押しつけるように身体を弓なりにした。

 

「んふううううっ」

 

 どっと股間からぬるぬるの愛液が流れ出た。

 どうやら、いっちゃったみたいだ。

 サターシャの身体が脱力して、荒い息をし始める。

 でも、ちょっとびっくりした。

 

「はあ、はあ、はあ……。い、いまのなによ。な、なにがあったの? と、とにかく、ま、待って。次は……あ、あたしの……番……」

 

 サターシャは辛そうに身体を起こすと、レオンの身体を掴んでもたれかかるように倒してきた。

 そして、レオンの下着を掴むと、それを脱がす。

 すっかりと勃起しているレオンの怒張がサターシャの前に飛び出る。

 サターシャがじっとそれを見て、息を飲んだのがわかった。

 

「す、すごい……。おっきい……。こんなに大きくなって、痛くないの?」

 

「痛くはないよ。サ、サターシャが可愛いから、こうなるんだ」

 

「そ、そう……? あ、あたしが? へへ……」

 

 サターシャは、ちょっと嬉しそうに笑った。

 そして、挑戦的にレオンに一度視線を合わせると、さっとレオンの腰の位置に顔を移動させて、レオンの怒張をぱくりと口で咥えた。

 

「う、うわっ」

 

 驚いてレオンは声をあげた。

 その反応が嬉しかったのか、サターシャがレオンの一物を口にしたまま、くすくすと笑う。そして、舌をぺろぺろと動かしだした。

 サターシャの舌がレオンの亀頭の筋に沿って押しつけるように動く。

 

「うっ、うう……」

 

 気持ちいい……。

 思ったのはそれだ。

 

 ほかの誰でもない。

 大好きなサターシャがレオンの性器を口で一心不乱に舐めて奉仕してくれる。

 それを思っただけで、レオンは感極まったようになってしまった。

 あっという間に、大きな射精感が込みあがる。

 

「あっ、で、出るよ……。で、出る。よ、よけて──」

 

 レオンは思わず声をあげて、サターシャをどけようとした。

 しかし、サターシャは両手でぎゅっとレオンの腰を抱えて掴まえている。しかも、しっかりと咥え直し、さらに顔まで動かして、激しくしごいてくる。

 

「う、ううっ、あっ」

 

 レオンは我慢できずに呆気なく、サターシャの口の中に精を放ってしまった。

 しまったと思ったが、サターシャはそれでも口を離さない。

 一生懸命にレオンの出した精を飲み干そうとしている。

 びっくりした。

 やがて、やっと顔を離す。

 

「へへ、飲んじゃった……。ちょ、ちょっと苦いね……。で、でも、もしかしたら、あたし、あんたのこれ飲むの好きになるかも……」

 

 にっこりと微笑んで悪戯っぽく笑った。

 レオンも笑ってしまった。

 

「だけど、飲んだの?」

 

 レオンは言った。

 

「えっ、飲むんじゃないの。男の人はそっちが嬉しいんでしょう?」

 

 小首を傾げた。

 

「そ、それは嬉しいけど……」

 

「あっ、それとも、あたしの顔とかに、かけたかった?」

 

 サターシャははっとしたように言った。

 レオンはちょっと呆れた。

 サターシャはサターシャで、やり方を誰かに聞いてきた感じはあるが、そっちは随分と過激なやり方まで教わったみたいだ。

 でも、とにかく嬉しい。

 レオンだけでなく、サターシャもいやらしいのはすごくいい。

 

「じゃあ、お返しだ」

 

 レオンはサターシャを抑え込むと、仰向けに倒し、さらに両脚を抱えて胴体に腿を密着させた。

 

「あっ、な、なに? こ、こんなの」

 

 サターシャが戸惑って逃げようとするが、しっかりと関節をきめて逃げられないようにする。こうなってしまえば、レオンの方が力が強い。サターシャは身動きできないはずだ。

 そして、今度はレオンがサターシャの股間をぺろぺろと舐めた。

 サターシャは狂乱した。

 レオンは亀裂に舌を入れるようにこじ入れて動かし、そうかと思うと、クリトリスを吸うようにし、さらに、お尻の穴まで舐めてやった。

 

 経験のある少年が言っていたのは、とにかく恥ずかしがらずに、あらゆる部分を舐めてやれということだ。特にお尻の穴を舐めると女は喜ぶぞと、ちょっと年配の男が得意気に口にしていたのを覚えている。

 だから、本当にねっとりと舐めてやった。

 サターシャは暴れまわりかけたが、すぐに脱力したようになり、途中からほとんど抵抗らしい抵抗もできなくなった。

 そして、またもや身体を震わせて達した。

 やっと、身体を離してあげる。

 

「も、もう駄目……」

 

 サターシャはばったりと脱力して、精根尽きたようになった。

 だが、はっとしたように顔をあげた。

 

「し、しまった。あ、あたし、あんたとキスをする前に、あそこ舐めちゃった……。キスを最初にしなさいって、教わったのに──」

 

 突然にがっかりしたように言う。

 

「教わった……? 誰に?」

 

 サターシャは何人かの街の女の子の名前を出した。

 レオンも知っている同世代か、少し上の女の子だ。

 彼女たちが経験者かどうかは知らないが、いずれにしても、やっぱり、サターシャもまた、レオンと同じように、どうやって愛し合ったらいいか、事前に教わったのだと思った。

 また、男と同じように、女もそんな話をするのだと改めて思った。

 いずれにしても、おそらく、フェラのやり方なんかも、そんな会話の中で記憶したのだろう。なんの躊躇もなく精を飲んだのは、そういうものだと覚えてしまっていたのだと思う。

 とにかく、レオンも愉しくて、おかしくなった。

 

「……いいじゃない。後でも前でも……。舐めっこしよう。サターシャの身体なら、どこだって舐められるよ。また、お尻の穴、舐めて欲しい?」

 

「ば、馬鹿──」

 

 サターシャが真っ赤になって怒鳴った。

 ちょっと笑い合った後、レオンはサターシャに舌を出すように言った。

 戸惑いながらも、言われたとおりにしたサターシャの舌をレオンはぺろぺろと舐めてあげる。

 舌を引っ込めようとしたが許さない。そして、垂れてくるサターシャの唾液ごと、レオンは舐め続ける。

 しばらくすると、またサターシャはうっとりと脱力したようになった。

 

 レオンはサターシャの身体を横たえる。

 もういいと思う……。

 いよいよだ。

 

 レオンは、まだまだ痛いくらいに勃起している自分の怒張をサターシャの股に近づけていく。

 サターシャが息を飲んだ。

 そして、両膝を立てて、レオンを受け入れるように脚を開き気味にする。

 

「こ、こうでいい……? い、言われたとおりにするよ……。なんでも言って……」

 

 ちょっと不安そうに言った。

 レオンはサターシャの両足を抱えて上にあげるようにした。

 

「それでいい。でも、力を抜いて……」

 

「う、うん」

 

 サターシャが深呼吸するように大きく息を吐いた。

 レオンは先端をサターシャの中に少しづつこじ入れた。

 

「いいっ」

 

 サターシャが歯を噛みしめて悲鳴のような声をあげた。

 初めての女は、ゆっくりやっても痛いし、急いでやっても痛いとということだ。

 どうせ痛いなら一気にやった方が女は苦しい時間が短くて済む……。

 処女とやったという何人かの少年たちの言葉はそれだった。

 レオンはサターシャの腰をがっしりと掴むと、一気に突き入れる。

 サターシャの中は温かくて、たっぷりの潤滑油で溢れていた。

 狭いけど、思っていたほどにはきつくない。

 それよりも、ぎゅっと締めつけられて、すごく気持ちいい……。

 

「んぎいいいっ、い、いたいっ」

 

 だが、激痛のためか、サターシャの全身が硬直したようになった。

 

「俺にしがみついて。すぐに終わるから。力抜いて」

 

 レオンは声をあげた。

 サターシャが必死の力でレオンを抱き締める。

 そして、レオンの一物は完全にサターシャの中に埋もれた。

 

「は、入ったよ。サターシャ、入ったよ」

 

「う、うん。入ってる。レオンのもの……入ってる……。あたしの中に……」

 

 サターシャは、ほっとしたような顔になるとともに、がっくりと脱力した。

 

「こ、これで……サ、サターシャは……俺のものだよ。どんなことがあっても、サターシャを一生大事にするね。約束する。一生だ」

 

「う、うれしいよ、レオン……」

 

 サターシャが息を喘がせながら、そう口にした。

 その顔には心からの満足感に満ち溢れているように思えた。

 

「じゃ、じゃあ、動くね」

 

「う、動く──? む、無理いいっ」

 

 サターシャが目を大きくした。

 

「動かないと終われないよ……」

 

 レオンは苦笑してゆっくりと腰を動かし始める。

 

「あううっ」

 

 サターシャは必死に歯を噛みしめて打ち込みに耐える仕草をした。

 とても、苦しそうだ。

 とにかく、早く出してあげないと、と思った。

 レオンはゆっくりと律動を繰り返した。

 すぐに出そうになった。

 レオンはそのまま、サターシャの中に精を放った。

 

 終わった……。

 

 やり遂げたという満足感とともに、レオンはサターシャから一物を抜く。

 そして、サターシャの隣にばったりと横になった。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 レオンが股間から一物を抜いても、サターシャはしばらくぴくりとも身体を動かさなかった。

 その股間からは処女だった証拠である赤い印が、サターシャの股から流れ出た体液とともに線になっている。

 レオンは拭くものでも持ってこようと思って腰をあげた。

 しかし、その手をサターシャががっしりと掴む。

 

「ど、どこ行くのよ……?」

 

 サターシャはちょっと不機嫌そうに言った。

 

「いや、水でも持ってこようかと……。それに拭くものを……」

 

「い、いいわよ……。あ、あたしが後で持ってくる……。そ、それよりも、もうちょっとくっついていて……。あ、あたしが動けるようになるまで……」

 

 レオンはサターシャに寝台に引き戻された。

 すると、サターシャが身体をぺったりとレオンにくっつけるように密着させてくる。

 

「そ、そんなにしたら、また、したくなるよ……」

 

 レオンは困惑して言った。

 

「こ、今夜は駄目……。ま、まだじんじんして痛いわ……。で、でも、何度かしていれば、だんだんと気持ちよくなるって……。あっ、でも違うわね……。痛かったけど、最初から気持ちよかったわ……」

 

 サターシャが首を傾げている。

 

「だったら、明日もいい?」

 

 レオンは笑った。

 

「う、うん……。わ、わかった。明日もいいよ……」

 

 サターシャはこくり頷いた。

 

「あさっても?」

 

「あさっても……いいけど。そんなにしたいの……?」

 

「したい。サターシャと毎日したい」

 

「じゃ、じゃあ、いいよ……。ひ、避妊草はいっぱいあるから……。そ、その代わり……、ま、また、あれして……」

 

 サターシャが消えるような小さな声で言った。

 避妊草というのは、女の子が妊娠しないようにする魔道の薬だ。安価なものであり、また、魔道遣いなら初級の魔道で簡単に作れるものだ。

 サターシャも自分で作ったのだと思う。

 

「あれって?」

 

 レオンは訊ねた。

 

「お、お股をくりくりってするのと……、お尻ぺろぺろするの……」

 

「いっぱいしてあげるよ」

 

 レオンは笑った。

 サターシャもまた、ちょっとはにかんだように笑った。

 そして、しばらくくっついたままでいた。

 すると、交合の疲れからか、あっという間に、サターシャが寝息をかき始めた。

 

 幸せそうな笑顔のままで……。 

 だけど、やっぱり、拭くもの準備した方がいいよなあ……。

 レオンは、サターシャにぎゅっとしがみつかれながら、そんなことを思った。

 

 

 

 

(第7話『邪悪な欲望・余話』終わり)



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 第8話   淫らな童女と愉快な仲間
286 童女から女に・承前(1)


 この日、移動しながらの四度の戦闘となった。

 陽は中天から半分ほど西側に傾いている。陽射しもかなり優しくなってきている。

 

酸吹き狼(アッシド・ウルフ)──。十頭ほどの群れだ」

 

 一郎は馭者台から声をあげた。

 すでに馬車はとまっている。

 馬車を操るのは、一郎の隣のコゼであり、マーズとエリカは、最初から馬車の前を警戒しながら歩いていた。

 一郎の警告で、ふたりは馬車を守るように、武器を抜いて前に立つ。

 

「異常な頻度ね。タイランの街を出てから、魔獣と遭遇するのが四度目なんて」

 

 幌馬車側から顔を出したイライジャが、驚いたように言った。

 一郎たちは、タイランの街を出立して、主街道に戻る山道を進んでいたが、これで朝から四回目の魔獣との遭遇ということになった。

 

 巨大蟻(ジャイアント・アント)小型植物魔獣(レッサー・トレント)大蜘蛛(ビッグ・スパイダー)、そして、今度の酸吹き狼(アッシド・ウルフ)だ。

 だが、探知器代わりの一郎が馭者台から距離のあるうちに警告することで、奇襲のようなものは受けないで済んでいる。

 今回も、まだかなりの距離であり、逃げるにしても、こちらから襲撃するにしても、十分な距離だ。

 そもそも、酸吹き狼(アッシド・ウルフ)は山道の横の草むらで休息中の様子であり、こっちの馬車には気がついていない。

 

「ご主人様が特異点を封印して、瘴気を消失させてしまったからな。多分、新しい瘴気の場所を求めて、どんどんと移動しているんだと思うぞ」

 

 一郎の外衣の内側からクグルスがひょいと顔を出して言った。

 魔獣といえば、クグルスだ。

 出立してから二度目の魔獣との遭遇のときに、呼び出してきてもらった。

 魔獣との頻繁な遭遇は、かなりの頻度で近傍に特異点と呼ばれる異界との封印の綻びがあることに通じるからだ。

 しかし、クグルスは、少なくとも近くには、特異点はないと断定した。

 どうやら、やたらに魔獣に遭遇するのは、一郎たちがタイランの街の近くで特異点を封印したことにより、急激に瘴気が減ったことから、新しい瘴気溜まりを求めて、これまでに出現していた魔獣が一斉に移動を始めたときに、たまたま一郎たちが移動をしたためのようだ。

 

「魔獣はどっちに向かって移動しているの、クグルス?」

 

 幌から顔だけ出しているイライジャがクグルスに訊ねた。

 最初の対面のときに、いきなり敵対しかけたふたりだったが、割り切りがいいのがイライジャであり、早くも受け入れている。

 瘴気の探知能力の高さという点で、クグルスが有益だということを認めたようだ。

 

「西みたいだね、黒エルフ。多分、お前らの森だ。だけど、多分、辿りつかないな。それまでに野垂れ死ぬと思うぞ」

 

 クグルスが一郎の服の中に身体を潜らせたまま言った。

 ほとんど人通りのない主街道から離れた山道だが、他人にクグルスの姿を見られると大変な騒ぎになることがわかっている。

 だから、ここから出てくるなと厳命している。

 

「ナタルの森のこと? ここからだと随分とあるわ。そこまで魔獣が移動していくの?」

 

「それまでにほかの瘴気の溜まり場を見つければ、そこに集まるだろうけどな。だけど、ナタルの森の方向からは、すごく濃い瘴気の流れがある。あいつら、頭ないからな。ただ、本能で瘴気の濃い気配に反応しているだけだ」

 

「だけど、ナタルの森には、ここからでも感じるくらいの瘴気の集まりがあるということ? 本当に?」

 

 イライジャが怪訝な表情になった。

 半信半疑という感じだ。

 それはそうだろう。

 ここから、ナタルの森まではかなりの距離がある。

 特異点の封印により、瘴気の源を失った魔獣が、こんなところからナタル森林の瘴気を感知して、移動しているというのは、一郎にもいまひとつ信じられない。

 イライジャは考え込む様子になった。

 すると、シャングリアも幌馬車側から顔を出して口を開く。シャングリアもまた、幌で休んでいたのだ。

 

「だが、いまの話によれば、あの魔獣を追っていれば、まだ発見されていない特異点にぶつかる可能性も高いな。つまりは、魔獣の本能で瘴気の濃いところに集まるのだろう? ロウ、どうする? あの魔獣をこっそりと追いかけていけば、またまた、瘴気が発生しているところに辿り着くことになるのではないか」

 

 確かに、いまのところ、酸吹き狼(アッシド・ウルフ)がこっちに気がついている様子はない。

 本来であれば、気配に敏感なウルフ系の魔獣が近距離で馬車の接近に気がつかないということなどないのだが、実は、外敵避けの魔道が得手であるエリカが、この馬車に特殊な結界を刻んでいる。

 だから、魔獣側からでは、エリカの魔道による感知の阻害効果が働き、こちらから攻撃でもしない限り、向こうから気がつかないらしいのだ。

 そういえば、まだエリカと一郎がふたりきりで旅をしていた頃も、エリカは野宿で外敵避けに絶対の自信を持っていて、夜になれば、一郎の調教を唯々諾々と受けていた。

 一郎の調教を受けて動けなくなっても、危害を加えるような危険なものは、絶対に襲ってこないという確信があったのだろう。

 そんなことを思い出した。

 

「いや、クグルスが探知できるような特異点が近傍にないということは、それらしい特異点をあの連中が見つけるまで、それなりの日数がかかるだろうし、そもそも、この幌馬車じゃあ、追いかけられんよ。それに、クグルスの言うとおりに、結局、特異点を見つけるまで、あの魔獣ももたないかもしれんしね」

 

 魔獣や魔物というのは生存に、必ず瘴気という特殊なエネルギー源を必要とする。

 中には例外もあるようだが、タイランの街の近傍にいた魔獣のように、比較的新しい特異点から発生した魔獣たちは、まだこちら側の世界への順応度が低く、やはり、瘴気がなければ、長い生存は無理らしい。

 クグルスの主張するとおりに、いま現在で、近くにある次の瘴気溜まりを目指しているのではなく、遥かな遠方にある特異点を本能的に目指しているだけなのであれば、おそらく、かなりの可能性で、魔獣たちは近いうちに死んでしまうと思う。

 

「まあ、そうだな」

 

 シャングリアは頷いた。

 

「だったらどうします、ご主人様? 少し待って、いなくなるのを待ちますか?」

 

 一郎の隣に座っている馭者をしているコゼだ。

 馬車を操っているのはコゼであり、いまは一郎の警告に接して、停車させている状況だ。

 

「うーん、酸吹き狼(アッシド・ウルフ)って、強敵か?」

 

 一郎はイライジャに視線を向けた。

 すると、イライジャは首を横に振る。

 

「酸を吐くから厄介だけど、距離を取って仕留めればどうということもない相手だと思うわ。これだけ距離があって、あの程度の数なら、順番に全部エリカが射抜けるわよ。弓で届くでしょう、エリカ?」

 

 イライジャが馬車の前に徒歩であるエリカに声をかけた。

 

「任せて」

 

 いまのエリカは弓矢を装備していて、一郎の指示があればすぐに狙いを定めるだろう。

 

「いや、だったら、また、ミウの魔道の練習台になってもらうか。ミウ、なんでもいい……。少しずつ接近するから、届くようになったら魔道で攻撃してみろ。さっきのように落ち着いてやればいい」

 

 一郎は幌馬車から前を覗いているミウに声をかけた。

 タイランの街では、マイセンの片割れに憑依されて、身体を操られたミウだったが、副産物もあった。

 あのマイセンがミウの身体に入って、高位魔道を頻繁に使ったために、ミウが魔道の制御の方法をなんとか体得できたみたいなのだ。

 魔道制御といっても、王都でスクルズとベルズが一生懸命に教えようとしたやり方ではなく、自在型(フリーリィ)特有の方法によるものらしい。

 まあ、一郎もよくわからないのだが、自在型(フリーリィ)というのは、人間族では滅多にないタイプであり、いまにして思えば、スクルズたちも周りに例がないし、接した経験もないので、ミウをうまく導けなかったのだろうと思う。

 ところが、それをマイセンがミウの身体に入って魔道を遣うことで、すでにミウの身体は、自分の魔道体質に見合う魔道制御の要領を意図せずに、体得したということのようだ。

 さっきも、全員で巨大蟻(ジャイアント・アント)を始末したほか、小型植物魔獣(レッサー・トレント)大蜘蛛(ビッグ・スパイダー)については、ひとりで相手をさせたが、ミウは見事に魔道一撃ずつで仕留めていた。

 

「は、はい」

 

 途端に緊張した面持ちになったミウが返事をして、馭者台側から降りる体勢になる。

 

「ほら、ミウ」

 

 馬車の下から手を出したマーズがひょいとミウの小さな身体を抱えおろす。

 ミウの記憶にはないらしいが、マイセンがミウの身体に憑依したとき、ミウの身体でマーズに襲いかかり、相当のことをしたらしい。

 そのせいではないとは思うが、前からいる三人娘には遠慮のようなものが垣間見えるが、マーズにはミウも心安いみたいだ。

 今日も、時折話し込んでいたりするのを目にしたりした。

 

「頑張んなさいよ、小娘。タイランでは散々に迷惑をかけた罪滅ぼしなんだから」

 

 コゼが冗談っぽく声をかけた。

 

「もちろんです。あ、あのう、皆さまには、本当に大変なご迷惑を……」

 

 地面に降りたミウだったが、コゼのからかいに、顔を真っ赤にして全員に頭をさげる。

 

「やめなさい、ミウ──。それはすんだことよ。謝る必要もないと言ったでしょう。コゼもからかわないのよ……。じゃあ、ミウ、思い切りやりなさい。失敗しても問題ないわ。わたしたちがフォローするわ」

 

 エリカが口を挟んだ。

 

「ミウ、酸吹き狼(アッシド・ウルフ)は、酸を吐くわ。ただ、逆に吐かれなければ問題のない相手よ。あなたの射程に入ったら、すぐに魔道を放ちなさい」

 

 イライジャが馬車からミウに助言する。

 すると、ミウが首を横に振る。

 

「ここから、いけます……」

 

 ミウが魔道を放つ体勢になる。

 

「ここから?」

 

 イライジャが怪訝な声を出した。

 一郎も首を傾げた。

 実際、かなりの距離がある。

 エリカの弓ならともかく、これまでの経験による一郎の感覚では、まだ魔道の届く距離じゃない。

 

岩石弾(ロック・キャノン)──」

 

 ミウが声を放つとともに、衝撃波が飛び地面を這った。

 そして、土の表面を剥ぎ、それが波動とともに回転してまとまり、さらに酸吹き狼(アッシド・ウルフ)の群生の前で十数個に分裂して、魔獣たちの首や胴体や頭に一斉に突き刺さった。

 すべてが当たったわけではないが、破片も大きいので身体の一部でも命中された酸吹き狼(アッシド・ウルフ)は、どれもこれも肉片になって吹っ飛んでいる。

 

「うわっ」

「ふえええ」

「ほおお」

 

 ここから見えるだけでも、血みどろの肉塊が向こう側でぶち撒かれているのがわかる。

 ほかの女たちが唖然とした顔でそれを眺めている。

 

「二射、三射すでに出てます」

 

 ミウが叫んだ。

 そのとおり、さっきの炸裂弾のようなものが飛んでいっている。

 一射目だけで半数は即死し、死ななかった魔獣も、仲間の魔獣が爆発のように散弾した肉塊にぶつかり倒れている。

 そこに、ミウの放った魔道の岩石弾(ロック・キャノン)──が再び炸裂した。

 ちなみに、魔道遣いが放った魔道を口にするのは、パーティで戦うときの鉄則だそうだ。

 そうしないと、特にミウのような多彩な魔道を遣うような者になると、なにが放たれるのかわからないので、連携がとれないのだそうだ。

 最初のときに、イライジャがミウに厳しく諭していた。

 

 そして、三射目が到達した。

 すでに肉片になっていた魔獣をさらに細かく吹っ飛ばす。

 

「確かにすごいわねえ……。だけど、次からは魔道を選んでもらえると嬉しいわね。いまから、ここを通過するのよ」

 

 コゼが呆れた声で言った。

 確かに、ミウが打った岩石弾(ロック・キャノン)は、周辺の岩ばかりでなく、道路の表面も引き剥がして、砲弾のように魔獣に撃ちつけた。

 その結果、通過できないことはないが、道が荒れてしまい、でこぼこが凄まじいことになっている。

 

「あっ、ごめんなさい、コゼさん」

 

 ミウが恐縮したような表情になる。その顔は真っ赤になっていて、汗で前髪がおでこに張りついている。一郎はその理由がわかってるが……。

 

「いや、よくやった。何度も繰り返せば、少しずつ加減もわかるだろうし、最適の魔道も覚えるさ。何事も経験だ。だけど、ミウの魔道は強すぎるかもな。普通に戦うときには手加減を覚えてもらう方がいいだろう」

 

 一郎は言った。

 やはり、マイセンに乗っ取られたおかげで、自在型(フリーリィ)としての魔道制御のやり方がわかったらしく、なかなかにいい感じだ。

 もっとも、いまのを集団戦でやられたら、味方にも被害が及びかねないので、適切な魔力量の調整の仕方を体得してもらう必要はあるだろう。

 しかし、力を込める方に練習するのではなく、手を抜く方に調整していくのだ。

 すぐに、慣れると思う。

 

「中級魔道だけど、かなりの魔力を込めたみたいね。魔力の枯渇の感じはないの?」

 

 エリカが真剣な顔でミウに声をかける。

 だが、ミウは首を横に振る。

 

「多分、あたしの場合は、その魔道の枯渇という感覚はないのかもしれません。疲れた感じも、眠くなるような心地もないです。どちらかといえば、お腹が空いたような感覚に似ているかもしれませんが……」

 

 ミウが首を捻りながら言った。

 自分の魔道遣いの体質というのが、自在型(フリーリィ)というのは、ミウももう知っている。

 そして、スクルズたちの教えた魔道制御が、あくまでも安定型(スタビリィ)に適するやり方だったということも、悟ったみたいだ。

 だから、自在型(フリーリィ)としての、魔道の遣い方については、ミウはこの旅のあいだにでも、少しずつ自学研鑽で学んでいくしかないということだ。

 一郎は、いまも、ミウのステータスを確認し続けているので、ミウが重篤な状態ではないということはわかっている。

 さっきのような大魔道を放っておいて、けろりとしているというのは、大した十一歳だ。

 だが……。

 

「なにがお腹が空いただ。正直に言え、小さいの──。大量の魔力を吸い込んで、一気に発散すると、激しくむらむらした感じになるんだろう。また、ご主人様に構ってもらいたいって、正直に言いな。どうでもいいけど、魔道を遣うと、それに応じて欲情してくるなんて、お前は本当に、性奴隷向きの異常淫乱体質だな」

 

 クグルスが一郎の胸のところから、ミウに向かって言った。

 

「わっ、わっ、なにを言うんですか、魔妖精さん」

 

 ミウが焦ったように顔をさらに真っ赤にする。

 そして、半泣きの表情で懸命に否定するように、両手を顔の前でぶんぶんと横に振っているが、一郎もまた、クグルスの言葉がほぼ正しいことに気がついていた。

 

 

 

 “ミウ

  人間族、女 

   見習い巫女

   冒険者(デルタ)・ランク

  年齢:11歳

  ジョブ

   魔道遣い(レベル15)↑

  生命力:50

  攻撃力:5

  魔道力:Freely

  経験人数:男1

  淫乱レベル:A

  快感値:50↓↓

  状態

   一郎の性奴隷(軽支配)”

 

 

 

 前の三回のときには気がつかなかったが、今回はかなりの大きな魔力を一気に吸収して、それを一度に放出したためだろうか、ミウの『快感値』が急速に低下したのだ。

 『快感値』というのは、性的な興奮の度合いであり、人により母数には差があるが、“100”を下回ると、かなり淫情に襲われている状態であり、“30”以下で、大人の女なら挿入可能なくらいに濡れている状態だ。

 “10”以下だと、絶頂の秒読みというところで、“0”ぴったりで、どの女も絶頂する。

 一郎は、支配した女の『快感値』を自在に操ることで、かなり愉しい悪戯もやらせてもらっている。

 

 それはともかく、ミウは魔道を打つだけで、瞬時に“50”まで、これが低下した。

 ミウの『快感値』は常態で“120”と、彼女の年齢にしては低いとは思うが、こんなにも一気に低くなれば、かなりの性的な興奮状態といっていい。

 表には現れないようにしているようだが、クグルスの表現のとおりに、かなりの淫乱体質というのは、当たっていなくもないと思う。

 もっとも、これがミウだけの体質なのか、それとも、自在型(フリーリィ)共通の体質なのかは知らない。

 

 だが、それにしても、マイセンの片割れに支配される前と後では、ミウの魔道遣いとしての能力は、一気に“3”レベルもあがっている。

 まだ、性行為をしていないので、淫魔師の恩恵による能力向上はないが、それでも大きな能力向上が観察できる。

 もしも、ミウを完全に性支配すれば、飛躍的な能力向上がみられるのは間違いない。

 

 昨日は、ばたばたして果たせなかったが、一郎は今夜にでもミウを自分の女にすると決めている。

 それについても、ミウに言い渡している。

 

「とにかく、よくやった、ミウ。また、ご褒美だ」

 

 一郎は、馬車から飛び降りてミウの前に立った。

 小さなミウの身体を正面から、ぎゅっと抱く。

 

「あっ」

 

 ミウが一郎の腕の中で身体を固くする。

 

「うわっ」

「おっと」

「待って」

 

 周りにいた女たちが一斉に、一郎たちから離れた。

 一郎がミウを抱くと、ミウの魔道放出が起こり得るということを知っているのだ。

 実際、今日も朝同じように抱いたが、そのときには、あの東の森のときのような淫情風(ホーニィ・ブレス)を発散してた。

 またもや、全員が倒れ、クグルスは大喜びしていたが……。

 

 しかし、ミウが処置させた三度の魔獣退治が終わるたびに、こうやってミウを抱いているが、魔道の暴流が起こったのは、最初の一回だけだ。

 二度目からはなにも起きていない。

 

 あくまでも仮説だが、一郎はミウの起こす魔道の暴発について、実際には、淫気の抑制による無意識の暴発現象ではないかという考えを抱いている。

 つまりは、魔道暴発は、クグルスが主張するとおりに、ミウの欲求不満から起きるのではないかという仮説だ。

 

 魔道には完全な素人の一郎だが、実のところ、この世界においても、魔道についてはよくわからないことが多いらしく、一郎の淫魔術の源である「淫気」と一般の魔道遣いの魔道との因果関係は類推されながらも、淫魔師や魔妖精が禁忌の存在であることもあり、まったく研究が進んでいないというのが実際のようだ。

 それは、魔道研究に造詣が深いベルズも認めていた。

 ただ、能力の高い魔道遣いほど、性的に淫乱の傾向があるということくらいが伝わっているだけらしい。

 

 ならば、ミウの無意識の魔道放出が、その高位魔道遣いの条件に、極端に特化しているために起きているとしたらどうだろう。

 スクルズとベルズのミウへの探求が素人の一郎に劣るというのは考えにくいが、どうせこの世界での魔道研究そのものが、進んでないのだ。

 一郎は、ミウはかなり体質的に淫質な傾向が強く、だからこそ、同時に人間族には極めて珍しい自在型(フリィリィ)という恵まれた魔道遣いなのではないかと思うようになっている。

 それが表に出る前に、クライドによって性的虐待を受けたため、性的なことに怯えるようになった。

 このことが身体に集めやすい魔力や淫気を体内に抑圧させるようにさせ、さらに、逆に、その時期に魔道遣いの修行を始めてしまったために、身体に集める魔力、すなわち、淫気が拡大した。しかしながら、無意識にミウは性的衝動を拒絶している。

 それが、行き場をなくした淫気、すなわち魔力がなにかのきっかけで暴発する現象を起こさせているのではないだろうか。

 

 当て推量だが、一郎としてはそれで説明できる。

 この世界に、ほかに淫魔師に詳しい者がいないので、果たして正しいかどうかを訊けないのが残念だが……。

 しかし、この仮定を正しいと想定すれば、対策は難しくない。

 つまりは、ミウの無意識の魔道放出を防ぐために、適度に性欲を発散させればいいのだ。本人の性的欲望の発散に対抗心を失わせればいい。つまり、慣れさせることだ。

 

 だが、そのやり方は、スクルズやベルズのようなやり方では不十分だ。

 そういう意味では、ミウは「ノーマル」なのだろう。

 ミウの性欲発散は女同士ではなく、男相手、もっといえば、一郎相手でなければならないみたいだ。

 それは、先日、そして、今日一日、ミウと接しながら、魔眼によって、ミウの性的なステータスの変異を観察してわかった。

 ありがたいことだが、ミウは一郎が相手だと、極端に性的に興奮を示してくれるし、これも嬉しいことなのだが、ミウが一郎に好意を持ってくれているのも、さすがに察している。

 密かに童女フェチのエリカがちょっかい出したそうだったので、ほんのちょっとだけ試させたら、ミウは緊張するだけで、あまり性的な欲情は示さなかった。

 

 王都やタイランの街の東の森のときの前二回や、今日の最初に一郎が触れたときに魔道を暴発させたのは、あまりにもミウが驚いてしまったからだと思う。

 慣れさせてからは、肌に触れても、魔道の暴発現象は起きてないし、そもそも、だんだんと普通の魔道制御も身についてきて、余分な魔力を集めなくなってきていることもあり、おそらく、適度に一郎がミウの相手をしていれば、魔道暴発は起きない気がする。

 要は頻繁に性の相手をさせればいいのだ。

 

 しかし、逆に、まだ感情の成熟していないミウでは、一郎との触れ合いが乏しくなれば、またまた、魔道、つまり、淫気の制御を失って、魔道が不安定になる可能性がある。

 まあ、そんなところではないかと思うのだが、誰にも教わることができないので、一郎の突拍子もない考えが正しいのかわからない。

 ただ、一郎が積極的にミウに触れることで、ミウの魔道が安定状態になれば、それが正解ということになるのだろう。

 

「ほら、固くなるな。これが調教だと教えただろう?」

 

 一郎はミウを抱き締め、ミウのローブに両手を入れ、さらに短めのスカートの中に手を差し込む。そして、さっと紐パンの紐を解いて股間の亀裂をまさぐった。

 ミウには、今日の一度目のスキンシップで下着をびっしょりと濡らしたので、一郎の亜空間に大量にある女たち用の紐パンをはかせていたのだ。

 

「あんっ」

 

 ミウが可愛らしい声を出す。

 やっぱり、十一歳の童女にしては、不似合いなくらいに股間をべっとりと濡らしていた。

 いま触って濡れたのではなく、その前から濡れているのだから、大量の魔道を遣うと、性的に興奮するというのは正しい気がする。

 ところで、その濡れ具合も、今日の一回目よりも二回目、二回目よりも三回目、そして、三回目よりも今回が激しくなっているので、ミウの淫乱度もだんだんと確実に上昇傾向だと推量できる。

 魔道に慣れるとそうなるのか、それとも、一郎に慣れてきたのか……。

 

「ええ? また、こいつにご褒美?」

 

 すると、コゼがちょっと不満そうに口を挟んだ。



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287 童女から女に・承前(2)

 嫉妬を隠そうともしないコゼをとりあえず無視して、一郎は立ったまま、ミウへの愛撫を続けた。

 

「あっ、あん、ああっ」

 

 すぐに、ミウがぶるぶると震えだす。

 ぎこちなく、一郎の背中に手を回してぎゅっと掴んできた。

 

「いいぞ、小娘。お前は小さいけど、淫気の量が半端ない。同じ小さいのでも、コゼよりも、ずっといい性奴隷になるぞ」

 

 胸の前に隠れているので、ミウと一郎に挟まれるかたちになったクグルスが興奮したように叫んだ。

 淫気を栄養にする特殊種族のクグルスの価値観は、いやらしければいやらしいほどに、いい女ということになる。

 どうやら、そのクグルスの価値感では、ミウは素晴らしくいい女ということになるようだ。

 確かに、魔道を放ち終わったばかりのミウは、素晴らしく感受性が豊かだ。

 ほとんど愛撫らしい愛撫もなしに、すでに絶頂しようとしている。

 

「なによ、それ」

 

 コゼの不満そうな声が聞こえた。

 

「あっ、ありがとう、魔妖精さん……。あ、ああっ」

 

 一方で、ミウはさらにぎゅっと一郎に抱きついてきて、身体を突っ張らせるような仕草になる。

 おそらく、感じすぎていて、一郎に掴まらないと立っていられないのだろう。

 もう、数瞬でミウはまたもや達する。

 今度は口づけをしながら、昇天させてやろう。

 一郎は腰を抱いていた手を一瞬離して、ミウの顎を持ち、上にあげさせる。

 

「口を少し開くんだ。大人の口づけを教えてやろう」

 

「んん、んふっ、は、はい……」

 

 ミウが虚ろな表情で小さな口を開く。

 一郎はミウを抱いて股間を優しく愛撫しながら、唇を重ねる。 

 ミウの中にたっぷりと唾液を注ぐ。

 さらに、舌を割り込ませて、思う存分にミウの口の中を舌で愛撫してやった。

 それこそ、短い時間で徹底的に、ミウの口の中の敏感な場所を舌先で撫でまわした。

 しかも、指によるミウの股間の愛撫は続けている。

 

「んふうっ、んふううっ」

 

 急激に鼻息を荒くしたミウが激しく身体を痙攣させる。

 今日は朝から直接の性行為を除けば、かなり濃厚な男女の営みをミウに教えて込んでいる。

 口づけもそのひとつだ。

 朝にはどうやって息をすればいいかもわからなかったミウだが、すでに口づけをされながら、鼻で息をすることを覚えたみたいだ。

 

「んんんんんっ」

 

 ミウの小さな身体が弓なりになる。

 達したのだ。

 一郎はローブの内側のミウのスカートに入れていた手を抜き、ミウの唇から顔を離す。

 ミウは半分脱力したようになりながらも、肩で息をして一郎に抱きついたままでいる。

 どうやら、半ば腰が抜けたようになっているみたいだ。

 一郎は苦笑して、マーズに視線を向ける。

 

「マーズ、ミウを馬車に運んでやれ。腰が抜けたみたいだ」

 

「は、はい、先生」

 

 はっとしたように、マーズが寄ってくる。

 マーズに限らず、周りの女たちは、しばらくのあいだ、ぼうっとして一郎がミウを愛撫で絶頂させる光景に見入っていたみたいだ。

 誰も彼も、顔がちょっと赤い。

 

「あっ、だ、大丈夫です。じ、自分であがります……。でも、もう少しだけ、こうしてていいですか……? ちょっとだけでいいです」

 

 ミウが荒い息をしながら、一郎の腰に回している両手に力を入れてきた。

 まるで、引き離されるのを嫌がるような可愛い仕草に、一郎も思わず微笑んでしまった。

 そして、近くまで来たマーズを手で制する。

 

「わかったよ。だけど、今日は、この先で主街道に合流して、なんとか一番近い宿場町で宿を取りたい。馬車は進ませる。その代わり、今度は馬車の中でずっと抱いていてやろう。ただし、ミウはローブの下は全部脱いで全裸になるんだ。今度は宿までずっと裸で俺に抱きつく調教だぞ」

 

 一郎は笑った。

 いずれにしても、今夜はミウの破瓜をして、精を注ぐことは決めている。

 少なくとも、一郎の性奴隷の刻みさえしておけば、悪霊だろうと、ほかのものであろうと、先日のように身体を乗っ取られるということは、ほぼなくなるのだ。

 一郎の精には、余人の支配を受けつけなくする効果がある。

 すると、ミウの顔がぱっと破顔した。

 

「う、嬉しいです。よ、よろしくお願いします」

 

 ミウが一郎から手を離す。

 そして、いそいそと幌馬車に乗り込もうとする。

 マーズが笑いながら、ミウに手を貸して乗り込ませる。

 

「な、なによ、また、こいつだけですか? 今日は、朝からこいつ以外に、誰もご主人様にくっついてないですよ」

 

 そのとき、馭者台のミウが横を抜けていくのを不満そうに見ながら、コゼがぷっと頬を膨らませた。

 どうも、さっきから、やたらに突っ掛かる。ずっと一郎がミウにかまけてばかりいるのでやきもちを妬いているのはわかっているが……。

 一郎は苦笑してしまった。

 

「コゼ、やめないか」

 

 馬車側のシャングリアがコゼをたしなめる。

 

「うう……。だって……」

 

 コゼが口を尖らせる。

 仕方ない……。

 コゼはコゼで甘えん坊だしなあ……。

 一郎は馭者の交代をシャングリアに指示しようと思った。

 一度に、ふたりくらいの面倒を看ることなど、一郎には造作もない。

 

「あ、あたしがロウ様にご命令を受けたんですよ。じゃ、邪魔しないでください、コゼさん。きょ、今日くらいいいじゃないですか」

 

 そのとき、馬車にあがったミウがさっと口を挟んできた。

 結構、鋭い視線でコゼを睨んでいる。

 ミウはミウで、一郎が取られるような気配でも察したのか、いつもの大人しさが嘘のように、コゼに強気の口調で食って掛かっている。

 

「なによ、小娘──。ご主人様はあんたの所有物じゃないのよ。ご主人様が優しいからって、少しは遠慮しなさいよ。朝から、ずううっと、いちゃいちゃ、いちゃいちゃと」

 

 すると、コゼが切れたように声をあげた。

 

「なによ、コゼ。ミウみたいな小さな娘を相手に。そもそも、それはあんたに言いたいわ」

 

 エリカも馬車の下から、呆れ顔で声をかけてきた。

 

「そうだぞ、コゼ。ロウも今夜はミウを抱くつもりだから、ずっと気を使っているのだ。ミウは不幸なことがあったから、男に抱かれるのを嫌がるところがあるそうじゃないか。だが、魔道の安定のために、ロウはミウを女にしなければならない。だから、くれぐれも面倒を看てくれと、出発前にスクルズがわたしたちにも頼んだのを忘れたのか」

 

 馬車の中から顔を出しているシャングリアが、さらにコゼに言った。

 

「なにが男嫌いよ。あの変態巫女の目が節穴なのよ。こいつは、根っからの好色よ。あたしにはわかるわ。いまのうちに、釘を刺しておかないと、きっとご主人様を独占しようと、あたしたちを押しのけようとするに決まっているんだから」

 

「あんたがそれを言うの、コゼ?」

 

 エリカが嘆息した。

 確かに、なにかというと一郎にくっついてきて、ほかの女を押しのけようとするのは、コゼの専売特許だ。

 だからこそ、朝から、一郎がミウにつきっきりになっているのが不満だったのに違いない。

 

「なんですか、コゼさん。新参者いじめですか?」

 

 すでに幌馬車内にいるミウの声がした。

 ミウはミウで、コゼにまったく動じてないみたいだ。

 しかも、かなりの強気の言い返しである。

 一郎は吹き出しそうになった。

 

「なっ」

 

 コゼも思わず絶句している。

 それはともかく、さっきミウが堂々とコゼに言い返しているのは、驚きだがいい傾向だ。

 ミウがみんなに心を開いてきた証拠だろう。

 言いたいことが言えなければ仲間とはいえない。

 また、いまのように、気の強いミウが本来の地なのかもしれない。

 

「あんたも大変ねえ。まあ、これも女がたくさんいる代償でしょうけど」

 

 横のイライジャが笑っている。

 まあ、確かにそうか。

 仕方ない……。

 

「わかった。だったらコゼも来い。お前も裸になって、ミウと一緒に宿に着くまでじっと抱くだけの調教をしてやる。だけど、結構つらいぞ。なにしろ、絶頂できるのは宿の直前だ。それまでは、ずっと軽い愛撫をされるだけだ。その代わり、身体中を触ってやる」

 

「やったね。ほら、シャングリア、後は任せた」

 

 コゼが手綱をシャングリアに押しつける。

 

「なんだ。結局、コゼのごね得か?」

 

 シャングリアが苦笑しながら、コゼに代わって馭者台につく。 

 一郎は、馬車の操作をシャングリアに任せて、幌馬車の中に入る。

 

 すぐに馬車が動き出した。

 前後を布のカーテンで覆って、外から見えないようにする。

 外にいるのは、馭者のシャングリアと、馬車の前を歩くエリカとマーズだ。

 一方で、幌馬車の中は、一郎とコゼとミウとイライジャというかたちである。

 

「さっきはごめんね、ミウ。あたしも大人げなかったかも」

 

 すっかりと上機嫌になったコゼが服を脱ぎながらミウに謝った。

 ミウも裸になりつつある。

 馬車の床は柔らかいクッションが敷き詰められていて、ふたりともそこに並ぶように跪いている。

 

「あたしも生意気でした。ごめんなさい」

 

「生意気じゃあなかったけど……。でも、先に言っとくけど、あたしはあんたのこと、対等だと思ってるわ。あれだけの魔道撃つんだもの。すごいわよ。だから、あたしたちは言いたいこと言おうね。さっきの返しよかったわよ」

 

 コゼがにこりと微笑んだ。

 あれ?

 もしかして、ミウの地を出させようと、わざと理不尽に突っかかってた?

 いや、違うな……。

 あれは純粋なやきもちが半分以上だ。

 まあ、確かに、気を使うような関係もいやだという気持ちもあったのだろうが。

 

「えっ」

 

 ミウがちょっと当惑気味の表情になった。

 

「だから、あんたもさっきみたいに思ったことをずばずば言いなさいということよ。あたしも、あんたに遠慮するつもりもないし」

 

「わかりました。なら、これからは言いたいこといいます、コゼさん」

 

 ミウがにっこりと微笑んだ。

 

「そうよ。あんたが本当は気が強いことはなんとなく、わかってたわ。だけど、神殿でも、あたしたちの前でも、ずっと猫被ってたということもね」

 

「えっ?」

 

 ミウが戸惑いの顔になる。

 すると、一郎の服からさっとクグルスが飛び出してふたりの前に飛んでいった。

 

「そうだな、小娘。ここでは遠慮したら敗けだ。頑張って寵を競い合って、ご主人様に質のいい淫気を提供するんだ。それがお前らの仕事だ。でも、小娘については、まずはロウ様に女にしてもらうことだな」

 

「は、はい、魔妖精さん……」

 

 ミウが真っ赤になった。

 

「ところで、コゼ──。お前は俺に抱かれる前に、イライジャの縄を受けろ。イライジャ、あの動けば動くほど、縄が食い込んで感じてしまう縄掛けをコゼにしてやってくれ。その状態でコゼはミウと一緒に俺にだっこされるんだ。ミウにつまらないことで突っ掛かった罰だ」

 

 一郎はすでに下着姿になっているコゼに声をかけた。

 

「えええっ」

 

 下着を脱ぎかけていたコゼが動きをとめて、嫌そうに顔をしかめる。

 旅に出る直前に、イライジャに寝台に連れ込まれて、うっかりと縄責めを許してしまい、かなりやり込められたみたいだ。

 それ以来、コゼがイライジャにすっかりと苦手意識を植え付けられてしまったことを知っている。

 

「あら? じゃあ、また遊んであげるわね、コゼちゃん。服を脱いでこっちにおいで。抵抗しないのよ。なにせ、あんたの大好きなご主人様の言いつけなんだからね」

 

 イライジャが含むような笑顔でコゼを呼ぶ。

 いつもは真面目そうなのに、性愛になると弾けるのがイライジャの愉しいところだ。

 また、男女両方いけるが、実は百合好きの傾向が強い。しかも、実はコゼのようなタイプをとことん苛めるのが本当に好きなようでもある。

 一方でコゼはとても、気が進まなそうな顔になった。

 しかし、イライジャのことだから、コゼがこんな顔になればなるほど、縛られるだけで悶え苦しむような容赦のない縄掛けをするに違いない。

 ちょっと愉しみだ。

 

「コゼ、いいから縛られて来い。その代わり、こってりと長い時間をかけて愛してやる。その代わりに、もうミウに妬くなよ」

 

 一郎はコゼに声をかけた。

 

「はーい」

 

 コゼが不本意そうに、下着を脱いでイライジャに寄っていく。

 イライジャは荷物から自分用の縄を取りだして、まるで獲物を狙う肉食獣のような目つきでコゼに相対した。

 

「ほら、お手々が邪魔よ、コゼちゃん。両手は頭の後ろで組みなさい。そして、立膝をして足を開くの」

 

 イライジャがコゼに言っている。

 

「あ、あたしをコゼちゃんて呼ぶんじゃないわよ」

 

 コゼが頬を膨らませた。

 

「じゃあ、なんて呼ぶの? 小猫ちゃん? いえ、小ねずみちゃんね」

 

 イライジャが笑い声をあげた。

 

「いいぞ、お前ら──。ふたりからも淫気が溢れ出した。こらっ、コゼ──。やっとご主人様のご指名にありつけたんだ。うーんといやらしく悶えて、ご主人様を悦ばせろ」

 

 クグルスが、イライジャとコゼの周りを飛びながら、コゼにからかうような声をかける。

 

「あ、あのう……」

 

 そのとき、ミウが一郎に声をかけてきた。

 身体にローブを巻いている。

 ただ、その横には、さっきまで身に着けていた服が下着を含めて、すべて畳んでおいてある。

 一郎が命じたとおりに、素っ裸になってローブだけを覆わせてきたのだ。

 

「おう、準備ができたか、ミウ。じゃあ来い」

 

 一郎は馬車の中央付近で壁にもたれかかるようにしていたのだが、ミウを呼び込むと、ローブの前をはだけさせて、ミウを一郎の片側の脚に跨がせるようにして、裸身が一郎の服に密着するように抱きつかせた。

 半分が空いているのは、そこにコゼを呼び込むためだ。

 

「あっ」

 

 すると、ミウが小さくよがり声をあげた。

 いい具合に馬車が揺れるので、一郎の太腿に素股を密着させることになるミウがさっそく股間が擦れる刺激で感じてしまったのだ。

 一郎は、亜空間から毛布を出して、ミウごと一郎の身体全体をすっぽりと包んでしまう。

 

「悪いがミウ、俺はこういう性癖だ。隠すつもりはないから、正直に告白するが、俺は女を縛ったり、意地悪したりして抱くのが好きだ……。だけど、ミウについては、できるだけ優しくしたい。怖がらせるつもりもない。だから、もしも、嫌なことがあったら遠慮なく言ってくれ。不安は与えたくない」

 

 一郎は正直に言った。

 目の前でほかの女に対する扱いをさんざんに見せているので、今更感もあるが、一郎としては、ミウについては縄や淫具無しにしばらくは抱こうと思っている。

 そもそも、この世界では許されるとはいえ、三十代を半ばすぎた男が、まだ十一歳の童女を抱くのは、前の世界の価値感では完全に犯罪者だ。

 抱かなければならない理由は山ほどあるから抱くが、せめて、ミウの負担にならないようにしようと決めている。

 朝から、「調教」とうそぶいてスキンシップを深めているのだ。いきなりの性交をするよりは、徐々に慣れた方が負担にならないだろうと思ってやっていることなのだ。

 

「い、いえ、あたしは……」

 

 すると、毛布の中で一郎に裸体を抱きつかされているミウが、前髪を汗で貼りつかせた顔でなにかを告白したそうに口を開く。

 

「あっ、いや、ちょ、ちょっと──」

 

 すると、突然にコゼの悲鳴が幌馬車の中に響き渡った。

 視線を向けると、亀甲縛りにされたコゼが頭の後ろにおいた両手首を縛った縄を股間に喰い込んだ股縄に繋げられて悶えている。

 あれは、いつぞやのときに、スクルズに同じ縛りをして悶絶させた縄掛けだ。

 どうやっているのか一郎にもわからないのだが、まずあれは、胴体に巻きついている縄が特別になっている。

 つまり、ただの亀甲縛りではなく、コゼが動くたびに股縄が前後に引っ張り合うように動いて、勝手に自家発電をされてしまうというようになっている優れものなのだ。

 また、イライジャのこの縛りの面白いところは、動けば前後に動く股縄もだが、不安定に身体を弓なりにするように頭の後ろの手首を股縄に繋げることで、楽な姿勢になろうとすることだけでも、股縄を動かしてしまうことだ。

 ぴくりとでも動けば、どうしようもなく縄で股間を抉られる仕掛けに加えて、ものすごく不安定な姿勢で縛られてもいるのだ。

 コゼは縄で悶絶するしかないだろう。

 

「ほら、コゼちゃんのために、特別に縄を編んであげたわよ。ご主人様に可愛がってもらいなさい」

 

 イライジャがコゼをどんと一郎側に押した。

 

「んふうっ、い、いやっ、な、なによ、これっ」

 

 それだけで縄に翻弄されたコゼがちょっと痙攣させたように身体を震わせ、何度も姿勢を静止させようともがきながら、たちまちに身体を真っ赤にして、汗をにじませだす。

 一郎はコゼの縄を掴んで強引に引き寄せる。

 

「ああっ、あんっ、ご、ご主人様──」

 

 コゼが嬌声をあげる。

 

「ほら、あんまりいやらしい声を出すと、ミウの前で恥ずかしいぞ。ちょっとは我慢しろ」

 

 一郎はわざとコゼの身体を刺激するように激しく動かしながら、ミウの反対側の脚にコゼを跨らせる。

 ミウに被せている毛布に入れて、ぎゅっと抱き寄せた。

 

「ああああっ」

 

 コゼはそれだけで軽く達したかのようにがくがくと身体を震わせた。

 もっとも、絶頂をさせたりはしない。

 それこそ、ぎりぎりのところでコゼの快感を彷徨わせる。

 まさに、一郎の真骨頂だ。

 

「あっ、あっ、あっ」

 

 コゼはじっとしていることさえできずに、毛布に包まれた縄掛けの裸身をくねらせ続ける。

 

「あ、あのう、ロウ様……」

 

 ミウが真っ赤な顔で真横で淫らに悶え続けるコゼの姿と抱きついている一郎の顔を交互に見る。

 

「うるさい先輩だろう? よければ悪戯してもいいぞ。俺が許す」

 

 一郎がミウに言うと、ミウは恥ずかしそうに、それでいて、なにか照れたような感じで顔を俯かせてしまった。

 ちょっと刺激が強かったかな……?

 一郎は思ったが、ミウのステータスを観察するかぎりにおいて、真横でくり拡げられているコゼの痴態に、ミウもかなり興奮しているように思える。

 腕の中にいる裸身のコゼとミウをさらに強く抱いて、一郎に密着させた。

 

「ああっ」

「あっ」

 

 毛布に包まれているコゼとミウが、揃って感極まるようないやらしい声をあげた。

 

「ははは、この黒エルフもやるなあ。いい技を持ってるな。お前、見どころあるぞ」

 

 クグルスが嬉しそうに言った。

 

「あら、わたしを認めてくれるの? じゃあ、ユイナとも仲良くしてね。お願いよ、クグルス」

 

 イライジャがお道化て言った。

 先日の初顔合わせのとき、いきなり攻撃をしてきたイライジャに、クグルスもちょっとわだかまりを示したところもあったが、いまでは既に打ち解けている。

 一方で、そういえば、ユイナを競り落として、王都に連れ戻すということになれば、ユイナとクグルスの確執もなくしてやらないとならないのか。

 一郎は改めてそれを思い出した。

 

「ユイナって、あのときのエルフの里のお尻娘か? ご主人様から世界一の尻姦を受けて、どれだけ、いやらしくなったか、会うのが愉しみだな」

 

「尻姦?」

 

 一郎とユイナが、このクグルスを巡って冤罪裁判騒動を起こしたことは知っているが、その後、一郎がユイナを呼び出して、尻を徹底的に犯してやったことは、ユイナからは聞いていなかったのか、イライジャが目を見開いて驚いている。

 

「おっと」

 

 そのとき、馬車が土の盛りあがりにでも車輪を乗りあげさせたのか、結構大きく馬車が揺れた。

 当然ながら、それぞれに股を一郎の太腿に跨らせているコゼとミウも、身体を揺らすことになる。

 

「あん」

「ああっ」

 

 ミウとコゼが仲良く甘い声をあげて身体をくねらせる。

 

「ああ……。な、なによ、これ、ああー」

 

 しかも、一度身体を動かしてしまうと、しばらくのあいだ身悶えを続けるしかないような縄掛けをされているコゼが、さらに連続で声をあげ続ける。

 コゼに跨がられているズボンの部分が、かなりの分泌液の染みを拡がせるのがわかった。

 

「んっ……、んん……」

 

 すると、真横で悶えまくるコゼにあてられたのか、ミウもまた、まるでちょっと漏らしたかのように、一郎に跨がっている太股のズボンを体液でどっと濡らしたのがわかった。



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288 夕食時の姦しき女たち

 五度目の襲撃はなく、山を下る小径を進み、無事に主街道に出た。そして、大きな城郭の手前の最初に見つけた町で宿を取ることにした。

 また、クグルスについては、人通りのある街道に入る前に姿を消してもらった。

 もちろん、散々にイライジャの縄でいじめ抜いたコゼに、待望の絶頂を与えて精を放ってからだ。また、ミウについては、息を荒くするほどに、かなりの欲情状態になったが、それだけで我慢させた。

 陽が暮れて食事が終われば、ミウを抱く。

 だから、できるだけ、ミウも溜まっている状態が都合がいい。

 

 ここは、冒険者ギルドなど存在もしないような小さな町だ。城郭が近すぎて、ほとんどの旅人はさらに足を進めて、城郭まで行ってしまうかららしい。

 しかし、一郎たちは、ここで泊まることにした。

 ひと晩だけ泊まって、明日の朝、そのまま出立するだけになるだろう。次の城郭も素通りの予定だ。

 宿に着くと、七人ということで、二人部屋を四室借りることにした。

 たまたま見つけたのが小さな宿屋だったので、それでほとんど貸し切り状態である。

 

 必要な荷物の宿屋への移動、馬の世話、馬車の点検と整備、宿屋との交渉などを女たちが分担しててきぱきとやっていき、魔道の手助けもあり、陽が沈み切る前に全部終わり、とりあえず、食事ということになった。

 大きなテーブルを七人で囲む。

 宿屋を経営している三人の中年の女性が大皿で食事を運んできてくれる。

 

「今夜は、ミウとふたりきりにしてもらう。後はみんなは好きなように過ごしていい。なにかあれば、声をかけてくれ」

 

 食事をしながら一郎は言った。

 さすがに、文句をいう女はいない。

 今夜は、ミウにとって最初に一郎に抱かれる夜になる。

 ミウも含めてそれがわかっているのだ。

 一晩で複数の女を抱くのが、最近ではお約束になってきたが、さすがに、それはミウにはまだ早い。

 

「もちろんです……。コゼもわかっているわね」

 

 エリカが釘を刺すように言った。

 夕食は大皿に盛った肉と野菜と一緒に炒めた麺料理である。この地方の名物らしく、かなりの辛目の味付けだ。

 ミウには少し辛かったみたいであり、顔をしかめながら口にしている。

 一方で、イライジャとエリカは一番平気そうであり、訊ねると辛いという味覚は感じないと言っていた。

 これには、一郎だけでなく、ほかの女も驚いていた。

 よく聞けば、森エルフ族の料理の中には、もっと激辛の料理も珍しくないらしい。ただ、高級料理であり、あまり庶民が口にするものでもないようだ。

 いずれにしても、味覚については、人間族とエルフ族とでは多少の違いがあるということを今日初めて発見した。

 

「わかっているって、なによ」

 

 コゼがエリカに視線を向ける。

 そのコゼは一郎のすぐ隣に陣取っている。

 些細なことだが、こんなことでも女たちには主導権争いのようなものがあるらしく、コゼが必ず強引に一郎の隣に来る。

 反対側に来るのは、その都度違う気もするが、今日はエリカだ。

 だから、コゼとエリカは、一郎を挟んで会話をしている状況だ。

 また、向かい側には、シャングリアとイライジャが座り、マーズとミウは一緒に端にいる。

 いまにして思えば、なんとなくだが新しく加わったふたりは、いつも離れているか?

 ちょっと、それが気になってしまった。

 

「あんたって、すぐに抜け駆けして邪魔するんだから、今夜はミウの初めての夜なんだから、さすがに自重しなさいよ。あんたは、マーズが初めてのときに割り込んだ前科があるんだから」

 

 エリカが目の前の皿から麺を口にしながらすまし顔で言った。

 そんなこともあったかと一郎は思い出した。

 あのときは、マーズの体力がどのくらいあるのか、ついつい確かめたくなって調子に乗ってしまったのだ。

 さすがに、今夜の相手はミウだから、あんなことをするつもりはないが、抱き潰して動けなくなったマーズを助けるように、コゼが部屋に入って来て、相手をしてもらったのだった。

 

「あれはいいのよ。マーズも助かったって言っているじゃない。ねえ、マーズ」

 

 コゼが素知らぬ顔だ。

 一郎は苦笑した。

 

「そうですね」

 

 マーズも笑っている。

 

「あ、あたしについては、ご気遣い無用ですからね、コゼさん」

 

 すると、すかさずミウが口を挟んだ。

 

「あら、そんなこと言っていいの? あんたひとりで、ご主人様を満足させることができるのかしら? いつも、あたしたち三人がかり、四人がかりでお相手するのよ、小娘ちゃん」

 

 コゼがミウをからかうような口調で言った。

 ミウが真っ赤になって、口ごもってしまう。

 

「あんた、また」

 

 エリカがコゼを睨んだ。

 

「またって、なによ」

 

 コゼが横を向く。

 どうにも、一郎は精力絶倫の節操無しという評価が女たちについてしまったのかもしれない。

 否定はしないが、別に女無しで過ごせない夜があっても、どうということはない。

 ただ、周りに抱いてもいい女がいるから、手を出しているだけだ。

 

「いや、今日については大丈夫だ。だから、ミウ……。夜を一緒に過ごして、そして、朝までふたりで一緒の寝台で休もう。今夜はふたりだけだ。いいか?」

 

 一郎はミウに話しかけた。

 

「は、はい、ありがとうございます、ロウ様」

 

 ミウがぱっと破顔した。

 とても嬉しそうだ。

 だが、同世代の十一歳よりも少し小柄なミウは、まだまだ完全な子供体形だ。大人の女性としての成長も、これからというところだろう。

 必要なこととはいえ、ミウのような幼い子供を抱くのは、ちょっとだけ罪悪感も感じないでもない。

 まあ、ちょっとだけだが……。

 

「ただ、早朝の鍛錬はするから、そのときは抜ける。それは、許してくれ、ミウ。それと、マーズは鍛練に付き合えよ。日の出の時刻に部屋に声をかけにきてくれ」

 

「はい、先生」

 

 旅に入ると幌馬車で野宿をすることもあるし、郊外が治安の悪い街などもあるから、そういうときには難しいが、マーズがやって来てからは、可能なときには朝の鍛錬をふたりだけでしている。

 今更だが、冒険者としてこの世界で生きていく以上、体力の重要性はわかってきたし、そもそも、この疑うことを知らない闘技馬鹿少女との鍛錬はとても面白いのだ。

 趣味と実益を兼ねた一石二鳥の訓練として、一郎としてはずっと続けたいと思っている。

 それに、やはり走り込みは重要らしく、このところ少しずつだが、戦闘で女たちについていけるくらいに体力も付いてきた気がするのだ。

 また、なんだかんだで、新しく入ってきたマーズもミウも、やたらに積極的な一郎の周りの女たちには気が引けるのか、ちょっと遠慮気味だ。

 ミウについては今夜抱くからいいが、マーズについても、鍛錬の場などで打ち解けて、少しずつ距離を縮めていきたい。

 

「精が出ますね、ロウ様。いいことです。マーズとの鍛錬が終わったら、わたしとも剣の訓練をしませんか?」

 

 エリカがにこにこしながら声をかけてきた。

 だが、一郎は首を横に振った。

 

「結構だ」

 

 一郎はぴしゃりと断る。

 エリカがちょっと残念そうな表情になる。

 

「あんたも懲りないわねえ」

 

 コゼがくすりと笑った。

 

「ところで、部屋割りだけど、そういうことなら、マーズはひとり部屋になってもらおうかしら。それなら、気兼ねなく夜明け前に支度ができるでしょう。エリカとシャングリアは同室ね。じゃあ、コゼちゃんは、わたしと一緒ということにしようね」

 

 イライジャが口を挟んだ。

 コゼがびくりとなる。

 

「な、なんであんたが決めてんのよ──。一緒になんか寝ないからね」

 

 コゼが真っ赤になって怒鳴った。

 この宿屋に辿り着くまでの幌馬車の中では、コゼはイライジャの縄責めの犠牲となり、かなり追い詰められた。

 手出しこそしなかったが、コゼとしては、イライジャに責めまくられた気分だろう。

 また、旅の直前にうっかりとイライジャの百合愛の誘いに応じて、コゼはさんざんにイライジャに責め嬲られたらしい。

 それ以来、コゼはイライジャに苦手意識を抱いているようであり、一方で逆にイライジャは、そんなコゼをからかうのが愉しいのか、なにかにつけ、誘うような言葉をかけて、コゼを困惑させている。

 

「いいじゃないのよ。あんたって、寝台で可愛いのよね。昼間も馬車の中で可愛かったわ。ロウひと筋もいいけど、たまには気分転換もいいんじゃない。あんたの知らないロウのことを教えるわよ」

 

「なに言ってんのよ──。そんなこと言って、大して付き合いなかったんじゃないのよ。この前は、そんな誘い文句で騙して、あたしを散々に……」

 

 コゼがかっと血がのぼったような口調で声をあげた。

 一郎は直接は知らないのだが、イライジャが一番最初に屋敷でコゼを縄責めの犠牲にしたときには、一郎の昔の話を教えるという誘い文句で、コゼを寝室に連れ込んだのだそうだ。

 しかし、イライジャは教えるほど、一郎のことは知らない。

 なんだかんだとあったが、あのとき褐色エルフの里で過ごしたのは、五日程度の時間だ。

 一度性交したが、そんなに深い付き合いじゃない。

 おそらく、イライジャはわざとコゼに勘違いさせたのだろう。

 

「散々になあに? 忘れちゃったわ。思い出させてよ」

 

 イライジャがにやりと微笑む。

 平素は真面目なくせに、性愛となるとちょっと弾けるのがイライジャの愉快なところだ。

 まあ、馬車の中でも、一郎がコゼを責めるのを手を出したそうにうずうずしている感じだったので、イライジャもそんな気分になったかもしれない。

 だが、一郎もコゼがやり込められているのを見たいという気分になった。

 

「じゃあ、そういうことでいくか。だけど、今夜はミウに専念したいしなあ……。朝、マーズとの鍛錬が終わったら、部屋を覗きに行って、感想だけでも聞かせてもらおうか」

 

 一郎はうそぶいた。

 すると、イライジャが笑う。

 

「あら、だったら、コゼちゃんの縄は、朝までそのままにしておくわ。縄掛けしたコゼちゃんには、リボンもかけておくわね」

 

「ふざけたことばかり喋ってんじゃないわよ」

 

 コゼがついに激昂して怒鳴った。

 それにしても、さっきからここできわどい話ばかりしているので、ほかに客はいないものの、宿屋の従業員の女性二人が隅でひそひそと話し込んでいる。

 女たちは気にしていないようだが、あれは、さすがに、こっちの話に聞き耳を立てているのだと思う。

 

 それはともかく、コゼが立ちあがらんばかりに怒って声をあげたときに、向かいのイライジャから、小さなものが飛んでコゼの飲んでいる水入りのグラスに入った。

 みんなの視線を見ると、おそらく、コゼ以外の全員がこれに気がついたと思う。

 しかし、興奮していたコゼは気がつかなかったみたいだ。

 もしかしたら、それがイライジャの狙いだったのだろうか。

 だとしたら、かなりの策士だろう。

 

「どうしたのよ、コゼ。裸のあなたにリボンかけて、ロウに引き渡してあげようって言ってんのよ。怒るなんてあんたらしくない」

 

 イライジャだ。

 コゼの飲み水の入ったグラスに薬を放り入れたことなど、まったく顔にも出してない。

 

「な、なんで、あたしがイライジャの相手するのが前提なのよ」

 

「あら、だったら、あたしがあなたの相手をしようか? お互いに縛りっこする?」

 

「誰が──」

 

 コゼがまた腰を椅子から浮かしかける。

 すると、向かい側のイライジャがエリカにさっと視線を送ったのがわかった。

 ほとんど、誰にもわからないような、かすかな視線だけの動きだ。

 しかし、エリカには伝わったようだ。

 ちょっと、たじろぎの表情になったが、エリカはすぐに意を決したように、コゼに顔を向ける。

 エリカはイライジャには逆らえない。

 そういう関係なのだ。

 

「落ち着きなさいよ、コゼ。ほら、水でも飲んで」

 

 エリカが横からコゼに言った。

 すると、さすがに興奮しすぎたことを悟ったのか、コゼが大きく深呼吸するような息を吐いて、浮かしかけた腰を沈める。

 そして、黙って水をぐいと呷った。

 おそらく、一郎を含めて、全員が思っただろう。

 「あっ、飲んだ」と……。

 

「わかったわよ。そんなに嫌ならいいわ、コゼ。部屋割りは食事の後で話そうか」

 

 イライジャが肩をすくめるような態度をした。

 だが、なんとなくだが、全員がコゼに注目している。

 すると、すぐにコゼの目がとろんとなったのがわかった。どうやら、眠り薬のようなものだったみたいだ。

 しかし、コゼはまだ気がついた様子はない。

 ただ、とても動きが緩慢になり、ぼうっとした感じになってきた。

 一郎は咳払いをした。

 ほかの女たちの注目がコゼから離れる。

 

「ところで、辛味か……。辛子(からし)といえば、シャングリア向けの責めがあるぞ。今度やってみるか?」

 

 一郎はふと思いついたことがあって、食事をしつつ口にした。

 シャングリアの目がかっと見開く。

 

「わたし向き……か?」

 

「そうだな。だが、かなりのきつい責めだぞ。つまり、“ハード”なやつだ」

 

 一郎はシャングリアを見ながら言った。

 この世界に召喚されたときの、なんらかの影響のようだが、一郎はこの世界の話し言葉は最初からわかったし、一郎の語る言葉はちゃんと相手にも伝わる。

 ところが、もともと、この世界に概念がないのか、SM用語は伝わらないことが多いのだ。

 “ハードSM”という言葉もそうだ。

 最初に一郎が口にしたときに、意味が女たちに伝わらず、一郎が改めて解説をして、それで女たちも伝わるようになったのだ。

 

「は、はあど……だな。う、うん……。やってもいいぞ……。いや、やりたいな。よろしく頼む……」

 

 シャングリアがたちまちに真っ赤になって、にまにまと微笑みながら言った。

 うちの女たちは、誰も彼も“マゾ”だが、シャングリアはかなりの激しい責め、それこそ、肌に痕が残るほどのきつめの責めが大好きだ。

 シャングリアに言わせれば、責めがきつければきついほどに、耐えきったときの達成感と開放感があるのだそうだ。

 いずれにしても、シャングリアは、きつい責めという言葉だけで、すでに酔ったような表情になっている。

 つくづく、“ドM”になってしまったものだ。

 

「ち、ちなみにどんなだ……?」

 

 シャングリアが少し上ずった口調で訊ねてきた。

 こっちの会話に聞き耳を懸命に立てている宿屋の女ふたりがちょっとひきつった顔になっている。

 あれは、いまの会話が聞こえてしまったのだな……。

 まあいいか。

 一郎の女たちもそんなに気にしてないみたいだし。

 これも、一郎に抱かれるのに慣れすぎて、羞恥の感覚も鈍感になっているのかもしれない。

 会話くらいでは、どうということはないのか?

 それはともかく、一郎はぐいとシャングリアに顔を近づけた。

 

「……辛子(からし)の汁責めというやつだな……。強烈に辛い辛子を汁にして、四肢を拡げて動けなくしたシャングリアのクリトリスに筆で塗る。多分、鞭打ちなんて生易しいと思うくらいの刺激だぞ。シャングリアは必ず泣き叫ぶ」

 

 一郎は小声で言った。

 シャングリアが赤い顔でごくりと唾を飲んだのがわかった。

 面白い女だ。

 一郎はにんまりとしてしまった。

 

「辛子の汁を敏感な場所に直接に塗られるのは痛いぞう。しかも、筆責めのくすぐったさとないまぜだ。それを何度も何度も重ね塗りする……。いや、それだけじゃない……。シャングリアが許してくれと泣くくらいのことをもっとする」

 

 一郎はひそひそと話しながら笑った。

 

「そ、それはなんだ?」

 

 すると、シャングリアがさらに身を乗り出すようになる。しかも、無意識と思うが口の回りを舌で舐める仕草をする。

 かなり興奮してきたみたいだ。

 

「それはお愉しみだ」

 

 そんな他愛のない会話をしながら食事を続けた。

 さすがに辛味の食事なので、全員が水分を多めにとっている。

 ところで、コゼについては、あれから、だんだんと半眠りの状態になってきた。

 すると、イライジャが堂々とコゼの水に追加の丸薬を入れた。

 だが、すでに朦朧となっているコゼはわからない。

 しかし、ほかの全員が絶句した。

 

「ほら、起きなさい、コゼ……。馬車の責めで疲れたのかなあ? 部屋に送っていこうか?」

 

 イライジャが薬剤を追加で溶かしたばかりの水入りのグラスをコゼに押しやった。

 コゼがはっとしたように顔をあげる。だが、もう眼は虚ろだ。

 

「あれ? あ、あたし、寝てた?」

 

 コゼが困惑したように目をぱちぱちとしている。

 しかし、一服盛られたために、完全に感覚が鈍っているらしい。

 一郎の女たちの中では、一番に不穏な気配に敏感なコゼなのだが、すでに感覚は麻痺しているみたいだ。

 

「水よ、コゼ。部屋で寝るわよ」

 

 イライジャが含み笑いをしながら言った。

 

「あ、あんたとは同じ部屋にならないと言ったはずよ、イライジャ」

 

 コゼがイライジャを睨んだ。だが、眼は半分閉じている。

 

「ならいいわよ。水を飲みなさい」

 

 イライジャがコゼにグラスを握らせる。

 すでに注意力が散漫となっているのか、コゼがイライジャに文句を言いつつ、水をぐいと口にした。

 ぐびぐびと飲み終わって、それをテーブルに置いたときには、コゼは完全に眠ってしまって、椅子の背もたれに身体を沈めた状態になった。

 

「いっちょあがりね……。さて、マーズ、部屋にあがるときに、コゼを運んでいってね」

 

 イライジャがしてやったりの表情で微笑む。

 

「で、でも、大丈夫なの、イライジャ。いまのは眠り薬でしょう? そんなことしていいの?」

 

 ずっと黙って見守っていたかたちのエリカがイライジャに声をかけた。

 イライジャがコゼに一服盛ったのは、全員が見守っており、エリカだけでなくほかの女も呆気に取られた感じになっている。

 さっき片棒を担がされたエリカもちょっと困惑気味だ。

 

「問題ないわよ。この気付け薬と、いまの薬剤はひと揃いなの。これを嗅がせれば、瞬時に覚醒するのよ。だけど、気がついたときには、コゼはわたしに裸にされて縛られてる。逃げられないわ」

 

 イライジャが胸元から、小さな袋のようなものを取りだして、全員に示した。

 

「いえ、そういうことじゃなくって……」

 

 エリカだ。

 まあ、根が真っ直ぐなので、エリカは一服盛って意識のないうちに、拘束してしまうというやり方に引き気味になっている。

 だが、いつも同じようなことをコゼにされて、やり込められているのはエリカの方だ。

 それなのに、コゼの心配をするとは、やはりエリカは真面目なのだと思った。

 だから、コゼにやられるのだろうが……。

 すると、シャングリアが口を開く。

 

「つまり、コゼは怒るだろうということだ。まあ、たまにはいいかもしれんが……」

 

「大丈夫よ。優しくするから。こってりと、わたしなりのやり方でね……。しっかりと棘も抜いてやるわ。だけど、もしかして、コゼは明日は使い物にならないかも……。それでもいい、ロウ?」

 

 イライジャが一郎に言った。

 どれだけ、責め抜くつもりなのかと半分呆れたが、まあいいだろう。

 

「まあな。明日からしばらくは主街道だし治安もいいはずだ。コゼもイライジャも馬車で休んでいい。じゃあ、明日の朝、鍛錬の後で覗きに行くよ」

 

 一郎は言った。

 すると、イライジャが白い歯を見せる。

 

「約束通りにリボンをかけておくわ。ところで、あなたの淫具を貸してくれる?」

 

「夕食後に部屋に寄るよ」

 

 一郎は言った。

 女を責める淫具は亜空間に大量に収納しているのだ。

 そのとき、ほかの女たちが、唖然としてるのがわかった。

 

 

 

 *

 

 

「さて、ミウ。怖がる必要はない。普通にしてればいい」

 

 食事の後、一郎とミウはあてがわれた寝室で、ふたりきりになった。

 一方で、コゼについては、マーズが担いでイライジャとともに運んでいった。エリカとシャングリアも部屋に向かった。

 

 それと、別れる前に、ミウに全員に魔道で身体と衣服を洗浄してもらった。

 これは生活魔道と区分されている便利なものであり、スクルズがミウにを教え込んでいたのだ。

 つまりは、身体と服を洗浄する魔道であり、あっという間に、身体と髪を洗ったようにきれいにしてくれた。

 眠っているコゼも含めて、瞬時に一日の汗がとれる。

 女たちも喜んでいた。

 まあ、一郎としては、魔道じゃなく風呂に入りたいのだが、この宿屋では望めないので、それは我慢した。

 

「は、はい」

 

 ミウはローブだけを脱いだ子供らしい短いスカートの貫頭衣の平服である。

 馬車の中では素っ裸で長時間抱きつかせて、すっかりと欲情をさせたミウだったが、さすがに宿屋に入る前に服装は整えさせた。

 いまは、ちゃんと下着も身に着け直させている。

 一郎もミウも寝台の上である。

 

「おいで……」

 

 一郎はミウの小さな身体を自分に寄せて、胡坐の腰を対面で跨いで抱きつくようにさせた。

 

 唇を吸う。

 小さく口を開いているミウの口の中に唾液を注ぎ、とろける蜜のようなミウの唾液をすする。

 口づけを交わしながら、服の上から愛撫もする。

 

「んふっ、んんっ」

 

 すぐに、ミウはまるで媚薬でも飲まされたかのように、淫らに蕩けたようになった。

 だが、まだなにもミウには細工はしていない。

 それなのに、まるで成熟した女ように、熱い息を吐き出し始めている。

 

 幼い身体に、淫らな身体か……。

 

 もしも、これが自在型(フリーリィ)という魔道遣い特有の影響によるものなら、馬車の中のクグルスの言葉じゃないが、まさに一郎の相手に向いている身体と言えないこともないだろう。

 一郎は口を離した。

 すでに、ミウは朦朧としている。

 一郎は、ミウから貫頭衣を脱がせた。

 ミウが白い下着一枚になる。

 

「ああ、ロウ様……。よ、よろしくお願いします。あ、あのう……。よ、よければ、縛ったりしても……」

 

 ミウが半分呆けたような表情で言った。

 一郎は苦笑した。

 

「気を使ってくれるのか、ミウ? だけど、大丈夫だ。好色すぎる俺だけど、ちゃんと普通にミウを愛してあげるよ。ミウはただ、俺に委ねればいい」

 

 一郎は言った。

 そして、ミウの微かに膨らんでいるだけのほぼ平らな胸を掃くように刺激した。

 

「ああっ」

 

 ミウは、さらになにかを言いたそうな表情だったが、一郎がひと撫でしただけで、喉を前に出すように甘い声をあげた。

 あちこちを手で刺激していく。どこをどう触っても、ミウは激しく反応する。

 やはり、昼間に何度も強力な魔道を遣わせたせいか、かなり肌が敏感になっているみたいだ。

 それだけでなく、夕方の馬車内では、裸で一郎に密着させて性的な欲情を誘いながら、なにもしなかった。

 だから、発散できなかった淫情がずっと、この幼い身体に渦巻いていたに違いない。

 

 一郎はミウを寝台に横たわらせた。

 内腿を遡るようにして、下着に包まれた股間に近い場所を手で擦る。

 

「あ、あんっ」

 

 たちまちにミウが身体をくねらせた。

 小さな腕を一郎の身体に手を伸ばしてきた。

 一郎は自分の腰の下着を除き、一瞬で亜空間に身に着けているものを収納して半裸になる。

 いつもながら、実に便利な能力だ。

 ミウの手が一郎の背中に届くときには、一郎は下着一枚の裸になっていた。

 

「下着を脱がせるよ」

 

 一郎は胸と股間への愛撫を続けながら言った。

 ミウは肉の中心が疼くのか、腰を悩ましくくねらせている。

 無意識なのか、一郎の手に身体を押しつけるようにもしてくる。

 本当に淫らな童女だ。

 ミウが性愛に拒否反応をしたら、どうやって導けばいいのだろうかと心配していただけに、積極的になってくれると嬉しいし、ほっとする。

 

「は、はい……」

 

 ミウが腰を浮かせるようにした。

 亜空間に一瞬に消えさせてもいいが、こうやって剥いでいくのも醍醐味だろう。

 一郎はミウの細い脚に沿って、下着を足首から引きおろした。

 ミウの股間は可哀想なくらいにびっしょりと濡れていた。

 

「ミウはえっちだな。えっちな娘は大好きだ……。それと、俺は執着心が強くて、一度抱いた女を絶対に手放すことはできない……。つまりは、ミウは俺に抱かれれば、二度とほかの男に抱かれることはできないし、ほかの誰とも結婚することもできない……。もしも、ほんの少しでも躊躇があるなら……」

 

 これだけは言っておかないとならないと思った。

 一郎の精を受ければ、おそらく、ミウは一郎以外の男を受けつけなくなってしまう。

 それは身体という面でも、心の面でもだ。

 本当にいいのか?

 卑怯なようだし、この状態で尻ごみするのも、我ながら男らしくないとは思うのだが、やはり、こんな子供のミウを抱くのは、一郎も躊躇してしまった。

 よく考えれば、これはミウの人生を決めてしまう行為なのだ。

 これから、どんな出会いが待っているかわからないミウに精を注げば、ミウは一生を一郎に支配されてしまうのだ。

 

「あたしもロウ様の女にしてください。お願いします──」

 

 ミウがぎゅっと一郎に抱きついてきた。

 一郎はしっかりと頷きながら、まだ不完全ながらも、繋がっている部分を利用して、いまのミウの感情を読んだ。

 ミウの言葉がうわべだけでないかと心配になったのだ。

 だが、ミウの心には一片の迷いもなかった。

 感じたのは一郎に対する慈愛と一郎の女になろうとしていることへの喜びだ。

 一郎に抱かれることについての不安のようなものはほんの少ししかない。

 それは、これから、大きな大人の男に抱かれることへの単純な動物的な怯えだ。

 一郎を嫌がってるわけじゃない。

 

 どうやら、ミウの方がすっかりと覚悟を決めているみたいだ。

 女々しいのは一郎の方か……。

 一郎は苦笑してしまった。

 そして、やっと覚悟を決める。

 

「ミウを俺の女にするよ。ミウの人生を貰う」

 

 一郎ははっきりと宣言をし、指をミウのぬるぬるの股間に手を伸ばした。

 ミウの一番敏感な場所に指を触れさせる。

 

「あふうっ」

 

 ミウの幼い裸体が一郎の腕の中で、思いっきり弾けた。



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289 童女から女に

 一郎はミウの全身に愛撫をして、快感を注ぎ続けている。

 そして、やっと指をミウの秘部にゆっくりと潜り込ませた。

 少しでも痛みを与えないように、丁寧に挿入するとともに、しっかりと快感のもやに沿って指を潜り込ませもしている。

 ミウの愛液は潤沢だ。

 ステータスを確認する限り、ミウはかなりの淫情状態にある。

 入り口に近い、発達しかけている快感の場所をゆっくりとだんだんに強く押す。

 

「んああっ」

 

 一郎に覆い被せられているミウが全身を弾ませて、大きく喘いだ。

 

「ここはミウの気持ちのいい場所みたいだね。一緒に探していこう。ここは気持ちがいい?」

 

 淫魔術で一郎には、ミウの快感の場所など丸わかりなのだが、あえて口にさせることにした。

 ミウは一郎の指に翻弄されるように反応しながら、必死に首を縦に振る。

 

「そ、そこは、あっ、あっ、き、気持ちいい、んあっ、で、です」

 

「わかった。じゃあ、ほかの場所も探そう。ここは?」

 

 挿入していた指を抜きつつ、今度はお尻の穴の周りを刺激する。

 さすがにアナルセックスはまだ早いが、徐々に開発もしていこうとは考えた。

 快感のもやなど、そこにはなかったが、クリトリスと一緒に触れることで、ぱっともやで色づく。

 そこを指でさらにくすぐる。

 

「あんっ、そ、そこも、き、気持ちよくて」

 

 ミウが身体を突っ張らせた。

 

「じゃあ、ほかの場所だ」

 

 一郎は、愛撫の場所を変化させる。

 ミウは最初から素っ裸だが、すでに一郎もさっき全裸になっていた。

 できるだけ怖がらせないように、あちこちに快感を与えながら、何度も勃起した怒張をミウの裸身のあちこちに押し当てるようにもした。

 だが、そのたびにミウがびくびくと身体を震わせるのがちょっと面白い。

 

「ミウ、俺の女のひとりになってくれるな……」

 

 一郎はミウの裸体を刺激しながら耳元でささやく。

 「一郎の女になる」という言葉を使うと、ミウがかなりの快感を受けるということはわかった。

 さっきから、単なる愛撫以上に、ミウはその言葉に激しく反応を示す気がする。

 

「あっ、は、はい──。も、もちろんです──。はいっ、ああっ」

 

 ミウの表情がぐっと哀切を刻んだものになる。

 幼いが可愛らしい眉根と眉根がぶつかり合い、いやいやをするように頭が揺れる。

 だが、股間からはすでにまるでおもらしをしたかのように大量の愛液が迸り出ているし、全身が充血して真っ赤だ。

 ミウが興奮状態なのは明白だ。

 まだ、女としての成熟にはほど遠く、胸の膨らみもないし、性器も大人にはなりきっていないのに、受けている快感も、身体の反応も、十分に女そのものなのだと思った。

 一郎はミウの太腿を左右一杯に開かせた。

 

「あっ、ああっ」

 

 恥ずかしいのかミウが大きく喘ぐような声を出す。

 

「いやらしい身体だね。一度気をやっておこう。それでちょっとは楽になる」

 

「は、はい」

 

 ミウが必死に頷く。

 一郎は指をミウの小さなクリトリスに押し当てた。

 最高の快感を送り込めるように、淫魔術を駆使してそこを最適の強さで刺激する。

 

「うっ、うううっ、ああああ」

 

 ミウが口を大きくあけて、そこから泡を吹かんばかりに身悶えた。

 しっかりと閉じきっていた肉襞が緩くなり、少し口を開くのがわかった。

 どろどろとさらに愛液がそこから溢れ出る。

 あっという間に、ミウが昇り詰めようとしているのがわかる。

 

「ああっ、ロウ様、ロウ様、ロウ様、あああっ」

 

 ミウが小さな手で一郎の背中にしがみつく。

 

「我慢するな。解放するんだ。馬車の中と同じだ。俺に全てを任せろ……。恥ずかしがるな。快感の波に逆らわずに、声をあげるんだ」

 

「ああっ、は、はいいいっ、いいいいいっ。あっ、そ、そこ、気持ちいいです、ああっ」

 

 ミウの裸体が大きく反り返った。

 叫んだのは、さっき気持ちのいい場所を教えろと告げたからだろう。

 健気に言われたことをやろうとしてるのだ。

 可愛いことだ。

 一郎は思わずほくそ笑んでしまった。

 白い喉が突き出されて、ミウが大きな声をあげる。

 

「腰を振ってみろ。淫らになる練習だ。調教だぞ」

 

「はああっ、はいいっ」

 

 ミウが言われるがままに、懸命に腰を振る動作をする。

 一郎はそれに合わせるように、指の愛撫による快感を送り込む。

 

「んぐうううっ」

 

 ミウの裸体がさらに激しくのけ反った。

 

「いくときは、“いく”って言うんだ」

 

 一郎はさらに指の刺激を強くする

 

「いくううっ、ロウ様あああっ、ああああっ」

 

 ミウがそう叫んで、両手で一郎にしがみついてきた。

 そして、身体をがくがくと震わせて絶頂に達する。

 ミウががくりと脱力する。

 

 もういいだろう。

 一郎は体勢を変えて、童女の裸身に挿入のできるかたちで覆い被さり直した。

 絶頂のおかげでかすかに口を開いているミウの幼い秘部に、怒張の先を当てる。

 ぐいと挿入する。

 

「んぐうっ、んふうっ」

 

 ミウが全身を硬直させる。

 やはりきつい……。

 クライドに犯されたとはいえ、それは一年も前のことだ。

 すでに処女を犯されているミウの性器だが、魔道を駆使した治療のおかげもあり、処女膜こそないものの、ほかはしっかりと元に戻っている。

 やはり、年相応の童女同然に狭いし、とても固い膣だ。

 

「我慢するんだ。すぐに楽にする」

 

 一度精を放つまでは、完全にはミウの身体を操れない。

 唾液程度の淫魔術では、痛覚までは消失させられないのだ。

 とにかく奥に……。

 

「あっ、ああ、んぎいいっ」

 

 ミウが引きつった声をあげる。

 構わず一郎は怒張を滑り込ませた。

 ミウの出す愛液は十分な量だったし、一郎はさらに怒張の表面に潤滑油を浮かべて、滑りをよくしている。

 それでも、かなりの激痛なのだろう。ミウは股間を引き裂かれるような衝撃に大きく身体を反り返らせた。

 

「俺にしがみつけ。噛みついて、歯を肩にでもどこでもたてろ。手と足の両方で、俺の胴体を締めつけるんだ」

 

 一郎はミウの小さな身体をぎゅっと抱き締めた。

 ミウが力の限りに、四肢で一郎を抱え込むようにする。言われるまま一郎に噛みつく。肩は届かなかったのか、二の腕に噛みついてきた。

 一方で、一郎の怒張がやっと粘膜がきつく集まっている小径を貫通する。

 そのまま、一気に奥まで突き入れた。

 先端が子宮まで届くのがわかった。

 子宮口にも快感の場所はある。

 一郎は、その薄赤いもやのある部分をぐいぐいと刺激する。

 すると、もやの色がぱっと濃くなる。

 こうやって、無垢の童女の身体を開発していくのもいいな。

 一郎は思った。

 

「んはああ」

 

 ミウの悲鳴に官能の響きが混ざる。

 

「出すぞ。これでミウは俺の女だ」

 

 一郎は律動することなく精を放った。

 途端に強い精の刻みがミウのあいだにできあがるのがわかる。

 これまでの、か細い結びつきとは比べものにならないくらいの強くて強固な繋がりだ。

 

「あ……、ああっ、あああっ」

 

 ミウの幼い身体が大きくのけ反る。

 一郎は、結ばれたばかりの淫魔術を駆使して、性交による痛覚を取り除く。

 さらに、固さの残っていたミウの細い膣を負担がないように柔らかくもした。

 合わせて、性奴隷の刻印も刻んでしまう。

 興奮状態になると浮かびあがるボルグ家の紋様がミウの下腹部に浮かびあがった。

 

「ふうっ、んああっ」

 

 ミウの身体が脱力していく。

 痛覚をなくせば、残るのは性愛による快感だけだ。

 ミウの身体がたちまちに快楽に酔い始めたのだ。

 

「頑張ったな……。偉いぞ」

 

 とりあえず、一郎はミウから怒張を抜いた。

 マーズのときには、一郎も満足しきってなかったこともあり、ここから性急に追い詰めすぎた。

 だが、さすがにミウには、一郎の欲望をすべて受け入れさせるのは、身体の負担が大きい。

 現実的には、ミウはこれが最初の性交に等しいのだ。

 過度な性愛によって、ミウが性交への拒否感を持っても困る。

 ミウは、魔道遣いとしての特別な体質上、適度に淫気を発散しなければならない。それをすることを心が拒否すれば、また魔道の暴走現象に繋がりかねないのだ。

 

「今日はこれで終わりだ、ミウ……。あとは、一緒に裸でくっついて寝よう」

 

 一郎は怒張を抜いて、ミウに声をかけた。

 ごろりと横になる。

 しかし、すぐに起きあがり、亜空間からミウの身体を拭くために、温かい湯が湿らせてある布を取り出した。時間経過のない亜空間だからこそ、温かいままの布を収納させることもできる。

 実に便利だ。

 その布で、脱力して股を閉じることもできなさそうなミウの股を拭いてあげた。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 ミウの息は荒く、反応はほとんどない。

 半分、失神状態だ。

 

 一郎は、ミウの裸体を拭いてあげながら、同時に、刻んだばかりの淫魔術でミウの心を探って、クライドとの悪しき記憶を限りなく封印してしまう処置をした。

 完全に記憶から消去させてしまうと、記憶の整合性に支障が出てくるので、そこまではやらないが、あまり思い出せなくするのだ。

 コゼにも同じことをしているが、少なくともこれで嫌な思い出が甦って、夜中に飛び起きるということもなくなると思う。

 そして、ミウのステータスを確認する。

 

 

 

 “ミウ

  人間族、女

   見習い巫女

   冒険者(デルタ)・ランク

  年齢:11歳

  ジョブ

  魔道遣い(レベル30)↑↑

  生命力:50

  攻撃力:3↓(疲労状態)

  魔道力:Freely

  経験人数:男2↑

  淫乱レベル:S↓

  快感値:50↑(回復中)

  状 態

   一郎の性奴隷↑

   淫魔師の恩恵↑

   性奴隷の刻印↑” 

 

 

 

 ステータスのうち、矢印は数値などの変化した部分や、変化中のものだ。

 それはともかく……。

 

 すごい……。

 一郎は内心で唸った。

 淫魔師の恩恵の影響により、魔道レベルが“30”だ。

 すでに高位魔道レベルであり、一郎の知っている魔道遣いでは、あのアスカ、そして、スクルズ、ベルズに次ぐレベルだ。

 アスカのレベルは“99”──。

 スクルズは王都で別れる直前に、またもやレベルが向上しており、現レベルは“80”だ。

 ベルズは“40”──。

 シャーラは、魔道戦士としてのレベルが“30”であり、ミウはそれに匹敵する魔道遣いの能力ということになる。

 おまけに、自在型(フリィリー)というおまけまでつき、現段階でも、間違いなくミウはすでに王国でも指折りの魔道遣いということになる。

 さらに、身体にしても、魔道遣いとしても、成長前だ。

 これから、肉体と合わせて、どれだけ魔道遣いとして成長するのか……。

 一郎は、そんなことをミウの身体を拭きながら観察した。

 

「あっ、ご、ごめんなさい」

 

 しばらくミウの身体を拭いていたところで、半分朦朧としていた状態から、やっと覚醒したミウが慌てたように手を伸ばした。

 一郎が拭いていた布をさっと奪ってしまう。

 

「あ、あたしがお世話します」

 

 ミウが怠そうに身体を起こす。

 一郎は苦笑して、それを押しとどめた。

 

「いいから……」

 

 奪われた布を取り返そうと思って、手を伸ばす。

 だが、すでに上体を起こしたミウが悪戯っ子のように笑って、布を背中に隠してしまう。

 

「駄目です。お世話させてください。あっ、そうだ。あ、あのう……。口でお掃除奉仕します。やり方を教えてください」

 

 ミウが言った

 一郎は苦笑した。

 

「そんなことは、しなくていいよ」

 

 おそらく、一郎の周りには、そういう奉仕を嬉々としてする女たちばかりであり、一郎もまた、それを求める。

 ミウも、それに接しているし、だから、やらなければならないことだという認識になったのだろう。

 

「教えてください。お願いします──。子ども扱いしないでください。エリカさんやコゼさんとかにはさせますよね──。マーズにもさせたって聞きました。そ、それに、あたし、もっとできます。どうか、抱き潰してください。ほかの皆様みたいに」

 

 すると、ミウはむっとしたように頬を膨らませた。

 一郎が断ったのがすごく不満そうだ。

 これはしくじったな……。

 

 旅が始まってから、ずっと一緒にいるのだから、ミウも一郎がしつこく女を抱くことを知っているだろう。

 夕食のときに、コゼがからかった言葉も記憶しているに違いない。

 あまりに淡泊に終わってしまえば、ミウを女として相手にしていないと思われても仕方ないかもしれない。

 一郎は両手を伸ばして、ミウの脇を抱えるようにして、一郎の裸の胡坐の上に腰掛けさせる。

  

「悪かったな……。ミウはほとんど初めてのようなものだから、大切にしようと思っただけだ。子ども扱いしたつもりはない……。もう少ししよう」

 

 一郎はミウの左右の胸に両手で触れると、淫靡に揉み始めた。

 まだ薄っすらと盛りあがっているだけの胸だが、淫魔術で性感帯を集めて感じる場所に変えてやる。

 

「あ、ああっ、そこも気持ちいいです――」

 

 ミウが狼狽の声を放つ。

 

「可愛いぞ。それに、小さな乳首が勃ってきたぞ。俺のために、うんと淫乱になってくれよ、ミウ。顔を後ろに向けろ」

 

 胸を揉みながら、ミウの顔を後ろに向かせる。

 唇を合わせた。

 ぬらぬらと粘っこく舌でミウの口の中を愛撫してやる。

 

「自分からも舌を絡めるんだ」

 

 一郎は一度口を離してミウに囁く。

 そして、再び口を重ねる。

 

「んあ、ああっ、んんああ」

 

 ミウが蕩けきった鼻息を放ちながら唾液を垂らしつつ、懸命に一郎の舌に自分の舌を差し出す。

 一郎はミウの口の中にある赤いもやの性感帯を舌先で刺激する。

 それだけで、ミウは力が抜けたようになるのだが、それでも一生懸命に舌を絡めてくる。

 本当に健気だ。

 

「俺の性器も、いまみたいに舐めるんだ。ねちっこく、いやらしくね」

 

 一郎は乳房の愛撫をやめて、ミウの身体を反転させ、今度は一郎の股間にミウの顔を向けさせるようにする。

 ミウの顔の前に、まだまだ大きく勃起している肉棒を示す。

 

「あ、ああ、ロウ様……」

 

 ミウが甘く潤んだ眼差しを一郎の一物に注ぐ。

 胸と口の中を刺激されて、ちょっとぼうっとしてしまっているみたいだ。

 だが、とても表情が艶めかしい。

 十一歳とは思えないな……。

 一郎は口元を緩めさせてしまった。

 

「ほら、どうするんだ? 奉仕するんじゃないのか」

 

「あっ、ご、ごめんなさい……、ご奉仕します。お、お口で……」

 

 一郎の怒張をうっとりとしているような表情でミウが告げる。

 小さな口いっぱいに開いて、一郎の一物の先端の膨らんでいる部分をそっと含む。

 舌先でちょろちょろとくすぐるように動く。

 だが、さっきねちっこくやれと言われたのを思い出したのだろう。

 すぐに、舌が積極的に動き出す。 

 

「顔を動かしてみろ。俺の顔を見るんだ。気持ちよくしているかどうかを確認して、それを頼りに動かせ」

 

「んんっ」

 

 ミウが一物を咥えたまま大きく顔を縦に振る。

 そして、大きな鼻息を鳴らしながら、一郎の股間の前で顔面を揺すりだす。

 上目遣いで一郎の表情の変化を追ってもいる。

 言われたことを一生懸命にやろうとするのは、健気と思う。

 

「舌先がとまっているぞ。顔も振るだけじゃなく、前後に動かしてもいい」

 

 一郎は注意する。

 ミウは怒張を咥え込んだまま、顔を動かし、舌を使う。

 

「あっ、んはあっ、んふぅ」

 

 ミウも興奮しているのか、鼻息が荒くなる。

 一郎も快感が高まって来た。

 素直に気持ちいいし、興奮する。

 性を覚えたばかりの童女が裸体を揺すりながら、奴隷のような奉仕をする眺めは堪らない。

 我ながら、つくづく自分は鬼畜で好色にできているのだと呆れてしまう。

 

「もっと強くだ。顔を俺の下腹部にぶつける感じでするんだ。こうだ──」

 

 思わず、一郎はミウの黒髪を悪く鷲掴みにして、前後に激しく揺さぶった。

 

「うくっ、ぐうっ」

 

 口唇の律動を強要されて、ミウが苦しそうに呻いた。

 一郎ははっとした。

 思わず、やってしまった。

 慌てて、手を離す。

 

「んんっ、んんんんっ」

 

 だが、ミウが必死な様子で激しく顔を前後にしごきだす。

 それこそ、なり振り構わぬ迫力だ。

 さらに、気がついたが、いま、一郎がちょっと乱暴にミウを扱ったとき、ミウの快感値が勝手にぐっとさがったのだ。

 もしかして、ミウもまた乱暴に扱われるのが好きか?

 まあいい……。

 いまは、ミウの口の中に精を注ごう。

 

「いい気持ちだ。出すぞ」

 

 一郎はミウの口の中に、今夜二度目の精を放った。

 二弾、三弾とミウの喉奥に粘液を射抜く。

 ミウは目を白黒させながら、それでもすべてを喉の奥に押し込んでいった。

 

「いい子だ。じゃあ、ご褒美だ」

 

 一郎は、一物をミウの口から抜いて、ミウをもう一度寝かせた。

 今度はミウの股間に一郎が顔を埋める。

 舌でミウの無毛の股間を舐めあげた。

 

「ああ、やあ、そ、そんなことは──」

 

 ミウが狼狽の声を出す。

 構わずに、クリトリスを剥きあげるように、舌先をミウのクリトリスに這わせる。

 

「はううっ、ああ、ああ」

 

 一郎には相手が女であれば、どこをどうすればよがり狂うかというのが一目瞭然にわかる。

 それを駆使して、ミウに最高の快感を送り込む。

 

「ああ、いやああ、ああああ」

 

 ミウが叫び声に似た声をあげる。

 一郎はミウの股間に舌の刺激を送り続けた。

 激しい愛撫に、すぐにミウの身体の反応が激しくなる。

 

「うう、あああ、あああっ、あああ、んやあああ」

 

 ミウが色っぽく悶え狂う。

 そして、さらに大きな声をあげると、ミウはまたもや背中を大きくそらせて、太腿を痙攣させて絶頂した。

 やがて、がっくりと脱力する。

 

「いったか? だけど、まだまだ合格点はあげられないぞ。俺の女なら、もっといやらしくだ。二度も三度も絶頂しろ。まだまだやるぞ」

 

 一郎は許さずに、さらにミウの股間に舌の刺激による快感を送り込みだす。

 ミウは大きく狼狽して暴れ出す。

 

 結局、一郎はミウに舌でさらに一度絶頂させ、手の刺激で追加の二度の絶頂をさせた。

 連続三回の絶頂に、流石にミウも意識を手離し、今度こそ完全に失神してしまった。

 

 一郎は、もう一度、ミウの裸体を拭き直し、自分の身体も拭いてから、ミウの隣に横たわり、掛布をふたりで被った。

 やがて、睡魔がやってきた。

 

 

 *

 

 

 ミウは気だるさの中で目が覚めた。

 窓からは優しい陽差しが差し込んでいる。

 鳥の声……。

 朝なのだと思った。

 ミウは寝台の上にいた。

 

「あっ……」

 

 ミウは思わず声を出した。

 横には素っ裸で眠っているロウがいた。そして、ミウもまた、素裸だった。

 

「……おはよう。まだ早いが、目を開けたときに、俺がいないと気にするかもしれないと思ってな。まだ、寝てていい。俺は少し出てくる」

 

 ロウは目を覚ましていたみたいだ。

 もしかして、ロウに起こされたのか。

 そういえば、早朝はマーズと鍛練だと言っていたか……。

 

「お、おはようございます」

 

 ミウは慌てて身体を起こした。

 それにしても、こんなにくっついて隣で寝るなど……。

 しかも、同じ寝台で……。

 なにか、とても失礼なことをしているように思った。

 だが、ロウがミウの頭の後ろにさっと手を伸ばして、ミウの顔を寄せた。

 

 口づけをされる。

 ミウは喘いでしまった。

 

「朝の口づけは、隣に寝た女の役目だぞ。自分からやってみろ」

 

 口を離してロウが言った。

 ミウは言われるまま、ロウと唇を重ねて、口づけをした。

 自分からロウの口の中に舌を挿し込み、ロウがしてくれたみたいに、相手の舌や口の中を舐める。

 それだけで、股間がじゅんとなってしまった。

 

「さて、俺はマーズと鍛錬に行ってくる。起きるには早いからな。ミウはそのまま寝ているんだ」

 

 ロウが寝台から出て立ちあがる。

 ミウは慌てて、身支度を手伝おうとした。

 しかし、一郎にとめられた。

 

「いいから、まだ寝ていろ」

 

 一郎が笑って、ミウを寝具の中に押し戻した。



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290 筋肉娘の鬼畜鍛錬

「ほら、ほら、もっと速く走れよ」

 

 一郎はからかった。

 マーズとふたりで出かけてきた宿場町から少し離れた川の土手沿いだ。

 身体の鍛錬のための駆け足の最中である。

 淫魔術に頼り切っているとはいえ、一郎も冒険者の端くれではあるので身体は資本だ。

 日ごろから、しっかりと鍛錬する必要があり、余裕があるときには、マーズを誘って早朝の鍛錬をするのだが、今日も約束通りに、夜明けを待ってマーズと鍛錬に出掛けてきたのだ。

 ところで、昨夜はミウとの最初の夜を終えた。

 好色な一郎だが、なんとかミウにはやり過ぎないで済んだと思う。出かけてくるときには、ミウに寝起きの口づけをしてもらったが、十分に身体の回復もしているようだった。

 寝直すように諭したので、まだ寝台にいるとは思う。

 

「は、はい、せ、先生……」

 

 すでに、息をあげているマーズが上気した顔で返事をする。

 一郎を遥かに凌ぐ体力があるはずの筋肉少女のマーズが、一郎の駆け足に追いつくのに苦労しているのは理由がある。

 汗のために薄いシャツに肌が貼り付きだしたマーズの姿を堪能しながら、マーズの横で走り続ける。

 いずれにせよ、持久力は鍛錬の基本だ。

 走る力がなくなれば、それで命を落とすこともある。

 体力が生死を分けることだって少なくない。

 そういう点では、パーティの中では一郎が一番体力がない。

 だから、鍛えているのだ。

 

 もっとも、それは口実だ。

 まあ、全部が嘘ではないが、鍛錬なら愉しい方がいいに決まっている。

 実は、生真面目な筋肉娘のマーズをからかうのが愉しいので、こうやって連れ出しているという方が正しい。

 

「じゃあ、速度をあげるぞ」

 

 一郎はペースをあげた。

 

「は、はい、先生……。うっ、はあ、ひあっ」

 

 隣で走っている汗びっしょりのマーズが、必死の様子で足を速める。

 だが、途端に身体がよろけて、足元がふらついた。

 しかし、なんとかちょっとだけ速度をあげてもいる。

 これでも精一杯というのはわかる。

 一郎は懸命な感じのマーズを眺めながら、眼の至福を堪能した。

 

 マーズは麻のシャツに、麻の半ズボンという格好である。

 一郎も同じような格好だが、マーズには胸当てをさせていない。

 だから、走るとマーズの巨乳が上下に大きく揺れる。

 十六歳とは思えない大きなマーズのおっぱいの揺れに、一郎は思わずにんまりしてしまう。

 本来であれば、一郎よりも遥かに持久力のあるマーズが、一郎のペースについていくにも苦労している理由のひとつは、その胸の揺れだ。

 一郎は淫魔術で、マーズの乳首の感度を、いまこの瞬間については、普段の十倍くらいにあげてやっていた。

 だから、胸当てをしていない乳房が揺れるたびに、麻の粗い生地に乳首が擦れるのだ。

 鋭敏になっている乳首の先端部が布地に触れることで、マーズが絶えずびくびくと身体を悶えさせているのが、実にいい。

 

「はあ、ああっ」

 

 マーズが足をよろけさせた。

 ふと見ると、マーズの半ズボンの股間部分には、すでに丸い分泌液による染みもできている。

 半ズボンの下にも仕掛けがある。

 マーズに、下着をつけさせていないのはもちろんだが、その代わりに股縄を股間に喰い込ませているのだ。

 しかも、大きな縄瘤が三個。

 身動きするたびに、マーズの敏感な部分を抉るように当たっている。

 それでマーズは、たかが一郎の速度にもついていけないくらいに、走るのに苦労しているというわけだ。

 

「ほら、しっかりと進め──。これも稽古だ。闘気を練れ。身体の疼きを気で制御するんだ。お前は闘気を扱える。この疼きくらい、気でどうにでも逸らすことができるはずだぞ」

 

 一郎は声をかけた。

 もちろん出鱈目だ。

 しかし、この真面目娘は、身体鍛錬の話に結びつけると、すぐに信じ込み必死になるので可愛い。

 いまも、一郎の言葉に、はっとしたように顔を引き締めた。

 

「はい、先生──。う、ううっ」

 

 すると、本当に気のようなものを胸と股間に送って、厳しい疼きを消そうとし始めた。

 一郎には、淫魔術で支配している女の身体については、眼で見るようにすべてを知ることができる。一郎のでまかせに従い、本当に気で淫魔術に対抗しようとするのは大したものだ。

 もっとも、それを邪魔するのも、一郎にとっては朝飯前だ。

 一郎は、マーズの身体の中でどんどんと膨れあがっている「淫気」を操作して、マーズが疼きと刺激を制御するために送っている「闘気」にぶち当てては消していく。

 

「う、ううっ」

 

 マーズの全身が真っ赤になり、また身体がよろけた。

 だが、一方で闘気も拡大し、さらに数も増え、どんどんと股間と乳房に送られる。

 一郎は感嘆した。

 本当に大したものだ。

 次々に「淫気」を当てて、すべてを無効化しているが、それにつれて闘気の数も質も桁違いにどんどんと増大する。

 

「すごいぞ、マーズ──。気の質があがっている。俺の妨害を潜り抜けろ。俺に勝てるようなら、お前に闘気で勝てる者はいなくなる」

 

「はい、先生──」

 

 褒められたマーズが嬉しそうに微笑んだ。

 こんな笑顔は、やっぱり十六歳の少女そのものだ。

 だが、身体は横幅も高さも、一郎よりもずっと大きい。

 とにかく、信じられないのだが、マーズは一郎のことをいまだに「闘い」の師匠と信じ切っているようなのだ。

 一郎の言うことさえ聞いていれば、闘技を極められると思い込んでいる。

 あまりにも、それが一途なので、一郎の言うことなど出鱈目でなんの効果もないとは言いにくく、いまに至っている。

 

 まあいい……。

 そのうち、自分で一郎など弱いということを悟るだろう。

 それに、これが闘気の操りに効果があることは間違いない。

 いま、こうやってるだけで、マーズの闘気の練りは、どんどんと精度が拡大している。

 レベル“99”の淫魔師の一郎の淫魔術に対抗できるくらいの闘気を操ることができるようになれば、本当に間違いなく、この世界でマーズの敵などいなくなるだろう。

 

「ほら、ほら、もっといくぞ。気を抜くと、身体の感度をさらにあげるぞ。気だ──。気を練れ──。俺の淫気が襲いかかっているのがわかるか──。考えるな。感じろ──。淫気も闘気も一緒だ。俺がマーズの身体に入り込んでいるのを感じて、それに闘気の壁をぶつけるんだ」

 

 一郎は走りながら言った。

 

「き、気はわかります……。せ、先生の気も……」

 

 わかるのか……?

 

 一郎は苦笑しながら、本当に壁のようなものができあがった闘気を避けて、淫気の塊を縄瘤があたっているマーズのクリトリスにまとめてぶつけてやった。

 

「ああああっ」

 

 マーズの膝ががくりとよろける。

 闘気の壁が一瞬にして瓦解した。

 すると、止められていた一郎の淫気が股間に、膣に、お尻に、そして、ふたつの乳房に殺到する。

 

「ああ、はああああっ」

 

 マーズの巨体が艶めかしく悶える。

 膝を折って、その場にがっくりと崩れ落ちた。

 制御できない巨大な淫気が襲いかかり、一瞬にして達してしまったのだ。

 なまじ闘気で押さえていただけに、それが消失したときに多くの淫気を一瞬にして受けすぎてしまったようだ。

 

「次は乱取り稽古だ。遠慮しなくていい。かかって来い」

 

 跪いているマーズに一郎は声をかけるとともに、粘性体を飛ばす。

 マーズがはっとしたように、信じられない速度でそれを飛び避ける。

 

「ほう……」

 

 一郎は感心した。

 とりあえず、周囲を見回す。

 この辺りには人影もない。

 まあ、大丈夫だろう。

 

「俺に勝ってみろ。俺なんか非力もいいところだ。蹴りでも殴打でも、気弾でも一発当てれば、マーズの勝ちだ。だけど、負ければどうなるかわかっているな?」

 

 一郎は距離を保って構えながら言った。

 マーズも姿勢をとる。

 ただし、さっき絶頂したばかりなので、やはり腰は安定していない。

 なによりも、まるで失禁したように丸い染みができている股間が哀れだ。

 

「ま、負ければ、女は犯されます──。よろしくお願いします、先生」

 

 負ければ犯されれるというのは、一郎がマーズをこうやって相手にするときの常套句だ。

 これによって、一郎は鍛錬のたびに、マーズをその場で犯す口実にしている。

 そう言っておけば、レイプまがいの行為そのものが鍛錬と結びつくことになる。

 生真面目なマーズは、一郎に負けて犯されることは、それも闘士としての自分の精神を鍛えることだと認識しているらしい。

 いずれにしても、マーズは一郎と稽古ができることが嬉しそうだ。

 

 実のところ、いまのところ、一郎が負けたのは、最初にクエストでぬるぬる試合をして、気弾をぶつけられて気を失ったのが最後である。

 それから、あまり機会はなかったが、それでも片手くらいは、こういう乱取り稽古をして、すべて一郎が勝っている。

 マーズに言わせれば、闘士時代でも、マーズよりも強い相手と錬成できる機会など、ほとんどなかったらしい。

 一郎との稽古は嬉しいそうだ。

 

「い、いきます」

 

 マーズが動く。

 一郎はすでに足元に粘性体を作っている。

 それに身体を絡まれれば終わりだということがわかっているので、マーズは信じられないような速度で、じぐざぐに動いてみるみる距離を詰めてくる。

 しかも、手に気弾を練っている。

 距離を詰めて、それを一郎にぶつける気なのだろう。

 

 一郎はその気弾に淫気をぶつけて、さっと囲んでしまった。

 自分の気を操作されることについては油断していたのだろう。

 動きの途中で、マーズが顔を曇らせたのがわかった。

 

「気を抜いたな」

 

 間近だったが、一郎はさっと後方にさがる。今度は、気に意識がいっていたマーズは一郎との距離を詰められなかった。中途半端な距離でマーズが速度を落とす。

 一方で、一郎はマーズが練った闘気を包んだ淫気で一瞬にして、淫気に変質させると、それをマーズの全身に逆流させた。

 

「んはあああっ、はううううっ」

 

 マーズの身体が反り返り、喘ぎ声が迸った。

 またしても、一気に達したのだ。

 そして、一郎の粘性体がすっぽりとマーズの全身を包む。

 これでチェックメイトだ。

 もう、マーズには反撃の手段は残っていない。

 

「う、うう……ああ、はあ、はあ、はあ……」

 

 マーズがもがいている。

 だが、すでに脱力して、普通の少女よりもいまは非力な状態だ。

 達したばかりの身体で闘気が練れるわけもなく、マーズの中ではあがり切った快感が大波を打つようにまだまだ渦巻いている。

 一郎は、粘性体を使って、マーズをうつ伏せにして、尻だけ高くあげた状態にした。

 

「負けた女はその場で犯される。それがいやなら、負けないことだ」

 

 一郎はマーズの後ろに回ると、半ズボンを無造作に下げて、股縄を解く。

 

「んふっ」

 

 縄瘤が外れるとき、マーズがその刺激に声を出して反応した。どうやら、気が逆流しまくり、感度が制御不能になっているようだ。

 一郎は、びっしょりと濡れているマーズの女陰に、取り出した自分の怒張を一気に貫かせた。

 

「ああっ」

 

 マーズが悲鳴を放った。

 

「ほらっ、どんな方法でもいい。抵抗しろ。最後まで諦めるな。諦めたら、それで試合終了だ」

 

 一郎はマーズを後ろから犯しながら声をかけた。

 そのあいだも、一郎の怒張はマーズの腰を突き続けている。

 しかも、巧みに角度を変えたり、速度を変化させたりして、マーズの性感帯の赤いもやをしっかりと擦りまくってもいる。

 さらに、包んでいる粘性体で、ほかの敏感な場所を振動で刺激したりもしているのだ。

 マーズは激しい痙攣をするだけで、反撃のための闘気を集めることなどまったく不可能な状態だ。手足は完全に粘性体で包んでいるので、マーズに反撃の手段など残っているわけもない。

 

「う、うううっ、はううううっ」

 

 マーズがまたもや激しく身体を震わせた。

 達した。

 一郎はマーズの膣に精を注いでから怒張を抜いた。

 

「終わりだ……。降参だろう?」

 

 一郎はマーズの前に出てきて言った。

 マーズは荒い息をしながら、項垂れている。

 

「こ、降参です……。参りました……」

 

 一郎は頷いた。

 

「じゃあ、罰ゲームだ。いつも言っているが負ければ、屈辱が待っている。稽古であろうとも、負けてもなにもなしじゃあ、稽古に身が入らない……。今日は、そうだな。やったことのないことをやってもらうか……。俺の小便を飲んでもらおう」

 

 一郎はマーズの身体を包んでいた粘性体を全部消滅させた。

 マーズはすっかりと脱力していて、そのまま倒れそうになったが、なんとか身体を保持したようだ。

 だが、突き出された顔の前の怒張にびくりとなった。

 

「早くしろ──。負けた恥辱も覚えるのも鍛錬だ」

 

 引きつったような表情になっていたマーズの顔が引き締まった。

 覚悟が決まったようだ。

 闘う女の目になる。

 負けた恥辱を覚えるのが鍛錬だという言葉が心に響いたみたいだ。

 もちろん、まったくの出まかせなのだが……。

 本当にこの筋肉娘は面白い。

 

「は、はい、先生……」

 

 マーズが口を開いて一郎の一物を咥える。

 一郎は放尿した。

 

「んぐっ、んんっ」

 

 マーズが必死になって口の中に迸る小便を飲んでいる。

 初めてのはずだが、一滴もこぼさないのは流石だろう。

 それにしても、だんだんとマーズもいい顔になってきた。

 調教は始めたばかりだが、すっかりといまのようにマゾの表情をするようになった。

 しっかりと、この国最強のマゾの女戦士に成長してくれそうだ。

 しかし、自分よりも遥かに強い女を好き放題にいたぶるのはいい。

 十六歳とはいえ、たった一発で一郎を殺せるほどの力を持った女に、一郎はこうやって小便を飲ませることだってできるのだ。

 放尿が終わって一郎は股間を抜いた。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 マーズは精根尽きたようにぐったりしている。

 一郎はまだ、どろどろに濡れているマーズの股間に股縄を締め直す。

 

「ああっ」

 

 マーズの大きな身体が激しく悶えた。

 

「服を整えろ。拭くことは許さん。それも負けた罰だ」

 

「は、はい、先生……」

 

 マーズは、だるそうに腰をあげると、膝まで降ろされていた半ズボンをあげてはき直した。

 一郎はマーズの隣に座り込む。

 亜空間から冷たい水の入った水筒を出して、マーズに口を洗って水を飲むように言った。

 喉が渇いていたのか、マーズはうがいをした後で、水を貪るように飲んだ。

 

「あ、ありがとうございます、先生」

 

 マーズが空に近い水筒を差し出した。

 一郎はそれを亜空間に戻す。同じような水筒は百個は亜空間に収納している。食料も生鮮食料から保存の効くものまで大量に準備している。

 おそらく、一郎たちだけなら、数年はもつのではないだろうかという量だ。

 実に、亜空間というのは便利なものだ。

 

「よくやったぞ。どんどんと強くなっている。こうやって、いたぶれるのも、そんなに長くはないな」

 

 一郎はマーズの頭に手を置いてぽんぽんと叩いた。

 マーズが真っ赤になる。

 

「そ、そんな、ま、まだまだです……。で、でも、いつも稽古をつけてくれてありがとうございます。ロウ様の奴隷になれてよかったです。もっと、もっと鍛錬して強くなってみせます」

 

 マーズは言った。

 一郎は苦笑した。

 

「奴隷じゃないだろう。すでに解放している」

 

「そ、そんな。あ、あたしは、ロウ様の性奴隷です……」

 

「わかっている。手続きとして奴隷状態から解放した。だけど、お前が俺の女であることには変化はない。つまり、性奴隷だな──。俺は自分の女は手放さない。一生こうやって、調教……いや、鍛錬させられると覚悟しろ」

 

「も、もちろんです。ありがとうございます……」

 

「じゃあ、次は縛られた状態で抵抗する訓練だ。腕を後ろに回せ。今度は身体を拘束する以外の粘性体は使わない。しっかりと抵抗しろ」

 

「は、はい──」

 

 マーズが腕を背中に回す。一郎はそれを粘性体で密着させ離れないようにする。

 それだけじゃなくて、膝と膝を包んで、あいだの部分を棒状に堅くしてしまう。

 これでマーズは立つことしかできない。

 いくらなんでも、この状態で一郎が負けることなどないと思うし、マーズだって勝ち目など存在しないはずなのに、精一杯抵抗してくるから愉しくなる。

 

 しかし、そのとき、一郎はふと宿に置いてきたミウのことを思い出した。

 目の前のマーズとミウは仲がいい。

 大柄のマーズに対して、同世代の童女と比べても小柄なミウでは、子供と大人どころか、大人と幼児という感じなのだが、ミウはマーズは気安いらしく、お互いに名前を呼び捨てにし合う間柄なのだ。

 マーズにだったら、ミウは一郎たちには晒さない本音を必ず口にするはずだ。

 

「そうだ──。宿に戻ったら、ミウについてそれとなく、昨夜のことを訊ねてくれないか? 昨夜はミウを抱いたが、負担のように思ってはないだろうか? 昨日のことは必要なことだからやった。だけど、ずっと俺の相手をしなければならないというわけじゃないんだ。そもそも、ミウはまだ十一歳だし……。ミウが望まなければ、別に身体の提供まで……」

 

 ミウを抱いたのは、第一には一郎の精を注ぐことで、先日のように悪意のある存在や魔道遣いによる心の操りや介入を防ぐこと、第二は、ミウの魔道の安定を図るためだ。

 一郎から性支配をされれば、淫魔師“99”レベルの一郎を上回る操り魔道を駆使する者など、事実上存在しないのだから、今後はミウがなにかに憑依されるということは防げるはずだ。

 また、魔道については、悪霊もどきに憑依されたことが、逆に効を奏して、すでにミウは魔道の安定感を手に入れつつあったが、一郎の支配でさらに安定するし、なによりも、淫魔師の恩恵により、能力の向上が望める。

 事実、昨日観察した時点で、ミウの魔道師レベルは、“30”となり、すでにスクルズ、ベルズに次ぐ三番目である。

 つまりは、一度精を注ぐことで、一郎としてはミウについては、必要な処置は終わったということになる。

 

 だから、懸念は、これからのことだ。

 一郎には、ミウがこれからも、一郎と昨夜のような関係を望んでいるかどうかがわからなかった。

 もしも、それを望んでいるなら、一郎はミウについても、一人前の女のひとりとして扱うつもりもあるし、一郎であればミウの負担にならないように、それをすることができるだろう。

 しかしながら、逆にミウが望まなければ、これで男女の関係を終わらせることもできる。

 直接に訊ねれば、ミウは一郎に気を使って、一郎の望むと思う言葉しか返さない気がするので、その役目をマーズに頼もうと考えた。

 

「ミウが先生に抱かれて嫌そうな顔をしたのですか?」

 

 マーズが後手に拘束された格好のまま、怪訝な表情になる。

 一郎は首を横に振った。

 

「そんなことはないが……」

 

 少なくともミウは満足そうだった。

 一郎に犯されたときも、拒絶のような感情は観察できなかった。それについては、淫魔術でミウの心に触れて、確認もしていたのだ……。

 すると、マーズが破顔した。

 

「だったら、問題ありません。むしろ、先生が気を使う必要もないと思います。というよりも、先生が思っているよりも、ずっとミウは変態で好色だと思います。実は、以前から、何度も相談を受けていて……」

 

 マーズが微笑みながら言った。

 

「変態?」

 

 一郎は首を傾げた。



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291 朝食の席で

「魔薬?」

 

 エリカは首を傾げた。

 だが、シャングリアは大きく頷いた。

 宿屋の一階の食堂の席である。

 

 エリカとシャングリアは、ほかの仲間よりも早く朝食を済ませるために、みんなを待たずに食事をしているところだ。

 今日もナタル森林に向かう旅となる。

 ロウは、食事が終われば、すぐに出立するということを口にしていたので、シャングリアと話し合って、先に食事を終わらせて、馬車の準備しようということにしたのだ。

 

 そのロウは、マーズとともに朝の鍛錬中だ。

 戻るのはもう少し経ってからだろう。

 ミウはまだ起きて来てない。

 まあ、昨夜はロウと最初の夜だったのだ。疲れているだろうし、ぎりぎりまで寝ていればいい。

 

 また、イライジャとコゼもまだだ。

 あのふたりは、イライジャが、やる気満々でコゼを薬で眠らせて寝室に連れて行ったし、イライジャの宣言によれば、コゼは今日一日は使い物にならないくらいに責め抜かれているはずだ。

 あのふたりも、まだまだおりてこないに違いない。

 

 それで、準備はシャングリアとふたりだけでやろうと決めて、先に食事をしていた。

 すると、食事の途中で、エリカとテーブルを挟んでいるシャングリアが、奇妙なことを口にし始めたのだ。

 

「魔薬というのは言い方が悪いかもしれないが、ロウとのセックスは不思議な力があるということだ。ロウとセックスをすると、ロウなしでは生きていけなくなる。体質的にロウに定期的に精を注いでもらわないと、まるで喉が渇いているのに、水が飲めないような苦しさに襲われるということだ」

 

「つまりは、中毒になるということね。まあ、わかるかもしれないわ」

 

 エリカは首を竦めた。

 ロウと出逢って、もう一年半くらいになる。

 そのあいだ、ほぼ毎日のように精を注がれ、それが当たり前のようになっているが、確かに、ある日突然にそれがなくなることを考えると、なんだか怖い。

 

「それに、支配されることで、女がなにかしらの能力があがるというのもある。ロウから離れれば、あがった能力だって、元に戻るかもしれない。だから、離れられない」

 

「それもわかるわね」

 

 確かに、ロウに抱かれれば、確かになにかしらの能力の向上がある。

 昨夜抱かれたミウについても、おそらく魔道遣いとしての能力はあがるのだと思う。

 エリカも、ロウの精にそんな力があることは、もう十分に知っている。

 ロウが関係を持った女はことごとくそうなっているのだ。

 

 そのことをシャングリアと話していて、なんとなく、能力の向上の反面、ロウとのセックスは、一度抱かれるたあとで、しばらく抱かれないと、ロウに愛されることに対する飢餓状態に襲われることがあるという話になった。

 シャングリアもそう言っているが、エリカもそれは感じている。

 ロウがエリカの前からいなくなったらと思うと怖くなるし、それは想像したくない。

 だが、考えてみれば、エリカは男に抱かれるなど、以前は身の毛もよだつほどの恐怖だった。

 それがこんなにロウという男性のことを好きになるのだから、わからないものだ。

 

「でも、まさか、すでに、あなたはその飢餓状態とやらになっているというわけじゃないでしょうね」

 

 エリカは、シャングリアに軽口を叩いた。

 昨夜は、ロウの相手をミウに委ね、シャングリアと同室で休んだのだ。ロウなしで寝るのは、なんだか久しぶりのような気がする。

 前回はマーズの最初の夜だったか……。

 でも、あのときは、ふたりきりにさせてあげようと話し合ったのに、コゼが抜け駆けして、マーズとコゼが愛し合っている部屋にコゼが突入したらしいのだ。

 まあ、昨夜は、そのコゼをイライジャが監禁していたはずだから、そんなことにはならなかったはずだが……。

 

「ひと晩くらいどうということはない。だが、そういう意味では、王都に残っている連中は大丈夫かな? ロウもほかの女も気がついてはいないと思うが、ロウの精には確実に禁断症状みたいなのがあるぞ」

 

「多分、戻ったら、大変な騒ぎになるんでしょうね」

 

 エリカはくすくすと笑ってしまった。

 おそらく、王都に戻れば、その日の晩には、留守番していた女たちが殺到する気がする。

 ロウは王都にいるとき、時折女たちを集めて、馬鹿みたいな破廉恥な性宴をすることがあったが、またそんな夜になるのではないだろうか。

 全員が素っ裸になり、淫靡でいやらしい遊びをみんなでやったりするのだが、正直、エリカはあれは愉しい。

 なんにも考えずに、素のままロウに抱かれ、じゃれつき、あるいは仲間同士、女同士でもくっついたりする。

 いずれにせよ、帰還した最初の夜は、女たちが押し掛けるのは目に見えている。

 

「だが、ロウにはいろいろな秘密はあるが、女の能力を向上させる効果があるということについては、これからも秘密にした方がいいな。さもないと大変なことになる」

 

「大変って?」

 

「貴族界だ」

 

 すると、シャングリアは意味ありげに微笑んだ。

 

「貴族界?」

 

 意外な言葉に、エリカは首を傾げた。

 

「ああ、前にも語ったが、いまや王都の貴族界は、新進気鋭のボルグ卿といえば、ちょっと有名だ。新興貴族ということはわかっているが、子爵でありながら、上級貴族待遇だし、王妃のみならず、王太女とも非常に親しいことは、すっかりと知られた。それに加えて、精に不思議な力があるとなれば、きっと今くらいでは収まらないだろうな」

 

 シャングリアは言った。

 

「確かに前にも聞いたかもね……。でも、ロウ様はイザベラ姫様の愛人ということになっているんでしょう? それに、ロウ様は貴族というよりは冒険者よ。そんなロウ様をこの国の貴族が相手にする?」

 

 エリカは言った。

 確かに、キシダイン事件の功績により、子爵の地位を得たが、だからといって、ロウはなにも変わらない。

 むしろ、貴族になったということがぴんと来ない。

 

「相手にするさ。貴族なんていうのは、爵位や領地を継げるのは、子供のうちのひとりだけなのだぞ。残りの子はある意味では、全員が政略結婚の道具のようなものだ。生まれたばかりの子を有力貴族家の子供と婚約をさせたりすることは日常茶飯事であり、ちょっとでも力のある貴族がいれば、婚姻関係を築いておきたいというのは、貴族の本能のようなものだ」

 

 エリカは唖然とした。

 

「本当に、ロウ様って、貴族界でもおもてになるの?」

 

「もてるな。成り上がりだが、冒険者(シーラ)ランクの実力者だし、王妃や王太女にも近い優良物件だ。しかし、王妃殿下や姫様のおふたりは本気でロウを婚姻の相手として望んでいるだろうから、横からさらわれてはかなわんと考えているはずだ。だが、ロウには女の力を向上させる力があるとわかれば、なり振り構わずに、貴族たちが殺到する」

 

 シャングリアは笑った。

 確かに、そうかもしれない。

 そもそも、ロウは女を若返らせる能力だってある。

 あのマアといい、ヴァージニアといい、一郎に精を注がれて、度肝を抜かれるほどに若返った。アネルザなど肌が若返りすぎて、懸命に化粧で誤魔化しているらしい。

 ロウが女を若返らせることができるということが知られれば、能力向上どころの騒ぎじゃないだろう。

 ロウは、その能力ひとつで、世界中の女を支配できるんじゃないだろうか……。

 

 そのときだった。

 テーブルに影が差した。

 ミウだ。

 部屋からおりてきたようだ。

 

「おはようございます、エリカさん、シャングリアさん」

 

「おはよう」

「おはよう。元気そうね、よかったわ」

 

 シャングリアとエリカはミウに声をかけた。

 ミウが食事をしていたテーブルに同席する。

 部屋の隅にいた宿屋の女が声をかけてきて、すぐにエリカたちと同じものがミウの前に運ばれてきた。

 

「その感じだと、無事に終わったみたいだな」

 

 宿屋の女が離れると、シャングリアがミウにささやいた。

 

「はい」

 

 ミウが顔を赤くして頷く。

 よかった。

 エリカも、ミウの様子を見てほっとした。

 

 実のところ、エリカもミウが一郎をちゃんと受け入れるのかどうかが不安だった。

 ミウは幾度となく、身体に触ったロウを魔道の暴発で弾き飛ばしたことがある。

 スクルズは、それについて、ミウがあのクライドから性的虐待を受けて、深層意識で性的行為を拒否しているからだろうと言っていた。

 ロウは、もう問題はないとは口にしていたが、エリカは心配していた。

 ミウの様子を観察する限り、支障はなかったらしい。

 

「ところで、おふたりに相談があるんですが……」

 

 すると、ミウが深刻そうな表情で口を開いた。

 エリカは訝しんだ。

 

「なに、相談って?」

 

 エリカはちょっと食事の手を休めた。

 

「そ、そのう……」

 

 ミウは下を向いてもじもじしている。

 とても言いにくそうだ。

 

「もしかして、昨夜のセックスのことか? なにかあったのか?」

 

 シャングリアが口を挟んだ。

 そのとき、食堂の隅にいた宿屋の女がぴくりと動いたのがわかった。

 離れてはいるが聞こえたようだ。

 いつものことだが、シャングリアは声が大きいのだ。

 もう少し慎みを持った方がいい。

 すると、ミウがやっと顔をあげた。

 

「問題はありませんでした。ロウ様はとても優しくって……」

 

 ミウが言った。

 

「優しいと問題があるの、ミウ?」

 

 声はすぐそばからした。

 

「イライジャ──」

 

 エリカは顔をあげた。

 いつの間にか、イライジャがテーブルの横に来ていたのだ。

 そのイライジャが空いていたミウの対面の席に腰掛ける。

 

「食事はまだいいわ。飲み物だけお願いします」

 

 イライジャが宿屋の女に声をかけた。

 女が返事をして立ちあがる。

 

「……食べないのか?」

 

 シャングリアだ。

 すると、イライジャが軽く肩をすくめた、

 

「ロウたちが戻って来てから一緒に食べるわ。コゼちゃんの相手をしないといけないしね」

 

 イライジャが意味ありげに笑った。

 そういえば、コゼがいない。

 

「コゼは?」

 

 エリカはイライジャを見た。

 

「リボンをかけて、ベッドの上よ。上というのは、文字通り宙に浮いているって意味だけど……」

 

 イライジャがくすくすと笑った。

 

「宙に?」

 

 シャングリアが眉をひそめた。

 エリカも首を傾げたが、リボンというのは、昨夜、イライジャがロウを交わした軽口のことだろう。

 そういえば、コゼを緊縛して、リボンをかけて置いておくと言っていたっけ……。

 

「それよりも、悪いけど、ミウ。ロウが戻ったら、一緒に部屋にあがってね。あなたの生活魔道が必要なのよ。ほら、魔道で、布とかをきれいにするやつ」

 

 イライジャがミウを見た。

 昨夜も夕食後にかけてくれたが、魔道で一瞬にして、身に着けているものや身体を清潔にしてくれるやつのことだろう。

 この旅も野宿も多いし、今回のように身体を洗う設備のない宿屋もある。

 おかげで随分と助かっている。

 

「はい、それは勿論ですが……。でも、どういうこと……」

 

「いいの、いいの。あんたに意地悪なコゼちゃんに、仕返しさせてあげるわ。愉しみにしてなさい」

 

「別に、コゼさんは意地悪というわけでは……」

 

 ミウは当惑している。

 いずれにしても、イライジャはなにかをコゼに仕掛けたままにして残し、こっちにおりてきたみたいだ。

 真面目で頼りになるイライジャなのだが、なぜか性愛のときには開放的になって、羽目を外す。

 エリカも昔は大抵のことをされたものだ。

 

「ところで、さっきの話よ、ミウ。昨夜はロウとはどうだったの? 優しかったから不満なの?」

 

 イライジャがミウに首を伸ばすようにしてささやいた。

 そのとき、店の女が温かいお茶をイライジャの前に持ってきた。

 ミウが口を開きかけたが、それを見て一度黙った。

 イライジャが女にお礼を口にして、お茶の入った器を手に取る。

 

「不満というか……。だけど、ロウ様はお優しかったです。あたしは嬉しかったんですけど、だけど、やっぱり、ロウ様は満足されてはいないだろうと思って……。だって、あたしが縛ってもいいと言ったんですど、お縛りにはならなかったんです。それに、精だって、お股と口に一度ずつしか……。多分、我慢なさったんじゃないでしょうか。あたしが子供だから」

 

 ミウが宿屋の女が離れるのを待って言った。

 イライジャが溜息をついた。

 

「口にって……。あいつも、ミウが子供だから、やりにくそうな態度だったのに、やることはやってんじゃないのよ……。いい、ミウ。言っておくけど、二度も出せば、普通はそれだけで十分よ。だけど、あんた、ロウに口でもやらされたの。十一歳のあんたにやることじゃないわね。叱っておこうか?」

 

「やめてください、イライジャさん。あたしが望んでやったんです。だけど、すっごく興奮しました。ロウ様があたしの頭を掴んで、乱暴に前後に動かしたんですよ」

 

 ミウの顔がぱっと輝き、ものすごく嬉しそうな表情になる。

 だが、どうしてミウはこんな話を……。

 

「そうなのか、イライジャ? 二度というのは、確かに回数は少なくはないのか? わたしも相場というものがわからないが」

 

 すると、シャングリアが口を挟んだ。

 だが、それについては、エリカも同じことを思った。

 シャングリア同様に、エリカも男と愛し合ったのはロウのみなので、普通がどのくらいの回数なのかはわからないが、二度しか出さないというのは、確かに性行為としては少ない気がする。

 

「あんたたちは、ロウの暴力的なセックスばかりを相手にしているから、常識が身についてないみたいね。わたしも経験が多いわけじゃないけど、あんたらみたいに、毎日、毎日、女が気を失うまでセックスをするのは異常なのよ。それを認識しなさいよ」

 

 イライジャが笑いながら言った。

 すると、シャングリアが目を見開いた。

 

「セックスというのは、気絶するまでするものではないのか? それでも無理矢理に起こされて、ロウに精を注がれるのだ。そういうものだろう──」

 

「声が大きい、シャングリア──」

 

 さすがにエリカは声をあげた。

 シャングリアの声がかなり大きかったのだ。

 

「あ、あたしも、そんなのされたいです──。それに、縛ってもらいたいです。だけど、ロウ様はそうなさらなくて……。あたしが子供だからですか──?」

 

 すると、ミウがシャングリアに訴えるように声をあげた。

 エリカの正面からは、こっちを見ている女の店員の顔が見える。

 その女が驚いた顔になったのがわかった。

 

「と、とにかく、ふたりとも声を落として……」

 

 エリカは注意した。

 シャングリアもミウも少し我に返った顔になる。

 イライジャは笑っている。

 

「それで、最初に耳に入ってきた相談って、なんなの、ミウ?」

 

 イライジャが言った。

 すると、ミウが深刻そうな表情になる。

 

「今回のことで改めて思ったんですけど、あ、あたしって、とんでもない変態じゃないでしょうか──? だって、ロウ様に乱暴に扱われたとき、あたし、すごく嬉しかったんです。それはもう……。だけど、ロウ様って、あたしのような子供には、それをしていただけないのでしょうか?」

 

 エリカは絶句してしまった。

 なにを訴えるのかと思えば……。

 

「ね、ねえ、あたしって変態ですよね? だって、あたしもロウ様に乱暴にレイプみたいにされたいんです。でも、そんなことを口にしたら、ロウ様に気持ち悪い子供だと嫌われないでしょうか? それをご相談したくて……」

 

 さらに、ミウが泣くような声で言った。

 三人で少しだけ絶句したかたちになったが、最初にイライジャが咳払いをしてから口を開く。

 

「まだ、子供のあなたに、レイプ願望があるなんてねえ……。しかも、それを切々と訴えるとは……。まあだけど、いいんじゃないの。正直に言えば、わたしたちも、ミウくらいのときから、同じようなことしてたわね」

 

 イライジャは呆れ半分の感じで、あっけらかんと言った。

 そういえば、エリカとイライジャとシズが倒錯の少女愛に目覚めたのは、ミウと同じような年齢のときの孤児院時代だったか……。

 

「ええっと……。ロウ様にあなたのしたいことを素直に口にするといいと思うわ……。ロウ様は喜んで、お相手をしてくれるはずよ」

 

 とりあえず、エリカはミウに言った。

 実際のところ、あのロウはかなりの鬼畜な好色だ。

 普通に抱くよりも、レイプごっこで抱く方が好きだろう。

 昨夜ミウを抱くときには、十中八九、ロウなりに遠慮したのだとは思うが、ミウがやって欲しいと主張するのであれば、間違いなく、ロウは容赦なくミウを扱う。

 本当は、ミウのような可愛い童女は、エリカの嗜好のど真中なので、よければエリカが相手をしてもいいとも言おうとしたが、相手にしてくれなさそうなのはわかっているので自重した。

 

「本当ですか、エリカさん?」

 

 ミウがエリカを見た。

 

「ああ、そうだ、ミウ──。それと、お前は変態だ。間違いない」

 

 すると、話を横で聞いていたシャングリアがはっきりと断言した。

 

「そ、そうですか?」

 

 ミウが姿勢を正した感じになる。

 シャングリアは大きく頷いた。

 

「ああ、それは“まぞ”というのだそうだ。つまり、お前もロウに乱暴に犯されるのが好きなのだな? だけど、昨夜はそうされなかった。だから、ちょっと物足りなかった……」

 

 シャングリアが続けて言った。

 ミウが慌てたように首を横に振る。

 

「物足りないなんて、とんでもないことです。でも、もっと過激なこともされたいかなあって……。だけど、そんなこと口にして、ロウ様がお相手をしてくれなくなったら嫌だし……」

 

 ミウが顔を赤くして照れたように言った。

 本当に可愛らしいことを……。

 

「ちなみに、どんなことをされたいの?」

 

 イライジャがにやにやしながら訊ねる。

 ミウが口を開く。

 

「そ、そうですねえ……。も、もちろん、あ、あたし、抱いてもらえるのであれば、それだけでいいんですけど……。だけど、だけど、望みを言っていいなら……。縛られて……魔道も遣えなくて……身動きできなくて……抵抗したら、ロウ様に叩かれて……。そして、滅茶苦茶に犯されて……、それから、それから……、唾を吐かれたり……蹴られたり……踏んづけられたり……」

 

 ミウがとつとつと語り始めた。

 

「立派なあんたたちの仲間ね。面倒看なさいよ、エリカ」

 

 イライジャがからかうように言った

 

「もちろんよ──」

 

 エリカが声をあげた。

 ミウもそうなら、遠慮はいらないのかもしれない。

 なによりも、エリカは可愛い子が好きだ。

 正直に言えば、ミウのような童女を愛するのはエリカの大好物だ。今度、ロウに頼んでやらせてもらえないだろうか……。

 

「結構じゃないか……。わたしは股に油をかけられて、ロウに焼かれたことがあるぞ。あれはすごかった。いまでも夢に見ることがある。興奮してな」

 

「ほ、本当ですか? すごおおい……」

 

 ミウが目を大きく見開いた。

 だが、あれは恐怖に怯えた表情ではない。

 自分がそれをされることを想像して期待している顔だ。

 その証拠に、ミウの内腿が無意識のうちにもじもじと擦り始めている。

 エリカも、それを目ざとく見つけてしまった。

 

「ロウはなんでもしてくれるぞ。過激なのが好きなら素直に頼むがいいだろう。まあ、想像を絶する責めも多いが、それがいいのだ」

 

「あなたも大概ねえ、シャングリア。凛とした顔をしている女騎士なのに、本当に残念なこと」

 

 イライジャだ。

 

「なにが残念だ。わたしは、ロウの鬼畜が大好きな変態だ。それのどこが悪い?」

 

「悪くはないけど……」

 

 イライジャが苦笑した。

 

「本当ですか……。あたしみたいな子供がお願いしても、ロウ様は嫌な気持ちにならないでしょうか? あたしを嫌いにならないでしょうか」

 

「あのう……。もうわかっていると思ったけど、ロウ様は普通にお抱きになるよりも、あなたのいう“変態”がお好きよ」

 

 エリカは横から言った。

 

「じゃ、じゃあ、変態でも嫌われないですね」

 

 ミウが目を輝かせた。

 

「そもそも、さっきから、変態というのがよくないことのように言っているのはなぜなんだ、ミウ? 気持ちいいことのどこが悪い? とにかく、ロウに頼むがいい。ロウはなんでも解決してくれる。ロウはすごいのだぞ」

 

 シャングリアがはっきりと言った。

 

「ここまで堂々としてると、圧倒されるものを感じるわね」

 

 イライジャも笑っている。

 とにかく、ミウも、エリカやシャングリアの言葉ですっかりと吹っ切れたようだ。

 ほっとしたように微笑んでいる。

 

「待ちなさい、ミウ……。ちょっと訊きたいことがあるのよ……。まあ、実はロウに頼まれていたんだけどね。あんたのことよ……。本当はあんたの様子を観察して欲しいと頼まれたんだけど、ここまで赤裸々に性のことを語れるんなら大丈夫ね。直接に訊ねるわ?」

 

 すると、イライジャが急に真面目な顔になって口を挟んできた。

 ミウが当惑した感じで「はい」を頷く。

 

「ロウは、あなたの心の傷に触れるのを本当に心配していたのよ。聞いたことによれば、あなたの両親やあなたは、クライドとかいう男に……」

 

 イライジャはちょっと言い難そうに喋り出した。

 あのことかとエリカも思った。

 ミウを抱くことについて、ロウは本気で心配していた。

 なにしろ、ミウにはあのクライドに目の前で両親を殺され、さらに性的虐待をされるために旅に同行させられていたという心の傷がある。

 だから、ミウを抱くことが、ミウの心の傷を戻すことになっていないかということを気にしていたのだ。

 それで、エリカとイライジャに、ミウのことをよく観察してくれと相談されてもいた。

 だが、一方で、できれば一日でも早くミウにも精を注いだ方がいいとは言っていた。

 先日のように、ミウが悪霊に乗っ取られたのは、ロウの女の中で、唯一ミウだけが、ロウに精を注がれていなかったからだそうだ。

 シャングリアとさっき語り合った能力の向上のみならず、ロウの精にはそんな効果もあるようだ。

 

「そんなことまったく気にしてないだろう。自分からそうされたいと言うくらいだからな」

 

 シャングリアが言った。

 エリカもそう思うが、ロウに頼まれていたこともあるし、イライジャも念のために訊ねているのだろう。

 

「あ、あのう……。大丈夫です……。あの悪魔のことなんて、全く思い出さないです……。あれっ? なんだか不思議です。いまのいままで、まったく思い出さなかったし……。いまでも大して……。あれっ?」

 

 ミウが何度も首を傾げている。

 エリカははっとした。

 ロウがやったのだと思った。

 

 ときどき、ロウは信じられないような不思議なことをする。コゼのときがそうだった。

 コゼも口にしないし、エリカ自らが誰にも教えたことはないが、あの明るいコゼには、奴隷時代に男たちから厠女のように扱われて、毎日残酷に犯されていたという過去を持つ。

 奴隷の首輪で逆らえないようにされてだ。

 最初の数日間は、コゼはとても暗くて、いまにも自殺でもするんじゃないかと思うくらいに厭世的で、絶望感に溢れていた。

 ロウに犯されて快感に浸されれば浸るほどに、つらい記憶が蘇るのか、とても寂しそうにしていた。

 だが、それを変えたのは、ロウだ。

 あの岩場の温泉で三人で抱き合ったとき、ロウがコゼを犯してなにかをした。

 すると、突然にコゼが明るくなり、コゼの暗い影がまったく消滅してしまったのだ。

 まるで別人かと思うように、コゼが屈託のない笑いを浮かべるようになり、エリカにも打ち解けたし、ロウに遠慮のない甘えを示すようにもなった。

 まるで、過去のことなど忘れたかのように……。

 それと同じことをミウにもしたのだと思った。

 ロウの「魔法」だ。

 よかった。

 

「いずれにしても、ミウの悩みはこれで解決ということね、とにかくよかったわ」

 

 イライジャが言った。

 エリカも頷いた。

 

「はい。あたし、ロウ様が戻ったら、早速お願いしてみます。縛られてレイプされたいって──」

 

 ミウが元気よく言った。

 

「ええ──?」

 

 声をあげたのは、ずっと食堂の隅に座っていた宿屋の女性だ。

 しまった。

 つい、話に夢中になって、声をひそめるのをエリカ自身も忘れていた。

 エリカは頭を抱えた。



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292 褐色の女王様

 イライジャが手を叩いて大笑いした。

 

「なんとも、あなたたちと一緒だと退屈しないわねえ。そう、ロウに、レイプしてくれってお願いするのね」

 

 そして、腹を抱えて大笑いを続ける。

 エリカは閉口した。

 視線が合ったが、宿屋の女が顔を引きつらせている。

 そりゃあ、そうだろう。

 十一歳の童女が縛られてレイプされたいと大声で言ったのだ。

 

「イライジャもいい加減にしてよ。声が大きいわよ」

 

 エリカはたしなめた。

 イライジャが笑うのをやめて肩をすくめる。

 

「いやあ、でも面白くってね……。だけど、だったら、失敗したわね。レイプしてもらいたければ、マーズと一緒に稽古に行けばよかったんじゃないの?」

 

 イライジャが冗談めかしく言った。

 だが、エリカにはなんのことだかわからなかった。

 ミウも首を傾げている。

 

 ロウがマーズを連れて身体の鍛錬のために駆け足に行ったのは知っている。

 マーズがやって来てから、屋敷にいたときでも数回行ったし、旅の途中でも余裕があるときは、ふたりで鍛錬に出掛けている。

 ロウは武術の鍛錬のようなことが好きではないので、エリカも心配をしていたのだ。相変わらず、剣の稽古は気が進まないようなのだが、身体を鍛えることはいいことだ。

 エリカにとっては、なによりもロウのことが大切だ。

 万が一のときには、それこそ、エリカが命を捨ててでもロウを助けるという覚悟はあるが、それでも最後の最後では、本人の体力と生きる力がものをいう。

 そういうものなのだ。

 

「稽古とレイプというのは、どういうことなのだ、イライジャ?」

 

 シャングリアもきょとんとしている。

 すると、イライジャが逆に少し驚いた顔になった

 

「えっ、みんなは、知らなかったの? あれは、普通の駆け足じゃないわよ。今日だって、マーズの股間にはしっかりと股縄を喰い込ませていたのよ。ちょうと用足しのときにすれ違ったから確かよ。それだけじゃなくて、わたしの知る限り、いつも乱稽古をしては、負けたら犯すということをしているみたいよ。マーズはだいたい、負けてレイプされているって言っていたわね。マーズから聞き出したんだから確かね」

 

 イライジャがあっけらかんと語った。

 エリカはびっくりしてしまった。

 

「だ、だったら、わたしも行けばよかった……。股縄をして走って……武術の錬成をして……負けて犯される……。な、なんか、想像したらぞくぞくしてきたぞ」

 

 シャングリアだ。

 

「そういえば、以前のときも、マーズの顔が真っ赤だったような……。動作もぎこちなかったような気がしたわね……。そんなことを……」

 

 エリカは思い出して言った。

 だが、それで合点がいった。

 鍛錬のようなことが嫌いなロウが、どうして急にやる気になったのだろうと思っていたが、そういうことだったのだ。

 思い出してみれば、前回にマーズとロウがふたりで鍛錬したときも、戻って来たときのマーズの様子が不自然だった気がする。

 

「まあ、マ、マーズったら……。あ、あたし、レイプされたいって、マーズには先に相談していたのに……。言ってくれたっていいのに──」

 

 ミウは不満そうに、ぷっと頬を膨らませている。

 

「だったら、わたしたちも、これから行かないか──。股縄をし合って──」

 

 シャングリアが立ちあがった。

 

「そ、そうですね……」

 

 ミウは目を輝かせる。

 

「ばかじゃないの──。いい加減にしなさいよ……。それに、そろそろ戻るわよ」

 

 イライジャが呆れたように言った。

 そして、果たして、ロウとマーズが本当にすぐに戻ってきた。

 

「ただいま。おう、食事か? コゼがいないみたいだな」

 

 ロウがエリカたちの席を覗いて言った。

 

「上で待っているわよ。覗いてあげて」

 

 イライジャがくすくすと笑いながら立ちあがって、ロウの腕に両手で抱きつく。

 エリカとシャングリアとミウも、ロウに挨拶をしたが、イライジャがそのまま二階にロウを連れて行ってしまった。

 

 汗びっしょりで戻ってきたマーズだけが残るかたちになったが、まだ朝食の途中でもあったので、エリカとシャングリアは目の前のものを食べる作業に戻った。

 一方で、ミウについては、立ちあがってマーズに言い募っている。

 食べ物を口に運びながら、耳だけを傾けていると、ミウはマーズに、ロウとの朝の鍛錬のことを聞き出し、ついていく、ついていかないにかかわらず、ロウとそういうことをするなら、教えて欲しかったと訴えているみたいだ。

 エリカは苦笑してしまった。

 

「隠していたつもりはないんだけど……。まあ、悪かったな。先生に修行を付けてもらっていたのだ。闘気を練る訓練だ」

 

 マーズが笑って頭を掻いている。

 しかし、それで気がついたが、マーズは胸の下着をつけてはいないようだ。

 薄いシャツにくっきりと乳首が内側から勃っている。

 また、半ズボンにも、股間に丸い分泌液がはっきりと拡がっている。さらに見れば、確かにズボンの下には股縄のかたちが浮き出てもいる。

 汗でズボンの布がマーズの肌にぴったりと張りついているので、縄の痕が眼を凝らせばよくわかるのだ。

 

「闘気?」

 

 それはともかく、思いがけない言葉に、エリカは思わず口を挟んだ。

 ロウが闘気の稽古を……?

 そんなことできるのだろうか?

 

「はい、エリカ様……。先生は凄いですね。結局、闘気の打ち合いで歯が立ちませんでした。それと、やっぱり、あたしはまだまだです……。先生にはかないません。乱取りもしましたが、すべて負けてしまいました」

 

 汗で服が肌に貼りついた感じのマーズが上気した顔で言った。

 先生というのはロウのことだ。

 以前にクエストで闇試合をして、ロウがこのマーズに勝ったことで、すっかりと彼女はロウに心酔してしまい、以来、マーズはロウを自分の格闘術の師匠とみなしているところがある

 だが、エリカにもわかるが、あれはまともな試合ではないし、稽古にしても、まともにやって、ロウがマーズに勝利するとは思えず、淫らな条件付けをして試合をしているのは間違いない。

 しかし、マーズはそれでも、十分に鍛錬になると満足しているみたいだ。

 まあ、本人がそういうのであれば、エリカとしても、なにも言えないのだが……。

 

「ところで、お前、外でレイプされたのか? お前たちがいつも外に行くのは、そういう調練なのか?」

 

 シャングリアが訊ねている。

 だが、いま少し周りを気にすることが苦手なシャングリアの声はいくらか大きい。

 いつの間にか、あの宿屋の女だけでなく、厨房にいた宿屋の主人までも出て来ていて、ひそひそとふたりで話をしている。

 

「負ければ犯されます……。先生には、その悔しさを糧に精進するように言われています……。これも稽古です……」

 

 マーズが当惑したように応じている。

 こっちの声もそれなりに大きい。

 だが、マーズの場合は、シャングリアがあまりにもはっきりと訊ねたので、それに合わせなければならないと思った感じだ。

 

「あなたたち、声が大きいわよ──。こんなところだから……」

 

 とにかく、エリカは声をかけた。

 それでマーズは我に返ったように口を閉じる。シャングリアも黙ったが、こっちはそんなに周りの耳は気にしていないみたいだ。

 

「そ、そうだ。ミウのことを話したぞ。前にあたしに話したことだ。なんか、そういう話題になって……」

 

 すると、マーズが思い出したようにミウに視線を向け直した。

 

「えっ、あたしのこと?」

 

 ミウがマーズにぐっと迫る。

 それにしても、なんという身長差だと思った。

 ミウの背丈は、マーズの腰の上ほどでしかない。ミウはマーズと話すときに、首をいっぱいにあげて会話をしている。

 

「ああ、ミウがあたしに語った願望のことだ。そんな話題になって……。話したらだめだったか?」

 

 マーズがミウに微笑みかけた。

 

「だめじゃないけど……。で、なに? あのこと? あのことを言ったのね。ええっ──。本当に? で、で、なんて?」

 

 ミウの顔が真っ赤になっている。

 おそらく、さっきエリカたちに語った赤裸々なレイプ願望のことだろう。

 そういえば、ミウもマーズにも、相談のようなことをしたと口にした気がする。

 

「……今日から馬車の中で調教だそうだ……。よかったな」

 

 マーズが赤面をしつつ、ミウに微笑んだ。

 ミウの表情がさっと明るくなった。

 

「あ、あたし、早速、行ってきます──」

 

 そして、朝食を残したまま、勢いよく、二階に駆けあがっていった。

 心から嬉しそうに……。

 エリカはなんだか呆れてしまった。

 

 

 *

 

 

「ふふふ、約束通りでしょう?」

 

 イライジャに腕をとられて、引っ張り込むように連れていかれたのは、宿屋の二階のうち、イライジャとコゼが泊まっていた部屋だ。

 一郎とミウが休んだ部屋とは、階段を挟んで真反対になる二階の廊下の突き当りだ。一郎たちの部屋は、反対側の突き当りの部屋だ。

 昨夜は、一郎たちのほかには客はおらず、四個の部屋を全て一郎たちで独占していたのだ。

 

 そして、寝台の上に素っ裸のコゼがいた。

 後手縛りに縄で縛られ、両脚は、いわゆる、M字開脚の状態で両横に拡げさせられ、六本ほどの太い縄で股間が寝台から浮かんだ状態で全身を吊りあげられていた。

 後手縛りの身体を吊るのに二本、膝と足首にかかる縄が左右それぞれに二本ずつの合わせて六本だ。

 コゼは汗びっしょりで、全身が真っ赤に上気している。

 

 一郎はびっくりした。

 イライジャのことだから、なにかをコゼにしているだろうとは思ったけど、ここまでやっているとは思わなかったのだ。

 M字開脚で天井から縄で宙吊りにされているコゼは目隠しをされている。

 それだけじゃなく、コゼの股間には、細い糸で繋がった「ローター」がぶらさげられていた。

 

 ローターは、イライジャの求めに応じて、一郎が昨夜、亜空間から出して渡した淫具のひとつであり、魔道を注げば、電気仕掛けのように振動するようになっているものだ。

 一郎については、魔道の代わりに淫気を注ぐが、とにかく、それがコゼの股間から垂れさがって、コゼの身体同様に宙に浮いている。

 イライジャの仕業に間違いないが、イライジャはそのローターをコゼのクリトリスの根元に結んでいるみたいだ。

 その状態で、ぶらさげられて振動されているので、コゼの肉芽には、いわゆる糸電話の仕組み同様に、振動の刺激が糸を通して加わり続けるという仕掛けだ。

 それだけでなく、快感に悶えれば悶えるほど、さらにローターの重みがコゼに加わることになる。

 なかなかに意地悪な責めだと思った。

 また、そのローターを繋げている糸の真ん中に、赤いリボンが結びつけられていた。

 そういえば、リボンをつけて待っていると、昨夜話していた気がする。

 糸が振動しているので、リボンが揺れて、まるで蝶々が飛んでいるように見えないことはない。

 

「う、うううう、く、くうううう……」

 

 コゼの全身がぶるぶると震え続けている。

 ローターの下には、糸を通じて伝わってきた大量の愛液が寝台に滴っている。

 だが、濡れている部分が大きい。

 いや、この匂いは……。

 

「目隠しはしているようだが、コゼは俺たちの声が聞こえないのか?」

 

 それはともかく、イライジャと一郎が入って来ても、コゼの反応がないので、一郎は気になって訊ねた。

 すると、イライジャが悪戯っぽく笑った。

 

「視界だけでなく、聴力も一時的に魔道で奪っているわ。全身の感覚を遮断させると、肌が超敏感になるのよね。可愛いわよ。ちょっと触っただけで、のたうち回るから」

 

 イライジャが手を伸ばして、コゼの背中を縦にすっと撫ぜた。

 

「あああっ、あああっ、イ、イライジャね──。も、戻ったのね──。い、いい加減に……。く、屈服した──。屈服したわ。も、もうお願いよ。許してよ。朝なんでしょう──」

 

 コゼが泣き叫んだ。

 だが、声がかなり大きい。

 聴覚を麻痺させたというのは、本当なのだろう。あの感じは、まさに自分の声が聞こえない感じだ。

 

「昨夜から、この状態か?」

 

 一郎は訊ねた。

 すると、イライジャが笑った。

 

「まさか。ちゃんと途中は休ませたわよ。ただ、責め潰して、何度も失神させてからのことだけどね。朝の責めは、まだ一ノスほどしか経っていないんじゃない? ほら、あなたがマーズと鍛錬に行く前に廊下で会ったじゃない。そのときからよ」

 

 イライジャが言った。

 夜明け直後に、一郎がマーズと出掛けたとき、大きな水差しを抱えているイライジャとすれ違った。

 一郎は苦笑した。

 そして、あの水差しがどういうことに使われたかも理解した。

 あのときの水差しは、寝台の横の台に置いてある。

 ふと覗くと、廊下ですれ違ったときには満水状態だったが、いまは空になっている。水差しの横には、漏斗(じょうご)も置いてある。

 

「だったら、もう二ノスは過ぎているぞ。マーズと鍛錬して行って戻ったんだ」

 

「そうなの? コゼちゃんと遊ぶのに夢中だったから、そんなに時間がすぎたのね。それはともかく、ちょっと聴覚を戻すわ。だから、大きな声を出さないでね。大きな声じゃなければ、わたし以外の声が知覚できないわ」

 

 イライジャがコゼに魔道をかけたのがわかった。

 言葉の通りに、イライジャの声だけをコゼが知覚できるようにしたのだろう。それにしても、イライジャがそんな魔道を遣えるとは知らなかった。

 まあ、これでも、エリカにしてもシズにしても、武芸では圧倒できるのに、イライジャには、大昔に調教された経験で、いまでも頭があがらないというのだから、イライジャも中々に秘密が多い女なのかもしれない。

 

「ロウ様──」

 

 そのときだった。

 扉が勢いよく開いて、ミウが入ってきた。

 だが、目の前の光景に、ミウは驚いて身体を硬直させている。

 

「えっ、あっ、はああ……。ミ、ミウ? ミウがいるの? そこにミウが──? うっ、くううっ、そ、それと、いまロウ様って言った? な、なに、なに?」

 

 声が大きかったので、コゼはミウの声がわかったのだろう。

 コゼが驚いた様子で声をあげた

 一郎は口に指をあてて、ミウに静かにするように伝える。

 ミウが目を見開いたまま、首だけを大きく縦に数回振る。

 

 一郎は静かに移動して、ミウが開いたままだった扉を閉じさせた。

 それで、気がついたが、扉には「防音の護符」が貼ってある。

 一郎たちの部屋にも貼っていたもので、中の騒音を廊下に伝わらなくする紙状の魔道具だ。一郎のような好色者には必需品なので、スクルズに作らせて、何枚かを亜空間に収納している。

 おそらく、いまのミウなら、同じものを作ることができるだろう。

 今度、やらせてみるか。

 

「ミウだけよ。あなたの洩らしたおしっこを掃除してもらうために呼んだのよ。あなたってロウが戻るまで我慢しなさいっていう簡単な言いつけも守ることができないのだから。とっても、残念よ」

 

 イライジャが言った。

 すると、目隠しをしているコゼの顔がさっとイライジャの顔側に向く。

 やはり、イライジャの言葉だけは聞こえるみたいだ。

 

 それはともかく、コゼが宙吊りになっている股間の下の大きな寝台の染みは、コゼのおしっこだ。

 おそらく、イライジャはほとんど夜通し責めまくって、抵抗力を失っていたコゼをいまの状態に吊ると、あのとき持っていた水差しを漏斗を使って、全部コゼに飲ませたのだと思う。

 コゼのお腹がいつもより少し膨らんでいる気がするのはそのせいか。

 しかも、いまの口ぶりだと、尿意を我慢することを強要したみたいだ。

 なかなかにえげつない。

 それで、コゼはお漏らしをしてしまったというわけだ。

 

「はあ、はあ、はあ、あ、あんた、いい加減に……」

 

 コゼが顔を振って必死な感じでイライジャを追っている。

 だが、目隠しの上に、聴覚が制限されてしまっているだけじゃないみたいだ。おそらく、方向感覚についても麻痺されている。

 一度、イライジャの顔を向いていた顔が再び探すようにきょろきょろしている。

 一郎は、こういう責め方もあるのだと、ちょっと感心した。

 

「これからの責めはお漏らしの罰よ、覚悟しなさい……。それとも、いまこの場だけでも屈服してみる? 後輩奴隷の前でそれはできないわよね? 確かに普段はあなたの方が強いけど、いまこの瞬間だけは、わたしから、縄責めを受けている、ただの女の子なのよ」

 

 イライジャが寝台の横の台から、「電気アンマ」を模した淫具を手に取った。

 昨夜、イライジャに手渡すときに、それこそ二十種類以上の淫具を手渡したが、イライジャが一番関心を寄せていたのが、あの電気アンマだ。

 もちろん、この世界のものじゃないから「電気」ではなく、一郎が向こうの世界にあった淫具を模して、魔道で動くように作らせた魔道具だ。

 例によって、スクルズに魔石の破片を埋め込ませて作らせたので、必要な魔道を込めれば、数日単位で動き続けさせることだってできる。

 もちろん、一郎は魔道の代わりに淫気で操作できる。

 振動の強弱も思いのままだ。

 

 イライジャはそれを手に取った。かなり激しい振動が始まる。

 すると、イライジャは、振動するローターをぶらさげられて、いまでも追い詰められているコゼの股間に無造作にそれを押し当てた。

 

「ひゃあ、ひゃああああ、や、やめてえええ──」

 

 コゼが絶叫して、がくがくと身体を悶えさせた。

 

「ふふふ、気持ちがよさそうねえ。もっと感じさせてあげるわね」

 

「ひひいい、痛いい──。か、感じすぎて痛いのおお。もう、許してえええ」

 

「ばかねえ、そんな言葉で、わたしが許さないことはわかってるんでしょう」

 

 イライジャが笑いながら、ぐりぐりと「アンマ機」を操る。

 コゼが絶頂してしまったのはあっという間のことだった。

 だが、イライジャは淫具を離さない。

 さらに、拍車をかけて、コゼを責める。

 

「あああ、いぐうう、またっ、いぐうう、はあああっ」

 

 一度達してしまうと、女の身体は脆い。

 そもそも、一郎の女たちは、そうなるように、一郎が調教しているのだ。

 コゼは早速、二度目の絶頂に追い詰められている。

 それにしても、本当に容赦ない。

 あのコゼが完全に圧倒されている。

 

「もっといかせてあげるわね、コゼちゃん。それと、ロウの伝言よ。今日の馬車の移動では、一日寝てていいそうよ。だから、思う存分達してね」

 

 イライジャが笑いながら、「アンマ機」を股間に押し当てるだけでなく、コゼのお尻に指を突っ込んだ。

 その指を動かしだす。

 コゼががくがくと身体を痙攣させる。

 

「もう許じでえええ」

 

「だあめ、あなたを一度骨抜きにしたいと思っていたのよね」

 

「も、もうされてるうう、いぐうううう」

 

 コゼが縄のかかった身体を限界まで弓なりにさせて達した。

 

 一郎はしばらくのあいだ、イライジャがコゼを責めるのを見守り続けた。

 本当にイライジャは執拗だった。

 コゼがいくら許しを乞いても許さず、宙吊りで逃げられないコゼの股間を淫具と指で責め続ける。

 

 五回目……。

 

 ……。

 

 八回目……。

 

 ……。

 

 十一回目……。

 

 ……。

 

 コゼが面白いように連続絶頂を繰り返す。

 ふと見ると、ミウが圧倒されて、息を呑んでいる。

 確かに、このイライジャの責めは凄い……。

 

「いやああああ」

 

 最後に大きな声で絶頂して、コゼは動かなくなった

 それだけでなく、じょろじょろと放尿をし始めた。

 二度目の失禁というわけだ。

 イライジャが淫具を動かしても、お尻の穴の中の指を動かしても動かない。

 完全に気を失っている。

 

「見事なものだ」

 

 一郎は天井の梁に結んでいる縄に粘性体を飛ばす。

 結び目の中に粘性体を入り込ませて、縄を動かす。

 一本ずつ結び目が解けて、コゼの身体が縄掛けのまま寝台に落りてくる。

 一郎はそれを抱きとめた。

 

「ミウ、魔道で寝台をきれいにしてくれ」

 

「は、はい、すぐに」

 

 また、ぼうっとしていた感じだったミウが慌てたように、例の生活魔道とやらの洗浄の術をかけたのがわかった。

 コゼの放尿や愛液で汚れていた寝台があっという間にきれいになる。

 

 一郎はM字縛りのコゼの身体を仰向けにして、寝台に転がした。

 淫魔術でコゼを覚醒をさせる。

 そして、コゼのクリトリスに結んであった糸のリボンを解いた。

 次いで、ズボンを下着ごとおろして、すでに勃起している怒張をコゼの股間に一気に貫かせた。

 

「あっ、ご主人様──。あああ、ご主人様ああ」

 

 意識を回復させたコゼが歓喜の声をあげた。

 目隠しもしたままだし、聴覚も制限されているはずだが、怒張だけでわかったようだ。

 後手縛りは解いておらず、コゼが縄を引き千切らんばかりに全身を波打たせる。

 

「あああ、いぐうう、いぐううう」

 

 コゼが絶頂の言葉を口にしながら、激しく身体を震わせる。

 さっそく、昇り詰めたのだ。

 

「お前たち、なにをしている。朝飯はもう一ノスほど後だ。それまで、俺の相手をしてもらうぞ。服を脱いで寝台にあがれ。ミウもだ。コゼと同じ恰好にしてやろう。そうされたかったのだろう? それと、ミウは、後で特別な貞操帯をしてもらう。俺の正式の性奴隷になる儀式だと思ってくれ」

 

 ミウがレイプみたいに犯されたいとマーズに相談したというのは、さっき聞いたばかりだ。

 それが望みなら、一郎はそう扱うつもりだ。

 本来であれば、十一歳の童女にハードな調教は無理なのかもしれないが、一郎の淫魔術を駆使すれば問題はない。

 それに、考えてみれば、無垢に近い少女を躾けて、淫乱にするというのは、愉しいかもしれない。

 ミウ自身が問題ないと思うのであれば、遠慮する必要もないと思い直した。

 同じように、扱ってやろう──。

 

「は、はい──」

 

 魔道を掛け終わったミウが顔を赤くしながらも、慌てたように服を脱ぎ始める。

 

「あら、わたしも?」

 

 一方で、イライジャも妖艶に微笑みながら、着ているものを脱ぎ始めた。

 

「ああ、またいぐうう、ご主人様、いぐうううう」

 

 一郎は律動を続けていたが、またしてもコゼは達したようだ。

 コゼの激しい身悶えで寝台に大粒の汗が飛び散る。

 

「いくぞ──」

 

 一郎はコゼの股間に股間を叩きつけるように繰り返し律動しながら精を放った。

 コゼの裸体は震え続けている。

 一郎はコゼの中から怒張を抜いた。

 コゼが脱力する。

 

「脱いだわ、ロウ……」

「あ、あたしもです──」

 

 全裸になったイライジャとミウが寝台の上にあがってきた。

 

「ふたりとも、背中を向けて、両手を腰の後ろで組むんだ」

 

 一郎は亜空間から縄を出しながら命じた。

 すると、イライジャとミウが揃って両腕を背中で組む。

 あっという間に、イライジャをコゼと同じようにM字開脚縛りにした。

 ミウは後手の胡座縛りだ。

 ふたりを転がす。

 

「さて……」

 

 一郎はさっき、イライジャがコゼを責めた「電気アンマ」を手に取った。

 

「じゃあ、まずは褐色の女王様の泣き声を聞かせてもらおうかな」

 

 淫具を激しく振動させると、一郎はイライジャの股間にゆっくりと淫具を近づけていった。

 

「うわっ、ひいっ」

 

 イライジャの顔がひきつった……。

 

 

 

 

(第8話『淫らな童女と愉快な仲間』終わり)




 ……。
 ……。
 じ後の騒動は、ご想像のままに……。


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 第9話   狙われた婚約者
293 隣席の若い男女


「だっからさあ、料理に使う食材の調達は、あんたに頼んだでしょう。式では、メイン料理だけは、夫になる男が捕らえた獲物を、妻になる女が調理をして客に振る舞う──。それがこの土地の風習なの──。何度も言ったはずよ。それなのに、まだ、段取りもつけていないってどういうこと──? もう五日後よ──」

 

 罵るような若い女の声が聞こえてきた。

 声の主は、たまたま隣の席に座っている若い男女のうちの女の方だ。結構、美人であり、それに比べれば、男の方はぱっとしない痩せた男だ。

 ただし、ふたりが交際している仲だというのは明白である。

 席が近いので、どうしても会話の内容が聞こえてくるのだが、どうやら、このふたりはもうすぐ結婚式を挙げるらしく、その準備のことで会話をしているのだ。

 

 シャデルワースという王国では中堅都市となる城郭である。

 一郎たちは、その一画にある酒場にやって来ていた。

 夕食のためである。

 

 一郎たちが座っている広めのテーブルの上には、すでに大皿に盛った料理があり、七人分の食器も並べられている。ただし、そのうちの三人分については、まだ席にはついていない。

 解決したクエストの褒賞金の受領と、退治した岩野牛(バッファロー)の買い取りの手続きをしているのだ。

 この城郭にやって来て、初日に受けたクエストであり、本来、岩野牛(バッファロー)は、もっと山奥に生息する猛獣らしいが、なぜか、三頭ほど群れからはぐれて城郭の間近までおりてきてしまったらしい。

 転移する前の世界では、バッファローは草食動物だったが、この世界では肉食だ。しかも、人を襲う猛獣でもある。

 それで、魔獣ではないものの、冒険者ギルドに退治の依頼(クエスト)が来ていた。

 それを見つけた一郎たちは、さっそくをそれを受け、翌日の夕方には三頭の大きな野牛の死体をここまで運んできたところだ。

 つまり、それがいまだ。

 

 とりあえず、クエスト完了報告をしたあと、倒した野牛を亜空間から出し、冒険者ギルドの庭に三頭の死骸を並べて、イライジャとエリカとマーズを置いてきた。

 ギルドでは仲介はするが、買取は商業ギルドがするということであり、時間がかかりそうだったからだ。

 交渉事はイライジャで十分だし、エリカにはその補佐を指示した。マーズは大きな野牛を動かすための力仕事要員だ。

 

 その三人に手続きを任せて、一郎たちは、ひと足早くここにやって来て、夕食を口にしているというわけだ。

 一郎の両脇には、コゼとミウ、向かい側にはシャングリアが座っている。

 どうでもいいが、コゼもミウも距離が近い。

 コゼは以前からだが、ミウもまた、身体の関係ができると、吹っ切れたように一郎のそばに寄りたがるようになってきた。

 ミウを最初に抱いてから十日ほど経つが、あれから毎日のように抱き、いまでは大人の女と同じように、性でも快感を得るようになってきている。

 それにつれて、べったり度もあがってきているのだが、まあ、可愛いものだ。

 

「そんなことを言われてもなあ……。わかっているだろう。俺は冒険者だったのは間違いないが、あいにくの探索役(シーフ)でな。腕っぷしは駄目なんだよ。力技といえばお前だろう。一緒に行ってくれよ、レン」

 

 また、隣の席から声が聞こえてきた。

 なんとなく、一郎は耳を傾けた。 

 

「ふざけるんじゃないわよ。あたしが参加したら、女のあたしが準備したことになるでしょう。そうなれば、その夫婦はかかあ天下になって、縁起が悪いと言われているのよ。別にあんたがひとりで獲る必要はないのよ。仲間を募って仕留めればいいの。冒険者ギルドでも通して、人足を雇ったら? でも、その金子はあんたが出すのよ。習わしなんだから」

 

 すでに、女が尻に敷いているだろうと突っ込みたくなるが黙っていた。

 女の気の強さに、男側はたじたじのようである。

 

「ただじゃねえだろう。なんで、そんな無駄な出費……」

 

「む、無駄な出費──。いま、無駄って言った──? もう一度言ってみなさい、ヤッケル──。あたしと結婚するためのお金と手間が無駄なものだっていうの──」

 

 レンという名前らしい若い女がどんとテーブルを叩いた。それに対して、ヤッケルというちょっと小柄な若者は、怯んだような表情になっている。

 いずれにしても、レンという女の声が大きい。

 聞き耳を立てているつもりはないが、どうしても会話が耳に入ってくる。

 一郎だけじゃない。

 ほかの客も同様のようであり、何組かいる酔客たちはにやにやと笑いながら、ふたりの会話に耳を傾けている気配だ。しかも、客たちは、このふたりをよく知っている感じだ。

 

「また始まったな……。おい、レン──。お前は、冒険者時代には女戦士だったんだから、結婚式のときの獲物は、お前が準備したらいいじゃねえか。ヤッケルが料理してな」

 

「そうだな。そして、花嫁衣装はヤッケルが着な。花婿にはレンがなれよ」

 

 すると、そのうちのひと組の酔客がふたりをからかった。

 

「うるさい、殺すわよ──」

 

 レンがもう一度テーブルを叩いて、ふたりを睨んで名を呼んだ。

 ふたりの男が、わざとらしく、ジョッキを片手に肩を竦めて怯える仕草をする。

 

「ロウ様、飲み物のお代わりはいかがですか? それとも、もう少し肉をお取りしましょうか?」

 

 ミウだ。ミウは椅子を寄せて、ほとんど一郎に密着するかのようにしている。そして、返事も待たずに、大皿にある香草入りの肉炒めを取り寄せて、一郎の皿に足した。

 

「ミウ、そういうことは、あたしがするからいいのよ。それに、ご主人様はそんなに、お酒はお飲みにはならないわ。そもそも、ご主人様のお世話はあたしがするからいいのよ。あんたは、自分のことに専念しなさい」

 

「いえ、いつも可愛がっていただいていますから、せめてものお礼として、身の回りのお世話くらいはあたしにやらせてください。それに、一番歳下ですし……。これは当然の役割かと……」

 

「なに、慎ましいこと言ってんのよ。だいたい、あんた、このところ図々しいわよ。ちょっと前まで、借りてきた猫みたいに大人しかったくせに……。ご主人様のお世話は、みんなで交代でするのよ。独占なんてできないんだから」

 

「交代といっても、いつもくっついておられるのは、コゼさんだけです。あたしがロウ様にくっついて、嫌な顔をされるのも、コゼさんだけで……」

 

「わかってんなら、遠慮しなさいよ、ミウ」

 

「やです。あたしも、お世話したいんです。コゼさんこそ、遠慮してください。あたし、まだ新米なんです」

 

「いつから、そんなに喋るようになってんのよ。ちょっと抱いてもらったくらいで……」

 

「ちょっとじゃありません。毎日抱いてもらってます」

 

「あたしだって、毎日抱いてもらっているわよ」

 

 コゼが怒鳴った。

 

「やめろよ、お前ら──。声が大きい」

 

 一郎は苦笑して言った。

 コゼとミウがはっとしたように口を閉ざす。

 いつの間にか、酒場の酔客の注目はこっちに向いてしまったようだ。

 男たちのひそひそ声があちこちから聞こえてきた。

 だが、さっきのレンとヤッケルという若い男女だけは、自分たちの会話に夢中で、こっちには気を留めていない。

 

「まあ、ロウの女になって最初は、そんな時期もある。いつもくっついていたいのだ。わたしもそうだった。もちろん、いまでもそうだが……。ミウには家族もいないし、ロウを慕う気持ちは人一倍なのだろう。わかってやれ、コゼ」

 

 シャングリアが口を挟んだ。十分に制御された声であり、周りに聞こえないように気を遣っている。

 

「ありがとうございます、シャングリアさん」

 

 ミウが嬉しそうに頭をさげた。

 

「まあ、そうだな──。なあ、ミウ──。俺を含めて、ここにいる者はみんな家族だ。遠慮なく接しろ……。じゃあ、飲み物を足してくれ。それと魔道でちょっと冷やしてくれるか。その方がうまい」

 

 一郎は金属のグラスをミウに差し出した。

 薄い果実酒だが、水よりは危険がないので、それを飲み物代わりに飲んでいる。旅先でその土地の生水はなるべく口にしない方がいいというのは、エリカにも言われているし、イライジャにも諭された。

 どうしても、水が必要なときは、亜空間にもあるし、ミウが魔道で出してくれるので、それを飲むことになっている。

 だが、いまは、酒場なので薄めた酒だ。

 

「はい」

 

 ミウが嬉しそうに瓶をとって、半分ほどなくなっていた一郎のグラスに果実酒を満たしていく。それと同時に、グラスの表面に霜がついてきて、一郎のグラス全体が一気に冷えたのがわかった。

 

 ひと口飲む。

 おいしい。

 魔道とは便利だと実感した。

 エリカもイライジャも魔道はできるが、無限に魔道が使える自在型(フリーリー)の魔道遣いがいると、こんな無駄なことも遠慮なく頼めるのでありがたい。

 

「うまいなあ。これからは、ミウに専属で頼むか」

 

 一郎は笑って言った。

 

「はい、もちろんです。ありがとうございます」

 

 ミウが心の底から嬉しそうに言う。

 思わず釣り込まれそうな笑顔だ。

 一郎も微笑んでしまう。

 

「おふたりのも冷やしますね」

 

 シャングリアとコゼにミウが言った。 

 

「ああ、頼む」

 

 シャングリアがグラスを差し出す。

 それもすぐに霜がつくくらいに冷える。

 

「あたしは、いいわ」

 

 だが、コゼは面白くなさそうに不貞腐れた。

 

「そう言わずに、冷やしてもらえよ。そっちの方がうまいぞ」

 

 一郎は自分のグラスに手を伸ばして、グラスの縁をそっと指で撫ぜた。

 

「あっ」

 

 すると、コゼが急に真っ赤な顔になって、びくりと身体を伸ばす。

 当然だ。

 

 淫魔術を遣って、一瞬にして、コゼの女性器とこのグラスを連動させたのだ。つまり、グラスの縁を撫でると、コゼは自分の女性器を撫ぜられたのと同じ感覚が伝わるというわけだ。

 まあ、世の中広しといえども、こんなことができるのは一郎くらいだろう。

 一郎は舌でグラスの表面をねっとりと舐めた。

 

「んくっ」

 

 コゼが両手で股間を押さえて椅子の上でくの字に腰を曲げる。

 

「どうしたのですか?」

 

 ミウが不思議そうな表情になって、コゼを覗き込む。

 

「さあな」

 

 一郎はとぼけて、今度はグラス全体をコゼのクリトリスに直結させる。

 片手でとって、グラスを強く擦る。

 しばらくのあいだ、しつこくグラスの縁を舐めてやった。あるいは、手で擦り、時折、とんとんと軽く叩いたりする。

 その刺激のすべてがコゼの股間に伝わっているのだ。

 コゼは真っ赤な顔をして、そのたびにびくりびくりと身体を震わせた。

 

「あぐっ、んぐうっ、んくうううっ」

 

 しばらくそうやっていると、股間を両手で押さえたまま、コゼがぶるぶると全身を痙攣させた。

 達したのだ。

 一郎はグラスからひと口だけ果実酒を口にしてからグラスをテーブルに置く。

 グラスとコゼとの連動は解除した。

 

「はあ、はあ……」

 

 コゼが肩で息をしている。

 

「続きは後でな、コゼ……。さあ、機嫌を直して、お前もミウに冷やしてもらえ」

 

 一郎はコゼの耳元でささやいた。

 真っ赤な顔になっているコゼがこくりと頷いた。

 だが、一郎が構ったことで、機嫌も直った気配だ。

 さっきとは一転して、にこにこしている。

 

「……ご、ごめん、ミウ……。やっぱり、あたしのも冷やして……」

 

 コゼがグラスをミウに少し寄せた。

 

「は、はい……」

 

 事情がわからないミウが、きょとんとした表情で首を傾げながら、魔道をかけた。

 ふと見ると、シャングリアは呆れたというような顔をしている。

 シャングリアは、一郎が悪戯をコゼに仕掛けたのがわかったのだろう。

 だが、肩を小さく竦める。

 そして、なにかを思い出したような表情になって、口を開いた。

 

「……ところで、ユイナとかいう褐色エルフを競り落としたら、彼女をどうするつもりなのだ、ロウ? イザベラ姫様のそばにつけるという話はあったと思うが、ロウが競り落とせば、ロウの奴隷になるのだろう? わたしたちと一緒に暮らすことになるのか?」

 

「ううん……。まあ、多少はからかってやろうとは思うが、その予定はない。あいつをみんなと一緒にいさせると、不和の種を撒くような気もするしな──。奴隷にして弄んで、腹癒せが終わったら、ベルズ殿のところにでも預けようかとも考えている。あいつは魔道研究に興味があるようなんだ」

 

 ベルズは第二神殿の筆頭巫女でありながら、一方で、王都では魔道研究の大家であって、かなりその世界では有名人だ。ユイナもいい勉強になるだろう。

 

「奴隷にするのに、そばにはいさせないんですか?」

 

 ミウが口を挟んだ。

 

「付き合えばわかる。あいつは人を不快にさせるなにかを持っている。そうそう、言っておくが、かなりの人間族嫌いだ。エルフ族は孤高の種族だと思っていて、しかも遠慮なくそれを口にするからな。お前らもすぐに嫌いになると思う。いまのうちに覚悟しておけ」

 

 思い出すが、考えてみれば、殺されそうになったのを助けてやったにも関わらず、一度もまともに礼を言われていない気もする。

 また、自分で呼び出した魔妖精のクグルスで騒動を起こして、それを一郎のせいにして知らんふりを決め込もうとした。そのときだって、まともに謝罪はしなかった。

 

「そ、そんな人を助けに行くんですか?」

 

 ミウは唖然としている。

 

「そうだ──。あいつにとっては、人間族の俺の奴隷になるなど、身の毛もよだつような嫌悪感を抱くだろうな。そのユイナを奴隷にして無理矢理に犯すんだ。いまから愉しみだ」

 

 一郎はにやりと笑った。

 ミウだけでなく、コゼとシャングリアも驚いたような顔をしている。

 

「まあいいですけど……。じゃあ、そのユイナというエルフ娘はベルズ様のところに預けるとして、ミウ、あんたはどうするの? 王都に戻ったら、また、スクルズのところに戻るの? そりゃあ、魔道の修行としては、スクルズのところが一番だと思うけど、あんたは、本当に聖職者になりたいの? 結構、聖職者の世界も窮屈なところなんでしょう……。まあ、あの淫乱巫女は自由にやってるようだけど」

 

 コゼがミウを見た。

 

「あ、あたしですか? さあ、どうしたらいいでしょう……」

 

 すると、ミウが一郎を見た。

 しかし、一郎は首を横に振る。

 

「それは自分で決めることだ、ミウ。先日も言ったと思うけど、スクルズに魔道を教わることを続けるとしても、必ずしも聖職者にならなくていい。それくらいは、俺がスクルズに頼んでやる」

 

「は、はい……。でも、魔道遣いとして生きるとしても、聖職者にならなければ、ほかになにをしてもいいのか……」

 

 ミウは困惑した表情になった。

 

「なにを言っている、ミウ。魔道遣いなど、引く手あまただ。たとえば、宮廷魔道師などという職務がある。王宮に仕える魔道師だ。スクルズのような高位聖職者と並んで、魔道遣いが望める職としては、最高位に位置付けられている」

 

 シャングリアが口を挟んだ。

 

「でも、あたしなんかが、宮廷務めなど……。ただの孤児ですし……」

 

「いや、ほかの職務ならいざ知らず、魔道遣いだけは実力の世界だ。腕がよければ、親が奴隷でも筆頭魔道師になったりする。ましてや、次の代は、イザベラ殿下が王になられるのだ。ミウが望めば、姫様は喜んで、お前をそばに仕えさせると思うぞ。最低でも、一代限りだが爵位ももらえる。それどころか、功績があれば、貴族としての家を興せる。ミウの子供か、あるいは親族の子を養子にもらって、代を継がせるのだ。そうなれば、その家はミウが創始だ」

 

「貴族ですか?」

 

 ミウが戸惑っているようだ。

 これまでは、ただ言われたことをやって、なんとか魔道遣いになることで、生きる道を探ろうとしていただけと思う。

 突然に高位の魔道に開眼して、ほかにも道があり、なんにでもなれると言われても、どう思っていいかわからないのかもしれない。

 

「そうだ──。ほかにも軍人になるという道もある。魔道師隊だ。あるいは、このまま、冒険者として生きるということもできる。それとも、魔道具を作って売ったり、魔道の遣える医師として開業ということだってできる。ミウほどの魔道遣いなら、なにをやっても成功すると思う。よく考えて、自分の道を決めるといい」

 

 シャングリアがきっぱりと言った。

 一郎も頷いた。

 

「まあ、ゆっくりと考えるんだ。まだまだ、ミウの人生は始まったばかりだしな」

 

「はい、ロウ様」

 

 ミウが頷く。

 すると、コゼが口を開いた。

 

「なにになるかなんて、いいのよ。それより、あんたって、結構面白いし、一緒に住んだら? 聖職者にしろ、王宮勤めにしろ、あたしたちのところから通いなさい」

 

「いいんですか?」

 

「いいのよ。それに、ご主人様といたいんでしょう。それを前提に考えればいいのよ」

 

「はい、コゼさん」

 

 ミウが満面の笑みを浮かべた。

 そして、会話がひと段落したところで、食事に没頭する態勢になる。

 

「……だから、はぐれ岩野牛(バッファロー)だって──」

 

 すると、また、横の若い男女の会話が聞こえてきた。

 レンとヤッケルという婚約している男女だ。

 結婚式で出す料理の食材となる獲物を男が準備しなければならないというしきたりのことで、もめていたようだったが……。

 もっとも、喋っているのも、大きな声をあげているのも、女側のレンだ。ヤッケルの方は、もっぱら受け手という感じだ。

 

「……数日前からうろうろしているんだって──。それをどっかの冒険者を雇って狩ってきなさいよ。ちょうどいいじゃないのよ。あんたが仕留めなくても、あんたがそのパーティに加わっていれば、それであんたが準備したことなるんだから」

 

 はぐれ野牛──?

 一郎たちが仕留めた獲物のことだと思った。

 

「……ああ、ちょっと聞こえたんだけど……」

 

 一郎はふたりに話しかけた。

 突然に声をかけられて、ふたりはちょっと驚いている。

 

「そのはぐれ岩野牛(バッファロー)のことだったら、もう退治しちゃいましたよ。今日のことです。俺たちは旅の冒険者でして……」

 

「えええっ──。ほら、あんたが、ぼやぼやしているから──」

 

 レンがヤッケルという恋人を睨みつけて怒鳴った。

 

「そ、そんなあ……。俺のせいかよ……」

 

 ヤッケルが両手でレンの責めを交わすような仕草をした。

 

 そのときだった──。

 

「終わりました──」

 

 酒場にイライジャとエリカとマーズが戻ってきた。

 

「かなりの稼ぎになったわよ、ロウ。丸ごとの野牛なんて珍しいって──。しかも、一度に三頭もということで、すごく喜ばれたわ。たっぷりと買い取り額に色をつけさせたのよ」

 

 イライジャがテーブルに近づきながら言った。

 

「……相変わらずの交渉上手ねえ、イライジャ──。さすがよ……。でも、最後には、相手の商人が可哀想になったもの。あれは交渉じゃないわ。脅しよ」

 

「驚きました……」

 

 エリカだけでなく、マーズも溜息をついた。

 どんな交渉をしたのだろう。

 

「なに言ってんのよ。あいつら、最初は安く買い叩こうとしたのよ。旅の者だと思って、足元見たのよ。だから、商人というのは油断ならないのよ……」

 

 イライジャは奮然と言った。

 よくわからないが、かなりえげつない交渉をしてきたというのは確かだ。

 

「えっ? イライジャ?」

 

「おう、イライジャじゃねえか──。久しぶり──」

 

 すると、いきなり、レンとヤッケルが叫んだ。

 

「えっ? ヤッケルとレン? どうして、ここに?」

 

 イライジャも驚きの声をあげた。



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294 へたれ男と鉄火女

「えっ? ヤッケルとレン? どうして、ここに?」

 

 戻ってきたイライジャが驚くような声をあげた。

 

「えっ、知り合い?」

 

 コゼが口を挟んだ。

 一郎もちょっとびっくりした。

 

「ええ、そうなのよ。わたしがエランド・シティの冒険者に登録したての時期に、彼らのパーティに加わって、クエストを数件こなしたことがあってね。どうしてここにいるの? ベンツとアレックスは?」

 

 すると、ヤッケルとレンのふたりは、ちょっと顔を曇らせた。

 

「ベンツは死んだんだ。あるクエストのときにね。それで、あのパーティは解散になったんだ。アレックスとも別れた」

 

 ヤッケルが静かに言った。

 

「そう……。ベンツが……」

 

 イライジャは呟くように言った。

 ベンツとか、アレックスというのが何者なのかは知らない。

 だが、とりあえず、ふたりとも以前イライジャが組んだことのあるパーティメンバーのようだ。改めて、お互いに挨拶をして名乗り合い、食事をしながら話すことにした。

 隣のテーブルをずらし、こっちと合流させてひと繋がりの集まりにする。

 

「じゃあ、どいてよ、コゼ。ロウ様に、どんなクエストがあったのか報告するんだから」

 

 そのとき、エリカがコゼの横に立って言った。

 

「報告なら向かいの席でもできるでしょう。なんでどかないといけないのよ」

 

「くっつかないと、喋りにくいじゃないのよ。いいから、どいてって」

 

 いつもの痴話喧嘩だ。

 本当にこのふたりは、毎度毎度、同じことを繰り返す。横にいる一郎も呆れて苦笑してしまう。

 

「わけのわからないこと言わないのよ。もう食べてんのよ──。食事してんの──。大人しく空いている席に座りなさい、エリカ」

 

「ロウ様の隣がいいのよ──」

 

「あたしもよ──。そっちの小娘どかせばいいでしょう」

 

 コゼが声をあげた。

 小娘というのは、反対側にいるミウのことだろう。だが、そのミウは、「先輩性奴隷」のコゼとエリカが配席のことでもめ始めても、素知らぬ顔をしていて、場所を譲りましょうかとは口にしない。

 それどころか、まったく聞こえないふりをしながら、ますます、そばに寄ってくる。なかなかに芯が強いと思った。

 

「まあ、今回はいいじゃないか。反対側に座れよ、エリカ。それよりも、なにかいいクエストはあったか?」

 

 一郎はあいだに入った。

 

「いえ、それが、旅に支障のないような、すぐに終わるクエストは……」

 

「それだけ言うのに、なんで隣に座らなきゃならないのよ」

 

 コゼが横から怒鳴った。

 エリカはふんと鼻を鳴らして、やっと向かい側の離れた席に腰かける。

 一郎は、「後で埋め合わせをするから」とフォローした。エリカはぴくりと反応して、「本当ですか?」と嬉しそうに微笑んだ。

 なかなか面倒だが、こういう機微を失すると、女だらけの集団は面倒なのだ。一郎もだんだんとわかってきた。

 

「なあ、もしかして、その白エルフさんと、こっちのお嬢さんの両方とも、あんたの女なのか?」

 

 ヤッケルが身を乗り出すようにして、ぼそりと訊ねた。

 「白エルフ」というのは色の白いエリカのことで、「お嬢さん」というのは童顔で小柄なコゼのことのようだ。

 

「あたしもです」

 

 すると、ミウがすかさず口を挟んだ。

 

「えっ、この小さい子も……?」

 

 レンがちょっと驚いている。

 

「わたしもだぞ。わたしもロウの性奴隷だ」

 

 シャングリアが大きな声で堂々と言う。

 いつも思うのだが、シャングリアは「性奴隷」というのが、なにかの名誉職と勘違いをしているんじゃないだろうか。

 酒場が一瞬静まり返り、そして、ざわめきだす。

 一郎は嘆息した。

 

「えっ?」

 

 さすがにレンも絶句した顔になった。

 ヤッケルも唖然としている。

 

「あ、あの、あたしも先生……、い、いえ、ロウ様の女です。性奴隷にしてもらってます」

 

 マーズが小さく手をあげながら言った。

 

「まあ、そういう集団なのよ。彼はクロノスなのよ。実は、わたしもね……」

 

 イライジャが顔を赤らめながら笑った。

 レンとヤッケルは、一郎と女たちを見回してびっくりしている。

 一郎は頭を掻くしかない。

 無節操に女を増やしていくうちに、いつの間にか大所帯になってしまったのだ。

 

「クロノス……」

 

 レンが呟いた。

 クロノスというのは、女をたくさん侍らせる男のことであり、単に女たらしという意味だけではなく、この世界では、それだけの甲斐性のある男という意味もある。尊敬の言葉なのだ。

 この席以外の客が、一郎を見てざわめいている気もする。

 

「なんか、すごいな……。六人か……。俺はひとりでも……」

 

「なんか言った? ひとりでも、なに?」

 

 ヤッケルの呟いた言葉にレンがすかさず突っ込んだ。

 慌てたように、ヤッケルが口をつぐむ。一郎は笑った。

 

「六人じゃないぞ。ここにいるのがそれだけなだけだ。王都に戻れば、この倍は……」

 

 シャングリアが口を挟む。

 

「倍じゃきかないでしょう。三倍? 四倍? だって……」

 

 コゼが指を折って数えだした。

 一郎はやめさせた。

 

「ところで、イライジャとは、どこで知り合ったんですか?」

 

 一郎は話題を変えようと思って訊ねた。

 

「ナタル森林のエランド・シティでクエストを受けたときに、三回ほど、彼女に臨時でパーティーに、入ってもらったのよ」

 

 レンが応じた。

 それによれば、もともとは、ここにいるヤッケルとレンに、さらにアレックスとベンツという戦士を加えた四人のパーティだったらしい。

 ナタル森林の都であるエランド・シティには、ナタルの森で唯一の冒険者ギルドがあり、そこはなかなかに実入りのいいクエストが多く、出稼ぎのような感じで、その四人はやって来たらしい。

 ただし、一郎も知っているが、ナタルの森の森エルフ族たちは、どこもなかなかに排他的だ。それで、一郎やエリカと別れた後、すぐに冒険者登録をして、フリーの冒険者になっていたイライジャが、それに加わり、クエストを受けやすくしたというわけのようだ。

 

「最初は、エルフ族だからというだけで入ってもらったんだけど、すごく助かったわ。勘もいいし、やり方にそつもないし。そのまま、正式にパーティーに加わって欲しいと誘ったんだけど……」

 

 レンが言った。

 

「まあ、最初の頃から、わたしも冒険者以外にもいろいろとやってたから、シティを離れることも多くてね。だけど、あの後、シティに戻ったら、あんたたちがいなくなってたけど、どうかしたの?」

 

 イライジャが言った。

 

「俺たちのパーティーはなくなったんだ。イライジャがいなくなった最初のクエストでベンツが死んで、そのまま、パーティは解散になったのさ」

 

 ヤッケルが口を挟んだ。

 冒険者という仕事は、常に死が身近だ。一郎はそこら辺は、勘を働かせて、自分たちの手に負えないような危険な仕事(クエスト)は受けないようにしているが、パーティが全滅したっていう話だって、珍しいものじゃない。

 冒険者はいつか死ぬ。

 引退しない限りはだ。

 そういうものなのだ。

 

「そんなことが……。じゃあ、あのアレックスもどこかに行ったの? レンはアレックスにご執心だったから、一緒にはいかなかったのね」

 

 イライジャが笑いながら言った。

 レンの顔色がさっと変わった。

 一郎はまずいと思った。

 

「イライジャ、このレンさんと、ヤッケルさんは婚約したそうだ。もうすぐ結婚式らしい」

 

 一郎はすかさず言った。

 今度はイライジャの顔色が変わった。まずいことを口走ったことに気がついたのだろう。

 よくはわからないが、おそらく、目の前のレンという女性は、もともとアレックスという仲間といい仲だったのかもしれない。イライジャはそれを覚えていたのだと思う。

 だが、さっきまでいなかったので、このヤッケルとレンが婚約しているという話は聞いていなかった。

 だから、思わず、昔の話を出してしまったのだ。

 勘のいい一郎には、いまのやり取りだけで、一瞬起こった気まずさの背景を理解してしまった。

 

「ご、ごめん」

 

 イライジャが目の前で手を合わせて、謝る仕草をふたりにした。

 

「いや、いいんだ。レンがアレックスを好きだったというのは俺も知っているしな。だけど、アレックスが、レンを振ってくれたおかげで、俺はレンと結婚できるということさ」

 

 ヤッケルが笑って頭を掻いた。

 

「そ、そんなことない──。そ、それは確かに……。で、でも、そんなこともあったけど……。だ、だけど、あたしは、あなたを選んだのよ」

 

 レンが慌てたように言った。

 ヤッケルがわかったという仕草をした。

 

「……そ、そう……。結婚するのね。おめでとう」

 

 イライジャが失点を取り戻したいかのように、大きな声で言った。

 

「ここは、あたしの故郷なの。それで、パーティが解散になってから、やって来たということなのよ」

 

 レンが語った。

 また、ヤッケルには故郷と言えるような場所はなく、身寄りもないらしい。それで、ふたりで話し合って、ここを終の棲家にしようと決めたようだ。

 それから、しばらく他愛のない会話をした。

 お互いの食事も終わりかけた頃、レンが一郎たちに改めて口を開いた。

 

「……ところで、よければだけど、あたしたちの結婚式に出てくれないかなあ。実はあたしにも、もう家族はいないし、近所の人が集まるだけのこじんまりとしたパーティなの。だけど、あなたたちが来てくれれば華やかになるわ」

 

「うん、五日後なんだ。俺たちが暮らしている家の庭で立席形式でやるんだけど」

 

 レンに続いてヤッケルが言った。

 

「結婚式……。そ、そうねえ……」

 

 イライジャがちらりと一郎を見た。

 その表情は、結婚式に参加したいと言っている。

 

「五日くらいなら、いいさ。まだ十分に日程に余裕があるし」

 

 一郎は言った。

 エルフの里における褐色エルフの里で行われるはずのユイナの競りは、まだ一箇月近く先だ。まだまだ急いでいくほどのものじゃない。

 

「わあ、ありがとう──。じゃあ、是非来てね」

 

 レンが案内を改めて渡すとイライジャに言い、一郎たちの宿屋を訊ねた。一郎たちは、この酒場の数件先の宿屋に泊まっている。イライジャがそれを説明した。

 

「結婚式か……。だが、着ていくものがないぞ」

 

 シャングリアが口を挟んだ。

 

「いいの。いいの──。来てくれるだけで。その恰好で十分よ。旅の途中なのに」

 

 レンがぶんぶんと激しく手を左右に振る。

 

「そういうわけにもいかないだろうさ。じゃあ、俺が準備してやるよ。亜空間に以前に遊びで作ったものがある。それを直せばいい」

 

 一郎は言った。

 亜空間にもあるというのは、時折やる破廉恥ファッションショーのときのものだ。

 趣向を凝らしたいやらしく淫靡な性質の物ばかりだが、多少直せば、外観くらいは普通になる。しかし、内側が触手になっているとか、身体をくすぐる羽根がついているとかいう機能があるものばかりだ。

 それで、女たちを弄ぶのも面白そうだ。

 結婚パーティは立席らしいので、きれいな衣装を身につけている一郎の女たちが、ひそかに淫靡な衣装に責められ、羞恥と快感に顔を真っ赤にして身体をくねらせる様子が想像できる。

 一郎は俄然やる気になった。

 

「服の調達はわたしがやるわ。問題ない──。やってみせる」

 

 イライジャが言い切った。

 どうやら、一郎の顔を見て、いやらしいことを考えているのを見抜いたのだろう。イライジャの顔がちょっと赤い。

 だが、さすがのイライジャでも、五日で六人分のドレスを入手するのは難しい気もする。

 

「じゃあ、手に入らなかったら、全員が俺の準備するドレスを着るんだぞ」

 

 一郎はきっぱりと言った。

 

「えっ?」

「あっ」

「うっ」

 

 やっと、一郎の魂胆を察したらしい三人娘が顔を真っ赤にして、言葉を詰まらせた。一方で、まだわかっていないミウとマーズはきょとんとしている。

 

「まあいいや。じゃあ、イライジャは衣装探しをするとして、残りはヤッケルさんと一緒に、パーティのための獲物狩りといこうか……。失礼ですけど、ちょっと聞こえちゃったんで……。よければ、手伝いますよ」

 

 一郎は言った。

 レンが喜びの声をあげた。

 

「是非、お願い──。ほら、あんたからも頼んで──」

 

 レンがヤッケルの背中をばんと叩いた。

 

「よ、よろしく……」

 

 ヤッケルが頭をさげた。

 一応、それで解散ということになった。

 狩りについての打ち合わせも、明日ということにした。

 だが、それとは別に、男だけでちょっと話せないかとヤッケルが声をかけてきた。

 深刻そうな感じではないが、まだ話し足りないことがあるみたいな感じだ。

 

「わかりました。じゃあ、みんなは先に宿屋に戻っていてくれよ」

 

 一郎は女たちに声をかけた。

 だが、そこでまたもめた。

 一郎をひとりにするわけにはいけないとエリカが言い始めたのだ。

 ひとりを護衛として一緒に残せと言って譲らない。つまり、自分をだ。

 すると、護衛なら自分がするとコゼが言い、シャングリア、さらにミウまで立候補した。

 

 結局、エリカを残して、他は帰らせた。

 なかなか大変だった。

 

 

 *

 

 

「じゃあ、わたしは口を挟みません。どうぞ、男同士のお話を……」

 

 エリカは言った。

 上機嫌だ。

 一郎に指名をしてもらったのが嬉しそうだ。

 こんなことでも、そんなに嬉しいのだろうか。

 なんだか、エリカの健気さが可愛くなる。

 

「あ、ああ……」

 

 ヤッケルは頷いた。

 残ったのは、一郎とエリカとヤッケルの三人だ。

 さっきまでは、真ん中付近の席を占領していたが、人数が減ったので、一番隅のテーブルに移動してきた。

 三人の前には、改めて注文した飲み物入りのグラスがある。

 ただし、エリカは果実水だ。

 以前、酔っ払って……というよりは、口からでなく尻から飲ませたのだが……大暴れして大変だった。あれ以来、エリカには酒は厳禁にしている。

 

「いやあ、ちょっと、あやかりたいと思ってね、あんたに……」

 

 すると、ヤッケルが苦笑したような表情をして語り始めた。

 

「あやかる?」

 

 一郎は首を傾げた。

 

「女心を教えてくれねえか」

 

 ヤッケルは言った。

 

「女心? いや、女心を知りたければ、女に訊けばいいだろう。エリカがいるよ」

 

 一郎は言った。

 エリカもヤッケルに視線を向ける。

 また、喋り方については、ヤッケルが丁寧語はやめてくれと頼むから、そうすることにした。

 高い教育を受けたことのないヤッケルは、逆に丁寧語を使った話し方は得意ではないらしい。

 いや、ヤッケルに限らず、一郎のように、相手の格に応じて喋り方を変化できるのは、すでに高い水準の教育を受けている証拠なのだそうだ。

 というわけで、ヤッケルに泣きつかれて粗野に話すことにした。

 そもそも、一郎がずっと歳上だ。

 よく考えれば、貴族だし……。

 

「だけど、クロノスって言ってたし……」

 

 ヤッケルだ。

 しかし、一郎は自分が女心を掴める名人とは思わない。

 淫魔師の能力を使っているだけだ。

 もっとも、なんか構って欲しそうだなあ、とかそういうことはなんとなくわかる。そういうときには、構ってあげる。すると、どの女も途端に上機嫌になる。

 それだけのものだ。

 

「レンさんとうまくいっていないのか?」

 

 とりあえず、訊ねた。

 

「なんでわかったんだ? やっぱり、うまくいってないように見えるか?」

 

 ヤッケルが不安そうに言った。

 

「見えないよ。わざわざ話だというから、そうだと思っただけだ。ふたりはお似合いだと思うよ」

 

 一郎は言った。

 

「だけど、実は、あいつ、このところ怒ってばかりいてな。苛ついているというか……。結婚式が近づくと、ますますな……。それで、もしかしたら、俺との結婚が嫌なのかなあ、とか思ったりしてな……。まだ、こうやって、外に出てきたときは、大人しいんだが、家ではもっと苛々しているし……」

 

 ヤッケルがぼそぼそと喋りだした。

 一郎は肩を竦めた。

 

「俺は結婚したことはないけど……。まあ、そんなもんなんじゃないのか? 結婚式の準備って大変だし、それで苛々することもあるんだろう……。なあ?」

 

 一郎はエリカに視線を向けた。

 

「まあ……」

 

 エリカも困惑気味だ。

 そもそも、なんの相談なんだろう?

 レンとうまくいっていない事の相談?

 一郎に?

 ふたりのことを知らないのに?

 

「……そのう……、実は困っているんだ……」

 

 ほとんど聞こえるか聞こえないかくらいの声だ。

 自然と一郎は、ヤッケルに顔を寄せる体勢になる。

 

「困っているって?」

 

「レンだよ。苛ついてるって言ったけど、やたらにくっついてくるんだ……。家でな」

 

 そういえば、レンとヤッケルは、もう一緒に暮らしていると言っていた。

 だが、くっついてくるから、なんだというのだろう?

 

「それで、なに?」

 

 一郎は言った。

 だが、ヤッケルは唖然とした表情になった。

 

「なにって……。だから、くっついてくるんだよ。それで困ってんだよ」

 

 一郎にはまったく意味がわからない。

 婚約しているんだし、恋人同士だし、くっつくこともあるだろう。それが困るというのはどういう意味だろう。

 だから、改めて、そう言った。

 

「なにを言ってんだよ、お前──。あいつは、やたらに、くっついてきて、それで俺もどうしようもなくなっちまうんだ。だけど、俺がいやらしいことを考えているのがわかったら、さすがに、あいつも引くだろう──。嫌われちまうと思うんだ。なあ、どうしたらいい? だいたい、なんで、あいつはあんなにくっつくんだ? 挙句の果てに苛ついたように怒鳴るし。なんなんだよ──」

 

 ヤッケルは溜息をついた。

 一郎は首を傾げた。

 

「もしかして、セックスのことを言ってる? うまく満足させられないとか……?」

 

 それなら、相談に乗れると思った。

 これでも淫魔師だ。

 性技には自信がある。

 淫魔師の能力を使わなくても、そこそこはいける。

 毎日、五人、十人と性三昧の生活をしていたのだ。これで性技がうまくならなければ、そっちの方がおかしい。

 だが、そういう話だったら、一郎はいいけど、エリカがいると、ヤッケルは話しづらいだろう。

 

 いや、それとも、そばにいさせるか……。

 しかし、思い直した。

 

 なんだかんだで、エリカはなかなかに猥談が苦手だ。

 そのエリカの前で、男同士の猥談をしてやるのも面白いかもしれない。

 それよりも、いっそのこと、このエリカをどんな風にしたら悦ぶのか、本人の前でしてやるか。護衛に立候補したんだから、エリカは無理矢理にでも聞くしかない。

 どんな風に嫌がるか、ちょっと愉しみになってきた。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「セックス? あのなあ、俺たちは、結婚前だぞ。セックスなんてしないよ──。常識だろう」

 

 ヤッケルが呆れたという顔をした。

 一郎はびっくりして、ぽかんと口を開けたままにしてしまった。

 だが、ヤッケルが婚約者のレンがこのところ不機嫌だという理由も瞬時に理解した。話を聞く限り、レンは、わかりやすすぎるくらいに、ヤッケルに迫っている。

 つまりは、欲求不満だ。

 それなのに、男のヤッケルが無視し続けるのでは、苛ついても当然だ。

 一郎は、どこから説明していいのか、溜息をついてしまった。

 

「どうかしたか?」

 

 ヤッケルが不安そうな顔になった。

 基本的には、この男は気が弱いのだと思った。

 よくも、冒険者なんてやっていたものだ。

 まあ、探索(シーフ)役だとも言っていたので、その辺りの技術は一流なのだろう。

 

「そうだなあ……。じゃあ、まず、基本的なところからいこうか。ヤッケルは好色か? つまり、レンさんを抱きたいとは思わないのか?」

 

「な、なにを言っているんだ──?」

 

 ヤッケルが当惑した顔になった。だが、その顔は真っ赤だ。

 一郎はなんだか呆れてしまった。

 見る限り、ヤッケルは一郎より、かなり歳下だと思うものの、それでも、いい歳した大人の男だ。

 それなのに、性のことを知らない初心(うぶ)な童女と話している気分になってくる。

 いや、うちの童女(ミウ)は、この童貞様よりも、余程に性に積極的で淫情的か……。

 

「興味はあるんだな。わかった。じゃあ、レンさんは、そんなことに興味があると思う? つまり、好色だと」

 

「レ、レンは女だぞ。女がそんなことを思うか──。それに、あいつは、もともと女戦士なんだ。そんなことを考えるような……」

 

 小学生か──。

 思わず、突っ込みたくなったが、一郎は話の代わりに、横に座っているエリカを座っている椅子ごとぴったりと引き寄せると、身体に手を回して、ぐっと抱き寄せた。

 

「うわっ、ロ、ロウ様」

 

 エリカは驚いた声をあげた。

 一郎は素早く周囲を見回す。

 いまは、酒場の隅の方に移動しているし、一郎とエリカはたまたま、ほかの酔客に対して背を向けている態勢だ。

 少しくらいは問題ないだろう。

 まあ、見られても、それはそれで問題はない。

 エリカは一郎の女だ。

 なにをしても許されるくらいにしか思わない。

 背中から回している手で服の上から乳房を鷲掴みするとともに、短いスカートの中にさっと手を入れて、太腿の付け根に手を置く。

 

「な、なにを……い、いやっ……。う、ううっ」

 

 いきなり抱き締められて、エリカが真っ赤な顔になって身悶えた。

 そして、とっさに手を払いのける仕草をしたものの、一郎が淫魔術で感じることのできる赤いもやの性感帯に指をすっと移動させて、ぐっと力を込めて揉むようにする。

 すると、たちまちに脱力して、両手を一郎の手の上から重ねるだけになった。

 もうこうなったら終わりだ。

 感じやすいエリカは、もう抵抗できない。

 一郎はそれを知っている。

 静かな愛撫を開始する。

 すると、エリカの膝がすっと緩んで少し開いた。

 すぐに、慌てたように閉じようとするが、また、開く。おそらく、もう力が入らないのだろう。いまでも、両手で一郎の悪戯を払い除けようしているものの、ほとんど脱力してしまっている。

 可愛いものだ。

 薄い下着を身につけているようだが、そこがじっとりと濡れてくる。

 一郎は下着の上からクリピアスを軽く動かす。

 

「んんっ」

 

 エリカが必死の感じで口をつぐんだまま、ぴんと身体を突っ張らせた。

 

「う、うわっ、お、お前、なにを……?」

 

 ヤッケルが目を丸くしている。

 

「うちのエリカも女戦士だよ……。失礼ながら、レンさんよりも、ずっと強いと思う。でも、好色だ。こうやれば、すぐに欲情する。そうだな、エリカ?」

 

 一郎はちょっと責めを緩くした。だが、まだ手はスカートの中だし、愛撫は続けている。

 

「そ、そんな……。うっ、くっ……。も、もう、許して……く、あっ、んんっ、そ、そこは……」

 

 エリカが顔だけでなく全身を真っ赤にして悶える。

 本当に色っぽい。

 

「エリカ、お前もヤッケルさんの話を聞いてただろう──。男だけでなく、女も欲情する。どうしても、男と抱き合いたくなることがある。それを教えてやれ」

 

 エリカの耳元で強く言った。

 一郎の愛撫を必死に耐えているエリカはもう涙目だ。

 「そんなことで……」と不満そうに呟いている。

 だが、諦めたように、口を開く。

 

「……お、女も……男も……お、同じだと思います……。そ、そんな気分になるときは……、あ、あります……。お、お願い、ロウ様……も、もう許して……」

 

 エリカが歯を喰いしばる素振りをしながら言った。

 一郎は胸と下着の布越しに、それぞれのピアスリングに再び強めの刺激を与えた。さっきもそうだったが、ここを触られると、エリカは簡単に淫情が暴発したようになる。

 普段は平気なのだが、一郎に触られるとそうなるように、淫魔術で細工をしているのだ。

 

「んふうっ」

 

 エリカが身体をくの字にして、激しく喘いだ。

 一郎は手を離してやる。

 エリカは自分の身体を抱くようにして、ぐったりとなってしまった。

 

「わかったか、ヤッケル? 女だって、そういう気分になることはある。レンさんは、ヤッケルさんに抱いてもらいたいんだよ。苛々の原因はそういうことだ」

 

 一郎はヤッケルを見た。

 ヤッケルは、話の内容よりも、一郎がエリカに目の前で淫靡な悪戯をしたことに、圧倒されている気配だ。

 まあいい……。

 このくらいやれば、ヤッケルも欲情しただろう。

 そのまま家に戻って、レンと愛し合えばいいのだ。

 それで問題は解決する。

 

「家に戻って、レンさんを愛してやればいい……。ところで、やり方はわかるか?」

 

 念のためだ。

 すると、間に合っていると答えるのかと思えば、「教えてくれ」と言ってきた。やはり、自信がないのだろう。

 だから、これまで抱かなかったということもあると思う。

 それにしても、一緒に暮らしていて、婚約者に手を出さないというのは、一郎には信じられない。

 こうなったら、教授するしかないか……。

 再び、エリカを抱き寄せる。

 

「そうだなあ……。じゃあ、まずは、口づけだね。こうやって……」

 

 エリカの顔を寄せる。

 

「こ、ここでするんですか──?」

 

 エリカの顔が引きつった。

 

 そのときだった。

 

 興味深く一郎たちを凝視していたヤッケルの視線が動き、さっと顔を別の方向に向けた。

 一郎もエリカから手を離して、後ろを振り返る。

 ぼさぼさの黒髪をした頬に大きな傷のある屈強な男が、三人ほどの男を連れて、こっちに向かっているのが見えた。

 後ろの三人組はともかく、先頭の男は強い──。

 一郎にはそれがわかった。

 全員に戦士のステータスがある。

 レベルも高い。

 

「アレックス──」

 

 ヤッケルが立ちあがって、大きな声をあげた、

 アレックス?

 

 誰だろうと思ったが、そういえば、さっき、レンとヤッケルの仲間だったもうひとりの男の名がそれだったと思い出した。

 冒険者時代は、レンは、そのアレックスを好きだったとか……。

 それが、この男……?

 だが、確かに端正な顔をしている。

 ひと言でいえば、ハンサムの野獣という雰囲気だ。

 真っ直ぐにこっちに向かってくる。

 

「こっちに来たのか、アレックス。久しぶりだなあ……。あ、あのなあ、実は……」

 

 ヤッケルが親しそうに、その男に話しかけ始めた。

 やはり、あのアレックスか……。

 しかし、なぜか、アレックスはとても険しい顔をしている。そして、突然に後ろの男から麻袋の包みを受け取ると、ヤッケルにそれを押しつけた。

 そのため、ヤッケルは椅子に押し倒されるかたちになる。

 

「挨拶は抜きだ、ヤッケル──。俺がここに来たのは、レンを迎えに来たんだ。一年ほど離れていて、やっと俺にはあいつが必要だということがわかった……。だが、ここに来て知ったが、お前はレンと婚約したんだってな。これは迷惑料だ。レンは貰っていく。話はそれだけだ」

 

 アレックスが言った。

 一郎は唖然とした。

 

「な、なにを……」

 

 ヤッケルは当惑している。

 

「ああっ──。まさか、俺に逆らうつもりはねえだろうなあ──。俺は仁義を尽しているつもりだぜ。これは、あれから、俺が一年かけて稼いだ金だ。文句はねえだろう」

 

 アレックスがヤッケルに手渡していた袋を取りあげて、卓に置く。ヤッケルが袋を開くと、金貨がぎっしりと入っていた。

 ひと財産だ。

 一郎も驚愕した。

 

「だ、だけど、俺たちは婚約してて……」

 

 ヤッケルは泣きそうな声で言った。

 

「それは知ってるよ──。だから、それをやると言ってんだ──。それに、わかってんだろう? レンは俺に惚れてる。一年前は俺は自分の気持ちがわからなかったから振っちまったが、やっと気がついた。レンを俺の女にする」

 

 アレックスが苛ついた口調で怒鳴った。

 

「兄貴、よければ、俺たちがそいつに、焼きを入れましょうか? まあ、一ノスもあれば、よく言い聞かせますから。兄貴は、そっちで酒でも飲んでいてくださいよ」

 

 すると、後ろの連中のひとりがそう言った。

 しかも、ずいと前に出てくる。

 ヤッケルが、「ひっ」と怯えた声をあげた。

 

「まあ、待て──。こんな根性なしだが、昔の仲間だ。とにかく、わかったな。レンは俺がもらう。その代わり、この金貨はお前のものだ。じゃあな。今夜は戻るんじゃねえぞ。どこか、他所に泊まれ。お前らが一緒に暮らしているというのには驚いたが、まあ、レンに手を出したことは水に流してやらあ」

 

 アレックスが笑みを浮かべて、力強くヤッケルの肩をばんと叩いた。

 ヤッケルは泣きそうな顔だ。

 

「い、いや、それが、まだ手は……」

 

 言うのは、それか?

 一郎は呆れた。

 そして、嘆息した。

 あまりの情けなさに、腹もたたない。

 

 そのとき、風が目の前をすっと通った。

 

「うわっ」

 

 アレックスが声をあげている。

 気がついたときには、腕を取られているアレックスが宙に浮かび、次いで、目の前のテーブルに背中を叩きつけられた。

 

 エリカだ。

 いきなり、アレックスの腕を掴んで、投げ飛ばしたのだ。

 一郎は目を丸くした。

 エリカは、いまは憤慨している顔で、アレックスの前に仁王立ちしている。

 

「あ、兄貴──」

「な、なにすんだ、この女──」

「こいつ──」

 

 子分らしき者たち三人が色めきだった。

 アレックスは背中をテーブルにぶつけて、そのまま卓ごと床に仰向けにひっくり返っている。テーブルにあった酒も金貨も、その辺に散乱している。

 

「いきなり、やって来て、なにを喋ってんのよ──。ヤッケルさんとレンさんは婚約者同士よ──。昔の仲間かなんか知らないけど、突然やってきて、色男面するんじゃないわ」

 

 エリカが怒鳴った。

 一郎としては、この反応をヤッケルにして欲しかったのだが……。

 そのヤッケルは、突然の騒動に、後ずさって怯えている。

 本当に、元冒険者か──?

 

「このエルフ女──」

 

 アレックスが立ちあがりながら、剣を抜いた。

 しかし、エリカの方が早い。

 アレックスが体勢を取り直したときには、エリカはその剣を自分の剣で弾き飛ばして、遠くにやってしまっていた。

 

「ぐっ」

 

 手を痛めたアレックスが右手を押さえて、顔をしかめた。

 

「こいつ」

 

 背後の三人が剣を抜くのがわかった。

 ひとりがエリカに斬りかかる。

 しかし、興奮しているエリカは気がついていない。

 一郎は舌打ちした。

 

 ズダン──。

 

 酒場に銃声が鳴り響く。

 一郎が亜空間から取り出した短銃で剣そのものを撃ったのだ。

 エリカを斬ろうとした男の剣は弾丸により、刃の根元で真っ二つになった。持っていた男はまるで撃たれたかのように倒れた。

 だが、身体には当たっていない。

 ただ痺れただけだろう。

 一郎は、撃ち終わった銃を亜空間にしまい、火縄に火がついている別の短銃を右手に取り出した。さらに、左手にも銃を出現させて、男たちに向ける。

 

「次は眉間に当たるぞ」

 

 座ったまま、静かに言った。

 アレックスを始め、三人のならず者は顔色を失っている。

 

「……それにしても、エリカ──。いきなり、投げ飛ばすやつがあるか。短気にも程がある。仕掛けたのはお前だ。まずは謝っておけよ」

 

 一郎は銃を構えたまま言った。

 エリカは顔を赤くした。

 

「だ、だって、ロウ様──」

 

「いいから──。怒るべきはヤッケルだ。そのヤッケルが我慢していたのに、手を出すやつがあるか」

 

 声をあげた。

 エリカは渋い顔をした。

 だが、一郎は本当は、いまの言葉でヤッケルに文句を言ったつもりだ。

 婚約者を寄越せなどと言われて金を渡され、それで怒るのではなく、怯えるなど、だらしなさすぎる。

 

「申し訳ありませんでした」

 

 エリカが頭をさげる。

 アレックスたちが、こっちを睨みながら無言で立ちあがった。

 だが、一郎の銃は、四人に向き続けている。

 

「金貨を持って帰るのを忘れないようにしてくださいね」

 

 一郎は言った。

 さっさと帰れと言っているのだ。

 アレックスが不満顔ながらも、連れの男たちに目顔で合図した。

 三人が散らばった金貨を集めて袋に入れ、アレックスとともに、すごすごと去っていく。

 一郎は二丁の短銃を亜空間にしまった。

 

 その瞬間、わっと歓声と拍手が起こった。

 酒場にいた客たちだ。

 アレックスたちの登場の頃から、しんと静まり返り、こっちを見守る様子になっていたのだが、争いが始まったところで、全員がそこら辺に身を隠した。

 しかし、アレックスたちが退散したことで、一斉に出てきて、喜んだ様子で一郎たちを取り囲んだのだ。

 

「いやあ、強いなあ──。どうなることかと思ったけど、すっとしたぜ」

「まったくだ。あんた、魔道遣い(マジシャン)なんだな。なにもないところから、銃を出現させる技はすげえなあ」

「とにかく、一杯奢らせてくれよ」

「いや、俺の奢りを飲んでくれ」

 

 男客たちが一郎の身体を次々に触って声をかけてくる。

 酒の入った杯を押しつけてくる者もいる。

 

「あんたらの今日の払いはいいぜ。店の奢りだ。とにかく、ありがとうよ」

 

 酒場の主人もやって来た。

 本当に上機嫌だ。

 

「とにかく、飲んでくれよ。さあさあ、座って」

 

 倒れてた椅子とテーブルが戻されて、そこら辺があっという間に片付けられる。一郎は男たちに囲まれたまま座らされた。

 新しい酒を持たされる。

 とりあえず、一口飲む。

 そして、気がついて、エリカを見た。

 エリカはエリカで、ほかの客たちに喝采を浴びながら囲まれている。

 

「エリカ、お前は飲むなよ──」

 

 怒鳴りあげた。

 しかし、すでに遅かった。

 エリカは勢いに押されて、ぐびぐびと酒を飲んでしまっていたところだった。

 しかも、普段飲まないものだから、加減がわからないらしく、一気に杯の半分は飲んだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 それからは大変だった。

 

 一郎が止めるのも構わず、杯の半分の酒ですっかりと酔ったエリカは、続けて、二、三杯飲んでしまい完全に泥酔した。

 酔ったエリカは甘え上戸のキス魔だ。

 ほかの男客がいるにもかかわらず、一郎に抱きついてきて、何度も口づけを強請(ねだ)った。

 仕方ないから、しばらく相手をしてやっていたら、いつの間にか、一郎の腕の中で眠ってしまっていた。

 

「その美人のエルフさんは強いけど、本当にあんたに首ったけなんだな。しかも、あんたも女あしらいがうめえや。最初から見ていたんだけど、ほかの女もあんたのことが本当に好きそうだ。どうしたら、そんなにもてるんだ?」

 

 そのとき、隣に座っていたひとりの酔客が、寝てしまったエリカを見ながら、感嘆したように訊ねた。

 

「さあ……」

 

 一郎もなんと応じていいかわからず、苦笑した。

 そのとき、そういえば、ヤッケルはどこに行ったのだろうと、周囲を見回した。

 しかし、いつの間にか、家に戻ったのか、ヤッケルは店のどこにもいないようだった。

 

 まあいい……。

 とにかく、帰るか……。

 

「じゃあ、帰るぞ、エリカ──。ほら、背負ってやるから、起きろ──。まったく……。飲めないくせに調子に乗って……」

 

 一郎はもたれかかっているエリカを揺り動かした。

 エリカが真っ赤な顔をこっちに向ける。

 

「あっ、ロウしゃまだ……。ロウしゃま、きしゅ……きしゅして……」

 

 一郎の首に両手を回してしがみついてくる。

 本当に持て余した。



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295 花畑の再会

 レンは、結婚式に使う花を集めるために、ひとりで城郭の外にある「花畑」と言われる場所に来ていた。

 野草だが色とりどりの花が絨毯のように一年中拡がっている不思議な場所であり、故郷の花嫁は身分の上下を問わず、この花畑の花で花冠を作るのが習わしだ。

 

 ずっと冒険者として剣で生きていたレンは、花冠の作り方など知らなかったが、今日は女の友人宅でそれを教わることになっている。

 また、四日後に迫っているヤッケルとの結婚式で振る舞う料理の下ごしらえもそろそろ始めなければならない。中心となる料理については、まだ食材が調達されていないので、それからということになるが、菓子類については早めに手掛けておかなければ間に合わない。

 さらに、結婚式の飾りつけの支度や衣装の直し、宴の手順の打ち合わせ……。

 やることはたくさんある。

 

 幸いにも、その友人宅に女友達が三人ほど集まって、これから結婚式の当日まで、ずっと準備の手伝いをしてくれることになっている。

 そんなわけで、ヤッケルには悪いが、結婚式までは、その友人宅に泊まり込みだ。

 そして、結婚式の当日に、みんなで家にやって来て飾りつけをしてくれることになっている。レンが次に家に戻るのは、すっかりと花嫁衣裳の支度が整ってからになる。

 

 友人たちが言うには、すでに一緒に暮らしているのなら、なおさら結婚式当日までは離れて、当日になってから、すっかりと着飾ったレンを見せて驚かせてやればいいと言っている。

 いつもがさつでお転婆のレンが、可愛らしい花嫁衣裳に身を包んだところを見せたら、ヤッケルはどんな顔をするだろう。

 レンは、その顔を想像して、友人たちの提案に乗ることにした。

 だから、今日からは、女友達の家に泊まりである。すでに着替えなども運び入れてある。

 

 そのときだった。

 複数の人間の足音が花畑に近づくのを感じた。

 レンは 腰をあげて、籠の横に置いていた剣を手に引き寄せた。

 立ちあがると、向こうからやって来るのは、アレックスだった。取り巻きらしい三人の男もいる。よくわからないが、性質(たち)が悪そうな感じだ。

 この男たちが、昨夜は、イライジャのいまのいい人らしいロウともめたというのは、すでにレンも知っている。

 

「久しぶりだな、レン」

 

 そばまで来ると、アレックスは連れの三人を待たせて、レンのそばまでやって来た。

 相変わらずの小悪党を気取った冷笑的な笑みを浮かべている。一緒に冒険者をしている頃には、このアレックスの小悪党の雰囲気に魅せられて、のぼせあがっていた。

 いまだから思うが、この男は根っからの根性まがりだ。それが顔に出ているだけで、それは格好よさではない。

 レンはまだ自分が子供だったのだと思う。

 

「昨夜はヤッケルと会ったんだって? うちの人に随分と舐めたことを言ったそうね」

 

 レンは言った。

 すると、アレックスの顔色が変わった。

 

「聞いているのか?」

 

 アレックスは、ヤッケルがレンに、昨夜のことを話したことが意外そうだった。しかし、レンはすでに知っている。

 まったく、図々しいのにも程がある。

 自分と縒りを戻そうなどと……。

 

「聞いているわ。まさかとは思うけど、そのことで、ここに来たんじゃないでしょうね。懐かしいし、式には昔の仲間のあんたに来てもらいたいという思いもあったけど、昨夜のことを聞いて、まったく、その気もなくなったわ。もう、あたしたちには近づかないで頂戴」

 

 レンははっきりと言った。

 すると、アレックスは明らかに憤慨したような表情になった。

 もしかしたら、なんだかんだで、自分が直接に言い寄れば、レンが喜んでついて来るとでも思っていたのかもしれない。

 

「レン、俺はお前を迎えに来た。一年離れていて、やっとわかったんだ。俺にはお前が必要だ。俺と来い──。お前はまだ俺のことが好きだろう?」

 

 アレックスがにやりと笑いかける。

 レンはうんざりしてきた。

 たったいま、レンははっきりとアレックスを拒絶してやったと思ったが、もしかしたら、この馬鹿には伝わらなかったのだろうか。

 確かに一年前までは、レンはこの男に恋をしていた。

 しかし、いまははっきりと目が覚めている。

 一度熱が冷めたら、なんでこんな男にのぼせていたのか不思議に思うくらいだ。

 いまは、こいつが振ってくれたことに感謝さえしている。

 

「あたしは、ヤッケルと結婚するのよ。ヤッケルもそう言ったはずよ。もう行って頂戴。これでも忙しいのよね。結婚式が迫っているの」

 

 レンは話は終わりとばかりに、アレックスに背を向けた。

 すると、背後で剣を抜く音がした。

 驚いて振り返る。

 アレックスが剣を抜いている。

 

「なんのつもり……?」

 

 レンも手に持っていた剣を身体の左側に添えて、剣の柄を右手で握った。

 

「レン、一年間寂しい思いをさせたな。だから、ヤッケルのような意気地なしのへたれ男と結婚するというような自棄を起こさせたんだと思う。だが、俺が戻って来てやったぜ。お前は俺にまだ惚れている。それを思い出させてやるぜ。腕ずくでもな。俺が勝てば、俺の物になれ。いいな」

 

 アレックスが剣を構えた。

 レンは激怒した。

 

「ふ、ざ、け、る、な──。そんな勝負ごめんよ──。あんたと戦うつもりはないし、勝とうが、負けようが、あたしの気持ちは同じよ。あたしはヤッケルのものよ──。なんで、あんたのものになんか──」

 

「自分に嘘をつくな。このまま旅に出よう──。俺と新しい生活をしようぜ」

 

 アレックスがじわじわとにじり寄ってきた。

 これは本気だ。

 レンにもわかった。

 右手で剣を抜いて、左手には鞘を持ったまま構える。

 

 勝てるだろうか……。

 

 一年前の冒険者の頃なら、アレックスとレンの剣の腕はほぼ互角だった。この一年、アレックスがなにをしていたのか知らないが、少なくとも冒険者か、それに近い稼業をしていたのは確かだろう。

 昨夜、戻って来て、様子がおかしかったヤッケルから、洗いざらい白状させたが、この男がレンを引き渡す代償だと称して渡そうとした金貨はかなりの大金だったらしい。

 それだけの金を工面できるのだから、それなりのことをしているのだとは思う。

 それに比べて、レンはこの故郷にヤッケルと戻ってからは、戦いとは無縁の生活をしている。剣の鍛錬だけはしているが、実戦からはかなり遠ざかっていた。

 

「レン、お前は俺のものだ。お前は俺が好きなはずだ」

 

 アレックスがじわじわと寄ってくる。

 だんだんと距離が迫るにつれ、レンはアレックスの実力がわかってきた。

 やはり、一年前に比べれば、各段に強くなっている。

 いや、

 このままじゃ……。

 レンは背中に冷たい汗が流れるのがわかった。

 

 せめて、動揺を……。

 このままでは、ただ追い込まれるだけだ……。

 

 それにしても、なにを考えているのか……。

 剣で負ければ、自分のものになれ?

 

 しかし、考えてみれば、こいつはずっとこんな男だった。

 独りよがりで、自分勝手──。

 ベンツがいた頃には、アレックスがベンツに頭があがらなかったから、パーティもそれなりに機能していたが、ベンツが死んだあとは、この男が中心になってしまい、その途端にパーティは瓦解した。

 それで解散になったのだ。

 

「……ヤッケルのような意気地なしのどこがいい? あんな男の妻になるなど、恥じゃねえか」

 

 アレックスがさらに距離を縮めながら言った。

 レンは、それに応じて、じわじわと退がってもいる。

 

「ヤッケルは意気地なしじゃないわ……。そりゃあ、気が弱いところもあるけど、芯はあるわ」

 

「一緒に暮らしていて、手も出さない男だろう?」

 

 アレックスが揶揄するようなことを言った。

 レンはびっくりした。

 

「ヤッケルはそんなことまで言ったの?」

 

 確かに、ヤッケルはそっちについてはかなりの奥手で、一緒に暮らしながら、レンがあの手この手で誘っても、なかなかその気になってくれなかった。レンは苛ついたものだった。

 自分が女としての魅力に欠けるのかと思って、それこそ、女友達に恥を忍んで相談したりもした。

 煮え切らない態度には、かなり腹が煮えたものだ……。

 

「ああ、言ったぜ。手を出しちゃいねえとな……」

 

 アレックスがにやりと笑った。

 だが、レンも思わず笑ってしまった。

 

「……なるほど、そういうことだったのね……。だったら、あんたに感謝しないとね……」

 

 レンは言った。

 アレックスの動きが止まり、怪訝な表情になる。

 

「感謝?」

 

「ええ……。多分、あんたが焚きつけてくれたのが効いたのかしら。彼はやっと昨夜、あたしを抱いたわ。ベッドの上じゃあ、ちっとも意気地なしなんかじゃなかったわ。結構、凄かった。あたし、びっくりしちゃった……」

 

 かなりの誇張も入っているが、ヤッケルが昨夜、レンを抱いたのは本当だ。

 レンは嬉しかった。

 

「な、なんだと──」

 

 アレックスの顔が真っ赤になった。

 そして、斬りかかってきた。

 しめた──。

 隙だらけだ──。

 

 レンは鞘で剣を受け、剣でアレックスの右脇を軽く裂いた。

 

「うっ」

 

 アレックスの体勢が崩れる。

 

「もらったああっ」

 

 力の限り、アレックスの剣に剣を叩きつける。

 アレックスの剣がふたつに折れ、アレックスは剣から手を離して、痺れた右手を左手で掴んでうずくまった。

 そのアレックスの喉に剣を突きつける。

 

「さあ、終わりよ──。二度と来ないで」

 

 レンは言った。

 すると、アレックスの顔が怒りで真っ赤になった。

 レンは嘆息した。

 相変わらずだ……。

 気に入らないことがあると、ぶち切れたように激昂する。こいつは、そういうところがある。

 だから、レンとヤッケルは、アレックスについていけず、アレックスがリーダー然に行動を始めると、すぐにふたりで袂を分かった。

 ヤッケルについては、そのナタル森林を抜ける旅の中でだんだんと好きになった。

 何事も慎重で、剣術馬鹿のレンからみれば、すごく頼りになるし、任せていれば大丈夫という安心感がある。

 レンがヤッケルを好きになったのは、ふたりだけの旅が始まってすぐだった。

 結婚を申し込んだのもレンからだし、渋るヤッケルを強引に同棲に合意させたのもレンだ。

 なかなか手を出さないことについては閉口したが……。

 それにしても、ヤッケルがあんなに絶倫なのは驚愕した。

 本当に凄かったなあ……

 思い出したら、にまにましてしまう。

 

 そのときだった。

 首の後ろに、ちくりとなにかが当たったのだ。

 次の瞬間、急に身体が脱力した。

 

「えっ?」

 

 レンはその場に崩れ落ちてしまった。

 

 なに……?

 

 痺れている手で首の後ろを触った。

 なにかが刺さっている。

 針?

 

 その手に、またちくりと激痛が走る。

 脱力して落ちた手を見ると、そこに新しい針が刺さっていた。

 

 弛緩剤──。

 レンは悟った。

 一緒に来ていた三人組の取り巻きだ……。

 そいつらのうちの誰かが、レンに毒針を吹き矢かなにかで飛ばしたのだろう。

 さらに首に、針に刺された新しい痛みが走り、レンは完全に力を失って、その場に倒れた。

 

「よくやったぜ、ウノ」

 

 アレックスが喜んだような声をあげた。

 

 ウノ……?

 三人組のうちの仲間の名か……?

 いずれにしても、身体が動かない。

 立ちあがったアレックスに脚で蹴られて仰向けにされた。

 レンの視界に、空を背景にした四人の男の顔が見えた。

 そのうちのひとりは、吹き矢を持っている。

 やはり、それで……。

 

「ひ、卑怯……」

 

 レンは呻いた。

 

「もう、お前を俺の女にするのはやめだ。代わりに、俺に逆らった酬いを徹底的に身体に染み込ませてやる。おい、押さえていろ」

 

 アレックスがレンの足側に移動し、ほかの三人レンの左右と頭側に回った。

 三人がレンの両肩、両腕と胴体をがっしりと押さえる。

 アレックスはレンの両脚を開かせ、いきなりスカートを全部まくりあげた。そして、下着を掴む。

 

「い、いや……、や、やめ……やめ……て……」

 

 悲鳴をあげようにも、舌も痺れていて声も出ない。

 しかも、ただでさえ身体が弛緩しているのに、三人もの男に身体を押さえられているのだ。

 抵抗できない……。

 レンに絶望が走る。

 

 下着が簡単に抜き取られた。

 アレックスがそれを放り捨てる。

 

「覚えているか? 冒険者時代に、何度も抱いてやったよな。お前の弱いところは、しっかりと覚えているぜ」

 

 アレックスの指先が秘部の花びらをめくるように動いてくつろげられるとともに、肉芽がじわじわと刺激される。

 

「お前らへの駄賃だ。乳房を吸わせてやる。交代で吸ってやれ」

 

 アレックスがレンの股間を愛撫しながら言った。

 三人の男たちが歓声をあげて、レンの服を引き裂き始めた。

 レンは歯噛みした。

 自分の女になれと迫りながら、ほかの男に身体を触れさせるなんて──。

 あっという間に乳房が剥き出しにされる。

 左右の胸をそれぞれの男がレンの乳房を口で吸い出した。それぞれに違う吸い方をされて、いやがうえにも犯されているのという感覚が襲う。

 

「な、なんでえ、俺の取り分がねえや」

 

 頭側を押さえている男が声をあげた。

 

「舌を噛みきられてもいいなら、口を吸ってもいいぜ」

 

 アレックスが笑いながら言った。

 そのあいだにも、股間をじわじわと責められて、大きな疼きが全身を席巻する。口惜しいくらいに優しい手つきだ。

 

「や、やめ……」

 

 レンは声をあげた。

 しかし、アレックスは、レンのかすかな抵抗が愉しそうだ。

 一方で、顔側の男は舌打ちをして、がっかりしたような顔になったが、すぐに笑みを浮かべた。

 なにかを取り出す。

 小さな小瓶だ。

 レンはその男がウノという弛緩剤の毒矢を刺した男だということを思い出した。

 

「……これで、噛む力もなくなるはずだ」

 

 小瓶から数滴、無理矢理に口に毒液のようなものを垂らされた。

 

「あっ、へげ……ん……ああ……」

 

 口の中が瞬時に弛緩して、口が閉じられなくなる。

 だらしなく開いたレンの口に、ウノの臭い口が近づき、舌を差し込まれてぺろぺろと舐められだす。

 

「考えやがったな」

 

 アレックスが笑った。

 口を吸われ、乳房を吸われ、秘部を愛撫され、口惜しいがレンは、だんだんと女の反応をしてしまった。

 口惜しい涙がぽろぽろと流れた。

 

「いくぜ」

 

 アレックスが怒張を取り出した。

 それをレンの秘部にあてがうと、無造作にぐっと押し込んだ。

 

「あっ……」

 

 股の筋肉が一瞬引きつったようになった。

 しかし、レンの膣は、アレックスの怒張をそれ程の抵抗もなく受け入れてしまった。

 

 律動が開始される。

 レンは歯を喰いしばった。

 しかし、身体のあちこちを淫らに刺激され、だんだんと腰がかっと熱くなっていく。

 

 いやだ……。

 こんな男に……。

 レンは必死になって、全身に込みあがる快感と戦った。

 犯されたとしても……せめて……。

 で、でも……。

 

「早くいきな。いけば、精を放ってやるぜ」

 

 アレックスが律動を続けながらにやにやと笑った。

 この男はレンがもうすぐいきそうなのをわかっているのだ。

 それを知っていて、わざとここでレンに恥をさらさせてから精を放つつもりなのだ。

 恥辱がレンを襲う。

 

「あ、ああっ、ああっ」

 

 しかし、レンも女だ。

 これだけの同時愛撫にはどうしようもない。身体は弛緩されているが、身体の感覚はむしろ鋭敏になっている気がする。

 やがて、淫らな声が、舌を舐められている口から迸ってとまらなくなった。

 

 とまらない……。

 あがってくる……。

 どんどんと……。

 

 いやだ……。

 ヤッケル……。

 

 ごめん……。

 ごめんなさい……。

 

 やがて、大きな波がやって来た。

 

「んああっ」

 

 レンは呆気なく達してしまった。

 アレックスがそれを見届けるように精を放ったのがわかった。

 そのアレックスが離れる。

 

「お前らもやっていいぜ。この女を俺のものにしようかと思ったけどやめた──」

 

「いいんですか?」

 

 男たちのひとりが言った。

 レンも愕然とした。

 

「ああいい──。気が変わった。ひと周りしたら縛りあげて、隠れている小屋に連れていけ。そこで調教し直す。二度と俺に逆らえないように徹底的にいたぶってやる。連れて行くことには変更はないが、俺の女にはしねえ。四人共有の便所だ。最終的にはいつもの商売だ。俺に逆らった女には、それが上等だぜ」

 

 アレックスが酷薄に笑った。

 犯されれば終わりだと思っていたのに、さらにどこかに連れていかれると聞かされて、レンは目の前が真っ暗になるのを感じた。

 

 しかし、それ以上思考することができなかった。

 すぐに、二人目がレンの股間に一物を突っ込み犯し始めたのだ。

 さっそく喘ぎ始めたレンの姿を、アレックスが満足そうに眺めて、にやにやと笑っていた。



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296 性錯乱(ハルナン)草の恐怖

「こっちだな」

 

 ヤッケルは草をかき分けて、山の奥に向かってさらに進み始めた。

 一郎は、その後をついていきながら、ヤッケルの眼の良さに感嘆していた。

 

「すごいですねえ……。わたしでも、こんなに簡単に、イノシシの足跡など見極められませんよ」

 

 一郎の後を進んでいるエリカが唖然とした口調で言った。

 ヤッケルとレンの結婚式でふるまう料理の材料となる獲物を求めての狩りに来ていた。

 

 朝早く、一郎たちが泊まっている宿屋にやって来たヤッケルは、昨夜とは打って変わって上機嫌だった。

 そして、昨日、アレックスのことで助けてくれたことにお礼も言わずに立ち去った事を詫びるとともに、一郎のおかげでうまくいったとお礼を言われた。

 なんのことかわからず、きょとんとしていたら、ヤッケルはちょっと顔を赤らめて、レンとうまくいったと小さな声で教えてくれた。どうやら、ヤッケルは勇気を総動員して、レンを抱いたらしい。

 レンはヤッケルがその気になるのをやっぱり待っていたそうだ。

 すごく悦んでくれたらしい。

 ヤッケルは自分を焚きつけてくれてありがとうと言った。

 だが、その後でぼそりと言ったことについては、一郎も絶句した。

 

「あんまりレンが嬉しがるんで、六回もやっちまったよ……」

 

 ヤッケルが頭を掻きながらそう言ったのだ。

 淫魔師の能力を持っている一郎なら、ひと晩で六発どころか、その倍でも問題はないが、そうではないヤッケルがひと晩で六回もするなら、それは相当の絶倫だろう。

 レンは大丈夫だったのだろうか。

 そんなことを思った。

 

 そして、おそらく、このヤッケルはレンの尻に敷かれるタイプであり、一郎のような女に節操のない男とは違って、レンひと筋で暮らす気もする。

 そうなれば、レンはヤッケルの絶倫を毎晩、対応するということにもなる。

 本当に大丈夫か?

 まあ、幸せに暮らしそうなのは間違いないが……。

 

 それはともかくとして、さっそく狩りということになった。

 まずは、山に入る前に、猟師をしている者を訊ねて、狩りの仕方を教えてもらいにいった。

 それで、狙いはイノシシになった。

 この世界のイノシシは、背丈が人の大きさくらいある猛獣であり、牙も大きくて凶暴らしい。

 雑食で肉も喰らう。人間を襲うことも珍しくないそうだ。

 だが、山に行けばたくさんいるので、すぐに見つかるだろうということだった。

 その猟師によれば、イノシシの足跡を見つけて、それを辿れば巣穴に着く。それを仕留めるだけということであり、至ってシンプルなアドバイスだった。

 

 足跡の見分け方も教えてもらった。

 しかし、その足跡というのが、まったくわからない。

 だが、ヤッケルはなんでもない地面や草の上から、その足跡をいとも簡単に見つけ出して、すぐにそれを追いかけることができた。

 さすがは、冒険者として、探索者(シーフ)をしていただけはある。

 

「狩りの腕でヤッケルさんに負けるんじゃあ、狩猟民族のエルフが泣くわね」

 

 エリカの後ろを進んで来るコゼがからかいの言葉をかけている。

 

「うるさい──。あんたに言われたくないわ」

 

 エリカが言い返した。

 

「あ、あのう、先生、ヤッケル様、よければ、あたしが前に出ましょうか……? 枝や草を切り払って進みますけど……。進む方向の指図さえしてもらえば……」

 

 最後尾を進んでいるマーズが心配そうに言った。

 進んでいるのは、獣道(けものみち)のような草の茂った場所だ。先頭のヤッケルは進むのも大変そうである。それでそう言ったのだろう。

 

「そうだな。そうしてもらおう。ヤッケル、交代だ──。マーズの後ろで指示してくれ。いきなり前から、獲物が出現する場合もあるから」

 

「そうだな……。すまねえ」

 

 ヤッケルが道を空けるために脇にどく。

 やはり、先頭は体力的にきつそうだ。すでに汗びっしょりになっている。

 マーズが剣を抜いて進み出た。

 剣で草や枝を払いながら進むのだろう。

 

 一郎とともに、狩りに同行しているのは、エリカとコゼとマーズだ。

 残りの三人は、四日後に迫っているヤッケルとレンの結婚式で着るドレスの調達だ。そして、ふたりに贈る品のいい贈り物を探してくることになっている。

 

 イライジャは、なんと、あれから夜のうちに、城郭の中にある衣服屋を訪問し、夜のあいだに、一郎の分を合わせた七人分の衣装の調達の算段をしてきたらしい。

 それで、シャングリアとミウがついていったのだ。

 

 ミウの役割は、向こうについていかなかった女の身体を魔道で再現するためだ。

 土系魔道で、ここにいるエリカやコゼやマーズの身体を石で作るのだ。それに合わせて、衣装を直すということらしい。

 

 また、シャングリアの役割は、贈り物を見繕うことである。

 人族とエルフ族とでは風習も異なるらしく、どうしても人族の結婚式の贈り物は、イライジャもぴんと来ないらしい。

 だが、コゼもマーズも育ちが育ちなだけに、あまりそういうことには無縁だったし、ミウに至っては子供だ。

 それで消去法でシャングリアに任せることになった。

 まあ、あれでも貴族だ。

 そこそこの物を選ぶだろう。

 

 それにしても、ミウが身体の型を作れるようにするために、女たちの身体を計測するのは、なかなかに愉しい作業だった。

 女たちを全員素っ裸にして、一郎が手ずから、胸の大きさ、腰の括れ、尻回り、股下や手足の長さなどの計測をしたのだ。そのサイズをミウの魔道に刻んで、ミウが身体を土で形成して、実物大の石人形を再現できるようにしたということだ。

 

 愉しかったのは、その後だ。

 調子に乗った一郎は、女たちの勃起時の肉芽の大きさを無理矢理に競わせたりさせた。

 クリトリスを膨らませるために、恥ずかしがりながら、女たちが揃って自慰をする様子は、なかなかの光景だった。

 つまりは、一郎はクリトリスの採寸にあたり、自分で肉芽を弄り大きくするように告げたのだ。また、一番小さかったものは、肉芽の糸吊り放置の罰だと申し渡した。さらに、間違ってクリ弄りで達しても同じと言った。

 

 一郎のこの手の発言が、本気であることを知っている三人娘はすぐに立て膝になり自慰を開始した。それに次いで、ミウもマーズもやり出した。

 抵抗したのはイライジャだったが、棄権の罰として、一郎はイライジャを粘性体で後手に拘束し、早速、淫魔師の力で、クリトリスを爪先立ちになるまで糸吊りにしてやった。

 悲鳴をあげだすイライジャの姿に、ほかの女は自慰に熱を込め出した。

 

 さらに、コゼがエリカのクリピアスに悪戯し、絶頂したエリカが脱落。

 コゼも反則で、エリカとともに糸吊りだ。

 

 採寸になると、やはりミウが一番小さくて、容赦なく糸吊りし、童女は枠外という言い訳で、次いで小さかったマーズも吊った。

 嗜虐については、ミウはしばらく自重のつもりだったのだが、本人たっての希望で、ほかの女と同格に扱っている。ミウにやって、マーズにしないわけはなく、容赦なくクリトリスの吊り責めにしてやった。

 ここまですると、シャングリアも自分だけ除け者というのは嫌だったのか、自ら申し出て糸吊りを受けた。

 

 六人の美女と美少女が爪先立ちで、クリ吊りをされて泣き叫ぶのは圧巻だったが、一郎はそれに順に筆責めを加えることで、全員にあられもない悲鳴をあげさせた。

 愉しかったのだが、その騒動に、何事かと怪訝に思ったらしい宿屋の女主人に扉を外から叩かれて声をかけられ、慌てて中止にするという顛末になった。

 

 とにかく、愉しかった。

 

「そのまま真っ直ぐだ、マーズさん……」

 

「はい」

 

 ヤッケルがマーズに指示を出しながら、一列になって進み続ける。

 今度は、マーズが後ろからの者が進みやすいように、大きく道を拓いてくれるので随分と楽になった。

 

「そういえば、ヤッケルたちは、元冒険者だったらしいが、いまは、なにをして食べているんだ?」

 

 一郎は歩きながら、なんとなく訊ねた。

 

「レンは剣を教えている。まあ、主に子供相手だが、それなりに教え子もいる。俺は他人に教えるようなものはなにもないから、手先の器用なのを生かして小間仕事だ。頼まれて、色々な細工仕事をするというわけだ。最近はもっぱら、これだよ」

 

 ヤッケルはずっと持っているクロスボウを一郎に示した。

 クロスボウというのは、エリカがよく使う弓に似ているが、矢を板ばねの力で弦により発射するようにして、素人でも簡単に扱えるようにした武器である。

 ばねを使って設置した矢を引き金を引いて撃つのだ。

 弓矢を操るには、エリカのように長い時間の鍛錬が必要だが、クロスボウだと、それ程の技量はいらない。

 ヤッケルは、それを今日の狩りの得物として持って来ていた。

 

「これを武器屋に卸すんだ。まあ、それなりに金になっている」

 

 ヤッケルが振り返って笑った。

 

「なるほど」

 

 一郎も頷いた。

 

「ますます形無しね、エリカ。弓矢まで負けたんじゃあ、エルフ族が狩猟民族だなんて、これからは言えなくなるんじゃない?」

 

 また、コゼがエリカをからかう。

 

「なに言ってんのよ──。クロスボウはわたしも知っているけど、矢を仕掛けるのに力がいるので、そんなに強い矢は撃てないのよ。そりゃあ、近距離なら遜色がないのは認めるけど、どうしても遠くに射たいときや、普段に増して強弓を射るときには、やっぱり弓よ。そういう調整ができるの」

 

 エリカもむきになって言い返す。

 コゼがからかっているだけということがわからないのだろうか。

 

「いやあ、そうなんだよ。もっとばねの力を強くすれば、遠くまで射れるクロスボウもできるんだが、そうなると、矢を設置するのに力が必要になっちまうからな。そういうのができれば、武器屋相手じゃなく、軍でも買ってくれる感じなんだが……」

 

 ヤッケルがマーズに指示を送った後で、また振り返って言った。

 

「軍に卸すんであれば、板版を長くして、足で押さえて両手で弦を引くようにしたらどうだ?」

 

 一郎は何気なく、前世の記憶を体を使って説明した。

 確か、前の世界のクロスボウには、手ではなく背筋力で弦を引くものもあったはずだ。

 

「足で押さえてか──。そりゃあ。思いつかなかった──。いや、できると思う。ありがとう──。やっぱ、あんたはすごいよ。さすがはクロノス様だ。そうか、足でか……」

 

 なんだか、妙に感謝された。

 

「ヤッケルさん」

 

 そのとき、先頭を進んでいたマーズが声をあげた。

 草の茂った部分がなくなり、急に前が開けていた。

 正面には土肌の崖がそびえており、そこに穴がある。

 

 そして、その前には、巨大ともいえる一頭のイノシシがいたのだ。

 さすがに大きい。

 一郎が前世に動物園などで見たイノシシとはまるで違う。

 ほとんど乗用車と同じくらいの大きさだと思った。

 

 そのイノシシがこっちに気がついた。

 すると、いきなり猛然と突っ込んできた。

 

「退いてくれ」

 

 ヤッケルがクロスボウを発射した。

 ものの見事に顔に矢が刺さる。

 だが、イノシシは凄まじい吠え声を発しただけで、速度を落とさずに突進してくる。

 

「うわあっ」

 

 ヤッケルがひっくり返った。

 

「危ない」

 

 一郎は叫んだ。

 一度避けたマーズが前に立ちはだかる。

 

「コゼ、出るわよ──」

 

「あいよ」

 

 エリカとコゼも後ろから飛び出す。

 

「ヤッケルさん、もっと、退がって──」

 

 一郎は前の地面に粘性体を張り巡らせた。

 粘性体の上にイノシシが到達する。

 脚を取られて体勢を崩す。

 しかし、それでも、速度が落ちただけで、粘性耐を強引に剥がしながら、前に進んで来る。

 

「うりゃああ」

 

 マーズが体当たりして、ひっくり返した。

 一郎は粘性体を操って、マーズの身体からそれを剥ぎ、その分をイノシシに巻き付ける。

 

「どいて、マーズ──」

「あたしは右に出る、エリカ」

 

 エリカとコゼが剣を抜いて飛びかかる。

 そのときには、すでに粘性体はイノシシの身体の下だけにしている。

 ふたりがイノシシの首に剣を突き刺し、やっとイノシシが絶命した。

 

「やったね」

「よくやったわ。マーズもね」

 

 コゼとエリカがぱんと手と手を合わせて音を立てる。いつも言い争いをしているわりには、こういうときの、連携はばっちりだ。

 また、エリカはマーズにも声をかけている。

 一方で、ヤッケルは尻もちをついたまま、呆然としていた。

 

「す、すごいな、あんたら……」

 

 やがて、ぼそりと言った。

 

「でも、最初の一射は、紛れもなくヤッケルだ。堂々と、自分が狩ったと言っていい」

 

 一郎は言って、すぐに亜空間にイノシシの巨体を収納した。亜空間の中の時間は簡単に調整できる。どんなに長く置いていても、数瞬しか経っていないようにできる。

 だから、慌てて血抜きなどの処置をしなくてもいいのだ。

 そう説明すると、ヤッケルは、それに対しても度肝を抜かれた気配だった。

 

 

 *

 

 

 イノシシ狩りも比較的簡単に終わり、城郭に戻って、レンたちと合流しようということになった。

 ヤッケルとレンの家は城郭内の端にあるのだが、今日はレンはそこにはいないらしい。そこから少し離れた女友達のところに行っているそうだ。

 聞けば、結婚式までは、その女友達のところに泊まり込みをして、女友達に手伝ってもらいながら、結婚式の準備をするようだ。

 主料理となるイノシシ料理も、そこで仕度をする。

 だから、狩ったイノシシを届けにいかなければならないのだ。

 しかし、これだけの巨体の獲物を捌くのは大変な作業だろう。

 一郎たちも総勢で手伝うつもりだ。

 

 そして、山をもうすぐ出るというところで、コゼが道端に真っ赤で鮮やかな花が群生しているのを見つけた。

 

「ちょっと待って、あれを取ってきます、ご主人様。贈り物に添えるといいかも」

 

 コゼが身軽に取りに行った。

 野草花のようだが、一郎からすれば、前の世界の「薔薇」に似ている。確かにきれいだなと思った。

 最後尾を進んでいたヤッケルが、やっと追いついて、ふと、そっちに視線を向けた。

 

「あっ、それはハルナン草だ。採っちゃだめだ──」

 

 絶叫した。

 

「えっ?」

 

 すでに何本かを摘み終わっていたコゼが、驚いてこっちを見た。

 次の瞬間だった。

 コゼが手に持っていた摘んだ花から、いきなり大量の花粉のようなものが飛び散ったのだ。

 そして、あっという間にこっちにまで流れて、一郎たち全員を包んだ。

 

「それを吸っちゃだめだ──。特に女たち──」

 

 ヤッケルが鼻と口を押えて怒鳴った。

 

「コゼ──」

 

 一郎は叫んで、コゼに駆け寄った。

 コゼがその場に崩れ落ちて倒れたのだ。

 辺りには黄色い煙のような花粉が充満していたが、一郎は問題なさそうだ。

 しかし、コゼは気絶している。

 

「しっかりしろ」

 

 しゃがみこんで、抱き起こした。

 すると、すぐにコゼが眼を開けた。

 しかし、なにか目付きがおかしかった。

 唸り声をあげて、血走った眼で一郎を下から睨みだす。

 まるで、肉食獣を思わせる雰囲気に一郎は眉をひそめた。

 

「大丈夫か、コゼ……?」

 

 一郎は声をかけた。

 魔眼でステータスを確認する。

 “錯乱状態”という言葉がそこにあった。

 

 錯乱?

 

 一郎は首を傾げた。

 

「うがあああ、頂戴、ご主人様──」

 

 コゼが叫び、気がついたら、押し倒されていた。

 そして、一郎に跨がって、ズボンを剥ぎ取ろうとする。

 一郎は度肝を抜かれた。

 

「コゼ、邪魔よ。わたしがもらうんだから」

 

 エリカも血相変えて駆けてくる。

 やはり、様子がおかしい。

 

「あたしが先です」

 

 そのエリカを、後ろから追いすがったマーズが襟首を掴んで投げ飛ばす。さらに、コゼも腕で払い除けてしまった。

 コゼが横に転がっていく。

 

「先生は、あたしがもらいます」

 

 マーズもまた、完全に変だ。

 どうなってるの?

 

 マーズが強引に一郎の上衣を引きちぎって胸を左右にはだけ、一郎の胸板を出させると、いきなり頬を擦り寄せてくる。

 

「ああ、先生……。素敵」

 

 うっとりとした様子で、一郎の裸の胸にすりすりと顔を寄せてくる。

 なんなんだ、これ?

 

「な、なにすんのよ──」

「やる気──? このでか娘──」

 

 立ちあがったエリカとコゼが、マーズに近寄ってきて怒鳴った。

 

「なんですか? そっちこそ、やるんですか……?」

 

 マーズが一郎を腕で押さえつけながら、威嚇するようにエリカたちを振り返って、喉で唸りながら睨む。

 さながら、野獣と野獣の戦いだ。

 一郎は唖然とした。

 

「おおーい。それは、ハルナン草といってなあ。女を性的に淫らになるように錯乱させ、さらに幻覚を与える毒花だ。迂闊に花を抜いちゃ駄目だったなあ」

 

 ふと見ると、ヤッケルは、すぐそばの樹のてっぺんにいて、そこから大きな声で一郎に言った。どうやって上ったのかと思うくらい高い樹であり、しかも、あっという間だ。

 

 それにしても、女を淫らに錯乱させる毒花だって?

 合点がいったが、三人はいまにも戦い始めそうだ。お互いに敵意を剥き出しにしている。

 一郎は舌打ちした。

 

「どうすれば、いいんです──?」

 

「多分、女が性的に満足するまで、男を襲うのをやめない。まあ、頑張ってくれ。あんたの女だ」

 

 ヤッケルが大きな声で言った。

 つまりは、そういうことのようだ……。

 まあいい。

 

「心配するな。三人まとめて来い。俺は逃げないよ」

 

 一郎は怒鳴った。

 すると、女三人が、一斉に一郎に視線を戻す。

 そして、お互いに顔を見合わせて、頷く。

 

「マーズは身体を押さえて。コゼはズボンを剥いで──。交替でいきましょう」

 

 エリカだ。

 

「上から騎乗位で、ご主人様に十回ずつにしようよ。達したら抜けるの」

 

 コゼが応じた。

 マーズもさっと、一郎を頭側から押さえつける役目になる。

 ともかく、一転して、三人が協力態勢になった。

 淫魔術で毒消しをして、まともに戻してもいいが、これはこれで面白そうなので、このまま受けることに決めた。

 一郎の下半身からズボンと下着が抜かれて、股間が剥き出しにされる。

 

「さっさと勃起させるのよ」

 

 エリカがぱくりと一郎の一物を口に含んだ。

 

「あたしも」

 

 コゼも横から顔を寄せて、舌を這わせてくる。

 

「お、お姉さん方ばかり、狡いですよ」

 

 すると、マーズが怒鳴った。

 

「歳の順よ。あんたには上半分やるから」

 

 コゼが一度顔をあげて言った。そして、すぐに股間への奉仕の態勢に戻る。

 マーズは不本意そうに唸ったが、一郎が声を掛けると、一転して嬉しそうに微笑み、まるで猫のようにぺろぺろと一郎の舌を舐めだす。

 さっきの狩り同様に、いきなり連携がよくなった。

 

 それはともかく、これはこれで、たまにはいいかもな。

 一郎は、三人がかりの逆レイプのような責めを受けながら思った。



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297 女たちの錯乱と男の本領

「あ、ああ、ああっ」

 

 断続的な喘ぎ声に合わせて、エリカが腰を振りながら膣を股の力で収縮させた。

 

「き、きて、来てください──。ロウ様のが欲しい──。たくさんください。あああっ」

 

 地面に寝そべっている一郎に跨っているエリカの背中に激しい痙攣が起こった。

 達したのだろう。

 しかし、これで何度目だ?

 

「なら、やるよ、淫乱エルフめ──」

 

 一郎は一郎の腰の上に密着しているかたちになっているエリカのクリピアスに手を伸ばすと、荒々しく上下運動をさせた。

 

「ひぎゃああ、あああっ、あがあああっ」

 

 激痛と快感の両方の激しすぎる刺激を受けたエリカが、一瞬にして白目を剥いて、後ろにのけ反って倒れた。

 精を注いでやるつもりだったが、その余裕もなく倒れられてしまったので、それはできなかった。

 一郎は苦笑した。

 

「次はもういいのか? 誰だ?」

 

 一郎は一物を空に向けながら言った。

 たったいま倒れたエリカを含めて、下半身を露出している一郎の女たちが、一郎の周りに股間をさらけ出したみっともない姿でひっくり返っている。

 エリカ、コゼ、マーズの三人だ。

 

 ヤッケルの手伝いでイノシシ狩りをして戻る途中で、うっかりとハルナン草という毒花の毒を吸ってしまった女三人は、ヤッケルがいるというのに、激しい淫情と幻想に襲われ、いまや欲望のままに一郎に襲いかかる痴女になってしまっている。

 その三人に恐れをなしたヤッケルは、さっさと近くの樹にのぼって難を逃れ、一郎が女たちの男として責任をもって、この三人の狂ったような「逆レイプ」を引き受けることになった。

 

 もっとも、仮にも「逆」の状態にあったのは、最初から二廻りするくらいのしばらくのことだけだった。

 三人は、交代で一郎に跨って、十回ずつ抽送をするのだと順番に一郎の怒張を膣に入れ始めたのだが、一郎は淫魔術を駆使して、ちょうど十回目に、どの女も絶頂寸前の状態にくるように、感度をあげたり、挿入の角度を調整して刺激する場所を変化してやった。

 すると、三人が三人とも、狂ったように次の順番を求めて、争うように一郎を取り合うようになった。

 それはそれで、なかなかに面白くも壮絶な女の戦いだった。

 特に、エリカなどから、いつもの慎み深さが消滅し、淫女さながらに一郎を求め迫るのは新鮮だ。

 一郎はしばらくのあいだ、三人から交代で襲われる「プレイ」をしっかりと愉しんだ。

 

 そのうちに、三人のあいだに新しい協定ができ、とにかく、一度達するまでは続けていいことにしようということになった。

 十回ずつしか律動できないことで、何度も焦らし責めのような状態になり、我慢できなくなったようだ。

 しかし、ヤッケルの最初の話によれば、女たちが「満足」すれば、ハルナン草の毒は解除されるらしい。

 それで、一郎も方針を変え、この三人にはたっぷりと一郎への「レイプ」を愉しんでもらうことにした。

 

 つまり、ひとりの女が達すれば、すぐに手元のハルナン草を新たに抜いて、毒となる花粉をまき散らしてやることにしたのだ。

 このハルナン草は、花を摘むと、その刺激で毒をまき散らす。

 幸いにも、ここはハルナン草が群生している場所の真上である。

 ハルナン草の花には事欠かない。

 

 ヤッケルが樹上から、花を抜くなと懸命に言っているが、一郎は聞こえないふりをした。

 とにかく、花を摘めば花粉のような毒が撒き散り、正気に戻りかけた女が、すぐに新しい淫情に襲われて痴女になった。

 それで、三人の女は終わらない淫情に、さっきから狂ったように一郎をむさぼっているというわけだ。

 

 すでにそれぞれに五回は達しているだろう。感じやすいエリカなど、もう何度になるのかさえわからない。

 だが、それでも、その都度、新しいハルナン草の毒を吸ってしまうので、女たちは疲労困憊の状態であっても、野獣のように一郎に襲いかからずにはいられないようだ。

 

 しかも、それだけじゃなく、三人が快感を得やすいように、淫魔術でいじくって、常識外れの感度にまで上昇させている。

 その身体で責められるのではなく、責めさせているのだ。

 口や態度では、一郎をレイプするかのように積極的に求めるのに、いざ始めると呆気なく達して、倒れてしまう。

 実に面白い。

 

「あ、あたしよ……。ご、ご主人様、か、覚悟しなさい……。あ、あたしが……」

 

 コゼがエリカに変わって一郎に跨る。

 だが、もう汗びっしょりのうえにふらふらだ。

 コゼが一郎に跨って、上下に動き始めた。

 小柄なコゼの身体が陸にあがった魚のように激しく動き回るようになるのにいくらもかからなかった。

 

「ああ、腰が──、ああ、腰が──」

 

「腰がどうしたんだ?」

 

 一郎は下側からコゼの動きに合わせて、腰の位置を変化させながら、コゼの狂態に笑った。

 

「熱いんです、ご主人様──。熱いい──、腰が焼けちゃうう」

 

「そうか、焼けるか──。遠慮せずに焼けろ。ほらっ」

 

 一郎はコゼが絶頂しようとしているのを知覚すると、今度はこっちからコゼの肉の奥に精を迸らせた。

 

「ああ、ご主人様のを感じるっ」

 

 コゼは派手な声をあげて、がくがくと狂おしい痙攣を起こして、やはり、さっきのエリカのように白目を剥いたようになって、後ろに倒れていった。

 

 そして、いま気がついたが、エリカは失神しているようだ。

 そのエリカに重なるように、コゼが後ろに倒れていった。

 そのコゼも動かない。

 

「じゃあ、次はマーズの番だ。ほら来いよ」

 

 一郎は手を伸ばして、数本まとめてハルナン草の花をぶちりと抜く。

 黄色い毒がぱっと舞いあがる。

 気絶しているらしいエリカとコゼは、もはや動かないが、のそりと身体を起こしかけていたマーズの目つきがまたまたおかしくなった。

 

 野獣の目だ。

 しかし、この野獣が意外に可愛いのだ。

 一郎は癖になりそうだ。

 

「ふふふ、せ、せんせい……。まだ、まだ、いきましゅ……。マ、マーズに……」

 

 マーズは一郎に跨ってくる。

 だが、百戦錬磨の女闘士も、闘技とセックスでは、使う筋肉が違うのか、もうふらふらだ。

 舌ももつれている。

 

「いいから来いよ」

 

 一郎は手を伸ばして、マーズの大きな身体を引き寄せた。

 筋肉の引き締まったマーズの太腿が一郎の股間に迫る。

 すでに濡れているマーズの膣は呆気なく、最奥まで一郎の怒張を受け入れた。

 すぐに自ら求めて、腰を上下させ始める。

 この毒はそうせずにはいられなくするようだ。

 

「お、おお、おおっ、き、気持ちいいでしゅ……。こ、殺して……。あ、あたしは……せ、先生に……これで……あ、ああっ、あっ、ああっ……こ、殺して……欲しい」

 

「殺すものか……。だけど、どこが気持ちいいのかわかるぞ。ここをこうやって突かれると気持ちいいだろう。それとこんな風にもな……」

 

 一郎は上下するたびに、責める場所を変えてやる。

 

「ああ、ひやああ、ぐねぐね、もっとしてください。ああ、き、気持ちいいですう──。とまらない、とまりません、先生──」

 

 マーズの大きな身体が一度あがったかと思うと、力が抜けたようになって、激しくのけ反って、どんと下に落ちてきた。

 

「ああ、ああああっ」

 

 マーズはその動きで限界まで一郎の怒張を受け入れてしまいぶるぶると震えた。

 一郎は今度もまた、精を注いでやった。

 

「ああ、先生のもの──。も、もっと欲しいです──もっとおお──」

 

 内部に噴出を感じたのか、マーズは声を上ずらせて、さらに全身を跳ねあげて吠えた。

 それとともに、絶頂のスイッチが入ったかのように、再び狂おしく全身を悶えさせる。

 一郎は脱力しかけたマーズに、手元の花を摘むことで毒を吸わせる。

 マーズがまた野獣に変わり、雄叫びをあげて腰を振りだす。そして、あっという間に、また昇天した。

 今度こそ、マーズも意識を失って倒れた。

 

 そろそろ、潮時だろう。

 一郎は起きあがって、三人に脱がされたズボンなどを身につけていく。

 

 女の理性を崩壊させるハルナン草か……。

 結構面白いものだった。

 ちょっと持ち帰って、研究してみようと思った。

 周りに散っているハルナン草を亜空間にしまう。

 

 自分の身支度が終わると、順番に三人の身体を布で拭って、服を着せていく。

 踏んだり、上に寝たりしても問題はないのだが、もしも花を摘むと、また毒の花粉をまき散らして、女を一時的に発狂させてしまうことになる。

 一郎は、花に引っかかって抜いたりしないように気をつけた。

 

 三人の身支度が終わったところで、淫魔術で女たちの身体の回復をさせる。

 このままでは、腰が抜けて立てないだろう。

 エリカたちが起きあがった。

 

「あれっ?」

「なに?」

「どうしたんでしょう……」

 

 三人はぽかんとしている。

 どうやら、覚えていないようだ。

 

「お前らの尻の下にあるのは、ハルナン草という女を狂わせる毒を吐く魔草らしい。花を抜かないように気をつけながら、道に戻るんだ」

 

 一郎が言うと、三人はぎょっとした顔になって、ゆっくりと立ちあがる。

 一郎は三人の後ろから着いていく。

 無事に道まで戻った。

 

「……ね、ねえ、ロウ様、わたしたちどうしてたんですか……? な、なんか……身体が……」

 

「そ、そうですねえ……。ちょっと心地よい疲労というか……」

 

 エリカとコゼが首をひねりながら言った。

 やはり、記憶には残っていないらしい。

 それはそれで残念だ。

 我に返って、さっきまでの痴態を思い出して、羞恥に震える様子が見たかったのに……。

 

 まあいい……。

 あとでクグルスを呼び出して、ハルナン草を研究させよう。

 そのときには、我に返ったときに、しっかりと記憶が残るものを作らせると決めた。

 そして、最初の犠牲者はイライジャだな。

 みんなの前で狂わせて、自分が狂態を演じたことを恥ずかしがらせるのも楽しそうだ。

 妄想が膨らむ。

 

「三人とも狂ったようになって、俺をレイプしたんだぞ」

 

 一郎は笑って言った。

 エリカとコゼは目を丸くした。

 

「えっ、嘘ですよね、先生?」

 

 マーズも信じられないという顔をしている。

 そのとき、ヤッケルも樹の上からおりてきた。

 

「いやあ、あんたすごいな……」

 

 ヤッケルが一郎の耳元でぼそりと言った。

 一郎は、ヤッケルだって、ひと晩で六発じゃないかと言い返した。

 

 

 *

 

 

 そして、やっと山の中を抜けて、城郭に戻ってきた。

 陽はそろそろ中天をすぎて、ほんの少し西に傾きかけている。

 

 途中、ヤッケルとレンの暮らしている家の前を通ったので、ちょっとだけ、ふたりの家を案内してもらった。

 小さな家だが、広い庭があり、きれいな花などもたくさん植えられている。

 四日後に、ふたりは、ここで結婚式を迎えることになるのだ。

 結婚式といっても、特別なことをするわけじゃなく、ふたりの友人や近隣の人を招いてパーティをし、そこで結婚を宣言するというものらしい。

 

 いまは、家にはレンはいないので、レンが行っているはずの、女友達のところに向かった。

 ヤッケルが訪問を告げると、レンと同じ歳くらいの町娘が三人揃って出てきた。

 

「まあ、ヤッケルさん。レンは大丈夫?」

 

 三人のうちのこの家の持ち主らしき女が言った。

 ヤッケルはきょとんとした顔になった。

 一郎も同じだ。

 ここにレンがいるはずなのだが、彼女の物言いは、そんな感じじゃない。

 

「大丈夫かというのはどういう意味だい? レンはここだろう? 今日からここでみんなで結婚式の手伝いをしてくれるはずなんじゃあ……」

 

 ヤッケルが困惑したように言った。

 すると、娘たちも驚いた感じになった。

 

「……でも、レンの具合が悪くなったって……。あなたの伝言が家の前に届いてたわ。あたしたち、ちょうど準備に必要なものを買い出しに行っていたので、留守だったんだけど……」

 

「手紙?」

 

 ヤッケルが驚いて、それを見せてくれと言った。

 一郎は嫌な予感がした。

 やはり、レンはここにはいないらしい。

 しかし、具合が悪くなったということもあり得ない。

 そもそも、さっき誰もいないヤッケルとレンの家に立ち寄ったばかりだ。

 

 娘のひとりが家に入り、すぐに戻ってきた。

 ヤッケルがそれを開く。

 

「これは俺の字じゃない。ましてや、レンの字でもねえ」

 

 ヤッケルが呆然と呟いた。

 

「どういうこと?」

 

 後ろで話を聞いていたエリカが怪訝な口調で言った。

 

「ねえ、ヤッケル、ちょっとこれは大変なことになっている可能性が……」

 

 一郎は声をひそめて言った。

 現時点ではただの勘だが、一郎は自分の勘が怖ろしく当たることを知っている。

 ふと、頭に浮かんだのは、昨夜のアレックスのことだ。

 

「どうしたんですか、ご主人様? レンさん、いなくなったんですか?」

 

 コゼもきょとんとしている。

 

「ヤッケルさん、探しましょう──」

 

 一郎は言った。

 ヤッケルの顔が険しいものになった。

 

「……レンはここに来る前に、花畑に寄って、花冠を作るための花を摘むと口にしていた……」

 

 ヤッケルがひとり言のように言った。

 そして、いきなり振り返ると、すごい勢いで駆けだした。

 

「待って」

 

 一郎たちも後を追った。

 

 

 *

 

 

 一面の花が咲いている広い場所に到着した。

 ここが「花畑」と呼んでいる場所らしい。

 先に走っていったヤッケルは、すでに到着している。

 思ったよりも足が速くて、ヤッケルに追いつけなかったのだ。

 ヤッケルは、ちょっと離れた奥で這いつくばっている。

 

「ロウさん、ちょっと──」

 

 そのヤッケルが一郎たちが到着したのに気がついて、大声で呼んだ。

 そこに行った。

 

 ヤッケルは右手にクロスボウを持ったまま、這いつくばっている。

 正面を指さした。

 

「そこにたくさんの一度摘まれた花が落ちている。花を摘んだものを一度ここでまき散らしたということだ。そしたら、これが見つかった……」

 

 ヤッケルの言う通り、確かに抜かれた花がまとめて落ちていた。

 だが、一面の花なので、言われなければ気がつかなったと思う。

 ヤッケルが差し出したのは、女の下着だ。

 その下着には、短剣が突き刺されてもいた。

 

「レンのものだ……。多分、今日はいていたものだと思う……」

 

 ヤッケルが小声で言った。顔色は蒼い。

 

「その短剣もレンさんのもの?」

 

 エリカが横から言った。

 ヤッケルは首を横に振る。

 

「違う……。おやっ?」

 

 ヤッケルがなにかに気がついた。改めて短剣の柄を見ている。

 そして、その顔に憤怒が浮かんだ。

 一郎は、ヤッケルがこんなに怒った顔ができるということに驚いてしまった。

 

「この剣の柄にある紋章は、アレックスのものだ」

 

「アレックスって?」

 

 コゼは言った。

 アレックスという男の起こした昨夜の騒動のことは、コゼたちには詳しく話していなかった。ただ、ちょっともめたと口にしただけだ。

 一郎は簡単に説明した。

 コゼもマーズも顔を険しくした。

 

「……つまり、そのアレックスという男がレンさんをさらったということですか……?」

 

 マーズは驚いたように言った。

 そう考えるしかないだろう。

 しかも、レンはここで下着を脱がされている。

 それが示す意味は明白だ。

 

「あ、あいつ……」

 

 ヤッケルが持つクロスボウがぶるぶると震えた。

 一郎は、それが恐怖のためではないことはわかっている。

 そのヤッケルががばりと再び腹ばいになった。

 しばらく、犬にように這い回る。

 

「……ここに争ったようなふたりの足跡がある……。この足跡の動きから考えると、ここで戦ったんだな。勝ったのはレンだ。レンがアレックスを剣で負かした……」

 

 ぶつぶつ言っている。

 

「そんなことがわかるの……?」

 

 コゼは首を傾げている。

 だが、草の中の土に刺さっている折れた剣の破片が見つかった。

 レンの剣ではないそうなので、アレックスの剣なのだろう。アレックスの剣が折られたということは、ヤッケルが言ったことが裏付けられたということだ。

 それにしても、そんなことよくわかるものだと思った。

 一郎にはその足跡というものでさえも、どこにあるのかわからない。

 

「……これだ。注意してくれ。毒だ。弛緩剤だ。多分、レンはこれを打たれた。油断したんだろうな……」

 

 周囲を腹ばいのまま探っていたヤッケルが小さな針を拾った。

 

「アレックスは負けたが、レンさんをその仲間が弛緩剤で動けなくしたのか……」

 

 一郎も呟いた。

 そういえば、エレックスは三人の連れを伴っていた。

 レンを襲ったときも、彼らが一緒だったのだろう。

 

「卑怯だ──」

 

 マーズが憤慨したように叫んだ。

 

「……そして、ここで犯された……。さらに、犯されてから服を剥ぎ取られ、布のようなものに包まれて、どこかに連れ去られた……。足跡が続いている……」

 

 ヤッケルが悲痛な口調で言った。

 

「犯されて……」

 

 エリカがぽつりと言った。

 まるで自分のことのように、とても辛そうな表情だ。

 

「……頼む。一緒に行ってくれ。ずっと足跡が続いている。それを追いかけたいんだ」

 

「もちろんよ──。早く、行きましょう」

 

 こっちが答えるよりも早く、エリカが叫んだ。

 一郎も頷いた。



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298 肉便器宣言の強要

「はあ、はあ、はあ……。あ、あんたら、殺してやる。絶対に殺してやるからね……」

 

 レンが凶暴な表情をして、アレックスたちを睨みつけている。

 だが、こうなったら、もう終わりだ。

 アレックスは、小屋の中で素っ裸にされて、立位の状態で拘束をしてやったレンを眺めながら思った。

 この女をさらって連れ込んだ山小屋だ。

 

 レンの両手首にはそれぞれに縄がかかり、斜め上に向かって天井から吊られ、手を拡げるように伸ばされている。また、蹴りあげたりできないように、足首にも肩幅ほどの余裕を持たせて縄で繋げてもいた。

 

 しかし、ここまでするのに大変だった。

 

 あの花畑で遊び過ぎたのだ。

 ひと周りだけするつもりだったが、ついつい調子に乗って、四人でふた回りしてしまった。

 それから、その場で全裸にして、脱がせた服とともに、レンの身体を布にくるんで運んで来たのだが、ちょうど、この小屋に着いたくらいのところで弛緩剤の効き目が切れてしまい、大暴れされてしまったのだ。

 

 幸いにも、服を脱がせていて、そのままの恰好じゃあ逃げられなかったということと、事前に手首と足首だけは縛ってあったので、なんとか四人がかりで取り押さえて、いまの恰好にしてやることができた。

 だが、そのあいだに、縛っている手足で引っ掻くわ、蹴るわ、あるいは噛みつくわで、本当に大変だった。

 

「こうなったら、もうこの女も観念するしかありませんよ。いつものように、まずはちょっとばかり、痛めつけましょうか」

 

「ねえ、兄貴、厠にするとは言ってましたけど、最後は闇奴隷に売り飛ばすんでしょう? だったら、残るような痕はつけませんから安心してくださいね」

 

「それにしても、思ったよりも、いい女ですね……。まあ、兄貴が嫁にしようと言ったくらいですから、当たり前ですけど」

 

 三人の男が口々に言った。

 その三人の身体には、レンにやられた噛み傷や引っ掻き傷がたくさんある。暴れ出したレンをこの三人が寄ってたかって取り押さえたのだ。

 三人は、名をそれぞれ、ウノ、ドス、トレスといい、アレックスがこの半年、手下として使っている男たちである。

 アレックスは、この三人を使って、金になることならなんでもやった。

 いろいろとやったが、一番儲かるのは、すでに五回ほどやった闇奴隷だ。

 なによりも、元手がいらない。

 

 若い女、ときには、童女のような少女を連れている数名連れの旅の者を見つけて、四人で襲いかかるのだ。

 そして、男は殺して金品を奪い、闇奴隷として売れそうな女は連れていき、徹底的に調教して屈服させ、すっかりと言いなりになったところで、奴隷の首輪をつけて、闇奴隷に売り飛ばすというわけだ。

 三人には腕っぷしはないから、男たちを殺すのは、専らアレックスの役目だ。

 そして、捕らえた女を調教して、奴隷の首輪を嵌めて隷属の誓いを強要させるのは、三人の役目だ。

 そうやって作った闇奴隷を売り飛ばして得た金は、アレックスが半分、もう半分を三人が分けるという取り分ということになっている。

 そうやって、うまくやってきた。

 

 従って、この三人も、こういうことは初めてではない。

 もっとも、このレンは、最初はちゃんとアレックスの女として扱うつもりであり、奴隷になんか売り飛ばすつもりはなかった。

 だからこそ、あの意気地なしのヤッケルに、仁義を通して、これまでに儲けた金の一部をくれてやったのだ。

 

 しかし、もうやめだ。

 この女は、肉便器として徹底的に調教して、飽きたら闇奴隷に売り飛ばしてやる。

 ここにやって来るまでに、四人でそう話し合って決めた。

 そもそも、あの意気地無しに股を汚されたような女など、願い下げだ。

 

 まあ、こうやって見ると、冒険者で女戦士をやっていただけあり、ところどころには小さな傷はあるが、顔はいいし、身体も悪くない。

 そこそこの金にはなるだろう。

 

「なあに、仮にも女戦士として、冒険者をやっていたような女だぞ。痛めつけても屈服なんかしねえよ。この女が泣きべそをかくのは色責めだ。とりあえず、豆吊りといこうか……。トレス、お前は手先が器用だ。俺たちでこいつの豆を膨らませるから、糸掛けを頼むぜ」

 

 アレックスが言うと、三人が大喜びでさっそく支度をし始めた。

 豆吊りというのは、女の肉芽に根元に糸を結び、それを引っ張って放置し、あるいは、筆でくすぐり責めにするという責めだ。

 大抵のじゃじゃ馬はこれで落ちる。

 

 立位になっているレンのクリトリスを斜めに引っ張るために、三人がレンの位置からやや前方の天井に小さな滑車を取り付けて、細い紐を通して反対側に重しをつけている。

 この紐に、レンのクリトリスに結んだ糸を繋げるというわけだ。

 なにをされるか、まだわかっていない様子であるレンは、こっちに火がついたような視線を向けた。

 

「こ、これ以上、あたしに触ると承知しないからね。このあたしを舐めんじゃないわよ」

 

 レンが怒鳴った。

 しかし、こんな格好にされれば、いままでの女なら、すっかりと抵抗心を失って、すすり泣くか、哀願を繰り返すかだった。

 さすがはレンだ。

 まだまだ、気力は失っていない。

 輪姦してやったくらいじゃあ、女としての矜持はびくともしないらしい。

 

 まあ、どこまで頑張れるかだ。

 ここは、偶然見つけた捨てられた山小屋で、この三日ほど使っているが、誰ひとりとして近寄りもしていない。レンが泣こうが喚こうが、助けが来る気遣いはない。

 

 まあ、アレックスがレンをさらったことは、ヤッケルにはわかるようにはしてやった。

 だからこそ、あの意気地なしは探しに来ない。

 冒険者時代から、なんで冒険者になったのかわからないくらいの意気地なしの根性なしだった。

 ベンツがいたから、一応は仲間としてみなしていたが、あれは腑抜けだ。

 アレックスがやったということがわかれば、もうレンのことは諦めるだろう。

 絶対に、レンを取り返すようなことはしない。

 アレックスにはわかる。

 まあ、やって来たところで、返り討ちにするだけのことだが。

 それに、どうせ、この場所はわからないと思うが……。

 

 そう考えたとき、ふと、昨夜酒場で一緒にいた男女のことを思い出した。

 あのエルフ娘と、いきなり短銃を取り出した魔道遣い(マジシャン)──。

 あれは厄介かもしれない。

 

「ウノ、お前は悪いが、小屋の周りに、侵入者避けの罠をしかけてきてくれ。もしかしたら昨日のやつらが来るかもしれねえ。念のためだ」

 

「わかりました、兄貴」

 

 ウノが荷を持って出て行く。

 毒遣いのウノだ。

 罠糸を張り巡らせて、ちょっとでも引っ掛かれば、四方八方から毒針を飛ばす仕掛けは、ウノの得意技だ。それをあちこちに仕掛けておけば、あのふたりが万が一絡んだところで問題はない。

 うまくいけば、あのエルフ女だって、手に入るかもしれない。

 

「さあて、そろそろ始めるか、レン」

 

 アレックスはレンに近づいた。

 いまのレンは、しっかりと内腿を擦りつけるように閉じ、片側の足で股間を隠すようにあげている。

 まずは股を責めて脚を開かせ、糸を縛る豆を膨らませなければならない。とりあえず、陰毛でもかき分けてやろうかと手を伸ばした。

 その瞬間だった。

 

「なにすんだよ──」

 

 レンの両脚が宙にあがり、足を揃えたままアレックスの腹に喰い込んだのだ。

 

「うげえっ」

 

 思いもよらぬ凄まじい蹴りに、アレックスは小屋の端に蹴り転がされるとともに、しばらく息が吸えなくなった。

 

「この女──」

「なんてことしやがる」

 

 ドスとトレスが、レンに左右から飛びかかった。

 だが、レンは宙吊りの身体を浮かせて、右に左にと、ふたりの身体を蹴り飛ばした。そのふたりも、アレックスと同様に、小屋の壁に激突する。

 

「なんの騒ぎです──?」

 

 一度出て行ったウノが戻ってきた。

 そして、小屋の壁に蹴り飛ばされて倒れているアレックスたちを見て、唖然とした顔になる。

 

「なんの騒ぎもねえ。見ての通りだ。また、暴れ出しやがった。足首縛ってんのに、なんて女だ」

 

 アレックスは歯噛みしながら言った。

 これじゃあ、危なくて近づけない。

 今度は顔の骨まで蹴り砕かれそうだ。

 

「仕方ないですねえ。じゃあ、外の罠の仕掛けは、ドスがやってくれ。後で俺も行くから……。じゃあ、兄貴、今度は媚薬を打ってやりますよ。それでまずは力を抜かせましょう」

 

 ドスが出て行く。

 一方で、ウノが小屋の隅から抜き矢を取った。

 幾つかある小瓶のひとつをとって、針先につけて吹き矢に仕込む。

 それをレンの身体に向ける。

 

「ひ、卑怯者──。な、なにをしようってんだよ──」

 

 レンが怒鳴った。

 しかし、ウノは構わず吹き矢で針を飛ばす。

 拘束されて逃げようもないレンの乳房の上付近に、針が刺さった。

 

「いたっ」

 

 レンが小さな悲鳴をあげた。

 だが、驚いたのはその後だ。その針が刺された場所がすぐに真っ赤になり、それがあっという間に全身に拡がっていった。

 レンが目を見開いて驚いている。

 そのレンの身体から、すぐにぽたぽたと汗が流れ出した。

 

「なっ……こ、これは……」

 

 レンは驚愕している。

 

「これは巨獣を調教するときに使う興奮剤だ。これをほんのちょっとでも打たれれば、全身が溶けるような淫情に襲われる。さすがの女戦士殿も、これにはどうしようもないだろう。ほら、もう一発……」

 

 ウノがもう一度針を打った。

 今度は片側の太腿に当たった。

 

「あっ」

 

 レンから、がくりと力が抜けて、両手首の縄に全身をもたれさせるようにした。もう力が入らないのだとわかった。

 

「よくやったぜ。よし、いまのうちだ。膝にも縄をかけてやれ」

 

 アレックスは怒鳴った。

 ウノとトレスが、レンに飛びかかり、左右の膝のそれぞれに縄をかけた。

 そして、思い切り引っ張って、左右の柱に繋ぎとめる。

 足首には縄がかかっているので、膝を真横に拡げられると、がに股姿になるしかない。

 

「あっ、そ、そんな──」

 

 思いもよらない羞恥の姿にされてしまったレンは、自分のはしたない恰好に、さすがに顔色を変えた。

 しかし、今度こそ、どうしようもない。

 アレックスは立ちあがると、レンの股間にすっと手を伸ばした。

 

「うわっ、ああっ」

 

 レンが拘束された身体を弓なりにして、あられもない声をあげた。

 驚いたことに、なにもしていないのに、レンの股間はびっしょりと濡れていた。ウノの打った媚薬は、それほどに強力なものなのだろう。

 

「ウノ、今日は大活躍だな。罠を仕掛けに行く前に、この厠で、一度抜いていけよ」

 

 アレックスはレンの前をウノに明け渡した。

 そして、自分は後ろに回ると、激しく首を揺さぶるレンのうなじに舌を這わせ、手を乳房にあてる。続いて、ゆさゆさと揉みしごき、乳頭を指でつまんだりしてやる。

 

「や、やめろう……。ああっ」

 

 レンが口惜しそうに悶えだす。

 

「えっ、いいんですか? でも、さっきもしたけど、この厠はなかなかに股の締りがよくていいんですよね。じゃあ、兄貴には悪いけど……」

 

 相好を崩したウノが、ズボンを下着ごと脱ぎすてると急いでレンの前に回った。そして、指をレンの股間に挿し込んで、さっそく愛撫を始める。

 

「ああ、や、やめてえ」

 

 レンが悲鳴をあげた。

 媚薬で火照りきった身体を弄られて、どうしようもなく快感に全身を溶かされている感じだ。  

 

「へへ、俺は尻を舐めてやるよ」

 

 トレスはアレックスと同じようにレンの背後に回ると、その場に跪いて、レンの尻たぶを両手で開いて、舌をぺろぺろと這わせ始めた。

 レンの悲鳴が甲高く鋭いものに変わった。

 

「う、うううっ、く、口惜しい……」

 

 レンの汗ばんだ真っ赤な顔からぼろぼろと涙がこぼれだした。

 

「こりゃあ、前戯なんて、いらねえな」

 

 正面のウノがレンから指を抜く。

 間髪入れずに、その場所に怒張をぐいと挿し込んだ。

 

「ああ、ひ、卑怯者──。あああっ」

 

 前から股間を犯されながら、さらに背後から乳房と尻を責められて、レンは狂ったように裸身を揺さぶらせた。

 立ったままのウノが律動を開始させる。

 ひと突きごとに、媚薬で蕩けているレンは明らかな女の反応をした。

 

「ああ、も、もう許して──。もう許してよお──」

 

 やがて、ウノの律動が十回ほどになったとき、レンは裸身をぴんと張って、がくがくと身体を痙攣させた。

 達したのだ。

 

「ははは、レン、口惜しいか──。こんなことなら、最初に俺についていくと言っておけばよかっただろう。もう遅いけどな。お前は肉便器だ。こうやって、俺たち全員に回されるのがお前の役目だ。飽きたら、適当な闇奴隷に売り飛ばしてやる」

 

 アレックスは笑った。

 

「も、もう、許して……」

 

 ウノの律動は続いている。

 もうレンはさっきまでのように悪態をつく元気はなくなっているようだ。

 人が変わったように女っぽい声をあげて、哀願を続けている。

 

「ウノ、そのまま、二度ほど気をやらせてくれ。そうすれば、すっかりと肉芽も剥き出しになって、糸を巻き付けやすくなると思うから」

 

 トレスが尻責めを一度中断してそう言い、すぐに再開する。

 

「任せておけ」

 

 腕っぷしは大したことはないが、実は、女の扱いはこの三人が上だ。

 闇奴隷の商売は、この三人がもともとやっていたことであり、それをアレックスが乗っ取ったような感じだったのだ。なにしろ、武術の腕は、この三人はからきしなのだ。

 

 ただ、実は三人の経歴は、はなかなかの悪党だ。

 三人とも、もともとは、カロリック公国の大きな城郭にあった奴隷商で働いていたのだが、一年半ほど前に、三人で結託して、奴隷商の女主人を強姦して殺し、金銭を奪って逃亡したという。

 しかし、奪った金銭は逃避行の中で散財し、かといって、何ができるわけでもなく、こいつらが路頭に迷いかけていたときに、出逢ったのがアレックスなのだ。

 アレックスが加わることにより、闇奴隷にして売り飛ばす美女も、比較的簡単に手に入るようになり、アレックスもまた、簡単に金になる闇奴隷の商売を見つけることができたというわけだ。

 もっとも、実のところ、いまのいままでは、これを商売として、ずっと続けるかどうかを迷っていた。

 だが、これでアレックスの腹も決まった。

 これからは、闇奴隷を本格的に商売にしようと思う。

 金になることは、すでにわかっているのだ。

 

「んふうううっ」

 

 またもや、レンが絶頂をした。

 これだけの強力な媚薬を打たれては、さすがのレンもただの絶頂人形になるしかないということだ。

 

 それからしばらく、同じ状況が続いた。

 やがて、もう一度レンが達したとき、ウノがやっと精を放った。

 ウノが一物を抜くと、レンは完全に意気消沈して脱力する。

 

「じゃあ、俺の出番だな」

 

 ウノと場所を交代したトレスが片手に堅糸を持って、レンの股の前にしゃがみ込む。

 アレックスも前に回って観察することにした。

 トレスは、慣れた手つきでレンの濃密な陰毛をかき分け、すっかりどろどろになっている粘膜の襞を開花させ、レンの急所の肉豆をまさぐりだす。

 

「うう」

 

 レンは脂汗をたらたらと流しながら、苦し気に顔をしかめた。

 そして、ぐっと歯を噛みしめている。

 トレスが器用に肉芽の根元に糸を巻き付けた。

 

「いやああ」

 

 つんざくような絶叫がレンの口から迸った。

 堅糸がしっかりとレンの肉豆の根元を縛ったのだ。

 こうなれば、もう後の仕事は簡単だ。

 トレスは、ぐいと糸を引っ張って、すでに滑車に通してある紐と糸の先を結んでしまう。

 さらに、アレックスたちは滑車を通じて下がっている紐に、手のひら程の大きさの革袋に土を入れたものを繋いで引っ張らせた。

 

「んぎいいっ、ああああっ」

 

 レンが絶叫して悶えた。

 その腰は限界まで前に出ていて、少しでも肉芽を引かれる痛みをやわらげようともがいている。しかし、ちょっとでも動けば、引っ張られる肉芽に激痛が走るために、暴れることもできないようだ。

 

「ああっ、ア、アレックス──。も、もう殺して──。お願い──。もう殺してちょうだい──」

 

 レンが泣き始めた。

 

「殺しはしねえよ。お前は肉便器だ。最終的には闇奴隷にして売り飛ばすがな」

 

 アレックスはレンの股間を引っ張っている糸を指で弾いた。

 

「んぎいいっ、やめてえっ」

 

 レンが哀れな声をあげて絶叫した。

 

「じゃあ、俺に逆らった詫びでも入れてもらおうか。それとも、強く引っ張ってもらいたいか? そうだ。ついでに、肉便器になるという宣言もしてもらおうか。大きな声でな」

 

 アレックスはぐいぐいと糸に力を入れては緩めるということを繰り返した。

 レンが泣き叫んだ。

 

 アレックスはレンの耳元に、口にすべき言葉を教えた。

 レンは抵抗したが、そうすれば、重りの量を増やして、糸を揺すってやればいい。

 レンが泣きながら謝罪の言葉を口にするのに、幾らの時間もかからなかった。

 

「あ、あたしが悪かったわ──。ゆ、許して、許してえ──」

 

「それと──?」

 

 アレックスは怒鳴った。

 

「どうか、皆さんの肉便器にしてください──。あ、ああっ、もう、引っ張らないでえ──」

 

 レンは号泣しながら叫んだ。

 

「声が小せえ──」

 

 アレックスは笑いながら、糸に手を掛けてぐいと引く。

 

「んぎいいい──。肉便器──。肉便器にしてええええ、ひぎいいい」

 

 レンの絶叫が小屋に響き渡った。



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299 寝取られ男の逆襲

「ほら、起きねえか──」

 

 腰を思い切り蹴られて、レンは意識を戻した。

 だが、まだ朦朧としている視界は完全には戻らない。

 どのくらいの時間がすぎたのだろうか。

 この小屋に連れ込まれたのは、朝だったと思ったが、そろそろ、小屋に射し込む陽射しは、山の夕方の様子を示し始めている気がした。

 

 そして、はっとした。

 天井が見えている。

 つまりは、レンはいつの間にか、床に仰向けにされて寝かされているのだと悟った。

 

 意識を失う前までは、確か両手を天井に吊られて、がに股の恰好にされて立位縛りで拘束されていたはずである。

 そして、その状態でひたすらに犯され続けた。

 前だけでなく、尻まで男たちの男根を貫かれ、さらに、狂うような媚薬を針で打たれて、ちょっとでも逆らうと容赦なく陰核の根元を結んでいる糸を引っ張られた。

 レンは犯されながら泣き続けた。

 それでも許されず、媚薬で無理矢理に発情させられ、この卑劣な男たちの前で何度もよがりまくるという恥態を晒させられた。

 

 やがて、その責めに耐えきれずに、ついにレンは意識を手放したのだが、気がつくと、いまは床に寝かされているようだ。

 視界にアレックスたち四人の顔が見える。

 全員が下半身になにも身につけていない。

 そして、卑猥な視線でレンを見下ろしていた。

 

「も、もう、許して……」

 

 レンは息も絶え絶えに言った。

 そして、起きあがろうとした。

 だが、両手は大きく頭の方向に拡げたまま動かない。

 やはり、手首に縄がかかっていて、柱の方向に引っ張られているようだ。

 脚も動かない。

 足首を棒のようなものを挟んで縛られている。

 レンは、どういう状態が確かめようと、首を動かした。

 

「吊りあげろ」

 

 そのときアレックスが言った。

 三人の手下のような男たちのひとりが壁に向かい、なにかを引っ張り出すのがわかった。

 

「ひぎいいっ」

 

 そして、レンは絶叫した。

 股間の陰核が思い切り上方向に引っ張られたのだ。

 なにが起きているのか、一瞬理解できてなかったが、立っているときに結ばれていた肉芽の根元の糸が、まだ喰い込みっぱなしなのだと悟った。

 それが思い切り引きあげられているのだ。

 

「ひいっ、ひいっ、ひいっ」

 

 レンは開いている足首を踏ん張って、懸命に肩と脚で腰を上にあげる。

 ついに、レンの背中は完全に浮いた。

 それでも、アレックスたちは、容赦なく糸を引っ張り続ける。

 やがて、レンの身体は大きくアーチ状になるかたちまで腰をあげた格好になった。レンの背中は、アレックスたちの膝の高さくらいまで浮いた状態である。

 その位置で、やっと糸の高さが固定された。

 レンは泣き叫んだ。

 

「も、もう許して、お願いだったらあ──」

 

 レンは必死で叫んだ。

 しかし、四人は嘲笑するばかりだ。

 

「いい恰好になったじゃねえか、レン」

 

 アレックスが無残に曝け出されているレンの股間を指でぴんと弾いた。

 

「んぐうっ、ひいいっ」

 

 それだけで身体が揺れ、股間に激痛が走って、レンは慌てて脚と肩に力を入れて踏ん張る。とにかく、あまりの屈辱的な恰好と肉芽をいたぶられて泣き叫ばされる惨めさに、レンは号泣してしまった。

 

「お前が気を失っているあいだに、お前の扱いが決まったぜ。とりあえず、股間の肉芽の皮を切ってやろうということになってな。そこを除去されてしまえば、もう敏感になりすぎて、お前も四六時中、男に抱かれることしか考えられなくなるんだそうだ」

 

 アレックスがげらげらと笑った。

 皮を除去する?

 その意味はよくわからなかったが、怖ろしいことをやろうとしているということだけは理解した。

 レンは顔が引きつるのを感じた。

 

「いやあ、絶対にいやああ──。そ、そんなことしないでよ──」

 

 レンは恐怖と嫌悪で必死で叫んだ。

 だが、それでまた体勢が崩れてしまって、股間に激痛が走る。

 レンは慌てて、脚を踏ん張った。

 

「そんなことを言いながら、心の中ではそろそろ、奴隷になることを受け入れているんじゃねえか? だから、俺たちに犯されて、こんなにもまん汁を垂れ流しているだろう」

 

 アレックスが指をレンの股間に挿し入れて、無造作に動かした。

 針で刺されるような激痛が股に走り、レンはさらに泣き叫ぶしかなかった。

 

「じゃあ、始めるか。じゃあ、頼むぜ」

 

 アレックスがレンの股のあいだの位置からすっと移動するのがわかった。

 すぐに三人の手下たちが、そこにやってくる。

 ぎょっとした。

 三人の全員が筆を持っていたからだ。

 

「まあ、あとは俺たちに任せておきなよ、レンよ。最初は剃毛、つぎに筆責めで豆を大きくする。そして、包皮の切除だ。痛みは一瞬だ」

 

 確かドスとかいう名前だった男が笑いながらそう、言った。

 いま気がついたが、そいつは剃刀のようなものを持っている。

 

「媚薬も追加しておくぜ」

 

 ウノだ。

 針を取り出される。

 レンは絶望に襲われた。

 あの針で送られる媚薬は怖ろしいほどの効果を発揮するのだ。

 これを繰り返し打たれることで、レンは色情狂のようによがり狂い、この小屋で輪姦されながら、それで絶頂しまくるという醜態を晒してしまったのだ。

 

「天国にいきな」

 

 股間にちくりと痛みが走った。

 レンは呻いた。

 あっという間に、凄まじい淫情が股間に襲いかかった。

 思わず力が抜けかけて、それで腰を落としてしまい、レンは泣きじゃくりながら、股間をぐいと上にあげた。

 そのレンの股間に、筆が襲いかかってくる。

 

「ひいい、ひぎいい、んぎいいっ」

 

 レンはただただ、泣いて悲鳴をあげるしかなかった。

 二本の筆とともに、ドスの操る剃刀がじょりじょりと股間を滑るのを感じた。

 しばらくのあいだ、それが続いた。

 股間でちろちろと剃刀が動き、だんだんと股間の恥毛が剃られてるのもわかった。

 筆の刺激も続く。

 つんつんという鈍痛とともに、悶えることで加わる糸吊りの激痛が繰り返す。

 レンはぼろぼろと涙をこぼした。

 

「さて、終わったぜ──。まるで童女の股みてえだぞ。立派な女奴隷の股だ」

 

 ドスがげらげらと笑った。

 

「レン、包皮を切断することに同意するな? そうすれば、腰だけはさげさせてやるぜ」

 

 壁にもたれて離れているらしいアレックスが言った。

 

「い、いやよ──」

 

 レンは叫んだ。

 

「承知するまで、豆を筆で苛めてやれ」

 

 アレックスが言った。

 すると、糸で吊られて信じられないくらいに敏感になっている肉芽に、一斉に筆が襲いかかった。

 

「おわあああっ、あああっ」

 

 レンは恥も外聞もなく、苦悶の絶叫をした。

 しかも、さっきの媚薬で股間はあり得ないほどに敏感になっている。

 レンは、あっという間に、絶頂にまで快感を引きあげられた。

 

「いぐううっ」

 

 レンは叫んで、がくがくと腰を振った。

 達してしまった。

 力が抜ける……。

 レンは豆が引き千切られるのを覚悟した。

 

「んぎいいいっ」

 

 だが、あまりの激痛に、すっかりと脱力したはずのレンの腰は、跳ねあげるように腰をあげていた。しかし、力が入らなくて、すぐに腰がさがる。だが、痛みで腰があがる。

 それを数回繰り返した。

 

「受け入れるな──?」

 

 アレックスが怒鳴った。

 レンはもうなにも考えられずに、必死で頷いた。

 

「いい子だ」

 

 アレックスが腰をあげて、なにかの取っ手を引いた。

 その瞬間、豆を引きあげていた力がなくなり、レンはどんと腰を床に落とした。

 

「ははは、豆の皮を切れば、一日中、豆が疼いて、まん汁は垂れ流しになり、誰に襲われても、簡単に股を開く奴隷女の誕生というわけだ。とてもじゃないが、もう剣など振れんよ」

 

 ウノが言った。

 

「包皮切断は俺に任せてくれよ、みんな。だが、せめてもの情けだ。みんなで、またいい気持ちにさせてやってくれよ。少しでも痛みが薄くなるようにな」

 

 その声は、トリスだと思った。

 しかし、それ以上考えられなくなった。

 両側から乳房が柔らかく揉まれ始めたのだ。

 すでに全身に媚薬が回っている。

 レンは吠えるような嬌声をあげて、すぐに悶絶してしまった。

 

 すると、今度は乳房の刺激に加えて、股間への愛撫も追加される。

 起きあがってきたアレックスだ。

 アレックスはレンの肉芽に結びついている糸をまたもや引っ張って腰をあげさせて、自分の腰の位置まで誘導して、股間に一物を挿入してきたのだ。

 

 媚薬にただれるレンの膣は、レンの意思とは別に、ぐいぐいとアレックスの怒張を締めつけて快感を搾り取る。

 情けないが、気持ちいい……。

 

 アレックスが律動を始めると、またもやレンはすぐに絶頂した。

 やがて、アレックスが精を放った。

 すると、犯す相手が交代して、また犯される。

 途中で媚薬をまたもや足されたりして、レンはなにがどうなっているのかわからないくらいに狂乱した。

 次々に絶頂をして咆哮し、ほとんど失神寸前になった。

 

 そして、気がつくと、股間に鋭い痛みが走った。

 皮が切られたのだとわかった。

 レンは今度こそ、完全に気を失った。

 

 

 *

 

 

「ふう……」

 

 ヤッケルが大きく息を吐いた。

 最後の罠を解き終わったのだ。

 目当ての山小屋は、すぐ目の前だ。

 そこに、レンが連れ込まれて監禁されていることは、一郎にもわかっている。レンの悲痛な声がさっきから、山小屋の外にまで響き渡っていたからだ。

 

 激昂して突入をしようとしたエリカを冷静にとめたのは、意外にもヤッケルだった。

 ヤッケルは、小屋の周りに無数の罠があることを見抜いて、一郎たちにそれを指摘し、それを一個一個除去し始めた。

 その冷静な様子に、エリカが逆に腹をたてそうになったが、一郎はそれを制した。

 ヤッケルは冷静などではなかったのを知っていたからだ。

 

 その顔は憤怒で真っ赤であり、その表情には、これがあのヤッケルかと思うくらいに、殺気に溢れていた。

 それでいて、ヤッケルは迂闊に飛び込めば、罠にかかってしまうことを瞬時に見抜いて、一個一個と時間をかけながら罠を無力化していったのだ。

 婚約者の悲鳴を聞きながらである。

 

 一郎は、ヤッケルに対する評価を見直す思いだ。

 ヤッケルはちっとも意気地なしなんかじゃない。

 この状況で、しっかりと正確な仕事をできるのは、少なくとも、彼が探索者(シーフ)としては、超一流であるという証だろう。

 生半可なことで、できることじゃない。

 

 激昂して飛び込んでも返り討ちに合うだけだし、罠を全部外してから奇襲的に飛び込まないと、レンを人質に取られる恐れがあると指摘したのもヤッケルだ。

 この男は冷静なのだ。

 そして、慎重だ。

 それが意気地なしに見えていたのかもしれないが、やるときにはやらなければならないということもわかっている気がする。

 

「じゃあ、行きます……。その前に、確認させてくれ……」

 

 ヤッケルが一郎たちに振り返って小声で言った。

 すでに辺りは薄暗くなっている。

 そろそろ、夜も来る。

 さっきまで激しく聞こえていたレンの悲鳴は、なぜか一時的になくなっていた。

 

「……なんでも言ってくれ、ヤッケル」

 

 一郎は言った。

 女たちも無言で頷く。

 一郎はすでに火のついた短銃を手に持っている。

 エリカ、コゼ、マーズの三人もそれぞれに剣を抜いていた。ヤッケルはクロスボウを構えている。

 

「中には四人。足跡でそれは明白だ──。そして、さっきも言ったが、エリカさんは魔道が遣えるそうだから、すぐに、レンのことを眠らせてくれ。しばらく、目が覚めないようにして欲しいんだ」

 

「わかったけど、眠らせるなら、あのアレックスという男でいいんじゃない。強いのは、そのアレックスだけなんでしょう」

 

 エリカは首を傾げている。

 だが、ヤッケルは首を横に振った。

 

「……どうか、レンを優先に……。これだけはどうしてもお願いする」

 

 ヤッケルは言った。

 多分、考えていることがあるのだろう。

 一郎はそうしてやれと言った。

 いずれにしても、エリカの魔道の実力では、小屋にいる全員を同時に眠らせるような魔道はかけられない。対象はひとりだけだ。

 だから、エリカはヤッケルの願い通りに、飛び込んだらすぐに、レンを魔道で眠らせるということなった。

 

「じゃあ、皆さん、お願いする。俺は弱い。もちろん、俺も戦うが、どうか助けてくれ」

 

 ヤッケルが頭をさげた。

 一郎は頷いた。

 すると、ヤッケルが立ちあがった。

 ほとんど足音もなく、山小屋に近づいていく。

 一郎たちも追った。

 

 ヤッケルが山小屋の扉を蹴飛ばして開けた。

 山小屋からアレックスらしき男の声がしたと思った。

 ヤッケルがクロスボウを発射したのがわかった。

 小屋で男の悲鳴があがった。

 

「どいて──」

 

 コゼが一郎の横をすり抜け、ヤッケルを制して、扉から室内に入る。

 一郎も銃を持ったまま入った。

 ヤッケル、マーズと続く。

 

 部屋には全裸のレンが拘束されて横たわっている。

 また、四人の男は扉の反対方向の壁際だ。四人は下半身になにも身につけておらず、すでに抵抗してない。

 そして、アレックスは血だらけだ。

 ヤッケルが最初に撃ったクロスボウの矢が腹に刺さっている。

 最後に飛び込んだエリカが、まずは、レンに魔道をかけて、目が覚めないようにする。

 

 そのレンの姿は惨状だった。

 なにをされたかわからないが、完全に失神状態だ。

 素っ裸にされて縄で縛られており、全身に男の精をいっぱいつけられたような状態で倒れている。

 その股間もひどい状態だ。

 股間から少し血が出ており、股間の周りには剃毛をしたような恥毛の残骸もあって、股間はすっかりと剃刀かなにかで剃りあげられている。

 

「ヤ、ヤッケル……お、お前……」

 

 下半身になにも身につけていないアレックスが、ヤッケルが撃った矢を腹に突き刺されて呻いていた。その腹から、夥しい血が流れている。

 ほかの三人は、すでに戦意を喪失して、真っ蒼になって、壁にもたれて震えていた。

 おそらく、最初にヤッケルがアレックスを撃ったことで、決着がついたのだろう。こういう場合の戦いは、一番強い者がやられれば終わりだ。

 ほかの者は、それ以上、抵抗する気を失ってしまうものだ。

 

「俺がやって来ないと思ったのか、アレックス……。だから、わざわざ、自分がレンをさらったと、教えるようなことをしたのか?」

 

 ヤッケルが懐からナイフを放り投げた。

 花畑にレンの下着とともに置いてあったアレックスのナイフだ。

 

「お、お前……、お、俺に刃向かうとは……わ、わかってんのかよ……。た、ただじゃおかねえぞ……」

 

「言いたいことはそれだけかよ。まあ、俺も、お前の話なんて聞きたくもねえけどな」

 

 ヤッケルはすでに二射目をクロスボウに仕掛け終っている。

 それをアレックスに向ける。

 アレックスがぎょっとした顔になった。

 次の瞬間、アレックスの眉間に、ヤッケルが放ったクロスボウの矢が突き刺さった。

 アレックスは悲鳴をあげることなく絶命した。

 

「ひいいっ」

「た、助けてくれ──」

「うわあああ」

 

 残った三人が悲鳴をあげた。

 すっかりと恐怖に包まれている。

 一郎たちは、その三人が動かないように、ずっと武器で威嚇をし続けていた。

 

「どうする、こいつら?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「皆殺しに……。ひとりも生き残らないように……」

 

 ヤッケルが静かに言った。

 三人が大声で命乞いを始めた。

 一郎はとりあえず、真ん中のひとりの頭に向かって引き金を引いた。

 即死だ。

 残りのふたりは、飛び込んだマーズとコゼによって、瞬時に死体に変えられた。

 

「ありがとうございます……」

 

 ヤッケルが頭をさげ、そして、クロスボウを投げ捨てて、レンを抱きかかえて、ぼろぼろと泣き始めた。

 

 いずれにしても、レンが怪我をしているのは確かだ。

 一郎は、足の速いコゼに、急いでミウを連れてきてくれるように頼んだ。

 ミウの魔道なら、レンの傷ついた身体も元に戻すことくらいはできる。

 剃った陰毛だって、元通りにできるだろう。

 しかし、元に戻せるのは、外見だけの話でしかないが……。

 

 

 *

 

 

 はっとした。

 レンはがばりと起きあがった。

 

「いてっ」

「きゃあ」

 

 ごんと頭と頭がぶつかった。

 悲鳴はヤッケルの声だ。

 どうやら、レンはヤッケルに抱きかかえられていたみたいだ。

 

「あいてて……。だ、大丈夫かよ、レン? 心配したぞ」

 

 ヤッケルがレンとぶつかったらしい頭を押さえながら言った。

 痛いなあ……。

 レンはヤッケルに文句を言いかけた。

 

 だが、はっとした……。

 

 そうだ……。

 さっきまで……。

 全身に絶望が走る。

 アレックスたちに犯されて……。

 媚薬と拷問に負けて……。

 ヤッケルに対して申し訳ないことを……。

 

 そう思ったが、すぐに怪訝に思った。

 どうして、ここに、ヤッケルが……?

 助けられたの……?

 

 ……というよりも、ここはどこ……?

 

 風が吹いている。

 ここは山小屋なんかじゃない。

 どこかの草の上みたいな感じだ。

 辺りは暗かった。

 空には三個の月が照っていて、周囲を月明かりで照らしていた。

 やっと、どうやら、ここが花畑だとわかった。

 アレックスたちに、襲われた場所だ。

 

「あれっ?」

 

 さらに驚いて、思わず声をあげた。

 服をちゃんと着ていたからだ。

 

「レン、どうかしたか? やっぱり、まだ混乱しているか? お前、ここに倒れていたんだぜ。てっきり結婚式の準備で女友達のところに行っているものと思っていたから、来ていないと知らされてびっくりしたぞ。それで、ロウさんたちにも頼んで、探し回っていたら、ここで倒れているのを見つけたんだ。とりあえず、大丈夫そうだな」

 

 ヤッケルがにこにこと微笑みながら言った。

 レンはきょとんとした。

 周囲を見回す。

 確かに、ロウたちがいた。イライジャもいて、彼の女たちもいる。

 エルフ女、人族の小柄女、大柄娘、美人の貴族女、童女魔道師だ。全員がレンを心配そうに見ている気がした。

 

「レン、あんたも、相変わらず、剣以外じゃあ、そそっかしいわね。ハルナン草の花と、普通の花の見分けもつかないの? まあ、こんなところに、一輪だけ混じってたんじゃあ、うっかりと抜いてしまうのもわかるけど……。ところで、おかしな夢は見なかった? ハルナン草は花を抜けば、幻覚作用のある毒をまき散らして、女を昏倒させる力があるしね」

 

 イライジャが笑いながら、籠に入っている赤い花を示した。

 籠の中は、花冠を作るために、ここでレンが摘んで集めていた花だ。その中に一輪だけハルナン草の真っ赤な花が混じっている。

 

「えっ?」

 

 だが、言われている意味がわからなかった。

 ハルナン草の花は、確かに、女にはとても危険であり、うっかりと摘んだら、とんでもないことになるということも知ってる。性的に興奮して、発狂するような淫情に襲われるのだ。

 それでいて、目が覚めてもなにをしたのか覚えていなかったりして、本当に性質の悪い花である。

 

 でも、ハルナン草……?

 

「ここで普通の花と間違えて、ハルナン草を抜いたんだな。間抜けだなあ。だけど、一日中、ここで眠っていて、風邪をひかなかったか?」

 

 ヤッケルがレンを抱いたまま言った。

 レンは、やっと自分がヤッケルに抱きかかえられたままだということがわかった。

 慌てて、その腕の中から出る。

 

「あ、あたし……寝ていた? ここで──? あのう……。アレックスとかは……?」

 

 首を傾げた。

 ここで一日寝ていた?

 だったら、あれは夢──?

 つまり、ハルナン草の花毒が見せた淫夢──?

 まさか……。

 本当……?

 でも、そうなら……。

 

「アレックス……? まさか、あいつの夢を見たのか? ハルナン草の魔毒に当たって?」

 

 ヤッケルが嫌な顔をした。

 レンは慌てて否定した。

 

 そして、思い出して、ヤッケルをはじめとして、ロウたちの全員に背を向けて、スカートの中に手を入れてみた。

 ここでそれを確かめるのは恥ずかしいが、いまはそれが最優先だ。

 あれが幻覚や夢だというなら、こんなに嬉しいことはない──。

 

 あった……。

 

 下着もある。

 そっと触ったが、あそこの毛もある。

 皮だって切除されたようなおかしな感覚はない……。

 夢だったのだ……。

 心の底から脱力した……。

 

「なにやってんだ、お前……?」

 

 ヤッケルが覗き込むような仕草をした。

 レンは慌てて、スカートから手を抜くと、照れ隠しに、ばしりとヤッケルの肩を叩いた。

 

「なに見てんのよ──。いいじゃないのよ──」

 

 怒鳴った。

 そして、思い出して、さらに口を開いた。

 

「そうだ──。あんた、狩りはどうしたのよ──? ちゃんと獲物は捕まえたんでしょうねえ──?」

 

 ヤッケルは、今日はこのロウたちに手伝ってもらって、結婚式の招待客に振る舞う料理に使う獲物を狩りに行っていたのだ。

 結婚式まで、あと四日……。

 いや、今日は一日棒に振ったから、残り三日だ。

 中心となる料理の仕込みだけは、そろそろ手掛けないと間に合わない。

 

「おう、捕まえたぞ、イノシシだ──。もっとも、俺は最初にクロスボウで矢を刺しただけで、全然、倒れずに、ロウさんたちが実際には捕まえてくれたんだけどな。俺は驚いて、尻もちをついただけだ」

 

 ヤッケルは笑った。

 なんだか、ほっとした。

 どうやら、本当にあれは、ハルナン草が見せた幻覚だったのだ。

 そうでなけれは、ヤッケルがこんなに屈託なく笑うわけがない。

 レンも顔に笑みを漏らした。

 

「あんたらしいね。でも、よくやったわ──」

 

 レンはぽんとヤッケルの背中を軽く叩く

 

「あたしからも、お礼を言います──。狩りを手伝ってくれてありがとう。それに、心配をかけたのも……」

 

 レンはロウたちに頭をさげた。

 

「ヤッケルは、大した男だったよ、レンさん。クロスボウで一撃だったよ……。勇気もあるし、冷静だし……。そして、なかなかに頭もいいし……。俺はすっかり見直した」

 

 一郎が微笑みながら言った。

 

「ありがとう……。でも、お世辞を言わなくてもいいのよ。この人が意気地がないのは、十分に知っているから……。だけど、そういうところも含めて、あたしはこの人が好きなの──」

 

 レンは笑った。

 ヤッケルが「よせよ」と照れたように頭を掻く。

 イライジャをはじめとした女たちが、堂々のレンの告白に、ちょっと驚いたような顔をした。

 だけど、全員がほっとしたように柔和に微笑んだ。

 

 いずれにしても、夢でよかった──。

 本当によかった……。

 レンは心からの安堵の息を吐いた。

 

 それにしても、ハルナン草の花毒の見せた幻覚とはいえ、なんという夢を見るのだろう。

 あろうことか、アレックスの夢を見るなど……。

 

 アレックスになど、未練はないので、あるいは、あんな風に乱暴に扱われるのが、レンの隠れた願望だったりするのだろうか……。

 今度……いや、今夜にでも、ちょっとヤッケルにお願いしてみようか……。

 そんな変態的なことヤッケルは嫌がるだろうか……。

 

 いや、大丈夫だろう。

 この人が、とんでもない絶倫で好色なことは昨夜わかったし……。

 とにかく、昨日はすごかったし……。

 

 ちょっとくらい羽目を外したセックスだって、受け入れてくれるに違いない。

 レンはそんなことを思った。



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300 ある小さな結婚式

 ミウに魔道で作らせた祭壇を模した一段高い土の台に、華やかな衣装を身に着けたレンと、緊張しつつも凛々しい正装をしたヤッケルが並ぶ。

 その前に黒い服を身に着け、それなりの格好をした一郎が神官の代わりに立っている。

 

 ヤッケルとレンの結婚式だ。

 場所は、町の端にあるふたりの家の庭であり、集まっているのは若い人たちを中心としたこの町の住民たちだ。

 一郎の知っている結婚式とは異なり、近所住民が集まって行う野外パーティという感じだ。

 着飾っている者は半分くらいで、まったくの平服の者も多い。

 式典もどきをやっているこちら側に集まっている者の傍ら、庭の後ろ半分では、結婚式の中心の食材であるイノシシ料理が振るまわれていて、その周りで勝手に酒を飲んでいる者たちもかなりいる。

 

 一郎は、この世界に来てから結婚式など初めてだったが、神官を前にして婚姻の誓いをするとか、新郎新婦が挨拶をするとかという儀式めいたことをするのは、地位の高い貴族だけの習わしらしく、庶民の結婚式というのは、大抵は、家でパーティをして、近所の人を招待して宴会をさせ、自分たちが夫婦であると披露するだけなのだそうだ。

 貴族であれば、貴族名簿への転記のための届けであるとか、家同士の契約書のようなものを交わすことか、あるいは、権威付けのための式典などもあるが、庶民の場合はそんなことがあるわけもない。

 目の前のふたりを含め、一郎の女たちの全員に確認したが、儀式のほかにも、結婚式のときにどんなことをするのかという決まった仕来たりはないみたいだ。

 この地方では、夫になる方が宴の料理の材料を準備し、妻になる側は料理を振る舞うとともに、いまもレンが頭に乗っけている花冠をするというのはあるが、このシャデルワース地方全体の習わしですらなく、ヤッケルたちが暮らしている集落のみの風習らしい。

 

 また、一郎の元の世界とも異なり、戸籍のようなものが存在するわけでもなく、そもそも夫婦というのは、ふたりが夫婦だと宣言をすれば、それで夫婦になるのだ。

 従って、こういうお披露目のパーティが結婚式ということになるらしい。

 それで、紆余曲折あり、この結婚式の儀式そのものを一郎が仕切ることになり、一郎の司会でヤッケルとレンの結婚式の誓いの儀式をやっているということだ。

 

「では、誓いを……。おふたりは台の前に……」

 

 一郎は言った。

 後ろで飲んだくれている年配の男たちはともかく、急ごしらえの祭壇の周りに集まっている若い人たちは、一郎が取り仕切っている珍しくも厳かな儀式めいた演出に興味津々の様子である。

 特に、若い女たちは、目の前で行われている儀式に目を輝かせている。

 

「はい」

「はい」

 

 ヤッケルとレンが一歩前に進む。

 ざわついていた宴が静まり返る。

 ふと顔をあげると、着飾ったエリカ、コゼ、シャングリア、マーズ、イライジャがこっちを微笑んで見つめている。

 やはり、あの連中は目立つ。

 

 一郎の精を受けることによる恩恵には色々あるようだが、改めて見ると、最初に性奴隷にしたときよりも、女たちはずっと美しくなっていることは間違いない。

 それは肌の染みや皺が消滅したり、瑞々(みずみず)しくなったり、髪の毛の質がきれいになったりという、一郎が女の身体の悪い部分を消滅させることができるということ以上に、目鼻立ちがくっきりとなったり、肉体美が向上したりという細かいところまで変化しているようだ。

 さらに、毎日のように精を注ぐことで、女たちはどんどんと妖艶になり、たまらない色香を漂わせるようにもなっている。

 大して豪華な衣装じゃないが、ああやって着飾って化粧をし、装飾品まで身につけると、全員がまさに美女、美女、美女だ。

 それが並んでいる。

 ある意味、今日の主役のヤッケルとレンよりも、遥かに目立っている。

 

 一方で、結局、なんで一郎がこんな風に神官の役目をしているのかといえば、この世界の庶民の結婚式というのが、ただの食事会であり、儀式のようなことはやらないのだと教えられたことで、それじゃあ寂しいと不満を口にしたからだ。

 なら、どんなことをするのだと訊ねたイライジャに、一郎は誓いの儀式について話したら、ならば、一郎が神官役で司会と式典の仕切りをやれと、イライジャが言い出した。

 

 婚姻の誓いを取り仕切る者は神官でなくてもいいけど、それなりの権威のある者であるべきだと主張したのだが、ヤッケルもレンも、だったら一郎にやってもらいたいと熱望してきた。

 ヤッケルなど、クロノスの一郎にこそ、それをしてもらいたいと強く言った。

 また、一郎の出した式典のアイデアについても、レンが大乗り気になり、是非お願いしますと、抱きつかんばかりに仕切りを頼まれた。

 

 それで仕方なく、こうやって神官役をしているというわけだ。

 集まった者たちも、貴族が神官の前で行う本物の「結婚式典」など見た者がいるわけでもなく、儀式めいた宴の進行を感心した様子で見守っている。

 

(なんじ)、ヤッケルは、そのレンを妻とし、今日よりも良いときも、悪いときも、富めるときも、貧しいときも、健やかなるときも、病めるときも、愛し慈しみ、死がそれを分かつまで、生涯変わらぬ愛を誓うか」

 

「誓います」

 

 ヤッケルが少し上気した顔で言った。

 実のところ、一郎の前世界での職業経験には、ホテルで行う結婚式の牧師役の代行というのも含まれている。

 まったく宗教に縁のないアルバイトのような一郎に、牧師をさせるのだからいい加減なものだと思ったが、あのときもちゃんと契約の三箇月間、それをやって、そつなくこなした。

 その経験が、まさか異世界で役に立つとは思わなかった。

 

「続いて、レン……」

 

 一郎は厳かにレンに語りかけながら、ひそかに淫魔術を女たちに向けて淫気を飛ばす。

 淫気は一同にとっては、魔道遣いが魔力を飛ばすのと同じだ。

 送ったのは、女たちの装束の下に装着させている貞操帯だ。ディルドのようなものは挿入していないが、股間に喰い込んでいる革製の貞操帯の内側には、大小の半球の刺激物がたくさんあり、一郎の淫魔術で、それが女たちの敏感な場所を探して、振動しながら動き回るようになっている。

 それを動かしたのだ。

 イライジャが一郎に、式典の取り仕切りと司会を兼ねた神官役を押しつけたが、この貞操帯を受け入れることが、一郎が引き受ける代償とした。

 

 女たちは不満を口にしたが、最終的には受け入れた。

 客たちは気がつかないが、一郎の女たちが一斉に赤くなって、揃って身体をびくりと動かす。

 これだ、これ──。

 こういう愉しみがあれば、こんなことはいくらでも引き受けてもいい。

 

「んんっ」

 

 一郎の横のミウも身体を突っ張らせた。

 ほかの女たちは観客だが、ミウには見習いとはいえ、正規の神官ということで、今回は一郎の助手という役割を与えている。

 亜空間に収納していた見習い巫女の装束を身に付けさせて、神官もどきの一郎の横に立たせている。

 もちろん、貞操帯の股間責めは、十一歳のミウと言えども例外はない。

 貞操帯の内側の半球が、ミウの敏感な場所を容赦なくいじくりまくっているはずだ。

 

「んあっ、あっ……」

 

 ミウには次に使う儀式のための盆を持たせているのだが、それがかたかたと揺れている。

 このミウも、一郎が抱く前は、顔にいくらかそばかすのようなものがあったが、いまは完全に消滅して真っ白い肌だ。

 ちらりと見る。

 ミウの顔は真っ赤で、一生懸命に歯を喰い縛っている。

 さらに、ミウにも刻んだ刻印の刺青の二匹の蛇を動かして、ミウの小さな乳首まで昇らせ、舐めさせた。

 まだ、未発達だが、こうやって刺激させ続ければ、早晩、感じる胸になる。

 

「んんっ」

 

 ミウがくすぐったさに身体をもじつかせる。

 一郎は、素知らぬ顔をして儀式に意識を戻す。

 

「汝、レンは、そのヤッケルを夫とし、今日よりも良いときも、悪いときも、富めるときも、貧しいときも、健やかなるときも、病めるときも、愛し慈しみ、貞操を守り、死がそれを分かつまで、生涯変わらぬ愛を誓うか」

 

「誓います」

 

 レンが答える。

 周りに集まっている観客たちはうっとりとした感じで聞いている。

 一郎にとっては、平凡な結婚の誓いの言葉だが、耳慣れないこっちの世界の庶民には、まるで美しい詩の朗読のように聞こえるようだ。

 事前に練習のために女たちに披露したときにも、まるで歌のようだと口々に言っていた。

 

 どよめきのような声がだんだんと大きくなる。

 一方で一郎の女たちだけが場違いに顔を赤くしている。

 一郎は振動をとめてあげた。

 許したわけじゃない。

 あまり連続で続けても、慣れてしまって面白くないのだ。

 こういうものは、不意を突くのを愉しみつつ、少しずつ嬲っていくのが風情というものだ。

 そして、さんざんに焦らし抜き、全員を犯し抜くつもりだ。

 いつもの動きやすい服装ではなく、珍しくも着飾っている女たちだから、ひとりひとり貞操帯を外しながら、あの格好でやらせてもらうことにしようか。

 いや、いっそのこと、このパーティ会場の裏でひとりひとり犯すか?

 そっちの方が面白いかも……。

 そんなふしだらなことをちょっと思った。

 ところで、ミウの胸を責めている二匹の蛇だけはそのままだ。

 

「ふうっ、うっ、あっ……」

 

 ミウの甘い嘆息が耳に入ってきた。

 また、観客に混じる一郎の女たちは、それぞれに脱力している。

 

「指輪の交換を……。ミウ、前に……」

 

 一郎はぼうっとしている感じのミウに声を掛ける。

 

「あっ、はい」

 

 ミウが慌てたように、前に出る。

 すかさず、ミウも含めた女たち全員の貞操帯の内側を動かす。

 

「んんっ」

 

 見習い巫女姿のミウが背をぐいと伸ばすように全身を突っ張らせる。

 観客に混じっている女たちも一斉に反応をする。

 また、振動をとめる。

 がくりとミウが脱力する。

 実に面白い。

 

「さあ、まずはヤッケルから、レンさんの左手に薬指に指輪を……」

 

 一郎は促した。

 これも、一郎の前の世界の風習をそのまま持ち込んだ仕来たりだ。

 一郎に儀式は任せるということだったので、ただ誓いの言葉を交わすだけではつまらないと一郎は思い、結婚式の誓いの言葉とともに、指輪を交換し合うというのはどうかと相談した。

 ふたりは、変わった誓いの方法だと感想を言ったが、是非やってみたいと喜んだ。

 

 贈り物代わりに、指輪も一郎が準備した。

 ずっと以前に、エリカのピアスを作るために集めたアマダスの石の欠片が亜空間に残っていたのだ。

 それをミウの魔道で、ふたりそれぞれの左手の薬指に合うように、飾りのなかった安物の指輪の大きさを加工させて、石を嵌めたのだ。

 我ながら、急ごしらえとは思えない仕上がりだ。

 

「レン……」

 

 ヤッケルがミウが持っている盆から指輪をとった。

 レンの手を取る。

 指輪をすっと左の薬指に嵌めた。

 

 事前の話し合いのとき、なぜ左の薬指なのだと質問されたが、一郎は愛情の誓いと説明した。

 よくは覚えてはいないが、結婚式の牧師役の派遣社員をしたときには、そういう説明だったと思う。

 一応、新郎新婦から質問を受けたときのマニュアルがあり、そう書いてあったのを記憶をしている。

 左手は心臓に近く、すなわち、心に近いからであり、薬指には「愛情」の象徴だと説明した。さらに、指輪をどの指に嵌めるかによって意味が変わり、親指は「堅い意思」、中指は「幸運」、人差し指は「行動力」、小指は「変化」を向上する効果があるとも諭した。

 また、指輪は丸いので、愛が永遠に続き、そして繰り返すという意味もあると教えた。

 ヤッケルとレンは感嘆していた。

 

「あ、ありがとう、ヤッケル……」

 

 レンが感動したように息を吐いた。

 ヤッケルから嵌めてもらった指輪を見つめて顔を真っ赤にしている。

 よく見ると、薄っすらと目に涙まで浮かべていた。

 

「レンさん、さあ……」

 

 一郎は声をかけた。

 感動をして、ぼうっとしてたみたいだったレンがミウの盆から指輪をとる。

 ヤッケルの左手を取り、薬指に指輪を嵌めた。

 静まり返っていた観客たちが少しざわざわとするのがわかった。

 声を拾うと、これから結婚式を迎えようとしている女性とかが、自分たちのときもあれをやりたいとか言っているみたいだ。

 この一郎の思いつきの仕来たりが、この世界の結婚式の風習になれば、面白いかなあとちょっと思った。

 

「では、誓いの口づけを……」

 

 一郎は厳かに言った。

 

「えっ?」

「えっ?」

 

 ヤッケルとレンが驚いている。

 ここでみんなの前で口づけをすることについては、事前に言っていなかった。

 だが、全部一郎に任せると言ったのだから、まさか、拒否はしないだろう。

 一郎はにやりと微笑んだ。

 

「口づけをもって、ふたりの誓いは成熟する。さあ、ヤッケル、覚悟を見せろ……」

 

 一郎はヤッケルを促す。

 ヤッケルは戸惑いながらも、レンに手を伸ばした。

 

「レン」

 

「ヤッケル……」

 

 ふたりが口づけをした。

 わっと歓声があがり、一斉に拍手が沸き起こる。

 

「これをもってふたりは夫婦となった。天空神とその女神たち、女神に仕える精霊たち、そして、ここに集まる者たちのすべてが証人である」

 

 一郎は歓声を割るように大声で宣言した。

 

「ミウ」

 

 さらに声を掛ける。

 さすがに、魔道を練るのに邪魔になる淫魔術の悪戯はやめた。

 

「はい」

 

 手筈に従い、ミウが深呼吸してから、魔道を発動する。

 まずミウは、抱き合っているヤッケルとレンの周りに、たくさんの花を魔道で舞わせた。

 続いて、魔道の花火を連発して打ちあげる。

 わっという大歓声がさらに沸き起こる。

 盛大な盛りあがりとともに、一連の儀式が終わった。

 一郎たちは、とりあえず台からおりた。 

 

「ありがとう、素敵な結婚式だったわ。夢のよう……」

 

「お、俺からも感謝を……。本当にありがとう。ありがとう」

 

 レンとヤッケルが一郎に握手を求めてきた。

 一郎はふたりと握手を交わしながら、改めて祝福の言葉を贈った。

 同時に、静止していた女たちの貞操帯の内側を一斉に稼働させる。

 すぐ横のミウが「あんっ」と呻いて、内腿をすり寄せるのが視界に入った。

 

「じゃあ、みんなにも挨拶を……。俺たちは食事と飲み物をもらうよ。それと色々と宴で愉しませてもらう」

 

 一郎はミウの身体を軽く抱えるようにして、振動をちょっと強めにした。

 

「くっ」

 

 ミウががくりと姿勢を崩して、両手ですがりつくようにしてくる。

 だが、喧噪の中ではそんな不自然な態度も、ほとんど目立たない。

 

「じゃあ、ゆっくりしてね。絶対に帰らないでね」

 

「あんたのおかげで、思い出に残る結婚式だった。心から感謝を」

 

 レンとヤッケルが一郎に揃って頭をさげる。

 そして、人の輪の中に入っていった。

 あっという間にふたりがほかの友人たちに囲まれて姿が見えなくなる。

 

「ああ、ロウ様……」

 

 一方でミウが一郎の腕を両手でぎゅっと掴みながら、すがるような視線を送ってくる。

 顔を赤くして額に汗をかき、すっかりと淫情に襲われている表情だ。

 淫具に弄ばれて、できあがってしまったみたいだ。

 淫らな童女様だ。

 

「いい顔になったな。さすがは俺の性奴隷だ。大きくなって、俺だけのための痴女になってくれ。俺の前では痴女。ほかの男の前では貞節な女だ。どんどん、身体を開発していってやろう」

 

 一郎はミウの耳元に屈んでささやいた。

 

「は、はいっ」

 

 ミウが嬉しそうに破顔した。

 

「ロウ……」

「ロウ様」

「ご主人様」

「ロウ」

「先生……」

 

 すると赤ら顔で内腿を擦り合わせるようにぎこちない動きをする一郎の女たちが集まってきた。

 

「来たな。じゃあ、ひとりずつ、馬車の裏で貞操帯を外してやろう。順番が来るまで宴で愉しむんだ。勝手に座るなよ。命令だ」

 

 一郎たちの馬車は、レンたちの家の横にとめていて、このパーティ会場から見える位置にある。一連の宴が終わったら、今夜はそのままヤッケルとレンの家に泊まることになっていて、明日の朝、ここから出立の予定なのだ。

 結婚式当日の新婚の夫婦の家に泊まるなど遠慮したのだが、絶対にそうしてくれと、ヤッケルとレンに押し切られた。

 

 それはともかく、一郎はエリカ以外の貞操帯に淫魔術を注ぎ直して、ランダム設定にする。

 これで、いつ振動するのか、とまるのかは、強弱、緩急、継続時間は一郎にもわからない。

 何人かは脱力したようになり、ひとりはがくりと膝を割ってしゃがみ込みそうになる。

 

「あっ、ロウ、こ、これは……」

 

 両手を股間に当てて、座り込みそうになったのはイライジャだ。こっちは振動が強くなったのだろう。ほかの者はいったん静止したみたいだ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「とりあえず、エリカだな」

 

 一郎はエリカの手を取り、貞操帯を強く振動させる。

 エリカの股間には、さっき指輪交換で使ったのと同じアマダスの石の嵌まったクリピアスがある。

 そこに当たるように、貞操帯の内側の球体を振動させる。

 

「ああっ、やあっ」

 

 エリカが激しく反応して、一郎に抱きついてきた。

 一郎はミウから手を離して、エリカの腰を抱いて馬車側に向かうように歩きだす。

 

「また、エリカが最初ですか?」

 

 コゼが不満そうに口にしたのが耳に入ってきた。

 

「順番だ。次はコゼな」

 

 一郎はエリカを連れて会場から離れながら、背中越しに手を振った。 

 

「ロ、ロウ様、ちょ、ちょっと、お願いです。ぴ、ぴあすに当たって、あ、脚に、ち、力が……」

 

 一方で一郎に腰を抱かれているエリカが泣きそうな顔で哀願をささやいてきた。

 一郎は返事の代わりに、乳首ピアスも振動させてやった。

 ついでに、紋様の蛇も出動だ。

 服の下のエリカの肌に刺青の蛇たちを這い回らせる。

 待っている女たちの蛇も動かした。

 一斉に女たちの声があがるのが聞こえる。

 

「んあああっ」

 

 エリカが涙目になって、びくびくと身体を震わせたかと思うと、ぴんと身体を一度突っ張らせてから、その場で足をとめて、ついにしゃがみこんでしまった。

 さすがは、感じやすい身体のエリカだ。

 もう達したみたいだ。

 まあ、敏感なピアスを刺激されているから仕方ないか。ピアスを一郎に刺激されると、エリカはいつもよがり狂う。

 そうなるようになっているのだ。

 一郎は、刺青の蛇の一匹をエリカのアヌスに潜らせて、暴れさせた。

 

「ひいっ」

 

 エリカがしゃがんだまま、服の上からお尻を押さえて、甲高い悲鳴をあげる。

 

「立つんだ。さもないと、このまま放置して、最後尾に回すぞ」

 

 一郎は笑った。

 

「は、はいっ。立つ。立ちますから……。くううっ」

 

 エリカが一郎に抱きつくようにしながら、やっとのこと腰をあげた。

 

 

 

 

(第9話『狙われた婚約者』終わり)




 *


【婚姻の風習】

 ……。
 ……。
 ……以上のように、世界の婚姻式の風習には様々なものがあるが、多くの地で共通しているのは、結婚を誓った男女が婚姻式でアマダスの石の嵌まった指輪を交換するというものだろう。
 しかし、果たして、それがいつ頃の風習であり、いずれの地域から拡がったものであるのかは、はっきりとは伝わっていない。

 有力な説は、第二帝政直前のハロンドール地方のシャデルワースという町から派生したのが起源だとされるもの、古代ナタル森林のエルフ族の一部族が相互に魔道具を交換し合う慣習から派生したものであるとするもの、エルニア魔道王国時代の王族の婚姻式で王が妃に『所有』の意味のある腕輪を贈っていたのが、庶民の婚姻において指輪の交換という形式に変化したものであるという三つである。
 しかしながら、いずれも定かなものはない。

 ただ、前述のシャデルワースの町の古い風土を記録した文献には、アマダスの石を用いた指輪の交換をした最初の夫婦として、その地で長くふたりで教師を務めた、仲のよかったというヤッケルとレンという老夫婦の名が残っており、これが、現存している結婚式におけるアマダスの指輪の交換のもっとも古い具体的な事例ではある。

 また、同地には、前述の老夫婦の一族に伝わっていた家宝という一組のアマダスの指輪も博物館に残っている。一族では、贈り主は冒険者時代のロウ=サタルスだと伝わっていたということである。しかしながら、証明するものはなく、多くの歴史家も、数多くある何事もすべてをロウ=サタルス起源にしたがる作り話のひとつであろうと評価している。……。

 次に、古代ナタル森林のエルフ部族の伝承説を裏づける話としては、……。
 ……。
 ……。

 ……。



 マリー=レイジア著『世界の風俗』より


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301【人物紹介・一郎とその女たち】

 登場させていない内容を含み、設定等について支障のない範囲でまとめたものです。
 特に読まなくても問題ありません。

※1 年齢は最新話現在のもの
※2 この世界の平均的な人間族の体型は現代日本人並を想定し、エルフ族は欧米人並みを想定しています。それを目安にしてください。
 なお、身長とバストの単位は“センチ”としましたが、物語の世界で使われている単位とは異なります。




◯主人公

 

【ロウ=ボルグ (田中一郎)】

 

 36歳。男性。外観は人間族だが、アスカ(実際に術を行使したのはエリカ)に召喚された外界人(異界の人族のこと)。

 日本人。

 

 都心における中流家庭のひとり息子として生まれる。中学生のときに両親が交通事故死。伯父夫妻に引き取られるも、奨学金を利用して、全寮制の高校に入学。伯父の家族とは疎遠。

 高校卒業後、大手企業の工場勤務として就職するが、不況による人員縮小により20歳で退職。以降は人材派遣会社を転々して、様々な業種の経験を積む。

 30歳以降は、同じ人材派遣会社に登録したまま、主に介護職員として、人手不足の複数の介護企業の臨時職員を掛け持ちをする仕事をしていた。

 35歳で異世界に召喚されるまで、昼夜にわたる多忙な生活をしていて特定の恋人を持ったこともなく、女性経験のない童貞。

 

 アスカに召喚された影響で、淫魔術を覚醒し、さらに魔眼の能力を得る。

 その能力でアスカの恋人のエリカを性支配して、アスカから逃亡し、さらに移民を積極的に受け入れているハロンドール王国の王都に逃亡し、成り行きから、国王の後継者争いに助力することになり、王女イザベラや王妃アネルザの保護(性支配)も受け、イザベラが王太女となったのを契機に、一代限りの子爵(ボルグ家)の地位を得る。

 

 淫魔術で支配した多数の女たちを通じ、王都ではかなりの影響力を持つ。

 また、冒険者ギルドに所属しており、王国内に十人もいない(シーラ)ランクに認定されている。

 

 SM好きで好色だが、基本的に女性には誠実で優しい。

 

 身長175センチ。中肉中背で容姿は平凡。外見に特徴はない。

 髪の色は黒。

 性器の大きさも普通。

 

 ルルドの女精霊から授けられた「ユグドラの癒し(自然治癒力)」、妖魔将軍のサキから付与された「亜空間収納能力」を有する。

 

 得意は短銃。淫魔術の応用である粘性体を自在に操る力もある。

 

 

◯一郎の女たち:性支配の順

 

【エリカ】

 

 19歳。エルフ族。アスカの愛人だった美貌のエルフ娘。

 一郎が最初に支配した女。筆頭性奴隷。

 

 ナタルの森林に育った森エルフ。なお、褐色肌のエルフ族が「褐色エルフ」と呼ばれるのに対して、エリカのように肌の白い主種族は「白エルフ」とも呼ばれる。

 美男美女で知られる白エルフ族だが、その中でも群を抜いた美貌を持つ。さらに、愛されるほどに、さらに外観が美しくなる一郎の淫魔術の影響で外見に磨きがかかり、美しく妖艶で可愛らしい絶世の美女に成長した。

 

 髪は黄金色。もともと腰までの長い髪があったが、アスカからの逃避行に際して、目立たないように、髪を肩まで長さに切断した。いまは、その当時よりはやや長くなっていて、肩の後ろまである。

 身長173センチであり、エルフ族の女性としてはやや低い方。胸は89センチ。均整のとれた抜群のプロポーション。

 一郎の命令で、いつも丈の短いスカートしか身につけない。

 

 親を知らない孤児であり、「自由エルフの里」と称するカロリック公国に近い、大きな森エルフの里の孤児院で育つ。イライジャ、シズは孤児院時代の百合愛の仲間。

 その時期の名残で童女愛の強い性癖もあるが、基本的には性には受け身で被虐癖である。

 一郎に支配される前は、全くの男嫌いだった。

 

 イライジャが結婚して孤児院のあった里を出たことを契機に、カロリック公国に出て、狩猟で磨いた武術を生かして冒険者となった。

 しかし、アスカ(影)に気に入られてアスカ城に入り、一年ほどアスカの愛人になっていた。

 一郎に支配されて一緒に逃亡してからは、一郎一筋。

 

 両乳首とクリトリスに、一郎から贈られた「一番奴隷」の証であるアマダスの宝石の嵌まったピアスをつけている。

 

 性格は真面目で短気の傾向が強い。表裏のないさっぱりとした性質。羞恥心が強いわりには、感じやすい敏感な身体なので、一郎やコゼからよくからかわれる。

 

 得物は細剣と弓。特に弓は超一流。

 一郎による能力向上の恩恵後は、攻撃魔道の使い手にもなった。

 

 

【クグルス】

 

 淫魔に属する魔妖精。一郎から真名を支配された眷属一号。

 

 大きさは手のひら程度。髪はくせのない真っ直ぐで澄んだ青色。裸体に半透明の衣装を纏っているが、最近では魔道で多様に服装も変化できるようになっている。

 

 この世界で知られている小型の妖精は、淫魔の魔妖精のみであり、小さくて宙を自由に飛び回る姿は禁忌の生命体として人族に忌み嫌われている。

 

 人族の性愛で発生する「淫気」を捕食して生きる。

 

 淫魔には、魔妖精のように、人族同士を欲情させ、間接的に淫気を集める「魔妖精」のほか、人族の姿に変身して、直接に性交して淫気を貪る「サキュバス」「インキュバス」、夢を操って幻術により淫気を発生させて喰らう「夢魔」などが知られている。

 魔妖精は、淫魔の種族的にはもっとも低級種。

 

 真名は「ベルルス」。一郎の支配を受けて、クグルスと改名することになった。

 

 魔妖精は、女王体を中心とした集団的な生活をし、本来のクグルスは末端に属する「女兵」的な立場である。しかしながら、淫魔師の一郎に支配されたことにより飛躍的に能力があがり、実は女王体を凌ぐほどの力を駆使できるようになってきているが、本人は無頓着で軋轢の発生には気がついていない。

 

 好奇心が強く、無邪気で明るい。

 

 

【コゼ】

 

 21歳。人間族。

 元アサシンの逃亡奴隷。

 一郎を殺そうとしたときに支配された2人目の性奴隷。

 

 栗毛色の首までの短めの髪。155センチの小柄な体型。童顔なので、年齢よりもずっと幼く見える。バストは75センチで胸は小さい。

 一郎の周囲の女たちの中では、唯一、スカートではなく、動きやすい半ズボンをはいている。

 

 ハロンドール王国の南西部の小さな農村の生まれであり、10歳のときに、納税の金を作るために、親によって奴隷商に売られた。

 奴隷市でコゼを買ったのは、マニエルという闇奴隷を扱う商人であり、手先の器用さと目端の鋭さを見出だされて、マニエルの闇奴隷業を手伝うアサシンとして育てられた。

 

 奴隷の首輪で支配され、罪のない多くの善良な人間を殺めたことは、コゼのトラウマになっている。また、やはり、奴隷の首輪で強要され、マニエルの部下の男たちの共有の「厠女」にされていた過去も持つ。

 一郎に救出される前は、全てに絶望し、禁止されている死を望むだけの厭世観に捉えられていたが、一郎の淫魔術によって、記憶が甦らなくなる処置を受け、一郎に夢中な明るい性格に変貌する。

 

 暗殺術や暗器に秀でており、腰のベルトに短剣を二本差して、目にもとまらぬ早業で敵を攻撃する。

 瞬発力や敏捷性に長ける。

 また、一郎と暮らすようになってから、冒険者パーティーで探索役を任せられることが多いため、最近では一郎の淫魔師の恩恵により、探索術(シーフ)も覚醒した。

 

 一郎がこの世の全てであり、信仰に近い絶対的な心酔を一郎に向ける。

 内向的で人見知りの傾向も示すが、一方で、一郎や仲間内には、悪戯好きで甘えん坊の一面も見せる。

 嗜虐的な性癖の一郎の影響で、エリカなどに破廉恥な悪戯をすることが多々ある。

 

 

【シャングリア=モーリア】

 

 23歳。人間族。王軍騎士の爵位を持つ貴族女。

 モーリア男爵家の女であるが、騎士爵を持ち、家を独立して新たな貴族家を立てる権利も有している。

 自ら望んで一郎に支配された3人目の性奴隷。

 

 身長180センチで人間族の女としてはやや背が高い。バストは88センチの、すらりとした格好のいい体型。

 白銀色の腰までの長い髪。

 

 モーリア男爵家の嫡女として生まれるも、父親の死に際し、武門の一族の仕来たりから女性を一族の長とすることに反対され、一族衆の総意により、爵位を継ぐことができなかったという経験がある。

 そのことがあったので、自分が女であることを疎ましく思っていて、自他共に認める有名な男嫌いだったが、一郎に命を助けられたことが切っ掛けとなり、一郎にべた惚れて、押し掛け性奴隷になる。

 

 もともと禁欲的な性質だったが、一郎が嗜虐癖の好色だったことから、マゾ女に覚醒してしまった。

 肉体と精神の限界を超えるようなハードな責めが好みであり、一郎に強請って、首と乳房と脇の三箇所に小さな傷を残してもらっている。

 

 剣技に優れ、正統派の武芸の持ち主。

 男嫌いのお転婆女騎士として王都では有名だったが、一郎の女になってからは、性格も安定して短慮癖は消え、正論の通じる穏やかさも備えるようになり、最近では凛とした外見もあって、実は婚姻の申し込みがモーリア家に殺到しているが、シャングリアは全てを相手にせず、一郎の性奴隷を公言している。

 

 一郎のパーティーに属する冒険者であるが、王軍騎士団にも属する。

 男嫌いのシャングリアが一介の冒険者だった一郎に恋慕して、自分も冒険者になったことは、王都では知らぬ者のない艶話。

 

 

【シルキー】

 

 一郎に仕える屋敷妖精。雌。

 眷属2号。

 

 本来は高位魔道遣いにしか仕えない本能を持つのだが、一郎の精を受けたことで、なぜか眷属関係が成立してしまった。

 一郎たちが本拠とする通称「幽霊屋敷」に住み、屋敷の全てを管理する。

 屋敷に関することなら、ほぼ無限の魔道を駆使することができる。

 

 外見は人間族の10歳ほどの童女であるが、実際の年齢は不詳。黒髪。黒い色のメイド服装をしている。

 一郎との交合で、性愛のときの女の快感に目覚めた。

 

 

【ミランダ】

 

 61歳。ドワフ族の女。

 伝説の(シーラ)ランクの冒険者だったが、いまは王都冒険者ギルドの副ギルド長として、ハロンドール国内の全ての冒険者ギルドを管理する。

 一郎に押しきられて、愛人になることを承知してしまった4人目の性奴隷。

 

 童顔であり、ドワフ族特有の小柄な体型なので、外見からは人間族の10歳前後の童女にしか見えず、かつ、筋肉質ではあるものの、細身なので二本の大斧を操る無双の怪力であることは初対面ではほぼわからない。

 身長は130センチ、バスト85センチ。一郎はひそかに、「胸がでかい小学生の女子」と表現する。

 髪は茶色で、肩の後ろほどの長さの髪を通常は一本に束ねている。

 一郎に出会う前は、イザベラ曰く、肌が露わな品のない革の服を着ていることが多かったが、最近では、一郎が次々に贈っている人間族用の子供服を、文句を口にしつつも、実は喜んで多用している。

 

 大陸のずっと北側にある草原地帯にあるドワフの谷と呼ばれる集落出身であり、しかも、その集落に住むことを許されなかった貧民部落の子供として生まれ育った。

 兄弟は20人以上いるが、12歳にして独立するのが慣例だったので、全ての兄弟の顔を知っているわけでもない。

 冒険者となって生活が豊かになってから、一度故郷を訪ねたが、すでに両親、兄弟は行方知れずになっていて、その後の境遇はわからなかった。

 家族に大きな愛着もなく、ミランダも家族を探すような行為はしていない。

 

 55歳で冒険者を引退し、当時ギルド長だったエルザ姫(イザベラの姉、現タリオ公国第2公妃)に乞われて副ギルド長として、ギルド改革に着手し、現在はエルザを継いだイザベラ王太女に仕えている。

 

 性格は真面目で一郎の女の中では、羽目を外すことのない常識論的な発言をすることが多い。

 ただ、性愛については、押しに弱い側面があり、一郎にそれを見抜かれ、半ば強引に関係を強要されて、一郎の性支配を受けることになった。

 

 他者がいるときには、一郎には一線を画する態度をとるが、実は、ふたりきりのときには、一郎にかなり甘えた態度を示す。

 レイプまがいに一郎に強引に犯されると、かなり興奮もする。

 一郎は完全にそれを見抜いていて、しばしば、ミランダをレイプのように犯したりする。

 

 

【スクルズ】

 

 26歳。人間族。

 王都三大神殿のひとつである第3神殿の女神殿長。王国の歴史では、史上最年少の神殿長。

 5人目の性奴隷。

 

 身長165センチであり、人間族としては普通の背丈だが、細い身体のわりに、100センチの豊かな胸があり、かなりの巨乳の印象を抱かれる。

 

 ハロンドール王国の地方都市の商家のひとり娘として生まれ、童女時代にすぐに魔道の覚醒が認められるも、物心ついてすぐに両親が流行り病で死去し(魔道力が強かったのでスクルズは無意識に自己治癒により病を発症しなかったと考えられる)、両親と親しかった商人夫婦に養女として引き取られる。

 10歳で教団に入信して、教団法により養父母とは縁切りをしている。

 15歳まで教団の神学校の寮で暮らし、高位魔道遣い候補のみが行う「修行の秘法」では、同室のベルズ、ウルズ、ノルズとともに、自己の淫乱化のために百合愛に耽っていた。ただし、ベルズとともに、スクルズは責められ役であり、ウルズやノルズの嗜虐的な性苛めの対象でもあった。

 

 神学校卒業時の魔道力は、同世代では、ウルズ、ベルズに次ぐ三番目(当時はノルズはすでに教団を追放されていた)だったが、20歳の頃には、ふたりを上回る能力を示すようになり、三人の中では最も早く王都三神殿の筆頭巫女に任じられた。

 

 一郎との出会いは、三巫女事件でノルズの罠に嵌まり、処刑されようとしていたのを一郎から助けられたのが縁。

 それ以降、すっかりと一郎に魅せられてしまい、日参どころか、日に二度も三度も移動術でやってきては、一郎に甘えるということを繰り返すようになり、屋敷の女たちを呆れさせもした。

 

 ただし、表向きは、敬虔な神官で世間では通っている。

 しかし、実際は、一郎が白と言えば白、黒と言えば黒とする徹底した心酔ぶりであり、一郎を神のごとく崇める極端な態度を示す。

 

 得意技は、にこにこと笑って全てを誤魔化すこと。

 穏やかな性格と美しい外観で、美貌の女神殿長として、王都の一般民衆から絶大な人気がある。

 一郎に性支配されることで、女は全員が美しくなり、能力の大覚醒があるが、もっとも魔道力を上昇させたのがスクルズであり、王国一の魔道遣いという評判も得るようになった。

 

 

【ベルズ=ブロア】

 

 25歳。人間族。

 王都第二神殿の筆頭巫女。

 6人目の性奴隷。

 

 ハロンドール王国の名門貴族家のひとつであるブロア伯爵家の3女。嫡家から一名以上の神官を出すという代々の家訓により、幼少から神殿に入ることが定められていた。

 三巫女事件を切っ掛けに一郎の精を受けて、成り行きでそのまま一郎の愛人になることを受け入れた。

 一郎には心を捉えられているが、もっとも距離を置いている態度をとってもいる。

 

 身長162センチ、バスト80センチ。体型はやややせ形。髪は赤毛でくせ毛。おろせば腰の後ろまであるが、普段は苦労して後ろで丸めて編んでいる。

 

 神殿に入ったのは10歳。教団法により、貴族籍からは抜けているが、ブロア伯爵家とは円満な関係を続けており、神官としての立場のほかに、伯爵家の令嬢としての人間関係もある。

 しかし、貴族であることをひけらかすことはなく、誰であろうと変わらない態度をとる。

 

 スクルズに次いで、22歳で王都大神殿の筆頭巫女となる。スクルズの影に隠れる傾向があるが、魔道力にしても、巫女としての出世の早さにしても、周囲から群を抜いている。

 

 魔道研究に造詣があり、王都の若い魔道研究家や技術者を集める定期的なサロンも開いたりしている。

 

 一郎の女たちの中では、最も常識人。

 喋り方や態度は素っ気ない部分があるが、実は愛情深く、スクルズやウルズとの友情も大切にしているし、特に、幼児返りしてしまったウルズのことを誰よりも気にかけて面倒を看ている。

 

 性癖はもともとかなりのマゾ。

 

 

【ウルズ】

 

 25歳。人間族。

 7人目の性奴隷。

 

 スクルズ、ベルズに次ぐ出世の早さで王都第一神殿の筆頭巫女となったが、三巫女事件のときに一郎が、強引に魂から魔瘴石を引き剥がした影響で、幼児返りしてしまい、いまはもう一度成長をやり直している。

 幼児返りする前の記憶は完全に消滅していて(忘却ではなく、消失)、知能も行動も幼児そのものである。性格も以前とは全く異なる。

 一郎を“ぱぱ”として慕い、スクルズとベルズのことを“まま”と呼び母親のように接する。

 

 身長179センチ、バスト88センチ。

 完全な大人体形であり、人間族の女性としてはやや大柄。幼児退行する前は妖艶な印象を作っていたが、いまは動きにくい服装を嫌って丈の短い簡単な貫頭衣ばかりを好む。

 精神年齢が低くて羞恥心に乏しいので、どこでも脚を拡げるし、裸になっても恥ずかしがらない。

 髪は真っ直ぐな栗毛。腰までの長さがあったが。いまは本人が嫌って、それよりは短くなっている。

 

 普段は、一郎がスクルズに準備させた王都の第二の屋敷に匿われている。一郎たちは、本来の住まいである通称「幽霊屋敷」に対して、その屋敷を「小屋敷」と呼ぶが、貴族女がひとり住まいするほどの広さもあり、また、そこには、スクルズが眷属にした屋敷妖精のブラニーがいて、スクルズとベルズの不在間もウルズの面倒を看ている。

 

 もともとは男爵家の令嬢だったが、9歳で教団に入信したときには、すでに実家は零落しており、ウルズが11歳のときに、実家が没落して家族は四散。ウルズは貴族姓を失う。

 幼少の頃から魔道力が強く、入信当初は「神童」とも呼ばれていた。

 神学校卒業時には、スクルズやベルズよりも、魔道力に長けていたが、二十歳前後で高位魔道遣いとしての才能を一気に開花させたふたりに対して、ウルズには大きな成長はなく、彼女たちの魔道力の後塵を拝する立場となってしまい、それがウルズに大きな劣等感を与えてもいた。

 

 本来の性癖は、意地の悪い嗜虐癖であり、神学校時代は、スクルズやベルズに、散々に苛めのような行為を繰り返していたものの、現在はその面影は皆無。

 一郎に与えられる性交の快感が大好きで、一郎を無条件に慕っている。

 幼児退行の影響なのか、全身が超敏感になっていて、一郎が本気で愛撫をすると、数分で失神してしまうほどの快感を受けてしまう。

 

 

【ノルズ】

 

 26歳。人間族。

 三巫女事件を起こして、王都を騒動に巻き込もうとした工作員。

 一郎の性奴隷としては8人目。

 

 幼女の頃に、両親とともにデセオ公国からハロンドールにやって来た貧しい移民の子供。ハロンドールの地方都市で、最下層の暮らしをしていたが、両親が四歳のときに失踪。孤児となる。

 三巫女事件のときに、「死の呪術」にかけられてたノルズを助けるために、一郎が強引に犯して自分の支配下にした。

 ただし、現在は失踪中であり、一郎もその行方を知らない。

 

 身長は160センチで、四人の中では最も背が低い。バストは80センチ。

 髪は黒。神学校で過ごしていた時代は肩の後ろまで髪があったが、三巫女事件で再会したときには、短髪に近い髪になっていた。

 

 10歳のときに、某地方神殿長の紹介で神殿界に入信する。

 当時、すでに高位魔道遣いに覚醒しており、高位魔道遣いとしての教育施設に入る。

 スクルズ、ベルズ、ウルズはその神学校時代の同窓生。

 高位魔道師となるための「修行の秘法」により、四人は性衝動を高め合うための少女同士の百合愛の関係になったが、ノルズはウルズとともに、専ら責め役。ただし、羽目を外しがちで、ともすれば寝室以外に「責め」を持ち出し気味だったウルズを冷静にたしなめるのがノルズの役割だった。

 

 

【サキ】

 

 妖魔族。仮想空間術を駆使する女妖魔であり、百匹を超える支配者格の眷属がいて「妖魔将軍」の異名もある。

 一郎の魔族の眷属としては、魔妖精のクグルス、屋敷妖精のシルキーに次いで三人目となる。性奴隷の支配としては、9人目(クグルス、シルキーは除いている)。

 

 非常に魔道力が高く、外見を好きなように変えられる。

 一郎と最初に出逢ったときには、豊満な肉体をした頭の横に二本の横角を生やした姿だったが、別段、それが本来の姿というわけでもない。

 眷属たちを支配するときには、四肢に体毛を生やした毛深い姿になる(未出)。

 しかし、現段階では、一郎の指示で王国の寵姫として後宮に入り込んで、国王の見張りをしているので、人間族の絶世の美女の姿になっている。

 人間族の姿のときの身長は190センチ、バストは95センチであり、妖艶な女性姿である。髪の色は濃い茶色。真っ直ぐで腰の括れまである美しい髪。

 

 かつて、人族に異界に封印された魔族の末裔であり、本来は魔族は封印されている異界から出て来られないのだが、サキの場合は、仮想空間の力でこちら側を自由に行き来できる「書物」を作り、それによって出入りをしていた。

 その書籍が、こちら側では不思議な魔力のこもっている魔道書物として扱われていて、それが一郎の前に幽霊屋敷で暮らしていた主人の蒐集品の中に混じっていたため、偶然に淫魔力を注いでしまった一郎により、サキの仮想空間とこちら側が繋がってしまった。

 

 リンネと名乗っていたが、真名は「リュンネガルト・ゴーテンバウム・サキュテスト」。真名を見抜いた一郎に支配されてしまい、一郎の眷属となった。

 現在では、一郎の精を受け、淫魔術でも支配されている。

 

 後から一郎に支配されたチャルタとピカロを眷属のように扱ってもいる。

 表向きには、海を越えた異国の姫君ということになっている。

 後宮で暮らすようになってからは、王妃アネルザと非常に仲がいい。

 

 

【シャーラ=ポルト】

 

 28歳。エルフ族。

 イザベラに仕える護衛長。

 イザベラが王太女となる以前は、侍女長という立場で護衛をしていた。

 性奴隷としては、10人目。

 

 もともとは、森エルフ族の神官貴族の嫡女であるが、森エルフ族の掟により、女性では神官になれなかったため、家を継ぐこともできず、15歳の成人を機に、半ば家出同然にナタルの森を出てから、世間を流浪した後、約5年ほど前に、ハロンドール王国の王都に旅の冒険者としてやってきた。

 武術にも魔道にも長けていて、「魔道戦士」の尊称で呼ばれる。

 一郎に接近しようとしたイザベラ王女の操を守るために、一郎を始末しようとしたが、一郎に返り討ちに遭い、性支配をされてしまった。

 

 身長は180センチでエルフ族として一般的な女性の身長。バストは80センチ。全体としてはスレンダーな印象。

 髪は銀色。髪は真っ直ぐで長くすれば腰まである。ただし、侍女時代は後ろで結っていた。

 

 王都にやってきたとき、冒険者登録としては、すでに、(ブラボー)クラスであったが、当時ギルド長だったエルザ(当時19歳)に見出されて、まだ幼かったイザベラ(当時12歳)の身を守るために、侍女としてそばに仕えることを頼まれた。

 それ以降、イザベラに忠誠を尽くして、キシダイン派に命を狙われるイザベラを一身に守り続けた。

 

 キシダイン派との闘争時代に、一度誘拐されて拷問を受けたことがある。処女を失ったのはそのときだが、ふたりの拷問者がシャーラを犯すことで隙ができたため、そのふたりを殺して自力で脱走した。

 その経験があったので、そもそも男との性行為に興味はなかったが、一郎の支配を受けたことによって、だんだんと被虐癖に染まってきつつある。

 

 

【イザベラ=ハロンドール・ハロルド】

 

 17歳。人間族。

 大国ハロンドール王国の第三王女にして、現在の王太女。

 キシダイン派から身を守るために、一郎の助力を得ようとして、自分の身体を代償に望んで性奴隷になった。

 一郎の11人目の性奴隷。

 

 身長160センチ、バスト75センチ。少女体形。

 髪は黒で長さは腰まであるが、胸の後ろくらいになるように整えられていることが多い。髪型は変化に富む。

 

 国王ルードルフには、三人の王女しかいないが、イザベラは三人目。しかしながら、長女のアン王女、次女のエルザ王女にまったく魔道力がなかったので、幼いころから次期国王候補ではあった。

 しかしながら、母親の階級が低く、一方で王国の二大公爵家の後ろ盾を持っているキシダインの台頭により、父親のルードルフ王の優柔不断もあり、なかなか第一王位継承権を得ることができないでいた。

 

 このことは、イザベラを生命の危機に陥らせることにもなる。

 即ち、王国の有力貴族の多くを後ろ盾にするキシダインであったが、本来の血筋であれば、第一王位継承権はイザベラである。

 それでいて、国王はキシダインにも、イザベラにも王太子の地位を与えなかったので、キシダイン派としては、イザベラがいなくなりさせすれば、間違いなくキシダインが王太子に任命されるという状況になっていた。

 

 イザベラ暗殺の企ては、イザベラが成人するとともに、いよいよ顕著となり、王宮にも貴族界にも味方のいないイザベラは、王族を名目のギルド長とするというハロンドール冒険者ギルドの慣習によって、ギルド長だった自分の立場を利用し、当時、実力のある新人冒険者としての名声をあげつつあった一郎に近づき、一郎の愛人になることで、自分の身を守らせようとする。

 当初は、間に入ったシャーラやミランダの反対により、身体を捧げることは自重させられたが、その直後に、キシダイン派から毒殺されかけて死の危険に陥ったことから、ふたりが一転して、一郎の助力を得よと主張し、一郎に抱かれて、味方にさせることに成功する。

 イザベラを愛人にするや、一郎はキシダインとの闘争に積極介入し、キシダインを失脚させ、イザベラを王太女にする。

 

 王太女就任直後は、一郎はイザベラが自分の女であることを隠していたが、タリオ大公のアーサーが、イザベラの夫の地位を狙っていることを知ると、世間に自分がイザベラの愛人であることを公言するようになる。

 

 勝ち気で気も強いが、性愛に関しては完全に受け身であり、一郎の破廉恥な責めにも、諾々と従う。

 プライドの高さが表に出ることは多いが、一郎に対しては従順。

 

 王都ハロルドの執政者としての「ハロルド公」、冒険者ギルド長の立場を兼務する。

   

 

【アネルザ=マルエダ・ハロンドール】

 

 45歳。人間族。

 現ハロンドール王国の正王妃。

 ローム三公国との国境を守備するマルエダ辺境候の嫡女。

 一郎の性奴隷の12番目。

 

 18歳にして、当時王太子だったルードルフの正妃として嫁ぎ、ルードルフが国王になって以降は、国王代行として高い権力も行使するようになっている。

 ルードルフの三人の娘のうち、長女アンのみが実子であり、魔道力がないために王位継承権を失ったアンを不憫に考え、アンをキシダインに嫁がせて、キシダインを国王にすることで、自分のように、アンを王妃としての権力を与えようと企て、イザベラと対立した。

 キシダインとの後継者闘争の中で、アネルザを調略しようとした一郎に強引に性支配され、それ以降は、一郎に全面的に従うようになった。

 

 身長は180センチ、バストは110センチの豊満な体形。

 

 正王妃ではあるものの、ルードルフには、国王としても、王家の長としても、男としても完全に見限っており、厭世的になっていたが、一郎に支配されることで、「人物鑑定力」が覚醒したこともあり、一郎こそ、英雄“クロノス”の素質があると思い込み、絶対的な信頼と支持を与えるようになり、実子のアンのみでなく、イザベラ、ひいては王国の将来も託すべきと考えるようになっている。

 

 元来の性癖は嗜虐癖であり、多数の性奴隷を保有し、また、ルードルフとの性愛も、専ら責め役だったが、一郎からは、完全な“マゾ”として調教されている。いまは奴隷宮も解散させた。

 一郎の淫魔術により、クリトリスを小さな男根に変化させられ、「ふたなり化」の処置を受けている。

 生やされている男根は子供のもの並であるが、その根元に射精を妨げる淫具を装着させられていて、いまでも一郎から射精管理を受け続けている。

 

 

【マア】

 

 62歳。人間族。

 タリオ公国出出身の女豪商であり、世界中を相手に商売をする交易商でもある。

 自由流通で国力を飛躍的に向上させた商業協会主のひとり。

 

 キシダインから力を削ぐことに暗躍をしていた一郎から、キシダインの資金源になっていることを見抜かれ、キシダイン派から引き抜くために乗り込んだ一郎に犯されて、性奴隷にされた。

 13番目の性奴隷。

 

 身長160センチ、バスト80センチ。

 髪は茶色。老女の外見を装うときには、頭の後ろで丸めているが、若い外観のときには、髪をおろしてリボンで束ねている。

 

 もともと、年齢相応の老いた外観だったが、一郎に性支配されたことにより、見た目の若さを取り戻した。

 それ以降、一郎に心酔しきっており、一郎の寵愛を失うことで、外観の若さを失うことに恐怖さえ抱いている。

 若返った外観は30歳前の美女であるが、スクルズが整えた魔道具の「欺騙の首輪」により、普段は老女姿の外観を装えるようにもしている。

 

 一郎は彼女を「おマア」と呼ぶ。

  

 商人としては叩きあげであり、女豪商に一代に成りあがった。

 ハロンドール王国を流通の力で支配しようとしたタリオ大公アーサーの目論見により、商業ギルドによる支配が主流のハロンドール王国に、自由流通協会の会長として、複数の商会とともに派遣された。

 ただし、実際には、流通施策については、アーサーよりも、第2公妃のエルザと昵懇である。

 現在は、アーサーの王国工作の一環として、一時的にタリオ公国に帰国を命じられた。

 

 一郎の淫魔師の恩恵によって、商人としての能力が大覚醒した。

 

 

【ラン】

 

 19歳、人間族。

 現在は、ハロンドール王都の冒険者ギルドの職員であり、ミランダの片腕。

 

 もともと、下町の料理屋で給仕をしていたが、操り術を駆使するジョナスに騙されて、ルロイという商人に売られ、さらに闇奴隷として売り飛ばされた。

 マアを味方にしたことで、ルロイの存在を一郎が知り、一郎の仲介もあって、奴隷身分になっていたランをミランダが、ギルドに所属する奴隷として身請けした。

 そのことを恩に思ったランが、一郎の性奴隷になることを望み、一郎が受け入れたことにより、14人目の性奴隷になった。

 

 身長155センチ、バスト81センチ。

 中肉中背であり、外見は平凡。髪は栗毛。長さは肩の下程度。

 

 一郎の性支配による能力覚醒で、高い業務処理能力が身につき、現在ではミランダの片腕として、複雑な書類仕事や事務管理、ギルド運営に携わるようになっている。

 

 すでに奴隷身分からは解放されている。

 

 

【トリア=アンジュ―】

 

 18歳。人間族。

 イザベラの侍女のひとり。

 

 キシダインの抗争激化当時、イザベラには、女官長以下十人の侍女団がいたが、キシダインの手が伸びかけたため、裏切りを防ぐために、全員まとめて一郎に性奴隷にされた。

 トリアもそのひとり。

 下級貴族のアンジュ―男爵家の次女であり、実家の家計を援助するために、イザベラ付きの侍女になっていた。

 一郎の精を受けた順番は、一緒に抱かれたノルエルの後なので、順番としては。16人目の性奴隷ということになる。

 

 身長165センチ、バスト81センチ。髪は栗毛。

 

 好奇心が高く、王女を度々、夜這いする一郎には興味を抱いていて、一郎の性支配を受けるのが、イザベラの侍女を続ける条件だと申し渡されたとき、一番に手をあげた。

 また、実家のアンジュー家には、当時、キシダインの息のかかった商人に借金をしていて、キシダインの手の者から、イザベラに毒を盛れと脅されたことについても、自ら一郎に告白もした。

 商家出身のノルエルという後輩侍女と、百合愛の関係にあった。

 

 一郎の精を受け、「観察分析力」が覚醒した。

 

 

【ノルエル】

 

 16歳。人間族。

 イザベラの侍女のひとり。

 

 中級の商家の娘であり、王宮の小間使いだったが、キシダインやアネルザに疎まれることを嫌った貴族たちがイザベラの侍女を出し渋ったため、侍女が不足し、そのため身分の低い召使いから引きあげて侍女とすることになったが、彼女もそのひとり。

 侍女の中では、最初に一郎の精を注がれて支配を受けた。

 15番目の性奴隷。

 

 身長152センチ、バストは72センチ。胸はほとんど膨らんでいない。

 

 気が弱く、従順であり、性愛に好奇心の高かったトリアに目をつけられて、百合の相手をさせられていた。

 トリアからは、「人形遊び」という名の調教を強要されていて、トリアの命令に従って、自慰をしたり、愛撫を受け入れたりという倒錯的な遊び相手になっていた。

 喋り方は、おどおどと大人しい感じ。

 

 一郎の精を受けて、「発想力」が覚醒。

 

 

【オタビア=カロー】

 

 19歳。人間族。

 イザベラの侍女のひとり。

 カロ―子爵家の次女。

 

 先天性の全身性感帯という敏感な肌を持つ。

 キシダイン派に引き込まれた実家が、キシダイン派の貴族に長女を行儀見習いとして差し出しており、その姉を人質にされて(人質にされていると思い込んでいたが、実際には姉のナディア=カロ―は、積極的に暗殺工作に携わっていた)、イザベラに毒を盛ることを強要された。

 共犯のダリアとともに、自殺するつもりだったが、乗り込んできた一郎に見抜かれて、自殺を阻止された。

 17番目の性奴隷。

 

 身長156センチ、バスト76センチ。

 髪は茶色。

 

 他人に肌を触られると、簡単に絶頂してしまう奇病にかかっている。

 そのため、常に長袖と手袋が手離せない。

 他人との接触を怖れており、一郎が性支配をする以前は、身近に置くのは、幼いころから一緒のダリアくらいのものだった。

 

 性質は従順で、気が弱く強い言葉には逆らえなくなるところがある。さらに先天性の全身性感帯として、怖ろしく感じやすい身体をしており、彼女が一郎と出逢うまで処女だったのは「奇跡」だと一郎が感じたほどである。

 

 一郎の性支配により、「洞察力」を覚醒した。

 

 

【ダリア】

 

 18歳。人間族。

 イザベラの侍女のひとり。

 代々カロ―家に仕える侍従長の長女。

 

 先天性全身性感帯という病気であるオタビアを守るために、幼いころから従者役をしている。

 オタビアがイザベラの侍女として宮廷にあがるようになったときも、オタビアを守るために、同じ侍女という立場でついてきた。

 オタビアとともに、追い詰められてイザベラの皿に毒を塗った。

 18番目の性奴隷

 

 身長165センチ、バスト75センチ。やや痩せ型。赤毛。

 

 「主人」であるオタビアを誰よりも想っていて、本人に自覚はないが恋愛感情に近い心を寄せてもいる。

 オタビアとともに、性格は大人しい。

 

 一郎の性支配によって、「記憶力」を覚醒し、イザベラ暗殺に直接に動いたのが、王国南方の重鎮であるデュセル侯爵の家人であることを思い出して、一郎に告発した。

 

 

【ヴァージニア】

 

 40歳。人間族。

 イザベラ王太女の女官長。

 19番目の性奴隷。

 

 王宮では超堅物で通っており、男寄せをさせない地味な姿だったが、本来はそれなりの美女。

 一郎の精を受けてからは、肌の若さを取り戻して、女性らしい化粧などもするようになったので、王宮の男たちを震撼させてもいる。

 

 身長180センチ、バスト88センチ、髪は栗毛。

 スタイルはいいが、以前はそれを隠していた。

 

 若い時期に王宮務めを始めたばかりの頃に、外食をしているときに意気投合した見知らぬ美男子にひと目惚れをして、夜をともにした経験がある。だが、それは堅そうなヴァージニアを堕とせるかどうかの賭けであり、朝になり雪崩れ込んできた男の友人たちにショックを受け、それ以来、男とは無縁の人生をすごすと決めた。

 

 最初に一郎に抱かれたとき、一郎に屈服すれば、一郎の「雌犬」になるという賭けをし、完膚なきまでに一郎に墜ちてしまった。

 いまでは、一郎の前になると、無条件に四つん這いになるほどに、完全に一郎の調教に目覚めた。特に首輪プレイが好き。

 

 一郎は、ヴァージニアのことを「ヴァジー」と呼ぶ。

 

 淫魔師の恩恵で「判断力」を覚醒。

 

 

【クアッタ=ゼノン】

 

 20歳。人間族

 イザベラの侍女のひとり。

 ゼノン子爵家の次女。

 

 一郎の20番目の性奴隷。

 

 身長165センチ、バスト78センチ。髪は赤茶。

 お喋りで明るい。ユニクとは幼馴染。

 

 一郎の性支配で「説明力」を覚醒。

 

 

【ユニク=ユルエル】

 

 22歳。人間族

 イザベラの侍女のひとり。

 ユルエル子爵家の次女。

 

 一郎の21番目の性奴隷。

 

 身長165センチ、バスト80センチ。髪は栗毛。

 甘えた口調の喋り方する。

 

 一郎の性支配で「調整力」を覚醒。

 

 

【セクト=セレブ】

 

 22歳。人間族

 イザベラの侍女のひとり。

 セレブ男爵家の次女。

 

 一郎の22番目の性奴隷。

 

 身長172センチ、バスト82センチ。髪は黒毛。

 

 料理が好きだったが、一郎の性支配で王宮調理長を遥かに上回る料理力に覚醒した。

 

 

【デセル】

 

 17歳。人間族

 イザベラの侍女のひとり。

 豊かな豪農の娘であり、本来は王太女の侍女になれる身分ではないが、不足するイザベラの侍女にあてがうために、王宮に出入りする小間使いから抜擢された。

 

 一郎の23番目の性奴隷。

 

 身長171センチ、バスト85センチ。髪は茶色。

 読書好きで性格は地味で大人しい。

 

 一郎の性支配で「教養力」に覚醒。

 

 

【モロッコ=テンブル】

 

 15歳。人間族

 イザベラの侍女のひとり。

 武門の家であるテンブル騎士爵家の長女。

 

 一郎の24番目の性奴隷。

 

 身長180センチ、バスト85センチ。髪は銀色。

 

 剣技が好きで、幼いころから修練をしていたが、男にかなうほどの剣技は身に付けられず、王宮に女官として入った。

 ほかの女たちと同様に、イザベラ付きの侍女として引き抜かれた。

 

 一郎の性支配により、戦士レベルがあがり、いまでは相当の実力を保持するようになった。

 

 

【アン=ハロンドール・ラングール】

 

 24歳。人間族。

 ハロンドール国王ルードルフと王妃アネルザにあいだに生まれた王女。キシダインに降嫁していたが、一郎の工作でキシダインが失脚したとき、暗殺される直前に離縁し、ラングール公爵の養女になる形式でキシダインから籍を抜き、現在はスクルズが神殿長をする第三神殿の預かりとなっている。

 アンにかけられていたキシダインによる呪術を解いて、奴隷妻状態から救出するために、一郎が性の支配を刻み、一郎の25番目の性奴隷になった。

 

 身長160センチ、バスト90センチ。髪は茶色でおろすと長いが、大抵は結っている。

 

 性格は大人しく従順。そして、善良。

 優しい女性であり、王宮の王女時代は誰からも慕われていた。

 全く魔道力がなかったため、三人の王女の中ではもっとも血筋がよかったが、王位継承権を得ることができなかった。

 そのため、王妃アネルザにより、王太子候補だったキシダインの妻になるように勧められ、それに応じた。

 だが、女性差別主義者であるキシダインは、アンを監禁して、徹底的に苛め抜き、自分に逆らうことのできない奴隷のように扱った。

 時には、キシダインの政治工作のために、有力貴族に性奉仕するということもさせられた。

 

 キシダインは、アンを不当に扱っていることを隠すために、アンの味方になりそうな侍女たちを次々に殺していったが、ノヴァは唯一残った侍女。絶望的なキシダイン家における暮らしの中で、アンとノヴァは心を寄せ合い、愛し合う関係になった。

 

 一郎の救出を受けてからは、明るさを取り戻して、一郎を慕うようになっている。

 ただし、一郎はノヴァとの一心同体の関係がこれからも続くように、淫魔術によってアンとノヴァの快感共有をさせており、しばしば、それを活用した一郎の悪戯を受けたりもしている。

 

 一郎のことを「ご主人様」と呼ぶ。

 

 淫魔師の恩恵により、「無自覚の直観力」を覚醒していて、一郎は方針の決定に迷ったときなどに、そのアンの能力を活用することもある。

 

 

【ノヴァ】

 

 18歳。人間族。

 アンの侍女にして、恋人。

 

 アンの侍女になったのは、アンがキシダインに嫁ぐ直前であり、両親は庶民。そのため、キシダインによるアンの侍女たちの粛清からは免れていた。

 また、ノヴァを殺してしまうと、監禁しているアンの世話をする者がいなくなることもあり、キシダインはノヴァを殺しはしないでもいた。

 

 身長155センチ、バスト79センチ。髪は茶色。

 

 キシダイン家にいるあいだは、アンを見張るキシダインの部下たちから、性的虐待を受けていた。そのため、身体は傷だらけで、髪も末端を切り刻まれていてぼろぼろだったが、いまでは、傷ひとつない美しい肌に戻り、髪も肩までの綺麗な状態に生え揃えている。

 

 アンとともに、一郎に救出された。

 26番目の性奴隷。

 

 一郎の性支配により、「無自覚の強運」の能力を覚醒した。

 

 

【ピカロ】

 

 サキュバス。

 眷属4番目。性奴隷の支配としては27番目。

 

 身長150センチ、バストは85センチ。少女体形であるが、乳房は大きい。

 髪は薄緑色。

 

 一郎に支配されて、ルードルフの寵姫として後宮に送り込まれている。

 クグルスと同様に、人族に淫気を食料とするが、チャルタとともに直接に交わることにより、人の淫気を奪う。

 交わった人族を支配する能力がある。

 

 性格は軽薄。

 

 

【チャルタ】

 

 サキュバス。

 眷属5番目。性奴隷の支配としては28番目。

 

 身長155センチ、バストは85センチ。外観はピカロに似ている。

 髪は薄桃色。

 

 一郎に支配されて、ルードルフの寵姫として後宮に送り込まれている。

    

 

【ビビアン】

 

 36歳。人間族。

 タリオ公国の諜報員だが、屋敷妖精を手に入れろというタリオ大公アーサーの指示により、ハロンドール国内の廃神殿に潜入調査をし、そのときに男淫魔に捕らわれてしまっていたところを、たまたまクエストで調査にやって来た一郎たちに助けられて、最初の関係を結んだ。

 多淫の癖があり、数限りない異性との身体の関係を結んでいる

 

 タリオ公国のアーサーに仕えている。しかし、施政者としてのアーサーは認めているが、男しての女扱いについては、アーサーを軽蔑している。

 

 アーサーがアンやイザベラに手を出そうとしたことから、一郎とアーサーが対立し、アーサーの指示で一郎を陥れる材料となる情報を集めようとしていたが、一郎に見抜かれて犯され、逆スパイにさせられた。

 29人目の性奴隷。

 

 身長170センチ、バスト90センチ。髪の毛は銀色で短髪だが、変装の名人でもある。

 いまは、ハロンドール工作から離れて、カロリック公国工作を命じられている。

 

 

【シズ】

 

 19歳。人間族とエルフ族のハーフ。

 見た目は小柄である以外は、エルフ族の外観なのだが、まったく魔道は遣えない。

 イライジャやエリカとは、孤児院時代の幼馴染であり、百合愛の関係。

 苛められっ子だった子供時代をイライジャとエリカから救われたことから、ふたりを心から好きだった。シズは三人の関係が永遠だと信じ込んでいたが、イライジャとエリカが成人とともに、あっさりと里を出ていったことで、捨てられたと恨み、当時女同士の恋人だったゼノビアに頼んで、エリカに復讐しようとした。

 

 一郎がエリカを助けるときに、お仕置きとして性支配された。

 30人目。

 

 身長160センチ、バスト74センチ。色気に乏しい美少年的なイメージ。

 

 一郎にお仕置きをされてからは、一郎を極端に怖がっている。

 性癖はマゾ。

 

 

【ゼノビア】

 

 23歳。人間族。

 傭兵でもあるが、“恨み屋”という復讐請負人のようなこともしていた。

 シズとは女同士の恋人関係にあり、シズの依頼でエリカに手を出そうとした。

 魔道遣い、アサシン、毒遣いなどの能力もある。

 

 シズ同様に、一郎にお仕置きとして犯されて、一郎に性支配されてしまった。

 31人目。

 

 身長178センチ、バスト85センチ。髪は栗毛で無造作にひとつに束ねている

 頬に薄い傷もあり、ワイルドなイメージ。

 

 性癖はしつこく責める同性愛。

 

 

【イライジャ】

 

 21歳。褐色エルフ族。

 エリカと同じ孤児院で育った姉的存在。

 武芸や魔道は、エルフ族の平均的な能力からは低い方に入るが、幼い頃からリーダーシップはあり、人を率いるタイプ。

 一郎とは、エリカとともに逃避行の途中で、褐色エルフの里に訪ねてきたときに、一郎がイライジャを助けたのが縁。

 

 一度結婚をしていたが、一郎と会ったときにはすでに未亡人になっていた。

 さっぱりとした気性の持ち主であり、自分を助けるために生まれて初めての人殺しをしたという一郎への恩を返そうと、せめてと思って身体を許したのが最初の関係。

 

 その後、一度別れたが、ユイナが人間族に奴隷として売られるという侮辱刑を受けると、そのユイナの競りに参加してもらうために、一郎を説得しに、ハロンドールの王都までやってきた。ユイナは亡夫の姪。

 

 身長180センチ、バスト85センチ。

 髪は黒で長い。

 

 再会の際に、ユイナを受け入れてもらうことを条件に、一郎の性支配を受けることに応じた。

 32人目。

 

 一郎の支配により、「交渉力」を覚醒。さらに「緊縛術」の能力もあがる。

 

 誰とでもすぐに打ち解ける人懐っこい一面がある。

 

 性癖は責め。

 縄責めが得意。

 

 

【マーズ】

 

 16歳。人間族。

 闘奴をしていて、王都でも有名な少女闘士だったが、興行主の死により、遺産を相続した息子から闇奴隷として処分されそうになっていたのを一郎により助けられた

 33人目の性奴隷。

 

 闘うことにしか興味がなく、自分の身体を鍛えるのが趣味。

 身長195センチ、バスト120センチ。

 筋肉質で少女とは思えない大柄であるものの、胸だけは女性らしい。性に関しては従順で、なんでも一郎のことに従う。

 髪は茶色で肩の上まで。

 

 一郎とクエストで戦ったことがあり、しかも負けたと思い込んでいて、それ以降、一郎を「先生」と慕っている。

 

 

【ミウ】

 

 11歳。人間族。

 まだ童女体形だが、不安定な魔道を安定させるために、一郎が性支配した。

 34人目。

 身長は120センチ。まだ胸は膨らんでいない。髪は黒。

 

 クライド事件のときに、馬車で行商をしていた両親を目の前で殺され、ミウ自身も性虐待を受けた経験がある。

 救出した一郎が、ミウの魔道遣いとしての高い能力を見抜いて、スクルズに保護と魔道遣いとしての修業を依頼していた。

 一郎たちのナタル森林への旅に際して、パーティに加わって同行することになった。

 

 自在型(フリィリー)という魔道遣いとしては恵まれた体質であり、一郎の淫魔術の恩恵による能力向上もあり、高位魔道遣いとして大覚醒をする。 

 

 また、一郎のことを神様のように慕っていて、女にしてもらったばかりで有頂天になっている。

 性癖は被虐癖。




 *



 本当は、読む人が自由に外観をイメージしてもらっていいし、あえて外観の詳しい描写を避けてもいましたが、リクエストがあったので、設定をまとめて投稿したものです。

 もしも、「イメージと違う」というのがあれば、自由に想像してもらって問題ありませんが、感想などで寄せてもらえれば修正には状況によって応じる……かもしれません(笑)。


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 第10話  暗くなるまで待って
302 羞恥責めのお願い


「せーの──。はい──。よし、エリカが当たりね。じゃあ、責任をもって、ご主人様を外に引きとめるのよ。よろしくね」

 

 コゼがけらけらと笑った。

 エリカは自分が引いた当たりの印のある紙縒(こよ)りを手にしながら、釈然としない気持ちを味わってきた。

 この手のことで、コゼが作ったくじを引くと、ほぼ間違いなく、エリカが当たることになる。

 絶対に細工をしているような気がするのだ。

 

 ナタルの森に迫った国境を越えた小さな宿場町だ。

 すでに、出入国審査の営門は抜けているので、正確にいえば、もうすでにハロンドール国内ではない。

 ここから先はナタル森林国だ。

 ついに、ここまで辿り着いた。

 

 もちろん、いつぞやに騒動を起こした城郭じゃない。そこからはかなり離れた別の国境監視所のある城郭だ。

 だから、褐色エルフの里までは、ナタルの森林をそれなりに縦断して進むことになる。

 

 だが、ハロンドール国を出入国できる時間が限られているので翌朝の城門解放を待つための旅人か、あるいは、昼間に出国したものの、このまま進んで森林内で野宿になるのを嫌って時間調整する旅人を目当ての宿屋が幾つかある。

 小さな町だが、それなりには賑わっている。

 そんな場所だ。

 

 エリカたちは、みんなでロウにお願いして、まだ昼を少し過ぎただけの時間だったが、早めの宿をとって、ここに泊まることにしたのだ。

 いま、ロウは小用でほんの少しだけ、イライジャと一緒に外に行っている。

 イライジャも、ここでエリカたちが、これらの段取りを話し合うための時間を作ってくれているのだ。

 しかし、すぐに戻るだろう。

 ほかの女は、全員が部屋の中だ。

 

「ねえ、おかしいわよ。ちょっと、手の中見せなさいよ、コゼ」

 

「なによ。なんにもないわよ」

 

 コゼが笑いながら、手のひらを見せた。

 確かに、なにもない。

 だが、笑顔が不自然だ。

 あの顔はなにかを隠している。

 

 長い付き合いになるのだ。

 もう、コゼの顔を見れば、こいつがなにかを企んだときの表情くらい察することもできる。

 そもそも、よく考えれば、エリカは一瞬だが紙縒りに目をやったのだから、そのあいだに、小細工を隠すことが可能じゃないかと悟った。

 

「ちょっと、服の下も見せてよ──」

 

 エリカはコゼに手を伸ばそうとした。

 だが、ひらりとコゼに身体を交わして避けられる。

 すると、シャングリアがエリカをとめるように、割って入った。 

 

「どうしたのだ、エリカ? ロウと外に行って、時間を作るだけのことじゃないか。それに不満があるのか? ロウと一緒に過ごすのだぞ」

 

「そ、それについては……。だ、だけど、絶対にこいつはくじに細工をしたのよ。きっとよ──」

 

 エリカはコゼに怒鳴った。

 しかし、すでにコゼはマーズの後ろに隠れてしまっている。

 そのとき、一瞬だがコゼの手が懐に入って、すぐになにか小さなものを寝台の下に捨てたように見えた。

 

「いま──。いまよ。なにか捨てたわ。それを見せなさい──」

 

 エリカは迫った。

 

「待ってください。ロウ様とイライジャさんが、そろそろ階段にあがってきそうです」

 

 扉のところで、外の様子をうかがう役目のミウが声をあげた。

 ミウは先日以来、魔道の能力が飛躍的にあがって上級魔道遣いと称してまったくおかしくないくらいに、自在にさまざまな魔道を駆使するようになっていた。

 いまも、その魔道で外を探ってくれているのだ。

 

「あ、あのう……。先生と一緒にいるのが不満なら、あたしがやっても……。先生に鍛錬をお願いすれば、時間は作れると思うんですけど……」

 

 マーズがおずおずと手をあげる。

 しかし、コゼがそれを遮る。

 

「だめよ。あんたは身体が大きいから重要な役目があるのよ。皿よ。皿。今夜のびっくりパーティの料理を身体に置いてもらうからね。女体盛(にょたいも)りって、いうんだって。ご主人様はきっとお気に入りになるわ。もちろん、あんただけが恥ずかしいことをするんじゃないから、安心してよ──」

 

 コゼだ。

 

「にょ、女体盛り……ですか?」

 

 マーズが目を大きくした。

 

「わああ、ロウ様は、きっとお喜びになりますね。いいわねえ、マーズ──。ねえねえ、コゼ姉さん。あたしは? あたしはなにをするんです? ロウ様に可愛がってもらえる役目がいいです……。あっ、いま、階段を上りだしました」

 

 ミウが扉から一瞬顔を離して、すぐに扉に顔を戻す。

 魔道があがってからのミウは、自分に自信を持ったのか、よく喋るし、よく笑うし、なによりも、露骨にロウにくっつくようになり、性交を強請る。

 まあ、ロウと愛し合うのが嬉しくて仕方がないという感じだ。

 また、愛し合うのも、ひとりだけという感じではなくなり、ほかの女たち同様に、一緒に抱かれる機会がかなり多くなった。

 それに伴い、ミウは、コゼ、エリカ、シャングリアを呼ぶのに、“姉さん”を付けて呼ぶようになった。

 

 いや、本当は、まずは、いつの間にか、コゼを“コゼ姉さん”と呼ぶようになり、悔しくてエリカのことも“エリカ姉さん”と呼ぶようにエリカが強請ったのだ。

 それで、シャングリアを含めた三人については、姉さん呼びが定着した。

 今回の旅の最大の成果だ。

 とにかく、ミウに“エリカ姉さん”と呼ばれるたびに、エリカは興奮し、ミウを縛って苛めたくなる衝動に襲われるのだが、いまのところ平静な顔をして自重してはいる。

  

「あんたは、お股に飲み物を入れる“器”がいいかな? それとも、ケーキ?」

 

「うんといやらしくて、そして、愉しいパーティにしような。ロウが喜ぶパーティにしたいぞ」

 

 シャングリアが笑った。

 そうなのだ。

 

 実は、ロウはもちろん覚えていないだろうが、今日はロウがこの世界に召喚されて、ちょうど一巡目という日なのだ。

 それを思い出して、みんなに話したら、だったら、みんなでお祝いをしようということになったのだ。

 なにしろ、ロウの誕生日は、こっちの日付と、元のロウの世界の日付が違い過ぎて、こっちの暦に当てはめることができないのだ。

 

 以前に訊ねたところ、ロウの前の世界では一年間に同じ日付というのは一回しかなく、例えば誕生日は必ず一年に一回になるらしい。ところが、エリカたちは、一年は三百日ごとに一年であるが、日付は夜空に現れる女神になぞらえた月の周期によって数え、五個の月が全部現れるか、あるいは滅多にないが、すべての月が現れない夜があるごとに、日を“1”に戻してしまうので、必ずしも同じ日が一年に一回ということがない。しかも、月の始まりも、新たな日付始めの後に最初に出る月の名前が基準になるので、毎回変わる。とても複雑だ。

 従って、月の日付始めから日付終わりの周期も、そのときどきにより異なるが、前回の周期は一年と少しくらいで終わった。今回は多分三年くらいだろうという話だ。はっきり言って、暦を正確に言えるのは、学者か神官くらいのはずだ。

 とにかく?従って、年齢については年始めに一斉に全員が年齢をひとつ増やすが、誕生日などだいたい十年に数回くらいというのが普通だ。

 エリカはむしろ、毎年誕生日があるという一郎たちの元の世界の風習に驚いた。

 

 とにかく、あまりにも違っていて、ロウの誕生日は、こちらの暦には当てはめられなかったのだ。

 しかし、ロウがエリカの召喚によりその世界に現れた日は、エリカが覚えているからわかる。

 それが、今日だ。

 

 だから、ロウがこの世界に来てくれた日こそ、エリカたちの大切な日にしようと、みんなで、ロウが喜ぶパーティを企画しようと決めた。

 ただ、その準備のあいだ、ロウを外に繋ぎとめておく必要がある。

 その話し合いをしていたのだ。

 

「……というわけだから、責任をもって、ご主人様を暗くなるまで外に留めておくのよ、エリカ──。それまで、戻って来るんじゃないわよ。準備の途中で戻ってこられてしまったら、全部台無しになるんだから」

 

 コゼがエリカに視線を向ける。

 

「もう二階ですよ──。すぐに来ます」

 

 ミウが小さく声をあげる。

 

「わ、わかったけど、でも、どうやって……」

 

「そんなの自分で考えなさい。あっ、そうだ。羞恥責めにしてって、強請れば? きっと、ご主人様は悦んで相手してくれるわ」

 

 コゼがけらけらと笑った。

 

「なんで、そんなこと──」

 

 エリカは激昂して怒鳴りかけたが、扉が外から開けられようとする。

 ロウが戻るのだ。

 エリカは慌てて、口を閉じる。

 そして、ロウがイライジャとともに部屋に入ってきた。

 

「おう、特にギルドにも、王都からの連絡のようなものはなかった。予定通りに、明日出発しよう。ユイナのいる里までは、馬車でゆっくりと行っても、常識なら十日くらいしか、かからないと思う。だけど、ちょっと問題がありそうだ」

 

 扉が閉じられ、手近な寝台を椅子代わりに腰掛けたロウが言った。

 

「問題……ですか?」

 

 エリカは声をかけた。

 

「うん……。やっぱり、ナタルの森に魔獣が氾濫しているみたいなのよ。わたしが出てくるときよりも、酷くなっているの……。もう異常としか思えないわ……。迷惑かかって悪いんだけど……」

 

 イライジャが暗い顔をして言った。

 奴隷の競売にかけられるユイナを競り落としてくれというクエストの依頼主という立場のイライジャなので、魔獣の危険があることについて、申し訳なさそうな顔をしている。

 

「気にするな、イライジャ──。もう、俺たちは一簾托生の仲間だし、迷惑なんて、かけあって当然だ。俺なんか、大して能力もないから、みんなに迷惑かけっぱなしだ。だけど、こんなに偉そうにしているよ」

 

 ロウが笑った。

 

「せ、先生はすごい能力があります」

 

「そうです──。ロウ様はすごいです」

 

 マーズ、次いでミウが怒ったように叫んだ。

 ロウは「わかった。ありがとう」と寄ってきたふたりの頭を撫でている。

 

 そのとき、いつの間にか、コゼが横に来ていて、肘でエリカの身体を軽く突いた。

 早く声をかけて、連れ出せと言っているのだろう。

 

 だけど、理由など思いつかない。

 すでに食料は、国境を抜ける前に、大量に買い込んで、ロウの亜空間に収納してもらっているし、ここにある冒険者ギルドの連絡所のようなところは、たったいま、イライジャとロウが行って戻ったばかりだ。

 

「じゃあ、日はまだ高いけど、やることをしようか?」

 

 ロウが上着を脱ぎかけた。

 やることとロウが言ったら、それはひとつしかない。

 コゼがどんと強くまた肘で突く。

 だけど、どう言っていいか……。

 

「……さあ、誰からだ? ふたりでもいいぞ。三人でもね」

 

 ロウが女たちを見渡す。

 始まってしまえば、終わりだ。

 だけど……。

 エリカは懸命に、頭を回転させて、ロウを外に連れ出す言い訳を考える。

 

「ご主人様、エリカがお願いがあるそうです」

 

 そのときだった。

 コゼが焦れたように、ロウに向かってそう言った。

 まだ、なにも思いついていないと叱ろうと思ったが、ロウが怪訝な表情でエリカにじっと視線を向けてきた。

 

 どうしよう……。

 

「エリカがお願いって、考えてみれば珍しいかな。なんだ?」

 

 ロウが言った。

 でも、焦ると頭がいよいよ真っ白になる。

 そもそも、よく考えれば、エリカは他人に嘘をつくとか、ごまかすとか、そういうことが大の苦手なのだ。

 だから、ロウと一緒にいるという役目でも、嘘をつく仕事など割り当てられたくなかった。

 嫌だとかそういうんじゃなくて、本当に苦手なのだ。

 

「え、ええと、ええっとですね、ロウ様……」

 

 どうしよう……。

 どうしよう……。

 

「ほら、エリカ」

 

 コゼがどんとエリカの背を押す。

 エリカはロウの前に一歩踏み出すかたちになる。

 

「なんだ?」

 

 また、ロウが言った。

 

「く、暗くなるまで……」

 

 エリカは仕方なく口を開いた。

 だけど、まだ、なにも思いついていない。

 

「暗くなるまで?」

 

 ロウが先を促すように、エリカにじっと視線を向ける。

 もうだめだ。

 なにか頼まないと……。

 

 だけど、食料は買ったし、ギルドへの用事は終わっているし……。

 ああ、本当にだめ……。

 同じことしか思いつかない。

 

 どうしよう……。

 ええっと……。

 ええっと……。

 

「く、暗くなるまでですね、ロウ様……」

 

「だから、暗くなるまで、なんなんだ?」

 

 ロウが半分困惑したような、半分不思議がるような表情で言った。

 

「く、暗くなるまで……」

 

「暗くなるまで?」

 

「暗くなるまで、外で……」

 

「外で?」

 

 ロウは笑ってる。 

 もう面白がってる感じだ。

 だけど、暗くなるまで、どうしよう?

 

「わ、わたしを羞恥責めに」

 

 思わず、言っていた。

 頭にあったのは、そのコゼの言葉だけだったのだ。

 

「……して……ください……」

 

 しかし、すでに後悔した。

 よりにもよって、なんということを……。

 でも、ほかになにも思いつかなかった……。

 

 横で、コゼがぷっと噴き出した。

 小さな声で「馬鹿じゃないの、あんた」と呟いている。

 ロウが驚いた顔になったのは一瞬だ。

 すぐに、その表情が好色で嗜虐的なものに変化した。

 

「いいとも……。暗くなるまでだな。じゃあ、出かけるか、エリカ……。そういうわけだが、エリカと暗くなるまで外に出てる。悪いな、みんな」

 

 ロウが立ちあがって声をかけた。

 エリカは心の底から後悔した。

 本当に本当に後悔した。

 そして、心の中で自分を罵倒した。

 

 馬鹿じゃなかろうか──。

 もっと、ましなお願いがあったはずだ──。

 よりにもよって、羞恥責め──。

 

 エリカが心の底から嫌いなことだ。

 それだったら、どこかふたりきりで愛して欲しいとでも言えばよかった……。

 

 はっとした。

 そうだ──。

 

 そう言えばよかった。

 だが、それはいま思いついた。

 

「あ、ああ、あのう……、や、やっぱり……」

 

 エリカはロウに向かって口を開く。

 だが、コゼに再び背中を押された。

 今度は外に向かう扉の方向だ。

 

「大丈夫です。いってらっしゃいませ、ご主人様──。さあ、エリカもよろしくね。暗くなるまでよ──」

 

 コゼが言った。

 

「いってらっしゃい、エリカ姉さん」

「いってらっしゃい、エリカ様」

「いってらっしゃい、エリカ」

 

 ミウとマーズとシャングリアも一斉に声をかける。

 

「ごゆっくり、エリカ」

 

 イライジャが半分呆れたように、くすりと笑うのが聞こえた。



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303 破廉恥服で羞恥責め

「あ、あのう……」

 

 部屋を出ると、すぐにエリカが焦ったように口を開いた。

 おそらく、やっと、羞恥責めをしてくれというたわ言よりもましなことを思いついたのだろう。

 だが、そうはいかない。

 

「いいから、こっちだ」

 

 一郎はすぐに、エリカを一階にくだる階段の前にあった積みあがった木箱の陰に連れ込んだ。

 この宿屋は、一階が酒場で二階が宿用の部屋になっている典型的な造りなのだが、階段の上側に人の肩ほどの高さまで木箱が積みあがっているのだ。しゃがめば、ちょうど人ふたり分くらい隠れられないわけではない。

 もちろん、誰かがやってくれば、人がいることはすぐにわかるが、とりあえず、いまは誰もいない。

 それに、エリカはわからないかもしれないが、一郎には他人が近づけば魔眼でわかるし、いざとなれば、エリカをそのまま亜空間に隠してやることもできる。

 

 いずれにしても、面白いことになったと思った。

 女たちがなにかを企んでいるというのは、魔眼や淫魔術を駆使するまでもなく、すぐにわかった。

 おそらく、エリカの役目は、暗くなるまで一郎を外に連れ出すことなのだろう。

 

 だが、正直者のエリカのことだ。

 適当な理由を思いつけなかったに違いない。

 しかし、それで咄嗟に口に出た言葉が「羞恥責め」というのは、本当に笑える。

 あるいは、コゼあたりに、羞恥責めにしてくれとでも言って、連れ出せとかけしかけられたのかもしれない。

 そして、さっきの感じだと、嘘をつくことの苦手なエリカが、頭が真っ白になって、思わず口に出したのが、その羞恥責めだったのだろう。

 もしかしたら、もっと複雑な経緯があった可能性もあるが、おそらく、ほぼ間違っていないと思う。

 

 とにかく、一郎の女の中で一番生真面目で恥ずかしがり屋なのがエリカだ。なにが嫌いだといっても、羞恥責めが一番嫌いだ。

 そのエリカが、本意ではないとはいえ、自ら羞恥責めにしてくれと頼んだのだ。

 せいぜい、愉しませてもらうことにしよう。

 

「い、いえ、ロウ様、あ、あのですね……。羞恥責めだとか……。そうではなくてですね」

 

 エリカが懸命に言い訳しようとしている。

 一郎は腰を押さえて、エリカのスカートの中に手を入れて、下着の上からねっとりと、お尻を撫ぜまわした。

 

「あっ、い、いや……。ま、待ってください……。こ、こんなところじゃ……」

 

 物陰とはいえ、部屋の外だ。

 スカートの中に手を入れられたエリカが、必死に身体を捩って、一郎の手を阻もうとする。

 しかし、たとえ大人と子供ほどに武術の腕が違うとはいっても、一郎にかかれば、エリカの身体に力が入らないように、愛撫で脱力させるのは難しいことじゃない。

 

 一郎を阻止すようとするエリカの手を、もう一方の手で身体のあちこちに淫らな刺激を加えることで邪魔をする。

 あっという間に、エリカは顔を真っ赤にして、一郎の腕の中でもがくだけになった。

 

「騒がない方がいいぞ、エリカ。それとも、戻るか? そうだな。そうしよう。やっぱり嫌なら、部屋に戻って続きをしよう。それがいいな」

 

 わざと言って、手を引いた。

 無論、やめるつもりはないが、どういう反応をするか、確かめたかったのだ。

 すると、エリカが慌てだした。

 

「ま、待ってください──。や、やめないでください──。い、いえ、そうじゃなくて……。いえ、やめるんですけど、そ、そのう……。こ、こんなんじゃなくてですね……。どこか静かなところで、ふたりで暗くなるまで、愛し合うとか……」

 

 エリカがしどろもどろの口調で、一郎の腕を掴んで言った。

 なるほど、それが羞恥責めの代わりに、思いついたことか……。

 一郎はひそかに苦笑した。

 

「愛し合うのは部屋の中でできるだろう。羞恥責めは外じゃないとできないけどな。じゃあ、やっぱり部屋に……」

 

「うわっ、ま、待って──。だ、だめです──。み、みんなに叱られる……。そ、そうじゃなくて……。や、やっぱり、外で……」

 

「外でなんだ? 外でないとできないことをしたいのか? 普通に愛し合うのは部屋の中でできるぞ。ちゃんと優しくしてやる。心配するな」

 

 一郎は笑いそうになるのを堪えて、木箱の陰から出て、部屋へ戻る素振りをした。

 

「ま、待って、ロウ様──」

 

 その腕をがっしりとエリカが握って、物陰に引き戻す。

 一郎はわざとらしく、エリカを見た。

 

「なんだ?」

 

 これは本当に面白いことになった。

 エリカの顔が真っ赤になって、しかも泣きそうな表情になっている。

 心の底から嫌なのだろう。

 一郎は表の顔では困ったような表情を作った。でも、実は笑いを堪えるのに懸命になっている。 

 

「や、やっぱり、羞恥責めに……」

 

 エリカが俯いて聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で言った。

 一郎は、耐えられなくて、噴き出してしまった。

 

「そんなに言うなら仕方ないな。じゃあ、両手を身体の前に出して、親指を重ねろ」

 

「は、はい……」

 

 エリカが諦めた様子で、お腹の前で手を前に出す。

 一郎は紐を亜空間から取り出すと、重なっている親指の根元をぎゅっと縛ってしまう。

 指縛りだ。

 

「ああ……」

 

 エリカが小さく声を出す。

 これでエリカは、手を離すことができない。

 いつもの羞恥責めなら、手は後手にするところだが、前側で縛ったのは理由がある。

 一郎は、再びスカートの中に後ろから手を入れると、下着をめくって、尻を剥き出しにした。

 

「あんっ、いや」

 

「いやか? なら……」

 

「あっ、いえ、やめては……」

 

 エリカが大人しくなる。

 これは、本当に愉しいかも……。

 

 一郎は尻の亀裂沿いに指をあてて、ゆっくりとお尻の周りを刺激していく。

 もちろん、淫魔術で見える性感帯として浮かぶ赤いもやをしっかりとなぞっている。

 どの女でもそうだが、このもやを伝って指を動かす限り、絶対に快感から逃げることはできないのだ。

 

「んんっ、あっ、だ、だめです……、い、いえ、だめじゃ……。う、うんっ、くっ、ロ、ロウ様……。や、やっぱり……ここでは……」

 

「ここじゃなければ、どこなんだ? もっと、人の多いところじゃないと嫌なのか? ああ、そうか──。羞恥責めにされたいんだものな。そりゃあ、すまない、エリカ──。こんなに誰もいないところで申し訳ない。下に行こう。何人か客もいたし、亭主もいる。そこでいじめてやろう」

 

「わああっ、こ、ここでいいです。ここでいじめてください──」

 

 一郎がエリカを押し出すように背中に力を入れたので、エリカが懸命に足を踏ん張るようにして言った。

 本当に面白い……。

 

「じゃあ、いいんだな? ここで尻をなぶられたいんだな?」

 

 一郎が耳元で言うと、エリカは諦めたように、小さく頷いた。

 

「ちゃんと口に出すんだ。なにをされたいんだ?」

 

 一郎はちょっと強く言った。

 エリカが小さく嘆息して、俯いたまま口を開く。

 

「こ、ここで……、い、いじめてください……」

 

 エリカは泣きそうな顔だ。

 しかし、おそらく自分では気がついてはいないと思うが、淫魔術で覗けるエリカの快感値は、どんどんとさがっている。

 自分で自分の言葉に感じているし、実際にはこうやって恥ずかしいことをされることに、身体は愉悦を覚えているのだ。

 さすがのマゾ娘だ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「どこをいじめて欲しい? 俺は尻をいじめたい。そうじゃなきゃ、部屋に戻ろうかな。そんな気分なんだよなあ」

 

 わざと言った。

 エリカがすがるように顔をあげて、ロウに視線を向ける。

 しかし、すぐに、がくりと脱力したようになって顔を伏せる。

 もう、なにを言っても許されないとわかったのだろう。

 それにしても、本当に被虐の似合う女だと思った。

 いじめれば、いじめるほど色っぽくなり、綺麗にもなる。

 なによりも可愛いのだ。

 

「お、お尻を……いじめてください……」

 

 エリカが肩を落として言った。

 一郎は亜空間から、アナル調教用の棒を出す。

 女たちの肛門を調教するために、淫魔術で作ったものであり、一郎は“あなる棒”と呼んでいる。前の世界でいうと球体を繋げたようなかたちのアナルバイブだ。柄の部分を含めて、完全に全部を埋められる形状になっている。

 

 長さは二十センチほどであり、この世界の単位だと“一マヌ”となる。

 ただし、先端の球体は小指の先程度だが、根元の太いところは直径が三センチ、すなわち、一マヌン半だ。

 取り出した瞬間から、すでに全体がたっぷりと潤滑油で光っている。

 もちろん、ただの潤滑油ではなく、尻穴が狂ったように疼くとともに、怖ろしいほどに痒くなる特別性の媚薬だ。

 また、球体は全体でも、一部分だけでも好きなように回転でも、蠕動でもさせられるし、淫魔術を込めれば大きさだって変えられる。どんな刺激でも可能だ。

 さらに、挿入したら最後、女側の手では抜くことはできない。一郎の淫魔術じゃないと抜けないのだ。

 わざと、エリカにそれを見せる。

 何度もこれで調教しているので、この淫具のえげつなさは、エリカは当然に知っている。

 エリカが顔を引きつらせた。

 

「尻を突き出せ。力を抜けよ」

 

 エリカの身体を押さえつけるようにして、前に倒させる。

 下着はすでにめくられているので、エリカの尻はむき出しだ。

 一郎はあなる棒の先端を肛門に当てた。

 ゆっくりと挿し入れていく。

 

「ううっ、くっ、あ、ああっ」

 

「声を出さない方がいいぞ。誰かに見られたければ別だけどな」

 

 一郎は、くるくると回しながら、淫具を押し込んでいく。

 だが、考えてみれば、エリカほどの絶世の美女が、宿屋の廊下の端っこで、尻の穴に淫具を挿し入れられるなど、すごい状況だろう。

 しかも、それをやっているのが自分であり、心の底からそれを嫌がっているその女が、抵抗の手段など山ほどあるのに、一郎にそれをやられて耐えているのだ。

 本当に愉快だ。

 

「う、ううっ……はっ、はああ……あっ」

 

 エリカは懸命に声を殺し、呼吸もできない状況に陥ったかのように、口を開けたり閉じたりしている。

 肛門を押し広げられるのは苦痛だと思うが、すっかりと調教をされている尻穴の粘膜に与えられる淫具の刺激は、エリカに灼けるような快感も与えているはずだ。

 

「んふっ」

 

 エリカの息が喘ぎ声のようになっていき、しかも、ちょっと大きくなっていく。

 やがて、がくっと身体を震わせた。

 わざと抜くように動かしたのだ。

 あなる棒は、挿入よりも、抜くときの方が快感が強い。

 

「どうした? 入れて欲しいのか?」

 

 ちょっとだけ入れて、また、少し抜く。

 

「んんっ」

 

 エリカは身体を悶えさせながら、必死で声を押さえている。

 ぐいとすこしだけ挿し、またゆっくりとちょっと抜く。

 エリカが慌てたように、指縛りの手で口を押さえる。

 声をそれで我慢するつもりだろう。

 一郎は何度もそうやって、抜き挿しを繰り返す。

 エリカの悶えと声が次第に大きくなる。

 だが、エリカも必死に反応すまいと頑張っている。

 その仕草が心の底から可愛くて愛しい。

 

「もう、ひ、ひと思いに……ふわっ、あぐっ」

 

 エリカが身体をくねらせてもがくのを身体を押さえて、かなりのあいだ、あなる棒でなぶり続ける。

 やがて、完全に淫具がお尻の中に消えた。

 下着を戻してやる。

 

「終わったぞ。ほら、身体を真っ直ぐにしろ」

 

「はあ、はあ、はあ……。あ、ありがとう……ご、ございます……」

 

 エリカがもう息を荒げながら、お礼の言葉を口にした。

 そう言うようにしつけているから、それを思い出したのだろう。

 本当に真面目な女だ。

 すでに、股間はべっとりだ。

 下着でも押さえきれなかった愛液が垂れて、エリカの太股まで伝っている。

 一郎はあまりのエリカのいやらしさに、喉の奥で笑った。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 エリカがゆっくりと身体を真っ直ぐにしていく。

 ゆっくりじゃないと異物を入れられた尻の穴に刺激を感じるからだ。

 一郎は、エリカのスカートの左右に手をやり、淫魔術で腰で締めている部分を残して、すっぱりとスカートの左右を完全に下まで切断した。

 魔道は遣えないはずなのに、性愛や嗜虐に関することになった途端に、想像の通りの魔道のような能力を発揮できるのが不思議だ。

 いまも、思っただけで、一郎の指が刃物のようになり、エリカの身体を傷つけることなく、布だけを簡単に切ることができた。

 

「あっ、いやっ」

 

 エリカがびっくりして、指縛りになっている両手で前側を押さえる。

 だが、すでにスカートというよりは、二枚の布を前後に垂らしただけになっている。

 真横からは完全に下着が丸見え状態だ。

 

「もしも、勝手に隠したら、その時点で調教を終わるぞ。暗くなるまで頑張るんだろう?」

 

 一郎は上衣のボタンを同じように切断して、乳房の付け根まで広げ、さらに手を入れて、布状の胸あてを取りあげる。

 エリカは抵抗しない。

 拡げた襟が乳首ピアスに引っ掛かるだけになり、いまにも、乳房が服からこぼれそうな感じだ。

 自分がやったとはいえ、すごい恰好だ。

 

「こ、こんな格好で……。ゆ、許してください……。む、胸が……。そ、それに、下着が見えてしまいます……」

 

 エリカが必死の口調で言った。

 確かに、これではどうあっても下着は見える。

 一郎はにやりと微笑んだ。

 エリカがそれに気がついた。

 ぞっとした表情になる。

 

「だったら、下着が見えないようにしてやるさ」

 

 次の瞬間には、一郎は下着を両側から切断して、取り去ってしまっていた。

 

「ひいっ、いやあっ」

 

 エリカがしゃがみ込みかける。

 

「ひんっ」

 

 しかし、急激な動きで、尻穴に入っている淫具で刺激を受けてしまったようだ。

 中腰になったところで、今度は逆に身体を伸びあがらせて、身体を反り返るようにする。

 

「ははは、暴れれば、本当に丸見えだぞ。じゃあ、行くか」

 

「こ、こんな格好で歩けません──」

 

 エリカが半泣きの顔で一郎を睨んだ。

 半分、怒っているような表情だ。

 本当にこいつは、期待を裏切らない。

 一郎はエリカの指を縛っている紐に淫魔術で糸を出して繋げ、スカートの裾をちょっと持ちあがるくらいのぎりぎりの長さで、エリカの股間にクリピアスの輪に結びつける。

 これも淫魔術だ。

 

「んふうっ」

 

 自分の手でクリピアスを引っ張る形になったエリカが、悲鳴をあげて腰を曲げる。

 

「あがあっ」

 

 だが、それは命取りともいえる動きだ。

 思い切り、糸でクリピアスを引くかたちになり、エリカは絶叫してしゃがみ込む。

 さすがに、腰を前に出して、糸で引っ張られるのを防いでいる。

 だが、いまのはちょっと声が大きすぎた。

 宿屋の亭主が階段の下から、上を覗き込むようにしている。

 

「亭主が来るぞ。急いで立て」

 

 一郎は言った。

 嘘じゃない。

 本当だ。

 宿屋の親父は、そのまま階段にあがって来ようとしている。

 

「ひっ」

 

 エリカがびっくりして身体を起こした。

 一郎はエリカの手を取り物陰から出る。

 今度は手とクリピアスを糸で繋げられており、抵抗するとピアスが引っ張られるため、慌てて腰を前に出すようにエリカがついてくる。

 階段をおりていく。

 あがってくる亭主と、途中ですれ違うかたちになる。

 

「どうかしましたか? うわっ」

 

 宿屋の親父がエリカの姿を見て、目を真ん丸にして驚いた。

 どうせ、この町も、この宿屋も明日には出ていく。

 破廉恥な変態だと思われても、困ることはない。

 実際にはそうなんだし……。

 

「気にしないでくれ。調教中だ。こいつは露出狂のマゾなんだ。今日も羞恥責めで辱しめられたいと頼まれてな。そうだな、エリカ? それとも、部屋に戻りたいか?」

 

「い、いえ……。それは……」

 

 エリカが真っ赤な顔になり、首を横に振る。

 亭主はあんぐりと口を開けて、唖然としている。

 

「だったら自分で説明しろ」

 

「あ、ああ……。ろ、露出狂で……お、お願いして……ちょ、調教して、もらってます……」

 

 エリカが泣きそうな顔で言った。

 

「は、はあ……」

 

 亭主が眼を見開いたまま、こくこくと首を頷かせる。

 その股間がズボンの中で大きくなるのがわかった。

 

 当たり前だ。

 これほどの美女のエルフ族の女などそうはいないし、ましてや、その女が自ら辱しめられたいと口にするなど、信じられないはずだ。

 そして、被虐に染まったエリカは、その美しさが二倍増し、いや、三倍増しになる。

 目の前のエリカの姿に欲情しない男はいないと思う。

 だが、こいつは一郎のものだ。

 

「じゃあ、散歩に行く。俺たちのことは気にしないでよ」

 

 一郎はエリカを引っ張って、階段をおりていく。

 エリカが泣きそうな顔でついてくる。

 亭主はまだ、階段の途中で口を開けたままだ。

 羨ましいはずだ。

 これほどの女をこんな風にいたぶれるのだ。

 

 優越感に浸りながら、一階に着く。

 残念ながら、亭主以外には誰もいなかった。

 しんとしている。

 そのまま、外の明るい陽の下にエリカを連れ出した。

 さすがに、エリカは怯えるように、足をすくませる。

 

「あぐっ、ま、待って……」

 

 しかし、手を引かれ、ピアスに刺激を受けて、悲鳴をあげて、腰を前に出す。

 すでに外だ。

 一郎は手を離した。

 

「行くぞ。ついてこい」

 

 一郎はすたすたと歩き出す。

 エリカは慌てるようについてくる。

 こんな格好でひとりにされるよりも、一郎と一緒にいた方がましのはずだ。

 必死の表情だ。

 

 しばらく歩く。

 人の往来は多くはないが、全くないわけじゃない。

 エリカの姿にびっくりして、立ちどまったりする者もいる。

 さすがに、声をかけたり、手を出そうとする者はいないが……。

 しかし、やっぱり目立ちすぎるようだ……。

 このままだと、いずれ面倒になりそうな予感がある。

 それほどに、エリカはいまの妖艶で可愛らしい。

 一郎はエリカを路地に連れ込んだ。

 

「ロ、ロウ様、や、や、やっぱり……」

 

 エリカが半泣きで一郎にすがるように顔を向ける。

 一郎は無視した。

 すると諦めたように顔を伏せた。

 だが、すぐに尻をもじもじと動かしだす。

 いよいよ掻痒剤が本領を発揮し始めたのだ。

 

「どうした?」

 

 一郎はわざと言った。

 

「か、痒くて……あ、ああ、そ、それに、う、疼いて……」

 

 エリカは歯を食い縛るようにして、身体を震わせた。

 その仕草は可愛らしくて、ぞくぞくするほど色っぽい。

 

「じゃあ、癒してやるよ」

 

 一郎はあなる棒を尻穴の中で動かす。

 

「ひっ、ひいっ、や、やああっ」

 

 エリカが声をあげて、その場にうずくまった。

 幸いにも誰もいない。

 一郎は放っておき、クグルスを呼び出した。

 

「呼ばれて、飛び出て……。うわっ、これなに? なにしてもらってるの?」

 

 クグルスがエリカを見て、空中でくすくすと笑った。

 

「あっ、クグルス……。んふっ、ああっ、ロ、ロウさ、様……。と、とめて……く、ください……。あ、ああっ」

 

 エリカはしゃがんだまま言った。

 しかし、わざと無視した。

 クグルスに話しかける。

 

「羞恥責めの調教中だ。やって欲しいとエリカ自身に頼まれてな。それよりも手伝え。俺の服の内側に入って隠れてろ」

 

「あいあいさあ」

 

 クグルスが嬉しそうに、一郎の上着の内側にすっと入って隠れるようにする。

 一郎は淫具をとめた。

 

「そら、まだ始まったばかりだぞ。それとも帰るのか?」

 

 一郎が言うと、エリカは足を踏ん張るようにして、身体を立ちあがらせながら、死にそうな顔を小さく横に振る。

 

「い、いえ、暗くなるまでは……」

 

 本当に真面目な女だ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「ご主人様、こいつ、どうしちゃったのさ? まあ、だけど、恥ずかしいのを感じまくっているのは確かだけどね。おい、露出狂──。暴れたから、乳首が見えてるぞ」

 

 クグルスが一郎の上着の中から顔を出して、けらけらと笑った。

 エリカがはっとしたようになった。

 確かに襟が大きくずれて、乳首がちょっと見えている。

 

「あっ、ロ、ロウ様……。お、お願いです。む、胸を……」

 

 クグルスの指摘で気がついたエリカが、一郎に顔を向ける。

 エリカの手は股間のクリピアスに繋がっているので、自分では直せないのだ。

 

「じゃあ、自慰だな。ここでしろ。そうしたら、胸だけは隠してやろう」

 

「そんなあ……」

 

 エリカがもじもじと身体を動かしながら、哀願の顔を一郎に向ける。

 また、尻の痒みが襲ってきたのだろう。

 一度刺激してしまうと、淫具をとめたときの痒みがさらに増大する。

 すでに、すっかりと追い詰められている気配だ。

 

「いやなら、そのまま、胸を出しているんだな」

 

 一郎は手を伸ばして、完全に襟をはだけて、ふたつの乳房を出してしまった。

 

「ひいっ、し、しまって、しまってください」

 

 エリカが必死の形相で訴えた。

 だが、一郎は素知らぬ顔で路地の外に出る仕草をする。

 

「や、やります──。自慰をさせてください。やりますから、もういじめないで……」

 

 一郎は噴き出した。

 

「こうやって、いじめるのが羞恥責めだろう」

 

 一郎は笑いながら言った。

 エリカは項垂れて、すでに布切れにすぎないスカートの下に手を入れて、股間を愛撫し始めた。

 

「へへ、ご主人様、愉しそうな顔してるよ。鬼畜度も二倍増しかも」

 

 クグルスがエリカの痴態を覗き込みながらささやいてきた。

 

「愉しいからね」

 

「まあ、よくわかんないけど、なんだかんだで、こいつの身体は、そのご主人様の鬼畜を愉しんでいるから問題ないさ」

 

「そうか……。なら、もっといじめてやるか……。それよりも、お前はこのまま隠れていて、人避けを頼む。見られるのはいいけど、声をかけてきそうになったり、手を出す者がでてきたら、追い払う魔道を遣って欲しい。できるか?」

 

「任せておいて」

 

 一郎とクグルスはひそひそ声で話した。

 ついでに、一郎はクグルスに事情を説明した。

 もっとも、一郎もどういうきっかけで、暗くなるまで外に出ていてくれと頼まれたのかは不明だ……。

 

 一方でエリカは早くも絶頂に向かって喘ぎ声を出し始める。

 だが、懸命に声を我慢している。

 そして、身体の反応が大きくなる。

 そろそろ、いきそうだ。

 

「よし、もういいぞ。やめろ」

 

 絶頂ぎりぎりのところで中断させ、一郎はさっと襟を動かして、乳房を隠してやる。

 

「そ、そんな……」

 

 正直なエリカは、胸が隠されたことによる安堵よりも、絶頂寸前で自慰をやめさせられたことに唖然としていた。

 本当に愉快な女だ。

 

「なんだ、もっとしたいのか、エリカ? だったら、もっと人の多いところでやんなよ。ご主人様にお願いしてね」

 

 クグルスがからかった。

 エリカがさらに真っ赤な顔になって、クグルスを睨む。

 

「う、うるさい、クグルス」

 

 エリカがスカートからやっと手を出して、身体を真っ直ぐにした。



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304 露出散歩で羞恥責め

「ご主人様、この辺りなら大丈夫だよ。人もまばらだしね。人が多すぎると制御できなくなるけど」

 

 服の内側に隠れているクグルスが小さな声でくすくすと笑った。

 一郎たちの宿屋は宿場町の中央付近にあったが、エリカへの悪戯を続けながら歩いてきて、いまは主街道沿いに建物が並んでいる界隈を抜け、少し人がまばらになった場所になった。

 

 エリカの姿はかなり卑猥だ。

 乳房を乳首のぎりぎりまで露出しているだけではなく、左右が切断されているスカートはただの前後の布にしかすぎず、下着を身に着けていないのが丸わかりだ。

 その左右が切断されている短いスカートの前側については手でしっかりと押さえているものの、後ろ側の布を押さえる方法などなく、エリカは、その後ろ側をひらひらさせて、生尻をちらちらと露出しながら歩くしかない。

 しかも、風でめくれる生尻には、よく見ればなにかが入っていることまでわかる。

 そんなエリカは、やはりかなりの注目を浴びてしまっていた。

 

 なによりも、媚薬と淫具で追い詰められているエリカの顔はすっかりと蕩けてしまっていて、しかも、あまりもの羞恥に、泣きそうな表情になって美貌を歪ませている。

 さらに、エリカは、なんともいえない艶めかしさと男の嗜虐心を煽りたてる色気を醸し出していて、困るくらいに行き交う男の注目を帯びてしまう。

 いや、男どころか、多くの女たちの目まで完全に引きつけていた。

 エリカも、自分が大勢の通行人に、好奇の視線を向けられていることは、認識しないわけにはいかないだろう。

 

 クグルスには、ちょっかいを出してきそうな者がいれば、操心術の魔道で防いでくれと頼んだものの、あまりに人が多いと制御も不可能らしく、けらけらと笑ってはいるものの、実際には、かなり苦労をしているようだ。

 それでも、何人かいた近づこうとする男たちについては、寄ってきかけたところで突然と目がとろんとなったり、そのまま棒立ちになるか、それとも、他の方向に向かってしまうというようなことが何回かあったので、クグルスが懸命に追い払ってくれているのだろう。

 

 しかし、そんなこともあるので、まだ、エリカに対しては、それほど過激なことはやっていない。

 せいぜい尻穴に淫具を挿入して、ぎりぎりの露出をして歩かせるなどという程度の生ぬるい責めだ。

 せっかくの機会なので、エリカには生涯忘れることができないような強烈な羞恥責めを味わわせてやりたいと思っているが、まだちょっと危険だ。

 

 クグルスも、一生懸命に段取りをつけてくれようとはしているのだが……。

 まあ、もっとも、エリカについては、この程度でもすっかりと追い詰められている様子ではある。

 

 とにかく、やっと人の多いところはやっと抜けた。

 家屋もまばらになってきて、圧倒的に人が少なくなった。

 それでも、ハロンドールから続く整備された森林街道上なので、通りすがりの旅人などはどんどんとすれ違う程度には人もいる。

 そして、真っ昼間の陽の照っている野外だ。

 とりあえず、エリカいじめには、うってつけの環境が整ったかもしれない。

 

「ロ、ロウ様、ちょっとだけ、休ませて……く、ください……。どこか隠れた場所で……。お、お尻が……痒くて……」

 

 もう十度目くらいになる哀願をエリカがしてきた。

 ずっと却下してきたが、一郎は周囲を見渡して、エリカに一度だけ振り返った。

 ここなら、問題ないか……。

 周りが大騒ぎになりそうになっても、クグルスの制御が可能な程度しか人がいない。

 

「わかった。もう限界だものな……。ちょっとだけだぞ」

 

 一郎は淫魔術をエリカに注ぐ。

 エリカがぎょっとしたのがわかった。

 隠れた場所になどには連れていってはくれず、この道の真ん中でいたぶられそうだというのを悟ったのだと思う。

 

「うわあっ、んひいいっ、だ、だめえっ」

 

 次の瞬間、エリカは伸びやかな肢体を折って、その場に立ち止まった。

 動かしたのは、お尻に入っている淫具ではなく、指縛りの糸が繋がっているクリピアスだ。

 だが、周りの視線を感じ取ったのか、エリカは耳元まで真っ赤になりながらも、必死に歯を喰いしばって声を抑えようとした。

 敏感すぎる身体のエリカにしては、よく頑張った方だろう。

 まあ、このくらいは、まだまだだが……。

 

「や、やめ……ち、違う……の……。あ、あああ……」

 

 その喰いしばる歯の間から、エリカの苦悶の声が漏れ出る。

 クリピアスによって駆け巡らされた快感が、それだけすさまじいのだろう。

 羞恥に追い詰められながらも、無理矢理に身体を欲情させられるエリカの姿は本当に可愛い。

 一郎は、どんどん嗜虐心を刺激させられる。

 

「ふふふ……。ご主人様、鬼畜うう……。エリカから淫気がいっぱい。ぼく、お腹いっぱいになっちゃう」

 

 クグルスがくすくすと笑った。

 服の下でごそごそと揺れ動くので、ちょっとくすぐったい。

 

「ほら、置いていくぞ」

 

 一郎は立ち止まってしまったエリカを置いて、わざと歩みを進める。

 エリカがはっとしたようになり、懸命に震える脚を前に出してついてくる。

 懸命に呻き声を耐え、両手で前布を必死に押さえて、太腿を擦り合わせるようにしながら……。

 

「ゆ、許して……ください……。こ、ここ、じゃなくて……。ああっ、んんっ、んんんっ」

 

 エリカが必死に振り絞ったような声で訴えてきた。

 一郎はにやりと微笑んでしまう。

 嗜虐の虫が騒ぎまくってきたのだ。

 じゃあ、こっちはどうかな……?

 心の中でほくそ笑む。

 

「悪いな。こっちじゃなかったか?」

 

 今度はクリピアスの振動をとめて、ふたつの乳首を貫かせている乳首ピアスを今度は激しく動かす。

 

「んふうっ」

 

 エリカがぐらりと前のめりになった。

 一郎は手を慌てて伸ばし、くるりと反転させて、向き合って抱き締める体勢で、さっとエリカを支える。

 

「い、意地悪です……、ロウ様……んんんんっ」

 

 エリカが全身を硬直させたまま、どんと身体を預けてきた。

 一郎は、エリカを抱き締める。

 もう精根尽きた感じで、エリカは一郎にもたれかかってくる。

 しかも、ほとんど無意識なのだろうが、一郎の股間や胸に自分の身体を擦りつけるようにしてくる。

 おそらく、すっかりと媚薬と淫具による悪戯に追い詰められて、自分でもなにをしているのかわからない状態に違いない。

 

 かなり卑猥な仕草だが、滅多にないエリカの甘え切った仕草に一郎も嬉しくなる。

 だが、道の真ん中だ。

 どうしたものか……。

 

「クグルス……」

 

「わかっている……。大丈夫だよ。たっぷりの淫気をもらったから、少しのあいだなら、この場所だけを周りの人たちの意識から排除できると思うよ」

 

 クグルスが一郎の襟の後ろに回って来て、一郎にささやいた。

 一郎は小さく頷いた。

 

「じゃあ、ここで絶頂させてやろう」

 

 一郎はエリカを隠すように抱き締めながら、エリカの耳元で小さな声で言った。

 

「えっ?」

 

 エリカがはっとしたように顔をあげた。

 次の瞬間──。

 

「んぐううっ」

 

 声こそ呑み込んだようだが、エリカが天を仰ぐように一郎の腕の中で身体を弓なりにして、身体を震わせた。

 お尻の中のあなる棒に加えて、クリピアスと乳首ピアスも同時に、一気に爆発させるくらいに強く振動させた。

 それだけでなく、どろどろに蕩けきっているエリカの膣に二本の指を挿し込む。

 まるでおしっこでも洩らしたかのように濡れているエリカの股間は、なんの抵抗もなく、一郎の指を受け入れる。

 すぐに、ぎゅうぎゅうという強い力で股間が指を締めつける。

 

「んはああっ」

 

 あっという間だった。

 エリカは、一瞬にして爪先から脳髄まで快感に灼き尽くされたかのような激しさで、一郎の腕の中で絶頂を極めた。

 

「ご、ごめん、ご主人様、遮断が完全じゃなかった……。周りの何人かには異変を気づかれちゃったみたい」

 

 そのとき、クグルス焦ったように言ってきた。

 周りに視線を動かすと、確かに往来の何人かが、エリカの異常な仕草と声に気がついて、こっちを凝視している。

 

「まあ、見られるくらいは問題ないさ。騒動が起きかければ、エリカは亜空間に隠すから大丈夫だ」

 

 一郎はクグルスだけに聞こえるようにそう言うと、淫具とピアスの刺激をとめて、エリカの股間から指を抜く。

 エリカから手を離す。

 

「あっ」

 

 呆けていたエリカが支えを失って倒れかけたが、エリカもなんとか、足を踏ん張って転ぶのを我慢したようだ。

 

「今度は戻るぞ。また、一往復したら痒みを癒してやろう。それまでは我慢だ」

 

 今度は、いままで辿ってきた道を宿屋に向けて、逆方向に歩かせる。

 完全に人混みがなくなり、この小さな宿場町を抜けてしまったからだ。

 絶頂の余韻と、いまだに苛まれているお尻の疼きと痒みに、すぐにエリカがふらふらし始める。

 

「ほら、しゃきっとしろ」

 

「ひいっ」

 

 朦朧としているエリカを、さらに淫具やピアスを振動させて苛めた。

 クグルスがついていて、ずっと人の注目を制御してくれたが、美貌の女エルフが破廉恥な姿で、痴態を繰り返し晒したというのは、すでにかなりの評判にはなってしまっただろう。

 

「ふふふ、エリカもかなりきているね。だんだんと、周りのこともわからなくなっているみたい」

 

 クグルスが服の中でささやく。

 

「だけど、体力はあるからな……。ここから、結構長く、エリカは頑張れるんだ。本当に責めがいがある」

 

 一郎は笑った。

 エリカは少し後ろをついて来るのだが、一郎とクグルスの会話を聞いている気配はない。

 

「ねえ、ご主人様、このまま何往復かしてよ。もう少しなんとかなると思うから」

 

「なにか、考えていることがあるのか、クグルス?」

 

 一郎はクグルスに言った。

 クグルスが喉の奥で笑った。

 

「まあね……。鬼畜なご主人様に、思い切りエリカをいじめる状況を作ってあげるよ」

 

「愉しみだ」

 

 一郎はエリカのあなる棒を振動させる。

 

「はんっ」

 

 エリカの小さな悲鳴が聞こえたが、すぐに振動をとめてしまう。

 すると、今度は泣くような苦悶の声が聞こえた。

 お尻の痒みが激しいので、刺激を中断されたときの方が堪えるみたいだ。

 だが、今度は刺青の蛇責めだ。

 エリカの全身を這い回らせる。

 

「ああっ、いやあ」

 

 エリカが泣き叫んだ。

 

 それからも一郎は、淫具とピアスの振動と紋様の蛇で、それこそしつこいくらいに、エリカに洗礼を浴びせ続けた。

 人混みが少なくなれば、ぎりぎりまで焦らすような、少しだけの刺激しかしてやらず、人混みが多くなれば、どうしても声が漏れ出るような刺激を与えてやるが、今度は人目が気になるエリカが、そういう状況では快感に没頭できずに、自ら絶頂を我慢してしまうという感じになる。

 それでも、一往復につき、一度は達しさせてやった。

 エリカがだんだんと、死ぬほどに追い詰められていくのがよくわかった。

 

 

 *

 

 

 どれくらい恥ずかしい羞恥歩きをさせられたことか……。

 エリカはもう死にそうな気分だ。

 

 もう宿場町を何度往復させられたのだろう……。

 それでも、太陽は西の空の切れ目にちょっと近づいたくらいであり、暗くなるまでには、まだまだ時間がかかりそうだ。

 

 それにしても、お尻が痒い。

 もう限界だ。

 だけど、こんな外ではお尻を弄ってくれともいえない。

 しかも、何十回も股間のピアスを振動させられ、紋様の蛇の刺激によって、その度に恥ずかしい痴態を晒された。

 何度か昇天させられたが、ほとんどの時間はただ焦らすように性感を燃えあがらされるだけだ。

 それに、本当にお尻が痒いのだ。

 自分でも淫乱だとは思うけど、もう疼いて疼いて我慢できない。

 ロウに犯してもらいたくて、狂ってしまいそうだ。

 

「お、お願いです……。もう歩けません……」

 

 ついにエリカは哀願した。

 本当にもう限界だった。

 

「歩けないことはないさ。その脚だ。しっかりと進んでくれ」

 

 だが、ロウは愉しそうに笑うだけだ。

 ちっとも歩くのをやめてくれない。

 エリカはもう泣きそうな気分だ。

 

 そして、羞恥歩きが続く。

 結構な人数の男女にすれ違うし、見られもする。

 ずっと、何度もこんな格好で往復し続けているのだ。

 エリカが通過するたびに聞こえる揶揄の声も、だんだんと大きくなるのをはっきりと感じる。

 

 加えて、お尻の強烈な痒さがエリカを追い詰める。

 意識的に挿入されているあなる棒に力を入れるが、それで癒される痒みではない。

 

「ロ、ロウ様、もう痒いです……。お、お尻が……」

 

「そうはいってもね。こんなところだしなあ」

 

 ロウはせせら笑うだけだ。

 エリカは歯噛みした。

 

「せ、せめて、ど、どこか、誰もいないところでいじめてください……。い、いくらでも……ど、どんなことをされても我慢しますから……。も、もう、だ、だから、誰もいないところで……」

 

 とにかく、必死で頼み込む。

 本当にもう痒くて死にそうだ。

 

「それじゃあ、羞恥責めにはならんしな。なにしろ、エリカのお願いだし……」

 

 だが、一郎はまったく取り合ってくれない。

 エリカは泣きそうになった。

 そんなやり取りがしばらく続いたところだった。

 

 不意に、一郎が立ちどまった。

 エリカは急いで、一郎の胸に隠れるように飛び込む。

 とにかく、恥ずかしくて、恥ずかしくて、少しでもいいので身体を隠したい。

 

「そろそろか、クグルス?」

 

「そうだね。そろそろだよ。もう、新しい人はいなさそうだ。今度こそ、問題ない」

 

 すると、ずっとひそひそ声で話し続けていたロウとクグルスがそう言ったのが聞こえた。

 

 そろそろ……?

 なにか嫌な予感がする。

 

「よし、待たせたな、エリカ……。五往復して、やっと宿場町沿いにいる人間の全員に、ある程度の操心術をかけることができたそうだ。もっとも、そんなに強いものじゃないから、命令通りに動かすとか、そこまではできないけどな。まあ、エリカを無視するくらいのことは大丈夫だそうだ。まあ、それでも、騒ぎになったら、なんとかしてやる。やっと羞恥責めができるぞ」

 

 すると、ロウが笑いかけた。

 やっと羞恥責めができる──?

 だったら、いままでのはなんだったのだと言いたくなったが、黙っていた。

 もう余計なことを口にする気力がない。

 

「そら、俺の奴隷エルフ様」

 

 そのとき、項垂れて伏せていた首にがちゃりとなにかが嵌まった。

 驚いて顔をあげると、鎖が首から繋がって、ロウがその先端を握っている。

 もしかして、首輪?

 

 今度は首輪付きで──?

 びっくりした。

 

「念願の羞恥責めだ。言っておくけど、いままでなんか序の口だぞ。これからが本当の羞恥責めだ。エリカがやって欲しかったな」

 

 ロウが嗜虐的に微笑み、エリカの服に手を伸ばしてくる。

 なにをされようとしているのかを考えるいとまもなく、エリカは服のボタンを最後の一個を残して外され、乳房を全部剥き出しにされてしまっていた。

 

「あっ」

 

 咄嗟に身を捩ったものの、クリピアスに指縛りの親指を繋げられているエリカには、手を上にあげることは不可能だ。

 先端に宝石付きピアスが喰い込んでいるふたつの乳房が剥き出しになっている。

 一瞬、エリカは恥ずかしさに意識さえ失いかけた。

 

「心の底まで羞恥責めの悦びを味わってくれ。行くぞ」

 

 ロウが首輪に繋がった鎖を持って歩き始める。

 

「ま、待って、お、お願いです」

 

 エリカは悲鳴のような哀願をした。

 だけど、首輪をぐいと引かれて、強引に歩かされる。

 せめて、ロウの背に隠してもらおうと、大慌てで歩く。

 しかし、お尻の淫具がそれを邪魔する。

 

 何度か躓きそうになりながらも、やっと鎖がわからないくらいまでに距離を密着させ、ロウの背中で胸を隠す。

 そのあいだ、十人くらいにはすれ違っただろう。

 上半身を剥き出しにて、首輪を引かれて歩くエリカの姿をどんな視線で見られているかなど、確かめることもできなかった。

 とにかく、ひたすらに顔を俯かせて、一郎の背中を追いかけるだけだ。

 

「お、お願いです。ふ、服を直してください」

 

 いつの間にか、全身が信じられないくらいの汗で濡れていた。

 クリピアスに指を結ばれている不自由さで、速足で歩いたというのもあるが、異常なまでの緊張感と羞恥、そして、恥辱感で疲労困憊になっていた。

 

「ここなんか、どうだ、クグルス?」

 

 ロウはエリカには返事はせずに、服の中に隠れているクグルスに呼び掛けた。

 

「問題ないよ」

 

「どのくらいなら制御できる?」

 

「まあ、半ノスかな、ご主人様」

 

 声が聞こえた。

 ロウとクグルスだが、なにか不穏なものを感じた。

 

「じゃあ、それくらいだ。じゃあな、エリカ」

 

 突然に立ちどまったかと思ったら、道端の立ち木にいきなり、首輪に繋がった鎖を巻きつけられたのだ。

 しかも、頭よりも高い木の枝の根元にしっかりと結ばれていた。

 クリピアスに指を結ばれているエリカには、手を伸ばすことが不可能な位置だ。

 

「ちょ、ちょっと、ロウ様──」

 

 目を丸くした。

 胸を隠してもらうどころか、座ることもできない高さで首輪に繋がった鎖を立ち木に結ばれてしまったのだ。

 しかも、いま気がついたが、食堂が三軒程、軒を連ねた場所であり、それなりの人が多い。

 まだ近づいては来ないが、エリカの姿に一斉に、好色な視線と侮蔑のようなまなざしを向けられるがわかる。

 

「クグルスが周囲一帯に魔道をかけた。襲ってはこないから、安心しろ。見られはするけどな。明日には、破廉恥エルフ女の噂で、この界隈はもちきりになるぞ」

 

 一郎が言い捨てて、エリカから離れていく。

 エリカは驚愕した

 

「ま、待って──。お、置いていかないでください──。ロウ様──」

 

 必死で叫んだ。

 しかし、次の瞬間、突然にお尻の中の淫具がゆっくりとうねり始めた。

 それだけでなく、急に激しい尿意が襲いかかる。

 

 一郎の淫魔術だ──。

 

「ああっ、ロ、ロウ様──」

 

 がくりと膝が崩れる。

 しかし、がしゃんと音がして、首輪の鎖がエリカが腰を屈めるのを阻む。

 もう一度哀願しようと顔をあげる。

 だが、ロウがいない。

 いつの間にか、どこかの建物にでも入ったのか、あるいは、物陰に消えたのか、ロウの姿がなくなっているのだ。

 エリカは、あまりのことに、目の前が真っ白になった。



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305 公開調教で羞恥責め

「ま、待って──。お、置いていかないでください──。ロウ様──。ああっ、ロ、ロウ様──」

 

 エリカは必死に叫んだ。

 お尻に挿入されている淫具がゆっくりと振動と蠕動を開始しただけでなく、激しい尿意が襲いかかってきたのだ。

 だが、顔をあげたときには、もうロウの姿は消えてしまっている。

 

「ああ、い、行かないでください。ひ、ひとりにしないで。怖い──。怖いです、ロウ様──」

 

 必死に声をあげた。

 どこかで隠れてるに違いないのだ。

 だから、姿が見えなくてもエリカのことは見ているし、声も聞いているはずだ。

 本当に置いてきぼりにするような残酷なことは、ロウはしない。

 しかし、見守っていようと、いまいと、こんな半裸の姿で首輪に繋がった鎖を樹木の枝に結ばれ、晒し者のようにされるなど冗談じゃない。

 

 そのときだった。

 大勢の男たち──いくらかは女も混じっていたが──彼らが、ぞろぞろとエリカの近くに寄ってくるのがわかった。

 ぎょっとした。

 エリカはさっと血が引くのを感じた。

 

 動揺した。

 ロウとクグルスは、魔道で近寄って来ないように、軽い操心術をこの辺り一帯にかけまくったと言っていたのに……。

 とにかく、慌てて身体を反転させて、身体を樹木側に向けて裸身を隠す。

 なにしろ、いまのエリカは、ロウによって上半身を剥き出しにされ、ピアスの嵌まった乳房が丸出しだ。

 そんな姿を見られたくない。

 

「ひんっ」

 

 すると、突然に鳥の羽根のようなもので、スカートの下から──スカートとはいっても、左右を切断されているので、一枚の布にすぎないのだが──お尻の上をくすぐるように動かされた。

 

「だ、誰っ──? うわあっ」

 

 かっとなって首だけを振り返らせたが、そこに集まっている者たちの数の多さに驚愕して、悲鳴をあげてしまった。

 距離こそ少しあるが、エリカを囲むように半円状に隙間なくびっしりと、人が群がっている。

 離れている距離は大きく両手を伸ばした長さくらいで、エリカが立たされている場所が街道の端なのだが、そこから街道の半分以上を塞いでいる。

 しかも、いま気がついたが、まるで見世物でもあるかのように、木の椀が人の群れの前に三個ほど置いてあった。

 そこには、小銭が入れてあり、何人かがそこにお金を放り込んでいる。

 ロウの嫌がらせだとは思うが、どんどんと投げ入れ始める者たちが拡大してもいる……。

 人の数もさらに増えているような……。

 

 なにこれ?

 見せ物ということ?

 怒りが噴き出して、全身に震えが走る。

 

「み、見世物じゃないのよ──。ど、どっか行きなさいよ──」

 

 力の限り叫んだ。

 すると、どっと笑い声が起きた。

 

「見せ物じゃなきゃ、なんなんだよ」

「それにしても、きれいなエルフ女だぜ」

 

「ひぎっ、あっ」

 

 しかし、次の瞬間、突如として股間に激痛が加わり、エリカは悲鳴をあげてしまった。

 なにが起きたのかわからなかったが、クリピアスに糸が繋がっている指縛りの紐に別の紐が繋がっていた。

 誰も持っていないが、宙に端末が浮き、エリカを強引に回転させる。

 そして、驚いたことに、それが地面を這うように動いて、いつの間にか地面に刺してあった木杭に近づいていっていた。

 指が引っ張られるために、それでクリピアスも引っ張られて股間に激痛が走ったのだ。

 

 ロウの淫魔術か、クグルスの魔道だろう。

 とにかく、抵抗すれば敏感な肉芽を引き千切られるような痛みが走ることがわかっているので、むしろエリカは積極的に紐の動く方向に身体を反転するしかない。

 エリカが群集に対して、まっすぐに身体を向けたところで、紐の移動が止まり、くるくると紐だけが木杭に結ばれてしまった。

 これで、エリカは樹木側に向いて身体を隠すことができないばかりか、群衆に向かってやや腰を前に出し気味に突き出す恰好を強要されてしまったのだ。

 

「ロ、ロウ様ですよね──? も、もう許してください──。しゅ、羞恥責めは、もういっぱい味わいました──。か、堪忍してください」

 

 声をあげた。

 羞恥と屈辱で気が遠くなりそうだ。

 そもそも、エリカはこういう遊びを容認できる女じゃない。

 尿意だって限界に迫っている。

 このままじゃあ、これだけの男たちの目の前で、立小便を晒すことになる。

 

「うっ、くっ」

 

 しかし、なんの反応もない。

 エリカは太腿を擦り合わせるようにして、股間を締めつけた。

 身体を苛むものの全部に、必死に耐える。

 エリカに襲いかかっているのは、もちろん尿意だけじゃない。

 恐ろしいほどのお尻の痒みと、そこを淫具でほぐされて痒みが小さくなる吠えたくなるような快感もだ。

 また、得体の知れない愉悦は一段と激しくなり、脳天に身体に突きあがる。

 

 気がつくと、無意識のうちに、快感をもっとむさぼるかのようにお尻をぎゅうぎゅうと力を入れていた。

 すると、快感が大きくなり、必死に歯を喰いしばっている口から甘い声が漏れ出てしまう。

 エリカが声を出すたびに、椀に放り入れられるお金が増えていく。

 それも屈辱だ。

 

「ああっ、も、もう許してください……」

 

 エリカは声をあげた。

 懸命に探すが、ロウの姿を見つけることができない。

 いずれにしても、この群衆では、もう見つけることも不可能だろう。

 やっぱり、どんどんと人も増えている。

 

 いやらしく悶えてるぞと、野次のような声が聞こえた。

 いつの間にか、足踏みをするように足を交互に地面に踏みつけていたのだ。

 

 だが、足を動かすと、淫具による快感が余計に駆けあがる。

 それで、腰を淫らに振っていたらしい。

 慌てて身体を静止させる。

 

 だが、爆発しそうな尿意を耐えるために、気がつくと足踏みをするように動く。

 すると、じんという緩痛のような快感が肛門に襲う。

 でも、じっとしてられない尿意なのだ。

 エリカは追い詰められていた。

 

「ああ……」

 

 いつしかエリカは、身体をもじもじと悶えさせながら、断続的に甘い声をあげてしまっていた。

 悶え声どころじゃない。

 お尻から突きあがる淫具の愛撫に心臓を締めつけられるような快感が拡がり、どんどんとのっぴきならない状態に、エリカを陥らせる。

 それでも、気をやらないで済むのは、あまりにも強すぎる尿意の苦しみのためだろう。

 エリカは樹木の前で、見知らぬ人たちの好奇の視線を向けられながら、繰り返す絶頂の波に完全に翻弄されていた。

 

 そのときだった。

 ずっと動き続けていた淫具がぴたりととまった。

 

 しかし、これは安堵よりも、巨大な不安の感情の方が強かった。

 そして、エリカが危惧した通り、淫具が動かなくなったことで、圧倒的な痒みがすぐにお尻に襲いかかってきた。

 

「あっ、くっ」

 

 また尻を振りだしたぞという声が群集から聞こえる。

 はっとして、エリカはお尻を静止させる。

 猛烈な痒みの苦しさに、エリカは、はしたなく腰を振るような仕草をしたようだ。

 だが、我慢できたのは一瞬だ。

 そして、耐えられない痒みが急速に込みあがる。

 やはり、しばらくのあいだ淫具の動きで痒みが癒されていただけに、それがなくなったことによる反動は大きい。

 とにかく、全身に痺れかかるような狂おしいお尻の痒みだ。

 

「ああっ、くううっ、ううう」

 

 もういい……。

 見栄も体面もない。

 この痒みがちょっとでも小さくなるなら──。

 

 エリカは金髪を振り乱し、大きく腰を動かして、少しでも痒みをなくそうとした。

 動けばクリピアスに繋がった糸が引っ張られて、じんじんと激痛を走らせるのだが、それさえも、いまのエリカには快感だ。

 

「えっ?」

 

 だが、次の瞬間、エリカは声をあげていた。

 エリカに群衆側に身体を向けることを強要していた木杭に繋がった紐が外れたのだ。

 それだけでなく、お尻の穴の中でエリカを苛んでいた淫具が不意に消滅した。

 さらに、首の圧迫感もなくなった。

 首輪はそのままだが、枝に繋がっていた鎖が消滅している。

 つまりは、指縛り以外は、完全に自由になったということだ。

 

 ロウの淫魔術だ──。

 そう思ったが、いきなり身体を前のめりに倒された。

 なにが起きているのかわからなかったものの、エリカは強制的にその場に跪くように両膝を立てる体勢になる。

 

「なんだ、なんだ?」

「いきなり、どうした?」

 

 集まっている群衆たちが騒いでいる。

 だが、エリカはもうそれどころじゃない。

 すると、布に隠されているお尻の穴に、なにかが当たる感覚が起きた。

 

「ふわっ、ああっ」

 

 エリカはさすがに大きな声をあげた。

 めりめりとお尻の穴の中に、男根としか思えない熱い肉の塊が押し入ってきたのだ。

 すぐに、ロウの一物だと悟った。

 何百回も犯された性器だ。

 感触だけでわかる。

 

「ロ、ロウ様──。んはあっ、あああっ」

 

 後ろを見る。

 だが、ロウはいない。

 スカートだって普通に腰を隠している。

 それにもかかわらず、ロウにお尻を犯されている感覚だけが、身体に起きているのだ。

 

「はあああっ、ああああっ」

 

 快感が全身を席巻する。

 すべての思考がふっ飛ぶ。

 もうなんでもいいか……。

 

 強烈な痒さに解きほぐされる快感が羞恥を押し流す。

 エリカは一瞬、ここがどこであるかも、周囲の男たちに晒し者になっていることも忘れた。

 

 あるのは、ロウに犯される快感──。

 ロウになぶられる肉の愉悦──。

 ロウに愛される幸福感──。

 それだけでエリカはいっぱいになる。

 辺りが大騒ぎになっているのがわかる。

 

「……これこそ、究極の羞恥責めだろう……? これだけの見物人の前で犯されるんだ」

 

 ロウが耳元でささやいたのが聞こえた。

 いまや、ロウの存在はお尻を犯す肉棒だけじゃなく、背後から抱いている身体や、エリカを支える両手の感触も伝わる。

 ロウがエリカを抱いてくれている。

 でも、姿だけが見えない。

 

「あっ、ああ……ロ、ロウ様……あ、悪趣味です……はあっ、あああっ、ほうっ」

 

 おそらく、なんらかの手段で姿を消しているのだと思う。

 エリカは不満を口にしたが、すぐにそんな怒りも快感に流されてしまう。

 ぐいぐいと、お尻に入ってくるロウの一物が気持ちいいのだ。

 

 そして、ロウの怒張が最奥まで達したのがわかった。

 すると、今度はゆっくりと抜けていく。

 しかも、ロウは痒みが起きている場所を的確にほぐすように、エリカのお尻の中の粘膜を強く……、弱く……、擦るように……、そして、揉むように刺激しながら抜いていく。

 あまりの気持ちよさに、あっという間に絶頂に向かってエリカは飛翔されてしまう。

 こうなったら、もうここがどういう状況であろうととまらない。

 快感がさらに上昇する。

 そして、また入ってきて……。

 

「あはああああっ」

 

 エリカが気をやったのは、姿が見えないロウの怒張が五回目の挿入をしてきたときだった。

 

「ロ、ロウさまあああ」

 

 エリカは前のめりの身体をがくがくと震わせて、激しく絶頂をした。

 そのお尻の中に、ロウの精が放たれる感覚が襲う。

 言葉に表せない愉悦が全身に拡がる。

 そのときだった。

 

「あっ、ああ……。そ、そんな……いやあっ」

 

 声をあげた。

 立膝をしている股間からじょろじょろと激しくおしっこが迸っていた。

 絶頂による脱力で、尿意を我慢するためにしていた股間の締めつけを緩めてしまったらしい。

 

「あ、ああ、あああ……」

 

 エリカはあまりのことに呆然としてしまった。

 一度漏れだしたゆばりは、もう止めようもなく、エリカにはどうしようもできない。

 我慢に我慢を重ねた分、堰を切ったように尿が激しく両膝の下の地面に叩きつけられている。

 エリカは呆然としてしまった。

 

「小便だ──」

「今度は、おしっこしやがった」

「痴女だ。本物のエルフ女の痴女だ」

 

 騒ぎが湧き起こる。

 しかし、それと同様に、一斉にどよめき始めた見物人の眼差しの中で、同時に途方もない開放感も味わっていた。

 ずっと耐えていた地獄のような尿意を解放するのは、なんともいえない快感だ。

 達したばかりの肛姦の余韻とともに、エリカは不思議な浮揚感に陥ってもいた。

 すると、どっと地面が揺れるような感覚が……。

 エリカは半分、朦朧としたまま顔をあげる。

 

「気持ちよさそうだったな、エリカ。忘れられない羞恥責めの思い出になっただろう?」

 

 声がした。

 いつの間にか、ロウが横にいた。

 そして、はっとした。

 周りにいた見物人がいないのだ。

 真っ白い空間だ。

 なんで、とも思ったが、こんな不思議な現象はひとつしかない。

 もしかしたら、亜空間?

 

「ロ、ロウ様は意地悪です……」

 

 やっと尿がとまった。

 見物人どころか、周りの景色も消えている。

 やっぱり、亜空間だ。

 

「あ、あのう……ロウ様……。亜空間……ですよね」

 

 エリカはロウを見上げた。

 ロウは、罰が悪そうな表情で、にこにこしている。

 気がつくと、お尻の痒みは消滅していた。

 ロウに精を注いでもらったからだと思うが……。

 そして、指縛りの紐が消滅している。

 その代わりに、身体にまとわりついていた服は全部なくなり、素っ裸だ。

 

「ごめんなあ……。本当はちゃんと羞恥責めをしてやりたかったんだが、途中から大騒ぎになってな。とっさに、エリカを隠すしかなくなったんだ」

 

「ごめん、ごめん、エリカ──。やっぱり難しかったよ。ちゃんと制御できると思ったんだけどね」

 

 クグルスが目の前に現れた。

 もうなんでもいい。

 

「でも、残念だったよねえ。途中までは順調だったのにねえ、ご主人様」

 

「最高の羞恥責めにしたかったのにな」

 

 ロウとクグルスが笑いながら語り合っている。

 

「あのときは、ごめんねえ、ご主人様──。ぼくの新しい能力で、ご主人様を亜空間から……しんくろだったけ……。そのしんくろで、亜空間側からエリカに悪戯したり、犯したりするまではよかったんだけど、その後、エリカがおしっこしたときに、みんな興奮しちゃってねえ」

 

「あれはびっくりしたな。危うく、エリカが潰されるかと思ったもんなあ」

 

「あっさりと全員の操心が解けちゃって、そりゃあ、もうすごい騒ぎになりかけたよ」

 

「まったくだ。クグルスが大丈夫だっていうから、どんどんと過激にしたが、まあ、エルフ美女の小便姿はやりすぎだったか? あれで制御できなくなったみたいだったものなあ」

 

 ロウが頭を掻いた。

 エリカは唖然とした。

 

「でも、ひどいです……。紐が宙に浮いて勝手に木杭に結ばれたり、恥ずかしい格好にしたり……」

 

「あれも、ぼくだよ、エリカ。でも、大騒ぎになったのは、エリカも悪いんだぞ。あんなところで、本当におしっこをするなんてさあ。興奮度最大値だもん。もうちょっと我慢しなきゃ」

 

 クグルスがけらけらと笑った。

 かっとなった。

 

「あ、あんなの我慢できるわけ──」

 

「まあ、待てよ、エリカ……。だけど、あれも承知の上で強請ったんだろう? 羞恥責めっていうのは、あんなものだ」

 

 すると、ロウが横から口を挟んできた。

 

「……ロウ様の意地悪──」

 

 しかし、エリカも、それ以上言えない。

 確かに、羞恥責めをしてくれと口にしたのはエリカだし……。

 まあ、ロウなら、あれくらいの過激さも常識か……。

 

「いずれにしても、もう、お前、外に出るなよ、エリカ。今度こそ制御できないし、明日の出発のときも、馬車の中に隠れてろ。宿屋までも、亜空間に入れて送っていくからな」

 

 ロウが言った。

 

「この界隈じゃあ有名なエルフ痴女っていうことに、なっただろうね」

 

 クグルスも気楽そうに笑う。

 もしかしたら、やっぱり、とんでもないことになったんじゃないだろうか。

 

「ひ、酷いです、ロウ様──。もう外にいけないじゃないですか──」

 

 声をあげた。

 

「だから、そう言っているだろう。とにかく、約束通りに、暗くなるまでは亜空間に隠してやるし、俺も外にいてやる。ところで、エリカも、これくらいじゃあ、足りないだろう? 今度はちゃんと優しく愛してやる。普通にね。悪戯もなしだ。お詫びに、ふたりきりで抱いてやるよ」

 

 ロウが笑いながら言った。

 

「よかったな、エリカ。じゃあ、ご主人様、エリカ、またね。エリカの淫気、美味しかったぞ。ご馳走様」

 

 クグルスがいなくなった。

 戻ったのだろう。

 脱力した。

 まあ、いいか……。

 とても恥ずかしかったけど……。

 ロウに愛してもらえるのだ……。

 

「じゃ、じゃあ、キ、キスしてください……。や、優しくですよ……。そうしたら、ロウ様の好きなように、また縛られますから……。でも、キスだけは優しくしてもらいたいです……」

 

 言ってみた。

 確かに、死にそうなくらいに恥ずかしかったし、他人の視線に惨めな姿を晒すのは泣きたくなるくらいにつらかったが、ロウに優しく口づけをしてもらえるなら、全部帳消しにしていいくらいに思ってもいいかなあと考えた。

 

「喜んで……」

 

 ロウが微笑んだまま近づき、優しく抱いてエリカの唇に唇を重ねてきた。

 エリカはロウの背中に手を回し、ロウの与えてくれる幸福感に身を委ねた。

 

 

 *

 

 

「おめでとう、ロウ──。記念日、おめでとう──。うんと愉しい夜にしような」

 

「おめでとうございます、ご主人様──。一巡目、おめでとうございます」

 

「おめでとう、ロウ……。一巡目とやらに……」

 

 やっと陽が落ちたので、エリカを宿屋の前で亜空間から出して宿屋に入り、そのまま部屋に戻った。

 すると、その途端に、女たちの声が一斉に響いた。

 部屋に引き入れられたところで、ばたんと扉が閉じる。

 扉の前で待ち構えて一斉に声をあげたのは、シャングリア、コゼ、イライジャだ。

 しかし、普通の恰好じゃない。

 目を丸くした。

 

 まず、シャングリアについては、服の代わりに全身に絵を描いて、華やかなたくさんの色紙に包まれた人形のようになっている。さらに、綺麗な色のリボンをその裸身に巻きつけていて、つまりは、いくらでもどうぞということだろう。

 

「ロウ、贈り物はわたしたちだ。なんでも言ってくれ。みんなでうんと奉仕するから」

 

 シャングリアが笑った。

 

 そして、コゼ──。

 

 顔を真っ赤にして、ちょっと蕩けたような表情だが、兎の耳のついた帽子をかぶり、胸と股間とお尻に綿の塊のようなものをつけている。

 こっちは動物に変身しているという格好だろうか。

 

「ご主人様、くっつけているんじゃないですよ。胸には乳首に糸で結んで付けているし、本当にお尻にも棒を入れて、外れないようにしているんです。で、でもくすぐったくて」

 

 コゼが一郎に寄って来て、その綿をすり寄せるようにしてくる。

 なるほど、顔が赤いのは、綿が擦れてしまうのと、お尻に異物があるからだろう。

 でも、面白そうだな。

 他の者にも、やらせるか。

 もっとくすぐったくなるように細工して……。

 

 イライジャは比較的まともであるというべきか、侍女風の正装だが、臍から下を切り取っていて、下半身を剥き出しにしている。

 むしろ全裸よりも色っぽい気がする。

 

「ふふふ、防音の結界もかけたわよ。たくさん愛してね」

 

 イライジャが艶かしく腰を振る。

 

「あっ、こ、こんな格好ですが、おめでとうございます……。記念日、おめでとうございます」

 

「あ、あたしからも……おめでとうを……」

 

 準備されていた大きな卓の上に目をやる。

 裸体に料理をびっしりと乗せたマーズが横たわり、その横には、M字に股を開いて、股間にストローのようなものを挿したミウが卓の上にいる。ミウだけは最初から、後手縛りのM字開脚に、縄で縛られている。

 

「これは、素敵な皿だな、マーズ。もしかして、ミウは飲み物入れか?」

 

 一郎は、マーズの太腿に乗っていた薄く切った肉を指で摘まむと、マーズの股間の肉芽にぎゅっと押しつけて揉むようにした。

 

「んふうっ、ふわっ、ああ、せ、先生──」

 

 マーズがびくびくと悶える。

 

「塩味をちょっと足してもらうか。だが、そんなに動くなよ、マーズ。皿なんだろう?」

 

 ロウ笑いながら、マーズの股間に滲んできた淫液を肉に載せて口に入れる。

 当然だが、マーズの味がした。

 これも面白いな。

 

 次に、ミウの股間に挿してあるストローもどきの管に口をやり、吸ってみる。

 果実水だ。

 おそらく、股間に細い水筒のようなものを入れて、飲めるようになっているのだろう。

 

「ま、魔道でどんどんと補充できます、ロウ様……。あんっ……」

 

 ミウが可愛く悶えた。

 ロウが管に口をつけたまま、揺するように動かしたのだ。やっぱり、膣になにかを入れている。

 

「可愛い飲み物入れだ」

 

 一郎は笑った。

 

「そ、それに、絞って出すことも……。れ、練習しました……」

 

 ミウがいきむような顔をする。

 すると、膣に差している管の先からぴゅっぴゅっと液体が飛び出した。

 イライジャが小さなコップを差し出して受ける。

 

「だから、あなたは管に口をつけるだけで、ミウが口に飲み物を流してくれるのよ」

 

 イライジャが微笑みながら言った。

 

「なるほど」

 

 一郎は感心して頷いた。

 

「まあ、エリカ、大丈夫なの? ご苦労さん」

 

 一方で、ぐったりして、部屋に入った途端に座り込んでしまったエリカに、コゼが声をかけた。

 ちょっと可愛がりすぎたかもしれない。

 愛したのは亜空間の中だけだから、体力的なものは現実に戻れば回復するはずなのだが、余りにもたくさん絶頂させすぎて、疲労困憊の記憶が脳に残り過ぎてしまい、身体が疲れたような気持ちになったのかもしれない。

 

「だ、大丈夫だけど……。ちょっと疲れちゃって……」

 

「でも、ご主人様をちゃんと暗くなるまで、外に引き留める役、ありがとうね──。ところで、エリカはケーキ役になったわよ。交代交代だけどね。ほら、卓に乗ってクリームを塗ってよ」

 

 コゼがエリカを引きずって、もうひとつの卓に案内をしている。

 部屋にはさらに、マーズとミウたちが乗っているのと同じくらいの大きな卓があるのだが、その卓の横には、ケーキに塗るようなクリームと切った果物が並んでいる。

 なるほど、あれを身体に乗せてケーキに見立てるということか。

 しかし、ふと見ると、布で隠しているが、蝋燭まである。

 エリカは気がついてないみたいだが、エリカにケーキ役をさせるときに、コゼはさらにエリカの裸身に蝋燭も立てそうだ。

 そのくらいの悪戯なら、コゼは絶対にやると思う。

 

「ケ、ケーキ? わ、わたしは、ケーキ役なの……?」

 

「そういうことよ。さあ、服を脱いで卓の上に寝て」

 

 エリカはコゼに促されて、卓に向かう。

 そんなに抵抗もなしに、服を脱ぎだしている。

 おそらく、打ち合わせ済みなのだろう。

 しかし、一郎はコゼがさっと蝋燭を布ごと後ろ手に隠すのを見つけた。

 やっぱり……。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

 だが、これはなんだ?

 パーティ?

 

「ところで、これはなんのお祝いなんだ?」

 

 一郎は女たちに言った。

 

「わ、わたしたちから、ロウ様にお祝いのプレゼントです……」

 

 エリカが服を脱ぎながら言った。

 すでに、裸だ。

 コゼに卓の上に追いたてられている。

 

「一巡目のお祝いです。ご主人様がこの世界に来てくれた記念日です──。そして、これからもよろしくお願いします。この日は毎回、あたしたちでお祝いしようと決めたんです」

 

 コゼがにこにこしている顔をこっちに向ける。

 

「記念日?」

 

 びっくりした、

 それで、詳しく訊ねると、今日の日付がアスカのところで召喚され、この世界に連れて来られた日と同じ日付になるのだそうだ。

 この世界の日付の数え方が複雑で、全くわからないのだが、どうやら約一年半で、日付が一巡したということのようだ。

 

「この()たち、本当に張りきって準備したのよ。心から愛されているのね、ロウ。今夜は好きにしていいそうよ。ちゃんと愛してあげてね……。もちろん、わたしも……」

 

 イライジャが笑った。

 

「とにかく、座ってくれ、ロウ──」

 

 シャングリアがロウを二個の卓の真ん中に一個だけある椅子に、一郎を移動させる。

 

「まずは食事ですか、お客様? それとも、飲み物? ケーキ? それとも、あたしたち? 最初のご指名は誰でしょう」

 

 給仕役なのか、イライジャがロウの横に立つ。

 

「とりあえず、ご、ご奉仕するな、ロウ……」

 

 一郎を座らせたシャングリアが一郎の股のあいだに座り込み、ズボンから一郎の性器を出して、口に含んで、ぺろぺろと舐め始める。

 

「ひっ、ひやっ、く、くすぐったい、コゼ」

 

 顔を向けると、コゼによって乳房に白いクリームを刷毛で塗られているエリカが悲鳴をあげている。

 一郎は笑ってしまった。

 そして、自分は幸福者なんだなと、改めて実感した。

 じゃあ、遠慮なく、思い切り愉しむか。

 

「そうだな。じゃあ、給女さんのまん汁つきの薄肉を一枚もらおうか。その次は、ミウから口移しで食べさせてもらおう……。そして、コゼ、その蝋燭は置け。エリカはもう外で洗礼を受けた」

 

「蝋燭?」

 

 エリカがきょとんとして顔をあげた。

 コゼは悪びれる様子もなく、後ろに隠していた蝋燭を卓に置く。

 エリカが目を見開いている。

 

「えへっ、ばれましたか」

 

 コゼがけらけらと笑った。

 一郎は苦笑した。

 

「だけど、折角の趣向だ。コゼに燭台役をやってもらうか。コゼ、胡座に座れ。エリカ、この掻痒剤を使って、コゼをまんぐり返しにして、股間に蝋燭を挿せ。いいか、たっぷりと塗れよ。悶え動いて、たくさん蝋が垂れるようにな。そして、点灯式をするぞ」

 

 一郎は亜空間から取り出した掻痒剤の容器をエリカに手渡した。

 裸体にクリームをすでに塗りたくっているエリカが嬉々として、コゼの手を引いて卓にあげさせる。

 コゼは「ええっ?」と驚きながらも抵抗はせずに、卓で胡座を組む。

 一郎は粘性体を飛ばして、コゼを後手の胡座縛りに固定する。

 

「ほらっ、コゼ、ロウ様のお言いつけよ」

 

 クリームまみれのエリカがコゼをひっくり返してお尻を上にする。

 

「ちょ、ちょっと」

 

 コゼが小さな悲鳴をあげた。

 

「は、はい、お客様……」

 

 赤い顔をしたイライジャが自分の股間で揉んだ薄肉を一郎の口に持ってくる。

 

「あたしのも……です……」

 

 拘束されているミウが懸命に身体を動かして、M字のままにじり寄ってくる。

 口に食べ物を入れている。

 一郎はまずは、イライジャから受けとり、次いでミウの口に顔を伸ばした。

 また、足の指で奉仕を続けているシャングリアの股間をいじりだす。

 

「んんっ、んふっ」

 

 女騎士殿が一郎へのフェラを続けたまま、たちまちに淫らに悶えだした。

 

 

 

 

(第10話『暗くなるまで待って』終わり)



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【3章 大山鳴動】
306 脱獄女囚への拷問


【ナタル森林・褐色エルフの里の郊外】

 

 

「んがあっ」

 

 口の中に入れ込まれた穴あきの嵌口具の下で、ユイナは思い切り叫んだ。

 だが、ユイナが縛られて転がされた地面の周りには、パリスと名乗る子供のような姿の何者かと、その家来のような手の者しかいない。

 ユイナの声がほかの誰かに届く可能性はない。

 

 なにが起きたのか全く理解できない。

 ついたったいままで、ユイナは褐色エルフの里の広場にある囚人用の塔にある石牢の中にいた。

 ユイナの犯した罪により、人間族に奴隷として売られるという侮辱刑になることになっていたのだが、昨夜……というよりは、今朝、夜が明ける直前に、その牢に何者かの集団による襲撃があり、ユイナは彼らにさらわれてしまったのだ。

 そして、ここに連れて来られた。

 

 とにかく、ユイナには理解不能だ。

 塔を襲撃した連中は、魔道で幾重にも結界がかかっているはずの塔の警備を打ち破り、ユイナを見張っていた牢番を殺し、強力な魔道でユイナの牢を壊すと、ユイナを拘束して、目隠しと、箝口具を装着させると、袋のようなものにユイナを詰め込み、運び出したのだ。

 あっという間のことだった。

 

 そして、そのままどこかに運ばれて、ここに連れて来られた。

 袋から拘束されたまま、放り出され、目隠しだけを外された。

 すると、ユイナは十数人の男たちに囲まれており、ひとりだけ椅子に座っている少年と顔を向き合わされた。

 その少年は、パリスと名乗った。

 しかし、少なくとも、そのパリスと名乗った少年については、人間族の子供にしては不自然だ。本当は何者であるかは、ユイナにもまったくわからない。

 ただ、見た目のままの人間族の子供というわけじゃないのは、なんとなくわかる。

 

「よし、服を剥いて、吊りあげろ──」

 

 パリスがにやにやしながら、周りの男たちに命じた。

 数名の若者たちが地面に横たわるユイナに群がる。

 囚人服に手を掛けられて引き破られる。

 

「んふうっ」

 

 暴れようとしたが、屈強そうな複数の男たちに押さえられてなにもできない。魔道についても、あの塔に収容されるときに、魔道を封印する紋様を身体に刻まれている。

 

「んんぐううっ」

 

 身を捩る。

 しかし、暴れようとすると、身体を持ちあげられて、荒々しく地面に叩きつけられた。涙が出るほどの激痛が腰と肩に走る。

 後手縛りの拘束が解かれる。

 だが、身体を押さえつけられてなにもできない。

 

「んぐうう」

 

 絶叫した。

 服を引き破られる。

 下着もあっという間に引き裂かれて素っ裸にされてしまった。

 うつ伏せにされる。

 両腕を思い切り背中に捩じあげられた。

 誰かと誰かの膝が背中と腰に乗って来る。

 

「うぐうう」

 

 思い切り叫ぶ。

 だが、両手首に縄が巻き付けられる。両足首も揃えて縛られて、背中側で両手首と束ねられた。

 

「よーし、あげるぞ」

 

 誰かの合図で、さらに太い縄にユイナの四肢を束ねている縄が繋げられた。

 顔を捩じると、いつの間にか太い樹木の枝から太い縄が吊り下げられている。

 

「あげろ。せーの」

 

 掛け声とともに、ユイナの身体がぐいと持ちあがった。

 

「うごおおっ」

 

 ユイナは苦悶の声を洩らした。

 手足を背中で束ねられたまま、ユイナの身体が大きく持ちあがって、宙吊りになる。周りにいる男たちの頭くらいまで引きあげられる。

 痛い──。

 全体重が四肢にのしかかってくる。

 しかも、逆海老の体勢だ。

 反り返っている背骨と腰に、凄まじい重圧がかかってくる。

 

「さて、さっきも自己紹介したが、あんたのお爺さんとやらに、頼まれてあんたを脱獄させてやったパリスという。よろしく頼むぜ。ところで、訊きたいことがあるが、その前にちょっと苦しんでくれや。俺は拷問なしに、得られた情報が信用できなくてな」

 

 パリスが椅子に座ったまま、ユイナを見上げながら言った。

 すると、男たちがユイナの下で土をにいれた袋を準備している。

 ユイナはぞっとした。

 その土入りの袋に縄がかかっていたのだ。

 その袋をひとりの男が両手に抱えて持ち上げて、ユイナが吊られている身体の下に持ってきた。

 さらに、土の入った袋を縛っている縄がユイナの反り返っている腰にひと巻きして結ばれる。

 

「んぐううっ、んんぐう」

 

 なにをされようとしているのかがわかり、ユイナは力の限りに悲鳴をあげた。

 

「細っこい腰だが、黒い肌のエルフは、どれくらいのことをすれば、腰が折れるんだろうな」

 

 パリスが手をあげた。

 袋が離されて、凄まじい重みが腰に襲いかかった。

 

「んぐうううう」

 

 ユイナは泣き叫んだ。

 

「揺らしてやれ」

 

 前後左右に男たちが集まる。

 そして、逆海老状態で吊られているユイナを四周から、激しく押し始める。

 

「んぐううっ、んんぐう」

 

 身体が揺れるたびにユイナは悲鳴をあげた。

 怖ろしいくらいの力が四肢の付け根と腰を襲う。

 しばらくのあいだ、ユイナはただただ、泣きわめいた。

 

「さて、少し話をするか」

 

 やっと、眼下のパリスが口を開いたのは、おそらく、四半ノスは経ってからだ。

 口の中の嵌口具が乱暴に引き出される。

 

「面倒は嫌いだ。すでに調べはついている。どうやら、お前は古代魔道が詳しく記載されている古文書を持っていたみてえだな。お前の爺さんのトーラスが覚えていた。あのじじいもちょっとは痛めつけたが、いまはお前が持っているというのは間違いねえようだ。だが、どんなに家探ししても、それが出て来ねえ。どこにある? それだけ喋れば楽にしてやる」

 

 パリスが言った。

 はっとした。

 パリスが口にしたのは、ユイナが大切にしている古代魔道の研究本のことであることはすぐにわかった。

 いまでは研究すらも禁止されている古い禁忌の魔道が詳しく書かれている古文書であり、ユイナがトーラスに引き取られてすぐに、当時はまだ里長だったトーラスの書庫から見つけて、こっそりとユイナのものにしたものだ。

 実に興味深い魔道の研究資料であり、ユイナはそれを使って、かつては魔妖精を召喚術で呼び出したこともあるし、そもそも、ユイナが裁判で死刑判決を受けた騒動は、ユイナがその古文書に記載されている魔道を遣って、魔獣を眷属として召喚しようとしたことによる。

 しかし、なぜか召喚のために作った時空の切れ目から大量の瘴気が噴き出して、ユイナには制御できない凶悪な魔獣が出現してしまったのだ。

 だが、なんでこいつらは、それを手に入れたいのだ?

 いや、その前に、こいつらは何者なんだ?

 

「い、いったい、な、なんの真似よ──。お、おろしてっ──。おろしてよ──」

 

 ユイナはパリスを睨みつけた。

 

「質問に答えな、小娘」

 

 パリスが足元にあった木の枝を拾って立ちあがった。

 ユイナの髪の毛を手下に掴ませて顔を動かなくさせた。

 パリスは持っていた細い木の枝をユイナの片側の鼻の穴に差し入れた。

 

「ひっ、なっ、らにすんのよおっ、んぎいいいいっ」

 

 パリスが顔色ひとつ変えることなく、ユイナの鼻に突っ込んでいた木の枝を思い切り押し入れる。

 頭の中を打ち抜かれたような激痛が走り、ユイナの鼻から大量の血が噴き出した。

 パリスが血で汚れた木の枝を捨てて、椅子に座り直す。

 

「古文書はどこだ? どこに隠してある? 見つかればそれでいい。お前には用事はないから、すぐに楽にしてやるよ」

 

 パリスが涼しい顔で言った。

 ユイナは鼻から血を流しながら、ぞっとした。

 古文書を渡してしまえば、ユイナは殺される。

 それを悟ったのだ。

 

 どこの誰なのか、検討もつかないが、このパリスという男はユイナの持っている古代魔道のことを記録した古文書が欲しいのであり、それで囚人だったユイナに接近してきたのだ。

 そして、無理矢理に脱走させた。

 さっきの口ぶりからすれば、祖父のトーラスが一枚噛んでいる可能性が高いが、とにかく、確かなのは、おそらく、古文書さえ手に入れてしまえば、多分、このパリスはユイナを殺すだろうということだ。

 さっきから、パリスは、古文書を渡せば、ユイナを楽にするという言葉しか使わない。

 楽にするというのは即ち……。

 

「こ、古文書は、ここには……らい……ないわ……。わ、わたしを殺せば……、それは手に入らない……」

 

 ユイナは荒い息をしながら、呻くように言った。

 まだ鼻血は流れ続けている。

 パリスが片手を振る。

 すると、鼻の痛みが引き、血がとまった。

 治療術だ。

 

「そうだな。お前を殺せば、その古文書は手に入らないんだろうなあ。だが、訊問の方法は色々ある。そして、いまわかったと思うが、俺には治療術もある。つまりは、逆にいえば、お前が白状しない限り、死ぬことはできねえということだ」

 

 パリスが手を伸ばしてユイナの横顔をぶん殴った。

 

「んぎいいっ」

 

 ユイナはその勢いのまま身体を勢いをつけて回転させる。

 そこを反対側のいる男が顔を殴って、反対側に押しやる。

 

「ふぶうっ」

 

 奥歯が割れたのがわかった。

 口から血とともに白いものが吐き出る。

 パリスはすでに座っているが、パリスのいた位置に交代した別の男がユイナを殴った。

 

「やべてええっ」

 

 殴られながら宙吊りの身体を振られて、ユイナは泣き喚いた。

 しかも、逆海老の腰にぶらさげられている土の袋の重しも、前後左右に動いてユイナに凄まじい苦痛を与え続ける。

 何度も顔を殴られて、意識が朦朧とする。

 すると、急に頭がはっきりとしてきて、殴られた痛みも消失していった。

 パリスが再び治療術で負傷を回復させたのだとわかる。

 髪の毛が束ねて縛られて、四肢の縄に結ばれた。

 ユイナは顔を上にあげたまま、おろせなくなった。

 

「殴るのはもういい。すぐに気絶されちまう。しばらく身体を回してやるか。それなら、意識を失いそうになるのに時間がかかる」

 

 パリスが魔道を飛ばしたのがわかった。

 

「な、なに……すんの……」

 

 ユイナは不安に顔をひきつらせた。

 だが、ゆっくりと身体が吊られている四肢を中心に回転を始める。

 そして、すぐにそれが急回転になる。

 

「うわっ、ひいいっ、な、なによ、これえ──」

 

 身体が凄まじい勢いで横回転で回る。

 

「んぎいい」

 

 怖ろしいほどの恐怖と苦痛だ。

 手足が千切れる。

 重しのぶら下がっている腰にぐんぐんと衝撃が加わり、腰の骨が折れそうだ。

 

「いやああっ、いやあ、いやああ」

 

 とにかく、ユイナは絶叫を続けた。

 腕も脚ももげそうだ。

 回転が激しいので、重しが弾み、重圧となって四肢と腰を襲う。

 しばらくすると、やっと回転の速度が落ちてきた。

 それでも惰性によって身体は回り続け、さらに縄が巻きあがっていく。

 やがて、今度は巻きあがった影響で逆海老の身体が逆回転していく。

 

「や、やめええっ、言う──。言うわあ。だ、だけど、命の保証はして──。ま、魔道契約よ──。わ、わたしを自由にして、逃がすのよ──。それで古文書の場所を言ううう──」

 

 絶叫した。

 このままでは、本当に殺される。

 魔道契約というのは、魔道を遣える者同士がそれぞれに、相手と約束事を誓い合い、それを魂に刻み合うというものだ。

 絶対に破れない誓いとも称されていて、魔道遣いである限り、それを破ることはできない。

 しかし、パリスがせせら笑った。

 

「なんで、俺がエルフ娘なんかと、対等に魔道契約を結ばねばならねえんだ。別に言いたくなければ、古文書の場所を口にしなくていい。ただ、話したくなるまで拷問を続けるだけだ。どっちにしろ、まだ始まったばかりだ。時間はいくらでもある。今日はまだ終わらねえし、明日もあるし、明後日もある。十日後だって、一箇月後だって、俺はお前への拷問を続けさせることができる。死ぬことも許さずにな」

 

 パリスは指を鳴らした。

 再び高速回転が始まる。

 ユイナは絶叫した。

 

 そして、またもやしばらくのあいだ、ユイナの身体は回され続ける。

 何度も何度も回された。

 回転により血が頭に昇っているので、意識を失うことはできそうにない。その代わり、朦朧としてぼんやりとしてきた。

 

「教える気になったか、黒んぼう?」

 

 やがての果てに、パリスが言った。

 気がつくと、回転が終わっている。

 

「い、言うわ……。その代わり、命の保証を……。契約を……」

 

 ユイナは荒い息をしながら言った。

 パリスが盛大に溜息をついた。

 

「しつけえ娘だぜ。おい、少しさげろ」

 

 パリスが立ちあがった。

 ユイナの身体が逆海老吊りのままゆっくりと高さがさがっていく。

 

「媚薬を寄越せ」

 

 ユイナの身体はかなり低くさげられた。

 背の低いパリスの身体の腰の高さくらいだ。

 ユイナの脚側に入ってきたパリスが、油剤のようなものをユイナの股間と乳房に塗り始める。

 すぐに塗られた場所がかっと熱くなる。

 

「うう、や、やめて……。教える……。教えるって、言ってるでしょう」

 

「別にまだ言わなくてもいいぜ。もうしばらく、ぶらさがってな。そのうちに、あれも来るだろうしな」

 

 パリスは何度も油剤を指に足して、ユイナの股間と胸に媚薬を擦り込み続ける。

 股間にもアナルにも、入念に塗り込まれていく。

 

「あ、ああっ、い、いや、へ、変態……。や、やめるのよ……。うううっ……。そもそも、来るって誰よ……?」

 

 ユイナは股間を指で蹂躙される恥辱に耐えながら、パリスが誰かが来るという言葉を口にしたことに反応した。

 

「もちろん、お前の爺さんだ。お前を脱走させてやると持ち掛けたら、話に応じたのさ。一応は約束だから、ちゃんと脱獄をさせたことを教えねえとな。それに、もしかしたら、お前が持っている古文書の場所を知っているかもしれねえ」

 

 パリスがけらけらと笑った。

 ユイナは愕然となった。

 こんな風に辱められている姿を見られるなど──。

 そもそも、トーラスが危険だ。

 ユイナには、このパリスがただ者でないことはわかる。

 おそらく、人を襲うことも、殺すこともなんとも思っておらず、そういうことにものすごく手慣れている感じがする。

 それに比べれば、トーラスはエルフ族として、もうかなりの老齢だ。

 魔道力も落ちていて、このパリスになにもできない。

 

「わ、わかった。言う──。条件はなし──、だから、お爺ちゃんを連れてこないで──。手を出さないで」

 

 ユイナは最後の力を振り絞るようにして叫んだ。

 

「遅せえな。もう来たぜ」

 

 パリスがユイナから離れながら嘲笑する声を発した。

 すると、数名の人間がやって来る気配を感じた。

 

「おお、ユイナ──」

 

 トーラスの声だ。

 姿は後ろ側だから見えないが、金切り声をあげている。

 だが、次いで周囲の者たちに取り押さえられて、殴られているような音も聞こえた。

 

「お、お爺ちゃん──」

 

 ユイナは叫んだ。

 

「や、約束が違うう──。な、なんということを──。約束が違う──」

 

 トーラスが泣き叫んでいる。

 しばらくすると、後ろ手に手枷を装着されているトーラスがユイナの顔方向に連れて来られた。

 首になにかを嵌められている。

 首輪のようだが、おそらく、トーラスの魔道を封じるなにかだろう。

 また、顔には殴られたような青痣がいくつかついていた。

 

「すぐにユイナをおろせ──。おろすんじゃ、お前ら──」

 

 トーラスが喚いた。

 だが、パリスがせせら笑った。

 

「そうはいかねえぜ。まあ、そこで自分の孫娘が犯されるのを見てな。孫娘可愛さに、俺たちを利用したつもりだろうが、利用したのは俺たちだ。だが、もしも、俺たちが捜しているものの行方を知っているなら喋るんだな。そうすりゃあ、ユイナへの拷問は中止してやる」

 

 椅子に座り直したパリスがトーラスに言った。

 トーラスは両側から屈強なふたりの人間に押さえられて、跪かされている。

 ユイナの姿に涙を流している。

 

「知らん──。知らんのだ。ユイナ、なにかを知っているなら話せ──。頼む──」

 

 トーラスが泣き声をあげた。

 よくわからないが、やっぱり、トーラスは、なんらかの取引きをこいつらとした気配だ。

 おそらく、ユイナを脱獄させることを頼み、なんらかの見返りを与えたのだと思う。

 しかし、相手が悪かったとしか、いいようがない。

 だが、ユイナが冷静な思考を続けられたのはここまでだ。

 塗り込められた油剤の妖しい効果がついに本領を発揮し始めたのだ。

 

「ああ、痒いい──。ち、ちくしょう、痒いいい──」

 

 ユイナは身体を引き千切るかのような、怖ろしいほどの熱さと痒さに見舞われた。

 

「ああ、おろしてえ──。おろすのよお──」

 

 猛烈な痒みに襲われて、ユイナは声を張りあげた。

 これまでに味わったことのない強烈な股間の痒みだ。

 しかも、長い逆海老の宙吊りで、すでに四肢に感覚はない。背骨も腰も限界だが、それでも身を捩らずにいられない痒みだ。

 

「古文書の場所を口にしたらおろしてやるぜ。しかも、ここにいる全員をけしかけてやる。痒みはなくなるさ」

 

「ふ、ふざけんなああ」

 

 ユイナはありったけの声を振り絞って悪態をついた。

 しかし、パリスはいつまでもなにもしない。

 ただ、放置される。

 ユイナはどんどんと追い詰められていく。

 一方で、トーラスはずっと泣き叫んでいた。

 しかし、ときどき殴られるような音がして、しばらくするとすすり泣くような声にかわった。

 

「ああ、だめええ、許してええ──。許してよおお。教えるって、言ってんでしょう──。この馬鹿ああ」

 

 ユイナは悲鳴をあげた。

 乳房の先が焼けそうに熱い。

 股間の二つの穴では、虫のようなものがうごめているみたいな気がする。

 パリスの大声で笑う声がする。

 

「ははは、お前、面白いなあ。ここまで、したたかでしぶといのは、ちょっと気に入ったぜ。それに免じて、古文書の在り処を口にしたら、殺すのだけは勘弁してやる。連れていって、奴隷にしてやろう……。おい、これをこいつの首に嵌めてやれ」

 

 パリスが地面になにかを投げ捨てた。

 はっとした。

 首輪だ。

 しかも、魔道のこもっている『奴隷の首輪』だ。

 間違いない。

 男がそれを拾いあげて、ユイナの首に嵌める。

 

 だが、これを嵌めて即座に隷属の魔道がかかるわけじゃない。奴隷の首輪をした状態で、ユイナが誰かを主人として認めると心から口にして、それで従属の呪術が刻まれるのだ。

 一度、隷属を刻まれれば、あとは主人として認めた相手の「人形」に成り下がる。どんなことでも、「命令」という言葉で意思と身体が切り離されて、その言葉に身体が従うことになる。

 

「奴隷になる──。従うわ──。だから、命は保証するのよ──」

 

 ユイナは叫んだ。

 パリスは笑った。

 

「早えな。いずれにしても、随分と捻くれている娘のようだな。嘘を言うことにためらいがなさすぎて、隷属の呪術がうまく刻まれねえぜ。まあ、もうちょっと苦しみな。そうすれば、心からの隷属の言葉が口から出る」

 

 パリスの落ち着いた態度に、ユイナは歯噛みした。

 隷属が刻まれるには、ただの言葉じゃだめなのだ。心からの思いが必要だ。それはわかっているのだが、ユイナには目の前の得体の知れない男の支配を受けつけるということに、どうしても納得できない。

 だが、ここで奴隷になるということが、ユイナが生き残れる道だということもわかってきた。

 おそらく、さっきのさっきまで、パリスはユイナから聞きたいことを口にさせれば、さっさと殺すつもりだっただろう。

 しかし、ちょっと旗色が変わった。

 なにが心境を変化させたのかはわからないが、パリスはユイナを奴隷にして生かしておいてもいいと、ちょっと思ったみたいだ。

 そして、奴隷にさえすれば、パリスにとっては殺す必要は少なくなる。

 生かしておいても、裏切ることはないし、邪魔になれば、自殺でもさせればいいし、とにかく、即座に処分しなくてもいいとくらいには考えるだろう。

 

「ああ、だ、だから、服従するわよお──。ほら、奴隷を刻んでよう。そして、古文書の在り処を訊ねればいいでしょう。奴隷になれば、絶対に嘘はつけないんだから──」

 

 ユイナは叫んだ。

 とにかく、大声で喋っていないと、痒みで気が狂いそうだ。

 眼はかすみ、体力が尽きかけている。

 

「まだまだだ。俺は結構、お前が気に入ってきたぜ。ここにきて、必死で生き残ることを考えてやがる。いまだに、教える教えると言いながら、古文書の場所を口にしねえのがその証拠だ。生き残る保障をするまで、なんとしても粘ろうとしている。大したもんだぜ」

 

「わ、わかってんなら、い、命を保証して──。古文書なら渡すうう──」

 

 もうだめだ。

 股間とアナルが内側からただれ燃える。

 ユイナは半狂乱になった。

 

「だが、まだ屈服してねえ。じゃあ、効果的に屈服させてやろうか……。おいっ」

 

 逆海老のままのユイナの後ろにいる男に、パリスが声をかけた。

 すると、すぐにお尻に異物が挿入される感覚を覚えた。

 管のようなものが挿し込まれたかと思うと、ひやりとした液体が注がれてきたのだ。

 

「うわああ、浣腸なんて、いやああ」

 

 ユイナは悲鳴をあげた。

 

「ほう、浣腸ということがわかんだな? もしかして経験があるんじゃないだろうなあ?」

 

 パリスが笑った。

 だが、実のところパリスが正しい。

 誰にも言っていないが、浣腸をされた経験はある。

 あのロウだ。

 ロウに呼び出されて捕らえられ、拘束されて繰り返し浣腸をされた挙句に、アナルを犯された記憶は、ユイナの心を引き裂くような恥辱の記憶であるとともに、いつまでも消えていかない熱い性の疼きでもある。

 あいつに犯されてから、あのときの快感が忘れられない。

 忌まわしくも愛しい恥辱の記憶だ。

 

「もうひと袋してやれ。腹が膨れるまで続けろ」

 

「わかりました」

 

 おそらく、魔道のこもっている浣腸袋というものを使っていると思う。

 管を刺して、袋を握れば、あとは勝手に袋の中の薬剤が体内に注ぎ込まれるという責め具だ。

 さらに、薬剤がお尻の穴に充填されていく。

 一気に便意が拡大する。

 

「身体を愛撫してやれ」

 

 二本目の注入が終わると、パリスが男たちに声をかけた。

 見物をさせられているトーラスの泣き声と哀願が大きくなる。

 

「ああっ、やめてよおお」

 

 ユイナは声をあげた、

 乳房と股間とアナルの掻痒感は限界にきている。

 そこを愛撫されて、凄まじい快感が襲う。

 すると、怖れている事態が切迫をしてくる。

 

「ああ、厠に……。厠に連れて行って……」

 

 我慢できるものじゃないことはわかっている。

 すでに限界だ。

 無理な体勢で長く吊られて全身が痛い。

 股間と胸が焼けるように熱くて痒い。

 さらに、恐ろしいほどの便意……。

 こんな苛酷な状態じゃあ、もう我慢できない。

 

「屈服していると判断すれば、隷属の呪術を刻んでやろう。心からの屈服でないとだめだ。さもねえと、隷属が刻めねえ」

 

「く、屈服する──。本当よ。本当だったらあ……。ひいっ、あああっ、ああああっ」

 

「いや、お前の心からはまだ足りねえ。そのまま糞を垂れ流したくなければ、自分の心に屈服を言いきかせな。どうにも、お前は隷属には向いてねえみたいだ」

 

 パリスが笑う。

 そのあいだも、ユイナの全身への愛撫は続いている。

 息を呑む。

 もう限界……。

 アナルにすべてを集中して力を注ぎ込む。

 

「糞するときには声をかけろよ。汚物がまき散らねえように、魔道の処置くらいはしてやるからよう」

 

 パリスの声……。

 男たちの手が離れる。

 目の前が真っ暗になる。

 

「で、出るうう──」

 

 ユイナは叫んだ。

 しかし、まだ崩壊はしなかった。

 ぎりぎりのところで留まっている。

 口惜しい……。

 あまりの屈辱に涙が出てきた。

 こんな風に大勢の得体の知れない連中に嘲笑されながら、惨めな排便をするとは……。

 そもそも、本当にこいつらは……、パリスというのは何者……?

 

「結構、頑張るじゃねえか。心の卑しいエルフ族だしな。このくらいじゃあ屈辱が足りねえか?」

 

「な、なに言ってんのよ──。も、もう屈服している……。屈服してるからあ……」

 

 ユイナは懸命に、自分の心に屈服しろと言い聞かせた。

 生き残る可能性は、この男の奴隷になることだということはわかっている。

 だから、死なないためには、隷属を刻まれるしかないということも納得している。

 しかし、ユイナの心の奥底にある抵抗心が、それを拒んでいるのか……?

 

 屈服しろ……。

 屈服しろ……。

 屈服しろ……。

 ユイナは懸命に自分に言いきかせる。

 心に細工する。

 屈服を……。

 

「んん? どうやら、屈服したか? 隷属の刻みができる状態になったな。じゃあ、隷属を誓え」

 

 しめた──。

 ユイナはほっとした。

 これで生き残れるかも……。

 

「ち、誓う――。隷属を……」

 

「よし」

 

 パリスの声──。

 すると、魔道が身体に注ぎ込まれるのがわかった。

 ユイナは懸命にそれを処置した。

 

「これで奴隷の刻みができたな。じゃあ、そのままだ。古文書がどこにあるかを口にしな。嘘をつくことを禁止する。これは、命令だ。そして、こっちは命令じゃねえが、お前もエルフ族なら、そのまま糞を垂れるなよ。人前で排便をするのは家畜だぜ。それとも、やっぱり、エルフ族というのは、家畜に劣る人種なのか?」

 

 パリスは愉しそうに言った。

 

「そ、その前に厠に……」

 

「古文書の場所を言え。そっちが先だ。厠はその後だ。魔道で厠を出してやる」

 

 もはや、一瞬の余裕もない。

 ユイナは口を開いた。

 

「わ、わたしは……持っていない……。わ、渡したの……。ここにはない……。そ、それと、わ、わたしじゃないと……解読できない……。書き込んでいる魔道語の読み方は、わたしにしか……」

 

 殺されないためのもうひとつの布石……。

 古文書を手に入れただけでは、魔道を実現することができないと知れば、ユイナはその古文書がパリスが手に入るまでは生き残れるだろう。

 すると、パリスが盛大に舌打ちした。

 

「渡した? どこのどいつにだ。隷属の呪術を刻んだんだから、嘘じゃねえんだろうが忌々しい……。ここにはねえのか──。誰に渡したのか言え、命令だ」

 

 パリスが言った。

 

「……ロウ……。ハ、ハロンドールの冒険者……。王都で……(シーラ)クラス……」

 

 ロウが冒険者として成功して、ハロンドールの王都にいるというのは、イライジャが教えてくれたことだ。

 本当かどうかはわからないが、ユイナは真実だと信じている。

 

「ロウ? ハロンドールの王都だと……? なんで、そいつに?」

 

 パリスが訝しんでいる

 

「あ、あいつが……わたしのことを好きだと……。恋人なのよ……。再会の約束の証に……。わ、わたしの大切なものを……」

 

「恋人だと──?」

 

 パリスが怒鳴った。

 

「ユイナ、それはまことか──」

 

 トーラスが声をあげた。

 だが、横の男たちに殴られて黙らされている。

 

「くそう……。ハロンドールの王都か……。ロウだと? なんか、記憶があるなあ……。なんだったか……。まあいい……。だったら、この前、お前が魔獣を暴走させた例の古代魔道の召喚術を再現できるか? それを命令する──」

 

 ユイナは首を横に振る。

 生き残れる芽がさらに増えた。

 また、目的もわかった。

 こいつらは、ユイナが暴走を起こしてしまった召喚魔道を再現したいのだ。それでユイナを塔の牢から脱獄させた……。

 

「む、無理……。紙に残していたものは、捕まる前に燃やした……。頭の中にはないの……。こ、古文書がないと……。そ、それよりも、厠……」

 

「まだだ。嘘をつくことを禁じる。真実のみを話せ。命令だ──」

 

「し、真実……よ……」

 

 ユイナは呻いた。

 

「この前の召喚魔道を再現しろ。もしくは、古文書の場所を言え。これは絶対の命令だ──」

 

 パリスが叫んだ。

 

「……うう……。こ、こ、古文書がないと再現……で、できない……。古文書は、ハロンドールの王都にいる……ロウという冒険者が持っている……。ああ、か、厠に……」

 

「ちくしょう──。ハロンドールの王都か──。お前ら、すぐに手配しろ。ロウという冒険者のところに手の者を前進させるんだ」

 

 パリスが叫んだ。

 ユイナはほっとした。

 訊ねられれば教えたかもしれないが、イライジャがそのロウのところに行っていて、奴隷として売買されるユイナを競り落としてくれと依頼をしてくれているはずだ。

 もしも、説得に成功していれば、そろそろ、ロウが褐色エルフの里にやって来てもおかしくはない。

 だが、わざわざ教える気もない。

 

「いや、そうだ──。わかった──。あのロウか──。アスカと関わった男だ。イチだ。エルスラと一緒に逃げた男か──。そうだ。あいつだ」

 

 パリスがなにかを思い出したらしく、大きな声をあげた。

 だが、エルスラ?

 誰だ、それ?

 それはともかく、もう便意が……。

 

「か、厠に……」

 

 ユイナはもう一度言った。

 すると、パリスがユイナを見た。

 そして、にやりと微笑んだ。

 

「そうだったな。じゃあ、お前ら、もうひと袋、浣腸袋を足してやれ。そして、このエルフ娘がみっともなく排便をしたら、全員で犯せ。そのトーラスの前でな」

 

 パリスは言った。

 ユイナは泣き叫んだ。

 そして、追加の浣腸液が腸内に収まる。

 

「おおおっ」

 

 ユイナは歯を喰いしばった。

 だが、あまりにも凄まじい便意だ。

 次の瞬間、一気にアナルが崩壊した。

 束ねられて背中側で吊られてる下肢の付け根から汚物が汚水とともに噴き出し続ける。

 男たちが後ずさる。

 その目の前で、ユイナは自らの排便を浴びながら、排泄を続けた。

 

「やっぱり、エルフ族というのは家畜だ。人前で糞を垂れることを恥だと思わねえようだ。お前ら、この家畜の糞が終わったら、近くに小川があるから、そこに連れて行って洗え。そして、こいつを犯せ。夜が明けて陽が中天に昇るまで休ませるな。そして、エランドに戻る」

 

 パリスが口汚く嘲笑した。

 ユイナは泣きながら、なかなか終わらない排泄に慟哭を続けた。



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 第11話 【前日談】ある獣人娘の履歴
307 父に売られた獣人童女[10歳(1)]


【カロリック公国・某地方都市】

 

 

「うまいものを食わせてやるな、イット」

 

 街の通りを歩きながら、父親が夕方の空を仰ぎ見て言った。

 イットと父親が暮らしている田舎から歩いて半日ほどの距離にある城郭であり、イットが最初にここに連れられてやって来たのは八歳のときだった。いまから二年前になる。

 

 このカロリック国の獣人差別はどこもひどいのだが、しかし、この城郭では獣人族の生活が認められているのだ。

 もちろん、獣人が城郭内のすべてを自由に歩けるわけじゃないが、それでも居住を許されているというのはすごいことだ。

 

 ここにやって来たのは、二度目だ。

 もっとも、そのときには、母親も一緒であり、目的は父の商売だった。

 父親は戦いにかけてはからきしだったが、母は女戦士だったし、イットもまた、八歳という年齢ながらも、並みの人間族の大人よりは余程に戦えた。

 だから、護衛としてついてきたのだ。

 そして、驚いた。

 

 そこは人間族の城郭なのに、たくさんの種族が混在して暮らしている場所だったのだ。

 獣人族でさえも珍しくない。

 人間族に混じって、エルフ族、ドワフ族、そして、獣人族が普通に交わって、食事をしたり、買い物をしたり、あるいは、酒を飲んだりさえしている。

 それは、まだ幼いイットにとって、驚きとともに感激してしまう光景だった。

 イットは、一度でこの街が好きになり、再び、父親がここに連れてきてくれることを願った。

 

 しかし、あれ以来、それは実現しなかった。

 もともと、父親は獣人族としては裕福な方だったが、あの三人での街の訪問の直後に、父が商売で借金を作ってしまい、すべての財産を奪われるということがあったからだ。

 父親の仕事は、商いをして近隣の里や町を歩く仕事から、近所の人の手伝いをして、その日その日の報酬を受け取るというものに変わった。  

 住む家も、屋敷というほどでもないが小奇麗な家から、小屋としか呼べないような場所になった。

 父親は、イットの眼から見て、一気に歳をとったように思えた。

 

 そして、心労もあったのか、生まれつき身体が頑強だった母親が、流行り病であっという間に死んだ。

 父親が酒を飲むようになったのは、それからのことだ。

 家に戻ってこないことも多くなった。

 たちの悪そうな者がやってくるようにもなった。

 

 イットは、父親の連れてくる客が嫌いだった。

 酒を飲みながら、気味の悪い視線でじろじろとイットのことを眺めまわすからだ。

 

 あれくらいの獣人族の娘を欲しがる好事家もいる。

 売ればかなりの金になる。

 借金なんかすぐだ。

 獣人族にしては驚くほどの可愛らしさだ。

 

 父親の客たちは、イットの目の前で平気でそんなことを口にした。

 そんなときも、父親は怒るのかと思えば、へらへらと笑うばかりだった。

 イットは、父親の客だけでなく、父親のことも嫌いになりそうだった。

 

 父親は気が弱い人だ。

 戦闘種族とも称される獣人族にはあり得ないほどに、性質が穏やかで、およそ争いごとをするような男ではない。

 母親が生きていた頃には、それでも父親のことを馬鹿にする者はなかったが、母親が死ぬと、その父親の気の弱さにつけ込む者がたくさん出現した。

 父親が家に連れて来ていた男たちは、そんな者たちだったのだということは、最近になって知った。商売に失敗して、一度財産を失った父が、いつの間にか、またまた借金を作ってしまっていたということも、同時に知った。

 イットは愕然とした。

 

 そして、今日、この街にやって来た。

 父親がなんでここにイットを連れてきたかは知っている。

 イットは十歳になっていた。

 

「ここからなら、カロリックの王様のいる都も近いんでしょう? どんなところなのか見てみたいよ」

 

「王様じゃねえ。大公だ。カロリックは王様じゃなくて、大公が支配する国なんだ。皇帝は別にいるしな」

 

 父親がぶっきらぼうに言った。

 イットが父親との会話を探すために、準備して覚えていた知識はそれで終わりだった。そして、見知らぬ街の大通りを歩きながら、居心地の悪い沈黙が流れ出す。

 父親が色々なことで憔悴しきっているのはわかっていた。

 

 イットの母親である妻の死──。

 背負ってしまった借金──。

 慣れない小間使い仕事──。

 そして、酒──。

 そのすべてが父親を押し潰していたのだ。

 

「ねえ、お父さん、あたし、新しいお母さんのこと好きだよ。あのお姉さん、綺麗だしね。一緒に暮らしたいな」

 

 イットはずっと考え続けていた言葉を口にした。

 もっとも、それは心からの言葉じゃない。

 ただの台詞(せりふ)だ。

 本当は、父親が二箇月ほど前に連れてきた獣人族の女をイットはちっとも好きになれなかった。

 太った狸のような顔をして、イットの顔を見るたびに、不機嫌そうに舌打ちをするのだ。イットの処遇を父親を脅すように決めたのも、あの女だ。

 結局のところ、父親は逆らえなかった。

 

 実の娘を捨てることにして、あんな女を選んだ父親には幻滅だが、父親は疲れているのだ。

 もう、イットは半分の心で納得している。

 しかし、もう半分は、ぎりぎりのところで父親が心変わりをしてくれることを望んで、「交渉」を続けようとしていた。

 

「だが、あっちは、お前のことが好きでなさそうだしな……」

 

 父親は申し訳なさそうに口にした。

 

「あたし、なにもしてないよ。それに、もう働けると思う。この爪でそこらの盗賊くらい、いくらでも撃退できる。人間族に雇われて、用心棒の仕事なんていいと思うんだけど……」

 

 イットは言った。

 父親に出逢う前の母親は、用心棒を専門にやって来た冒険者だったという。

 戦いのことなら、イットも自信がある。物心付く頃から、戦闘については母に鍛え抜かれていた。母親が死んでからも、自己鍛練は怠っていない。

 身体が並みよりも小さいので、外見ではそうは見えないが力だってある。

 きっと働ける。

 父親の借金くらい稼ぐことも難しくないと思っている。

 

「もう納得したじゃないか。蒸し返すんじゃないよ。まとまった金が要るんだ。そうでないと、俺は捕らえられて処刑されるんだ。お前は、俺を殺したいのか──?」

 

 父親はイットを叱るように言った。

 イットは黙るしかなかった。

 

「……とにかく、なにか食べよう。お前は腹が減っているはずだ」

 

 父親は言った。

 イットは首を横に振った。

 食べたら、それで終わりだと思ったのだ。

 それが最後の儀式になり、なにもかも終わる。しかも、この父親は、イットに対する罪滅ぼしのような気分で、この街でご馳走を食べさせようとしているのは知っていた。

 

 だったら、なんとしても、食べてやるものか──。

 父親の心を慰めることに繋がることをなにひとつしてやらない。

 イットはそう心に決めた。

 

 どうしても、食事はしないというイットの姿に諦めたように、父親は溜息をついた。

 それから、完全な沈黙のまま通りを歩いた。

 やがて、街外れにある一画に辿り着いた。

 そこに、目的の建物があった。

 

 まだ母親が生きていた頃、イットは読み書きを母親から教わっていたので、イットはその建物にかかっている看板の意味がわかった。

 

 『奴隷商会』──。

 

 その建物にはそうあった。

 

「わかってくれ、イット。金が要るんだ。こうしなければ、俺は借金が払えなくて死ぬしかない。中に入ったら、首輪を嵌められるから、すぐに奴隷の誓いをしろ。そうすれば、苦しまなくて済む。納得してない新米奴隷は、誓いを受け入れさせるために拷問をするらしい」

 

 建物の前で立ち止まって、父親が久しぶりに口を開いた。

 ぞっとした。

 拷問だって……?

 そんなところに、父親は自分を売ろうとしているのか?

 

「……ねえ、ふたりで、このまま逃げたら──」

 

 イットは最後の頼みの綱を手繰るように言った。

 だが、やはり、父親は首を横に振った。

 

「そんなことはできないよ。わかっているはずだ。あの人は地区から離れたりしない。夜逃げなんてするわけない……。だから、お前が納得してくれるしかないんだよ」

 

 父親は寂しそうに言った。

 

 あの人なんて関係ない──。

 イットはふたりで逃げようと言ったのだ──。

 

 そう叫ぼうと思ったが、イットはもはやすべてが無駄であることを悟って、奴隷商会の中に足を進めた。

 扉に手をかけたとき、景色が不自然に歪んだ。

 イットは、自分が涙をこぼしているということをそれで悟った。

 

「奴隷になれば、人間族の屋敷で暮らすことになる。獣人族に認められている生活地区(コロニー)とは比べ物にならないくらいに、きれいな場所だ。うまいものも食えるさ……」

 

 奴隷商会に入る前に、父親が言い訳めいた口調でぼそぼそと語るのが聞こえた。

 

 

 *

 

 

「ほう、なかなかの器量良しじゃないかい。こりゃあ、掘り出し物だったかもしれないね。まだ、子供だけど、一、二年もすれば化けるね。それまで取っておいて、性奴隷にして売ればかなりの金になるかもしれないよ。いや、それとも、いま売るか──。獣人族というのは身体が丈夫だからね。小さなまんこでも、十分に大人の相手ができるに違いないよ」

 

 イットを売った代金を受け取った父親がいなくなってから、しばらくしてやってきたのは、人間族の中年の女だった。

 目つきの悪い痩せた狐のような顔つきの女だ。

 奴隷商の男たちの態度から、この女が女主人であることは間違いないと思った。

 

 そのとき、イットは大きな獣を入れるような檻に入っていた。

 首には、『奴隷の首輪』が嵌まっている。

 父親の前で、その首輪を嵌められ、この奴隷商の主人を「支配者」とする奴隷の誓いをしていた。そのとき、見えない拘束具のようなものが、イットの心に刻まれたのをはっきりと感じた。

 これで、イットは奴隷として、「主人」の命令には絶対に逆らうことができない身体になったのだと思った。

 

「わたしはサーシャだ。お前を売り飛ばすまでのあいだ、お前の主人だ。わたしの命令には絶対服従。許可なく暴力を振るってはならない。自殺や逃亡も禁止。これは絶対的な命令だ。いいね」

 

 サーシャの言葉で、やはり、なにかの縛りのようなものが心に刻まれた。

 ぼんやりとしていると、サーシャが満足したように頷く。

 

「左手首を背中側で掴みな。命令だ。許可なく離してはならない」

 

 続いて、サーシャが言った。

 すると、イットの手は、イットの意思と無関係にさっと背中に回って、腕を握った。

 改めて驚いた。

 これが『奴隷の首輪』の力なのかと思った。

 これまでは、このサーシャがいなかったので、奴隷の首輪を受け入れたものの、首輪の力で命じる者はいなかったのだ。

 ただ、頑丈な檻に監禁されていただけだ。

 夕方になり、この奴隷商の女主人が戻ったところで、初めて、首輪を使った「命令」が与えられたということだ。

 

「ちゃんと命令が効いているようだね。なら、大丈夫だろう。鍵を開けな」

 

 この部屋には五個ほどの檻があったが、奴隷はイットだけだった。

 ほかには、女主人のサーシャと、三人ほどの男衆だ。

 三人の男のうち、サーシャが不在のあいだ、店を仕切っていた男がサーシャになにかを耳打ちした。

 すると、サーシャがにんまりと微笑んだ。

 

「なるほど、それっぽっちで買い取ったのかい、ウノ。よくやったよ。どうやら、お前の父親は、娘を売るというのに、奴隷の相場も知らなかったようだね。まあ、だからといって、お前には関係ないけどね。いい子にしていれば、できるだけ性質のいい主人に売ってやる。さもなければ、とんでもない変態のところに売り飛ばしてやる。お前の父親は、売主の条件もつけなかったようだしね」

 

 サーシャがイットを見て大笑いした。

 なにを言っているのかさっぱりわからない。

 大きな音がして、檻が開いた。

 サーシャが「出て来い」と口にすると、やはり、イットの足は意思とは関係なく、檻の外に進み歩いた。

 腕は背中側だ。

 まるで手錠でも嵌められたように、そこから動かすことができない。

 

「名前は?」

 

 サーシャの前に立つように命じられ、そのようにすると、サーシャに訊ねられた。

 イットは黙っていた。

 すると、サーシャがにやりと微笑んで、指を鳴らした。

 びくりとしたが、その瞬間、なにかの力が身体に入ってきたのがわかった。

 しかし、それだけだ。

 イットの身体から、ぱちんと小さな音がしたのが聞こえた気がした。

 すると、にやついてたサーシャの顔がさっと曇った。

 

「どういうことだい? わたしの電撃の魔道が通用しない? まさか、そんなこと……」

 

 サーシャが目を丸くした。

 そして、再び指を鳴らす。

 やはり、イットの身体はそれを跳ね返した。

 男衆たちも唖然とした顔になった。

 サーシャが真っ蒼になった

 

「その場に跪け──。命令だ」

 

 サーシャが慌てたように叫んだ。

 イットの身体はすぐにその場に膝立ちの姿勢をとる。

 サーシャは安心したように溜息をついた。

 

「びくつかせるんじゃないよ──。奴隷の刻みはちゃんと効いているんだね……。どういうことだい? 正直に口にするんだ、命令だよ。今後、わたしの質問には、一切を正直に、そして、すぐに回答すること。いいね」

 

「はい……」

 

 イットは頷いた。

 やはり、なにかの力が身体に入ってきた。

 おそらく、いまの言葉で、イットはサーシャにすべてを正直に話すようにされたのだと思った。

 だが、別にイットはなにも隠すつもりはない。

 さっきだって、名前をすぐに答えなかったのは、奴隷になったという事実に対して、まだ気持ちが追いついていなかったからだ。

 

「名前は?」

 

「イ、イットです」

 

「歳は?」

 

「十……」

 

「十歳かい……。年相応だね。獣人族には、見かけの年齢が実際と離れているのも珍しくないしねえ。セックスの経験は?」

 

「あ、ありません」

 

 びっくりして顔を横に振る。

 そういえば、さっき、性奴隷とか言っていたか……?

 イットは慌てて口を開いた。

 

「あ、あたしは戦士です。これでも一人前の獣人族の女戦士なんです。どうか、試してください──」

 

 次の瞬間、頬で激しい音が鳴り、鋭い痛みが顔に走った。

 サーシャに頬を張られたのだ。

 

「あっ」

 

 頭の芯を揺さぶるような激痛に、イットは悲鳴とともに倒れそうになった。

 しかし、命令解除なしで姿勢を崩せないという見えない力が、イットをその姿勢で踏みとどまらせる。

 

「お前のような幼い娘が女戦士なんて片腹痛いよ。悪いけど、こっちも商売でね。お前の実力がどうあれ、子供のあいだは奴隷戦士としては売れない。奴隷戦士というのは、実際に強いことよりも、強そうに見えるというのが大事でね。その点、お前は駄目だ──」

 

「で、でも、試すだけでも」

 

 イットは食いさがった。

 しかし、さらに頬を打たれただけだった。

 

「だけど、性奴隷だったら、いくらでも高くできる。性奴隷として、童女を飼いたいという変態はいくらでもいる。しかも、獣人族の性奴隷というのは、エルフ奴隷の次に価値があるんだ。なにせ、丈夫だからね。なにをやっても、なかなか毀れない」

 

 サーシャが馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 イットはまた、涙が出そうになった。

 奴隷として売られる以上、卑猥なことも耐えなければならないかもしれないとは覚悟していた。

 だが、こんなにもあからさまに言われると、やはり、心の準備が追いつかない。

 

「めそめそすんじゃないよ──」

 

 サーシャの張り手がまた飛んだ。

 イットは今度は悲鳴を我慢した。

 しかし、それが面白くなかったのか、サーシャが舌打ちをした。

 父親のところにやってきたあの女のことを思い出した。

 イットは目の前の女が大嫌いになった。

 

「それにしても、手が痛いねえ。魔道が効くなら、傷つけることなく折檻できるんだけどね……。ああ、そうだ──。まず、それを確かめなきゃならなかったよ。お前はなんで、わたしの魔道を受けつけないんだ。どこかに、魔道封じの護符でも隠しているのかい」

 

 サーシャが言った。

 

「あ、あたしは生まれつき、魔道が効かないんです。た、体質で……」

 

「魔道が効かない?」

 

 サーシャと男衆が驚いている。

 しかし、本当だった。

 別に特別なことをしているわけじゃない。

 なぜか、イットは生まれたときから、一切の魔道を跳ね返してしまうという不思議な身体をしていた。

 父親だけでなく、母親も首を傾げて、イットのその不思議な性質の理由を調べようとはしてくれた。

 だが、わからなかった。

 

 わかっているのは、イットには、どんな高位な魔道であっても、一切が通用しないということだ。

 そういう点では、イットには悪意のある魔道が効かないということであり、魔道遣い相手の戦いとなれば、絶対の自信はある。

 しかし、いいことばかりでないのだ。

 すべての魔道を跳ね返すということは、善意の魔道も通用しないということでもあるのだ。

 病気のときや負傷のときも、魔道で癒すことはできない。

 だから、イットの身体には、普通であれば魔道で消せるはずの古傷がたくさんある。

 

 イットはそう説明した。

 性奴隷としては不向き──。

 それを強調したかったのだ。

 

「なるほどね……。面白い特異体質だねえ。すると、調教も魔道でするというのはできないんだね。一度犯しておいて、売り飛ばす前に魔道で生娘に戻すというのも無理か……」

 

 サーシャが考え込むように言った。

 イットはがっかりした。

 サーシャがまだ、イットを性奴隷として売るということをやめないということがわかったからだ。 

 

「……そうはいっても、奴隷の首輪は受けつけるんだね。魔道は効かなくても、もしかしたら、魔道具は効くのかもしれないねえ」

 

 サーシャが言った。

 それについては、実はイットも期待をしていた。

 もしも、奴隷の首輪がイットに通用しなかったら、隙を見て逃亡することも考えていたからだ。

 だが、残念ながら、奴隷の首輪はしっかりと、イットの心と身体を縛っている。

 逃亡は不可能だ。

 

「試してみるか……。よし、ドスにトレス、お前たちは鎖を準備して、この獣人族の娘の手足を拡げて縛りつけな。奴隷の首輪があるといっても、この娘にはなにがあるかわからない。絶対に千切れたりしないような丈夫な革ベルトを準備するんだ……。さあ、イット、お前は裸になりな。とりあえず、点検してやるよ……」

 

 サーシャの言葉で、イットの手はやっと背中から離れた。

 しかし、やはり、自由にはならない。

 別の意思を持っているかのように、イットの両手が身につけているものを脱がし始める。

 

「あっ、や、やだ……」

 

 さすがに恥ずかしい。

 イットは顔を俯かせて激しく首を横に振った。

 

「そうだ──。本当に性奴隷としてじゃなく、奴隷戦士として売って欲しいのなら試してやろう。お前が調教に音をあげなかったら、性奴隷じゃなくて、戦士として売り飛ばすことを考えてやるよ」

 

 サーシャがけらけらと笑った。

 

「ほ、本当ですね──。や、約束ですよ」

 

 イットは自分の手で裸にされながら、きっとサーシャを睨みつけた。

 サーシャがたじろいだような表情になったのが、イットにはわかった。

 だが、それは一瞬だけだ。

 すぐに、サーシャは余裕のようなものを取り戻した。

 そのとき、男衆たちが天井から二本の鎖を吊って、ちょうどイットが手をあげた状態になる高さに固定した。鎖の先端にはそれぞれに革枷がついている。

 また、足首のところにも、床に備え付けてある金具に、短い鎖付きの枷が繋げられる。

 

「じゃあ、手足を拡げて真ん中に立ちな。獣人族とはいえ、十歳の娘がわたしの調教に抵抗できるんなら、本当になんでも望みをかなえてやるよ」

 

 サーシャが嘲笑するように言った。

 完全な素裸になったイットは、「命令」のまま部屋の中央に立ち、大きく手足を伸ばした。

 あっという間に手首と足首に革枷が取りつけられる。

 

「媚薬は受けつけるのかねえ? これが効かないとなると、さすがに、この年齢の娘の調教には手間取るよ」

 

 背中側に回ったサーシャが、ぶつぶつと言いながら、なにかをちくりとイットの首に刺した。

 なにをされたのか理解できなかったが、すぐに腰が抜けたようになって、全身が脱力した。

 それだけじゃなく、急激に身体が火照って熱くなる。

 全身の身体の内側を無数の蟻が這うような感覚も襲ってきた。

 イットは当惑するとともに恐怖した。

 

「媚薬は効果ありかい。だったら話は早いね」

 

 サーシャが安心したように笑った。

 だが、イットはそれどころじゃない。

 身体が変だ。

 

 熱い……。

 とても、熱い……。

 なに、これ……?

 なんなんだ──。

 ぽたぽたと脂汗のようなものが身体を伝わって床に落ちる。

 

「ふふふ、尻尾があがったねえ。獣人の雌は発情すると、自然に尻尾が上にあがって尻を晒すのさ。だから、発情が隠せないんだ。わかりやすくていいよ」

 

 サーシャが笑った。

 

「へへへ、腕と脛にも毛が生えてんのは、やっぱり獣だなあ。それに、結構毛深いな。こんな童女にも、ちゃんと尻毛があるぜ。前はねえけどな」

 

「肩や背に長い髪が伸びてるのかと思ったら、身体から生えてんだな。しかし、いつ接しても、耳が顔の横になくて、頭の毛に隠れて房耳があるのは変な感じだぜ」

 

「人間に似ててもやっぱり獣ということだな。ところで、子供のくせに、一応は恥ずかしいんだろうな。もじもじしてやがるぜ」

 

 男衆たちが裸にイットの周りをぐるぐると値踏みするように回りながら言った。

 はっとした。

 気がつくと、イットの全身に顔を接するばかりに、男衆たちが近づいている。

 イットはぐっと唇を噛んだ。

 

「お前たち、獣人族の雌は初めてかい? 雄はいるけど、そういえば、この商会で雌の仔を扱うのは、初めてだったね」

 

 するとサーシャが男たちに言った。

 男たちがイットの周りで頷くのがわかった。

 

「だったら、覚えときな。実は獣人族というのは、あまり敏感じゃないと言われているけど、例外がある。これはあまり知られていないことらしいけどね。実は大抵の獣人族は、耳と尻尾が弱点なのさ。この子供はどうかねえ」

 

 サーシャがイットの後ろから、イットの背毛から繋がっている房毛の尾の付け根をぐっと握った。

 びくりとイットは身体を跳ねさせた。

 振動が尻尾に伝わってきたのだ。

 いつの間にか、サーシャは十本の指先になにかの振動具を取りつけていたようだ。

 ぶるぶるという機械的な振動が尾からお尻に伝わる。

 

「んひいいっ」

 

 イットは身体を弓なりにして悲鳴をあげてしまった。

 得体のしれない疼きが、どんどんとお尻と股間の奥まで響き渡った感じになってくる。

 あっという間に、それが耐えられる限界を越えた感じになったのだ。

 

「なんだい偉そうな口をきいたわりには、普通よりも敏感じゃないかい。ここをこんな風に刺激されたのは初めてかい? それとも、その年齢ですでに自慰を知っているおませさんかな」

 

 サーシャが笑いながら尾の付け根を擦る。

 イットは必死になって逃げようと全身を動かした。

 だが、手首と足首に嵌まっている革枷は、イットを逃がしてくれない。

 それどころか、イットを責める手が一斉に増えた。

 サーシャだけでなく、男たちの手がイットの耳や胸、脇腹や腿などに群がる。

 肌の下を這い回る見えない蟻がさらに沸き起こる。

 なにがなんだかわからなくなり、イットは奇声をあげて暴れ続けた。

 

「これまでに、達したことは?」

 

 おかしそうに笑うサーシャの片手がイットの尾から股間に伸びる。

 もう一方の手は相変わらず尾を擦ったままだが、前に伸びた手はイットの股間に亀裂の上側をぐっと押すようにした。

 イットは悲鳴をあげて、ぐんと身体を伸ばしてしまった。 

 

「た、達するって……な、なんですか──」

 

 すべてに正直に答えろと命じられているイットだが、サーシャの質問の意味がわからずに、問い返した。

 そのあいだも、ぶるぶるという振動が股間と尾に伝えられる。

 そして、やっとサーシャの手元が見えた。

 前に回ってるサーシャのすべての指には、指サックのようなものが嵌まってる。

 それが振動しているのだ。

 これも魔道具だろう。

 

「じゃあ、これが最初ということだね」

 

 サーシャが笑った。

 振動する指サックで股間の亀裂の上側の部分を軽く摘ままれる。

 全身にこれまで以上の衝撃が走った。

 

「んひいいっ」

 

 イットは絶叫した。

 とてつもないものが股間から湧き出し、それが脳天に伝わり、そして、あっという間に突き抜けていく。

 八本の手に全身をまさぐられながら、イットは全身を弓なりにして、がくがくと身体を震わせた。

 

「短いね。なにが戦士だい。お前の歳で、こんなに敏感なのは珍しい。やっぱり、お前は性奴隷用に向いてるよ。口惜しければ、発情の印の尻尾をさげてみな」

 

 サーシャが馬鹿にしたように笑った。



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308 最初の奴隷商[10歳(2)]

 媚薬という得体のしれない薬物らしきものを身体に打たれて、イットの幼い身体は明らかに異常な状態に陥った。

 そして、サーシャたちに全身を愛撫され、狂ったように「絶頂」を繰り返した。

 

 もちろん、絶頂という感覚も、身体を刺激されて気持ちよくなるという感覚も、イットにとっては生れて初めてのものだ。

 しかし、サーシャのいう通り、大きな疼きの波のようなものがあがってきて、それが脳天から足の先まで貫いて全身から弾ける感覚は、「絶頂」という状態に違いなかったし、自分の身体がそんなことになるということも、イットには信じられないことだった。

 

 だが、紛れもなく、イットは絶頂をし続けた。

 耳を刺激され、まだ膨らんでもいない胸を弄られ、股間を揉まれて、イットは暴れ狂った。

 しかし、大きく手足を拡げた状態でしっかりと拘束された手足はまったく自由にならないし、人間族の大人四人がかりの責めから逃げることなど不可能だった。

 イットはただ、前後左右に身体を必死になって暴れさせることしかできず、そして、達し続けた。

 繰り返す絶頂は、まだ身体の幼いイットにとっては、快感というよりも耐えがたい苦痛だ。

 望まないのに繰り返し与えられる絶頂は、まさに拷問に違いなかった。

 

 しかも、一度や二度の絶頂では、サーシャたちは許してくれなかった。

 絶頂しては愛撫され、愛撫を受けてまた絶頂する。

 それだけの時間がひたすらに続いた。

 あの媚薬も、何度も首に投与された。

 ときには、局部や乳首にも打たれた。

 そのたびに、怖ろしいほどの数の蟻が肌の下を這い回る感覚に苛まれた。そして、それは激しい疼きになって、イットに襲いかかった。

 もう、イットはなにがなんだかわからなかった。

 

「これだけ絶頂させればいいだろう。この辺りで、そろそろ男を教えとくかい。この獣人娘は本当に性奴隷の素質ありだ。だったら、生娘のまま売るよりも、しっかりと性の快感を身体に叩き込んでから売る方が値になるね。むしろ、この年齢で前でも後ろでも男を受け入れ、それでいて、苦痛よりも快感に狂うということなれば、どこかの変態がいくらでも金を出すだろうさ」

 

 サーシャがイットの尻尾の付け根を愛撫しながら、さらにお尻の穴に指を入れて揺すりながら笑った。

 全身に受けている愛撫のうち、もっとも耐えられないのが、尻尾の付け根を握られながらの、お尻の穴への悪戯だ。

 それを受けると、なにも考えられないほどによがり狂う。

 

「も、もう、ゆるじでえ──。もうだめでずう」

 

 イットは泣き狂った。

 しかし、サーシャは嬉しそうに笑うばかりだ。

 

「なにを言ってんだい。わたしは、子供とはいえ、さすがは獣人族だと感心してんだよ。人族の娘なら、初っ端から、こんなに長時間の調教に耐えられるもんじゃない。とっくに気絶してる。だけど、やっぱり獣人族は丈夫で体力があるよ。これなら、初手からかなりの調教ができるから、身体の開発も早いさ。すぐに売り物になる」

 

 背後にいるサーシャが嬉しそうに言った。

 そして、イットを愛撫している男たちに視線を向けたのがわかった。

 男たちはいまは、指ではなく、柔らかい刷毛のようなものでイットを刺激している。

 それが六本──。

 イットは狂ったように踊り続けていた。

 

「リックを連れておいで」

 

 サーシャが言ったのはその言葉だった。

 リックというのが誰なのかわからない。

 だが、それよりも、イットにはサーシャが今もって続けているお尻と尻尾への愛撫、そして六個の刷毛の刺激を耐えることに必死だ。

 全身から汗を滲ませて、望まない快感に激しく声をあげ続けた。

 

「そんなあ、この童女の相手なら、俺たちがいるじゃないですか」

「そうですよ。なにも、あんな奴隷に……」

「しっかりと可愛がりますぜ。房毛も柔らかくて悪くねえし」

 

 そのとき、サーシャの命令でイットを責めていた三人の人族の男が一斉に手を休めて不満を吐いた。

 

「馬鹿垂れ──。商売物に手をつけるなって、いつも言ってんだろう──。遊びは遊び──。これは仕事だ。けじめをつけな──。奴隷商会で扱う性奴隷はただの“物”だ。性欲を発散したいのなら、娼館に行くんだね。けじめは大切にしろって、いつも口を酸っぱくしてんじゃないかい──」

 

 すると、サーシャがイットの尻尾からやっと手を離して怒鳴った。

 イットはサーシャの喋った内容よりも、束の間でもいいから、お尻と尻尾への愛撫を中断してくれたことの方が重要だった。

 最初に調教が開始されてから、どのくらいの時間が経っただろうか……?

 とにかく、数瞬だけのこととはいえ、やっと誰からも身体を刺激されない時間がやってきたのだ。

 イットは必死になって息を吸った。

 

「いいから連れて来な。奴隷娘の相手は奴隷小僧で十分だよ。そいつにとっても、一人前の男妾になるための調教だ。ほら、行け──」

 

 サーシャが再び怒鳴り、三人のうちのふたりが部屋を出て行く。

 もうひとりも一緒に行こうとしたが、サーシャに呼び止められていた。

 彼はサーシャから小さな壺を渡されて、イットの局部に、その中に入っている油剤を塗るように指示された。

 

 イットはもう何も考えられず、ただ荒い息をしてその油剤を受け入れたが、まだいくらも塗られていないうちに、悲鳴をあげた。

 異常な感覚が股間に襲い掛かってきたのだ。

 イットは絶叫してしまった。

 

「ひぎいっ、か、痒いです──。かゆいいいっ」

 

 狂ったように全身を暴れさせて絶叫した。

 恐ろしいほどの痒みだ。

 イットは力の限りに手足をばたつかせたが、ただ鎖がぎしぎしと音を鳴らすだけである。

 

「そんなに暴れんじゃねえぜ。薬が塗りにくいぜ」

 

 イットの前にしゃがんでいる奴隷商の男が笑った。

 逃げまくるイットの股間を愉しそうに追いかけて、どんどんとその油剤を塗り足していく。

 イットは信じられない股間の痒みに、牙のある白い歯を剥き出しにして、身体を必死に捩らせた。

 

「お前の人生最初の相手がもうすぐやって来る。そうしたら、そいつに媚びを売って、犯してくれと強請(ねだ)るんだ。それも立派な性奴隷になるための調教だ。ちゃんとやらないと、このまま朝まで放置するよ」

 

 サーシャがぴしゃりとイットの生尻に張り手をした。

 そして、前側にいた男から油剤の入った壺を取りあげて、房毛の尻尾の下のお尻の中にも塗り込めてくる。

 今度こそ、イットはなんとか逃げようと思ったが、いまだに振動する指サックをつけている手で尾の付け根を握られると、それだけで脱力したようになった。

 結局、イットはお尻にもしっかりと塗られてしまった。

 

「か、かゆいいっ、痒いですう──。ゆるじでえっ、もう、ゆるじでえ」

 

 イットは叫んだ。

 前後の穴と亀裂の上側の敏感な場所に塗られた油剤は、すぐに効力を発揮して、ずきんずきんという頭の奥にまで染みわたる痒みをイットに与えてきた。

 それでいて、全身に針で打たれたときと同じような妖しい疼きも拡がっていく。

 イットはただただ号泣した。

 

「連れて来ましたよ、サーシャさん」

 

 しばらくしてから声がした。

 イットはかすむ目で、声の方向を見た。

 そこにいたのは、首輪を装着されている素っ裸の獣人族の少年だった。

 顔に毛がなくて人間に近いイットとは異なり、顔一面に青い毛があり狼を思わせる。

 ウルフ族だと思った。

 まだ顔に子供らしさがあり、年齢はイットよりも少し上だろう。

 ただし、股間の体毛を割るように隆々と勃起している男根は、まるで大人のもののようだ。

 最初はまるで感情を失っているように無表情だったが、イットを見て、目を見開いた。

 ちょっと驚愕している気配だ。

 

「ほら、リック──。今日の相手は、お前と同じ獣人族の童女だ。いつもの練習台の犬や豚の雌よりも、ずっと上等で、嬉しいだろう。しばらくは、お前の練習相手はこの娘だ。こいつはまだ初めてだからね。これまで教えた技を使って、できるだけ苦しまないように破瓜をしてやりな」

 

 サーシャがリックと呼んだ少年の一物を無造作に掴んで、イットの前に引っ張った。

 それで気がついたが、リックの両手は背中であり、腰の後ろで水平に組むようにして革枷が嵌められていた。両足首にも歩くには支障がないほどの長さの鎖で繋がれた足枷があった。

 

「あっ」

 

 男根を引っ張られたリックが泣きそうな顔でしかめ面になった。

 

「ほら、引導を渡しておやり」

 

 サーシャがリックのお尻をぽんと叩いた。リックの尾はぴんと持ちあがっていて、叩くことにはなんの支障もなさそうだ。

 

「うっ、は、はい、サーシャ様」

 

 リックが顔を歪めたのがわかった。 

 そのリックが四肢を伸ばされた格好で拘束されて立たされているイットの正面に立つ。

 リックはイットよりも、かなり身長が高かった。そして、獣人族らしく、逞しい筋肉もしている。

 

「か、痒いよう……。痒いいいっ」

 

 だが、リックのことを誰だろうと考えられたのは、少しのあいだだけだった。

 狂うような痒みに、イットはまたまた泣き叫んで身体を暴れさせた。

 

「それにしても、リックはなんで最初から勃起してんだい? もしかして、ウノ、ドス、お前たち、また悪戯したかい」

 

 横に移動しているサーシャが男たちにきっと鋭い視線を向けるのがわかった。

 ウノ、ドス、トレスというのが、サーシャに雇われている男衆の名前らしい。

 

「ちょ、ちょっと媚薬を……。だって、どうせ勃たせるんでしょう。それくらい……」

 

「馬鹿垂れが──」

 

 ひとりの男の言い訳に、またもやサーシャが吠えた。

 

「……刺激なんかなしでも、必要とあれば、すぐに勃起させる。それくらいできないと男娼としての性奴隷としては売れないんだ。勝手なことをするんじゃないよ」

 

 サーシャが喚いた。

 三人の男たちは恐縮したようになった。

 

「……まあいい……。それよりも、こっちだ。ほら、お前、なにか言うんだろう──?」

 

 サーシャが今度はイットのお尻を叩いた。

 イットは涙目をリックに向けた。

 とにかく、股間の痒みはもうどうしようもないものになっている。

 気が狂うほどの痒みだ。

 

「あ、あたしを……おがじで、く、ください……。お願いします」

 

 やっとのこと言った。

 サーシャが、口上にも何もなっていないけど、まあいいだろうと頷く。

 犯されるということがどういうことなのかは正直よくわからなかったが、ぼんやりとした性知識だけはある。

 いずれにしても、もう見栄も体裁もない。

 ただ、哀願するだけしかできない。

 

「おがじて、おがじてください──」

 

 イットは必死に叫んだ。

 

「いくよ……」

 

 すると、リックが言った。

 身体を屈めるようにして、怒張の先端をイットの股間に合わせる。

 そのとき、イットしか聞こえないような小さな声で「ごめんね」と耳元でささやくのが聞こえた。

 

「えっ……?」

 

 思わず問い返したが、次の瞬間、激痛が襲った。

 一気に下から突き上げるようにして、股間をリックに貫かれたのだ。

 リックの方が背が高いので、イットの小さな身体は浮きあがり、足首に繋がっている鎖の長さの分だけ宙に浮いたかたちになる。

 だが、それ以上は浮きあがらない。

 イットの足首の枷が床と鎖で繋がれているからだ。

 リックも、イットに男根を貫かせたものの、窮屈な姿勢で苦しそうである。

 

「これじゃあ、なにもできないね。リックの腕を解いておやり。イットの足枷も外すんだ」

 

 サーシャが笑いながら言った。

 すぐに男たちがリックとイットの拘束の一部を外す。

 リックが手でイットのお尻を支えるように持った。

 

「んんっ、んんんっ」

 

 痛い──。

 股間にめり込む一物に、股が引き裂かれた感じになり、あまりの激痛にイットは叫びそうになった。

 だが、一方で、恐ろしいほどの痒みが消えていくのは本当に心地よかった。

 そして、リックは律動をしなかった。

 ただ、イットを下から支えながら、押し回すように動かすだけだ。

 それで痛みも小さくなる。

 痛みには、ほかのどの種族よりも耐性があるといわれている獣人族である。

 やがて、だんだんと痛みよりも快感が上回り、五体が痺れるような感じに襲われた。

 

 込みあがる……。

 そして、大きなものがイットに襲いかかった。

 身体ががくがくと痙攣をするように震える。

 

「あ、ああああっ」

 

 ついにイットはうなじを仰け反らせて、激しい声とともに絶頂をした。

 

「破瓜で、しかも、こんなに年端も行かない子供を性交で絶頂させるなど大したものじゃないかい。これなら、すぐにでも、どこかの年増女に売り飛ばせるねえ。よくやったよ、リック」

 

 サーシャが横で大喜びをしている。

 しかし、イットはそんなサーシャの言葉が、どこか遠くで唱えている言葉のように思った。

 だんだんと周りの音が聞こえなくなっていく。

 どうやら、自分は気を失おうとしているようだ。

 薄らぐ意識の中で、イットはぼんやりとそれを思った。

 

 

 *

 

 

 イットは眠っていたようだ。

 最初に感じたのは、全身の疼きと恐ろしいほどの疲労だ。

 そして、股間の痛み……。

 さらに、お尻の疼きだ。

 

「う、ううう……」

 

 イットは身体を起こそうとした。

 周りは薄暗かった。

 ……というよりは、真っ暗だろう。

 だが、獣人族特有の夜目の力が、灯かりのないこの場所でも、ある程度の視界を保たせてくれていた。

 だんだんと辺りが見えてくる。

 どうやら鉄格子に囲まれた檻に入っているようだ。

 鉄格子越しの反対側の壁には背の低い檻が三個並べてあったが、そのどれも空っぽだ。

 おそらく、こっち側も同じように並んでいるのだろう。

 イットが入っているのは、こちら側の真ん中だ。

 左右に視線をやったが、両隣も空っぽの檻だ。 

 

 一瞬、ここがどこなのかわからなかったが、昼間、父親から奴隷商会に売り飛ばされ、さっそく、サーシャという女奴隷商による調教を受けたのだと思い出した。

 そして、媚薬で無理矢理に感じさせられて、何度も絶頂の体験を強要され、最後には、リックという獣人族の少年奴隷に犯されて気を失い……。

 あのときは、立った状態で拘束されていたが、いまは床に丸まって寝ていたようだ。

 手足の拘束もなくなっている。

 

「ひっ」

 

 そして、イットは悲鳴をあげた。

 すぐそばに、人の気配を感じたのだ。

 驚いて、身体を跳ねあがらせようとした。

 イットが入れられている檻の壁際の奥に誰かいた。

 

「危ない。ここは背の低い檻の中だ。座る以上の姿勢にはなれないよ」

 

 立ちあがろうとした身体を、腕を捕まえられて阻まれた。

 それが誰なのか一瞬わからなかったが、すぐにあのリックだとわかった。

 顔をしっかりと覚えている。

 イットを掴んだリックは素っ裸だった。

 また、イットも素っ裸だ。

 どうやら、イットとリックは、お互いに裸にされて、狭い檻の中に閉じ込められていたらしい。

 

「ひ、ひいいっ」

 

 イットは恐怖で縮みあがった。

 可能な限り、リックから距離をとって離れた。

 檻の中は、高さはないが、長さは人が横になれるくらいに十分にある。

 イットはリックが座っている側の反対の檻の壁に背中をつけるようにして逃げた。

 リックは最初から、できるだけイットから距離をとって、壁に貼りつくようにしてくれている。だから、すぐには気がつかなかったのだ。

 

「大丈夫……。なにもしない……。連中は、僕が君を犯しまくることを期待して、遊びで一緒の檻に入れたんだけどね。だけど、大丈夫……。なにもしない。落ち着いて」

 

 リックがなだめるように言った。

 その言葉でやっとイットは落ち着くことができた。

 リックの首には、イットと同じ「奴隷の首輪」がある。

 このリックも、イットと同じように奴隷なのだと思った。

 そういえば、そんなことをサーシャがあのとき喋っていた気がする。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 イットは反対側にしゃがんでいるリックを見た。

 優し気な笑みを浮かべている。

 人を安心させてくれるような微笑みだ。

 しかし、イットは何気なく視線を動かして、無防備に曝け出されている彼の股間を見てしまった。

 

「ひいっ」

 

 恐怖が走った。

 リックの股間は男根が完全に勃起していたのだ。

 何も考えずにさがろうとして、鉄格子に阻まれて頭をごつんとやってしまった。

 リックがイットの怯えに気がついて、さっと膝を立てて、自分の股間を隠す。

 

「本当になにもしない。ごめん。これは、ここの男たちが、僕の勃起が収まらないように、嫌がらせで媚薬をここに塗ったんだ。僕たちを裸のまま、一緒の檻に入れたのも、連中の悪戯の一種さ。だけど、首輪に対する命令は、サーシャ様しか与えられないんだ。だから、もうひどいことはしない。もっとも、命令をされたら、さっきのように、犯すしかないけどね。でも、僕は自分の意思で君を傷つけるつもりはない。それだけは信じて」

 

 リックが言った。

 媚薬と聞いて、それを塗られたり、打たれたりして、狂ったように欲情してしまった自分のことを思い出した。

 それにしては、リックは何ともなさそうだ。

 

 しかし、それは間違いであることにすぐに気がついた。

 リックは、ものすごい汗をかいていて、顔だけでなく全身が紅潮して真っ赤だった。

 さっきも股間がこれ以上ないというくらいに大きくなっていた。

 つたないイットの性知識だが、男の子が性器を大きくするということがどういうことなのかは知っている。

 媚薬の効果もすでに知った。

 それなのに、リックは必死に我慢してくれているのだと悟った。

 

「あ、あたしを犯さないの……」

 

 イットは小さな声で言った。

 性奴隷……。

 男に犯されるための奴隷……。

 それが自分の身の上なのだ……。

 サーシャの宣告が記憶として蘇る。

 イットは手を顔にあてて、泣きだしてしまった。

 

「犯さない。それはサーシャ様には命令されなかった。男たちは、ほんの悪戯心で、わざと僕と君を同じ檻に裸のまま閉じ込めて立ち去ったけど、僕は、君がそうされたくないのをわかっている。だから、そんなことはしない」

 

 リックがはっきりとした口調で言った。

 しかし、イットは泣きじゃくることしかできなかった。

 

 悲しい……。

 ただ、悲しい……。

 なにもしてない……。

 なにも悪いことはしてないのに、父親はイットをこんな場所に売り払った。

 それが悲しかった……。

 とてつもなく悲しかった。

 

「……ちょっとでも、食事をしたほうがいい……。多分、明日も休ませてはくれないと思う。僕のときもそうだったし……。だから、口に入れておくべきだ。そして、眠るといい。僕のことは気にしなくていいから……。僕はこうやって、ここでじっとしている。君は身体を伸ばして寝るんだ。少しでも身体を休めないと、調教には耐えられない」

 

 リックがなにかをすっとイットに向かって押しやった。

 それは小さな盆に載せた野菜汁のようなものと小さなパンだった。それと果実もある。

 イットの食事のようだ。

 しかし、とてもなにかを食べる気分じゃない。

 イットは首を横に振った。

 

「食べなきゃだめだ──。お腹がすけば、気力がなくなる。気力がなくなれば、死んでしまう。奴隷には自殺は不可能だけど、だけど、心が死ぬんだ。生きているけど、死んでいるのと同じ状態の奴隷は何人も知っている。いいから、少しでもいいから食べて──。ほらっ」

 

 リックが強い口調で言った。

 イットはその剣幕にちょっとだけびっくりした。

 そして、顔をあげた。

 だが、首を横に振った。

 

「……食べたくない……。もう、死にたい……」

 

 それだけを言った。

 そして、また泣いた。

 すると、リックが溜息をついた。

 

「いいから食べて。そして、生きようよ──。僕は諦めないよ。絶対にいつか、奴隷から抜け出してみせる。それに、気持ちはわかるけど、僕のときには、最初の日に、豚の雌と性交をさせられたんだ。ここはよく売れている性奴隷専門の奴隷商で、君のような奴隷の女がいなかったからね。いまも、ここにいるのは僕と君だけだ。それに比べれば、君の場合の相手は人間じゃないか。僕よりはましさ。もっとも、君にとっては、豚も僕も同じかもしれないけどね」

 

 リックが悲しそうに言った。

 イットは豚と性交をさせられたと聞いて、驚いて顔をあげた。

 リックは泣きそうな顔をしていた。

 イットは、それで、豚と性交をしたというのが嘘でもなんでもないということがわかった。リックの顔が屈辱で歪んでいたのだ。

 それでも、少しでもイットを元気づけようとして、リックは自分の受けた恥辱を語ってくれたのだと悟った。

 イットはリックをじっと見た。

 もう嗚咽はとまっていた。

 

「……あなたは……いつから奴隷に?」

 

 イットは訊ねた。

 

「二年前からだ。最初の持ち主のところにいたときは、これでも戦闘奴隷だったんだ。だけど、前のご主人様が僕をここに売り払ったとき、ここのサーシャ様は、僕を男娼の性奴隷として売ることを決めたのさ。サーシャ様は、男でも女でも、僕らのような年端がいかない者を性奴隷として、付加価値をつけて売るのが得意なんだ」

 

「えっ」

 

 イットは絶句してしまった。

 獣人族は戦闘種族だ。

 戦いの中にいることができれば、立場が奴隷でも我慢できるかもしれない。

 だが、一度戦闘奴隷となった者が、今度は性奴隷として調教されて躾けられる。

 しかも、リックは男の子だ。

 それがリックにとって、どんなに屈辱的なことなのか、イットにも想像できた。

 

「イット、希望を捨てちゃだめだ。希望がなくなれば、心が死ぬ。心が死ねば、もう終わりだ。だから、生きるんだ。そのためには、食べれるときには食べないといけない。食べることができれば、心は死ななくて済む。だから、ちょっとでもいいから食べて」

 

 リックが言った。

 今度はイットは頷いた。

 手を伸ばして、食事の入った盆を手に取る。

 意外だがパンはまだまだ柔らかかった。

 野菜スープもまた、冷えてはいるが不味いものでもない。野菜もたっぷりとあるし、肉まで入っている上等なものだ。

 少なくとも奴隷を飢えで弱らせるつもりはないというのは、これでわかる。

 

「あ、あたしはイット……。十歳……。得意は爪……。この爪でどんなに硬い敵の身体も突き刺せます」

 

 口の中の物を食べながら、イットは手を前に出して、念を込めた。

 指の中に潜っている爪が、じゃきんと音を立てて伸びる。

 刃物のように尖った長い爪がイットの指先に出現する。

 

 名前と自分の得意な武器──。

 それを告げるのが、獣人族の戦士の自己紹介の当たり前の作法だ。

 

「……ガロイン族だね。僕はリック……。ウルフ族だ。十二歳。得物は剣」

 

 ガロイン族というのは、獣人族の中でも、肉体派と称される部族であり、山猫に喩えられ、武器ではなく自分の身体を武器のようにして戦うことを習風としている。

 母親もそうであり、この刃物のような爪は母譲りだ。

 

 そして、目の前のリックは優しかった。

 しかも、心の底からイットを愛おしんでくれるような柔和な微笑み……。

 なぜかイットは、なにかに心を突き刺されたような気持ちに襲われてしまった。



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309 ひとり目の主人[11歳]

【カロリック公国・公都】

 

 

 その屋敷の前で馬車からおろされると、イットは、主人である老人と、その家人とともに、建物の中に連れていかれた。

 呼び鈴を鳴らして待っていると、執事らしき人間族の女が出迎えた。

 

「お待ちしておりました、トルドイ様。遠路はるばる、公都までようこそ。奥様はお部屋でお待ちです」

 

 男が頭をさげる。

 トルドイというのは、イットの主人だ。もうかなりの老人であり、いまも杖を突いて歩いている。だが、その杖は魔石を埋め込んだ魔道具でもあり、杖の先端から電撃を流すことができる。イットを折檻するときの道具でもある。

 生まれつきの体質で、直接の魔道は受けつけないが、魔道具を通じて直接に肌に当てられるような魔道はイットにも効果がある。

 だから、この杖の電撃は、専らイットの躾のための道具になっていた。

 

「では行くか……。さて、イット──」

 

 トルドイがとんと杖で床を叩く。

 

「はい……」

 

 すかさず、イットはその場で四つん這いになる。そうしろというトルドイの合図なのだ。

 イットに与えられているスカートは短いので、屈めば下着が丸見えになる。

 もっとも、下着といっても、股間に喰い込んでいる革製の貞操帯であり、尻尾の部分が外に出ているほかは、前後の穴は塞がれていて、イットが勝手に糞尿をしたり、自慰をしたりすることができないようになっている。

 このトルドイに買われて一年になるが、そのあいだ、ずっとイットはこの貞操帯を嵌めることを強要されていた。

 勝手に外すことは許されておらず、特殊な鍵がかけられている。

 もっとも、鍵がかかっていなくても、『奴隷の首輪』を装着されており、勝手に外すなと命令されているので、イットには逆らう(すべ)はない。

 

 この貞操帯を使って、さまざまな辱めを受けた。

 いまは装着されてはいないが、内側にディルドを取りつけられて、丸一日中魔道で振動をされて苛まれたりすることは日常であり、逆に強力な媚薬を塗られて放置されることもある。

 あるいは、浣腸をされて数日、排便を許されなかったり、貞操帯を嵌めたまま小尿を許さず、強制的にお漏らしをさせられたりだ。

 いずれにしても、これを外さないと糞尿はできないので、トルドイは必ずイットを家人たちのいる庭で、大便も小便もさせる。

 芸だという卑猥なことをさせながらだ。

 一年ものあいだ、毎日のことなので、よくやるものだと思う。

 トルドイはもう男性の機能はないらしいが、その代わりに、そうやって奴隷を辱めるのがトルドイという老人の性癖なのだ。

 

「これがトルドイ様のご自慢の獣人奴隷の童女ですか?」

 

 執事がおもねるような物言いをしつつ、動物のように四つん這いになったイットを蔑むような視線を向けるのがわかった。

 何度同じような目に遭っても、イットには慣れることはない。

 口惜しさにぐっと歯を噛みしめる。

 

「丈夫で激しい責めに耐えられる。まだ身体は幼いが淫乱じゃ。おそらく、これはなかなかの獣人美女に化けるぞ。いい買い物だったと思っておる」

 

「美人と言っても、獣人ではねえ。獣でしょう」

 

「ならば、獣とまぐ合わせて、仔を産ませるか」

 

 なにがおかしいのか、トルドイが大きな声で笑った。

 執事だけでなく、後ろに控えているトルドイの家人たちも笑い声をあげた。

 

「行け、イット。これからお会いする伯爵夫人様は二階じゃ」

 

 トルドイがとんとんと床を杖で叩いて、階段を杖の先で差す。

 そっちに向かって進めの合図だ。

 イットは四つん這いのまま手足を進め始めた。

 そのときだった。

 尻尾の付け根を締めている貞操帯の穴の部分が急に激しく振動を開始した。

 

「あっ、いやっ」

 

 イットはその場に身体を崩しかけた。

 局部同様に、尻尾は敏感だ。特に付け根は股間を刺激されるのと同じくらいに感じてしまう。

 貞操帯から尻尾を外に出すために、小さな穴が開いているのだが、その縁に金属があり、そこがトルドイの操作で振動できるようになっているのだ。

 

「あっ、ああっ」

 

 イットは喘ぎ声を出してしまった。

 尻尾を刺激されて、イットの身体に激しい愉悦が駆け巡る。

 

「ははは、まだ子供のくせに、感じているようですなあ、トルドイ様」

 

「それが獣人というものだ。人間とは違う。四六時中慎みもなく年中発情するのよ。それがいいのじゃ」

 

 イットの後ろからついてくる執事とトルドイ、そして、トルドイの家人たちが一斉に嘲笑する。

 どんな快感に悶えても、とまったりすると罰が与えられるので、イットは必死に階段を這い進んだ。

 やがて、二階に到着し、廊下を少し進んだところで、やっと尻尾の振動をとめてもらえた。

 ひとつの扉の前に到着する。

 

「トルドイ様をお連れしました」

 

 執事が扉の声を掛けると、室内から女性の声が返ってくる。

 

「どうぞ、お入りください」

 

 執事が扉を開いて、トルドイを部屋に促す。

 今度はトルドイと執事が先に入る。

 イットはその後ろから、四つん這いでついていく。

 広々とした部屋であり、奥に机と窓際には豪華な革張りのソファが置かれていた。

 そこに二人の人間族の女性の姿があった。

 真ん中には、四十歳前後の中年の女性、彼女が伯爵夫人なのだろう。

 その右手には、まだ二十歳になっていないのではないかと思われる若い女がいた。顔つきが伯爵夫人に似ているので娘だろうかと思った。

 ふたりとも、とても綺麗な服を着ていた。

 

「トルドイです。このたびはお招きありがとうございます。ネット伯爵夫人におかれましては、ご機嫌麗しく……」

 

 トルドイが柔和に微笑みながら頭をさげた。

 自分の屋敷では傍若無人のトルドイだが、分限者とはいえ一介の商人だ。爵位を持つ貴族に対してはへりくだるようだ。

 

「ほほほ、挨拶は結構よ、トルドイ殿。それよりも、娘のカーリーもご一緒して構いませんか?」

 

 ネット夫人と呼ばれた女が愉快そうに笑いながら言った。

 

「もちろん。カーリーお嬢様も、しばらく見ないあいだに大きくなられましたのう。ますます、お綺麗になられた」

 

「まだまだ、子供ですのよ。カーリー、挨拶を」

 

 ネット夫人がカーリーに声を掛けると、カーリーが立ちあがった。

 

「トルドイおじい様、ご無沙汰しています。わたしも、“犬”には興味ありますの。いずれは飼ってみたいとも思っていて」

 

 カーリーが言った。

 犬だって……?

 獣人族にとっては、強さを肉食獣などになぞらえられるのは別に侮辱ではない。しかし、いまのカーリーの言葉には、獣人を人間にみなさない動物としての意味があることはわかる。

 イットのはらわたが煮える。

 

「まあ、座ってくださいな、トルドイ殿。だけど、獣人にはいろいろだけど、これは、顔の雰囲気は猫っぽいけど、随分と人間に近い顔なのね」

 

「このような人間に近い種がおるから、同じ人間だとかいう戯言を唱える(やから)が現れるのでしょうなあ。しかし、こいつらは、人間ではありません。獣です。間違ってはなりません」

 

 トルドイが空いているソファに腰掛ける。

 また、この屋敷の執事とトルドイの家人が壁際に待機する態勢をとった。すぐに、トルドイの前にこの屋敷の侍女が飲み物と菓子を運んでくる。

 そのあいだ、ずっとイットは部屋の中心で四つん這いで待機させられるかたちだ。

 

「わたしは間違っているつもりはないわ。新しい大公陛下の出された人道宣言には驚き呆れてますのよ。残念ながら、当家程度の力では、大公陛下をお諌めすることもできないし……」

 

「よく言ってくださいました。こいつらは生まれながらの奴隷種族です。このような獣どもは、すべてを最初から奴隷階級とすればよい。人道主義者の考えは理解不能です。大公陛下の獣人懐柔政策についても……。おっと、これは口がすぎました。ご政道に不平を申しているわけではないのです」

 

 トルドイが恐縮するように言葉を繕う。

 すると、ネット夫人が優雅に微笑んだ。

 ふたりが話している「獣人人道宣言」というのは、イットにはよくわからないが、この国の新しい施政者になったという若い大公女様が、獣人も人間も同じ人間だという意味のことをなにかで発表したのだそうだ。

 それで、世間でもかなり話題になっている。イットにも耳に入ってくるくらいだ。

 もっとも、ただの演説であり、それでなにかが変わるというわけじゃないが、トルドイには面白くない考えらしく、しばらくのあいだ、イットへの折檻が厳しくなったのを覚えている。

 

「いいのよ。わたしたちのような古い一門は、獣人を自由人として扱うという施策には大反対なのよ。獣は獣。区別はしないとね。まあ、だけど、ゼル大公代理様も、施政者としては経験が少ないし、これから悟ってもらうしかないと思ってるわ」

 

「例の賊徒どものことですな? 困ったものだが、獣人どもが争乱を起こすというなら、やらせればいい。そして、徹底的に痛めつける。それですべてが収まるのです」

 

「大公陛下代理の周りには、獣人たちの一部が騒がしくするのを大袈裟に耳打ちする者がいるのよ。それで懐柔施策の一貫として、あのような演説をされたというわけよ」

 

「いずれにせよ、カロリックの古き良き時代のように、獣人は徹底して管理すべきです。絶滅させろとは申しませんがな。奉仕させる労働力としては、人語を解するので便利だし、こいつのように、生きている玩具としての価値は認めてよい」

 

 トルドイは笑った。

 

「それじゃあ、さっそく芸を見せてもらえるかしら。なにができるの?」

 

 ネット夫人がトルドイに訊ねた。

 

「さて、なにをさせますかな。まずは歩かせますか。その前に……。イット──」

 

 短い杖の音が三個──。

 脱衣の指示だ。

 イットは無言で四つん這いから立膝になり、服を脱ぐ。

 反抗は無意味だ。

 それはこの一年で徹底的に躾けられた。

 やろうと思えば、「主人」として刻まれているトルドイは無理だが、ほかの全員を一瞬で爪で殺せる自信はある。

 「命令」で他人を傷つけるのは禁止されるだろうが、トルドイが言葉を発する前に全員の首を爪で引き裂けばいい。

 おそらく、イットにはできる。

 だが、それで待っているのは、惨たらしい死だ。

 

 イットは死にたいわけじゃないのだ。

 なんとか生き残って大人になり、いつかこの生活から抜け出して見せる──。

 希望を捨てるな──。

 一年前、奴隷商の檻の中でリックという少年に言われた言葉を自分に思い聞かせた。

 

「ぬ、脱ぎました……」

 

 イットは貞操帯だけの半裸になり、再び四つん這いになる。

 貞操帯は自分では外せない。

 

「へえ、外からじゃあわからないけど、結構毛深いのね。やっぱり、けだものなのね」

 

 カーリーがイットに視線をやって、蔑むような口調で言った。

 自分が毛深い方だとは思わないが、獣人族だから人間族よりは体毛はある。イットの体毛は茶と濃い茶の混毛だ。首から背中にかけては、髪の毛と一体になったかのようになっている背毛が中心部にあるし、膝から下、肘から下にはやはり体毛があって地肌は見えない。

 だが、ほかは人間族とは変わらないと思うのだが……。

 

「性器にも、もう毛があるのかしら?」

 

 ネット夫人だ。

 

「お見せしましょう」

 

 トルドイがリズムを付けた打ち方で三回杖で床を叩く。

 イットは、半身を起きあがらせて、しゃがんだまま両膝を真横に開いた。両手は頭の後ろだ。

 トルドイは、これを“ちんちん”の姿勢と呼んでいる。

 なによりも、この恰好が一番屈辱的だ。

 

「おい」

 

 トルドイが自分の家人に声を掛ける。

 そのとき、イットの腰の後ろでがしゃりという金属音がした。貞操帯の錠が遠隔で外されたのだ。

 一応この貞操帯も魔道具であるらしく、トルドイが持っている遠隔操作用の魔道具で操作ができるようになっている。

 

「大人しくしな」

 

 トルドイの家人がにやにやしながらイットに近づく。

 イットは、トルドイの家人の中でも、この男が大嫌いだ。童女趣味であるらしく、十歳で性奴隷になったイットに、最初から性的視線を向け続けていた。

 男性機能を失っているトルドイの代わりに、もっともイットをたくさん犯しているのがこの男だろう。

 イットは、トルドイの命令で家人に従うように命令されることが多いので、ねぐらである檻の中に入るときに、それを利用して家人に悪戯をされることもある。

 特にこの男は、積極的にイットに構ってくる。

 

 貞操帯を外されるあいだ、イットは手足を開いた恥ずかしい姿勢を保持していた。

 その男が貞操帯を股間から外していく。

 最後に穴が開いている部分から、尻尾を抜くようなかたちになるのだが、その家人がわざと抜く瞬間に、ぎゅっと尻尾の付け根を握った。

 

「あんっ、あっ」

 

 全身を疼かせる刺激が走り、イットは姿勢を崩してしまった。

 

「こらっ、イット──」

 

 トルドイの罵声が飛ぶ。

 

「だ、だって、いま──」

 

 イットは慌てて姿勢を戻しながら、さすがに不満を口にした。

 だが、トルドイがもうひとりの家人に指示しているものを見て、顔が蒼くなるのを感じた。

 乗馬鞭だ──。

 杖による電撃は、多少の魔力があるトルドイにしか使えないように調製されている。

 従って、家人にイットを打たせるときは、大抵はあの乗馬鞭だ。

 

「まあ、犬に罰を与えるのですね? だったら、トルドイおじい様、わたしにやらせてもらえませんか?」

 

 すると、カーリーがトルドイに声をかけたのが聞こえた。

 トルドイは意外そうな表情になったが、イットも驚いた。

 

「まあ、お転婆だこと。困った娘ねえ」

 

 ネット夫人は笑っている。

 しかし、止め立てをする気はないみたいだ。

 トルドイも苦笑して、乗馬鞭をカーリーに手渡すように、家人に指示した。

 

「ふふふ、じゃあ、犬、そのままでいなさい」

 

 カーリーが乗馬鞭を持って立ちあがった。がに股姿で前側を晒して立たされているイットに近づく。

 

「あら、この犬、発情してるのね」

 

 イットの股間はしっぽの付け根をさんざんに弄られたせいで、かなりの蜜が溢れていたのだ。

 もともと、快感なんて感じる方じゃなかったと思うが、あの奴隷商会の調教とトルドイに買われてからの一年の日々は、まだ十一歳のイットをかなりの淫乱体質に変えてしまった。

 

「ふうん、股は人間と一緒なのね。それと、やっぱり子供だと毛がないのねえ」

 

 カーリーがイットの股間をまじまじと凝視しながら言った。

 イットは欲情している裸体を観察される屈辱に歯噛みした。

 

「大人の獣人族の性器はかなり毛深いですぞ、カーリーお嬢様。このイットは毛穴を殺しているので、もう生えませんけどのう」

 

 トルドイが言った。

 

「へえ、でも、意外にきれいね。獣人って、あっちには見境がないって耳にしたから、もっと使い込んでると思った」

 

「これ、カーリー、はしたない言葉を……」

 

 ネット夫人がたしなめるように笑った。

 

「まあまあ、獣人の子が珍しいのですかな。獣人というのは、自然治癒力がある程度、高いのですよ。かなり激しい扱いをしても、数日すれば元に戻るのです。性器も同様ですな。その代わり、このイットは回復術のような魔道を受けつけません」

 

 トルドイだ。

 

「まあ、そうなの?」

 

 ネット夫人がちょっと驚いたように口を挟んだ。

 

「特異体質のようでしてな。回復術に限らず、あらゆる魔道を受けつけません。まあ、魔道具は効果があるので、懲罰には問題はありませんが、回復については魔道薬も効果がないのですよ。従って、やり過ぎると死んでしまいます。調教はしにくい」

 

「そうなのですか? わたしが打ってもいいの?」

 

 イットの前で、カーリーが少し不安そうにいうとトルドイが爆笑した。

 

「お嬢様の力ならどこをどう打っても構いません。ああ、そうだ。獣人は雄でも雌でも尾の付け根が敏感じゃ。そこを打てばのたうち回りますぞ。獣人というのは交尾のときに、そこを舐め合って欲情するのです」

 

「まあ、面白い。やっぱり獣ねえ」

 

 イットは獣人をあげつらう彼らの嘲笑とともに、尾を打つという言葉に総毛立った。

 確かに、そこは痛い。

 手も足も胴体でも、多少の鞭打ちはどうということはないが、お尻を打擲されるときに、尾の付け根に鞭先がかするだけで、イットは激痛に絶叫してしまう。

 本当に痛いのだ。

 

「だけど、魔道を受けない体質なんて生意気な獣ねえ。この獣たちの女神のモズを気取っているのかしら。珍しいわねえ」

 

 ネット夫人が口を挟んだ。

 魔道を受けつけないというイットの特異体質であるが、それが獣人の女神のモズを気取っていると評されるのは、これが最初ではない。

 イットは知らなかったが、神話におけるクロノスの周りの女神のうち、獣人モズだけが魔道の無効体質だというのは、聖典などでよく知られているようだ。

 ところで、クロノスは多数の女神の妻がいるが、獣人族のモズだけは、クロノスの女には数えられない。

 魔族の守護女神であるインドラでさえも、クロノスの愛人なのだから、主要女神の中でただひとり、クロノスが手つかずだというのも、ほかの種族が獣人族を一段下に見る理由である。

 

「犬、後ろをお向き──。頭を床に着けて、尻を掲げなさい」

 

 カーリーが突然に強い口調でイットに怒鳴った。

 むっとして、動かないでいたが、トルドイが不快そうに、杖で強く床を叩く。

 イットは三人にお尻を向けるように反転し、今度は立膝をして頭を床につけて、高尻の姿勢になる。

 

「まあ、お尻に毛が生えているわ」

 

 なににそんなに驚くことがあるのか、カーリーが大きな声をあげた。

 ほとんどの獣人族には尾があり、その尾の周りは当然に体毛がある。当たり前のことだ。

 

「大人になれば、その尻毛が前に繋がって、まるで毛の下着を身に着けているようになりますぞ。さっきも言いましたが、このイットは前側の毛穴を殺しているので、もうこれ以上の毛深さにはなりません」

 

「そうなのね」

 

 鞭が風を切る音がした。

 

「ひいいいん」

 

 乗馬鞭はしっかりと、イットの尻尾の付け根に当たった。

 イットは我慢することができずに悲鳴を絶叫した。

 

「お嬢様、そのままお打ちください……。イット、いつもの芸を見せよ。小便歩きじゃ。ただ本当に小便はするな。真似だけじゃ」

 

 トルドイが笑いながら、声をかけてきた。

 イットはさっと血が頭からさがるのを感じた。

 小便歩きというのは、裸で四つん這いで歩くだけじゃなく、牡犬がおしっこをするときの格好のように、片脚を大きくあげて歩くことだ。

 しかも、左右の脚を交互にあげながら進むのだ。

 これほど、惨めで恥ずかしい芸はない。

 イットは、これを「奴隷の首輪」で強要されて、何十回も人前でやらされていた。だからといって、絶対に慣れるということはない恥辱の歩行だ。

 

「やれ──。膝は直角よりも上──。それよりも、低ければ尻穴に電撃じゃ」

 

 トルドイが電撃杖を持って立ちあがる。

 

「ひいっ」

 

 あの電撃を尻穴に流される恐ろしさは身に沁みている。

 イットは慌てて、小便歩きのための四つん這いになる。

 一階から階段を歩くときの四つん這いは、かすかに膝をあげていただけであり、場所によっては膝をつけていたが、小便歩きのときには、膝を曲げないで歩くことを強要されていた。

 自然に極端な前傾姿勢になる。

 

「尻尾をお上げ──。アヌスが隠れているわ」

 

 カーリーが不満そうに言って鞭を振るう。

 

「んひいいっ」

 

 カーリーは全力で叩いていると思うが、いつもみたいに一人前の家人の男たちに叩かれるほどの力はないと思う。 

 だが、トルドイは、家人にも尾の付け根を直接に叩くことはあまり許可しない。

 ここぞというときに、痛めつけるために慣れさせないためらしい。

 だから、尾の付け根を鞭で叩かれる衝撃はものすごかった。

 

「雌の獣人は欲情すると、尾を立てます。浅ましい畜生の本能ですな」

 

 膝を立て、まずは右脚を大きくあげたイットの股間に、すっとトルドイの杖の先が入ってくる。

 股間を弄りだす。

 

「んんっ、あああっ」

 

 歩きながら悶え声が出る。

 感じたくないが、愛撫されるとすぐに快感を覚えるようにされてしまった身体だ。

 心の底から口惜しいが、どうしても身体は反応してしまうのだ。

 

「まあ、本当ね。尻尾があがった」

 

 後ろにいるカーリーが大笑いした。

 口惜しい……。

 口惜しい……。

 口惜しい……。

 

 イットは今度は反対の脚を大きくあげて一歩進む。

 確かに、尾は上にあがっている。

 

「それっ」

 

 カーリーが笑いながら鞭をお尻に打ち込む。

 

「んぎいいいっ」

 

 イットは絶叫した。

 

「トルドイ殿、構いませんことよ。そのまま放尿をさせてもいいわ。所詮、畜生のすることですもの」

 

 ネット夫人が笑った。

 

「許可が出たぞ、イット。では、小便を少しずつ左右に撒き散らしながら、小便歩きをせよ。ちょっとずつじゃ」

 

 トルドイが言った。

 冗談じゃない──。

 さすがに、そんなことは、いままでにやったことはない。 

 小便歩きといっても、真似事だけだ。

 片足あげ小便は何度もさせられたが、まさか、犬のように歩きながらなんて……。

 

「伯爵夫人、実はこの芸は初めてです。うまくできるかどうかわかりません。まあ、やらせますがな」

 

「結構よ。うまくできるまで繰り返させましょう。利尿剤と大量の水を準備させます」

 

 ネット夫人が合図した。

 すると、執事が部屋の外に出ていく。

 夫人が口にしたものを持ってくるのだろう。

 イットは鼻白んだ。

 

「命令じゃ。いま、理解したことをやれ──」

 

 トルドイが口にした。

 これで逆らえない。

 イットの身体が勝手に動き出す。

 少しずつ小尿を出しながら、左右の脚をあげて、まき散らしながら歩く──。

 そんなことを……。

 

「うううっ」

 

 最初のおしっこが出る。

 しかし、一度出れば、とめることなどできなかった。

 イットの股間ではじょろじょろとおしっこが流れ続ける。

 自分の身体を含めた辺り一面におしっこを垂れ流しながら、イットはとりあえず、反対の脚をあげた。

 

「馬鹿犬ねえ──。少しずつ出すんでしょう──」

 

 カーリーが小馬鹿にしたように乗馬鞭を振るう。

 

「んぎいいい」

 

 激痛にイットは泣き叫んだ。

 

「ほほほ、やっぱり一回ではうまくできないわね。うまくできるまで、やらせましょう。完成したら、庭でほかの家人たちにも披露するわ。でも、部屋が獣の小便臭くなるわね」

 

 ネット夫人がくすくすと優雅そうに笑い声をあげた。

 

「イットに舐めさせます。イット、終わったら自分の小便を舐めて掃除せよ。全力じゃ。そして、水を腹一杯飲んで、もう一度じゃ。命令だ」

 

 放尿の終わったイットにトルドイが声をかけた。

 イットの身体は、勝手に床にしたおしっこを舐め始めた。



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310 ふたり目の主人[13歳]

【ナタルの森・森林街道】

 

 

「イットちゃん、魔獣よ」

 

 幌馬車の中で口奉仕をしていると、御者台に座っているサリーの血相を変えた悲鳴が響いた。

 イットは咥えていた男根を口から離すと、さっとアンドレの顔を見た。

 

「行け、命令だ」

 

 四十歳すぎの人間族の旅の商人であるアンドレが短く言った。

 イットはそのアンドレに飼われている奴隷だ。

 その一言で、イットは性奉仕をしていた少女奴隷から、一気に戦闘態勢に変化した。

 

 アンドレ自身も、出していた一物をすぐにズボンにしまって、横の剣に手を伸ばしている。

 イットが確認したのは、そこまでだ。

 次の瞬間には、イットは停止した幌馬車の前側から躍り出て、前に向かって走っていた。

 御者台のサリーの横を過ぎると、彼女の「気をつけて」という言葉が追いかけてきた。

 

「お前たちは馬車の中に隠れていろ」

 

 走り進むイットの背中でアンドレの声がする。

 その指示は、サリーとアリアに向かって告げた言葉だ。このふたりは、まったく戦闘には役に立たない。

 アンドレと三人の女奴隷の中で、まがりなりにも戦えるのは、イットとアンドレだけだ。

 もっとも、それはおかしくはない。

 本来の三人の役目は、旅の商人であるアンドレの夜の相手、つまり、性奉仕なのである。

 

 だから、性奉仕をするのはイットも同じなのだが、イットは戦闘もできるので、必要なときには、いまのように戦闘の命令も与えられる。

 イットが加わる前には、移動の際には、冒険者ギルドに護衛を依頼していたらしいが、イットが加入してからは、それはやめてしまった。

 護衛代が節約できることについてはアンドレも喜んでいる。

 

 また、性奉仕以外の能力を重宝されている存在は、二十歳の人間族の女であるサリーもそうだ。

 サリーは元々は商人の娘であり、計算もできるし、仕入れの手伝いもできる。

 だから、アンドレはサリーは手離さない。

 

 アンドレは、よくわからないが、一度に飼う性奴隷は三人までと決めているらしい。

 だから、気に入った女奴隷を新しく入れるときには、必ずひとりを処分する。

 イットは、三人の奴隷の中では、サリーに次いで古い。

 

 とにかく、最初に奴隷になって、サーシャという女奴隷商が、イットをトルドイという街の分限者に性奴隷として売ってから数えて、性奴隷生活も三年。

 そのトルドイが突然死し、遺族がイットを奴隷商に売り、その奴隷商が行商人のアンドレにイットを売ってからは一年。

 イットは十三歳になっていた。

 

 なんだかんだで、アンドレは同じ奴隷を二年と飼ったことはないらしい。

 例外はサリーであり、もはや、サリーはアンドレの商売の相棒のような立場だ。それ以外は消耗品のような扱いであり、アンドレは気紛れのように新しい女奴隷を購入しては、古い性奴隷を売るということを続けている。

 従って、やはり人間族の少女のアリアが加わるとき、売られる順番はイットだったのだが、数日前に奴隷商に交換で処分されたのは、意外にもイットよりも後に加わったメイだった。

 つまり、アンドレは、イットについても、サリーと同じように、性奉仕以外のことで必要と評価しているということだろうか。

 ならばうれしい。

 戦闘奴隷として評価してくれるということは、イットの望みなのだ。

 

 駆け進む街道の先に、角のある大きな虎に似た魔獣の巨体が三頭いる。

 ただ休んでいるだけで、地面に腹をつけて寝ているだけだったが、イットが闘気を帯びさせながら、走り寄って来るのに接して、すっくと立ちあがって、戦闘態勢になった。

 

「はあっ」

 

 イットは駆けながら雄叫びをあげるとともに、両方の手に刃物となる鈎爪を出した。

 

 魔獣は咆哮をして、三頭同時に飛びかかってきた。

 一頭の身体はイットの三倍はあるだろう。

 イットは跳躍して先頭の突進をかわすと、すれ違った魔獣に向かって後ろから跳び、喉を切り裂いた。

 首の半分が切断され、どっという音とともに倒れる。

 残りの二頭が躊躇したように動きをやめる。

 それで十分だ。

 イットは振り向きざまに、さらに一頭の首を裂き、さらに身体を回転させて、もう一頭の喉も裂く。

 大きな前肢による攻撃もさせなかった。返り血を避ける余裕まであったので、汚れてもいない。

 三頭全部は、(むくろ)に変わっている。

 

「ご主人様、終わりました」

 

 馬車の前で一応は防御の姿勢をとっていたアンドレに声をかけた。

 サリーとアリアも馬車の中から顔を出す。

 イットの攻撃力を知っているサリーはそうでもないが、初めての魔獣との遭遇に、新入り奴隷のアリアは真っ蒼だ。

 魔獣など珍しい存在だが、このナタル森林においては、以前からよく出没するそうだ。

 従って、ローム三公国とナタル森林の都のエランドを結ぶ交易は、実入りはいいが危険も高いらしい。

 アンドレは、危険を賭して商売することで、儲けている行商人なのだ。

 

「さすがはイットだな。角山猫(ホーンリンクス)三頭を瞬殺か」

 

 アンドレが苦笑しながら近づいてきた。

 すでに剣は鞘に収め、その代わりにトーチを持っている。

 魔道具である。

 イットが下がると、三頭の魔獣に屍骸にトーチで火をつける。

 三頭が燃えあがり、炎に包まれた。

 これをしておかないと、血の匂いで魔獣や野獣が近づくことになるし、最悪の場合は、呪毒を持つ屍腐体(ゾンビ)となって周囲を彷徨い歩くことになってしまう。

 大切な処置だ。

 

「さて、じゃあ、焼却処置が完了するまで待機だな。イットには、さっきの続きをしてもらうか。奉仕の途中だったしな……。イットには旅のあいだは、あまり夜に抱けないから、昼間たっぷりと愛してやろう」

 

 アンドレが笑いながら、街道の道端にイットを引っ張って、草むらに胡坐をかいた。

 その足の中にイットを招き寄せて横抱きにする。

 

「うわっ、ご、ご主人様、こ、こんなところで……」

 

 さすがに道の真ん中で抱かれるということには抵抗があって、抗議の声をあげた。

 だが、すぐに思い直した。

 好色なアンドレだ。

 本当にここでイットを犯すつもりだろう。

 すぐに諦めて、脱力した。

 どうせ、奴隷の首輪を嵌められているので、逆らうことはできない。

 

「心配ない。こんな辺鄙なところ、誰も通るものか。魔獣退治のご褒美だ」

 

 イットは肌の上に袖のない革のチョッキと、半ズボンを直接に身につけていたが、紐をほどいて半ズボンを緩められる。

 アンドレの手がズボンの中に入り込み、イットの股間の亀裂をすっと撫ぜた。

 

「はんっ」

 

 イットはそれだけで激しく反応してしまい、思わずアンドレが悪戯をしている腕を掴んでしまった。

 

「相変わらず、まだ幼いくせに、びっくりするほどの敏感な反応だな。じゃあ、もっと感じるようにしてやろう。両手を背中に回して動かすな、命令だ」

 

 アンドレが笑いながら言った。

 快感に弱すぎるイットの身体の反応は、奴隷になってすぐに受けた奴隷商における肉体調教が原因だ。

 わずか一箇月ほどの調教期間であり、十歳の幼い身体に受けたものだったが、イットは、あの調教で全身が性感帯のように超敏感な身体にされてしまった。

 それだけでなく、いまのように拘束されたり、命令で動きを封じられて責められると、どうしようもなく欲情してしまう。

 それを知っているので、アンドレはイットを犯すときには、必ず「命令」で拘束してからイットを責める。

 

「ほらほら、もうクリちゃんが立ってきたぞ。淫乱な童女戦士殿だ。胸も吸ってやる」

 

 アンドレが前側で紐で編み留めているチョッキを解き、イットの胸も露わにした。

 身体の小ささのわりには、大きくなった膨らみだが、しっかりと感じる場所だ。

 アンドレの舌がイットの乳首を口に含む。

 

「うっ」

 

 電撃のような衝撃にイットは全身を弓なりにさせた。

 だが、さすがにここは陽の照っている野外であり、しかも、往来がないとはいえ、ローム三国からナタル森林に入った場所くらいの街道のど真ん中だ。

 必死で漏れていく声を噛み殺そうとした。

 だが、体内に巻き起こる愉悦を我慢できない。

 奴隷になった直後の時期にすっかりと植えつけられてしまった淫乱体質は、アンドレの些細な刺激だけで、イットの想像を遥かに越える衝撃となって、イットの性感という性感を沸騰させてしまう。

 

「ううっ、はうっ、はううっ」

 

 イットは懸命に声を噛み殺した。

 アンドレはそんなイットの様子が面白いのか、愉しそうに股間に指を這わせ、乳首をぺろぺろと舌で刺激する。

 あっという間にイットの全身は弛緩し、膝が投げ出されるように脱力してしまった。

 まだ、愛撫が始まってほんの少しの時間しか経っていない。

 しかし、イットは正気を保つことができないくらいに、完全に燃え狂っている。

 

「いつもながら、面白い身体だ。金貨十枚は高かったが、それなりの価値はあった。こんなにも淫乱で、それでいて、とんでもない戦闘獣人というのは、本当に掘り出し物だ」

 

 商人らしくアンドレは、そんな風にイットのことを褒め讃える。

 通常の子供の獣人奴隷の相場は、金貨二枚がいいところなので、十枚というのはかなりの高額だ。

 それが性奴隷としての取引きというものであり、イットは童女ではあるが、調教されている性奴隷ということで、それだけの値打ちがついたということらしい。

 しかし、さらにイットは、並みの戦士以上の戦闘もできるのだ。

 アンドレは、いつも、それについては、奴隷商の見る目がなくて、大儲けだったと繰り返す。

 イットとしても、獣人への差別意識がなく、イットを戦闘員としても扱ってくれる主人に買われたことは、大きな幸運だった。

 

「もう前戯は十分だな」

 

 アンドレがイットから革の半ズボンを脱がして足首から抜く。

 体勢を変えて、イットを対面座位で跨らせると、片手で剥き出しにしたアンドレの怒張に、濡れきったイットの股間の中心を押し当てた。

 ずぶりとアンドレの怒張が、めりめりという音さえ感じるくらいの強引さで押し入ってくる。

 イットの股間には、すごい力で無理矢理に肉が拡げられる感覚が襲いかかってくるのだが、本来であれば激痛のはずのこの感覚が、イットには最大の快感となるように身体が変えられている。

 やったのは、やはり、イットを最初に調教したあのサーシャであり、そして、最初の主人のトルドイだ。あの肉体調教の日々がイットをして金貨十枚ほどの値をつけさせた要因だ。

 

「ひいいん」

 

 イットは耐えきれなくなって、泣くような声をあげた。

 すぐに、アンドレの律動が速くなった。

 かつて教え込まれた性技を使う余裕さえなく、イットはただただ熱い蜜を股間から溢れさせた。

 痺れるような気持ちよさが、ひと挿し、ひと挿しで沸き起こり、全身が溶けるような快感が噴きあげる。

 

「ご、ご主人様、い、いきますうっ」

 

 あっという間に追い込まれたイットは、一気に快感の頂点に引きあげられていった。

 

「んふうううっ」

 

 イットは腰をぐっと締めつけるようにして、がくがくと身体を震わせて達した。

 

「うう……」

 

 その締めつけで、アンドレが顔をしかめた。

 これこそ、覚えた技のひとつであり、イットは狭い膣道と強い筋肉を利用し、怒張の根元から先端にかけて、絞り出すような強くて細かい刺激を連続で与えることができる。

 

「うはっ」

 

 すると、イットの締めに耐えられずに、あっという間に、アンドレがイットに向かって精を放った。

 

 

 *

 

 

「んああ、あああっ、あああっ」

 

 馬車の中から、サリーが快感に泣く声がする。

 幌馬車の中でアンドレが、今夜の奉仕当番であるサリーを抱いているのだ。

 イットたちのご主人様であり、旅の行商人であるアンドレは、基本的には、女を抱かないと、夜に眠れない性質(たち)らしく、毎夜必ず、女をひとりずつ抱く。

 これが毎晩の決まりだ。

 ただ、必ずしも順番というわけではない。

 

 大抵は、夕食が終わったときにアンドレが、三人のうちのひとりを指名する。そして、その奴隷がアンドレの寝室に同衾するということになるのだ。

 残りのふたりは外だ。

 今夜のように野宿のときには馬車の外で寝るし、街に入って宿屋に泊まるときには、納屋か馬車で寝る。

 建物の中で寝るのは、アンドレの性の相手をする女奴隷だけだ。

 

 イットは、馬車の車輪を背もたれにして、夜空を見上げていた。今夜の月は三個だ。十分に明るい。

 また、焚き火はすぐそばにあり、それも十分な灯かりとなっている。

 今夜は、このまま馬車の外で休むことになると思うが、いまの季節は寒いということはない。

 野獣避けに火をつけているようなものだ。

 イットは、焚き木として準備している小枝を数本火に放り込んだ。

 小さくなりかけていた炎がぱっと大きくなる。

 

「あああ、いくうっ、いきますうっ、いぐううっ」

 

 馬車の中から、吠えるようなサリーの声がした。

 紛れもなく、女が絶頂を迎えるときの声だ。

 これで何度目だろうか。

 

 もっとも、実際には、サリーはそれ程の数は達していないということをイットは知っている。

 しばらく前に、サリー自身が教えてくれたことだが、あれはほとんどが演技だそうだ。

 本当はサリーは、むしろ感じにくい体質であり、それで、アンドレに飽きられないように、わざといくふりをしているらしい。

 その点、イットが羨ましいとサリーに溜息をつかれた。

 なにをされても簡単に達してしまうイットは、本当に男を悦ばせる身体なのだそうだ。

 あまり褒められている感じがしないのだが、サリーの言葉は心からの言葉だというのは知っている。サリーはサリーで、それなりに努力もしているし、苦労もあるのだろう。

 

 イットは目を閉じて、微睡(まどろ)みに身を任せた。

 獣人族のイットは、たとえ眠っていても、感覚の一部は起きていて、危険が迫ったり、異変が起きる気配を感じると、すぐに目を覚ますことができる。

 だから、見張り役としても重宝され、こういう野宿のときには、大抵はイットは夜伽の使命を受けない。

 まあ、それはイットには、ありがたいことだ。

 

 性奴隷になって、最初にトルドイというカロリック公国の地方城郭の分限者に売られて、これまで性奴隷として三年──。

 そして、旅の行商人であるアンドレの性奴隷になってからは一年──。

 主人から主人に渡る間の奴隷商において商品として陳列されていた期間──。

 その間に、相手をさせられた男は両手両足以上になるし、性経験の数は限りない──。

 

 だが、イットはただの一度も、男との交わりが嬉しいとか、自分から男に抱いて欲しいと思ったことはない。

 身体の快感と、心の満足とは別のことだ。

 性奴隷だから抱かれることには抵抗はないし、身につけている性技で一生懸命に奉仕はするが、本心ではまぐ合いは嫌いだ。

 だから、野宿は好きだ。

 獣人族らしく、見張りとして使ってもらえるし、ときには今日の昼間のように、戦闘種族としての本来の能力を生かしてもらえることもある。

 

 そのとき、イットは馬車の反対側から、声を殺して泣く女の声を耳にした。

 イットは、一度閉じていた眼を開いた。

 足音を消して、馬車の裏側に回る。

 果たして、アリアが両手を顔に押し当てて、涙を流していた。

 そばには、夕食として与えられたビスケットと乾燥肉がほとんど手つかずで木の皿に載っている。

 避妊のための薬丸まで放置されている。

 イットは溜息をついた。

 

「……アリアさん、食事をしてください。明日も旅なんですから、参ってしまいますよ。食べないとだめです」

 

 イットはアリアの隣に座り直して、アリアの食事が乗っている木皿を手に取って差し出した。

 アリアは、イットがそばに来たことに、びっくりした様子で顔を向けたが、すぐに首を横に振った。

 

「食べたくないのよ。放っておいて、イット」

 

 アリアは顔を伏せたまま言った。アリアは人間族の十六歳の少女だ。それに比べれば、イットはまだ十三歳であり、また、獣人族ということもあり、人間族のアリアよりもずっと小柄だ。

 

 イットが奴隷になった頃のカロリック公国は、奴隷といえば獣人族のみという感じだったが、このところ、アリアのように人間族で奴隷になる者も多くなった。

 よくはわからないのだが、カロリック公国の若い女大公の施策で、新たな獣人の奴隷化が制限されるようになったみたいであり、その分、人間族の奴隷が増えているようなのだ。

 カロリックのあちこちで、獣人たちが公国への不満を爆発させて徒党を組んだ騒ぎのようなことをしていて、それで獣人に対して厳しすぎた法などが少しずつ改善されているらしい。

 

 それはともかく、アリアのことだ。

 アリアがアンドレの奴隷になって五日──。

 ただの一瞬も、アリアが、アンドレにもイットたちにも心を許したことがないことはわかっている。

 イットは、食べ物が載っている皿をぐいとアリアに押しつけた。

 

「食べてください。食べないと、口にねじ込んででも食べさせますよ」

 

「放っておいてというのがわからないの、獣人──。あたしに近づくな」

 

 アリアがやっと顔をあげ、嫌悪いっぱいの口調で怒鳴った。

 アンドレもサリーも、獣人差別の意識の希薄な人間族だが、世間的には、獣人族は下級人種扱いだ。

 アリアの態度にも、それが滲み出ている。

 しかし、イットはちょっとほっとしている。

 アリアの心に怒りの感情が沸いたみたいだからだ。

 なんでもいい。

 心が死んだようになるよりは、怒りにでもなんでも包まれた方がいい。

 

「食べてください──。お腹がすけば、気力がなくなります。気力がなくなれば、心が死にます。心が死ねば、人として死んだと同然となります。いまは絶望しか感じないかもしれませんけど、とにかく、口にできるときには食べてください」

 

 イットは強い口調で言った。

 アリアがイットの権幕にたじろいだのがわかった。

 気後れしたように皿を受け取る。

 しかし、やはり、食べる気にならないのか、乾燥肉をちょっと摘んだだけで、その手がとまってしまった。

 イットはアリアを睨んだ。

 

「気持ちはわかります。あたしが売られたのは三年前でした。借金を作った父親に売られたんです。借金のためというよりは、父親が一緒になろうとした後妻があたしを嫌ったんです」

 

「えっ……」

 

 アリアが絶句したみたいになった。

 イットは続けた。

 

「……父親は、あたしよりも、その女を選んで、奴隷商会の中でも、性奴隷専門の奴隷商にあたしを売りました。後でわかったことですけど、そっちの方がいくらか高く売れるからだそうです。それでも、獣人族だったこともあり、相場を知らない父親は、かなり買い叩かれたようですけど」

 

 自分の生い立ちを語るのは、久しぶりだと思った。

 おそらく、この三年で父親のことをまがりなりにも思い出したのは、いまが初めてだろう。

 だが、わざわざ、それをアリアに話したのは、三年前、やはり、奴隷になったばかりで、心が打ちひしがれていたイットを、自分のつらい境遇を語ることで慰めようとしてくれた男の子のことを思い出したからだ。

 

 名はリック──。

 

 イットは最初に売られた奴隷商にいた二歳上の男娼奴隷であり、イットの性調教の相手役だった男の子だ。

 どんなにつらいと思っても、絶対に食べなければならないと諭したのは彼だった。

 

 飢えれば心が耐えられなくなる。

 希望を感じることができなくなる。

 そうすると、心が死ぬ──。

 だから、つらくても食べろ──。

 

 いまにして思えば、壮絶だったと思うサーシャからの性調教のあいだ、リックは繰り返し、そう言って、イットを叱咤した。

 そして、リックは正しかった。

 性奴隷になるなんて、死んだ方がましだと思ったし、ひとり目の主人のトルドイなど、イットのささやかな自負心など徹底的に踏みにじって、イットを動物のように扱い、心を潰させるような卑猥芸をさせることで悦に耽った。

 あれに比べれば、性行為そのものには、いまでは、それ程の抵抗はない。

 そして、いまは、アンドレという比較的善良な主人にも巡り会えた。

 

 しかし、本当に、最初の「ご主人様」は酷かった。

 ありとあらゆる恥辱を味わったし、屈辱的な性交もたくさんやらされた。

 複数の大人から同時に強姦のように犯されるという嗜虐も受けたし、ときには、家畜そのものと、まぐわいをさせられたこともあった。

 破廉恥な宴で見世物にもされた。

 素っ裸で外を四つん這いで歩かされたこともある。

 サーシャに受けた肉体調教の日々以上に、死にたいと思ったし、絶望も味わった。

 

 だが、そのたびに、リックの言葉を思い出した。

 リックとは、サーシャの奴隷商から商品として売られて以来、会ってはいないが、常にリックの言葉はイットとともに存在した。

 つらい日々の中で、とにかく与えられた食べ物だけは口にした。

 

 やがて、転機が訪れた。

 二年間の性奴隷の生活の後、突然にイットの持ち主である分限者のトルドイが死んでしまったのだ。

 朝の散歩の途中で倒れ、そのまま息を吹き返さなかったらしい。

 その分限者は、家事をする下男下女が大勢いる以外はひとり暮らしだったが、すぐに甥一家という夫婦が屋敷にやってきた。

 屋敷と家財は彼らが受け取り、イットのような女奴隷たちは即座に処分された。

 同じ街の奴隷商に売り飛ばされたのだ。

 

 イットは再びサーシャに売られるのだと思ったが、イットたちを買ったのは、一年前にその街で奴隷商を開いたという別の奴隷商だった。

 あとで知ったのだが、サーシャは、ウノ、ドス、トレスという三人の部下に裏切られ、強姦の末に殺されてしまったのだそうだ。

 サーシャを殺した三人の男の行方はわからないらしい。

 イットにそれを教えてくれたのは、イットがもう一度売られた奴隷商にいたほかの獣人奴隷たちだ。

 そのとき、リックの行方も訊ねた。

 イットがサーシャの店から売られたとき、リックはまだ誰にも買われてはおらず、イットの方が先にいなくなってしまっていたからだ。

 だが、リックという奴隷少年のことを知っている者は、ひとりもいなかった。

 

 二度目の奴隷商での暮らしは長くはなかった。

 いまのアンドレに、すぐに買われたのだ。

 アンドレは、旅の商人であり、たまたま、イットがいる街に商売でやって来たのだが、イットのことをひと目見て気に入って、買い取った。

 アンドレの趣味は性の相手をする奴隷を飼育することであり、定期的に入れ替えては、毎日の性の相手をさせていたのだ。

 そのときアンドレは、奴隷商が値をつけた金貨十枚という値に対して、商人らしからず、そのまま言い値で支払っていた。

 そのことについては、いまでもアンドレは、掘り出し物だったという。

 

 だが、実のところ、アンドレはイットの身のこなしをわずかに見ただけで、イットが性奉仕だけでなく、戦闘技術についてもかなりのものがあることを見抜いたらしかった。

 それで、言い値で支払ったのだ。

 なにしろ、イットが性奴隷としての値打ちだけでなく、戦闘奴隷としても、人並み外れた腕があると、もしも、その奴隷商が見抜いていれば、イットは金貨十枚どころか、その倍の値は少なくともついただろうと言っている。

 

 まあ、いずれにしても、アンドレが物の値打ちを読むことに長けた一流の商人であるということは間違いないようだ。

 旅の行商でかなりの額を稼いでいる。

 だからこそ、高額の性奴隷を売ったり、買ったりして定期的に交換するという贅沢もできるのだ。

 

 とにかく、イットは性奴隷としてつらかった思い出を語った。そして、奴隷として生きることの覚悟と厳しさ、さらに希望を持つことの重要性をこんこんと話した。

 かつて、リックがイットにそうしたように……。

 

「あたしは、お前のように強くないのよ……。獣人なんかとは違う……」

 

 アリアはぼそりと言った。

 

「なんでもいいです。とにかく、食べましょう。食べることさえできれば、絶対に心は死にません。それとも、口の中に本当に食べ物を突っ込まれたいですか──?」

 

 イットは、あのとき、リックが繰り返して、教え諭してくれたことを思い出しながら、脅すように言った。

 

「た、食べるわよ……」

 

 アリアは、イットの恫喝のような口調にたじろぎ、慌てたように皿のものを食べ始めた。

 

 

 

 

(第11話『【前日談】ある獣人娘の履歴』終わり)



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 第12話  好色王の不穏
311 後宮の奇妙な噂


【ハロンドール王宮・王宮敷地内の小宅】

 

 

 

 王宮の小さな離れの一室の長椅子に身体を沈めませながら、サキは幾度となくこめかみに手をやる。

 頭痛ではない。

 ただ、頭が重い。

 それ以上に熱っぽく、気怠い感じがするのは身体だ。

 理由はもうはっきりとしている。

 

 ロウだ……。

 彼らがナタルの森に出立して、そろそろ一箇月半……。

 当然のことだが、サキは、そのあいだ、ロウに抱かれていないし、精を注がれていない。それがこれほどまでに、サキの身体を悩ませるとは……。

 とにかく、性感がロウの精を欲して、激しく疼かせて訴えるのだ。

 子宮がロウの精に飢えている。

 一箇月以上もロウと離れているサキの子宮は、最近ではぎゅうぎゅうと脈動して、息をするのも苦しいくらいだ。

 淫らな血が湧き起こって仕方がない。

 

 ロウがいなくなってからというもの、サキはなにもやる気にならない日々が続いていた。

 なにをしていても熱中できないし、そもそも、なにかをしなければならないことがあるわけじゃない。

 ロウから言われているのは、ロウがいないあいだは、ルードルフを見張る役目はしなくてもいいということだけだ。

 しかし、こんなことなら、なにかを命じられていた方がましだ。

 

 主になにかを命じられるということは、甘美な快感であり、命じられないことが、これほどに支配されることへの渇望を呼ぶとは、サキはこれまで知らなかった。

 ロウに支配されるまで、誰ひとりとして、主人を持たなかったサキだが、強い者に従うことに快美感を抱くというのは、やはり、サキもまた、強者に従うことが本能に刻まれていると言われている魔族のひとりだったということだろう。

 

 いずれにせよ、ロウの命令でないのなら、あの腑抜けにも、人間族の王宮にも興味はないので、ルードルフに小さな離れの建物を準備させ、後宮から離れて、ここにずっと閉じこもっている。

 ほとんどの時間をここで過ごしていると言っていい。

 そして、考えるのは、ロウのことばかりだ。

 

 ロウに会いたい。

 なにかを命じられたい。

 愛されたい。

 ロウを求めて、身体が沸騰する。

 とにかく、どうにもならない魂の飢えのようなものに悩んでいた。 

 

 サキは溜息をついた。

 いずれにせよ、これではなにもする気力がわかない。

 いっそのこと、自分で慰めて身体の火照りを癒そうか……。

 

 サキは身についていたドレスを仮想空間に消滅させて、ロウから以前に送られた薄い下着だけになる。

 下着といっても、股間を覆う部分はなく、肩紐から胸を隠して、腰の括れまでしかない半透明の一枚布だ。

 ロウは“きゃみそーる”と呼んでいたが、ロウが出立する直前に、サキにこれを着させて愛したので、一番記憶が新しい。

 サキは裸体にそれだけを身に着けた格好になった。

 

 ロウはいつも、サキを破廉恥に嗜虐的に抱く。

 女を辱めて、恥辱に顔を歪めるのを愉しむのだ。

 いびつな性癖といえないことはないが、サキにとっては、最高の快感を与えてくれる充実した時間だ。

 百匹を超える支配級の眷属の魔族がおり、その眷属が従える小妖を含めれば、サキが自由にできる妖魔は、数千匹になるだろう。

 そのサキが、ただひとりの人間族の男から与えられる被虐の支配を望んで、狂いそうになっているのだ。

 だが、サキはそれを全くおかしなこととは考えられない。

 ロウに会いたい。

 命令して欲しい……。

 

 手摺りのある木製の椅子を出す。

 さらに縄を出して、縄尻を背もたれに括り、縄を跨ぐように腰掛ける。縄には縄瘤を作った。

 ロウはこういう縄瘤で女の股間をいたぶるのが好きだった。

 サキも何度も辱められたものだ。

 両脚を手摺りに掛けて、大きく股を拡げる。

 眼を閉じる。

 こういう恥ずかしい格好をロウに命じられているのだと想像した。

 すると、それだけでじゅんと股間が濡れるのがわかった。

 股の下にある縄を持ち、股間に喰い込むように引っ張って持ちあげる。

 

 ロウにされているのだ……。

 そう思い込む。

 

「ああっ」

 

 声が出た。

 気持ちいい……。

 なんでもない刺激でも、ロウにされていると想像すると、こんなにも違う。

 自分でやっているんじゃない……。

 ロウにされているのだ。

 

「うっ、あっ、ああ……」

 

 そして、サキは耐えられなくて、声をあげてしまっている。

 すると、サキがはしたない声を出したことで、ロウが揶揄するような言葉をかけた。

 それで、サキはさらに興奮する。

 動かす。

 いや、ロウに縄を動かされる。

 

「ほううっ」

 

 貫く甘美な刺激に、サキは大きく背を反らせてかすれるような声を発した。

 縄瘤が敏感な場所に当たっている。

 それを強く弱く動かす。

 気持ちいい。

 ロウの与える愛撫は、なんであろうと素晴らしいのだ。

 熱くなった身体が弾けるような快感を吹きあげる。

 

 そのときだった。

 閉じていたはずの扉がばたんと開いて、ふたりの女が入ってきた。

 

「サキ様、お知らせだよ」

「最高級の情報だよ」

 

 威勢のいい声とともに、威勢よく部屋に入ってきたのは、ピカロとチャルタだ。

 部屋には鍵はしてあるが、サキュバスの能力として、自由自在に鍵のかかっている他人の寝室に入り込むことができるこいつらは、ほとんど無意識に開錠をして、部屋に入って来たのだろう。

 

「ひいいっ、な、なんじゃああ」

 

 サキは悲鳴をあげた。

 

「うわっ、なに?」

「ふえええ、美味しい淫気……。ふううん」

 

 ピカロとチャルタがうっとりと匂いを嗅ぐ仕草をした。

 

「貴様ら──」

 

 サキは椅子を飛びおりると、力の限りに、続けざまに、ふたりの顔面に拳を叩きつけた。

 

 

 *

 

 

「ひょめんなさい、サキしゃま……」

「ひぇやに、いきらり入っれ、失礼ひゅまひゅた……」

 

 顔面を鼻血で真っ赤にし、殴られ蹴られて、全身を青痣だらけにしているピカロとチャルタが床に土下座をしている。

 サキは椅子に座って腕組みをしながら、ふたりの頭をそれぞれの足で踏んづけている。

 すでに身なりは整えたが、逆にピカロとチャルタは、サキに何度も蹴り飛ばされて転がされたので、服は破れてぼろぼろだし、床の塵や自分たちの鼻血で汚れている。

 

 サキは嘆息した。

 いまだに怒りは収まらないが、いつまでも殴り続けても仕方ない。

 とりあえず、ふたりの傷を魔道で癒して、破れて汚れた服も綺麗にしてやる。

 

「ふわっ、あ、ありがとうございます」

「ふうう、ご、ごめんなさい、サキ様」

 

 足をどけるとふたりが媚びを売るような笑みを浮かべつつ顔をあげた。

 

「なにを謝っておる? 謝るようなことがあるのか?」

 

 サキはできるだけ平静なふりをして静かに言った。

 

「えっ、なにって……」

「さっき、ぼくたちが部屋に入ったとき……」

 

 ふたりがきょとんとした。

 サキは立ちあがった。

 

「そうか……。まだ、忘れとらんか……。ならば、もう百発ほど殴るか。どうせ魔道で回復させられるのだ。死なない限り、問題なかろう」

 

 ふたりの胸倉に手を伸ばす。

 

「うわっ、忘れた──。いや、なんにも覚えてない」

「絶対に忘れた──。忘れました、サキ様──。覚えてません。本当です──」

 

 ピカロとチャルタがのけ反ってサキの腕を避け、真っ蒼になって床に尻をつけたまま逃げていく。

 

「なにを忘れたのだ?」

 

 サキは凄みながら、ふたりに向かって進む。

 ふたりがさらに顔を蒼くする。

 

「なんにも忘れてない。忘れるようなことなんてないもの」

 

「そうだよ──。忘れるっていうか、ぼくたちはたったいま部屋に入って来ただけだもの」

 

 ふたりが慌てたように叫んだ。

 サキは椅子に戻って座り直す。

 仮想空間から長椅子を出して、サキの対面に置いた。

 

「もうよい。座れ。それで、なにかの話をしに来たのではないのか?」

 

 サキは言った。

 ピカロとチャルタがほっとしたように、長椅子にやって来て座った。

 

「そうだった。あのね、サキ様。これは、関係者以外には、おれたちくらいしか知らないお知らせだよ」

 

「そのうちに、みんなに広まるだろうし、正式発表は半年くらい後だという話だけど、いまは最高級に新鮮な情報だよ」

 

「御託はいい。早く話せ──」

 

 サキは怒鳴った。

 

「王宮魔道師が王太女のところに入ったんだ。第三神殿にもね。テレーズが手配したのさ」

 

「ほとんど誰にも知られないように手配されたけどね。ぼくたちにかかれば、秘密なんて無駄さ。まだ、王妃だって知らないはずだよ。まあ、もっとも今頃は、さすがに情報も伝わっているかもしれないけど」

 

 ピカロとチャルタが手柄を競うように嬉々として語る。

 サキは相好を崩した。

 

「ほう? では、やはり兆候のとおりか」

 

「八箇月後だってさ。人間族って長いんだねえ」

 

 ピカロが言った。

 

「そうか──。やったな」

 

 サキは思わず微笑んでしまった。

 まあ、いいことなのだろう。

 イザベラとアンに魔道治療の効果が低くなったというのは、少し前にもたらされていた情報だ。

 つまり、それは兆候なのだ。

 新たな命を体内に宿したときには、外からの干渉のすべてを保護するように女体の身体が働くからだそうだ。治療魔道は善意の魔道ではあるものの、肉体にとっては異物の力の侵入だ。治療魔道の効果が低くなるのは、そういうものを排除するように、身体の抵抗力が増すことが原因のようだ。

 

 アンを預かっているスクルズからも、可能性ありと事前には伝えらえてはいた。

 だが、はっきりとわかったというのは嬉しいことだ。

 それにしても、ロウの女たちには、すでに避妊をしていない者が多かったものの、あれだけ毎日のように女の身体に精を注いでおいて、こういうことについては、どの女にも発生しなかった。

 サキは、おそらく、ロウはなんらかの自分の力で、それを制御しているのだと思っていたが、ロウが最初に選んだのが、人間の王女ふたりとはな……。

 それとも、偶然か?

 とにかく、嬉しいことには違いない。

 

主殿(しゅどの)には帰還のときに、よい報らせができそうだな。アネルザも喜ぶだろう。それとも、先を越されたと残念がるかな? あれは本気で狙っておった気配もあるしな」

 

 サキは声をあげて笑った。

 すると、ピカロが渋い顔になる。

 

「王妃様はともかくさあ、このことでルードルフが怒っているんだよねえ。すごく苛々してさあ」

 

 そして、ピカロが言った。

 横でチャルタも顔を曇らせた。

 だが、サキは笑い飛ばした。

 

「あの腑抜けが怒っておると? 冗談ではないわ。そもそも、なにを怒る?」

 

「王太女様はともかく、アン様については承知してないとか……。まあ、そんなことを周囲に怒鳴り散らしたみたいだね。一応、最新情報だけど」

 

「馬鹿を言うな。あの昼行燈(ひるあんどん)に、そんな根性などないわ。怒ったんなら、お前らの股でもしゃぶらせておけ。それでご機嫌になる」

 

 サキは言った。

 だが、ふたりが同時に首を横に振る。

 

「ううん……とねえ。おれたちは、ここしばらく、ずっとルードルフには会ってないよ。というか、テレーズが会わせないんだ。別に無理矢理に会いたい人間族じゃないし、無理には近づいてないし」

 

「ぼくたちだけじゃなくて、ルードルフのことをずっと監禁して、限定した人間にしか会わせないんだ。閉じ込めているんだよねえ。ほとんど誰の面会も許さないしさあ。今回のこともルードルフの指示だって、テレーズが代わりに宰相とかに伝えるだけなんだ。苛ついているっていうのも、ルードルフのいる部屋に出入りする従者たちの伝聞でさあ」

 

 ピカロとチャルタがそれぞれに言った。

 しばらく、後宮には近づいてないので、そんなことになっているのは知らなかった。

 サキはびっくりした。

 

「お前たちは、テレーズにくっついて、ルードルフのところに通っているのではないのか?」

 

 サキは訊ねた。

 ロウがいなくなってからの一箇月半ものあいだ、ロウからルードルフの見張り役を解除されたこともあり、わざわざ、ルードルフに会いたくもないので、この小さな離宮に引きこもって久しい。

 外に出ると言えば、時折、アネルザと茶飲み話をするくらいのことであり、サキ同様に、アネルザも、ロウがいないことで、なんだか落ち着かない感じでいるなあと思っていたくらいだ。

 

 しかし、それでも、あのテレーズを野放しにしておくことには、危険なものがあったので、このピカロとチャルタには、テレーズに媚びを売って、くっついていろと命じていた。

 だから、てっきり、ずっとルードルフのことも、一緒に見張っていると思っていたのだ。

 

「ううん、さっきも言ったけど、テレーズはおれたちを、ルードルフに会わせないよ。近寄らせもしない。とにかく、あそこで、いつもルードルフと一緒にいるのは、テレーズだけなんだ」

 

「もしかしたら、ルードルフに接近した方がいい? サキ様が命じるなら、無理矢理にでも聖壇室(せいだんしつ)に入り込むけど? あっ、でも、テレーズについては一応見張っているし、ご機嫌取りのようなことはずっとしているよ。いいつけには背いてない」

 

 ふたりがサキの表情を探るように言った。

 もしかして、ルードルフから離れていたことについて、叱られると思ったのかもしれない。

 まあ、こいつらのことだから、テレーズについても、そんなには執着してないだろう。

 サキュバスが性行為の相手以外の対象を熱心に関心を寄せることはない。

 まあいい。

 それよりも、聞きなれない単語について、サキは訝しんだ。

 

「聖壇室とはなんじゃ?」

 

 サキは言った。

 

「後宮でルードルフが閉じこもっている部屋をテレーズがそう呼ばせているんだ。テレーズの部下みたいな兵が見張っていて、誰も勝手に入れないようになってんのさ」

 

「政務に関することは、その聖壇室から大抵は文書で命令があるんだ。玉璽が押されてね。それをテレーズが関係の大臣とかに持っていくという感じだよ」

 

 このところ興味もなかったし、テレーズには、ロウに関わらない限り、なにをしてもいいとも言ってはいたので、完全に放っていたが、まあ、そんなことになっていたのだ。

 とはいっても、あの怠け者が政務を投げ出して、後宮に入り浸るのは、通常のことであり、それほどの異常事態ということでもないだろう。

 そもそも、サキには、あの無能を監禁して独占したところで、テレーズになにができるのか眉唾物だとは思う。

 

「つまりは、テレーズがルードルフを独占しているということか? お前らにも近づけさせずに? はっ、あいつもご苦労なことだ。じゃあ、あの女とやることしか頭にない能無しをひとり占めして、一所懸命に媚びを売っておるのか」

 

 サキは笑った。

 だが、ピカロがちょっと首を傾げた。

 

「それなんだけど、ちょっと変な話を耳にしたんだよね。そのルードルフだけど、最近、女を近寄らせないんだ……。テレーズは別だけどね。サキ様が後宮に関わらなくなって、最初はかなり頻繁に女も代わる代わる入っていたんだけど、いまではさっぱりさ。気配だけだけど、多分、テレーズもルードルフの相手をやってないと思うよ。あそこからは淫気が感じられない」

 

「やってない? あの好色しか取り柄のない……いや、好色は取り柄でもないが、とにかく、あの阿呆が女を抱かないと? 嘘をつけ──。あっ、もしかして、最近は男色か?」

 

 サキは言った。

 あれに限って、淫情に興味がなくなるということはありえない。

 女も男もいける両刀遣いだし、叩かれたり苛めたりして悦ぶ、ど変態だが、異常な好き者でもあるのだ。

 あれが、女なしですごせるわけもなく、だったら、最近の好みが男に変わったというだけだろう。

 サキがそう言うと、ふたりは首を横に振った。

 

「さっきも言ったけど、それはないよ。あの部屋からは淫気は発していないもの。つまりは、女であれ、男であれ、あのルードルフは、閉じこもっているあの部屋で性行為をしてないよ。少なくとも、快感を覚えるようなことはやってないんだ」

 

「それは間違いないよ。おれも断言する」

 

 ピカロに続いてチャルタも言った。

 こいつらは、ロウにくっついているクグルス同様に、淫魔族であり、サキュバスだ。クグルスのような魔妖精は他人の性愛の場面に忍んで性行為によって発生する淫気を吸収し、サキュバスたちは、自ら人間族と性交をして淫気を吸うという違いはあるが、淫気を感じる能力は確かだ。

 こいつらが、そういう行為をルードルフはしていないというのであれば、そうなのだろう。

 しかし、どうにも信じられない。

 あの好色王が、長く性行為から離れるなど……。

 そもそも、だったら、なんで後宮に閉じこもっているのだ?

 

「それにね、サキ様、妙な噂もあるんだよ」

 

 するとピカロが言った。

 

「噂?」

 

「うん、実はあのルードルフが勃起できなくなったとか……。最初の頃、頻繁に交代で後宮にいる女奴隷とか、男娼が出入りしたんだけど、全員が最後には怒声とともに、追い出されているんだ。しかも、一度入った者は二度と呼ばれないし、すぐに解雇されたり、処分されたりで、どんどんと後宮そのものから追い出されている。サキ様は、向こうにはいなかったから、知らなかったと思うけど」

 

「うん、後宮って、女妾たちも、男娼たちも、もうほとんど残ってないよ。ひっそりとしたものさ。みんな役立たずという理由で暇を出されたしね…。それで推測するしかないんだけど、もしかしたら、急に勃起できなくなったんじゃないかって……。ほら、人間族の男って、そういうこともあるんだろう?」

 

「ルードルフのところには、テレーズのほかにも、身の回りの世話をする従者や侍女もいるんだけど、そいつらは、王が不能になったって噂してるよ」

 

「誰もばらしちゃいけないし、口にしてはいけないんだけど、ひそかに噂話は蔓延している。王は不能ってね」

 

 ピカロとチャルタが代わる代わる言った。

 

「あいつが不能だと? しばらく、後宮に近づかないあいだに、滑稽なことになっとるのだな。さては、ついに赤玉でも出したか?」

 

 サキは笑った。

 しかし、はっとした。

 テレーズ……。

 あいつの得意は、闇魔道……。

 人の心に浮かぶ、負の感情を増幅して、人を支配する女……。

 もしかしたら……。

 

 ルードルフなど悪意に乏しい人畜無害のような男なので、闇魔道の対象としては苦労していた気配があるが、そのルードルフの心に悪感情を抱かせるには、あれから突然に欲情をとりあげてしまうというのは、確かにいい考えかもしれない。

 特段に難しくもないだろう。

 テレーズは、ずっとルードルフに侍っているのだ。

 男の性器が勃起しなくなる毒を飲ませることは造作もないだろう。

 ルードルフにしても、あれだけ毎日女と遊んでいたのに、突然に勃たなくなって、淫情を発散できなくなるのだ。

 苛々が爆発して、心を悪感情に支配されてしまったというのは容易に想像がつく。

 だったら、ルードルフは、すでにテレーズの支配下か……?

 まあ、間違いあるまい……。

 

「アネルザに報せるべきかな……」

 

 サキは呟いた。

 ロウからは、アネルザを助けろとは言われてないが、茶飲み友達のよしみで教えておくか……。

 だが、一時期はテレーズから政務を奪われて、それの奪回に躍起になっていたアネルザだが、サキ同様に、ロウがいなくなってから妙に元気がない。

 すっかりと覇気を失ったという感じだ。

 積極的に政務の主導権を取り戻そうという気概も感じないし、時折、会ってもぼうっとしている様子だ。

 

「なにか言った、サキ様?」

 

 サキの独り言にピカロが反応した。

 

「なんでもない。いずれにしても、あの無能も不能にはかなわんということか。だが、その噂が本当である信憑性はあるな。あのルードルフも、突然の不能に慌てふためいて、次々に後宮の女妾を呼び出しては試し、うまくいかないから、苛ついて次々に追い出しているということだな」

 

 サキはなんとなく合点がいった。

 そうであれば、テレーズがピカロとチャルタをルードルフに接近させない理由もわかる。

 あの男を一番勃起させるのが上手なのは、なんといっても、このふたりだろう。

 そして、寵姫ということになっているサキだ。

 

 テレーズがルードルフが不能によって発生している苛立ちの悪感情を昂ぶらせて支配をしているなら、それを維持するためには、サキたち三人には、絶対に会わせないだろう。

 いや、ルードルフのことだから、勃たなくなって焦ったら、いの一番にサキたち三人を呼び出ししそうなところであるが、そうしないというのは、すでにテレーズに支配されて、記憶を失わせられているということかもしれない。

 

「もしかしたら、厄介なことなのかもしれんな。まあ、わしとしては、主殿が危害を受けることさえなければ、どうでもいいのだがな……。だが、一応、もう一度釘を刺しておくか。わしとしても、テレーズがなにをしておるのか確認しておきたい」

 

 サキは口にした。

 そして、ピカロとチャルタを見る。

 

「……お前たち、わしとテレーズが面談する段取りをしろ。理由はなんでもいい。とにかく、約束を取りつけろ」

 

 サキは言った。

 ふたりが慌てて立ちあがる。

 

 すると、この離れに来客を告げる呼び鈴が鳴った。

 ここにいるのは、サキひとりであり、侍女のような者はいない。

 訪問客など滅多になく、強いて言えばアネルザくらいだが、いずれにせよ、ここを訪ねてくる者など珍しいことだ。

 サキは、ピカロとチャルタを別室に隠して、玄関に出た。

 果たして、そこにいたのは、テレーズの家人の女だ。

 テレーズが王宮にやって来る時に、連れてきた者のひとりであり、一応は王付きの侍女ということになっている。

 しかし、テレーズの手の者のひとりであることには間違いない。

 

「サキ様、テレーズ女官長からのご伝言です。本日、夕刻に後宮にて夕食会を行います。ご出席なさいますように」

 

 侍女が言った。

 その物言いには、随分と尊大な響きがあり、いつもならその場で怒鳴りつけているところであったが、今回については、渡りに船である。

 サキとしても、テレーズに会いたいと考えていたのだ。

 侍女が手紙のような封書を手渡し、刻限と場所を口にした。

 

「承知したと伝えよ」

 

 サキは言った。

 これは都合がいい。

 いま少し頼りにならないピカロとチャルタに手間を取らせることなく、テレーズとの面談の手配が整ってしまった。



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312 魔族封じの秘薬

 夕食会とは言いながら、呼び出されたのは、サキひとりだったようだ。

 案内を受けて座った席には、大きなテーブルにふたり分の食器の準備が整えられていた。

 テレーズはまだのようだったが、世話をする家人が数名いて、サキの前に食前酒の葡萄酒を準備してくれた。

 なかなかの美味であり、酒のあてとして出された前菜も味がいい。

 

 サキは、魔族であるが、仮想空間を利用して、魔族が封印されている向こう側の異界と、こちら側の世界を自由に出入りできる特異な存在だ。

 姿かたちも自由自在に変えられる。

 サキ自身も、どれが本当の姿かなど、もう覚えてない。魔族の眷属たちに面するときには、体毛の多い魔族っぽい姿になるが、こうやって人間族になっている姿もある意味、本来の姿だ。

 特に、ロウの命令で人間族の後宮に入り込むために作ったこの身体は、ロウが素晴らしいと、何度も口にしてくれた。

 何度も愛でてもらった。

 何度も可愛がってくれた。

 だから、サキはこの人間族の姿が大好きになっている。

 

 とにかく、サキは、長い人生の中で、こちらの世界の様々な種族との付き合いがあるが、およそ料理というものについて、美食をとことん追求する種族は、なんといっても人間族だ。

 主要種族の中で最も短命で死にやすい種族ではあるが、逆に短命の人生を愉しむ努力と生活の利便への工夫を追及するのも人間族だ。

 だからこそ、こっちの世界で、もっとも繁栄して、最大勢力を誇っているのが人間族なのだろう。

 

 神代の世界から繁栄していたもともとの種族といわれる魔族とエルフ族の二大種族のうち、魔族は異界に追い出され、その魔族を追い出したエルフ族も、発祥の地だったナタル森林に留まったまま、旧態依然の生活をしているにすぎない。

 エルフ族は権威こそあれ、種族としての力は、人間族が上だろう。

 

 サキはその長きにわたる半生の中で、数百年前のこの世界のことも知っている。例えば、五百年前のナタル森林のエルフ族の生活と、いまのエルフ族の生活はなにも変わらない。

 一方で、五百年前の人間族の世界と、いまの人間族の世界とではまるで異なる。

 だいたい、このハロンドール王国という大陸でもっとも大きな国がある地域は、五百年前には、ローム帝国が開拓をする辺境の地にすぎなかった。

 それが、いまやローム帝国は事実上、三公国に分裂して力を失い、当時辺境だったハロンドール、そして、エルニア魔道王国が栄華を誇っている。

 

 しばらく、酒を飲みながら待っていると、ふたり分の食事が目の前に並べられ出した。

 肉料理、魚料理、野菜料理、食後のデザートまで並べられる。飲み物も数種類あり、空のグラスの横に瓶ごと置かれる。

 まるで、本来は夕食のあいだに順番に出されるものを一気に並べている感じだ。

 そして、すべてを並べ終ると、部屋にいた家人たちが全員いなくなった。

 入れ替わるように、正装をしたテレーズが入ってくる。

 

「ようこそ、サキ殿」

 

 テレーズは会釈だけすると、自分でサキの向かい側に準備されている席につく。

 

「申し訳ないけど、給仕はつかないわ。わたしも自分で世話をするけど、あなたもひとりでやっていただけるかしら。それとも、元は異国の姫君であられる寵姫様は、給仕がないと食事はできないかしら?」

 

 テレーズが優雅に微笑んだ。

 ほう……。

 サキはちょっと意外だった。

 

 しばらく前まで、サキの顔を見ると、怯えるように逃げ隠れる様子だったテレーズが、今夜は一転して、まるで人が変わったように、自信たっぷりの強気の態度だ。

 ルードルフを引き込むことに、ついに成功をしたということが、この女を優越感に浸らせているのだろうか。

 

「ならば、素でいかせてもらう。お主も、なにか話があるのだろうな。だから、この人払いか?」

 

 サキは横にあった葡萄酒の瓶を掴むと、空になっていたグラスに並々と注いだ。

 この席がテレーズがテレーズとふたりきりになるために設けたものなのは明白だ。

 なにか話があるのだろう。

 しかし、サキにはそれは思いつかない。

 

「まずは乾杯といきましょう。王家の新しい血に……。まだ、王妃殿下にも伝えられてないけど、あなたは知ってるんでしょう? わたしの周りをちょろちょろしてる小娘ふたりが、あなたが寝泊まりする離れにご注進に行ったはずだから」

 

「見張っておったのか?」

 

 小娘ふたりというのは、ピカロとチャルタのことだろう。あのサキュバスたちを小娘呼ばわりとは、この人間族もなかなかに自惚れが激しいようだ。

 

「見張っているわ。あなたと王妃……。王太女と第三神殿の女神殿長、冒険者ギルドのドワフ女……。もちろん、アン様……。ふたつの屋敷……。全てを監視させているわ。だって敵だもの。王家を脅かす不埒な連中ね」

 

「ほう、言うではないか」

 

 サキはテレーズを睨んだ。

 しかし、やはり怯まない。

 先日とは大きく違っている

 それはともかく、いまテレーズが口にした人物たちは、全員がロウの女だ。ほかにもいるが、おそらく、テレーズが繋がっていると把握したのが、その女たちなのだろう。まあ、このくらいまでは、その気になればすぐに繋がる。

 ロウは女たちの関係を積極的に明らかにもしないが、大して隠しもしてない。その気になって調べれば、全員がロウと特別な関係であることは容易に悟ることはできるだろう。

 

「あなたとは本音で語り合いたいと思っているわ。日の出ずるところの寵姫として、日の没するところの寵姫であるあなたとね」

 

「なんだそれは? おかしな物言いを……。わしと対等だと言いたいのか? まあいい。お前の王に興味はない。好きにしていい。わしの興味は主殿(しゅどの)だけだ」

 

「そうでしょうね。あなたのことは、この一箇月半のあいだ、よく調べさせてもらったわ。あなたが“主殿”と呼んでいる相手がどういう人物なのかということもわかったわ。もしかして、あなたも彼の女のひとり? 国王の寵姫であるあなたを寝取ったということであれば、それだけで不敬罪よ。いえ、不敬罪できかないかしら? 間男の罪? この国にそんな罪状があればだけど」

 

「もう一度繰り返させるつもりか、テレーズ? ロウ=ボルグには手を出すなとも申したはずだ。八つ裂きにされたいか?」

 

「おう、怖い。だけど、わたしは、一度もロウ=ボルグ卿の名は出してないわ。もしかしたら、あなたの浮気の相手も、そうなのかしら? 怖い、怖い。だって、ロウ=ボルグ卿といえば、王妃殿下に手を出し、王太女殿下の愛人を気取り、さらにアン様と陛下の寵姫のあなたにまで? かなりの大罪ね」

 

「なにい?」

 

 サキは飲んでいた葡萄酒の入ったグラスを荒々しく、テーブルに叩きつけた。

 

「ロウ=ボルグ卿は大罪人と言ったのよ。少なくとも陛下はお怒りよ。今回のことで怒り心頭に発して、早晩、ロウ卿から、これまでに与えたすべての恩賞と権限を剥奪して、重罪人として手配させるでしょうね」

 

主殿(しゅどの)……ロウ=ボルグを手配だと? 貴様、余程に死にたいらしいな。忠告はしていたはずだぞ。手を出すなとな……。それさえ、守っていれば、見逃してやるとも……。まさか、ルードルフを操ることにやっと成功したことで、あの腑抜けの権威に護られてると錯覚はしてまいな……?」

 

 サキは立ちあがった。

 この場でこいつは殺す。

 そう決めた。

 

「落ち着いてよ。気が短いのねえ。話し合いにならないじゃない」

 

 テレーズは落ち着いたものだ。

 動じる気配もなく、まだ悠然と腰かけている。

 その度胸は買ってやってもいい。

 

「話は終わりだ。わしの忠告に従うつもりがなさそうなのがわかったからな。残りの話は、お前の首を胴体と離してからだ。そのときに、まだ口がきけたら、話をしてやろう。闇魔道師なら、首が離れても喋ってみせろ」

 

「怖いわねえ。だけど、あなたと、わたしは、もしかしたら利害は同じかもしれなくてよ。最後まで話をしてもいいんじゃない?」

 

「なにを話す? お前がタリオの犬だということか?」

 

 サキは言った。

 初めて、テレーズの顔色が変わった。

 サキは立ちあがったまま微笑んだ。

 

「わしがなにも知らないと思ったか? それとも、マリルスという薬師でも紹介してくれるのか? 犬の飼い主もなかなかに下衆そうではないか。罪もない人間族の老人を殺して、森で獣どもの餌にしたのだから」

 

 今度こそ、テレーズの顔がひきつる。

 まさか、サキがテレーズとタリオ公国の関係を知らないと思っていたか?

 だが、サキにも独自の耳目がある。

 人間族の姿になって紛れることができる魔族の眷属を仮想空間経由で呼び出すことが可能であり、そいつらに調べさせれば、それなりのことはわかる。

 ただ、人間族の国同士の謀略ごっこなどどうでもいいから放っているだけだ。

 だが、ロウに手を出すというなら話は別だ。

 

「そ、そう……。予想外ね……。そこまで、知られてたとは……。だ、だけど、それ以上、口にしないで」

 

 テレーズが突然に胸元を寛げ始めた。

 訝しんでいると、胸を閉じている紐を解いて大きく左右に拡げた。胸巻きに包まれている豊満な乳房が露わになる。

 いきなりそれを引きやぶって、乳房を露出させた。

 そのテレーズの肌に、ふたつの紋様が出現した。

 テレーズが魔道で活性化させたみたいだ。

 普段は隠れているが、魔力を注げば姿を表す隠し紋様だ。

 サキは目を見張った。

 左右の乳房にひとつずつの紋様……。

 

 ひとつは完全隷属の紋様……。

 テレーズは、紋様奴隷だということだ。人間族の奴隷には大きく二種類ある。一般的なのは首輪奴隷であり、首輪によって支配術をかけられるというものだ。もうひとつが目の前のテレーズのような紋様を身体に刻まれている奴隷だ。

 首輪奴隷は首輪さえ外せば、奴隷状態から解放されるが、紋様奴隷には解放はない。

 未来永劫に奴隷だ。

 それがテレーズの身体に刻まれている。

 首輪とは異なり、隷属の紋様はかなりの高等魔道だ。相当の魔道遣いでなければ、施すことはできない。

 

 だが、もうひとつの紋様……。

 これは死の紋様……。

 なにかの条件付けがあり、それを満たせば、身体に死が訪れるという呪術だ。

 さしずめ、テレーズはタリオの魔道遣いに、隷属の紋様を刻まれ、さらに任務を与えられて、失敗すれば死ねとでも呪術をかけられたということか……。

 サキは大笑いした。

 

「その犬の印がどうした? 同情して、助けろとでもいうのか? つまりは、わしがお前の邪魔をすれば、すぐにそれが発動するということか。そりゃあ、手間が省ける。首を切れば血が吹き出すから、片付けに往生するが、呪術による自然死なら、汚れはすまい」

 

 サキは笑い続けた。

 すると、テレーズが胸をしまいながら、サキを見た。

 

「笑わないことね。これはあなたを縛る呪いでもあるのよ。もしも、わたしが呪術で死んだら、あなたも死になさい、リュンネガルト・ゴーテンバウム・サキュテスト……」

 

 背中にどっと冷たい汗が流れた。

 こいつ、いま、サキの真名を……。

 テレーズがにやりと微笑む。

 

「な、なんで……」

 

 サキは手足が震えるのを感じた。

 真名による支配……。

 それは、ある意味、すべての高等魔族にかけられている生まれながらの呪術に等しい。

 魔族は、真名を知られることで、相手の支配下に陥る。

 ほかの種族とは異なり、なぜか、魔族は能力が一定を超えると真名の存在というのが発動して、その名で他人に呼ばれることで、瞬時に隷属関係が発動してしまうのだ。

 どうしてそうなっているのかということはわからず、まさに、神の悪戯としかいえない。

 あるいは、神話のクロノスが愛人にした魔族の守護神のインドラにかけた呪いとでも言おうか……。

 

 とにかく、魔族は真名で相手の支配に陥る。

 これは絶対だ。

 そして、これは、人間族にはあまり知られていない歴史のようだが、人間族やエルフ族というのは、かつて、魔族との勢力闘争において、『鑑定術』という魔道を作り出し、次々に高等魔族の真名を明らかにして、その支配下においていった。

 そんなエルフ族や人間族に、魔族が結集して叛意を起こしたのが冥王戦争であり、さらに、冥王戦争後の魔族追放であり……。

 

 いずれにしても、たったいま、テレーズがサキの真名を呼んだということは、支配されてしまったということだ。

 だが、どうやって……。

 テレーズのみならず、高等魔族というものは、鑑定術で真名を見破られないように、幾重もの鑑定封じをかけている。

 知られるはずがないのだ。

 サキの真名を知っているのは、唯一、ロウだけであり……。

 

 テレーズは懐から小指の先ほどの透明の玉を取りだした。

 魔道具のようだ。

 

「鑑定の魔道具……。簡単なものよ。高価だけど、王都の魔道具屋に売っているわ。簡易なもの……。それに、あなたの真名ははっきりと映ったわ」

 

 テレーズは微笑んだ。

 

「ば、馬鹿な……。そんなもので、わしの真名など……」

 

「立ったままじゃあ、落ち着かないわ。座りなさい、サキ」

 

 テレーズが言った。

 サキは椅子に座り直した。

 もはや、それが自分の意思なのか、真名を知られたことによる呪縛によるものなのかはわからない。

 すでに操られている……。

 ぞっとした。

 すると、テレーズがことんと小さな黒い瓶をテーブルの上に置く。

 

「な、なんじゃ、それは?」

 

 サキは言った。

 だが、自分の声が震えている。

 サキは大きな困惑と動揺に包まれている。

 

「わたしに犬の首輪をつけている男が持ってきた『魔族殺し』という秘薬よ。あらゆる魔族にとっては、これは無色無臭で感知できない。異変も見破れず、魔道的な感知をしても魔族にはわからない。だけど、魔族の能力を奪われてしまう魔族にとっては、絶対的な毒薬……」

 

 はっとした。

 そんなものがこの世に存在するというのは、何度か耳にしたことはある。だが、すでにこっちの世界からは魔族は追放されているので、魔族にしか効果がないという能力封じなど用途もなく、その存在は忘れ去られているくらいのはずだが……。

 まさか、タリオ公国がそれを保持していたのか……。

 つまり、もしや……。

 

「この食事や酒に……?」

 

 サキは呆然と目の前の料理を見た。

 

「食事や飲み物だけでなく、香に混ぜて、この部屋全体に焚きこめているわ。あなたには、なにも匂わないかもしれないけど、わたしはずっと、うっすらとした大蒜(にんにく)のような香りを嗅ぎ続けているのよ」

 

 愕然としてしまった。

 しかし、それで納得いった。

 サキは、知らず知らずに、魔族殺しという能力封じの毒薬を口にして、さらに鼻から吸い込み、いつの間にか、鑑定魔道に完全無防備の状態になったということだ。

 それで、もっとも簡易な鑑定具に、真名を映してしまったのだ。

 

「ま、まさか、わしを……」

 

「そうね。まあ、限定的なものだから……。時間が経てば、魔族殺しの毒素は抜ける。問題ないわよ」

 

 とにかく、信じられない。

 そして、いま気がついたが、サキは魔道を発動できない状態になっていた。魔族殺しのせいか……。

 また、このテレーズは、サキの正体が魔族だと知っていたのか……。

 それにしても、すでに真名を知られた……。

 サキともあろうものが、ロウ以外の存在に支配されるなど……。

 

「お気の毒様……。あなたはわたしが知る限り、最強にして、最大の能力を持つ者よ。だけど、こんな薬ひとつで、陥れられるのね」

 

 テレーズが静かに言った。

 

「き、貴様?」

 

「わたしのことを小者だと思っていたでしょう? だから、足元をすくわれるのよ、サキ」

 

 テレーズがにこりと微笑んだ。

 

「どうするつもりだ……?」

 

 サキは、とりあえず、それだけを言った。

 

「どうするつもりって? そうねえ。あなたも気がついていると思うけど、すでにルードルフはわたしの支配下よ。わたしの飼い主に命じられていることもあるから、ロウ=ボルグ卿については、ルードルフの悪感情を利用して失脚してもらうわ。今回の妊娠騒動で、ルードルフがちょっとむっとしたから、いまは、それを最大限に増幅して、怒り心頭の状態にしている。さっきも言った通りに、早晩、捕縛命令でも出るんじゃないかしら」

 

「ゆ、許さんぞ──。主殿に手を出すなど……」

 

 サキは怒鳴り声をあげたものの、こうなってしまえば、サキにはなにもできない。

 背中に冷たい汗が流れ続ける。

 

「落ち着きなさいよ、サキ。わたしは、あなたとの妥協点を話し合いで見つけようとしているのよ。わたしも、この王家乗っ取りの謀略に、女好きという欠点はあるけど、比較的善良そうなロウという男への私恨をなぜ混ぜるのかわからないわ。まあ、これも逆らえない命令なのよ」

 

「ふざけるな──」

 

「いいから、聞きなさい。捕縛命令が出ても、ロウ=ボルグ卿はもうすぐ国境を越えるでしょう? それとも、もう越えている? とにかく、出てしまえば、すぐには捕らえられない。捕らえられるのは、戻って来てからよ」

 

「なに?」

 

 サキは眉をひそめた。

 なにか謀略めいたことを口にしようとしているようだが、そういう話はサキは苦手だ。

 いや、魔族全体が苦手だろう。

 権謀術数は、あらゆる種族の中でも、人間族の専売といっていい。

 だからこそ、いまや、この世界の大半を人間族が支配しているのだ。

 

「だから、妥協点を見つけましょうよ。あなたとふたりっきりで話したいというのは嘘じゃないの。わたしには与えられている任務がある。それには逆らえない。いずれにしても、ロウ卿への捕縛命令ということになると、当面邪魔なのは、王太女と王妃ね。このふたりは、絶対に邪魔をする」

 

「なにが言いたいのだ?」

 

「ただ、王太女については、まもなく王都から出されるわ。母体保護という観点での王家の慣習だそうよ。政務から離れさせて、静かな環境ですごさせるの。もっとも、もう長く忘れ去られたような古い慣習にすぎないんだけど……。でも、それを思い出させたのは、わたし……。ルードルフはその気よ……」

 

「王太女を王都から出すのか?」

 

 サキは言った。

 だが、イザベラは、王太女としても、王都を治めるハロルド公としても、最近ではかなりの業務を担っているはずだ。そもそも、ルードルフが政務を放棄しているために、そうなっているのだが、イザベラが王都から離されれば、ほぼ、宮廷はルードルフを押さえているテレーズの独壇場となるだろう。

 いまや、アネルザは政務から離されているし……。

 

「王太女は離宮に行く。ほとんど誰も知られないくらいに、こっそりとね……。なにしろ、静かな環境で静養させるのが目的なんだから……。王太女の女官や侍女軍団は面倒だから、出し抜くことになるでしょうね。まあ、とにかく、そうなれば、残りは王妃……。これは面倒ね。最近は元気ないみたいだけど、ロウ卿に手を出せば、あなた同様に噛みついて来るのは目に見えている……」

 

「もういい……。権力闘争なら好きにせよ。しかし、主殿に手を出すな……。いや、出さないでくれ。頼む──」

 

 サキはテーブルに手をついて頭をさげた。

 生まれてから、一度だってロウ以外に頭をさげたことなどない。

 いや、ロウにだって自ら頭などさげない。

 だが、そのロウのためだったら、いくらでもさげる。

 地に頭だってつけられる。

 ロウのためなら……。

 サキは口惜さに歯ぎしりしながら、テーブルに頭をつけ続けた。

 

「だから、話し合いをしない、サキ……? わたしの目的と、あなたの立場って、本当に対立するの? わたしの目的は与えられている任務を遂行することよ。それ以下でも、それ以上でもないのよ……」

 

 するとテレーズが悠然と言った。

 顔をあげると、テレーズが意味ありげに微笑んでいた。



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313 暴王の誕生(1)

 拳ほどの大きさのあぶく玉が目の前に出現した。

 夜明け前であり、まだサキは離宮で微睡んでいたところだったが、目を覚ました。

 寝台から身体を起こして、ガウンを肩にかけると、サキはあぶく玉を指で突いた。

 『伝言玉』と称する魔道であり、離れた場所にいる特定の相手に対して、声を伝える魔道だ。

 どのくらいの距離まで届けられるかは、術者の能力によるが、一般的な術者であれば、王都程度の端から端まで「声」を届けられる。近傍の城郭までということになれば、サキやスクルズほどの魔道力が必要になるだろう。国境を越えてということになれば、そこまで「声」を届けられる魔道師など、魔族でも存在しないだろう。

 エルフ族の女王、ガドニエルくらいになれば、わからないが……。

 

『そちらに行くわ。まだ夜明け前だし、この伝言玉が弾かれたのがわかったら行くから』

 

 声はテレーズだった。

 どうやら、サキのところに行きたいのだが、まだ陽も出ていない刻限だということで遠慮したらしい。

 それで、まずは『伝言玉』をサキのところに送り、サキがそれを弾けば、目を覚ましたのだと判断して、こっちに来るということにしたようだ。伝言玉を開けば、送った向こうでも、それがわかるのだ。

 わざわざ律義なものだ。

 

 果たして、目の前の空間が揺れて、テレーズが『移動術』でやってきた。

 サキは指を鳴らして、部屋の照明を灯した。

 近衛軍の軍装姿をしているテレーズの姿が露わになる。

 

「おはよう、サキ。それにしても、便利なものね。このスカンダちゃん、わたしの専属にして欲しいわね」

 

 明るくなったことで、テレーズの影が現われたのだが、その影の中から人間族の五歳ほどの幼女が出現する。

 前で合わせて腰ひもで縛る「着物」という名の衣服を身に着けており、花の髪飾りをしたあどけない姿だ。

 韋駄天(いだてん)族に属するスカンダという名の妖魔であり、闇魔道以外に能のないテレーズのために、サキが貸し与えているものだ。

 人間族の幼女にしか見えないが、れっきとした成人だ。

 ただ、知能は見かけのとおりであり、大して頭はよくない。

 しかし、幼い姿だが自由自在に移動術を連続でこなすだけでなく、音よりも早く駆けることができ、例えばこの広大なハロンドール王国でも、国境の端から端までを一日で踏破するだろう。

 このスカンダに手を繋いでもらったり、影に入ってもらえば、およそ考えられないくらいに、長い距離をあっという間に移動できる。

 同じ宮廷内程度であれば、一瞬だ。

 

「ならんわ。お前には過ぎた妖魔じゃ。王太女がいなくなり、王妃も早晩失脚する。ルードルフを抱えているお前が権力を独占だ。せっかくの権力だ。国王付き女官長用の移動ポッドを張り巡らせろ。しばらくは連絡を取るのに必要だから貸すが、早晩、とりあげる」

 

 移動ポッドとういうのは、スクルズがロウのために、王都内の女のところに瞬時に移動できるように設置した“ほっとらいん”と同じようなものであり、常時発動の『移動術』の設備だ。

 スクルズは、その移動術の設備を王都内どころか、遥かに遠くの城郭や異郷の山奥の温泉などに繋げたみたいだが、それは無理だろうが、この王宮の魔道技術者であれば、宮廷内くらいなら、すぐに設置するだろう。

 

「残念ね。とっても可愛らしいし、そばに置くだけでも、心がなごむのにね」

 

 テレーズが微笑みながら、スカンダの頭を優し気に撫でる。

 スカンダが嬉しそうににっこりとした。

 

「スカンダ、影に戻って、名を呼ぶまで門を閉じておれ」

 

 サキが声を掛けると、スカンダは「あい」と元気な返事をして、再びテレーズの影に戻った。

 テレーズは寝台の横にある椅子に座った。一方で、サキは寝台に腰をおろしている。

 

「ところで、なんじゃ、その恰好は、テレーズ? 女官長から近衛軍の将校にでもなったか?」

 

「ちょっとした遊びよ。一度でいいから、軍隊というのを動かしてみたくてね。だけど、思ったよりも愉しくはなかったわね。ルードルフの命令書もあるのに、指揮権がどうのこうのと文句ばっかり。命令には従わないし、頑固だし、本当に軍人って面倒。もうこりごりよ」

 

 テレーズが肩をすくめた。

 サキは苦笑した。

 

「指揮に従わない部下など、一度ぶん殴って、裸にして逆さに吊るしてやれ。大抵は、それで大人しくなる」

 

「そういうことは、あなたに任せるわ。わたしには無理ね。まあ、最終的には従わせたけど」

 

 テレーズは静かに言った。

 軍人に命令をきかせるなど、本物の将校であっても一筋縄ではいかないものだ。ましてや、本来は国王付き女官長が、軍服を身に着けて現われても、なんの遊びかと訝しむだけに違いない。

 おそらく、最終的に従わせたというのは、闇魔道で従わせたのだろう。

 こいつは、人の心を入れ替えるということをほんの短い時間でできる女だ。

 

「それで、首尾は?」

 

「すでに出立したわ。イザベラ王太女、アン様は、ノールの離宮に向かって移動中よ。およそ考えられる限りの乗り心地のいい魔道馬車を準備させたわ。移動のあいだ、ふたりは、まったく馬車が揺れていることさえ感じることができないはずよ」

 

「スクルズは?」

 

「邪魔はしなかったわ……。というよりも、不在ね。このところ王都にはいないらしいのよね。忙しいみたい……。いずれにしても、王命による離宮静養ですもの。母体を静かな環境で生活させるという大義名分があるから、邪魔だてする理由もないはずよ」

 

 テレーズの言葉にサキは頷いた。

 スクルズがこのところ、王都を不在がちというのは、サキも耳にしていた。

 なにをしているのかも、概ね知っている。

 ロウが出立する前から手掛けていた、この王国に遠距離瞬間移動のための魔道施設を張り巡らせるという計画を進めているのだ。

 ただ、いまのところ、専ら、ロウが向かったナタル森林に向かう方向にどんどんと施設設置を進めているみたいなので、彼女のわかりやすい動機は、サキのみならず、ロウの女たちは見抜いている。

 しかし、今回はそれで出し抜かれたかたちだ。

 もしも、スクルズが第三神殿にいれば、ロウから預かっている身重のアンを簡単に王軍に渡すということはしなかったと思う。

 

「ノヴァとは離さなかっただろうな?」

 

 テレーズが昨日の夜のうちにやったのは、ルードルフの命令というかたちで、イザベラとアンをノールの離宮と呼ばれる東の海の辺境に移動させることだ。

 ただ、これを本人たちや周囲の者に報せずに、ほとんど拉致同然に行った。

 アンはともかく、イザベラは王太女として実権を握っており、王宮の軍を動かす指揮権も持っている。かつてロウが準備した独自の王太女騎士団もいる。

 だから、出し抜いた。

 イザベラとアンを診療という名目で引き出し、テレーズが準備した国軍の一部で囲んで、ほとんど着の身着のまま連行したのだ。

 まだ、夜明け前であり、イザベラ王太女が不在なことに気がついている者も多くはないだろうが、夜が明ければ、それなりの騒動になるのは間違いない。

 

「あなたに事前に念を押されたからね。アン様は侍女と一緒に移動してもらっているわ。そういう意味では、イザベラ王太女殿下は、シャーラ護衛長と一緒よ。ただ、それ以外の侍女たちは、置き去りになったかたちね。彼女たちには、すぐに宮廷から退去する命令が出されるわ。全員、罷免ね」

 

「罷免? 理由は?」

 

 イザベラについている侍女たちといえば、ヴァージニア女官長を始めとする十人の侍女たちだ。侍女だったが、ロウが女にしたことで、新たな能力が覚醒して、有能なイザベラ直属の官吏団になっている。

 あいつらを追放するのか……。

 まあ、イザベラを王都から出しても、王太女府業務を担っていたそいつらが残っていては、権力を独占できないだろうが……。

 だが、いずれも、ロウの愛人たちであり、サキとしては保護しなければならない対象である。

 

「そんなことは適当よ。あなたにとっても、それが都合がいいでしょう?」

 

「なにが、わしの都合だ。お前の都合だろう」

 

 サキは吐き捨てた。

 

「わたしの都合は、あなたの都合でしょう? そうじゃない、リュンネガルト……?」

 

「その名を口出すな──」

 

 サキは吠えた。

 テレーズは悪びれる様子もなく、首を竦める。

 この女に真名を支配されている以上、サキはこの女に逆らえない。

 忌々しいが、それが魔族に刻まれている呪術のような本能なのだ。

 サキは内心で舌打ちした。

 また、いまのは脅しだろう。

 サキが逆らえば、真名を言い触らすとでも伝えたいのだ。

 まったく、この女は……

 

「手を後ろにしなさい、サキ」

 

 すると、なぜかテレーズが一度立ちあがって、サキの隣の寝台の上に座り直してきた。

 また、サキの手はいまの言葉で勝手に背中に回ってしまった。

 

「な、なんじゃ?」

 

 びっくりして、身体をびくりとさせてしまった。

 テレーズの手がガウンの下の下着に伸びてきたのだ。

 

「な、なにを……」

 

 テレーズがサキのクリトリスの付近を探るように、ゆっくりと愛撫しはじめたのだ。

 いきなりのことで、驚いて頭がついていかない。

 しかも、意外に上手い。

 布越しなのに、あっという間にサキはテレーズによって、快感を引きずり出される。

 

「や、やめい。な、なにをする……? うっ、くっ……」

 

「分を教えてあげようと思ってね……。わたしは優しいから、やることをやれば、かしずけとは言わないけど、あなたは、弱い弱い人間族のわたしにこんなことをされても、なにも抵抗できない奴隷なのよ……。それを知りなさい……。誰にも助けを求められない……。禁止するわ。ほら、大人しくしなさい……。脚の力を抜いて……」

 

 テレーズが愛撫を続ける。

 薄い布の下に二本の指を差し込んできた。クリトリスを強く弱く、回すように動かす。

 

「あっ、くっ、や、やめんか……。あっ、んくっ」

 

 サキは歯を食い縛った。

 確かに、なにも抵抗できない。

 屈辱で腹が煮え返る。

 愛撫による股間の疼きが全身に拡がり、震えが……。

 

 だが、いきなり愛撫が終わり、指が離れる。

 テレーズはもう一度、向かいの椅子に座り直した。

 サキは荒い息をしながら、呆気にとられた。

 

「女は女ね……。魔族も人間も一緒……。ふふふ……。自由にしていいわ」

 

 テレーズが懐から出した布で指を拭きながら、静かに微笑んだ。

 背中の手が外れて自由になる。

 サキは息を整えながら、テレーズを睨む。

 だが、テレーズは動じる気配すらない。

 

「ところで、あなたも、今日から近衛軍の将校よ。あなた用に美しい軍装を準備したから、辞令を発出次第に届けるわね」

 

 テレーズが何事もなかったかのように言った。

 

「わ、わしが近衛軍?」

 

 サキは訝しんだ。

 

「昨夜、ルードルフに任命させることに同意させたわ。王権により、好きなように近衛軍を動かせるわよ。あなたの眷属たちも悪くないだろうけど、ちょっと目立つから、動くなら国軍の方がいいでしょう。あなたなら、わたしよりも、もっと上手に国軍を動かすでしょうし」

 

「なるほどな。ならば、早晩、わしの出番もあるということか……」

 

「明日には、ロウ=ボルグ卿の爵位剥奪と身柄拘束命令が王国全土に発出されるわ。そうなれば、王妃が出てくる。それを抑えるのよ」

 

 テレーズが感情のこもらない口調で言った。

 サキはテレーズを睨みつけた。

 

主殿(しゅどの)に危害が加わるようなら、お前を八つ裂きにする……。その意思は変わらん」

 

「あなたになにができるの、サキ……。それとも、リュンネガルト?」

 

 テレーズが不敵に笑って、指を二本出し、宙でサキの股間を愛撫するような仕草をした。

 サキは歯噛みした。

 

「安心しなさい。王家の命令はゆっくりとした速度でしか地方には伝わらない……。冒険者ギルドに伝わっている情報によれば、数日前に、シャデルワースという国境に近い城郭で、岩野牛(バッファロー)退治のクエストを受けているそうよ。そこからなら、国境を越えるまで十日もかからないわ……。命令が追いつく頃には、間違いなく国境を越えているわ」

 

 テレーズが言った。

 冒険者ギルドの組織情報をどうして、テレーズが掴んでいるのかは知らないが、それなりに情報源があるのだろう。

 それにしても、サキもロウたちが、どこにいるのかということまでは詳細は把握していない。

 そうか……。

 国境沿いの城郭にいるのか……。

 

「信用していいのだな、テレーズ?」

 

 サキは睨んだ。

 

「この前言った通りよ。わたしは、任務を果たすだけよ。伝えられた通りのままのね……。それしかできない人形なのよ……。あなたの言う犬……」

 

「伝えられた通りのか……」

 

 サキは嘆息した。

 このテレーズがタリオの間者だというのは、はっきりとは口にしないが、否定しないことで、肯定していると思っていいだろう。

 そして、このテレーズは、この宮廷に入っているタリオのほかの間者を通じて、その命令とやらを受け取っているみたいだ。

 

「伝えられた通りのことをする犬よ……。逆らうことも、意に沿わぬ行動をすることも禁じられているわ」

 

 テレーズが意味ありげに言って、自分の胸に手で触れた。

 そこには、隷属の紋様が刻んであることをサキは知っている。

 

「まあ、わかった」

 

 サキはそれだけを言った。

 テレーズは無言でにっこりと微笑んだ。

 

「ところで、話はそれだけか?」

 

 サキはテレーズを見た。

 

「ああ、それと警告しておこうと思ってね」

 

「警告?」

 

「ルードルフのことよ」

 

「あの腑抜けがどうした?」

 

 サキは大して興味がなかったが、一応は訊ねた。

 ルードルフについては、このテレーズが闇魔道で支配し、後宮の一室に押し込めている。

 ほとんど、誰にも会わさないようにして、玉璽を押した命令文書だけを書かせて、宮廷を言いなりにしている。

 今回のことで、王太女のイザベラを王都から追放したので、あとはアネルザさえ、抑えることができれば、テレーズによる王宮の完全支配はほぼ完成する。

 そして、アネルザを抑える役目は、サキに任されている。

 サキも、真名を支配されてしまった以上、いまのところ、テレーズに逆らう術を持たない。

 いずれにしても、ルードルフがどうしたというのだろう。

 サキに興味はない。

 

「ずっと性欲を抑えていたんだけど、今日からはそれを発散させようと思うわ。それを教えておこうと思ってね」

 

「発散?」

 

 この女の得意は闇魔道だ。

 闇魔道とは、人の抱く悪感情を利用して、相手を支配してしまう操り術であり、このテレーズは、あまり悪感情のないルードルフを支配するために、あの好色男を薬で不能にしてしまったのだ。

 あれだけの好き者が性欲を発散できなくなったことで、相当に苛つき、焦り、激しく動揺したという。

 その悪感情を利用して、テレーズはやっと、ルードルフの感情を闇魔道で完全支配することに成功したようだ。

 しかし、それを発散させる?

 すると、ルードルフを支配しにくくなるのではないのか?

 サキは訝しんだ。

 

「……最近、ルードルフの身の周りをする侍女がどんどん辞めているの。あいつが、苛ついて、周囲を怒鳴りまくるのが原因なんだけど……。それで、実は昨日から、下級貴族たちを中心に、強制的に交代で令嬢を侍女として差し出すように命令させたわ。王命でね。それで、若い貴族娘たちが数名ずつ、聖壇室(せいだんしつ)に来ているのよ。ルードルフの世話をするためにね」

 

「それがどうした?」

 

 サキは言った。

 聖壇室というのは、こいつが名付けたもので、ルードルフを隔離している後宮の一室のことだ。

 すると、テレーズが笑った。

 時折、浮かべる冷笑的な笑みだ。サキはこの女のその表情が好きじゃない。

 

「だから、性欲発散よ。どんな女妾を抱いても勃起しないあいつの一物だけど、近づいてくる無垢な女を見ると、勃起するように暗示をかけたのよ。抱かれに来た女じゃだめで、そうではない女を強姦するときだけ、あれが大きくなるし、精を放つことができる。そういう風にしたのよ」

 

 テレーズが声をあげて笑った。

 サキは驚いた。

 

「なんじゃ、それは? そうなったら、あの締まりのない肉欲の塊のような男は、見境なく、近づく無垢な女を強姦しようとするのではないか? あれは、性欲の発散をほかのすべてに優先させる腑抜けだぞ……。あっ、そういうことか……」

 

 サキはテレーズがなにをしようとしているのかがわかった。

 

「あなたの言うとおりになるんでしょうね。権力を利用して、手当たり次第に女を強姦する希代の悪王の誕生よ」

 

 テレーズは言った。

 サキは噴き出した。

 

「なるほど……。確かに、お前が欲している王都の混乱が始まるというわけか。あの腑抜けが悪王か。まあ、悪王でも、長い治政でなにも施政をしなかった軟弱王と後世の歴史家に評されるよりもましであろう……。そうか、それで、イザベラの侍女たちを罷免して王宮から離すのか……。王宮が荒れる前に……」

 

「一応、わたしも気を使っているのよ。大切な(しもべ)の仲間だし。彼女たちはとても可愛らしくて、美貌で無垢よ。放っておけば、ルードルフは手を出すわ」

 

「なにが(しもべ)じゃ」

 

 サキはむっとして怒鳴った。

 もっとも、あいつらが無垢かどうかは知らん。

 ロウが毎日のように抱き、女としての磨きも艶やかさも加わった者たちだ。

 あいつらの美しさは、ロウの精液漬けの毎日が作ったものだ。

 まあ、さすがに、テレーズはそこまで知らないだろうが……。

 

「……さてと、じゃあ、わたしは戻るわ。ほかにも色々とすることもあるしね。頓挫していた施策の実行よ。王都だけに許されていた自由流通商業は数日中に完全に全面禁止になるわ。これからは商業ギルドのみしか許されない。逆らえば、その商家は取り潰して財産没収になる……。それと王都を中心に臨時人頭税やあらゆる税が一斉に増税よ……。なにしろ、新しい離宮を建設するので国費がいるのよ。ルードルフはご機嫌で、命令書にサインをすると思うわ。なにしろ、やっと性欲が発散できるんだもの」

 

「流通の停滞に、増税か? まあ、人間族の政事(まつりごと)のことは知らんが、大騒ぎになりそうだな」

 

「間違いなくね……。ついでに、商業ギルドの復権と自由流通の禁止は、わたしの飼い主の要望よ。それで、この国の(くず)が喜ぶんだそうよ」

 

「屑?」

 

「グリムーン公とランカスター公の二大公爵家よ。王妃と仲が悪いんでしょう。わたしの飼い主のお気に入りよ」

 

 テレーズが笑った。

 公爵家といえば、アネルザのみならず、ロウもマーズとかいう闘奴隷のことで、喧嘩を売った状態のはずだ。

 そいつらに力を与えるということか。

 

「さて、じゃあ、本当に行くわ。あなたのことは頼りにしているわね、サキ……。スカンダちゃん、出てきてくれる?」

 

 テレーズが自分の影に向かって呼び掛け、とんとんと踵を鳴らした。それが合図になっているのだ。

 幼い童女姿のスカンダが姿を現わす。

 

「あい、テレーズさん」

 

「執務室まで送ってくれる、スカンダちゃん」

 

「あい、わかりました。では、ごきげんよう、サキさま」

 

 スカンダがサキに向かって大きく頭をさげ、次いで、テレーズの手を握った。

 次の瞬間、ふたりの姿が消滅した。

 

「ちっ……」

 

 サキは立ちあがった。

 テレーズの愛撫で濡れた股間がぬるぬるして気持ち悪い。

 ちくしょう……。

 好き勝手しやがって……。

 

 とりあえず、仮想空間から着替えなどを出して、魔道を操り、あっという間に身体をきれいにして、髪も整えて身支度を整える。

 そして、仮想空間を経由して、魔道通信を使い、ひとりの女眷属を呼び出した。

 サキの扱う眷属の中でも、もっとも目端が利く者であり、大雑把な性質が多い魔族の中では珍しく、繊細な仕事ができる者だ。

 また、見た目は人間族の女にしか見えない。

 

「サキ様、お呼びですか?」

 

 呼び出してしばらくして、黒髪で黒い肌の美貌の女が目の前に出現した

 ラポルタだ。

 

「ラポルタ、仕事じゃ。適当な眷属を使って、この人間族の宮廷のテレーズという女官長とその周辺を探れ。そして、密かに接触する者を逐次に明らかにせよ。見つけたらわしの指示により、いつでも一斉に殺せるように、準備をしておけ」

 

 サキはラポルタに命じ、さらに詳細な指示を与えた。

 ラポルタは頷いた。

 彼女に任せておけば、うまくいくだろう。

 

「かしこまりました」

 

 ラポルタは消えた。

 とりあえず、これでいい。

 サキは、朝食をとることにした。

 これでも、料理くらいはする。

 サキは離宮に備え付けられている厨房で、食事の支度を始めた。

 そして、支度をしながら、ルードルフが若い貴族令嬢を強姦するように仕向けるのだというテレーズの話を考えた。

 テレーズのしたいことは理解できるが、無垢な若い令嬢をあれに次々に喰わせるなど、勿体ないことだ。

 そういうことは、王の中の王にこそ相応しい気もする。

 女を独占するのは、まさに、王の王、すなわち、クロノスの特権だ。

 そういえば、テレーズが集めたのは下級貴族の令嬢か……。

 

 ふうん……。



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314 暴王の誕生(2)

 イザベラのところで王太女付きの女官長をしているヴァージニアが離宮にやってきたのは、やっと食事の支度が整った頃だった。

 やっと、夜が明けたばかりの刻限であり、まだ外は薄暗い。

 テレーズが立ち去ってから、それほどの時間は経っていない。

 

「なんじゃ、こんな時間に?」

 

 入り口で出迎えたサキは、ヴァージニアに言った。

 ヴァージニアはひとりではない。トリアという侍女のひとりを連れている。

 ふたりとも、ロウの愛人仲間だ。

 ヴァージニアは、ロウの鬼畜的な性愛によって雌犬として躾けられるのが大好きで、いつもはこうやって真面目な顔をしているくせに、ロウに遊んでもらう状況になると、涎を垂らさんばかりに淫情し、すぐに服を脱いで四つん這いになって、首輪をしてくれと強請る愉快な女だ。

 また、横にいるトリアは、確か下級貴族の娘だが、百合愛の性癖があり、ロウは、トリアが「猫」にしているノルエルという娘と一緒に抱くのを専らにしているはずだ。トリアは責めるのも、責められるのも好きな両癖があり、最近はノルエル以外の侍女にも手を伸ばしていると耳にする。

 ロウが王都にいた頃は、王太女府を夜這いするついでに、後宮のサキを呼び出したりして、一緒に抱かれたこともあるので、彼女たちのことはよく知っている。

 用向きは見当がついているが、サキは惚けることにした。

 

「姫様がいないのです。王陛下のご命令で、どこかの離宮に連れていかれたそうです。一緒に出たシャーラもいません。でも、わたしたちは知らされていないのです──。どこに行ったのかを教えてください」

 

 ヴァージニアが真剣な表情で言った。

 よく見ると、服は乱れて、かなりの汗をかいている。眼も赤い。

 異変に気がつき、夜のあいだ、あちこちを駆けまわっていたに違いない。

 

「なぜ、わしに訊ねる。わしは休暇中だ。後宮から離れて一箇月以上になる。後宮にいるテレーズにでも訊ねろ」

 

 言い捨てた。

 

「テレーズ女官長にも問い合わせに行っています。手分けをして……。王妃殿下のところにも。もしも、知っていたら教えてください」

 

 ヴァージニアは必死の口調で言った。

 診療のために王太女府から離れたイザベラがさらわれるように、連れ去られてしまい、かなり気が動顛しているのだと思う。

 だが、どうやら、すでにアネルザのところにも、侍女をやったみたいだ。

 ロウがいなくなってから、気力をなくしたように大人しくなったのをいいことに、これまで、アネルザにはなにも知らせずにやってきたが、イザベラとアンが王都から追放されたとなれば、ここに駆け込んでも来そうだ。

 忙しい一日になるかもしれないな。

 サキは思った。

 

「サキ様、なにかを知っておられますね? 教えてください」

 

 すると、黙っていたトリアが口を挟んだ。

 サキは小さく舌打ちした。

 ロウに精を注がれると、どの女でも能力があがるが、このトリアは観察力というか、奇妙なくらいに勘がよくなったのだという。

 

「サキ様、なにかをご存知なんですか──。教えてください。姫様はどこに連れていかれたんですか──?」

 

 ヴァージニアが気色ばんで言った。

 サキはどうしようかと思ったが、テレーズの言葉であれば、どうせ、こいつらは今日中には宮廷を退去する命令が一斉に出される。

 ならば、ここで教えて問題ないだろう。

 この様子であれば、イザベラの行先さえわかれば、全員で追いかけていきそうだ。必然的に、全員揃って王宮を出ていくことになる。

 同じことだ。

 

「……耳にしているのは、ノールの離宮だということだな。アンも一緒だそうだ」

 

「ノールの離宮? あんな遠くに──。しかも、いまは使われていない廃城ですよ。人里もないような辺鄙な場所なのに──」

 

 ヴァージニアが声をあげた。

 辺鄙かどうかは知らないが、そういう場所だというのは知らなかった。

 まあ、テレーズとしては、イザベラを隔離して、王宮のことから完全に遮断しておきたいのだと思うので、そこを選んだのだろう。 

 

「ヴァージニア様、行きましょう──。みんなを集めます」

 

 トリアが声をあげた。

 

「そうね……。感謝します、サキ様──」

 

 ふたりはあっという間にいなくなった。

 サキは大きく息をしてから、食事の支度に戻ることにした。

 

「とりあえず、食うか」

 

 サキは呟くとともに、できあがった食事をテーブルに運んでいく。

 朝食が終わったら、とりあえず、ピカロとチャルタを次に呼び出すつもりだ。

 あのふたりには、ノールの離宮に送られたイザベラとアンを見張らせることにしようと思った。

 テレーズも乱暴なことはしないと思うが、万が一にも、ロウの女を理不尽な目に遭わせるわけにはいかない。

 ふたりには、ノールの離宮をよく見張っていろと命じるか……。

 それくらいの仕事は、あいつらでも、ちゃんとやるだろう。

 

 だが、それにしても……。

 サキは、料理をテーブルに運ぶのを中断して、じっと手を見た。

 気がついてなかったが、テレーズに不覚をとったこともあり、やっとわかったが、サキの魔道力が低下をしているのだ。

 大したものじゃないが、ロウに支配されることで、サキはそれ以前よりも遥かに力が増していたのだが、いつの間にか、だんだんと、ロウの支配前の水準に近づいている気がする。

 魔道とは、集中力や体調も影響するので、ロウの精を受けていないことによる、身体の熱さや疼きが理由かと思っていたが、これはそれだけではないようだ。

 ロウには、精を注いで支配することで女の能力をあげる力がある気配だが、それが薄くなっている?

 なんとなく、そんな感じだ。

 ほかの女はどうなのだろう……?

 そんなことを思った。

 

 とりあえず、朝食の支度に戻る。

 そして、やっと食卓に朝食を並べたところで、呼び鈴を鳴らすことなく、建物の入口の扉が激しく音を立てて開いた。

 

「サキ、いるかい──。一大事だよ」

 

 荒々しく入ってきたのはアネルザだ。

 サキは溜息をついた。

 やはり、今日は訪問客の多い日になりそうだ。

 まあいい……。

 アネルザにも話がある。

 

「ちょうどよい。座れ、アネルザ」

 

 サキは言った。

 

 

 *

 

 

「お、おやめください、へ、陛下。おやめを──」

 

 ユファーは必死で叫んだ。

 なにが起きているかわからない。

 女官長のテレーズの指示を受けて後宮に向かい、聖壇室(せいだんしつ)と呼ばれている王の執務室を兼ねた居室の隣に準備されている控室で待機をしていたのだ。

 早朝のことだ。

 すると、突然にルードルフ王が、ユファーに襲いかかってきたのだ。

 だが、手足は縛られていて逃げることはできない。

 しかも、全裸だ。

 どうしてこんなことになったのか……。

 ユファーはただただ泣き叫んだ。

 

 

 

 

 

 この王宮に、ユファーが参内することになったのは、昨日のことだった。

 与えられた役割は、ルードルフ王の身の周りの世話だ。

 王都に所在する下級貴族を中心に、十五歳から二十五歳前後の未婚の若い令嬢がいる家は、宮廷にひとり以上の令嬢を国王の侍女として参内させるようにという命令が一斉に下ったのだ。

 突然のことに驚いたし、国王の侍女など務まるとも思わなかったが、王命とあっては断ることもできずに、ユファーは十五歳になったばかりだが対象であり、トミア子爵家からの要員として、昨日から王宮にあがった。

 集まったのはほとんど下級貴族の令嬢ばかりだったが、とにかく、ほかの幾つかの家からも、ユファーと同じように集められた令嬢がいて、極めて簡単な説明を受けただけで、早速昨日からルードルフ王の身の周りの世話を数名ごとの交代ですることになった。

 ユファーについては、ほかの五人ほどの令嬢と一緒に、最初の十日間の組に割り当てられた。

 その十日間を宮廷に住み込んで、ルードルフ王の身の周りの世話をすることになったのだ。

 

 ルードルフ王のことはなにも知らない。

 あまり執務をしない国王だという評判だったが、そもそも、ユファー自身も王宮になどあがったことはないから、国王がどういう人物なのかという知識はなかった。

 ただ、多くの人から、後宮に入り浸りの好色であるものの、人畜無害に近く、比較的穏やかな人柄だと言われていたのだが、いざ、仕えることになると、とても気難しくて、いつも苛々している感じだった。

 ちょっとしたことで、すぐに怒鳴りあげ、直接に当てられることはないが、苛つきを物に八つ当たりするように、なにかを壁などに突然に投げつけるということが何度かあった。

 

 ユファーもびっくりした。

 なかには泣き出してしまい、侍女の仕事ができなくなる者もいた。

 そして、ここに来てわかったが、もともと仕えていた多くの侍女たちは、このルードルフ王の粗暴な言動や態度が嫌になり、短い期間で一斉にやめてしまったらしかった。

 もともと、人気のある国王でもないし、多くの貴族家がそれぞれに理由をつけて、侍女に出していた令嬢を引きあげてしまったらしい。

 ユファーたちが昨日、集まったとき、上級貴族の令嬢がほとんどいなかったのは、ルードルフ王の最近の言動をわかっていたからだと思う。

 

 ユファーのような下級貴族には、そんな情報も入ることなく、そうかといって、仕事を放棄して帰るわけにもいかず、ただ、懸命にルードルフの罵声を浴びながら、侍女の役目を続けた。

 なんとか、一日目も終わり、与えられてた部屋で寝ていたが、早朝から呼び出しを受け、急いで身支度をしてやって来ると、待っていたのは、隣室で待機しているようにという指示書だった。

 よくわからないが、呼び出しを受けたのは、ユファーひとりのようだった。

 

 なんのために呼び出され、急いでやって来たのに、待たされる理由もわからず、言われるままに、ルードルフ王のいる部屋の隣室で待機をしていたところで、急に意識がなくなった。

 そして、気がつくと両手首と両足首に革枷を装着されて、寝台に四肢を拘束されて仰向けになっていたのだ。

 しかも、なにもかも脱がされていて、下着さえもなくなっていた。

 

 そこにやってきたのがルードルフ王だ。

 服は着ていない。

 股間には勃起した男根が隆々と存在を主張している。

 

 

 

 

 

「きゃああああ、いやあああ、誰かあ──誰か助けてえええ──」

 

 絶叫した。

 しかし、誰も来てくれる様子はない。

 

「おおお、勃つ──。勃つぞおお──。余の一物が勃起した。おお、元気がいいな。ユファーだったな。トミアのところの自慢の娘だったな。だがいい身体をしている。まだ、生娘か?」

 

 ルードルフが寝台にあがってきた。

 そして、舌で秘部を舐めだした。

 いきなりの愛撫に、ユファーは頭も身体も大混乱だ。

 

「お、おやめください、へ、陛下。おやめを──」

 

 ユファーは必死に叫んだ。

 

「おうおう、嫌がる姿がいいのう。これは病みつきになりそうだ」

 

 ルードルフ王が舌でユファーの股間を舐め、全身を愛撫してくる。

 必死に逃げようとするが、四肢を拘束する革紐がそれを許さない。

 

「んんんっ、へ、陛下──。お、おやめを──。ああっ、ゆ、許して──。許してください。わ、わたくしには、こ、婚約者が──あああっ」

 

 ルードルフの舌が意外なほどの繊細な動きで、ユファーの秘部を動き回り、陰核を舐めあげていく。

 気持ちが悪いはずなのに、舌で敏感な粘膜を舐め回されて、かっとユファーの身体は熱くなる。

 ユファーは歯を喰いしばった。

 太腿の内側に当たるルードルフの髭さえも、ちくちくと刺激されて、快感に繋がりそうになるのだ。

 

「……様─ああ、助けて──。助けてください──。誰かああ、ああ、助けてええ……」

 

 ユファーは必死で婚約者の名を叫んだ。

 すると、ルードルフが一瞬、顔をあげて笑った。

 

「なるほど、ほかの男の名を呼ぶ女を犯すのはいいな──。なるほど、こういうことなら、勃起をするのか──。よくわかった。いいぞ──。もっと叫ぶがいい。余を悦ばせよ──。最高の気分だ──」

 

 そして、股間を舐める行動に戻る。

 

「ああ、や、やめてええっ、いやあああ」

 

 ユファーは泣き叫んだ。

 

「ははは、もっと叫ぶとよい。元気のなかった余の一物が力を取り戻すわい。テレーズの言う通りだった。あいつはすごい──。余のことをわかっておる──。なるほど、凌辱という性交もあるのか──。いいぞ。いいぞおっ──。余の一物が勃起した。ついに勃起した──」

 

 ルードルフ王が訳のわからないことを叫びながら奇声をあげる。

 だが、ユファーはそれどころじゃなかった。

 無防備な股間が舐めあげられ、得体の知れない感覚がせりあがってくる。

 

「いやああっ、……様、……様──。助けてええっ」

 

 またもや婚約者の名を叫んだ。

 嫌だ。

 嫌だ──。

 本当に嫌だ──。

 とにかく、懸命に身体を暴れさせて抵抗しようとした。

 腰を避けて男根の挿入を阻み続ければ、犯されないですむと耳にしたことがある。

 

「んぎいっ」

 

 だが、思い切り頬を引っ張たかれた。

 殴られた衝撃で、ユファーの中の抵抗の気力が萎えていくのを感じた。

 

「大人しくせよ。心配せずとも、終わったら、婚約者とやらのところに行くがいい。余の精を受けてからな。ほほうっ、元気になった──。元気になったぞお──」

 

 ルードルフが笑った。

 股間に男根がねじ込まれる。

 めりめりと音をたてる錯覚を感じた。

 凄まじい激痛がユファーを襲う。

 

「んぎいいいっ」

 

 痛い──。

 痛いいいいっ──。

 自分でもよく認識していないが、そこは男を受け入れる女の場所なのだろう。

 そこにルードルフの男根が入ってくる。

 痛いいいいっ──。

 

「あぐうううっ、いぎいいい。おやめください──。おやめください──」

 

 快感などなにもない。

 とにかく、痛いだけだ。

 腰が割れそうだ。

 そのとき、なにかが股間の中でぷっつり千切れる感覚があった。

 

「──んぐううっ」

 

 鋭い苦痛に腰が捩る。

 おそらく、処女膜を失ったのだろう。

 さらにぬるっと奥に肉の塊が入り込む。

 

「どうだ? 初めての男の味は、トミア家のユファー?」

 

 ルードルフがからかうように言った。

 そのときには、おそらくもっとも奥まで男根が入り込んでいたと思う。

 ユファーは返事どころか、息もすることができずに苦しさに呻いた。

 ぼろぼろと涙が出るのがわかった。

 

「動くぞ」

 

 ルードルフが言った。

 そして、男根がゆっくりと後退し、また入ってくる。

 それが繰り返す。

 

「んぎいいいっ、あがあああっ」

 

 苦痛が襲いかかる。

 しばらくして、精が放たれた。

 ルードルフがやっと股間から男根を抜いた。 

 

 終わった……。

 思ったのはそれだ……。

 どうして、こんなことになったのかわからないが、とにかく終わったのだ……。

 でも、もう終わりだ……。

 こんなことになってしまって、婚約者には会わせる顔もない……。

 

 ごめんなさい……。

 ごめんなさい。

 ユファーは心の中で謝罪を繰り返した。

 

「さて、じゃあしばらく休みだ。だが、回復したらまた味わわせてもらおう。生娘は久しぶりだが悪くない。特に、他の男の名を必死で呼ぶのはいいな。いかにも強姦するという感じだ……。一時はもうだめかと思ったが、凌辱というやり方なら、精を出せるのだな。ならば、まだまだ、愉しめる。余は愉しめるぞ──」

 

 ルードルフが寝台に腰掛けて笑った。

 なにをそんなに興奮しているのかはわからないが、それよりも、ユファーはルードルフ王の言葉に愕然とした。

 てっきり一度犯されれば、もう解放されると思ったのだ。

 しかし、どうやらまだ続けるらしい。

 

「そ、そんな、お許しを、陛下──。もう帰してください──。誰にも言いません。言いませんから」

 

 ユファーが四肢を必死に動かしながら叫んだ。

 しかし、びくともしない。

 

「いくらでも告げるがいい。余は国王だぞ。余に逆らえる者がどこにいる。トミア子爵家にも、お前の婚約者とやらにも、告げるがいい。余にぼろぼろになるまで犯されましたとな。やっと勃ったのだ。明日までだって付き合ってもらうぞ。それよりも、余の回復まで退屈だろう。これで、ほぐしておれ」

 

 たったいま純潔を失った股間の中に男根のかたちの淫具を突き挿された。

 おそらく、生娘だった証の赤い血が股間から垂れているはずだ。それを拭うことも許されず、そのまま淫具をねじ込まれたのだ。

 しかも、魔道の力なのか、それがぶるぶると振動をしながら蠕動を開始する。

 

「いやあああっ」

 

 ユファーは心の底からの嫌悪感で泣き叫んだ。

 

 

 

 

(第12話『好色王の不穏』終わり)



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 第13話  女たちの叛乱
315 王妃捕縛


 王妃の私室に近衛軍の一団がやって来たのは、アネルザが寝着に着替えてすぐのときだった。

 夜が更けてからかなりの時間がすぎている。

 

 かつては、寝着への着替えも侍女たちの世話を受けていたが、ロウの女になって以来、あの男が、いつ「ほっとらいん」と称した移動術を施した魔道具の鏡から出現するかわからないので、可能な限りこの寝室には誰も入れないようにしていた。

 だから、いまもひとりきりだった。

 もっとも、そのロウは王都にはいない。

 そろそろ一箇月半になるが、王都を不在にして、エルフ娘を競売で買いとるクエストとやらで、国境を越えたナタルの森まで行っているのだ。

 ただ、寝室ではひとりですごすのが癖になっていただけだ。

 しかも、寝着はロウが夜這いに来たときに、愉しんでもらえるように、かなり際どい部分があるものだ。隠しているのは、乳房と股間のみであり、ほかの場所は全部出ている。

 これもまた、癖になっていて、ロウが不在というのに、忘れていて、そのままだった。

 

「穏やかじゃないねえ。しかも、こんな格好でいるところに、男の集団でやってくるとはどういう料簡だい? それとも、みんなでこのわたしと遊んでくれるのかい」

 

 アネルザは椅子に腰掛けたまま笑った。

 部屋に入り込んできた近衛兵は十数人というところだろう。

 全員が剣を抜いている。

 部屋の外にも、この倍の人数がいる気配だ。

 そのため、侍女も召使いも、アネルザに異変を報せることができなかったに違いない。

 

 いずれにしても、そろそろ、アネルザを捕縛させるために動くだろうということはわかっていた。

 イザベラとアンのこと……。

 ロウのこと……。

 この数日、連日のように、ルードルフとテレーズのところにいき、罵声を浴びせ続けた。

 アネルザの力を使って、あちこちに圧力もかけた。

 

 しかし、テレーズは、商業ギルドを完全復活させて、台頭しかけていた自由流通の萌芽を摘み取ったりもしていて、これによって利を得るグリムーン公とランカスター公の二大公爵家がテレーズに与し、彼らもまたアネルザの動きを牽制するということをしてきた。

 サキにも協力してもらって、色々と動いたものの、こっちの動きは、読まれているかのように、アネルザに協力しそうな大臣や大貴族は、向こうに取り込まれるか、王都から離れさせられてしまっていた。

 アネルザの影響力をことごとく、潰された感じだ。

 

 とにかく、ロウがいなくなって、なぜか、しばらくやる気がなくなってしまったこともあり、ずっと動いてなかったので、もはや、アネルザはほとんど宮廷で孤立していて、いつの間にか、宮廷はテレーズ派一色になっていたのだ。

 また、ロウが不在の影響が関係あるのか、ロウがいた頃は、頭が冴え渡っていた気もしたし、どんな相手にどういう話を持ちかければうまくいくかなど、相手の顔を見ればわかったのに、頭は働かないし、常に身体が熱い感じがあり、何事も集中できないのだ。

 その調子の悪さも、すべてに後手を踏んだ要因だろう。

 

 それでも、ルードルフのところに押し掛けて、激しく罵った。

 特に、ロウのことだ。

 数日前に、ロウに対する爵位剥奪と捕縛指示が王国全土に出ており、それを撤回しろと迫ったのだ。

 アネルザが口を挟む余地のない電光石火の突然の命令であり、気がついたときには、発出された後であり、すでにどうしようもなかった。

 王太女のイザベラが王都にいれば、こんなことは許されなかっただろうし、アネルザが後手を踏むようなことはなかったと思う。

 

 いずれにせよ、こうなるのことは予測済みだ。

 従って、動顛することもない。

 いまさら、薄物だけの姿を見られて恥ずかしがる女でもないし……。

 アネルザは微笑んだ。

 

「王命で、このまま塔に収監じゃ。その下着姿で移動してもらう。なに、心配いらん。見張ってるのは牢番だけじゃ。せいぜい肢体を愉しませてやれ」

 

 近衛兵の後ろからやって来たのは、近衛隊の将校用の軍服に身を包んだサキだった。

 どうやら完全に面白がっている気配だ。

 わざわざ恰好をつけて軍服に身を包んできたらしい。

 また、いつもの素の喋り方であり、寵姫として装ったものじゃない。

 

 ロウの眷属で妖魔将軍と称されるサキだが、いまはロウの命令で、人間族の美女に化け、国王を見張るための寵姫として、人間族の美女に化けて、後宮に入り込んでいる。

 この王宮内でサキの正体を知っているのは、アネルザを除けば、やはり、ロウが後宮に送り込んだチャルタとピカロのサキュバスだ。だが、なぜか、このふたりは数日前から後宮で見かけなくなった。

 また、サキの正体は、イザベラとシャーラも知っているが、このふたりも、先日、ノールの離宮とやらに突然に送られて、いまは宮廷にはいない。

 王太女としてのイザベラの執務を支えていたヴァージニアを始めとする侍女団は、イザベラが離宮に連行された次の日に、一斉に王宮からいなくなってしまい、消息がわからない。

 イザベラを追いかけて、ノールの離宮に集団で向かった可能性もあるが、アネルザには、いまのところ、それを確認する方法がない。

 

 いずれにせよ、イザベラとアンが離宮に送られたのは、ルードルフの指示ということになっているが、宮廷の権力を独占したい女官長のテレーズの手配に違いなく、実際、政務のかなりを担っていたイザベラがいなくなったことで、いまや、ほとんど王宮のことは、ルードルフの身柄を後宮で抑えているテレーズの言いなりになっている。

 

「サキかい。まさか、本気じゃないだろうねえ。このわたしを捕縛するなんてね」

 

 アネルザは一応、そう言った。

 すっかりと周りをサキが連れてきた近衛兵で囲まれてるのだ。

 また、そいつらも、さすがに王妃を捕縛するという命令に動揺の色が見える。

 いずれにしても、サキとアネルザは昵懇の仲だ。

 なかなかに面白い女であり、アネルザとはすっかりと打ち解けて、ロウの女として、親しい仲間になっていた。

 そのサキが、この夜更けに近衛隊とともにやって来た。

 わざわざ、薄物しか身に着けていないような寝込みを襲ったのも、この雌妖独特の諧謔なのだろう。

 

「つまんないことを言ってはいけないわね、王妃殿下。王妃殿下であろうと、王への叛意を抱くのは大罪ですよ。多少の不自由は当然のことです。これからは虜囚の身なのだから、身の程をわきまえた方がいいでしょうね」

 

 サキに次いで部屋に入ってきたのは、テレーズだ。

 驚いたことに、一緒に来たようだ。

 

 テレーズは、最近になって、あの王が自分の近くに侍らせた女伯爵であり、歳は四十を越えているはずだが、ニ十代と称しても不自然でないくらいの瑞々しい肌と若々しい美貌だ。

 身体もいくらかふくよかであり、知らないが、これがあの王の最近の好みのようだ。

 女好きの国王が、テレーズの美貌を耳にして王宮に呼び寄せたのだ。無論、アネルザも承知のことである。いや、むしろ、推薦した。

 ルードルフは、実際には後宮にでも入れたかったかもしれないが、女伯爵の爵位持ちであり、死んだ夫から受け継いだ領地もある。

 それで女官長の打診ということになった。

 領地経営は、家人が代行しているし、国王の計らいで、そういう業務に長けた者を派遣している。

 その条件で、テレーズも王宮入りを引き受けた。

 もちろん、テレーズも、女官長という職のほかに、国王のルードルフから、自分がなにを求められているかはわかっている。

 それを承知でやって来たのだ。

 

 それが一箇月半ほど前だ。

 ちょうど、ロウが王都から出立する直前であり、そのわずか一箇月半で、この女は完全に王宮全部を牛耳ってしまった。

 

 いずれにせよ、最近混乱を引き起こした原因のテレーズが目の前にいる。

 静かに笑っている。

 王宮でテレーズの邪魔者だったのは、まずは王太女のイザベラであり、国王以上の影響力を持っているとも言われている王妃のアネルザだ。

 それがついに、権力を奪って王宮から追い出せるのだ。

 もはや、自分の天下くらいに考えていると思っているのに違いない。

 

 アネルザも、以前にもテレーズに遭ったことはあった。

 女官長の就任を認めたのもアネルザだし、ひとり娘は夫の死後、伯爵領を継いだテレーズが自分の後継者に指名できないくらいに素行の悪い不良娘だが、テレーズ自身は生真面目で善良な女だ。

 しかし、領地経営は下手であり、アネルザもなんとか助けられないかと、ずっと気になっていた。

 だが、なにもなしに、一領主を王家が助けるわけにはいかない。

 王家として力を貸すためには、ルードルフの愛人になるという大義名分くらいは必要だった。

 だからこそ、テレーズを助ける意味もあり、女官長に推薦もしたのだが……。

 

 しかし、やってきたテレーズは、まるで別人だ。

 権力欲の塊のような女で、すぐに国王に媚び入り、もともと後宮に行き浸りだったルードルフは、いまや、「聖壇室(せいだんしつ)」と称する後宮の一室を改造した部屋を執務室にしてに引きこもり、テレーズを通してしか政務を行わないようになった。

 元来、政務なんて進んでやる男じゃないので、ルードルフの名を借りて、テレーズがすべてを仕切っているに決まってる。

 そういう意味では、領主時代のテレーズと、いまのしたたかなテレーズが結びつかずに、意外ではある。

 

 とにかく、イザベラがいないいま、王の裁可が必要な書類はすべて女官長を通さないとならないということになっていて、なにもかもテレーズの思いのままだ。

 それをいいことに、このテレーズは王都を混乱させるような政令を次々に、ルードルフに発出させている。

 

 執務のかなりを担っていたイザベラを排除して、権力を独占した王太女移送も、テレーズのやったことだし、私財でも増やしたいのか、王都住民に対して、新しい離宮建設を名目に大規模な増税を敢行して、いまや王都は大騒ぎだ。

 

 さらに、賄賂をもらったからという専らの噂だが、王都に限り許されていた自由流通の商業を突然に禁止し、たった数日で数軒の新興商家が取り潰されて、私財を没収されたりしている。

 その財も、ルードルフとテレーズが個人的なものにしたという噂が立っている。

 また、それで、二大公爵家がテレーズ派になったのだ。

 なにしろ、商業ギルドの復権でもっとも利益を得たのが、王族であるこの国の二大公爵家なのだ。

 

 力を失いかけていた商業ギルドから、かなりの財を横流ししてもらったらしく、今回のことで、あいつらに相当のものが渡ったのは確認している。

 ところが、こいつらは、まったく揃って王家の害虫のような存在であり、素行が悪くて民衆の人気もなく、しかも、裏で闇奴隷商売をはじめとするかなりの悪徳と繋がっている。

 ルードルフのような怠け者が国王でなければ、とっくにとり潰されていたような連中だ。

 それが王都で急に、力を台頭してきた。

 全部、ルードルフとテレーズのこのところの悪政が原因だ。

 

 とにかく、今回の王妃捕縛命令も、そういった後宮から出て来なくなったルードルフ、つまり、テレーズから発信されたものだ。

 以前のアネルザの知っていたテレーズは、権力になど興味はない女だったのに、しばらく会ってはいなかったが、人というのは、変われば変わるものだ。

 

「立ちなさい。その下着だけでも、王宮から持ち出すのを許すのは、わたしの温情よ。本来であれば、ここからはなにも持ち出せない掟なのよ。素っ裸で収牢するところよ」

 

「王妃を裸で連行するのかい? 許されると思ってんのかい」

 

「逃亡の防止よ」

 

 テレーズが冷笑的な笑みを見せる。

 アネルザは舌打ちした。

 すると、そのテレーズが王の玉璽が押されているアネルザへの収監命令をかざした。

 

「王陛下の名のもとに、王妃アネルザを捕縛する。王妃のあらゆる特権は只今をもって、無期限に剥奪される」

 

 テレーズが宣した。

 

「ところで、いつから女官長が近衛兵を指揮するようになったんだい? 王都の法はどうなってんだろうねえ。ルードルフと話たいんだけどね」

 

 アネルザはうそぶいた。

 

「近衛隊を指揮しているのは、わしだ、王妃。お前には言ってはいなかったが、これでも上級将校待遇でな。女官長は、お前が確かに塔に収監されるのを見届けるように、陛下に命令されたそうさ」

 

 サキがにこにこ微笑みながら肩を竦めた。

 本当に愉しんでる。

 アネルザは苦笑した。

 

「お前が近衛の上級将校だって? 王の寵姫のくせにかい?」

 

 アネルザは言った。

 

「このテレーズが頼んでくれたのだ。わしも、この恰好のいい軍服を一度着てみたくてな」

 

 サキが笑った。

 すると、さらに四人ほど部屋に入ってきた。

 王宮魔道師たちだ。

 さっそく魔道印を刻みだした。

 転送術の結界紋のようだ。

 人を瞬間移動させる移動術は、高等魔道であり、ひとりで駆使できるのは、王都では、スクルズ、ベルズ、シャーラ、そして、目の前のサキだけだ。

 ただ、こいつらは四人がかりで、それをやろうとしているようだ。

 どうやら、このまま、塔にアネルザの身を移動させるつもりみたいだ。

 

 塔というのは、高位貴族を収監するために、王都内に作られている監獄である。アネルザが収容されるのは、その一番高い牢というのは間違いない。

 そこには階段はなく、魔道でなければ出入りできない。

 つまりは、魔道を封じられれば、脱走は不可能ということだ。

 そして、アネルザは魔道はできない。

 魔道が遣えたとしても、当然だが、その塔に収容される前に魔道封じの処置は施される。

 

「陛下に伝えておいておくれ。たかだか、子供のことで怒り狂って、功績のある貴族に捕縛命令を出すなんて、馬鹿のすることだとね」

 

 いずれにせよ、ここまで追い詰められたかたちになったのは、アネルザの落ち度だ。

 テレーズを甘く見ていた。

 また、テレーズがやって来てから、政務から離されたかたちになっていたアネルザには、情報は集まって来なかった。

 覆そうにも、二大公爵は敵だし、主な大貴族や高級官吏を抑えられ、完全に歯が立たなかった。

 

 さらに、ルードルフの変心……。

 少し前までは、アネルザの言いなりだったルードルフだが、最近は人変わりしたみたいに機嫌が悪く、アネルザが罵声を浴びせると、逆に不機嫌そうに、言い返したりもしてきた。

 そんなことは、いままでなかっただけに、アネルザもびっくりしたものだ。

 

 それだけでなく、いやな噂もある。

 まさかとは思うのだが、ルードルフはこのところ、自分に近づく侍女の令嬢を無慈悲に強姦するのが、性癖の発散の流行りだというのだ。

 色々と変態趣味の甚だしい男だったが、凌辱趣味は問題がありすぎる。数名の貴族家がアネルザに泣いて訴えてきたときには、愕然としてしまったものだ。

 信じられなかったが、すぐに調べるということで、なんとか取りなした。

 とにかく大変だった。

 その真偽を問い詰めたのも、アネルザとルードルフが決定的に対立して、大喧嘩をした原因だ。

 

「王妃が陛下を馬鹿呼ばわりしたことは、しっかりと王陛下に伝えておくわ」

 

 テレーズがアネルザを小馬鹿にしたように笑った。

 その横でサキはにこにことしている。

 

「牢内では退屈したくないね、サキ。うまい食事と酒くらいはあるんだろうね」

 

「すでに運び込ませてある。それだけじゃなく、すぐに酒飲み相手も届ける。酒の強いお前の相手ができるドワフ族の女をな」

 

 サキが言った。

 ドワフ族というのがミランダのことだというのはわかった。

 

「ミランダを?」

 

 アネルザはちょっと困惑した。

 

「やると決めたら、わしは徹底的だ。ロウの女たちには、誰も彼も巻き込ませてもらう。一蓮托生じゃ。文句をいう女は全員捕縛する。なにもしないならともかく、邪魔する者は当たり前に捕える。ただ、あのドワフ女は、最初から捕縛すると決めていた。邪魔するに決まっているしのう」

 

 サキが真顔になった。

 テレーズが咳払いのような音をさせた。

 

「遊びは終わりよ、サキ。始めなさい──」

 

 テレーズが静かに言った。

 本来であれば、たかが女官長程度の分際で、王の寵姫であるサキに、そんな無礼な口をきくことはできないはずなのだ。

 テレーズは伯爵位であるものの、サキは一応は遠国の王女の血を引いているという適当な肩書きを作ってる。

 だが、国王を握っているテレーズは、すでに王宮ではやりたい放題のようだ。

 周りの近衛兵も、王宮魔道師たちも、それを訝しむ様子はない。

 

「こいつらだと、移動紋を刻むには時間がかかるんだよ、テレーズ……」

 

 サキがテレーズに微笑みかけた。

 その表情は妖艶であり、同性でありながら、アネルザもどきりとするくらいだ。

 本当に絶世の美女によく化けている。

 

「そろそろ、準備も整いそうだ。無駄話の時間は終わりだな、アネルザ……。すぐに、ドワフ女も送り込んでやろう」

 

 サキが言った。

 

「そもそも、ミランダは王権不可侵の冒険者ギルドだよ。罪状はなんだい? なんの権限で捕縛するんだい?」

 

 アネルザは言った。

 

「権限? 罪状? そんなものは、後で考える……。わしはややこしいことは知らん。いずれにせよ、お前に関わりない、アネルザ……。じゃあ、時間だ」

 

 サキがアネルザににやりと微笑んでみせた。

 また、テレーズがアネルザの前に出てくる。

 

「そうそう……。それから、もうひとつ……。国王陛下から王妃殿下にご指示があるわ……。裁判については、王妃殿下の出席は不要──。だから、王妃はなんの心配もなく、気楽に過ごせとのことよ」

 

 テレーズが言った。

 

「はあ──? まさか、欠席裁判でこのわたしを裁くつもりかい──?」 

 

 アネルザは鼻白んだ。

 

「では、王妃殿下、愉しい牢獄生活の日々をな……」

 

 サキがわざとらしく優雅な素振りで頭をさげる。

 その横ではテレーズが満足そうに微笑み続けていた。

 

 アネルザの座っている椅子の下に刻まれている転送紋が光り出したのがわかった。

 身体が軽く捻られるような感覚が襲う。

 

 次の瞬間、アネルザは自分が高い塔の最上階の牢の中に移動したことがわかった。

 

 女囚として。

 下着姿のまま……。

 

 そして、牢内を見ると、広い囚人の牢の一角を占めている大量の酒の入った木箱があった……。保存のきく干し肉や干し魚も……。家具や調度品はとりあえず一揃いしてある。

 ただ、衣装棚のようなものもあるが、戸が開いていて空っぽであり、一見して、着るものが置いてない。

 

 あいつ……。

 アネルザは苦笑した。



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316 冒険者ギルドの混乱

「ちょ、ちょっと待って──。お待ちください──」

 

「とにかく、お待ちを──」

 

 ギルドのロビー側から、マリーとランの悲鳴のような声が聞こえた。

 さらに大きな喧噪も聞こえてくる。

 ミランダは執務室にいたのだが、ただならぬことがあったということを悟った。

 急いでロビーに向かう。

 

 そこには、王軍の一隊がいた。

 ギルド職員も、たまたまそこにいた冒険者たちも、唖然として立ち尽くしている。

 ただ、まだ早朝といえる時間なので、室内にいたのは職員にしろ冒険者にしろ、そんなには多くない。

 職員と冒険者を併せて十人程度だ。

 それに対して、王軍の将兵は三十人くらいだ。

 

 いずれにしても、王都内でありながら、王権不介入を認められている冒険者ギルドに対する行為としては、前代未聞だ。

 ミランダは、驚くギルド員や冒険者たちに落ち着くように制して、自ら彼らの前に立ちはだかった。

 王軍の指揮官らしき階級章をつけているのは若い男の騎士だ。

 また、気配からして、まだギルドの外にもいる感じだ。

 どうやら、冒険者ギルド本部を王軍に囲まれ、その一部が入ってきたところのようだ。

 

「冒険者ギルドに王兵を入れるなんて、どういうことだい──? ここのギルド長が誰だか、わかっていない新入り隊長かい」

 

 ミランダは、その将校らしき男の前に立って怒鳴った。

 このハロンドール王都の冒険者ギルドは、ギルド内への王軍不介入を認めさせるために、ギルド長に王族を迎えることを慣例にしている。

 いまのギルド長は王太女のイザベラだ。

 つまりは、このギルドに王軍が入るということは、王太女の所有する施設に軍が入るということと同様なのである。

 なにをしに来たのかわからないが、犯罪者を追いかけることだけにかまけ、入ってはならない場所に兵を連れてきてしまった新入りの田舎者の隊長が犯した“勇み足”だと思った。

 だが、その若い将校は、ミランダの権幕にたじろいだ様子を示しながらも、ちょっと困惑したように後ろに視線をやる。

 

 誰を見た?

 ミランダは訝しんだ。

 これでも、百戦錬磨で、世の中の裏も表も知り尽くしていて、冒険者ギルドの荒くれ者を牛耳るミランダだ。

 いまの一瞬の眼の動きだけで、これがこの男の独断でないことは悟った。

 軍服についている紋章から判断して、この若い男が隊長であることは明らかなのに、彼はさらに後ろにいる誰かに判断を求めているような態度だ。

 なんとなく、彼自身もギルドへの押し入りは不本意であると考えているような仕草であり、ミランダは違和感を覚えた。

 

 そして、やっと気がついた。

 騎士団じゃない。

 こいつら近衛兵だ……?

 やってきた連中は、いつも王都を巡回している警邏(けいら)隊ではなく、国王軍に属する王軍騎士団でもなく、王族の身辺近くに侍る近衛兵の服装をしていた。

 

 しかも、特別近衛隊──。

 この服装はそうだ。

 つまりは、王家直属兵ということだ。

 この一隊は、王族の身辺警護や儀式などへの参加が一般的な任務であり、冒険者ギルドになんらかの犯罪者の引き渡しを要求にやって来たとしても、特別近衛隊がやって来るのは、極めて不自然だ。

 

「若い者を脅すな、ミランダ。こいつは、わしの命令で来ただけだ……。それに、冒険者ギルドへの不介入の約定を侵す意思はない。近衛隊がここにいるのは、わしがいるからだ。つまりは、護衛だ」

 

 ひとりの美貌の女が一番後ろからやって来た。

 

「サキ……?」

 

 びっくりした。

 サキはロウの眷属の女妖魔だ。

 しかし、ロウの指示で人間族の美女に化けて、国王の寵姫として後宮に入り込んでいたはずだ。

 なんで、ここに?

 しかも、近衛軍の将校の服を着ている。

 

「陛下の寵姫殿がどうしたのさ?」

 

 それはともかく、わからないのは、この雌妖がなにをしに、ここにやって来たかだ。

 表向きは、国王の寵姫ということになっているサキだが、この雌妖は国王の命令などでは動かない。

 この雌妖が動くのはロウの指示だけだ。

 

 もしかして、ロウの悪戯?

 一瞬、その考えが頭をよぎったが、ロウは一箇月半以上前に、あるクエストのためにナタル森林に出発していて、王都にはいない。

 ときどき思いつきで、ばかげたことをするのがロウの悪い癖だが、ここにロウの指示でやって来たというのはあり得ない。

 だったら、後宮に引っ込んでいるはずの国王の寵姫が、どういう料簡で近衛兵を連れてギルドにやって来たのだろう……?

 

「おう、通達の写しは届いていないのか? 今日から、お前に代わって、冒険者ギルドの副ギルド長にはわしが就任する。副ギルド長のわしが、ギルドに来るのは当然だ」

 

 サキが周囲の者にも聞こえるような声でそう言い、からからと笑った。

 ミランダは唖然としてしまった。

 

「はあ?」

 

 建前上は国王の寵姫であるサキに対しては、大変に無礼な態度だったが、あまりにも意外な言葉にミランダは思わず声をあげてしまった。

 

「これがギルド長の王太女殿下の署名と王太女印の入った辞令書じゃ。お前は今日で首だな──。解雇……というのか? まあ、とにかく、このギルド本部で寝泊りしているらしいが、部外者になったお前には直ちに出ていってもらう。もっとも、どこに行くか考えなくていい……。ちゃんと、暮らす場所は準備してやる」

 

 サキが合図をすると、さっきミランダが詰め寄った将校が、ミランダに申し訳なさそうに、一枚の羊皮紙を示した。

 そこらにある羊毛紙ではなく、ちゃんとした羊皮紙だ。

 これだけで、この命令書が権威のあるものだとわかる。

 そして、確かに中身はイザベラの命令書だ。

 ただ、署名の書体が違う。

 使っている王太女印は本物のようだが、これが偽物の辞令書であることは明白だ。

 

「な、なによ、これ? 姫様の字じゃないじゃないのよ。それにギルド長としての姫様は、王太女印なんて使わないわよ」

 

「おう、そうなのか? 苦労して似せて作らせたのに失敗か? まあいい。とにかく、出ていけ、本当に人間族の手続きとやらは面倒だのう」

 

 サキが笑った。

 言外に、これが偽物であることをあっさりと認めたサキの態度にミランダは唖然としてしまった。

 そもそも、イザベラ王女は、国王の指示により、少し前から東の王領にあるノール海岸の離宮に旅立っている。

 正式の理由は公表されていないし、王太女が王都にいないことも、まだ秘密なのだが、ミランダには知らされていたし、その理由も承知している。

 妊娠だ。

 ついに、ロウの子供たちが産まれるのだ。

 それはともかく、王都にいないイザベラがミランダ罷免の文章など作れるわけない。

 いや、そんな文章そのものがあり得ない。

 

 しかし、サキはミランダの抗議を受けつける様子もなく、近衛兵に合図をした。

 ギルドにいた冒険者たちは、突然の近衛兵の乱入に驚きながら、いまは壁側に張りついて、ミランダたちを呆然と見守るような態度だ。

 また、ギルド職員たちも、どうしていいかわからない気配だ。

 

 ミランダを不意に男たちが取り囲んだ。

 ふと見ると、囲んだのは近衛兵ではなく、王宮魔道師たちだ。

 近衛隊の連中は、魔道師たちとミランダをさらに囲むような感じだ。

 一方で魔道師たちは、ミランダの足元に魔道印を刻み始めた。

 

「ちょ、ちょっと──」

 

「ミランダ様になにをするの」

 

 焦って声をあげたのは、ミランダを見守っていたランとマリーだ。

 立っているミランダの下に刻まれようとしているのは、転送術の魔道紋だ。

 つまりは、サキはこの場所から、転送術でミランダをどこかに移動させようとしているということだ。

 早朝だが白昼堂々の王権によるミランダの誘拐である。

 ランたちが驚愕するのは無理もない。

 

「……説明してちょうだい……」

 

 ミランダはサキに近づいて、ささやこうとしたが、サキは魔道師と近衛兵の囲みの外側にいるので、ふたりだけで話すことはできない。

 このサキの真意も不明だ。 

 

「王妃のたっての希望だ──。王妃は国主の命令で、高い場所でしばらく過ごすことになった。だけど、退屈するから酒の相手が欲しいということじゃ。だから、お前、行って来い。とにかく、大人しく行け。行けばわかる」

 

 サキが笑った。

 人間族の美姫としての優雅そうな笑い声だ。

 だが、なんとなくわざとらしい。

 

「高い場所? まさか……」

 

 一瞬わからなかったが、すぐに王都の監獄塔のことではないかと思った。

 政治犯を収容するために作られた塔であり、厳重な見張りと逃亡防止の処置が張り巡らされている石造りの施設だ。

 地下には「訊問室」という名の拷問部屋まであり、正式には別の名なのだが、王都の民衆はただ「監獄塔」と呼んでいる。

 

「まさか、アネルザ王妃殿下が収監されたの?」

 

「昨夜からひとりぼっちで退屈しているはずだ。だから、できるだけ早く、遊び相手を連れていきたくて、こんなに朝早くに来たというわけじゃ」

 

 サキがあっけらかんと言った。

 近衛隊たちも、その言葉に動揺の気配はない。

 彼らも承知の事実のようだ。

 国王が王妃を捕縛させたというのは衝撃的なことではあり、驚愕はしたが、まさかとは思わなかった。

 思い当たるものがあるのだ……。

 

 今回の国王によるロウへの仕打ちに対し、アネルザが激怒して、日に何度も抗議をしに行っているというのは承知していた。

 アネルザの国王への諫言はとんでもない迫力であるらしく、情報によれば、アネルザの国王への物言いには、まったくの敬意などなく、それどころか、罵詈雑言が混じった糾弾に近いらしく、暴言どころか、感情に任せて、かなり過激なことも口にしていて、王妃といえども、不敬罪に取られても全く不自然なものではないと噂されていた。

 もっとも、前々から王妃の言いなりの国王なので、あれだけ怒っているアネルザを無視し続けるというのも、意外だという評判のようだったが……。

 

 その件について、アネルザから相談もされていた。

 まあ、頭が冷えるまで待つのが寛容だろうとは忠告した。

 幸いにも、最近になって、ハロンドール王国の国境を越えている。

 ロウのだいたいの居場所は、彼らが各地の冒険者ギルドに立ち寄ることで、自動的に情報が入るようになっていて、いまのところ、無事に旅を続けており、目的のナタル森林に入ったことまでは確認をしている。

 どう対処するか、彼らが戻って来る頃に考えればいい。

 

 最終的には、ナタル森林におけるクエストが終わり、ハロンドールに入国する直前に決断すればいいことであり、ロウと連絡を取る手段を探っているところだった。

 しかし、アネルザの腹立ちは半端なものじゃなく、ミランダの前では、あんな王など退位させてやるとまで息巻いていたくらいだ。

 さすがにミランダも鼻白んだ。

 それをほかのところで口にすれば、不敬罪どころか叛乱罪だ。

 

 だが、アネルザの性格だ。

 感情のまま、国王の前でもそう怒鳴りかねない。

 もしかして、ついに国王を怒らせたか?

 だが、そうだとしても、なんでサキが……?

 

 ミランダの当惑をよそに、足元の転送紋がほぼ完成の状態になった。

 魔道師たちが退がって、もう一度近衛兵に入れ替わる。

 さらに、別の兵たちがどやどやとやってきて、ミランダの横に木箱を積み重ねてくる。

 

「これはなによ?」

 

「追加の土産だ。贈り物だ」

 

 サキはにこにこしている。

 

「うっ、ちょ、ちょっと待て……」

 

 そのとき、不意にサキが変な声を出した。

 ミランダは、サキを見た。

 すると、なぜか、たったいままでの微笑みが消滅して、急に怒ったような顔になっている。

 ミランダは訝しんだ。

 

「……ふう……。しゅ、出発前に、服を脱いでもらおう。下着だけは許してやる。それ以外は置いていってもらうぞ。収監時の身体検査を省くためじゃ」

 

 サキがなんでもないような口調で言った。

 ミランダは耳を疑った。

 

「なっ」

 

 いきなりの言葉にミランダは面食らうとともに、かっと頭に血が昇った。

 下着姿になれって?

 ここで?

 いま?

 

 しかし、次の瞬間、サキの顔がさらに険しくなって、拳に魔道の波動が漲るのがわかった。

 背に冷たいものが走った。

 妖魔将軍とも称されているサキの強さは本物だ。

 さすがのミランダでも、一対一ではかなわない。

 

 改めて思い出したが、サキの正体は妖魔だ。

 本来であれば、人間族の世界などで大人しくしている存在ではなく、ましてや、王宮に潜入して、しがらみの多い貴族の中で生活をするなんてあり得ないのだ。

 それをしているのは、ロウの命令だからだ。

 ロウのいないいま、サキがミランダに敬意を払って、親しくする理由は実はない。

 それに、ミランダに対して練っている魔道の強さは、ミランダどころか、このギルド本部全体だって吹っ飛ばすくらいの強いものだ。

 

 本気なのか……?

 ぞっとした。

 

「脱げ、ミランダ……。そもそも、お前が服に色々な仕掛けをしているのは知っている……。そんなものを持たせたまま塔に送るわけないであろう。それに、逃亡防止のために、収監する女については下着姿にして塔に送れというのは、テレーズの命令だ。アネルザも薄物一枚で送ったしな」

 

 サキがミランダを脅すように言った。

 これはなにを言っても無駄だ。

 ミランダは悟った。

 それに、サキが言ったことは本当だ。

 冒険者ギルドの幹部であるミランダは、自分に危険なことが起きて、監禁のようなことをされたときに備えて、平素から身に着けているものにたくさんの仕掛けをしている。

 いまの服は、ロウに贈られた可愛らしいデザインのものだが、当然に改良し、上着にもスカートにも色々と仕込んでいる。

 当たり前の魔道探知くらいでは、発見できないような魔道具も隠している。

 ミランダを捕らえようと思えば、確かに服を着せたままでは、簡単に逃亡を許すことになるだろう。

 

「じゃあ、せめて、どこかで着替えさせてよ。ここで下着になれなんて、あんまりじゃないかい」

 

 言ってみた。

 妥協を引き出すことで、隙を見出せる可能性がある。

 なんとか、魔道具のひとつでも持ち込むことができれば……。

 それに、サキに近づくことができれば、意図を訊ねることができるかもしれない……。

 

「もうひと言、服を脱ぐ前に、余計なことを喋ってみよ……。適当な人間をひとり殺す」

 

 サキが凄みを含ませた声で言った。

 ミランダは嘆息した。

 仕方ない。

 

「お、お待ちください──」

 

 そのときだった。

 真っ蒼な顔をしたランがミランダとサキのあいだに割り込んできた。

 

「んっ、なんじゃ?」

 

 サキがランを睨んだ。

 ランは震えていた。だが、真っ直ぐに顔をあげて、サキを睨みつけるようにしていた。

 

「こ、これは違法です。い、いかなる王国の法でも、冒険者ギルド内で王軍による捕縛はできません」

 

「そこをどかんか、ラン。わしはお前と遊ぶつもりはない。足が震えとるではないか」

 

 サキが馬鹿にしたように笑った。

 

「あ、あたしも遊ぶつもりはありません。一度、お引き取りください。その上で、王国とギルドの協定に基づいた手続きをしてください」

 

 ランが毅然として言った。

 ミランダはびっくりした。

 

「やめなさい、ラン──。もういいわ」

 

「よくありません。これは違法です」

 

「違法ではないわ。わしがミランダに代わる副ギルド長になったと言ったであろう。このわしがよいと決めた。ミランダを捕縛させる。捕縛理由は、お前に説明する必要はない」

 

「あなたの先ほどの罷免文書は、正式の手続きで届いたものではなく、まだ無効です。たとえ、有効だとしても、いずれにせよ、ギルド内では犯罪者の捕縛はできないのです。あなたが副ギルド長になったのであれば、ギルド法と王国の法の両方を守る義務があります」

 

 ミランダは驚いてしまった。

 最初にランを見たときは、騙されて性奴隷として娼館に売り飛ばされて、まるで死んだような目をしていた気の弱い娘だった。

 それが、いまのように、ミランダでさえたじろぐ殺気を示すこのサキに決然と言い返すとは、どうやってランは、これほどの度胸を手に入れたのであろう。

 

「耳が聞こえんのか? 邪魔だ、小娘。わしは正直、苛々しておるのだ。最近、面白くないことが続いておるからな」

 

「ひ、引き渡し手続きを……し、してください。そ、それが協定です。ギ、ギルドはしょ、書類が、あ、あれば、は、犯罪者をひ、引き渡します……。きょ、協定及び王国法をじゅ、遵守して……」

 

「ほう、小娘……。ならば、言い直そう。わしの手には、お前の頭を一瞬で吹っ飛ばすほどの魔道の気が集まっておる……。これが法だ」

 

 サキの手の中の魔道の波がさらに強くなった。

 手のひらの周囲が陽炎のように揺れている。それほどに強い気を練っているのだ。

 

「それは法ではありません──。しょ、書類を出してください──。きょ、協定書の、だ、第十一条のだ、第二項の……」

 

 ランの声は半泣きで、彼女の恐怖が背中越しにミランダにも伝わってくる。

 それでも、ランはサキの前からどかない。

 

「やめなさい、ラン──。引っ込んでいるのよ──。サキ、行くわ」

 

 ミランダはランに手を伸ばして、強引にサキの前から横にどける。

 

「で、でも、ミランダ……」

 

 ランの顔はこれ以上ないというほどに真っ蒼だった。また、まだ恐怖に包まれたままらしく、歯ががちがちと鳴っている。

 

「いいのよ……。あなたの気持ちはわかったけど、大人しくしてなさい。命令よ」

 

 ミランダは服を脱ぎはじめた。

 ざわざわと周囲が騒ぎ出す。

 マリーがランに歩み寄り、しっかりと抱き締めるのが見えた。

 

 公然の中で下着姿になっていくミランダに、周囲の視線が刺さるのを感じる。

 大きな羞恥を覚えながら、ミランダは身に着けているものを申し訳なさそうな顔をしている近衛兵に渡していった。

 

「それももらおう……。指輪もな」

 

 下着だけになると、サキがミランダに手を伸ばした。

 ドワフ族にとって、指に着けている指輪は魔道の源だ。

 これがなければ、魔道を遣うことはできない。

 人間族やエルフ族は、こういう道具なしでも魔道を遣える者はいるが、ドワフ族は無理だ。誰であろうと、ドワフ族は指輪による魔道の増幅がなければ、どんな小さな魔道であろうと、効果を発生することはできない。

 ミランダは、手で下着だけの身体を隠しながら、大人しく指輪をサキに渡す。

 

「じゃあな。また、後でな」

 

 サキがさっと離れた。

 転送紋が発動して、ミランダの視界から景色が消滅し、すぐに、別の視界が出現した。

 

 

 

 

 

 

「おっ? 思ったよりも早かったねえ。歓迎するよ、ミランダ。サキは飲み仲間を連れてくるという約束を果たしてくれたようだね」

 

 すると、けらけらと大きな笑い声がした。

 広い石牢の真ん中で簡易寝台に寝そべり、横の台に乗せた酒を飲んでいる王妃アネルザがそこにいた。



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317 二人組ともうひとり

「おっ? 思ったよりも早かったねえ。歓迎するよ、ミランダ。サキは飲み仲間を連れてくるという約束を果たしてくれたようだね」

 

 すると、けらけらと大きな笑い声がした。

 王妃アネルザだ。

 簡易寝台に寝そべっていて、横に置いた台に干し肉と酒瓶と盃を置いている。

 どうやら、酒を飲んでいたようだ。

 ミランダは辺りを見回した。

 室内はそれなりに調度品が揃っていて、アネルザが寝ている簡易寝台も寝るには柔らかそうだし、長椅子については豪華なものだ。

 水の流れる洗面台もあって、奥にある布で隠れた一角は排便をする場所だろう。

 ただ、寝台の向こうの壁は全面が鉄格子であり、外からすべてを監視できるようになっている。

 いまは兵はいないようだが……。

 そもそも鉄格子の向こうは石壁に囲まれた閉ざされた空間であり、かつては階段に通じる場所だった気配だが、いまは石で塞がれている状態のように見える。

 一方で、ほかの壁はすべて石であり、ずっと高い場所にやはり鉄格子の嵌まった小さな窓がある。

 また、部屋の半分を木箱が占めている。

 

 牢のようだ。

 監獄塔の最上階に間違いない。

 ここには出口はない。

 魔道以外の脱出手段は存在しない。

 

「お前も、このクリミナの塔に、下着姿で送り込まれたかい、ミランダ? わざわざ服を剥ぎ取るのは、サキの冗談だ。許してやりな。わたしも寝室に近衛兵に押し入られたんだ」

 

 アネルザが身体を起こしながら、愉快そうに笑った。

 クリミナの塔か……。そういえば、監獄塔はそんな名だったか……。

 ミランダは嘆息した。

 まるっきりどういう状況か理解できないが、こうなったら諦めるしかない。

 

「随分と過激な下着じゃないかい。いつも、それかい?」

 

 ミランダは軽口を叩いた。

 アネルザは王妃だが、以前、馬鹿みたいにふたりで酒を飲んで、お互いに泥酔したことがあり、それ以来、ふたりきりのときには、名前で呼び合う気安い仲だ。

 そして、いまはふたりきりである。

 

 また、アネルザが身につけているのは、股間を隠す下着と乳房周りだけを覆う薄い生地のものだ。

 股間は透けてはないが、乳首は見えている。

 肩も臍も露わになっているし、上も下も紐で簡単に外れるようになっている。

 それに比べれば、ミランダは、太腿は出ているが、臍はちゃんと隠れている。

 しかし、どうでもいいが、やはり若い肌だ。

 ドワフ族やエルフ族とは異なり、人間族で四十歳も半ばを越えれば、肌の若さを保つのは困難な年齢のはずだが、露出している肌は瑞々しくて若い。また、いつもは自分を少し老けさせる化粧をしているようだが、寝室に押し入られたと言っていただけに、いまは化粧っ気がない。そのため、むしろ随分と若く見える。

 連行した兵も驚いたんじゃないだろうか。

 これも、ロウの精の持つ不思議な力の影響なのだろう。

 

「まあな。あれを愉しませるために、もっと過激なものもあるが、これはましな方だ。不幸中の幸いだな」

 

「過激なのって?」

 

「股の真ん中が最初から切れているのとかな。気をつけないと、ロウに生やされている小さいのがぽろりと出てくる。いま、はいているのは問題ないけどね」

 

 アネルザがからからと笑った。

 ロウは、アネルザの身体に悪戯をして、最初に支配したときからずっと、アネルザの股間に子供のものくらいの小さな男根を生やさせている。

 そういえば、アネルザの股間の下着の部分はほんの少し膨らんでるか?

 

 ミランダはちょっと笑みを浮かべてしまった。

 そして、とりあえず、サキが一緒に送り込んだ木箱を開ける。

 中は酒瓶だった。

 しかも、かなり上等の葡萄酒だ。

 ミランダの大好物だ。

 そして、いま気がついたが、簡易寝台はアネルザが横になっているものも含めて三台ある。

 ミランダは、アネルザのすぐ隣の寝台に、酒瓶の入った木箱ごと抱えて腰掛けた。

 

「どういうことか説明してもらうよ、アネルザ」

 

「説明と言われてもねえ……。まあ、サキが暴走しているのだろうよ……。いずれにせよ、わたしは腹を括ったよ。サキも承知のことさ……」

 

「どういうことだい?」

 

「まあ、素面(しらふ)で話すことでもないよ。それにしても、この牢のいいところは、出口がなくて、脱走不可能なだけに、目障りな監守がつかないことかねえ。看守は一階下にいるらしいよ。あいつ、不便は看守に言えと告げたくせに、叫ばないと看守は来ないのさ。とにかく、飲みなよ、ミランダ」

 

 確かに、この牢には監守はいないみたいだ。

 ミランダの知識によれば、監守はここよりひとつ下の階までしか来ない。ここは完全に閉ざされた最上階の閉鎖空間なのだ。ただの壁に見える壁だって、特殊な結界が張ってあり、外からも内からも簡単には壊すことはできない。

 なまじ監守がつくと、それが却って隙になるので、見張りは魔道を遣って行っていると耳にしたことがある。

 

 アネルザが寝台で身体を起こして、酒の入った盃を手に取るとともに、その横にあった空のコップをミランダに投げる。

 ミランダは盃を宙で受け取ると、持っていた酒瓶を開けて、コップに注ぐ。

 仕方がない。

 どうやら、今回のことには裏があるようだ。

 

「叛乱だよ」

 

 ミランダが酒を注いだのを確認すると、アネルザがぼつりと言った。

 

「叛乱?」

 

 ミランダは目を丸くした。

 誰もいないとはいえ、なんということを口にするのだ。

 魔道で声を傍受されていたら……。

 しかし、アネルザがくすりと笑った。

 

「問題ない。ここでなにをしようと、なにを喋ろうと、誰も咎めないし、そもそも、ここにはわたしらを見張っている者なんていないのさ。ここは叛乱の作戦本部だよ」

 

「はあ?」

 

 ミランダは眉をひそめた。

 この女はなにを言っているのだ?

 

「いいから、話は飲みながらだ。ちゃんと話すから。でも、話す限り、腹は括ってもらうよ。さもなきゃ、ここにずっと本当に監禁だ」

 

 アネルザが持っているコップを眼の高さに掲げた。

 とりあえず、ミランダもそれに倣う。

 

「……じゃあ、まずは乾杯だ。ここにはいない憎たらしいあの男にね──。あいつが一箇月半もいないおかげで、こっちは毎日毎日、身体が疼いて仕方がない苛つきの日々ばかりだ。それなのに、あいつはきっと、呑気に女たちといちゃいちゃしながら、愉しい旅を続けているに違いない。そのむかつく男に──」

 

 ミランダは噴き出した。

 

「それは乾杯の言葉かい──? それとも、ロウへの呪いの言葉かい?」

 

 ミランダは苦笑して、盃をかざしてから口をつける。

 本当に上等の酒だ。

 

「なんだい? 信じられないくらいの最高級品じゃないかい。もしかして、ここにあるの木箱全部、その最上級の酒なのかい?」

 

 ミランダは驚いた。

 すると、アネルザが笑い声が部屋に響いた。

 

「本当にドワフ族というのは酒好きの種族なんだねえ。ひと口だけで、目の色が変わったじゃないか。だったら、いきなり捕えられても、文句は言わないでおくれよ」

 

 アネルザがミランダを見て、にやにやしている。

 ミランダも苦笑した。

 さらに酒を飲む。

 いくらでも飲めそうだ。

 あっという間に空になったので、手酌で二杯目を注ぎ足す。

 

「もしかして、あたしを副ギルド長から解任して、しかも、ここに収監したのも、あんたの企みのひとつなのかい? なにを考えているんだい?」

 

 ミランダは少し声を荒げた。

 しかし、アネルザは軽く首を竦めただけだ。

 

「いや、別にわたしは、あんたを巻き込むつもりはなかったけどね……。捕縛計画はわたしの企みじゃない。でも、わたしが捕まるのは、わたし自身が納得済みのことだ。捕縛は事前にサキに知らされていたが、わたしはそのまま実行しろと、あいつに言ったんだ。しかし、まさか、下着姿で放り込まれるとは思わなかったけどね」

 

 アネルザがからからと笑った。

 

「わかるように説明しなよ」

 

 ミランダはアネルザを睨みつける。

 

「まあ、詳しい話は本人が来てからにしようよ。わたしだって、よくわからないところもあるしね」

 

「本人?」

 

 ミランダは首を傾げた。

 だが、アネルザはそれ以上は、語ろうとしなかった。

 仕方なく、ミランダはしばらくのあいだ、他愛のない話題を交わしながら、アネルザと酒を飲んだ。話はロウのことが多かった。

 

 やがて、アネルザとミランダの中間付近の空間が、不意に揺らぎだした。二ノスほど過ぎた頃だろうか……。

 転送術……?

 また、誰かが魔道でここに跳躍してくるのか?

 そして、思った通りに、そこに別の者が出現した。

 手に温かそうな料理の載った大皿を抱えている。

 

「もう酒盛りをしているのか? なら、わしも頂くか」

 

 出現したのは、早朝のギルドで会っていた人間族の寵姫の姿のサキだ。

 すでに着替えていて、軍装は解き、寵姫の服装をしている。

 サキが皿をアネルザの寝台の横の台に置いた。

 そして、アネルザから空のコップを受け取って、酒を注いでもらっている。

 サキは酒の入っている木箱を寄せて、椅子代わりに腰掛けた。

 

「しかし、主殿(しゅどの)に会えないというのは、本当に寂しいし、思ったよりもつらいものだな。本当のこと言うと、このところ苛々して、なんでもいいから、人でも物でもあたりたくなる。主殿との性交は、あれは危険だ。とにかく、王都を大騒ぎにするぞ。そうすれば、急いで戻って来てくれるだろう」

 

 サキがぐいと酒を飲み干した。

 すぐに、アネルザがサキに酒を注ぎ足す。

 

「おう、それはいいねえ。確かに、王都で異変ありとなれば、あの男も慌てて戻るかもな。なかなか、いい考えじゃないない、サキ」

 

「それで、ミランダの返事はどうだった? 国王を退位させて、主殿を王位につける算段に加わることに同意したか?」

 

「まだしてないよ。お前を待ってたんだ……。ところで、国王はイザベラだ。ロウはその夫として実権を握ればいい。だけど、わたしからも訊きたいことがあるね、サキ。随分と段取りと違わないかい。独断専行もいいけど、ちゃんと説明してもらわないと困るよ」

 

「ふん──。わしに命令できるのは主殿だ──。人間族の王妃といえども、わしを言いなりにできると思うな」

 

「そうかい……。ところで、どうでもいいけど、着るものが欲しいね。魔道で調製してあるのか、寒くはないが、この格好はあんまりじゃないかい? 寝具もマットはあるが、掛ける毛布もない。酒ばかりで、一枚の服もない。身体を拭く布も小さなものばかりだし」

 

 アネルザが言った。

 すると、サキがちょっとだけ顔を赤くして、厳しく顔をしかめる表情になった。

 ミランダは少しだけ違和感を覚えた。

 

「な、ならんわ。収監のときに言ったとおりだ。逃走防止じゃ。主殿を王として出迎える計画に同意するなら、着るものを渡す。同意せんなら、その下着も没収する」

 

「同意すると言ってるだろう、サキ。そもそも、首謀者はわたしだよ。あと、王はイザベラだ。ロウはその夫として、事実上の王となる」

 

 アネルザが言った。

 ミランダは驚いた。

 なんだ、この会話……?

 サキが咳払いのような仕種をした。そして、少し身体を伸ばして姿勢を直す。

 

「……わ、わかった……。まあ、イザベラが名目の女王でも構わん。主殿(しゅどの)が支配者であることに、変わりないからのう。ただ、あの腑抜けには、死んでもらう。まんまと女狐にしてやられた阿呆には、人間族の王位は勿体ない」

 

 サキがぐいと一気に酒を飲んだ。

 通称「監獄塔」と呼ばれる王都にある政治犯用の監獄の塔の最上階だ。そこに、ミランダは強引に連行されたのだが、ここで、アネルザとサキが、ミランダの前でいまの王を退位させるという陰謀を急に語り出したのだ。

 ミランダとしては、どうしていいかわからない、

 

「……んっ? これは美味だな。テレーズも奮発したのう」

 

 サキが葡萄酒の入ったコップを凝視して眼を見開いた。

 すると、アネルザが空いたサキの盃に、自分が抱えていた酒瓶から葡萄酒を注ぎ足す。

 そして、豪快に笑い声をあげた。

 

「あんなんでも、一応はわたしの夫なんだよ。殺すのは物騒さ。せいぜい流刑くらいにしてもらいたいねえ。まあ、成り行きだろうけど」

 

「ふん――。王が死なんで、王位が変えられるのか? 人間族では、それが普通なのか?」

 

「退位に同意させればいいのさ。まあ、わたしに任せな。貴族というのは、王都にいる者たちだけじゃない。わたしの父親は、マルエダ辺境侯だよ。それを中心に主要貴族が結集して、あいつに退位要求をする。断れば叛乱だと脅してやるんだ。臆病者のあいつは、それで退位するよ」

 

 アネルザが言った。

 ミランダは、アネルザとサキの会話を唖然として聞いていた。

 やはり、謀叛の相談?

 ここで?

 アネルザとサキが?

 しかも、なんで、ミランダの前でそんな話をする?

 ミランダは非常に困惑した。

 

「まあ、よかろう。わしとしては、主殿に相応しい人間族の地位が準備できればよい。主殿は人の下につくような者ではないぞ。わしの主人なのだ。人間族の王程度にはなってもらわねば困る」

 

「とりあえず、大公でいいんじゃないかい? あのアーサーも大公だしね。この国には大公はないが、イザベラの夫になるのだし、まあ、文句を言う者もないだろう。その辺りは、わたしが貴族たちを調整するよ」

 

「好きにせい。わしには、お前ら、人間族のやる謀略とか、駆け引きとかいうのはわからんし、好かんけどな。もっと単純に、強い者が王になる。それでいいと思う」

 

 サキが肩を竦める動作をした。

 

「いずれにしても、テレーズは早いうちに排除せねばならんね。あいつは稀代の毒婦だ。あれを野放しにしては、王国が傾く。それこそ、あんたの言い草じゃないけど、場合によっては死んでもらう」

 

「んんっ? こ、殺すのか?」

 

 すると、なぜか、サキがぶるりと震えて、困ったような表情になったことに、ミランダは気がついた。

 しかし、アネルザには、わからなかったみたいだ。そのまま語り続ける。

 

「まあ、だけど、そこまでしなくてもいいかもしれん。あの伯爵領には王宮の官吏が出向してる。いわば、あれの領土経営を人質にしてるようなものだ。それを揺さぶれば、テレーズも自分の置かれている立場を思い出すさ」

 

「そ、それよりも、あれは王を抱えておるのだ。王と一緒に心中させろ。過早な排除は得策ではないぞ。それは、待て」

 

 サキが言った。

 ミランダは酒を飲みながら、ふたりの会話に唖然としたままでいた。

 

「排除しなきゃどうすんだい、サキ。まさか、このまま、テレーズをのさばらせるのかい?」

 

 アネルザがサキに詰め寄った。

 一方で、ミランダは混乱している。

 テレーズというのは、この一箇月半で急に宮中内に勢力を伸ばしている女官長の名だ……。

 アネルザがミランダのところに来て、愚痴を溢したときに出た名でもある。

 ミランダとしても多少の情報収集はしていた。

 伯爵位を持つ領地貴族であり、国王に乞われて女官長として就任することになった四十女だ。

 そして、すぐに国王に気に入られ、いまでは、片時もテレーズを離さないほどに、国王は新しい女官長を溺愛してずっとそばに置いているという噂だ。

 もちろん、性の相手もしているそうだ。

 さらに、国王が急に政務を後宮でしか行わないようになったため、その国王の取り次ぎ役を女官長が担うことになり、それにより、急にその女官長が権力も握ったとか……。

 なにしろ、宰相であろうと、将軍であろうと、女官長を通じてしか国王に裁下をもらうことができないのだ。

 自然と、取り次ぎ役の女官長が権威を持つことになる。

 一気に権勢を大きくしたという噂だが、いまの話だと相当のもののようだが……。

 

「いや、ここから先の話は、部外者には耳にさせるわけにはいかん……」

 

 サキがミランダをちらりと見た。

 しかし、そう言われても、ミランダも面食らうしかない。

 拉致されるようにここに連れて来られ、いきなり、叛乱とか、ロウを王にするとか、いや大公だとか、加えて宮廷の陰謀のことを聞かされても、どう対応していいかわからない。

 

「その部外者をここに連れてきたのがお前だろうが、サキ。そもそも、ここまでやって部外者もないさ……。ところで、これ、美味そうだねえ」

 

 アネルザがサキが持ってきた料理の載った皿に手を伸ばす。

 手掴みで、油で揚げた骨付きの肉をとって口にした。

 

「なんだい、これ? こりゃあ、桂鳥(ケーバード)の魔道熟成肉じゃないかい。しかも、かなりの上級物だ。朝からどうしたのさ。貴賓客用の魔道貯蔵庫からかっぱらったのかい?」

 

 アネルザが肉を食べて、ちょっと驚いたように目を大きくした。

 桂鳥の魔道熟成肉──?

 話には聞いたことがあるが、王家でも滅多に口にすることは難しいと言われているほどに珍しい肉だ。

 恐ろしいほど美味いとされていて、ギルドにも時折依頼があるが、滅多に狩ることはできない。そのため、出回ればとんでもない高値で取り引される。

 王家では貴賓をもてなすために、何十年経とうとも腐敗することがないように魔道を施した特殊な食糧庫にそれを常に貯蔵しているはずだ。

 それをさらに熟成させたものがここに?

 

「ミランダも食え──。こんなものは、王妃のわたしでも滅多に食べれんのだ。遠慮するな」

 

「しないよ」

 

 とにかく食べようと思った。

 確かに、一介の冒険者ギルドの幹部程度では、滅多に食べれるものじゃない。

 手にとって食べた。

 まるで肉が口の中で溶けていくようだった。

 本当に、びっくりするほど美味しい。

 すると、サキが声をあげて笑った。

 

「これはテレーズの朝飯の一部だ。あの女は狂ったように宮廷費の金を使っておるぞ。なにせ、増税でどんどんと金が入るしな。貯蔵庫も空にする勢いで高級食材を消費している。その分、管理費から大金をはたいて、食材を仕入れさせているのだ」

 

「なにいっ?」

 

 アネルザが肉を口にしていた手を休めて声をあげた。

 

「食道楽だけじゃないぞ。着るものも、飾るものも、すべて一級品を揃えさせている。湯水のように金を使わせている。しかも、自分でも食いきれないもの、着れないもの、使いきれない物を運ばせて、大抵は手をつけずに捨てるか、倉庫に放り込む。その屋敷という名の倉庫も着工する。金にものを言わせた建物が王都内にふたつほどできるぞ」

 

 サキが笑った。

 

「屋敷という名の倉庫? なんのことだい?」

 

「使い道は国費で調達した物の貯蔵庫じゃ。倉庫の名目はテレーズ伯爵家の王都屋敷だがな。先日、自由流通の商家を取り潰して私財を取りあげたが、その屋敷跡を更地にして、新しい屋敷を建てる。テレーズは宮廷のルードルフから離れんので、物だけがそこに入れられるということだ。だから、倉庫だ」

 

「なんだい、それ? 伯爵家の王都屋敷を国費で建設? そんなことが許されるものかい」

 

「許されるのだろう。ルードルフは署名して、官吏に書類が回ったはずだぞ。いまのところ、文句を口にした大臣や高級官吏は耳にせんな」

 

「くそう――。先日からおかしいんだよ。なんで、あれだけの好き勝手ができるんだい――?」

 

 アネルザが吠えるように声をあげた。

 

「まあ、できるのだろう。ルードルフを抱えておるしな」

 

「あれは、それほど部下が無条件で従うほどの王じゃないんだよ。出来損ないの昼行灯(ひるあんどん)だ。それなのに、大勢の大臣や官吏が唯々諾々と従うんだ。おかしいんだよ――」

 

「それは……い、いや」

 

 サキはなにかを話しかけたように思ったが、すぐに気が変わったように口を閉じた。そして、またもや、不自然に顔をしかめたようになり、すっと目線をアネルザから逸らせたように見えた。

 なんとなくだが、そんな仕草は、サキにはなんとなく似つかわしくないように、ミランダは思った。

 まあ、気のせいかもしれないが……。

 

「とにかく、じゃあ、これは、女官長殿の残飯ということかい?」

 

 アネルザが不愉快そうに言って、さらに肉に手を出す。

 ミランダも負けじと手を出した。

 

「余りものというわけじゃないがな。食事を運ぶときに、こっそりと皿を抜かせたのだ」

 

 サキが口元を緩めた。

 そして、豪快に盃の酒を飲み干して、アネルザに空になった盃を差し出す。

 アネルザが苦笑しながら酌をした。

 

「そもそも、それも訊きたいねえ。いつからお前は、テレーズのご機嫌取りに成り下がったんだい? 昨夜は、あいつの言いなりだったじゃないかい」

 

「まあ、都合がいいからな。それで最初の話だが、テレーズには使い道がある。そのままにさせるがいい。あれのことは、わしに任せよ」

 

 サキが言った。

 

「使い道?」

 

 アネルザが眉をひそめた。

 

「都合がいいのだ。あれはルードルフを稀代の悪王にしてくれる女だ……。しかも、あれほどの贅沢好きの人間族の女も面白い。あのまましばらく放っておけば、いくらでも国費を使いまくる。王都にかなりの増税をしたが、そうでもせんと、王家の財は傾くのだ。いや、もう傾いておるかな。この食材ひとつを見ればわかるであろう。こういうものをあいつは、幾らでも買うのだ。だから、放っておけ」

 

 サキが愉しそうに言った。

 ミランダは唖然とした。

 アネルザもびっくりしている。

 

「じょ、冗談じゃないよ。そんなこと、させられるものかい。やっぱり、さっさと引きずり落とさないと大変なことになるじゃないかい」

 

 アネルザが怒鳴った。

 

「ならんわ。やらせておけ。わしはそのためにも、あれについておるのだ」

 

 サキが身体をびくりと動かして、吠えるような声をあげる。

 

「お、お前──。もしかして、一連の散財は、お前がやらせているのかい?」

 

「わしがやっておるわけじゃないが、やらなければ、やらせる……。よいか――。主殿を王にするにしろ、イザベラを女王にするにしろ、まずは、ルードルフを退位させねばならん。あれが天下の悪王にならねば、引きずり落とす大義名分は整わん。つまり、テレーズが贅沢三昧をして、国庫を傾けるのは都合がいいのだ」

 

 サキが急に真剣な顔になった。

 

「都合がいいとは?」

 

 アネルザだ。

 

「考えてみよ。テレーズの贅沢と悪評は、そのまま、ルードルフの悪評になるのだ。ルードルフに悪評が立ち、誰もが悪王として認めることで、それを廃する名分が成り立つ。贅沢三昧もただの贅沢ではだめだ。王が贅沢をするのは当然だからな。民衆が飢えるほどの苦労をするのに、贅沢をして国を傾けるから、あれを廃絶せよということになる。だから、無理矢理に退位させて、新しい者が王になるという流れになるのだ」

 

「まあ……、そうだろうけど……」

 

 アネルザが渋い顔をした。

 

「だから、増税も都合がいい。それよりも、もっと、テレーズに暴れさせよう。新王を担ぐのはそれからだ」

 

「ルードルフの評判をもっと落とさせるということかい? だが、それで苦労するのは王都の市民だろう」

 

「ある程度はやむを得まい。だからこそ、新王が歓呼して迎えられるのだ。お前にしても、大貴族を集めて弾劾させるというが、いま程度の悪評で、意見がまとまるのか?」

 

「それは……」

 

 アネルザが考え込む仕草になる。

 

「とにかく、あれは、能力持ちだぞ。相手を言いなりにする感情を作れるのだ。闇魔道だ。ルードルフは操られておる。主殿に対する捕縛指示を王がいきなり出したのも、あれが主殿を憎む王の感情を増幅させたからだぞ。だが、わしはあれに好きにさせておる」

 

「なんだって? 闇魔道だって? 本当かい、それは――?」

 

「間違いない。わしにはわかる」

 

「いや、間違いだろう。テレーズについては、以前から知っている。あいつが魔道遣いだなんで、耳にしたこともない」

 

「だったら、隠しておったのではないか? それとも、なにかの方法で入れ替わったとかな……。他人に成り済ます方法は、わしなら、十はすぐに思いつく」

 

 サキがさっきよりも顔を赤くしたまま、きっぱりと言った。

 ミランダも驚愕した。

 王が操られている? しかも、テレーズが偽者の可能性?

 そうであれば、とんでもないことだ。

 ギルドの力で調べさせるか……。

 

「そんなはずは……。あれには、そういうものを拒絶する宝具が……。いや、そうか……。そういうことか……」

 

 なにかを喋りかけたアネルザが急に言葉を濁らせた。

 王を守る宝具のことを言及しかけたと思ったが、なにか知ってる?

 

「あっ、もしかして、実はルードルフが突然に若い侍女の令嬢を凌辱したりしているという噂があるんだが、それは、その闇魔道とやらの影響かい?」

 

 そして、不意にアネルザが叫んだ。

 ルードルフ王が令嬢を凌辱――?

 なんだ、それ?

 

「噂ではないわ。事実じゃ。もう三人ばかり喰っておるぞ。もはや、集められた下級貴族の令嬢どもも、ひとりでは王の前には行かん。後宮は大変なことになっとる。テレーズが金をばら蒔いて、被害者たちを黙らせとるがな」

 

「ちっ、やはり、本当のことかい――。冗談じゃない。だったら、終わりだ、あいつ――。操りだろうが、知るかい――」

 

「言っておくが、操りといっても、大した操りではないぞ。わしの見たところ、凌辱が気持ちいいと暗示を与えただけだ。令嬢を襲うのは、あいつのちゃんとした意思だ」

 

「くそう――。いずれにしても、もう終わりだよ。どうせ、責任とる気はないんだろう? とにかく、誰がテレーズをして、王を闇魔道で操らせてるというんだい? その裏にいる相手は誰で、その目的はなんだい――?」

 

「そんなことは知らん。だが、それは調べた方がいいであろう。しかし、問題もない。ルードルフが操られてるとしても、そのルードルフを排除してしまえば、なんの問題もない」

 

「ううん……」

 

 アネルザは考え込む表情になる。

 

「とにかく、主要な大臣も、議会を牛耳る貴族もテレーズには逆らわんのは、そのためだと考えた方がよいな。あいつの闇魔道は感情を動かすのだ。操られた側は、だから操られてる自覚はない」

 

「ちょっと待ってよ──。国王陛下や宮廷内の重鎮が、そのテレーズという女官長に操られてるというの? それって、大変な陰謀じゃあ……。まさに、ハロンドールに対する侵略行為よ」

 

 ミランダは口を挟んだ。

 すると、サキがこっちに視線を向けた。

 

「おう、そうだった。そもそも、お前についての話の途中だったな。それをはっきりさせんで、べらべらと語ったか……。とにかく、その前に、まずは、わしの立場をはっきり言おう。わしはこの国のことなど、どうでもいいし、この国に棲む人間族どもが、滅びようが、腐れようが、侵略されて全員奴隷になって、挙げ句に、のたうち回って死のうがまったくの痛痒もない」

 

「言うねえ……」

 

 アネルザが渋い顔になる。

 

「妖魔将軍の二つ名まであるわしが、人間族の後宮などに入っておるのは、主殿に頼まれたからだ。それ以下でも、それ以上でもない。その主殿のことをこの国の王は、捕縛すると称しておる。そんな王はいらん──。操られてるいようともだ――。わしの主殿に手をかけると口にした時点で、すでに万死に値する罪を負った。そう思っておる」

 

 サキがまたもや、酒をぐいと飲み干した。

 アネルザが黙ってサキの空になったコップに酒を注ぐ。

 そして、自分の盃に酒を足した。

 

「……まあいい。操り云々(うんぬん)は置いとこう。そうであっても、あの男はもういい……。今度こそ見限った。あのろくでなしが……。だけど、やりすぎはよくないさ。お前の言うこともわかるが、全部終わってから、ロウとイザベラに与えるのが、空っぽの金庫と火の車の財政じゃあ、ふたりが苦労するだけだ」

 

 アネルザも酒を呷った。

 

「その苦労はお前の役目だな、王妃。とりあえず、役立たずの大貴族を幾つか挙げろ。テレーズに、そいつらに罪状をつけて、私財をとりあげろとそそのかしておく。そもそも、わしの見たところ、この人間族の国は無駄が多いな。この際だから、もっと切りつめろ」

 

「まあ、ちょっと面倒なのは、いくつか心当たりがあるねえ。まずは、役立たずのくせに、持っていくものが多い王族の血を引く二大公爵家だね。ロウが喧嘩を吹っ掛けた相手だし、あれは潰そう。そうすれば、財政など、立て直しておつりがくるかもしれん。ついでに商業ギルドだ。あれの財も奪うか。だけど、うまくやらないと内乱だよ。権力に相応しい権威も、私軍もあるんだ」

 

「これから内乱を起こそうというお前がなにを言っている。まあいい……。公爵かなんか知らんが、どうせ、自分で自軍を管理しているわけじゃないのだろう? つまりは信頼のおける部下に預けているというわけだ。そっちに、ピカロとチャルタを向かわせてもいい」

 

「あのふたりを?」

 

 ピカロとチャルタというのは、サキと一緒に王の後宮に入っている女のはずだ。

 曰く付きの得たいの知れない連中という以外は、ミランダもよく知らない。

 

「うむ……。あいつらは、別の仕事をさせてるが呼び戻そう。いざとなったら、いいなりになるようにたらしこませる。任せておけ。その連中が戦おうと決意しても、部下はそれには従わん。そういう状況を作っておく」

 

 たらしこむ?

 なんのことだろうと思ったが、口を挟める感じじゃないので黙っていた。

 

「だったら助かるねえ。くだらない王家の荷物がなくなって、ロウもやりやすくなる。むしろ、いい贈り物だ。どんどん、やっておくれ……」

 

 アネルザが笑った。

 そして、ミランダを見た。

 

「……というわけだよ、ミランダ……。もうわかったと思うが、わたしとサキは、すでに国王を見限って、ロウに後を継がせると決めている。まあ、とりあえずは、王太女のイザベラに王位を継がせるが、実権はロウだ。お前はどうする?」

 

「ちょっ、ちょっと待ってよ……。そもそも、ロウは承知なの?」

 

「承知じゃないさ。なにしろ、あいつがいなくなってから、事態が動いたんだ。だけど、別にロウになにかをしろというわけじゃない。働くのはわたしであり、ほかの者だ。ロウは王家として権威をふるまいたければ、そうすればいいし、一介の市民でいたければそうすればいい。いずれにしても、ロウに手を出そうとする者など、いないという環境を作る。わたしたちがやろうとしているのは、そういうことだ」

 

「ま、待ちなさい、アネルザ。いまの話なら、王は何らかの魔道にかかっている可能性が高いんでしょう。だったら、テレーズを排除して、王の支配を解けば、事態の改善も……」

 

「うるさい、ドワフ――。そもそも論だ。あれを守るために、ひと汗もかく気はない。主殿が本来立つべき場所を、地位を、立場を作る。そのためにわしは動くのだ。なんで、わしがあの腑抜けを助けねばならん」

 

 サキが不機嫌そうに口を挟んだ。

 アネルザがそれを制する。

 

「まあ、待て、サキ……。さて、ミランダ、わたしとサキの立ち位置は、いまのとおりだ……。テレーズの怪しげな能力のことはわたしもいま初めて聞いたが、正直、もうどうでもいい。操られていようと、いるまいと、テレーズごとルードルフを排除するだけだ。むしろ、体よく操られてくれて、よいきっかけになったくらいにしか思わない。わたしももう腹を括っている」

 

「腹を括るって……」

 

 ミランダは困ってしまった。

 

「とにかく、ロウには権力を握ってもらう……。サキの言葉じゃないが、これは基本方針さ……。ということで、ミランダがどうするのか、訊きたいねえ。傍観するというなら、それでもいい。事が終わるまで、ここにいてもらうだけだ。協力するというのであれば、一緒にやろう」

 

「ま、待ってよ……。い、いきなり言われても……」

 

 困惑した。

 あまりのことに、頭がついていかない。

 どうやら、アネルザは、国王がロウに対して捕縛指示を出したことで、怒り心頭に達してしまい、サキと組んで国王を退位させてしまう政変を起こそうとしているようだ。

 その原因が、どうやらテレーズという食わせ者の新女官長の陰謀ということもとわかってきたが、もはや、それはどうでもいいという。

 寝耳に水の情報だが、都合がいいので、それさえも利用している気配さえある。

 まあ、確かに、ミランダも、王がいきなり、ロウの捕縛命令を出したことで、どう対処すればいいのかと悩んではいたが……。

 

「お前も待て、アネルザ。ここから先の話は、みんなでしよう。これの意見も訊きたいしな」

 

 すると、サキが言った。

 これ……?

 

「これって、なんだい?」

 

 アネルザも首を傾げている。

 

「わしの仮想空間で同行をしてもらっておった。いずれにしても、こいつに話を持ち掛けたら、二つ返事で応じたぞ。これも、主殿に対する王の仕打ちには激怒していたようだ」

 

 サキが言った。

 そういえば、このサキは、ロウの収納術と同様に仮想空間の術を遣うのだと思い出した。いや、そもそも、ロウの亜空間の術そのものが、サキから伝授されたもののはずだ。

 

 すると、目の前にひとりの女が現われた。

 真っ白いローブに身を包んだスクルズだ。

 

「スクルズ──?」

 

「スクルズ──。サキ、お前、スクルズを巻き込んだのかい──? というか、王都に戻ってたのかい」

 

 ミランダに次いで、アネルザも声をあげた。



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318 三人組とあとひとり

「スクルズ──?」

 

「スクルズ──。サキ、お前、スクルズを巻き込んだのかい──? というか、王都に戻ってたのかい」

 

 ミランダに次いで、アネルザも声をあげた。

 スクルズは、ロウがいなくなってから、とり憑かれたように、例の遠距離移動術施設をロウが向かったナタル森林方向に延伸する作業を続けていて、ほとんど王都にいなかった。

 スクルズを見たのは久しぶりだ。

 

「殿下、水臭いですわ。ロウ様のために動くのであれば、どうして、もっと早く、声をかけていただけなかったのです? 確かに、王都から離れておりましたが、神殿には連絡手段を残していました。もちろん、協力します」

 

「……というわけだ。今回の企てに際して、わしは、こいつは協力するだろうと踏んでいた。その通りだったぞ」

 

 サキがにやりと微笑んだ。

 スクルズが頷く。

 

「こんなときこそ、ロウ様のお役に立ちたいのです。さもなければ、わたしはなんのために神殿長になったのか……。でも、神殿長になりたてのわたしには、動かせるものなど、たかが知れております。そんなときに、サキさんから提案を頂きました。素晴らしいお考えです……。ロウ様が戻る前に、ロウ様に悪意のある王陛下など潰してしまいましょう」

 

「潰すって……、あんた……」

 

 にこにこしながら、過激なことを言うスクルズに、ミランダは絶句した。

 

「及ばずながら、わたしもご協力いたします……。それと、サキさんが言ったことですが、発端はテレーズの闇魔道であっても、動いた感情はそれを解いても元に戻るとは限りません。ロウ様を助けるには、王を排除した方が確実です。どうか、わたしも参加させてください」

 

 スクルズが頭を静かにさげた。

 ミランダはびっくりした。

 

「ス、スクルズ、あんた、なにを言っているのかわかっているの──? 王陛下を潰すなんて、あなたらしくない物言い……。そもそも、神殿長の立場で……」

 

 ミランダはやっと言った。

 スクルズが顔に笑みをたたえたまま、ミランダに振り向く。

 

「みなさんの会話は、サキさんの仮想空間の中で聞かせていただきました。ですから、わたしの“立場”も申しましょう……。ロウ様に害するものがあるなら、わたしが持っているもののすべてを使って、それと戦います。その相手が国王陛下その人でも、例え、神そのものでも、わたしは戦います。とにかく、ロウ様のために、ルードルフ王は潰しましょう」

 

 スクルズがきっぱりと言った。

 ミランダは、なにも言えず、ただただ唖然として大きく口を開けてしまった。

 そして、驚きもした。

 

 考えてみれば、スクルズとロウが懇意となるきっかけとなった「三巫女事件」の頃は、スクルズは確かに能力は高かったが、どちらかというと優しすぎて、か弱さの方が大きかった。ましてや、いまのように、堂々と国王に対する叛意を口にするような女ではなかったのだ。

 それが、いつの間にか、ロウに害意を抱く国王など潰そうとまで言うほど強い女になっている。

 なんという変わりようだろう。

 このスクルズにしろ、冒険者ギルドでサキの前に立ちはだかって抗議したランにしろ、ロウの女になって、本当に強い女に変わったと思った。

 

「よく言った、スクルズ──。わしらの同盟に悦んで迎えよう。なあ、アネルザ……。よし、スクルズも座れ」

 

 サキがアネルザに言った。

 そして、魔道で部屋にあった肘掛椅子を引き寄せて、寝台の近くまで移動させる。

 スクルズがそれに腰掛けると、サキが盃を出現させ、スクルズに渡して、酒を注ごうとした。

 

「これは誓いのお酒ですね……。でも、ロウ様から、もうお酒を飲むなと禁じられているのです。水を頂きます」

 

 スクルズはサキの酌を断り、盃だけ受けとると、その盃に自らの魔道で水を浸した。

 そういえば、ずっと前だが、調子に乗ったロウが酒をスクルズに無理矢理飲ませて、酔っ払ったスクルズが大暴れしたという事件があったか……。

 それはともかく、そういえば、この塔の中では、いかなる魔道も囚人が遣えないように、牢内に特殊な結界が張ってあるはずだった。

 しかし、サキもスクルズも、平然と魔道を遣っている。

 最初にアネルザが口にしたとおり、ここはそういう処置をすべて排除してしまっているのだろう。

 

「誓いの酒とか、そんな大層なものじゃない。ただ、飲んで喰っているだけだ。作戦会議をしながらな……。まあ、酒が駄目なら勧めん。しかし、この料理は食べてくれ。妖魔式でいこう。手掴みでやれ」

 

「まあ、手掴みですか? お行儀が悪いですねえ……。ええ、もちろん、頂きます。仮想空間の中で実はやきもきしてました。桂鳥(ケーバード)ですか……」

 

 スクルズがころころと笑って、サキが持ち込んだ肉に手を伸ばす。

 

「まあ、これは美味しい──。すばらしい味です」

 

 スクルズが肉を口にして驚いた表情になった。

 

「ちょ、ちょっと待ちな、スクルズ。あんた、自分がなにに加わろうとしているのか、わかっているのかい? 神官の立場で、現実の政争に関与するのはご法度だろう。いまの職は続けられなくなるよ。アネルザ、本当にあんたの企てに、スクルズまで巻き込むつもりなのかい──?」

 

 ミランダは、アネルザに怒鳴った。

 サキとアネルザが同時に口を開きかけたが、それをスクルズが制する。

 そして、ミランダに向かって口を開く。

 

「……ミランダ、身に着けている下着を全部脱いで、こっちに渡してください。すべて焼き払いますから……。生まれたままの姿になってくださいね」

 

 スクルズが、にこにこと微笑みながら、事も無げに言った。

 ミランダは耳を疑った。 

 

「な、なに言ってんだい、スクルズ──」

 

 ミランダは怒鳴った。

 いきなり、全裸になれなど、スクルズはどうかしたのか──。

 しかし、スクルズは口元に笑みをたたえたまま、じっと視線をミランダから外さない。

 スクルズが、さらに微笑んだ。

 

「……だって、いくらなんでも、素っ裸では逃亡はできませんでしょう? 逃走防止ですわ。わたしとミランダの仲ですもの。危害は加えません。でも、事が終わるまで、ここに閉じ込められてもらいます」

 

「ちょ、ちょっと、スクルズ」

 

 どうやら、本気で言っているようだ。

 その手元に、魔力が集中するのを感じる。

 魔道だ──。

 ミランダはたじろいだ。

 

「わたしたちが、もしも、王国への叛逆者として捕らわれて、王都の広場で磔になって処刑されたとしても、どうか知らぬ存ぜぬで通してください。あっ、念のために、鎖で首輪もしましょう。ミランダが加担していない証拠になりますわ」

 

 スクルズがあっけらかんと言った。

 驚くのは、スクルズがちっとも冗談を喋っている様子がないことだ。

 これは本気だ。

 ミランダは悟った。

 アネルザもサキも、にやにやと事態を静観しているだけだ。

 かっとなった。

 

「そもそも、あんたたち、どうかしているんじゃないのかい──。国王陛下を排除する政変を起こすなど、とても正気とは思えないね。なるほど、理由はわかった──。ロウを助けたい──。そうなんだろう。そりゃあ、あたしだって同じ思いさ。陛下がロウを捕縛しろと息巻いたと耳にしたときには驚いた──。なんとかしないといけないとも思った──。だけど、それは王陛下が得体の知れない存在に、感情を操られて起こったことだったんだろう? だったら、なんとかやりようがあるんじゃないのかい。もっと、ちゃんとした解決法がね」

 

「それはあるかもしれません。でも、叛乱を起こすというのは、わたしは良いお考えとは思いますが? ロウ様が権力をお握りになるのです。それをわたしたちのような女たちで支えるのです。ロウ様はただ存在して、わたしたちを愛していただければいいのです。働くのも、問題を解決するのもわたしたち……。働いた分のご褒美でロウ様に愛してもらえるのです。きっと愉しいと思いますわ……。まあ、想像したら、わたしもぞくぞくしてきました」

 

 スクルズはにこにこしている。

 だが、ちょっとわかったが、少し様子が不自然じゃないだろうか……?

 スクルズにしては、どうにも落ち着きがないような……。

 興奮しているというか、高揚しているというか……。

 

 そして、はっとした。

 実は、このところの不可思議な気分の乱れや、体調の変化のようなものには、ミランダも心当たりがあるのだ。

 どうにも身体が熱いというか、むかむかと胸に込みあがるものがあるというか……。

 夜眠っていて、身体が突然に火照りきり、まったく眠れないということもある。身体も怠い感じがして、以前よりも力が入らない。

 奇妙な寝汗をかき、苦しい。

 不定期に襲ってくる発作のようなものだ。

 それがなにであるか、もうミランダも心当たりがある。

 

 つまりは、ロウだ──。

 なんだかんだで、あの男が王都にやって来て依頼、十日も隔てて抱かれなかったことはない。

 精力が絶倫のロウは、一緒に暮らしている三人娘だけでは、とうてい性の相手が不足し、なんだかんだと理由をつけて、ミランダを始め女たちを抱きにくる。

 そんな生活が当たり前になっていたところに、ロウの一箇月半の不在だ。しかも、おそらく、短くとも、あと一箇月は戻らない。

 すなわち、ロウに抱かれていないせいで、禁断症状ともいっていい欲求不満の状態になっているということだ。

 そして、この苦しみや身体の火照りは、日が経つにつれてひどくなる。

 恥ずかしいが、ずっとやっていなかった自慰の習慣も復活している。

 だが、いくら自慰をしたところで、決して満足できない性欲の飢餓状態……。

 ずっと、そんな感じが続いている……。

 

 だったら、それはスクルズも同じだろう。

 むしろ、スクルズは三人娘以外では、一番ロウに抱かれる頻度が多かったと思う。

 もしかして、あまりの禁断症状で、スクルズもおかしくなった……?

 まあ、そればかりじゃないだろうが、これがスクルズの冷静な判断力を失わせているのは間違いない。

 無論、スクルズだけじゃなく、アネルザも、もしかしたらサキも……。

 

「とにかく、冷静になりなよ、あんたら──。よく考えるんだ。王陛下の感情の激昂が操られたものであるなら、過激な手段以外にも、解決策は山ほどあるよ。そもそも、今回の陛下のロウへの仕打ちは、イザベラだけでなく、アンがあんなことになってしまったことだろう? その感情であれば、簡単にひっくり返せるじゃないか。時間をかければ、怒りも収まるかも……」

 

 ミランダの言葉に、サキがびくりと背筋を伸ばすように動いた。

 しかも、ぶるぶると身体を震わせるような仕草をし、ちょっとその動作を継続して、次いで、すごい表情でミランダを睨みつけてきた。

 

「な、なにを呑気なことを言っておる、ドワフ──。お前たちの国王は、いま、王女ふたりに新しい男をあてがおうと動いておるぞ。まあ、それは例のテレーズのささやきによるものだがな。しかし、王女の婚姻など、王が書類に署名をすれば、それで成立するのだ。主殿が戻ったとき、あのふたりが他人のものになっていたという事態になっていたら、それこそ烈火のごとく怒るのではないか」

 

 サキが声をあげる。

 ミランダもびっくりしたが、平然と話を聞いていたアネルザが、顔を真っ赤にして激怒した。

 

「なんだと──。わたしに断りもなく、そんなことを許されるものかい──。母親のわたしはなにひとつ聞いていないよ──」

 

 そして、怒鳴りあげた。

 だが、サキは呆れたように首を竦めた。

 

「お前はなにを言っておる。そういうことに文句を言わさんように、王とテレーズはお前を捕縛して監禁しておるのだ。ここでのんびりと過ごしていれば、ノールの離宮にいる本人ふたりも知らんうちに、両方とも人妻になってしまうぞ。書類だけ通しておいて、儀礼めいたものは、後でする。そんなことを相談しておるのだ」

 

 サキが鼻を鳴らした。

 

「相手は誰だい──?」

 

「アーサーとかいうタリオの大公じゃな。よくわからんが、今回の騒動をすでに知っておったらしく、魔石を使った魔道通信で、条件付きでイザベラを娶ってもいいと申し込んできたらしいぞ。形式婚だそうだ。一緒には生活をせずに、名目上だけの夫婦ということだな。ルードルフは既にその気になっておる。アンにも条件のいい相手を準備するそうだ」

 

「なんだって──。あいつ、まだ諦めてなかったのかい。サキも、それを早く言わないかい――」

 

 アネルザが怒鳴った。

 

「王を滅ぼしましょう。そして、ロウ様に相応しい地位の贈り物を……。なんの問題もありません。それで話は終わります」

 

 スクルズも毅然とした表情で言った。

 駄目だ……。

 一見冷静だが、もしかしたら一番それを欠いているのがスクルズかもしれない。

 

「ロウに地位の贈り物といってもねえ……。さっきも言ったけど、そもそも、あいつはそんなものを欲しがるのかい? あたしの見たところ、権力欲があるどころか、それから逃げ回っているように思えるけどねえ」

 

 ミランダは言った。

 少し前まで、ロウは名が評判になると困ることがあるということで、冒険者ギルドでは、ずっとロウの功績を隠して、外に出ないようにするという工作を頼まれてやっていた。

 このところは、イザベラとの関係を公にするような行動もするようになったが、元来、謙虚で目立つことを好まない性質のように思う。

 だいたい、ロウに権力欲があるとは思えない。

 好色で女好きだが、ロウはそれに始まり、それに終わる。

 

「だったら、もしかしたら、お怒りになるかもしれませんね。きっと勝手なことをしたわたしたちに、罰をお与えになりますわ。激しく折檻もなさるでしょう」

 

 スクルズがうっとりした表情で言った。

 すると、アネルザとサキも噴き出した。

 

「確かに……。あいつは、わたしらに怒って、酷い目に遭わせるんだろうねえ。想像しただけで、身体が震えてきたよ」

 

 アネルザが豪快に笑いながら言った。

 サキも酒を口にしながら、大きく頷いて笑っている。

 スクルズがミランダの顔をじっと覗くような仕草をしてきた。

 

「なにか問題がありますか……?」

 

 スクルズが言った。

 問題……?

 問題だって……?

 あいつが、ミランダたちに怒って罰を与えることが……?

 想像した。

 そしたら、なぜか急に笑いが込みあげてきた。

 いつのまにか、くすくすと小さく笑ってしまっていた。

 

「なるほど、なんの問題もないかもしれないね」

 

 ミランダも言った。

 まあいいか……。

 こうなったら、毒喰えば皿までだ。

 

 すでに、ロウが全土に手配されてしまい、捕縛指示が出されているのは事実だし……。

 この三人が駆け始めた以上、ミランダも、この企てにどっぷりと浸かってしまったと言っていい。

 三人が走って、ミランダが傍観するという選択肢はもともと存在しないのだ。

 

 怒ったロウに折檻か……。

 確かに、なんの問題もないかもしれない……。

 

「これで決まりですね。ほかの者たちについては、状況を見守りながら誘いましょう。いずれにしても、王太女殿下やアン様とも話を合わせる必要がありますね」

 

「まあそうだね。離宮でこちらのことはわからないだろうから、早く接触する必要がある。放っておくと、あいつらが情報遮断されているのをいいことに、ルードルフとテレーズにいいようにされる」

 

 スクルズの言葉に、アネルザも頷いた。

 

「では、血判の誓いをいたしましょう。魔道の誓いです。これを行えば、決して裏切ることはできません。仲間を売ることもできません。捕らえられても口に出せないので、苦しい拷問が続くことにもなるでしょう。なによりも、ロウ様の名は出せません。どんなに拷問を受けてもです。絶対にロウ様にはご迷惑はかけられないのです」

 

 すると、スクルズが宙から一個の盃と剃刀を出現させた。

 それに半分ほど水を浸し、さっと剃刀で手のひらに小さな傷を作り、水の中に血を少し垂らす。

 盃はスクルズの魔道で宙に浮いている。

 

「血の誓いかい……。いいねえ。スクルズ、刃物を貸しておくれ」

 

 アネルザがスクルズに手を伸ばす。

 スクルズが剃刀をアネルザに手渡し、盃がアネルザの前に移動していった。

 指の先で傷をつけたアネルザの血がそこに混ざる。

 

 ミランダもその剃刀を受け取る。

 宙を走ってきた盃に血を垂らした。

 すでにもう腹は括った。

 ミランダの血もそこに混ざる。

 

「さあ、サキさんも……」

 

 スクルズがサキに声を掛ける。盃がサキの前に移動していった。

 だが、なぜかサキはたじろいだような表情になった。

 ミランダは首を傾げた。

 

「どうしたんだい、サキ?」

 

 アネルザがサキを見た。

 だが、サキはなにか不自然そうな仕草で腰を捻るような仕草をしている。

 もしかして、動揺している……?

 

「だ、大丈夫だ……。問題ない……。問題など……。い、いや、なんでもない……。だが、念のために確認するが、これを誓えば、お互いに裏切られなくなるということだな?」

 

 サキの言葉にスクルズが首を横に振る。

 

「裏切ることができないのは、ロウ様に対してです。もともと、あたしたちはロウ様を裏切ることなどできません。ですから、これがあってもなくても、同じなのですが、まあ、儀式のようなものですね」

 

「なるほど、儀式か……。ロウを裏切らないためのな……」

 

 サキがほんのかすかに脱力したようになり、そして、盃の上に拳をかざす。

 その拳から血が垂れて、盃に混ざった。

 盃がスクルズの前に戻り、スクルズが手をかざす。

 すると、盃から赤白い湯気が勢いよくあがり、四人を煙のようなもので包んだ。そして、あっという間に四散してなにもなくなる。

 

「これで、わたしたち四人の血の血判が結ばれました。たとえ、捕らわれても、仲間を売ることはできませんし、ロウ様の名を出すこともできません」

 

 スクルズが言った。

 

「よかろう。わしらは、ロウに危害を加える勢力と相対するという点で同盟というわけじゃな。面白い──。今日は朝から愉快だ。どうせなら、血の誓いだけじゃない。この四人で義姉妹の誓いもするか? この妖魔将軍サキが、人間族のお前たちと義姉妹になってやろう。これもなにかの縁だ」

 

 サキが愉しそうに笑った。

 すると、スクルズがいきなり小さく笑いだした。

 

「ふふふ、愉しいですね……。ところで、念のために確認させていたたきたいことが、殿下、そして、サキさん……」

 

「確認したいこと?」

 

 アネルザがスクルズを見た。

 サキも視線を向ける。

 

「本当に些細なことで、まあ、どうでもいいことなのですが……。もしかしたら、すべての発端がなんとなく、そこにあるような気がしたものですから。仮想空間でお話を伺っているときに、ルードルフ王は闇魔道の操りを受けているという話がありましたね?」

 

 スクルズがアネルザとサキの顔を交互に見ながら言った。

 

「あったな。なにか心当たりがあるのか、スクルズ?」

 

 アネルザが応じる。

 

「いえ、それはなんとも……。それよりも、わたしも神殿界の規約に従いまして、魔道を注がさせてもらっている王陛下が常に身につけておられるはずの、王家の宝珠ですが……。陛下が闇魔道にかけられたということは、それを所持していないということになるのではないですか? あのときの、アネルザ殿下の態度で、なにかを知っているような感じがしたのです」

 

「んんっ?」

 

 アネルザが複雑そうな表情になった。

 ミランダにはわかった。

 これは、なにかを隠している。

 

「今日は、仮想空間越しですが、ルードルフ陛下も垣間見ました。確かに不自然でしたね。でも、今回の事態が、それが招いた災厄というのは、サキさんも王妃殿下も、お気づきですよね?」

 

 スクルズが言った。

 ミランダは驚いた。



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319 「四人組」の成立

「王家の宝珠ですが……。陛下がそれを所持していないのはどうしてでしょう? 今回の事態は、それが招いた災厄というのは、サキさんも王妃殿下も、お気づきですよね?」

 

 スクルズが言った。

 アネルザは、にやりと微笑んでしまった。

 特段の思いなどなかったが、本物の「王家の宝珠」をルードルフから取りあげて偽物とすり替えさせ、ロウに手渡したらどうかと、サキをけしかけたのは、ほかならぬアネルザだ。

 なにしろ、あの男は閨に入ると、絶対に肌身離さずに身体に触れさせておかなければならないという王家の宝物を、性行為の邪魔になるからという理由で、平気で外して寝台の横に置いたりしていたらしい。

 その話をサキから教えられ、思わず、そのまますり替えてロウへの贈り物にしてしまえと言ってしまった。

 

 サキもまた、アネルザから、その魔道具が王のみにしか許されない貴重な宝物だと教えられ、それなら確かに、ロウにこそ相応しいものだと納得し、大した苦労もなしに、サキ自身が準備した偽物とすり替えて、ロウにその王家の宝珠を渡したという。

 スクルズの神官長への就任式のときだったと思う。

 半年くらい前のことだ。

 

 王家の宝珠というのは、歴代のハロンドールの王のみしか所持を許されぬものであり、それどころか、王以外に触れてはならぬとされている代々の国王伝承の魔道具だ。

 なにしろ、悪意ある刃物や魔道、毒や呪いを宝珠保持者に向けた場合、その悪意を跳ね返して、攻撃を向けた者にその悪意をそのまま与えるという究極の防護具なのだ。

 その性質上、あまり公にはされていないが、ハロンドール王がそれを持っていることについては、知る者は知っている。

 ある意味、王冠や玉璽(ぎょくじ)よりも、王権の象徴といえるだろう。

 それをロウに引き渡した。

 

 しかし、スクルズは王が宝珠を持っていないことに気がついたようだ。

 もっとも、王都三大神殿長は、その魔道力の高さから、数年に一度、宝珠に魔力を注ぐことを王家と神殿界の相互規約として定められている。

 スクルズも、神殿長就任後、その規約に従って、宝珠に魔力を注いだはずだ。

 そのときにでも、気がついたか……?

 あるいは、今日サキとともに、仮想空間越しであるが、王宮に入ったそうだから、王にでも対面して、なにかに勘づいた?

 

「ちょっと待って──。いまのどういう意味? ちょっと聞き捨てならないことを言わなかった? ねえ、サキ、アネルザ?」

 

 ミランダが声をあげた。

 ふと見ると、サキがにやにやと笑っている。

 

「さあな……。なんのことか、さっぱりとわからん。のう、アネルザ?」

 

 サキがアネルザを見た。

 だが、ミランダが険しい顔でこっちを睨んできた。

 

「しらばっくれるんじゃないわよ、ふたりとも──。白状しなさい。もはや、あたしたちは、死ぬも生きるも一蓮托生の大悪行をしようとしているのよ。隠さないで──」

 

 ミランダが怒鳴った。

 すると、サキが微塵も悪びれた雰囲気もなく、軽く肩を竦めた。

 

「別にどうということもない。あるべきものをあるべき場所に移しただけだ。あの宝珠は、わしの眼から見ても、なかなかのものだった。だから、閨ですり替えて主殿に贈っただけだ。まあ、あの愚鈍な変態王にはもったいない。主殿にこそ相応しい」

 

「呆れたわね。どうやら、国王の大事な防護具のようなものみたいだけど、ロウは知っているの、サキ?」

 

「もちろんだ。喜んでくれた。ご褒美に抱いてくれたぞ。気持ちよかったのう」

 

 サキが白い歯を見せた。

 アネルザは苦笑した。

 あのときは、ロウも、無条件で喜んだわけじゃない。むしろ、この国でもっとも重要な宝物と教えられて、最初は躊躇した気配だった。

 結局は持っていったが……。

 その後、サキとアネルザを抱いたが、あれも別にご褒美というわけじゃない。

 あの男は、褒美であろうが、罰であろうが、結局は女の腰が抜けるほどに、激しく抱き潰していくのだ。

 

 それにしても、さっさと戻って来ればいいのに……。

 どうせ、のんびりと、一緒に出ていった女たちと愉しい日々を送っているに違いない。

 もしかしたら、また新しい女を増やしたかも……。

 本当に苛々する……。 

 

「だ、抱いてもらった……のですか……?」

 

 そのとき、スクルズが鬼気迫ったような口調で呟いた気がした。

 首を傾げて視線を向ける。

 すると、スクルズははっとしたように、顔を赤らめて視線を逸らした。

 

「だが、よくわかったな、スクルズ。さっき、不自然さに気がついたと申したが、偽物とはいえ、わしが準備したのだ。人間族にはばれない自信があったのだがな」

 

 サキは悪びれた様子もなく、言った。

 しかし、スクルズは首を横に振る。

 

「宝珠のすり替えに直接に気がついたわけじゃありませんよ、サキさん。今日、仮想空間越しですが、王宮に連れていってもらったとき、王陛下に感情支配の操り術が掛かっていたのはすぐにわかったのです……。つまり、宝珠の効果がなかったということです。あの宝珠は悪意のある攻撃なら、武器や毒による直接的な攻撃であろうと、魔道や呪いなどの間接的な攻撃であろうと、全てを跳ね返す効果があるはずですから……」

 

「なるほど、不自然なのは、ルードルフか。だが。あいつは、いつも変であろう」

 

 サキがからからと笑った。

 

「確かに変でしたね。あんなに不機嫌そうな王陛下には、初めて接しました。従者に喚き散らしたりして、まるで別人でした」

 

「そうであろうな。あれでも、侍女としてやってきた令嬢を三人程喰って、少しはご機嫌になったのだがな。いまはすっかりと警戒をされておる。決して、単独では動かず、隙を見せないようになっておるな。ただ、わからんのは、いまだに侍女たちが逃げんことかな。一度、実家に逃げ込んでも、説得されるのか、悲痛な顔で戻ってきたりしてな。まあ、人間族というのは、律義な生き物なのかのう」

 

 サキは首を捻りながら言った。

 

「さっきの話は、本当の本当だったのかい……。ルードルフが女妾じゃなくて、侍女としてやってきた貴族令嬢を襲ったというのは……」

 

 アネルザはがっかりした。

 

「そうだな。わしも四六時中見張ってはおらんが、凌辱でしか性欲が発散できんから、隙を見せれば、襲いかかる野獣だぞ、あれは……。この前は侍女が行く厠に隠れていたこともあったしな。ただ、今日については、昨日、ひとりも抱けなかったので不機嫌だっただけだ」

 

「アネルザ殿下、これはわたしからも、申しておきますが、陛下にかかっていた闇魔道は、操りとはいっても、感情を増幅されるという性質のものであり、支配魔道としては強いものではありません。陛下が感情を操作されたとはいっても、あくまでも、その行動は陛下の意思によるものです」

 

 スクルズはきっぱりと言った。

 アネルザは首を横に振った。

 

「わかったよ。もういい」

 

「いずれにしても、わたしは大いに違和感を覚えましたが、同じように宝珠の効果を承知しているはずの王妃殿下がちっとも違和感をお感じになっていないことを不思議に思ったのです。むしろ、陛下が闇魔道にかけられているとお聞きになったときの態度が不自然でしたし……。だから、ちょっとお訊ねしただけです」

 

 スクルズが愉しそうに笑った。

 

「なるほど、かまをかけられただけか……」

 

 サキもつられるように笑った。

 

「でも、笑い事じゃないかもしれません、サキさん。全ての発端と申したのは、大袈裟なことではありません。言葉が足りませんでしたが、大事なことを言おうと思ったのです──」

 

「大事なこと?」

 

「はい、殿下。陛下の支配術は、多分、あのテレーズという女官長殿なのでしょうが、王宮内の家臣の方々にかけられていた操心術は、王陛下自身の魔道で効果を増幅もされておられました。おそらく、王家に伝わるほかの魔道具をお使いになったのではないでしょうか」

 

 スクルズがあっさりとした口調で言った。

 だが、アネルザはびっくりした。

 

「なんだって、ほかの魔道?」

 

「んんっ、なんじゃ、それは? 家臣たちが大人しくなっているのは、テレーズの闇魔道のせいではないのか?」

 

 サキも驚いている。

 

「先ほども申しましたが、テレーズという女官長の発した闇魔道は、せいぜい悪感情が増幅する程度であり、その当人の持つ、知識や確立された価値観までを覆せるわけではないと思います。あくまでも、緩やかな変化です。でも、今日、仮想空間で連れて行っていただいた王宮に蔓延していた支配術は、もっと次元の異なるもので、隷属魔道に近いものです。わたしは、王家の魔道具ではないかと思うのですが……」

 

 スクルズは言った。

 

「王家の魔道具? 確かに、宝具の中にそういうものはあるけど、使用も持ち出しも禁止しているものだよ──。あいつ、まさか自分の家臣たちに、そんなものを使っているのかい──」

 

 隷属の魔道具を使ったとすれば、王に対する家臣たちの忠誠心を疑うようなものだし、王家による家臣たちへの裏切り行為にもなる。

 王家の掟で犯罪者以外には使わぬものと、堅く封印をされていたはずだ。

 それに手をつけたのか?

 アネルザは愕然とした。

 そもそも、スクルズが言及した魔道具については心当たりがあるのだ。

 おそらく、王家の蒐集品に、そういうものは幾つかある。

 

 いずれにせよ、あれは魔道そのものに大した秘密性がない。

 ちょっとした魔道感知で、魔道にかけられていることがわかる程度のものだ。

 魔道をかけられた家臣たちはともかく、違和感を感じた家族たちが調べれば、すぐに王家の宝物による操心術であることを見抜くだろう。

 大切な父親や母親、あるいは子供を王家が操心術をかけて隷属させたと知れば、貴族たちの王家に対する忠誠心は一気に低下する。

 操られたとはいえ、あの男、なんという馬鹿なことを……。

 アネルザは呆れた。

 

「ほう、ピカロとチャルタをノール城に送ったために、あいつらが施していた主だつ者への操心は弱まったはずだが、あの家臣どもへの操心は、王も一枚噛んでおったのか。それはわからんかったな」

 

 サキが笑った。

 

「さっき、ピカロたちをどっかに送ったと言ってたけど、ノール城に向かわせたのかい?」

 

 アネルザは言った。

 一方で、いまのサキの言葉で確信したのは、これまで、はっきりとは教えられてなかったものの、あのピカロとチャルタもなんらかの操心術を持つのだろうということだ。

 まあ、そう思っていたが……。

 サキュバスだし……。

 

「あいつらには、イザベラとアンを見守れと指示してる」

 

「そういうことかい。そういえば、もしかして、ヴァージニアたちの行方も知ってるかい?」

 

「おそらく、ノール城だろう。イザベラが連れていかれた翌朝早く、わしのところに来たからな。そのとき、イザベラたちが連れていかれた場所は教えた。すぐに追うと話してたから間違いあるまい」

 

「なら、よかった」

 

 ほっとした。彼女たちも行方知れずで心配していたのだ。

 すると、ミランダがだんと寝台の上の木箱を叩いた。

 

「なにを呑気に笑っているのよ、あんたら──。話を逸らさないで――。だったら、アネルザとサキが宝珠さえ盗まなければ、王宮がテレーズとかいう女に乗っ取られることはなかったんじゃないの──」

 

 そして、声をあげた。

 まあ、そうなのだろう。

 そういう話なのであれば、王家の宝珠をルードルフがちゃんと装着していれば、テレーズの闇魔道の罠にルードルフが嵌まることもなく、また、ルードルフが王家の魔道蒐集品に手を出すこともなかっただろうし、家臣たちへの魔道工作も成功しなかったのは間違いない。

 

「話を逸らすつもりはないけど、もういいじゃないかい……。あれは、まあ、巡りあわせだね」

 

 アネルザは、それだけを言った。

 

「避けられない運命じゃ」

 

 サキも大きく頷く。

 

「もうひとつ言わせてください。そもそもの話です。それで、ちょっと思ったのですが……。その隷属の魔道具は、王族以外のテレーズでも扱えるものなのですか?」

 

「いや、あれは王族、というよりは、現王であるルードルフにしか扱えない。そのように調整がしてある。だけど、そもそもって?」

 

 アネルザは、スクルズがなにを言いたいのかわからなかった。

 

「ならば、やはり、隷属の魔道具を活性化させたのは、陛下御自身なのですね……。では、そもそも、なぜ、陛下は王家の操り具などを持ち出したのでしょうか?」

 

「なぜって、宮廷の大臣や官吏を自分の思い通りに動かすためだろう。もともと、あの男には、王としての人望は皆無だからね。テレーズの無理な要求を官吏たちに応じさせるには、操り具でも遣うしかなかったんじゃないかい?」

 

 アネルザは言った。

 だが、スクルズは首を横に振った。

 

「でも、それはルードルフ王のもともとのお気質に合致しません。なぜ、テレーズというお方の要求を叶えねばならないのでしょうか。先程から何度か申しておりますが、わたしの見立てでは、彼女の闇魔道は、感情を操作するものだと思います」

 

 スクルズが同意を求めるようにサキを見る。

 

「まあ、わしの見立ても同じだ。テレーズの闇魔道は、感情操作だ」

 

 サキも頷く。

 

「ならば、陛下がやりたいと思う行動しかやらせることはできません。隷属の効果は、テレーズも利用したいと考えたとは思いますが、もしかしたら、ルードルフ王の動機は、別にあるのではないかと……」

 

「別の動機?」

 

「今日の仮想空間越しの訪問では、侍女をしておられる令嬢たちには会えませんでしたが……。先程のサキさんの話によれば、いまの陛下は、凌辱で性欲を発散するとか……」

 

「まあ、そうだな」

 

 サキが再び頷いた。

 

「だけど、いくらなんでも、そんなことを数回もすれば、あっという間に王宮は大騒ぎになるでしょう。さすがに、警護の衛兵だって、黙認してやらせるわけがありません。でも、いまは、陛下を咎める声は宮廷にはないし、令嬢たちですら、完全には逃げてはいないのですよね……。むしろ、一度逃げても、すぐに戻ってるとか……」

 

 スクルズの言葉で、アネルザははっとした。

 

「あ、あいつ、若い令嬢たちを犯すために、王家の隷属の魔道具を持ちだしているというのかい──」

 

 そして、叫んだ。

 

「わたしは、侍女をしている令嬢の方々に会ってもおりません。ですから、いまのは当て推量です。でも、あの陛下のお人柄から考えれば、それが一番納得のいく動機なのではないかと……」

 

「いや、間違いない──」

 

 そのとき、サキが自分の膝をばちんと叩いた。

 全員の視線がサキに集まる。

 

「お前たちに告げていない情報もあったが、いまのですべてが合致した。あれは、おそらく、侍女の若い令嬢を操り具で逃げられんようにしておる。ただ、同意のもとの性交では勃起できんようにしたから、単に逃げられんようにしているだけと思うが……」

 

「同意では勃起できないようにした……?」

 

 ミランダが怪訝な顔をして呟いた。

 アネルザも、そこはちょっと気になったが、サキは無視して言葉を続けようとしている。

 まあ、いいか……。

 

「そうか、王宮の連中が妙に大人しいのも、そのためか──。いや、すべてが納得できる。間違いない。それだけじゃない。娘を傷つけられた貴族どもが王宮にやって来たことがあったが、しばらくすると大人しくなった。人間族というのは、律義なものだと思ったが、あれは魔道具の影響か」 

 

 サキが声をあげた。

 

「いずれにしても、滅ぼしましょう」

 

 スクルズもきっぱりと言った。

 ミランダは、黙ったまま盛大に溜息をついた。

 

「まあいい……。さて、では血判の誓いに合わせて、義姉妹の契りをするぞ。スクルズに合わせて、ただの水にした。魔道的な影響はない。ただの誓いだ……。だが、誓おう」

 

 サキがそう言って、魔道で片手で持てるほどの盃を出して指で触れた。

 盃に水が溜まる。

 そして、サキがすぐに盃をごくりと飲む。

 

「主殿のために……」

 

 サキがひと言発して、アネルザに盃を手渡す。

 

「ロウと……生まれてくる新しい血のために……」

 

 アネルザも水を飲む。

 

「すべてをロウ様に捧げます……」

 

 次いで、スクルズ……。

 最後にミランダに盃が渡る。

 

「じゃあ、ロウのために」

 

 ミランダもちょっと苦笑混じりに言って、残っている水を飲み干した。

 

「これで、わしらは本当に仲間だ。じゃあ、主殿をこの国の支配者とするための悪だくみを開始するとするか」

 

 サキが愉しそうに言った。

 

「そして、ロウ様に全員で叱られましょう。なんということをしてくれたのだと。きっと激しく折檻されるでしょう。愉しみです」

 

 スクルズだ。

 

「わたしは、あのロウがわたしの前にやってきて以来、ずっと、こうしたかったのさ。あんな国王なんかに嫁いだことに失望したが、あのロウは英雄の器だよ。わたしの娘時代に出逢った占い(ばば)あが予言したわたしの英雄は、あいつに違いないんだ」

 

 アネルザは言った。

 

「仕方ないわね……。ひとりくらい常識家がいないと、あんたらはどこまでも暴走しそうだし」

 

 ミランダは笑っている。

 しかし、さっきまでとは異なり、目に迷いがない。

 完全に目が据わっている。

 

「とにかく、これで後戻りはない。ロウを絞首刑にすると息巻いた愚鈍な王には、さっさと引退してもらおう。面倒なことをいうようなら、逆に首に縄をかけてぶら下げてやる。ロウに手を出せるものなら、出してみな──」

 

 アネルザは横に置いていた酒の入った盃を一気に呷った。

 酒のせいなのか、それとも、ロウを担いで、王を交代させる政変を起こすのだという興奮のためか、一気に身体が熱くなった気がした。

 すると、ミランダもまた、自分の手元にある酒を呷る。しかも、コップじゃなくて、瓶だ。

 それを一気に飲み干した。

 アネルザはちょっと唖然とした。

 

「こうなったら、やるよ──。王都の世論工作や貴族内の不安を煽る役目も任せておくれ。これでも、世話をしている冒険者はたくさんいる。こんなときこそ命を張ってくれる者もいる。王都中を反国王の流言の嵐にしてやる」

 

「ミランダは、逃亡をして行方不明ということにしましょう。隠れ処として第三神殿の一角を提供します。そこを臨時冒険者ギルドの秘密拠点にして、子飼いの冒険者を集めてはどうでしょうか」

 

 スクルズだ。

 

「それはいいねえ。ということで、あたしを、ここから出してくれるんだろうねえ、サキ? いつまでも下着でいられないんだよ──」 

 

 ミランダがサキを睨みつけた。

 

「わかったよ。しつこいねえ」

 

 サキが笑って、空中からミランダの服一式と指輪を出して手渡した。

 仮想空間の術だろう。

 ミランダが鼻を鳴らして、それを受け取る。

 さらに、アネルザにも服を渡してきた。

 アネルザはそれを受け取って、身に着ける。

 

「それと、わしはテレーズを使って、徹底的にルードルフの評判を落としてやろう。任せておけ。アネルザ、悪いが、テレーズはしばらく泳がせる。ルードルフの評判を、もう少し落とさないとならない」

 

 サキが微笑んだ。

 

「わかったよ。同意するよ……。確かに、もう少し王都が荒れないとね……。わたしは、父の辺境侯をはじめとして、領地諸侯に手紙を書くよ。いずれにしても、ロウを早く保護しないとならないだろうね。あいつのことだから、問題ないと思うけど、万が一、ルードルフに身柄を先に押さえられたら面倒だ。最終的には、あいつには、王を追い出す政変の旗頭になってもらわないとならないしね……」

 

「ロウは国境を越えているのだろう。それよりも、先にイザベラとアンを抑える方がいいのう、アネルザ。とりあえず、わしの眷属を貸そう。すぐにでも向かうといい。アーサーが手を出そうとしているのは嘘ではなさそうだぞ」

 

「そうだね……。まあ、いずれにしても、王都の不安が広がることを利用して、信用のできる辺境貴族を反ルードルフでまとめてやろう。任せな──。でも、騒ぎを起こすのはいいけど、本当の内乱にはならないだろうねえ? その辺りは大丈夫かい、サキ?」

 

 アネルザは言った。

 

「心配ないが、ピカロとチャルタを呼び返す……。あのふたりに任せておけば、主立つ王軍の将軍を全部しもべにし直す。王が命令しても軍が動かないという状況を作らせる。問題ない──。勝手には軍は動かさせない。戦いらしい戦いも起きずに、国王は退位するしかなくなる。その後も任せておけ。主殿に邪魔な者は、次から次に、あの二匹を向かわせて骨抜きにする」

 

 サキがにやりと微笑む。

 アネルザも、そのふたりの能力は、この際だから、この後、しっかりと問い質しておこうと決めた。いまは、とりあえず聞き流すが……。

 

「わたしも世論を煽りましょう。お任せください。それに考えていることもありますし……」

 

 スクルズが口を挟んだ。

 王国の歴史上最も若く就任した女性神殿長のスクルズは、その美貌と可愛らしさもあり、「白蘭(はくらん)の魔女」と称されて、いまや大変な王都内の人気者だ。

 このスクルズが世論工作に加われば、その影響は大きい。

  

「いずれにしても、ロウの身柄を早く押さえたいわねえ。アネルザの言う通り、間違っても、王側にロウを先に確保されるわけにはいかないのよねえ。ナタル森林に入ってしまうと、冒険者ギルドの支部が、エルフ族の都のエランド・シティにしかないのよ」

 

 ミランダは言った。

 

「まあ、あっちはあっちで、一騎当千の女どもが守っておる。主殿のことは、しばらく置いてもよい。ルードルフも、王国の外まで手を出せるわけじゃない……」

 

「うーん、そうかい?」

 

 ミランダが納得したように黙った。

 サキがアネルザを見る。

 

「アネルザ、さっきも言ったが、わしの眷属を貸すから、ノールの離宮に一度行け。手紙による世論工作など、ここでなくてもいい。お前の身柄そのものは、ここにいることにするが、事態が変化すれば、テレーズもなにをするかわからん。お前については身を移しておいた方が安全だ」

 

 サキだ。

 

「まあ、そうするかね……。ところで、もうひとつあるよ。そもそも、テレーズの後ろにいるのは、なんなんだい? あいつの目的は? ハロンドール王国をどうしようっていうんだい」

 

 アネルザは言った。

 心当たりはある。

 そもそも、ハロンドール王国に手を出そうという陰謀を企てることができる存在など、限られてくる。

 エルニア魔道王国は鎖国中で、国の外のことには一切関心がない。

 それは、ナタル森林のエルフ族の女王であるガドニエルも同様だろう。

 ただ、あそこの女王は君臨するだけの象徴で、実権はナタル森林の都にある水晶宮という宮殿だ。いまの水晶宮の支配者は、カサンドラという女だったか……。

 しかし、いずれにしても、そこが森林の外に謀略を仕掛けるなど考えられない。エルフ族は、極めて閉鎖的な種族なのだ。

 

 残りは、ローム三公国……。

 だが、そのうち、デセオ公国は退廃と享楽の国と呼ばれる独特の風習の国だし、カロリック公国は国内で獣人差別問題が勃発しており、外に目を向ける余裕はないはずだ。

 名目だけの三公国の宗主である皇帝家?

 いや、それはない……。

 すると、消去法でタリオ公国ということになる。

 

 さっきの話によると、タリオ公国のアーサーは、イザベラとの婚姻の打診をルードルフに寄せたらしい。

 それ以前にも、自由流通について、マアを一時的に帰還させるなど、忙しく動いていたし、先日は、アンとイザベラのことで、ロウから恥をかかされた立場だ。

 あのアーサーだったら、闇魔道師を送り込んで王宮を乗っ取るというような大それた謀略もやりかねない。

 

「なあ、サキ、もしかしたら、テレーズの後ろにいるのは……」

 

 アネルザはサキに視線を向けた。

 

「うっ」

 

 そのとき、サキが急に小さな呻き声をあげた。

 そして、慌てたように、そのサキがアネルザの言葉を遮るように口を開く。

 いきなりのことで、アネルザは訝しんだ。

 

「……な、なんの問題もない。安心しろ……。それは、わしに任せよ。お前ら王宮には入れんだろう。わしが調べる」

 

 すると、すっと心が晴れる心地になった。

 まあ、サキに任せておけば問題ないか……。

 そんな気になる。

 

「じゃあ、任せるよ。だけど、面白くなってきたねえ……。だけど、早くロウが戻ればいいねえ。こうやっていても、思うのは主殿のことばかりだ」

 

 アネルザはぽつりと言った。

 

「……本当に……。本当に……、本当に、ロウ様に早く会いたいです……。ロウ様がいないと、魔道を遣うのに集中が途切れるのか、魔道もうまく遣えない気までします。わたしのたったひとつの取り柄は、魔道だけなのに……。ロウ様がいなければ、なにもできません」

 

 しかし、スクルズがふと寂しそうに呟いた。

 自分の言葉で感極まってしまったのか、驚愕することに、俯いたスクルズの眼に涙が滲んだのがわかった。

 アネルザはびっくりした。

 

 でも、さっきから思わないでもなかったが、スクルズは冷静なようだが、かなり情緒が不安定になっている。

 これも、ロウが一箇月半も不在していることによる影響だろう。

 ミランダが苦笑しながら、スクルズに手を伸ばして、ぎゅっと抱き締めたのが視界に入った。

 

「とにかく、基本方針はそれでいいとして、詳しい話し合いをするか」

 

 サキが声をかけた。

 






 *


【四人組】


 ロウ=サタルス台頭のきっかけとなったハロンドール王国晩期の「ハロルド王都の争乱(⇒『同項目』を参照)」において、ロウ=サタルス不在間にロウを担ぎあげた政変を主導したとされる四人の女のことを指す。
 すなわち、王妃アネルザ、寵姫サキ、王都の第三神殿長スクルズ、ハロルド冒険者ギルドのミランダである。
 現在では、当時、四人の全員がロウの愛人だったことが知られている。
 『コゼ日記』には「女四天王」の表記もあるが、後日、サタルス朝によって編纂された『帝国正史』において「四人組」の用語を使用したため、現在に至っている。

 四人組は、兇王ルードルフがロウに捕縛命令を出したことに反発して、政争によってルードルフの退位を目論んで闘争を開始したものの、複雑な各地の情勢が絡み合った結果……。
 ……。
 ……。

 また、前述の『帝国正史』では、一連の争乱の過程で四人組のうち二人が命を落としたとされているが、これについては、矛盾する各種記録も残っており、特に、神格化されたスクルズに関しては……。
 


 ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受け初版本から抜粋して採録したものである。)


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320 女術師の(てのひら)(1)

 昼過ぎになり、アネルザたちと別れて宮廷に戻った。

 いつもの離宮に入る。

 どっと疲労が襲った。

 本当に疲れた。

 

 すると、すぐにテレーズがやって来た。

 テレーズにつけている韋駄天(いだてん)族のスカンダも一緒だ。

 やはり、サキの行動を監視していたのだろう。

 

「うまくいったようね、サキ……。あなたに持たせた盗聴用の魔道具を通じて、四人の会話は聞いていたわ。想定していないこともあったけど、概ねこっちの手のひらの上よ。うまくまとめてくれたわ。ああいうのは、ばらばらに動かれると、かえって面倒なのよね。むしろ。ひとつになってくれると、対処しやすいのよ」

 

 テレーズが応接用の椅子に勝手に腰かける。

 スカンダは、いつものように、にこにこして、テレーズの横に立っている。

 サキは、テレーズの向かい側の椅子に座っていた。

 

「スカンダ、テレーズに侍る任を解く。わしのところに戻れ。そして、次の指示を待て」

 

 サキはスカンダに声をかけた。

 

「あい、サキ様」

 

 スカンダが元気よく返事をして、ちょこまかと歩いてくる。

 

「あら、お別れなの? 寂しくなるわねえ。それに、とっても便利だったのに」

 

「話を聞いていたのだろうが。アネルザをノールの離宮に送る。お前の言う通りにしたぞ。だから、このスカンダをアネルザにつけるのだ。お前については、この宮殿を出ないのであろう。必要あるまい」

 

「でも、可愛いのよう。とっても素直でいい子で……。誰かさんとは大違い。じゃあ、またね、スカンダちゃん。今度、また、お菓子を準備しておくわね」

 

 テレーズがにこにこ微笑んだ。

 

「あい、テレーズ様、ありがとうございました。それと、お菓子、とってもおいしかったです」

 

 スカンダがサキの横で振り返り、テレーズに向かって大きく頭をさげる。

 そして、すっと姿を消した。

 サキが仮想空間に、スカンダを隠したのだ。

 

「とにかく、よくやってくれたわ。アネルザは途中で、今回の陰謀の相手を確信したような様子だったけど、あなたがうまく誘導して暗示をかけてくれたので、一時的に関心を消してくれたようだったわね」

 

「ふん……。いまは、お前の手の内かもしれんが、あいつらは、一筋縄ではいかん女傑どもだ。そうそう、お前の思うままにはいかんぞ。いずれ、お前がタリオの犬であることは、すぐに勘付く」

 

「いいのよ。時間がすぎてから気がついたとしても、王都から離れてしまえば、なにもできないじゃない。いずれにしても、アネルザは、わたしの闇魔道にはかからないから面倒なのよね。いなくなってくれた方が、わしが王宮で動きやすいわ」

 

「す、好き勝手してくれおって……。あんな風に脅さんでも、ちゃんと話を誘導してやった」

 

 サキは舌打ちした。

 

「ふふふ、ごめんなさいね。だけど、声だけだけど、ちょっと途中から愉しくなっちゃってね。だって、わたしが話題を変えろと盗聴具の振動で伝えるたびに、声が上ずるんだもの。よく気がつかれなかったわね」

 

 テレーズがころころと笑った。

 

「貴様……」

 

 サキはテレーズを睨みつけた。

 だが、すでに慣れたものであり、サキが殺気を向けても平然としている。

 はらわたが煮えるのをぐっと我慢する。

 

「とにかく、あれで十分よ。ミランダは、放っておいてもいいわ。さっきの話によれば、彼女がやるのは流言によるルードルフの悪評の拡大なのね。それは、わたしが望むことでもあるので、どんどんとやってもらいましょう。それに、彼女は国同士の陰謀なんか得手じゃないでしょう。自由にさせておいても、そんなに怖くないわ」

 

「あの水に混ぜた魔道薬は、どのくらいの効き目なのだ? 本当に危険なものじゃないのだな?」

 

 サキは言った。

 水というのは、義姉妹の盃と称して、三人に飲ませた水に混ざっていた魔道薬のことだ。テレーズに事前に手渡されたものであり、サキが集めた会合のときに、三人に飲ませるように「命令」されていた。

 だから、義姉妹の水盃と称して、自然なかたちで三人に飲ませた。

 テレーズに事前に教えられたのは、あれを飲めば、しばらくのあいだ、暗示にかかりやすくなり、あまり人の言葉を疑わなくなる効果があるということだ。

 確かに、あれを飲ませてから、四人の打ち合わせは、サキの提案の通りになり、残りの三人はほとんど意義を唱えなかった。

 まあ、サキの提案とはいっても、テレーズに指示を受けた内容のものであり、その意味では、サキを含めた四人は、ずっとテレーズの手のひらで踊っているだけと言えないこともない。

 

「あなたに説明したとおりよ。魔法薬の効果は非常に限定的。数日もすれば、きれいさっぱりと効果も消えるわ。だって、あんまり効果が強いものだと、アネルザとミランダはともかく、スクルズが気がつきそうだったもの。実際、ひやひやしていたけど、彼女はなにもわからなかったみたいね。あなたの身体の中の魔道の盗聴具の存在もね」

 

 テレーズはくすくす笑った。

 サキは歯軋りするほどに、歯を噛みしめた。

 だが、テレーズの言葉には、嘘はないのだろう。

 サキから見ても、あの魔道薬は、ほんの少し他人の言葉を信用しやすくなるくらいで、大したものじゃない。

 だから、テレーズに命じられており、サキには逆らうことはできないとしても、三人を騙して口にさせることに、あまり、罪悪感は覚えなかった。

 そして、効果も確認した。

 あれを飲んだ直後、アネルザはあのとき、タリオの関与の可能性について発言しようとしていたと思うが、サキが「問題ない。任せよ」という言葉を挟むと、それ以上の思考をやめて、タリオのことを頭から消してしまった。

 

「それに、気がついてもいいのよ……。動かなければ……。わたしも驚いたけど、あの三人は、わたしが闇魔道でこの国の王宮を支配していることを知っても、どうでもよさそうだったわね。それよりも、騒動を拡大して、ルードルフを排除する方向に傾いたじゃない。あれなら、わたしが命じられていることに合致するから、魔道薬を飲ませるというような小細工はいらなかったかもね」

 

「お前がタリオの犬だということを知られても構わんということか?」

 

「タリオって?」

 

 テレーズが笑った。

 この女は、これだけあからさまにしながら、絶対に自分の口からは、タリオの間者であることを発言しない。

 おそらく、それを禁止されているからなのであろうが、しかし、それを仄めかしたり、サキの言葉を否定しないというような言葉遊びはする。

 これもテレーズの遊戯のようなものなのかもしれない。

 自分を「命令」に逆らえない「犬」だと自嘲し、いまでも指示を受け続けているとはいうが、それが誰であるかは具体的には言わない。

 サキが相手を口にすれば、否定しないことで肯定するのみだ。

 おそらく、口には出せないように、命令を受けているのだろう。

 

「お前の飼い主だ」

 

 サキははっきりと言った。

 

「……まあ、困るのは、それを確信して、外交問題としてわたしの飼い主の国に抗議されることよ。そうすれば、向こうは謀略などなかったと白を切り、わたしは消されるわ。この死の呪術ですぐにね。わたしが怖れているのはそれよ……。ねえ、リュンネガルト?」

 

 テレーズが顔に冷笑を受かべる。

 サキはかっとなった。

 

「い、いつまでも、わしを愚弄すると……」

 

「愚弄してなどいないわ。あなたは、わたしの永遠の奴隷……。わたしが、死の呪術で殺されれば、あなたも後を追わないとならない。それを教えてあげているのよ──」

 

 テレーズがサキを睨み返してきた。

 

「……アネルザはこっちで抑える。迂闊に動きそうなのは、あれだけだ。こっちの宮廷は、お前が支配に置いておるのだろう?」

 

 サキは、言いたいことをぐっと我慢して、それだけを言った。

 

「そういうことね。じゃあ、いい子ちゃんのサキには、そろそろ盗聴具を抜く命令を与えてあげましょうか? それとも、気に入った?」

 

「首を捩じり抜くぞ──。ギルドでも、監獄塔でも、いちいち会話の途中でちょっかいをかけてきおって──。わしをあんまり愚弄せんことだ──。お前など、ほんの一瞬で殺せるのだぞ──」

 

 テレーズの小馬鹿にしたような物言いに、ついに激昂してしまって、サキは怒鳴った。

 立ちあがって、サキの首に手を伸ばしかける。

 だが、それ以上は身体が動かない。

 真名で支配されている魔族の本能が、サキの行動を阻むのだ。

 サキは硬直したまま、呻いてしまった。

 

「だけど、真名で支配されて、言いなりになるしかない……。そうでしょう、サキちゃん?」

 

 テレーズは冷笑的に顔を歪めた。

 サキは不機嫌を隠すことができずに鼻を鳴らした。

 大きく深呼吸をして、気を落ち着かせえる努力をして、座り直す。

 まったく、本当に忌々しい。

 

「あのとき、油断さえしなければ……。お前が真名を唱える前に、首をもいでおけばよかった……」

 

「そうね。呑気に酒を飲んだり、食事をしたりすることなく……。いえ、魔毒殺しを飲んで能力がなくなっていたとしても、それに気がついていれば、あなたは、その腕でわたしを殺せたわね。残念だったわねえ」

 

 テレーズが勝ち誇ったように言った。

 サキはぎりぎりと歯を噛んだ。

 とにかく、この妖魔将軍のサキともあろうものが、目の前の人間族に唯々諾々と従い、こそこそと仲間を裏切るようなことをさせられて、思考を宣言するような魔道薬を服用させ、こいつのくだらない謀略の片棒を担がされるなど屈辱だ。

 だが、この女に真名を握られている以上、サキには逆らう方法がない。

 すべては、あの食事のときに、すっかりと油断しきってしまったからだ。

 目の前の女など、まったく武芸も使えず、闇魔道の遣い手とはいえ、せいぜい感情を動かす程度であり、操り術というのもおこがましいほどの能力しか持たない小者だ。

 いつでも殺せるし、どうにでもなると思った。

 まさか、真名を読み取られてしまうとは……。

 

「いずれにしても、あなたたちの一連の話し合いは、わたしの満足の範囲内だったわ。話し合われたことも概ね想定内だったし……。これで、もう少しルードルフを使って、この王都を賑やかにすることができそうね。アネルザも、わたしを泳がせることに同意したしね。よくやったわ、サキ」

 

「やかましい──」

 

 サキは怒鳴った。

 とにかく、この人間族の思惑に従って、人形のように動くしかないというのは、不本意だ。

 ただ、納得はしている。

 

 このテレーズと最初のときに話したときに、このテレーズは、サキを説得し、テレーズがやろうとしている騒動は、ロウをこの国の支配者にするための企てと合致するのではないかと諭した。

 テレーズは、自分に隷属の紋様を刻んでいるタリオの男の命令に従い、タリオの利益になる謀略をさせられているが、考え方によっては、いまの国王のルードルフを悪評で引きずり落して、殺すか退位させるというのは、悪いものではない。

 この人間族の掟では、ルードルフが死ぬか、退位すれば、王太女のイザベラが後継者と決まっているので、イザベラを支配するロウが必然的に、この国の支配者ということになる。

 ロウが本来、あるべき地位に就くということであり、確かに、サキにとっては望ましいことだと思った。

 いや、むしろ、そうなるべきだと強く思った。

 

 まずは、この国を荒させて、ルードルフの悪評を高め、ルードルフが王として廃される状況を作る──。

 テレーズは、それが飼い主から命じられていることなのだから、サキも協力し、その後で、ロウを王にでも、なんでもすればいいと説明したのだ。

 テレーズは、自分が命じられていることを包み隠さずに喋り、「ロウを失脚させろ」とは命じられたが、「王にするな」とは命じられていないとはっきりと明言した。

 

 テレーズがやるのは、ルードルフの悪評を起こすこと、ハロンドールを荒させること、そして、ロウの失脚であり、それ以上でもそれ以下でもないと……。

 テレーズの任務が変化しない限り、テレーズはロウが台頭することについては、一切邪魔はしないそうだ。

 むしろ、失脚したロウが台頭することは、この国が荒れることに通じるので、望むところということだった。

 

 まあ、もちろん、それは、テレーズを動かしているタリオの指示が変化しないことが前提となる。

 タリオの指示が変化すれば、テレーズはロウに直接的な危害を加えるように工作をするかもしれないし、ロウの女たちに手を掛ける工作をするかもしれない。

 しかし、それは、「いま」ではないのだ──。

 

「とにかく、わたしが命じられているのは、この国の宮殿を大いに賑やかにすることよ。あの王を使ってね……。その邪魔をされなければいいの……。わたしは人形よ……。指示に従うしかないね……」

 

 テレーズが服の上から自分の胸に触れた。

 それが意味するものは、すでに察している。

 サキは鼻を鳴らした。

 

 だが、テレーズは気がついているだろうか……?

 テレーズは、真名を支配することで、サキを支配しているつもりだろうが、サキはロウに対しても、真名で支配を受けている。

 従属しているのだ。

 

 真名を支配しているテレーズに、サキが逆らえず、その不利益になる行動ができないのと同様に、ロウに対しても、サキは命令には逆らえないし、不利益になることはできない。

 いまは、テレーズのやることが、ロウの利益に通じると確信しているので、サキもふたりの「主人」に矛盾なく仕えることができる。

 だが、ロウの支配は、テレーズに対するものに比べれば、限りなく強い。

 もしも、テレーズがロウを完全に不利益に陥れる行動を取りだしたら……。

 

 いずれにせよ、テレーズにはまったく教えてはいないが、ラポルタという雌妖を動かしている。

 まだ時間がかかりそうだが、いまのところ、ラポルタは上手くやっている。

 準備が完全に整えば……。

 

「いずれにしても、あなたには期待しているわね、サキ……」

 

 テレーズが意味ありげに言った。

 

「前にも訊ねたが、最終的に、主殿(しゅどの)に害を及ぼすことはないというお前の話に偽りはないのであろうな。だから、わしは乗ったのだ──。不本意だが、アネルザをお前の思惑通りに動かすことも受け入れた」

 

「乗らざるを得なかったんでしょう、哀れな魔族ちゃん……。それは、何度も説明した通りよ。わたしは任務通りにするだけよ……。じゃあ。盗聴具を取りださせてあげるわ。立ってスカートを捲りなさい」

 

 テレーズが口元に小馬鹿にしたような笑みを浮かべて言った。

 ぐっとサキは歯噛みした。

 しかし、サキの身体は、ほとんどサキの意識もなしに立ちあがり、テレーズの前に進み出て、両手で大きくスカートをたくし上げる。

 真名を支配している相手の明確な意思と認識した言葉には、サキは逆らえない。それは魔族であるサキの血に流れている本能なのだ。

 

 サキは完全にスカートをたくしあげて、白い下着を露出させた。

 しかも、軽く脚さえ拡げている。

 そうするのが、テレーズの望みとわかっているからだ。

 魔族に対する真名の支配は、人族が使うような「隷属」魔道とは異なる。もっと本質的なものだ。

 だから、言葉以上のものを察して、行動に移す。

 テレーズがしているような、言葉遊びをしながら、ぎりぎりの命令のみしかやらないということは不可能だ。

 それが魔族の従属だ。

 

「あら、軽く欲情してた? けっこう濡れているわよ。どうでもいいけど、今度から、こういうときには、下着は黒にしたら? 染みが目立つわよ」

 

 テレーズがサキの下着を見て小さく笑った。

 わざわざ自分で確認する必要もなく、濡れているのはわかる。

 

「う、うるさい──。しゅ、主殿が白が好きなのだ。ほかの色のものはない──。い、いや、そんなこと、お前に関係あるまい──」

 

 サキは大きな声をあげた。

 恥辱で顔が赤くなるのがわかる。

 

「可愛らしいことを言うのね……」

 

 テレーズが言った。

 しかも、ちょっと笑ったみたいな口調だった。

 サキはむっとした。

 

「どうでもよかろう──」

 

「そりゃあ、そうね……。じゃあ、とりあえず、下着を外すわよ」

 

 テレーズが手を伸ばして、無造作に下着の紐を解いてサキから下着を取り去る。サキがはいていたのは、ロウが贈ってくれた、腰の横で紐で結んでとめる形式の小さな下着だ。

 それ以外の下着をサキは持っていない。ロウに気に入られたいので、すべての下着をそれとそっくりに作った。

 サキから下着を外したテレーズがくすりと笑う。

 

「前も見たけど、あんたのような魔族の女が股の毛をつるつるに剃られているなんて、扇情的よねえ。本当に綺麗な性器だし」

 

「く、くだらんことを喋るな、人間――」

 

 サキはスカートをたくしあげたまま怒鳴った。

 しかし、テレーズはサキの股間をじっと観察する態度をやめない。

 おそらく、サキが怒るのを愉しんでいるのだろう。

 本当に忌々しい。

 

「ふふふ、それに、やっぱり濡れているわねえ……。というよりは、かなり汁が多いのね……。それとも、ちょっと刺激が強かった? 魔族って感じやすいの?」

 

 テレーズがからかうように言った。

 サキはかっとなった。

 

「主殿から敏感な身体に調教されておるのだ。やかましい――」

 

 すると、テレーズが声を出して笑う。

 それで、またもや腹がたつ。

 

「だったら、悪かったわね。だけど、この場所は都合がいいのよ。あなたにもわかるだろうけど、この場所は、ロウ卿の強い魔道が掛かっているから、ほかのどんな場所よりも保護されているので、ほかの場所に隠させるよりも、探知されないのよね。だから、あの魔道力の強いスクルズでさえも、こんなに近くにある魔道具の存在に気がつかなかったようだしね」

 

「余計なことを喋るなと言っとるだろうが──。は、早く、外に出す命令を出さんか──」

 

 サキは怒りが沸いて怒鳴りあげた。

 実のところ、このテレーズには、股間の中に小さな卵型の盗聴魔道具を仕掛けられている。

 しかも、遠隔の振動機能付きのだ。

 それで、ミランダの捕縛のときや、監獄塔での話し合いのあいだ、ずっと苛まれてきたのだ。

 つまり、テレーズは、この盗聴具を通じて、サキたちの会話を耳にしつつ、遠隔の振動で合図を送ったりしていたということだ。

 思い出すと、その屈辱が甦る。

 

「ふふふ、頭に血が昇ってるのね? この盗聴の魔道具で一度いっとく? 特別に絶頂させてあげましょうか?」

 

 テレーズが笑った。

 サキは怒りで頭が沸騰した。



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321 女術師の(てのひら)(2)

「余計なことを言うな──。は、早く、外に出す命令を出さんか──」

 

 サキはかっと怒りが沸いて怒鳴りあげた。

 実のところ、サキは、このテレーズから股間の中に小さな卵型の魔道具をずっと仕掛けられていた。

 つまりは盗聴具であり、この魔道具を通じて、サキがアネルザたちと会話をずっと宮殿にいるテレーズが傍受できていたというわけだ。

 それだけでなく、会話がテレーズにとって、都合が悪い方向に進みかけると、振動によって、サキにそれを伝えるという役目もしていたのだ。

 これを通じて、時折振動による指示を受け、サキは話題を逸らせたり、遠隔で傍受しているテレーズが望むと思う方向に、話し合いを誘導したりしていたのだ。

 状況によっては、外に声が洩れない「骨伝導魔道」で情報を伝達され、テレーズの指示に従って、四人の会話を進めたりもしていた。

 いずれにしても、あまりの恥辱で脳が沸騰しそうだった。

 長い時間を生きていたサキだったが、もちろん、こんな屈辱的な仕打ちに合ったのは初めてだ。

 

「ふふふ、頭に血が昇ってるのね? この盗聴の魔道具で一度いっとく? 特別に絶頂させてあげましょか?」

 

 テレーズが笑った。

 サキは怒りで頭が沸騰した。

 

「絞め殺すぞ、人間――」

 

「ははは、怖いわねえ」

 

 くそう……。

 なんという恥辱……。

 人間族ごときに、こんな扱いを許すなど許されるものじゃない――。

 無論、ロウから受けたことを除く……。

 まあ、ロウの嗜虐は、恥辱ではあるが、快感でもある……。

 

 テレーズに、盗聴具を股間に埋めるように指示されたときには、息が止まるかと思うほどの屈辱を覚えたが、テレーズは明確に「命令」だと言い伝えてきたので、拒否することもできなかった。

 また、テレーズは、最初にサキの股間を悪戯したときに、股間に刻まれているロウの刻印の存在に気がついたらしい。

 しかも、サキをからかうための目的のためだけだが、何度目かのときに、指をサキの股間に挿入しようとして、まったく指が入らなかったことにびっくりしていた。

 それで、その刻印が他者からの股間への挿入行為を阻む機能であることを悟ったようだ。

 ……というよりは、テレーズに「命令」で喋らされてしまった。

 

 それで、テレーズは、これを魔道具を隠す場所として使うことを思いついたのだ。

 すなわち、いまサキが刻まれているロウの刻印は、ロウやロウの女以外からの直接的な男根や淫具の挿入を阻むだけでなく、魔道による転送行為も防いでいる。

 つまりは、魔道で保護しているし、魔道も跳ね返すということだ。

 正確には、ロウが駆使するのは、魔道でなく淫魔術なのだが、まあ同じことだ。

 

 とにかく、だから、股間に盗聴の魔道具を隠せば、魔道力の高いスクルズにも、見破られることはないというわけだ。鑑定のような魔道も跳ね返すし、ロウの淫魔術による封印が魔道具の発する魔力の放出を防いでくれるのだ。

 事前に挿入させられ、振動を送られたり、骨伝導を動かしても、サキの股間の外には魔力が発しないことを何度も念入りに確認されていた。

 サキにとっては、呼吸もできないような屈辱であった。

 

 実際に、スクルズは、サキが盗聴具の魔道具によって話し合いの声を宮廷のテレーズに送り込んでも、なにも気がつくことはなかった。

 まあ、それは、スクルズ自身も口にしていたが、ロウの精を長く受けていないことで、ロウによる能力向上効果の減退がスクルズにも観察されたことも影響していると思う。

 スクルズが自分自身の変化に気がついていたかどうかはわからないが、スクルズの魔道の波動はかなり乱れていた状態にあった。

 

 それはいいのだが、このテレーズは調子に乗って、会話を盗聴しながら、テレーズの望まない方向に会話が進むと、盗聴具についている機能を活用して、股間を振動させて報せてきたり、骨伝導で情報を送ってきたりしたのだ。

 股間の振動を受け、必死にそれを隠さねばならないサキは、まさに血が沸騰するような屈辱だった。

 とにかく、今日はずっと、股間に盗聴具を挿入させられて、ミランダを冒険者ギルドから収容し、さらに、監禁塔の最上階で三人に陰謀の話し合いなどをさせられていたのだ。

 

 また、卵型盗聴具の挿入は、サキ自身にやらされた。

 ロウの刻印による保護があり、他人による挿入を受け入れないからだ。

 だが、サキ自身による挿入なら、いとも簡単にできた。

 しかも、テレーズの「命令」によって挿入しているので、それを解除してもらわなければ、サキの意思だけでは出すこともできない。

 

「いいわ。出しなさい」

 

 テレーズが言った。

 サキの膣の下に手をかざす。

 股間に力を入れて、膣の筋肉だけで盗聴具を外に出した。

 

「ふふふ、湯気がたっているわよ。しかも、すごい大量のお汁も一緒に出てきたわ。これって、そんなに気持ちいいものなの? 別に、淫具として準備したものじゃないのよ」

 

 手で盗聴具を受け取ったテレーズが、サキの顔の前に、ねとねとの魔道具をかざしながら言った。

 

「よ、余計なことなど喋るな。早くしまえ」

 

「ははは、あなたって、結構面白いわねえ。スカート戻していいわよ」

 

 サキはスカートを離した。

 異物がなくなったことで、刺激によって溢れていた汁がつっと、内腿から膝に向かって垂れていく。

 サキは魔道で身体をきれいにした。

 とにかく、腹が煮え返っているが、なにもできないことはわかっているので、仕方なく、そのまま椅子に座り直した。

 

「そ、そのうち、同じ目に遭わせてやるからな、テレーズ」

 

 だが、やっぱりどうしても我慢できなかったので、それだけの悪態はついた。

 

「愉しみにしているわ。だけど、繰り返すようだけど、淫具でいたぶったわけじゃないのよ。本当に魔道の盗聴具を隠すのに、あまりにも都合がよかっただけなのよ」

 

 テレーズが悪びれた様子もなく、けらけらと笑った。そして、布に包んで盗聴具を懐にしまった。

 サキは怒りで身体がぶるぶると震えるのがわかった。

 

「それにしても、そういえば、あなたって、わたしの指示に逆らって、スクルズの魔道の誓いに応じてたわね。大丈夫なの? 先に暗示水を飲ませて、誤魔化せばよかったのに」

 

 テレーズが思い出したように言った。

 サキは、その内容よりも、あのとき股間の中の盗聴具を激しく振動させられて、動顛させられた屈辱を思い出してかっとなってしまった。

 だが、懸命に怒りを呑み込む。

 

「問題ない……。わしが裏切ることはないからな」

 

 サキは言い切った。

 だが、テレーズは馬鹿にしたように、軽く首を竦めた。

 

「現に裏切っているんじゃないの? こうやって、敵であるわたしに、彼女たちとの話し合いの情報を洩らしてるじゃないの。股間に盗聴具を隠したりまでしてね」

 

 テレーズがくすくすと笑った。

 サキはむっとした。

 

「わしが裏切らないのは、主殿(しゅどの)だ──」

 

 座っている椅子の手摺りを思い切り叩く。

 すると、ばきりと音がして、椅子の手摺りが吹っ飛んで、破片が床に転がっていった。

 テレーズがちょっとだけ、目を大きく開いたのがわかった。

 

「……新しい椅子を届けさせるわ。丈夫なのをね……。お金だけはたくさんあるのよ」

 

 テレーズが冷笑を浮かべた。

 サキはテレーズを睨んだ。

 

「お前の金じゃあるまい」

 

「そうね。前の人生も合わせて、いま、一番贅沢をしているわね。あのルードルフを使えば、なんでも手に入るんだもの。長い時間じゃないだろうし、せいぜい愉しませてもらうわ」

 

「前の人生?」

 

 サキは、その言葉が引っ掛かって、思わず言葉を繰り返した。

 

「なんでもないわよ」

 

 すると、テレーズが急に顔を赤らめて、視線を逸らせるような仕草をした。

 サキは訝しんだ。

 だが、テレーズはすぐに表情を戻して顔をあげ、何事もないように口を開いた。

 

「まあいいじゃないの……。あっそうだ、これ」

 

 テレーズがサキからとりあげた白色の紐の下着を差し出す。サキはそれを引ったくるように取って、仮想空間にしまった。

 

「じゃあ、行くわね」

 

 テレーズは立ちあがりかけた。

 

「待て――。話がある」

 

 サキはそれを制した。

 

「なあに?」

 

 テレーズが椅子に座り直して、サキを見る。

 

「それよりも、スクルズが言っておったのは本当なのだな? ルードルフが王家の隷属の魔道具とやらを持ち出して、侍女をする娘どもを喰っとるという話だ。そして、それを邪魔せんように、その魔道具で宮廷の者たちにも、操りをかけているということだ」

 

 スクルズが口にしたことだ。

 テレーズが宮廷を支配しているのはわかっていたが、それは闇魔道を遣っていると思っていた。

 まあ、別段、魔道具でもいいのだが、この宮廷に起きていることをできるだけ正確に知っておきたかった。

 

「呆れた馬鹿よね。そんなことをすれば、どうなるか想像できそうなものなのにねえ。だけど、あいつは、自分の性欲を優先させたのよ。もちろん、そうなるように、感情を仕向けているのは、わたしだけど……」

 

「やはり、真実か」

 

 サキは納得するとともに、やはり自分の能力がかなり乱れているということを改めて悟った。王家の隸属魔道がどんな魔道具によるものかはわからないが、言われるまで気がつかないなど、本来のサキの能力ならありえない。

 わからなかったが、ロウから離れることは、身体が疼いて苦しいとか、そんな生易しい影響以上のものをサキにもたらすらしい。

 

「でも、自分から使いだしたのよ。最初に侍女たちを何人か犯した後、侍女たちは逃げ出し始めるし、さすがに護衛もルードルフの行動に気がついて、やめさせようとして……。そしたら……。わたしも驚いたわ」

 

「あいつらしいのう」

 

 サキも噴き出した。

 

「これについても、あのドワフ女が、せいぜい、大袈裟に流言を王都に流してくれるわね。しかも、嘘じゃなくて、真実なんだから、まあ、大騒ぎになるでしょうねえ……。まあ、こっちは、せっかくの魔道具だから、最大限に活用するけどね。だけど、本当にあの馬鹿は国王なの?」

 

「残念なことにな」

 

 サキは笑った。

 テレーズも苦笑した。

 そして、サキは、もうひとつ確かめておきたかったことを思い出した。

 

「ところで、わしに途中で、伝えてきたアーサーがイザベラに手を出そうとしているのは本当か?」

 

 タリオ大公のアーサーが、イザベラの妊娠の情報を受けて、ルードルフに形式婚を打診してたという情報を流せと指示を受けたのは、あの監獄塔でのアネルザたちとの話し合いの最中だった。

 股間に入れられた盗聴具の魔道具を使った骨伝導で伝えてきたのだ。

 だが、どうでもいいけど、魔道の骨伝導は、外に音を洩らさずに、直接に骨を使って耳まで「声」を伝えてくる魔道なので、それを股間から発せられたときには、小刻みだが凄まじく高速な振動が子宮に伝わり、思わず悲鳴をあげそうになった。

 質問をしながら、それを思い出して、またもや恥辱が蘇ってきた。

 

「本当よ。昨日のことね。隠していたわけじゃないし、あなたは大切な相棒なんだから、できるだけ情報は伝えるわ。犬のわたしが禁止されていること以外ならね……。なにせ、わたしの命を委ねているのよ」

 

「誰が相棒で、なにが犬じゃ──。それで?」

 

「まあ、あのときに伝えたとおりね。アーサーは、ルードルフに、イザベラとの形式婚をして、生まれてくる子を自分の子として認知すると伝えてきたわ。ルードルフはその気ね。断る理由を思いつかなかったんでしょう。魔石通信が終わった後の、ルードルフの言葉からすれば、冒険者あがりの移民の成りあがりの種とするよりは、タリオ大公の種とした方がいいということよ。まあ、丁度、アーサーも王都に少し前に来ていたし、そのときの子供ということで口裏を合わせると合意をしたみたいね」

 

 テレーズは言った。

 激しい怒りが込みあがる。

 

「なにを言うか──。わしの主殿が、アーサーという小僧ごときの種に劣るというのか──。冗談ではないわ」

 

「まあ、その辺の価値観は、王族の常識というものじゃないの。とにかく、ルードルフは、イザベラ王太女とロウ卿のことは、なかったことにするみたいよ。言っておくけど、これについては、誓って闇魔道で操作はしてないわ。純粋なあの男の意思と感情よ」

 

「どうでもよい。だが、耳にしたことでは、先回、アーサーという小僧がここに来たときには、アンの方に婚約を申し込んできたのではなかったか?」

 

 サキは、前回の件には、あまり関与していなかったので、よくわからないが、確か、そんな話だったように記憶している。

 すると、テレーズがちょっと馬鹿にしたように、小首を傾げる。

 本当にこの女は、サキを苛つかせる。

 

「なにも知らないのね。もともと、アーサーの狙いは、王太女のイザベラだったのよ。アンへの打診は、きっかけにしたかっただけよ。だけど、それを見抜いたロウ卿が、アーサーの前でイザベラといちゃついて見せたの。それで怒って、アーサーは国に戻ったのよ」

 

 テレーズは言った。

 そんなことだったのかと思ったが、それよりも、テレーズの物言いには、アーサーに対する敬意など微塵も感じられなかった。

 本当に冷めているのだと思った。

 まあ、確かに、隷属の紋様や死の紋様を刻んで、人を支配するような飼い主を敬う理由などないだろうし……。

 それに、この女の直接の「主人」は、アーサーではない。

 だから、魔道的にも、テレーズにはアーサーへのしがらみもない。

 

「だったら、そのまま、大人しくしておればいいだろうが──。イザベラもアンも、主殿のものじゃ。なぜ手を出そうとする──」

 

 サキは舌打ちした。

 

「イザベラが傷物になったことで、値打ちもさがったし、いい機会だと思ったんじゃないの。あの男は箔の付く値打ちのある妃を集めているのよ。大国ハロンドールの王太女、即ち、次期女王ということであれば、他人の子を孕んでいる女でも、十分に自分の妃の値打ちがあると思ったのでしょうね」

 

「なにがじゃ──。あいつにこそ、イザベラの子の父親になる値打ちがないわい──。図々しくも、主殿の子の父を名乗るつもりか──」

 

「でも、あのアーサー大公は、すごく女性にもてるのよ。色男だし、施政者としてもすぐれているし、革新的な改革と旧態依然の前時代的な遺物の排除で、タリオをあっという間に強国にのし上げた英雄なのよ。あなたが、ロウ卿を大切に考えるのはわかるけど、業績ということであれば、アーサーが断然上じゃないの?」

 

「やまかしい──。頭の皮を剥がれたいか──。わしの前で、主殿の悪口を言うな──」

 

「おお、怖い」

 

 テレーズがわざとらしく、身体を竦める仕草をする。

 サキはむっとした。

 

「そういえば、アンについても、なにかを打診してきたと申しおったな?」

 

 サキはテレーズに訊ねた。

 テレーズが頷く。

 

「自分の有力な家臣を夫して準備すると言っていたわね、なんとなくだけど、ランスロットのことじゃないかしら」

 

「ランスロット? 知らん──」

 

「アーサーの腹心よ。とっても、綺麗な顔をしている戦士よ。あの主従は、揃って、女性が放っておかないような美しい顔をしているわよね。まあ、ランスロットは、アーサーとは異なり、女性にはかなり誠実だと耳にするけど……」

 

「主殿にかなう男はおらん」

 

 サキははっきりと言った。

 テレーズがにこりと笑った。

 

「魔族って、思ったよりも、誠実で一途なのね。ちょっと意外よ」

 

「ふん──。二枚の舌を平気で使ったり、優しい顔をしながら陰で裏切ったり、恩や義理を捨てて笑っていられるような不誠実なのは人間族だけだ」

 

「確かにね。だから、あなたのような強い魔族が、わたしのような弱い人間に騙されて、奴隷にされたりするのよね」

 

 テレーズが言った。

 サキは歯噛みした。

 

「とにかく、イザベラもアンも、主殿の女だ。アーサーとかいう身の程知らずの男に与えるなど許さんぞ──」

 

 サキは声をあげた。

 

「わたしは、飼い主の犬だと知っているでしょう。飼い主が命令を与えない限り、あなたの言うとおりにしてあげるわ。協力もしてもいい。だけど、命令を与えられたら、それを遂行するしかないわ。必要なら、あなたにも命令をして協力させる。拒否はさせないし、それ以外の行動をとることは不可能……」

 

 テレーズが服の上から隷属の紋様にある自分の胸に触れる。

 サキは鼻を鳴らした。

 

「まあいい……。しかし、アーサーとやらも、イザベラは主殿の女だと目の前で見せつけられたのなら、諦めればいいものを……。わざわざ、婚姻を打診するとは図々しい……」

 

 サキは吐き捨てた。

 

「まあ、だからこそじゃないの。あれも、結構自尊心が高いらしいから……。今回の謀略だって、ロウ卿への私恨をわざわざ任務に混ぜるくらいだからねえ……。イザベラやアンを横取りしようとしてるのも、前回の腹癒せじゃないのかしら……。おっと、これは失言ね。別にわたしの任務がタリオ大公のアーサーと関係があるとは口にしてないわよ。いまのは、喩え話……」

 

 テレーズが笑った。

 

「喩え話のう……。とにかく、これは、腹癒せの面もあるのか。女々しいことだ」

 

「まったくね」

 

 テレーズも微笑んだ。

 そして、ふと表情を改めた。

 

「それにしても、あのスクルズという神殿長やるわね。盗聴器越しに話を聞いていた限りにおいては、あなたの仮想空間に入っていながら、あたしの闇魔道にも気がついたようだし、ルードルフが隷属魔道を発動させていることにも気がついた。あまり王都にいなかったから、情報がないんだけど、なかなかの魔道遣いなのね」

 

 テレーズが言った。

 

「まあな。人間族にしてはかなりのものだ」

 

 サキはとりあえず、それだけを言った。

 実際のところ、スクルズもサキ同様に、ロウの精を長く受けないことで、能力向上の恩恵が少し低くなっているように思う。

 本来のスクルズは、もっと強い魔道の波を発するし、実際、スクルズには、かなりの魔道波の乱れが観察できた。

 ロウの不在による影響は、アネルザにも、ミランダにもありそうな感じでもあった。

 サキは、ロウと離れることで、そんなことになるとは全く思わなかった。

 ロウも知らないだろう。

 しかし、それでも、スクルズはサキが感知できなかった王宮内の隸属の魔道具の波を読み取った。仮想空間越しにだ。

 もともと人間族の魔道具だから、スクルズの方が感知しやすいというのもあるのだろうが、まあ、大した人間族の魔女だ。

 

「危険な女ね……」

 

「んん?」

 

 テレーズの呟きに、サキは視線をテレーズに向け直した。

 

「彼女を排除したいわ」

 

 テレーズははっきりと言った。

 サキは、テレーズの言葉に反応しかけたがやめた。

 テレーズがそう考えてしまった以上、もうどうしようもない。

 サキは無駄な足掻きはやめた。

 そんな義理もない……。

 

「わかった。なんでもしよう。その代わり、うまくスクルズのことを処分できたら、わしに褒美をくれ」

 

 サキは言った。

 テレーズが意外そうな顔になった。

 

「へえ、もっと抵抗するかと思ったわ」

 

 テレーズはきょとんとしている。

 

「せん――。だが、やり方はわしにも意見を言わせろ。いずれにせよ、わしが大切なのは主殿だけだ。後は些末だ。それよりも、事が進めば、わしに貴族を集めた園遊会を開かせろ。それまで、しばらくでいいから、ルードルフの令嬢喰いは抑えよ。考えていることがある」

 

「しばらく? まあ、いまや、性を発散させない方が、どんどん苛ついて狂暴になるから、扱いやすくなっていいけど……。でも、園遊会って?」

 

 テレーズが首を傾げた。

 

 

 

 

(第13話『女たちの叛乱』終わり、第14話に続く)

 







(必要により、どこでサキが振動を受けていたかについて、遡って読み直しください)


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 第14話  混沌の拡がり
322 筆頭巫女の心配(1)


「……で、スクルズ、なんでわたしが、お前を呼び出したのかは、わかっておるのだろう?」

 

 茶と茶菓子の並べられた卓を挟んだ肘掛け椅子に腰掛けているベルズが、スクルズを険しい顔で睨んで言った。

 ここは、第二神殿でも、第三神殿でもなく、ブラニーという屋敷妖精が管理している王都の屋敷だ。

 屋敷の主人は、建前としては貴族としてのロウの屋敷ということになっているが、実際にはスクルズだ。高位魔道遣いにしか仕えないというブラニーも、スクルズを「主人」として刻んでいる。

 ベルズとスクルズが、幼児返りしてしまったウルズの面倒を看ている場所でもあり、今夜は、ベルズから強制的に、ここに呼び出されたのだ。

 

「さあ、さっぱりとわからないわね、ベルズ。こんな夜に言玉を飛ばしての、こっそりのお呼び出し。もしかして、神学校時代のことを思い出したのかしら? ロウ様が抱いてくださるようになってから、ちっとも、そういうのはなかったことだし……」

 

 スクルズは惚けた。

 神学校時代というのは、まだ童女といえる時期から十五歳になるまで、スクルズとベルズは、ウルズ、ノルズとともに、同じ神学校で同窓生として神学と魔道学を学んでいて、その頃のことだ。

 もちろん、スクルズの言葉はそのままの意味ではなく、スクルズたち四人は魔道力が高く、上級魔道遣いとして寄宿舎の同じ部屋に寝泊まりし、修行の秘法と称する百合遊びに毎晩のように興じた。

 神殿界の秘密中の秘密なのだが、その理由こそ知られていないものの、淫乱であればあるほど、不思議にも魔道力があがることが事実として昔から伝えられていて、上級魔道遣いを目指す子女については、積極的に同性愛を交わすように指導を受けるのだ。

 そのことを示している。

 

「惚けるな。この数日間、毎日しているそなたの演説のことだ。どういうつもりなんだ、スクルズ──」

 

 ベルズが激昂したように、自分が座っている肘掛けをばちんと叩いた。

 スクルズは肩を竦めた。

 思うところがあり、スクルズはこの毎日、ずっと政道批判の演説を信者相手に繰り返している。

 突然の重税に生活がいっぺんに苦しくなった民衆が集まり、かなりの評判だ。

 今日などは神殿に入りきらずに外にまで人が満ち溢れれていた。

 そのため、神殿の外でも演説をやり、それがかなりの話題になったのは承知している。

 

「うわああんっ」

 

 すると、床に座り込んで積み木で遊んでいたウルズが泣きべそをかき始めた。

 

「おおっ、ごめんごめん、ウルズ。そなたのことを叱ったのでないぞ。ごめんよ」

 

 ベルズが慌てたように立ちあがって、床のウルズを抱きあげるような仕草をする。

 もっとも、幼児返りをしていて、言葉や仕草こそ、まだ四、五歳を思わせる童女だが、外見はスクルズやベルズよりも背が高い立派な成人女性だ。

 抱きかかえることなど不可能で、実際には身体を預かり支えることくらいしかできない。

 

「うわあん。だって、べーまま、怒っているの。すーままとけんかしちゃ、いやああ」

 

 いまも見ていると、ウルズにしがみつかれて、そのままひっくり返りそうになっている。

 スクルズも慌てて立ちあがって、ベルズとウルズを支えるようにした。

 肘掛け椅子ではなく、柔らかいクッションのある長椅子の方に誘導し、ベルズとともにウルズを座らせる。

 ウルズはベルズの首に両手を回したまま、両脚を長椅子に乗せて、ベルズの身体を膝で挟むようにして、ぎゅうぎゅうとベルズに抱きついている。

 

 このウルズも、一年くらい前までは、スクルズやベルズと並ぶ、第一神殿の筆頭巫女の肩書きがあったが、いまは「元筆頭巫女」だ。

 すでに、数箇月前に、正式にウルズの代わりの新しい筆頭巫女が第一神殿に派遣されて、任に就いている。

 スクルズたちよりもずっと年配の女神官であり、会話は交わすが、年代が違うこともあり、あまり打ち解けた間柄ではない。

 まあ、スクルズたちのように、二十歳そこそこで、王都三大神殿の筆頭巫女になるのが異常なのだ。

 ましてや、スクルズなど、第三神殿の神殿長であり、ハロンドールの歴史でも、「ティタン教」として、大陸全土に拡がるクロノスを主神とした神殿界の歴史でも、二十六歳の若さでその地位に就くのは異例を通り越して史上初である。

 

 一方で、ウルズは「病気」ということになっており、神官職は事実上辞したかたちになって、生活のすべてをふたりで面倒を看ている状況だ。

 実際には、病気なのではなく、あの三巫女事件のとき、ウルズの魂に密着していた魔瘴石をロウが剥がしたとき、余りにも強引に剥がしたため、魂の表面が傷ついて無くなり、ウルズの魂が生まれたときに近い状態に戻ってしまったことが、この幼児返りの原因だ。

 剥がれてしまった魂の表面は、どんな魔道でも、ロウの淫魔術でさえも、元には戻らないので、こうやって時間をかけて、成長し直すしかない。

 ただ、魂が傷つく前のウルズは、友人ではあるが、あまり性格がいい女ではなかった。

 だから、こうやって、子供からやり直すというのは、彼女にとってもいい機会をもらったと言えるのではないだろうか。

 

「うう、苦しい……」

 

 ベルズが小さく呻いた。

 スクルズはくすりと笑ってしまった。

 

 ベルズが、満更でもなさそうに、優し気な微笑みを浮かべていたからだ。

 スクルズもベルズも、赤ん坊を育てた経験はないが、ウルズと接するときには、すっかりとその気分になる。

 だけど、ちょっと強い力でしがみつきすぎだろう。

 ベルズは本当に苦しそうだ。

 

「ねえ、ウルズ、ちょっと……」

 

 声をかけようとした。

 そのときだった。

 

「うわ、冷たっ」

 

 ベルズが声をあげた。

 見ると、ウルズの腰が乗っている巫女服のスカートに、どんどんと水の染みが拡がっている。

 ウルズがおもらしをしたようだ。

 

「ご、ごめんなさいいいっ、べーまま、ごめんなしゃいい」

 

 ウルズが声をあげて泣き出す。

 スクルズは近寄って、ぽんぽんとウルズの頭を撫ぜてから、背中をさすった。

 

「大丈夫よ。お着換えしましょうね、ウルズ。でも、今度はちっちしたいときは、ちゃんと言ってね」

 

「ごめんなさい、すーまま……」

 

 すっかりとしょげ返っているウルズは、まだべそをかいている。

 そのウルズを立ちあがらせて、スクルズはまずは、濡れているウルズのスカートと下着を脱がせた。

 

「もう、ごめんなさいはなしよ。べーままも、怒っていないわ。ねえ?」

 

「ああ、怒ってない……」

 

 ベルズの諦めたような声が聞こえた

 スクルズはウルズの下半分をすっかりと脱がしてから収納魔道で片付け、代わりに新しい下着と寝着を出す。

 ついでに上も脱がせて、寝着に着替えさせようと思ったのだ。

 もう、そんな時間である。

 

 ウルズについては、スクルズとベルズが定期的に交代で面倒を看ている。日中はブラニーが世話をしてくれているが、彼女に任せっぱなしというわけにもいかずに、できるだけ、夜くらいはどちらかがここで寝泊りをしようというのが約束ごとにもなっている。

 まあ、実際には、かなりの頻度でベルズがここにやってきてベルズの相手をし、スクルズはロウとの逢瀬を優先してしまう傾向があることは確かかもしれないが……。

 そういう意味でも、スクルズはベルズに、申し訳なく思うこともある。

 

 名目上の縁が切れているとはいえ、伯爵令嬢でもあるベルズは、貴族女性としての付き合いもしているようだし、もちろん、第二神殿の筆頭巫女としての日常もあれば、若い神官たちへの神学講義や魔道訓練も自主的に行っている。最近では魔道技術の研究を発表し合うサロンも開いたりしている。

 忙しいのだ。

 それでいて、ウルズの世話は、スクルズよりも多くしているし、スクルズもついつい、本当は自分がしなければならない神殿長としての務めを、ベルズに代わってもらったりもする、

 本当に申し訳ないと思う。

 そういえば、ロウについていくために、地方巫女の集まりの主宰を押しつけたときには、烈火の如くベルズも怒ったっけ……。

 あれは、ロウが出立する直前だったか……。

 

 ロウ様……。

 いまは、どこにいるのだろう……。

 ロウのことを思うと、ベルズのことを考えていた思念は消滅した。

 スクルズは溜息をついた。 

 

「ほら、ウルズ、立っちしててね」

 

 スクルズは、着替えのために、ウルズから服を脱がせようと思って、自分の正面にウルズを立たせた。

 ロウが王都から出る直前くらいには、五歳児ほどにしっかり歩いていたのに、このところ、かなり年齢が幼くなった感じで、ちょっと足腰が頼りなくなっている。

 いまも、スクルズの肩に掴まるようにしなければ、片足をあげられない。

 

「うん、すーまま」

 

 スクルズは、ウルズの汚れた身体を魔道できれいにしてやった。

 そのウルズは、まだベルズの膝の上で、おもらしをしてしまったことで、半べそをかいている。

 また、幼児返りしているとはいえ、姿かたちは大人の女なのだから、はかせるのも大人の下着だ。

 なんだか、おかしな感じもするが、いまではこの関係にすっかりと慣れてしまった。

 

「ウルズ、いい加減に泣くのはやめんか。わたしは怒っておらんというのに……」 

 

 横からベルズが声をかけてきた。

 

「ほ、ほんとう、べーまま? ウルズのこと叱らないの?」

 

「叱らん。ちょっとびっくりしただけだ」

 

 ベルズが苦笑をウルズに向けた。

 

「じゃあ、全部お着換えしようね、ウルズ」

 

 スクルズはウルズから服を脱がせていく。

 ウルズの胸が露わになると、仕草には似つかわしくない豊満な乳房がスクルズの前に迫ったような感じになった。

 こうやって、世話をするのだが、豊かで立派な胸もある。

 そんなウルズに、「まま」と呼ばれて懐かれるのは、考えてみればおかしいかもしれない。

 

「うう、だが、やられてしまったぞ。このまま、わたしも寝着に着替えるか。もう務めはないし……。よければ、スクルズも一緒にここに泊まっていってはくれんか? このところ、ウルズも夜泣きをするのだ。三人で寝れば、少しは違うかもしれん」

 

「そうなの? じゃあ、そうするわ。神殿に連絡しとく。でも、夜泣きまで?」

 

「まあ、ロウ殿がいなくなって、だいぶ経ったし、色々と不安なのだろうのう」

 

 ベルズが嘆息した。

 

「とにかく、災難だったわね、ベルズ」

 

 スクルズは、素裸にしたウルズをさらに洗浄魔道で身体を清潔にした。

 次いで、魔道通信で連絡用の言霊の球体を第三神殿も送る。

 神殿の者は、スクルズとベルズの仲が昵懇なのも、お互いに「病気」のウルズの面倒を看ているのも知っている。

 こうやって、小屋敷で休むのも珍しいことじゃない。

 もっとも、スクルズの場合は、ここに泊まると告げておいて、かなりの頻度でロウの屋敷に泊まっていた。

 どうせ、王都周辺であれば、転送術で瞬時に移動できるので、小屋敷にいようと、第三神殿だろうと、ロウの屋敷にいようと変わらない。

 これについては、ウルズの存在は、むしろありがたいくらいだ。

 

「ああ……。それと、寝る前にはおしめをつけさせてくれ。多分、おねしょするぞ」

 

 すでに、自ら魔道で身体の洗浄をして、寝着に着替え終わっているベルズが声をかけてきた。

 

「そうなの? もうおしめはしなくてよくなったんじゃないの、ウルズ?」

 

 スクルズは、おしめをするために、全裸にしたウルズを床に横たわらせて言った。

 

「わ、わかんない……。ね、ねているときだけ、するの。あっ、でも、いまも、しちゃったし」

 

「いいのよ。少しずつ練習しましょうね。それに、今夜は、もう、ちっちしたから大丈夫かもよ。それとも、もう一度、ちっちする?」

 

 スクルズの言葉に、床に寝そべっているウルズが首を横に振る。

 収納魔道には、おしめはなかったので、ベルズに頼んでとってもらった。

 仰向けに膝を立てさせ、布をお尻の下に当てる。

 

「あら……」

 

 しかし、スクルズは思わず、小さく呟いてしまった。

 ウルズの股間が真っ赤に充血して、股間からはどろどろと愛液が垂れ出る感じになっていたのだ。 

 欲情しているのだ。

 スクルズは嘆息した。

 さっきは、なにも見ずに洗浄魔道をしてしまったので気がつかなかった。

 これは大したものだ。

 しかも、たったいま洗浄魔道で股間をきれいにしたのだから、いま濡れているのは、あれから、ほんの短い時間のことということだ。

 また、ここまで濡れていれば、身体が疼きまくってつらい状態のはずだ。

 もしかして、おもらしをしたり、おねしょが復活したりと、成長が退行したようになったのは、これが原因かもしれない。

 いや、もしかしなくても、そうなのだろう。

 スクルズの身体も同じ状態だ。

 身体が疼いて疼いて、実際には狂いそうになっている。

 

 ロウ様……。

 

 会いたい……。

 とても、会いたい……。

 ぎゅっとして欲しい。

 可愛がって欲しい。

 すっごく淫らなことをして欲しい。

 腰が抜けるまで抱いて欲しい……。

 

 毎日とは言わないが……、いや、もしかして毎日だったかもしれないが、あれだけ頻繁に抱かれて、日に何度も精を注いでもらっていたのに、もう二箇月近くもロウの身体に触れていない。

 それが、こんなにもつらいとは思ってもいなかったが、実際には想像以上だ。

 もう、おかしくなりそうだ。

 ウルズも同じなのだろう。

 

「ベルズ、久しぶりに、三人で遊ばない? ウルズもこんなんだし、ロウ様のようにはいかないけど、ウルズも慰めてあげないと……。これじゃあ、おかしくなって当たり前よ。それに、あなただって、そうなんでしょう?」

 

 スクルズはベルズを見た。

 ベルズが顔を真っ赤にする。

 

「お、お前、そんな赤裸々に……。ま、まあ、そうかもしれんけど、それはそれで、神官として、心を平静にするのも修行の一環だし……」

 

「そんな修業はいらないわ。欲望には正直によ。ロウ様の教えよ」

 

 スクルズは笑った。

 そして、しかけていたおしめを収納魔道で片付けると、ウルズの手を伴って、隣接する寝室側に誘導する。

 ベルズも軽く肩を竦めて、さっと魔道を放った。

 

 すると、屋敷妖精のブラニーがさっと姿を現わす。

 家人と屋敷の面倒を看るのが本能の不思議な妖精だ。

 屋敷妖精も魔族の一種なのだが、人族と敵対しない例外的な存在である。

 そのブラニーが出現した。外見はロウの郊外の屋敷にいるシルキーとよく似ている。

 

「なにか御用があれば、お伺いいたします。お召し物をお渡しください。明日の朝には洗濯をしたものをお渡ししますから。それとお着換えも寝室の方に準備しました。飲み物も……」

 

「ありがとう。特にないわ」

 

 スクルズは微笑みながら言った。

 

「そうですか……。では、なにかあれば、宙に声をおかけください。すぐに対応いたします」

 

 すると、ブラニーが軽くお辞儀をして姿を消す。

 卓の上にあった飲みかけのお茶がなくなり、綺麗に片付いていた。

 何気無くやっているが、これは生活魔道の中でも、かなりの高位魔道のはずだ。さすがは屋敷妖精という存在だろう。

 

「ウルズ、今夜は、すーままとべーままと遊ぼうね。いい気持ちにしてあげるから」

 

 スクルズはウルズの手を引きながら声をかけた。

 

「うう、ウルズは、ぱぱがいい……」

 

 ウルズが歩きながら寂しそうに言った。

 

「すーままもよ。べーままも……。でも、ぱぱは、お仕事でいないの。しばらくしたら、帰ってくると思うから」

 

「そのことだがな、スクルズ……。ちょっと相談がある」

 

 後ろからついてくるベルズがスクルズに囁いた。

 

「相談?」

 

「いいから、こっちに来い」

 

 三人で寝室に入る。

 寝台はかなりの大きいものだ。

 ロウが置いていったものであり、おかげで、ウルズを添い寝にさせるのにちょうどよくて重宝している。

 もちろん、ロウが広い寝台をスクルズたちに準備させたのは、いろいろな「ぷれい」をスクルズたちにさせるためだ。

 ロウの目の前で、この寝台で三人で愛し合わされたこともある。

 ベルズは嫌がったが、スクルズは、あれはあれで、かなり興奮したいい思い出だ。

 

 ロウはいい……。

 

 スクルズには想像もできなかった刺激的な性行為で、いつもスクルズをどきどきさせる。

 もちろん、刺激的でない性交でも……。

 いや一緒にそばにいるだけで、ロウはスクルズをどきどきさせる。

 つまりは、ロウは存在するだけで、スクルズをどきどきさせてくれるのだ。

 

「王陛下がロウ殿について、捕縛指示を出していることだ……。幸いにも、ロウ殿たちはナタル森林に、女奴隷の買い付けのクエストとやらで、王国を不在だ。しかし、もう戻ってくるだろう? だから、陛下の怒りが解けるまで、どこかに隠れてはどうかと思うのだ……」

 

 スクルズとベルズは服を脱ぎながら、ひそひそ話ができる距離にいる。素裸のベルズは、枕元にある動物の人形で遊び出した。

 

「隠れる?」

 

 スクルズは小首を傾げた。

 監禁塔の屋上で、ルードルフを退位させて、ロウを権力者にする企てを誓ったことは、ベルズにはまだ内緒だ。

 打ち明ければ、反対するに決まっている。

 スクルズの言葉に、ベルズが小さく頷く。 

 

「……王妃殿下の実家のマルエダ辺境侯のところが一番よかったと思っていたのだが、あんなことになってしまっているし……。だから、わたしの実家のブロア家でもいい。もしかしたら、すでにシャングリアの実家のモーリア男爵家とかを考えているのかもしれないが、シャングリアとロウ殿の関係から、それはわかりやすすぎる気もする……。まあ、相談したい。できれば王妃殿下とも……」

 

 神官になった時点で、それ以前との係累はなかったことになり、出身による身分差は一切が神官には持ち込まれない。

 スクルズのような庶子の出が、神殿長になったりするのがその証拠だ。

 しかし、実際にはベルズとウルズは、貴族家の出身であり、特にベルズは代々兄弟姉妹から一名以上の神官を出すのが習わしのブロア伯爵家という名門だ。

 ウルズのところも、ブロア家ほどではないが、れっきとした男爵家だった。

 まあ、ウルズの実家は、すでに没落していて、だから、ウルズが巫女になったという事情もあるのだが……。

 それに比べれば、スクルズなど地方商家の養女であり、本当の親はすでに死んでいる孤児である。

 本来であれば、ベルズやウルズなどと、口もきけない身分差がある。

 それが、こうやって打ち解けて話せるのも、あの神学校時代の秘密の修行のなせる業だろう。

 それはともかく、ウルズは実家と完全に縁が切れていて、こんな風になっても実家には頼れない状況だが、ベルズは違う。

 ブロア家はいまでもベルズの後ろ盾であり、地方に領地を持つ有力貴族のひとつだ。

 どうやら、ベルズは手配を受けてしまったロウを実家に匿ってもいいと言っているようだ。

 そんなことを口にするくらいなので、もしかしたら、密かに実家とはやり取りもしたのかもしれない。

 

「王妃殿下は監獄塔よ。知っているでしょう? 相談は難しいわね……」

 

 スクルズは言った。

 もっとも、その王妃は、今夜か、明日にでも塔を抜けて、イザベラたちのいるノール海岸の離宮に身を移す手筈になっている。なにか手違いがあって、出立が遅れているようだが、叛乱を起こすため、アネルザは危険を回避するために、こっそりと王都から脱走をさせるのだ。

 

「あんなのは夫婦喧嘩だ。陛下もそのうち頭も冷える。ロウ殿についてもだ」

 

 ベルズが言った。

 

「まんまんは、ぱぱがいいけど、すーままでもいいよ……。べーままはへただから、すーままがいい」

 

 人形遊びをしていたウルズが顔をあげて、こっちに話しかけてきた。

 スクルズは、ウルズの物言いに、くすりと笑ってしまった。

 

「ううう……。そういうところは、神学校時代と変わらんのだな。舌技が下手だと、いつも折檻ばかりされていたっけ……。それに比べれば、スクルズは上手だったか……」

 

 ベルズが顔をしかめた。

 

「上手でも下手でも、わたしもあなたも、苛められてばかりだったわね……。ところで、ベルズは受ける方がいいでしょう? まずは、わたしが責めをしてあげるわね……。ウルズと一緒に……。ところで、さっきの話は後で……」

 

 スクルズは下着姿になっていたが、それも脱ぎながら言った。

 そして、四肢を拡げて仰向けになるようにベルズに告げる。

 この寝台の四隅には、鎖が収縮する仕掛けがあり、その先端には革ベルトの拘束具が備え付けられているのだ。

 もちろん、そんなことをしたのはロウだ。

 ベルズが顔を真っ赤にする。

 

「な、なにを……。な、なんで、わたしが……。そもそも、これは、ウルズを慰めるために……」

 

「四の五の言わないの、ほらっ──」

 

 スクルズはベルズを寝台に思い切り突き飛ばした。

 

「うわっ」

 

 ベルズは悲鳴をあげたが、身体を寝台の上で起こしたときには、すでに被虐の顔になっていた。

 平素は言葉が冷たい感じまでするベルズだが、なんだかんだで、こういう行為のときには完全なまぞっ子になる。

 顔を真っ赤にして、なにかを言おうとしたが、結局寝着に手をかけて脱ぎ始めた。

 ウルズと同じように、三人とも素っ裸になる。

 

「ウルズ、まずは、べーままをふたりで苛めましょう。ウルズがぱぱにしてもらって、嬉しかったことをべーままにもしてあげて」

 

 スクルズは、ウルズとベルズのいる寝台にあがりながら言った。

 

「うん、わかった。ウルズ、べーままをいい気持ちにする」

 

 ウルズが元気よく言った。

 

「じゃあ、横になって手足を拡げましょう、ベルズ……」

 

 スクルズはベルズにそう言って、寝台の四隅の鎖付きの革ベルトを操作すると、ベルズの手首と足首の届く位置まで持ってきた。 



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323 筆頭巫女の心配(2)

「ふあああっ」

 

 ベルズが大きく拡げられている四肢を突っ張らせてのけ反った。

 唾液の乗ったウルズの柔らかい舌がベルズの内腿のあちこちを舐めまわしているのだ。

 スクルズ、ベルズ、ウルズの三人は素裸になって、神学校時代のように淫らな遊びをすることにし、小屋敷の寝室に移動してきた。

 とりあえず、ベルズが最初に受け役をすることになり、寝台の四隅に四肢を拡げる拘束を受けてもらい、ふたりがかりでベルズをいじめ始めたところである。

 

「うふふ、ウルズ、べーままのお股のおまめがわかるかしら? そこをもっと舐めてあげて……。べーままは、それが一番好きなのよ」

 

「う、うん、わかるよ。ぱぱがお手々でさわるところ。そこをぱぱがさわるとウルズのおまたは、びりびりってなるの。すごいの」

 

「そうね。ぱぱは、すごいわよね……。すーままも、ぱぱが大好き。でも、ウルズも大好きよ……。さあ、べーままを気持ちよくしてあげて」

 

 スクルズはウルズをベルズの股間の前に導く。

 

「ああ、そんな……」

 

 四肢を拡げて拘束されているベルズが怯えるように、身体を竦ませた。

 だが、こういう状態になると、ベルズは神学校時代に刻まれてしまった被虐の血が支配をしてしまって、なにも抵抗はできない。

 スクルズは、それをよく知っている。 

 とりあえず、ベルズの股間を責める役目をウルズに任せることにして、スクルズ自身についてはベルズの上半身に移動し、胸を主体に責めたてることにした。

 

「さあ、一緒にべーままを気持ちよくしましょうね、ウルズ」

 

 ふたりでベルズの身体に舌を這わせだす。

 瞬時に、ベルズは四肢を拘束している革ベルトを引き千切らんばかりに反応した。

 

「ん、んんんっ、ああ、もうや、やめて……」

 

 あっという間に、ベルズは欲情の声をあげた。

 激しくベルズが身をよじらせる。

 右を責めれば左に動き、左を責めれば右に身体を動かす。

 でも、四肢を寝台の隅に引っ張られているので、そんなに抵抗もできない。

 しかも、股間をウルズが懸命に舐め続けている。

 ベルズは快感から逃げることはできない。

 どうやら、口を懸命に閉ざそうとしているようだが、すぐに泣くような悶え声を出し始めた。

 そして、ベルズが気をやりそうになるのに、そんなに時間はかからなかった。

 

「ひいいっ、んんんっ、あああっ」

 

 やがて、ベルズは、上下からのスクルズとベルズの責めに耐えられず、あっという間に達してしまった。

 絶頂するときには、大抵はベルズは必死に口をつぐんで、声を出すまいと一生懸命になる。

 いまもそうだ。

 

 しかも、ベルズは快感が沸騰すると、だんだんとまるで泣いているような表情になるのだ。

 だが、実際には、そういうときのベルズは一番感じているときだ。

 普段は凛としているベルズだが、責められるときにはとことん弱くなる。

 スクルズたちしか知らない、まぞっ子のベルズの一面である。

 そのとおり、いまも泣いているようにしか見えない顔で達した。

 しばらくしてから、寝台の四隅に引っ張られている四肢を突っ張らせて弓なりになっていたベルズの身体が脱力する。

 

「ふふふ、べーままは気持ちよかったったようよ、ウルズ……。べーままは気持ちがいいときに、泣きそうな顔になるのよ。覚えておいて」

 

「べーまま、きもちよかったの?」

 

 ウルズが顔をあげて白い歯を見せた。

 愉しそうだ。

 

「き、気持ち……よかった……、ウルズ……」

 

 ベルズが上気した顔で息を荒くしながら言った。

 スクルズは、今夜は久しぶりに昔を思い出して遊ぼうと、準備してきたものを取り出す。

 

「まだまだよ、ベルズ……。久しぶりにこれをしてみましょう。覚えている?」

 

「あっ、それ、りんの玉か──」

 

 ベルズがスクルズが手に取ったものを顔の近くに寄せられて、声をあげた。

 スクルズが収納魔道で持ってきたのは、「りんの玉」というふたつの大小の玉だ。大きさは親指の先ほどの大きさの球体なのだが、二個で一組であり、ひとつはやや大きい。

 そして、その大きい方の内側が空洞になっていて、そっちの中にはさらに小さな金属の玉が入っている。

 これをもうひとつのやや小さい玉と一緒に膣に入れると、女を疼かせる波動が発生して、女を狂わせるという淫具だ。

 痛烈な痒みにも似た疼きが股間に生まれ、頭の芯まで痺れるように身体が燃えあがってしまうのだ。

 しかも、締めあげたり、揺すったりすると、玉の開いている穴からきれいな鈴のような音が鳴る仕組みになっていて、それが起きるとさらに疼きが増幅して拡がる。

 それが大小の玉が密着することによって引き起きるという仕掛けだ。

 

 スクルズも、ベルズとともに、このりんの玉で散々に遊ばれた。

 もともと、神学校から「秘法の修行」の道具として、四人全員に渡されたものであるが、実際に身体に入れたのはスクルズとベルズのみであり、スクルズとベルズは、百合遊びのときに、よく並んで縛られ、ふたり揃ってりんの玉を挿入されて、膣を締めあげる競争をさせられたりした。

 鳴りが悪かったり、音が出るのが遅かった方が罰を受けるのだ。

 

 罰は様々だ。

 失禁するまで魔道の羽根でくすぐられるというのもあったし、痒み剤を塗られて、しばらく放置というのもあった。

 朝まで振動する張形を挿しっぱなしというのもあった。

 魔道を込めて振動をするようにした双頭の張形をお互いに咥えさせられて、縄で縛られて置き去りにもされた。

 ほかの者のおしっこを飲まされたこともある。

 普段のときには仲のいい四人だったが、百合遊びのときには容赦なくいじめられたものだった。

 

 とにかく、四人の百合遊びにおいては、スクルズとベルズは決まったように、責められ役であり、いつも、ノルズとウルズが責め手だった。

 このりんの玉というのは、百合遊びを指導巫女から命じられたとき、指導巫女からひと組ずつ渡されたものであり、こういう関係のきっかけのようなものだったので、スクルズにとっても、ベルズにとっても、徹底した受け役だった神学時代の象徴のような淫具である。

 

 また、そんなことを考えていて、ふと思い出したことがあった。

 神学校時代のとき、百合遊びの関係を普段の関係に持ち込ませなかったのは、ノルズのおかげだ。

 なにしろ、性の関係でスクルズたちに主導権を握ると、ウルズは当然のように、それ以外の場でもスクルズたちを支配しようとした。

 淫具を装着したまま授業を受けさせようとしたり、当番を押しつけたりと、とにかく、普段の生活でも、ウルズはスクルズとベルズを奴隷のように服従させようとしてきた。

 それを許さなかったのは、ノルズだ。

 ノルズの責めは厳しかったが、ノルズは絶対に寄宿舎の外に百合遊びの関係を出さなかったし、ウルズにも許さなかった。

 だからこそ、四人は心からの親友として関係を保つことができたと思っている。

 色々とあったが、スクルズはそう思っている。

 

「なあに、それ? きれいな玉」

 

 ウルズがスクルズが持ってきたものを見て、きょとんとしている。

 あれだけ、散々にスクルズたちを相手に、これでいじめたくせに、本当にまったく覚えていないのだ。

 スクルズは苦笑するしかない。

 

「これをお股に入れて、ううーんて、おしっこするところに力を入れるの。そうしたら、お股の中で玉がぎゅっとなって、綺麗な音が鳴るわ。それか、腰を振るかね……。とにかく、音が鳴ったら玉がびりびりと震えるから、とっても気持ちよくなるの……。べーままに入れてあげて」

 

 スクルズはまずは大きな玉をウルズに手渡す。

 

「ああ、そんな……」

 

 ベルズが抗議するような声を出したが、最後まで言葉を紡ぎ終わらない。

 そんなところも、ベルズらしい。

 普段はあんなに痛烈に言葉を発するくせに、百合遊びのときには、とことん弱気になってしまうのだ。

 

「べーまま、入れるね」

 

 ウルズがベルズの股間に玉をあてがって、ぐっと押し込んだ。

 一度気をやっているので、すっかりと濡れていて簡単に玉は奥に入り込む。

 明らかにベルズが嫌がっているのは明白なのに、ベルズは腰を振り動かしてでも阻止しようとはせず、身体はりんの玉を受け入れている。

 

「んあああっ」

 

 ベルズがぶるりと腰を振った。

 さらに、小さな方をウルズに手渡して、股間の中に押し込ませる。

 

「ああっ」

 

 ベルズが切なそうな声をあげた。

 しかし、スクルズも知っているが、このりんの玉が本領を発揮するのはこれからだ。

 ベルズはのたうち回るしかない。

 スクルズは、本当にそれをよく知っている。

 

「さあ、ぐっと奥まで呑み込むのよ、ベルズ……。自分でできるでしょう……。さもないと、罰よ……」

 

 ……といっても、スクルズは受ける側だけだったので、なにを罰にしていいかも知らない。ロウからだって、責められるだけだし……。

 だけど、罰だといわれれば、身体が反応してしまうのだ。

 しかし、いつもいつも、そんな風になるわけじゃない。

 そんな風になるのは、神学校時代の四人だけのときと、ロウと一緒にいるときだけだ。

 

 神学校時代の弱いだけのスクルズはもういない。

 やるときは、やる──。

 スクルズはロウによって、強くなったのだ。

 ロウのためなら、相手が王国そのものであろうと戦ってみせる。

 

「ああ……」

 

 ベルズはすっかりと、被虐の顔になって、股間を収縮し始めた。

 玉を呑み込みだしたのだ。

 スクルズは、少しだけベルズの四肢を引っ張っている鎖を緩めてあげた。

 その方が自由にベルズも動ける。

 そして、ベルズの股のあいだに移動して、顔をベルズの股間に伏せて、亀裂をかき分けるようにして、舌で舐めてあげた。

 

「ふああん、あああっ」

 

 ベルズが股間を持ちあげるように、びくりと腰を動かした。

 りーんという鈴のような音がベルズのお腹の中で鳴り始める。

 こうなったら、もうなにもいらない。

 刺激なんかなくても、りんの玉が勝手にベルズの身体を燃えあがらせる。

 スクルズは顔をあげた。

 しかし、りんの玉の刺激が堪らないのだろう。

 ベルズは、りんりんと股間で音をさせながら、大きく腰を振りだした。

 それにより、鈴の音が大きくなり、ベルズの反応がさらに激しいものになる。

 

「さあ、ウルズ、今度はべーままのおっぱいをこれでくすぐってね。わたしの真似をするのよ」

 

 スクルズは柔らかい羽毛の付いた刷毛を四本出すと、二本をウルズに渡した。

 身体を移動させてベルズの横に来る。ウルズは反対側だ。

 手に持っている刷毛の一本をしっかりと堅く勃起しているベルズの乳首に這わせる。

 

「いやっ」

 

 ベルズが激しすぎる勢いで身体を反対側に捩じった。

 

「ほら、ウルズも……。逃がしちゃだめよ」

 

「うん、べーまま、こちょこちょだよ」

 

 ウルズが愉しそうに、刷毛を反対側から乳首を責める。

 

「ああ、も、もう許して」

 

 ベルズが今度はこっちに身体を捩じる。

 もちろん、こっち側にはスクルズの刷毛が待っている。

 しかも、もう一本を脇に這わせた。

 ウルズも同調するように反対側から責めている。

 

「ああっ、だめええっ」

 

 右にも左にも逃げ場を失ったベルズは、大きな悲鳴をあげて、限界まで身体を弓なりに反り返らせた。

 すると、びーんというりんの玉が大きく鳴り出した。

 これからだ……。

 快感を覚えれば覚えるほどに音が大きくなって、それに応じて疼きが拡大するりんの玉の本領発揮だ。

 

「うう、くうう……。あ、あああ……」

 

 ベルズの悶えが大きくなる。

 だんだんとりんの玉の奏でる音も大きくなる。

 我慢できなくなったベルズの腰の動きも激しくなった。

 

「きれいな音。おもしろおおい。それに、べーまま気持ちよさそう。ウルズもしてみたいな」

 

 ウルズがスクルズとともに、刷毛を動かしながら笑った。

 スクルズもそうだが、ロウもウルズに接するとき、こういう淫らな行為について、恥ずかしいこととも、浅ましい行為とも教えていない。

 仲間以外の者がいるときには、やってはならないと教えているだけだ。もっとも、スクルズもベルズも、こんな風になってしまったウルズを人前なんかに連れてはいけないから、滅多に他人に会うこともないのだが……。

 

 それはともかく、だから、ウルズはこういう遊びに全く抵抗はない。

 むしろ、積極的にやりたがる。

 このまま大人として成長すれば、どんな女性になるのだろうかと思うが、まあ、きっとロウ好みの淫らな女になるのだろう……。

 

 なにも問題がないはずだ。

 ウルズもすっかりとロウの女のひとりだ。

 ロウにすべてを任せていれば、多分、どんなことでも大丈夫なのだ──。

 だから、これでいい……。

 

「いいわよ、ウルズ……。でも、べーままが気をやってからね」 

 

 ベルズの腰は激しく動きまくり、音が鳴り続けている。

 スクルズも知っているが、この音が鳴っているあいだは、疼きが強すぎて、苦しいくらいだ。

 それなのに、絶対にこれだけでは達することもできないのだ。

 刷毛でくすぐられるだけの刺激も同じだ。

 快感はどんどん増すのに、高まるだけで発散などできない。

 ノルズとウルズの二人組に、よく意地悪をされて、入れっぱなしで放置されたっけ……。

 

 スクルズは魔道で鎖を縮め直した。

 暴れまわっていたベルズの身体に余裕がなくなり、寝台の床に張りついたようになる。

 それでも腰だけは、別の生き物のように揺れ続けている。

 スクルズは、ベルズがりんの玉を咥えている股間に再び、顔を近づけてぷっくらと膨らんだ肉芽に舌を動かす。

 

「う、うううっ、あ、あああ……」

 

 ベルズの女陰の入口が異様なほどの収縮を示して、ぐっと締めつけた。

 

「ああ、あうううっ」

 

 そして、絶息するような生々しい呻き声をあげて、再びベルズは快感の絶頂に到達してしまった。

 スクルズは顔を離した。

 ベルズは束の間、全身を痙攣させていたが、やがて、再び力を失った。

 

「べーまま、いっちゃった?」

 

 ウルズがベルズをじっと見ながら、小さく首を傾げた。

 スクルズは微笑んだ。

 それでも、まだりんの玉は鳴り続けている。

 これをそのままにしていると、地獄のような疼きがまた復活することになる。

 だが、ベルズは意識を失っているのか、ぐったりとしたままだ。

 驚いたことに、ベルズはたった二回目の絶頂だけで、意識を飛ばしたみたいだ。

 ロウに調教されて、すっかりと感じやすくなってしまったロウの女たちだが、これだけ快感が強くなってしまうのは、りんの玉の影響があると思う。

 

 仕方がないので、ベルズの下腹部に上から手を当て、魔道でゆっくりと外に出してあげた。

 大量の愛液とともに、ぼとりぼとりとりんの玉が外に落ちる。

 

「べーままは気持ちよくて、ちょっと寝ちゃったみたいね……。すぐにお目めを覚ますと思うけど、じゃあ、次はウルズの番ね。はい、脚を拡げて……」

 

 失神して静かになっているベルズをそのままにして、スクルズはウルズを寝台に仰向けに寝かせて、股を拡げさせた。

 股間を刺激して、まずは蜜を溢れさせる。

 もともと、ロウの不在による長い禁欲のために、股が真っ赤になるほどに疼き切っていたのだ。

 ウルズの股間がりんの玉を挿入できる状態になるのに、そんなに時間はかからなかった。

 

「ああん、すーまま、気持ちいい、気持ちいいよお。ぱぱのつぎに気持ちいい」

 

「よかったわ……」 

 

 スクルズはまだベルズの股間の下にあるりんの玉を手に取ると、ウルズの股間にぐいぐいと押し込んだ。

 ウルズには、スクルズやベルズのようには、股の力だけで吸い込むということはできないと思うので、魔道で誘導して子宮の近くまで持っていった。

 すぐにウルズの下腹部の中からりーんという強いりんの玉の音が鳴り響きだす。

 

「ああん、ああん、す、すーまま、わかんない。わかんないけど、気持ちいい。すっごくきもちいい──。あああん」

 

 ウルズは両手で股間を押さえて、真っ赤な顔で身悶えをし続けたが、やがて、音がさらに大きく高鳴りだす。

 りんの玉の音の大きさは、中で響いている微振動の強さでもあるし、疼きの大きさでもある。そして、ウルズが受けている快感の激しさだ。

 スクルズは、さっきまで使っていた刷毛でベルズにやったのを同じようにくすぐった。

 

「やああっ、すーまま、やああ」

 

 さすがにウルズが抵抗して、刷毛を手で払い出す。

 だけど、スクルズはくすりと笑うと、魔道で脱力させてウルズの抵抗を封じてしまう。

 神学校時代は、こんなものじゃあ、ウルズは許してくれなかった。

 ずるいけど、そのときの仕返しをしたくなってきた。

 

「ああん、ああっ、ふあああ、おかしい、お、おまたが、おまたがおかしいの、すーまま。それにくすぐったいいっ」

 

 魔道が遣えれば、それで抵抗したかもしれないけど、ウルズの魔道はスクルズとロウのふたりがかりで完全に封印している。

 そのうち、もう少し分別がつけば、戻してもいいかと思っているけど、いまはまだ危険すぎる。

 なにしろ、ウルズの魔道は、まだ子供の精神状態のウルズが扱うには大きすぎるのだ。

 ウルズもまた、ロウによる淫魔師の恩恵により、魔道力があがっている。

 とにかく魔道を封印しているので、ウルズはスクルズの魔道には逆らえない。

 しばらくのあいだ、スクルズはりんの玉と刷毛を使っての焦らし責めを続けた。

 

「ふあああ、すーまま、もういい。もういいのお。ウルズ、ああってしたいい。あああってしたいいいっ」

 

 ウルズがおねだりするように、上気した顔を右に左にと動かして、悲鳴のような声を出しだした。

 スクルズは刷毛を横に置くと、ウルズを抱き寄せて、スクルズの膝の上で胸と股間に愛撫をしてあげた。

 今度は、焦らすための責めではなく、達しさせるための責めだ。

 

「んひゃあああ、すーまま──」

 

 ウルズが大きく身体を弓なりにした。

 さすがに転げ落ちそうになったので、スクルズは魔道による身体の弛緩を解いてあげた。

 

「すーままに掴まりなさい、ウルズ」

 

 スクルズはウルズの秘部に指を二本入れて、りんの玉になんとか指先を届かせると、直接に指で弾いてさらに音を大きくしてあげた。

 

「ひぎいいいん」

 

 ウルズがもの凄い力でスクルズの首にしがみつき、そのまま激しく悶えだす。

 甘えるような仕草だが、身体が大きいので、スクルズは支えることができずに、押し倒されるようにひっくり返されてしまった。

 それでも、首を締めつける力が弱まらない。

 

「う、うう、ぐ、ぐるじい……」

 

 本当に死ぬかと思った。

 だが、その身体が急にとまり、ウルズは絶息するような呻き声をあげた。

 締めつけていた手が緩む。

 ウルズが絶頂をして、失神したようだ。

 

 ほっとした。

 脱力したウルズを、スクルズは寝台に横たわらせて、ベルズと同じようにりんの玉を外に出してあげた。

 収納魔道で格納する。

 荒い息をしていたウルズだったが、すぐに寝息の音をさせだす。

 本格的に眠ってしまったようだ。

 おそらく、もう朝まで起きない。

 スクルズは、魔道でウルズの身体をきれいにすると、収納魔道にしまっていたおしめをつけてやる。

 さらに寝着を身につけさせる。

 童女のようだが、身体は大人なのでかなり重い。

 それでも、なんとかやり遂げる。

 

「寝たのか……? だが、わたしもそなたも気をつけないとな。子供に接するような気持ちになるけど、力が強いし、油断すると締め殺される」

 

 視線を向けるとベルズだ。

 笑っている。

 失神から目を覚ましたようだ。

 

「子供とは思ってないわ。子供相手に、こんなことしないもの……。わたしたちの大切な友達よ」

 

 スクルズはベルズの四肢に繋がっている鎖を完全に緩めると、ウルズをちょっと寝台の頭側に動かして、ベルズと並べるようにした。

 ベルズもまだ手首と足首に鎖が繋がっているものの、身体が自由になったので、頭側にあげていた手を体側に戻している。

 スクルズも横になり、掛けシーツを三人で覆った。

 

「なんだ、寝るのか? これを外してくれ。交代するのではないのか?」

 

 ベルズが眉をひそめて、首を傾げた。

 スクルズはにっこりと微笑んだ。

 

「まあ、忘れたの、ベルズ。これはウルズを気持ちよくしてあげるために始めたのよ。だから、もう終わりでもいいのよ……。それにちょっと話もしたいんだもの」

 

「話?」

 

 ベルズが怪訝そうな表情になった。

 

「うん……。さっきの話……。ロウ様を王都じゃないところに逃がそうという話よ……」

 

「そう、そうだったな──。それについて、わたしは……」

 

 ベルズが裸体をスクルズ側に向けた。

 そのとき、緩まっている鎖が身体に絡んで邪魔そうになり、ちょっと微かに顔をしかめた。

 しかし、素知らぬふりをした。

 とにかく、スクルズは、そっとベルズの唇に指を触れさせることで、ベルズの言葉を中断させる。

 

「……ロウ様は、なにも悪いことはしてないわ。それなのに、どうして逃げないとならないの。そんな理不尽なことはないわ。たとえ、王であろうとも……」

 

「スクルズ──?」

 

 ベルズがびっくりしたように声をあげた。

 スクルズが敬称も付けずに、ただ“王”とだけ呼んだからだろう。

 しかし、すぐに表情を緩めた。

 

「本当にそなたは、ロウ殿のことになると、冷静でなくなるな……。悪いことをしたであろう。イザベラ殿下に加えて、アン様……。王陛下が激怒するのもわかる気もするがな」

 

「まあ、ベルズ──、あなた、どちらの味方なの──?」

 

 スクルズは心の底から驚いて叫んだ。

 ベルズもまた、無条件でロウの味方をするものだと思い込んでいたのだ。

 それなのに、ロウを絞首刑にすると息巻いて、全土に手配書を回したような国王に味方するような物言いをするだなんて……。

 

「本当に見境がなくなるのう……。そもそも、どっちの味方とか、敵とはないだろう。どっちが正しいとか、間違っているという話ではない。これからどうするかの話だ」

 

「そうね、ベルズ……。これからどうするかの話ね……」

 

 スクルズは頷いた。

 

「そうだ……。だから、冷静に……」

 

 ベルズが口を開いた。だが、スクルズは身体を持ちあげるようにして、ベルズの顔の上に乳房をどんと乗せた。

 同時に、伸びていた鎖を魔道で一気に短くする。

 ベルズは再び四肢を寝台の四隅に引っ張られて動けなくなったはずだ。

 

「んわっ」

 

 ベルズがびっくりしたような声をあげる。

 実のところ、スクルズの乳房はかなり大きい。ロウにも喜んでもらっている。

 それをベルズの顔にまともに乗せてあげた。

 

「んんっ、んんんっ、んんっ」

 

 ベルズはスクルズの乳房に鼻と口を塞がれて、苦しさに悶えている。

 だが、スクルズはさらに体重をかけるようにして、ベルズの息をとめてやった。

 

「……ベルズ、わたしはこう考えるわ……。わたしたちのロウ様を絞首刑にしようとするような王様なんて、さっさと退位してもらえばいいのよ。それを間違っているなんてことを言うベルズは嫌いよ……」

 

「んぐううう──」

 

 ベルズが必死にスクルズの乳房の下から顔をどかそうとする。

 だが、完全にベルズの鼻と口はスクルズの乳房の下だ。

 

「んんんんっ、んぐううう」

 

 ベルズの顔が右に左に動く。

 とても苦しそうだ。

 

「わたしたちのロウ様よ……。なによりも大切よ。絶対に絶対によ──」 

 

 スクルズは言った。

 一方で、ちょっとベルズの抵抗が弱くなってきた。

 全身が痙攣するように小刻みに震え始める。

 スクルズは、ベルズの顔に上から乳房をどかしてあげた。

 

「ぷはあっ、な、なにをするか……。はあ、はあ、はあ、ス、スクルズ……」

 

「もう一度、ロウ様が悪いなんて口にしたら、ベルズだって許さないわ。ロウ様はなにも悪くないわ」 

 

 スクルズはにっこりと微笑みながら言った。

 ベルズがきっとスクルズを下から睨んでくる。

 

「さ、さっきも言った……。いいも、悪いもない……。なにかを考えているなら、馬鹿なことはよせ……。そもそも国政に口を出すことも、関わることも神殿法で禁止されておる」

 

 ベルズが荒い息をしながら言った。まだ、呼吸が整い終わらないみたいだ。

 

「どうして、そんな建前を口にするの、ベルズ……? そもそも、大神殿の法王猊下(げいか)からして、ローム三公国の政治に関与しているわ。タリオ公国の公妃に孫娘を嫁がせたりして、大きな権威を持っていると耳にするわ」

 

「た、建前は建前だ──。そもそも、そなたは国政向きじゃない」

 

 ベルズは言い捨てた。

 神殿界と一般に称するティタン信仰だが、その総本山である大神殿は、旧ローム帝国の帝都であったタリオ公国の公都に存在する。

 もともと、この大陸に存在する国が帝国のみであった時代に、各種族の信仰を集約させることで発生したと言われていて、当然に布教の中心となる大神殿は、当時唯一の国家だったローム帝国に建設された。

 

 ティタン教はこの大陸の人々の生活に密着するように拡がり、ローム帝国が事実上滅亡して、三公国に分離をしても、さらに、ハロンドール王国のようなローム帝国時代には、辺境にすぎなかった地域が国家として独立をしても、すべての土地に拡がる各地の神殿を束ねるティタン教の中心として、いまだに大神殿は大きな権威として存在している。

 おそらく、この世界に存在する権威としては、形式上は三公国の宗主として存在を続けている皇帝家、ナタルの森にあるエルフ長老家に次いで、大神殿も発祥が神話にまで遡るほどの大きなものであり、国家を跨がる巨大な影響を有している。

 その大神殿の長が法王であり、どの国家の国政にも関与しないどころか、三公国ではもっとも力が強いと言われているタリオ公国に近づき、若いアーサー大公に孫娘を嫁がせて、国益を回してもらったりしていて、国政に関与しまくりだ。

 

「じゃあ、もしもの話の続きで、政変が起きて、あのロウ様が国王陛下になったらどうする? それでも、わたしたちは国政に関与しないの?」

 

 スクルズが訊ねると、ベルズがきょとんとした。次いで大笑いする。

 

「なるほど、もしもの話か──。もちろん、心からの忠誠心をもって、あの好色者の陛下殿にお仕えするだろうな。もういい、スクルズ――。それよりも、もう神殿で国政批判の演説はよすがいい。さすがに、目をつけられるぞ。ロウ殿のことはみんなで一番いい方法を考えよう……」

 

「いい方法?」

 

「そうだ。だが、まずは、王妃殿下のことだな。最初に王妃殿下に対する陛下の怒りを解かねばならんだろう……。誰かあいだに入ってくれそうな者を探そう。わたしに任せてくれ。誰か探してみるから……」

 

「陛下のとりなしは不可能よ」

 

 スクルズはそれだけを言った。

 だいたい、サキもアネルザも、王をとりなそうなどと、まったくしていない。

 サキの話によれば、そもそもの発端は、テレーズという女官長の闇魔道により、王が感情を操られてしまったのが原因のようだが、たとえ、魔道を解いても、王のロウに対する怒りはなくならない可能性がある。

 

 いや、実際には、そんなこともどうでもいい。

 王都で騒ぎを起こせば、ロウも早く戻ってきてくれるかもしれないし、スクルズたちがロウに権力を持たせるために、王都で政変を起こしたなんて知れば、きっとお仕置きするに違いない。

 

 スクルズは、ロウにお仕置きされたいのだ──。

 うんと、恥ずかしいことをされて、思い切り愛してもらいたい。

 正直に言えば、考えていることは、それが大部分だ。

 でも、そんなことを言っても、間違いなくベルズには通用しない。

 彼女はそういう人間だ。

 スクルズは、ベルズをいまの段階で、仲間に誘うのを諦めた。

 さっきの政変というのは、冗談でもなんでもなく、限りなく本気だと口にしたら、思い切り叱られるどころか、無理矢理、監禁でもされかねない。

 

「そんなことはあるまい。だが、色々な手を考えよう。ほかにも……」

 

 ベルズが考える素振りになった。

 スクルズは、再びりんの玉を出した。

 それをベルズの股間に近づける。

 

「うわっ、な、なんだ──。ス、スクルズか──。もういい──。やめよ──。とりあえず、これを外してくれ──」

 

 ベルズが狼狽えた声を出す。

 しかも、無駄だとわかっているのに、抵抗をして鎖の引きあげから逃げようとしている。

 だが、ベルズも承知していることだが、この枷はロウが準備したものであり、これを嵌められると、スクルズであっても、ベルズであっても、一切の魔道が遣えなくなる。

 つまり、魔道封じの効果があるのだ。

 

 しかし、いまのスクルズもベルズも、この国でも数本に数えられるはずの高位魔道師である。

 そのスクルズたちの魔道を封じてしまうのだから、ロウはとてつもない能力を保持していると言っていい。

 そんなロウを害そうというのだから、それだけでも、国王は退位させられる理由がある。

 

「遠慮しないで、ベルズ。あなただって、ロウ殿にずっと愛してもらえなくて、身体が疼いて疼いて仕方がないはずよ。今夜はとことん発散しましょうよ」

 

 スクルズはベルズの股にさっきのりんの玉のうち、大きい方だけを膣の中に押し込んだ。

 ちょっと魔道をかけて、ぐっと奥まで押し込む。

 いまのベルズは魔道が遣えないので、それに抵抗はできない。

 

「くううっ、も、もう……いいというのに……」

 

 ベルズが顔を真っ赤にして、歯を喰いしばる仕草をした。

 だが、りんの玉は小さい側と一対になって、微振動も始まるし、激しい疼きを生じさせる効果がある。

 大きい方一個だと、じんとなって疼くことになるが、常軌を逸するほどの強いものにはならない。

 まあ、だけど、ベルズの息を荒げるくらいには、十分に効くとは思うが……。

 

「いいじゃない。だって、久しぶりだもの。考えてみれば、神学校を卒業してから、こうやって三人だけで、昔みたいに遊ぶなんてなかったわ。これで、ノルズがいれば完璧なのにね」

 

 スクルズは何気なく言った。

 三巫女事件と名付けられたあの事件の解決をロウたちがしてくれ、スクルズの名誉回復と命を助けてくれた後、一連の悪事の首謀者だったノルズは、彼女を監禁していたスクルズたちを出し抜き、そのまま逃亡をしてしまった。

 スクルズは、ロウに申し訳ないと思ったのだが、ロウは問題ないと言ってくれた。

 

 それどころか、まあ、理由があって逃げ出したのだろうと思うが、彼女に限って、もうスクルズたちに危害を加えることもないし、ロウを裏切ることはないと断言もした。

 その根拠は教えてくれなかったが、ロウはただ、そう感じるのだというだけを言った。

 そして、ロウは心からそれを信じているらしく、それどころか、いなくなってしまったノルズが所属していた組織に狙われて、どこかで傷づいていたりしていないかどうかと本気で心配していた。

 

 そんなロウに接するうちに、スクルズもいつの間にか、ノルズに対するわだかまりのようなものは消えた。

 ロウがノルズを許し、ノルズはもう改心をしたと信じているのだ。

 だったら、スクルズはそれでいい。

 ロウが白といえば白──。黒といえば黒だ。

 スクルズは、ロウに命を助けてもらったとき、そう決めた。

 ロウこそが、スクルズの行動のすべての基準だ。

 そもそも、ノルズがスクルズたちを陥れなかったら、スクルズはロウとの縁ができなかった。

 むしろ、ノルズには感謝しているくらいだ。

 

「ノ、ノルズか……。あ、あいつ……、ど、どこでどうしているのか……。そ、それよりも、わ、わたしはもういい……。今度はスクルズが……」

 

 ベルズがつらそうに言った。

 そろそろ、またもやりんの玉が効いてきたのだろう。

 

「わたしはいいのよ……。今夜はとことん尽くさせて……。実はお願いがあるし……」

 

「お、お願い?」

 

 眼を閉じて、必死に歯を喰いしばる仕草をしていたベルズが、スクルズに顔を向けた。

 スクルズは頷く。

 

「実はミランダのことよ……。冒険者ギルドからさらわれて、それきり行方不明になったことは知っているでしょう?」

 

「あ、ああ……。一度、囚われたが逃亡したのだろう……? まあ、ミランダのことだから、無事でいることは間違いないと思うが……」

 

 ベルズも心配そうな表情になった。

 王妃アネルザが突如として監獄塔に収監され、次いで、冒険者ギルドのミランダまで捕らわれたというのは、当然ながら、王都の大きな話題になっている。

 その後、急に悪政としか思えない重税を王宮が開始して、民衆の暮らしを締めつけ始めたのだから、それに関係があるのではないかと、人々は口の端に乗せているようだ。

 もちろん、ベルズはミランダのこともずっと心配していた。

 しかし、いくら魔道力があっても、一介の筆頭巫女のベルズにできることは知れている。

 神殿長のスクルズだって、まともな方法では、なにもできないだろう。

 

「わたしのところにいるわ……。第三神殿よ」

 

「えっ?」

 

 ベルズが目を丸くした。

 

「誰にもわからないように、結界で出入り口を隠しているけど、あなたには、結界が通れるように魔道をかけ直しておくわ。もしもわたしになにかあったら、慌てず騒がず、ミランダを訪ねて……。そして、わたしの代わりに、ミランダを庇護して。お願いね」

 

「も、もしもって、なんだ──?」

 

「だから、もしもの話よ……。とにかく、慌てず、騒がず、真っ直ぐにミランダのところよ……」

 

 ベルズが息巻いた感じになりかけたが、スクルズはもうひとつの小さい方のりんの玉をベルズの股間に押し込んだ。

 

「あっ、ああっ」

 

 ベルズが身体をのけ反らせた。

 すぐに、りんりんとベルズの股間の中で音が鳴り出し、それに共鳴するように、ベルズが淫らによがりだした。

 

「ま、待て、もしもって……」

 

 ベルズが我に返ったように、スクルズに向かって叫んだ。

 だが、それで終わりだ。

 スクルズは、ベルズの股間の前に移動して、舌で股間を舐め始める。

 ベルズが甲高い悲鳴をあげた。



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324 不機嫌な国王

 心の隙間に怒りと苛立ちが沸いては弾け、弾けては沸く。

 そんな不快な感情にずっとつきまとわれている。

 原因不明の軽い頭の痛さ……。

 なにもかも面白くなかった。

 

 ここは、後宮に準備されているルードルフのための一室だ。

 珍しくもひとりだ。

 今日はテレーズは不在だ。

 侍女たちは、呼ばないと姿は見せない。いや、呼び出したところで、姿を見ることは少ない。とにかく、侍女たちは逃げ回っている。

 しかも、それを誰か手助けしている者もいる。

 ルードルフの命令に反してだ──。

 いつの間にか、そんな風になったのだ。

 

 以前からいた貴族令嬢の侍女は気がつくといなくなり、見知らぬ顔の侍女が交代で出入りするようになっていたのは、いつ頃からだったろうか……?

 そして、思い出した。

 ルードルフの股間が突然に勃起しなくなり、後宮の女妾たちと遊べなくなった時期だった気がする。

 どうも、このところ、記憶が曖昧だ。

 

 不能の理由はわからない。

 すぐに王宮の医師を呼びつけて調べさせたが、なにもわからなかった。

 ただ、その医師は、いい機会なので、しばらくは女遊びを自重すべきと言っただけだった。

 ルードルフは、すぐに、その役立たずの宮廷医師を罷免して、王宮から追い出した。

 

 いずれにしても、とにかく、性欲を発散できないということに、ルードルフは、悩み、苦しみ、もがき抜いた。

 だが、なにをやっても駄目だった。

 どうしても、一物が勃起しないのだ。

 ルードルフは途方に暮れた。

 そういえば、その頃からルードルフの頭痛が始まった気がする。

 常に気分が優れず、苛々にまとわりつかれるようになった。

 周囲に侍る者が気に入らなくなり、込みあがる怒りのままに、誰も彼もに怒鳴り散らした。

 

 そうやっているうちに、誰もルードルフに寄って来なくなった。

 ああ、以前からいた侍女たちが姿を消すようになったのも、やっぱり、その頃からだ。

 いや、これはさっきも同じことを思ったか?

 どうも、記憶が曖昧で、思念も乱れている。

 

 いずれにしても、女を抱くことができないというのは、ルードルフとしては一大事だった。

 後宮に集めていた女妾、女奴隷、男娼……。

 片っ端から呼び出して奉仕させた。

 だが、誰ひとりとして、ルードルフの男根をぴくりとも動かすことはできなかった。

 腹がたったので、全員を身ひとつで追い出してやった。

 そいつらが、どうなったのか、いまだに知らない。

 

 とにかく、どうしていいのかわからなかった。

 性欲はあるのに、勃起しないのだ。

 だが、それを助けてくれたのがテレーズだ。

 テレーズは、二箇月近く前に、領地からやってきた女官長であり、ルードルフの命令を大臣や官吏に伝える仕事をさせていた。

 侍女や後宮の管理もだ。

 なかなかにいい女であり、何度も抱いたが、ルードルフの一物が調子が悪くなり、股間が勃起しなくなったために抱くのをやめざるを得なかった。

 そうでなければ、ずっと抱き重ねていたいような女だ。

 そして、ルードルフの股間が勃起できなくなったことに対して、解決策を教えてくれたのが、そのテレーズだったのだ。

 

 テレーズは、調子のよくないルードルフに、合意のもとによる性交だけじゃなく、女の意思に反して犯す性交もあると囁いた。

 言われた通りにしてみることにした。

 女官長のテレーズの名を借り、適当な若い侍女を個室に呼び出し、睡眠香で眠らせてから、全裸に剥いて寝台に括りつけてから凌辱したのだ。

 あれはよかった。

 ありがたいことに、ルードルフの股間が勃起し、ついに性欲を満たすことができたのだ。

 歓喜の瞬間だった。

 

 そうだ。

 あの相手は、たまたま新しい侍女としてやってきたトミア家のユファーという娘だったか……。婚約者とやらの男の名を繰り返しに叫んでいた。

 朝から始めて一日中抱き、さらに翌朝まで抱き続けたところで、なにをしても反応がなくなったので解放してやった。

 まるで、廃人になったように、動かなくなったのだ。

 寝室から追い出したあとは、気にしなかった。テレーズが幾らかの財とともに、娘を実家に送り返したと説明しにきたが、「そうか」と応じただけだった。

 

 いずれにせよ、毀れたのは惜しいことをしたと思ったが、代わりの娘はいくらでもいる。

 しかも、テレーズが手配をして、ほかにも、若くて無垢な令嬢を侍女として集めてくれたみたいだった。

 ルードルフのテレーズに対する信頼は、揺るぎのないものになった。

 

 とにかく、凌辱をして、泣き叫ぶ女であれば、勃起するということがわかったので、積極的にそれをすることにした。

 ルードルフは満たされた……。

 だが、その幸福も束の間だった。

 

 連続した三日間に、ひとりずつ犯し抜いていったところで、四日目からは侍女たちが逃げ回り、なかなか捕まえることができなくなったのだ。

 

 しかも、ルードルフの護衛をしている長の者が、生意気にもルードルフの行いをたしなめるような物言いで諫め、それだけでなく、ルードルフが侍女を喰うのを邪魔するように行動し、ルードルフが下級貴族の令嬢の侍女を犯そうとすると、幾度か直接的に阻止して逃がしたということをしたりした。

 激怒のあまり血が噴き出すかと思ったが、その騎士は、女が無慈悲に犯されるのを見逃すことは騎士としてできないと、厚かましくも主張した。

 なんという男だと腹がたったから、鞭打ちをして追い出すように命令をし、その場で罷免した。

 

 だが、翌日のことだったと思う。

 たまたま窓から見ていたら、その騎士が平然と王宮の庭を歩いているのを目撃してしまったのだ。

 激しい怒りに包まれた。

 つまりは、ルードルフの命令にも関わらず、その護衛は鞭打ちもされず、罷免にもならず、ただルードルフの前から離されただけで、終わってしまったということなのだ。

 誰の差配なのかわからないが、明らかにルードルフが軽んじられているという証拠だった。

 ルードルフは生まれて初めてかもしれないほどの憤りに包まれた。

 そのときには、テレーズが横にいたのだが、彼女がなにかを喋ったと思う。

 いまにして考えても、そのときも、なにを言われたのか覚えていないのだが、ルードルフが激しい怒りに我を忘れ、心が激情に支配されたことだけは辛うじて記憶にある。

 

 ルードルフは近衛隊の指揮官を呼び出した。

 護衛騎士の処分命令に従わなかったことを叱責した。

 だが、近衛隊長は、なんのことかわからないという態度であり、調査をするので時間をくれという態度をとった。

 ルードルフは、自分が愚鈍であるつもりはない。

 近衛隊長が、ただこの場を誤魔化すためだけに、のらりくらりとルードルフの怒りをかわそうとしているということはわかった。

 

 結局のところ、その場はそれで終わったが、あまりに口惜しかったので、侍女を抱いて発散しようと思った。

 ところが、そんなときに限って、侍女が近くにいない。

 侍女の待機室にまで出向くが、そこにもいない。

 しかし、身の周りのことについては、最小限度のものは整えられるので、いることはいるのだろう。

 どうやら、逃げ回っているということもわかってきた。

 

 テレーズを呼んだ。

 姿を見せたテレーズに、侍女を犯すから、誰でもいいから連れて来いと厳命した。

 ルードルフに従わない王宮の中で、唯一、ルードルフの味方であるのがテレーズだ。

 そのときも、テレーズは娘を連れてきた。

 王家に伝わる薬物で朦朧とさせ、ルードルフは心いくまで、その若い娘を犯した。身体は弛緩させても、意識だけはしっかりと保つ薬物を使ったので、この娘もルードルフに犯されながら、ひたすらに泣き叫び続けた。

 行為の最中に訊ねたが、なんと十四歳だということがわかった。侍女でもなく、女官の見習いとのことだった。

 だが、その娘は翌朝にはいなくなったみたいだ。

 

 また、ルードルフは、家臣たちに自分の命令に従わせる、実にいい方法を思いついた。性欲を満たすのにも役に立ちそうだった。

 王宮内の王家の宝物庫だ。

 そこには、目の前にいる相手の心を従わせ、盲目的に従属をさせる隷属具があったことを思い出したのだ。

 それを使えばいいとわかった。

 

 試しに、それを持って、後宮から官吏たちのいる正殿に向かい、侍女になるような若い娘のいる貴族たちを呼び出させ、娘を侍女として出仕させるように命令をしてみた。

 

 対象の娘に直接使わなかったのは、凌辱でなければ勃起しないといことがわかっていたからだ。

 貴族たちは、隷属の宝物に影響により、その翌日には娘を侍女として出仕させてきた。姿を見なくなった娘も何人か戻ってきた。

 しかも、娘たちは因果を含められているらしく、侍女の役目から逃げだすということがなかった。

 もっと早く隷属の宝物のことを思い出せばよかったと思った。

 

 テレーズに教えると、あのなんでもわかっているような女が、そのときに限っては、驚いたように目を見開いていた。

 隷属の宝物など、初めて接したのかもしれない。

 ちょっとだけ、小気味よかった。

 

 さらに、これを使うことで、さらに解決したことがある。

 忘れていたが、大切な娘をぼろぼろにしたと言って、侍女で最初に犯したユファーの父親のトミア子爵が怒鳴り込んできたのだ。

 誰がルードルフの前まで来ることを許したかわからないのだが、宮廷までやって来た子爵が思い詰めたように、ルードルフを詰問してきたのだ。

 ルードルフは近臣たちによって、無理矢理に面談室で会わされた。トミア子爵は、テレーズが渡したという財宝も返して寄越してきた。

 面倒なので、隸属の宝具で黙らせた。

 ルードルフに、トミア子爵との面談を強要した無礼な近臣もだ。

 トミアは笑って立ち去った。

 簡単なものだ。

 

 しかも、これで令嬢たちに、なにをやっても、なんとかなるということもわかったし、性欲のことも安泰だと思った。

 だが、またもや問題が発生した。

 アネルザだ。

 

 王妃のアネルザがうるさくつきまとうようになったのだ。

 ロウ=ボルグのことを激しく怒ってきた。また、イザベラとアンのこともだ。

 最初に言われたときには、両方とも誰のことかすぐにはわからなかったが、だんだんと、イザベラというのが王太女のことであり、ロウというのは、それを孕ませた冒険者のことだと思い出した。いや、子爵か……?

 まあいい……。

 

 いまもそうなのだが、股間がうまく勃起しなくなった頃から、ルードルフは極度の物覚えの悪さにも悩まされるようにもなっていた。

 そういえば、テレーズになにかをささやかれて、大きな怒りが沸き、ふたりに関して、なにかを命令した気がする。

 でも、覚えていなかった。

 記憶のないことで、罵られるのは愉しいことではなかった。

 懐に入れていた隸属の宝具を使おうとしたが、なぜかアネルザには効果がなかった、

 仕方なく、その場は追い返すだけにした。

 

 しかし、アネルザはその翌日も来た。

 また、隸属の宝具を作動させたが、やはり効かなかった。

 結局、怒鳴って追い返すしかなかった。

 

 また、その翌日にもやって来た。

 ルードルフは閉口した。

 それでいて、なぜか、アネルザには逆らえないという気持ちはあった。

 隸属の宝具も効果がないし、どう対処すべきかわからなかった。

 とにかく、追い返すだけで済ませた。

 

 一方で、せっかく令嬢たちが戻ってきたのに、なかなか捕まらないということが、何日も連続した。

 隸属の宝具を使えば簡単なのだが、それだと凌辱にならない。あれは、完全に相手を言いなりにする道具だからだ。

 とにかく、そんな日々が数日続いた。

 

 ところが、テレーズから、ルードルフが侍女を抱けないのは、アネルザが手を回して邪魔をしているからだと教えられた。

 唖然とした。

 その瞬間に、心にあったアネルザに逆らってはならないという感情が消え去った。

 

 憎い──。

 憎い──。

 ルードルフを邪魔するアネルザが憎い……。

 その心に支配された。

 

 すると、テレーズが実にいいことを提案してきた。

 アネルザを捕縛して、監獄塔に押し込めておけばいいというのだ。

 ルードルフはその場で、テレーズにそれを実行するように指示した。

 

 そういえば、タリオ大公のアーサーから、魔石通信が来たのも、アネルザの捕縛を指示した日の前後だった。

 イザベラを妃としたいというのだ。

 それだけでなく、アンのことも引き取ってもいいと言う。腹心の部下をアンの夫として準備するということだった。

 しかも、イザベラについては、王太女なので、タリオに嫁ぐのではなく、形式上の夫婦ということで、年に数回往復するだけの形式婚を打診してきたのだ。

 イザベラの腹の子も、アーサーの子として認知するとのことだった。

 

 断る理由は少なかったが、すでにアーサーには、第二王女のエルザが嫁いでいる。

 大公だから、アーサーが妻をひとりに限る必要はないが、ハロンドール王国がふたりの王女を同じアーサーに嫁がせるということは、明らかにハロンドールが格下に置かれた立場になる。

 それについては、問題があった。

 

 だが、アーサーはすぐに、その解決策を申し出てきた。

 熟考をしていると、アーサーがいきのいい女騎士を五人ほど、性奴隷として贈ると言ってきた。

 ルードルフは、アーサーの申し出を受け入れることにした。

 ただし、性奴隷ではなく、なにかの理由をつけて、使者として送れと伝えた。

 それを強引に犯すのだ。

 アーサーはその条件を受け入れた。

 

 これで、すべての問題が解決すると思った。

 隷属の宝物に支配された父親から送り込まれた令嬢の侍女のひとりを捕まえることにも成功した。

 そして、いよいよ犯そうと思ったら、またもや勃起しなかった。

 愕然とした。

 

 結局、そのときはうまくいかず、令嬢を放り出すしかなかった。

 半裸で泣きじゃくりながら出ていく娘を送り出しながら、ルードルフはテレーズを呼んだ。

 ルードルフのことを理解し、いつもなんとかしてくれようと頑張ってくれるのは、テレーズだけなのだ。

 テレーズは慰めてくれたが、さすがにテレーズも、いい考えはなさそうだった。

 ルードルフは、勃起できなかった股間に呆然となったまま、苛立ちの感情のまま眠るしかなかった。

 どうやら、ルードルフは女を犯すことができなくなったようだ。

 試しに、翌日に、別の侍女の令嬢で試したが、やはり勃起しなかった。

 

 そして、さらに気分の悪い感情に襲われる日々が始まった。

 今朝もそうだ。

 とにかく、ルードルフは、得体の知れない吐気にも似た気持ちの悪さの中をずっと漂っていた。

 特に、今日は気分が悪い。

 

 とにかく、まずは目覚めが最低だった。

 おそらく、なにかの悪夢でも見たのだと思うが、目が醒めるとその内容は消えていた。

 ただ、理由のわからない憤怒と憎悪がルードルフを包んでいた。

 

 次に、ルードルフが目覚めたにもかかわらず、すぐに持ってくるはずの洗面用の湯と布が今朝に限って、すぐには運ばれてこなかった。

 呼び鈴を鳴らすことでやっと、国王付きの侍女がきた。

 しかも、三人だ。

 だいぶ前からそうなのだが、侍女たちは、大抵は決してひとりではなく、ほとんど三人、四人と連れだって行動してくる。

 それが苛つきを拡大する。

 ルードルフは罵声を浴びせ、呼び鈴の鈴をひとりの侍女の顔に投げつけた。

 若い侍女の額が割れ、真っ赤な血が流れて、その侍女が泣き声をあげた。

 その赤い血も喚き声も気に入らなかった。

 護衛のひとりが怪我をした侍女を部屋の外に連れ出した。

 だが、そのとき、不思議なこともあった。

 股間にむず痒いような疼きが走ったような気がしたのだ。

 ルードルフは、ただ首を傾げた。

 それが今朝だ。

 そして、簡単な食事のあと、ルードルフはこの部屋でずっと過ごしていた。

 

「陛下、昼食の時間です。別室に整えております」

 

 護衛のひとりが声をかけてきた。

 ルードルフは、頭痛と吐き気に耐えて、その別室とやらに向かった。

 部屋には侍女がふたりいた。朝の三人とは別の娘だ。給仕をするのだろうが、怯えて部屋の壁際に立って震えている。

 全く不愉快だ。

 そして、昼食が最低だった。

 パンは練りが足りないのか柔らかくなく、野菜にはどことなく瑞々しさが足りないように感じ、野菜と肉を溶かした汁にはほんのちょっぴりだが塩味の加減がいつもと異なっていた。

 

 とにかく、このところずっと、ルードルフの逆鱗に触れるような些細な出来事が続いている。

 まるで、ルードルフの気分を悪くするために、周りの者が動き回っているかのようだった。

 どうして、こんなに苛立つのかわからないが、我慢できないことばかりが繰り返されていた。

 そのたびに、ルードルフは怒りのまま、怒鳴りつけ、あるいは物を投げ、ときには鞭打ったりした。

 

 とにかく、なにをやっても気分が優れない。

 侍女を見るのも不愉快になってきた。

 犯せるならまだしも、凌辱をしようとしてさえも、勃起しないのだ。

 ルードルフの苛つきは沸点に達していた。

 

 不快の原因もわかっている。

 女を犯していないからだ。

 とにかく、精を放っていない。

 おそらく、ルードルフを苦しめている苦悶はそれだけだ。それですべてが解決することはわかっている。

 だが、できない。

 犯せないとなれば、女を見るだけでも不愉快が増大する気がした。

 目の前には、ふたりの侍女だ。

 身体を震わせて、ルードルフを怖がるように顔を伏せている。

 ルードルフは、理由のない怒りに包まれた。

 

「それにしても、不味い飯だ。余を愚弄するのもほどがあろう──」

 

 ルードルフは癇癪のまま、テーブルの上にあった朝食を侍女たちに向かって打ち払った、

 

「きゃあああ」

「いやああっ」

 

 ふたりの侍女に熱いスープがかかり、侍女たちが悲鳴をあげた。

 侍女たちがお互いに身体を抱えるように、その場にうずくまる。

 そのときだった。

 どくんと、股間に血が流れるのがわかった。

 

 熱い……。

 股間が……。

 もしかして……。

 

 いや、これは……。

 完全ではないが、半勃ちというところだ。

 ルードルフは、驚きで声をあげそうになった。

 いや、これは勃ちかけている。

 間違いない……。

 侍女の悲鳴を聞いたから……?

 

 だが、可能性がある。

 つい先日までは、凌辱をすることで女たちを抱けたのだ。

 なぜ、再び勃起できなくなったのかはわからないが、残酷に抱くことで性欲を発散できるのであれば、あるいは、もっと残虐な行為をやれば、性欲が満ち満ちて、勃起できるのかも……。

 やってみる価値はあるか……。

 いや、むしろ、なぜそれに思い至らなかったのか……。

 

「そのふたりを懲罰室に連れて行って吊るせ──。このような不味い食事を持ってきたことに、余が直々に罰を与える」

 

 ルードルフは立ちあがった。

 間違いない。

 血がたぎっている。

 股間が熱い……。

 疼く……。

 

 いける……。

 いける──。

 いけるぞ──。

 

 やっとわかった。

 凌辱ですら勃起ができなくなったのは、残酷さが不足していたからだ。

 そんな簡単なことだったのだ。

 

「ひいいいっ、お、お許しを」

「お許しください、陛下──」

 

 懲罰を申し渡した若い侍女ふたりが、お互いを抱き合ってしゃがんだまま、真っ蒼な顔をあげてルードルフに哀願してきた。

 すると、股間が疼いた。やはりまだ半勃ちだが、さっきよりは固い……。

 いける──。

 本当にいける。

 

「陛下、それはちょっと……」

「お待ちください。その朝食は、その者たちとは関わりはありません」

 

 そのとき、護衛たちが声をあげ、侍女たちを庇うようにあいだに割り込んできた。

 またしても忌々しい。

 ルードルフは、最近では肌身離さずに持っている隷属の宝具を服の上から握り、護衛たちに向けて術を放つ。

 護衛たちの目が虚ろになり、魔道具に支配されたのがわかった。

 これで、しばらくのあいだは、このふたりも、ルードルフに従う「犬」だ。

 

「命令に従え──。このふたりを懲罰室に連れていくのだ」

 

 ルードルフは言った。

 なお、懲罰室というのは、この後宮に作ってある遊戯のための部屋だ。

 もともとは、ルードルフが女から辱めを受けて悦ぶための部屋だったが、最近では犯すために捕らえた女をそこで辱めるために使っていた。

 そのとき、ルードルフをいい気持ちにしてくれていたふたりの若い寵姫のことをが頭に浮かびかけたが、すぐに霧に包まれるように、その記憶が消滅した。

 

「はっ」

「承知」

 

 護衛たちは短い返事をして、恐怖で震えている侍女の手を取り、強引に立たせた。

 悲鳴をあげる侍女を抱えるようにして、廊下に連れていく。

 もちろん、向かうのは「懲罰室」だ。

 ルードルフは、後ろからついていく。

 

「陛下──」

 

 そのときだった。

 廊下の前から、テレーズが近づいてくるのが見えた。

 横には背の高い美しい女もいる。

 背の高い女については、よく知っている気がするのだが、なぜかなにも思い出せない。

 ルードルフは、目の前の美しい女を思い出せないことで、またもや不快な気持ちになった。

 

「テ、テレーズ様、お助けを──」

 

「サキ様、どうかお助けください。わたしたちは、なにもしてないのです。それなのに、陛下が懲罰をと──」

 

 護衛に身体を捕まえられて歩かされている侍女が泣き声でテレーズたちに助けを求めた。

 もうひとりの背の高い女は、サキという名前らしい。

 しかし、それを知覚した途端に、その名は頭から消えてしまった。

 

「陛下、お待ちを……。その女たちをどうするのですか?」

 

 テレーズが話かけてきた。

 無視したかったが、ルードルフには、テレーズの言葉には、耳を傾けなければならなという思いが心に刻み込まれている気がする。

 仕方なく立ちどまった。

 

「お前たちは、準備をしておけ」

 

 ルードルフは胸の服の下にある隷属の宝具に触れながら、護衛たちに命令した。

 護衛たちが泣き叫ぶ侍女をふたりが抱えるように連れていく。

 

「あの者たちが粗相を?」

 

 女たちと護衛が去ると、テレーズが言った。

 ルードルフは嘆息した。

 早く、懲罰室に向かいたいのだが、テレーズの言葉には逆らってはならないのだ。

 逸る気持ちを抑えて口を開く。

 

「別になにもない。ただ、余がそうしたいから、あのふたりに罰を与えるのだ。余のこれが元気になりそうでな」

 

 ルードルフは笑って、股間を指さした。

 ちょっとだけ固くなっている。

 女の股間に挿入できるほどの勃起ではないが、久しぶりの血の猛りのような気もする。

 

「どうしたのだ? わしの願いを受け入れて、園遊会まで禁欲させてくれるのではなかったのか……?」

 

 背の高い美女がテレーズにささやくのが聞こえた。

 

「その予定なんだけどね……。闇が突き抜けて、股間に血を集められるようになったのかも……。よく見てよ。勃起しかけているわ」

 

「相変わらず、中途半端な術だのう。ただの射精管理くらい、きちんとやってみせんか」

 

「そう言わないでよ、サキ……。あなただって、わたしとの約束を破って、アネルザを監獄塔にまだ置いたままじゃないの」

 

「手違いがあったのだ。明日には連れていく」

 

「お願いよ」

 

 テレーズともうひとりの女が小さな声で会話をしている。

 ルードルフのことを語っているということは、なんとなくわかるのだが、耳に入って来ても、意味のある言葉として伝わってこない。

 だが、そんなことよりも、侍女のふたりだ。

 あいつらを徹底的に鞭打って痛めつけるのだ。

 それで、ルードルフは快感を得られる気がする。

 

「それで、これをどうするのだ?」

 

「……闇魔道が暴発しているようね……。無理矢理に支配を強めることはできないわ。そんなことをすれば、こいつの支配が緩んでしまう……。とりあえず、発散させるわ……」

 

「ちっ、またか――。勝手にせい──」

 

 テレーズがぼそぼそと隣の女に語り、隣の女は不機嫌そうに舌打ちをした。

 やはり、話の内容がルードルフには理解できない。

 テレーズがルードルフを見る。

 

「そうですか……。これは失礼をいたしました……。ところで、宰相閣下が陛下にお目通りを願っております。なんでも、どうしても申しあげたいことがあるとかで……」

 

「用件は──?」

 

 ルードルフは不機嫌な感情を抑えられずに言った。

 

「財政のこととか申しておりました。先日、陛下の命令で、南域の国境軍に多大な食糧と武器を供給を処置させた件だと思います。それで財政が厳しいとかで……」

 

「南部の国境軍?」

 

 なんのことかわからない。

 だが、すぐに、そういえば、このテレーズに言われて、なにかの書類に署名をしたことを思い出した。

 考えてみれば、南部駐留の国境軍の倉庫群に、通常の年度予算の十倍にあたる財を投入して、最新鋭の兵器と保存のできる食料を大量に備蓄させるという命令書だった気がする。

 普通はいちいち署名した書類など覚えていないが、あまりにも異常な内容だったので、記憶に残ったのだ。

 だが、そんなことをルードルフに言われても困る。

 そもそも、手配をしたのはテレーズであり、ルードルフは、あれになんの意味があるのかも、いまだもってわかっていない。

 ルードルフは署名をしただけだ。

 

「知らん──。お前が宰相と話せ、テレーズ。お前に任せる。余は忙しい」

 

「かしこまりました。いずれにしても、宰相殿は、王国の財政の不足を憂いておいでなのでしょう……。陛下、実は二十軒ほど、目星をつけている商家がおります。商業ギルドの重鎮に属する商家ですが、その家財を没収すれば、かなりの財が集まり、国庫も潤いましょう。それをわたしの方で行ってもよろしいですか? もちろん、宰相殿と相談いたしますが……」

 

「余は忙しいと言っておるだろう。よきにはからえ──」

 

 ルードルフは怒鳴った。

 だが、ふと思った。

 商業ギルド?

 この前は、その商業ギルドに対立する自由流通を排除する命令に署名した気がする。

 今度は、逆に商業ギルド側を潰すのか?

 しかし、思念はそこまでだ。

 なにかが頭を覆い、これ以上考えられなくなる。

 

「では、これに署名を……」

 

 テレーズが羊皮紙を差し出した。

 羊皮紙は正式の命令書などに使用する高価な用紙だ。

 テレーズが、それを取りだして拡げる。

 どこから出したのか、署名用の書き物も出した。

 むあ、いいか……。

 頭が怠い。

 ルードルフは、中身を読まずに署名を施した。

 

「玉璽はわたしの方で処置いたしますわ、陛下」

 

 テレーズがにこにこと微笑みながら、場所を空けるように壁に退く。背の高い女もだ。

 ルードルフは、懲罰室に歩みを向けた。 



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325 ご機嫌な兇王

「いやああ、助けてください──」

「わたしたち、なにもしていません──。陛下、お許しを──」

 

 懲罰室という名の部屋に入ると、侍女のふたりが近衛騎士に押さえつけられて、悲鳴をあげていた。

 かなり抵抗したらしく、侍女服ははだけて、露出している手足の、あちこちに擦り傷のようなものができている。

 また、ふたりの近衛兵は、顔に引っ掛かれたような痕もある。

 どうやら、たまたま、相当にお転婆の気質のあるふたりだったようだ。

 ルードルフは嬉しくなった。

 

 あれくらい、元気がある娘でなければ、長く愉しめないだろう。

 とにかく、残酷に扱えば扱うほど、股間が固くなる予感がある。

 もしかしたら、性交が可能なくらいに勃起することも可能かもしれないのだ。

 ルードルフは、張り切っていた。

 

「腕を背中側に押さえて立たせよ」

 

 ルードルフは、上衣の胸の下に隠している隷属の宝具である宝石を服の上から触れながら言った。

 

「はっ」

「はい」

 

 近衛兵の目がさらに虚ろになり、深い術が刻まれたのがわかる。

 ふたりがそれぞれにひとりずつの侍女の腕を掴んで、後ろに捩じ曲げながら、強引にその場に身体を起こさせる。

 

「は、離して、なにするのよ」

「へ、陛下、正気に戻ってください。お願いです」

 

 侍女ふたりが脚をばたばたさせながら、必死で抵抗をする。

 それにしても、元気なふたりだ。

 年齢はかなり若い感じだが、年齢以上に幼く思える。

 そういえば、宮廷に参内している貴族たちを適当に捉えては、隷属魔道を使って、無垢で若い娘を侍女としてあげるように、片っ端から命じるとき、年齢の下限を十五歳から十三歳にまで引き下げた。だから、実際にまだ幼いのかもしれない。

 だが、それくらいまで年齢をさげないと、なかなか無垢で若い娘というのは集まらないのだ。

 集まる以上に逃亡する娘が多いし、相応の無垢な娘がいない家も少なくない。

 

 いずれにしても、近衛兵のふたりに命じたのは、侍女のふたりを吊るせということだったから、それをまだしていないということは、おそらく、離れたために隷属の支配が弱くなり、娘たちを惨い目に遭わせることに、躊躇したのかもしれない。

 まったく、役に立たない連中だ。

 

 確か、宝物庫には、常続的で広範囲の隷属具もあったはずだから、それを使用しようかとも思った。

 だが、あれはかなりの魔力が必要なので、ルードルフの魔力では作動させられない。

 テレーズにでも命じて、大量の魔石を確保させるとするか……。

 

「とりあえず、名と年齢を申せ」

 

 ルードルフは、若い娘たちの正面に立ち言った。

 

「へ、陛下、お願いでございます。話を聞いてください」

「どうして、こんな理不尽なことをなさるのですか」

 

 侍女たちが悲鳴のような声をあげた。

 ルードルフは体重をかけた拳を娘のひとりの腹に突きあげた。

 

「うぐうっ」

 

 腹を殴った娘が呻くと同時に、身体を折り曲げる。

 

「ステラ、ひいっ――。あぐっ」

 

 続いて、もうひとりの娘の腹にも、拳を喰い込ませる。

 特に鍛えているわけでもないが、それは娘たちも同じだろう。随分と身体も小さいのでルードルフの身体とは二倍も三倍も違う。

 そのルードルフの力一杯の殴打に、ふたりとも一気に脱力した感じになる。

 

「余の言葉がわからんのか? 名と歳を申せ。それとも、今度は棒を使うか?」

 

 ルードルフは壁にあった鉄の棒を指さした。

 もともと、そういう遊びをする部屋なので、それなりの調教具は揃えている。

 ルードルフに、鉄の棒を示されると、さっきまでの威勢が消え失せ、侍女たちの顔が蒼くなった。

 

「ス、ステラ=ベリー……。じゅ、十三歳です……」

 

「イヴ=ダリル、十三歳……です」

 

 ぐったりしている侍女たちが言った。

 やはり、随分と若い。

 国王に対する口の利き方がなっていないのも、そのせいだろう。

 だが、ルードルフは、ベリー家にも、ダリル家という家名にも記憶がなかった。

 

「ベリーやダリルという家名には記憶はないな? 父親の爵位は?」

 

「わ、わたしもイヴも、き、騎士爵の出です……。お願いでございます。も、もう、お許しを……」

 

 ステラと名乗った娘が応じた。

 ルードルフが壁にかけてあった乗馬鞭を手に取りながら、そのステラの前に立った。

 

「ひっ」

 

 ルードルフが手に持った鞭を見て、そのステラが息を呑んだような悲鳴をあげた。

 

「ふたりは見知った仲か?」

 

 ステラがイヴのことを呼び捨てにしたことで訊ねた。そういえば、その前は、イヴがステラに声をかけていたし、なんとなくふたりとも親しそうだ。

 

「幼馴染です……。お、お許しを……」

 

 今度はイヴという娘が言った。

 さらに訊ねると、ふたりとも、貴族とはいっても、名ばかりの庶民にも等しい家柄らしく、家の手伝いや畑仕事をしながら過ごしているらしい。

 そういえば、貴族娘には相応しくなく、日に焼けているし、態度も粗野な感じだ。

 しかし、顔立ちは可愛らしくもある。

 まあ、なぶり甲斐があるということだ。

 肝心のルードルフの一物も、心なしか固さを増している気もする。

 庶民に等しい娘たちだが、顔立ちがいいこともあり、自分が興奮しているのは、はっきりと自覚できている。

 

「んぐうっ」

 

 ルードルフは、返事の代わりに、鞭を持っていない側の手の拳を再び腹部に叩き込む。

 がくりとステラの膝が折れた。

 そのステラの身体を後ろ手にして拘束している騎士が持ちあげて、真っ直ぐに立たせる。

 すでに、ステラは涙目だ。

 

「ステラ──」

 

 横のイヴが心配そうに悲鳴をあげた。

 ルードルフは、今度は乗馬鞭をイヴの胸に向かって思い切り叩きつける。

 

「んぎいいっ、ああああっ」

 

 イヴが悲痛な声をあげる。

 

「部屋の真ん中に連れていけ」

 

 ルードルフは、壁の操作具を動かして、少し離した距離で天井から二本の鎖を垂らした。

 鎖の先には枷がひとつずつついている。

 ふたりが騎士によって、引きずられるように鎖の下に移動させられる。

 ルードルフは、その枷を娘たちの片側の足首に装着した。

 

「や、やだっ」

「放して──」

 

 殴られた衝撃でふたりとも苦しそうに喘いでいたが、自分たちの足に装着された枷に気がつき、抗議の声をあげた。

 それにしても、本当に元気な娘たちだ。

 

「背中で手枷を装着させよ」

 

 ルードルフは壁から二組の手枷を騎士たちに投げた。

 また、天井に繋がっている鎖を操作する遠隔の操作具を手にとった。

 天井にある鎖の滑車に魔石が嵌めてあり、ルードルフの手元にあるこの操作具で自在に動かすことができるのだ。

 

「ゆ、許してください。お願いです」

「助けて――。ね、ねえ、騎士様、助けてください」

 

 一方で、隷属の魔道のかかっている騎士が娘たちの腕を強引に背中に曲げさせ、水平に重ねるようにして、手枷を嵌めてしまう。

 ルードルフは、ふたりの正面に位置する場所に自ら椅子を運ぶと、そこに座った。

 

「鎖をあげるぞ。しっかりと自由な方の脚で閉じておくがいい。だらしなくスカートが垂れれば、懲罰を開始する」

 

 ルードルフは意地悪く言い、操作具で鎖を引きあげた。

 

「いやあ」

「やめてええ」

 

 ふたりがそれぞれに悲痛な声をあげる。

 しかし、容赦なく、鎖があがり、少女たちの脚を引きあげていく。

 すぐに、鎖に繋がっている片側の足首が、頭よりも上にあがって、身体の上下を逆さまにしてしまった。

 

「ああ……」

「や、やだっ」

 

 それでも、上に向かって引きあげがとまらない鎖は、少女たちの頭を床に落として、片脚だけを天井に引っ張る。

 スカートがだらりと垂れ下がり、下着が露わになりかけた。

 

「よいのか? 脚で支えねば鞭打ちだぞ。下着も剥いで、股ぐらにも打ちつけるぞ」

 

 ルードルフは笑った。

 

「ああ、いやあ、お母さん……」

「だ、誰か……、誰か、助けて……」

 

 ふたりがついに、はっきりとした泣き声をあげた。

 その悲痛な声でルードルフの血がぐっと股間にたぎる感覚が発生した。

 やはり、残酷な仕打ちをすれば、股間が固くなるようだ。

 

 もっと、残酷に……。

 もっと、冷酷に……。

 もっと、陰湿に……。

 

 ルードルフは懸命に、目の前の娘たちをいたぶる方法を考え続けた。

 一方で、そのあいだも、ふたりの足首はあがり続け、ついに、ふたりの頭が完全に浮きあがり、髪が床を擦る高さになる。

 

「ひいいっ」

「ああ……」

 

 ルードルフは、娘ふたりが完全に逆さ吊りになったところで、鎖の引きあげをとめた。

 ふたりとも自由な側の片足を吊られている脚に密着させて、必死でスカートがさがるのを押さえている。

 

「さて、どれくらい我慢できるのだ? 先に鞭で打たれたいのは、どっちだろうな?」

 

 ルードルフは、泣きべそをかきだした娘たちに向かって嘲笑した。

 ふたりの身体を引きあげているのは片側の足首だけだ。もう片側は自由である。ふたりとも、その自由な側の脚で懸命にスカートが垂れさがるのを防いでいる。

 しかし、それでは押さえきれないスカートが垂れ下がり、ほとんど下着が見えんばかりになっていた。

 

「あ、足が、い、痛い……。へ、陛下、お、お願いでございます……」

「ああ……。く、苦しい……ああっ」

 

 娘たちが苦悶の声をあげ始める。

 いずれにせよ、時間の問題だろう。

 あんな風に、脚をあげ続けるということは、長い時間はできない。

 すぐに、脚はさがり、スカートは垂れ落ちて、股を晒すことになるはずだ。

 そうなったら、鞭打ちの開始だ。

 

 ルードルフは、自分がどんどん欲情をしていくのをはっきりと感じた。

 もしかしたら、勃起まで辿り着くのではないだろうか?

 ルードルフは期待した。

 そうしたら、この娘たちを残酷に鞭打ちだけではなく、あの無垢な股間に怒張を突っ込んで精を放つことさえできるかもしれない。

 そうすれば、どんなに幸せか……。

 目の前の騎士爵家の小娘たちが生娘なのは明白だ。

 その処女をルードルフの精で汚すのだ。

 ルードルフは期待に興奮してきた。

 

 もう少し……。

 もうちょっと固くなれば……。

 

「どちらか、余の食事を運ぶように侍女に命じて来い。葡萄酒もだ」

 

 ルードルフは、隷属の宝具に服の上から手を乗せて騎士たちに命じる。

 ふたりがひそひそと話し合い、そのうちのひとりが出ていく。

 もうひとりは、部屋の隅にある小さなテーブルを運んできて、ルードルフの前に置いた。

 

「余が食事を終える前に娘たちが脚をおろせば、服を全て剥ぎ取れ。ただし、手は使うな。鞭で剥ぐのだ」

 

「かしこまりました」

 

 騎士が応じる。

 娘たちが悲痛そうな声をあげた。

 やがて、部屋を出ていった騎士が戻って来る。

 三人ほどの盆を抱えた侍女が一緒だった。

 

「ひいいっ」

「イヴ──、ステラ──」

「きゃあああ」

 

 三人とも部屋に入るなり、盆を落とすのかと思うくらいに、衝撃を受けた様子で絶叫した。

 

「給仕はよい。運んできた物を置いたらさがれ。それとも、同じように余の懲罰を受けたいか?」

 

 ルードルフは笑った。

 騎士たちは隷属具で支配するが、侍女たちにはかけない。

 隷属魔道で支配をしてしまうと、抵抗しなくなるので、抱けなくなるからだ。そういう意味では、必死に抵抗をしてくれれば、してくれるほど、ルードルフの股間の疼きは高まるということだ。

 

 そして、真っ蒼な顔をした侍女たちが、震える手でルードルフの前に食事と酒の支度をしていく。

 そして、逃げるように出ていった。

 

「ああ、もうだめえ……。ゆ、許して、許してください」

「へ、陛下、お慈悲を……。あ、謝ります……。謝罪しますから、ああ……」

 

 ふたりが呻き声のような声をあげた。

 見上げると、ふたりとも、すでにスカートを押さえている脚の膝が曲がり、また、辛うじて密着している腿もかなり緩んで下がって、下着が見えんばかりになっている。

 

「まだ、余は食事を初めてもおらんぞ。そんなことで、余の食事が終わるまで耐えられるのか?」

 

 ルードルフは食事を開始しながら、娘たちに声をかけた。

 さっきぶちまけた昼食と目の前の食事が同じなのか、異なるのかわからないが、娘たちの泣き声を聞きながら口にする食事はさっきよりも美味に感じた。

 

「お前たちは鞭打ちの準備をせよ。鞭先に嗜虐用の石の付いたものがある。それを持ってい来い」

 

 ルードルフは騎士たちに、そう命じて笑った。

 この部屋の壁には、多くの種類の嗜虐用の道具が掛かっているが、鞭だけでも二十種類以上はある。

 ルードルフが指示したのは、乗馬鞭の中で先端に小さな堅い石が革の中に入っているものだ。重みがある分、簡単に衣服も裂けるし、もちろん、肌もすぐに切り裂いてしまう。

 

「ああ……」

「う、うう……」

 

 一方で、ふたりはもう呻き声しかあげられない。

 まだ十三歳でしかない少女で、鍛えてもいない身体で片脚をあげ続けるのは相当につらいはずだ。

 ふたりとも、歯を食いしばって悲痛な顔をしている。

 耐えている脚はぶるぶると大きく震えていた。

 

「んぐうう、だめえええ、いやああ」

「ああああ、ああっ」

 

 やがて泣くような声を出し、ふたりの脚がほぼ同時に吊っている側の脚から離れて水平に下がった。

 ルードルフは、パンを千切りながら葡萄酒を口にしていたが、騎士たちに視線を向ける。

 

「やれ」

 

 短く命じた。

 もちろん、片手で隷属の宝具に手で触れて、魔力を注いでいる。

 

「はっ」

「はいっ」

 

 騎士たちは、すでに乗馬鞭を持っていたが、それで思い切りそれぞれの少女を引っぱたきだした。

 

「ぎゃあああ」

「ひぎゃあああ」

 

 絶叫が部屋に響き渡った。

 一発で垂れ下がっていたスカートがふたつに裂け、一部が大きな布片となって床に落ちていく。

 

「とまるな。すべての服を鞭で落とせ」

 

 ルードルフは、ゆっくりと食事をしながら短く命じた。

 凄まじい鞭打ちが始まる。

 

 二発目──。

 三発目──。

 四発目──。

 

「んぎゃああ」

「あぎゃああ」

 

 五発目と六発目でステラの上衣が裂ける。

 イヴのスカートの全部が腰で切断されて下着だけになった。

 

 そして、七発……。

 さらに服が千切れる。

 

 十発……。

 十二発……。

 露出の部分が多くなった。

 娘たちの肌が裂け、あちこちから血が流れる。

 

「ひぎいい、お母さあああんん」

「きゃあああ、や、やめてええ、もう、いやあああ」

 

 十五発目くらいの頃には、ふたりがまとうのは、ほとんど下着と布片だけになっていた。

 肌のあちこちから流れる血は、頭の方向に滴っている。

 

「んぐうう」

「ひいいいっ」

 

 二十発を超えた──。    

 胸当てが真っ赤な鮮血とともになくなる。

 乳房はかなり小ぶりだ。イヴについては、まだほとんど膨らみがない。 

 

「きゃううう、うわああ」

「脱ぐうう――。普通に脱がせてええ、んぎゃあああ」

 

 娘たちが泣き叫び続ける。

 また、汗びっしょりの騎士たちは、残っている服の切れ端を鞭で飛ばそうと鞭打ちをする。

 鞭が集中するので、そこの肌が裂けて、まとまった血が噴き出す。

 

「あああっ」

「ううっ、うぐうう」

 

 すでにあちこちが裂けて、かなりの血がふたりの肌を染めている。

 

「おおっ? おおおっ?」

 

 一方でルードルフは、いまや興奮の頂点に達しようとしていた。

 股間がかなりの勃起を取り戻したのだ。

 いや、これなら……。

 すでに勃起状態といえないこともない……。

 これは──。

 

「もっとだ──。下着を剥げ──。そのふたりの全身を血で濡らせ──」

 

 ルードルフは興奮して叫んだ。

 

「ぎゃああああ」

「んぎいいいい」

 

 ふたりの下着が裂けて宙に舞う。

 同時にふたりとも太腿が大きく切れて、股間に血が流れていく。

 

「おおおおっ」

 

 そして、ルードルフは雄叫びをあげていた。

 ズボンの中の股間が完全に勃起しているのがわかったのだ。

 操作具を動かして、ひとりの娘の身体を床におろす。

 床に横たわっても、もう動く気力もないようだ。

 確か、こっちがステラだったか……?

 

「ああ、へ、陛下……、も、もう……お、お許しを……」

 

 ステラがか細い声で言った。

 全身は血だらけだ。

 意識も朦朧としているようだ。

 ルードルフはズボンと下着を素早く脱ぐ

 だが、怒張を露わにしても、ステラはそれに気がついた様子はない。

 いずれにしても、自分ではぴくりとも身体を動かすことができない気配だ。

 陰毛はほとんど生えていない。

 まだ、大人になりきっていない性器だ。

 

 ルードルフは、怒張の先端を押し当てると、思い切りその亀裂に怒張を貫かせた。

 ほとんど濡れていないが、早く挿して精を放たねば、いつ萎えてしまうかわからない。

 考えていたのはそれだけだ。

 

「いぎゃあああああ」

 

 ルードルフの性器がステラの股間に半分ほど入ったところで、死んだように横たわっていたステラが凄まじい悲鳴をあげた。

 余程の激痛なのだろう。

 無理もないか……。

 まったく前戯をしなかった。

 だが、ここで中断はできない。

 

「構わんから打て──。上半身でも顔でも鞭打て──。大人しくさせよ──」

 

 暴れまくるステラの腰を押さえて、一物をめり込ませながらルードルフは叫んだ。

 あれだけの鞭打ちを受け、ほとんど失神寸前だったのが信じられないくらに、ステラが全身をのたうち回らせるのだ。

 股間が抜けそうになってきた──。

 

「ひぎゃああ」

 

 ステラが絶叫した。

 騎士ふたりがかりの乗馬鞭が首筋と乳房に炸裂したのだ。

 簡単に肌が裂けて、またもや血が噴き出す。

 だが、その残酷さにルードルフの股間はステラの中でさらに膨らみを増す。

 ルードルフは股間をぐいと押して、侵入を再開する。

 

「いぎゃああ、いぎいいい、許してええっ、いたいいい、いたいいい」

 

「ああ、やめて、やめてあげてください、ステラを許して──」

 

 やはり、血まみれで逆さ吊りのままのイヴが悲痛な声をあげた。

 

「心配いらん。すぐにお前の破瓜もしてやろう」

 

 ルードルフは、大粒の涙を流して悲鳴をあげるステラの腰をしっかりと持ち、一気に中心を貫く。

 

「いがあああっ、あああああ」

 

 身体をふたつに引き裂く激痛に、ステラが首をのけぞらせて叫んだ。

 ルードルフは、怒張の先端が子宮にまで達したのを確認すると、ゆっくりと腰を律動させた。

 

「ははは、どうだ、余に女にされた気分は──?」

 

「ああああ、んがああ、も、もう、やめてえ、許して……許して、許してください……」

 

 ステラが必死の声を出す。

 構わずに律動を続けた。

 やがて、ルードルフは精を放った。

 

 ついに、やった──。

 精を放つことができた……。

 心からの満足とともに、ルードルフは怒張を抜いた。

 破瓜の血だけではない、かなりの量の血がステラの膣から流れ出た。

 強引に乱暴に突っ込んだから、どこか大きく裂けたか?

 そんな感じの血だ。

 

 まあいい……。

 とにかく、精を放つことができたのだ。

 ルードルフは、思わず笑い声をあげてしまった。

 

「ああ、ステラ……」

 

 そのとき、まだ宙に吊られたままのイヴが、動かなくなったステラを見てぼろぼろと涙をこぼしているのが見えた。

 ルードルフは、ステラの血の付いた股間をそのままに、操作具を動かして、イヴを床におろす。

 イヴも鞭打ちのために血だらけだ。

 

 そして、そのときには、ルードルフもわかってきた。

 込みあがる本能のような残虐心のままに、無垢な娘を惨く扱えばいいのだ。

 それで、ルードルフは、猛る股間を取り返すことができる。

 

 もっと、残酷に……。

 もっと、冷酷に……。

 もっと、陰湿に……。

 

「イヴだったな」

 

 ルードルフは横たわったイヴに股間を見せながら言った。

 

「ひいっ」

 

 イヴが引きつった顔になる。

 

「このステラとお前は、幼馴染と言ったな?」

 

 ルードルフはちょっとしたことを思いつき、試してみることにした。

 残酷なことであれば、いくらでもやり方はある。

 なにも、無理矢理に犯すだけが残酷な仕打ちではない。

 自分で望まないのに、それでも自分の意思で股を開かせるのも、残酷さというものだろう。

 ルードルフは、完全に意識を失っているステラを視線で示す。

 

「し、親友です……」

 

 イヴがすすり泣きをしながら言った。

 ルードルフは、イヴの答えにほくそ笑んだ。

 親友か……。

 いい答えだ。

 

「ならば、お前に選ばせてやろう。このまま、お前を生娘で帰すか。それとも、犯されるかだ。ただし、お前を生娘のまま帰す場合は、お前の親友のステラをさらに犯し抜く。余はどっちでもよい」

 

 ルードルフは笑った。

 イヴが目を見開いた。

 

「そ、そんな……。ス、ステラはもう無理です……。し、死んでしまいます──」

 

 イヴが悲痛な声をあげた。

 

「だったら、余に向かって股を開き、犯してくれと言うがいい。そのときは、ステラについてはこれ以上はなにもせん。その代わり、お前については、余の相手をするのだ。余が満足するまでな」

 

「ああ……」

 

 ルードルフの言葉に、イヴが恐怖でがくがくと震えるのがわかった。

 目の前には、ルードルフの仕打ちで、血だらけで死んだようになっているステラだ。その仕打ちを自分で受けるというのは、怖ろしいに違いない。

 もっとも、ルードルフとしては、イヴが自分の身を守って、親友だというステラを見捨てることを選ぶのであれば、それでもいい。

 そのときには、ステラをとことん抱き潰す。

 身体も心も毀れるだろうが、それはそれで面白いかもしれない。

 

「わ、わたしを犯してください……。そ、その代わり、ステラを助けてください。ち、治療をしてあげて……」

 

 イヴがしっかりと身体を縮こませながら言った。

 しかし、そこまで告げたところで、イヴはわっと号泣をしてしまった。

 ルードルフは、そのイヴを冷ややかに見おろした。

 

「……自ら股を開けと言ったであろう。さあ、やり直すがいい。それとも、ステラを見捨てるのか?」

 

 せせら笑った。

 だが、自分が残酷になればなるほど、血が股間に集まり、疼きが大きくなる。

 一物が固くなる。

 

 イヴが慟哭しながら身体を起こした。

 膝を曲げたまま脚を拡げた。

 イヴの股間もまた、ステラ同様に陰毛が薄く、いまだ童女という感じだった。

 

「わ、わた、わたしを……お、犯して、ください……。ス、ステラを助けて……」

 

 イヴが嗚咽をあげながら言った。

 恐怖のためか、歯ががちがちと鳴っている。

 

「よかろう」

 

 ルードルフは、イヴを押し倒して、切れた肌で血に濡れた股間を舌で舐め始めた。

 

「あ、あああっ」

 

 すると、イヴが裸身をぴくぴくと震わせて、女の反応を示し始めた。

 だが、すぐに離した。

 思いついたことがあったからだ。

 

「手枷を外してやろう。続きは自分でするのだ。達したら、余の一物を突っ込んでやろう。だが、時間がかかるようなら、ステラを殺す。親友を死なせたくなければ、自慰に励むのだな」

 

 ルードルフはイヴの手枷を外させた。

 イヴがすすり泣きしながら、慣れてなさそうな手つきで、股間を指でいじり始めた。



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326 女護衛長受難(1)─監禁

 この四日、朝だけのことだが、かすかに潮の香りがするような気がする。

 もっとも、鉄格子とその外側の壁に覆われ、しかも魔道を防ぐ結界に囲まれた場所なので、シャーラはこの監禁された場所から移動することはできない。

 不思議な場所だ。

 

 鉄格子の向こうの四つの壁のすべてに窓があり、そこからわずかに陽が射しているのだが、昼間は、その壁の窓の全部から陽が射すのだ。

 常識であれば、陽の射し込み方でだいたいの方角はわかる。

 しかし、四方のすべてから陽が当たっているというのは不自然だ。

 つまりは、ここが普通の場所ではない特殊な場所ということになるのではないだろうか……。

 また、窓の位置が高く、景色は見えないようになっているので、外はわからない。

 

 シャーラは監禁されていた。

 この広間全体に拡がる鉄格子に覆われた巨大な檻の中にだ。

 四日前から……。

 なにもかも奪われて、一糸まとわぬ素っ裸で……。

 魔道は封じられている。よくわからないが、特殊な環境がシャーラが魔道を遣うことを許さないようである。

 

 シャーラを襲ったのは二人組の少女だ。

 いや、一見少女に見えるというだけだ。

 実際には、ふたりとも顔に奇妙な動物の被り物をしているので、種族も実際の年齢も不明だ。身体の体形や声からすれば、人間族の少女を思わせるし、喋り方からは性格の幼さも感じる。

 だが、同時に、奇妙に世慣れした雰囲気も感じる。

 

 なによりも、性技がすごい。

 あの少女たちに、山中の街道でおかしな魔道で捕らえられた直後、シャーラは革の手枷と足枷で拘束され、草むらに連れていかれて、その少女ふたりがかりで愛撫された。

 そのふたりは信じられないくらいに女扱いに手慣れていて、シャーラは立て続けに絶頂を繰り返す醜態を晒した。

 なにがなんだかわからなかった。

 まるであのロウに愛撫をされているような感じだった。

 連続で次々に気をやり、意識を保つことができずに失神した。

 そして、気がつくと、ここに閉じ込められていたのだ。

 

 ここにはなにもない。

 床に柔らかい絨毯が敷き詰めてある以外は、一切の調度品はなく、毛布一枚さえない。

 厠のようなものはなく、食事や水は朝に一日分が渡されるのだが、便壺はふたりがいるときにしか渡されない。

 用足しはそれにするしかないので、当然に少女ふたりの目の前ですることになる。

 一日目は抵抗して我慢したが、二日目からは無駄な抵抗はやめた。

 今日は四日目の朝だ。

 

 なぜ、さらわれたのか──?

 なぜ、監禁されたのか──?

 そもそも、シャーラを捕えているのは誰なのか──?

 首謀者はこのふたりか……?

 それとも、背後に大きな組織があるのか……?

 まったくわからない。

 

 シャーラが捕らえられたのは、ノール海岸の離宮から王都に向かう辻街道だった。

 近隣には人里のようなものはなく、旅人も滅多に使わないような寂れた山道に差し掛かったときだった。

 いきなり、目の前に現れた二人組の覆面をした少女に襲撃を受けたのだ。

 

 シャーラが単身で王都に向かって馬で駆けさせていたのは、イザベラの命令によるものだ。命じられたのは、王都の最新の状況を探ることだった。

 なにしろ、ノール海岸の離宮は、一切の情報から隔離されていて、まったく王都のことが不明なのだ。

 もともと、それが目的だといえば、そうなのだが、やはり、王都のことは気にかかる。

 

 イザベラとアンの護衛として、王都から離れて王族の別宮であるノールの離宮にやってきたのは、半月ほど前のことだ。

 国王の命令であり、名目はふたりの王女を世事から隔離して心静かに過ごさせるためだとされたが、シャーラとしては、この時期にわざわざ移動を伴う環境の変化を強いるというのは、逆にどうなのかと思った。

 

 しかし、シャーラは、それに意見を唱える立場ではない。

 王太女のイザベラであるが、王命には従うしかなく、しかも、ルードルフ王は、イザベラの安全を理由として王太女の出立を公表せず、離宮への移動も完全な秘密裏に実施せよとした。

 それは徹底したものであり、命令を受けてから、シャーラも完全に見張られてしまい、一切の自由を奪われ、誰との面談も許されなかった。

 イザベラが王都から離れることを、ロウの愛人の誰にも告げることはできなかったし、王妃のアネルザさえも会わせてもらえなかった。それどころか、ヴァージニアたちにでさえ、連絡できないまま、拐われるように王軍の一隊に包み込まれて、ノール城まで連行されたのだ。

 

 王妃がイザベラとアンが王都から離れることを承知していたかどうかも、いまもってよくわからない。おそらくだが、ヴァージニアたち侍女団は、まったく知らされてなかったろう。

 シャーラでさえ、王軍に完全に隔離されるまで、まったく知らなかったのだ。

 まさに、誘拐のようなものだ。

 

 もちろん、イザベラは、王都から離れることについて、意に添わぬ感じだったが、今回については、いつにない国王の厳格かつ明確な命令がくだり、逆らうことはできなかった。

 イザベラとシャーラは、王宮内で診療の名目で王宮内を移動していたところであり、そこにルードルフ自ら王軍の一隊とともに待ち構えていて、そのまま、着の身着のままで包み込まれ連行されたというわけだ。

 後宮に閉じこもりっぱなしのルードルフが外に出るなど珍しいが、自ら隊長に指図をするなど更に稀有なことだ。

 ライスという指揮を執る将軍も、ルードルフから直接に指揮を受けたということもあり、とても頑なであり、なにを主張しても、とりつく島がなかった。

 身重のイザベラを抱えて暴れるわけにもいかず、シャーラにも、どうしようもなかった。

 

 そして、イザベラとシャーラは、たったふたりだけで、まるで夜逃げでもするかのように、半月前のある日の夜に、突然に王都を出立させられた。

 王都の城門を出たところで、アンとノヴァと合流して、一緒に離宮に向かうことになっていることを知ったくらいだ。

 

 幸いだったのは、イザベラとアンの乗車するために王が準備した馬車が、およそ、考えらえる限りの最高級の乗り心地の魔道馬車であったことだ。

 おそらく、三日ほどの旅において、イザベラとアンのふたりはひと揺れも感じなかっただろう。

 シャーラは、ふたりの旅について、身体に加わる心労だけは気にしていたので、それだけはよかった。

 

 また、旅もゆっくりとした時程であり、一日の移動距離は限定をされ、宿泊場所も気を使った静かな場所が選ばれていた。

 ただ、イザベラもシャーラも行動の自由は与えられず、行程に意見などは聞き入れてもらえず、王命により警護を命じられたライス将軍の隊の完全な統制下に置かれた。

 さすがに抗議しようと将軍に詰め寄ったが、一切話をしてもらえなかった。

 

 また、しばらくして、将軍の指揮する警護隊に、軍用ではない豪華な馬車が一台加わり、そこにひっきりなしに、将軍をはじめとする軍側の上級将校が出入りしていることに気がついた。

 もしかしたら、あの馬車が全部の司令塔?

 そう思ったが、誰が乗っているのかわからない。

 なんとなく、王命を受けている上級官吏ではないかと思った。

 

 とにかく、ノールの離宮に到着した。

 シャーラたちを見張るような厳重な警護は、ノールの離宮に着いてからも続いており、離宮内にこそ将軍以外の軍人は入らないが、イザベラ、シャーラ、アン、ノヴァは、ほぼ完全に監禁状態になり、全ての情報から隔離をされている。

 侍女もおらず、家事はノヴァとシャーラが引き受けるしかなかった。

 

 シャーラが脱出を図った日も相変わらず、あの馬車は軍司令部の横にあり、軍のすべての話し合いは、そこで行われている気配だった。

 いずれにせよ、ノールの離宮は、いつの間にか、外部との魔道による接触が不可能になる結界が張り巡らされていて、シャーラも転送術が遣えなかった。

 魔道通信も完全遮断されており、ここに通信が届くこともなければ、発することもできないのだ。

 まさに、隔離だった。

 

 シャーラたちは離宮内から一切出ないことを強要され、シャーラが警護隊と接触することすら、ほぼできなかった。

 見張りの兵が絶対に建物の外には出してくれず、話し合いのために将軍や同行の官吏らしき者を呼び出しても、一切応じない。

 多忙であるの一点張りだ。

 

 まるで監獄のようだな──。

 

 到着した二日後に、イザベラが笑ったが、それは決して比喩的表現ではない。

 まさに、住み心地は良いがあそこは監獄だ。

 シャーラたちは、王都から離れたこのノール海岸の離宮に抑留されたのだ。

 

 ルードルフ王が、イザベラやシャーラたちに、ノールの離宮行きを命じたのは、静かな環境ですごさせるというのが理由のすべてでないと思う。

 イザベラとアンに今回の妊娠がわかったとき、ルードルフはそれがロウが原因だと知って、まず当惑し、やがて、不機嫌になり、数日後には激怒したらしい。

 そして、ロウに対して激怒しているという情報が伝わった直後の離宮行きの王命だ。

 なにかの意図を感じずにはいられない。

 だが、結局、なにもできないまま、シャーラは離宮にやってきてしまった。

 

 それから、ノールの離宮では、まるで時間が止まったかのような静かな日々が流れ続けた。

 一切の情報は入らない。

 離宮を封鎖するように警護している将軍以下の一隊は、明らかにすべてのものから離宮を隔離し続けた。

 どんなに理由をつけようとも、シャーラたちが離宮の外と連絡をすることを許さず、その方法を完全に奪った。

 なにをいっても無駄だった。

 余程に強い王命を受けているとしか思えない。

 

 しかし、シャーラは表情には出さないようにしていたが、出立前に垣間見た国王の不機嫌な表情は気になっていた。

 ルードルフ王は、どちらかというと、政務にも家族のことにも関心を示す方ではなく、よく言えば寛容、悪く言えば無関心という性質だ。

 そのルードルフが、あれほどに感情を表に出すのは非常に珍しいことだ。

 王の怒りが、ロウに対するものであるのは明らかなので、シャーラはすごく気になっていた。

 

 しかし、イザベラも同じ思いだったのだろう。

 王都の情勢についてはなにかわからないかという質問を受け、ここにいる限りなにも情報は入らないとだけ応じると、イザベラは、なんとか単身で抜け出して、王都の情勢を探ってきて欲しいとシャーラに頼んできたのだ。

 

 それで、シャーラは、食材を運び入れてきた荷馬車の帰りの荷台に隠れ、やっと離宮と警護隊の囲みの外に脱出することに成功した。

 馬も警護隊から盗んで手に入れ、途中で関所兵に見つからないように主街道を避けて進んだ。

 

 そして、やっとノール海岸地帯を離れたところで、横の草むらから出現して道を塞いだ妙な二人組の少女と出くわしたのだ。

 

「おい、お前、シャーラだよね。やっと追いついた」

 

「どこにいくのか知らないけど、どこにも行かさないよ。拒否は許さないからね」

 

 驚愕した。

 シャーラの名を知っていたということで、ただの物取りではないと思った。

 シャーラは身体を緊張させた。

 その少女たちは、それぞれに犬の顔と猫の顔の被り物をしていて、完全に顔を隠していた。

 身体はローブをまとっている。

 シャーラは彼女たちを捕えるのか、殺すのか、それとも、逃亡するか迷った。

 明らかに怪しい者たちだが、無論、一番大切なのは、自分の身を守ることだ。

 しかし、彼女たちからは、武芸のようなものは感じなかったし、大きな魔力のようなものも感じなかった。

 見るからに、覆面をしただけのただの少女だ。

 だから、一瞬迷った。

 

「従った方が身のためだよ。それから、あんたは監禁するからね。どこにも行かせない」

 

「拒否すれば、屈服させるよ。まあ、拒否するなら拒否してよ。そっちの方が愉しそうだし」

 

 よくわからないが、馬鹿にしたような物言いにむっとした。

 それはともかく、監禁する?

 物取りでもなく、シャーラの拘束が目的?

 混乱した。

 

「やれるもんならやってごらん」

 

 とにかく、シャーラは決断した。

 転送術で逃げる──。

 こいつらは危険だ。

 シャーラの嗅覚がそう告げたのだ。

 

 しかし、次の瞬間、いきなり腰が抜けた。

 そして、全身の性感という性感が沸騰したような感覚が襲いかかった。

 なにがなんだかわからなかった。

 しかし、馬の鞍に股間が擦れて、凄まじい衝撃が全身に襲いかかり、服の下で胸当ての布が動いて、狂うような快感が弾け飛んだ。

 そのまま、のけ反って体勢を崩し、思い切り背中を地面に叩きつけてしまい、一瞬息が止まった。

 

 ふたりに身体を押さえられて、あっという間に魔道封じの効果のある枷を手首と足首にかけられる。

 抵抗しようとしても、ふたりに身体を触られると、それだけでたちまちに、絶頂まで快感を引きあげられえてしまう。

 そして、服の上からの愛撫だけで、次から次へと絶頂を繰り返させられた。

 連続絶頂で脱力したところを、さらに草むらに連れ込まれた。

 そこでも、ふたりから笑いながら愛撫をされ、ほとんど抵抗らしい抵抗もできずに、絶頂回数が二十回を超えたところで意識を失ったと思う。

 

 そして、気がついたのは、ここだったのだ。

 荷も全部奪われ、結局、なにもかも奪われた。

 それどころか、一糸まとわぬ素裸にされていて、この檻の部屋に監禁されていたのだ。魔道はどうやっても発動しなかった。

 まったくわけがわからない。

 床に絨毯があるだけの、調度品のようなものはなにもない場所だ。

 毛布一枚さえない。

 従って、ここがどこなのかを探るものがなにひとつない。

 

「やっほう、シャーラちゃん、今日も元気?」

 

「昨夜はばっちり、自慰しちゃってたね。映録球(えいろくきゅう)で記録撮られているのに、結局しちゃうんだから、我慢できなかったあ?」

 

 すると、鉄格子で囲まれた外側に、不意に例の少女たちが出現した。

 移動術だ。

 ふたりがかなりの遣い手だというのは、もうわかったが、シャーラとしたことが本当に不覚だった。

 ここまでなにもできないまま、簡単に捕らえられるとは……。

 また、シャーラが魔道が遣えず、彼女たちが自由に魔道を駆使できる理由もわからない。

 

「くっ」

 

 かっと身体が熱くなり、羞恥が襲う。

 シャーラは鉄格子の中心付近で座っていたが、思わず両手で乳房を隠すようにしてしまった。

 勃起した乳首を見られたくなかったのだ。

 シャーラの身体は、乳首が固く勃起しているだけでなく、閉じている股間からは絶え間なく淫液が垂れ続けているし、全身は火照りいまでも汗が流れ続けている。

 理由は檻の外側から流れ続けている媚薬の香だ。

 このふたりは、性欲を掻きたてて、身体が疼く媚薬の香をこの檻のある部屋ごと充満させていて、そのため、シャーラは一日中欲情状態だ。

 

「じゃあ、さっそく上映会ね」

 

「目をそらしちゃだめだよ。見なかったら、また浣腸だからね」

 

「もちろん、シャーラちゃんの排便姿の記録も撮るしね」

 

 すぐにシャーラの前で、魔道映像のシャーラが出現した。

 苦悶の表情で自慰をしている。

 媚薬を塗られて放置され、耐えられなくて、結局、記録されるのがわかっていて、自らを慰めた昨夜のシャーラの立体映像だ。

 我慢したつもりだったが、声まで出している。

 シャーラは恥辱に歯を噛み締めた。

 しかし、見ないと、本当にこいつらは浣腸して、その排便姿を記録に録るのだ。

 逆らうことに意味はないから、従っているが……。

 

 この「映録球」というのは、ふたりが準備した魔道具であり、目の前で起きていることを記録し、それを映像として宙に再現する魔道具なのだ。

 シャーラは、このふたりの罠に嵌まって、ここに監禁されてから、何度かふたりに淫靡ないたぶりを受けた。

 媚香で身体を痺れさせられ、動けなくなったところを拘束されて、ふたりの手や淫具などでいたぶられるのだ。

 年端もいかない少女たちとは信じられないほどに、ふたりの性の技巧はすさまじく、シャーラは完全に翻弄され、ふたりの前で何度も醜態を晒すことになった。

 そして、その姿を映録球で記録をされてしまったのだ。

 

 よがり狂う自分の立体の映像を再現させられ、それを見させられる屈辱は全身の毛穴から血が噴き出すかと思うほどだった。

 便壺を置いていかず、目の前でさせるのも、そのためだ。

 ふたりは、便壺で粗相をしようとすると、必ず四方八方から映録球を作動させる。しかも、便壺の底にも仕込んで、決定的な瞬間を記録に取ってしまうのだ。

 だが、出さないわけにはいかない。

 排便を無駄に耐えて、逃亡の機会を逃すよりは、シャーラは恥を耐えて、逃亡の隙を狙うことにした。

 自分の手で脱出の手段を探るために、連中の嫌がらせに、無駄な抵抗はしないことに決めた。

 

『んふううっ』

 

 映録球で再生されている目の前の立体映像のシャーラが絶頂した。

 でも、まだ続けている。

 思い出す限り、おそらく十回は続けてやっている。

 強い媚薬で一度では疼きが収まらなかったのだ。

 それどころか、達したことで、さらに疼きが増したくらいだ。

 結局、我を忘れるくらいに自慰に耽り、失神するように意識を失った。

 媚薬の効果がなくなっていたのは、目が覚めた朝だ。

 といっても、相変わらず媚香は炊かれていて、それにより、身体は疼いていたが……。

 

「うわあ、いやらしい。ねえ、昨夜は何回した?」

 

「どっちにしても、こんな魔道記録撮られたら、シャーラちゃんも終わりだね。屈服するしかないよね」

 

 ふたりが大笑いした。

 とにかく、忌々しいのは、こんな恥ずべきシャーラの痴態を、ふたりが、こうやって、ここで何度も何度も再生することだ。

 

 昨夜やられたのは、強烈な痒み剤を股間と胸に塗られてから、映録球を置かれて放置するという嫌がらせだ。

 映録球は鉄格子の外の宙を舞っていて、どうやってもシャーラには届かないので壊すことはできなかった。

 また、映録球には魔道がかけてあり、シャーラがどっちを向いても、正面から記録するように、空中を追いかけてくるのだ。

 忌々しいが逃げようがない。

 そして、我慢するのが不可能な猛烈な股間の痒みと疼きだ。

 結局シャーラは、記録されるのがわかっていながら、むさぼるように股間を指で擦っていた。

 正気も保てないような痒みだったのだ。

 シャーラには、どうしようもなかった。

 

「じゃあ、今日はどんな趣向で遊ぶ?」

 

「寝起きの三発というのは? また遊んであげようか? それとも、焦らし責めがいい? 動けなくなった身体を媚薬液付きの筆でくすぐっちゃおうかなあ?」

 

 ふたりがけらけらと笑った。

 シャーラの痴態の映像はまだ続いている。

 悔しさに、ぐっと歯を噛みしめた。

 

「い、いい加減にしなさい、あんたら──。なにが目的よ──。わたしが何者か知っていての狼藉なんでしょうね──」

 

 叫んだ。

 もっとも、シャーラはいまだに、自分からは名前も、自分が王太女イザベラ付きの女護衛長であることも喋っていない。

 不用意に情報を渡さないためだ。

 しかし、彼女たちは、シャーラの名前を知っていたのだから、当然に王太女の護衛長であることは承知しているとは思う。

 このままじゃあ、埒が明かないし、交渉しようと思った。

 せめて、このふたりの動機くらい探らないと……。

 とにかく、手掛かりを……。

 

 もしも、情報を探るためだとか、なにかの交渉の材料にするとかであれば、それなりの態度があるが、そんな感じがない。

 ここに監禁されてやられたのは、淫靡な性的悪戯と悪意溢れた映録球による痴態の記録だけだ。

 拷問をして情報を聞き出すとか、脅迫をするという雰囲気もないのだ。

 あるいは、あの映録球の映像を使ってシャーラの脅迫材料を作ったつもりかもしれないが、あんなものでは、シャーラは屈服しない。

 これでも、イザベラの護衛を兼ねた侍女として、王太女になってからは護衛長として、身体を張ってきた。

 あんな記録くらいで、言いなりになる女じゃない。

 後にも先にも、シャーラが心の底から敵わないと思ったのは、ロウだけだと思う。

 屈したのもロウだけだ。

 

「だって、生意気なんだもん。それに、あんたはどこにも行かせない。そういう命令だし」

 

「そうだね、それに、あんたって、とても淫乱な身体をしているよね。それに、わかんないけど、操り術が効かないんだね。それも、気に入ったんだよ。だから、ある人への贈り物にしようと思ってさあ」

 

 けらけらと少女たちが笑った。

 贈り物?

 もしかして、奴隷狩りなのか、これ?

 いや、いま、命令って……。

 誰かの指示?

 

「目的はわたしの身体? つまり、奴隷にすること? さらうこと?」

 

「まあ、奴隷には違わないけどね」

 

「うん、だけど、思っている奴隷とは違うよ。だけど、ある人に仕えてもらいたいのさ。あんた、いいよ。身体は淫乱だし、それに、ここまで追い込んでいるのに、全然、屈服しないでしょう?」

 

「そうだよね。普通、あれだけの恥ずかしいことをされて、しかも、うんちやおしっこするところや、自慰をしている映像まで記録しちゃっているのに、結構元気だよね。気が強いし……。そういうところもいいんだよねえ。だから、ある人に仕えてよ。王女様の護衛はやめなくていいからさあ」

 

 少女たちが笑った。

 シャーラは目を丸くしてしまった。

 まさか、こいつら、シャーラがイザベラの護衛であることを知っていて、そのまま裏切らせようとしている?

 

「だから、屈服してもらうよ」

 

「うん、あんたって、贈り物にちょうどいいね。きれいだし、気が強いし、本当は武術も魔道も遣い手だよね。ぼくたちのこと知らないから、不覚とったけど、実は強いよね。そんな女は是非、仲間になって欲しいしね」

 

 なにを言っているかわからないが、そういうことなら、冗談じゃない。

 答えは決まっている。

 シャーラがイザベラを裏切るわけがない。

 しかし、やっと糸口が見えたのだ。

 やはり、こいつらはなにかの組織の一味だ。

 とにかく、絶対に、逃亡してやる。

 

 シャーラは知っている。

 こうやって、敵に捕らえられたときに大切なのは、絶対に絶望しないことだ。

 屈したふりをしても、心では屈せず、ひたすらに機会を待つ。

 そして、その機会は必ず来る。

 信じることだ。

 

 かつて、シャーラは、一度キシダイン派に捕らわれたこともある。

 そのときも、こうやって監禁されたし、あのときには、肉体的な拷問や、薬物、魔道による洗脳、そういう手段を使われて、連中の奴隷にされそうになった。

 だが、シャーラは拷問には屈せず、薬物には日ごろから耐性を作っていて効かず、魔道については幸いなことに、シャーラの魔道力を上回るような遣い手は敵にはいなかったので、隷属魔道も受けずに済んだ。

 そして、最終的には自力で脱走した。

 しばらく拷問を受け入ていたシャーラだったが、そのシャーラを監守のような男たちが、ふたりでシャーラを強姦したのだ。

 そのとき、シャーラはまだ生娘だったが、犯されたことで隙を見つけることができて、それで脱走した。

 もちろん、自分を犯した男たちは、逃亡のときに、ふたりとも殺してやったが……。

 

 とにかく、屈しなければいい。

 絶望しなければいい。

 シャーラは覚悟を決めた。

 

「わかったわ。あんたらの仲間になるわ。どうせ、あんなに恥ずかしい記録を撮られたんだから、逃げられないしね。なにをすればいいの?」

 

 シャーラは言った。

 しかし、被り物をしている少女が不敵に微笑んだような気がした。

 もちろん、表情はわからないから、そんな気がしただけだが、そう見えたのだ。

 

「うん、その目はいいねえ……。じゃあ、とりあえずは、まずは、ぼくたちとセックスしてからね。それで、正気を保てたら、出してあげるよ」

 

「そうだね。セックスしよう――。おれたちとセックスしたら、出してあげてもいい。終わったときに、まだ出たいと思っていたらね……。その代わり、ちゃんとするんだよ。おれたちとの本気のセックスをね」

 

 ふたりがくすくすと笑った。

 なにか企んでいる感じだ。

 とりあえず、出してもらえる可能性があるなら、女同士のセックスくらいどうということはない。

 まあいい。

 とにかく、なんでもやる。

 従っても、自由になる保証はないが、逆らっても、逃亡の隙は生まれない。

 

「い、いいわよ。じゃあ、セックスを受け入れるわ……」

 

 シャーラは言った。

 

「おっ、じゃあ、約束だ。ぼくたちの本気のセックスはすごいぞう」

 

「やるぞ、お前。きっと、狂うからね。そして、もう、出たくなくなるしね」

 

 ふたりがずっと身に着けていたローブを脱いだ。

 驚いたことに、ローブの下は完全な裸だった。

 しかし、もっと驚いたことに、完全に少女の裸体だったふたりの股間に、急に男根が生えてきたのだ。

 

 ふたなり──?

 

「おれたちふたりがかりのセックスをやって、まともでいられるわけないしね。でも、そう言ってくれるのを待ってたのさ。無理矢理、性奴隷にしたって言ったら、きっと主様は怒るからね。だから、待ってたんだよう。ねえ、ちゃんと映録球に記録した?」

 

「大丈夫。この女が自ら、仲間になるって言ったのはばっちり記録したよ。問題ない……。よかったあ。自分から言ってくれるのを待ってたんだよね」

 

「じゃあ、始めようよ。この枷で手首と足首を拘束をしてよ。ただし、右手首と右足首、左手首と左足首だよ。間違わないでね。あんた、強いしね」

 

「セックスしながら、隙を見つけて逃げようなんて、そうはいかないよ。最後までしてもらうしね」

 

 少女たちがけらけら笑い、鉄格子の間から、ふた組の革枷が放り入れられた。

 そして、やっと立体映像が消滅した。



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327 女護衛長受難(2)─調教

 シャーラは覚悟を決めて、鉄格子の中に投げ入れられたふた組の革枷を手に取ると、大人しくそれぞれをまずは足首に装着した。

 特殊な造りになっていて、嵌めるときには軽く力を入れれば開いている枷は簡単に閉じるのだが、一度閉じてしまえばどんなに力を加えても、外れないようになっている。

 しかも、鍵穴のようなものはなく、解放するときには、どのような方法で外すのかわからなかった。

 嘆息した。

 まあいい……。

 

 今日の今日で、隙が見つかり逃亡が可能になるというほど、楽観視してはいない。

 だが、これが毎日のこととなれば、人というものは必ず、どこかに隙が出るものだ。

 それを見逃さないだけの気力を何日でも保ち続けること……。

 これが大事なのだ。

 シャーラは、こういう監禁のときに、いかに希望と気力を保ち続けることが大切なのかということを、以前のキシダイン派からの監禁のときに学んだ。

 

 シャーラは、左右の足首に嵌まっている革枷の反対側に、左右それぞれの手首を嵌めて胴体で押すようにして閉じた。

 枷と枷を繋ぐ鎖の長さはほとんどないので、これでシャーラは手首と足首を左右で密着した状態で拘束されてしまった。

 

「拘束したね。拘束したよね。うわあっ、じゃあ、やるよ。セックスだよ。覚悟はいい? おれたちふたりと一度にセックスするんだよ。怖いよねえ? きっと、狂っちゃうもんね」

 

「早く堕ちてしまえば、つらい思いをしなくてすむからね。下手に心で抵抗しようとするとつらいよ。もう身体は抵抗できないんだから、女は諦めが肝心さ」

 

「そうそう。だけど、後悔はさせないよ。おれたちの主様は、それはそれは素晴らしい人だからね」

 

「うん──。全部、終わったあと、あんたとぼくたちは笑いながら、握手することになるさ。うわおお、武者震いしてきた。あんたみたいな、強そうな女エルフが快楽堕ちしたら、どんな風になるのかなあ」

 

 猫と犬の覆面をしたふたりの少女が賑やかに喋りながら、一度身体を消滅させて、また鉄格子の内側に現れた。

 何度接しても不思議なのだが、このふたりがこうやって魔道を遣っても、ちっとも魔力の流れのようなものは感じないのだ。

 魔道とは全く別のなにかで術を遣っているとしか思えない……。

 

 そのときだった。

 不意に、後ろに回ったひとりに、背後から目の上に布ようなものを巻かれて視界を塞がれたのだ。しかも、さらに金属を感じさせるものを上から嵌められる。

 

「あっ」

 

 思わず声をあげてしまった。

 

「ごめんねえ。目隠しまでしちゃったら、身体が敏感になり過ぎて、あっという間にぶっ飛んじゃうと思うけどさあ。ちょっと、理由があって、顔を見せられないんだよね」

 

「まあ、そういうことさ。とにかく、一度はじまったら、ぼくたちは終わらないよ。あんたが毀れるまでさあ」

 

 ふたりがけらけらと笑ったのが聞こえた。

 シャーラの身体の中の血が恐怖と屈辱感で逆流する。

 だが、このふたりの性技の上手さは、すでに体験済みである。

 しかも、この三日間あらゆる手段でいたぶり続けられ、さらに吸い続けている媚香のために、シャーラの肉体は、すでにすっかりと熟れあがっている状態だ。

 そして、このふたりの言う通り、目隠しにより視界を奪われた瞬間に、さらに肌という肌が敏感になった気がした。

 そのうえ、なんの抵抗も不可能な拘束状態……。

 どうなってしまうのか……。

 本当に理性を保ち続けることができるのだろうか……。

 

「うわっ、もう一瞬で、いけそうじゃない。シャーラちゃんって、まぞみたいだね」

 

 ばさりとなにがが床に落とされる音がした。

 さらに、もうひとつ……。

 覆面を外したのか……?

 そう思ったが、シャーラは彼女たちのひとりが、顔を見られては困ると口にしたことを考えていた。

 つまりは、ふたりの正体は、シャーラの知っている相手?

 

 でも、ふたりの声にも口調にも聞き覚えはないと思う。

 これだけ特徴がある喋り方だ。

 忘れるわけがない。

 もちろん、わざと芝居をしている可能性はあるが、どうにも、このふたりからは、そんなに高い知性のようなものは感じない。

 そうだとすれば、顔を見せたくないのは、それなりの知名度のある人間だからか……?

 

 誰だ……?

 シャーラは必死に頭を巡らした。

 

「んあああっ」

 

 だが、思考はそれで中断させられた。

 そのまま後ろから抱きすくめられるとともに、乳房と腹部に手があたって、稲妻のような快感が襲ったのだ。

 シャーラは、いきなり声をあげてしまった。

 そして、腹部の手がそのまま下腹部に辿り着いて、シャーラの亀裂を撫で回す。

 

「相変わらず、可愛いねえ。股間に毛がないってのも、まぞっぽいよねえ」

 

「剃ってんの? 生まれつき? まあ、答えたくなければ言わなくてもいいけどさあ」

 

 前側から身体を挟まれるように、少女の身体が密着して、勃起している乳首を口に含まれて舌で転がされる。

 

「はうううっ」

 

 歯を噛みしめていたはずの口から、高らかな悲鳴が迸る。

 

「まずは、指でいかしちゃう?」

 

「じゃあ、ぼくはシャーラちゃんに、口で奉仕してもらおうかな。だって、ぼくたちとセックスするって約束したものね。あっ、噛みつこうとしても無駄だよ。本物じゃないし」

 

 乳首を舐められたのはそんなに長い時間じゃなかった。

 その代わり、前側の少女がシャーラの前に立ちあがった気配がするとともに、髪の毛を掴まれて、勃起した男根を口の中に突っ込まれた。

 

「んんっ」

 

 思わず顔を離そうとしたが、華奢そうだった身体からは信じられないほどに力が強く、しっかりとシャーラの顔が少女の股間に固定される。

 また、舌が離れた乳房には、背後の少女の手が伸びて、柔らかく揉みあげるとともに、もう一方の手がシャーラの股間の女芯をいじくりながら、二本の指を抽送し始める。

 

「んんん」

 

 シャーラはそれだけで悶絶しそうになる。

 しかし、挿入?

 確か、ロウからは、股間になにかの呪術的な封印をしているので、他者からの陰部への挿入は、男性器はもちろん、淫具でも指でも、すべて拒まれると言われたような……。

 まあ、確かめようもないことなので、どのくらいの封印なのかも知らないが……。

 だが、いま確かにシャーラの性器は女たちの指を受け入れている。

 しかし、思念はそれで終わりだ。

 指を動かされて、シャーラはもうなにも考えられなくなる。

 

「んふうっ」

 

 大きく身体を仰け反らせて、口からペニスを出しそうになる。

 それを頭を手で抱えて阻止された。

 

「ほらっ、舌を動かすんだよ。それとも、ぼくにして欲しいの?」

 

 口の中にふたなりの男根を突っ込んでいる少女がシャーラの頭を掴んで前後に激しく動かしだす。

 そして、開いている手で後ろの少女と再び乳房の愛撫を交代する。

 違う手で代わる代わる刺激されるだけで、快感が翻弄されるのに、そのうえで股間を刺激されるのだ。しかも、股間に向かう手がさらに増え、前後の穴に指が入り、肉壁越しにさわさわと押し弄られた。

 怖ろしいほどの勢いで快感の爆発が起き、口側と股間側の上下から同時に走り抜ける絶頂感に襲いかかられた。

 

「あはあっ」

 

 思わず口から肉棒を弾き飛ばすように顔をのけ反らせ、全身をおののかせて、指が挿入されているふたつの穴を締めあげていた。

 絶頂したのだ。

 

「おっと、逃げちゃだめだよ、シャーラちゃん」

 

 顔を強引に戻されて、口の中にふたなりのペニスをねじ入れられた。

 その瞬間、ペニスの尖端からぴゅっぴゅっと精液らしきものが放出されたのがわかった。

 

「全部、飲んでね。吐き出したら、容赦しないよ」

 

 やっと怒張を抜かれる。

 身体が持ちあげられて、たったいまシャーラの口の中に精を放った少女がさっと座ったかと思うと、真下から怒張が突き挿された。

 

「うはああっ」

 

 快感を極めた余韻に浸ることも許されずに、達したばかりの身体に衝撃が貫く。

 

「ははは、シャーラちゃん、一応教えとくけど、ぼくの精液って媚薬だからね。主様仕込みのね。強力だよう」

 

 挿入されたまま、身体をうつ伏せ状態にされて、少女の身体の上に倒された。

 

「うわあっ、いやらしい身体──。おれももらっちゃおう」

 

 なにが起きているかわからないけど、指が挿入していたお尻の穴に、一気にぬるぬるした潤滑油のようなものが挿入されたと思った。

 次の瞬間、後ろの少女の男根がねじ入れられる。

 

「はああっ」

 

 シャーラはあっという間に二度目の絶頂をしてしまった。

 

「ところで、ずっと気になってたんだけど、あんたって、欲情すると、透かし彫りみたいなのが下腹部に浮かぶよねえ? それなに?」

 

「あっ、そうそう、ぼくも気になってたんだよね。なんか、どっかで見たことある気もするし……。どこだったかなあ……?」

 

 びくりとした。

 ロウに刻まれた淫魔師の刻印とやらのことだ。普段は現れないが、これは絶頂するような欲情をすると、紋様が現れるようになっている。そして、この紋様はロウが爵位をもらったボルグ家の紋章だ。

 だが、彼女たちの正体がわからないのに、ロウとの関係まで知られるわけにはいかない……。

 それは、シャーラとイザベラの関係とは比較にならないくらいに、守らなければならない秘密だ。

 

「な、なんでもないわ――」

 

 とにかく叫んだ。

 

「ふうん……。まあいいか。どうせ、快楽堕ちしたら、なんでも喋るからね」

 

 ふたりが入れ替わり、また股間に男根が挿入されて、律動される。

 

「あはああっ」

 

 頭が真っ白になり、またもや、なにもかもわからなくなった。

 

 

 *

 

 

 シャーラは一体、自分がいまどういう状況なのか、それすらわからない状態になっていた。

 意識は朦朧とし、肉体は痺れ切って動かない。

 

 左右の手足をまとめられていて、股を閉じることさえできない身体に片方の少女を乗せて達したかと思うと、次にはその裸身をもうひとりに抱えられ、前後から彼女たちの愛撫にあおられながら絶頂させられるというのが繰り返されている。

 腰を揺らされ、身体と身体を絡ませ合い、気がついたら、快感の頂点を極めているといった具合だ。

 

 徹底した連続絶頂であり、ほんの少しも休むことも許されず、次から次へと快感を極めさせられる。

 疲れ切り、声さえも出せない。

 

「つ、次は交代だよ──。だけど、思ったよりもしぶといねえ──。これだけ、ぼくたちの体液を注いでんのに、どうしてまだ理性を保てるのさ」

 

「なんか、いつまでも、操り術も跳ね除けるしさあ……。ちょっとやりにくい?」

 

 しかし、意外なことなのだが、このふたりとの交合が続くにつれ、シャーラを責めているふたりから、だんだんと余裕がなくなっている様子を感じた。

 だが、シャーラには、なにがふたりを焦らせているのか、さっぱりわからない。

 理解不能だ。

 

 現にシャーラは、ひとりと絡んでいるあいだに、もうひとりから性感を掻きたてるように愛撫され、絶頂すると、交代されてもうひとりに犯されながら、さっきの少女に後ろからいたぶられるという感じで、三人の中でただひとり休息も許されず、息も絶え絶えの状況なのだ。

 

「く、くそう、やっぱりだめか? なんで、そんなにしぶといのさあ?」

 

 やがて、苛ついたひとりに、身体を投げ捨てられた。

 なにかが気に入らないようだ。

 

「はあ、はあ、はあ……。も、もう許して──。や、休ませてよ──」

 

 しかし、やっと息をすることができた気分だ。

 とにかく、シャーラは必死で声をあげた。

 

「冗談じゃないよ──。おい、もう一度前後でいこうよ──。ふたりがかりで、素人のエルフ女ひとり、堕とせないとなれば、サキュバスの名折れだ」

 

「まったくだよ──。恥ずかしくて、主様の前にも、サキ様の前にも出れやしない」

 

 ふたりのうちのひとりがシャーラを抱え直して、自らは仰向けになり、その身体にシャーラを跨らせる。

 もうすっかりとどろどろになっている女陰に怒張を埋めていく。

 だが、サキュバスだと?

 

 しかし、激しい快感がシャーラの理性を飛ばす。

 シャーラはなにも考えられずに、体内にその肉棒を迎え入れた。

 すると、うつ伏せになっているシャーラのお尻に、もうひとりの股間の亀頭があたった。

 もう何度も挿入されていて、シャーラの身体は前でも後ろでも、いくらでもふたりのふたなりの男根側の性器を受け入れられる状態だ。

 何度目かの二本挿しに、シャーラから理性が吹っ飛んだ。

 前後からの律動が始まる。

 凄まじい喜悦が、身体を串刺しにする。

 一気に脳天に快感が突き抜けた。

 

「ああああっ」

 

 シャーラは雄叫びをあげた。

 もう何度目の絶頂だろう。

 十回目──?

 いや、その倍?

 

 おそらく、こんな短い時間でこれほどの連続絶頂をさせられて、まだ、頭が焼き切れていない自分が信じられない。

 でも、どんなに快感を受けても、シャーラの中にほんの少しの冷静さが残るのは確かだ。

 

 どうやら、このふたりはそれが気に入らないようだ。

 だが、おそらく、それは、このふたりが与える快感とは比べ物にならない快感を何度も何度も受け入れさせられたことがあるからだろう。

 つまりは、ロウだ──。

 

 確かに、このふたりがシャーラに与える快楽は言語に絶するほどだ。ふたりから体液を注がれるたびに、頭が吹っ飛びそうになる。

 しかし、やはり、あのロウは別格だ。

 これよりも凄まじい性を体験済みだ。

 

 だから、冷静でいられる。

 

 頭が飛ぶたびに、なにかに引き戻される。

 

 それがシャーラの理性を保たせている。

 

 だから、思い出した。

 サキュバスって?

 いや。それよりも、いま、サキ様って……?

 

「ね、ねえ、サキ様って──? あ、あんたらって、まさか陛下の寵姫のサキ様の部下……いや、眷属の?」

 

 言ってみた。

 サキという名前で、とりあえず思いつくのが、ルードルフ王の大のお気に入りの寵姫のサキのことだったからだ。

 まさかとは思うが、このふたりは、サキの手の者──?

 いや、確か、サキの正体は、ロウが連れてきた魔族で、そのサキを“サキ様”と呼ぶということは、サキの眷属じゃないだろうか。このふたりは、自分たちがサキュバスだと口にしたし、サキの眷属で間違いないのではないだろうか。

 サキは妖魔将軍のふたつ名があり、多くの眷属がいるという話だった気がする……。

 

「うわあああっ、な、なんでそれを──?」

 

「しかも、なんで、おれたちのことをサキュバスだってわかったの──?」

 

 次の瞬間、ふたりが悲鳴をあげて、シャーラをまたもや、放り投げた。

 床に思い切り叩きつけられたが、シャーラこそびっくりだ。

 本当に寵姫サキの回し者──。

 図星だったようだが、ふたりはそれをシャーラに当てられたことに狼狽えている。

 もっとも、当てたというよりは、このふたりが自ら口にしたのを繰り返しただけなのだが……。

 

 だが、それで連想するふたりがいた。

 シャーラは面識などありようもないが、最近の王のお気に入りには、サキのほかに、ピカロとチャルタというふたりの少女がいたはずだ。

 シャーラは、後宮には出入りできないので顔も知らないが、まだ、少女だという話だったことを思い出したのだ。

 いまのいままで、寵姫のふたりの素性など、気にもしてなかったが、よく耳にするのは、そのピカロとチャルタがサキと仲がいいという噂だ。

 完全な当て推量だが、同じ少女という姿だし、サキの身近に眷属がいるなら、サキと仲がいいという噂のピカロとチャルタが実は魔族の眷属だった可能性がある。

 つまりは、そのふたり──?

 

「あ、あんたたち、ピカロ……様と……チャ、チャルタ……様……?」

 

 とりあえず、訊ねてみた。反応でなにかわかるかもしれない。

 しかし、そうであれば、王の寵姫たちがシャーラを襲う──?

 なんで──?

 もしかして、王の策略──?

 だとしても、なぜ、こんな手の込んだことを……? いや、サキはロウの関係者なのだから、ふたりもロウの女である可能性も……。だけど、ロウなんて、ずっと留守にしていて、ナタル森林など、ノール城の反対側だ。ロウのなんらかの意図であることなど……。うーん、わからない……。

 

「ひいいいっ、なんでわかったのお? 違う──。違うよ──」

 

「そうだよ──。ぼくたちはそんなんじゃない。違うったらあっ」

 

 ふたりが絶叫した。

 シャーラは唖然とした。

 

 そのとき、はっきりと魔道による空間の歪みをシャーラは感じた。

 転送術──?

 いや、間違いない──。

 このふたりが駆使するわけのわからない転送術ではない。

 シャーラが慣れ親しんだ、魔力による魔道を駆使する転送術だ──。

 

「わっ、サキ様──」

 

「えっ、なんで──?」

 

 ふたりの少女──おそらく、ピカロとチャルタだと思われるふたりが驚愕したような声をあげた。

 

 えっ──?

 しかし、ここに、サキがやって来た?

 そして、それだけじゃなく、転送術でやって来たのは、さらに複数の存在を感じる……。

 

「この馬鹿垂れがあ──」

 

 サキのものだと思われる怒声が響き渡り、次の瞬間、肉の塊が鉄格子に叩きつけられる音がしたかと思うと、小動物が大型の生き物に踏みつけにされたような苦悶の声が聞こえた。

 さらに、床に身体が転がる音……。

 

「大丈夫かい、シャーラ? 災難だったねえ」

 

 笑い声がした。

 王妃のアネルザ?

 いや、間違いない。

 この声はアネルザだ。

 そのアネルザに身体を優しく抱き起こされた。

 

 金属音がして、手足の枷が音をたてて床に落ちていく。目隠しも外された。

 ぼんやりと視界が戻ると、寵姫のサキが怒りの形相で、全裸で倒れている少女ふたりの横に立っている。

 

 そして、やっぱりシャーラを抱き起こしてくれたのは、アネルザだ。

 さらに、五歳か、六歳くらいじゃないかと思うくらいの童女がいる。見たことのないような合わせ布の着物を身に着けていた。

 

「ち、違うんだよ、サキ様──。こ、これは同意のもとにやってんだよ」

 

「そうなんだ。ちゃんと映録球に証拠を記録しているから──。こいつがセックスしようって言ったんだよ。だから、ロウ様の奴隷にしようと思ってさあ……」

 

「こいつ、いい女だし、強そうだし、なによりも、とっても淫乱な身体なんだ。それに、まぞなんだよ──」

 

「絶対に、ロウ様は気に入るよ。おれたちだって、褒められたいし」

 

 サキに殴られてできたのか、顔に痣を作っているピカロとチャルタが、起きあがりながら必死に言っている。

 

主殿(しゅどの)に、シャーラを性奴隷として差し出すだと――。お前ら、どこまであほうだ――」

 

 サキが怒鳴って、また少女を蹴り飛ばした。



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328 女護衛長受難(3)─折檻

主殿(しゅどの)に、シャーラを性奴隷として差し出すだと――。お前ら、どこまであほうだ――」

 

 サキが怒鳴って、また少女を蹴り飛ばした。

 

「ふぎゃあ」

 

 蹴られた少女がごろごろと後ろに転がっていく。そして、ふと気がついたら、少女たちの股間には女性器だけだ。男根がなくなっている。

 それにしても、サキってこんなに怖い女だった?

 もちろん、シャーラはサキが、本当はロウの女であることを承知しているし、信じられないが、正体は魔族であることも教えられていた。

 だが、たまに王宮で出会うサキも、ロウの前で一緒に抱かれるときのサキも、こんなに暴力を振るうような女性ではなかったのだ。

 王宮のサキは、清楚な雰囲気で優しげだし、ロウに抱かれに王太女府にくるサキも、言葉使いはぶっきらぼうだが、ロウにはしおらしいし、結構、甘えたりする。

 だが、いまは、凄まじい殺気であり、信じられないくらいに怖い。

 

 本当に、サキ?

 いや、そもそも、いまの話だと、こいつらの目的は、シャーラをロウに差し出すこと?

 そうだとすれば、なんという馬鹿馬鹿しい……。

 なんか、張り詰めていた気が一気に抜ける。

 

「……しかも、なんで、アネルザ殿下までここに?」

 

 わけがわからなくて訊ねた。

 とてもじゃないが、思考が追いつかない。

 

「まあ、話せばややこしいんだけどね。つまりは、このサキがイザベラたちに付けていたはずの、このピカロとチャルタに連絡を取ろうとして、うまく取れず、それでサキが調べてたら、イザベラをまるで囚人のように閉じ込めているというだけじゃなく、あんたを監禁しているということがわかってね。それで大慌てで探しにきたというわけさ」

 

「えっ? わたしを探して?」

 

「ああ……。だけど、思いのほかてこずって、サキも何日もかかったらしくてね。それもあって、サキも苛ついてるのさ」

 

 アネルザが苦笑しながら言った。

 やっぱり、彼女たちは、サキとともに、国王の寵姫として知られているピカロとチャルタか……。

 また、彼女たちは、自分たちの言葉通りサキュバスなのだろう。

 そうなれば、やはり、十中八九、このふたりもロウの関係者だ。やっと、冷静になって思考できるようになったことで、頭が整理できてきた。

 

「すまない、シャーラ──。お前たちを見守れと、こつらに命じたのはわしだ。だが、なにをとち狂ったのか、こいつらは、お前を淫魔の技で憑りついて、隷属させようとしたのだ。身の程知らずにもな」

 

 サキがシャーラではなく、ピカロとチャルタを睨みながら言った。

 これが寵姫のサキ──?

 まったく、宮廷にいるときとも違う……。ロウの前で抱かれるときとも違う……。

 それはともかく、淫魔の技か……。

 まあ、サキュバスだし……。

 しかし、いつもながら、ロウの女の幅の広さには脅かされる。

 それにしても、サキュバスか……

 

「まあ、察したと思うけど、このふたりも、ロウの眷属の魔族なんだよ。つまりは、ルードルフを見張らせるために、ロウが後宮に送り込んでたんだ。わたしが仲介したんだけどね……」

 

 アネルザが苦笑しながら言った。

 

「はあ……。なんとなく理解しました……」

 

 シャーラは溜め息をついた。

 

「お前ら、こいつの服や持ち物はどうした──。さっさと出さんか──」

 

 サキが大喝した。

 

「ひっ」

 

「す、すぐに出すよ──」

 

 次の瞬間、畳まれているシャーラの服が下着を含めて一式出現した。

 旅の荷物もある。

 武器もだ。

 シャーラはとりあえず、武器を取り寄せ、さらに下着を掴む。

 そして、服を身に着けていく。

 

「ねえ、このシャーラとサキ様って、知り合いなの?」

 

「そうと知ってたら、手を出さなかったよ。脱出しようとしたから捕まえて、ちょっとそのついでに、調教してロウ様に差し出そうとしただけなんだって」

 

「そうなんだよ。絶対に、ロウ様好みだと思うんだ。おれたちだって、ロウ様に、たまには誉められたいんだ」

 

「それがあほ垂れだと、言っておるのだ──」

 

 またもや、サキがふたりのうちのひとりを蹴り飛ばした。

 もの凄い勢いで背中を叩きつけられた彼女が床に跳ね返ってうつ伏せに倒れる。

 すると、すっと鉄格子が消滅し、さらに壁まで溶けるように消えた。

 シャーラは目を丸くした。

 回りは、なにも存在しない真っ白い空間だったのだ。しかも、四方に太陽が存在している。

 こんなことはあり得ない景色だ。

 

「な、なんで、そんなに怒るの? しっかりと見張ってたよ……。そりゃあ、なにかの手違いがあったみたいだけど……」

 

 もうひとり残っていた女がおそるおそるという感じで言った。

 

「なんだとう――」

 

 すると、またもやサキがその女を蹴り飛ばす。

 その女も遠くに転がっていく。

 

「ふげえっ」

「ほがっ」

 

 さっき蹴られて倒れている女にぶつかって、ふたりして奇声をあげた。

 

「わしが、お前たちに命令したのは、“見守れ”ということだ。見張れとは言っとらん。お前らがするべきだったのは、イザベラやこのシャーラにかしずくことだ。調教してどうする」

 

 サキが怒鳴った。

 ふたりは顔を蒼くした。

 すると、アネルザがシャーラの耳に口を寄せる。

 

「……シャーラ、ここは、こいつらの準備している異空間を活用した檻のような空間の中だそうだよ……。お前を監禁するために、ピカロたちが自分たちの術で、お前を異空間に監禁してたんだ。そして、異空間越しにはなるけど、ここはイザベラたちのいる離宮のすぐそばの場所さ」

 

 アネルザがささやく。

 

「異空間の檻? ああ、ロウ殿の亜空間のような……?」

 

 もうなにが出てきても驚かない。

 そういうものだと受けとめようと思った。

 とにかく、話を整理すれば、よくわからないが、シャーラを襲って監禁したピカロとチャルタも、結局のところ、サキやアネルザと同じようロウの性奴隷なのだ。

 だけど、まさか、ほかにも魔族、いや、サキュバスの性奴隷までいたとは……。

 

 それにしても、そのサキュバスふたりがかりで、三日間を過ごし、さらにまともに性の相手をして、よくも正気でいられたものだと思う。

 我ながら、唖然としてしまった。

 

「ね、ねえ、いい加減に教えてよ。どういうことなの? ぼくたちの性支配が通用しなかったのは、なにか理由があるの?」

 

「うん、でも、なんで、おれたちに、サキ様がそんなに怒っているのか、全然わかんないよ。それに、こいつって、全然、おれたちの技が通用しないんだ」

 

「それなりによがるし、絶頂もしてくれるんだけど、なにか冷静っていうか……。こんなの大したことないよって感じでさあ……」

 

「おれたちの性の技が通用しないなんて、なんなんだよ――」

 

 ふたりが交互に言った。

 すると、サキが殴り掛かりそうな仕草をしたので、ふたりがすっ飛んで後ろに避けた。

 

「わかった、教えてやる……。このシャーラがお前らごときの支配を受けつけなかったのは当たり前だ。シャーラは、すでに主殿の性奴隷だ。お前らの先輩だ──。そのシャーラを性支配しようということは、主殿の性奴隷を奪おうとするに等しい行為じゃ。わかったか──」

 

 サキが大声を出した。

 ピカロとチャルタが目を丸くしたのがわかった。

 サキがシャーラを一瞥する。

 

「そういうわけだ……。まあ、今回のことは、ちょっとした行き違いじゃな。まあ、お互いの情報不足が招いた不幸な事故だ。……。こいつらは、間抜けにも、お前の顔を知らず、ちょっかいを出したということだ。代わりに謝ろう。すまん」

 

「い、いえ……。わたしも、おふたりのことは知らなかったですし……」

 

 シャーラはそれだけを言った。

 ロウに教えてもらってなかったとはいえ、同じ王宮内にいるロウの女をシャーラが知らなかったとは……。

 これは、シャーラの落ち度でもあるだろう。

 ロウも、もしも、シャーラが訊ねていれば、教えてくれた気もする。

 

「それはとにかく、こいつらのことについては、腹が煮え返っていると思うが、これらには、まださせないとならんことがある。悪いが殺すわけにはいかん。腕の一本か、脚の一本で勘弁してやってくれ……」

 

 そして、サキが視線をふたりに戻した。

 

「お前ら、ちょっと来い──。四本のうち、斬り飛ばしていいのはどれだ。自分で選べ。一本くらいなくても、性技に変わりあるまい。ほら、出せ──」

 

 サキが言うと、その手に突然に大鎌が出現した。

 ピカロたちが蒼い顔で震えだす。

 しかし、泣きそうな顔でサキに近づき、それぞれに、腕と脚を出した。

 

「ぼ、ぼくは左腕……」

 

「おれは右脚でいい……。で、でも。サキ様、ロウ様への取り成しは、サキ様からもお願いします……」

 

「おう、任せておけ。じゃあ、歯を喰いしばれ」

 

 サキが大鎌を振りあげた。

 シャーラは慌てて、前に出た。

 

「うわあっ、待って、待ってよ──。も、もういい──。許す。許します──。そんなことしなくていいですから──」

 

 叫んだ。

 サキの大鎌がピカロたちの直前で静止する。

 

「ほう、いいのか? 遠慮はいらんぞ。どうせ切断しても、しばらくすれば生える。それが魔族だ」

 

「なおさら、結構です。もういいですから、サキ様」

 

 シャーラは嘆息しながら言った。

 

「ごめんなさい、シャーラ様」

 

「そして、ありがとうございます」

 

 ピカロとチャルタがその場で土下座をした。

 シャーラはなんだか苦笑してしまった。

 

「ああ、そうか、わかった――」

 

 すると、突然にふたりのうちのひとりが顔をあげだ。

 

「どうしたのさ、ピカロ?」

 

 もうひとりが声をあげた少女に視線を向ける。

 

「ほら、あれだよ。このシャーラ先輩が興奮すると浮かぶ下腹部の紋様だよ――。どっかで見たと思ったら、ほら、サキ様が縄で自慰をしてたとき、同じものがサキ様にも浮かんでたじゃないか――」

 

 次の瞬間、ピカロという少女の姿が視界から消滅した。

 なにが起きたかわからなかったが、しばらくして、どさりという音とともに、そのピカロが上から降ってきた。

 

「うわっ」

「えっ?」

「なんだい?」

 

 横にいたもうひとりのサキュバス……チャルタか? そのチャルタだけじゃなく、シャーラもアネルザも驚いて声をあげた。

 見ると、サキが真っ赤な顔で息を荒げている。

 シャーラは思った……。これは相当に怒っている……。

 あまりもの怒りで、サキの眼に薄っらと涙が浮かんでいるくらいだ。

 そして、もしかして、いまサキがピカロを真上に蹴飛ばした?

 しかし、シャーラにはなにも見えなかった。

 当人のピカロは完全に白眼を剥いている。しかも、首がちょっとあり得ない方向に曲がってる。

 死んでるのかと疑ったが息はしていた。

 人間族の少女の外観だが、やはり魔族なのだと思った。人間なら絶対に即死している……。

 

「い、いまのこいつの言葉について、なにかを喋ったら、誰であろうと容赦せん……。誰であろうともだ……」

 

 サキがぼそりと言った。

 シャーラは危険なものを感じて口を閉ざした。アネルザでさえも黙っている。

 

 しばらくの沈黙があり、サキが息が整うほどには興奮が収まったみたいになる。

 サキがピカロに魔道をかけた。

 すると、ピカロの眼が開く。首の角度も治った。

 ピカロは、わけがわからない感じだが、すごい形相でサキが睨んでいるのに気がつき、顔を蒼くして慌てた様子で口をつぐむ仕草をした。

 

 もういい……。

 いまの一件は忘れよう。命の危険を感じる。

 一方で、シャーラはふと思い出した。

 

「そうだ。映録球──。あれを出して──」

 

 シャーラの恥ずかしい姿が大量に映っている記録だ。

 あれを取りあげないと……。

 

「は、はい、先輩……」

 

「どうぞ。シャーラ様の恥ずかしい映録球です」

 

 ピカロたシャーラのふたりが魔道で、シャーラの目の前にずらりと映録球が出現させた。

 ピカロも何事もなかった態度だ。

 それはともかく、映録球は二十個以上はあるだろう。

 シャーラはそれを荷に入れようとした。

 しかし、その前に、まるで宙に溶けるように、全部消えてしまった。

 

「ほう、恥ずかしい姿だと? 面白いことを言ったな。だったら、わしが預かろう。主殿に渡せば喜んでくれるかもだな。いい土産だ。わしを誉めてくれるかもしれん」

 

 サキが言った。

 シャーラはびっくりした。

 

「な、なに言ってんのよ──。冗談じゃないわ──」

 

 絶叫した。

 あんな恥ずかしいものをロウに渡されて堪るものか──。

 

「ああん? わしに言ったのか?」

 

 サキが険しい顔をして振り返った。

 身体が戦慄が走る。

 これは逆らってはならない。

 シャーラは本能で悟った。

 この瞬間、シャーラは映録球の回収を諦めた。

 

「ははは、まあ、ロウ以外には渡らん。心配するな。あの男のことだ。悪用はせんよ。せいぜい、全員の前で上映会をするくらいの悪戯をする程度だろうさ」

 

 アネルザが横から笑い声をあげた。

 

「そ、それが嫌なんです、殿下──」

 

 シャーラは叫んでしまった。

 

「ねえ、あたしたちが、性奴隷として、お仕えするロウ様という主様はどなたですか、サキ様?」

 

 そのとき、ずっと静かにしていた童女のような子が言った。

 だが、この童女もまた、見た目通りの存在ではないだろう。

 おそらく、彼女も魔族だ。

 だが、いま、性奴隷とか言ったか?

 

「おう、ここにはおらんのだ、スカンダ。約束はまた今度な。だが、この人たちは、“ロウ様”の大切な者たちだ……。ところで、お前ら――」

 

 サキが童女の妖魔に優しげに語りかけると、今度は一転して、ピカロとチャルタに険しい顔を向ける。

 

「はい――」

「はいっ」

 

 ピカロとチャルタがその場で直立不動の態勢になる。ふたりとも、まだ全裸のままだ。

 

「新しい任務だ。ピカロについては王都に行け。王都にいる二公爵の屋敷に行くのだ。公爵の私軍の傭兵を抑えろ。必要なら家人も支配に置け。とにかく、公爵の動かせる私軍の主立つ者を全員を喰って、支配しろ。男だけでなく、女もじゃ──。三日以内だぞ」

 

「了解──」

 

 少女たちのうちひとりが元気よく立ちあがった。こっちはピカロだ。

 次の瞬間、背中に大きな黒い羽根が生えた。乳房と腰にも黒い革の下着のようなものが出現する。

 シャーラは目を丸くした。

 

 ところで、喰えって、二公爵の私軍を?

 王族であるグリムーン公とランカスター公のことか?

 なにをするつもり?

 

「そのあとは王軍だ。いまは、テレーズという小者が闇魔道で支配してるが、快楽堕ちさせて支配を取り戻せ」

 

 テレーズが闇魔道?

 もうなにがなんだか……。

 とにかく、あとでしっかりと訊こう……。

 

「じゃあ、早速──」

 

 すると、さっと周りの景色が一変した。

 周囲が草木に囲まれ、陽射しとともに、風が肌に当たる。

 異空間の檻から出たようだ。

 どこだと思っていたが、離宮のある場所からそれほど離れていない山の中だ。

 ピカロたちに捕らわれた場所からも随分と離宮側に戻されていたようだ。

 

「抜かるなよ、ピカロ。それと、公爵の私兵の掌握は急げ。三日だ。それと、理由があって、わしは積極的に指示を与えられん。王都に戻ったら、なるべくわしには接触するな。ラポルタという女魔族がいる。そっちと連携せよ。後は裁量で動け」

 

 自分に接触するなというのは不思議な指示だとも感じたが、魔族のやり方というのはわからないし、とりあえず、シャーラは黙っていた。

 

「がってんだよ――。それと、王軍の将軍喰いも含めて、二日でいい。この異空間の檻を使うよ。時間の流れも調製できるからね」

 

 ピカロが空に舞いあがった。

 そのまま、風に溶けるように姿が見えなくなる。

 

「ねえ、お姉ちゃん、よろしくお願いします。お姉ちゃんも、主様の大切な方なのですよね?」

 

 すると、童女がにこにこしながら、シャーラに言った。とりあえず。シャーラは「よろしくね」と声をかけた。

 

韋駄天(いだてん)族という種族の妖魔だそうだよ。わたしも片手を握ってきたが、風よりも速く駆けることのできる種族らしいね。わたしは腰が抜けそうになったけどね。スカンダという名前だそうだ」

 

 アネルザが教えてくれた

 

「そうなのですね……。じゃあ、改めてよろしく、スカンダ」

 

「あい、お姉ちゃん」

 

 スカンダが元気に返事をする。

 

「ところで、いま、ロウ殿の性奴隷になるだとか、旦那様だとか言った?」

 

 もしかして聞き間違いではないかと思ったのだ。

 妖魔とはいえ、いくらなんでも、こんなに幼い童女を……。

 

「それが、このスカンダが出したわしの眷属になる条件だからな。だが、こう見えても、こいつは百歳は超えておるぞ。知能は見た目通りだが……。なあ、スカンダ、わしらの主殿に犯してもらうのだろう?」

 

 サキが童女妖魔に視線を向ける。

 すると、童女妖魔がにいっと微笑んだ。

 

「うん。とても気持ちがいいって言うからね……。スカンダは楽しみ」

 

 スカンダという妖魔が嬉しそうに笑った。

 シャーラは唖然とした。

 

「ねえねえ、サキ様──。おれは、おれは? おれの任務は?」

 

 すると、シャーラを襲った少女のひとりがサキに詰め寄った。

 名はチャルタだったか?

 

「お前はまずは、イザベラを閉じ込めている将軍の軍をなんとかしてこい。そもそも、お前らは、イザベラたちを監禁するために、一緒に行かせたのではないぞ。まさかとは思うが、お前らのことだから、将軍を始め一緒に行った軍の連中を喰い続けて、王太女にも会っておらんのじゃないか?」

 

「ええっ? だって、王様はそう言ってたらしいよ。どこにも行かすなって──。そして、閉じ込めて、誰にも会わせるなって。ライスがそう話したんだ」

 

 ライスというのは、イザベラたちを監禁している将軍だ。

 

「お前らの主人はわしだ。そして、主殿じゃ──」

 

 チャルタが蹴飛ばされた。

 悲鳴をあげて転がっていく。

 それにしても、サキは、見た目は美貌の淑女なのに、さっきから、もの凄い迫力だ。

 

 ところで、いままでの物言いによれば、彼女たちはサキュバスの能力で人間族たちを性支配できるような気配だ。

 そして、どうやら、イザベラやシャーラを連行するように連れてきた、あのライスの隊も支配下に置いていたようである。

 だが、考えてみれば、シャーラが上級官吏の者だと思い込んでいた馬車が一台あった。

 そこにひっきりなしに将軍をはじめ、軍の将校たちが出入りしていた記憶があるが、もしかして、その中でやっていたのは……。

 

「とにかく、王太女の監禁状態は解かせろ。離宮から離れん限り、自由にさせるがいい。ただし、王都には指示の通りに閉じ込めていると報告させておけ。それから、わしらは明日には王太女のところに行く。だから、警備の将軍は王太女の完全支配にせよ。アネルザがやって来たことは、秘密中の秘密だ。こいつは、王都の監獄塔で収監されていることになっておるのだ」

 

 サキが言った。

 シャーラはびっくりした。

 

「監獄塔? 王妃殿下が?」

 

 さっきから、わけのわからないことばかりだ。

 そもそも、王妃と国王の寵姫が揃って、どうしてこんなところに?

 

「事情は後で詳しく説明するよ。まあ、手短にいえば、わたしたちは叛乱を起こすのさ」

 

 アネルザがシャーラに言った。

 叛乱?

 叛乱って、言った?

 もうなにがなんだかわからない。

 さっきから驚き過ぎて言葉がない。

 

「そして、これは、ルードルフが使者を使って、イザベラとアンに手渡そうとした書簡だ。ついでに、それを横取りして、わたしらが持ってきたということだ……」

 

 アネルザが封印を外してしまっている王からの手紙をシャーラに渡した。

 公的な文書ではなく私信だ。

 シャーラは、中身を出して読み進めた。

 

「ええっ?」

 

 しかし、途中まで読んで、シャーラは大きな声をあげてしまった。

 

「いずれにせよ、アネルザ、ノール城行きは一日待て……。そのあいだに、チャルタが向こうの状況を整える。ライスとかいう人間族の将軍を支配させぬうちに、お前をノール城には連れてはいけん。王都に王妃の存在を通報されては面倒だ。昨日の宿場町に戻るぞ。とにかく、一日待機だ」

 

「仕方ないねえ。イザベラとアンの顔を早く見たいんだけどねえ」

 

 アネルザが笑った。

 

「一日だけだ。あいつらは逃げん……。ところで、チャルタ──。一日のうちに、ノール城を完全に王太女の支配に変えておけ。できんかったら、今度は誰がとめても、お前の両腕を肩から、わしがもいでしまうからな──」

 

「わかりました、サキ様──」

 

 チャルタという少女魔族が姿を消した。こっちは裸体のままいなくなった。

 シャーラは唖然としていた。

 

「ところで、シャーラ、お前はアネルザの護衛だ。わけがあって、わしは、アネルザにはずっとついてはおれん。そのあいだ、こいつの身を守れ。スカンダ、わしの代わりに、アネルザをさっきの宿場町に連れていけ」

 

 嫌も応もなかった。

 その言葉を終えるとともに、サキはさっと姿を消してしまったのだ。

 後には、シャーラとアネルザとスカンダという童女妖魔だけが残された。

 

「やれやれ、(せわ)しい女だねえ。もういなくなったよ」

 

 アネルザも目を丸くしている。

 

「では、サキ様に言われた宿場町に行きますね。スカンダに掴まってください」

 

 すると、スカンダが短い腕を伸ばして、左右の手でアネルザとシャーラの手をぎゅっと掴んだ。



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329 王都の不穏と特別依頼(クエスト)

【ハロンドール王都】

 

 

 

「この市に並ぶ品物が随分少なくなったよねえ」

 

「値段も三倍みたいよ、お姉様。それでも、小麦なんかが入手できればいい方みたい。王都に入る物流そのものが滞ってるんだって」

 

 ゼノビアの言葉にシズが応じた。

 王都で毎日開かれる市だ。

 だが、以前と比べて、かなり商人の数が減っている。

 また、(むしろ)や屋台の上に並べられている品物の量も種類も少ない。逆に食材を買い求めようとしている者は、いつもよりもかなり多いように思える。

 だが、一見して、貴族や分限者の家人だとわかる。

 庶民の数は少ない。品物の値があがっているうえに、度重なる重税で一般の市民には、市で買い物をする余裕もあまりないのだ。

 

「王都に入る品物の物流が滞っているのが原因なのはわかっているけど、なに考えてるんだろうねえ。まるで、わざと混乱を起こさせようとしているみたいじゃない」

 

 ゼノビアは市場を通り過ぎながら、呟くように言った。

 

「最近、やーな、雰囲気よねえ……」

 

 シズが不安そうな顔になる。

 そろそろ陽が東の空から中天側に近くなり、朝から昼間に変わりかけの刻限だ。

 ゼノビアとシズは、連れだって王都の城郭を冒険者ギルドに向かって歩いていた。

 用件は、冒険者ギルドからの呼び出しによる「特別クエスト」である。それを受けに行くのだ。

 

 ゼノビアたちは、一応はミランダから(ブラボー)クラスをもらっている冒険者であり、ギルドの規約では、(ブラボー)以上のクラスの冒険者は、定期的にギルドからの指定クエストを受ける義務がある。

 いわゆる、強制クエストだ。

 その強制クエストということで、宿泊している宿屋に連絡があり、いまこうやって、ギルドに向かっているということだ。

 

 もっとも、それはちょっとおかしなことでもある。

 実のところ、先日、事実上のギルド長のミランダが、突然に王軍に連行されてしまい、それ以来、この王都の冒険者ギルドは休業の状況になっていたはずなのだ。

 ギルドは閉鎖され、職員も出仕していない。

 しかも、そのミランダは、噂によれば、王都の中心近くにある、政治犯用の監獄塔に収牢されたらしいが、脱獄をしたという。

 真偽は不明だ。

 どうなっているのか、ゼノビアにもさっぱりとわからない。

 

 いずれにしても、冒険者たちは仕事にあぶれ、下町にある(デルタ)ランクの冒険者用の施設に殺到している感じになっている。

 まあ、ゼノビアとシズについては、これまでに蓄えたものもあるし、状況が落ち着くまでしばらくのんびりとしようかと思っていたのだが、その矢先に、指名クエストがかかったのだ。

 しかも、行方不明のはずのミランダの名による呼び出しだ。

 クエストの内容も赴いてみないとわからない。

 

 シズとも話して、とりあえず、ギルドに行ってみようということになった。

 本当に指名クエストであれば、拒否はできないし、なにかの悪戯ということであれば、それはそれで、誰がなんのために、ミランダの名を使って呼び出しをしたのか興味もある。

 

「みんな気が立っている……」

 

 そのとき、人の感情に敏感なシズがちょっと怯えるように言った。

 ゼノビアは口元を緩めた。

 剣技に優れ、何度も小戦場を渡り歩いたこともあるシズだが、あのロウの一件以来、随分と臆病になってしまった。

 すぐに、何事にもびくつくのだ。

 まあ、そんな風に人の心に敏感なのが、本来のシズだったのだと思う。それが、いろいろとあって、虚勢を張って生きていたということなのだろう。

 しかし、ロウたちとの一件で、すっかりと虚勢の皮が剥がされてしまったのかもしれない。

 もっとも、ゼノビアは、いまのシズも嫌いではない。

 むしろ、可愛がりたくてどうしようもなくなる。

 ゼノビアは、シズに左手を伸ばして、ぎゅっと手を握った。

 

「あっ、お姉様」

 

 シズがぽっと頬を赤らめる。

 だが、以前のシズなら、たとえゼノビアであっても、剣を握る側の右手を預けるということはしなかっただろう。

 しかし、いまのシズは、平気でゼノビアに甘えてくる。

 いまも、ぎゅっと手を握り返してきた。

 本当に可愛い。

 それでいて、頼りになるゼノビアの相棒なのだ。

 

「だが、確かにほんの少しのあいだに、この王都の随分と不穏になったよねえ。本当にどうしちまったんだろう?」

 

 ゼノビアも首を捻った。

 そもそも、市に物がすっかりと集まらなくなったのは、物流のせいだ。

 多くの商人が摘発されてしまって、商売の流れが滞ってきたのである。

 ほんの少し前まで、この王都には、新しい自由流通と、従来の商業ギルドというふたつの物流の流れがあった。

 自由流通というのは、商売を自由にして、さらに税を安くすることにより物流を活発にし、国を富ませようという新しいやり方だ。ローム三公国では、タリオ公国を中心として、そのやり方で物の流れが圧倒的に大きくなり、自由流通を数年前に取り入れたタリオ公国など、いまや国の強さというだけなら、大国ハロンドールに追いつくのではないかとまで言われている。

 その自由流通も、少し前までハロンドール王国の王都にも入り込み、しばらくのあいだ、旧態依然の商業ギルドと、新しい自由物流の一派が、この王都で凌ぎを削る状況だったらしい。

 それが、ゼノビアとシズが王都にやって来る少し前までの状況だ。

 

 ところが、突然に、タリオ公国からやって来た商会団がなぜか撤退してしまい、自由流通に流れていた物流の勢いが、一気に失われた。

 しかも、先日には、解放されていた自由流通への市場開放が突如として禁止され、見せしめのように、二軒ほどの自由流通派の商家が潰されて、財を没収されてしまったのだ。

 このことで、あの評判の悪い二公爵に、かなりの賂が流れたと噂されている。二公爵は、商業ギルドの庇護者を名乗っていた。

 

 もっとも、ゼノビアには真偽はわからない。

 だが、国王ルードルフの叔父にあたるグリムーン公とラングーン公が、この一件で、商業ギルドからかなりのものを贈られているというのは本当の話のようだ。

 

 ところがである。

 ほんの先日のことだが、その商業ギルド派の商人たちについても一斉に摘発があり、家財が没収されてしまったのだ。

 その商人の数は、二十軒にもなる。

 没収された家財はかなりの巨額なものだそうだ。

 しかし、それよりも、物流の担い手の自由流通派も、商業ギルドも潰されてしまったというのが、王都の流通に大きく影響を与えてしまったのである。

 

「この混乱は、もっと大きくなるかもね。そのうちに、家一軒買える値段で、小麦のひと袋が交換されるようになるかもだよ」

 

 市を通り過ぎながら、ゼノビアは小さくささやいた。

 

「怖いわ、お姉様」

 

 シズがまた手をぎゅっと握ってくる。

 ゼノビアはほくそ笑んだ。

 本当に可愛い。

 

 いずれにしても、なぜ商家が潰されたのかは判然としない。

 どれも、国王の政道を批判したとか、王に対する批判勢力に資金を回したとかという極めて曖昧なものだ。

 最近になって、王都市民にかかる税が三倍くらいになったので、あちこちでそれに対する抗議の集会や、ときには、それが暴徒のようなかたちになっているのは確かだ。

 しかし、政事(まつりごと)に疎いゼノビアでも、商業ギルド派の商人たちが、そんな勢力に資金を流すなどという事実はないだろうと断定できる。

 

 そもそも、商業ギルドは国王派だ。そういうものが存在すればだが……。

 とにかく、いまの政事の流れで、もっとも得をしているのが、商業ギルドとそれを庇護する二公だ。

 だから、商業ギルド側が王政を批判する市民に同調するはずがないのだ。

 

 それにしても、最近の王都の混乱は異常だ。

 商家の摘発も、重税も、すべてルードルフ王の名で行われているが、この国の王が政治に全く興味がなく、後宮で女を抱くだけの昼行燈(ひるあんどん)だというのは、市民でも知っている有名なことだ。

 だったら、誰が、重税や物流の意図的な停滞などという一連の悪政をしているのか……?

 

 テレーズ──。

 

 最近になって、口の葉に載せられるのは、二箇月ほど前に女官長になったという四十女の伯爵夫人の名だ。

 話によると、女好きのルードルフに取り込み、すっかりと骨抜きにして、国政を壟断(ろうだん)しているのだという。

 いきなりあがった税も、ルードルフがテレーズのご機嫌をとるためだと噂されていて、それを裏付けるように、テレーズのラポルタ伯爵家の王都屋敷が二軒も建設され始めた。

 しかも、最初に潰した自由流通の商家を潰した土地に、その屋敷を作り出したのだ。

 自由流通は、王都の物価を一気にさげて、王都市民になかなかに評判がよかっただけに、わざわざ、市民感情を逆なでするように、自由流通の商家の跡地に税金を投入したとわかっている贅沢な屋敷を建てるのは、ゼノビアでさえも、どうなのだろうと思う。

 

 また、テレーズという悪女の名をあっという間に、王都に広めたのは、数日前から誰かが王都のあちこちに、立て始めた風刺画の看板だ。

 文字の読めない者にもわかるように、この重税がルードルフ王とテレーズという女官長が私腹を肥やすためのものだという風刺画が描かれ、それが王都のありとあらゆる場所に立ち始めたのだ。

 これについても、誰がやっているのかはわからない。

 

 警邏(けいら)の王兵も取り締まっているようだが、新しい風刺画の看板が立つのが早く、雨後の筍のごとく、次から次へと王道批判の風刺画の看板が立てられる。

 それで、一気に国王と女官長の悪評が拡がり、抗議の集会なども活発化した気がする。

 

 いずれにしても、商家への弾圧は有無を言わせないものであり、家財を没収された商家の一家のみならず、大勢の店の働き手も職を失い、重税で家財を失った庶民も含めて、流浪人が多くなり、王都の治安も一気に悪化した。

 最近では、多くなった流浪人が盗人になったり、あるいは、重税を集める徴税官や役人が物陰で襲われるという事件も少なくなくなっている。

 急速に悪化した王都の不穏さは、シズでなくてもゼノビアにも肌に伝わってくる。

 

 そのときだった。

 市の喧噪を抜けて、路地に近い一角を進んでいたところで、若い娘の悲鳴が聞こえてきた。

 

「お姉様──」

 

 シズが手を放して、顔を険しくした。

 

「またか? だけど、若い女の声か……。どうする?」

 

 ゼノビアはシズを見た。

 

「ううん……、一号……、いえ、二号対処で……。お姉様、よろしくお願いします」

 

 シズが後ろに束ねている髪を解いて、長く垂らすようにした。さらに、腰にさげている剣を剣帯ごと外して、ゼノビアに渡してくる。

 ゼノビアは苦笑した。

 まあ、関わると思ったのだ。

 こういうことを面倒事と厭わないのは、シズのいいところだとゼノビアは思っている。

 

「では、行ってきます」

 

 シズは念の入ったことに、上衣の胸のぼたんをひとつ外して、胸の谷間が少し垣間見えるくらいに開いた。

 外観がエルフ族だから、美形には違いないのだが、胸も大きくなくて、シズはこうやって男と同じ服装をしていると、女というよりは美青年に見える。

 だから、女だと思って油断してくれるように、わざわざ乳房を少し出したのだろう。

 しかし、それでもちょっと胸が小さくて、少し残念な感じだ。

 口にすると傷つくので、ゼノビアは顔には表さないようにするが……。

 そして、シズが悲鳴のあった方に消えていった。

 ゼノビアは、物陰に隠れるようにして、ついていく。

 

「ほらほら、早くしねえか。ちゃんとできねえと、大事な服が水路に流れちまうぜ」

 

「ここから素っ裸で帰りたいなら、それでもいいけどな」

 

 しばらく路地を進むと、路地の開けた場所にある大きな水路を背にした道に、五人程の男の集団がいた。

 背中越しで見えないが、その内側から複数の若い女のすすり泣きが聞こえてくる。

 ゼノビアは、シズよりもずっと距離を取って離れているので、よくは見えないのだが、どうやら、若い女たちがその五人程の男たちに、水路の柵側に追い詰められて座らされているみたいだ。

 

 あれ……?

 その五人のひとりがひと抱えの服のようなもの抱えて、水路に向かってかざしている?

 それではっとした。

 

 男がいまにも水路の水の中に落としそうにして持っているのは、女たちの服だ。

 下着も見えている。

 つまりは、男たちに囲まれている娘たちは、素っ裸……、少なくとも、それに近い格好ということだ。

 ゼノビアはかっとなった。

 

 そして、さらに近づくと、その界隈は、誰もない物陰ではなく、裏通りともいえる建物が並ぶ道だということがわかった。

 遠巻きに口惜しそうな顔をしている住民たちの姿がちらほらと見える。

 

 そういうことか……。

 ゼノビアは納得した。

 あいつらは、ここのところ王都でよく見かけるようになった「愚連隊」ということだ。

 

「なにやってんのよ、あんたたち──」

 

 シズが割って入っていく。

 それで、男たちの輪が広がり、内側が見えた。

 若い娘がふたり、素っ裸で正座をさせられている。必死になって、手で裸体を隠している。

 しかも、男たちの数名がズボンから性器を露出していた。

 シズの声に男たちは、一瞬はっとなったが、シズを見て、武器も持たない小柄な女だということがわかって、ほっとするとともに、さらに卑猥な顔をシズに向けている。

 

「おう、どこの誰だか知らねえが、お嬢ちゃんかい? それとも、ちょっとだけおっぱいのあるお兄ちゃんかな?」

 

 男たちのひとりがシズを見て、げらげらと笑った。

 背中越しだが、シズが激怒したのが、ゼノビアにはわかった。

 エルフ族の見た目のくせに、魔道が遣えない……。

 見た目が女らしくなく、少年っぽい……。

 しかも、シズは小柄であり、童顔なので十九歳という年齢よりも、ずっと幼く見える。

 

 とにかく、そういう外観のことを言われるのが、シズはすごく嫌いなのだ。

 ゼノビアに言わせれば、あんなに可愛くて、女らしい外観はないと思うのだが、シズは自分の見た目に強い劣等感を持っている。

 

「なにやってんのよって、言ってんのよ──。それに、ここは天下の往来よ。その服を彼女たちに返しなさい──」

 

 シズが怒鳴り声をあげた。

 だが、男たちはせせら笑っただけだ。

 

「こりゃあ、おっかねえ嬢ちゃんだなあ。俺たちは、別にどうということをしているわけじゃねえぞ。道を歩いてたら、このお嬢さんたちにぶつかられてな。それで、肩を怪我しちまったんだが、お詫びの印に、ここでちんぽをしゃぶってくれるって言うんでな。それで、順番を決めてお願いしているところだ」

 

 さらにひとりがいった。

 一番身体の大きい男の隣にいる、少し小柄な男だ。

 いずれにせよ、五人の身なりは傭兵だ。

 ゼノビアも、シズも傭兵あがりだから、見れば傭兵としての実力はすぐにわかる。

 五人とも最下級というところだろう。

 性質もよくないみたいだ。ごろつきに変わりない。

 

 だが、男たちが身に着けている革鎧の紋章にゼノビアは眼をやって、やはり「愚連隊」の連中だと確信した。

 男たちのしている鎧にあったのは、グリムーン公爵の紋様だ。つまりは、あの連中は、グリムーン公が雇っている傭兵ということだ。

 

 もともと王都では評判の悪かったグリムーン公とラングーン公というふたつの王都公爵家なのだが、最近、いきなり権勢と資金力を得て、大勢の傭兵を私兵として王都に集め出しているのだ。

 ところが、その連中が飼い主の権力を傘に着た程度の悪い連中であり、しかも、公爵の私兵ということで、なにをしても許されるということがわかってきたらしく、最近では、あんな風にやりたい放題というわけだ。

 しかも、なぜか王都の警邏隊は、見て見ぬふりであり、取り締まる者もない。

 王都の市民は、その二公の私兵連中を「愚連隊」と呼んで、忌み嫌っている。

 

「嘘です──。あたしたち、ただ歩いてただけで……」

「お願いです。もう堪忍してください」

 

 素っ裸で正座をさせられ、露出した性器を突きつけられている娘たちが泣きじゃくりながら声をあげた。

 

「二度とは言わないわよ……。服を返しなさい……。そうしたら、あたしが相手をしてあげるから……」

 

 シズが叫んだ。

 男たちは一瞬きょとんとした顔になった。

 そのときには、ゼノビアは集団のほんの近くの物陰まで接近できた。

 

「あんたが相手をかい? どうやら女らしいが、まさか、股間に珍棒が生えてはいねえよなあ?」

「まあ、そんなに可愛い顔なら、珍棒が生えていても問題はねえけどな」

 

 傭兵たちがどっと笑う。

 ゼノビアは、男たちに毒針を飛ばした。

 一瞬で身体を弛緩させる強力な弛緩剤を塗った針だ。

 もっとも、ただひとり、娘たちの服を水路にかざしている男だけは避けた。あのまま弛緩させたら、水の中に娘たちの服が落ちてしまう。

 

「えっ?」

「なに?」

「おっ?」

「あれ?」

 

 男たちのうち、四人がその場に昏倒して倒れる。

 ひとりだけ残った男がきょとんとなった。

 

「あ、兄貴たち、どうした……?」

 

 呆気に取られて、ひとり残った男が水路に伸ばしていた手を戻す。すぐさま、その男の首にもゼノビアは毒針を放った。

 その男も倒れて、服が道に落ちる。

 

「すぐに逃げなさい。素性は知られてないわね?」

 

 ゼノビアは姿を現わしながら、娘たちに声をかけた。

 衣服については、拾い集めて、娘たちに渡してやる。

 

「あ、ああっ、ありがとうございます」

「ああ、ありがとうございます」

 

 娘たちが泣きながら服を受け取る。

 

「礼はいい。お互いに名乗りもやめましょう。こいつらがどういう者がわかるんでしょう。すぐに立ち去るのよ。面倒事にならないうちにね」

 

 この公爵の私兵に関わって、いまはいいけど、後で面倒なことになるというのは、誰でもわかっている。

 だから、いまこの状況においても、周囲の者が遠巻きにするだけで、助けようとしないのだ。

 

「いいから、早く行って──」

 

 シズが短く言った。

 娘たちは、もう一度泣きながらお礼を言って、服を身に着け始める。

 そのあいだ、ゼノビアは傭兵たちが動き出さないように見張っている。

 意識はある。ただ、動けないだけだ。

 ふたりほど効き目が弱い者がいたので、毒針を刺し直した。

 それで、全員が完全に痺れて動けなくなる。

 

「あ、あのう……」

 

 素早く服を身に着けた娘たちのひとりが、ゼノビアとシズに口を開く。

 ゼノビアは手で追い払う仕草をした。

 

「行って──。消えなさい。早く逃げるのよ。こいつらの仲間がどこからか見ているかも」

 

 ゼノビアは言った。

 最近、王都を我が物顔でうろうろしている連中だ。

 どこで見ているかもわかったものじゃない。

 関わり合いになれば、公爵の権力を使って因縁をつけてくるに決まっている。最近では、冒険者ギルドも閉鎖状態なので、クエストをかけられて復讐されることもない。

 安心しきっているみたいだ。

 

「は、はい、このご恩は……」

「ありがとうございます……」

 

「いいから──」

 

 シズが娘たちを追い払った。

 彼女たちの姿が消えていく。

 

「さて、あんたら、王都でこんな無法は許されないって知らなかったの? ここは冒険者ギルドがある都市(まち)よ。あんたらよりも、強い者はいくらでもいるのよ」

 

 ゼノビアは道に倒れている傭兵たちを見おろしながら言った。

 話しかけたのは、身体が一番大きなリーダー格の男だ。股間から性器を露出したままだ。

 

「……こ、こ、こんなことをして……。お、俺たちは……グ、グリムーン公の……」

 

「はいはい、グリムーン公の傭兵なんでしょう。こんなことをすれば、仕返しがある。それを言いたいのね。わかるわあ……。あんたたちの言いたいことなんてね。だから、もう言わなくてもいいわ。続きは次に出逢ったときに話をしましょう。生き残ったらね」

 

 ゼノビアはその男の首根っこを両手で抱えて、水路の柵に身体を乗せた。

 男がぎょっとした顔になっている。

 

「な、なにを……?」

 

 男の顔が恐怖に包まれた。

 

「あんたが言ったんじゃないの。生きていたら仕返しに来るんでしょう? だから、水の中に放り込んであげるわ。結構、水嵩も多いみたいだから、身体が弛緩されたままでも、溺れない方法があるのかしら? まあ、あんたらみたいな迷惑者を助ける酔狂者もいないだろうし、多分、もう会えないかもしれないわね」

 

「や、やめろお──」

 

 やっと殺されそうだということがわかったのだろう。

 男が悲鳴をあげた。

 

「うるさいわよ。そうそう、生き残ったときのために、名前を教えておくわ。あたしの名はコゼよ。冒険者ギルドが復活したら訪ねてきて」

 

「あたしはエリカよ」

 

 シズが柵に胴体が掛かっている大柄の男の脚を持って、水路に放り込んだ。

 男が悲鳴をあげて水の中に消えていく。

 

「ひ、ひいいっ」

「や、やめて……く、くれ……」

「た、助け……て……」

 

 ほかの傭兵たちが顔を真っ蒼にして声をあげた。

 構わずに、次々に水路に放り込んだ。

 

「よし、逃げるわよ、シズ」

「はい、お姉様──」

 

 どこからか公爵の関係者に見られていたら、本当に面倒事に巻き込まれてしまう。

 ゼノビアとシズは、一目散のその場を逃げ出した。

 

 

 *

 

 

 冒険者ギルドに着いた。

 やはり、閉鎖状態だったが、ギルドの入り口の前に立つと、すぐに後ろから声を掛けられた。

 

「ゼノビアさんと、シズさんですね……。どうぞ、こちらに……」

 

 声をかけてきたのは、頭をフードで隠した小柄な女だった。

 

「ランかい?」

 

 ゼノビアは言った。

 紛れもなくランだ。

 まだ少女といえるほどの人間族の娘だが、ミランダの腹心であり、ギルドを動かしている女のひとりだ。

 ミランダが捕縛されたことで、主立つ職員もどこかに消えてしまっているのだが、そのランに間違いない。

 

「はい……。申しわけありません。念のために調べさせてください」

 

 ランはゼノビアたちを建物の陰に連れて行き、懐から出した棒のようなものから出る光をゼノビアとシズに当てる。

 

「あ、あたしたちへの特別クエストは、本当のことなのね……」

 

 シズが光を当てられながら言った。

 ちょっと、シズがどもっているのは、あのロウとの一件以来、彼女が心の底からロウに苦手意識を持っているからだ。

 だから、極力、ロウと関わりたくないし、ロウの女にも接触したくないみたいだ。

 ランがロウの女のひとりであることはわかっている。

 

「はい、失礼しました。変身具などは装着してないことを確認しました。話はミランダが説明します。こちらに……」

 

 ランがギルドの裏側に回る方向へ促した。

 

「ミランダがいるの?」

 

 シズが声をあげたが、振り返ったランに口を閉ざすような仕草をされた。

 それで黙った。

 ゼノビアとシズはランに付いていく。

 

 ギルドの裏に回る。

 ランがなにか特殊で複雑な操作をして、裏口が開いた。

 ギルド本部の建物の中に入った。

 やはり、建物の内側はがらんとしている。人のいる気配もない。

 ランはやがて、廊下の奥の一室にゼノビアたちを案内した。

 部屋にはなにもない。

 ただ、部屋の中心に大きな姿見がある。

 

「ついてきてください。おふたりも、ロウ様の精をもらっていますので、潜り抜けられるはずです」

 

 ランが姿見に向かい、そのまま吸い込まれるように姿を消した。

 

「わっ、なに?」

「なんだ?」

 

 シズもゼノビアも思わず声をあげてしまった。

 だが、すぐに魔道具なのだとわかった。

 

「お姉様……」

 

 シズが不安そうにゼノビアを見た。

 ゼノビアは、シズの手を取る。

 

「大丈夫だろう。行くよ……」

 

 シズの手を握ったまま姿見を抜ける。

 

 果たして、そこは、大きな広間になっている部屋で、十数名の男女が忙しそうに動き回っている場所だった。

 部屋の真ん中には、机の前に座っているミランダだ。

 姿見の前にはランもいた。

 ふと見ると、部屋にいるのはほぼ全員がギルド職員だ。

 数名は冒険者もいる。ミランダの子飼いといっていい連中だ。

 

「ああ、来たかい。ちょっと待っていておくれ。こっちを片付けるから……」

 

 ミランダが一瞬だけ、ゼノビアたちを見て、すぐに視線を横に戻した。

 数名いる冒険者だ。

 そいつらは、ミランダから紙の束を渡されている。

 

「一班は今度は貴族街だ。これをあちこちに貼っておいで……。二班は下町だ。下町はこっちの束だね。それと三班はとにかく、酒場に行って、ルードルフ王とテレーズの悪口を言い触らしておいで。重税で集めた金で贅沢三昧をしているという噂を作って来るんだ。操り具で宮廷を支配しているともね──。ほら、軍資金だ」

 

「いいなあ、三班は酒場かい──。羨ましいぜ。一班は貴族街だぜ。官警と追いかけっこだ」

 

 一班だと言われた冒険者の男が三班で金の入っているらしい包みを渡された男を揶揄っている。

 それで気がついたが、ミランダが渡している紙の束は、最近、王都を流言に包んだ発端になった風刺画だ。しかも、それぞれ、まだ、見たことのない風刺画だ。

 ちょっと覗くと、ルードルフ王とテレーズという女官長が市民の税金で集めた金の上でセックスをしている絵が描いてある。

 

「えっ、あの風刺画の看板って、ミランダがやっていたの?」

 

 シズも気がついて声をあげている。

 ランがにこにこしながら、椅子を二つ持ってきた。

 

「ここが作戦本部です。ここがどこにあるかは教えられませんけど、王都のどこかです」

 

 ランが言った。

 ゼノビアは呆気にとられたが、なんとなく理解したのは、さっきの姿見は、移動術か何かの転送具だということだ。

 それで、ここに跳躍してきたのだろう。

 また、ミランダは、やはり捕縛されたものの、脱走したというのも本当だったみたいだ。

 それにしても、あの風刺画による国王と女官長への糾弾をしていたのが、ミランダたちとは思わなかった。

 

「……じゃあ、行っといで。くれぐれも捕まるんじゃないよ。捕まっても……」

 

「捕まっても、ギルドは一切関知しないし、助けにも行かないだろう? わかっているよ、ミランダ、じゃあ、行ってくる」

 

 一班の男が奥の扉に消えていく。

 ほかのふたりも続く。

 なんとなくだが、ここはどこかの地下だろうか……?

 窓もないし、そんな感じがする。

 

「待たせたね、ふたりとも……。さて、単刀直入に言うよ。ふたりには王都を出てもらう。もしかしたら、国外かも……。拒否はできない。特別クエストだ。期限は半年。成功報酬は……。支度金もある……」

 

 ミランダがゼノビアたちに振り向き、いきなり語りだした。

 成功報酬はかなりの高額だった。

 また、支度金というのは、クエストのために使用する資金を前もって払うということだ。成功報酬とは別になる。

 それも成功報酬に匹敵するくらいに高額だ。

 ゼノビアは驚いた。

 

「王都を出てもらうって……。あたしらは、どこに行かされるんだい、ミランダ?」

 

 とりあえず、ゼノビアは言った。

 

「まずは王国の南部に飛んでもらう。あのテレーズの自領のラポルタ領だ。もしかしたら、そこから、カロリック公国に向かってもらうかもしれない。事前のギルドの情報では、そっちに連れていかれた可能性があるということだったからね。もしも、カロリックに向かうようであれば、ギルドの支部経由で伝えておくれ。向こうには、ビビアンという女がいるから、あんたらに協力させることができるかもしれない」

 

「連れていかれたって……。もしかして、誰かを捜索するクエストかい?」

 

「探すのはテレーズだよ。本物のね。彼女を探しだすのが、あんたらに頼むクエストだ。それでなにがわかるかわからないけど、それを通じて、見聞きしたことを伝えておくれ。ギルド保有の魔道具もいくつか渡しておく」

 

「大判振舞いだねえ……。だけど、もう一度言っておくれ。誰を捜索するクエストだって?」

 

 ゼノビアは言った。

 

「本物のテレーズ=ラポルタ女伯爵──。その娘もだ。王宮にいるのは、テレーズの偽者だよ」

 

「はあ?」

 

 ゼノビアは思わず声をあげた。

 

「だから、宮廷にいるテレーズは偽者なんだ。知りたいのは、この陰謀の裏にいる者たちだ。あんたらの行動でなにかが出てくるかもしれないし、出てこないかもしれない、とにかく、見聞きしたことを定期的に送っておくれ。そのための通信用の魔道具と魔石も渡しておくから。また、向こうの冒険者ギルドもあんたらに協力する」

 

 ミランダが矢継ぎ早に言って、机の上に魔道具や魔石の入っていると思われる袋を出した。

 中身がそれなら、これだけでひと財産だ。

 ゼノビアは唖然としてしまった。

 

 

 

 

(第55話『混沌の拡がり』終わり、第56話『離宮の王太女』に続く)



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 第15話  離宮の王太女
330 将軍の謝罪


【ハロンドール王国ノール城】

 

 

 

「度々のお呼び出しに応じることができず、大変に申し訳ありませんでした。多忙であったのは本当ですが、言い訳にはなりますまい。重ねて、王太女殿下の呼び出しが繰り返し来ておったのを部下が伝えておらんかったのです」

 

「ほう……。伝わっておらんかったか……」

 

 イザベラは、目の前で平謝りをする将軍のライスを冷ややかに眺めた。

 

「は、はい――。それが、今日の今朝になって、わかったというわけでありまして……。とにかく、このとおり、このライス、王太女殿下への忠誠は、小揺るぎもしておりません。本当に申し訳ありませんでした」

 

 ノール離宮の警護責任者であるライスだ。

 そのライスが深々と頭をさげている。

 五十歳を少し超える人間族の将軍であり、イザベラからすれば、父娘どころか、孫ほどに年齢が違う。

 その将軍が若いイザベラに深々と頭をさげているのだ。

 片膝をついたままの礼なので、床に頭を付けるということはできないが、それをせんばかりの平謝りだ。

 しかも、武器は抜き、身体の右側に置いている。

 それも武人としては、最大限の謝罪の形式だ。

 まあ、それだけは評価していい。

 だからといって、腹の虫が収まるわけでもないが……。

 

「ならば問う。それは、お前の部下の管理力が無能だからか? それとも、わたしの前で堂々と嘘をついておるのか?」

 

「ひっ」

 

 ライスの身体が恐縮したようにびくりとなる。

 

「呼び出しに気がつくも、気がつかんもあるまい。わたしがここに閉じ込められてから、半月になるぞ。そもそも、お前が警護責任者なら、いの一番にわたしに挨拶をせねばならん立場であろう――」

 

 イザベラは怒鳴った。

 

「は、はい」

 

 ライスが頭をさげたままでもわかるくらいに蒼くなっている。

 半月前からアンたちとともに滞在している王国の東の海岸にあるノールの離宮だ。

 王族用の別荘なので、一応は城ではあるものの、王宮のように謁見の間のようなものはない。

 イザベラがいるのは、客室でもない大きな居間だ。

 一日の大半をすごすための部屋であり、今日の昼前になって、ライスが突然に挨拶にやって来たいというので、とりあえず招き入れた部屋だ。

 そこにあるソファのひとつに、イザベラは腰かけている。

 少し離れた椅子にはアンが座っていて、その横にはノヴァもいる。

 ほかに部屋もあるが誰もいない。この離宮に滞在するのは、正真正銘、ここにいる者だけだ。

 

 いつもなら、シャーラもまた、片時も離れないようにイザベラのそばにいるのだが、シャーラはイザベラの指示で王都の状況を探りに行っているので、いまは離宮に不在だ。

 

「なにがはいじゃ――。半月、一度も顔すら見せず、外に通じる門という門をすべて閉鎖して、それきりとは、わたしたちに対する敵愾心があったとしか思えんな。お前は女であるわたしが王太女であることが不満か?」

 

 嫌味を言った。

 どうして、突然に挨拶を兼ねた謝罪をしにきたのかは不明だが、この離宮にやってきて以来、イザベラたちを完全に囚人同様に扱って、外部との一切の交流を遮断していたのはこいつだ。

 それだけでなく、外側から門という門を閉ざし、扉という扉に兵を配置し、牢番のように見張りを立てさせ、イザベラだけでなく、アンもシャーラも、アンの侍女のノヴァでさえも一切外に行くことを禁止させていた。

 イザベラとしては、謝罪されたからといって、すぐに許す気にはなれない。

 

「そ、そんなことは……。た、ただ、(それがし)は……ただ……」

 

 ライスがさげる顔の下に、ぽたぽたと汗が落ちる。

 イザベラは苛ついた感情を抑えられずに、指でかつかつと木の手摺りを叩いた。

 すると、小さな咳払いがした。

 視線を向ける。

 アンだ。

 にこにこと微笑んで、優し気な顔をこっちに向けている。

 落ち着きなさいとでも言いたいのだろう。

 イザベラは、大きく息を吸った。

 

 こんな男でも、駒は駒か……。

 アンに促されて落ち着いたことで、その言葉を思い出した。

 発言したのはアネルザだったか?

 確か、キシダイン裁判の直後だと思う……。

 そういえば、そのときに一緒に言われたのが、ロウの子を孕めという言葉だった。

 そして、それは本当になった。

 イザベラは、右手を自分の腹の上にそっと置いた。

 椅子に座ったまま、嘆息する。

 

「まあいい……。頭をあげよ。謝罪は受け入れる。なら、わたしたちは、もう虜囚扱いはされんということでよいな」

 

「虜囚などと──」

 

 ライスは目を見開いて驚いた表情になったが、すぐに思い直したように小さく首を振った。

 

「……そうですな……。申し訳ありません。もう正直に申しましょう。王太女殿下とアン様を離宮に閉じ込めて、誰にも会わせずに隔離せよというのは陛下のご命令です。(それがし)は命令の通りにやっていただけです」

 

 ライスが顔をあげ直してきっぱりと言った。

 イザベラもそうであろうとは思っていたので、意外だとは思わなかったが、ライスがはっきりとそれを口にしたことには驚いた

 

「陛下の命令か……。それは……。しかし、それをお前が口にしたということは、陛下のご指示が解けたということでよいのか?」

 

「変更の命令はありません。実際のところ、こうして殿下にそれを伝えることそのものが命令違反です。陛下のご指示は、一切の連絡情報を遮断することですから……。某たちも極力会うなと命じられました」

 

 今度はイザベラが目を見開く番だ。

 ライスが言葉を続ける。

 

「……従いまして、申し訳ありませんが、殿下とアン様については、離宮の外にお出になることはご自重願いたく存じます。実際のところ、警護上の問題もありますし……。ただ、シャーラ殿と侍女の方については、ご申し出があれば、外出にも対応させていただきます。ところで、シャーラ殿は? これからの警備のことなど話し合いたいのですが」

 

 ライスは言った。

 どうしようかと思ったが、とりあえず、惚けることにした。

 

「少し体調を崩しておってな。大したことはないが容態が収まれば行かせよう」

 

「かしこまりました……。いずれにしましても、実際には全員を禁足させることが、陛下からの某への指示ということをわかっていただきたいと思います。王都には、引き続き殿下たちを隔離して監視していると報告しなければなりませんので」

 

「わからんな。だったら、なぜ、それをわたしたちに伝える? 陛下の指示か?」

 

「王都からの新しい指示はなにもありません。今回の謝罪も、陛下のご指示をお伝えしましたのも、某の一存です。最初に申しましたとおりに、某の忠誠は王太女殿下にございます。それを信じていただきたい」

 

 ライスははっきりと言った。

 すると、ライスが床に置いていた剣を鞘ごと持ち、両手でイザベラに向かって捧げ持つようにした。

 イザベラは唖然としてしまった。

 

「……忠誠の誓いか……? だが、お前は陛下の騎士ではないのか?」

 

 皮肉を言った。

 ライスは二十人ほどいる王軍の将軍の中では、序列はそれほど高くないが、ルードルフへの忠誠が篤い男として知られている。

 だからこそ、今回のような役目にライスを選んだはずだ。

 

「忠誠の誓いに、偽りを申すことはできません。なんでもご命令ください……。もしも、某の心にお疑いがあれば、どうかこの剣で首を貫きください」

 

 ライスが首をあげて、無防備な喉を晒すようにした。

 イザベラは溜息をつくと立ちあがり、ライスのところに向かって歩き、捧げていた剣を受け取ると剣を抜いた。

 それをライスの肩に当てる。

 ライスが再び頭をさげた。

 

「ならば、忠誠を受け入れよう」

 

「ありがたき幸せ」

 

 ライスが嬉しそうに言った。

 なんの茶番なのだ?

 

 父に忠義の篤いはずの将軍が、突如としてイザベラに忠誠を誓うとは……。

 ひそかに思ったが、口には出さずに、剣をライスに返す。

 ライスは床ではなく、剣を腰にさげなおした。

 

「ならば、そこに座れ」

 

 イザベラは椅子に戻りながら、長い卓を挟んで反対の側にある椅子を顎で指した。

 忠誠を受け入れた以上、それなりに遇さねばならない。

 そう思ったのだ。

 

「はっ」

 

 ライスが立ちあがり、示された椅子に腰掛ける。

 

「……で、どういうことなのか、もう一度説明せよ」

 

 イザベラは促した。

 

「わかりました……」

 

 ライスが説明を始める。

 ただ、これまでに説明をしたことと、そんなには変わりはない。

 ライスはイザベラとアンの父親であるルードルフ王から、直接の命令により、できるだけひそかに、イザベラとアンを王都から離して、このノールの離宮に隔離するように指示を受けたとのことだ。

 そして、離宮にふたりを移送したら、完全に情報を遮断し、ライスも含めて、誰であろうと一切の面談をさせるなとも言われたそうだ。

 さらに、イザベラを訪ねようとする者がいれば、すべて報告し、怪しい者は必ず捕らえよとも命令を受けているそうだ。

 つまりは、そういうことだ。

 イザベラは、眉をひそめた。

 

「……陛下は、なぜそのようなご命令を? それについてはなにか言ったか?」

 

 理由は予想がついているのだが念のためだ。

 それに、このライスもイザベラ同様に、ずっとここにいるのだ。大した情報は持ってはいまい。

 ライスは首を横に振った。

 

「理由は伝えられておりません。ただ、もうひとつ付け加えますと、王太女殿下とアン様の安全だけは、命を賭けて守れとも命じられております」

 

「それは、どうも」

 

 イザベラは王族らしくない言い回しで応じた。

 それで、思い出したことがあった。

 今回の移送にあたって、将軍の軍に同行していた貴族用の馬車の存在だ。

 シャーラも言及していたが、移動の最中にしても、ここに到着してからにしても、その馬車にはライスを始め、多くの上級将校が出入りしているようだった。

 時には兵も……。

 

 シャーラは、あの馬車が作戦司令部のようになり、王の指示を受けた官吏がいて、そこから指示を出しているのではと推測していたようだったが……。

 

「ところで、移動のときの二日目くらいから同行し、いまでもお前らの天幕の横にある馬車があるな。それには、どういう立場の誰が乗っておるのだ?」

 

 イザベラは訊ねた。

 すると、ライスが眼に見えて動揺しはじめた。

 

「い、いや、あ、あれは、き、極めて、個人的なことで……。そ、そのう……。つ、つまり、個人的な……個人的な訪問なのです……」

 

 ライスは、似つかわしくないくらいに真っ赤な顔になり、しどろもどろに言い訳めいたことを喋り始める。

 イザベラは、眉間に皺を寄せる仕草をした。

 

「なにが個人的な訪問だ──。お前だけでなく、上級将校がひっきりなしに、あの馬車に出入りしていたのはわかっておる。正直に申せ」

 

 だが、イザベラの言葉に、ライスは心底驚いた顔になった。

 

「某以外に──? い、いや、そんなことはありますまい……。某だけのはず……。い、いや、とにかく、個人的な用事で馬車に入っただけです」

 

 ライスは言った。

 イザベラは首を傾げるしかない。

 あそこに大勢の将校が出入りしていたのは、ずっと離れていたイザベラたちでもわかっていることなのに、当のライスからして、そうは思っていないみたいだ。

 ライスからは演技のようなものは感じない。

 どういうことだろう──?

 

「まあいい。それで、その馬車にいるのは誰なのだ?」

 

「そ、それは……」

 

 ライスが言いよどんだ。

 イザベラはまた苛ついてきた。

 

「言わんか──」

 

 声をあげた。

 

「……ピカロ様とチャルタ様です」

 

 些かの逡巡の後、やっと、ライスが言った。

 びっくりした。

 

「ピカロ殿とチャルタ殿というと、陛下の寵姫のか?」

 

 ピカロとチャルタといえば、確か、ロウの愛人である魔族のサキとともに、最近の王のお気に入りの女のはずだ。そのふたりがイザベラたちの監禁を指揮しているのか?

 

「はい」

 

 ライスは頷いた。

 だが、わけがわからない。

 どうして、国王の寵姫がそんな役目を……?

 

「つまりは、今回の総指揮は、彼女たちということか?」

 

 しかし、ライスは首を横に振った。

 

「おふたりは指図はなさいません。命令のようなものを受けたこともありません。某はただ、同行すると告げられただけです。実際、おふたりは同行すること以外のことはなさっておりません」

 

「ならば、お前たちはなんのために、繰り返し馬車に入っているのだ。報告によれば、それなりに長い時間、馬車の中で密談をしている気配だというぞ。わたしがなにも知らないと思って、隠すと身のためにならんぞ」

 

 イザベラはまた腹がたって来て、ばしんと手摺りを叩いた。

 すると、また、咳払いがした。

 アンだ。

 イザベラは息を吐いた。

 

「い、偽りではありません。本当に個人的な用件で入っていただけで……」

 

「ならば言え──。個人的な用事とはなんだ? わたしに対する忠義の誓いは嘘か──」

 

 イザベラは怒鳴った。

 ライスの顔は真っ赤だ。

 ただ、隠し事をしているのは明白なのだが、悪意のようなものは感じない。

 

「な、ならば、ここだけの話で……。じ、実は、なにを……」

 

「なに?」

 

 なにとはなんだ?

 

「で、ですから、なに、でございます。馬車の中で、某とピカロ様とチャルタ様がしていたのは、ちょ、ちょっとした大人の遊びでありまして……。も、もちろん、同意のうえで……。どちらかというと、誘われたというか……。どうか、このことはご内密に……。特に陛下には……」

 

 唖然とした。

 なにというのは、つまりは……なにか……?

 

 だが、ピカロとチャルタというと王の寵姫だ。

 そのふたりと、男女の行為をやっていた……?

 この男、正気か?

 わけがわからない。

 まったく理解できない。

 だいたい、なんのために王の寵姫が同行しているのだ? ライスがなにかを誤魔化している様子はない。

 こいつは、そんな腹芸はできん男だったと思う。

 とにかく、わからないが本人たちにも会ってみるか……。

 

「では、そのおふたりは、まだ離宮の外におられるのか? 離宮側に滞在してはどうなのだ。とりあえず、挨拶もしたいし」

 

 ライスたちの軍は離宮を囲むようにして、外で野営状態だ。

 王の寵姫がそこにいるとすれば、彼女たちもまた野営の中にいるということになる。

 とりあえず、離宮に招くしかないだろう。

 

「おふたりが戻り次第に、申し伝えます。ただ、おふたりは、数日前から離宮を離れておりまして」

 

 ライスは言った。

 どこに行っているのかと訊ねたが、ライスは知らないようだった。

 護衛も断り、ただ、ふらりといなくなったのだそうだ。

 寝泊りに使っていた馬車さえも置き去りだという。

 わけがわからない。

 王の寵姫ふたりが、馬車で半月も暮らしていたというのも驚愕したが……。

 

「と、とにかく、この話はご内密に……。ところで、なにか必要なものとかは……? 可能な限りに手配しますので」

 

 ライスが話題を変えるように、とってつけた感じで言った。

 仕方がない。

 これ以上、追及しても、ライスからはなにも返ってこないという感じだ。

 

「……では王都情勢の情報が欲しいな。わたしたちが出立してから、王都に変わりはないか? なにか変わったことは……」

 

 王がイザベラたちを王都から離したのは、その後になにかの行動を起こすつもりだったと思っている。

 ロウに対する王の苛立ちと怒りは、それなりに激しいものだったからだ。

 それが気になっていたから、わざわざシャーラを抜け出させて、王都を探りに行かせていたのだ。

 いまだに連絡はないが、まだ出立して四日目なので、もう数日すれば、シャーラも戻り、それなりの情報が入るだろう。

 この離宮は、外からの魔道が入り込まない処置が建物自体にされているので、魔道通信は遣えず、情報が入るには、シャーラの帰還を待つしかない。

 正直、王都の情報に飢えている。

 

「情報は某にも……。しかし、王都からではありませんが、近傍の城郭から食料等を運び入れる商人が定期的に参ります。次の訪問は五日後です。そのときには、真っ直ぐにこちらに向かわせましょう。商人だけに、なにかを知っているかもしれません」

 

「よろしく頼む」

 

 とりあえず言った。

 だったら、シャーラの帰還が早いか……。

 まあ、ここは陸の孤島のような場所だ。

 ライス自体に、なにも情報がないというのは本当だろう。

 

 イザベラはアンを見た。

 なにか訊きたいことがあれば、訊ねよという示唆だ。

 しかし、アンは小さく首を振った。

 イザベラが退出を促すと、ライスが一礼をして退出していった。

 

「どう思う、姉上? なんで、突然にいまになって?」

 

 イザベラが呼ぶと、離れた場所に座っていたアンが立ちあがって、こっちにやって来る。

 面白いのは、しっかりとノヴァがアンの手を握っていることだ。

 アンの侍女のノヴァだが、もはや主従というよりは対等の恋人という感じだ。

 それをアンも望んでいて、片時もノヴァを離さない。

 ロウがそれを強要していることもあるが、妊娠がわかってからは、イザベラたちの目をはばからず、堂々と密着している。

 

「さあ、アン様」

 

 アンはイザベラの右側の長椅子に座ったが、腰掛ける前にさっとノヴァが手を伸ばして、背もたれと座る部分のクッションを整え、支えるように腰かけさせている。

 ちょっと過保護じゃないかと思ってくすりと笑ってしまった。

 アンが座ると、さっとひざ掛けをお腹に置き、ノヴァもアンに寄りそうように座る。

 

「なんでというのは、ライス殿のこと?」

 

 アンが小首を傾げた。

 

「そうだ。しかも、忠誠の誓いだぞ。いままで、ずっと顔も出さすに無礼な態度を取っていた男が、突如としての謝罪だけじゃなく、王ではなく、わたしに忠誠を誓うそうだ。なんで、そうなのだ?」

 

「さあ、わたしにはわからないわ、イザベラ。ただ、あなたは王太女で、いずれは女王になるのだし、あなたに無礼なことをするのは、得策じゃないと思ったんじゃないかしら」

 

「だが、昨日と今日とで突然に態度が変わるなど、むしろ不気味だ」

 

「それは確かにそうね。でも、これで少しは王都のことが情報として入るわね。あなたは、そのことで苛ついてばかりだったから、よかったわ」

 

 アンが優し気に笑った。

 その笑顔にイザベラは思わず脱力して、もらい笑みをしてしまった。

 よくわからないが、このアンに接していると、本当に穏やかな気持ちになれる。

 このような優しい女性をキシダインは、乱暴に扱い、自分の客などに性奉仕することを強要したりしていたのだ。

 いまさらにして、柔和に笑っているアンに接すると、死んだとはいえ、キシダインに対する怒りが込みあがる。

 

 そのときだった。

 外に通じる呼び鈴が鳴り、誰かの来訪を伝えてきた。

 

「行って参ります」

 

 ノヴァが立ちあがって出ていく。

 しばらくしたら、戻ってきた。

 

「また、ライス様です」

 

 ノヴァが言った。

 

「ライスだと? なんだろう? さっき出ていったばかりなのに……」

 

 アンを見たが、当然ながらアンも首を傾げるだけだ。

 とりあえず、イザベラは通すように告げた。

 ノヴァがもう一度出ていき、すぐに、ライスとともにやって来た。

 

「さっきの今で申し訳ありません。たったいまのことですが、タリオ公国のエルザ妃からの、お祝いの品物が離宮に届いたと連絡がありました。それで、その品物を届けに来た使者が、殿下たちの面会を求めておるのです。実はおふたりを慰める芸人団というのも祝いの品のひとつでして……。いかがいたしますか?」

 

「まあ、エルザから?」

 

 すると、アンが横で歓声をあげた。



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331 意外な訪問者

「まあ、エルザから?」

 

 声をあげたのは、横にいたアンだ。

 エルザというのは、アンとイザベラの間になる姉妹であり、イザベラからすれば姉になる。

 アンとはほぼ同じ歳だ。

 ただし、三人とも父親はルードルフ王であるものの、母親は全員が異なる。

 

 アンの母親は、王妃のアネルザだ。

 死んだイザベラの母親も貴族だが、寵姫のひとりだった下級貴族の女であり、血だけのことであれば、アンがもっとも高貴な血を継いでいる。

 もしも、アンがほんの少しでも魔道力があれば、王太女はイザベラでなくて、アンに間違いなかっただろう。

 一方で、エルザの母親は、まったくの平民である王城の洗濯女だ。だが、エルザを産んだときに、産後の肥立ちが悪くて亡くなったそうだ。

 

 いずれにしても、魔道力のないアンとエルザは、早いうちから王位継承権がないのがわかっていたので、王宮の中で比較的のんびりと育てられた。

 それに比べれば、イザベラは幼い段階から、王位継承も期待され、一応は帝王学なども学んですごした。

 同じ王宮内でも、暮らした場所も環境も異なっているので、エルザとはあまり面識もない。

 

 三年前に、タリオ公国のあのアーサー大公に嫁いだのだが、エルザはあまり王宮の儀式や式典、遊宴の類いにも出席しなかったので、ほとんど会話すらしたこともない。

 まあ、その手の宴などには、イザベラもあまり出席してないが……。特に、キシダインとの後継者争いが顕著になってからは全くだ。

 

 とにかく、エルザについては、王女にしては型破りな女だったと承知している。

 博識であり、特に、王族のくせに、商売に関する知識に明るかった。平民の知人も大勢いて、その中には少なくない商人を数えた。また、イザベラの一代前の冒険者ギルド長は彼女だ。

 その人脈から、エルザは、シャーラをイザベラの侍女をやつした護衛に抜擢し、冒険者ギルドの副ギルド長にミランダを据えたりした。

 そして、アンとは随分と親しかったはずだ。

 年齢もイザベラとアンは五歳離れているが、アンとエルザは、アンが半年早いだけの同じ歳だ。

 随分と仲もよかったという。

 だから、エルザの名で、アンも思わず喜びの声をあげてしまったのだろう。

 

 それにしても、「お祝い」とは……。

 イザベラのことも、アンのことも、まだ国内にも公表されていない秘密のはずだ。

 そもそも、イザベラたちが、ノール海岸の離宮に滞在しているなどというのは、本来であれば、まだ外国が知るはずのない内容だ。

 それにも関わらず、ここに祝いの品を送りつけてくるとは、さすがに、タリオ大公というところだろう。

 まあ、美男子なのだが、あのしたり顔を思い出すと、苛つくものもある……。

 

「お祝いに加えて、芸人団と言ったか?」

 

 イザベラはライスに訊ねた。

 

「はい。品物を運んできたのは女の使者ですが、さらに芸人団も同行しております。全員が女ですが、しかし、まだ素性もわからず……」

 

 ライスは、その芸人団という連中を連れてくるのかどうか、迷っているみたいだ。

 

「イザベラ、お願いよ。訪問を許可してあげて。エルザのことを聞きたいわ」

 

 アンが言った。

 滅多なことじゃあ、アンはなにかを欲しがるとか、頼みとかをすることはない。

 そのアンのお願いは珍しい。

 イザベラは、ライスに使者を芸人団とともに、ここに呼ぶように告げた。

 

「わかりました。では、最小限の警備として五人ほどの王兵もここに入れます。その許可を」

 

「わかった。許可する」

 

「ありがとうございます」

 

 ライスがノヴァとともに去っていく。ノヴァは見送りだ。

 

「懐かしいわ。エルザも、どうしているのかしら。タリオ公国では苦労していると耳にするけど……」

 

 ライスがノヴァとともにいなくなると、アンが言った。

 

「そうなのか?」

 

 エルザの夫であるアーサーの男としての評判は、実はかなり高い。

 三公国と称されるタリオ、カロリック、デセオの三国は表向きは、ロムルスを祖とするローム皇帝が治めるひとつの国だが、事実上は各大公が治める三個の独立国だ。

 形式的には宗主が皇帝で、大公が皇帝の臣下になる。

 だが、実際にはその逆だ。

 皇帝直轄領は、タリオ公国の一部にあり、皇帝家が最小限成り立つだけの小さな領土を与えられているに過ぎない。それも、タリオ公国が認める範囲内での話だ。

 

 アーサーは、そのタリオ大公であり、年齢は三十二歳であり、実力のあるやり手の男だという評判を得ている。

 大変に優秀らしく、実績も残している。

 画期的な施策を連発し、彼の代になって公国は急激に発展して、三公国の中でも抜きんでた力を持つようになった。

 しかも大変な美男子だ。

 

 それが世間的な評判であり、本国のみならず、何度か王都も訪問したことがあるので、ハロンドールの王都でも人気が高いのだが、先日王都を訪問したときのイザベラの印象はあまりよくなかった。

 他人を見下す態度が時折あり、イザベラなども軽く見ているのが肌で伝わってきた。しかも、アンとの婚姻を打診してきたりして、面倒な男だった。

 

 そういえば、ロウとなにか諍いを起こしたらしく、ロウが準備した茶会に呼び出されて、ロウにからかわれていたっけ……。

 しかし、その茶会でイザベラは、みんなの前でロウから下着を奪われる辱しめを受けたのだ。

 思い出したら、身体がかっと熱くなってきた……。

 慌てて、頭の中のことを振り払う。

 とにかく、エルザの嫁いだタリオ大公というのはそういう男だ。

 

「女の夫としてはどうなのかしらねえ。そういえば、あの訪問の後で、改めて彼のことについて話題になったことはないわね……。あなたの印象はどうなの?」

 

「好きにはなれない感じだな。それに野心家だ。油断ならない男という印象だ。いわゆる、策を弄する手合いかな。世間の評判もあてにはならない」

 

「わたしの印象も同じよ。彼の女に対する言葉はうわべだけよ。わたしたちのご主人様とは違うわ」

 

「ご主人様か……」

 

 イザベラは思わず、頬を緩ませてしまった。

 ロウとはもう二箇月近くも会ってない。なんだかんだと、かなり濃密な関係を続けてきたので、これだけ会ってないと、やはり寂しい。

 

「姉上は、わたしの知らないアーサー大公の夫としての評判を知っているのか?」

 

 訊ねた。

 

「あなたの知らないことをわたしが知るわけがないわ。ただ、大公としての評判と、妻の夫としての評判は別のものだと思うだけよ。わたしも、あまりいい印象がなかったから……」

 

 アンが言った。

 そして、ぽっと顔を赤らめてはにかむように微笑んだ。あれは、なにかを思い出した顔だろう。おそらく、ロウのことだと思う。アンが前回、アーサーと会ったとき、ロウも一緒だったはずだ。

 

「夫しての評判か……。ふたりの妻がいるのだったな。ひとりはエルザ姉上で、もうひとりは大神殿の法王の孫娘で……名はエリザベートだったか……」

 

「彼はクロノスを自称しているそうよ。彼は自分の周りに女が集まるのが当然のように思っている男みたいね。嫌な男なのよ」

 

 アンが誰かのことを悪しざまに言うなどというのは滅多にないことなので、ちょっと驚いた。

 

「ライス様は、お帰りになりました」

 

 ノヴァが戻ってきた。

 すると、当然のようにアンの隣に座って手を繋いだ。本当に仲がいい。

 

「女好きの男であることが、姉上の忌諱(きき)に触れさせるとは思わなかった。女好きなら、わたしたちのロウも大変なものだぞ。想像だが、集まっている女はタリオ大公の比じゃあるまい。そして、クロノスだ」

 

 イザベラは笑った。

 すると、アンがちょっとむっとしたように口を尖らせた。

 

「ご主人様……ロウ様はそんなんじゃないわ、イザベラ。女好きだけど優しいわ。たくさんの愛をお持ちの本物のクロノス様よ。ねえ、ノヴァ?」

 

 アンは同意を求めるようにノヴァに声をかけた。

 もちろん、いまでもお互いに手を繋いでいる。

 それにしても、同じようにキシダインに惨い目に遇った者同士として、以前からふたりの仲がいいのは知っていたが、人前ではもっとノヴァも遠慮気味だった。

 だが、いまはあからさまに、ふたりはお互いの愛を示し合う。

 

 こうしたのはロウだ。

 なにしろ、ロウはアンとノヴァの快感の共鳴とやらで、お互いの性感が相手にも伝わるように淫魔術を刻んだり、日に何度というように相互自慰を強要したり、はたまた、食事から着替え、身体の洗浄、それこそ、厠の後の始末まで、自分ではなく相手にやってもらわないとできないというような淫魔術を刻んだりしていた。

 

 そんな風に、あの手この手で心を通わせるように強要された結果、アンとノヴァも人目をはばからずに、くっつき合うようになったみたいだ。

 特に、ロウから今回の旅立ちに際して、なにかを贈られたようだ。それがなにであるのか、何度訊ねても教えてくれないのだが、ロウが旅立って以降、この離宮に向かうために、王都郊外で合流したときには、ふたりは人目を憚らずにくっつき合う関係になっていた。

 

「はい。あたしもそう思います、アン様。ロウ様こそ、本物のクロノス様ですわ」

 

 ノヴァもはっきりと言った。

 イザベラは苦笑した。

 

「別にロウのことを否定しているわけじゃない。ただ、同じ女たらしじゃないかと思っただけだ。もちろん、わたしはアーサーには男としての興味は持ってない」

 

 しかし、アンは首を横に振った。

 

「どうやら、王太女であるあなたに集まる情報と、神殿預かりになっていただけの元王女では、同じ評判でも集まるものが違っているようね。わたしのところに集まるタリオ公の評判は、あまりいいものじゃないわ。もちろん、大公としての評判じゃなくて、女から見た男しての評判ね」

 

「女からの男としての評判か?」

 

「彼は女を愛さない男なのよ。エルザも何度か手紙を送ってきたわ。彼に愛されないと嘆いていたわ。まあ、結婚したばかりのときの話だけど……。でも、このあいだ、わたしの近状を報せる私信を送ったときも、そんなに変わりはないみたいだった。エルザはこの婚姻ははっきりと失敗だったと書いていたわ」

 

 アンとエルザに手紙のやり取りがあったのは知らなかった。

 いずれにしても、アンが珍しくも感情的に他人の悪口を口にするのは、どうやら、先回のアーサーとの面談だけではなく、エルザとの手紙を通じて、タリオ公にいい印象を持っていないことも、あるみたいだ。

 

 だが、イザベラは、政略結婚というのは、そういうものだと思っている。

 愛のある結婚の方が王族には贅沢だ。

 ルードルフとアネルザ──。

 キシダインとアン──。

 イザベラの知っている王族の婚姻というのは、むしろ愛など存在しない。

 

 そのとき、訪問者がやってきたことを示す呼び鈴が鳴った。

 ノヴァに、ここまで入室させるように指示した。

 アンから手を離して、ノヴァが出ていく。

 しばらくすると、五人の王兵が緊張した様子で入ってくる。

 

「失礼いたします」

 

 五人のうちの長らしき将校がイザベラに敬礼をした。

 

「うむ、よろしく頼む」

 

 イザベラは立ちあがって敬礼を受けた。その将校の指示により、五人が壁に張りつくように警備の態勢をとった。

 

「使者の方々がお入りになります」

 

 ノヴァが顔を出す。

 イザベラは頷いた。

 すぐに五人ほどのローム式の女の装束に身を固めた五人ほどの若い女がやって来た。五人とも顔に薄い網目の布を垂らしていて、表情はよくわからない。

 また、荷を運ぶのは五人のうちの四人で、ひとりはなにも持っていない。

 彼女たちが美しい布を拡げて、運んできた荷をまずは並べだす。

 美しい布や工芸品、あるいは美術品の類いのようだ。

 ひとりが前に出て床に両膝をついて座り、他の四人は後ろに並ぶように同じ姿勢をとる。

 両膝をつくのは、女性が貴人に対して行う最大限の儀礼である。

 

「このたびは、おめでとうございます。タリオ第二公妃のエルザより、おふたりへのささやかなお祝いの品物と、それとは別に芸人団の一座をご持参いたしました」

 

 前に出ている女が俯かせいた顔をあげるとともに、顔の前の布をめくって、頭の後ろ側にやった。

 

「えっ?」

「なんでじゃ?」

 

 アンとイザベラは揃って声をあげた。

 使者だと思い込んでいたその女が、紛れもなく、さっきまで話題にしていたエルザそのものだったからだ。

 

「エルザ、どうして、ここに?」

 

 アンが声をあげた。

 エルザが悪戯っぽく笑った。

 

「わあ、アン、久しぶり。色々あったみたいだけど元気そうでよかったわ。イザベラ様、ご無沙汰しております。エルザでございます」

 

 エルザがさっと立ちあがって、アンに駆け寄ると、アンに屈みこむように抱擁した。

 さらに、エルザは、アンとの抱擁を終えると、今度は、入ってきた扉側に立っていたノヴァに駆け寄っていき抱きついた。

 

「あなたがノヴァね。手紙で聞いているわ。アンの特別の人だと知っているわよ。アンをずっと守ってくれて、ありがとう」

 

 どうやら、アンの受けたキシダインからの仕打ちについても、アンとノヴァの関係についても、事情を承知しているようだ。

 

「あ、あのう、は、はい……」

 

 ノヴァも目を白黒している。

 

「待て――。お前たち、警護はよい。さがれ――。別室に待機せよ――。これらは信用のできる者だ。それと指示があるまで外に出るな」

 

 イザベラは警護の兵に言った。

 立ち入った話になると予感がしたのだ。ここに、タリオ大公のアーサーの妃であるはずのエルザが来るなど尋常ではない。しかも、使者に変装してきたのだ。

 場合によっては、あの兵たちには箝口令が必要だ。

 警護の兵は当惑気味だったが、重ねて命じると今度は素直に出ていった。

 部屋から兵がいなくなったところで、イザベラは口を開いた。

 

「エルザ姉上、どうしてここに?」

 

 確かに、エルザだ。

 王族としては型破りで気さくな性質であり、これも平民腹のせいだと散々に嫌味を言われ続けていた。

 だが、平民腹といっても、彼女は生まれながらの王室暮らしであり、しっかりと王族教育は受けている。

 エルザがこうやって極端にざっくばらんな態度をとるのは、性格なのもあるが、平民の妾の子であることを逆に活用して、相手を油断させて警戒を解くという彼女なりの人心掌握術であることをイザベラは知っている。

 こんな風に行儀を崩すが、やろうと思えばエルザは、完璧に儀礼や立ち振る舞いをやってのける。

 それはともかく、タリオ公国にいるはずの公妃がなぜここに……?

 

「これはご挨拶が逆順になってしまった無礼をお許しください。このたびはおめでとうございます。タリオ公に成り代わり、おふたりにお祝いの品物をご持参いたしました」

 

 すると、エルザがさっとイザベラの前に来て、両膝を床につけた。

 しかも、馬鹿丁寧に頭をさげている。

 イザベラは手を振った。

 

「やめよ、姉上。とにかく、座ってくれ。どういうことか事情を説明してくれ……。それにしても、よくぞ、わたしたちのことを知っていたものだ。タリオの情報網はすごいな……」

 

「いえ、それについては、わたしにもよくわかりません……。ただ、大公は大勢の諜者を使っているようですね」

 

 タリオ大公が独自の諜報網を持ち、その情報の力で一気に国力を増大させたというのは、内々にはかなり有名な話だ。

 だが、国内でもほとんど知る者もいないはずの、イザベラとアンの妊娠のことを知ったというのは、その情報力は噂以上のようだ。

 

「ところで、そっちの者はもしかして、使者ではなく姉上の侍女たちか?」

 

 イザベラはいまだに贈り物の前で床に両膝をついている女たちに視線を向けた。

 

「使者でもあり、侍女たちでもあります。許可を受けて、しばらくの滞在をお許しいただければ嬉しいですわ、イザベラ様」

 

 エルザがにこにこと微笑んだ。

 普通の姉妹のようにアンと同じ場所で育ったエルザは、アンとは完全に気さくに会話をする間柄だ。それに比べれば、イザベラとの態度は、育ちが別だったということもあり、また、早くからイザベラが王位継承権の上位だったということで、いつも一線を敷いたものだ。

 だからといって、距離があるというわけじゃなく、エルザはアンと同じように、イザベラにも親しく接してくれていた。

 

「そ、それはもちろん、エルザ姉上……」

 

 イザベラはとりあえず言った。

 

「エルザ、でも一体全体、どうして、あなたがここにいるの?」

 

 アンが言った。

 

「家出じゃないわよ。大公の許可を受けて、あなた方のところに来たんだから……。というよりも、イザベラ様のところにね。わたしは、イザベラ様をその気にさせよという指示で里帰りを許されたというわけです」

 

「その気……って、なんじゃ?」

 

 イザベラは首を傾げた。

 すると、エルザはちょっと顔を曇らせた。

 

「……ああ、その感じじゃあ、やっぱり聞いていないのですね。まあ、わたしの忠告はあんな男は、やめておけということですけど。でも、女側の一存で自由になることでもないですしねえ……」

 

「なんのことじゃ? なんの指示を受けて、大公からこっちに送られたのじゃ?」

 

 公妃としての立場でなく、使者と称してやって来た理由は知らない。

 ライスの物言いでは、彼女自身がタリオ公妃などとは思ってもいなかったようなので、女使者に扮して、ここにこっそりとやって来たのだろう。

 しかし、家出のたぐいではないようだ。

 ちゃんと許可を受けて、ここに来たと言っている。

 

「では、その話は後でしましょう。皆さんが知らないのであれば、ちょっと、ここではまだ……」

 

 エルザは、自分が連れてきた侍女たちにちらりと視線を向けた。

 どうやら、他言をはばかる内容のようだ。侍女には詳しくは教えてないのだろう。

 

「わかった。すぐに場所を準備する」

 

 イザベラは言った。

 すると、エルザがイザベラとアンに詰め寄るように、身体を前に出した。

 

「ああ、だけど、これだけは教えて。もう、我慢できない──。ちっとも情報は入らないし、それらしい噂すら出てこないし……。ねえ、イザベラ様とアンのお腹にできた子のお父さんは誰なんですか? これをちょっとでも早く知りたくて、一番早くあなたたちに会える方法でやって来たのよ」

 

 エルザが感極まった口調で言った。

 そのときだった。

 廊下には、エルザが連れてきた芸人団というのが待機しているので、扉が開いたままになっていたのだが、そこから咳払いのような音が聞こえてきた。

 エルザがそっちを見る。

 

「ふふふ、早く入れろと焦れてるわね……。では、イザベラ様、同行した芸人団をご紹介しますね……。彼女たちは、あなたのところの将軍を出し抜く必要があったから、わたしが連れてきたのですよ……。さあ、あなたたち、いいわよ――」

 

 エルザがイザベラの返事を待つことなく、扉に向かって叫んだ。

 道化師のような面と服装をした女たちがどやどやと入ってくる。

 

「ああ、やっと会えました、姫様――」

「姫様――」

「姫様、会いたかったです――」

 

 道化師の格好の女たちがイザベラに駆け寄りながら感極まったように声をあげた。また、歩きながら一斉に面を外す。

 

「ヴァージニア――。お前たち――」

 

 イザベラは叫んでしまった。

 道化師の服装をして入ってきたのは、王都を出るときに別れたままだった王太女付きの女官長のヴァージニアと侍女たちだ。

 彼女たちがわっと歓声をあげて、イザベラに集まってきた。

 

 だが、なぜ道化師?



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332 侍女団合流

「姫様──」

「姫様、やっと会えました」

「姫様あああ」

 

 女官長のヴァージニアと九人の侍女たちが一斉にイザベラに群がってきた。

 中には、感極まって泣き出す者もいる。

 イザベラは、彼女たちが華やかで派手な道化師の装束を身に着けていることもあり、圧倒されつつも困惑してしまった。

 いずれにしても、彼女たちがやってきてくれて、こんなに嬉しいことはない。

 なにしろ、彼女たちはただの侍女たちではない。

 キシダインとの抗争の中で暗殺の危険と王宮内で疎外された孤独と戦ってきた同士であり、戦友であり、なによりも、ロウというひとりの男に愛される仲間であり、もはや、家族だ。さらに、最近では、拡大したイザベラの政務を支える優秀な幕僚団でもある。

 

 イザベラが王太女になるにあたり、一介の王女だった生活は一変し、多大な業務をイザベラもこなさなければならないようになった。

 王太女府も正宮殿内に設置され、生活場所もそこに移動して、ティナ宮と呼ばれる王宮敷地内の離宮からこの侍女たちごと移った。

 当初は、本来の官吏がイザベラに付けられる話もあったのだが、やはり、イザベラは、キシダインが専断をしていた時期に、イザベラに見向きもせず、むしろ、キシダインがイザベラを阻害し、あまつさえ、暗殺しようとすることに、積極的、あるいは、消極的に関与してきた彼らを信用して、一緒に業務をする気にはどうしてもなれなかった。

 もちろん、政務を行うには、官吏たちを使いこなすことは必要であり、実際にそうしている。

 ただし、それと生活の大部分を共有する子飼いの部下にするという話は別だった。

 だいたい、ロウそのものが、昼夜を問わずに、“ほっとらいん”で跳躍してやってくるので、事情を知らない者を近づけたくないということもある。

 

 いずれにせよ、イザベラの業務は、ヴァージニアと侍女の彼女たちで十分にやっていけた。

 王太女の業務をするにあたり、ヴァージニアを始めとする侍女たちのかなりの者が、あのロウの精を受けることによって、官吏に必要な能力を突然に発揮できるようになっていたことに気がついたのだ。

 

 それどころか、業務をすれば、そこらの官吏よりも、余程に優秀にそれをこなしてしまう。

 とにかく、イザベラ侍女団は、そのままイザベラの侍女として王女としてのイザベラの世話をしつつ、王太女としての政務業務を行う官吏ということになった。

 

 ロウの精を注がれることにより、見た目の美しさと女としての色香を得た彼女たちは、それだけで王宮から注目を浴びるようになったのに、さらに、本来の官吏たちより業務をこなし、しかも、難しい案件も洗練された解決策を提示し、書類業務も完璧で、なによりも業務処理能力が正確で速い彼女たちは、あっという間に、イザベラが王太女として参加するようになった王宮で確固たる地位を得るようになった。

 本来の業務の担い手の中心であるはずの国王のルードルフがなにもしないこともあり、王太女になるとともに、次第にイザベラがアネルザとともに王国政務の中心ということになったのだが、それにより、イザベラ侍女団もまた、王宮業務の中心という地位になったということだ。

 

 成り手がなく、下級貴族や平民から集めるしかなかったイザベラの侍女たちが、いまや、王宮のもっとも華やかで忙しい政務の担い手だ。

 しかも、全員女である。

 

 いまのハロンドールの王宮は、イザベラの女官長であるヴァージニアと侍女が支える王宮だ。少なくともイザベラはそう自負していた。

 なによりも、彼女たちを頼りにしていた。

 だから、誘拐されるようにして、このノールの離宮に連れて来られたときは寂しかった。

 心細かった。

 なによりも、彼女たちのことを心配した。

 だから、嬉しい。

 再会できて心の底から安堵した。

 

 だけど、なんで道化師の面と装束を?

 しかも、よく見れば、装束の腰から下はズボンではなくスカートであり、随分と丈が短い。

 ヴァージニアでさえも、太腿の半分以上が剥き出しであり、美しい生脚を露出している。

 どうして、こんな格好なのだろう?

 

「あらあら、これじゃあ、話は少し落ち着いてからにした方がいいようね。アン、わたしと、それと同行の者は、当分お世話になるわ。部屋に連れて行ってくれない。それと、タリオからの贈答品は運んでおくわ。どこに持っていけばいいか教えて」

 

 エルザだ。

 彼女は自分が連れてきた女たちに命じて、運んできた贈答品を運び出している。

 

「ふふふ、部屋だけはたくさんあるのよ。案内するわね……。ところで、あなたは、なぜ使者のひとりに紛れてきたの、エルザ?」

 

 アンが声をかけている。

 

「特に意味はないけど、正式の公妃の旅になれば、面倒だからよ。ただの使者なら、公的なしがらみは省略できるもの」

 

「あなたらしいわね……。イザベラ、こっちはいいわよ。あなたは、ヴァージニアさんたちとお話するといいわ……。それと、別室で待機している王兵は外に出すわね。一応は訪問者のことを口にしないようには言っておく……。ノヴァ、一緒に来て──」

 

 アンが声をかけてきた。

 エルザたちを案内するように、部屋の奥側の扉に向かっていく。

 また、見ていると、ノヴァがすかさず寄って、さっとアンの手を握っている。

 アンも嬉しそうに微笑んだ。

 エルザがちょっとだけ奇異の視線を向けるのがわかった。

 仲がいいとは承知していたと思うが、王女と侍女が人前で手を繋ぐのは常識的にはあり得ない。

 だが、アンとノヴァには、他人の視線などまったく気にしないという強い絆と心ができたみたいだ。

 この離宮にやってきてからも、ふたりは始終くっついている。

 

 全員が出ていく。

 部屋はイザベラとヴァージニアと侍女たちだけになった。

 

「ああ、本当に嬉しいです、姫様。よかった。お元気そうで……。どんなに心配したか……。嫌なことはなかったですか? あの酷い将軍に意地の悪いことなどされませんでした?」

 

 イザベラに取りついて、薄っすらと涙まで浮かべているヴァージニアが顔を赤らめてイザベラに声をかけてきた。

 勘がよく、周りに気を使うことができるヴァージニアには珍しく、エルザたちやアンが出ていったことに気がついた感じがない。

 ほかの侍女たちも同様だ。

 それだけ、感情が高まっているのだろう。

 

 イザベラは立ちあがって、椅子からおりた。

 そして、床の上に座ろうとした。

 行儀が悪いが、ロウはイザベラのところに毎夜のように夜這いに来ており、そのときには、椅子ではなく、床の上に全員がロウとイザベラを中心として、車座になるのがもっぱらだった。

 イザベラたちにとっては、慣れた態勢なのだ。

 

「あっ、待ちください。腰を冷やしては……。クッションを……。あれっ、ほかの方は?」

 

 ヴァージニアが慌てたように声を出したが、やっと、部屋からエルザたちがいなくなっていることに気がついたみたいだ。

 イザベラは笑ってしまった。

 

「あ、あのう……。姫様、どうか、これを……」

 

 長椅子からクッションを持ってきてくれたノルエルがイザベラの腰の下にそれを差し出す。

 ノルエルは、もともとは侍女ではなく、下働きとして王宮にやってきた商家の娘だ。年齢は十六歳。

 

 ただ、当時はキシダインだけではなく、王妃アネルザもイザベラを疎んでいたので、主立つ貴族は、たとえ王宮務めであっても、イザベラに侍女を差し出すことを嫌った。

 それで人数集めのために、このノルエルを始めとする幾人かが小間使いや下働きから引きあげられ、イザベラの侍女に抜擢された。

 ノルエルは、とても優しい性格であり、ちょっと大人しい。

 ロウがやって来たときには、元気なトリアと一緒に抱かれるのを専らにしている。

 彼女のゆっくりとした喋り方に接するだけで、イザベラは落ち着いた気持ちになれる。

 それでいて、仕事をさせると、誰も思いつかないような豊かな発想に溢れた案などを口にしたりする。

 侍女としては、特に優秀という感じではなかったが、勘もよくて、官吏としてはかなり優秀だ。

 

「ありがとう」

 

 イザベラは、そのクッションの上に座った。

 すると、わっと侍女たちが、イザベラを囲むように床に座り込んだ。

 

「ところで、お前たちの話を教えてくれるか? わたしとアン姉上については、それほどのことはない。ここに連れて来られて、完全に隔離されていた。外のことはまったくわからん。ただ、ライス将軍とは、たったいま和解したところだ」

 

 イザベラは言った。

 

「まあ、じゃあ、あの意地悪のライスは、やっぱり姫様に酷いことを──? 和解という限りは、それまでは仲違いしていたということですよね」

 

 ヴァージニアが険しい顔をした。

 彼女は、イザベラに向き合うように正面に座っている。ただ距離はなく、膝と膝が密着している。

 

「酷いことというほどでもないな。ただ、閉じ込められていただけだ。実のところ、あいつの顔を見たのは、さっきが最初だ。お前たちが、エルザ姉上と一緒に来たまさに直前だ。重ねて言うが、もう問題ない。ライスからは忠誠の誓いを受けたぞ」

 

 イザベラは笑った。

 

「忠誠の誓い……。剣の誓いですか?」

 

 ヴァージニアは、納得いってないみたいだ。

 しかし、「意地悪のライス」などと呼び捨てにするくらいなので、ひと悶着くらいあったのは間違いないだろう。

 

「ところで、王都のことが聞きたい。わたしが王都を出立してから、なにがあったのか教えてくれないか? 知ってる範囲でいい」

 

 イザベラがそう言うと、ヴァージニアたちが困った顔になった。

 

「どうしたのだ?」

 

「申し訳ありません。そうですよね……。姫様にとっては、王都のことをなによりも知りたいと思うのが当然でした……。ここに来るにあたって、少しでも情報を集める努力をすべきでした……。申しわけありません、姫様……。実は、わたしたちが王都を出たのも、姫様が連れていかれた日とほぼ同日なのです。実際には翌朝ですが……。だから、わたしたちも、王都のことはなにも知りません」

 

 ヴァージニアが頭をさげた。

 だが、イザベラは不思議に思った。

 だったら、半月も前ということになる。しかし、王都からノールの離宮までは、イザベラたちは三日で到着した。

 ほぼ同時に、ヴァージニアたちが追ってきたとすれば、彼女たちはそのあいだ、どうしていたのだろう。

 

「……ところで、シャーラは?」

 

 ヴァージニアだ。

 以前は、ヴァージニアもシャーラも、お互いを“殿”を付けて呼び合っていたが、いまは呼び捨てになった。

 ふたりだけでなく、ほかの侍女たちも、お互いを呼び捨てにするようになったみたいだ。イザベラの侍女たちは、下級とはいえ貴族もいるし、平民もいる。だが、毎夜のように、裸になってロウという男に抱かれていたのだ。一緒に抱かれることは日常だ。恥ずかしいことも、はしたないところも、全部互いに見ている。

 性癖や性感帯まで知っているのだ。

 潮吹きや失禁まで見られている。

 壁を作れというのが無理な話だ。

 

 ただ、さすがに、侍女たちは、シャーラのこととヴァージニアに対しては、丁寧な喋り方をする。

 まあ、それだけだ。

 一方で、イザベラのことは全員が“姫様”と呼ぶ。

 イザベラはもう諦めている。

 もしかしたら、こいつらは、イザベラが女王になっても、“姫様”と呼びそうだ。イザベラは、彼女たちだけには、それを許そうと思っているが……。

 

「後で詳しく話すが、実はシャーラは、外に出している。こっそりとな。四日ほど前のことだ。王都の情報を集めるように指示している。そろそろ戻ってもいい時期だが、戻るのは、まだ数日後かもしれん」

 

「そういうことですか……」

 

 ヴァージニアはが頷いた。

 

「ところで、お前たちのことを教えてくれるか? まずは、その色っぽい道化服はどうしたことだ? こうやって座ると、下着まで見えそうだぞ」

 

 イザベラは笑った。

 そのとおり、正面に崩した正座で座るヴァージニアからは太腿のあいだの下着がちらちらと裾から覗いている。

 

「まあっ」

 

 ヴァージニアが顔を赤くして、裾を引っ張って股間の下着を隠した。

 それにしても、ロウの女になって、一番変わったのは、ヴァージニアだろう。

 色気もなにもなかった中年女が、突如として髪をおろした色香溢れる美女に変わったのだ。

 周囲の者は、ヴァージニアが突然に化粧をして、髪型を変えたからだと思っているだろうが、ロウに精を注がれた影響だ。

 肌は瑞々しくなり、顔も姿態も外観の美しさが加わるように変化したのだ。

 いずれにせよ、あのヴァージニアがいきなり美しくなったことについては、「王太女府の奇跡」と称されて、しばらくのあいだ、王宮の者の口の葉に乗らない日はなかったようだ。

 

「わたしたち、盗賊に襲われたんですよ、姫様」

 

 すると、トリアが口を出した。

 イザベラはびっくりした。

 

「盗賊? 無事だったのか?」

 

「いえ、まったく無事じゃありませんでした。みんなで王都を出て、その日の夕刻に、突然に街道で二十人ほどの盗賊団に襲撃され、結局、全員ばらばらになってしまって……」

 

 トリアがさらに語った。

 彼女は男爵家の出であり、侍女たちの中ではもっとも積極的で好奇心も強い。十八歳。

 考えてみれば、最初に侍女たちがロウに抱かれたとき、イザベラの侍女を続けるのは、ロウの精を受けるのが条件だと申し渡すと、最初に手をあげたのがトリアだった。

 それはともかく、盗賊に襲われたという告白に、イザベラは目を丸くした。

 

「ヴァージニア様とユニクとデセルが捕まってしまって……。連中の根城に連れていかれたんです」

 

「ええっ」

 

 イザベラは声をあげた。

 そして、三人に視線を向ける。

 

「大丈夫だったのか?」

 

 まあ、ここにいるということは大丈夫だったんだろうし、見た感じ怪我もないようだが……。

 

「大丈夫じゃなかったですよう、姫様。連れていかれるや、あっという間に服を剥がされて、全裸にされて、身体のあちこちを見られて……。恥ずかしくて死にそうでしたあ」

 

 ユニクが言った。

 彼女は、子爵家の娘であり、ちょっと甘えた感じで喋る。これで、侍女団では年齢が高い方で二十二歳なのだ。ただ、外見は童顔ということもあり、そうは見えない……。

 しかし、なかなかの調整力も持ち主であり、他部署に跨る面倒な案件でも、彼女があいだに入れば、上手い具合に落としどころを見つけて、案をまとめてくる。

 王太女府の侍女団としては、なくてはならない存在だ。

 

「お、犯されたのか?」

 

 おそるおそる訊ねた。

 だが、それには、ヴァージニアは首を横に振った。

 

「それはなんとか……。というよりは、輪姦されそうになったんですけど、ロウ様の刻印がわたしたちを守ってくれました。何ノスも身体を弄られましたけど、結局、犯されることだけはなく、檻に入れられました……。まあ、闇奴隷として売るつもりだったらしくて、傷つけられることだけはなかったです」

 

「でも、ヴァージニアさんは、頭領に目をつけられて、連れていかれたんですよお。あれ、問題なかったんですかあ」

 

 ユニクがヴァージニアに言った。

 

「問題なくないわよ。思い出させないで……。あの連中、犯せないとわかったら、縛りつけてから、何度も口で……。うう……。ロウ様……。うう……」

 

 ヴァージニアが口惜しそうな顔になった。しかも、思い出したのか涙目になっている。

 イザベラは、慌てて、それ以上訊ねるのをやめた。

 

「それで、どうやって助かったのだ?」

 

「それで、モロッコを中心に連中が寝静まるのを待って、盗賊団の根城に飛び込んだんです。ノルエルの案で根城の一画に火をつけて放火し、連中が慌ててそっちに向かうのを確認して、反対側から……」

 

 トリアが口を挟んだ。

 

「はあ?」

 

 なんということを……。

 

「それで助かったのだな? だが、そういうときには王軍を呼ぶべきであろう。お前たちだけで襲撃するなど」

 

 イザベラは苦言を言わずにはいられなかった。

 なんという危ないことを……。

 

「姫様、わたしたちは王宮を逃亡してきたんです。王宮を出奔する許可は受けていません。実際、盗賊団から逃げだした後、王軍直轄領の城郭まで逃げ、庇護を求めました。でも、なぜか、わたしたちは手配されていたらしく、そこでも逮捕されそうになり……」

 

「なんだと──」

 

 イザベラは声をあげた。

 ヴァージニアたちの手配書……?

 

「姫様、そういう意味では、わたしたちも、どうして手配されるという状況になったのか、まったくわかりません。それは、確かに、王宮から逃げるように、姫様を追いかけてきましたが……」

 

 ヴァージニアが言った。

 イザベラは唸った。

 確かにわけがわからない。

 まあ、シャーラさえ戻れば、なにかわかるだろうが……。

 

「だが、それでどうなったのだ? まさか、捕縛された王軍も襲撃したのではないだろうな?」

 

 イザベラは訊ねた。

 しかし、どうでもいいが、波乱万丈ではないか。

 よく、ここまで辿り着いたな……。

 

「それは、クアッタが一生懸命に自分たちはただの旅芸人だと説明して……。決して、手配されている王宮からの逃亡者ではないと主張を……」

 

 トリアだ。

 イザベラは、クアッタに視線を向けた。

 いまは黙っているが、実は彼女はとてもお喋りだ。

 また、とても説明が上手だ。

 王太女府からの複雑な案件を各部署に説明するときには、いまはクアッタを使う。少なくとも、それで相手に話が通じないということはない。

 

「だが、それで旅芸人の装束を? しかし、なぜ旅芸人などと?」

 

「いえ、姫様、違います。旅芸人は単なる思いつきで、そのときには、本当に旅芸人の恰好をするつもりはなかったんです。だけど、女が十人一緒に歩いてるなんて、女芸人の一座か、娼婦団くらいしか思いつかなかったんです。でも、じゃあ、芸を見せろと言われて、困ってしまって……」

 

 クアッタが自嘲気味に笑った。

 そのときのことを思い出したのだろう。

 

「じゃあ、なんの芸をしたのだ?」

 

 イザベラは、次から次へと出てくる話に、ちょっと面白くなってきた。

 できれば、自分もそっちがよかったと思ってしまった。

 まあ、いまは大切な時期なので、暴れるなどはできないが……。

 

「それは、ヴァージニア様が……」

 

 クアッタが言い淀んだ。

 ヴァージニアだと?

 この真面目女がなにかの芸をするのか?

 

「色仕掛けで、地方軍の警備隊長をたぶらかしたんです。油断させて、昏倒させて、またまたみんなで逃亡を……」

 

 トニアが横から言った。

 ヴァージニアがちょっと顔を赤らめた。

 

「色仕掛けなあ……」

 

 少し前のヴァージニアなら、色仕掛けなど通用しないだろうが、いまのヴァージニアなら、男なら誰でも油断するかもしれない。

 四十女のくせに、二十代でも通用しそうな見た目の若さなのだ。

 

「でも、色仕掛けとは失礼よ、トニア。ちょっと脚を見せて、鼻の下を伸ばして油断したところを蹴りとばして、気絶させただけよ」

 

「蹴りとばした?」

 

 イザベラは思わず言った。

 

「男のあそこですよ、姫様。凄かったですよ。とにかく、そいつがヴァージニア様に手を出そうとしてたから人払いしてたんですけど、そいつを縛って閉じ込めて、裏口からみんなで逃亡して……」

 

 トニアが笑いながら言った。

 

「軍営からか? よく逃げれたな」

 

 イザベラは感嘆してしまった。

 すると、クアッタが再び口を開いた。

 

「まあ、城郭からも、なんとか逃亡はできたんですけど、そのときに、荷を置いていかざるを得なくなって……。わたしたち無一文になったんです。でも、セクトが大活躍だったんですよ──」

 

「セクトが?」

 

 セクトもまた男爵家の娘だ。二十二歳。

 もともと料理好きだったのもあり、ロウに支配されてからは、調理能力が覚醒した。

 宮廷の厨房係は別にいるから、始終ではないが、時折、セクトの料理や手作りの菓子を振る舞ってもらうことがある。

 とにかく、セクトの料理は大変な美味だ。

 王宮料理人でさえも、かなわないだろう。

 

「そのう……。辿り着いた次のサイモンの城郭の城壁外にある庶民用の食堂で、“くれいぷ”というお菓子を作らせて売らせてもらったんです。それが評判になって……」

 

 セクトが言った。

 サイモンは、王国の東側地域の中規模都市だ。ノール城に少し近い。

 だが、くれいぷ?

 なんだ、それ?

 

「くれいぷとはなんだ?」

 

「ロウ様に教えていただいたお菓子です。小麦粉を牛乳、バター、砂糖、卵を溶いて、温めた平らな石の上で焼いて生地を作り、そこに果物を挟んで食べるんです。それがとても評判になって……」

 

「本当に、美味しいんですよ、姫様──。城郭側からたくさん買いに来たりして……。とにかく、店の主人も大喜びでした。アムイゼンという商人があいだに入って、城郭内でも売ることになったんです」

 

「売るって、サイモンの城郭でか?」

 

「はい。それで、わたしたちはそれのレシピを渡す代わりに、ここまで辿り着く路銀をやっと手に入れました。売り上げの一部ももらったし」

 

 トリアがにこにこしながら言った。

 だが、イザベラはちょっとだけ、顔を険しくしてしまった。

 

「そんなものは知らんぞ。ロウに教えてもらったとはなんのことだ?」

 

 イザベラは言った。

 すると、なぜか侍女たちがどっと笑った。

 もしかしたら、食い意地を見破られたのかもしれない。顔に出ていたか?

 

「ロウ様は以前に、仕事でお作りになったことがあるとか……。ほかにも、寝物語でいろいろな料理のことを教えていただきました。くれいぷは、早速、作らせていただきます。材料さえあれば」

 

 セクトが微笑みながら言った。

 

「ライスに申しつけて揃えさせる」

 

 イザベラは断言した。

 

「そして、ここに来る途中に、本当の旅芸人の一座と出逢うことができたんです。たまたま、方向も一緒だったんで、ある程度の事情も打ち明けて、その旅に同行して、こっちに向かってきました。それで各地の関所も通り抜けられました」

 

 ヴァージニアが言った。

 なるほど、手配書が回っていることがわかったので、関所を誤魔化すために、本当に旅芸人に潜りこんだのだと納得した。

 うまいやり方を見つけたものだ。

 

「一座ではこの恰好でみんなで踊りを……。踊るときには顔を隠して、そして、この面を外して、もう一度踊るんです。結構、受けました」

 

 ヴァージニアが笑った。

 なるほど、受けるだろうなあと思った。

 どんな踊りか知らないけど、面をしているあいだは、道化師だと思っていたのに、面を外すと、これだけの美女集団だ。

 こいつらが、いまみたいに生脚を出して踊れば、男客に受けないはずがない。

 

「だけど、結局、その芸人団の団長がとんでもないやつで、わたしたちを逃がさないように服を隠したんです。この道化服だって、いつの間にか、どんどん丈を短くするし……。それでまた逃げ出したんです、姫様」

 

 トリアが憤慨したように言った。

 

「……とにかく、わたしたちの手配書がどれくらい浸透しているのか判断もできず、迂闊に、名乗るのは危険と思い、ノール城の守備をしている一隊には、最初は身元を隠して接触しました。だけど、冷たく追い返されてしまって……」

 

 ヴァージニアが言った。

 

「いつのことだ?」

 

 実はもう少し前に来てくれていたのだ。

 そう思うと、ライスに対する恨みのようなものが沸き起こる。

 

「三日前です……。それで、次いで、今度はわたしとモロッコだけで、ライスを直接に捕まえて、身元を明かし、姫様のところに連れて行ってもらえるように頼みました。だけど、斬られそうになって……」

 

「なんだと──。あいつ、そんなことは申しておらんかったぞ──。それは本当か──。わたしの女官長だと聞いたうえで、斬ろうとしたのか──」

 

 イザベラは激昂して声をあげた

 だが、モロッコが口を開いた。

 モロッコは騎士爵家の娘であり、まだ十五歳だ。

 実家のテンプル家は武門の家であり、代々優秀な軍人を輩出している家柄だ。

 モロッコは、幼いころから剣技の修業に励んで鍛錬を続けていたが、やはり、男にかなう技量を得ることはできずに、騎士になることから挫折して、侍女として王宮にやってきた。

 ところが、ロウの精を受けて、それだけで剣技が格段にあがり、今度はそこらの男騎士でも敵わないくらいに強くなったみたいだ。

 

「でも、なんだか様子が不自然でした。どことなく、心あらずという感じで……。まるでなにかに、取り憑かれていたみたいな感じでした」

 

 モロッコが言った。

 

「取り憑かれていた?」

 

 なんのことかと思った。さっき話したライスからは、そんな印象は受けなかったからだ。

 しかし、もしかしたら、なにかの原因でライスはおかしくなっていて、やっと正気に戻って、イザベラのところに今朝やって来た?

 

 そういうこともあるか?

 イザベラは疑念を抱いた。

 まあいい……。

 これも、後で確かめれば、なにかわかるだろう。

 

「そして、偶然にも、ノール城の外で、エルザ様たちと出逢いました。わたしたちはこんな格好しているので目立つし、エルザ様の顔はわたしも知っておりましたので……。だから、一緒に連れてきてもらったということです。お陰で、やっとライスを出し抜けました」

 

 ヴァージニアだ。

 彼女の王宮勤務は長い。

 当然、ヴァージニアは、エルザが宮廷にいた頃から知ってただろうし、もしかしたら、エルザも飄々とした素振りで、結構注意深いこともあるので、ヴァージニアのことを知っていたのだろうか……?

 いや、ないな。

 昔のヴァージニアと、いまのヴァージニアは見た目が違いすぎる。

 

「いずれにしても、大変な冒険だったのだな。だが、来てくれて嬉しい。なによりも寂しかった。これからも、わたしを助けてくれ」

 

「もちろんです、姫様──」

 

 ヴァージニアが応じ、ほかの侍女も一斉に声をあげた。

 

 







 *


【くれいぷ】


 ハロンドール地方西部のサイモン市が発祥の菓子料理。考案したのは、ハロンドール王国末期時代のアムイゼンという名の商人。
 初期のものは、小麦粉に牛乳とバターと砂糖を溶かした生地を丸い円盤状の鉄盤で薄焼きにし、果実などを包み込んで食べるが、現在では甘いクリームや氷菓子など様々なものを包む。
 伝承によれば、兇王ルードルフの娘であり、ロウ=サタルスの妻にして、ハロンドール副王のイザベラが、王太女時代に兇王ルードルフの命令によってノール離宮に幽閉された際、現地で庶民の料理に偶然に接して、宮廷に取り入れたとされる。
 なお、菓子の名の由来については、伝承が残されていない。


 ユーミール著『世界のお菓子とその由来』より


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333 クロノス談義

「ロウ=ボルグ卿?」

 

 エルザは懸命に記憶を呼び起こすような表情をしていたが、しばらくしたところで、微かに目を細める仕草をした。

 

「もしかしたら、ボルグ卿というのは、アネルザ王妃の愛人だという噂の冒険者あがりの子爵ですか? そういえば、もっとも新しい(シーラ)・ランクの冒険者でしたっけ……? ああ、そうか――。思い出しました。あのロウ=ボルグ……卿か……」

 

 エルザは首を傾げながら言った。やっと記憶が繋がったみたいだ。

 イザベラは、手で口を隠しながら笑った。

 

「タリオ内にはアネルザ王妃の愛人と伝わっているのか……。おかしなことだ。あのアーサーは、わたしがロウの愛人であることを知っておるぞ。むしろ、まったく誤解のしようがないようなことをして、アーサーに見せつけたのだ。わたしではなく、そのロウがな」

 

 イザベラは笑った。

 国内でもほとんど知られていない、イザベラとアンの妊娠のことを知り、しかも、王命によって、ふたりが王都からこのノールの離宮に移動させられていたことを承知していたのだから、それなりの情報収集力があるのだろうが、なぜか、アーサーはロウがアネルザをはじめとして、多くの女を愛人に持つクロノスであるということを公にしなかったみたいだ。

 その理由は不明だが、もしかしたら、なかなかに自尊心の高そうな男だっただけに、ロウをクロノスを認めるのが嫌だったのかもしれない。

 いずれにしても、エルザには、イザベラとロウの関係のことは伝わっていなかったみたいだ。

 

「まあ、アーサー大公は、わたしなんかには、諜報部の情報は渡しませんからね。わたしが知っているのは上っ面の情報です」

 

「別に揶揄ったわけじゃない、エルザ姉上。気に障ったなら謝る」

 

 イザベラは言った。

 ここは、ノールの離宮のうち、イザベラの寝室である。

 横には大きな寝台があり、その横にある小さな卓に、イザベラ、アン、エルザの三姉妹に加えて、ヴァージニアとノヴァの五人がいる。

 

 ヴァージニアと一緒にやって来た侍女たちは、もう休んでいる。エルザの侍女たちもだ。

 特に、ヴァージニアたちは、話半分でも、大変に波乱万丈な冒険談だったみたいであり、かなり疲れていた。

 しばらくは働いていたが、ここに辿り着いたことで疲労が溢れ出てしまったらしく、見ていてつらそうだったので、イザベラは今夜は早く休むように命令して、すでに与えられた居室で就寝している。

 だいたい、彼女たちには服がない。

 丈がおそろしく短い派手な道化服で侍女として働く彼女たちの姿は、はっきりいって、滑稽でちょっと扇情的だ。

 とにかく、服を急いで調達してもらったので、数日中には全員の服も揃うはずと思う。それまでは、仕方がないので、あの道化服で働くのだろう。

 とりあえず、ヴァージニアだけには、シャーラの私服を貸して着させている。背丈は合ったが、胸はヴァージニアがずっと大きいので、そこだけは少しきつそうだ。

 

 また、ヴァージニアについては、ここに来てもらった。

 どうしても、他聞をはばかることというエルザの言葉であり、重要そうな話になりそうだったので、申し訳ないが無理をして参加してもらった。

 

 それはともかく、ライスには、箝口令を徹底しろという指示とともに、ここにエルザと侍女たち、さらに、ヴァージニアたち侍女団の合流を教えた。

 ヴァージニアたちに斬りかかったというのだから、秘密にすることも考えたが、食料ひとつとっても、調達量が異なってくるから、そういうわけにはいかない。

 ライスはびっくりしていたが、承知もしたし、王都へ秘密にすることも約束した。

 そして、驚いたことに、道化師の格好をした侍女たちを追い払ったことも、ヴァージニアに直接に話しかけられて、斬りかかったことも、まったく覚えてなかった。

 これには、イザベラも驚き呆れた。

 ライスがヴァージニアに斬りかかったときに、そばにいたモロッコは、そのときのライスがなにかに取り憑かれていた雰囲気だと言っていたので、本当にそうかもしれないと判断するしかない。

 ライスには、惚けている様子は全くなかった。

 当事者のヴァージニアも、ライスの反応には、首を傾げるばかりの様子だった。

 

 ところで、この寝室を話し合いの場に選んだのは、この寝室の方がノールの離宮の中でもっとも、防諜性が高い場所だからだ。

 なにしろ、こっちは夜の営みの声も外には聞こえないように、特殊な構造になっている。

 アンたちの寝室も同じようになっているはずだが、もちろん、イザベラもアンも妊娠初期であり、そんなことはしない。

 ロウに夜な夜なの百合行為を強要されているアンたちもさすがに自重しているようだ。

 いや、しているはずだ……。

 

「気になど障っていませんよ、イザベラ様。ただ、あの男の女扱いは、そういうものだと言っているだけです。根本的に、女を軽く見ているところがあるのでしょうね。女を信用してないんです。だから、重要な情報をわたしたちに渡すなんてことはないんですよ。それでいて、格が高くて、有能だと言われている女を手元に集めたがっているんです」

 

 エルザが応じる。

 イザベラは苦笑せざるを得なかった。

 

「どうしたの? なにがおかしいんですか?」

 

 イザベラが笑っていることに気がついたのだろう。

 エルザがイザベラの顔を見て、眉間に皺を寄せた。

 ところで、エルザには、もっと砕けた言葉遣いをして欲しいと頼んだのだが、それはきっぱりと断られた。

 イザベラは、ハロンドール王国の王太女であるし、そういうわけにはいかないというのだ。

 まあ、その辺りは、エルザのこだわりなのだろう。

 イザベラも、あまり強く強要するのはやめた。

 

「いや、もうこの部屋に入って二回目。夕食のときにも三回くらいは、エルザ姉上は、アーサー大公の悪口を口にしてたぞ。余程に嫌いなのかと思ってな。だが、エルザ姉上の夫であろう」

 

 イザベラは笑いながら言った。

 どうでもいいが、エルザがアーサー大公に、まったく尊敬の念を抱いていないというのは、よくわかる。

 エルザは、別になにかの思惑があったり、謙譲の気持ちで、アーサーをさげているわけではなさそうだ。

 言葉の端々に棘がある。

 

「わたし、そんなにアーサー大公のことを悪く言ってる?」

 

 エルザがアンを見る。

 アンがころころと笑い声をあげた。そのアンは、相変わらず、横に座っているノヴァと手を繋いでいる。

 そして、ノヴァは、こうやって話をしていても、ずっとアンを見ていて、いまもアンが笑ったことで、心からの嬉しそうな笑顔をした。

 本当に仲がいい。

 

「そうね。口にしているかもしれないわね」

 

 アンは言った。

 

「そう──。だったら、あまりにも日頃から鬱憤が溜まっているから、口に出るのかしら……。だけど、夕食といえば、イザベラ様のところの侍女の料理って、すごかったわねえ。あの“くれいぷ”という食後の菓子も最高だった──。あれ、また食べれるのかしら?」

 

 エルザが急に思い出したように言った。

 

「セクトに言っておきます。あれは、随分と簡単に作れるみたいですよ。それに、セクトには、まだまだ、ロウ様に教えてもらった料理や菓子があるみたいです。ここでは、執務もないし、特にすることもないので、ほかの菓子も作ると思います」

 

 ヴァージニアが笑顔で言った。

 エルザが嬉しそうな顔になる。

 

「あの侍女さんの料理を口にできるだけでも、アーサー大公から、ここに派遣されてよかったわ。一緒に来た四人も、彼女の料理に喜んでいたし」

 

 エルザは笑った。

 

「まあ、ここに来たのは、アーサー大公のご指示だったの、エルザ?」

 

 アンがエルザに言った。

 

「そういうことね。でも、ちょっと待って、アン──。わたしのことはなんでも話すわ……。だけど、先にわたしの好奇心を満足させて。夕食のときにも、ずっと訊きたいのを我慢していたんだから……。ねえ、イザベラ様の子の父親がロウ=ボルグ卿という方だということはわかったけど、アンのお腹の子の父親は誰なの? それとも、それは秘密のこと?」

 

 エルザがアンに顔を向けた。

 確かに、好奇心がいっぱいで堪らないという表情だ。

 

「別に秘密じゃないわ。まだ、公表されていないだけよ。この子の父親もロウ様よ、エルザ」

 

 アンが言った。

 すると、エルザは目を丸くした。

 

「ひええっ、なら、王陛下が怒るはずねえ──。つまりは、王妃の愛人であるボルグ卿が、あなたたち姉妹まで孕ませたということ?」

 

「孕ませたというのは下品な物言いだが、まあ、そういうことになるな。だが、言っておくが、アネルザ様の愛人であるロウが、わたしたちを愛してくれたわけじゃないぞ。わたしとアンの相手だったロウがアネルザ様も恋人にしたのだ」

 

 イザベラは言った。

 すると、アンが口を挟んだ。

 

「ちょっと違うかもしれないわね……。まずは、イザベラが最初で、次がお母様。わたしたちはその後よ」

 

「ああ、そうか……。だったら、わたしたちが愛人になった順なら、まずはシャーラ、次にわたし、そして、王妃様に、姉上とノヴァか」

 

 イザベラが言うと、エルザがさらに驚いた顔になった。

 

「はあ? シャーラって、そういえば、今日はいないけど、わたしが、イザベラ様の侍女にした、エルフ族の女魔道戦士の、あのシャーラですよね?」

 

「いまは、護衛長だ」

 

「そんなのはどうでもいいです──。じゃあ、そのボルグ卿は、王妃様やあなた方姉妹、そして、それぞれの筆頭侍女と身体の関係を持った挙句に、あなたがたふたりを妊娠させたということ?」

 

「あのう、わたしも、ロウ様の愛人です。わたしだけじゃなく、今日一緒にやって来た侍女の全員が……」

 

「ああ、そうか。順番は、シャーラ、わたし、王妃殿下、ヴァージニアたち、そして、アン姉上とノヴァか」

 

 イザベラは言い直した。

 

「えええええっ」

 

 すると、エルザが大きな声をあげた。

 

「ほかにも愛人は大勢いる。むしろ、会った女はすべて愛人にするというところもある。エルザ姉上も気をつけることだ」

 

 イザベラはからかった。

 だが、エルザは顔を険しくしたままだ。

 

「なんて、鬼畜男なの──」

 

 そして、憤慨したような声をあげた。

 

「そ、そんな……。ロウ様は鬼畜なんかじゃありません──」

 

 珍しくもノヴァが口を挟んだ。

 ロウの悪口を言われて、我慢できなかったのだろう。

 

「そうだな。言葉だけ並べていると、確かに鬼畜のような感じがするな。でも、エルザ姉上、わたしたちは、心からロウを慕っている。それに、わたしもそうだし、アン姉上やノヴァのことを助けてくれたのもロウなのだ」

 

 イザベラは言った。

 

「ご主じ……いえ、ロウ様は素晴らしいお方よ、エルザ」

 

 アンだ。

 

「わたしたち姫様のお世話をする者たちも、ロウ様に精を注いでいただいたお陰で……。いえ、なんでも……」

 

 ヴァージニアだ。

 おそらく、ロウの精が女の能力や外見の美しさなどを引き起こすことを口に仕掛けたのだと思う。

 しかし、さすがに、いま口にするのは時期尚早だと思い直したのだろう。途中で口を閉ざした。

 

「んっ? んっ? なになに?」

 

 エルザが目聡く、ヴァージニアを見る。

 

「なんでもありません。ただ、わたしたち十人も、ロウ様をお慕いしています。それだけは申しておきます。そして、ロウ様は決して鬼畜な方ではありません。わたしたち、女を大切にしてくれます」

 

 ヴァージニアがきっぱりと断言した。

 

「そもそも、わたしと王妃様のことだって、ロウがいなければ、いまのようないい関係にはならなかった……。同じ男を愛したことで、わたしたちは、いまのような関係を築けたのだ」

 

 イザベラはもう一度口を挟んだ。

 

「ふうん……。そんなに言うなら……。でも、そういえば、わたしがいた頃には、犬猿の仲だったイザベラ様と王妃様が最近では昵懇だという噂は耳にしていました……。だけど、全員が同じ相手を? ヴァージニアさんたちも含めて? 多すぎない?」

 

 エルザは信じられないという顔をしている。

 確かに多いのだろうな。

 だが、おそらく、ロウの女で、ロウを独占したいと考える女は皆無だろう。あの絶倫の相手をひとりでするなど、イザベラなら恐怖しか抱かない。 

 

「彼はクロノスだ。大勢の女を愛する男だ。そして、それだけの甲斐性がある」

 

 イザベラはきっぱりと言った。

 エルザは嫌そうな顔になった。

 

「クロノスなんて、名乗るのは碌な男じゃないわ。タリオ公がそうだもの。いわゆる、釣った魚には餌をやらないという男ね。わたしのことなんて、ハロンドール王の血を引いているが、平民腹じゃあ、片輪者だとはっきりと言うし、エリザベートのことだって、王族じゃないからって、第三公妃とは名ばかりで、側女扱いだし、可哀想で……」

 

「向こうでは苦労しているのか、エルザ姉上?」

 

 そういえば、エルザがタリオ公とはうまくいっていないというのは、直前にアンから耳にした。

 確かに、随分とエルザも不満が溜まっている気配である。

 また、エリザベートというのは、アーサーのもうひとりの公妃であり、同じタリオ公都にあるティタン教総本山の法王の孫娘だ。確かに、法王はどの王族や貴族の血も引いていない。

 

「まあ、苦労というほどでも……。相手にされないだけだし。まあ、はっきり言って、もう夫婦生活も二年くらいないわ。そもそも、わたしたちふたりがいるのに、第一公妃が欠で、第二公妃と第三公妃って、どこまで馬鹿にしているのよ──」

 

 エルザが吐き捨てるように言った。

 イザベラは言葉を挟もうと思ったが、イザベラの人生経験では、うまく言葉を紡ぐことはできない。

 

「落ち着きなさいよ、エルザ……。とにかく、ロウ様はそんな方じゃないわ。そもそも、クロノスだと呼んでいるのは、わたしたちの方で、ロウ様はただの一度もご自分をクロノスだと称したことはないわ。ねえ、ノヴァ?」

 

 すると、アンが口を挟んだ。

 

「はい、その通りです」

 

 ノヴァも大きく頷く。

 

「だけど、本当にクロノスなんです、エルザ様」

 

 ヴァージニアもはっきりと言った。

 すると、ちょっとエルザも落ち着いた感じになった。

 

「まあ、そんなに言うなら、そうなんでしょうね……。でも、だったら大変ね。これからどうするのよ。ボルグ卿のこと……。というよりも、彼はあなたたちのことを知っているのですか?」

 

 エルザがアンとイザベラに視線を向けた。

 アンが口を開く。

 

「まだ、知らないわ、エルザ……。ちょっと、冒険者ギルドのクエストで国外に行っていて、その間に発覚したことだから……。でも、わたしは、ロウ様には素晴らしいものをもらったと思っているわ。わたしとノヴァの命をもらい、幸せをもらい、今度は子供まで……。ねえ、ノヴァ?」

 

「はい、わたしたちの大切な子供です」

 

 ノヴァがアンに寄り添うようにしながら、うっとりと微笑みながら言った。

 

「わたしたち?」

 

 アンとノヴァの特別な関係までは知らないエルザがちょっとだけ、怪訝な表情になっている。

 

「とにかく、もうロウ様にはこれ以上、なにも欲しいとは言えないし、ロウ様がどうするのかは、ロウ様次第ね。わたしはそれに従います」

 

 さらに、アンが続けた。

 

「そうだな。ロウがこの子供の父親になりたいというのであれば、なって欲しいし、困ると言うなら無理強いはしない。子供はわたしたちで育てられる。それに、夫や父親という肩書があろうと、なかろうと、わたしたちを愛してくれるだろう」

 

 イザベラも笑んだ。

 しかし、エルザはちょっと困ったような表情になった。

 

「まあ、幸せそうだし、それはそれでいいと思うけど……。とにかく、わたしはあなた方の味方よ……。大公の方は大丈夫よ……。でも、だったら、なおさら、どうするつもりなんですか、ボルグ卿のこと……。国外にいるなら、もう、ハロンドール王国には戻れないでしょう?」

 

 エルザが言った。

 イザベラは首を傾げた。

 

「戻れない? なんでだ?」

 

 イザベラの言葉に、エルザは逆にびっくりしたみたいだ。

 

「なんでって……。もしかして、それすらも知らないの?」

 

「知らないとは、なに、エルザ?」

 

 アンが横から言った。ヴァージニアやノヴァも怪訝な表情をしている。

 すると、エルザが大きく息を吐いた。

 

「だったら、もしかして、教えない方がいいのかもしれないけど……。でも、言うわ。あんまり動揺しないでよ……。さっき、名前を教えてもらったときに、記憶が繋がったんだけど、確か、ハロンドール王は、王国全土にロウ=ボルグ卿の手配書を回しているわ。入国次第に捕縛せよと……。それだけじゃなく、タリオ公国を始め、三公国にも捕縛協力の要請が来てる。わたしが思い出したのは、それがあったから……」

 

「なんじゃと──」

 

 イザベラは激昂して叫んだ。

 王都から離して、ここにイザベラとアンを隔離したことから、なにかを企んでいるとは思っていたが、ロウに手を出そうとしているのか──。

 

 だったら、こうしてはおれん──。

 とりあえず、王都に戻らねば……。

 イザベラは立ちあがった。

 すぐにでも、王都に戻って、ロウへの捕縛命令など取り消させないといけないと思ったのだ。

 しかし、エルザがしがみついてきた。

 

「ごめん、ごめんなさい、イザベラ様。興奮しないで……。ああ、やっぱり、教えるべきじゃなかったのかしら……。わたしもうろ覚えだし……。とりあえず、落ち着いて。お腹の赤ちゃんにも障るから……」

 

 エルザが泣きそうな顔になった。

 

「そうね、イザベラ……。落ち着きましょう。とりあえず、お母様に連絡を……。事態を把握しましょう。それに、きっとなんとかしてくれるわ。通信は禁止されているけど、昼間のライス殿の態度なら書簡くらいは届けられそうだし……」

 

 アンが口を挟んだ。

 それもそうかと思った。

 いずれにしても、ロウは不在であり国外だ。

 真実だとしても、まだ時間はある。

 シャーラも王都から戻ってくれば、なんらかの情報を携えてくるだろう。

 

「そうだな、姉上。王妃様に連絡をしてみよう」

 

 イザベラは言った。

 だが、エルザは眉をひそめている。

 

「……あっ……。もしかして、アネルザ様のことも……知らない? まあ、あっちは、ただの夫婦喧嘩だろうから、問題ないと思っていたけど……」

 

 エルザが言った。

 

「王妃様がどうかしたのか?」

 

「お母様になにか?」

「教えてください──」

 

 イザベラだけでなく、アンとヴァージニアもエルザに詰め寄るかたちになった。

 

「お、教えるけど……。でも、あまり、興奮しないでよね。あなたたち妊婦さんなんだから……」

 

「早く言え──」

 

 イザベラは怒鳴ってしまった。

 そのときだった。

 

 寝室の隅に置いている“ほっとらいん”の姿見が光り出したのだ。

 ここに移送されるにあたって、なにを置いても、持ってきた品物がこれだ。

 ずっと、イザベラの王宮内の寝室に置いてあったものであり、この姿見とロウの屋敷が転送術で繋がっていて、ちょくちょく、この鏡からロウがやってきて、夜這いをしてくれていた。

 離宮に持って来て、同じ効果があるかどうかはわからなかったが、ここからロウが出現するような気がして、携行せずにはいられなかったのだ。

 王宮から、さらわれるように連れてこられるとき、これについては、ライスの兵に頼んで、荷に紛れさせてもらった。 

 

「アン様、姿見が……」

「うん、イザベラ、もしかして──」

 

 ノヴァとアンが喜びを響かせた声をあげた。

 イザベラも期待した。

 もしかして、ロウが……。

 

「えっ、えっ、えっ?」

 

 ヴァージニアは焦った様子で髪を手櫛で直したり、シャーラから借りている夜着を整えたりしている。

 イザベラも期待するところもある。

 なにしろ、王太女府に隣接されている私室にいるとき、この姿見が光るときには、必ず、ロウがそこから現われるのであり、そして、腰が抜けるほどに、ロウがイザベラたちを可愛がってくれる合図でもあるのだ。

 

 そして、姿見から人が出現した。

 

 最初に出てきたのは、王の寵姫のサキだった。

 次いで、シャーラ──。

 さらに、見知らぬ少女と童女──。

 最後に王妃のアネルザが出てきた。

 

 ロウではなかった。

 ちょっとだけ失望した。

 まあ、確かにそうか……。

 ロウが戻るには、まだまだ一箇月以上の時間が必要なはずだ。

 こんなに早く戻るわけがない。

 しかし、なんだ、この組み合わせは?

 

「王妃様、どうしてここに? それにサキ殿も……。シャーラ、どういうことだ? お前が王都からおふたりを連れてきたのか?」

 

 イザベラは言った。

 だが、シャーラは首を横に振る。

 

「連れてきたのではなく、連れて来られたというか……。それと、王都には行っておりません。行けなかったんです。でも、王都の状況はわかりました。ちょっと大変なことになってます」

 

 シャーラが言った。

 

「ええっ、王妃様──? どうしてここに──? 王都の監獄塔に囚われていたんじゃあ……」

 

 エルザが声をあげた。

 アネルザもまた目を丸くしている。

 

「それは、わたしの台詞(せりふ)だよ──。タリオ公国にいるはずのお前がなんでここにいるんだい──。ああ、そういえば、お前、アーサーから離縁状を突きつけられたって話だけど、もう、そうなったのかい? それとも、ついに、家出してきたかい?」

 

 アネルザが言った。

 イザベラはびっくりした。



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334 狂騒の前兆

「……そういえば、お前、アーサーから離縁状を突きつけられたって話だけど、もう、そうなったのかい? それとも、ついに、家出してきたかい?」

 

 突然に、“ほっとらいん”の姿見から、アネルザを始めとして、シャーラとサキが現われ、まずは、エルザがここにいることに気がついたアネルザが声をあげた。

 

「へえ、耳が早いですねえ、王妃様……。だけど、離縁はまだですよ……。現段階では、タリオ大公の公妃です。第一公妃なしのね……。ここにはイザベラ様を説得すると告げて出てきたんです。一応許可もらいました。家出じゃありません」

 

「許可? あのアーサーは、もうお前の帰国を許したのかい?」

 

「そうですね。アーサー大公も、最早、わたしには価値なしと判断したみたいで、勝手にしろという感じでした。意外にもあっさりと里帰りの許可をもらえてしまって……」

 

 エルザが笑った。

 イザベラは驚いてしまった。

 一方で、アネルザが豪快に笑い始めた。

 

「とにかく、もう、戻んなくていいよ。あんな唐変木に、お前なんか勿体ない。二度と帰るんじゃない。男同士で勝手に決めやがって……。イザベラは、あれとは結婚などしないが、お前も戻る必要なんかないよ。タリオとは縁切りだ」

 

「それはいい事かもしれませんね、王妃様」

 

「待って、エルザ──。それはどういうことなの?」

 

 アンだ

 いつも落ち着いているアンにしては、珍しく気色ばんだ口調だ。

 

「……まあ、これから説明しようとしたんだけど、アーサー大公からは離縁を突きつけられたわ。ハロンドール国王も認めていることとしてね……。まあ、わたしとしては、向こうから離縁を言い渡されたことだけが不本意だけど、せいせいしたわ……」

 

「まあ、エルザ……」

 

 アンは唖然としている。

 

「心残りは、エリザベートを残してきたことよねえ。まあ、彼女は彼女で、うまくやってもらうしかないけどね」

 

 エルザがさらに言った。

 イザベラも目を丸くしてしまった。

 

「それはどういうことなのだ、エルザ姉上──。離縁というのは──?」

 

 そして、声をあげた。

 すると、エルザが困ったような表情になった。

 

「うーん、わたしから説明してもいいですけど、さっきの様子では、イザベラ様はなにも知らないみたいだし、ここでは部外者のわたしが、勝手なことを言うよりは、王妃様から、説明を伺った方がいいと思いますよ」

 

 エルザがイザベラに視線を向けていった。

 すると、アネルザが口を挟んできた。

 

「お前は、もう部外者じゃないよ。タリオには戻らないと決まったからね……。しかし、どうでもいいが、あのアーサーは、駄犬となにかを喋ったということで、もうイザベラを手に入れたつもりなのかい?」

 

「まあ、そんな感じですね」

 

「はっ――。そうはいくものかい――。あの馬鹿の約束事なんて無効だ──。いずれにしても、エルザ──。お前は今日からハロンドールの王室に戻るんだ」

 

「まあ、王妃様──。そう言ってくれて嬉しいです。じゃあ、わたし、しばらく病気になりますね。タリオから問い合わせがあれば、とりあえず、そう返し続けてください」

 

「わかった。いずれにせよ、イザベラとの婚姻も、アンの結婚も許すつもりはないからね。そうなれば、慌てて、お前に帰還指示が来るだろうけど、あれの情に絆されて戻るんじゃないよ」

 

「情なんて……。わたしは偽者(にせもの)だそうですから」

 

「偽者?」

 

 アネルザが首を傾げた。

 

「母親が貴族でないわたしは、王女の偽者だそうです。大公からは、これで偽者は不要だって言われました。イザベラ様を説得するくらいなら、役に立つだろうとか言われて……」

 

「あいつ、手に入れた女の扱いはよくないという評判は耳にするけど、そんな失礼なことを言うのかい──」

 

 アネルザが憤慨したように怒鳴った。

 どうやら、アネルザもまた、エルザたちの夫婦仲のことは、ある程度のことを承知していた気配だが、それよりも、いまの会話がどういうことなのか確認したい。

 

「ま、待ってくれ、王妃様、エルザ姉上──」

 

 いきなり喋り出したエルザとアネルザに、イザベラは割って入るように口を挟む。

 

「そうですよ、王妃様。ところで、どうしてここに? タリオ公国では、国王命令で収監されたと耳にしたんですが……」

 

 エルザだ。

 そういえば、さっき、そんなこともエルザが漏らしていた……。

 

「収監? お母様どういうことですか?」

 

 アンも声をあげた。

 アネルザが苦笑した。

 

「体調に障るから落ち着きな、アンもイザベラもね……。まあ、順に話すさ。まずは座ろうか。収監は本当さ、アン……。実をいうと、まだ、わたしは王都の監獄塔の最上階にいることになっている。手っ取り早くいえば、脱走してきたのさ。このサキの手引きでね」

 

「脱走?」

 

 イザベラが声をあげた。

 

「まあ、収監そのものが、こっちの策のようなものだからねえ」

 

 アネルザがまた笑った。

 すると、サキがアネルザを制した。

 

「話はちょっと待て……。こっちを片付ける。おい、チャルタ──」

 

 寵姫のサキが少女に向かって声をあげた。

 イザベラは、普段知っているサキとの口調の違いに驚いた。寵姫として後宮にいるときには清楚で落ち着いた感じだし、イザベラたちとともにロウに抱かれるときには、ロウに甘える感じもあるが、いまはそのどちらとも異なる。

 なんとなく、とても苛立っている雰囲気だ。

 しかし、なんだかこっちが素という感じでもある。

 また、少女がチャルタらしい。このチャルタは、ピカロとともに、彼女も最近の王のお気に入りの寵姫のひとりであり、今日の昼間、この離宮行きの警護隊に同行していたと言われたばかりだ。

 

「はい、サキ様──」

 

 チャルタという少女が直立不動の姿勢になった。

 彼女は、身体にローブ一枚を巻いた姿だ。寵姫の雰囲気は皆無だ。

 

「案内はご苦労だった。もう、王都に戻っていい──。お前もピカロとともに、わしの部下のラポルタの指示を受けろ……。ところで、直接に転送してきたからわからんかったが、ここの警護責任者だというライスという男については、ちゃんと処置したんだろうな?」

 

「もちろんだよ、サキ様──。ところで、ねえ、王太女様、はじめましてだよね。チャルタです」

 

 寵姫──チャルタらしいが、彼女がイザベラを見た。

 

「は、はじめまして……」

 

 とりあえず言った。

 それにしても、随分とざっくばらんで砕けた物言いだ。

 イザベラも圧倒されてしまうものを感じる。

 

「将軍のライスだけど、ちゃんと謝りに来た? そうなるように洗脳し直したんだけどね。もう、王太女様の言いなりだよ。なんだったら、性の相手でもさせたらいいよ。歳くっているけど、その分、ねちっこくていい味出すし、あそこもちょっといいもの持ってるし……」

 

「この馬鹿垂れがあ──」

 

 サキがスカートを舞いあがらせて、もの凄い蹴りをチャルタに叩き込んだ。

 まるで蹴り球のように、チャルタが壁に叩きつけられる。

 イザベラは目を丸くした。

 

「処置したんなら、お前にはもうここに用事はない。さっさと行け──」

 

 サキが怒鳴った。

 

「はい──。じゃあ、皆さん、さようなら」

 

 チャルタが姿見に飛び込んで消えた。

 イザベラは唖然とした。

 一方で、もうひとり小さな童女がいるが、その子はちょっと疲れたように、部屋の隅に歩いていき、そのまま壁にもたれて寝てしまった。

 

「あのう、この方は誰です?」

 

 エルザがサキを見て言った。

 

「んんっ? お前こそ、誰だ──?」

 

 サキがエルザを睨みつけた。

 

「わたしの娘さ。血は繋がってないけどね」

 

 アネルザが笑った。

 とにかく、座ろうということになり、椅子を運び込んだ。卓に新たにアネルザとサキとシャーラが加わる。

 

 まずは、お互いに何者かを紹介し合った。

 サキに対し、エルザについてはイザベラたちの姉妹だと説明し、妊娠のお祝いにタリオ公国からこっちにやって来たのだと説明した。

 エルザには、サキが自ら王の寵姫だと自己紹介し、さらに、やはりロウの愛人だと口にしたので、エルザは目が点のようになった。

 部屋の隅で居眠りをしている童女のことに言及はなかった。

 まあ、後で説明してくれるだろう。

 

 次いで、アネルザが口を開いて、王都の事情を簡単に説明してくれた。

 イザベラは改めて、驚いてしまった。

 それによれば、やはり、ルードルフ王がイザベラとアンのふたりを妊娠させたロウのことに激怒して、全土に手配書を回したことは真実だった。

 それどころか、捕縛次第に王都に連行して、絞首刑にすると息巻いているらしい。

 このことに抗議をしたアネルザは、王の逆鱗に触れた感じになり、監獄塔に収監されたとのことだ。

 しかし、脱走してきたというから、さらに驚きだ。

 また、重なって行われた重税や商家の大量捕縛による流通の混乱などで王都も乱れ、小さな暴動も多発しているらしい。

 それが、アネルザが王都を脱走してくる直前の状況とのことだ。

 暫く不在していたあいだに、なんという事態になっているのだろう。

 

「まあ、問題ない。こっちのことは任せておきな。お前たちは、しっかりと体調を管理することに専念するんだ。ただ、これに絡んで、またルードルフが余計なことを始めたんで、それを教えておこうと思ってね。タリオからもちょっかいが来るかもしれないしね。あっ、もう来てるんだね」

 

「そういうことです。わたしがタリオ公国大公アーサーの名代です。ハロンドール王がイザベラ様と大公の婚姻を認めたことをお伝えするために、わたしが派遣されたということです。説得というか、因果を含めるというか……」

 

「ほう、お前の役目は、アーサーの名代だったのかい? 説得役?」

 

「できれば、イザベラ様についても、気持ちよく承知する方がいいですからね。ちなみに、アーサー大公は、わたしが彼を愛していると思っています。だから、どんなに理不尽なことを要求しても、言いなりになると信じてます。だから、離縁することを決めているわたしをイザベラ様の説得に出すんですよ。まあ、説得したいとわたしから申し出たんですけど……」

 

 エルザが笑った。 

 

「へえ、知らなかったね。あいつとお前は政略だろう。愛だの恋だのというのを信じてるのかい、あの坊やは?」

 

「彼が女を愛することはありませんけど、女が自分に惚れるのは当たり前と思っていますからね……。ところで、まだ、イザベラ様とアンに、ほんの少しだけ聞いて、はっきりと教えてもらえなかったんですけど、もしかして、少し前に、大公がハロンドールの王都に来たとき、あいつ、イザベラ様に振られたんですか?」

 

「アンにも、イザベラにも、こっぴどく振られたというか、相手にもされなかったさ。こいつらには、すでに相手がいるからね」

 

 アネルザが豪快に笑った。

 

「それが、ロウ=ボルグ卿ですか?」

 

 エルザだ。

 とても複雑そうな表情をしている。

 まだ、愛人があまりにもたくさんいることに、わだかまりがあるのだろう。

 そんな顔だ。

 

「おっ、そっちの名は聞いたかい。まあ、そうさ」

 

 アネルザが笑うのをやめて言った。

 

「話は変わるが、アネルザ。以前にも言ったが、もう、お前はこっちにいるべきだ。反国王派のとりまとめなら、こっちからでもできるだろう。通信用の王家の魔石具とやらもあるのだろう? 場合によっては、このスカンダを使え」

 

 そのとき、サキが口を挟んだ。

 

「そうだねえ……。だけど、やっぱり、いまの王都も気になるしねえ」

 

 アネルザが迷っているような口調で応じている。

 

「いや、あのまま、監獄にいては、テレーズがなにをするかわからん。あれは、必要なら王妃のお前でも平気で殺させるぞ。わしも完全に守ってやれる保証はできん」

 

 しかし、サキが諌めるように断言する。

 それはともかく、テレーズだと──。女官長のか──?

 そのテレーズがアネルザを殺す?

 イザベラは疑念を抱いたが、とりあえず、口を挟むのは自重した。

 

「うーん、そうだねえ。まあ、確かに、それがいいんだろうねえ。アンとイザベラのこともあるし、こっちにいることにするよ。まあ、わたしがいるから、なにができるということもないだろうけど……」

 

「なら、そうせよ──。王都のことは任せよ。定期的に情報は入れる」

 

 サキが笑った。

 

「ねえ、お母様、さっきから、わたしたちの結婚とはどういうことなんですか? そして、エルザの離縁というのも……」

 

 アンが言った。

 

「うむ……。王妃殿下、そろそろ、ちゃんと説明してくれ」

 

 イザベラも口を挟んだ。

 

「そうだね。じゃ、説明するさ。だけど、まずは、エルザから話しておくれ。向こうにどういうかたちで話が来ているのかも知りたいんだ……。エルザは、さっきイザベラを説得するのが、アーサーに言われたお前の役割だと口にしたかい?」

 

 アネルザがエルザを見た。

 

「そうです……。それと、説明せよというなら言いますけど、わたしは公妃ですが、公国の中枢には関与していません。情報も十分にもらっていませんし、あまり役にはたたないかもしれないですよ」

 

「それでもいい。タリオがどういう風に、今回の一件を考えているのか参考にしたいんだ」

 

「……わかりました。では、改めて説明します」

 

 そして、エルザがイザベラに向かって真っすぐに姿勢を向ける。

 

「なんでも話してくれ、エルザ姉上」

 

「イザベラ様、ルードルフ王とアーサー大公はあることで、魔石通信を使って話し合いをしました。しばらく前のことです。アンのことについても……。そして、両者のあいだで決定されたのは、イザベラ様とアーサー大公が婚姻を結ぶということです。形式婚です。タリオ大公の妻になるが、お互いに国に留まり、年に限られた期間だけ、お互いに国を行き来して夫婦生活を送るというものです……」

 

「アーサーと婚姻だと? しかし、お腹の子は……」

 

 イザベラは困惑した。

 

「お腹の子は、アーサー大公が認知します。そういう王家と大公家の契約です。おふたりの関係は、先日のアーサー大公が王都を訪問したときからということになるそうです」

 

「こっぴどく振られたくせに、図々しい男さ」

 

 アネルザが口を挟んだ。

 すると、今度はエルザはアンに視線を向けた。

 

「アンについては、相応しい貴公子を紹介するということだったわ。タリオ大公は、自分の部下のうち、見目麗しい優秀な男を選ぶそうです。もう少し落ち着いた状況になれば、アンはタリオ公国に送られて、向こうで子を産み、彼が父親になるということで話が進んでいるみたい……。その相手に興味ある、アン?」

 

「な、ないわ──。お母さま、わたしはタリオに送られるんですか──? 嫌です──」

 

 アンが泣きそうな声で叫んだ。

 ノヴァもなにも言わないが目を丸くしている。

 

「大丈夫だよ。落ち着くんだ、アン」

 

 アネルザが言った。

 そして、さらにエルザが口を開く。

 

「イザベラ様とアーサー大公が婚姻することで、わたしは離縁ということになります。王国から二王女を嫁がせることをハロンドール王が嫌ったんです。ならば、わたしとは離縁をして、国に返すということをアーサー大公が申し出て、ハロンドール王が了承しました」

 

 エルザが言った。

 だが、イザベラも激しく動揺していた。

 タリオ大公と結婚──?

 確かに、形式婚であれば、王太女のままでも、そのまま即位したとしても、婚姻に問題はない。

 問題はないが……。

 冗談じゃない――。

 

「……というわけだ。もちろん、そんなことは許さないさ。だから、イザベラ、お前も腹を括りな。すべて、わたしたちに任せるんだ。あの馬鹿垂れはもうすぐ退位させる。そのために、わたしたちは動いているんだ」

 

「退位?」

 

 声をあげたのは、黙って話を聞いていたヴァージニアだ。

 イザベラもそれで我に返った。

 

「退位……と言ったか、王妃殿下?」

 

「それしかないからね。もちろん、お前たちをタリオ公なんかにやるものかい。こうなったら、ロウに引導を渡して、お前らの正式な夫になってもらう。向こうが大公なら、こっちも大公だ。ロウには出世してもらうよ」

 

 アネルザが豪快に笑った。

 イザベラは呆然とした。

 

「姫様とアン様に宛てた国王陛下の手紙を預かってます。いまのエルザ様と王妃殿下の話を裏づけるものです。今回は国王陛下は本気のようです」

 

 シャーラが王家の印のある手紙をイザベラに差し出した。封は切ってある。イザベラはとりあえず、それを受け取った。

 

「さて、じゃあ、これでいいか。とにかく、これで送り届けたよ。スカンダ、申し渡したことは必ず守れ。よいな」

 

 サキが立ちあがった。

 

「あい、サキ様」

 

 居眠りをしているかと思ったら、目が覚めていたみたいだ。一緒にやってきた童女がにんまりと微笑んで頷く。

 

「おや、もう行くのかい、サキ?」

 

 アネルザがサキを見た。

 

「うむ。わしも忙しいのでな。王都のことについては、必要なことは必ずこっちに入れる。必要なことはな――」

 

 サキが消えた。

 転送術だ。

 

「必要なことは……?」

 

 そのとき、ほとんど独り言のような口調で、アンがそう呟き、ほんの少し小首を傾げた。

 

 

 *

 

 

「ところで、タリオのクロノス様は、あっちの方はどうなんだい? なんだかんだで、クロノスを名乗るんだから、あっちはそれなりに強いのかい?」

 

 アネルザが酒を口にしながら言った。

 イザベラは閉口した。

 ここは、それぞれの寝室のうち、アネルザにあてがった部屋でだ。

 

 サキが戻ったあともしばらく話をしていたが、それもやっと終わり、就寝することになったのだが、久しぶりに集まったのだから、ちょっと乾杯程度の酒を飲もうということになった。

 集まったのは、イザベラ、アン、エルザの三姉妹に王妃のアネルザである。

 また、ノヴァもいるが、もっぱら給仕をしているだけで、酒は飲んでいない。

 イザベラとアンも妊娠中なので自重している。

 また、ヴァージニアとシャーラは、ヴァージニアたちの服をどうにかしようと話し合いをしにいった。そのまま、就寝するはずだ。

 

 つまりは、飲んでいるのは、アネルザとエルザだけということだ。

 しかも、乾杯程度といいながら、ふたりはかなり酒を過ごした。

 ふたりとも顔も赤いし、かなり酔っているように見える。

 

「あっちですか、王妃様……。そりゃあ……。まあ、普通じゃないでしょうか、ひっく……。まあ、最近は……いえ、二年ほどは……お見限りですけど、ひっく……。あっ、アーサーは女には不自由してませんよ。もてるんです。こっちのクロノス様は?」

 

 一方でエルザについては、完全にできあがっている。

 呂律も怪しいくらいだ。

 

「ふふふ、エルザも愉しそうね。こんなに気を抜くなんて、向こうじゃあできないと言っていたから、たまにはいいわよね」

 

 アンが笑った。

 イザベラは肩を竦めた。

 まあ、アンが言うなら、いいのだろう。

 もう少し付き合うか。

 イザベラは、酒代わりの果実水を口にした。

 

「普通ねえ……。おい、お前ら、ロウがどれくらい性に強いのか教えてやりな。まずはアンだ。ロウはお前たちを愛するときには、何回くらいやるんだい」

 

「何回?」

 

 しかし、エルザはその質問そのものに驚いている。

 どうしたのだろう?

 

「回数とはどういうように数えたらよいのでしょう……? わたしたちの場合は、いつもふたり一緒に愛してもらっているので、回数と言われても。ねえ、ノヴァ?」

 

「あっ、は、はい……。回数って……。さ、さあ……」

 

 いきなり話を振られて、ノヴァは顔を真っ赤にしている。

 アネルザはにやにや笑いだ。

 

「じゃあ、お前らは何回くらいいくんだい、アン? ここは女だけだ。しかも、わたしらだけだ。本当のクロノスのすごさをエルザに教えてやりな」

 

 アネルザが笑った。

 

「さ、さあ……。何回? 数えたことなんて……。そもそも、ロウ様のはすごく気持ちよくて……。最後まで意識を保っていたことなんて……」

 

「え、ええ?」

 

 エルザがびっくりしている。

 

「どっちにびっくりしたんだい、エルザ。ふたりいっぺんのところかい? それとも回数かい? こいつのいうことは本当さ。かくいう、わたしもそうでね。あいつと愛し合うとき、わたしも最後まで意識を保っていたことなんてほとんどないね。快感落ちというやつさ。しかも、信じられないくらいの絶倫なんだ」

 

 アネルザが大笑いした。

 

「酔いも醒めたわ。なにそれ? 意識を失うまでって……」

 

 エルザがぶつぶつと呟きだした。

 イザベラは首を捻った。

 

「気絶するまで抱かれるというのは、もしかして、それは普通のことではないのか?」

 

 イザベラは訊ねた。

 すると、エルザが目を細めて、イザベラを見た。

 

「んなわけ、ないでしょう。気絶するまでって、どれくらいやられたら、そうなるんですか?」

 

 エルザが言った。

 イザベラはちょっと驚いた。

 いまのいままで、イザベラはそれが普通だと思っていたのだ。

 それはともかく、やっとエルザが砕けた口調で話しかけてくれた。ちょっと嬉しい。

 

「しかも、あいつは、続けて何人でも抱くよ。二十人くらい同時に相手して、全員に精を放って、しかも、抱き潰したこともあるんだよ。全員だよ」

 

「冗談、言わないでください、アネルザ様。やっぱりからかってるんですね」

 

「からかっているかどうか、あいつが戻ってきたら、相手してもらってみな。ただし、ちょっと特殊な性癖もあるけどね……。女を縛って抱くのが好きなんだ。まあでも、満足させてくれるのは間違いないよ。よければ、本当に考えな。お前のことを偽者なんていう失礼なクロノス殿より、こっちのクロノス様がいいよ。とにかく、毎日毎日、少なくとも、十人以上抱いて、全員を抱き潰すんだ。すごいよ」

 

「やっぱり酔っているんですね。真面目に聞いてたのに」

 

 エルザが目の前の盃をぐびぐびとあおった。

 

「わたしは、真面目だよ。ところで、今日会ったヴァージニアだけど、何歳くらいに見える?」

 

 さらに、アネルザが酒を口にしながら言った。

 

「年齢ですか? まあ、若い感じだけど、王太女付の女官長だし、三十歳くらいにはなってますか? そんなに歳をとってるようには見えませんけど……」

 

 エルザが思い出すような素振りをしながら言った。

 

「四十歳だ。お前が王宮にいた頃から官吏をしてたよ。外観が変わったから思い出せないだけさ」

 

 アネルザが笑った。

 

「えええっ」

 

 エルザが眼を見開いてびっくりしてる。

 

「わたしだって、かなり見た目が変わったと思わないかい? 化粧で逆に歳を老けて見せてるんだ。わたしの立場からすると、あんまり若く見えてしまうと、都合の悪いこともあるんでね」

 

「あっ、それ、思いました。訊ねようと思ってたんです。なにか、特別な薬液のようなものを使っておられるんですか? 肌なんて若いですよねえ。皺も見えないし……」

 

「ロウだよ。あいつに抱かれれば、老婆だって若い美女に変わるのさ。誰にも言うんじゃないよ。馬鹿みたいな騒動になるからね。ほら、興味持ったかい?」

 

 アネルザが高笑いした。

 

「酔ってるんですね」

 

 エルザがぷうと頬を膨らませた。

 すると、アネルザが急に真顔になった。

 

「それはともかく、わたしは、ここから、父の辺境侯をはじめとして、有力貴族に檄文を送りまくる。いまの王都情勢を説いて、一致団結して、退位を迫ってもらうつもりだ。なに、あの駄犬は基本的に臆病なんだ。応じなければ叛乱も辞さないといえば、最終的には降参するさ」

 

 アネルザは真面目な顔できっぱりと言った。

 

「そんなこと、わたしの前で言っていいんですかあ? これでも、まだ、タリオ公妃なんですけど」

 

 すると、エルザが酒を口にしながら、意味ありげに微笑みながら応じた。

 

「好きにしな。情報を洩らすなら、早晩、ルードルフは退位するから、あのろくでなしとの口約束なんて無効だって伝えな」

 

 アネルザが豪快に笑った。

 かなり、機嫌がいいみたいだ。

 

「洩らしませんよ……。あの男は、ああ見えても、謀略をするのが趣味みたいなところがあるんですから……。極力、情報は隠した方がいいんじゃないですか。まあ、どうせ、そんな大きな動きするなら、感づくのは間違いないですけど」

 

「それならそれでいいさ。ところで、イザベラ、そういうわけだから、あちこちの領主に檄文を送りまくるよ。そのとき、お前の名も使っていいかい?」

 

 アネルザがイザベラを見た。

 

「それは了承する、王妃殿下」

 

「場合によっては、わたしが自ら、スカンダを使って有力地方領主のところに乗り込む。あれを使えば、三日もあれば、ハロンドールの端から端まで移動できる。実証済みさ。だから、それも了承しておくれ」

 

 アネルザが白い歯を見せた。

 スカンダの能力については、イザベラも教えてもらった。サキからアネルザに従うように命令されて、ここに置いていかれたことも把握をした。

 

「そのことだが、王妃殿下、実は考えていることがある」

 

 イザベラはアネルザに言った。

 明日にでも話そうと思っていたが、話題が出たので、いま言うことにした。

 アネルザも、なにかを感じたのか、酒の入った杯を置いて、居住まいをただした。

 

「どうしたんだい?」

 

「つまり、これからのことだ。王妃殿下は王妃殿下でさっきのように動いてもらいたい。だが、それとは別に、わたしについては、そのスカンダを使わせてもらい、王都に戻ろうと思う。シャーラも一緒だ」

 

「なんだって? この状況で王都に戻るだって? 冗談じゃない」

 

 アネルザが驚きの声をあげた。

 

「いや、聞いてくれ、王女殿下。ほんの少し耳にしただけでも、王都は大変な状況のようだ。このまま、放っておくわけにはいかない。なによりも、王都の民、そして、王国に住んでいる者のためにも、国をこれ以上乱させるわけにはいかない」

 

「待つんだ、イザベラ。王都はいま、混乱の渦中だ。お前はだめだ。ましてや、妊婦なんだ」

 

「いや、王妃殿下……。しかし、このままでは、王家の争いに疲弊して辛酸を味わうのは、この王国に住む民そのものだ。わたしは、争い事には反対だ。国が乱れれば民が苦労する。わたしは戻って、王陛下に会う。それで話し合う。まずは、国を乱さないのが施政者の義務だ。王妃殿下が諸侯を反国王でまとめる動きは、国王陛下への牽制になる。わたしの話を無視することはできないはずだ」

 

 イザベラは、はっきりと言った。国を乱さないのが施政者の義務だと説いたのは、実はロウだ。伝えてくれたのはアネルザだが、ロウの言葉は、イザベラにとっては大切な言葉だ。

 また、サキが戻った後のことだが、テレーズという闇魔道師のことも聞いた。

 ルードルフが操られている可能性のことも……。

 

 一方で、ヴァージニアたちの手配書が回された経緯は、結局この場ではわからなかったが、ルードルフ、あるいは、テレーズがイザベラを孤立させたいために、侍女たちの合流を阻止しようとしたのではないかということだった。

 そうなれば、イザベラが王都に戻れば、その場で監禁される可能性も高い。

 

 だが、アネルザがここに来る直前の王都の混乱や物価高の話も聞くと、このまま放っておくわけにはいかないという考えにも至った。

 王都に戻りさえすれば、やれることもあるだろう。

 ルードルフとの対話が決裂したとしてもだ。

 

「でも……」

 

 アネルザは困った顔になった。

 騒乱を起こさせて、ルードルフ国王に退位を迫ろうと考えているアネルザたちにとっては、イザベラの決意は、相対する考えだろう。しかし、イザベラはそれが一番いいと思っている。

 対立するのはいつでもできる。

 だが、まずは王家で話し合うことだ。

 

「いや、わたしは決めている。王都に戻る」

 

 イザベラは断言した。

 そのときだった。

 目の前の空間が揺れて、童女の雌妖魔、すなわち、スカンダが出現した。

 

「ごめんなさい。王都に戻ることはできません。王太女さまに、王妃さま、ううーんと、それに、シャーラお姉ちゃんに、王太女さまの侍女の人たち……。その方々は、王都には戻れません。戻ろうとしても、スカンダが全力で連れ戻してしまいます。本当にごめんなさい」

 

 いきなり、スカンダが申し訳なさそうに頭をさげた。

 イザベラはびっくりしてしまった。

 

「どういうことだい、スカンダ? 聞き捨てならないよ。わたしらを王都に戻さないって、どういうことだい――?」

 

 声をあげたのはアネルザだ。

 酔いも醒めた感じで、スカンダを睨んでいる。

 しかし、イザベラも、スカンダの様子から、ちょっとただならぬものを感じ取った。

 

「ごめんなさい。サキ様のご命令です。スカンダには、サキ様からのご命令が解かれないと、そうするしかありません。そう契約してしまいました。王都に戻ること以外は、なんでもしていいです。だけど、王都に行こうとすれば、馬車でも、馬でも、魔道でも、どんな方法を使っても、スカンダはここに連れ戻してしまいます。ずっと、ずっと見張ってます。ごめんなさい」

 

 また、スカンダが頭をさげた。

 見ると、泣きそうな顔だ。契約がどうのこうのと言っていたので、おそらく、スカンダにはどうしようもないかもしれない。

 しかし、このスカンダの能力を聞く限り、スカンダを出し抜いて、王都にこっそり戻るなど不可能な気がする。

 いまの話をまともに聞けば、スカンダはイザベラやアネルザの見張りも、サキに命じられているのだろう。

 

「王妃殿下、いまのはどういうことなのだ? サキ殿とは、どういう話になっているのだ?」

 

 イザベラはアネルザを見た。

 だが、アネルザはかなり困惑している。動揺しているといっていい。

 

「どうなっているといっても……。わたしにも、さっぱり……。ねえ、スカンダ、サキはわたしやイザベラをここに監禁しろと、お前に命じたのかい――?」

 

「スカンダが命じられているのは、王都には戻すなということです。邪魔なので……」

 

「邪魔? なんの邪魔だい? あいつはわたしたちを裏切ったのかい――?」

 

「スカンダにはわかりません。だけど、スカンダは命令に背けません」

 

「話にならないねえ。とにかく、サキだ。じゃあ、話をするからサキを呼んできておくれ。お前が王都に戻って――。わたしの命令に従えと、サキに言われたんだろう、スカンダ――。これは命令だ」

 

「それも、サキ様に禁止されてます。スカンダが戻ることも、王妃さまが王都に手紙を出すのも……。ごめんなさーい。ほかのことは言うことききますから。ごめんなさーい」

 

 スカンダは本当に泣き出してしまった。

 イザベラは唖然とした。

 そのとき、エルザが真剣な表情で口を開いた。

 

「ところで、スカンダちゃん……だっけ? あんたが拘束を指示されている者の中にわたしは入ってないわよね?」

 

「えっ、エルザ……お姉ちゃん……ですか? なにも、言われてません」

 

 泣いていたスカンダがきょとんとした顔で答えた。

 すると、エルザがイザベラに視線を向けた。

 

「だったら、このスカンダちゃんにわたしが送ってもらって、わたしが王都に行きましょう。だから、妊婦さんは大人しくしてなさい。いずれにしても、まずは状況を正しく把握しないとなにもできないわね」

 

 エルザが柔和な微笑みを浮かべた。

 

 

 *

 

 

 ピカロとチャルタは、王都にある小さな廃屋で、ひとりの雌妖魔と向かい合っていた。

 名前はラポルタ――。

 もちろん、ピカロもチャルタも、彼女を知っている。

 サキの腹心のような存在で、サキと同じように、どんな姿にも変えられる。いまは、どこにでもいるような平凡な人間族の若い女の外観をしていた。

 

「サキ様の新しい指示だって?」

 

 ピカロは言った。

 王都に戻ったところで、ピカロとチャルタは、このラポルタの呼び出しを受けたのだ。

 サキからは、王都に戻ったら、極力、サキには会わずに、このラポルタから指示を受けろと言われている。

 どうして、そんなことを命じるのかわからないけど、サキの命令は絶対だ。

 ピカロもチャルタも、一応は神妙にしている。

 

「はい。新しいというよりは、本当のご指示と言っていいでしょう」

 

 ラポルタだ。

 ピカロは首を傾げた。

 

「本当の指示って、なにさ? ぼくは、公爵の私軍と王都にいる将軍を喰って、支配してしまえと言われてるんだけど」

 

「おれは、ピカロの手伝いだ。結構、忙しいんだけど? それとも、あんたも一度おれたちを味わう? 少しなら時間を割けるよ」

 

 ピカロに次いで、チャルタも言った。

 だが、ラポルタは微笑みながら、首を横に振る。

 

「遠慮しときましょう。それよりも、真の任務です。ピカロさんは、そのまま、王都にいる軍を支配してしまってください。チャルタさんは、アネルザ王妃の実家のマルエダ辺境侯の領土に飛んでください。そこに、アネルザ王妃の檄文により、諸侯の軍が集まります。集まらなければ、辺境侯を使って、集めてください。やり方はこちらで教えます」

 

「辺境侯? なにそれ? そんなの支配してどうするのさ?」

 

 チャルタはきょとんとしている。

 辺境候のところに行って、諸侯を集めて喰えなんて、いままでサキに言われてないことのはずだ。

 

「それは、わたしの指示を待ってください。最終的には、戦争ということになるんでしょうね。ピカロさんの支配する王軍と、チャルタさんの支配する辺境侯軍には、全面対決してもらうことになると思います。操って戦争させるんです。しっかりと頼みますね」

 

「ええ? ただ支配するだけじゃないの?」

 

 なにそれ?

 人間族を戦争させる?

 ピカロは思わず言った。

 

「わたしの指示は、状況に合わせて逐次に届きます。ちゃんと実行してください。特に、辺境侯側につくチャルタさんは重要です。定期の状況報告を怠らないようにしてください。お互いの連絡は、専用の飛脚妖魔を使いますから」

 

「そんなの面倒だよ」

 

 チャルタも不満そうに言った。

 

「そうだよ。そんなの、本当にサキ様の命令? そもそも、なんで、あんたの言うことをきかないとならないの?」

 

 ピカロはさらに不平を口にした。

 すると、微笑みを浮かべていたラポルタの顔が一変した。

 額に血柱まで立てた怒りの表情になる。

 ピカロは、その激変にびくりとした。

 

「なんだとう、サキュバスごときが、下手に出てりゃあ、いい気になんじゃねえよ――。じゃあ、お前ら用に、言い直してやる。ぐずぐず言わねえで、言われたことをやれ、この低能ども――。そして、次の指示を待て――。さもねえと、お前らの股ぐらを引き千切るぞ――」

 

 凄まじい剣幕でラポルタが怒鳴った。

 そして、左右の手に先端に金属の刺がたくさんある長鞭を出現させ、ピカロとチャルタの足下を叩いて、大穴をそこに開けた。

 

「ひいっ」

「うわっ」

 

 ピカロとチャルタは悲鳴をあげ、指示に従うために、大慌てで魔道で跳躍した。

 

 

 

 

(第15話『離宮の王太女』終わり)

 



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【4章 旅の延長】
335 虜囚の魔女


【ルルドの森の林縁部・アスカ城】

 

 

「夕食をおさげいたします」

 

 エマはアスカに声をかけた。

 アスカは、物憂さげに柔らかい背もたれの椅子に埋もれるようにしていたが、わずかに顔をあげて小さく頷いた。

 死霊の支配するルルドの森に面した城塞都市である「アスカ城」だ。

 そして、そこを「支配」する女王アスカの居室である。

 もちろん、アスカはひとりだ。

 

 侍女もエマひとりであり、アスカの生活に必要なことのすべてはエマがする。

 もっとも、アスカは大抵のことは魔道で終わらせてしまうし、女王といっても、名ばかりで実権がないので職務を持たないどころか、アスカはこの女王の部屋から、一斉外に出ることはできない。

 だから、ひとりで十分なのだ。

 

 つまり、この大きな部屋の周りに張り巡らされているアスカの脱出を封鎖する封印紋が結界錠となり、アスカの脱出を拒んでいる。

 やらせたのはパリスであり、このアスカ城の真の支配者は、アスカの従者ということになっている少年の姿をしているパリスなのだ。しかし、その真実は限られた者しか知らない。

 アスカは、「女王」という名の、この城塞に囚われている虜囚にすぎない。

 

 つまり、パリスは、アスカがこの城塞を自由に歩くことを禁止しており、ずっと長いあいだ、こうやって私室に閉じ込めているのだ。

 もっとも、パリスが特別に禁じている場所でなければ、アスカは自分の影を作って、どこにでも出現させることはできる。

 だが、最近ではそれもしないようだ。

 いつも憂鬱そうに、不機嫌な表情をしているだけである。

 また、かつては頻繁に実施されていた召喚術も、それを強要するパリスが不在がちなことから、かなりの間行われてもいない。

 

 ところで、エマは、パリスが長くここを留守にしている理由を知らないのだが、アスカは思い当たることがあるようだ。

 アスカが塞ぎ込む様子になってしまったのは、パリスの行き先に関係がある気配である。

 エマには推測のしようもないものの、パリスが長期不在となる直前、アスカはパリスの命令で、なにかの「護符」、すなわち、魔道を込めた紙札を作らされたみたいだ。

 アスカは、パリスには絶対服従であり、逆らうことはできない。

 そして、アスカの憂鬱そうな態度は、その直後から始まった気がする。

 確か、半年近く前のことと思う。

 

「ああ、わかった」

 

 アスカはほとんどエマを見ることなく返事をした。

 ふと見ると、今回もほとんど食事には手がつけられていない。まあ、魔道力の高い魔女なので、その気になれば、何日も食べなくても、魔力を生きるのに必要なものに変えて体内に取り込むこともできるらしい。

 エマのような常人とは異なり、アスカくらいになると、食事というのは、生きることに必要なものではなく、娯楽のひとつなのだ。

 だから、問題ないということは知っている。

 しかし、こうも長く、食事をほとんど残す日々が続くと、さすがにどうかしたのだろうかと思う。

 

「あのう……、食事が合いませんか?」

 

 エマはおそるおそる訊ねた。

 食事だけのことなら、いくらでも準備ができる。

 この城塞の真の支配者はパリスだが、そのパリスが食事のことなら、一切の制限をしていない。異国の珍しい食材でも、アスカが望めば取り寄せることができるだろう。

 

「んっ、まだいたいのかい、エマ?」

 

 アスカがやっとエマの存在に関心を寄せたように声をかけてきた。

 やっぱりおかしい。

 少し前までは、アスカは、エマに夢中になって、それこそ、丸一日だってエマと愛し合おうとしてきたのだ。

 ところが、このところ、そういう行為も完全に飽いてしまったかのように、エマに興味を示さなくなった。

 いや、半年くらい前から、アスカの様子が変わった。当初は、暴力的とも感じる激しさで、エマを嗜虐してきた。しかし、だんだんに、エマそのものに関わる頻度が減り、最近では手を出さないどころか、エマが話しかけても上の空だ。

 本当にどうしたのだろう。

 

「アスカお姉様、そのう、なにか、最近お元気がないですね……?」

 

 エマはアスカの残した食事の盆を運んできた車輪付きの台車に載せてから言った。

 

「元気? おかしなことを訊ねるねえ。どうしたんだい? また、わたしに可愛がられたくなったかい?」

 

 アスカが椅子に上体を沈めたまま、顔だけをこっちに向けて言った。

 エマはにっこりと微笑んだ。

 侍女服の上衣に手を掛ける。上からぼたんを外していく。

 

「それで、アスカお姉様がお元気になられるのでしたら」

 

 エマは、服を寛げながらアスカに寄っていった。アスカは、上下の下着に薄物をひっかけただけの、ほとんど半裸の状態だ。

 脱いだ上衣をアスカが横になっている長椅子の端に置く。上衣の下は布で乳房を巻いていただけだ。エマはアスカの胸に布に包まれた乳房を押しつけるようにして、覆いかぶさる。

 

「欲情したかい? そういえば、かなりご無沙汰だったからねえ」

 

 アスカが微笑みながら、胸を包んでいる布を押し下げて、エマの乳房を露出させると、淫靡に揉み始める。

 

「あっ、あああ」

 

 エマは思わず、狼狽の声を放ってしまった。

 

「可愛いおっぱいだよ。あやおや、もう乳首が勃ったのかい?」

 

「アスカお姉様に抱かれると、エマはすぐにこうなります。大好きです、お姉様」

 

 アスカの手がエマの乳房を柔らかく揉みしだき、快感が胸から全身に拡がっていく。

 エマは、唇を重ね合わせた。

 アスカの舌が口の中に入り込み、粘っこくエマの口の中を愛撫する。

 

「あ、あっ、ああ……」

 

 全員の疼きが深いものに変わる。

 自分の口から甘い鼻声が出るのがわかった。

 しかし、なぜか急にアスカが口を離して、エマの身体を横にどけた。

 エマは呆然としてしまった。

 

「やっぱり、やめだ……。なんとなく、その気にならない」

 

 そして、アスカが横を向いてしまった。

 別に途中でやめてしまうのはいいのだが、いままでにそんなことがなかっただけに、エマはちょっと驚いてしまった。

 どちらかといえば、アスカは淫乱体質であり、女同士の百合愛専門だが、性愛が生活から手離せない性質だと思っている。

 やっぱり、おかしい……。

 

「あ、あのう、あたし、なにかしましたでしょうか? ご奉仕しますので……。そ、それとも、また、ぺ、ペニスを生やしていただいて遊びませんか? 一生懸命にやります」

 

 エマは言った。

 少し前まで、エマの股間には、アスカが魔道で作った小さな男根があり、その性器にさまざまに悪戯をされ、アスカから調教を受けたりしていた。

 その頃のアスカは、生き生きとしていて、淫らな享楽にどっぷりと浸かったようになっていた気がする。

 だが、いまのエマの股間は、それも元に戻されて、普通の女の股間になっている。

 それだけでなく、この一箇月くらいは、まるでエマに興味を失ったみたいに、話しかけてくることさえ少なくなった。

 

 エマの背に冷たい汗が流れる。

 それは、まずい……。

 パリスから命じられているエマの任務は、アスカの見張りなのだ。

 性愛を通じてアスカを観察して、少しでも不自然なところがあれば、パリスに伝えることになっている。

 そのご褒美は、パリスから与えられるセックスだ。

 だが、アスカがエマに興味を失ってしまえば、そもそも、エマの存在価値がなくなってしまう。

 どうしよう……。

 

「お前のせいじゃない。最近、面白くないことがあったから、ちょっと気が乗らないんだよ。悪いね」

 

 アスカは言った。

 エマはアスカに身体を寄せた。

 

「面白くないこととはなんですか? あたしにできることでしたら?」

 

 エマは言った。

 アスカの寵愛を失うわけにはいかないのだ。

 

 ここで暮らす者は、第三階級以下の「貴族」と、第四階級以下の「奴隷」に分かれる。

 エマは奴隷階級だったが、アスカがエマを寵愛しはじめたことから、それまでとは雲泥の生活ができる立場になることができた。

 もともとは、いまのエマの立場にいたのは、エルスラという名のエルフ美女であり、エルスラは、アスカの行う召喚術を覚えて、代わりにやったりもしていた。

 最初はエマも、召喚術をこなすことを求められたのだが、魔道力のほとんどないエマは、アスカによって魔道力を増幅されても、召喚術を遣えるようにはならなかった。

 本当であれば、それでパリスから処分されてもおかしくなったが、パリスに呼び出されて、アスカを見張る「間諜」として使ってくれることになった。

 

 嫌も応もない。

 いくらアスカのお気に入りといっても、パリスはこの城塞の支配者だ。アスカなど、パリスに囚われているただの虜囚だ。

 それに、パリスから与えられる代償は、セックスだと言われた。

 つまりは、パリスの愛人になるということだ。

 それは、この城塞では、アスカのお気に入りよりも、ずっと魅力的な立場だった。

 エマは、パリスを望んで受け入れた。

 

 無論、アスカには秘密だ。

 アスカはパリスを嫌っており、そのパリスに抱かれたということがわかれば、怒ったアスカがエマを捨てるというのは十分に予想できたからだ。

 こうやって、エマはアスカを見張る任を帯びることとなった。

 パリスにより、第三階級にも引きあげられ、エマは少なくとも、すべての奴隷階級に自由に命令のできる「貴族」になったのだ。

 だから、いまアスカの寵愛を失うわけにはいかない。

 エマは焦った。

 

「できることねえ……。じゃあ、パリスは、ナタルの森から戻ったかい? わたしは、ここから出られないからね。それすらも知ることはできないからね」

 

「ナタルの森? パリス……は、ナタルの森に行っているのですか?」

 

 危ない……。

 咄嗟だったので、思わず「パリス様」と口にするところだった。

 この城塞の本当の支配者がパリスだと知っているのは、第二階級以上の者たち、すなわち、パリスの子飼いの部下たちまでだ。

 第三階級以下のエマたちにとっては、パリスはアスカに仕える少年従者ということになっている。

 

 それはともかく、パリスがナタル森林に行っているとは知らなかった。

 ナタル森林というのは、人族発祥の地ということで知られていて、いまはエルフ族が支配する領域だ。その中心はエランド・シティと呼ばれる浮遊都市である。

 そこにパリスが……。?

 

「その様子じゃあ、知らないかい……。だったら、最近になって、黄金の髪をしたエルフ美女がさらわれてきたということはないかい?」

 

「エ、エルフ美女ですか?」

 

 アスカ自体がエルフ美女だが、ほかのエルフ族?

 エルスラのこと? 確か、彼女は金髪だった。だが、エルスラならエルスラというだろう。

 いずれにしても、エマの知る限り、新しいエルフ族の女が奴隷などとして、ここに連れて来られたという話は耳にしない。

 エマは知らないと答えた。

 

「わかった……。じゃあ、そういうことがあれば、教えておくれ。もう、休んでいいよ」

 

 アスカが長椅子に横になるようになって、目を閉じた。 

 もう、なにをしても、相手をしてくれなさそうだ。

 

「……では、失礼します、アスカお姉様……」

 

 エマは仕方なく、服を整え直して、アスカの部屋を出ようとした。

 そのとき、背中から声をかけられた。

 

「別にお前に飽いたわけじゃない。どうしても、気になることがあってね。もう、百年は思い出しもしなかったのに、あいつがあんなものをわたしに作らせるから……」

 

 最後の方は、エマに話しかけたというよりは、ほとんど独り言に近い小さなささやきだった。

 エマは聞き直したが、それっきりアスカは眠ったようになって反応してくれなかった。

 仕方なく、エマは台車を押して、アスカの部屋を出た。

 

 

 *

 

 

「ふう……」

 

 アスカの部屋の前でたむろっている連中から、いつものからかいを受け、エマは自室に戻った。

 その連中というのは、パリスに命じられて、アスカを見張っている者たちであり、いわゆる「牢番」の役目をしている者たちだ。

 城塞では第二階級であり、アスカとパリスの本当の関係を知っている。

 もっとも、見張っているとはいっても、アスカの部屋の周囲に刻まれている魔道の刻印がアスカの出入りを阻んでいるので、彼らには特にすることがない。

 だから、いつも、部屋の前の広間で酒を飲み、アスカの部屋に唯一出入りできるエマをからかうのを愉しみにする下劣な者たちだ。

 

 彼らからは身体を求められることがあるが、エマは断らないことにしている。

 断れば面倒だし、さっさと終わらせた方が早く終わる。

 エマが抵抗しないのが面白くないのか、最近ではそれほど身体を要求されることはない気がする。

 ただ、今日は、これまでに見たことがない新入りが混じっていて、そいつに身体を要求された。

 エマは、ここでするならいいと応じて、ほかの男たちが見ている前でスカートを捲って下着を脱ぎ、テーブルに上体を倒して尻を出してやった。

 すると、なにが面白くなかったのか、その男は舌打ちをして、エマを抱くのをやめてしまった。

 よくわからないが、エマとしては得をした気分だ。

 今夜は、そのまま戻ってきた。

 

 エマの自室は、第三階級者用に与えられている個室であり、寝台と机とちょっとした家具が揃えられている。

 アスカの部屋のように広くはないが、まあ十分だ。

 ちょっとした厨房もあるし、身体を洗うための湯の出る洗浄室もある。水洗魔道の施された厠まであり、奴隷階級だった頃とは雲泥の生活だ。

 個室に備えられている個人用の食糧庫には、食材もちゃんとある。

 当番の奴隷が、定期的に補充をするのだ。

 アスカに見出される前のエマは、第三階級以上の「貴族様」に、食料を始めとする色々な荷を運ぶ仕事を与えられていた。

 仕事の途中に「貴族様」に捕まって強姦されることなど、日常茶飯事だった。

 

 エマは侍女服を上下とも脱いで、下着だけになると、身体を洗うために替えの下着と布を持って、洗浄室に向かおうとした。

 そのとき、ふと人の気配を背後に感じた気がした。

 

「えっ?」

 

 はっとして振り返る。

 しかし、そこには誰もいなかった。

 気のせい──?

 ほっとして、顔を前に戻そうとすると、顔の前に金属の冷たさを感じた。

 そして、首に何者かの腕が絡まった。

 

「そのきれいな鼻がすぱっと落ちるよ。手を後に回すんだ。防音の結界を張ったから、騒いでもいいけど、うるさいのは好きじゃない。だから、声を出すんじゃないよ」

 

「ひっ、なに?」

 

 エマが息を呑んだ。 

 すると、鼻の下の刃物が眼の直前に当てられた。

 

「わからない子だねえ。声を出すなといっているじゃないかい。それと、お手々は後ろだ。あたしとしては、別にあんたを殺したってかまわないんだ。いや、むしろ、そっちの方が楽なんだけど、特別の慈悲で監禁するだけで済ましてやろうって思ってんだ。早くしな」

 

 エマを背後から拘束している者がくすくすと笑った。

 女の声だ。

 だが、こういうことに随分と慣れた感じがする。

 これは本気だ……。

 理屈でなく、エマは肌でそれを感じた。

 おそらく、抵抗をすれば、後ろの女は間違いなく、エマを殺すことを選ぶ。

 恐怖で身体が震えだした。

 素直に両手を背中に回す。

 

「そうじゃない。腕を腰の後ろで水平に重ねな」

 

 言われたとおりにした。

 聞き覚えのない声だ。

 すると、両手首に手枷が嵌まり。さらにそこから鎖で繋がっている感じである枷を二の腕にも嵌められた。

 エマは両手を完全に後ろ手に拘束されてしまった。

 

「いい子だね。じゃあ、顔を見せてもらうよ。アスカのお気に入りのエマちゃん」

 

 剃刀が顔の前からどけられる。

 だが、次の瞬間、両方の足首にも、鎖付きの枷が嵌められた。

 寝台にどんと身体を押された。

 

「きゃああ」

 

 エマは寝台に力一杯に身体を押された。

 うつ伏せに倒れたところで、慌てて身体を反転させて前を向く。

 寝台に向けるように、椅子が移動していて、そこに女が座っていた。

 ただ、顔全体を包む黒い覆面をしている。 

 眼と鼻と口の部分だけに穴が開いていて、ほかの部分は完全に袋に包まれてた。

 いずれにしても、会ったことのある女じゃないと思う。

 

「だ、誰なの、あんた?」

 

 エマは寝台の上に座り直しながら言った。

 

「なるほど、アスカという希代の魔女が百合の相手にする娘だけあるねえ。可愛い顔しているじゃないか。じゃあ、じっくりと写させてもらうよ」

 

「写す? いえ、あ、あんた、誰なの? あたしのことを知ってるの?」

 

「知っているよ。だから忍び込んできたんだ。ただ、あたしのことは気にしなくていいよ。名乗るほどの者じゃないからね。ただ、しばらくは、あんたの命を預かるご主人様ということにあるのかな? まあ、せっかくだから、愉しもうじゃないか。ただ、監禁するだけじゃ愉しくないしね。あんたも、愉しい方がいいだろう」

 

 覆面の女が笑った。

 ぞっとした。

 なんだ、こいつ?

 それに、監禁──?

 

「な、なに言ってんのよ、あんた──? 頭おかしいの?」

 

 エマは怒鳴った。

 すると、女がまた笑った。

 

「ああ、そんな感じで頼むよ。声も写さないとならないしね。さて、じゃあ、あのときの声も拾っとこいうかな。アスカの寵愛の相手となると、そういう声も出さないとならないんだろうしね」

 

 女が言った。

 さっきから、なにを言っているのか……?

 写す……?

 

「じゃあ、しばらく、あんたと遊ぼうかな。とりあえず、素っ裸になってもらおうか」

 

 覆面女が寝台にあがってくる。

 得体の知れない恐怖を感じて、エマは不自由な身体を縮めるようにしてあとずさった。

 

「触んないでよ──」

 

「そんなこといっても、あたしは触りたくてね」

 

 覆面女が剃刀の刃先をエマに伸ばす。

 

「いやあ、助けてええ」

 

 力の限り叫んだ。

 しかし、女は余裕たっぷりだ。

 ぞっとした。

 防音の結界を張っているというのは本当なのだと思った。

 

 そうであれば、万が一にも助けなど来ない。

 もともと、成りあがり者であるエマには、親しい友人など第三階級の居住層には皆無だし、この部屋を訪ねて来る者などいない。

 もしも、ここで殺されても、かなりの確率で数箇月は放っておかれる。

 唯一の望みはアスカだが、あの部屋を出ることができないアスカがエマを助けることなどできない。

 アスカの部屋の前でいつもたむろしている連中が、エマが出てこないことをどのくらい経てば不審に考えてくれるだろう。

 いや、そもそも、こいつは、なんなんだ──?

 侵入者?

 この警戒の厳重なパリスの城塞であるアスカの城に──?

 

「ほら、もう少し騒ぎなよ。あんたの声をしっかりと、魔道で写し取る作業が必要でね。ところで、胡坐をかきな」

 

 女が完全にあがってきた。

 今度は剃刀ではなく、短剣だ。

 刃先を向けられる。

 

「いやああ」

 

 恐怖に悲鳴をあげたが、女が切断したのは、胸を巻いている布だった。

 次いで、腰の下着──。

 

「ひっ、ひいいっ」

 

 切られたのは下着だが、刃物を身体に当てられたことで、エマは腰が抜けたようになってしまった。

 身体が硬直したところで、布切れになった下着を身体から取り払われる。

 あっという間に全裸にされた。

 

「胡坐だよ。胡坐──」

 

 女が短剣を手から離す。

 一生懸命に考えているが、どう聞いても知らない声だ。絶対に、この城塞の者ではない。そうであれば、やっぱり、この警戒厳重な城塞に、この女は潜入してきたのか?

 幾重にも魔道による結界や警備用の紋章が刻まれているこの城塞に侵入してくるなど、そんなことができるのか?

 

「ほら、まさか、胡坐を知らないってんじゃないだろうねえ」

 

 女は両膝を立てて、身体を守るように置いていたエマの両膝に手をかけ、膝がしらを左右に押し倒した。

 太腿が大きく開き、股間が露わになる。

 すると、股のあいだに縄束が投げ捨てられて、素早くエマの足首から枷が外された。

 

「ちょ、ちょっと──」

 

 逃げる余裕などない。

 素早く両くるぶしを重ねるように縄をかけられた。

 そして、あっという間に縄を腿にも巻かれて、がっちりと胡坐縛りにされてしまった。

 だが、それで気がついたが、この女はどこから縄束を出したのか?

 そういえば、エマを脅した剃刀や短剣などの刃物が近くに見当たらない。どこかに隠した気配もなかった……。

 そのとき、足元にさっきエマの足首から外された枷があった。

 女が手を軽くかざすと、その枷がふっと消滅した。

 

「収納術──?」

 

 エマは声をあげてしまった。

 収納術というのは、異空間に自由自在に物を収納して、いつでも好きなようにそれを取りだすという魔道なのだが、それを駆使できるということは、この女がかなりの上級魔道遣いだということを意味する。

 やはり、この女は潜入者だ──。

 これほどの魔道遣いが城塞内にいれば、たとえ、覆面をしていても、思い当たらないということなどありえない。

 目の前の見知らぬ女が上級魔道遣いだとわかり、エマの身体はさらに恐怖で委縮した。

 

「おや、大人しくなったじゃないかい。もっと、抵抗してもいいんだよ」

 

 女がエマの足首を縛った縄端をエマの首の後ろに回して縛り、そのまま身体を仰向けに突き倒した。

 いわゆる、座禅転がしというものだ。

 その名前くらいは、エマも知っていた。

 

「ああ、な、なにすんのよ──」

 

 思わず絶叫が口から出た。

 突然の羞恥の体勢に、エマは動顛して身体をもがかせた。

 だが、胡坐縛りの上に、腕もがっしりと枷で後手に固定されており、身体を起きあがらせることさえできない。

 

「さあて、じゃあ、しばらくさえずってもらおうかな」

 

 エマの股間の背後に女がにじり寄ったのがわかった。

 指をエマの股間に伸ばして愛撫を始める。

 

「あっ、くうっ」

 

 女の指先が柔らかくエマの股間をほぐしにかかると、痺れるような疼きが全身に迸った。

 なに、こいつ──。

 上手……。

 

「んんっ、んあああ、ああっ」

 

 たちまちに、甘い声が口から迸る。

 さらに女の手が身体の下にのびて、乳房も揉み始めた。

 

「あっ、だ、だめえ、な、なにすんのよ、あああっ」

 

 股間と胸を同時に刺激されて、身体に電撃でも走ったような快感が走った

 エマは声をあげた。

 

「ああ、そんな声を出すのかい……。なるほどねえ……。怪しまれないように、ちゃんと覚えてないとね。あのアスカは、あんたを縛って抱くことも多いそうじゃないかい? こういうこともされるかい?」

 

 この女はさっきから顔や声を写すとか、エマの喘ぎ声を覚えるとか、なにを言っているのだ……。

 目的はなんなのか……?

 だが、急に愛撫の手が激しくなり、エマは我を忘れそうになる。

 

「あ、ああああっ、あああ」

 

 乳房を上下に大きく弾かれ、肉芽を揉まれる。指も女陰に挿入されて膣の中を刺激され続ける。

 本当にかなりの手管だ。こういうことに余程に慣れている。

 快楽の波が全身に駆け抜ける。

 

「ひいっ、ひああああっ」

 

 大きな快感が背中を駆け抜けて、エマは拘束されている裸体を限界まで弓なりにした。

 

「ふふふ、すっかりと調教されている敏感な身体じゃないかい。あたしにできるかねえ」

 

 指でクリトリスを挟まれて、こりこりとしごかれる。

 

「そ、そんなあ、ああああっ」

 

 疼きと痺れが一層激しくなる。

 拒絶の言葉も喘ぎ声に阻まれる。

 

「十分に濡れたようだね。じゃあ、これはどうだい?」

 

 股間から指が抜かれた。

 ほっとしたのは束の間だ。

 そこに、後ろから、異物がすっと挿入された。

 

「わああっ、なに? いやああああ」

 

 男根としか思えないなにかだ──。

 多分、張形?

 それが股間にぐっと貫いて来る。

 

「ああっ、あああ、ああああっ」

 

 痛みとむず痒さが混じったような衝撃が全身を貫く。

 

「なかなかの好き者だね。ほら、こっちもまた揉んでやろう」

 

 太腿を支えるようにしていた手が女の部分に移動して、再び胸を刺激してきた。

 しかも、魔道でもかけたのか、挿入されている張形が突然に蠕動運動を開始する。

 

「ああ、いやああ」

 

 エマは大きな声をあげてしまった。

 太腿ががくがくと痙攣をはじめた。

 気持ちいい……。

 下半身がどうしようもなく熱くなり、じんじんと痺れが腰を震わせる。

 

「あひいいっ、ああ、ああああっ」

 

 女の手管は、巧妙で執拗だった。

 エマは動き回る張形の刺激と女の愛撫に翻弄され、あられもない声を放ち続けた。

 何度も何度も、背を弓なりにして悶える。

 だが、女は巧みに、エマが絶頂しそうになると、快感を緩めて、寸前で逸らせてしまう。

 張形も挿入したまま、振動がぴたりととまる。

 そして、しばらくすると、張形の振動と指による愛撫が再開するのだ。

 それを幾度か繰り返された。

 エマは翻弄された。

 

「さて、じゃあ、十分に感じているときの声は写せたし、一度天国に行ってもらおうかね」

 

 今度は胸を揉んでいた手を股間に持ってきて、またもやクリトリスを摘まむようにして愛撫してきた。そのあいだも張形はぶるぶると動きまわっている。

 しかも、女は張形を魔道で振動させたまま、前後の律動を加えてきた。

 それだけじゃなく、張形の振動が激しくなる。

 すべての愛撫がエマを絶頂させるためのものに変化した。

 

「ああっ、それはだめえ、だめえええ」

 

 我慢したくても我慢などできない。

 喉の奥から嬌声が出る。

 どうしようもない。

 

「ああっ、はううっ、ああああっ」

 

 エマの背中が大きく跳ねて、喘ぎ声が大きくなる。

 ついに、快感の極みが襲いかかってきた。

 

「だめええ、ああああっ」

 

 快楽の津波が起き、両腿が激しく震えて、乳房がぶるぶると揺れる。

 がくんがくんと痙攣を繰り返し、やがて、すべての力が抜けてしまった。

 達してしまったのだ。

 

「ははは、気持ちよかったようだねえ。とにかく、お陰で、いいものが収集できたよ」

 

 勝ち誇ったような口調で、後ろにいた女がエマから手を放して、エマの顔側に回ってきた。

 それはともかく、エマは愕然とした。

 女が手を放しても、股間に挿入されている張形がそのままなのだ。

 それだけでなく、いまだに、魔道による蠕動運動を続けている。

 

「あ、ああ、ちょ、ちょっと抜いてよ──。こ、こんなのいやああ」

 

 エマは座禅転がしの不自由な姿勢のままもがいた。

 すると、女は覆面のまま、エマの前に胡坐に座り、声をあげて笑った。

 

「ははは、随分とお気に入りみたいだからね。朝までそのままにしてやるよ。魔道で外に出ないように封印してあげたから、朝まで好きなだけいきな。いずれにせよ、しばらく付き合うことになるんだ。挨拶代わりだね」

 

 女が笑い続ける。

 朝までこのまま──。

 冗談じゃない──。

 

「う、うう……ふ、ふざけないで──。こ、こんなことして、ただで済むと……、ああ……ああっ」

 

 文句を言おうと思うのに、痺れが全身に走り回るために、上手く言葉を紡げない。

 絶頂をしたばかりの身体に、再び重い快感の波が昇ってきた。

 

「いくらでも悶えなよ。この部屋には、誰ひとり訪ねてくるような者がいないのは、十日間で調査済みさ。あんたについては、しばらくのあいだ、この部屋に監禁させてもらう。どこにも行く必要はない。食事は運んでくるし、糞尿の世話もしてやる。まあ、ずっとあたしがそばにいるってわけにはいかないけどね」

 

 ここに監禁──? しかも、十日も前からいた?

 だが、なにを言っているのか理解できない。

 思考ができないのだ。

 股間の玩具に翻弄されて、喘ぎ声と腰の震えがとまらない。

 

 すると、首にがちゃりと首輪がかかった。

 なんとか顔をあげると、首輪には鎖が繋がっていて、いつの間に取りつけたのか、天井に金具があり、そこに接続されている。

 鎖の長さから考えて、エマはこれを外してもらわない限り、寝台からおりることもできないだろう。

 

「ああっ、お、お願い、こ、この股間のものだけでも、ぬ、抜いて、あああ、んぐうう、あああ、死ぬうう──。このまま、朝までなんて、死んじゃううう」

 

「死ぬかどうか、一回試してみればいいじゃないかい」

 

 女が覆面を取った。

 エマは目を見張った。

 なんと、そこには、エマ自身の顔があったのだ。

 

「ええっ、えええ?」

 

 顔だけじゃない。

 気がつくと、身体の体形そのものもそっくりになっている。

 どういうこと──?

 

 驚愕したが、すぐに、女がずっと顔や声を写すという言葉を使っていたのを思い出す。

 つまりは、この女は、エマに顔と声と身体を魔道で写し取り、おそらく、変身の魔道か、魔道具で姿と声を写しとったのだと悟った。

 そういえば、喘ぎ声も覚えるとか言っていたし、この部屋に乗り込んだのは、エマと入れ替わるのが目的──?

 

「くっ、んひいい、あ、あんた、あんた、誰よおお──」

 

 喘ぎ声が出るのを必死に耐えて、エマは叫んだ。

 

「あたしの名はノルズ……。この城塞に潜入してきた諜者だよ。そして、さっきも言ったけど、ここにはしばらく厄介になるつもりさ。この部屋を占拠する処置はもう終わってる。まあ、部屋代代わりに、あんたが退屈しないように調教でもしてやるよ」

 

 ノルズと名乗った女が酷薄に笑った。

 エマの顔で……。



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 第16話  いなくなったエルフ娘
336 馬車の中の勉強会


「……ナタル森林は、エルフ族の里と称されているけど、実際には、このナタル大森林はすべての人族、すなわち、エルフ族、人間族、魔族、ドワフ族、さらに北方平原以北の少数種族である鱗人族(リザード)馬人族(セントール)小躯族(ホビット)海人族(マーマン)までを含めた発祥の地と言われているわ。だけど、ドワフ族と少数種族は早い時期に森を離れ、エルフ族と魔族と人間族が支配権を争うことになったの……。でも、邪悪な魔族は追放され、短命の人族も長命のエルフ族との生存競争に敗れて、新天地を求めて森林の外の厳しい世界を切り開いた……。だけど、それこそが、エルフ族の衰退を招いたという学者もいて……」

 

 御者台に座っているイライジャの講義の声が馬車の中に聞こえている。

 魔道で声だけを幌馬車側に流してもらっているのだ。

 勉強のためである。

 一郎もそうなのだが、奴隷出身のコゼとマーズ、また、まだ十一歳にすぎないミウは、エルフ族の社会そのものに接する機会が少ない。

 だから、イライジャがいろいろと説明してくれるということになり、こうやって、イライジャの声を「放送」してもらって、一緒に聴いているというわけだ。

 

 一方で一郎は、それを拝聴しながら、対面で膝立ちさせたミウのお尻の穴に、すっぽりと根元まで指を入れていた。ミウの両手は一郎の肩にかかり、掴まらせるようにさせている。

 また、一郎は服を身につけているが、ミウは全裸だ。

 かなり長い時間、この状態のままであり、まだほとんど動かしてはいないのだが、ナタルの森を縦断する道を進むために、時折馬車が揺れて、どうしても振動で壁にもたれている一郎の身体も動いてしまう。

 

「んはっ、あんっ」

 

 また、一郎に抱きついているミウが悶えて甘い声をあげた。

 がくんと馬車が揺れたのだ。

 とにかく、歩くような速度で進んでいる馬車の振動が加わるたびに、指がミウのお尻を刺激し、一郎の胸の前のミウが小さく悶えるのが可愛い。

 もっとも、その下半身の状況は、一応は見えないようにはしている。一郎とくっついているミウと自分の下半身に毛布をかけて隠しているのだ。

 ただ、腰の上はなにもないので、ミウの半身が赤く火照り、すでにじっとりと汗をかいているのは、よくわかる。

 そして、一郎とミウの周りには、コゼとマーズが食い入るように接して座っていて、一郎のやっているミウへの調教を見守っている。

 

「大丈夫か、ミウ? お尻なんて、痛くないのか……」

 

 マーズが心配そうに言った。

 額に汗をかいているミウが小さく首を振った。

 

「い、痛くない……。それよりも……き、気持ちいいっていうか……」

 

 ミウの声が上ずっている。

 

「そりゃあ、そうよ。ご主人様の調教だもの……。こんなに優しくお尻を調教してくれるご主人様なんていないわよ。あんたは、本当にいいご主人様に巡り合えたのよ」

 

 コゼだ。

 

「は、はい、し、しあわせです……。あんっ」

 

 ミウが小さく呻いた。

 一郎がすっとお尻の中に生まれた赤いもやの性感帯に沿って指を動かしたのだ。

 とにかく、いい感じだ。

 最初はまったく存在しなかった、性感帯の赤い筋のような場所がちらほらとミウのお尻の中に生まれ出てきている。

 これなら、早晩、ミウのお尻は立派な快感の場所として発達しそうな気がする。

 淫魔術で無理矢理に感じる場所にしてもいいのだが、こうやって、手を加えて、一郎好みの身体に仕上げていくのも、童女調教の醍醐味だろう。

 

 一郎はじっとしている状況から、一郎だけに知覚できる性感帯の赤いもやのある場所を手繰るように、ゆっくりとミウのお尻の中で指を動かす。

 部分的だったお尻の赤いもやが、花が開いたかのように、劇的にお尻全体に繋がった。

 しかも、色がさっと濃くなる。

 

「じゃあ、そろそろ、胸も刺激してやろう。だんだんと、感じる場所になってきたものな。俺好みのいやらしい身体になってくれよ、ミウ」

 

「は、はい、が、頑張ります」

 

 ミウが甘い息をしながら言った。

 一郎は刻印の二匹の蛇を動かすと、ミウの平らな胸をそれぞれに這い回らせ、小さな乳首を刺青の蛇に舐めさせる。

 

「んくっ、はあっ」

 

 ミウの幼い身体が弓なりに跳ねた。

 なかなかの感受性の豊かさだ。

 胸はかなりミウの性感帯として発達してきた。胸だけでなく、全身に赤いもやが出現する。胸への刺激が全身を疼かせるように拡がったみたいだ。

 だが、一方で、ミウのお尻の穴は、十代の童女だけあり、やっぱり膣同様に狭い。

 しかし、しっかりと調教したおかげで膣はもう立派に一郎の一物を受け入るし、快感も覚えるようになったのだから、こうやって、お尻も開発していけば、きっとすぐにお尻でも、快楽ともに一郎を受け入れることができるようになるのは間違いない。

 一郎は、まだ幼いミウの負担にならないように、本当にゆっくりとミウの中で指を動かす。

 それがいいのだろう。

 ミウの中の快感がどんどんと拡大していくのがわかる。

 

「んくうっ、か、感じます。あ、ああっ……」

 

 ミウの声と身体の反応が大きくなった。

 

「……森の外で新天地を求めた人間族が成熟された社会形態を築く一方で、エルフ族は数百年前と大差ない里社会のままであって、それは世代交代が頻繁ではない、エルフ族の長命による弊害だと……。……っていうか、聞いてないでしょう、あんたたち──。ちょっと、シャングリア、代わんなさい」

 

 苛立ったイライジャの怒声がいきなり響き渡った。

 一郎は、慌てて身体全体を御者台に向ける。

 とりあえず、見える部分の刻印の蛇については引っ込めた。

 ただし、毛布で隠れているミウのお尻には、相変わらず指を挿し込んだままだ。

 

 しばらくしてから、がばりと馭者台と幌馬車側の仕切りが開いて、険しい表情のイライジャがこっちに乗り込んできた。

 シャングリアとエリカは、魔獣警戒のために馬車の外を歩いているのだが、シャングリアが馬車の馭者を交代したのだろう。

 

「悪かったよ、イライジャ……。もちろん、聞いているよ。わざわざ講義をさせておいて、ほかのことに意識をかまけてなんかいないさ。まあ、これは、あれだよ。まあ、そんな感じだ。いいから、続けて……」

 

「なにが、あれで、それなのよ──。ミウ、いったん、離れなさい」

 

 イライジャが声をあげた。

 

「あっ、大丈夫……です。つ、続けても……。あ、あたしも、大丈夫ですから……。あううっ」

 

 ミウが身体を大きく反応させた。

 馬車が大きな窪みを踏んだらしく、大きく上下したのだ。

 ミウの口から幼くも色っぽい声が漏れる。

 

「なにが大丈夫なのよ──。そういう問題じゃないのよ──。もうっ」

 

 イライジャが不満そうに言った。

 

「この小娘、本当にだんだんと図々しくなっているわよねえ」

 

 コゼも呆れた口調で言った。

 しかし、図々しく一郎にくっついて、なかなか離れないのは、コゼの専売特許だ。

 それをコゼが非難するのは少し面白い。

 

「……もっと俺に抱きつけ……。それで声を我慢できる……。声を出さないのも調教だ。それができないと、羞恥調教はできないぞ……。人が大勢いる場所で、こっそりと服の下を淫具や俺の手でいたぶられたり、あるいは路地裏で俺に犯されたりしたくないか……?」

 

 一郎はミウの耳元でささやいた。

 すると、この変態童女の顔がぱっと輝いた。

 

「……は、はい、し、したいです……。こ、声を我慢する練習します……」

 

 そして、小さな身体をぎゅっと全力で一郎に押しつけてくる。本当に健気だが、ど変態の童女魔女だ。

 一郎は自分好みの変態に育てるのが愉しみで、いまからわくわくしてくる。

 だが、ふと、イライジャを見た。

 すると、こめかみに力が入っているように見えた。

 これは、ちょっとまずいかな。

 慌てて、口を開く。

 

「あ、ありがとう、イライジャ。よくわかる講義だよ……。とにかく、やがて、エルフ族の一部も、外の人間族の社会発展を認めるようになり、森を出て人間族社会に同化する集団も出現した。彼らを“街エルフ”と総称し、一方で古くからのナタル森林での生活を守っている者たちを“森エルフ”と呼ぶんだったよね……。ほら、コゼもマーズも聞けよ。ミウもだ。俺たちのために、イライジャは講義をしてくれてるんだ」

 

 一郎は三人を促した。

 だが、ミウの尻をいたぶる指はそのままだ。

 しかも、わざと声が我慢できないような快感に繋がるように、指をミウの狭い肛門内で動かす。

 

「んふっ、うふうっ」

 

 ミウが必死になって一郎に抱きついてきて、懸命に声を耐えている。

 

 本当に可愛いものだ……。

 一郎はにこにこしてしまった。

 だが、イライジャと目が合った。

 急いで意識をイライジャに向ける。

 すると、ふっとイライジャの顔が諦めたように、綻ろんだ気がした。

 

「まあいいわ……。とにかく、話を続けるわね……。森エルフと街エルフの分離は、ロウの言った通りよ。だけど、森を捨てた街エルフにとっても、このナタルの大森林が特別な場所であることには変わりないわ……」

 

 イライジャが再び話し始めた。

 一郎は神妙……な振りをして首を何度も頷かせる。

 

 ともかく、ついに、ナタルの大森林だ。

 一郎たちを乗せている馬車は、一箇月半を近くすぎた旅の末に、やっと目的地である褐色エルフの里に近い場所までやって来ていた。

 一郎には土地勘はないのだが、ここまでやって来れば、もう今日の夕方前には到着できそうな感じらしい。

 それで、こうやって、イライジャに簡単なエルフ族社会の講義をしてもらっていたというわけだ。

 

 いずれにしても、ナタルの森を進むのも大変だった。

 魔獣の出現が頻繁で数が多いのだ。

 まあ、一騎当千の一郎の女たちがいれば、どうということもないが、十日程度を予定していたナタル森林を進む行程がすでに半月を過ぎた。

 十分に余裕を持ってやってきたはずだが、ユイナの競売が開催される予定の日にちは、もう十日足らずに迫ってしまっている。

 いずれにせよ、やっと目的地の褐色エルフの里が間近ということになっていた。

 

「……いずれにしても、ナタルの森のエルフ社会は、人間族の社会とは違うわ。基本的には、“里”と呼ばれる数百から数千人の集落がひと単位で、その中で完結する農耕や狩猟中心の生活を送っているの。原則として、各里は独立していて、エルフ族の長老は、緩やかな統制をするだけね。人間族の国のような絶対的な支配権は長老は持たないわ」

 

「いまの長老は、ガドニエルという人だっけ?」

 

「そうね」

 

 イライジャが頷いた。

 

「んはっ」

 

 そのとき、またもや馬車が大きく揺れて、ミウが悶えた。

 イザベラがむっとした顔になったが、とりあえず、なにも言わない。

 一方で、ミウもイライジャに気がついてないわけがないのだが、ほぼ無視している。

 

「本当に、いい根性ねえ、この小娘……」

 

 コゼがそれでも、一郎から離れようとしないミウに苦笑している。

 

「ガドニエル様って……まるで、女の方のような名前ですね……」

 

 マーズがぽつりと言った。

 すると、イライジャがにっこりと微笑んだ。

 

「そうね。女の人よ。だから、長老じゃなくて、“女王”と呼ばれてるわ。しかも、ものすごい美人だそうよ……。だけど、手は出さないでね、ロウ。全エルフを敵に回すことになるわよ」

 

 イライジャが笑った。

 一郎も苦笑した。

 

「そんな慎みのない男じゃないぞ、俺は」

 

「どうだか……。童女のお尻に指を入れながら言われたって、説得力ないわね……。……っていうか、いい加減にロウから離れなさい、ミウ──」

 

 イライジャが再び声をあげた。

 さすがに潮時だろう。

 一郎はミウのお尻の穴から指を抜いた。

 

「あんっ」

 

 ミウが小さく悶える。

 やはり、入れているときよりも、抜くときに大きな快感が走るようだ。

 お尻の素質ありだな。

 一郎は思った。

 

「やり方はわかったな、ミウ。だったら、自分でもやるんだ。暇を見つけては、自分の指をお尻に入れていろ。そうしているうちに、だんだんと太いものでも受け入れることができるようになるから……」

 

「は、はい、頑張ります。ロウ様に気に入っていただけるうに、うーんと淫らな身体になります──」

 

 ミウが元気よく頷く。

 横でイライジャが無言で盛大な溜め息をついた。

 

「じゃ、じゃあ、あたしの番──。ご主人様、次はあたしです。あたしもお尻の調教をお願いします。ほら、どいて――」

 

「あん、コゼ姉さん」

 

 コゼがミウを強引にどかせて、対面座位でくっついてくる。しかも、一郎とコゼの下半身部分を毛布で隠すと、ズボンをのそのそと脱ぎ始めもしてきた。

 一郎も苦笑するしかない。

 

「お前は、十分に調教済みだろう、コゼ。それよりも、マーズのお尻をもっと開発したいんだけどね」

 

「マーズは朝稽古のときに、いつも可愛がっているじゃないですか──。次はあたし、あたしです」

 

 コゼが頬を膨らませて抱きついてくる。

 

「あ、あたしは……いまじゃなくても……。それに、エリカ様が馬車の中でも待機って……」

 

 マーズが顔を赤らめながらも、コゼの勢いに気遅れたように、一郎を譲る言葉を返した。

 

「ああ、エリカが、戦士組は馬車の中でいつでも戦えるような待機をしようって言ったこと? 気にしなくていいわよ」

 

 コゼが一郎に抱きつきながら笑った。

 一郎は知らないが、そういうことになっているのか?

 

「でも、エリカ様は一番奴隷で……。ご指示には従わないと……」

 

「ははは、そんなの誰も気にしてないわよ」

 

 コゼが言った。

 

「そうよ、マーズ……。もっと積極的にいかないと……」

 

 コゼに弾き飛ばされた感じのミウも、服装を整えながらマーズの隣にちょこんと座りながら言った。

 マーズよりも歳下で、身長が半分くらいしかなさそうなミウが、マーズにお説教のような言葉を使うのは面白い。

 もっとも、性についての積極さなら、すでにミウは遥かに上だ。

 いつの間にか、この旅でミウはすっかりとみんなに慣れ、一郎の寵愛争いをコゼとするようになっていた。

 

「とにかく、さっきの話だけど、ガドニエルというエルフ女王に接する機会なんてないさ。予定通りであれば、褐色エルフの里に到着して、十日ほどでユイナの競りだろう? それが終われば、ユイナを連れて、また戻るだけだ……。とにかく、ある程度の軍資金も溜まったし、アネルザから預かっている財もある。競り落とせないということはないだろう」

 

 一郎は言った。

 ここに辿り着くまでに、いい報奨のクエストをかなりこなした。それなりの金子も集められた。

 まあ、このナタル森林に限らず、ハロンドール国内でも、魔獣発生が頻発していた。

 効率のいいクエスト探しには事欠かなかったのだ。

 

「まあ、その辺は任せてよ──。十日もあれば、競売の競争相手が、どのくらいの資金を準備してきたのかとか、色々と情報も集められると思うから……。わたしたちよりも、軍資金が多いようなら、悪いけど、汚い手段も使うわ。とにかく、なんとしても、ユイナを競り落とさないと……」

 

 イライジャは表情を改めて言った。

 一郎も頷く。

 イライジャの情報収集力と分析力、さらに工作力の高さは、この旅で十分に納得させられた。

 そのイライジャが「汚い手段」といったら、本当になんでもするだろう。

 これは、詳しくは聞かない方がよさそうだ。

 一郎は、曖昧に微笑んだ。

 

 いずれにしても、このナタル大森林に戻って来て、イライジャと最初に出会った「褐色エルフの里」にやって来た目的は、禁忌の魔道に手を出した処罰として、人間族に奴隷として売られることになったあのユイナを競り落とすことだ。

 わざわざ、ハロンドール王国の王都まで、生きているか死んでいるかわからない一郎を訪ねてきて、それを依頼したのはイライジャであり、イライジャにとっては、ユイナは死んだ夫の姪なのだ。

 そして、どうせ奴隷になるなら、一郎こそユイナを委ねるのに相応しいと決めてくれたみたいだ。

 その決心は、この旅で揺らぐどころか、揺るぎないものになっていて、なんとしても、ユイナを競り落とすのだと意気込んでいる。

 

 もっとも、ユイナは、一郎も覚えているが、なかなかに曲者の娘だ。

 一郎が立ち寄ったときにも、禁忌の魔道で魔妖精を呼び出して里で大騒ぎを起こし、その罪を一郎に擦りつけて、知らぬ顔をして一郎を死刑にさせかけたような娘である。

 それで仕返しに、ひと晩かけて尻穴調教をしてやったが、どうやら、それで凝りてもいなかったようであり、またもや、禁忌の魔道に手を出して、今度は魔獣を里の近くで暴れさせてしまったという。

 

 さすがに、それを他人の罪に擦りつけることはできず、今回の処罰が決まったのだという。

 それから、三箇月ほどの時間がすぎているようだが、それは、人間族の社会からユイナを競り落とす奴隷商人を呼ぶための時間だ。

 その競りの日が、もうすぐ迫っているはずである。

 

「ところで、さっきの講義だけど、ナタルの森が人族発祥の地で、各種種族がここから巣立ったという説明だったが、魔族のこともあまりなかったけど、獣人族の話はもっとなかったなあ。まあ、魔族との対立は、冥王戦争という別の歴史もあるみたいだけど、獣人族って守護神がモズという女神だという以外はなにも耳にしないな」

 

 一郎はふと思い出して言った。

 人族発祥の地というくらいだから、魔族も獣人族も、もとはナタルの森が発祥なのだろう。

 神話ではどういうことになっているのだろう?

 すると、イライジャが首を傾げた。

 

「冥王戦争以前の魔族のことは、少なくともエルフ族には、あまり伝わってないわねえ。獣人族に至っては、守護女神のモズがクロノスの妻じゃないという以外は、伝承を耳にしたことないわ」

 

 イライジャが言った。

 

「ふうん、不思議な省略だな」

 

 とりあえず、一郎は感想だけを口にした。

 

「さて、そろそろ、わたしは馭者に戻るわね」

 

 イライジャが腰をあげた。

 戦士組は交代で警戒をするが、イライジャには戦う技術がないので、その代わり馭者を専門に務めることにしてるみたいだ。

 基本的には、森に入ってからは、イライジャが馭者をしていることが多い。

 一郎はそれを呼びとめた。

 イライジャが腰をおろし直す。

 

「ところで、今回についてはパーティリーダーは俺のままでいいのか? エルフの里は、人間族には排他的なところだしな。また、エリカとか、イライジャとかをリーダーの隠れ蓑にしなくていいのか?」

 

 一郎は訊ねた。

 前回は、そうした懸念のために、一郎はエリカの従者ということにした。

 まあ、それも結局、ばらしたのだが……。

 

「その必要はないわ、ロウ。なにしろ、ユイナを売り渡すのは、人間族だというのが条件だから……。だから、逆にあなたがリーダーじゃないと、競りに参加する資格そのものを失いかねないわ。まあ、人間族の奴隷になるというのは、森エルフの価値感では、大変な不名誉なことなのよ。死よりもつらいね。だから、時間をかけて、わざわざ集めるんだから」

 

 イライジャは言った。

 

「それは、そうかもしれないけど、イライジャの立場があるだろう? それとも、イライジャだけは、俺のパーティーでないことにするか?」

 

 褐色エルフの里とは無縁のエリカは、どうでもいいだろうが、森を出る決心をしたとはいえ、イライジャはこの里に縁もあるし、知人だらけだ。人間族に仕えるというのは、森エルフにとって、軽蔑の対象だったはずだから、イライジャの立場を守るためにはそうした方がいいかと思ったのだ。

 

「いいのよ。あれ以来、ずっと里からは、ある程度の距離を置いてたのは知ってるでしょう? 冒険者登録をして、エランド・シティにいたのよ」

 

 イライジャは白い歯を見せた。

 最初に、一郎とエリカが褐色エルフの里を訪問したとき、あの冤罪裁判で、イライジャは一郎を弁護するために、人間族の一郎と身体の関係を結んだことを裁判で証言した。それで里にいられなくなったイライジャは、里を出てエルフの都と称されるエランド・シティで冒険者になっていたのだ。

 一郎は、イライジャに声をかけようとした。

 だが、その顔をぐいと正面に捩じられる。

 

「ご主人様、あたし──。あたしです。あたしを苛めてください。ねえ──」

 

 コゼだ。

 いつの間にか、毛布の下の下半身の服がなくなり、なにも身につけていない股間が一郎のズボンの上に乗っている。

 

「あんたねえ……」

 

 一郎と話していたイライジャも呆れている。

 そのときだった。

 どんと床が鳴り、エリカが幌に包まれた馬車の中に、後ろ側から飛び入って来ていた。

 

「見張りの交代よ、コゼ──。次は、マーズとコゼ──。時間──」

 

 エリカがコゼの襟首を後ろからむんずと掴んだ。

 

「うわっ」

 

 下半身がすっぽんぽんのコゼが毛布の外に出されて、コゼが慌てて手で股を隠す。

 

「あら、ごめんね」

 

 ちっとも済まなさそうじゃないエリカが、くすりと笑った。

 

「こ、交代って──。あ、あたし、まだ……」

 

「まだじゃないわよ。なにやってんのよ。昼間からロウ様にくっつかないでよ──。いやらしいわねえ……。そもそも、ここにいても、いつでも戦えるように待機してないと駄目でしょう。魔獣がまた出たら、どうするのよ──。戦士組はみんなでそう決めたじゃないの――」

 

 エリカが怒鳴っている。

 コゼが真っ赤な顔で怒りをあらわにしながらも、いまは、それ以上の文句を言わなかった。

 不満そうに、ズボンと下着をはき直し始める。

 

「だ、だけど、もともと、この小娘が……」

 

 しかし、コゼも服を直しながらミウを指さした。

 だが、ミウも素知らぬ顔をしている。

 

「言い訳しないのよ、コゼ──」

 

 エリカが大声を出す。

 とにかく、ナタルの森に深く入るに従い、森の中の街道で魔獣に襲撃されるというのが頻発していた。

 エリカも、こんなに魔獣が多いのは、本当に信じられないと不思議がっていたが、イライジャの事前の情報のとおり、この半年くらい、魔獣の発生が顕著になっているらしい。

 とにかく、あまりにも魔獣が多いので、全員で馬車に入っているということはできずに、数名交代で馬車と並行して進んで、周囲を見張るということをしている。

 夜の野宿でも、この数日は交代で見張りをたてていて、全員で休んだりもできなくなった。

 

 エリカがコゼを罵ったのは、馬車の中で待機しても、魔獣の襲撃に逢ったらすぐに対応するというのが約束事だったので、一郎といちゃいちゃしていたのはけしからんという主張みたいだ。

 コゼもそれはわかっているので、それで文句も言えないのだろう。

 結局は、大人しく身支度をしている。

 

「外に行きます」

 

 剣を掴んだマーズが、馬車の外に向かっていく。 

 

「なによ……」

 

 やがて、ぶつぶつ言いながら、コゼも馬車の外に出て行った。

 

「……エリカ、ご苦労さん。だけど、コゼといいところだったからな。俺も中途半端だ……。ちょっとくらいいいだろう。相手しろよ」

 

 一郎は馬車の壁にもたれて座りかけていたエリカを手招きした。

 

「は、はい──」

 

 すると、エリカはさっきコゼに怒鳴ったことなど忘れたように、顔を赤くして一郎にくっついてくる。

 その変わり身には、一郎も笑ってしまった。

 とりあえず、さっきのコゼと同じように、エリカを対面座位でだっこすると、さっとふたりの腰回りを毛布で隠す。

 今度は、一郎の下半身も収納術で身につけているものを一瞬にしてなくして、自分の股間を露出させた。

 さらに、エリカの下着の中に指を入れて、エリカのクリピアスを続けざまに弾く。

 

「んああっ、ああっ」

 

 エリカが嬌声をあげて、一郎にしがみついてきた。

 そして、あっという間に脱力した。

 他愛ないものだ。

 視線を向けると、イライジャが完全に呆れてこっちを眺めている。

 また、ミウはミウで、さっそくローブの下で指をお尻の穴に突っ込んでいるらしい。

 さっきから、真っ赤な顔でなにかを我慢する仕草を続けている。

 一郎は、エリカから紐の下着を外すと、体勢を取り直して、エリカの股間に怒張を挿入した。さっきのクリピアスの愛撫だけで、エリカの股間は濡れすぎなくらい愛液で溢れたのだ。

 

「は、はああっ」

 

 エリカが仰け反って悶え声をあげる。

 

「ふう……馭者台に行くわね。でも、ほどほどにね……」

 

 イライジャが嘆息だけして前に行く。

 一方で、挿入した状態のまま、一郎は淫魔術でエリカのクリピアスに短い紐を繋げてしまう。

 それをくいくいと引っ張りながら、エリカの腰を下側から持って、軽く上下に動かしてやる。

 快感と痛み……。

 すっかりと一郎に躾けられたエリカの身体は、その両方同時の責めに弱い。

 

「んふううっ」

 

 エリカが一郎に密着して全身をがくがくと震わせた。

 絶頂したのだ。

 この世界の時間の単位で“一タルノス”──。つまりは、約一分くらいだ。

 あっという間だ。実に他愛無い。

 一郎は、絶頂したばかりのエリカの腰を揺すり、いよいよ本格的な律動を開始した。

 

「んふう、あんっ、あっ、あっ、ああっ、ああ──」

 

 エリカが甘い声を出して悶える。もちろん、クリピアスに繋がっている紐を軽く引いて痛みも与えることは忘れてない。

 そのとき、馭者台にいたシャングリアがイライジャと交代して、中に入ってきた。

 

「わっ、なにをしているんだ、エリカ──。わたしたち戦士組は、馬車の中でもちゃんと待機しようって決めたじゃないか――」

 

 そのとき、シャングリアが、エリカを見て、猛然と抗議の声をあげた。



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337 エルフの里の異変

 そうこうしているうちに、馬車はやっと褐色エルフの里の入口にまでやってきた。

 幌の前側から覗くと、里の入り口で、十人ほどの里のエルフが殺気立った様子で警戒をしている。

 

「とまれ──。何者だ──」

 

 そこから怒鳴り声がした。

 馬車の前を進んでいたマーズとコゼが呼びとめられたらしい。

 すぐに、イライジャが馬車を近づけてとめる。

 

「わたしよ。イライジャよ──。久しぶりね、タルト。ユイナの競売に参加する人間族のパーティーよ。約束通りに来たわ。事前の参加届けは、三箇月前にしてるわ」

 

 タルト?

 聞き覚えのある名前に、一郎とエリカも御者台側から顔を出した。

 

「おおっ、お前たちは──」

 

 タルトが声をあげた。

 魔道石騒動のとき、ダルカンの一派にさらわれたイライジャとイライジャの義父で元里長(さとおさ)のトーラスを助けるために、一郎とともに戦ったエルフ戦士のひとりだ。

 ほかにも、プルトとかエクトスとかいうエルフ男がいて、一郎が去るときには、里長だったダルカンを追放したあとの、臨時の警備団のリーダーのようなことをみんなでやっていた。

 そのうちのひとりだ。

 

「久しぶりですね、タルトさん」

 

 一郎は言った。

 もっとも、あの魔道石騒動のあと、彼らは、恩知らずにも、一郎を魔妖精召喚の罪で死刑にしようとしたということがあったので、一郎としては再会も複雑だ。

 タルトもちょっと困ったような顔をしている。

 

「とりあえず、里に入れてよ──。ところで、この物々しい警戒は魔獣のため?」

 

「まあな……。このところ、以前にも増して、森に魔獣が多くてな……。とにかく、ちょっと待ってくれ、いま門を開ける」

 

 タルトが一緒にいたエルフ戦士の男女に指図した。

 バリケードのようになっていた門が開かれていく。

 やはり、以前にやって来たときには、こんな警戒などなかった。

 一郎もエリカも、里の入口など素通りして、里の中まで入ったのだ。

 

「……ところで、イライジャ、その様子では聞いてはいなかったようだが、競売は中止になった。ユイナの競りは行われない。先に来た人間族の奴隷商人たちのグループも、もう立ち去っている。競りはないんだ」

 

 タルトが馬車の下から言った。

 一郎はびっくりした。

 

「えっ、どういうこと?」

 

 イライジャも声をあげた。

 

「ユイナは逃亡した。脱走したんだ。一箇月ほど前にな……。とにかく、プルトのところに連れて行くよ。あいつは、いま、この里の自警団の隊長なんだ」

 

 タルトは言った。

 とにかく、馬車を里の中に入れてもらい、そのままタルトの指示を受けた青年に案内されて、里の中を進む。

 やがて、里の中心部に着いた。

 かつて一郎が簡易裁判を受けたこともある里の広場だった。

 ただ、あのときにはなかった平屋の建物がそこにできている。

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 その青年が一度、平屋の建物の中に入っていき、すぐに戻ってきた。

 

「プルト殿がお会いになる。こっちだ」

 

 一郎は、ほかの者を幌馬車に待機させて、エルフ族のイライジャとエリカだけを伴って建物の中に入ることにした。

 案内を受けて入ったのは、事務所のような場所だった。

 そこに大きなテーブルがあり、プルトがいた。また、もうひとり、年配のエルフ女性がいる。

 会ったことがあると思ったものの、すぐには思い出せなかったが、魔眼でステータスを確認して、すぐにあのときの裁判を担当した「バロア」というエルフ女性だということを思い出した。

 あのときの裁判における扱いは、人間族の一郎には非常に不公平で理不尽なものだった。

 しかし、この公平で高潔な女性が裁判官役をやってくれたおかげで、最終的には、一郎は不当な判決を受けないで済んだのだった。

 

「バロア様、イライジャです。戻ってきました……。プルト、久しぶりね」

 

 イライジャが言った。

 ふたりが顔をあげる。

 

「おお、面会人というのはお前たちだったのか──。イライジャ、ロウ──、久しぶりだ」

 

 プルトが大きな声をあげた。

 横のバロアがにっこりと微笑んだ。

 

「……元気そうでなによりね。あなたに酷いことをした里だから、もう一度来てくれるとは思わなかったわ、ロウ」

 

 バロアも言った。

 

「イライジャがわざわざ遠くまで来てくれて、俺に依頼をしてくれたんです。いまは、ハロンドールの王都を拠点にして冒険者をやっています。頼まれたのは、ユイナのことだったんですけどね」

 

 一郎は言った。

 

「まあ、座って」

 

 バロアが言った。

 ふたりの前には大きな地図があった。いろいろと記号や文字が書き込んであり、どうやら魔獣に対する警備要領などについて話し合っていた気配だ。

 プルトがそれを片付けて、椅子に座るように勧めた。

 一郎たちは三人並ぶようにテーブルにつく。ふたりも、その正面の椅子に座り直した。

 すると、バロアがすっと手をあげた。

 目の前に透明の盃に注がれている液体が出現する。ちょっと盃に触れてみると随分と冷えている。

 

「この里で獲れた果実の実を溶かした水よ。お口に会うといいんだけど」

 

 バロアがにっこりと微笑んだ。

 

「いただきます」

 

 まさか、毒のようなものではないだろう。そんなことをしても意味がない。

 一郎はすぐに、ひと口飲もうとした。

 だが、それを制して最初にエリカが口にする。

 毒味のつもりだろう。もちろん、わざわざ、それをするのは、エリカなりの不満の態度の現れなのだ。

 エリカは、かつて、一郎を陥れかけたこの褐色エルフの里の行いに対して、いまだに悪感情を抱いているみたいだ。

 

「あっ、美味しい」

 

 エリカがちょっとびっくりした声を出す。

 一郎も口にする。確かに、果実水は驚くほどに美味だった。

 これは、馬車で待っている女たちにも、飲ませてあげたいと思った。

 バロアはその様子を見守るように、にこにこしていた。

 

「ロウ、バロア様は、いまは、里長(さとおさ)をしているの。暫定だけど」

 

 イライジャが言った。

 

「そうか……。よろしくお願いします、バロアさん」

 

 一郎は軽くバロアに会釈した。

 しかし、それは、さっきバロアのステータスを確認したときに、すでにわかった。

 そのときには、里長は、あのトーラスではなかったのかと一瞬思ったが、すぐに、孫娘のユイナが大変なことをしでかしたために、里長をやめたと事前に説明されていたことを思い出してもいた。

 

「もう暫定ではない。正式に里長だ。数日前に、女王からの通達も得た」

 

 プルトだ。

 女王というのは、馬車の中で話にも出たガドニエルという女エルフのことだろう。

 里長ということになれば、一応は女王からの指名という儀礼のようなものが必要なのかもしれない。

 

「トーラスも、ダルカン時代の乱れを立て直そうと、里のために一生懸命にやっていたんだけどね。今回のことで、正式に引退して隠居するそうよ……。彼には会った?」

 

 バロアの言葉に、イライジャはまだだと返事をした。バロアは、だったら、後で訪ねて元気づけてやって欲しいと言った。

 トーラスは、以前、一郎たちが最初にやって来たときに寝泊まりした里外れの一軒家にいるらしい。

 

「しかし、しばらく会わないうちに見違えるようだ。外見は同じだが、まるで雰囲気が別人だ。威厳があるというか……。一瞬、わからないくらいだった。冒険者とか言っていたが、かなり活躍をしているのだろうな」

 

 プルトが感嘆したように言った。

 

「そうですか? 自分ではわかりませんが」

 

 一郎は笑った。

 

「本当にそうね……」

 

 バロアも頷いている。

 ふたりして、そう言うのだから、一郎もなにかが変わったのだろうか。

 自分では、よくわからないが……。

 

「エリカ……だったわよね。ロウとは仲良くしてもらっているの?」

 

「えっ? は、はい」

 

 突然にバロアに話を向けられて、エリカは戸惑ったように応じた。

 そして、思い出したように、さらに口を開く。

 

「それと、いまは、ロウ様は、ロウ=ボルグ……。ハロンドール国王から子爵の爵位をもらってます。貴族です」

 

「子爵?」

 

 プルトが一郎に視線を向けた。

 

「そうだったわ……。彼のいまの正式名は、ロウ=ボルグ卿──。冒険者としての功績で、子爵の地位を受けた枢機卿です。ハロンドール王家の王太女殿下や王妃殿下とも親しくされていて、王都でもっとも有名な冒険者といって間違いないと思います。ランクは(シーラ)級……。このエリカも……。わたしも驚いたんですけど」

 

 イライジャが慌てたように口にした。

 そう言われると、大変な人物のように思えるが、単に節操なく女を増やしていった結果として、その女たちのおかげで、そうなっただけだ。

 一郎は、子爵といっても名ばかりで、別に王家からなにかの扶持や領地などを得ているわけじゃないと付け加えた。

 

「それでもすごいな。それは人間族としては、大きな出世なのだろう? とにかく、おめでとう。ロウ……いや、ロウ卿……。里の恩人でもあるのに、あなたには後味の悪い思いをさせただけで終わったからな」

 

 一郎はプルトの物言いに、ロウと呼び捨てでいいと口にした。

 イライジャも、「わたしもざっくばらんに話すわよ」と横から言う。

 プルトも、じゃあそうするかと頭を掻いた。

 

 それから、一郎がどんな活躍をしているのかという話題になった。エリカが王国内に発生した特異点を幾つも発見してそれを破壊したりして、何度も王家から褒賞を得ていると説明した。

 プルトとバロアは感心していた。

 

「……それはいいとして、ユイナにはなにがあったの、プルト?」

 

 話がひと段落したところで、イライジャが本題を口にした。

 プルトが頷いた。

 

「……そうだった……。そもそも、ユイナのことで来てくれたのだったな……。だが、遠くからやって来てくれたのに、こんなことになって済まなかった。競りの参加に登録をしてくれていた奴隷商たちには、里から迷惑料を支払う。もっとも、里には人間族に渡せる貨幣の備蓄は乏しいので、魔道石で支払うというかたちになるが……」

 

「それは、なんでも結構です。それよりも、なにがあったのかを教えてください」

 

 一郎は口を挟んだ。

 すると、プルトはバロアの顔を見た。

 

「……言っていいわ。どうせ、わたしたちが説明をしなくても、この後でトーラスのところに行くのだろうから」

 

 バロアが言った。

 プルトが頷き、語り始めた。

 

 それによれば、やはり、ユイナは逃亡をしたということらしい。

 監禁されていたのは、一郎とエリカも収容されていた里の中心にある塔であり、そこに脱走防止の結界の魔道とともに、見張りをつけて閉じ込めていたそうだ。

 しかし、一箇月ほど前に突然に脱走したとのことだ。

 どうやって、逃げたのかも不明らしい。

 

 とにかく、簡単には破れないように、幾重にもかけられた塔の結界がことごとく外され、見張りについても、なんらかの手段で全員が眠らされてしまったようだ。

 気がついたら、塔や牢の出入り口が外側から壊されていて、ユイナは牢からいなくなっていた。

 そういうことらしい。

 

「……ともかく、そういうわけで、ユイナの処罰としての競りは中止になった。彼女はまだ発見されていないが、すでに、刑が改められて、今度捕らえられれば、不名誉刑の受け入れによる免罪もなくなった為、そのまま処刑となる。わざわざ、来てくれて済まなかった、ロウ……。そして、お前には気の毒なことになった、イライジャ」

 

「いえ……」

 

 一郎はとりあえず言った。

 イライジャも顔色を失って唖然としている。

 

「もしかして、この魔獣の大発生と、ユイナの逃亡にはなにかの関係がありますか……? つまり、ユイナが逃亡をするために、魔獣を大発生させたとか……」

 

 エリカが口を挟んだ。

 まさか、いくらなんでも、ユイナもそんなことまではしでかさないとは思うが、エリカはユイナについても、いい感情を持っていない。エリカにとっては、それくらいのことをやりそうな娘なのかもしれない。

 それに対して、プルトは首を横に振った。

 

「どうなのかな。わからん。ユイナが一度、禁忌の魔道を暴発させて、里の近くに大量の魔獣を出現させたのは事実だが、魔獣の発生の頻発はずっと以前からのことだし、それはユイナが収容されているあいだも変わらなかった……」

 

「でも、あの娘は、実際に里の近くに魔獣を呼び込んだんでしょう?」

 

「だったら、もしかして、関係があるのだろうか……? ユイナが逃亡を容易にするために、さらに魔獣を発生させて、俺たちがユイナに関われなくした? 実際に、こうやって、俺たちは里の防護で手がいっぱいで、ユイナに追っ手をかける余裕はないしな」

 

「いいえ。そこまで大それたことをあの娘がするとは思えないわ。それに、逃亡をしたとしても、彼女の魔道は封印されているわ。まあ、ユイナの逃亡と、いまの魔獣の大発生には関連はないでしょう」

 

 バロアが言った。

 

「ユイナの逃亡先に心当たりはありませんか?」

 

 一郎は訊ねた。

 すると、プルトが首を横に振った。

 

「……ユイナは里の外に逃亡したということしかわからない。だが、森の外にひとりで出たとすれば、可哀想だがユイナは魔獣に殺されたと思う。バロア殿がいま言ったとおりに、ユイナの魔道は、罪の一環として封印していたしな」

 

「でも、なんらかの手段で、その封印を解いたのかも」

 

 一郎は言ったが、プルトはそんなことは不可能だと断言した。

 しかし、一郎は、不可能なはずの塔の結界を破ったのだから、封印されている魔道を解放することもできたはずだと思う。

 だが、なにも言わなかった。

 いずれにしても、一郎は、彼らにこれ以上の口を挟む立場ではない……。

 

 

 *

 

 

 トーラスのいるはずの里の離れの家は、まったく外見に変化はなかった。

 相変わらず、周りにはほかに集落はなく、ぽつんと一軒だけ、その家が建っているという感じだ。

 二年近く前に、初めて一郎がここにエリカとともにやって来たときには、実はここが反ダルカンの拠点になっていた。

 でも、さすがに、いまはなにもないだろう。

 ただ、ユイナのことで里長を辞任しなければならなくなったトーラスが、余生を暮らすだけの場所のはずだ。

 

 馬車でやって来ると、トーラスは庭で庭仕事をしている最中だった。

 やって来た一郎たちの馬車に怪訝な表情を向けていたが、そこからおりてきたイライジャ、一郎、そして、ぞろぞろと出てくる女たちに目を丸くした。

 

「イ、イライジャ……」

 

 トーラスの前にやって来た一郎たちに、絶句している感じのトーラスだったが、やがてやっと口を開いた。

 

「ご無沙汰しています、トーラス様」

 

 イライジャは言った。

 彼女が“お義父さん”ではなく、“トーラス様”と呼びかけたことに、一郎はなんとなく訝しんだ。

 

「お、おう……」

 

 トーラスはそれだけを言った。

 それにしても、ちょっと見ないあいだに、随分とトーラスは老け込んだ感じだ。

 少なくとも、二年近く前は、まだまだ、颯爽としていた。

 しかし、いまは完全に老人だ。

 やはり、ひとりだけ残っている肉親のユイナのことが、余程に衝撃だったに違いない。

 

「覚えてますよね、トーラスさん。ロウです。いまは、ロウ=ボルグ卿……。ハロンドール王から爵位をもらった貴族様です。ユイナのことは、彼に託すつもりです。それについての考えは、いまも変わりません」

 

 イライジャが言った。

 

「貴族?」

 

 トーラスがびっくりしている。

 とりあえず、一郎は「ご無沙汰しています」とだけ口にした。

 それにしても、なんとなくだが、ふたりには、ちょっと険悪な雰囲気がある気がする。

 かなり余所余所しい。

 やはり、一郎との関係が原因で、イライジャは、トーラスともこの里全体とも疎遠になったのだろう。

 

「……ともかく、なんと言われようとも、ユイナのことは、このロウに任せるべきです。……もっとも、肝心のユイナが逃亡したというのは、すでに話を聞きましたけど……」

 

 イライジャが溜息交じりに言った。

 やはり、ユイナの扱いについては、イライジャとトーラスとでは、意見がわかれていたのだろう。

 そんな感じだ。

 

 そのときだった。

 突然に、トーラスががばりとその場に平伏したのだ。

 土下座だ。

 一郎は驚愕した。

 

「頼む──。ユイナを助けてやってくれ、このとおりだ、ロウ殿。もう、お前……、いや、あなたしかおらん。ユイナを救ってくれ──。この通りじゃ」

 

 トーラスが地面に顔を擦りつけて言った

 一郎も目を丸くしてしまった。

 

「ユイナは死んではおらん。連れていかれたのだ」

 

 トーラスが土下座をしたまま叫んだ。

 連れていかれた?

 なんのことだ?

 しかし、今回のことに関して、トーラスはなにかを知っている気配だ。

 だが、建物の方向に人の気配がした。

 一郎は視線を向けた。

 

「……お客様ですか……。あら、イライジャさん──。ご無沙汰しています。そちらはロウ様、そして、エリカ様……。あたしのこと覚えておられますか? どうぞ、お入りください──。それでいいんですよね、旦那様?」

 

 少女の声がした。

 下女姿の童女だ。

 ちょっと考えて、前にもここにいたメイという娘だと思い出した。

 

 一応、ステータスを確認する。

 十二歳か……。

 あの時は十歳だったな。

 随分と大人っぽくなっている。

 まだミウと同じような童女なのだが、こっちは随分と大人の雰囲気をまといかけている……。

 

 だが……。

 あれ──?

 ステータスが……。

 

 一郎はメイを思わず凝視してしまった。

 次いで、まだ、跪いたままのトーラスにも……。

 

 ふうん……。

 そういうこと……?

 それにしても……。

 うーん……。

 

「そ、そうじゃな。入ってくれ。なにもないが歓迎する。何日でも泊まってくれ。今夜は、せめて、なにか心ばかりの食事を準備しよう。もっとも、こんな生活でなにもないのだが……」

 

 トーラスが腰をあげた。

 

「いえ、だったら食材は俺たちが出します。食事の支度だって、こっちで……」

 

 一郎は慌てて言った。



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338 亜空間の操心実験

 ここは、褐色エルフの里の外れにあるトーラスの家だ。

 

「ほら、これでいいか? じゃあ、頼むよ」

 

 厨房で料理の支度を始めていた女たちのところに行くと、一郎は亜空間から鯉のような魚を二匹取り出して渡した。

 今日の当番は、コゼとマーズだ。

 ふたりはもう厨房に立っていて、ロウは、イライジャとともにやってきたところだ。

 厨房には、ほかにこの屋敷の下女のメイがいる。

 メイは、厨房の使い方について、コゼたちに教授をしている。

 ほかの女は、とりあえず、一泊するための荷を馬車から客間に移動させて寝床の確保中だ。

 

「これが魚というものですか。初めて見ました」

 

 メイが感心したように言った。

 今日の夕食の料理として、魚を選んだのは、この褐色エルフの里では、そもそも魚そのものが滅多に手に入らないということを教えられたからだ。

 この辺りのエルフの里は、あまり流通が発達しておらず、食材になるような大きな魚が取れるような川がないので、魚が食材となることはない。

 流通があったとしても、腐りやすい魚をここまで運んでくるのは、魔道でも使わない限り難しく、魔道を遣うとなれば、当然に高価なものになる。

 だから、このナタルの森では、魚そのものが高級食材なのだ。

 

 だが、一郎が運んできた魚は、まだハロンドール内にいるときに、ある河沿いの宿場町で仕入れたものであり、その場所では庶民の口に入るような安価なものだ。

 あれから一箇月近くが過ぎていると思うが、買い溜めした樽の中から、たったいま取り出した魚は、買ったときと同じに新鮮なものである。

 それを可能としているのが、一郎の亜空間の能力だ。

 

「本当に便利ね。あなたの亜空間収納……」

 

 一郎の横にいるイライジャが感嘆したように言った。

 もともとは、雌妖魔のサキから賦与された能力なのだが、一郎はこの空間に、どんなものでも収納して、しかも時間をまったく経過しないようにさせることができる。

 アネルザの伝手(つて)を使って短銃を数十丁揃えて、火縄を着火して発射準備の終った状態で保管もしている。いまのこの瞬間にも、右手に短銃を出現させて、即座に射撃をすることも可能だ。

 それだけではなく、淫具もすぐに出せるし、支配している女限定だが、女が身につけている服を瞬時に収納して、素っ裸にすることができる。

 身に着けている服や装備しているものだけを術で亜空間に収納することは、高位魔道遣いでもできないそうだ。

 とにかく、この旅でも、大きな荷や新鮮な食材、飲み水などを大量に亜空間に持ち込んでいる。

 食材については、旅の途中で仕入れもしているし、まあ、旅の食べるものや飲むもので困ることはない。

 

 そうやって、一箇月半以上の旅をして、ユイナの競りに参加をするために、はるばるとここまでやって来た一郎たちだったが、到着してみると、そのユイナは一箇月前に、監禁されていた里の塔から脱走してしまっていたことを教えられた。

 競りは中止である。

 

 とりあえず、一郎たちは、ユイナの祖父であって、この事件が起きる前までは、里長(さとおさ)をしていたトーラスのところを訪ねた。

 すると、突然に土下座をされて、ユイナを助けてくれと頼まれた。

 どうやら、今回のユイナの脱走にはなにか裏があり、しかも、トーラスがなにかを知っている気配だったが、まだ話は聞いていない。

 おそらく、このあと、話をするつもりだと思う。

 トーラスからは、一郎とイライジャだけが、食事前にトーラスの私室に来てくれと声をかけられている。

 それで、このあと、そのまま向かうことになっている。

 

「物だけじゃなく、生きている人間でも運ぶことができるの?」

 

 イライジャが訊ねた。

 一郎たちは、厨房から少し離れて立ったままだ。

 料理をしていて不足している食材があれば出さないとならないので、少しのあいだ、調理を眺めているところだ。

 しばらくすれば、ふたりでトーラスのところに行くつもりだ。

 

「まあできるよ……。でも、本来は運搬するための能力じゃないのさ。遊ぶための能力なんだ。プレイのための場所さ」

 

 一郎は言ったが、よく考えれば、運搬するための能力を一郎がプレイのために使っているのかもしれない。

 だが、亜空間に入っているあいだは、時間は存在していながら、時間経過がないので、この中でいくらでも遊んでから、亜空間に入った直後の時間に戻ることもできる。

 また、逆に外の時間と同じ時間を経過してから、元の場所に戻ることも可能だ。

 本当に、亜空間内は、一郎の意思によって時間を自由自在に管理できる。

 食材や水が腐らないのは、その性質を利用しているからだ。

 便利なものだ。

 一郎はイライジャにそう説明した。

 この能力で、王都にいるときには、本来は忙しいイザベラの侍女たちとの全員と逢瀬を毎日愉しんだ。

 そういえば、あいつら、どうしてるだろう。

 

「へえ、じゃあ、しまっている食材と同じように、人も、あなたの作る特殊な場所に隠れていて、それであなたの意思で、どこにでも出現することができるということね。すごい力だわ」

 

 イライジャは感動したように言った。

 人を運ぶことができるというところだけは反応し、「プレイ」の部分は意図的に聞き流したようだ。

 まあ、いいか……。

 

「まあ、だけど、どこにでもというわけにはいかないね。あくまでも、俺の能力だから、俺以外の者については、亜空間に入って、俺が自由に出現させるということができるけど、それは、俺がいる位置からしか出現できない」

 

「そうなの?」

 

「うん……。それから、俺自身が亜空間に入った場合は、亜空間と現実世界を再び繋げられるのは、入った瞬間の場所だけなんだ。ほかにもある。亜空間に入り込めるのは、俺の女だけだ。誰でもというわけにはいかない」

 

 まあ、必ずしも女でなくても、顔に精液を擦りつけたりして、淫魔師の結びつきを作れば、一時的には連れ込むこともできると思うが、面倒なので説明は省いた。

 

「制限があるということね。もしも、誰かが亜空間に入って、そのあいだに、あなたが意識を失ったり、眠ったりしたらどうなるの?」

 

「前に試したんだけどね、その場合は、亜空間に入りっぱなしなる。但し、死んだときにはわからない。多分、死んだら、その場で現実空間側に出てしまうと思うんだけど、こればかりは、試すわけにはいかないしね」

 

 一郎は白い歯を見せた。

 

「ふうん……。それでも、さまざまな作戦に応用できそうね」

 

 イライジャは感心したように、しきりに頷いている。

 そのとき、厨房にいたメイが、一度トーラスの様子を確認すると口にして、離れていった。

 コゼがとことこと厨房から、ここまでやって来る。

 

「ねえ、ご主人様、あの魚どんな料理にしたいですか? やっぱり、いつか教えてもらった刺身というものにします?」

 

 前に屋敷でどんな料理が好きかと訊ねられたことがあったので、そのときに一郎は、魚を捌く刺身料理について教えたのだ。

 だから、器用なコゼは、上手に魚を捌くことができる。

 醤油についても、前にマアが海の向こうから調達してくれた似たものが、亜空間の中にある。

 

 そういえば、そのマアは、一郎たちが王都から出立する直前に、タリオに一時帰国したままだ。

 もともと、マアはタリオ公国の女豪商であり、独立した商会の会長とはいえ、タリオ大公の強引な帰国命令には逆らうことができなかったのだ。突然にタリオからやってきていた自由流通商会をハロンドールから引きあげさせたのは、あのアーサーの嫌がらせには違いないが、マアはこれを機会に、公国と商会との繋がりを断ち切って独立性を確保し、もう一度ハロンドール王国に戻って来るつもりでいる。

 マアはやる気満々だったし、ハロンドール王国に戻ることだけについては、数箇月以内に達成したいと口にしていた。

 このクエストで、一郎が王都を出てしまったので連絡の取りようもないが、一郎のために金にものを言わせ、一郎が喜ぶ料理を準備したり、専用温泉を作ったりと、実に健気な女だった。

 一郎たちが王都に戻った頃には、マアと再会できると信じたい。

 

 ところで、実のところ、一郎の女たちの中で、屋敷妖精のシルキーを除けば、一番料理が上手いのはコゼであり、次いでマーズだ。

 奴隷あがりのふたりは、なんだかんだと料理をする経験も多かったようであり、普通に料理をする。

 ここにはいない、アンの侍女のノヴァも上手だ。

 スクルズとベルズも同様に料理はする。

 料理のようなことも修行時代にひと通り学ぶようだ。

 ただ、スクルズもベルズも、いまは高位巫女になったので、料理をする機会はないようだ。

 また、なによりも、イザベラ侍女団の中のデセオの料理は絶品だ。彼女は、一郎の淫魔師の恩恵で、料理人のレベルが“30”レベルになっていて、その料理の味は神がかり的な美味しさだ。

 また、ミランダも料理くらいはすると言っていた気がする。

 そういえば、みんな元気だろうか。

  

 一方でまったくしないのは、貴族女のシャングリアだ。アネルザやイザベラも当然やらない。シャーラもだめだ。

 また、エリカもほとんどしない。

 エリカ本人は、料理をちゃんとやっているつもりのようだが、彼女の料理は実に大雑把なのだ。

 食材となる獲物を捌いて、肉を焼き、せいぜい塩をかけるという程度であり、いわゆる野外料理の域を越えない。

 それについては、人妻だったイライジャも大差なく、おそらく、料理の習慣と技術というのは、人間族とエルフ族の本質的な差なのではないかと思う。

 

 そして、いまふと思いついた。

 イライジャを一度亜空間に連れていこう……。

 亜空間については、説明するよりも、実体験する方が早い。それに、少し試してみたいことがあるのだ。

 一郎の淫魔術で、どのくらい女を操心状態、すなわち、暗示にかけられるのかという実験だ。

 これがうまくいけば、亜空間を使ったプレイに大きな幅が生まれる。

 

「一匹は刺身は作って欲しいな。好きなんだ。もう一匹は任せるよ」

 

「香草と一緒に煮てもいいでしょうか?」

 

「そうだなあ……」

 

 一郎は目の前のコゼに応じながら、イライジャに視線を向けた。

 

「ところで、イライジャ、さっきの亜空間のことだけど、一度体験するといい。問題ない。一瞬後に戻れる」

 

「えっ?」

 

 すると、イライジャがぎょっとした表情になった。

 

「だから、体験してみようよ。ついでに、操心術の実験もさせてもらえるかな。心を操って、記憶を消して、暗示をかけさせてもらう。まあ、ちょっとした“ぷれい”だね」

 

 実際にはイライジャは体験しているが、冒険者ギルドで再会したとき、みんなで話しているうちに眠ってしまったイライジャを運んだだけなので、イライジャには亜空間の記憶はないだろう。

 それに、ちょっとした思いつきが頭に浮かんだのだ。

 

「ちょ、ちょっと、待ってよ──」

 

 一郎が口にした「操心術」という単語に不穏なものを感じたのが、イライジャが不審顔になる。

 そして、慌てたように、イライジャが拒絶の言葉を口にしようとしたのがわかった。

 だが、もう遅い。

 一郎はイライジャを亜空間に放り込み、自分自身も亜空間の中に入っていった。

 

 

 *

 

 

「えっ?」

 

 はっとした。

 イライジャは気がつくと、見知らぬ部屋の中にいた。

 いや、真っ白い世界だ。

 それ以外になにもない。

 そして、はっとした。なにも思い出せないのだ。どうして、こんなところにいるのだろう?

 なにもわからない。

 

「いい姿になったよ。さすがのイライジャも、これでもうおしまいだね」

 

 男の声がした。

 くすくすと笑っている。

 目の前に立っているのは、黒髪の男だ。年齢は三十歳は越えているだろう。一見して武術の心得はないのはわかる。だが、不思議な風格と世慣れているような凄みを感じる。

 会ったことがあるような気がするが、どうしても思い出せない。

 

「うわあっ、きゃああ──」

 

 だが、次の瞬間、我に返って絶叫した。

 イライジャは素っ裸だった。

 しかも、両手両脚を大きく拡げて、部屋の真ん中に突っ立っている。身体の両脇に二本の柱が立つ拘束台があり、イライジャは素っ裸になって四肢を拡げて拘束されていた。

 その男はそのイライジャの裸を眺めながらにやにやとしているのだ。

 

「ちょっ、ちょっと――。いやっ」

 

 慌てて身体を隠そうとしたが、手首と足首に革枷が嵌められていて、その革枷で左右の柱に繋げられていて、びくともしない。

 まったく身動きできないのど。

 想像もできないような絶体絶命の状況に、イライジャは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

 

「とりあえず、二、三回、気をやってもらおうかな……。抵抗しても無駄だよ……。そうだねえ……。俺は悪者だ。名前はロウ……。女を洗脳して自分の性奴隷にする卑劣漢だ。イライジャはあるクエストで、仲間と俺を捕らえようとしたけど、逆に捕まえられた……。そういうことにしようか」

 

 男が静かに言った。

 その瞬間、イライジャの頭に、いま男が口にした通りの記憶が甦った。

 そして、どういう状況なのかを思い出した。

 

 この男の名はロウだ。

 おかしな術で女を洗脳しては、自分の性奴隷にしている卑劣男であり、イライジャは、このロウの悪事の証拠を掴むというクエストを受けて、数名の冒険者と組んで、こいつの身の回りを探っている最中だった。

 だが、逆に捕らえられて、こうやって監禁されてしまったのだった。

 

「な、仲間は……?」

 

 仲間はどうなったのだろう――?

 思い出せない……。

 なぜ、思い出せないのか……。

 

「仲間とははぐれたよ。戻ってくる望みもない。そもそも、イライジャが捕らわれたことにも気がついてないからね」

 

 ロウが言った。

 すると、仲間の冒険者とはぐれたという記憶がやってきた。おそらく、イライジャがロウに捕らわれたことにも気がついてないかもしれない。そんな気がしてきた。絶望がイライジャを襲う。

 とにかく、いまは、このロウとイライジャのふたりきりだ。

 魔道は……?

 駄目だ。魔道も遣えない。そもそも、イライジャはこの危機を脱するのに役に立つような魔道は遣えない。

 

「ち、畜生──。こ、こんなことをしてただでおかないからね──。このけだもの──」

 

 イライジャは逆上して啖呵を切った。

 もっとも、こうなってしまえば、どうしていいかわからない。

 ロウはちょっと動じた素振りをしたが、すぐに笑顔に戻る。

 

「おお、凄いねえ……。イライジャの敵になると、こんな風に怒鳴られるのか……。じゃあ、とりあえず、じゃじゃ馬ならしといこうかな」

 

 ロウがイライジャの裸身に近寄ってきた。

 そして、すっとイライジャの下腹部に手を伸ばして、太腿をくすぐるように手のひらで撫ぜ始める。

 

「うっ」

 

 その瞬間、電撃のような快感が迸り、イライジャはびっくりして歯を喰い縛った。

 

「案外に感じやすいね……。それとも、こうやって拘束されて苛められるのが好きなのかな?」

 

 ロウの手が、すっすっと太腿から股間を動く。

 挑発するようなロウの言葉にかっとなる。

 

「んふうっ」

 

 しかし、次の瞬間、ロウの愛撫に襲いかかられて、口から声が迸り、身体が前後に跳ねた。

 なんという愛撫だ。

 それほどの刺激とも思えないのに、ロウがイライジャに触れると、それだけで、全身が脱力するほどの甘美感に襲われるのだ。

 だが、こんな女を操って弄ぶような卑劣漢に身体を自由にされるなど、血を吐くような屈辱だった。

 

「こ、この仕返しは……。あ、ああっ、いやっ」

 

 声を出すまいと必死で口をつぐんでいたのだが、悪態をつこうと思って、口を開いたところを狙い定めるように肉芽を弄られたのだ。

 イライジャは大きな声をあげてしまった。

 ロウがけらけらと笑う。

 かっと羞恥と怒りが全身を駆け巡る。

 

「まあ、固くなるなよ、イライジャ。こうなったら、愉しまなきゃ損というものさ。じゃあ、乳揉みをしてみる?」

 

 すると、ロウが後ろに回って、二本の手をすっと乳房に伸ばしてきた。

 

「ひんっ」

 

 イライジャは悲鳴をあげてしまった。

 ぐにゃぐにゃと胸を揉まれて、乳房が溶けるような快感に襲われる。

 

「はあああっ」

 

 イライジャは全身をのたうたせた。

 もう思考ができない。

 片手が股間に移動して、ゆっくりとクリトリスや股の亀裂に指が這う。

 ねちっこい乳房への愛撫と股間への責め……。

 イライジャは、もう声を耐えられなくなり、甘い声をあげて火照りきった顔を左右に激しく振った。

 

「ああ、ち、畜生……。口惜しい──」

 

 イライジャは喘ぎ声をあげて呻いた。

 恐ろしいほどの性の技だった。

 あっという間に、イライジャは追い詰められる。こんなにも簡単に感じてしまうなど、とても信じられない。

 胸と股間をちっこく責められる。

 イライジャは狂乱状態になった。

 どんどんと快感が競りあがる。

 なにもできない……。

 圧倒的に甘美感……。

 イライジャは、ただただ身体を悶えさせて、裸身をのたうたせるしかなかった。

 

「さて、じゃあ、目隠ししようか。快感が飛び抜けるぞ……」

 

 背後のロウが呟いた気がした。

 すると、目の上になにかが出現して、イライジャの視界を塞いだ。

 

「ああっ」

 

 視界が消え、それだけで快感が飛翔した。ロウの手がさっと離れる。

 安堵感よりも、恐怖が襲う。

 どこをどう責められるのか、わからないからだ。

 すると、ロウがいつの間にかイライジャの前に移動していて、両脇に手を伸ばして、いきなりくすぐり始めた。

 

「ひいっ、ひいっ、ひいっ、や、やめっ、やめてええっ──」

 

 信じられないくらいのくすぐったさが襲った。

 イライジャは無理矢理に笑い声を引き出される。

 

「くすぐりながらの愛撫っていうのが、結構効くんだよね。やってみようか?」

 

 ロウがいやらしく指を脇に動かしながら言った。

 両方の太腿と胸になにかが乗る感覚が襲う。

 なに?

 粘性体?

 そういうねっとりとした柔らかいものだ。

 だが、それがまるで人の手のようにイライジャの身体を揉みほぐしだす。

 

「ああ、いやっ、あはっ、ああっ」

 

 なにが起きているかわからない。

 さらに、さっきの得体の知れないものが、お尻にも伸びる。

 そして、脇をくすぐる手は刷毛のようなものに変わる。

 

「あはあっ、んふふふっ、んぐううう、いやあああ」

 

 まるで、三人がかりのような愛撫とくすぐりに、イライジャはもうどうしようもなくなった。

 腰から背中にかけて、じんと切なくて鋭い快感が貫き、イライジャは全身を発作のように激しく震わせた。

 

「ああああっ」

 

 そして、イライジャは四肢を拡げたまま、大きな悲鳴をあげて絶頂を極めた。

 がくがくと、素っ裸を二度、三度と激しく震わせる。 

 

「さっそく、いったね。でも、まだまだ、終わらないよ」

 

 ロウが酷薄に言った。

 こんな男の前で呆気なく果てたのかと思うと、かっと屈辱が込みあがったが、さらに次の汚辱がイライジャに襲いかかった。

 背後から愛撫している物体がイライジャのお尻の穴にゆっくりと沈み始めたのだ。

 触手――?

 そうとしか思えなかった。

 しかも二本――。

 潤滑油でも塗っているのか、それ程の抵抗もなく、イライジャは、深々と二本の触手もどきをお尻の奥まで受け入れさせられた。

 そして、内部をくねくねと二本の触手で弄られる。

 

「ひいい、んくくうっ、うああっ」

 

 すると、疼くような快感が沸き起こって、イライジャに名状のできない汚辱感と羞恥心が駆け巡った。

 口惜しいが信じられないほどの快感が全身を席巻する。

 

「俺の手と粘性体から快感を逃げるのは不可能だよ。ほらっ。粘性体は手のようにも動かせるし、触手にもできる。固さも形も動きも、肌触りさえも自由自在さ」

 

 ロウの言葉が終わると同時に、胸を刺激しているものが、まさに人の手の感触になり、乳房を揉みだす。しかも、指で挟むようにして、乳首もくりくりと動かされる。

 股間の刺激は、柔らかい筆のようなものを感じさせる刺激になった。

 とにかく、大津波のような激しい快楽に、イライジャの意識は完全に飲み込まれる。

 それにしても、粘性体?

 

 そのとき、脇のくすぐりがやっとなくなった。そして、前側からロウがイライジャの秘部にゆっくりと怒張を埋め込んできていたのがわかった。

 

「ああっ、だめえええ、いくううう」

 

 イライジャはつんざくような悲鳴をあげて悶えた。

 あっという間に奥まで貫かれた。

 ますます痺れが大きくなる。

 そして、律動が始める。

 すると、この世のものとも思えないほどの、凄まじい快感が襲いかかり、イライジャはただただ悶え泣くしなかった。

 そして、ついに絶頂してしまった。

 

「すごいね、イライジャ。だけど、まだ終わらないよ」

 

 律動は続く。

 胸やお尻への愛撫もそのままだ。

 すぐに、二度目の快感の飛翔がやってきた。

 

「んはあああ、やめてええ、あああっ」

 

 イライジャは心の底から悲鳴をあげた。

 前後からふたつの穴を犯されるという衝撃もそうだが、それによって沸き起こった、妖しい自分の被虐の快感をはっきりと自覚したからだ。

 

「あああっ、だめええ、ああああっ」

 

 ロウがゆっくりとイライジャを犯し続ける。

 イライジャが二度目の絶頂をするのに、いくらの時間もかからなかった。

 

「も、もう許してええ──。せ、せめて、少し休ませてえ──。あはああっ」

 

 イライジャは、続けざまの二度目の絶頂をさせたにも関わらず、イライジャを解放する気配さえも見せないロウに、もう恥も外聞なく哀願した。

 すぐに三度目が襲ってきた。

 しかし、ロウは許してくれない。

 

 再びイライジャを絶頂に押しあげにかかる。

 やがて、イライジャは完全に絶頂の大波の上に載せられた。

 前からの律動と後ろからの刺激、そして、乳房の愛撫が続く。なによりも、視界がないことで、全身が敏感になりすぎている。

 

「いぐうううっ」

 

 ついに、イライジャは、三度目となる絶頂をしてしまった。

 一番深い絶頂だ。

 しかも長い――。

 イライジャは、拘束された身体を電撃でも浴びせられたように痙攣させた。

 そのとき、前に挿入されているロウの怒張も熱さを帯び、心なしか太さを増したような気がした。

 ロウの腰がくいくいと動いたのがわかった。

 

「ああ……」

 

 精を放たれた。

 イライジャは、がっくりと脱力してしまった。

 

「おっ?」

 

 すると、ロウが戸惑うような声をあげた。しかし、その口調の中に、ちょっと面白がるような響きが混じっている。

 

「あっ」

 

 イライジャも、どうしてロウがそんな反応をしたのかわかった。

 脱力したときに力を抜き過ぎたのか、イライジャはじょろじょろとおしっこを漏らしてしまったのだ。

 当然に前にいるロウの下半身に、イライジャの尿が当たる感覚があった。

 

「ああ、ご、ごめん、ごめんなさい……」

 

 イライジャは狼狽の声をあげた。

 ロウが笑いながらイライジャから一物を抜いて離れる。

 しかし、イライジャは迸りだしたおしっこをとめることもできずに、ただただ、流れ出る放尿に放心するしかなかった。

 

「まあ、こんなところかな……。結構、操り術もいけるんだなあ。これなら、いろいろな愉しみ方ができそうかな」

 

 やっとおしっこがとまる。

 それを待つように、ロウがそう言った。

 だが、言い返す余裕もなく、なにかを口に押し込まれた。

 どろりとした液体が口の中に入っていく。

 なにかを飲まされたとわかったのは、それをすっかりと飲み込んでしまってからだ。

 

「げほっ、げほっ、げほっ」

 

 イライジャは咳込んだ。

 ロウが持っていたのは小瓶だ。

 どうやら、そこになにかの薬液のようなものが入っていたのだと思う。

 しかし、すでに全部の液体がイライジャのお腹に入ってしまった。

 

「な、なにを飲ませたのよ……?」

 

 イライジャは言った。

 だが、ロウは笑った。

 

「心配しなくてもいい。毒じゃない。むしろ、逆だよ。毒消しだ。これをあらかじめ飲んでおくと、間違って、毒を飲んでも大事に至ることはない……。まあ、念のためにね。こんなことだと思うんだよね。勘だけど……」

 

 毒消し……?

 なんのために……。

 疑念が沸き起こる。

 

 しかし、そんなことを言いながら、きっと得体のしれない媚薬でも飲ませたに決まっている。

 この男はそういう男だ。

 あるいは、なにかの洗脳剤か……。

 

「……ところで、メイのことだけど……」

 

 ロウが近寄ってきて、耳打ちした。 

 イライジャは、意味がわからずに眉をひそめた。

 目の前が真っ白になった。

 

 

 *

 

 

「えっ?」

 

 気がつくとイライジャは、床の上にしゃがみ込んでいた。

 一瞬、状況を理解することができなかったが、すぐに、ここが褐色エルフの里であり、トーラスの屋敷内だとわかった。

 

 はっとした。

 だが、服は着ていた。

 しかし、髪は乱れている感じだし、なによりも腰が抜けたみたいになっている。

 また、よく見れば、身につけているものを服もかなり乱れている。

 イライジャが自分で着たのではなく、ロウに着させてもらった?

 

「……ほら、おマアからもらった“ソイの汁”だ。亜空間から持ってきた。刺身にする側に使ってくれ。それと、残りの一匹はコゼの提案でいいよ。任せるし、愉しみにしている」

 

 ロウがコゼにそう言って、調味料の瓶を渡している。

 あれは、“ソイの汁”という調味料らしい。ロウは“しょうゆ”とも呼んでいた。

 この旅のあいだでも、何度か刺身という食べ物を口にしたことがあったから、イライジャも知っている。

 

「わかりました、ご主人様……。ところで、いま一瞬、ご主人様とイライジャの姿がぶれたように見えたんですけど、亜空間に行ったんですか?」

 

 コゼが訊ねた。

 一瞬?

 イライジャは、コゼの言葉を訝しんだ。

 

 それにしても……。

 さっきまでのは……?

 夢……?

 亜空間……?

 だが、亜空間内の出来事と記憶が、いまのイライジャの意識と結びついていく。

 だんだんと、理解が追いついてきた。

 直前まで亜空間の話をしていて……。

 そして、ロウが体験してみようと話……。

 そのとき、操心術を試すとか、なんとか……。

 

 やっとわかってきた。 

 とにかく、あそこに連れ込まれていたとき、イライジャはイライジャであって、イライジャではなかった。イライジャは、たったいままで、心の底からロウのことを嫌悪していた。

 だが、本来は、いまさら、ロウの悪戯をあんなに憎しみとともに屈辱を覚えることはない。

 つまり、操り術か――。

 偽物の記憶と、おかしな暗示に……。

 つまり、イライジャは、ロウから亜空間とやらに連れていかれただけでなく、操り術で、おかしな暗示をかけられたのだとわかった。

 しかも、それなりの時間を犯されたと思ったが、亜空間に意識が飛ぶ瞬間にコゼが料理のことをロウに訊ねていて、その状況から一瞬しか経っていないらしい。

 

「まあな。体験してもらったんだ。亜空間のことを訊ねられたからな」

 

「それで、座り込んでるのね。ご主人様に可愛がってもらったの、イライジャ? 気持ちよかった? まあ、その感じだと聞くまでもないか」

 

 コゼがけらけらと笑った。

 そのあいだも、だんだんと冷静になっていく。

 すると、次第に、かっと怒りも込みあがってもきた。

 

「あ、あんた、悪趣味よ、ロウ──。記憶をいじるなんて――」

 

 イライジャは立ちあがって、ロウに詰め寄ろうとした。

 だが、腰をあげようとして、力が抜けて尻もちをついてしまった。

 身体に犯されたときのままの身体の火照りと絶頂の余韻が残っている。

 腰に力が入らないのだ。

 それでわかったが、服は着させられたみたいだが、下着を身につけていない。イライジャはスカートを両手で押さえた。

 

「どうしたか、イライジャ?」

 

 ロウが笑ってる。

 ズボンのポケットからイライジャの下着らしきものをちらりと出した。

 まったく、この男は……。

 

「ねえ、大丈夫、イライジャ?」

 

 コゼが声をかけた。

 

「別にどうってことないさ。いつものことさ」

 

 ロウが笑った。

 次の瞬間、さっとロウとコゼの姿が目の前から消滅した。

 驚いたが、またもや、ロウが亜空間に消えたのだとわかった。今度はコゼを連れ込んだのだろう。

 

 しかし、数瞬後には、ふたりが戻ってきた。

 だが、にこにことしているロウに対して、コゼは現われるや否や、イライジャ同様にしゃがみ込んでしまった。

 しかも、コゼはたっぷりと汗をかいていて、顔も赤い。イライジャと同じように肩で息をしている。

 イライジャは、コゼもまた、さっきのイライジャと同じようなことをされたのだと思った。

 

「……ああいいうのも、刺激があっていいだろう、コゼ? 市街地の真ん中と思ったかもしれないけど、実際にはいつものなにもない白い空間の亜空間だ。だけど、ただの暗示であって、いまのは亜空間と操り術の併用のぷれいだ」

 

 一郎が笑った。

 

「ひゃ、ひゃい……」

 

 コゼはまだ舌が回っていないようだ。

 イライジャは鼻白んだ。

 ロウは、コゼもまた、おかしな暗示をかけて抱いたのだろう。

 いずれにしても、ロウが亜空間に女を連れ込むということがどういうことかわかった。

 

「ほら、ふたりとも」

 

 一郎が声をかける。

 すると、抜けていた腰に力が入った。性交の余韻による怠さも一気に晴れる。

 一郎の仕業みたいだ。

 相変わらず、不思議な能力を次々に使う……。

 

「……どうかしましたか、皆様?」

 

 そのとき、声がした。

 イライジャは慌てて立ちあげる。コゼも立った。

 メイだ。

 

 そして、そのことで、イライジャは、亜空間の中でロウがイライジャに口にしたことを思い出した。

 我に返る……。

 

 本当──?

 思わず、見入ってしまう。

 

「……なんでもないですよ、メイちゃん。もしかして、そろそろ、トーラスさんが呼んでるかい?」

 

 ロウが微笑みながら言った。

 メイが大きく頷いた。

 

「じゃあ、行こうか、イライジャ……。それと、コゼ、さっきのこと頼むな。全員によろしく」

 

 ロウがコゼに声をかけた。

 コゼは、イライジャが亜空間の中で飲まされた毒消しだとかいう小瓶を四本ほど持っていることに気がついた。

 はっとしたように、コゼが大きく頷くのがわかった。



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339 老エルフの告白

「じゃあ、話してもらえますか……? あっ、その前にメイちゃんは、さがらせてください。必要ないでしょう」

 

 トーラスの私室で一郎は口を開いた。

 話をするためにやってきたのだが、案内のメイがまだ部屋の隅にいるのだ。

 一方で、一郎たちについては、話を聞くのは、一郎とイライジャだけと限定されていた。

 ほかの女、特に人間族の女には話を聞かせたくないということについては、ちょっと苛立ったが、まあ応じた。

 あとで説明すれば同じことだ。

 

「メイは問題ない……」

 

 トーラスはぼそりと言った。

 

「俺の仲間でさえ内容をはばかるものをメイちゃんに聞かせることはないでしょう。さがらせてください」

 

 一郎は強く言った。

 トーラスはむっとした顔になる。一郎の主張の内容よりも、一郎の口調が気に入らない様子だ。

 

「メ、メイはエルフ族だ。信用できる……」

 

「それがどうしたんです。さがらせてください」

 

 一郎はなおも強く言った。トーラスの顔が怒ったように赤くなる。

 

「メイ――」

 

 イライジャがメイに視線を向けて睨む。

 

「旦那様、あたしはさがってます」

 

 メイがトーラスにお辞儀をして部屋を退出していった。

 トーラスは、「そうか」と言っただけだ。だが、トーラスがほっとしたように息を吐いたのを一郎は見逃さなかった。

 一郎は、収納術で防音の護符をテーブルに出して置く。

 宿屋などで、性交の声が外に漏れないように、スクルズに大量に作ってもらって、持ってきたものの一枚だ。

 魔道の念を込めたのがスクルズなので、そんじょそこらの魔道や魔道具では盗聴できない。

 トーラスが護符の効果と強さに気がついたのか、眼を丸くしたのがわかった。

 

「これで、この部屋の話は外には出ません。じゃあ、話してください、トーラスさん」

 

 一郎は言った。

 すると、トーラスが魔道の杖を出して、一郎に向ける。

 

「……その前に、これから話すことは、絶対に他言無用だ。まずは、人間族のお前には秘密を語ることのできない魔道を受け入れてもらおう。話はそれからだ……」

 

 トーラスがいきなり、魔道を駆使する姿勢を示し始めた。

 一郎はびっくりした。

 そして、むっとした。

 

「もしも、あなたが俺になにかの魔道をかけようとしたら、その瞬間に話は終わりです。ユイナが死のうが、殺されようが、俺には、あいつを助ける義理は塵ほどもないと思っていますからね」

 

 すかさず言った。

 もっとも、その手の操りの魔道は、おそらく一郎には通用しない。トーラスは、一郎に自分の魔道が効果がないとは、思ってもいないだろうが、おそらく一郎がトーラスの魔道で操られることはない。

 ジョブの違いはあっても、レベルを下回る者が自分よりもレベルを上回る者に操り系の術をかけられないというのは、一郎はこれまでの経験から知っている。

 理由は知らないが、そういうものなのだ。

 そういう点では、淫魔師のジョブレベルが“99”に達している一郎は、事実上、誰にも操ることはできない。

 

 トーラスは魔道をかけようとしたことについては中止したが、その代わりに頬を引きつらせた。

 その顔は泣いているようにも見えた。

 

「ぶ、無礼な……。ユイナは、わしの孫娘なのだぞ」

 

「あの生意気娘のね」

 

 一郎は吐き捨てた。

 トーラスはかっとなったように魔道の杖を構え直す。

 イライジャが、さっと一郎の前に腕を割り込ませる。

 

「トーラス様、なんでも正直に言ってください。このロウは、ただの人間族の男じゃありません。いまや、ハロンドール王家からも信頼をされている有名な冒険者です。もしも、ユイナになにかあったのなら、彼に頼るべきです。そのために、あんな土下座までしたのではないのですか」

 

 イライジャが叫んだ。

 少しだけ、トーラスが冷静になった感じになった。

 そして、魔道の杖を投げ捨てて、がっくりと項垂れる。

 

「す、すまん……。悪かった。謝る……。だが、ユイナは……」

 

 トーラスが息を吐いた。

 改めて、トーラスを見た。

 元来、エルフ族というのは年齢がわかりにくい。

 長寿族とも称されるくらいであり、老いが外見に表れにくい種族らしい。

 しかし、トーラスは、わずか二年足らずで一気に年齢を重ねたように見える。

 眼に見えて老いがわかるのは、それだけ、ユイナのことが心配なのだろう。

 そう考えると、哀れではあるのだが……。

 

「……まずは話を整理しましょう。ユイナは禁忌の魔道に手を出し、それに失敗して魔獣を里の近くで暴れさせてしまった。そういうことになってますね」

 

「いや、それは違う。ユイナは禁忌の魔道になど……」

 

「ユイナは禁忌の魔道に手を出してましたよ。俺はそれを知っています」

 

 一郎はトーラスの言葉を遮った。

 すると、イライジャも口を開く。

 

「トーラスさん、それはわたしも知っています。このロウが裁きにかけられた、あの魔妖精騒動も、実はユイナの仕業だったんです。わたしは、ユイナを問い詰めて、それを告白させました」

 

 トーラスはイライジャを睨みつけるように、視線を向けた。

 しかし、すぐに目を逸らせた。

 そして、俯いた。

 

「そうじゃな……。わしも、薄々気がついておった。だが、知らぬふりをしていた。ユイナは、ただ好奇心が強かっただけだ。若いエルフ族であれば、それくらいの方が……」

 

 気がついていただと……?

 当時のことを思い出して、かっとなったが、とりあえず怒りは抑えた。

 

「でも、その結果、魔獣を里に放ったんでしょう」

 

 一郎はできるだけ冷静な口調で言い放った。

 

「ユ、ユイナは、確かに禁忌の魔道を研究し、魔獣を召喚する魔道を試したかもしれん。だが、実際には、ユイナの行動とは関係なく、いまでも、里の周りには魔獣が発生しておる。もしかしたら、あの魔獣もユイナのせいじゃないかもしれん」

 

「馬鹿馬鹿しい。ユイナはわたしの前で、自分が魔獣召喚に失敗したとはっきりと言いました。そもそも、裁判でユイナ自身が認めたんでしょう? なにをいまさら……」

 

 イライジャが口を挟んだ。

 

「いや、あれは冤罪だった可能性がある。嘘を強要されたのかもしれん。とにかく、ユイナは気が弱いし、みんなで寄ってたかって責められれば……」

 

 トーラスが大きな声で怒鳴る。

 一郎は肩を竦めて口を挟んだ。

 

「ユイナが気が弱い? はっ」

 

 さすがに、一郎は笑ってしまった。

 ちょっと失礼かなとは思ったが仕方がない。

 あのエルフ娘は、これまで一郎が知っている者の中で、もっとも図太くて、したたかだ。

 少なくとも、やってもいないことで、嘘の自白を強要されるような娘じゃない。

 逆に、信頼すべき相手に平気で嘘をついて、背中で舌を出すような娘だ。

 少なくとも、一郎の印象はそうだった。

 トーラスは顔に不機嫌さを表したが、今度は言葉には出さなかった。

 一郎を鋭い視線で睨んだだけだ。

 

「わしはユイナを信じる──。ユイナは冤罪だ。それを信じろ、人間──」

 

 一郎はもう反論するのはやめた。

 

「いずれにしても、それについては、いまとなってはどうでもいいでしょう。結果のところ、その罪でユイナは死刑判決を受けた。そして、人間族に奴隷に売られるという侮辱刑を受け入れることで死は免れた。そういうことですね?」

 

「不当な判決だ。ユイナが無実だとすれば――」

 

 トーラスは歯噛みするような仕草をした。

 しかし、身内として無実と思いたいのはわからないでもないが、本人も罪を認めたものを冤罪だと議論しても仕方がない。

 そもそも、もはや、それはどうでもいいだろう。

 監獄塔から脱獄した時点でユイナは重罪だ。

 一郎は無視した。

 

「だが、里の広場にある塔に監禁されているあいだに脱獄した。塔は、外からは侵入不可能であり、ユイナは罪の一環として、魔道を封じられていた。それにも関わらずにね」

 

 一郎は言った。

 そのとき、トーラスの目がなんとなく泳いだように思った。

 一郎は、その仕草で、自分が最初に思った勘が正しいのだと思った。

 実のところ、里でバロアとプルトから、ユイナを収容していた里の塔の結界を何者かがどうやって破ったのかわからないと語られたとき、ある人物ならどうなのだろうかと考えたのだ。

 一郎なら真っ先に疑う人物だ。

 しかし、バロアたちは、その人物を疑った形跡はないようだった。

 

「……ユイナを塔から逃がしたのは、あなたですね、トーラスさん。少なくとも、あなたはこれに関与している……」

 

 一郎は言った。

 はったりだが、口調は質問ではない。断定だ。

 トーラスの顔色が真っ蒼になった。

 どうやら図星だったようだ。

 

「ええっ?」

 

 イライジャだ。

 一郎の意外な言葉に驚いている。

 しかし、トーラスの顔は引きつったような表情のままだ。

 その顔が一郎の指摘が正しいことを物語っている。

 

「簡単な推測だよ、イライジャ……。さっきバロアさんのところで、あの結界がかかっている塔を外から襲って、囚人を脱獄させるなど不可能だと教えられただろう。ユイナ自身だって、魔道を封じられていたと……。だけど、そもそも結界をかけたのは、里の者なんじゃない? だから、かけた者なら解けたはずだ」

 

「そ、それは確かに……。でも、塔の結界は、里長(さとおさ)でなければ、解除できないことになっているから……。だけど、トーラスさんは、ユイナが収監された時点で、里長をやめていたわ」

 

「だからさ……、このトーラスさんは、ユイナのことが起きる前まで里長だったんだ……。もしかしたら、バロアさんたちは、このトーラスさんが手を出すことができないように、結界を作り直す手間さえも、してないかもしれない……。さっきの口ぶりではバロアさんの里長の暫定がとれたのは、最近のことみたいだし」

 

「そうだとしても、結界はひとりじゃかけられないわ。何人もの魔道に長けたエルフでかけ重ねるのよ。解くことだって、ひとりだけの力じゃあ……」

 

「そうなんだろうね……。魔道に優れた他のエルフ族の侵入者に結界を破られないようにする仕掛けだ。結界を刻むのは簡単じゃないだろうね。手間もかかる。おそらく、時間をかけて幾重にも結界をする。複数のエルフでね……。そうじゃないの?」

 

「そ、その通りよ」

 

 イライジャが頷く。

 

「だけど、里は発生した魔獣対策でそれどころじゃなかった……。だから、塔の結界なんて、時間をかけて張り直す余裕はなかったかもしれない。従って、塔の結界そのものは、手を付けていない状態だった可能性がある……。もしも、結界が以前のままだったとすれば、トーラスさんには、結界を意図的に緩めることもできた。もちろん、ひとりだけじゃあ、不完全だったかもしれないけど、それでも一番重要なところをトーラスさんが握っていたかもしれない」

 

「そ、それは確かに……」

 

 イライジャがトーラスを見た。

 トーラスは恥じ入ったように、顔を真っ赤にしたままだ。

 その表情がすべてを物語っている。

 イライジャが目を丸くしている。

 

「手段があり、さらに動機がある……。俺にしてみれば、里の者が真っ先にトーラスさんを疑わなかったのが不思議なくらいだね。いずれにしても、トーラスさんは、この里では、一番の魔道の持ち主なんじゃないの? 内側から結界を破ることなら、トーラスさんにはできたのかもしれない……」

 

 一郎は言った。

 すると、トーラスが顔をあげた。

 

「……ユ、ユイナは冤罪じゃ……。そうに決まってる……。だが、それなのに人間族の奴隷にするなど許せん……。断じて許せん……。だ、だから、わしは……」

 

「だから、塔を脱獄させたというのですか? まさか、なんということを……。ユイナの競売をすることについて、わたしに同意したじゃないですか──。同意書をもらいに行ったとき──」

 

 イライジャが声をあげた。

 その辺りの事情は詳しくは聞いてはいないが、ユイナの侮辱刑が決まったとき、当初は、もっと早く奴隷として売られるところだったみたいだ。

 それをイライジャがあいだに入り、里の掟に従って複数の奴隷商による競売を要求したようだ。それによって、ユイナの奴隷化が引き延ばしになって、一郎たちがここに来る時間を確保できたということだ。

 その手続きのときに、イライジャはトーラスに同意書を書かせている。

 

「もしかしたら、その時点で脱獄させることを考えていたのかもね」

 

「違う──。そのときは、そんなこと思ってなかった」

 

 トーラスが怒鳴った。

 一郎はトーラスに視線を戻す。

 

「でも、ユイナの脱獄に手を出した。しかし、あなただけの仕事じゃありませんね、トーラスさん? 誰が協力したんです? それとも、誰に協力させられたんですか? あなただけにできたとは思っていません。内側から破ったといっても、あなたひとりじゃあ、やはり、できなかったと思う」

 

「えっ?」

 

 イライジャが小さく声をあげて、また、トーラスを見る。

 トーラスは、顔を赤くして、黙ったままだ。

 

「……少なくとも、バロアさんたちは、塔については外部から破られたと信じきっている状況だった。従って、内側からと合わせて、やはり、外部からの襲撃を装ったと思うんですよね」

 

 一郎は言った。

 今度はトーラスは目を丸くしている。

 それはイライジャも同じだ。

 しかし、一郎には、なぜか、なにが起きたのだろうかということが、まるで見ていたかのように、次々に頭に思い浮かぶのだ。

 自分でも不思議なのだが、これも魔眼保持者の「勘」というやつだろう。

 

「トーラスさん、なにかを知っているなら、隠すべきじゃありません。いまので、わかったでしょう──? ロウは驚くほどに頭がいいんです。もしも、ロウが力になってくれるのであれば、これ以上に力強い助けはありません。わたしたちは、ユイナについて、床に頭を擦りつけてでも、ロウにお願いすべきなんです」

 

 イライジャがトーラスに怒鳴るような物言いで言った。

 トーラスは大きく息を吐いた。

 

「……も、もちろん、なにもかも語るつもりだ……。そのための覚悟をしたのだ……。そうじゃな……。ユイナは……。いや、ユイナもわしも、お前に失礼なことをし続けたのだと思う……。だが、もはや、誰にも救いを求められん。里の者も、わしが真実を語ったところで、信じようともせんだろうし、信じたところで動きはせんだろう……」

 

 トーラスが頭をさげた。

 そして、さらに言葉を継ぐ。

 

「頼む──。なにもかも説明する──。だから、連れていかれたユイナを助けてくれ──。ユイナは奴隷にされて連れていかれたのじゃ──」

 

 トーラスが吠えるように言った。

 しかし、一郎は訝しんだ。

 奴隷──?

 いま、ユイナは奴隷にされて連れていかれたと言ったか?

 

「奴隷にされたって、どういうことですか、トーラスさん?」

 

 イライジャが口を挟んだ。

 トーラスが頭をあげる。

 

「塔からユイナを連れ出したあと、わしらは手筈に従い、里の近くの森に集まった。しかし、途中で連中は態度を豹変させ、わしを拘束し、わしがそこに辿り着いたときには、ユイナはそこで拷問を受けておった。そして、奴隷の首輪を受け入れさせられた……」

 

 トーラスが泣くような声で言った。

 一方で、一郎は思い出していた。

 確か、この世界にある「奴隷の首輪」というのは、一番最初に奴隷になるときには、その本人の合意が必要なのだ。

 例外もあるが、基本的には、口先だけでなく、心からの同意が必要だ。

 それによって、奴隷の首輪の「呪い」のようなものが本人に刻まれるということらしい。

 だから、奴隷になるときには、最初に拷問を伴うことが多いと耳にしたことがある。

 

 しかし……。

 ユイナを奴隷に?

 犯罪奴隷になった囚人をわざわざ大袈裟な襲撃までして脱獄させてまで?

 いったいなんのために……?

 

「それで、協力者は誰なんですか、トーラス様?」

 

 イライジャが当然の疑問を口にした。

 

「パリスという男だ。そして、アルオウィン殿じゃ……。さ、最初は、アルオウィン殿がそのパリスという男とやって来て……。それでわしも信頼したのじゃ。そして、一緒にいたパリスという男の徒党がユイナの脱獄に協力した」

 

「パリス? アルオウィン?」

 

 もちろん、一郎は知らない。

 イライジャに問うたが、イライジャも知らなかった。

 

「アルオウィン殿は、エルフ族の女王であるガドニエル様の腹心中の腹心じゃ。ブルイネンとアルオウィン──。このふたりは、ガドニエル様に仕える部下の双璧であり、表のブルイネンに対して、裏のアルオウィン呼ばれておる。そのアルオウィン殿が、この里にひそかにやってきて、ユイナの身柄を引き受けてくれると約束したのだ。そして、パリスとその徒党を紹介された……。だ、だから、わしは……」

 

 ガドニエルというのは、イムドリスの隠し宮殿という場所にいるエルフ族の女王というのは、一郎も知っている。

 また、イムドリスというのは、エルフ女王のガドニエルと側近だけが暮らす宮殿であり、魔道によって異空間に建設された場所とのことだ。

 すると、トーラスが詳しいことを説明をしてくれた。

 そのイムドリスにおいて、ガドニエルを護る役目をするのが親衛隊長のブルイネンであり、一方で、隠し宮殿の外と連絡をしたり、なんらかの諜報のようなことをするときに動くのがアルオウィンらしい。

 女王のガドニエルを含めて、ふたりとも若いエルフ女にしか見えないが、それなりの年齢を重ねた実力者だそうだ。

 また、ブルイネンのことはほとんどの者が知っているが、アルオウィンの存在は、有力な里長でも一部しか存在を知られていない人物だという。

 トーラスは、ダルカン事件のこともあり、アルオウィンに面識があったようだ。

 

「だけど、なんで、エルフ族の女王が、脱獄なんかそそのかすんです? そもそも、女王だったら、そんなややこしいことをしなくても、ユイナを釈放しろと命じれば済むことなんじゃ?」

 

 一郎は言った。

 しかし、それについては、イライジャは首を横に振った。

 

「エルフ族の女王は、それぞれの里のことについて、介入する権限は持っておられないわ。まあ、直接に、女王様がそうおっしゃれば、バロア様も考慮はするだろうけど……。だけど、禁忌の魔道に手を出した者を釈放しろだなんて、いくら女王様に言われても……」

 

 イライジャはそう言い、トーラスを見た。

 

「……だけど、どうして、女王様が……? トーラス様、もしかして、まだ、なにか隠しておられます?」

 

 イライジャが眉をひそめている。

 まったく信じていない気配だ。

 

「か、隠してなんかおらん──。本当に向こうから持ってきた話なのだ。だが、ダルカンだって、命を長らえて、ガドニエル様のところで生きておるのだ。だったら、確かに、ユイナだって、ガドニエル様のところでいいはずだ──。アルオウィン様は、ダルカン同様にユイナをイムドリスに匿うとおっしゃってくれたのだ」

 

「ちょっ、ちょっと待ってください、トーラス様。ダルカンって、ガドニエル様のイムドリスにいるんですか?」

 

 イライジャが大きな声で口を挟んだ。

 ダルカンというのは、一郎も関係した魔石事件で追放されたこの里の元長老のことだろう。

 

「そ、そうじゃ――。それにも関わらず、ユイナを人間族の奴隷にするなど……。わ、わしには、その理不尽さが許せなかった。だから、わしは……」

 

 トーラスは拳をぐっと握ってぶるぶると震わせた。

 

「まずは、ダルカンのことを説明してください――」

 

 イライジャが声をあげた。

 すると、トーラスが語りだした。

 話を聞くと、どうやら、ダルカンは刺青刑を受け入れ、この里を追い出されたのだが、その後、縁があって、ガドニエル女王のところのイムドリスで働く人足として、ひそかに引き取られたということらしい。

 トーラスは、ダルカンに代わった里長として、それを承知していたようだ。

 侮辱刑を受けて追放されたダルカンを女王が受け入れたのかの経緯は謎のようだが、とにかく、そうなったのだそうだ。

 

 それもあり、ユイナがダルカン同様に死刑判決を受けたとき、その代替えとなる侮辱刑として、ガドニエルに引き取られるのではなく、人間族に奴隷に売られるということになり、トーラスは半分は諦めながらも、激しい憤りも覚えたようだ。

 だから、アルオウィンという女王の側近がここに部下とともにやってきて、トーラスに協力して、ユイナを脱獄させてやろうという話を持ってきたときに、飛びついてしまったということのようだ。

 

「じゃあ、なんの問題もないじゃないですか。ユイナをガドニエル様というエルフ女王のところに引き取らせようとしたのはトーラスさんであり、その通り、ユイナは連れていかれた。そりゃあ、奴隷になったのかもしれないけど、ユイナもそれくらいは受け入れるべきでしょう。なにが問題なんです?」

 

 一郎は言った。

 

「れ、連中は、ユイナを拷問したのだ。裸にして犯し……。アルオウィン様はおらず、パリスという男が笑いながら、首輪の誓いを強要し、ユイナを部下たちにも繰り返し犯させた──。こ、このわしの前で──。わしが怒りのあまり、暴れようとしても、わしの魔道を封じて殴り……」

 

 トーラスが涙をぼろぼろとこぼし出した。

 嘘を言っているという感じではない。

 しかし、全てを語ってもいない気もする。

 

 まあいい……。

 しかし、エルフ族の女王の腹心がそんなことをするか?

 イライジャを見たが、イライジャも半信半疑というところのようだ。

 むしろ、トーラスの言葉を信じる側が薄いという感じである。

 

「た、頼む──。なにかがおかしいのだ──。もしかしたら、わしはとんでもない連中にユイナに渡してしまったのかもしれん──。ユイナはガドニエル様のいる“イムドリス”か、あるいは、水晶宮に連れていかれたと思う。ユイナがどんな境遇なのかを確かめてくれ──。そして、酷い目に遭っているようなら救ってくれ──。このとおりだ──」

 

 トーラスが椅子から転がるように降りて、床に土下座をした。

 一郎は呆気にとられた。

 そして、溜息をついた。

 また、水晶宮というのは、エランド・シティにある行政府の宮殿であり、ナタル森林に対する施政は、その水晶宮で行う。

 水晶宮には、エルフ族女王のガドニエルの代理である太守がいて、エルフ族の女王は、水晶宮からしか入ることができないイムドリスという隠し宮殿にいて、自ら統治するということはないという。

 

「さて、どうしたものでしょうねえ……」

 

 この話は、どこまでが真実で、どこまでが嘘なのだろうか……。

 また、全部が真実としても、どういうことなのかわからない。

 ユイナがエルフ族の女王のところで酷い目に遭っているとしても、トーラスの話をまともに受け入れれば、一郎たちはエルフ族の女王という女エルフとその一党に敵対するということにはなる……。

 

 そんなことまでしてやる義理はあるか──?

 いやない──。

 絶対にない──。

 

 このトーラスにも、ユイナにも、恨みや反感はあっても、断じて義理などない。恩を受けた記憶もない──。

 そもそも、それが必要なのかもわからないが、ユイナを助けるために、一郎だけじゃなく、一緒にやってきた女たちを危険に晒す?

 

 いや、それはない──。

 ない話だ……。

 

 イライジャに視線を向ける。

 とても困ったようで、そして、途方に暮れた顔をしている。

 

 イライジャにとっては、あのユイナも義理とはいえ、妹のようなものか……。

 だから、ハロンドールの王都までやって来て、さらに、イライジャ自身も一郎の女のひとりになることまで受け入れたのだ……。

 

「ひとつだけ教えてください。なぜ、アルオウィンという女は、ユイナに固執したのですか? 拷問をして奴隷にしてまで連れていきたい理由があったんですか? そもそも、なぜ、エルフ族の女王の部下がわざわざ脱獄なんて物騒な手段を選ぶんです?」

 

 一郎は訊ねた。

 トーラスは、それについては、はっきりとはわからないとだけ言った。

 

「……連中は、ユイナが見つけ出した禁忌の魔道に興味を持っておった。拷問のときにも、それのことばかり、繰り返し質問しておった」

 

 トーラスが付け加えた。

 

「禁忌の魔道とは、具体的には?」

 

「魔獣や魔族を召喚するときには、魔獣の大きさや強さに見合う瘴気を発生させる必要がある。瘴気がないと魔獣はやって来れない。しかし、基本的には、発生させる瘴気の量は、魔力の強さに比例する。従って、そんなに大きな魔獣は召喚できない。大きくて強い魔獣の召喚ほど大きな瘴気量が必要なのでな」

 

「それで?」

 

「だが、ユイナは、少量の魔力のみで、途方もなく大量の瘴気を発生させる方法を見つけ出したようだ。つまり、巨大な特異点を簡単に発生させる方法だ」

 

 瘴気のことは知っている。瘴気というのは、魔族や魔物が生きるのに必要なエネルギーだ。

 だが、特段にほかの人族に害がるわけではなく、基本的に魔族以外の人族には探知することは難しいようだ。一郎は、魔族であるクグルスを使って、特異点を探すのを専らにしている。

 瘴気が発生する原因となる異空間との亀裂が「特異点」だ。

 特異点という空間の亀裂ができると、そこに結晶のようなものが生まれ、それを核として瘴気が拡散し、それを伝って異界から魔獣が溢れ出てくるのだ。

 

「……ユイナが発見した瘴気を満ち溢れさせる方法というのを連中は知りたがっていた。わしにもよくわからんが……」

 

「どうして、エルフ族の女王たちが、瘴気を発生させる禁忌の魔道術を欲しがるんです?」

 

「そんなことは、さっぱりとわからん」

 

 トーラスは床に跪いたまま、首を横に振った。

 やはり、なにかを隠している気がするが、いまは、これ以上は喋りそうにない。

 一郎は、トーラスから聞き出すことは諦めた。

 それにしても、最初は、ユイナは冤罪だとか騒いだくせに、ユイナが禁忌の術に成功したことを本当は承知していたし、トーラスからしてユイナの罪を認識している雰囲気だ。

 だいたい、禁忌の魔道そのものが重罪みたいだから、冤罪もなにもない。

 最初に、冤罪だとか騒いだのは、それで一郎を言い込められるとでも考えたのかもしれない。

 馬鹿にした話だ。

 また、勘だが、トーラスは、まだ本当のことは語ってないと思う。

 やはり、このトーラスは油断ならない。

 

「ユイナのことを引き受けるかどうかは考えさせてください」

 

 一郎はそれだけを言った。



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340 王様遊戯(げーむ)

「それじゃあ、王様ゲーム──。はい、拍手──」

 

 陽気に声をあげたロウに対して、ロウの女たちが訝しむ様子を示しながら、まばらな拍手をした。

 夕食の席だ。

 「メイ」はそれを見守っていた。

 

 結局のところ、食事の支度はロウの女たちがやり、彼女たちが準備をしたのは、ロウが不思議な術で保管をしていたという魚を使った料理であり、その魚を香草とともに煮た料理と、“さしみ”と呼ぶらしい魚の生肉だ。

 もちろん、そんなものに「メイ」も接するのは初めてだが、煮魚はともかく、魚の生肉については「メイ」も欲しいとは思わない。

 

 いずれにしても、「メイ」の役割はここで食事をしている彼らの給仕だ。

 ロウやロウの女たちからは、かなりしつこく、一緒に食事をしようと誘われたが「メイ」は拒絶した。

 「メイ」は下女であり、給仕だ。

 一緒に食事をするなどあり得ない。

 そう言った。

 

 しかし、マーズとかいう大女は自分は奴隷だが、一緒に食べるのだから遠慮する必要はないと朴訥そうに誘ってきた。

 大女と一緒に食事を支度していたコゼという小柄な女も、同じようなことを口にした。

 さらに、かつては、ここに一緒に住んでいたが、いまは出て行って、このロウの女になったらしいイライジャも強く一緒の食事を誘った。

 本当に鬱陶しい。

 

 結局、「メイ」はあとで食べるということになり、ロウと女たちだけで、ここで食事をしている。

 トーラスは別室だ。

 

 ロウたちに、ユイナのことを助けて欲しいという趣旨のことを語ったらしいが、それに対して、ロウがなんと応じたのかは、「メイ」にもわからない。

 残念ながら、盗聴の魔道具は反応しなかった。おそらく、あのロウがそれを阻害する魔道具かなにかを準備したのだろうと思う。

 まあいい……。

 トーラスが「メイ」を裏切るわけがない。

 ただ、雰囲気からして、ロウはトーラスの望む返事をしなかった気配だ。

 

 とにかく、そのトーラスは気分が優れないという理由で、夕食には出てこなかった。

 トーラスの食事は、「メイ」が事前に取り分けて、私室に運んでいる。

 だから、ここにいるのは、テーブルについているロウとロウの女たち合わせて七名――。

 そして、部屋の隅に待機して立っている「メイ」だ。

 

「どう、メイちゃんも、一緒に遊ばないかい?」

 

 ロウがにこにこしながらこっちに視線を向けた。

 「メイ」は大慌てで首を横に振った。

 

「い、いえ、やりません……。で、でも、王様げーむって、なんですか?」

 

 「メイ」は言った。

 なんでこうなったのかはわからないが、食事が進んでひと段落したところで、突然に、ロウがその「王様げーむ」たるものをやろうと言い出したのだ。

 そもそも、それはなんだろうと、「メイ」も疑問に思ったが、それは女たちも同様のようだ。

 「メイ」が質問すると、女たちが喋り始めた。

 

「そうですよ、ロウ様。ロウ様げーむってなんですか?」

 

 最初に口を開いたのは、エリカというエルフ女だ。

 肌の白い白エルフであり、エルフ族の中でも際立つほどに美人だ。

 それでいて、無邪気そうな可愛らしさもあり、不思議な色香まである。

 

「ロウ様じゃないわよ、王様よ、エリカ。それで、王様げーむって、なんですか、ご主人様?」

 

 コゼだ。

 こっちは人族の小柄な女だ。さっき、「メイ」に自分はロウの奴隷だと言っていたがそうは見えない。

 「メイ」の見るところ、甘えん坊という感じであり、なにかにつけ、ロウにくっついている。

 

「まずは、みんなで、棒で作った(くじ)を引く。それに、“王様”の印のある棒と、番号が書いてある棒がある。王様を引いた者は、家来である者に番号で命令できる。例えば、“一番は二番と口づけ──”とか命令したら、一番と二番の棒を引いた者が口づけをする……。まあ、そういう遊びだ」

 

 なんという馬鹿げた遊びだと思ったが黙っていた。

 ふざけた遊びに興じてくれた方が仕事はしやすい。

 

「引いた番号は教えるんですか?」

 

 童女の魔道遣いが首を傾げながら言った。

 年齢は、この「メイ」の身体と同じくらいだろう。

 魔道遣いだというが、帯びている魔力はそうでもない。小さなものだ。

 この中では、まあ安全牌という感じだ。

 

「教えない。だから、王様は番号を知らずに、その番号で命令するんだ」

 

「じゃあ、ご主人様と王様が愛し合うという命令は?」

 

 コゼが悪戯っぽく言った。

 

「馬鹿じゃないの──」

 

 すかさず、エリカが横から口を出す。

 ロウは笑っている。

 

「……名指しは駄目だ。“王様となんとかをする”、という命令も違反。必ず、家来たちになにかをさせる」

 

「おかしなことを考えるのだな。まあいい。ロウがやりたいならやるか」

 

 シャングリアという人間族の女が口を挟んだ。

 

「じゃあ、やるぞ。マーズとイライジャもいいな。参加だぞ」

 

 ロウだ。

 

「は、はい」

 

 大柄のマーズという人間族の女が声をかけられて、びくりと姿勢を伸ばすようにしながら言った。

 だが、イライジャは首を横に振る。

 

「わたしはいやよ。メイがいるのよ。あまり馬鹿げたことはやめましょうよ」

 

 首を竦めて、目の前の杯から飲み物を口にした。

 みんなに準備したのは、この里の名産の果実水だ。

 そのとき、イライジャの持つ金属の盃に、さっと白い霜のようなものが浮かんだのがわかった。

 不思議に思って、視線を向けると、あの小さな魔道遣いのミウが指を動かす仕草をしている。

 

 冷却魔道で盃を冷やしている? 

 驚いたが、すぐにイライジャがお礼をミウに言ったので、やっぱりそうだったようだ。

 制御された鋭い切れ味の魔道に、「メイ」はさっき抱いたミウに対する評価を改めた。

 

「こっちも頼むよ、ミウ」

 

 ロウも杯を持つ。

 

「はい、ロウ様」

 

 ミウがロウに命令されたのが、嬉しそうににこにこ顔になって、指を小さく動かした。

 やはり、ロウの杯にも霜が浮かぶ。

 大した魔力もないようなのに、あんなに魔道を連発して大丈夫なのだろうかと思ったが、注意していると、ミウが魔道を振るうときには、突然に魔力がどこからが集まって膨れあがるみたいになっている。

 「メイ」の身体も、幼いとはいえ魔道族たるエルフ族のかたわれだ。

 魔力を感じる力は備わっている。

 

「じゃあ、イライジャ抜きでやるか。イライジャは、さっきエリカが口にした“ロウ様ゲームだ”──。“イライジャは、肌に布が触れるたびに悶えるような百倍の感度の肌になって踊る──”。じゃあ頑張れ。踊り終わったら、尿意を消してやろう」

 

 ロウが奇妙な言葉を口にした。

 一方でイライジャは、さっと顔色を変える。

 

「ま、待って──。やっぱり参加する」

 

 イライジャはぎょっとした表情で叫んだ。

 しかし、ロウは笑いながら首を横に振るだけだ。

 ほかの女たちは、ちょっと驚いた感じで目を丸くしている。

 

「もう遅いよ」

 

 ロウがさっと手を動かした。

 

「いひいいっ」

 

 イライジャが突如として身体を抱き締めるようにして悲鳴をあげた。

 

 えっ?

 ロウも魔道遣い?

 

 そんな情報はなかったから、「メイ」は驚いてしまった。

 教えられていたのは、ロウは“淫魔師”だということだ。

 その力で女たちの心を操って支配するとは聞いていたが、淫魔師って魔道も遣えるのだろうか?

 

「ひいいっ」

 

 イライジャが一度は抱き締めた乳房を慌てたように離す。

 次に股間を押さえるようにして、上半身をぐいと折り曲げる。

 だが、やはり悲鳴をあげて、手を股間から離す。

 なにか異常な状況が肉体に襲っているようだ。

 

「ミウ、イライジャが踊り終わる前に洩らされると、この部屋を汚してしまう。メイちゃんにも悪い。イライジャの身体の下に、魔道で受け布のようなもの敷いてくれ。イライジャが垂れ流したら、それで受けとめられるようにね」

 

「は、はい、ロウ様──」

 

 呆気に取られていたようなミウがさっと手をかざす。

 イライジャの身体の下に、真っ白い光の布のようなものが出現した。

 「メイ」は、今度こそ驚愕した。

 結界術──。

 高等魔道だ。

 この小さな人間族の魔道遣いが──?

 びっくりしてしまった。

 

「う、うう……。あ、悪趣味よ、ロウ……。や、やめて……」

 

 イライジャが、椅子に座った状態でうずくまったまま、呻き声をあげた。

 その顔は真っ赤であり、全身からは夥しいほどの汗が噴き出している。

 

 もしかして、さっき感度百倍とか言ったから、本当にそうなっている?

 だったら、尿意も……?

 「メイ」は呆気にとられてしまった。

 

 それに、「メイ」の記憶によれば、イライジャという女は、とんでもなく気が強くて、何人ものエルフ男の戦士に指図をしていたような女である。

 そのイライジャが、ロウの阿呆げた性的悪戯に文句も言えないようだ……。

 

 いや、文句は言っているか……。

 ただ、逆らえないだけだ……。

 

「ほら、踊るんだよ。そうすれば解放してあげる。なんでもいいから、唄を歌いながら踊ってごらん」

 

 ロウが声をかけている。

 イライジャは身体を折り曲げて歯を喰いしばったような顔をしていたが、きっと顔をあげてロウを睨んだ。

 その汗ばんだ赤ら顔には涙も浮かんでいる。

 

「い、いい加減に……」

 

 イライジャが呻くように言った。

 すると、すっとロウが立ちあがってイライジャの方に近づく。

 イライジャがはっとした表情になった。

 

「踊れないなら、踊らしてあげよう。ほら、ほら……」

 

 立ったままイライジャの腕を掴むと、強引に立たせた。

 

「ひ、ひいいっ、んああっ、あああっ」

 

 イライジャは身体を引きあげられて、ロウに身体を抱かれるようになった。

 やっぱり、なんの抵抗もできないようだ。

 

「ほら、踊ろう、一、二、三──。一、二、三……」

 

 お道化た口調でロウがステップを踏み始める。

 イライジャは腰が砕けたようになって、しかも身体を無理矢理に動かさせられるたびに、甘い声をあげている。

 さらにロウに抱かれている部分は、感じるのか、くすぐったいのか、ぶるぶると震えるような仕草もする。

 

「あ、あああっ──だ、だめ、だめ……。で、出る……も、漏れる……」

 

「漏れるのはどっち? おしっこ? それとも愛汁?」

 

 ロウは笑いながら、イライジャの全身をまさぐり続ける。

 イライジャが泣くような声を出し始めた。

 

「あぐうううっ」

 

 やがて、イライジャの身体が、ロウの腕の中で弓なりに大きく反れ、次いで完全に力を失ったようにロウにもたれかかった。

 ふと見ると、脚のあいだから、かなりの水流が足元に流れ出している。

 

「あれっ? 気を失ってしまったようだな」

 

 ロウが愉しそうに言った。

 そのとおり、イライジャは完全に意識がない状況だ。

 一瞬にして、それ程の快感を覚えるなんて、そんなことがあるのか?

 「メイ」は驚愕してしまった。

 

 ロウがイライジャの身体を横たえる。

 気がつくと、いつの間にか毛布が床に敷いてある。

 いつの間に?

 

 「メイ」にはいつそれが出てきたのかわからなかった。

 とにかく、イライジャは身体をそこに横たえられた。

 すると、さっとロウが別の毛布を出す。

 

 なにあれ──?

 「メイ」も驚いた。

 なにもないところから、突然に大きな毛布を出したのだ。

 やっぱり、魔道遣い……。いや、魔道以上の不思議な力を持つ魔道師(マジシャン)だ。

 

 ロウは毛布をイライジャの身体にかけて、その下に両手だけを入れて、もぞもぞと動かした。

 しばらくして、濡れたイライジャのスカートと下着を取り出した。

 毛布の下で脱がせて外に出したのだと思った。

 一方で、イライジャの失禁については、あのミウが始末したのか、どこにもそれらしい痕はない。

 馬鹿げた遊びを通じてだが、「メイ」はこのロウたちの驚くべき能力の一端に触れた思いだ。

 

「待たせたね──。じゃあ、王様ゲームをしよう」

 

 ロウがテーブルに戻った。

 手にはやはり、いつの間に出現させたのかわからない小さな棒がある。

 呆然としていたほかの女たちが、我に返ったように姿勢を正した。

 

「じゃあ、改めて、王様ゲーム──。ほら、拍手だ」

 

 ロウが高らかに宣言をした。

 女たちが慌てたように拍手をした。

 

 

 *

 

 

「はーい、次の王様、誰?」

 

 コゼが大きな声で叫んだ。

 

「あ、あたしです……」

 

 遠慮がちに手をあげたのはマーズだ。

 ロウたちが始めた「王様げーむ」という馬鹿げた破廉恥遊戯はなかなかの佳境となっている。

 「メイ」は呆れた思いで、思い切り弾けている感じのロウたちを見守っていた。

 

 最初こそ、「メイ」の視線を気にしてなのか、遠慮がちだった女たちだったが、途中からまったく気にしなくなり、いまは完全に生き生きと遊びに興じている。

 

 ロウに密着するように争って群がり、そのために、ロウは椅子からおりて床に直接に座った状態で胡坐をかいている。

 その周りに、女たちがぴったりとロウにくっついているのだ。

 しかも、さっきから破廉恥な命令ばかりしているので、女たちの服装もすっかりと砕けてしまっている。

 また、酒を飲んでいるわけでもないのに、興奮して酔ったような状態になっているのだ。

 

 まあ、酔ったようになっているのは、実は仕掛けがある。

 「メイ」が流し続けている毒風が身体に反応しているのだ。

 ただ、いまのところ、その身体の異変に、ロウたちが気がつく様子はない。

 

 いずれにしても、とにかく馬鹿騒ぎだ。

 服だって、下着姿の者もいれば、上半身が裸の者もいる。コゼが唯一まともなくらいで、それでも半ズボンは脱いで下は下着だ。また、上はシャツのようなものを着ているが、その下はなにも身につけていない。

 そんな半裸の女たちに密着された中心で、ロウはにこにことしている。

 すっかりと、「メイ」のことなど、忘れ去っている気配だ。

 

 いや、本当に忘れてる?

 もしかしたら、あのロウという男がおかしな操り術でも、女たちに仕掛けてるのではないかと疑いたくなる。

 さもなければ、こんな子どもの「メイ」が同じ部屋にいるのに、淫らにはっちゃけたりしないだろう。

 まあ、とにかく、そんな状態だ。

 本当に、このまま乱交でも開始しそうな勢いだ。

 淫魔師というのは、実は謎に包まれた存在なのだが、女たちを性の力で支配し、操ってしまうという伝承は正しいのかもしれない。

 

「じゃあ、早く、命令を言いなさいよ」

 

 コゼがけしかけたように言った。

 

「じゃ、じゃあ……、二番と四番が口づけをしてください……」

 

 マーズは大きな乳房を両手で隠すようにした裸だ。

 誰の命令だったか忘れたが、お互いに胸を舐め合えという命令で、エリカとふたりで交互に乳首を奉仕し合っていた。

 驚いたがあのエリカの乳首には、綺麗な石が嵌まったおかしな金具が喰い込んでいて、こっちが恥ずかしくなるくらいに感じていた。

 それを見て、ロウが横から手を出したりして、そんな光景がずっと続いている。

 おそらく、ロウと女たちは、いつもこんなことばかりやっているとのだろう。

 突然に、今夜だけ羽目を外しているという雰囲気ではない。

 

「また、あんた、そんな普通の命令ばかり……。やっと王様になったんだから、遠慮しないで思い切り、恥ずかしい命令を与えてやればいいのよ」

 

 コゼが小馬鹿にしたように言った。

 

「やめなさいよ、けしかけるのは……」

 

 エリカが口を挟む。

 そういうエリカは、腰の下着一枚であり、両手で乳房を隠している。

 このエリカに限らず、全員が全身を赤くしていて、しかもすっかりと汗をかいている。

 自慰をしたり、服を脱いだり、ときにはくすぐりっこなんかもやったりしている。

 そのせいだ。

 とにかく、いずれにしても、馬鹿騒ぎは好都合だ。

 「メイ」のことを忘れてくれたことも「仕事」をしやすいし、馬鹿げた性的遊びに熱中してくれて、誰も彼もすっかりと油断したようになっている。

 「メイ」は、魔道の毒風を静かに彼らの周りに流して、彼らを深い眠りに誘おうとしていた。

 ほとんど感じるか感じないかくらいに微弱なものなので、いまのところ、「遊び」に夢中になっている彼らが気がついた気配はない。

 

 だが、この毒風は、さっきまで彼らが口にしていた食事と飲み物に混ぜた毒と反応して、ゆっくりとロウたちの身体を蝕んでいるはずだ。

 それぞれの毒は無害なので、それに侵されても、まず気がつくことはない。

 ただ、食事の中の毒と、いま流している風の毒が混ざると、ゆっくりと身体が弛緩するとともに、意識を失っていくことになる。

 あとは待つだけだ。

 

「四番はあたしです……」

 

 童女の魔道遣いのミウがおずおずと言った。

 すると、ロウが嬉しそうに言った。

 

「二番は俺だ。よし来い、ミウ」

 

 ロウが両手を拡げた。

 そのロウもまた、いまは上半身にはなにも身につけていない。

 ミウは逆に上半身には衣服を着ているが、腰から下は下着すら脱いでいる。上衣の裾が辛うじて股間を隠しているだけだ。

 こいつらの格好は、すべて、いままでの王様げーむとやらの遊びの結果だ。

 

「あっ、ロウ様ですか。やった──。ありがとう、マーズ」

 

 ミウが嬉しそうに、ぱっとロウの胸に飛び込んでいった。

 コゼが小さな声で「狡い」とか口にしている。

 

「……んんっ」

 

 ミウがロウに抱き締められて、唇を奪われた。

 それだけで、ミウはロウの腕の中でぐったりと脱力したようになる。

 しかも、ロウはミウの上衣の裾に手を入れて、剥き出しのお尻に手をやって、卑猥に触りだした。

 んんっ? もしかして、お尻の中に指を入れている?

 そして、さらに別の指が動き回ってミウの股間に向かって近づいたりもしている?

 

 女たちはともかく、「メイ」の想像が正しければ、女たちはともかく、ロウ自身は「メイ」のことを認識はしているはずだ。

 それなのに、まったく遠慮なく、さっきからああやって女たちに淫らに悪戯をしてばかりだ。

 どうでもいいけど、なんという男だろう……。

 

「んんああああっ」

 

 やがて、そのミウの全身がロウに抱かれたまま、不意に震えたかと思うと、唇を離して背中を弓なりに反らせた。

 なにをやったのかわからない。

 だが、ミウは達してしまったようだ。

 しかも、その身体がぐったりと脱力してしまった。

 意識を失ったらしい。

 「メイ」は目を丸くした。

 

「おやおや……。口づけで失神するとはなあ……。まだまだだな」

 

 ロウがミウの身体を床に横たえて、ずっと眠ったままのイライジャの隣に置く。

 イライジャ同様にさっと毛布を出してかけた。

 また、なにもない空間から毛布を出現させた。

 何度見ても、どうやってロウが物をなにもない場所から取り出すのかわからない。

 おそらく、収納術だと思うのだが、「メイ」の感じる限り、魔道のようなものが動いた感じではないのだ。

 

 これが淫魔師……?

 「メイ」は首を傾げるしかない。

 だが、まあいい。

 いくらロウに得体のしれない能力があろうとも、毒風で意識を失ってしまえば、どうしようもないだろう。

 

「ロウ、なにかやったな? いまのはおかしかったぞ。一回絶頂しただけで、突然に意識を失うなど……」

 

 シャングリアだ。

 凛とした気の強さが顔に出ているような女だったが、この乱痴気騒ぎにすっかりと打ち解けている。

 この女は上下の下着姿だ。

 

「さあな……。じゃあ、棒を一本抜こうか。まだまだやるぞ」

 

 ロウが棒を手に取って、五本にしてから、まだ残っている女たちにぐいと手を伸ばした。

 

 それからも、しばらく騒動が続いた。

 

 次はロウが王様になり、全員に寸止め自慰を命じた。

 「メイ」がいるというのに女たちが一斉に下着に手を突っ込んで、股間をまさぐり始めたときには、「メイ」も唖然としたものだ。

 このことで、やはり女たちは「メイ」のことを認識できないのだと確信した。

 また、淫魔師に支配された女は、ここまで従順に命令に逆らわないようになるのかとも驚嘆した。

 

 その次は、コゼが王様になった。

 すっかりと調子に乗っている感じのコゼが、もう一度全員に、しかも三回連続の寸止め自慰を命令して、大騒ぎになった。

 だが、ロウもちゃんと股間を出して、手で擦ったりしていたから、「メイ」も目を丸くしてしまった。

 一方で、四度続けての寸止め自慰をさせられたほかの女たちは苦しそうだった。

 しかし、それでいて、ロウの自慰が始まると、興味深くそれを真っ赤な顔で見守ったりしていた。

 

 そんな感じで、挿入こそないが、まさにセックスそのものの行為が延々と続いた。

 しかし、やがて、シャングリアとコゼが糸が切れたようにばったりと倒れた。

 ロウが訝しむ表情を見せたが、そのロウも、その頃には完全にふらふらになっていた。

 そのロウが続いて倒れると、残ったマーズとエリカも、そのまま横になった。

 

 やっと全員が気を失ってくれた。

 「メイ」は立ちあがった。

 

 

 *

 

 

「終わったぞ、トーラス──」

 

 部屋の扉を開いて、屋敷の奥のトーラスの私室に向かって大声を飛ばした。

 しばらくすると、そのトーラスがのっそりとやって来た。

 しかし、部屋の惨状を見て、目を見開いている。

 

「これは……?」

 

「俺がやったんじゃないぞ。こいつらが勝手に馬鹿げた破廉恥遊びを開始したんだ。まあいい。とにかく、お前の魔道で、全員を無力化しろ。毒が効いているから、朝まで目が醒めんとは思うが、どうやら毒消しのようなものを事前に飲んでいた気配もある。思ったよりも効き目が遅かった」

 

 「メイ」は言った。

 毒風を流し始めて、なかなか効果が出ないことで、ロウたちが事前に毒を無効にする薬剤のようなものを飲んでいるのはわかった。

 まさか、なにかを悟ったということはないだろうから、用心のために、いつも飲んでいるのかもしれない。

 それでも、「メイ」が準備した毒は、どんな毒消しも通用しない強力なものであり、時間の問題でしかなかったが……。

 

「わかった……。だが、約束だ……。ユイナのことは……」

 

 トーラスが術をかける気配を示しながら、「メイ」を見た。

 「メイ」は肩を竦めた。

 

「まあ、それはお前次第だ。とにかく、さっさとやれ。逆らえば、ユイナがどうなるかは知らんからな」

 

 「メイ」はうそぶいた。

 この里にロウがやって来るというのは、ユイナをさらってから、しばらくして知ったことだ。

 パリスがロウという男を探しているというのは、トーラスも承知していたことである。

 なにしろ、パリスがユイナを最初に拷問をしたとき、ユイナは、ロウに渡した魔道書がないと禁忌の魔道を再現できないと白状し、その魔道書をロウという男に手渡したとユイナは口にしている。

 その拷問の現場に、トーラスは居合わせていた。

 従って、当初は、ユイナやトーラスがロウの正確な居場所を教えなかったと判断されて、パリスを激怒させたらしい。

 なにしろ、パリスはなんとしても、魔道書を手に入れたいらしく、多数の手の者をハロンドール王国に一気に投入したようなのだが、それがことごとく、後手に回ったかたちになったからだ。

 

 パリスは、エランド・シティの水晶宮に連れていったユイナを訊問という名の拷問をしたようだが、そのユイナはロウがこっちに来ることを事前に知っていたことを必死に否定したみたいだ。

 ユイナは、パリスを主人とする奴隷の首輪を嵌められている。

 だから、ユイナは主人であるパリスに嘘を言えないから、ユイナが知らなかったと主張したならば、まあ、そうなのだろう。

 

 この里にいたトーラスもまた、ロウが来ることを知っていたことを否定した。

 人間族の奴隷商が数名やって来ることは承知していたが、ロウだとはわからなかったと答えた。

 まあ、トーラスについては、ユイナを人質にしているだけで、奴隷の刻みなどをしているわけじゃないので、真実を言っているかどうかはわからないが、嘘をつけないユイナが知らないと口にしている以上、トーラスもまた、知らなかったと判断してもいいのだろう。

 いずれにしても、エランド・シティのユイナは、このことにより、パリス直々の散々な懲罰拷問を受けたみたいだ。

 

 魔道で拘束されて、耳と鼻と乳房を削がれ、四肢を寸刻みにされたそうだ。さらに、股と尻の穴に真っ赤に焼けた鉄杭を突っ込まれたのだという。

 それで死にかけたが、魔道で肉体の損傷を完全回復させられて、同じようなことを三日続けてされたそうだ。

 パリスのエルフ族嫌いは病的なほどであり、やり過ぎのところもあるが、その情報をトーラスに教えてやったら、ぶるぶると震えて泣き叫んでいたので、トーラスの脅迫には効果があったと思う。

 

 いずれにしても、このことは、自分にとって運がよかったと思っている。

 ロウを捕まえて古文書を奪うことは、最近のパリスの最重要の課題になっており、トーラスの見張り役にすぎなかった自分がこれを任されることになったからだ。

 とにかく、ロウがエルフの里に向かっているという情報が入るのが遅すぎた。

 パリスが本当に信頼ができる手の者も数が限られており、改めて、ここで罠を張る余裕はなかったのだ。

 それで、最初からこの里にいた自分が、ロウの捕獲という重要な役割を与えられることになった。

 これを成し遂げることが、大変な功績なのは間違いない。

 

 だから、こうやって「メイ」の身体を乗っ取って、トーラスにひと芝居打たせた。

 ユイナを人質にされているトーラスは従うしかない。

 

 そういえば、これで、アスカ城にも、いい土産ができたかもしれない。

 あのアスカも、裏切り者の逃亡奴隷とエルフ娘を連れ戻せば喜ぶと思う。

 アスカの愛人だったエルスラは、いまはエリカと名乗っていたみたいだが、このやたらに身体の感度がよさそうで、乳首におかしな宝石付きの金属をつけているエルフ女は、アスカのところから逃亡したエルスラだ。

 ほかの女は不要だが、まあ一騎当千の女傑揃いという感じだったし、奴隷にして連れ帰れば使い道があると思う。

 

「そういうことか……」

 

 そのときだった。

 気絶をしているはずのロウが、下着一枚の格好で、のっそりと起きあがった。

 「メイ」は驚愕した。

 トーラスもはっとしている。

 

「マーズ、いけっ」

 

 そのロウが不意に怒鳴った。

 

「うぐっ」

 

 マーズとかいう大娘が半裸のまま飛びかかり、トーラスの首に背後から手刀を打った。

 トーラスが呆気なく崩れ落ちる。

 

「ま、まさか、芝居──」

 

 「メイ」はとっさに逃げようとした。

 だが、気がついたが、身体が硬直したように動かない。

 足も床に貼りついて動かない。

 「メイ」は混乱した。

 なんで……?

 おかしい……。

 魔道も封じられている。

 どうして……。

 

「無駄だ。お前が俺たちの遊びに夢中になって見ているあいだに、俺も少しずつ粘性体でお前の身体を包んでいた。メイちゃんの魔道を遣っているらしいけど、この粘性体には、魔力を遮断する効果もあるから逃げられんぞ」

 

「なにっ?」

 

 「メイ」はもがいた。

 しかし、やっと全身を薄い透明の膜のようなもので包まれているのがわかった。

 それが「メイ」の身体を凍結したようにしているのだ。

 しかも、魔力を遮断?

 そんなことが――?

 

「油断したな。何者かは知らんが、メイちゃんではないことにはすぐに気がついた。ただ、トーラスさんがどういう立場なのかわからなかったから、ちょっと遊んでいたのさ」

 

 ロウが笑った。

 

「な、なんで――。ど、毒は?」

 

 「メイ」は狼狽えた。

 

「俺の準備した毒消しで、全員が効いてない。俺には毒を見破る能力があってな。女たちが倒れたのは、毒のせいじゃなく、俺の操作だ……。さて、みんな、もういいぞ」

 

 ロウが言った。

 すると、女たちがのそのそと起きだす。

 

「やっと思い出した。メイが怪しいから、油断させるとは言われたが、さっきのはなんなんだ? 完全にわたしは変になってたぞ。メイのことも頭から消えてしまってた」

 

 シャングリアだ。

 どうやら芝居というよりは、ロウ以外は、やっぱり、ロウによってなにかの暗示をかけられてしまっていた気配だ。

 ほかの女も一様に同じようなことを口にし始めた。

 

「どうでもいいですけど……。もっとましな手段があったんじゃないのですか、ロウ様」

 

 エリカが言った。

 脱ぎ捨てた自分の服を掴んで、裸身を隠している。

 

「まあ、いいじゃないか。半分は俺の遊びだ。俺の術にかかっているあいだは、なにもかも忘れて、それはそれで、愉しそうだったぞ」

 

 ロウが悪びれた様子もなく言った。

 

「油断させるために、なにかをするとは教えられてたけど、なんてことさせるのよ。夕食前も同じようなことをされたけど、記憶を操るのはやめて。今度したら、怒るわよ」

 

 イライジャも不機嫌そうに文句を言った。

 腰に身体にかかっていた毛布を巻いている。

 

「とにかく、こいつだ、みんな……。メイちゃんの中に憑依しているピエールという魔族だ」

 

 ピエールは度肝を抜かれた。

 これまで、ピエールが憑依をしていることなど、見破られたことなどないのだ。

 しかも、名前まで……。

 このロウは何者……?

 

 いずれにしても、このロウを含めた全員が、完全に覚醒している。

 それなのに、「メイ」は、不思議な粘性の膜に包まれて、ぴくりとも動けない。

 

 ロウの女たちが立ちあがって、交代で服を整えながら、「メイ」を囲み始める。

 彼女たちは、いつの間にか、武器を手に持っている。

 「メイ」、つまり、ピエールは、背に冷たいものが流れるのを感じた。



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341 傀儡子(くぐつし)と淫魔師

 *


 “メイ(ピエール)
  傀儡(くぐつ)子(魔族)、男
  (エルフ族、女)
  年齢:12歳
  ジョブ
   寄生(レベル10)
   戦士(レベル2)
   魔道遣い(レベル3)
  生命力:100
  魔道力:50
  攻撃力:10
  経験人数:男7
  淫乱レベル:D
  快感値:500
  状態
   寄生による人格凍結
   憑依による肉体乗っ取り
   死の呪い”


 *


「うわっ」

 

 「メイ」の口から悲鳴が出た。

 一郎が「メイ」をその場に跪かせたのだ。

 完全に全身の肌の上に薄く粘性体をまとわせているので、すでに拘束状態と同じであり、好きなように身体を操って動かすことができる。

 ついでに、両手を背中側に回させて腰の括れの後ろで水平に組ませた。

 そこには新たな粘性体を追加して完全に覆ってしまう。

 

「く、くそうっ、お、俺に手出しはできねえぞ。俺に手を出せば、このエルフ族の雌は死ぬ。う、嘘じゃねえぞ。俺は完全憑依をしてる。俺を殺すことは、この雌エルフの子どもを殺すことだ――」

 

 「メイ」が叫んだ。

 いや、ピエールか……。

 

 読み取ったステータスのところにある“ピエール”というのが、「メイ」に巣食っている傀儡子(くぐつし)とやらの本来の名前なのだろう。

 ただ、真名ではないようだ。憑依しているあいだは、真名を魔眼で見抜けないようになっているのか、それとも、真名が発生するほどの高位魔族ではないかだ。

 呼び名のほかに、真名が発生するのは、ある程度の能力がある魔族のみらしく、そもそも低級種族には、真名は発生しないのだ。

 

 それに、ピエール自身の能力は、寄生ジョブ以外は、メイの本来の能力に埋もれている。

 そういうものなのだろう。

 意識も肉体も、メイ自身は眠らされて、メイの能力ごと、完全にこの魔族が乗っ取っている感じだ。

 ほかには、なにもなさそうだ。

 

 そのピエールは、強がりの言葉のわりには、完全に恐怖の響きが声に混じっている。

 だから、実際には、特に切り札のようなものはないのだろうと思う。

 いずれにせよ、ステータスで観察する限り、能力そのものは、この童女エルフの「メイ」そのものの能力だけのようだ。

 

 ただ、気になるのは、ステータスの状態の中に存在する“死の呪い”というやつだ。

 その呪いは知っている。

 かつて、スクルズたちを襲ったノルズという女にそれがかかっていた。

 あのときは、ノルズが一郎に淫魔術で支配された瞬間に、それが発動してノルズを呪い殺そうとしたと思う。

 幸いにも、一郎の淫魔師としての支配が勝って、呪いを打ち消すことができたが、なにかの行為がきっかけになって、それが発動する可能性は高い。

 あのときに比べても、一郎の淫魔師としての能力は格段にあがっている。

 今回も、一郎の力で打ち消すことはできると思うが……。

 もっとも、そのためには、一郎が淫魔術でこの「メイ」の身体を支配することが必要だ。

 

 それにしても……。

 経験人数が“7”?

 それが、なにを示すのかは、容易に想像がつく。

 ユイナをさらったという連中は、余程にたちが悪いようだ。ユイナを拷問して、輪姦したというトーラスの言葉は真実かもしれない。

 アルオウィン? それとも、パリスという男か? 

 

「お、お前ら、聞いてんのか──。俺には手出しはできねえと言ってんだ。ユ、ユイナだって、人質なんだぜ。俺になにかがあれば、ユイナは即座に殺される。そういう手筈になってんだ──」

 

 ピエールが喚いた。

 それにしても、口調は男そのものだが、声と姿は年齢相応のエルフ族の童女だ。

 どうにも調子が狂う。

 

「はったりはよせよ。ユイナはここにはいないんだろう? トーラス殿の話によれば、ユイナはイムドリスとかいう隠し宮殿か、それとも、エランド・シティの水晶宮に連れていかれたはずだ。そこと、どうやって、連絡なんてとるんだ」

 

「へっ、そんなこと口にすると思うかよ──。ただ、この俺に手を出せば、ユイナは殺される。それだけは言っておくぜ」

 

 ピエールが嘲笑するような物言いをした。

 しかし、その口調には言葉ほどの余裕はない。

 勘だが、このピエールになにかあったとしても、この陰謀に加担した連中がすぐに動くというような連携までは取っていないと思う。

 だから、ピエールはここまで焦っているのだろう。

 

 いずれにしても、ピエールとかいう傀儡子の能力は問題ない。

 一郎であれば、「メイ」の身体から弾き飛ばせる。

 ほかに、里周辺に残党でも隠れているかもしれないが、こいつは、ただほかの身体に憑依して、能力と身体を乗っ取るくらいの能力だ。

 別の力はなさそうだ。

 

 だが、その憑依については、余程に自信を持っているみたいだ。トーラスほどの高位魔術遣いでも、メイの身体から出すことができないようだし、簡単に憑依を剥がすことなどできないのだと思う。

 勘だが、憑依している個体が死んでも、ピエール自体は死なないに違いない。

 しかし、一郎と対決することになったのが運の尽きだ。

 憑依した後の能力は、憑依した個体の能力に依存するようであり、もしも、メイではなく、トーラスに憑依していれば、もう少し面倒だったかもしれないが、このピエールの能力では、トーラスを乗っ取ることはできない。

 だから、メイに憑依して、トーラスを脅迫するというかたちで言いなりにしていたのだと思う。

 いずれにしても、一郎を前にして、女に憑依してしまったのがピエールの不幸だ。

 

「ねえ、ロウ、どういうことになってんの?」

 

 イライジャが眉をひそめながら言った。

 跪いている「メイ」の身体の周りには、そのイライジャのほかに、エリカとコゼとシャングリアが武器を向けている。

 一方で、マーズの手刀で昏倒させたトーラスは、マーズとミウが見張っている。

 特にミウは、すでにトーラスの魔力を凍結して、魔道が遣えないようにしている。

 覚醒すればトーラスも驚愕するだろうが、このミウの魔道レベルは、この褐色エルフの里の里長をやっていたトーラスをすでに上回るほどの力なのだ。

 

「さっきも言ったけど、メイちゃんの中に入っているが、身体を動かしているのは、ピエールという傀儡子の魔族らしい」

 

 一郎は言った。

 

「お前、また……」

 

 名前とともに、種族を言い当てられたピエールが「メイ」の顔で仰天している。

 

「……エリカ、傀儡子って知っているか?」

 

 訊ねた。

 エリカは眉間に皺を寄せて、考えるような表情になったが、すぐに口を開いた。

 

「ロウ様、傀儡子というのは、寄生魔族の一種です。本体は小さな虫ですが、人の身体を乗っ取って、身体と心を支配します……。アスカ城に集められていた魔族にそういうのがいました」

 

「アスカ城か……」

 

 一郎は呟いた。

 もしかしたら、このピエールはアスカ城の追っ手の可能性もあるのか?

 一郎とエリカがここにやって来ることを知って、待ち伏せをしていた?

 別に宣伝をしていたわけではないが、たまたま、この里にアスカの手のものがやって来たとすれば、一郎たちがユイナの競売のために近づいていることを知る機会があったのかもしれない。

 それで、待ち伏せをする気になった?

 

 だが、そうだとしても、それだけではない、なにかもある。

 ユイナを連れて行った理由が、ユイナが発見したという瘴気を発生させる魔道であるというのは、本当のような気がするのだ。

 また、魔族や魔獣とは無縁のはずのナタル森林に、これだけの魔獣や、目の前のピエールのような魔族が入り込んでいるというのも異常だ。

 ここでなにかが起きている。

 ただの勘だが、そんな気がするのだ。

 アルオウィン、パリスのふたりの後ろにアスカがいる……?

 とにかく、なにかの推論をするには、まだ情報不足だ。

 

「ロウ様、もしかしたら、こいつはアスカ様の手先で、わたしたちを待っていたのかも……」

 

 エリカが言った。

 その声には、ちょっと怯えのようなものがある。

 やはり、エリカはいまだにアスカのことが怖いのだろう。

 

「そうかもしれないが、まあ心配するな。こんなのは小者だ。俺たちについての情報を握ったとしても、アスカもまだ、別に本気じゃないさ。本気なら、アスカは、本人自らここで待ち構えているよ」

 

 一郎はうそぶいた。

 二年前には歯も立たなかったが、いまなら逆に淫魔術でアスカだって、支配をしてやれると思っている。アスカの魔道遣いとしてのレベルは“99”だったと思ったが、それは一郎も同じだ。

 顔に精液でもぶっかけて、支配してやればいい。

 さすがのアスカでも、性感を支配されれば、一郎の玩具に陥るしかない。

 

 一郎は女たちに、改めて、「メイ」の身体に傀儡子が憑依しているということを説明した

 女たちは驚いていた。

 

「言いやがったな。俺が小者だと? だったら、お前に憑依してやろうか。意思を乗っ取られて、お前の能力も使い放題だ。この女たちも俺のものだな」

 

「やってくれよ。手間が省ける」

 

 一郎は言った。

 本心だ。

 一郎を乗っ取るためには、「メイ」から出るしかない。そして、レベル“99”の一郎を、たかが、レベル“10”のピエールが乗っ取れるわけない。

 それができるなら、トーラスを乗っ取っている。

 できないから、メイに憑依したのだ。

 とにかく、こいつが一郎に憑依しようとしてくれれば、つまりは「メイ」からピエールを追い出せることになる。

 

「ほら、どうしたらいいんだ? 口開けんのか? それとも、胸から入るのか? 好きにしな」

 

 一郎は無防備に胸をさらすとともに、口を大きく開いてやった。

 ピエールの入った「メイ」の顔が焦ったものになる。

 

「お、俺に手を出すと、メイが死ぬぜ……」

 

 ピエールが呻くように言った。

 その気がなくなったみたいだ。最初に戻ってしまった。

 仕方ない……。

 

「イライジャ、ミウとマーズを連れて、トーラスさんを別室に連れて行ってくれ。そして、なにもかも白状させるんだ。トーラスさんは、ミウが魔道を封じている。覚醒もできる」

 

「わかったわ、ロウ……」

 

 イライジャが真剣な表情で頷くのがわかった。

 

「それと、トーラスさんを起こしたら、ピエールになにかあれば、ユイナが死ぬというのは、こいつのはったりだと教えるんだ。それで、今度こそ隠していることを全部語ってくれると思う。最悪、多少痛めつけていい。非常事態だ」

 

「わかりました」

「はい」

 

 マーズとミウもすぐに返事をする。

 そして、まだ意識を失ったままのトーラスの身体をマーズが軽々と担いだ。

 

「ところで、あなたは?」

 

 イライジャが部屋から出ていきかけながら訊ねてきた。

 

「ここで、こいつを訊問する。……というよりは、支配してしまう……」

 

 一郎は言った。

 イライジャには、それで一郎がなにをしようとしているのかわかったと思う。

 ちょっと、怪訝な表情になったが、すぐに納得したように頷く。

 

 傀儡子という魔族が入り込んでいるとはいえ、「メイ」はまだ十二歳のエルフ族の童女だ。

 ミウのように納得して犯されるのとは違うので、一郎がその「メイ」を犯して支配してしまうというのは、イライジャとしても、なにかの葛藤もあるかもしれない。

 なにしろ、イライジャがここで暮らしていたときから、この「メイ」は下女としてだが、この屋敷に住み込んで暮らしていた。

 イライジャにとっては、家族のようなものだろう。

 しかし、そうする必要がある。

 言わなかったが、この「メイ」の身体には、死の呪いが刻まれている。

 それがどういうきっかけで発動するのか知らない。

 だから、なるべく早く一郎が支配してしまうべきだ。

 

「それも、わかったわ……」

 

 イライジャはそれだけを言った。

 一郎は頷き返した。

 

「う、嘘じゃないぞ──。なにかあれば、ユイナは死ぬ。本当だ──。メイというこの娘も死ぬ。う、嘘じゃねえ──」

 

 ピエールがまた喚いた。

 一郎は笑った。

 

「お前の切り札はそれしかないのか? だったら、さっさと連絡して殺せ──。俺がユイナに酷い目に遭いかけたというのは、ちょっとはこの屋敷にいたんだから、みんなの記憶を辿れば、わかっているだろう。ユイナを人質にしても、俺には通用しない」

 

「そ、そんな、わけねえ。ユイナはお前にとっても、大切なエルフ娘のはずだ。だ、だから、ここまで来たんだろう」

 

「そんなわけないだろう。いいから、さっさと連絡しろ。それよりも、もっと俺を惑わせるような、ほかの脅しを言ってみな」

 

 一郎がそう言うと、明らかにピエールは追い詰められた顔になった。

 

「それにしても……」

 

 一郎はピエールの入っている「メイ」の髪を掴んで、強引に自分に向かって顔をあげさせた。

 粘性体の膜でピエールが入っている「メイ」の身体は、完全に拘束している。ピエールはぴくりとも動けない。

 その顔に唾液を吐きかける。

 

「……お前らの一味が何者で、なにをしているかは知らないけど、とんでもなく下衆な連中だな。このメイちゃんを乗っ取る前に、寄ってたかって輪姦したな? まだ、このメイちゃんは十二歳なんだぞ」

 

 一郎は怒鳴った。

 

「ほ、本当?」

 

 まだ、扉のところで待っている感じだったイライジャが驚愕している。

 一郎はそうだと言った。

 「メイ」のステータスには、二年前にはなかった性経験が“男7人”になっている。

 必ずしも輪姦されたとは限らないが、まあ、間違いないと思う。

 「メイ」の顔を見た。

 そこから垣間見れるピエールの表情から、一郎の言葉が真実であることが悟れた。

 

「まあ、俺も人のことは言えんけどね……。同じことをしようとしているから……」

 

 一郎は、「メイ」の髪を掴んだまま、首から顔にかけて粘性体を伸ばして、無理矢理に口を開かせた。

 顔を近づけて、唾液を口に中に垂らしていく。

 一郎の唾液と「メイ」の唾液が混じった瞬間に、淫魔術の縛りを刻んだ感覚がやってきた。精液ほどの効き目はないが、唾液や汗など、ほかの体液でも一郎はその気になれば、淫魔術の縛りを女に刻むことができる。

 唾液程度でも、身体の感覚を操ることくらいは簡単だ。

 一気に「メイ」の身体の感度をあげて、常態の三倍から五倍にあげてやった。

 

「うっ、な、なんだ……。なにをやった……?」

 

 目の前の「メイ」の身体があっという間に高揚したようになり、顔からぽたぽたと汗をかき始める。

 「メイ」の中にいるピエールの心の動揺も、わずかだが伝わってくる。

 

「じゃあ、行くわね、ロウ……」

 

 イライジャが言った。

 そして、マーズとミウに合図をして、部屋の外に促す。

 きっと、私室にでも連れて行って、訊問をするに違いない。

 一郎はふと思いついて、コゼに声をかけた。

 

「コゼ、お前も行ってくれ。なんだかんだ言っても、トーラスさんは、俺たちを敵とみなして、なんらかの手段で危害を加えようとするかもしれない。そのときは、殺せ──。イライジャには遠慮があるかもしれないから、万が一のときには躊躇うかもしれない。でも、コゼだったら、躊躇わないだろう?」

 

「わかりました」

 

 コゼは、いつものお道化た表情ではなく、真剣な顔をして頷いた。

 そして、イライジャたちを追うように部屋を出て行く。

 部屋は「メイ」の身体にいるピエールのほか、一郎とエリカとシャングリアだけになった。

 

「さて、じゃあ、始めるか、ピエール。男を抱くのは趣味じゃないが、メイちゃんのような可愛らしいエルフ族の少女の身体なら話は別だ」

 

 一郎は服を脱ぎ始めた。

 エリカとシャングリアが頷き合い、シャングリアの方が剣を収めて、一郎に寄ってくる。かいがいしく一郎の脱いだ服を受け取っていく。

 

「貴族様に、侍女のように世話をしてもらって悪いな」

 

 一郎は笑った。

 

「からかうな、ロウ。わたしは、お前の性奴隷だ……。それで、どうする? この小娘を犯す前に、大きくする手伝いをした方がいいか?」

 

 シャングリアが生真面目な顔で言った。

 一郎が最後の下着を脱いだとき、男根がまだ萎えたままだったからだ。

 こんなものは、瞬時に勃起させることもできるが、まあ、頼むことにした。

 

「やってくれ」

 

 一郎がひと言だけ口にすると、シャングリアは一郎から受け取った服を手近な椅子に置いて、一郎の前に跪く。

 すぐに、一郎の男根を口に含んで舌で舐め始めた。

 

「な、なに、やってんだ。な、なんだよ」

 

 ピエールが動顛したように声をあげた。

 一郎は嘲笑の声をあげてやった。

 

「見ればわかるだろう。お前を犯す準備だ。いまから、お前の膣にこれをぶっ挿して、精を注いでやる」

 

「ま、まさか、お前……。あ、ああ、そうか──。お前は淫魔師か……。だから、その力でこの身体を……」

 

 「メイ」の目が大きく見開かれた。

 こいつは一郎が淫魔師であることを知っていたみたいだ。

 やはり、アスカの手先か……。

 なにしろ、一郎が淫魔師であることを知っているのは、一郎の女になった者たちだけだ。

 例外はアスカであり、あるいは、ルルドの森の精のユグドラだ。

 一郎の女が喋るわけはないから、こいつの情報源はアスカとしか考えられない。

 

「ああ、愉しみしておけよ。このシャングリアも、元々は女騎士だぞ。俺の淫魔術で支配されて、こんなに従順になった。お前も同じように支配してやるからな」

 

 うそぶいた。

 男を支配する趣味はないが、ここはちょっと脅迫してやろうと思ったのだ。

 

「んんっ、んっ」

 

 そのとき、一郎の股間を懸命に舐めているシャングリアが声を出した。

 シャングリアの口の中で勃起したので、喉の奥に亀頭が突き挿すようになったようだ。

 ちょっと苦しそうに涙目になっている。

 だが、同時に欲情もしている。

 ちょっとくらい苦しかったり、痛いくらいの乱暴さが、このお転婆騎士様はお好みなのだ。

 一郎はシャングリアの肩を持って身体を支えると、片足をあげてシャングリアのスカートの中に爪先を入れた。

 靴は履いたままだったので、そのまま股布に包んでいる股間を愛撫してやる。

 

「んふうっ、んんんっ」

 

 今度は欲情の声だ。

 靴で股間をなぶられるという恥辱に、シャングリアは早くも興奮してしまったようである。

 だんだんと奉仕の口から洩れる声と鼻息が甘いものに変っていく。

 

「こんなのが感じるのか? さすがに俺に支配された女騎士だな。もともとは、お転婆騎士で有名だったのになあ……。じゃあ、もっとやろう。この淫売め──。ほら、ピエール、見ろ。お前も支配される。意思をなくした人形としてな」

 

 わざと下品な物言いをしながら、さらに乱暴に足先を動かした。

 もはや、愛撫というよりは、下から上に靴で股間を逆方向に踏んでいるようなものだ。

 しかし、シャングリアが絶頂に向かって、どんどんと快感を飛翔させているのがわかる。

 また、わざと酷薄な物言いをしているのは、はったりだ。これで、恐れおののいて、「メイ」から飛び出して、一郎を支配しようと目論んでくれれば、「メイ」の身体にひどいことをしなくてすむ。

 

「んふううっ、ああっ」

 

 やがて、シャングリアは耐えきれなくなったように、一郎の股間から口を離して、身体を弓なりに反らせた。

 達してしまったのだ。

 シャングリアの身体が脱力して、その場に崩れ落ちる。

 

「ロウ様ったら……」

 

 ピエールに剣を向けながら、一部始終を眺めていたエリカが呆れた声を出した。

 

「はあ、はあ、はあ……。ご、ごめん……。が、我慢できなくて……」

 

 シャングリアが荒い息をしながら言った。

 そして、もう一度、奉仕を続けようとしたのを一郎は笑って制した。

 すでに、股間は勃起状態だ。

 シャングリアの唾液にまみれた怒張は、完全に股間でそそり勃っている。

 一郎はそれをピエールの目の前に持っていく。

 

「さあ、準備ができたぞ」

 

 一郎は「メイ」の服を首のところでむんずと掴んだ。

 一気に左右に破り割く。

 

「うわあっ」

 

 「メイ」は上衣の下には、シャツのような薄い下着を身につけていた。

 それも一緒に裂いたので、まだ大きくなりきっていない小さな胸の膨らみが露わになる。

 褐色エルフだが、肌は白エルフに近いくらいに白っぽい。

 一郎の肌に似ているだろうか。

 だが、驚くほどにきれいな肌だ。

 そして、少女特有の瑞々しさがある。

 さすがはエルフ族の少女であり、しかも、まだ十二歳なのだ。

 

「わあ、わ、わかった──。出て行く──。このエルフ族の少女から出て行く──。やめてくれ──」

 

 ピエールが絶叫した。

 「メイ」の身体の中のなにかが動いた。

 一郎はさっき口を開かせるために使った粘性体を再び動かすと、強引に口を開かせて、さらに髪にも粘性体を巻きつけ、角度をつけて、少し上を向かせた。

 

「だったら、早くしな。傀儡子としては男のようだが、こんな可愛らしいエルフ少女の身体に巣食ったのが運の尽きだ。女として犯される気持ちを味わうことになるぞ」

 

 一郎は開いている「メイ」の口の中に勃起している男根を挿し込む。

 いきなり精液をぶち込んだ。

 

「んはあっ」

 

 それに気がついたピエールが顔をしかめて、舌で外に出そうとする。

 

「なにしてんだよ。たっぷりと飲むんだ」

 

 一郎はそのまま「メイ」の口の中で小便をしてやった。

 精液を無理矢理に流し込むためだ。

 さらに鼻をつまむ。

 

「んああっ、ああっ、あがっ、がっ」

 

 ピエールが苦しそうにもがきながら、一郎の小便とともに精の塊を喉の奥に流し込ませていった。

 「メイ」の身体と、その精神と身体に憑依しているピエールに、一郎の淫魔術がさらに深く刻まれるのがわかった。

 同時に、「メイ」の中にいるピエールを掴まえたのをはっきりと感じた。 



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342 抜かずの六発

「な、なあ、こ、この娘っ子から出て行くから……。なにもかも喋る。だ、だけど……。俺はなにも知らねえんだ。ただ、ここに、アスカ様のところを逃げ出した淫魔師の奴隷がやってくると知って……。それで報告して……。そしたら、捕らえて手柄にしていいと許可されただけなんだ。それだけだ──」

 

 ピエールが必死の口調で喚いた。

 もっとも、その声も姿も、エルフ童女のメイのままだ。

 口調だけが、男である。

 ある意味、ボーイッシュな少女を犯しているみたいで、一郎もそれなりに興奮してきた気がする。

 

 それにしても、アスカの手先か……。

 ピエールは懸命にそう主張している。

 しかし、ピエールは、まだなにかを隠している気もする。

 もしかしたら、核心の部分を喋っていない……。あるいは、まだ嘘をついている。

 そんな感じだ。

 

 だったら、こうなったら、このまま支配してしまった方が早い。

 一郎は方針を切り替えた。

 このまま、ピエールごとメイを完全支配することにした。完全支配すれば、嘘を禁止して、真実を口にさせられる。

 一郎は、繋がっている淫魔術を使って、メイの肌の感度を限界まで向上させた。

 そして、手を伸ばして、メイの身体に浮かんでいる赤いもやの性感帯をすっすっと擦った。

 

「ひ、ひいっ」

 

 それだけでピエールは動けない身体を激しくのたうたせた。

 メイは、すでに腕の部分に布が残っているだけの素裸だ。

 しかも、全身を一郎の操る粘性体の膜で覆っており、完全に拘束している状態でもある。

 それだけでなく、一郎の淫魔力が完全にピエールという傀儡(くぐつ)子の感覚を捉えており、身体も一郎の支配に陥らせている。

 なによりも、身体の感度をちょっとあり得ないくらいにあげてやった。

 すでに、勝負終了(チェックメイト)だ。

 

「これはどうだ?」

 

 さらに、一郎は、身体の感度を敏感にするだけじゃなく、淫魔術で全身の血を強烈な媚薬混じりにしてやることにした。

 つまり、ピエールはただ息をするだけで、自らの血液により沸騰するような快感を味わうというわけだ。

 童女のメイの身体はすっかりと火照っていて、ただ風に触れるだけで、びっくりするくらいの蜜を流し続けている

 それを味わっているピエールは狂乱状態だ。

 

「女みたいな声を出して、可愛いじゃないか、ピエール。これはどうだ?」

 

 一郎はメイの瑞々しい肌をまさぐり、まだ小さな胸の膨らみの中心でぴんと尖った乳首を軽く弾く。

 

「んふうっ、な、なに? なんだ、これえっ」

 

 ピエールが叫んで、跪いている身体を大きく弓なりにさせた。そして、股間からぴゅっとおしっこのようた体液が飛び出る。

 早くも軽く達したようだ。

 本当は男ながら、女の快感を与えられる恥辱にもがくピエールの感情が伝わってくる。

 

「もっと、情報を口にしろよ。さもないと、女の身体で犯される不幸を味わうことになるぞ」

 

 一郎は膝立ちだったメイの額を軽く突き、仰向けに床に倒した。

 同時に両足を引きあげて、胸の横に密着させる。

 さらに、両腕を膝の裏を抱え込むように移動させて、そこも粘着させた。

 十二歳のエルフ童女の「まんぐり返し」のできあがりだ。

 

「うわあっ」

 

 メイの中のピエールが泣き声をあげた。

 一郎が勃起している怒張をメイの秘部に近づけたからだ。

 その亀頭の先で、ちょんと秘裂を擦る。

 

「んふううっ、うわああ、な、なんだあ──?」

 

 ピエールが丸まっている身体を限界までのけぞらせた。

 亀頭の先が小さなメイの突起に当たったのだが、それだけでまた達したのだ。

 

 それにしても、ピエールの心に触れている限り、男の心を持つピエールが女としての絶頂を味わったのは、今回が正真正銘の最初だったようだ。

 童女の身体に巣食うような男だが、この可愛らしいエルフ童女で遊ぶような「変態」ではなかったみたいだ。

 

 いや、変態は俺か……。

 

 童女にとり憑いた魔族を安全に引き離すという大義名分のもとに、こうやって、まだ大人になっていないエルフ少女の裸体を弄ぶのを愉しんでいる。

 一郎は苦笑した。

 

 だが、ふと気になって、エリカとシャングリアに視線を向けた。

 すると、剣を向けて、用心深く見張っているふたりが、ちょっと引くような視線を一郎に向けているのがわかった。

 慌てて、口を開く。

 

「言っておくが、これは人助けだぞ──。メイちゃんに巣食った操り魔族を追い出すにはこれしかないんだ。愉しんでやっているわけじゃないからな。完全に支配してから出さないと危険なんだ。観念したといくら喚いても、こいつは信用できるような奴じゃない」

 

 半分は本当で、半分は嘘だ。

 ピエールがメイの身体から出て行くと言っているのは本気である。

 屈服もしている。

 おそらく、解放してやっても、もうピエールは一郎には逆らわないだろう。

 すでに、ピエールの感情に触れることができている一郎には、それがわかる。

 

 しかし、支配が進むにつれて、一郎に迷いが生じていた。

 どうやら、だんだんとわかってきたが、「死の呪い」に掛かっているのは、ピエールでもあり、メイでもあるみたいなのだ。

 何者がそんな卑劣な呪いをしたのかわからないが、ふたりの身体の両方に、なにかをきっかけにして発動する死の魔道がかかっているのだ。

 ピエールを追い出したところで、メイに呪いが残るかもしれない。それどころか、ピエールが憑依をやめたのがきっかけとなり、メイの身体に死の呪いが発動するという仕掛けになっている可能性もある。

 使い捨てというわけだ。

 

 だから、このまま、呪いを乗り越えるくらいまで、深く淫魔術で支配しきってしまう必要があるのだ。

 そして、まずは呪いを消し、それからピエールを引き離す方がいい。

 そもそも、ピエールが男に戻ってしまっては、一郎は淫魔術でピエールを支配できない。憑依体という奇妙な存在を淫魔術で支配できる自信はない。

 

「いまさら、なにを言っているのだ、ロウ。好きなようにすればいい。そのエルフ娘を助けるためにやっているというのは知っている。だけど、お前が慎みのない男だということも知っているぞ。そんなことで、ショックなど受けるか。見張っていてやるから、存分にやればいい」

 

「まあ、そうですね……。だけど、とてもいやらしい顔をしてますよ、ロウ様」

 

 シャングリアとエリカが半分呆れたような口調で言った

 

「まあ、わかってくれればいい……」

 

 一郎はわざとらしく肩を竦める仕草をしてから、メイの裸体に向き直った。

 メイの身体に再び覆いかぶさり、怒張を無毛の股間にあてがう。

 ゆっくりと肉棒をメイの股間に埋めていく。

 

「ひわあっ、あああっ」

 

 ピエールが身動きできない身体を暴れさせようとする。

 それはともかく、さすがに十二歳の股間はきつい……。

 一度、集団で輪姦された気配はあるが、まだ子どもの膣だ。

 調教も不足してる。

 もの凄い圧迫感で、秘部が一郎の侵入を拒もうとしている。

 

 しかし、本当であれば、かなりの苦痛のはずだが、一郎にかかれば、その痛みを快感に逆転させることもできる。

 苦痛に通じている神経の場所と快感を覚えるための神経の場所は近い。

 それを意図的に結合してしまうのだ。

 実際にしてやった。

 これで、ピエールは顔面を殴られても、快感を覚えるはずだ。

 

「あああっ、や、やめてくれ……。や、やめてええ──。あはあっ」

 

 ピエールが必死の様子で絶叫した。嬌声は完全に女のものだ。

 そして、身体をがくがくと震わせて、さっそく絶頂をした。

 

「やめてえか……。女としての快感を覚えさせると、それが身体から離れなくなるらしいぞ」

 

 一郎はゆっくりと律動しながら、うそぶいた。

 

「た、頼む……。も、もう許して……。アスカ様だ──。アスカ様に命じられて、お前とそのエルフ女を捕まえようとしたんだ……。ああっ、あああっ、ああああっ」

 

 ピエールが泣きながらがくがくと身体を震わせた。

 またもや顔を歪めて、咆哮とともに絶頂をする。

 しかし、嘘をついている。

 すでに、淫魔術がメイに浸透しているのでわかる。メイの感覚を通じて、ピエールの感覚も伝わるのだ。

 ピエールが必死になにかを隠そうとして、嘘を叫んでいるのはわかる。

 

「精を放つぞ。これで正真正銘の女だ」

 

 精を注いだ。

 その瞬間に、メイだけでなく、ピエールにまで淫魔術が届いたのがわかった。

 精を放たれたのがわかったのだろう。

 ピエールがメイの顔と声で、ますます号泣し始めた。

 

「本当のことを言え──。命令だ──」

 

 一郎はさらに犯しながら叫んだ。

 精を注げば注ぐほどに、淫魔術の刻みは強くなる。

 このふたりに刻まれている呪術を解除するには、まだ精が足りない──。

 

「ひいっ、ひいっ、ひいっ、パリス様だ──。すべての糸を引いているのは、パリス様だ。なんでも言う。なんでも言うから──。もう許して──。エルフ女王を襲って、このナタルの森を瘴気が溢れる土地に変えるために……」

 

 ピエールが泣きながら叫んだ。

 森を瘴気で溢れさせる?

 トーラスが口にしていたことと合致した。

 瘴気というのは、本来、魔族や魔獣が必要とする邪気に溢れた気のことであり、かつて、この世界にいた冥王とかいう邪神は、その眷属の魔族とともに、それを力の源にしていたそうだ……。

 つまり、このナタル森林を瘴気で溢れさせるのが目的?

 だから、ユイナの禁忌の魔道に興味を覚えた?

 さらに、トーラスも口にしていたパリスという名前……。

 

「パリスですって?」

 

 そのとき、ずっと一郎たちを見守るようにしていたエリカが、不審そうな声をあげた。

 

「知っている名か?」

 

 一郎はメイを犯しながら顔だけを向けた。

 

「アスカ様の従者です。でも、十歳くらいの人間族の少年ですよ」

 

 エリカが首を傾げながら言った。

 十歳の少年?

 これには、一郎も首を傾げるしかない。

 いずれにしても、やっぱり、単なる性悪のエルフ娘の誘拐以上の策謀が、この背景にある……。

 すでに、ピエールは、一郎に対して嘘を言えないはずであり、さっき呻くように口にした言葉だけでも、ただならぬ陰謀を感じる。

 

 とにかく、こうなったら、すべてを白状させてやろうと思った。

 すでに、完全支配をしているが、訊問をするのは、十発ほど精液漬けにしてからにしてからがいいだろう。

 そのあいだに、ピエールもメイの身体の中で、両手両脚で数える分くらいの絶頂をするはずだ。

 それくらい追い込めば、淫魔術の刻みよりも前に、もはや、隠し立ての気力が完全に消滅するはずだ。

 

「んがあっ、はがあっ、あがあああ」

 

 そのときだった。

 

 一郎に犯されているメイの目が大きく見開かれて、絶息するような奇声を発した。

 夥しいほどの汗をかいていて、真っ赤に紅潮していたメイの顔が、みるみるうちに白くなっていく。

 

「ちっ、死の呪いだ。発動しやがった……」

 

 一郎は舌打ちした。

 あのノルズのときもそうだった。

 やっぱり、洩らしてはならない情報を洩らすと、自動的に命が失われるように魔道を刻まれていたようだ。

 淫魔術で結びついているピエールの生命力が、一気に死に向かって近づくのがはっきりとわかる。

 

 どうする……?

 亜空間に連れ込むか……?

 いや、それをしても意味はない。

 それに、死んだら意味がない。死者は亜空間には連れ込めないのだ。

 淫魔術の支配が消失する……。

 それよりも、呪いの強さを淫魔術で上回った方がいい。

 時間さえかければ、それができたのだが、やはり、途中で喋らせるんじゃなかった。

 

「ピエール、口にしろ──。お前らはなにをしようとしている──? ユイナの誘拐をトーラスさんにそそのかせたエルフの女王の部下というのは、お前たちの仲間が化けていたんじゃないのか? それと、ユイナは本当はどこに連れて行かれたんだ? 喋るんだ──」

 

 一郎は腰を振りながら、二度目の精を放って叫んだ。

 このままでは、ピエールはもうすぐ死ぬ。

 思ったよりも死の呪いの力が強かった。

 

 とにかく、精を放つほど、淫魔術の支配は強くなる。

 呪いを跳ねのけるだけの、精を注ぐしかない。

 

 一郎は二射目に続いて、三射目を送り込んだ。

 まだ小さな子宮に一郎の精液がいっぱいになったのか、メイの下腹部がぼこりと膨らんだのがわかった。

 

 一郎は四射目を注ぐ。

 メイの口から、大量の涎とともに泡のようなものが噴き出た。

 

「ピエール、命令だ。死ぬな。俺の支配に飛び込んで来い──。それで、死は免れる──」

 

 一郎は腰を振りながら叫んだ。

 いまだに、ピエールの深層意識で、一郎に対抗しようとしている部分が残っていた。

 それが一郎の支配を拒み続け、淫魔術の刻みを邪魔している。

 

「ロウ様──」

 

 エリカが叫んだ。

 ピエールの様子が不自然であることに気がついたのだろう。

 一郎はさらに腰を振りながら、片手でエリカを制した。

 大丈夫だという意思表示だ。

 一方で、またもや精を放った。

 抜かずの五発だ。

 

 新たな射精によって加わった淫魔の力を、さらにメイを守る力と、ピエールに自白を強要する力に分けて注ぎ込む。

 

「ピエール──」

 

 一郎は絶叫した。

 ピエールが入っているメイの口が開く。

 

「ア、アスカなど……。た、ただの操り……。パ、パリス様こそ……我ら……魔族の……牽引者……。あのアルオウィンを幼獣の苗床にするほどに、強いお方……。あ、あの人は……冥王を復活して……世界を……」

 

「ユイナはどこだ──?」

 

 さらに叫んだ。

 やはり駄目だ──。

 ピエールの命はもうもたない。

 一郎はピエールの命を諦めた。

 淫魔術を使って、ピエールとメイの心を切り離す。

 死の呪いのようなものは、メイの側にも根を張っていたが、それは瞬時に解除できた。

 やはり、一郎の淫魔術は、相手が女だと、こんなにも強力だ。

 

「言え──」

 

 一郎はメイの身体の安全を確認すると、さらに声をあげた。

 もう一度、精を放つ。

 六発目──。

 

 こうなったら、ピエールの命が失われるまでに、どれだけの情報を引き出せるかだ。

 

「……エルフの女王……支配……する……イムドリス……か……水晶宮……に……」

 

 それで終わりだった。

 メイの身体の中のピエールが命を失うのをはっきりと感じた。

 一郎は、淫魔術を込めて、ピエールの身体とわずかな生の残り香のようなものをメイの身体から切り離した。

 手の甲ほどの大きさの真っ黒な小人のような生き物がメイの胸から放出されるように飛び出る。

 これがピエールの本体のようだ。

 しかし、すでに魔眼でもステータスは読めない。

 床に転がった生き物は、完全に死んでいる。

 

「こいつが正体か──」

 

 シャングリアがさっと剣先を向けた。

 しかし、その身体の直前で剣はとまる。

 シャングリアも、そいつが息がないことを確信したのだと思う。

 

「あ、ああ……あ、あ、ああ……」

 

 すると、メイが小さく震えながら、か細く呻き始めた。

 メイ本体の意識が戻ったようだ。

 一郎は、慌ててメイから一物を抜くと、さっとメイの身体から粘性体を消滅させた。

 もちろん、媚薬の疼きも、一気に消してしまう。

 

「あ、あれ……?」

 

 メイの眼が開く。

 虚ろな顔に、だんだんと生気が戻るのがわかった。

 おそらく、ピエールが憑依しているあいだの、メイの記憶はないだろう。

 メイは、ずっと眠っている状態だった。

 だからこそ、遠慮なく、メイの身体に入り込んだピエールを容赦なく、強姦したのだ。

 

「ひっ」

 

 そのメイがはっとしたように、自分の身体を手で覆った。

 素っ裸であるのがわかったようだ。

 そして、眼の前の一郎の裸身を恐怖の顔で凝視した。

 

「あ、あのね、メイちゃん……」

 

 一郎は説明をしようと思って、口を開いた。

 

「いやあああ──」

 

 しかし、次の瞬間、一郎の顔面にメイの容赦のない拳が叩きつけられた。

 目の前の景色が消し飛び、一郎は自分の意識が飛ぶのをはっきりと感じた。



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343 さらに森の奥へ

「ロウ様、あれを──」

 

 御者台に座っているミウが声をかけてきた。

 今日の御者は、ミウとマーズだ。まだ、里の中なので馬車の外には誰もいない。ほかの者は全員が幌馬車の中にいる。

 幌馬車の前側から覗くと、ちょうど里の出口に差し掛かったところであり、検問をしている場所に、里長(さとおさ)のバロアがいた。

 また、バロアだけじゃなく、かつてはイライジャとともに、ダルカンたちに叛乱を起こしたプルトを始めとする全員が揃っていた。

 とりあえず、一郎は馬車を停めるように指示する。

 

「わかりました」

 

 マーズが手綱を操って、検問の外に出たところで、馬車を寄せて停車させた。

 

「なんの用事でしょうか?」

 

 コゼが不審そうに言った。

 一郎は肩を竦める。

 

「もう用件は終わっているはずだしな。まあ、里長自ら、見送りに出てきたということだろう。ちょっと行ってくる。すぐに終わるから、乗ったままでいいよ」

 

 ぞろぞろと降りるのもなんだから、一郎だけ降りることにした。

 

「待ってください。一緒に降ります」

 

 しかし、エリカがすかさず言って腰をあげる。

 護衛ということだろう。

 夕べのピエールの話から、ついにアスカに居場所が知れたかもしれないということで、エリカはずっと神経をぴりぴりさせている。

 ほとんど、一郎から片時も離れず、ずっと警戒している。

 責任感の強いことだ。

 一郎は苦笑して頷く。

 

「待って、わたしも降りるわ──」

 

 イライジャだ。

 このまま馬車で里を離れ、イライジャは、このエルフの里から別離して、一郎たちとともに、王都ハロルドで暮らすことに決まっている。

 そういえば、イライジャとしても、プルトたちとは、きちんと別れをしたいかもしれない。

 なにしろ、昨夜から慌ただしかったので、イライジャもほとんど旧交を温める余裕はなかったのだ。

 

 ただ、アスカに一郎とエリカがこの里にやって来るということは知られたのだから、一刻も早く立ち去るべきということになり、残りのことをバロアたちに委ねて、一郎たちはこうやって、早々に里を立ち去ることになったのだ。

 

 三人で馬車を降りた。

 すると、バロアが、馬車を背にしている一郎に深々と頭をさげた。

 バロアの後ろにいるプルトたち、かつて、イライジャとともに戦った反乱メンバーも一斉に頭をさげる。

 

「あなたには、申し訳ないことをしたわ。里を代表して謝罪する。このとおりよ」

 

「もう、謝罪はいいですよ。詫び代としての魔石も余分に受け取りましたし、それに、俺たちの命を狙ったのは、あなたではないでしょう」

 

 一郎は笑って言った。

 どうやら、やっぱりバロアは、一郎たちが里を出て行くにあたり、わざわざ、見送りと謝罪のためにやって来て、待っていたようだ。

 律儀な人だ。

 

「でも、里のことは、わたしの責任です。外からやって来たあなたたちを危険に晒したのは事実だし……」

 

「でも、バロアさん。あなたが謝ることじゃない……。それに、トーラスさんにも、そんなには恨みはありません。トーラスさんはユイナのことで魔族から脅迫されていたんですから……。彼の立場からすれば、孫娘を人質にされれば、言いなりになるしかなかったのは理解できます」

 

 一郎は言った。

 まあ、夕べから未明にかけて、とにかく大変だった。

 いまは、あの傀儡子(くぐつし)の騒動の翌日になる。

 すでに、陽は中天に差し掛かっているが、一郎たちは、もう一晩泊まるということはせずに、今日中に遅い出立をすることに決め、こうやって里の外れまでやってきたところだ。

 

 昨夜、メイに憑依していた魔族を退治した後、トーラスにすべてを自白させてから、一郎はすぐに、バロアとプルトを呼び出して、一連の事実を説明した。

 ふたりとも、驚愕していた。

 特に、トーラスとは個人的な親交もあったらしいバロアは、大きな衝撃を受けていた。

 

 ユイナの脱走に、元里長のトーラスが加わっていたこと──。

 トーラスの屋敷にいたエルフ少女のメイに、魔族が憑依していたこと──。

 そして、脅迫されていたとはいえ、トーラスが魔族の里への侵入を隠していて、しかも、訪問した一郎たちを襲撃しようとしたこと──。

 

 すべてがバロアたちにとっては、信じられない話であり、俄かには受け入れがたいことだったようである。

 しかし、傀儡子のピエールの死骸が動かぬ証拠であり、しかも、そのときのトーラスは完全に観念していて、一郎たちだをけではなく、やって来たバロアたちにも、すべてを淡々と告白した。

 バロアもプルトも呆然としていた。

 

 そのトーラスは、とりあえず、里の塔に監禁された。

 今度こそ、トーラスには結界を解けないようにし、しかも魔道も封印されたようだ。

 いずれ裁判になるのだという。

 かなりの真相が闇のままだが、元里長のトーラスがユイナを脱走させたのは事実だし、そのことだけで十分な重罪らしい。

 

 だが、この一件については、まだまだ腑に落ちないことが多い。

 まずは、ユイナの行方──。

 本当にイムドリス、あるいは、水晶宮に連れていかれたのか?

 次に、どうしてアルオウィン、あるいは、その偽者がユイナの脱走に関わったのかということ──。

 それだけでなく、トーラスの言い分が正しければ、ユイナを連れて去ったことになっているエルフ族のガドニエル女王の手の者は、ユイナを拷問して、奴隷の首輪を受け入れさせられたらしい。

 とても、名高いエルフの長老のやったこととは思えない。

 それとも、アスカの従者だとエリカが言及したパリスという少年……。

 いや、少年なのか?

 なによりも、ピエールが最後に口走った、パリスこそ黒幕だと叫んだことと、この森を瘴気で溢れる場所に変えるのだという陰謀のこと……。

 

 しかし、それらの大抵のことには、バロアには、もはや関心もなさそうだ。

 トーラスが里を裏切った。

 バロアとしては、そのことだけしか考えられない気配である。

 

 いずれにせよ、一郎がピエールを追い詰めて引き出した情報と、ピエールが死んでから最終的にトーラスが一郎たちに告白した内容については、辻褄が合わない部分はなかった。

 少なくとも、トーラスは、自分が事実だと思っていることを話したのだろう。

 

 トーラスのところに、里の塔に監禁されているユイナを脱走させる手伝いをしてやると、エルフ女王ガドニエルの腹心であるアルオウィンという女エルフがやってきて、彼女の指示により、トーラスは塔の結界を緩めて、ユイナを脱出させることに成功した──。

 だが、逃亡に成功したものの、アルオウィンが紹介したパリスは、ユイナを残酷に拷問して奴隷の支配を刻んで、どこかに連れて行った──。

 そして、パリスは、傀儡子という正真正銘の魔族をメイに憑依させて置いていき、トーラスを見張るように指示を残した。

 トーラスとしては、エルフ女王の腹心が、なぜ、魔族と結託しているのか、まったく理解できなかったらしいが、残ったピエールは、自分に危害を加えたり、ピエールのことを誰かにばらせば、連れていかれたユイナは死ぬとトーラスを脅したので、ユイナの脱走に深くかかわってしまっていることもあり、トーラスはピエールを受け入れるしかなかったようだ。

 トーラスの説明は、そういうことだった。

 

 また、パリス、あるいは、アルオウィンは、ユイナが持っていた禁忌の魔道の古文書を探しているらしく、なぜか、それを一郎が所持しているという話になっているみたいだ。

 魔道書の話は、観念したあとのトーラスが教えてくれたことだ。

 その辺りの事情は不明だ。

 

 とにかく、それで、一郎がユイナの競売のために、この里にやって来るという情報に急遽、接して、それでここにいたピエールが対応しようとしたということらしい。

 いずれにせよ、アスカなのか、ほかの誰かなのか不明だが、そいつらが一郎を探している。

 それだけはわかった。

 まあ、トーラスの告白によって、得ることのできた情報はそんなものだ。

 

 そして、トーラスにしても、ピエールにしても、最終的に喋った内容の中に、“アスカ”の名はなかった。

 もしかして、本当に、この一件はアスカには関わりない?

 だが、パリスというのは、アスカの従者だ。ピエールが叫んだ“パリス”がそのパリスであることは間違いないだろう。

 しかし、アスカではなく、そのパリスが黒幕というのはどういう意味なのだろう。

 

 一方で、一郎を拳で殴りつけたメイについては、しばらくのあいだ、バロアが面倒を見ることになった。

 今頃、メイは里の養生所だろう。

 ピエールに憑依されていた間の記憶はまったくないようだ。

 説明はしたものの、一郎が自分を犯したということについては、まだ納得がいっていない様子だ。

 まあいい。

 犯されて意気消沈するよりも、激怒するくらいの元気があった方がいいに決まっている。

 メイも大丈夫だろう。

 

「寛大ね……。あなたがそう言ってくれるなら、トーラスはそれほどの罪にはしないですむわ。まあ、里の追放くらいかしら……。ユイナちゃんのことはよくわからないけど、改めて、ガドニエル女王に問い合わせるわ。まあ、十日もすれば、なにかの答えが戻るとは思うのだけど……」

 

 バロアはまた言った。

 彼女は、そう言って、もう少しくらい里に留まってはどうかと促している。

 しかし、一郎は断固として拒否した。

 一郎とエリカに恨みを抱いているアスカという魔女に、この里に一郎たちがやって来ることは知られている可能性があり、すぐにでも立ち去る必要があるというのがその理由だ。

 バロアも、それに対しては、引き留めを強要することはできなかった。

 

 一方で、エルフの女王のところで異変が起こっているかもしれず、問い合わせてもまともに返事が戻るわけがないという、一郎の勘とピエールから聞き出した情報については、彼女たちに一蹴された。

 しかし、ピエールが死の直前に、それを匂わすことを口走ったことは確かなのだ。

 また、バロアは、エルフ族の女王がユイナの脱走と誘拐に関わったということも全否定した。

 ユイナは、魔族によって別の場所に連れていかれたと判断しているようだが、一応は一郎の主張を受け入れて、問い合わせだけはするとは口にしただけだ。

 エルフ族の女王のガドニエルが、ユイナを連れて行くということは、あり得ないと何度も言った。

 

 だが、死の間際、ピエールは間違いなく、ユイナはエルフ族の長老の隠し宮殿であるイムドリスか、水晶宮にユイナはいると「自白」したのだ。

 だから、ユイナが、そのどちらかにいるのは間違いないと思っている。

 少なくとも、ピエールはそれが真実であると思っていたはずだ。

 一郎の淫魔術で刻んだ状態で、一郎に嘘をつくことができるはずがない。

 

 だが、確かに、なにかがおかしい。

 伝聞によれば、エルフ族の女王のガドニエルは人格者だそうだ。

 そのガドニエルが、部下にエルフ娘への拷問を許し、奴隷にしてイムドリスという隠し宮殿まで連れて来させるというのは不自然だ。

 このユイナの事件と、最近のエルフの森での魔獣の異常発生、そして、エルフ族の女王のガドニエルの不自然さには、やはり、関連するのかもしれない。

 

「まあ、いずれにしても、ここから先は、エルフ族であるあなた方の範疇でしょう。これをもって、俺たちは、ユイナのことから手を引きます。イライジャも納得してくれました。ハロンドールに戻ります」

 

 一郎は言った。

 イライジャが頷く。

 

「……わたしの手前勝手なお願いが、彼らを危機に陥らせたのです。ピエールという傀儡子の罠に陥りさせかけたということ以上に、ロウたちを追いかけているアスカという魔女に、居場所を教えてしまったということは重大な失敗です。とにかく、なにができるかはわかりませんが、せめて、彼らの近くで、アスカとかいう魔女から、ふたりを守る手伝いをしたいんです」

 

 そのイライジャがバロアに言った。

 バロアは大きく頷いた。

 

「なあ、本当に、そいつと一緒に里を去るのか?」

 

 そのとき、プルトが寂しそうに言った。

 

「そうね」

 

 しかし、イライジャはきっぱりと言った。

 プルトが意気消沈したみたいになった。

 

「じゃあ、お元気で……」

 

 バロアが言った。

 一郎は馬車に乗り込んだ。

 そのとき、イライジャだけは、ちょっと待ってくれと口にして、少し残った。

 一郎は、イライジャの背中を見守りながら思った。

 ただの勘だが、プルトはイライジャに恋心を抱いていると思う。初めて会ったときからそんな感じだったし、なんとなくだが、イライジャを見るプルトの態度を眺めていればわかる。

 そのイライジャとプルトが検問施設の裏に消えていった。

 だが、しばらくすると、イライジャは何事もなかったように馬車に乗り込んできた。

 

「もういいの?」

 

「いいわ。ありがとう、ロウ」

 

 イライジャはすっきりとした顔をしていた。

 ロウが御者台に声をかけると、すぐに馬車が動き始めた。

 幌馬車になっている馬車の床に座っているのは、一郎のほかに、エリカ、コゼ、イライジャ、シャングリアだ。

 ミウとマーズは、御者台のままである。

 馬車が揺れ始めると、コゼが口を開いた。

 

「結局、無駄足でしたね、ご主人様……。まあ、ユイナという女奴隷のエルフ娘が手に入らなかったのは残念でしょうけど、その分、あたしが一生懸命にお勤めをしますね」

 

 コゼがにこにこしながら、馬車の壁にもたれかけた一郎に寄ってきた。

 そして、一郎の胸に身体をしなだらせる。

 

「すぐにそうやって、ロウ様に甘える──。とにかく、あんたは離れなさい──。それよりも、集中していてよ。こうしているあいだにも、アスカ様は、ロウ様を追いかけてやって来るかもしれないのよ」

 

「アスカって、あんたが仕えていた魔女よね」

 

「そうよ。あのピエールが、アスカ様の従者のパリスに、ロウ様のことを事前に報告したのは間違いないだろうし、そうだとすれば、アスカ様がそれを知らないはずがないわ。もしも、ピエールで失敗したとわかれば、自ら追ってくるかも……」

 

 エリカがコゼを睨んだ。

 一郎は微笑んだ。

 

「いやいや、いいよ、エリカ……。言おうと思ってたんだけど、いつ来るかわからないアスカのことを警戒して、ずっとそうやって神経を尖らせたままいるつもりか……。いいから、ゆっくりしてろよ」

 

「そんなわけには……。アスカ様なのか、パリスなのかはわかりませんが、ロウ様が狙われているのは改めてわかったのです」

 

 エリカが不満そうに言葉を続けようとしたが、一郎はそれを遮った。

 

「アスカなんて、かなりの気紛れ女なんだろう? 俺たちのことなんて、実際には、大して気にしてないさ。そもそも、俺たちがハロンドールの王都を拠点にしているというのは、以前から、向こうには伝わっていたはずだ。そういう意味では、なにも変わっていない」

 

 一郎は言った。

 ずっと前だが、一郎たちの居場所が判明して、アスカ城から、クライドとボニーという能力者を送りこまれたことがある。そのときには、一郎とエリカが殺されたという偽装工作したが、その後、(シーラ)ランクへの昇格の公表などがあったから、少し調べれば、一郎がまだ健在であることはすぐにわかる。

 だが、結局、あれから二度目の刺客が派遣される気配もなかった。

 

 いずれにしても、ピエール、パリス、アスカが繋がっているのであれば、一郎たちの存在はアスカまで伝わっているのかもしれない。

 しかし、それは、これまでの状況と変わりない。

 変化があったことといえば、パリスというアスカの従者、あるいは、ガドニエルの側近のアルオウィンというのが、ユイナの所持している魔道書のことで、一郎を探しているという情報が得られたくらいだろう。

 なんのことか、まったくわからないが……。

 

 とにかく、アスカがまだ、怒り狂っていて、もしも、いまだに一郎とエリカのことを必死に追いかけようとしているのであれば、他人に任せるというのがしっくりこない。

 本気のアスカだったら、自らやってくるか、少なくとも、もっと大物を寄越しそうな気がするのだ。

 そもそも、今回のことは、アスカが黒幕なのか?

 なんとなく、腑に落ちない。

 

「そうでしょうか……。いえ、そうだとしても、パリスが……」

 

「とにかく、アスカから狙われているのは、以前も同じだった。だから、なにか状況が変化したわけじゃない。油断するわけじゃないが、これまでどおりでいいさ」

 

「でも……」

 

「いいから来いよ……。お前をだっこさせてくれ。心配してくれてありがとう」

 

 一郎はコゼを片側に動かして半身を空けると、エリカを手招きした。

 エリカはさっと顔を赤らめて、胡坐にしている一郎の脚にちょこんと乗るようにしてきた。

 

「なによ……。ご主人様に呼ばれたら子犬のように嬉しそうに……。アスカとかいう魔女を見張るんじゃないの? さっさと警戒に戻りなさいよ。そうだ。外で警戒しててよ」

 

 反対側に座っていて、エリカと密着するようになったコゼが、エリカへの嫌味を口にした。

 

「あ、あんたに言われたくないわよ──」

 

 エリカがぷっと頬を膨らませる。

 一郎は嘆息した。

 

「本当にお前たちは、すぐにそうやって喧嘩して……。そうだ──。ちょっと仲良くなるような遊びをするか。これから、ここでふたりで責め合え。相手の手を払いのけたらだめだぞ。相手の責めはただ受けるんだ。そして、自分がいくよりも早く、相手をいかせたら、勝ったほうだけを犯す。その代わり、負けた側は、今夜は抱かない。自慰だけをして寝るんだな」

 

 一郎がそう言うと、エリカとコゼが、ぎょっとしたように顔を見合わせた。

 しかし、すぐにお互いに相手の身体に服の上から手を伸ばした。

 一郎の膝の上に乗ったまま、お互いに相手の股間や胸に手をやって、淫らに動かし始める。

 

「き、汚いわよ……。ぴ、ぴあすに、触らないでよ──」

 

「な、なにが汚いのよ……。う、うわっ、ああっ、あ、あんた……ズ、ズボンに手を……」

 

「んふうっ──。ず、狡いって、言ってんじゃないのよ──」

 

 淫らに声を出しながら、目の前で必死に悶えを我慢し始めるふたりの姿に、一郎は思わずほくそ笑んでしまった。

 

「相変わらずねえ、あんた……。呆れるわ」

 

 イライジャが嘆息した。

 

「呆れるのはエリカとコゼだ──。わたしは除け者か? 狡いぞ、ふたりとも──」

 

 一方で、反対側の馬車の壁にもたれていたシャングリアが不満そうな声をあげた。

 一郎は笑ってしまった。

 

「……ところで、イライジャ、馬車の誘導の指示を頼む。行先はナタルの森の深奥……。エランド・シティだ。場合によっては、エルフ族の女王に会いに行こう。ただ、しばらくは、ハロンドールに戻る進路をとってくれ。そして、適当なところで方向を変える。偽装工作だ」

 

 一郎は言った。

 

「えっ?」

 

 イライジャが意外そうな顔をした。

 それだけじゃなく、目の前でお互いを責め合っていたエリカとコゼまでが、驚いてその手をとめてしまった。

 

「えっ、ハロンドールに、帰るんじゃないんですか、ご主人様?」

 

「まだ、ユイナを追いかけるのですか?」

 

 コゼとエリカが一郎を凝視した。

 

「もちろんだ──。ハロンドールに戻ったと思わせたいから、里の中ではずっとそう言っていただけだ。一度受けた限りは簡単には依頼は投げ出さないよ。ユイナを奴隷にして引き取る。それがイライジャの依頼だ……。ちょっと状況が変化したけど、とにかく、追いかけようじゃないか。これも乗りかかった船だ」

 

「で、でも、ロウ様──。ユイナはエルフ女王のガドニエル様のところですよ。しかも、アスカ様だって、絡んでいるかもしれないし……。この一件に、これ以上関われば、今度こそ、ロウ様の存在がアスカ様に知れてしまいます。危険です──。よくわからないですけど、古文書とかのことで、ロウ様を探している気配だし……」

 

 エリカが真剣な口調で言った。

 

「知れて結構だ。こう言っちゃなんだけど、あのときはいざ知らず、いまの俺は、相手がアスカでも負けないと思う。襲ってくれば、返り討ちにして、尻の穴を犯してやる。エルフ族の女王だって同じだ──」

 

 一郎ははっきりと言った。

 エリカとコゼは唖然としている。

 

「まあ、あんたって、やっぱり頼りになるわ──。ロウ、ありがとう──」

 

 そのときだった。

 イライジャが感極まったように、一郎に抱きついてきたのだ。

 そのため、エリカとコゼが突き飛ばされるようになって左右に押しのけられたかたちになる。

 

「うわっ」

「ひっ」

 

 ふたりが尻もちをついて悲鳴をあげた。

 しかし、イライジャは意にも介さない。

 一郎に抱きついて、頬に頬を擦りつけてくる。

 

「ああ、本当はそうして欲しいと思っていたんだけど、そこまでは口にしてはならないと思っていたのよ……。嬉しいわ、ロウ──。でも、無理はしないでね。お願いよ……」

 

「お、おい、イライジャ……」

 

 イライジャはすごい迫力で一郎に甘えてくる。余程に嬉しいみたいだ。

 

「しかし、あんなのでも義理とはいえ、妹のようなものなの。とんでもないことに巻き込まれたんなら、助けてあげたいわ。ああ、感謝するわ、ロウ。ねえ、なにして欲しい? なんでもするわ。縛る? 淫具? いまはなんでも受け入れる。感謝、感謝、感謝よ、ロウ」

 

 イライジャが力一杯に一郎を抱き締めてきた。

 演技ではなく、本当に感動してくれているようだ。

 一郎にはそれがわかった。

 

「ちょっとぉ──。なにすんのよ──。あたしとエリカがご主人様にだっこしてもらってたんだから──」

 

 一方で、突き飛ばされたかたちのコゼが憤慨して怒鳴った。

 

「あら、いたの? 気がつかなかったわ。ごめんなさい」

 

 イライジャが一郎の首にしがみついたまま、悪戯っぽく舌を出した。

 

「気がつかなかったじゃないわよ──。いたわよ──。ちょっと、どきなさいってばあ──。そこはあたしの席よ──」

 

 コゼが割り込んできた。

 しかし、一方のエリカは、諦めたように息を吐いた。

 やはり、エリカは、イライジャには逆らえないようだ。

 そして、コゼがイライジャを押し避けるように、一郎の膝の上に割り込んできた。

 ついさっきの態勢から、エリカがイライジャに交代した感じだ。

 

「だったら、さっきのする?」

 

 すると、イライジャがにやりと笑った。

  

「さっきの?」

 

「この人が言ったでしょう。先にいった方が負けで、勝った方がこの人に可愛がってもらうのよ。勝負しましょう」

 

 イライジャがコゼをぐっと捕まえるように抱き締めた。

 コゼの顔がぎょっとなった。

 

 以前、イライジャに百合責めをされて以来、コゼはイライジャの百合の責めにはかなわないことを悟ったようであるのだ。

 とっさに逃げる体勢になった。

 しかし、そのコゼをイライジャが羽交い絞めにして、床に押し倒した。

 

「うわっ、ちょっと──」

 

 一郎の膝の下から転がったコゼの上に、イライジャが馬乗りになる。

 イライジャがコゼの両手を掴んで床につけさせた。

 

「な、なにすんのよ──」

 

 コゼが必死に逃げようとする。

 面白そうなので、一郎はさっと粘性体を出して、コゼの両手を馬車の床に粘着させた。手だけじゃなく、足首も拡げた状態で粘着させる。

 大の字に手足を拡げた格好である。

 コゼが目を見開いた。

 

「い、いやあ、ご主人様――」

 

 コゼが悲鳴をあげた。

 

「あら、ありがとう、ロウ──。これでたっぷりと愉しめるわ。だったら、ユイナの面倒を見てくれるお礼に、わたしの技をお見せするわね。じゃあ、そういうことで、コゼ」

 

 イライジャがお道化た口調で笑いながら、手でコゼの股間と胸を触り、さらに唇をうなじに触れさせだす。

 

「な、なにがそういうことよおお――。んひいっ、ご、ご主人様、これはないです──。た、助けてください──」

 

 コゼが真っ赤な顔で悶えだす。

 だが、こうなったらどうしようもないだろう。

 それに、一郎はなんだかんだと言いながら、まだ、イライジャの本格的な百合の技を改めて見たい気もする。

 それに、美女同士の絡みというの、いつだって淫靡だ。一郎も愉しみだ。

 

「いいじゃないか、コゼ。あとで、死ぬほど俺も可愛がってやるから」

 

 一郎はうそぶいてから、空いた身体にエリカとシャングリアを招き寄せる。

 ふたりが嬉しそうにやって来る。

 

「後なんてあるかしらね、コゼ? あのときの夜のこと覚えてる。その次の機会の夜も……。あんたって、わたしの相手をするたびに、お願いだから許してくれって泣き喚くわよね。今日は、もっと可愛がってあげるわ。気絶しなかったら、ロウに抱いてもらうといいわ」

 

 イライジャが意地悪い口調でコゼをからかいながら、コゼのズボンを股の下くらいまで下げた。

 指がいやらしく、コゼの下着の内側で動いているのがわかる。

 コゼが身体を弓なりにしてもがいている。

 

「な、なにか、とても騒がしいと思ったら、お姉さんたちばかり狡いです……」

 

 そのとき、ミウが御者台から駆けるようにやってきた。

 エリカとシャングリアを悪戯している一郎に、ミウまで割り込んでくる。

 

「わかった、わかった──。全員、気持ちよくしてやるから──。だったら、ミウはフェラチオの練習だ。エリカとシャングリアは右手首を左手で背中側で持って膝立ちしろ。俺がいい気持ちになって、ミウに精を放つまでいくなよ。ちゃんと我慢できたら、ご褒美に犯してやろう。その代わり、我慢できなかったら、罰だ」

 

 一郎はふたりから手を離して、一方でミウの顔を股間に寄せる。

 ミウは小さな手で一郎のズボンから一物を露出させると、すぐにぱくりと口に咥えて、ぺろぺろと舌を動かし始めた。

 

「そ、そんな、我慢だなんて……」

 

「そうだ。無理だ」

 

 エリカとシャングリアが抗議の声をあげた。

 しかし、さらに強要すると、結局は、ふたりとも目の前で言われたままの体勢になる。

 一郎はふたりのスカートの中に手を伸ばして、下着の上からふたりの秘部をまさぐりだす

 途端に、ふたりともびくりと身体を震わせて、ぴんと身体を伸ばしたような仕草をする。

 

「んふうっ、はあっ」

「ああ、ああっ、あっ」

 

 シャングリアもエリカも甘い声を出し始めた。

 

「んぐううっ、あああっ、あふっううう」

 

 また、そのとき、床に磔になっているコゼが、イライジャに責められて、早くも気をやった。

 拘束されている身体を弓なりにして、がくがくと震えている。

 イライジャの手は、コゼの下着の中だ。

 

 いや……。

 違う──。

 

 いったと思ったが、ぎりぎりで留まさせられている。

 絶頂寸前で、刺激をとめられたというのが一郎にははっきりとわかった。

 

「ああっ」

 

 コゼが切なそうに歯噛みした。

 だが、脱力したようになったコゼを、すぐにイライジャが責めを再開する。

 休むことさせずに寸止め責めか……。

 あれは、つらいだろう。

 一郎はふたりを眺めながら思った。

 

「も、もう駄目……。い、いきそうです、ロウ様──」

 

 その時、エリカが悲鳴をあげた。

 シャングリアもかなり追い詰められているが、感じやすいエリカは、もう追い詰められている。

 

「罰はそうだな……。素っ裸で馬車の外を歩いてもらうか……。まだ明るいぞ。それが嫌なら、死ぬ物狂いで我慢しろ」

 

 一郎は笑った。

 

「そ、そんなあ……。あっ、んんん……、んんっんああはっ」

 

 エリカが歯を喰い縛る仕草をしたが、次の瞬間、呆気なく絶頂をしてしまった。

 一郎は笑った。

 

「いったな。じゃあ、首輪と縄で馬車の後ろに繋げてやる。しっかりと、ついて来いよ、エリカ……。まあ、数タルノスで許してやるから」

 

 一郎はにんまりとした。

 エリカは、顔に恐怖の色を浮かべて、引きつらせている……。

 

「心配するな、エリカ……。どうせ、シャングリアももたない。ふたりして、全裸歩きをしろよ。美女二人の太陽の下での全裸歩きも愉しみだな。ふたりとも身体を隠せないように、後手縛りにしてやる。これくらいすれば、俺たちがハロンドール方向に戻ったのは評判になるだろうさ」

 

 一郎は笑った。

 そのあいだも、シャングリアの股間で指は動き続けている。

 

「んんんっ、は、早く──、ミウ──」

 

 シャングリアが快感を逃がそうと、必死の様子で首を左右に振びながら叫んだ。

 しかし、まだ、覚えたての稚拙なミウのフェラチオで、一郎が簡単に達するわけがない。

 

 もともと、シャングリアを指だけで絶頂させるのも、一郎がわざと先に達することも自由自在なのだ。

 このまま射精して、エリカだけ裸で歩かせるというのも面白いか……?

 いや、あるいは、不甲斐ないフェラの罰ということで、股間で頑張っているミウを裸で歩かせてもいいか……

 それとも、三人とも……?

 一郎は、シャングリアの秘部に指を潜らせながら、どうしてやろうかと、ちょっとばかり頭を捻らせた。

 

「うううっ、はあああっ」

 

 そのとき、床の上に磔にされているコゼが、イライジャの責めに大きな呻き声をあげながら、全身を弓なりにしている。

 いや、今度も寸止めだ。

 確かに、なかなかの性技だ。

 

「ふふふ、そろそろ、頭に血が昇ってきた、コゼちゃん? でも、まだまだ、休めないわよ」

 

 イライジャが興に乗ったように笑った。

 

「あああっ、だめええっ──」

 

 そして、シャングリアがついに気をやった。

 一郎はシャングリアの股間から手を抜き、エリカとともに、素っ裸になるように命じた。

 がっかりした表情になりながらも、ふたりとも観念して服を脱ぎ始める。

 ふたりの白い肌が露わになっていく。

 

 まあ、今日は、思い切り羽目を外すことにしよう──。

 いつになく、夢中になってコゼに悪戯をしているイライジャも、そんな気分なのだろう。

 一郎は、ミウの奉仕を受けながら、そう思った。

 

「さて、じゃあ、エリカとシャングリアは、全裸のまま外に行け。趣向を凝らした羞恥責めをしてやろう」

 

 一郎はふたりを促すとともに、ふたりのクリトリスに感覚を繋いだ刺激玉を二個作った。

 この玉を刺激すれば、首輪で繋がれて、外を歩くふたりの股間に、玉が受けた刺激が、そのまま、ふたりの股間に伝わるという仕掛けである。

 これをどう使うのか?

 それはお愉しみだ。

 

 とりあえず、一郎は、収納術で首輪を出してふたりの首にする。それなりに長い鎖も繋いでいる。

 

「マーズ、一度、馬車をとめてくれ。エリカとシャングリアが降りる」

 

 一郎は馭者台に叫んだ。

 ふたりが顔を蒼くした。

 

「んっ、んっ」

 

 一方でミウの口による奉仕はまだまだ続いている。

 そして、コゼが泣くような声でまたもや、悲鳴をあげた。

 まあ、このまま、悪ふざけのままでは、危険な森は進めないし、潮時はわきまえているつもりだ……。

 まだ、里に近い地域に限った、ほんの数分だけだ。

 すぐにやめる。

 しかし、それは今ではない──。

 

 一郎に促されたエリカとシャングリアが、白い裸体を必死で手で隠しながら馬車の後ろから降りていく。

 

「ミウ、ちょっと中断だ」

 

「は、はい」

 

 一郎は童女による口奉仕をやめさせると、座る場所を場所の一番後ろに変えた。

 全裸歩きさせるふたりがよく見える位置だ。

 ミウの奉仕を再開させる。

 また、一郎は、粘性体を腕のように使って、ふたりの首輪に繋いだ鎖を幌馬車の後ろに接続した。

 

「マーズ、馬車を出せ」

 

 一郎はマーズに命じた。

 そして、エリカとシャングリアの両手に粘性体を飛ばすと、強引に後ろ手にして拘束する。

 

「いやっ」

「ああ、ロウ──」

 

 ふたりが悲鳴をあげた。

 そして、馬車がゆっくりと進みだした。馭者のマーズに叫んで、本当に遅い速度にさせる。

 次に、粘性体で長い紐を作ると、さっき作った刺激球を二個ともその紐に繋ぐ。

 紐の端を幌馬車の後ろに密着して、刺激球を繋いでいる紐の長さが、丁度地面を引きずるくらいに調整して、ひょいと馬車の下に放った。

 これも粘性体を使った遠隔操作だ。

 

「ほら、頑張れ」

 

 また、いまだに一心不乱にフェラチオしているミウの頭に手を置いて撫でる。

 ミウが嬉しそうに笑った。

 

「んふううっ」

「ひやああ、なに、なにが起きたのだ」

 

 一方で、刺激球が地面をかたんかたんと引きずられだすと、その刺激球にクリトリスの感覚を繋げられているエリカとシャングリアが、悲鳴をあげて、がくりと腰をその場で崩した。

 

「あっ、あふうっ、だ、だめえっ」

 

 エリカがほとんどしゃがみ込むばかりに、裸体をくの字に曲げる。すでに愛液が膝まで垂れている。

 いつもながら、感じやすい身体だ。

 

「あっ、エリカ」

 

 横のシャングリアが声をあげた。

 

「しっかりな。愉しませてくれたお礼に、気絶するまで犯してやるから」

 

 一郎はにやにやと笑ってしまった。

 そして、淫魔術で、シャングリアの膀胱を水分でいっぱいにする。

 別に理由はない。

 気まぐれだ。

 ただ、シャングリアのような美貌の女騎士が素裸で馬車に引きずられながら、おしっこをするのを見たいと思っただけだ。

 

「うわあっ、んくうっ」

 

 今度は、シャングリアが悲鳴をあげた。

 エリカの絶頂が早いか、シャングリアのお漏らしが早いかだな……。

 それとも、シャングリアもいくかな。

 まあ、シャングリアが放尿してしまったら、許してやるか。

 

「ひいっ」

「ああっ、だめえええっ」

 

 そのとき、ふたりが同時に声をあげて、裸体を弓なりにした。

 馬車が引きずっている刺激玉で、大きな刺激が股間に加わったのだろう。

 

「もう、やめてええ」

 

 今度は馬車の奥側からコゼの悲痛な声が聞こえてきた。

 イライジャの悦にはまったような笑い声も……。

 

「ミウ、ただ舌を動かすだけじゃなく、口をすぼめて性器のように前後に動かしたり、それとも、睾丸をしゃぶったりしてみろ。なにがなんでも、俺から精を出すんだ」

 

「んんっ」

 

 ミウが一郎の一物を咥えたまま大きく頷き、一転して激しく口を動かしだした。

 

 

 

 

(第16話『いなくなったエルフ娘』終わり)



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 第17話  捨てられた獣人娘
344 淫乱馬車


「せっかくだから、覚えるといい、ミウ。いま、エリカのGスポットを押している。エリカが感じる場所の刺激がミウにも軽く共鳴で伝わるように細工をしたから、ちょっとびりびりと痺れるような場所があるはずだ。そこがGスポットという場所だ。わかったら、自分で指を入れて押し回すようにして刺激してみろ」

 

 一郎は対面座位の体勢で、一郎と結合をしているエリカの腰を両手で掴みながら、エリカのGスポットに亀頭が当たるように、律動している怒張の角度を調整する。

 

 ナタルの森を進む旅をしている幌馬車の中だ。

 馬車は停車をしている。

 馬車の中にいるのは、一郎のほかにはエリカとミウだけであり、ほかの女たちは、前方の偵察と昼食の支度をするために馬車の外にいる。

 つまりは、昼食休憩というところだ。

 馬車については、一応はできるだけ開けた場所を選んで停めはしたものの、夜に野宿するときとは異なり、魔道を遣った結界と幻術による保護はしていない。

 

 そして、偵察に向かったのが、マーズとイライジャであり、食事の支度がシャングリアとコゼだ。

 午前中の道中で、たまたますれ違ったエルフ族のふたり連れから、少し先で、どこかの里の自警団が警備のために、道を封鎖しているという情報に接したからだ。

 だから、エルフ族のイライジャに、護衛のマーズをつけて確認してもらうことにした。ついでに、昼食休憩だ。

 昼食は、一郎が亜空間に収納していた出来合いのものを切り分けるだけの簡単なものだ。

 一郎については、そういうことを女たちに任せて、エリカとミウを捕まえて、相手をしてもらっているということだ。

 

「は、はい……」

 

 下半身だけを服を脱いでいるミウが、挿し入れている自分の指をぐいと曲げて、内側から腹に押しつけるようにして、身悶えするのがわかった。

 ミウに命じているのは、一郎とエリカがセックスをしている目の前で、脚をM字に曲げてしゃがみ、一郎に向かって自慰をすることだ。

 そのために、刺激をするべき場所を淫魔術でエリカの身体と共鳴させて教えている。

 

「んひいいいっ」

 

 一方で、Gスポットを一郎の亀頭の先で刺激を受けることになったエリカが派手に反応して、一郎にしがみつきながら、全身をがくがくと震わせる。

 相変わらず、感じやすい身体で嬉しくなる。

 

「あんっ」

 

 すると、ミウが切なそうに顔をしかめて、小さく身体を悶えさせる。

 共鳴によって、エリカの快感がミウにも伝わったのだ。

 もっとも、エリカとミウの快楽の共鳴については、完全には刺激を同調させずに、伝わるのはむず痒いくらいの弱い刺激だけにしている。

 エリカの受ける快感をそのまま与えては、気持ちよすぎてなにもかもわからなくなるだろうと思ったことからの配慮だ。

 

 それにしても、絶世のエルフ美女を抱きながら、その横で、まだ性を覚えたばかりの十一歳の童女の自慰を眺めるというのは、なんという贅沢なことだろう。

 本当に、この世界に転移させられてよかったと思った。

 

「あ、ああっ……、ロ、ロウ様、もう、堪忍してください。か、身体がくたくたで……」

 

 すでに、息も絶え絶えのエリカが真っ赤に紅潮した顔を激しく揺さぶりながら言った。

 無理もない。

 すでに、一郎に犯されだして、三度達している。

 しかも、ほんの短い時間にだ。

 

「遠慮するな。動けなくなったら、昼は馬車で寝かせてもらえばいい。別に、全員で警戒をしながら進む必要はないんだ。俺がみんなに言ってやるよ」

 

 一郎は、抽送していた男根を深く滑り潜り込ませると、エリカの股間にあるクリピアスを自分の股間に押しつけて、ぐりぐりと強く揉み動かすようにした。

 

「だ、だめえっ、い、いくううっ──。いきます──。また、いくうううっ」

 

 達したばかりのエリカだが、一郎の与える刺激で、切羽詰まった物言いとともに一郎の膝に乗せあげているお尻をぶるぶると震わせ始めた。

 またもや、達しそうな気配だ。

 元々感じやすかったが、あのアスカからさらって以来、毎日毎晩、しかも、一日に二回も、三回も抱き続け、いまや一郎の些細な愛撫にさえ耐えられないような超敏感な身体になった。

 しかも、股間と乳首に装着させているピアスをちょっと動かしてやれば、それだけで全身全霊で絶頂する。

 はっきりいって、実に愉しい玩具(おもちゃ)だ。

 絶世の金髪エルフ美女のあれらもない姿には、愉しくてしょうがない。

 

「んふうううっ、ふああああ」

 

 そして、達した。

 

「あううんっ」

 

 そのとき、ミウも急に顔をしかめるようにして、身体を震わせる。

 共鳴の度合いを最低限にしているといっても、エリカとミウの快感を同調シンクロさせていることには変わりない。

 エリカの刺激が大きく拡大すれば、当然に、その分、ミウに伝わるものも大きくなる。

 それで急に快感を飛翔させてしまったのだと思う。

 

「エ、エリカ姉さん……。気持ちいい……。あ、あたしもいくうっ、あっ、あっ、あああっ」

 

 エリカに続いて、ミウもまた小刻みに身体を震わせて、身体を弓なりにした。

 達したようだ。

 童女らしい無毛で無垢そうな股間から、愛蜜がねっとりと漏れ出てミウの指に絡むのがわかった。

 

「いいぞ、ミウ。いやらしいのは大好きだ。だけど、命令するまでやめるな。調教だ」

 

 一郎はエリカの腰を揺らしながら言った。

 エリカは達したが、それで終わるということはない。

 いまも、エリカを犯す腰の動きを継続している。

 

「は、はいっ」

 

 脱力したようになってたミウが一郎の命令で嬉しそうに自慰を再開する。

 一郎は淫らな童女の姿にほくそ笑んだ。

 

「……だけど、ふたりとも、あまり大きな声を出すんじゃないぞ。昼食の支度をしているほかの者が、やっかむかもしれないぞ」

 

 一郎は跨がらせているエリカの腰を突きながら言った。

 

「んっ、んっ、んんっ、だ、だけど、あっ、はうっ」

 

 エリカが対面の一郎を強く抱き締めながら、歯を喰い縛る仕草をする。

 可愛いものだ。

 

 実のところ、ほかの者が外で動いているときに、エリカとミウだけ馬車に残して一郎が遊んでいるのは、別段の理由があるわけでもない。 

 ちょっと、やりたくなったときにエリカがいた。

 それだけだ。

 

 我ながら、いつもいつも同じことばかりやっていると自嘲したくなるが、あまり性欲を我慢すると、まるで空腹に襲われたように苦しくなる気がするのだ。

 だから、どうしても際限なく、馬車内で女を抱いてしまうことになる。

 女たちも、嫌な顔をすることなく、積極的に相手をしてくれるので、それに甘えてしまっているということだ。

 

 そして、エリカを抱こうとしたところ、このところ目聡くなったミウが、エッチな調教だったら、まだまだ初心者の自分を混ぜてくれと言ってきて、いまのようなことをすることになったのだ。

 

 そのとき、出遅れたコゼが、自分も参加させろとくっついてきたが、コゼまで引き抜くと、シャングリアがひとりでなにもかも支度をすることになるので、さすがに遠慮させた。

 コゼは、ここ一番のときには、すぐに一郎はエリカを選ぶといって、むくれていたが……。

 もっとも、ただ、むらむらした気分になったので、馬車でエリカを抱きだしただけの行為を、「ここ一番」と評することもないだろう。

 一郎は思い出して苦笑してしまった。

 そのとき、閉じている馬車の幌がばしんと外から鳴らされた。

 

「聞こえてるわよ、エリカ──。声が大きい──」

 

 コゼの声だ。

 かなり不機嫌そうだ。

 一郎はエリカの腰を揺らしながら苦笑した。

 

「あ、あんたこそ……、う、うるさ……。あ、あああっ、ま、またああっ」

 

 コゼの横やりに文句を言いかけたエリカが、一郎の肩を抱き締めながら全身を震わせた。

 その瞬間、エリカの熱い肉襞がぎゅっと一郎の股間を喰い締め、ぶるぶるぶると痙攣する。

 絶頂の兆候だ。

 

「んふうううっ」

 

 そして、エリカは、一郎を抱き締めながら、また絶頂した。

 それにしても、さすがはエリカの秘部だ。いきながら、一郎の一物をぎゅうぎゅうと締めつけてくれる。

 その力強い膣の緊縮と収縮に、一郎は我慢することなく、気持ちよさに合わせるように精を放った。

 

「あ、ああっ、き、きた──。ロ、ロウ様のが、き、きたのがわかりました──」

 

 一郎の性の迸りを感じたのか、エリカは喰い縛った歯のあいだから、むせ返るような呻き声を洩らして、喉を仰け反らせる。

 一郎はエリカの背中を引き寄せるようにして顔を近づけさせ、エリカの唇に自分の唇を重ねた。

 

「んああっ、き、気持ちいいです……。キ、キスされながら、いくと……き、気持ちよくて……、んああっ、んんんっ」

 

 可愛らしいことを口走るエリカの言葉は、ぴったりと一郎の口が重なることで終わる。

 むさぼるように舌を絡ませてきたエリカを一郎は口吻で返した。

 精を放ったが、一郎は気持ちがいいので、さらに律動を継続した。もちろん、股間はしっかりと怒張を保ったままだ。

 

「んふううっ」

 

 すると、しばらくのあいだ、狂ったように舌先を吸い合っているうちに、エリカはさらに嬌声をあげて、全身を弓なりにした。

 いわゆる、二度いきだ。

 

「ロ、ロウ様……。ちょ、ちょっとで……い、いいですから……。休ませて……」

 

 エリカが全身で息をしながら、脱力して、一郎の身体に全身を預けてきた。

 

「仕方ない。ちょっとだけだぞ」

 

 一郎は笑って、ぐっとエリカの裸身を支えるように抱き締めた。

 そして、手を背中に回させ水平で重ねた状態で、粘性体で拘束する。

 拘束されても、エリカは抵抗の素振りもない。

 それよりも、休みたいみたいだ。

 とりあえず、股間を抜いて、エリカを抱いて支える。

 

「ミウ、休憩だ。自慰をやめろ。エリカとの共鳴を切ってやろう」

 

「は、はい……」

 

 声をかけると、ミウが股間から手を離して脚を閉じた。

 すっかりと顔が上気していて赤い。

 さっき一度達したが、一郎の調教のかいがあり、かなりの淫乱体質になりつつあるので、もう少し刺激が欲しいのかもしれない。

 

 褐色エルフの里を出てから三日目である。

 一日目と二日目の夜は野宿をし、いまは、今日の目的地であるイライジャが知っているエルフの里のひとつに向かっているところである。

 褐色エルフの里に比べれば、人間族に排他的ではないらしい。

 できれば、今夜はそこに泊まりたいと思っている。

 新しい目的地である「エランド・シティ」と呼ばれるエルフ族の都はまだ先だ。

 

 エランド・シティは、イライジャに言わせれば、このナタル森林にある数多くの「里」の中で、唯一の都市と呼べる大集落らしく、エルフ族だけでなく、人間族やドワフ族なども含む数千人の住民がいるということだった。

 そのエランド・シティに、水晶宮という行政府の施設があり、この水晶宮の中に、イムドリスの隠し宮殿というエルフの女王が暮らしている結界に入るための転送門があるのだ。

 それ以外の手段で、イムドリスに入ることはできない。

 

 もしかしたら、ほかの手段もあるかもしれないが、少なくとも、イライジャもエリカも知らないようだ。

 だから、一郎たちは、褐色エルフの里を出立し、さらにナタルの森の奥に進み、エランド・シティに向かっている。

 道は険しくない。

 エランド・シティはナタルの森の中心近くにあり、その「シティ」を中心に、森林に拡がる数多くのエルフ族の里に道路が放射式に繋がっているのだ。

 本来は、馬車であれば、十日くらい到着する行程だ。

 

 もっとも、すでに三日目であるが、まだ行程のいくらも来ていない。

 理由は、道路のあちこちにあるそれぞれの里のエルフ族が勝手に作っている警備の砦と、出没する魔獣の襲撃だ。

 一郎たちも、すでに五回以上の魔獣の襲撃を受けている。

 負傷も損害もないが、おかげでかなりの時間の浪費だ。

 

 いずれにしても、そのエランド・シティに辿り着き、そこにあって、エルフ族の太守夫婦が管理している水晶宮内の「転送門」を使って、エルフの長老のところに行くつもりだ。

 褐色エルフの里で得たトーラスとピエールの訊問によれば、奴隷の首輪を嵌められたユイナは、そこに連れていかれたらしく、なんとかして、そこに辿り着いて、ユイナを探しあてて、できれば、連れ出したいと思っている。

 

 もっとも、転送門をどうやって使わせてもらうかは、まだ考えていない。

 エランド・シティで転送門を管理しているのは、事実上、エランド・シティを支配している太守夫妻ということであったが、なんとか取り入り、状況によっては淫魔術を遣って、誰かを篭絡してでも、転送門で潜入するしかない。

 

 まあ、転送門を使わせてもらう方法は、エランド・シティに到着して考えればいいだろう。

 現段階では、情報が少なすぎる。

 あれこれ考えても、仕方がない。

 

 そのときだった。

 一郎に後手に拘束された身体を預けるようにしていたエリカの身体が、すっと重くなったのだ。

 どうやら、意識を失いそうになっているようだ。

 だが、そうはさせない。

 脱力して気を失いそうになっているエリカに、一郎は軽くクリピアスに電撃のような刺激を注ぎ込んだ。

 これも淫魔術だ。

 

「ふぎいいいっ」

 

 エリカが全身を限界まで弓なりにして覚醒する。

 

「寝るな、まだ、早い。休憩は許したが、気を失うとはなんだ。もう、休憩は終わりだ。ほら、今度は自分から腰を振れ。俺をもう一度、いかせるんだ」

 

 わざと乱暴な物言いをして、お尻をぴしゃりと叩く。

 もちろん本気でないし、お約束の行為だ。

 エリカもわかっている。

 

「んっ、は、はい……。で、でも、わたし……もう、くたくたで……。こ、腰に力が……」

 

 エリカが涙目で言った。

 彼女の真っ白い肌はすっかりと汗びっしょりで、紅潮して真っ赤だ。

 それだけでなく、淫魔術で覗く性感の色は、全身が真っ赤なもやで包まれている。

 これなら、どこをどう触っても、簡単に達してしまうだろう。

 一郎はますます、エリカを苛め抜きたい気持ちになる。

 

「一番奴隷のくせに、ご主人様の命令がきけないのか。これは罰が必要だな」

 

 一郎はうぞぶくと、エリカのお尻の中に、疑似アナルバイブを出現させた。

 実際にはなにもないのだが、まるで実際にお尻の中に淫具を入れられたような刺激を感じるのだ。

 さらに、それを高速で蠕動運動をさせる。

 

「あっ、あああっ、し、死んじゃいます──。ひ、ひいっ、あ、あああっ、い、いぐうっ、また、いぐううっ」

 

 エルフ美女に似つかわしくない獣のような雄叫びをあげて、またもやエリカは激しく全身を震わせて、絶頂に達した。

 しかも、二度、三度と続けざまに、身体を弓なりにのけ反らせる。

 

「今度、気絶したら、そのまま、尻に電撃を流す。それがいやなら、必死に腰を振れ。俺の一番奴隷殿」

 

 一郎は笑いながら言った。

 

「……ひゃ、ひゃい……」

 

 まだ痙攣の収まらないエリカが、呂律の回らない口調で頷いた。

 その顔は、どこかうっとりとしているような妖しい光が宿っている。

 やっと、マゾエルフのスイッチが入ったようだ。

 一郎は、後手拘束のまま、対面座位の体勢に戻させると、一物を挿入した。

 エリカが、最後の力を振り絞るかのように、必死の様子で腰を動かし始める。

 

「んんん、んあああっ、んはあああっ」 

 

 しばらくすると、エリカがまたもや絶頂し、そのため、腰の動きがとまった。

 一郎はお尻の中の疑似バイブを振動を強くし、エリカの失神を防いだ。

 そして、後ろに倒れそうになるのを、すかさず、服の下から両手を差し込み、乳首リングに小指を差し込んで防ぐ。

 

「んぎいいっ」

 

 乳首を引っ張られるかたちになったエリカが激痛に絶叫し、思い出したように腰を動かす。

 その悲痛な様子に、ますます、一郎の一物は元気になる。

 本当に苛め甲斐のあるエルフ美女だ。

 

 一郎はエリカに口づけをした。

 息も絶え絶えのエリカが夢中になって、一郎の舌に自分の下を絡めだす。

 その間も、腰の律動を強要する。

 

 結局、一郎がやっとエリカに、二度目の精を放ったのは、さらに三度の絶頂をエリカがしてからだ。

 

「ご苦労さん……。本当に気持ちよかった……。やっぱり、エリカは最高だ」

 

 一郎はやっとエリカの中から一物を抜いて、横に座らせた。粘性体による拘束も解放する。

 

「ロ、ロウ様、あ、ありがとうございます……」

 

 エリカはそのまま倒れていく。

 上半身は普通の服を着ているが、下半身は膣口から体液をしたたらせている卑猥なエルフ美女の身体のできあがりだ。

 かなり息が荒いが、一気に連続絶頂してしまって、腰に力が入らないという感じだ。

 いつもなら、まだまだ無理矢理に続けさせて、いたぶり遊ぶところだが、まあ、今日は勘弁してやるか。

 

 そのとき、熱い視線を感じて、顔をあげた。

 顔を真っ赤にして呆けているミウと視線が合った。

 

「あ、あのう……」

 

 ミウが全身を真っ赤にしてもじもじしている。

 この童女がすっかりと欲情しているのは明らかだ。

 股間の下は、まるでおしっこを漏らしたかのように、股間から洩れた蜜で濡れている。

 だが、一度だけの自慰による絶頂では快感は十分じゃないのだろう。

 完全に淫情の飢えに狂ったような表情をしている。

 

「お前も、あんな風に苛めて欲しいのか?」

 

 一郎は笑って、両手を拡げた。

 

「は、はい──。あたしも、同じように苛めてください。いえ……もっと、もっと残酷に……。エリカ姉さんよりも、もっと乱暴に──」

 

 ミウが飛びかかってきた。

 

「いいだろう。それにしても、ミウもすっかりと俺の女になったな」

 

「お、俺の女……。う、嬉しいです――」

 

 ミウが一郎にむしゃぶりついてくる。

 一郎はミウを受け入れると、さっきまでのエリカと同じように、対面座位で迎え入れた。

 やはり、まだまだミウの膣道は狭い。

 そこに、強引に一郎の怒張を挿し入れていく。

 

「んふううっ、んぐうう」

 

 ミウが激しく身体を震わせた。

 挿入の途中だけで達したようだ。

 一郎は苦笑した。

 

「じゃあ、始めるぞ。腰を動かせ。もしも、とまれば、お尻に電撃流れる。だから、気を失うこともできないぞ」

 

 一郎はそう言って、エリカ同様に疑似アナルバイブをミウのお尻に出現させる。

 微振動を与えるとともに、もしも、ミウが腰を動かすのをやめれば、電撃が流れる仕掛けにした。

 これで、ミウは腰振り運動をとめることができなくなったということだ。

 

「は、はい──あ、ああっ、あああっ」

 

 ミウが腰を動かしだす。

 だが、やはり、身体に負担があるらしく、痛みに顔をしかめる仕草になる。

 それでも、感じるようだ。

 どんどんと、ステータスの数字が絶頂に向かって近づいていく。

 

「さっき、教えたGスポットを繰り返し擦るようにしてみろ。命令だ」

 

 一郎は言った。

 ミウが覚えたばかりであろうGスポットに刺激を与えるように腰を動かした。

 

「んふううっ」

 

 自ら作った快感で、ミウの身体が大きく跳ねる。

 一郎は、ミウの赤いもやを刺激して、さらに快感を増大してやる。

 

「ロ、ロウ様──、い、いきます。い、いっちゃいますうっ」

 

 ミウがまだ幼い裸身をがくがくと震わせて達する。

 すっとミウの身体が脱力しかける。

 しかし、苦しいのはこれからだ。

 

「ひんっ、んぎいいっ」

 

 一郎の肉棒を股間に挿入したまま、身体を硬直させたかたちになってしまったミウは、一郎の意地悪によって仕掛けられた、お尻への電撃を受けて、絶叫とともに、慌てて腰振りを再開した。

 だが、一郎は容赦なく、Gスポットに刺激を集中してやる。

 

「ひっ、ひいっ、ひいいっ、ま、また、いく、いくうっ」

 

 ミウは、すぐにいきそうになる。

 それでも、やめればお尻への電撃なので、ミウは連続絶頂地獄が待っているのがわかっていても、腰の動きをやめることはできない。

 

 これは、なかなか愉しい……。

 嗜虐の火がついた一郎は、一郎の腰の上で、自分の腰をやや浮かせ気味にして腰を振る童女の卑猥な姿にほくそ笑んだ。

 

「みんな、先に食べててくれ」

 

 一郎は幌馬車の外で、聞き耳をたてているのがわかっているコゼとシャングリアに、大きな声で叫んだ。

 

 

 *

 

 

 ミウの身体が「命令」にも、「電撃」にも反応しなくなったのは、それほど長い時間の後ではなかった。

 一郎はミウを嗜虐するのをやめ、精を放って解放した。

 すると、淫魔術による身体の操りをやめると、ミウは糸が切れたように崩れ落ちる。

 

「あ、ありがとう……ご、ざ……」

 

 横たえると、お礼の言葉を最後まで言い切ることもできずに、ミウが意識を喪失した。

 

 それにしても……。

 一郎は、馬車の床に横たわるエリカとミウの寝顔を眺めて思った。

 ふたりとも涙と鼻水と涎と汗でぐしょぐしょだが、とても満足そうに微笑んでいた。

 これだけ、自分勝手に欲望の赴くまま残酷に抱いているのに、エリカもミウも、嫌がらないのは不思議だ。

 このふたりだけじゃない。

 みんな一郎の嗜虐趣味を受け入れてくれる。

 いい女たちだ。

 

「ご主人様、すみません。イライジャたちが戻ってきました。でも、様子が変です」

 

 そのとき、がばりと幌馬車の後ろのカーテンが開いた。

 コゼだ。

 中の惨状に目をやって、ちょっとびっくりした顔になったが、すぐに真顔に戻る。

 一郎もただならないことが、起きたようだということはわかった。

 コゼは滅多なことでは、一郎の「遊び」を邪魔しない。まあ、コゼの滅多なことというのは、自分も参加したいだけというのも含まれるが……。

 いずれにしても、いまのコゼは真剣な表情だ。

 

「どうした?」

 

 一郎は服装をただして、すぐに馬車から降りようとした。

 しかし、思い直して、あられもない姿で横たわるエリカとミウを亜空間に隠した。とりあえず、スカートだけをはかせてからだ。

 このままでは、ふたりが意識を戻すのは、数ノスはかかると思う。

 だが、亜空間内なら、その半日を数瞬程度に短くできる。

 現実世界と亜空間では、時間の進み方が違うのだ。

 こういう使い方もできる。

 

 ふたりを取り込んだ一郎は馬車を降りた。

 そのときには、前方に偵察に行っていたイライジャとマーズが戻ってきていた。

 走ってきたらしく、汗びっしょりだし、息も荒い。

 

 また、見知らぬ若い女がひとりいる。

 首に魔道を帯びた首輪がある。

 ステータスを覗くまでもなく、彼女は奴隷だ。

 あれは「奴隷の首輪」に間違いなかった。

 

「見知らぬご主人様、どうか、助けてください。あたしは、旅の行商人アンドレの一番奴隷のアリアと申します。この先であたしの主人と仲間が、魔霊の襲撃を受けているのです。どうか、どうか……」

 

 その奴隷が必死の口調で叫んだ。

 

「ロウ、本当らしいわ。五台の馬車の隊商が先に……。襲っているのは、人と獣の死霊体……。いわゆる、屍腐体(ゾンビ)よ」

 

 イライジャが血相を変えた口調で言った。



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345 屍腐体(ゾンビ)対獣人少女

「ぜ、全員を殺せ──。め、命令だ、イット──。命を賭けて阻止しろ──」

 

 アンドレの悲鳴混じりの絶叫が背中から跳んできた。

 イットは、襲ってくる屍腐体(ゾンビ)の群れに跳躍しながら舌打ちした。

 いつも、落ち着いていて、誰に対しても不遜な態度を崩さないアンドレだったが、今日は想像を絶する数の死霊体、すなわち、屍腐体(ゾンビ)に襲撃されて、すっかりと冷静さを失ってしまったようだ。

 奴隷に「命を賭けて阻止しろ」などと“命令”を与えれば、文字通り、イットは死ぬまで戦うしかなく、いかなることがあろうとも、後退することさえ許されない。

 そんな初歩的な奴隷扱いをアンドレが誤るとは……。

 

 それとも、あるいは承知のうえで、いまの言葉を使ったか……?

 死ぬまで戦えというのが、アンドレの本意……?

 イットは死霊体の群れの真ん中に飛びおりた。

 

 全部合わせれば、百? 二百?──。

 いや、さらに、数百匹はいるのではないだろうか……。

 イットが踊り込んだのは、そのうちの二十ほどの集団だが、その全部が一斉に、生きた血肉であるイットに襲いかかる。

 

「いしゃああっ──」

 

 雄叫びをあげながら、イットは目の前の三匹の首を刃物のように突き出ている十本の指の爪で切り裂いた。

 首が落ちる。

 だが、それで死ぬわけじゃない。

 それはわかっている。

 しかし、方向を失っている死霊体の動きはほんの少し緩む。

 その隙にイットは移動している。

 

 前に五体──。

 一瞬にして、全部を行動不能にする。

 すぐさま反転して、すぐ後ろから襲撃しかけていた二匹を斬り倒す。

 

 また、反転──。

 突き進む──。

 五匹──。

 六匹──。

 

 次々に爪で斬り倒す。

 腕を切断する。

 脚を裂く。

 視界が開けた──。

 

 そのまま走る。

 次の集団をめがけて、イットは跳躍した。

 イットの周りの死霊体が次々にばらばらの肉片に変っていく。

 また、その集団の全部を切り裂くことに成功した。

 

「来い、化け物──」

 

 イットは自分を鼓舞するように叫んだ。

 そのイットに、もう次の集団が集まってきている。

 まだまだ終わりじゃない。

 たったいま斬り裂いて無力化した屍腐体(ゾンビ)どもも、肉片が集まって、再び個体として復活しかけている。

 イットは無限に続く戦いの中で束の間の呼吸をした。

 

 あっという間に、またもや、屍腐体(ゾンビ)たちに包囲された。

 これが、屍腐体(ゾンビ)の怖さだ。

 腕や脚を失った死霊体は、それでしばらくは動かなくなるが、やがて、ばらばらになった部位が再び動いてひとつの身体になって、一匹の屍腐体(ゾンビ)となって襲撃を再開するというわけだ。

 だから、きりがない。

 

「イット、こっちだ。こっちを守れ――」

 

 絶叫──。

 アンドレではないが、アンドレの率いる隊商で雇われている男のひとりだ。

 隊商の人員は全部で二十人──。

 その全員は、崖を背にした五台の馬車で応急的な防壁(バリケード)を作って、その中に隠れている。

 また、馬車の壁の前を十数個の焚き火が覆っている。

 内側でも火を焚いている。

 

 死霊体は火を嫌う。

 それがわかっているので、そうしているのだ。

 だが、とにかく数が多い。

 炎があっても、一定の距離を開くだけで逃げていかないし、少しでも火の勢いが衰える場所があれば、そこから歩き進んで来る。

 火の勢いを衰えさせないようにと思っても、そうそう、焚き木や油があるわけじゃない。

 すでに、かなりの時間の襲撃を受け続けていて、全部の焚き火を保持するのは難しくなっている。

 

 すると、炎の弱まった場所を死霊体の集団が突破して、馬車の内側の人員を襲うというわけだ。

 馬車で作った壁の内側のアンドレたちは、近づく死霊体をその馬車と馬車の壁のあいだから、棒や剣で叩き落したり、押し避けたりしている。

 もっとも、その押し返し役のもっとも危険な正面をやらされているのは、アンドレの性奴隷たちだ。

 イットの仲間の性奴隷であり、戦闘をする能力はないのだが、今日は特別ということだろう。

 アンドレは、彼女たちにも、死霊体と戦うことを命じている。

 イットとは異なり、魔物と戦ったことのない彼女たちは、恐怖に号泣しながら、それでも「命令」に縛られて、懸命に腕を動かして、近づく屍腐体(ゾンビ)を押し返している。

 

 一匹一匹の屍腐体(ゾンビ)は動きが鈍いので、簡単に押しのけられるものの、数量が半端じゃないし、死ぬということがなく、すぐに復活して殺到してくる。

 それを唯一、馬車の防護壁の外にいるイットが潰しているのだ。

 そういう戦いをひたすらに繰り返している。

 だが、脆いものの、斬っても斬っても、身体の部位を集めて復活してしまう死霊体の襲撃に、そろそろイットも押され気味だ。

 

「イット、なんとかしろ、破られる──。命令だ──」

 

 今度はアンドレの絶叫が聞こえた。

 振り返ると、屍腐体(ゾンビ)の一群が馬車の壁の一角にやってきている。

 外側の炎が小さくなり、そこを進んできたようだ。

 

「どけえ──」

 

 イットは走った。

 動きの遅い屍腐体(ゾンビ)など、イットの敵じゃない。

 また、唯一、炎の壁と馬車の壁の外にいるイットが近づけば、連中は馬車の内側を襲うのを中断して、イットの方にどんどんと近づいてくる。

 彼らのほとんどは視力がない。

 眼球となるものは、とっくの昔に腐り落ちているものが大部分だからだ。

 

 ただ、生きているものの気配をあの腐った肌で感じることができるらしい。

 だから、イットが近づくと、そっちに捉われて、隊商に向かうことを一時的にやめるというわけだ。

 馬車越しに感じる生者の気配よりも、なんの隔てもなく接近しているイットの気配を強く感じるからだと思う。

 最初は全員がアンドレとともに馬車の外側にいたのだが、アンドレの命令で、ほかの者は後退し、イットだけが馬車と焚き火の防壁の外側に残されたのも、それが理由だと思う。

 少しでも、屍腐体(ゾンビ)の襲撃を逸らすために、囮になれということだ。

 使い捨てのやり口だが、しかし、簡単には死なないことも求められている。

 

 群がってくる死霊体を跳躍して越えた。

 小さくなった焚き火の炎の横から馬車にとりついた集団に背後から斬りかかる。

 そのとき、馬車の内側から消えかかっていた焚き火めがけて松明が投げられた。

 油でも塗ってあったのか、小さかった炎に当たると、ぼっと焚き火が大きくなった。

 これで後ろからやって来る集団は遮断された。

 残りは、すでに焚き火よりも内側にいる数匹の個体だけだ。

 彼らは、背中側で炎が強くなったことで、逆に怖がって、内側部分に潜り込もうとしている。

 

「きゃあああ」

 

 悲鳴がした。

 イットの声じゃない。

 馬車の内側から棒で屍腐体(ゾンビ)を押し戻している奴隷少女ふたりのうちのひとりだ。

 屍腐体(ゾンビ)の千切れた顔かなにかに、肌を切り裂かれたのかもしれない。

 

 イットとは異なり、戦闘能力を持っていない性奴隷たちだが、この襲撃では、内側の焚き火の前側で屍腐体(ゾンビ)を追い払う役を命じられているのだ。

 屍腐体(ゾンビ)の爪や歯は危険だ。

 引っ掻かれたり、噛まれたりすれば、そこから呪われて、やがて、生きながら屍腐体(ゾンビ)化したりする。

 だから、近寄って戦うのは危険なのだ。

 従って、馬車の隙間から屍腐体(ゾンビ)を押し戻す役は、非力だが性奴隷にやらせ、隊商の男たちは、その後ろでさらに隠れているということだ。

 

 アンドレらしいと思った。

 可愛がっているようでありながら、性奴隷をただの道具としてしか思っていない男のやりそうなことである。

 かつては、性奴隷は三人までと決めていたアンドレのようだったが、商売で成功して、ひとりだけの行商人じゃなく、五台もの馬車を連ねる旅の隊商の主人にまでなると、性奴隷を五人に増やしていた。

 もっとも、頻繁に奉仕をさせる性奴隷を入れ替えるのがアンドレの趣味であり、アンドレの性奴隷として一年以上すぎているのは、イットを除けば、馬を避難させるために、最初に馬車の外に命令によって出されたアリアだけだ。

 

 イットは人並み外れた直接攻撃力を買われ、例外的に三年もの長期間にわたって、アンドレに飼われている。

 アリアはイットよりも短いがそろそろ二年だ。

 だが、飽きっぽいアンドレは、おそらく、今度の旅が終われば、アリアを手放して、新しい性奴隷を仕入れるだろうと思う。

 もっとも、イットを手放さないアンドレだったが、特別にイットを可愛がっているのかといえば、そうではない。

 イットを手放さないのは、イットには、そこらの護衛を遥かに上回る直接攻撃力があるからだ。

 それがただで使えるのだ。

 アンドレがイットをどこかに売る道理はない。

 しかし、もしも、イットに代わる者が手に入れば、容赦なく、アンドレはイットを切り捨てると思う。

 

 長年にわたってアンドレに仕えて、成功するまでのアンドレを支え続けてきた、かつての一番奴隷のサリーをまるで、石ころを捨てるように売り払ったように……。

 アンドレが長年献身的に仕えたサリーを簡単に売ったのは本当に衝撃だった。

 まあ、奴隷同士による噂によれば、商売の心得のある奴隷ということで、性質のいい商人にすぐに買われたという話だったので、それだけはよかったと思う。

 イットは、獣人差別を全くしなかった、あのサリーが大好きだった。

 

「離れて──」

 

 イットは首だけの屍腐体(ゾンビ)をひっつかむと、遠くに投げ捨てた。

 そして、爪を四方八方に振るう。

 この辺りの屍腐体(ゾンビ)はすべて、ばらばらの肉片に変わった。

 次々に蹴飛ばして、焚き火のさらに外側にやる。

 

「イット、こっちも破られる──」

 

 反対側の馬車の壁だ──。

 そこも炎が弱くなって、屍腐体(ゾンビ)の集団が襲っている。

 イットはそっちに駆けた。

 

 三十匹──?

 ざっとは数えた。

 

 イットが近づくと、襲撃をやめて、イットに集まってくる。

 跳び落ちる勢いのまま、目の前の屍腐体(ゾンビ)を縦に切断する。

 馬車を襲っていた三十匹余りの集団がイットを取り囲んだ。

 なにかが肩を掠める。

 横から払って、身体に当たった死霊体の腕を弾き飛ばす。

 

 別の腕──。

 かわす──。

 それも切断する。 

 

 前後左右から身体を掴まれそうになり、さっと身体を屈めた。

 片脚を軸に回転して、片っ端から四周の屍腐体(ゾンビ)の脚を足首から切断する。

 

「こ、来ないでえっ──。いやあああ──」

 

 泣き叫んでいる女奴隷の声が聞こえてきた。

 さっき反対側で棒で襲撃をかわしていた女奴隷たちだ。

 イットの仲間であり、五人いるアンドレの性奴隷の三番、四番、五番奴隷だ──。

 彼女たちは、ローム地方からナタルの森を往復する今度の旅の前に加わった若い性奴隷であり、最初の旅で、この屍腐体(ゾンビ)の襲撃を受けた。

 戦う気概も、技術もないが、「命令」には逆らえない。

 必死の形相で、屍腐体(ゾンビ)に棒を向けている。

 

 彼女たちに向かいかけた個体を跳躍して斬り飛ばす。

 脚になにかが当たった気がしたが、そのまま蹴り飛ばした。

 イットは馬車に近いものを全部排除すると、もう一度跳躍して集団の外に立った。

 この一画から屍腐体(ゾンビ)の全部がいなくなると、内側から松明がまた投げられて、炎があがる。

 すると寄っていた屍腐体(ゾンビ)が火を恐れて離れていく。

 そして、生者であるイットを追いかけてくる。

 

 生きているものを襲うのが、屍腐体(ゾンビ)の習性だ──。

 だから、追ってくるのだ。

 馬車を襲いかけていた集団がイットを追いかけて離れる。

 

 しかし、ほっとする暇はない。

 イットを襲いかかってくる死霊体を排除しなければならないし、離れすぎれば死霊体はイットを追うのをやめて馬車に向かう。

 だから、イットはそれをさせないように、死霊体の集団がイットを襲わせる距離を常に保ち続けるしかない。

 そして、走り回る。

 走り回って、すべての屍腐体(ゾンビ)の個体を自分に引きつけるのだ。

 

 息があがっている。

 さすがに、目もくらんでくる。

 長時間にわたって駆けまわって跳躍するので、体力も消耗している。

 やはり、きりがない。

 数が多すぎるし、諦めるという本能を知らない屍腐体(ゾンビ)を追い払うには、どれだけの屍腐体(ゾンビ)を斬ればいいのか──。

 斬っても、斬っても、離れた身体を集めて復活する彼ら──。

 

 全部を焼き殺す──?

 それができれば……。

 なにかが腹を裂いたと思った。

 爪を振りおろして、横の一匹を切断する。

 一瞬だけ目をやった。

 切り落とされた手首から先の腐肉がイットの腹に突き刺さっていた。

 引き千切って捨てる。

 

 その隙を狙われて、一匹が襲いかかった。

 首を噛まれる。

 痛みはない。

 ただ、視界が白くなる。

 それでも、首を掴んで離した。

 イットを噛んだ個体は、イットの爪で胴体と首を切断されている。

 

 背中から衝撃が来た。

 避けることはできなかったが、振り返って縦に引き裂く。

 

 また、視界が白くなった。

 だが、後退はできない。

 休むことも……。

 

 死にまで戦い続けろという命令だ……。

 イットは身体を回転させて、手当たり次第に周りの屍腐体(ゾンビ)の胴体を引き裂いた。

 

 だが、戦いながら思う。

 多分、イットはここで死ぬ。

 命令によって、死ぬまでここで戦わされてだ。

 まあ、性奴隷として生きるよりも、戦士として死ぬのだから、短かったが、幸せな人生だったのかもしれない。

 欲をいえば、もう少し生きたかったが……。

 

 肩に激痛が走る。

 イットは振り返ることなく、噛みついた首に爪をぶっ刺して、引き離す。血が噴き出すのがわかった。

 息が苦しい。

 だが、不思議に力は漲っている。

 目の前の肉塊に向かって、イットは容赦のない斬撃を加えた。

 

 

 *

 

 

 駆けた──。

 

 アリアと名乗った少女奴隷は、横を一緒に走る一郎に、何度も、イットを助けてくれと繰り返した。

 イットというのが誰のことなのか、最初はわからなかったが、どうやら、アリアを飼っている主人が保有する奴隷のうちの二番奴隷の少女のことだとわかった。

 

 彼女は、そのイットをどうしても死なせたくないようだ。

 アリアはそのために救援を求めて街道を駆けてきたようだ。

 しかし、彼女がどのくらいの距離を走ってきたのかわからないものの、すでに限界を越えていることは確実だと思う。

 

 だが、休んでいろという言葉を無視して、アリアは一郎たちと一緒に、屍腐体(ゾンビ)の大集団に襲われているという隊商の一団のいるところに戻ろうとしている。

 仲間を死なせたくないという必死の思いが、このアリアから伝わってもくる。

 

「もうすぐです──。どうか、どうか──」

 

 アリアが激しい息遣いをしながら叫んだ。

 しかし、本当に、もう限界だろう。

 どれだけ走ったか知らないが、この街道を真っ直ぐに進んだところで、隊商の一団が襲撃を受けたということは理解した。

 

 そのとき、遠くに、たくさんの焚き火らしき煙が立ちあがっているのも見えた。

 おそらく、あの場所だ。

 ならば、もう案内は不要だ。

 横を見ると、たまたま、馬の集団が森の中に隠されていた。

 

「イライジャ、もういい──。ここで、その娘を抱えて待て──。後ろからコゼが馬車で来る。一緒に来い」

 

 一郎は森の中に馬の集団がいるこの場所で叫んだ。

 アリアによれば、最初に屍腐体(ゾンビ)の襲撃を受けたとき、隊商を率いているアリアの主人が五台の馬車を使って、崖を背にして半円の防護壁を作らせるとともに、馬を馬車から離して襲撃の外に逃がすようにアリアに命令をしたらしい。

 それで、本格的な襲撃の直前に、アリアだけ、馬とともに屍腐体(ゾンビ)の大集団から逃げることに成功したのだ。

 そして、アリアは馬を森の中に逃げさせた。

 そこまでが、主人だというアンドレという男に「命令」されたことだったらしい。

 

 しかし、その後、アリアは自らの意思で、救援を求めるために、さらに駆けた。

 この路は、ナタルの森の中心地であるエランド・シティに向かう比較的広い一本道だ。

 街道を走れば、救援を求められる旅の一団に出逢えると思ったのだろう。

 そして、前方を偵察しようとしていたイライジャとマーズに出くわした。

 アリアの訴えに接したイライジャは、アリアの言っていることが本当だと判断して、一郎たちが休んでいた場所まで戻ってきた。

 それで、一郎はとりあえず、コゼだけを馬車に残して、準備をしかけていた昼食を片付けてから、馬車で追ってくるように指示し、イライジャとマーズ、そして、アリアという少女奴隷とシャングリアを連れて、その現場まで走っているところだ。

 

「だ、大丈夫です──」

 

 アリアが走りながら叫んだ。

 だが、その顔は駆け続けてきた影響か、汗びっしょりなのに真っ蒼だ。

 このままでは、彼女が倒れてしまうのは間違いない。

 

「いいから──」

 

 一郎の意図を汲んだイライジャが、アリアを抱きかかえるようにして立ち止まった。

 一方で一郎は、シャングリアとマーズを連れて、そのまま走る。

 

 少し先で隊商の一団を襲撃をしているという屍腐体(ゾンビ)という死霊体の大集団は突然に出現して、彼らを襲ったらしい。

 少しの時間だったが、アリアが語ったことを総合すれば、襲われたのはアンドレという男が指揮をする五台ほどの馬車が連なる隊商だそうだ。

 また、アリアは隊商の隊長のアンドレが五人保有している女奴隷のひとりであり、一番奴隷と名乗ったくらいなので、一番古いのだろうと思ったが、最古参はアリアが助けて欲しいと哀願しているイットという少女だそうだ。

 よくわからないが、前の一番奴隷が売られたとき、最古参のイットではなく、二番目のアリアが一番奴隷を指名されたそうだ。

 その辺りの事情はわからないが、アリアにとって、そのイットがとても大切な存在だというのは伝わってきた。

 

 アンドレの隊商は、ローム地方とも呼ばれる三公国を往来して商売をしている隊商だったが、魔獣の発生により、エラルド・シティに運びさえすれば、なんでも高く購入してくれることに目をつけ、商売に来たらしい。

 そして、それも無事に終わり、ローム地方に戻ろうとしている途中で、屍腐体(ゾンビ)の大集団の襲撃を受けたようだ。

 奴隷ながらも、アリスはそう説明してくれた。

 

 魔物が異常発生しているナタルの森だけに、往路もかなりの襲撃を受けたようだが、隊商の中には護衛戦士も揃っていて、その都度撃退してきたという。

 しかし、復路で屍腐体(ゾンビ)の大集団に襲われた。

 

 斬っても斬っても、すぐに復活して襲ってくる死霊体である屍腐体(ゾンビ)の大集団には、護衛集団もまるで歯が立たず、馬車と焚き火の火で防壁を作って耐えるしか方策もなかったようだ。

 アリアが知っているのはここまでであり、防壁が完成したところで、アリアは馬を連れて遠くに逃げろと命じられ、イットという少女奴隷は馬車の防壁の外にひとりだけで出て戦うことを命じられたのだそうだ。

 また、あと三人の少女奴隷も、馬車の内側とはいえ、剣を持っている護衛よりも前で戦えと命じられていたという。

 なんだか、使い捨てのような奴隷扱いに、一郎も少し嫌な気持ちになった……。

 

「ロウ、見えてきたぞ──」

 

 少し前を進むシャングリアが駆けながら声をあげた。

 確かに喧噪が見えてきた。

 十数本の煙もたなびいている。

 腐臭も感じた。

 

 イライジャとアリア、コゼも残してきたので、いま一緒にいるのは、シャングリアとマーズだ。

 ふたりともすでに剣を抜いている。

 だが、屍腐体(ゾンビ)という死霊体は剣は効果がない。

 完全に焼き払うか、聖霊術で浄化するしかないはずだ。剣で切断しても、ばらばらになった肉片が集まって、すぐに復活して襲いかかってくるのだ。

 この世界でまだ二年だが、一郎もすでに冒険者としてかなりの経験を積んでいる。

 それくらいの知識はある。

 

「俺が死霊体を足止めする。あとはそのまま焼き払うぞ」

 

 一郎は声をあげた。

 基本的にはそれで大丈夫なはずだ。

 

 そして、いた。

 なんという数の死霊体だ──。

 一郎はその数量に鼻白んでしまった。

 五百匹以上いるんじゃないだろうか。

 動きが遅いので対応しているが、百匹が五個ほどの集団を作って馬車と焚き火の防壁の内側にいる隊商の集団を襲おうとしている。

 しかし、炎を嫌がってなかなか近づいていけないようだ。

 また、焚き火の内側に入り込んで馬車の取りつく個体も、馬車の内側から棒で突かれて、外側に戻されている。

 棒で防いでいる者の悲鳴と泣き声から判断すると、棒で戦っているのは少女奴隷たちのようだ。

 隊商の隊長とほかの男の護衛たちは、さらに内側にいる気配だ。

 

「先生、人が──」

 

 マーズが声をかけた。

 一郎も気がついた。

 馬車に近づこうとしている幾つかの集団とは別に、別の場所でまとまっている死霊体の一群がいるのだが、その真ん中に人がいるようだ。

 

 あれがイット──?

 

 一郎は思った。

 アリアが本当に助けて欲しいと願ったのは、あの少女奴隷か……。

 ひとりだけ、防壁の外で戦うことを命じられてしまった奴隷ということだったから間違いないと思う。

 

「蹴散らしてくれ──」

 

 一郎は屍腐体(ゾンビ)の大集団のすぐ外側まで行くと、しゃがみ込んで地面に手をついた。

 地面に粘性体を這わせ拡げ、イットらしき人影を囲んでいる集団を除く屍腐体(ゾンビ)の全部を粘性体にくっつけた。

 だが、イットという少女を取り囲んでいる集団の方向には、粘性体を伸ばさない。

 いま、その一群を拘束してしまうと、イットという奴隷少女は屍腐体(ゾンビ)に囲まれたまま逃げられなくなる。

 

「どけえっ」

「邪魔だ、死霊ども──」

 

 マーズとシャングリアが残っている一群に飛びついた。

 ふたりが近づくと、外側の屍腐体(ゾンビ)から振り返って、ふたりを襲撃しようとするも、さすがに屍腐体(ゾンビ)では、シャングリアたちの敵じゃない。

 

 次々に手足を切断されて、地面に肉片が落ちていく。

 だが、連中の面倒なところは、しばらくすれば、ばらばらになった手足が集まり直して、再び個体として襲いかかってくることなのだ。

 もっとも、それまでに少し時間もかかる。

 そのあいだに、イットという少女を助け出せればいいのだ。

 

「マーズ、その子を引き出してくれ」

 

 シャングリアが剣で屍腐体(ゾンビ)を切り払いながら叫んだ。

 

「はい」

 

 マーズが剣を収めてから、滅茶苦茶に手と足を動かして、殴ったり蹴り飛ばしたりしながら、屍腐体(ゾンビ)の中心部分から、小柄な少女を引きずり出してきた。

 

 尻尾──?

 

 マーズが屍腐体(ゾンビ)の集団から取り出した少女のお尻には、房毛があった。

 獣人族──?

 

 珍しい……。

 だが、一郎はいままでに、ひとりだけ獣人族を見たことがある。

 ベーノムというあのキシダインの私兵隊長をしていた男であり、やはり、お尻に尾があり、頭に房耳があった。

 そして、怖ろしくすばしっこくて、格段の武術の腕だった。

 キシダイン事件のとき、意図的にイザベラを襲わせて、彼が率いてきた傭兵隊ごと返り討ちにしたのだが、そのとき、一郎の女たちが寄ってたかって狙い討ちにして、やっとのこと殺すことができたのだ。

 あのすさまじいまでの直接攻撃力を思い出した。

 

 それにしても、すごい怪我だ。

 全身が血だらけで、あちこちを切り裂かれたり、噛み千切られたりしている。

 それでも、まだ生きている。

 しかも、まだ意識さえある。

 それで致命傷になる傷を懸命に防ぎ続けていたようだ。

 

「よし、離れてくれ──」

 

 一郎はシャングリアとマーズに叫んだ。

 ふたりがイットを抱えて死霊体から離れる。

 一郎は追いかけてきた屍腐体(ゾンビ)どもを粘性体で地面に貼りつけた。

 

「悪いが出てきてくれ」

 

 一郎は全ての屍腐体(ゾンビ)の動きをとめたところで、亜空間からエリカとミウのふたりを出した。

 時間の流れを修正して、それなりに休ませたものの、亜空間の中でさえも、まだ二ノス程度だ。うちの魔道遣いふたりを同時に抱き潰してしまったのは、ちょっとまずかったかもしれない。

 

「ロウ様、これは……?」

「えっ……?」

 

 いきなり、出現させられたふたりが、呆けた声をそれぞれにあげた。

 だが、すぐに地面にはり付けられて身動きできなくなっている屍腐体(ゾンビ)の大集団を見て、目を丸くしている。

 

「ロ、ロウ様、お怪我は──?」

 

 エリカが駆け寄ってきて、一郎の前に立ちはだかった。

 一郎は苦笑した。

 目の前にやって来たエリカの足腰がまだふらついていて、まだまだ完全回復には程遠い感じだったからだ。

 

「問題ない、エリカ……。お前こそ、大丈夫か? ところで、下着をはかせる余裕がなかった。悪いな。暴れると見えるぞ。気をつけてな」

 

 一郎は剣を抜いて一郎の前に立ったいるエリカの耳元にささやいた。

 亜空間に放り込む直前まで、下だけ裸体にさせてセックスしていて、エリカもミウも、とりあえずスカートだけをはかせただけなので、ふたりとも少し服が乱れているし、下着ははいてない。

 

「ロ、ロウ様のばか――」

 

 エリカがはっとしたように、顔を赤くして、ちょっと慌てて、脚を閉じるような仕草をした。

 ロウは笑った。

 

「おう、ミウか――。じゃあ、まずは屍腐体(ゾンビ)を頼む──。浄化の炎で焼き払ってくれ」

 

 マーズとともに、イットを抱えてきたシャングリアが叫んだ。

 ミウはふたりが抱えてきた血だらけのイットを見て、ぎょっとしている。

 

「頼む、ミウ、浄化だ──。次いで、この獣人族の少女を治療してくれ。瀕死の重傷だ」

 

 一郎も言った。

 

「は、はい……」

 

 ミウは半分以上は、目の前のことが理解できていない様子だったが、それでも、すぐに我に返った感じになり、言われたことに着手した。

 

浄化の火(ホーリー・ファイヤー)──」

 

 ミウが叫んだ。

 辺り一面の地面から青白い炎の柱が一斉に噴き出し、粘性体に捕らわれていた屍腐体(ゾンビ)を完全に覆う。

 そして、束の間、炎が屍腐体(ゾンビ)の大集団を包み、それがなくなると、屍腐体(ゾンビ)もまた完全に消滅していた。

 これだけの死霊体を一気に浄化させるなど、とんでもない大魔道のはずだが、ミウはまだまだけろりとしている。

 一郎は屍腐体(ゾンビ)集団の全滅を確認すると、残っていた粘性体を消した。

 

「治療をします」

 

 ミウがすぐに地面に横たわらせられたイットに両手をかざす。

 

「えっ?」

 

 しかし、すぐに顔をしかめた。

 イットの様子に変化はない。

 相変わらずの虫の息であり、斬り裂かれた傷もそのままだし、血もだくだくと流れ続けている。

 治療術が効かないのか……?

 一郎は、ミウの表情を見てそう思った。

 

「おお、すげえなあ、あんたら──」

 

 馬車の内側から、わらわらと人間が出てきていた。

 最初に声をあげて飛び出してきたのは、身なりのいい商人風の男だ。

 剣を腰に佩いているが抜いてはいない。

 あれがアンドレだろうか。

 ほかにも、二十人ほどの男たちも嬉しそうに駆け寄ってきた。

 男たちの何人かは剣を抜いているものの、負傷をしている者はいないようだ。

 一方で、最後に出てきた三人の少女奴隷は、屍腐体(ゾンビ)の体液らしきものを全身に被っていて、軽い負傷もしている様子だった。

 その三人については、持っていた棒を放り投げて、馬車のすぐ外に座り込んで、お互いに抱き合って泣きじゃくっている。

 三人が治療のようなものを受け始める。

 奴隷たち以外は元気だ。問題ないようだ。

 

「ありがとう──。屍腐体(ゾンビ)の大集団に囲まれたときにはどうしようと思っていたが、すげえな、あんたら……。俺はアンドレだ。この隊商の隊長だ」

 

 やって来た男が言った。

 やはり、この男がアンドレだったようだ。ステータスで確認するまでもない。

 

「……おっと、その前に待ってくれ……」

 

 一郎が口を開こうとしたとき、そのアンドレが地面におろされているイットを一瞥した。

 そして、顔を曇らせた。

 

「……噛まれたのか……」

 

 アンドレがイットを見て呟いた。

 そして、大きく息を吐くと、剣をさっと抜いた。

 

「……すまん。わかっていると思うが死んでくれ。抵抗は許さん。命令だ」

 

 アンドレが無造作に剣を抜いて、イットの首に向かって振りかぶった。

 一郎は驚愕した。



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346 鑑定術を遣える男

 最初はなにが起きたのかわからなかった。

 

 あれだけ、しつこく迫っていた屍腐体(ゾンビ)集団が急に大人しくなったのだ。

 アンドレも、いまは三十人以上の人足を扱う隊商の隊長とはいえ、かつては、ひとりで大陸を歩き回って商売をした行商人の端くれだ。

 魔獣や魔物に襲撃をされた経験も何度もある。

 冒険者ギルドに属する連中同様に、魔獣や魔物の知識はある。

 屍腐体(ゾンビ)集団に襲撃されたのは初めてだが、その恐ろしさはよくわかっていた。

 

 屍腐体(ゾンビ)集団の恐ろしさは、その不死性にある。

 ひとりひとりの直接攻撃力はまったく大したことはないのだが、頭を跳ねようと、手足を粉砕しようとも、すぐに復活して、再び一個の個体となって、ひたすらに生者に襲いかかってくるのだ。

 一度、屍腐体(ゾンビ)集団に襲撃されたら最後、生き延びるには、ひたすらに逃亡するか、または、彼らが自然消滅するまで耐えきるしかない。あるいは、圧倒的な聖霊術で一気に浄化させるかだ。

 

 屍腐体(ゾンビ)は土に混ざる死者の腐粉から発生して、ほぼ丸一日、束の間の仮命を得る。そのあいだ、みさかいなく生者を貪り食い、再び土に戻る。

 それが屍腐体(ゾンビ)という魔物だ。

 一度、消滅すれば、数年間は発生することがないとも言われている。だから、普通の土にしか見えない場所のどこに屍腐体(ゾンビ)の粉が混ざっているかわからない。

 運悪く発生の瞬間に近くにいれば、その不死の死霊体の大集団に襲撃されてしまうということだ。

 ほかにも、屍腐体(ゾンビ)の発生の原因には、さまざまな説があるのだが、なにしろ、発生しても一日しか存在できないので、なかなか知られてはいない。

 

 そして、アンドレたちは運が悪かった。

 このナタル森林の中央にある唯一の城郭であるエラルド・シティで、いい商売をして、ロームに帰ろうとしていたところで、偶然にも発生していた屍腐体(ゾンビ)集団に襲われてしまったのだ。

 気がついたときには、すっかりと囲まれていて、馬車を逃がすことは不可能になっていた。

 

 アンドレがやったのは、切り立った崖を背に馬車を半円にして防壁を作り、その外側と内側に火を炊かせるということだ。

 屍腐体(ゾンビ)はほかの死霊体の魔物と同様に炎を嫌う。

 生者をひたすらに追いかけるのと同じように、なぜか火には近づかない。

 それで、とにかく、一日をやり過ごそうと考えた。

 もっとも、それは簡単ではない。

 なにをやっても死なない死霊体からとにかく距離を開けて逃げ回らなければならない。なにしろ、屍腐体(ゾンビ)は特殊な呪術を宿していて、もしも屍腐体(ゾンビ)に直接肌を噛まれでもしたら、「屍腐体(ゾンビ)の呪い」に感染して生きながら身体が腐っていき、わずか数日で屍骸となり、屍腐体(ゾンビ)の粉になってしまうのだ。

 

 だから、奴隷たちを使うことにした。

 高い金で集めた性奴隷たちだが、「人」の命には代えられない。所詮は、性欲の解消のために趣味で集めた「物」だ。

 物は金で買える。

 だが、人の命は金では買えない。

 アンドレは、自分の所有物である性奴隷たちに、馬車同様の盾となって、自分の前で戦うことを「命令」した。

 奴隷の首輪を使った命令は絶対だ。

 心が恐怖で泣き叫ぼうとも、身体は命令に従い全力で戦い続けるしかない。

 

 一応古株だが、獣人族ということで二番奴隷に留めているイットは、性奴隷でありながら一人前の傭兵の十人分以上の直接攻撃力がある。イットには、馬車の防壁よりも前に出て、可能な限り屍腐体(ゾンビ)を外側に引きつけて戦い続けることを命じた。

 獣人のイットを使い捨てにすることは、一番躊躇がなかった。

 所詮は獣だ。

 役には立ってくれたが、まあ、処分のしどころだろう。

 

 一番奴隷であるアリアには、一番最初に馬を集めて、襲撃の輪の外に馬を避難させるように命令をした。性奴隷はさすがに馬よりは高価だが、馬がなければ、襲撃を防ぎ続けて助かっても馬車は動かない。いまの状況では、馬の方が貴重だ。

 剣で戦える者全員で馬車の防壁の前で屍腐体(ゾンビ)と戦い、馬を離脱させる隙を作り、なんとか襲撃の輪の外に出した。

 イットを残して、馬車の防壁の内側に避難したのは、無事にアリアが馬を逃がしたのを確認してからだ。

 

 ほかの三人の奴隷はイットのような直接攻撃力はないので、馬車の内側から接近した屍腐体(ゾンビ)を長い棒で押して引き離せと言った。

 やはり、人が屍腐体(ゾンビ)に噛まれないように、可能な限りの接近を防ぐためである。

 屍腐体(ゾンビ)どもは、直接攻撃力そのものは大したことはない。

 武術のない彼女たちだって、時間稼ぎくらいはできるはずだ。

 

 そして、数ノスが経過した。

 丸一日耐えればいいとはいっても、それは並大抵ではないと思い悟った。

 数が凄まじいのだ。

 外で動き回っているイットがいい働きをしていたようだが、さすがにたったひとりで放ったらかしていたので、いつの間にか屍腐体(ゾンビ)に捕らわれてしまった気配だ。

 もっとも、アンドレたちは、馬車と焚き火の防壁のさらに女奴隷たちよりも、さらに後ろ側に隠れているので、よく見えない。

 しかし、確認をするために、前に出る気にはなれなかった。

 

 たった四人の性奴隷たちだ。

 さすがにアンドレも、それ程の長い時間稼ぎができるとも思っていない。

 彼女たちが力尽き、屍腐体(ゾンビ)どもが直接にアンドレたちに接してからが本当の戦いになる。

 丸一日ということは、これから夜を過ごし、朝が訪れ、太陽が中天に差し掛かるくらいまでのことになるだろう。

 ここには、アンドレたちを始めとして、一騎当千のつわものたちが、何人かは揃っている。

 ただ、さすがに延々と繰り返して復活する屍腐体(ゾンビ)と丸一日戦い続けるのは、大変なことだろう。だから、可能な限り体力を温存することだ。

 そのための性奴隷(使い捨て)だ。

 

 だが、突然に様子が変わった。

 しつこかった屍腐体(ゾンビ)どもの襲撃が急に止まったのだ。

 ついで、馬車の防壁の外一帯を巨大な炎が覆った。

 

 浄化の炎(ホーリーファイヤー)だ──。

 驚愕した。

 それで、やっと前に出て、馬車の外に視線を向けた。

 あれだけの屍腐体(ゾンビ)が一瞬にして消滅していた。

 

 そして、見知らぬ男女がそこにいた。

 金髪のエルフ美女──。

 凛とした美しい人間族の女──。

 筋肉質の大柄な少女──。

 そして、ひとりの冴えない男だ。

 男はともかく、女たちはひと目見れば忘れられないほどの美貌だ。

 どうやら、アンドレたちを助けてくれたようだが、それよりも、アンドレは、その女たちの美しさに目を奪われてしまった。

 さらに、ローブ姿の童女──。

 大量の屍腐体(ゾンビ)を一瞬にして消滅させてしまうような高位聖霊術を発動させたのは、あの可憐そうな童女魔道遣いのようだ。

 

 あんな童女が──?

 

 信じられなかったが、アンドレが外を見たときの光景から類推すると、そうとしか思えなかった。

 炎が消え去る直前に、その童女からはっきりと浄化の火が噴きあがっている光景をはっきりと見たのだ。

 そして、炎とともに屍腐体(ゾンビ)たちが消滅した。

 一日経つことなく、強力な聖霊術で一気に浄化した。

 あの屍腐体(ゾンビ)たちは二度と復活することはないだろう。

 いずれにしても、高位神官も真っ蒼の強力魔道だ。

 

「……ロウ様、やりました」

 

 童女はにっこりと微笑んで、どこかに顔を向けた。

 ひとりだけいる男だ。

 完全な黒髪で、まあ、どこにでもいるような平凡な男だ。

 武骨な印象はない。

 

 この男がリーダー──?

 

 アンドレは首を傾げた。

 助けてくれたのが、目の前の男女であり、彼女たちは、なんとなく冒険者のパーティではないかと思う。

 しかし、どう見ても、この男がリーダとは思えない。なんの取り柄もなさそうな印象の平凡そうな男だ。

 

 また、冒険者と言えば、武術や魔道に秀でた強者たちというのが定番だ。

 この連中が冒険者だとすれば、あれほどの高位魔道を駆使するような魔道遣いが加わっているのだから、彼女たちがとんでもない上級パーティだというのは間違いない。

 アンドレは冒険者ではないが、冒険者ギルドの格付けは当然に知っている。

 もしかしたら、(シーラ)級──。少なくとも、(アルファ)級だろう。

 現に、あれだけの屍腐体(ゾンビ)が一瞬にして消滅している。

 そんな連中がたまたま、近くにいて、アンドレたちを助けてくれたとは、なんという幸運だろう。

 だが、やはり、あの男に(シーラ)(アルファ)ランクの冒険者パーティー長の雰囲気はない。

 

「よくやったぞ、ミウ……」

 

 そのとき、男がそう返すのが聞こえた。

 童女魔道遣いが嬉しそうに微笑んでる。

 

 おや──?

 アンドレは首を傾げた。

 

 その童女の表情がなんとも艶っぽくて、なんともいえない色気のようなものを覚えたのだ。

 あの年齢で、その表情──?

 アンドレは不思議に思った。

 

「治療をします」

 

 しかし、その童女はすぐに真顔になり、地面に両手を向けた。

 その手が向けた対象に、アンドレははっとした。

 やっと、その存在を思い出したのだ。

 全身を血だらけにして草の上に横たえられているのは、イットだった。

 

「あれっ」

 

 離れて見守っていたが、おそらく、治療のための魔道なのだろうが、童女が首を傾げている。

 アンドレは舌打ちした。 

 魔道が効果がないのだろう。

 一瞬にして屍腐体(ゾンビ)どもを浄化させたほどの高位魔道師だ。魔道が効果がないということなど、思いもしなかったに違いない。

 だが、あれこそが、イットの長所であり、欠陥なのだ。

 

 イットを性奴隷にして三年になる。

 移り気の激しいアンドレがこれほど長い時間、同じ性奴隷を手元に置いていた対象は数えるほどしかない。

 大切にはするが、飽きっぽいのがアンドレの悪い癖であり、ほとんど二年もせずに、新しい奴隷を購って古い奴隷を手放すということを繰り返している。

 性奴隷は目の玉が飛び出すほどに高額なのが常識なので、そんなことを道楽にするのは、余程の富豪でなければあり得ないのだが、かつてはしがない旅の行商の見えるアンドレも、いまや、かなりの成功をしている交易商人である。

 性奴隷を数名購うほどの財はある。

 

 イットを手に入れた当時──。

 獣人族の奴隷は珍しくはないが、性奴隷という触れ込みにも関わらず、彼女がかなりの武術ができるということに気がつき、それにもかかわらず、どうやら、奴隷商がそれを知らないということも悟り、戦闘のできる性奴隷としては破格の安さでイットを買った。

 

 そして、イットは、あらゆる意味で予想外だった。

 まだまだ幼さの残る少女のわりには閨では反応がよく、身体も美味だった。それはともかく、直接攻撃力が凄まじいのだ。

 一人前の戦士どころではない。

 実際に戦わせてみれば、十人、いや、二十人の戦士に匹敵する強さだった。

 この戦闘少女が性奴隷扱い──?

 アンドレは、奴隷商の浅はかさと、見る目のなさに大笑いしてしまった。

 

 だが、このイットには、唯一の欠点があった。

 欠点といえば、欠点なのだが、長所でもあり、実はイットは生まれながら一斉の魔道を受けつけない体質でもあるのだ。

 賊徒でも一味の中に魔道遣いを加えている連中も、最近では珍しくない。

 そんなときには、魔道を受けつけない体質のイットは重宝する。

 まっしぐらに魔道の「もと」に突っ走り始末する。その後は、頼みの魔道遣いを失って狼狽える残りを駆逐するだけだ。

 その方法で、幾度イットに助けられたかもわからない。

 しかし、その長所こそ、欠点だ。

 魔道の効果を受けつけないということは、いまのように、治療のための魔道も受け付けないということだ。

 

 アンドレは、「鑑定」の魔道を発動させた。

 これこそ、アンドレのひそかな能力だ。

 誰ひとりとして知らないが、アンドレは念じれば、「物」の価値がわかるのだ。それで、こっそりと価値を見抜かれずに世に埋もれている掘り出し物を見つけては、儲けさせてもらっている。

 商人にもってこいの特技だ。

 イットを簡単に見つけられたのも、この力があったからだ。

 

 

 “獣人族、女、十五歳、価値E、戦士、瀕死・屍腐体(ゾンビ)の呪い”

 

 

 溜息をついた。

 やはりだ。

 

 アンドレの「鑑定」の魔道で認識する「価値」は、S・A・B・C・D・Eの六段階だ。最高価値は、“S”だが、最低価値は“E”である。

 特に、価値Eとは、無価値を意味せず、保有するだけで損をするというレベルのものだ。

 瀕死であるということが価値を落とし、さらに、屍腐体(ゾンビ)に噛まれたことで、やっぱり感染したようだ。

 発症まで数日というところだろう。

 魔道薬が効かないイットは、もはや、傷を治して、生き延びたとしても、感染から救出することができない。

 イットは生き残れば、屍腐体(ゾンビ)化して大量の屍腐体(ゾンビ)のもとになる。

 それまでに、「処分」して、発症を防ぐしかない。

 

 そのときだった。

 なんとなく、「鑑定」の対象をイットに魔道治療としようとしている童女魔道遣いに向けてみた。

 アンドレの「鑑定」の魔道は、「物」にしか発動せず、「人」を鑑定することなどできない。イットが鑑定できるのは、「人」ではなく、「奴隷」だからであり、人としての価値ではなく、「奴隷」としての商品価値が認識されているのだ。

 

 

 “人間族、女、十一歳、価値S、魔道遣い”

 

 

「えっ……」

 

 思わず声をあげた。

 なぜか、鑑定ができてしまったからだ。

 しかし、彼女の首には、「奴隷の首輪」のようなものはなかった。

 だが、すぐに、アンドレは、奴隷の首輪で支配するのが一般的だが、好事家にはそのような武骨なものをよしとせず、身体に紋章のようなものを刻んで、奴隷の首輪の代用にする主人もいると聞いたこともあることを思い出した。

 奴隷の首輪に比べて一般的ではないが、首輪を外せば奴隷解放となる「首輪奴隷」に対して、紋章奴隷には、もはや解放の望みなどない。

 ただし、紋章奴隷は、金を払えば誰にでも作れるわけではない。一生涯に渡って奴隷を支配するのであるから、主人側にそれだけの信用が必要だ。

 一般的には、貴族以上でなければ許されない。

 

 とにかく、あの童女は、紋章奴隷なのだ。

 それで、あそこにいる者たちに次々に、「鑑定」の魔道を向ける。

 

 

 “エルフ族、女、十九歳、価値S、戦士・魔道遣い”

 

 “人間族、女、二十三歳、価値S、戦士”

 

 “人間族、女、十六歳、価値S、闘士”

 

 

 やはり、次々に奴隷判定が出る。

 アンドレはため息をついた。

 彼女たちは奴隷だ。しかも、超高級……。

 「鑑定術」で識別されないのは、あの男だけであり、つまりは、彼の連れている女たちは、すべて彼が保有する女奴隷ということになる。

 

 あの男が──?

 驚いた。

 すべて“S”級……。

 うらやましい……。

 

 同時に、なぜ──? と思った。

 だが、考えられるのはひとつしかない。

 

 彼はそうは見えないが、実は彼は貴族なのだと思う。あるいは、貴族の後継人がいるかだ。

 どこかの貴族が金に物を言わせて、護衛代わりの奴隷を与え、人生修行として経験を積ませる──。そんなところか?

 そうでなければ、四人ものS級奴隷をあのぱっとしない男が保有できるわけがない。

 

 だが、奴隷か……。

 

 アンドレは荷の中から、ひとつの魔道具を取り出して、胸の内ポケットに入れた。

 『セビウスの石』だ。

 

 防御用の魔道具だが、発動させれば数マイス周囲の奴隷を動けなくするという効果がある。

 賊徒の中には、奴隷を部下にして襲撃させ、金銭を奪おうとする連中もいる。

 そんなときに、これを発動させれば、襲撃しようとする者の中で、「奴隷」である者は動けなくなり、一瞬にして相手の戦力を無効化できる。

 繰り返し使用できるし、かなり重宝するものだが、とんでもなく高価な魔道具だ。

 だが、アンドレは手に入れてよかったと思っている。

 

 それはともかく、これがあれば、あの男の周りにいる女奴隷たちは動けなくなるし、魔道だって遣えない。

 周りを女奴隷に守られているあの男が、急にひとりだけになれば、どんな反応をするだろう。

 助けてくれた相手ではあるが、分不相応な高級奴隷を侍らせているというのが悪い。

 

 あれほどの女奴隷たち……。

 それを周りに連れていいのは、アンドレのような経験を積んだ一人前の男だけだ。

 あんな未熟そうな男が連れ歩いていい品物じゃない。

 

 絶対にだ──。

 アンドレはもう、あの女奴隷たちを奪ってやろうと決めた。

 特に難しいことじゃない。

 百戦錬磨のアンドレだ。

 欲しいと思ったものは、必ず手に入れる。

 あんな男から、持ち物を奪うことなど造作もない。

 まあ、これも、あいつも人生勉強というものだろう。

 

「おお、すげえなあ、あんたら──」

 

 込みあがった黒い欲望を隠して、アンドレは隠れていた馬車から出て、男に声をかけた。

 彼に近づきながら、ちらりとアンドレの三人の女奴隷に目を向ける。

 強要された屍腐体(ゾンビ)との戦いが余程に怖かったのか、三人で抱き合って号泣している。

 しかし、体液は被っているし、傷もあるが、こっちの三人は、感染していないようだ。

 念のために、魔道の治療薬と万が一感染していた場合の解呪薬を与えるように、部下に指示した。

 優男(やさおとこ)に向き合う。

 

「ありがとう──。屍腐体(ゾンビ)の大集団に囲まれたときにはどうしようと思っていたが、すげえな、あんたら……。俺はアンドレだ。この隊商の隊長だ」

 

 近くに寄ると、やはり大した男じゃなさそうだ。

 武芸者でもない。魔道遣いでもない。

 そんなものは一発でわかる。

 

 やっぱり、S級の女奴隷たちに周りを囲ませて、特段に働くことなく、自分はなにもせずに報酬だけ手に入れている貴族冒険者というところだろう。

 躾の行き届いたような行儀よさが証拠だ。

 この男には、滲み出るような品のよさがある。

 多分、育ちがいい。

 本当に今日は運がいい日だ。

 屍腐体(ゾンビ)の大集団に襲われて、だめかと思っていたのに、無傷で助かった挙句に、その救い主が、高級女奴隷に護衛をさせた三流男だとは……。

 

 アンドレは、内ポケットに入れている『セビウスの石』を服も上から確認しながら、商売用の笑みを浮かべて、男に近づいた。

 

 そのときだった。

 血だらけのまま横たわっているイットの姿が目に入った。

 このイットの処置をしなければならないということを思い出した。

 それは、奴隷を主人に持つ者の責任だ。

 

「……おっと、その前に待ってくれ……」

 

 男に断ってから、イットに向き直った。

 剣を抜く。

 

「……すまん。わかっていると思うが死んでくれ。抵抗は許さん。命令だ」

 

 イットに声をかける。

 呼吸は乱れているが、意識はあるし、思っていたような深手は少ない。これなら、獣人族の回復力なら、数日もすれば動けるようになると思う。

 おそらく、放っておいても死なないと思うが、生き残っても、ここで死んでも、数日以内に発症する。

 だから、屍腐体(ゾンビ)化する前に殺して、焼却しなければならない。

 

 イットの眼が大きく見開かれた。

 もしかして、処分されるということに思い足らなかったのだろうか……。

 しかし、屍腐体(ゾンビ)に噛まれれば、呪いに感染の危険がある。

 それはイットも認識していたはずだ。

 

 一瞬で殺して、できるだけ楽に死なせてやろう。

 それが、イットに対するアンドレのせめてもの感謝の気持ちだ。

 

「なにすんのよ──」

 

 そのときだった。

 突然に振りかぶった剣が弾き飛ばされた。

 驚いて顔を向けると、目の前に憤怒の形相をしたエルフ女が細剣を向けていた。

 

「えっ?」

 

 痺れる手を押さえながら、呆気に取られて目の前の女を見た。

 

「殺すって、どういうことよ──? この娘はあんたの仲間であり、しかも、ひとりで死霊体と一生懸命に戦ったんでしょう──。それをいきなりなにすんのよ──」

 

 エルフ女が怒鳴った。

 アンドレはわけがわからなかった。

 

「こいつは俺の奴隷だ。しかも、屍腐体(ゾンビ)に噛まれて感染している。処分しないと、発症して屍腐体(ゾンビ)化するんだ」

 

 とりあえず言った。

 

「わけのわかんないこと言わないでよ。屍腐体(ゾンビ)に感染したっていっても、あんなの呪いとしては、一番の下級呪いじゃないのよ。店で売っているような解呪剤で、簡単に呪いは解けるわ。そのくらい、やってあげなさいよ。なんてことすんのよ」

 

 エルフ女が声をあげた。

 アンドレは溜息をついた。

 

「……それができていれば、価値のある性奴隷を処分したりしないぜ。しかし、あいにくとこいつは、特異体質でな。なぜか、あらゆる魔道に耐性がある。魔道具であろうと、魔道薬であろうと、まったく効かないんだ。呪いを解く方法はないんだ」

 

 アンドレは言った。

 そして、エルフ女ではなく、男に視線を向けた。

 まったく、奴隷扱いのなっていない男だ。

 自分の奴隷が他人に剣を向けていながら、それをとめようともしない。

 ちょっとむっとした。

 

「エリカ、やめろよ……」

 

 男がやっとエルフ女を留め、次いで、アンドレに顔を向けた。

 

「……確かに、この少女は呪いに感染しているようであり、あなたの言うとおりに、魔道耐性が強いようですね。でも、助ける方法はなくはないですよ。俺に任せてくれませんか、アンドレさん」

 

 男が初めて口を開いた。

 

「……ところで、あんたは?」

 

 アンドレは男に言った。

 

「ロウといいます。旅の冒険者です。彼女たちは俺の仲間です。いきなり失礼しました。でも、俺もあなたが自分の奴隷をいきなり殺そうとして、ちょっと驚きましたよ」

 

 ロウか……。

 そして、冒険者……。

 物言いも威張ったものはないし、やっぱりこの男自体は大したことはない。

 もしかしたら、貴族かもしれないが、高位貴族ということはないだろう。

 アンドレは、自分の勘が完全に的中していたことに、内心でほくそ笑んでしまった。

 

「ねえ、アンドレさん、殺すくらいなら、彼女は俺が引き取ります。俺なら助けられる」

 

 すると、突然に男がそう言った。

 アンドレは驚くとともに、むっとした。



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347 命を救うための交渉

【イットの現在のステータス】

 “イット
  獣人族(ガロイン族)、女
   奴隷
  年齢:15歳
  ジョブ
   戦士(レベル30)
  生命力:800→5↓(瀕死)
  攻撃力:
   1200→30↓(気絶状態)
  経験人数
   男15
  淫乱レベル:A
  快感値:200(通常)
  状 態
   魔術耐性の呪い
   アンドレの奴隷(首輪)
   屍腐体(ゾンビ)の呪い”


 *


「獣人か……。イットというのか……」

 

 一郎は血だらけで横たわる少女のステータスを魔眼で確認しながら呟いた。

 一切の魔道を拒否するというのは、この「魔道耐性の呪い」というもののせいだろう。

 生まれつきのものか、後天的なものなのかは知らないが、この呪いのために、彼女は確かに魔道や魔道のこもった薬剤のたぐいを受けつけない性質なのだと思う。

 

 また、確かに屍腐体(ゾンビ)の呪いに感染しているようだ。

 放っておけば、数日中に発症して身体が腐って屍腐体(ゾンビ)に変化するのは間違いない。

 そうなれば、いったんは腐粉となって消滅するが、数年後には屍腐体(ゾンビ)として復活する。

 しかも、ひとりの人間なのに、大量の屍腐体(ゾンビ)となって出現するのだ。

 そうならないように、屍腐体(ゾンビ)感染者は腐紛になる前に、生命を断って焼却するのが基本だ。そうすれば、屍腐体(ゾンビ)にはならない。

 

 もっとも、エリカのいうとおり、屍腐体(ゾンビ)の呪いは簡単な魔道で解呪できるし、安価な魔道薬でも助けることができる。

 命を断つという手段は、なんらかの事情でそれができないときだけだ。

 だが、このイットは魔道を受けつけないのだ。

 アンドレがイットを殺そうとした理由はわかった。

 

 だが、釈然としない。

 アンドレはイットを殺そうとしたときに、なんの逡巡の態度も示さなかった。

 まるで、野菜でも斬るかのように無造作に剣を振りあげたのだ。

 一郎はそれが気に入らない。

 

 いずれにしても、イットは美しいというよりは、可愛いという印象だ。

 獣人というのは、かつて戦ったキシダインの私兵団長のベーノムしか知らないが、女の獣人というのは接するのは初めてだ。

 なるほど、頭に耳があるのだと思った。豊かな髪の毛から三角の耳が飛び出していて、彼女自身の丸顔に似合っていて「猫」を思わせた。

 また、ズボンの後ろから小さな穴を開けて外に出しているのは、房毛の尻尾だ。

 どうなっているのか、じっくりと調べてみたいと思ったりもした。

 とにかく、アリアの話によれば、最初に襲撃されてから、すでに数ノス過ぎているはずだ。

 そのあいだ、たったひとりで戦い続けていたのだとすれば、大した持久力と直接攻撃力だと思う。

 それにしても、苦笑したくなるのは、気絶してながらも、“30”と表示される攻撃力だ。これは、この世界で成長した一郎の攻撃力に匹敵する。

 気絶したこの獣人娘と元気な一郎の攻撃力が同じか……。

 いずれにしても、ステータスだけでも、この獣人娘が凄まじい戦士だということはわかる。

 まあ、それはとにかく、引き取るか……。

 

「ねえ、アンドレさん、殺すくらいなら、彼女は俺が引き取ります。俺なら助けられる」

 

 一郎は言った。

 このアンドレは奴隷扱いはよくないようだ。

 まあ、傷つけたり、乱暴なことはしないようだが、アンドレにはイットに対する愛情のひと欠片も感じない。

 いずれにしても、一郎の力なら、おそらくイットを助けることができるだろう。

 以前、「死の呪い」をかけられていたノルズを解呪したこともある。

 魔道を受けつけない体質であろうと、なかろうと、一郎の淫魔術なら、それを無視して淫魔の刻みを成功させる自信もある。

 だが、そうすれば必然的に、アンドレと結ばれている奴隷支配は解除することになる。

 まあ、どうせ、殺そうとしたのだ。

 受け渡しには応じるはずだ。

 しかし、一郎が引き取ると口にした途端に、このアンドレはむっとした顔になった。

 

「助ける方法があるのか? だったら、助けてやってくれ。俺も無闇に、こいつを殺したくない。だが、引き取るとはどういうことだ? こいつには金がかかっているんだ」

 

 アンドレが眉をひそめている。

 一郎はやってきた隊商の隊長であるアンドレに改めて視線を向けた。

 この男は無傷だ。

 汗ひとつかいていない。

 奴隷とはいえ、ひとりの少女にこれだけの戦いを強要しておいて、自分たちは完全に安全な場所で隠れていた証拠だろう。

 一郎はまず、そのことだけで、この男にいい印象を持たなかった。

 それはともかく、一郎は、アンドレが金の話を始めたことに驚くとともに呆れた。

 まさに自分の手で殺そうとしていた娘のことではないか。

 

「俺に任せてもらえれば、彼女は助かります。ただし、この少女はもらい受けるということです。あなたの奴隷ですね?」

 

 質問の形ではあるが、間違いないだろう。

 さっきも、イットを殺そうとしたときに、「命令」という言葉を使っていた。奴隷の主人は、「命令」という単語で、所有する奴隷に絶対的な行動の強要をするのだ。

 馬車の後ろから、わらわらと男女たちが出てきたが、目の前のイットを始め、途中で一郎たちの馬車と一緒に来るように指示したアリア、そして、馬車の前で抱き合って泣いている三人の少女たちの所有者がアンドレであることは明白だ。

 そもそも、イットのステータスにそれが出ている。

 

「まあ、確かに俺の奴隷だが、このイットは屍腐体(ゾンビ)の呪いに感染している。発症する前に処分するのは所有者の義務だ。放っておいても死ぬし、感染したまま死ねば、屍腐体(ゾンビ)の粉となり、いずれ大量の屍腐体(ゾンビ)の発生源となる。これは決まりなんだぜ。イットには魔道も、魔道薬も効かねえし殺すしかないんだ」

 

 アンドレが言った。

 一郎は肩をすくめた。

 

「俺なら助けられると言ってるんです。だけど、このイットを俺に譲ってください。俺たちが駆けつけなければ、あなたたちは大変なことになるところだった。礼金としては安いものでしょう。さらに言えば、俺でなければ、イットは助けられない。殺すくらいなら、俺が助けて、彼女を引き取ります」

 

「だけど、イットは高級奴隷だ。市場に出せば、どれだけの値がつくのかわかってんのかい。助かるんであれば、簡単に譲れるものじゃねえんだ」

 

 アンドレが不機嫌そうに言った。

 これには一郎も驚いた。

 たったいま処分しようとしたくせに、一郎がイットを譲れと口にした途端に、手放すことに難色を示したのだ。

 どういうつもりだろう。

 

 また、イットに魔道が効かないことで、普通の止血によりイットを治療しているのは、一郎の女たちだ。

 アンドレは、そもそもイットを一瞥以上はしないし、アンドレ側のほかの誰も、イットのところに来ない。

 残っている三人の女奴隷についても、自分たちのことで泣き喚いているが、イットのことは無視している。

 どうにも、釈然としない。

 とりあえず、一郎は、粘性体をイットの傷の上に出現させて、傷口を塞ぐようにした。ちょっとした止血代わりだ。別に、魔道を身体に刻んでいるわけではないので、問題なくイットの身体には一郎の粘性物が付着してくれた。

 

「なに言ってんのよ──。たったいま殺そうとしたじゃないのよ。どの口でそれを拒絶しているのよ。さっさと、応じなさい──」

 

 そのとき、エリカがイットの前で立ちあがって口を挟んだ。

 しかし、アンドレはにやりと笑った。

 

「だけど、助ける方法があるんだろう? だったら、話は違うと言っているんだ。それとも、このイットに興味があるのか? じゃあ、交換でどうだい」

 

「交換?」

 

「ああ……。どうやら、あんたもたくさんの奴隷持ちのようじゃねえか。このエルフ娘と交換なら応じようじゃねえか。まあ、エルフと獣人じゃあ釣り合わねえから、こっちから金子を足してもいい。それか、俺は残り四人の性奴隷も持っている。それ全部とこのエルフと交換でいい。悪い話じゃないと思うが……」

 

「エリカを?」

 

 一郎は怒るよりも呆れてしまった。

 なにをこいつは考えているのだろう。

 

「ふ、ふざけんじゃないわよ──。なんであんたに──」

 

 エリカが横で怒鳴った。

 いまにも飛びかからんばかりのエリカの権幕に、一郎は慌てて、手を伸ばしてエリカを押しとどめた。

 

「おいおい、奴隷の躾がなってねえなあ。奴隷を躾けるのも主人の義務だぜ」

 

 だが、アンドレは悪びれた様子もなく、喉の奥で笑うような声を出した。

 

「いや、黙って聞いていれば、聞き捨てならんな。エリカを寄越せだと。二度とふざけたことを喋れないように、片手くらい切断してやってもいいぞ」

 

 シャングリアだ。

 むっとしている。

 そういえば、この女騎士殿も直情型の短気だった。このところ、すっかりと一郎の前では大人しくなったので忘れていたが……。

 

「先生、許可をください。この男を懲らしめてやります。殺しはしません。ただし、それ相応の酬いはしてやります。エリカ様に失礼なことを言ったのも許せません」

 

 マーズも出てきた。

 こいつも随分と腹をたてている。

 ふと見ると、イットについているミウもまた、アンドレのことを睨んでいる。

 

「……やめないか、お前たち──」

 

 一郎は自分もむっとしたのを忘れて、女たちをなだめた。先に周りが怒ったことで、逆に一郎については冷静になってしまった。

 とにかく、腹を立てても交渉にはならないだろう。

 だけど、なんで、こいつの奴隷を助けてやるのに、こいつは条件を出そうとするのか……。

 また、どうして、うちの女たちはこんなに気が強いのか。

 一郎は、アンドレに視線を向け直した。

 

「……とにかく、このままじゃあ、この獣人娘は死ぬしかないでしょう。俺に任せない限り、イットは助からない。任せてもらいましょう。俺の治療を終えたイットを調べて、呪いが解けているのを確認すればいい。あなたには、できるんでしょう?」

 

 アンドレが鑑定の能力があることはわかっている。ステータスにそう出ていたのだ。

 

 

 

 “アンドレ

  人間族、男

   交易商

  年齢:45歳

  ジョブ

   交易商(レベル19)

   戦士(レベル8)

  生命力:50

  攻撃力:200(剣)

  魔道力:100

  特殊能力

   鑑定眼(簡易)

  保有奴隷

   イット、アリア、

   ……、……、……

  状態

   セビウスの石の保有

   魔道反射の護符による防護

   ……”

 

 

 

 なぜか、エリカたちを奴隷と判断したのも、その能力で鑑定した結果だと思う。

 しかし、エリカもそうだが、ここにいる女たちはすべて「奴隷」ではない。

 淫魔師としての支配の刻みをしているだけだ。

 だが、あるいは、そのことがアンドレの鑑定能力に、「奴隷」として引っ掛かってしまうのかもしれない。

 つまりは、簡易程度の能力であるが故の、誤認識なのだろうが、こいつの能力はその程度ということだ。

 

「な、なんで、俺がそれがわかることを知っているんだ」

 

 アンドレが驚愕した声をあげた。

 

「さあね。あなたが商人だから、できるんじゃないかと考えただけですよ」

 

 一郎はにやりと微笑んで見せた。

 アンドレは不審な表情になった。

 

「……まあいい。だったら、イットを助けてやってくれ」

 

「だけど、イットはもらい受けます。それとも、あんたたちの命を助けた礼金の交渉をしましょうか。もしかして、なにもなしに済ませるつもりですか? ローム三公国を基盤に交易をしているアンドレという商人は、吝嗇で恩知らずだと、あちこちに言いふらしますよ。これでも、顔は広いですから」

 

 これ以上、面倒を口にするなら、マアの名を出してやろうかと思った。

 三公国で商売するなら、マアの名を怖がらない商人はいないはずだ。

 だが、アンドレはやっと、諦めたような表情になった。

 

「ちっ、仕方ねえ……。じゃあ、イットの感染を本当に解くことができたら、イットをお前に譲ろう。それでいいんだろう?」

 

 アンドレは不貞腐れたように言った。

 なんてやつだ。

 助けるんじゃなかったか?

 

「約束ですよ」

 

 一郎の言葉にしっかりと、アンドレが頷いた。

 

「今夜は、もう少し移動したところの森の中の河原で宿営をすることにする。あんたらも、一緒に来てくれ。あんたらの食事はすべて、こっちで準備をする。せめてもの礼だ」

 

 すると、急にアンドレが相好を崩して、一郎に媚びを売るような口調で言った。突然の豹変は面食らうとともに、気味が悪い。

 なにか企んだか?

 そのとき、後ろから馬車が近づく音と元気な声がした。

 

「ご主人様──。大丈夫ですか──?」

 

 コゼだ。

 御者台に座ってこっちに手を振っている。横にはイライジャもいる。

 アリアの姿は見えないが、幌馬車の中にでもいるのだろう。

 

「あの女たちも奴隷?」

 

 アンドレが呆気に取られている。

 

「なにを勘違いしているか知りませんが、俺は奴隷なんか連れてませんよ、アンドレさん。ただ、彼女たちは、俺の女であり、俺に尽くしてくれる。それだけです」

 

「ふうん……。まあ、そう言いたいなら、そういうことにしておくよ。ともかく、改めて礼を言う。本当にありがとう」

 

 アンドレが頭をさげた。

 しかし、やっぱり、なにか考えている感じだ。

 一郎は用心することにした。

 

「彼女の治療のために、俺の馬車に運びます。明日の朝には、元気になった彼女を引き合わせます。そのとき、感染が解呪していることを確認してください。それで、イットは俺のものです」

 

「承知したよ。じゃあ、明日の朝まで、イットを預けよう」

 

 アンドレが言った。

 

「ああ、イット──。大丈夫なの? しっかりして──」

 

 アリアだ。

 一郎たちのそばまでやって来た馬車から飛び降りてきた。

 いまだに血だらけで横たわっているイットに駆け寄っていく。

 

「アリア、イットはいい。それよりも、避難させた馬を連れて来い、命令だ。ここを離脱する」

 

 アンドレが叫んだ。

 アリアは見えない壁に阻まれたかのように、イットの手前で硬直したように立ち止まる。彼女はイットが心底心配そうだったが、命令はすべてに優先する。アリアは、振り返って駆けて行った。

 つくづく、奴隷扱いの酷い男だ。

 一郎は嫌な気持ちになった。

 

「彼女を俺の馬車に運んでくれ。静かにな」

 

 一郎は指示をした。

 アンドレが準備が整ったら、移動するので一緒に来てくれと言って離れていく。

 イットを運ぶのをマーズに任せて、一郎はミウとエリカとシャングリアを呼んだ。

 

「……ミウ、さっきのアンドレだが、俺と面しているとき、なにかの魔道を発してなかったか?」

 

 まずはミウに訊ねた。

 ミウが頷く。

 

「……馬車が近づいたときに……。そのとき、あの男から魔力の流れを感じました」

 

「やっぱりな」

 

 鑑定の魔道だろう。

 御者台のコゼとイライジャを探査したのだと思う。そして、やはり、このふたりも「奴隷」判定が出たのだと思う。

 

「ところで、この中で『セビウスの石』というのがどういうものか知っている者はいる?」

 

 一郎は言った。

 あのアンドレが、その得体のしれない魔道具を持っているというのは、ステータスを読むことでわかっていた。また、会話の途中でも、無意識のことだろうけど、しきりに胸の内側を気にしているような仕草もした。

 おそらく、そこにそれを隠しているだろうということも予測した。

 問題は、その『セビウスの石』というのが、なにかということだ。

 

「さあ……」

「ううん、耳にしたことはないなあ」

 

 エリカもシャングリアも知らないようだ。

 ミウもわからないと首を横に振った。

 

「ロウ、大丈夫なの? とりあえず、コゼが馬車の中にあの獣人族の()を迎え入れる準備をしているけど……」

 

 イライジャがやって来た。

 一郎は同じ質問をした。

 

「セビウスの石? 聞いたことはあるわ……」

 

 すると、イライジャが言った。

 

 

 *

 

 

「おい」

 

 隊商の者たちと合流すると、アンドレはすぐに部下のひとりを呼んだ。

 

「はい」

 

 やって来た部下の耳にアンドレは顔を寄せた。

 

「……今夜は当初の計画にあった河原で予定通りに宿営する。だが、お前はここから近いエルフの里に行け。そこには商業ギルドがあったはずだ。そこに行って、ロウという冒険者のことを調べるんだ。もしかしたら、貴族かもしれん。ギルド違いだが、商業ギルドは情報だけは持っている。とにかく、金をばら撒け。明日の朝までに調べるだけ調べろ」

 

 アンドレの指示を受け、すぐに部下は去っていく。

 それにしても、世間知らずの貴族もどきかと思えば、話していると意外に冷静で落ち着いていた。なによりも世間慣れした雰囲気もしたし、なぜか、誰も知らないはずのアンドレの「鑑定」の能力を見抜いているような言葉も仄めかした。

 

 何者だろう……?

 

 まあいい……。

 いずれにしても、後から馬車でやって来たふたりも含めて、美女と美少女揃いの六人の女奴隷とは驚いた。

 しかも、すべてS級……。

 あの行儀のいい男には、過ぎた所有物であることは間違いない。

 

 それに、あの男は、アンドレからイットを取りあげようとしたのだ。死にかけの奴隷くらいくれてやってもいいが、それなら、代価を支払うべきなのにだ。

 しかも、イットの命を代償に要求しやがった。命を助けるなら、なにかを代償に要求するものじゃない。それは偽善というものだ。

 そんな悪党には、それなりのことをしてやっても、なんの問題もない。

 

 また、最後に、アンドレに向かって、脅すようなことを口にしたのも気に入らない。

 顔がきくなど、はったりに決まっているが、三公国ではやり手の交易商で名が通っているアンドレを相手に、顔がきくなどという脅しは、生意気だ。

 いずれにしても、アンドレに、あんな口をきくような男は、たとえ貴族であろうと、相応の躾をしてやらないと気がすまない。

 

 

 *

 

 

 荒い呼吸をしているイットは、まだ意識はないようだ。

 とりあえず、血と泥で汚れている服を脱がせて、身体の汚れと血を拭わせた。止血はできている。一郎の粘性体が全身にある傷の上を完全に覆って、まるで糊で張り付けたように傷口を塞いでいるのだ。

 いまは、出血はない。

 

「ご主人様、こいつをお抱きになるんですか?」

 

 コゼが言った。

 不満の声じゃない。

 これだけ傷ついている獣人の少女と一郎が性行為をすることを心配しているのだ。

 下手をすれば、過度な負担を強いれば死んでしまうかもしれない。

 コゼだけじゃない。

 周りにいるほかの女たちも心配そうな顔をしている。

 

 素裸にした傷だらけの獣人少女に向き合う一郎の周りには、コゼ、エリカ、イライジャ、ミウが揃っていた。

 シャングリアとマーズはいない。

 ふたりは馬車の外で、見張りをしてくれている。

 また、馬車は防音の結界で覆われてもいる。

 結界を刻んだのはミウとエリカだ。

 

「彼女を助けるためには、俺が淫魔術を刻んでしまうしかない。浅い刻みでも治療くらいはできると思う。次いで、実際の身体に負担がかからないように、まずは亜空間に連れていくつもりだ。そこでまず犯してから、彼女に刻まれているふたつの呪いを解く。そうすれば、ミウの治療術も受け付けると思う」

 

「ふたつ?」

 

 イライジャ首を傾げている。

 一郎は、イットには屍腐体(ゾンビ)化の呪いだけじゃなく、一切の魔道を拒否してしまう呪いもかかっているようだと説明した。

 

「……というわけだ。じゃあ、はじめよう……。さて、誰にしようかな……。一番奴隷殿のエリカでいいか……。俺の精を口で受け入れろ。そして、イットに口移しで飲ませるんだ」

 

 亜空間に連れ込むだけなら、一郎の精を身体に塗るだけでもいいが、口の中に入れることができれば絶対だ。

 さらに、少しでもいいから飲ませることができれば、イットの身体に一郎の淫魔術を多少は刻むことができる。

 

「は、はい」

 

 エリカが顔を赤くして近づいてくる。

 だが、これだけ毎日のように、全員のいる前で抱いているのに、いまだに恥ずかしいのだろうか。一郎がズボンから性器だけを出して胡坐に座り直すと、一郎の腰の前まで顔を寄せた状態で、逡巡する様子を示した。

 一郎はほくそ笑んだ。

 いつまで経っても失わないこの羞恥心がエリカの魅力だ。

 

「なによ、いやなら、あたしがやってあげようか」

 

 すかさず、コゼが口を挟んだ。

 

「や、やるわよ──。ロウ様はわたしをご指名なさったのよ。そ、それに……」

 

 エリカがにんまりと笑った。

 少し顔が赤い。

 そして、エリカが眼を閉じて一郎の男根に口を覆いかぶせてくる。

 

「んふっ」

 

 エリカがすぐに真っ赤な顔で小さな声を出した。

 どうやら、一郎の一物を口に咥えただけで、ちょっと興奮してしまったらしい。

 一郎はエリカの身体がもじもじと淫らに動き出したのを見逃さなかった。

 

 そして、舌が動き始めた。

 一郎はエリカの口の中に出現した赤いもやに亀頭を擦りつけるように動かしてやった。

 

「んんっ」

 

 またもや感じたのか、エリカがぶるりと震える。

 

「あ、あのう……。あたし、お擦りしてもいいでしょうか……」

 

 すると、ミウが口を挟んだ。

 顔が真っ赤だ。

 すっかりとあてられたように、いやらしく目を蕩かしている。

 さすがは、筋金入りの淫乱童女だ。

 

「いいよ。頼む」

 

「あっ、だったら、あたしも……」

 

 一郎がミウに許可をすると、すぐにコゼも手を出してきた。

 ミウとコゼが一郎の怒張を左右から片手で擦りながら、睾丸を柔らかく揉みあげてもくる。睾丸を刺激しているのはコゼだ。

 

「エリカ、フェラのときは、手は後ろだろ」

 

 一郎は三人がかりの奉仕を受けながら、口で一郎の怒張を上下させて刺激を加えているエリカに言った。

 エリカの両手が背中に回される。

 途端にエリカのステータスの数字が動いて、一気にエリカの興奮度があがったのがわかった。一郎はほくそ笑んだ。

 つくづく苛められるのが好きなエルフ女だ。

 

「……ゆっくりと愉しむのはなしよ、ロウ。この獣人ちゃんの治療なんだからね」

 

 イライジャが苦笑して口を挟んだ。

 

「そうだな。じゃあ、出すぞ」

 

 一郎が言うと、エリカがぐっと顔全体を前に出して激しく口を動かしてきた。

 その舌先に、一郎は精を思い切り放つ。

 

「……さあ、口移しで頼む」

 

 一郎が言うと、エリカが口を閉じたまま、イットの方向に移動する。

 エリカとイットの唇が重なり、イットの口に一郎の精が移動したのがわかった。

 その瞬間、イットを淫魔術で捉えた感覚がやってきた。

 まだ、刻みは浅いが、それでもしっかりと繋がっている。

 一郎はそこから送り込める可能な限りの淫気をイット側に移す。

 みるみると傷口が薄くなっていく。完全には治療はできないが、やはり、淫魔術なら、魔道耐性のイットでも受け付けることは、これで証明された。

 我ながら、すごい力だと思う。

 

「すごいです、ロウ様」

 

 ミウが感嘆の声を出した。

 

「う、うう……」

 

 イットも意識を戻したようだ。

 その眼が薄っすらと開いていく。

 

「じゃあ、行ってくる。すぐ戻る」

 

 一郎はイットとともに亜空間めがけて飛翔した。



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348 淫魔師と獣人戦士(1)

 一郎は、淫魔術を駆使し、このなにもない空間について、イットには、ここが森の中の開闊(かいかつ)地であるという暗示をかけた。

 いきなり、まったく知らない場所や、なにもない空間に連れて行くとイットが戸惑うかと思ったのだ。

 ただし、実際には、ただの真っ白い空間だ。

 まだ、完全には支配していないイットなので、うまく暗示にかかってくれればいいのだが……。

 

「えっ、なに? わっ、わっ」

 

 イットが当惑して声をあげた。

 灼けた肌が美しい獣人の美少女だ。

 服はさっき治療のために脱がしてしまっていたので全裸だ。

 ただ、負傷については、一郎の淫魔術により応急処置が終わり、傷は塞がっている。

 かなり出血していたので、本調子にはほど遠いかもしれない。

 しかし、ここなら、これ以上の悪化はない。

 

「はじめましてだな、イット」

 

 一郎は声をかけた。

 イットがさっと顔の前で両手を交差するようにして身構えた。

 裸体を隠すよりも、戦いの姿勢をとるとは、根っからの戦士なのだろう。

 それにしても、初めて獣人の女の身体を見るが、四肢の肘と膝から先には体毛があり、人間とは違うということがわかる。顔の横に耳がなく、頭に房耳があるのも、変な感じだ。

 しかし、股間は無毛だ。

 なんといっても、身体は小さいのに、割れている腹筋がすごい。腕も脚も細いのに、イットが構えると筋が入り、戦う身体に変化する。

 これが獣人なのだと、改めて感嘆した。

 

「じ、じろじろ見るな――。お前、誰だよ──。そして、ここはどこだ──?」

 

 イットが腰を屈めて唸り声をあげた。

 まるで肉食獣が威嚇をするような声だ。

 だが、一郎の無遠慮な視線は感じたのだろう。顔が赤らむのがわかった。

 とにかく、ここがさっきまでいた場所とは違うということは、すぐにわかったようだ。

 とりあえず、一郎はにっこりと笑いかけた。

 

「ロウという旅の冒険者だ。君を助けた恩人というところかな。そして、ここは俺の術で作った空間だ。これでいいかい」

 

 一郎はできるだけ優しく言ったつもりだ。

 手も拡げて、武器を持ってないことを示す。

 敵意がないことがわかったのか、イットが少しだけ警戒を解いたようになった。

 

「恩人……? そ、そういえば、あたしは屍腐体(ゾンビ)と戦っていて……」

 

 なにがあったのかを思い出したようだ。

 イットは困惑したように自分の身体に目をやった。イットは、倒れる前に屍腐体(ゾンビ)たちに全身を噛みつかれたり、爪で抉られたりしたりした記憶を蘇らせたと思う。

 しかし、自分の身体のどこにも異常がないことに当惑している様子だ。

 

「たまたま、通りかかってね……。アリアに助けてくれと頼まれて、急いで駆けつけたんだ。俺たちは七人の冒険者パーティで、ある事情でエランド・シティに向かっている。屍腐体(ゾンビ)集団はもういない。俺たちが倒した。もっとも、一気に殲滅したのは、ミウという十一歳の魔道遣いだけどね。彼女も仲間だ」

 

「退治……? あれを……。全部……?」

 

 イットは目を丸くしている。

 改めて、周りをきょろきょろと見回した。

 

「いや、違う……。やっぱり、ここはさっきまでいた場所じゃない。それよりも、みんなはどこなんだ──?」

 

 イットが一郎を睨んだ。

 一郎は手のひらをイットに向けて、もう一度微笑んだ。できるだけ敵意がないことを示したかったのだ。

 

「……そうだね……。突然に意識が戻って、得体の知れない場所に連れて来られて戸惑っていると思うけど、ここは、俺が支配する亜空間と言っていいかな。君を助けるために連れてきた」

 

 一郎は軽く腕を振った。

 暗示を解いたのだ。

 何も存在しない、真っ白い空間になったはずだ。

 

「ひっ」

 

 イットがさっと跳びすさって、一郎とさらに距離をとった。

 

「お、お前、何者だ──。いま、なにをした──」

 

 叫んだ。

 一郎は笑った。

 

「俺の準備した亜空間だと説明したよ。まあ、そういうものだと思ってよ……。まあ、理解してもらうしかない」

 

「亜空間?」

 

 イットは眉をひそめた。

 しかし、少し全身の力を緩めた感じにも思えた。

 だんだんと、一郎に対する警戒心を緩めようとしているのがわかる。

 

「うん。よく聞いて欲しい。君はさっきまで死にかけていた。ここにいる君はそうやって、元気に動けるけど、現実世界に戻れば、君は危ない状態に戻る可能性がある。それくらいの怪我だった。傷だらけの身体の応急処置は俺がやったが、かなり血が抜けて頭がふらつくはずだ」

 

「あなたが治療を?」

 

 イットが自分の身体を改めて、あちこち見た。

 驚いたように、眼を丸くする。

 

「どうやって? あたしには、治療術が効かなくて、こんなにすぐに治療する方法など……」

 

 イットは当惑している。

 

「俺にはできる。だけど、まだ、屍腐体(ゾンビ)化の呪いに感染していて、数日もすれば身体が腐って死に、屍腐体(ゾンビ)として悪鬼となる将来が待っている。君の主人は君を殺そうとした。だけど、それは可哀想だと思ってね。だから、こうやって助けようとしているんだ」

 

「助ける……?」

 

 やっと状況を理解し始めてきたようだ。

 イットの身体から、すっと力が抜けたのがわかった。

 

「君の身体は魔道が効かない。ミウも魔道で助けようとしたんだけど、できなかった。それで、今度は俺の力を使って治療した。そして、この空間に連れてきたんだ。でも、さっきも言ったけど、このまま現実世界に戻っても、君は呪いから逃れられない。また、治療は完全でないから、すぐに瀕死の状態に戻る。だから、いうことをきいてくれ。それで助かると思う」

 

「……つまり、実際のあたしは、屍腐体(ゾンビ)たちにやられて死にかけていて、あんたに助けられた。そういうこと……? もしかして、あたしはいま意識だけの状態? それとも、もう死んだ?」

 

 イットは当惑している。

 まあ、納得しろというのが無理だろう。

 しかし、イットを助けるためには、まだ淫魔師の支配が足りない。

 試しに、イットの中にあるふたつの呪いを細工をしようとしたが、それは受け付けなかった。

 また、奴隷状態を解こうと思ったが、それもできない。

 そういうものは、やっぱりちゃんと性奴隷として支配しないとできないのだろう。

 

「死んではいない。だけど、放っておけばそうなる。さあ、もういいかい。死にたいわけじゃないだろう。俺を信用してくれ。君を助けたいんだ」

 

 一郎ははっきりと言った。

 イットが小さく頷いた。

 

「……わ、わかった……。いや、わかりました……。なにをすればいいですか……」

 

 イットが力を抜いた。

 ずっと顔の前で交差して構えていた両手もだらりと身体の横におろす。

 今度はやっと、思い出したように胸と股間を手で隠した。

 どうでもいいけど、身体つきや年齢のわりには、かなり胸が大きい。

 これも、獣人の特徴か?

 それとも、彼女特有のこと?

 すると、イットが真っ赤になった。

 

「い、いやらしい顔で見るな――。で、でも、なんで、裸なんだ――?」

 

 イットが声をあげた。

 どうやら、一郎はかなり無分別に、彼女の裸体を見ているようだ。

 ちょっと、イットが怒っている。

 

「服は血だらけでぼろぼろだった。俺の女たちが脱がしたんだ。それと、さっきも言ったけど、治療のためだ。あちこち傷だらけだった。脱がさないと治療できなかったんだ」

 

 一郎は言った。

 本当のことだ。

 完全に淫魔師としての性奴隷の刻みができたならば、脱がさなくても、一郎は女の完全な状態を想像できるので、服を着たままでも治療できる。

 だが、イットについては、まだそこまでじゃない。

 ちゃんと視線で認識しながらじゃないと治療できない。

 

「そ、そういえば……。あ、ありがとうございます……。でも、あたしには、治癒魔道は効かないはずなのに……」

 

 まだ、当惑しているようだ。

 

「君を治癒した方法は、治癒魔道じゃない。淫魔術だ。」

 

 はっきりと、説明することにした。

 理解してもらえるかわからないが、納得してもらうしかない。

 イットを屍腐体(ゾンビ)化の呪いから、助けるには精を受け入れてもらうしかない。

 

「淫魔術?」

 

 イットが首を傾げた。

 

「俺は淫魔師だ。その能力で君を治療した。淫魔術は魔道に似ているけど、違うものなんだ。だから、治療ができた。ただ、屍腐体(ゾンビ)化の呪いは強いものだから、もっと深い淫魔師の支配が必要なんだ」

 

「淫魔師って?」

 

 イットは怪訝な表情になった。淫魔師という単語を知っているのか、知らないのかわからないが、少なくとも、得体の知れなさは感じたみたいだ。

 身体を隠したまま、数歩後ずさる。

 一郎よりも遥かに強い戦士が、性的な気配を感じて、ちょっと怯えたようになるのは可愛らしい。

 

「別に大したことじゃない。君を犯す。俺の支配に入ってもらう。それで君を助けられる」

 

「お、犯す?」

 

 イットが怒鳴った。再びさっと身構える。

 一郎は嘆息した。

 

「それしか方法はない。もう一度、説明するけど、俺は淫魔師だ。伝承程度だろうけど、一度くらいは耳にしたことがないか? 俺は淫魔師の力で女を支配する。だけど、そのまま支配したままにしないと約束をしてあげるよ。しかし、君の身体の呪いを解くためには、一時的にでも、俺の支配下に入ってもらうしかない」

 

「えっ」

 

 イットは唖然としている。

 だが、それほど警戒を強めた感じもない。

 

「……そうか……。淫魔師……。耳にしたことはあります……。女を操って支配するんでしょう……? 性奴隷にして、心と身体を思いのままに……。ああ、そうか……。それで魔道を受けつけないあたしにも術を……。信じられないけど、この不思議な場所と力……。わかった……。いえ、わかりました……。あなたを受け入れます」

 

 イットが言った。

 やっと完全に脱力した。

 

「じゃあ、俺に犯されることに同意するね?」

 

「うん……」

 

 イットが頷く。

 しかし、次の瞬間、イットの表情が突然に変化した。

 再び険しい顔になって、また、身構えた。

 

「どうしたの? まだ理解できない?」

 

 一郎は戸惑った。

 

「違う……。あたしはあなたを受け入れるつもり……。でも、それは許されていません……。命令でご主人様以外の者に身体を汚されるのを禁止されています。そのときには、抵抗しろとも……」

 

 イットの言葉に、一郎は溜息をつくしかなかった。

 

「そうか……。そんな命令を……」

 

 まだ、一郎の性奴隷にはなっていないイットについては、一郎の女たちのように、心を一時的に可変することは不可能だ。

 また、さっきもやってみたが、奴隷状態も解除できない。

 それには、犯す必要がある。

 しかし、イットは、どうやら、あのアンドレからほかの男に犯されるなという命令を与えられていたようだ。

 どうするかな……。

 

「あなたに抵抗するのは本意ではありません……。でも、あたしは奴隷ですので……」

 

 イットは構えたまま言った。

 その表情にはなんとなく、一郎に対する謝罪の気持ちのようなものがある気がした。

 一郎は破顔してみせた。

 イットがちょっと驚いた感じになる。

 

「まあ、いいか……。いずれにしても、ちょっとくらい抵抗してくれた方が俺も愉しいかも……。じゃあ、抵抗してみて……。できるものならね……」

 

「ま、待ってください。あたしを無理矢理に犯そうとしないでください。あなたを傷つけていまします。命の恩人のあなたを傷つけたくないんです。もしかしたら、殺してしまうかも」

 

 イットの顔色が変わる。

 明らかな怯えが顔に映る。一郎を怯えているのではなく、一郎を傷つけることに対する怯えだ。

 一郎がイットに飛びかかろうとしているのがわかったのだろう。

 

「どうかな? 俺は弱いけど、なぜか女を犯そうとするときだけは、強くなれるんだ。試してみようか」

 

 一郎は試しに、イットの身体の感度をあげようとしてみた。

 しかし、それはうまくいかなかった。

 まだ、性奴隷状態でないのでうまくいかないというのもあるけど、この少女はやはり、魔道耐性が異常に強いのだ。

 じゃあ、これは……。

 

「きゃあああ」

 

 イットが悲鳴をあげた。

 一瞬にして、イットに粘性体を被せたのだ。

 四肢だけを包んで、背中側に回させ、イットを仰向けに倒して反り返らせ、大きく股を拡げさせる。

 

「うわっ、わっ、わっ」

 

 イットが慌てたように全身を暴れさせた。

 顔がさらに真っ赤になる。

 さすがに恥ずかしいのだろう。

 その慌てぶりは、十五歳の少女そのものであり、とても可愛い。

 一郎は、粘性体を二重、三重にしてイットをがんじがらめにしてしまう。抵抗の力が強かったのだ。

 それにしても、絶対にかなわないはずの相手なのに、こと性愛のこととなれば、相手の女を圧倒できるのだから不思議だ。

 淫魔師の能力というのは、やはり、実に奥が深い。

 

「じゃあ、レイプの時間だよ。イットちゃん」

 

 一郎はイットに近づいていく。

 それとともに、一瞬にして、自分の身体を全裸にした。

 亜空間収容の能力だ。

 そして、その能力を駆使して、一度自分の身体を別の収納空間に移して、すぐにイットの背後に出現した。

 これも、亜空間収納能力の応用だ。

 

「ええっ?」

 

 イットは一郎の行方を見失ったらしい。

 しかし、そのときには、一郎はイットの背後にしゃがんでいる。

 弓なりに反っているイットのお尻の上に、腕の長さの半分ほどの房毛の尻尾がある。

 この付け根が最大の性感帯であることは、ずっとわかっていた。

 一郎はイットの尾の付け根を無造作に掴んで擦る。

 

「ひいいっ」

 

 イットが喉の奥から声を放って、身体をぶるりと震わせた。

 

「ここを刺激されると力が抜けるんだろう?」

 

 一郎はゆるゆるとそこを刺激する。一気にイットが脱力したのがわかった。やはり、ここを掴まれると力が抜けるみたいだ。

 イットが淫らすぎる仕草で身悶える。

 

「呆気ないね。それでも獣人戦士?」

 

 一郎はわざとからかう言葉をかけた。

 特段の意味はない。

 レイプをしているというシチュエーションを味わいたかっただけだ。

 

「な、なにを──」

 

 イットが顔をこっちに向ける。顔は粘性体で拘束していない。

 怒りの形相だ。

 「戦士」であることをからかわれるのは、イットの逆鱗のようだ。

 そして、なにか風のようなものを感じた。

 

「んがああっ」

 

 目の前に火花が飛び、一郎は吹っ飛んでいた。

 腕で横殴りにされて転がったのだというのを理解したのは、自分の身体が二転三転してからだ。

 

「あ、あたしは……せ、戦士だ……。そ、それを馬鹿にするなあ──」

 

 イットが叫んで、こっちにやってくる。

 驚いたことに、包んでいたはずの粘性体を引き千切って、脱出している。

 一郎は、初めて粘性体の術を破られた。しかも、どうやったのかもわからない。

 それはともかく、殴られたことで、頭が朦朧とする。

 一方で、イットは、かなり無理をしたのか、脱力した様子で、ほとんど四つん這いで這うような感じだ。

 一郎は、別の収容空間から回復薬の液体の瓶を出して急いで飲んだ。

 気を失いそうになった意識が急激に回復する。

 

 とにかく、イットは、すごく怒っているようだ。

 だが、なんとなく、どうしてそんなに怒ったのかわかる気もした。

 

 イットは奴隷だ。

 しかも、性奴隷だと言っていた。確か、アリアは自分たちのことをそう説明してくれた。

 だが、あれだけの戦士だ。

 そんな自分が性奴隷扱いされて、男に奉仕しなければならないのは、イットのプライドを激しく傷つていたと思う。

 それを支えていたのが、本当は戦士なのだという矜持なのだろう。

 それをからかわれて、一郎を許せないという気持ちになっただと思う。

 

「悪かったな。からかったりして……。君は戦士だよ。たったひとりで、しかも肉体ひとつで、あれだけの戦いをしたんだから……。しかも、俺の粘性体から脱出できるとはね。一瞬にして力を増幅できるんだね。後遺症もあるようだけど……。だけど、俺はそんな強い戦士殿を犯すのが好きでね……」

 

 一郎はイットの尻尾の根元に粘性体の輪っかを飛ばして包んだ。

 それをバイブレーターのように振動させる。

 

「んひいっ、あふううっ」

 

 イットが身体を弓なりにしてひっくり返った。

 後ろに手を伸ばして、必死で粘性体を尻尾から外そうとするが、それは完全に密着していて外れない。

 さっきもやったが、やはり、そこを刺激されると、力もうまく入らないみたいだ。

 

「感じやすい身体だね」

 

 どんどんと下がっていくイットの「快感値」の数字を感じながら、一郎は尻尾の根元の粘性体を細工して、さらに刺激を強めた。

 

「んひいいい」

 

 イットが身体を弓なりにして悲鳴をあげた。

 一郎は、粘性体を外そうとしていたイットの両手をそのまま床に貼りついてしまった。

 さらに、脚も拡げて床にはりつけにする。

 

「イットの身体はすごいね。全身が性感帯のように敏感だ。それがよくわかるよ」

 

 一郎は、再びイットに手を伸ばした。

 すでに、股間はどろどろに愛液で溢れていた。



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349 淫魔師と獣人戦士(2)

「イットの身体はすごいね。全身が性感帯のように敏感だ。それがよくわかるよ」

 

 一郎は、再びイットに手を伸ばした。

 また、今度は慎重に、粘性体で四肢を拘束するや、硬度を上昇させて、金属のように固くする。

 さすがに、今度は引き千切れないだろう。

 身体への愛撫を加える。

 しかも、力が入らないように、イットの尻尾の付け根を粘性体で激しく淫らに振動させ続ける。

 

「あっ、ああっ、ああっ」

 

 イットの悶えが急に大きくなる。

 一郎は倒れているイットの頭側から身体を覆わせて、唇を身体に比して豊かな胸にある小さなイットの乳首に当てる。頭側から抱きついたのは、脚側からだと、万が一、さっきみたいに粘性体から抜け出されたときに、蹴られそうだからだ。

 イットの蹴りをまともに喰らえば、一郎は即死する自信がある。

 

「あっ、あっ、あっ、ああ……」

 

 だが、さすがに全身に力が入らない状態で、さらに敏感な尾の付け根を刺激されては、イットは粘性体から逃げる力はないようだ。

 一郎が胸の中心から吸いあげるようにしても、身体を左右に揺さぶるだけだ。しかも、どんどんと脱力していくのがわかる。

 かなり、敏感な性質みたいだ。

 

「うふううっ」

 

 イットが声を放った。

 一郎はそのまま、舌をイットの小さな胸の裾野まで這わせながら、両手でイットの豊かな乳房を包むようにした。

 

「はああ、あああっ」

 

 イットの口から狼狽するような深い吐息が漏れだしていた。

 

「はああ、あああっ」

 

 イットの身体が最後の力を振り絞るかのように、大きく跳ねた。

 一郎は、ねちっこく揉んでいた乳房から手を離すと、今度は頭側から押さえつける体勢から、身体の横から覆うようなかたちに変える。

 一郎の知識であれば、前世の「横四方固め」というところだろうか。

 もっとも、一郎に柔道の心得があるわけじゃない。

 ただ、この体勢であれば、乳房を舌で愉しみつつ、指でイットの股間を悪戯することができるということだ。

 

「うわあっ」

 

 一郎の指が股間に届くと、まるで刃物で斬られらたかのような悲鳴をイットがあげた。

 イットの股間は、この少女が驚くべきほどに敏感な身体を持っている証拠に、たっぷりの愛液で濡れている。

 一郎の指は、あっという間にイットの股間の中の弱点を探り当て、そこを腹側に押し揉むように動く。

 

「きひいいっ」

 

 イットは泣くような声をあげて身体を暴れさせた。

 しかし、さすがに股間に指を挿入された状態では、非力な一郎に対しても逃げられるわけでもなく、しかも、獣人族の女の弱点であるらしい尾の付け根を一郎の悪戯で粘性体によってバイブ振動を与えられている。

 それにしても、獣人族の娘の尻尾の付け根に、こんなにも強い性感帯があるなど、本当に面白くて未知の発見だ。

 

 一郎はさらにイットへの責めを続けた。

 彼女の強さは知っている。

 だが、それが嘘のように、いったん責められると、こんなにも抵抗できなくなるのだ。

 

 まずいな……。

 この反応……。

 一郎には、このイットの反応がどうい性質のものであるかを知っている。

 簡単な愛撫だけで、望まない快感を無理矢理に引き出してしまうように躾けられた「女」の反応だ。

 つまり、調教されたのだろう。

 一郎自身、そういうことが趣味なので十分にわかっている。

 

 しかも、マゾだ。

 粘性体で拘束をしてから、この反応が飛躍的にあがった。

 いまは、絶頂させないように、手加減するのが大変なくらいだ。

 

「じゃあ、このあたりで、一回いっておくか?」

 

 一郎は軽くイットの中の指をすっと突きあげるように動かした。

 

「ああ、いやああっ」

 

 イットの激しい声が響き渡った。

 そして、首を仰け反らせるようにして、身体をがくがくと震わせて脱力する。

 絶頂をしたのだ。

 かなりの潤沢な愛液が股間から噴き出すように出てきた。

 なかなかにすごい……。

 

「もう、抵抗はなし?」

 

 一郎はさっと身体を移動させて、イットの足のあいだに身体を入れる。

 イットがはっとした様子で顔色を変えたのがわかった。

 

「んっ?」

 

 一郎は思わず声をあげていた。

 イットの片膝が胴体側に引きあがりかけている。粘性体がそこだけ緩みかけていたのだ。

 なにかの力が急激に、イットの片足に集まっていっていて、数瞬だけのようだが、恐ろしいほどの怪力がイットの片足に走っている気配だ。

 もしかして、筋肉を一瞬にして短時間、増幅する能力か?

 この技でさっきも粘性体から脱出したのか……。

 とにかく、イットが一郎に膝蹴りをしようとしているのはわかった。

 

「ご、ごめんなさい──」

 

 抵抗は本意ではないのだろう。

 他人に犯されそうになったら徹底的に抵抗しろという命令を受けているイットだ。

 一郎を受け入れる受け入れないの心に関係なく、イットには全力で一郎を拒むしかない。

 

「いや、謝らなくていい。君のような可愛い獣人戦士を強姦するというのは愉しい遊びさ」

 

 本来であれば稲妻のように鋭いイットの蹴りかもしれないが、達したばかりの力の抜けた状態では、力は十分には出ないようだ。

 それで一郎にも、あっという間に粘性体を強化して捕まえ直すことができた。

 一郎は、イットが一郎を蹴り飛ばすために膝を曲げた状態に降り曲がった瞬間に、粘性体で足全体を包んだ。

 これで、イットは脚を伸ばせなくなってしまったということだ。

 

「う、うわっ」

 

 イットが狼狽えている。

 一郎はすかさず、残っている脚も、同じように折り曲げた状態で拘束してやろうとした。手を伸ばして脚を抱え込む動作をする。

 

「ちょ、ちょっと……」

 

 さすがにそれは恥ずかしいのか、イットの抵抗が身体だけでなく、心からのものになった感じになった。

 だが、腰の下にさっと手を差し込んで、振動を与えられている尻尾の付け根を手で掴む。

 指でゆるゆると愛撫する。

 急激にイットの快感が上昇していくのがわかる。

 イットの小さな身体が限界まで弓なりになった。

 

「んふううっ」

 

 そして、がくがくと身体を震わせて、再びまとまった体液が股間から噴き出す。

 二度目の絶頂だ。

 イットの全身が脱力する。

 

「これでもう抵抗の手段は完全にないな」

 

 一郎は蛙が裏返しにされたような無防備の恰好になったイットの股間に怒張を当てる。

 

「な、なんで、あなた様は、そんなに強いのですか……?」

 

 イットの呆然としたような声がした。

 確かにそうだな……。

 一郎も思った。

 こんな強戦士を粘性体の術とはいえ、ここまで手玉に取れるのは我ながら不思議だ。

 

「さあなあ……。俺自身も自分の弱さは自覚しているが、いざ、性行為となれば、我ながら神がかりな動きができるから不思議だ……。ところで、挿すよ……」

 

「んふうううっ」

 

 一郎の怒張が突き挿さると、イットは身体を弓なりにして高い声で喘いだ。

 すぐに、律動を始める。

 もはや抵抗の手段を失っているイットは、もうなすがままだ。

 腰の動きを速めたり、遅くしたりして呷りながら、三度目の絶頂に追い込む。

 

「んんあああっ」

 

 やがて、イットが吠えるような声をあげて、再び全身を震わせた。

 一郎はそれに合わせて、最初の精を注ぎ込んだ。

 

「ああ、あああ、あああ……」

 

 イットの声が続いている。

 一方で、一郎はイットの心を鷲掴みにする確かな手ごたえを感じていた。

 そのとき、ぱんとイットの首で音がした。

 奴隷の首輪が外れたのだ。

 

「えっ?」

 

 さすがにイットもそれに気がついて目を丸くしている。

 それとともに、あれだけ激しかったイットの抵抗の態度が一気に消滅してしまったのがわかった。

 

「……な、なんで……?」

 

 イットは奴隷の首輪が外れたということが信じられないようだ。

 

「淫魔師だって言っただろう? もう少し我慢しろ。すぐに呪いも消す。なにもかも、俺に委ねるんだ」

 

 一郎は、イットの身体の粘性体を消滅させた。

 もう、イットは抵抗をしないという確信があった。

 抵抗の命令が消えた以上、イットは一郎を受け入れてくれるものと思う。

 そのとおり、イットはもう一郎に逆らう素振りを見せない。

 挿入したままの一郎を受け入れる態度になる。

 

「後ろを向け」

 

 一郎は貫いたままのイットの身体を反転させると、今度はバックからイットを突いた。

 イットの房毛の尾が一郎の腰とイット自身のお尻に挟まれる格好になる。

 一郎はちょうどイットの尾の付け根が当たるように、後ろから腰を押しつけた。

 お尻には、尻尾を中心に丸い体毛がある。

 それがいかにも、亜人種を犯すようで興奮する。

 一郎は両手を伸ばして、乳房をぐっと掴んだ。

 

「はああっ」

 

 中腰だったイットが耐えられなくなったように、完全に膝を折って、両手を地面につける。

 一郎は再び律動を再開した。

 

「うあああ、お、お願いですうう、あああっ」

 

 一郎はぐいとイットの身体を垂直になるまで引きあげた。

 

「こんな角度もいいだろう?」

 

「はあああっ」

 

 イットの悲鳴があがる。

 やはり、感じやすぎるくらいに感じる身体だ。

 全身をエクスタシーに痺れ切らせたイットの快感をあがった状態で固定する。

 これで、イットは絶頂した状態のまま、さらに快感を引きあげることはできても、おりてくることはできない。

 別に意味はないが、この獣人少女が狂乱する姿を眺めたかっただけというのが本音だ。

 

「な、なにこれ、なにこれ。え、ええええ……、ああああ……」

 

 我を忘れた感じのイットが一郎に背後から貫かれたまま暴れまくる。

 一郎は、二射目を注ぎ込みながら、慎重にイットに刻まれている「呪い」を解除していった。

 

 

 *

 

 

 身体が揺れていた。

 イットは朦朧としていた状態から、はっきりとした意識を拡幅させた。

 一瞬、ここがどこだがわからなかったし、なぜ身体が揺れているのかもよくわからなかった。

 

「ああ、気がつきましたか?」

 

 声がかけられた。

 視界にまだ幼さが残る感じの人間族の美少女の顔が映った。

 ローブを身にまとっているので、まるで魔道遣いのようだと思った。

 

 魔道遣い……?

 いや……。

 

 そういえば、ぼんやりとした記憶の中に、イットが屍腐体(ゾンビ)の魔霊に捕らわれて死にかけていたとき、突然に高位魔道の聖霊術が出現して、一気に屍腐体(ゾンビ)一帯を浄化していった光景がなんとなく蘇る。

 意識が混濁しているときだったので、幻かと思ったが、あれは現実……?

 

「どこか、痛いところところとか残っていませんか、イットさん? ロウ様からお預かりした後、一応は、あたしの治療術で完全に回復できたと思うのですが……」

 

 その童女が言った。

 そして、やっとイットは自分の状態に気がついた。

 イットは動いている馬車に横になっていたのだ。身体の下には毛布のようなものがあり、その上に横たわっている。また、身体の上にもやはり、毛布が掛けられていた。

 身体が揺れていると思ったのは、馬車が動いているからだ。

 イットはどこかに移動している馬車の中に寝かされていたようだ。

 

 治療術……?

 そういえば、あの淫魔師を名乗った男がイットの身体を治療したと言っていたが、さらにこの幼い魔道遣いがイットを治療した?

 魔道を受けつけないイットに?

 

「おう、気がついたか、獣人?」

 

 別の方向から声がした。

 やはり、人間族の女だった。凛とした感じの銀色の長い髪をした美しい女性だ。

 

「獣人はないでしょう、シャングリア姉さん。イットさんです」

 

 ミウがたしなめるような口調で言った。

 

「そうだったな、イット。よろしくな。わたしはシャングリアだ。ロウの性奴隷のひとりだ。お前の先輩奴隷ということになるな。まあ、お前がそれを望めばだが……。ロウはお前については、性奴隷にしたものの、一緒に残るかどうかは自由意志に任せるとか言っていたぞ」

 

「じゆう、いし……?」

 

 意味がよくわからず、ぼんやりと呟いた。

 だが、はっとした。

 どうして、こうなっているのかわからないが、奴隷であるイットが、見知らぬ人たちの前で、こんな風に横になって休むなど、許されることのない非礼行為だ。

 慌てて起きようとした。

 

「わっ、わっ、わっ」

 

 だが、急いで上体を起こしたところで、思わず声をあげてしまった。

 身体をあげたことで、被っていた毛布がばさりと落ちたのだ。イットの肌が露わになる。

 イットは素っ裸だった。

 

「えっ? どうして?」

 

 慌てて胸を隠したものの、同時に、一気にいろいろなことを思い出した。

 目の前の童女の魔道遣いが屍腐体(ゾンビ)を一気に殲滅したことだけじゃなく、おかしな人間族の男に、イットを助けるために支配するとか言われて、無理矢理に犯されたこと……。

 

 イットは、別段、抵抗するつもりはなかったのだが、アンドレによって与えられていた「命令」により、その男に抵抗してしまった。

 だが、その男はとても強くて、イットは途中から純粋に戦うことに本気になってしまって……。

 

 もっとも、その男は、イットの本気がまるで歯が立たないくらいに強くて、ほとんど抵抗らしい抵抗もできずに、イットは犯された。

 それから、イットはただひたすらに、犯される時間を過ごしただけだ。

 信じられないくらいに短い時間に、繰り返して絶頂してしまい、なにがなんだかわからなくなった。

 何度も何度も子宮に精を注がれ、イットはついに意識を保つことができなくなった。

 

 まだ、頭が朦朧として、うまく記憶が繋がらないが、確か、彼の名はロウ……。

 あんなに強い男は初めてだし、完膚なきまでに敗北したのも初めてだ。

 あっ、そうか、これは、そのロウの馬車……。

 

「えっ、ええっ、傷が……?」

 

 また、やっと気がついたが、露わになったイットの身体は無傷だった。

 屍腐体(ゾンビ)たちに抉られた傷だけでなく、古傷もなくなっているのだ。

 イットの身体は、一切の治療魔道や治療の魔道薬が受け付けない身体だ。

 普通なら、安価な下級ポーションで当たり前に治ってしまう傷でさえ、イットの肌にはたくさん残っていた。しかし、少なくとも上半身に限れば、それらのすべてが消滅している。

 

「イットの傷は、ミウが治したのだ。ロウによれば、魔道耐性そのものは残っているが、少なくとも、同じ性奴隷仲間の魔道だけは受け付けるようになったと言っていたぞ。それと、屍腐体(ゾンビ)の呪いは完全に消滅したそうだ。まあ、よかったな。とりあえず、問題はないらしい」

 

 シャングリアだ。

 イットは馬車を見回したが、幌の付いた馬車の中にいるのは、イットのほかには、シャングリアと名乗った女と、童女魔道遣いの三人だ。

 ロウらしき男はいない。

 

「あ、あのう、あのお方は……?」

 

「ロウか? 御者台だ。エリカも一緒だ。お前の持ち主のアンドレとかいうのが、どうやら、よからぬことを考えている気配なので、ロウとわたしたちが仲のいいところを見せつけて、餌にするとか言っていた。おかげで、エリカはいつもの半分くらいの丈の短いスカートで御者台に座らせられているのだ。呼ぶか?」

 

 シャングリアが言った。

 エリカというのが誰のことかわからないが、なんとなく、そのロウの性奴隷のひとりの気配だ。

 アンドレもそうだったが、どうやら、こっちの“ご主人様”のロウも、アンドレ同様にたくさんの性奴隷を飼っている「主人」ということらしい。

 それにしても、目の前のシャングリアという女性は、まったく奴隷には見えない。

 もうひとりの童女魔道遣いもだ。

 一気に屍腐体(ゾンビ)を殲滅してしまうような高位魔道遣いの奴隷など考えられない。

 

「い、いえ……。それには及びません……。あ、あたしから、挨拶に行きます……」

 

 起きあがろうとした。

 だが、不自然なくらいに腰が重かった。

 いや、腰というよりは全身がだるい……。

 そして、さらに違和感が……。

 

「えっ?」

 

 イットは手を首に持っていった。

 ない。

 奴隷の首輪がない……。

 つまり、あれは夢ではない……。

 

「首輪か? そこにあるが、外に出るときにはしていろと言ってたぞ。まだ、それを勝手に外したことは、知られたくないらしい。装着するなら、ミウに言え。魔道で首に固定してくれる」

 

 ふと見ると、割れた首輪がある。

 イットは呆気にとられた。

 

「だけど、まだ、横になっていた方がいいですよ、イットさん……。あたしの治療術では、身体の治療はできても、疲労の完全回復というわけにはいかないのです……。それと、服です。アリアさんを通じて、向こうの人たちから預かってきました。あなたの服はもう着られる状態じゃなかったので……」

 

 ミウが後ろから畳まれている服を差し出した。

 上下の服のほかに、下着や履き物など一式揃っている。

 イットはそれを受け取った。

 確かに身体はだるかった。

 だが、動けないというほどではない。

 イットは毛布から完全に出て、衣服を身につけだした。

 

 それにしても、奴隷の首輪を外した?

 あれは幻じゃなかったのか……。

 イットは混乱した。

 そもそも、あれは奴隷商以外には外せないと思ってた……。

 

「おっ、さすがは、ロウが見込んだ獣人戦士だな。あのロウに抱き潰されて、すぐに動けるとはな」

 

 シャングリアが横で笑った。

 イットは身支度をしながら首を傾げていた。

 さっきから、このシャングリアは、自分がロウの性奴隷だと口にしながら、ロウのことを呼び捨てだし、随分とぞんざいな物言いをしている。

 なんだか、違和感がある。

 

「あのう……。あなた様は……?」

 

 イットは童女魔道遣いを見た。

 

「あなた様? ええっと、ミウです」

 

 ミウは当惑したように答えた。

 とても無邪気そうなその笑顔には、奴隷特有の哀しみのようなものはなにもなく、まったく、心の影を感じない。本当に奴隷だろうか……?

 

「あっ、いえ、どういう立場のお方なのかと……」

 

「あたしも、ロウ様の性奴隷なのかという意味ですか……? ええっと……。そう自己紹介していいんですよねえ、シャングリア姉さん? あたしって、性奴隷として認められているんですか?」

 

 しかし、ミウがシャングリアに答えを求めるように、視線を向ける。

 なんだかとても不自然な反応であり、首を傾げたくなった。

 

「性奴隷だろう。なんだかんだで、ロウの伽を交代でしているのだ。性奴隷でなくてなんなのだ。そもそも、ロウのおかげで、魔道に開眼したのだろう。その恩恵を預かっていることこそ、ロウの性奴隷の証だ」

 

 シャングリアが言った。

 すると、ミウが嬉しそうに、「だったら、あたしはロウ様の性奴隷です」とイットに言った。

 その表情があまりにも幸せそうなので、どうも調子が狂う。

 

「それで、いまは、どういう状況なんでしょう。そのう、あたし、ロウというお方に助けられたと思うんですけど、どうして、あたしはここにいるのでしょう?」

 

 どうやら、瀕死のところをこの馬車の人たちに助けられたようだ。しかし、アンドレたちと一緒ではなく、こっちのロウという男の馬車の中で寝かされている理由はなんなのだろう。

 

「んっ? いまか? いまは、お前の元持ち主のアンドレの案内で、宿営予定地の河原とやらに一緒に向かっているところだ……。だが、ロウから聞いてないのか? お前は、あのアンドレからロウに譲られた。だから、こっちの馬車にいるのは当然だろう」

 

 シャングリアが説明した。

 イットは驚いてしまった。

 だが、だんだんと頭が回ってくると、記憶もはっきりと蘇ってくる。

 

「あたしは、あのロウ様の奴隷になったのですか?」

 

 あのロウがイットを助けるために支配すると言ったことは、やっと思い出した。

 だが、そのまま、奴隷として引き取るという話になっていたのか?

 いや、それにしては、首輪が……。

 

 だけど、目の前のふたりにも奴隷の首輪はないようだし、もしかして、紋章奴隷になったのだろうか?

 紋章奴隷というのは、首輪奴隷に対して、身体に隷属の道術紋を刻んで奴隷になるものであり、服を着てしまえば、外からでは奴隷であることはわからない。

 

 しかし、目の前のふたりは、どうしても奴隷に見えない。

 そもそも、銀髪の女性は貴族だろう。

 佩いている剣に家紋があった。よく見ると同じ家紋つきの指輪もしている。

 

「とりあえず、ご挨拶をします、人間様。イットです。性奴隷ですが、これでも戦士であります。種族はガロイン族です」

 

 イットは服装を整えるや、その場に正座し直して、床に頭をつけて、深々と頭をさげた。

 

「そんなに、かしこまるな。わたしはシャングリアだ。お前と同じで性奴隷だぞ。ロウのな」

 

「ど、奴隷って……。貴族様じゃないのですか?」

 

 本当に奴隷か?

 絶対にそうは見えない。

 最初に売られた分限者のところにいるとき、本物の貴族と何度も会っているので、貴族かどうかはなんとなくわかる。

 

「爵位か? わたしはモーリア男爵家の一門の出だが、わたし自身は騎手爵だな。だが、貴族に興味があるのか? 爵位を訊ねられるなど久しぶりだ」

 

 シャングリアが笑った。

 やっぱりだ。

 危なかった。

 貴族にしては威張った様子もなく、型破りな感じだが、思った通り奴隷なんかじゃない。

 でも、だったら、どうして自分たちを奴隷などと自己紹介するのだろう?

 

「さっきも言いましたが、あたしはミウです。ハロンドールの王都の見習い神官ですが、この度のロウ様の旅に同行して、寵愛を受ける幸運を受けているところです」

 

 ミウが言った。

 ハロンドールといえば、イットたちが主に活動しているローム三公国の隣国になる。

 だが、見習い神官?

 彼女もだ――。

 奴隷って言ったくせに、本当は違うようだ。

 紋章奴隷でもないということか?

 

「ほかにも、エリカ姉さんが御者台でロウ様と一緒で、とてもお綺麗なエルフ族の女の方です。さらに仲間にはコゼ姉さんがいて、いまは馬車の外で警護をしながら歩いています。マーズとイライジャさんというおふたりもいるのですが、ロウ様の言いつけで、ここから一番近いエルフ族の里に向かわれています。とりあえず、ここには六人のロウ様にお仕えする性奴隷がいて、イットさんを含んで七人になったところです」

 

 ミウが言った。

 みんな奴隷?

 どういう意味で使っているのだろう?

 イットはすっかりと混乱してしまった。



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350 丈の短いスカート(1)

「おお、見てくださいよ、アンドレさん」

 

 グラフが肘でアンドレの寝椅子の横をつついた。

 ロウとかいう冒険者の連れている女奴隷がふたり連れだってやってきたのだ。

 ひとりはエルフ族で、ひとりは人間族だ。

 

「ありゃあ、いい目の保養ですよ。ほかの男たちを見てくださいよ。どいつもこいつも、作業の手を休めて、眼の色を変えてますぜ」

 

 グラフが笑って言った。

 アンドレとグラフは、河原に並べている馬車の前に作られている露営施設で寝椅子を並べて横になっていた。

 その周りでは、そろそろ陽が暮れるということもあって、全員で宿営の支度をしているところだ。

 すなわち、随行の雇われ魔道遣いが中心となって、一帯にかがり火をつけ回っており、あるいは、隊商の者たちが休むためのテントを数組に分かれて次々に張られている。アンドレの女奴隷たちは、全員分の食事の支度だ。

 

 寝る場所は、いま張られているテントであり、馬車の中で寝るのはアンドレだけだ。

 馬車が五台あるが、三台にはロームに戻って売るためにエランド・シティで買い集めた荷が満載してあり、人が休む空間はない。

 また、隊商が旅で使う生活物資や食料、テントなどを積んでいる馬車も一台ある。

 残りの一台が、アンドレの私室を兼ねた移動事務所のような体裁になっていて、アンドレだけはその中に簡易寝台を持ち込んで休む。

 その晩の伽を命じる女奴隷も、その中だ。

 いずれにしても、馬車の中で休むことのできる特権はアンドレだけであり、ほかの者は、原則として、ああやってテントを張って寝るか、あるいは、馬車の下や周りで横になって寝るだけだ。

 この隊商では第二位の地位になる警護隊長のグラフでさえ同様である。

 

「約束の食事を受け取りに来たわ」

 

 やって来たエルフ女が寝椅子の前までやって来て、声をかけてきた。横には小柄な女もいる。

 さっき、使いの者をやって、夕食の支度ができたと、あの「優男(やさおとこ)」に連絡をやったのだ。

 

 昼間、屍腐体(ゾンビ)集団に襲われていたところを助けてもらったロウと名乗る男たちの馬車と一緒にやってきた宿営地である。

 ここは、樹木の生い茂る森と大きな河に挟まれた細長い河原だ。つまり、今夜の宿営地だ。

 

 とりあえず、今夜は、一緒に宿営することにして、彼らの食事をこっちで準備する約束になっている。

 それで使いをやった。

 アンドレたちがここに案内をして彼らの馬車を導くと、なぜか、あの男はこっちと合流することなく、十分に距離をとった場所で自分たちだけで宿営の支度をし始めた。

 ここから見ると、辛うじて小さく馬車が確認できるくらいの距離だ。

 一緒にいた方が警戒などは楽だろうとは思うが、まあ、そうしたいのなら、アンドレとしては文句を言う筋合いもない。

 

「ああ、渡す準備はできている。向こうだ。女たちが、大鍋に大量の肉煮を作っていると思う。好きなだけ、持って行ってくれ。せめてもの礼だ」

 

 アンドレは、寝椅子に横たわったまま言った、

 本当は、ここであいつの奴隷たちを含めた食事会を提案したのだ。

 だが、使いの話によれば、はっきりと拒否されてしまった。

 全員では、やって来ないそうだ。

 それで、その代わりに、連中の人数分の食事を分けて渡すということになった。

 このふたりは、それを取りに来たのだ。

 

「あっちね。わかった。行くわよ、コゼ」

 

 エルフ女が言った。

 小柄な女は、コゼというようだ。

 エルフ娘よりも歳下に見えるが、単に童顔で背が低いだけで、実は横のエルフ族よりも年齢が上だということは、アンドレは「鑑定」の能力でわかっている。

 ふたりで、持ち手の付いた金属の缶を持っている。

 料理をあれに入れて、持ち帰るつもりなのだろう。

 アンドレが顎で示した方角は、女奴隷たちが大鍋を煮ている炊事所だ。

 それにしても、このエルフ女の色っぽさと可愛らしさはなんだ。

 このエルフ奴隷ひとりを考えても、危ない橋を渡ってでも、アンドレがあの優男から横取りする価値はある。

 とにかく、この女奴隷は、あの男には勿体ない。

 

 エルフ女は、コゼという女を伴って、そこに向かおうとした。

 だが、アンドレはそれを呼び止めた。

 

「なによ?」

 

 立ちどまって振り返ったエルフ女が怪訝な表情になる。

 

 どうやら、アンドレはすっかりと嫌われてしまったようだ。

 この色気満載の可愛らしいエルフ奴隷を、アンドレに譲れと、あの男に言ったからだろうか。

 どうも、あれから、すっかりと警戒をされている気がする。

 あるいは、あんなに離れた場所に馬車を留めているのは、あの男が女奴隷たちに、なにかを言われたからかもしれない。

 奴隷を甘やかしてそうな男だったから、周りの女奴隷たちに言いたてられると、嫌とは言えなかったのじゃないだろうか。

 まあ、そんなところだろう。

 

 護衛代わりの女奴隷に守られて、自分は大したことはせずに、功績だけを独占している成金貴族の冒険者──。

 それが、アンドレのロウに対する評価だ。

 こんなところで、なにをしているのかわからないが、貴族としての権威など、このナタルの森では関係ない。

 最悪、殺して死体を捨てても、アンドレが怪しまれることもない。ここで、あいつと出会ったのは偶然だし、奴隷たちは支配して口封じすれば、それで足りる。

 奴隷を連れて旅をするのは理解できるが、奴隷だけを連れて旅をするのは危険なこともあるのだ。

 まあ、あの男には、それを身をもって勉強してもらうことにしよう。

 

 いずれにしても、あれだけのS級の女奴隷を集める財力は、どうやって手に入れたのだろう。

 商売人のようにも見えないし、威張ってもないので、根っからの貴族ということもないだろう。

 

 ともかく、あいつには、分不相応な高級奴隷たちだ。

 エルフ女はとんでもない美人だし、横の人間族のコゼだって、それなりの美形だ。

 しかも、ふたりとも、外見だけでなく、かなりの武術の実力も持っていそうな気配だ。

 

「ちょっと大事な話がある。お前のご主人様に伝えて欲しいんだ……。ところで、そっちの人間族の姉ちゃんの名はコゼだな。エルフ族のあんたの名前は?」

 

「……エリカよ……」

 

 エルフ女は不満そうに言った。

 アンドレに名前を訊ねられて、ものすごく嫌そうな顔になった。

 おそらく、教えたくないのだろう。だが、ロウに大事な話があると言われれば、アンドレを無視するわけにもいかない。

 それで渋々答えた。

 そんな感じだ。

 だが、それで、アンドレはすでにこの女の名を耳にしていたことを思い出した。

 そう言えば、あのロウがそう呼んでいたのを今更ながら思い出した。

 

 いずれにしても、エリカは、アンドレの“ご主人様”という言葉を否定しなかった。

 だから、奴隷であることを認めたということにはならないが、あの若造が女たちが奴隷であることを隠していることが気にかかっていた。

 できれば、事を起こす前に、少しでも情報を集めておきたい。

 まあ、手の者に金を持たせて、近くのエルフの里にある商業ギルドに向かわせているので、明日の朝までには、なんらかのことがわかると思うが……。

 商業ギルドでは、金さえ出せば、大抵のものは手に入る。特に情報は商業ギルドの大切な売り物のひとつだ。

 

「じゃあ、最初の質問だ、エリカ。お前はなんで、そんなに短い丈のスカートをはいてきたんだ? ご主人様の命令か?」

 

 隣のグラフがげらげらと笑いながら言った。

 横から口を挟まれた感じだが、思わずアンドレは噴き出してしまった。

 昼間のときも、随分と短いスカートを身につけていると思っていたが、いま、やって来たときは、それをさらに短くしていて、ほとんど下着を露出せんばかりに、スカートの裾をあげている。

 昼間着ていたのと同じスカートなので、おそらく、腰のところで折り曲げるなり調整して、わざと丈を短くしているのは間違いない。

 

「なっ」

 

 エリカが真っ赤になった。

 慌てたように、片手でスカートの前を手で隠す。もう片方の手は、コゼと一緒に、大きな容器を持っている。

 

「か、関係ないでしょう、あんたに──」

 

 エリカが怒鳴った。

 だが、その羞恥に顔を赤くしている様子がなんとも艶めかしい。

 気の強そうなのもそそられる。

 このエルフ女を性奴隷にして、思う存分いたぶってやりたい。

 アンドレは改めて思った。

 

 このエルフ女が、ただあの男に奴隷として支配されているというだけじゃなく、完全に心服しているのはアンドレから見ても明白だ。

 しかし、それを横取りして、アンドレの奴隷にしてしまう手段はいくつかある。

 自分になびいていない女奴隷を奴隷の力で無理矢理に犯して、ゆっくりと心を支配していく……。

 あまり、やったことはないが、そんなのも愉しいかもしれない。

 久しぶりに、アンドレの好色の虫がすっかりと目覚めてしまった気がする。

 

 もっとも、もしも、あのロウが名のある貴族の坊やだとすれば、強引な手段で奴隷を奪ってアンドレのものにしてしまえば、すぐに足がつく可能性もある。

 だが、手に入れた女奴隷は隠してしまえばいいし、ロウについては、罠を嵌められて奴隷を奪われたことをどこにも訴えることができない状態にしてしまえばいい。

 それについても、いくらでもやりようがある。

 改めて、このエルフ奴隷を眺めていると、多少の危険を賭してもいいと思える価値がある。

 

「だが、わざわざ、腰の部分を折り曲げてまで、短くしているんだ。お前のご主人様を愉しませるために、そうしろと命令をされたんだろう? 違うか?」

 

 アンドレも笑いながら言った。

 いずれにしても、エルフ族というのは、あらゆる種族の中でも、もっともプライドが高い種族と言われている。

 奴隷とはいえ、そのエルフ族の女に、こんな恥ずかしい恰好を強要できるのだから、それについては、あの男を評価してもいいのかもしれない。

 

「用事はそれだけ──? もう行くわ──」

 

 エリカがぐいと、手でスカートの前を引っ張るようにして、炊事所の方を向く。

 しかし、前を思い切り引っ張ったため、お尻側の下着がちらりと露出した。それくらいに丈が短いのだ。

 

「尻側で白い下着が見えているぜ。だが、随分と小さい下着だなあ。とにかく、見せつけないでくれよ」

 

 グラフがまたからかう。

 エリカが引きつったような表情になり、片手をお尻側に移動させて、そっちも引っ張った。

 

「エリカ、あたしが後ろに立つわ。ひとりで持って」

 

 これまで黙っていたコゼが容器をエリカに託して、さっと移動して、エリカの背中を隠すように立つ。

 

「待て、待て、本題はこれからだ。とにかく、お前たちのご主人様に伝言をしてくれよ。明日の朝、朝食のときには、必ず馬車でこっちに寄ってもらいたいんだ。イットのことがある。正式に譲渡手続きをしておかないとな……。奴隷の持ち主を変更できる『隷属』の魔道を遣える術者も近くの里から連れてくる。そうでないと、イットを連れて行くこともできないだろう」

 

 アンドレは言った。

 本当は、条件さえ揃えば、夜のうちに仕掛けてもいいと思っていた。

 だが、あんなに離れた場所に宿営されたのでは、『セビウスの石』も効果外だ。こっそりと近づくのは難しいと思う。

 おそらく、警戒されている。

 だから、呼び寄せるのだ。

 

「ふん、無用よ。奴隷譲渡はこっちでできるわ。そもそも、もう終わったもの。イットの奴隷解放は終わったわ――」

 

 エリカが怒ったように言った。

 

「エリカ──」

 

 コゼがたしなめるように声を出した。

 すると、エリカは焦ったように、口をつぐんだ。

 だが、アンドレはびっくりしてしまった。

 

「奴隷解放ってなんだ? あの童女魔道遣いは、奴隷の譲渡や解放の魔道ができるのか? おいおい、だが、いくらなんでも、他人の奴隷の隷属を勝手に刻み変えるのはご法度だぜ」

 

 とりあえず言った。

 しかし、あの童女奴隷の術遣いは、そんなこともできるのかと感心した。

 どうしても横取りしたい女奴隷のリストに、その人間族の童女も確定だ。

 エルフ女もそうだが、かなりの実力を持っている女奴隷集団なのは間違いない。

 だが、こっちには『セビウスの石』がある。

 効果範囲内に入ってくれれば、一網打尽で奴隷たちは無力化できる。

 まあ、問題ないはずだ。

 

「なにが勝手によ。あんた、イットをロウ様に譲ることを同意したでしょう。その時点でお互いの意思の確認は終わっているわよ。さもないと、奴隷譲渡や解放ができるわけないじゃない」

 

 エリカが喚いた。

 それはそうだ。

 奴隷譲渡は、一種の契約魔道だ。

 魔道で契約の場を作り、譲る者と譲られる者がお互いに同意して、それを魔道が認証して、奴隷の隷属を移動させるのだ。

 それが『隷属魔道』だ。

 また、奴隷の主人であれば、奴隷解放もできるが、それには隷属魔道を遣える者が仲介する必要がある。

 

 しかし、そうなれば、あの童女は、最初にアンドレと男が会話していたとき、すでに『隷属』魔道を発動させていたことになる。

 そんな感じはなかったが……。

 しかも、解放しただと?

 本当か?

 

「……まあ、よくわかんねえけど、とにかく、朝には必ず来てくれ。譲渡契約書だって渡したい。イットが俺から奪ったものじゃないという証拠だ。さもないと、俺は、ナタルの森で見知らぬ冒険者に脅されて、大事な女奴隷を奪われたって、どこかに訴えるかもしれねえぜ」

 

「あんたならやりそうね。手続きのことは、一応、ロウ様には伝えておくわ」

 

 エリカはそれだけを言って、すたすたと立ち去っていった。

 向かうのは炊事所だ。

 その後ろからコゼがついていく。

 

「やれやれ、気の強いエルフ女でしたね。だけど、俺の見たところ、相当の手練れですよ。後ろで大人しくしていた女も半端なかった。手を出すのは危険かもしれないですよ」

 

 エルフ女たちがいなくなると、グラフが声をかけてきた。

 グラフは警護隊長をさせているだけあって、自身がかなりの手練れだし、だからこそ、目の前の相手の実力もすぐに測れるのだろう。

 アンドレも、グラフほどではないが、そこそこに腕があるので、さっきのふたりに限らず、あの男の女奴隷たちがかなりの実力集団であることはわかっている。

 そして、美形だ。

 だからこそ、強引な手段で奪いたい。

 おそらく、あの女たちを金銭的価値に直せば、とんでもない額になる。

 間違いない。

 

「わかっている。だが、ここにセビウスの石がある。奴隷たちは、これで一網打尽に無力化できる。あの男は隠しているつもりだろうが、周りの女たちが全員奴隷なのは明白だ。奴隷たちがいなくなれば、残ったのは、優男だけだ」

 

「セビウスの石ですか? それがここに?」

 

 グラフにも教えてなかった。

 こんなのは、警戒されたら終わりだし、なるべく誰にも知られない方がいい。

 だが、もう教えていいだろう。

 決行は明日の朝だ。

 アンドレは、上着を開いて、セビウスの石をちらりと見せた。

 グラフが眼を丸くする。

 

「へえ……」

 

 グラフが小さく口笛を吹いた。

 

「いつも、奴隷たちに囲まれているだけの男が、突然に守る者がいなくなるんだ。ちょっと脅せば、大抵のことには屈するさ。あの男が武芸の心得えがないことは見ればわかる。魔力の匂いもしなかった」

 

 魔道遣いであれば、例外なく身体に魔力を溜めている。それが魔道のもとだからだ。

 しかし、あの男はそんなものは帯びていない。従って、魔道遣いではない。

 かといって、なんらかの武芸を身につけているという感じもない。それは身のこなしを眺めていればわかる。

 それが、アンドレがあの男が、苦労知らずの実力のない優男だと断定している理由だ。

 

「そうですか? でも、俺はなんとなく、物怖じしない度胸のようなものを感じましたけどね。大人(たいじん)の風格というか……」

 

「大人? そんなわけあるか。女奴隷にかしずかれるだけの男だ。しかも、ろくに奴隷教育もできねえような軟弱者だぞ」

 

 アンドレはグラフの言葉を一蹴した。

 

「まあ、俺は離れていたんで、実際の印象は直接に会話したアンドレさんが正しいのかもしれません……。もちろん、俺の雇い主はあんただ。何でもしますよ」

 

 屍腐体(ゾンビ)の襲撃から解放された直後、グラフは馬車の反対側で隠れたままだった部下たちに指図して、警戒網の再構成などをやっていた。

 だから、少しは、垣間見たかもしれないが、印象は薄いと思う。

 それに、たったいまのエルフ女の痴態を眺めていれば、完全にその気になった。

 多少の危険があっても、絶対に奪ってやろうと心に決めている。それだけの価値がある。

 あの女奴隷たちは、アンドレにこそ相応しい。

 しかも、セビウスの石という手段があるのだ。

 セビウスの石という奴隷を一斉に無力化できるアイテムを入手してすぐに、奴隷だけを連れた優男の旅人に出逢うなど、まさに天祐だろう。

 

「おやおや、その顔はやる気ですね。まあいいでしょう」

 

 グラフは笑った。

 

「俺だけが儲けを独占はしねえよ。お前たちにも、あの女奴隷たちを抱かせてやる。セビウスの石があれば、奴隷女たちは抵抗できねえしな。いずれにしても、手を出すのは明日の朝だ」

 

 アンドレは首を竦めた。

 

「へえ……。明日まで待つんですか? てっきり、連中が向こうの馬車で寝静まってしまうのを待って、襲撃しろとか言い出すのか思ってましたよ。そのセビウスの石があれば、いつでも向こうの奴隷たちを無力化できますしね」

 

「それはしない。俺と同じように、万が一のために、跳躍(テレポ)術の魔道紙(スクロール)を隠し持っているかもしれないしな。そうなると、奴隷たちが動けなくなった状況で、あの男だけは逃げてしまう可能性がある。奴隷譲渡を契約させる前に逃げられると、奴隷たちの主人を刻み換えできない」

 

「譲渡の契約? 正式の手続きをさせるということですか?」

 

「当たり前だ。そうじゃないと、あとで売り飛ばすのも面倒だ」

 

「なるほど、じゃあ、あの魔道封じの結界付きの馬車の中に、あの男を招いて、そこで脅すということですね?」

 

 グラフがにやりと微笑んだ。

 

「そういうことだ」

 

 アンドレも微笑み返した。

 

「そういうことなら、女奴隷たちはアンドレさんに譲りますが、礼金代わりに持っていかれた馬を取り返してくださいよ。ついでに、あいつらの馬車も馬ごとください。持っていかれた馬は予備馬の中では一番だったし、あいつらの連れている馬もなかなかの上等なものですよ」

 

 グラフが言った。

 実は、礼金はイットだけでいいと最初に申し出てきた男だったが、アリアが避難させていた馬を連れて戻ってくると、礼金として馬を二頭、寄越せと追加で要求してきた。

 避難させていた馬は、馬車を曳かせるための馬だが、そのほかに普通に騎馬にしている馬も何頭かいる。

 まあ、確かに、死にかけの女奴隷一匹では、ほぼ無償も同様なので、馬の二頭くらいだったら、応じるしかない要求だ。

 しかし、実際には、馬は警護隊長のグラフの持ち物なのだ。

 優男に譲った分は、アンドレから相場の代価で補填してやったが、グラフはまだそれが気に入らない様子だ。

 

「わかったよ。俺が興味があるのは女奴隷だけだ。ほかは共犯の片棒を担ぐ代わりにくれてやる。だが、どっかの大貴族のどら息子かもしれないんだぜ。その馬で足がつくようなことになるなよ」

 

「冗談じゃない。馬の見分けなんかで、ばれるわけがないですよ。アンドレさんこそ、奴隷を汚い手段で奪ったなんてわかったら、もう商売はできなくなりますよ。商業ギルドからも追放されるだろうし」

 

「それは、うまくやるさ。これまでと同じに、これからもな」

 

 アンドレは声をあげて笑った。

 グラフも同調するように笑い声をあげる。

 しかし、すぐに、グラフは何かを思い出したように、表情を戻した。

 

「だけど、そういえば、あのエロいエルフ女が気になることを言ってませんでした? あの獣人娘を奴隷解放したとか……。もしも、それが本当なら、そのセビウスの石じゃ、無力化できないですよ。あの獣人が本気で暴れたら面倒ですよ」

 

「確かにな」

 

 アンドレは頷いた。

 わざわざ、手に入れた奴隷をいきなり解放するなど、あり得ないとは思うのだが、まあ、調べる必要はあるだろう。

 そうだとしても、いくらでもやりようはあるのだが……。



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351 丈の短いスカート(2)

「ロ、ロウ様、戻りました。も、もう、やめさせてください。は、恥ずかしかったです──」

 

 馬車に戻ってきたエリカが真っ赤な顔で一郎に抗議した。

 しかし、あまりにもスカート丈を短くさせているエリカの股間は、馬車にあがって座ってしまうと、下着を隠す用は果たせず、しっかりと太腿に挟まれた白い下着が見えている。

 まあ、いつもその中身どころか、尻の穴まで心置きなく見ているのだが、こういうちらちらと見える下着というのもなかなかの風情がある。

 一郎は思わずにやにやしてしまった。

 

「わっ、きゃっ」

 

 一郎の視線に気がついたエリカが小さな悲鳴をあげて、慌てて、手で下着を隠そうとした。

 だが、一郎が軽く首を横にすると、「うう」と声をあげて、渋々というように下着を隠した手を体の横側に避ける。

 その顔は羞恥のために真っ赤だ。

 いつまでも、慎みを忘れないエリカは、やっぱり、一郎好みのマゾ奴隷だ。

 

「濡れてるな? 丸い染みがあるぞ。恥ずかしかったか?」

 

 一郎はからかった。

 

「は、恥ずかしいに決まってます。ひどいですよ、ロウ様。こんな格好で行かせるなんて」

 

 エリカが真っ赤な顔になって怒鳴った。

 一郎は笑った。

 しかし、その下着の丸い染みは、いま一郎が見ている前でも大きくなっている。

 本当に感じやすくて、マゾっ気の高いエリカだ。

 嬉しくなってしまう。

 

 いま馬車の中にいるのは、一郎とエリカのほかに、ミウとイットである。ミウは念のために、イットについてもらっているのだ。

 シャングリアは、見張りとして馬車の外に出ている。

 エリカと一緒に戻ったコゼは、持ってきた食缶とともに、まだ馬車の外だ。

 

 また、イットからは、知っている限りのアンドレたちのことについて、教えてもらっているところだ。

 いまは一郎の淫魔術を受け入れたかたちとなったイットは、一郎の問いかけに対して、なんでも教えてくれた。

 

 もっとも、奴隷の立場だったら、それほど詳しいことを知っているわけじゃない。

 彼女が知っているのは、好色だというアンドレの人柄くらいのものだ。

 ただ、商売は上手らしい。

 実際には大商人といっていいくらいの稼ぎもあるようだ。

 しかし、善人ではない。

 相当に悪どいやり方も厭わないというやり口で、儲けもしているようだ。

 そうでなければ、行商くらいで、女奴隷をとっかえひっかえするような財は稼げないだろう。

 

「……あのご主人様、貰ってきた夕食どうします? まだ、イライジャとマーズが戻りませんけど、先に食べますか? それとも、待ちますか?……」

 

 幌馬車の外から、コゼが声をかけてきた。

 顔だけを幌の中に入れて、こっちに向けている。

 

「いや、あいつらは、夜中近くまで戻らないと思う。礼金代わりにもらった馬で行ったが、ここが里に近いと言っても、それなりに時間のかかる用事を頼んだ」

 

 一郎は言った。

 イライジャとマーズに指示したのは、アンドレについての情報を可能な限り集めることだ。

 実はここから一番近いエルフの里には、イライジャの顔が利く商業ギルドの支部があるのだそうだ。

 ナタルの森を頻繁に往来している隊商だったら、少しは情報も集められるはずだとイライジャは言っていた。

 それで、急遽、移動のための馬を譲らせて、それで向かってもらったというわけだ。

 

「……そうですか、では、おふたりの食事は残しておいて、こっちの組で先に食べる支度をします」

 

「あ、あのう……。待ってください。エ、エリカ様、コゼ様……。ご挨拶が遅れました。イットです……。よろしくお願いします……」

 

 馬車の奥に移動して小さくなっていたイットがエリカとコゼに頭をさげた。

 イットが意識を戻したとき、エリカは一郎とともに御者台にいたし、コゼは馬車の外で警戒をしながら歩いていた。

 それからすぐに、一郎はエリカにいまの恰好で、コゼとともにひと仕事して来いと命令を与えていた。

 イットは馬車の外に出るのは禁止していたので、ふたりと面と向かって会うのはいまが初めてだ。

 里に向かわせたイライジャとマーズに至っては、イットはまだ姿も目にしていない。

 

「はあ? 呼び捨てでいいわよ、イット……。それで、どうするの、あんた……? ご主人様の性奴隷になるの? それとも、出ていくの? まあ、どっちにしても、あのアンドレとかいう男のところに戻るのは賛成しないわよ。あれは、あんたを使い捨てにしようとした男よ。命を救ったのは、このご主人様よ」

 

 コゼが馬車の外から言った。

 

「でも、あたしなんかが、皆様のような集団に同行していいのか……」

 

 イットは、迷っているようだ。

 一郎は強要をするつもりはなかったので、とりあえずは、本当にイットの自由意思に任せるつもりで、イットの自由な意思決定を阻害するような淫魔師の支配は施さなかった。

 隷属や呪術を解いただけだ。

 いまもそうだ。

 ただ、淫魔師の恩恵については、すでに影響を与えている状態だ。

 

 しかし、いまについては、一郎自身も、イットをどうすべきか迷いはじめた。

 あのアンドレのところに戻るとか言い出したら、操り術をかけてでも、それは許すつもりはないが、イットの意思に関係なく、一郎の手元に留めるべきではないかと思い直してきたのだ。

 魔眼で観察できるイットのステータスの劇的な変化によってだ。

 正直、なんでこんなにステータスが変化したのか不明だ。

 余程に、淫魔師とイットの相性がいいのか、実のところ、淫魔師の恩恵が及ぼさない程度の支配に留めるつもりだったのに、勝手に急上昇してしまった感じなのだ。

 すると、エリカが口を開いた。

 

「わたしのことも丁寧な言葉は不要よ。とりあえず、元気になってよかったわね、イット。エリカよ。ロウ様の一番奴隷よ」

 

 エリカは“一番奴隷”だということをいやに強調して言った。

 一郎は苦笑してしまった。

 しかし、なぜかエリカはイットを睨みつけるように、険しい顔をしているように見える。

 イットも当惑気味だ。

 

「あっ、は、はい……。よろしくお願いします、エリカ様」

 

 イットが慌てて頭をさげた。

 

「なによ、あんた? 怖い顔して……」

 

 コゼがエリカに言った。

 

「怖い顔なんかしてないわよ。変なこと言わないでよ」

 

「してたわ。もしかして、イットが獣人だから気に入らないの? まあ、あんたもエルフ族だからねえ。まあ、我慢しなさい。ご主人様の奴隷である限り、みんな平等よ」

 

 コゼがからかうように言った。

 エリカがきっと怒ったように、コゼを睨みつける。

 

「おかしなことを言わないでよ、コゼ――。失礼よ。獣人族にわだかまりなんてないわよ――」

 

 エリカが声をあげた。

 

「なら、いいわ」

 

 コゼがあっけらかんと言った。

 しかし、コゼもエリカがちょっとおかしな視線でイットを睨んだことに気がついたのだろう。

 だから、冗談めかして、釘を差したというところと思う。

 確かに、獣人というのは、人族の中でも地位が低くて差別されている傾向があるのを知っている。

 特に、エルフ族は、種族としての自意識が高いらしいので、そのエルフ族のひとりであるエリカも、さすがに獣人族には、少なからず差別意識があるのだろうか。

 もしも種族差別意識があるなら、それを排除させてやるのも一郎の役割だろう。

 いずれにしても、数回、乱交すれば、そんなものは瞬時に払拭できる。

 その自信は一郎にある。

 

 一方で、そのイットは困惑している雰囲気で、エリカやコゼ、特にエリカのことをじっと見つめている。

 当然だろう。

 一郎の周りにいる女たちは、誰も彼もきれいだが、特にエリカは、エルフ族の中でも美形に属するエリカは、その中でもずば抜けている。

 とても、奴隷だと自己紹介されても、信じられないのだろう。

 しかも、毎日のようにそのエリカに精を注いだことから、このところのエリカには、可愛らしい外観の一方で、周りを悩殺してしまうような色香も身についてきたように思う。

 そのエリカが下着が露出する短いスカートで、さらに、それを手で隠すことも禁止されてしまって、もじもじしている様子を目の当たりにして、イットもさすがに気を飲まれてしまったようだ。

 また、コゼも童顔だが美人だし、エリカと対等にやり合うから、やはり、奴隷身分とは考えられないだろう。

 イットは、どういう態度をとっていいのか、わからない雰囲気だ。

 まあ、これも時間が解決することだ。

 イットが一郎と一緒に来てくれる決心をしてくれたらのことだが……。

 一郎はコゼとエリカに視線を向けた。

 

「それと、よくやったぞ、コゼ。やっぱり、いろいろと仕掛けようとしているようだ。聞かれているとも知らずに、仲間の男とぺちゃくちゃと話している。まあこれで、悪党確定だな。命までは奪わなくてもいいかもしれないが、根こそぎ罰金を支払ってもらおう。俺たちを甘く見た酬いだ」

 

「やった、後で、ご褒美くださいね」

 

 コゼが嬉しそうに笑った。

 エリカとコゼに命じたのは、ほんの小石ほどの大きさの『遠耳具(マジック・イヤー)』という魔道具をアンドレの服に仕掛けてくることだ。

 いわゆる「盗聴器」である。

 それを一郎の粘性体を使って、投げれば簡単に服に密着するように細工をしたものだ。

 コゼに頼んだのは、連中がエリカに注目している隙を見つけて、アンドレの衣服や身体に数個それを密着してもらうことだ。

 いまのところ、完全にうまくいっている。

 アンドレとグラフの会話は、現在、一郎に筒抜け状態だ。

 

 この魔道具は、もともと、王都にいるときに、第二神殿の筆頭巫女のベルズが魔道具研究の一環として作ったものであり、小さな魔道石をエネルギーとして、近くに聞こえる「音」を拾う仕組みになっている。

 また、見つかったとしても、余程でないと、ただの石粒としか思わないだろう。

 旅にあたって、なにかの役に立つかもしれないと思って、亜空間に置いている荷の中に紛れ込ませていた。

 もちろん、『遠耳具』と対になっていて、遠耳具で拾った音をこっちで聞くことができる魔道具もあり、それはいま、一郎の耳に入っている。

 

 エリカたちがアンドレの前から立ち去ってからのアンドレたちの会話は、ずっと、こっちで聞いていた。

 エリカにあんなに短いスカートをはいていかせたのは、連中の意識をエリカに集中させるためだ。

 案の定、遠耳で会話を聞いていた限りにおいて、アンドレたちは、エリカには随分と気をとられていた気配だが、コゼの動きにはまったく意識を向けていなかったようである。

 その証拠に、いまでも、得意気に悪だくみの相談をずっと続けているのが聞こえている。

 その内容は、ここで逐次にイットに教えていた。

 

「それにしても、危ないところを助けてもらいながら、その相手に罠を仕掛けて財を奪おうなんて、商売人としてだけじゃなく、人としてどうなんだろうな」

 

 一郎はイットを見た。

 イットは困ったような顔をした。

 

「あ、あたしたちは、そんなお方だとは知りませんでした。そりゃあ、冷たいところもありましたが、あたしが以前に仕えた主人に比べれば、遥かに善良な方でした……」

 

 イットはがっかりしたように言った。

 それは一郎もさっきも言われた。

 性奴隷を買っては、すぐに手放すという癖はあるが、まあ、奴隷扱いはいい方だったようだ。

 イットも乱暴をされたり、理不尽な罰を受けるということはなかったと言っていた。

 ただ、今日のように、いざというときには、人間扱いをされずに、囮として使い捨てる面もあったということだ。

 しかし、奴隷はあくまでも「物」であり、「人」ではない。

 それを人間扱いしないことは、咎められることじゃない。

 

「あんな男、庇うことないわよ。あなたのことを碌に助けようともせずに、殺そうとしたのよ。覚えてないの? それに、わたしがあいつの前に行ったときも、あんたの容態ひとつ質問しなかったわ」

 

 エリカが怒ったように言った。

 どうやら、本気で憤慨しているみたいだ。

 また、イットは、アンドレが一郎に罠を仕掛けようとしていることを教えられ、明らかにがっかりとした表情になっている。

 

「あの……。ちょっと待ってください。かすかですが、コゼ姉さんが持っている食缶から、魔道的なものを感じます。もしかして、なにか入っているのかも……」

 

 そのとき、ミウが声をかけてきた。

 全員の視線が馬車の外のコゼに向く。

 一郎は、コゼに食缶を握ってもらい、彼女のステータスを確認した。

 なにか毒のようなものが含まれているのであれば、それを持っているコゼのステータスから、それが「所有している武器」として知ることができる。

 

 コゼのステータスからは、“魔道毒・催眠(マリオネル)の含まれている料理”とある。

 一郎はその毒の名を口にした。

 エリカが眉をひそめた。

 

「即効性はありませんが、人の意識を知らないうちに朦朧とさせる魔毒です。頭がぼんやりとして、数日間は、他人に逆らう気分を失わせる効果があるとされるものです」

 

「頭の働きを鈍くさせる毒ということか……。いろいろと仕掛けてくれるよな……」

 

 一郎は嘆息した。

 

「ロウ様、この料理を作っていたのは、アンドレの女奴隷たちです。でも、わたしたちは、大鍋でまとめて煮られていた大釜から、この料理を分けてもらってきたんです」

 

 エリカが言った。

 

「だったら、魔毒を仕込んだのは、その女奴隷たちだろうな。その食缶によそうときに、隠し持っていた魔毒をこっそりと仕込んのだろうさ」

 

 一郎は言った。

 すると、イットは小さな悲鳴をあげた。

 

「そ、そんな……。アリアたちがそんなことをするなんて……」

 

 イットは絶句してしまった。

 しかし、一郎は首を横に振った。

 

「……奴隷の首輪をされていれば、命令を受けたらどんなことでもするしかない……。毒でもなんでも、混ぜろと指示されれば混ぜるしかないさ。わかっているよ」

 

 一郎は静かに言った。

 

「……いずれにしても、だったら、夕食は作りなおさないといけませんね。あたしが準備します。できれば、コゼ姉さん、手伝ってもらえますか」

 

 ミウが馬車から降りていく。

 

「いいわよ。おいで」

 

 ミウとコゼが馬車から一緒に離れていく。

 一郎は、貰ってきた料理は、川に流してしまえと指示した。

 馬車の中は一郎のほかに、エリカとイットになった。

 

「……ところで、ロウ様、実際の話として、このイットをどうするのですか? 仲間として連れていくのですか? それとも、自由にするのですか?」

 

 エリカが訊ねた。

 それについては、一郎も迷っている。

 別に仲間にするつもりや、性奴隷にするつもりがあったわけじゃない。

 たまたま助けて、しかも、死にそうになっていた。

 彼女を救うためには、ほかに手段がないから、精を注いで性奴隷状態にした。

 だが、それはいつでも解除できる。

 そもそも、一郎はそのつもりだった。

 性奴隷を刻むときに、ちょっとばかりこの感じやすい獣人族の娘の身体を愉しませてもらった。

 命を助けた代価としては、それで十分と思っている。

 

 しかし、いまは迷っている。

 一郎が性奴隷とした相手は、大なり小なり、ステータスの上昇があり、能力が向上する。

 しかし、このイットは別格だ。

 性奴隷にしただけで、戦士レベルが、“30”から三倍に近い“80”になったのだ。

 “30”というレベルでも、大きな城郭でひとりいるかどうかの達人レベルだ。“80”など、ほとんど伝説レベルの戦士といういことになるだろう。

 あのミランダでさえも、戦士レベルは“60”くらいなのだ。

 いまや、目の前で大人しくなっているイットは、ミランダが相手にもならないくらいに強いということになる。

 イットが規格外の能力を身につけてしまったというのは明白だ。

 そして、さらに、まだ、ひとつふたつと気になることもある。 

 

「……ところで、勇者って、なんのことだか知っているか、エリカ? あるいは使徒とか」

 

 一郎は訊ねた。

 実は、当惑していることのひとつは、イットを支配したことで、ついに淫魔師レベルが“100”になったことだ。

 ただの獣人少女だという認識だったが、一郎の淫魔師レベルに影響を与える対象であるのは間違いなさそうなのだ。

 しかも、一郎自身のステータスでは、イットは“支配女”ではなく、“使徒”として認識されている。

 だが、使徒ってなんだ?

 

 また、上昇した能力だけでなく、新たに現れた一郎のジョブのこともある。

 とにかく、一郎のステータスにしても、イットのステータスにしても、変化がありすぎて、大いにびっくりしている状況だ。




 *


【イットのステータス(支配後)、〈“↑”は上昇、または新規のもの〉】

 “イット
  獣人族(ガロイン族)、女
  年齢:15歳
  ジョブ
   勇者(使徒)↑
   戦士(レベル30→80)↑
  生命力:800
  攻撃力:
   1200→2500↑
  経験人数
   男16↑、女2
  淫乱レベル:S↑
  快感値:200(通常)
  特殊能力
   魔剣(**):未覚醒↑
  状態
   一郎の性奴隷↑
   攻撃魔道の耐性↑
   淫魔師の恩恵↑”



【一郎のステータス】

 “ロウ(田中一郎)
  人間族(外来人)、男
   冒険者(シーラ)(パーティ長)
   ハロンドール王国子爵
  年齢36歳
  ジョブ
   クロノス↑
   淫魔師(レベル100)↑
   戦士(レベル5)
  生命力:50
  攻撃力
   30(素手)
   ***(短銃)
  使徒↑(1)
   イット(勇者)↑
  支配女(30)
   エリカ
   コゼ
   シャングリア=モーリア
   ミランダ
   スクルズ
   ベルズ=ブロア
   ウルズ
   ノルズ
   シャーラ=ポルト
   イザベラ=ハロンドール
   アネルザ=マルエダ・ハロンドール
   マア
   ラン
   トリア=アンジュー
   ノルエル
   オタビア=カロー
   ダリア
   ヴァージニア
   クアッタ=ゼノン
   ユニク=ユルエル
   セクト=セレブ
   デセル
   アン=ハロンドール・ラングール
   ノヴァ
   ビビアン
   シズ
   ゼノビア
   イライジャ
   マーズ
   ミウ
  支配眷属(5)
   クグルス(魔妖精)
   シルキー(屋敷妖精)
   サキ(妖魔将軍)
   ピカロ(サキュバス)
   チャルタ(サキュバス)
  特殊能力
   淫魔力
   魔眼
   ユグドラの癒し
   亜空間収納
   粘性体術”


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352 奴隷と恋人の違い

【イットのステータス(支配後)、〈“↑”は上昇、または新規のもの〉】

 “イット
  獣人族(ガロイン族)、女
  年齢:15歳
  ジョブ
   勇者(使徒)↑
   戦士(レベル80)↑
  生命力:800
  攻撃力:
   2500↑
  経験人数
   男16↑、女2
  淫乱レベル:S↑
  快感値:200(通常)
  特殊能力
   魔剣(**):未覚醒↑
  状態
   一郎の性奴隷↑
   攻撃魔道耐性↑
   淫魔師の恩恵↑


 *


「えっ、勇者ですか……? 使徒?」

 

 エリカはきょとんとした表情になった。

 

「うん。ちょっと、知りたくってね」

 

 とりあえず、自分のステータスに“クロノス”などというジョブが現れたことは黙ることにした。

 そもそも、エリカにも、一郎に魔眼の能力があることは仄めかしているが、他人の能力や所持品などのすべてがステータスとして覗けるなどとは、はっきりとは言っていない。

 また、“クロノス”などという得体の知れないジョブだが、この世界におけるクロノス伝承のことを考えると、なにかとてつもないことのように思うのだ。

 とにかく、その正体がわかるまで、そっとしておきたいという気分だ。

 

「……ううん……、勇者というのは……、勇気がある人という意味じゃないでしょうか……。使徒は……どこかで、うう……。確か、女神様たちに直接にお仕えする聖霊たちをそう呼んだような……。いえ、天空神に仕える女神たちのことをそう言ったかも……。申し訳ありません。あまり、神学のことは詳しくなくて……。あまり、孤児院で勉強しなかったので」

 

 エリカは首をひねりつつ、顔を赤らめて言った。

 あまり知らないようだ。

 だが、少なくとも、“使徒”というのは神学用語か……。

 ミウは知ってるかな?

 

 まあ、別段、すぐに知りたいという気持ちもないから、王都に戻ってから、スクルズに訊ねてもいいか……。

 いずれにしても、天空神というのは、クロノスの別名なので、まさか、神になったという意味でもないだろう。

 しかも、淫魔師のレベルが“100”だ。

 まあ、あのステータス表示以外に、なにかが変化した感覚はない。

 エリカは、一時はアスカの側近のようなものをやっていた関係で、ちょっとばかり、この世界の人間でも普通には知らないことをよく知っていたりするから、訊ねたのだが……。

 

「いや、アスカのところで、そんなジョブのことを耳にしなかったかと思って……」

 

「じょぶ……?」

 

 エリカは首を傾げている。

 あれ?

 もしかして、ジョブという概念はないのか?

 いや、そんなことはないだろう。

 しかし、一郎が「淫魔師」というジョブであることは理解していたし、「魔道遣い」や「魔道戦士」とかいうジョブのことも理解していた。

 あるいは、「ジョブ」とは別の言葉を使っているのだろうか……?

 

 また、「魔道耐性の呪い」となっていた状態欄が「攻撃魔道耐性」に変化している。よくわからないが、ミウの治療術もあっさりと受けつけるようになったし、これまで、すべての魔道を弾いていたものが、悪意のある攻撃魔道のみ弾くことになったとみなしていいのだろうか?

 だが、一郎が精を注いだだけで、どうしてこんなにも、ステータスが変化したのだろう?

 

 まあいいか……。

 とにかく、淫魔師として、イットを支配したことが原因とは思うが……。

 いずれにしても、イットの戦士としての能力向上は、異常としかいいようがない。

 だけど、未覚醒の魔剣って、なんだ?

 イット自身には、なにかわかるだろうか?

 

「あのう……。あたしにも、なにかをさせてもらえないでしょうか、ご主人様……。あたしがご主人様の奴隷になったのだということはわかりました。でも、新参者のあたしが、なにもしないで座っているだけというのは心苦しくて……。皆さま、食事を作ったり、見張りをしたりと、色々しておいでなのに……」

 

 そのとき、イットが声をかけてきた。

 イットのことを話していたのだが、自分のこととは考えていなかった気配だ。

 とりあえず、一郎とエリカの話が一段落したので、口を挟んできた感じだ。

 

 それはともかく、イットに指示しているのは、しばらく、馬車の中で大人しくしていろということだ。

 身体のこともあったし、離れているとはいえ、アンドレにイットが元気になったことを知られるのも癪だ。

 

 しかし、ここにいる女たちは、一郎以外は全員がばたばたと動いている。

 イライジャとマーズが、商業ギルドの支部のある近くのエルフの里まで行っているといういのは教えていたし、シャングリアも見張りだ。

 エリカとコゼは、不穏な動きのあるアンドレを探らせに向かわせ、いまは、戻ってきたコゼとさらにミウが改めて食事の支度をしている。

 ずっとなにもしていないのは、一郎とイットくらいのものだ。

 それが落ち着かない気持ちにさせるようだ。

 生真面目な性分なのだろうか。

 

「いいのよ、イット――。あなたは、数ノス前まで死にかけてたのよ。いまは休みなさい」

 

 エリカがイットに言った。

 その顔はなにか険しい。心配しているのだとは思うが……。

 

「いえ、丈夫で回復力が高いのが、あたしたち獣人族ですから……。何でもしますので、なにかさせてください。お願いします、エリカ様」

 

「いや、呼び捨てでいいわよ……。それよりも、何でもするって……。イット、そんな物言いは……危険よ……」

 

 エリカが赤い顔して、イットに物を言いたげに身じろぎした。

 一郎はくすりと笑ってしまった。

 エリカがなにを考えたかは、わかっている。

 一郎を前にして、暇だからなにかをさせてくれなどと口にすれば、決まって、一郎は女たちを相手に嗜虐の悪ふざけをしてきた。

 だが、一郎とミウの治療術で治したとはいえ、数ノス前までは、イットは瀕死の重傷だった。

 一郎もさすがに、今日は無理をさせるつもりはない。

 自覚があるだけに苦笑するしかないが、一郎のことを危険人物扱いとは酷いものだ。

 

「なにが危険なんだ、エリカ?」

 

 だが、一郎はわざと気を悪くしたように、エリカを睨んでみた。

 エリカがびくりとする。

 

「い、いえ……。な、なんにも……」

 

「それよりも、また手で隠したぞ。そのままにしてろと命じたじゃないか」

 

「えっ? あっ、すみません」

 

 エリカが慌てたように、前に置いていた手を横にどける。とっさに動いたとき、エリカの両手が無意識だとは思うが、さっと前を隠すように移動していたのだ。

 

「罰だな。動くなよ」

 

 一郎は亜空間から、一本の細い棒を取り出した。

 特性の嗜虐棒であり、淫気か魔力を注げば、先端の部分がバイブレーターのように、振動や蠕動運動をする仕掛けになっている。長さも可変式だ。

 もちろん、少し前に、スクルズに作らせたお手製の性具である。

 そういえば、スクルズはどうしてるだろう。

 あんなに地位の高い神官のくせに、一郎の馬鹿げた淫具作りの要求に、いつも嬉々として引き受けてくれた。

 お礼は、抱いてくれればいいと、いつもにこにこして答えてくれたものだったが、スクルズを抱いて、一郎がなにかの代償を渡すならともかく、逆なのだから、スクルズとしてもただ働きもいいところだろう。

 しかも、淫具作りは、それなりに資金がかかったりもする。

 この馬鹿馬鹿しい責め具だって、魔力を集めるための魔石の欠片が入っていたりするのだ。

 そんなのも、全部スクルズの持ち出しだった。深く考えてなかったが、もしかしたら、あの魔石代は、神官長としての経費から出ていたのではないだろうか。

 そう思うと、コゼの言い草じゃないが、かなりの不良神官長ということになるのだろう。一郎にとっては頼もしい女性だが……。

 

「えっ、いま、どうやって、それを出したんですか?」

 

 イットは驚いたように口を挟んだ。

 どうやら、イットは亜空間から物を取り出した一郎に、びっくりしたようだ。

 なにもないところから、突然に品物を取り出す収容術は、高位の魔道遣いでもできるものじゃないらしい。

 非常に珍しい術のようだ。

 驚くのは無理はないかもしれない。

 しかし、その亜空間に入って一郎と対決もしたのだ。

 やはり、よくわかっていない感じだ。

 

「イットを最初に抱いたのと同じ場所に隠していた。秘密だぞ」

 

 一郎はさっそく、棒をエリカの股間めがけて伸ばして、ちょうど小さな下着が隠す境目の部分に棒の先端を当てる。

 

「ひっ」

 

 エリカの身体が跳ねる。

 

「動くなと言ったろう」

 

 一郎の言葉でエリカの抵抗がなくなった。

 まずは、振動をさせないまま、下着の上を軽く動かす。

 エリカのスカートは腰の部分で折り曲げさせ、ただでさえ短いスカートが怖ろしく短くなっている。

 エリカは馬車の床に正座をしている状態だったので、スカートの裾は下着を隠す用は果たさず、股間を包む白い下着が完全に剥き出しになっていた。

 

「うっ、くっ」

 

 エリカの身体がびくりびくりと震える。

 一郎はそのいやらしい光景にほくそ笑んだ。

 

「そう言えば、エリカ。遠耳具で傍受してたけど、イットが奴隷状態でなくなったことをあっさり、アンドレの前で口にしただろう。わざわざ教えることないだろう――。それも罰な」

 

「も、申し訳……。あっ、んひいっ」

 

 エリカの身体が跳ねて、弓なりになる。

 棒の先で布越しだがクリピアスを弾いたのだ。

 

「こら、暴れるな。じっとしてろ」

 

「は、はいっ、ううっ、あっ、あん、だ、だけど、んくううう」

 

 エリカは必死に耐えようとするが、一郎がクリピアスを容赦なく棒の先で振動させるので、声も出るし、びくびくと大きく身体を反応させ続ける。

 実に面白い。

 エリカの下着の染みがどんどんと大きくなる。

 一郎は、しばらくエリカの身悶えを愉しんでから、淫魔力を注いでエリカの太腿の付け根に対して、淫らな振動と蠕動の刺激を加える。

 

「んふうっ、ああっ」

 

 エリカが大きな嬌声をあげた。

 

「イット、最初に言っておく。俺は、この通り、女扱いが酷い主人だ。女に意地悪したり、苛めたりするのが大好きな男なんだ。ここに残るんなら、覚悟しておくことだ」

 

「イ、イット……。ロ、ロウ様は……お、お優しいわ……。た、ただ、ちょっと……好色……だ、け、ど……。あっ、はあっ」

 

 エリカが体側の手をぎゅっと握りしめて、腰をくねらせた。

 懸命に棒の先端から与えられる刺激を我慢しようとしているようだ。

 エリカの顔がますます真っ赤になり、額の汗がぽたぽたと落ち始める。

 かわいいものだ。

 

「両手を頭の上に乗せるんだ、エリカ」

 

 甘い声を洩らし始めたエリカに一郎は言った。

 わずかな刺激でも、ほんのちょっと与えれば、エリカの身体はすぐに火がついたように性感を燃えたたせるようになる。

 そのように調教している。

 エリカが、喘ぎ声とともに「はい」と小さく返事をして、手を頭上に乗せて組む。

 

「じっとしていろよ。これは、罰なんだからな」

 

 一郎は振動を続ける棒の先端をエリカの脇の下に持っていった。

 

「ひああっ」

 

 布越しだが堪らない刺激だったのだろう。

 エリカの身体が電撃でも浴びたように激しく動いた。

 

「動くなと命じたぞ」

 

「は、はい……」

 

 一郎の言葉で、エリカの身体がはっとしたように固まる。

 同時にぐっと唇が噛みしめられた。

 一郎はかなりしつこく、そのまま両方の脇の下を代わる代わる責めた。

 エリカの反応が、くすぐったさのものから、明らかな性感帯の悶えに変わったのは、そんなに長い時間のことではなかった。

 

「……繰り返すけど、イット……。俺はこんな風に自分の女をいたぶるのが大好きな変態だ。ここに残るということであれば、さっきも言ったが、それなりの覚悟もいる。まあ、その分、能力向上の見返りもあるがな」

 

 一郎はエリカを責めながら言った。

 まるで、気を飲まれるように息を詰めていたイットが、背後でびくりとなったのがわかった。

 面白いのはイットの反応だ。

 一郎が責めているのはエリカなのに、イットのステータスで、彼女がすっかりと感じてしまっているのがわかってしまった。

 さっきも思ったが、イットはイットで、その性癖には、かなりのマゾっ気があるようだ。

 一郎の「女」になる素質は十分だろう。

 

「……い、いえ……。あ、あたしも……せ、性奴隷として飼われていましたから……。ど、どうぞ、ご主人様の満足なさるように……。で、でも、覚悟って、どういう意味ですか……。それに、能力向上?」

 

 イットが言った。

 同時に、ごくりと唾を飲み込む音もする。

 

「んくううっ」

 

 その時、脇の下を責められ続けるエリカが、耐えられなくなったかのように、喰いしばる顔を天井に向ける。

 それを逃さず、一郎は攻撃の先をエリカの膨らんでいる胸に移す。

 服の上からでも、エリカの乳首に嵌めているピアスの位置は一郎には明確にわかっている。

 それを刺激するように、一郎は最大振動で棒の先端を振動させた。

 

「いやあああ、んああああっ」

 

 エリカがあられもない声を放った。

 そして、ぐいと背中を反りあげるようにして、ぶるぶると身体を震わせた。

 胸いきで、達してしまったようだ。

 

「はああっ」

 

 エリカの身体が前側に倒れる。

 相変わらずの身体だ。

 本当に愉しい。

 

「終わりだ。いやらしくて最高だった。じゃあ、今度は、そのお礼だ……」

 

 一郎は棒を亜空間に収納すると、前のめりになったエリカを引き寄せて、唇を吸った。

 

「あっ……んあっ……ああ……」

 

 エリカが夢中になって舌を絡めだす。

 一郎がエリカの背に手を回してさらに強く口を刺激してやると、エリカも一郎を抱き返してきた。

 しばらく、抱擁したまま口づけを続けた。

 やがて、口を話したときには、エリカは完全に力が抜けたようになっていて、一郎の身体にもたれかかってきた。

 一郎は苦笑して、エリカを抱き支えた。

 

「……は、はああ……」

 

 そのとき、イットが後ろで気が抜けたような声を出した。

 エリカを抱いたまま振り返ると、イットが真っ赤な顔で目を大きく見開いている。

 

「ほら、しゃきっとしろ、エリカ──。新人奴隷様が呆れているぞ」

 

 エリカを起こす。

 

「あっ、申し訳……」

 

 エリカが慌てたように一郎から離れる。

 一郎はエリカに、スカートを直していいと告げた。

 エリカが背を向けるようにして、すぐに腰で丸めていたスカートを元に戻しだす。

 

「……ついでに、下着も変えたらどうだ」

 

 一郎は声をかけた。

 エリカの白い下着が色が変わるくらいに濡れたことはわかっている。

 エリカは汁の多い性質(たち)だ。

 さっきの絶頂で、股間からおしっこを漏らしたかのように汚れたのをしっかりと確認していた。

 

「ミウに浄化の魔道をかけてもらいます。もう、ロウ様って……」

 

 振り返ったエリカがぷっと頬を膨らませて言った。

 魔道に覚醒したミウは、魔道で身につけているものや身体を一瞬にしてきれいにできる魔道を操れる。

 生活魔道であり、もともと遣えたようだが、魔道の能力が跳ねあがったことで効果が桁違いになっている。

 まあ、旅には便利な能力だ。

 

 それはともかく、快感で我を忘れていたが、気を一度やって落ち着いたことで、やっと理不尽な目に遭ったという自覚ができて、ちょっと腹をたてたのかもしれない。

 

 一郎は苦笑して、なんとなくイットを眺めた。

 すると、眼があった。

 唖然とした顔で口を開けている。

 どうしたのだろう……。

 

「どうした、イット? 俺の悪戯に呆れたか? さっきも言ったが、命を救ったくらいで恩に着る必要はないぞ。その分は身体で支払ってもらった。折角、奴隷から解放されたんだ。実家に戻りたければ、路銀やある程度の手切金もやろう。払うのは俺じゃないけどな」

 

 一郎はうそぶいた。

 金を出すのは、あいつだ。

 人の女に手を出そうとするような男は、しっかりと灸をすえてやる。

 また、イットの“勇者”ジョブや魔剣の能力表示、そして、一郎に現れた“使徒”や“クロノス”の表示は、少し気になるところだが、イットの意思に反して奴隷状態で縛りつけることは、やはりするべきでないだろう。

 

「えっ? い、いえ、違います。ちょっとご主人とエリカさんが気安そうだったので……。奴隷のわりには、ちょっと普通じゃないなあって……。やっぱり奴隷じゃないのですよね? ところで、あたしについて、さっきから、奴隷解放と言ってる気がするんですが、どういうことなのですか?」

 

 どうやら、イットはあまり現状を理解できていないようだ。

 亜空間で、奴隷の首輪が外れたことを認識しているし、いまも外れているのだから、わかっていると思っていたが、いま少し認識してないようだ。

 

「……ちゃんと説明してなかったかな……。とにかく、いま、イットは奴隷状態からは解放されている。アンドレのことは問題ない。明日の朝には話はつける。だが、それからのことについてだ。実家に帰りたいという希望があるなら、そうしてもいいと言っているんだ」

 

「えっ? 解放? 実家に?」

 

 イットは困惑している。

 

「もちろん、俺たちと一緒に旅をしてもいい……。俺たちは冒険者だ。一緒に来るなら、パーティーメンバーということになるな。イットは強いから大歓迎だ。かなり敏感な身体をしていることも、俺好みだね」

 

 一郎は右手の人差し指を突き出すと、指を曲げてくねくねと動かして見せた。

 イットの顔が真っ赤になる。

 性奴隷だったわりには、純情な娘だ。

 一郎はにやりとしてしまった。

 

「ロウ様、下品ですよ」

 

 スカートを元に戻したエリカが、横からぴしゃりと言って、一郎の手を軽く払った。

 一郎は声を出して笑った。

 

「……わっ、ご主人様に対して……」

 

 イットは驚いている。

 だが、それでわかった。

 イットは、やっぱり、まだ、わかっていない。

 

「イット、もしかして、このエリカが……、いや、エリカだけじゃなく、俺の周りにいる女たちが本当の“奴隷”だと思っているだろう?」

 

 一郎は言った。

 

「えっ、やっぱり、違うのですか?」

 

 イットはきょとんとしている。

 まあ、その気になれば、淫魔師の力で、完全な奴隷状態にすることも、いとも容易いが、断じて一郎はそれをしていない。

 もしも、エリカが心変わりして、一郎から離れようとでもすれば、あるいは、その力を行使するかもしれないが、あのアスカ城を逃げ出して以来、エリカはずっと一郎に忠実だった。

 だから、なんだかんだで、淫魔の支配は必要最小限に留めている。

 それはほかの女たちも同様だ。

 

 一郎は、意思のない「人形」を嗜虐する趣味はない。

 そう言えば、支配を弱めたことで、かつて、エリカがほかの男に操られた不愉快な事件もあったが、いまはそれも完璧だ。

 

「奴隷というのは、イットのいう意味の言葉じゃない……。俺は一度も、誰かを奴隷状態にした覚えはない。そりゃあ、淫魔の術で身体を支配したり、ときには、命令で行動を強要したりすることもあるけど、一時的なものだ。奴隷状態のままで、ずっと心を支配したりしてない。実際には、みんな、俺の恋人たちだ」

 

「恋人たち? 奴隷じゃない……? で、でも、皆さま、ご自分でそう……」 

 

「こいつらが、自分たちを“性奴隷”というのは……まあ、言葉の遊びだ。俺がそう言うから……。つまり、比喩的な表現だ。俺の女という意味でな……。」

 

 一郎は言った。

 イットはやっと納得できたみたいだ。

 

「イット、ロウ様は、クロノスなのよ。そういえば、わかるでしょう。わたしたちは、ロウ様の愛人よ。あなたはどうしたいの? どっちにしても、あんなご主人様の奴隷に戻りたいわけじゃないでしょう。あいつは、あんたを囮にして使い潰して、あっさりと殺そうとしたのよ」

 

 エリカは怒った口調で言った。

 だが、同じことを何度言うのだろうと思った。アンドレが、イットを殺そうとしたことについては、エリカはどうしても許せないみたいだ。

 

「クロノス……。ああ、そういうことですか……。あ、あたし、てっきり……。こ、これは失礼しました。奴隷の分際で……」

 

 イットが慌てたように姿勢を正して、エリカにお辞儀をしようとした。

 一郎はそれを辞めさせた。

 

「何度言えばわかるんだよ。イットの奴隷解放も終わっている。俺にはその力があるんだ。そして、もう、元に戻すつもりはない。なにかの借金とか契約とかがあって、奴隷のままでいなければならないということになっているなら、物のついでに、なんとかしてやるよ」

 

「えっ?」

 

 イットは絶句している。

 

「どっちにしても、もう、イットも奴隷じゃない。実際のところ、首輪だって外れているだろう。繰り返し、言ったはずだけどなあ。俺はイットに、俺の奴隷になれと言ってるんじゃない。エリカたちと同じで、俺の恋人にならないかと相談してるんだ」

 

 一郎は笑った。

 イットが目を丸くした。

 

「首輪って……。あ、あたし、てっきり、紋章奴隷にされたのかと……。そ、それに、奴隷解放って……。そんなこと簡単にできるんですか? それに、恋人? そんな、おこがましい……」

 

 イットはびっくりしている。

 簡単にできることなのかどうか知らない。

 だが、一郎には最初からできた。

 一郎の淫魔師の支配に陥った場合は、一郎の支配が勝って、それ以前に掛かっていたなんらかの支配は、全部無効になる。

 

「できる──。というよりも、もう、そうなっている……。ただ……」

 

「ただ……、なんですか……? やっぱり、奴隷でしょうか……? あっ、あたしは、別に、新しいご主人様の奴隷になったことはなんとも……。……というか、嬉しいというか……。命も助けていただいたみたいだし……。そもそも、恋人とか、自由にしろって言われてもどうしていいか……」

 

 イットは困惑している。

 一郎は首を横に振った。

 もしかして、一郎が否定的な言葉を使ったので、奴隷解放に条件でもあると思ったのかもしれない。

 しかし、一郎が気にしたのは、淫魔師の恩恵のことだ。

 おそらく、一郎の支配から抜けて、一郎の精を受けない状態が長くなれば、だんだんと能力の低下が発生するはずだ。

 また、発生した“勇者”ジョブも消えると思う。

 それがなんなのか、いま少しわからないが……。

 しかも、このイットに関しては、わけのわからない能力向上が、ステータスに頻発しているのだ。

 

「ああ、つまり、自由意思にしてもいいんだげど、そうすると、イットの能力が下がるんだよ。下がるというよりは、元に戻るというか……。あのう、イット、お前は、俺に犯される前と後で、身体の違いを感じないか?」

 

 一郎は訊ねた。

 戦士レベルが“30”から“80”に跳ねあがったイットだ。

 それは、異常なほどの身体の調子の良さを呼び起こしていると思うのだが……。

 

「えっ……。身体……。は、はい……。実はなにか変だなあとは……。ちょっと疲れた感じはあるんですけど……。なんだか、身体が軽くなったような気も……。で、でも、それって、ご主人様の力なんですか?」

 

 イットが言った。

 

「そうよ。ロウ様の女になったら、能力があがるわ。あがり方には個人差があるみたいだけど……」

 

 エリカが横から口を出した。

 だが、例えば、魔道遣いと淫魔師が相性がいいというような個人差もあるのだが、支配した時点での一郎の淫魔師レベルにも関係がある気もする。

 後から支配したミウやこのイットの能力向上は、最初に支配したエリカやコゼに比べて桁違いだ。

 また、もしかしたら、イットについては、“使徒”というものに関係があるのかもしれないが、現段階ではイットの急激な能力成長の秘密は謎である。

 

「能力が? 本当ですか──。もしかして、戦士としての力があがったのでしょうか──」

 

 イットが声をあげた。

 その口調に異常なほどの力が入っている。

 よくわからないが、このイットにとって、戦士としての能力があがるということは、奴隷状態であること以上の重要事かもしれない。

 いや、奴隷だったからこそか……。

 戦士であるというひそかな自尊心は、奴隷であったイットを支える心の拠り所なのだろう。

 

「魔剣とか、わかるか? なにか、そんなのが出せるようになったとか……」

 

「魔剣?」

 

 イットはきょとんとしている。

 わからないみたいだ。

 まあ、そうかもしれない。

 「未覚醒」とあったし……。

 まあ、それはいいか……。

 もしかしたら、やらせたら、なにかわかるかもしれない。

 

「論より証拠だ──。一度、手合わせしてみろ、イット──。とはいっても、殺し合いは物騒だしな……。じゃあ、下着の脱がしごっこにするか……。イット、外に出て、先輩女たちと戦ってみろ。ただし、傷つけるんじゃない。イットについては、相手を無傷のまま、下着を剥ぎ取るか、もぎ取る。そんな戦いにしよう。エリカたちは、武器でもなんでも遣って抵抗していい。そういう勝負にしよう」

 

 一郎は言った。

 

「な、なんですか──、その馬鹿げた勝負は──」

 

 エリカが全力で抗議した。



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353 下着剥がし勝負

 イットは困惑していた。

 

 新しい「主人」らしきロウの命令で、エリカというエルフ族の女性と「下着脱がし」というものをやることになったのだ。

 そんな勝負をさせられるなど意味不明だが、もっと手酷い扱いを受けた経験はたくさんある。

 それが性奴隷というものだ。

 

 最初の主人の時代には、大勢の見物人の前で小便をしながら、片脚を交互にあげながら四つん這いであるくことを「命令」されたこともあるし、獣人など人間ではないという主張のために、城郭の大通りを“私は動物です”と書かれた看板を持たされて、全裸で歩かされたこともある。首輪をつけられて屋敷の外を裸で四つん這いで歩くなど日常のことだった。

 それに比べれば、下着脱がしの遊びなど、優しい仕打ちだ。

 

 第一、下着を脱がされるのはイットではなく、イットと対決をするエリカという大変に美しいエルフ族の女性だ。

 これからやろうとしているのは、イットとエリカが対決して、イットがエリカの下着を強引にはぎとり、エリカはそれを阻止するという「対決」なのだ。

 

 そんなことやっていいのかわからないが、奴隷であるイットには、命令をされれば、それに従うしかない。

 もっとも、ロウの言葉によれば、すでにイットは奴隷解放されているみたいだ。

 半信半疑であるものの、確かに奴隷の首輪は外れてしまったし、誰かに隷属をされているという感覚はない。

 

 また、ロウという新しい「主人」と、周りの女たちの関係も、薄々だが理解してきた。

 彼女たちは、自分たちのことをロウの「性奴隷」だと口にするものの、それはイットが考えている「性奴隷」ではないのだ。

 ロウの女たちは、愛人とか、恋人という意味で「性奴隷」という言葉を使っていて、イットもまた、そういう関係になることを求められているということみたいだ。

 いずれにしても、ロウがやれというのであれば、イットには逆らうつもりはない。

 とにかく、それで、馬車から降りてきた。

 

 馬車を降りることで改めてわかったが、馬車が停まっているのは、往路でも立ち寄った森の中の河原だ。

 遠くにはアンドレの隊商の馬車が並んで宿営しているのが見える。

 ただ、対決のために、イットとエリカが向き合うことになったのは、こちらの馬車によって、向こうからは陰になる場所である。

 いずれにしても、これだけ離れていれば、向こうからはこちらの様子は見えないだろう。

 

 もっとも、獣人族のイットには、距離があっても、ある程度の景色はわかる。

 ちらりとだが、向こう側を見る限りにおいて、いつものように五台の馬車を中心にして、露営のためのテントを張ったりしている。

 アリアたちは食事の支度だ。

 大鍋に料理を作り、それをアンドレを始めとして、一緒に同行している商人の人や護衛の人たちに配るのだ。

 イットたち奴隷女の食事は全ての人たちの食事が終わった残りを食べるということになっている。

 それが終われば、五人のうちから、ひとりが呼ばれて、アンドレの夜の相手だ。

 ほかは片づけをしてから、身体の手入れをして寝る。

 本来は、イットもそれに加わっているはずだった。

 

 しかし、今夜からは、イットたちの横で笑みを浮かべているロウという人間族の男の人に仕えることになったらしい。

 あの屍腐体(ゾンビ)集団の襲撃のあとで、アンドレとこのロウのあいだで、なんらかの取引が行われた様子だ。

 もっとも、イットには詳しいやり取りのことはわからない。

 

 ただ、屍腐体(ゾンビ)による呪いのおかげで、イットは殺処分される寸前だった。

 それは覚えている。

 しかし、この新しい主人のロウは、殺されかけていたイットを引き取ってくれただけではなく、その呪いも解呪してくれたのだという。

 どうして、そんなことをしてくれたのかわからないが、いまのところ、純粋な義侠心という感じだ。

 それどころか、このロウは、イットを奴隷解放すると言い、実際に、すでに奴隷から解放されてしまったらしい。

 とても本当のこととは思えないが、首の首輪はなくなっているし、少なくとも、あの前の主人のアンドレに対する恐怖心や服従心のようなものが消滅していることだけは確かだ。

 それは、わかる。

 

 でも、新しいご主人様……?

 

 アンドレやその前の主人のトルドイに対してもそうだったし、奴隷商に支配を刻まれていたときも同じだったが、イットの心には、いつも「主人」に対する激しい恐怖心と強い服従心が存在していた。

 実際のところ、いまは、それはない……。

 それだけじゃなく、このロウの「命令」が、命令という心地にならない。

 

 その気になれば、拒否することもできる……?

 まさかとは思うが、すでに奴隷を解放された状態になっているというのは、本当のことと思うしかない……。

 そもそも、ロウは怖くはない……。

 むしろ……。

 とにかく、イットはとても混乱していた。

 

 まあ、とにかく、このロウという「ご主人様」が、とても変わり者だということだけは確かだろう。

 そして、不思議な術を遣う人だ。

 まだ記憶が曖昧で、すべてが夢の中のように、ぼんやりとしているのだけれど、このロウに抱かれて、死ぬほどに気持ちよかったことは、はっきりと身体に刻まれてしまった。

 

 これまで、性奴隷としてありとあらゆることをさせられ、何人もの性の相手をしたが、あれだけ一方的に快感だけを与えられたのは、生まれて初めてだと思う。

 しかも、抱かれたときの記憶によれば、このロウは、自分が気持ちよくなるよりも、イットが激しすぎる快感に悲鳴をあげ続けるのを眺めるのが好きそうな感じだった。

 変な人だ……。

 

 粘性体という不可思議な能力を駆使するのだが、実は、なによりも指がすごい……。

 アンドレの「命令」が効いていて、ロウがイットを抱こうとしたとき、イットは本気の抵抗をしたが、ロウに身体のどこかを触られるだけで腰が砕けた。

 身体に痺れが走り、全身が快感で脱力した。

 

 挿入されたときも、なにかをされたという感じにもならなかった。

 もちろん、充実感も圧迫感も覚えたが、それよりも、あの一体感が凄まじかった。

 まるで、快感そのものに抱かれているかのようにどうしようもなく反応してしまい、その結果、繰り返して絶頂して果てた……。

 なんなのだろう……。

 この新しい「ご主人様」は……?

 

「ロ、ロウ様、なんで、そんなことしなくっちゃならないんですか──。わたしはやりませんからね──」

 

 一緒に馬車から降りてきたわりには、エリカはまだ真っ赤な顔でロウに怒鳴っている。

 最初は、イット同様に奴隷身分なのかと思っていたエリカだが、どうやら恋人だとわかった。

 エリカだけでなく、馬車の外で見張りや食事の支度をしているらしい貴族のシャングリアや、気さくな感じのコゼ、イットよりも歳下だが高位魔道士のミウも、実際には奴隷ではないようだ。

 ここにはいないマーズや、イライジャという女性についてはわからないが、奴隷ではないのだろう。

 なんとなく、それはわかる。

 

 つまり、ロウの周りにいる女性は、みんな恋人であり、あるいは、愛人なのだ。

 新しいご主人様、すなわち、ロウはクロノスということだ。

 また、おそらく、そんな風には見えないが、貴族なのだろう。

 いずれにしても、イットが対等に口をきいてもいい相手ではないような気がする。

 その恋人や愛人の方々も同じだ。

 態度には気をつけなければ……。

 

 もっとも、まだ、ほんの少しだが、一緒に過ごしていると、堅苦しくしているのが難しいくらいに、みんなが仲がいい。

 ロウは、とても好色そうだが、エリカもミウもとても慕っているのは、横にいてもわかる。

 そして、獣人であるイットに対する態度も誰ひとりとして、上から見るようなものではないし自然体だ。

 唯一、一番奴隷だと自己紹介したエリカだけが、ときどき険しい視線でイットを睨むようにしてくることもあるが、そのエリカだって、イットがアンドレに殺処分されそうになったことはとても怒ってくれていた。

 みんな優しいのだ。

 

 イットは、後にも先にも、こんなにも、獣人族のイットに対して、穏やかな感情をぶつけてくる集団の中に入ったことがない。

 だから、気を抜くと、どうしても心が緩んでしまいそうになるのだ。

 イットごとき獣人が、彼女たちと同じ態度をしたら、あっという間に周りが不機嫌になるのはわかっているので気をつけているが……。

 

「ねえ、聞いているのですか、ロウ様? わたしはやらないといっているんですからね」

 

 エリカが怒鳴っている。

 一応は腰に剣をさげているが、エリカには、イットと戦う気配はない。

 もっとも、ロウが口にした「下着脱がし」というものが、「戦い」と呼べるものであればの話だが……。

 

「何事だ?」

 

 馬車の下で三人で向き合っていると、ちょっと離れた場所からシャングリアがやってきた。

 この人間族の女性もロウの恋人だ。

 最初に自ら「性奴隷」だと名乗ったから大混乱したが、つまりは、このロウが大好きだという意味だったようだ。

 れっきとした貴族であり、イットからすれば、雲の上の人物のように感じる。

 

「ああ、シャングリアか……。イットが俺の性奴隷になったことで強くなった。それで、実際に、模擬の戦いをして試してみたいと思ってな。だから、エリカに相手を頼んだんだが、断られているところだ」

 

 ロウがにやにやしながら言った。

 すると、シャングリアが首を傾げた。

 それはともかく、やっぱり、自分は「奴隷」なのだろうか……。

 いま、ロウは、イットのことを「奴隷」と呼び直した……。

 

「そんなことくらいやってやればいいじゃないか、エリカ。怪我をしても、ロウもいるし、ミウもいる。それに、これからは、一緒に並んで戦うことになるかもしれない仲間だ。イットの腕を知っておくのは必要だ」

 

 シャングリアがエリカを諭すように言った。

 イットが仲間──?

 何気無い言葉だが、あっさりとシャングリアがそう口にした。

 イットは驚いた。

 

「だったら、あんたがやりなさいよ。下着脱がしだそうよ。お互いに、下着を取り合うの」

 

 エリカがむっとした顔で言った。

 

「下着脱がし──?」

 

 シャングリアが目を丸くしている。

 それにしても、エリカにしても、ロウにしていも、シャングリアがイットのことを「仲間」だと口にしたことを変に思っていない気配だ。

 イットは、さらに混乱した。

 

「殺し合うよりはいいだろう? 構わないから、エリカとシャングリアのふたりがかりでやってみろよ。もしも、イットに勝てたら、なんでもいうことをきいてやるよ……。そうだな……。ちょうど、イットから外した『奴隷の首輪』がある。それに淫魔の能力で、支配の呪術を込め直すとともに、一日だけ外れないようにして、俺の首につけてやる。お前たち、ふたりを主人と認識させてな」

 

 ロウが笑った。

 奴隷の首輪というものは、そんなに自由自在に呪術を解除したり、付け直したりできるものではないはずだが、このロウなら、できそうな気もする。

 ただ、もっと驚いたのは、エリカとシャングリアの反応だ。

 ロウの言葉に、明らかに目の色が変わったのだ。

 

 まるで、血に飢えた獣……。

 喩えは悪いが、そんな雰囲気だ。

 イットは、なんだか気後れする心地を覚えて、口の中に溜まった唾を飲み込んだ。

 

「ほ、本当ですね、ロウ様……。いつぞやのように、やっぱり、やめたなんてことないですよね」

 

「そうだ、ロウ──。信用できないぞ。本当に本当だな──?」

 

 エリカとシャングリアだ。

 気のせいか、鼻息が荒い。

 いや、気のせいじゃないようだが……。

 

「お前ら、随分と前のことをねちっこく……。だから、奴隷の首輪をしてやると言っているだろう。そのあいだは、命令をされれば、淫魔の術でも反撃はできない。俺のことを自由にできるぞ。しかも、ふたりがかりだ。お前らも戦士の端くれなら、模擬戦くらいで怖気づくなよ」

 

 ロウがにやにやしている。

 一方で、エリカとシャングリアは、お互いに顔を見合わせている。

 そして、どちらともなく頷き合った。

 

「わかりました……。やります。その代わり、ロウ様も、約束は守ってくださいね」

 

「イット、やるからには手加減はなしだ。遠慮なく来い。怪我をしても治療ができる魔道遣いがいる。問題ない」

 

 エリカとシャングリアが、イットに殺気を向けたのがわかった。

 あれは、紛れもなく戦士の眼だ。

 お互いに下着を取り合う勝負ということだったが、このふたりの剣技が相当のものだというのは身のこなしだけでわかるので、そんな相手と戦えるのは、純粋に嬉しい。

 

 もっとも、シャングリアは、模擬戦で負傷をしても、魔道で治療ができるということを口にしたが、本当にそうなのだろうか……?

 生まれつき魔道を跳ね返す性質を持っているイットには、あらゆる治療術や治療薬の類いが効かないのだ。

 しかし、ロウやミウに、治療術をかけられて、全身を噛まれて死にかけていたほどの負傷が消滅している。

 奴隷解放だけでなく、屍腐体(ゾンビ)化の呪いや、魔道耐性も消滅させたということだったが、どこまで信じていいのか……。

 

 まあいい……。

 とにかく、模擬戦だ。

 イットは気合を入れることにした。

 

「よろしくお願いします」

 

 イットは、エリカとシャングリアに静かに頭をさげた。

 顔をあげたときには、両手の指から十本の長い爪が突き出ている。

 イットの武器は、戦闘のときに、指から突き出すように生えるこの刃物のような爪だ。

 エリカとシャングリアがイットとの距離を取ってから、さっと剣を抜く。

 

「ほう、確か、それはガロイン族だな?」

 

 シャングリアが剣を構えたまま呟いた。

 よく知っていると思った。

 

「なにをなさっているのですか、皆さま? 食事の支度ができましたけど……」

 

 ミウの声だ。

 ちらりと視線を送る。

 可愛らしい桃色の前掛けをしている。

 華奢な身体つきに、とてもお似合いの姿だと思った。

 

「決闘?」

 

 また、ミウの隣に立っているコゼが微笑みながら言ったのがわかった。

 

「お前らも準備をしておけよ。ふたりが負けたら、今度はコゼとミウが相手をするんだ。“どっちが下着を剥ぎ取れるでしょう勝負”だ」

 

 ロウが笑いながら言った。

 ちらりと視線をやると、ふたりとも当惑して、目を白黒させている。

 

「もらった──」

 

 声がした。

 気がつくと、シャングリアが目の前にいた。

 剣の腹が胴に迫っている。

 よそ見をしたのは一瞬だが、その隙だけで、こんなにも間合いを詰めてきたのだ。

 しかも、速い──。

 

「おっと」

 

 だが、間に合わないと思った剣は、いつまでもやってこない。

 いや、向かってきているのだが、それはイット自身の爪で完全に受けとめている。

 ほとんど、無意識の反応であり、イット自身がびっくりだ。

 

「えっ?」

 

 剣を爪で挟んだまま、軽く身体を捻ると、シャングリアが呆気ないくらいに簡単に、体勢を崩して倒れていった。

 そのまま、剣を挟んでいる手を円を描くように動かす。

 シャングリアの身体は、地面の上で物の見事にくるりと回転するかたちになった。

 そして、腰が空を向いたとき、スカートが捲くれあがったシャングリアの下着の横に反対の手の爪を引っ掛けた。

 シャングリアは、イットの爪に千切れた下着を残したまま、そのまま転がっていった。

 

 なに、これ──?

 イットは驚愕した。

 身体が軽い……。

 それだけじゃなく、ほとんど意識をしないままに動く身体は、信じられないくらいの鋭さで、相手の攻撃に対応できている。

 たったいまのシャングリアの斬撃が、尋常なものでないことはわかった。

 それにもかかわらず、イットは、そのシャングリアの攻撃を簡単にさばき、それどころか、一瞬にして下着を奪うという芸当さえやってのけた。

 こんなに素早く動ける自分の身体が、本当に信じられない。

 

「シャングリアは脱落だ」

 

 ロウが高らかに笑った。

 

「やるわねえ……」

 

 エリカの細剣──。

 イットは身体を向け直して受けようとした。

 だが、エリカも剣を振っているが、まだ遠い──。

 

 そう思ったのは一瞬だけだ。

 エリカの剣が振り下ろされて、目の前に火の玉があった。

 少なくとも十個──。

 

 魔道か──。

 魔道と剣技を組み合わせる魔道戦士──。

 

 考えるよりも速く、身体が動く──。

 イットには、魔道の火炎など目眩まし以上の効果はないが、それでも、向かってくる火の玉のすべてを爪で斬り飛ばした。

 魔道の火の玉を追いかけるように、エリカ自身がイットに斬りかかる。

 イットは、エリカの股のあいだを滑るように突き抜けた。

 

「うわっ」

 

 エリカの後ろで体勢を取り直したときには、イットの爪にはエリカの下着がぶらさがっていた。

 

「きゃあああ」

 

 エリカが剣を取り落して、両手でスカートの裾を押さえて、しゃがみ込んでしまった。

 どうやら、勝ったようだが、イット自身も信じられない気持ちだ。

 こんなに風のように速く動けるなど、とても信じられない。

 

「勝負あった──。よくやったぞ、イット」

 

 ロウだ。

 いつの間にかそばにいて、イットの爪に引っかかっていた二枚の下着をひょいと取りあげた。

 

「こっちのびしょびしょの下着がエリカのものだな。こっちはシャングリアか……? どれ、点検してやろう」

 

 ロウが二枚の下着の匂いを嗅ぐように自分の鼻に近づけた。

 そうしたくてそうしているという気配ではなく、わざとからかっている感じだ。

 

「いやあ、やめてください、そんなことをするのは──」

 

 エリカが悲鳴をとともに、ロウ駆け寄っていく。

 その顔は真っ赤だ。

 

「駄目だ。これは負けた罰だ。明日の朝まで馬車の前に飾ってやる。エリカの染み付きの下着をな。もちろん、シャングリアのものだ」

 

 ロウが笑って、掴んでいる下着をロウから離すように手を伸ばす。

 エリカは必死に奪い返そうとしているが、そのために、エリカはロウに抱きつくような体勢になった。

 とても、仲がよさそうだし、失礼だが、微笑ましくさえ感じた。

 同時に、なぜだかきゅんと胸が痛くなる心地も襲う。

 

「すごいなあ。まるで、子供扱いだった。完敗だ」

 

 そのとき、すっと手が伸ばされた。

 シャングリアだ。

 短めのスカートの上に左手を置いて恥ずかしそうにしているが、右手でイットに握手を求めてきたのだ。

 イットは恐縮してしまった。

 

「い、いえ……。そ、そんな……」

 

 とりあえず、手を出す。

 すると、シャングリアが手を握り返してきた。

 イットは、少し驚いた。

 見た目の艶やかとは反対に、握ってきたシャングリアの手は、たくさんの手豆があり、紛れもなく、長く修練を重ね続けた武骨な手だった。

 

「強いなあ……。だが、その強さの一部はロウからもらったものだ。それで、どうするのだ? このまま、一緒にロウに仕えるのか? それとも、故郷にでも帰るのか? ロウは、どっちにしても、お前の好きなようにさせる気のようだが……」

 

 シャングリアがイットの手を握ったまま言った。

 

「何度か言われましたが、本当に本当に、本当のことなんですか? あたしを奴隷解放するなんて……」

 

「すでに、解放されているはずだぞ。ロウの精を受けた時点で、そうなるらしいのだ。いままでも、そうやって、解放奴隷にされた女が大勢いる」

 

 シャングリアが手を離して、屈託のない笑い声をあげた。

 精の力で奴隷解放……?

 そういえば、そんなことを口にしていた気がするが……。

 

「もっとも、ロウから離れれば、その授かった力もなくなると思うけどな。まあ、好きにすればいい。仲間になるなら歓迎する」

 

「えっ?」

 

 またまた、びっくりだ。

 しかし、理解はできた。

 さっき風のように動けたのが、イットの本来の力でないことは、さすがに認識した。

 このロウは、抱いた女の能力を飛躍的に向上させるのか……。

 信じられないが、そういえば、馬車の中でそんな風に教えられたような……。

 

「きゃあああ」

 

 そのとき、またもやエリカの悲鳴がした。

 しばらく、下着を挟んでロウとじゃれ合っていたと思ったが、ふと見ると、エリカは跪いた体勢のまま両手を後ろに持っていかれ、両手首を左右の足首に密着させられて、身体を反り返るような格好にさせられている。

 エリカを拘束しているのは、不思議な粘性体だ。

 そういえば、あれも確かロウの能力だった……。

 不思議な空間でロウに犯されたとき、この粘性体の技でイットはロウにあっという間に無力化されてしまったのだ。

 

「そんなに下着を返して欲しければ……。そうだな。俺の舌責めに耐えられたら、飾るのは勘弁してやるよ。責めるのは胸だけだ。それで達しなかったら、これは返してやる。その代わり、もしも、呆気なく達したら、明日の朝までスカートもなしだ。そして、明日まで俺の玩具だな」

 

 ロウがくすくすと笑いながら、抵抗できないエリカの服をたくしあげて、胸当てをしている乳房を剥き出しにする。

 その胸当てもあっという間に取り去った。

 エリカの大きめの胸が飛び出す。

 それにしても、驚くような早業だった。

 しかも、ロウは、エリカの前にしゃがみ込んで、その胸に本当に舌を這わせ始めた。

 

「んひいっ、はああっ、そ、そんなの……、ああああっ」

 

 すると、あっという間にエリカは、身体を震わせて女の声を出し始めた。

 やっぱり、このロウの愛撫はすさまじい……。

 イットは、ただただ、圧倒されてしまっていた。

 また、エリカの二つの乳首には、きらきらと光る指輪のようなものがある。それをロウは舌で刺激しているようだが、エリカは見ている側が恥ずかしくなるようなよがりぶりだ。

 

「あっ、どうか、玩具ならあたしを使ってください。どんなことでもしますから。大丈夫ですよ」

 

 そのとき、今度はミウがそう言って、ロウに駆け寄っていった。

 もう、なんだかわからない。

 

「だったら、あたしも勝負します。勝ったらご褒美ください」

 

 コゼが言った。

 

「ミウとコゼは、まずはイットと勝負しろ。負ければ、俺の玩具だ。シャングリアは、こっちに来い。負けた罰を与えてやる。エリカと同じで胸責めの刑だ」

 

 ロウがこっちを向いてった。

 一方で、シャングリアは嘆息すると、諦めたように笑って、エリカとロウのところに向かっていく。

 罰というが、なんだか満更でもなさそうな雰囲気だ。

 エリカからして、ちっとも悲壮感のようなものはない。

 

「イットさんに負けたら、ロウ様の玩具なのですか? そんなことなくても、もちろん、あたしは、いつでも、どこでもロウ様に鬼畜に扱って欲しいです」

 

 ミウがぷっと頬を膨らませた。

 その横で、シャングリアが、自らエリカと同じ恰好になっている。

 イットは、顔が真っ赤になるのがわかった。

 エリカを責めながら、ロウはシャングリアの胸も剥き出しにして、四つの乳房を代わる代わるに、舐め始めたのだ。

 ロウの舌が当たるたびに、ふたりともぶるぶると身体を震わせなる。

 その様子があまりにも、淫靡で煽情的なので、イットはかっと身体が熱くなってしまった。

 気がつくと、いつの間にか内股になって、自分の腿を擦りつけるようにしてしまっていた。

 股間がぬるぬるする。

 

「ふふふ、勝っても負けても、ご主人様に抱いてもらえるなら、どうしていいのかわからないわね」

 

 コゼがイットに近づいて来て笑った。

 

「イットに負けたら、気絶することも許さずに、鬼畜に抱き潰す。勝ったら、ご褒美に優しく抱く。そういうことだ」

 

 ロウがちょっとだけ、エリカとシャングリアを責める口を休めて言った。

 しかし、すぐにふたりの胸を責める態勢に戻る。

 

「ふう……。そういうことなら、お願いします、イットさん」

 

 ミウが言った。

 イットは慌てて、身体の前で腕を横に振った。

 

「あたしのことは、どうか呼び捨てにしてください、ミウ様」

 

 とにかく、それだけを言った。

 すると、ミウがくすくすと笑った。

 

「変なお方ですね。あなただって、おかしな呼び方であたしを呼ぶくせに……。なら、“ミウ様”なんて、呼ぶのなんてやめてください。誰のことを呼んだのかと、戸惑ってしまいます」

 

 ミウがけらけらと笑った。

 屈託のない幸せそうな笑顔に、イットはなんだか惹き込まれそうになる。

 

「だけど、さっきの戦いを見る限り、あたしに勝ち目はないかな。エリカとシャングリアがふたりがかりで手玉に取られるんなら、どっちにしたって負けね。とにかく、ルールを決めようか。あんたはスカートだけど、あたしは半ズボンだしね。どうする? あたしもズボンは脱ぐ?」

 

 コゼがイットに言った。

 そのときだった。

 

「んあああああ──」

 

 背後で大きな悲鳴があがった。

 イットは振り返った。

 エリカが“胸いき”をしたのだ。

 そのいやらしくも、美しい姿に、またまた股間が熱くなって、イットは、まとまった体液が自分の下着を濡らしたのを感じた。

 しかも、続いてシャングリアも……。

 

「どうするの、イット? 勝負の方法は? だから、あたしもズボンは脱ぐ?」

 

 コゼがちょっと大きな声で言った。

 イットははっとした。

 ちょっと見惚れてしまっていたみたいだ。

 

「い、いえ、わざわざ、そんなことをしなくても……。えっ?」

 

 あっという間だった。

 気がつくと、コゼの手がイットの貫頭衣の裾の中に入っていて、両脇を切断されてしまっていたのだ。

 瞬間的な早技だ。

 イットは完全に油断していた。

 

「うわっ」

 

 すると、身体になにがが当たった気がした。

 風魔道だ。

 しかし、魔道的な作用は、イットには無効だ。

 爆風的なもののようだが、すべてがイットを素通りする。ただ、服だけはぱたぱたと勢いよく弾く音がした。

 

「あっ、しまった」

 

 イットは叫んだ。

 いつの間にか、コゼに切断されてしまった下着が風でコゼとイットのあいだに飛んでいたのだ。

 素早く、コゼがそれを拾いあげる。

 

「あたしの勝ちいいい──。ご主人様、あたしが勝ちましたよ──。さあ、エリカもシャングリアもどいて──。勝者の特権よ。今夜のご主人様はあたしのものよ──」

 

 コゼが高らかに宣言をして、イットの下着を大きく掲げた。

 イットは唖然とした。

 

「おっ、本当か──。よし──。じゃあ、コゼは来い。気絶するまで馬車の中で可愛がってやろう」

 

 ロウが笑って、エリカとシャングリアから顔を離して言った。

 

「あ、あたしもです──。あたしも一緒ですよ。コゼ姉さん、自分だけみたいに言わないください」

 

 ミウが大きな声で不平を叫んで、コゼとともにロウに駆け寄っていった。

 

 

 *

 

 

「ただいま帰りました……けど、馬車の前に飾ってあるのはなによ、ロウ?」

 

 イライジャだ。

 乗ってきた馬から降りて、マーズとともに、こっちにやって来たが、開口一番に口にしたのがそれだった。

 馬車の前には、五本の木の枝が刺してあって、その先端のそれぞれに、エリカとシャングリアとイット、そして、後から追加したコゼとミウの下着が先っぽに密着して飾ってあるのだ。

 特に意味はないが、あまりにもエリカが恥ずかしがるので、下着剥がし勝負に負けた罰として、そうやっただけだ。

 

 また、追加したコゼとミウの下着は、一郎との下着剥がし勝負の結果だ。

 もっとも、一郎との勝負は性愛の中でのことであり、それぞれ下着を守らせて愛撫し、脱力して動けなくなったところをあっさりと剥がしたものだ。

 まあ、ただの前戯だ。

 

 とにかく、いまはもう夜中だろう。

 馬車の前にいるのは一郎だけである。

 小さな焚き火を前にして、石を椅子代わりに使っていた。

 イットを含み、エリカたち全員は馬車の中にいる。

 全員を完全に抱き潰した。

 イットについては、さすがに手加減をしたが、朝まで起きない程度には、改めて抱かせてもらった。

 

 それにしても、まさか、コゼがイットから下着を奪うことに成功するとは思わなかったが、とにかく、勝者の特権ということで、コゼとミウについては、徹底的に抱き潰した。

 そのあいだ、エリカとシャングリアは、全裸待機で正座して見物だ。

 あられもない姿を晒して、絶頂しまくるコゼとミウを前にして、おあずけをさせられているふたりはなかなかにして、艶っぽかった。

 その結果、三ノスで、コゼとミウが完璧に気を失うと、一郎はやっとふたりを呼んで抱いてやった。

 ふたりが意識を戻さなくなるまでに、一ノス程度しかかからなかった。

 そのあいだ、イットについては、先に横になっていいと言ったのだが、さすがに女たちがあれだけ、騒がしく嬌声をあげ続けるのだから、とても寝れなかったみたいだ。

 

 結局、イットについても抱いた。

 そのとき、イットはこのまま、イットを一郎たちのパーティに加えて欲しいと言ってきた。

 奴隷解放されても、自分は親に捨てられた存在であり、故郷に行き場はない。

 それよりも、このまま、この集団ですごさせて欲しいと、イットは一郎に頭をさげたのだ。

 一郎は、この集団は、単に一郎を中心とした冒険者パーティというだけでなく、ときには、さっきのように、仲間同士で破廉恥な乱痴気騒ぎもするし、変態的な性行為も日常である。それを受け入れる覚悟はあるのかと質問した。 

 それに対し、イットは、明確に大丈夫だと宣言した。

 まあ、イットも、自分の目の前でほかの女たちが一郎に責められたリ、奉仕したりするのを目の当たりにしたのだ

 この集団は、こんなものかと割り切ったのだろう。

 

 そもそも、イットは、一郎の淫魔の支配を受け入れたことで、自分自身が絶句するほどの強さを手に入れた。

 シャングリアなどから、その強さは、一郎を受け入れない限り、すぐに失うものだと説明されたらしいので、それも「覚悟」の理由になったようである。 

 いずれにしても、一郎は、もはや、イットが完全に、こっち側の女になったことを確信した。それは、ひそかに、イットの心の中の感情を読んだことでも裏付けられた。

 もちろん、一郎は承知した。

 そして、そのイットも連続絶頂で気を失い、ほかの女たちと同様に抱き潰した。

 

 いずれにしても、全員が幌馬車の中にいて、全裸に毛布を掛けている状態だ。

 一郎については、こうやって外でイライジャとマーズを待っていたというわけだ。

 

「これは、みんながはいていた下着だ。全員で下着脱がし勝負をしてね」

 

 一郎は微笑んだ。

 イライジャもマーズも怪訝な表情になる。

 

「相変わらず、おかしなことばかりして……。それにしても、全員を抱き潰したらだめでしょう。あなたひとりのときに、なにかあったらどうするのよ」

 

 イライジャは呆れたように溜息をついた。

 

「一応、エリカとミウに防護結界を刻んでもらっている……。問題ないさ」

 

「イライジャさん、包みをここに……」

 

 マーズが声をかけてきた。

 また、小さな紙包みを持っている。

 

「その包みは?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「あの娘の服よ。ちょうど、可愛いのが里の店先にあったの。尻尾の穴と胸の調整は、明日の朝、簡単にできるわ。少しでも可愛くしてから、アンドレに会わせましょうよ」

 

 イライジャが笑った。

 

「じゃあ、あたしは馬の世話をしてきます」

 

 マーズが言った。

 イライジャが返事をすると、イライジャが乗っていた馬を含めて二頭の世話をするために、マーズが離れていく。

 

「それで、どうだったんだ、イライジャ? あの男のことは少しはわかったかい?」

 

 一郎は訊ねた。

 ふたりに頼んだことのひとつは、アンドレという旅の商人の評判を訊ねるためだ。

 イライジャの顔が効く商業ギルドの支部があり、そこなら情報が得られるかもしれないということで、行ってもらっていたのだ。

 マーズはイライジャの護衛だ。

 馬に乗れるということで、イライジャとの同行を頼んだのだ。

 ほかにも、頼んだことはあったが、まずは、どんな男であるかということを知りたい。

 

「まあ、やり手の商人だということはわかったわね。やり手といっても、悪名の方ね……。表では一介の旅の商人だけど、裏では金のためなら、かなりの汚いこともやるようね。とにかく、遠慮のいらない相手だということもわかったわ」

 

 イライジャが焚き火を挟んで一郎の前に座りながら言った。

 そして、アンドレという男の悪党ぶりを説明し始める。

 イットの話だけでは、奴隷扱いは冷たいようだが、まあ、商人としては常識的な人間という感じだったので、イライジャの口から出てくる裏の顔というものが意外だった。

 

「へえ……」

 

 一郎は生返事をした。

 ちょっと驚いていたのだ。

 確かに、情報は頼んだが、実際のところ、アンドレの関する情報については、そんなに期待はしていなかった。

 ふたりが向かったのは商業ギルドとはいっても、ナタルの森の中にあるエルフ族の里の中にある小さな支部だ。

 この界隈ではなく、手広くローム三公国で交易をしているような男の評判が簡単に入手できるとは思わなかった。

 

「ふふふ……。びっくりした? 実は、この話は、直接にあの男の部下から白状させたのよ。マーズに締めあげてもらってから、たまたま持っていた暗示剤を嗅がせてね……。もちろん、わたしたちのことは覚えていないわ。完全に忘れさせたので大丈夫よ」

 

 イライジャがくすくすと笑った。

 たまたま、暗示剤を持っていた?

 一郎はイライジャの言い分に苦笑した。

 それはともかく、アンドレもまた、その里に部下を向かわせていたのか……。

 

「あいつの部下をエルフの里で捕まえたのか?」

 

「あんたのことを調べようとしていたらしいわね。それで逆に捕まえさせたのよ……。それだけじゃなく、あんたのことも吹き込んだわ……。薬で操って記憶させたんだけど、あの部下は、自分で集めた情報だと思い込んでいるはずよ。それをアンドレに報告するんでしょうね……」

 

「……それで、俺についてはどんな評判を吹き込んだんだ、イライジャ?」

 

 一郎は訊ねた。

 すると、イライジャがにやりと笑った。

 

「……ちょろい男だと。世間知らずの道楽男で、護衛女を性奴隷のようにはべらかして、いっぱしの冒険者ぶっている弱い男だと伝えたわ。手を出しても、係累なんかない成りあがり者だとね」

 

 イライジャが言った。

 一郎は笑ってしまった。

 

「なんだ、嘘を教えたのかと思ったら、その通りの事実じゃないか。世間知らずだし、俺は、みんなに守られているだけの弱い男だ。成りあがり者だというのも当たっているな」

 

 一郎は爆笑した。

 しかし、イライジャは溜息をついただけだ。

 

「自覚ないのね。あなたは大物よ。すでにね」

 

 そして、イライジャが苦笑したような表情を顔に浮かべた。



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354 絶対服従薬

 陽が昇るのを待ち、アリアはほかの三人と性奴隷仲間とともに、イットがいる幌馬車までやって来た。

 別れをするという名目のためだ。

 

 もっとも、アンドレの奴隷になったばかりのほかの三人と、アリアの心中にあるものは、まったく異なるものがあるだろう。

 三人は、全員まとめてカロリック公国で、アンドレに買われたばかりの新人であり、やはり獣人であるイットには、見えない壁のようなものがある。

 カロリックは特に獣人差別が激しい土地柄であり、はっきりとは口にしないが、同じ奴隷であっても……、いや、同じ奴隷であるからこそ、さらに獣人であるイットを蔑み、下等な存在と見なす態度が垣間見える。

 かつてのアリアがそうだったように……。

 

 イットとの別れといっても、三人が寂しさのような感情を持つことはない。

 ただ、命じられたから来ているだけだ。

 それは、昨日の死霊体の襲撃でイットがいなければ、全員が死んでいたに間違いがないという事実があっても変わらない。

 

 だが、アリアは別だ。

 イットはアリアにとって、心の恩人だ。

 二年前、奴隷になったばかりのアリアをときに励まし、ときに叱咤し、そして、生き抜く強さを導いてくれたのはイットだ。

 彼女がいなければ、とうの昔にアリアの心は死に、生きながら死んでいるだけの存在になっていたと思う。

 イットに教えられた、決して希望を捨ててはならない、そのためには食べれるときには食べなければならないという教えは、いまでも、アリアの宝物だ。

 だから、イットと別れなければならないかもしれないというのは、心の底から悲しかった。

 

 イットは首を隠すような襟のついた、スカート丈の短い可愛らしい柄の服を着ていた。

 女の子らしい服のイットなど初めてだ。

 その姿を見ただけで、アリアはイットが新しいご主人様に大切にされているのだなと思った。

 

 別れがしたいと告げると、イットの新しいご主人様は、呆気なく許可をくれて、アリアたちとイットだけにしてくれた。

 アリアは、泣きそうになるくらいに残念だった。

 

 でも、泣くのは許されていない。

 「命令」なのだ。

 イットが完全に罠にかかるまで、いかなる手段を用いても、絶対に不審に思われてはならないし、成功させなければならない。

 できれば、イットに怪しさを気がついて欲しかったが、イットにはまったく、そんな素振りはない。

 いまも、あの馬車から少し離れた繁みの中に案内をするアリアたちを疑うことなく、ついてくる。

 アリアは、大好きなイットを陥れる役割を与えるアンドレという「ご主人様」を恨めしく思った。

 

「突然のことになったけど……。お別れだね、アリア……。みんなも、お元気で……」

 

 林の中に入っていくと、イットが溜息交じりに言った。

 アリアは、怪訝に思った。

 イットが、とても疲れているように見えたからだ。

 アリアの知る限り、イットは信じられないくらいに体力があって、疲労困憊になどなったことはない。

 アンドレが面白半分のように激しく抱くときにも、敏感なイットは、行為の最中でこそ、繰り返し気をやったりしてぐったりとなるが、とにかく、回復力がすごい。

 終われば、あっという間に元気になる。

 それが獣人族というものなのだろう。

 でも、いまのイットは、とても気だるそうだ。

 

 こんなに疲れたような様子を示しているのは、昨日の死霊体の襲撃に襲われた直後くらいじゃないだろうか。

 それを思い出して、またもや、アリアの心にふつふつと怒りが沸いてきた。

 

 あのアンドレは、アリアの大切な仲間のイットを「死ぬまで戦え」という命令で見殺しにしようとしたのだ。

 イットの戦闘能力はものすごい。

 だけど、このイットは、実はあらゆる治療薬、治療魔道を受けつけないという不思議な体質なのだ。

 傷を負えば、イット自身の自然快復力でなければ、負傷は癒えることはないし、そもそも、奴隷のイットに、高価な治療薬を使うということなどあり得ないかもしれない。

 

 だが、あのときのアンドレの魂胆は明白だ。

 一日経てば、姿を消すという死霊体(ゾンビ)の襲撃において、少しでも時間稼ぎをするために、イットを使い捨てにして、見殺しにしようとしたのだ。

 それは、アリアたちの扱いについても同じだ。

 アンドレは、死霊体の攻撃を防ぐために、戦うこともできないアリアの仲間たちを盾にした。

 馬車を並べて急遽作った防壁からやって来ようとする死霊体に対し、女奴隷たちにそいつらを棒で押し返す役目を与えたのだ。

 死霊体に噛まれれば、死霊の呪いに感染する危険もある。

 それを知っていて、少しでも自分たちの体力を温存するために、ほかの仲間についても、イット同様に時間稼ぎの道具にしようとしたということだ。

 

 それが奴隷というものだということはわかっているが、納得はいかない。

 確かに、アンドレの奴隷扱いは、カロリック内の一般的な奴隷に比べれば、破格というほどの扱いには違いないが、でも、大切な仲間を見捨てて殺そうとしたということについては、どうしても恨みが残っている。

 

 結局、イットは、馬を隠す役目を命じられたアリアが、偶然に出会った冒険者たちに救出された。

 だが、死霊体がいなくなってからも、呪いに侵されたイットを、アンドレはあっさりと見殺しにして、抵抗を封じる命令を与えるとともに、処分しようとした。

 アリアは、その場面に遭遇しなかったが、それを訊いて唖然とした。

 心の冷たい「主人」だとは思っていたが、それほどとは思わなかったのだ。

 

 いずれにしても、イットはその冒険者に引き取られた。

 とても綺麗な女の人ばかりを連れている冒険者の人で、自分ならイットを助けられると言ったそうだ。

 そして、目の前のイットは、昨日の負傷など、嘘のようになくなっている。

 それどころか、服の外に見える場所にあった肌の小さな古傷までも、完全に消滅している。

 いったい、どんな方法を使ったのだろう?

 

 まあ、なんにしても、イットは別の人の持ち物になったのだ。

 友達だったから別れるのは寂しいが、今度こそ、いい人に巡り合ったのだと思えば、嬉しくもある。

 だが、そのイットを、アリアは裏切ろうとしている。

 アンドレの命令によって……。

 

「あ、あのね、イット……」

 

 アリアは、なんとか、本当のことを伝えようとしてみたが、やはり、だめだった。

 心とは裏腹に、イットを疑わせないために、別れの言葉などを語っている。

 ほかの三人と同じだ。

 しかし、そのあいだにも、アリアたちが立っている場所の地面からは、無色無臭の催眠煙が沸き続けている。

 アリアたちは事前に中和剤をもらっているが、幻覚剤の一種だ。この煙を嗅ぎ続けると、少しのあいだ、思考力を失ってしまい、誰のいうことでも素直に従ってしまうというものらしい。

 

 この煙が罠だ。

 やっているのは、アンドレの腹心のグラフであり、アリアたちの役目は、イットを誘きだして、少しのあいだこの煙を嗅がせることだ。

 

 魔道に抵抗力があるイットだが、ここに来るまでに、グラフが得意そうに語った話によれば、この催眠薬は、イットをもう一度奴隷にするために、アンドレが持っていたものであり、魔道的なものではなく薬草なので、イットにも効果があることは、すでに何度も確かめているのだという。

 つまりは、アンドレとグラフは、譲ったはずのイットをもう一度取り返そうとしているということのようだ。

 不正な手段をもって……。

 

 アンドレもそうだが、このグラフも、アリアたちの前では、悪だくみを隠そうとしない。

 「命令」で絶対に喋らないようにさせることができるからだ。

 

「そろそろ、いいだろうな。よくやったぞ、お前たち」

 

 周りを囲んでいる繁みの一角から、グラフが現れた。もうひとりのエルフ族の男も一緒だ。

 エルフ男は、アンドレの部下が近くのエルフの里から連れてきた隷属魔道が遣える者らしい。

 

 そして、グラフはにやにやしている。

 アリアは、改めてイットに目をやった。

 ここでいきなり出現したグラフに対して、イットはまったく動じる様子はない。

 ぼんやりとしている。

 

 また、アリアたちも、なにもできない。

 アンドレから、このグラフには絶対服従と命令を重ね掛けされている。

 グラフにも逆らうことは不可能だ。

 アリアは歯噛みした。

 催眠煙がすでに、イットに効いているのは明らかだ。

 

「ほほう……。本当に奴隷から解放されていたみたいだな。首輪が消えている。それとも、あいつのほかの奴隷たちと同様に紋章奴隷か? まあ、確認してもらえばわかるか」

 

 グラフが朦朧としているイットの首に手を伸ばして、イットが身につけていた服の首の部分を掴んで、そこを強引にくつろげるように拡げた。

 イットは首が隠れるような服を着ていたので、確認できなかったが、確かにイットの首から奴隷の首輪が消えている。

 

 これも、グラフが喋ったことだが、イットは奴隷から解放されていると言っていた。

 よくわからないが、イットを譲られたあのロウとかいう人は、イットに奴隷のまま奉仕されるのは、気が進まないという気持ちになったようだ。

 まあ、グラフが語ったことなので、真実かどうかは知らないが……。

 いずれにしても、確かに、イットの首からは奴隷の首輪はなくなっている……。

 

「まあいい……。これを使えばわかる。奴隷の解放がなされていないなら、新しい首輪は受けつけない。だが、もしも、あの男が簡単に奴隷を解放してしまうような馬鹿なら……」

 

 グラフがイットの首に首輪を嵌めた。

 アリアは、はっとした。

 新しい奴隷の首輪だ。

 だが、イットは逃げない。

 いや、薬煙の影響で逃げられないのだ──。

 そして、もしも、本当に、いま奴隷状態になく、さらに、あの首輪を嵌められた状態で、“奴隷を受け入れる”という言葉を告げれば、奴隷状態が復活してしまう。

 グラフの奴隷としてだが……。

 

「じゃあ、頼むぜ」

 

 グラフがエルフ男を見た。

 エルフ男が頷き、イットの前に出る。

 

「奴隷を受け入れよ、獣人」

 

「……受け入れます……」

 

 朦朧としている表情だが、イットははっきりとそう応じた。

 アリアは絶望的な気持ちになった。

 

「隷属が刻まれたようだ」

 

 エルフ男が言った。

 グラフがにやりと微笑む。

 

「なるほど、本当に解放されていたのだな。つまりは、いまは、お前の支配をする者は空っぽということだ。あいつも、馬鹿な男だな。そんなことをしなければ、奪った奴隷を簡単に奪い返されることはないだろうに……」

 

 グラフがくすくすと笑った。

 そして、口を開く。

 

「俺の支配を受け入れろ。この仕事が終わったら、可愛がってやろう。お前については、俺に駄賃として引き渡すことに、アンドレ様も同意しているのだ」

 

 グラフが言った。

 

「……はい、ご主人様……」

 

 すると、虚ろな視線のままのイットが呟いた。

 

「ああ、イット、ごめんなさい──」

 

 イットの再奴隷化に成功したことで、与えられていた「命令」が解除されたのだ。

 アリアは、心からの謝罪の言葉を叫んだ。

 心に絶望と悔悟が走った。

 しかし、そのとき、エルフ男が急に不審げな表情になったと思った。

 

「待ってくれ……。なにか、おかしいな……。もしかしたら、なにかの偽騙魔道がかけられてるか?」

 

 そして、エルフ男が呟いた。

 グラフが不審な表情をする。

 

「ああ? まさか失敗したのか?」

 

「い、いや、ちゃんと奴隷の刻みは成功したと思うのだが、なにか違和感が……」

 

 エルフ男はしきりに首を傾げている。

 どうしたのだろう?

 

「ちっ、頼りねえなあ。まあ、最悪、隷属だけかかってれば、アンドレ様の石で無力化できるからいいんだが、とりあえず、確認するか……。まずは、襟で首輪を隠せ」

 

「はい」

 

 イットが襟で首輪を見えなくする。

 

「じゃあ、試してみるか。ついでに、さっそく味見でもするかな……。イット、命令だ……。スカートを捲れ。俺のすることに対して、一切の抵抗を禁じる。大人しく受け入れるんだ」

 

 グラフが下衆めいた笑顔を浮かべた。

 ぎょっとした。

 だが、イットが、無表情のまま、すっと両手をスカートの裾に伸ばす。

 すぐに、手を伸ばしてやめさせようと思ったが、まだ、グラフの「命令」が邪魔をしている。彼のやろうとしていることを阻止する行動ができない。

 イットがスカートを持ちあげて、下着を露わにした。

 

「なんだ、問題ないじゃねえか。脅かしやがる」

 

 グラフがほっとしたように相好を崩した。

 そのときだった。

 不意に草むらに誰かが近づく気配がしたのだ。

 

「誰か近づきます」

 

 とっさに、アリアは言った。

 グラフが舌打ちをするのが聞こえた。

 

 グラフがイットに与えていた命令を解除し、それを受けたイットがスカートを掴んでいた手を離したのとほぼ同時に、草を払うようにして、ひとりのエルフ美女が現われた。

 確か、エリカという名だったような……。

 

「イット、なにしてんの? それに、あんたたちは、なによ──? イットが仲間の奴隷女たちと別れの挨拶をしているんじゃないの?」

 

 そのエリカがグラフを認めて、声をあげた。

 

「もちろん、俺たちはこの四人の護衛だ。それよりも、今日は、ご主人様の命令でスカートを短くしなくていいのかよ。下着をちらちらさせながら歩かないと、お前のところのご主人様に、叱られねえのか?」

 

 グラフが声をあげて笑った。

 昨日の夕方、彼女がやって来たとき、スカート丈を恐ろしく短くしてやって来た。

 そのことをからかっているのだと思った。

 

「う、うるさいわねえ──。あんたに、関係ないでしょう」

 

 エリカが怒鳴った。

 その顔は真っ赤だ。

 

「まあいい。俺をお前のところの主人のところに連れていけ。アンドレ様から伝言を預かっている。大切な用事だ」

 

「大切な用事? なによ、それ?」

 

 エリカが怪訝そうな顔をする。

 

「奴隷女に説明する必要はねえ。さっさと、連れていけ」

 

 グラフがエリカを馬鹿にしたように言った。

 エリカは嫌悪感たっぷりの表情で、グラフを睨んだ。

 

 

 *

 

 

 嫌な顔だな。

 

 一郎は、小さなテーブルを挟んだ椅子に腰かけているアンドレを見て思った。

 アンドレに呼び出されてやって来た、彼の馬車の中だ。

 一郎たちと同じような幌馬車であり、馬車の中は書類を入れてあるらしい箱が数個と、小さなテーブルとそれを挟むソファだ。

 奥には、衝立があり、その向こうに馬車の左右の壁いっぱいの広さの寝台がある。

 そこで、奴隷女を毎夜抱くのが、この男の習慣なのだそうだ。

 

 まあ、そういう意味では、この男の好色さは、一郎と似ていると言っていい。

 女奴隷の扱いが冷たいのと、一郎を嵌めて、エリカたちを横取りしようとしさえしなければ、別にこちらから仕返しなどしないのだがな……。

 

 とにかく、ここに一郎がいるのは、こいつに呼び出されたからだ。

 イットの譲渡の手続きだ――。

 馬車にやって来たこいつの使者……名はグラフという男だが……そいつに呼び出されたのだ。

 今朝方、目の前のグラフが一郎の馬車までやって来たときに、告げた口上がそれだったのだ。

 だから、全員と一緒にここにやって来たというわけだ。

 

 もっとも、アンドレの移動事務所を兼ねている馬車の中に入ったのは、一郎ひとりだ。

 女たちは、一応、馬車の外で待機するということになっている。

 馬車に入るとき、ミウがそばまでやって来て「馬車に防音の結界が張られています」とそっと告げた。

 どうやら、一郎が馬車に入ったら、外の様子を室内に知られることがないようにというアンドレの処置らしい。

 好都合なので、一郎はそのまま、防音の結界を保持させておけと指示してきた。

 

 また、馬車で待っていたのは、アンドレとグラフだ。さらに、エルフ族の男もいる。

 グラフは、アンドレの右腕的存在である。

 エルフ男の素性はわかっている。

 アンドレの部下が近くのエルフの里から連れてきた隷属魔道のできる魔道遣いである。

 ただし、小者だ。

 

 アンドレが一郎を嵌めるにあたり、セビウスの石という、周囲一帯の奴隷状態にある者を一斉に無力化できる魔道具を使用するのはわかっていた。

 しかし、エリカが、一郎がイットの隷属魔道を解除してしまったことをうっかりと口にしてしまったので、もしかしたら、イットを再奴隷化することを目論むのではないかとも予想していた。

 そうでなければ、イットがセビウスの石とやらで、無力化できない可能性があり、アンドレとしては不安要素であるからだ。

 だから、ミウとエリカにこっそりと、イットについてもらい対応させることにした。

 案の定、イットを呼び出させたグラフは、隷属魔道のできるエルフ族を連れてきて、確認のうえ、イットに隷属魔道をかけ直そうとしてきた。

 だが、ミウの方が魔道力は上手だった。

 ミウは草むらに隠れたまま、イットに効果が及びそうになっていた薬香の影響を解除し、さらに、エルフ男にも魔道で暗示をかけて、隷属魔道がうまくいったように錯覚させることに成功した。

 

 グラフが確認のために、イットに手を出そうとしたのは気に入らないが、エリカも咄嗟に姿を晒してイットを守ることには成功した。

 いずれにしても、イットはもう一郎の女だ。

 手を出したことには、しっかりと酬いをくれてやる。

 

 また、一郎が馬車にひとりで入ってきた途端に、アンドレが胸に手をやった。

 周囲の奴隷女を無力ができるという『セビウスの石』とやらを作動させたに違いない。

 今頃は、事前にアンドレが指示をしていた通りに、無抵抗になったはずのエリカたちを捕縛しようとして、この隊商の護衛たちが一斉に襲いかかっていると思う。

 

 まあ、エリカたちならうまくやるだろう。

 いずれにしても、この馬車には防音の結界がかかっているので、外の喧噪は聞こえないし、中の音も外にはわからない。

 一郎が、罠にかかったふりをして、ひとりで乗り込むことについては、最後までエリカが抵抗したが、最後には納得させた。

 まあ、一郎としても、目の前のアンドレ程度に不覚をとるつもりはない。

 

「さて、じゃあ、手続きといこうか」

 

 アンドレは言った。

 

「譲渡契約書ですね」

 

 一郎は言った。

 

「まあな。現段階では、手続き上は、イットはまだ俺の奴隷だ。この契約書を交わして、初めて、お前のものになる。それまでは、体裁としては、俺の持ち物である奴隷を盗んだことになる。じゃあ、これにサインを……」

 

 アンドレがにやりと笑って、一枚の羊皮紙を取り出した。

 それが机の上に置かれる。

 一郎は、何気なくそれをに手に取った。

 もっとも、一郎には、この国の言葉は喋れるし、聞き取れるが、読むことはできない。

 それでも、日常用語的なもの程度なら、多少はいけるのだが、専門的な契約書が読み取れるわけがない。

 

「俺の女たちを呼んでもらってもいいですか? イライジャを連れてきます」

 

 一郎は書類を一瞥してから、テーブルに戻した。

 だが、次の瞬間、さっとグラフが剣を抜いて、一郎の喉に突きつけた。

 

「……なんの真似です? 脅迫ということですか?」

 

 一郎は静かに言った。

 罠としては稚拙だろう。

 一郎を護衛の女たちと切り離して、不公平な契約書に無理矢理にサインをさせる……。

 無論、そんなことは契約としては無効だが、それでも、いくらでも、誤魔化しようはあるのだろう。

 なにしろ、アンドレが思っている一郎に対する評価は、苦労知らずの成りあがりだ。

 しかも、後ろ楯になるような存在はないと思っているだろう。

 夕べ、イライジャがアンドレの部下にそう吹き込んだはずだ。

 人は都合のいい話を信じたくなるものだし、アンドレはそれを信じたと思う。

 だから、手っ取り早く強引な手段を選んだに違いない、

 

「まさか……。だが、じっとしていてもらおう。しばらくすれば、なにも考えられなくなる。乱暴はしたくない。このグラフにかかれば、お前を痛めつけて、動けなくすることなど簡単だ……。じっとしてな。すぐに薬が効く」

 

「それを脅迫というんですよ」

 

「脅迫じゃねえ。説得してるのさ。人の言葉に従いたくなる薬香を吸ってもらってな……。こっちとしては、乱暴な手段で大人しくさせてのもいいし、黙って大人しくしているのでもいい。好きな方を選べ」

 

 アンドレが背後から小さな皿を取り出して、その上に袋から取り出した薬草のようなものを乗せた。

 どういう仕掛けなのか知らないが、すぐに皿の上の草から煙が出始める。

 一郎は、グラフに剣を突きつけられたまま肩を竦めた。

 

 あれは、イットを強引に再奴隷にしようとしたときに、グラフが使った催眠性のある薬草と似たものだろう。

 つまりは、人の思考を一時的に麻痺させる無色無臭の薬草ということだ。

 アンドレたちが慌てないところを考えると、彼らは薬香を中和するなんらかの処置を事前にしているのだろう。

 

「動くなよ。動くと痛めつけるぜ。心配するな。これも勉強だぜ、優男」

 

 アンドレがもう一度、なにかをグラフに放った。

 それを見て、一郎は、さすがにびっくりしてしまった。

 まさか、アンドレがそんなものを準備しているとは思わなったし、一郎に使おうとするとも思わなかったのだ。

 

 アンドレがグラフに手渡したのは、『奴隷の首輪』だった。

 それを受け取ったグラフが、一郎の首にそれをかける。

 がちゃりと音がして、それが一郎の首に魔道的に密着したのがわかった。

 

「しばらく、そうしていろ。そうだな……。もう少ししたら、なにも考えられなくなる。そうしたら、俺の言葉には逆らえない。いい気持ちになるからな。そのとき、俺がある言葉を言う。そうしたら、“承知した”と応じろ。後のことはなに考えなくていい」

 

 アンドレがくすくすと笑った。

 一郎は唖然とした。

 

「奴隷の首輪ですか? こんなことがうまくいくわけないでしょう。俺が奴隷になることになんて、応じると思ってるんですか」

 

「どうかな、試してみるさ……。だが、これは別名“絶対服従薬”といって、実際、もっとやばい相手に同じことをしたけど、発覚したことはないぜ。後で紋章奴隷に切り替えるしな……。やばいことになれば、自殺するように命じる」

 

「そうやって、敵を陥れてのしあがってきたんですか? よく、発覚しませんでしたね」

 

「余裕ぶっこいてんのも、いまのうちだぜ。すぐになにも考えられなくなる……。そして、教えといてやるけど、これは操り術や支配薬とは違う。そういう操り薬は時折弾く者もいるしな。だが、これは弾けねえ……」

 

「弾けない?」

 

 アンドレの言葉にちょっと不審なものを感じた。

 そして、どうしてアンドレは、さっきから、こんなに自信があるのだろうかという疑念が湧いたのだ。

 アンドレの鑑定術がどれくらいのものか具体的にはわからないものの、アンドレも能力の高い相手には、操り系の魔道が掛かりにくいことは経験で知っているだろう。

 もちろん、一郎のことを高位能力者と考える道理はないが、支配系の魔道具や魔道薬などは、術者よりも能力が高い相手にはかからないというのは、この世界の常識のようだ。

 しかし、アンドレは妙に自信を持っている。

 

「ああ、そうだ……。なにしろ、これは意識を失ったようになるだけだ。操るわけじゃない。そして、鸚鵡(おうむ)のように言葉を繰り返す……。しかし、それで十分に隷属魔道はそれで効果が刻まれてしまうんだ。何度も試している……。くくく……」

 

 アンドレが勝ち誇ったように喉で笑った。

 一郎は不穏なものを感じた。

 

「よくわかんないけど……、俺が……あんたの罠に……嵌まることはない……。忠告はする……。やめるんなら……いま……」

 

 一郎は言った。

 一方で、だんだんと頭が朦朧となるのを感じる。

 これは、本当に頭がぼんやりとしてくる。

 どうやら、意識を失わせる効果があるというのは真実みたいだ。

 もしかしたら、アンドレが口にした通りの効果があるのかも……。

 

 ……だとしたら、どうなのか……?

 単純な支配術なら、淫魔師レベル“100”に達した一郎が誰かに隷属されるなどあり得ないと思うが、意識のないあいだに、口の葉に載せた言葉で隷属が成立してしまうということがあるのか……?

 もしかしたら、そんな裏技もあるかもしれない……。

 次第に麻痺してくる思考の中で、一郎はふとそんなことを考えた。

 

「とにかく、たっぷりと催眠香を吸ってくれよ。それと動くなよ。動けば殺すぜ。俺はどっちでもいい」

 

「後悔する……ぞ……」

 

 一郎は言った。

 しかし、まるで他人の口が喋っているようで、自分の声なのに、遠くから聞こえるみたいだ。

 

「まあ、語れるうちに、言いたいことを口にしておきな。もうすぐ、自分の意思では、なにも喋れなくなる。そして、次に気がついたときには、紋章奴隷になっているということだ。まあ、成りあがり者のくせいに、あんな美人奴隷を引き連れて目立つのが悪い。身の程を知っておけば、目立つこともなかったかもな」

 

 アンドレが笑った。

 

「お、お前に、その言葉を……返す……」

 

「女奴隷についても、そろそろ、全員を捕らえ終わっている頃だ。あいつらは俺が引き受けるし、お前のことも引き受けよう。できるだけ、奴隷扱いのいい男色趣味の金持ちに売り飛ばしてやるよ。別に、お前に恨みがあるわけじゃないしな……ところで、そろそろ、意識が麻痺してきただろう?」

 

 アンドレが愉しそうに言った。

 一郎は、内心で呆気にとられいていた。

 いまのいままで、アンドレは一郎を脅迫して、一郎の女たちを強引に奪おうとしていると思っていたが、まさか、アンドレは、一郎まで、奴隷として売り飛ばそうとしているとは……。

 しかも、悪いことに、本当に意識が消えかかっている。

 アンドレの喋ることも、あまり理解できなくなってくる。

 

 これは、ちょっとまずいな……?

 隷属にかけられるのかも……。

 あるいは、アンドレの言葉の通りに、奴隷の首輪をつけたまま、奴隷の誓いを言の葉に乗せれば、レベルの高さに関わらず、奴隷の支配が有効になってしまうのだろうか……。

 つまり、一郎の意思による奴隷応諾だと見なされて……。

 やばいかな……。

 一郎の背中に冷たいものが流れる。

 

 そして、アンドレがエルフ族の魔道遣いに合図した。

 

「隷属魔道を発動した。あとは、この人間族が隷属の承諾を口にすれば、それが刻まれる」

 

 エルフ男が言った。

 アンドレが笑いながら頷く。

 

「奴隷の誓いをすると言え、ロウ……。お前は俺の奴隷だ。心から誓え」

 

「心から誓う」

 

 一郎の口は、勝手にそう喋っていた。

 ぱちりと隷属の魔道が発動するのがわかった。



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355 欲深商人の失敗

「ちょっと、待ったあ──」

 

 ばさりと幌をまくり開く音が背中でした。

 その声に聞き覚えがあるような気がしたが、一郎にはなにも頭に思い浮かばなかった。

 ただ、ぼんやりとするだけだ。

 

 しかし、何気なく振り返った視界に、短いスカートで片脚をあげている女の姿が入ってきた。

 スカートの中に見える真っ白い下着に目をやっていると、風のようなものが通り過ぎて、その女の足が向かい側に座っている男の顔面にめり込んだ。

 どうやら、一郎に剣を向けていたらしい、その男はそのまま後方に吹っ飛んでいった。

 

「な、なんで……。どうやって入ってきた──? 結界で封印していたはずだ……。しかも、セビウスの石で動けないはずじゃ……」

 

 呆然と呟いたのは、蹴り飛ばされなかった、椅子に座っている側の男だ。

 だが、どうしても、その男が誰なのかわからない。

 一郎は、ただ、ぼんやりとしたままでいた。

 

「エリカ姉さん、コゼ姉さんこれです──。少しでいいので、息をとめてください。いま、魔道でこの馬車の中の毒煙を外に追いやります。ロウ様の回復も任せてください」

 

 続いて声をかけてきたのは、ローブを身にまとっている可愛らしい童女だ。

 すると、突然に突風のようなものが沸き起こり、辺り一面が吹き飛んだ。続いて、さっきの童女の指がとんと頭に触れる。

 途端に、頭にかかっていたもやのようなものが消滅して、急に思考力が戻ってきた。

 

 はっとした。

 たったいままで、停止していた思考が突然に戻ってきたのだ。

 それとともに、背中に冷たいものが一気に流れた。

 

 危なかった……。

 催眠剤の毒煙の効果に影響されてしまっていたようだ。

 そして、思い出した……。

 薬煙のために一時的に自意識を失って、アンドレに対して、奴隷の刻みを認める発言をしたような……。

 なるほど……。

 それで、こういうことだったか……。

 まあ、だけど、こういう危険も予期はしていたし、そうなっても問題ないように処置していたんだが……。

 

「これが、ご主人様をおかしくした草ね」

 

 後ろから手を伸ばしてきたコゼが風で床に飛ばされていた魔草を手に取って、外に放り捨てる。

 

 また、馬車に入ってきたのは、エリカ、ミウ、コゼだ。

 ほかの女たちは、まだ、馬車の外にいるのだと思う。

 喧騒のような音は、ずっと聞こえてくる。

 それはともかく、こうもタイミングよくやってきたということは、防音をしておけとミウには命じたものの、実際には中の様子をミウの魔道でうかがっていたかもしれない。

 

「お前は動くな、アンドレ──。コゼ、グラフを頼むわ……。それと、魔道遣い、お前は外に出なさい」

 

 エリカがさっと剣をエルフ男に向けた。

 

「ひっ」

 

 エリカがいきなりのことで頭が働かないエルフ男の襟首をむんずと掴んだ。

 そのまま、片手で馬車の下に放り投げた。

 すごい力だ。一郎は感嘆した。

 もしかしたら、身体強化系の魔道かもしれない。

 

「うわっ」

 

 エリカに投げ飛ばされたエルフ男がいなくなり、馬車の下で肉が潰れたような音と、エルフ男の呻き声がした。

 馬車の外はまだ騒がしいが、馬車の間近については、すぐに静かになる。

 

 一方で、コゼが「あいよ」と軽口を口にしながら、ひらりとテーブルを飛び越えて、馬車の奥に転がっていったグラフに向かう。

 もっとも、グラフは、エリカに顔を蹴られてぶっ飛び、そのまま寝台の壁に頭を打ちつけられて、完全に気を失っているみたいだ。

 また、たったいままで、一郎に突きつけられていたグラフの剣は、床に転がっている

 

「覚悟しなさい、アンドレ――。もう終わりよ。外はほとんど片付いたわ」

 

 エリカが剣先をアンドレに向け直す。剣先には、血も滴っていた。抵抗するアンドレの手下を幾人か斬ったのだろう。

 

「うわっ、なんだ、その血は?」

 

 エリカに剣を突きつけられたアンドレが、悲鳴をあげて椅子から立ちあがりかけた。

 さっきまでの傍若無人の態度が完全に消え失せて、顔に恐怖が浮かんでいる。

 

「動くなって、言ってんでしょう――」

 

 エリカがテーブルに跳びあがり、中腰の段階でアンドレを切りつけた。

 腰の剣帯が切断されて、そのまま剣が床に落ちる。

 

「ひいいっ」

 

 アンドレが顔を蒼くしたまま、尻餅をつくように椅子に座り落ちた。

 

「ロウは? ロウは大丈夫か?」

 

 馬車の外から声がした。

 一郎は首を回して、馬車の外に視線を向ける。

 声はシャングリアだ。

 一郎が「問題ない」と手で合図をすると、明らかにほっとした表現になる。

 ふと見ると、さっきのエルフ男の襟首を片手で持っている。

 エルフ男は、シャングリアに殴られたのか、鼻血を流して気絶している。

 

「よかった。じゃあ、こっちは任せておけ。マーズとふたりで、抵抗する者は、容赦なく叩きのめす。こっちは心配するな。イットもいるしな」

 

 シャングリアがにっこり笑う。

 一郎が「頼む」と返事をすると、嬉しそうに馬車から離れていった。

 

 一方、立ちあがって視線を向けると、少し離れた幌馬車の下では、マーズが立ちはだかっているの見えた。

 その向こうに大勢の男たちが地面に横たわっているのも見える。

 ここからではよくは見えないが、派手にやったのだろう。

 見える範囲の何人かの男たちは、鼻や口から血を流していたし、おかしな方向に腕が曲がっている者もいる。

 いずれにしても、アンドレの部下たちは、もはやほぼ制圧されているようだ。

 

「ほら、もう、あたしらを襲う者はいないのか──? このマーズは丸腰だよ。かかってこなくていいのかい──?」

 

 マーズの挑発するような大声が聞こえてきた。

 一郎にはほとんど見せない迫力のある啖呵だ。

 あんなに元気な怒鳴り声があげられるくせに、一郎の前に来ると、まるで借りてきた猫のように大人しくなってしまう。

 一郎はほくそ笑んでしまった。

 

「ロウ様──。ほらっ、まんまと罠に嵌まったじゃないですか──。もう二度と、ロウ様の“大丈夫”は受け入れませんからね。奴隷の首輪まで嵌められてしまって──。危ないところだったじゃないですか」

 

 アンドレに剣を突きつけているエリカが、テーブルから降りてから、一郎に向かって怒鳴り声をあげた。

 

「だから、これは作戦だし……。いや、なんでもない」

 

 一郎は自嘲するように笑おうとしたが、憤怒の表情で一郎を睨むエリカを見て、慌てて笑みを引っ込めた。

 アンドレが罠を仕掛けようとしているのは知っていたが、一郎は、「あんな小者くらい、自分ひとりで問題ないから、エリカたちは馬車の外で待っていろ」と言って、こうやってひとりだけでアンドレたちと対面をしたのだ。

 罠にかけるならかけさせておいて、それを口実にアンドレに仕返しをしようとしたからだ。

 女たちは一郎がひとりで対決するなど危険だと反対し、特に、エリカは、最後まで抵抗した。

 しかし、一郎は、最後には多少、卑怯な手段でエリカを黙らせ、一郎ひとりでアンドレの馬車に乗り込むことを承知させた。

 

 だが、その結果として、一郎は、あっさりと、その罠に嵌まって、奴隷の首輪を嵌められてしまった。

 あのまま、エリカたちが乗り込んでこなかったら、朦朧としていた頭では、アンドレに抵抗できなかっただろう。

 それこそ、なにをされていたかわからない。

 危ないところだった。

 まあ、実際には、手は打っていたので、まったく問題はないのだが、エリカは、一郎が危険に陥りかけたということだけで、気に入らないみたいだ。

 

「な、なんで動けるんだ……。セビウスの石が発動していないのか……?」

 

 アンドレは呆然としている。

 エリカがさっとアンドレに視線を戻す。

 

「うるさいわねえ──。ロウ様を嵌めようとするなんて、わたしは激怒してるのよ──。遠慮なく抵抗しなさい。そうすれば、あんたの顔を切り刻む口実ができるから」

 

 エリカが怒鳴った。

 彼女の怒りの大半は、エリカのいうことを受け入れず、その結果、危険に陥った一郎に対する苛立ちだろうが、この際、目の前のアンドレにそれを発散してもらおうと思う。

 

「……ついでながら、あんたの……なんとかの石は発動しているわよ。ひっくり返っているのは、あんたのところの奴隷だけだけど……。可哀想だから解除してあげたら……?」

 

 コゼがグラフの首を掴んで、外に向かって歩かせながら、アンドレに言った。

 意識が戻ったばかりという感じのグラフは、鼻から血を流しながら、首を前側に倒した格好でよろよろと歩いていく。

 首を倒したままでいるのは、縄がグラフの首に巻き付けられ、その端末がさらに両膝をまとめて括った縄に結ばれているからだ。その縄が短いので、グラフは前屈みの状態から首をあげられないというわけだ。

 さらに、コゼはグラフの親指の付け根を細い糸で縛っている。

 

 グラフは、まだエリカに蹴り飛ばされた余韻が残っているのか、足元が怪しい。

 しかも、膝から下だけで歩いているので、完全によちよち歩きだ。

 そして、エリカに蹴り飛ばされただけのわりには、顔だけでなく、全身のあちこちに痣や傷が増えている気がする。

 暴れるような物音はしなかったから、余程に一方的にコゼが痛めつけたのだろう。

 

「ほら、降りなさい」

 

 幌馬車の出口のところに辿り着いたときに、コゼがグラフの後ろから言った。

 だが、グラフが鼻血を流したままの顔で戸惑っている。

 無理はない。

 膝を縄で縛られているグラフには、歩くことくらいはできても、階段もない幌馬車から降りることはできないだろう。

 眼が途方にくれたようになっている。

 

「降りるのよ──」

 

 コゼが容赦なくグラフを蹴りあげた。

 

「ひぎゃあああ」

 

 グラフが頭を下にして馬車の外に落ちていく。

 大した高さではないので、死ぬことはないと思うが、顔面を強打することは免れないだろう。

 「ふぎゃあ」という悲鳴と、肉が地面に叩きつけられる音がしたが、それきり呻き声さえもしなくなった。

 

「マーズ、引きずって、さっきのエルフ男と一緒に、そこら辺の樹に縛りつけておいて」

 

 ひらりと馬車を降りたコゼの声がした。

 マーズの返事と、ばたばたと人が動く物音も……。

 

「な、なんてことをしやがる……。そ、それにしても、どうして、お前ところの奴隷には、この魔石の効果が……」

 

 呆然と固まったようになっていたアンドレが、やっと口を開いた。

 奴隷の動きをとめるという奇妙な魔道具であるらしいセビウスの石だが、一郎の女たちは、淫魔術で支配しているとはいっても、隷属の魔道をかけられている「奴隷」ではない。

 だから、効果などあるはずもなかったのだが、アンドレは、一郎の女たちが、一郎に隷属していると信じきっていたようだ。

 まだ、当惑の表情のままだ。

 しかし、その眼がぱっと開かれた。

 なにかをやっと思い出したという表情だ。

 

「そ、そうだ。お前に命令する。すべてのお前の女たちに、降伏を命令しろ。その場に這いつくばらせるんだ──。命令だ」

 

 アンドレが一郎に向かって叫んだ。

 一郎は、アンドレたちに奴隷の首輪を嵌められて、奴隷の誓いをした。

 普通だったら、一郎はすでに奴隷状態だ。

 

「這いつくばりたいのか、アンドレ? 床の上に這いつくばれ。命令だ──」

 

 一郎は叫んだ。

 アンドレがぎょっとした表情になる。

 だが、すぐにアンドレの身体が動き出す。

 アンドレは、一郎の命令に従って、床にうつ伏せになった。

 

「うわっ──。な、なんでだ──?」

 

 アンドレが驚愕したような悲鳴をあげた。

 だが、アンドレはすでに一郎に対して、奴隷状態にある。

 一郎は、アンドレのステータスを読むことで、すでにそれを確認していた。

 

「な、なにしやがった──。なんで、俺の命令がお前に効かない? それどころか、なんで俺が──?」

 

 アンドレが眼を白黒させている。

 ……とはいっても、仕掛けは簡単だ。

 一郎が服の下にしている首飾りだ。

 

 イザベラやアンの父親であり、アネルザの夫であるハロンドール王が持っていた国王伝承の魔道具である『王家の宝珠』だ。

 悪意を持ったあらゆる魔道や呪い、死に至る可能性のある物理的な攻撃でさえも跳ね返し、そのまま、相手に対する攻撃として、効果を及ぼすというものだ。

 つまりは、アンドレによって、隷属の魔道が刻まれた瞬間に、それが跳ね返って、アンドレが一郎の奴隷になってしまったということだ。

 

 実際に効果があるというのは、これで確かめられたが、別段、一郎もこれがあるから、油断して安心していたわけじゃない。

 本当は、どんな操り魔道であっても、一郎の淫魔師レベルから考えて、絶対に操られることはないと思ったのだ。

 それに、大抵の物理的な攻撃や魔道攻撃だったら、粘性体を身体に覆わせることで、ほとんどを防護することもできる。

 

 まさか、朦朧とされて、意思を失わされて、奴隷の誓いを口にさせられるとは考えもしなかった。

 あのときは、真剣に動揺した。

 いずれにしても、こいつが色々なものを持っているのは確かだ。それなりに顔が広いのは確かなのだろう。

 自信の拠り所も、それだったのだと思うが……。

 まあ、とりあえず、身ぐるみ剥いでおくか。

 この男はなにを持っているかわからない。

 

「おい、アンドレ、立っていい。とりあえず、セビウスの石を寄越せ。ほかになにかを持っていれば、それもだ。そして、その場で裸になれ。身につけているものの一切を身体から剥がせ。脱いだら、直立不動の姿勢で動くな。命令だ」

 

「えっ?」

 

 一郎の言葉に、アンドレがぎょっとした声をあげた。

 そして、その顔が真っ赤になり、すぐに真っ蒼になった。

 だが、一郎に隷属されているアンドレは、すぐに立ちあがって、一郎の言葉に従って、どんどんと服を脱ぎ始める。

 エリカは不潔なものを見るような視線を向けながら、アンドレが身体から剥がした衣服を一枚一枚、剣先ですくいあげては、幌馬車の外に投げ捨てていっている。

 アンドレの顔が屈辱で曲がるのがわかった。

 それとともに、ミウが手を伸ばして、セビウスの石を手に取った。

 

「ロウ様、とりあえず、効果を停止させました」

 

 ミウが一郎にそれを渡した。

 一郎は亜空間に、その石を格納する。

 そのあいだに、アンドレは完全な素っ裸になっている。

 

「さて、アンドレ……。どうやって、やったかはわかっていないだろうが、状況は理解しているだろう? お前は、俺に対して奴隷状態に陥っている……。そういえば、俺を奴隷として売り払うと言っていたんだったな……。どんな仕返しして欲しい? 去勢なんかどうだ? 一切の抵抗を禁じる命令をしてやる。手を後ろに組め。抵抗を禁じる。命令だ」

 

「ひっ」

 

 顔をひきつらせたアンドレが立った状態のまま、手を後ろに組んだ。

 アンドレの性器が露わになる。

 一郎はエリカに目くばせをした。

 エリカは、アンドレの男根を剣の腹でひょいとあげた。

 

「ひいいいいっ、や、やめてくれええっ、許してくれ──。なんでもする。なんでもするから──。悪かったああ──」

 

 アンドレが絶叫した。

 一郎はもう一度、エリカに合図を送る。

 エリカが剣を引く。

 だが、アンドレの身体はがくがくと震えたままだ。

 また、一物も怯えきってしまい、すっかりと縮こまっている。

 

「別に謝らなくていいですよ、アンドレさん。ただ、これだけは言っておくけど、俺は女に守られてる男だけど、それだけじゃない。手は打ってたんだ。だけど、俺を殺そうとしなくてよかったな。そのときはあんた、死んでたぞ。隷属しようと思っただけだから、俺に隷属するだけで済んだんだ」

 

 一郎はにやりと微笑んでみせた。

 アンドレが顔をひきつらせる。

 

「な、なんでだよ……。お、お前……なんで……、い、いや、あんたは、何者……」

 

「何者でもいいだろう。いまは、お前のご主人様だ。試しに、息をとめて死ねと命令してやろうか?」

 

 一郎はアンドレを睨んだ。

 アンドレの顔に本物の恐怖が浮かんだのがわかった。

 

「そ、そんな、許してくれ……。た、頼む……、お願いだ……」

 

 アンドレが涙を流しだす。

 案外、意気地のない男だ。まさか、フルチンにしただけで泣くとは思わなかった。

 

「ロウ様、これは、もう外しますね」

 

 そのとき、ミウが一郎の首に手を伸ばした。

 一瞬後には、ミウの手には、一郎から外した奴隷の首輪が握られていた。

 とりあえず一郎は、ミウからそれを受け取って、亜空間にしまった。

 

「あら、やってるわね」

 

 イライジャが馬車にあがってきた。

 中の状況に視線をやって、苦笑を浮かべる。

 そして、アンドレを一瞥する。

 

「あんたも、鑑定術なんてもので、意気がってるからこんなことになるのよ。この人に敵対して、無事でいた者はいないらしいわ。王族でも、大商人でも、みんな支配下に陥ってるようよ。見る目がなかったわね」

 

 イライジャがアンドレに皮肉を言った。

 

「そんなあ」

 

 アンドレがまたもや、泣き声をあげた。

 一郎はイライジャに視線を向ける。

 

「イライジャ、イットたちを連れて来てくれ」

 

「わかったわ」

 

 イライジャが外に声をかけた。

 ただし、アンドレは素っ裸で後ろ手で立ったままだ。

 すでに外の喧騒は終わっている。制圧が終わったのだろう。

 すぐに、アンドレの性奴隷たちがぞろぞろとやってきた。

 イットに加えて、四人の性奴隷たちは、素っ裸のアンドレを見て、目を丸くしている。

 

「さて、アンドレ……。これから俺と契約をしてもらおう。どうやら、お前は、口約束は守るに値しないという商人らしいからな……。契約書にする。拒否は許さん。断れば、股間で小さくなってるものを切りとってやる」

 

「えっ?」

 

 アンドレの顔が恐怖で染まる。

 

「返事は“はい”よ。それ以外、喋るんじゃない――」

 

 しかし、エリカが再び、剣の腹でアンドレの性器を二度三度と持ちあげる。

 アンドレが悲鳴をあげた。

 

「さて、イライジャ、これからいうことを全部、契約書に直してくれ……。まずひとつ、このアンドレは、俺に命を助けられた代償に、五人の奴隷を解放する」

 

「えっ?」

 

 アンドレが一郎の物言いに驚いている。

 その表情は、完全に呆気にとられている様子だ。

 

「嫌なら……」

 

 エリカが剣をアンドレの股間に向ける。

 

「ひいいいっ、わ、わかった。わかりました――」

 

 アンドレが慌てて叫んだ。

 

「待って……」

 

 一方で、イライジャが馬車にあった棚から羊皮紙を取り出して、テーブルに向かって椅子に腰掛け、さらさらとなにかを書き始めた。

 一郎の言葉を文書にしているのだろう。

 

「えっ、どういうこと……?」

 

 アリアが呟いた。

 ほかの女奴隷たちも、なにがなんだか、わかっていない気配だ。

 

「あなた方の意思を確認しないままで悪いけど、こんな卑劣男の奴隷にしたままでおくわけにはいかない。今日で、このアンドレと、あなたたちは縁切りだ。解放奴隷になってもらう」

 

 一郎はアリアたちに言った。

 彼女たちはただただ驚愕している気配だ。

 もっとも、嫌がっている感じじゃない。

 ただ、半信半疑……、というよりは、ほとんど状況を理解していない感じである。

 

「な、なんで、そんなことを……」

 

 アンドレがはっとしたように声をあげた。

 しかし、その瞬間に、エリカの剣が一閃した。

 

「ひいいいっ」

 

 アンドレが文字通り泣き声をあげた。

 エリカの剣は、アンドレの股間のすれすれを掠り、かなりまとまった陰毛が床にぱらぱらと落ちていっていた。

 

「あんたは、ロウ様に言われたことをやればいいのよ。この外道──」

 

 エリカが怒鳴った。

 本当に、エリカは一郎以外の男には容赦ない。

 そういえば、男嫌いだったな……。

 一郎は、改めて思い出した。

 

「アンドレ、俺の命令には逆らえないが、契約書に書かれたことを実行しない場合は、まずは、ふたつある睾丸を自分で切り落として食え。命令だ。いやなら、命懸けで実行しろ」

 

「ひっ」

 

 一郎が言うと、アンドレはぼろぼろと涙をこぼし始めた。

 「命令」が心に刻まれたのがわかったのだろう。

 

「返事は――」

 

 エリカがもう一度怒鳴った。

 

「は、はい……」

 

 アンドレは観念したように、泣きながら返事をした。

 

「とりあえず、すべての命令を解け。今後、新しい命令を与えることは許さん。それと、奴隷解放を宣言しろ。命令だ」

 

 一郎は言った。

 

「全部の命令を解いて、お前たちを奴隷から解放する」

 

 アンドレがすぐに言った。

 女奴隷たちは、呆然としている。

 なお、一郎の後ろに並んでいる四人の女奴隷たちの首輪はまだあるが、イットの首には、すでになにもない。

 グラフが嵌めた首輪には、隷属魔道はかかっておらず、あれはミウの暗示により、エルフ男が隷属をかけた気になってただけだ。

 隙を見て、すり替えもしたし、イットには万が一にも隷属はかかっていないのを、ここに来るまでに確認済みだ。

 それでも、アンドレやグラフを油断させるために、ここに来るまでは装着したままにさせていたが、いまは、もう外れている。

 馬車の外で大暴れしたとき、さっさと外してしまったに違いない。

 

「ミウ、お前の魔道で、彼女たちの奴隷の首輪を外せるか?」

 

 一郎はミウを見た。

 魔道の基礎だけは、スクルズに叩き込まれてきたミウは、一郎の淫魔師の恩恵により魔道力が跳ねあがってからは、万能に近い。

 そこらの奴隷商が扱うような隷属魔道遣いよりも、ミウの魔道遣いレベルがずっと上なのは予想できるので、多分、外せると思う。

 アンドレによる隷属は、いま解除させたから、あとは単純に首輪を外す作業だけなのだ。

 

「やってみます」

 

 ミウが言った。

 次の瞬間、全員の首輪が呆気なく外れた。

 アリアたちは、驚いている。

 

「あ、あのう……」

 

 アリアたちが一郎に喋りかけようとした。

 しかし、一郎はそれを制した。

 

「アンドレ、ふたつ目だ。契約書の第二項目……。さらに、イットを含めた五人に、奴隷奉公明けの謝礼金を出せ。ひとりあたり、金貨十枚」

 

「じゅ、十枚──?」

 

 アンドレが悲鳴のような声をあげた。

 金貨十枚といえば、まあ、一郎の元の世界の感覚だと、百万円というところだ。全部で五百万だが、アンドレがここにそれだけの金貨を持っているというのは、すでにわかっている。

 この男は、一郎たちが向かおうとしているエラルド・シティで大きな商売をして、かなりの大金を手にしている。

 それは、遠耳具による盗聴でわかった。

 

「いやなら、やめるのね」

 

 エリカが剣をすっと動かした。

 

「は、払う──。払います──。払わせてください」

 

 アンドレが絶叫した。

 一郎は、アンドレにその金を持って来るように命令した。

 アンドレは、寝台に向かい、ひと抱えある箱を寝台の下から取り出してきた。

 一郎は、それを開かせた。

 中にはびっしりと金貨が充満していた。

 

 一郎は、アンドレに指示して、そこから、十枚ずつ合計五十枚の金貨を取り出させ、五個の布の袋に分けさせた。

 それに手を伸ばして、イットを始め、五人のアンドレの「元」性奴隷たちに、強引に渡していく。

 五人はまだ唖然としている。

 

 一方で、箱の中はまだかなりの金貨が残っていた。

 やることをやらせたアンドレは、また、エリカの前で後ろ手に股間を晒した格好にさせた。

 

「次だ……。シャングリア、お客さんにあがってもらえ」

 

 一郎は叫んだ。

 馬車の外が少しだけ騒がしくなる。

 やがて、シャングリアに案内されて、ひとりの女が入ってきた。

 イライジャが、昨夜のうちに近くの里で雇ってきた冒険者だ。

 “赤い情熱”という女五人のパーティであり、イライジャが絶対に信用できると太鼓判を押したチームである。

 イライジャが、エランド・シティを拠点にして、冒険者をやっていたときの知り合いということであり、ここの商業ギルド支部を拠点にするように移動し、護衛などで雇われていたのをイライジャが覚えていて、イライジャが見つけて、来てもらったのだ。

 

 五人のうちの三人が女エルフで、残りが人間という構成だ。

 一郎も事前に挨拶をしている。

 まあ、信用ができるという印象を一郎も持った。

 また、あらかじめ、このアンドレが一郎たちを罠に陥れようとしているということは知らせてあった。

 だから、ここで仕返しをするということは、すでに承知している。

 そして、依頼の内容もイライジャが説明済みだ。

 

「うわっ」

 

 馬車の中に入ってきたのは、“赤い情熱”の五人組のうち、リーダーのエルフ女だけだが、素っ裸で立たされているアンドレの姿に驚いて声をあげた。

 

「じゃあ、さっきも頼みましたけど、この四人をそれぞれの故郷に連れていって欲しい。家族のもとにね。大所帯の移動になるけど、ちゃんとひとりひとり送り届けて下さい。さあ、値段を決めてください。宿賃や食費のことも含めてね」

 

 一郎は言った。

 アリアたちがさらに当惑の声をあげた。

 だが、一郎は、イットとは異なり、この四人には、帰る故郷があるということを承知している。イットに事前に聞いていたのだ。

 ただ。家族の借金などの事情により、泣く泣く売り飛ばされた少女たちばかりだ。

 一郎の言葉に、いままで押し黙っていたアリアたちが、喜色を顔に浮かべ始める。

 どうやら、本当に、家に帰れるのだということがわかってきたようだ。

 

「そ、そうね……。ほかならぬ、イライジャの頼みだし、解放された彼女たちを、それぞれに送り届けるというのは、やりがいのある仕事だしね……。不当に余分にもらうつもりはないわ……。だけど、あたしたち五人に、四人のこの娘たち……。まあ、ひとり頭、金貨一枚はもらいたいわね。それに、宿賃と食糧代を全員分で金貨二枚……。それだけ、貰えれば恩の字かな……」

 

 女リーダーはアンドレの情けない姿にちらちらと目を向けながら、赤い顔をして一郎に言った。

 一郎は肩を竦めた。

 

「面倒な計算はいいさ。じゃあ、すべて込みで金貨五十枚といこう……。これで、彼女たちの護衛を引き受けてくれますか?」

 

「ご、五十枚──? そんなにもらえるなんて、こんなおいしい仕事、絶対にもうないわ。もちろんよ──」

 

 女リーダーの眼の色が変わった。

 一郎はそれに満足し、再びアンドレに視線を向ける。

 

「じゃあ、アンドレ、その金を出せ」

 

 一郎は言った。

 アンドレはさらに泣きそうな顔になる。

 

「そ、その金も俺持ちか?」

 

「当り前よ──。嫌なら……」

 

 エリカが叫んだ。

 アンドレは慌てて。「払う、払う」と声をあげた。

 一郎は、アンドレに五十枚を支払わせた。

 

「さあ、出発だ。悪いけど、半日ばかりは急いでください。イライジャが保証したチームだから、大抵の危険は打ち払えるとは思いますが」

 

 一郎は女リーダーに言った。

 

「任せておいて……。じゃあ、行くわよ、あんたら。とりあえず、ナタルの森を抜けて、ロームのカロリック公国に向かうわよ。あんたたち、ひとりひとりの実家はだいたい教えてもらってるけど、詳しいことは歩きながら聞くわ。時間も惜しいし、出発よ……」

 

 女リーダーがアリアたちに言った。

 すると、イライジャが女リーダーに声をかける。

 女リーダーは、「任せておけ」というように親指をイライジャに立ててみせ、にっこりと微笑みかけた。

 

 また、女奴隷たちは嬉しそうだ。

 やっと奴隷解放されたのだということが実感になってきたのか、お互いに抱き合って笑い合っている。

 しかし、アリアだけは、複雑そうな表情だ。

 そして、そのアリアが、イットにさっと駆け寄ってきた。

 

「イットは行けないの? ねえ、行くところがないんだったら、あたしのところにでも……。あのう、親切なお方……。イットは、あたしたちと一緒に解放されることは許されないんでしょうか?」

 

 アリアが言った。

 

「違うの、アリア……。あたしも解放されているわ。このご主人様は、あたしにも自由にしていいとおっしゃったのよ。だから、あたしは、今度はこのご主人様のもとで生きていくことを決めたのよ」

 

 すると、一郎が口を開く前に、イットがアリアにそう言った。

 アリアは、少しだけ泣きそうな顔になったが、すぐににっこりと微笑んだ。

 

「……そう……。あなたがそう決めたなら仕方ないわね……。でも、ちゃんとご飯を食べるのよ。悲しいときやつらいときがあっても、食事さえちゃんとしていれば、絶対に心が潰れないわ」

 

 アリアが意味ありげに笑いながら言った。

 すぐに、イットが噴き出した。

 よくはわからないが、ふたりにとって、意味のある言葉のようだ。

 一郎はアリアたちに、視線を向けた。

 

「もしも、故郷に戻って困ったことがあれば、マア商会を頼れ。カロリックにも支部があるだろう。いまは出先なので、連絡がとれないが、俺が王都に戻ったら、おマアには手紙を書く。あんたらが商会を頼ってきたら、力になるように伝えておくよ」

 

 一郎はあらかじめ準備しておいた文書をひとりずつ手渡す。中身は、一郎の持つボルグ子爵家の紋章の入った彼女たちの身元を引き受けるという一郎の手紙だ。代筆はエリカだが……。

 アンドレが横でびっくりしている。

 

「マア商会って……もしかして、タリオを拠点にする自由流通のマア様か? どういう関係なんだ?」

 

 思わずというかたちで、アンドレが言った。

 一郎は白い歯を見せてやった。

 

「おう、よく、訊いてくれたな。そのおマアだ。俺は顔が広いと言ったろう。おマアもまた、俺の女だ。覚えておけ」

 

 アンドレが驚愕している。

 一方で、イットとアリアが、今度こそ別れをした。

 女リーダーとともに、アリアたち四人が降りていく。

 

「さて、じゃあ、とりあえず、書類にサインをしてもらおうか」

 

 一郎はアンドレに椅子に座るように言った。

 イライジャが立ちあがりながら、一郎にできあがった書類を渡す。

 書類は同じものが二枚あった。

 ペンを受け取った一郎は、その二枚の書類に対し、イライジャが指を挿した場所に自分の名前を署名する。

 アンドレはもう逆らう気力もないようだ。

 特に「命令」という言葉を使わなくても、大人しくサインをした。

 

「ほら、あんたの控えよ」

 

 イライジャが二枚のうちの一枚をアンドレに押しつけた。

 アンドレはがっかりした様子でそれを受け取った。

 

「これに懲りたら、ふざけたことはしないことだ。命をもらわないだけ、ありがたいと思え……」

 

 一郎は言った。

 少なくとも半日は、ここで足止めをするつもりだ。

 万が一にも、このアンドレがアリアたちを追いかけないための処置である。

 もっとも、アンドレには奴隷の刻みがしてある。それで禁止するので、やろうと思ってもできないはずだが、念のためだ。

 

「お前はそこに立ってろ、アンドレ。命令だ……。それと、エリカとミウは来いよ。こいつの前で見せつけてやろう」

 

 アンドレが素っ裸で立ちあがる。

 

「はい、ロウ様」

 

 また、ミウが嬉しそうに一郎の膝に乗ってきて、抱きついてきた。

 エリカも剣を収めてから、ちらりとアンドレを気にしつつも、ミウの反対側から一郎に乗ってくる。

 一郎は、エリカの乳首のピアスを服の上からぎゅっと押す。

 ミウはこのところ、だんだんと敏感になってきたお尻だ。下着の上からすっとお尻の穴を擦る。

 

「あ、あんっ」

「んふっ」

 

 エリカはたったいままでのアンドレへの態度が嘘のように、甘い声をあげて、身体を身悶えさせた。そして、ぎゅっと一郎にしがみつく。ミウをまた、身体を弓なりにして震わせた。

 横でイライジャが苦笑した。

 

「もう許してくれよ。俺が悪かったよ」

 

 そのとき、アンドレが言った。

 

「お前が悪いのは、当たり前だ。この悪党――」

 

 一郎は、一瞬にして亜空間から短銃を手の中に出すと、女たちを膝に乗せたまま、アンドレの眉間に向かって、引き金を引いた。

 がしゃんと引き金が鳴った。

 

「ひぎいいい」

 

 アンドレは絶叫して、ぴゅっと小便を漏らしだした。

 

「情けないやつだ。出したのは弾の入ってない短銃だぞ」

 

 一郎は苦笑したが、またしても泣き出したアンドレの股間からは、しばらくのあいだ、放尿が続いた。

 

 

 

 

(第17話『捨てられた獣人族』終わり)



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 第18話  虜囚魔女
356 魔女の愛人


「エマ、可愛いのう……。こんなに男の子の性器を勃起させて。だが、そこは、責めてやらん。射精もさせてやらん」

 

 アスカがくすくすと笑いながら、再び、ノルズの胸を揉みしだき始める。

 手の中で溶けるような柔らかい愛撫に、ノルズも顔を右に左にと動かして、派手な嬌声を洩らすしかない。

 しかし、アスカの愛撫は、まだまだ本格的なものじゃないことがわかっている。

 エマに変身しているノルズの身体をとことん焦らし抜いて、苛めるための責めだ。

 だから、わざと深くまで抉ろうとはせず、焦らすように指を伸ばして、上側や下側からすっすっと手を這い回らせる。

 本当に切ないばかりの刺激だ。

 

「あ、あああっ、ゆ、許してください、ア、アスカお姉様、あああ……、いやああ──」

 

 堪らずにアスカの手に乳房を押しつけるように身体を弓なりにしていた。

 ノルズは寝台に仰向けになり、四肢を拡げて、革ベルトで寝台の四隅に拘束されている。

 身動きすることもできず、ただただ、一方的な愛撫を受けるだけだ。

 そんな時間が延々と続いている。

 

 とにかく、こうやって一方的に責められるだけの性愛ということを経験していないノルズにとっては、拘束をされて、ただ受け入れるだけの愛撫というのは、それだけでもかなり恥辱的だ。

 しかも、こんな男根など股間に生やされて……。

 だが、この女を手に入れる準備のために、こうやって、アスカの私室に自由に出入りできる日々が必要だったのだ。

 そのために、屈辱に耐えているのだ。

 

「ふふふ、とても嫌そうには見えないよ、エマ……。ほら、ここをもっと激しくしてあげるよ」

 

 アスカが手でノルズの乳房……すなわち、エマの乳房を上下に激しく弾ませる。

 この女の愛撫は巧みだ。

 それだけで、ノルズは快楽の波が全身に駆け抜けていく。

 

「あっ、あっ、ああっ」

 

「ここはどうだい?」

 

 しばらくのあいだ、乳房を揉んでノルズの反応を愉しんだアスカは、今度は乳房の頂点に指をあてがう。

 

「あんっ、お、お姉様、ひあああっ」

 

 乳房からの甘い痺れのせいですっかりと熱くなっていた乳首にアスカの指が触れた瞬間、ノルズの背中に凄まじいまでの電撃のような衝撃が駆け抜けた。

 ノルズは背中を弓なりにして、悲鳴をあげた。

 

「淫乱な身体だよ、お前は──。面白いねえ……。ほら、また絶頂寸前まで刺激してやるよ」

 

 アスカが笑いながら乳首を指で挟んでこりこりと刺激をする。

 それだけでなく、片側の手をすっとノルズの股間にやった。

 拘束されて動くことのできないノルズの股間に、アスカの指が這う。

 股間で勃起している小さな男根の先っぽに、アスカの指が触れる。

 

「んふううっ、それはいやああ」

 

 ノルズは心の底から叫んだ。

 本当にいやなのだ。

 得体の知れない男根を生やされて、そこを刺激される感触は、快感というよりは気持ち悪かった。

 それでいて、女の快感とは異なる性の疼きが全身に走り回る。

 おかしくなりそうだ。

 激流のような痺れが全身を駆け抜けて、ノルズは全身を震わせた。

 

「……エマ、このところ、お前は本当の淫乱で可愛いよ。どうしたんだい? まるで、お前じゃないみたいだよ」

 

「ああ、そ、そんな、わ、わたしは変わりなくて……」

 

 ノルズはよがりながらどきりとした。

 まさか、エマに変身をして近づいているのがばれた?

 そんな感じはないが、このアスカに接するようになり、時折、いまのような思わせぶりな発言をすることがある。

 もしかして、気がついてるのではないだろうか……?

 いや、そんなはずはないはずだ……。

 そのたびに、ノルズは自分を納得させる。

 もしも、本当に、アスカの大切な「恋人」であるエマが何者かに入れ替わっていると悟れば、こうやって呑気に性愛に狂う態度をとるわけがないのだ。

 だが、どうでもいいけど、ノルズは女を苛めて興を覚える悪癖はあるのが、逆はない。だから、こうやって嗜虐の性愛を受けなければならないノルズにとっては、このエマに変身している日々は、屈辱と当惑の日々でもあった。

 

「そうかい?」

 

 アスカの手が男根から離れて、今度は女の敏感な肉芽を弄び始める。

 

「ああっ、いや、んんんっ、ひああああ」

 

 ノルズの大きく開かれた両脚ががくがくと痙攣する。

 こうやって四肢を拘束されて愛撫を始められて、おそらく二ノスはすぎている。

 工作のためにどうしても必要で、アスカに密着できるエマに変身して、十日余り……。

 ほぼ毎日、いまのような辱めともいえる百合の性愛を受け続けている。

 しかも、なにを思ったのか、今日は久しぶりに男根を生やしてやろうとか口にして、いまノルズの股にある小さな男の男根を生やされた。

 味わったことのない男の性器による刺激に、ノルズはすっかりと狂乱をしてしまった。

 

 それにしても……。

 アスカの口ぶりからすれば、男根を生やしてふたなりにして、エマを愛する行為をするというのは、日常茶飯事のことのようだったが、そんなことは知らなかった──。

 少なくとも、この城塞に潜入して、アスカやエマを観察した事前の十日においては、そんなことはなかったし、エマの股間にもふたなりの状況など存在しなかった。

 いや、それどころか、エマはアスカのお気に入りとはわかっていたが、潜入して十日のあいだに、エマがアスカに抱かれたのは数回程度であり、それもほとんどおざなりの接触でしかなかったのだ。

 ノルズがエマの姿を乗っ取った日など、アスカはエマの誘いにもかかわらず、性愛を拒絶したくらいだった。

 潜入前には、アスカは狂ったように淫乱で、しかも、女相手の嗜虐癖もあると耳にしていたので、ある程度の覚悟はしていたが、これなら思ったよりも楽だと考えていた。

 

 ところが、エマに変身してアスカの傍に侍るようになると、このアスカは、潜入していた十日間とは人が変わったみたいに、エマに変身しているノルズを百合の技で責め始めた。

 毎日だ──。

 しかも、とてつもなく長い──。

 ほとんど丸一日……。

 朝に、昼に、夜にと、アスカがノルズを苛む日々が続く。

 ノルズにとっては、たまったもんじゃない。

 

「ひああ、あああ、あっ、あああっ」

 

 クリトリスの周りをアスカの指が動くたびに、ノルズの下半身は燃えるように熱くなる。

 このあいだも、ずっと乳房の愛撫は継続しているのだ。

 じんじんとした痺れが腰を震わせる。

 

「そろそろ、天国に昇りたいかい?」

 

 アスカが今度は肉芽全体をつまみあげるように、激しく愛撫をしはじめた。

 

「ああ、それいやあああ」

 

 ノルズは演技ではない、本気の嬌声をあげた。

 

「いやらしい娘だねえ。ちょっとくらい、我慢できないのかい」

 

 アスカが胸を責めていた手も股間に移動させて、男根も擦りだした。

 女の快感と男の快感が同時に湧き起こる。

 こんな快感など知らない。

 ノルズは必死に拒絶しようとしたが、それも長く続かない。

 喉から湧きあがる嬌声に、すべてが遮られる。

 

「ああ、はうう、あああ、ああああ」

 

 もうどうしようもない。

 身体は痺れ切り、意識までも朦朧とする気さえする。

 もう、ノルズには自分の身体を制御できない。

 そして、ついに崩壊のときがやってきた。

 女の部分と男の部分が同時にだ。

 

「だめえ、ああっ、あああああ」

 

 背中が大きく反り返り、喘ぎ声も大きくなる。

 白い霧が掛かったような視界……。

 大きな快感の波に飲み込まれる……。

 

「ふふふ、ほら、お預けだよ」

 

 だが、ぎりぎりのところでまたしても、アスカは手を引いてしまった。

 ずっと続けられている仕打ちだ。

 寸止め責めだ。

 ノルズは、快感はあがりきっているのに、女側でも男側でも発散だけをさせてもらえない。この執拗な責めには、さすがのノルズも頭がおかしくなる。

 

「ははは、いい顔じゃないかい、エマ。それに、そんなに物欲しそうにするんじゃないよ」

 

 悦に更けるアスカが大笑いした。

 ノルズは歯噛みした。

 

「だ、だって、な、長すぎます……。どうか、もう、気をやらせてください」

 

 ノルズはエマの声で不平を口にした。

 

「まだまだだよ。慌てるんじゃない……。ほら、もう一度だ……」

 

「あ、ああっ」

 

 アスカの愛撫が再開する。

 ノルズは激しく身悶えてしまった。

 とろ火でゆっくりと煮られるようなアスカの責めが再開した。

 

 まったく、この女はいつまで、このエマの身体で遊び続けるのか……。

 始まったのは昼もかなり過ぎた頃だったので、おそらく二ノスくらいは過ぎているから、そろそろ夕方ではないだろうか。

 ただ、このアスカの私室には、窓はない。

 ノルズも、こうやって責められ続けられている状態では、時間感覚も麻痺している。

 だから、正確なところはわからない。

 

 いずれにしても、ここには、エマ以外の侍女もいない。

 誰も来ないし、近づきもしない。

 禁止されているのだ。

 その例外が、このエマだ。

 いつもそうだし、おそらく、これからもずっとそうだ。

 だから、アスカに近づくには、このエマでなければならないかった。

 

 しかし、この女の異常な性欲と淫乱さはなんだ──。

 エマに変身してこのアスカに接することに成功するや否や、最初の対面のときに、このあいだは済まなかったとか言いながら、激しすぎる百合の性愛の洗礼を受けた。

 そして、同じような日々が続いている。

 

 とにかく、かつては、パリスに仕える女だったノルズは、当然ながらアスカとパリスの真の関係を承知していた。

 パリスは表向きには、アスカに仕える従者ということになっているが、実際は逆だ。

 ただ、ノルズ自身は、アスカ城に入ったこともなく、アスカがどういう境遇で、この城塞ですごしているかということについては知らなかった。

 従って、改めて潜入することで、アスカについて再確認し、やはり、この女は女王とは言いながら、完全な傀儡であり、実際にはただの女囚に過ぎないということを認識した。

 

 政治的なものには一切関わっていないし、官吏や大臣のような存在は誰もアスカに接しようとはしない。

 アスカが、この私室から出ることもない。

 すべての時間をこの部屋ですごす。

 自分の姿を「影」として外に出し、魔道の杖で分身として動かすことはできるようだが、アスカ自身の本体は外には出られない。

 

 そのため、このアスカの私室には、強力な結界紋が刻まれていて、内側からでは破れないようになっている。

 このアスカは希代の魔女だというが、あの結界紋は、さすがにこっち側からでは破れないだろう。

 ノルズは、それも確認している。

 すなわち、アスカは完全に監禁されていた。

 

 しかも、アスカに侍っていたエマを締めあげて掴んだ情報によれば、半年ほど前に、パリスがアスカに、なにかの護符を強制的に作らせたことをめぐり、決定的な仲違いをしたらしく、それ以降は、アスカが影を外に出すことも禁止して、魔道錠の結界を強化したという。

 完全な虜囚だ。

 

 囚われの女王……。

 傀儡(かいらい)の支配者……。

 それがアスカ……。

 

 そのアスカが唯一心を開くのが、このエマなのだ……。アスカに接近するには、エマになりきるしか方法がない。

 だから、ノルズはエマになった……。

 この城塞に潜入してから十日ほどを準備に費やし、エマを捕らえて監禁し、かつて一度は捕らえられたロウのところから脱走するときに奪った『変身リング』を使って、エマになり変わったのだ。

 それにしても、あれは実に便利な機能だ。

 あれのおかげで、ノルズの飼い主だったパリスが実際には、なにを考えているのかがよくわかった。

 あの男は本物の悪党だ。

 それがわかってくると、あの男に命を捧げ、パリスの道具として、友人だった者たちの命までを犠牲にした自分が恥ずかしい。

 

 いずれにしても、あちこちに潜入したが、まだ一度も変身を見破られたことはない。

 当代一の魔道遣いとして知られているエルフ族の女王のガドニエルのいるイムドリスという隠し宮殿にさえ、あの変身の魔道具を使って入り込むことができたほどだ。

 

 とにかく、エマに成り代わったノルズのアスカとの生活が始まった。

 最初にノルズが考えていたことは、ロウを恨みに思っているのだというアスカに近づき、その危険な存在を排除することだ。

 

 ロウの敵は、ノルズの敵──。

 彼の命を狙っているアスカという女を始末することは、そもそも、その組織の一員だったノルズにしかできないこと……。

 そう思った。

 だから、捕らわれていたロウの前から出奔した。

 ロウのところにいたままでは、パリスやアスカを出し抜いて、彼らに敵対するということなどできないからだ。

 

 ただひとつ確かなのは、かつて神学校の同窓だったスクルズたちを操り、ハロンドールの王都にパリスの組織を作りあげるという任務に失敗し、いつの間にか植えつけられていたパリスの死の呪文が発動したとき、それまでのノルズは死んだということだ。

 いまのノルズは、あのときに命を救ってくれたロウのために生きている。

 ノルズは、ロウに恩を返すために、ロウの前から姿を消し、そして、ロウの敵を排除していくということを始めた。

 つまり、アスカだ。

 アスカというこの城塞の魔女がロウのことを恨み骨髄に考え、いつか殺してやると息巻いているということは、かつてから耳にしていた。

 そして、ここまでやってきた。

 ついに、アスカ城にまで潜入を果たすことができた。

 長かった……。 

 

 いま、そのアスカはノルズの目の前にいる。

 殺そうと思えば、いつでも殺せる……。

 しかし、実際にアスカに接することで気が変わった。

 アスカの以前の恋人だったあのエリカと、彼女を連れて逃亡したロウのことをどれくらい怒っているのだろうと思っていたが、実際に接触してみると、このエマに夢中になっていて、こっちが脱力してしまうほどに、ロウのこともエリカのことも忘れ果てていた。

 性格は、我が儘で、気紛れで、喜びも怒りも激しいのに、すべて刹那的で一過性だ。

 なによりも、すべてを諦めて、快楽だけを求めているような退廃感に覆われている女……。

 それがアスカだ。

 この女を殺す?

 ノルズに迷いが生じた。

 それよりも、もっと愉快なことをやったとしたらどうだろうか?

 ロウは、むしろ喜ぶのではないだろうか……?

 そう思った……。

 ノルズは、計画を修正した。

 

 その結果、ノルズが考えているもうひとつのことをするために、さらなる時間と、自由にこのアスカの部屋を出入りできる状況を得ることが必要になった。

 だから、ノルズは、エマとして、アスカに侍ることにした。

 

 そして、十日……。

 アスカとのふたりきりの百合の愛……。

 ノルズがエマになって、一日とあけずに繰り返している女同士の愛の行為が始まった。

 女と女で愛し合う。

 ここには、女王も侍女もない。

 そんなものは、身につけているものと一緒に脱ぎ捨てている。

 獣のようにまぐ合いをする二匹の女と女がいるだけだ……。

 愛し、愛され、嗜虐と被虐の行為……。

 それがアスカとエマ……。

 アスカがエマを大切にしているということは、改めてこの十日でわかった。

 

「はしたないのう。じゃあ、しばらくは、男の子の方で遊んでやろうか」

 

 アスカが笑いながら、あたしの腰の位置に自分の顔を移動させた。

 ぴんと勃っている男根を口に含む。

 先端の縦に切れている場所に添って、アスカの舌がちろちろと動く。

 

「ひいいいん──。そ、それはだめです、アスカお姉様──」

 

 あっという間に込みあがった射精の前兆に、ノルズは限界まで四肢を突っ張らせた。

 しかし、やはり、射精させてくれない。

 射精寸前になると、アスカが下の刺激をとめる。

 そして、しばらく快感を逃してから、再開する。

 だが、また、とめる。

 それを繰り返される。

 ノルズは狂乱した。

 性の地獄だ。

 女としても快感や焦らされる苦しみに、男の性愛の苦しみが加わるのだ。

 

「ふふふふ、切なそうだねえ、エマ……。女の子の股は、物欲しそうに涎を垂れ流しているじゃないかい。いやらしい娘だ……。だけど、そこは舐めてあげないよ。悪戯するのはこっちさ」

 

 アスカが顔の位置をまたもやずらして、今度はお尻の穴をちろちろと舌先で突き始める。

 

「んふううっ」

 

 ノルズは堪らずうなじを浮き立たせるように首をのけぞらせながら、がくがくと腰を震わせた。

 長時間に及んでいるアスカの愛撫に、もうどうしようもなく身体が燃えきっているのだ。

 そんな場所を刺激されれば、あっという間に絶頂してしまうそうだった。

 

「ああっ、も、もう、お許しください──。お許しください──。ひいいっ」

 

 だけど、今日のアスカは、どこまでも残酷だ。

 エマの姿のノルズがいきそうになると、すぐに責める場所を変えてしまう。

 

 それでも達しそうになると、中断だ。

 拘束されているあたしには、どうすることもできない。

 ただただ、恥ずかしいおねだりをアスカに繰り返すことしかできない。

 

「も、もう、お願いです。お情けを……。もう苛めないで、お姉様」

 

 演技ではない。

 心からの叫びだ。

 このアスカに責められると、いつもこうなる。

 目的のためにアスカに接近したが、アスカとの性愛を繰り返すたびに、だんだんとこの女から離れられない気持ちになってしまっている気がする。

 

 もちろん、ノルズが心の底から愛しているのは、「彼」だけだ。

 それでも、それとは別に、この女の無邪気さ、天真爛漫さ、子供のような我が儘ぶり、さらに、垣間見える切なさや哀しみのようなものが、なぜかノルズを魅了する……。

 なによりも、全身が溶けきってしまうようなこの被虐の快感が、この女から離れられなくさせる心地にさせていく……。

 不思議な感覚……。

 

「苛めないでかい……。じゃあ、まだ足りないね。心の底から苛め抜いて欲しいと思うようになるくらいに、その可愛らしい身体に快感を溜め込んであげるよ。わたしには、いくらでも使える時間があるしね。どうせ、この部屋から出られないし、出たくもない……。さあ、もっと愛し合おうよ、エマ……。愛しているよ、エマ……。お前がいれば、もう、なにもいらないさ……」

 

 アスカはそう言って、再び顔をノルズの顔の方向に近づけてきて、首筋に接吻を注いできた。

 彼女の豊満な乳房がノルズの乳房と重なり合う。

 それだけでなく、開かれて固定されているノルズの股に、アスカの女陰を乗せてきた。

 ノルズの股間には、アスカに作られたことになっている小さな男根がある。

 アスカは悪戯っぽく笑うと、体勢を変えて、ノルズの股間に馬乗りになると、そこにすっと自分の股間を埋めてきた。

 小さな男根はがアスカの女の肉に完全に包まれた。

 

「ああっ、お、お姉様あああっ」

 

 あまりの気持ちよさに、ノルズは絶叫していた。

 アスカは包み込んだ男根を股間に筋肉だけで下から上に向かって絞り上げるようにしてくる。

 

「んふうううっ」

 

 ノルズは今度こそ、精を搾り取られる感覚に襲われて、全身を激しく痙攣させてしまった。

 でも、やっぱりだめだ。

 アスカがまたしても、射精寸前のところで、腰の動きをとめてしまい刺激を遮断する。

 あまりの切なさに、ノルズは泣きじゃくってしまっていた。

 

「泣き顔も可愛いよ、エマ……。ああ、素敵だねえ……。さて、わたしについては、ひと足先にいかせてもらうよ。でも、お前はまだお預けさ……」 

 

 アスカがノルズの腰のふたなりの男根を包んだまま、ぶるぶると身体を震わせて、ぐいと身体を仰け反らせる。

 ノルズは、それに合わせるように、腰をがくがくと痙攣をさせて、一緒に極めようとした。

 だけど、アスカは、ノルズの男の子の性器以外の刺激を巧みに操り、射精できるほどの刺激を与えなかった。

 

「ああっ、いいいっ」

 

 アスカが吠えるような声を発しながら、ノルズの上で全身を痙攣させた。

 達したのだ。

 逆に置いてきぼりにされたノルズは、アスカの絶頂の声を恨めしく聞きつつ、被虐性の燃えるような疼きに心を抉られた。

 

「ず、狡いです……。アスカお姉様……。あたしも一緒に達したかったです」

 

 アスカの身体の震えが静止するのを待ち、ノルズは、拘束された四肢を抗議するように揺さぶりながら訴えた。

 

「心配しなくても、最後には嫌というほど絶頂することになるさ。ただ、飽きるまで、わたしがお前を可愛がりたいだけさ。なにしろ、お前が発散できない快感で、苦しそうに顔を歪めるのが可愛くて仕方がないのさ……。さあ、いつまでも、このまま愛し合おうよ。時間はいくらでもあるしね……」

 

 アスカは愉しそうに笑いながら、ノルズの男根から女陰を抜いた。

 そして、片手をノルズの女側の股間に動かして、ゆっくりと肉芽を回し始める。

 たちまちに火のような官能の昂ぶりに襲われ、ノルズは絶叫した。

 アスカが唇を重ねてくる。

 その口はノルズ自身の蜜やアスカ自身の唾液や汗でべっとりと汚れていた。

 ノルズは、唇が押し当てられると、夢中になってアスカの舌に自分の舌を絡めた。

 

 もうなんでもいい……。

 いまは考えるのはやめだ。

 唇を吸われ、今度は女の性器に刺激を与えられて、名状できない快美感が全身で暴れまわる。

 快感の極みがくる──。  

 ノルズはほんのすぐそばまでやって来た絶頂の快感に、身体を大きく反りかえられた。

 

「い、いくううっ」

 

 しかし、またもや、アスカは意地悪く、ノルズの股間から手を離してしまった。

 

「だめだめ、まだまだ、お預けさ」

 

 アスカが愉しそうにけらけらと笑った。

 ノルズは泣きじゃくるしかなかった。

 

 それからも、アスカの残酷な責めは果てしなく続いた。

 アスカは、ノルズの快美な恍惚感を可能な限り長く持続させるように、ノルズが極めかけると、責めをとめたり、急に指を離したり、それでいて、わざとお尻の穴あたりと指先で優しく撫でたり、愛撫をしたりする。

 その技巧は卓越したものであり、ノルズは言語の絶する切なさと身体の疼きに苦悶し続けた。

 

 あと一歩──。

 いや、数瞬のところで昂ぶりが中断されて、ゆるやかに下降させられる。

 そして、頃合いを見計らって再び愛撫を再開する。

 アスカの責めは、本当に神がかりの上手さだった。

 

 あの男……。

 その技巧の卓越さは、ノルズがどんなに忘れようとしても、忘れられない……。

 いや、忘れるなど、とんでもない、心の底から大切に想っている彼の手管を思い出させる。

 

「いやああ、やめないで、お姉様──」

 

 もう何度目の絶叫だろうか。

 またもや、九合目くらいに追い詰められたあと、あとひと息のところで責めを引き揚げられて、ノルズは狂ったように拘束された身体を揺さぶって号泣した。

 

「焦らし抜かれて、血が昇ったかい……。じゃあ、そろそろ、絶頂させてあげようかねえ。その代わり、身体の感度を十倍にするよ。一度始まったら、とまらない連続絶頂地獄だよ……。気絶したって終わらない……。本当の女の地獄さ。それでもいいんだね……?」

 

 アスカが笑った。

 ノルズの答えを待つことなく、アスカがさっと手を振った。

 途端に身体が沸騰するかのように熱くなった。

 そして、男根の根元に喰い込んでいた輪が音を立てて外れて、そのまま消えるように消滅していった。

 

「ねえ、ねえ、アスカ、アスカお姉様、もう意地悪はなさらないでください。その代わり、このエマをもっともっと苛めて構いません。あたしは、もうアスカお姉様のものです」

 

 ノルズはささやくように言った。

 すると、アスカが嬉しそうに笑った。

 

「いいよ……。その代わり、音をあげても終わらないよ。まずは、精を出し続けて、出すものがなくなったのに、それでも勃起させられる男の子の苦しみを味わおうか……。その次は、十回、二十回と続く連続絶頂の女の苦しみだ。そして……」

 

「ああ、お姉様、愛してます──」

 

 ノルズはアスカの言葉を最後まで待てずに叫んだ。

 もうなんでもいい。

 とにかく、刺激が欲しい。

 この淫乱で無邪気で、そこはかとない哀しみを背負っている女と一緒に、とことん情欲の最終地点を極めない。

 

「……じゃあ、始めよう……、エマ……」

 

 アスカがノルズの男根を指で挟んで、数回上下に動かした。

 

「んんあああああっ」

 

 ノルズは、自分でもびっくりするくらい簡単に絶頂して、男の性器からぴゅっと、まとまった精液を噴射してしまった。




 *


 明日は連続投稿できないかもしれません。
 そのときは、ご了承ください。


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357 謀略の開始

 眼を開くと、天井が見えた。

 感じたのは、手足がばらばらになるような疲労感と、信じられないくらいの数の絶頂によって引きあげられた快感の余韻による恍惚感……。

 そして、空腹だ。

 

 拘束されていた四肢の縄は解かれていた。

 手首を見たが、これ以上ないというくらいに暴れまくったはずだが、傷どころか、縄の痕さえも皆無だ。

 アスカが魔道で治療したのだろう。

 抱くときには、百合愛の相手のエマをとことんいたぶるくせに、底の部分では優しいのだろうか。

 ノルズは、苦笑した。

 

 横を向く。

 寝息をかいているアスカの裸身がある。

 あれだけ意地悪く抱くくせに、アスカは本当にこのエマという女を大切にしている。

 そういえば、傷だけでなく、身体もかなり回復していると思う。

 あんなに激しく抱かれれば、こんな疲労感だけで済みはしないだろう。

 

 それで、ふと気がついたが、全身の汗や体液もきれいになっている。

 全部、アスカの魔道だろう。

 この女は、自分が愛する者にだけは本当に優しい。

 憎しみに対しても容赦はないが、実際には、大して怒りも持続しない。

 まるで子どもだ。 

 ノルズは、どうしてもこの女を嫌いになれない自分を感じていた。

 

「起きたのかい、エマ……?」

 

 エマの姿のノルズが身体を起こしたことで、アスカも目を覚ましたらしい。

 あるいは、ただ横になっていただけかもしれない。

 

「なにか、口に入れるものをお持ちしますね、お姉様……」

 

 ノルズは立ちあがって、裸身に灰色のローブを被った。

 並外れた魔道の能力を持つアスカは、その力で、食事や飲み物を長く口にしなくても、飢えや渇きを凌ぐことはできる。

 そうでなければ、こうやって、丸一日、中断なく女同士で愛し合い続けるという行為を繰り返すことはできない。

 でも、アスカはできる……。

 

 それ程の魔道遣いということだ。

 また、アスカ自身だけでなく、その相手をするこのエマにも、そうやって体力を保持させることもできるのだ。

 だけど、必要がないというわけじゃない。

 やっぱり、実際に食べたり、飲み物を飲んだりするのと、ただの回復術とでは、まったく回復力が異なる。

 

「ああ、軽いものでいいよ。ちゃんとした食事はいらない。手で摘まめるような簡単なものを準備しておくれ、エマ。ここで一緒に食べよう」

 

 アスカが言った。

 

「ここって、寝台の上でですか? お行儀が悪いですよ」

 

 ノルズは、エマの声で笑った。

 

「知ったことかい。どうせ、この部屋に来るのは、お前を除けば、あのパリスくらいのものじゃないかい。誰に遠慮がいるものかい」

 

 アスカが吐き捨てた。

 エマは、わざと顔を曇らせてみせた。

 すると、アスカがちょっと不貞腐れたような表情になった。

 意外な可愛さに、ノルズは噴き出した。

 

「仕方ないですね。では、ちょっとしたものを持ってまいります。寝台の上で食べれるようなものを」

 

「そうこなくっちゃね」

 

 アスカが白い歯を見せた。

 笑うと、この希代の魔女が驚くほどに可愛らしい顔になる。

 ノルズも笑ってしまった。

 だが、しばらくしてから、表情を真顔に戻す。

 ノルズの醸し出す緊張が伝わったのか、アスカが口元から笑みを消す。

 

「ところで、アスカ様、お話が……」

 

 ノルズはエマの声で言った。

 その声は完全にひそめられていて、この部屋を密かに見張っている外の見張りに聞こえないようにしたものだ。

 

「どうかしたかい?」

 

 アスカが怪訝な表情になる。

 だが、ノルズは、この数日を決行の日と決めていた。

 いま、このアスカ城の状況は、ノルズの企ての実行に千載一遇の機会だ。

 なぜか、この十日くらいのあいだの、アスカ城から、どんどんとパリスの主立つ部下はどんどんといなくなっている。

 なにが起きているのかは、この城塞の中ではよくわからない。

 なにしろ、この城塞がアスカの牢獄であるということもあるが、完全に外からの情報を遮断するようにな態勢になっているのだ。

 いかにノルズといえども、ここに閉じこもっていては、外の状況の詳細はわからないのだ。

 しかし、色々と考えたものの、ノルズは、この絶好の機会を利用して、アスカを囚われの城塞から連れ出そうと思っている。

 そして、そのための絶好の条件が整いつつあるのだ。

 

 いずれにしても、大きな組織を背景にしているパリスだが、実のところ、驚くほどに信頼のおける部下というのが少ない。

 いや、実のところ、パリスはもしかしたら、誰ひとりとして信用をしていないのかもしれない。

 ノルズ自身、パリスには実力を買われているという認識をしていたのだが、実際には、いつの間にか「死の呪い」を刻まれていて、パリスにとってはノルズなど、使い捨てるだけの道具にすぎなかったの理解した。

 

 とにかく、このアスカ城から人が減っているのは、パリスが呼び出しているのであり、その行先はナタル森林らしい。

 あるいは、ハロンドールだ。

 いま残っているのは、明らかに二線級、三線級の格下ばかりというところだ。

 

 ノルズの方もまた、ずっと準備していたことがやっと整っていた。

 あとは、ちょっとした処置をしてから、このアスカをその気にさせるだけだ。

 ナタル森林にパリスが目をつけているのは、以前から知っていたので、そっちに人が向かうことはわかっていたが、ハロンドールにも人が送られているのは気になるところだが、まあ、この城塞における「仕事」が終わって、状況を確認する機会が得られれば、すぐにわかるだろう。

 

「アスカ様、ここを脱走しましょう……」

 

 ノルズは声を低めていった。

 

「脱走?」

 

 アスカの眉間に皺が寄った。

 実のところ、アスカを逃亡させるという計画を抱いて、エマとして、このアスカの前に通う目的はふたつだ。

 ひとつは、アスカの私室の前に刻まれている魔道錠だ。

 アスカの脱走が不可能となるように、パリスが刻んでいるものであり、アスカはこれにより、部屋の外に出られないだけでなく、いまは、「影」と呼んでいる自分の分身も出せないらしい。

 これを幾度もこの部屋を出入りできる「エマ」という立場を利用して、少しずつ細工をしている。

 その結果、やっと準備が整った。

 あとは、最後の魔道を刻んでしまえば、魔道紋が連鎖的に解体されて、魔道錠が崩壊する。

 ただ、ノルズがそれをしない限り、一瞬接したくらいでは、魔道錠への細工が進んでいることはわからない。

 そんな状況になっている。

 

 もうひとつは、アスカをその気にさせることだ。

 この城塞を脱走させる手段が整っても、肝心のアスカがその気にならないことには話にならない。

 ところが、ノルズがエマの姿で、もしも可能ならば、逃亡をしないかと、なんとなく仄めかしても、まったく反応がない。

 そのなことはできないと諦めているというよりは、すでに厭世的になっていて、もはや、この囚われの境遇から抜け出そうという気持ちがないみたいだ。

 闇魔道による操りが得意なパリスなだけに、アスカを奴隷状態にしている可能性はあるが、魔道師としての能力が飛びぬけているアスカを真の意味での奴隷状態にすることは、さすがにパリスでも不可能なはずなのだ。

 アスカに逃亡の意思が抜けているのは、アスカ自身の感情的なものだと思う。

 

「できると思います……」

 

 ノルズはエマの口調で声をひそめていった。

 アスカの顔がさらに険しくなる。

 疑っているというよりは、信憑性そのものを疑っている気配だ。

 だが、数日前から、ノルズがこのアスカに仄めかしているのは、このアスカ城からの脱走計画だ。

 つまり、このアスカをこの囚われの城塞から連れ出し、上手く騙して、ロウに引き合わせ、性支配をさせてしまおうと思っている。

 このアスカがロウを殺そうとしているということはわかっているし、そもそも、ノルズはそれを制するために、ここに潜入してきたのだ。

 だが、アスカに会って気が変わった。

 実際には、この気紛れ魔女は、大した執着をロウには示していないということはわかったし、ロウにとっては、それほどの脅威ではないと悟ったからだ。

 もっとも、面を向かって会うことがあれば、アスカも、ロウへの恨みを思い出して、ロウへの殺意を思い出すということがあるかもしれないが、このアスカは、この城塞の囚われ女であり、ロウから接近をしない限り、アスカがロウに支配される機会はない。

 

 だから、アスカをロウの前に連れ出すのだ……。

 魔道をロウに行使することのできない状態で……。

 その手段も整っている。

 だが、肝心のアスカがその気にならなければ……。 

 

「……このままでは、わたしは、パリスに殺されると思います。処分されるんです……」

 

 口からのでまかせだが、アスカの目が大きくなる。

 ノルズは、指を口の前に持っていて、アスカの言葉を制した。

 

「…お静かに……。…この部屋は見張られてもいます……。盗聴もされています……」

 

 ノルズは言った。

 ほんの聞こえるか聞こえないかの声で……。

 アスカが不審顔で頷く。

 だが、見張られているという事実については、アスカの反応はほとんどなかった。

 なにをいまさらという表情だ。

 この部屋が監視されていることをアスカが知っているのか、知らないのかはわからなかったが、いまの表情から判断すれば、監視され、会話を聞かれていることなどは、やはり、知っているのだろう。

 しかし、知っていて、あんな風に平気で百合の性愛をするとは……。

 ちょっとノルズは鼻白んだ。

 まあいい……。

 ノルズは、アスカにそっと抱きついた。

 耳元に口を持っていく。

 

「この部屋にかけられている魔道錠の結界を緩める方法を発見しました……。数日以内には整います。逃げましょう……。ふたりで……」

 

 ほんの小さな声だ。

 さすがに、外の連中でも声を拾えないくらいのものだ。

 いずれにしても、エマをだしに使うのは、これでアスカの反応を読むためだ。詳しいことは知らなかったが、ここに来て噂を拾っていくうちに、以前にアスカの愛人だったエルスラ、つまり、ロウのところにいるエリカがこの城塞を逃亡したとき、アスカが怒り狂って、城塞を脱走して追いかけようとしたというのは耳にした。

 この城塞ではかなり有名な事件だったらしい。

 それと同じことができないか……?

 ノルズが考えたのはそれだ。

 反応がなければ、それで終わりであり、もしも、エマがどこかに連れ去れたと知れば、もしかしたら、いまはその気になる気配もないアスカが、激怒してエマを追おうとするとではないか……。

 まあ、だめで元々だし、うまくいかなければ、ほかの方法を考えればいい。

 しかし、この十日のアスカのエマへの執着を考えれば、エマをなんとかすれば、アスカが追いかけようとする可能性は高い気がする。

 

「な、なに?」

 

 ところが、アスカの目が丸くなり、大きな声をあげた。

 ノルズは、慌ててアスカに飛びついて、唇でアスカの口を覆う。

 どうして、わざわざ大声を放つのか──。

 外の連中が見張っていると教えたじゃないか──。

 ノルズは腹をたてつつも、アスカの口に舌を差し入れて貪る。

 見張っているパリスの手の者たちからすれば、淫乱な女ふたりが、百合愛の余韻に耽って、またまた口吻を始めたくらいに認識していると思う。

 

「食べ物を持ってまいります──。ただ、すぐに戻ります。そのときに、お話をしましょう。食事をしながら……」

 

 そして、ノルズは、アスカから離れて、少し大きめの声で取り繕うように声をあげた。

 この部屋を見張る者がいることは確かだから、いまは迂闊なことは言えない……。

 ノルズは、それを視線で訴えた。

 アスカはわかったようだ。

 だが、アスカは動揺している気がする。 

 これなら、もしかして、アスカをその気にさせることができるか?

 

 「すぐに戻ります……。そのときは、また、愛してください、お姉様……。そして、いまの言葉をお考えを……。エマはいつでも、アスカお姉様のお味方ですから……」

 

 ノルズは飛び切りの笑顔をアスカに向けた。

 そのまま、服を整えてから外に出ていく。

 部屋を出るとき、アスカはまだ服を着ていない状態で寝台に座っていたが、困惑顔でエマの姿のノルズを呆然と見つめているように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「味方なあ……」

 

 アスカはエマの後姿を見送り、彼女が扉の外に姿を消すと呟いながら嘆息した。

 

 

 *

 

 

 封印の護符の影響を受けないノルズは、なんの抵抗もなく部屋を出ることができた。本来は、エマに対してのみの結界の緩みなのだが、エマに取って代わったときには、ノルズはそう処置し終わっていた。

 その結界の処置に、事前の十日ほどがかかったのだ。

 そして、さらに十日……。

 すでに、準備は終わっている。

 次は、いつ実行するかということだ……。

 まずは、アスカをその気にさせる……。

 

「おう、終わったかい、淫売──」

 

 部屋の外には警護という名の見張りがふたりほどいた。

 アスカがアスカ城の本当の支配者ではないと知っている兵たちの一部だ。

 つまりは、パリスに直接仕える一隊の一員ということだ。ただ、こいつらは小者だ。酒を飲みながら、赤い顔でノルズをからかうような言葉を送ってくる

 少し前までは、もっと多かったが、数日前にパリスの呼び出しがあり、さらに少なくなった。

 

「アスカ様にお食事を運ぶだけです。すぐに戻ります……」

 

 エマはそれだけを言った。

 

「そして、また乳繰り合うのか? 相変わらず、淫乱な女たちだな。乳繰り合う声がここまで聞こえていたぜ。だが、女同士なんてもったいねえぞ。よければ、いつでも相手をするがな」

 

 ひとりが卑猥な顔をノルズに向ける。

 

「わたしに手を出すと、とんでもない目に遭いますよ。ちょっと性病にかかっているかもしれません。手を出すと、あれが腐って落ちるかもしれませんよ。お気をつけください。わたしたちは女同士なので、問題ありませんが」

 

 ノルズはうそぶいた。

 実際、股間に男の性器に害を与える毒を仕込んでいる。

 最初のときに、ひとりが「エマ」をからかって犯してきたので、その毒を喰らわせてやった。

 性器が股間に触れたところで、毒液を浸してやった。

 もちろん、挿入はさせていない。

 耳にしたところ、そいつは男根が真っ赤に腫れて大変だったらしい。

 魔道で治療はしたらしいが、それ以降、手を出そうとする者はいなくなった。

 

「ちっ、ふざけやがって──。調子に乗るんじゃねえよ。ただの淫売が──」

 

「だったら、アスカ様よりも上手にわたしを気持ちよくしてくれるんですか? そんなのあり得るわけないじゃないでしょう。せめて、素人童貞を卒業してから来てください」

 

 わざとらしく鼻を鳴らして、侮辱してやった。

 

「なんだと──」

 

 すると、その男が真っ赤になった。

 だが、隣の男に、たしなめられている。怒って乱暴をしてくることはないようだ。

 

「調子に乗るんじゃねえぞ、雌犬──」

 

 しかし、離れていくときに、捨て台詞のような言葉をノルズの背中にぶつけてきた。

 同じ悪態しかつけないのか──。

 まあ、その程度の男ということだ……。

 

 ノルズは無視して、その場を立ち去った。

 そして、廊下を進んでいく。

 しばらく城の中を歩く。

 アスカの居室から離れれば、ノルズなど、この城で働くどこにでもいるような女中か侍女にしか見えない。

 そろそろ、夜のようだ。

 城の中には、ほとんど人影などいなかった。

 

 ノルズは、今夜、決行しようと決めていた。

 まずは、第一弾──。

 あの女をこの城の外に出す──。

 今夜がその日だ。

 ノルズは、軽食が準備してある厨房には立ち寄らずに、そのまま私室に向かった。

 やがて、私室に到着した。

 部屋に入る。

 

 誰もいない……。

 見張りもない。

 大丈夫……。

 

 パリスたちも、アスカこそ見張るものの、その愛人で召喚術を覚え込ませようとするが、何度やっても、それが成功しない役立たずの娘など、相手をするのも馬鹿馬鹿しいと思っているのだろう。

 準備してある袋荷を担ぎ、絨毯を剥いだ。

 床に仕掛けている紋章に手を置く。

 すると、壁がすっと消滅して、そこに床下の隠し部屋に向かう階段が現われる。

 そこを降りていく。

 地下を進む狭い通路があり、その奥に扉がある。

 この部屋には、ノルズが施した防音の結界がしてある。どんなに大声を出したところで、外には中の音は洩れない。

 それどころか、この場所の存在そのものが、誰にも知られていない。

 この場所を作るのに、大変な苦労をした。

 

 扉の外で、ノルズは指している『変身リング』を作動させて、エマに成りすましている変身を解いた。

 そして、今度は、エマではなく、アスカの顔になる。

 

「エマかい──。本当に、ここにいるんだね──?」

 

 中に入って扉を素早く閉じると、ノルズは、アスカの声でわざとらしく怒鳴った。

 部屋はただの物置だ。

 指を鳴らして、魔道の照明をつける。

 

 そこにはひとりの女がいた。

 その女は、下着姿で柱にお尻を床に付けた状態で胴体を縛られ、足首も括られていた。

 ノルズを認めて、その女が猿ぐつわの下から激しく呻き声をあげた。

 顔に涙の痕がある。

 ふと見ると、下着がびっしょりと濡れて、股の下には失禁の痕があった。

 我慢できなかったのだろう。

 ノルズはくすりと笑った。

 

 ここに監禁して十日ほどになるが、いつもは拘束はしていない。アスカが監禁されているのと、同様の方法で魔道で出られなくしているだけだ。

 しかし、今日は最後になるし、ちょっと苛めてやりたかった。

 だから、いつもは、毎朝させる小尿をさせずに、こうやって縛ってやったのだ。

 

 案の定、お洩らしをしている。

 それもあって、いつもよりも、惨めそうな表情だし、アスカの顔を見られて嬉しそうでありながら、羞恥で顔が歪んでいる。

 本当に苛めれば苛めるほど、いい顔をする。

 この女を愛人にして愉しむ、アスカの気持ちがよくわかる。

 

 この十日、アスカに抱かれて愉しんだが、一方で、このエマを監禁して性的ないたぶりを続けるのも愉しかった。

 最初は、処分してやろうと思っていたものの、アスカを処分するという計画を修正したので、この娘を使う必要が出てきた。

 アスカがこのエマを大切にしているのはわかったし、このエマがさらわれたとなれば、アスカは目の色を変えて探そうとするだろう。

 この城塞をなんとしても、脱出しても……。

 

「んんんんんっ、んんんんんっ」

 

 エマの顔が歓喜に歪んだ。

 この部屋に監禁して一箇月。

 やっと訪れた救出だ。

 エマの眼からぼろぼろと涙がこぼれる。

 

「助けが遅れて悪かったね──。知っていると思うけど、わたしは“影”だよ……。本体は部屋の中だ。お前をここに監禁していたのは、あのパリスと、その息がかかったノルズという女だ。しかも、忌々しいことに、そのノルズは、よりにもよって、ずっとお前に変身していたんだ。本当に悪かったよ」

 

 ノルズはエマの猿ぐつわを解いた。

 

「ああ、アスカお姉様──」

 

 エマは、拘束されたまま、アスカに対して歓喜の声をあげた。

 

「エマ、覚悟を決めな。ここを逃亡する。一緒にね」

 

 ノルズはアスカの顔で言った。

 エマの目が大きく見開かれた。



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358 皇帝家の陰謀

「と、逃亡?」

 

 救出にやって来たアスカのふりをして拘束を解いてやりながら、エマに、このアスカ城からの出奔の計画を告げると、さすがに、エマは目を丸くした。

 だが、ノルズは、これが嘘でも冗談でもないことをはっきりと告げた。

 すると、さすがにエマも、アスカの悪ふざけではないことを悟ったのか、神妙な表情になる。

 そして、すぐに納得したような顔つきに変わった。

 

 もちろん、エマは、アスカの置かれている哀れな状況について、しっかりと認識しているはずだ。

 いつの時点で、エマが本当のアスカの境遇のことを悟ったかは知らないが、ノルズがエマに変身してアスカに接触を始めると、アスカは、エマがパリスのことを真の支配者であるとをエマが知っているという前提で「エマ」に語りかけてきた。

 だから、ノルズは、アスカが実際にはこの城塞の女王などではなく、単なる「奴隷」に過ぎないことをエマが知っていることがわかった。

 ただ、あれだけアスカが、エマを大切にしているところを考えると、信頼し合った関係を築いていると考えていいと思う。

 だから、この女は使い道がある。

 もしも、このエマが城塞からさらわれたとなれば、おそらく、アスカはこのエマを追いかけて、城塞から脱出して追いかけようとするだろう。

 それがノルズの狙いだ。

 

 そして、アスカをこの城塞から脱出させることは、あのパリスに大きな打撃を与えることに通じる。

 ノルズはそれを知っている……。

 

 実は、アスカは、有り余る魔力の吸収力を買われて、この数十年続ける召喚術によって発生する瘴気の吸収体にされている実験動物のような立場なのだ。

 その目的は、かつて封印された冥王の復活であり、パリスたち一派は、冥王を復活させ、その力を操って、この大陸を席巻し、すべての人族を支配して、巨大帝国を建設しようとしているのだ。

 

 その一派とは、「帝国」だ。

 

 冥王を封印した英雄の家系であり、かつては、この大陸における唯一の国家でありながら、いまは、ローム三公国と呼ばれる分裂国家の庇護のものとに、辛うじて生存が許されているひとつの消滅寸前の人類史上、もっとも尊い貴族家──。

 

 それが、皇帝家だ。

 

 いまの皇帝は、何代目になるのか……。

 

 もちろん、ノルズのような立場の者が皇帝に会ったことがあるわけじゃないが、ノルズは、三卿と称されている三家臣のうち、マハエル家という代々の皇帝に仕える一族に飼われている刺客だ。

 

 いや、「犬」か……。

 

 犬だった……。

 

 パリスもまた、そのマハエル家の手の者だ。

 

 もっとも、パリスが真実、何者であるかを知る者はほとんどいない。

 パリスが、いまのマハエル家の当主の家臣になったのは、現在のマハエル家の当主がまだ少年時代のときであり、その頃、パリスはどこからともなくやって来た風来坊の旅の少年に過ぎなかったという。

 旅の途中で病に倒れ、道端で飢えで死にそうになっているのを偶然に見つけたマハエル家の少年がパリスを助けたのが縁という。

 そして、その貴族の少年は成長し、零落した皇帝家に仕えるマハエル家の当主となり、いまは、すっかりと老人になっているが、パリスは、いまだに「少年」の姿のままなのだそうだ。

 パリスが、もはや、ただの人間でないのは明白なのだが、パリスについては、マハエル家当主にしても、現皇帝にしても、絶対の信頼を寄せている。

 

 そのパリスが企てたのが、このアスカを使った『冥王復活』だ。

 冥王は、すべての魔族や魔獣を従わせることができると言われている絶対無敵の悪鬼であり、こんなものを復活させるなど、狂喜の沙汰だが、パリスはそれをやるという。

 皇帝家には、代々伝わっている、冥王を支配できる指輪があるとかいうことで、その指輪を使えば、冥王を自由自在にできるのだそうだ。

 

 つまりは、この一連の陰謀は、残りの寿命か短くなった気位だけは異常に高い老人たちの狂業ということだ。

 

 そもそも、冥王を討伐し、異界に封印をしたロムルスの末裔が、冥王を支配できる指輪を保有しているという話は怪しい。そんな指輪があれば、なにも、伝承にあったような大変な冥王戦争を起こさなくてよかったはずだ。

 しかし、実際には、それはできなかった。

 また、英雄ロムルスの力をもってしても、冥王を殺すことはできず、封印するしかなかったのだ。

 

 それを復活させるという。

 途方もないこととは思ったが、パリスはそれを不可能ではないことと三卿に告げたらしい。

 

 まずは、この大陸のどこかに、冥王復活の拠点となる場所を選び、そこに冥王たちの力の源である「瘴気」を充満させる。それもとてつもない密度と範囲でだ。

 次に、同じような高濃度で広範囲の瘴気の「大発生地」をこの大陸のところどころに作りあげる。それにより、この世界全体の安定度をぐらつかせるのだそうだ。

 それで、冥王が復活できる特異点、すなわち「大特異点」が最初に作った拠点に発生し、異界の封印が破れて、無数の眷属とともに、冥王は復活する……。

 その「大特異点」の拠点として選んだのがアスカ城であり、「大発生地」となる候補地が、魔道王国エルニア王都であり、ハロンドール王都であり、いま、パリスが工作を開始したナタルの大森林なのだ。

 

 それを知ったとき、ノルズは、なんという阿呆たちだろうとは思ったが、まあ、その阿呆に飼われる身だ。

 この連中が、復活をさせた冥王に食い殺され、その挙句に、人類が冥王に支配されたところで、どうでもいい……。

 そう思っていた……。

 ただ、言われたことをするだけだと……。

 

 パリスがかつて、マハエルに助けられて、その恩に報いるために歳月を使っているように、ノルズもまた、パリスには恩がある。

 この世には、なんの未練もなかったし、これっぽちの希望に抱いていなかったが、一宿一飯程度の恩のために、世界を滅ぼすことを手伝ってもいい。

 そんな心境だった。

 

 だから、パリスに、ハロンドール王国の王都に、一派の足掛かりを作れと言われて、かつての親友を利用することを思いつき、王都三神殿の筆頭巫女になっていたスクルズたちを次々に罠にかけて、それが最終的には、彼女たちの生命を奪うと知っていながら、体内に魔瘴石を埋め込んでやった。

 どうせ、お互いに、いつか死ぬ命だ。

 なんのためらいも覚えなかった……。

 

 だが、いまは違う……。

 

 生まれて初めて、命が惜しいと思っている。

 彼が気違い連中の遊戯に巻き込まれないようにするために……。

 生涯で最初で最後の愛しい人が、彼を愛する女たちと、いつまでも笑って生きることができるように……。

 

 そのために、パリスのところに戻ってきた。

 絶対に冥王など復活させない……。

 あの人がいるこの世界を狂人たちの玩具などにさせやしない……。

 

 そして、それは難しいことじゃない。

 あのアスカをこのアスカ城から離せばいいだけだ。

 なにしろ、これまでパリスがやって来た多くの工作の中で、もっとも重要視していたのが、アスカ城に、アスカを置いておくことなのだ。

 当のアスカはわかっていないが、アスカ城の周囲に拡がっている瘴気は、アスカそのものを核とすることで成立している。

 だから、アスカがこの城塞を離れれば、それだけで核は消滅する。

 

 核を失った瘴気など、どんなに集めようと簡単に発散してなくなってしまう。

 そのために、アスカは常にルルドの森の真ん中に建設したアスカ城に存在する必要があるということだ。

 つまりは、アスカ城こそが、アスカというパリスが選んだ「大特異点」の核そのものなのであり、この城塞は、そのアスカを閉じ込める巨大な牢ということだ。

 従って、パリスの陰謀を潰すには、アスカをここから連れ出すだけでいい。

 

 そうすれば、一年もすれば、この瘴気は完全になくなり、もう一度アスカを連れ戻して、瘴気を集め直しても、冥王が復活するまでの瘴気を集め直すのに、数十年はかかるはずだ。

 

 ただ、アスカをここから出すだけで、それだけのことができる。

 しかし、問題はアスカ自身だ。

 アスカは、いまはここを出ることを望んでいない……。

 

 ここには、アスカの望むすべてのものが揃っている。

 狂い魔女が欲しがるものは全て与えられ、権力もあるし、彼女の好きな魔道の実験設備も材料も、彼女にかしずく者も、すべてが存在する。

 淫乱度の高い彼女の好きな淫行だって思いのままだ。

 

 ここを出ても、アスカにはなにもないし、必要があれば、「影」の魔道で自分の分身を外に出すこともできるので、そもそも、アスカがここを離れる理由がない。

 それだけでなく、パリスは、アスカには、もしも、アスカ城から本体が離れれば、アスカの魔道は弱体化すると思い込ませていもいるので、アスカは、自ら望んで、ここを出ることはない。

 

 だが、もしも、アスカがアスカ城からいなくなれば……。

 それで、ノルズは愛する人を将来の災厄から守ることができる。

 ノルズが考えているのはそれだけだ。

 

 本当は、アスカをあっさりと殺してしまうのがいいのだろうが、さすがに、あのアスカを殺すなど、ノルズには不可能だろう。そもそも、面白くない。

 パリスは、特殊な誓いの呪いで、自分を含む一部の存在については、アスカが魔道を行使できないようにしているが、それでも、殺すということまではできないと思う。

 だから、せいぜい、監禁しているだけなのだ。

 ましてや、ノルズには不可能だ。

 

 従って、次の手段……。

 数日のうちに、アスカをアスカ城から連れ出す……。

 このエマを使って……。

 

「そうだ、エマ……。今夜のうちに逃亡する。お前も、知っているはずだ。あのパリスの目的を……。パリスは、このわたしを使って、このアスカ城を中心とするルルドの森に瘴気を密集させて、怖ろしいことをやろうとしているのだよ。あいつの企てが成功すれば、わたしは死ぬだろう。だが、そんなことはご免だ」

 

 ノルズは、アスカの声で言った。

 すると、ただでさえ驚いていたエマの眼が、さらに驚愕のために開かれた。

 

「ま、まさか……し、死ぬだなんて……。で、でも、どうして、それを……」

 

 エマが声をあげる。

 しかし、その表情に、ノルズは不審を抱いた。

 もしかして、この女は、深いところまで知っているのか……?

 

 この城塞で行われていることが、いつの日か、アスカを冥王復活の生贄として殺すことを前提として行われている大きな陰謀であることを……。

 そうだとすれば、この女は、アスカに愛されていながら、パリスがやっていることを知っていて、それでも、それをアスカには教えずに黙っていたことになる。

 アスカに気に入られた少女だということを除けば、どうして、一介の侍女程度の立場でしかないはずのエマが、パリスの隠している陰謀のことを知ったのかはわからないけれど……。

 

 いや、間違いない……。

 エマは知っていた。

 

 とにかく、これで、ノルズの心は少しだけ軽くなった。

 どうやら、遠慮がいらないということがわかったのだ。

 もしかしたら、パリスたちの、ちょっとした会話を隠れて耳にしたり、それとも、パリスの手の者が、アスカのお気に入りであるエマへのからかいのような気持ちで、脅し混じりで、喋ったのかもしれない。

 パリス自身はともかく、パリスの使う者たちは、ノルズの目から見て、質はともかく、品はない。

 あの連中なら、エマに感づかれるようなことを口にしても不自然じゃない。

 

 実のところ、アスカの本当の立場を知っている者は、この城では少なくない。

 どちらかというと、一定の一部においては、公然の秘密に近い。

 それでも、アスカにそれが伝わらないのは、この城には絶対に破れない、ある広域魔道がかかっているのだ。

 

 すなわち、「真実」をアスカに伝えてはならないという魔道だ。

 どんな方法でもそれは不可能だ。

 だから、アスカは自分が、いずれ死ぬ運命であることはわからない。

 さすがに、それを知れば、逃げ出すと思うが、ノルズも直接には、それを告げられない。

 従って、ほかの手段で、アスカが自発的に、このアスカ城を逃亡しようとさせないとならないのだ。

 

 それはともかく、エマは知っていた。

 知っていて、アスカにそれを教えなかった。

 

 いや、教えるのが不可能だとしても、なにもしようとはしていない。

 知っていたとすれば、もがき苦しむという気配があってもおかしくはないが、ノルズの観察の範囲では、それはなかった。

 それだけで、このエマが「罰」を与えられても仕方がない……。

 

「いいかい……。今夜はやっとやって来た逃亡の機会だ。このまま、外門の外に行くよ。すべての手筈は整っている……。なにも心配はいらない。わたしと一緒なんだからね……。その後は、しばらくは逃避行になるからね……。まあ、このわたしがいれば、どんな連中が追いかけてきても、捕まることなどないけどね。とにかく、わたしの魔道が制限されているこのアスカ城の外にさえ出れば……」

 

 苦々しく言葉を紡ぐ素振りをしながら言った。

 このアスカ城内では、パリスによって、主にアスカの逃亡に関わる魔道が封印されていることは確かだ。でも、なによりも、アスカがここから離れられないのは、それを必要としていないアスカ自身の意思だ。

 従って、アスカが、心の底から、ここから脱走したいと考えれば、いくらでもやりようがある……。

 たとえ、どんな封印をパリスがしたとしても……。

 

「えっ、本当に逃亡を……?」

 

「そう言ったろう……。もう少しの辛抱だ。結構は夜だよ。もう一度、迎えに来る……。そのときに、一緒に逃げよう」

 

 有無を言わせぬ強い口調で言った。

 だが、エマが、ノルズの言葉を信用して、この魔城の外に出れば、ノルズが潜ませている盗賊たちが、エマの身柄をさらうことになっている。

 悪鬼の彷徨う悪名高いルルドの森の夜をものともしない連中だ。

 その連中に、金を払ってエマをけしかけている。

 エマがアスカ城から出ようものなら、森で待機しているノルズの手の者が、本当にエマを誘拐するという計画だ。

 そして、エマは、奴隷にされて、ハロンドールに売られることになっている。

 性質の悪い連中のことだから、エマの貞操が無事で済むということはあり得ないが、まあ、エマも殺されないだけましと思ってもらうしかない。

 

 後は面倒なことはない。

 頃合いを見て、ノルズは、すべてをパリスの手の者の責任ということにして、アスカの大切なエマが奴隷として売り飛ばされたと教えてやる。

 アスカは怒り狂って、本気で追いかけようとするだろう。

 なにしろ、エマはアスカのいまのお気に入りなのだ。

 アスカさえ、心の底からアスカ城を出ようという気になれば……。

 

 そうそう……。

 

 いま、ちょっと思いついたが、これから悪党どもに容赦なく輪姦された挙句に、奴隷として売り飛ばされることになっているエマに、些細な悪戯でもしておくか……。

 どうにも、このエマは被虐がよく似合う。

 

「……それにしても、小便臭いね、お前……。罰として、ここで下着を脱いで、そのまま、城外に出るよ……。その後はわかるね……。逃避行とはいっても、お前の調教は続けるよ、せいぜい、覚悟してな」

 

 しかし、エマのところに現れるのは、乱暴な盗賊たちだ。

 盗賊どもも、この美少女が下着をはかずに連中の前に現れれば、せいぜい、驚くに違いない。

 ノルズはほくそ笑んでしまった。

 

 そして、一度は、エマの下着を出してやろうとした荷を収納魔道で隠した。

 「収納魔道」というのは、持っている魔力に応じて、荷を異空間に格納できるという便利な魔道だ。もちろん、高等魔道である。

 かつて、ノルズはそんな魔道は遣えなかった。

 だが、あのロウに抱かれてから、なぜか、魔道の力が飛躍的に向上して、それが遣えるようになったのだ。

 収納魔道だけじゃない。

 高位魔道師の象徴ともいわれている「移動術」だって、いまは遣える。

 本当に、あのロウは……、彼は何者なのだろう……?

 一方、エマは、ノルズの言葉に顔を真っ赤にしながらも、なにかの期待を込めるような仕草でおずおずと下着を脱ぎ始めた。

 

 

 *

 

 

 アスカの顔はばれる……。

 このままじゃ、城を歩けないからと断ってから、ノルズは、エマの目の前で、アスカへの変身を解いて、ノルズの姿に戻った。

 エマは、アスカがノルズに変身していると思い込んでいるはずだが、実際は、ノルズが元の姿になっただけということだ。

 

 魔城の外に出るのは簡単だった。

 呆気ないくらいに簡単に、ノルズはエマを連れて、アスカ城の外に出た。

 

 魔城を出れば、そこに拡がるのはルルドの森だ。

 夜だが、今夜は月が四個だ。

 随分と明るい。

 薄っすらと月明かりに照らされるルルドの森に、魑魅魍魎どもの気配が迫るのを感じる。

 しかし、ノルズは、悪霊避けの特殊な護符を持っている。

 それが、連中をノルズたちに近づけない。

 手筈の場所で待っている盗賊団たちも、同じものを渡している。

 だから、ルルドの森の夜を動くことができるのだ。

 

「ア、アスカお姉様……」

 

 それでも、やはり、ルルドの森は怖ろしいのか、歩きながらエマは、しっかりとノルズの腕を両手でしがみつくようにしてくる。

 

「問題ない……。問題ないさ……」

 

 ノルズは、力強く腕を握りしめてくるエマの手を軽く撫ぜながら言った。

 やがて、打ち合わせの場所に辿り着いた。

 しかし、違和感があった。

 

 強い血の匂い……?

 そして、焦げ臭い……。

 しかも、新しい……。

 

「えっ?」

 

 ノルズは、思わず叫んだ。

 夜目だったので見つけるのが遅れたが、少し離れた場所で屍骸があった。

 ノルズが手配した盗賊たちのひとりだ……。

 

 いや……。

 

 ひとりじゃない……。

 あそこにも……。

 向こうにも……。

 どういうこと……?

 

 なぜ、死んでいるの……?

 

 その瞬間だった。

 

 草のあいだから、突然に四、五十人が姿を現した。

 背後にもいる。

 城塞の魔道衛兵たちだ。

 すっかりと包囲されている。

 

「アスカはここよ──。この女よ。逃亡しようとして、姿を変えているの──。さあ、早く、捕らえて」

 

 すると、腕を握りしめていたエマが、大声をあげて衛兵のところに駆け込んでいった。

 

「えっ……?」

 

 呆気にとられたノルズは、はっとした。

 たったいままでエマが握りしめていた腕に、なにかが嵌められていたのだ。

 そして、愕然とした。

 これは、魔道封じの環だ。

 いつの間に……。

 

「エ、エマ?」

 

 叫んだ。

 とっさに外そうとした。

 これでは、移動術で逃亡することもできない。

 

「きゃあああああ」

 

 しかし、突然に全身に痺れが駆け巡り、気がつくと、ノルズは地面にうつ伏せにひっくり返っていた。

 四方から電撃を浴びせられたとわかったのは、ほんのすぐそばまで衛兵たちがやってきたときだった。

 ノルズは必死に置きあがろうとした。

 だが、中腰になったところで、顎をしたたかに膝で蹴りあげられていた。

 奥歯が折れる音がして、ノルズは今度は仰向けに昏倒してしまった。

 

「そいつが、アスカよ──。絶対に監禁してね。アスカ様を裏切ったとわかった以上、アスカ様を自由にしたら、今度は、わたしが殺されるわ。パリス様の命令に従ったんだから、約束通りに安全な場所にわたしを移して──。絶対よ──」

 

 衛兵の外からエマの気が狂ったような声が聞こえてくる。

 しかし、ノルズは愕然としていた。

 まさか、エマがアスカを真の意味で裏切っていたとは……。

 エマがパリスに命じられて、密かにアスカを見張っていた……?

 

 いや、ノルズの調査において、エマは絶対にアスカを諜報するためにパリスから送り込まれた者じゃなかった……。

 パリスの手の者については、ノルズはかなりの顔を知っている。

 それに、エマは諜報員としては、無能に近い。

 パリスが選ぶ配下は、エマのような女ではない。

 彼女をパリスが自分の配下にするわけがないのだ

 それとも、エマは、最初こそ、純粋なアスカの愛人だった?

 しかし、そのエマをパリスは、いつかの時点で篭絡して、自分の道具のひとつとして使っていた?

 

 もしかして、そういうこと……?

 とにかく、アスカの「ネコ」だと思っていたエマが、実はパリスの「犬」だったのは明白だ。

 騙したつもりが、すっかりと騙されていたとは、なんという迂闊……。

 

 そもそも、どうやって、エマが「逃亡」を城塞の者に報せたというのだ。

 そんな機会はなかったはずだ。

 

「残念だったわね、アスカ──。実はあんたが戻って来る直前に、あたしは一度助けてもらってたのよ。だけど、あんたの思惑がわからないから、あえて、そのままに拘束されている芝居をすることになったのよ。お生憎様──」

 

 エマが勝ち誇ったように叫んだ。

 事前に発見された?

 そんなことはないだずだ。

 少なくとも、ノルズの魔道では、結界が破れたことに気がつかなかった。

 しかし、実際にこうやって出し抜かれたことを思えば、それは正しいのだろう。

 そのとき、エマの周りに集まった男のひとりが首を横に振った。

 

「いや、この女は、アスカ様ではない、エマ……。本物のアスカ様は、まだ、自室におられる。それは確認した」

 

 全身が脱力しているノルズの右腕を隊長らしき男が掴みながら言った。

 このあいだも、複数の魔道の光線がノルズに注ぎ続けられている。

 それがどんどんとノルズから魔道と筋力の両方を奪い続けている。

 

「えっ? 偽者?」

 

 エマの呆然とした口調の声が聞こえた。

 

「おそらく、この女は本物のノルズだろう……。さあ、どういう企みだったか、白状してもらおうか、ノルズ……。お前の連れてきた盗賊どもの半数は殺したが、残りは捕らえている。そいつらを拷問すれば、まあ、多少のことはわかるとは思うけどね……」

 

 掴まれていた右腕があり得ない方向に、強引に曲げられた。

 ぼこりと大きな音がして、右腕が完全に叩き折られたのがわかって、ノルズは絶叫を月夜にとどろかせた。

 

「残りの腕と脚の骨を折れ。それで逃亡も自殺もできなくなる」

 

 隊長が無造作に言った。

 衛兵たちが一斉にノルズの身体に掴みかかった。



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359 魔女の失踪

「おげえええっ」

 

 火で炙られたかと思うような激痛が腕に走った。

 左腕に続いて、右腕も肘と肩の中間付近が強引にへし折られたのだ。

 股間が熱くなる。失禁をしたかと思ったが、まだ体液は股間からはできていないようだ。

 

「ノルズ……? ノルズっていうんですか、この女?」

 

 いつの間にか、ノルズの周りには二十人近い衛兵が集まっていた。

 ゆっくりとした口調で訊ねたのはひとりの兵だ。

 その男がどこからか持ってきたひと抱えある石をノルズの太腿の下に置くのがわかった。スカートが完全にめくられて、股間まで露わにされた。

 しかし、羞恥を感じる余裕はなかった。

 別の男が石に置かれているノルズの腿の部分を別の石で叩きつけたのだ。

 

「んがあああ」

 

 ノルズは絶叫した。

 ぼこりという大きな音がノルズの耳にはっきりと聞こえた。

 脚の骨はいまの一撃で完全に砕けただろう。

 今度こそ、本物の尿が股間から洩れていくのを感じた。

 

「ああ、確か、パリス様のところで動いていた女間者だな。しばらく行方不明になっていたが、まさか、顔を魔道で変えて戻ってきたとはな」

 

 ノルズの手足を砕くように命じた隊長が笑いながら言った。

 どうやら、この男はノルズの顔を知っていたらしい。

 ノルズ自身は知らないが、考えてみれば、元はといえば、ノルズはパリスの部下だ。

 アスカ城には行ったことはなかったが、共通の雇い主だったのだから、ノルズの顔を知っている者がいても不自然じゃない。

 まあ、だからといって、なにか変わるわけじゃないが……。

 

「あんた、アスカ様じゃなくて、ノルズだったのね。まあいいわ。いい気味よ、ノルズ──。わたしを長いあいだ嬲った酬いだわ。せいぜい、苦しむがいいわ」

 

 そのとき、人壁の向こうから少し興奮気味のエマの声が聞こえてきた。

 ノルズは、そっちに向かって顔を向ける。顔は見えないが、声は届きやすくなるはずだ。

 

「……む、酬いは……そっちだろう……。アスカと思って……おかしな腕輪をつけたくせに……。ア、アスカを……裏切ったのは……いつからだい……? パ、パリスの……犬に……なったのは……や、やっぱり……女同士よりも……男がよかったかい……?」

 

 ノルズは激痛の苦しさに耐えて、精一杯の皮肉を込めていった。

 アスカの愛妾のくせに、パリスの息のかかった監視役になっていたとは見抜けなかった。しかし、ここまで完全に裏切るのは予想外だった。

 だが、考えてみれば、一番効率のいい見張りだろう。

 それにしても、気の弱い女なのかと思っていたが、意外にしたたかな女だったようだ。

 もっとも、それはともかく、どうやってノルズの監禁から、解放されたのだ?

 しかも、逆に罠をかけて待ち受けるとは……。

 

「あ、あの人のことを悪く言うと承知しないわよ──。この馬鹿女──」

 

 エマの金切り声がした。

 本当にパリスに抱かれたのかい……。

 ノルズは笑いそうになった。

 だが、新しい激痛がノルズの全身を焼いた。

 もう一方の脚の骨も石を叩きつけられて砕かれたのだ。

 

「あがああああっ」

 

 ノルズは絶叫した。

 激痛で跳ねあがりかけた身体を上から胸を踏んづけられた。

 足を乗せたのは隊長だ。

 その隊長が酷薄な笑みを浮かべながら、ノルズを見下ろして口を開く。

 

「この女は以前、任務に失敗して、パリス様の前から行方不明になっていた女だ。死んだと思われていたが、まさか、アスカ城に潜入していたとはな……。なにをしようとしていたか吐かせろ。どんな方法を使ってもいい」

 

「じゃあ、とりあえず、身体検査といきますか……。服を脱がすか。なにかおかしなものを持っているかもしれないからな」

 

 衛兵のひとりが言い、複数の手が一斉にノルズに伸びてきた。

 

 どいつもこいつも……。

 衛兵たちの顔はどの顔も卑猥に歪んでいた。

 男はみんな一緒だね……。

 ノルズは笑いたくなった。

 

 まあ、あいつも、好色にかけては凄かったけどね……。

 こんなときにと思ったが、ロウの顔が不意に浮かんだ。

 すると、なぜか泣きたい気持ちになってきた。

 

 そのときだった。

 

 不意に周囲が歪むような感覚が襲った。

 激痛による影響なのかとも思ったが、ノルズだけでなく、周りの衛兵たちも驚いたように、顔をあげて辺りを見回し始めた。

 

 しかし、一瞬後、ノルズはなにが起きているのかを悟った。

 これは、結界だ。

 

 この周囲一帯が、大きな結界に包まれようとしている。

 それがわかった。

 同時に、喧噪も起こった。

 騒がしいのは、後ろのアスカの魔城だ。

 なにかの警告音のようなものが一斉に響きだしている。

 

 今度はなに?

 瞬時にノルズは合点がいった。

 だが、鳴り響いている警告音は、おそらく、アスカを監禁しているこの城塞の結界の封印が解けてしまったということだと思う。

 おそらく、間違いない……。

 だが、どうやって……?

 確かに、ノルズはすぐにアスカを監禁から解放させて、城塞の外に連れ出す算段はしていたが、まだ、最終的な処置はしていなかったのだ。

 

「な、なに? なにが起こっているの?」

 

 不安そうなエマの声が聞こえた。

 得体の知れない雰囲気に警戒をしようとしている周囲の衛兵がノルズか離れて、違和感に対処しようとする。

 彼らがこちらに背を向けて広がりもしたので、その隙間からエマの顔も垣間見ることができた。

 

「くくく……。あんたが……、裏切ったから……、この魔城の……女主人が……怒ったんじゃ……ないのかい……? この……アスカ城が……あの魔女の……根城だと……いうことを……忘れたかい……」

 

 とにかく、ノルズはうそぶいた。

 苦しい息の下からノルズはエマに向かって言う。

 すると、エマがきっとノルズを睨みつけた。

 その怒りは、エマを監禁し続けてきたノルズに対する恨みつらみだろう。苛めれば苛めるほど、被虐の色香を醸し出す可憐な野菊という印象だったのだが、立場が変われば、こんな気の強い一面もあるのだと悟った。

 いずれにしても、どうにもこうにも、まだまだ、自分も人を見る目がない……。

 ノルズは苦笑しそうになった。

 

「あんな、あばずれになんの力があるもんですか──。パリス様こそ、この魔城の支配者よ。そんなことも知らないの、ノルズ──」

 

 エマが大きな声をあげた。

 

「へえ……。あんたって、そんなに……大きな声も出せるのね……。せっかくだから、監禁のあいだ、もっとなぶってやればよかったよ……」

 

「あ、あんたも、アスカ様もろくでなしよ──」

 

 エマが激昂して叫んだ。

 次の瞬間、はっきりとわかる感じで、目の前の空間が歪んだのがわかった。

 

「……どうやら、飼い猫に噛まれるのは、わたしの癖のようだね……。しばらく前からパリスをはじめ、何人もの男の精の匂いをぷんぷんさせていたエマが、突然に男の匂いをさせなくなったから、入れ替わっていたのはわかってたけど、やっぱり裏切ってたかい、エマ……」

 

 大きな笑い声がした。

 アスカだった。

 移動術で出現したのだ。

 エマとともに、衛兵たちが引きつったような声を出した。

 

「な、なんだ? なんで、アスカが──?」

 

「封印の紋で部屋に閉じ込められていたはずじゃ……」

 

 衛兵たちの呟き声がする。

 ここに集まっているのは、パリスに直接仕えている兵たちで、どちらかといえば、アスカを見張る役目を負っていた者たちらしい。

 表向きだけとはいえ、この魔城の女王のアスカに遠慮がない。

 しかし、アスカ?

 いや、影か?

 だが、影であっても、まだ出てこれるわけが……。

 

「うっ」

 

 そのとき、全身に熱いものが一気に流れた。

 魔道だと思ったが、不快感はない。

 気がつくと、身体の痛みが消滅している。

 砕かれたはずの骨が元に戻ったようだ。

 それとともに、パチンと金属音が鳴って、エマに装着させられた腕輪が弾け飛んだ。

 アスカがノルズに対して、治療術をかけるとともに、魔道で腕輪を外したのだとわかった。

 凍りついていたように動かなかかった魔力が復活した。

 

土蛇(セルベンス)──」

 

 ノルズは飛び起きると、地面に両手をついて、魔力を叩きつけた。

 土に混ざる妖魔の糸を手繰って一気に活性化させる。

 辺り一面に巨大な触手が無数に発生する。

 普通の魔道も遣いこなせるが、自然の中に溶け込んでいる妖力を妖魔として引き出す術は、ノルズの得意中の得意だ。

 ほかにも、妖魔を呼び出して眷属として使いこなすという能力もあるが、いずれにしても、どの力も、ロウに抱かれて以来、怖ろしいほどに上昇した。

 正直にいえば、目の前のアスカにだって、魔道で引けを取らない気さえする。

 

「ぐあっ」

「ひいいっ」

「うわああっ」

 

 周りで衛兵たちの悲鳴が沸き起こる。

 ノルズが発生させた無数の触手が衛兵たちの手足を掴み、胴体に絡み、そして、首を絞めつけ始めたのだ。

 数十人の衛兵たちが、ほとんど抵抗できずに触手に絡み取られて、土に向かって引っ張られる。数名は剣で抵抗しようとする者もいたが、そいつらもすぐに別の触手が土から出現して、剣ごと腕を絡み取ってしまう。

 

 首を絞められて苦しむ男たちの悲鳴はしばらく続いたが、それもだんだんと小さくなり、やがて、まったくなくなった。

 周囲には体液や汚物を垂れ流した状態で、血の気を失って横たわる衛兵たちの死骸だらけになる。

 

「ひっ、ひいいっ」

 

 エマが恐怖に引きつる声を出したのがわかった。

 視線を向けると、真っ蒼な顔をして尻もちをついている。

 しかも、だらしなく開いている脚のあいだから、どんどんと尿が流れて、小さな水たまりも作りだした。

 つくづく、失禁の好きな女だ。

 さっき出したばかりのはずなのに、まだ洩らす尿があったとは驚きだ。

 

「こいつらは、前々から気に入らなかった連中だけど、パリスの忌々しい呪いのおかげで、ずっと手を出せないでいたからね。代わりに殺してくれたとなれば、それだけで好きになりそうだよ、お前」

 

 からからと明るく笑う声がした。

 アスカだ。

 顔をあげる。

 さっき部屋で別れたときのままの服装だ。

 ノルズの魔力が遮断されたことで、部屋に施されていた結界が緩んで、魔道による跳躍や、周囲の探知が可能になったのだと思う。

 それで、魔城の外壁のすぐ外で騒ぎになっていたここに気がついたのだろう。

 よくわからないが、これは影でもない。実体だ。間違いない。どういう状況か理解不能だが、なにかのきっかけがあり、アスカは封印の外に出てこれたのだろう。

 とにかく、予定変更だ。

 

「……だったら、一緒に逃げようよ、アスカ……。このままじゃあ、あんたも、あたしもパリスに殺されるだけだ……」

 

 ノルズは顔をあげた。

 計画とは異なったが、この気紛れ魔女は、いま、この瞬間については、このアスカ城の縛りから外れて、魔城の外にいる。

 そうだ……。

 いま、この瞬間なら……。

 

「ここから逃げてどうすんだい……。ここに、あいつの呪い玉が入ってんだ……。いつ破裂するかわかんない爆弾を抱えて、どうしたら暮らせるっていうんだよ。あいつは、これをいつでも破裂させることができるし、わたしには、あいつを攻撃することはできないんだよ」

 

 アスカが冷笑気味に言った。

 ノルズは愕然とした。

 アスカが知っているとは思わなかったのだ。

 しかし、どうやら、パリスが本当はなんのために、アスカをここにいさせているのかを承知しているようだ。

 もしかして、ここにいれば、いつか死ぬ運命しかないことも……?

 

「……知ってた?」

 

 ノルズは呟くように言った。

 すると、アスカの片側の頬がふっと上にあがった。

 まるで、なにかを愉快がっているような表情だ。

 

「なにを知っているのかと訊ねているのは知らないけど、わたしがこの魔城のことで知らないことなどあるものかい。ところで、このわたしをお前がちまちま結界に細工をしてたのはわかったけど、なにかの罠かと思っていたけど、わたしを逃がそうと思ってたのかい?」

 

 アスカが呆れたような表情をノルズに向ける。

 

「気がついてたのかい?」

 

「当たり前さ。誰だと思っているんだい。このアスカ城の女王さ。魔女だよ。この魔城のことで、わたしが知らないことなどないね。言っておくけど、逃げようと思えば、いつでも逃げれるのさ。わたしを閉じ込められる結界なんかないよ」

 

 アスカがけらけらと笑った。

 

「自力で逃げれたって、本当に?」

 

 ノルズは思わず言った。

 そうであれば、いままでのノルズの苦労はなんだったのか……。

 

「パリスがわたしを閉じ込めようと監禁のための結界を刻んだけど、本当はそんなものじゃあ、わたしを封じることなんかできないさ。わたしがここから逃げないのはわたしの意思さ。ただ、面倒だから、放っているだけだよ──」

 

「そ、そうなのかい?」

 

「ああ、実際に必要なら、いつも部屋の外にもいくさ。教えとくけど、お前の魂胆がわからなかったから、パリスの部下に扮してエマの監禁を解いたのはわたしだよ。お前を待ち受けて罠を張るのを促したのもね。思ったより愉快な結末になったけどね」

 

「ええっ?」

 

 ノルズは驚いてしまった。

 

「それよりも、答えな──。お前は誰だい? この一箇月、エマに変身していたのがお前だというのはわかってる。肌の匂いでわかってたさ。だけど、あれはあれで面白いから、そのまま、いたぶってやってたのさ。寝台でいたぶられるお前は、なかなかに可愛い子ぶっていたけど、その喋り方が素かい。だけどそっちの方がいいねえ」

 

 アスカが大笑いした。

 ノルズは、顔がさっと赤くなるのを感じた。

 工作のためだとはいえ、このアスカの責めを受けて、本気でのたうち回ったし、淫らにいき狂った。それを改めて知られてしまうと、羞恥で地面を転がりたくなる

 

「おやおや……。さて、訊きたいことは山ほどあるけど、時間切れかい。どうにも、騒がしくなったようさ」

 

 そのとき、アスカがすっと顔をあげた。

 なぜか、気がつかなかったが、いつの間にか、大勢の魔城の衛兵で周りがごった返していた。だが、ずっと遠い位置で阻まれて、そこから近づいて来れないらしい。

 アスカの結界で接近を封じられているのだろう。

 

「ねえ、このまま、どこかに行こうよ、アスカ……。一緒に……。助けてやるから……」

 

 ノルズは言った。

 脈略もなにもない。

 

 しかし、いまのほんのちょっとの会話だけで、ノルズには、思ったよりも、アスカが自分の境遇について承知しているのがわかったし、しかも、完全に厭世的になっているのも感じた。

 わかっていて、なにもかも受け入れて、諦めて、そして、快楽に溺れている……?

 ノルズは、アスカに対する認識ががらがらと崩れていく気がした。

 

「助ける……? お前が? なにを言っているかわかってんのかい? どうやら、なにか魂胆があって、エマに化けて、このわたしに接近してきたようだけど、誰を敵に回すかわかってないんじゃないかい? とにかく行きな。一箇月間、お前がエマを入れ替わっていたことについては見逃してやるよ。久しぶりに、溜飲のさがることをしてくれたしね。そして、とっとと消えな。そして、二度と関わるんじゃない。わたしにも、アスカ城にもね」

 

 アスカが吐き捨てるように言った。

 ノルズは、地面につけたままだった膝を立ちあがらせて、アスカにちょっとだけ近づいた。

 

「あたしは、ノルズ……。これでも、上級魔道遣いだと自負している。妖術遣いの技もある。あんた、ひとりを連れて、追っ手から逃げおおせるなんてわけないさ。それに、あんたの身体にある……魔瘴石……。それを取り除ける技を持っている男も知っている……。あんたは自由になれるんだよ……」

 

「魔瘴石のことも……」

 

 アスカが唖然としている。

 だが、驚くのはこっちの話だ。

 やはり、どこまでもアスカは承知していたようだ。

 すると、姑息な手段でアスカを無知の状況に追い込んでいたと思い込んでいたらしいパリスが滑稽だ。

 

「あたしは、これでも、元パリスの部下でね。実のところ、結構、このアスカ城のことは知っている。あんたのこともね……。ねえ、本当に一緒においでよ。悪いことにはしないさ。あんたがパリスの裏切り者になるなら、このあたしも一緒だよ。一度は逃げおおせたけど、今度こそ、八つ裂きにされるだろうね。言葉通りの意味で……」

 

 ノルズはにやりと笑って、視線で周囲に転がっている衛兵たちの死骸をアスカに示した。

 実際のところ、これだけのことをした以上、パリスは、今度こそ、本気でノルズの始末を部下に命じるだろう。

 少なくとも、アスカを連れていこうが、連れていくまいが、ノルズが完全にパリスの敵になることは間違いない。

 アスカもそれを理解したようだ。

 すっと眉をひそめる。

 

「わからないねえ……。目的はなんだい? どうして、お前がわたしを助ける必要があるんだい。まあ、確かに、上級魔道師だというのは認めるけどね……。こいつらを一瞬にして殺す技も確かに凄かった……」

 

「わからないかい、アスカ? あたしは、あんたが気に入ったんだよ。実のところ、パリスに殺されそうになって、それで恨みを持っていてね……。それで、あいつの弱点を探ろうとして、ここに忍び込んだ。だけど、どうにも、あんたに情が移ってしまった。それで、助けることにしたのさ。なんだかんだと言っても、あんなに抱き合った仲じゃないかい……。一緒にいようという誘いに理由を訊ねるなんて酷いじゃないかい……」

 

 ノルズは、わざとらしくしなを作る仕草をした。

 柄にもないが、アスカには受けたようだ。

 ぶっと噴き出して、笑い出した。

 

「思ったよりも、面白い女だったんだね、ノルズとやら……。本当にその気があるなら、一緒に行ってもいいさ。確かに、わたしは、なんとか、ここを脱出したいとは思っていた。その手段もないし、逃亡先の当てもない。それで諦めてはいたけどね」

 

「諦めることなんてないさ。さっきも言ったけど、あたしは、あんたの身体の魔瘴石を取り除ける男を知っている。その男に頼もう。そうすれば、あんたは自由だ。パリスにかけられている呪いだって、解けるはずだ」

 

 ノルズはアスカをじっと見た。

 アスカも、笑うのをやめて、真顔に戻って、ノルズをじっと見る。

 

「……本当に、この身体から魔瘴石を外して、あいつの呪いを解けるのかい……。それが本当なら、あたしは、誰にだって、魂を売ってやる……。それに、言っておくけど、わたしは、パリスやその部下については、なんの力もないよ……。魔道を封じられているんだ」

 

 アスカはローブの袖を手繰って、片側の二の腕を露わにした。

 そこには、薄っすらとだが、複雑な模様の紋様が刻まれている。何度も身体を合わせているから、ノルズも知っている。

 あれは、パリスが、自分たちにだけは、アスカに逆らえないようにした呪い紋だ。

 それがある限りに、アスカはパリスには逆らえない……。

 

「あたしが、あんたを守るって言ったろう……。とにかく、あたしのことは信用していい。五人の妻を持つクロノスに誓うよ……。なんだったら、奴隷の誓いをしてやろうか。それだったら、あんたを騙してもしてないし、裏切りもしていないことがわかるはずさ……」

 

「奴隷に……?」

 

 アスカの目が大きく見開いた。

 だが、動機を与えてアスカを連れ出すときには、どういう状況であろうと、ノルズが一緒に行かないとならないとは思っていた。

 逃避行になっても、アスカにはパリスたちには、魔道が遣えない。

 誰かが、守ってやる必要がある……。

 

 しかし、このアスカに信用をされるためには……。

 ……ノルズのことをアスカに受け入れてもらうため、アスカによる隷属の魔道を受け入れるということは、最初から想定にしていた。

 

「ああ、あんたの奴隷になるよ。逆らえない人形になってやる。このノルズの隷属だよ。安いもんじゃないと思うけどね……」

 

 ノルズはにやりと笑った。

 アスカはほんの少し戸惑ったような表情になったが、すぐに顔を綻ばせた。

 

「……面白いねえ。随分と気が強そうだけど、いったん、奴隷になれば、容赦はしないよ。街の真ん中で自慰をしろって命じるかもしれないよ。それとも、薄物一枚で、ひと晩で十人以上の男を相手にして来いって命令するかもね……。毎日毎晩、媚薬漬けの飯を食わせようかな……。この狂い魔女の奴隷に本気でなるつもりかい」

 

 アスカが笑った。

 

「好きにしていいよ。だけど、パリスの追っ手を防ぐには、このあたしの魔道が必要ということは忘れないでおくれよね」

 

 しっかりと釘を差す。

 なんとなく、早まったかなとも思った。

 

「いいだろう。隷属の魔道を受け入れな。そうすれば、一緒に行ってやる。よくわからないけどね……。まあ、いつか、逃亡してやろうと思っていたのは本当だし……」

 

 アスカが言った。

 さっと、両手が伸びる。

 アスカの身体に魔力が集まるのがわかった。

 さっそく、隷属の魔道をかけようと思っているのだろう。

 ノルズは、それを手で制する仕草をした。

 

「ただし、ひとつだけ、条件がある。このあたしと魔道の誓いをしておくれ。お互いに逆らうことのできない契約をするのさ。あんたは、あたしの申し出を受け入れる。その代償として、あたしは、あんたの奴隷になる。あんたの身体から魔瘴石を取り除けるまでね……。契約魔道にも加えてもらう。奴隷の誓いは条件付きで解除だ。それは、魔瘴石があんたの身体から外れたときだ」

 

「ふうん……。まあ、それは受け入れてもいい。だけど、このわたしのすることだ。それまでに、しっかりと、お前を調教して、このわたしから逃げることなどできない身体にしてやるかもしれないね」

 

「しっかりと、ふたりの愛妾に逃げられたんだろう。エリカに、エマ……。あんたには、ご主人様の役目は無理さ。実際のとこを、結構、マゾっ気も強いしね。道中で余裕ができれば、たまには、立場を逆にするかい? あんたが受けで、あたしが責め……。どっちかというと、そっちの方が得意なんだけどね」

 

「ほざきな──。まあいい。条件を受け入れてやるよ。隷属を受け入れる代償は、魔瘴石がなくなったときに、お前を解放する。これでいいのかい──」

 

「冗談じゃない。それは単なる時限条件じゃないかい。逆らえない魔道契約を結ぶにあたっての要求は、あんたの魔瘴石を取り外すことができる男……。そいつを魔道で攻撃しないこと。そして、一度、男女のまぐわいをすること……」

 

「まぐわい?」

 

 アスカの目が大きくなる。

 

「ああ、それだけが条件さ。それだけだ。まあ、以前に、このあたしも世話になった男でね。ちょっと……いや、かなりの好色なんだが、まあ、あんたほどの美貌であれば、一度身体を許すだけで、呪いを外す大魔道を遣ってくれるさ。だけど、少しばかり、顔が気に入らないからって、いきなり、魔道で攻撃されても困るしね」

 

 ノルズは言った。

 見知らぬ男に身体を差し出せと言っても、アスカは怒りはしなかった。

 ただ、不審そうな顔をしただけだ。

 

「……顔を見ただけで、このわたしがそいつを攻撃するだって……。どんな醜男なんだい──。まったく……。まあいい。そのくらいなら誓ってやろうさ。そいつが、本当にこのわたしから、魔瘴石を取り除き、呪いを解除する能力があればの話だよ」

 

 アスカが言った。

 ノルズはばんと両手を打った。

 

「よし決まりだ。ハロンドール王国のロウ・ボルグ卿があんたの呪いを解除する力を持っている限り、あんたは、その男を攻撃しない。そして、そのボルグ卿に求められれば、一度に限り、身体を許す。その申し出をアスカが受け入れる代償として、あんたの身体から魔瘴石が取り除かれる瞬間まで、このノルズはあんたの隷属の魔道を受け入れる──」

 

 アスカがノルズに手を伸ばした。

 ノルズはアスカの手を握れるくらいの距離に近づき、アスカが伸ばす手を握る。

 

「誓う──」

「誓う──」

 

 ノルズとアスカの声が同時に響く。

 お互いの身体に魔道契約が刻まれるのがわかった。それとともに、アスカの支配を受け入れる隷属の魔道が全身を刻むのもわかった。

 ノルズは、内心で歓声をあげた。

 これで、あの人に、アスカの身体を差し出せる。

 アスカは、契約魔道を受け入れているので、そのロウ・ボルグ卿がかつて、自分のところから逃亡したロウだとわかっても、身体を許すしかない。

 ロウのことは、あの別れのあとも、しっかりと、状況は把握している。

 女たちの支配を通じて、ハロンドールの王都の神殿界、王族、冒険者ギルドまでを次々に支配し、裏から王都を牛耳る大物になっていく過程には、面白いものがあった……。

 まあ、それはともかく、あのロウがアスカに身体に精を注げば……。

 

「さて、じゃあ、そろそろ、行こうか、ご主人様……。けっこう、賑やかになってきたしね。あたしも移動術を遣える」

 

 ノルズは結界の境界に視線を向ける。

 解除の魔道を集めろだとか、魔道具を持って来いとか大騒ぎをしている。

 

「ご主人様かい……。ぞくぞくしていたね。じゃあ、責任をもって、このアスカを逃がしな。そして、安全に、そのロウ・ボルグとかいう醜男の魔導師のところに連れていきな。命令だ」

 

 アスカが言った。

 ノルズはアスカととにも跳躍で逃亡する魔道をかけようとした。

 

「ま、待って──。わ、わたしは、どうなるんです。ア、アスカ様に逃亡され──。そ、そしたら、それを阻止するように命令をされていたわたしは──」

 

 すると、真っ蒼な顔をしたエマが平伏すように、ノルズたちの前に飛び込んできた。

 ノルズは呆気にとられた。

 アスカが口を開く。

 

「もう、お前なんて知らないね。この場で、わたしの手で殺さないだけ、ありがたいと思いな、エマ──。ぜいぜい、残酷にあのパリスにお仕置きされな。じゃあね。お前のことは、結構、気に入ったけど、わたしには、この面白そうな新しい玩具が気に入ったんだ。達者にしな……。パリスに処刑されるまでの短いあいだ」

 

 アスカが冷酷に言った。

 エマが地面に身体を突っ伏して、号泣し始めた。

 まあ、考えてみれば、アスカを連れ出せば、その罰として、エマは死ぬしかない。

 すでに、数十人も衛兵も死んでいる。

 ひとりだけ残ったエマは、見せしめの意味もあり、およそ、考えられる限り残酷な仕打ちで処刑されるとは思う。

 アスカの逃亡に、エマが責任がないということなど、パリスたちに関係などない。

 ひとり残ったという一点だけで、処刑の理由としては十分だ。

 パリスはそういう男だ。

 

「み、見捨てないでください、アスカ様──。裏切ったことは謝ります。このとおりです。どうか、お許しを──。連れていって──。なんでもします──。なんでもしますから──」

 

 エマが泣きながら叫んだ。

 ノルズは、軽く肩を竦めた。

 

「ねえ、アスカご主人様……。じゃあ、連れていくかい。考えてみれば、裏切り者への罰を与えずに、放りだすというのもなんだしね。このあたしよりも下の階級奴隷として連れていこうよ。あんたと、あたしの共有の奴隷にするのさ。細い身体だけど、荷担ぎくらいはできるだろうしね。路銀がとぼしくなれば、そこら辺の男に抱かせて、金を作らせてもいい」

 

「奴隷になります──。荷物持ちでも、売春婦でも、本当になんでもします。ですから、どうか、置いていくのだけはお許しを」

 

 エマが震えながら言った。

 さっきまで怒っていた様子のアスカがちょっと機嫌を直したのがわかった。

 エマの謝罪よりも、自分を裏切ったエマをとことん嬲り抜くという想像に、持ち前の嗜虐心が刺激されたのかもしれない。

 

「いいだろう、エマ……。その代わり、お前はノルズよりも下の最下級の奴隷だ。隷属を受け入れな。今度は、わたしの恋人なんていうしゃれたものじゃないよ。ただの雌犬だ。犬同然に扱ってやるよ。それでよれば、ついておいで」

 

 アスカが言った。

 

「あ、ありがとうございます──」

 

 エマがアスカの脚に縋りついた。

 ノルズは、身体を動かして、エマの頭を勢いよく踏んづけた。

 エマは悲鳴をあげたが、頭を避けようとはしなかった。

 ただ、泣きじゃくるだけだ。

 余程に、ここに置き去りにされることが怖いのだろう。

 

 ノルズは移動術を遣った。

 目の前の風景が一瞬にして、別の光景に変わり、同時に一切の喧噪も消滅した。

 

 

 

 

(第18『虜囚魔女』終わり)



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 第19話  一番奴隷と獣人少女
360 夢の中で


 間隔が開いて申し訳ありません。
 一月中は多忙なのですが、数話程度は投稿できると思います。
 逐次にあげますので、引き続きよろしくお願いします。


 *


 夢を見ていた。

 

 イットは、素っ裸で膝を真っ直ぐにしたまま、両手を床につける姿勢をとらされており、その姿勢が崩せないように、『奴隷の首輪』で命令をされているだけでなく、手錠や手枷で物理的にも拘束をされていた。

 

 どうやら、カロリック公国の分限者で性虐待用の奴隷として飼われていた時代に記憶だ。

 いまのイットは、もう十五歳であるが、夢の中のイットは、あの頃と同じ十一歳の身体に戻っていた。

 

 とにかく、極端な前屈の姿勢を保持しているイットの後ろには、椅子に座るイットの飼い主の老人がいて、さらに周りには、着飾った男女が酒を飲んでいるという状況だ。

 これは、幾度も経験をさせられた小宴会における余興の一幕だとわかった。

 

 イットの飼い主は、極端な獣人差別主義者であり、獣人とは生まれながらの奴隷種族だという主張を兼ねて、こういう性宴を催すことを習慣にしていた。

 やらされるイットからすれば、血も凍るような屈辱だったが、こうやって侮辱し、辱めることで、彼らは自分たち人間族が獣人に対する支配種族であるという認識を満足させるのだ。

 イットが飼われる前は、もっと大人の獣人女も幾人かいたらしいが、丈夫さと自然治癒力、そして、体力や精神力というものが、ほかの成人の獣人女奴隷を上回っているらしく、イットが飼われてからは、飼い主の老人は、イットを大いに気に入り、ほとんどイットばかりを集中的に構うようにもなっていたのを覚えている。

 この手の催しも、いつもイットが引っ張り出された。

 

「尻尾がたちましたね。淫乱な獣ですわ」

 

「まだ身体は幼いようなのに、やはりけだものですわね。感じているようですわ」

 

「浅ましい畜生の本能なのでしょうね」

 

 イットを囲んでいる貴婦人たちが顔を扇で隠しながら揶揄をする。

 こういう「見世物」のときには、男よりも、むしろ女の方が露骨に感情を表すものだ。

 女たちの侮辱の言葉は、奴隷とはいえ、まだ少女の年齢のイットの心臓を貫くかとおもうような疼きを与え続ける。

 

 いずれにしても、イットは周りに集まる人間族の大人たちの前で、無理矢理にいやらしい声を出させられていた。

 尾の生えたお尻を椅子に腰掛ける老人側に向けているイットのお尻の穴に、老人が指を挿入して、さっきからずっと愛撫をしているのだ。

 尾の付け根が獣人族の女にとっての性感帯と呼べる場所だと知ったのは、あの父親によって奴隷商会に売られたときだ。

 

「あっ、ああん、んんんっ、あああ……」

 

 奴隷の身分で逆らうことも逃げることもできないイットは、抗うこともできずに、ひたすらに指を肛門に挿入される苦痛に耐えていた。

 しかも、この老人が飼われるようになって、イットの全身はあらゆる愛撫を敏感に感じてしまうように調教されており、こんな苦痛を伴うような指の挿入から、快感を搾り取ってしまうのだ。

 

 老人とその客たちは、小柄で、まだ年端もいかないように思えるイットが、嬌声を口にしてよがるのが愉しいらしく、さっきからイットが声を洩らすために、イットに侮蔑的な言葉を浴びせる。

 戦闘種族であることを強く誇りに思っているイットにとっては、衆人の中でよがり声を出さされるというのは、死ぬよりもつらい苦しみだ。

 

 それは、十一歳であっても変わらない。

 だが、死ぬことは、首に嵌められている首輪の呪術によって禁止されていた。

 イットにできるのは、ただ耐えることだけだった。

 

「もっと膝を真っ直ぐにせんか」

 

 やがて、やっとのこと老人が指をお尻の穴から抜く。

 すると、老人の合図を受けた屋敷の執事が、イットの尻に乗馬鞭を振り下ろした。

 

「んひいっ」

 

 イットは緩みかけていた身体に力を入れた。

 そのまま、何人かの客が執事から鞭を順番に受け取って、イットに尻に鞭を打ち落とした。

 イットは歯を食いしばって、激痛に耐えた。

 

「よし、鞭はしばらくよい。イットのここに格納しておけ」

 

「はい」

 

 はっとした。いつもさせられるのでわかっているが、いまからやらされるのは、イットのお尻の穴に鞭を挿入するという行為だ。

 格納という言葉により、すぐに執事は屈辱的な前屈をさせられているイットのお尻の中に、乗馬鞭の柄をねじ込みはじめた。

 

「あっ、ううう、そ、それは……ゆ、許して……」

 

 乗馬鞭の柄はかなりの太さがあった。

 それが肛門をこじ開けながら、お尻の奥に挿入してくる。

 さすがに、イットは悲鳴をあげた、

 短く作ってあるとはいえ、乗馬鞭の長さは、イットの足先から膝の下くらいまでの長さがある。

 まだ小柄なイットに、これを強引に尻の穴から腸まで貫かれるのだ。

 その苦しみは、並大抵のものではない。

 

「ああ、も、もう、お許しください──」

 

 さすがにイットも哀願を絶叫した。

 周囲から嘲笑がどっと沸く。

 彼らは、まだ童女とはいえ、イットのような獣人女が泣き叫んで、憐れみを乞うのが愉しくて仕方がないのである。

 しかし、容赦なく、アナルに乗馬鞭の柄がねじ込まれていく。

 

「どうじゃ、イット、きついか? それともいつもの潤滑油を塗ってやろうか? それとも、このまま苦痛を味わいたいか? 特別に選ばせてやろう」

 

「えっ?」

 

 はっとしたが、すぐに老人の意地の悪い意図がわかる。

 いつもの潤滑油というのは、猛烈な痒みを伴う媚薬のことだ。

 その痒み剤を塗られたら最後、イットも痒みをほぐしてもらうために、どんな破廉恥なことでも、絶叫して強請ってしまう。

 獣人族の誇りを完膚なきまでに破壊する悪魔のような油剤なのだ。

 

「そ、それだけは……」

 

 イットは拒否した。

 あれを塗られて、この人間族たちに憐れみを乞うくらいなら、このまま苦しみ死んだ方がましだ。

 

「ならば塗ってやれ。一度抜いて、今度は油剤とともに送り込んでやれ」

 

 老人の無慈悲な命令が飛ぶ。

 執事が無造作に、途中まで挿入されていた柄を引っこ抜く。

 

「ああっ」

 

 イットはのけ反って、込みあがった刺激に全身を震わせた。

 またもや、蔑みの笑い声が起きる。

 一瞬熱くなりかけた身体が、屈辱に凍りつく。

 

「ひっ」

 

 だが、すぐにイットはまたもや、身体を震わせた。

 アヌスの中に指が入って来たのだ。

 しかも、あの油剤がたっぷりと指に塗りたてられている。

 感覚でそれがわかる。

 

「ああ、いやああ」

 

 思わず声をあげた。

 すると、嘲笑の声……。

 

「行儀よくせんか──。命令じゃ」

 

 老人が一喝した。

 暴れかけていた身体が、それで静止する。

 

「また、尾が動き始めました。感じておるようです」

 

 執事が指を抜きながら笑った。

 その通りに、執事の操るお尻の穴の中に挿入された淫らな指の動きで、口惜しくもイットの尻尾が激しく動き出したのがわかる。

 自分でもどうにもできない。

 性的快感を覚えると、どうしても尾が動くのだ。

 獣人族の女だけに刻まれているこの反応が恨めしい。

 

「うひいいっ、ひいいいっ」

 

 指が抜かれて、再び鞭の柄がお尻の穴に挿入されていく。

 今度は、潤滑油のおかげか最初のときよりは痛みはない。

 だが、苦しくないわけではない。

 なによりも、乗馬鞭でアナルを凌辱される被虐感は並大抵のものじゃない。

 やがて、イットは残酷な仕打ちに耐え、短い乗馬鞭のすべてを尻から直腸に納めた。

 

「生まれながらにして奴隷種族の獣人を躾ける鞭を格納するに相応しい方法だな。これからは、宴の前からここに鞭を仕込むのを約束事にしよう。しばらく、四つん這いで床に落ちたものを掃除するがいい。尻の痒みに我慢できなくなれば、尻から鞭をひりだしながら哀願するがよいわ。もちろん、許可を受けてからだぞ、(けもの)。命令じゃ」

 

 老人が笑いながら言った。

 イットは全ての拘束から解放された。

 だが、奴隷の首輪に刻まれた呪術が、イットに四つん這い以外の体勢を許さない。

 イットは、暫くのあいだ、宴の客たちが、わざと床にこぼす食べ物のかすを舌で口に入れ続けた。

 しかし、恐怖のものはすぐに襲ってきた。

 

「か、痒い──。ああ、痒い──」

 

 猛烈な掻痒感がお尻に拡がったのだ。

 あっという間に猛烈な痒みが襲いかかる。

 

「ど、どなたか、鞭をお願いいたします。どうか、お尻を鞭をお打ちください」

 

 蔑みの視線を向ける人間族たちの足元を動き回りながら、イットはついに泣き叫んだ。

 

 すると、急に周囲の景色が歪んで、溶けるようになくなった。

 

 

 *

 

 

「……よ、見損なったぞ。嫉妬に狂って……を害するとは。わしは失望した。その身体を八つ裂きにしてやりたいが、魂に刻んだ誓約により、それも叶わん──。俺たちの前から永遠に消えろ。二度と顔を見たくない──」

 

 はっとした。

 目の前にいるのは、屈強で美しい肉体美をした壮年の男だった。男は上半身が裸であり、下半身を大きな布のような衣服で覆っていた。

 イットは、ここが明らかに初めて見る建物だと確信したが、同時に見覚えのある場所でもあるということも悟った。

 しかし、ここがどこであるのかは、まったく知覚することができなかった。

 

 いずれにしても、やはり、夢の中の光景だ。

 だが、さっきまでの夢とは異なり、イットはイットでありながら、イットではなかった。

 つまり、イットは全く別の誰かとして、目の前の光景に接していたのだ。

 だから、この夢の状況をイットは知らないのだが、イットの中にいるもうひとりの何者かは、これがどういう状況であるのかを十分に承知しているようなのである。

 とても不思議な感覚だった。

 

「……聞こえなかったの、……。あなたは追放よ。残念ながら、わたしたちは、魂に刻んだ夫婦。……も……わたしも、あなたを殺すことはできない。でも、……を死に追いやったあなたをわたしたちは許せない。二度とナタルに足を踏み入れないで──」

 

 蔑みのような声をあげたのは、豪華な椅子に座る男に上半身を寄り掛からせている美しい女性だった。

 目立つ尖った耳をしていて、背の高い絶世の美女だ。

 そして、イットは彼女のことを十分に熟知していることがわかった。

 知っているどころでない。

 目の前の男は、イット……いや、イットではないもうひとりの人格の夫だ。さらに、その男に寄り掛かっている美女にとってもまた、夫であり、さらに、たったいま気がついたのだが、右横にはふたりの別の女たちがいて、彼女たちもまた、この男の妻だ。

 つまりは、この男の妻である四人の妻……いや、ここにはいないが、もうひとり、いや、ふたりいて、その全員が男を愛していた。

 

 クロノス……。

 

 男の名が急にイットの中に浮かぶ。

 イットの中のもうひとりの人格を通じて……。

 

「クロノス、これはおかしいわ。もっと、きちんと調べさせて。彼女に限って……」

「その通りだ。モズがそんなことをするわけが……」

 

 横にいるふたりの女が叫んだ。

 ひとりは人間族、もうひとりはドワフ族……。

 もちろん、知っている。

 

 そして、モズ……。

 それが自分の名前……?

 

「いや、所詮、獣よ……。わしのハレムに加えたのが間違いだった。あのメティスがしつこく望んだから、わしの女に加えたが、そもそも、尾のある亜人ではないか。その恩のあるメティスに手を掛けるとは──」

 

 クロノスが怒鳴った。

 猛烈な怒りが込みあがった。

 言うに事欠いて、クロノスともあろうものが、獣人族を否定する言葉を吐くのか──。

 たったいままで、目の前の男に恋慕の心も抱いていたが、それはいまや圧倒的な怒りに変わっている。

 

「クロノス、なんてことを──」

「怒りに我を忘れないで──」

 

 さっきのふたりが抗議の言葉を叫んだ。

 一方で、クロノスに寄り掛かっている女……、エルフ族の守護女神を称しているアルティスだけは、勝ち誇った表情で微笑んでいる。

 その瞬間、モズは全てを悟った。

 おそらく、裏で暗躍をしていたのは、このアルティスだ。

 目的は、クロノスの寵愛を独占するためだろう。

 この女は、自分の一族に対する選民思想が高く、ほかの種族を蔑む傾向がある。それは、エルフ族以外の守護女神であるモズたちに対しても同じだ。

 へラティスとミネルバは気がついていなかったが、モズはずっとこのアルティスの隠れている感情には気がついていた。

 もしかしたら、あのメティスの命を奪ったあの「事故」は、このアルティスの罠であり、それをモズの失敗にさせて、この楽園からの追放を目論んでいる?

 

 しかし、どうでもいい。

 いまや、この瞬間は、モズの怒りは、アルティスではなく、クロノスに向いていた。

 アルティスに仕向けられたとはいえ、この男は口にしてはならない言葉を吐いたのだ。

 

「もういいわ。へラティス、ミネルバ──。こんな男、こっちから願い下げよ」

 

 イット……いまは、モズという獣人族の守護女神であるが……怒りのまま立ちあがった。

 そして、はっきりとした憎悪をクロノスに向けた。

 

「あたしは、この楽園を出ていく。お前のような男の妻であったのは、あたしの恥だ。あたしは獣人族の守護女神の名をもって、その事実を取り消す──。お前があたしを捨てるのではない。あたしがお前を捨てるのだ──」

 

 すると、クロノスも真っ赤な顔で立ちあがった。

 モズをこれ以上ない程の憎しみの視線を向けている。

 失望した。

 これだけの男だったのか……。

 果たして、一度でも愛した男は、ただ力があるだけの能無しだ。いまこそわかった。

 

「言うたな──。ならば、わしも、わしの持てる力をもって、お前とお前の守護する獣人を呪ってやろう。これから生まれてくるお前たち獣人の女には、奴隷の心を刻んでやる。残酷な責めや惨めな仕打ちを受ければ、はしたなく尾を振り、股を濡らす被虐の体質だ。それを受け継いでいくがよい──」

 

「クロノス、その言葉に力を込めてはならない──」

 

 へラティスが悲痛な声をあげた。

 次の瞬間、意識が再び闇の中に吸い込まれていった……。

 

 

 *

 

 

「……イット、大丈夫か……?」

 

 身体を軽く揺り動かされた。

 イットは目を開いた。

 最初に知覚したのは、息がかかるほどに接近している男の顔だ。

 辺りは闇の中だったが、獣人族ならではの夜闇に強い視力は、この暗闇の中ではっきりと、男の姿を捉えていた。

 

 声をかけたのは、ロウだ。

 数日前に、以前の主人のアンドレからイットを引き取った人間族であり、イットの命の恩人でもある。

 まだ童女の頃に、父親に奴隷として売り飛ばされたイットは、ふたりほどの人間族の主人を得て、このロウに引き取られることになった。

 もっとも、ロウは、イットを買い取った奴隷主人でなく、腐屍体(ゾンビ)化の呪術にかかって処分されかけていたイットをまったくの同情心から助けてくれた通りすがりの旅人であり、イットはその縁でロウの旅に同行することになったのである。

 また、このロウは精力絶倫のクロノス体質の男であり、たくさんの美女、美少女を自分の愛人として同行させていた。

 成り行きから、イットはその中の一員として、一緒に旅をすることになったが、そのことに不満はない。

 いや、むしろ、嬉しかった。

 

 強い相手に従うことは、獣人族の本能のようなものであり、このロウは紛れもなく強者だ。不思議な力を持っていて、得体の知れない能力を持っている。

 ロウは、イットが望むなら、無条件で奴隷解放をするだけでなく、路銀を与えて故郷に戻ってもよいとまで言ってくれたが、イットは拒否をして、ロウに仕えることを望むと伝えた。

 すると、ロウと彼の女たちは、すぐにイットを認めてくれて、その日のうちに、イットはロウの愛人のひとりになることができた。

 そして、ロウの不思議な力は、そのことによっても発揮し、イットはなぜか一夜にして、圧倒的な能力向上を覚醒してしまった。

 聞くところによれば、このロウは愛した女の能力を飛躍的に向上させるという不可思議な能力があるらしい。

 イットは唖然としたものだ。

 

 そして、いま、イットは裸の身体をロウの裸体に押しつけるようにして、うつ伏せになっていた。ふたりの身体には毛布が被さっている。

 ここは幌馬車の中であり、周りには同じように裸体のまま、毛布をまとって寝息をかいているロウの恋人たちがいる。

 

 思い出した……。

 

 ここはもう数日で、エルフ族の都と称されているエランド・シティに到着するというナタルの森の中だ。

 イットが仲間になってから数日が経っていて、昨夜も馬車の中で野宿するにあたって、女たちが寄ってたかって、ロウに抱かれるということをした。

 いわゆる乱交だが、精力の強いロウの前に、彼の愛人たちは次々に失神をして動かなくなり、最後にはもっとの体力のあるイットがひとりでロウの相手をするかたちになった。

 だが、そのイットもついには抱き潰されて、意識を失った。

 こうやって、裸体で抱き合って眠っていたことを考えると、あのまま眠ってしまったに違いない。

 まだ、夜のようだ。

 しかし、馬車の中からだが、夜明けまでもうすぐというのはわかる。

 あと一ノスもすれば、外も明るくなっていくに違いない。

 そういう感覚の鋭さも、獣人族ならではのものだ。

 

「……ご主人様……」

 

 ロウが心配そうにイットの顔を覗き込んでいることに気がつき、イットは呼びかけの言葉をささやいた。

 言葉遣いは自由でいいと言われたが、イットはロウのことを“ご主人様”と呼ばせてもらうことにした。

 長く奴隷生活をしていたイットにとっては、それが楽な物言いであり、ロウも許してくれた。

 それに、イットはこのロウに支配してもらうことを望んでいた。

 これまでの主人には抱かなかったが、イットは出逢ってまだ数日の目の前のご主人様にすっかりと心酔してしまい、いまでは、奴隷から解放されてしまったことを悔いる気持ちにさえなっている。

 もしかしたら、いままでの奴隷としての時間が、イットの心をすっかりと奴隷的に作り変えてしまったのかもしれない。

 また、はしたないが、ロウが性愛のときに示す嗜虐的な行為は、イットにどうしようもないほどに、擾乱させてしまう。

 自制心や理性も消えて、言いようもないような悦びを、イットの身体を呼び起こすのだ。

 まだ成人とも言えないイットが、あんな風に情欲の快感に支配されるのは、余程に淫乱な血が流れているのだろうかとも考えるが、こんな風に感じるのは、ロウだけのことだ。

 もしかしたら、さっきの夢の中で受けたような仕打ちを再び受けても、このロウからだったら、心からの悦びをもって、イットはそれを受け入れるのではないだろうか……。

 そんなことさえ思った。

 

 そういえば、夢……。

 

 不思議な夢だった。

 覚えている範疇で、最初に見たのは、かつてイットがカロリック公国で受けた屈辱の記憶だ。

 なんであんな夢を……。

 

 イットにとっては思い出したくもない記憶だ。

 これまで、あの日々のことなど、ほどんと呼び醒ますことなどなかったが、今朝は非常に現実的な感覚で、追体験させられた。

 まるで、あのときの屈辱や憎悪を復元させるために、一番悔しかったことを探して、頭に甦させらた感覚だ。

 大勢の人間族の客たちの足元で、四つん這いで這い回り、床に落としたものを口で食べさせられながら、尻を打ってくれと懇願した恥辱は、イットにはつらすぎる記憶である。

 だから、できるだけ封印をして、頭から消したつもりだったが、いまは、それを夢として復活させられた。

 

 また、続いてみた不思議な夢……。

 

 なんだったのだ、あれ……?

 見たこともない世界、見たこともない男女……。

 あれも妙に現実的だったが、あれはイットではない。

 自分のことを獣人族の守り神のモズだと認識し、ほかの女神たちや天空神のクロノスを対等の存在として意識していた。

 そして、クロノスに向けたあの憎悪……。

 

 なにあれ……?

 

 イットは困惑した。

 

「どうした、イット……?」

 

 イットが密着している身体の下のロウが再び耳元でささやいた。

 その瞬間、イットを得体の知れない憎悪が包んだ。

 

「……あ、あたしに触るな──」

 

 次の瞬間、イットはロウの首に両手を伸ばして、その手にぎゅっと力を加えていた……。



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361 獣人女戦士への懲罰(その1)

「……あ、あたしに触るな──」

 

 イットは、怒声とともに、ロウの首に手をかけた。

 だが、それはとても奇妙な感覚だった。

 

 ロウの首を絞めようとしているのは、イットでありながら、イットではない。

 つまりは、まるで、イットの中にいる別の誰かが、イットの身体を使ってロウの首に手を掛けようとしている感じだ。

 イットは、それを他の誰かの視線を通じて、それを眺めているのだ。

 

 いずれにしても、イットは自分自身がロウを殺そうとしていることに驚愕するとともに、恐怖した。

 とにかく、自分の手を阻止しようとして全力で抵抗した。

 また、ロウの目が驚きで大きく見開かれたのがわかった。

 これらは、刹那のことにすぎない。

 

 しかし、同時に、なにか温かいものがイットの中に一気に流れ込んだ。

 得体の知れないほどの巨大な安堵感と幸福感だ。

 

「えっ……?」

 

 突如として、他人の背中に隠れていたように感じたイットの意識が表に出た。 

 我に返る。

 指がロウの首に触れた状態で静止する。

 安堵とともに、背中にどっと冷たい汗が流れるのを感じた。

 

「ひいっ、ひっ」

 

 次の瞬間、自分の口から痛烈な悲鳴が湧き起こった。

 ロウがイットの尾の付け根に手を触れたのだ。

 まだ、ロウに抱かれるようになって数日なのだが、絶倫体質のロウに抱かれたのは、両手両足では足りない。

 それ以前でも敏感だったイットの身体は、毎日、何度も抱かれるロウの愛撫によって信じられないほどに鋭敏になった気がする。

 なによりも、尾の付け根というのは、獣人族にとって最大の性感帯だ。

 そこを、あの魔道のようなロウの指でこりこりと刺激されたことにより、電撃のような甘美感が爆発した。

 全身の筋肉が一気に強張り、腰ががくんと跳ねあがる。

 

「なにすんのよ、イット──」

 

 そして、がんと肩に強い衝撃を感じた。

 ロウの上から身体が弾き出される。

 

 横からの体当たりだ。

 イットを飛ばしたのは、イットと同じように全裸のままのエリカだ。

 幌馬車の床に転がったイットは、馬車の壁に体側を打ちつけられた。

 

「なに、なに?」

「どうしたの?」

「えっ? なんですか?」

 

 起きあがって、不審な声を出したのは、イットやエリカと同じように、幌馬車の床に毛布にくるまって休んでいたコゼとシャングリアとミウだ。

 全員が裸身のままであり、細かいことは覚えてないが、五人がかりでロウの相手を務めたのを漠然と記憶している。

 そのまま、抱き潰されるように寝入っていたのだと思う。

 

「どういうことよ、イット──。ロウ様に手を掛けるなんて……」

 

 裸身を隠すことなく、イットの前に仁王立ちになったエリカがイットを険しい表情で睨む。

 そうはいっても、イット自身も自分の行動に説明をすることができない。

 だが、確かにイットは、一瞬だがロウの首を絞めようとしていた。

 

 憎い相手として……。

 

「落ち着けよ、エリカ。寝ぼけただけさ。そうだよな、イット?」

 

 上体を起こしたロウが柔和な微笑みを浮かべてエリカをなだめる。

 それとともに、イットにも笑みを向ける。

 とにかく、イットは、呆然としてしまった。

 どうして、あんなことをしたのか、いまだに理解できない。本当にわからないのだ。

 

「いいえ、ロウ様──。さっきのは一瞬ですが、本物の殺気を感じました。それに、イットがロウ様の首を締めようとしているのをわたしも見ました」

 

 エリカがイットを睨んだまま大声を発する。

 美しいエリカの顔に憤怒の表情が浮かんでいる。

 当然だとは思った。

 あんなに優しいロウの首を絞めようとしたのだ。おそらく、イットにかかれば、人間族にすぎないロウの首の骨を折るのに、瞬く程の時間もかからなかっただろう。

 殺さないで済んだのは、ぎりぎりで不思議な躊躇が発生したからだ。

 

「えっ、なに?」

「なにが、どうしたって?」

 

 コゼとシャングリアが半分寝惚けたような顔で言った。ミウもそうだが、馬車にいた他の三人ともぼっとしている。

 

「す、すみません……。で、でも、あたしにもどうしてなのか……。だけど、ご主人様を殺そうとするなど……」

 

 とりあえず、イットはそんな気などなかったということだけは口にしようと思った。

 しかし、説明することなどできない。

 まるで、イットの心の中に別の誰かがいて、それが不意に出現し、イットの身体を一時的に乗っ取ったみたいな感覚だった。だが、そんなことがあり得るわけもない。

 

「だから、寝ぼけただけだって……。お前こそ、落ち着けって……」

 

「落ち着いてなど……」

 

 エリカは、ロウのなだめの言葉を一蹴して、怒りの表情のまま、床の隅にあるエリカ自身の細剣に目をやった。それに手を伸ばそうとするのがわかった。

 イットを斬るのか?

 そのとき、ロウが自分の前に立つエリカの腰の後ろからすっと手を伸ばしたと思った。

 

「んきいいっ、やめてええっ」

 

 すると、いきなりエリカがその場に崩れ落ちるように両膝をつく。

 眼をやると、エリカの股間と乳首にある「ぴあす」という飾りに、細い糸がついている。

 ロウの不思議な術のひとつである「粘性術」だ。

 イットの新しい主人であるロウは、幾つもの不思議な術が遣えるのだが、その中のひとつが粘性術であり、自由自在に身体から粘性体を出現させて、それの形状や硬度を自在に操れる技だ。

 一番奴隷であるエリカには、ロウに仕える女たちの中で、ただひとり乳首とクリトリスに、丸い金属の小さな輪を装着されている。それはそれで、とても卑猥で淫靡な器具なのだが、ロウがやったのは、一瞬にして、細い糸状にした粘性体を両乳首とクリトリスの淫具に接続して、そのまま引っ張ったということだ。

 

「や、やめてください、あああっ」

 

 けたたましい悲鳴をあげて、エリカが後ろに引っ張られるように、床に仰向けに倒れる。

 呆気にとられるイットの視界の前で、エリカが両膝を立てて開いた格好でどんと寝ころばされた。

 しかも、いつの間にか、エリカの足首や両手首に粘性体が密着して、床に張りつけられている。

 両手は身体の横だ。

 後ろに引っ張っられたと思った股間と両乳首に結ばれた糸は、いまは天井から伸びている。

 

「どうしたっていうんですか? エリカが寝ぼけたんですか?」

 

 やっと完全に覚醒した感じのコゼが不思議そうにロウとエリカを見た。シャングリアとミウも半分瞼が閉じたみたいだったが、いまはやっと意識が正常になっとようだ。

 

「ち、違います──。寝ぼけたのはあたしで……」

 

 イットはとりあえず、口を挟んだ。

 だが、そのときには、完全にエリカの腰と乳首の「ぴあす」に結ばれた粘性体の糸は天井から吊りあがった状態に固定されてしまっている。

 

「そ、そうよ──。ね、寝ぼけたのはイットで──。ロウ様の首を……、あひいいっ」

 

 エリカが狂おしそうに首を振って悲鳴をあげた。

 だが、四肢を粘性体で床にはりつけられているので、エリカは満足に動くこともできない。

 粘性体の糸に引っ張られた腰と胸がぐいと天井方向に持ちあがっている。

 そのエリカの身体を軽く押さえて、ロウが意地悪く糸を手で摘まんで動かした。

 

「だから、なにも喋らなくていいよ、エリカ……。とにかく、イットは寝ぼけただけだから……。それよりも、起き抜けにいい気持ちだろう? 俺のために怒ってくれたのは嬉しいけど、喧嘩は禁止だ。だから、しばらく、このまま吊りあげておいてあげるよ」

 

「いやあああっ、んぎいいい」

 

 エリカが耐えきれないように、泣き声をあげだした。

 

「どうかした、ロウ?」

 

「先生、なにが……。ええっ──?」

 

 御者台側から毛布に全身をくるんだままのイライジャ、幌馬車の後ろ側から武装しているマーズがそれぞれに顔を出した。

 魔物避けの結界を施しているとはいえ、魔物が多発しているナタル森林における野宿は危険であり、夜は必ず見張りを交代ですることにしていた。

 順番を決めているのは、一番奴隷のエリカだが、今夜の後半夜の見張りはマーズだったみたいだ。また、それとは関わりなく、戦闘にはあまり関わらないイライジャは、このところ、馭者に専任してくれていて、夜も馭者台で眠るのを専らにしていた。

 

「いや、よくわからないが、エリカが寝ぼけた……のか?」

 

 シャングリアだ。

 しきりに首を捻っている。

 たったいままで、熟睡状態だったのだろう。

 わかっていないみたいだ。

 

「そうなの?」

 

 ミウも小首を傾げている。

 イットよりも幼いが、ミウとは、ロウの寵を競うことでは とても積極的な童女だ。

 ミウについては、イットに不審な視線を送っている。

 いずれにせよ、エリカ以外はイットはロウの首に手を掛けたことは知らないようだ。

 

「い、いえ、あたしが……」

 

 でも、とにかく、やめさせないと……。

 

 騒動を起こしたのはイットだし、懲罰のようなことを受けるとすれば、エリかではなく、イットであるべきだ。

 イットは身体を起こして、ロウとエリカの方に駆け寄ろうとした。

 だが、ロウが「待った」をかけるように、イットを手で制する。それだけでなく、自分の口に指をあてて、「黙っていろ」という仕草をした。

 イットは動くのをやめた。

 

「待て、イット……。お前にも、もちろん訊きたいことはあるけど、とりあえず、エリカだ……。エリカ、この一件は俺が預かろう。余計なことは喋らなくていい……。それよりも、気分を出してくれ。ほれほれ」

 

 ロウの手の中に柔らかそうな毛のついている刷毛が登場した。

 あれも、ロウの不思議な術のひとつだ。

 ああやって、どんなものでも、ロウは自在に物を取りだすことができる。

 「亜空間術」というらしい。

 

 この旅に必要な大量の資材や飲食物も、ロウはあの亜空間に収納している。亜空間の中では、時間を自在に操れるらしく、その空間の中では、生鮮食品もいつまでも新鮮なままで保管できるとのことだ。

 だから、この旅では、食材の入手のみならず、必ず苦労することが相場の新鮮な水についても不足するということはない。

 ロウの術の中では、もっともすごい能力とイットは思っている。

 なにしろ、この亜空間術で、ロウは武器まで瞬時に手の中に出現させることができるのだ。

 

 とにかく、ロウは出現させた刷毛で吊りあげたエリカの女の蕾を擽り始めた、

 しかも、じっくりと焦らすように……。

 

「んひいっ、きいいっ、やめてください──。お、おかしくなっちゃいます──。ああ、きいいっ」

 

 エリカが絶叫する。

 

「あらあら、エリカ、いいわねえ。ご主人様に可愛がってもらって……」

 

 コゼがにこにこしながらエリカの股間を凝視する姿勢をした。

 一方で、なにがなんだか、わからないほどの半狂乱の状態を示し始めたのはエリカだ。

 なにしろ、身体の一番敏感な部分を糸で吊られて、刷毛でくすぐられるのだ。

 凄まじいほどの衝撃の連続だろう。

 

「みんなは散ってくれ。なんでもないんだ」

 

 ロウがエリカの股間を刷毛で刺激しながら、ほかの女たちをなだめるように言った。

 こういうことが余程に慣れっこなのか、ロウの言葉に従い、幌馬車を外から覗いたマーズとイライジャが顔を引っ込める。

 次いで、シャングリアとコゼとミウでさえも、毛布をそれぞれに掴むと、何事もないかのように、あくびをしながら毛布にくるまって寝る体勢になった。

 だが、エリカの悲鳴はやかましく続いている。

 

「わかったね、エリカ。なんでもない。なんでもないんだ。いいね」

 

 ロウは念を押すように言うと、刷毛を動かしながら、エリカの股間のあいだに寄っていく。

 そして、素早く仰向けで膝を立てているエリカを犯す格好になる。

 腰に掛けていた毛布を外して、股間を出した。

 すでに怒張になっている。

 片手で刷毛を動かしながら、片手でその怒張を持って、エリカの股間にあてがう。

 

「いい気落ちにさせてあげるから、つまらないことは忘れろ。この件は俺が預かるから」

 

 ロウが言った。

 イットには、やっとロウがイットを庇うために、突然にエリカを責め始めたということを悟った。

 

「いくぞ」

 

 ロウがエリカに男根を押し入れる。

 

「は、はいっ」

 

 糸で股間を吊られているエリカが歯を食いしばって返事をする。

 敏感な局部を残酷に刺激されて、エリカの股間はすっかりと受け入れ態勢が完了している。

 イットは自分の身体がかっと熱くなるのがわかった。

 

「あいいいいっ、ひいっ、んくううう」

 

 エリカが悲鳴のような嬌声おあげて、ロウの一物に股間を貫かれた。

 だが、糸で乳首と股間を吊られているエリカには、反応をして動くこともできない。

 それにも関わらず、ロウはぐんぐんと前後左右にエリカの腰を突きあげる。

 エリカが狂乱状態になる。

 

「あああっ、ロウ様──。ロウ様あああ」

 

 絞り出されるような悲鳴は、牝にも等しい生々しい女の叫びだ。

 残酷なはずなのに、エリカの表情には恍惚とした快感が浮かんでいて、とても気持ちよさそうだ。

 イットはさらに身体が熱くなった。

 

「エリカ、いい子だ。こんな俺のおかしな性癖に、いつでも付き合ってくれる……」

 

 ロウが腰を動かしながら言った。

 

「あああ、あおっ、お、おかしくなる──。わ、わたしは、いつでも、あああっ」

 

 エリカがぐいと顎をあげるようにして、身体を弓なりにして全身を震わせた。

 達したのだ。

 

 だが、ロウは何事もないかのように腰を動かし続ける。

 驚いたことに、周りの女たちは、本当に寝入っているみたいだ。あんなに横で激しいことをしているのに、寝息さえもかいている。

 それとも、もしかして、これさえもロウの不思議な術なのだろうか?

 

 いずれにしても、獣人族のイットには、熟睡するということはない。

 どんなに寝ていても、頭の半分覚醒していて、周りでなにかがあれば、すぐに意識を起こすことができる。

 心も頭も、半分ずつしか眠ることができないのが、獣人族というものなのだ。

 

 ロウによりエリカへの性交が続く。

 それから二度三度と、エリカが絶頂をして果てた。

 ロウが精を放つ仕草をしたのは、三度目くらいのエリカの絶頂のときだ。

 

「んはあああっ」

 

 エリカが激しく絶頂して、全身がついに脱力した。

 ロウが精を放ち、やっとロウがエリカの股間から男根を抜く。

 そのときには、エリカの拘束など存在しなかったように、粘性体がエリカから消失している。「ぴあす」を吊っていた糸もなくなっていた。

 ロウから身体を離されて横たわったエリカは、そのまま眠ってしまった。

 横にあった毛布をロウがエリカの汗まみれの裸身にかける。

 

「さて、待たせたな、イット……。イットへの懲罰の番だ。こっちに来て。腕を背中に回して背中を俺に向けるんだ」

 

 ロウがやっとイットに顔を向けて、白い歯を見せた。

 

 ぞくぞくとした。

 イットは無言のまま、言われたとおりに、ロウに寄り背中を向ける。

 すぐに、身体の背後で水平に重ねた両腕に縄がかかり、胸の前後に縄が食い込んで、二の腕を縛られていく。

 その縄に感じてしまって、熱い息が洩れるのがわかった。

 

「すでに縄酔いしてきたか? 尾が動いてきたぞ。獣人族の女というのは初めて接するけど、ちょっと可哀想な気がするな。どんなに隠そうと思っても、尾が動くので性的興奮を隠すことができない」

 

「さ、先ほどは申し訳ありません……。自分でもわけがわからなくて……。どうして、あんなことをしたのか……」

 

 やっとイットは謝罪をした。

 本当に、あのときはどうしてしまったのか……。

 命の恩人でもある「ご主人様」を殺そうとするなんて……。

 

「そんな感じだったな……。まあいいさ。いずれにしても、みんなには黙っておけ。寝ぼけていたとはいえ、俺の首を絞めようとしたなんて、エリカじゃなくても、変な軋轢を作るかもしれない。だけど、もうエリカも覚えていないし、ほかの女もそうだ。明日の朝には、何事もなく振る舞えばいい」

 

 イットに身体に縄を締めつけながらロウが言った。

 やはり、いきなり、なにもしていないエリカを惨く責めだしたのは、イットのやったことを隠すためだと悟った。

 よくわからないが、ロウには精の力で女を操るところがある。

 そんな能力の存在も、薄々だが勘付いてもきた。

 

「も、申し訳……。うっ」

 

 さらに謝ろうとして、縄をぐいと締めつけられて声が出た。

 だが、恥ずかしいけど、こうやって縄で縛られると気持ちがいい。

 これまで、性奴隷になった十歳以降、同じようなことをされ続けてきたけど、ロウに与えられるものは、なぜか、今までに経験してきたこととは全く異なる。

 ロウは縄酔いという言葉を使ったが、まさに、そんな感じだ。

 ぎゅっと閉じている太腿のあいだに、どんどん蜜が溢れ出るのがわかる。

 

「謝るのはなしだ。さっきのことを質問しようとも思っていたけど、覚えてないならいいか……。だけど、イットに懲罰を与える理由を作ってくれたんだから、俺にとっては感謝してもいいかな……。そうだろう、イット?」 

 

 ロウが上半身を縛られたイットの身体を反転して、自分に向かせる。

 そのロウが白い歯を見せた。

 

「は、はい。あ、あたしに罰をください……」

 

 凄く興奮していた。

 これまで、たくさんの嗜虐を受けてきたが、ただ一度も、それを好ましいものと思うことはなかったが、なぜかロウから与えられるものは別なのだ。

 ロウから罰を受ける……。

 嬉しい……。

 これまでおぞけおののく程の苦しみだった嗜虐の責めが、ロウの場合だけ、愛のある行為にさえ覚える……。

 

 “獣人の女は、奴隷の心を刻まれている。残酷な責めや惨めな仕打ちを受ければ、はしたなく尾を振り、股を濡らす被虐の体質……”

 

 そのとき、ふとそんな言葉が頭に浮かびあがった。

 どこで耳にした言葉だったか……?

 

 すると、いきなり周囲の景色が一変した。

 イットは、真っ白い空間に包まれていた。




 *


 長く続いた出張地獄が終わりました。久々の連休はずっと寝てました。
 あまりにもあいだが開いて、よく覚えてないし、リハビリ代わりに、軽いSMシーンから描かせていただきます。
 徐々に調子を戻したいです。


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362 獣人女戦士への懲罰(その2)

「じゃあ、ちょっとばかり、鳴いてもらおうかな。まあ、こんな性癖の男に囚われたのが残念なことだと思ってもらおう」

 

 突然に白い空間に連れてこられたイットに、ロウが白い歯を見せた。

 イットの両腕は、さっき縛られて後手にきつく縛られている。

 獣人族としての力を使えば、縄脱けくらいできないことはないはずなのだが、なんとなくだが、やろうとしても成功はしない気がした。

 ロウの縄は、イットをして、まるで母親が幼子を包み抱くような心地好さを与えてくれるし、いまも痺れに近い疼きが裸体に走っている。

 あの魔道のような指と同じだ。

 ロウは、愛撫でも、縄でも、女の抵抗力を奪うなにかの力がある。

 施す縄の奇妙な拘束は、実際のことでも、心のことでもイットを縛っている。

 

「い、いえ、お受けします。よろしくお願い……します……。でも、どうして、あんなことをしようとしたのか……」

 

 イットは後手縛りの裸体を折って、ロウに向かって頭をさげた。

 とにかく、どうしてあのとき、急に頭が真っ白になったのか……。

 込みあがった途轍もない憎悪はなんだったのか……。

 

 いずれにしても、縛られて「調教」されるなど、嫌悪しかなかった行為のはずなのに、ロウが相手だと、まったく嫌ではないのが不思議だ。

 それは、ロウの周りに集まっている女傑たちも同じように思っているみたいだ。

 さっきのエリカもそうだが、結局のところ、女たちはロウに鬼畜に抱かれるのを悦んでいるのは間違いない。

 

「ああ、やっ」

 

 そのとき、イットは思わず声をあげてしまった。

 頭をさげた瞬間、ロウに抱きつかれて、裸体をぐいと引き寄せられて、尾の付け根を愛撫されたのだ。

 獣人族のイットにしてみれば、たとえ視界がなくても、気配を悟ることなく距離を縮められるなどあり得ないのだが、実際、完全に不意をつかれてしまった。

 

「んふうっ」

 

 すぐに、敏感な尾の付け根を擦られながら、イットの首に舌を這わされる。

 たちまちに電撃のような快感がいきなり全身に迸った。

 やっぱり、ロウの手は凄い。

 イットは腰が砕けてしまった。

 

「まずは、挨拶代わりかな?」

 

 ロウがイットを押し倒す。

 床などあるのか、ないのかわからない不可思議な場所だが、そこに仰向けに寝かされた。

 ロウがのしかかるかたちになる。

 

「んあああっ――、ああっ」

 

 イットは悲鳴のような声をあげてしまった。

 相変わらず、ロウの指は腰の下で尻尾を擦り続け、さらにもう一方の手がイットの全身のあちこちを触りだした。

 なんでもない場所が、ロウに触れられることで、とんでもない性感帯になっていく。

 びりびりとした熱い痺れが一気に駆け抜ける。

 

「あっ、あああっ、き、気持ちいいです、ご主人様──」

 

 イットの身体に甘い痺れが走り、全身がぶるぶると震える。

 どうにもならない快感が迸る。

 

「それにしても、イットは小柄のわりにはおっぱいが大きいな。思わず、揉みたくなる」

 

 すると、縄に挟まれて突き出ている乳房に、ロウの手が伸びてゆっくりと愛撫が始まる。

 ロウの言葉のとおり、イットは、十五歳の獣人族の少女にしてはかなり胸が大きい。戦いの邪魔なので、この大きめの乳房がいまのいままで全く好きではなかったのだが、ロウが愉しそうに揉むので、だったらいいかと考えてしまう。

 

「ああっ、はんっ」

 

 慣れた手付きでイットの柔らかい肉を揉みあげる。

 イットは身をくねらせて喘いだ。

 

「乳首がびんびんだな」

 

 ロウがイットを抱き締めるような体勢に変え、背中側から手を滑らせるようにして、指で乳首をこりこりと動かした。

 

「ああっ、だ、だめです、ご主人様──」

 

 イットは裸体を弓なりにして突っ張らせる。

 本当に、凄い愛撫だ。

 胸責めで、あっという間に達しそうになった。

 身体が痺れて力が奪われる。

 獣人族の戦士であるイットにとっては、いままでも性交の経験でも、こんなにも翻弄された記憶はない。

 主人の気紛れによって、媚薬漬けになって半ば自意識を失ったことはあるが、ロウの愛撫はそれに匹敵する。

 股間がぎゅんと熱くなる。

 

「さあて……。そろそろ、獣人族の最強の女戦士のおまんこを見せてもらうか」

 

 ロウが身体を下にずらせて、イットの足首を両手で握り、鍛えあげている脚を左右に引き裂いた。

 

「あはあっ、は、恥ずかしいです」

 

 さすがにイットも羞恥の悲鳴をあげた。

 これまでの性奴隷時代に、もっと恥ずかしいことをされたが、性器を凝視されるのは、慣れるということはない。

 しかも、イットの秘部は、まるでお漏らしでもしたように、びっしょりと濡れているのを知っている。

 そんな状況を観察されるのは嫌なのだ。

 

「いやらしいまんこだ。だけど、可愛いな」

 

 ロウがひと息ついたようにして笑った。

 イットは思わず口を開く。

 

「か、可愛いなんて――。あ、あたしは獣人ですよ」

 

 これまで、性処理の道具として扱われ続けられてはきたが、可愛いなどという言葉をかけてくれた男はなかった。

 実の父親でさえもだ。

 ましてや、ロウは人間族だ。

 人間族やエルフ族が、本質的なところで、獣人族を蔑んでいるのは、イットは身をもってわかっている。

 獣人族というのは、いつだって差別の対象だ。

 女神に見放された種族とも称されている。

 

「変なこと言うなあ。獣人だからどうした? だったら、ご奉仕させてもらおうかな。最強戦士のイットのお股だし……」

 

「ごほうし……? あっ、奉仕?」

 

 ロウの顔はいまは、イットの股間のすぐ前にある。

 奉仕と聞いて、イットはロウの一物を口に入れることを想像したが、奉仕をロウがするというのはどういうことだろう……?

 すると、ロウがにやりとした微笑みをイットに向け、ぬっと舌を出して見せた。

 イットはびっくりした。

 

「あ、あたしは獣人族です──。そんな汚いところを──」

 

 思わず叫んだ

 ロウがイットの性器を舐めようとしているということを悟ったのだ。

 もしも、間違いでないなら、あの仕草はその予告に違いない。

 だが、人間族であり、隷属は解除したといはいえ、奴隷身分のイットの股間をロウが舐めるなど……。

 あり得ない──。

 快感への想像よりも、恐怖が走る。

 

「獣人族だからどうした? 時々だがイットは変なことを言うことがあるな。奴隷だったことを気にしているのか?」

 

 ロウがちょっと真顔になり、軽く首を捻った。

 もしかして、わかってないのか?

 ロウの表情はそんな感じだ。

 

 まさかとは思うが、もしかして、ロウは獣人族に対する真の意味でわだかまりのない人間族なのだろうか……?

 確かに、ロウのパーティに引き取られて以来、イットは奇妙な心地よさに浸ってはいた。

 ロウを含め、ロウの仲間の女たちからの、獣人族のイットに対する差別意識の視線を全く感じないのだ。

 もちろん、アンドレの性奴隷であったときにも、同じ性奴隷だった人間族の少女たちから、なにかの差別的な行動をされたことはあまりない。

 しかし、それは、彼女たちがそうふるまっていただけで、心底からの差別意識がないわけじゃない。心の奥底には、どうしても、獣人族に対する蔑みの感情が見え隠れていた。

 そういうものだと思うし、それだけでも、イットが育ったカロリック公国では、少なくともあり得ないほどの博愛心だ。

 

 でも、ロウたちからは、それ以上のものを感じる。

 完全に公平なのだ。

 貴族のシャングリアからも、ほかの女からも、ロウの女であるということで、まったくの対等な立場だという姿勢で接してくれ続ける。

 

 差別もされない。

 同情もされない。

 居心地の悪い博愛のような感情をぶつけられることもない。

 ロウの女のひとりとしての完全な平等……。

 これまでも、獣人族以外の種族からそういう態度で接してもらったことがないので、ずっとイットは戸惑いのようなものを感じていたのだ

 

 もっとも、例外は一番奴隷のエリカだ。

 彼女だけは、時折、睨むような鋭い視線をイットにぶつけてくるのを知っている。さっき、ロウに敵意を示してしまったイットに怒ったときだけじゃなく、ずっとエリカはイットを見張るような視線で見ていた。

 イットはそれに気がついていた。

 

 だが、まあ、あれは普通の態度だ。

 同じエルフ族のイライジャは褐色族でもあって、エルフ族の中では異端になるので、エルフ族特有の選民意識が低いのか、イライジャからも差別感情は感じないが、エリカは典型的な白エルフ族だし、やはり、エルフ族として、獣人族への忌避感が強いのだろう。

 だが、それ以外の者からは、イットを完全な同格な立場として接してくる……。

 

 しかし、そうだとしても、「主人」であるロウがイットの性器を舐めるなど……。

 そんなことはあり得ない──。

 

「だ、だって、あたしは獣人族で──、ああ、だめええっ」

 

 ロウの生温かい舌が秘裂に触れるのを感じて、イットは身を捩って悲鳴をあげた。

 

「あああっ、ああっ、ああああっ」

 

 引き裂かれている両脚の付け根にロウの舌が這い回る。そして、溢れ出ているはずのイットの愛液を舐め取るように敏感な粘膜をもてあそぶ。

 

 ロウがイットの性器を舐めてくれている──。

 これまで、逆の行為は無数にあるが、反対に奉仕されるなど、イットの記憶にはない。

 強い痺れが全身を貫く。

 

「ここも勃起してるぞ、イット」

 

 ロウが一度顔をあげて笑うと、今度は亀裂の上側の肉に突起に吸いつく。

 

「ああっ、いやああ、ひああああ」

 

 わざとらしい水音を奏でながら、ロウがイットのクリトリスを吸い始める。

 イットの身体が突然にがくがくと激しく震える。

 緊縛されている身体が弓なりに反り返る。

 

「そして、ここだな。やっぱり、獣人族の女はここが急所だね」

 

 身体が裏返されて、尾の付け根をぱくりと咥えられた。

 舌が這い、ぎゅっと吸いつかれる。

 

「ああっ、ひいいいっ、んあああああっ」

 

 電撃を帯びたような快感の塊が裸身を駆け抜けた。

 瞬間的な絶頂が爆発して、イットの意識が一瞬遠のく。

 達した──。

 だけど、ロウは尾を離してくれない。

 思わず腰を逃がそうとしてしまったイットを逃がさないように抱えて、さらにちゅうちゅうと尾の付け根を吸い上げられる。

 絶頂感が消えないのに、すぐに次の絶頂感が襲いかかってきた。

 

「あああっ、は、離してください──。怖い──。怖いです──」

 

 快感を飛ばす経験は限りなくあるが、ロウから与えられるものは、獣人族の少女戦士であるイットにとっては、ひとつひとつが深すぎるのだ。

 深い快感への本能的な忌避感に襲われたと思った瞬間、ロウがイットを抱く力を緩めた。

 もう一度仰向けにされて、ロウが再び姿勢を変えるのがわかった。

 いつの間にか閉じていた自分の眼を開き、ロウを見る。

 全裸のロウが怒張の先をイットの股間に当てていた。

 

「いくぞ、イット」

 

 ロウが腰をぐいと押し出して、イットの中に侵入を開始した。

 

「んんっ、あああっ」

 

 イットは身体をのけ反らせた。

 

「さすがに筋肉がすごいな。締め付ける」

 

 ロウがちょっとだけ苦しそうな息を吐いたが、肉棒はどんどんとイットのお腹に突き挿さってくる。

 

「あっ、うくっ、んんっ、ああ、だ、だめええ、ですううっ、ああああ」

 

 イットは喘いだ。

 小柄なイットには股間を貫かれる苦痛を感じないわけじゃないが、それよりも快楽の方が大きい。

 ロウの怒張の先端が子宮に届いたのがわかる。

 大きな快感の波が全身に拡がる。

 

「イットの膣肉が絡みついてくるな」

 

 ロウが嬉しそうに抽送を始める。

 いつも思うのだが、ロウは本当に愉しそうに女を抱く。それは鬼畜な悪戯のときも同じだ。

 この不思議な空間に連れ込まれる直前に、ロウは一番奴隷のエリカを豆吊りにして惨く責めていたが、それすらも愉しい触れあいに見えた。

 実際、エリカも、そのときは苦しそうに悲鳴をあげていたが、終わってみれば満足そうな表情になっていた。

 やっぱり不思議だ。

 

「ああっ、はあ、はんっ、ああっ」

 

 膣をいっぱいにしているロウの肉の塊が動く。

 ひと擦り、ひと擦りがとてつもなく気持ちいい。

 イットは全身を震わせて嬌声をあげた。

 

「ひいっ、ひんっ、ああっ、す、すごいです、ああっ、ご主人様──」

 

 肉棒が前に出れば、子宮がこじ開けられて、熱い痺れが背骨を襲う。

 引いていくときには、イットの気持ちいい場所をしっかりとぐいぐいと刺激していく。

 休むことのできない快感が次々に襲う。

 なにも考えられない。

 ひたすらに気持ちがいい──。

 

「だ、だめですっ、あああああ」

 

 津波のような快感が全身を溶かしきる。

 やがて、それが脳天に達した。

 

「いきます──。いきそうです──。あああっ、ああああっ」

 

 縛られているイットの裸身が大きく波を打つ。

 

「あああっ、ああああ」

 

 エクスタシーの波に襲われて、イットはまたもや裸体を激しく震わせて絶頂した。

 

「出すけど、妊娠はしないから安心しろ。もっとも、逆にいつでも孕ませることでもできるけどね。いつか、イットには俺の子供を産んでもらうかもな」

 

 脱力したイットに、さらに律動を続けながらロウが笑った。

 ロウの子供……。

 自分が子を作って、母親になるなど、想像もしたことはなかったが、ロウに言われると、新しい甘美感がイットを包み込む。

 ロウとイットの子供……。

 悪くない……。

 まったく悪くない……。

 

「お、お願いします。ご主人様……。いつか、ご主人様の子種を……」

 

「おう、任せておけ」

 

 ロウの腰がぶるりと震える。

 それとともに、ぎゅっとロウが腰を突き出して、イットの中に精を放ったのを感じた。イットは幸福感に心を浸らせた。

 

「さて、じゃあ、そろそろ懲罰を始めるか」

 

 すると、ロウがイットの上から身体をどけた。

 

「懲罰……?」

 

 絶著の余韻に浸っていたイットは、なにも考えることなく、ロウの言葉を繰り返した。

 すると、ロウが横たわるイットを見おろしながら微笑んだ。

 

「当然だろう。いまのはイットも気持ちがよかっただけだ。本当の罰はこれからだぞ」

 

 ロウが言った。

 それで気がついたが、ロウの右手には、細い糸のようなものが握られている。

 

 股間に違和感を覚える……。

 

 えっ、締めつけられている……?

 まさか──。

 

 我に返った。

 そして、驚愕した。

 ロウが手に持っていた糸はイットの股間に伸びていたのだ。

 しかも、クリトリスの付け根がしっかりと糸で緊縛されていた。

 いつの間に……?

 イットは目を見開いた。

 

「ほら、立つんだ」

 

 ロウが微笑みながら糸と引っ張る。

 

「んぎいいっ」

 

 クリトリスに激痛が走って、イットは慌てて身体を起こす。

 股間に繋がっている糸を手繰り寄せるようにして、ロウが上に引っ張ったのだ。

 まだ脱力しているのだが、それでも懸命に脚に力を入れて踏ん張る。

 

「さて、じゃあ、その縄に跨ってもらおう。それがイットへの罰だ」

 

 ロウの後ろには突然に出現した二本の太い柱があり、普通の寝室の倍ほどの間隔で立っていた。

 しかも、その柱のあいだには、一本の縄がイットの腰の括れ程の高さにぴんと張られている。

 どうして?

 イットは呆気にとられるしかなかった。

 このクリトリスの糸といい、目の前の縄と柱といい、一瞬前にはなかったものだ。

 

 ロウの魔道……?

 

 それにしても、その縄には無数の縄瘤が作られている。

 しかも、なにかを塗られててらてらと光っているような……。

 

「ほら、早くしろ、イット。特別に縄にはたっぷりと掻痒効果のある油剤を塗ってやったぞ」

 

 ロウがにやりと鬼畜に微笑んだ。

 

 とても、嬉しそうに……。



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363 獣人女戦士への懲罰(その3)

「さあ、自分で脚をあげて縄を跨ぐんだ、イット」

 

 ロウがイットの後手縛りの縄をとって、横に張っている縄の横に並ばせた、

 改めて縄を見る。

 

 かなり太い縄だ。

 それが、イットの腰の括れの高さで張られている。

 また、縄には、握りこぶしほどの長さごとに縄瘤が作られていて、その縄瘤には掻痒効果のある油剤が塗られているらしい。

 

 イットは思わずごくりと唾を飲み込んでしまった。

 縄を跨げば、いやでも股間に縄が食い込むだろう。

 

「ほら、早くしろ。それとも、無理矢理に跨らされるのがいいのか?」

 

 ロウがいまは床に垂れているイットのクリトリスの根元に結ばれている糸を持って、くいくいと引っ張った。

 

「んひっ、い、いえっ、す、すぐに……」

 

 イットは悲鳴をあげてしまい、慌てて片脚をあげる。

 縄を跨った。

 

「あ、ああっ」

 

 強く張った縄がイットの内腿を滑って、一気に股間に深く食い込む。

 イットは慌てて爪先立った。 

 それでも、まったく縄は緩まない。

 ぐいぐいと喰い込んでくる。

 さすがに、イットも顔を歪めてしまった。

 

「気持ちよさそうだな、イット」

 

 ロウがイットの後ろに回って、ゆっくりとイットのお尻に手を這わせる。

 指がお尻の亀裂と尻尾の付け根を刺激してきた。

 

「あっ、んんっ」

 

 指が触れただけで、イットは全身の力を脱力させてしまう。

 やっぱり、魔道の手だ。

 がくりと膝が砕けかけて、その動きで縄が股間をずんと刺激してしまい、イットは逆にぴんと背筋を限界まで反らせる。

 

「こっちもだな」

 

 ロウが笑いながら、もう片方の手で縄に縊りだされている乳房を愛撫してきた。

 包み込み、柔らかく揉まれ、しごかれる。

 

「ひあああ」

 

 イットは悲鳴のような声をあげて喘いだ。

 異常なほどの快感が全身を痺れさせる。

 本当にすごい──。

 

「そんなに気持ちいいか?」

 

 ロウの指が乳首に触れる。

 それと同時に、手が腰の前に移動して、縄に載っているクリトリスを押し揉むようにする。

 

「んああっ、あああ、い、いひいっ、き、気持ちいいです、ご主人様──」

 

 ロウの愛撫で与えられるものは、これまでにイットが味わわされたどんな快感とも異なる。

 重くのしかかるような快感の大波に、イットは知らずに腰を振ってしまう。

 

「あんっ、いやあっ」

 

 すると、縄の刺激が襲いかかる。

 慌てて、身体を静止させた。

 だが、そうすると、ロウの愛撫から無防備になってしまう。

 

「もう抵抗しないのか?」

 

 ロウがそんなイットの戸惑いを愉しむように、指をあちこちに這い回らせてくる。

 子宮が震える。

 腰骨が砕けそうになる。

 イットの全身が真っ赤になり、汗が噴き出すのがわかった。

 

「快感から逃げるんじゃない。愉しむんだ。与えられるものに抵抗しなくてもいいさ。気持ちいいことを認めればいいだろう」

 

 乳房を揉まれ、前側と後側の腰を代わる代わる刺激される。

 快感から逃げない……。

 ロウを受け入れる……。

 

 イットは心に言い聞かせる。

 すると、さらに一気に快感が全身を駆け巡る。

 視界に霞がかかったようになる。

 イットは、ただただ、津波のような快感に従い全身を震わせるだけになる。

 

「んひいっ、あああっ」

 

 だが、それでまたもや力を抜いてしまい、脚の力がなくなって無惨なまでに、縄が股間に喰い込んだ。

 

「ひやあっ」

 

 慌てて爪先立ちの姿勢に戻る。

 

「さすがの獣人戦士も、縄一本で追い詰められているな。じゃあ、そろそろ、歩いてもらおうか。ほらっ」

 

 ロウがやっと身体が手を離す。

 しかし、その代わりに、もう一度、垂れている糸を持った。

 軽くつんとひく。

 凄まじいほどの痛みがクリトリスに響く。

 

「ひいっ、痛いっ」

 

 鋭い声をあげてイットは腰を前にやった。

 脚が強張り、全身がぴんと伸びる。

 

「歩くんだ。これが調教というものだ。ほかの女たちも受けている。それに、さっきも言ったけど、イットの身体はこういうことが満更でもないみたいだ。そうだろう?」

 

 ロウが再び糸をぐいと引いた。

 

「ああっ、ひいっ、あ、歩きます。歩きますから──」

 

 イットはほとんど無意識のうちに腰を前に出した。

 後手に縛られた身体を前屈みにする感じで、腰を前に出していく。

 さらざらとした縄がイットの股間の奥に喰い込んでくる。

 

「さっそく最初の縄瘤だぞ。頑張れ──」

 

 イットは追い立てられるように、最初の結び目に向かって進んだ。

 そして、それが股間に下に隠れる。

 

「うっ」

 

 びくっとイットは身体を固くして立ちどまった。

 小さな結び目なのに、まるで人の握りこぶしのように感じる。

 このまま進めば……。

 

「イット、まだ最初のひとつ目だぞ。いくらでもある。ひとつくらいで戸惑っていちゃあ、いつまでも終らないぞ」

 

「は、はい」

 

 イットは懸命に脚を前に出した。

 恥ずかしい場所に、これでもかと思うほどに縄が食い込む。

 全身の感覚が局部に集中するのを感じる。

 

「うっ、んんんっ」

 

 まるで全身の重みの全部が結び目にかかっているみたいだ。

 しかも、それだけでなく、油剤に触れている股間に、一気に痒みが襲いかかってきた。

 知らず、太腿をすり寄せるように動かしてしまった。

 

「くっ」

 

 すると、またもや、苦痛と混ぜこぜになった快感が襲いかかってくる。

 イットは歯を喰いしばった。

 

「今度とまると、鞭代わりに糸を引く。こんな風にね」

 

 糸がこれまでにないくらいに、強く引っ張られた。

 

「ああっ、も、申し訳ありません──。あ、歩きます──。ああっ」

 

 イットは絶叫した。

 股間に刃物でも当てられたかと思うほどの激痛だ。

 だが、気持ちいい──。

 苦痛なのに、快感が迸る。

 イットは全身を波打たせた。

 

「ああっ、やああ」

 

 大きな動きは縄が食い込んで揺れることに繋がる。

 それで、さらにイットは追い詰められる。

 とにかく、一歩一歩と進む。

 やっと縄瘤が股間を通過して、後ろに抜けていく。

 しかし、すぐに次の縄瘤が迫って来ている。

 

「油剤も効いてきたな。そんな顔をしているぞ」

 

 イットが歩みをやめない限り、クリトリスに結ばれている糸は緩んでいる。

 だが、ちょっとでも遅くなれば、容赦なくロウが糸を前に引いた。

 イットは進むしかない。

 だが、二個目、三個目と縄瘤を跨いで進むうちに、いよいよ掻痒剤による痒みがイットを追い詰めだした。

 

「ああ、痒いです──。痒い──、ああ、んはあああっ」

 

 怖ろしく痒い──。

 だけど、そこを縄で刺激しながら進むのは、とてつもなく気持ちがいい。

 イットは泣くような声をあげ続けた。

 

「だ、だめえっ、おかしくなる……。へ、変になります──。ああ、ご主人様──、ご主人様ああ──」

 

 自分でもなにを言っているかわからない。

 とにかく、イットは固く眼を閉じて、歯を喰いしばったまま縄瘤を進んでいった。

 

 喰い込んでくる縄の痛み……。

 油剤の強烈な痒み──。

 時折、耐えられるクリトリスの根元を糸で引っ張られる激痛……。

 それらが入り混じって、なにか痺れるような感覚が全身を貫く。

 嫌悪感はない。

 こんな鬼畜な責めでも、ロウにはなにをされても気持ちがいい……。

 

「縄が濡れて光っているいるぞ。どうやら、油剤だけじゃないようだな」

 

 ロウがイットが進み終わった縄に視線をやりながら笑った。

 

 

 *

 

 

 やっと縄からおろしてもらえたのは、縄を五往復もさせられたときだ。

 そのときには、イットはもう両脚で立つ力を失っていて、その場にうずくまってしまった。

 その身体を仰向けに横たわらされる。

 

「さて、じゃあ、痒みを消してやろう」

 

 ロウが胸を揉み始めるとともに、指を秘裂に挿入してきた。

 

「あ、ああっ」

 

 たちまちに身体がかっとなり、イットの口から甘い声が漏れる。

 ロウがイットの反応を愉しむように、乳首を音を立てて吸い始める。

 

「んんっ、んあああ、き、気持ちいい──」

 

 たちまちのうちに、官能の炎が燃えあがり、イットは気がつくと艶めかしく腰を振っていた。

 ロウに抱かれるようになってから、普通よりも感じやすいとは思っていたイットの身体は、獣人族の少女とは思えないほどに、性感を発達させていると思う。

 とにかく、ロウになにをされても、気持ちよくて仕方がない。

 それは、イットの意思ではどうにもならず、また、どうにかしようとも考えない。

 痒みが襲っている股間を弄られ、乳首を吸われて、イットは粘っこい体液を股間に溢れさせていた。

 

「何度でも大丈夫だな。さすがは獣人族だな。強くて、従順で、それでいて、敏感で抱くと愉しい」

 

 従順で、抱くと愉しい?

 そんなことお言われるのは初めてなので、困惑してしまう。

 考えてみれば、イットはまともな対等の性の対象として、誰かに抱かれるのはロウが初めてだ。

 いや、もちろん、ロウは奴隷あがりのイットのことを一人前の性の相手などとは思ってもいないかもしれないが、少なくとも口と態度では、ロウはイットをひとりの女として扱う。

 イットにとっては、それで十分であり、ありがたくも嬉しいことだ。

 

「んああ」

 

 だが、それで思念は終わった。

 ロウの怒張の先端がイットの秘肉を貫き、抽送を開始する。

 

「ああ、ああっ」

 

 抽送が始まる。

 イットが達してしまったのは、やっぱりあっという間だった。

 今度はロウは、それに合わせるように、イットに精を放った。







(長く投稿が開いたせいか、なんかスランプを感じます……。うーん)


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364 淫ら道中と魔物襲撃(その1)

 南に向かう。

 イットは、後ろをゆっくりと進んでくる幌馬車の前を進みながら、周囲の警戒をしている。

 

 今日については、いまのところ、行き交う旅人はいるが、魔獣や魔物は出現していない。

 もっとも、得体の知れない気配はある。

 ナタル森林における魔獣の出現率は異常としかいえないが、エランド・シティに近づくにつれ、魔獣との遭遇頻度は高くなった気もする。

 今日はまだ、出くわしてはいないだけであり、陽が中天に達するまでに一度も魔獣が現われないのは、むしろ大変に珍しい。

 いつもだったら、すでに二、三回は魔獣の襲撃を受けている気がする。

 だが、ほんの一年前くらいのときには、ナタル森林の森林街道で魔獣に襲われることなどなかったのだ。それが日に何度も魔獣や魔物に襲われるのが常態になっている。

 まあ、一年前の前回のときは、イットはアンドレという隊商の主人の性奴隷のひとりだったのだ……。いまは、アンドレが捨て殺そうとしたイットをロウが引き取り、いまはナタル森林を南に進むように旅に加わっている。

 とにかく、一体全体どういうことか……。

 

 一方で、股間のむず痒さは続いている。

 ロウが朝にイットに嵌めた貞操帯の張形に塗った油剤のせいだとわかっているが、どうすることもできない。

 黒い色の革でできている貞操帯には、ロウによる「淫魔術」の錠がついており、イットの獣人族としての怪力でも、引き千切るのは不可能なのだそうだ。

 

 つまり、貞操帯の内側には、小さな張形がついていて、それがイットの花唇を打ち抜いているということだ。

 ロウから命じられている「調教」の一環であり、今日は、しばらくのあいだ、このまますごすことを指示されていた。

 膝までのスカートを着ているので外からはわからないが、張形を装着したまま歩かなければならない恥ずかしさは堪らない。

 だが、その恥ずかしさがいい……。

 そんな風に考えてしまうイットが内面に存在するのも事実だ。

 

 ナタル森林は、エルフ族の国ともいうが文化は独特だ。

 ハロンドール王国を始めとした人間族の国のように、森林を切り拓いて都市や村落を築くということはなく、太古からの森林をそのまま生かしたまま、その自然の中にエルフ族の集落を溶け込むように作っている。

 だから、森林を貫く街道はあるのだが、それに繋がっているはずのエルフ族の集落を見つけることは難しいらしい。

 魔道に長けるエルフ族が集落への入口を結界で隠している場合も多いらしく、知らぬ旅人はエルフ族の里がすぐ横にあっても、気がつくことなく通り過ぎることも多いという。

 

 だが、この数日は、旅の様相も変わってきた。

 街道を塞ぐような城壁のような関所のような施設も、時折、見られるようになったし、街道沿いに限れば明らかに人の手が加わったような畠も見えるようになった。そこで働くエルフ族もだ。

 それだけでなく、昨夜くらいから野宿ではなく、エルフ族が開いている宿場町で宿をとって泊まれるようになった。

 予定では、今夜も宿屋に宿泊予定だという。

 やはり、これもエランド・シティに近づいているからだろう。人の集まりが密になっているのだ。

 

 エランド・シティ……。

 

 ナタル森林における唯一の城郭であり、エルフ族の女王であるガドニエルが支配する浮遊都市だ。

 ロウたちの旅の目的地は、そのエランド・シティだそうだ。

 よくわからないが、ロウは、ユイナというエルフ族の少女をそのエランド・シティに探しにいくらしい。

 イットが教えられているのは、ユイナというのは、ロウたちに縁故のある少女らしく、ロウによれば、ユイナというエルフ族の少女は、なんらかの陰謀に巻き込まれているのではないかということだ。

 それがどんな陰謀なのか不明であるものの、この旅にも同行しているイライジャという褐色エルフ族の美女の依頼(クエスト)によって、そのユイナを保護するとのことだ。

 だが、ユイナをさらったのは、エルフ族の女王ガドニエル自身だという情報もあり、シティに到着しても、どうなるかわからないという。

 

 まあ、イットは、ロウに仕えるだけであり、ロウが戦えというのであれば、相手はエルフ族の女王であろうと、そのエルフ族の軍団であろうと、火の玉になって突っ込んで、武器である爪の刃を振るうだけのことだ。

 それが、死ぬはずだったイットを助けてくれ、隷属の首輪まで外し、イットに「自由」を贈ってくれたロウへの恩返しであると思っている。

 イットは、ロウからもらった「自由」な意思で、ロウに従うことに決め、性奴隷として調教してもらうことを選んだ……。

 

 それにしても……。

 

 昨日宿泊した宿場町を出立して、すぐに装着され、やっと股間のディルドの違和感には慣れてきたと思ったが、ほんの少しずつであるが、だんだんと強くなっていく妙な痒みには慣れない。

 おそらく、定期的にこうやって媚薬が張形から、媚薬が染み出る仕掛けにでもなっていたに違いない。張形だけなら気を張っていれば問題ないとまで考えていたものの、媚薬が加わったとあらば話は異なる。

 イットの性感は刺激され続けており、隙間がないほどに締めつけているはずの股間の貞操帯の隙間から、それでも抑えられない汁が染み出てくるのがわかった。 

 

「大丈夫、イット? まあ、ロウにも困ったものだが、その貞操帯を装着してしばらく過ごすのは、新入りの儀式のようなものだからな……。まあ、魔獣が出現したら、すぐに外すはずだったとは思うが、今日に限って街道も平和だ。それで長引いているというわけだが……」

 

 声をかけてきたのは、今日はイットともに、幌馬車の外を警戒要員をして歩いているシャングリアだ。

 このパーティは、ロウを中心とした冒険者の集まりであるのだが、もともとのパーティ要員と、今回の旅で新しく同行することになった者とに分かれるらしい。

 もちろん、イットが一番新しい要員なのだが、今回のクエストの依頼者というかたちのイライジャ、イットと同じ歳らしいが、とてもそうとは思えない巨体で筋肉質の美少女のマーズ、そして、十一歳ながらの高位魔道師のミウが新入りということのようだ。

 それに対して、いま声をかけてくれた人間族の貴族騎士のシャングリア、いまは、幌馬車の中でロウの相手をしてるはずの一番奴隷でエルフ族の美女のエリカ、さらに、やはりに人間族のコゼが昔からのロウの仲間(性奴隷)なのだそうだ。

 

「も、問題ありません……」

 

 イットは街道を歩きながら言った。

 だが、それは実際には空元気だ。

 気を抜くと、脚ががに股になってしまうので、イットは意識をして両膝を閉じて歩いている。

 そのために、股間の張形を締めつける格好になって、媚薬がかなり効いてきている。いまは、一歩進むごとに、じーん、じーんという甘美感が股間から全身に駆け抜けている。

 

「そうか。でも、無理はしない方がいいと思う。先生も調教とはいいながらも、危険を賭してまでやるつもりはないはずだし、そろそろ外してもらってはどうだろう」

 

 今度はマーズが声をかけてきた。

 股間に淫具を挿入しているイットは、実際のところ警戒要員というよりは、ロウの性癖による趣味を満足させるために、外を歩かされているといっていい。

 実際の見張り役は、シャングリアとマーズであって、イットはその後ろ側であり、幌馬車のすぐ前を歩いている。

 ロウにも、とにかく魔獣が出現したら、すぐに馬車に戻れと言われていた。

 

「まったく、危機感もないったらないわね。でも、満更でもなさそうね、小猫ちゃん」

 

 笑ったのは馭者台のイライジャだ。

 戦闘要員ではないイライジャは、イットが加入してからのほとんどを馭者台ですごしていて、そこで馬を操っている。

 同行の女たちのうち、戦闘要員はこうやって外の警戒もするし、魔獣や魔物に阻まれれば、その駆逐もするが、イライジャにはそれができないので、代わりに馭者に専念し、戦闘役の女たちを休ませる時間を作ると言っている。

 

 もっとも、幌馬車に入ればロウがいて、そのとんでもない絶倫の性の相手をしなければならない。

 今日はずっとイットは外歩きだが、さっきまで警戒員を務めていたエリカとコゼは、いまは中にいる。

 おそらく、ロウの性の相手をしていると思う。

 声は聞こえないが、それは防音の魔道護符を使っているからであり、幌馬車の中では絶え間のない男女の営みが続いているのをイットもわかっている。

 

 だが、それも問題ないのだ。

 ロウは「淫魔師」とやらであり、ロウから与えられる快感はとてつもないので、ほとんど身動きできないほどに追い詰められるのだが、魔獣が出現したという状況になれば、その淫魔術で瞬時に身体の回復をさせることができるのだ。

 本当に不思議な術であり、本来は魔道を受けつけないはずのイットでさえも、ロウにかかれば、瞬時に正常な状態に回復させてもらえる。

 だからこそ、いまのように、危険であるはずの旅のあいだに呑気に「調教」を受けるということができるのだ。

 ロウとその女たちの不思議な結びつきがなければ、もっと緊張感のある旅をしなければならないはずだが、信じられないくらいに、ロウたちはナタル森林を縦断する旅を愉しんでいる。

 

「そ、そうですね……。た、愉しんでいるかもしれません、イライジャさん」

 

 イットはそれだけを言った。

 調教を愉しむ……。

 

 そんな感情になるなど、少し前だったら想像もできなかったが、さっきのイライジャの言葉ではないが、満更でもないと思っているのは本当だ。

 それはともかく、エルフ族というのは、人間族以上に獣人族に対する蔑視感情が強いとは耳にしていたが、このイライジャについては、まったくイットを蔑む態度は感じない。

 いや、イライジャだけでなく、このロウやその仲間は、まったく分け隔てなく、イットに普通に接する。

 ずっと、獣人族に対する差別感情に接してい生きてきたイットとしては、逆に居心地が悪いと思うほどの親しみ易さなのだ。

 まあ、同じ男性に抱かれる女同士という気安さもあるのかもしれない。

 

 例外は、一番奴隷のエリカだ。

 よくわからないが、ずっと睨むような視線を繰り返し向けることがある。

 まあ、エルフ族は、選民意識が強く、特に獣人族嫌いということが有名なので、エリカの態度が普通といえば、普通であるのだが……。

 

「だけど、我慢できなくなったら、馬車に入りなさい。本当はロウも、あんたが音をあげるのを待っているのよ。それにしても、そんな貞操帯を装着して、半日も歩き続けられるなんて、やっぱり獣人族の体力というのは想像を絶するわね。媚薬も滲み続けているんでしょう?」

 

 イライジャがからかうように言った。

 

「で、でも、ご主人様の言いつけですので……」

 

「ロウはあんたが歩けなくなるのを待っているのよ。わたしには、見張っていろと言っていたしね。だけど、思いのほか、いつまでも元気なので、そろそろ痺れを切らしているんじゃない」

 

 イライジャが笑った。

 イットは視線を馭者台に向けた。

 意味ありげに微笑んでいる。

 

 ロウの仲間の女たちは、全員がひと癖もふた癖もあるが、このイライジャもわからない。

 この旅の一行の中では、ロウを補佐するかたちで、旅の仕切りをする。

 道案内や宿屋の手配、野宿をするにしても、その適地などに誘導するのは、イライジャの役目だ。

 だが、それでいて、百合好きの責めの性癖がある。

 エリカやコゼがからかわれるように、イライジャに縛られて遊ばれているのをすでに数回目撃した。

 とにかく、イライジャに限らず、性愛にかけては、とことん弾けるのが、このロウの仲間だ。

 

 そのときだった。

 幌馬車の中から、ロウが顔を出した。

 汗で額に髪が張り付いている。

 顔も上気しているし、たったいままで性行為をしていたのは明白だ。

 

「そうだな。まだ、痺れを切らさないのか……。本当はじわじわと追い詰めるようとしていたんだけど、思いのほかだ。獣人族というのはまったく想定外だね」

 

「想定外……? はうっ」

 

 思わず、その場で腰を落としかけた。

 突然に股間の張形が振動を始めたのだ。

 脳天まで突き抜けるような衝撃を感じた。

 

「くっ」

 

 懸命に脚に力を入れて辛うじて踏ん張る。

 すると、すぐに振動が静止した。

 

「気に入ったか、イット? これが俺の性奴隷になる洗礼だ。そこにいるシャングリアもマーズも仲間になったときは、この貞操帯の調教を受けた。エリカもコゼもな」

 

 ロウが笑った。

 なんと応じればいいのかわからなかったが、返事をしようと思ったら、再び振動が再開した。

 

「んふうっ」

 

 歯を食いしばってイットは膝をがくがくと震わせた。

 また、すぐに振動がとまる。だが、今度は、イットはがくりと脱力した感じになった。

 

「洗礼ってなんですか? あたしはまだやってませんよ、ロウ様──」

 

 すると、幌馬車の中からミウが現われた。

 ロウはイライジャの隣に腰掛けるようにしていてたのだが、ミウは、さらにロウの横にぴったりと座ってきた。

 それはいいのだが、ふと見ると、顔が真っ赤だし汗びっしょりだ。

 服も乱れているし、完全に情交が終わったばかりという感じである。

 十一歳の人間族の童女であり、おそらく、同じ年齢の人間族の童女に比べて、さらに小柄であると思うが、すでにロウの性愛を受け入れることができる。

 それどころか、ロウに淫に責められるのが大好きだという、ちょっと過激な性癖を持っている。

 だが、とんでもない高位魔道遣いでもある。

 とにかく、ミウはロウに愛されるのが愉しくて仕方がないという様子で、いつも迫りまくっている。

 

「あんたは、まだ半人前だからよ……。それはともかく、ちょっとどいてよ。ご主人様の隣はあたしの定位置よ」

 

 今度は中からコゼが顔を出した。

 よくわからないが、ロウの女たちはとにかく、ロウのいる場所に集まる傾向がある。

 ロウが馭者台にやってきたことで、いままで幌馬車にいたミウとコゼもやってきたということだろう。

 

「嫌です、コゼ姉さん。あたしはロウ様にくっつきたいんです──。だけど、洗礼ってなんですか、ロウ様? だったら、あたしも貞操帯の洗礼を受けたいです」

 

 ミウがコゼからロウの隣の位置を奪われそうになるのを、ぐっとロウの腕を両手で掴むことで回避している。

 コゼも本気でミウをどかそうとしたわけでもないようだ。

 ロウの背後からもたれかかるように、ロウに抱きついた。

 これで、幌馬車に残っているのは、エリカだけということになるはずだ。

 声もしないのは、あの防音の護符が効いているのかもしれないが、もしかしたら、抱き潰されているのかもしれない。

 ロウに抱かれ終ったたばかりだと、とにかく身動きできないというのは、イットも十分に経験している。

 

 また、ミウは言葉の後半は、ロウに話しかけた。

 年齢にしては、大変に淫乱さを有しているミウだ。こういうロウの淫らな悪戯は、どうしても興味があるのだろう。

 

「ミウはそのうちだな。そのうちに、すごく恥ずかしくて、いやらしい調教を準備してやる。まあ、王都に戻ってからかな」

 

「やです──。ロウ様の性奴隷になる洗礼なら、あたしも早く受けたいです。なんで、イットが先なんですか? あたしの方が早くロウ様にお仕えしているのに」

 

 ミウがぷっと頬を膨らませた。

 そういう無邪気な表情は年齢相応だと思う。

 内容は無邪気とは、ほど遠いが……。

 

「なに言ってんのよ、ミウ。貞操帯の調教を受けながら魔道なんて遣えないでしょう。もしも、魔獣が出現して、すぐに対応できなくて不覚をとったらどうするのよ。あなたは、このパーティの大切な魔道戦力なのよ」

 

 さらに、エリカが馭者台から顔を出す。

 まだ服ははだけていて、縄の痕がついた乳房の半分が露出している。切なそうに息を吐く表情は、同性のイットから見ても、ぞくぞくするほどの妖艶さを醸し出している。

 エリカはコゼを肩で押すようにして、ロウに後ろから抱きつく位置を確保した。

 

「だったら訓練します。貞操帯を装着しても魔道を放てる訓練をさせてください」

 

 ミウがロウに訴えた。

 

「ついこのあいだ、魔道が遣えるようになったにわか魔道師がなに言ってんのよ。あんたは、しばらく魔道でも、ご主人様との性愛でも、もう少し経験が必要よ。まだまだ半人前なのよ」

 

 コゼがからかうように言った。

 ミウはさらに、面白くなさそうな表情になる。

 一方で、ロウは飄々としている。ただ微笑んでいるだけだ。

 

「あたしは、十分にロウ様のお相手ができます。仲間外れはひどいです──。ねえ、マーズ、あんたも、もう貞操帯調教の洗礼は終わったの?」

 

 ミウが怒鳴るように言った。

 マーズとミウは、身体つきは大人と子供としか表現しようがない程に体格が違うが、仲はいいらしい。

 イットも、種族の違いはあるが、年齢も近いこともあって、ミウとマーズとはすでに打ち解けている仲になっている。

 

「あたしは、いつも鍛錬の時間に……。そのう……、貞操帯で責められながら戦う訓練もしてもらっているし……」

 

 マーズが少し顔を赤くしながら応じた。

 ミウが「ええ──」と不満そうな声を出した。 

 

「ところで、イット──。まだ我慢できるか? どうしても欲しくなったら、こっちに来てもいいぞ。だが、ぎりぎりまで我慢だ。これも俺の性奴隷になる儀式だしね」

 

 ロウがイットに声をかけてきた。

 

「ま、まだ、大丈夫です……」

 

 イットは言った。

 実際のところ、かなり追い詰められているのは確かだ。

 さっき張形の振動で甘美さを味わっただけに、かえってどうにもならない焦燥感に見舞われてしまった。

 振動がなくなったことで、むず痒さが拡大して、かなり耐えがたくなってきているのだ。

 でも、耐えろというのであれば、もっと耐えたい。

 それに、ロウから与えられる苦痛は、苦痛であって苦痛ではない。

 なぜか、堪らない欲情を呼び起こし、イットになんともいえない淫情に染まらせる。

 ロウがぎりぎりまで我慢しろというのであれば、いまはまだ限界ではない。

 もっと耐えてみせる。

 

「んひいいっ、はうううっ」

 

 すると、いきなり貞操帯に圧迫されているクリトリスが振動を開始してきた。

 張形だけでなく、そんな場所も振動すると予期していなかっただけに、衝撃はすごかった。

 イットはその場で立ちどまって、下腹部に手を当ててしまった。

 そのまま天を仰ぐように身体を硬直させる。

 

「うう、うくうっ」

 

 食い縛る口から嬌声が洩れる。

 駆け巡る感覚は鋭く、甘美な輝きに満ち満ちている。

 

「イットはあまり、自分からは求めて来ないしな。イットがお願いだから犯してくれと訴えるまで責め続けるかな」

 

 ロウが笑った。そして、振動がとまる。

 イットはがくりと膝を落としそうなった。

 だが、すでに馬車が追い抜く感じになっていたので、慌てるように小走りで前に出る。

 

「はんっ」

 

 すると、またもや振動が加わる。

 今度は尾が出ている小さな穴の周りだ。

 獣人族の女にとっては、尾の付け根というのは、クリトリスに匹敵するほどに敏感な箇所だ。

 そこに加わる淫らな刺激に、イットはまたもや歯を食いしばるしかない。

 

「なんか、ほかの女とは反応が違うよなあ。その懸命に我慢する感じはいいね。責めがいがある」

 

「うっ」

 

 再び振動。

 今度は痒みが襲っている膣の張形だ。

 

 一瞬、立ちどまりかけたが、イットはそのまま走って、馬車の前に位置に戻った。

 それでも膝が曲がって、真っ直ぐに戻せない。

 振動がとまる。

 

「や、やっぱり、あたしも調教してください、ロウ様──。ずるいです──」

 

 ミウが叫んだのが聞こえた。

 

 そのときだった。

 イットは顔をあげて、遠くの森の影を見た。

 異変を感じたのだ。

 

「停まれ──。戦闘態勢──」

 

 ロウが真面目な顔になり、大声を発した。

 ロウも気がついたみたいだ。

 シャングリアとマーズが剣を抜くのが見えた。

 まだ、それなりの距離があるが、馬車が進んでいる方向の左右の森林から出現したのは、オーガ族の集団だ。

 

 その数は、十……。

 いや、二十……。

 もっといる──。

 

 オーガ族の大集団だ。

 それがいきなり出現した。

 

「しゃあああああ──」

 

 イットは両手の指に刃物のような爪を生やす。

 ガロイン族と呼ばれる獣人族の中でも最強戦士を自負している。イットたちガロイン族は武器を使わず、戦闘体勢になることで、金属よりも固くなる爪の刃で、敵を斬り裂くのだ。

 いまは落ちぶれてはいるが、世が世なら、ガロインの純粋な血を引いているイットは、獣人族の姫君と称しても不自然ではないほどに、ガロイン族とは最古参の種族の末裔だ。

 そのまま、敵に向かって跳び出す。

 

「待ちなさい、イット──」

 

 後ろから悲鳴のような声がしたが、イットは無視した。

 前にいるシャングリアとマーズをあっという間に抜き去り、オーガの大集団に向かって駆け抜ける。

 股間に違和感があるが、問題ない──。

 

 小さく見えいていたオーガの集団が距離を詰めたことで大きな姿になる。

 一匹一匹がイットの背丈の三倍──いや、四倍はある。

 それが集まると、まるで山だ。

 

 先頭付近のオーガの集団がイットに気がついて雄叫びをあげる。

 それが集団の声となり、地響きとなって地面を揺らした。

 

「うっしゃあああ」

 

 イットは構わず集団に飛び込んだ。

 背中側で喉を斬り裂かれた前衛にいたオーガ族が数体その場に倒れる。

 オーガ族が武器を持って、四方八方から一斉に斬りかかってきた。



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365 淫ら道中と魔物襲撃(その2)

 オーガの集団に囲まれたが、そのときにはイットはもうそこから跳び出している。

 

「うしゃあああ──」

 

 イットは凶器である長い爪を振り立てながら駆けた。

 跳躍しながら、縦横無尽に腕を振る。

 

 生半可な剣では傷をつけることができないとも言われている硬いオーガの皮膚だが、ガロイン族のイットの爪なら斬り裂ける。

 

 手近なオーガの巨体の喉を三匹まとめて切断する。

 奇声をあげてオーガたちが倒れる。

 

 オーガの集団に飛び込んでいるので、一斉に四方からオーガが上から攻撃してくる。

 知性に乏しい魔物族だが、武器を持つ程度の頭はある。

 旅人でも襲って奪ったのか、集団の三分の一ほどは剣を持っていた。ほかは棍棒のようなものだ。

 だが、技術など皆無であり、ただ力任せに振りつけてくるだけだ。

 あるいは、樹の幹のような腕をぶつけてくるかだ。

 

 小柄なイットでは、腕でも武器でも掠りさえすれば、骨さえも砕けてしまうだろう。

 それとも、捕らえられるかだ。

 そのときは、胴体を潰されて、一瞬で死ぬだろう。

 

 倒れてもだめだ。

 踏みつぶされて、はらわたが飛び出て死ぬに違いない。

 

 しかし、攻撃に当たらなければいい。

 捕まらなければいい。

 倒れなければいい。

 

 オーガの集団を突っ切るように駆け抜けていく。

 駆けながら斬る。

 

 通りすぎていった後ろでばたばたと大木が倒れていくかのように、オーガの巨体が首から血を流しながら倒れていく。

 

 さらに駆け抜ける。

 おそらく、全部で五十匹くらいか。

 

 奥には、ひと際巨体で色が赤いオーガの姿があったのを見つけた。

 おそらく、この集団の長だろう。

 オーガキングだ──。

 

 おそらく、あれを倒せば、ここに集まっているオーガ集団は瓦解してばらばらになるに違いない。

 そういうものなのだ。

 

 だが、そのときだ……。

 

「くっ」

 

 一気に後衛まで駆け進んでいこうと思ったが、股間の違和感がイットに刺激を与えた。

 集中力が途切れそうになる。

 

「はあ?」

 

 そのとき目の前に風圧のようなものが襲ったと思った。

 イットは思考することなく、右に跳躍する。

 低い姿勢になりながら、樹木の陰に身体を重ねる。

 

「あっ」

 

 だが、腰を沈めたことで張形が子宮に向かって突き刺さったような感じになった。

 脚がももつれそうになるが耐える。

 

 轟音を立てて、オーガの腕でたったいままでイットがいた樹木の幹が真っ二つに吹っ飛ぶ。

 しかし、そのときには、イットは別の樹木に移動していた。

 

 その幹に駆け飛び、幹を両脚につけ、反動で逆方向に跳躍する。

 さっきイットを襲ったオーガの首に、後ろ側から爪を立てる。

 悲鳴をあげて、そのオーガが倒れる。

 

 そのときには別の場所に跳んでいる。

 二匹倒す。

 

 すぐに横に駆ける。

 今度は三匹同時――。

 

「あんっ」

 

 思わず声を出した。

 激しい動きで、またしても股間の異物が気になって衝撃のようなものを感じたのだ。

 股間に力を入れて、脚を動かす。

 

「うあっ」

 

 オークの腕――。

 避けて、爪で首を裂く。

 別のオークが捕まえようとしたのを跳躍して避ける。

 

 とにかく、ほんの少しでもとまれば終わりだし、速度を落としてもいけない。

 動き続ける。

 それしかないのだ。

 

 頭上──。

 オーガの棍棒が降ってくる。

 

 それを板一枚ほどの距離で避けて地面に流し、跳躍して腕ごと首を斬る。

 

 今度は右──。

 そして、左──。

 

 完全にオーガの集団の中心にいる。

 魔物族の攻撃に絶え間がなくなる。

 

 かわしながら斬る──。

 斬る──。

 斬る──。

 斬る──。

 

「んふうっ」

 

 歯を食いしばる。

 張形を動かされているわけではないが、あまりにもイットが激しく動いているので、膣に入っている異物が右に左に振動する感じになり、まるで淫らな振動をされている感じになっているのだ。

 歯を食いしばりながら、身体を倒しつつ、爪でオーガの喉を抉る。

 

「おああああああっ」

 

 吠えた──。

 本来であれば、もっと長い時間動き続けられるが、やっぱり貞操帯を装着したままオーガに飛び込むべきではなかった。

 しかし、なにも考えてなかった。

 アンドレの性奴隷になっているあいだは、敵の襲撃を受ければ、とにかく、それに向かって跳び込むのはイットの役目だった。

 だから、身体が反応してしまった。

 

 再び樹木の陰に隠れる。

 息を吸う。

 気にすると、あの妖しい油剤による痒みと疼きが身体を脱力させる気がする。

 

 オーガの攻撃──。

 横に跳ぶ。

 そこにいたオーガを三匹倒す。

 

 向かってくる。

 跳躍する。

 

「ふっ、ううっ」

 

 股間の異物の刺激に身体を固くしてしまう。

 耐える。

 官能への意識を消して、風のようにオーガとオーガのあいだを走り抜けていく。

 そのあいだも、接するオーガの喉を片端から切断していく。

 

「ううっ」

 

 衝撃のようなものが股間に走る。

 風のように右に左に交互に跳躍しているのだが、そのたびに衝撃が駆け抜ける。

 しかも、だんだんと異物が股間で動くような衝撃には抵抗力もできてきたが、燃えあがるような快感のうねりがまとわりついてきたのだ。

 

 そのとき、棍棒が背中側から襲ってきた。

 身体をかわしたが、完全には避けられなかった。

 受けとめた右手の爪が全部飛んでいった。

 指も数本折れた感覚が襲った。

 

「あぐっ」

 

 イットは身体を吹っ飛ばされていた。

 どすどすと、オーガたちの棍棒や脚が降ってくる。

 転がって避ける。

 左手の爪で脛を払っていく。

 オーガの動きが鈍くなり、束の間距離をとることができた。

 

「ふうっ」

 

 樹木の陰に隠れる。

 息を吸う。

 折れた爪の代わりに新しい爪を出す。 

 だが、指が折れたままだし、右手は痺れて力が入らない。

 しかし、痛みのおかげで、股間の異物への耐性ができた。

 

「ああああっ──」

 

 雄叫びをあげた。

 オーガに飛び込む──。

 転がる。

 起きあがって斬る──。

 立つ──。

 斬る──。

 走る──。

 斬る。

 走る。

 斬る。

 転がる。

 立つ。

 斬る。

 

「ああっ」

 

 また股間が揺れる。

 しゃがみそうになるのを堪える。

 

 跳躍する──。

 斬る。

 

 そのとき、暴風のようなものを感じた。

 なにも考えずに、後方に跳んだ。

 さっきの赤い皮膚をしたオーガキング──。

 目の前にいる。

 さっきまでイットがいた場所に岩が落下する。

 大きさはイットの身体よりも大きい。

 オーガキングが岩を投げたのだ。

 

「うわっ」

 

 体勢を崩してしまっていて、イットはごろごろと転がってしまった。

 そこに、さらに岩が投げられる。

 横に跳ぶ──。

 

「あっ、ああ」

 

 転がると股間の異物が疼きを発生させる。

 イットは刺激を受けて、無意識に身体をぐんと伸ばしてしまった。

 岩が襲いかかる。

 

 なんとか、もう一度跳んで避ける。

 樹木の陰に隠れる。

 

 オーガキングの吼え声──。

 オーガたちに周りを囲まれる。

 立ちあがる。

 

 そばのオーガの股を抜けて、後ろに出る。

 そのオーガがオーガキングの投げた岩を受けて吹っ飛ぶ。

 とっさにその巨体を右に避ける。

 避けながら別のオーガを斬り裂く。

 

 火の玉──。

 

「えっ?」

 

 十個ほどの炎の塊が横を突き抜けていった。

 頭を焼かれたオーガが絶叫して一斉に転がる。

 もう一度、炎の塊の束──。

 さらに十匹が炎に包まれる。

 

「この馬鹿イット──。なんで、ひとりで勝手に飛び出すのよ──。指示くらい受けなさいよ──」

 

 炎が飛んできた方向から駆け抜けてきたのはエリカだ。

 いまのは、エリカの魔道──?

 

 さらに、イットを庇うようにエリカが前に立つ──。

 左右のオーガがばたばたと倒れた。

 

「貞操帯を外さないまま飛び出すから、ロウが焦っていたぞ──」

「このくらいの魔物族くらい、あんたがいなくても簡単に制圧できるのよ……。まったくひとりで飛び出すなんて」

 

 左からシャングリア──。

 右からコゼが来た。

 

 それぞれ、剣と短剣を持っているが血まみれだ。

 怪我をしている感じではないので、全部返り血だろう。

 三人がイットを囲んだ。

 

 イットは立ちあがった。

 だが、半分呆然としていた。

 これまで、いつもイットはひとりで戦っていた。誰かと共闘するということはなく、常に先頭でひとりで戦った。それが、あのアンドレから求められていたことだ。

 「仲間」に助けられるなど、初めての経験だ。

 

「あんたは強いけど、集団戦を覚えさせないといけないって、ご主人様が言ってたわよ。まったく予想外のことするわねえ」

 

 コゼが苦笑するような口調で言葉をかけながら、イットの右の二の腕を掴んだ。

 飛び出そうとしていたイットは、それで動きを防がれてしまった。

 

「シャングリア、斬り開いて──。わたしは右に行くわ。前の牽制も任せて――」

 

「なら、わたしは左から回ってくる」

 

 エリカとシャングリアが飛び出した。

 ふたりが周りのオーガに飛び込んでいく。

 エリカについては、右方向に飛び出しながら、前方向のオーガキングに巨大な火の玉を放った。

 オーガキングが慌てふためいて退がる。

 

 ほかのオーガも次々に倒れていく。

 気がつくと、あんなにいたオーガがまばらになっている。

 前側と右側に同時に対処しているエリカは、それほど離れていかないが、シャングリアの姿は見えなくなっている。

 いずれにしても、ほとんど決着がついたという感じだ。

 

「やっと、追いついたか」

 

 イットは振り返った。

 ロウだ。

 ミウを横にして、大きな盾を持っているマーズに守られるようにして歩いてきていた。

 

「ご主人様──」

 

 イットは叫んだ。

 

「魔獣や魔物が襲撃したら、馬車に戻れと言ったじゃないか、イット──。そのまま飛び出すなんて──。肝が冷えたし、焦った。勘弁してくれよ……」

 

 ロウがイットのところまでやって来た。

 マーズがそのまま前に盾を持って立つ。

 

「ミウ、炎を消せ。森に火が拡がりそうだ」

 

「はい、ロウ様」

 

 さっきエリカが放った火の魔道によって頭を焼かれたオーガが暴れて、あちこちに下草や木の枝に炎がうつり拡がっていた。

 ロウの指示を受けたミウが手を両手にかざす。

 どういう魔道がわからないが、風も水もないのに、あっという間に火が消滅していく。

 

 すると、さっきのオーガキングが苦悶の吼え声をあげた。

 透明の不定形性に覆われて、四肢の動きを封じられてもがいている。

 ロウの粘性の術──?

 

「ところで怪我をしたか、イット?」

 

 ロウがコゼがまだ握っていたイットの右手に手を伸ばした。

 

「あ、あのう……。ええ──?」

 

 あっという間に、さっき折れた指の痛みが消えていく。

 もしかして、負傷が治った?

 だが、イットにはあらゆる魔道が効果がない。

 治療術などまったく受けつけず、自然治癒しか身体を癒す手段はないはずなのだ。

 でも、ロウはそんなイットの身体を治す不思議な術を遣う。

 お陰で、イットの身体にあった昔の生傷なども、いまは消え去りきれいな肌になっている。

 本当に不思議な人だ。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 イットは頭をさげた。

 

「こっちはいいわよ。マーズ、加勢してきて」

 

 コゼが前に出て、マーズの位置に立つ。

 マーズはちらりとロウに視線をやり、ロウが小さく頷くのを確認すると、粘性体に包まれてもがいているオーガキングを見る。

 

「行きます」

 

 マーズが前に進む。

 そのときには、シャングリアもエリカもオーガキングに集まっていた。

 三人がオーガキングが斬りかかる。

 オーガキングの巨体が倒れて動かなくなるまでに、それほどの時間はかからなかった。

 

「終わったな」

 

 ロウが言った。

 三人が戻って来る。

 

「ご苦労さん、みんな」

 

 ロウが笑った。

 全員が集まってくる。

 イライジャはいないが、おそらく幌馬車に残っているのだろう。

 そのとき、エリカがイットの前に立った。

 凄い形相をしている。

 どうやら、怒っているみたいだ。

 ちょっとイットはたじろいだ。

 

「この馬鹿──。なんで飛び出したのよ──。ふざけないで──」

 

 いきなりエリカがイットの頬を平手で引っ叩いた。



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366 仲直りの儀式(その1)

「この馬鹿──。なんで飛び出したのよ──。ふざけないでよ、イット──」

 

 いきなり頬を引っぱたかれた。

 イットは避けようと思えば避けることができたエリカの打擲をあえて受けた。

 激怒の形相を浮かべているエリカの目に、薄っすらと涙が浮かんでいたからだ。貞操帯を嵌めたまま魔物の軍団に、ひとりで飛び込んでいった自分のことを心から心配しているのだと悟った。

 もしかしたら、獣人の自分を疎んでいるのではないかと思っていたエリカがそんな反応をしたことに、イットは少なからず動揺した。

 

 そして、正直嬉しかった。

 十歳のときに、実の父親に奴隷商に売り飛ばされて以来……、いや、それ以前からだって、イットを心から心配してくれた者などいなかった。

 奴隷商の女は、まだ性に未熟な童女のイットを、鬼畜な性拷問により、ひたすらに淫乱な体質に作り変えただけだったし、最初に売られたカロリックの老人は、獣差別主義者であり、イットをして性行為のできる家畜同然に扱った。

 次に売られた隊商の主人のアンドレには、ましな扱いを受けたが、そこでのイットの役割は、食事代のみで抱き放題の少女娼婦だったし、あるいは、ひとりで傭兵一個隊に匹敵する戦闘能力の持ち主としての使い勝手のいい護衛だった。

 だからこそ、使い物にならなくなったときに、アンドレは躊躇なくイットを殺処分しようとした。

 イットは、これまでの短い人生において、ずっと理不尽な扱いを受けていたし、それが当たり前であって、常態だ。

 目の前のエルフ族の女のように、イットを身を半泣きで心配し、無謀な行動を激怒してくれた者などいない。

 イットは、叩かれたことで呆然としてしまった。

 

 だが、そのときだった。

 突然に自分の手が動いた。

 また、あのときの感覚だ……。

 咄嗟に思った。

 数日前の朝、イットの意識とはまったく別に、まるで別の人格が支配したかのように、突然にロウの首を絞めようとしたときと同じ感覚が襲った。

 気がついたときには、イットの意識は追いやられて、まるで違う「誰か」がイットの身体を支配していた。

 イットはそれを同じ視線で後ろから覗いているような感になっていた。

 

「なにをするか、エルフ女──」

 

 エリカの頬を叩き返していた。

 イットはぎょっとしてしまった。

 

 違う──。

 叫ぼうとしたが、それはイットの口からは出てこなかった。

 なんだこれ──?

 イットの全身に恐怖が走る。

 だが、背に冷たい汗が流れることもなければ、怖ろしさに震えることはない。

 イットの身体は、目の前のエリカに対する怒りで満ち溢れていた。

 しかし、イットには全く怒りなどない。

 それどころか、イットを心配して叱ってくれたエリカが、本当に嬉しくもあった。

 

「うわっ、激しいわねえ」

 

 横から聞こえたのはコゼの声だ。

 ちょっと面白がっている口調であり、エリカを叩き返したイットを批判する感じではない。

 

 そのときだった。

 ふわりと誰かの身体を抱かれた。

 それがロウだとわかったのは、抱き締められたロウに口づけされて、舌を入れられたときだ。

 イットは、それに気がつき、ロウの舌を噛み千切って阻もうと思った。

 

 いや……。

 正確には、イットでない、別の誰かがそれをしようとした。

 だが、ロウの唾液が口の中に満たされたとき、イットを操っていた「誰か」の力が脱力した。

 熱いものが全身に拡がり、気持ちよさでなにもできなくなったのだ。

 

 ロウがイットの口の中を舐め回してくる。

 次々に唾液が流し込まれて、どんどんと抵抗力がなくなっていく。

 まるで脳の中にある官能という官能が、ロウの舌で目覚めさせられている感じだ。

 狂おしいまでの欲情に見舞われる。

 貞操帯から外に出ている尾が、激しく動いているのがはっきりとわかる。

 

「はあっ」

 

 ほんのちょっとだけ、口が離れた隙に、イットは大きく息をした。

 すぐに、唇が接して、舌が再侵入する。

 気持ちいい……。

 イットは我を忘れて、唇を重ね合わせた。

 

 急速に力が甦る……。

 身体は脱力しているが、身体の支配を取り戻したということだ。

 束の間、イットの身体を動かしていた「誰か」の存在を感じなくなる。

 舌が舌に絡み、口の中を這い回る。

 

「んはあ、はああ……」

 

 イットは荒い息を洩らして、自らも舌を絡ませた。

 鋭い甘美感が全身を駆け巡る。

 すっと、ロウが顎を引いた。

 

「はあ、はあ、はあ……。あ、あたし、なんで……?」

 

 頭がぼんやりとする。

 一瞬前の記憶が消えている。

 なにが起こったんだっけ……。

 

 そういえば、エリカの頬を張り返した……?

 愕然とする。

 

 なんでそんなことを……?

 身体に恐怖が走る。

 一番奴隷のエリカになんてことを──。

 

「も、申し訳ありません、エリカ様──」

 

 慌ててその場に土下座をしようとした。

 謝って許されることではないと思うが、とにかく謝らなければと思った。

 

「いいわよ……。わたしもいきなり叩いて悪かったわ……。だけど、叩き返すくらいの気安さがあるなら、いい加減にわたしのことを呼び捨てにしてくれてもいいんじゃない」

 

 エリカがイットに叩かれた頬を押さえながら苦笑している。

 ほかの女については、呼び捨てか、あるいは、名に“さん”を付けて呼んでいたが、一番奴隷のエリカだけは、“様”でイットは呼んでいた。

 何度か、注意されたが、イットはずっとこだわって、エリカだけは“エリカ様”と呼んでいる。

 それなのに、叱られて叩き返すなど……。

 

「いいから──」

 

 だが、屈もうとした身体をロウに抱えられて阻止された。

 

「だけど、そんなつもりはなかったんです、エリカ様──。あ、あのう──」

 

 イットは、ロウに抱き留められたまま、狼狽えて叫んだ。

 突然に身体が、意思とは関係なく動いたのだ。

 イットはとりあえず説明した。

 信じてもらえるかどうかはわからないが、イットには叩き返す意思など皆無だった。それどころか、叱られて嬉しくもあった。

 懸命にそれを説明した。

 

「落ち着けよ……。だけど、確かに変な感じだったな」

 

 ロウが手を離す。

 エリカも怒ってはないみたいだ。

 ただ複雑そうな表情で笑みを浮かべている。

 

「イットも怒るのねえ。ちょっとびっくり」

 

「そうだな」

 

 ミウとマーズが後ろから声をかけてきた。

 このふたりについては、気安い感じがして、随分と仲良くなった。しかし、別の誰かがイットを乗っ取ったという途方もないことを信じてくれるだろうか。

 しかし、事実なのだ。

 

「い、いえ、まったくそんな気などなくって……。だけど、手が勝手に……」

 

 とにかく、説明しようとしてふたりを振り返る。 

 

「珍しいことじゃないと思うぞ、イット。激しい戦い中で我を忘れたようになり、自分の意思とは別に、身体が反応して敵を攻撃していたということはある。そういう境地も、あたしは数回経験している」

 

 マーズが言った。

 彼女はハロンドール王国では有名な闘女のひとりだったという。死と隣り合わせで闘技を続けてきた少女だ。

 そういうこともあるのだろう。

 だが、さっきのイットはそういうものとは異なる気がした。

 

「いえ、マーズ、そんなんじゃなくて……」

 

 イットは言った。

 

「いいのよ、最初のうちは誰もあんなものよ。シャングリアとあたしたちだって、武器で向かい合ったりして。ご主人様がとめてくれなければ、殺し合いしてたかも」

 

 コゼだ。

 

「そうだったな。お前たちも気性が激しいしな」

 

「あんたがそれを言うの、シャングリア」

 

 エリカが呆れた声を発する。

 

「いえ、なんかおかしかったんです。今だけじゃなくて、この前も……。あたし、エリカさんを怒る気持ちなんか、これっぽっちも……」

 

 だが、イットの言葉の途中でロウがそれを遮る。

 

「もういい、イット……。それよりも、ミウ、魔物の死骸の焼却を頼む。このまま残すと、死霊(ソンビ)化するかもしれない。マーズ、念のために護衛で付いていってくれ」

 

 ロウが言った。

 

「はい」

「わかりました。行こう、ミウ」

 

 ミウとマーズがイットに手を振って離れていく。

 ふたりとも、イットがエリカを叩いたことについて、深刻には考えていないみたいだ。

 いや、ふたりに限らず、ロウも、当人のエリカも、それほど気にした感じはない。

 

「とにかく、申し訳ありません、エリカ様……」

 

「エリカよ──」

 

 エリカが呆れたように声をあげた。

 

「……叩いてすみませんでした、エリカ……さん……」

 

 取りあえず、イットは言った。

 エリカが嘆息した。

 

「まあいいけど……。だけど、そんなものを装着したまま飛び出すなんて……。本当に驚いたわ……。そもそも、戦いの指揮をするのはロウ様よ。まずは、ロウ様を守る。そして、指示を受けて動く。指示をされないときもあるけど、とにかく、身勝手に動いちゃだめよ。わたしたちは六人で動いているのよ」

 

 エリカが言った。

 すると、コゼが横から口を開く。

 

「お説教はいいわよ。そもそも、あんたがいきなり叩くからでしょう。イットは謝ったけど、あんたは謝らないの?」

 

「いえ、エリカ様……エリカさんが謝ることなど……。あたしが……」

 

 イットは声をあげた。

 ほんの一瞬のことだ。

 

「もういい──。それよりも、俺が仲直りさせてやる。俺なりの方法でね」

 

 ロウがエリカの両肩を軽く掴んだ。

 そして、すっと後ろの樹の幹に、エリカの背中を密着させた。

 

「えっ──? ロウ様、なにを──」

 

 困惑した小さな悲鳴がエリカの口から迸った。

 ふと見ると、粘性体がエリカの背中に生まれて、完全に気に密着している。それだけでなく、粘性体がさらに伸びて、エリカの手首と足首を掴んだ状態になる。

 それがエリカの手足を樹木側に引っ張り、背中方向に曲げて樹木にくっつける。

 エリカは樹木を背にして、手と足を後ろにして抱きつく体勢に固定されてしまった。

 ほんの一瞬ことだ。

 

「あっ」

 

 イットは衝撃を受けてうずくまってしまった。

 股間の淫具が突然に激しく動き出したのだ。

 しかも、猛烈な痒みが股間から迸った。

 

「ああ、いやああ」

 

 イットは咄嗟に股間をスカート越しに両手で抑える。

 だが、貞操帯は外からの刺激を完全に遮断してしまっている。そういう貞操帯なのだ。

 無意識に股間を押さえるが、まったく股間に手の動きは伝わらない。

 一方で、痒みがどんどんと大きくなり、そこを振動で刺激される快感で、イットはくねくねと身体を捩らせた。

 

「股間に染み込ませた油剤による痒みを十倍ほどに活性化させた。振動も気持ちいいだろう?」

 

 ロウが何でもないことのように言った。

 だが、痒い──。

 そして、激しい振動……。

 イットはうずくまったまま腰をくねらせ続けるしかない。

 

「さて、痒みを鎮めて、貞操帯を外して欲しかったら、エリカを舌だけでいかせるんだ……。三回だな……。三回、エリカが達したら許してやろう。これで仲直りだ」

 

「そ、そんな、一番奴隷のエリカさんに、そんなことを……ああ、ああっ」

 

 あまりの痒みに気が遠くなりかけたが、ほかのことならともかく、獣人のイットがエリカの股間を舐めて苛めるなど、畏れ多い……。

 

「ロ、ロウ様、悪趣味です──。そもそも、戦闘がいつ起きるかわからないのに、イットに貞操帯なんか嵌めさせていたロウ様が一番の……」

 

 エリカが怒鳴った。

 だが、ロウがすっとエリカのスカートの中に手を伸ばした。

 

「いいから、協力しろよ、エリカ。お互いに頬を張り合ったままじゃあ、遺恨も残るじゃないか。強烈な記憶で悪感情を上書きしてやるよ」

 

「悪感情なんか……。ひいい、ああっ、ロウ様──」

 

 文句を言いかけていたエリカが突然に悲鳴をあげた。

 なにをしたのかわからない。

 ロウはエリカのスカートに手を伸ばしたものの、中にまで手を入れた形跡はない。

 しかし、突然にエリカは拘束されながら身体を暴れさせだした。

 

「か、痒い──。痒いです、ロウ様──。ああああっ」

 

 エリカが泣き声をあげた。

 いまの一瞬で、エリカの股間に痒みを発生させたのか?

 イットはロウの能力に唖然とする気持ちになった。

 だが、イットもそれどころじゃない。

 イットについても痒みと淫具の振動で追い詰められている。

 

「エリカ、痒みを癒して欲しければ、イットに頼むんだ。舌で舐めてくれとね」

 

 

「ああ、ひ、ひどいです、ロウ様──。あああっ、イット──。お願い──。言うとおりにして、痒いいい」

 

 エリカが腰を激しく動かしながら、必死の口調で泣き声をあげた。

 イットも、だんだんと拡大する股間の痒みに、あっという間に脂汗を浮かべてしまい悶絶した。

 とにかく、痒みと股間の淫具の振動で腰がとまらない。

 恥ずかしい。

 

「イット、舐めてええ、お願いよお」

 

 エリカが叫んだ。

 イットは仕方なく、エリカに跪いたままにじり寄り、エリカのスカートの中に顔を突っ込んだ。

 エリカの下着は横で紐を結ぶかたちの小さなものだ。

 イットも下着を身に着けるときには、同じ下着をつけている。ほかの女も同じである。

 

「ああ、早くうう」

 

 エリカが頭の上から叫んだ。

 イットはエリカの腰から下着を外した。

 むっとするほどの女の香りがそこから拡がった。

 

「ふふふ、ご主人様も鬼畜ですね……。終わったら、ふたりとも犯すんですよね? あたしが準備させていただきます」

 

 コゼの笑い声に続いて、彼女が跪く音……。

 そして、すぐそばで、ロウのズボンから一物を露出させ、それを口に咥えた気配がした。

 

「おう、じゃあ、わたしもするぞ。場所をあけてくれ、コゼ」

 

 シャングリアの元気な声もした。




 *

 続きます……。


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367 仲直りの儀式(その2)

「んああっ、ああっ、ああっ、だめええっ」

 

 あっという間だった。

 イットが舌で、エリカの股間を刺激すると、エリカは立て続けに三回の絶頂をした。

 

「よし、いい子だ……」

 

 すると、ロウがイットを地面に引き倒した。

 腰には貞操帯を装着されていたが、ロウがそれに触れると、一瞬にして消滅する。

 股間に入っていた張形もなくなった。

 

「ああっ」

 

 その刺激だけで、声が出てしまう。

 恥ずかしくて、慌てて口を閉じる。

 

「ああ、やめないで、イット──。まだ、痒いのおお」

 

 一方で、イットが奉仕をやめたエリカが樹木に立姿の状態で拘束されたまま、悲鳴をあげた。

 イットもそうだが、エリカはロウの不思議な術で股間に猛烈な痒みを発生させられている。

 ロウに誘導されて、頭を地面につけ、お尻を高く上げた格好になっていたイットは、その姿勢のまま首だけをイットに向けた。

 すると、コゼがエリカのところに寄っていくところが見えた。

 コゼはたったいままで、シャングリアとともに、ロウの性器を口で奉仕していたのだ。

 

「ふふふ、かわいそうね。寸止めでよければ、あたしが相手してあげようか?」

 

 すると、コゼが乱れた服を直しながら、膝立ちのままエリカににじり寄り、スカートをあげて、エリカが細剣を吊っている腰のベルトに裾を挟み込んで股間を露出させる。

 そして、ふっとエリカの股間のクリピアスに向かって息を拭きつけた。

 そのピアスリングは、ロウの一番奴隷である証らしく、とてもいやらしいのだが、エリカはそれに触れられると、とても感じてしまうのだ。

 さっきも、イットは舌で集中的にリングを動かし、それでロウに命じられた三回の絶頂をあっという間に引き出すことができた。

 

「ああ、馬鹿なことを言っていないで、なんとかしてよお、コゼ──」

 

「だったら、わたしのいやらしい股間を触ってくださいって、お願いしてみて」

 

「ふ、ふざけないでよお──」

 

 エリカが絶叫した。

 また、横でシャングリアが苦笑している。

 たったいままで、コゼとふたりがかりで、口奉仕をしていたとは思えないほどに、凛とした姿だ。

 

「お前たちにも呆れるなあ」

 

 シャングリアが笑っている。

 エリカの苦悶の表情のわりには、まったく動じた様子もない。

 この一行に加わって慣れてきたが、一団の「主人」であるロウが、鬼畜で好色な遊びが好きなせいで、こういう光景は日常茶飯事だ。

 イットも慣れてきた。

 

 前戯代わりに、ロウに命じられて、女同士に愛し合うことも、ロウの女たちはよくやっている。

 単に愛し合うだけでなく、ときには目の前のように、ちょっと鬼畜な責めをやり合うこともある。

 それでも、普段は仲がいい。性愛を通じた信頼関係を築いているのだともいえるかもしれない。あるいは、ロウという男を通じた団結力というべきか……。

 

「ほら、よそ見しちゃだめだぞ」

 

 そのとき、立膝になった後ろから、勃起しているロウの男根を当てられた。

 熱くて硬い怒張がイットの股間に突き刺される。

 痒みで狂いそうだった股間が、ロウの剛柱がめり込んだ途端に、その痒みが癒されて圧倒的な快感にとり変わる。

 泣きそうなくらいに気持ちいい。

 

「ああっ、ああっ、き、ご、ご主人様──。んあっ」

 

 思わず叫んでいた。

 ぐいと子宮の奥を揺さぶられるように強く押され、それが抜かれていく。ロウの怒張の先が触れるところから、爆発するような快感が次々に発生する。

 

 腰が震える。

 全身の毛穴が粟立つ。

 駆け巡る甘い痺れに、イットの身体が悦びを暴発させる。

 やっぱり、ロウとのセックスは気持ちいい。

 性奴隷として童女時代をすごしたイットだったが、自分がこういう行為を好んで受け入れることがくるとは思いもしなかった。

 

「なにも考えるな……。快楽に身を任せるんだ。声を出せ……」

 

 抽送が続く。

 イットはロウの言葉に酔うように、快楽に身を任せ、子宮からの痺れのなすままに声をあげた。

 

 なにも考えない……。

 快楽だけ……。

 本当に気持ちがいい。

 

 ロウの怒張が膣肉を搔き分ける。

 イットは小柄なので男を受け入れる秘肉も小さめだ。それが強引に拡がされ、痛みのような刺激も走る。

 しかし、それが気持ちがいい。

 気持ちがいいのだ。

 イットは身体の芯まで痺れかけてきた。

 

「ああ、ご主人様、気持ちがいいです──。気持ちがいい──。も、もっとください──。もっと──」

 

 訳が分からなくなり、イットは叫んでいた。

 「主人」であるロウに「要求」をするなど、常識では考えられない非礼行為だが、気がつくと口走っていた。

 はっとしたが、ロウに下から乳房を包みもたれて、ぐいと身体を軽くあげるようにされた。

 それで一切の思考が失われた。

 

「素直になってきたイットにご褒美だ。もっと気持ちよくしてあげるぞ」

 

 男根の抽送を続けながら、乳房を抱えるロウがイットの身体を上下に揺する。

 そのリズムに合わせるように、イットの身体がもちあがれば腰を引き、沈めば腰を突き出してくる。

 

「あああ、き、気持ちがいいい──。もっとおお」

 

 イットは腰骨が砕けるかと思うほどの快感に鳴き、そして、腰を振って喘いだ。

 

「ああっ、ひぐうっ、ああ、くうっ、はあっ、ああっ、あああっ、んんはあああ」

 

 呼吸が苦しい。

 身体ががくがくと震える。

 

「あああ──」

 

 ロウに抱かれるまで股間を蝕んでいた痒みがすべて快感に変わる。

 怒涛の甘美感が全身を駆け巡る。

 

「いくときには、“いく”と言えよ、イット」

 

 ロウが激しくイットを突きあげながら言った。

 

「いくううっ、いきますう」

 

 イットは絶叫した。

 目の前の視界がなくなる。

 すべてが快感に押し流されて、イットは真っ白な光にすべてを包まれた。

 そのとき、イットの中にいる“別の存在”を感じた気もしたが、その存在もまた快楽に狂っていて、イットとともに幸福な絶頂感に押し流されていった。

 

「股間を締めつけろ。気絶しても、精を外に出すな。命令だ」

 

 最後に知覚したのは、ロウのその命令だった。

 気を失う直前の最後の力を振り絞って、イットは必死で股間を締めつけた。

 

 命令をされるという、心からの嬉しさとともに……。

 

 

 *

 

 

 目が醒めた……。

 

 まず耳に入ってきたのは、女の嬌声だ。

 エリカ……?

 

 一番奴隷のエリカの声だとわかった。

 泣くような、あるいは歌うような声……。

 リズミカルに息をいきませるような音もする。

 犯されている?

 

 イットは目を開けた。

 視界に映ったのは、下から見上げている女の乳房だ。もちろん、服を着ている。

 そして、はっとした。

 イットは誰かの膝の上に仰向けに寝かされていた。

 つまり、膝枕をされて横たわっていたのだ。

 

 誰の膝──?

 慌てて起きあがろうとして、腰に力が入らずに立ちあがることできなかった。がくりと身体がずれ落ちそうになる。

 

「おっと、大丈夫か?」

 

 地面に落ちそうになる頭を両手で抱えられた。

 驚いた。

 シャングリアの声だったのだ。

 つまりは、イットは女騎士のシャングリアの膝に頭を乗せて横たわっていたのだ。

 

「も、申し訳ありません、シャングリア様……。いえ、シャングリアさん──」

 

 シャングリア……ほかの者もそうだが……“様”で呼ばないように強く言われていた。油断すると“様”付けで呼んでしまい、いまも慌てて呼び直す。

 それはともかく、獣人の自分が、人間族の、しかも、れっきとした「騎士」の爵位を持つシャングリアに膝枕をされるなど……。

 

「横になってなさい。なんだったら、抱えさせて、馬車まで運ばせるわよ。腰に力が入らなんでしょう? そういう感じだもの。覚えてないかもしれないけど、ご主人様は、気絶したあんたを無理矢理に引き起こして、五回連続で精をお放ちになったのよ」

 

 声は横からした。

 今度はコゼだ。

 どうやら、イットはシャングリアとコゼがしゃがみ込んでいる草の上に、横たわっているようだ。

 それにしても、五回?

 

 覚えていない……。

 記憶しているのは、最初に精を放ってもらったときに、意識を失ったところまでだ。

 あれから、まだ抱かれ続けたのか……?

 

「くうっ、おおっ、あああっ」

 

 エリカの声が響く。

 また、本当に腰に力が入らない。

 イットの身体は獣人族だけに、丈夫に作られていて、こんなこと信じられない。しかし、事実だ。

 とりあえず、シャングリアの膝から頭をおろそうとするのだが、シャングリアがしっかりと抱えてそれを阻止される。

 

「いいから、横になっていろ。ロウが悪いのだ。横で見ていたが、かなり乱暴にお前を抱いていたぞ……。まあ、だけど、ロウもそういうのが好きだからな。ロウも愉しそうだった。ありがとう……。とにかく、もうすぐ終わると思うから横になっていろ」

 

 シャングリアがイットの頭を抱えたまま笑った。

 だが、イットは恐縮してしまって、落ち着かない。

 

「んんあああっ」

 

 エリカの吼えるような嬌声が響く。

 視線を向ける。

 エリカは立衣で樹木を背に拘束されたままだ。

 その状態で、前からロウに犯されている。

 

「ああっ、また、いきますううっ」

 

 エリカの身体ががくがくと震えた。

 顎をあげるようにして、全身を突っ張らせた。

 達したみたいだ。

 だが、ロウの腰の律動はまったく変化がない。

 ずっと同じように、突き続ける。

 すると、脱力したエリカの股間からじょろじょろと尿が流れ落ち出した。

 

「あーあ、あの子、漏らしちゃったわ。ご主人様の腰から下がびしょびしょ」

 

 コゼが笑った。

 流れ出ているエリカの尿のようなものは、律動を継続しているロウの下半身を濡らし続けている。

 幸いにも、ロウは腰から下にはなにも身に着けてはいないので、服を汚したわけではない。

 とにかく、ロウもエリカを犯し続けるだけで、意に返す様子もない。

 

「また、いぐううっ」

 

 放尿が収まったと思ったら、またもやエリカの身体ががくがくと震えだした。

 

「とりあえず、一回目だな」

 

 ロウが腰を突っ張らせる仕草をした。

 精を放ったのだろう。

 しかし、ロウはやめる様子はない。

 すぐに、律動を再開する。

 

 イットは改めてロウの絶倫に感嘆した。

 男は女とは違う。

 果てれば萎える。

 それは、イットも知っている。

 だが、ロウはついさっき、イットに精を放ち、さっきのコゼの物言いによれば、イットには数回は精を放ったのかもしれない。

 そして、いま、エリカにも精を放ったみたいだが、まだ勃起した状態を保っているみたいだ。

 そんなに連続でできるものなのだろうか……。

 しかし、事実、ロウはまだまだ力強い抽送をエリカに繰り返している。

 

「終わりました……。あっ、エリカ姉さん……。あれっ、イットも、どうしたの?」

 

 ミウの声がした。

 マーズもいる。

 さっき、死んだ魔物群の死骸を焼却するようにロウに指示されていたので、作業が終わって、戻ってきたのだろう。

 身体が動くようになってきたのを感じて、イットは身体を起きあがらせた。

 しかし、やはりちょっとだるいかもしれない。

 だが、気持ちのいい脱力感だ。

 恥ずかしくもあり、はしたないが性の余韻も心地いい。

 

「ご主人様に犯されて、腰が抜けちゃったのよ」

 

 コゼが笑った。

 

「うわっ、狡い──。ロウ様、あたし、頑張りました。ご褒美欲しいです」

 

 ミウがイットたちの横に座り込みながら、エリカを犯し続けるロウに声をかけた。

 

「ご、ご苦労さん……。マーズもな……。まて、もう終わらせる……。幌馬車の中で、なにかのごっこ遊びするか。イットと一緒に、ミウにも尻尾をつけるか……」

 

 ロウがエリカに向かって腰を動かしながら言った。

 

「は、はい──」

 

 元気のいいミウの声──。

 ふと見ると、顔が真っ赤になっている。でも、嬉しそうだ。

 まだ出逢って間もないが、この小さな大魔道遣いは、とても性に開放的だ。そして、積極的でもある。

 年齢は、イットが奴隷商に売り飛ばされて、性奴隷にされたときと同じくらいだと思うが、イットが死ぬほど嫌だった鬼畜っぽい性行為を、ミウは嬉々として受け入れている。

 だけど、教えてもらったところによれば、ミウはミウで、イットに負けず劣らず、不幸な過去を持っているみたいだ。

 それでも、ああやって、心から愉しそうにしていれられるのは、ロウのおかげなのだろう。

 出逢って間もないが、イットに親しんでくれるミウに、イットは友誼の感情を抱きつつあった。

 

「先生、あたしはひと足先に馬車に戻ります。念のために、イライジャさんのところに戻って、警戒しています」

 

 まだ立ちあがったままだったマーズがロウに声をかけた。

 ロウが背中越しに、「承知した」という感じで軽く片手を振り、マーズは森の道を街道に向けて歩いていった。

 

「ああ、もう駄目です──。ああっ、またああっ」

 

 そのとき、エリカが絶叫した。

 またもや、激しく身体を痙攣させた。

 ロウがエリカの身体を樹木ごと抱きつくようにして、ぐいと腰を突き出す。

 

「ああっ」

 

 すると、粘性体で樹木を背中に抱くように拘束されていたはずのエリカの両腕が不意に自由になった。

 エリカが感極まったように、ロウの背中に抱きつく。

 

「あああっ、ロウ様あああ」

 

 エリカがぶるぶると震える。

 絶頂したみたいだ。イットが目が醒めてからだけで、三回目だ。こっちもすこい……。

 ロウも腰をぐいぐいと動かす。なんとなくだが、精を放ったみたいだ。

 エリカの脚も自由になる。

 前のめりに倒れるエリカをロウが、さっきの放尿を避けさせるようにして、腰をおろさせる。

 ロウは胡坐に座り、エリカはその上に横抱きにされた。

 こっちからは、少しだが距離のある位置だ。

 

「はあ、はあ、はあ……、ひ、酷いです、ロウ様……。だけど、気持ちよかったです。ありがとうございます……」

 

 ロウの膝の上に横抱きにされているエリカが荒い息をしながら言った。

 こうやって改めてエリカを眺めていると、信じられないくらいに美しいし、可愛いらしい。

 やっぱり、ロウの一番奴隷だけあると思った。

 なんだかんだで、ロウはエリカを一番可愛がっているように思える。まあ、それは、一番、ロウの鬼畜な悪戯を受けているという意味だが……。

 

「あんたご主人様におしっこ引っ掛けたのよ……。もっと自重しなさい。ご主人様に抱かれて気持ちよかったのはわかるけど」

 

 コゼがからかうように声をかけた。

 すると、エリカがきっとコゼを睨んできた。

 

「あ、あんたが寸止めでしつこく追い詰めるから──」

 

 エリカがコゼを睨む。

 

「やめないか、はしたない」

 

 シャングリアが笑って言った。

 コゼは顔に笑みを浮かべたままだが、エリカはむっとした感じだ。

 そのときだった。

 エリカの視線がイットに移ったのがわかった。

 

 はっとした。

 あのいつもの視線だ。

 睨みつけるような、怒っているような、蔑むような視線……。

 時折、見せるイットに対するエリカの表情である。

 イットはたじろいだ。

 

 そして、思い出した。

 さっきは、ロウの言いつけとはいえ、エリカの股間を舌で刺激して、三回絶頂させるということをした。

 そのときには、エリカは快感に酔っている様子だったが、改めて我に返って、はやり、獣人のイットに股間を舐められるなど、気に入らなかった?

 とりあえず、謝ろうかと思った。

 だが、エリカがさっとイットから視線を外して、なにかをロウに囁き出した。

 イットは、謝り損ねてしまった。

 

「はあ? イットを……?」

 

 小さな声だが、ロウがそう呟くのが聞こえた。

 ほんの小さな声だが、獣人のイットは耳がいい。

 呟いた程度の声だったが、しっかりと聞き取った。

 

 だが、自分のことを話している?

 なにを……?

 

「……まあ、イットならいいかもな……。ちょっと様子を見てだけど……」

 

 さらに、ロウが言ったのが耳に入ってきた。

 一方で、エリカの話している声はよく聞き取れない。エリカはロウの顔に自分の顔をすり寄せるよにして、耳元で話しているのだ。

 さすがに、そこまでされると、よく聞こえない。

 それはともかく、なにを話している?

 ロウのことだから、たとえ、エリカがイットに悪意あることを耳に入れたところで、取り合わないような気もするが、いまの言葉によれば、それお受け入れた?

 もっとも、エリカがイットについて、なにを言ったのか……?

 

 だけど、ロウの一番のお気に入りはエリカであり、そのエリカはエルフ族で、エルフ族は、もっとも獣人差別の激しい種族だ。

 そして、よく考えれば、イットはいまだに訳が分からないが、そのエリカの頬をいきなり張ったりしたのだ。

 さらに、破廉恥に股間を舐めて追い詰めるということまで……。

 冷静になったエリカが、イットに対して改めて腹を立てた……?

 

「ただし、条件がある──」

 

 そのとき、ロウの声が響いた。

 ささやき声ではなく、普通の声量だ。

 

「条件……ですか?」

 

 エリカも声も普通になった。

 きょとんとしている口調だ。

 

「ああ」

 

 すると、ロウがにやりと笑うのが見えた。



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368 一番奴隷のお説教?

 幌馬車の旅は続く。

 いくつのかの里をやり過ごすようにして、いよいよ行き交う旅人や隊商も多くなった。魔物が乱出しているだけあり、どの隊商も護衛隊を連れており、森林街道は大変ににぎわっている。

 また、旅人はエルフ族も多いが、人間族の一行も多い。

 道も広い。

 イットは幌馬車の前を歩きながら、周りを観察していた。

 

 とにかく、数が多いのが人間族という種族だ。

 だから、人間族はどこにでもいるという印象だ。

 エルフ族は長寿種族だけに数は少ないし、ドワフ族は閉鎖的な社会を築く種族であり、また、もっと北側を主な生息地とする種族なので、この界隈では目にすることは難しい。そもそも、見た目は人間族の子供と変わらないので、そんなに目立つこともない。

 一方で、イットのような獣人は、奴隷以外では滅多にいない。

 あちこちで虐げられているし、奴隷狩りの対象にもなりやすいので、ほとんどが隠れ里のような場所か、イットのように都市部で認められたコロニーのような土地で集団生活をしているかだ。

 希に接するのは、奴隷の獣人であり、それすらもあまり見ない。

 自由に旅をしている獣人族など、ほぼ皆無だろう。

 

 いずれにしても、ロウたちも口にしていたが、ここまで来ると、ハロンドール王国のような人間族の土地と変わらないようだ。

 イットもいよいよ、エランド・シティが近いという感覚になる。

 前の主人のアンドレに連れて来られて、隊商とともに数回やって来た経験があるのだ。記憶にある景色もある。

 おそらく、このまま順調に進めば、二日とかからないだろう。

 

 問題は、ここまで辿り着くまでずっと悩まされてきた魔物の発生と襲撃だが、やはり、エルフ族の都と称されるエランド・シティが近いということもあり、エルフ族の警備隊のような存在も馬車から目にできるようになった。

 魔獣狩りをして、街道沿いの安全を図っているに違いない。

 おかげで、今朝はまだ、一度も魔物や魔獣の襲撃を受けてない。

 こんなのは、久しぶりだ。

 そして、小さな城郭の城門のような場所にやって来た。

 

「入るのですか?」

 

 イットは幌馬車の外にいて、警戒要員として馬車の前を歩いていたが、馭者台にいるイライジャに向かって言った。

 いまの警戒要員は、イットのほかに、人間族で闘奴出身だというマーズだ。

 

「そういう気分になってね。ここはエランド・シティの隣接都市のひとつらしい。情報もとれるかもしれない。それに、たまには食堂に寄りたくなった。野宿も悪くないけど、うまいものも食べたいしね」

 

 応じたのは、幌馬車から顔を出したロウだ。

 上衣の胸部分が大きくはだけていて、汗をかいた様子がある。髪も乱れているし、幌馬車の中で情事をしていたのは間違いない。

 幌馬車の中は、『防音の護符』という魔道の護符が貼ってあり、中の声が外に漏れないようになっている。

 本当のこととは信じられないけど、この旅に先立ち、ハロンドールの王都でもっとも権威のある女神殿長に大量に作らせたということだった。

 ほかの女たちが主張するには、このロウは、ハロンドールではかなりの立場であるらしく、その神殿長にほかにも、王妃や王女などとも親しいという。

 男女の関係まであるそうだ。

 しかも、彼女たちの方が、ロウに夢中などとも主張する……。

 

 しかし、目の前のロウは、かなり気さくな感じであり、獣人族のイットとも、分け隔てなく接する優しい男性だ。

 そんなに権力を持っている人物には、とても見えない。

 

「わたしは、商業ギルドや護衛の斡旋所のような場所を回ってみるわ。ユイナのことが少しでもわかるかもしれないし」

 

 イライジャは馭者台に腰掛けてきたロウに向かって言った。

 ユイナというのは、このイライジャの義理の姪ということであり、そもそも、この旅は、そのユイナというエルフ族の少女の身柄を確保することが目的のクエストの一環らしい。

 依頼主はイライジャであり、話によれば、もしかしたら、そのユイナは、エルフ族の女王であるガドニエル自身の指示で、エランド・シティに連れて来られた可能性がかなり高いとのことだった。

 そうだとすれば、どうやって、その女王からユイナを取り返せばいいのか、イットにはさっぱりとわからない。

 ロウたちも、いまのところ、その方策を見つけ出しているわけでなく、現段階では、その不確かな情報が正しいのかどうかを確認するために、とりあえず、エランド・シティに行こうとしているだけの状況とのことだ。

 

「じゃあ、俺たちは俺たちで飯を食ってるよ。誰を連れていく?」

 

 ロウがイライジャに向かって言った。

 

「そうねえ……。じゃあ、マーズ──」

 

「あっ、はい」

 

 イットにいる位置とは、幌馬車の反対側を進んでいるマーズが返事をした。

 今回に限らず、イライジャは情報収集で単独で動くとき、よくマーズを選ぶ気もする。多分相性がいいのだろう。

 

「それとミウかな。ロウたちは食堂で食事をとるらしいから、わたしたちはわたしたちで食事をしようか。そっちにはエリカがいるから、城郭内程度なら、魔道で通信がやり合えるでしょう。あとで合流しましょう」

 

「わかった。じゃあ、城郭に入ったら、俺たちは降りる。馬車はそっちで頼むよ。それとコゼも連れていくといい。食材が手に入れられたら、馬車に積んでおいてくれ」

 

「わかったわ」

 

 イライジャの返事を待ち、ロウが幌馬車にいるミウとコゼに声をかけた。

 防音の護符の効果により、馬車の中からの返事はここまで聞こえなかったが、雰囲気からだと、了解の返事があったみたいだ。

 

 やがて、なんの問題もなく幌馬車ごと城郭に入った。

 そこで別れて、イットはロウとエリカとシャングリアに付いて城郭内を歩く。

 エリカとシャングリアはロウの両横だ。イットはその後ろを進んでいる。

 

「ここでどうだ、ロウ?」

 

 シャングリアがロウに声をかけた。

 

「なんか、値が張りそうな店ね。いいですか、ロウ様?」

 

 エリカもロウを見る。

 

「まあ、いいんじゃないか。予算もあるし……。ユイナがどうなっているかわからないけど、今度は競りで落とさなければならないということもないだろうし」

 

 イットとしては、あまりにも綺麗な外観なので、少し気後れする心地になっている。

 だけど、口を挟む余地などないと思ったし、黙っていた。

 四人で入る。

 

 中は身なりのいいエルフ族たちでいっぱいだった。幾らかは人間族もいる。共通するのは服装が高級だということだ。また、店の中も卓もきれいだ。

 ここは、少なくとも自分の身なりでは入ってはならないということを感じた。

 

「いらっしゃいませ……」

 

 店員が現われた。

 小さな透明の器に飲み物がある。

 入っているのは水のようだが、小さな粒のようなものがたくさん浮かんでいて、それが水面に向かってあがっていっている。

 とても珍しいものだと思ったが、置かれたのはなぜか、エリカの前だけだ。

 

「見た通り、俺たちは四人だけど?」

 

 ロウが頬に笑みを浮かべたまま言った。

 だが、イットはロウがかなり怒っているのではないかと思った。

 口元に笑みを浮かべているわりには、目は少しも笑っていない。

 イットは、ロウが怒った表情をしているのを初めて接した気もした。

 少なくとも、アンドレからイットたちを救い出したときも、こんなに怒っていなかった気がする。

 

「お客様、当店は奴隷と一緒の食事はご遠慮していただいております」

 

 店員が話しかけたのは、ロウではなく、エリカに対してだ。

 少し驚いたが、確かに身なりが冒険者風でも、エリカの美しさは神がかり的だと思え、いまのように普通の冒険者の服装でも、とても高貴な貴族エルフに見えないこともない。

 美しすぎるのだ。

 

「この座の主人は彼だ。なぜ、こいつに話しかける?」

 

 シャングリアがむっとした顔で言った。

 彼女もまた、腹を立てているみたいだ。

 

「お客様……」

 

 エルフ族の店員は顔に薄ら笑いを浮かべながら、困ったように言った。

 だが、その顔には相変わらずの薄ら笑いが浮かんでいて、小馬鹿にした態度を崩さない。

 

「ご理解を……。奴隷は外にどうぞ」

 

 店員は言った。

 やはり、エリカに向かってだ。

 とりあえず、イットは立ちあがりかけた。

 だが、それをロウが制した。

 

「それに、彼女は奴隷じゃない」

 

 ロウだ。

 すでに笑みも消えている。

 店員が手を振った。

 すぐに、別の若い店員がやって来る。

 今度は、さっきの気泡の入った飲み物をロウとシャングリアの前に出させる。やっぱり、イットの前には出さない。

 

「ここまでは譲歩しましょう……。そして、前金で。そうでなければ、食事はできませんよ」

 

 最初の店員が言った。

 さらに、料理代を告げる。

 常識外に法外な値段だ。

 つまりは、全員出ていけという意味だと思った。

 

「面白くないな」

 

 ロウが立ちあがった。

 そして、いきなりだった。

 店員の顔に、ロウが拳を叩き込んだのだ。

 

「ほげえっ」

 

 鼻血にまみれた店員が床にひっくり返る。

 店が騒然となった。

 

「逃げるぞ」

 

 ロウが駆けだす。

 イットも立ちあがる。

 

「最初に、手を出すのはあんたかと思ったわ。まさかのロウ様だなんて」

 

 エリカが笑っている。

 

「わたしは、お前が怒るのを待っていたんだけどな」

 

 シャングリアがテーブルを引き倒す。

 四人で店の外に飛び出した。

 唖然とする気持ちとともに、イットも一緒に駆け出した。

 

 

 

 

 

 結局、イットたちは、あれからすぐに城郭の外に逃げた。

 軍のようなものに追われるということもなかったし、大きな騒ぎになった感じもなかった。

 

 イライジャたちとは、城郭の外の街道で合流した。

 エリカとミウが魔道で連絡をやり合ったみたいだ。

 顛末を聞いて、イライジャたちは面白がっていたし、なによりも、ロウが誰かを殴ったということに、びっくりするとともに、喜んでいた。

 いい気味だと言っていたし、それは、同じエルフ族のイライジャも同様だ。

 

「あんたらの騒動のおかげで情報を集める暇もなかったわ。食材の入手もね……。まあいいわ。もう少し進めば、宿場町がある。今夜はそこで宿を見つけて休みましょう」

 

 イライジャが言った。

 ロウが応じて、すぐに出立の体勢になる。

 イットは迷惑をかけたことを謝罪しようとしたが、それは受け入れられなかった。そもそも、騒動を起こしたのはロウであり、イットが謝る必要などないとシャングリアなどは言ってくれた。

 ミウとマーズは、むしろ、イットを慰めるような言葉をかけてくれた。

 イットの存在が騒ぎの原因になったことは確かであり、絶対に叱られると思っていたので、みんなの態度は意外だった。

 

 しかし、ふと気づいたが、エリカだけは、いつもイットに示すような睨みつけるような視線を向けていた。

 なにか、イットの対応で気にくわないことがあったのだろうか?

 だが、イットはただ黙って大人しくしていただけだし、それとも、そもそも、それが気に入らなかったか?

 

「ねえ、ロウ様……。このあいだの……」

 

 すると、エリカがイットにひそひそ声でなにかを言った。

 

「仕方ないなあ……」

 

 ロウがちらりとイットを見たと思った。

 すると、エリカがすっと意味ありげな視線を向けた。

 

「イット、今夜はわたしと一緒の部屋に泊まりなさい。いいわね」

 

「は、はい」

 

 突然に言われたので驚いたが、やっぱりなにか粗相があったのか?

 でも、一番奴隷として、エリカはイットになにかの説教をするつもりなのだと確信した。

 イットは神妙な態度を気を付けた。

 

 

 *

 

 

 エリカとふたりきりになったのは、夕食が終わってからだった。

 八人連れの一行のために、ロウはイライジャと相談をして三部屋を借りたみたいだ。

 今回の旅で、リーダーのロウの相談役の立場なのがイライジャだ。イライジャはナタル森林の旅に詳しいらしい。

 それでだと思う。

 

 そのうちのひと部屋が予告通りのイットとエリカが入ることになった。

 残りの二部屋には、四人と二人に分かれ、イライジャとマーズ、そして、残りの三人がロウと同じ部屋となった。

 実際には、イライジャはコゼを合部屋に指名したのだが、コゼが顔色を変えて拒否し、ロウにぴったりと抱きついて離れなかったのだ。

 イライジャは笑いながら、次はミウを指名した。ミウもまたロウから離れなかった。

 シャングリアも拒否し、結局マーズがイライジャと泊まることになったのだ。

 

 横から見ていると、全員がロウと一緒に泊まりたいようであり、大人しいマーズが強引に避けられてしまったみたいに見えるが、ロウはその代わりに、明日の早朝は一緒に鍛錬をしようとマーズに声をかけてきた。

 マーズが顔を真っ赤にして、数回大きく首を縦に振っていた。

 

「あのう、エリカ様……いえ、エリカさん……。今日は迷惑を……」

 

 ふたりきりになったとき、イットはとりあえず、昼間のことを謝罪した。

 だが、エリカは首を横に傾げ

 

「迷惑……? もしかして、あの城郭の食堂のことを言ってんの? そういえば、あのとき、なんか謝ってたわねえ。なんで謝るの?」

 

 エリカはきょとんとしている。

 これには、イットも意外だった。

 てっきり、そのことで話があるから、エリカがイットを呼び出したのだと思っていたのだ。

 

 イット自身も、アンドレのところで三人奴隷のひとりとして暮らしていたので、一番奴隷の役割は承知している。

 主人に迷惑をかけないように、また、いい思いをしてもらえるように、奴隷同士の確執を解決したり、ほかの奴隷に必要な躾のようなものをするのも一番奴隷の役割だ。

 特に、女性奴隷の集まりでは、寵の取り合いにならないように気を配ったり、嫉妬による争いにならないように、女奴隷間の人間関係を整理したりもする。

 

 寵愛の順番の調整をするのも重要な役割だ。

 ロウの女たちは、特に女傑揃いなので、一番奴隷の役割も大きいと思った。

 この旅が始まって、一番奴隷のエリカがその役割をしている様子はまったくなかったが、ほかの女たちは、エリカが一番奴隷だと言っていたし、イットが知らないだけで、影でその役割をきちんと果たす、とても能力のある「一番奴隷」なのだとも思ったりしていた。

 それにしても、昼間の話でないのなら、なんなのだろう?

 

「いいから座って」

 

 エリカは部屋にある寝台のひとつにイットを導く。

 とりあえず、エリカはにこにこしている。

 とても上機嫌だ。

 イットが腰かけると、エリカはその隣に座ってきた。

 だが、とても距離が短い。

 イットはちょっと困惑した。

 

「あ、あのう……」

 

 イットは腰をあげて、少しばかり距離を開いて、座り直そうとした。

 しかし、エリカがさっと手を伸ばして腰を掴み、イットが離れられないようにした。

 

「えっ、エリカ様……いえ、エリカさん……」

 

「エリカお姉ちゃんと呼んで……」

 

 エリカがぐっとイットの身体を寄せて抱き締めてくる。

 

「エ、エリカお姉ちゃん?」

 

 イットはびっくりして声をあげてしまった。

 

「ふふふ、いい響き……。ずっとあなたのことを狙ってたのよ。とっても可愛いものね。あなただって、わたしがイットのことを見ていることに気がついていたでしょう? わたしがあなたを眺めていると、とてもそわそわしてたもの」

 

 エリカがイットの耳元でささやくように言った。

 イットは飛び上がりそうになった。

 それにしても、いつもエリカが見ていて、そして、イットがそわそわしていたとはなんのこと? 

 もしかして、エリカが睨むようにイットに視線を送っていたことを言っているのか?

 もしや、あれって、エリカはイットが気に入らなくて睨んでいたんじゃなく、イットを狙っていた?

 しかも、性愛の対象として?

 

「ちょ、ちょっと待ってください──。あ、あたしって、そんなのは……」

 

 困惑した。

 開放してもらったとはいえ、イットは性奴隷だから、ロウの性愛の相手はもちろん務める。

 しかし、同じ性奴隷のような立場である、エリカから求められるなど、イットは想像もしていなかった。

 

「ロウ様の許可は貰ったわ──。コゼは可愛くないし、ミウは嫌がるし、あなたが仲間になってから、わたしはずっとあなたと遊びたかったのよね。ねえ、お願い。相手して。だって、可愛いんだもの──。獣人って、いいわねえ。耳もっと触っていい? あっ、尻尾が気持ちいいんだけ?」

 

 エリカが頭の耳と下衣のお尻に作ってある穴から飛び出している房毛に手を伸ばしてきた。

 ぞわぞわとした。

 エリカって、こんな趣味もあったのか?

 

 逃げようとした。

 しかし、それで気がついたが、なぜか身体が脱力している。

 力が全く入らない──。

 

「ふふふ、効いてきた? 実はこの部屋には、ずっと“またたび”の香を充満させていたのよ。あなたって、山猫系の獣人のガロイン族なのよね。だったら、またたびは弱点よね。いいから……。ロウ様の許可はもらったの」

 

 エリカがイットを寝台に押し倒した。

 そして、上からイットに乗り、身体を密着させて抱き寄せてくる。

 本当に力が入らない。

 それどころか、どんどんと脱力してくる。

 

「いいから、お姉ちゃんに任せて。気持ちよくしてあげるから」

 

「エ、エリカさん──」

 

「お姉ちゃんよ──。とにかく、ロウ様の許可はもらったんだから」

 

 エリカがイットの頭にある耳元に息を吐きながらささやいた。

 

「ひんっ」

 

 腰の辺りがぞわぞわとして、イットはびくりと身体を震わせてしまった。

 

「かっわいいい──。本当にわたしはイットとこうしてたいと思っていたの。お願い──。いいでしょう? ロウ様の許可はもらったのよ」

 

 エリカががっしりとイットの身体を抱き締めたまま、尻尾や背中を愛撫してくる。

 自分の背中がそんな感じやすい場所とは思わなかったが、執拗に撫でさすり、あるいは指先を食い込まされ、種々の変化をつけながら丹念に刺激をあげてくるエリカに、イットはだんだんとわななき、そして、次第に息が乱れていく。

 しかも、またたびの香とやらは、どんどんとイットに浸透していっている。

 気がつけば、甘い香りが蝕むようにイットから力を奪い続けるのは確かだし、しかも、全身に蟻のようなものが這い進むような得体の知れない感覚が強くなって来る。

 

「エリカさん、ゆ、許して」

 

「エリカ姉ちゃんよ……」

 

 エリカが脱力している脚のあいだ身体を入れるようにしてきた。

 これで、イットは足を開いたまま閉じられなくなった。

 その脚の太腿に手を伸ばしたエリカが、イットの短いスカートの中に手を入れて、内腿をすっと擦ってきた。

 

「いやっ」

 

 イットは慌てて脚を閉じようとした。

 だが、やはり、エリカの身体が脚のあいだに挟まっていて、閉じようとしてもそれはできない。

 だったら、手を伸ばして払いのけようとするのだが、エリカはぴったりと身体を密着させ、片手でイットの胴体を抱き締めているので、それもできない。

 そもそも、香のおかげで力も入らない。

 エリカの愛撫が強くなる。

 

「あああっ、ああ」

 

 イットは甘い声をあげてしまった。

 

「素敵よ、イット……。お姉ちゃんにもっと、素敵な声を聞かせて」

 

 淫らな感覚に一気に包まれてきたイットに、エリカは妖艶な笑みを浮かべて、またもや耳に息を吹きかけながらささやいた。



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369 一番奴隷の暴走(その1)

「可愛いわあ、イット……」

 

 エリカはイットの小柄な身体をしっかりと押さえつけるようにして、愛撫を続けてくる。

 しかも、とても焦れったい愛撫だった。

 一番感じる場所はぎりぎり避けて、隣接するところばかりを延々と責めてくる。

 身体はすっかりと弛緩して動かない。

 またたびの香は、完全にイットの身体を蝕んでいる。おそらく、性感は普段の数倍は鋭くなっている。

 

「ほら、これを吸って」

 

 エリカが寝台の枕側に手を伸ばして、手のひら程の巾着袋のようなものを取りだした。

 はっとした。

 これが“またたびの香”?

 寝台に仕込んでいたのかと思った。また、匂い袋にしていは随分と大きい。

 エリカがイットの顔の上に、その袋をイットの鼻と口の上に押しつけるようにした。

 

「ふにゃあああ」

 

 思わず奇声が飛び出た。

 全身が一気に爛れるように熱くなったのだ。

 これは危険だ。

 イットは本能的にそれを悟った。

 こんなものを使われたら、イットは正気を失ってしまうだろ

 

「大丈夫よ……。お姉ちゃんに任せて……。もしも、よければ、次は交代してあげてもいいのよ。だから、お姉ちゃんに身を委ねてね……」

 

 エリカが耳元でささやき続ける。

 顔が近い。

 こんなに綺麗な人がいるのだろうかと思うほどに、エリカの顔は美人だ。そして、いまはとても妖艶でもある。

 イットはどきりとするとともに、とてもぞくぞくしてしまった。

 

「ふにゃああ、や、やめ……れ……。そ、それは……やめれ……」

 

 必死に顔を背けて抗議するが、舌がもつれているのがわかる。

 すでに、エリカの愛撫で身体が火照っている。このうえに、こんな媚薬の香を使われれば、とんでもない醜態を晒しそうで怖い。

 

「やめないわ。とても便利なものなのね。これって……。人間族やエルフ族には効果がないのに、獣人族には大きな効果がある媚香だなんて……。しかも、無色無臭……。気をつけてね。こんなもので罠をかけられれば、いくら無双のあなたでも、ひとたまりもないでしょう?」

 

 エリカがくすくすと笑った。

 香の袋は鼻と口に押しつけられ続ける。

 力がどんどん抜ける……。

 

「ひゃ、ひゃめれ……ふにゃああ……」

 

「獣人族って、身体は強いけど、以外に弱点も多いのよね……。これはイライジャにもらったのよ。明日になったら、解毒剤の丸薬を渡すわね。本当に罠にかけられないように、服の下にでも隠しておくといいわ」

 

 エリカが言葉を掛けながら、いまだに袋を顔に押しつけ続ける。

 身体が痛いほどに熱い……。

 なによりも股間が熱い。

 尻尾のつけ根も……。

 胸だって……。

 

 エリカがやっと匂い袋をどかせた。

 だが、顔のすぐ横に置いただけだ。

 身体を抱き起こされる。

 でも、完全に脱力して力が入らない。

 

「ふにゃああ、こ、こ、こしゅれて……」

 

 貫頭衣を引き抜かれる。

 布に乳首が擦られて、甘い刺激が走る。イットの身体が、知らず左右にくねったのがわかった。

 胸巻きと下着だけの恰好にされた。

 

「本当に可愛い……。あなたって、マゾよね。ずっとわかってたわ。お姉ちゃんに任せて。ねっ、お願いだから、お姉ちゃんて呼んでよ。それにしても大きなおっぱい。きっと素敵な身体になるわ。まだまだ成長期だものね」

 

 胸を締めつけている布を解かれる。

 さらに、両腕を寝台の上にあげるように伸ばされて、手首に革紐を結ばれる。おそらく、これも前もって準備してあったに違いない。

 エリカが起きあがって、イットの脚側に移動した。

 もう、自分では動くことができない。

 大きく股を開かされる。

 寝台の下側にあったらしい革紐に両足首を結ばれてしまった。

 これで、イットは寝台の上で大きく手足を伸ばした姿勢を崩せなくなった。身に着けているのも、腰の横で紐を結ぶ形式の小さな下着だけだ。

 この集団に属してから与えられたものであり、ロウの女たちは全員が同じ下着を身に着けている。

 

「わたしも脱ぐわ。今夜は……いえ、朝まで愉しみましょう。ロウ様の許可は受けているのよ」

 

 エリカが服を脱ぎだす。

 それにしても、ロウは承知だというし、イライジャからは横の媚香の袋をもらったと言っていた。

 もしかしたら、一番奴隷のエリカがイットを狙っていたことは、全員が承知していたのだろうか。

 

 エリカもまた、腰の下着だけの恰好になる。

 とても美しい肢体だ。

 女のイットだって、嘆息してしまうほどだ。

 乳首に喰い込んでいる指輪のような淫具がきらきら光っていて、とても耽美だ。

 

「さあ、また始めましょう」

 

 エリカがイットの身体に覆いかぶさってくる。

 またもや内腿を優しく擦る愛撫をしてくる。

 しかも、イットの胸に顔を埋めるようにして、舌で乳首を転がされた。

 

「ひにゃああ」

 

 イットは拘束されている身体を弓なりにした。

 身体が蕩ける。

 気持ちがいい。

 もう駄目だ──。

 

「こんなに乳首を勃たせて……。可愛いわね」

 

 顔を一瞬あげて、エリカがうっとりとイットの顔を見るようにしてきた。だが、すぐに乳首責めを再開する。

 

「ああ、はにゃ……にゃああ……あにゃっ」

 

 喘ぎ声が鼻にかかってくるのがわかる。

 舌も動かない。

 変な声ばかり出る。

 

「なにして欲しい? 下着を外して欲しいんじゃないの?」

 

 エリカが顔をあげる。

 体勢が変わり、またもや締めつけられるように身体をぎゅっと抱きつかれた。エリカの唇がイットの口に口づけするのかのように接近する。

 

「あ、あああっ、にゃあああ」

 

 手がイットの内腿を刺激しつづける。

 しかし、エリカが愛撫するのは、小さな下着のぎりぎりのところばかりだ。

 感覚はどんどんと高まるのに、満たされたい奥にはまだ触ってくれない。

 それに、あの匂い袋はまだ顔の横だ。

 どんどんと身体がおかしくなる。

 イットは心が砕けていくのを感じた。

 

「我慢してばかりいると狂っちゃうわよ。それとも、イットちゃんは我慢するのが好き?」

 

 エリカがうっとりとした声でささやく。

 もうどうなってもいい……。

 そんな気持ちが湧き起こる。

 

「イットって、年齢のわりには刺激的な身体をしているものね……。うちのパーティは、十一歳のミウだって、とても性に開放的だし、遠慮しなくていいのよ。気持ちのいいことは気持ちがいいの……。だけど、ロウ様と仲間内だけだけどね。仲間以外を相手にしちゃだめよ……。多分できないと思うし……」

 

 エリカが言った。

 仲間……。

 その言葉にイットの身体が痺れるように反応した。

 もしかして、嫌われているのかと考えていた一番奴隷のエリカに、“仲間”だと言ってもらえたのは嬉しい。

 

 仲間だから、エリカはイットにこんなことをしている。

 気を許している。

 

 エリカの身体は敏感で淫らな性質だが、決して好色的な性質ではない。ロウやコゼやミウなどに比べれば、性欲は隠すタイプだろう。

 そのエリカがイットを性的対象として求めてきた。

 考えてみると、嬉しいことなのかもしれない。

 この性愛集団の仲間だと認めてくれた証拠ともいえるのだろうか。

 

「お姉ちゃんって、呼んで」

 

 エリカがまたもやささやく。

 もう、どうなってもいい……。

 そんな感情に襲われた。

 

「お、お姉しゃん……。き、きひゅしてくりゃさい……」

 

 口にした。

 その瞬間、エリカの目が歓喜に光って、大きく見開かれる。

 

「ああ、嬉しいいいい──」

 

 エリカがイットに唇を強く押しつける。

 なにがどうなってもいいと思って、イットは口を開いた。侵入してくる舌を受け入れる。

 エリカの舌にふるいつく。

 

「あっ、にゃっ、んにゃ……」

 

「ああ、あはあっ、あっ、ああ……」

 

 すごく濃厚な口づけになった。

 柔らかな唇の感触……。

 甘いエリカの体臭……。

 ただでさせ、媚香で朦朧としているイットは、さらに頭がぼんやりとしてきた。

 すごく積極的にエリカの舌はイットの口の中を蹂躙してくる。

 イットも負けじと夢中になって舌を動かした。

 

「ああ、気持ちがいい……。あ、ありがとう、イット。気持ちがいい」

 

 エリカが感極まった口調で叫んで口を離し、すぐに舌をイットの口に入れてくる。

 

「あ、あたひも……気持ひ、いいでしゅ……んにゃああ、ああっ」

 

 何度も舌を交換する。

 もはや、イットはこっちからもエリカの口の中に舌を差し返したりしていた。

 口づけを繰り返す。

 じゃれ合わせる。

 

「イ、イット……」

 

「エ、エリカ……お姉ひゃん、んにゃああ……」

 

 唇を密着させたまま、右に左によじれ合う。その合間にお互いの名を呼び合う。

 ドロドロに溶けている唾液をふたりで吸い合う。

 なにかがせり上がってくる。

 

「んんんっ」

 

 身体がびくびくと痙攣する。

 快感が弾ける。

 どうやら、イットは軽く達したようだ。

 

「もういっちゃった……? イットは……わたしの可愛い妹は敏感ね……」

 

 エリカがいったん口を離し、くすくすと笑う。

 そして、またもや口づけを続ける。

 いつの間にか、下着の紐は外されていた。布が腰から取り払われて、外気が股間に触れてくる。

 

「可愛いわ……。それに、こんなに感じてくれて嬉しい。もっと愉しみましょう、わたしの可愛い妹のイット」

 

 妹……。

 嬉しい……。

 素直に嬉しい……。

 

 エリカの言葉に嘘はない。

 それは感覚でわかる。

 エリカは真実、イットを受け入れている。

 求めている。

 

 嬉しい。

 嬉しい。

 

 これまで本気でイットを求めてくれる集団などなかったから、性愛の対象であろうと、本気の心でイットを求めてくれるのは嬉しい。

 

 実の親にだって捨てられた。

 これまでの飼い主は、イットを人扱いしなかった。

 一見、優しくはあったアンドレでさえ、そうだった。役に立たなくなったイットを処分するのに、なんの躊躇いもしなかった。

 それに比べて、この人たちはイットを救ってくれ、奴隷から解放し、そして、求めてくれた。

 嬉しい。

 家族だって言ってくれて嬉しい。

 妹だと呼んでくれて嬉しい。

 

「んにゃあああっ」

 

 身体が痙攣した。

 またもや、軽く達してしまった。

 しかも、軽い絶頂感は連続してやってきた。

 息が続かなくなり、イットは顔を横に曲げて、口づけから逃れた。

 

「ふふ、どうしたの、イット? とても可愛い表情をしているわよ……。もっと触って欲しいところがあるんじゃないの?」

 

 エリカがじっとりとイットの顔を見つめてきた。

 イットは我慢できなくなった。

 いや、我慢しなくていい──。

 イットは家族であり、エリカたちの妹なのだ。

 だったら、喋りたいことを口にしていいのだ。

 

「お、お姉ひゃん、お、お股……お股に触ってくりゃしゃい」

 

「こう?」

 

 エリカがぎゅっとクリトリスを指で押してきた。

 

「ああっ、んひゃああ」

 

 快感が弾け飛ぶ。

 イットは三度(みたび)達してしまった。

 

「あらあら、可愛いわね。だけど、もうお預け……。次は胸を責めてあげるわね」

 

 エリカが自分の胸の膨らみをイットの乳房に擦りつけてきた。

 胸と胸がぐにゃぐにゃと潰され合う。

 

「ああ、お姉ひゃん──」

 

「あっ、気持ちいい──」

 

 乳首を乳首で愛撫される感触──。

 しかも、エリカの乳首には、一番奴隷の象徴とのことである“乳首ピアス”の小さな宝石がある。

 それがぴくぴくとイットの乳首を刺激する。

 全身が痺れる。

 

「ああっ、あっ、ああっ」

 

 エリカが喘ぎ声をあげた。

 顔の前にあるエリカの顔がみるみる真っ赤になり、汗が噴き出ている。

 呼吸だって苦しそうだ。

 エリカだって感じている。

 

 考えれば、当たり前か。

 よく考えれば、乳首で愛撫するということは、責める側も愛撫されているということだ。

 

 エリカが興奮している──。

 それを知ったとき、イットは逆にさらに興奮してしまった。

 

 心がどんどんと溶けていく。

 このまま感じるまま……求めるまま愛欲を──。

 エリカと貪り合いたい──。

 

 それだけじゃない──。

 エリカだけじゃなく、ほかの女たちとも……。

 そして、ロウと──。

 淫らな感情に襲われる。

 

 好きだ──。

 エリカが好きになる。

 

 ロウはすでに大好きだ。

 ほかの女……仲間も好きだ。

 

 好きだという気持ちがすとんとイットの心に落ちてくる。

 

「ああ、素敵、イット……。あなたが大好き──」

 

 エリカが胸を動かしながら叫んだ。

 イットはがくがくと身体を震わせた。

 本当に言って欲しいことを、言って欲しいときに口にしてくれた。

 嘘でもいい──。

 性愛のときの戯れでもいい。

 だけど、イットのことを好きだと言った人はいなかった。

 口にしてくれた人はいなかった。

 エリカは口にしてくれた。

 

 嘘でもいい──。

 嘘でも信じる──。

 

「お、お姉ひゃん、あ、あひゃしも好きいい──」

 

 イットは達しながら声をあげた。

 口づけで達し、胸責めで達した。

 このまま続ければ、何回絶頂しなければならないのか。

 自分でも怖くなる。

 

「あううううっ」

 

 そのとき、イットは全身を打ち震わせて悲鳴をあげた。

 股間をなにかにぎゅっと押しつけられたのだ。

 膝だ──。

 エリカの膝が曲がって、クリトリスと膣の入口を圧迫して、ぐりぐりと動かされている。

 一気に淫らな感覚が拡がっていく。

 本当に欲しい繊細な愛撫じゃないが、いや、鈍い感覚だからこそ、焦れったいようなもどかしさで包まれる。

 エリカは喘ぎ声をあげながら、膝の愛撫をしている。胸責めも続いている。

 どんどんと焦燥感とともに、股間から性感がこみあがる。

 もっと愛して欲しくなる。

 

「ああ、いぐううっ」

 

 イットはエリカの膝に股間を擦りつけるようにして、全身を震わせた。

 だけど、突然にすっと、エリカが身体からどいてしまった。

 

「今度はだめよ、イット……。もう簡単にはいかせてあげない……。だって、もっと可愛いイットの姿をお姉ちゃんは見たいんだもの」

 

 エリカが小首を傾げながら妖艶に微笑んだ。

 

 その顔はとても美しくて、とても愉しそうで……。

 そして、とても淫らだった。




 *

 そろそろ、本エピソードも終ろうかと思いましたが、珍しくも「責め側」になったエリカをもう少し描かせてください。


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370 一番奴隷の暴走(その2)

「イ、イット……、もう一度キスしましょう……」

 

 エリカが胸揉みと股間への刺激を続けながら言った。

 引いては寄せ、寄せては引かれるエリカの愛撫に、イットはすっかりと追い詰められていた。

 獣人童女の性奴隷として、数限りなく凌辱され続けてきたイットだが、こんなに長い時間、愛撫だけをされ続けた経験はない。

 ロウから与えられるものとも異なる。

 

 同じ女であるエリカは、イットの股間に挿入してくるということはない。

 男であれば……それがロウであれ、最後には射精で終わる。

 しかし、エリカはそれを求めない。

 ひたすらに、快感を貪り合うことだけを望んでいるかのように思える。

 

 朝まで続けると言っていたが、本当にそうなりそうな感じだ。

 すでに、真夜中だろう。

 夕食を終わってすぐに始まったエリカとの女同士の性愛は、もう何ノスも続いている。

 正直に言って、イットは、いまどのくらいの時間が経過したのか、まったく見当がつかなくなっていた。

 

 とにかく、エリカは延々とイットを責め続ける。

 絶頂と絶頂の間隔は長い。

 果てしなく焦らされた末にしか、それは貰えない。

 だからこそ、圧倒的な快感の暴発となって、それはやってくる。

 また、達しても挿入はなく、再び優しい愛撫が繰り返す。

 そして、繰り返し……。

 

 それでも、それが飽きると、エリカは四肢を拘束されているイットを抱き締めて、寝物語をする。

 それにも飽きると、またイットの身体を愛撫する。

 そして、イットの股間に指を入れて絶頂させる。

 これをずっと繰り返している。

 イットは、女同士の本格的な性愛というものを初めて味わった。

 

 それでも、もう何十回も絶頂したと思う。

 イットはすっかりと過敏になってしまい、全身がクリトリスになってしまったかのような錯覚を感じていた。

 快感が長すぎて、朦朧とする。

 ロウから与えられるのもすごいが、エリカに愛されるのもすごい。

 心の底からそう思うった。

 

「き、きしゅして……くらしゃい……、お姉しゃん……」

 

 舌は媚香の影響もあり、痺れきっている。

 イットは顎を突き出すようにして、エリカの顔に唇を寄せると、エリカが満面の笑みを浮かべて嬉しそうに微笑んだ。

 エリカの顔も真っ赤だ。

 汗で額に金色の髪が張り付いて上気している顔は、本当に美しくて妖艶だ。

 

「う、嬉しいわ、イット……」

 

 唇と唇が重なる。

 口づけは、唇と唇を重ねるだけのものであるときもあるし、舌を絡め合って愛撫し合うものもある。

 いまは、濃厚な口づけだった。

 

 イットの敏感な口の中を、舌先で撫でまわされる。

 身体ががくがくと痙攣してきた。

 こんなキスだけで、いまのイットは達しそうだ。 

 だが、すっとエリカは口を離す。

 もどかしい……。

 でも、すぐにエリカの口が戻って来る。

 イットは考えることなしに、エリカの舌を吸った。

 

「す、素敵……。可愛いわあ。本当に……」

 

 しばらく舌をむさぼり合ってから顔を離れさせ、エリカが感極まった声をあげた。

 お尻の下にある尻尾を撫でられる。

 そこは強い性感帯だ。

 電撃のような甘美感が貫いてくる。

 

「んくううっ、いきゅうう──」

 

 イットは仰向けに拘束されている裸体を限界まで弓なりにした。

 だが、またしても快感を逃がされる。

 エリカの愛撫が一斉に引きあげられる。

 

「ああ、お姉しゃん、ひ、ひろい……酷いでしゅ……」

 

 イットは哀願した。

 すると、エリカがまた微笑んだ。

 

「こうして欲しいの?」

 

 股間に指を挿入される。

 水音とともに、激しく指が動く。

 

「んぐうううう」

 

 イットの裸身がのたうつ。

 軽く絶頂する。

 だけど、指の動きがとまって、快感が離れていく。

 却ってもどかしい切なさだけが残ってしまう。

 

「もっと欲しいでしょう、イット? 可愛くおねだりして……」

 

 エリカの息も荒い。

 はあはあと胸を波打たせながら、息が当たるくらいに顔を近寄せてくる。

 エリカの手が伸びて、イットの顔の汗を払ってくれた。

 

「……ろ、ろうにか、してくりゃさい、お姉しゃん……」

 

「どうにかって?」

 

 微笑むエリカ……。

 本当に今夜のエリカは意地悪だ。

 

「い、意地悪しにゃいで……。もう、らめ……れす……」

 

 舌が上手く動かなくて、言葉が上手に紡げないのがもどかしい。

 とにかく、イットは切羽詰まってエリカに訴えた。

 

「こう言うのよ……」

 

 エリカが片手でイットの頭の耳を撫でながらささやく。

 もう一方のエリカの手は、イットの股間の中に挿入されている。

 

「んひっ」

 

 くすっぐたさで身体がびくりとなった。

 それに、エリカにささやかれたのは、ちょっと恥ずかしい物言いだった。

 

「い、言え……ましゃん……。そん、らの……」

 

「言わないと、ずっとこのままよ、イット……。そうしたら楽にしてあげるわ……」

 

 エリカがまだ膣に入っていた指をくいと曲げた。

 快感が爆発する。

 

「ああああっ」

 

 イットは声をあげた。

 だけど、それで終わりだ。

 エリカの愛撫はとまってしまう。

 

「……口にして……。お姉ちゃんになにを願いしたいの……?」

 

 エリカがささやく。

 股間はただれるように溶けて、ずきずきと熱い。

 ぎゅっと乳房を強く握りしめられた。

 

「あううっ、ううう」

 

 裸体が反り返る。

 だけど、すぐに手が離れる。

 もう限界だ。

 

「……お、おま……んこ……いじって……ぐちゃぐしゃに……いじってくりゃさい……、お姉しゃん……」

 

 イットはおねだりした。

 

「よくできたわ」

 

 エリカが膣の中の指を激しく抽送しはじめた。

 圧倒的な快感が貫く。

 

「いきゅううう」

 

 イットは叫んだ。

 

「いっていいわ……。だけど、また最初からやり直しよ……」

 

 絶頂がやってきた。

 イットは朦朧となりつつ、与えられる快感にのめり込んだ。

 

 

 *

 

 

「はあ、はあ、はあ、あ、ありがとうございました、先生……」

 

 汗びっしょのマーズが宿屋の廊下で頭をさげた。

 一郎は、返事の代わりに、淫魔術を送り込んで、マーズの股間に嵌まっている「クリバイブ」を振動させる。

 

「んふううっ」

 

 マーズの大きな身体ががくりと曲がり、両手で股間を押さえつける格好になる。

 

「だめだ──。手を離せ。身体を真っ直ぐにしろ。このくらいの刺激くらい、気で押さえつけてみろ。それができれば、自分のものでも他人のものでも、気功を自在に操れるようになる」

 

 一郎は毅然として言った。

 もちろん、出鱈目だ。

 気功というものが本当に存在し、それが格闘技に応用できるものかどうかなど知るわけもない。

 だが、そう説明すれば、この疑うことを知らない闘女娘は、一郎の言われるまま、淫具を装着して格闘術の練成に臨んだりするのだ。

 この強い格闘少女を淫具でいたぶりながら、格闘の稽古をさせるのは実に愉しい。

 

「は、はい……。ふう、ふううっ、ふうう……」

 

 マーズが汗まみれになりながら、必死に身体を起こす。

 おかしな呼吸を開始したのは、真剣に気を操ろうとしているのだろう。

 だが、一郎の出任せながら、こうやって強要しているうちに、本当にマーズが気功術のようなものを体得しつつあるのが不思議だ。

 最近では、相手に触れただけで、衝撃波を与えるようなこともできるようになったみたいだ。

 

「よし、じゃあ、部屋に戻って身体の手入れをしろ。ただし、股間に装着しているものは外すな。出立のときに幌馬車の中で外してやる。それまでは、その刺激に慣れる鍛錬だ」

 

「わ、わかりました、先生……」

 

 マーズは深くお辞儀をして部屋に戻っていく。

 本当に面白い。

 一郎は背中を見せて部屋に入ろうとしたマーズの股間を淫具で刺激してやった。

 

「くっ」

 

 マーズはびくりとなったが、今度は姿勢を崩さなかったし、声もそれほど出さなかった。

 一郎は振動をとめてやる。

 マーズが脱力するのがわかった。

 

「刺激は、いつ襲うかわからん。瞬時に気で対応できるようにするんだ。これも稽古だぞ」

 

「わ、わかっています……。い、いつも鍛錬をしてくれて……あ、ありがとうございます」

 

 マーズが振り返って、もう一度頭をさげた。

 イライジャと寝ていた部屋に入っていく。

 実に愉しい玩具だ。

 

 朝食のときにでも、徹底的な焦らし責めにでもしてやり、幌馬車の中で淫具を外すときに犯させてもらうことにするか。

 マーズがいなくなった廊下で一郎はそんなことを思った。

 

 さて、どうしよう。

 

 昨夜は、シャングリア、コゼ、ミウと一緒に寝て、完全に抱き潰してやった。

 まだ、早朝であることもあるし、あの三人は目を覚まさないだろうし、朝食が食べれるようになるまで、まだしばらくある。

 一郎はふと思って、エリカとイットのところに行ってみようと思った。

 

 昨日は、エリカがどうしても、イットを可愛がりたいというので、それを許してやったのだ。

 一郎の女になり、すっかりと一郎に抱かれることを覚えさせられたエリカだが、もともとの性癖は、男嫌いの百合癖だ。

 しかも、可愛らしい少女が大好きであり、一郎に対しては“マゾ”のくせに、少女相手のときには、“エスっ気”を発揮する。

 ミウには誘ってものって来ないことを感じているエリカだが、ずっとイットを狙っていることには、もちろん一郎は気がついていた。

 そして、昨日――。

 イットが、かなりの“エム”であることもわかってきたし、一郎はエリカがイットを愛することを許可した。

 それに、まだ遠慮しがちなイットが、一郎たちのパーティに慣れるのに、いい切っ掛けになるのではないかと思ったのだ。

 

「入るぞ」

 

 一郎は声をかけてから、エリカとイットの部屋の扉に手を掛けた。

 『防音の護符』を渡しているので、向こうの物音は廊下側に洩れることはない。もしかしたら、まだ寝ているかもしれないと考えたが、とりあえず、覗いてみようと思った。

 それに、エリカはイットを夜通し可愛がると、一郎に対しては口にしていた。

 だから、もしかしたら、続いている可能性もある。

 

 すると、がちゃりと内鍵が開く音がした。

 鍵を開けたというよりは、魔道で錠前が解除された気配だ。

 エリカの魔道だろう。

 つまりは、少なくとも、エリカについては起きているということがわかった。

 

「ロウ様、おはようございます」

 

 部屋に入ると、エリカの声がした。 

 エリカは部屋の中の椅子の前に屈んでいて、一心不乱になにかをしていた。

 椅子に座っているのはイットだ。

 両膝を手摺りに乗せて、開脚させられて全身を拘束されている気配だ。

 しかし、それ以上は椅子の背もたれがこちら側なので、なにをしているのかはわからない。

 ただし、こっちに出ている尾は激しく左右に動き続けている。

 エリカも、一郎をちらりと見て挨拶をしたが、イットの前でなにかをすることを継続している。

 

 一郎は回り込むようにして、ふたりが眺められる位置に移動し、寝台に座った。

 どうでもいいが、むっとするくらいの女の匂いだ。

 これは、本当に夜通し愛し合ったに違いない。

 

「ああ、エ、エリカお姉しゃん、あ、ああっ」

 

 イットは椅子にM字の体勢で縛られている。

 そのイットが、がくがくと身体を震わせながら、半開きの口から甘い悲鳴をあげた。

 懸命に脂汗まみれの顔を激しく左右に振り立てている。

 

 やはりイットは、手摺付きの椅子に、左右の両脚と両腕をそれぞれの手摺りに乗せて、縄で椅子に括りつけられていた。四肢も完全に拘束されている。

 素っ裸だ。

 

 エリカがなにをしているのかもわかった。

 イットの股間に顔をつけて、舌でイットの性器を舐め続けていたのだ。

 エリカが再び顔をあげる。 

 その顔はイットの体液まみれになっているが、エリカは愉しそうに笑っている。

 また、イットの性器は真っ赤にゆであがり、どろどろに愛液で濡れていた。

 

「ロウ様、イットとはすっかり仲良しです。本当に可愛いですよ──」

 

 エリカが言った。

 そして、イットの股間を舌で奉仕する作業に戻る。

 一郎としては、いつにないエリカの積極的なレズ責めの光景に苦笑するしかない。

 

「いきいいっ、エ、エリカしゃっまああ、も、もう、許ひへえええ──」

 

 イットが悲鳴をあげ続けている。

 無理もないだろう。

 ああやって、エリカが拘束したイットの股間を舐め始めてから、どのくらい経っているのかは知らないが、身体の敏感なイットだから、長時間、ずっと責められっぱなしというのもつらいに違いない。

 

「エリカお姉ちゃんと呼んでって、言ったでしょう、イット……。さもないと、いつまでも、このまままなんだからね」

 

 イットの股間の前のエリカから酔ったような声がした。 

 だが、すぐに、ぴちゃぴちゃと、舌で女の股間を舐める音が静かに流れ出す。それがイットの悲鳴でかき消される。

 淫靡な光景だ。

 

「エ、エリカお姉しゃまああ──。も、もうらめ、らめでしゅう──。あああ、りゃめえええっ」

 

 イットがのけ反って、甘い悲鳴をあげた。

 昨日イライジャがエリカに渡していた獣人にだけ効果があるという媚香の影響が、イットは舌が上手く回らないみたいだ。

 エリカの言い種じゃないが、舌足らずのイットはとても可愛らしい。

 それはともかく、反応が激しい。

 絶頂しそうなのだろう。

 

「ふふふ、でもお預け……」

 

 エリカが顔を離れさせる。

 一郎は感嘆した。

 イットの反応でも、一郎だけが垣間見ることができるイットのステータスでも、イットは絶頂寸前だった。

 しかし、イットがエリカの舌責めで極める一歩手前で、エリカは責めをやめてしまった。

 寸止め責めか……。

 本当にぎりぎりのところをエリカは見極めた。

 かなりのテクニックだ。

 エリカも責められるばかりじゃなく、それなりに百合愛の技術はあるみたいだ。

 それはともかく、イットも、さすがに半狂乱だ。

 

「ふふふ、可愛いなあ……。あなたって、いい気持ちになると、とっても元気よく尻尾が動くのね。もっともっと、可愛がってあげるわね。ちっとも可愛くない、コゼなんかとは大違い」

 

 エリカがくすくすと笑っている。

 

「本当に夜通し責め続けた気配だな。だけど、そろそろ、終わりにしてやったらどうだ? 今日も旅は続くしな」

 

 一郎は言った。

 

「わかりました……。だけど、もう少し……」

 

 再び、エリカの顔がイットの股間で動き出した。

 椅子に縛られているイットが、愉悦の声をあげてのたうち始める。

 

「も、もう……。お、お願いれしゅ、エリカお姉しゃん、気を……気をやらしぇてくらひゃい──」

 

 イットが身体を激しく暴れさせながら絶叫した。

 だが、エリカは返事をすることなく、舌を動かしている。

 

「ひゃあ、いひゃああ、そ、そんなところ、だめですっ、エリカお姉様」

 

 そのとき、イットが暴れ出した。

 イットの動きから判断すると、エリカは座椅子の下に手を伸ばして、イットのお尻を弄りだした気配だ。

 懸命に歯を喰いしばって、少しでも嬌声を押し殺そうとしているイットの顔が、浮き上がらせている腰とともに左右に激しく振られる。

 

「あらあら、そんなに、お尻をいじって欲しいの、イット? お豆も刺激してあげるわね」

 

 心の底から愉しそうなエリカが再びイットの股間で舌を動かす。

 これは、お尻と股間の両責めには、イットも溜まらないはずだ。

 

 それにしても、いつも受け身的なエリカだが、自分よりも歳下の対象だと、こっちがドン引きするほどの積極的な責めを見せる。

 そういえば、サキの仮想空間の能力でコゼを幼くしたときがそうだったし、いまもそうだ。

 イットは、見た目よりもずっと幼く見え、さらに、生真面目そうな反応がいいのか、あのエリカが人が変わったように、レズの責め役を演じている。

 

 “まあ、あれは、ちょっとした病気ね……”

 

 そう評したのは、ここにはいないイライジャだ。

 エリカがイットを襲うのは、イライジャも知っていたので、エリカの密かな性癖について、昨日、ちょっと語り合った。

 イライジャによれば、性には生真面目っぽいという印象のあるエリカなのだが、唯一の例外は「妹」のような存在を苛めるときらしい。

 

 イライジャとエリカは、このナタル大森林内の小さなエルフの里で、同じ孤児同士で幼馴染だ。そして、親友でありながら、いまは王都で冒険者をしているシズという女とともに百合仲間だった。

 そういう淫らな遊びをふたりに教えたのは、目の前で真面目な顔で座っているイライジャであり、そのイライジャによれば、エリカの性癖は「妹責め好き」で、その当時から妹のような素直で健気そうな歳下を百合の遊びに誘おうとしては、逃げられるということを繰り返していたようだ。

 だから、そういう対象を目の前にすると、その「発作」が発動するようだということだ。

 そういう意味では、イットはエリカの隠れた性癖の直球だったようだ。

 

 確かに、エルフ族と獣人族の違いこそあれ、イットは、エリカの妹分として申し分ないほどに、小柄であどけない顔をしていて、行儀がよく、そのうえ、性奴隷をしていただけあって、性愛の受け入れには抵抗はない。

 エリカとしては、格好の相手のようだ。

 

 ミウについては、エリカを受け入れることはないだろうと一郎が判断したので、ミウについては許可しなかった。

 だが、イットについては大丈夫と判断した。

 そのとおり、なんだかんだと、イットは嫌がってはいない。

 しつこすぎるエリカの責めに、たじたじになっているだけだ。

 まあ、獣人だし、体力もあるし問題ないだろう。

 エリカもイットも、今日は一日馬車で寝ていればいい。

 本当にエリカは愉しそうだ。

 

 そのときだった。

 

「ああ、も、もうだめえ」

 

 イットのあられもない絶叫が部屋内に響いた。

 真っ赤に高揚しているイットの身体が拘束している縄を引き千切らんばかりに椅子の上で跳ねとんだ。

 しかし、またもや、エリカはぎりぎりで責めるのをやめてしまっている。

 

「ふふふ、ロウ様、ほんっとに、この獣人っ娘のイットは可愛いです」

 

 顔を出したエリカが、心の底から嬉しそうに言った。

 口の周りをイットの体液だらけにしているエリカは、それを手で拭き取ると、悪戯っぽい笑みを浮かべて、こっちに顔を向ける。

 そして、またもや、イットを責めたてる素振りをする。

 一郎は苦笑した。

 

「ほら、もう終わりだ」

 

 エリカを押し避ける。

 

「あん」

 

 エリカは残念そうな仕草をした。

 一郎は股間から勃起した男根を取り出すと、イットの胴体を縛っている縄だけ外し、イットのびしょびしょの股間にぐっと怒張を押し込んだ。

 

「んふううっ、ご、ご主人様ああ──」

 

 無造作に挿入したように見えるかもしれないが、一郎はイットを一瞬で追い込むほどの、絶妙の角度と勢いでイットの中に挿入している。

 あっという間に絶頂に達したイットは、身体をがくがくと痙攣させながら、身体を限界までのけぞらせた。

 

「まあ、俺たちはこんなものだ。ひどい目に遭っていると思っているかもしれないけど、末永く仲良くしよう。みんなイットが大好きになっているぞ」

 

 一郎はイットに抽送を続けながら言った。

 

「ら、らめえええっ、き、気持ちいいれすうっ」

 

 声が聞こえているのか、聞こえていないのか……。

 

 イットは絶頂によってあがりきった快感の波をさげることもできないまま、さらに高い位置まで、連続絶頂の発作を飛翔させていった。

 

 

 

 

(第19話『一番奴隷と獣人少女』終わり)



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【5章 王都狂乱】
371 女豪商の帰還


【バロンドール王国・ノール離宮】

 

 

 

 ライスの連れてきた王国軍の一個隊は、ノールの離宮を囲む荒地に露営をしている。

 整然としているとまでは言えなかったが、露営のための幕舎が平原に拡がっている様は壮観ではある。

 また、人数は千人ほどのはずだが、兵糧や武器、あるいは、軍が露営のために使う営舎用品のための大幕舎、騎馬兵のための馬の管理施設、さらに臨時に築いた練兵場まである。

 

 シャーラは、ライスのことを国王の腰ぎんちゃくで成り上がった将軍にくらいにしか思っていなかったが、こうやって軍営を眺めてみると、展開している幕舎は陣構えになっていて、あまり隙もない。

 将軍としては、それなりの力量もあるのだと改めて思った。

 

 シャーラは、案内の兵に引率されて、陣営のもっとも外側までやって来た。

 ここまでやって来ると、ノールの離宮も遠い。

 ノールの離宮は海を見下ろす崖の上に建っていて、王族の別荘としてはかなり小さい。

 なにしろ、王族の別荘とは称しながら、罪を犯した王族の流刑施設に使われたこともあるという。

 実際のところ、離宮からは、小さな村落すらかなりの距離がある。

 

 ただ、露営地の外殻部分までやって来ると、そろそろ半月ばかり駐留を継続しているからなのか、集まっている兵士を相手にするための行商人たちによる市場のようなものができている。

 耳にしたところによれば、天幕を利用した娼館まであるらしいから、つくづく商人というのは商魂が逞しいものだと思う。

 

「どうぞ、シャーラ殿。すでにお待ちです」

 

 目指していた露営地の外側にある面会者用の天幕に着いた。

 案内の兵が天幕の入口でシャーラに向かい頭をさげた。

 

 最初にイザベラ王女とともに、ノールの離宮に連れて来られたときとは随分と態度が違う。

 半月と少し前にここにやって来たときには、イザベラもシャーラも、ライスたちによって完全に囚人扱いをされており、あの館から一歩も出ることはできなかった。

 ところが、数日前にライスは、突如として絶対の忠誠をイザベラに誓い、こうやって敷地内であれば、自由に動くことを許している。

 当然ながら、ライスの態度の変化は、彼が率いる兵にも表れる。

 目の前の案内の兵も、シャーラに対して、敬意のこもった態度だ。

 

 もっとも、なぜ、ライスが態度をいきなり変化させたのかということは考えたくない。

 国王ルードルフの寵姫のひとりと思い込んでいたチャルタという少女美姫が洗脳したということだったが、つまりは、これもロウの関与が遠因ということだ。そもそも、チャルタにしても、あのピカロにしても、彼女たちを支配していたらしい寵姫のサキについても、全員がロウの女ということなのだ。

 しかも、魔族……。

 

 魔族の女を三人も王宮内に潜入させるなど、王国に対する完全な裏切りだ。

 シャーラの倫理観では、とても認められない。

 だからといって、ロウを断罪することなどできるわけがないし、結局、シャーラとして心の安定を図るためには、このこと自体をなかったことにして、忘却するしかない。

 まあ、釈然としない部分もあるが、これも惚れた弱みかもしれない。

 多少羽目を外すが、ロウは悪い人間ではないのだ。

 いや、ないはずだ……。

 

「ここでいいわ。帰りの案内は無用よ」

 

 シャーラは、兵に向かって言った。

 

「わかりました。では、少し離れた位置で警備につきます。なにかあれば、大声で声をかけてください」

 

 兵が天幕から離れていく。

 しかし、どうやら、完全に離れるなと命令を受けているのかもしれない。

 

 すると、足元に童女が出現した。

 兵からは、シャーラの身体が死角になって見えない位置になる。

 

「お姉様……ごめんなさい。ここで終わりです……。ここから遠くは……」

 

 サキがノールの離宮に置いていったスカンダという名の魔族だ。見た目は五、六歳の人間族の童女であり、身体の前で布を合わせ巻き、それを腰帯で締めとめるという珍しい服を身に着けている。

 スカンダは、申し訳なさそうな泣きそうな顔をしていた。

 シャーラは嘆息した。

 そして、そっとスカンダの頭に手を優しく置く。

 

「大丈夫よ……。ここで来客と話をするだけよ。逃げたりしないわ」

 

 実のところ、スカンダは、サキからある命令を帯びており、それは、シャーラだけでなく、イザベラやアネルザ、そして、イザベラの侍女団をここに足止めすることだった。

 もしも、ノールの離宮の敷地外に出ようとすれば、スカンダの魔道で強引に連れ戻すことを絶対の使命として厳命されているようであり、サキよりも遥かに地位も能力も低い魔族であるスカンダは、自分自身の意思とは関わりなく、サキの命令には逆らえないらしい。

 それで、いまのように、シャーラたちをノールに無理矢理に繋ぎとめる行為をするときには、心の底から悲しそうな表情になる。

 心根がとても優しいのだ。

 

 だが、実際のところ、移動術と疾走術を遣いこなすスカンダの特殊能力の前には、どうしても、彼女を出し抜いて、ノールの離宮から脱出するということはできない。

 何回か試して、それは不可能ということがわかった。

 スカンダに見つからないようにすることはできないし、いまのように、いつの間にか目の前の出現し、それでも逃げようとすれば、強引に『移動術』で離宮内に戻される。

 とにかく、スカンダがサキから言い渡されているのは、サキが監禁の対象とした者が王都に戻ることであり、その意思がないと言っても無駄で、そうでないと口にしても、なぜか心を読まれて戻されてしまう。

 そういう状況だ。

 

 いまは、シャーラも、本当にここまで面会に来ただけで、逃げる意思がないので、スカンダも忠告にやってきただけが、これが一瞬でも王都に戻ることを頭によぎらせてしまったら、スカンダは容赦ない。

 王都に向けて逃亡できないか、試そうとして、ノールの離宮を出たときには、離宮の建物の敷地内を出ないうちに、魔道で引き戻される。

 それに比べれば、ここまで、やって来られたのは、ある意味画期的だ。

 

「あい、ありがとうございます……。お姉様」

 

 スカンダの姿が消える。

 だが、絶対に気を許してないに違いない。

 もしも、シャーラが意思を変えて、さらに離れようとした瞬間に、離宮に連れ戻されると思う。

 これは、スカンダの忠告ということだ。

 それにしても、サキはなんだって、こんなことをしているのだろう。

 現段階では、確かめる手段がない。

 向こうでなにが起きているのか、ノールの離宮は王都から離れすぎていて、情報が乏しすぎる。

 

「これは──」

 

 シャーラは天幕に入ったとき、中で待っていた人物の顔を見て驚いてしまった。

 伝言を受けたときに聞かされていたのは、あのマアの使者が訪ねてきたということだった。

 マアというのは、タリオ公国で一代で巨万の財を築いた女豪商だ。そして、まだ商業ギルドの支配の強いハロンドール王国内に、自由流通という名の新しい流通の仕組みを引っさげて乗り込んできた。

 実際には、六十を超える老女なのだが、キシダインとの闘争絡みで、ロウが性支配をしたときに、ロウの能力で若返ってしまった。

 さすがに、それを後で知ったときには、シャーラも信じることはできなかったが、事実は事実だ。

 とにかく、大陸を股に掛ける大商会の商会長がいきなり、若返ったりしたらとんでもない大騒動になる。

 そのため、スクルズが見た目を誤魔化すカモフラージュ・リングの魔具を作成した。

 魔道具であるそのリングを作動させていれば、元の通りの老女に見えるというものなのだが、実際には数十歳も若返った姿が本来のいまのマアなのだ。

 シャーラでなくても、調子が狂うというものだ。

 

 それはともかく、天幕の中で待っていたのは、マア本人だった。老女姿でなく三十歳そこそこにしか見えない若返った姿だが……。

 

「初めまして、シャーラ様……。マア商会のマリラと申します」

 

 天幕の中は、真ん中に卓と椅子があるだけの殺風景なものだったが、そこに座っていたマアが、立ちあがってマリラと名乗った。

 シャーラの後ろには、美しい少年剣士がいる。とても綺麗な顔立ちをしていて、身体が細い。十四、五歳くらいか? 金色の髪を首の後ろで無造作に束ねている。

 しかし、小柄だがかなりの腕をしているとわかった。

 シャーラも武芸を嗜んでいるので、見ただけである程度の相手の力量はわかる。かなり強いと思った。

 護衛という感じだ。

 シャーラは迷ったが、とりあえず、魔道で天幕の中を防音の処置をした。

 中の会話を外に漏らさないためだ。

 

「防音の魔道を施しました。この天幕の中の会話は外には出ません」

 

 シャーラは言った。

 すると、マアがすっと肩の力を抜いたようになって、椅子に座り直した。

 

「だったら、いいね。久しぶりだね、シャーラ。それにしても、少しばかり、会わないうちに、とんでもない状況になっているようじゃないかい。ロウ殿がクエストで王都を離れているあいだに、まさか、罪を着せらされて手配されるなんてね」

 

 一転して、マアが口調を崩した。

 アーサー大公から一時帰還命令が出されて以来、ハロンドール王国から離れていたが、当然だがそれなりに事情に通じているみたいだ。

 しかし、シャーラは、どう接していいか迷った。

 後ろの護衛の少年は初対面だ。

 シャーラやマアたちの関係をどこまで承知しているのか……?

 

「モートレットは問題ないよ。ある程度の事情を知っている。あたしの護衛で、ちょっと訳ありで預かっている子さ」

 

 シャーラの視線に戸惑いに気がついたのだろう。マアが後ろを振り返って、護衛少年の顔を見る。

 モートレットと紹介された少年護衛が口を開く。

 

「モートレットです。マア様の護衛です」

 

 かすかに頭をさげた。

 ほとんど表情が変化しないと思った。

 

「見た通り、喜怒哀楽を忘れてしまったような子でね。もしかしたら、今回の旅が彼女にとっても、いいきっかけになるのではないかと思って連れてきたのさ」

 

「彼女?」

 

 シャーラは驚いて、モートレットをまざまざと見た。

 言われてみれば、女性かもしれないと思った。しかも、とても可愛らしい顔をしている。だが、胸も大きくなく、しっかりと鍛えた筋肉をしていたので、少女だとは思わなかった。

 

「マア様──」

 

 モートレットがマアを咎めるように、少し大きな声をあげた。

 だが、マアはモートレットに強い視線を向けたまま、小さく首を横に振る。

 

「彼女については問題ない。絶対の信用が置ける。あたしを信頼しな……。それと、シャーラ、モートレットが女であることは、限られた人数しか知らないことでね……。訳があって男として育っているようだ。そのつもりでいておくれ」

 

 マアが言った。

 なにか特殊な背景があるようだと思った。だが、男として育ってきた少女?

 

「わかりましたが、どういうことなのですか? とにかく、彼女はあなたがおマア様であるということを承知しているという認識でいいのですね?」

 

 “おマア様”というのは、ロウが彼女のことを“おマア”と呼ぶことからきた、マアの通称だ。

 なんとなく、仲間内でそう呼ぶようになっていた。

 

「打ち明けたよ。この姿のあたしを護衛をしてもらう以上、隠せないからね。どうやって、若返ったかは説明していない。ただ、“彼女”はそれを気にしていない。まあ、知るときがくれば知ればいいさ。彼女の素性もまた、時期が来れば、あんたらに打ち明ける」

 

「いまは事情を説明しないということですか?」

 

「必要ないからね。それよりも、ここに王太女と王妃がいるというのは確かだね。それとアン殿と?」

 

「ええ、お会いになりますよね」

 

「そのために来たからね。話したいこともある。タリオ公国内だけでなく、このハロンドール王国においても、不自然な物の流れがある。あんたらが、どの程度の情報を握っているかわからないけど、色々と知らせておきたい。そのために来たのさ」

 

 マアが微笑んだ。

 不自然な物流の流れというのは気になる。

 とにかく、このノール城では情報に飢えている。どんなことでも、情報があるのはありがたい。

 なにしろ、サキの企てのせいで、情報遮断状態にあるのだ。

 まあ、そのために、数日以内には、エルザが王都に向かって、まだ王都にいるミランダやスクルズと接触する手筈にはなっている。

 この離宮において、サキが命じたスカンダによる禁足の対象でないのが、タリオ公国からやってきたアーサー大公の妃のひとりであり、もともとはハロンドール王国の第二王女のエルザなのだ。

 

「わかりました。では、早速……」

 

 立ちあがりかけたシャーラをマアが制した。

 シャーラは座り直して、マアを見る。

 

「だけど、あたしはマアの代理人のマリラとして入るよ。エルザ妃とは実は昵懇の仲でね。あたし自身がやって来たとなれば勘繰られる。なにしろ、彼女はなんだかんだで、アーサー側の女だし」

 

 マアが言った。

 シャーラは微笑んだ。

 マアは、ロウとアーサーが対立している経緯を承知している。

 地位の高い女を妃にしたがっているアーサーは、自国の富国強兵施策に成功し、近隣に大きな影響力を得るようになったことで、ハロンドール王国から政略婚で嫁いでいたエルザと、王太女になったイザベラを交換することを望んでいた。

 エルザが庶子腹であるのに対して、イザベラの母は貴族であり、しかも、王太女ということで、箔が異なるからだ。

 

 それで、婚姻工作のために、自ら王都に乗り込んできたが、それを不快としたロウがイザベラとの仲を見せつけて、アーサーを追い返したということがあったのだ。

 このことを馬鹿にされたと感じた、アーサーがかなり怒ったということは、シャーラも耳にしている。

 そもそも、マアを率いていた商会団を突然に本国に召還して、ハロンドールの流通に混乱を作らせたのは、アーサー自身が指示をした嫌がらせというのは、イザベラやシャーラたちの共通の認識だ。

 いずれにしても、あの一件以来、アーサー大公は、ロウの女たちの中では「敵」認識であり、マアも「身内」の中では堂々と呼び捨てにしている。

 

「だったら問題ありませんよ。エルザ様は、すでにアーサーを見限っているのですよ。アネルザ王妃殿下も、そのつもりで接しています。王妃殿下はエルザ様をもうタリオ王国には返さない覚悟です」

 

 シャーラは言った。

 だが、マアは首を捻った。

 

「エルザ妃がアーサーを見限った? アーサーが王妃たちに冷淡なのは有名なことだけど、エルザ妃がアーサーにぞっこんなのは有名な話だよ。もうひとりのエリザベート妃は、アーサーをはっきりと態度で嫌っているけどね」

 

「エルザ妃がアーサーに好意を抱いているということですか? まあ、公妃でもあられるので、表向きはそうなのでしょうけど、離縁をつきつけられたということもあって、すっかりと幻滅したみたいでしたよ……。とにかく、エルザ様はアーサーを見限って、ここに来られたのです。問題はありません。とにかく会って……」

 

 シャーラは言ったが、マアは気難しい表情を崩さなかった。

 マアは、シャーラの言葉を遮った。

 

「エルザ妃は食わせ者かもしれないよ。彼女はとても頭がいいからね。本音を隠すことは得意さ。それでタリオ公国の社交界をけむに巻き続けているんだから」

 

「いえ、そんなことは……。とにかく、エルザ妃が信用できないということはありません」

 

 シャーラは笑った。

 だが、マアは首を横に振る。

 

「そもそも、エルザ妃はどうして、ここにやって来れたんだい? 彼女はタリオ公国とハロンドールの友好のために差し出された人質だろう? それが王国間の政略婚というものだよ。アーサーがイザベラとの婚姻を目指しているのは真実だろうけど、だとしても、まだそれが決まらない状況で、早々にエルザ妃を出すことを許したのはなぜだろうかねえ?」

 

 マアが意味あり気に言った。

 シャーラは訝しんだ。

 

「よくわかりませんが、エルザ妃に限って……」

 

「長く王太女をハロンドールの貴族どもから守り抜いてきたあんたが、男を知って牙も爪も勘も失ったかい? もう一度言うけど、アーサーがエルザをここに送り込んだのは裏がある。あたしはそう言ってんだ」

 

 マアは真顔だ。

 シャーラはさらに困惑した。

 

「エルザ様は、アーサーからなにかの思惑で送り込まれたということですか?」

 

「アーサーは高慢な男だよ。世間からはそう思われてないけどね……。他人の子を孕ませたままの女をそのまま娶ると思うかい? ハロンドールの国王にはそう打診したようだけど」

 

 マアが言った。

 驚いたことに、マアはイザベラたちがロウの子を妊娠したことまで情報を得ているみたいだ。

 しかも、水面下で行われていて、シャーラたちすら知らなかった、イザベラへの婚姻の申し込みについてもよく承知している。

 

 それはともかく……。

 いまのは、どういう意味?

 

「タリオにはハロンドールよりもずっと進んでいる幾つのかの分野がある……。薬物に関する研究などはそのひとつさ……」

 

 意味ありげな物言いだ。

 シャーラは困惑した。

 

「……例えば、初期妊娠のいまであれば、完璧に堕胎をさせられるような薬物もタリオにはある。エルザ妃が出立直前に、公国の薬物研究所に立ち寄ったという確かな情報もあるみたいだよ……。アーサーの命令でね」

 

 マアがさらに言った。

 シャーラはびっくりしてしまった。



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 第20話  護衛長の汚れた仕事
372 侍女たちの悪戯


【バロンドール王国・ノール離宮】

 

 

 

「あっ」

 

 食器を洗っていたノルエルが一瞬身体を硬直させて、身体を棒立ちにさせた。

 トリアが侍女服の前掛けのポケットに入れていた操作具で、ノルエルに股間に装着させている貞操帯の淫具を振動させたのだ。

 

 もっとも、振動は微弱なものであり、ゆっくりとした蠕動運動をノルエルのクリトリスに密着している部分で始めただけだ。

 強弱も自在にできるのだが、強い振動にしてしまうと、感じやすいノルエルは、たちまちに脱力してしまって、その場に倒れ込んでしまうに決まっている。

 だから、耐えられるぎりぎりのところで責めながら、家事を続けさせるというわけだ。

 ノルエルは、顔を真っ赤にして、歯を食いしばる仕草をしている。

 

「ふふふ……、ロウ様の愛撫と思って我慢しなさい。ロウ様だったら、きっと、こんなものじゃあ、お許しにならないわ。よがってもいいけど、皿洗いは続けるのよ」

 

 トリアもまた、ノルエルと並んでしゃがみ込み、厨房の裏でたらいに張った桶に入った食器を洗っていたのだが、その手を休めて、すっとノルエルのスカートの下から手を入れて、お尻を擦ってやる。

 

「あん、トリア様……」

 

 さすがに手が鈍り、作業を中断させたノルエルが身体をくねらせる。

 もっとも、トリアの手を跳ねのけたりはしない。

 いつものように、ノルエルはトリアの隠微な悪戯をただ受け入れるだけだ。

 

 ノルエルは、イザベラの侍女団になってすぐに、トリアが仕込んだ「ねこ」である。

 従順で……快感に弱くて……、トリアに責められると絶対に逆らうことも、抵抗することもできない。

 そうなるように、トリアが躾けた。

 

 ロウがトリアたちの全員を愛人にしたことで、ロウを前にしては対等な性奴隷なのだが、ふたりきりのときはトリアが「主人」でノルエルは「人形」だ。

 この関係はいまでも変わりはない。

 そして、いまはふたりきりだ。

 

 トリアとノルエルは、いまは昼食の片づけとして、料理屑の処理と皿洗いを命じられて、ふたりで厨房裏の一画でいまは皿洗いをしているところだった。

 このノールの離宮で働くのは、ヴァージニアとシャーラを除く侍女の九人であり、その九人で、王妃や王女たちの世話や離宮内の家事のことのすべてを分担して行う。

 

 ほかに王太女の女官団としての仕事もあるのだが、いまは王都の情報がなく、王太女イザベラもすべての公務から離されている状態なので、官吏としての仕事はほとんどない。

 だから、いまやっているような雑事が主要な仕事だ。

 下働きもおらず、本来は下級女中のすることも、すべてトリアたちがやらなければならない。

 

 まあ、もともと、イザベラが王太女になる前の王城内の小離宮でも、雑事をする下女のような者たちもおらず、トリアたち九人ですべてのことをやっていたので、その頃の状況が戻った程度のことだ。

 どうということもない。

 

 ほかの者たちも、掃除や洗濯など、ここに侍女たちがいなかったために、行き届かなかった離宮の手入れを分担してやっている。

 ほかには、タリオ公国公妃のエルザが連れてきた五人のタリオ人の侍女がいるのだが、あっちは数日前に、エルザが急に微熱で寝込んでしまったので、そっちにかかりきりになっている。

 

 それはともかく、今日については、トリアは、ノルエルと組んで仕事をするように、女官長のヴァージニアから指示を受けた。

 仲のいいノルエルと組めることを喜んだトリアは、ノルエルに淫具付きの貞操帯を装着して来るように命じたのだ。

 

 ノルエルは恥ずかしがったが、もちろん拒否はしなかった。

 淫具の貞操帯は、ロウが「遊び」のために王城に置いていったものであり、どういう仕掛けになっているのかわからないのだが、仲間内であれば、魔道遣いではないトリアたちにも、こうやって魔道仕掛けの淫具のように、それらを動かしたりすることができる。

 あの王城脱出のときに、トリアはほかの荷と紛れさせて、これを含めて幾つかの淫具を持って来ていた。

 山賊に襲われたときにも、地方軍に捕らわれそうになったときも、淫具を入れた背負い袋だけは持って来れてしまったのだ。

 まあ、おかげでこんな風に、ノルエルと遊ぶことができるというわけだが……。

 

「ト、トリア様……、お、お戯れは……、あんっ」

 

 喘ぎ声とともに、抵抗の言葉を口にしたノルエルの股間の振動を、もう一度ポケットの中に手を入れて、ほんの少し振動を強くしてやる。

 ノルエルはびくびくと身体を痙攣させた。

 だが、すぐに元の微弱な振動に戻す。

 ノルエルががくりと身体を前に倒しそうになる。

 

「ロウ様よ……。ロウ様と思いなさい。さあ、皿洗いをやめちゃだめじゃない」

 

 トリアはノルエルの耳元でささやきながら、トリアはスカートの中の手をお尻側から股間側に持ってきた。

 ノルエルの股は、貞操帯の締めつけでも押さえられない愛液でべっとりと内腿が濡れている。

 ぎくりとノルエルが震える。

 

「も、もう……。ああ、だけど、ロウ様にお会いしたいです……」

 

「わたしもよ……。ところで、さあ、手を動かすのよ。洗い物を続けるの――」

 

 トリアは強く言った。

 

「は、はい……」

 

 ノルエルが皿洗いを再開する。

 しかし、さすがに股間を責められながらではつらそうだ。

 トリアは、恥ずかしそうに顔を歪めるノルエルの姿に嗜虐心を満足させた。

 

 そのときだった。

 

「いたあっ」

 

 頭に衝撃が加わり、トリアは思わず悲鳴をあげてしまった。

 顔をあげると、そこにいたのはモロッコだった。

 洗濯物を抱えている。

 どうやら、通りかかったモロッコに拳骨を喰らわされたみたいだ。

 ほかにも、セクトとデセルもいる。

 トリアは、とりあえずノルエルとともに、その場に立ちあがる。

 

 セクトは、トリアと同じ男爵家出身だが、モロッコは騎士爵家出身で、デセルはノルエル同様に平民である。

 だが、ロウに抱かれるようになって、身分差など弾け飛んでしまった。ノルエルがトリアに丁寧な言葉を使うのは、性格的なものであり、それ以外の者たちは、ほとんどがお互いを呼び捨てにする。

 当然にモロッコは、トリアに容赦のない言葉使いをするし、扱いもぞんざいだ。

 

 また、モロッコは、剣技で男の騎士を圧倒するくらいであり、気も強く容赦ない。

 もっとも、モロッコは、自分の剣の腕では、騎士になるのは難しいと諦め、イザベラの侍女になった経歴であり、もともと剣の腕は平凡だった。

 だが、ロウに抱かれたことで、突然に能力が覚醒して、王都でも五本の指に入るくらいの腕になったのだ。

 

 つまりは、信じがたいことではあるが、ロウには、精を注ぐことで女の能力を飛躍的に向上させることができる不思議な力があるのだ。

 これは、イザベラ侍女団共有の秘中の秘である。

 もしも、こんなことが知れれば、王都だけでなく大陸中が大騒ぎになるのは、目に見えている。

 

 例えば、トリア自身については、ロウに抱かれて、不思議なほどに頭が回るようになり、物事の変化に対して鋭敏になったと思う。単なる鋭敏という言葉では言い表せないほどだ。

 ロウに抱かれる前と後とでは、まるで他人だ。

 「観察分析力」とロウが教えてくれた気がするが、とにかく、トリアは、急激に周囲のことが理解できるようになったと思う。

 ノルエルもまた、頭がよくなり、他人が思いもつかないような豊かな発想力溢れた知恵が回るようになってと思う。

 侍女団の中では、ノルエルは軍師的な立場にある。

 

 とにかく、ロウによって覚醒した能力のことをトリアたちは、「ロウ様の加護」と仲間内では呼んでいる。

 その「加護」の最大の恩恵は、なんといっても、女官長ヴァージニアだろう。ヴァージニアは四十歳になり、もともと化粧などに気を配る性格ではなかったので、以前は本来の年齢よりもずっと老けて見えていた。

 ところが、ロウにより、肌が若返り、皺が消え、顔の見た目の印象までも変化して、誰もが認める美貌を手に入れてしまった。

 ヴァージニアは、ロウの秘密がばれないために、わざと老け顔をつくるように化粧で工夫しているが、それでも突然に美女に変身したヴァージニアは、「王太女府の奇跡」とも呼ばれている。

 ヴァージニアに限らず、トリアたちもまた、ロウに抱かれて美しくなったと言われるようになり、これひとつだけでも、もうロウとは離れられないし、離れることなど想像もできない。

 

「なにさぼっているのよ、トリア。ちゃんと真面目にしなさいよ」

 

 モロッコが怒鳴った。

 もっとも、そんなに怒ってはない。むしろ呆れている感じで苦笑している。

 

「本当に痛ああ……。ちょっと、ノルエルをからかっていただけよ。仕事はやっているわよ」

 

「どこがよ──。罰として、トリアは夜はお仕置きのくすぐり刑よ。全員で苛めてあげるから、覚悟しなさい」

 

「えええ──」

 

 モロッコの言葉に、トリアは自分の顔色が変わるのがわかったが、

 多分、寝台の上に四肢を拡げて括りつけ、よってたかって柔らかい刷毛や筆で刺激しまくる「遊び」のことだ。

 もともと、性愛の関係だったのは、トリアとノルエルくらいだったが、ロウに抱かれるようになって、仲間通しの百合遊びは盛んになった。まあ、毎夜毎夜、ロウの能力による不思議な空間に連れていかれて、体液まみれの裸でお互いのまぐ合いを見ているのだ。

 そういうことに遠慮するというのが無理だ。

 

 それに、ロウがいなくなって、もう二箇月以上──。

 身体が疼きまくって、耐えがたい。

 みんなも口には出さないが、身体が疼いて仕方なさそうな素振りである。

 だから、トリアも、本当はご法度である仕事中の百合遊びをついついやってしまった。

 トリアは悪くない──。

 いずれにしても、ロウは単に抱くだけでなく、いつも過激なやり方でトリアたちを抱く。

 だから、ロウがいないときの女同士の百合遊びも、自然にどんどんと過激になって言っていると思う。

 

 しかし、くすぐり刑──。

 あれは苦しいのだ。

 ロウの影響もあり、責め合うときには、一切の容赦は抜きという約束事ができあがっている。

 きっと、どんなに泣き叫んでも、悲鳴をあげても、体液という体液をまき散らしても、発狂寸前までみんなはやめないだろう。

 助けもない。

 「遊び」のときには、あの真面目で厳しい女官長のヴァージニアだって、トリアたちと淫靡に興じ合う。

 イザベラ王太女だって、アネルザ王妃だって、ロウにすっかりと染まっているから、その手のことには慣れっこだ。

 とめるわけがない。

 トリアは、今夜に自分が味わわされるであろう痴態を想像して、ぎゅんと股間が熱くなってしまった。

 

「だったら、お任せください……。トリアお姉様の弱いところは、あたしすっかりと知っていますから……。皆様に全部お教えしますね」

 

 すると、ノルエルが妖艶に微笑んだ。

 トリアは呆れた。

 

「なんで、あんたも責め側なのよ──。一緒に遊んでたんだから同罪でしょう。ノルエルも罰を受ける側よ」

 

 トリアは声をあげた。

 すると、ノルエルは、わざとらしく両手で自分の身体を抱いて、震える仕草をした。

 

「あたしはトリアお姉様に脅されて、逆らえなかっただけです──。苛められていただけですわ」

 

 声は小さいが凛とした言葉に、トリアはまごついた。

 深く考えなかったが、ただ気が弱くて大人しいだけのはずだったノルエルが、冗談とはいえ、いつの間に、こんなにはっきりとした物言いをするようになったのだろう。

 考えてみれば、ここにやってくるときの逃避行のときも、危機を乗り越えるときの策については、ノルエルは自分から積極的にみんなに提案したりしていた。

 以前のノルエルなら、他人の会話に口を挟んだり、自分の考えを進んで口にすることなどあり得ないことだったのに……。

 

「ノ、ノルエル、あなたねえ……」

 

 とにかく、トリアは睨んだ。

 だが、ノルエルはにこにことしているだけだ。

 なんだか、ちょっと面白くなかった。

 ノルエルは、トリアの「ねこ」なのだ。

 なにをしても逆らえないトリアの「生き人形」なのに……。

 

 トリアはさっとポケットに手を入れて、ノルエルの股間に嵌まっている淫具のスイッチを入れた。

 

「ひんっ」

 

 ノルエルが真っ赤な顔をして両手を股間に当ててしゃがみ込んだ。

 

「あんたねえ──」

 

 モロッコがトリアのポケットから淫具の操作具とりあげて、振動をとめる。

 

「ああん」

 

 ノルエルが切なそうに小さく身体を震わせた。

 

「ほら、ノルエル、立って……。んんっ……? あれえ?」

 

 そのとき、座り込んだノルエルを助け起こそうとして腰をおろしたセクトが首を傾げた。

 セクトが不思議そうな顔をして視線を向けたのは、料理の残飯を集めている木桶だ。洗い物が終わったら、離宮の裏に掘ってある穴に放り込む予定で、そこに置いてあったものだ。

 

「もしかして、アダジュの茶? この匂いは間違いないかなあ……? でも、何でここに混じっているの? お茶には使ってはならない葉のはずなのに……」

 

 セクトが呟くような声で言った。

 なにを言っているのかわからなかったが、セクトが桶を覗きながら口にしたのは、料理をしたときに出た野菜の皮の下くらいにあったお茶の葉のことみたいだ。

 

 セクトが桶に手を伸ばして、湯の通った茶の葉の塊を取り出していた。

 セクトがロウの加護で現出した能力は「料理」の能力だ。

 だから、舌覚や嗅覚だってすごい。その特別な鼻で、なにかに気づいたのかもしれない。

 

「アダジュ茶……? あらやだ、しかも、もしかして、こっちはカレウム草──? もっと見せて、そんなのあり得ないわ。アダジュ茶だけでなく、カレウム草が一緒になっているなんて?」

 

 真剣そうに口を挟んだのは、デセルである。

 昔から本の虫だったが、彼女が覚醒した「加護」は、その趣味の読書の習慣の影響から発出したのか、圧倒的な知識量だ。

 以前に読んだものを含めて、デセルは人生で一度でも目を通したことがある書物の内容を詳細に思い出せるようになっていた。

 その知識量で、セクトの言葉を受けて、なにかを思い出したみたいだ。

 

「見せてください、セクト……。うん、間違いなさそう……。でも変ねえ。そのふたつを一緒の茶に通すなんてあり得ないのに……」

 

 デセルも首を傾げた。

 

「アダだか、カレだか知らないけど、それがどうしたのよ?」

 

 トリアは口を挟んだ。

 デセルが、まだセクトに手のひらに載っていた茶の葉を指で避け分けるようにした。

 

「しっかりしなさいよ、トリア。アダジュ草といえば、味が苦くなるということで、お茶には違いないけど、絶対に使ってはならない茶葉のことじゃないのよ……。だけど、誰か、そのアダジュ草をどなたかのお茶に使ったの?」

 

 モロッコが眉間に皺を寄せた。

 

「それだけじゃありません。これは、そのアダジュ茶と言われる茶草の欠片ですけど……。こっちはカレウム草なんです。ずっと北方の異国でしか採集できない薬草で、これがあることでも珍しいんですが、特に、アダジュ草にカレウム草を混ぜると、強い毒性が活性化するんです。そういう研究本を読んだことがあります」

 

「研究本? 混ぜると毒になるって?」

 

 モロッコが目を丸くした。

 

「ええ……。だから、アダジュ草をお茶には使ってはならないとなっているんです……。いずれにしても、このふたつの薬草が同じ湯を通した状態でここにあるなんて、あってはならないことで……。だけど、どうして……」

 

 デセルはまだ首を傾げている。

 

「今日の厨房担当は誰? このお茶は誰が捨てたもの?」

 

 驚いたモロッコが声をあげた。

 すると、デセルが小さく手をあげる。

 

「厨房はいつもわたしよ。だけど、それに見覚えはないわ……」

 

「もしかしたら……。あっ、多分、あたし……です……」

 

 次いで、ノルエルがなにかを思い出すような感じで言った。

 

「ノルエル? あなたがこれを?」

 

 トリアはノルエルを見た。

 ノルエルは小さく首を横に振る。

 

「あたしというか……。多分、あのときかも……。エルザ様の侍女様たちから、薬を煎じた茶器を受け取ってお洗いしたから……。受け取ったというよりは、トレイに載せて廊下に出してあったから、勝手に片付けて、洗っただけなんですが……」

 

 ノルエルは言った。

 エルザというのはしばらく前に突然にやってきたタリオ公妃であり、もともとはイザベラやアンの異母姉妹である。

 そのエルザは、混乱をしている王都情勢を探るため、ここから離れることのできないイザベラやシャーラたちに代わり、自分が向かうということになっている。

 しかし、その直後に脱力感に襲われる軽い病になって、数日寝込んでしまっていた。

 

 もともと、この離宮のことは、すべてトリアたち侍女団でやることになっているので、エルザが連れてきた侍女たちについては、エルザの世話だけに専念させていた。

 だから、業務もはっきりと切り分けられていたのだが、ノルエルはたまたま、廊下に出してあったので、エルザの侍女たちの仕事だった茶器の洗い物に手を出したに違いない。

 

 昔からトリアたち、イザベラ侍女団と言われる者たちは、仕事の切り分けというものはあまりなく、どんなことでもお互いを手伝いながら、やれることをやるという感じだ。

 下働きの仕事も、家事全般も、イザベラの侍女としての仕事も、話し相手も、官吏としての仕事も、全部みんなで分担してやる。

 ロウの性の相手もそうである。

 なにもかも、一緒だ。

 だから、ノルエルは、エルザの侍女たちが本来すべきだった茶器の片付けも、つい黙って手を出したと思う。

 

「シャーラ様に──」

 

 モロッコが慌てた感じで言った。

 トリアは口を開いた。

 

「シャーラ様は、面会人があるということで、先ほど離宮を出ていかれました……。とにかく、ヴァージニア様に、このことをお伝えしましょう」

 

 その場にいた全員が真剣な表情になった。



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373 公妃と侍女

【バロンドール王国・ノール離宮】

 

 

 

 熱っぽい日々が続いていた。

 エルザは、二日ほど寝台からおりることができなくなっていた。

 

 いや、無理をすれば、起きることができそうな気がするのだが、身体が怠くて起きる気になればい。

 そして、食事をしても、水を飲んでも、すぐに吐きそうになる。

 侍女たちが準備した薬液を飲めば多少は落ち着くが、その代わりに眠くなり、しばらくすると、軽い熱が出る。

 その繰り返しだ。

 

 イザベラやアネルザには、あのサキという変な美女の企みによって、ここに禁足されてしまった二人に変わって、王都に乗り込んで混乱の収束にあたってやると啖呵を切っただけに、その直後の自分の体たらくに自己嫌悪に陥りそうだ。

 

 いずれにしても、早く身体を治さなければならないのだが、いまのところ体調改善の兆しはない。

 このノールの離宮を警護しているライス隊の連れてきた軍医の見立てによれば、軽い風邪だろうということだったが、処方された薬の効果はあまりないみたいだ。

 

「エルザ妃殿下、少々よろしいでしょうか?」

 

 そのとき、エルザにあてがわれている部屋に、侍女ふたりが入ってきた。

 ふたりのうちのひとりは、タリオ公国から連れてきた五人の侍女の長になる女であり、名はベーレ。年齢はエルザよりも十歳は上だ。

 最初からいた侍女は三人なので、これでエルザがタリオ公国から連れてきた侍女の五人の全員が揃ったことになる。

 

 どうやら、話をしたいようだ。

 エルザは嘆息した。

 ここにやって来て以来、イザベラたちの目があるので、五人とも猫を被って大人しくなっていたが、いまはそんな表情ではない。

 また、口を開いたのは、いま入ってきたばかりの侍女長のベーレである。

 もっとも、本職は侍女長ではない。

 本来は、大公府の女官長の役職を持つ女であり、今回のエルザのノール宮の訪問にあたり、同行することになった女だ。

 つまりは、アーサーからつけられた見張り役というところだ。

 

 エルザは、ベーレに悟られないように、ほかの四人の侍女に目で注意喚起した。

 ベーレがなにを話しに来たのかわからないが、エルザに話を合わせろという合図だ。

 わかったというように、四人がかすかに頷く。

 とにかく、四人については、エルザに以前から仕える本物の侍女であり、気心も知れているし、エルザの本当の気質もある程度わかっている。

 エルザが、アーサーから指示を受けた企てなど実行する気はなく、本当に、二度と帰らないつもりで、タリオ公国を出てきたことを承知していると思う。

 

 すなわち、味方だ──。

 だが、ベーレは違う。

 

 エルザなど、アーサーに相手をされない公妃という名の愛妾程度にしかみなしていないはずであり、事実、いまもタリオ公国の大公宮のときのように、横柄で値踏みするような視線をエルザに向けている。

 ここに来てからは、表に出さなかった態度であり、彼女もまた、ついに、大人しくするのをやめたのだと悟った。

 

「話って……? あれ、その護符……?」

 

 エルザは寝台の横にいた侍女のひとりに手伝ってもらって、寝台の上で、上体だけを起こした。

 そして、ベーレたちが入ってきた扉の横に、『防音の護符』が貼ってあることに気がついた。

 この護符は、魔道遣いが事前に魔道を刻んで、誰にでも使えるように作為をしたものであり、部屋で話すことをを一切、外に漏らすことがないための効果がある。

 もちろん、タリオ公国から持ち込んだものだ。

 この護符さえあれば、ここに盗聴のための魔具が仕掛けられてあったとしても、それが外に漏洩することはない。

 そういう護符だ。

 少し前まで存在しなかったものなので、ベーレが入ってくるとともに貼ったのだろうか。

 いずれにしても、無用心な行為と思う。

 エルザは軽く首を横に振る。

 

「べーレ、内緒話をしたいのかもしれないけど、むやみやたらに魔道の護符を使うものじゃないわ。話し声が聞こえないとしても、逆に、魔道の護符を仕掛けたことで、秘密の会話をここでしていると教えるようなものよ」

 

「問題はありません。あのシャーラとかいう護衛長は、来客があったということで不在していますから。この離宮にいる者で、護符により魔道の流れを感知できそうなのは、彼女くらいでしょう」

 

 エルザを見下すような視線と口調だ。

 ここにやって来てからは、アネルザ王妃やイザベラたちの視線があるので、大人しく仕える侍女の態度を装っていたが、これが本来の彼女だ。

 いや、彼女に限らず、あの大公宮における大半の女官たちの態度がそれだった。

 ベーレも、本来はエルザに仕える侍女ではなく、大公府で女官として勤めている自信もあれば、貫禄もある。

 お飾りの公妃とも揶揄されている第一夫人のいない第二夫人に示す敬意など持ち合わせてはいないのだ。

 ノールの離宮に到着してからの態度は演技であり、エルザを軽んじるこの姿勢こそ、偽りのない態度である。

 いま、ここにやって来てからの演技はやめて、値踏みするように、エルザを見ている。

 エルザは肩をすくめた。

 

「そうなの? それでも危険なことには変わりないわ。わざわざ、隠していた護符を使ってまでわたしと話したいことというのはなんなの?」

 

「あなたに確認したいことがあるのです。王都に向かうという話です。しかも、ハロンドールの王女たちをここに置いたままで、わたしたちが単独で王都に向かうという話です。まさか本気ではありませんよね?」

 

「本気に決まっているでしょう。その話はしたはずよ」

 

 エルザは言った。

 ベーレがエルザを“あなた”と呼び掛けた不敬は無視した。

 タリオ公国においては、そんなことにいちいち目くじらを立てていたら、心の平穏を保って、生きていくことなどできない。

 

「確かに話はお伺いしましたね。だけど、わたしは反対しましたよ……。というよりも、あり得ない判断です。今日は最後の勧告と思ってください」

 

「最後の勧告ねえ……」

 

 エルザは、できるだけ皮肉な口調で聞こえるように言った。

 だが、ベーレは意に介さなかったようだ。

 変わらず、冷たい視線をエルザに向けている。

 しかし、実際のところのエルザとベーレの立場は、これが正当なものだ。アーサーがエルザをノールの離宮に送り出すことにあたり、エルザに付けた条件は、すべての最終行動決定権をベーレに与えるというものだ。

 

 エルザは、ベーレに従わなければならない──。

 アーサーは、それを条件に、エルザがタリオ公国から出ることを許したのである。

 

 そもそも、エルザは、ハロンドール王都の混乱については薄々耳にしていたものの、イザベラたちがノールの離宮に幽閉同様の処置をされていることなど知らなかった。だから、アンやイザベラが、王都から出されているという情報には驚愕するとともに、会えるということには純粋に嬉しかった。

 ましてや、妊娠していることなど知らなかったから、その父親のことを知りたかった。

 とにかく、情報に飢えていた。

 なんとしても、タリオから出ようと考えた。

 そのためには、大抵のことは妥協するつもになった。

 

 ただし、アーサーとイザベラの婚姻話など、絶対に実現させてはなるものかとは思った。あの男は女扱いについてはくずだ。

 あんなのと一緒になっては、苦労するだけだ。

 エルザやエリザベートがいい例だ。

 

 だが、アーサーに従うという約束がなければ、ハロンドール王のルドルフが突きつけた条件がなんであろうと、ハロンドール王国から送られている人質のような立場のエルザを国外に出すことなどなかっただろう。

 エルザはアーサーに従うことに同意し、見張り役のベーレを侍女にやつして同行することも受け入れた。

 イザベラの動きを警戒し、情報を送ることも約束した。

 それがタリオを出る条件だったからだ。

 

 まあ、アーサーがエルザを外に出すことを許したのは、いまだに、エルザがアーサーにぞっこんだと、アーサー自身が思い込んでいるのもあるとは思う。

  なにしろ、タリオにいるあいだ、エルザはずっと大人しくて従順な公妃を演じて、素の自分を隠してきた。

 最初は「妻」として支えようと決心していたアーサーを見限ったのは、最初に会ってから数日のことだ。

 それ以降は、ずっと毒にも薬にもならない無力な女を演じ続けてきた。

 だが、その裏では、好き勝手やらしてもらってはいたが……。

 いずれにしても、あの男は自尊心さえ満足させてやれば、興味のない女に構うような男ではないので、外向けでは、アーサーを好きで仕方がない公妃の芝居をした。

 アーサーも、エルザのことは大人しいだけの面白みのない女とずっと思っていただろう。

 

 だから、形式婚とはいえ、王太女のイザベラを妻にできる機会を得たことで、邪魔になったエルザをあっさりと廃棄処分した。

 あの陰謀好きの男がなにを考えているかは知らないし、国を出てからも、なんらかの指示を与えるとは口にしていた。

 女という女は、自分に惚れるものだと思い込んでいる男なので、エルザを離縁により国から放り出すということをしたとしても、愛のささやきひとつで、言いなりになると信じ切っているみたいだ。

 まったく、おめでたい。

 とにかく、本当に、アーサーに惚れ続けているという演技を続けてきてよかった。

 

「お前がなにを命じようとも、無駄なことよ。ここはハロンドール王国であって、タリオではないのよ。あんたの権力を守ってくれるアーサーはいないわ。とにかく、体調が戻り次第に、王都ハロルドにひそかに入るわ。これは決定事項なの」

 

 エルザはきっぱりと断言した。

 べーレの顔が怒りで真っ赤になるのがわかった。

 だが、もはやそんなことは、エルザの眼中にはない。

 考えているのは、もうハロンドール王都の混乱のことだけだ。

 

 アーサーが気前よく、エルザの出国を許してくれたおかげで、エルザはやっと自由の身になれた。

 アネルザ王妃も、アーサーのいるタリオには戻らなくていいと言ってくれているので、うまくいけば、縁を切ることも可能のように思う。

 とにかく、女だということで、立場を与えられず、エルザの才能を発揮するにしても、なにかを隠れ蓑にして、こっそりと裏から手を回さなければならず、功績があったとしても、それが公になることなどあり得ず、すべてを自分よりも無能な男たちの成功にとって変わられる──。

 もうそんなのはこりごりだ。

 

 エルザは働きたかった──。

 自分の能力を心置きなく発揮できる地位と立場が欲しかった。

 愚者としか思えない者たちから、無能扱いされることなど、もう御免なのだ。

 

 最初はエルザも、アーサーに尽くし、タリオ公国のために全能力を発揮して、この国を富ませようと思った。そのためにできることはずべてやったつもりだ。

 だが、あのアーサーは、女を認めない。

 女が才能を持っているということなど、考えることもできないのだ。

 エルザは絶望した。

 

 だが、エルザの母国であるハロンドール王国において、転機が訪れた。

 長くキシダインと後継者闘争をしていたイザベラがついに、キシダインを蹴落として、次代の王になることになったのである。

 イザベラが次代の女王……。

 女だ……。

 だったら、イザベラの下であれば、少女時代からの夢でもあった治政に携わる仕事をするということも実現するのではないか……。

 そう思った。

 エルザは、自分を認めてくれないタリオ公国など見限り、母国への帰国を切望した。

 イザベラの下で、エルザの能力を発揮する地位を与えてくれ、得意の流通などで改革を起こして、存分に力を尽くすことを夢想した。

 考えると、矢も楯もたまらなくなった。

 

 そういう矢先のハロンドールへの帰国許可だ。

 表向きは、アーサーとイザベラとの婚姻を認める代わりの、エルザの帰国なのだが、裏の目的は陰謀好きのアーサーの駒としての動きを求められている。

 だが、どうでもいい。

 タリオから出てしまえば、あとは野となれ山となれだ──。

 もうタリオには戻ることなど、考えていない。

 イザベラに取り入って、認めてもらう活躍をして、ハロンドール王国でエルザの立場をもらう。

 これは千載一遇の機会だ。

 

「アーサー大公様から受けているご指示は、イザベラのいる場所から離れるなということよ、エルザ元公妃様」

 

「イザベラ王太女殿下よ……。分をわきまえなさい、ベーレ……。もう二度は言わないわよ。わたしたちは、数日後には、ひそかにハロンドール王国の王都に向かう……。準備しなさい」

 

 エルザはベーレを睨んだ。

 ベーレがなにかを言い返そうとして、口を閉じた。

 とにかく、この話は終わりだ。

 エルザはベーレを見ずに、手を振った。

 出て行けという合図である。

 

 エルザは、思念をハロンドール王国のことに戻す。

 

 本当に、あのルードルフ王については、どうしたというのだろう?

 噂でしかないが、まったく狂ったとしか思えない。

 いまのハロンドールの王都は混乱している──。

 原因は国王だ。

 あのルードルフが……とは思うのだが、エルザが限られた時間で知り得た情報だけでも、突然のルードルフ王の悪政により、急激に王都が荒れに荒れているようだ。

 

 また、それを憂いたイザベラは、王太女として王都に帰還することを主張したが、サキとかいう変な女の仕掛けにより、王都に戻ることができなくなってしまっているらしい。

 あのとき、アネルザたちを魔道で連れてきた美女は、ロウ=ボルグというイザベラやアンのお腹の子の父親の愛人のひとりらしく、信じられないが魔族だという。

 本来は、アネルザやイザベラの仲間であるらしいのだが、なぜか今回は、アネルザを罠にかけた感じで、眷属であるというスカンダという童女妖魔に、とにかく、アネルザもイザベラも、王都に戻って来れないようにしろと、絶対的な命令を与えて置いていったそうだ。

 だから、イザベラはここに留まるしか仕方がなくなってしまったのだ。

 従って、エルザは、イザベラの代わりに、王都に戻ることを申し出た。

 なにしろ、エルザがイザベラ次代王のもとで、地位を与えられるための好機なのだ。

 

 しかし、とにかく、ここにいては情報がなさすぎる。

 協力するとなれば、エルザ自身が王都に行く方がいい。

 あそこには、ミランダがいるそうだ。

 タリオ公妃として国を出るまでは、エルザは冒険者ギルド長として、ミランダとは昵懇の間柄だった。

 ミランダと合流すれば、必要なことをやれる──。

 女であるエルザに、働き場さえ与えられれば……。

 タリオにいるあいだに、あれほどに乞い願っていた、エルザの力を振るう場所が得られるかもしれない。

 

 とにかく、イザベラが憂いている王都の民の辛苦を取り除くということを手伝いたいと申し出た。

 それに、王都に赴くにあたり、イザベラからは王太女の名において、エルザに臨時の「王太女代理」の行政執行権を付与してもらっている。

 もっとも、そんな執行権など、ほとんど無意味であり、価値がないことはわかっているが、それでも王都の混乱の状況によっては、役立つ可能性はある。

 いずれにしても、いまハロンドールで起きている突然の擾乱状態は、あのアーサーが仕掛けていることなのだろうか。

 まあ、そういうことをする男であることは確かだが……。

 

「王都に向かうなど、正気ではありません……」

 

 すると、ベーレが大きな声を出した。

 エルザは視線をベーレに戻す。

 口調にも態度にも、エルザに対する横柄さが滲み出ている。

 まあ、タリオ公国のアーサーに嫁いでから、ずっとエルザやもひとりの公妃であるエリザベートが受けてきた仕打ちではあるが……。アーサーが蔑んでいる者に対して、アーサーに仕える者たちが敬う必要性を見出すわけもない。

 

「まだいたの、ベーレ? 話は終わりよ。さがりなさい」

 

 エルザは言った。

 タリオ公国から連れてきた侍女のうち、ベーレだけが本当に侍女でないことは、黙っていたが、こうなったら、イザベラたちに、話さざるを得ないだろう。

 すぐにでも、シャーラにでも告白しようと思う。

 猫を被り続けるのであれば、見逃してやってもよかったが、その態度を捨てたのであれば、仕方がない。

 このノール城から、追い出すしかないだろう。

 不穏な行動で、危害でも加えられたら仕方がない。

 

「やっぱり、それがあなたの本心ということですね……。もしやと思っておりましたが、この離宮に到着してからのあなたの態度というのが、本当のあなたということですか……」

 

 ベーレが静かに言って睨み返した。

 エルザは、その態度に不穏なものを感じた。

 

「そうかもね。正直言うわ。わたし、アーサーが大嫌いよ。あの男は男のくずよ」

 

 エルザは舌を出してやった。

 べーレの顔がさらに驚きに包まれるのがわかった。

 しかも、みるみると、ベーレの顔に憎悪の色が浮かぶ。

 そんなに、アーサーの悪口が気に入らなかったのだろうか……。

 エルザは、寝台の上で肩をすくめてみせた。

 

「いずれにしても、こうなったら諦めなさい。あなたにはなにもできない。アーサー大公陛下に報告をするならしなさい。エルザは二度と顔を見たくないと笑ってたってね。数日後には出発するわ。体調が戻らなくてもね……。それに、ヴァージニアに別の薬師の手配を頼んでいるわ。そうしたら……」

 

「別の薬師など来ませんよ。医師もです。あの無能の軍医……。あれ以外の医師など到着しません。そういう手筈になっていますから」

 

 そのときだった。

 ベーレが勝ち誇ったように微笑んだ。

 エルザは首を傾げた。

 さらに、ベーレが口を開く。

 

「あなたの病はよくなることはないし、それは今後も同じです。とにかく、わたしたちは、本国からの指示があるまで、ここに滞在します。そう命じられているのです。でも、あなたの心はわかりました……。だったら、もう少し篤い病になってもらいます。少なくとも、意識がない程の重篤になれば、王都になど行くわけにはいきませんしね」

 

 すると、ベーレが内ポケットから水液の入った小瓶を取りだした。

 はっとした。

 そして、ふと思った。

 もしかして、王都への出立を口にして、急に具合が悪くなったのは、偶然ではなく、このベーレが仕組んだ?

 エルザを足止めするために……?

 まさかとは思ったが、そう考えると、思い当たることはある。

 

「あなたには、ずっと思うことはありましたが、アーサー様への悪口……。あれはなによりも許せません……」

 

 ベーレが水液を持ってやって来る。

 その顔に狂気の色がある。

 エルザはぞっとした。

 

「ベーレを押さえなさい──」

 

 エルザは周囲にいる四人の侍女たちに怒鳴った。

 彼女たちは、エルザの子飼いの侍女といっていい者たちだ。ずっと信用をしている。だから、連れてきたのだ。

 だが、その四人はエルザを囲み、ぎゅっとエルザの身体を押さえた。

 エルザはびっくりした。

 

「な、なにするのよ──。離して──」

 

 エルザは怒鳴った。

 

「大人しくしてください、エルザ様……」

「お静かに……」

「ベーレ様に従ってください……」

「すべては、アーサー様のためです」

 

 侍女たちが口々に言った。

 エルザは驚愕した

 彼女たちが、エルザを裏切り?

 

「さあ、口を開いて……。死ぬことはないわ……。いま、死なれると、わたしたちがここに居続ける理由がなくなるからね……」

 

 四肢を押さえられて抵抗できないエルザの鼻をベーレが掴んだ。

 必死に口をつぐむエルザの口に、ベーレの手にする水液の瓶の口が当てられた……。

 背に冷たいものが流れた。



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374 勘のいい王女

【バロンドール王国・ノール離宮】

 

 

 

 宿している胎児を胎児と感じるには、まだ月日が足りないはずだ。

 だが、アンはこうやってお腹に手を触れていると、確かに命の存在を感じるのだ。

 

 男の子……?

 女の子……?

 

 女の子かな……。

 なぜか、そう思った。

 

 まだ、アンのお腹は妊婦であることがわかるほどに膨らんでもいない。ロウの子を孕んだということなど、魔道による妊娠検査によって、やっとわかったくらいだ。

 ましてや、性別など、どんな手段であろうとわかるはずがない。

 それにも関わらず、アンの直感は、お腹にいる子供が女の子であることを告げている。

 

 よくわからないが、ロウはアンには、不思議な直観力が備わっていると言ったことがある。

 それがアンの優れた力なのだと……。

 だから、このアンの勘は当たっているのではないかと思う。

 

 アンは出来損ないだ。

 なんの取り柄もなく、王家に生まれたということ以外に存在価値などないアン……。

 いや、王家と辺境伯という高貴な血筋を持ちながらも魔道力が存在せず、長女にもかかわらず王位継承のなかったアンは、まさに役立たずだ。期待された存在にもなれなかった。

 だが、そんなアンについて、他人よりも秀でたものがあると言ってくれたのは、ロウが初めてだった。

 

 父親であるルードルフ王は、アンには興味はなく、夫になったキシダインはひたすらにアンを蔑んで暴力と侮蔑を与え続けた。

 実母のアネルザはアンを愛してくれたし、エルザもイザベラもアンを大切にはしてくれるが、アンにもなにかの取り柄があるなどとは思っていないだろう。

 庇護し、保護すべき存在……。

 そう考えているはずだ。

 

 無論、それについて、アンに不服はない。

 なんの力もない役立たず……。

 それがアンであり、王族の血を引いているという以外に、アンに価値はない。

 

 女としての価値さえも、前夫であるキシダインの暴力によって、幾人もの男に凌辱された身体だと知れ渡っているいまでは、限りなく底辺だ。

 同じ魔力無しでも、エルザは類いまれな知識や治政の能力がある。そして、イザベラは、最小限ながらも魔道力を持ち、さらに、アンよりもずっと若いのに、すでに王太女として指導者として気質を示しだしている。

 しかし、アンにはなにもない……。

 

 だが、そんなアンをあのロウは大切にしてくれる。

 愛でてくれる。

 ほかにも、多くの愛人があるが、アンたちもまた、ふたつ無きものだとささやいてくれる。

 アンの身体を悪戯して、アンがロウの前で痴態を晒す姿を愉しいといって、悦んでくれる。

 嬉しかった……。

 

 そして、それだけでなく、ロウはアンに誰にも存在しない能力があり、それは“直観力”だと言ってくれたのだ。

 それどころか、なにかの判断に迷えば、アンの意見に従えと、イザベラに助言さえした……。

 あれはいつのことだったか……。

 

 いずれにしても、アンが誰かの役に立つ……。

 そんなことを口にしてくれたのはロウだけだったし、アン自身もそれを信じてなかった。

 だから、とても嬉しかったのだ

 

「冷えませんか? 腰掛けをお持ちしますね」

 

 ノヴァが目の前にある紅茶を交換しながら声をかけた。

 アンが座っているのは、温かい陽射しの射し込む部屋の窓際であり、十分に温かい。しかし、アンが子を授かって以来、ノヴァはすごく過保護なのだ。

 アンはくすりと笑った。

 また、この部屋には、アンとノヴァしかいない。

 アンはノヴァに甘えたくなってしまった。

 

「腰掛は必要ないと思うわ。だけど、それを言ったら、あなたはわたしを叱るのでしょう?」

 

「アン様を叱りなどしません。でも、冷えることはよくないと思うのです。大切なお身体なのですから……」

 

「だったら、お隣にお座りなさいな。あなたが一緒に腰掛けをしてくれるなら、言われたとおりにするわ……」

 

 アンは笑った。

 ノヴァは、ちょっと困った顔になったが、すぐに顔を赤らめて微笑む。

 そして、アンの座っている長椅子に座り、アンと身体がぴったりと密着させた。

 さるに、長椅子の隅にある掛け布をとって、アンの腰からお腹にかけてかける。

 アンはそれをさらに伸ばして、ノヴァの腰も包み込んだ。

 

「さあ、ノヴァ……」

 

 アンは掛け布の下で、ノヴァのスカートの下にすっと手を入れる。

 ロウが短いスカートが好きなので、ノヴァに限らず、ロウの女たちの全員が膝よりも丈の短いスカートをはいている。

 だから、簡単にノヴァのスカートの内側に手を差し込むことができるのだ。

 

「だ、だめです……。お、お身体に……お身体に触っては……」

 

 ノヴァがアンの手をとめるように、布の上からアンのふしだらな手をとめる仕草をした。だが、その力は弱い。

 また、アンには、すでにノヴァが自制を失いつつあるのがわかっている。

 

 ノヴァとアンは一心同体だ。

 彼女がなにを考えているのか、どう感じているのかはわかっている。ノヴァもまたアンのことなどお見通しだろうが……。

 アンとノヴァは、別々の人間でありながら、ふたりでひとりだ。

 ロウがそうしてくれたし、アンとノヴァもそれを望んだ。

 

 いずれにして、アンとノヴァは、ロウの施した不思議な力により、お互いの快感が共鳴するようにされている。

 アンが触られて感じた性の快楽がノヴァにもそのまま伝わるし、ノヴァの受ける愉悦はアンのものとして、こっちの身体に込みあがる。

 

 だから、アンは、ノヴァがかなり性の疼きを抱えているのがわかっていた。

 ロウに抱かれない日々は、アンだけでなく、ノヴァにもまた、どうしようもない性の疼きとして、性の飢餓を与えている。

 おそらく、イザベラもそうだろうし、アネルザたちも同じだと思う。イザベラの侍女たちも……。

 

 彼女たちがそれをどうやって耐えているのかはわからないが、アンとノヴァについては、お互いの身体を慰め合うことで、ロウのいない日々の苦しみを癒して過ごしている。

 最初の日々は、ロウの置き土産の「ふたなりの指輪」を使い、どちらかの股間に男根生やして、犯し合うということを続けていた。

 しかし、しばらくすると、アンの妊娠がわかったので、さすがに男根で交合をすることはやめたが、それでも手で慰め合うということはやめられないでいた。

 

 身体が疼くのだ。

 とても、我慢できるものじゃない。

 

 アンについては悪阻(つわり)もほとんどないので、軽い百合愛の接触はすぐに再開してしまった。

 それに、アンには、ノヴァの身体の疼きは伝わるので、ノヴァがそういう行為を望んでいるのは、アンの身体が疼くことで、それを知ってしまう。

 アンがしたいときには、ノヴァもまたしたいということだ。

 ふたりにとっては、隠し事は不可能だ。

 

「だ、だけど……」

 

 しかし、それでもノヴァは、アンとノヴァが愛し合う行為が宿った胎児に影響があるのではないかと心配する。

 でも、それは問題ない。

 むしろ、こういう性の疼きを抱えたまま、日々を耐える方が胎児には悪影響がある。

 アンにはそれがわかっていた。

 

「問題ないのよ、ノヴァ……。お母さんが気持ちよくなると、お腹の赤ちゃんも気持ちよくなるの……。お母さんが誰かと愛し合う悦びを受けたとき、赤ちゃんは幸せを感じる。さあ、お願いよ。わたしと赤ちゃんを今日も幸せにして……」

 

 アンはさらに指を伸ばして、ノヴァのスカートの中の下着に触れる。

 ロウの女たちは、全員が腰の横で紐を結んで留める小さな下着をしている。ロウがそれを気に入っているからだ。

 アンは、すっかりとびしょびしょになっているノヴァの下着の隙間に指を差し込み、ノヴァの無毛の亀裂に指をあてがう。

 

「ああっ、ひあ」

「ふわっ、ああ……」

 

 ノヴァの股間にアンの手が触れた瞬間に、アンの身体にも甘い快感が駆け抜けていった。

 快感の共鳴だ。

 ノヴァの受けた興奮と快感が、アンにも同じものとして伝達してきたのである。

 アンとノヴァは、この「共鳴状態」のために、お互いの愛撫は自分自身の快感として跳ね返る。

 大掛かりな「自慰」をしているようなものだ。

 

「き、気持ちいいわ、ノヴァ……。幸せ……」

 

「わ、わたしも幸せです……」

 

 ノヴァが手で阻止しようとする仕草をやめて、アンを抱き締めてきた。

 そして、アンの服の下に手を入れて、胸巻きの下の乳首に触れてくる。

 

「んふっ」

「はあっ」

 

 すると、甘い痺れが走って、ふたりで身体を弓なりにして悲鳴をあげてしまった。

 すっかりと息も乱れてしまった。

 

「ふふ、触っただけでこれなんて、アン様はとてもいやらしいですね」

 

 ノヴァが悪戯っぽく笑った。

 満面の笑みだ。

 ノヴァの笑顔に接して、アンも心の底から嬉しい。

 キシダイン邸の日々で、アンもノヴァも死を覚悟していた。

 しかし、死なないでよかった。

 ふたりであれば、死ぬことなど怖くなかった。むしろ、あの館の日々は、死こそ、アンたちを開放してくれる望みだった。

 だが、死なないでよかった。

 本当の幸せは、死の外にあった。

 ロウのくれた人生は、素晴らしい桃源郷だ。

 

「わ、わたしの身体はあなたの身体よ、ノヴァ……。わたしがいやらしければ、あなたもいやらしいのよ」

 

 アンはノヴァのびっしょりの股間をゆっくりと撫で、クリトリスを見つけて弾くように動かした。

 一方でノヴァは親指と人差し指でアンの乳首を挟んで、こりこりとしごきだす。

 

「ああっ、ああああ」

「き、気持ちいい──」

 

 お互いの愛撫が激しい性の痺れになる。

 喘ぎ声が部屋に響きわたる。

 全身が脱力する。

 

「ア、アン様……」

「ノヴァ……」

 

 愛撫をし合いながら、口づけをする。

 舌を絡め合い、音が鳴るほどに唾液を交換していく。

 全身が熱く昂ぶる。

 

「んはあ、はあ、はあ、あああっ」

「はああ、あああ」

 

 迸る快感に息が続けられなくなり、口を離す。

 そのあいだも、それぞれの愛撫は続いている。

 痛みにも感じるむず痒さが快感の電撃になり、身体を次々に駆け抜ける。

 

 ノヴァが艶めかしく喘ぐ。

 本当に可愛らしい……。

 アンもまた、幸福感に嬌声をあげていた。

 

「アン様、一緒に……」

「ええ、ノヴァも……、ああっ」

 

 股間と胸でそれぞれの指が動くたびに、下半身がどうしようもなく熱くなる。

 じんじんという痺れが腰を震わせる。

 

「ああ、あああ」

「あああ、あああっ」

 

 身体はどうしようもなく痺れ切っている。

 ノヴァもそうだろう。

 すでに制御できない。

 いつの間にか、知らず、もう一度口づけを貪っていた。

 

「んんんんんっ」

「んん、んふうううっ」

 

 ふたりで激しく腰を痙攣させて、絶頂に昇り詰めた。

 

 アンは掛け布の下から手を出して、ノヴァの背中を抱き締める。

 ノヴァもまた、同じようにアンを抱き締めてきた。

 

「アン様、幸せです……。ところで大丈夫ですか……?」

 

「問題ないわよ……。だって、気持ちいいんですもの」

 

 アンは荒い息をしながら、ぎゅっと抱き締めてきたノヴァに微笑みかけた。

 もっとも、抱き合っているので、お互いに顔は見えない。だけど、ノヴァは微笑んでいるはずだ。

 アンがこんなに幸せなのだから……。

 

「汗をお拭きしますね……」

 

 しばらくは抱き合ったまま、快感の余韻に浸っていたが、やがてノヴァが立ちあがった。

 部屋の中には、簡単な湯の準備ができる魔道具があり、それでノヴァが桶に汲んだ湯を布とともに持ってきた。

 お互いに半裸になり、身体を拭き合う。

 アンとノヴァに主従はない。

 ノヴァに身体を拭いてもらったあとで、今度はアンがノヴァの身体を拭く。

 ノヴァも嫌とは言わない。

 そんな関係もすっかりと慣れてしまった。

 相手の身体を拭くと、その刺激が自分にも伝わる。

 身体のもどかしさを感じながら、なんとか終わらせて服を整えた。

 

「そういえば、エルザの様子を見に行こうかしら……」

 

 理由はない。

 だが、不意にエルザを顔を見なければならないという切迫感が込みあがっていた。

 王都に戻ったサキの企てにより、王都に戻れないイザベラやアネルザの代わりに、エルザは王都に赴くことになっていたが、その決心の直後にエルザが熱を出してしまい、数日寝込んでいた。

 熱が下がり次第に、王都に向かうことになっているが、いまのところ回復の兆しはない。

 そのエルザが寝ている部屋に行かなければ……。

 不可思議な感情がアンを襲ってきた。

 

 すると、扉にノックの音がした。

 ノヴァが立ちあがって、扉を開いた。

 そこにいたのはイザベラの侍女のひとりであるユニクだ。

 可愛らしい顔をしていて、いつも朗らかに微笑んでいるが、今日は深刻そうな表情をしている、

 どうしたのだろう?

 

「アン様、姫様がお呼びです。王妃殿下もお待ちです……」

 

 部屋に入ってきたユニクが言った。

 アンは立ちあがった。

 

「すぐに行くわ……。ノヴァもいらっしゃい」

 

「はい」

 

 なんの用事だろうか?

 廊下に出た。

 すると、急に違和感を覚えた。

 館の中が慌ただしい。

 また、少し離れているエルザの部屋に、数名のイザベラの侍女が張り付いている。

 まるで、部屋から誰も外に出ることがないように見張っている感じだ。

 

「どうかしたの?」

 

 アンはユニクに声をかけた。

 

「それについても、姫様がお話になると思います」

 

 アンは頷いた。

 しかし、不意に足をとめた。

 やはり、心がざわめく。

 なによりも先に、エルザの部屋に行かなければという気持ちに襲われる。

 嫌な予感というやつかもしれない。

 どうして、そんなことを考えるのかわからないが、イザベラのところに行くのではなく、エルザのところに行かなければ……。

 

「イザベラを呼んでくれる。逆に、こっちに来て欲しいと……。そこをどいて。中に入るわ」

 

 アンはエルザの部屋の前に向かう。

 三人の侍女、つまり、モロッコ、トリア、ノルエルが扉を遮っている。

 

「お待ちください。いま、エルザ様とエルザ様が連れてきた五人の侍女がここに集まっているんですが、そのまま部屋に閉じ込めているように命じられているんです」

 

 モロッコが代表するようにアンに告げた。

 アンは首を傾げた。

 

「中に全員が? なにかをしているの?」

 

「エルザ様の看護だと思いますが、もしかしたら、防音の護符でも張っているのかもしれません。一切の物音がしませんので……。ただ、姫様からはちょうどいいので、捜査が終わるまで、部屋から誰も出さないようにしろと命じられているんです」

 

 モロッコだ。

 防音の護符?

 どうして、防音を?

 嫌な予感の切迫感が続いている。

 むしろ大きくなっている。

 そろそも、捜査って、なに?

 

「アン様、開けてください──。モロッコさん、内鍵がしてあるなら壊して──」

 

 ノヴァが声をあげた。

 彼女もまた、なにかの不思議な予感を覚えたのかもしれない。

 ロウがアンに、不思議な直感力があると口にしたが、ノヴァについては、幸運的な選択力があると言った。

 なにかに迷ったときには、自分の本能に従えとも……。

 

「開けなさい、モロッコ。命令です。すぐに──」

 

 アンは叫んだ。

 滅多にないアンの強い言葉に、モロッコたちは困惑したようになったが、すぐに扉を開いた。

 鍵はかかってなかった。

 

 しかし、部屋に入ると、エルザの周りに群がって、押さえつけている五人の侍女たちの姿が映った。

 こっちを見て、ぎょっとした表情をしている。

 また、侍女のひとりがエルザの口になにかを無理矢理に注ぎ込もうとしていた。

 

「その手を離しなさい、あんたら──。なにをしているのよ」

 

 モロッコが部屋に飛び込んだ。



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375 一応、事件解決

【バロンドール王国・ノール離宮】

 

 

 

「……だけど、エルザ妃は、国じゃあ、アーサー大公に首ったけという評判なんだよ。あれが芝居だとしたら、わたしは、彼女のしたたかさを改めて評価しないとならないねえ」

 

「エルザ様はわたしの恩人でもあるんです。そして、彼女は本当に、イザベラ様のことも、アン様のことも大切にされておりました。そのイザベラ様を傷つけることに同意なさるとは思いません」

 

「だけど、昔のことだろう? 女は男で変わるものさ」

 

 マアがうそぶく。

 シャーラは、マアの言葉を否定する気持ちを込めて、首を横に振った。

 

 ノールの離宮の建物に向かって歩く道すがらだ。

 シャーラとマアは横に並んで歩いている。

 ただ、マアはロウにもらった若い姿のままだ。いつもの老婆に見せかける変身の魔具は解いている。

 また、用心棒だというモートレットは、後ろからついてきていた。

 ただ、なにも喋らない。

 美少年にしか見えないこの男装の少女は、余程に無口なたちなのか、ずっとひと言以上を喋らない。

 それとも、シャーラのことを警戒しているのだろうか……?

 マアが、シャーラたちのことは、ある程度喋ったとは言っていたが……。

 

「まあ、確かに、わたしも素で付き合っているわけじゃあないし、公妃という立場のエルザ妃にしか会ったことがないのは本当だけど……」

 

「とにかく、あり得ません──。断言します。そもそも、わたしを姫様に引きわせたのは、まだ冒険者ギルド長を兼任しておられた時代のエルザ様なんです。本当に、エルザ様はキシダインの謀略に脅かされるイザベラ様の境遇に心を痛めておられました。優しいお方なんです」

 

 シャーラはきっぱりと言った。

 随分昔のことのように思うが、まだ数年前のことになる。

 かつて、シャーラはハロンドール王都に流れてきた冒険者であり、当時の冒険者ギルド長は、まだ、就任仕立てだが、第二王女だったエルザだった。

 ハロンドール王都の冒険者ギルド長は、王家から特別な加護が与えられる代わりに、歴代のギルド長を王族から迎えることを習わしにしている。

 冒険者ギルドは王国内で、治外法権的な特別の権利を与えられているが、その実力が王家に背かないための代償というわけだ。

 ただ、王族のギルド長などお飾りでしかなく、冒険者ギルドを本当に牛耳っているのは、代々の副ギルド長だった。

 

 エルザが冒険者ギルド長になったとき、とてもじゃないが、冒険者ギルドは評判がいいとはいえなかったらしい。

 実力はある者が多い反面、乱暴や狼藉をする者も少なくなく、ギルド本部など酒場なのだかギルド事務所なのか、判別に迷うほどだった。

 ナタルの森から出てきたばかりのシャーラも辟易したものだ。

 

 しかし、まだ少女だったエルザは、当時、性質(たち)の悪い与太者の集まりになりかけていたギルドを立て直すため、ギルド長になるや、不正をしたり評判の悪かったギルド員や冒険者を次々に追放した。

 また、老齢で覇気のなかった昔からの副ギルド長を強引に引退させ、当時現役を退いたばかりのミランダを抜擢して、ギルド改革を断行させた。

 その結果、凋落しかけていたギルドを立て直した。

 シャーラは驚いたものだった。

 

 そのシャーラが王家に誘われたのは、エルザとミランダによる冒険者ギルド改革がひと段落してすぐの頃だ。

 冒険者をやめ、童女から少女になりかけていたくらいのイザベラの常駐の護衛をしてくれないかと頼まれたのだ。

 土下座をされて……。

 シャーラは驚愕した。

 

 とにかく、話を聞くと言えば、エルザはイザベラの置かれた危険な状況を説明してくれた。

 秘中の秘だと念を押したうえで……。

 

 つまりは、現王の第一王位継承者には、ふたりの候補者がいるのだという。

 ひとりは第三王女のイザベラ……。姉であるアンとエルザは、魔道力が皆無なため、王家のしきたりで王位継承者にはなれないらしい。

 もうひとりは、キシダイン卿という王族の傍系の男……。

 魔道力は皆無ではないが、高くはない。ただ、やり手という評判があり、多くの大貴族が後押しをしている……。

 

 常識的には、イザベラが後継者として王太女になるのが当たり前なのだが、政務に興味がなくて事なかれ主義のルードルフ王は、大部分の貴族が推すキシダインを無碍にはできずに、ずっと王太子を定めないでいた。

 それが混乱を作っていたのだ。

 

 イザベラさえ「事故死」、あるいは「中毒死」すれば、キシダインが後継者で決定する。

 そのために、まだ童女のイザベラは、絶えず、暗殺の危険に脅かされていたのだ。

 王宮に守る者もいない状態で……。

 

 だから、イザベラについてくれないかと、エルザは頼んだのだ。

 こんなことは、誰にも頼めない。

 王家や貴族には、イザベラの味方をしようとするものなどないのだと……。

 エルザにさえも、そんな力はない。

 シャーラの命をかけて欲しいとまで言われた。

 そして、エルザは、シャーラにその場に土下座をしたのだ。

 

 平民腹と蔑まれているという噂はあったが、エルザは王城生まれの王城育ちだ。れっきとした王族なのだ。

 しかも、現王の直系だ。

 そのエルザが、異母妹の危うい境遇を憂いて、まるで奴婢が主人にかしずくように、床に頭を平伏すなど……。

 シャーラは、そのエルザの気持ちに打たれて、護衛を引き受けた。

 

 ただ、軍に籍のないシャーラは正式の護衛にはなれないので、侍女という立場になることになった。

 幸いにも、シャーラはナタル森林におけるエルフ族の貴族の身分を有していた。もっとも、家出同然に飛び出してきたので、平民も同然だったが……。

 エルザは、それを利用して、王族の侍女になるための、それなりの身分をシャーラに作りあげた。

 力がないとは言ったが、ギルド改革にしても、シャーラを王城に押し込む政務力にしても、エルザはなかなかの者なのだと、そのときシャーラは評価した。

 

 あれから、もうすぐ七年……。

 

 数奇な出会いを経て、シャーラは、イザベラと同じ男に愛されることになり、長く苛酷な戦いを続けてきたキシダインの一派を駆逐することに成功した。

 そして、イザベラは正式に王太女になった。

 シャーラも、侍女という仮初の立場ではなく、正式の王太女護衛長だ。

 

 ロウと出会うまでは大変だった。

 イザベラが美しく成長するにつれて、キシダインの闇工作はどんどんと過激なっていった。

 ルードルフ王は、どんなに実の娘が暗殺の危機に見舞われても、まったく関心を寄せないし、それがキシダイン一派をどんどんと図に乗らせた。

 食事や飲み物への毒の混入は日常茶飯事になり、賊の襲撃もいつものことになっていった。

 イザベラの側近の誘拐も繰り返され、シャーラ自身も一度は捕らわれて、拷問を受けた。

 処女を失ったのも、そのときのことであり、シャーラも暗殺者を捕らえては拷問もした。

 

 死ぬか生きるか……。

 それが日常であり、そういう日々を過ごし続けた。

 よく生きていられたものだと思う……。

 しかし、生ききった。

 だから、いまの日々がある。

 

 いずれにしても、突然に、ノールの離宮に現われ、周囲に駐屯しているライス隊の軍天幕で再会したマアに聞かされたのは、あのアーサーが仕掛けようとしている謀略のことだ。

 つまりは、エルザがこの離宮に現れたのは、エルザの意思ではなく。アーサーの息がかかっていて、イザベラに毒を盛ることを指示されているというのだ。

 目的は、イザベラを殺すことではなく、イザベラが宿した胎児を流させることなのだそうだ。

 

 つまりは、いま、アーサーは、イザベラとの形式婚をルードルフ王に対して、申し入れている。 

 それに対して、ルードルフ王は、イザベラが、一代子爵とはいえ、ロウという冒険者上がりの流れ者の子を宿してしまったということで、子をアーサーの種だと認めるのであれば、要求を呑んでもいいと回答したようだ。

 そういう経緯をシャーラは知らなかったが、ここにやって来たアネルザや、先日、ここに立ち寄ったサキから聞かされた。

 それだけでなく、アンにもまた、胎児の父親となるに相応しい高位貴族を準備するということで、タリオ大公国の貴公子との再婚話が進んでいるという。

 シャーラも、さすがに驚いてしまった。

 

 だが、今回、マアが持ってきたのは、それに関わるとんでもない陰謀だ。

 アーサーは、ルードルフ王には、イザベラの夫になり、子を自分の血筋だと認知すると約束しながらも、実際には他人の子を受け入れる気などなく、形式婚の誓約が成立次第、ここに送り込んだエルザを使って、イザベラに堕胎薬を服用させ、子を流させるつもりだというのだ。

 これが本当であれば、大国ハロンドールを随分と馬鹿にしたものだが、アーサーというのは、戦域などで華々しい功績がありながらも、実はなかなかの陰謀好きらしく、そういうこともやりかねないというのがマアの評価だ。

 マアがもたらした情報なので、それなりに確かなのだとは思う。

 

 考えてみれば、同じ大公にふたりの王女を嫁がせるわけにはいかないので、イザベラを妻にするのであれば、先に嫁いでいたエルザは離縁して返せというルードルフ王の要求はあったらしいが、イザベラとの形式婚が成立する前に、早々とエルザをハロンドールに返すのは不自然だ。

 しかし、エルザをここにやった目的がアーサーの闇工作の手先としてということなら、なかなかに辻褄は合う。

 だが、エルザに限って、そんなことはあり得ないとも思う。

 いずれにしても、エルザに直接に確認する必要があるだろう。

 

「わかったよ。わたしだって、エルザ妃のことを完全に知っているというわけじゃないことは認めるよ。そりゃあ、所詮は、公妃と商人という関係でしかないからねえ」

 

 マアが歩きながら、肩を竦めた。

 そして、離宮に戻った。

 表には警備の兵がいる。離宮の建物そのものには入らないように厳命されているが、彼らはずっと建物に入る侵入者を警戒をしている。

 しばらく前までは、この彼らがシャーラたちを幽閉をする牢の番人の役目だった。

 

 シャーラが若返っているマアとモートレットを連れて入ろうとすると、見知らぬふたりに警備兵たちが緊張を走らせたのがわかった。

 ましてや、モートレットは男姿であり、剣をさげている。

 だが、シャーラが大丈夫だと合図をすると、なにもせずに、通してくれた。

 

 建物内に入る。

 いつもであれば、誰かが広間にいるはずなのに、侍女のひとりもいない。

 なんとなく違和感を覚えたが、奥の貴賓室側になにかしらの慌ただしさを感じた。

 

「おマア様……いえ、マリラ殿、そのまま奥側に行きます」

 

 シャーラは、マアがとりあえず、偽名を名乗りたいと告げていたことを思い出して、名を呼び直した。

 マアは頷いて、シャーラについてくる。モートレットも一緒だ。

 

「あっ、シャーラさまあ──」

 

 エルザの部屋の前に人だかりができている。

 イザベラ付きの侍女たちだ。

 シャーラに気がついて呼び掛けたのはユニクだ。

 

 舌足らずな甘えた口調の独特の喋り方をするが、半分は平民であるイザベラ侍女団の中では、れっきとした貴族令嬢だ。実家も子爵家であり、侍女たちの中ではもっとも実家の地位が高い。

 ただ、貧乏子爵家であり、持参金の準備のあてもないため、王宮に侍女として働いていて、当時は人気のなかったイザベラ王女付きを押しつけられて、現在に至っている。

 すでに二十二歳であり、貴族令嬢としては行き遅れになるのだろうが、本人はロウの愛人になったことで、焦ってどこかに嫁がないでよかったと言っている。

 

 そのユニクがシャーラに声を掛けると、エルザの部屋の前に集まっていた侍女たちがシャーラの名を呼んで部屋の中に入らせようとする。

 

 ただ、一緒についてきたマアの存在にびっくりしていた。

 侍女たちは、若い女であるマアの本当の姿を知っているが、ここにいることに驚いているのだ。

 後ろにいるモートレットには訝しむ気配はさせているが、シャーラとマアが連れてきた者なので、問題はないと判断したのか、なにも触れないではいた。

 

 いずれにしても、シャーラは室内に押し込まれた。

 

「これは?」

 

 シャーラは室内の状況に唖然とした。

 このところ体調の悪かったエルザは寝台で上体を起こした格好で横になっているが、その周りには外にいる侍女以外の数名の侍女に加えて、イザベラ、アネルザ、アンなどが揃っている。

 ヴァージニアもいるし、ノヴァもいる。

 全員が険しい表情だ。

 

 一方で、エルザについているはずのタリオから一緒に来ていた五人の侍女たちは、部屋の隅に床に跪かされ、モロッコに剣を向けらていた。

 

 モロッコは、騎士爵家の長女で、女騎士を目指していたが、剣技が上達せずに、夢を諦めて侍女になったという変わった経歴を持つ。

 ところが、ロウに抱かれたことで、その剣技が格段に向上して、いまや騎士団を含む王軍の中でも五指に入る強さだ。

 それはいいが、これはどういうことだろう?

 

「ああ、シャーラかい。とんでもないことがわかったよ」

 

 声をかけてきたのはアネルザだ。

 顔に怒りを浮かべている。

 

「どうしたのですか?」

 

 とりあえず言った。

 マアの帰還のことは後でもいいだろう。マアもモートレットも部屋の外に待たせたままだ。

 

「毒だ。しかも、エルザ姉様の体調が悪かったのは、こいつらが密かに毒を盛っていたのだ。それだけではないぞ。こいつらの荷から別の毒が見つかった」

 

 イザベラがヴァージニアに合図をした。

 すると、ヴァージニアが平ぺったい手のひらほどの袋を差し出してきた。それを受け取ると、中に液体が入っているのがわかった。

 

「もうひと袋あったけど、それについては、確認をするために開かせたわ。これよ」

 

 ヴァージニアから、さらに小さな杯に入れられた液体を差し出された。

 

「ちょっといいかい? わたしに確かめさせておくれ」

 

 外からマアが侍女を割って入ってきた。影のように従うモートレットも一緒だ。

 

「うわっ、おマア──。なんでここにいるんだい?」

 

「おマア様──」

 

「マア様」

 

 アネルザ、イザベラ、アンが驚いて声をあげた。

 

「えっ、モートレット、なぜここに?」

 

 一方で寝台のエルザには、目の前の若い姿のマアと、女豪商のマアが一致していないのか、マアではなく、モートレットの存在に驚いている。

 マアの話によれば、自由流通の施策を通じて、エルザとマアはタリオで深い付き合いがあったみたいであり、そのときの縁でモートレットも知っているのだろうか……。

 

「いや、こちらは……」

 

 マリラだと言い直そうとして、エルザは口を挟んだ。

 だが、マアにそれを制された。

 

「もういいよ、シャーラ。事情が変わった。エルザ妃はなにも知らなかったということのようさ。だけど、仕組んでいたのは侍女たちなんだね」

 

 マアはヴァージニアが手にしていた杯をひょいと横からとる。

 すぐに、匂いを嗅いだり、指に液体を軽く浸けたりした。

 

「しっかりと検査しないと最終的な判断はできないけど、タリオで生成された毒薬だろうね。間違いないと思う。わたしが追いかけてきたものさ」

 

 マアが杯をヴァージニアに返しながら言った。

 

「お前、タリオから戻ったのかい? 面会人というのはお前だったのかい」

 

 アネルザがマアに声をかけた。

 だが、マアがまたもや、手でそれを制する。

 

「挨拶は後にしますよ、アネルザ殿下。こっちは訳あり護衛のモートレットさ。こう見えても、それなりの美人の女の子でね……。ロウ殿に引き合わせても面白いと思って、連れてきたのだよ。ところで、わたしの警告は必要なかったみたいだね。どうやら事前に阻止できたみたいだ。よかったよ」

 

 マアは言った。

 シャーラは事情を説明してくれと頼んだ。

 ヴァージニアが代表するように、早口で説明する。

 

 それによれば、事が動いたのは、シャーラが軍営の外縁部まで外出しているあいだのことであり、最初は外で洗い物をしていたセクトがエルザたちの部屋から出された茶滓の残りに、かすかな毒の気配に気がついたことから始まったみたいだ。

 

 そして、ヴァージニアに報せて、すぐにエルザについている侍女たちの荷を調査したようだ。

 そのとき、たまたま、エルザの侍女たちの全員がエルザの部屋に集まっていたらしく、ヴァージニアとともに、報告に接したイザベラの指示で、そのまま外に出ないように見張りも立てたみたいだ。

 侍女たちの荷からは、すぐに怪しい薬液のようなものが幾つか発見されたとのことだ。

 

 一方で、アンとノヴァは、それを知らされてはいなかったが、不思議な勘が働いて、エルザの部屋に向かい、外で見張りをしていたモロッコたちとともに、強引に入ったみたいだ。

 すると、まさにエルザは、寄ってたかって無理矢理に毒を飲まされようとしていた真っ最中だったみたいで、あっという間にモロッコたちが、五人のエルザの侍女を取り押さえた。

 騒ぎに気がついて、アネルザもイザベラも、ここに集まった。

 その矢先に、シャーラも戻ったということらしい。

 

「エルザ妃が毒を飲まされていたなら、その毒がわかれば、解毒剤も渡せるかもしれないね。後で届く荷に、それなりの解毒剤を揃えている。モートレットに任せるといい」

 

 マアが言った。

 全員の視線がマアとモートレットに集まる。

 しかし、モートレットは相変わらず、ほとんど表情を動かさない。いまも軽く会釈をしただけだ。

 

「それにしても、とんだ状況のときに戻ったものさ、おマア。ハロンドールの王都のごたごたは耳にしていると思うけど、あれから大変なのさ。ロウのこともね。王都にいる馬鹿垂れが手配なんかしたものだから……。とりあえず、まだ無事なんだろうけど、ナタルの森では連絡も届かないでいるんでね」

 

 アネルザだ。

 マアが軽く頷く。

 

「そっちの状況も承知です。だから戻ったんですよ……。ところで、イザベラ様も、アン様もおめでとうございます。おふたりから元気なお子様が授かりますように。ロウ殿の子なら、わたしたち全員の子どもですね」

 

「そういうことさ。あいつはやっと、やってくれたよ。わたしたちへの最大の贈り物さ」

 

 マアの言葉にアネルザが破顔した。

 イザベラとアンも、顔を赤らめて嬉しそうに微笑んで、小さく頭をさげる。

 すると、マアが一転して表情を険しくして、顔を部屋の隅に集められている五人の侍女に向ける。

 

「だからこそ、許せないね。こいつらが持っていたさっきの杯に入っていたのは、強い堕胎剤さ。おそらくまだ口にさせられてはいないと思うけど、その辺もじっくりと訊問した方がいいね」

 

 マアが侍女たちを睨んだまま言った。

 堕胎薬という言葉に、部屋の全員が顔色を変えた。

 

「堕胎薬?」

「まさか──」

 

 悲鳴のような声をあげたのは、アンとノヴァだ。

 ノヴァが咄嗟にアンを抱き締めた。

 イザベラも顔を蒼くして、自分の下腹部に手で触れている。

 また、五人のエルザの侍女たちは、ますます顔を蒼くした。

 

「訊問ということであれば、あたしの仕事ですね……。全員を地下の牢に連れていきます。地下牢に吊るすまでは、あなたたちに手伝ってもらうわね。それから後はひとりでいいわ。拷問というのは、するのも、されるのも心にくるものですから」

 

 シャーラは、侍女たちをはじめ、周囲に目を配りつつ、溜息をついた。

 一方で、拷問という言葉にエルザに侍女たちが一斉に悲鳴をあげた。

 

「シャ、シャーラ、これでも彼女たちは、わたしによくしてくれたこともあったわ。訊問は仕方ないけど、彼女たちの身柄については、最終的にはわたしに委ねてくれないかしら」

 

 いままでずっと黙っていたエルザが寝台から申し訳なさそうに言った。

 しかし、シャーラは首を横に振った。

 

「申し訳ありませんが、姫様のお腹におられる子も、アン様もお子様も、王族の血を引いております。しかも、直系です。堕胎ということはその王族の子を殺す行為……。ハロンドールの法では、たとえ未遂でも王族への殺人は死刑になります」

 

 シャーラはきっぱりと言った。

 エルザは小さくごめんなさいと言って、口を閉じて下を向く。

 

「ひい、許して──」

「いやああ」

「お許しを──」

 

 五人の侍女たちが悲鳴をあげた。

 

「とりあえず、全員の服を剥いて──。なにも持っていないかを調べてから、ひとりずつ地下牢に連れていって──。アネルザ様、イザベラ様、アン様、これより先は関わりにはなりませんよう。彼女たちから聞き出した情報は後ほどご報告に参ります」

 

 シャーラは言った。

 アネルザたちがシャーラに声をかけてから出ていく。エルザについては部屋を移すように指示していた。数名の侍女たちが動き出す。

 

「シャーラの言うとおりにしなさい」

 

 王妃たちがいなくなると、ヴァージニアが残りの侍女たちに言った。

 侍女たちがエルザの侍女たちに群がり、ひとりずつ押さえつけて服を脱がせ始める。

 

 五人が泣き声をあげた。



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376 侍女たちへの拷問(その1)

【バロンドール王国・ノール離宮】

 

 

 

 五人を素っ裸のまま地下に連れ込み、ひとつの牢に放り込ませた。

 全員を後ろ手にして、縄で手首を縛っている。また、足首には歩行に支障のない程度の幅を残して、縄で足首を繋ぎ合わさせた。

 歩けはするが、走ることはできないということだ。

 

 ここは、ノールの離宮にある地下だ。

 また、地下には通路を挟んで、同じような鉄格子の嵌まっている牢が左右に三つづつ並んでいる。牢の壁には囚人を繋ぎとめるための金具もある。

 そして、通路の最奥の右側は訊問室だ。

 そこは厚い扉になっていて、声は外には漏れないし、牢からでは様子がわからないようになっている。

 

 さらに、実は、その訊問室を挟んで、向こう側にもここと同じような数個の牢があるのだ。

 そちら側には、出口はない。

 牢番の待機室と訊問室を通過してしか、こちら側の階段には出られないので、さらに監禁が厳重になるということだ。

 王家の古い別荘とはいっても、王家の離宮だ。最低限の設備は備わっている。

 地下の囚人施設についても、そういう最小限の設備のひとつというわけだ。

 

「では、シャーラ様……」

「これで……」

「失礼します」

 

 エルザに毒を盛った五人のタリオ公国の侍女たちの連行を手伝ってもらったのは、モロッコたち五人ほどの侍女だ。

 しかし、これからのことは、シャーラひとりのことになる。

 まさか、拷問というような汚い仕事を彼女たちの前でするわけにはいかない。

 

 だが、必要なことだ。

 

 堕胎薬を持っていたが、本当にまだ使用されていないのか。

 マアの情報もあり、イザベラの子をひそかに堕胎させるということが、アーサーの指示だということは確信はしているものの、彼女たちに直接にアーサーが指示をするとは思えない。

 具体的に指示をした者はほかにあるはずだ。

 そして、エルザと一緒にハロンドールに乗り込むということは、ハロンドール内に入り込んでいるタリオの手の者の情報も持っている可能性が高い。

 それについては、タリオ公国の諜報員だったビビアンをロウが取り込んだときに、かなりの情報を入手できて、手を打つことができていたが、そのビビアンは、本国に呼び戻されて、いまは別任務でカロリックに潜入しているという。

 だから、新しい情報として、タリオの諜報員に関する情報を搾り取っておきたい。

 

 それができるのは、ここにはシャーラだけだ。

 エルザにはもちろん、イザベラにも無理だろう。だから、薄々は感じているとは思うが、ここで、なにをするのかということをはっきりとは教えずに、この連中を地下に連れてきた。

 

「あ、あのう、ひとりで大丈夫ですか……。お手伝いは……。せめて、見張りとか……」

 

 イザベラ侍女団のひとりであるモロッコが最後に残って言った。

 彼女は、剣の実力があるので、侍女たちの中では、シャーラとともにイザベラを直接に守る護衛に役目がある。

 それで、なんとなく、義務感を覚えたのかもしれない。

 だが、シャーラは首を横に振った。

 

「必要ないわ……。こういう仕事も、姫様を支える仲間として、いずれは覚えてもらうかもしれないけど、いまはいい。それよりも、丸一日はかかると思う。それまで、姫様たちの護衛は任せるわ」

 

「……わかりました」

 

 モロッコもさがっていく。

 通路の反対側には、一階にあがる階段があり、踊り場で鉄の扉で遮られている。

 しばらくすると、その鉄の扉が音を立てて閉じる音がした。

 最後に残っていたモロッコが一階にあがっていたのだろう。

 壁の燭台に垂らされているだけの薄明りに、拘束された五人の女とシャーラだけが残る。

 

「さて……」

 

 シャーラは格子の向こうの女たちに視線をやろうとした。 

 だが、一階に通じる階段から、誰かが降りてくる気配に接し、そっちに視線を戻した。

 やって来たのは、マアとモートレットだ。

 モートレットは、籠のバスケットを持っている。

 

「どうしたのですか、おマア様? なにかご用でしょうか?」

 

 シャーラは困惑して言った。

 すると、マアが不敵に微笑んだ。

 

「こいつらから情報を搾り取るんだろう。立会させてもらうよ。人越しじゃなく、生の情報になるべく接したいしね。王太女殿の許可はもらっている」

 

 シャーラは驚いた。

 

「報告は、後でさせてもらいます。おマア様のようなお方が、いまからやることに立ち会うなど……」

 

「いや、見くびらなくていいよ、シャーラさん。見た目の若さは、ロウ殿に贈られたけど、これでも百戦錬磨のおマアでね……。拷問だって経験はある。やるのも、やられるのもね。邪魔はしない」

 

 マアは言った。

 シャーラは肩を竦めた。

 

「そう言われるなら……。でも、口を出さないでくださいね」

 

「ああ、食事でもしながら見物させてもらうよ」

 

 マアが微笑んだ。

 モートレットが手にしているバスケットが食事なのだろう。

 シャーラは苦笑した。

 

「……というわけだから、お前は、あてがってもらった部屋で休んでおいで、モートレット。さすがに、ここから先はお前にも刺激が強すぎる。あっ、バスケットは預かるよ」

 

 マアが話しかけたのは、後ろに立っているモートレットだ。マアが籠を受け取ろうと手を伸ばす。

 しかし、モートレットは首を横に振る。

 

「わたしは、マア様の護衛です。おそばを離れるわけには……」

 

 モートレットがほとんど表情を変化させないまま言った。

 彼女の声をまともに耳にするのは初めてだが、男装の女だとわかってしまえば、女の声だ。もしかしたら、だから、あまり話さないようにしているのかもしれない。

 

「必要ないよ。このシャーラは剣の腕ではお前を上回る。大丈夫さ」

 

「……剣の腕なら負けません……」

 

 モートレットの顔に初めて感情が浮かんだ気がした。マアの物言いがかなり不本意そうだ。

 すると、マアが声を立てて笑った。

 

「そりゃあ、悪かったよ。だけど、シャーラがいれば、護衛など必要ないと言いたかったのさ。それに、シャーラは魔道を遣える。万が一ということもないさ」

 

「それでも、わたしはいます」

 

 モートレットはきっぱりと言った。

 マアは微笑んだままだ。

 

「そうかい……。だけど、かなりの刺激があるよ。ずっと大神殿に保護されてきたお前は、あまり世間の醜い部分に触れたことはないだろう? お嬢様には毒さ」

 

 マアが言った。

 シャーラは、どうやら、マアはモートレットを試すような言葉をわざと口にしているのだとわかった。

 それにしても、神殿に保護? お嬢様?

 

「いまの言葉は、わたしへの侮蔑ですね……。マア様でなければ、剣を抜くところですよ」

 

 さすがに表情を変えたモートレットがマアを睨みつけた。

 ただ、シャーラは驚いた。

 いくら言葉だけのこととはいえ、護衛に任じる者が護衛対象を斬るなどという発言は許されるものじゃない。

 しかし、よく考えれば、マアはモートレットを「護衛」とは言いつつ、「預かり物」と表現していたことを思い出した。

 もしかしたら、イザベラとシャーラの関係のような、忠誠心で結ばれた関係ではないのかもしれない。

 

「だったら、一切、口を出さすにいられるかい? 訊問に口を出されたら、シャーラにも迷惑だし、わたしも興醒めだ。約束できるんだね?」

 

 マアの口元から笑みが消えるのがわかった。

 さすがの貫禄だ。

 モートレットがたじろぐのがわかった。

 

「や、約束します」

 

「わかった」

 

 マアが頷いた。

 そして、シャーラに視線をやる。

 シャーラも頷く。

 

「奥の訊問室に先に行っていてください。牢番用の控室も隣接していますので、そこでくつろいでいただけても結構です。わたしは、最初の者を連れて、向かいますので」

 

 そして、シャーラはマアに言った。 

 ふたりが向こうに進んでいく。

 シャーラはやっと、五人の女たちに目をやった。

 

「ひっ」

「うう……」

 

 五人のうちのふたりほどがシャーラの視線に怯えて小さな悲鳴をあげた。

 残りの三人は無言のままだ。その三人のうち、シャーラを憎々し気に睨んでいるのがふたり……。

 ふたりのうちのひとりが、侍女長のベーレだ。

 シャーラは、十中八九、五人をとりまとめて、すべての情報を持っているのは、ベーレだと思っている。

 だから、ベーレへの訊問は最後と決めていた。

 シャーラは、牢の鉄格子の扉を開いて、シャーラを睨みつけたもうひとりの侍女の髪の毛を掴んだ。

 

「出ておいで」

 

 通路側に連れ出す。

 ほかの女たちから見えるように、彼女たちが入っている牢の目の前に平伏させた。

 

「きゃあああ」

 

 その女が悲鳴をあげる。

 背中に片脚を乗せて押さえつけ、後手縛りの手を取る。

 片側の小指を無造作に捻じ曲げた。

 

「うぎゃあああ」

 

 絶叫が地下に迸る。

 小指は関節の反対側に完全に曲がっている。

 シャーラは隣の指を握った。

 

「や、やめてえええ──。ひぎゃあああ」

 

 ぼこりと音がして、その指の骨も折れた。

 今度は中指だ。

 最初の女には訊問をするつもりはない。ただ、ほかの女たちの前で痛めつけているだけだ。

 それを見せるためにしているのだ。

 

「やめてええ、お許しを──。許してください……。許して、あがああああ」

 

 頓着せずに指をへし折る。

 そして、次……。

 そうやって、シャーラは十本の指を全て折った。

 女は四本目で一度失禁し、反対の手の指を折ったときに、もう一度失禁した。

 また、一度気絶したが、次の指の骨を折ったときに、覚醒もした。

 

 全部の指を折ったあとで、シャーラはやっと女の後手の縄を解く。

 もはや、抵抗の力はない。

 折れた指を足で踏む。

 

「いぎいいいっ、許してええ」

 

 激痛に悲鳴をあげるが、すでに声は小さい。

 シャーラは、剣を鞘ごと腰から抜き、それを手首に叩きつけて、手首を砕く。

 

「ああああああ」

 

 女が絶叫する。

 反対の手首も同じことをする。

 再び、女が気絶する。

 

 シャーラは牢の中に目をやる。

 四人の全員が震えていた。

 そして、シャーラが視線を向けただけで、四人のうちのふたりが失禁した。

 すっかりと、ベーレも怯えている。真っ蒼な顔になり、痙攣をしたように身体を震わせている。

 もういいだろう。

 シャーラは、足の下の女を裏返して、仰向けにすると首に手を掛けた。

 ゆっくりと絞めていく。

 

「ひうっ」

 

 息をとめられたその女が眼を剥く。

 だが、指を折られ、手首を砕かれてしまっては、抵抗は不可能だ。

 しばらく絞めていると、ぶるぶると身体が震えて、がくりと脱力した。

 息はとまっている。

 シャーラは女から手を離して立ちあがる。

 

「あんたたちの仲間のひとりはいま死んだわ。もっと苦しませてもよかったけど、まだ四人残っているから、これで許した。だけど、次からは容赦しないわ。いくら頼んでも殺さない。ただ、こちらが気に入るような情報を喋ったら、殺す前に次の者の拷問を先に行うことにするわ」

 

 それだけ言って、シャーラは目の前に移動術の魔道紋を刻む。

 紋様で横たわっている女を包んだ。

 魔道を発動させる。

 一瞬にして、奥の訊問室側に女ごと跳躍をした。

 

「おや、遅いと思ったけど、もう殺したのかい?」

 

 声をかけたのはマアだ。

 驚いたことに、これから拷問をするこの部屋の隅に小さなテーブルを準備させて、食事と飲み物を並べさせていた。

 椅子が三脚準備してあり、そのうちのふたつにマアとモートレットが腰かけている。

 ここで食事をするつもりなのか……。

 シャーラは少しばかり鼻白んだ。

 

「訊問の手間を省くための見せしめです……。ただ、殺してはいません。まだ……。魔道で仮死状態にしました。丸一日は目を覚まさないと思います」

 

 シャーラは魔道で女の身体を浮きあがらせて、訊問室の奥に通じている牢番の控室とは別の倉庫に女の身体を運んでいった。

 倉庫とはいいつつ、本来の用途は拷問で責め殺してしまった囚人を一時的に収容する遺体安置所だ。

 最初の頃に、この離宮を探索したとき、設備に乏しい小離宮ながらも、囚人の拷問の設備だけは整っていることに接して、唖然としたものだ。

 まさか、一箇月も経たないうちに、利用することになるとは夢にも思わなかったが……。

 

「殺してないにしても、手首を折ったのだな……。指もおかしな感じだ。もしかして、抵抗したのか?」

 

 モートレットがシャーラに言った。

 シャーラを咎める物言いだ。

 マアが顔を険しくさせて、口を開きかけたが、それをシャーラは手で制する。

 とりあえず、ひとまず、女を倉庫に放り込み、座っているモートレットの前に歩いていく。

 シャーラが目の前まで来たことで、立ちあがろうとしたモートレットをそのまま座らせたままでいさせる。

 

「抵抗なんてしなかったわ……。そんなことさせるわけもない。まったく無抵抗だったわ。その無抵抗の彼女の指を全部折って。手首を砕いた。本当はもう少し痛めつけてやってもよかったけど、十分に効果があったみたいだから、手順を端折ったのよ」

 

「手順を端折る?」

 

 モートレットが眉をひそめる。

 

「モートレット、約束を忘れたのかい? わたしは最初に言ったはずだよ。箱入りお嬢様には、毒だってね」

 

 マアが不機嫌そうに口を挟んだ。

 モートレットが顔を赤らめる。

 

「す、すみません……。思わず……」

 

 だが、すぐにモートレットはマアに謝った。

 そして、シャーラに向かって、頭をさげる。

 

「申し訳ありません。もう約束は破りません。ここにいさせてください……」

 

 モートレットが頭をさげたまま言った。

 シャーラは息を吐いた。

 

「気持ちはわかるわ……。だけど、こういうことも、やらなければならないこともある。汚れた仕事でも、誰かがやるのよ。それが必要だから……」

 

「わかりました。すみませんでした」

 

 モートレットが謝罪の言葉を口にする。

 存外に素直なのかもしれない。

 ふと見ると、マアから不満顔がなくなっていた。

 

「いまは、なんでも見ることだよ。お前にはそれが必要さ。神殿の中にいては見えないこともあるし、知ることができないこともある。もちろん、見たもののすべては真実などということはないけど、なにも見れないよりはましさ。そして、自分の価値観を見つけたらいい。わたしたちを信じろとは言わない。敵になるならなればいい。だけど、いまは、ただ黙って世間に接するだけにしな。わたしがお前に、世間を知るための目を養わせる材料をやるから」

 

「はい、もう口は挟みません」

 

 モートレットがもう一度謝罪をした。

 思ったよりも、喋るのだな。

 シャーラはちょっとだけ思った。

 

 跳躍術で女たちが監禁している牢の前に戻る。

 すると、すぐに女たちのうちのふたりが声をあげた。

 

「な、なんでも訊いてください。喋ります。知っていることはなんでも……」

「あたしも話します。だから、お許しを……」

 

 必死の口調で訴えてきたのは、最初にシャーラの視線に怯え、最初の女を拷問したときに、失禁までしたふたりだ。

 

「お前たち──」

 

 咎めるように強い口調で叱咤をしたのは、ベーレだ。

 しかし、シャーラが睨むと、顔色を変えて黙り込んだ。

 

「わかったわ。じゃあ、ふたりは出ておいで、向こうで訊問する。殺さないでもいてあげるわ。ただ、まだふたりいるし、その喋ったことに食い違いがあれば、次は死ぬ方がましだという目に遭わせる。脅しじゃないわよ」

 

「喋ります──」

「あたしも……」

 

 ふたりが声をあげた。

 すると、ずっと押し黙っていたもうひとりの女が顔をあげた。

 

「わたしも喋ります。知っていることは全部──」

 

 シャーラは頷いた。

 そして、ベーレに目をやる。

 だが、口惜しそうに黙っているだけだ。

 

「いいわ。お前もおいで……。ひとりずつ聞くわ」

 

 三人を牢から出して、跳躍術で移動する。

 ただし、今度は訊問室ではなく、こことは反対側の奥側の牢だ。

 そこに連れていき、ひとりずつ訊問室に呼び出して、質問をしていった。

 今度は、モートレットは口を挟まなかったし、マアも何も言わない。

 

 だが、大した情報は得られなかった。

 結局のところ、彼女たちが直接に指示を受けたわけではなく、ベーレを通じて任務を付与されただけであり、ほとんど有益な情報は持っていなかった。

 やはり、ベーレでなければ、情報は得られないか……。

 

 また、共通するのは、彼女たちは、エルザの侍女とはいいつつも、もともと、エルザを監視し、懐柔し、必要によっては手を下す役目を負っていたみたいだ。

 無論、信用をさせるために、エルザに心を許す芝居をしていたらしい。

 シャーラは、そんな者たち囲まれていたエルザのことを改めて、気の毒に思った。

 さらに、タリオ公国の諜報組織の質問をしたが、彼女たちは諜報員ですらなく、まったく役に立つものはなかった。

 三人については、奥の牢に戻した。

 

「さて、次ね……」

 

 シャーラは、最後に残っているベーレを訊問するために、跳躍術で移動することにした。

 

 すでに、半日の時間がすぎていた。



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377 侍女たちへの拷問(その2)

【バロンドール王国・ノール離宮】

 

 

 

 五人の訊問の最後である侍女長のベーレを監禁している牢に跳んだ。

 ひとりで牢にいたベーレは、さっきの状態のまま素裸で縄で後手に縛られ、やはり足首を縄で繋がれた状態だ。

 逃亡をしようとした気配はない。

 その手段もない。

 自殺もしなかったようだ。

 

 もっとも、自殺とはいっても、いまのベーレには、舌を噛みきるくらいしか手段はないはずだが、実際には舌を噛んで自殺をするのは時間がかかるということをシャーラは知っている。

 それ以外の手段はない。

 あっても取りあげている。

 そのために、素っ裸にして拘束をさせたのだ。

 また、シャーラは、経験上、おそらく、このベーレには自殺はできないだろうと思っている。

 そこまでの根性はない。

 何度も修羅場を抜けてきたから、人を見れば、ある程度のことはわかるのだ。

 シャーラのこれまでの経験で、人を見誤ったのは、イザベラが身体を許して味方に取り込むのだと言って、王女宮に呼び寄せようとした冒険者のロウを、前もって処分してしまおうとして、返り討ちに遭ったときくらいだ。

 いまとなっては、あれも懐かしい思い出だ。

 

「あんたの番よ、ベーレ」

 

 シャーラは尻を床に着けて座っているベーレの前に立って言った。

 彼女は怯えたように大人しくしていたが、跳躍術で現れたシャーラに接すると、意を決したように口を開いた。

 

「なにを訊いても無駄よ……。ほかの者が喋ったことがすべてよ」

 

 ベーレは言った。

 だが、シャーラに視線を向けずに、そっぽを向いている。

 

「ほかの者がなにを話したのかわからないでしょう? あなたの話に食い違いがあれば、拷問をやり直すだけのことよ」

 

「勝手にするのね……。というか、まだ彼女たちは生きているの? さっさと殺せば?」

 

 口ぶりは冷淡だが、ベーレがかなりの恐怖に襲われているというのはわかる。

 いずれにしても、彼女は本物の侍女長ではないのだろう。

 タリオの侍女はこんなものなのかと思っていたが、護衛ながらもシャーラ自身もイザベラの侍女長をしていたのだから、エルザ付の侍女長としての彼女の仕事ぶりを眺めていれば、彼女の仕事の粗さが目立っていた。

 本物の間者というほどのしたたかさには欠けるが、あるいは、本来は女官かなにかじゃないだろうか。

 シャーラはそう予想している。

 それに比べれば、やはり、殺すまねをした女を含めやほかの四人は、彼女たち自身が口にしたように、本物の侍女なのかもしれない。動きは間者というよりは、侍女そのものだったと思う。

 

「生かしているわ。ハロンドールの王太女を害そうなんて者たちを簡単には死なせないわ。せいぜい、残酷に処刑してあげるわね」

 

 シャーラはうそぶいた。

 だが、実際には、すでにシャーラは、かなりの疲労を感じている。

 拷問まがいの訊問などというものは、やる方も心が追い詰められる。嬉々として他人を痛めつけることができる者もいるが、シャーラは違う。

 敵とみなした相手を殺すことには躊躇はないが、半死半生にして生かすということには、いまだにシャーラは慣れない。

 だからこそ、最初にひとりを殺したふりをしたことで、ほかの三人が観念して喋ってくれたことにはほっとした。

 しかし、大した情報はとれなかった。

 まあ、もともと、本命はこのベーレだと思っている。

 このベーレについては、拷問なしに喋るとも思えないが……。

 

「おいで」

 

 ベーレの腕をとる。

 跳躍して、訊問室の前に連れていく。

 

「やっと最後だね」

 

 部屋の隅で茶を淹れさせて口にしているマアが悠然と言った。

 ロウのとんでもない術で見た目の若さを取り戻したらしいマアは、一見すると、少女の面影さえ残る若い女だが、態度や醸し出す雰囲気に接すると、やはり、大陸を股にかける一代の女豪商なのだとわかる。

 ああやって、なにもせずに、座っていても大した貫禄だ。

 一方で、マアと向かい合って腰掛けているモートレットは、無表情ながらも顔色は悪い。

 こういうことには、耐性がないのだろう。

 

「んぐっ」

 

 シャーラはいきなり、ベーレの腹に拳を叩き込んだ。

 絶息したベーレがその場にうずくまる。

 

 部屋の天井には、両手を拡げたほどの長さの鉄棒が横に走っていて、そこには二本の鎖が結ばれて吊り下がっている。

 シャーラはいったんベーレの手首の縄を解き、それぞれの手首に一個ずつの革枷を嵌めた。さらに、左右の枷を鉄棒から吊ってある鎖の先に繋げる。

 

「うう……」

 

 ベーレもさすがに怯えた表情になる。

 

「とりあえず、浮いてもらおうかしら」

 

 シャーラは壁になる操作具のところまで移動し、鎖を引きあげさせる。

 ベーレ―の腕があがり切り、さらに身体が伸びて、足先が床に触れるか触れないかになった。

 シャーラは鎖の引きあげをとめた。

 

「なにか話す気になった?」

 

 シャーラは柔軟性のある細い木鞭を手にして、ベーレに近づく。

 こういう拷問具はひと揃いしてある。これも、もともとここにあった備え付けだ。

 

「なにを知りたいのよ……」

 

 ベーレが不貞腐れたように言った。

 一方で身体を吊られる痛みで顔をしかめている。

 シャーラは形よく盛りあがったベーレの尻を力いっぱいに引っ叩いた。

 

「ぐあっ」

 

 びしりと肌で音が鳴る。

 だが、ベーレは歯を喰いしばった表情で、今度は悲鳴を押し殺した。

 

「へえ、案外根性あるのね」

 

 シャーラは再び木鞭を振るう。

 一回目と寸分たがわずに同じ場所だ。

 二回目は、むせ返るように呻きをあげた。

 三度目、四度目――。またもや同じ場所に鞭打つ。

 ベーレは少しも鞭をずらそうと、左右に尻をうねらせる。かまわずに、シャーラは同じ場所に鞭を打ち続ける。

 肌や破けて、赤い線が走り、そこから血が滲みだす。

 

「あああっ、いやあああ」

 

 ベーレが泣き出した。

 シャーラは木鞭を捨てた。

 もう気力が折れてしまったのか……。

 

 だったら、これから、時間はかかりそうもないか……。

 しかし、そうだとすれば、やはり、訓練を受けているような正式の諜報員ではないとうことだ。

 得られる情報は多くないだろう。

 

「知っていることを全部話す気になったら、頷きなさい。すでにほかの女が喋ったことと違っていれば、目玉から抉るわよ」

 

 シャーラは右手の人差し指をベーレの脇腹に押しつけた。

 

「んぐうううう」

 

 吊られているベーレの裸身ががくんと弾き、見たこともない激しさで痙攣を始める。シャーラは指が離れないように、左手でベーレの胴体を抱え込んだ。

 部屋にベーレの凄まじい悲鳴が響き渡った。

 

「あがああああ、ぎゃあああああ」

 

 ベーレは眉間に皺を刻んで、眼をこれ以上ないというほどに剥き出しにして、頭をぶるぶると打ち振る。

 シャーラはベーレの身体から手を離した。

 ベーレに加えたのは、強い電撃だ。

 がくりとベーレの身体が脱力する。

 この一回だけで、ベーレの裸身は真っ赤に高揚し、全身からは夥しいほどの汗が滴り落ちだしている。

 

「喋る気になった、ベーレ?」

 

 顔を覗き込むと、ベーレは荒い息をしながら、ぎゅっと口をつぐんだ。

 

「……いい覚悟ね……。でも無駄よ。世の中には耐えられないこともあるわ……」

 

 もう一度指を身体に差す。今度は下腹部だ。逃げられないようにまたもや反対の手で支える。

 電撃を打つ。

 

「ひがああああああ」

 

 今度は少しばかり長くした。

 じょろじょろとベーレの股間から尿が迸りだした。

 

「さあ、答えるわね?」

 

 シャーラはベーレの髪の毛を後ろから掴んで強引にあげさせる。

 ベーレがすっかりと怯えたように、口を開いた。

 だが、言葉は発しない。

 息が漏れる音がするだけだ。

 もしかしたら、不要に自白しないように、軽い暗示でもかけられている?

 そうであるなら、心が毀れるほどに追い詰めるしかない。

 シャーラには、心を操るような闇魔道は得意じゃない。

 

「仕方なわいね」

 

 指をベーレの身体に差す。

 同じ下腹部だが、さらに股間に近い部分だ。ベーレにはだんだんと局部に接近しているのがわかるだろう。

 次は耐えられるかもしれないが、その次には耐えられない。

 それを悟るはずだ。

 

「んぎゃあああ、あぎゃああああ、あがああああ」

 

 電撃を送り込む。

 二回目よりも長い時間だ。

 打ち終わったとき、ベーレの裸体は完全に脱力して、深く頭をさげて、小刻みな痙攣を続ける感じになった。

 

「今度はどう?」

 

「あ、ああ……」

 

 ベーレは涙を流している。

 声が漏れたが、やはり言葉にはならない。しかし、音は出ている。

 強い衝撃で沈黙の暗示が破れかけているのだろう。

 弱い支配でよかったと思った。

 これなら、もう少しで暗示も崩壊して、ベーレは喋りだす。

 

「な、なにも知らない──。知らないのよ──」

 

 すると、突然にベーレが叫んだ。

 シャーラは首を横に振った。

 

「そんなことは訊いていないわ。そもそも、なにを知らないというの?」

 

 シャーラはベーレの目の前で指から天井に向かって電撃を飛ばしてやった。

 

「ひっ」

 

 ベーレの顔が恐怖に引きつる。

 

「次はあんたの股に、これを叩き込むわ。それとも、タリオの犬はそういうのが好きなの?」

 

「や、やめて……。喋る……。喋るわ……」

 

「じゃあ、喋って……」

 

 シャーラは言った。

 しかし、口を開くが言葉は出ない。

 駄目か……。

 シャーラは、ベーレの股間に指をぎゅっと押し当てる。亀裂の上側、クリトリスだ。

 

「いやああああ」

 

 ベーレが絶叫して暴れる。シャーラは尻を押さえて逃げることを防ぐ。

 

「んぎゃああああああ、ひぎゃあああああ」

 

 二度目の失禁──。

 振り絞るような悲鳴が部屋に響き続ける。

 

「まだ十分じゃない?」

 

 シャーラは電撃をとめて言った。

 髪の毛を掴んであげさせたベーレの口からは涎が流れ出している。涙も鼻水も垂れ出てひどい状態だ。

 

 だが、シャーラは迷い始めていた。

 もしかして、どれほどに衝撃を受けても喋れないような強い暗示だったら……。

 そうでないと踏んで、拷問を続行しているが、シャーラの勘が外れていれば、いくらやっても無駄だ。

 

 どうするか……。

 続けるか……。

 しかし、ほかの女たちにはそんな暗示はなかった。

 だったら、ベーレだけに強い沈黙の暗示をするわけがない……。

 

「これを味わってみる?」

 

 シャーラはベーレの膣の中に指を抜き入れる。

 腰をうねらせて逃げようとしたが、すでに抵抗の力は弱い。シャーラの指は根元までベーレの股間の中に入り込む。

 それはともなく、ベーレの股間は意外にもびっしょりと濡れていた。

 

「や、やめて……。やめてえええっ」

 

 ベーレが小刻みに震えだす。

 電撃を股間の中で放つ。

 

「ぎゃあああああ」

 

 ベーレが眼を見開いて絶叫した。

 シャーラはベーレを見ながら電撃を継続する。

 これまでよりもずっと長い。

 それでも、シャーラは電撃を放出し続けた。

 

「やめてええ、もういやああ、じょ、女官長──。大公府付き──。任務は──」

 

 感情が崩壊したような叫喚が迸り、堰を切ったようにベーレが話だす。

 シャーラは電撃をとめて、指を抜く。

 まるで尿のようなまとまった淫液がベーレの股間が垂れ出てきた。

 達した?

 それとも、この拷問がベーレに、なにかおかしな性癖を引き出してしまった?

 ちょっとだけ、シャーラはそんなことを思った。

 

 いずれにしても、やっとベーレが喋り出した。

 すると、どんどんと喋りだした。

 

 それによれば、やはり、彼女たちの任務はタリオ側から指示があったときに、イザベラに堕胎薬を服用させることだった。また、その薬剤は堕胎というよりは、お腹に宿したまま死産になる公算が高い薬剤とのことだ。

 そして、指示はなんらかの手段で別に来ることになっていて、その手段はベーレには知らされてなかったということだ。

 ただ、暗号があり、指示にその暗号の言葉が混ぜてあるので、それに接したら、与えられている魔道薬をイザベラの飲食物に混ぜる手筈になっているということだ。

 

 おそらく、ハロンドールの宮廷とタリオ公国のアーサー大公のあいだで、イザベラとの形式婚の調整が急速に続いているのだろう。

 タリオのアーサーは、まとまり次第にイザベラの腹の中の子を殺す算段だったということに違いない。

 イザベラのお腹の子が堕胎になっても死産ということでも、アーサーは他人の子を自分の子として養育する義務から免れることになる。

 とにかく、かなりの卑劣男だ。

 訊問で訊き出せたのは、あとは、タリオ公国にいるときに、ベーレに指示を与えたのは、マーリンという魔道遣いということだ。

 マーリンの名は知っている。

 アーサーの側近のひとりである老人であり、魔道の遣い手だ。

 ただ、あまり正体は知られていない。

 シャーラが承知しているのは、アーサーの元で、諜報や調略を一手に引き受けている老人ということくらいだ。

 

 マーリンか……。

 収穫はそれくらいか……。

 聞き出した合言葉も、エルザの侍女たちが捕らわれたと発覚すれば、役に立たないものになる。

 

「まあ、そんなところだろうね」

 

 ベーレへの訊問が終わったと見計らったのか、マアが声をかけてきた。

 シャーラは首を横に振る。

 

「次はもう一度、三人を訊問します。三角木馬にでも乗せて……。内容に矛盾がないかどうかをもう一度確かめます。それから、ベーレもまた繰り返します」

 

「念のいいことで……」

 

 マアが笑った。

 一方で、モートレットはかすかに気後れしたような表情になった。

 

「じゃあ、もうわたしたちは行くよ。アネルザ王妃たちにも改めて挨拶したいしね。それとエルザ妃の治療さ。少し診たけど、あれならすぐに解毒剤で元気になる。数日後には、王都に一緒に迎えるとに思うね」

 

「王都に向かってくれるんですか?」

 

 シャーラは言った。

 

「ああ、ロウ殿を出迎える準備をしないと……。王都が荒れていては、ロウ殿も心苦しいだろうからね」

 

 マアが立ちあがった。

 すると、モートレットも慌てたようにマアに続いた。

 

「……ああ、それと、できればお願いしたことが……」

 

 シャーラは思い出して言った。

 忘れていたのだ。

 マアに続いて、一度部屋の外に出る。

 廊下に出たところで、改めてマアに口を開く。

 

「見目のいい新しい女奴隷を五人を適当なところに売ってもらえますか? 隷属の首輪を装着して……」

 

 シャーラの言葉にマアがほんの少し目を細めた。

 

「連中かい? 殺さずに、奴隷にして放り出すということかい? あんたの一存でいいのかい?」

 

「もちろん、王妃殿下や姫様には話を通します。どっちにしても、あの連中は大したものじゃありませんしたし、逆に、今回のことはいずれ、タリオとの取引きの材料になるかもしれません。とりあえず、生かしておきます。ただ、逃げるなり、タリオから口封じに処分されるでもしても、それはいいのです。その程度の者たちです」

 

「まあいいけどね。あんたも優しいことさ。あのとき、エルザ妃が命だけは残してやって欲しいということを口走っていたからね。だから、最初の女のときも、殺したふりで終わらせたんだろう」

 

 マアが少し呆れたように苦笑した。

 シャーラは首を竦めた。

 

「だからといって、得体の知れない者たちを残せません。自由放免もできません。奴隷にしてどこかの娼館にでも売り飛ばして監禁しておくのがいいと思いました」

 

「だったら、ここの隊長に委ねたらどうだい。隷属の首輪をして逃げられないようにするのは同じだけど、女の少ない軍人の集まりには、溜まったものを発散する性の相手も必要さ。連中を与えてやればいい。幸いにも堕胎薬もある。使い過ぎて毀れればそれだけのことさ。タリオにもいい目せしめになる」

 

「怖いことを言いますね」

 

「あんたに言われたくないね」

 

 マアが声をあげて笑った。

 

 

 

 

(第20話『護衛長の汚れた仕事』終わり)



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 第21話  王都の悪人たち
378 ふたりの公爵


【ハロンドール王都・グリムーン公爵家の王都屋敷】

 

 

 

 暗い家だな。

 ラングーンの感想はそれだ。

 

 別に照明が足りないわけじゃない。実際には美しい燭台があちこちに灯されており、部屋全体が光り輝いている。

 屋敷そのものも、豪華で荘厳なたたずまいだが、どうしても暗いという印象を抱かせる。

 

 前王の弟にして、公爵の地位を持つグリムーン公の屋敷である。

 同じ公爵だが、ラングーンは前王の「兄」の息子になる。

 だから、ラングーンはグリムーンの甥ということになり、王家の家族としての位置づけは、グリムーンよりも下かもしれない。

 ただ、既に鬼籍に入っているが、ラングーンの父親は、グリムーン公爵に比べれば、かなりの年長であり、同じ王族の公爵位でも、ラングーン公爵家は、グリムーン公爵家よりも、格上として扱われてきたという。

 だから、その公爵家を継いだ自分は、老害そのものになり果てているグリムーン公よりも、地位が高いといっていい。

 少なくとも、ラングーンはそう思っている。

 

 あの叔父はもう六十だ。

 ラングーンも四十歳になったので、これくらいの年齢になれば、年齢で上下は決まらないだろう。

 しかし、あの男の嫌なところは、いつまでもラングーンを格下と扱うことだ。

 だが、まだ父が生きていた時代から、あの男は無能で下劣な若者だったし、それが年齢を重ねて、無能で下劣な初老になっただけだ。

 それに比べれば、ラングーンの父は、もともと前王の兄なのだ。

 この国のおかしな法である、魔道力が皆無であれば王位継承者になれないというしきたりのせいで、ラングーンの父は早くから王位継承者から外れ、公爵の養子として王族を出されていた。

 それがなければ、ラングーンの父親が王であり、いまごろは、ラングーンこそが王位にあっただろう。

 

「ようこそ、お待ちいたしておりました」

 

 玄関で出迎えたのは、グリムーン家の執事の老人である。

 ほかの家人はいない。

 すでに人払いがされており、この執事以外の人の目には、この訪問が触れないようになっている。

 それが、ラングーンとグリムーンたちの取り決めであり、ラングーンもまた、ひとりしか家人を連れてきていない。

 傭兵で武術の腕もあり、頭のいい男であり、機転も利く。

 平民なので身分はないが、ひとりしか連れてこないということであれば、貴族であっても役立たずの者たちよりは、この平民を選ぶ。

 なによりも、身体に隷属の紋様を刻んでいる。

 だから、信頼できる。

 

「グリムーン公はいつもの部屋だな?」

 

 ラングーンは連れてきた男にフード付きの外套を手渡しながら言った。

 この屋敷に赴くのも、もう五度目になる。

 勝手は知っている。

 ラングーンは、出迎えの執事を横に従えて奥に向かって進んだ。

 

 いつもの部屋に来る。

 密会の場所はいつもここだ。

 執事が扉を叩くと、中から返事があった。

 木製の脚卓があり、グルムーンはこちらに身体を向けるようにして、卓の向こうの椅子に座っていた。

 ただ、その股のあいだに、背で腕を革布で束ねて包まれている女が正座でうずくまっている。

 女の口はグリムーンの股間で動いていて、グリムーンはその女に奉仕をさせながら、酒を口にしている。また、女の目には目隠しがされていた。

 女は服は着ていない。

 腰の下着だけを身に着けている。

 

「奴隷女ですかな?」

 

 ラングーンは扉に近いグリムーンに向かい合う席に座りながら訊ねた。

 顔が向こうを向いているので、女の顔がわからなかったのだ。

 ただ、背中を見ている限り、若いという感じではない。

 ただ、肌は真っ白であり、体形は美しかった。

 

「貴族よ。貧乏子爵の妻だ。ただ持ち崩してな。すっかりと財を失い破産寸前だ。しかし、夫人は美しいという評判だったから、助け船を出した。余に妻を数日差し出せば、助けてやってもいいと告げれば、これを差し出してきたということだ。さっそく、味見をしているところでな」

 

 グリムーンは笑った。

 ラングーンは鼻白んだ。

 

「無用心ではないですか? わしらがこうやって会っているのを余人に教えるのか? どこからか、話が洩れたらどうするのだ。そもそも、彼との約束が……」

 

 グリムーンの執事とラングーンの護衛は、部屋の壁で置物のように立っているが、このふたりはいいのだ。

 さすがに、公爵たるラングーンやグリムーンがただひとりだけで、家人もなしに余人に会うわけにはいかない。それでそれぞれにひとりずつの随行人は認められている。

 だが、それ以外の者は別だ

 グリムーンも、お互いに家人でさえも寄せることがないように気を配る約束であり、ラングーンもまた、人目を避けながら、この屋敷までやって来ている。

 それなのに、この会合に、慰み女を同席させるとは……。

 

「約束がどうした。次の王の余に、何者が文句をいうのか。そもそも、この女は問題ない。手は打っている」

 

 グリムーンは言った。

 どうでもいいが上機嫌だ。

 すでに王位を奪った気でいるのか。

 気に入らなかったが、とりあえず感情は隠した。

 

「手を打っているとは?」

 

「耳は潰しておる。声は聞こえんのだ。ただ、眼は美しいのでな。勿体ないから潰さずに、目隠しをさせている。とにかく、この屋敷から出すことはないし、飽きれば処分する」

 

 グリムーンが手を伸ばして、夫人の顔をほんの少し動かした。

 女の悶えるような声がその口からこぼれる。

 だが、今度は竿の部分ではなく、睾丸を口に含んで舐め始めた。

 

「さっき数日だけ差し出させた言ったと思いますが……?」

 

「そういう約束だな。無論、飽いたら返すわ。屍骸にしてな」

 

 グリムーンは大笑いした。

 卓の下の子爵夫人とやらが、びくりと身体を一瞬震わせたと思った。

 耳を聞こえなくしているのであれば、自分を殺すと言われたのはわからないはずなので、グルムーンが笑って身体を動かしたので、それに反応してしまったのかもしれない。

 それに、こうやって卓の反対側にラングーンが座っても、まったく反応がなかった。

 もしかしたら、この部屋に他の者がいることに、気がついていない可能性もある。

 それなら、問題はないかと思い直した。

 しかし、それはそれで、気になることもある。 

 

「……その女……子爵夫人とやらは、今日やって来たと言いましたか?」

 

 確か、そんなことを口にしていた気がする。

 だが、脅されているとはいえ、最初の一日目にこの従順さは不自然だ。

 さっきはちらりとしか見えなかった女の姿を卓の下から覗く。

 女の下着はまるで尿でも洩らしたかのように濡れている。しかも、愛液が床まで垂れ出ている。

 異常だ……。

 

はあ、はあ、はあ……。く、薬を……そ、そろそろ……んああ、ああ……」

 

 夫人が睾丸を舐めながら喘ぎ声混じりに言った。だが、掠れたようなか細い声だ。(かろ)うじて、声として聞き取れるが、よく聞かなければ息が漏れる音としかとらえないかもしれない。

 しかし、薬……?

 

んひいい……」

 

 夫人が悲鳴をあげた。

 しかし、その悲鳴でさえも小さい。

 悲鳴をあげたのは、グリムーンが夫人の乳首を力いっぱいに(つね)ったからのようだ。夫人が諦めたように、奉仕の態勢に戻る。

 だが、随分と苦しそうではある。

 

「興味があるのか? 実は声も潰しておる。一生ささやき声しか喋れんように薬物を飲ませた。おかげで悲鳴も静かでいい」

 

「女に薬物を使っておるのですか?」

 

「強い媚薬をな。夫に言いつけられて、今朝方にやって来たものの、簡単には股を開かんでな。それで正気を失わせるような中毒性のある媚薬を投与してやった。おかげで、これよ。薬が欲しくて、夢中で奉仕をしよるわ。まあ、飽きたら、殺さずに、頭を毀してから、子爵に返納してもいいかもしれんな。妻子を借財のために差し出すような下衆には、いい酬いだ」

 

「どうせ、その子爵とやらを追い詰めたのは、グリムーン公なのでしょう? それを下衆とは気の毒だ」

 

 ラングーンも苦笑した。

 それはともかく、やっとラングーンは、この夫人の正体がわかった。

 ローダム家のロレーヌ子爵夫人だ。

 夫の子爵は下衆男ではなく、ただのお人よしだったと思う。王族の派閥としては中立派であり、この一年で急激に財政が傾いたのだ。

 そして、噂では、目の前の男が詐欺師を使って、ローダム子爵に投資に手を出させて破滅させたということのはずだ。さらに、屋敷に盗賊が入ったりして、大きな話題になっていた。

 そういえば、ロレーヌ夫人は三十に手が届くくらいだったはずだが、美貌の賢夫人として有名だ。

 どうやら、この夫人に手を出したくて、わざと手を回して破産寸前に追い込んだのだろう。

 

 ついこの間まで、ラングーンもそうだが、グリムーンも王族公爵とは名ばかりで、王家から年金をもらうだけの限られた財しかなかった。いや、それはそれで、それなりの年金なのだが、財というものはこれだけあれば足りるというものではない。

 いくらでも必要だ。

 

 それに、王家の紐付き金というのは、なかなかに自由になるものではない。

 ところが、タリオ公国の者たちに便宜を図り、受け入れてやったことで、急に金回りがよくなった。

 信じられないくらいの財力を得るようになり、私兵を集めたり、実入りのいい投資に出仕したりと、一気に羽振りがあがった。

 そうやって生まれた自由になる財で、目をつけた小さな子爵家を一個潰したのだろう。その夫人を手に入れるために。

 好色なこの男のやりそうなことだ。

 まあ、そういうところが、ラングーンとしても、グリムーンを信頼できるところであるが……。

 同じようなことは、ラングーンもやっているし……。

 

「下衆比べなら、お前も負けておらんだろう。また、女奴隷を増やしたらしいな。しかも、年端もいかぬ童女だそうではないか」

 

 グリムーンが笑い声をあげた。

 ラングーンは、すぐには応じずに、軽く微笑んでから、指を二回鳴らす。

 壁にいた護衛が寄って来て、横にある台から氷で冷やしている葡萄酒を手に取る。

 そして、ラングーンの前のグラスに注ぐ。

 同席している家人は、決して主人ではない相手の世話を焼くことはない。

 これも約束事だ。

 

 護衛が入れたばかりの葡萄酒のグラスを取り、匂いを嗅ぎ、ひと口だけ飲んだ。

 毒味ということだ。この護衛は毒にも精通していて、遅効性の毒でも、ほぼ間違いなく見抜く。それだけの能力があるから、連れてきているのである。

 また、当たり前だが、いまはこうやって手を組んだとはいえ、お互いに信用などしていない。毒への警戒は当然でもある。

 ラングーン自身も、いまは王家の権力を奪うという共通目標があるから、目の前の愚物と協力しているが、それが終われば、さっさと手を下すつもりだ。

 

 グリムーンは、いまのルードルフを追い落とせば、代わりに王位につくつもりだ。ラングーンもそれには同意している。

 約束しているのは、グリムーンが王位につき、ラングーンを「副王」という地位にするということだ。

 副王というのは、王が死ねば、副王が王位につくということだ。

 つまりはそういうことだ。死ねばいいのだ。

 

 護衛が小さく頷いて、ラングーンの前に、そのグラスを置く。

 問題ないということだ。

 ラングーンはグラスを手に取る。

 

「奴隷とはいっても、平民の子です。しかも、孤児ばかりだ。大きくなれば、金のために娼婦になるような者たちだし、それを引き取って育ててやっている。多少のことは、あの子たちもやってもらわんとね。まあ、これも人助けですよ」

 

 ラングーンは酒を口にした。

 どんな女でも抱くが、ラングーンはどちらかというと童女趣味の癖がある。

 無垢で幼い子供の股間に、勃起した性器を無理矢理にねじ込んで精を放つ。もちろん、苦しんで泣き叫ぶが、それがいいのだ。

 だから、孤児院などを調べさせたり、十歳未満の子が奴隷に売られたりということがあれば、手に入れて屋敷に連れてこさせたりはする。

 だが、これは合法的なものだ。

 余人に迷惑をかけているようなことではないし、自分の性欲のために、れっきとした貴族を罠にかけるような行為とは異なる。

 一緒にしてもらいたくない。

 

「そうか? 実は土産を準備しておるぞ。この女の娘だ。美貌の夫人の子らしく、見目は整っている。おそらく、育てば大変な美人になるだろう。ただ、まだ九歳だがな、人質代わりに、地下に監禁しているが、持って帰ってもいい」

 

 グルムーンの目に皺が寄って和らいだ。

 

「九歳?」

 

 この夫人に娘がいるとは知らなかった。

 だが、九歳か……。

 ラングーンは途端に股間に血が集まるのを感じた。

 

「媚薬で狂わせる前のときには、娘には手を出すなと泣き叫んでおったが、いまはどうであろうな。こうやって話していることは聞こえんが、視力は残しておるので、目の前で娘が犯されれば、さすがに泣き叫ぶと思うぞ。あとで一緒に犯すか?」

 

「やめてくれ。わしには、多少悪趣味だ」

 

「ならば、連れていかんのか? 余の嗜好ではないから、興味はないので、不要なら返すぞ」

 

「連れて帰る。見合ったものは支払おう」

 

 ラングーンははっきりと言った。

 グリムーンが笑っている

 だが、見目の可愛らしい九歳の貴族娘──。

 愉しみだ。

 しかし、わざわざ、それを手渡すのだ。

 なにかも見返りを求めてくるだろう。

 まあいい……。

 なにを妥協しても、最後の最後で、目の前の男を殺してしまえば、それで終わりだ。

 口約束など、いくらでもしていい。

 

 そのときだった。

 目の前の空間がぐにゃりと曲がった。

 魔道だ。

 ラングーンは視線を向けた。

 すると、そこに老人が現われた。

 一応、公爵ほどの屋敷なのだから、魔道で跳躍して入り込むことができないように、処置してあるのだが、この男については自在に入っているのだそうだ。

 屋敷の持ち主である、グリムーンは気にしていないみたいだが……。 

 

「来たか、マルリス……」

 

 グリムーンが言った。

 マルリス……、すなわち、タリオ公国の大公アーサーに仕える魔道師マーリンだ。

 そのマーリンがちらりとグリムーンの股にいる女に目をやったのがわかった。

 マーリンの顔が不快そうに歪んだ。

 

「そのような女は、この話し合いに相応しいとは思いませんな、グリムーン公」

 

 マーリンが面白くなさそうに言った。

 だが、グリムーンは素知らぬ顔だ。

 

「そう言うな。朝から開始して躾の途中だ。最初で一気に堕とさねば、調教というのは面倒でな……。それに、この女の目には目隠しがあり、耳は潰しておる。秘密を漏らす声も失わせた。これは、ただの物よ」

 

「耳を……。うう、確かにな……。しかし……」

 

「余は分をわきまえよと言っておるのだ──。ここは余の屋敷であり、余の立場からすれば、タリオごときの一介の魔道師が口を出していいことではない。お前が能力のある魔道師なのはわかっておるが、ハロンドールの由緒正しい貴族の前では、虫に等しい」

 

「……わかりました……」

 

 マーリンが小さく呻いた。

 いずれにしても、かなり不満気だ。

 だが、マーリンといえば、貴族の身分こそないが、魔道については一流だという。

 それに、これだけの強気でいけるとは、グリムーンも気が強いことだ。

 まあ、あれは胆力というよりは、ただの馬鹿なのだろうが……。

 公爵である自分に、身分が低い者が逆らうということが想像ができないだけだろう。

 もっとも、これだけのことをする限りにおいて、ラングーンとグリムーンも、一応は手を打っている。

 

 裏切ることができないという魔道の「誓詞」を交わさせた。

 「誓詞」というのは、魔道の誓いであり、呪術だ。

 誓いの内容を紙に署名ともに書き、血判を押す──。

 それで、魂に約束事が刻まれるのだ。

 

 そして、マーリンがラングーンたちを害そうという心を抱けば、その時点で心臓が締めつけられて死ぬという呪いになっている。

 マーリンがラングーンたちに接近したときに、マーリンを受け入れる条件として、ラングーンが提案したものであり、マーリンはあっさりと受け入れた。

 それがなければ、ラングーンは今回の話になど、乗ったりはしなかった。

 そして、当然であるが、そんな呪術を事実上、身体に刻んだのは、マーリンだけだ。

 こんなタリオの犬ごときに、命を握り合うつもりはない。

 実は、あの誓詞において、なんらかの約束事を誓詞に刻んだのは、マーリンだけなのだ。

 誓詞は紙に書いたものを燃やしてしまえば効力がなくなり、お互いに持ち合うのが約束なので、三枚の誓詞を作成して、三人で持ち合っているが、その内容において、なんらかの「義務」があるのはマーリンのみになっている。

 事実上、ラングーンとグリムーンは署名をしただけで、なにも誓いなど約束していないの同然のことになっている。

 

 その代わりに、マーリンに渡したのは、マーリンが個人的に自由に使える大金であり、マーリンの地位であれば近づくことも許されないような貴族女だ。

 マーリンは、タリオではその実力と功績のわりには、大公のアーサーには評価されておらず、公国の中における正式の役職もなければ、爵位ももらっていない。

 今回の企てについてが、アーサーの息がかかっているということはわかっているが、ラングーンが手を回して、マーリンが欲を刺激しそうなものを準備しつ。

 それが金と高貴な女であり、存外あっさりと、マーリンはラングーンたちと誓詞を結んだ。

 また、それだけでなく、マーリンには、事が終われば、ハロンドールの伯爵の地位を与えると伝えている。

 ハロンドールにおける伯爵は、タリオのような小国の貴族の地位とは比べものにならないほどに高い。

 これで、マーリンはこの申し出に感涙さえした。

 そして、完全にラングーンたちの軍門に下った。

 タリオ本国からの指示で接近したのが切っ掛けだったが、いまでは、ラングーンのために働くと約束している。

 

「まあいいでしょう。では、本題に入りましょうか。その女のことは確実に殺してください。念のためです」

 

「まあ、少し愉しんでからな」

 

 グリムーンは愉快そうに頷いた。

 

「ところで、どこまで話が進んでいる、マルリス?」

 

 ラングーンは口を挟んだ。

 マーリンについては、マルリスという偽名を使っているということであり、決してマーリンの名を出さないように釘をさされている。

 ラングーンたちの家人も、この男の正体は知らない。

 ただ、得体の知れない協力者としてしかわからないはずだ。

 

 この男と企てているのは、いまの国王であるルードルフを廃位させ、グリムーンとラングーンが王位を継ぐということだ。

 そのために、必要なことをマーリンがするというのだ。

 代償は、タリオが望む国益をラングーンたちが国王の権力を握ったときに与えることである。

 タリオに有利な複数の商品の関税権や、王家で管理している幾つかの鉱山をタリオ公国の推す事業者に引き渡すというものとかだ。

 タリオ人を王宮の高官として数名受け入れるというものもあった。

 ああ、あと、ルードルフの娘であるイザベラをタリオに引き渡すというものもあったか……。

 

 まあ、問題ない。

 いまは、王太女ではあるものの、ラングーンたちが王になれば、当然に邪魔者になるが、処刑してしまうよりは、タリオ公国に引き渡してしまった方が、罪悪感がない。

 ルードルフが気まぐれで子爵にした流民の子を孕んだような恥知らずの王女だが、あんなのを渡すだけで、ラングーンたちの王位乗っ取りに、手を貸すというのだから、安いものというしかない。

 

「ルードルフの人気は、いまや底辺です。王都を混乱させる重罪や流通の施策で、民衆が疲弊に喘いでおる。もっと王都の民の不満を(あお)りましょう。それに、貴族たちの憎悪も……。現王が愚かすぎることがわかれば、自然とあなた方を新王にと推す声は増えましょう。とにかく、いまはもっと乱れさせることです」

 

 マーリンが静かに言って、立ったまま頭をさげた。

 

「もっと、(あお)れるか?」

 

「テレーズという女官長……。かの者は役に立ちましょうな。欲に際限がない。現王の今の一番のお気に入りのようですが、金のかかるものばかりを欲しがる癖がある。すでに、テレーズには手の者を近づけ、あの女の欲を揺さぶるようなささやきを続けさせています。かの女は、それらを次々にルードルフに強請(ねだ)り、王はさらに重税をかけて、テレーズの機嫌をとるということです」

 

「なるほどな。だが、王の金はいずれは余のものになるのだ。失っては困る」

 

 グリムーンがちょっと面白くなさそうな顔になった。

 マーリンは柔和な笑みを浮かべた。

 

「なんの。ただ、テレーズという女に預けるだけこと。あなたが王になったときに、搾り取る民の財を、先に集めさせていると思えばよろしい。ルードルフ王とともに、テレーズを失脚させたのち、テレーズの集めた財をとりあげれば、すべて公爵たちのものです。しかも、正王と副王であるあなた方の名は汚さない」

 

「なるほど、知恵者だな──」

 

 グリムーンが膝を叩いた。

 股間にいた女がびっくりして顔をあげた。

 グリムーンが夫人の髪を掴んで、自分の股間に押しつけ直す。

 また、「正王」、「副王」というのは、今回の企ての取り決めだ。

 ルードルフを退位させた後に、とりあえず、王につくのはグリムーンだ。その代わりに、ラングーンは「副王」として、王家の権力の半分を分ける。

 また、グリムーンの次の王には、ラングーンがつく。

 ふたつの公爵家の間に入って、それを約束させ、今回の計略を持ち込んだのは、ほかならぬ、目の前のマーリンだ。

 それだけでなく、マーリンは、マルリスという市井の老人に成りすまして、王宮や王都の擾乱を引き起こす計画の陣頭指揮をしているのだ。

 ラングーンたちのために──。

 馬鹿な男だ。

 こうやって、利用できるあいだは、利用してやるが、我々が権力を握れば、タリオとの約束など、必ず守るとも限らぬものなのに……。

 

「だが、そろそろ王位が欲しいのう。いまや、ルードルフの評判は底辺以下だ。あの臆病者がどうしたか知らんが、貴族令嬢を手元に集めては凌辱のし放題というのではないか。娘を手込めにされた貴族たちは、怨念になるほどの恨みをルードルフに抱いているということであるぞ」

 

 グリムーンが微笑んだ。

 その話は耳にしている。

 ここ最近のことだ。

 ルードルフは、もともと好色者で、性交のことしか考えない怠け者だったが、臆病者であり、権力を乱行するような王ではなかった。

 言わば、好色で無能なのは王として失格だが、逆に、人畜無害で政務に口を出さないのは、御しやすい王でもあったのだ。

 ところが、最近は、テレーズという女伯爵を女官長として寵姫に侍らせたのをきっかけに、人が変わったように、政事(まつりごと)に手を出し、重税施策を乱発している。

 しかも、いまは、無辜の乙女を犯すのがお気に入りとかで、王命により娘を王宮に差し出させては、凌辱しているという。

 あの男が失脚するのは時間の問題という状況だ。

 

「まあ、そうでしょうね。とにかく、王位という果実は、いまや枝から落下する寸前です。無理に動かずとも、勝手に落ちましょう。どうぞ、落ちた果実をお拾いください。そうすれば、簡単に王位は両公爵の手に入ります」

 

 マーリンが恭しく頭をさげた。

 しかし、なんとなく、わざとらしい。

 グリムーンは愚か者だから、なにも感じないようだが、ラングーンには、この男が極端に道化のようにふるまうときには、心の底にラングーンたちを軽んじている態度が見えているようで仕方ない。

 だが、相変わらず、相手は下手に出れば出るほどに、図に乗るのがグリムーンだ。

 操りやすいといえばそれまでだが、いまは、相好を崩して、マーリンに満面の笑みを向ける。

 

「だが、余に早く欲しいものがあってな。ルードルフの評判をさらに落とし、そして、余が欲しいものを手に入れる策がある。王位が転がって来るまでには、いま少し時間が必要かもしれんが、まずは、それを欲しい」

 

 グリムーンが言った。

 策はともかく、なにを欲しいと口にしているのだろう?

 

「欲しいものとはなんですか、グリムーン公?」

 

 ラングーンは訊ねた。

 

「監獄塔に監禁されている王妃アネルザよ。あの王妃には、以前、ある闘女奴隷のことで煮え湯を呑まされたことがあってな。いつか恨みを返そうと思っていたが、早くもその機会がやって来た。マーリン、お前に王宮を動かす伝手があるなら、王妃の裁判を速めさせよ。あの王妃を犯罪奴隷に落とすのだ。その奴隷を余が飼育するであろうよ」

 

 グリムーンが嬉しそうに言った。

 ラングーンはびっくりした。



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379 ふたりの魔道遣い

【ハロンドール王都・グリムーン公爵家の王都屋敷】

 

 

 

「アネルザ王妃を奴隷として飼う?」

 

 ラングーンは思わず声をあげた。

 そして、この男は、なにを喋っているのだと思った。

 よりにもよって、現王の王妃を奴隷にして侍らせるなど、それをやったとして、周囲がどう感じるのかということを考えないのだろうか?

 倫理観の欠如した男として、世間に認知されるだけではないか。

 しかも、王になる前に、先にアネルザを奴隷にしたいだと?

 人気のない王妃だが、あれはあれで辺境侯の長女であり、面倒見がいいところもあって、貴族界では影響力が高い。

 そもそも、辺境侯に恩を売るどころか、敵に回したいのか?

 ラングーンはすっかりと呆れてしまった。

 

「犯罪奴隷にしてしまえば、なにも問題はあるまい。あのときの余の恨みは骨に沁みておるわ。これを晴らすには、あれを余の玩具にしてしまうしかない。手足を切って犬のように四つん這いで飼育してやる。首輪をつけてな」

 

 グリムーンは悦に耽った顔になって言った。

 そんなことをすれば、グリムーンの評判は、ルードルフ同様に地に落ち、王位に推す者など消えてしまうだろう。

 それはそれでいいが、ラングーンまで共倒れになるのは嫌だ。

 ラングーンはどうしたものかと考えた。

 

「すでに王妃は監禁塔で無力。あなた様が王になってから、好きなようになさるのがよろしかろうと思いますぞ」

 

 マーリンが静かに言った。

 だが、グリムーンが眼に見えて苛つきの顔を浮かべるのがわかった。

 もともと、癇癪持ちで我が儘な性質の男だ。

 ラングーンが言えたものじゃないが、何の落ち度もない子爵夫人を罠にかけて性奴隷にするような、道徳心の欠片もないような男である。

 いまも、自分の欲求を否定されて、顔を真っ赤にして怒りだしている。

 

「黙れ、マルロス──。金が欲しくはないのか。そして、爵位だぞ。お前が欲しくて堪らなかった貴族の爵位だ。お前の子に、子孫に、それを継がせられるのだぞ。そうだ、侯爵の地位をやろう。土地もだ。その代わり、余の願いを叶えよ。アネルザの裁判を早めるのだ」

 

 そして、突然に怒鳴った。

 頭ごなしに喚かずに、まだ取引めいたことを口にしているのは、それなりに分別が残っていたのだろう。

 

「私は一介の魔道師です。与えられるものだけで、分不相応だと思っております。これ以上のものは必要ございません」

 

「小さいのう。お前は余たちの餌を喰らっておる。それから逃げられると思うな」

 

「思いません。ですが王妃についてはしばらく捨て置きを……。進めております計略がややこしくなりましょう。ルードルフの評判が地に落ちきっても、それにまさる悪徳がささやかれては、次代の王への足枷になりかねません」

 

 マーリンが小さく息を吐きながら言った。

 ラングーンは黙っていた。

 実のところ、この頭のおかしい老人を御するには、ほかに興味がわくような娯楽を与えてやればいいのだが、まあ助け船は出さない。

 自滅するなら、すればいい。

 要は巻き込まれなければいいのだ。

 まあ、やりようはいくらでもあると思い直した。

 とりあえず、辺境侯だな……。

 情報を流してやるか。それで恩を売れる。

 

「とにかく、余に考えがある。余は悲劇の男になるからな。世間の同情は余に集まるであろうよ。余があれの王妃に、自ら断罪を与えるほどの恨みを持てばどうだ? そうなれば、余が王に仕返しをしたとしても、世間は納得しよう。むしろ、なにもしなければ、意気地なしの王として、王としての欠陥を突きつけられるかもしれん」

 

 グリムーンはにやりと笑った。

 だが、ラングーンには、さっぱりとわからなかった。

 ルードルフが散々にやらかしているので、いまはルードルフ王に恨みを抱く貴族たちは多い。

 しかし、グリムーンについては、なにもされていないだろう。

 むしろ、ルードルフ同様に、世間の評判はよくない。グリムーンにしても、ラングーンにしてもそうだ。

 それくらいの自覚はある。

 この馬鹿にはないみたいだが……。

 

「恨みとはなんのことですか、叔父殿?」

 

 とにかく、ラングーンは話に乗ることにした。

 ある程度、喋らせれば、それだけで納得するかもしれない。いずれにしても、この男が腹を立てれば、なかなかに面倒なのだ。

 話だけは聞くか……。

 聞くだけならただだ。

 

「エリザベスだ」

 

 グリムーンは勝ち誇った様子で言った。

 

「エリザベス? あなたの孫娘の?」

 

 ラングーンは言った。

 エリザベス嬢というのは、グリムーン家に属する令嬢であり、目の前のグリムーン公からすれば、息子の娘、即ち、孫にあたる。

 ラングーンとの関係でいえば、従弟(いとこ)の娘ということになるが、ラングーンとエリザべスとはほとんど面識はない。

 彼女の年齢は十九歳のはずであり、それなりの美少女だったと思う。しかし、大貴族の令嬢らしく我が儘が服を着たような性格をしていて、癇癪持ちとして有名だ。

 それで、いまだに婚約者が見つからないという。

 だが、そのエリザベスがどうしたというのだ?

 

「余は孫のエリザベスが眼に入れてもおかしくない程に可愛い。可愛いのだ。愛しておる。心の底からな……」

 

 突然に芝居じみた口調でグリムーンが語りだした。

 なんだと思った。

 この男に家族愛など皆無だろう。

 家族もまた、こいつのことは忌み嫌っているはずだ。

 いまでも、子爵夫人とやらはグリムーンの股で奉仕を続けている。

 こいつは、そんな蛮行を隠さない。

 そんなことをさせる男を誰が尊敬するというのか……。

 

「そのエリザベスがルードルフに強姦されたとしたらどうだ? 余が怒り狂って、王妃を相手に恨みを晴らしても、誰もが納得するのではないか? いや、ルードルフなら乗るな。エリザベスを差し出すか。その代償として、アネルザを余に渡してもらおう」

 

「エリザベス嬢を生贄に?」

 

 ラングーンは声をあげた。

 つまりは、わざと孫娘のエリザベスをルードルフに凌辱させようというのだ。

 いまのルードルフは、まるでなにかの操られたかのように、周りの子女たちを強姦しては、それを愉しんでいるという。

 だから、王宮は大変な騒ぎだ。

 そんなところに、エリザベスのような令嬢をいかせれば、確かにあの王なら手を出すかもしれない。ルードルフからしても、エリザベスは従弟の娘ということになるのだが……。

 しかし、それを口実にアネルザを提供させる?

 さらに、世間の悪評をこれでかわす?

 やっぱり、この男は馬鹿だと思った。

 まったく度し難い

 

「なるほど、公爵殿の孫を……。ううん、良い手もかもしれませんなあ。いや、恐れ入った。それなら、世間も貴族界も納得しましょう──。報復として、王妃を奴隷にするくらい当たり前になりましょう。これは妙案、妙案──。ルードルフの評判をさげるのに、これ以上のものはない。よき案です」

 

「当然だ。余は才気溢れる男なのだ」

 

 グリムーンが嬉しそうに笑った。

 マーリンが大きく頷く。

 しかし、これがよい案か?

 ラングーンは鼻白んだ。

 まあ、ルードルフの評判が地に落ちるどころか、地面の下に潜ってしまうことだけは間違いないだろうが……。 

 

「なによりも、あの王がこれまでに手を出したのは、下級貴族の娘たちばかりでございました。だが、上級貴族の令嬢にまで見境がなくなったとなれば、今度こそ、一斉にこの国の大貴族たちも見放しましょうよ。いやあ、素晴らしい案でございます、グリムーン公爵閣下」

 

「そうであろうが」

 

 グリムーンが笑った。

 褒められて嬉しそうだ。

 しかし、ラングーンからすれば、マーリンの態度は、やはり、グリムーンを小馬鹿にしたようにしか見えないのだが……。

 

「近いうちに、余とルードルフが密かに話し合う場を作らせよ、マルロス。ただし、誰にも悟らせるな。そうじゃな。魔道で移動をさせてもらうおう。あそこは術封じが掛かっておるが、お前ならなんとかなるのであろう?」

 

「テレーズを使って動かしましょう。あの女を自由にできる手の者を幾人も侍らせております」

 

「早いうちにな。無論、アネルザの裁判もだ」

 

「ルードルフを見限る大貴族たちが大多数になれば、当然に王位は公爵様になります。なによりも、孫娘を汚されたという事実もあれば、あなたに同情も集まり、その同情があなたを推す流れに自然に変わりましょう。なにしろ、王位を継ぐべき者たちは、もうおふたりを除いておりませんしな」

 

 マーリンがさらにへつらいを言った。

 ラングーンは放っておくことにした。

 

「よい仕事をせよ、()()

 

 グリムーンが満足したように頷き、股の間の子爵夫人の頭を軽く二、三回叩いた。

 そして、懐から取り出した袋を床にぶちまける。

 

「──」

 

 夫人が小さな奇声をあげて、薬を追って床を這い回り出す。

 だが、目隠しをされているので、ぶちまけられた薬剤がどこにあるかはわからないようだ。

 それでも、必死になって鼻で匂いを嗅ぎ、舌ですべての床を舐め尽くさんばかりに、顔を床に密着させて薬を探している。

 その姿は、もはや慎みの欠片もない。

 媚薬のせいで、べっとりと濡れている下着に透けて、尻の穴まで見えているが、夫人にはそんな余裕などないようだ。

 畜生そのもののように、懸命に床を舐めまわっている。

 

「では、これで今宵の会合は終わりにしようか。この女の調教を進めねばならん。では、マルロス、さっきの件は頼むぞ」

 

「早ければ、明日にはルードルフとの次代の王との会合の段取りを整えましょう」

 

「お任せを」

 

 マーリンが頭をさげた。

 

「待ってくれ。商業ギルドのことを……。なぜ、連中を潰させたのだ。その話を訊きたい。自由流通を追い出して、商業ギルドを復活させたのはいい。それでわしらにも、かなりの実入りがあった。しかし、そのギルドの長たちをルードルフの名を借りて、処刑させたであろう。おかげで、王都の流通は混乱している。なぜ、そんなことをさせたのだ?」

 

 ラングーンは慌てて言った。

 どうやら、この会合が、さっきの戯言を最後に、終わる気配だったからだ。

 しかし、ラングーンは、いまのことこそ問い質したかった。

 ルードルフの悪評を蔓延させるのはいいのだ。

 だが、自由流通を撤退させ、復活させた商業ギルドまで壊されてしまっては、今後の王都の流通が成り立たない。

 これは、誰が王につくかということよりも、重要なことだ。

 だが、先日のことだが、突然に商業ギルドの重鎮たちが謀反の意図ありという理由で、財を没収されて、処刑されてしまった。

 おかげで、王都に物が入って来なくなり、いまや日常の食糧にまで、とんでもない額がつきだしている。

 

「商業ギルド? それを私に言われましても……。処刑したのはルードルフ王ですぞ。さすがに、私にはそんなことまで手は回せません。しかし、没収した商人たちの財は。かなりのものをおふたりに横流しすることだけはできましたでしょう? それがなにか?」

 

「なにかだと? 問題は大ありだろう」

 

 ラングーンは声をあげた。

 これまでのこのマーリンの行いを考えれば、商業ギルドの重鎮の処刑について、こいつが知らないということなどあるものか──。

 

「なにが問題なのだ、ラングーン公。あれは、なかなかによいことだったな。定期的に入る賂がなくなったのは痛いと思ったが、その賂の十年分の財が一度に入ったとなれば、結果的にはよかった。しかし、商人という者は貯め込むだけ貯め込んでいるものだのう」

 

 グリムーンが笑った。

 これは駄目だと思った。

 なにが問題なのか、グリムーンにはわかってないみたいだ。

 ラングーンは嘆息した。

 

「わかりました。忘れましょう」

 

 仕方なくラングーンは言った。

 すると、グリムーンが手で合図をした。

 執事が脚に小さな車輪のついている椅子を寄せる。

 グリムーンは脚が弱い。

 自力ではほとんど立つこともできず、ああやって車輪付きの椅子に腰掛け、誰かに押してもらわなければ、移動することもできないのだ。

 それに、おそらく、もう一物も勃起はしないのだろうと思っている。

 だからこそ、あんなに長い時間、口で奉仕を受けていても、射精した気配すらなかったのだと思う。

 やはり、この男には王は無理だな。

 ラングーンは確信した。

 ならば、次代の王には、ラングーンが就くしかないではないか。

 

「では……」

 

 マーリンが消えた

 訪問時同様に移動術だ。

 

「ミハエル、約束の童女を連れて来よう。その代わりに、余たちの目の前で犯すふりをせよ。それを余がとめる。それをこの女に見させるのだ」

 

 ラングーンが車輪付きの椅子に乗せ換えてもらいながら言った。

 そのあいだも、夫人は床に落ちた粉薬を一生懸命に探しながら舐めている。

 また、“ミハエル”というのは、ラングーンの名だ。滅多にないが、この男の機嫌がいいときには、いまのように親し気な口調になる。

 思うとおりに事が進んでいるのが嬉しいのだろう。

 やはり、馬鹿だと思った。

 

「それで、この女に恩を売るというわけですな。策士ですな」

 

 とりあえず、ラングーンはそう言った。

 

「やるだけやったら、娘は持ち返れ。お互いに完全に調教を終わらせれば、再会させよう。そのときのこの夫人がどういう反応をするのか愉しみだ」

 

「悪趣味ですな、叔父さん」

 

 ラングーンも微笑んだ。

 

 

 *

 

 

 

【ハロンドール王都・ラポルタ家の王都屋敷】

 

 

 

 目の前の空間が揺れた。

 現われたのは、マーリンだ。

 

 テレーズは、部屋の中に満杯の木箱のひとつに腰掛けたまま、顔だけをそっちに向けた。

 部屋の中は、倉庫さながらに真っ暗であるが、テレーズが魔道で準備した小さな光球が浮かんでいるので、それなりの視界を保つことはできている。

 

「なんだ、椅子も準備しておらんのか」

 

「倉庫代わりにしている屋敷ですから……。とりあえず、ルードルフに(あがな)わせて運ばせたものを収納させているだけです。ここに住んでいるわけではありませんので……。よろしければ、適当にお座りださい、マルロス様」

 

 テレーズは言った。

 ここは、テレーズがルードルフに強請(ねだ)ったことにして建てさせた、ラポルト伯爵家の王都屋敷だ。

 一貴族の王都屋敷を王家の財で建設させるなど、あっていい話ではないが。なにも考えていないルードルフはテレーズの言いなりだし、王宮の大臣や高級官吏たちは、ルードルフが持ち出した王家の操り具のために、いまは自我がほとんど消えている。

 ルードルフの言葉に逆らいもしない。

 テレーズが目の前にいるマーリンに命じられて始めたルードルフ王国の乗っ取りについては、テレーズによってほぼ完成されてしまったというわけだ。

 仕掛けた闇魔道によって……。

 

「やれやれ……」

 

 マーリンがテレーズに向かい合うように木箱に座る。

 そして、大きく息を吐いた。

 

「それにしても、馬鹿どもの相手は疲れるわい。わしたちの話は聞いておったか?」

 

 マーリンがテレーズを見た。

 テレーズは、なにも言わずに、「伝声球」を横に置いた。

 遠隔した場所から声を伝える魔道具だが、いまはマーリンが二公爵と話をしているあいだ、伝声球が繋げっ放しになっていた。

 だから、あの連中の会話はずっと、こっちに筒抜けだったということだ。

 マーリンの指示でしていたことであり、王宮から抜けて、この王都屋敷側で待っていたのも、マーリンの指示だ。

 

 マーリンとの接触は、王宮に入っているタリオの手の者から指示が届くこともあるが、本当に大事なことについては、こうやって直接にマーリンが指示を送る。

 いずれにしても、マーリンの言い草じゃないが、やはり二公爵は愚物だっと思った。

 本当に、このまま王都と王宮を混乱させるだけさせて、自分たちに王位が回っていると考えているのか?

 あれで本気だとすれば、本当に馬鹿者たちだ。

 

「……ならばよい。話はわかっておるな?」

 

「ルードルフに、グリムーンを会わせる段取りを整えればいいのですね? 明日中には……。それで、どうやってあの公爵を王宮に連れ込めばいのですか? 場所は後宮になりますよ。ルードルフはそこから出ませんので」

 

「それはわしが手配する。移動術の護符を使わせる。会合の場所に移動術の門を開いておけ」

 

 マーリンがテレーズに魔道の紋様が描かれた魔道紙を渡された。

 移動術には詳しくはないが、これを使えば、移動術の経路が王宮内に開くのだろう。後で、サキにでも見せるか。

 テレーズはそれを闇魔道で異空間に収納する。

 

「まあ、馬鹿というのはどこまでも馬鹿なのだな。だが、これほど、簡単に踊ってくれると、あまりもやりがいがないのう。ところで、南についてはどうだ?」

 

「王家の財を根こそぎ剥いで、武器や兵糧に変えて送らせております。都合のいい男も見つけました」

 

 “南”というのは、この王国の南域のことだ。

 そっち方面の工作も、テレーズが言い渡されていることであり、テレーズの役目は、王都と王宮を引っ掻き回すだけ引っ掻き回し、さらに、王国の南域に武器を横流しすることだ。いまのところ、誰にも咎められることなく、大量の物品が南域に流れている。

 マーリンの言い草じゃないが、もう少し苦労しないと、かえって、なにかの罠ではないかと拍子抜けして、疑ってしまいそうだ。

 

「都合のいい男とは?」

 

「デュセル家の嫡男です。デュセル家は元は侯爵家であり、南域貴族の門閥の長として権勢を誇っておりましたが、例のキシダインの失脚に巻き込まれて、侯爵は処刑、家族は奴隷落ちしていました。嫡男は才気あふれる者として期待もされていましたが、あれからずっと鉱山奴隷として働いていたところでした。手を回して脱走させ、南域で囲っております」

 

「よかろう。こっちの手の者と接触させる。あとで情報を回せ」

 

「かしこまりました」

 

 テレーズは頭をさげた。

 

「いずれにしても、公爵家の令嬢をルードルフに強姦させるというのは、驚いたが、悪い案ではないのう。これで下級貴族のみならず、大貴族もルードルフ王を手離すであろうな。馬鹿なりに妙な案を持ってくるわ」

 

 マーリンが声をあげて笑った。

 テレーズはマーリンがひとしきり笑い終わるのを待って、口を開く。

 

「……ところで、そっちについても進めますが、ルードルフの評判を、いえ、王家そのものの評判を完全に落とさせる策があります。こっちもルードルフを突けば、簡単に策を進められると思います。なにしろ、いまのあの男には、精を放つことしか考えられないのですから。凌辱でなければ勃起せず、非道によってしか女を抱けない……。そんな暗示をかけてからは、まるで脳のない淫獣そのものですし」

 

 テレーズは口の端を緩めてみせた。

 マーリンがかすかに首を傾げた。

 

「なんだ、別の策とは?」

 

「特に別の策というわけではありませんが、あのルードルフには、公爵令嬢エリザベスだけでなく、民衆に人気のある第三神殿のスクルズにも手を出させます。都合のいいことに、スクルズが民衆を集めて、王政を批判する演説を毎日繰り返しているのは確かです。ルードルフの疑心を突いて、スクルズを王宮に呼び出せます」

 

 テレーズは事も無げに言った。

 マーリンの目が大き見開いた。



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380 ふたりの悪女

【ハロンドール王都・ラポルタ家の王都屋敷】

 

 

 

 マーリンが移動術で去っていった。

 荷物だらけの屋敷の部屋にひとり残されたかたちになる。

 部屋には光源にした魔道の小さな光球が浮かんでいて、テレーズの影が床と積みあがった箱にかかっている。

 だが、しばらく待つと、その影からすっと人影が浮かびあがった。

 

 サキだ。

 目の前にサキの姿が実体化していく。

 テレーズは微笑んだ。

 

「あれでも、マーリン様は、タリオ公国では随一の魔道遣いなのよ。純粋な魔道の能力だけでなく、魔道研究の第一人者なの。それなのに、よくも悟られずに忍んでいられたりするわね。あれで、かなり用心深くて、魔道のかすかな兆候にも敏感なんだけどね」

 

 テレーズは言った。

 そのときには、サキは影から脱して、完全にいつもの姿に戻っている。

 ルードルフの寵姫としてすごす丈の長い豪華な服だ。布の生地は真っ黒でサキの雰囲気によく合っている。

 

「そう思っているだけの世間知らずであろう。わしから見れば小者だ」

 

「彼が小者? タリオ公国のマーリンといえば、誰もが怖れる魔道の鬼才よ。タリオ公国では、彼に対する尊敬を込めた呼び掛けとして“賢者”という言葉を使うみたいよ」

 

「小者だ。まあ、純粋な魔道の能力だけなら、あの女神殿長が上だな。あの女は、わしの亜空間に閉じ込めていた状態で、王宮に蔓延(はびこ)る不穏な魔道の存在を察知したぞ。それに比べれば、こんなにそばにいても、あれは気付かんかった」

 

 サキがたったいままで、マーリンが座っていた箱に腰をおろして、腕組みをする。

 テレーズは、なぜか意味なく自分の顔がほころぶの感じだ。

 

 そして、すぐにその理由を悟った。

 この魔族の女といるとほっとするのだ。

 テレーズは、これまでの人生において、無論、魔族という存在と付き合うのは初めてなのだが、存外に過ごしやすいと思うようになっていた。

 このサキだけのことなのか、魔族全体のことなのかはわからないが、この女には裏がないのだ。

 愉しんでいるときには思い切りの笑顔になり、気に入らないことがあると怒りの感情を顔でも態度でも表す。口惜しいときにはそんな顔になり、驚いたときには、こっちが笑うくらいに呆然とする。

 心と表情が完全に一致する。

 それは見ていて、とても小気味いい。

 

 だが、テレーズがこれまで接触した人間たちは違う。

 マーリンもそうだし、深く付き合ったわけではないが、アーサーという大公もそうだ。少なくとも、こういう裏稼業の者たちは共通的に他人に自分を晒け出すことがない。

 彼らは、大抵のことは無表情でやり過ごすし、逆に、怒っているときには笑い、愉しんでいると気に入らないような顔をしたりする。

 面倒だし、疲れる。

 そんな連中に比べれば、サキはいい。

 

 テレーズに剥き出しの敵意を向けて来るし、それを隠そうとしもしない。

 口惜しいと思うと、心の底からの口惜しさを態度で示してくれる。これでいて、怒りはそんなに持続せず、気分屋でころころと感情も変化する。

 とても面白いのだ。

 なによりも、これだけの気性の荒い魔族の女が、ロウという男の話を口にするときには、こっちが赤面したくなるほどの愛情を表情に出す。

 

 もしも、こういう立場でなければ、テレーズは心からの望みとして、この女を友達にしたいと考えただろう。

 とにかく、純粋なのだ。

 怒っていても、笑っていても……。

 

「いずれにしても、安心したわ。あなたはマーリン様に悟られることなく近づけるのね。もしかしたら、他人ではなく、マーリン様の影に潜むこともできる? それでも、発覚しない自信は?」

 

「わしの術があんなおいぼれに見破られるわけがないわ。わしを誰だと思っておる。空間を操り、隠れることのできないところに隠れ、進むことのできない場所に進むことは、わしの得意中の得意の技だ。亜空間の中では時間さえも操るのだぞ」

 

 サキが得意満面の笑みを浮かべる。

 やっぱり愉しい……。

 その顔には、照れなど微塵もない。

 自分に実力があると、それをこれ見よがしに表現する。

 それに裏はない。

 本当に純粋……。

 

 テレーズは、その純粋さに接すると、それが羨ましくなるとともに、これにもっと接したくなる。

 

 この魔族女がさらに感情を剥き出しにするところを見たいな……。

 そんなことをちょっと考えた。

 少し動揺させられないだろうか……。

 特にそうする理由はない。

 しいて言えば、サキの反応が面白いだけだ。

 

「話を聞いていたんでしょう? あたしとマーリン様の話も……。マーリン様と公爵たちの会話も……」

 

 サキが忍んでいたいのは、テレーズの影だ。

 だから、テレーズが接していた“声”や会話はひと言漏らさずに、サキに伝わっていたはずである。

 

「無論、聞いていた。下衆はどこまでも下衆だな。下衆の思いつきで、孫娘をあの無能王に犯させるのか? そもそも、それが新しい王として、とって代わることとなんの関係があるのだ? 王になりたければ、王を倒す。それだけのことであろう」

 

「そう単純にはいかないのが、人間族の世界でね」

 

 テレーズは肩を竦めた。

 すると、サキが鼻を鳴らした。

 

「とにかく、わしはそういう人間族のややこしいところが大嫌いだ。策略を使って騙し、あざむいてなにかをするなど、わけがわからん。なんで、そんなややこしいことするのかも理解できん」

 

「そんなことを言っているから、あなた方は人間族に騙されて、この世界から追放されたりしたんでしょう?」

 

 テレーズはわざと小馬鹿にしたような笑いをした。

 すると、サキが立ちあがって、顔を真っ赤にした。

 

「なんじゃとう――」

 

 テレーズもよく知っているわけではないが、かつて、魔族と人族は共存していた時代もあったのだという。

 だが、「冥王戦争」と言われる種族争いに敗北した魔族は、絶対的な「悪」として異界に追放され、しかも、そのときに人族側に加担した魔族たちもいたらしいが、彼らもまた、最終的には異界に追い出されてしまった。

 つまりは、戦うときには魔族間で仲違いさせられ、戦いが終われば、人族に協力した魔族種もまた、結局異界に追放された。

 すなわち、人族の権謀術数の罠に嵌まったということだ。

 おとぎ話のたぐいではなく、れっきとした歴史の中の事とのことである。

 

「わしたちを愚弄するか、貴様──」

 

 サキが激昂して怒鳴り声をあげる。

 本当に面白い……。

 前にも同じことを言ってからかったが、そのときも素直に怒ってくれて、面白かった。

 テレーズは噴き出してしまった。

 

「やっぱり、あなたって愉快ねえ……。とにかく、どうするの? 王様に襲われることになっている公爵令嬢は?」

 

「知るか──。わしに関係ない」

 

 サキが不機嫌そうに言った。

 だが、テレーズはどうしても、サキをからかうのをやめられそうにない。

 この魔族女は、感情の起伏が激しくて、しかも、それをしっかりと表現してくれる。

 本当に、これまでのテレーズの周りにはいなかったタイプだ。

 

「だって、園遊会で令嬢を集めるから、王の令嬢喰いを自粛させろとか言っていたじゃない」

 

「ひとりくらいはよい」

 

 サキは吐き捨てるように言って、座り直した。激昂から落ち着いたのだろう。

 

「じゃあ、第三神殿の神殿長のことは? 進めていいの? あの王の慰み物にするなんて……。聞いていたんだからわかると思うけど、」

 

「はああ──? お前が口にしたことだろうが──。スクルズを排除したいのであろうが──」

 

 サキが思い切り、テレーズを睨んできた。

 

「だって、あの王は、もう正気を失っているのよ。本当に、ちょっと勃起できなくなっただけで、あんなに分別がつかなくなるなんて面白いわねえ。スクルズに絶対手を出すわよ」

 

「貴様、さっきから、わしを弄んでおるな──。スクルズの話はもう終わったであろうが──。スクルズは消える──。その代わり、わしは主殿(しゅどの)のために園遊会をする。交換条件だ」

 

 サキが声をあげた。

 やっとからかわれていることに気がついたみたいだ。

 

「交換条件ねえ……」

 

 テレーズは苦笑した。

 スクルズの件については、思ったよりも反応が低い……。

 魔族と人族とでは、仲間意識には差があるのか? まあ、仲間とはいっても、ロウという男を通じて繋がっている集団のようだし……。

 

 いずれにしても、ちょっと物足りないかな……?

 もっとサキを怒らせたい。

 こんなに愉快な玩具はない。

 

「ねえ、ちょっといらっしゃい。あたしの前に立って、スカートまくってくれる」

 

 テレーズは事も無げに言った。

 サキが一瞬だけ、きょとんとし、すぐに顔を真っ赤にさせた。

 

「ふ、ふ、ふざけるな……」

 

 あまりの怒りに声が震えている。

 これだ──、これ。

 この正直で露骨な感情表現が愉しい……。

 

「あら、逆らうの? だから、こういうことを時々やらなければだめなのよね。最近、慣れ合っているから、どっちの立場が上で、どっちが下かわからなくなっているでしょう……? それとも、真名を口に出していい……?」

 

 テレーズはサキの真名を小さく口にした。さらに、「命令」だと付け加えて……。

 

「き、貴様……。お、覚えて……おれ。い、いつもいつも、同じようなことばかり……」

 

 サキはまさに怒りの頂点という表情だ。

 だが、一方で身体はテレーズの両手は、テレーズの言葉に従い、立ちあがってテレーズの前に立って、スカートを捲りあげる。

 テレーズは思わず笑った。

 だが、確かに、このサキにはこうやって、真名の束縛で恥辱的なことを強要しては、いたぶってからかうということをしている。

 だって、面白いのだ。

 

「……そろそろ、覚えたわ、あなたの弱いところ……。いずれにしても、随分感度がいいわよね。日頃のあなたの言動と敏感な身体がアンバランスなのがいいわあ」

 

 わざとサキが嫌がる言葉を選んで、さらに怒らせる。

 だが、耳元で真名を言い、脚を開いて静止するようにささやく。

 これだけで、サキほどの上級魔族が無力になる。

 本当に、魔族というのは、哀れな種族である。

 

 サキの脚が開く。

 ぎりぎりとサキの噛みしめる奥歯の音が聞こえた。

 テレーズは、サキをからかうために、最近持ち歩いている淫具を出した。ほんの短い差し棒であり、軽く魔道を込めると先端が振動するようになっている。

 テレーズでも扱える簡単な魔具だ。

 それをサキがまくっているスカートに差し込み、下着の上からあてがい、すぐに振動をさせた。

 

「うっ、くっ」

 

 サキが顔をひきつらせた。

 そして、懸命に声を殺している。

 しかし、差し棒の先端は、下着越しだが、サキの敏感なクリトリスにしっかりと当たっている。

 白いサキの下着が丸く染みを作るのがわかる。

 あっという間のことであり、本当に敏感なのがわかる。

 

「気持ちいい? あなたのご主人様の愛撫とどっちが気持ちいいかしら? 正直に言うのよ、命令……」

 

 テレーズはくりくりと肉芽を棒で上下左右に動かす。

 

「ひっ」

 

 サキがびくりと身体を反応させる。

 だが、その顔はテレーズを睨み殺さんばかりに激怒している。

 テレーズはますます、愉しくなった。

 

「ねえ、答えてよ。気持ちいいでしょう? その反応じゃあ、訊かなくてもわかるか」

 

「や、やまかしい──。主殿の愛撫は、神様のように素晴らしいのだ。こ、こんながらくたと比べものになるか──」

 

 サキが叫んだ。

 しかし、ロウのことを話すときだけ、一瞬だが愛おしそうな表情になる。

 純粋に慕っているのだなあと思った。

 まあ、すぐに、テレーズに対する怒りの顔に戻るが……。

 

 だけど、真名で心を縛ってまで、正直に言えと強要したのだから、本当にロウの手管は凄いのだろうか。

 真名で嘘を言えないようにしたのだから、サキが比べものにならないと口にするなら、少なくともサキはそう思っているということだ。

 

「じゃあ、しばらくやるけど、達しちゃだめよ。命令だからね、リュンネガルト・ゴーテンバウム・サキュテスト……」

 

 テレーズは言った。

 ちょっとした思いつきだが、真名で達するなと命令したら、本当に絶頂しなくなるのだろうか……。

 それとも、とことん我慢した挙句に、やっぱり身体は反応するのか?

 真名で縛るのは心と行動だから、身体の自然反応までは縛れないはずだが……。

 

「き、貴様……」

 

 サキがすごい形相になる。

 テレーズはぎゅっとクリトリスに振動している棒を押し当て、さらに魔道を込めて、振動を強くする。

 

「ひっ、ひい、うくつ」

 

 サキの身体がぴんと伸びた。

 それだけでなく、身体が震えだす。

 かなり効いている……。

 

「口惜しいでしょう? だから、魔族は真名を簡単に支配されないようにしなきゃだめなのよ。油断しているから、こんなことになるのよ。マーリン様も狙っているからね。支配されないように気を付けてね」

 

 テレーズは言った。

 サキが眼を見開いた。

 

「マ、マー……リン……? う、くくっ、な、なんで……、あくっ」

 

 サキが甘い声が漏れそうになるのを我慢しながら、テレーズを睨む。

 テレーズは愛撫を続けながら、サキに視線を送った。

 

「当然でしょう……。なにしろ、あなたを一時的に無力化する魔族殺しを準備したのは彼なのよ……。本当は、彼自らあなたのような強い魔族を支配したいの……。だけど、慎重だからね。臆病と言っていいかしら」

 

「お、臆病……?」

 

「直接に支配するのが怖いのよ……。まともにやれば、あなたが強いのはわかっているしね。だから、あたしを通じて支配したのよ……。でも、あたしが真名で支配して、問題なく、あなたを奴隷のように扱っているのがわかるし、そろそろ、接触してくるんじゃないかしら。自分も真名で、あなたを縛ろうとして……」

 

「ま、まさか……わ、わしの、真名を……あ、あいつに……、うう、う、動かすな……、あああっ」

 

「もちろん、教えたわ。だって、あたしもあいつに支配されているのよ。訊ねられれば、正直に言うしかないわ。それしかできないのも。だから、指示される前に、こっちから教えたの。あなたの真名だと告げて……。リュンネガルト……ゴ……サキ……と……」

 

 テレーズは笑った。

 そして、懐から小瓶を出す。

 中には油剤が入っていて、中身は即効性の媚薬だ。

 しかも、かなりの強力なものである。

 下着に振動をあてながら、もう一方の手で、下着を引っ張り、中身を全部こぼして注ぎ込む。

 どろりとした媚薬がサキの股間にべっとりとまとわりつく。

 

「うわっ、な、なにを……ひいいっ、んぐううううっ」

 

 あっという間にサキが絶頂の仕草をした。

 

「達しちゃだめよ。命令よ」

 

 テレーズは笑った。



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381 ふたりの雌妖

【ハロンドール王都・ラポルタ家の王都屋敷】

 

 

 

「うう、うっ、うくうううっ」

 

 スカートを自ら両手でまくりあげたままのサキの身体がぶるぶると震えて、立ったままの全身が弓なりになる。

 

「ほらほら、さっきみたいに達してはだめよ。本当に堪えようのない身体ねえ。魔族女の全員があなたみたいに素直なの? それとも、淫乱なのはご主人様に躾けられた特別?」

 

 テレーズはからかいの言葉を掛けながら、魔道を強くして振動を足していく。

 差し棒はサキのもっとも敏感な場所から離れない。

 刺激から逃げるなという命令を付け加えたので、サキはどんなに追い詰められても、大人しく振動を受けるしかない。

 

「しゅ、主殿(しゅどの)……を……、ぐ、愚弄すると……、た、ただでは……」

 

 サキがテレーズを睨む。

 しかし、その顔は汗びっしょりであり、肌は真っ赤に上気している。口を開くと甘い声が混じり、それが艶めかしい。

 肩幅に開いたまま踏ん張っている両脚が大きく震えている。

 

「愚弄なんてしていないわ……。尊敬しているのよ。あなた方みたいな強い女たちをあれだけ慕わせるなんてすごいわ……。ノールの離宮に追い出した王太女も王妃も、王都でうろうろと動き回っている冒険者ギルドのドワフ女も、女神殿長も、調べれば調べるほど、彼に夢中だものね……」

 

 テレーズは笑った。

 ロウという男には一度も会ったことはないが、調査してわかったことがある。

 外見は平凡。特段に容姿が優れているわけでも、人並外れた武術の腕があるわけじゃないから、ぱっと見はどこにでもいるような普通の男ということだ。

 若くもない。

 女にもてる要素は少なく、惹き付ける雰囲気のようなものはないらしい。

 それでも、不思議な術を遣うということはわかってきて、それは一流の魔道遣いを越えるものはあるようだが、派手さはないみたいだ。

 ただ、冒険者としては超一流で、何度も特異点を発見して封印に成功している(シーラ)冒険者だ。

 ただ、これはパーティーの女が一流だからだという噂もある。とにかく、目立つ男ではない。

 

 しかし、超一流の女たちが、彼のところに集まり、彼に尽くしている。

 それが彼の力といえばそうなのだが、不思議にも能力の高い女ほど、彼に惹かれていっている気もする。

 本当に何者だろう?

 彼については、わからないことばかりだ。

 

 いずれにしても、彼が王都にいなくてよかったとは思う。

 テレーズの飼い主であるマーリン、そして、マーリンの主人であるタリオ公国のアーサー大公がロウを眼の仇にしていることはわかっている。

 最初は知らなかったが、アーサーとどういう確執があるかということも知った。

 だから、テレーズの立場からすれば、マーリンに指示されれば、そのロウと直接対決もしなければならなかった。

 テレーズは彼らに飼われる「犬」だ。命じられれば拒むことは不可能だ。

 しかし、そのロウが王都にいない以上、テレーズは彼と戦わなくていいのだ。

 そもそも、アーサーがロウを攻撃する理由が実にくだらない。

 

 すなわち、アーサーは、このハロンドールの王太女になったイザベラを正妻にしようと考え、まずは離縁したばかりのアン王女に近づき、そのアンを使って、イザベラに自分を惚れさせようと思ったらしい。

 その動機も、手段も、テレーズにはいまひとつ理解もできないが、アーサーは持ち前の美貌から、女が自分を好きになるのは当たり前だと考えているところがあり、アンがアーサーに会えば、アンは自分に惚れ、そのアンがイザベラを紹介すれば、イザベラは簡単にアーサーになびくと思っていたみたいだ。

 アーサーは、すでにハロンドールの第二王女のエルザを公妃として政略結婚しているが、そのエルザを返して、イザベラと交換することも、当初、アンに対して打診した婚約を途中でイザベラにすることについても、しっかりとした策があったみたいだ。

 

 ところが、その前提となるところで、アンもイザベラも、アーサーを相手にせず、それどころか、ロウという男にぞっこんであることがわかり、さらに、それを目の前で見せつけられ、それで自尊心が傷ついたみたいだ。

 なんという器の小さい男かと思ったが、現段階では。テレーズはそのアーサーたちの「犬」であるので、いかんともしがたい。

 

 それもこれも、行き倒れて飢え死にしそうになったとき、たった一宿一飯と引き換えに、マーリンとの奴隷契約を結んでしまったテレーズの浅はかさがもとだ。

 でも、あのときは、たった一杯の汁のために、なんでもすると考えた。

 それだけ、追い詰められていたのだろう。

 もっと人を見てから、飼い主を決めればよかったと思う。

 

「あ、ああ、い、いく、いきそうだ……」

 

 サキが身体をくねらせながら言った。

 身体を動かすなという命令を与えているので、こうやって悶えるのは、意思とは関係のないところでやっているのだろう。

 同じように、マーリンから隷属で縛られているテレーズにとっては、参考になる現象だ。

 

「あら、いきそうなの? だけど達してはだめよ。命令なのよ……」

 

 テレーズは真名を耳元でささやき、言葉に絶対支配の力を込める。

 サキが歯を喰いしばる。

 意思については、これでサキは絶頂することはできない。サキも全力で快感を我慢しようとするはずだ。

 しかし、強力な媚薬をたっぷりと股間に浸けた。

 下着をずらしたサキの股間は、かわいそうなくらいに真っ赤になっている。

 媚薬の油剤と垂れ出ている愛液がまるでおしっこでももらしたくらいに、脚にまとわり伝っていて、開いた股の下の床で水たまりにようになっている。

 我慢するなんて、不可能のはずだ。

 

 だが、耐えている。

 必死になって、絶頂寸前のところで留まっている。

 また、サキがわざわざ達しそうだと口にするのは、身体が耐えられなくなったら、口に出せと暗示をかけたからだ。

 さもなければ、気位の高いサキがテレーズにそんなことを口走るわけがない。

 

「んんんんんっ」

 

 サキががくがくと震えた。

 テレーズは、サキの肉芽に当てている差し棒の振動をずらして内腿に動かし、焦らすような刺激に変化させた。

 絶頂を免れた……いや、またもやぎりぎりのところで強制的に寸止めにされたサキががくりと脱力する。

 

 同じことをすでに五、六回は繰り返した。

 何度もぎりぎりのところまで責めあげられて、絶頂寸前で緩められるということを繰り返し、サキも取り繕う余裕はなくなっているみたいだ。

 テレーズにも、狂暴な女妖魔が淫靡に悶絶しそうになる姿を曝け出してくれるようになってきた。

 

 いずれにしても、わかったのは、いくら真名の命令で縛っていても、身体が耐えられなければ、どうしても反応してしまうということだ。

 サキには「絶頂するな」という命令をかけているのだが、あのまま続けていれば、やはり達しただろう。

 真名に命じられたところで、絶頂してしまうこともあるということは、こうやって、寸止めを続ける前に、一度だけ軽く絶頂させてやったからわかる。

 本当に、大いに参考になる。

 

「……ふう、ふう、ふう……。き、貴様……い、いつか、く、首をねじ切る……」

 

 サキがテレーズを殺気を込めて睨みつける。

 余人なら、これだけで恐怖で身体が竦んで動けなくなるかもしれない。

 しかし、テレーズは、これだけの感情を正直にぶつけられるのが、むしろ小気味いい。

 

「無理よ……。真名で支配しているものね……。あたしを傷つけたり、殺したりするのは禁止……。わかったわね、リュンネガルト・ゴーテンバウム・サキュテスト……」

 

 サキが口惜しそうな顔になる。

 だれだけじゃなく、この強い雌妖のサキが涙目だ。

 まあ、涙を浮かべているのは、強烈な寸止めを繰り返された結果かもしれないが……。

 ところで、もうひとつ試してみるか……。

 

「……リュンネガルト・ゴーテンバウム・サキュテスト、あなたの全力の魔道を遣って、股間の貞操帯の魔道を解いてちょうだい。この棒を膣の奥に挿し込みたいの。あなたも、そうして欲しいでしょう? しくてれたら、絶頂禁止の命令を解いてあげるわよ」

 

 テレーズはくすくすと笑いながら、膣の入口に棒を移動させる。

 ブーンと振動音が鳴る先端を、すっかりと燃えあがっているサキの媚肉に押しつける。

 しかし、愛液で濡れ光り、媚薬の影響で左右に割れてまでいる膣がまるで岩になったみたいに、棒の先端を防いでしまう。

 

 これは、ロウに支配されているサキたち全員の女がされている刻印である、他者に犯されるのを防ぐ「貞操帯」の魔道とのことだ。

 サキに告白させたところによれば、男の性器はもちろん、淫具でさえも、膣穴にも尻穴にも受けつけなくなるくせに、ロウはもちろん、ロウの女同士については問題がないとのことだ、

 時折は、ロウの女同士で愛し合うことさえあるとのことであり、真名で縛っているサキが嘘を言うことはないので、間違いないのだろう。

 そもそも、わかってきたことだが、魔族はあまり嘘はつかないらしい。

 平気で人を欺くのは、人族の血のようだ。

 

「そ、そんなことは……で、できん……」

 

 媚薬でただれた股間に、激しい振動を受け入ているサキが快感で震える。

 しかし、ロウの貞操帯を無力化することはできないみたいだ。

 いくら待っても、膣が棒を受け入れるようにはならない。

 

「あなたをもってしても無理なのね。ロウって男は、大したものね」

 

 テレーズは感嘆して言った。

 少なくとも、ロウの術は、サキの魔道力よりも上ということだ。

 マーリンも、アーサーも、ロウのことを過小評価しているようだが、この一点だけでも、それが間違いということはわかる。

 

 ロウに手を出すのは危険だ。

 テレーズは、改めて、それを確信した。

 

 もっとも、それをマーリンに報告するつもりはない。

 命じられていないからだ。

 隷属の支配を受けている以上、命じられたことは、一字一句(たが)わず、実行しなければならないが、言われてないことは、命令の意図がなんであれ、実行するつもりはない。

 また、禁止されていても、テレーズの意思にかかわらず、命じられた言葉そのものに逆らっていな限り、それを破れないことはない。

 

 今日についてもそうだ。

 テレーズは、マーリンから、テレーズがタリオ公国やタリオの者であるマーリンに支配されていることを誰にも悟られるなと命令されている。

 それどころか、発覚すれば、その場で死ぬように、呪術をかけられてさえいる。

 だが、テレーズがマーリンの部下だと口にしなければ、マーリンの傍にサキを連れていくことができた。

 それらしいことを仄めかしても、呪術が発動することはなかった。

 これも大きな発見だ。

 

「わ、わしの主殿は大したお、男なのだ……。王に相応しいな……」

 

 サキが上気した顔で誇らしげに言った。

 本当に面白い……。

 こんなことをされているのに、ロウのことを褒められると嬉しいのだ。

 その純粋さが羨ましい……。

 

「いいわ、達しても、我慢した分までいきなさい、リュンネガルト・ゴーテンバウム・サキュテスト……」

 

 テレーズは笑いながら言った。

 

「いぐううっ、んぐううううっ」

 

 次の瞬間、サキの痙攣が激しくなり、雄叫びのような声があがった。

 そして、大きく身体をのけ反らして、さらに悲鳴をあげる。

 

「ああああああ、あああ」

 

 髪を振り乱し、汗を飛び散らせて、サキは絶頂に昇り詰めた。

 両手でスカートを掴んだまま、その場に膝まづいて崩れ落ちる。

 姿勢を崩していいという暗示はかけていないので、無理矢理に寸止めにした分まで一気に快感が弾けて、腰が抜けたに違いない。

 可愛いものだ。

 テレーズは、サキにかけた真名を使った暗示をすべて解いた。

 

「い、いつか、殺す……」

 

 サキがしゃがみ込んだまま、肩で息をしながら言った。

 テレーズは軽く肩を竦めた。

 

「明日の昼にでも会いましょう。あなたのいる後宮に訪ねていくわ。スクルズの処置について、詳しいところまで詰めないとならないし……。グリムーン公と国王の秘密会談がどうなるのかも知りたいでしょう?」

 

「知らん──。勝手にせい──」

 

 サキが怒鳴った。

 まだ、絶頂の余韻が残っているのか、身体が怠そうだし、顔も赤い。

 

「あらそう? じゃあ、勝手にするわ。両方とも、こっちで進めておく……。ところで、王宮の後宮まで送ってくれる?」

 

 テレーズの言葉が終わるとともに、テレーズの脚の下に、魔道紋が展開した。

 移動術の紋様だろう。

 身体が捻られるような感覚があり、次の瞬間、テレーズは後宮の一室に跳躍していた。

 

 

 *

 

 

 サキは魔道通信で、眷属であるラポルタに信号を飛ばした。

 呼び出すのは久しぶりだ。

 しかし、サキの眷属の中でも、ラポルタは飛びぬけて優秀だ。脳筋でこの手の仕事の役には立たない連中が多い中、ラポルタは十分に信頼できる。

 だから、自由にやらせている。

 

「……お呼びでしょうか」

 

 しばらくすると、ラポルタが現われた。

 サキの命令によって、人間族の美女に変身している。

 醸し出す妖気以外は、どこからどう見ても、人間族の女だ。

 そのラポルタがサキの様子に接して、目を丸くした。

 

「サキ様、どうしたのですか?」

 

 サキはさんざんにテレーズにからかわれた影響で、まだ腰が抜けた感じになっていて立てないでいたのだ。

 心の底からの憎悪が、あの女に対して込みあがる。

 

「わ、わしのことはよい。ところで、手筈はどうだ? テレーズについている手の者については特定したか?」

 

 ラポルタに命じているのはふたつ……。

 そのひとつがテレーズ工作だ。

 

 サキはテレーズを殺せない。

 殺せと命じることもできない。

 すべて、真名の支配で封じられているからだ。

 また、そのテレーズは、ロウに危害を加えることに繋がることを命じられている。テレーズもまた、隷属の支配をされているのだ。

 誰が、どのようにテレーズを支配しているのか……。

 ラポルタに指示したのは、それを明らかにすることだ。

 それで、事態も変えられる可能性がある。

 だが、今夜のことで、はっきりとわかった。

 

 テレーズは、説明することなく、サキをテレーズの影に潜ませて、テレーズとマーリンの関係を暴露してみせた。

 テレーズについているのは、タリオの魔道師マーリン──。

 これがわかった。

 

「十七人……。全員とも、ここの人間族の王宮に入り込んでいる異国の間者ですね。すべてに監視をつけていますが、いまのところ、それ以上は増えません。王宮内にいるのはそれだけかと……」

 

「十七人か。多いのか少ないのかわからんな。お前の部下を張りつかせていると言ったな?」

 

「はい」

 

「わしが命じれば、首を刈れるか? 全員同時にだ。ひとりでも残ると、どんな反撃をされるかわからん」

 

「すぐにでも……。刈りますか?」

 

「まだよい……。ところで、人間族の魔道師のマーリンだ。マルリスと名乗っているようだ。この人間族の王都内に隠れておる。探して出して、同じように周りを洗え。ただし、気づかれるな。人族にしては魔道が高い。用心深くもあるらしい。下手な者だと悟られる」

 

「あたし自ら当たります。お任せください」

 

 ラポルタは言った。

 こいつなら、問題ないだろう。

 サキは頷いた。

 

「……失敗するな。絶対にだ──。よいな──」

 

「わ、わかりました」

 

 ラポルタに緊張が走るのがわかった。

 

「……それで、もうひとつについてはどうだ?」

 

 サキは訊ねた。

 そっちについては、チャルタとピカロの二匹のサキュバスに工作させている。これを王都から仕切っているのも、ラポルタだ。

 

「順調ですが、まだ時間はかかります。王妃アネルザと王太女イザベラが飛ばした檄が、よい具合に人間族の諸侯を焚きつけております。王妃の父親の辺境候という男は、戦う気満々で武器や人や兵糧を集めさせています。ただ、それなりの大軍になりそうで、どうしても時間がかかるようで……」

 

「わかった。しかし、わしが指示すれば、すぐに戦に駆り立てよ。こっちの王都の兵も操っておく」

 

 こっちについてサキが考えているのは、この王都情勢を利用して、この国に戦を起こして、共倒れさせることだ。

 そして、両方をうまく動かし、最終的にはロウには、乱を収めた英雄となって、王都に帰還してもらう。

 

 かなり手間がかかるが、乱を起こさねば、人間族の王がまったく別の他人にとって変わるなんてことはないし、必要なことだ。

 どうせ、いまの王は、ロウに捕縛命令を出したくらいであり、これを倒さねば、ロウの居場所は王国にはない。

 だから、戦を無理矢理に引き起こして、ロウを英雄として勝利させ、新しい王にさせるのだ。

 

 ロウは喜んでくれるだろう。

 そして、サキを可愛がってくれると思う。

 早く褒められたい。

 

「わかりました」

 

 ラポルタが再び頷いた。

 サキはさらに、二、三の指示をして、ラポルタを去らせた。

 やっと、腰に力が戻ったので、なんとか立ちあがる。

 股間がべっとりと濡れて気持ち悪い。

 とにかく、身体を清潔にしたい。

 サキは、王宮に戻るための転送術を刻んだ。

 

 そのとき、ふと頭によぎった。

 そういえば、王国の二公爵とマーリンの会話をテレーズの影の中から傍受しているとき、南域に武器を集めさせているとか言っていたか?

 まるで、サキがサキュバスたちを使って扇動している戦支度のような……。

 

 しかし、辺境候は「西」だ。

 「南」ではない。

 

 これがどういうことなのか考えようとしたが、すぐに面倒くさくなった。

 まあいい……。

 

 知ったことか……。

 サキは転送術に乗って、自分の身体を跳躍させた。

 

 

 

 

(第21話『王都の悪人たち』終わり、第22話『兇王の疑心』に続く)



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 第22話  兇王の疑心
382 罠に嵌まった令嬢


【ハロンドール王宮・王都ハロルド】

 

 

 

「まったく、どういうことなのよ──。わたくしを誰だと思っているのよ──」

 

 馬車の中で、エリザベスは悪態をついた。

 だが、向かい側の席に座っているふたりの侍女は小さくなって頭をさげるだけで、なにも喋らない。

 うっかりと言葉を放ってしまったら、エリザベスの八つ当たりが自分たちに飛んでくるのを怖れているのかもしれない。

 その感情が透けて見えるだけに、さらにエリザベスは苛立った。

 

「答えなさい──。茶会に招待されていた相手が夜逃げしていただなんて、冗談でも笑えないわ。あんたたち、知っていたのかしら? わたくしが恥をかいて馬鹿みたいだと思わないの? もしかして、相手先が王都にいないことを噂で知っていたんではなくて」

 

 エリザベスは怒鳴った。

 すると、やっと侍女のうち年配の方が口を開いた。

 

「お嬢様、わたしたちも狐につままれた気持ちです。エダン伯爵家が数日前から王都を引き払っていただなんて、想像もできませんでした。どうしてこんなことになったのか……」

 

「黙りなさい──。言い訳は聞きたくないわ。あななたちは、わたくしに鬱憤を晴らしたいんでしょう? だから、すでにエダン伯一家が王都にいないことを知っていながら、朝から準備するわたくしを笑っていたんでしょう。そうに決まっていますわ」

 

 エリザベスは喚いた。

 相手をしていた年配の侍女のみではなく、もひとりの若い侍女も慌てたように首を激しく横に振った。

 そのとき、走っている馬車が道でなにかに乗りあげたのか、馬車が上下にがくんと揺れた。

 お尻を座席に打ちつけてしまい、エリザベスは顔をしかめた。

 公爵家の馬車なら、こんなに乗り心地が悪くはないのだが、これは茶会が行われるはずの伯爵家の屋敷で乗り換えた馬車であり、そこにいた王都の近衛隊が別に準備したものだ。

 だから、乗り心地が悪い。

 それもまた、エリザベスを腹立たせる。

 

「痛いわ──。馭者にしっかりと動くように伝えなさい──」

 

 エリザベスは叫んだ。

 すると、侍女が困ったような顔になる。

 

「でも、馭者は王軍の手配でつけてもらったもので、当家の者でもないので……」

 

「わたくしの言うことを聞けないの──」

 

 エリザベスは、その年配の侍女の名を呼んで叱ろうとしたが、名が思い出せなかった。

 なにしろ、グリムーン公爵家の家人は入れ替わりが激しい。

 侍女も同じだ。

 

 普通であれば、公爵家くらいであれば、下級貴族の令嬢が行儀見習いの奉公として侍女になりに来るものなのだが、家人扱いが悪いということが評判になっているらしく、グリムーン家に来る貴族令嬢はほとんどいない。

 そのため、あがってくるものは平民で雇われた者になる。

 だが、そういうものは使えないし、素行が悪い者までいる。だから、すぐに解雇することになる。

 すると、さらに悪評がたち、人がグリムーン家に集まって来ないということになるのだ。

 エリザベスについている侍女たちも、同じようなものだ。

 なんという腹の立つことか……。

 

 母親のマリアには、このふたりを首にしたら、もうエリザベスの世話をしてくれる者はいなくなると、疲れた顔で釘を刺されている。

 公爵家の令嬢を世話をする侍女さえもいないとはどういうことか──。

 まったく嘆かわしい。

 

 だが、エリザベスの母親は、公爵家の妻というには、まったく大人しい性質であり、祖父である現公爵や次期当主の父の言いなりになるだけの大人しい人だ。

 そもそも、グリムーン家の屋敷に家人が集まらないのは、公爵家に仕えるというのに、与える給与が低いからだ。

 エリザベスはそれを知っている。

 しかし、家のことは、グリムーンに嫁いだ母のマリアの役割であり、家人のことについてなど、祖父も父も頓着しない。

 それでいて、十分な金を彼らは母に渡さない。

 そもそも、父親は遊び歩くだけで、ほとんど家には戻らないし、祖父は別宅で暮らしている。

 彼らにとって、グリムーン家の屋敷も、マリアやエリザベスのことも、どうでもいいものなのだ。

 

 だから、公爵家の女だというのに、母のマリアはあまり贅沢なことはしない。

 身に着けるものも平凡だ。

 ひとり娘のエリザベスにだけには、それなりに着飾らせてくれるが、自分はいつも質素だ。

 ほとんど家から出ることもない。

 あんな風にはなりたくない──。

 エリザベスは、母があまり好きではなかった。

 

 そもそも、今日は、どうして、こんなことになったのか……。

 エリザベスには、まったくわからない。

 だいだい、エダン伯爵家の茶会に参加するようにという祖父の命令と招待状が来たのは、昨日のことだ。

 格下であり、あそこの夫人とも令嬢とも親しくはないので、まったく気乗りはしなかったが、祖父の命令は絶対だ。

 さすがに、我儘は通用せず、エリザベスは同意した。

 

 ところが、朝から準備して、そのエダン伯爵家にやってくると、そこはもぬけの空であり、エダン家は、数日前から家人ごと消えていて、領地である南方に戻ってしまっているということだった。

 エダン家の当主は、王宮でも財務管理を預かる者であり、なんの報告もなく、いなくなったということで、事件性もあるということで、王命で王軍が調査にも入っていたようだ。

 そこに、茶会の恰好をしたエリザベスが乗り込んだのだ。

 恥ずかしかったこと、この上ない。

 

 しかも、エリザベスの乗った馬車が伯爵家の屋敷につくや、突然に故障してしまい、仕方なく、そこにいた王軍が準備した馬車の乗って戻るということになった。

 もともとの公爵家の馭者も、故障した馬車につくので、エリザベスを送り返す馭者は王兵が代わりにしてくれるということになった。

 だから、こんなに乗り心地が悪いのだ。

 

 いずれにしても、このところ、王都から逃げ出す貴族は少なくないということだ。

 王都は物価がおかしくなっているし、治安も乱れている。

 それで、貴族や商人のうち、ほかに逃げる場所がある者は、王都から脱走する者があとを断たないようだ。

 王都がそんなことになっているということも、エリザベスは、今日、近衛隊の将校と話をして初めて知った。

 

「いたっ」

 

 また馬車が揺れた。

 エリザベスはかっとなってしまった。

 だいたい、なにもかも愉快ではない。

 

「いい加減にしなさい──。馭者にしっかりと馬車を操るように伝えるのよ──」

 

 エリザベスは持っていた扇を侍女たちに投げつけようとした。

 慌てたように、今度は若い方の侍女が顔をあげる。

 

「お嬢様、でもそれはできません。見てください、馭者台側を」

 

 若い側の侍女は声をあげた。

 そのとき、この娘の名を思い出した。

 ケイトだ。

 

 まだ、グリムーン家に入ったばかりの娘であり、年齢はエリザベスと同じ十九歳だと言っていたか……。

 王都でもそれなりの大商家の娘だったらしいが、先日、国王の命令で商業ギルドの重鎮に連なる商家が突然に罪を鳴らされ、家長が処刑になり、財が没収されるという事件があった。

 この娘は直接潰された商家の娘ではないのだが、その影響で露頭に迷うことになった商家の家の者とのことだ。

 貴族ではないが、貴族相手に商売もするほどの家なので、彼女はそれなりに行儀や言葉遣いができた。

 だから、すぐに雇って、エリザベスに配置されるということになったのだ。

 それはともかく、そのケイトがなにを指摘しているのか……?

 

「なによ、ケイト──?」

 

「馭者と連絡をする小窓がありません。封鎖されています。伝声管のようなものもないし、動いているあいだは、こちらからは声がかけられないのです」

 

 ケイトが言った。

 エリザベスは初めて、そのことに気がつき驚いた。

 ふと見ると、確かに、普通ならある馭者台との連絡窓が封鎖されてなくなっている。行き来できる空間も存在しない。

 

「どういうこと? じゃあ、窓から叫んで」

 

 エリザベスの指示で、そのケイトが馬車の窓に寄る。

 内側にはカーテンがあり、窓は見えないようになっている。

 

「な、なに、これ──?」

 

 だが、カーテンを開いたケイトが驚きの声をあげた。

 カーテンを開くと、そこには鉄格子があったのだ。外側にもガラスの内側にカーテンがあったので、乗り込むときには気がつかなかったが、馬車の窓を隔てる窓にしっかりと鉄格子がある。

 

「どうして……?」

 

 年配の侍女も、反対側の窓に寄る。

 カーテンを開く。

 やはり、鉄格子だ。

 エリザベスは狼狽した。

 

「どういうことよ──。あいつら、わたくしを囚人馬車に乗せたの──」

 

 エリザベスは喚いた。

 囚人馬車にしては造りが豪華だが、鉄格子が嵌まっているということはそういうことだろう。

 とにかく、わけがわからない。

 

「あれ? ここは……どこでしょう? 馬車が進んでいるのは、王都の大通りではありません、お嬢様」

 

 窓に寄っているケイトが、外側のカーテンを開いて、外を覗きながら言った。

 エリザベスも身体を動かして、視線をやる。

 確かに、馬車が進んでいるのは、王都の街の中ではない。

 どこかの庭園内だ。

 そこを進んでいる。

 いつの間に……?

 少なくとも、公爵家の館に戻る経路にこんな場所は存在しない。

 

「あ、あたし、外に出ます」

 

 ケイトが意を決して、馬車の扉に手を掛けた。

 ゆっくりとはいえ、動いている馬車だ。

 さすがに、外に出るなんて危ない。

 

「お、お待ちなさい、ケイト。危ないわよ──」

 

 エリザベスはとめようとした。

 だけど、それはケイトのあげた声によって阻まれた。

 

「閉まっています。外から鍵がかかっています」

 

 ケイトもすっかりと狼狽している。

 エリザベスは唖然としてしまった。

 

 どういうこと?

 なんで?

 

 しかし、そのうちに馬車が停まった。

 慌てて、外に出ようとしたが、やはり扉には鍵がかかっていて、外には出られない。

 

「誰かおりませんか──。ここを開けてください──。馭者の方、そこにいないんですか──」

 

 ケイトが窓と馭者台側の壁に向かって大声をあげた。

 でも、誰も返事をしない。

 それどころか、馬車の外に人の気配を感じない。

 

 とにかく、ケイトともうひとりの年配の侍女が代わる代わる鉄格子に向かって声を出したり、馬車の扉をこっち側から叩いたりする。

 それでも、なにも起きない。

 エリザベスは不安になってきた。

 だが、ケイトがまくり避けている窓から、外の風景がちらりと見えた。

 エリザベスは、その景色に見覚えがあることを思い出した。

 

「待って、ここは王宮の中だわ。確か後宮に繋がっている庭園よ」

 

 エリザベスは窓の外に目をやって叫んだ。

 間違いないと思う。

 もうかなり前だが、少女といえる年齢のときに、二度ほど王妃のアネルザ主宰の茶会に招かれたことがある。

 上級令嬢だけの集まりだったが、公爵家の令嬢だったエリザベスも当然に呼ばれた。

 そこに違いない。

 

「どうして、王宮に?」

 

 しかし、王妃アネルザは、国王に対する不敬罪ということで幽閉され、後宮にはいないはずだ。

 いまは誰が知っ切っているのか……。

 そもそも、誘拐されるように、ここに連れて来られたのはなぜなのか……?

 エリザベスは大混乱した。

 

 そのときだった。

 がちゃりと扉の鍵が開く音がした。

 

「開きました──」

 

 音がしたのは年配の侍女がいる側の扉だ。

 扉を開けて、その侍女が外に出た。

 

「ぎゃあああああ」

 

 突如として外で悲鳴があがった。

 びっくりして、エリザベスは扉の外を見ようとした。

 

「待ってください、お嬢様──。外には出ないで──」

 

 ケイトがエリザベスを強引に手で押し避けて、扉に身体を寄せる。

 すると、そのケイトに男の腕が伸びてきた。

 

「ひぎいいいい」

 

 ケイトの身体ががくりと曲がり、そのまま座席に倒れる。

 

「ケイト──」

 

 エリザベスはその身体を掴もうとした。

 だが、伸びていた男の腕がケイトの身体を支えるように抱いた。

 

「ふぐうううう」

 

 すると、またもやケイトが身体を突っ張らせて悲鳴をあげた。

 完全にケイトの身体が脱力する。

 意識を失わされたみたいだ。

 

 男が馬車の半身を乗り込ませて、力を失っているケイトの身体を座席に倒して、両手を背中に回させて、両手首に鎖で密着している枷を嵌めた。

 

「ひいっ」

 

 エリザベスは馬車の中で悲鳴をあげた。

 

「年増には興味はないが、この侍女も無垢そうでいいのう。だが、まずはお前だな。久しぶりだのう、エリザベス。前に会ったのは、まだ十歳くらいだったと思うが、随分と色っぽくなったものだ」

 

 ぬっと馬車に姿を出したのは、驚いたことに国王のルードルフだ。

 しかし、様子がおかしい。

 眼は血走っていて、口元からはだらしなく涎が出ている。なによりも、その顔に浮かんでいる卑猥な色に怖気が走った。

 

「へ、陛下、こ、これはどうして、あ、あの……」

 

 なにを喋っていいかわからない。

 儀礼をするような状況でもないし、だいたいケイトに危害を加えたのは、国王の仕業だ?

 なにが起きているのだ──?

 

「お前のことは、グリムーンと話がついておる。諦めるのだ。余の性を慰める生贄になってもらう。どれ、馬車の中で犯すのがよいか。それとも、外がよいか? どちらでもいい。人払いはすんでおる」

 

 ルードルフ王がエリザベスに手を伸ばした。

 エリザベスは咄嗟に馬車の反対側に寄る。

 しかし、それ以上は退がれない。

 

「怯える顔もいいのう。可愛いのう。もちろん、処女であろうな。間違いあるまい。余の一物が反応しておるしのう」

 

 ルードルフが訳のわからないことを呟きながら、エリザベスに腕を伸ばす。

 

「へ、陛下、お戯れを──。グ、グリムーン家のエリザベスでございます。こ、これはいったい、どういうことでございますか──」

 

 声をあげた。

 だが、ルードルフ王が完全に馬車の中に乗り込んできた。

 唯一の逃げ道は、王の背中側だ。

 立ったままのルードルフ王が完全に塞いでいる。

 

「わかっておる、グリムーン家のエリザベス。お前はちょっとした取引きで、余の叔父……グリムーン公からもらい受けた。面倒だが、グリムーン家の紋様のついた馬車を王宮に入れて襲うのはやめてくれというから、わざわざ、外で別の馬車に乗り換えさせるという手間もかけさせたのだ。だから、お前たちが王宮に入ったという事実はない。入ったのは軍の馬車に乗ってきた不届き者だ」

 

 ルードルフ王が笑った。

 なにを言っているのが、さっぱりとわからない。

 とにかく、いまが危険な状況だということだけは悟った。

 

「いやああ──。誰か──。誰か──」

 

 エリザベスは絶叫した。

 ルードルフ王の腕がエリザベスの右腕を掴む。

 すると、ルードルフ王の手に嵌まっている指輪が真っ白い明るい光を放ったと思った。

 

「あぎいいいい」

 

 全身に強い電撃が走った。

 衝撃で身体が弾けて、エリザベスはその場に崩れ落ちてしまった。

 あの指輪が電撃を放ったのだ。

 侍女たちも、それで気を失ったのだろう。

 

「あ、あ、あ……」

 

 舌先まで痺れて声をもあげられない。

 ルードルフ王は腰にさげていた手枷を取り、エリザベスの身体を裏返して、がちゃりと両手首に手枷を嵌められた。

 エリザベスの両手の自由は完全に奪われた。

 

「女の衣装というのは、脱がすのも面倒だからのう。まあ、公爵家の屋敷に帰すときには、新しい服を余の名で贈ってやる。犯し尽して余の道具が勃起することがなくなるまでだから、数日後になると思うが……」

 

 ルードルフ王によって、もう一度身体が座席に乗せられて、仰向けに反転させられる。

 しかし、身体が痺れて動かない。

 ドレスのスカートの裾を握られた。

 がばりと腰近くまで捲られる。

 

「ひ、ひいっ」

 

 やっと声が出た。

 

 だけど、怖い──。

 怖い──。

 怖い──。

 

 さっきのルードルフ王の指輪が今度は青色に光った。

 

「も、もう、お、おやめください、へ、陛下──」

 

 だが、さっきの電撃を浴びせられる──。

 恐怖が走る。

 

「悲鳴はいくらでもいいぞ。どうせ誰も来んし、その怖がる姿が余の精をたぎらせるからな。だが、逃げんことだ。逃げると電撃を浴びせるぞ。余もできるだけ、意識のある状態で犯したい。気絶をしているところを犯しても、あまり面白くないのでな」

 

 指輪がエリザベスの首元から臍にかけて撫ぜる。

 ぱっくりと上半身の部分のドレスが切り開かれて、絹の下着が露わになる。

 本当にここで犯すつもりなのだ。

 エリザベスは恐怖で身体が動かなくなった。

 

「お、お嬢様──」

 

 そのときだった。

 ケイトがいつの間にか起きあがって、後ろ手のままルードルフ王の身体の前に足を入れた。

 そのまま身体を捻って、体重をかけ、体当たりするようにルードルフ王とともに馬車の外に一緒に転げ落ちていく。

 

「ケイト──」

 

 エリザベスは声をあげた。

 なんとか立ちあがって、馬車の外に出る。

 ドレスの前が割れ、両手も背中側で手枷が嵌まっているのでうまく動けないが、それでも馬車に外に出た。

 

 やはり、王宮の後宮のそばの庭園であり、周りを美しい花畑に囲まれている一画だ。

 しかし、周りには誰もいない。

 ルードルフ王の護衛さえもいない。

 馬車の外に倒れているケイトとルードルフ王、そして、もうひとりの侍女が地面にいるだけだ。

 

 また、ケイトとルードルフ王には意識はあるが、もうひとりの年配の侍女は電撃が強すぎたのか、まだ気を失ったままだ。

 一方で、ケイトは、馬車から落ちたときに、ルードルフ王の上になったみたいで、それほどの外傷もないようだが、ルードルフ王はケイトに馬車の外に突き飛ばされたときに頭を打ったのか、うんうんと唸っている。

 

「お嬢様、逃げましょう──。早く──」

 

 ケイトが叫んだ。

 後ろ手のまま、肩でエリザベスを馬車と離れるように押す。

 

「に、逃げるって……」

 

「とにかく、人のいるところまで──」

 

 ケイトが叫んだ。

 すると、頭を押さえながら、ルードルフ王がよろよろ立ちあがるのが、視界に入った。

 エリザベスは悲鳴をあげて、ケイトとともに駆け出した。

 

「ふふふ、追いかけっこか? それもいいのう。いかにも犯しているという風情がある。どうせ誰も咎めん。余に逆らうものは王宮にはおらん。王兵のいる前で犯してやってもいいぞ」

 

 すぐに、ルードルフ王が笑いながら追いかけてきた。



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383 庭園の兇行

「お、お嬢様、早く──」

 

 ケイトが前を走りながら叫ぶ。

 だが、夜会のときほどではないが、茶会で身に着ける衣装も、それなりに嵩張るし、重い。しかも、後手で手首に手枷を嵌められていて、うまく身体を動かせない。足元もおぼつかないし、あっという間に、ルードルフ王が迫ってきた。

 

「そ、そんなこと言っても……」

 

 エリザベスは懸命に走りながら、泣き言を口にした。

 切られてはだけている衣装が左右に分かれて、腕は胴体にまとわりつくのだ。うまく走れないし、まるで上体まで拘束された感じになり、いよいよ動きにくい。

 さらに足元が路面に引っ掛かって、転びかける。

 

「裸足になってください──。そして、走って。あたしが時間を稼ぎます。そのあいだに、とにかく遠くに逃げてください──」

 

 ケイトが振り返って、エリザベスの後ろに行く。

 振り返ると、ルードルフ王がすぐそばまで近づいていた。

 ケイトが両足を踏ん張るように立ち、卑猥な笑いをしながら、明らかに常軌を逸しているルードルフ王に向かい合う。

 

「時間を稼ぐって──。い、一緒に逃げるのよ」

 

「できません。お嬢様が捕らわれれば、まずはお嬢様から犯されます。とにかく、誰かを連れてきてください──。もう、後ろを見ずに走って──」

 

 ケイトが顔を振り向いて、必死の形相で叫ぶ。

 公爵令嬢である自分に、侍女の身で命令するとは何事かと思うことはなかった。

 それよりも、考えているのは、ここでケイトが足止めをするということは、あのルードルフ王がケイトを凌辱するだろうということだ。

 それは、怖ろしいことだった。

 

「ほれ、ほれ、待たんか。余の一物がたぎっておる。エリザベス、余の相手をするのだ」

 

 ルードルフ王が間近に迫る。

 ケイトが駆け進んで、体当たりしたのが見えた。

 

「んっ? おっと……」

 

「あぐううう」

 

 だが、そのケイトがルードルフ王に当たった瞬間に、ケイトが絶叫して崩れ落ちた。

 一瞬だが指輪が白く光ったように見えたので、あの指輪の魔具で電撃を放ったのだろう。

 でも、ケイトは倒れながらも、ルードルフ王の服に噛みつくようにして、一緒に地面に引き倒した。

 しかも、ルードルフ王の身体の上にのしかかり、馬乗りになって、脚を挟んで胴体を締めつけるようにしている。

 

「犯すなら、あたしを犯しなさい──。この変態王──」

 

 ケイトが叫ぶのが聞こえた。

 仮にも国王である相手に、そんな口をきくのは驚いたが、あんなにも気性が激しい性質だというのは初めて知った。

 とにかく、ケイトは必死の姿だ。

 エリザベスは、心の中でケイトに謝りつつ、靴を脱いでその場を駆け去った。

 

 すぐに、喧噪の気配が遠くなる。

 花園の辻を曲がる。

 しばらく走る。

 やはり、誰も出てこない。

 息が切れる。

 どれくらい駆けたか。

 エリザベスも、王宮にそんなに詳しくないので、迷ってしまい、あちこちを動き回ることになっていまった。

 こうしているあいだも、ケイトが……。

 気が焦る。

 すると、やがて、建物が近くなってきた。

 正殿だ。

 やっと、ちらほらと警備に立つ近衛兵の姿が遠目に映るようにもなった。

 

「誰か──、誰か来なさい。グリムーン家のエリザベスです──。誰か、来なさい──」

 

 心の底から絶叫した。

 こんな格好を見られれば、公爵令嬢としての自分の醜聞だとかを考える余裕はなかった。

 いま、ケイトがどんな目に遭っているのは想像もしたくない。

 ケイトを助けないと……。

 考えていたのはそれだ。

 

 やがて、ふたりほどの近衛兵が走り寄ってくるのが見えた。

 エリザベスはほっとして、その場にしゃがみ込んでしまった。

 

「こ、これは──。グリムーン公爵家のお嬢様……。どうして、こんなところに──? しかも、その格好は……」

 

 走り寄って、まず声をかけたのは、背の高い女性騎士だった。もうひとりは男の騎士である。

 女性騎士は、はだけているエリザベスの服を掴んで寄せ、エリザベスの下着を隠すようにした。

 そして、エリザベスの後手に手枷が嵌められているのを見て、目を丸くしている。

 

「こ、後宮のそばの庭園で……暴漢に襲われて──。わたくしの侍女が襲われてます。早く助けなさい」

 

 咄嗟に言った。

 “暴漢”だと口にしたのは、その暴漢がルードルフ王だと知れば、そのまま放っておかれる可能性を考えたからだ。

 もしかしたら、この近衛兵そのものが、ルードルフ王に協力しているかもしれない。

 そのそも、夜逃げをしていた伯爵家で、エリザベスに馬車を乗り返させて、この王宮に連れ込むというなことをしたのは、近衛兵の一隊の手筈なのだ。

 

「マイク、お前はこの令嬢を頼む。わたしは行ってくる」

 

 マイクというのは、男の騎士だろう。

 それで気がついたが、ふたりの騎士のうち、男は下士官の階級をしている。一方で女騎士は将校だ。

 

 また、エリザベスは、目の前の女騎士が男装の麗人として少し有名なベアトリーチェだとわかった。

 王軍の女騎士の中では、あのシャングリアと並んで有名な存在であり、爵位は騎士爵の家の出身と低いが、剣の腕なら男にも引けは取らず、男勝りの性質で、男よりもエリザベスのような令嬢たちの世界で人気がある女性だ。

 美貌であり、これまでに婚姻話もたくさんあったらしいが、自分は剣に生きるのだと、一切相手をせずに、三十近くなるまで浮いた話も耳にしない。

 いずれにしても、高潔で義侠心に溢れるな女性騎士と有名だ。

 エリザベスはほっとした。

 

「待ってください、ベアトリーチェ様──。おひとりでは」

 

 もうひとりの男の騎士が立ちあがったベアトリーチェに代わり、エリザベスのそばにしゃがみ込みながら、彼女に向かって顔をあげている。

 

「問題ない。わたしの方がお前よりも強い。暴漢くらい」

 

 ベアトリーチェが白い歯を見せた。

 

「でも、今の時間、後宮方面に近づくのは禁止されてます。命令に逆らえば、処罰が……」

 

「だから、お前はここにいろ。王宮内に暴漢だと聞いて、ほったらかしにできるか──」

 

 ベアトリーチェは駆けだしていった。

 

 

 *

 

 

「余に逆らうか? 一族郎党皆殺しだぞ。元気がいいのはよいがな」

 

 身体の下のルードルフが卑猥に笑った。

 ぞっとしたが、ここで時間を稼がないと、エリザベスがこの狂った王に凌辱される。

 このことだけを考えた。

 後で殺されようが、毀されようが、いまは時間を稼ぐことだけだと思った。

 

「ふぐうっ」

 

 だが、腹に指輪を下から押しつけられて、衝撃が身体が跳ねあがった。

 電撃だ。

 ケイトの身体が力を失う。

 それでも、馬乗りになっていた脚だけは絡ませ続ける。

 

「ほう、なかなかの主人想いの侍女だな。しかも、よく見れば美人か? まあ、いまはお前にするか。取引はしたから、エリザベスは逃げられんしな。また、グリムーン公に連れてこさせればよい」

 

 ルードルフの腕がケイトにかかる。

 呆気なく地面に引き倒された。

 逆にルードルフに馬乗りに乗られる。

 

「くうっ」

 

 まだ痺れているが、まったく動けないわけじゃない。

 ケイトは渾身の力で後手のまま背中を反らせて、ルードルフ王を振り落そうとした。

 だが、重い。

 ルードルフが身体を倒して、ケイトの上に寝そべるようにしてくる。

 突き出ている腹がケイトの腹にのしかかる。

 ルードルフの手がケイトのスカートの中に入って、たくしあげられた。

 

「くっ、うう……」

 

 太腿を触られ、胸元を服の上からまさぐられる。

 さすがに、こうなったらほとんど抵抗はできない。両手さえ拘束されている。

 

「ほら、よいのか? もっと抵抗せんか。言っておくが、余の手つきになったところで、後宮には入れんぞ。いちいち、そんなことをすれば、後宮がいっぱいになるし、正直、お前は余の好みではない。まあ、気が強そうなのはいいがな」

 

 ルードルフがケイトの身体を触りながら笑った。

 かっとなった。

 誰が後宮など……。

 そのあいだも、あちこちを触られ続ける。

 この暴行の中で、その手管だけが緩慢だ。

 女の身体を感触を確かめるような感じである。

 しかし、それを払いのけられないのが口惜しい。

 

 こんな男……。

 せめてもと思い、ケイトはルードルフを下から睨んだ。

 不敬罪など知ったことか──。

 

「その怒った顔がいいのう……。そそる……。おお、固く勃起した。三日ぶりか……。このところ、獲物が捕まらんで、余の一物が昂ぶることもなくなっていた……。おお、勃った。余の一物が完全に勃った──」

 

 ルードルフが訳のわからないことを言って感激したような声をあげる。

 

 そして、一度身体を起こして、ケイトの胸元に指輪を当てた。

 一瞬身体が竦んだが、すっと指輪が身体の上を通り抜けて、スカートの裾まで進み去った。

 そのあいだ、指輪は青い光を放っていたと思ったが、終わると服が完全に左右に切断されていた。

 

 また、ルードルフはケイトの身体に馬乗りになったままであり、そこから逃げることはできなかった。

 暴れても、押しつけられている指輪が今度は電撃の道具に戻るだけだ。

 ケイトは耐えた。

 とにかく、この破廉恥王がケイトに関わっているあいだに、エリザベスは遠くに逃げられるはずだ。

 

「観念せい」

 

 もう一度露わになった下着の上を同じように、指輪で撫でられる。

 下着も切れて、ケイトの裸体が外の風に触れた。

 

「乳はきれいだな。どれ」

 

 ルードルフが両手で左右の乳房を握りしめた。

 

「ううっ」

 

 ケイトは絶望感に襲われて声をあげてしまった。

 

「動くな。動くと、乳房に電撃が当たるぞ。ほれ、ほれ」

 

 ルードルフが腰をずらせて、左の乳首に舌を這わせてきた。一方で右の乳首には王の指にある指輪が当てられる。

 さすがに、そんなところに直接に電撃を浴びせられるのは怖い。

 ケイトの身体が緊張して動かなくなる。

 股間に残っていた下着をルードルフの左手が掴む。

 ゆっくりとさげられていく……。

 

「い、いやああっ」

 

 ケイトは身を捩って抵抗しようとした。

 

「はぎゃああああ」

 

 凄まじい電撃がケイトの右の乳首に叩き込まれて、ケイトは一瞬だけ意識を失いかけた。

 下着がおろされて、足首から取り払われる。

 

「ははは、抵抗されすぎるのも面倒だが、抵抗せんのもつまらん。その点、お前はほどほどでいい。その調子で余を悦ばせよ」

 

 ルードルフが一度立って、さっと下半身の装束を脱いで股間を露わにした。

 勃起した男性の性器がケイトの目に入る。

 そんなものを見るのは、生まれて初めてのケイトは、心の底から恐怖してしまった。

 

「とりあえず、精を放つ。味見はその後だ。溜まっておるのだ。だが、出せんで苦しかった。まずは一発だ」

 

 ルードルフに両脚を抱え込まれる。

 全く濡れていない股間に、勃起したルードルフの男根の先をあてがわれる。

 

「いやああ、やめてえええ」

 

 ケイトは泣き叫んだ。

 力一杯に暴れた。

 冗談じゃない。

 このまま犯されるなど──。

 

「んぐううううう」

 

 次の瞬間、腹に衝撃が走り、ケイトは痙攣していた。

 電撃を当てられたのだ。

 全身が脱力する。

 

「もっと暴れてもよいぞ。その代わり、電撃で痛めつけるがな。ちゃんと気絶せんように加減をしているので安堵せい。もう、暴れんでいいのか?」

 

 ルードルフが股間に男根を押し入れてくる。

 ものすごい激痛が湧き起こる。

 

「あがあああ」

 

 ケイトは絶叫した。

 

「痛ければ蜜を出せ。出さんから痛いのだ」

 

 ルードルフが愉しそうにぐいぐいと男根を深く押し込む。

 あまりの痛さに、ケイトは電撃どころか、これで意識を飛ばしそうになった。

 

「入ったぞ、ケイト。いま処女膜を破った。やっぱり生娘か」

 

 ルードルフが高笑いした。

 ケイトは自分の眼から涙がこぼれるのがわかった。

 

 そのときだった。

 がさごそと背の高い花園の草が動き、誰かが急いでこっちに来る気配がした。

 

「た、助けて──」

 

 ケイトは叫んだ。

 誰が来たのかわからない。

 しかし、とにかく声をあげた。

 

「なんじゃ、お前? この時間は、誰も近づかんように命令を徹底させているはずだが?」

 

 ルードルフがケイトに男根を入れたままの状態で、草の壁の中から出てきた相手を見た。

 ケイトも視線を向ける。

 背の低い庭師の男だ。

 随分と小柄なので、庭師が世話をしている見習いの少年かとも思った。

 

「わああああ、お姉様の仇──」

 

 だが、その庭師が突然に懐からなにかを取り出した。

 陽の光に当たって、それが光る。

 刃物だ──。

 ナイフだ。

 わかったときには、そのナイフがルードルフの横腹に刺さっていた。

 

「うわあああ──。痛いいいい。な、なんじゃあああ、うわああああ」

 

 ルードルフがケイトの上から転がり落ちた。

 下半身だけが裸のまま、悲鳴をあげながらに逃げていく。

 手で横腹を押さえているが、傷は深くはないみたいだ。

 それでも、よろよろと腰が抜けたみたいに逃げようとする。

 

「ああああ──」

 

 庭師──いや、少女だ──。

 ルードルフに突き飛ばされたときに、庭師の被っていた帽子は外れ、さらにかつらが飛ばされていた。

 どうやら、庭師に変装をしていた少女みたいだ。

 手にルードルフの血の付いた刃物を握りしめている。

 血を流して逃げるルードルフを彼女が追う。

 ケイトは呆気にとられた。

 

「だ、誰じゃ──。よ、余を誰だか知っておるのか──。誰かああ、誰かあああ」

 

「お、お姉様を返せええ──」

 

 少女が絶叫して、ルードルフに体当たりしていく。刃物はしっかりと前を向いている。

 ケイトは目を見開いた。

 ルードルフが腰が抜けたように、その場に倒れる。

 しかし、その少女がいきなり横に突き飛ばされた。

 

「うわあっ」

 

 少女が地面に転がる。

 風のようなものがすぎ、少女がおとしたナイフを蹴り飛ばした。

 

「へ、陛下、ご無事で──。陛下?」

 

 駆けつけて少女を取り押さえたのは、ひとりの女騎士だ。

 ケイトはその女性を知っていた。

 面識はないが、男装の麗人として有名なベアトリーチェだろう。近衛隊に所属する女騎士だから、王宮にいたのだろう。

 

「こ、これはどういう状況なのですか、陛下?」

 

 少女を押さえているベアトリーチェも、呆然としている。

 

 腹から血を流して、下半身を剥きだしている国王──。

 ナイフで王を襲った少女──。

 そして、明らかに犯されていたということがわかる自分だ。

 

 突然にこの光景を見れば、なにがなんだかわからないに違いない。

 まあ、なにがなんだか、ケイトにもわからないが……。

 

「そ、そいつは余を襲った暴漢だ──。いや、それよりも、余を救え──。余はまだ死にたくない。余を助けんか、命令だ──」

 

 ルードルフが喚いている。

 あんな傷で死ぬか……。

 ケイトは心の中で悪態をついた。

 そして、身体を起こして上体をあげ、脚で切られた服を寄せて股間だけを隠す。

 

 痛い……。

 泣くほどに股間が痛い……。

 

「す、すぐに……」

 

 ベアトリーチェが懐からなにかを出して、空に向けた。

 しゅうという音とともに煙の塊が飛び出して、空でぼんと弾けた。

 信号弾のようだ。

 

「すぐに人が来ます。陛下、お待ちを……。ところで、あっ」

 

 ベアトリーチェが押さえている少女を見て小さく叫んだ。

 ケイトも声を出しそうになった。

 その少女を知っていたのだ。

 

 確か、トミア子爵家の下の令嬢だ。

 ケイトも最近まで、貴族相手の商売を手伝っていたので、大抵の貴族の顔と名は、その家族まで頭に叩き込んでいる。

 

 彼女の名はミリア……。 

 トミア子爵家の下の娘であり、年齢は確か十四歳……。

 そういえば、彼女の姉のユファは、つい最近自殺をしたという噂があったのを思い出した。

 情報は商売人の命なので噂は大切にしているのだが、トミア家の上の娘がほんの最近に亡くなったというのは本当だ。

 だが、その死因が自殺だというのが噂なのだ。

 そういえば、ミリアはさっき、姉の仇だと叫んだか?

 

「お願い、こいつを殺させて──。こいつのせいで、わたしの大好きなお姉様は、首を括って死んだんだから──」

 

 ベアトリーチェに押さえられているミリアが激しく号泣し始めた。






 *

 ユファ:『314 暴王の誕生(その2)』を参照


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384 王都の遠くから

【ハロンドール王国・ノール離宮】

 

 

 

「はあああ──? あ、り、え、な、いいい──」

 

 エルザがすっとんきょうな声をあげた。

 イザベラはその姿に苦笑してしまった。

 ノールの離宮において、イザベラがあてがわれている部屋だ。

 

 この部屋が一番広く、また、十数人は話し合いができるような肘掛け付きの長椅子が並べられているからだ。

 イザベラのいる居室は、もともとここに送られた王族が最低限の会議などを行うことができるような造りになっているのであり、寝台のある私室は隣接してほかにある。

 つまりは、ここは居室に連接する執務室のような場所なのだ。

 

 ここに、イザベラのほか、王妃アネルザ、姉のアンとエルザ、ノヴァにシャーラ、さらに、イザベラ付きの女官長のヴァージニアがいる。

 数日前に突然にやってきたマアと改めて話をするためだ。

 マアの連れてきた男装の女護衛であるモートレットはいない。

 アネルザが、これはロウの女たちだけの会合なのだと、立ち合いを拒否したからだ。

 そういう意味では、イザベラの侍女たちも、ここに入る権利があると思うが、さすがに全員が入ると狭くなるので、給女を兼ねて、トリアとノルエルのコンビがお茶の道具とともに、文字通り立会している。

 ほかの侍女たちには、必要なことをあとでヴァージニアが説明することになっている。

 

 それにしても、改めて考えると大勢いるものだ。

 この全員がロウの女であり、しかも、ロウに惚れ抜いている。

 ロウの旅に同行した者と王都に残っている者を加えれば、この倍はいるのだから、ひとりの男に侍る女集団(ハレム)としては破格的な数かもしれない。

 ただの女の数としてのハレムであれば、歴史にはもっと大勢の女を囲った王は幾人かいるが、ロウには、亜空間術かなんだか知らないが、時間の経たない不思議な空間に連れ込むことで、自分の女の全員を毎日のように愛することができ、そして、女の全員を満足させることができるのだ。

 その絶倫ぶりは、とんでもないと言える。

 

 そもそも、イザベラが知る限り、歴史に伝わっているハレム集団における女の争いは醜いものだ。

 ハレムというのは、力のある男が作るものなので、そこに集まる女たちは、そのひとりの男の寵を競い合い、男の持っている力を得ようとする。

 お互いに牽制し合い、争い合い、ときには殺し合いにまで発展するものらしい。

 イザベラも、書物の中の知識でしかないので、真実なのかどうかを見極める力はないが、確かに歴史上のハレム主の女の関係はそんなものだ。

 

 しかし、ロウの集団は違う。

 王女であるという立場こそあるものの、発動しない程度の魔力しか保持しないイザベラなど問題にならないくらい、ロウの女たちは、誰も彼も、ひと癖もふた癖もある実力派集団だ。

 力のない女が集まって、男の力を得ようというのではなく、女側がしっかりとした能力を持ち、ロウに尽くしている。

 男の力を借りたいという女などほぼいない。

 

 イザベラもまた、この中で一番になろうという気にはならない。

 自分など、身分こそ、最も高いかもしれないが、それだけのことだ。

 際立った能力もないことは自覚があるし、小娘もいいところだ。あの女集団を相手に、ロウの寵愛を独占しようなど夢にも思わない。

 そもそも、あんな絶倫男の相手をひとりですれば、間違いなくイザベラは早死にする。

 体力が続かない。

 どの女もそう思っているだろう。

 だからこそ、競い合うこともない。

 

 また、やっとわかってきたが、ロウの抱き方は少し……いや、かなり特殊らしい。

 ごく普通の男女の性愛には、「調教」などないし、玩具や媚薬、あるいは、縛ったり、余人の視線のある前で淫らなことをされたりということはないうようだ。

 性に初心なイザベラは、ロウのすることは「普通」だと信じ込んでいたが、最近になって、やっと変わっているということを知らされた。

 でも、もはや、どうでもいいし、ロウがしたいなら、悦んで受け入れてあげたい気もするが……。

 

 それはともかく、いまのことだ。

 この集まりは、やっとエルザの毒が身体から抜け、さらにシャーラによるエルザの侍女たちの「訊問」がひと段落したこと受けての情報交換の場だ。

 そして、その最初に、マアがエルザに対して、自分は実はエルザの知っている女豪商のマアであり、ロウに精を注がれたときの不思議な術によって、見た目が二十代ほどに若返ったのだと説明した。

 

 エルザは全く信じなかったが、化粧を落としたアネルザやヴージニアもまた、かなり若返っていることを知っているし、マアにしかわからないエルザとの関係のことも、マア自身から説明されて、やっといま半信半疑に近い状態になったみたいだ。

 その叫びが、さっきの悲鳴混じりの声というわけだ。

 

「あたしに言わせれば、エルザ様の態度こそ、信じられないですね。タリオ公国にいるときのアーサー大公に対する乙女の態度が、まったくの芝居だったなんて驚きです。あたしも人を見抜く目はあると思い込んでいたんですけど……」

 

 マアが溜息をついた。

 

「こいつは昔から、猫を被るのが得意だったしね。ああやって、破天荒な姫の態度も、ある意味演技だよ。王都の王宮時代では、平民の血が半分混じっているなんて揶揄されていたけど、こいつは王宮生まれの王宮育ちだ。生粋のお姫様なんだ」

 

 アネルザがからからと笑った。

 どうでもいいが、ロウの女だけの集まりを宣言して、モートレットを追い出したくせに、アネルザは、エルザは拒まなかった。

 おそらく、先日から口にしているように、エルザをロウの女にする気満々なのは間違いないと思う。

 だから、ロウの女の集まりというわけだ。

 

「天真爛漫の野性味のあるお姫様も、恋に狂う嫉妬深い大公妃も、それとも、放埓な肉惑的な旅の踊り子にも、なんだってなりますよ。これはわたしの武器ですから」

 

「なにが武器だい、エルザ。お前には“肉惑”なんて言葉は早いよ。そんな言葉は男の性器を二十人でも、三十人でも股で咥えてから口にするものさ」

 

 アネルザが言った。

 

「お母さま、お下品ですよ。エルザが驚いています。それに、ご主人様以外の殿方と愛し合うことを勧められるというのは、いけませんわ」

 

 柔和で優しそうな笑みを浮かべているアンが口を挟んでたしなめた。

 どんなに殺伐していても、アンが喋ると、途端に場が和むから不思議だ。

 こういうアンだからこそ、ロウはとことん性に狂わせて、正体を無くすまで快楽漬けにしたいのだという。

 そんなことをロウが口にしていたのを覚えている。

 

「確かにそうさ。取り消すよ。お前の相手はロウだけだ。あいつが戻ったら、とにかく、すぐに抱かれるんだよ。心配しなくていい。お膳立てはわたしがするよ。別に結婚しろとか言ってないんだ。抱かれな。それで全部わかる」

 

「また、その話ですか? まあ、いまさら貞操にこだわるわけでもないので、考えておきます」

 

 エリザが呆れたよう言った。

 

「いいから抱かれるんだよ。お前もこれでわかっただろう。このマアがこんなに若くなるんだ──。わたしにしても、イザベラにしても、あいつに抱かれる前と後では、まったく違う。信じられないくらいに頭が冴えて、物事を深く考えられるようになった。記憶力もあがっている。ほかの女もそうだ」

 

「そうですね……。わたしだけでなく、侍女たちも同じです。そこにいるトリアもノルエルもそうですし、ほかの者もなんらかの一芸について飛躍的な能力向上がありました。業務処理能力、記憶力、剣技、料理の力、それぞれの女がなにかしらの能力が突然に上昇しました。あのお方は、抱いた女の能力を向上させるお力があると思います。わたしについても、こんなに外見が変わりました……」

 

 ヴェージニアだ。

 壁に待機しているトリアとノルエルも大きく頷いている。

 

「信じられないですけど……」

 

 エルザは、それでも半信半疑みたいだ。

 

「まあ、他所で喋るんじゃないよ。だから、この集まりなんだ。とにかく、年増の女を若返らせたり、女の持っている能力を底上げするだなんて、こんなことが世間にばれたら大騒ぎだ」

 

「そりゃまあ……。だけど、この若い女性が、あの老獪狡猾で商売をすれば鬼からでも金をむしり取ると悪評高い女商人のマア様だなんて、そっちこそ驚きです。金にあかせて、若造りしたという方が信じられますね。変身魔具使ってます?」

 

 エルザがまたもや、静かに首を横に振る。

 

「使ってないよ。それよりも、随分とタリオの大公宮とは口調が違うじゃないかい。まあ、悪くはないね。じゃあ、ざっくばらんといこうじやないかい、お姫様……。正真正銘にあたしだよ……。というよりも、あたしが本当に若いときだって、こんなに肌は瑞々しくなかったね。あの男は女にとっては神様さ。アネルザ殿の言い草じゃないけど、ロウ殿はなにかを持っている。英雄の器かもね。だから、あたしは、そのために必要な財を作る。それしか取り柄がないしね」

 

「ふうん、ひとりの男に一途(いちず)になるなんて、あのマア様らしくないですけど、それ以外は、本当にマア様みたいですね……。わかりました。信用します」

 

 エルザが肩をすくめた。

 よくわからないが、タリオでは、公国を代表する豪商のマアと公妃の関係だから、それなりに交流があったのだろう。姿かたちが変わっても、それなりに感じるものがあるのかもしれない。口ではお道化ているが、とにかく、マアであることを受け入れたみたいだ。

 そういえば、エルザはハロンドールにいるときから勉強家であり、やたらに流通に政務の仕組みなどに詳しかった。その関係で国を相手に商売をするような女豪商のマアと付き合いもあったに違いない。

 この場のように打ち解けたものではなく、公妃と出入り商人という堅苦しいものだろうが、関係は関係だ。

 

 また、そういえば、考えてみれば、タリオ公国が自由流通に成功し、一気に国の力を伸ばしたのは、エルザがタリオ公国に嫁いでからだ。

 表には出いていないものの、あるいは、タリオの国力を一気に向上させた、あの流通改革にエルザは絡んでいたりするのか?

 なんか、やっていそうな気がする……。

 そもそも、あの当時は意味さえもわからなかったが、商業ギルドを破壊して、新しい流通制度を作らなければならないというのは、王女時代のエルザの持論だった。

 ハロンドールのような大国では、エルザの主張に耳にを傾ける者は皆無だったみたいだが、タリオは新興国のようなものだ。

 いや、エルザが絡んでいないということなどありえないだろう……。

 後で訊ねてみるか……。

 

「それはともかく、シャーラ、じゃあ、わかったことを教えてくれ。すでに説明してもらったことも含めてだ。全員が揃うのは、あれからは、これが最初だしな」

 

 イザベラは言った。

 シャーラが頷く。

 話を向けたのは、例のエルザの侍女たちへの訊問の結果のことだ。

 あれに関わったのは、シャーラだけなのだ。マアも一日目以外は立会してない。

 

「わかりました……。とは言っても、得られたことは多くはありません。ハロンドールの王都に、マーリンという男が入り込んでいて、なにかの謀略を仕切っている。彼の命令で、エルザ様の侍女たちは、姫様のお腹の子を堕胎させる役目を持っていた。それくらいですね。ベーレというのは、本物の侍女ではなく、本当は女官。それで間違いないですね、エルザ様」

 

「……間違いないわ」

 

 エルザが溜息をついた。

 自分の連れてきた侍女たちがまさか、イザベラに毒を盛る役目を担っていたということに、エルザは意気消沈しているし、随分と衝撃を受けたようだ。

 また、ベーレが本物の侍女ではないことを黙っていたことについても、ばつが悪そうだ。

 違う身分を偽装していることをシャーラに伝えていれば、シャーラももっと早くベーレに注視していたと思う。

 結果的に、イザベラこそ無事だったが、エルザはいつの間にか毒を飲まされ、しかも、無理矢理に意識のない重病人に仕立てられるところだった。

 それを免れたのは、神がかりなアンの「勘」というのが働いたからだ。

 アンとノヴァは、特段の能力もないし、類いまれな知識などを持っているわけじゃないのだが、奇妙なくらいに勘がいいときがある。

 これも、ロウと愛し合うようになってからのことだし、女の能力を飛躍的にあげるというロウの能力に関係があるのかもしれない。

 ロウも、判断に迷えば、アンの言葉に耳を傾けろと、不思議な忠告を残している。

 

 いずれにしても、ベーレたちの犯罪を未然に防げたのは運がよかった。

 とにかく、あれからベーレたちがどうなったのか、イザベラは知らない。

 シャーラは殺しはしなかったと言っていたので、処断まではしていないのかもしれないが、それですら、真実なのかわからない。

 問い質せば教えるだろうが、イザベラはあえて訊ねないことにしている。

 必要だと思えば、シャーラは口にするだろう。

 エルザにしても、侍女たちのことを一切シャーラに訊ねないのは、自分はもう関与すべきでないと考えているのかもしれない。

 

 イザベラは王太女であり、いずれは王になる。

 実のところ、イザベラが見本としているのはロウだ。

 ロウは、自分などなんの能力もないとうそぶき、なにか解決しなければならないことがあれば、それができる女に全部任せてしまうというところがある。

 それでいて、肝心なところについては頑固なところもあるし、的確な指示さえする。

 あんな風になりたいものだ。

 あのキシダイン裁判のとき、ルードルフに変身していたロウは、実に王らしかった。

 

「タリオのアーサーがなにを考えているのか、もう一度洗った方がいいかもしれないねえ。あの男は陰謀好きさ。表では戦上手ながらも、品の言い貴公子を気取っていながら、陰では色々と企んでいるのさ。エルザ様の夫を悪く言って申し訳ないけどね……。実をいうと、あたしはあの坊やが好きでないのさ。そんなことは本国では口にはできなかったけど」

 

 マアが含み笑いのような表情を浮かべて言った。

 

「奇遇ですね。わたしもそうですよ。好きじゃないです。そんなことはタリオでは言えなかったですけど」

 

 エルザも笑う。

 すると、マアが生真面目な顔になり嘆息する。

 

「さっきも言ったけど、本当にあたしは見る目がないよねえ……。タリオ公国でアーサーを見て、しおらしくしていたのが演技だったなんて……」

 

「好き勝手するための知恵ですよ。アーサーのことなんて、三箇月で見限ってましたよ。わたしはともかく、エリザベートへの扱いなんてひどいものだし、あれに接しただけで、あの男の薄っぺらがわかりました」

 

 エルザが少し怒ったように言った。

 時折、名が出るが、エリザベートというのは、エルザとともに、アーサーの大公妃である若い女だ。

 タリオ公国内には、スクルズたちも所属しているティタン教会の総本山である大神殿があり、その教皇の孫娘である。

 調べてはみたが、教皇クレメンスには、ふたりの孫娘があり、エリザベートは姉妹のうちの妹であり「出来の悪い方」といわれているのがわかった。

 「出来がいい方」の姉は、アマーリエといい、魔道力が高く、大神殿では「聖女」の称号を持っているはずだ。

 エルザに言わせれば、アーサーはエリザベートの扱いが悪いのだというが、エリザベートがアーサーに嫁いだのは、エルザが嫁いだ時期よりも早く、まだアーサーがタリオ国内の古い貴族と勢力争いをしていた頃であるみたいだ。

 つまり、アーサーは大公になったばかりの若い自分に権力を集中するにあたり、エリザベートを(めと)ることで、教会の権威を利用したというわけだ。

 だが、大公として確固とした地位を得た今では、その教会の権威も必要なくなり、用済みということなのか?

 だとしたら、ひどい話だ。

 

「だけど、まさか、あの男はこのハロンドールを侵略するつもりなのかい? 王都にいる能無し王が突然に暴れ出したのは、アーサーのせいなのかい? あれはお前やアンに婚姻話を持ってきたけど、そういうのは、あいつの征服欲のひとつなのかねえ?」

 

 アネルザだ。

 エルザとマアに視線を送っている。

 ふたりとも、タリオ公国からきているので、アーサーについてはイザベラたちよりもよく知っているはずだからだろう。

 

 実のところ、アーサーという男について、イザベラも知っていることは少ない。

 ついこの間まで、キシダインの魔の手から生き延びることしか考えていなかったし、外国の情勢についてを詳しく考える余裕はなかった。

 アーサーの後宮の状況についても、エルザが話をここに運んでくるまでは、まったく知らなかった。そもそも興味もなかった。

 

 イザベラがアーサーについて知っているのは、世間で知られている経歴だけだ。

 つまりは、アーサーは、本当は大公になるような立場じゃなく、本来は傍系の血筋だということだ。

 だが、前大公の息子たちが相次いで不審な死に方をし、大公の後継者のひとりに数えられるようになると、あっという間に大公の後継者に指名された。

 考えてみれば、もうそこから陰謀のようなことをして、のし上がったのかもしれない。

 

 そして、すぐに前大公が急死し、大公の地位を得た。

 だが、国が割れた。

 アーサーの台頭を望んでいない勢力がかなり多かったのだ。

 しかし、アーサーはそういう門閥貴族たちをひとつひとつ片づけていき、最終的には内乱のような騒動に発展したものの、それに勝利して、誰ひとり並ぶもののない権力集中の地位を得たのだ。

 

 ところが、アーサーは、それからがすごかった。

 もともと、タリオ三公国の中で抜きんでた国力があったわけじゃない。

 ましてや、アーサーが大公になったことで、国がふたつに分かれて騒乱にもなっている。国力は低下した。

 しかし、アーサーが大公になり権力が集まるや、旧態依然の古い制度を一蹴して、画期的な施策を断行し、強引に公国の中の理不尽な習わしや、悪しき慣習を排除していった。

 自由流通だってその一環であり、その結果として、タリオはこの数年で急成長し、大国ハロンドールや魔道王国のエルニアと肩を並べる力を身につけたのである。

 タリオ国内の人の暮らしは、以前とは比べものにならないくらいに活気づき、アーサーの人気はすごいのだという。

 また、見目が麗しく美男子であることも、タリオでは人気に拍車をかけているとのことだ。

 まあ、イザベラからすれば、ロウだっていい線いっているし、アーサーには引けはとらないとは思うのだが……。

 

「ハロンドールに手を出すつもりがあるかどうかまでは……。まあ、前にも言いましたが、公妃とはいっても、わたしはまったく政務には関わってません。情報もないし、なにも知りません……。領土欲の強い男というのはあるでしょうけど……。あのう、今度は隠してませんから」

 

 エルザが言った。

 

「そうかい?」

 

 アネルザが軽く肩をすくめる。

 すると、マアが口を開いた。

 

「物の流れを見れば、どんなに隠していても、国がどこを目指しているのかというのはわかるものさ。そういう意味では、タリオ公国がいま見ているのは、カロリックだろうね……。武器や兵糧をカロリックの境界付近に大量に集めさせている。ひそかにね……。もしかしたら、戦をしかけようとしているかもしれない……。あたしはそう見ている」

 

 イザベラはマアを見た。

 

「タリオ公国がカロリックを?」

 

 そういえば、アーサーがハロンドールを訪問したときに、ロウが強引に女にしたビビアンというタリオ国の女諜報員は、ハロンドールの王都ハロルドの担当を外れ、カロリックに向かうことになったと言っていたか……。

 イザベラは一度、ロウに紹介されただけなので、それ以上の記憶はないが……。

 

「カロリックは荒れている。あそこは獣人族が多く、極端な差別施策のために、いくつもの獣人族の反乱が多発しているのさ。それに、いまのカロリックの大公のロクサーヌは若くて力がない。それがカロリックの混乱をさらに悪化させている。古い貴族の力が強すぎるのさ」

 

「ロクサーヌは若くで誠実だとは耳にするけど、施政者というタイプじゃないみたいだねえ。本来は大公になる血筋じゃないけど、思いがけずに地位が転がり込んできたというのは、アーサーと似ている。でも、アーサーのように野心家じゃない。大人しくていい()だよ。実のところ、五年ほどまでに、まだ大公候補でもない時代のロクサーヌに会ったことはあるよ。優しいだけの普通の少女だという印象だった」

 

 マアの言葉に続いて、さらにアネルザが言った。

 

「ロクサーヌ大公は、わたしよりもひとつ上だったな……。まだ、独身でもあったか……」

 

 イザベラは思い出しながら言った。

 アネルザが言及したのは、一度ハロンドールの公式行事で、当時のカロリック大公が訪問したときのことだろう。

 その中の随行員に、ロクサーヌがいたはずだ。

 行事はキシダインが取り仕切り、イザベル自身は離宮に閉じこもって、一切関与していないので、顔も見ていないが……。

 

「いまのカロリック大公家など沈みかけている船さ。だから、あえて、ロクサーヌ公を支えようとする者もない。だからこそ、アーサーが手を伸ばして、乗っ取ってやろうと思っているのかもしれないねえ。アーサーという男は欲深そうだったし。いずれは、三公国を統一する英雄も気取っているかもだ」

 

 アネルザが言った。

 

「しかし、ハロンドールに手を出そうとしているのは本当なのだろう? わたしとの婚姻工作のことだけで、マーリンを乗り込ませはしないだろう。ベーレが自白したマーリンというのは、あのアーサーの腹心である、マーリン魔道師のことだとすればな」

 

 イザベラは言った。

 アーサーが表の人間だとすれば、マーリンというのは間違いなく、タリオ公国の裏の顔だ。

 マーリンが王都に乗り込んで謀略をしているのであれば、短い期間で王都が荒れてしまったのもわかる。

 あるいは、ルードルフ王の性格の激変についても、一枚噛んでいるのかもしれない。

 

「カロリックに手を出し、次はハロンドールということかい? 欲深いことだねえ。だけど、あいつのいまの狙いがカロリックなら、なんでハロンドールに手を出すんだい? あいつはこの国とカロリックを一緒に相手したいのかい? だったら、本当にどうしてくれようか」

 

 アネルザが憎々し気に言った。

 そして、テーブルの茶に手を伸ばそうとしてやめ、トニアたちに酒を準備するように告げた。

 

「お待ちください。ほかに、お酒のお方はおられますか?」

 

 ノルエルが声をかけると、マアとエルザが手をあげた。

 さらに、ヴァージニアもだ。

 

「お前たちもよければ、座って参加せよ。飲みながらでも給仕はできるであろう」

 

 イザベラがふたりに声をかけた。

 身分も立場も違うが、ロウの女であるということでは全員が対当だ。

 少なくとも、そう思っている。

 だいたい、侍女たちとは、あの亜空間で一緒に裸になって抱かれているのだ。痴態を見せ合っている間柄だし、取り繕ろうのもばかばかしい。

 

「そうだな。もういい。どうせ、最後には、ここにはいないロウの愚痴話になるんだ。お前たちも参加するといい」

 

 アネルザも言った。

 

「やったね──。ノルエル、お酒をもらおう」

 

 物怖じしないトリアが嬉しそうな顔になる。

 だが、逆にノルエルは、顔を蒼くして激しく首を横に振っている。

 

「と、とんでもないです」

 

 それをトリアがなだめている。

 とりあえず、ふたりが支度をはじめる。

 

「アーサー殿は、ご主人様……いえ、ロウ様にとても恨みを抱いてしまったみたいでした。イザベラに手を出そうとしているのは、彼のロウ様への悪感情からきているのかもしれません。それが全てではないでしょうけど」

 

 すると、突然にアンが口をはさんだ。

 どうでもいいけど、相変わらず、アンとノヴァは仲良しだ。いまも、アンとぴったりとくっついて、アンと同じひざ掛けにくるまっている。

 本来は、ノヴァも侍女なのだから、給仕をする立場だが、そうすべきとは誰も思わないし、ノヴァもアンのことしか見ていない。

 あの絆の強さは羨ましくなったりする。

 

「あいつがハロンドールに手を出しているのは、理性ではなく、感情によるものということかい?」

 

 アネルザがアンを見た。

 アンは微笑みながら首を傾げた。

 

「そんな気もしただけです……。根拠はありません、お母さま」

 

 アンはもともと、こういう話に口を挟む性質ではない。ただ黙って聞いているだけの人だった。

 だけど、ロウが少しずつ自信をつけるようなことをしていき、旅立つ直前には、アンになにかの直感が働いたときには、遠慮せずにみんなに教えてあげて欲しい頼んだりしていた

 アンは、ロウには逆らわない。

 だから、言ったのだと思う。

 そういうアンの変化をイザベラは好ましいと思う。

 ふと見ると、ノヴァがアンのことを愛おし気に、髪をなでている。言葉には出さないが、頑張ったと褒めているような表情だ。

 あからさまな甘え合いに、こっちまで恥ずかしくなる。

 

「感情ねえ……。アンの物言いも当たっているかも。あいつって、極端に自尊心が高いのよねえ。そのロウという方に恥をかかされたと思っているなら、結構、ねちっこいかも」

 

 エルザが言った。

 そのときには、トリアとノルエルが、アネルザたちに酒の支度と摘まみ、ちょっと離れて自分たちの席も作り、そこに着席した。

 エルザとアネルザがさっそく酒に手を出す。

 

「……ところで、アネルザ殿、さっき物の流れで、アーサー大公がカロリック相手の戦支度している可能性があると伝えたけど、それはこの国にもいえるね。戦支度を思わせるような不自然な物流の流れがハロンドールにはふたつ出来あがっている。それ把握しているかい?」

 

 マアが言った。

 

「ふたつ?」

 

 イザベラは横から言った。

 戦支度のひとつは、アネルザの実家であるマルエダ辺境侯だろう。

 王妃アネルザは、ロウの捕縛命令を出し、さらにアネルザを逮捕させたルードルフを見限り、このノールの離宮から、あちこちの貴族に檄を飛ばし、反ルードルフで団結するように呼び掛けている。

 その動きだろう。

 アネルザとしては、本物の内乱までは避ける心つもりみたいだが、反乱も辞さない行動をさせることで、ルードルフを退位に追い込む腹である。

 当然に、辺境候のところでは、戦支度の動きもしているはずだ。 

 さもないと、脅しの効果はない。

 辺境侯の領土はハロンドールの最西部であり、タリオを含む三公国に隣接している。

 戦準備の兆候といえば、そこのはずだ。

 しかし、ふたつ?

 

「実家には反ルードルフ王で結束してくれと手紙を書いている。賛同する貴族も集まっていると手紙を返してもらっている。だけど、戦にはならない。あの弱虫は、辺境候が叛乱の旗をあげたというだけで、恐れおののいて退位するよ。あいつはそういう男なんだ……。だけど、ふたつだって?」

 

 アネルザだ。

 

「ひとつはこの国の西側……。その辺境候を中心とするものだね。でも、もうひとつは南だ。南に物が集まっている。兵糧と武器と人もね……。むしろ、こっちの方が大きい」

 

「南だって? なんだい、それ? 南がどうしたっていうんだい?」

 

 アネルザが飲みかけていた酒を離してきょとんしている。

 

「ここでわかることは、それだけさ。とにかく、あたしも王都に行くよ。エルザ妃が一緒に行くというのであれば、同行もしよう。聞いたところによれば、あんたらは、ここから離れられないようだし、しっかりと見極めるよ。できれば、サキにも会おう。会えればね……」

 

「悪いね」

 

 アネルザが申し訳なさそうに言った。

 

「あと、王太女殿下が懸念していた王都ハロルドの物価のことだけど、そっちは手筈は整っている。大量の食糧を一気に王都に入れる。それで物価はすぐに安定しますよ」

 

 さらに、マア。

 イザベラとしては、よろしく頼むと言うしかなかった。



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385 波乱の前

【ハロンドール王宮・後宮殿】

 

 

 

「呼んだか、テレーズ?」

 

 サキは移動術でテレーズにいる後宮の一室に跳躍した。

 夕食を終えたばかりの時間であり、そこに伝言球がやって来たのだ。

 あれの呼び出しには、碌なことがない。

 このところ、やたらに絡んできて、サキに対して性的悪戯をするためだけに、後宮にやってこさせたりする。

 むしろ、この二日間の夜の呼び出しはそれだった。

 

 真名を耳元でささやかれて隷属状態にし、サキの身体をひたすら愛撫したりするのだ。

 昨夜など、徹底的に筆で局部や尻穴を責められ、この自分に、あんなに恥ずかしい悲鳴をあげさせては、悦に入っていた。

 しかも、穴の中こそ、ロウの貞操術の守りで指や異物を入れられないものの、しっかりと入口に塗り、ただれるほどに痒くなってから、筆責めをするのだ。

 あんなものを耐えられるわけがない。

 思い出しても、腹が煮えかえる。

 

 どうせ、今夜も同じようなことをしようと思っているに違いない。

 だから無視したいが、無視を決め込むと、夜中に嬉々としてやってきて、それ以上の嫌がらせをしてくる。

 このサキが真名ひとつで、人間族の女ごとに、いいように扱われると思うと、怒りで頭の血が沸騰しそうになるが、サキには逆らう手段がない。

 

 この前のことだが、呼び出しを無視した罰だと言われてやらされた、媚薬を塗ったうえでの寸止め自慰はつらかった。

 絶頂寸前まで自慰をさせられ、ひたすらにそれを寸止めでやめるということを繰り返しやらされたのだ。

 しかも、真名を使った命令だけを残して、朝まで続けろと放置された。

 さすがのサキも、誰もいない部屋で寸止めだけを何百回も繰り返したときには、心が折れそうになった。

 

 とにかく、またもや今夜も呼び出した。

 どうでもいいが、もしかしたら、あいつは百合愛の癖があるのではないだろうか……?

 最初は、サキへの嫌がらせだけの行為だと思っていたが、それにしてはしつこすぎる。

 このところ、頻度も多くなっているし、無表情だったテレーズの顔から感情が読めるようになってくると、サキに淫靡な行為をするときには、テレーズがかなり愉しんでいるということもわかってきた。

 

 いずれにしても、サキは口惜しさに歯ぎしりをしながら、テレーズの居室に跳んだ。

 すると、そこには、テレーズのほかに、人間族の少女がひとりいた。

 顔にそばかすのある若い娘だ。

 

「来たわね、サキ。そこに座ってくれるかしら」

 

 テレーズは、手すり付きの長椅子に、その人間族の娘とテーブルを挟んで座っている。

 また、人間族の娘の前には、湯気の出ているスープがあり、飲み物も置いてあった。そして、娘は身体を大きな白い布で包んでいる。

 よくわからないが、娘が被っている布の下は裸のようだ。

 髪は濡れていて、たったいま水か湯を浴びていたという感じだ。

 意気消沈していて、元気がない。

 ただ、眼の生気だけはある。

 

「誰だ、こいつは?」

 

 サキはふたりの側方側ある椅子に腰をおろしながら訊ねた。

 いずれにしても、数日続いていた淫靡な仕打ちではなさそうだ。

 とりあえず、ほっとした。

 

「彼女はケイトよ。ルードルフが昼間に庭園で強姦した娘……」

 

 テレーズは事も無げに言った。

 サキは眉をひそめた。

 

「またやったのか、あいつは?」

 

 サキは呆れた。

 好色のことだけしか考えない怠け者であり、人畜無害だけが取り柄のルードルフだったが、テレーズが毒を与え、強姦でなければ勃起しない体質に変えてしまって、すっかりと強姦魔になっていた。

 隙あらば、近くに侍る娘を襲おうとし、王宮内は大変な状態だ。

 しかも、その行為を邪魔されないように、王家に伝わっている隷族の魔具なども持ち出して、近衛兵や官吏、高級貴族などがルードルフに逆らえないようにしている。

 だから、いまや、王宮はルードルフの無法地帯だ。

 あれはまたやったのかと思った。

 

 そのとき、ケイトだと教えられた娘がサキに向かって顔をあげた。

 さらに、身体を布で包んだまま立ちあがろうとした。

 

「あ、あたしは……、い、痛たたた……」

 

 だが、腰をちょっとあげただけで、しかめっ面をして顔を歪めた。

 

「座ったままでよい。なんじゃ、お前?」

 

 サキは怒鳴った。

 ケイトは腰を落としてしまったが、サキの声でびくりと身体を反応させる。

 

「い、いえ、ちゃんと、ご挨拶と思いまして……」

 

 ケイトが言った。

 びくついてはいるが、それでも、ちゃんと言葉を返すあたり、かなりしっかりとしているようだ。

 そもそも、ルードルフに犯されたとテレーズが口にしていたので、それをテレーズが保護したということだと思う。

 理不尽に犯されたにしては、心を潰されるということもないらしい。

 なかなかに頼もしい娘だとサキは思った。

 

「わしはサキだ。何者なのかはどうでもいい。覚える必要もない」

 

 サキは吐き捨てた。

 

「あたしの腹心よ。親友なの」

 

 テレーズが横から言った。

 サキは舌打ちした。

 

「本当でしょう? 夕べも、その前も愛し合ったわ。否定するなんて、ひどおおい」

 

 テレーズがわざとらしく甘えたような口調で応じる。

 怒りで顔が赤くなるのを感じたが、サキは懸命に怒声を我慢した。

 サキがぶち切れると、理不尽な行為をむしろ余計にやらされる。

 ふと見ると、ケイトという娘が顔を真っ赤にしている。

 テレーズのからかいの言葉を真に受けた表情だ。

 サキは捨て置くことにした。

 

「それでここに連れてきたのか?」

 

 サキは、戯れ言を打ち切り、テレーズを見る。

 とにかく、珍しいこともあるものだと思った。

 ルードルフが犯した女を助けて世話をするなど、初めてではないだろうか。いつもは、放置して終わりだ。

 

「まあね。ちょっと気に入ったのよ。こういうしっかりとした気性の子は好きでね。子飼いの部下にしようよ思っているわ。なかなかに見どころがある。なにせ、このケイトは、女主人を逃がすために、進んでルードルフに自分を襲わせて時間を稼いだらしいわ。生娘だったのにね」

 

「女主人?」

 

「グリムーン公爵家のエリザベスよ。なにか、覚えていない?」

 

 テレーズが微笑んだ。

 

「グリムーン公? ああ、あの……」

 

 サキは言った。

 思い出したのだ。

 グリムーン家のエリザベスといえば、テレーズの影に隠れて、この国の公爵二人とマーリンという魔道遣いが陰謀めいた話を盗み聞きしていたときに、名前が出た令嬢だろう。

 忘れていたが、ルードルフにわざと襲わせて、謀略の材料にすると言っていたか……。

 あれが今日だったのか……。

 

「そ、そのことなんですけど……あ、あのう、王宮に務められるのは光栄だとは思いますが、あ、あたしはエリザベス様の侍女でありまして、いずれにしても、一度帰していただきたいと……」

 

 ケイトがおずおずと言った。

 これまでのあいだに、テレーズはケイトにさっきのことを申し渡していたようだ。

 だが、テレーズは首を横に振る。

 

「決めたことよ。さっきも言ったわ」

 

「で、でも……」

 

「でもはなし。だめよ。あたしはあなたが気に入ったの。それと、王宮務めじゃないわ。あ、た、しの部下よ。あたしのそばにいなさい。実を言うと、あたしには侍女がいないの。あなたをそれにしてあげるわ」

 

「し、しかし……」

 

 ケイトは困惑顔だ。

 しかし、サキはテレーズが本気だということがわかった。

 よくわからないが、この娘も随分とテレーズに惚れこまれたものだ。

 珍しい……。

 

「すでに、あなたの実家には人をやって、それなりの支度金を一緒に持たせたわ。グリムーン家も問題ない。そっちはまだだけど、すぐに使いをやるわ。あたしの言葉に逆らえるわけないしね。あたしのことを知っているかしら?」

 

「テレーズ伯爵様です……。陛下の女官長をされている方ですよね?」

 

「わかっていたら、あたしの言葉に逆らえないというのも理解しなさい。私物についても、後日全部こっちに移動させるわ。それまであなたはここにいなさい。必要なものは全部準備するし」

 

 テレーズが言った。

 サキは鼻を鳴らした。

 

「ほう、このケイトとやらが、随分と気に入ったのだな。ところで、わしを呼んだのは、この娘を紹介するためか?」

 

 サキは言った。

 テレーズがサキに視線を向けた。

 

「ひとつはね。まずはこのケイトに治療術をして──。応急処置はしたけど、あいつ、この()の乾いた穴に強引にねじ込んだみたいで、まだ血が出ているの。それに打撲も数箇所……」

 

「あっ、もう大丈夫です。こ、こんなもの……」

 

 ケイトが恐縮するように言った。

 だが、そのときには、サキはケイトの身体に治療術をかけ終わっていた。

 治療術のような光魔道は得手ではないが、多少はできる。

 ちょっとした打撲や裂傷程度なら、これで問題はないはずだ。

 

「あっ、あ、ありがとうございます」

 

 楽になったのだろう。

 ケイトがサキに向かって頭をさげた。

 

「それともうひとつ……」

 

 テレーズが懐から一枚の紙を出した。

 いや、紙の体裁をしているが、これは魔道紙だ。魔道で作った特殊な材質のものであり、受け取ったことで、これにかなりの魔道が込められていることも分かった。

 

「誓紙?」

 

 サキには、その魔道の内容もわかった。

 この魔道紙に刻まれているのは、誓約の魔道だ。

 

 折れ目を開く……。

 自分の眼が大きく見開くのがわかった。

 これは、マーリンとグリムーン公とラングーン公の三人が刻んだ誓紙だ。

 グリムーンとラングーンの二公爵が王位を奪うことに対して、マーリンが協力するという内容の誓約書である。

 あの三人の会話をテレーズの影の中から傍受しているときに、口にしていたやつか……?

 すると、テレーズが身体を乗り出して、サキの耳元に口を寄せる。

 

「……偽物よ……。さすがに、本物は盗めなかったし……。だけど、それなりに魔道もかかっているし、本物で通用するわ。それに裏切りの証拠なんてどうでもいい……。要はあいつが信じさえすればいいのよ」

 

「あいつって、あれか?」

 

 ルードルフのことだろう。

 この誓紙をルードルフに信じさせると口にしているのか?

 二公爵が裏切って、王位を狙っていると?

 それそのことが、真実であることをサキは知っているが、テレーズの意図がわからない。

 テレーズは、ケイトにさっと視線を向けて、いきなりぱちんと指を鳴らした。

 ケイトの身体が脱力して、椅子に身体を沈めて眠ってしまう。

 テレーズは、サキから誓紙を戻した。

 

「明日は忙しくなるわ。あなたに預けている近衛軍をいつでも出せるように準備しておいてね」

 

「近衛軍?」

 

 首を傾げかけたが、そういえば、サキはこの王宮に侍っている近衛軍の隊長ということにもなっていることを思い出した。

 このテレーズがそうしたのだ。

 

「……このケイトをあれが襲ったとき……、本当はエリザベスを襲おうとしたんだけど、彼女が庇ったの……。そのとき、別の少女が現われたのよ……。首を吊った姉の仇を討とうとしたようよ……。残念ながら果たせなかったけど、横腹には刃物は刺さったわ」

 

「ルードルフが刺された?」

 

 サキは驚いた。

 

「あいつって、このところ、無垢の女を凌辱することに憑りつかれているでしょう。だけど、そんなときには、護衛兵が邪魔なので、ひとりでうろうろするの。そこを狙われたのね」

 

「王宮に暴漢か? はっ、だが、生きておるのか──。死ねばよかったのに」

 

 サキは吐き捨てた。

 

「そうはいかないわ。まだ、使い道があるんだから……。だけど、おかげで、いまは恐怖心と猜疑心の塊でね……。死の恐怖を味わったせいね。いまのルードルフなら、自分の命を脅かす可能性のあるものに対して、どんなことをしても、排除しようとするわね。好色よりも死への怯えが勝っている……。こういう状態になったのは初めて……」

 

 テレーズがくすくすと笑った。

 よくわからないが嬉しそうだ。

 

 ただ、こいつは闇魔道士だ。

 人の心にある悪感情を増幅して他人を操る──。

 いままでは、ルードルフの好色を使い、凌辱でなければ勃起しないように術をかけたりして、若い侍女などを強姦させて、悪王に仕立てあげたりしていた。

 だが、やっと猜疑心がどうのこうのと口にしているのを考えると、つまりは、ルードルフの心を恐怖心や猜疑心で操ることができたということに違いない。

 しかし、それがなんだというのだ……?

 

「面倒な物言いは好かん──。軍の出動を準備させておけというのはわかった。だが、それがなんだ──?」

 

 サキは苛ついてきた。

 すると、テレーズがにやついた顔になる。

 

「やっぱり、回りくどい言い方や腹芸は魔族には通用しないのね……。さっき見せた誓紙があるでしょう。猜疑心の塊になっているあいつに、これを見せればどうなると思う?」

 

 テレーズが意味ありげに言った。

 サキにはやっとわかった。

 

「そういうことか……。それで軍か……。もしかして、このケイトを公爵家に返さんのは、だからか?」

 

「気に入ったのよ。これは本当ね」

 

 テレーズはちらりと眠っているテレーズに視線をやって言った。

 

「まあいい。とにかくわかった。近衛隊の掌握は任せておけ」

 

 サキは言った。

 

「早朝かな……。とりあえずは……」

 

「早朝か。承知した」

 

 サキははっりきと頷いた。

 すると、またテレーズが身を乗り出して、サキの耳に口を寄せた。

 

「……明日全部、片付けましょう……。二公爵……。ついでに、スクルズ……。王都は混乱するわね……。あいつって、実のところ、自分の予想もしないことが起きると動揺するのよね……。とても憶病なの……。ものすごくね……威張っているだけで、実は虫みたいに肝は小さいの……。だから、事を起こす……。しかも、次々に……。すると、臆病者のあいつは、心が乱れて動揺する……。魔道も制御を失う……。隙もできる……。問題は逃げないかどうかね。まあ、それはあたしが何とかする」

 

「あいつ? 誰のことを言っておるのだ?」

 

 サキは首をひねった。

 

「まったく……。直接的な表現じゃないと駄目なの──? いくら腹芸ができなくても、いい加減にしてよ」

 

 テレーズが不機嫌そうに声をあげた。



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386 襲撃少女への拷問

【ハロンドール王宮・王宮内地下牢】

 

 

 

 テレーズが地下牢に赴くと、奥の方向から少女のけたたましい悲鳴が聞こえてきた。

 廊下を進む。

 すると、最奥に近衛兵が五人ほど集まっているのがわかった。

 鉄格子の隔てのあるひとつの牢の前だ。

 

 そこまで行くと、すぐにテレーズの姿に気が付いた近衛兵が敬礼をしてきた。

 五人ほどの近衛兵がいて、その向こうには鉄格子に向かって準備された椅子に腰かけているルードルフがいる。

 さらに、その鉄格子の向こうが囚人の牢だ。

 監禁をするとともに、訊問をする設備もあり、少女は全裸で両手と両脚を拡げて牢の真ん中に立たされている。

 彼女の周りには、牢番だと思う男が三人いて、少女を囲んでいた。

 テレーズは、近衛兵の背中の後ろに立つ。

 

「もう一度やれ、なんとしても協力者の名を吐かせよ──。絶対に王宮に入るのを手引きした者がおるのだ。それを排除せねば、怖くて、余は後宮にも戻れん」

 

 ルードルフが金切り声で叫んだ。

 牢番たちは、ひとりが警棒のような棒を持っていて、もうふたりは乗馬鞭を持っていた。

 少女、つまりは、ミリアの裸体は鞭後で傷だらけだった

 棒を持っているひとりがミリアの脇腹に棒を押しあてる。

 

「あぐうう」

 

 あどけない顔の少女の顔が歪んで、身体をびくんと弾ませた。

 その身体が激しくがくがくと揺れる。

 テレーズは、あの棒の正体を知っている。

 先端から電撃が発するように作られている拷問用の魔道具だ。身体に押し当てることで、強い電撃が相手の身体に流れるようになっているのだ。

 随分と昔のことだが、テレーズもあの電撃棒を体感したことがある。全身が焼けつくような恐ろしくて不快な体験だった。

 

「はんっ」

 

 電撃棒を離されたとき、ミリアが大きく裸体を弾いて絶息するような呻き声をあげた。

 もうかなり長く拷問を受け続けているのか、疲労困憊でぐったりとしている。

 電撃棒を離されると、天井から吊られている二本の手首の鎖にもたれかかるように、身体をあずけてしまった。

 

「手ぬるい──。乳房にあてよ」

 

 ルードルフが狂ったような声で叫んだ。

 さっきの牢番がまだ小さな膨らみでしかない少女の胸に棒をあてた。

 

「あううううう」

 

 ミリアが身体をがくんと折り曲げる。

 だが、鎖で阻まれて、それ以上は曲がらない。がくがくとミリアの身体が揺れ続ける。

 

「もうよい。さて、強情もたいがいにするものだ。いい加減に協力者の名を口にするつもりになったか──」

 

 ルードルフだ。

 どうやら、この男はミリアが王宮に忍び込むのに、協力した者を白状させたいのだと悟った。

 今回の事件は、テレーズが関与していないものだったが、報告を受けたところによれば、このミリアは、王宮庭師に化けて、後宮に近づき、やってきたルードルフの脇腹を刺したみたいだ。

 大した行動力だと思う。

 これも報告にあったが、ミリアはルードルフに刃物を突き立てるとき、姉の仇だと叫んだみたいだ。

 

 調べさせたところによれば、その姉というのは、このルードルフが最初に凌辱して犯したトミア子爵家のユファという娘ということがわかった。

 鉄格子の向こうで拷問を受けているのが、その妹のミリアだ。

 ユファは、ルードルフ名でテレーズが出した命令書により、侍女として集めさせた下級令嬢のひとりであり、たまたま目がついたので、後宮の一室に監禁して拘束し、ルードルフに強姦をさせた。

 

 ルードルフには、闇魔道をかけるために、一物が勃起しない薬を飲ませていて、この男が悪感情に襲われて、無垢な女を凌辱するときだけ、男根が勃起するように暗示をかけたのだ。

 その後は簡単だった。

 ルードルフは完全にテレーズの支配下に入り、悪意の塊のような暴君になり、侍女たちを襲い続けるようになった。

 

 それはともかく、あの後、ルードルフに襲われたユファは首を吊ったのだという。

 姉が大好きだったミリアは、その仇を討とうと、王宮に乗り込んできたというわけだ。

 すべてについて、テレーズが原因なので、心が痛む気はする。

 

 だが、男に犯されたくらいで、自殺まではしなくてもいいだろうにとも思った。そんなことで首を吊るなら、テレーズなど、もう何十回も自殺をしなければならない。

 マーリンに隷属し、あの男に悪事を強要されるたびに、テレーズは死にたいような気分を味わった。

 任務のために、女として耐えられないような辱めを受けたことも、一度や二度じゃない。

 そのたびに、テレーズの心は乾き、人の心を失った。

 それはさておき、この男とミリアのことだ。

 

「陛下……」

 

 テレーズはルードルフの背中から声をかけた。

 

「うわあああっ、誰じゃあ──」

 

 その瞬間、ルードルフが椅子から転がり落ちそうになって悲鳴をあげた。

 テレーズは慌てて、その身体を背中から支える。

 

「あたしでございます、陛下……。テレーズです。あたしは信用できます。陛下を決して裏切ることはございません」

 

 耳元で素早くささやく。

 ルードルフがどうして、こんなにも過激に反応したのかはわかっている。

 テレーズの闇魔道で、ミリアに襲われたことで大きく膨らみあがった恐怖心と猜疑心をさらに拡大させたからだ。

 だから、ルードルフは、また誰かに襲われるのではないかと、怖くて怖くて仕方がないのだ。

 だから、こうやって、自ら拷問に立ち会い、ミリアを王宮に入り込むのを協力したのは誰なのかと自白させようとしているというわけだ。

 

 まあ、このルードルフが考えるまでもなく、絶対に協力者はいる。

 ミリアひとりで後宮にまで入り込めるわけがないのだ。

 それは確実だ。

 だが、それは捕まえていない。

 

 従って、それをミリアに吐かせ、誰かわからない彼らを捕らえさせないと安心して、外に出れないというわけだ。

 また、これも報告を受けたところだが、刺された横腹を治療術で完全に回復してもらうと、ルードルフは安静にした方がいいという王宮医師の言葉を振り切って、この牢に入り浸っているという。

 おそらく、治療のあいだに、協力者の存在に思い当って、急に怖ろしくなったのだと思う。

 

「お、おう、テレーズか……。脅かすではない……」

 

 ルードルフの身体から力が抜けるのがわかった。

 言葉に込めたテレーズの闇魔道が効いているのだ。もう、この男はテレーズの言いなりだ。

 ちょっと恐怖心や猜疑心を仄めかしさえすれば、それでどんなことでもいうことをきく。

 

「陛下、お人払いを……。護衛の兵を少し離れさせるだけでいいのです……。ミリアを使って陛下を害そうとしている存在の情報を得ました。それをお伝えしたいのですが、もしも、こっちが情報を得たことを知られれば、逃げられてしまいます……。それどころか、追い詰められて暴発するかも……」

 

 テレーズは恐怖心を煽る言魂を込めながら、ルードルフに言った。

 ルードルフがぶるぶると震えて顔を真っ蒼にする。

 

「お、お前ら、余から離れよ──。ぎりぎり余が見えるところで警護をせよ──」

 

 ルードルフが叫んだ。

 命令を受けた近衛兵の護衛たちが、地下牢の廊下の途中くらいまで離れていく。

 

「牢番たちも……。ミリアへの拷問はあたしが受け持ちます」

 

 さらにささやく。

 ルードルフが金切り声で叫んで、牢番たちが外に出される。彼らは地下牢の廊下の入口近くにある牢番の詰め所に退出されることになった。

 

「それで、余を狙っているのは誰だ?」

 

 ルードルフが真剣な表情になってテレーズを見た。

 かなり息が荒い。

 この男が恐怖に苛まれているというのがわかる。

 

「お待ちください……。念のために、あたしがミリアに訊問しましょう。それで確認できます」

 

 テレーズは鉄格子の入口を潜って、中に入った。

 ミリアはぐったりとしていて、周りの人間が入れ替わったことにも、気が付いているのかどうかもわからない。

 失神しているかのように、眼も閉じられている。

 また、鞭で叩かれたために、肌のあちこちが破けて、血が床に滴ってもいた。

 そして、明らかに破瓜をしたという痕が股間にある。

 内腿に伝ってこびりついている赤い血の線に目をやり、ルードルフに視線を向けた。

 

「犯しましたか?」

 

「一応な。無垢で処女の娘であったわ。殺す前に愉しませてもらった」

 

 ルードルフが卑猥に微笑んだ。

 無垢で処女なのは当然だろう。

 このミリアは十三歳のはずだ。

 とにかく、テレーズはミリアの耳元で、言葉をささやいた。

 ミリアがはっとして顔をあげた。

 虚ろな表情だが、眼だけはしっかりと生きている。

 やはり、ミリアはテレーズの存在に気がついていなかったのか、いぶかしむ視線をテレーズに向けた。

 

「だ、誰……?」

 

「誰でもいいのよ……。さっきささやいたことを覚えている? それだけ言えばいいわ……。そうすれば、開放してあげる……」

 

「だ、誰が──。し、死んでも言わないわよ──。ぜ、絶対よ──」

 

 ミリアが絶叫した。

 テレーズは驚いてしまった。

 拷問され、犯され、こうやって死の恐怖に襲われ、どうしてこんなに気を強く持てるのか……?

 テレーズは、このミリアの意思の強さに感嘆してしまった。

 

「余、余の命令が聞けんか──。一族郎党、皆殺しにするぞ──。いや、それはもう決まっておる──。だが、大人しく白状すれば、お前の家族については、慈悲をかけて一瞬で死ぬように処刑してやろう。さもなければ、およそ、この世のものとは思えない苦しみを味わわせながら死なせてやる」

 

 鉄格子の向こうのルードルフが叫んだ。

 親を殺すといわれて、ミリアの顔色が変わった。

 テレーズは、ミリアの耳元にまた口を近づける。

 

「……トミア家に兵が向かうように命令が下っているのは本当よ……。だけど、近衛兵を握っているのは、あたしの息のかかった者でね……。あたしに従えば、なんとかなるかもしれないわ……。まあ、任せなさい……。だから……」

 

 近衛軍を握っているのはサキだ。

 サキでなければ、軍が動かないように魔道で暗示をかけている。これは闇魔道ではなく、ルードルフが持ち出した王家の隷属魔道具とやらの効果だが、せっかくだから使わせてもらった。

 とにかく、ルードルフがトミア家の捕縛を指示したのであれば、命令は近衛軍に届くとは思うが、サキは軍を動かさないだろう。

 少なくとも、明日については……。

 もっと優先すべき事柄が待っているのだ。

 

「いやよ──。あ、あたしはなにも喋らない──。もうどうでもいい──。お姉様もいない──。殺すなら、殺しなさい──。どんな拷問にも屈しないから──」

 

 ミリアが泣き叫んだ。

 なんという娘だと思ったが、これは仕方がない。

 闇魔道で操るにも、ミリアの心が純粋すぎるみたいであり、もう少し恐怖心でも煽らないと、闇魔道で支配するには、彼女の中の心の闇が足りなさそうだ。

 

「仕方ないわねえ……」

 

 テレーズは懐から小さな瓶を出した。

 どうせ、ミリアの手引きをしたのは、王宮の官吏の誰かか、集められている貴族令嬢の誰かだろう。

 ルードルフの人気はいまや底辺だ。

 また、王が貴族令嬢の侍女を相手に、毎日のように凌辱をするのだから、規律もこれ以上ないくらいに緩んでいる。

 ちょっとした賂くらいで、ミリアひとりを王宮に入れた者もいたのだろう。

 だが、テレーズはそんなものを自白させたいわけじゃない。

 大人しく、テレーズに従えばいいものを……。

 

 小瓶の蓋を開けると、つんという刺激臭がある。中は真っ赤な油剤だ。

 親指を小指を除く三本の指に油剤をつける。

 びりびりという小さな痛みが襲ってきた。

 

「熱くなってきたわね。効き目がありそう……。強力な辛子を練った特別の油剤よ。我慢できるかしら? 鞭や電撃みたいに、生易しくないわよ」

 

 油剤のついた指をミリアの股間に伸ばす。

 指で油剤をミリアの秘部に塗りつけていく。

 

「あうっ、ああっ」

 

 テレーズの指によって愛撫が始まると、ミリアが裸体を悶えさせ始める。

 だが、しばらくすると、ミリアが暴れ出した。

 この指遊びが単なる愛撫ではないことをやっと悟ったのだろう。

 

「あひゃあああ、んぎいいいい、ひいいいいっ」

 

 強力な辛子入りの油剤だ。

 途轍もない激痛をミリアの股間に与え出したはずだ。

 

「ひいいい、許してえええ、ああああああ」

 

 ミリアが絶叫した。

 局部への熱い激痛など、耐えられるものじゃない。

 ましてや、十三歳の少女だ。

 ミリアは鎖をがちゃがちゃと揺らして、悲鳴をあげ続ける。

 

「あああああ、んぎゃああああ」

 

 テレーズはまだ未発達のミリアのクリトリスにも、辛子入りの油剤を塗った。

 ミリアは甲高い声をあげて腰を振って悲鳴をあげる。

 

「どんどん塗るわよ。これは塗れば塗るほど効き目が大きくなるわ」

 

 テレーズは新しい油剤をすくうと、ミリアの顔の前にかざした。

 全身を真っ赤にして、驚くほどの汗を垂れ流し出したミリアの顔が恐怖に引きつる。

 

「ひいい、ひいいいっ、許して──。許してえええ」

 

 四肢を鎖で延ばされて拘束されているミリアは、ほとんど動くことはできない。

 それでも、じっとしていることなんてできずに、狂おしく腰を振り、身体を捻り、顔を動かし、懸命に激痛に耐えようとしている。

 

「行儀良くしなさい──」

 

 テレーズは油剤のついていない手でミリアの尻たぶを叩いた。

 ぴしゃりと音がして、その一瞬だけはミリアが静止する。だがすぐに暴れ出す。

 

「世の中には耐えられないこともあるということもわかったかしら? 次はお尻よ、覚悟はいい?」

 

 テレーズはミリアの股間に油剤を足しながら、再びさっきの言葉をミリアにささやいた。

 ミリアの心が恐怖に染まる。

 これを利用して、闇魔道を浸透させていく。

 今度は届いた。

 目の前の少女の中に、テレーズの魔道が拡がっていくのがわかる。

 

「こ、公爵様たちです──。その家人の人──。その人に連れて来られました──。グリムーン家とラングーン家──」

 

 ミリアが絶叫した。

 テレーズが口にしろと伝えた言葉だ。

 だが、半分だ。

 まだ全部口にしていない。

 

「な、なにいっ、グリムーン家と、ラングーン家だと──?」

 

 だが、ルードルフにはそれで十分だったみたいだ。

 驚愕して、椅子から立ちあがっている。

 テレーズは、懐にしまっていた偽物の誓紙を鉄格子越しにルードルフに渡した。

 受け取ったルードルフが、そこに刻まれているラングーン公とグリムーン公の署名にわなわなと震える。

 

「ひいいいい、んぎゃああああ、あがあああ」

 

 一方でミリアが暴れ続ける。

 テレーズは、ミリアの腰をがっしりと片手でつかんだ。

 さらに油剤を足したもう一方の手の指をミリアのお尻に近づける。

 

「次はお尻よ。奥まで塗るわ。我慢できる?」

 

 テレーズは闇魔道をどんどん送り込みながら、口にさせたい言葉をミリアに耳元でささやく。

 闇魔道は感情を操るが、行動そのものを操ることはできない。

 だから、どうしても、まどろっこしい手順が必要だ。ルードルフの使う隷属の魔道具を持ってくればよかったかと思った。

 

 

「ひいいい、スクルズ様です──。わたしを王宮に入れてくれたのは、スクルズ様です──」

 

 ミリアが泣きながら大きな声で言った。

 テレーズはほくそ笑んだ。

 

 そして、ふと悪戯心が沸く。

 テレーズは、さらにがっしりとミリアの腰を抱くと、たっぷりの辛子入りの媚薬をミリアの尻穴に突っ込んだ。

 

「んぎゃあああ」

 

 ミリアが絶叫する。

 やっぱり、心の強い女が絶望に苛まれて泣く姿は病みつきになる。

 テレーズは心からの愉悦に浸った。



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387 兇王の朝

【ハロンドール王宮・後宮殿の一室(聖壇室(せいだんしつ)(国王の部屋))】

 

 

 

「うわああああ──」

 

 自分の絶叫で目が覚めた。

 ルードルフは、寝台で自分の上体を跳ね起こしていた。

 

「……ふふふ、どうしましたか、陛下?」

 

 ふわりと温かいものがルードルフを包む。

 それが、テレーズの身体だというのがわかったのは、しばらくそのぬくもりを堪能してからだ。

 寝台に横になっているルードルフに対して、テレーズは寝台の横に置いた椅子に座り、いまは寝台にいるルードルフに身体を預けるような感じでルードルフを抱きしめてくれている。

 ふと見ると、きちんと服も見つけていた。

 

 ルードルフは、身体の力を抜いた。

 怖ろしいほどの緊張で身体が硬直していたみたいだ。

 だが、テレーズの言葉を耳にしてから、心の底からの安堵を覚えた。

 いつもそうだ。

 このテレーズだけが、ルードルフの苛つきを癒し、怒りや哀しみ、なによりも、この世にあるすべての恐ろしいものから守ってくれる。

 いつから、そう考えるようになったのかわからないが、ルードルフは目の前のテレーズがいなければ生きてはいけないだろう。

 そんな暗示のようなものに包まれている。

 

「テ、テレーズか……。嫌な夢を見ていたようだ。悪夢だ……」

 

 ルードルフは口にした。

 そのくせ、テレーズに自分がどんな悪夢を見たのか説明しようとしたのだが、なにも頭に思い浮かばなかった。

 どうやら、もう忘れてしまったみたいだ。

 

「まあ、どんな夢ですの?」

 

「……忘れた。悪夢だったのは確かだがな……。しかし、そなたは服を着ているのだな。久しぶりに、そなたの生の肌の香りを嗅ぎたくなったわ」

 

「お戯れを……。また女を準備しましょう……。純情無垢で……陛下に逆らわないけど、陛下のとの交合を望まぬ娘……。そんな女を準備します。そのときには、思う存分に精をお出しください。きっと、とてもいい気持ちになれますわ」

 

 テレーズが耳元で囁くように言った。

 純情無垢で……自分を望まぬ女を凌辱する……。

 想像しただけで、身体が燃えたぎるように熱くなった気がした。

 だが、残念ながらルードルフは、テレーズに手を出すことはできない。

 

 勃たないのだ……。

 いまも、少し前なら朝にはいつも元気だった男根が静かなままだ。

 ルードルフは強姦でなければ勃起しない。

 従って、テレーズに、どんなに手を出したくても、それはできない……。

 

 どうしてこんなふうになったのかわからないのだが、ルードルフの一物が勃起できなくなるという奇病にかかったのは、しばらく前からだ。

 それから、ルードルフの苦闘が始まった。

 女を抱けないというのは、ルードルフにとっては、生きてはいないということと同じなのだ。

 原因を発見することのできない無能の王宮医師は追い出し、ルードルフの男根を元気にすることのできない役立たずの後宮の女たちは処分した。

 しかし、そんなことをしても、ルードルフの悩みは解決しなかった。

 だが、それを救ってくれたのもテレーズだ。

 

 意に反する女を無理矢理に犯せばいい──。

 彼女がそう言い、やってみると見事にルードルフの股間は固くなり、久しぶりに精を放つことができた。

 ルードルフは感激してしまった。

 

 だが、それとともに、別の悩みも生じてきた。

 なぜか、言いようのない苛つきや憎しみ……。そういうものがルードルフを覆うようになったのだ。

 なにもかもが気に入らない。

 人が煩わしくて仕方がない。

 そして、それを助けるのもテレーズだ。

 常に襲われている心の不快感が、テレーズがそばにいると不思議に癒されるのだ。

 

 また、テレーズの言葉に従うと、とてもいい気持になる。

 だから、ルードルフはテレーズが口を開くのを待っている。彼女がなにかを言い、ルードルフがそれに従うと、得体のしれない快感がやってくる。  

 あの気持ちよさを我慢することなどできない。

 

「そうだな……。テレーズに従えば、すべてがうまくいく……。そうなのだな……?」

 

「もちろんです、陛下……。あたしにお任せください。それでなんの問題もありませんから……」

 

 テレーズが優しく言って、ルードルフの背中を撫でてから、すっと椅子に戻った。

 だが、身体が離れた瞬間、途端に、再び得体のしれない恐怖心が襲ってきて、ルードルフは悲鳴をあげそうになった。

 

「う、うわっ」

 

「陛下、落ち着いて──」

 

 テレーズが慌てたように手を伸ばして、掛け布の上にあったルードルフの一方の手に握る。

 なにかが身体の中に流れてきた気がした。

 すると、ちょっとだけ心が落ち着いてきた。

 

「はあ、はあ、はあ……。な、なんだ……? なぜ……?」

 

 呟いた。

 どうして、こんなに自分は不安を感じているのだろう?

 なぜ、恐れおののいているのか……?

 

「温かいものを運ばせましょう……。侍女を部屋に入れても?」

 

 テレーズが微笑んだ。

 すっと心が穏やかになるのを感じる。

 やっぱり、ルードルフには、この女が必要なのだ。それを思った。

 だが、女を部屋に来させると聞いてはっとした。

 

「な、ならんわ──。その侍女が余を襲ってきたらどうする──」

 

 怒鳴った。

 この恐怖の原因を思い出したのだ。

 昨日のことだった。

 ルードルフは、グリムーン公との取引で、あれの孫娘のエリザベスを強姦しようとしたのだ。

 だが、侍女が邪魔をして、それは果たせなかった。

 それでも、その侍女を犯すことはでき、それでルードルフは満足はできたのだ。

 しかし、その直後だった。

 突如として、庭師が襲ってきて、ルードルフを刺したのである。

 庭師と思ったのは、若い娘……まだ童女と言っていいくらいの少女であり、ルードルフのことを悪しざまに罵った。

 ルードルフは死にかけた。

 死にそうになったのだ──。

 いま、思い出しても、そのときの恐怖と怒りが込みあがる──。

 

「問題ありません……。扉の向こうまで侍女に運ばせます。そこからはあたしが陛下のそばまでお持ちします。それではいかかですか?」

 

「だが、毒の危険も……」

 

 ルードルフは怯えて言った。

 だんだんと夕べの記憶が蘇ってきたが、あの庭師に化けた娘が王宮内でルードルフに刃物を刺すほどに接近できたのだ。

 害意のある者がルードルフが口にするものに、毒を入れることも不可能でないのではないか……。

 

「毒の危険などありません。あたしが信用できる者にやらせますので……。すべてをお任せを……」

 

「そうか」

 

 テレーズの言葉に安心する。

 ルードルフが頷くと、テレーズはすっと手に透明の球体を浮かび上がらせて、それに言葉を込めた。

 伝言球だ。

 言葉を伝える魔道であり、魔道を自由に遣えないように制御している王宮内だが、この伝言球については問題なく扱えるようにしている。

 テレーズの手の上から伝言球の玉が消滅する。

 相手に跳んでいったのだろう。

 

「……とにかく、そなたに任せればいい……。そうだろう?」

 

「そうです。でも、本日はご政務もございます。どうしても陛下でなければならない裁断も……。あたしが書類をお持ちしますので、ご署名だけをしていただければ結構です。面談を望む大臣も数名おりますが、そっちについてはあたしの方で……」

 

「わかった」

 

 ルードルフは頷いた。

 政務など本当に面倒くさい。

 少し前までは、大抵のことはアネルザと、また、イザベラが王太女になってからは、イザベラにも仕事を回していた。

 だが、ふたりとも王宮から追い出したので、どうしてもやらなければならない政務がルードルフに回ってくるようになったのだ。

 まあ、ふたりの処遇については、テレーズの提案なので、逆らうわけにはいかなかったが……。

 とにかく、テレーズの言うとおりにしておけば、いいのだから……。

 

「だが、面倒だな」

 

 ルードルフは嘆息した。

 そのとき、扉にノックの音がした。

 びくりと身体が反応してしまった。

 テレーズが立ちあがり、扉に向かう。

 扉が開いたが、部屋の外の様子は見えなかった。

 すぐに扉が閉まり、テレーズが台車を運んでくる。

 湯気の立つスープを載せた脚付きの台をテレーズが寝台の上に置く。

 

「お飲みください。終われば、こちらにご署名を……」

 

 台車には、官吏から回ってきた書類もあったみたいだ。

 ルードルフはスープに数口をつけ、書類に手を伸ばした。

 

「署名だけでよいのであろう? そっちを先に片づける」

 

 すぐにテレーズが最初の束を渡し、ペンを持たせる。

 中身を確かめることなく、ルードルフはサインをしていく。

 次の書類……。

 同じようにする……。

 三通目……。

 また、サイン……。

 

「暴徒の鎮圧か……?」

 

 サインをし終わった後、何気なく書類の文字が目に移り言った。

 興味もなかったが、たまたま視界に入ったのだ。

 

「このところ王都が不穏なのです。小さな喧噪も続いておりまして。これはそれを禁止する法令です」

 

「喧噪を禁止する? もともと禁止であろう」

 

「でも、改めて王の名で触れを出します。そうしたいと主張する官吏が多くて。まあ、大勢に影響もございませんし、勝手にやらせましょう」

 

「そうだな」

 

 ルードルフは頷いた。

 そういえば、税が高くなったせいで、王都の民が不満を大きくしているというのは、以前に耳にした気もする。

 税は、このところ急に必要な出費が増えたので仕方がないものだから、取り消すことはできないが、暴徒というのは困るなとちょっと思った。

 

「……陛下、問題ありませんよ……。全てお任せを……」

 

 テレーズが言った。

 すっと楽になる。

 やっぱり、テレーズはいい。

 ルードルフは差し出された次の種類にもサインをした。

 

「……ただ、王都の喧噪もまもなく解決されましょう。それを扇動していた首謀者は捕らわれますから」

 

 テレーズが言った。

 ルードルフは顔をあげた。

 

「首謀者? 王都の民を扇動した者がおるのか?」

 

 そう言ってから、最初に王都で小さな暴動が多発していると教えられたときに、同じことをルードルフ自身が訊ねたということを思い出した。

 そして、そのときのテレーズの答えも頭の中で蘇った。

 テレーズは、王都が不穏になっているのは、首謀者がいるのであり、テレーズだけでなく、サキもまたそれで動き回っているそうだ。

 そんな内容だった……。

 どうでもいいが、このところ妙に頭が回らない。

 

 また、サキといえば、しばらく前まで気に入って、ずっと後宮で性の相手をしてもらっていたのだが、もしかして、最近ご無沙汰か?

 まあ、一物が勃たないのだから、抱くことはできないが、それ以前に、そういう相手として考えなくなった。それと、もうふたり、お気に入りでいつも遊んでいた女が……。

 あれっ、名前はなんだったか?

 

「夕べ遅くに、ご署名をなさった命令を覚えておられますか?」

 

「署名?」

 

 夕べだと?

 なんだったか?

 このところ、記憶を紡ぐのもひと苦労なのだ。

 そして、やっと記憶を掘り起こす。

 

「そうか……。余はグリムーン公とラングーン公の両家を捕縛するように命じたのだったな」

 

 昨日は夕方から夜にかけて、ルードルフに手をかけた少女を訊問したのだった。

 なかなかにしぶとかったが、テレーズがやって来てくれて、その少女から、グリムーンとラングーンの両公爵家がルードルフの暗殺をもくろんだという情報を聞き出したのだ。

 あの両家が王位簒奪を企てている証拠も、テレーズは持っていた。

 ルードルフは、ふたつの公爵家に兵を向けて財を没収し、公爵については処刑するように命令したのだった。

 まあ、もともと目障りな存在だったので、なにも問題ない。

 

「……サキが向かっております。もうひとつの方が片付く頃には、すべて終わっておりましょう」

 

「もうひとつのこと?」

 

「スクルズですよ、陛下」

 

「ああ、そうだった」

 

 拷問をしたときに娘が白状したのは、公爵ふたりだけではなかった。

 なんと、第三神殿の女神殿長のスクルズも陰謀に加わっているということだった。

 

「……スクルズも捕らえるか?」

 

 ルードルフは言った。

 

「王都の民に人気のある女ですけど仕方がありません。彼女については、このところ、連日のように、陛下の王政を批判する演説を神殿でしているという事実もございます。いずれにしても、捕縛せねばなりませんでした」

 

「余の王政を?」

 

「王妃アネルザを捕縛したのは間違いだと……。それと、ロウ=ボルグ卿を冤罪で手配したのは暴挙だとか……。ほかにも、あたしは王を操って悪政を強いる傾国の悪女だと……。まあ、そんなようなことを毎日のように……」

 

「ロウ=ボルグ? ああ、あいつか──」

 

 すぐには思い出さなかったが、イザベラとアンを孕ませた冒険者上がりの男だった。ちょっと前までは、なかなかに頼もしい男だと思っていたが、いまは憎しみしかない。

 どうして、気に入らないのか、わからないが……。

 ああ、王女たちを孕ませたからか……。

 わからない……。

 どうも、思考が混濁している……。

 

「スクルズについては、本日謁見の間に出頭命令を出しております。陛下、お自ら審問のうえ、お裁きを……」

 

「余が自ら?」

 

 驚いて、テレーズの言葉を途中で遮ってしまった。

 

「スクルズは無垢で純情な若い女ですよ……。あたしにお任せを……。あれを逆らえないようにする策がございます……。公爵たちのように問答無用で処断しても、陛下はご満足なさらないのでは? それよりも、あのような美貌の女神殿長を凌辱なさりたいとは……?」

 

 テレーズが意味ありげに微笑んだ。

 ルードルフは思わず、唾を飲み込んでしまった。

 

「スクルズを……? 可能なのか?」

 

「あたしにお任せを……。問題ありません」

 

 スクルズを凌辱できる──。

 股間がたぎってきた。

 実際には勃起はしていないが、心では興奮している。

 

 犯したい──。

 やりたい──。

 あの美女に──。

 敬虔で無垢なあの女に──。

 ルードルフは喜びに身体を震わせた。

 

 神殿の巫女は、クロノス神に身も心も捧げて、生涯を男と無縁に生きる。そう耳にしている。

 きっと、処女に違いあるまいな。

 ルードルフは想像だけで、顔に笑みがこぼれるのをとめることができなかった。

 

「昼前には準備ができます。ほかの大臣たちや高級官吏にも、スクルズの訊問には立ち会わせます。みんなの前で引導を渡しましょう。愚かな女への酬いです……。問題ありません……。テレーズにお任せを……」

 

「そなたに任せれば、確かに問題はないな」

 

 ルードルフは笑った。

 

「これで、陛下を脅かす存在は、すべて消えましょう……。王妃アネルザ……。冒険者ギルド……。商業ギルド……。そして、公爵家……。スクルズです」

 

 テレーズは言った。

 その言葉が頭に染み込む。

 まるで、なにかの啓示のようだ。

 だが、テレーズの言葉は、なんであろうと、本当に心地いい……。

 

 そういえば、最初はアネルザだった。

 役に立つ女だったが、ルードルフに逆らい過ぎた。

 テレーズの助言で監獄塔に放り込んだが、それでルードルフの憂いはひとつ消えた。

 グリムーンが奴隷として欲しいと言っていたが、取り引きが成り立たない以上、あれはご破算だ。

 まあ、まだ役に立つこともあるかもしれないし、しばらく塔でいいだろう。

 

 次は冒険者ギルド……。

 名目だけのギルド長のイザベラは、母体保護の名目で政務から離してあったし、冒険者ギルドを仕切っていたミランダとかいうドワフ女の捕縛も許可した。

 テレーズが危険だと言っていたので、実際にルードルフの邪魔者だったのだろうと思う。

 さっさと手を付けておいて本当によかった。

 

 そして、商業ギルド……。

 このところ従来の利権を失い青色吐息だったみたいだが、テレーズの進言もあり、商売の独占権を復活してやった。

 だが、その恩にも関わらず、重税については反対だとか、抗議の文を送って寄越したりして、恩知らずなことばかりされた。

 そいつらも、やはり、テレーズの再度の進言で潰した。

 連中を潰せば、王都に入ってくる物資に供給に問題があるのではないかと、そのときちょっとだけ心配になったが、テレーズがなにかをささやき、あれからなにも思わない。

 

 大丈夫……。

 問題ない……。

 

 そして、二公爵……。

 

 最後にスクルズ……。

 

 ルードルフの得体のしれない恐怖心を湧き起こす可能性がある存在がなくなるのは、単純に嬉しい。

 本当にテレーズは頼りになる。

 

「……気に入らないものは、どんどんと消せばいいのですよ……。陛下にはそのお力があるのです」

 

 テレーズが耳元で言う。

 気に入らないものは消せばいい……。

 その言葉が頭に刻み込まれる。

 

「……わかった。いずれにしても、今日は謁見室に赴かねばならんのだな。そこで、スクルズを犯すのだ」

 

「いえ、犯すのは別の場所で……。謁見には大勢を立会させますので」

 

 テレーズが笑った。

 

「そうだったな。これは余が先走った」

 

 ルードルフも苦笑した。

 

「まだ、数ノスございます。しばらくはお休みください。ご準備のときには、またあたしが参りますので……。そうそう、もうひとつご署名をお願いします……」

 

 テレーズが台車から再び書類を取り出して、ルードルフに差し出した。

 

「園遊会?」

 

 まず飛び込んだのは、意外な単語だ。

 とりあえず署名はしたが、説明をテレーズに求めた。

 すると、テレーズが柔和に微笑んだ。

 

「サキの発案です。陛下の名で園遊会を催すそうです。それに、王都に所在する主立つ令夫人や令嬢を集めます。拒否は認めません」

 

「集めてどうするのだ? 誰が園遊会を主催する。余か?」

 

 テレーズが勧めるのであれば、園遊会の主人役くらいしてもいいかと思ったが、そんなものは何年もしていない。

 また、どうしてそんなことを突然にやるのかが理解できなかった。

 

「陛下はなにもする必要はありません。これは方便です。口実なのです」

 

「口実?」

 

「園遊会に集まった女たちは、そのまま王宮内に留めて監禁し、貴族たちの人質にするのです。そうすれば、もう陛下に逆らう貴族は居なくなります。なにしろ、公爵たちでさえ、陛下を裏切ったのです。ならば、ほかの貴族も陛下に害をなす可能性もあります」

 

「だから、人質か──」

 

 ルードルフは膝を打った。

 妙案だ。

 身体に巣食っていた脅迫観念が薄まっていく。

 なんといういい案であろう。

 人質か……。

 

「……それに、人質の女たちは、ほとんどが無垢な令夫人や令嬢たちでもありますよ……。毎日愉しめましょう」

 

 テレーズの言葉に、ルードルフはにんまりとしてしまった。

 

 

 

 

(第22話『兇王の疑心』終わり、第23話『女神殿長の処刑』に続く)



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 第23話  女神殿長の処刑
388 女神殿長の召喚


【ハロンドール王宮・謁見の間】

 

 

 

 ルードルフが謁見の間に着くと、一斉に集まっている者たちが動いた。

 すなわち、整列している近衛兵たちは直立不動になり、立会の大臣や高級官吏たちは静かに頭をさげる。

 また、広間の中央には、真っ白い神官服に身を包んだ女が両膝を床について頭を垂れていた。

 スクルズだ。

 

 今日の訊問の相手だ。

 ルードルフは玉座に腰をおろした。

 すると、テレーズは、その隣の副座に座る。

 副座は本来は、王太女、王太女がいない場合は王妃の席であり、国王に準じる者しか座れず、余人が勝手に座ればそれだけで不敬罪であるのだが、無論、テレーズがそこにいることに不満を示す者はいない。

 ルードルフは満足した。

 

「顔をあげよ、スクルズ」

 

 ルードルフは言った。

 すると、スクルズが顔をあげて、にっこりと微笑んだ。

 相変わらず美しい。

 いや、久しぶりに面と向かって会うが、その美貌はさらに増した気がする。筆頭巫女の時代は、美しいものの人としての優しさや善人さが際立つような感じであり、女としては物足りなく思ったものだったが、いまのスクルズは、ふと見ると、驚くほどの女の色香と官能に満ち溢れている気がする。

 遠目からでもそう思うのだ。

 あれを拘束し、裸にして、ルードルフの肌を擦りつけたりすれば、どれだけ興奮するだろう。

 想像して、口元が卑猥に緩むのを感じた。

 こういう機会を準備してくれたテレーズには、どれだけ礼を言わねばならないかわからない。

 

「なぜ、召喚をされたかわかっておるな?」

 

「さあ、さっぱりとわかりません、陛下。わたしはなにも間違ったことはしておりませんから」

 

 スクルズがはっきりと言った。

 しかし、これほどの佳人だったか?

 これをいまから抱けるのだ。

 ルードルフは思わず、生唾を飲み込んだ。

 一年と少し前の筆頭巫女時代には感じなかった色気のようなものに、ルードルフは股間に熱さのようなものを覚えてきた。

 

「間違ったことは、言っておらんだと?」

 

「まあ、生意気なこと……。陛下もそう思われますよね……」

 

 副座のテレーズがささやくように言った。

 すると、ざらりとした気持ちの悪さが胃を襲った。

 このところ常に感じている不快感だ。

 いきなり、激しい憤怒が込みあがった。

 まるで、なにかに憑りつかれたかのように、突如としてルードルフの中に得体のしれない怒りが込みあがる。

 女としてのスクルズへの欲望の上に、その激昂が上乗せされる。

 

「のぼせあがるのも、大概にせい──」

 

 気がつくと、手に持っていた王笏(おうしゃく)を投げつけていた。

 しかし、力が入り過ぎたらしく、笏はスクルズが跪く方向には向かわず、ずっと横を一回、二回と床を叩いて、別の方向に飛んでいく。

 そのとき、笏が急に方向を変化させ、劇的に曲がってスクルズに向かって直進した。

 すぐに、横のテレーズが魔道具のようなものを使って、ルードルフの投げた王笏を制御したのだと気がついた。

 魔道を遣えないテレーズのために、ルードルフが贈った王家の宝具のひとつだ。

 強請(ねだ)られるままに、テレーズは色々なものを与えていて、王宮の宝物庫になければ、巨万の代価と引き換えに取り寄せたりもしている。

 その数が重なっているため、かなり国庫も苦しいと耳にした気がする。

 まあ、テレーズに任せているので、なんの問題もないはずだが……。

 

「えっ?」

 

 スクルズが動揺したように、小さな声をあげるのが聞こえた。

 だが、スクルズに当たると思った直前に、見えない壁に弾かれるように跳ね返り、そのままからからと転がってから床に落ちた。

 

 周りから、ほっとしたような安堵の息が一斉に洩れるのが聞こえる。

 そのことが、さらにルードルフの怒りを呼ぶ。

 王が生意気な小娘に正義の鉄槌を加えようとしたのだぞ──。

 それを失敗したことを喜ぶとは……。

 

「いま、安堵の声を出したのは者は誰だ──。一歩前に出よ──」

 

 怒鳴りあげた。

 鞭打ってやろうとも思った。

 謁見の間が一瞬にして静まり返る。

 

「陛下、落ち着いてくださいませ。王笏を落としましたよ」

 

 澄んだ女の声が静寂を打ち破る。

 スクルズだ。

 ルードルフの怒りがそっちに向かう。

 そもそも、投げつけた芍のことをわざわざ「落とした」と表するところが生意気だ。

 

「黙れ──。余の笏を魔道で受けるとは何事か──。それひとつとっても、余に対する謀反の心ありとみなせるな」

 

「そんな大袈裟なものじゃありませんわ。避けなければ当たってしまいます」

 

 スクルズが余裕たっぷりの表情でころころと笑った。

 

「本当に、生意気な……」

 

 テレーズが横で呟いた。

 そうだ、生意気だ──。

 途端にそう思った。

 あの笑いがはらわたを煮え返らせる。

 なにを気楽そうに笑っているのか──。

 ルードルフは、スクルズの笑いがまさに嘲笑の笑いだと思った。

 

「王宮で魔道を遣うのはご法度中のご法度──。それを忘れたわけではあるまい、スクルズ──」

 

 大声で叱りつけた。

 王宮内における魔道は王の許可を受けた者しか放つことができない。

 王族の警護における安全のためである。

 そもそも、王宮内では魔道が許可を受けていない者が魔道を刻めないように、幾重にも魔道の遮断結界が刻まれている。

 許可のない魔道の使用は、それ自体が法に背く行為なのだ。

 それを生意気にも、魔道で防ぐとは──。

 

「陛下こそ、お忘れではないのですか? わたしは許可を受けております。そもそも、このスクルズの魔道も、宮殿全域の魔道防護に注がれているのです。さもなければ、わたしが魔道で笏を避けることなどできはいたせませんもの……」

 

「余に口答えをするか──」

 

「まさか……。でも、それよりも、陛下が笏を落とされたとき、その横の女官長殿が魔道でわたしに向かって、笏を向かわせました。これこそ、王宮の法に背く行為なのでは?」

 

 穏やかな物言いながらも、その言葉には毅然としたものがある。

 ルードルフは舌打ちした。

 スクルズの言っていることは正しい。

 この王宮に刻んでいる結界については、王都に所在する高位魔道師七人がそれぞれに魔道を放って編みこんである。

 これをもって、魔道七人衆とも称するが、つまりは、この七人が、王都内の魔道の使用にあたっての特別の権利を有する者ということになる。

 権利には義務が伴うが、その義務というのが、魔道を定期的に注ぐことで、王宮の安全を護る結界を保持することなのだ。

 

 スクルズはそのひとりであり、王宮魔道師ではないものの、王都一の魔道遣いとして名高いスクルズは、当然ながらその七人衆に名を並べている。

 王宮の結界にスクルズ自身の魔道が刻まれているのだがら、王宮内で魔道を刻むことはできるのは当たり前だ。

 それに比べれば、テレーズは七人衆にも入っていなければ、正規に王宮内で魔道を遣うことを許可された者ではない。

 ただ、ルードルフが私的に許可して、結界を無効にする魔道具を渡しているだけだ。

 

「小賢しいことを……。テレーズについては余が許可したのだ。だが、スクルズ、お前は余の投げた笏を魔道で避けたのだ。それは王に逆らう行為も同じだ」

 

「あんな宝石を埋め込んだ笏が当たれば、スクルズは怪我をしてしまいます。痛いですもの」

 

 スクルズがわざとらしく媚びるような口調で言った。

 それが馬鹿にしている感じに聞こえ、ルードルフはさらに怒りが沸いた。

 

「陛下、スクルズは謀反の疑いで召喚されたのですよ……。まずは、許可されている王宮内の魔道許可を取りあげましょう。このような者は、いつ王宮に危害を加えるかわかったものじゃありません。すぐに魔道を封じねばなりません」

 

 テレーズが横から言った。

 そうだ──。

 まずは、それが先だ。

 ルードルフははっとした。

 

「よく言ってくれた……。さすがは、テレーズだな……。スクルズ、ただいまをもって、お前に許可された王宮内における魔道使用の認可を解く──。右手を出せ」

 

 ルードルフは、手首にある魔道具を使って、宙に魔道結界の紋様を出現させた。

 スクルズに与えている魔道使用の許可を取り消すためだ。この紋様をスクルズが受け入れれば、その瞬間にスクルズは魔道を宮廷内で使えなくなる。

 

「陛下、わたしの魔道が封じられれば、いま王宮に刻まれているわたしの魔道までもが消失してしまいますわ。そうなれば、王宮の結界にほころびが生じてしまいます。ほかの六人による結界の刻み直しを先に行ってください」

 

「黙れ──。すぐに受け入れよ──。さもなければ、それをもって、余に害意ありとみなす──」

 

 怒鳴りあげた。

 なんという生意気な女なのだ。

 まだ小娘と言っていい年齢の分際で──。

 スクルズが小さく息を吐くのが聞こえた。

 だが、右手を出す。

 ルードルフは、国王だけにしか扱うことのできない魔道具をもって、その右手に魔道許可を打ち消す紋様を刻んだ。

 これで、スクルズは王宮内において魔道は遣えない。

 

 そのとき、テレーズが、ルードルフが与えているテレーズ直属の近衛兵のひとりを呼んで、なにかひそひそとささやくのが見えた。

 ルードルフと目が合うと、テレーズがにやりと微笑み、「あの娘をいじめるちょっとした意地悪を思いつきましたの。さっきから生意気すぎますわ」とルードルフだけに聞こえる声で伝えてきた。

 なにを考えているのかわからないが、テレーズのことだから、愉快な趣向があるのだろう。

 ルードルフは頷いた。

 とりあえず、スクルズに向き直る。

 

「さて、スクルズ、話を戻す。お前にそそのかされて、余に害を加えた者がいる。自供もした。覚えがあるな──?」

 

「陛下に害を? まさか……。いえ、もちろん、覚えはございません」

 

 スクルズは驚いたように言った。

 たったいままでの余裕のある表情が一変に消えた。心からびっくりしているように見える。

 もしかしたら、本当に覚えがいないのか?

 

「芝居が上手ねえ……」

 

 テレーズが横でくすくすと笑った。

 心の中に生まれかけていたもやもやが消えて、頭がすっきりとする。

 そうか、芝居か……。

 危うく騙されるところだった……。

 やはり、テレーズがいてくれてよかった。

 スクルズに対する怒りが心を支配し直す。

 

「証言がいる。逃れられると思うな──」

 

「そんなことを言われましても……。陛下のことを狙ったことはございません。クロノス神にかけまして偽りは申しません」

 

 スクルズがきっぱりと言った。

 クロノス神……。

 仮にも、神官であるものが、クロノスやクロノスに仕える女神たちの名を使うことには、特別な意味がある。

 神官は神殿との誓いにより、神の名を軽々しくは口にしないし、ましてや、それに誓うと言うなら、これを疑うことはできない。

 しかし、おそらく、嘘だろう。

 テレーズが言っているのだ。

 なんと、忌々しいことか……。

 

「あら、じゃあ、あなたは毎日のように、あたしや陛下のことを弾劾する演説をしているそうじゃない。それも、クロノスの名で否定するのかしら?」

 

 横からテレーズが口を挟んだ。

 

「おう、そうだ──。お前はこの連日の演説で、余が王に相応しくないということを繰り返し、民衆に訴えているそうだな。証人も大勢おる。言い逃れはできんぞ。それさえも、神に誓って偽りと申すか──?」

 

 ルードルフはスクルズを睨みついた。

 だが、スクルズは口元に笑みをたたえたまま、微かに小首を傾けただけだ。

 本当に、その余裕そうな態度が癪に障る。

 

「なんとか、言わんかっ」

 

「わたしは陛下への悪意を訴えったことはございません……。ただ、わたしは、王の王たる資格は王たることと申しただけですから……」

 

「……陛下……」

 

 テレーズがルードルフを呼んだ。

 聞こえるか、聞こえないかくらいのほんの小さな声だ。

 ルードルフは、テレーズを見た。

 テレーズの目に身体が吸い込まれる錯覚に襲われる。

 

 次の瞬間、ルードルフの中に凄まじいほどのスクルズに対する殺意が込みあがった。

 これまでも、ずっとスクルズに対する怒りはずっと存在していた。

 だが、それは小生意気な態度に対する憎悪であって、殺意ではなかった。

 しかし、いまこの瞬間、スクルズを殺してやりたくなったのだ。

 いや、この女を殺さねばならない──。

 殺意に対する猛烈な使命感がルードルフの心を急き立てた。

 

 殺す──。

 殺す──。

 スクルズを殺さなければならない──。

 

 殺す──。

 殺す──。

 

 殺さなければならない……。

 スクルズを──。

 

「毒杯をもて──」

 

 大声をあげていた。

 居並ぶ文官たちだけでなく、警護の近衛兵まで騒然となった。

 だが、誰も動かない。

 それで、また、かっとなる。

 まったく、誰も彼もが、なぜこれほどまでに自分に逆らうのか──。

 

「早くせんか──」

 

 喚きたてた。

 しかし、誰も彼もが躊躇するように、顔を見合わせるだけで動こうとしない。

 ルードルフはさらに声をあげようと思った。

 

「お待ちください、陛下」

 

 そのとき、テレーズの声がした。

 振り返ると、すでに立ちあがっている。

 

「ほかの者では信用できません。わたしが準備しましょう。毒杯を……。ほかに準備した趣向もございますから……。わたしにお任せを、陛下……」

 

 テレーズが意味ありげに微笑んだ。

 やはり、頼りになるのはテレーズだけだ。

 その時、確信した。

 ほかの者は、誰も彼も、ルードルフに逆らうか、影で嘲笑するか、あるいは、ルードルフを苛つかせる者だけだ。

 少なくとも、信頼に足る者はテレーズ以外にない。

 

「任せる」

 

「直ぐに戻ります」

 

 テレーズが席を立った。

 いなくなる。

 ルードルフはスクルズを見た。

 すると、スクルズから口を開いた。

 

「よい機会であるので申しあげます、陛下。このところ、王都の民衆は動揺しております。度重なる重税──。もしも、それが、先ほどのテレーズのような者にそそのかされて、彼女に贅沢をさせるためにするのであれば……」

 

「黙れ、スクルズ──」

 

「黙りませぬ。陛下、目をお覚まし下さい──。そもそも、なぜ、あの者に玉座の横に座ることをお許しになるのですか。彼女は一介の女官長。玉座の横は王位継承権第一位の者と決まっております。そこに座る権利があるのは、まずは王太女殿下──。そして、王妃殿下──。ただの女官長である彼女は、たとえ王に許されたとしても、そこに腰掛けるなど──」

 

「黙れと申しおろうが──」

 

 ルードルフは鞭打つ代わりに、懐に入れている自衛用の小刀を鞘のついたままスクルズに投げつけた。

 今度はスクルズの顔に向かって小刀は飛び、避ける暇もなくスクルズの頬に当たり、わずかだがスクルズの頬に赤い血が流れた。

 かすかだが、溜飲がさがる。

 

「そうやって、生意気にも余の悪口を民に演説しておったか──。いずれにしても、すでにお前の罪は明白。しかも、余が神殿長に推薦してやった恩を忘れ追って──。これをもって、お前の神殿長としての役目を解く。ただの市井の女として、毒杯をもって死ぬがよい」

 

 憎しみを持って吐き捨てた。

 しかし、スクルズは不敵に微笑んだままだ。

 だが、いまこそわかった。

 スクルズは、その笑みにはっきりとしたルードルフに対する敵意を隠している。

 ただのその敵意を微笑みで誤魔化しているだけだ。

 

「異なことを陛下……。わたしの神殿長としての役目は、ティタン教会の大神殿の教皇猊下より示されたものです。陛下はこのスクルズをご推薦していただいただけです。陛下にはわたしを罷免する権利はございません」

 

 スクルズが毅然として言い放った。

 ルードルフは、かっとなった。

 なんという生意気な女だろう。

 しかし、実はスクルズの言う通りだ。

 この大陸に広く拡がっているティタン教の総本山である大神殿は、旧ローム帝国の帝都があったタリオ公国に存在する。そして、大神殿を統括する教皇が各国を跨ぐ全部の神殿の人事権を握っている。

 ルードルフは、スクルズを推薦し、神殿長の就任式にも出席したが、あくまでも立会人の立場であり、また、儀式としても、スクルズを神殿長に任命したのは、教皇の認可を受けて代行をした第二神殿長だ。

 

「余がお前に手を出せないというか──。余はいつでも誰でも罷免できる──。余はこの国の王ぞ──。その王の言葉を教皇であろうとも、おろそかにはできまいぞ──。王都三神殿は余の膝元にあるのだ。余がお前に、神殿長の資格なしと送れば、教皇はすぐに罷免を認めるだろう」

 

「ならば、そうしてください。でも、教皇猊下からの罷免状が届くまで、わたしは神殿長です。陛下のお言葉は関係ありません」

 

 きっぱりと言った。

 ルードルフは激昂した。

 

 そのときだった。

 テレーズが謁見の間に戻ってきた。

 何人かの近衛兵を従えて、幾つかの品物を運んできている。

 

 テレーズは、まずは四つの香炉をスクルズが両膝をついている周りに置いて、香を炊かせた。

 白い煙が四方からスクルズに向かって流れる。

 そのうえで、スクルズの眼の前に、一個の盆を置く。

 その上には黄金の盃があり、中には真っ赤な葡萄酒が注がれているようだった。

 あれは間違いなく毒杯だろう。

 だが、なぜか毒杯の横には、赤い金属の首輪があった。

 首輪は開いていて、首を入れて自分で閉じられるようになっている。

 

 なんだろう、あの首輪は……?

 スクルズも怪訝な表情になっている。

 

 しかし、すぐに、スクルズがびくりと身体を竦ませるような仕草をした。

 そして、さっきまでの落ち着きが嘘のように、急にそわそわと身じろぎを始める。

 ルードルフも首を傾げた。

 だが、テレーズが運んできた、スクルズの周りで炊かせた香が原因のように思う。

 

「お待たせしました、陛下。どうやら、話も長くなるような気がしたものですから……。どうしたの、スクルズ? あなたらしくもない。急にもじもじしちゃって」

 

 テレーズが悪意がたっぷりとこもったような大笑いした。

 スクルズが歯ぎしりをするようにぐっと口を喰いしばって、テレーズをにらみつけたのがわかった。

 ふと見ると、いつの間にか、顔が上気して真っ赤だ。

 それだけでなく、すでに顔じゅうに汗をかいていて、それがぽたぽたと床に落ちだした。

 これは異常だ。

 

「こ、こんなことは許されません──。テ、テレーズ殿──。わ、わたしを馬鹿にしては……」

 

「馬鹿ですって──? 陛下、この者はよりにもよって、謁見の間に召喚をされたにもかかわらず、馬鹿だと悪態をつきましたわ」

 

 テレーズがわざとらしく声をあげた。

 一方で、スクルズはますます焦ったような感じになっている。

 

「わ、わたしは……こ、これがちょっと無体な仕打ちだと申しているだけで……」

 

 そのあいだもスクルズは、そわそわと身体を艶めかしく動かしだした。

 なんだか、ほんの少しもじっとしていられないという感じだ。

 ルードルフはほくそ笑んだ。

 これは、本当に色っぽい。

 

「テレーズ、あの煙はなんだ。なんだか、面白いことになっているようだな?」

 

 ルードルフは、いきなり始まったスクルズの身悶えを眺めながら、テレーズに訊ねた。

 

「あの香は女の性感を暴発させる媚香ですわ。ひとつだけでも、のたうち回るような身体の疼きが全身を襲うはずです。それを四周に四個も炊かせました。あの若い女の身体で、あれだけの香を吸い続ければ、もしかしたら、ここが王宮であるのも忘れて、自慰でもするんじゃないでしょうか」

 

 テレーズが爆笑した。

 ルードルフもつられて大笑いした。

 

「こ、こんなこと許されません……。す、すぐにやめさせてください……。こ、これでは話もできません……。ど、どうか、お願いですので……」

 

 スクルズの顔はどんどんと赤くなる。

 全身にも汗をかいているのだろう。

 真っ白いに装束に内側からの汗が染みて、桃色の肌がところどころ透けたようにもなっておく。

 

「こ、この仕打ちはあまりです。わ、わたしは戻ります──」

 

 スクルズが立ちあがるような仕草をした。

 

「だめよ──。ちょっとでも動いてみなさい──。陛下に対する謀反の罪で、あなたのみならず、あなたの養家族全員を連座で処刑するわ」

 

 テレーズが叫んだ。

 スクルズが目を丸くした。

 ルードルフはにやりと笑った。

 

「テレーズの言葉は余の言葉だ。お前の養家族を捕縛させる。テレーズ、手配せよ」

 

「わかりました」

 

 テレーズが副座に戻り、近衛隊の将校のひとりを呼んだ。

 すると、テレーズは、わざとスクルズにはっきりと聞こえるように、ある地方都市の商人家族の名と住まいを彼に告げた。

 将校が戸惑いながらも、横で頷く。

 

「ま、待ってください──。わ、わたしを養ってくださったご家族とは、わたしは神殿に入信するときに、すべての縁を切っております。連座にはなりません。そもそも、もう十年以上も会っておりません」

 

 スクルズが焦ったように言った。

 顔は媚香のせいで赤いし、かなりの汗をかいているが、表情は追い詰められている。

 ルードルフは微笑んだまま、意地悪くスクルズを見た。

 スクルズは、すっかりと汗で衣服が貼りついた感じになった身体を震わせ、下腹部を中心に悶々を身体を動かしている。

 おそらく、強烈な媚香の影響のために、全身の性感帯という性感帯が沸騰したようになっているのだろう。

 

 実のところ、スクルズの養家族のことについては、この謁見の直前に、テレーズから教えられていた。

 孤児だということになっているスクルズだが、実は地方商人の娘であり、両親が早世したために、スクルズの両親と昵懇だった商売仲間の夫婦が、十歳になるまでスクルズの面倒を看て育てたということだった。

 その育ての親ともいうべき者も、テレーズは特定してした。

 

 都合がいいことに、国王直轄領のひとつの地方都市で暮らしていて、いまでも健在のようだった。

 神殿に入信するときには、俗世を捨てることが決まりなので、縁が切れているのは本当だろうが、だからといって、見捨てることはできないだろう。

 その者たちの名を出せば、スクルズが抵抗できないだろうということは想像がついていた。

 

「連座になるかどうかは余が決める。ならば、関係ないということを説明せよ。じっくりと聞いてやろう。たっぷりと時間をかけて説明することを許すぞ」

 

 ルードルフが言うと、スクルズがやっと追い詰められたような表情になる。

 ようやく溜飲がさがった気持ちになった。

 

「ひ、卑怯です──」

 

 スクルズがさらに腿を擦りつけるように脚を動かしだした。



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389 毒杯か服従か

「はあ、はあ、はあ……。で、ですから……、わ、わたしと、よ、養家族とは……」

 

 スクルズは荒い息をしながら、何度目かの説明を繰り返している。

 しかし、すでに頭が回らないのか、最初の三回くらいの訴えは、自分と養家族が無関係であるということについて、筋道を通った丁寧な内容の説明であり、さらに、三回ともそれなりに説明の視点を変えた丁寧なものであったが、その次くらいからは、ただ関係はないというだけの繰り言になってしまった。

 しかも、聡明なスクルズには気の毒なくらいの支離滅裂の内容だ。

 

 テレーズの準備した媚香が相当に頭に回っているのだろう。

 両膝を床に着けた身体は、当初はちゃんと腰があがっていて立膝状態だったが、いまは完全に腰をぺたんと床につけてしまっている。

 おそらく、もう力が入らないに違いない。

 しかも、当人は無意識だとは思うが、腰を必死に捩り、内腿を痙攣させるかのように擦り動かす姿は、艶めかしいのひと言では足りないほどに淫靡だ。

 ルードルフは、敬虔な巫女のあられもない姿を、玉座から口元を綻ばせながら眺めていた。

 

「なにを同じことばかり繰り返しておる、スクルズ。何度も言うが、連座には当たらないというのであれば、余を説得してみよ」

 

 ルードルフは、すっかりと溜飲がさがって、身体を崩して悶える仕草をするスクルズを見る。

 それにしても、本当にいい女だ。

 ルードルフは、全身を真っ赤にして異常なほどの汗をかき続けるスクルズを観察しながら思った。

 

 最初に顔を見た瞬間にも思ったが、久しぶりに面と向かって会うスクルズは、驚くほどに美しく、そして、色っぽかった。

 なにしろ、筆頭巫女時代から美貌巫女で有名だったが、その頃は子供っぽさも残っていて、なんとなく頼りなさのようなものが印象であった。

 

 しかし、いまのスクルズは違う。

 もちろん可愛らしくはあるが、その一方で完全な大人の女の色香を醸し出している。

 そもそも、ルードルフの知っているスクルズは、こうやって堂々と王の行為に批判をするような強い女ではなかった。

 心が優しいが大人しく、はかなさそうな頼りなさがあった。

 

 だが、神殿長になったスクルズは、堂々としていて、人を圧倒するほどの心の強さを感じる。なによりも、態度に自信が漲っていて、それがスクルズをさらに美しく際立たせている。

 

 なにがスクルズを変えたのか……?

 神殿長になったということか……?

 それとも……。

 

 いずれにしても、さっきまであんなに余裕たっぷりに、ルードルフとテレーズを見下したような態度を取っていたスクルズが、媚香の影響で、官能的に唇を開き、はあはあと息をして、人前で苦しそうに悶える光景は、心の底からルードルフの嗜虐心を満足させる。

 

 だが、それで閃くものがあった。

 そうか……。

 もしかして、男か……?

 

 いや、スクルズを変えたのは、男だろう──。

 彼女をここまで美しくし、自信を持たせ、大人の女の色香を身に付けさせたのは、おそらく、男がいるのに違いない……。

 まあいい……。

 男を知っていたとしても、十分に無垢だろう。

 犯すのに問題ないか……。

 

「……スクルズ、お前には男がいるのではないか?」

 

 なんとなく言った。

 すると、もはや意味不明に近い言葉を呟いていただけのスクルズが怪訝そうに顔をあげた。

 

「……お、男……?」

 

 すっかりと目が潤んで、まるで夢遊病にでもなっているようなスクルズがかすかに小首を傾げた。

 やはり、頭が上手く回らないのだろう。

 その表情は完全に(とろ)けきっている。全身の力も完全に抜け、いまにもひっくり返りそうな身体を両手で突っ張って支えているような有り様だ。

 

「その身体を癒してくれる男がいるのではないかと聞いておる」

 

 ルードルフは笑いながら言った。

 

「こ、心に誓ったお方は、お、おります……。ふた無き……お方……。心から……愛する……」

 

 すると、スクルズがはっきりと答えた。

 だが、その理知的な美貌は朱色に溶けきっていて、なにを喋っているのか自覚しているかどうかは怪しい。

 

「まあ、驚いた。敬虔なはずの女神殿長様には、男がおられるの?」

 

 テレーズがからかうような物言いをした。

 一方で、謁見の間にいる者たちの中に一瞬だが、かすかなどよめきのようなものが起きている。

 当然だ。

 敬虔な美貌の女神殿長に男がいるなどというのは、あっていい話ではない。

 

「そうか……。惚れた男がいるか……」

 

 しかし、ルードルフは納得して頷いた。

 やはりか……。

 この艶めかしさは、男をほとんど知らない女が醸し出せる色香ではない。

 これまでたくさんの女を抱き続けてきたルードルフだからこそ、確信できることだ。

 だが、男の神官には認められる妻帯や恋愛も、女である巫女には認められていない。神殿長でもあるスクルズに、特定の男が存在するとすれば、それだけで大変な醜聞となる。

 しかし、スクルズはそれではっとしたように表情を変えた。

 

「そ、その方に……お仕えし……、信仰を誓い……、誠心誠意に……その神に……尽くすのが……わ、わたしの……し、使命でご、ございます……。クロノス様の……」

 

「天空神こそ、お前の愛する男ということか……?」

 

 ルードルフは言った。

 謁見の間の雰囲気も、驚きから理解のようなものに変化した。

 だが、ルードルフについては、すでに確信している。

 違う……。

 さっきの呟き……。

 あれは、媚香の影響の中で思わず、口走ってしまった真実だ。

 それをとってつけて、取り繕ったに過ぎない。

 誰なのかな……?

 このスクルズの男というのは……。

 処女だと思い込んでいたスクルズが男との性愛の経験があったのは、残念であるとともに、興味が沸いた。

 

「陛下、話はまだまだ、終わりますまい。ここは、ほかのところで、じっくりと審問を続けられてはいかがでしょう。場所を後宮に変えましょう」

 

 そのとき、テレーズが横から口を挟んできた。

 後宮に場所を変える。

 その意味は明確だ。

 いまの状態のスクルズだったら、簡単に手込めにできる。

 しかも、王宮内であれば、スクルズであろうとも、魔道は遣えない。

 王国一の魔道遣いであろうとも、魔道が遣えなければ、ただのひ弱な女に過ぎない。

 

 謁見の間のざわめきが大きくなる。

 しかし、ルードルフは気にしなかった。

 目の前の神々しいほどに美しく色っぽい、しかも、むんむんと被虐美の漂う女をこれから思う存分蹂躙できるのだ。

 さらに、どうやらほかに好きな男がいるらしい……。

 

「お、おおっ?」

 

 思わず声をあげた。

 ルードルフの装束の下の股間がついに荒々しく勃起をしたのだ。

 スクルズに、別に惚れている男がいると確信して、ルードルフの一物が固くなった。

 とにかく、狂喜して叫びたくなってしまった。

 

「なるほど、場所を変えるか……。スクルズ、訊問を続けるぞ。後宮に行く。言っておくが、逆らえば、お前の養家族の首は根こそぎ斬り落とす。忘れるな──」

 

「お、お待ち……く、くだしゃ、さ……い……」

 

 スクルズが激しく首を振った。

 しかし、舌がもつれて、うまく喋れてもいない。

 これは、もう抵抗できないな……。

 ルードルフは、スクルズが堕ちたことを確信した。

 とにかく、早く……。

 この勃起が続くうちに……。

 

「それだけじゃない。確か、お前の親友のベルズはブロワ家の者だな。その者たちの首も落とすか。罪などどうでも、でっち上げられる。いずれにしても、お前は、余を見くびっておったのだろう。余に手が届かぬものなどない」

 

 スクルズを脅迫する言葉が次々に口から飛び出す。

 しかし、一方で心の中のかすかに冷静な部分が、いま、絶対に口走ってはならないことをはっきりと喋ったぞという警告を鳴らした。

 ここは、近くに誰もない密室などではない。

 近衛兵が大勢並び、文官もたくさんいる謁見の間だ。

 そこで、目の前の女を脅すために、罪のない民やブロア家のようなれっきとした伯爵家を気まぐれで潰すというようなことを口にするなど……。

 

「大丈夫です……。問題ありませんよ、陛下……」

 

 そのとき、テレーズが言葉を洩らした。

 途端にルードルフの心が軽くなる。

 そうだ……。

 大丈夫だ……。

 問題ない……。

 礼を言おうと、テレーズに視線を向けた。

 テレーズはにこにこと微笑んでいた。

 やはり、テレーズは頼りになる。

 妙な安心感に包まれる。

 

「へ、陛下……、そ、そんなことは許されません……。つ、罪もない……者をた、盾に……わ、わたしを脅すなど……。こ、このスクルズを連れていき、こ、後宮で……な、なにを……なさる……おつもりです」

 

 スクルズが毅然として睨んだ。

 だが、あそこまで追い詰められていては、迫力もなにもない。

 そもそも、あんなに艶めかしく身体を悶えさせながらでは、抗議の言葉の意味はない。

 かえって、男の征服欲を刺激するくらいだ。

 

「なにをするかな。まあ、訊問だろうな……。じっくりと話を聞いてやるぞ。ひと晩中でもな……。肌と肌を合わせながらでもよいぞ」

 

 ルードルフは大笑いした。

 またもや、喋ってはならない言葉を口にした気がしたが、心の中で「大丈夫。問題ない」という言葉が浮かびあがり、気にならなくなった。

 もはや、謁見の間はどよめきのようなざわめきが続いていて、中には自重を促すような文官の言葉も混じっていた。

 

 だが、気にならない。

 大丈夫……。

 問題ないのだ……。

 

「とにかく、スクルズ、その首輪をしなさい。それで許しましょう。あとは、命令に従うのです」

 

 テレーズが言った。

 すると、スクルズは汗で髪が額に貼りついた顔をテレーズに向ける。

 

「ご、ご冗談を……。これは自我を失わせる……首輪……。これを嵌めれば……わたしは、なにをされても……なにを言われても、抵抗のできない……人形になり果てます……。わ、わたしは、この首輪をして……へ、陛下に……身体を犯されたくはありません……」

 

 スクルズが挑戦的な表情をしたように思った。

 ほう……。

 ルードルフは逆に感心した。

 ここまで、追い詰められておいて、まだこんな顔ができるのか……?

 それはともかく、スクルズが「犯す」という言葉を使ったことで、さらにざわめきが拡大した。

 

「……さすが、よく気がついたわね。それは王家の宝物のひとつよ……。それを自分で嵌めなさい。そうすれば、なにもかも気にならなくなるわ。そして、陛下と一緒に後宮に向かいなさい。それとも毒杯よ。そのときには、連座を忘れないようにね」

 

 テレーズが言った。

 スクルズがきっとテレーズを睨んだ。

 口惜しそうに歯噛みをしている。

 

 いずれにしても、もうスクルズには選択肢はない。

 最初の挑戦的な態度は、どんなに王に逆らっても自分だけのことで、誰かの命を盾にされるとは思ってもいなかったのだろうと思う。

 それがスクルズを増長させた。

 だが、いま、スクルズは養家族を人質にとられ、逆らえば、親友のベルズの実家が破滅させられると知った。

 もはや、従うしかない。

 

「へ、陛下……わ、わたしは、“王の王たる資格は王たること”と申しました……」

 

 スクルズが今度は視線をルードルフに向けた。

 だが、その言葉で、収まっていたかっと激しい憤怒が込みあがる。

 なぜか、この言葉にはルードルフの殺意にも等しい激怒を呼び起こす力がある。

 

「き、貴様は──」

 

 叫んだ。

 だが、スクルズがそれを遮るように、さらに口を開く。

 

「そ、それは王の器に足らない者には、王の資格なしということでございます──。よ、よくお考えを──。お、女を脅迫し……か、身体を理不尽にも奪おうとする……王に……、王の資格があるか否かを──」

 

「余に王の資格なしと言いたいのか──」

 

 激昂して立ちあがった。

 スクルズをぶちのめす──。

 心の底から、その欲求が沸き起こる。

 しかし、辛うじて自重する。

 殴ったり、蹴ったりするよりも、もっと愉快なことがある。

 

「ならば、毒杯を飲め──。嫌なら、首輪をせよ。拒否すれば、お前のせいで罪なき者が死ぬ。それでも余を馬鹿にするのか──」

 

「な、ならば、お約束を……。こ、これを受け入れれば……、ほかの者には……手を出さないと……」

 

 スクルズが首輪を手に取った。

 ついに観念したか。

 ルードルフは満足した。

 

「おう、確かに約束しよう。お前がそれを受け入れれば、余は手を出さん」

 

 ルードルフははっきりと言った。

 

「そ、それを聞いて満足しました……。さ、最後に申しあげます……。このスクルズは、わたしの心を捧げた……お方のものです……。どうしても、あなたなどには肌だけでも触られたくありません──」

 

 スクルズが首輪を離して、毒杯を手に取る。

 それを一気に呷った。

 

「あっ──」

 

 ルードルフは声をあげた。

 だが、そのときには、スクルズは毒杯を飲み終わっていた。

 スクルズは、一瞬だけ苦しそうに喉を掻きむしるような仕草をし、そのまま口から少し血を吐いて、ばったりと床に倒れた。

 

「うわああっ」

「どうして──」

「きゃああああ」

 

 謁見の間に絶叫が起きる。

 

「あらあら、死んじゃったのね……」

 

 テレーズが一段高くなったこの場所からおりていき、スクルズに寄っていく。

 そして、スクルズの首に手を当てた。

 だが、すぐに、ルードルフに顔を向けて首を横に振った。

 

「もう、死んでおりますね。蘇生も無理です、陛下……」

 

 途轍もない激怒が込みあがった。

 死んだだと──。

 だったら、この股間の猛りはどうなるのだ──。

 

「この小娘が──。それほどまでに余を嫌ったかあ──」

 

 憤怒が身体を覆った。

 なんという女だ。

 王を蔑ろにした罪を身体を抱かせることで許してやろうとしたのに、その温情を無視して、自裁をして果ててしまうとは──。

 

「馬鹿にするのも大概にせい──」

 

 感情のまま玉座を駆けおりた。

 スクルズの屍体を蹴りあげる。

 横倒しになっていたスクルズの身体が、床にごろごろと転がった。

 短い巫女用の装束のスカートが捲くれあがり、下着が露わになる。

 べったりと分泌液が染み込んでいて、秘部まで透けて見えるくらいに濡れていた。

 それだけでなく、下着では押さえきれなかった愛液が内腿から膝くらいまで垂れ流れている。

 

 この身体をもう少しで好きなように弄べたのに──。

 さらに駆け寄って、神官の装束を掴む。

 首の下の部分を掴み、腰に向かって引き破った。

 スクルズの肢体が露わになる。

 

「晒せ──。余に逆らう者はこうなるという見せしめにせよ。王都の広場で、このまま惨めな姿で屍体を晒しものにせよ」

 

 さらにスカートを引き破る。

 その時、丸い小さなものがころころと転がった気がした。

 

 なんだ、これ……?

 視線を向けようとした。

 

「は、はい、晒します──。すぐにこの屍体を晒し刑にします、陛下──。おい、板を持って来い。毛布もだ。遺体を謁見の間から運び出す。晒し刑だ──」

 

 そのとき、小柄なひとりの近衛兵が慌てたように飛び出してきた。

 んん?

 さっきの球体をさっと拾ったか……?

 

 一方で、彼の言葉にはっとしたように、慌てて何人かの兵が飛び出してくる。

 もうそのときには、ルードルフはスクルズに対する興味はなくしていた。

 

 もういい……。

 

「後宮に戻る──」

 

 ルードルフは言い捨てて振り返り、スクルズの死骸を背にして歩き出す。

 玉座の横を通り抜けて、奥に戻る扉に向かう。

 

「お待ちください、陛下……」

 

 慌てたようにテレーズがついてくる。

 

「なんだ──?」

 

 思わず怒鳴った。

 テレーズに声をあげるなど、これまでになかったことだが、ルードルフを包んだ怒りは、どうしても、大声を発せずにはいられなかったのだ。

 

「陛下、スクルズは残念でしたが、そのまま後宮でお待ちください……。そろそろ、サキも戻ってまいりましょう。公爵夫人でも先に連れてくるように指示します。いまごろは、サキの仕事も終わっているでしょうから、男は殺すか、牢につなぐとしても、女については後宮に運ばせます。まずは、公爵家の女の味見ではいかがですか?」

 

 テレーズが媚びを売るように、歩きながら言った。

 

「公爵家の女か?」

 

 そういえば、今朝早くから、テレーズの手配で、サキが近衛兵を連れて、公爵家に向かったのだった。

 それを思い出した。

 

「それはいいな」

 

 ルードルフは笑った。

 本当に、テレーズは役に立つ……。

 ルードルフは、テレーズに笑いかけた。




 *


【スクルズ】

 人間族。ハロンドール人。ティタン神殿会の女性神官で諸王国時代の末期に活躍。
 ハロンドール王国における「狂王の変(詳細は別項)」における犠牲者のひとりであり、狂王ルードルフの失政を諫言して、ルードルフによって処刑されたとされている。
 享年二十六歳。
 彼女の死骸については、…………。
 …………。
 …………。
 彼女についての記録は、ほとんど現存しておらず、彼女がどのような人物であったということについては、若くしてハロンドール王都の三大神殿の神殿長に就任したということと、当時王都の民衆に非常に人気があった美貌の女性神官だったということ、さらに非常に魔道力に優れていたという文書が残っている程度である。
 …………。
 …………。
 彼女については、サタルス帝が自らの妻や寵姫について記した晩年の文書の中に、「愛する第三神殿長スクルズ」の言葉を懐かしさを込めた言葉とともに残していることで知られており、サタルス帝が冒険者時代に寵愛した恋人のひとりだったとされる。
 …………。
 …………。
 …………。
 また、スクルズには、歴史的人物としての評価に加え、クロノス正教徒にまつわる「奇蹟」の人物としての評価もある。正教徒を中心として発展した『クロノス正教会(詳細は同項を参照。)』の編纂した『聖伝』によれば……。


『年代記(第六巻の三)・人物列伝』コリネリア・ポリス著(*)』


 * ここに記録した引用文は、国際統一図書館に貯蔵されている初版本から、許可を受けて採録したものである。


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390 公爵様の蒐集品

【ハロンドール王都・ラングーン公爵家の王都(別宅)】

 

 

 

「おはようございます、公爵閣下……、お客様」

 

 全裸の奴隷少女が挨拶をした。

 その奴隷少女も美しかったが、すでに十五歳に達しており、ラングーンの趣向からは外れている。

 ラングーンの興味対象は、その少女奴隷が鎖で引っ張っているふたりの童女たちだ。

 

 また、客というのは、ラングーンがこの別宅に招待した男であり、一応は子爵の地位を持っている貴族である。

 名はクリス=マッケンバー。

 同じ公爵家の敷地内ではあるが、妻がいる本宅ではなく、奴隷たちを隠してるこっちの別宅に客を招くのは、極めて珍しい。

 少女奴隷も、表情には出さないがびっくりしている。

 一瞬、裸体を手で隠すような素振りをしたが、すぐに諦めて前を晒したままになった。

 

「ほう、これは……」

 

 裸の少女奴隷が連れて来た四つん這いのふたりの童女の姿に、クリス子爵が感嘆したような声をあげた。

 クルスもまた、好色の視線は、少女奴隷ではなく、童女側に向かっている。

 ラングーンはそれが嬉しく思った。

 もちろん、少女奴隷同様に、童女のふたりも素っ裸だ。

 ふたりの童女の首には真っ赤な首輪があり、それに繋いだ細い鎖は後ろを歩く少女奴隷の手にまとめて握られていた。

 

 四つん這いの童女たちの年齢は十歳と八歳である。

 この童女姉妹をラングーンの王都屋敷の敷地内にある別宅に連れて来たのは一年半前であり、これまで、練りに練り、磨きに磨いて、ここまで輝かせた「宝玉(ほうぎょく)」だ。

 童女とは思えない、華やいだ色香を漂わせているし、なによりも身体は小さいがしっかりと、女の体形を思わせる肢体を身に着けていて、それでいて、未成熟の女のかわいらしさも備えている。

 エルフ族の血が八分の一ほど混じっているらしいが、最初にこの姉妹を孤児院で見つけたときには、ラングーンは狂喜したものだ。

 肌の色質も、顔立ちの造形も、磨けば超一級になると確信した。

 すぐに引き取り、ここで毎日のように性調教をして性感を育て、香草や薬草をふんだんに使って肌を磨き抜き、さらに金にあかせた美容をふたりには注ぎ込んだ。

 それだけでなく、行儀作法や教育も施し、一級の人間としての内面も磨きあげた。

 つまりは、ただの泥の玉にすぎなかった子供をラングーンが、ここまで仕立てあげたということだ。

 

「幼いですが、どこかの貴族子女……ですか?」

 

 クリスが唸るように言った。

 ラングーンはほくそ笑む。

 このクリスは、秘密パーティで知り合った「同好の士」だが、調べれば調べるほど深かった。

 暗殺も請け負う闇組織に繋がりのある男なのだ。

 これは役に立つと思って、囲うことにしたということだ。

 

 もちろん、こうやって、ラングーンの秘密の館を見せる気になったのは、この男がラングーンと同様の小児性愛嗜好家だと知ったからなのは間違いない。

 ラングーンの大切な宝だから他人に触れられたくはないが、自慢をして見せびらたいという気持ちはある。

 その点、このクリスはいい。

 嗜好が同じなので必ずラングーンの「蒐集品」には羨望すると思ったし、案の定、この男は涎をたらさんばかりに、ラングーンの宝に釘付けになっている。

 危険な男であることはわかっているので、護衛なしのふたりきりになるのは不安だが、ラングーンは手首に「陽光の腕輪」という魔道の装具を身に着けている。

 すべての危害をこの腕輪が弾いてくれる。

 クリスがラングーンを傷つけるのは困難だ。

 

「元はただの路傍の泥よ。それを俺がここまでにしたのだ。ここまで育てるのに、一年半かけた。簡単には犯さんよ。あと半年磨き抜く。それでふたり揃って犯すのだ。楽しみだ」

 

 ラングーンは背もたれに体重を預けたまま、酒の入ったグラスを口の中に傾けた。

 苦くて甘い麦芽の蒸留酒が軽く喉を焼く。

 うまい……。

 すぐに、横の椅子に座っているクリスが身体を伸ばして、両手でラングーンのグラスに酒を注ぎ足す。

 ラングーンは、それを受けながら、軽く指で合図をした。。

 女奴隷──とはいっても、まだ十五歳なのだが、彼女が手に持っていた乗馬鞭を童女の姉妹の尻に思い切り叩きつけた。

 

「あうっ」

「いぎい」

 

 まだ、幼い童女たちが悲鳴をあげる。

 ふたりの童女に比べれば、奴隷少女については、すべての感情を失ったような表情だ。

 

「行きなさい、公爵様がお待ちよ」

 

 少女奴隷がふたりの首輪から鎖を外す。

 そして、尻を鞭で叩く。

 

「ひっ」

「んんっ」

 

 景気のいい音が鳴り、ふたりが悲鳴をあげた。

 ラングーンは、クリスに高価な魔道の治療薬があり、いくら傷をつけても、一晩たてばまったく傷は消え失せるので、どんなに手荒く扱っても問題はないのだと説明した。

 クリスは、自分の財力では、奴隷ごときに、高価な魔道薬を使うなどとんでもない話なので、それは羨ましいと媚びを売るように応じた。

 

「ほら、ぼやぼやしない──」

 

 少女奴隷がさらに二発ずつ尻を打つ。

 

「ああっ」

「んぎいっ」

 

 ふたりは、追い立てられるように、ラングーンたちの座る椅子の前まで四つ足でやって来た。

 

「ご、ご主人様……マミでございます。卑しい孤児のあたしたちをお育て頂いて感謝申しあげます。今日も調教を受けるためにやってまいりました。ご存分にお躾ください」

 

「ウリムです。お、おねえちゃんといっしょに、ちょうきょうをおねがいします」

 

 ふたりはラングーンの足先に触れるばかりに近づき、そこにひれ伏して、自分たちの額を手の甲に押し当てて、口上を述べた。

 そして、上体を起こして二本の脚を曲げたまま左右に広げ、両手を頭の横に置くような姿勢をする。

 「服従のポーズ」から「ちんちんのポーズ」だ。

 ラングーンが命じて、後ろの「躾係」の少女奴隷に躾させたものであり、ラングーンの童女奴隷であれば、全員が鞭によって身体に叩き込まれているポーズだ。

 数年前までは、いまは躾係をしているこの少女奴隷も、当時は前任の躾係に教えられたものである。

 

「下についても躾けておるようですね」

 

 クリスが目の前の童女たちの裸身を眺めながら笑いながら言った。

 がに股に開いている童女たちの無毛の股間からは、すでにたっぷりの愛液が滴っている。

 この姉妹は、年齢に似つかわしくない、淫らすぎる身体に仕立てあげている。

 だから、彼女たちは、あんな鞭一本でこれだけの欲情をしてしまうのだ。

 まさに、自慢の性奴隷だ。

 

 だが、こうやって飼っている童女たちだが、成長というのはどうしようもない。

 どんなに磨きあげたものでも、やがて大人になっていく。

 十四、どんなに耐えても、十五になれば、すっかりとラングーンの嗜好から離れてしまう。

 

 そうなってしまうと、もうだめだ。

 躾係にしている少女奴隷のように、正規の奴隷として処置をして、引き続き館で飼育するということもあるが、大抵は「処分」してしまう。

 このふたりについても、いずれはそうなるだろう。

 ここまで育てたものを、飽きたからといって、奴隷にして他人に与えるということはできない。

 誰かに与えるくらいなら、殺す。

 

「まあな。自慢の品物だ」

 

 ラングーンは、姉に、妹の股間を奉仕するように命じた。

 ちょっとだけ悲しそうな表情になった姉の方だったが、すぐにそれを躾係の少女奴隷に見抜かれて、肩と脇に鞭を一発づずつ浴びる。

 すぐに、妹の股間の前に寝そべらんばかりに頭をさげ、ぺろぺろと妹の股間をなめ始める。

 

「あっ、お、おねえしゃん、ああっ」

 

 感じると余計に舌足らずになるのが妹の癖だ。

 敏感に躾けられた身体は、八歳とは思えない発情を妹に起こさせる。

 

「おお、淫らな……。素晴らしい」

 

 クリスが溜息混じりの声を出す。

 見ると股間がズボンの下ではちきれんばかりに大きくなっている。

 ラングーンはほくそ笑んだ。

 

「さっきも言ったが、これはだめだぞ。勝手に手を出せば、俺はお前を殺すしかない。こいつらは、半年後に愉しむために熟成をしているのだ。それを奪われればかなわん」

 

「滅相もない。こうやって、公爵様の宝物を見せていただけるだけでも、眼の至福です」

 

 クリスが恐縮したように言った。

 そのくせ、視線だけは目の前の童女ふたりの肢体に釘付けになっている。

 

「見るだけなら問題はない。いい声で鳴くだろう?」

 

 このふたりは、十歳と八歳でありながらも、肉体だけは熟女のそれのように、感じやすくなるように作りあげた。

 八歳の妹が、姉の舌奉仕に、身体をぶるぶると震わせて、とろんと雌の顔を示し出す。

 

「確かに……。それにしても、首輪はただ首輪なのですね。隷属の首輪ではない……。奴隷ではないのですか? 紋章も見当たりませんが……」

 

 クリスが訊ねた。

 この男の言及のとおり、ラングーンの飼っている童女奴隷に装着しているのは、普通の犬用の首輪だ。

 それに比べれば、童女の世話のために奴隷にした少女については、隷属の首輪である。

 おそらく、ラングーンが集めている童女については、ほとんどがあちこちの孤児院から連れて来たものだと承知しているので、当然に闇奴隷の処置をしていると考えたに違いない。

 また、紋章奴隷というのは、首輪奴隷に対するものであり、隷属の魔具である首輪に代わりに、隷属も紋様を身体に刻み込むものだ。

 首輪奴隷とは異なり、紋章奴隷にすると、服を着てしまえば、奴隷かどうかはわからないが、転用をして売りさばくということが難しくなる。

 いずれにしても、ラングーンは自分の性奴隷の童女たちには、奴隷化の処置はしていない。

 奴隷にするのは、童女としての価値がなくなり、目の前のように飼育係として使うようになった場合のみだ。

 

「まあな。隷属の首輪で支配するなどつまらん。それよりも、心が潰れるまで調教をして逆らわなくする過程が愉しいのではないか?」

 

「それもそうですね」

 

 クリスが白い歯を見せた。

 

「さて、それよりも奥に来い。そっちで話がある」

 

 ラングーンは立ちあがった。

 

「奥ごさいますか?」

 

「場所を変える。このふたりはだめだが、俺の蒐集品はこれだけじゃないぞ。お前が触れてよいものもある。もっとも条件次第ということになるがな」

 

 少女奴隷に、あと二ノスは「調教」を続けるように指示して、ラングーンはさらに奥に向かう扉に向かう。

 クリスが慌てたようについてくる。 

 

「いま、俺が触ってよいものもあると申しましたか、公爵閣下?」

 

「言ったな。実はまだ未調教だ。あの叔父から譲り受けたものでな。まあ、俺を懐柔するつもりなのだろう。母親については、叔父が引き取っている」

 

母娘(おやこ)……でございますか……?」

 

 クリスは首を傾げている。

 

「母親の名はロレーヌだ。知らんか?」

 

 ラングーンは応接室を兼ねている広間から次の部屋に入る。

 童女奴隷たちの飼育室だ。

 真ん中が通路になっていて、両横には鉄格子の嵌まった牢が並んでいる。牢の数は二十ほどだが、いまは半分も埋まっていない。

 ラングーンが通りかかると、慌てたように全員が牢の中でラングーンに向かって土下座をしていく。

 

「どれもよい……。すごい……」

 

 クリスが生唾を飲んだのがわかった。

 ラングーンが集めさせているのだから、さっきの童女姉妹ほどではなくとも、一定の美的水準を満たす童女たちである。

 ここで飼育するほどの価値がないものは、さらに先にある調教室で、そのまま責め殺すということもよくある。

 つまりは、館に残していく価値があると思ったものだけ、こっち側の檻部屋に連れてくるということだ。

 だいたいは、さらに向こう側で処分してしまうということになる。

 いずれにしても、小児性愛というのは、なかなかに同行の士は乏しい。こうやって、わかってくれる者の存在は嬉しいものだ。

 

「……ところで、さっきロレーヌと申しましたか? もしかして、ローダム家のですか?」

 

 ラングーンたちは、さらに屋に向かう部屋の前の扉に着いた。

 この奥が「調教室」だ。

 この館に連れてくる童女たちは、そっちの奥の部屋に最初は入ることになる。

 そこには、地下に通じる階段もあり、そこから王都内の秘密の地下道に繋がり、一軒の家屋にあがる階段に通じている。

 館に連れてくる獲物は、その家屋から運び込む。

 

「賢婦人で有名な、いや、有名だったあのロレーヌ夫人だ。グリムーンの叔父が屋敷に連れ込んだ。そのときに、一緒に娘も誘拐同然に連れ込んで、俺が預かったということだ。さっきも言ったが、条件次第で調教をやらせてもいい。いや、犯してもいいぞ。許可する」

 

 すでに一度調教したが、残念ながらラングーンの蒐集欲を刺激するほどの存在ではないと判断した。

 だが、グリムーンとの約束もあるし、あれが夫人を毀してしまうまで、こっちで勝手に処分するわけにはいかない。

 それで、この訳ありクリスを取り込むために利用することを思いついたのだ

 

「本当に?」

 

 クリスは驚いている。

 扉を開けた。

 さっきと同じような広間だ。

 違うのは、応接用の椅子やテーブル、豪華な調度品や美術品などがある先ほどの部屋とは異なり、ここにあるのは、大小の責め具であり、童女をひたすらに苛め抜く品物が並んである棚類だ。媚薬や治療用の魔道薬もたくさん揃っている。

 牢があるという点では、先ほどの通路部屋と同じなのだが、こっちは壁をくり抜いて作ってあり、屈まなければ入れないような天井が低いものだ。

 牢ではなく、“檻”ということだ。

 

「あれを?」

 

 クリスが部屋の真ん中に、うつ伏せでうずくまっている裸体の童女に気がついて言った。

 まだ、午前中だし、夕べの「躾」疲れで眠っているのだろう。

 童女の両手首には束ねて革枷を嵌めており、その革枷は天井の金具に鎖で繋がっている。

 いまは、鎖は緩んでいて、床に鎖が垂れているが……。

 

 童女は、ラングーンたちが入ってきたのに、気がついた様子はない。

 そのまま、この部屋を眺める位置にある肘掛け付きの長椅子の真ん中に腰をおろす。もうひとつ同じ形の長椅子が並列に置いてあるが、クリスは座ろうとしない。

 立ったまま、疲労で寝入っている娘に見入っている。

 ここからは彼女の横顔しか見えないが、クリスの様子を見ると、十分に気に入ったみたいだ。

 股間はズボンの下でしっかりと膨らんでいる。

 

「正真正銘の生粋の子爵家の娘だ。行儀はいい。夕べ、数ノスほど調教をしたが、それだけだ。この館から出すことは認められんが、あれを任せてもいいぞ。ここにある道具も薬は使い放題だ。滅茶苦茶にしてもかまわん。いくら鞭で肌を割いても、瞬時に治療ができる魔道薬も使わせてやる。調教の幅も拡がるぞ」

 

「ほ、本当に……ですか?」

 

 クリスが唾をのんだ音が聞こえた。

 ラングーンは、準備していた小さな箱から丸薬を数個目の前の小さな台に置いた。その横には水差しと盃もある。

 ここには、なるべく家人を入れないようにしている。そのために、身の回りの世話をする者もいないが、なるべく、同好の士ではない余人をここに入れたくないのだ。

 

「それは?」

 

 クリスがいぶかしむ声を出した。

 

「毒だ。命を奪うことはないが、三箇月に一度、解毒剤を飲まなければ、股間が勃起しなくなる。これを飲めば、あれを好きなようにしていい。俺の犬になる褒美だ」

 

「えっ、勃起しなくなる……?」

 

 クリスは困惑したような声をあげたが、すぐにぷっと噴出した。

 

「……つまりは、俺のこいつが人質ということですか──。そりゃあいい。だったら、俺はその三箇月に一度の解毒剤をもらわなければ、女を抱くこともできなくなるんだから、あなたの命じることに従わなければならなくなるというわけだ」

 

 子爵が大笑いしている。

 そして、その薬をに手に取る。

 

「お前の持っているコネが必要になるときもある。そのときには、役に立て」

 

 ラングーンは言った。

 なにが琴線に触れたのかは知らないが、クリスは面白そうに笑い続けている。

 そして、ラングーンを見た。

 

「なるほど、一介の子爵ごときの私を、公爵閣下の秘密の施設に連れて来ていただけたのは、単に趣味が一致しただけではないということですね」

 

「当たり前だ。その代わり後悔はさせんぞ。俺の犬になれば、俺が与える餌はうまいぞ。お前の性癖を満足させる童女を次々に与えるだけでない。家族ともども信じられないくらいに贅沢もできる。俺の指一本だ」

 

「なるほど……。それで、誰を? まさか、この国で最も高貴なお方を狙えとは言いませんよね」

 

 クリスが言った。

 すでに、自分が暗殺のできる家人を抱えていることを隠していない。

 また、これまで被っていたものは外して、素の自分を出してきている。ラングーンに対する口調も、不遜とも思えるものに変わってきている。

 まあいいだろう。

 ラングーンも、この手の男は嫌いではない。

 

「それはいい。もっと簡単な仕事だ。隙があって近づきやすい。罪もない子爵家族を罠に賭けて、妻子を玩具にするような老人だ……。心配せずとも、無理だと思ったことは命じないし、それで失敗しても咎めはせん」

 

「わかりました……」

 

 クリスが頷く。

 それでわかったのだろう。

 ラングーンがこの男に狙わせたいのはグリムーンだ。

 王位を狙うという目的では一致しているが、あの男の下で副王などで甘んじるつもりはない。

 ルードルフを排除した時点で、あの男は邪魔になる。

 だが、共通の目的を達成したところで、あの男が死にさえすれば、自動的にラングーンが王だ。

 だったら、殺すしかない。

 どうせ、グリムーンも同じようなことを考えているのは間違いない。

 

「まあ、悪くないですね。私にグリムーン公を紹介していただけますか? それでやりやすくなる。あなたの役に立つことは約束します」

 

 子爵が丸薬を口に入れた。

 水をとって喉に流し込む。

 

「三日後に会う。そのときに同行させよう。そこの娘の調教を任せたと伝えれば、同席を許すはずだ。大事な秘密の会合に、誘拐同然で連れて来た女を股間を奉仕させながら連れてくるような男なのだ」

 

「なるほど」

 

 クリスは頷き、壁まで歩いていき、一本の鞭を手に取った。

 また、壁にある操作具で童女の手首に嵌まっている鎖を天井に引きあげていった。その操作具もちょっとした魔道具であり、壁から外しても操作できるようになっている。

 クリスは、操作具と乗馬鞭を両手に持ち、童女に近寄っていく。

 

「ひやっ、ああっ」

 

 一方で、上にあがっている両腕によって覚醒した童女が狼狽えた声をあげた。

 そして、目の前にいる鞭を持ったクリスに、戸惑いの表情を見せた。だが、その顔がすぐに恐怖で引きつる。

 

「ああ、もうお許しください。言うことをききます。絶対に逆らいませんから」

 

 童女が悲鳴をあげた。

 その両脚が床からかすかに浮いたところで、鎖の引きあげがとまった。

 

「名前と年齢を言え」

 

「……エ、エリー……、ロ、ローダム家のエリーです……。ね、年齢は九歳……。あ、あのう、た、助けて……、ひぎいいっ」

 

 エリーが赦しを求める言葉を発し始めると、クリスが太腿を力一杯に鞭打った。

 だが、赤くはなるが、血は出ない。きちんとぎりぎりのところで留めている。

 かなり手馴れている感じがした。 

 

「余計なことを口にするな。俺はクリスだ。お前の調教を公爵様から請け負うことになった。とりあえず鞭だ。俺の鞭の怖さを心に刻み込め」

 

 クリスがエリーの尻たぶを鞭打つ。

 

「んぎいいい」

 

 エリ―が泣き声をあげた。

 クリスは容赦なく、エリーの身体を滅多打ちにした。

 しばらく、エリーは悲鳴をあげながら、右に左にと身体をくねらせていたが、やがてあまり動かなくなった。

 痛みに慣れたというわけではなく、体力が削ぎ落とされてしまったようだ。

 

「もう音をあげたのか? 仕方がない。休憩にしてやろう」

 

 クリスが鎖を大きく引きあげた。

 そして、壁際に三角木馬を運んでくる。台車に乗せてあり、簡単に移動できるようになっているのだ。

 そのままエリーの脚の真下に置き、今度は鎖をおろしていく。

 彼女は朦朧としていたが、足先が三角木馬の頂点に触れ、視線を股間に迫っている三角の木馬に向ける。

 

「あっ」

 

 途端に表情が引きつる。

 しかし、そのときには、彼女の脚は木馬を挟むように両脇におりていた。

 そのまま、股間を三角の頂点に落とされてしまった。

 

「いやあっ、ああっ」

 

 エリーが慌てたように、鎖を掴んで身体を浮かせようとした。

 だが、そんな力は残っておらず、あっという間に身体が脱力して、無毛の股間に三角の頂点が深く食い込んでいく。

 

「いぎいいいっ」

 

 エリ―が顎を上にあげて、絶叫をする。

 

「お、おろしてください──。ご、ごめんなさい。許してください──」

 

 エリーが哀願の声を放った。

 

「我儘を言うな──。お前がつらそうだから、わざわざ休めるようしてやったのだ。まだ、鞭打ちは終わっていないぞ」 

 

 クリスがエリーの無防備な腹を鞭で一閃した。

 

「あがああっ」

 

 エリーが泣き叫んだ。

 さらに十発ほど打つ。

 鞭打たれるたびに股間が動いて、激痛が走るのだろう。エリーが泣きじゃくりながら、絶叫し続ける。

 

「どれ、じゃあ、次は薬を塗ってやろう。少しは楽になるぞ」

 

 クリスがいまは腰にぶらさげている操作具で鎖をあげる。

 ほんの少し股間が浮くと、それまでのあいだに、棚から油剤を持って戻ってきた。

 ふと見ると、強力な掻痒剤だ。

 ざっとラベルを見ていたので、無論、持ってきた薬剤の効果はわかっているだろう。

 

「あ、いやです……。あああ……」

 

 エリーの股間に油剤を塗りたくっていく。

 まだ、性的快感に目覚めていない童女にとっては、股間を触れられるのは、羞恥心以上に、気味の悪さが勝っていそうだ。

 クリスは作業が終わると、再びエリーを三角木馬におろした。

 

「じゃあ、そのまましばらく、そこに座って休んでいていいぞ、エリー」

 

 クリスが愉しそうに笑った。

 だが、エリーが静かにしていられたのは、ほんの少しだ。

 すぐに、またもや泣き叫び出した。

 

「ああ、かゆいいい、かゆいですう、ああ──。お、おろして、おろしてください──」

 

「ははは、休憩だと言っただろう」

 

 クリスが大笑いした。

 そのときだった。

 

 不意に喧噪のようなものを感じて、ラングーンは、童女を責めるクリスを見守っていた顔をあげた。

 すると、いきなり童女の檻がある側の扉が開いて、王宮の近衛兵が雪崩れ込んできた。ただ、先頭は黒い衣装を身に着けてた美女だ。

 また、その美女の横には、若い女がもうひとりいる。

 ラングーンは唖然とした。

 

「なんだ、お前たちは──」

 

 ラングーンは立ちあがって叫んだ。

 だが、そのときには、すっかりと近衛兵に周りを囲まれていた。

 クリスも呆然としている。

 

「耳にしていた通り、なかなかに下衆(げす)なことをしておるではないか。遠慮なく、殺せるな──。お前たち、この娘も、さっきの娘たちと同じように保護してやれ」

 

 女が兵たちに告げている。

 そして、エリーの手首に嵌めていた革枷がいきなり弾けた。

 魔道?

 そんな感じだ。

 

「ラポルタ、どっちが公爵じゃ?」

 

「こいつです」

 

 若い女が、先頭になって入ってきた美女に告げている。若い女が指を差したのは、ラングーンに対してだ。

 なんなんだ、こいつらは──?

 なぜ、ラングーン公爵家の屋敷に──?

 とにかく、かっとなった。

 

「答えんか──。ここをどこだと思っておる。ラングーン公爵家の敷地内であるぞ。そして、俺はラングーン公爵だ」

 

 叫んだ。

 一方で、かなり、ラングーンは戸惑っていた

 どういう事態なのか、さっぱりとわからない。

 しかし、異常な事態というのは理解できる。

 いずれにしても、公爵家の敷地を警護していた私兵はどうしたのだ?

 王軍がやってくるにしても、彼らはこの屋敷を防護するために戦うことになっている。国王そのものが指揮をするにしても、あいつらはラングーンだけに忠誠を誓っているはずだ。

 それなのに、ここまで踏み込まれるまで、ラングーンに一切の報告がないとは……。

 

「お前が人間族の公爵とやらか……。さて、これが書類だ。お前たち一家を捕縛するようにとの国王命令だ」

 

「国王命令?」

 

「国王を害そうとした謀反の罪だな。ついでに、違法であるはずの闇奴隷の取り扱い……。童女に対する暴行──。とにかく、まあ、そんなところだな。ああ、それと一切の私財没収というのもあった。観念することだ」

 

 女が白い歯を見せた。

 ラングーンはあまりの驚きで目を見開いた。

 

「おっと」

 

 すると、美女の横にいた若い女がいきなり声をあげて、クリスを組み伏せていた。

 見ると、クリスの手には小さなナイフが握られていた。

 あれで襲おうとしたのだろうか?

 こんなに兵だらけの状況で?

 

「お、俺は関係ない──。関係ないんだ──」

 

 若い女に組み伏せられているクリスが床に倒されて暴れている。

 ラポルタと呼ばれていたと思うが、クリスはラポルタに完全に押さえつけられている。

 そして、近衛兵が群がり、縄で拘束していく。

 

「おお、忘れておった。これが捕縛命令とかいうやつらしいぞ」

 

 美女が懐から一枚の羊皮紙を示した。

 正式の捕縛命令書だ。

 ルードルフのサインと玉璽もある。

 なぜ……?

 そのあいだに、三角木馬からおろされたエリーが毛布に包まれて若い兵に連れて行かれている。

 

 それではっとした。

 

 さっき、ほかの童女も保護しているということを口にしなかったか……?

 つまりは、もしかして、牢に集めている童女も?

 ましてや、応接室側で調教をさせていた童女姉妹も──?

 

「どこに連れていく──。ここにあるのは俺の蒐集品だ。勝手なことは許さん──」

 

 頭にかっと血がのぼり、エリーを取り戻そうと咄嗟に掴みかかろうとした。

 しかし、その身体が浮かびあがり、気がつくと後頭部を床に叩きつけられていた。

 一瞬意識が消えかけ、すぐに覚醒した。

 その身体が浮かびあがる。

 足が地面についてない。

 さっきの美女に襟首を掴まれて、片手で大きく宙に引きあげられていた。

 

 何者だ、この女──?

 あまりのことに理解がついていかない。

 

「妙なものを手首にしとるな。わしには通用せんが、破壊しておくか」

 

 いきなり手首で爆発が起こった。

 

「あぎゃああああ」

 

 右手首から先がなくなっている。

 投げ捨てられたラングーンは、床でのたうち回った。

 

「最低限の治療だけして連れていけ──。どうせ、すぐに、王都の広場で晒しの処刑だ。死ぬなら死んで構わん──」

 

 美女がラングーンの顔を踏みつける。

 暴れまわる身体を押さえられた。

 すると、近衛兵にどっと身体を押さえつけられた。



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391 三人の晒し刑

【ハロンドール王都・ラングーン公爵家の王都(本宅)】

 

 

 

「さらに男を確保しました。もしかして、探している執事ではないかと思うのですが……」

 

 大広間の真ん中に置いた椅子に座っているサキは、走り寄ってきた近衛兵のひとりから報告を受けた。

 五十人ほど連れて来た兵のうち、半分はもともとの人間族の近衛兵であり、もう半分は人間族と入れ替えたサキの子飼いの妖魔たちだ。

 もっとも、全員を人間族に化けさせているし、完全に同化させているので、区別がつくのは、サキとラポルタ、そして、王都の軍の主立つ者たちを支配するように命じたサキュバスのピカロくらいだろう。

 それ以外は、潜入している妖魔たちですら区別はつかないと思う。

 

「やっとか。連れてこい──」

 

 サキは声をあげた。

 近衛兵が走り去っていく。

 こいつは、人間族の方だったなと思った。

 王都にあるラングーンの屋敷である。最初に急襲した別宅に次いで、こっちが本宅側だ。

 

 早朝の陽が昇る前に、まずはグリムーンの屋敷を急襲し、いまは、それを終わらせて、ラングーン側の屋敷側に踏み込んだところである。

 思いのほか、グリムーン家で戸惑ったこともあり、ラングーン側にサキがやってくるのが、陽が中天にそろそろ差し掛かるくらいの時刻になってしまっていた。

 一応、ラングーン家の襲撃を先にすることで、こっちに情報が洩れることを懸念していたが、それは杞憂ですんだようだ。

 サキが近衛の一隊を連れてやってきたときには、グリムーン家の早朝の騒動に気がついた気配はなかった。

 それでも、ラングーンの敷地内のうち、童女奴隷を集めていることがわかっている別宅側を最初に襲ったので、本宅側で「準備」をされてしまったのだ。

 すなわち、テレーズから公爵家族と一緒に、捕らえてこいと命じられているリストを渡されている家人たちが隠れてしまったのだ。ついでに、本宅側にあるはずのラングーンの私財の一部も一緒にだ。

 

 すでに、ラングーン公自身は、別宅側で捕らえたので問題はないのだが、リストにある者たちを連れて行かないと、テレーズがうるさい。

 あいつに言わせれば、グリムーン家とラングーン家から、本人及び家族以外に連れてこいと指示しているのは、公爵たち同様に悪事をしている者たちばかりなのだそうだ。

 それだけでなく、公爵には知られていないが、「犬」と繋がっているので、できるだけ情報を遮断するために、一緒に捕らえたいみたいだ。

 

 犬か……。

 テレーズは、決して“タリオ”とは言葉を発しない。

 “犬”だという。

 自分のことも、自分を支配している者たちのことも……。

 

 とにかく、公爵家族ほど優先順位は高くないものの、捕らえてこなければ面倒くさいことになる。

 このところ、調子にのって、次第に激しくなっている「罰」という名の一方的な官能責めを、またされるだろう。

 ものすごく嫌だ。

 いずれにしても、絶対あいつは、百合癖に違いない。

 しかも、執拗なやつだ。

 

 サキは、全員に命じ、それこそ、床を全部引き剥がさせる勢いで捜索させた。

 すぐに、隠れていた家人をちらほらと発見し、いまやっと最後に残っていた執事とやらを見つけたかもしれないと報告を受けたところである。

 これでリストの人物は終わりだ。

 逃がしてしまっては、あいつがうるさいと思っていたので、サキは少し安堵した。

 

「ラポルタ、公爵夫人を連れてこい」

 

 サキは、伝言球の魔道により、別室に待機をしている眷属のラポルタに言葉を送る。

 大きな透明の球体が発生して、すぐに消滅する。

 しばらくすると、サキ同様に人間族の貴族女の恰好をしているラポルタがやってきた。

 手に縄を持っていて、その縄は一緒に連れて来た人間族の女の背中側に繋がっている。手首を背中で縛って、その縄尻をラポルタが持っているのだ。

 ラングーン公爵の夫人だ。

 この夫人については、家人たちのように持ち運びできる財とともに隠れるということはなく、自室で大人しくしていた。

 それをラポルタが手に縄だけをかけて、とりあえず部屋に閉じ込めていたのだ。

 確か、名前はフラントワーズだったか……。

 

「サキ様、連れてきました」

 

 ラポルタが言った。

 サキは頷く。

 

「その縄は適当に、そこに結んでおけ」

 

 サキは顎で横にあった重そうな大きな木製のテーブルを示した。

 ラポルタが、夫人の後手に繋がっている縄をそこに結ぶ。

 夫人はラポルタとサキをかわるがわる睨んで口惜しそうにしている。

 

 ほう、存外に気が強いのか……?

 サキは思った。

 最初に襲撃をしたグリムーン家の正妻のマリアとかいう女は、気位の高い貴族女にしては、大人しい感じだった。

 屋敷を襲撃されて、娘や家人とともに連行されると、ただおろおろと狼狽えるばかりだったのだ。

 それに比べれば、目の前の女は、いかにも気位の高い人間族の貴族女という感じだ。 

 

「フラントワーズ、これから、執事らしき男を連れてくる。本人であったらそう言え。嘘をつくとためにはならんぞ」

 

 サキが椅子に脚を組んで座ったままフラントワーズに言った。

 殺気を当てると、フラントワーズがびくりと震えて、顔を蒼くする。

 

「嘘をつく理由もないし、正直に申しますわ。どうせ、ラングーン家も終わりですもの。詳しくは知りませんが、あの男の悪事がついに発覚したのでしょう? ならば、大人しく罰を受けるだけです」

 

 だが、すぐに気を取り直したように、顔を引き締めてサキに向かってそう言った。

 サキは内心で感嘆した。

 大した殺気ではないが、人間族の女がサキの威圧に負けずに、まともに喋れるというのはすごいことなのだ。

 改めて、フラントワーズを見た。

 確かに気が強そうだ。若いころはかなりの美貌だったと思うが、短命の人間族なので、すでに顔に老いの兆候が出ている。

 惜しいところだな。

 

「お前、歳は幾つだ?」

 

「えっ? 歳……ですか? 四十七ですが……」

 

 フラントワーズが困惑したように応じた。

 あまり、乱暴に話しかけられるのは慣れていないのだろう。

 明らかに、不快そうな色が表情に出た。

 つくづく惜しい……。

 

「惜しいな。もう少し若ければ、主殿(しゅどの)の性奴隷候補にしてもいいのだがな。主殿も守備範囲は広いが、まあ若い方が歓ぶだろう。気が強そうなのは主殿好みだとは思うが、そこまでとうが立っていてはな……。できれば生娘がいいだろうし、生娘ではないよな?」

 

 サキは訊ねた。

 すると、みるみるうちに、フラントワーズの顔が真っ赤になり、表情も険しくなる。

 

「わ、わたしを愚弄するのですか──」

 

 大声で怒鳴った。

 サキは軽く電撃をフラントワーズの局部に放ってやった。

 どこに当ててもよかったのだが、男であろうと、女であろうと、そこが一番効き目がある。

 大抵は、一発で逆らわなくなる。

 

「いぎゃあああ」

 

 フラントワーズがひっくり返った。

 だが、大きなテーブルに縄尻をつなげられているので、倒れたときにテーブル側に引っ張られる感じになり、横腹を思い切りテーブルの脚にぶつけていた。

 それでも、サキは電撃をやめなかったので、そのままがくんがくんと腰を上下させてのたうち回る。

 やがて、スカートの下から水が流れてきた。

 失禁したようだ。

 サキは電撃をやめてやった。

 

「わしには丁寧な言葉を遣え。それと口答えもするな。わしは奴隷に盾突かれるのは好かん」

 

「はあ、はあ、はあ、ど、奴隷……?」

 

 フラントワーズが眉間に皺を寄せて、サキを見た。

 だが、さっきまでとは違い、顔にはサキに対する恐怖心が浮かんでいる。

 

「お前らの身柄は、わしが引き受けたのだ。テレーズとの取引きでな。男についてはテレーズが受け取り、とりあえず全員を牢に入れる。だが、お前たち女はわしの管轄だ。全員性奴隷だ。その中で選び抜いた者を主殿の女としてお渡しする」

 

「主殿……? と、とにかく、わたしたち女の処分は、奴隷送りということですか?」

 

 まだ、息の荒いフラントワーズが上体を起こしながら言った。

 すでに、立ち直っている。

 やはり、大した女だ。

 横のラポルタが手を貸そうとするのを断り、不自由に身体を捻りながら、なんとかその場に立ちあがる。

 スカートの股間の前が少し濡れている。生地が厚いためか、そんなには目立っていない。

 ただ、足元にはしっかりと、彼女が漏らした失禁による水たまりができている。

 いずれにしても、“主殿の女”という言葉には、なにも察知することはなかったが、奴隷という言葉については、どうやら奴隷身分に落とされるという意味だと捉えたみたいだ。

 間違ってはいないが、別段、本物の奴隷になるということではない。

 サキが口にしたのは、ロウの性の相手をする女にするという意味である。

 

 まあ、いずれにしても、四十七歳か……。

 やはり、年齢がなあ……。

 悪くはないが、ロウを助ける女たちは揃っているので、ロウに贈りたいのは、単純に性欲の処理をする女たちだ。

 それだと、体力のある若い方がいい。

 

「ところで、公爵の罪はなんですの? 正直、あの男については、心当たりがありすぎて、果たして、どの罪で当家が潰されるのかわからなくて……」

 

 するとフラントワーズが訊ねてきた。

 見ると苦笑している。

 股間に電撃を食らって、小便まで垂らしたくせに立ち直りの早いことだ。

 サキは感心した。

 

「ああ、お前らには説明をしておらんかったか? 謀反だ。ルードルフ王に対する暗殺未遂だな。グリムーンについても同じだ。向こうを片付けてから、こっちに来た。外にある檻車の中に向こうの夫人と孫娘も放り込んでおる」

 

「謀反? そんなことを……。呆れましたね。ならば、家族が連座するのも当然ですか」

 

 フラントワーズが溜息をついた。

 泣き叫ぶわけでもなく堂々としているし、なかなかの女だな。

 やはり、ロウに紹介するか?

 ロウのことだから、年増の貞操は気にしないかもしれない。最終的には、ロウが王となって凱旋したときに、選んでもらえばいいし……。

 案外、ロウも年増好きかもしれん。

 

 そういえば、アネルザもマアもヴァージニアも、このフラントワーズと同じくらいの年齢だろう。マアは本当はもっと上か……。

 子供のような顔をしているが、ミランダもそれなりに歳だ。

 ロウの好みは、多様過ぎて、どういうのを選べば本当に喜ぶのかが、よくわからない。

 とにかく、たくさん揃えておけば、問題ないだろう。

 きっと褒めてくれるに違いない。

 

 そのとき、部屋に通じる廊下側から喧噪がした。

 しばらくすると、ふたりの近衛兵から両側を押さえられているみすぼらしい恰好の男が連れて来られた。

 もうひとり兵が後ろにいて、鞄のようなものを持っている。

 こいつが執事だとすれば、その鞄を持って逃げようとしたのかもしれない。みすぼらしい恰好なのは、屋敷の雇い人にでも紛れようとしたのだろう。

 サキは、公爵と家族、主立つ家人は前庭に停めてある檻車に放り込ませているが、ほかの者については原則、無視している。

 ただ、ここの者たちは自発的に数箇所に集まって大人しくしている感じのようだが……。

 また、別宅で保護をした人間族の童女たちは、何人かの近衛兵に命じて、世話をさせている。

 見目がいいのもいたから、ロウの性奴隷にどうかとも、一瞬考えたが、心が毀れかけている者ばかりであり、ロウに提供するにまで回復させるには、時間がかかりそうだと判断した。

 あれらは、とりあえず放逐するか……。

 

「当家の執事です。間違いありません」

 

 フラントワーズが男を一瞥して言った。

 男は完全に項垂れてしまった。

 

「ううう、な、なんでこんなことに……」

 

 執事だという男は泣き言を口にし始めた。

 サキは、手を振った。

 近衛兵たちが、執事を外に連れていく。

 外にある檻車に放り込むためだ。

 

 檻車は三台あり、ひとつはふたりの公爵であり、すでにふたりとも縛って、中に放り込んでいる。

 

 二台目は、テレーズとの取り決めで、サキが身柄をもらい受けることになっている公爵家の女たちだ。

 すでに、グリムーン公の息子夫人のマリア、その娘のエリザベスが乗っている。マリアの年齢は目の前のフラントワーズとほぼ一緒だろう。

 もしかしたら、マリアの方が少し若いのかもしれない。

 

 また、娘のエリザベスは、ロウの性奴隷候補だ。顔も綺麗だったし、生娘であることも確かめた。年齢は十九歳。十分に若い。

 気が強いことは、フラントワーズ以上だろう。

 サキを相手に、物を投げつけて、くってかかったくらいだ。

 まあ、びんたを三発ほどくれてやったら、あっちも大人しくなったが……。

 いまは、母親と一緒に庭に停めている檻車内にいる。

 

 そして、三台目の檻車が男用だ。グリムーン家の二人の息子、十数名の家人と傭兵の幹部、さらに、このラングーン家の家人や傭兵幹部を全部放り込んでいるので、いまは誰も座れないくらいに満員だ。

 まあ、周りは鉄格子だけで、息ができなくなることはない。

 問題ない。

 どうせ、王軍の敷地内にある牢舎に到着するまでのことだ。

 

「これで全部だな」

 

 サキはラポルタを見た。

 

「そうですね」

 

 ラポルタが頷いた。

 すると、フラントワーズがきっと顔をサキに向けた。

 

「お、お待ちください。その財をどうしますか?」

 

「財? これか?」

 

 財と言われて、なんのことかわからなかったが、さっき執事を近衛兵が連れて行ったとき、残していった鞄のことだと悟った。

 中身は知らないが、あの執事が持って逃亡をしようとしたのだから、確かに中身は財宝に違いない。

 

「はい、あ、あのう、お願いがございます。当家の私財は国に没収だと思います。で、でも、少しばかり残すわけには……。この通りです」

 

 いきなりフラントワーズがその場に跪いた。

 突然の行動に、若干唖然としたが、どうやら、私財を残したいのか?

 まあ、サキとしては、どうせテレーズが懐に入れるだけだし、人は捕縛して集めるが、正直、家屋財産の処置については、テレーズに言われた仕事の外だ。

 ただ、財を保全しろと告げられているので、グリムーン家にも、近衛兵を残して警備させているだけだ。

 そのうち、然るべき者たちがやって来て、取り出すものを取り出し、最終的には屋敷は解体するはずだ。

 テレーズからはそう耳にしている。

 

「財か? それについては全部没収だ。わしは知らん」

 

「そこをどうか……。お願いです。残っている家人、そして、主人が集めていた少女たち……。彼女たちは、これから露頭に迷うことになります。幾らかでも持ち出すことを許可ください。お願いします──」

 

 フラントワーズが後手のまま頭を床につけた。

 サキは驚いた。

 財を残せというから、なんのことかと思ったが、私利私欲のためではないみたいだ。

 召使いたちに金をやりたいのか……。また、あの別宅の童女たちにも……。

 いずれにしても、このフラントワーズも、あの別宅の状況は知っていたのだなと思った。

 

 そのときだった。

 宙に透明の球体が現われた。

 伝言球だ。

 サキ宛らしい。

 指で軽く突くと、球体がはじけて割れた。

 頭に「声」が響いてくる。

 伝言球にも種類があるが、これは周囲の余人には聞こえないように、直接本人のみにしか言葉が伝わらない魔道がかかっている。

 だから、サキの頭の中で声が響きだす。

 差出人はテレーズのようだ。

 

 

“こっちは終わった。スクルズは死んだわ。これで貸しが三つね。園遊会の命令書についてルードルフにサインとさせたこと、今日の捕り物で公爵家の女の処遇をあなたに一任したこと、そして、スクルズのこと……。ところで、ルードルフのご機嫌が最悪なの。とりあえず、性処理させるから、公爵夫人のひとりをすぐに、聖壇室(せいだんしつ)に連れて来て。よろしくねえ。命令よ、サキちゃん”

 

 

 テレーズの「声」が消える。

 なにが、貸し三つだ──。

 スクルズについては、あの女の貸しだ。サキじゃない──。

 それに、サキちゃんだと?

 テレーズに対する腹が煮えかえる。

 なにも仕返しができない自分に対しても……。

 

 とにかく、公爵夫人か……。

 サキは目の前のフラントワーズに改めて視線を注いだ。

 いまは床に頭をつけるのをやめて、跪いたままこっちを見ている。

 そういえば、財がどうのと言っていたか?

 まあ、夫の集めた奴隷や、露頭に迷うはずの残っている家人に少しでも財を渡したいというのは峻峭(しゅんしょう)ではあるか。

 まあいい……。

 

「フラントワーズ、さっきの話だが条件付きで認めてやってもいい。この屋敷は、近衛兵で封鎖させるが、しばらく待ってやろう。すでに捕縛する者は集めたから、三ノスの猶予をやる。そのあいだに出た者も、持ち出した物も知らぬふりをしてやろう」

 

「ほ、本当ですか──」

 

 フラントワーズが目を大きくして、頬を綻ばせた。

 面白い女だ。

 貴族女だというから、もっと威張っているのかと思ったが、家人や奴隷のために、逆に跪いて頭を床につけることができることには驚いた。

 しかも、幾らかでも財を渡してやれそうだとわかって、あんなに嬉しそうにしている。

 逆に、これも貴族の矜持というやつか?

 必要なら、自尊心も捨てて、頭もさげることができるということか……。

 目下の者たちのために……。

 

「ああ、ただし、いまも言ったが、条件がある」

 

「条件?」

 

「いまから王宮の後宮に連れていくから、王を相手に股を拡げろ。それを承知すれば、三ノスのあいだ、近衛兵を引きあげさせる。屋敷を封鎖するのは三ノス後だ。しかし、お前については、すぐに後宮送りだ」

 

 サキは言った。

 フラントワーズの顔色が変わった。

 顔も蒼くなり、ぶるぶると震えている。

 さっきは、奴隷送りということを認識したみたいなことを言っていたが、具体的に口にしたことで、改めて屈辱が込みあがったか?

 さて、どう反応するか……。

 どっちにしても、無理矢理にさせるか、納得してさせるかの違いでしかないが……。

 だが、すぐにフラントワーズの震えがとまった。

 毅然とした表情になり、サキをしっかりと見る。

 

「わかりました。どんなことでもします。その代わり、先ほどのことよろしくお願いします」

 

「いい覚悟だ。面白い。着替える時間だけやろう。小便臭い下着は替えてこい。そのあいだに、必要な指示を侍女にでも告げよ。ここから連れていく女はお前だけだ」

 

「侍女たちも許してもらえるのですね。重ね重ねありがとうございます」

 

 フラントワーズが跪いたまま、もう一度頭をさげた

 サキはラポルタに命じて、フラントワーズの手首の縄を解かせる。

 彼女はたちあがり、ひとりで自室に戻っていった。

 ラポルタには、ついていかなくてもいいと告げた。

 フラントワーズは逃げない。しかも、すぐに戻るだろう。

 サキはそれを確信している。

 

「……ラポルタ、あれが戻ったら出発する。一度近衛兵は、全部引きあげさせろ。戻すのは、わしらが出発してから三ノス後だ。それと、わしは公爵ふたりを連れて、王都広場に行かねばならん」

 

「了解しました」

 

「お前は残りの荷台の檻車を所定のところに届けよ。男は軍営、女は後宮じゃ。だが、お前は絶対にテレーズには会うな。わしのように操られるぞ」

 

「それは承知しています」

 

「それと、テレーズには手も出すな。これは絶対の命令だ。全員にもう一度徹底せよ」

 

 サキの言葉に、ラポルタが無言で頭をさげる。

 もっとも、テレーズに手を出すなというのは、サキの本意ではない。テレーズによって、定期的にサキの眷属にそう命じ続けるように、真名を使って「命令」を受けているのだ。

 だから、こうやって、時折、サキは自分の眷属たちに、そう命令をしなければならないということだ。

 テレーズは、実に用心深い。

 一度、サキを支配に置いたら、容易に隙を見せもしない。

 サキは大きく嘆息した。

 

 

 

 *

 

 

【ハロンドール王都・王都広場】

 

 

 

 王都の広場には、人が集まっていた。

 まだ、中にはまだ誰もないが、臨時で作られた木枠で囲まれて、そこに三本の高い柱が立っているのだ。

 なにか始めるのではないかと、好奇心を抱いているのだろう。

 多分、柵の周りにいる市民の数は百人を超えていると思う。

 もともと、ここは噴水広場とうう別名もあり、老若貴賤を問わず、人々が集まって話をしたり、集会を開いたり、休んだりする場所だ。集まる人間を目当てに、大道芸人や屋台などもあり、いつも賑わっている。

 

 サキはそこに、ふたりの公爵を入れた檻車を乗りつけた。

 柵の周りを王国の兵が囲んでるが、サキが乗っている馬車がやってくると、囲いの一部に作られている出入口部を開いて、馬車を通してくれた。

 サキは檻車の馭者台に座っているので、周囲の様子がわかる。

 集まっている者たちは、鉄格子があるだけなので、外から丸見えの檻車の中に、グリムーンとラングーンの身柄が入っているのを見て驚いている。

 

 無論、ここに集まっている者の全員が上級貴族であるふたりの顔を知っているというわけでもないが、何人かは知っていたようであり、「公爵だ──。ラングーン公だ。グリムーン公だ」という声が数箇所からあがり、それが伝染するように全体に拡がっていった。

 このふたりの素行の悪さは有名であり、悪名ということであれば、ルードルフ以上だろう。

 

 とにかく、サキは人間族のしがらみになど興味はないので、知ったことではなかったが、このふたりの公爵とやらは、少し調べただけでもかなりの悪党だ。

 権力にものをいわせた闇奴隷集めはもちろん、詐欺に恐喝、善良な市民への私兵を用いた嫌がらせなど、小悪党が服を着て歩いているような恥知らずだ。

 特に、ラングーンは屋敷の庭を探らせただけで、数十人分の人間族の子供の骨が埋まっていた。

 グリムーンについても、気に入った女を誘拐同然に連れ込んでは、薬物死させて、部下に処置させるということをやっていた。

 ルードルフの命を狙おうとしたことなどどうでもいいが、それだけでも処刑に値しそうだ。

 いずれにしても、人気のないふたりが、どうやら捕らえられたらしいということを悟って、早くも民衆が喝采を叫んでいる。

 

「服を引き剥がして素裸にせよ。そしたら、棒で五十回打て。終わったら、棒の上に縛りつけろ」

 

 サキは指示した。

 近衛軍の者たちは、サキの命令に従うように、ルードルフの仕掛けた王家の宝物による呪術が効いている。

 すぐに、ふたりが檻車から引きずり出される。

 ふたりは、まさかここのまま、磔刑(たっけい)になるとは思いもよらなかったのだろう。

 大声で喚きだした。

 だが、横に渡した棒に腕を固定されて、背中を打たれ始めると、悲鳴をあげるだけで、かなり大人しくなった。

 

 二十発も打たないうちに動かなくなったので、サキは棒打ちを中止させ、三本の柱のうち、両側の二本を使ってふたりを柱の上側に縛りつけさせた。

 足台はあるが、そこに立たされて身動きできないようにがっしりと全身を拘束される。

 性器も剥き出しだし、あのまま死ぬまで晒され続け、糞尿も垂れ流しだ。

 

 サキが決めた刑ではないが、テレーズが二公爵の処刑について、ルードルフに改めて訊ねたとき、こうやって死ぬまで晒し刑にせよと言ったようだ。

 テレーズの闇魔道により、心の凶暴性を活性化させられているとはいえ、ああやって残酷性を示すのも、ルードルフの隠れた性質のひとつということだ。

 少なくとも、二公爵の晒し刑については、サキとテレーズの発案ではない。

 

「た、助けてくれえ」

 

「やめよ、おろせ、おろすのだ──」

 

 長い梯子を数本使って、兵たちが柱の高い方にふたりを引きあげて固定しようとすると、ふたりがまたもや叫び出した。

 とにかく、遠くからでも見えるように、ふたりはかなり高い柱の上側に繋ぎとめられている。

 ふたりの哀れな姿に、早くも周囲の者たちが歓声をあげだした。

 

「四日はかかるか? グリムーンの方は老いぼれているし、ラングーンは右手首の先を失って弱っていて、案外、二日ほどで死ぬかもしれんな。まあ、すっぱりと首を落としてやればいいとは思うがな」

 

 サキは誰に聞かせるためでもなく呟いた。

 ふたりの身体は、サキの身長の三倍分は上にあがっている。

 

 すると、さらにもう一台の馬車が囲いの中に入ってきた。

 檻車ではなく、屍体を運ぶための霊柩(れいきゅう)馬車だ。

 周囲の観客たちが歓声をわっとあげた。

 すでに晒されたふたりは、市民に人気がないことでは際立っているので、今度は誰が晒し刑になるのかと期待を込めた声だろう。

 

 サキが見守っていると、すぐそばまで霊柩馬車がやってきて停車した。

 後方側の扉が両側に開いて、まずは男の近衛兵の恰好をしたピカロが飛び降りた。

 

「あっ、サキ様──。ご機嫌ようです。ご無沙汰しています。ちゃんと、ラポルタ様に言われたことは……」

 

 ピカロがサキを認めて、挨拶のようなことを口にし始めたので、サキはそれをやめさせた。

 実際、ピカロには、なるべくサキと会わないようにして、ラポルタから指示を受けるように伝えていたので、面と向かって会うのは久しぶりかもしれない。

 

「よい。よくやっているのは知っておる。公爵のところの襲撃についても、両家とも私兵はまったく騒がなかったしな」

 

 ピカロに主に命じているのは、サキュバスの能力であるお得意の精神操作をするために、王軍と公爵家の私兵の将軍、隊長連中を片っ端から性のしもべにすることだ。

 これについては、うまくいっていて、もはや王都内に存在する武力と呼べるものは、ピカロの言いなり状態だ

 このおかげで、公爵側もまったく私兵の警備が機能せず、簡単に捕縛が終わった。

 ただ、どうでもいいが、サキュバスに心を乗っ取られるには、ピカロと寝る必要があるんだから、まあ、股の緩い将軍たちばかりだということか。

 

「ありがとうございます、サキ様──」

 

 ピカロはサキに褒められて嬉しそうに破顔した。

 そして、霊柩馬車の中に声をかける。

 

「……いいぞ、出せ。あっての男たちと一緒に、縛って上にあげるんだ」

 

 すぐにふたりほどが霊柩馬車からおりてきて、板の上に乗せられた「人間の身体」を外に出す。

 ここに最初からいた王兵も手伝って、「人間の身体」を載せた台を馬車からおろしていく。

 サキは、そのまま柱の下に運んでいこうとするのを自分の前で少しとめた。

 頭から足の先まで布ですっぽりと包まれていて、外からでは中身はわからない。

 掛けている布を剥がす。

 横になっているのは「スクルズの遺骸」だ。当然ながらぴくりとも動かない。

 また、どうでもいいが、スクルズの「死体」は裸のようだ。

 

「これは、どうしたのだ? 裸か?」

 

 サキはピカロを見た。

 すると、ピカロが肩をすくめた。

 

「王様が素っ裸で晒せってさ。見ていたけど、王宮で倒れたスクルズのこと蹴ったり、服を引き破ったりしたんだ。結構、怖かったよ」

 

 ピカロが笑った。

 サキは苦笑した

 

「あれも、テレーズが魔道と毒で射精管理をしておるからな。そうなると、隠れていた凶暴な面が表に出るということだな」

 

 テレーズがやっているのは、あくまでも感情の操作であり、ルードルフの意思まで動かしているわけではない。

 侍女や下級令嬢を凌辱するのも、スクルズの屍体を暴行して辱めるのも、しっかりとしたルードルフの意思だ。

 まあ、暴君として恨みを持った貴族に刺されるか、暴徒になった民衆から殺されるとしても自業自得だろう。

 どうせ殺されるなら、ロウを英雄にするために役に立って死んで欲しいとは思う。

 

「それじゃあ、わしは行くぞ。後は任せた」

 

「あれ、最後まで見ていかないんですか、サキ様?」

 

 スクルズの屍体を載せた台が柱の下まで運ばれる。

 いまのところ、これがスクルズであることに気がついた民衆もないだろう。王軍の兵でさえ、ちらりとしかサキが布を剥ぐらなかったのでわからなかったと思う。

 

「これを晒せば、下手すれば、暴動が起きるぞ。巻きまれてたまるか」

 

 サキは笑った。

 そして、檻車の馭者台に乗る。

 移動術で跳躍してもいいが、寵姫サキの姿なので、魔道が自在に遣えることが世間に拡がり過ぎると面倒なこともある。

 

「うわっ、狡いですよ。そんな怖いことが起きるなら、ぼくも逃げたいです」

 

「抜かすな。最後まで見留めていけ。それに、スクルズの懐にあった“玉”は回収したのか? その始末もあるだろう」

 

「そっちは、もうラポルタ様に指示された妖魔に渡したって。そうだよ、よく考えれば、スクルズって人気あるんだよね。それを晒すって怖いよ。ぼくも一緒に戻る──。だって、これを柱の上に固定するくらい、ぼくがいなくても問題ないし」

 

「いいから、それを柱の上に晒すまで、最後までいろ。わかったな」

 

 サキは馬にたづなで合図をして、檻車を進ませる。

 入ってきたときと同じように、柵を兵が開きサキが乗った檻車を出してくれる。人の輪も分かれて、サキはそこを進んでいった。

 

 しばらく進んだときだ。

 爆発するような怒声の塊が王都広場のある後ろ側から聞こえたと思った。



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392 死せる魔女

 夜の王都である。

 ベルズは、夕刻からじっと同じ場所に立っていたと思う。

 いつの間にか日が完全に沈み、空は真っ黒だった。

 気がつくと、こんな時間になっていたのだ。

 ベルズは、やっと我に返りつつあった。

 

 三つの月が王都の広場を照らしていて、さらに王兵たちが篝火(かがりび)を炊いているので、柵の中に立てられている三本の柱に縛られた屍体ははっきりと、ベルズの視線に映っている。

 もっとも、屍体とはいっても、ふたりはまだ生きていて、屍体になるのを待っているような状態だ。

 だが、このうち、真ん中の屍体は確実に死んでいて生きてはいない。

 生命のない肉の塊だ。

 

 ベルズが注目しているのは、その屍体だ。

 とりあえず、一縷の望みを込めて、魔道探知を使った。

 やはり、それは一片の魔力もこもっていない屍体だ……。

 

 それにしても、いったいどれだけの群集がここにいるのか……?

 ほとんどは、生きている側の晒し刑の男たちではなく、死んでいる一個の女の屍体に注目している。

 人々の口に迸るのは、晒し刑の屍体を警護する百人ほどの王兵に対する悪態だ。

 いまは百人は警備の兵がいるが、最初は二十名ほどだったという。

 しかし、集まった民衆の怨嗟の声にたじろぎ、慌てるように夕方までに百人まで増員されたそうだ。

 無論、王兵への罵りの裏には、これを行っている国王への激しい怒りがある。

 

 怒り……。

 

 しかし、その屍体を群集に混じって見つめるベルズにあるのは、怒りを通り越した憎悪だ。

 

 憎悪……。

 

 煮えたぎる殺意……。

 そして、悔悟……。

 

 あの屍体はスクルズだ。

 彼女は素っ裸に剥かれ、陰毛のない性器まで晒されて、見世物のように柱に縛りつけられていた。

 ベルズはそれを煮えたぎる感情とともに、じっと見つめている。

 

 命令に従いスクルズを晒し者にしている王兵に対する憎悪──。

 スクルズを殺した国王に対する殺意──。

 そして、ベルズの忠告に耳を貸さず、ついに王に自裁を命じられて、諾々と毒杯を呷ってしまったスクルズに対する憤怒──。

 なによりも、なにもできなかった自分自身への悔悟──。

 

 荒れ狂う感情で身体が引き千切れそうだった。

 しかし、ベルズはそれにじっと耐えて、ただただ、変わり果てたスクルズの姿を見つめ続けた。

 この激情をベルズの身体の隅々にまで刻み込めるために……。

 

 ベルズの周りには、多くの群衆がいる。

 あちこちから集まった王都の民衆だ。

 その数は数千……。

 いや、一万人以上に達したのではないだろうか。

 

 おそらく、王都の歴史でこれだけの民衆が集まったのは初めてだろう。

 彼らのすべては、スクルズへの仕打ちに対する抗議を訴えている。

 あらゆる人々が口々に思いつく限りの罵声を柵を警護する王兵に浴びせていてた。

 まだ、暴動こそ起きてはいないが、しかし、いまにも爆発しそうな激しさがある。

 おそらく、なにかのちょっとした切っ掛けがあれば、あっという間に激しい騒乱になるような気がした。

 

 そのときには、もう誰にもとめられない。

 圧倒的な怒りの感情とともに、柵に入らせまいと武器を構えている王兵に襲いかかるだろう。

 それがわかっているから、晒し刑の場所を警護する百人ほどの王兵には、ぴんと張りつめるような緊張感が漂っている。

 

 ベルズがここに集まっている群衆に混じったのは夕方からだが、罪人の晒し刑が始まったのは、昼過ぎだったらしい。

 最初に晒されたのは両側のふたり、すなわち、あのグリムーン公とラングーン公であり、そのふたりは、いまでもそうなのだが、実際には死んではおらず、死ぬのを待っている状態だ。

 ただ、呻き声のような泣き声をあげているが言葉にはならず、すでに死んだようにぐったりとしている。

 そのふたりが連行されて、着ているものを全部剥がされて、棒で叩かれた末に、いきなりここに晒されたのだそうだ。

 

 たまたま集まってた民衆たちは、なにが起きたのか理解できなかったらしいが、だんだんと晒されたのが、普段から評判のよくないふたりの公爵だとわかって喝采したそうだ。

 金の力を使って非道をする連中であり、ずっと以前から民衆に評判が悪く、一族揃って迷惑ばかりかけていたので、王都の住民は全員がその公爵たちが大嫌いだった。

 ふたりについては、ベルズの耳に入るのも悪評ばかりであり、闇奴隷を集めては凌辱ののち、殺しているという噂もあり、ベルズも残酷に処刑されて当然だと思っている。

 つまりは、殺されて当然の者が、連れて来られて晒し刑になったのだ。

 

 一体全体、あれだけ権勢を欲しいままにしていた公爵たちが、どうして突然に揃って晒し刑になったのかはわからないが、ふたりについては柱に縛られる前に、衣類どころか下着まで剥がされて、性器まで剥き出しにされて柱の上の部分に縛られたて晒されたとのことだ。

 晒し刑になっている柱に近づかないように、柵が作られ警護の兵がそれを囲んだ。

 ただ、最初は、晒されているのがいずれも、一般民衆からの嫌われ者なので、そんなに荒れた雰囲気にもならなかったようだ。

 それが一変したのは、この晒し刑の刑場に、最初から死んでいる者として、三人目が晒された昼過ぎとのこととのことだ。

 

 運ばれてきたのが全裸に服を剥がされていた女であり、すでに死んでいることが明白で、その女が見た目が美しい若い女だったこともあり、二公爵たちの情けない姿の見世物で沸きたっていた民衆は、騒然となったらしい。

 両手を柱に沿ってあげ、腕から脚にかけての部分を柱から外れないように縄であちことを縛られたその屍体は、とても美しい身体だったからだ。

 しかし、それは、すぐにうねるような怒涛の憤怒の嵐に変わった。

 晒された全裸の女の屍体が、王都でも大人気の第三神殿の若き女神殿長のスクルズだとわかったからだ──。

 

 

 *

 

 

 当時、第二神殿にいたベルズに、その衝撃の報せが届けられたのは、そろそろ夕方になろうという頃だ。

 最初は信じなかった。

 しかし、次々に同じ情報がベルズのところにもたらされた。

 どの神官たちも激怒していたし、号泣して泣きじゃくる巫女は、ひとりやふたりではない。

 まさかという思いが心によぎった。

 しかも、ただ処刑されただけじゃなく、全裸を晒されて、死体を辱められているというのだ。

 

 とにかく、顔の隠せるフード付きのローブを羽織って広場に向かった。

 広場に向かって進むにつれて、なぜかところどころに群衆が小さく集まった場所が点在することに気がついた。

 

 叫び、悲鳴、慟哭、怒り……。

 人の集まりの全部にそれがある。

 覗いた。

 あちこちで同じような固まりがあったが、ベルズが覗いたのはどこにでもあるような一軒の酒場だ。

 

 びっくりした。

 群衆が集まっている場所の中心では、『映録球』と呼ばれる魔道具があり、それによる再生映像が流れていたのだ。

 映録球とは、魔道具で記録したものを立体映像として宙に再現する道具だ。

 それなりの高価なものだが、珍しいものではない。

 

 だが、驚いたのはそこに再現されていた記録映像の内容だ。

 床に置かれている玉が人々の頭よりもやや高いくらいの位置で宙に投影していたのは、紛れもない王宮における謁見の間のスクルズと国王の姿だったのだ。

 もしかして、スクルズに起きたことをこの映録球が再現しているのか?

 

 いや、もしかしなくてもそうなのだろう。

 あちこちで同じような集まりがあるのだが、そこから聞こえる声にも耳を澄ましていると、その辺にある集まりの中心全部に、複製されたと思われる同じ映録球がある気配だ。

 雰囲気からしても、同じ魔道映像が繰り返し流されているらしい。

 

 とにかく、集まっている者の肩越しに、その記録映像に注目した。

 場所は王都の謁見の間のようだ。

 そこの床に座らせてるスクルズの周りになにかが()かれていて、スクルズは、その香の煙に当たって苦しんでいるようだった。

 おそらく、薫かれているのは、スクルズの態度の不自然さから、弛緩効果のある毒の香ではないかと思う。

 それとも、媚香か……?

 

 とにかく、それを嗅がされ続けているスクルズは可哀想に、満足に喋ることもできないくらいに追い詰められている。

 それにもかかわらず、国王はスクルズを嘲笑し、繰り返しわざとらしく質問を続けている。

 スクルズへの嫌がらせのためにやっているのは明らかで、その間、スクルズはずっとその得体の知れない煙を吸い続けなければならず、苦しみ悶えるような仕草をずっと繰り返している。

 やがて、さらに、そのスクルズの前に、盆に載せられた杯と首輪の乗った盆が置かれた。

 

 はっとした。

 毒杯だ──。

 

 首輪はともかく、謁見の間で液体の入った杯が運ばれる意味はベルズにはよくわかっている。

 国王がスクルズに自裁を命じたのか……?

 

 すると、ずっと映像だけだった映録球の記録に音声が混じった。

 国王がスクルズを脅迫している。

 香で動けなくなったスクルズに、後宮に来いと脅迫している……。

 さもなければ、養家族を殺すと……。

 さらに、ベルズの実家の名まで出した。

 スクルズを後宮で犯すという意味のことを喋り、断れば罪のない者を見せしめに殺すと国王が叫んでいる。

 

 なんという光景だ。

 ベルズも鼻白んだ。

 しばらく、同じようなやり取りが続き、ついにスクルズが、国王に犯されるくらいならと、自分で毒杯を呷った。

 愕然とした。

 どうして、この映像がここにあるかわからないが、まさに、スクルズの死はここに映っている。

 スクルズはああやって死んだのか……。

 

 しかも、映録球の再現映像はまだ終わりでなかった。

 国王が口汚く死んだスクルズを罵り、その屍体を蹴り飛ばし、服を引き裂いた。王はどう見ても理不尽な怒りのまま、スクルズの死体を王都の広場に晒して辱しめよと叫んだ。

 その理由は、スクルズが国王に身体を委ねなかったからだという。

 ベルズはあまりの激怒に叫び出しそうになった。

 そして、映像が最初に戻って、再生をやり直す……。

 

 だが、我に返った。

 そもそも、なんでこんな映録球の記録がこんな場所に存在するのだ。

 しかも、ここから見えるだけでも、数箇所の集まりができているということは、同じようなものが王都のあちこちに配られているということになる。

 だとすれば、かなりの数の映録球がばら撒かれたということだ。

 そもそも、映録球は魔道遣いが魔道を注がないと再生しない。

 ところが、集まっている者の中には、ベルズ以外に魔道遣いは見当たらず、それにも関わらず映像が再現を繰り返しているのは、目の前にある映録球にあらかじめ魔力が注ぎ込まれていて、何度でも、新たな魔力なしに再現を繰り返せるようになっているからだと思う。

 

 誰がこんなものを……。

 なんにために……?

 

 店主に訊ねると、王宮の下級官吏が飛び込むようにやってきて、たったいま宮殿で起こったことだと叫んで、これをあちこちの店に投げ入れて立ち去ったのだという。

 王の無法を許すなと大声で罵って逃げるように立ち去ったとも言っていた。

 そうだとすれば、王宮で行われたことに憤った官吏のひとりがひそかに映録球に記録を撮り、それを複製してばら撒いたということか……?

 

 とにかく、ベルズが見ていた酒場でもそうだったが、王都でも人気のあるスクルズが、事実上、国王に殺された衝撃の映像に驚いた民衆が、とにかく広場に行ってみようと騒いでいる。

 実際に人々の流れはすでに広場に向かっている。

 あちこちで同じような状況が沸き起こっているのだ。

 ベルズはそんな民衆に巻き込まれるように広場に向かった。

 そして、そこにあったのが、目の前の衝撃の光景だったのだ。

 

 

 *

 

 

 両脇の柱のふたりの公爵に挟まれて、スクルズは完全に死んでいる状態で全裸で柱に縄で縛りつけられている。

 死して女の身体を辱める国王の仕打ちに、ベルズの心は怒りを通り越して、完全な憎悪で充たされた。

 スクルズをおろせという怒声があちこちからあがっている。

 ひとりやふたりではない。

 絶叫にも似た王兵に対する罵りは、凄まじい塊になって注がれ、この王都の広場の大地を揺らがせていた。

 さすがにこれだけの群衆を前にして、わずか百人ほどの警護兵には恐怖の色がある。

 

 ベルズは、刑場に背を向け、群衆から離れた。

 だが、振り返ってみると、いつの間にかスクルズの死に抗議する王都の人間の数は、大変なものになっていた。

 どこまでもどこまでも、抗議をするために集まる者で溢れている。

 広場の王兵は完全に怒り狂う民衆の海の中に浮かんでいるような状態だ。

 とにかく、やっと人の群れから抜けたところで、一気に転移術でウルズのいる小屋敷に戻った。

 幼児返りしたウルズを世話をするための屋敷であり、名義はスクルズなのだが、本当の持ち主はロウだ。

 ここにウルズを置き、ベルズとスクルズ、そして、屋敷妖精のブラニーで世話をしている。

 

「お帰りなさいませ、ベルズ様」

 

「べーまま、おかえりなさい」

 

 ベルズが戻ると、ブラニーは察知していたらしく、ベルズが転送で跳躍する場所で出迎えの態勢になっていて、さらに、気がついたウルズが、舌足らずで声をかけ、にっこりと微笑んできた。

 ウルズは床にしゃがみ込んでいて、石板を置いて石墨で絵を描いていたようだ。

 よくわからないが、大小の丸いものが重なって、ところどころにぐじゃぐじゃと色が塗ってある。

 

「ただいま、ブラニー。ウルズはどうだ?」

 

「とても良い子です。今日はお絵かきをして、ふたりで遊んでおりました」

 

 ベルズは頷き、ウルズの前に座り込んだ。

 

「なにを描いていたのだ、ウルズ?」

 

 ベルズはウルズの肩をぐっと抱き寄せながら訊ねた。

 すると、ぐっと両手でベルズを抱き返してくる。

 仕草と喋り方はまだ幼児だが、姿は完全な大人の女だ。

 かなり力も強い。

 加減のない抱き締めに、ベルズも思わず、うっと声が出る。

 

「ぱぱなの──。ぱぱをかいてたの──」

 

 ウルズがにこにこしながら言った。

 もう一度、石板を覗いた。

 だが、どう見ても人間の顔には見えない。

 そういえば、ウルズは神学校時代も、絵だけは下手だったな。

 ふと、そんなことを思い出した。

 

「すまんが、しばらくお出かけをする。どうしても持っていきたいものを持っておいで。なるべくちょっとな。もしかしたら、しばらくは、ここには戻ってこないかもしれんから、そのつもりでおれよ」

 

 ベルズがそう言うとウルズは不安そうな表情になった。

 

「どこかに、おでかけするの、べーまま?」

 

「とりあえず、第三神殿かな……。それから先はわからん」

 

 第三神殿にはミランダが隠れているはずだ。

 スクルズに、ミランダたちを第三神殿の敷地内に匿っていると告白されたのは、この小屋敷でのことであり、ルードルフ王に手配されてしまったロウをベルズの実家のブロア領で保護することをスクルズに相談したときだ。

 無論、実家にはある程度のことを連絡し、すでに事前の了承も受けていた。

 

 しかし、あのとき、スクルズは、ロウを手配したルードルフ王のことを取り付く島もないくらいに怒っていて、ロウを逃亡させるという案を拒絶した。

 また、そのときに、スクルズから、実はアネルザとともに捕縛されたはずのミランダを第三神殿に匿っていると告白されたのだ。

 

 なにかあると思った。

 そもそも、同じように王都の監獄塔に収容されたはずのアネルザのことはそのままで、ミランダだけを連れ出して、神殿に隠れさせるというのは勘定が合わない。

 

 少しばかり調べただけで、スクルズが、ミランダやアネルザと結託して、おかしなことをしているということはわかった。

 どうやら、ロウの捕縛命令を国王が出したことに動顛し、アネルザを含めたスクルズやミランダが集まって、策謀めいたことをしているようだった。

 ある程度は勘だが、おそらく正しいだろうと思った。

 だが、深入りせずに、あえて知らぬふりをして距離を置いていた。

 

 どうせ、国王もそのうちに怒りも収まるだろうし、それまでほとぼりを冷ましておけばいいのにと思ったのだ。

 しかも、ベルズの忠告に耳を貸すような者たちじゃない。

 だから、放っておくことにした。

 

 まあ、ロウのために、なにかをしたいという気持ちもわからないでもないし、彼女たちの感情の発散のためにも、静観を決め込んだ。

 まあ、彼女たちに限って、なにかあるわけでもないだろうし……。

 

 それがこんなことになるなんて……。

 ベルズは歯噛みした。

 あのとき、もっとちゃんとスクルズをとめておけば……。

 自分もちゃんと、彼女たちのすることに深入りしておけば……。

 せめて、なにを企んでいるのかくらいは、ちゃんと調べていれば……。

 ぐっと拳を握る。

 

「……ということだ、ブラニー。しばらく戻れないかもしれない。もしかしたら、この屋敷に兵がやってくるかも……」

 

 すでに、スクルズは処刑されている。さらに、ベルズが動くということは、両神殿もそうだが、当然にこの屋敷にも兵が捜査に入ってくる可能性がある。

 いや、こうやって、いまだに自由にしていられるのが不思議なくらいだ。

 ここは、スクルズの名義の屋敷なのだ。

 ベルズは、詳細は説明せず、王軍の兵がやってくるかもしれず、この屋敷が安全でなくなる可能性をブラニーに言った。

 ブラニーも、ただ事ではない様子を悟ったようだ。

 しっかりと、彼女は頷いた。

 

「了解いたしました。わたくしめにお任せください。皆さま方以外を決して立ち入らせたりはしません。しばらく、この屋敷は幻影で隠しましょう。さらに、結界を張ります。おそらく、誰かが近づこうとしても、存在に気がつかないし、やってきても反対側に弾きます。大丈夫ですよ。ベルズ様が戻られるときには、魔道で跳躍なさればいいでしょう」

 

 ブラニーは事も無げに言った。

 ベルズはびっくりした。

 

「この王都のど真ん中で、そんな魔道ができるのか?」

 

「屋敷を守るためですから。そのためであれば、わたしくめたち屋敷妖精は、どんなことでも可能です」

 

 きっぱりと言った。

 ベルズは屋敷妖精の保有する無限ともいえる潜在能力に、改めて舌を巻いた。

 

「では、任せる、ブラニー」

 

「わかりました」

 

 ブラニーがにっこりと微笑んだ。

 とりあえず、ベルズは安心した。

 

「ねえ、だい三しんでんって、もしかして、すーままのところ?」

 

 ウルズがにっこりと笑った。

 幼児化して以来、ウルズはスクルズとベルズが交互に世話をして、育児のようなことをしている。

 第二神殿と第三神殿だって、時折は魔道で行き来して、寝泊りもしている。

 あっちの第三神殿にいたアンやノヴァ、ロウと一緒に旅に出たがミウあたりとも仲良しだ。

 立派な大人の姿のウルズが、“ミウおねえちゃん”と慕う姿はちょっと面白いものがある。

 また、見た目が大人のウルズにお姉ちゃんと甘えられ、その度に戸惑うミウは微笑ましくあった……。

 そんなことを思い出した、

 

「いや、すーままは……」

 

 だが、ベルズは迷った。

 このウルズに、スクルズの死をどうやって伝えればいいのか……。

 

「すーままは、ちょっとな……」

 

 殺されたと伝えればいいのか……。

 それとも、単に死んだと……?

 あるいは、なにも伝えない方がいいのか……。

 

 しかし、教えないということはできない。

 いずれ、ウルズもスクルズの死は知ることになる……。

 さて……。

 ええい、考えるのは後だ。

 

「スクルズはお出かけもしれん。だが、ミランダがいると思う。そこにしばらく、厄介になると思う。とりあえず、持っていくものを準備せよ」

  

「ミランダちゃん? んんっと……。わかった」

 

 ミウのことは“お姉ちゃん”で、ミランダは“ミランダちゃんか”……。

 ウルズの頭の中ではどういうことになっているのかわからない。

 とりあえず、ベルズも支度をする。

 こうなった以上、ベルズもまた、もう神殿には戻らない覚悟だ。

 

 荷造りをする。

 ……といっても、それほどの準備があるわけじゃない。

 

 いつ、なにが起きてもいいように、収納魔道で亜空間には、生活に必要なものはひと通り入っている。

 処分すべきものは、普段からすぐに処分しているし、余分なものは置かない主義なので、神殿から支給されている最小限度のものしかない。

 すぐに支度は終わった。

 ウルズは大きめの箱に入れた玩具の類いを持ってきた。

 収納魔道で片付ける。

 

「ちっちをしておけ。できればうんちも……。その後、おむつをするぞ。待っておれ」

 

「うん」

 

 ウルズが部屋の隅の魔道の便壺のところに行く。

 厠は別にあるのだが、ウルズのために備え付けているものだ。

 排便をすれば、便も臭気もあっという間に消滅してくれる便利なものだ。

 ウルズがスカートと下着を全部脱いで、そこに跨った。

 

 そのあいだ、ベルズは簡単な置手紙を書く。

 第二神殿に置いておくものだ。

 いったん神殿に出家すれば、破門にならない限り、辞めるという概念はないが、行方不明になったと思われたら申し訳ない。

 それに、ちゃんと縁が切れたという証拠を残しておかないと、面倒になるかもしれない。

 

 “思うところがあり、勝手ながら神官を辞去する。置いていく荷は申し訳ないが全部処分して欲しい。”

 

 それだけのものだ。  

 第二神殿の筆頭巫女の執務室に跳躍する。

 机の上にわかるように置いた。

 そして、実家はどうしようかと考えた。

 だが、ブロア家とは、書類で形式上は絶縁になっている。

 そっちはいいか……。

 すぐに、小屋敷側に戻った。

 

「べーまま─」

 

 下半分になにも身に着けていないウルズがスカートと下着を持って駆けてくる。

 ベルズは下着を洗浄魔道できれいにしてから、やはり収納魔道で片付ける。

 次いで、ウルズを横に寝かせ、おしめをして、起こしてスカートをはかせ直す。

 これで準備終わりだ。

 

「じゃあ、手を握っておれ。お外に行くからな」

 

 ウルズが出かけるといえば、移動術で第二神殿と第三神殿を往復するか、ロウの屋敷に行くくらいだ。

 神殿ではほかの神官の目があるので、部屋の外には出さない。

 他人の目になるべく映さないのは、美人であるウルズが幼児並みの知能と動きしかできないことが知られて目をつけられ、それにつけ込んだ男に襲われたりしないためでもある。

 だから、陽の下に出るのは、安全なロウの屋敷の庭くらいだ。

 外に行くという意味を察したのだろう。

 ちょっと怯えたようになったウルズがベルズの手ではなく腕にしがみついた。

 

 移動術で跳躍する。

 第三神殿の中庭に着いた。

 

 建物の陰に隠れた場所であり、周りに人影はない。

 その庭に一本の大きな立木がある。

 なんでもない樹木だが、ベルズの眼から見れば、結界が張ってあるのがわかる。

 ウルズを連れて、樹木の周りにある結界を通過する。

 樹木の根っこの部分に、魔力を込めた魔道石が埋めてあるのを感じる。これが結界魔道を保持させているのだろう。

 事前に教えてもらっていた「合言葉」を樹木の幹に向かって呟く。

 果たして、樹木の横に地下に向かう階段が出現した。

 

「ついて来よ、ウルズ」

 

 ベルズは腕にしがみつくウルズの手を腕から右手に持ちかえさせて、階段をおりていく。

 人の話し声が聞こえてきて、階下には大きな広間があった。

 そこに大きな卓があり、ミランダがこちら側に身体を向けて座っている。

 ランもいた。

 ほかにも十人ほどの男女が集まっている。

 ウルズがぎゅっとベルズの腕にしがみつき直した。

 ミランダは知っているが、ほかの者は知らない。ランさえも、ほとんど知らない。

 滅多に「他人」には会わないので、怖いのだと思う。

 

「ベルズ様──」

 

 ランが声をあげた。

 室内にいた者たちが一斉に、ベルズとウルズに視線を向けてきた。

 

「ベルズ──。ウルズもかい?」

 

 ミランダも顔をあげる。

 ベルズひとりならともかく、ウルズを連れ出すのは珍しいと思ったのかもしれない。

 ミランダがさらに口を開く前に、ベルズは小さ目の袋を収納魔道から出して、ミランダの前の卓の上にどんと置いた。

 中身は宝石だ。

 財を持ち運ぶなら、金貨が銀貨はかさばるので、宝石が一番便利だ。

 ギルドなどに預けて、ほかの場所で卸せる手形もいいが、万が一のときには手持ちの財がいる。

 ベルズは日頃から、使いようのない財の半分は宝石に替えるようにしていた。

 

「ミランダ、クエストを頼む。王都の広場に晒されている屍体の奪取……。どの屍体かは言わんでもわかるはずだ。そして、国王の暗殺……。ひと財産ある。これだけあれば、命知らずの冒険者のひとりふたりは雇えるだろう」

 

 袋を開いた。

 一個あれば、ちょっとした屋敷くらい購えるくらいのものがざらざらとこぼれ出る。

 質素堅実の神殿生活では使い道のなかった収入を蓄えて作ったものもあるが、大部分は神殿に入るときに、実家の伯爵家と縁を切る代わりにもらった持参金だ。

 ただの一度も手をつけたことなどなく、いま初めて他人に見せた。

 

「ベルズ……」

 

 ミランダが溜息をついた。

 そして、周りの者に視線を向ける。

 

「ラン、ほかの者も、ちょっと奥に行っておくれ」

 

 ミランダの言葉によって、ぞろぞろとほかの者が奥に向かう扉に進んでいく。

 この奥にも、さらに部屋がある気配だ。

 多分、ここの集まっている者たちが寝泊りする場所もあるのだと思う。

 おそらく、ここは、スクルズがミランダたちの隠れ処として準備したものであり、秘密のアジトというところだろう。

 ひと通りの施設は揃っているはずだ。

 そのとき、最後に出ていこうとした頭にフードを被った女性らしき者の腕をミランダがむんずと掴んだ。

 

「どこに行くんだい? お前は残るんだよ。どうやら、ちゃんと言ってなかったようだね……。まあ、あたしにも事前の相談はなかったくらいだ。ベルズに言うわけないか……。とにかく、ベルズも来てくれてちょうどいい。この始末をどうするのか、こいつに訊こうじゃないか……。広場がどんな騒ぎになっているかは、いま説明したとおりだよ。どうすんだい?」

 

 最初からこっちに背を向けていた感じだったので、彼女の顔はわからない。

 腕を引っ張られた勢いでフードが外れた。

 ほんの少し青みがかかった美しく長い白い髪がそこに出現した。

 

「すーままだああ──」

 

 ウルズがベルズから腕を離して、彼女の背中に抱きついた。

 スクルズだって?

 しかし、スクルズがここにいるはずはない。

 そもそも、スクルズは栗毛だし、髪だって肩ほどで揃えていて、あんなに長い髪じゃない。

 

「あ、あのね、ベルズ……。これにはわけが……」

 

 だが、その女が振り返った。

 髪の色と髪型こそ違うが、紛れもなく、彼女はスクルズだった。

 ベルズは唖然とした。



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393 呆れた動機

「ス、スクルズ──。こ、これはどういうことなのだ?」

 

 ベルズは声をあげた。

 

 生きていた──?

 生きているのか?

 

 つまりは、あの広場に晒されているのは偽物──?

 

 どういうこと──?

 どういうことなのだ──。

 

 脱力するほどの安堵が全身を包むとともに、わけのわからない激怒がベルズの全身を席巻する。

 

「だ、だから、サキさんと相談して……。わたしが死ぬことで……国王を追い詰めようと……」

 

 スクルズはしどろもどろだ。

 ミランダも今回のことは知らなった様子であり、おそらく、たったいままで、ここでミランダにも追い詰められていたのだろう。

 そんな気配だ。

 

「とりあえず、逃げないで言い訳しなさい、スクルズ」

 

 ミランダも口を挟む。

 

「いいから、とにかく説明せい、スクルズ──」

 

 ベルズは怒声を浴びせた。

 

「うわああっ、けんかしちゃ、いやあああっ」

 

 すると、スクルズに抱きついていたウルズが泣き出した。

 しまった……。

 ベルズはウルズに駆け寄った。

 

「け、喧嘩なんてしておらん。しておらんぞ、ウルズ。べーままは、ちょっと驚いてな。まさか、ここにすーままがおると、思わんかったし……。それに、髪も違っておるしな……。それだけだ」

 

 必死で宥めた。

 

「そうよ、ベルズ。落ち着いて話をしましょう。ねっ?」

 

 そして、スクルズはさっとウルズに向き直った。

 

「わたしは、落ち着いている」

 

 ベルズは怒鳴りそうになったが、なんとか声を荒げることだけは抑えた。

 スクルズが逃げるように、ウルズのところに寄っていく。

 

「……さあ、ウルズ、ちょっとここで座って待っていてね。お菓子があるわよ。貰ってあげるから」

 

 スクルズはウルズを部屋の隅に連れていき、魔道で敷布のようなものを出現させる。

 そこにウルズを座らせると、部屋の隅からお菓子を持って来て、そこに置く。

 

「そうだ。ぱぱにお手紙書きましょうか。このあいだ、少し字も教えたでしょう? 思い出せる? 持っていってあげるわ。すーままは、これからぱぱをお迎えに行くのよ。だから、ちょっといなくなるけど、その代わり、きっとウルズが大好きなぱぱを連れてくるからね。すーままがぱぱに会ったときに渡すから、なにか書いてごらん」

 

 スクルズが羊毛紙を一枚出し、さらに羊毛紙用の筆記具を出す。いずれも収納魔道だ。

 だが、ロウのところに行く?

 これから?

 

 それはともかく、スクルズがウルズをだしに使って、ベルズの怒りをかわしたのは明らかだ。

 しかし、ベルズとしても、腹の虫が収まらない。

 

「ぱぱに? うーんとねえ。ウルズ、ぱぱにまんまんしてほしい。まんまんしてって、かきたい。それで、かえってきてって──。でも、すーまま、ぱぱのところにいくの?」

 

「そうね、行ってくるわ。そのあいだ、べーままの言うことをきいてね。いい子でいられる?」

 

「うん、すーまま。じゃあ、ぱぱにおてがみかく……。んんっと……。でも、まんまんしてって、じ、わかんない」

 

「だったら、お絵かきでもいいわ。ぱぱに絵を描きましょう」

 

 スクルズがにこにこと微笑んだ。

 それにしても、ウルズは気にならないようだが、髪の毛が変わったことで、随分と印象も違うと思った。

 しかし、いい感じではある。

 真っ白く長い髪は、スクルズの美しさを神々しいまでに惹きたてている気がした。

 これまでの髪も悪くなかったが、普通ではあり得ない青みのかかった白い髪は、スクルズを神秘的にも見えさせもする。

 

「だったら、ウルズがぱぱと、まんまんしている絵を描く──」

 

「わかった。じゃあ、まんまんの絵を描きましょう。大人しくしててね」

 

 スクルズがウルズに筆記具を持たせた。

 それにしても、なんという絵だ……。

 ウルズの教育上どうなのだろう?

 まあ、どうせ、丸っこいものが幾つか並ぶだけの不思議な絵になるのだろうが……。

 

 ウルズは床に羊毛紙を置いて、上体を覆いかぶせるようにして絵を描き始めた。

 こっちから見ると、お尻があがっていて、おしめが見えている。

 ウルズが身に着けているスカートがかなり短いためだ。

 スカートはロウがウルズのために持ってきたものであり、ベルズなら、ちょっと外には出ないような短いスカート丈だ。

 もちろん、ウルズはロウにもらったものは、全部お気に入りなので、何着かあるロウからの贈り物の服ばかりを着たがる。

 ロウはロウで好色なので、ちらちら下着が見えるほどの服をウルズに着させて、それを眺め愉しんでから、悪戯をしてウルズを抱く。

 ウルズはいつも大喜びだ。

 とにかく、中身は幼児だが、姿かたちは大人の美女なので、かなりきわどい扇情的な姿である。

 

 すると、スクルズがウルズに軽い結界をかけた。

 こっちの話をウルズによく聞こえなくするためだろう。

 逆に、ウルズの声はそのまま聞けるという結界のようだ。

 

「さて、じゃあ、座りましょう。おふたりとも落ち着いてね」

 

 スクルズがにこにこと微笑みながら椅子に座り直す。

 この微笑みだ。

 スクルズは、この笑みでなんでも誤魔化してしまうという嫌な癖がある。

 しかし、そうは許さない。

 

「話次第だな……。いずれにしても、つまりは、あの広場の屍体は偽物なのか? だが、なんなのだ、あれは? そなたの身体の精緻に至るまでそっくりで……」

 

 陰毛がないところまで一緒だったと口にしようとして、さすがに自重した。

 だが、ロウの女たちの股間は、ベルズも含めて、ロウの悪戯ですっかりと童女のように剃りあげられてしまっており、しかも、ロウの淫魔術とやらで、生えないようにされていて無毛なのだ。

 そんなところまで、そっくりの偽物などあり得るのだろうか。

 

「あれは、ンングル族という妖魔の脱皮体というんだそうよ。一度身体に憑依してもらうと、ンングル族は一瞬にして、身体を分裂して複製し、すぐに外に出てしまうの……。ただ、ほとんど一瞬にして外に出てしまうので、別に操れるとか、動かせるとかはないの。サキさんは、なんの役に立つ能力かわからなかったけど、屍体を作るのに役に立つとは思わなかったと笑っていたわ」

 

 スクルズがころころと笑った。

 しかし、ミランダとベルズがむっとした表情のままなのに気がついたのだろう。

 すぐに笑みを隠した。

 まったく、この女は……。

 

 だが、考えてみれば、ちょっと前までのスクルズはこんなにも肝が据わった感じでもなかったし、ベルズとミランダに追い込まれて、笑って誤魔化そうとすることができるような女でもなかった。

 もっとか弱い女だったのだ。

 それが、いまは、ころころとした笑いで相手を煙に巻き、どんな相手にも動じない姿は、風格のようなものさえ感じさせる。

 これも、ロウの女になってからだ……。 

 

 しかも、ンングル族か、なにかは知らないけど、妖魔を準備して憑依させた?

 つまりは、ロウが王を見張るために寵姫として送り込んだ、サキも関与しているということか……。

 ロウから、以前に説明があったことだが、人間の美女にしか見えなかったが、サキは魔族であり、姿を変えているだけだという。

 魔族の女まで愛人にするとは、どれだけ女たらしなのかと呆れてしまった。そもそも、魔族などどこで見つけてきたのか……。

 

「……ベルズはあまり承知してないのかもしれないけど、サキさんは、本当にたくさんの妖魔を眷属に従える上級妖魔なのよ。そのサキさんとアネルザ様とミランダに、わたし……。この四人で、ロウ様を捕縛して処刑しようとしているあの王を退位させて、イザベラ様に王位を継がせようと計画しているというわけよ」

 

 スクルズはあっけらかんと言った。

 ベルズは驚いてしまった。

 

「それは反乱も同じであろう。本当か、ミランダ?」 

 

 なにかをしているとは予想していたが、そこまで明確な王への反乱とは思わなかった。

 ミランダに視線をやる。

 

「まあね……。四人で王を退位させようと誓ったわ……。それが今回の騒動の発端……」

 

 ミランダが言った。

 そして、さらに説明を続ける。

 ベルズはその内容に唖然とした。

 まさか、アネルザ捕縛から始まる一連の騒動の多くが、彼女たちが引き起こしたことだったとは思わなかった。

 いや、アネルザの捕縛そのものが、ある程度の計算によるものだったという。

 しかも、よくよく聞けば、すでにアネルザは、監獄塔にはおらず、数日前に脱走して、イザベラとアンたちのいるノールの離宮に行っているらしい。

 いつの間にか、そんなことになっていたのだ。

 

「……もしかしたら、このところ急に始まって、民衆を苦しめている重税も、そなたらが関係あるのか?」

 

 もともと、そんなに人気のある王ではなかったが、その評判が急降下したのは、新しい女官長に贅沢をさせるためだという噂の、突然に始まった重税だ。

 だが、考えてみれば、あれは王妃が捕縛された前後から開始された。

 スクルズたちの活動が王妃捕縛の時期から開始されているなら、それも彼女たちが一枚噛んでいる可能性が高い。

 

「さああ……」

 

「まあ、よくわからないねえ……」

 

 スクルズは微笑んだまま小首を傾げただけだが、ミランダはちょっと動揺したように視線を逸らした。

 スクルズはともかく、ミランダは嘘は下手だ。

 どうやら、そうなのだろう……。

 ベルズは溜息をついた。

 

「ミランダ、お前ともあろうものが、どうしたのだ? 目的のためには手段を選ばんのか? この重税で相当に王都の者は難儀をしておるのだぞ。もしかしたら、王都の商人たちを処断し、さらに二公爵を晒させたのも、お前らが噛んでおるのか? あんな残酷なことを──」

 

 ベルズは声をあげた。

 しかし、ミランダが必死の様子で首を横に振った。

 

「違う──。商人たちのことは、あたしだって、驚いているところなんだよ。公爵たちだって、まさか殺すだなんて」

 

 ミランダが思わずという感じで口走った。

 そして、はっとした表情になる。

 

「ならば、それ以外のところでは関与しているということなのだな……。なんでだ? ロウ殿のためか?」

 

 ベルズが言うと、ミランダはばつの悪そうな表情になった。

 答えがなくても、ほかに理由などないだろう。

 

「ベルズ、わたしたちは、ロウ様に命をもらったわ。幸せにもしてもらった……。そのロウ様が困っている。だったら、ロウ様を助けないとならない。それは当然のことだと思うわ」

 

 そのとき、スクルズが口を挟んできた。

 いつの間にか、スクルズの口元からは笑みが消えている。彼女は真剣な表情だ。

 

「それはもちろんだが……。しかし、やりようというのが……」

 

「いいえ──。だって、いまの国王がいなくならないと、ロウ様は絞首刑にされるのよ。あるいは、もう二度と王都に戻ってこられない。わたしは、そんなのいや──。ロウ様に手を出そうとする国王には我慢できない──。あなたは、そうじゃないの、ベルズ──?」

 

「そりゃあ……」

 

 その気持ちは理解できるが、だからといって、なにしてもいいというわけじゃない。

 ベルズはそう言おうとした。だが、スクルズを見ていると言えなくなった。

 それほどまでに、スクルズが思いつめている表情だったからだ。

 ちょっと驚いた。

 

 スクルズはなにかに挑むかのように、ベルズを睨んでいる。

 しかし……。

 なんだ?

 こんなに余裕がない雰囲気を出すスクルズは久しぶりか……?

 

 ロウに出会ってからのスクルズは、いつものんびりとした笑顔をしていて、つかみどころのない飄々とした大人物の風格さえあった。

 だが、目の前のスクルズは違う。

 落ち着いているようでも、まったく落ち着いておらず、悟ったようでなにも悟っていない。

 なにかをとてつもなく焦っている。

 それを必死になって笑顔で隠しているだけだ。

 

 しかし、なんとなくわかってきた。

 スクルズとベルズのあいだの温度差ともいうべき、感覚の違いだ。

 ロウが旅に出かけ、そのあいだにあったロウへの捕縛命令──。

 まあ、なんとかなるだろうし、そのうちどうにかしようと思ったベルズとは異なり、スクルズにとっては、それは魂を揺るがすほどに驚愕する出来事であり、とても許されないことだったのかもしれない。

 

 そして、ふと思った。

 ベルズは、最近のスクルズのことをとても成長したと考えていたし、まさに神殿長に相応しい頼もしさを身につけたなと評価していた。

 それがロウにもたらされたものなのはわかっていたが、少し前のスクルズがどちらかというとか弱き少女の印象だったので、よい影響だと思っていた。

 しかし、スクルズがそう振る舞えるのはロウがいるからであり、もしかして、ロウがいなければ、やはりただの弱い女に過ぎない?

 ロウがいるから、あんなに自信にみなぎるスクルズでいられる?

 

「ベルズ、あなたになにを批判されてもいいし、ロウ様を助けるためになら、なにをしてもいいというのは、間違っているというのはわかるの……。でも、わたしは本当に我慢できない。ロウ様がいなくなるなど……。その可能性を考えることさえ、いや──。絶対にロウ様は助けるわ。ロウ様に手を出そうとする者なんて許せない。それが国王でも……。ロウ様をお助けするためなら、たとえ、地獄に落ちたって、なんの悔いもない。ロウ様のためなら、百万遍でも地獄に落ちてみせる」

 

 スクルズが毅然として言った。

 

「スクルズ……」

 

 ミランダが驚いている。

 ベルズも目を大きく見開いた。こんなスクルズに接するのは初めてだったのだ。

 そして、大きく息を吐いた。

 

「……そうか……。スクルズは既に腹を括っているのだな。わかった。もうなにも言わん。わたしも協力しよう。よければな……。それに、わたしもウルズも、ここに置いてもらわねば困る。もう神殿は家出してきた」

 

 ベルズは微笑んだ。

 スクルズがぱっと破顔した。

 

「そう言ってくれると思ったわ。じゃあ、ロウ様を困らせる国王など、みんなでやっつけて、退位させてしまいましょう。そして、ロウ様をお迎えするのよ。きっとお叱りなさると思うわ。そしたら、仲良くお仕置きを受けましょう、ベルズ」

 

 スクルズがベルズの手をがっしりと両手で握った。

 

「お、お仕置き?」

 

 ベルズは困惑した。

 

「……まあいいわ。とにかく、話を戻すわよ、スクルズ」

 

 ミランダが口を挟む。

 

「……とにかく、今回のことは、サキとあんたが仕組んだ。これはそうなのね? わざと王にあなたを殺させるように仕向けて、王の失脚の材料を作ったということね?」

 

「そうよ、ミランダ」

 

 スクルズはあっけらかんと言った。

 

「……映録球の記録を見たと思うけど、心配ないわ。毒杯なんて効いていない。そもそも、魔道だって封じられていなかったし……。でも、媚香はつらかったかな……。あっ、それと、わたしと脱皮体が入れ替わったのは、サキさんたちの眷属たちの協力よ。映録球の回収も……。とにかく、わたし自身の魔道で仮死状態になったわたしと憑依体による複製とは、宮殿外に運び出される前に入れ替わったのよ。だから、晒されているのはわたしじゃないわ」

 

「わかっているよ」

 

 ミランダが半分呆れたように言った。

 ベルズもそういうことなのかと思った。

 

「……つまりは、王の失脚を決定的なものにするために、自分の死を映録球に保管して、あちこちに配ったということだな、スクルズ。わたしも見たが、確かに、あれは衝撃的だった。王の資格なしとされても仕方ないかもしれん」

 

 ベルズは言った。

 

「アネルザが貴族工作を続けているよ。さっきも言ったけど、ノールの離宮でね」

 

 ミランダが言った。

 

「ノールの離宮か……」

 

「とにかく、色々と不祥事をさせてやったけど、今回の事件が決定的になって、貴族が一斉に王の退位要求を付けつけると思うよ。アネルザの実家のマルエダ辺境侯家が中心となってね」

 

「辺境候を動かしているのか?」

 

「そう聞いているね。まあ、これだけ王都が騒ぎになったら、国王といえどもそれを受諾するしかないだろう。いまは、後宮に引っ込んで好き放題やっているつもりだろうけど、一斉に貴族の反発を受ければ、慌てふためくさ。それで終わり。イザベラ姫様の王位継承に反対する貴族もないだろうし、めでたく、ロウは王都に戻れるよ」

 

「お前らの狙い通りにか?」

 

 ベルズの言葉に、ミランダが肩を竦めた。

 

「まあ、そうだね。今回のスクルズの毒杯死のことをなにも知らされちゃあいなかったのは気に入らないけどね……。まあ、でも、終わったことは利用するよ。どんどん、ルードルフ王の国王失格の運動をさせてもらう。圧倒的な反王の世論を作ってみせるさ」

 

 ミランダが言った。

 

「頑張りましょう、ミランダ」

 

 スクルズが言った。

 ベルズは溜息した。

 

「だけど、大丈夫なのか、ミランダ? 火をつけるのはいいけど、制御できなくなるんじゃないのか? わたしは、たったいままで広場にいたのだ。おそらく、万に近い人間が集まっていたぞ。いまにも暴徒化しそうだった。そもそも、先日、王都の豪商を殺して流通に影響が起こっている。王都では品不足が発生し、ただでさえ重税のところに、物資不足が重なって、王都の物価は跳ねあがっている。そこに、スクルズの晒し刑だ。大暴動が起きてもおかしくない」

 

「大暴動? 大騒ぎになっているのは承知しているけど、そんなになっているのかい? あたしは、ここから出られないんで、実際には見てないのさ」

 

 ミランダが困ったような表情になる。

 

「暴力は困るわねえ……」

 

 スクルズは言ったが、どことなく他人事の響きもある。

 おそらく、スクルズ自身も、自分の人気をわかっておらず、あの映録球の映像がどれだけ人々にとって、衝撃的かわかっていないのだろう。

 ベルズは再び嘆息した。

 まあ、それよりも、これからのことだ。

 

「……それにしても、これでスクルズは死んだことになるのか? それで髪型と髪の色を変えたのだろうけど、これからどうするのだ? 神殿長の役目は?」

 

 ベルスはスクルズに言った。

 スクルズは、ちょっと小首を傾げた。

 

「さて……。どうしましょう。最終的には、ロウ様をお迎えに行くわ。ただ、とりあえず、サキさんのところに滞在することになるわ。向こうに隠れるの」

 

「王宮にか?」

 

「とにかく、ロウ様たちと接触を果たさなければならないわ……。それと、万が一にも、入れ違いにならないように手を打たなければならない。だって、ロウ様が思ったよりも早く戻って、地方の王軍にでもロウ様を身柄を拘束されては面倒なことになるわ。幸いにも、シャングリアの実家のモーリア男爵家がナタルの森に繋がる街道に近い土地を領土にしているわ。そこに協力を依頼するの。その手配は王宮側にいるサキさんでしてもらえることになっているのよ」

 

「モーリア家を?」

 

 シャングリアのモーリア家といえば、男爵家だが、いまの代になって領地の経済開発に大成功し、大変に力のある貴族だ。

 あそこは、並の伯爵家以上の力があるだろう。

 

「実は、そっちには、サキさんが手配して、話が通っているの。わたしはわたしで、ロウ様を探すつもりよ。長距離転送施設もかなり伸びているから、それを使えば、かなり時間も節用できるわ。とにかく、ロウ様たちが国境を越えて戻る前に、なんとか捕まえる……。そのときにはわたしの魔道も役に立つでしょう……。ベルズには、わたしが王都からいなくなってから、ミランダに協力して欲しいわ」

 

 長距離転送施設か……。

 ロウの長期クエストが決定してから、憑りつかれたようにスクルズが取り組んでいたやつだ。

 教団からも、ベルズが主催している魔道研究会のサロンからも、金をむしり取っていき、狂ったように、ロウが向かったナタル森林に向かって伸ばしていっていた。

 まさかとは思うが、そのときから、ロウの後を追いかけるつもりだったのではないだろうな……。

 ベルズは嘆息した。

 

「まあ、やれることはやるけどね……ところで、無事にロウ殿と合流して、こっちの工作もうまくいって、いまの王を退位させて、姫様が王位についたとする……。でも、その後は、スクルズはどうするのだ? 死んだと見せかけていたけど、実は生きていましたということにでもするのか?」

 

「そんなことは無理よ。仕方がないので、ロウ様のお屋敷で暮らさせてもらおうと思うわ。地下に監禁されて、雌犬として飼われるなんてどうかしら。ぞくぞくするわ、ベルズ」

 

 スクルズが満面の笑みを浮かべた。

 ベルズは呆れた。

 

「なにが雌犬だ。馬鹿か──。神殿長職はどうするのだ? 天空神に誓ったのだろう?」

 

「天空神様なんて……。とにかく、そんな役目についていたから、ロウ様の旅についていくことができなかったのだわ。もういい──。こんなに寂しい思いをするなら、わたしは神殿をやめる。冒険者になって、ロウ様の横から離れない。ロウ様のために神殿長になろうとしたけど、やっぱりもっともっとお役に立てる立場でいたい。神殿長については、今回のことで世論工作に役に立つと思うし、もういい潮時よ」

 

「呆れたのう。信仰よりも、ロウ殿か──」

 

「いまだから言うけど、ロウ様に出逢ってから、ずっと、わたしの信仰の対象はロウ様に変わっていたのよ。神殿長であるか、どうかは、ロウ様に尽くすのに、どっちの方が都合がいいかで決めるの。悪いけど、神殿界のことはよろしく。史上最年少で王都三神殿の神殿長になったスクルズは死んだの」

 

「ええ? いいの、それで?」

 

 ミランダも驚いている。

 

「新しい名前は、そのうち考えるわ……。でも、すーままでなくなると、ウルズが混乱するかなあ……。スクルドなんてどう? そんなに印象変わらないし、ウルズにも混乱がないと思うわ」

 

「勝手にせい」

 

 ベルズは吐き捨てた。

 それにしても、神殿長をやめる?

 もしかして、これはもっと計画的だったか?

 事前に知らせれば、ベルズに反対されて、違う計画に変更させられたから、ミランダにもベルズにも教えずに実行に移したか?

 まさかとは思うが……。

 

 そのときだった。

 ばたばたと地上から誰かが階段で降りてきた。

 

「ミランダ、大変よ──。あっ、ベルズ様?」

 

 駆けおりてきたのは、確かマリーという冒険者ギルドで働いているミランダの部下の女だ。

 スクルズの存在に驚かないところを見ると、スクルズの生存のことは知っていたのだろう。

 それにしても、血相を変えている様子だ。

 どうしたのだろう──?

 

「なに、マリー? 王都の広場になにかあった?」

 

 ミランダが言った。

 どうやら、ミランダはこのマリーに指示をして、あの広場の状況を見守らせていたみたいだ。

 あれだけの群衆だったので、ベルズも気がつかなかったが……。

 

「ありましたとも──。暴動です──。集まっていた群衆が柵の一部を壊してしまい……。それを王兵が剣で追い払おうとして、それであっという間に──」

 

「なんですって──」

 

 ミランダは声をあげた。

 

「警備の王兵は群集に飲み込まれて……。もう、なにがなんだか……。とにかく一報と思って、護符で跳躍してきました。暴動発生はたったいまのことです」

 

 ベルズは舌打ちした。

 やっぱりか……。

 しかし、だったら、間に合うか?

 立ちあがる。

 

「ミランダ、スクルズ、ここはわたしに任せろ──。ふたりは、いまは人前には出られんだろう。とにかく、暴動はとめられんかもしれんが、偽物の屍体だけは片付けてくる。妖魔の憑依体などと知れたらまずい。それに、遺体をうまく処置すれば多少なりとも落ち着く可能性はある……。だが、これだけ言っておくぞ──。ロウ殿を連れ戻すため、工作をするのはいい──。わたしも協力する。でも、制御できる範囲でとめておかんと、大変なことになるぞ」

 

 ベルズはフードを被り直して、転送術を刻んだ。

 とにかく、現場に飛んで、スクルズの屍体ということになっている妖魔体を発見する。

 見つけ次第に、魔道で空に浮かべて、目映いほどの光とともに焼却するつもりだ。

 群衆はスクルズの身体が天に召された奇跡とでも思うだろう。

 そんな風に装う……。

 それで、少しは収まってくれればいいが……。

 

「んん? べーまま、どっか、いくの?」

 

 ウルズが気がついてこっちを見た。

 

「ちょっと用足しだ。すーままと待っておれ、ウルズ」

 

 ベルズは声をウルズを包む結界の中に魔道で送り込み、次いで、自分の身体を転送させた。

 魔道の効果発現の直前に見たのは、ミランダとスクルズの苦虫を噛み潰したような、ばつが悪そうな、不安そうな、とにかく複雑な表情だった。

 

 

 

 

(第23話『女神殿長の処刑』終わり、第24話『女官長退場』に続く)




 *


 【スクルズの昇天】

 スクルズの昇天については、当時のいくつかの書物に記述があるが、第一の資料は、ランジーナ=ロウセウルス(注:ロウセウルスは洗礼後の共通姓)の『ランジーナの福音書』である。
 それによれば、兇王によって処刑されたスクルズは、その屍体を磔刑によって辱められたが、眩い光とともに昇天し、天空神の使徒に出迎えられて、天空にある女神の座についたとある。
 そのとき、王都の民衆は、スクルズの処刑と晒し刑に怒り、騒乱を発生させていたが、スクルズの神々しい昇天の光景に我を忘れ、心の落ち着きを取り戻して、動乱は収まったと記述されている。

 また、クロノス正教会の『聖伝』によれば、スクルズが兇王ルードルフに処刑されたのは、王の失政を諫言したためであり、そのため毒杯を飲まされたとある。
 この際、ルードルフは、スクルズの屍体から服を剥ぎ、全裸を王都の広場に晒して辱めさせた。
 こちらにも、そのとき、それに激怒した民衆の一部が暴徒化し、警備の王兵を襲撃するという事件が発生したが、暴動発生直後にスクルズの屍体が天に召喚されて、光とともに消滅したとされ、さらに、この昇天により暴徒が沈静化したとある。

 さらに、マリア=ロウセウルス(マリアは、スクルズとともに処刑されたグリムーン公爵家の息子の妻。ロウセウルスは共通洗礼姓)には、天界に昇天したスクルズが復活した話が詳細に記述されていて、スクルズは天空への昇天後、すぐにこの地に復活したとあり、クロノスへの愛をマリアたちに解くとともに、信仰のための秘術を伝えたとある。
 この際、復活したスクルズは神具を信仰心の篤い「しもべ」たちに残したと伝えられているが、その神具は現存しており、クロノス正教会の大神殿に厳重に保管されている。

 ボルティモア著『万世大辞典』より(*)

 * ここに記録した引用文は、国際統一図書館に貯蔵されている初版本から、許可を受けて採録したものである。


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 第24話  女官長退場
394 老魔道師の困惑


 マーリンは、王都内で暴動が起きたという情報をマルリスとして暮らしている薬師の店で知った。

 夜もかなり深くなった頃だ。

 驚いた。

 そんなことがあったなど、まったく知らなかったからだ。

 このマルリスの店を兼ねた家は、王都の北部側の城壁沿いにあり、大騒動の発生場所からかなり距離がある。マルリスに限らず、周囲に王都中央部における騒乱のことが伝わるのは時間がかかっていた。

 だから、単純に情報が遅れたということではあるのだが、由々しき問題を孕んでいた。

 つまりは、マーリンの作っている諜報組織がまったく機能をしていないということだ。

 そもそも、こんな大きな情報がマーリンに即座に入らないなどあり得ない。

 しかし、そのあり得ないことが起きた。

 マーリンは、騒動の内容よりも、マーリンに情報が遅延したということを重視した。

 

 騒乱の場所は王都広場、あるいは、噴水広場と称される王都の中央部のことであるようだ。

 情報の把握が遅れたマーリンは、すでに事が完全に終わってから、それを報告をしてきた手の者から詳細を把握した。

 それによれば、今日の昼過ぎに、その王都広場で二公爵とともに、あの第三神殿の若い女神殿長であるスクルズの晒し刑が起きたのだという。

 暴徒は、そのスクルズの処刑に対する抗議が発端だということだ。

 とりあえず、鎮まったようだが、一時期は万を超えた民衆の暴徒が王宮を囲むのかと思うほどの大混乱だったという。

 そんなことがあったのだ。 

 

 仰天した。

 二公爵の処刑と磔刑──?

 国王自らのスクルズの処刑?

 なんの話かと思った。

 

 少なくとも、マーリンが描いた絵にはなかったことだ。

 王宮工作はほぼテレーズに一任しているが、そのテレーズを使って牛耳っているのはマーリンだ。

 しかし、マーリンの預かり知らぬところで、大きな政変が起きている。

 考えられるのはテレーズが独走し、マーリンに相談なく、それほどのことを引き起こしたということだ。

 それは、ある意味、テレーズの裏切りといえなくもない。

 そうでなくても、マーリンの示唆を受けずに、これほどの事を起こすのは許されないことだ。

 

 一方で、そもそも、なぜ、マーリンに事前に情報が入らなかったのか……。

 マーリンは決して情報収集を怠っていたわけではない。

 もっとも、危険な任務についているテレーズこそ、最小限の接触しかしないようにし、万が一にもテレーズのやっている工作が発覚した場合には、容赦なく切り捨てられるように、マーリンとはほぼ接触は断たせていた。

 しかし、そのテレーズについては、王宮に送り込んでいるタリオの諜報員に見張らせ、その動きを逐一監視させているし、その報告受けも怠っていない。

 だから、万が一、テレーズがマーリンを出し抜いて、勝手なことをしようとしても、それができるわけがないのだ。

 テレーズのやることは、全部マーリンに報告が入る。

 そういう態勢を作っていた。

 だが、実際には、これほどのことを王宮のルードルフ王がやっている。

 これをテレーズが知らなかったことはあり得ないし、彼女に強いているルードルフ王の寵姫である女官長という立場のテレーズが、事前に関与していないということもないだろう。

 つまりは、テレーズは、マーリンの命令を越えて勝手に動き、さらに、テレーズを見張らせている手の者がそれをマーリンに意図的に情報を入れなかったということになる。

 

 とにかく、テレーズについては、ずっとマーリンの手の上で躍らせていたつもりであり、接触を最小限にする反面、彼女の監視は怠っていなかったつもりだった。

 最近についても、手段を与えて支配をさせた魔族の女と、百合遊びの悪戯に興じるのが愉しいらしく、人目のないところで、彼女が魔族女を性的にいたぶって悦に嵌まっているということさえ、度々報告を受けていた。

 任務のために、男と寝かせたことはかなりあるが、実は女好きの女だったのかと、呆れてもした。

 奴隷化しているとはいえ、ずっと感情が読めない不気味さがあったものだから、彼女の好色の一面に接して安堵もしていた。

 この程度の女なのかと、蔑む気持ちにもなった。

 そういう評価のテレーズが、マーリンの手から勝手におりて、マーリンの想像を越えた行動をすることは予想していなかった。

 

 だが、実際には、マーリンが事前に把握することなしに、二公爵の処刑などということが行われている。

 事前に情報は入っていない。

 それどころか、マーリンが城郭にばらまいている諜報員の誰もが、積極的にマーリンに報告をするということがなかった。

 ありえないことだ……。

 だから、マーリンは、自分が関与せずに大きく事態が変化したということよりも、マーリンに対する情報が遮断されたということの方が気になった。

 

 マーリンがアーサーから指示をされているのは、タリオ公国が全力をもって、カロリックに動くあいだ、万が一にもハロンドール王国にそれに対応させないようにすることだ。

 大国であるハロンドール王国については、アーサーがハロンドール王国から妃をもらって同盟関係を作っているが、実はカロリックとハロンドール王国もそれなりに友好関係を作っている。

 古く歴史のある国なので、王族に限らず、力を持つ上級貴族たちがタリオ、カロリック、デセオなどと複雑に親族関係や婚姻関係を持っているのだ。

 

 アーサーの狙いは、カロリックに軍事行動を起こす場合に、ハロンドール側の勢力が万が一にも、カロリック側につかれないようにすることだ。

 マーリンからすれば、あの愚王が、三公国の騒乱に積極的に対応して機先を制するような真似をできるとは想像もできないのだが、アーサーは自分が考えるほどのことくらいであれば、他人も当然に思考するであろうと判断する傾向がある。

 少なくとも、そういう思考過程で準備する。

 だからこその、今回のハロンドール工作だ。

 

 マーリンからすれば、こんなことまで心配する必要がないと思うが、アーサーの頭の働きには、マーリンもかなわない。

 それに、王国そのものが動かなくても、目先の利いた王国内の大貴族が三公国関与に動くこともあり得る。

 だから、こっちで騒動を起こす……。

 少なくとも、国外についてなど、意識を向けることができない程度のことを謀略によって発生させる。

 これがマーリンに対するアーサーの指示だ。

 

 もっとも、今回のことは、アーサーの私怨が含まれている気がする。

 なにしろ、アーサーからは、先回の王国訪問で恥をかかされたらしいロウを必ず陥れよとか、権力の場から遠ざけろという指示が入っていたからだ。

 まあ、女にもてはやされるのが当たり前で、女から振られたことのないアーサーなのだが、ハロンドールの王太女や姉の王女が、アーサーには見向きもせずに、ロウに首ったけだったのが相当に気に入らなかったみたいだ。

 アーサーは周囲に緘口令を敷いていたみたいだが、やっとそういう裏事情もマーリンの耳に入って来ていた。

 いずれにしても、マーリンとしては、指示されたことをするだけだ。

 

 そういう意味では、そもそも、二公爵の処刑は問題ない。

 マーリンの役目は、この国がしばらく国外に関与できないような騒乱を起こすことだからだ。

 二公爵については、もう少し使いたかったというところもあるが、あまりに愚物すぎて、長く使える感じではなかった。

 動き回る道化としては愉快だったが、あれでは反乱の真似事を起こさせようにも、あんなのについてくる者はいない。

 あのふたりは、自分たちこそ王に相応しい大物だと考えていたふしがあるが、あれはどう見ても人の上に立つ器ではない。

 もう少し使いたかった気もするが、処断されるのは問題ではない。

 王都に混乱を作ってくれるのに十分に役立った。

 

 また、スクルズという女神殿長の処刑──。

 これはマーリンの考えていた工作の可能性から完全に外れていた。

 彼女のように、王国でも貴賤を問わない人気があり、しかも、調べる限り、まったく権力に興味がなくて無害に近く、さらに王国にとって、非常に大切な存在のはずの上級魔道遣いを呆気なく処刑させてしまう工作など考えられるわけもない。

 そもそも、神殿の神官というのは、俗世である国王の権力に属するものではなく、国境を跨ぐティタン教団からその立場を与えられている存在だ。

 それを勝手に、しかも、王都大神殿の神殿長ほどの者を理不尽に殺してしまうなど、ルードルフ自身が教団から破門をされてもおかしくない愚挙だ。

 マーリンの価値観では、絶対にやってはならない愚行である。

 だが、実際にはそうなった。

 

 マーリンが受けた情報によれば、ルードルフ王は、およそ最悪のやり方で、あのスクルズを処刑したようだ。

 しかも、その一部始終を記録した『映録球』を大量に王都の市民にばらまかれて、大暴動が起きかけたのだという。

 もっとも、その暴動は晒されたスクルズの死体が突如として昇天し、天空神の使徒に迎えられて天界に向かった「奇跡」が起こり、その光景に度肝を抜かれて、とりあえず、暴動は収まってしまったという。

 なんとも、ばかばかしくも信じられない結末だが、情報が錯綜して混乱が起きているということに違いない。

 天空に昇天など……。

 

 とにかく、慮外の出来事とはいえ、市民により暴動など、マーリンに任されている王国工作の手段としては、かなり効果的な結果だ。

 王都では国王以上の嫌われ者である二公爵を強引に旗頭にさせて、この国の貴族を分裂させるというやり方よりも、ずっと精錬されているといっていい。

 今回は大暴動には終わらなかったが、一度乱れた治安はなかなか回復させるのは難しい。

 王都の物価高による不満はまだまだ続いているし、これからはちょっとしたことでも、この王都内では民衆による暴乱が起こっていくだろう。

 いい傾向だし、マーリンの仕事はずっとやりやすくなると思う。

 

 しかし、唯一気に入らないのが、それらがマーリンの預かり知らぬところで、やられたことだということだ。

 さらに、愉快でないのは、その情報がマーリンに入るのにこれほどの時間が経っていたということだ。

 王都中央で起きた大騒動の情報が、その日の夜遅くまでマーリンに入らない?

 あり得ない……。

 

 愉快でないどころではない……。

 大きな問題だ……。

 なぜ、マーリンに情報が入らなかった……?

 なぜ、マーリンの作った諜報網が機能しなかった……?

 

 どうしても納得できなくて、マーリンは珍しくも、自ら動いて、本来、マーリンに情報を入れるためにすぐに動くべき者たちに接触した。

 考えたのは、意図的に彼らがマーリンに対して、報告を遅延するように動いた可能性だ。

 そんなことをする理由もないし、それそのものがあり得ないことだと認識しているが、マーリンは慎重な性質だ。

 なにか気になることがあれば、絶対に確認しなくては気が済まない。

 マーリンが知らないところで、なにかの操り術をかけられていることさえ、想像した。

 

 そして、わかった。

 マーリンが調べた限り、彼らのいずれもが、操り術を掛けられていたということはなかった。

 ただ、わかったのは、彼らの意思で意図的に情報を遅らせたということだ。

 理由もない。

 ただの怠情だ。

 しかも、ひとりではない。

 マーリンが接触した工作員は、ことごとくが怠情の心に襲われていた。

 いままでは、マーリンの性格もあり、小さなことでも逐一報告していたのに、なぜか、今回については、急いで情報をマーリンに入れる必要がないと考えてしまった。

 全員が一度にだ……。

 そんなことがあり得るか?

 そして、それを考えたとき、マーリンはひとりの人間のことを思い浮かべた。

 

 テレーズ……。

 

 彼女の扱う闇魔道は特別だ。

 心を操るのではなく、感情を動かすのだ。

 しかも、無理矢理ではなく、心の中に浮かんだ闇をごく自然に大きくして、テレーズの望む感情側に他人の心を傾けるのである。

 魔道ではあるのだが、自然な感情変化を土台にしているだけ、非常に魔道の影響がわかり難い。

 マーリンに情報を入れなかった工作員が陥っていた状況を説明するには、マーリンが知る限り、テレーズによる感情操作が行われていると考えるのが、もっともうまく説明がつく。

 

 しかし、まさか、テレーズが裏切っている……?

 いまの時点では、裏切りともいえるものではないが、マーリンの知らぬところでテレーズがなんらかの動きをしている?

 なんのために?

 どうして?

 そもそも、テレーズはマーリンに隷属されている「奴隷」だ。

 マーリンの命令のとおりにしか動くことのできない「人形」でしかない。

 そういうように暗示をかけているし、徹底的に命令をテレーズの身体に刻み込んでいる。

 

 だが、工作員が受けていた影響……。

 マーリンは闇魔道は使えないので、テレーズの闇魔道が工作員たちに浸透していたのかどうかを直接に図る手段はない。

 闇魔道というのは、それほどに一般には知られていない魔道だ。

 しかし、諜報員が一斉に怠慢を起こしたことに対する合理的な説明……。

 テレーズの闇魔道が関与したとしか、うまく説明がつかない。

 ……とはいっても、テレーズがマーリンに意図的に逆らっているということもあり得ない。

 しかし、ほかのすべての可能性が排除できるのであれば、残った唯一のものが真実と考えるしかないのかもしれない……。 

 

 テレーズ……。

 あいつが、マーリンに逆らう……?

 それがあり得る……?

 マーリンは困惑している。

 

 テレーズか……。

 彼女がマーリンを出し抜いて、なにかをやろうとしているかもしれないと考えたとき、そもそも、マーリンはテレーズが裏切る可能性があるかどうかを判断できる知識がないことに気がついた。

 よく考えれば、マーリンはテレーズのことをほとんど知らないのだ。

 興味がなかったと言っていい。

 なにしろ、あれは単なる道具だ。

 道具が裏切るかどうかなど、どうして考える必要がある。

 

 テレーズか……。

 マーリンは改めて、彼女のことを記憶から呼び起こした。

 

 そもそも、テレーズというのは本来の名前ですらない。

 今回の任務がこの国の女伯爵のテレーズ=ラポルタと入れ替わることだったので、マーリンが命令して、テレーズと名付けたのだ。

 姿形についても、特殊な魔石の魔道具で四十過ぎの女伯爵に変えさせた。

 もともとの姿は、もっと若かった気もするが、マーリンは彼女の名前同様に、ほとんど覚えていない。

 

 あの女は道端で拾ったのだ。

 ただの石ころだ。

 マーリンは、それ以上の感情を彼女に対して持っていない。

 

 あの女を拾ったときのことを、マーリンはぼんやりとしか覚えていなかった。

 確か、行き倒れの女だったと思う。

 場所はどこだったか……。

 どこかの山の中だったと思うが、三公国のどこか……? それとも、ナタル森林? どうしても思い出せない。

 もしかしたら、名を覚えていないのは。そもそも名乗ってないからではないか? 訊ねたことすらなかったのは間違いないだろう。

 

 とにかく、かろうじて記憶にあるのは、その女が死にかけていたということだ。怪我をしているということではなかった。

 ただ、衰弱していた。

 おそらく、数日は食事もしていなかったと思う。

 マーリンの見たところ、飢えて判断力がなくなり、毒のある草か、果実、あるいは、茸の類いのでも口にしたのだと思う。

 

 いずれにしても、マーリンは、その女に自分に仕えるのであれば、助けてやってもいいという意味のことを喋った気がする。

 マーリンとしては、その女が生きようが死のうが、どうでもいいことだったが、なぜか、そのときには、ほんの気まぐれが起きたのだ。

 あのとき、その女は応諾した。

 ……というよりも、本当に死にかけていて、まともに思考する能力を失っていたのだと思う。

 呆気ないくらいに、女はマーリンの隷属魔道を受け入れた。

 これが最初だった。

 

 そして、その女は、とんだ拾いものだった。

 驚くことに、彼女は魔道遣いだったのだ。

 しかも、マーリンですら伝承でしか接したことのない「闇魔道遣い」だという。

 最初は信じられなかったが、すでに隷属してたので、絶対に嘘をつくなと命令して喋らせた。

 少なくとも、彼女自身は、自分が闇魔道師だと信じているということは確かだ。

 なにができるのかと問うと、他人の悪心を操り、それ増幅して、感情を操れると説明した。

 考えてみれば、マーリンが彼女について興味を抱いた唯一のことがそれだっただろう。

 

 これ以降は、道具として使う者と、その道具との関係だ。

 意外だったが、彼女は闇魔道師という特殊な技能を持っているだけではなく、なぜか諜報員がやるような裏工作の知識と技術もあり、かなり重宝な存在だった。

 たまたま拾った路傍の石だっただけに、マーリンも気にすることなく、どんどんと危険な任務に彼女を使った。

 使い捨て同様に、敵対組織に放り込んだことは、一度や二度じゃない。

 その都度、彼女は持ち前の闇魔道を駆使して、任務を遂行して、マーリンのところに戻ってきた。

 非常に便利な道具だった。

 そのテレーズがマーリンを出し抜いている?

 あり得ないと思うとともに、ならば「処分」すべきなのだろうなと思った。

 

 しかし、処分をする前に、幾つか確かめなければならないことがある。

 また、そもそも、テレーズには、王宮に入っていた魔族女を真名で支配して、隷属をさせている。

 魔族に接するなど危険極まりないことなので、マーリンは直接に魔族女に接するのは避けていたが、テレーズを処断するとすれば、先に魔族女の隷属をマーリンに移す必要がある。

 隷属の支配は、特に条件付けをしていない限り、主人側が死んだ瞬間に、隷属が解消される。

 テレーズを殺すということは、いいように使い続けてきた魔族女が自由になるということであり、その恨みをマーリンを含めたタリオ公国に向けてくることは間違いない。

 テレーズを処分する前に、魔族女をマーリンが支配する。

 まずこれをしなければ……。

 幸いにも、確か、サキという通称名だったと思うが、サキはテレーズから破廉恥ないたずらを受けて、嬌声を出してよがるような情けない女魔族でもある。

 そんなものを過敏に恐れる必要もないようだし、次は直接にマーリンが支配してやろうと考えた。

 

 マーリンは夜中に、薬師の家を発った。

 テレーズがいるのは、王都ハロルドの中心にある王宮施設の中でも、後宮と呼ばれている正殿に隣接する離宮殿だ。

 王宮そのものの警備は厳重だが、入り込んだタリオの手の者が警戒を無効化しているので、忍び込むのは容易だった。

 

 マーリン自身が侵入するのは初めてだが、テレーズがいる寝室まで迷うことなく進む。

 これまでのたくさんの報告から、マーリンはこの王宮内のほとんどの構造を頭に叩き込んでいる。

 当然に、テレーズが休む部屋も知っている。

 最初の頃は、寵姫としてルードルフ王と閨を共にしていたが、このところは、国王が不能になったということで、夜は遠ざけられているようだ。

 国王にその手の毒を盛って、射精を統制しているのはテレーズであり、それにより、彼女は王の心の悪心を発生させて、闇魔道で支配することに成功した。

 これについては、テレーズから報告を受けている。

 

 マーリンが部屋に入ると、テレーズは寝台の上で起きていて、灯台の光の中に出現したマーリンに、弾かれたように短剣を向けた。

 

「どうした、俺だ」

 

「マ、マーリン様……」

 

 テレーズは短剣をおろした。

 

「刃物をおろす必要はない。立って壁まで動け。短剣の刃は自分の喉に向けろ。毒が塗ってあるのだろう? 掠っただけで死ねるぞ」

 

 マーリンは言って、立ちあがったテレーズと入れ替わるように、寝台に座る。

 自分の喉に短剣を向けるテレーズが口を開く。

 ただ、表情は読めない。

 相変わらずの無表情だ。

 改めて接すると、マーリンはテレーズに馬鹿にされている気がした。

 

「どうしたのです? こんなことをしなくても、あなたには逆らえませんよ。隷属の魔道を刻まれているんですから……。殺したいのなら、そう命令すればいい。刃物を向ける脅迫は無意味です」

 

「そうかもしれんのう。まあ、訊きたいことがあるのだ……。まずは、訊問のあいだ、お前を拘束させてもらう。わしはとても用心深くてな……」

 

 

 さすがに、テレーズが焦ったような顔になる。

テレーズは薄い夜着をまとっていた。

 その下には下着は身に着けていないようだ。

 立たせると桃色の乳房や股間の陰毛までが薄っすらと透けて見える。

 

「よく見れば、なかなかに欲情を誘うような女なのだな。わしがあと十年も若ければ、興味を抱いたかもしれん」

 

 マーリンはほくそ笑んだ。

 一方で、内心の半分で驚いていた。

 自分自身がこんな下劣な物言いをするということが意外だったのだ。

 しかし、なぜか、この女に対する嗜虐欲が沸き起こっている。

 もしかしたら、マーリンを裏切ったかもしれない目の前の女を下劣に辱めるということをしたくなった。

 

「だったら、折角の隷属の支配ですから、手を出してらどうですか?」

 

 テレーズが自分の喉に刃物を向けながら口の端だけで笑った気がした。

 いや、実際にはテレーズの表情などほとんど動かなかった。

 しかし、マーリンには、テレーズの顔に浮かんだ、マーリンへの侮蔑をはっきりと感じたのだ。

 やはり、この女は、限りなく“黒”に近い。

 

「誘っておるのか?」

 

「まさか……。ただ、命令をされれば、相手をすること以外にはなにもできなせんし。あなたが、あたしに女を感じているような目をしたのが意外だったものですから」

 

「わしのような老いぼれには、お前の女としての部分には興味はない」

 

 マーリンは吐き捨てた。

 そして、収納術によって亜空間にしまっていたものの中から、小さな平たい金属の缶に入っている油剤を出して、テレーズに投げた。

 

「刃物を床に置いて、右手の人差し指を尻の穴に、左の人差し指を股間に付け根まで挿せ。命令だ……。これを使うといい。わしの店で売っている媚剤だ。普通の薬草もいいが、こういうものも需要があるでな。幾らか作っておる」

 

「なっ」

 

 さすがにテレーズが顔色を変えて、鼻白むのがわかった。

 マーリンは、沸き起こった嗜虐欲が刺激されるのを感じた。

 

「心配するな。手は出さん。ただ、男であれ、女であれ、下手に縄や枷で拘束するよりも、尻穴に指を入れさせるのが効率的だ。どんな武辺者でも、尻穴に指を入れたままではすぐに動けんでな。女の場合は、さらに前の穴にも指を入れさせる。媚薬で欲情させられたままでは気が集中できんから、魔道も遣えなくなる……。さっさとやれ……。命令だ……」

 

 マーリンは言った。

 テレーズが媚薬を拾い、恥辱のせいか、怒りのせいなのかはわからないが、彼女にしては珍しくも感情を露わにした真っ赤な顔で命令に従って動き出す。

 

「んっ、んくっ……」

 

 そして、寝着の裾をまくって、油剤を塗った指を下着の中に入れ、前後の穴に自分の指を付け根まで挿し込んだ。



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395 老魔道師の訊問

 しばらく、マーリンはなにもせずにじっと待っていた。

 もしも、テレーズからのなんらかの魔道操作を感じれば、即座に処分するつもりだった。

 サキとかいう魔族女のことはあるが、万が一、テレーズがマーリンを出し抜いて、マーリンに精神作用を施すことができるのであれば、これほどに危険なことはない。

 そのときには、テレーズを殺すことがすべてに優先する。

 

 しかし、マーリンに対して、テレーズが魔道のようなものを放つのは感じなかった。

 もっとも、マーリンにはテレーズの闇魔道の兆候に気がつく自信は完全にはない。

 だが、少なくとも、おかしな感情操作があれば、マーリンは気がつくだろうと思っている。

 

 一方で、股間と肛門に自分の指を入れるように命じたテレーズは、しばらくすると明らかに女の反応を示して、身体を悶えさせ始めた。

 マーリンは、さまざま道具を収納術で格納しているが、テレーズに投げ渡した缶に入っていた油剤は、その中でも強力な媚薬だ。

 我慢しているようだが、さっきから息が荒くなり、かすかな甘い声が口から漏れ出たりしている。

 顔は上気して真っ赤であり、薄物の下の裸身にはかなりの汗が噴き出ている。

 マーリンは、忘れていた男としての肉欲が騒ぐ気がしたが、ここで手を出して足元をさらわれるようなへまをするつもりはない。

 まあ、こうやって、いつも感情を見せない女が媚薬に追い詰められて、口惜しそうに唇を噛む姿を眺めるだけで十分だ。

 

「じゃあ、訊問をする。嘘はつくな。命令だ」

 

 マーリンは言った。

 テレーズが赤い顔をマーリンに向ける。

 

「こ、このまま……ですか……」

 

「そうだな……。犬のくせに、わしを裏切るような奴隷には、相応しい酬いだろう? さっきも言ったが、わしは用心深い。うっかりと、訊問中に寝首を搔かれたくない」

 

「あ、あたしはそんなことしません……。裏切るなど……、隷属の支配に逆らうなど……で、できるはずが……。そ、それをご存知なはず……」

 

 テレーズが言った。

 しかし、かなり媚薬が効いていたらしく、しきりに腰を動かしながら身悶えをしている。また、動くと挿入している指で刺激を受けてしまうのか、小さく声を漏らしたりする。すると、はっと気がついたように、慌てて口をつぐむ。

 そんな動作を繰り返している。

 

「わしは用心深いでな。それに、斬り合いが得意ではない。だから、まあ、拘束代わりと思っておれ。さっきも言ったが、話が終わるまで抜くな。命令じゃ。よがる分はいくらもでもよがってよいぞ」

 

 マーリンは笑った。

 自分にこういう面もあるのかと思ったが、女をこうやっていたぶるのも悪くないと考えた。

 

「な、なにを……。そ、そもそも、れ、隷属の支配は、あ、あたしがあなたに危害を加えることを……き、禁じてます……。隷属の支配を……疑うの……です……か?」

 

「疑ってはいない。だが、勝手なことをした……。なぜ二公爵を殺させた? わしがあの馬鹿たちを使って動いていたのを知っているであろう」

 

「し、知ってます……。で、でも裏切りなど……。二公爵の処刑を断じたのは……こ、国王で……」

 

「それは命じたのは国王なのだろうな。だが、その国王を闇魔道で動かしているのは、お前だ。まさか、まったく予期しないことだと言うのではないだろうな?」

 

「い、言いませんが……。や、闇魔道は……あ、操り術とは異なり、完全に意のままの動かすというわけには……。あ、あのう……。ゆ、指を抜かせてください……。さ、逆らいません」

 

 テレーズが両膝を擦り合わせるようにしている。

 マーリンは、そんなに強い媚薬だったのかとほくそ笑んだ。

 

「お前のような感情の無い女がそんなに反応するのは興味深いな。まだ、油剤は残っている。遠慮なく塗り足して、指を穴に入れ直すといい」

 

 マーリンは言った。

 それとともに、こんな風に好色めいたことが普通に口に出せるということに、少しばかり驚く気持ちもあった。

 まあいい……。

 とにかく、マーリンは、目の前の女が追い詰められるのを眺めるのが愉しくなってきた。

 

「ひ、必要ありません……」

 

 テレーズは言った。

 懸命に平静を装っているのが愉快だ。

 マーリンは、「命令」と口にした。

 テレーズは、追い詰められた表情になりつつも、股間から指を抜き、新たな媚薬を足して、もう一度自分の股間と尻の穴に指を入れ直した。

 指を抜くとき、大きく女の反応を示し、新たに指を挿入するときには、さらに派手に悶えた。

 新しい媚薬が足されると、見ているマーリンがたじろぐほどに、一斉に大量の汗がテレーズから噴き出した。

 まるで水でも浴びたみたいになったことで、テレーズの身に着けている薄物はぴったりとテレーズの肌に貼りつき、ますます扇情的になった。

 

「気に入ったか? あの魔族女と遊ぶのに残しておくか?」

 

 マーリンはくすくすと笑った。

 テレーズが口惜しそうな表情になる。

 

「ひ、必要ありません……。うう……、くっ……」

 

 テレーズの膝ががくりと砕ける。

 

「ひんっ」

 

 すると、テレーズ自身の動きが、指を挿入しっ放しの股間と尻穴に激しい刺激になったのか、テレーズの身体がぶるぶると震えた

 ふと見ると、その膝にテレーズの指の間から漏れ出たらしい愛液が内側に滴っている。

 やはり、それほどの強力な媚薬だったのと思った。

 

「そうか……。じゃあ、訊問に戻るか……。二公爵の処断を勝手に遂行させたのは、お前の独断だな?」

 

「そ、そうですが……べ、別に……さ、裁量の枠外とは……」

 

「そうか……。だが、意図的に情報を遮断したな?」

 

「い、意図的? あ、あたしは……ひ、必要以上の……接触を……んくうっ」

 

 またもや、媚薬にただれた股間かアナルを挿入している指で抉ったのか、テレーズが大きく背を反り返らせた。

 マーリンは、あまりの痴態に噴き出してしまった。

 

「必要以上の接触を禁じられたからだというのか……。まあいい。だが、王都にいるわしの手の者に、闇魔道をかけて、わしに対する情報を遅延させるようにしたな? なぜ、そんなことをしたのか知らんけどな」

 

「な、なんですか……、そ、それ……」

 

「質問に答えろ、命令だ」

 

「や、闇魔道で完全に心を操るのは不可能で……あ、ああっ、んはああ」

 

 テレーズがぶるぶると身体を震わせる。

 

「どうした?」

 

 マーリンは笑った。

 

「ゆ、指を抜かせてく、ください……」

 

「そのままでいよ……。命令だ」

 

 マーリンは言った。

 いずれにせよ、テレーズは処分する。

 だんだんわかってきたが、テレーズは巧みに言葉を選んでいる。嘘は言わないが、本当のことも言わなくていい、ぎりぎりの表現に巧みに変えている。

 どうやら、“黒”だな。

 マーリンは結論した。

 

 使い手のある“道具”だが、道具が道具でなくなったときには、処理するしかない。

 ほかの方法はない……。

 いやらしく身体を反応させるところは、殺すには惜しいが……。

 まあいいか……。

 

「……ところで、魔族の女については、お前の完全な支配下になるのだな?」

 

「は、はい……」

 

 テレーズがはっとしたように、俯きかけている顔をあげた。

 だが、顔は真っ赤だ。

 目元はとろんとして、薄っすらと涙まで浮かんでいる。

 ますます、媚薬が効いてきたみたいだ。

 面白い……。

 

「真名を教えよ」

 

 マーリンは言った。

 すると、テレーズはきょとんとした表情になった。

 

「い、以前に教えましたが……?」

 

「念のために、もう一度教えよ……」

 

 確かに教えられている。

 あのサキという魔族女をテレーズが支配下に置いた直後だ。

 ほとんど、マーリンはテレーズとは接触をしないようにはしていたが、さすがに、魔族女を支配下に置いた直後については、戻って報告をさせた。

 そのときに、テレーズは、サキを支配下に置くための鍵である真名を自ら教えたのである。

 

 そのとき、ふと思った……。

 自発的に……?

 およそ、与えた任務をほぼ完璧にこなすテレーズだが、逆に言えば、任務を推し量って余分なことをするというようなことをしないのがテレーズだ。

 隷属をして道具だとしか考えていないテレーズに、それ以上のことを望んでもいないので、深くは考えていなかったが、いまにして考えてみると、なんとなくテレーズらしくない気がする。

 余計なことを口にせず、命じたことを淡々とこなし、逆にマーリンに媚びるようなことをしない。

 あのときは、真名を探り当てたという功績をマーリンに誇るような物言いだった気もするが、思い出してみると、あれはテレーズらしくはなかった……。

 違和感を覚えた。

 

「うくっ、も、もう……お、お許しを……」

 

 そのとき、テレーズが弱音を吐くように哀願の言葉を発した。

 マーリンは、追い詰められていくテレーズの姿にやりと微笑んでしまった。 

 しかし、ふと、テレーズの淫靡な肢体に引きずる込まれている自分の感情に気がついた。

 あまり、遊びすぎるのもよくない。

 マーリンは気を引き締めた。

 

「命令だ。サキの真名をもう一度言え」

 

 マーリンははっきりと言った。

 その瞬間、なぜか、媚薬で呆けていたテレーズの顔が急に引き締まった気がした。

 

「そ、それは……リュンネガルト・ゴーテンバウム・サキュテスト……です……」

 

「リュンネガルト・ゴーテンバウム・サキュテスト?」

 

 マーリンは首を傾げそうになった。

 記憶していたものと、微妙に違う気がしたのだ。

 そして、はっとした。

 テレーズの罠がわかったのだ。

 サキの真名に関して、テレーズはあのとき、微妙に嘘を混ぜて報告した?

 隷属した状態で、それが可能なのかと、疑問が一瞬頭がよぎったが、やりようによっては、それもできるということを悟った。

 隷属されているサキは、絶対に「命令」には逆らえない。

 だが、「命令」されてないことであれば、逆らうことも可能なのだ。つまりは、「正直に話せ」と命じられる前に、進んで喋ることにより……。

 

「前に聞いたものと異なるような気がするな……」

 

 マーリンはテレーズを睨んだ。

 

「そ、そんなことは……、も、もう指を……」

 

 テレーズの膝が震えている。

 やはり、強力な媚薬なのだと思った。

 いままで、この女を性欲の対象として見なしたことすらなかったが、こうやって淫欲に追い詰められている目の前の女に接していると、自分の中で忘れていたような黒い情動に見舞われる。

 テレーズの脚に流れている愛液は、いまやくるぶしまで達している。

 あのまま、指を動かせと命じたらどうなるだろう。

 いつも無表情なテレーズがよがり苦しむ姿は淫靡だ。

 この姿にさせる前のテレーズの姿など記憶の隅にもないが、この姿の女伯爵のテレーズ=ラポルタは、若くはないとはいえ、ルードルフが愛人にしたがるくらいの美女だ。

 当然に、その女伯爵と同じ姿のいまのテレーズの外見は、色香が漂うを錯覚するくらいの美女だ。

 その美女が媚薬に追い詰められて、苦しむ姿はいい景色ではある。

 

「まあいい……。それよりも、お前は俺よりも魔族について詳しい……」

 

 マーリンは言った。

 冥王戦争の時代ならばいざ知らず、あのとき異界に追放された魔族は、現在の人族にとって身近なものではない。

 マーリンも、古文書では触れるが、実際に魔族に接する機会などなく、詳しくはないのだ。

 ところが、テレーズは、魔族に対する知識があり、扱いについてよく知っていた。

 どういう経歴を過ごしてそうなったかはわからなかったが、とにかく、テレーズは魔族の扱いについての知識が豊富だった。

 サキという女魔族のことをテレーズに任せることになったのも、それが理由のひとつでもある。

 

「え、ええ……」

 

 テレーズが頷く。

 

「真名を支配された魔族は、支配したものに隷属し、その命令には逆らえない……。これは間違いないな?」

 

「は、はい……」

 

「ならば、真名を支配した者がふたりいて、相反する命令を受けた場合、どちらの命令に従う?」

 

「そ、それは……、め、命令は絶対……。ど、どちらも実行しようとして……。ほかに相反されていても……」

 

「余計なことを言うな……。相反する命令を同時に与えられている場合、どちらを優先する。先に与えられた命令か、それとも、後に与えられた命令か……? 答えよ、命令だ」

 

「はあ、はあ、はあ……、か、身体が……あ、熱くて……」

 

 テレーズが眉をひそめて歯を食い縛る仕草をする。

 しかし、マーリンにはやっとわかってきた。

 テレーズの痴態……。

 これは、丸っきりとは言わないが、これももしかして計算づくか……?

 もしかして、答え難い質問をぶつけられると、意図的に痴態を示して、マーリンの意識を反らしている?

 

「……テレーズ……、お前……?」

 

 そのときだった。

 いきなり、テレーズが激しく痙攣をした。

 

「んふううっ、もうだめええ」

 

 そして、いきなり前後の穴に指をを入れたまま、派手な声をあげてしゃがみ込んでしまった。

 かなり激しい絶頂の仕草だ。

 あまりもの醜態に、マーリンが大きく噴き出してしまった。

 

「はははは、我慢していた分、逆に激しく達したみたいだのう。別に指を入れろとは命令したが、動かせとは言わんかったぞ。媚薬で股間が熱くなりすぎて、じっとしておられんかったか」

 

 マーリンは大笑いした。

 テレーズが膝を震わせながら立ちあがった。

 かなり、懸命に立とうとしているが、絶頂したばかりで脚に力が入らない感じだ。

 そして、最初に命じた壁の添って立てという命令が生きているのだとわかった。

 マーリンは、さらに笑ってしまった。

 隷属の支配を受けている者は、どんなことがあろうとも、支配には逆らえない。

 改めて、その残酷さをマーリンは認識した。

 

「そ、相反する命令がある場合は……ま、魔族は、こ、好む命令を……い、意図的に選択できる……可能性が……う、生まれます……。だ、だから、決して、魔族の支配は、複数ではしません……。し、支配があやふやになります……」

 

 テレーズが腰を起こしながら、突然に語り出した。

 マーリンは、これも、対応が遅れた命令に対する反応なのだとわかった。

 いずれにしても、訊ねたいことは事前に確認できた。

 念のために、テレーズのことを確認しにきてよかった。

 

 だが、やはり、こいつは、なにかを企んでいる……。

 それもわかった。

 少なくとも、魔族女の正しい真名をマーリンに教えていなかった。

 もしも、確認することなく魔族女のところに赴けば、真名の支配に失敗して、マーリンは殺されていたかもしれない。

 用心深くてよかった。

 

「指を抜いていいぞ。命令を解いてやろう。もう休んでよい。後は、心おきなく自慰でもしてよい」

 

 なかなかに愉しい見世物だったが、それよりも、すぐに行動に移すべきと悟った。

 そして、最初に考えていた通りに、テレーズは処分するべきだと判断した。

 この“道具”は、どうにも使い手が悪すぎる。

 すぐにやらなければならないのは、魔族女のサキをマーリンが支配することだ……。

 次いで、ここに戻って、不要になったテレーズを処分する……。

 いま、テレーズを処分しないのは、先にテレーズを殺してしまうと、真名の支配が途切れるからだ。その瞬間、魔族女は逃亡をするだろう。

 しかし、マーリンが支配してしまった後なら、テレーズは不要になる。いや、さっきのテレーズの言葉なら、二重支配を避けるために、テレーズは死なねばならない……。

 

「……け、結構です……」

 

 テレーズは内腿を擦り合わせている。

 まだまだつらそうだ。

 そして、その顔は屈辱感に溢れている。

 マーリンは笑ってしまった。

 

「自慰をせんのか? もう一度、すっきりしてからでいいのだぞ。とにかく、終わったら、やってもらうことがある。その前に、少しは発散した方がいいのではないか」

 

「……は、発散? や、やることとは……?」

 

「サキのところに案内してもらう。わしは隠れておるから、わしに抵抗しないように命令せよ」

 

「そ、そして……、サ、サキを支配する……つ、つもりですか……。あ、あなたが彼女の……ま、前に……しゅ、出現した……時点で殺されるかも……しれません……よ」

 

 テレーズが荒い息をしながら言った。

 

「だから、お前が先に行って、魔族女を無力化するのだ──。これは命令だ──。とにかく、これ以降、命令された以外の行動をするな──。お前がするのは命令されたことだけだ」

 

「よ、用心深い……ですね」

 

 テレーズが言った。

 なぜか、その物言いにむっとした。

 

「わしの性分だ──。余計なことを喋るな──」

 

 マーリンは怒鳴った。

 

「……わ、わかりました……。あたしについては……命令されたこと以外のことは……しません……」

 

 そのとき、汗びっしょりのテレーズが会心の微笑みを浮かべたと思った。

 なぜ、笑う?

 なにか気になる言い方だ……。

 あたしについては──?

 

 思わず立ちあがって、テレーズに近づいた。

 だが、違和感があった。

 それがなにかわからずに立ちどまったが、すぐに、灯火によってできているテレーズの影が、たったいままでテレーズの後ろの壁にあったのに、いつの間にか床に移動し、さらに、マーリンの後ろに向かって伸びているからだと気がついた。

 灯火の位置は変わらないのに、なぜ影が動く?

 

 疑問を感じたのは一瞬だ。

 あるかないかの刺激を首に感じ、次いで頭に衝撃が発生して、いつの間にか、床に仰向けになって天井を見あげていた。

 不思議にも、視線の先に首のない自分の身体がある。

 

 痛みはない。

 ゆっくりと首から血を噴き出しているマーリンの身体が倒れていき、すると、じっとこっちに視線を注いでいるテレーズと、いつの間にか出現しているもうひとりの美女がマーリンを見おろしているのがわかった。

 

 もしかして、この女がサキ?

 マーリンは、咄嗟にサキの真名を呼ぼうとした。

 

 だが、できなかった。

 喋れない。

 それどころか、急速に視界が消えようとしている。

 

 もしかして、首を斬られた?

 消えていく意識の中で思ったのはそれだった。



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396 老魔道師の最期

「どうした、俺だ」

 

「マ、マーリン様……」

 

 マーリンがテレーズのところに出現したときには、驚いた半面、予想が的中したことに安堵もした。

 ただ、はっきりとした殺意を持ってやってきたマーリンに、テレーズは恐怖した。

 

 しかし、準備もしていた。

 いや、むしろ誘ったのだ。

 こっちから動いて、マーリンを呼び寄せた。

 

 二公爵に手を出し、スクルズのことで騒乱を起こせば、驚いたマーリンは動くと思った。自分が知らないところで予想外の事が発生し、それを放置できるような男ではない。

 基本的に小心者なのだ。

 なにもかも、自分の手の上で事が進んでいないと気が済まない。

 案の定、マーリンは動いた。

 自分に対する情報が事前に来なかったことでも慌てふためいたかもしれない。

 そして、調べれば、マーリンの部下たちがおかしな感情操作がなされていることがわかる。

 そうなれば、必ずマーリンは、テレーズを詰問に来ると思った。

 従って、マーリンがテレーズのところに今夜来るというのは、想像の範疇だった。

 

 だから、わざと裸身が透けるような薄い夜着を着ていた。

 年齢は重ねているとはいえ、男は男だ

 魅惑的な女に面すれば欲情をする。

 犯したくなる……。

 征服したくなる……。

 一瞬でも、マーリンが欲情すれば、テレーズはそれを増幅できた。

 実際にそうなった。

 マーリンは、うっかりとテレーズの罠に嵌まった。

 

 闇魔道の神髄は、人の心の悪意を支配することだ。

 虚栄……。

 強欲……。

 嫉妬……。

 憤怒……。

 色欲……。

 暴食……。

 怠情……。

 人の心には、様々な悪感情があるが、その中で特に「色欲」は操りやすいものになる。人の本能と直接結びついているだけあり、性癖は様々で個人差もあるが、色欲の全く湧かない者は稀有だ。また、男女で色欲の発生度合いに差はないが、男は攻撃的な色欲を起こす傾向があり、征服欲を煽ると、男は色欲を活性化しやすい。

 

 幸いにも、マーリンに変身することを強要された、このテレーズ=ラポルタはかなり女として魅力的な外見をしている。

 殺意を抱いて現われたマーリンに対し、彼の心にほんの少し宿った好色の意識を最大限まで増幅してやった。

 すると、少し驚いたが、マーリンは嗜虐的にテレーズをからかうことに決めたらしく、媚薬を使ってテレーズを弱めることを強要した。

 

 マーリンはとても用心深くて臆病な男だ。

 殺意を抱く相手と話すのに、なにも「処置」しないで会話をすることはない。

 なにかをするだろうとは思ったが、「欲情」を増幅されたマーリンが、まさか強力な媚薬を股間と尻に塗らせて、さらに指を挿入されるというような破廉恥なことをするとは思わなかった。

 まあ、これか、テレーズがマーリンに眠る淫欲の感情を劇的にまでに開放してやった結果と考えれば面白いかもしれない……。

 

 あとは、テレーズに刻まれている隷属魔道とマーリンに浸透している闇魔道の戦いだ。

 つまりは、実は、マーリンにはテレーズの闇魔道が浸透している。

 テレーズは、マーリンに隷属の支配をされながらも、逆に闇魔道により感情の支配を施していたのだ。

 

 テレーズが、あの逃避行の最中に行き倒れ、全く自覚のないままに、一汁と引き換えに、魂を売ってしまったのは、もう三年くらい前だろうか……。

 テレーズは、それを昨日のことにように後悔している。

 意識が戻り、正気が戻ったときには、すでに隷属を受け入れたあとだった。

 あのときは愕然とするとともに、絶望に襲われた。

 しかし、あのとき、自分が隷属支配に陥っているのを悟った直後、テレーズは即座にマーリンに闇魔道を打ち込んだ。

 まだ、隷属をされたばかりであり、「命令」で一切の危害を加えるなという言葉を与えられる前だったのだ。

 闇魔道は危害を加える魔道ではないが、もしかしたら、感情を操るというのは、マーリンの感情からすれば、危害を加えるということに入ったかもしれない……。

 だが、闇魔道を打ち込めてしまった。

 それから、テレーズの闇魔道は、マーリンにずっと注がれたままだ。

 従って、マーリンの感情はある程度、テレーズが動かせる……。

 

 マーリンには気がつかれていない。

 それは、テレーズが死んでいないことからわかる。

 もしも、それを知られれば、マーリンは、テレーズのことを危険そのものだと認定して、即座にテレーズを殺すことは明らかだ。

 いくら闇魔道で感情を支配しているといっても、闇魔道は操心の術ではない。

 マーリンがテレーズを明確な意思で殺すと決めれば、それを闇魔道だけで防ぐことは難しい。

 そもそも、テレーズには、マーリンに対する隷属の魔道が刻まれている。

 死ねと言葉で命令をされれば、自分の手で自分を殺すしかない立場だ。

 犬であり、人形……。

 道具……。

 それがテレーズだ。

 

 だから、テレーズは、マーリンに闇魔道がかけていることがばれないために、テレーズに興味を抱かないように、マーリンの感情を動かし続けた。

 なにしろ、マーリンにしているのは感情支配だけなので、万が一、マーリンに、闇魔道を自分に掛けているのかという質問をされてしまえば、それで終わりである。

 隷属の魔道で支配されているテレーズは、マーリンに嘘を言うことはできないのだ。

 だから、テレーズは、マーリンの心をテレーズに対する怠情で満たし続けた。

 興味を抱かれて、闇魔道がマーリンに届いていることを疑われないように……。

 できるだけマーリンがテレーズに関心を寄せないように……。

 闇魔道をかけていることがばれれば、殺されることを知りつつ……。

 それでいて、決して闇魔道を解くことなく……。

 

 だが、それは大変だった。

 マーリンは、テレーズが闇魔道の遣い手だと知り、さらに魔族のことにも精通していると悟ると、それらについて、異常なほどの興味でそれを知りたがったからだ。

 だが、なにがきっかけで、テレーズの闇魔道がマーリンにも浸透しているのが発覚するかわからない。

 もしも、それが知られれば、マーリンは必ず、テレーズを即座に殺すのはわかっていた。

 テレーズは、マーリンがテレーズに興味を持つのを阻むため、闇魔道で感情を動かし続けるしかなかった

 闇魔道の能力があることがわかっているテレーズが、マーリンに闇魔道をずっと仕掛けていることが決して発覚しないように……。

 そして、三年……。

 ずっと機会を待っていた……。

 

 しかし、マーリンとの関係は限界だった。

 マーリンは、ぼんやりとくらいなら、テレーズを疑っていたのではないだろうか?

 あるいは、それは杞憂であり、実際にはなんの問題はなかったのかもしれないが、少なくともテレーズは近いうちに、マーリンとの関係は破綻すると思っていた。

 実際のところ、テレーズは、マーリンに闇魔道を打ち込むというかたちでマーリンを裏切っている。

 一方で、無論、隷属の支配をされている相手に、逆らうこともできないし、命を狙うことはできない。

 感情を操作するだけで、危害を加えること不可能だ。

 もちろん、命令にも従う。

 従わなければならないし、もうひとつ打ちこまれている「死の呪文」により、任務に失敗しても、テレーズには死が訪れる。

 ただ、テレーズは、命令されたこと以外は、なにもやらなかった。

 嘘をつくなと言われない限り、マーリンに不都合な情報を入れ続けた。

 それでいて、任務は成功させた。

 

 今回もそうだ。

 テレーズは、マーリンに王宮内の国王を操り、王国に大騒乱を起こさせろと命じられている。

 その範疇で動き、忠実に役割を果たし、それ以外のことはしない。

 それどころか、最終的には、マーリンに不利なように推し進める。

 サキのことだ。

 任務を遂行するためにサキを支配し、一方でサキがテレーズの支配から脱するには、テレーズの支配者であるマーリンを殺さねばならないことを言外に繰り返して仄めかした。

 それがテレーズの「反乱」だ。

 

 だから、テレーズはマーリンの「怠情」を増幅し、可能な限り、テレーズとサキに興味を抱かせないようにし続けた。

 知り取った真名について隠すことは難しかったが、テレーズに任せておけば、自分では積極的にサキに接触する必要がないという感情を保たせ続けた。

 幸いにも、マーリンは用心深い男なので、心の奥底で魔族という存在に積極的に接触することを嫌がっていた。

 とりあえずは、マーリンがサキに直接には関わりたくないという感情を作ることには成功をしていた。

 

 だが、もう限界だ。

 テレーズは、この綱渡りのような関係がすでにぎりぎりであることを悟っていた。

 近いうちに、マーリンは、ついには自分が闇魔道の影響を受けていることを悟る気がした。

 そもそも、あれほどまでに、テレーズという女になんの興味も抱かず、闇魔道のことも、テレーズという人間がどういう人物なのかということも知りたくはならないということが不自然なのだ。

 無論、それはテレーズがマーリンにかかっている闇魔道で、そういう風に心を誘導しているからなのだが、いずれ近いうちに破綻する。

 その予感があった。

 

 そして、いま……。

 マーリンの訊問は続いている。

 

「……二公爵の処断を勝手に遂行させたのは、お前の独断だな?」

 

「そ、そうですが……べ、別に……さ、裁量の枠外とは……」

 

「そうか……。だが、意図的に情報を遮断したな?」

 

「い、意図的? あ、あたしは……ひ、必要以上の……接触を……んくうっ」

 

 のらりくらりと応じる。

 それにしても……。

 股間が熱い……。

 なんという強烈な媚薬だろう。

 これだけは計算外だった。

 とにかく、指を挿入させられたまま応じることを強要されたマーリンの質問には、巧みに言葉を曖昧にしたり、ぼやかしたりして、嘘をつかない範囲で都合の悪い情報を告げないようにし、どうしてもそれができないときは、自分で指を動かして、淫らな反応をしてみせ、マーリンに興味を向けさせることで、その感情を闇魔道で拡大して、そもそものマーリンの質問への意識を外したりもした。

 

 だが、かなりきつい……。

 前後の穴に指を深く挿入させられているので、ちょっとした自分自身の身悶えだけで、突き抜けるような刺激が襲い掛かってくるのだ。

 こんなことをさせられる異常なまでの羞恥と屈辱で、テレーズはかなり疲労困憊になっていた。

 

「真名を支配された魔族は、支配したものに隷属し、その命令には逆らえない……。これは間違いないな?」

 

 寝台に座ったままテレーズの痴態をにやにやして眺めているマーリンが言った。

 はっとした。

 ついに、サキへの関心を心に抱かせてしまったと思った。

 闇魔道でこれを避けさせ続けたが、やはり限界か……。

 まあ、テレーズを処分するには、それよりも先にマーリンがサキを支配する必要があるのは当然なので、さすがに闇魔道による「怠情」の感情の拡大でも、質問を回避させるまでのことはできないか……。

 

「は、はい……」

 

 テレーズは仕方なく言った。

 これは誤魔化しようがない。

 

「ならば、真名を支配した者がふたりいて、相反する命令を受けた場合、どちらの命令に従う?」

 

「そ、それは……、め、命令は絶対……。ど、どちらも実行しようとして……。ほかに相反されていても……」

 

 なんとか言い回しを工夫してみる。 

 とにかく、可能な限り、誤解を与えるような言い方を……。

 それにしても、あいつ……。

 いつになったら……。

 

「余計なことを言うな……。相反する命令を同時に与えられている場合、どちらを優先する。先に与えられた命令か、それとも、後に与えられた命令か……? 答えよ、命令だ」

 

 マーリンが質問を明確にしてきた。

 テレーズは内心で舌打ちした。

 仕方がない。

 テレーズは股間の中の指をゆっくりと動かす。

 マーリンの関心をサキ以外に……。

 別に命令に逆らっているわけじゃない。

 媚薬のせいで股間が爛れるように疼くのは確かなのだ。

 股間のむず痒さは我慢できないものになっている。 

 

「はあ、はあ、はあ……、か、身体が……あ、熱くて……」

 

 テレーズは哀願するように言った。

 

「……テレーズ……、お前……?」

 

 しかし、一瞬、マーリンの顔が真顔になった。

 支配していた「色欲」が薄くなる。

 自分が色欲に支配されている可能性を考えたか?

 駄目だ──。

 マーリンの欲望を誘うのだ。

 もっと恥態を晒さなければ……。

 テレーズは、咄嗟に股間とお尻の指を激しく動かした。

 熱い疼きと掻痒感に襲われている場所を強く刺激したことによる法悦は峻烈だった。

 

「んふううっ、もうだめええ」

 

 そこまでは予想しなかったが、一気に絶頂感に襲われた。

 身体ががくがくと震えて、あっという間にテレーズは気をやってしまっていた。

 

「はははは、我慢していた分、逆に激しく達したみたいだのう。別に指を入れろとは命令したが、動かせとは言わんかったぞ。媚薬で股間が熱くなりすぎて、じっとしておられんかったか」

 

 すると、マーリンが大笑いを始めた。

 瞬間に、マーリンの心の「色欲」が戻る。テレーズは危うく失いそうになったマーリンへの闇魔道を握りなおした。

 だが、一方で、テレーズは絶頂による虚脱感に襲われもした。

 そして、それに浸ることもできないまま、すぐに媚薬による疼きと痒みが戻って来る。

 

 本当にあいつって……

 だが、テレーズには、絶対に「命令」はできない。

 あれは、まったくの自由意思に委ねるしかない。

 わかってくれているとは思うが……。

 隷属されているテレーズには、マーリンに危害を加える「命令」を口にすることはできないのだ。

 

「そ、相反する命令がある場合は……ま、魔族は、こ、好む命令を……い、意図的に選択できる……可能性が……う、生まれます……。だ、だから、決して、魔族の支配は、複数ではしません……。し、支配があやふやになります……」

 

 しばらくすると、テレーズの口がそう言っていた。

 わざと破廉恥な姿を見せて、マーリンの闇魔道の支配を取り戻すためにやった行為の直前に与えられた「命令」への回答だ。

 激しく達するあいだは、物理的に命令に応じることができなかったので保留になっていたが、喋れる状態に戻ったので、テレーズの口が質問に答えたというわけだ。

 

 すると、マーリンが少し考える表情になった。

 さっきと同じように、身悶えをしたりして、痴態を演じてみる。

 しかし、さっきほどの効果はない。

 マーリンの顔から好色の色が薄くなり、だんだんと真顔に近くなる。

 

「指を抜いていいぞ。命令を解いてやろう。もう休んでよい。後は、心おきなく自慰でもしてよい」

 

 なにが自慰だ……。

 テレーズは心の中で悪態をついた。

 

「……け、結構です……」

 

 指を抜く。

 股間もお尻もただれるように疼いているが、あいつが自慰をして癒せというのであれば、なにがなんでもそれはしない。

 あいつに従うのは、隷属の支配の効果によって、「命令」という言葉で律せられたときだ。

 それ以外は、とことん逆らい続けてやる。

 まだ、鋭い刃物のように襲い掛かる官能の刺激に戦いながら、歯を食い縛って媚薬の疼きに耐えた。

 

 だが、もうこれ以上は不可能か?

 マーリンは、ついに意思を固めたと思う。

 懸命に闇魔道で感情を動かそうとしたが、会話の最後のときに湧き続けたテレーズに対する殺意の感情を「怠情」で消すことはできなかった。

 テレーズは感情は読めるが、心を読めるわけではない。

 だから、実際の意味で、マーリンがなにを考えているかをわからないが予想はつく。

 おそらく、マーリンはテレーズを殺すことに決めたのだと思う。

 最初にここにやって来たとき、マーリンから感じた、はっきりとしたテレーズに対する殺意が固定化された。

 「怠情」でも「色欲」でも、もうだめか……?

 おそらく、自分を裏切っている者……。

 裏切る可能性のある者……。

 そういう者として認定したのだろう。

 まあ、遅かったくらいだ。

 

 それにしても、あれは、まだ動かない?

 ここまでくると、わざとやっているとしか思えない。

 いや、わざとやっているのだろう……。

 あいつ……。

 

 悪態をつきたいが耐える。

 時間を作るため、マーリンの好色の心を増幅しようと、絶頂で脱力している身体を艶めかしく動かしてみる。

 心に色欲の悪感情がかすかに戻った。

 闇魔道を繋げ直すと、マーリン口元が卑猥に曲がり、そこから笑い声が出た。

 

「自慰をせんのか? もう一度、すっきりしてからでいいのだぞ。とにかく、終わったら、やったもらうことがある。その前に、少しは発散した方がいいのではないか」

 

「……は、発散? や、やることとは……?」

 

「サキのところに案内してもらう。わしは隠れておるから、わしに抵抗しないように命令せよ」

 

「そ、そして……、サ、サキを支配する……つ、つもりですか……。あ、あなたが彼女の……ま、前に……しゅ、出現した……時点で殺されるかも……しれません……よ」

 

 テレーズは荒い息をしながら言った。

 はっきりと、状況を説明した。

 もう、これがぎりぎりだと、いくらなんでもわかるはずだ。

 

「だから、お前が先に行って、魔族女を無力化するのだ──。これは命令だ──。とにかく、これ以降、命令された以外の行動をするな──。お前がするのは命令されたことだけだ」

 

 マーリンが言った。

 「命令」を与えられれば、いまこの瞬間でも、テレーズはサキに命令をしてしまう。

 サキは逆らえなくなる。

 あいつはわかっているのか……?

 

「よ、用心深い……ですね」

 

「わしの性分だ──。余計なことを喋るな──」

 

「……わ、わかりました……。わたしについては……命令されたこと以外のことは……しません……」

 

 テレーズは言った。

 しかし、その瞬間、どうしても笑みをこぼすことを耐えられなかった。

 背中側にあったはずの「影」が床にすっと伸びて、座っているマーリンの後ろまで達したのだ。

 サキだ──。

 ずっと、テレーズの影に隠れていたのだ。

 やっと、動くか……。

 

 サキには、テレーズの影に隠れることを別に命じていたわけじゃない。

 テレーズには、二公爵を勝手に処断させたことで、テレーズを飼っている「犬」が、テレーズを殺しに来るかもしれないという予想を告げただけだ。

 これに対し、サキには、テレーズが死ねば、即座に自殺をしろと命令しているので、サキはテレーズが殺されないように動くしかなくなる。

 ところが、一方で、サキには、その「相手」にサキの真名を教えていることを告げている。

 だから、サキはテレーズのそばにいて、護衛をするわけにもいかない。

 そんなことをすれば、その「相手」がテレーズを襲撃にきたときに、真名で呼びかけられて、支配に陥る可能性が高いのだ。

 だから、サキはテレーズの「影」に隠れて、こっそりと見張るしかなくなるということだ。

 実際に、今夜、サキはそうやっていた。

 テレーズは「命令」はしていない。隷族の支配は、テレーズにそれを禁じている。

 だが、これは、禁止をしなかっただけで、サキの自発的な行為だ。

 そうやって、サキを動かした。

 

 また、サキには、ずっと「犬」としか表現しなかったが、何度も何度も、王都に潜伏している何者かが、テレーズを操っていると仄めかして刷り込んだ。

 そして、サキが守りたいと思っているロウやその愛人たちを守るには、それを排除するしかないということを、しつこいくらいに間接的に訴えた。

 テレーズは、直接には、サキに命じることも、頼むこともできないが、それこそ、何度も繰り返して、ロウを陥れる方向に動いているテレーズの行為はテレーズの意思ではなく、タリオの諜報員、つまり、マーリンの意思でしかないと教え続けた。

 隷属の魔道で与えられた「命令」に逆らわない範囲で……。

 

 だからサキは、ずっと以前から、タリオの諜報員のことは把握していたはずだ。

 また、テレーズを支配している者を殺して、テレーズを開放すれば、ロウに対する憂いはなくなると理解したはずなので、サキは条件さえ揃えば、サキの意思でマーリンを殺してくれると思った。

 それしか、サキ自身とロウという男を守る手段はないからだ。

 サキが自発的に、マーリンを暗殺してくれる土台は、準備できていた。

 

 とにかく、マーリンが失敗していたのは、サキにはマーリンのことを教えるなと、テレーズに命令していたことだ。

 そうなれば、テレーズはサキに、マーリンに危害を加えるなと命令できない。

 存在を伝えることができない相手を特定して、殺すなと命令するのは不可能だ。

 

 問題は、マーリンをサキがどこまで特定できたかだ。

 この男を殺せばいいのだということは絶対に口にできないので、テレーズとしては、これまでの仄めかしで、サキがわかってくれたと信じるしかない。

 

 そして、今夜──。

 

 「犬」がやってきてテレーズを殺すという情報を与え──。

 その犬は、サキを支配しようとするだろうという諭し──。

 犬さえ殺せば、テレーズは別にサキたちの敵ではないのだと繰り返して仄めかし──。

 さらに、サキをテレーズの影に隠れさせるという状況も強要した。

 テレーズは、マーリンに隷属されているという状況で、これだけのことをした。

 あとは、サキが実行に移すだけだ。

 自発的に……。

 

 マーリンが立ちあがって、テレーズに歩み寄ってきた。

 その瞬間、伸びた影からサキが姿を現して、マーリンの背後に立つ。

 気配を感じたのか、テレーズのそばまできたマーリンが立ちどまり、マーリンは後ろを振り返りかける。

 次の瞬間、サキの手が動き、マーリンの頭が首から離れて床に落ちていった。

 

「や、やった……」

 

 無言のまま転がり、動かなくなったマーリンの首を見て、テレーズに歓喜が襲った。

 咄嗟に、胸に手をやる。

 テレーズにはふたつの呪術がかかっている。

 ひとつは隷属の魔道であり、もうひとつは、任務失敗のときにテレーズの命を奪うように仕組まれた「死の呪い」だ。

 隷属の魔道については、マーリンが死ねば開放されるのはわかっていたが、「死の呪い」については未知数だった。

 だから、賭けだった。

 

 苦しくない……。

 やった……。

 解放されている……。

 自由だ……。

 

 テレーズはしゃがみ込んだ。

 部屋中にマーリンの血があふれているが構わなかった。

 テレーズはついに自由になれたのだ。

 

「ああ、やったわ──。やった、ああああ──」

 

 テレーズは感極まった。

 心の底から歓喜の声を叫びたくなった。

 

「嬉しそうじゃのう、テレーズ。そんなに犬から人間になれたのが喜ばしいか」

 

 サキが手を振る。

 どうなっているかわからないが、マーリンの死骸が血糊とともに消滅した。そういえば、亜空間術の遣い手だったから、そっちにしまったのだろうか。

 

「あ、あんた、お、遅いのよ──。あいつがやって来た途端に、首を切ればよかったのに──。そうしたら、あんなに苦しい思いを……」

 

 ほっとしたら媚薬の掻痒感と疼きが蘇る。

 掻き毟りたくなるのを必死に耐える。

 

「そう思ったが、面白いことを始めたからな。ぎりぎりまで見物することにしたのだ。お前が媚薬で悶える醜態は、なかなかに面白い見世物だったぞ。わしも多少はお前への溜飲がさがった」

 

 サキが笑った。

 テレーズは床にしゃがんだまま、恨みっぽくサキを見た。だが、嬉しすぎて笑いしか出ない。

 嬉しい。嬉しい。この魔族女にキスしたいくらいだ。

 

 もっとも、サキが最後の切り札というわけでもなかった。

 最後の切り札は、もう一枚あった。

 どうしても、今回の罠がうまくいかなければ、強引に助けてくれと頼んでいた。

 彼女を呼び出す魔道具は懐にあり、それを握れば、一瞬で彼女がやって来る手筈にもなっていた。

 遣う必要のない結果に終わったが……。

 スクルズ……いや、今度からスクルドと呼んで欲しいと言われたか?

 とにかく、愉快な女だった。

 自分を殺して、死骸を王都に晒す協力をしてくれなんて頼むなんて……。もちろん、実際に晒すのは、サキの準備した替え玉の肉体なのだが……。

 それが、切り札としての協力の対価ということになっていた。

 

「あ、あなたには、か、感謝を……。貸しがあったと思うけど、すべてをチャラにするわ」

 

 テレーズはサキに言った。

 股間とお尻が死にそうに痒くて熱い。

 気がつくと、いつの間にか、テレーズの手は股間に置かれ、ぎゅっと股を押さえるようなかたちになっていた。

 サキがちらりとそれを見て、蔑むような視線を送ってきたと思った。

 

「貸しだと? なにが貸しだ。わしの貸しだ──。まあいい。それでどうするのだ? お前を支配していた男は始末してやった。これからどうするのか訊きたいのう──。言っておくが、タリオの間者はもうおらんぞ。さっきのマーリンとやらが、この部屋に到着した瞬間に、王都につれてきている眷属たちに指示を送った。あちこちで間者狩りをさせておる。正確な人数は知らんが、明日の朝までには六十人以上の男女が王宮と王都で死ぬ。それでタリオの犬どもは一掃される」

 

 サキは言った。

 ほっとした。

 むしろ好都合だ。

 

 テレーズは、このまま王都から逃して、タリオから完全に離れることを考えているが、マーリンがいなくなっても、テレーズを見張っているマーリンの部下たちがいた。彼らをなんとかしないと、タリオの諜報組織から逃亡できなかったところだったのだ。

 また、やらなければならないこともある。

 とりあえずの行き先はカロリックだ。

 

「ありがたいわ。あたしは、明日には王都から去る。あたしを殺せば、あんたも死ねという命令は解除しないけど、それ以外は好きにしていいわ…」

 

「ほう?」

 

 サキの眼が大きくなる。

 口許には余裕のようなものを浮かべているが、彼女の内心に心からの安堵があるのがわかる。

 そして思ったが、真名で隷属させているのに、そういえば、サキに闇魔道を打ち込むことは、ついにできなかったなと思った。

 マーリンには可能だったが、テレーズとサキとでは、本来の魔道力の差がありすぎるのだろう。

 本当なら、テレーズとサキとでは、全く格が違う。

 そんなサキを嗜虐して遊ぶのは愉しかったな……、と思い出した。

 

「ルードルフの支配もあんたにあげるわ。支配具でもなんでも使って、好きにやって。射精管理用の毒剤も全部渡す。園遊会とやらをするんでしょう。挨拶できないけど、愉快な神殿長さまにもよろしく」

 

 テレーズは言った。

 

「旅に出るか──。そして、わしを開放するか……。よかろう。ならば、首をねじ切るのは勘弁してやろう。いまはな……」

 

「そりゃあどうも」

 

「ところで、だったら、お前の悪名はしばらく便利に使うぞ。王宮にはしばらく、悪女テレーズは残り続けるからな。わしが二役する。悪名は全部お前に押しつけてやろう」

 

「それは好きにやって」

 

 テレーズはそう言ったが、よく考えれば、テレーズそのものが、借り物の姿だ。

 悪名とやらは、そのまま、あの気の毒な女伯爵に行くんだけど……。

 サキに、本当の女伯爵でないことを伝えていただろうか?

 まあいいか……。

 そして、思い出して、サキに対して口を開く。

 

「ところで、これは忠告よ、サキ。そもそも、あたしがあなたを支配に置くために使った“魔族封じの薬”はタリオ公国の公国薬方所で、古文書をもとに開発された秘薬よ。マーリンがそれを取り寄せたということは、あんたの存在がタリオ本国には入っているということと思う。同じ手にかからないよう気をつけるのね」

 

「ん? そ、そうだな」

 

 サキが神妙な顔をして頷いた。

 

「あっ、そうそう。彼女たちはもらうわ。もう仲良しなの。生き残ったら、明日の朝に出立するとは伝えているし、三人で旅に出るわ」

 

「ふたりとは誰だ?」

 

「ケイトとミリアよ、あたしの侍女にしたの。当然、これからも一緒よ」

 

 ケイトとは、先日ルードルフがエリザベスという公爵令嬢を強姦しようとしたときに、身を挺して守った侍女であり、ミリアは庭師に化けてルードルフの腹を刺した少女だ。

 いまはふたりとも、テレーズが保護して匿っていた。

 闇魔道の支配も遣って、ふたりについては、テレーズに忠誠を誓うように仕込んだ。

 ふたりを同行させることは決定事項だ。

 ちょっとした性調教の途中でもあり、いま一番愉しいところなのだ。

 連れていかない選択肢は、テレーズにはない。

 

「そうか、まあ、なんでもいい。好きなものを持っていくがいい。金子でも、宝石でも、魔道具でもな」

 

「王家の宝具を金子と持っていくわ。もう準備もできている。結構便利そうな亜空間収納具もあったし、それに必要そうなものは格納している。変身具とかはまとめて持っていくわね……。あとは出発するだけかな。まあ、それについては、気にしないで」

 

「気にするか──。まあ、わしの前から消えてくれるなら、こんなに嬉しいことはない」

 

 サキがにやりと笑った。

 なにか不気味だが、サキはこのまま、テレーズを許しそうだ。

 もっとも、テレーズとしては、サキは恩人でもあるし、これ以上を拘束も支配もするつもりはない。

 これからは、タリオの抜け間者狩りからの逃避行になるが、それにサキを巻き込むほど、恩知らずではない。

 まあ、いまだに真名により隷属は有効なので、連れて行こうと思えば連れて行けるし、そうすれば、護衛としては最高ではあることはわかっているが、これで別れよう。

 サキは、テレーズを救ってくれたのだ。

 愉しい「玩具」ではあったから、彼女の痴態が見れなくなるのは残念かもしれないが……。

 

「なにか失礼なことを考えておらんか?」

 

 サキがむっとして言った。

 

「失礼なことじゃないわ。最後に愛し合っていく? 実をいうと、あたしって両刀なのよね。あなたみたいな女性をいたぶるのが大好き──。あなたって、本当は苛められるのが好きでしょう? また、スカートめくってじっとしなさいって命令していい?」

 

 テレーズは笑った。

 すると、サキの顔が怒りで真っ赤になった。

 

「抜かせ──。やっぱり、殺す──」

 

 サキが大声で怒鳴った。

 

「残念ね。次に会ったら遊びましょう。よければ、あなたのご主人様も一緒でいいわよ。ふたりがかりで、あんたを苛めてあげるわね」

 

 テレーズは笑った。

 そして、怒りで喚きだしたサキをそのままにし、股間とアナルの油剤を洗い落とすため、立ちあがって洗面所に向かった。

 

 

 

 

(第24話『女官長退場』終わり)



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 第25話  園遊会事件
397 国王名義の招待状


「園遊会? しかも、今日の夕刻ですか?」

 

 アドリーヌは戸惑った。

 まだ早朝といえる時間だが、執事が運んで来たのは、王家からの園遊会の招待状とのことだった。

 丸められた羊皮紙であり、中心を幅広の布で閉じ、閉じた部分にハロンドール王家の紋章の蝋封が施してある。

 紛れもなく王家からのものだ。

 

 しかも、この紋章は国王しか許されないものであり、王自らの文書ということになる。

 安価な羊毛紙ではなく、羊皮紙を使用していることからしても、これが王家からの正式の文書であることは明白だ。

 しかしながら、父親のモンベール伯も母も、たまたま領地に戻っており、王都側の屋敷にいるのは、留守番役の十六歳のひとり人娘のアドリーヌだけだ。だから、執事もここに運んで来たのだろう。もっとも、領地といっても、本来は国王直轄領を代官として預かっているのであり、本来の意味の領主とは異なる。ただ、世襲であり、本当の領地持ちとも変わらない。この王都にいるのは、大部分がそんな代官領主の家だ。

 

「でも、こんな時期に王宮で園遊会をですか? しかも、今日の今日で夕刻というのは……。それで、使者のお方は、もうおられないのね?」

 

 アドリーヌは執事に訊ねた。

 運ばれてきた文書は、まだ封を切っていない状態なので、執事がその中身を承知しているのは、王家の使者が口頭で内容を伝えていたからだ。

 

 また、王家の使者であれば、本来であれば、正式の文書を執事を通して渡すなどということはせずに、当主に直接に、あるいは、当主が不在のときには当主名代に手渡すものだ。今回の場合は、アドリーヌということになる。

 そもそも、使者がこんな早朝に突然にやって来るなど異常であり、常識であれば、まずは王家の使者が来るということを報せる前触れがあり、そして、こちらで使者を迎える支度を整えたところで、正式の使者がやって来るという手順だ。

 それが、いきなりやってきて、羊皮紙だけを置いて立ち去るなど、非常識もいいところだ。

 ただ、文書だけは本物だ。

 ちゃんと王家の蝋封が施されている。

 

「はい、使者の様子では、あちこちの貴族家に配らないとならないらしく、その文書だけを置いて、あとは口頭で伝言だけをして、立ち去られました。非常に急いでおられる様子でした」

 

 執事も困ったように言った。

 その様子から考えると、おそらく、彼も引き留めようとはしたのだろう。

 

「どんな伝言がありましたか?」

 

 アドリーヌは文書を持ったまま訊ねた。

 王家の使者からもたらされた文書なので、開封はしないとならないとは思うが、開封をしてしまえば、中身を見たという証拠になる。

 この内容がどうあれ、逆らうことはできないだろう。

 しかし、開かなれば、まだ、手違いでアドリーヌの手に渡らなかったという言い訳もできる。

 その言い訳の余地を残したのは、時間を惜しんで直接に、アドリーヌに文書を手渡さなかった使者側の落ち度でもある。

 

 とにかく、両親がいない以上は、アドリーヌが重要な判断をしなければならない。

 なんとなくだが、これは大事な判断だぞ、という思いがある……。

 いずれにしても、昨日のことは知っている。

 

 まずは、昼過ぎに晒された二公爵の屍体──。

 詳細はまだ情報が伝わりきってはいないものの、どうやら、同じく昨日の午前中に、二公爵の屋敷に突然に王兵が雪崩れ込み、公爵家の家族を連行して立ち去ったらしい。

 こっちは家人には手はつけられていないが、家人たちには、即座に屋敷から退去するように、その場で通告があったそうだ。

 一方で、連れされた公爵家の家族の行方はわからないものの、二公爵については、生きたまま素裸にされ、棒打ちのすえ、死ぬまでの晒し刑として、すぐに王都広場に磔刑にされたという。

 

 アドリーヌは、その残酷さに、話を聞いただけで鼻白んでしまった。

 どうして、いきなりそんなことになったかはわからないが、二公爵家についても、少し前に行われた商業ギルド員の一斉摘発についても、この最近の王命による処分は非常に過激だ。

 商業ギルド員の処断は、突然に行われ王都のギルド系の大商人が一度に摘発されて、謀反の疑いという嫌疑で処刑と財産没収がなされたのだ。

 これにより、王都に食糧などが入りにくくなり、王都は物価高で貴族平民を問わす、大変に困窮を極めているみたいだ。

 そのため、治安も一気に悪くなった。

 

 そして、極めつけは二公爵の晒し刑に次いで実施された第三神殿長のスクルズの晒し刑だ。

 もっとも、こっちは二公爵とは異なり、晒されたのは屍体だ。

 すでに死んでいる屍体を全裸にして、王都広場に建てた柱に縛りつけて辱めたのだという。

 

 だが、商人たちや二公爵では起きなかった、晒し刑に対する抗議の大暴動が発生し、警護兵に襲いかかったのだという。

 その騒動で王軍兵にも、群衆にも犠牲者が出ている。

 晒されていて、まだ生きていた二公爵も、巻き込まれて群衆に踏みつぶされて死んだそうだ。まあ、生きたまま死ぬまで晒されるより、残酷ではないとは思ったが……。

 

 ただ、スクルズの屍体については行方不明だ。

 大きな光に包まれて、昇天するのをはっきりと見たという話もあり、どういうことなのかわからない。

 しかし、これも噂なのだが、スクルズが処刑されたのは、ルードルフ王に重税施策に対する諫言をしたからだと言われているし、あるいは、ルードルフ王がスクルズを呼び出して、毒杯を仰ぐか、身体を許すかを迫り、追い詰められたスクルズが毒杯を呷ったのだという話もあった。

 

 いずれにせよ、王都が大変なことになっている。

 アドリーヌは領地にいる両親に、どうしたらいいのかと対応を訊ねようと、長距離の魔道通信ができる魔道遣いを探させようとしていた矢先だった。

 魔道遣いなら、このモンベール伯にも数名いるが、とてもじゃないが、領地に魔道通信を飛ばせるような魔道遣いはいない。

 第二神殿の筆頭巫女のベルズだったら、簡単にできるだろうから、伝手を使って頼めないかと、昨夜のうちに神殿に連絡をしてみたのだが、ベルズもまた行方不明になっているというのが、第二神殿からの返事だった。

 本当にどうなっているのか……。

 

 とにかく、それが昨日のことであり、今度は早朝から慌ただしく、配達された国王主催の園遊会の招待状だ。

 ただの園遊会ではないだろうということは、アドリーヌではなくても、子供でもわかる。

 

「使者殿は、今回は女子だけの園遊会であり、男性のエスコートはご遠慮してもらいたいということでした。御者さえも男は許されないということでございます。また、侍女については同行は許可されるが、園遊会の会場そのものには入れないそうです」

 

「そうですか……」

 

 奇妙な指示だ。

 アドリーヌはしばらく熟考したが、とにかく王家からの文書を開くことにした。

 文書を読む。

 

 中身はやはり、国王主催の園遊会の案内状だった。連名で女官長のテレーズの名もある。

 女官長となったばかりの地方伯爵の女領主だが、ルードルフ王に気に入られて、たった数箇月で大変な権勢を振るうようになった女性貴族だ。

 

 園遊会の時間は本日の夕刻――。

 急のことであるので、軽装で構わないとある。男子禁制の園遊会であることも記入されている。

 ただ、最後に付け加えられているのは、欠席は許さないということだ。

 出席しないことは、二公爵同様に謀反の念ありと見なすと、強い言葉で記されていた。

 

 アドリーヌは溜息をついた。

 これは出席しないわけにはいかない。

 二公爵でさえも、あんなことになったのだ。

 猜疑心の塊のようになっている今の国王だったら、園遊会ごときであっても、それに参加しないことで、はっきりと謀反の疑いを向けることは考えられる。

 あるいは、そうやって、忠誠を確認することが、園遊会の目的なのだろうか?

 

「昼過ぎに出発します。今日の予定はすべて取りやめです。侍女長に連絡をしてください。すぐに準備をしなければ……」

 

「しかし、お嬢様、ちょっと不穏なものを感じます。病気ということにしては……? 幸いにも使者は、お嬢様に直接には会っておりません。実は、使者殿には、お嬢様については、昨夜から体調が悪いということを仄めかしておきました」

 

 執事もまた、突然の王からの呼び出しについて、昨日の今日だけに、奇妙だぞという予感はあるのだろう。

 だが、病気ということで欠席し、王家に目をつけられてしまっては、モンベール家のような一介の伯爵家など、すぐに潰されてしまう。

 あの二公爵家でさえ、当主が処刑されて死体が晒されるという憂き目にあったのだ。

 少なくとも、両親がいない以上、モンベール家の浮沈に関わるような重大な決心はできない。

 

「顔だけ出して、王陛下とテレーズ様に挨拶だけをしたら、すぐに戻ることにします。飲み食いもしません。これだけの強いご指示です。無視するわけにはいきませんから」

 

 アドリーヌははっきりと言った。

 

「かしこまりました」

 

 今度は執事も反論はしなかった。

 承知したということを深々と頭をさげることで意思表示をするとともに、そのまま足早に部屋を出ていった。

 

 

 *

 

 

 馬車が王宮に到着すると、強引に侍女とも離され、アドリーヌだけが、まるで連行されるように、王兵によって控室に案内された。

 そこには、六人ほどの貴族の令嬢たちがいた。

 ボードワール侯爵家のランジーナ夫人、サンドベール伯爵夫人のテルミナとサンドベール家の長女と次女のエミールとカミール、あとは名前はわからないが、十代前半のまだ大人になりきっていない令嬢がふたりだ。顔が似ているから姉妹だろう。

 

 なんだろう、この組み合わせは?

 普通の場合であれば、控室はひとつの家に一室が基準だ。

 伯爵家であるモンベール家ならそのくらいが当然の対応であり、ましてやボードワール侯爵ほどの家であれば、ほかの家と一緒の控室などあり得ない。

 また、名前のわからない少女たちは、衣装から判断して、そんなに格式の高い家柄ではないように思う。

 とにかく、慌てて侯爵夫人のところに向かい挨拶をする。

 侯爵夫人は、サンドベール夫人と椅子を寄せ合って深刻そうに会話をしていた。

 

「ごきげんよう」

 

 侯爵夫人も不安そうな表情で言葉少なく挨拶をしてくれた。

 全員がそうだが、とても不安そうな表情だ。

 続いて、サンドベール伯夫人──。

 

「ごきげんよう、アドリーヌ、メイヤはモンベール伯と一緒に領地だったわね。不安よねえ……。連絡はできた?」

 

 サンドベール家とは家同士で仲もよく、夫人とも知古だ。だから、アドリーヌも夫人とは気軽に話す間柄である。

 また、メイヤというのは、アドリーヌの母親の名だ。

 

「いえ、結局、魔道遣いがいなくて……」

 

 園遊会への出席準備をする一方で、ぎりぎりまで領地と連絡をとる努力をしていた。

 しかし、やはり、モンベール伯の領地と王都とは距離があるので、そこまでの魔道通信の遣い手となると、半日足らずで探すのは無理だった。

 冒険者ギルドへも、執事が連絡をしてみたのだが、どうやら、冒険者ギルドを仕切っていたミランダというドワフ族の女が行方不明であるらしく、また主要スタッフもいなくなっていて、ほとんど機能していない状態らしい。

 

「なら、辺境侯のことは耳にしていないわね……」

 

 サンドベール夫人がアドリーヌの耳元に口を寄せた。

 

「辺境侯……ですか……?」

 

 辺境侯というのは、ハロンドールにはひとりしかいない。

 ハロンドール王国の北側のエルニア魔道王国やタリオ公国と国境を接する広大な土地を領土に持つ、アネルザ王妃の実家であるマルエダ辺境侯である。

 しかし、王妃のアネルザが国王命令で監獄塔に収監されたりしており、それ以来、マルエダ家はずっと沈黙していた。もともと、国境警備のために辺境侯自体は領土からあまり離れないのだが、王妃捕縛のあと、いつの間にか王都屋敷からも、ほとんど家人がいなくなっているという話すらある。

 その辺境侯がどうしたのだろう?

 

「……国王打倒の決起の檄をあちこちに呼び掛けているというわ。いま、ボードワール夫人と話を聞いたの……。魔道通信でどんどんと叛旗を呼び掛けていると……。あのスクルズ殿をむごたらしく殺した話は、すでに全土に飛び交っているそうよ。その顛末も……。それで、ずっと沈黙していた辺境侯がね……」

 

「えええっ?」

 

 大きな声をあげてしまい、慌てて口を閉じる。

 内容が内容だ。

 こんなところで、口にしていい話題じゃない。

 

(いくさ)になるのかねえ」

 

 ボードワール侯爵夫人が口を挟んで、溜息をついた。

 戦争──?

 まさか……。

 本当に……?

 

「……あ、あのう……。ご挨拶だけさせてください、お姉様……。あっ、いえ、は、伯爵家のお嬢様」

 

 すると、部屋の隅で所在無げにおとなしく座っていた姉妹がアドリーヌのところに寄ってきて、頭をさげた。

 

「リンツ男爵家のご令嬢だそうよ。彼女たちも、王家の使者に呼び出されたんだって……」

 

 すでに、挨拶を終わっていたらしいサンドベール夫人がふたりのことを紹介してくれた。

 リンツ男爵家……。

 

 領土持ちの家だが大きな男爵家ではない。

 アドリーヌも夜会などでリンツ家の者と接したこともないはずだ。

 もちろん、この子たちとも初対面だ。

 おそらく、ここでの会話に聞き耳を立てていて、アドリーヌが伯爵家の娘だということを知ったのだと思う。

 

「初めまして、モンベール伯家の長女で、アドリーヌと申します。お姉様で結構よ」

 

 アドリーヌはにっこりと微笑んだ。

 このふたりがもの凄く緊張しているのがわかったからだ。

 すると、ちょっとだけ、ふたりともほっとしたような表情に変わった。

 

「リ、リンツ家のコ、コニーです」

 

「サリアです」

 

 ふたりちょっと顔を赤らめるとともに、急いで覚えたのだとすぐにわかる仕草で挨拶をした。

 こういう社交に、この子たちが全く不慣れなのは明らかだ。

 アドリーヌもなんだか、初々しいふたりを微笑ましく思ってしまった。

 

 話を聞くと、アドリーヌと同じように、両親が偶々(たまたま)不在でいるときに、王家の使いを送られて、どうしていいかわからず、とにかくやって来たとのことだった。

 年齢は、十二歳と十歳だそうだ。

 ふたりは不安そうどころか、泣きそうな顔になっている。

 やはり、彼女たちは王宮にやって来たことさえ初めてだという。

 王宮の正門までは男執事と一緒に来たのだが男は駄目だと追い返され、御者も王兵と交代させられて、ふたりだけがここまで連れて来られたようだ。

 

 アドリーヌのときもそうだった。

 門のところで待ち構えていた王兵に、いきなり馬車を開けられて内部を点検され、侍女だけだとわかると通過を許された。御者は指示があったので、侍女のうち御者ができる者にあらかじめやらせていた。

 だが、その侍女たちとも、すでに離された。

 彼女たちがどこに連れていかれたのかは不明だ。

 

「アドリーヌ、ねえ、この集まり不自然よね……」

 

 一連の挨拶が終わるとすぐに、サンドベール家の長女のエミールが声をかけてきた。

 ふたつ下の妹のカミールもついてきている。

 エミールとは同じ歳で幼馴染であり、気心の知れた関係だ。

 何度もお互いに泊まり合ったことさえあるので、エミールだけでなく、カミールとも仲がいい。

 それはともかく、エミールの言いたいことはわかる。

 侯爵夫人とふたつの伯爵家、しかも、サンドベール伯爵夫人とただの令嬢のアドリーヌでは、同じく伯爵家でも貴族としての格付けが違う。

 挙句の果てに、今日初めて王宮に来たのだという男爵家の姉妹と同室だ。

 どういう基準で控室を割り当てられたのだろう。

 しかも、侍女は追い返されている。

 

「……どうやら、単純に王宮に到着した順番で機械的に控室を割り当てて押し込んでいるみたいよ。わたしも、さっき気がついたんだけど、あの男爵家の子たち、わたしたち、そして、アドリーヌとは、ほとんど到着した時間が同じみたい。多分、侯爵夫人も……」

 

 順番……?

 だが、それでこの奇妙な組み合わせの控室に納得がいった。

 おそらく、それが正解だろう。

 しかし、そうだとすれば、この園遊会は全く貴族の格式とか、慣習とかいうものを無視した集まりということになる。

 

「ちょっと、王宮の雰囲気が不自然みたいよ……。やっぱり、来ない方がよかったんじゃないかなあって、お母様と話してたの。なんか、嫌な感じなのよね」

 

「嫌な感じ?」

 

 アドリーヌは首を傾げた。

 それに、あの王家からの園遊会の招待の文書からすれば、参加についての選択肢などない。不参加は、即、謀反と判断するという通告だ。

 

「……昨夜から王都を脱走する家が続出しているわ……。ここに来る直前に耳にしたんだけど、コジリー家、ハンブル家、ジントニー家。わたしが知っているだけでも、昨夜から今日にかけて、一斉に王都を抜けたわ……。実をいうと、園遊会が終わったら、サンドベール家も夜闇に紛れて領地に戻ることになってるの……。悪いことは言わないから、あなたも王都を逃げた方がいいかもね……」

 

 アドリーヌは心から驚いた。

 両親が不在のせいもあり、そういう機微な情報には、この数日疎かった。

 

 だが、サンドベール夫人たちが口にした、反国王の決起の情報──。

 そして、王都から主要な貴族がどんどんと逃亡をしているという情報……。

 この両方を繋ぐことで導きだせる結論は多くない……。

 

 しかも、いま脱走をしたとアドリーヌが名を出した貴族名は、王都所在の貴族の中でも親王派で知られる家だ。

 そういう家まで王都から逃げた……?

 いずれにしても、情報に機微に敏感になり、常に先手先手で動く──。

 生き残るための貴族の常識だ。

 そんな貴族たちが、続々と王都を脱走しようとしている。

 つまりは、彼らはいまの王都に危険なものをはっきりと感じているということだ。

 王都でなにが起きているのだ……。

 

 そのときだ。

 いきなり、控室の扉が外側から、声をかけられることなく、突然に開かれた。

 

「時間だ──。全員、廊下に集合せよ。その前に、こっちが指示するチョーカーを首にしてから出ていけ。まずは、お前、前に出よ」

 

 入ってきたのは数名の男の王兵を従えた身なりのいい女だった。

 怖ろしいほどに美しく、さらに威厳のようなものを強く感じさせる人間族の女だ。

 それにしても、あまりもの乱暴な物言いだ。

 全員がその場で硬直したようになった。

 

「あ、あなたはサキ様。これはどういうことなのですか? このような扱いは、王家といえども許されるものではありませんよ。しかも、チョーカーをせよというのはどういうことです──?」

 

 立ちあがって怒鳴ったのは、ボードワール侯爵夫人だ。

 また、彼女の言葉で、目の前の女性が誰なのかをアドリーヌは知った。

 サキといえば、テレーズの前に、ルードルフ王の寵姫として有名だった女性ではなかっただろうか?

 確か、遥かな遠国の王家に繋がる家系の姫だという触れ込みだったと思う。

 

「チョーカーで不満なら、言い換えてやろう。“性奴隷の首輪”だ。全員、わしが渡させた色の首輪をつけよ。お前らの性奴隷階級を示すものだ。文句があるなら、ルードルフとテレーズに言うがいい」

 

 サキが高笑いした。

 

「性奴隷の首輪ですって?」

 

 ボードワール侯爵夫人が唖然とした口調で声をあげた。

 アドリーヌも驚いてしまった。



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398 青組・赤組・黄組

「性奴隷の首輪ですって?」

 

 ボードワール侯爵夫人が唖然とした口調で声をあげた。

 

「んん? そっちはお前はボードワール家の妻か──。一度、夜会で会ったかのう? いずれにせよ、ちょっと年増だな。何歳だ?」

 

 サキが横にいる男の官吏に呼び掛けた。

 官吏はなんだか朦朧とした感じであり、ちょっと様子がおかしい。

 まるでなにかに操られているように自我がない感じだ。

 それにしても、彼女は国王の寵姫?

 アドリーヌは唖然としてしまった。

 初めて会ったが、サキの言葉遣いがあまりにも粗野で乱暴だったからだ。

 遠方の王族という雰囲気は皆無だ。

 しかしながら、生まれながらにして、人に命令をすることに慣れているという印象はある。

 

「五十一歳です、サキ様……」

 

 官吏が書類のようなものを拡げて、ぼそりと言った。

 

「ううむ……。ルードルフ用に回すか。青色じゃ」

 

「わかりました」

 

 官吏が頷く。

 すると、後ろの王兵が籠のようなものを抱えていて、青色の細い革紐のようなものをボードワール侯爵夫人に放った。

 驚愕するほどの無礼な行為だ。

 

「し、失礼な──」

 

 怒りに震えてボードワール夫人が大声をあげた。

 その瞬間、サキの手元がぱっと光ったように思った。

 

「ひがあああっ」

 

 ボードワール夫人が全身を抱くようにして、床にひっくり返った。

 そのまま絶叫して悲鳴をあげ続けて、のたうち回っている。

 怖ろしいほどの苦痛に見舞われているのは確かだ。

 

 魔道──?

 アドリーヌは目を丸くした。

 ほかの女たちも同じだ。

 やがて、やっと夫人の動きがとまった。

 

「立て、年増──。次に逆らうと首を刎ねるぞ。お前らの生殺与奪については、なにをしてもよいと、ルードルフとテレーズから……いや、王陛下とテレーズ様から許可を受けておる。さっさとチョーカーを首にしろ」

 

 サキが冷酷に言った。

 アドリーヌはその言葉の内容よりも、サキの醸し出す迫力にぞっとした。

 言葉には表現できないが、ぞっとするほどの恐ろしさをサキに感じたのだ。

 

「はあ、はあ、はあ、な、なにを……。そ、それに、これは園遊会では……」

 

 ボードワール夫人が恐怖の色を顔に浮かべながら、上半身を起こす。

 それでも必死に気力を集めて、サキに食って掛かるような物言いをして、サキを睨む。

 

「おう、園遊会だ。ただし、園遊会を愉しむのは、ルードルフ王陛下だ。くれぐれも失礼のないようにな。お前らは人質だ。王の気紛れで扱いも違うし、命も失う。まあ、気をつけよ。とにかく、よいな――。文句は国王とテレーズだ」

 

「人質?」

 

 声をあげたのはサンドベール夫人だ。

 夫人はふたりの娘を背中に庇うようにしている。

 

「王命だ。色々と物騒だからな。園遊会の名目で王都に所在の妻子を人質として王宮に集めることになった。せっかく集めるのだから、色々と愉しみたいと陛下が仰せでな。わたしは、その命令で動いているだけだ……。ところで、お前ら三人は母娘か?」

 

「サンドベール伯爵夫人のテルミナ、令嬢のエミール、カミールです。年齢は順に三十八、十七、十五……」

 

 さっきの官吏が感情のこもってない声を発した。

 だが、人質という言葉で、アドリーヌはなんとなくこの園遊会の目的を理解した。

 さっき、この控室において、アネルザ王妃の実家であるマルエダ辺境候が反国王の旗を揚げるのではないかという噂を耳にしたばかりだ。

 また、王都からは、最近の国王の異常さと、狂乱する王都の物価などに恐れをなして、どんどんと貴族たちが王都を脱出しようとしているということだ。

 極めつけは、スクルズの処刑に端を発する昨夜の暴動騒ぎだ。

 

 だから、その機先を制するために、王都在住の妻子を王宮に人質にとるということだと思う。

 つまりは、これは罠だったに違いない。

 性奴隷云々(うんぬん)は意味不明だが、やっぱり園遊会の案内に接した時点で、即座に王都から逃げるべきだったのだ。

 アドリーヌは歯噛みした。

 

「親娘か……。そういう趣向も主殿はあるかな? まあ、一応は分けるか。母親は黄色。特別に娘たちのところで働かせてやる。娘たちは赤だ──」

 

 サキの言葉で王兵が籠から三人にそれぞれにチョーカーを渡す。

 それにしても、園遊会は名目をした人質とは……?

 

「おう、こいつはいい。若いし美人だ。赤だ──。名は?」

 

 サキがアドリーヌの前に立って声をあげた。

 アドリーヌが応える前に、やはり、あの官吏がアドリーヌの名と家柄と年齢を言った。

 最後にサキは、男爵家のふたりの姉妹の前に立った。

 ふたりともすっかりと怯えて、抱き合ってしくしくと泣いている。

 サキがちょっと顔をしかめた。

 

「ううん……。磨けば光るかもしれんし、数年すれば、化けるかもしれんが、特に主殿はこのくらいの年齢の少女を抱く趣味はなかったなあ……。まあ、主殿のことだから、それなりに愉しむとは思うが……。だがのう……」

 

 ひとり言みたいな言葉の内容の意味はわからないが、サキはなにかを悩んでいるようだ。

 男爵家のふたりの泣き声が大きくなった。

 

「ええい、うるさい──。もうよい。チョーカーはなし──。よし、全員を廊下に出せ。次の部屋に行くぞ」

 

 命令はアドリーヌたちではなく、サキと一緒にきた官吏や王兵に告げた言葉だ。

 サキが出ていくと、王兵たちが剣を抜いて、アドリーヌたちに突きつけた。

 

「ひっ」

「きゃあああ」

「ひいいっ」

 

 アドリーヌたちは剣を向けられた恐ろしさに、一斉に悲鳴をあげてしまった。

 逆らうことも、抵抗することも不可能だ。

 なにがなんだかわからず、まずは渡されたチョーカーを首に巻く。

 すると、すっと肌に喰い込んだようになる。

 これは魔道のかかっているものだ。

 それがわかった。

 

 廊下に出る。

 すでに、たくさんの女たちが廊下に出されている。

 いずれも着飾った貴族の子女たちだ。

 また、隣の部屋からも怯えた顔の令嬢や令夫人が首に赤、青、黄のチョーカーを装着させられて、廊下に出て来る。

 この色になんの意味があるのかわからない。

 

「よし、全員、前に進め──。ぐずぐずするんじゃない──。王兵──。逆らう女は容赦なく、電撃鞭を使ってよし。こいつらは、王陛下のご命令で捕えた人質だ。罪人同様に扱えとの許可を得ておる」

 

 前側の方から、サキの大声が聞こえた。

 電撃鞭──?

 驚いたが、確かに貴族の子女の群れの中に混じっている王兵が手に長めの乗馬鞭のような棒を持っている。

 魔道の武器というわけか?

 そして、あちこちから女たちの悲鳴が聞こえだした。

 本当に兵が貴族の女に魔道鞭を振るっているのだ。

 ぞっとした。

 やがて、廊下に出された集団が進み始める。

 アドリーヌも慌てて、前に進む。

 

 しばらく歩くと控室のあった建物を抜けて、王宮の裏庭に向かう小路に着く。

 そのまま進まされる。

 やがて、百人ほどの王兵が取り囲む場所についた。

 ここが「園遊会」の会場のようだ。

 

 しかし、園遊会とは名ばかりで、そこにあったのは一個の卓のみだ。

 そして、そこに座っているのは、ルードルフ王だ。

 アドリーヌたちは全員がその卓の前に、少し距離をとり、ずらりと並んで立たされる。

 おそらく、百人以上はいるのではないだろうか。

 ほとんどは、社交界で見知っている貴族の女たちだ。

 なかには、控室における男爵家の姉妹のように面識のない者もいる。

 全員が三色のチョーカーを首輪にしているが、なかにはなにも巻いていない者もいた。

 巻いていないのは、あの姉妹のように年齢が低いとか、逆に老女に近い者などだ。

 

「陛下、全員を連行したぞ。この中で年増を後宮用としておいた。大人しくておる褒美だ。青いチョーカーが目印だぞ……。青なら、いくらでも抱いていい。大丈夫、なんの問題もない……」

 

 サキが国王の前で恭しく頭をさげた。

 だが、およそ、国王に対する言葉遣いとは思えない口調と物言いだ。

 アドリーヌは驚いた。

 

「ふははは……。ご苦労だ、サキ……。なかなかいいぞ。今朝も……いい味だったな……。ああ、なんだったかな……。公爵夫人だ……。フラン……」

 

「フラントワーズだ。引きあげさせて、召使い境遇にしようと思って、黄色組に回したが、気に入ったら、青組に回してやるぞ。どうする?」

 

「黄色……。まあいい。だが、余は赤がいいのう。赤の方が若い……。無垢だ……」

 

「赤は調教に回す組だ。手をつけてはならん。残念だが、陛下の一物は勃起せんぞ。勃起するのは青だ。よいか、青──。青だ、青──」

 

「……勃起するのは青……。青……」

 

 ルードルフ王がぶつぶつと口に中で呟くのが聞こえた。

 アドリーヌは呆気にとられた。

 少なくとも、あの国王からは知性がほとんど感じられない。

 まるで、サキの操り人形みたいだ。

 しかも、会話の内容は異常だ。アドリーヌには半分の意味もわからないが、非常識な内容が語られているということだけはわかる。

 とにかく、国王の様子に不自然さがある。

 人間観察の鋭さはアドリーヌの得手とするところだと自負しているが、眼が虚ろなのだ。

 まるで、自分の意思の一部を失っているような……。

 あれは、絶対に正気ではない──。

 

「では、園遊会を開始するか……。おいっ」

 

 サキがどこかに声をかけた。

 すると、護衛の衛兵の輪の一部が開き、ぞろぞろと十数人ほどの女たちの集団が並んで入ってきた。

 

「きゃあああ」

 

「ひいいい」

 

「いやあああ」

 

 集められている女たち──アドリーヌも含め──が一斉に声をあげた。

 入ってきたのは、二公爵の家族の女たちだったのだ。その傍系の伯爵家、子爵家もいる。

 筆頭は、グリムーン公爵第一夫人のマリア、その娘のエリザベス、ラングーン公爵家のフラントワーズだ。ほかにも公爵のグリムーン家の第二夫人と寵姫が数名、その他は親族の女性たちだ。

 老女はいなかった。

 その代わり、年端もいかない童女もいる。

 

 しかし、悲鳴をあげたのは、彼女たちの素性よりも、その恰好だ。

 逃亡防止のためなのか、全員の足首と手首に鎖で繋がった革枷が装着されている。

 しかも、身に着けているのは、腰の革の貞操帯だけであり、ほかはなにも身に着けていない裸だ。

 ただし、両乳首には一個ずつの鈴が吊るされている。

 童女たちまで同じ恰好だ。

 そんな惨めな姿の公爵家と公爵家にまつわる女たちが召使いのように両手に食べ物や飲み物が乗った盆を運んで来たのだ。

 首には全員に黄色のチョーカーがある。

 いや、唯一、グリムーン公爵令嬢のエリザベス嬢だけが、アドリーヌと同じ赤いチョーカーをしていた。

 だが、ほかの夫人たちは面識がない者が多いが、エリザベスだけは年齢が近いので、彼女についてはよく知っている。

 気位が高く高飛車なことで有名だ。

 それがあんな恰好で……。

 

「ひっ」

 

 とにかく、アドリーヌは、あまりもの光景に、自分の顔が蒼ざめるのがわかった。

 また、だんだんと近くになるにつれて、それだけではない、女たちへの仕打ちがわかった。

 どの女たちの貞操帯も、股間の部分が小さく振動をしている。

 おそらく、ああやって働かせながら、ずっと貞操帯の振動で嬲られているのだろう。

 どの女も顔が真っ赤で、ねっとりと汗を肌にかいている。

 あれは、それなりの時間、ずっと股間を貞操帯の振動で悪戯をされているに違いない。

 童女の股間でさえ震動していて、子供たちはしくしく泣きながら盆を持たされている。

 すると、サキが公爵家の者たちのところに寄っていく。

 

「フラントワーズ、しっかり歩かんか。朝までルードルフの相手をしてくれたのはご苦労だったが、今日からはこの集団では第三階級だ。召使いが足りんから忙しいかもしれんが、そのうち不甲斐ないのを回してやる。とにかく、お前が黄色組の長だ。集めた者を仕切れ」

 

 フラントワーズ=ラングーン公爵夫人だ。

 公爵家に王兵が入って、二公爵が磔刑になったのは昨日だが、家族についてはどうなっているかは知らなかった。

 ここで、こんな仕打ちをされているとは……。

 また、フラントワーズ夫人は、全員の中でも、一番脚がおぼつかなくふらふらしている。

 いずれにしても、この国では最高階級の令夫人たちだ。

 それがあんな姿で給女の仕事など……。 

 

「は、はい……、う、うう……」

 

 フラントワーズ夫人が赤く上気した顔で頷いた。

 ほかの女もそうなのだが、貞操帯による淫靡な仕掛けのせいか、腰を引いたみたいにして苦しそうだ。

 

「さあ、お前たちも、それぞれに分かれて行動しろ……。ただし、首輪のない者は、特別にこのまま戻っていい。しかし、ここで見たものは他言無用だ。口にすれば家族もろとも公爵家の当主たち同じ運命を辿ることになる……。黄色のチョーカーは召使いだ。やって来た女たちと同じ恰好をせい。働き場所は後で決める──。青のチョーカーは王のお相手だ。後宮の一階行きだ。兵の誘導で移動せよ」

 

 サキが叫んだ。

 再び、女たちが声をあげた。

 

 青いチョーカーは後宮の一階で国王の相手──。

 黄色は召使い──。

 首輪なしは解放……。

 赤は?

 アドリーヌたちは赤いチョーカーだ。

 

「さあ、行け──。赤以外は散れ。青組は全裸になって陛下のところに進め。青組の貞操帯は後で渡す――。それまで、王と一緒に後宮に入って、一生懸命に媚びを売るのだ――。また、召使い組はその場で素っ裸になって、兵に枷と貞操帯を受け取れ──。くずぐずすると、だんだんとチョーカーが締まるぞ。言われた格好をするまではな……。いやなら、その場で死ね」

 

 サキが冷たく言った。

 

「んぐ、あがっ」

 

 アドリーヌの横には、黄色いチョーカーをさせられたサンドベール夫人がいたが、急に首を押さえて苦しみだした。

 魔道だ。

 サキの言葉のとおりに首輪が締まっているのだろう。

 

「お母さま──」

「ああ、お母さま」

 

 エミールたちが悲鳴をあげて、夫人を抱きかかえた。

 一方で、ほかの青組や黄色組の令夫人たちも苦しみだした。

 最初は躊躇していた令夫人たちだったが、チョーカーの絞めと王兵の電撃棒に脅されて、慌てたように服を脱いでいく。

 中にはひとりでは脱げないような服を着ている者もいるので、周りの者が助けて服を脱がせ始めたりもしている。

 

 そして、兵たちが黄色組の女たちの足元に、貞操帯を置いて言っている。

 また、脱いだ服は、地面に置かれるや、すぐに兵が片っ端から回収されていく。

 

 全員が恐怖に包まれている。

 アドリーヌも同じだ。

 とにかく、アドリーヌもエミールたちとともに、サンドベール夫人が服を脱ぐのを手伝う。

 

「よし、赤組は輪の外に出よ──」

 

 そのとき、またサキの声がした。

 

「……そして、赤は特別の性奴隷だ──。お前たちの主人は別にいるけど、いまはいない……。その方が来るまで、連日調教の日々だ。しっかりと訓練して、いい性奴隷になるのだぞ。お前たちの監禁場所は、後宮の地下奴隷宮だ」

 

 サキがさらに言った。

 地下奴隷宮──。

 確か、いまはもう使用されていないはずだが、少し前まで王妃のアネルザが奴隷を集めていた場所だ。

 残酷な拷問具が揃えられているという噂の施設である。

 アドリーヌは、自分の心に絶望が走るのがわかった。

 

「全員に言っておく。此れから先は、すべての望み捨てよ……。よし、まずは、仮想空間で揉んでやろう。十日分を一日でするぞ」

 

 サキが笑った。



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399 赤色組の調教始め

「んああっ」

「ううっ、はああ」

「あ、あああ」

 

 二十人ほどの若い人間族の令嬢たちが嬌声と悲鳴をあげながら、いわゆる「しゃがみ歩き」というものをしている。

 つまり、右の足首と手首、左の足首と手首をそれぞれに枷で密着させ、膝を曲げてしゃがんだ姿勢にして、その状態で大きな広間の往復を続けてさせているのだ。

 もう半ノスになるので、全員が汗びっしょりである。

 また、全身をすっかりと上気させている。

 なかなかの仕上がり具体だ。

 最初の調教の効果としては、サキは満足している。

 

 人間族の令嬢たちの格好は腰の下着だけの半裸であり、乳房は剥き出しだ。

 やらせているのは、ああやって下着一枚の人間族の令嬢たちを広間の端から端まで歩かせ、壁に到達したらすぐに反転して、反対側の壁までしゃがみ歩きをするという運動だ。

 また、少女たちの喘ぎ声の原因は、苦しい運動を強要させられているだけではない。

 あいつらの股間には、内側に大小の丸い突起がある特別な貞操帯を嵌めさせていて、それが魔道で動き回って女の股間に淫らな刺激を与え続ける仕掛けになっているのだ。

 そんな貞操帯を嵌めさせられながら、腰を激しく動かすような不自由な運動をさせられるのだから、令嬢たちも否応なしに、恥ずかしい声を出さなければならないということだ。

 体力のない人間族の若い女たちには、かなりの苛酷な運動かもしれないが、この連中は、人間族の中でもかなり地位が高く、他人に奉仕されるのが当然のような者たちだ。

 その女たちに、性奴隷の矜持を叩き込むには、多少の無理は仕方がない。

 

 サキは、広間を見渡せるように置かせた設置しているテーブルにつき、ゆったりと椅子に腰掛けながら、それを眺めていた。

 テーブルの上にあるのは、火酒と生肉だ。

 生肉は、桂鳥(ケイバード)の熟成肉を表面だけを焼き、それをひと口大に細く切ったものであり、ロウはその調理法を「タタキ」と呼んでいたと思う。

 その生肉を「ソイの汁」という黒い調味料に浸して食べている。

 

 桂鳥(ケイバード)は、もともとは、あのテレーズがこの国の国庫を使って大量に集めさせたものだ。

 テレーズがいなくなったところで、すべてをサキの仮想空間に収容して保管をすることにした。

 ちょうどいいので、ほかの高級食材とともに、サキの仮想空間に放り込んだのだ。

 テレーズが集めさせた高級食材は、それだけでこの国の国庫が傾くほどの値段と量なのだが、サキの仮想空間内であれば、時間経過をとめられるので、腐ることもなく永遠に新鮮なままで保てる。

 全部をロウの帰還祝いに使うつもりだ。

 いま、サキが口にしているものは、そのお裾分けということだ。

 

 そういえば、そのテレーズはどうなったか……?

 今朝早いうちに、ふたりの人間族の少女を連れて王都を出立したが、どこに向かうのかは口にしなかった。

 まあ、どうでもいいが……。

 

 それはともかく、金にあかせて集めた食材といえば、「ソイの汁」も同じだ。

 以前、マアが遠国から取り寄せて、ロウが非常に喜んだということを耳にしたので、テレーズに言って、やはり国庫から大金を出させて、まとまった量を輸入させた。

 いずれも、ロウが王都に帰ったら、是非食べてもらいたいと思っている。

 きっとロウはサキを褒めてくれるだろう。

 

 そして、ロウへの贈り物は、目の前で悲鳴をあげながら嬌声をあげて動き続ける令嬢たちこそ、サキの最大の贈り物だ。

 人間族の中では最高級の地位にある高級貴族の若い美少女たちであり、こいつらをロウが戻るまでに徹底的に調教をして、ロウの性器に接するだけで股間から涎を垂らすくらいの淫乱に仕上げるというわけだ。

 好色なロウのことだから、喜んでくれることは間違いない。

 

 とにかく、ここにいる二十数名の若い人間族の女は、園遊会の名目で集めた上級貴族の女たちの中から、サキが自ら選んだ見目のよくて若い個体の者たちばかりであり、選りすぐった性奴隷候補生だ。

 さらに、下級貴族や女騎士などからも追加を考えているので、最終的には三十人ほどになると思うが、それだけの性奴隷を準備したとなれば、絶対にロウはサキを褒めてくれる。

 いまから再会が楽しみで仕方がない。

 

 サキは盃の火酒を飲み干すと、いまは給女役をしているラポルタに空になった盃を差し出した。

 ラポルタは、サキの眷属の中では、もっとも気が利いて頭がいい雌妖であり、今回はタリオの犬どもの駆逐に役に立ってくれた。

 その結果、テレーズも、テレーズを見張っていたタリオの間者たちも一掃され、人間族の王宮の支配をサキが譲り受けることになったが、そのテレーズに代わる役割をラポルタにさせるつもりだ。

 だからいまは、いなくなったテレーズそっくりの姿形に外見を変えている。

 人間族は、このラポルタをテレーズと思い込むはずだ。

 

「はい、サキ様」

 

 ラポルタが酒瓶をとって、盃に注ぎ足す。

 サキはラポルタに向かって、少し身体を傾けた。

 

「動けない者たちが出てきたな。だが、まだ動ける。限界まで身体を動かしたことがないだけだ。尻穴にでもなんでも電撃を打って、強引に歩かせよ。だが、本当に動けなくなるまで折檻したら、今度はわしが調教役の眷属どもを張り倒す。そう伝えろ」

 

「かしこまりました」

 

 ラポルタが会釈をして、なにか口の中で呟いてから手を軽く振った。

 サキの言葉を魔道で、調教師役をしている眷属たちに伝えたのだろう。

 途端に、眷属たちの顔が真剣な表情に変化したのがわかった。

 

「それと一番不甲斐のない令嬢は、見せしめとして罰を与えよ。一罰百戒じゃ。それで、全員が明日からの調教に身が入るだろう」

 

 サキは注がれたばかりの火酒で喉を潤すと、指を軽く動かして、テーブルの桂鳥(ケイバード)の切り身を指差す。

 ラポルタが抱えていた火酒の瓶を横の台に置き、箸で切り身を摘まんで、ソイの汁を軽くつけ、そのままサキの口に運んできた。

 箸というのは、ロウが好む食事用の道具のようだが、二本の細い棒で物を摘まんで食べるという王宮で見かけることのないものだ。

 だが、魔法王国エルニアなどでは一般的な道具ということであり、この国の北側の地方では使うようだ。そして、なぜかロウもそれを好む。

 サキはうまく使えないのだが、器用なラポルタは、二本の短い棒である「箸」をうまく使いこなしている。

 切り身が口に入る。

 やはり、うまい。

 火酒にも合うし、これは病みつきになりそうだ。

 

「ならば、あの金色に決まりですね。一定時間内に往復するどころか、片道も進めてません。ほかの令嬢と比べて、群を抜いて体力がない」

 

 ラポルタがかすかに頬に酷薄な笑みを浮かべたのがわかった。

 口調は丁寧だが、ラポルタの一族はかつての冥王戦争後の妖魔追放時代に、人間族に惨い目に合っていて、ラポルタはその末裔だ。

 いや、ラポルタに限らす、サキが連れている眷属の妖魔たちは、人間族嫌いが骨身に染み込まされている者たちばかりだ。

 サキがいるから大人しくしているが、放っておけば、次々に人間族を殺しまわるに違いない。

 だから、本気で手を出せば殺すと、全員に徹底している。

 

 それはともかく、ラポルタが示した不甲斐ない個体というのは、園遊会に先だってサキが引き取った公爵家の娘だろう。髪は金髪だ。

 いまも、疲労で床に突っ伏したまま動かなくなっている。

 ついている眷属が罵声を浴びせて、鞭を背中に叩きつけた。

 まあ、あれは仕方がないだろう。

 

「公爵家から連れてきた娘だな……。名はエリザベスだったか?」

 

 サキは思い出していった。

 妙に生意気だった娘だ。平手を数発顔に叩き込んだら、それで大人しくなったのを記憶している。

 

「一号ですよ、サキ様。ここに集めた者に名前などありません。名乗りを許すのは、候補生が取れて、一人前の性奴隷と認めてからです」

 

「そうだったな」

 

 サキは苦笑した。

 性奴隷候補生の印である赤いチューカーをさせている者たちの右の乳房と太腿には、魔道によって、全員に一連番号の数字を刻み付けている。

 調教するにあたって、名前など面倒なので、それで躾けるように申し渡していた。

 ほかの令嬢よりも一日早く集めたエリザベスには、最初に刻印を刻んだので、エリザベスの右の乳房と太腿に“1”の数字が大きく刻印されている。

 

 いずにしても、目の前でやっているのは拷問ではない。

 必要な躾だ──

 つまりは、肉体の体力だけでなく、貴族令嬢としての矜持も誇りも完全に削ぎ落とさせるための「加工」だ。

 従順な「性奴隷」になるための調教の第一歩というわけである。

 

 それを監督させているのは、十人ほどの魔族の女たちだが、全員が人間族の女兵の恰好に化けさせている。

 これが床を這うように動いている令嬢たちを鞭で追い立てている。

 まだ半ノスがすぎたばかりだが、どれも体力のない連中ばかりであり、電撃の恐怖だけでは、動きが悪くなってきている。

 だから、鞭や怒声で追い立てることも必要な状況になってきているみたいだ。

 

「ぐずぐずするんじゃない──」

 

「ひゃうう」

 

「さっさと進め、奴隷ども──」

 

「きゃあああ」

 

 あちこちで調教師役の眷属の放つ甲高い罵声が飛んでいる。眷属たちに持たせているのは革鞭だ。

 もっとも、実際に当てるのは、二十回に一回くらいだと申し渡している。しかも、かなりの手加減を厳命している。

 ここはサキの仮想空間内なのだから、いくら令嬢どもの柔肌を切り裂いたところで、現実世界に戻るときには、なにもなかったように戻せるのだが、眷属たちが本気で鞭を震えば、それだけで人間族の若い女は動けなくなってしまうだろう。

 肉体的に動けなくなっては調教にならない。

 洗脳をして、ロウとの性愛のことしか考えられない従順な「雌」を作るのが目的であり、そのためには、体力も心もぎりぎりのところで留め残しておく必要があるのだ。

 

 とにかく、いまやらせていることに、大きな意味はない。

 ただ、自分たちは、調教される「奴隷」だということを心と身体に染み込ませるための苦役ということだ。

 両側の壁には、人数分のベルが吊ってあり、一定時間内に口でベルを鳴らせなければ、首に巻かせているチューカーを通して、死ぬことはないが、死ぬかと思うほどの電撃が流れることになっている。

 最初は真剣さが足りなかったように思えたしゃがみ歩きだが、一度味わったところで、それぞれの令嬢たちが必死の形相で床を這うように歩き出した。

 

 まあ当然だろう。

 チョーカーから流れる電撃は、身体能力の高い魔族でさえも、一発で恐怖を染み込まされる苦痛を伴うように細工をされたものだ。

 たかが人間族の少女ごときに耐えられるわけがない。

 ましてや、この連中は「令嬢」と呼ばれている普段は、侍女や侍従にかしずかれているような上級貴族の者たがちだ。

 こんな仕打ちなど受けたことなどないのだから、もう数ノスもやらせれば、高貴な血筋の誇りなどというものなど、すっかりと消滅しきるに違いない。

 

「いずれにしても、この最初の躾が終われば、後宮の地下で性奴隷の修行をさせながら、日常をすごさせることになる。だが、そのときには、わしもお前も、こいつらにかかりきりというわけにもいかん。誰か監督官の候補者はいるか?」

 

 監督官は、後宮に集めさせた令嬢たちや、その調教師役の眷属のすべてを束ねる役目ということになる。

 サキは適当な眷属を思いつかなかったので、ラポルタに推薦させることにした。

 

「グーラはどうでしょう? なかなかの好き者です。普段も彼女自ら十匹ほどの雌奴隷を飼育してます。性調教の技術には長けています。それに、人間嫌いなので手加減をすることもないでしょうし、一方で、人間を傷つけるなと命令に逆らうほどの気概もありません。強い者に媚び、弱い者をいたぶる性質ですし、人間族の監督には適当かと……」

 

「それが適当か?」

 

 サキは言った。

 あまりいい人選とも思えなかったが、人間族に甘い妖魔を探す方が難しい。

 しかし、性調教の技能に長けているというのはいいようだ。

 まあ、うまくいかなければ、監督官を変えれば済むことか……。

 

「まあいい、じゃあ、そのグーラを呼べ」

 

 ラポルタに言った。

 すると、ラポルタが魔道を発し、すぐに身体の大きな雌妖がやって来て、サキの前で直立不動の姿勢で立った。

 人間族の女に変身し、女兵の服装をしているが、横にも縦にも大きい。

 大きな乳房がなければ、巨漢の人間族の男兵にしか見えない。

 

「サキ様、お呼びでしょうか?」

 

 グーラが緊張した口調で言った。

 サキは手を振った。

 途端に、グーラの服装が女兵から、近衛兵の将校の服装に変化する。

 

「いまからお前は近衛兵の女将校だ。令嬢たちの躾を任せる。調教師役の眷属たちもそのままお前の部下につける。こいつらを一流の性奴隷にし立てろ」

 

「は、はい、サキ様から直接に命を受けるというのは、身に余る光栄──。この一身に変えまして……」

 

「御託はいい。それよりも、わかっておるな?」

 

 サキはグーラの返事を遮って言った。

 睨みつけられたことで、グーラの顔が蒼くなる。

 

「あっ、は、はい……。いえ、わかっているとは……?」

 

「集めた性奴隷のことだ。調教をさせるが、実際の立場はお前らよりも遥かに上だ。わしの主殿(しゅどの)の精を受けることになるのだからな。そこのところをはき違えるな」

 

「は、はい──」

 

 グーラが身体を固くする。

 

「お前らなど取り換えのきく道具のようなものだ。それに比べれば、あの連中は主殿に仕えることになる大切な贈り物になるのだ。痛めつけるのはいいが、あくまでも躾のためだけだ。動けなくして、調教に参加できないということがないようにせよ。ましてや、殺すようなことがあれば、わし自ら調教師役の首をねじ切ってやる。だが、お前も一緒にだ。部下につける者には徹底せい」

 

「は、はい。絶対にやりすぎません。殺しません。全員に徹底します──」

 

 グーラが真剣な表情で数回首を縦に振った。

 サキは満足した。

 

「細かいやり方は任せる。時々見に来る。性などまったく縁のなかった者たちばかりだ。それを徹底的に淫らな身体にせい。だが処女は破るな。一方で尻穴については、性交のできるように調教しろ。口吻の技もたたき込め。よいな──」

 

「はい──」

 

「牙は抜け。しかし、なにも考えない人形はいらん。心は砕くが潰すな。心は残せ。気の抜けた肉殻を主殿は抱かん」

 

「肝に銘じます」

 

「行け──」

 

 サキは手を振った。

 グーラが戻っていく、

 ラポルタもサキに軽く頭をさげてから、調教をしている現場に向かう。

 グーラが長になったことをほかの眷属たちに伝えにいくのであろう。

 サキは背もたれに深く身体を預けて、様子を見守る。

 ラポルタが調教師役の眷属を集め、なにかを告げた。

 続いてグーラが言葉を発し、再び眷属たちが散る。

 ラポルタが戻って来る。

 調教の怒声がますます激しくなった。

 

「ほら、遅くなったよ──」

 

「しっかりと進まないか──」

 

 罵声が次々に起きる。

 サキはその光景を肴に、火酒をぐびぐびと呷った。

 

「お待たせしました」

 

 戻ったラポルタが頭をさげる。

 サキは火酒を置いて立ちあがった。

 

「一度、現実側に戻るか。こっちはグーラに任せよう。黄組と青組を見にいくぞ。育て方は違うが、実際にはあれらも性奴隷候補には違いない。料理の仕方を変えているだけだ。万が一、主殿が気に入れば、すぐに性奴隷になるのだ」

 

「そうですか……」

 

「まあ、黄色までだがな。さすがに青組の年寄りには、主殿も食指を伸ばすまい。だから、ルードルフを静かにするために、あてがっているというわけだ」

 

「では、そのつもりで対応します」

 

 ラポルタが言った。

 サキは頷いた。

 

「ところで、外ではお前はテレーズだからな。わしのことは呼び捨てにせよ」

 

 サキは言った。

 すると、表情など変えたことのないラポルタが、目に見えて焦った表情になる。

 

「そ、そんな……。そんなことできませんわ」

 

 顔を蒼くして首を横に振った。

 その慌てたような姿にサキは吹き出してしまった。

 

「いいから、言う通りにせい──。だが、テレーズの姿でそんなに態度を小さくしてくれると嬉しくなるな。本当にあの人間族の女は生意気だったからのう……。とにかく、命令に従え、テレーズ様」

 

「か、かしこまりました、サキ様……。いえ、サキ……」

 

 ラポルタが困ったように言った。

 サキは大笑いした。



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400 黄色組の恥辱労働

「はうっ」

 

 マリアは浴槽の床を擦る手をとめて、その場にうずくまってしまった。

 貞操帯の中の張形がぶるぶると動き出したのだ。

 しかも、今度は後ろだ。

 

 ただでさえ、やったことのない労働を強いられる公爵夫人だったマリアだが、こんな恥辱的な仕打ちを受ける屈辱には耐えられるものではなかった。

 とにかく、淫らな刺激に耐えられず、マリアは清掃道具を取り落として、その場に跪いてしまった。

 

「マリア様──」

 

 今日の浴槽掃除当番を一緒にやっていた侯爵夫人のランジーナが心配そうに駆け寄る。

 だが、そのランジーナの動きもぎこちない。

 当然だ。

 マリアもランジーナも、……いや、黄色チョーカーを装着させられ、後宮における一切の家事労働をすることになった五十人ほどの貴族女たちの全員が、この忌々しい張形付きの革製の貞操帯を装着させられている。

 この貞操帯には、魔道が込められているということであり、装着しっ放しでも清潔を保てるらしいのだが、これを四六時中装着されて、労働をしながらの日常生活を送ることを強要されているというわけだ。

 これまで、侍女や従者にかしずかれる生活を送っていた上級貴族の女の自分たちがだ――。

 

 しかも、身に着けているのは、貞操帯だけであり、監禁されている女の全員が貞操帯のみの全裸だ。

 ほかには、「家事奴隷」を表す首に巻かれている黄色のチョーカーと、乳首にぶらさげられている二個の鈴だ。

 服を身に着けることを許されずに後宮内の家事を行い、みじめな格好を忘れることを許さない、乳首のちりんちりんという絶え間のない鈴の音が、マリアたちの恥辱を助長する。

 

 しかも、貞操帯は股間に食い込むように密着しており、その内側には粘性質の突起物がびっしりと存在している。それが身体を動かすたびに、右に左にと形や大きさを変化させながらうごめくのだ。

 四十をすぎているとはいえ、マリアも女だ。

 さらに、前後のふた穴に、張形まで挿入させられるとあっては、満足に動くことも難しい。

 

 そもそも、公爵夫人だったマリアもそうだし、いま一緒にいるランジーナもランジール侯爵家の夫人だ。

 生まれてから一度もやったことのない家事をするだけで必死なのに、こうやって嫌がらせ以外のなにものでもない淫靡な刺激を与える貞操帯を四六時中装着されているのである。その淫らな刺激が夫人たちの動きを妨げる。

 ここに集められて、まだ三日ほどにしかすぎないのだが、もうすっかりと、マリアたちはこの生活に参ってしまっていた。

 

「だらしないねえ。それだと、またずいき汁の懲罰になるよ。しっかりと働きな。今日からは、組になった当番については、一方の懲罰をもうひとりも連帯責任で受けることになったんだからね。迷惑をかけたくなければ、さっさと立つんだよ」

 

 マリアたちの仕事を監督しているモリガンという女兵が後ろから呆れたような声を出した。

 近衛兵の女兵の格好だが、廃絶させられたはずのラングール公爵家のマリアはともかく、侯爵家夫人のランジーナ、そのほかの侯爵家、伯爵家の女たちに対して、まったく容赦のない態度を崩さない。

 まさに、奴隷を使役する奴隷監督そのものだ。

 

 モリガンのような女兵が十数名いて、マリアたち五十人ほどの黄色組を監督している。

 家事労働をしたことのないマリアたち貴族夫人に、そのやり方を教えるとともに、失敗に対して懲罰を付与するのが、彼女たちの役割だ。

 彼女たちの怖さは、たった三日で、マリアたちの心にしっかりと刻まれてしまった。

 

「あ、ああっ、そ、それは……や、やります。やりますから……」

 

 マリアは慌てて立ちあがろうとした。

 “すいき汁の懲罰”というのは、一日の家事労働でもっとも不甲斐ない者の数名に与えられる折檻である。

 マリアたち黄色組は、股間に装着されている貞操帯を一日に三回だけ許されている「排便・排尿時間」以外は、ずっと嵌めっぱなしである。自分で外せないだけでなく、外からの一切の刺激を遮断してしまう。

 「ずいき汁の罰」というとは、怖ろしいほどの痒みが襲われるその汁を就寝前に貞操帯の張形に注入される罰だ。

 貞操帯を装着した状態で、張形の内側の空間に、貞操帯の外側から液汁を流し込めるようになっていて、それがしばらくのあいだ振動をしながら、張形の外に大量に滲み出てヴァギナとアナルの内側にまき散らされる。

 貞操帯の外から痒みを癒す方法はない。

 初日のときには、全員が懲罰を言い渡されたので、マリアもその洗礼を受けたが、発狂するほどの痒みが夜のあいだ続き、まさにマリアたちは七転八倒した。

 あの痒み地獄だけは、二度と味わいたくない。

 ましてや、自分の失敗でランジーナに迷惑をかけるなど……。

 

「だったら動くんだよ。家事奴隷のお前らは、どんなに快感を覚えても、それに没頭することは許されないんだ。とにかく、お前らは、快感に耐えることを覚えさせろと言われている。いつまでも乳首を勃てていずに、さっさと床を磨きな」

 

 モリガンが腕組みをしたまま酷薄な口調で言った。

 マリアは歯を喰いしばって立った。

 振動の時間は短いし、激しく動くことは少ない。

 加減をされているのだ。

 いまも、すぐに張形の振動はすぐに終わった。

 だから、マリアはなんとか自分で立つことができた。マリアは荒い息を隠すことができず、離してしまった床ブラシを拾って、床を磨く仕事に戻る。

 

「マリア様……」

 

「も、申し訳ありません、ランジーナ様……。だ、大丈夫です……」

 

 マリアは肩を抱くようにしてくれているランジーナに軽く頭をさげる。

 心配そうにしてくれるランジーナとともに、再び床を磨く動作に戻る。

 黄色組については、爵位は忘れて名前で呼び合おうと提案したのは、一応、黄色組の「奴隷側」のとりまとめをすることになったラングーン公爵家夫人のフラントワーズだ。

 確かに、こんな状況になっては、むしろ爵位で呼び合うことこそ惨めだ。

 全員が賛同し、それからマリアたちは下の名で呼び合っている。

 

 ところで、ここは後宮に数個ある浴室のひとつであり、一度に三十人ほどは入れるほどの大きな浴槽だ。

 浴場清掃は、浴槽の湯を抜き、浴槽と床を磨き、また湯を戻すという仕事だ。そのほかに、湯桶の整理に、石鹸や髪洗い粉の補充など、さまざまな仕事がある。

 これをモリガンのような監督の女兵に言われるまま、示された時間内にやり終えるというのが、今日の午後に命じられている最初の仕事である。

 だが、いまのように、時折起こる股間の刺激に邪魔され、ただでさえ不慣れな清掃などという仕事は、まったく捗っていなかった。

 

「ひんっ」

 

 すると、今度はランジーナががくりと膝を落とした。

 張形の振動はいつ起きるかわからないし、間隔も激しさも全く予想することができない無秩序だ。

 狂うくらいに連続で起きることもあれば、焦らすようにいつまでも静止したままのこともある。

 動いたときは動いたで、とまったままであれば、とまっていることでマリアたちは、貞操帯の刺激に苦しんでいた。

 なにしろ、これだけの快楽責めを受けながらも、この三日、ただの一度も絶頂を覚えてない。

 そして、どうやら、それはマリアだけのことではないみたいなのだ。

 黄色組の誰ひとりとして、まだ一度も達してないようだ。

 マリアたちの貞操帯に、そういう仕掛けが備わっているとしか思えないが、そのため、切なさのような疼きは日にちに拡大し、三日目のいまになると、いまように、ほんのちょっとした刺激だけで、震えるような甘美感に襲われるようになっていた。

 

「ラ、ランジーナ様」

 

 マリアは今度はこっちが声をかけたが、背後のモリガンに叱咤の声を浴びせられて、床磨きの動作に戻った。

 ランジーナは、マリアのように清掃具を落とすような醜態は示さず、刺激に耐えて掃除を継続している。

 それを見て、マリアも仕事に戻った。

 しかし、そのランジーナの内腿からくるぶしにかけて、ねっとりとした愛液が滴っているのがちらりと見えた。

 貞操帯では防げない体液の漏れが、股間から流れ落ちているのだ。

 あの愛液の滴りだけで、ランジールの苦しさがわかる。

 だが、それはマリアも同様だ。

 情けないが、マリアの脚にも、同じような愛液の汁が流れている。

 ほかの夫人たちも一緒だ。

 

 絶頂を許されず、刺激されるだけの三日──。

 マリアたち黄色組の令夫人たちは、なによりも、発散することのできない性の焦燥に苦しんでいた。

 

「ほううっ」

 

 すると、またもやマリアの股間に張形の振動が襲いかかった。

 全身の欲情を揉み抜くような愉悦がうねり起こる。

 

「手を休めるんじゃない──。気持ちよくても働くのをやめるんじゃないよ。感じていいのは、赤組だけの特権さ。青組の連中だって、魔道で絶頂を取りあげられたまま王の性の相手をしているんだからね。そりゃあ、苦しいらしいよ」

 

 モリガンが笑った。

 

「えっ?」

「絶頂を?」

 

 モルガンの意外な言葉に、マリアだけでなく、ランジーナもまた驚きの声を発した。

 休む場所が異なるので、ほとんど出会うことはないが、モリガンは口にした青組の夫人たちの状況は耳にしていた。

 すなわち、後宮の家事労働を命じられている黄色のチョーカーのマリアたちに対して、青組というのは、ルードルフ王の性の相手を命じられている女たちだ。

 五十人ほどの黄色組に対して、青組は十人ほどしかいないが、年配の夫人が多く、ほとんどが五十代、若くても四十代後半の年齢層だったと思う。

 その代わり、社交界ではそれなりに格式の高い夫人たちであり、彼女たちは、すっかりと凶暴になったルードルフ王の暴力的な性の相手を交代で務めているのだという。

 

 しかし、それはともかく、魔道で絶頂を取りあげられて性の相手──? 

 そんなことができるのか?

 マリアはびっくりするとともに、それはそれで、かなり残酷な仕打ちのように思ってしまった。

 

 そもそも、どうしてこういうことになったのか……。

 

 それは、絶対に逆らうことができない国王名義の園遊会の招待状から始まったそうだ──。

 マリアたち二家の公爵家の者は、夫たちの捕縛の連座により連れて来られたのだが、ランジーナのような多くの女は違う。

 最近の王都の混乱と、突然の国王の恐怖政治のために多くの貴族が王都からの逃亡を始める中、まだ王都に留まっていた伯爵以上の貴族の令夫人や令嬢に、一斉に王宮への園遊会という名の出頭命令がかかったのだそうだ。

 拒否すれば叛逆の意思ありと見なして、一族全員を捕縛の対象にするとまで招待状に書かれており、赴くしかなかったらしい。

 そして、集められて、全員が王兵に拘束され、三種類のチョーカーを装着された……。

 そのあと、チョーカーによって首を絞められる恐怖と、王兵の電撃棒の激痛に脅されて、全員が身に着けているものを剥がされて全裸にされたらしい。

 

 こうして、この理不尽な生活が始まった。

 すなわち、マリアたち黄色のチューカーを装着されたものは、貞操帯の刺激に苛まれたままの家事労働生活、青組の年配組は王の性の相手、そして、赤組の若い令嬢たちが、性調教という名の性拷問の生活が始まったのだ。

 

 人数は黄色組が最も多く五十人ほど……。年齢は二十代から四十代──。

 青組は十人ほど──。

 赤組は十代が多く、高くても二十代の前半だ。特に赤組は女のマリアからも嘆息するほどの、美貌と若さの持ち主たちだ。

 彼女たち赤組については、誰かに性奉仕をして仕えるための訓練だと言われているらしいが、はっきり言って、マリアにはなんのことかさっぱりとわからない。

 赤組の彼女たちは性調教を受ける以外は、家事のようなものはせず、彼女たちの世話は黄色組の仕事だ。

 だから、目に入ることもあるのだが、そのときに見かける彼女たちは、可哀想なくらいに追い詰められているのがわかる。

 

 それにしても、あがりきったまま達することのできない性の疼きが苦しい……。しかし、休むことは許されない。ましてや、一緒に働いているランジーナに迷惑をかけるとあっては……。

 いずれにしても、逆らえば、チョーカーの首が締まり、粗相をしても折檻の電撃か鞭打ちだ。

 逆らうことは不可能だ。

 

「んふうっ」

「ああっ」

 

 そのとき、またもや股間の振動が始まった。

 しかも、ランジーナにも始まったらしい。

 ふたりで同時に嬌声をあげて、身体をぐいと反らせてしまった。

 

「その調子じゃあ、時間内に清掃を終わらせるのは無理かねえ。ずいき汁の折檻はお前らで決まりかい?」

 

 後ろでモリガンがせせら笑うのが聞こえた。



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401 青色組の日常

 激しく叩かれるノックの音がした。

 午睡のまどろみから目を覚ましたラジル=ポリニャックは、身体を起こして顔をあげた。

 他の女たちも一斉に身じろぎをする。

 

 青組部屋と呼ばれている貴族夫人の「人質」の部屋だ。

 もともとは、後宮に住み込む召使い用の部屋だったらしく、部屋には四個の粗末な寝台が置かれている。

 侯爵夫人のラジルにとっては、屋敷に住ませている侍女用のひとり部屋ほどの広さしかない。

 

 そこに、十人の女が押し込まれていた。

 寝台については、ルードルフ王に凌辱をされて戻った者が優先的に使うことを取り決めたので、いまラジルは、裸体を毛布に包ませて床に横たわっていた。

 同じように隣の床で寝ていた夫人もだるそうに顔をあげる。

 

 ここにいる十人は、あの「園遊会」と称する拘束劇のときに、その場にいた王の寵姫のサキに青色のチョーカーを指示された者たちだ。

 人質として、王宮に留め置かれた百人ほどの令夫人や令嬢のうち、年齢が五十歳近い高齢寄りの女たちだ。

 ほかに、赤色組と黄色組の集団がいて、黄色組はラジルたちよりも少し若い世代の者たちであり、監禁されている上級貴族女たちのいる後宮の全ての家事労働を命じられている。

 

 赤色組は若い令嬢たちの集団なのだが、青色組の世話を含めた家事労働をしている黄色組とは異なり、地下に監禁されているので、彼女たちがどう過ごしているのかの情報は乏しい。

 地下後宮の世話をしに行った黄色組の女を通じて、ほんの少しの状況を知ることができるだけだ。

 それによれば、性奴隷用の奴隷女同然の淫らな仕打ちを受けているらしい。

 まあ、性奴隷扱いということであれば、ルードルフ王の伽を交代で行うことを命じられているラジルたち青色組こそ、そのものであるが……。

 

 いずれにしても、あの園遊会のとき、集められた上級貴族の女のうち、こうやって後宮に残された者と、他言無用を言い渡されて放逐された者の二つに分かれた。

 ラジルには、最初はその違いがわからなかったが、いまはだんだんと理解できたと思う。

 残されたのは、集まった貴族女のうち、若い令嬢はもちろん、年齢が高めでも、女としての見た目がいい女たちだと思う。

 そういえば、同じ五十代以上は多くが帰宅を許されたが、平素から美容には気を使ってたラジルは残された。ラジルもこの中では年長になる五十一歳なのだが、化粧をすれば三十代にも見えるという自負がある。

 おそらく、テレーズやサキが後宮に留める女の基準にしたのは、ルードルフ王の性の相手をできるかどうかのことであり、階級に関係なく、器量のいい者については後宮に監禁されたのだと思う。

 それで監禁組に回されたのだ思うと、なにが人生の災いになるのかわからない。

 

「また、国主が伽の女を所望です」

 

 鍵が外側から外されるに続いて扉が開き、女官長のテレーズ=ラポルタが姿を現した。

 地方貴族の女だが、女官長として王に侍るようになると、瞬く間に寵姫として取り入り、いまや国王の権力を使用して、やりたい放題の姦婦だ。

 いまの王都の混乱は、この女ひとりの原因で起こっていると言っていい。

 そのテレーズが、酷薄な笑みを浮かべてラジルたちを睨みつけるように扉の位置で立っている。

 彼女の後ろには三人ほどの近衛兵の女兵がいた。

 

 部屋に閉じ込められている女たちが、改めてのそのそと身体を動かして姿勢をただす。

 ラジルを含めて、全員が裸だ。

 ただ、股間に喰い込む革製の貞操帯を嵌めさせられている。内側に張形があり、女たちの股間を二本挿しで貫き、さらに内側の突起物が常に女の股間を責め悩ますような構造になっているものだ。

 一日のうち、ルードルフ王の伽のとき以外には外されることもなく、指一本でさえも、貞操帯の内側に入れることはできない。

 おそらく、魔道のこもったものであると思う。

 外から加わる一切の刺激を遮断しているようだ。

 それもまた、ラジルたちを苦しめているもののひとつだ。

 

 とにかく、こんなものを自分たち上位貴族の女たちに装着させるなど、信じられない屈辱であり、王宮の暴挙であるのだが、それはここに集められている女たちの地位を否応なしに自覚もさせている。

 自分たちは、王宮に貴族が逆らえないようにするための人質であり、王の獣の性欲を満たすための奴隷ということだ。

 

「さて、どれを連れていきましょうか……。まったく、さかりのついた獣のように性欲だけは十人前の人間族の男ですよ……。まあ、とうが立っているとはいえ、まだまだ見た目のいい熟女の人間女たちですし、好色男の食指が動くのもわかりますけどねえ……」

 

 テレーズが女たちを見渡すようにしながら言った。

 十人の女たちだが、起きあがっているのは八人だけだ。

 寝台をもらって休んているうちのふたりについては、意識がなく眠っている。

 そのふたりが今朝方に呼び出された伽役のふたりだ。

 

 ルードルフ王は、普通にはラジルたちを抱かない。

 犯す前に拷問のような行為をしてからしか女を犯さないのだ。よくわからないが、女を痛めつけてないと男根が勃起しないということであり、すでに二度その洗礼を受けたラジルも、宙吊りにされて滅茶苦茶に鞭打たれ、半死半生のようにされて動けなくなったところを犯されるということなどされた。

 

 今朝のふたりについては、電撃の浴びせられる魔道具でいたぶられながら、三角木馬というものに座らされたと言っていた。

 一応は、伽が終わった後に魔道で治療をしてもらえるのだが、疲労困憊のふたりは戻ってきてからまだ目を覚まさない。

 

 ところで、こうやって女たちを連れ出すのに、直接にテレーズがやって来たのは初めてだと思う。

 いつもは、その意を汲んでいる女将校がやって来る。

 それはともかく、いまのテレーズの物言いには、まったく王に対する敬意のようなものを感じない。

 ここにいないとはいえ、王に対して、「さかりのついた獣」などと言いたい放題だ。

 ラジルはちょっとびっくりした。

 

 まあ、ルードルフ王の狂った性癖については、その言葉のとおりだと、ラジルたちこそ、そう罵りたいところだが……。

 朝、昼、晩に異なった女を呼びだし、さらに夜もだ。

 それが毎日……。

 一度に呼び出されるのは複数なので、まだ五日目だが、すでに三廻り目になっていた。

 

「ラ、ラポルタ殿……こ、こんなことは許されるものではありません。わ、わたしくたち上位貴族の者にこのような仕打ち……。せめて人間らしい扱いを求めます。股間の淫具を外して服を……」

 

 ラジルは全員を代表するように、テレーズに話しかけた。

 いい機会だと思ったのだ。

 実のところ、テレーズのラポルタ家とラジルのポリニャック家とは姻戚関係にある。しかも、侯爵家のポリニャック家が格上だ。

 地方貴族のラポルタ家と王都貴族のポリニャック家なので、直接の面識も多いとはいえなかったが、少なくとも以前はテレーズは、ラジルに対して敬意ある態度をとってくれていた。

 ほかの女たちのためにも、なんとか、この境遇の改善を図れればいいと思った。

 どうやら、このテレーズがサキとともに、この後宮を牛耳っているのは確かのようだ。

 

「生意気言うんじゃないよ、人間が──」

 

 だが、次の瞬間、火を当てられたような激しい平手がラジルの頬を張り飛ばしていた。

 あっという間のことであり、扉のところにいたテレーズが、ラジルのところまでやってきたのも目に入らなかった。

 ラジルは吹っ飛ばされ、横の寝台の脚に頭を打ちつけてしまった。

 

「きゃあああ」

「ポリニャック夫人──」

「ひいい、お、お待ちください、テレーズ様──」

 

 女たちが一斉に悲鳴をあげたり、倒れたラジルを助け起こしたりする。

 それを邪険な仕草で払いのけたテレーズがラジルの前にすっくと立つ。

 

「……いい根性だことね……。じゃあ、今日の昼の伽はお前だけにしてあげますわ、ラジル……。五十を過ぎた身体じゃあ、国主の性癖を一身に引き受けるのはつらいかもしれませんが、お前は今日は、昼と夕と夜の務めを連続でしなさい。ばてることは許しません。薬剤を使ってでも意識を保たせます。心臓がとまらないように頑張るのですね」

 

 ラジルが酷薄な笑みを浮かべて言った。

 部屋に入ってきた女兵がラジルの身体を両側から引き起こす。

 そのとき、ふとラジルの頬にテレーズが手を触れた。

 温かいものが身体に入ってきて、打たれた頬の痛みが消失する。

 

 魔道?

 驚いた。

 

 少なくとも、ラジルの知っているテレーズは、魔道など遣えなかった。ましてや、いまのは「治療術」ではないのか?

 白魔道と称される高等魔道だ。

 そして、ふと思った。

 ラジルのことなど、まったく知っていないような素振り……。以前のテレーズとは全く異なる口調……。

 本当に、あのラポルタ女伯爵のテレーズか?

 ラジルの中に疑念が湧いた。

 

「あ、あの、ひ、ひとりでなど……。それにラジル様は……そ、そのう……失礼でありますがご年齢も……。わ、わたくしが参ります……。年少ですので……」

 

「わたくしも……。すっかりと休ませていただきました……」

 

 声をあげたのは、十人のうち年齢の低い層になるコラリーヌ=ディスタンス夫人とティア=マイネス夫人だ。いずれも伯爵家の夫人だ。また、この集団の中では年少ということでは間違いないが、ふたりとも四十代の半ばになる。年若いとはいえない。

 

「いいのです……。奴隷根性を身に着けていない者に、身の程を覚えさせるのも躾のうちなので……。お前たち準備しな──」

 

 テレーズがラジルを扉に近い場所に引っ張り立たせる。

 狭い部屋に十人がひしめき合っているので、空いている場所がそこくらいしかないのだ。

 女将校のひとりがラジルが嵌めている貞操帯の後ろに手をかざすと、がちゃりと音がして貞操帯が外れる。

 

「うっ」

 

 張形が抜かれるときの刺激で、思わず恥ずかしい声が出た。

 羞恥に顔が赤くなるのがわかった。

 

「これはお前たちで掃除をしなさい。仲間の世話をするのも勉強です。そうやって、もう人間族の貴族だという恵まれた立場でないことを思い知りなさい」

 

 喰い込まされていた刺激によって、ラジルの体液にまみれている貞操帯が女たちに向かって放り投げられた。

 最初はそんなものを他人に見られるのは戸惑ったが、毎日のことであり、慣れてしまった。

 さっきのふたりがそれを受け取って、干してあった布で貞操帯を拭き始める。

 

「生意気のご褒美に、用便の時間はなしよ。縄掛けするので腕を背中に回して、足を軽く開きなさい」

 

 テレーズが言って、ラジルの生尻をぴしゃりと叩いた。

 ラジルは顔をしかめつつ、言われた恰好になる。

 一緒にいた女兵が慣れた手つきで、ラジルに縄をかけだす。 

 

 また、用便の時間というのは、いつもなら伽の直前に許される排便のことだ。

 ラジルたちは、日常において貞操帯を装着されているので、外してもらわない限り、用便をすることもできない。

 だから、ルードルフ王の伽をする前には貞操帯を外すので、それに合わせて別室で排便を許可されることになっているのだ。

 回転の激しい伽の順番はすぐに回って来るので、それだけで困ることはない。

 しかし、ラジルは今日は起きてから最初の伽だったので、ちょっと尿意が溜まっていた。

 テレーズの意地の悪い仕打ちに、少しばかり歯噛みをした。

 背中に回した腕に縄が巻きつき、背中側で組んだ状態で胴体に緊縛されていく。乳房の上下にも縄が食い込む……。

 

 それにしても、言葉遣いは丁寧だが、このテレーズはラジルたちに対する心の底からの軽蔑の感情がいつも垣間見える。

 また、いままで考えなかったが、テレーズは時折、“人間族の女”と不思議な言い回しをする。そういえば、ルードルフ王のことも、“陛下”ではなく、“国主”という。

 国主という呼びかけは、それだけで不敬罪になるものであり、家臣が呼んでいい言い方ではない。

 もしかして、本当に目の前の女は、あのテレーズではない……?

 国王に仕える近習が得体のしれない誰かと入れ替わっている可能性があるということに、ラジルはだんだんと怖くなってきた

 

「うっ」

 

 そのとき、ラジルは新しい股間の刺激でぶるりと身悶えをしてしまった。 

 腕の緊縛に続いて、股間に股縄をされて、その結び瘤がクリトリスを刺激したのだ。

 さらに、ヴァギナに喰い込み、アナルにも……。

 たちまちに甘い刺激が襲い掛かり、知らずラジルは身体をくねらすように動かしてしまっていた。

 

「口を開けなさい。いつもの薬です……」

 

 テレーズが白い丸薬をラジルの口元に持ってきた。

 ラジルは顔が引きつるのがわかった。

 必ず伽の前に全員が飲まされる丸薬だ。

 そして、それこそが、この凌辱の日常において、ラジルたちを貞操帯ととともに苦しめている要因だ。

 

「あ、ああ……」

 

 股縄の疼きに嘆息しながら、ラジルは口を開けた。

 舌に丸薬が乗せられ、あっという間に唾液に溶け込んでいく。

 これは、魔道のこもっているものであり、一定時間、女から絶頂感覚を取りあげてしまうという魔道薬だ。

 拷問のようないたぶりの後は、ルードルフ王に激しく犯されるが、この丸薬のために絶頂することはない。

 快感はあるのに、絶頂だけがないのだ。

 昇天する寸前のもどかしい感覚のまま、王に犯されて精を受ける。

 すると、身体の洗浄をされて、貞操帯を嵌めなおされる。

 薬の効き目が終わったときには、股間を貞操帯で封印されてしまっている。

 こんなのが五日続き、ルードルフ王の伽の前の拷問以上に、ラジルたちをそれが苦しめている。

 

「夜までだからね……。丸薬を追加です。朝までは快感を極めることはできなくなりますわ」

 

 さらに丸薬をふた粒飲まされた。

 ラジルはそれを受け入れた。

 

「行きなさい」

 

 背中をどんと押される。

 足を前に出すと、股間に喰い込む縄がぐっとさらに締めあげる。

 ラジルは小さく呻いて眉をしかめてしまった。

 しかし、容赦なく歩かされる。

 あっという間にラジルは息も絶え絶えになった。

 

「も、もっと、ゆっくりと……」

 

 ラジルは無駄だとわかっている哀願をした。

 すると返事の代わりに、首にさせられている青色のチョーカーの前側にある小さな金具に細い鎖を繋がれた。

 首を鎖で引っ張られる。

 歩みが早くなり、ラジルは歩きながら嬌声をあげてしまった。

 

 しばらくして、やっとのこと王の待つ部屋に到着する。

 部屋の真ん中にある寝台に上体を起こして座っている上半身が裸のルードルフ王が縄をかけられて連れて来られたラジルを見て、好色そうに顔を緩ませた。

 

「おう、今度はポリニャックのところのラジルか──。いつ見てもなかなかの熟女ぶりだな。いつまでも美しいのう」

 

 ルードルフ王が嬉しそうに笑った。

 

「あ、ああ、陛下……」

 

 そのときには、ラジルは股縄の刺激でその場に崩れ落ちそうになっていた。

 監禁部屋からここまでの距離だけで、ラジルは完全に情欲に追い込まれていたのだ。股間から垂れている愛液は、発散できないこの五日間の焦燥もあり、股間からくるぶしまでじっとりと垂れている。

 

「さて、今度はどのような趣向を……?」

 

 テレーズが訊ねた。

 首の鎖が外される。

 

「そうだのう。この前にやった床を走らせるというのはどうだ? 魔道で床を動かして、その場で走らせるのだ。電撃の流れる囲いをしてな」

 

「仰せのままに……」

 

 テレーズの言葉が終るとともに、ラジルの経っている周りの床だけのの色が変化し、突然に後ろに動き出した。

 倒れそうになり、慌ててラジルは脚を前に出す。

 気がつくと、周囲を細い金属線で囲まれてしまっている。

 それにしても、やはり魔道?

 

「その線に触れると、強い電撃が流れますよ、ラジル。痛い思いをしたくないなら、走り続けなさい」

 

 テレーズがそう言うと、さらに床の動きが速くなった。

 

「あ、ああっ、そ、そんな」

 

 ラジルは悲鳴をあげて、緊縛された身体をその場に走らせた。

 だが、激しい股縄の刺激で全身を貫く快感の槍が襲う。

 前にもやったと言っていたが、ラジルは初めてだ。

 これは……。

 

「ひぎいいっ」

 

 そのとき、激痛が尻に走った。

 後ろの線に尻が触れたらしい。

 ラジルは股縄の疼きに耐えて、懸命に脚を走らせる。

 

「さすがに美女で名高いポリニャックのところの奥方だのう。乳房を揺らして走る姿は、なかなかの風情だ。とりあえず一ノスだな。たっぷりと汗をかけ。股間からもな」

 

 ルードルフ王が下半身に布だけを巻いて立ちあがった。

 いつの間に先に鳥の羽根のある長い棒を持っている。

 それを電撃線のあいだから差し入れて、ラジルの乳房をさわさわとくすぐり出す。

 

「ひゃあああ、お、おやめください──。ご、後生です──。ああああ」

 

 避ける手段もなく、ラジルはすでに荒くなった息とともに、股間に加えて加わる淫らな刺激に悲鳴をあげた。

 

 全力に近い駆け足を強要されながら……。



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402 ある朝の赤色組

 大広間に集められた三十人ほどの貴族子女たちが、その中心で再生されている「映録球」による立体映像を押し黙って見つめている。

 その周りを十人ほどの調教員たちが怒鳴りながら歩き、サキはさらにその調教員たちを離れた場所から椅子に座って監督している態勢だ。

 赤色組を見に来るのは、一日ぶりになるが「調教」は順調のようだ。

 すっかりと彼女たちが従順になっているのがわかる。

 

 後宮の地下宮である。

 以前は、アネルザがここに奴隷を集めていたというが、いまはこうやって赤色組奴隷の調教施設として使っている。

 

 子女たちは、全員が素っ裸だ。

 両手を頭の後ろに組ませて、脚を開き真っ直ぐに映像を見つめる体勢である。

 拘束はなにもしていないが、ここにいる連中は、仮想空間で十日、現実に戻ってすでに五日過ぎている。

 彼女たちの時間間隔では半月も調教をしてやっているということであり、そのあいだには心の底からの恐怖心を植え付けるような苛酷なことも少しやらせた。

 だから、命令に逆らおうなんて気持ちなど完全に消滅しているはずだ。

 あまり、乱暴はさせていないつもりはないのだが、多少は仕方ない。

 人間族の中では貴族として、下級人間にかしずかれていたような連中だ。ロウの前に立たせるには、徹底的に牙を抜いて大人しくさせておく必要がある。

 帰還したロウの前に性奴隷として差し出したとき、万が一にもロウに刃向かうような態度を示されてしまっては、サキの沽券にかかわる。

 いすれにしても、定期的に気力を完膚なきまでに砕いておかないと、調教もうまくいかない。

 そういう意味では、赤色組を任せたグーラはうまくやっているみたいだ。

 

 いずれにしても、赤色組の待遇は、三個に分けた性奴隷の中ではもっとも好待遇だ。

 最初の仮想空間の十日間の調教が終わってからは、服も着せているし、食べ物だって、寝る場所だって不自由はさせていない。

 なのしろ、こいつらはただの奴隷ではない。

 赤色組についてはロウの性奴隷集団の最有力候補だ。

 補欠ともいえる黄色組や、ましてや、ルードルフを大人しくさせるためにだけ留めた青色組とは違う。

 

 だから、扱いも変えている。

 地下後宮を改装させた奴隷部屋は、王宮の客間に匹敵するような豪華な造りに変えているし、そこに三十人全員に個室を与えている。地下後宮内に限り、調教以外の時間は行動も自由だ。

 黄色組と青色組は地上階部分であるが、与えたのは召使い用の部屋だ。

 最下級の青色組など、一室に十人全員を押し込めさせている。

 ロウの手つきがあったら昇格させるが、ロウは熟女も守備範囲のようなので、彼女たちのためにも、ロウが数名でも気に入ることを祈るばかりだ。

 まあ、いずれにしても、ロウが戻ってからのことであるが……。

 

 とにかく、見た限りにおいて、連中は十分におとなしくなっている。

 人間族の貴族女たちの眼には、まったく抵抗の色はなくない。

 その証拠に、今朝も、この広間に集めたとき、すぐに全裸になり、広間の中心に向かって、いまの姿勢を取れと命じると、顔に恐怖を浮かべて、争うように指示に従っていた。

 これなら、早晩、完全なマゾ奴隷になるだろう。

 もっと苦労するかと思ったが、思ったよりも簡単だ。

 

 再生させているのは、昨日ルードルフが青色組の「人質」から三人ほどを選んで、同時に犯している映像だ。

 女たちを犯すにあたっては、あのテレーズの「処置」により、ルードルフの心が残虐性の方向に傾いているので、あの男は抱く前にまずは冷酷に嗜虐しなければ、一物を勃起させることができない。

 映録球の女たちについても、テレーズ扮しているラポルタから命を受けているふたりの女眷属から拘束され、その裸体を鞭打たれて泣き叫び、さらに、ルードルフによって、すりこぎのような電撃棒を股間や肛門に突っ込まれて、そこに迸る電撃に白目を剥いて絶叫している。

 最終的には、そうやって動けなくなった女たちをルードルフが容赦なく犯したらしい。

 映像の時間は、全部で一ノス半ほどの長さということだ。

 いちいち中身は確認していないが、上の後宮側を任せているサキの筆頭眷属のひとりであるラポルタからは、そのように報告を受けている。

 

 赤色組の監督長のグーラが子女たちに命じているのは、それを一心不乱に見続けて、手を触れることなく、想像だけで股間を濡らせという命令のようだ。

 だが、今の段階でそれで股間を濡らすことができる「マゾ」は、まだ数名だろう。

 しかし、ロウについては、早ければ半月もすれば、国王として王都に戻って来るかもしれない。

 それまでに、この三十人については、徹底的にマゾとして仕込んでおかなければならないだろう。

 時間がない……。

 

 いずれにしても、こいつらは、ロウへの王位就任祝いとして選んだ人間族の身分の高い三十人のマゾ奴隷候補だ。

 王宮に集めた百人くらいの中でも選りすぐりの者たちであり、若くて綺麗どころというだけでなく、サキの勘で、いかにもマゾ奴隷に染まりやすそうなのを選定したつもりだ。

 つまりは、百人の中から選抜した、約三十名のロウの好みのマゾ性奴隷候補ということだ。

 それが赤いチョーカーの女たちだ。

 ロウは大喜びするはずだ。

 ただ、本当に時間がない。

 馬力をあげさせる必要があるかもしれない……。

 

 また、性奴隷候補の格付けとしては二番目になるのが、黄色のチョーカーをさせている召使いの連中だ。

 こいつらについては、徹底的に身体を淫乱化させる調教を続けている。

 召使いとして仕事をさせながら、貞操帯の振動で股間を愛撫し続け、四六時中発情状態にさせているのだ。

 実はこの女たちが口にする食べ物や飲み物についても、少しずつだが媚薬を含めさせている。

 それでいて、貞操帯で封印して、性行為や自慰を禁止しているので、ロウが戻る頃には、ロウがいつでも気分次第で突っ込むことができる厠女が大勢できあがるということだ。

 まあ、そうやって様子を見ながら、素質のある者がいれば、赤チョーカーにあげてもいいと考えたりしている。

 現に、昨日の段階で、黄色組から数名については赤にあげている。

 

 また、試しに新たに連れてきた童女についても淫乱調教をしてみた。ルードルフの名を使って強制出頭させたのだ。

 いつの間にか、王都から貴族が大量にいなくなっていたので、手頃な「物件」を探すのに苦労したが、領地を持たない法服貴族の二家ほどの子爵家にいいのがいた。

 テレーズに化けさせているラポルタに近衛兵を動かせて連行させたのだが、国王の人気が最悪からさらに下落したと笑っていた。

 知ったことではないが……。

 もっとも、これについては失敗した。

 人間族の場合は、あれくらいの年齢では淫乱化は難しいようであり、一日で元の家族のもとに放逐した。

 

 そして、三番目のグループがルードルフのいる後宮に送った青色チョーカー組だ。

 基本的には年増を回している。

 本当はルードルフになどに女を回すつもりはなかったが、ロウに相応しい性奴隷を吟味しているうちに、明らかに不合格というのは、ルードルフに回してもいいのではないかと思い直した。

 扱いは、貞操帯で封印して淫乱化処置の黄色組と同じだが、ルードルフの相手もさせるということだ。

 

 また、ちょうどいいから「教材」作りもさせることにした。

 ここにいる性奴隷候補たちに見せて、ほかの女が嗜虐されているところを眺めるだけで、股間を濡らすくらいのマゾに仕上げるための「教材」だ。

 さっそく、こうやって使わさせている。

 基本的には毎朝の調教開始の前には、必ず見せて、股間の乾いている者についてはちょっときつめの調教をし、たっぷりと濡らす者については、出来上がりに近い素材として、仕上げの段階に移行するという具合に進めていこうと思っている。

 

「二十五番、眼を逸らすな──」

 

「八番、動くな──」

 

「十二番、背を伸ばせ──」

 

 全裸の子女たちの周りを電撃鞭を持って回っている女兵の恰好の調教員が子女たちの周りを動きながら怒声を浴びせている。

 とりあえず、奴隷宮に連れてきて、監督長のグーラに渡している「調教員」は十人ほどだ。

 女兵たちの見た目は人間族だが全員がサキの眷属であり、人間族の女に化けているだけである。

 最終的な人選には悩んだが、こういうことをやらせれば、抜群の能力を発揮する能力を持っている連中たちを集めた。

 短期間で全員をマゾ奴隷に仕上げろと厳命している。

 

 ほかに、この地下奴隷宮には、黄色チョーカー組のうち、半分ほどをこっちに連れてきている。

 赤色チョークの世話をさせる必要があるので、いろいろと便利に働かせているというわけだ。

 もちろん、貞操帯の振動により微弱の刺激を延々と続けながらである。

 

 ほかの人間族はいない。

 後宮からは完全に人間族の王兵も追い出した。

 それだけでなく、もうかなりの妖魔を人間に化けさせて、王兵に紛れ込ませた。

 もともとの王兵も、ピカロとチャルタが喰い漁って洗脳をしまくっているし、テレーズの施した操心具の影響も受け継いでいるので、もう王宮は完全にサキの支配状態にある。

 

 いずれにしても、こうやって眷属の調教係も偉そうに令嬢たちに威張っているが、調教が進まなければ、サキからの懲罰が待っていることを知っているので真剣だ。当然ながら、責任者のグーラも同様である。

 サキはこうやって、調教係の眷属たちが令嬢をしごいているのを、少し離れた場所から椅子に座って見守っているだけだが、グーラたちが必死にやっているのは、見ていてわかる。

 この調子なら、ロウが戻る頃には、ちゃんと仕上げられると思う。

 

 ただし、基本的に赤色組を調教をしていいのは、午前中はいまの「朝礼」のほかに二ノス、午後に二ノス、夜に一ノスだ。

 それ以外は休ませる。

 人間族は弱いので、やり過ぎると、すぐに毀れてしまうということを徹底している。

 それに、赤色チョーカーはロウの性奴隷候補なのだから、ただマゾになるだけではなく、見た目の美しさも保持させなければならない。

 だから、こいつらに与える食べ物などについては、ルードルフに回すものよりも、上等のものだ。

 調教後の身体の手入れの手段についても整えさせた。 

 一方で、生活全般にはマゾ奴隷としての躾がついて回る。徹底的に恥辱的に扱うのだ。

 まあ、公平に見て、かなりの好待遇をさせているつもりだ。

 だからこそ、調教の時間だけは、厳格にやらせてもらう。

 

「ほら、ほら、しっかりと見ろ。そして、自分がやられていると想像して、しっかり股間を濡らすんだぞ。おいっ、七番──、いま、完全に明らかに眼をつぶっていたな──」

 

 グーラが怒鳴り、ひとりの調教係が十六歳くらいの令嬢のところに駆け寄った。

 さっきから番号で呼んでいるのは、令嬢たちの右の乳房に、魔道で番号の刺青を刻んでいるのだ。

 いちいち、貴族女の名を覚えておられない。

 要領よく調教を進めるための工夫だ。

 

 サキは逆らって目をつぶったという令嬢を見た。

 そして、小さく噴き出した。

 理由がわかったからだ。

 

 遠目だが、妖魔であるサキの眼には、その令嬢の股間がすっかりと濡れ、びっしょりと愛液が垂れ始めているのがわかった。

 どうやら、この令嬢は最初からマゾ化ができあがっているようだ。

 それで、じっと見ていると、自分の身体が異常に疼くのがつらく、眼を逸らしたということのようだ。

 サキはほくそ笑んだ。

 

「ひぎいいいっ」

 

 その七番がひっくり返った。

 調教係が電撃棒で胸に電撃を浴びせたのだ。

 

「ア、アドリーヌ、大丈夫──?」

 

 すると、同じ世代くらいの横の娘が悲鳴のような声をあげた。

 

「勝手に喋るな──」

 

 別の調教係がその女の脇腹に電撃を喰らわせる。

 

「ぎゃおおおお」

 

 がくんとその令嬢が床に崩れ落ちる。

 

「そら、立て──。今度、目を逸らしたら、もっとひどい懲罰が待っているよ。ほかの者もだ──」

 

 調教係が怒鳴りあげた。

 令嬢たちに緊張が走るのがわかった。

 そのときだった。

 転送でラポルタが現われた。

 もちろん、見た目はテレーズだ。

 

「サキ様、いつもの手紙です。昨日の分です。早朝に届けられたものも含んでいます」

 

 くすくすとラポルタが封印された四通の手紙をサキに差し出した。

 サキは、一通目の差出人の署名を一瞥して、大きく嘆息した。

 

「またか、しつこいのう……」

 

 これで何度目だ?

 内容はわかっている。

 差出人は、ロウの女のひとりで、ベルズという巫女だ。

 園遊会という名目で貴族女たちを集めた後、しばらくして、最初に通信球が来た。

 開くと、この園遊会のことを猛烈に怒っていて、すぐに女たち解放しろという内容だった。

 なんという無礼な通信球だろうと腹がたったが、相手はロウの愛人のひとりだ。

 無視するだけで済ませるとともに、通信球の伝送を遮断した。

 後宮には、通信球が送って来れないように処置したのだ。

 

 すると、今度は翌日に手紙が来た。

 とりあえず中身を開いたが、最初の通信球と同じ内容だった。

 ロウはこんなことを許さず、激怒するに違いないということが付け加えてあった。

 そんなことがあるものかと思った。

 好色のロウだ。

 貴族女の性奴隷のハレムを作って出迎えれば、サキのことをたくさん褒めて、たっぷりと愛してくれるに違いない。

 もしかしても、こいつは嫉妬しているのかと考えた。

 その手紙も無視した。

 

 しばらく、すると、翌日また来た。

 今度はそのまま内容を確認せずに、封をしたまま突き返させた。

 もう内容を読んでないということが、これで向こうにわかるはずだ。

 

 すぐに、また手紙が来た。

 突き返したものと同じものだった。

 それが戻ってきたのだ。

 だから、また返した。

 

 そんなのを繰り返し、この二日間は手紙を送って来なくなった。

 やっと諦めたかと思ったら、今朝になって、たったいま、再び手紙が来たのだ。

 しかも、四通だと?

 

「なんじゃ? ほかの差出人はベルズではないのか。ミランダとマア? エルザだと? マアが戻ったのか? エルザというのは誰じゃ?」

 

 サキは首を傾げた。

 

「エルザというのは、タリオ国の大公とに嫁いでいたこの国の第二王女のようですね。サキ様がご存知のマアという人間族と一緒に帰国したようです。ドワフ女のところにいるようです」

 

「ほう?」

 

 そういえば、エルザというのが、あのアーサーのところに嫁いでいるというのは聞いたことがあった。

 いまは無視させているが、テレーズが王宮を支配していたとき、イザベラをアーサーがめとるという話が持ちあがっていて、その代わりに離縁をして戻すということになっていた王女だったと思う。

 年齢はアンと同じだったと記憶している。

 マアも戻ったということであれば、一度くらい顔を見て置ておくか?

 このまま無視してもいいが、そうすると、ずっと手紙に追いかけまわされるだろう。

 引導を渡してやるか……。

 ロウへの贈り物の準備をこれ以上邪魔されて堪るものか──。

 

「おい──」

 

 サキは、監督長のグーラを呼びつけた。

 

「はい、サキ様──」

 

 令嬢の調教をしていたグーラが瞬時に、サキの前にやってきて直立不動になる。

 

「調教は順調のようだな。このまま進めよ。だが、手を抜くな。しかし、やり過ぎもするな──。わしの大切な主殿(しゅどの)の性奴隷になる女たちだからな──。そして、調教に失敗すれば、命はないと思え。女を駄目にしても同じだ」

 

「はい」

 

 グーラが顔を蒼くして、大きな声をあげた。

 

「一連の映像を見せ終わったら、濡れている者と濡れていない者に分けろ。濡れていない者には、懲罰として全員がひとりずつみんなの前で排便だ。浣腸をしてでも必ずさせろ。人間族の若い個体はそういうのを一番嫌がるらしい」

 

「はい、わかりました」

 

「排便は高い台の上でやらさろ。全員に下から見物させるんだ。もしも、ちょっとでも眼を逸らす者がいたら、気絶するまで鞭打て。ただし、すぐに回復させて、次の調教には参加させろ。ちゃんと濡れている者については、正規の厠を使わせてよし」

 

 全員に朝起きてから、まだ排便どころか排尿も許していないはずだ。

 いま、こうやっていても、尿意を覚えている者が半分近くはいるのがわかる。

 しかし、垂れ流しでもすれば、折檻だと申し渡しているので、腰をもじつかせながら我慢している感じだ。

 そうやって、排泄さえも管理されることを覚えさせて、奴隷の心を作りあげるのだ。

 

「そして、最初の調教はフェラ練習だ。壁に主殿と同じ形ものを作って、何度も繰り返し練習させろ。そうだ。全員の股間に痒み剤を塗れ。射精に成功すれば、痒みを癒してやれ。それで練習に熱が入るだろう」

 

 サキはにやりと笑った。

 

「徹底的にしごきます、サキ様」

 

 目の前の妖魔が直立不動で応じる。

 サキは満足して頷いた。

 そして、ふと思い付いたことがあった。

 ルードルフの退位に役に立つことだ

 今度はラポルタの方を向く。

 

「それと、ラポルタ、用途の終わった映録球は、自然なかたちで王宮外に流出させろ。スクルズの時と同じ手で、再生可能の状態にし、十個ほど複製して適当にばら蒔くのだ。王の粗暴に反対する王宮内の者による抗議行動にでも装え。ルードルフの人気はがた落ちになる」

 

「言われたことを実行いたします、サキ様」

 

 ラポルタが慇懃な態度で頭をさげる。

 サキは頷き、グーラについても元の位置に戻らせる。

 

 そして、サキは久しぶりに通信球を送った。遮断はしているがこっちからは送信できる。

 あの監獄塔の最上階で会おうという連絡だ。

 アネルザはもういないものの、話し合いの場所はそこと決めているのだ。

 

「しばらく出る」

 

「わかりました、サキ様」

 

 ラポルタが応じる。

 サキは自分の身体を転送させた。



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403 四人組の崩壊

 サキは、王宮から会合場所に指定した監獄塔の最上階に跳躍した。

 アネルザのために準備した調度品の類いがそのままに置いてある。

 たったいま伝言球を送ったばかりであるし、当然ながら、まだ向こうは来ていない。

 まあ、呼び出してすぐに準備ができるということはないだろう。

 

 サキは、待っている間に酒でも飲もうかと思って、最初の日に持ち込んだ木箱を探った。箱の中身は値打ち物の火酒であり、かなりの数があったはずなのだが、どれもこれも空瓶ばかりだ。

 半年分くらいあると思っていたのに、全部飲み干したのか?

 呆れながら、仮想空間から手持ちの酒を取り出して、柔らかい背もたれ付きの椅子に座り込んだ。

 

 だが、すぐに目の前の空間に揺らぎが生じた。

 転送術の出口が発生しようとしているのだ。

 果たして、そこからミランダとベルズが現われた。

 

「おう、存外早かったな。やって来るのに半日はかかると思っていたぞ」

 

 サキは口に仕掛けていた酒瓶を置いて、ふたりに向き直った。

 

「サキ、あんた、なにを考えているのよ。罪もない貴族の妻女や子女を集めて、王宮に監禁なんて、どういうつもりよ──」

 

 すると、いきなり、ミランダが怒鳴ってきた。

 サキはむっとした。

 

「なんだと──。わしに言っておるのか──」

 

 立ちあがって怒声を浴びせたが、ミランダも険しい顔をして睨み返してきた。

 サキはぶん殴りたい衝動をぐっと耐える。

 さすがに、ロウの女を殴るわけにはいかない。

 そんなことをすれば、ロウが激怒する。

 

「あんたに言っているのよ、サキ──。とにかく、やり過ぎよ。すぐに解放しなさい。罪もない貴族の子女を集めて、噂じゃあ性奴隷調教をしているって話じゃない。まさか、本当じゃないでしょうねえ」

 

 ミランダが声をあげる。

 サキはにやりと笑った。

 

「ほう、もう伝わっておるのか? まあ、確かにやっておるがな。心配するな。ちゃんと仕上げてみせるぞ。主殿(しゅどの)に喜んでもらえるような奴隷ハレムを準備しようと思ってな。なにしろ、わしの主殿がついに、この国の王になるのだ。それに相応しい奴隷宮も準備せんとな」

 

「はあ──? なに言ってるのよ、サキ──。そんな勝手なことをすれば、ロウは激怒するわよ。あいつは、そういうことが一番嫌いなんだから」

 

「お前こそ、なにを言っておる、ミランダ。主殿が好色なことは、お前も知っておるだろう。主殿は喜ぶに決まっておる。だが、主殿に褒められるのはわしだぞ。これは主殿への贈り物なのだ」

 

「は、話にならないわねえ──。いい、サキ──」

 

 ミランダがさらに激怒した感じで詰め寄ってきた。

 しかし、話にならないと感じているのはこっちだ。

 こいつはなにをそんなに怒っているのだろう。

 確かに人間族の貴族女を集めたが、殺したわけでもないし、多少は鞭打ちもしたが、それは調教の一環であり、無茶はさせていない。

 すぐに回復もさせている。ちゃんとした食事もさせている。

 そんなに怒られるいわれはない。

 

「待て、そっちは後にしよう、ミランダ。こっちの方が問題だ」

 

 そのとき、横のベルズが口を挟んだ。

 このベルズについては、サキもあまり面識はない。

 ロウ主催の「破廉恥祭り」で会うくらいで、女神官だが頻繁にはロウのところにも来ないみたいだ。

 愛人集団の中では、一線を敷いた付き合いをずっと守っている不思議な女だ。

 ただ、魔道力は高い。

 スクルズ、いや、スクルドには敵わないが、人間族にしては別格だろう。

 

「サキ殿、まず、訊ねたいが、わたしは、ミランダから、アネルザたちと企てたこの叛乱の行く末は、最終的にはルードルフ王を退位させることと聞いている。そのために動いてるとな。それに間違いないか?」

 

「まあ、そうじゃな。基本的にはそうだ」

 

 サキは頷いた。

 そういう風に約束し、お互いにここで、義姉妹の誓いまでした。

 

「基本的に? じゃあ、退位させることが目的でいいのだな?」

 

「そうだと言っておる。しつこいのう」

 

「ああ、全員がその認識と聞いていた。王妃殿からの手紙も受け取り、それによれば、少なくとも、アネルザ殿下は辺境侯を中心に主要貴族が結託し、一斉に退位要求を付けつけてくれって呼び掛けたと言っていた。もう一度言うけど、退位要求だ──。辺境侯もそれで動いていたはずだ」

 

「うるさいのう。まず、なにを怒っておるのか言え。細かいことは知らん」

 

「ところが、わたしが昨日から通信球で各地の領主とやり取りをしてわかったけど、辺境侯は、退位要求ではなく、叛乱を起こすという檄文に変えて、軍の結集を呼び掛けているそうだ。退位要求ではなく、叛乱軍への参加の呼びかけに変わったのだ。そして、辺境侯のところに通信球を送って確かめたら、そなたの眷属が……チャルタだっけ……彼女が向こうにいるそうだな。つまりは、そなた、これに関わっているな?」

 

「退位要求、退位要求とうるさいのう? だから、王を退位させて、主殿を王にするのだろう? そういう企てだ。わかっておる」

 

 サキは言った。

 確かに、チャルタを少し前に辺境侯とやらに送り込んだ。

 しかし、テレーズのことがあったので、指示はラポルタを通じて行った。サキが関わると、テレーズが望むことを汲み取って、それに基づく指示を与えることになるからだ。

 そういえば、ラポルタが、送り込んだチャルタから、事前に与えられた状況と異なり、人間族の辺境候が戦支度をしていないと伝えてきたと告げられた気がする。

 辺境侯は、国王に叛乱はするが、それは貴族たちが一斉に退位要求するという形式であり、戦じゃないらしいと……。

 サキには話がよく理解できなかったが、ぐずぐずせずに、さっさと戦支度をさせろとラポルタを怒鳴りつけた。

 

 とにかく、ロウを旗頭にした叛乱軍を作って、王都に向かって進軍させるのだ。

 そうじゃないと王位の退位などない。

 だいたい、退位要求とはなんだ?

 まだ、負けてないのに、王位を捨てるということか? 

 そんなわけない。

 少なくとも、妖魔族は負けもしないのに、負けは認めない。

 とにかく、戦だ。

 そして、それに王軍を向かわせて、ど派手に王軍を負けさせてやる。

 それで、ロウが新しい王だ。

 チャルタは、辺境侯たちを操って、そうやって動いているはずだ。

 

「わかってない。王になるのはイザベラよ。そう説明したはずじゃない。あんた、もしかして、本当になにかやったの?」

 

 ミランダが声をあげた。

 しかし、いまだもって、なにを怒っているのか、さっぱり理解できない。

 

「だから、あの王太女と主殿がつがいになって王になるのだろうが。そうなるように動かさせた。なにを怒っているのだ。わかるように説明しろ──」

 

 サキも怒鳴り返した。

 

「ねえ、どうしたのよ、サキ? なんで勝手なことばかりをしているの? それとアネルザのこともそうよ。ノールの離宮に追いやったけど、眷属に命令して姫様を含めて全員を足止めしているそうじゃないのよ。すぐにやめなさい──」

 

 ミランダが怒鳴る。

 そういえば、韋駄天族のスカンダをけしかけて、ノールから足止めさせたのだった。

 テレーズもいたし、あいつらに王宮に戻られたら、極めて都合が悪かったからそうしたのだが、もう解消してもいいだろう。

 完全に忘れていた。

 

「そんなこともあったのう。忘れていたがな。スカンダは引きあげさせよう。もう問題ない」

 

「何が問題ないよ。そして、スクルズはどうしたのよ──?」

 

「スクルズ? スクルズって……、いや、これからはスクルドと呼んでくれと言っていたか? あいつがどうした?」

 

 サキはきょとんとした。

 数日前から、スクルズ改め、スクルドは、王宮に隠れている。どうしたと言われても、どうしたというのだ?

 

「しらばっくれないでよ。いくらベルズが呼び出しても、反応がないらしいし、アネルザのことといい、スクルズのことといい、あんたはなにをやってんのよ。今日という今日は、ちゃんと説明してもらうわよ」

 

 ミランダはすごい剣幕だ。

 しかし、サキとしては戸惑うばかりだ。

 一体全体、なにに対して、こんなに腹をたてているのかわからない。

 そりゃあ、アネルザやイザベラのことをノールに足止めしたことについては悪いと思うが……。

 だが、テレーズがいたのだ。

 王都に戻られれば、なにをされるかわからないし、サキもあの状況ではテレーズからか守ってやれなかった。

 サキがテレーズに支配されていることは、漏らすことを禁止されていたし、あれが最善の方法だったのは間違いない。

 テレーズさえも、あのタリオのマーリンとやらに隷属されており、もしも、危害を加えろと指示されれば、そうするしかなかったのだ。

 事情を説明すれば、サキとしては感謝されことすれ、罵倒される筋合いはない。

 だが、スクルドがどうした?

 

「もしかして、テレーズとやらの女狐が関係あるのか? もしや、あいつに脅迫されておるのか?」

 

 ベルズが横から口を挟んだ。

 テレーズから脅迫?

 むっとした。

 あんなものに妖魔将軍の二つ名を持つサキが屈したなどというのは、侮辱もよいところだ。

 しかし、脅迫ではないが、支配されていたことは事実ではあるのだ。

 よく考えると、途端にあの恥辱が蘇ったきた。

 真名で支配されて、あいつのやることに協力させられたことはよい。

 だが、スカートをめくらされ、真名で身動きを禁止させられたうえに、掻痒剤を塗られたり、ひと晩中寸止め自慰を強要されたり……。

 思い出すと、あのときの屈辱で腹が煮え返りそうになる……。

 

「んん? どうした? 先日も子爵家の子供を、テレーズが連行したことがあったな。騎士団から女騎士を後宮に連れ込んだことも……。テレーズが自ら軍を連れてきて、やったと耳にしている。貴族の妻女や子女を集めさせているのは、そなたではなく、テレーズのしていることと考えてよいのか?」

 

 ベルズの声がやや小さなものになる。

 だが、そんなことよりも、テレーズのことは絶対に否定しなければと思った。

 やっぱり、サキともあろうものが、人間族の小者に支配されて、やりたい放題の恥辱を受けていたなどということは、墓場まで持っていくべき秘密だ。

 そもそも、子爵家の子供を後宮に連れ込んだというのは、数日前のことであり、試しに童女の性奴隷を育成できるのかどうかを試すために、テレーズに化けているラポルタに手頃な貴族娘を連れて来させた。

 泣くばかりで快感など受け入れる気配もなかったので、すでに送り返しているが……。

 

 また、騎士団から女騎士を連れてきたというのは、ベアトリーチェのことだろう。

 ルードルフが公爵令嬢のエリザベスを襲ったとき、駆けつけた女だ。

 なかなかに凛々しい感じなのを垣間見て、理由をつけてラポルタに捕縛させて、赤色組に強引に編入させた。

 そこそこ気も強そうだったし、ロウ好みだろう。

 いずれにしても、よく調べていると思った。 

 子爵令嬢のことはともかく、女騎士については王宮内のことだ。

 間者でも入れているのか?

 まあいいが……。

 

「そのテレーズは、わしの眷属だ。わしの命で動いているだけだ」

 

 サキはきっぱりと言った。

 間違いはない……。

 ベルズが言及した二件については、間違いなくサキが命じて、ラポルタにやらせたことだ。

 ラポルタには、変身の術を使って、いなくなったテレーズの代わりを務めさせているのだ。

 すると、ベルズの顔が再び険しいものに変わった。

 ミランダもだ。

 

「だったら話を戻すわよ、サキ。とにかく、マルエダ辺境候について、チャルタにおかしな指示をしたのなら、まずはそれを取り消しなさい。さらに、後宮に集めた女性たちを即刻解散すること──。今後は、わたしたちの指示に従いなさい、サキ──。さもないと、このままじゃあ、この国に大きな内乱が起きてしまう」

 

 そして、ベルズが怒鳴った。

 今度こそ、腹がたった。

 なんという失礼な連中だ。

 

「わしを誰だと思っておるかっ──。お前らの指示に従えとは、なんという限度を越えた無礼だ──。わしに命令できるのは主殿だけだ──。大概にせい──」

 

 サキは激昂した。

 ベルズがたじろいだように数歩さがる。

 すっと、ミランダが庇うように、ベルズの前に出る。

 

「サキ、頭を冷やして──。こんなことをロウが喜ぶわけないでしょう。そもそも、集めた貴族女たちを集団調教しているなんて知れたら、絶対に激怒して……」

 

「やかましい──。そんなわけあるか──。わしのやることは全部主殿のためのことじゃ──。とにかく、もう、わしに連絡してくるな──。いい加減に鬱陶しいわい──。二度と通信球も受けんし、手紙も受け取らん。とにかく、主殿を王にすればよいのだろう。わかっておるわ──。わしひとりに任せおればよい」

 

 サキは怒鳴り散らしてから、さっと術を放った。

 目の前のこいつらをさっきの転送術の発進点に逆に送り返したのだ。

 ふたりは驚愕した表情のまま、魔道紋の向こうに消えていった。

 

「もう一度言う──。わしに命令できるのは主殿だけだ──」

 

 逆転送先にサキの言葉を送り込むとともに、ベルズの魔道紋を完全消滅させた。

 

 

 *

 

 

「うわっ」

「いたっ」

 

 魔道風のようなものが当たったかと思うと、気がつくと、ベルズはミランダとともに、第三神殿の裏庭の地下に隠されている臨時冒険者ギルドの一室に尻餅をついていた。

 監獄棟の最上階に向かう前にいた場所であり、この地下の最奥になるミランダの私室のような場所だ。

 ここに、ベルズもウルズも、居候のようにすごしていたのだ。

 どうやら、サキによって、転送紋を逆方向に跳ばされたみたいである。

 

「わっ、べーまま、ミランダちゃん」

 

 ひとりで床に座って、積み木で遊んでいたウルズがびっくりしている。

 跳躍する前に、ここで大人しくしてるように言って残していたのだ。

 ベルズたちがあてがわれている部屋だ。

 

『もう一度言う──。わしに命令できるのは主殿だけだ──』

 

 すると、サキの怒鳴り声が響き渡る。

 それで終わりだ。

 向こう側から、ぷっつりと転送術の繋がりが遮断された。

 

「きゃあ」

 

 その大きな声に驚いたウルズが、ベルズにしがみついてきた。

 

「大丈夫だ……。心配ないぞ、ウルズ」

 

 ベルズはウルズをなだめながらミランダを睨む。

 

「だから、言ったであろう、ミランダ。ちゃんと事態を収められるようにせいとな。どうするのだ? このまま放っておくと、王の退位どころじゃない。戦争だ。国が滅びるぞ」

 

 とにかく、ベルズはミランダに不平を言った。

 交渉が決裂したのは明らかだ。

 そして、この状況を作ったのは、ミランダであり、スクルズであり、アネルザだ。百歩譲って、ロウを守るために王宮工作をするのは認めたとしても、魔族であるサキに、王宮工作を単独でやらせるなんて……。

 

「言い出しっぺはアネルザなんだ。そっちに文句を言っておくれ」

 

 ミランダも不機嫌だ。

 お尻を打ったのか、腰を擦りつつ立ちあがっている。

 

「その調子じゃあ、交渉決裂かい? どういう話になったんだい?」

 

 声をかけたのはマアだ。

 ほかにこの部屋には、二日前に王都に戻ってきたタリオの豪商のマアと、マアと一緒にきたエルザがいる。

 ほかに、マアの護衛だという男装の少女のモートレットいう女剣士がいる。ただ、そのモートレットは、無口のたちらしく、あまり口を開くことがない。

 いまも、まるで壁の置物のように部屋に隅に突っ立っている。

 

 一方で、エルザとは、タリオ公国のアーサーに嫁ぐ前からベルズは知り合いだ。

 まだ、婚姻前のときにつき合いもあったが、ちょっとした会話からわかる彼女の頭の良さには感嘆していたのを覚えている。

 その護衛のモートレットを含むマアとエルザが、ひっそりと隠れるように王都にやって来て、この秘密の場所を訪れたときには驚いた。

 一昨日の夜のことだ。

 

 とにかく、マアとエルザは、アネルザやイザベラの意を汲んで、王都の窮状をなんとかするために、やってきてくれたのだ。

 彼女たちの手配で、現在大量の食糧が王都に入り込みつつある。

 まだ、一日程度であるが、第一弾の流入と、ミランダが今後、続々と物資は王都に入り、食料不足はすぐに改善すると宣伝させたことで、早くも狂乱していた物価が好転の兆しを見せてきた。

 しかも、エルザの指示により、食料については、市場に開放するだけでなく、とりあえず、飢えに窮している貧民層に、王太女イザベラの名で配給もさせている。

 わかりやすい人気取りであるが、この混乱の中で行われる救済は、王都市民の中では名が通っていないイザベラの人気をいやが上にもあげることだろう。

 中々にあざとい……。

 

 それはいいのだが、そっちの手配もあり、今回サキとの話し合いには、マアは同行しなかった。

 こうなっては、一緒に来てもらえばよかったかもしれない。

 あそこまで、こじれるとは思わなかった。

 

「どうしたも、こうしたも……」

 

 ベルズは、簡単にサキとの話し合いの顛末について説明した。

 もっとも、ベルズとしても、なにがなんだかわからない。

 説明が終わったとき、エルザが口を開いた。

 

「大丈夫なの? そのサキという寵姫? 魔族だっけ? そんなのに王宮が占拠されているなんて……。そして、テレーズというのは、サキという魔族の眷属ということ?」

 

 エルザはとても驚いているようだ。

 当然だろう。

 魔族が王宮にいるということだけでも驚愕ものなのに、それが王宮を完全支配しているということなのだ。

 さらに、そのサキはロウの愛人のひとりなのだ。

 ベルズも、わけがわからない。

 しかも、その状況を許したのが、そもそも、アネルザであり、目の前のミランダなのだ。

 もうひとりの責任者のスクルズについては、王宮に逃げ込んだまま連絡が取れないのだが、それを確認できることなく、サキから追い返されてしまった。

 

「大丈夫かどうかは知りませんよ、エルザ様……。まあ、ミランダたちに訊くといいでしょう。わたしには、この始末をどうしようとしているのか、さっぱりとわかりませんし」

 

 ベルズは皮肉を言い、ばつの悪そうな顔をしているミランダに視線を向けた。

 

「な、なによ……。そんな嫌味な言い方はないでしょう……」

 

 ミランダは困惑したように言った。

 

「とりあえず、そなたらの目的が達成されたのは間違いない。ロウ殿の捕縛どころの騒ぎじゃない。国が滅亡するんだから、そんなのは棚上げだ」

 

「皮肉ばかりを言わないでおくれよ、ベルズ。とにかく、ノールの離宮にいるアネルザにも相談するさ。通信球でこっちの状況を送ってくれないかい。アネルザの言葉なら、まだ、サキも耳を傾けるかもしれん。今度はマアにも……」

 

 すると、マアが口を開いた。

 

「そうだね。もっとも、話を聞いた限り、かなり怒らせたみたいだから、数日、時間を置いた方がいいかもしれないけどね。辺境候の状況についても、アネルザ殿に耳に入れておくべきだし……」

 

 アネルザが中心となってやっていたマルエダ辺境候の工作が、当初の計画だった地方貴族が結集したルードルフへの退位要求というかたちから、完全に戦争準備をしているという情報が入ってきたのは、マアたちが王都に到着したときとほぼ同じ頃だった。

 ほかにも複数の情報があり、どれも辺境候の戦争準備のことを裏付けしている。

 さらに情報を集めさせているが、辺境候の新しい「愛人」だというチャルタの名がもたらされたのは、今朝のことだ。

 チャルタといえば、これもまたロウの愛人の魔族だし、ベルズは騒動のもとが、ことごとく、ロウの愛人が関わっていることに、呆れかえったものだ。

 

「そうね……。ベルズ、頼むわ。ノールでは情報がほとんど入らないのよ。辺境候の情勢については向こうでも危惧していたんだけど、とにかく錯綜していて……。王都の情勢も、正確には掴んでないわ。まずは向こうにも情報を入れてあげてよ」

 

 エルザも言った。

 

「まあ、やってみます……。んんっ?」

 

 ベルズは、まずは通信球の準備のための魔道を刻もうとした。だが、思わずうなり声をあげてしまった。

 

「どうしたんだい、ベルズ?」

 

 マアは横から訊ねた。

 

「サキだ。わたしの通信系の魔道をあいつに封印されてしまっている……。いや、移動術もだな。もう来るなということだろう。なんて奴だ」

 

 ベルズは舌打ちした。

 ミランダもびっくりしている。

 ベルズは嘆息した。

 そして、ミランダを見た。

 

「……ミランダ、こうなったら、サキよりも早く、ロウ殿の身柄を押さえることだ。サキはロウ殿を旗頭にして、王都に向かって叛乱軍を動かさせるつもりなんだろう。その前に、ロウ殿を捕まえて、サキに命令させるのだ」

 

「ロウを捕まえにいくということについては、スクルズ……いや、スクルドが動いているよ……。だけど、サキと打ち合わせて向かうと言って出て行って、まったく連絡はないし……」

 

 ミランダが困ったように言った。

 そのことについては、ベルズも覚えている。

 あのスクルズの偽物の死骸を王都の空で発光とともに処分したあと、スクルズには改めて、徹底的に説教をした。

 その後、まるで逃亡するように、ロウの身柄を押さえるための行動について、サキと話し合うと言って、ここを出ていったのだ。

 あれから、まったく連絡がない……。

 いや、あれは、“逃亡するかのように”、じゃない。完全に“逃亡”だ。

 間違いない──。

 

「だが、スクルズは味方か? あれは、サキと一緒にいるのだぞ。そのまま、スクルズがロウ殿を叛乱軍と合流させてしまったら終わりだぞ。予測だが、サキが考えているのは、ロウ殿を旗頭にして、辺境候に叛乱を実際に起こさせることだろう。そして、一度、軍が動くともうとまらん。雪崩のように事態は拡大する。戦とはそういうものだ」

 

 そのとき、ぎゅっと身体が締めつけられた。

 

「べーまま、困ってる? 悲しそうなお顔だよ」

 

 ウルズだ。

 ベルズとミランダが不安そうに会話をするので、ウルズも心細くなったのだと思う。

 それにしても、力が強い。

 耐えられずに、そのまま長椅子にウルズごと押し倒されるように座り込んだ。

 

「だ、大丈夫だぞ、ウルズ。なんもない。なんもないぞ」

 

 ベルズはウルズの頭を抱えるようにして、そっと頭を撫でる。

 ウルズがほっとしたように、さらに、ベルズにもたれかかってきた。

 どうでもいいが、仕草と口調は幼女だが、身体と力は大人だ。

 重い……。

 

「ノール宮には、緊急クエストをかけて、冒険者に手紙を運ばせる。しばらくは、それで情報をやり取りするしかないね。少なくとも、サキの頭が冷えるまで……。いや、あたしが直接に行ってもいいか……。あたしなら一日でノール宮にたどり着く」

 

 ミランダだ。

 

「いや、ミランダはここにいるべきよ。王都内で暴動が起きないように、世論工作が必要だもの。ほかにも食料配布の手配も……。とにかく、市民に渡る食料がこのまま消えて、飢えが進めば、すぐに暴動は起きるわ。こっちの方が最優先よ」

 

 エルザが言った。

 

「それもそうね……」

 

 ミランダが頷く。

 

「いずれにしても、王宮に諜者を入り込ませているけど、後宮そのものには接触できなくてねえ……。とにかく、サキ殿を説得するんだね。いずれにしても、困ったことになったものさ。ロウ殿が戻る前に始末をつけないとねえ」

 

 マアが嘆息しながら言った。

 

 

 

 

(第25話『園遊会事件』終わり、第26話『過激派・穏健派・淫乱派?』に続く)



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 第26話  過激派・穏健派・淫乱派?
404 奴隷部屋の奇跡


「う、うう……」

 

「はあ……」

 

「ああ……」

 

 女の吐息が闇の中に静かに響いている。

 フラントワーズは、敷布にしている毛布をぎゅっと噛んで、全身を駆け巡っている狂おしい官能の疼きに耐えていた。

 眠らなければならないのはわかっている。

 しかし、とてもじゃないが眠れない。

 

 フラントワーズたちがいるのは、後宮に務める召使い用の部屋らしく、ひとつの部屋に四個の寝台と机がある四人部屋だ。

 ほかの三人も、横たわっているが苦しそうな官能の息をずっとあげ続けている。

 無理もない……。

 

 もう十日近くもだ。

 一度も達していないのに、不規則で微弱な張形の振動ばかり与えられるばかりで、女の絶頂は与えられていない。

 おそらく、口にする飲み物や食べ物にも媚薬が混ぜられているのだろう。

 食事をすると、かっと身体が燃えあがるようになるとともに、股間から大量の愛液が滴り落ちるのでそれがわかる。

 与えられ続ける寸止めのような肉欲への飢餓感……。

 延々の性の地獄……。

 苦しい……。

 

 でも、抵抗の術はない。

 与えられる快感を発散することもできない。

 貞操帯で封印されているからだ。

 だから、こうやって発狂するような耐えがたい疼きに耐えるだけだ。

 

 定められている就寝時間である今は、股間の振動はとまっている。

 睡眠までを妨げると倒れる者が出るという配慮らしく、就寝時間を越えると股間の張形の振動は動かないようになっているみたいだ。

 だが、それはそれで、フラントワーズたちをさらに苦しめている。

 股間とアナルに、張形が挿入されっぱなしで、まったく動いてくれないというのは、逆につらいのだ。

 子宮から身体全体に拡がっている熱い疼きはそのままで、張形を挿入して、それで眠れというのは惨い仕打ちである。

 

 フラントワーズは、知らず股間を貞操帯の上からぐっと手で押していた。

 なにも感じない。

 外から与えられるあらゆる刺激は遮断する仕掛けになっているのだ。

 泣きたくなるくらいに、秘裂の奥がさらなる快感を求めて強く疼き続ける。

 できるのは、挿入されている張形をぎゅうぎゅうと締めつけるだけ……。

 そして、それはさらに耐え難い快感への疼きを生み出す悪循環……。

 

 寝なければ……。

 公爵夫人として、右にあるものを左に動かしたことさえない生活をしていた女が、毎日毎日、慣れない家事労働を強要されているのだ。

 全身はくたくただ。

 しかも、それを股間に装着されている貞操帯が与える快感の疼きに耐えながら、家事を行わなければならない。

 いやが上にも、疲労は拡大する。

 また、蓄積する疲労により、思考力も失われていく。

 こんな生活がもう数日続いただけで、多分、フラントワーズは狂ってしまうだろう。

 いや、もしかしたら、もうおかしくなっているのかもしれない。

 ここに連れ込まれて、最初のときには、絶望や屈辱、あるいは、このような仕打ちを受けなければならない怒りと憎しみの感情に包まれていた気がするが、いまは、身体に巣食っている快楽の焦燥感に狂うばかりだ。

 

 そのときだった。

 音もなく扉が部屋の扉が開くのがわかった。

 決まっている就寝時間から、すでに三ノスはすぎている。

 時刻も真夜中だろう。

 フラントワーズは、自分たちを監視している女兵が入ってきたのかと思って、身体を緊張させた。

 

「……お待ちください、フラントワーズ様……。わたくしでございます……。ティアでございます。ティア=マイネスです……」

 

 身体を縮めるようにして部屋に入ってきたのは、ティア=マイネス伯爵夫人だ。

 びっくりした。

 なにしろ、彼女は青色組なのだ。

 フラントワーズたち黄色組が後宮に押し込められて、家事労働をさせられていることに対して、マイネス夫人たち青色組については、十人で交代にルードルフ王の性の相手をすること強要されている。

 彼女たち青色組の世話についても黄色組の役目なので、彼女たちの事情も承知しているが、ルードルフ王は女を抱く前に、必ず惨く女を痛めつけなければ勃起しないという話であり、彼女たちの扱いは酷いものだ。

 

 それはともかく、なぜ、ここに青色組の彼女が?

 黄色組については召使いの役目をしているので、監視はあるものの四人部屋になっている居室には鍵は掛かっていない。

 だが、青色組については違う。

 狭い部屋に十人が押し込められて、国王の伽に侍る以外は部屋に鍵をつけられて監禁されているはずである。

 

 食事も黄色組が、女兵の監視のもとで部屋まで運び込み、そのときに、幾らかの会話もできるから、彼女たちの事情もある程度わかっているのだ。

 青色組は、黄色組以上の制限を受けている。

 例えば、用便だ。

 黄色組は朝夕の時間限定で、排便のために貞操帯を外してもらえるが、青色組については伽の直前に貞操帯を外すときだけが許された用便の時間だそうだ。

 つまりは、それくらい厳重に行動を管理されているということだ。

 それにも関わらず、青色組の彼女がどうしてここに……?

 

「ティア様……、どうして?」

 

 フラントワーズは、扉のところで小さくしていた彼女を寝台のところに呼び寄せた。

 ティア夫人が胸の前に両手を置いた格好でにじり寄ってくる。

 どうしてそんな仕草をするのかと思ったら、両方の乳首にぶら下げられている鈴の音がしないように、ぎゅっと拳で包んでいるようである。

 

「マイネス伯夫人なの……?」

 

 横のマリアが身体を起こしながら囁く。

 マリア=ラングール……。

 フラントワーズ同様に、園遊会で上級貴族の妻子が集められる前日に、王家の軍に捕縛された二公爵家の妻のひとりだ。

 さらに、壁側のふたりも身体を起こしている。

 

「ここにはどうやって来たのですか? 女兵の監視は?」

 

 フラントワーズが低い声で訊ねた。

 とにかく、自分の寝台の上にティア夫人を招き寄せる。

 フラントワーズたちと同様に貞操帯ひとつだけの裸の彼女があがってきた。

 

 むっとするほどの女の香り……。

 上気している肌……。

 フラントワーズよりも十歳ほど年上のはずだが、艶やかでまだまだ美しい。

 こうやって肌を接するようにすると、フラントワーズも思わず唾を呑み込んでしまうほどのむんむんとする女の色香だ。

 彼女たちは、国王の性の相手をしながら、やはり魔道で絶頂感を遮られて、黄色組同様に性の飢餓状態に追い詰められているのだ。

 だが、本当にどうしてここに……?

 

「夕方の点呼のときに隠れて……。今日の夕方、女兵が鍵を掛け忘れて去ったのです。すぐに閉じられたのですが、そのあいだに部屋を抜け出して隠れていました……。わたくしの話は、ラジル様をはじめ全員の言葉です……。それをお伝えに……」

 

 ティア夫人が緊張したように言った。

 ラジルというのは、青色組になった夫人のひとりであり、黄色組のとりまとめのような役割をフラントワーズがしているのに対して、青色組の最年長として向こうを仕切るのがラジル=ポリニャックである。

 ポリニャック家は古い侯爵家であり、評判の悪かった王族公爵の二家とは異なり、歴史でも格式でも、ポリニャック家はこの王国貴族世界の重鎮といっていい。

 夫人の年齢が高いことからも、自然に彼女が長のような立場になったみたいだ。

 

 そのラジル夫人の伝言がなんと?

 しかも、こんな危険を冒してまで伝えることとは……?

 

「……もう限界です……。反乱をしましょう」

 

 ティアが言った。

 フラントワーズは絶句した。

 

「……反乱……。どうやってですか……?」

 

 驚きで言葉がすぐに出てこなかったフラントワーズに対して、すぐに問い返したのは、向かいの寝台にいるマリアだ。

 マリアの顔を見ると、暗がりだが真剣な表情をしているのがわかる。

 彼女もかなり追い詰められているのは知っているが、いまは毅然とした顔をしていた。 

 

「……決起を……。明日、青組で騒動を起こします……。伽のときには部屋の扉が開くのです。そのときに一斉に襲い掛かって女兵から武器を奪います。できれば、テレーズを人質に……。黄色組はその騒動を合図に一斉に逃亡してください。うまくすれば数名は脱出できるかもしれません……。そして、外に連絡を……。この後宮内で行われている無謀をどこかに伝えるのです」

 

「うまくいきますか? そもそも危険です。特に青色組の方々が……」

 

 マリアだ。

 すると、ティアがマリアに顔を向けて首を横に振った。

 

「もとよりわたしくしたちは命を捨ててます。全員が殺されるでしょう。しかし、そのとき、必ずこちらの監視が手薄になります。わたくしがこうやって抜けてこれたくらいです。おそらく隙が生まれます。それでなんとか……。とにかく、外に報せて助けを求めなければ……。赤組として地下に集められている少女たちのためにも……」

 

「命を捨てるなど……。も、もちろん、なんとかしなければならないのは当然ですけど……。でも……」

 

 フラントワーズはやっと言葉を継ぐ。

 怖ろしく無謀で、とてもうまくいくとは思えない。

 下手をすれば、少なくとも、青色組は全員が殺されて終わりだ。

 特に、最初に暴動を起こすという青色組は、絶対に全員が殺されるだろう。

 黄色組同様に、青色組もこの忌々しい貞操帯を装着させられている。

 武器を向けるまでもなく、魔道で操作しているらしい貞操帯を強く振動されれば終わりだ。

 あっという間に無力化させられる。

 人質など無意味としか思うしかない。

 

「……やってみる価値はあります……。わたくしたちは騒動を起こすだけです。なんとか、そのあいだに黄色組の誰かが外に……」

 

 ティアは悲痛な表情で言った。

 フラントワーズはやっとティア夫人たちの狙いがわかった。

 彼女たちも、青色組で起こす暴動が成功するとは露とも思ってないようだ。

 だが、無力化されようと、殺されようと、その一時期については、後宮を監視している女兵の注目は青色組に集中するに違いない。

 黄色組の役目は、その隙を見つけて逃亡するということだ。

 それで助けを求める。

 フラントワーズはそれがわかってきた。

 

「狙いはわかりました……。でも、もう少し策を練りましょう。命を粗末にするような行為以外に、女兵たちの隙を作るやり方はほかにあるはずです。つまりは騒動を起こせばいいのですから……。例えば、厨房でぼやを起こすというのはどうでしょう。黄色組は交代で厨房にも入ります。そのときに、火事をわざと発生することは可能だと思います。話し合いに数日必要でしょうけど、女兵の注目を集めるという狙いは同じことです。黄色組でやってみます」

 

 フラントワーズは言った。

 それなら、最悪、策がうまくいかなくても、不慣れな家事をさせられている黄色組の失敗ということで終われる。

 懲罰は受けるだろうが、全員が殺されることがわかっている青色組の暴動を切っ掛けにということよりも遥かにましだ。

 だが、ティア夫人は再び首を横に振った。

 

「……わたくしたちは、全員がもう覚悟を決めています……。わたくしたちを監視していた女兵たちが教えたのです……。国王陛下がわたくしたちを犯している映録球が王都の市民で出回っていると……。詳しいことはわからないのですが、実際に映録球も見せられました。恥ずかしいわたくしたちの痴態です。それが世間に出回っているとなれば、もはや、わたくしたちは貴族としても、女としても終わりです。だから、せめて、ほかの女性たちが逃亡するための材料になれれば……」

 

 ティア夫人が悲痛な顔で言った。

 フラントワーズは再び絶句した。

 そして、動顛した。

 国王に犯されている情景の映録球が外に出回っている?

 それは、黄色組や、もしや、赤組の若い娘たちの姿もそうなのだろうか?

 だとすれば、もう貴族として終わりであり、死を覚悟したというティア夫人の言葉も頷ける。

 

 そのとき、扉の外の廊下に足音が聞こえてきた。

 革靴で床を叩く音……。

 見回りの女兵だ──。

 しかも、駆けている。

 声が洩れたか──?

 

「入って──」

 

 フラントワーズは素早く横になるとともに、ティアと密着するようにして毛布を被った。

 マリアたちほかの者も素早く寝る。

 扉が勢いよく開いた。

 

「なにを喋って……。んん? おいっ、そこでなにをしているの──?」

 

 入ってきたのは女兵だ。

 しかも、あっという間に見つかった。

 フラントワーズは、一気に冷たい汗が背中から噴き出るのがわかった。

 

「全員に警報を──。脱走かもしれない──」

 

 女兵が廊下に向かって怒鳴った。

 部屋の外にも誰かいるのか?

 フラントワーズに絶望が沸き起こった。

 毛布の中で縮こまっているティア夫人も恐怖で震えている。

 

 すると、不意に廊下側で白い光が瞬いたと思った。

 何事かと思ったが、廊下の喧噪が消滅する。

 部屋に入ってきた女兵に、開いている扉の隙間から、さらに廊下から光が当たる。

 女兵の顔から表情が消滅して、能面のような顔になる。

 

「……忘れなさい……。ここであなたたちは、なにも見なかった。聞かなかった……。さあ、見張りを続けましょう。いままでどおりよ……。なにも問題ないわ……。問題ないの……」

 

 くすくすと小さな笑いとともに、女性の声が聞こえてきた。

 誰──?

 フラントワーズは驚いた。

 しかも、声にどこかで聞き覚えがあるような……。

 

「……なにも問題ない……。なにも見てない……。聞いていない……」

 

「いい子ね……。じゃあ、さようなら……」

 

 廊下の声とともに、女兵が反転して部屋から出て行く。

 フラントワーズは呆気にとられた。

 いずれにしても、危機は去ったのか?

 だが、どういうこと? 

 

「マイネス様……、いえ、皆さんは、家名でなくて名前で呼び合うようにしたのですよね。だったら、わたしも名前で呼んでいいでしょうか……? ティア様、お部屋に戻りましょう。わたくしが送りましょう……。そして、そんなに心を乱さないでください……。なにも問題ないのですよ……。サキさんも言葉が足りないのです……。皆さんは、むしろ幸運なのですよ。選ばれたのですから……」

 

 廊下のいる何者かがくすくすとまた笑う。

 誰なのだ──?

 とにかく、得体の知れない能力を持っている存在というのは確かだろう。

 おそらく、さっきのは魔道だ。

 一瞬にして女兵を無力化して、記憶を操作したのだと思う。

 怖ろしいほどの高等魔道だ。

 本当に誰なのだ……。

 助けてくれたというのは間違いなさそうだが……。

 とりあえず、フラントワーズは再び身体を起こした。

 小さくなっていたティア夫人も、恐る恐るという感じで起きあがる。

 フラントワーズは、さらに扉ににじり寄ろうとした。

 

「あっ、わたしの姿は見ないでくださいね。都合が悪いものですから……。なにしろ、わたしは死人です。死人がうろうろしているのはおかしいですよね」

 

 また、その女性が笑った。

 どうでもいいが、本当に心から愉しそうな笑い声だ。

 思わず、釣り込まれてしまうような……。

 その笑い声に誘われて、なぜかフラントワーズも頬を緩めてしまう。

 すると、横にいるティアと向かい側のマリアも、小さく笑った。

 やはり、笑いに釣り込まれたのだ。

 なんだろう、これ?

 不思議な高揚感に襲われながら、フラントワーズは戸惑った。

 

「あら、やっと笑っていただけましたね。ずっと見守っていたんですけど、とても苦しそうで困ってました……。だけど、もしも、この先で誰にお仕えするかを教えてあげられることができれば、きっと調教も苦しくないものになると思うのです。それを伝えてあげられればよいのですけど……」

 

「この先で誰かに仕える……?」

 

 フラントワーズは、思わずその言葉を繰り返した。

 疑念で問い返したのでなく、なぜか凄まじいほどの迫力で、その言葉の綴りが心に入ってきたのだ。

 頭の中で、その言葉だけが不可思議に繰り返す。

 

 

 “この先で誰かに仕える……?”

 

 

 なにそれ……?

 

「わたくしも、もうすぐ、そのお方に会えるのです。ああ、本当にこの幸せを分けてあげられたら……。だけど、あなたたちも会えますよ。きっとわたしが連れて来てさしあげます。そのお方に会いさえすれば、いまの苦役は笑って思い出すことができます。いまは、わたしの言葉を信じてとしか申せません。とにかく、信じて待ってください。そして、いま以上に調教にお励みください。あのお方に会うための修行と思って……」

 

 

 “そのお方に会えば、いまの苦役を笑って思い出すことができる”

 “私を信じよ” 

 “調教を修行と思って励め”

 

 

 まただ。

 言葉の内容よりも、言葉そのものが心に刻まれる

 よくわからないが、さっき女兵を沈黙させたとの同じ力だと思った。

 魔道?

 いや、それとは違うのか……?

 言葉そのものが持つ力……。

 

「あ、あのう……」

 

 ティアだ。

 様子がおかしいと思って、彼女に振り向いた。

 まるで憑りつかれたような表情になっている。

 はっとした。

 向かい側の寝台のマリアもだ。

 もしかしたら自分も……?

 

 いずれにしても、とにかく心地いい……。

 

 廊下にいる何者かの幸せそうなたたずまいが言葉とともに伝わり、それが心地よい気持ちにさせていく。

 本当に幸せだ。

 なぜか、そんな感情に包まれる。

 

「ティア様はおいでください。わたしが青色の皆さんにお話もしましょう……。早まってはいけませんわ。だって、待っていれば、素晴らしいお方に愛していただけるのですから。わたしも口をきいてさしあげます。きっと皆さんを愛してもらえます。それでみんな幸せになったんです……。とにかく、さあ……」

 

 扉がちょっとだけ、さらに開いた。

 白い着物を身に着けている手だけがすっと入ってくる。

 

「あっ、はい……」

 

 ティアが誘われるように、その手に向かっていく。

 そのまま、手を掴み、引っ張られるように廊下に出ていく。

 

「あっ、あなた様は──」

 

 廊下側でティア夫人の大きな声が響いた。

 すると、またあの幸せそうなくすくすという笑い声……。

 

「しっ、静かに……。わたしのことは内緒ですよ……。その代わり、皆さんに贈り物をしますので……。それだけでなく、サキさんにも扱いを緩めるよう諭しましょう。だから、早まらないで……」

 

 女性の声……。

 そして、扉がゆっくりと閉じていく……。

 

「お、お待ちください──。あなたは誰なのです。教えて……」

 

 フラントワーズは、慌てて寝台からおりた。

 行ってしまう──。

 もしかしたら、フラントワーズを助けてくれた不思議な存在を確かめるということよりも、あの幸せな風のようなものが去るということが我慢できなかったのもしれない。

 とにかく、フラントワーズは、遮二無二、あの声の本人を追いかけようとした。

 それは、本能のようなものであり、理性ではなかった。

 

「ごめんなさい……。あまり姿をお見せするわけにはいかないのです……。とにかく、信じて待ってください……。ここの日々は、あの方に愛してもらうための修行です。必ず、みんな幸せになれますよ。信じて……」

 

 またもや、声だけ。

 そのときには、フラントワーズは扉のところにいた。

 急いで立ったので、乳房につけられている鈴がちりんちりんと鳴った。

 寸前で扉が閉まる。

 しかし、一瞬だけど、フラントワーズは視界に、驚愕している様子のティア夫人と手を繋いでいるその女性の姿を垣間見ることができた。

 

 びっくりした。

 まさか……。

 

「えっ?」

 

 フラントワーズは声をあげた

 その女性のことを知っていたのだ。

 かなり見た目が変わっているが間違いない。

 

 髪は長くなり、神々しい青白い髪になっていて、なによりも、迫力さえ感じるほどに、とても幸せそうに微笑んでおり、その表情には慈愛が溢れていた。

 だが、死んだはずだ。

 直接に死に接したわけではないが、彼女の惨い死については、一日遅れで後宮に集められてきた令夫人たちから口々に聞かされた。

 園遊会の直前に、彼女の死の情景が映された「映録球」が王都にばらまかれたのだそうだ。

 それだけでなく、王都広場に晒された彼女の死体を見た者もいるし、昇天するように天にあがっていった光景を目の当たりにした者までいた。

 

 

「スクルズ様……?」

 

 呟いた。

 すると、またもや扉の向こうから笑い声が聞こえてきた。

 

「スクルドです……。人違いですわ……。それよりも、これは贈り物です。絶頂を禁じるなんて、サキさんもあんまりですもの……。それを股間に当てれば、幸せな気持ちになれますよ。皆さんでお使いください」

 

 それで終わりだった。

 扉の向こうで魔道の波動が動くのがわかり、それで人の気配がなくなった。

 あの幸せな笑い声が消滅してしまったのがわかった。

 フラントワーズはがっかりしてしまった。

 とにかく、彼女がいなくなってしまったのが残念だった。

 

「フラントワーズ様」

 

 そのとき、マリアが声をあげた。

 振り返る。

 すると、さっきまでフラントワーズが横たわっていた寝台に、“それ”が乗っていた。

 

「贈り物……?」

 

 “それ”を見て、フラントワーズは言った。

 一方で、いまでも頭の中では、不思議な余韻になって、彼女の言葉ががんがんと繰り返している。

 

 

 “この先で誰かに仕える……?”

 

 “そのお方に会えば、いまの苦役を笑って思い出すことができる”

 

 “私を信じよ” 

 

 “調教を修行と思って励め”

 

 

 まるで、天から贈られた天啓のように……。



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405 赤組令嬢の過激なマゾ調教

「調教官様、雌奴隷七番、アドリーヌのお股の検分をお願いします」

 

「調教官様、雌奴隷九番、カミールのお股の検分をお願いします」

 

「調教官様……」

 

 アドリーヌたちは素っ裸のまま、脚を拡げて、膝を曲げずに足首を両手で掴むという極端な前屈の姿勢で屈辱的な肉体検査の言葉を叫ばされている。

 ここに集められたのは、三十数名の赤チョーカーのうちの十人ほどだ。

 比較的調教が進んでいると認められた者とのことだ。

 

 まだ奴隷精神が不足と判断された他の全員は、炎が燃えている溝の上を左右から羽根くすぐりと鞭打ちを代わる代わる受けながら、大股開きでゆっくりと進むという責め苦を受けている。

 そういう肉体的な苦痛を快感と感じるための訓練なのだそうだ。

 それに比べれば、ここにいる者はせいぜいお尻を乗馬鞭で叩かれるくらいなので、楽には違いない。

 

 アドリーヌは、組分け後の初日からこっちの組に入っていて、隣は親友の妹のカミールであり、カミールは昨日からこっちだ。

 でも、親友のエミールはまだである。

 

 朝の集合のときに見させられる映録球の映像、すなわち、ほかの貴族夫人が国王陛下に残酷にいたぶられる光景を眺めて、股間を濡らすことができなければ、こっちの楽な調教の組には入れないのだ。

 恥ずかしいけど、アドリーヌは最初からこっちだ。

 また、叫んだ番号はここにいる奴隷の固有番号であり、乳房にその数字が刺青が刻まれている。調教官は基本的にはアドリーヌたちを番号でしか呼ばない。

 

「全員、おねだり開始──」

 

 何人かのお尻が一斉に叩かれる。

 こっちの組には三人の調教官がついていて、適当に選んだ三人が合図代わりに、尻を叩かれたのだ。

 アドリーヌもカミールも鞭は免れた。

 叩かれた令嬢は悲鳴を口から迸らせている。

 こういう鞭の傷も、調教が終わるごとに、魔道で完全回復させられる。

 そして、次の調教を受けるというわけだ。

 

 アドリーヌはできるだけいやらしい仕草を選んでお尻を揺り動かす。そうするように躾られている。

 これはマゾの心を骨身にまで沁みさせて、さらに自覚させるために役に立つのだそうだ。

 調教官の説明によれば、徹底的にマゾに染めあがった雌奴隷の仕上げの段階のひとつであるらしい。

 

「ほらほら、早く垂らせよ。できないと懲罰だよ」

 

 調教官が十人の後ろから叱咤した。

 開いている脚のあいだに、白い布が置いてある。

 そこに、こういう屈辱の行為で燃えあがった愛汁を垂らすのだ。

 

 死ぬような恥ずかしい仕草だが、もう半月もやらされれば、だんだんと貴族の誇りもどこかに消え、自分は奴隷なんだという自覚が生まれてきた。

 とにかく、アドリーヌは尻をくねくねと振り立てて、自分で自分を興奮させるように心をけしかける。

 すると、次第に身体が熱くなる。

 惨めさに泣きたくなるほどなのに、一方で股間がじんじんと疼いてもくるのだ。

 それがさらに、アドリーヌの恥辱を誘う。

 

 調教官たちはアドリーヌたちの周りを動きながら、誰の股がどんな風に濡れてきたとか、赤くなってきたとかを口にしながら、気紛れのように乗馬鞭で尻を叩いている。

 すると、どんどんと全身に心地よい痺れのようなものが襲う。

 乳首はすでに痛いくらいに勃起している。

 なんの愛撫もないのにだ。

 本当に、自分の身体はどうしてしまったのだろう。

 アドリーヌははしたない自分の身体に死にたくなる。

 そのとき、ぽたっぽたっと愛液が垂れた。

 少量でも音が出るようになっているのだ。

 こんなことで、愛液を垂らせるようになってしまった自分に、さらに惨めさを感じる。

 

「七番は合格。他の者も、もっと興奮しろ。そんなことで、ご主人様を悦ばせる雌奴隷になれるか──。七番はその調子だ」

 

 気合の入った鞭がお尻に炸裂した。

 

「んぎいいっ、が、頑張ります。ご主人様にお悦びいただける雌奴隷を目指します」

 

 アドリーヌは悲鳴をあげ、すぐに調教官が気に入るような迎合の言葉を口にした。

 伯爵家の令嬢ともあろうものが、素性もわからぬ調教官たちに、こうやって媚びを売るのは恥辱だが、それよりも罰が怖ろしい。

 電気責も、鞭責めも、水責めも、とにかく懲罰をして与えられる責め苦の苦しさは、アドリーヌの骨身にまで沁みている。

 

 それは他の者も同じだろう。

 例えば、公爵令嬢のエリザベスは、一度、調教官に悪態をつき、クリトリスに糸を結ばれ天井から吊られ、痒み剤を塗られて朝から夕方まで爪先立ちで放置された。

 朝から夕方までである。

 

 そして、次の日の朝は、厠当番を命じられて、赤チョーカー組だけでなく、黄色チョーカー組の排便後のお尻の穴の掃除を泣きながら、舌でやらされていた。

 アドリーヌも舐められた。

 エリザベスは社交界では、取り巻きを集めた傲慢な振る舞いで有名だったが、その一回ですっかりと大人しくなり、カミールとともに、昨日こっちの組に入ってきた。

 

 また、数名の中途編入組のひとりであり、赤チョーカー組では最年長になる王軍騎士のベアトリーチェは、目付きが生意気だという理不尽な理由により、甕一杯の水の強制飲水をさせられ、決まった時間しか許されない排尿のうち、朝と昼の排尿禁止を申し渡されたりした。

 結局午後の調教中に漏らしてしまい、さらに懲罰で逆さ吊りにされて、お尻の穴に蝋燭を突っ込まれて、火がお尻を焼くまでそのままにされたのだ。

 蝋燭刑は夕食席の場所で行われたので、アドリーヌは、武官の家柄であり、いつも美しくて、凛としており、男らしさまで感じるあの気丈なベアトリーチェが号泣するのを初めてみた。

 

 ベアトリーチェはまだ向こうの組だが、なぜかひとりの調教官に目をつけられていて、昨日の夜は、やはり態度が生意気という理由で、永々と卑猥な言葉を股間が濡れるまで絶叫するという特別懲罰を夜中までやらされていた。

 しかも、やっぱり甕一杯の水を飲まされて、排尿を我慢させられたようだ。

 さらに、その調教官は、特別懲罰によって排尿許可時間が流れたにもかかわらず、決まった時間じゃないからと、ベアトリーチェに排尿を許可せず、今日の「朝礼」後まで我慢させのだ。

 よく耐えきったと思ったが、朝礼中ではあまりの尿意にしくしくと泣くベアトリーチェは本当に気の毒だった。

 当然に濡れるわけもなく、ベアトリーチェはこっちには来れなかった。

 

 とにかく、一応は調教時間は決まっていて、一定時間だけ頑張れば自由にもなるし、傷も体力も回復してもらえるのだけれど、懲罰は別だ。

 懲罰のときは責め苦が無制限になり、終われば傷の回復はしてもらえるものの、懲罰時間に定めはなく、調教官の気紛れが終わるまで容赦なく罰が続く。

 だから、懲罰は怖い。

 

「九番合格」

 

 調教官が怒鳴った。

 隣のカミールだ。

 まだ、童女のあどけなささえ残っている童顔のカミールだが、すでにマゾ奴隷としては濡れやすい方に入ってきていた。

 

「じゃあ、七番と九番、どんな奴隷になりたいか言ってみろ」

 

「は、はい、七番アドリーヌは、で、できるだけいやらしくて、恥ずかしいことが大好きなマゾ奴隷になりたいです」

 

「きゅ、九番のカミールは、叩かれて悦ぶ淫乱で恥知らずなマゾ奴隷になりたいです」

 

 アドリーヌ、カミールの順で大きな声で言った。

 ちょっとでも気を抜いたことを言えば懲罰だし、同じことを繰り返しても、心がこもってないと叩かれる。

 そして、こんなことばかり口にしていると、本当にそんな女になっていくような感じがするのが不思議だ。

 この数日は、アドリーヌは実際に鞭打たれることで、自分の股間がじゅんと濡れることに気がつかないわけにはいかないでいる。

 

「ふん、いい心がけだね。じゃあ、七番、お前はどんなことをして、ご主人様に悦んでもらうんだ──」

 

 ひとりの調教官が完全にアドリーヌとカミールの後ろについた。

 一方で、他のところでも、なんとか腰振りで愛液を垂らすことに成功して、同じような問答をさせられている令嬢が何人かでてきた。

 こうやって、会話のやり取りを通じて、奴隷の心がけがしっかりとできているかどうかを点検されるのだ。

 

「ど、奴隷のご奉仕を……」

 

「どんな奉仕だい? 具体的に言ってみな」

 

 また一発の鞭──。

 今度は歯を喰いしばって耐えた。

 

「セ、セックスをしていただいたり……。お、お口に口づけとか……」

 

「それはお勤めのご褒美だよ──。そもそも、お前たちは全員が生娘だろう。セックスでご奉仕なんておこがましい」

 

「ひぎいいっ」

 

 お尻の下の股間に近い部分を叩かれて、アドリーヌは絶叫した。

 

「なら、九番、お前だ──。どんな奉仕でご主人様を悦ばせる」

 

「ひぎゃああ」

 

 ばしりと肉が叩かれる音がして、カミールも泣き声をあげた。

 

「お、お仕置きを受けて、た、愉しんでもらいます──。叩かれたり、拷問を受けたりして、お股を濡らします。恥ずべきマゾ女になって悦んでもらいます」

 

「ははは、なかなかいいねえ。じゃあ頑張りな。ほら、七番、お前は、もう一度だ。なにをしてご主人様を悦ばす。同じことを言うんじゃないよ」

 

 またアドリーヌはお尻を引っぱたかれた。

 

「あううっ、お、おねだりします。調教をおねだりします。ご主人様に叩いてもらえるように。わ、わたしはマゾ奴隷で叩かれて興奮することをご説明します」

 

 アドリーヌは必死に頭を巡らせて、気に入ってもらえそうな言葉を口にする。

 

「ははは、だったら、しっかりと叩かれて興奮するマゾ奴隷にならないとね。股間を下から打ってやろうか? 叩かれて興奮するマゾ奴隷というのが嘘じゃないなら、打って欲しいはずさ」

 

 心の底からの恐怖が走る。

 この前屈で脚を開いている状態で鞭を股間に下から受けるなど……。

 しかし、拒絶すれば、嘘を言った罪で間違いなく懲罰だ。

 

「う、打ってください。雌奴隷アドリーヌは鞭で打たれて興奮するマゾです。ご主人様に、それで可愛がってもらいます」

 

「わかった」

 

 鞭が風を切る。

 衝撃が下から股間を貫く。

 

「ひがあああ」

 

 一瞬にして意識が飛び、ひっくり返りそうになったけど、多少は手加減をしてくれたようだ。アドリーヌは倒れなくて済んだ。

 

「おおっ、流石に、赤チョーカーで、いまのところ最優秀の奴隷だねえ。きっとご主人様はお前に興味を持ってくださるよ」

 

「は、はい、ありがとうございます」

 

 アドリーヌは叫んだ。

 もっとも、ずっと言わされている「ご主人様」というのが誰のことなのかわからない。

 最初は、ルードルフ王陛下に犯されるのかと思っていたが、どうやら、別の相手のようだ。

 調教官が言うには、まだご主人様は王都にはおらず、しばらくしたらやってくるのだそうだ。

 それまでに、ちゃんと雌奴隷になりきり、ご主人様が喜んで抱いてくれるようなマゾ奴隷になりきらなければならないと厳しく言われている。

 グーラ監督長にしても、各調教官にしても、調教官よりももっと恐ろしいサキ様にしても、「ご主人様」はとても優しいと繰り返す。

 もっとも、サキ様以外は、どうやら、その「ご主人様」には、会ったことがないみたいだが……。

 

 いずれにしても、早く「ご主人様」に会いたい。

 そうすれば、この過酷な毎日も終わるはずだ。

 いつしか、アドリーヌも一日も早く、そのご主人様に奉仕をし、調教してもらいたいという倒錯した気持ちになりつつある。

 

「よし、ところで、ふたりとも、ちゃんとここは洗ったかい?」

 

 すると、いきなり、お尻の穴に調教官の指が入ってきた。

 なにかを塗っているのか、ぬるりとした感覚とともに、すっと奥まで指が挿入してきた。

 

「ひ、ひいっ、あ、洗ってもらいました」

 

「わ、わたしもです──」

 

 ふたりで叫んだ。

 お尻に指を入れて洗ったのは、横のカミールの母親のサンドベール夫人だ。

 夫人は黄色チョーカーの召使い組であり、乳房を丸出しの惨めな恰好で、四六時中貞操帯の振動でよがり悶え狂わなければならないらしく、とてもつらそうだった。

 しかも、アドリーヌや実の娘たちにそんな惨めな姿を見られなければならないのだ。死ぬほど恥ずかしいはずだ。

 だが、調教官たちは、夫人がアドリーヌたちと親しいことや、エミールやカミールの母親であることを知り、あえて、アドリーヌや実の娘たちの世話を夫人に命令したようだ。

 世話をする夫人にしても、世話をされるアドリーヌたちにしても、肉親や知人から受ける恥辱行為ですら、快感に変えるのが雌奴隷への調教なのだそうだ。

 

 そして、夫人は調教官たちに、見込みがあるので、生娘ではないが、母娘奴隷として特別に赤チョーカーに推薦してもいいと言われていた。

 しかし、娘と一緒に責めるのだけは許してくれと夫人が言うと、調教官たちは途端に不機嫌になったが……。

 

 アドリーヌは、調教官に逆らって、夫人がどんな懲罰を受けるのだろうと心配したが、過激な懲罰は赤チョーカーだけと決まっているらしく、調教官たちは夫人には手は出さなかった。

 それだけは安心した。

 

「お前たちはなかなかに筋がいい。だから、お前たちふたりは、これから、アナルセックスの訓練に入る。生娘のまま、アナルセックスの訓練を受けるんだ。覚悟はいいね」

 

「は、はい。か、覚悟はできています。幸せです。ご主人様にアナルで悦んでもらえる雌奴隷になりたいです」

 

 アドリーヌは言った。

 本当は嫌に決まっている。

 お尻でセックスをするなど……。

 それを悦ぶはしたない身体にされるなど……。

 でも、そう言わないと、きっと懲罰だ。

 

「わ、わたしも……ひ、ひいっ」

 

「あひいっ」

 

 アドリーヌに次いで、カミールが言葉を喋ろうとしたところで、お尻の中の指が、指と一緒に入った潤滑油のようなものを内側の粘膜に塗るようにいきなりくねくねと動き出した。

 アドリーヌもカミールもあられもない声を出してしまった。

 しばらく、お尻の中を愛撫される気持ち悪さと、それでいてその刺激がなぜか股間の疼きのようなものを誘発するような感じになってわけがわからなくなり、アドリーヌはだんだんと口から漏れる恥ずかしい声を必死に我慢した。

 

 そして、しばらくしてからだ。

 急激に強い痒みがお尻の中に襲いかかってきたのた。

 

「あ、ああっ、痒いっ」

「か、痒いです」

 

 アドリーヌはカリールとともにほぼ同時に悲鳴をあげた。

 

「効いてきたようだねえ。じぁあ、これからが本番だ。どっちからでもいいから、できるだけ卑猥な物言いでアナルセックスをお願いしな。あたしをその気にさせたら、尻をいじってやる。だけど、勝手に尻を動かしたら、懲罰だよ」

 

 調教官が大笑いした。

 しかし、ただれるような痒みだ。

 それなのに、自ら動いたら懲罰だなんて……。

 そして、必死に考えて、思いつく限りの卑猥語を口にする。

 すると、調教官が大笑いした。

 

「“けつまんこ”だ。マゾのお前たちはそう言うんだよ。人間族の貴族娘だなんて忘れな。お前たちの尻は、ご主人を悦ばすけつまんこだ」

 

 お尻に鞭が一発――。

 しかし、痒みに襲われているアドリーヌには、それはご褒美だ。

 

「ひぎいっ、あ、ありがとうございます――。け、けつまんこに鞭をありがとうございます――」

 

 アドリーヌは叫んだ。

 

「わ。わたしのけつまんこにもお願いします、調教官様――」

 

 横でカミールが悲痛な口調で叫んだ。





 *

 仮想空間で十日、現実世界で五日ほど過ぎている状況です。


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406 淫乱主義者の旅立ち

「最初に言っておく。わしは、すでにミランダとベルズたちとは袂は分かっておる。あまりに無礼なのでな。いかに、主殿(しゅどの)の愛人たちとはいえ、理由もなく馬鹿にされて怒らないほど寛容ではない」

 

 サキは現われたスクルズ、いや、外観をやや改めて、名乗りを変えた“スクルド”を睨んだ。

 後宮に設けた面会のための一室だ。

 ふたりきりではない。

 ジャスランという女眷属を同席させている。

 

 このジャスランは、人間族の男を父に持つという変わり種であり、魔道についても武辺についても超一流である。

 外観は、血の半分の人間族のものが濃く、見た目はスクルドと同じ年齢の人間族の女にしか見えない。

 だが、本人はそれを嫌っていて、血の半分が人間族であることを否定する。

 なにしろ、ジャスランの母は、いわゆる「迷い魔族」であり、妖魔族と称する異界に棲み処を持つ魔族ではなく、人間族の中にこっそりと生きている魔族だったのだ。

 だが、高貴な人間族に捕らわれ、丈夫な魔族であることがばれて、魔道を封じられて見世物奴隷になっていた。

 あるとき、力のある妖魔が、監禁されて酷い目に遭っている同朋の存在を知り、飼い主を殺して、彼女を開放した。

 だが、そのときには、ジャスランの母は、その飼い主の子を身ごもっていて、異界で庇護を受けるようになってから、娘を産んだ。

 それがジャスランだ。

 だから、ジャスランは、自分の血の半分を恥じている。

 

 しかし、今回サキが気に入ったのは、血の半分が人間族である部分だ。

 つまり、見た目だ。

 サキやラポルタの目がある王宮近くで使うのではなく、遠く離れた地に単独で行動させるのだ。

 ラポルタのように、本来の姿が妖魔族そのものである存在と異なり、なにかの魔具で外観を暴露されて、妖魔狩りに遭うということもないだろう。

 なにしろ、こうやって人間族を装う魔道は、かなりの魔力を必要とする。

 王宮内で女兵に扮させている連中は、サキの持つ膨大な魔力を借りて、人間族の姿に化けている。

 だが、ここから離れるとあっては、そういうわけにはいかない。

 十分な魔力を持っている個体にしてさえ、人間族に化けるのに魔力を費やし、咄嗟の魔道が疎かになる可能性がある。

 その点、このジャスランは別だ。

 見た目は人間族なのだ。

 余計なことに力を使う必要がない。

 

 ただ、いまは護衛の体で、壁沿いに立っていると命じている。

 服装は女兵の恰好ではなく、女傭兵のような出で立ちだ。

 ジャスランに与える任務として必要なものだ。

 しかし、ちらりとそっちを見ると、現れたスクルドを親の仇のような視線で睨んでいる。

 初めて会ったはずであり、スクルドに反感を持つ理由もないのだが、おそらく、スクルドが人間族であるということが気に入らないのだろう。

 まったく、どこまで人間族が嫌いなのかと苦笑したくなる。

 

 それはともかく、このスクルドだ。

 数日前からここにいるのだが、普段はなにをやっているのか、まったく出会わない。こうやって呼び出すのも時間がかかるし、今朝もやっと身柄を拘束できた。

 どうして、居候のような女をひとり呼び出すのに、苦労しなければならないのか……。

 サキとしては、なんだか腑に落ちない気分になる。

 

「まあ、喧嘩ですか? 皆さん、ロウ様がいらっしゃらないので、苛つきが溜まっていおりますものね。仕方ありません……。でも、問題ありませんよ。ロウ様がお戻りになれば、すぐに解決することですから……。だから、ご心配しないでください。わたしが必ず、ロウ様をお連れします」

 

 スクルドがにこにこして言った。

 それにしても、この目の前の女は、短い言葉の中で、どれだけ“ロウ”の名を出すのだと思った。

 もしかしたら、この王都でロウの帰還を待っていなければならない、サキへの嫌がらせかとさえ思った。

 まあ、スクルドの屈託のない笑顔を見ていると、こいつにそんな気はないのはわかるが……。

 サキは嘆息した。

 

「まあいい……。ところで、そのときに、ミランダとベルスが、わしがお前を監禁しているというようなことを言っておったぞ。もしかして、ずっと連絡してないのか?」

 

 昨日は激昂していたので気にならなかったが、一日経ってみると、腑に落ちないことが数個あることに気がついた。

 その中のひとつが、ミランダが口にした、サキがスクルドを監禁しているのではないかという弾劾だ。

 だが、サキはそんなことはしていない。

 確かに、スクルドは、あの「処刑の日」以降、ずっとここにいるが、別段、サキが強要しているわけではなく、スクルドが自らここにいるだけだ。

 現に、こうやって要件があってスクルドを呼び出すのも、後宮内のどこにいるのかわからずに、時間がかかったくらいだ。

 サキとしては、まったくスクルドを拘禁したりはしていない。

 

「ベルズとミランダがですか? まあ、そんなに心配しなくても問題ないのに。ただ、向こうにいると、延々とお説教をするのですよ。だから……。わかりました。とにかく、ロウ様と戻ってきたら、ふたりには謝ります。心配しないでください、サキさん」

 

 スクルドがにこにこと微笑む。

 どうやら、戻って来るまで、あのふたりには会うつもりはないようだ……。

 まあ、いいか……。

 

「わかった。では本題だ。やっと手筈が整った……。モーリア男爵に対するお前についての紹介状のことだ。ルードルフに書かせた。人間族の仕来りには詳しくないが、これがあればいいのだろう? だが、紹介状でよいのか? 素直に命令書を渡せばいいのではないのか?」

 

「十分ですわ、サキさん。それに、辺境域にいる貴族というのは、王家といえども、命令には素直に従いません。自分自身の武力もありますから、王家の権威に抗うこともやぶさかではないのです。それに、モーリア家といえば、いまは急激な成長をしている昇り竜のようなお方です。失墜している王家の命令などを渡せば、むしろ、警戒をして協力してくれないのではないかと思うのです」

 

 スクルドが笑みを絶やさないまま言った。

 サキは苦笑した。

 

「失墜した権威のう……。じゃあ、むしろ、紹介状だけで会うか? ましてや、兵を出すか?」

 

 失墜した権威というのはその通りだが、まあサキがそうさせているのだから、当然そうなっているだろう。

 そんな王に、ここにはいない地方貴族とやらが従わないというのもわかる。

 サキがやろうとしているのは、彼らを利用して、戦を起こさせ、そのときにロウを旗頭にさせて、そのままロウをこの国の支配者にさせようということだ。

 ロウはそういう権威には興味がなさそうだったので、最初は嫌がるかもしれないから、王になったら自由にできる貴族奴隷の集団を準備した。

 好色なロウならきっと受け入れるに違いないし、最終的にはサキを褒めてくれると思う。

 

 それに、サキとしても、妖魔将軍とも称されるサキの「(つがい)」がいつまでも、無名の冒険者では都合が悪い。

 最低でも、一国の王くらいにはなってくれないと、我慢できないと思っている。

 それに、ロウは間違いなく、王の中の王、すなわち、「皇帝」の器だろう。

 

 そして、そのために、今回はどうしても、手頃な地方貴族に兵を出してもらわねばならない。

 ロウを確保してくれる兵ということだ。

 地方にいる王軍に処置させることも考えたが、調べてみると人間族の権威というのは簡単でないらしく、遠く離れている軍というのは、命令書一枚ではどうにも動かせないことも多いらしく、本来の任務以外のことで動かすのは、むしろ面倒そうだった。

 一番偉い者の命令が、素直に末端に届かないこともあるというのは、本当に人間族といのは、わからない種族だ。

 

 それはともかく、今回の策では、ロウの身柄をとにかく早く確保しなければならない。

 地方王軍や各領主には、先回ルードルフが発出した「ロウの捕縛指示」は、「身柄確保指示」に変えて手配させているが、誤って連中が手酷い目にロウを合わせれば、まずは、そいつらを八つ裂きにしにいかなければならないし、サキもロウに謝罪のしようもない。

 

 それよりも、スクルドのような者に行ってもらって、ロウがハロンドールの国境を越えて戻る前に、丁重にロウを確保したい。

 そして、チャルタに準備をさせているマルエダ辺境候の集めた国王反乱軍に合流をしてもらうというわけだ。

 後は、ロウはなにもしなくても、大きな決戦が王都周辺で起きて、ロウが新たな王として凱旋する手筈になっている。 

 

「問題ありませんわ。わたしとしては、モーリア様に面会を申し出る大義名分さえあればよいのです。あとはお任せください。きっとロウ様を出迎えるための軍兵をナタル森林側に出すようにお願いしてきます」

 

 スクルドが言った。

 モーリア男爵というのは、実は、あのシャングリアの実家ということであり、いま男爵位についているモーリア男爵は、シャングリアの遠縁の親族ということになるそうだ。

 

 ナタル森林に入っているロウの身柄を帰還次第に抑えて、準備している叛乱軍に合流してもらう──。

 そのために、手頃な地方領主に軍を出してもらい、国境沿いのナタル森林にロウを迎える兵を待機させる──。

 

 やろうとしていることは、それであり、目をつけた辺境貴族として、シャングリアの実家のモーリア家を選んだのは偶然のことだ。

 爵位こそ男爵と低いが、辺境沿いにある貴族として、商売もしている裕福な一族であり、大量の傭兵を常備軍として抱えている。しかも、いまのモーリア男爵になってから、さらに領内の流通発展に成功をして、大変な権勢を持つらしい。

 実態としては、そこらの伯爵家以上の力を持つと言っていた。

 そして、モーリア男爵は、軍人あがりでもあり、質実剛健でもあり、人間族としては正直者でも通っていた。

 まさに、ロウが最初に支配する軍勢としては、好都合だと思った。

 

 そのために、スクルドが向かう。

 ただ待つだけではなく、そういう軍を準備しなければならないと訴えたのは、ほかでもない、このスクルドだ。

 このために、自分が「死人」になるという策までこっそりと持ってきた。

 サキは、それに乗ることにした。

 

「まあよい。とにかく、これがルードルフに書かせた親書とやらだ」

 

 サキは一通の封書を取り出して宅に置く。

 スクルドがそれを手に取った。

 

「とにかく、問題ありません。では、そろそろ、これで……。ロウ様をお待たせするわけにはいきませんし」

 

 一瞬にして、封書が消えた。

 亜空間術だろう。

 それはいいが、ロウを待たせるわけにはいかないという言い草はどうなのだろう。なにか腹がたってくる。

 よく考えたら、こうやってサキが色々と骨を折っているのに、ロウに率先して会いに行くという一番いい役割をこの女が掴んでいる。

 

 だが、そのスクルドが、すぐに立ちあがって、出立するような素振りを示したので、サキは慌てた。

 スクルドが身に着けているのは、平凡な部屋着のようなものだが、スクルドほどの魔道遣いであれば、そのままどこにでも行けるだろう。

 そもそも、亜空間術で必要なものはしまっているだろうし……。

 

「待て、スクルド、連れを紹介する。こいつを一緒に連れていくがいい。わしの部下でジャスランだ。護衛だ。モーリア男爵に会うときには、口は出さんように言いつけている」

 

 サキはジャスランに、こっちに来るように合図した。

 ジャスランがサキとスクルドの前に立つ。

 

「ジャスランだ、女」

 

 ジャスランがスクルドを睨んで言った。

 スクルドが戸惑って、サキに視線を向ける。

 

「護衛? 必要ありませんわ」

 

 スクルドがあげかけた腰をおろしてきょとんとした。

 護衛をスクルドが必要しないのは分かっている。ジャスランをつけるのは、お目付け役だ。

 どうにも、この女は飄々としてとらえどころがない。

 だから、念のためだ。

 

 最初は、スクルドを信頼しないということは考えていなかったが、ミランダやベルズがサキのやることに反対をしているということがわかったので、急遽、スクルドにもサキの眷属をつけることにした。

 どういう料簡なのか、さっぱりと理解できないが、昨日の口ぶりでは、ミランダたちはサキがやろうとすることを邪魔しようとしているのだろう。

 つまりは、ロウを王にするという企てだ。

 

 だとすれば、次に考えられるのは、こっちのすることを阻止しようと動くことだ。

 それには、ロウの身柄を押さえて、こっちに都合の悪いことを先に吹き込むかもしれない。

 そんなことをさせるわけにはいかない。

 

 だから、スクルドをロウの身柄を押さえてもらうために行かせるのだけれども、実際のところ、スクルドが本当にサキに協力してくれるつもりなのかどうか、よくわからないのだ。

 スクルドは、なんだかんだといって、サキよりもミランダやベルズたちと昵懇だ。

 あいつらにそそのかされれば、そのときには、サキを裏切り、あいつらに与するに決まっている。

 

 だから、ジャスランだ。

 ジャスランには護衛という役割で、スクルドに不審な動きがないか見張れとも申し渡している。

 

「必要はないかもしれんが、連れて行ってもらうぞ。さもなければ、王都を出ることは許さん」

 

 サキはきっぱりと言った。

 スクルドがちょっとだけ、怪訝な顔になったが、すぐにそれが元の微笑みに隠される。

 

「見張り役ということですか? わたしはサキ様と喧嘩をしたりしませんわ。ロウ様には、王になって欲しいと思っております。すべては、ロウ様の思いのままにです。ロウ様がお望みになるのであれば、王にでも、皇帝にでもなられるべきです。わたしはそう思っています」

 

 スクルドが言った。

 しかも、お道化るような仕草で、臣下が主人に礼をするような恰好で手を胸の前に動かして頭をさげる。

 なんだか、からかわれているように思った。

 まあ、そうなのだろうが……。

 

 いずれにしても、スクルドも、ジャスランの存在を正確に「見張り役」と口にした。

 どうやら、わかっているようだ。

 

「ならば、あのドワフ女や巫女よりも、話はわかると思ってよいのだな? ジャスランと一緒に行け。ふたりで、ロウを人間族の王にしよう」

 

「わかりました。じゃあ、よろしくね、ジャスランさん」

 

 スクルドがジャスランに微笑みかけた。

 ジャスランは不愉快そうに顔を歪める。

 

「よろしくはしない……。サキ様の命令だから一緒に行ってやる。だが、サキ様のご命令に背くようなことはせんことだ。私が常に見ていることを忘れるな」

 

 ジャスランが言った。

 その口調には、まるで感情がないようで冷淡だ。

 サキは苦笑した。

 

「まあ、怖いですね。ところで、とてもお綺麗な顔をされてますね。もしかして、あなたも、ロウ様の性奴隷になりたいのですか? 興味がおあり?」

 

 スクルドがジャスランに言った。

 ジャスランが目を丸くする。

 

「わ、私が人間族の男の性奴隷──? ば、馬鹿にするな……。い、いや、決して、サキ様の番のお方を馬鹿にするわけでは……」

 

 一瞬、むっとした表情になったが、次には慌てて取り繕ったようにする。

 人間族嫌いのジャスランなので、人間族の男が性の相手ということで怒ったと思うが、すぐに、そのロウがサキの相手ということを思い出したのだと思う。

 それで慌てたということだ。

 まあ、それくらいどうでもいいのだが……。

 そのとき、スクルドがころころと声をあげて笑い出した。

 

「でも、ロウ様に会ったら、お気持ちが変わるかもしれませんね。そのときには、わたしがご協力してもいいですわ。ロウ様に抱いていただければ、それこそ、人生が変わります。誰も彼も幸せになれます。これは心からの言葉ですよ」

 

 スクルドが言った。

 ジャスランは面食らったようになっている。

 

「じゃあ、行け。主殿(しゅどの)を頼むぞ……」

 

 サキは口を挟んだ。

 

「はい、お任せを」

 

 スクルドが嬉しそうに立ちあがる。

 ロウに会いに行くのが本当に楽しそうだ。

 やっぱり、ちょっと羨ましいか……?

 いや、すごく羨ましい……。

 

「スクルド、お前はわしを裏切るなよ。お前はわしの味方だな?」

 

 最後にサキは言った。

 スクルドはちょっと小首を傾げる。

 

「決まっているではありませんか。わたしも、サキ様も、ミランダもベルズも、みんなロウ様の性奴隷ですわ。ロウ様のことしか頭にありません。ロウ様を王にしましょう。ミランダたちも、それがロウ様の幸せになるのであれば、わかってくれます。いえ、わからなければいけません」

 

 スクルドがきっぱりと言った。

 サキはちょっとだけ意外に思った。

 言葉の内容にではない。その裏にあるものだ。

 ミランダたちと仲違いしたことは、さっき口にしたものの、詳しくは話していないのだ。

 しかし、いまは、まるで、ずっと深いところまでを知っている物言いだ。

 もしかして、やり取りを魔道で覗いていた?

 そんなことを思った。

 

「当然だ。わしは、主殿を人間族の王にする──。誰がなんというともだ──。わしの主殿は、そうあるべきなのだ」

 

「わかりました……。では、行きましょう、ジャスランさん……。ああ、そういえば、サキさん、先日のことをお考えください。彼女たちは、きっとよい性奴隷になりますわ。とても、一生懸命ですし……」

 

 スクルドが思い出したように言った。

 先日のことというのは、数日前だが、後宮に集めているロウのための性奴隷候補たちの待遇を少し良くしてやれと言いにきたことだ。

 魔族とは違い、人間族は体力以上に心が弱いので、「調教」も締めつけるだけではよくないらしい。

 それ辺りの機微はサキにはわからないので、多少はそれも考えることにした。

 確かに、ロウに与えて喜んでもらうはずの性奴隷たちが、気力の無い人形のようになってしまっては困る。

 

「それは考える……いや、幾つかは忠告に従うことにした。魔族とは異なり、人間族の調教というのは、痛めつけるだけでは駄目だというのは、わかる気もする。そうする」

 

 素直に言った。

 スクルドは嬉しそうに笑う。

 

「感謝します。彼女たちのためにも……」

 

 スクルドは言った。

 サキはちょっと迷ってから、口を開く。

 

「ところで、お前は令嬢たちを集めたことには反対しないのだな。ミランダとベルズはすさまじい剣幕だったが……。それに、こんなことは主殿は喜ばないと言っていたりしたが……」

 

 あのドワフ女の機嫌などどうでもいいが、後になって、唯一、気にかかったのはそれだ。

 もしかして、本当は、性奴隷を集めるなど、ロウが好まないことなのだろうか?

 好色なロウだから、万が一にも喜ばないということなどないとは思うが、サキはロウに怒られたくないのだ。

 

「……いまは、不安もあるかもしれませんが、ロウ様に抱いてもらう立場になるのです。あとで、絶対に感謝するのは間違いありません。ロウ様に抱かれるための調教なら、わたしも一緒になって、受けたいくらいです。なんの問題もありません」

 

 スクルドは言った。

 その表情に迷いやごまかしはない。

 心からそう思っている感じだ。

 サキはほっとした。

 やっぱり、問題ないのだ。

 

「それでは……。じゃあ、ジャスランさん」

 

 スクルドがジャスランに声をかけて、すぐにふたりの姿が消えた。

 移動術だ──。

 旅立ったのだ。

 

「やっぱり、わしは間違ってない……」

 

 サキはスクルドが残した言葉に、不思議な安らぎを覚えながら、ほっとして呟いた。



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407 淫夢の中で

 夢を見ていた。

 

 イザベラがいるのは、王宮に三箇所ある国王の面談室の中ではもっとも狭い部屋になる小謁見室という場所だ。

 部屋は大きめの客室くらいの広さしかない。

 目の前に片膝で腰をおろしている十人ほどの謁見者を前にすると、人の集まりの圧迫感を覚えるくらいである。

 

 イザベラの背後には護衛が五名──。

 そして、イザベラが腰をおろす玉座にほかには、右側にある副玉座があり、そこには愉しそうに微笑むロウがいる。

 なぜか、夢の中のイザベラは、自分が玉座に座っていることも、ロウが女王であるイザベラの隣にいることも当たり前だと思っていて、まったくの違和感を覚えていない。

 

 だが、イザベラは異常なほどの緊張感に包まれていた。

 

『キース卿、しばらくぶりか? ニシル州では最近では商いが順調のようだな。今年の税収もいいようだ』

 

 イザベラは激しい心臓の鼓動と心の動揺を隠しながら、端の者に語りかけていた。

 この十人に、順番に声をかけていくのだ。

 それが、いまやっていることである。

 儀式のようなものだが、国王として重要な業務のひとつでもある。

 

『はい、陛下のご威光の賜物でございます。昨年末は冷害のために、麦の取れ高がいま少しでありましたが、漆の開発に成功いたしまして、他州への売れ行きも軌道に乗りましてござます。冷害の際に王家の融通を頂きました債務についても、一年以内にはお返しできるかと思います』

 

『う、うむ、流石はキース卿だな。よくやってくれている……。だが、無理はしなくていい。無理は民衆の不満に繋がる。債務については約束のとおりに、四年で完済すればよいのだ。余剰があれば、民衆を潤ってやるがいい。そちの州が急いで返さずとも、王家の金庫にはまだ余裕がある』

 

 イザベラは軽口を混ぜた口調で言った。

 しかし、語りかけている相手が舐めるような視線をちらりとイザベラに向けたのがわかった。

 イザベラはどきりとした。

 

『お優しいことです。ありがとうございます』

 

 しかし、キース卿はなに食わぬ口調で言葉を返して、頭をさげる。

 イザベラは、すぐに逃れるように、隣の謁見対象相手に視線を向けた。

 

『つ、次はフルイユか……。ち、陳情にあった大雨で崩れた橋の件は事前に報告を受けた。すでに王宮からの調査団の派遣を指示した。いずれにしても、そちの管区のこととはいえ、街道を繋ぐ道路の事は国のことだ。と、当然に経費は中央で負担する。だが管区内のことであるからには、補修の要領については希望もあろう。よく相談するとよい』

 

『ありがとうございます』

 

 当該の行政官であるフルイユが頭をさげる。

 また、イザベラにじっと視線を向けてくる。

 イザベラはわざと両脚を肩幅に開いていたのだが、耐えられずに膝をぎゅっと揃えた。

 途端に、隣のロウが咳払いした。

 はっとしたイザベラは仕方なく、脚を開く。

 ロウがイザベラの耳元に口を寄せてきた。

 

『さすがのまぞの女王様だ……。股間が濡れてきた。筋がくっきりしてきた……』

 

 意地の悪いロウの言葉がささやかれる。

 思わず、またもや脚を閉じたくなったが、「調教」だということを思い出す。

 調教には逆らえない……。

 イザベラは恥ずかしさを我慢する。

 

『つ、次……』

 

 イザベラは、さらに隣の行政官に意識を向けた。

 つまりは、やっているのは、今回の定期報告に順番が当たっている十人の地方行政官との謁見である。

 全員が分割して統治させている国王直轄領を治めるそれぞれの行政官たちであり、イザベラの治政においては五十人ほどの地方行政官が存在していた。

 広大になった直轄領の行政業務を分割して行わせているのだが、イザベラはその行政官たちと、最小限一年に一度以上の直接の面談をすることを自分に義務づけていた。

 もっとも、この面談で何事かが決定されるとか、別に書面で報告されている事実と異なる新しいことが聞けるということはない。

 ここで行政官たちがイザベルに告げることについては、すでに事前にイザベラの女官団たちが報告を受け、必要な行政処置は終わっている。

 先程の陳情に対する処置さえそうだ。

 イザベラは、すでに事前に知っている彼らの業務報告を受け、対応の終わっている陳情を受け、もっともらしく応じているだけだ。

 

 だが、これが無駄なこととは思わない。

 何事にも形式ということは必要であり、この定期報告は、直轄地に配置している行政官が、女王であるイザベラに密接に結びつているという事実を世間に示す政治的な演技であり、また、彼ら地方行政官たちに、王家の目がしっかりと向いているぞという釘を刺す行為ということでもある。

 イザベラの治政になり、急激に増えた国王直轄領に対する新しい治政のかたちのひとつとして、やっていることだ。

 

 それにしてもだ……。

 

 つまりは、この面談はただ聞いているだけでいいのであり、ここで女王として何かの判断を求められるということはない。

 イザベラは、あらかじめ定まっている台詞をなぞって喋るだけのことをすればいい。

 そういうことになれば、すぐに持ち前の好色性を発揮するのが、イザベラの右隣に座っている男だ。

 

 イザベラは、いま、十人の地方行政官たちとの謁見に際し、なんと、ロウから全くの下着だけで臨むことを命じられていたのだ。

 だから、イザベラは、いまは下着姿で謁見に臨んでいるのである。

 恥ずかしくてたまらない。

 

 しかも、ただの下着ではない。

 怖ろしく布が小さい。

 

 乳房を包むものは、首と背中に結ぶ紐に乳首だけを隠す布切れがあるだけのものであり、イザベラが身に着けると、乳房に眼帯が貼りついているようにしか思えない。

 裏地もなく、イザベラの乳首が羞恥の緊張でしっかりと勃っているのが、はっきりとわかる。

 そして、腰の部分が紐になった股間を包む下着も、胸同様に布が少ない。

 いまは座っているからいいが、お尻は紐が喰い込むだけの剥き出しであり、前側も三角形の布が亀裂の半分を隠すだけで、もしも陰毛が生えていたら、その半分も布で隠しはしないだろう。

 まあ、イザベラの股間は、すっかりと隣の好色男に剃られていて、童女のようにつるつるだったから、恥毛を晒しながら謁見をするという破廉恥な仕打ちだけはしなくて済んでいるが……

 

 なぜ、こんな格好で謁見をしなければならないのかという疑念は、イザベラの頭には浮かばない。

 だから、夢だということがわかっている。

 

 会話の合間に、ちらりと股間を見た。

 はっとする。

 ロウが揶揄した通り、小さな股間の下着に丸い染みができて、布の中央に縦筋が浮かんでいる。

 やっぱり、これ以上はだめだ。

 イザベラは再び脚を閉じようとした。

 

『んふうっ』

 

 そのときだった。

 イザベラの乳房や剥き出しの太腿、さらに腕や足の裏に至るまで、一斉に淫靡な愛撫が始まった。

 イザベラはぐんと身体をのけぞらせた。

 

『あっ、だ、だめだ、ロ、ロウ』

 

 なにをされたがわかる。

 地方行政官たちの面談に飽きたロウが粘性体を飛ばす能力を使って、イザベラの身体にたくさんの粘性体の破片を飛ばし、それを同時に振動を開始したのだ。

 

『や、やめいっ』

 

 とっさに身体から粘性体を払おうとしたが、手首と足首にも粘性体が発生して、椅子の手摺りと椅子の脚に固定をされてしまった。しかも、足首については粘性体で左右に引っ張られて、足をがばりと大きく開かされる。

 

『ああっ、ひいっ』

 

 淫靡な痺れに我慢できずに、イザベラは椅子の上で大きく身体を悶えさせてしまった。

 

『陛下、懸案の……地区の新規産業開発のことでありますが……』

 

 そして、イザベラの痴態など存在しないかのように、行政官たちの報告は続いている。

 だが、彼らはすでに定期報告のことなど上の空だ。

 明らかに好色な視線をイザベラに向けており、興奮して上気した顔をこっちに向けている。

 

『見るのはいいが近づくのはならんぞ。この女王は俺の女だ』

 

 ロウが行政官たちに得意気に笑いかけるのがわかった。

 そして、ロウが椅子から身を乗り出すように、イザベラの無防備な股間に手を伸ばす。

 小さな布越しに指を下から上に撫であげた。

 

「ひあああっ」

 

 あっという間だった。

 ロウの魔道のような指使いで、イザベラは一瞬にして快感を飛翔させた。

 そして、とてつもない快感が全身を駆け抜け、気がつくと、イザベラは粘性体に拘束されている身体を跳ねあげて悶絶していた。

 

『そんなに、暴れない方がいいぞ、姫様。おっぱいがぽろりだ』

 

 ロウが股間の布をずらすようにして指を二本膣の中に挿入してくる。

 達したばかりでびっしょりと濡れているイザベラの股間は、簡単にロウの指を根元まで受け入れた。

 また、ロウの言葉の通り、小さな胸の布片はイザベラの身体を暴れさせたことによって、両方とも乳首から外れてしまっている。

 

『おう』

『ほおお……』

『こ、これはなかなか……』

 

 行政官たちが息を呑むのが聞こえる。

 イザベラは羞恥に気が遠くなりそうになった。

 

『や、やめてくれ、ロウ──。みんなの前でなど、あああっ』

 

 イザベラは抗議しようとしたが、ロウが股間に挿入している指をくいと曲げて、腹に近い粘膜の部分を強く擦った。

 

『ああっ、はあああっ、いやあああ』

 

 その瞬間、またもや、稲妻のような刺激が駆け抜けて、イザベラはまたもや絶頂してしまう。

 

『仕方のない女王様だな。これはもう一度調教し直さないとね』

 

 ロウがイザベラの前に立ち、両方の太腿を抱えるようにして下半身を抱える。

 足首の粘性体は嘘のように消滅して、両脚が左右の手摺りに掛けられて、またもやそこで固定してしまう。

 

『ほ、本当に、ここでは……あっ、ああああ』

 

 イザベラは必死に抵抗しようとしたが、気がつくとロウの股間が剥き出しになっていて、勃起した怒張がイザベラの股間にあてがわれていた。

 

『んふうううっ』

 

 一気に男根を挿入される。

 そして、ずんずんと律動しながら、子宮を揺らすように動かされる。

 

『ああ、ロ、ロウ、だめだああ、あああああ、ああああっ』

 

 拘束された身体がまたもや大きく反り返った。

 全身が痙攣する。

 内腿が波を打って牽連し、それが瞬時に全身に拡がる。

 

『こらえ性の無い女王様だ。謁見の最中に三度も絶頂するとはねえ』

 

 ロウが腰を前後左右に動かしながら微笑む。

 達した身体を休めることも、快感の余韻に浸ることも許されず、さらに高見のところまで絶頂を引きあげさせられた。

 

『あはあああっ』

 

 そして、精が放たれる。

 子宮にロウの精が満たされていく……。

 イザベラは快感に気が遠くなっていった。

 

『あれっ?』

 

 すると、ロウが男根を抜きながら苦笑した。

 なにが起きたのがわかった。

 イザベラは絶頂しながら失禁していた。

 玉座にイザベラの放尿による水たまりが拡がっていく。

 

『おしっこ漏らすほどに気持ちよかったか、姫様? いずれにしても、姫様は再調教だ。女王になっても、俺の性奴隷であることは変わらないぞ』

 

 ロウが言った。

 イザベラは圧倒的な羞恥と情けなさに浸りながら、それでもロウのことが愛おしくて、放尿を続けながら首を何度も縦に振っていた。

 

『あ、ああっ、ああ……。わ、わたしは……お前の奴隷だ……。じょ、女王になっても……調教を……』

 

 イザベラはやっとのこと言った。

 すると、ロウが優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、目が覚めた。

 

 ノールの離宮にあるイザベラの私室だ。

 昼間の陽光が射していて、部屋は明るい。

 イザベラは寝台ではなく、寝椅子に身体を横たえていた。

 部屋には誰もいない。

 ひとりだ。

 陽射しの強さから判断して、(ひる)に近いのかもしれない。

 

 それで思い出したが、今朝から体調が悪くて、朝食後、身体を横にしていたのだった。

 体調が悪いといっても、病気はない。

 つまりは、つわりだ。

 

 このノールの離宮に来た頃はなんでもなかったのだが、この数日、急に吐き気を伴う気持ちの悪さに襲われるようになっていた。

 今日も朝食についても口にはしたものの、すぐに吐いてしまい、そのまま休ませてもらったのだった。

 どうやら、そのままうたた寝をしていたようだ。

 

 それはいいのだが、まさか、あんな夢を見るとは……。

 

 しかも、股間が情けないことになっている。

 夢の中でやった失禁は、そのまま現実でも同じになっていた。

 イザベラのスカートと座椅子が、寝ているあいだにやったイザベラの放尿によってすっかりとびしょびしょになってしまってたのだ。

 

 すると廊下に繋がる扉にノックの音がした。

 一瞬迷ったが、イザベラは入室を許可する。

 この歳で“おねしょ”など羞恥の極みだが、処置をしてもらわないとならない。

 どうせ、この離宮にいるのは全員がロウの女たちであり、そうではないエルザと護衛についても、十日ほど前に離宮を出ていた。

 

「悲鳴のような声が聞こえたのですが……、あっ」

 

「姫様、あらあら……」

 

 入ってきたのはオタビアとダリアだ。

 侍女団のふたりであり、オタビアはカロー子爵家の令嬢であり、ダリアはオタビアに仕える専属侍女という主従である。

 もちろん、ロウの愛人のふたりだが、オタビアは全身性感帯という奇妙な身体をしていて、いまも肘の上まで隠れる薄い手袋をしている。肌が鋭敏すぎて、なにかが触れてしまうと、途端に性的快感を覚えるらしい。

 ロウはことのほか、そのオタビアの性質を気に入っていて、王都にいる頃は夜這いの度に、オタビアの身体をくすぐって、彼女の嬌態を愉しんでいた。

 

 また、ロウの精を注がれることによって覚醒した能力は、オタビアが『洞察力』で、ダリアが『記憶力』らしい。ロウが以前にイザベラに教えてくれていた。

 そのとおり、ふたりとも侍女としてだけでなく、イザベラの王太女執務を支える女官としてなくてはならない戦力だ。

 それはともかく、イザベラがおねしょをしたということは、オタビアの洞察力を要するまでもなく、丸わかりだろう。

 イザベラは隠さないことにした。

 

「すまない。夢の中にロウ殿が現われてな……。それで犯してもらったのだが、気持ちよすぎておしっこを漏らしたようだ。綺麗にしてくれるか」

 

 イザベラは自嘲気味に笑いながら立ちあがる。

 それで気がついたが、居眠りの前には、あんなに気持ちが悪かった身体が、すっかりとよくなっていることに気がついた。

 ロウは、愛人にした女の負傷を癒したり、体調を良くしたりできるという不思議な能力があることは知っているが、どうやら、夢の中であってもそれは健在のようだ。

 イザベラは苦笑してしまった。

 

「それは羨ましいです。夢でいいから、ロウ様にお会いしたいです」

 

 オタビアが汚れたイザベラの服を脱がしながら言った。

 一方で、ダリアは椅子と床を掃除用に布で拭くと、イザベラの身体を洗うための湯を取りにいった。

 

「だが鬼畜だぞ。夢の中では、わたしは王位を継いで謁見をしていたのだが、会見に飽きたロウ殿が人のいる前でわたしを犯しだしたのだ」

 

 イザベラは服を脱がせてもらいながら笑った。

 やがて、ダリアが戻って来て、全裸になったイザベラの身体を湯に浸した布で拭いてくれだす。

 イザベラはされるがままになっている。

 

 いずれにしても、イザベラも侍女たちも、立場や階級は天と地ほどに違うものの、ロウが毎晩のように夜這いをして、当たり前のように全員を連続で目の前で抱いていくので、いまや、すっかりと気心が知れた仲良しだ。

 さすがに、ロウの前であらゆる痴態を見せ合っているのに、取り繕っても仕方がない。

 鬼畜で好色なロウの悪戯で、お互いの放尿どころか、排便も見せ合っている。

 だから、王太女のイザベラが昼間から尿を漏らしてしまったとあっても、取り繕うことを必要とせずに、世話をお願いできる。

 

「ところで体調はいかがですか? お食事は? 軽いものをお持ちしますか?」

 

 身体を拭いてくれているダリアが言った。

 実のところ、イザベラのつわりが始まってから、今日のような淫夢を見るということが幾度かあった。

 そして、淫夢の後は、なぜか身体の具合がよくなり、吐き気も消えて、衰えていた食欲が増すのである。

 だから、今回もそうではないかとダリアが訊ねたということだ。

 

「頼む。やはり具合がいい。ロウ殿はやはり不思議な男だな。夢に出てきても、女の身体を癒してくれる」

 

 イザベラは笑った。

 やがて、身体を拭き終わり、清潔な下着と衣服に着替え終わった。

 乱れていた髪を整えてもらい、そのあいだに、またもやダリアが一度部屋を出ていく。

 イザベラはテーブルに腰をおろす。

 しばらくして、台車に載せた食事が運ばれてきた。

 

「体調が戻ったんだって?」

 

 食事と一緒に部屋に入ってきたのはアネルザだ

 アンとノヴァもいる。シャーラもだ。

 

「また、ロウ殿の夢を見たのだ。すると吐き気も消えて、いい感じになった」

 

 イザベラはオタビアとダリアの給仕による食事を続けながら言った。

 アネルザたちは、食事をしているイザベラのテーブルを囲むように座った。

 ひとりで食事をするなど、これも儀礼には反するのだが、先日やって来た通いの女医も、またアネルザも、つわりのときには食べられるときに食べることが大切だと言ってくれていたので、そうすることにしている。

 妊娠初期にはつわりというのは珍しくないことなのだが、食欲がなくて食べれないということは問題なのだという。

 従って、食べれるときには、なんでもいいから口にしろと言われていた。

 

「だけど、不思議なものだねえ。夢に出てきたロウ殿にいやらしいことをされると、つわりが消えるなんてねえ」

 

 アネルザが笑った。

 イザベラのつわりが時折の淫夢と引き換えに、消えることをアネルザも知っている。

 

「わたしにもわからない」

 

 イザベラは食事を続けながら言った。

 一方でそのアネルザをはじめとして、アンやシャーラの前に紅茶が並べられていく。

 給仕をしているオタビアとダリアの代わりに、ノヴァが全員の分のお茶を入れて並べてくれたのだ。

 お茶については、食事を運んできた台車に、準備の終わったお茶の一式が乗せられていたものである。

 また、お茶については、アネルザたちだけでなく、ノヴァを含め、給仕をしているふたりの分もテーブルの端に並べられている。

 

 ロウの女については、階級など無関係に、全員が対等──。

 そんな不文律が浸透していて、いつの間にかひとつの家族のように過ごすようになっていた。

 侍女たちと同じテーブルを囲むなど、ロウが全員を自分の愛人にしてからの習慣だが、イザベラはそれを非常に好ましいものに感じていた。

 

「ところで、アン姉様はつわりはないのだな? 羨ましいことだ。もしかして、わたしのようにロウ殿が夢の中に出て来て、体調を戻してくれたりしてくれているのだろうか?」

 

 イザベラはアンに視線を向けた。

 アンもイザベラも、ほとんど同時にロウの子を宿した妊婦仲間だ。

 イザベラは、ずっと体調がいいのだというアンを羨ましく思っている。

 また、アンにぶつけた質問は、まったく思いつきだ。

 まともな返事を期待しているものではないし、ただ鳴っているだけの言葉のようなものだ。

 しかし、なぜかアンだけでなく、ノヴァまで急に顔を真っ赤にした。

 あまりの劇的な表情の変化に、イザベラは首を傾げた。

 

「ゆ、夢には出ないわ……。だ、だけど、ロウ様の存在に触れることで、夢の中の影であっても、わたしたちをロウ様が守ってくれるというのは同意するわね」

 

 アンが言った。

 だが、イザベラには、アンの言葉の意味が全く理解できなかった。

 さらに首を傾げてしまった。

 

「それよりも、お前の体調が戻ったら、相談しようと思っていた」

 

 すると急にアネルザが深刻な口調でイザベラに話しかけてきた。

 

「相談?」

 

 イザベラは食事の手をとめて、アネルザに視線を向けた。

 

「すまない、イザベラ」

 

 アネルザが座ったままがばりと頭をさげた。

 呆気に取られていると、シャーラが宙から取り出す仕草で二通の手紙を取り出して、イザベラの前にすっと置く。

 二通とも、封が切ってある。

 

「すまないとはなんだ、王妃殿下?」

 

 イザベラは訊ねた。

 

「読み違いだ。どうやら、戦争になる」

 

 頭をあげたアネルザは言った。

 イザベラは驚いた。



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408 不毛な話し合い

「戦争? 辺境候のことか、王妃殿下?」

 

 一瞬驚いたが、イザベラはすぐに冷静になった。

 食事を再開する。

 

 実のところ、アネルザが、この件でこうやって頭をさげるのは二度目になる。

 こっそりと持ち出していた数少ない王家の通信連絡用の護符で遠い実家と連絡を取り合っているようだが、またしても、望む返事を得られなかったに違いない。

 とにかく、王都の状況がミランダとベルズ、そして、この離宮から出立して王都に入ってくれているマアからの、それぞれの手紙で知ることができたのは五日ほど前だ。

 

 サキの役割は、王宮にいる国王のルードルフを操り、監禁したうえで、テレーズという女官と組んでやりたい放題の悪政を強要して、悪王として断罪されるように導くということだ。

 まあ、それはアネルザたちの思惑のままのようだが、サキはひとりで暴走して、勝手に内乱を起こそうとしているという。

 つまりは、あのチャルタとやらをアネルザの実家の辺境候のところに派遣し、ルードルフに対する叛乱軍を集めさせているということだった。

 

 ロウへの捕縛命令を出したことに起こったアネルザとサキが、ミランダやスクルズと結託して、ルードルフ王を王位から引きずり落とすという算段をしたというのは、すでにわかっている。

 肝心のイザベラを抜きにして、おかしな企てを開始したということに対しては、驚くとともに唖然としたものだったが、一応は腹を括りはした。

 

 しかし、あれから王都に戻ったサキは、いまは、ミランダやベルズと決定的な仲違いをして、単独で王宮に籠城している状況なのだという。

 一応は、表向きには、王宮は機能していることになっているのだが、ミランダたちからの手紙によれば、いまや外からの連絡を完全に遮断し、サキが呼び込んだ魔族の眷属たちとともに、王宮を占拠しているという。

 さらに、王都にいた貴族の令夫人や令嬢を「人質」という名目で集め、日夜、性奴隷の調教を継続しているらしい。

 サキの言葉によれば、ロウが王都に戻ったときに、性奴隷として差し出すのだそうだ。

 とても、本当のこととは信じられない。

 

 なんで、そんなとち狂ったことになったのか知らないが、サキはロウをハロンドールの王位につかせる気満々らしく、しかも、アネルザが王位を、譲渡させるための連判状の作成のために動かした有力地方貴族集団をそのまま反王の呼びかけにもとに集める叛乱軍にしたてあげてしまったとのことだ。

 その辺りには、妖魔将軍こと、サキの集める眷属たちの力が及んでいる可能性が高いだろう。

 

 確かに、いまのルードルフ王の行いは、貴族たちを失望させ、反王ののろしをあげさせるのに十分なものだ。

 相次ぐ流通の破壊施策で王都を食糧難に陥らせ、王都及びその周辺住民を大混乱に陥らせた。

 また、テレーズという新しい寵姫を喜ばすために、臨時の重税をかけまくり、王都の住民の生活を一気に苦しくさせた。

 まだ、イザベラが王都から離れさせられた短期間のことであるのだが、いまや王都から逃散する者が跡を絶たないらしい。

 

 そして、二公爵の処刑に始まるスクルズ処刑の茶番だ。

 スクルズが王に殺されて、死体が王都広場に晒されたという第一報には度後も抜かれたが、続く第二報で真相が伝わり、完全に呆れてしまった。

 とにかく、おかしな芝居のために、大勢の死人が出てもおかしくなかった暴動が起こった……。

 ベルズの機転で、奇跡的にもすぐに鎮静して収まったらしいが、イザベラからすれば、なにをしているのだと非難したい気分だ。

 

 そして、そのスクルズは、“スクルド”と改名したという言葉を残して、いまや、サキとともに王宮側に閉じこもっているという。

 スクルズ、いや、スクルドにも、ミランダやベルズたちは連絡が取れないらしい。

 まったく、どうなっているのか……。

 

「そうだ……。わたしのつまらない思いつきで、とんでもないことになりそうだ。まさか、戦争など……」

 

 いつもの闊達さが消えて、アネルザはすっかりと意気消沈している。

 国王を王位からおりさせることは考えていても、内乱を起こすつもりなど、毛頭なかっただろう。

 それは、イザベラもわかる。

 

 ハロンドール王国で最後に内乱が起きて、七十五年はすぎている。

 そのときには、二十以上の上級貴族が消滅し、王族に連なる多くの家系が途絶えた。

 いまのハロンドール王家の王族が極端に少ないのも、それが影響だ。

 多くの国民が悲惨な憂き目に遭った。

 外国との防衛戦争であれば、自分たちの土地や家族を守るための戦いなのだから、まだ救われるかもしれないが、内乱はお互いの殺し合いだ。

 そんな内乱を好んでやろうなど馬鹿げている。

 アネルザも騒動を起こそうとしても、内乱に発展させようなどと夢にも考えていなかったというのは当然だろう。

 しかし、いつの間にか、サキが独走して、一気におかしなことになってしまった。

 

 だが、だからといって、サキを責める気には、イザベラにはならない。

 サキはロウの愛人のひとりであり、ロウはその魔族のサキをイザベラたちとまったく同じように扱い、同様に愛の行為をしていた。だから、慣れてしまっていたということもあっただろうが、やはり、サキは魔族なのだ。

 一般に魔族は、強い肉体と魔道力を有するが、権謀術数には不慣れで、強者が弱者を支配するという単純な社会構造だ。

 そのことで、好戦的な種族と見なされるらしいが、サキなどを見ればわかるが、根は単純で素直だ。

 サキは素直にロウを慕っているし、妖魔としてはかなりの格上の存在でありながら、ロウのためにルードルフ王の寵姫として後宮に潜入したりするのだ。

 なにしろ、いまの王の後宮といえば、寵姫といっても性奴隷同様であり、王の寵愛があるあいだは大切に扱われるが、気儘な王が心変わりすれば、すぐに放逐される奴隷でしかない。

 サキのような性格であれば、その立場だけで屈辱ではないだろうか。

 だが、サキはロウからの頼みということだけで、気にしていないみたいだったし、それなりに愉しく過ごしている感じであった。

 それについては、イザベラはひそかに感嘆もしていた。

 

 いずれにしても、人間族とは異なる思考を持っているということだ。

 そのサキをよりにもよって、宮廷工作を担当させたというのは、どう考えても人選の失敗だろう。

 イザベラとしても、今回の一件に対し、受動に徹して、主動的に関与しなかったということに大きく後悔をしている。

 まあ、イザベラが積極的に加わったとしても、事態に変化があったとは思えないが……。

 

「王妃殿下、気に病むことはないと言いたいが、いまは謝ってもらっても仕方がない。とにかく、どうするかを考えよう。だが、辺境候を手紙で説得するのは無駄だろう。おそらく、サキ殿の手が伸びているだろうしな」

 

 イザベラは溜息とともに言った。

 ミランダたちからの情報で、サキの暴走を知ったアネルザは、すぐに辺境候に軽はずみな行動はやめるように、魔道を遣った緊急の手紙で諫めたらしいが、辺境候の返事は、悪王ルードルフに正義の鉄槌を下すの一点張りらしい。

 おそらく、二度目の手紙の返事も同じだったのだろう。

 

「とにかく、すまない、イザベラ。わたしたちの軽はずみが大きな騒動になりそうだ」

 

「国王を引きずり落とすという最初の計画の時点で十分に大騒ぎだがな」

 

 イザベラは苦笑した。

 アネルザはきまり悪そうな顔になる。

 

「ところで、二通目の手紙は?」

 

 イザベラは訊ねた。

 アネルザが手にしていたのは、二通の手紙だ。

 ひとつは、辺境候からの返事だとして、もう一通ある。

 アネルザがシャーラに手紙を手渡し、それをシャーラがイザベラに渡した。

 

 もう一通はマアからだった。

 さっと目を通したが、王都情勢の近状を伝えるものであり、目新しい情報はない。強いてあげれば、スクルズを改めスクルドが捕まらないという話くらいだろう。

 サキとの交渉を一方的に打ち切られたミランダたちは、強力な魔道で王宮自体を封印して外部との接触を立っているサキと、なんとか接触をしようと努力しつつも、一方でスクルドを見つけようとしている。

 ところが、サキ同様にスクルドもまた、身柄を捉えられないみたいだ。

 

「いまのところ、サキ殿の暴走を抑える手立てが見つからないということか」

 

 イザベラは手紙をシャーラに戻した。

 

「とにかく後宮については完全閉鎖だよ。王宮の中までは出入りの業者や官吏に扮して潜入できないことはないけど、官吏には国王の名で一方的な命令が届くだけで、後宮に入れる者はないみたいさ」

 

 アネルザが困惑した表情で言った。

 

「余計な話は耳にしたくないという態度なのだろうな。ベルズとミランダは、余程にサキ殿を怒らせたのだろう」

 

 イザベラは言った。

 

「やはり、わたしが乗り込む方法を考えるよ。なんとかしてね……。わたしなら、後宮に強引に入れる。もともと、後宮は王妃の管轄なんだ」

 

「王妃殿下は、監獄塔に収檻されていることになっているのであろう。王宮に姿など出せるものか」

 

 イザベラは呆れて言った。

 もっとも、このノールの離宮そのものも、サキの手配で、スカンダという幼女姿の妖魔の能力によって、イザベラやアネルザたちと侍女たちの全員が敷地外に出られないように結界を掛けられている。

 実をいえば、シャーラたちに命じて、普段は姿を隠しているスカンダを捕縛させ、それができなければ、可哀そうだが処断するように指示をしたこともある。

 離宮周囲に駐屯しているライスに命じて、妖魔の能力を封じる『魔族封じの秘薬』というものを離宮内に持ち込ませもした。

 手配をしたのは、一時ここに立ち寄ったマアだ。

 マアがそういう正面の研究開発が進んでいるタリオから入手して、ここに運ばせるように処置していったものだ。

 ライスにはそれを受け取り、離宮に届けさせた。

 

 だが、駄目だった。

 姿を見せないものの、スカンダは離宮に近づくものをすべて見張っていたようであり、突然に出現して、「サキ様から命令を解除されない限り、離宮の外に出すことはできないから、罠にひっかかることはできないの。ごめんなさい」と悲しそうに語りながら、イザベラたちの目の前で、秘薬の瓶を消滅させられてしまった。

 あのときは唖然としたものだった。

 

 しかし、逆にスカンダのおかげで助かったこともあった。

 この離宮を賊が襲ったのだ。

 二度もだ。

 かなりの熟練集団らしく、軍隊で囲んでいる離宮の警備をものともせずに、十人ほどの集団で建物内に潜入しかけたのである。

 ところが、それを阻んだのが、スカンダの結界だ。

 透明の膜にとらわれるように胴体を宙に固定されて動けなくなっているのを発見されたときは驚愕したものだ。

 ただ、全員が身動きできなくなった時点で毒で自害をしていた。

 いずれも身柄を発見されたときには、死体の状態だった。

 このことでも、熟練集団だと断定できはしたが……。

 

 なんのために離宮に潜入しようとしたかはわからないが、推測できるのは、イザベラかアネルザの誘拐だ。

 この離宮にいる重要人物といえば、王太女のイザベラか、王妃アネルザだからだ。

 ただ、アネルザがここにいるのは、ほとんど知られていない事実である。

 だから、短期間で二度にも及んだ賊徒の目標は、イザベラだと思っていい。

 

 そうであれば、その目的は何か?

 いまの情勢でイザベラを誘拐しようとする勢力はどこか?

 任務に失敗した瞬間に、全員で命を絶つほどの集団だ。

 まあ、これについてのイザベラたちの見解は概ね一致している。

 いま、国内の情勢でイザベラを狙う勢力があるとは考えにくい。

 おそらく、タリオのアーサーだ。

 

 もともと、イザベラを形式婚で婚姻を結ぼうと考えていたくらいであり、そのために、ルードルフ王の求めに応じて、エルザと離縁をして送り返しもしている。

 まあ、堕胎などというとんでもない陰謀付きであったが……。

 

 王宮でサキがルードルフ王を監禁状態にしてからは、外交交渉なども完全に中断しているだろうから、タリオからすれば、要求に応じてエルザを返したのに、肝心のイザベラとの婚姻話については、一方的に断ち切られているかたちだろう。

 だったら、警備の薄い離宮から強引にイザベラの身柄を確保してしまおうくらいは、アーサーであれば考えるのかもしれない。

 

 そして、賊徒の潜入騒動により、命を狙われる可能性を考えたとき、イザベラはまず第一にお腹の子の安全を考えてしまった。

 タリオの手の者からすれば、イザベラを(さら)って人質状態にするのは狙っても、イザベラそのものを殺すことまでは考えないとは思う。

 タリオがいまイザベラの命を奪うことで、得するものなどない。

 しかし、誘拐をされてしまえば、お腹の子の安全は確保できない。

 なにしろ、彼らはエルザの侍女たちを使って、イザベラとロウの子供を殺そうと考えたくらいなのだ。

 そう思ったとき、イザベラは、いま無理に危険を冒すことを考えなくなった。

 サキの送り付けたスカンダは、イザベラの行動の自由を奪ってはいるが、安全も確保してくれている。

 とにかく、ほっとした。

 だから、現段階においては、イザベラはスカンダを積極的に排除しようという意思はなくなっていた。

 

「とにかく、サキをなんとかしないと……。あいつは、迎え撃つ王軍の指揮を無理矢理に国王にでもさせるつもりかもしれない。辺境候軍側でロウを担いでからね……。ロウが王軍を壊滅させれば、ロウが王になるくらいの頭しかないのよ。姫様が王になるということと、ロウが王になるということの違いも理解してないみたいだ」

 

 アネルザが溜息をついた。

 

「時間はある。サキ殿もロウ殿の身柄を確保する前には動くことはない。つまり、サキ殿よりも早くロウ殿を確保できれば、辺境候軍が動くことはないということだ。ロウ殿なしで戦を起こしても、目的は達成できないしな」

 

 イザベラは、シャーラに手で合図をした。

 空になった食器をシャーラがさげて、代わりに麦を煎じた温かい茶が目の前に置かれる。

 イザベラはそれを手に取る。

 

「なんとか、暴走しているサキ殿との話し合いを実現することを目指すとともに、ロウ殿を先に押さえる算段を探すべきですね」

 

 シャーラだ。

 すると、アネルザが大きく頷く。

 

「ロウを確保する役目はスクルズが担うことになっているみたいだ。あたしにもわからないけど、神殿長としてのスクルズの存在を抹消したのは、その狙いがあったみたいだしね」

 

「そのことだが、スクルズは信頼できるのか? 今回のことでは全く信頼できないぞ、王妃殿下。そもそも、むかしから、スクルズはロウ殿のことになると、常識のたがが外れることが多かった」

 

 イザベラは口を挟んだ。

 アネルザも困った表情になる。

 

「そうは言ってもねえ……。まあ、ロウについては、ミランダが冒険者ギルドを動かして、連絡をつけようとしているみたいだけど、ナタル森林には冒険者ギルドがほとんど入ってないんだ。支部は、エルフ族の首都のエランド・シティくらいらしいし……」

 

 アネルザが言った。

 ロウが向かったのは、確か、「褐色エルフの里」という肌の黒いエルフ族の集落だったはずだ。

 エランド・シティは、その里からさらに奥地のはずだから、ロウを冒険者ギルド系統で捕らえるのは難しいだろう。

 だとしたら、やはり、ロウを捕まえられるのは、もう一度ハロンドール王国の国境に戻るときということになるか……。

 

「あのう……」

 

 そのときだった。

 ずっと黙っていたアンが口を挟んできた。

 

「んっ、どうしたのだ、アン姉上?」

 

 イザベラはアンを見た。

 

「みんなが困っていること……。どうしていいかわからないこと……。どうしようもないこと……。やっぱり、全部、ご主人様……いえ、ロウ様なら、なんとかしてくれると……。だから、わたしたちはただ待てばいいと思うわ。いまは、ただ待つ……。それが一番いいと思う。動いても仕方がないときもあるわ」

 

 アンが言った。

 

「ただ待てばいい?」

 

 イザベラは、なんと言い返せばいいか困ってしまった。

 この状況でなにもしないということはありえない。

 ハロンドールという王国の行く末と、国民の安寧がかかっているのだ。 

 

「あ、あの、あたしも……同じ意見です……。どんなことでも、ロウ様ならなんとかしてくれると思います。ロウ様はすごい人ですから」

 

 今度はノヴァが言った。

 

「まあ、とにかく早く帰ってきて欲しいものだよ。だが、戦になるのは避けないとねえ。ロウに合わせる顔もないし」

 

 アネルザが言った。

 

「でも、いまは任せましょう、イザベラ。王都にはエルザも行ったし、ミランダもいる。そして、ロウ様は信頼できる……。いまのイザベラは、ロウ様の子供を守ることを第一に考えるべき……。わたしもそうするわ」

 

 すると、アンが柔和な微笑みを浮かべて言った。

 

「任せることが必要か……?」

 

 イザベラは大きく息を吐いた。



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409 円卓の会議(その1)【タリオ公国】

「マーリンがハロンドールの王都で死んだ」

 

 アーサーは、タリオ公国の大公宮の会議室で部下に向き直って言った。

 円卓を囲む三人の部下の眼が驚愕によって大きく開かれた。

 

 伯父である前大公の時代には、この場所は会議室とは名ばかりであって、大公の部下が報告をして、大公が命令を与えるためだけの場所だった。

 だが、地位を継いだアーサーは、自分が部下の意見に耳を傾ける大公であることと、ここが話し合いをする場所であることを示すために、テーブルを円卓にさせた。

 円卓を囲む者に上下はないという意味だ。

 また、上座と下座を不明確にするために、アーサーも毎回異なる場所に座っている。

 

 今日の会議の場にいるのは、ガラハッド、ランスロット、タゴネットだ。

 彼らはアーサーが使っている大公顧問官であり、現在のタリオ公国は、アーサーと彼らが国を動かしている。

 いま集まっているこの四人ともうひとり、ここにはいない公国の筆頭魔道師のマーリンで国のすべてを決めていた。

 

 しかし、マーリンを除いて、全員がまだ若い。

 ランスロットが最も若くて二十七歳で、ほかも三十代だ。

 また、貴族出身は、ランスロットだけであり、ほかの三人は庶民出身である。

 貴族であろうと、なかろうと、庶民であっても、そうでなくとも、使える者は使い、使えない者は切り捨てる──。

 これがアーサーのやり方だ。

 

 先代の大公も私的な相談役として、能力のある庶民を活用していたが、アーサーがそれを引き継いで、さらに発展させたかたちである。

 つまり、アーサーは自分の代になってからすぐに、彼らを「大公顧問官」という正式の役職とし、公国の重鎮にしたのだ。

 それとは反対に、貴族であるからという理由で、能力に不相応な役職にある者は、これを閑職に回して権利を奪い、あるいは理由をつけて排斥し、貴族そのものの数を減らしたりもした。

 

 これには軋轢もあったが、時間をかけてアーサーは、伯父の代まで巣食っていた公国の「無駄飯くらい」たちを排除した。

 無能はアーサーが一番嫌いな害虫だ。

 特に、金のかかる無能はすぐに排除しなければならない罪悪だ。

 しかし、七年かかった。

 

 だが、成功した。

 また、権力を奪ったのは、古い貴族たちだけではなく、実力のない顧問団もそうだ。 

 顧問官にしても、先代の代から使っているのはマーリンだけだった。

 ほかはアーサーが能力を見込んでとりあげた連中である。

 先代の手垢のついているものは、ほとんど入れ替えてやった。

 

 とにかく、アーサーは無能が嫌いだ。

 例えば、先代のときに諜報要員をまとめていたビビアンだ。

 優秀という評判だが女だ。

 アーサーは重い役職に女は使わない。

 女というものは、ただ男に媚びを売り、やかましくまとわりつくだけの存在であり、一般に頭はよくない。

 しかし、ビビアンという女は、例外的に有能な女だった。

 功績もあり、ずっと部門の長として使っていて、先代時代から功績もあり、それなりの評価されていた人物を、女だという理由だけで排除はできない。

 だから、アーサーは機会を狙っていた。

 

 なにしろ、女というものは、優秀な男を飾るための装飾のようなものであり、必要だとは思うが、装飾品を使って仕事をしようとは誰も思わないだろう。

 しかも、あの女の股の緩さは有名だ。

 アーサーがもっとも嫌う女の手合いだ。

 

 そして、やっと、先日、重鎮からビビアンを排除することに成功した。

 以前、屋敷妖精を連れてこいという特殊命令を与えて、その失敗を理由に顧問官の立場から降格をしたのだ。

 もちろん、あんな任務、成功しないのは最初からわかっていた。

 即ち、失敗を前提とした任務だ。

 いまは、この円卓会議にビビアンの席はない。

 直属の重鎮からは外し、ビビアンがまとめていた諜報員もマーリンとガラハットに分けて管理させていた。

 もっとも、ひとりの諜報員としての実力はあるので、実行部隊の組織の長としての立場は、いまも与えている。

 

 とにかく、国の運営の実体はこの円卓だということだ。

 マーリンを含めた五人で話し合ったことを、指示としてそれぞれの役割の者にやらせているだけだ。

 ほかの連中は手足であり、単なる道具である。

 国の運営については、すべて五人で決定する。

 正式の会議もあるが、あれは単なる儀式にすぎず、意味のないものだ。

 この円卓会議こそ、タリオのすべてなのだ。

 

 そして、それぞれに役割もある。

 ここにはいないマーリンは、筆頭魔道遣いでもある上級魔道遣いだ。

 貴族工作を担当し、ほかに、さまざまな特殊工作を任せていた。

 最近は、ハロンドールに潜入し、あそこの王宮を監視し、裏から支配をしてしまう企てをやらせていた。

 

 ガラハッドは民事だ。

 特に種族問題。タリオ公国にも増えている獣人どもの排除についての処置もやらせている。

 一方で、カロリック内において獣人どもを暴れさせて、種族問題を扇動し、国を傾けさせたのも、ガラハッドの手腕だ。

 あの国はもはや、風前の灯だ。

 政権争いも激しく、老いた大公が死ぬと、男子の後継者たちがお互いに殺し合い、若い大公女が地位を継いだ。

 種族差別で荒れる国内を統治する能力などあるわけがなく、あの国は早晩、タリオが吸収する予定である。

 

 ランスロットは、デラク伯爵家の者だが、爵位相続に関係のない五男である。

 軍事全般を担任し、特に、いずれ併合する予定のカロリックについての侵攻準備の中心的な役割をやらせている。

 アーサーが軍事行動を起こす次の対象として、カロリックを考えているからだ。

 そして、アーサーの腹心でもある。

 常に一緒に行動し、通常は護衛の役割も任じている。

 

 そして、タゴネットは流通だ。

 こいつの最大の功績は、タリオ公国にあった商業ギルドを廃止させて、自由流通制度を導入したことだろう。

 二年前のことであり、その劇的な改革を、タゴネットはギルド商人たちに利を示して説明し、根気よく説得することで受け入れさせた。

 いまや、タリオ公国だけでなく、カロリック公国やデセオ公国、大陸の西側にあって大陸の外とも商売をしている西海岸諸国にまで自由流通は拡がっている。

 これにより、タリオを含めた三公国及び西海岸諸国間の流通は活発になり、結果的に税収も飛躍的に上昇もしている。

 特に、自由流通により西海岸諸国の利益を呼び込めたのは大きかった。

 この数年における最大の功績がタゴネットだ。

 国力もうなぎ昇りとなった。

 

 理由があって中断させているが、ハロンドールの旧態依然の商業ギルド態勢に、自由流通を送り込んで、あそこの流通を支配してしまう企てを実行させていたのも、このタゴネットだ。

 見た目はぱっとしないし、喋るのが得意ではなく、こういう会議の場での発言になると説明が下手になるが、流通についての能力はすごい。

 この数年で、ここまでタリオの国力があがったのは、間違いなくタゴネットの力だ。

 

 今日、三人の全員を集めたのは、ハロンドール王国で起こったことを説明するためだ。

 

「い、いまなんと?」

 

 ガラハッドが代表するように、最初に声をあげる。

 

「マーリンは殺されたようだ。ハロンドール王国に潜入して、王宮支配の工作を実施させていたが連絡を断っていた。だが、やっと複数の情報から、殺されたことが確認できた。それだけでなく、王都に潜入していた諜報員は、ほとんどが殺害されている。一夜にしてほぼ当時にだ」

 

 アーサーは言った。

 全員が唖然としたままだ。

 

「それは確かなことか?」

 

 ガラハットに次いで、ランスロットが声をあげた。

 タゴネットは、まだ信じられない顔で絶句している。

 

「事実だ。そういうことには鈍い国だと思っていたが、今回はしてやられたな。こっちが大勢の諜報員を送り込んでいることを察知していて、泳がされていたと判断していいのだろうな。いずれにしても、マーリンのやってきたあっちの宮廷工作は失敗した。そして、今後の対応を決めなければならん」

 

 マーリンのことは残念だ。

 しかし、それよりも重要なのは、今後のことだ。

 

 マーリンを殺した以上、アーサーがやっていたことは見抜いてしまったと思っていいだろう。

 だが、現段階で、なんの抗議のような行動はない。

 完全に黙殺し、あっちの宮廷は沈黙を保っている。

 

 詳細は承知していないが、マーリンは、あのハロンドール国王のルードルフの寵姫として、マーリンの息のかかった女を送り込んで、ルードルフを闇魔道で支配しようとしていたはずだ。

 定期報告では、その工作は完全に成功し、操られたルードルフの悪政によって、あそこの王都は大変な状況に陥っている様子だった。

 

 こちら側の仕掛けで混乱をさせた流通の悪化による物価の高騰と、それに重なった重税などにより、王都では暴動も起きている。

 そして、国王と貴族の溝も発生し、地方貴族たちが堂々と反王の旗を掲げ、まさに内乱勃発寸前という状況になった。

 アーサーが仕掛けたハロンドール工作は、想像以上の効果をあげていた。

 カロリックに仕掛けている謀略と近似のものであり、カロリックの併合が終わった段階で、本格的にハロンドールに相対するために、弱らせるだけ弱らせる算段だった。

 それに、いま考えているカロリック侵攻に介入されないための措置でもある。

 

 だが、マーリンは失敗した。

 こうなった以上、ハロンドールは断固たる報復をするのは間違いないと思う。

 いまは、離間工作が効いて、国内が内乱寸前になっているから、タリオに対しては静観の対応であるのかもしれないが、それが収まれば、全力で牙を向けてくるのは間違いない。

 そうなっても負けるとは思わないが、カロリックへの侵攻を考えている現状では、下手をすれば二正面作戦になる。

 さすがに、カロリックとの衝突の途中で、ハロンドールに後ろから侵攻されれば、アーサーにも打つ手はない。

 むしろ、その状況を待っているのか……?

 無能だと断定していたルードルフ王だが、実は隠れた策士でいるのだろうか?

 とにかく、大勢の諜報員を潜入させ、国王に闇魔道をかけたことまで知っていて、完全な沈黙は不気味すぎる。

 まさか、タリオの謀略を見抜かぬまま、マーリンをはじめ、一網打尽にしたことはあり得ないだろう。

 なにを考えているのか……?

 

「ハロンドールへの宮廷工作は露呈したと考えていいだろう。それを前提に対応を考える」

 

 アーサーは言った。

 三人が頷く。

 

「ハロンドールからはなにか?」

 

 ガラハットだ。

 アーサーは首を横に振った。

 

「なにもない。気味の悪いほどな。いまは、マーリンが殺され、諜報員が一度に処断されただけだ。ほかに動きはない。表向きはハロンドールの王宮は、まるで眠っているかのようになにも動いていない。外交上の連絡にも、まったく反応はない」

 

「向こうは内乱寸前の状況です。王妃が捕らわれたことで、王妃の実家のマルエダ辺境候が反王の旗を挙げて、諸侯の兵を集めています。その状況で闇魔道遣いや大勢の諜報員を王宮に送り込んでいたことが発覚したのですから、当然になにかの対応をするのが当たり前です。だが、なにもないとは……?」

 

「なにもない。完全に沈黙だ、ガラハッド。俺は時機を待っているのだと考えている」

 

「面倒ですな」

 

「面倒だ。だが、相手に主動をとられるのは性に合わん」

 

 アーサーは静かに言った。

 状況を打破しようと、工作部隊をイザベラ王太女のいるノールの離宮に送り、身柄の誘拐を図ろうと考えたが、そっちも完全な失敗に終わった。

 王都に比べれば、遥かに警備の低い離宮だとわかっていたので、失敗はないと思っていたが、二度の襲撃はいずれも失敗に終わっている。

 タリオの特殊兵は全員が捕らわれる前に自害したようだ。

 

「こうなってしまっては、エルザを早々に返したのは失敗だったな。連絡をして、タリオに戻すか。あんなのでも、人質の価値はある。不本意だが恋文もどきでも送るか」

 

 アーサーは苦笑した。

 エルザとの離縁に応じて帰国させた段階では、イザベラとの形式婚がほぼ決まりの状況だった。

 ルードルフ王は、アーサーとイザベラの婚姻に応じて、国同士の条件を練っている状況だったのだ。

 そのハロンドール側の条件が、すでにアーサーと政略婚で嫁いでいたエルザの返還だった。

 アーサーは承諾し、別れたくないとすがるエルザを突き放し、ついでに、ある工作を指示して、イザベラのところに送った。

 

 ただ、アーサーがエルザに指示した工作も防がれたのかもしれない。

 失敗してもともとのことだったので問題はないが、エルザにつけていた見張り役の女工作員との連絡が切れている。

 こっちも見破られて、処分されたのかもしれない。

 エルザそのものの居場所もわからなくなった。

 離宮襲撃前に送ってきた特殊工作部隊の報告では、離宮にはエルザもエルザの侍女もいなくなっているということだった。ただ、それが正確な情報かどうかも、その部隊そのものが全滅させられたので、現時点で不明である。

 アーサーが声をかければ、あいつはまだ未練があるようだから、祖国を裏切ってもこちらに戻るとは思うが、居場所がわからないことには、連絡がとれない。

 とにかく、ハロンドール工作は、マーリンに一手に任せていたので、情報が寸断されてしまった。

 

「エルザ妃が自発的に戻ることはないだろう、アーサー」

 

 ランスロットがぼそりと口を開いた。

 貴族社会の中で昔から知っていたということから、アーサーは、ランスロットにだけは、対等の口調で物言いをすることを要求していた。

 それはともかく、ランスロットは、以前から、アーサーがエルザやエリザベートに冷たすぎると批判をしていた。

 だから、今回のことも、突然にエルザを国から追放するように、ほとんど身ひとつでハロンドールに戻したことに不満気だった。

 だが、エリザベートはともかく、エルザは完全にアーサーに惚れている。

 従って、ハロンドール工作員のひとりとして、早々に向こうに送ることにしたのだ。

 ランスロットは、それがわかってない。

 

「向こうで監禁されているか? だが、あれの取り柄はなかなかに、あざといことだ。俺がタリオに戻ることを望んでいることを知れば、隙を見つけて脱走するだろう」

 

 アーサーは笑った。

 しかし、ランスロットは首を横に振る。

 

「タリオにおいて、エルザ妃の扱いはよくなかった。好んで帰国などするわけがない。ましてや、ハロンドール王宮の意思に逆らって? ありえない」

 

「それが女というものだ。まあいい。エルザのことはしばらくいい……」

 

 いずれにしても、ランスロットは表側の武人だ。

 謀略のような仕事は向かないし、嫌悪している。

 女を誑かして、言いなりにするということさえ、ランスロットは嫌がる。

 アーサーは、改めて円卓を見回した。

 

「いずれにしても、ハロンドールのことは、謀略のやり直しだ。タリオ公国として、いまはカロリック併合が正面の攻略目標だ。そっちが片づくまで、ハロンドールにはタリオには目が向かないようにする。都合よく、マーリン工作が効いていて、いまだに内乱寸前であっちの貴族が割れている。だが、もっと分裂させる……。ガラハッド」

 

「はっ」

 

 名を呼ばれたガラハッドが緊張した感じで短く返事をする。

 

「ハロンドールの王都に潜入させていた工作員は処分されてしまったが、まだ、地方に潜り込ませた組織は健在だ。マーリンに代わる者を推挙せよ。マーリンは、いま起きかけている辺境侯の謀叛とは別に、地方における騒乱工作を準備していた。それを任せる。ハロンドール内で内乱を拡大させるのだ。それを担任させる」

 

「新しい円卓の要員ですか……。しかも、ハロンドール工作を……。ビビアン殿を戻しては?」

 

 ガラハッドが思案するように首を傾げながら言った。

 

「女は使わん。ビビアンを使うなら、お前が推挙する男の下につける」

 

 アーサーは一蹴した。

 

「彼女を御しえる男がいるとも思えませんが……。ならば、トリスタンでは?」

 

 トリスタン……。

 名は知っている。武芸に秀でるが、なかなかに目端も利く男という印象だ。なるほど、確かに謀略のような任務に向いているかもしれない。

 確か、年齢はランスロットよりも若かったはずだ。

 

「いいだろう。トリスタンには次の円卓会議に参加させよ」

 

「わかりました」

 

 ガラハッドが頷く。

 とりあえず、ハロンドール正面については、これで終わりだ。

 トリスタンには、地方反乱の勃発に加えて、がたがたになったハロンドール内の諜報組織の建て直しをさせることになるだろう。

 

「ところで、老人たちの様子はどうなっている? エルフ族に手を出そうとしているのは変わらないのか?」

 

 カロリックとともに皇帝家の動向を監視しているのも、ガラハッドの役割だ。

 

「そちらは順調です」

 

 ガラハッドがにやりと微笑む。

 皇帝家の連中がこのところの陰謀の矛先をナタルの森の水晶宮に向けているというのは、少し前からわかっていた。

 アスカ城と称しているルルドの森に近い城館がその陰謀の本拠地だ。

 そのアスカ城が皇帝家の陰謀の隠れ蓑ということもわかっている。

 皇帝家の陰謀を報告してきたのは、当時はビビアンが使っていた女諜者だ。

 名は……、ノルズか……。

 

 とにかく、連中が考えているのは、冥王を復活させて、皇帝家の権威を取り戻そうという企てらしい。

 冥王というのは、かつて魔族を率いて、人族と全面戦争をした魔王であり、その冥王に敵対する人族を率いた英雄ロムルスが手下の魔族と冥王を異界に封印したのだ。

 

 しかし、皇帝家の連中は、その封印を解く手段を発見したらしく、まずは封印を解いて冥王を現世に復活し、ロムルスの秘宝を用いてそれを操り、かつてのローム帝国の支配のすべてを取り戻そうとしているいう。

 その陰謀工作の端緒が、ルルドの森のアスカであり、また、エルフの女王ことガドニエルが支配するナタル森林らしい。

 まさに、狂人のすることとしか思えないが、アーサーはこれを利用することにした。

 

 いまはすっかりと権威を失い、存在しているだけの老害だが、名目的にはタリオやカロリックの宗主であり、目障りな連中だった。

 しかし、今回のことは、連中を歴史から抹殺するのに、文句のない大義名分だ。

 ノルズという諜報員が皇帝家の陰謀について報告してきたとき、アーサーは放っておくように指示した。

 いや、必要なら、ひそかに助けるようにさえ指示した。

 

 いずれにせよ、そのアスカはすでに、アスカ城から消えているようだ。

 ガラハッドによれば、内部抗争により殺された可能性が高いという報告だったが、それを報せてきたのも、そのノルズらしい。

 

 そのノルズとやらも、かなり有能のようだが、残念ながら女だ。

 まあ、こいつのもたらした情報により、長年にわたって、最大の無駄飯くらいだと思っていた皇帝家の連中を排除できるのだから、いまのところ、功労者に違いないが……。

 

 とにかく、あんな陰謀など失敗するに決まっている。

 そのときこそ、数百年も続いた冥王を封印した偉大な英雄ロムロスに繋がる王朝の終焉だ。

 しかも、人類の敵というかたちで終わるだろう。

 タリオ公国の軍は、人類の敵という名分により、皇帝家に侵攻する。

 さらに、その軍はカロリックにも侵攻する。

 

 皇帝家の陰謀をカロリックが援助したという宣伝工作に基づいてだ。

 皇帝家が冥王復活に失敗したとき、カロリックが協力していたという証拠が一斉に発覚するように準備している。

 もちろん、ガラハッドのでっち上げだが、カロリック併合の名目としては十分だ。

 こっちは、ただ待てばいい。

 それにしても、冥王を封印して皇帝となったロムロスの子孫が、その冥王を復活させようとして滅亡するというのは、なんという歴史の皮肉だろう。

 

「アーサー、カロリックの併合には大きな軍は必要ない。だが、この数十年、国境は安定している。タリオ軍がカロリックとの国境を越えただけでも、ハロンドールが危険を抱くのに十分だ。繰り返しになるが、万が一、ハロンドールの介入ということになれば、それこそ脅威だ」

 

 ランスロットだ。

 陰謀は好まないが、軍を率いて戦うということになれば、ランスロットは誰よりも信頼できる。

 

「そのためにも、あの国は内乱で疲弊させる。しかし、いずれにせよ、カロリック侵攻が長引けば、介入の余地を連中に渡すことになる。だから、ランスロット、カロリック戦はできるだけ短い時間で終わらせろ。電撃的にな」

 

「わかった。だが忘れないでくれ。国としての力は、まだハロンドールは巨大だ」

 

 ランスロットが言った。

 

「わかっている」

 

 アーサーは言った。

 表の軍事的な施策の責任者であるランスロットは、各国の軍事状況について常に分析している。

 ランスロットは、アーサーがいずれは、ローム三国を統一し、さらにハロンドール王国を含めた大きな帝国を作りたいという野望を持っているのを知っている。

 だが、それを実現するには、まずは少なくともカロリックを征服して、さらに、軍としての力を大きくすべきというのがランスロットの主張だ。

 従って、アーサーはハロンドールに対しては、ずっと朝貢に等しい懐柔施策を続けてきた。

 庶子腹のエルザという第二王女だって受け入れた。

 それにより、ずっとハロンドールとタリオとは友好な関係を築いてきた。

 

 まあ、とにかく、ハロンドール王は楽な王だった。

 好色であり、彼が興味を抱くような女を貢いでいればそれでよかったからだ。

 しかし、今回の失敗で、それも終わりだろうか。

 まあ、とりあえず、奴隷女を見繕って、贈ることだけはするつもりだが……。

 

「ところで、エルニア王国の動きも気になるな。エルニアが動くとすれば話は別だ。なにか掴めているか、ガラハッド?」

 

 エルニア王国は、魔道王国とも称されていて、女王姉妹が魔道で統治する国である。

 だが、閉鎖的であり、一切の移民も、外国との貿易も認めない鎖国主義だ。

 魔道で堅く国を閉ざしており、旅人の往来もなく、あの国の国境内でなにが行われているのか、ほとんどわからない。

 ただ、いまのところ、諜報員でさえ、入れる余地がないらしい。

 潜入させた諜報員はことごとく、国境の向こうに向かったきり、連絡を断ってしまっている。おそらく、殺されたのだと思う。

 

「なにも……。少なくとも動きはありません。ローム地方やハロンドールの騒乱に介入するとも思えません」

 

「なら、当面は静観だな。だが、せめて内乱が勃発するように、混乱の誘発くらいはしたいところだが、あの国は硬すぎる……。ところで、そういえば、ハロンドールの流通妨害工作はどうなっている? 自由流通を撤退してから、ハロンドールは自国の商業ギルドも事実上解体してしまったりして、王都に入る物資の流通はとまったんじゃなかったか? 軍があっても、兵糧がなくては軍は動かせない。ハロンドールの動きは、流通の妨害でも阻止できる」

 

 流通施策全般の責任はタゴネットだ。

 タゴネットが口を開く。

 

「こ、混乱は一時期的なものに終わりそうです……。いまは、ハロンドールの王都は急速に復帰しています。物価も沸騰していたんですけど、少し落ち着きつつあって……」

 

 タゴネットがちょっと怯えたように言った。

 この男は、タリオを始めとする三国の流通を、かつてのギルド経済から、自由経済に移行させたくらいに流通に通じているくせに、アーサーに話すときには、いつも自信なさそうに、おどおどと語る。

 もっと自信を持てばいいのにと思う。

 

「なぜだ? 自由流通とギルド商人がいなくなれば、あの王都の流通はとまる。人口の多い都市にとって、食料不足は致命的だ。重税で物価も上がっているはずだし、暴動が起きてもおかしくはない。前回の報告では暴動も発生したということだったが?」

 

「いまは、なぜか城郭から消えかけていた食料が王都に戻っているんです……。それで王都の騒乱は、以前ほどでも……」

 

「食料が戻っている? 邪魔をしろ」

 

 アーサーは怒鳴った。

 

「や、やろうとしてます。でも、流通の動きが掴めなくて……」

 

 タゴネットが頭をさげた。

 アーサーは舌打ちした。

 流通が自在に動かないのは、ギルド経済から自由流通に移行をしている弊害か……。

 これがギルド経済だったら、ギルド長に命じるだけで流通の流れは支配できる。

 だが、自由流通の場合は、下手に介入をすると、複雑に色々なものに影響して、思わぬ情勢を呼んだりする。

 複雑なのだ。

 アーサーも、この流通施策についてだけは苦手だ。

 

「じょ、情報を掴みます……。き、期待に添えるように……」

 

「わかった。とにかく、ハロンドールの流通はとことん妨害しろ。そのために必要な措置をとれ」

 

「そうします……。ところで、大公陛下……」

 

 なにか、タゴネットが主張したいことがありそうな素振りだ。

 しかし、タゴネットの方から、なにかを言ってくるのは珍しい。

 この男は訊ねれば答えるが、自分からはなにかをアーサーに語るということがあまりない。

 いや、そもそも、円卓会議で積極的に発言することそのものが珍しい。

 

「なんだ?」

 

 アーサーはタゴネットを見た。

 

「あ、あのう、さっきの話です……。エルザ様がタリオにお戻りになることで……」

 

「エルザ?」

 

 意外な言葉を聞いたと思った。

 エルザのことと言えば、さっき、アーサーがハロンドールからタリオにもう一度戻すと言ったことだろうか?

 だが、あれは、軽口に近いものであり、そもそも、エルザの状況がわからない。

 

「戻したいとは思うがな……。だが、情報が錯綜していて、エルザのこともよくわからん。エルザが気になるのか?」

 

 しかし、アーサーはそれで思い出したことがある。

 そういえば、タゴネットは、流通に関してエルザの家庭教師もしていたのだ。

 エルザのたっての希望であり、公妃にそんな知識など必要もなく、ただ女は子を孕み産めばいいだけと思っているので、アーサーとしては乗り気ではなかったが、珍しくエリザが強く求めたことであるし、当のタゴネットが是非教授をさせてもらいたいと言ってきたので、許可した。

 

 そんな関係もあり、タゴネットはエルザと仲がよかったのだ。

 無論、不倫関係ではない。

 あんな庶子腹でよければ、不倫をしてもらってもいいのだが、密かに監視させていても、普通に流通の話をしているだけらしい。

 いずれにしても、タゴネットとしては、弟子のようなエルザがいなくなりそうで寂しく思っているのかもしれない。

 

「実際のところ、あれは戻らん可能性もある。俺としては、正直に言えば、戻す必要はないと思っている。戻りさえすれば、多少は人質の価値はある。しかし、庶子腹だし、その価値も高くはない。だから、どうでもいいのだ。あれが戻りたいと思っているのは間違いないがな」

 

 アーサーは笑い声をあげた。

 とにかく、アーサーは、エルザはあまり価値のない女だと思っている。

 政略婚の当時は、まだタリオ公国はいまのように自由流通に入る前で、国内の旧勢力も残っている時期であり、タリオ公国の力も弱く、アーサーも強い姿勢で臨むことはできなかった。

 それで、ハロンドールとの関係構築のために、婚姻を受け入れた。

 

 しかし、あれからタリオ公国の国力は増大し、その頃とは比べものにならない。

 だからこそ、ハロンドール王にも、三年前にはできなかったイザベラとアーサーとの婚姻を打診できた。未婚のイザベラの妊娠という出来事が契機だが……。

 まあ、あのまま、イザベラとの形式婚が成立すれば、イザベラは次期女王の王太女であり、血の尊さということでは申し分もなく、アーサーの妻に相応しかった。

 イザベラを通じ、軍の動きなしに、ハロンドールの実効支配を成立させる芽も出てくる。

 

 別の男の子を孕んでいる女だが、アーサーと婚姻ということになれば、最終的には女をアーサーになびかせる自信はある。

 腹の子をアーサーの種として認めるという条件で打診し、ルードルフ王も気に入って、そのまま進めようと思っていたのだが……。

 

 複数の罠を掛けようとして、闇魔道師まで送り込んだのが失敗だったか……。

 もしかしたら、アーサーとしても、あのロウという生意気な冒険者の排除にこだわりすぎたかもしれない。

 闇魔道師によるルードルフの支配という手を使ったのは、ルードルフ王や王妃などが妙に気に入っていたロウを失脚させたいという感情が強かったからというのは否定はしない。

 

「それはともかくとして、タゴネット──」

 

「は、はい」

 

 タゴネットはびくりと身体を竦ませたような仕草をした。

 やはり、能力はあるくせに、妙におどおどとしている。

 この男の欠点だ。

 アーサーは小さく溜息をついた。 

 

「タゴネット、ハロンドールに戻ったエルザとは子弟の仲だろう。その伝手で連絡が取れないか? いずれにしても、あいつが俺に未練があるのは確かだ。俺がエルザとの復縁を望んでいると仄めかして、流通とともに流せ。あれの耳に入れば連絡もしてくるだろう」

 

 にやりと笑ってみせた。

 アーサーは絶世の美男子と称されていて、自分でいうのもなんだが、堕とせない女はいないと思っている。

 大公になってからは自重もしているが、若いときには女遊びもかなりやった。

 なにしろ、アーサーが言葉をかければ、令嬢であろうと、人妻であろうと、どんな女でも簡単に股を開くのだ

 その分、孕ませたこともあったが、あとで面倒になることも多々あるので、マーリンが堕胎させて片付けてくれたりしたものだ。

 

「と、とにかくやってみます……」

 

 タゴネットが小さく頭をさげた。

 

「それはともかく、婚姻といえば、エルフ族女王のガドニエルだな。今回のことで、エルフ族の女王こと、ガドニエルが世に出てくる可能性がある。かつて、ローム帝国の皇帝とエルフ女王の形式婚の例もある。いずれは、俺は三公国を統一して、ローム皇帝となる男だ。俺よりもガドニエルに相応しい男もいないだろうさ」

 

「それについては、マーリン殿が色々と調べさせていたようですが、その情報ごとマーリン殿が亡くなってしまったので……」

 

 対外的な工作を担任しているガラハッドが困ったように言った。

 まあ、これも仕方ないだろう。

 いずれにせよ、エルフ女王のガドニエルは、絶世の美女という評判だが、その姿に接した者はほとんどいないとも言われている。

 結界で包んだ隠し宮に百年近くも引きこもって、表に出てきたことはないはずだ。

 エルフ族の統治は、ガドニエルが指名した太守が間接的に行っている。

 とにかく、ガドニエルのことは、実際に彼女が表に出てきてからでもいい。

 皇帝家の陰謀がナタル森林に及ぶのであれば、ガドニエルに恩が売れる時機を狙って、タリオとして介入してもいい。

 

 とにかく、俺はクロノスなのだ――。

 アーサーは思った。

 一流の男には、一流の女が飾りとして必要だ。

 

 エルフ女王ガドニエル……。

 大国ハロンドール女王イザベラ……。

 

 まさに、アーサーの妻の座に相応しい。

 アーサーはさらに必要な指示をして、円卓の会議を解散させた。



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410 淫女襲来

 円卓の会議後、タゴネットが大公宮の廊下を歩いて自室に戻りかけているとき、突然に背後から襟首を掴まれて、物陰に連れ込まれた。

 

「うわっ」

 

 そのまま、空室らしき部屋に放り込まれる。

 

「な、なんだ、なんだ──?」

 

 長椅子のようなものがあり、そこに押し倒された。

 腰の上に馬乗りにされる。

 タゴネットを連れ込んだのは、ビビアンだった。

 ビビアンはスカートだ。

 スカートの中の下着が直接にタゴネットの腰に当たっている。

 

「久しぶりに戻ったら、女嫌いの坊やが、ハロンドール対応の円卓会議をやったと耳にしてね。なんの話だったか教えなさいよ。あたしとあんたの仲じゃない」

 

 ビビアンは、三十代なかばの女丈夫であり、もともとタリオ公国の諜報組織を束ねている女だった。

 少し前まで円卓のメンバーであったが、女を嫌うアーサーが円卓から外してしまっていたのだ。

 美人だが気が強く、素手でも武器でも、気の強さでも、性の相手でも、タゴネットはビビアンには敵わない。

 毎晩、違う男を相手にするという女傑であり、試しにタゴネットも誘ってみたが、尻の毛まで抜かれるというのはあのときのことだ。

 好きなように弄ばれて、翌朝は起きあがることもできなかった。

 あれ以来、ビビアンには頭があがらない。

 

「じょ、冗談じゃない。そんなこと口にできるものかい。そもそも、戻ったのかい。い、いつだよ」

 

 タゴネットは狼狽えて言った。

 しかし、ビビアンがぐりぐりとタゴネットの股間をビビアンの股で動かしてくる。

 気持ちよくて、あっという間に勃起してしまい、タゴネットは思わず喘ぎ声を出してしまった。

 

「いいから言うのよ。それに、しばらくカロリックに行ってるあいだに愉快なことになってんじゃない。エルザ様を追い出したんですって? どうすんのよ、あんた?」

 

 ビビアンが布越しに、タゴネットの一物を刺激しながら、けらけらと笑った。

 

「ど、どうするって……。お、おいっ、ま、待てったら」

 

 腰の上に乗っていたビビアンが座っている場所をタゴネットの足首付近にずらして、そのまま、タゴネットのズボンに手を伸ばしてきたのだ。

 タゴネットはたじろいだ。

 

「まあいいわ。あんたの身体に訊いてあげるわね。何回くらい精を放たせたら、洗いざらい喋るかしら。とにかく、あたしはハロンドールに対して、なにを企んでるか訊きたいのよ」

 

「ま、待ってって……。おっ、おお? うわっ。や、やめろ……。くうっ」

 

 ビビアンの手が下着の中に入った。

 柔らかく指で刺激され、一気に精を放ちそうになる。

 タゴネットは慌てて、我慢した。

 

「あっちの王太女にも手を伸ばしているとも耳にしたわよ。だからエルザ様を返したの? どうせ、偉そうに、エルザ様は自分の妃に相応しくないとか言って、帰国させたんでしょう? 本当になに考えているのよ、あれは?」

 

「ひっ、ひいっ、お、おい、昼間から」

 

 とにかく、ビビアンの手を押さえようとした。

 すると、その手をぐっと掴まれて、片手でひとまとめにされた。

 

「昼間からだから、なんなのよ。いい子だから、会議の内容を言いなさい。あの坊やは女嫌いだから、あたしのことを円卓会議から追い出したのよね。それ以来、こうやっていちいち聞き出すしかないんだから。あとでガラハッドのところにもいくわ。多分、あいつはあんた程、抵抗しないと思うけど……」

 

「い、いや……、と、とにかく、会議のことは、ぶ、部外者には……。ひいっ」

 

 また射精しそうになったが、今度はビビアンが寸止めした。

 それで気がついたが、いつの間にかタゴネットは、下半身をすっかりと剥がされていた。

 そして、さわさわと股間を刺激され続ける。

 

「とにかく、あいつは女を馬鹿にしてるのよ。あたしにはわかる。あたしだけじゃなく、女はそんなことには目敏いのよ。だから、あいつは自分で思ってるほどにはもてないわ。あの坊やには一流の女は惚れない。馬鹿にされてるのがわかるからね……。それより、抵抗しないのよ。縛っちゃうわよ」

 

 そのときには、細くて硬い糸のようなものを手首に巻きつけられていた。

 しかも、頭の上側の長椅子の手摺りに結びつけられて、動けなくされる。

 タゴネットは驚いた。

 

「わっ、な、なにすんだよおお」

 

「女みたいな声出さないのよ。このビビアン様が抜いてあげようって言ってんのよ。それとも、あたしに抜かれるのが嫌なの?」

 

 ビビアンが笑った。

 そして、剥き出しになった性器に手を添え、根元の辺りからするすると擦りあげてくる。

 

「う、ううっ……。い、嫌じゃないけど……」

 

 女に襲われるというのは困惑するが、まあ、嫌だといえば嘘になる。

 多情の女だが醜女ではない。それどころか、かなりの美形だ。身体だって鍛えあげられていて、何度も裸を見ているが本当にきれいな身体をしている。

 なによりも、女陰の締りがいい。

 この女のあそこに包まれると、タゴネットはいつも数擦りで精を放ってしまう。

 口吻の技術も抜群だ。

 こんな女に相手をしてもらって、嬉しくないわけがない。

 ただひとつ困った性癖は、いつも男を拘束して抱きたがるのだ。

 それで、いつも閉口している。

 まあ、それも嫌じゃないのだが……。

 

「それで、第一妃にイザベラ姫を添える交渉しているって話だけど、もしかして、エルザ様が邪魔になったから、それで、送り返したの?」

 

 ビビアンがタゴネットの一物を擦りながら訊ねた。

 手で無造作に擦っているだけだが、本当に気持ちいい。簡単に勃起しただけでなく、そのまま射精しそうになった。

 ビビアンが笑って、手の動きをとめた。

 危なかった。

 そのまま出すところだった。

 こんなに早く精を放っていは、あまりにも情けなさすぎる。

 まあ、すでに情けないのだが……。

 

「ま、まあ、そういうことかな……。ハロンドール王と話して、エルザ様と離縁するという約束と交わしたらしい。も、もういなくなったんだ」

 

 タゴネットは言った。

 ビビアンは爆笑した。

 

「じゃあ、あんた、どうするのよ? これまでずっとやってた流通施策についての立案──。エルザ様の家庭教師のふりをしていたけど、実は逆で、流通施策について教えてもらっていたのは、あんたで、教師はエルザ様って、言わなかったの? あの頭脳をタリオ国の外に出すのは大変な損だって」

 

 ビビアンが笑いながら言った。

 そうなのだ。

 アーサーをはじめ、あの円卓会議の者たちは、この数年のタゴネットが提出した流通施策が、タゴネットが考えたと信じていると思うが、実はすべて、エルザの頭から出たものだ。

 それどころか、アーサーがタゴネットを一番評価してくれている自由流通への移行だって、エルザがしたことであり、タゴネットは単にエルザの手足になって動いたにすぎない。

 商業ギルド解体に関する重要な説得も、具体的な商売の提案でタリオ国内の商会に莫大な利を呼び込んだのもエルザがやった。

 タゴネットはついていっただけだ。

 

 どうして、そんなことをしたかといえば、アーサーが女性軽視主義者であり、女の施策立案を歓迎しないことがエルザにもわかっていたかららしい。

 タゴネットとしても、エルザの頭から出たものであるが、それを認められ、実際にタリオ公国の流通が活発になり、商業が栄え、信じられないくらいに税収があがり、それが自分の功績となるのは気持ちがいいものだ。

 しかし、そのエルザが離縁して帰国してしまった。

 タゴネットは途方に暮れていた。 

 

「い、いまさら、そんなこと言えるかい──。なあ、どうすればいい、ビビアン?」

 

「知らないわよ。まあ、一回抜いて考えなさい。さあ、お姉さんが抜いてあげるわよ」

 

 ビビアンが身体を屈めて、タゴネットの怒張に舌を這わせてきた。

 手とは違う熱くて柔らかい舌の感触に、タゴネットは思わず身体を震わせた。

 しばらく、舌先で焦らすように、ちろちろと尖端だけを刺激される。

 

「う、うう……」

 

 気持ちいい……。

 ビビアンの舌が先端からえら全体を動くようになり、滲み出てきた樹液をちろちろとすくいあげてくる。

 

「あっ、ああっ」

 

 あまりの甘美さに、タゴネットは身体をぶるりと震わせた。

 ビビアンがそれに合わせるように、がばりと喉まで使って、一気に怒張を飲み込んで、竿全体を搾りあげる。

 出る……。

 しかし、寸前で口を離された。

 

「はい、お預け……。それで、あの坊やはハロンドールについてはどう考えているの? マーリンが殺されたって本当なの? それでも婚姻交渉は継続?」

 

 ビビアンが訊ねた。

 

「わ、わかんねえ……。そ、それよりも、カロリックに手を出すみたいだ……ハロンドールに介入させないように工作を……。も、もちろん、イザベラ姫のことは諦めてはないと思うけど……。イザベラ姫が孕んだので、この子を認知するのと引き換えに交渉を……。結婚さえすれば、イザベラ姫もなびくって……。あっ、ああっ」

 

 タゴネットは思い出しながら言った。

 気持ちいい。

 だが、またしても、ぎりぎりで寸止めされる。

 タゴネットは情けない声をあげてしまった。

 

「はっ、どこまで自惚れてるのよ。女が子を宿したというのは、惚れた男がいるということじゃないのよ。王太女が強姦されたとでも思ってんの? そうだとしても避妊草を飲めば、妊娠はしないのよ。そうしないのは、それだけ男に惚れてるからじゃないのよ。ほかの男を相手にしないわ。彼女がハロンドール女王になれば、婚姻相手は彼女自身が決めるのよ」

 

「し、知らないったら……。そ、それよりも、さ、さっきから……」

 

 タゴネットは泣き言を言った。

 ビビアンがまたしても、ぎりぎりで射精をとめたからだ。

 すると、今度はビビアンが大きく口を開いてタゴネットの怒張に口を被せてくる。

 舌の刺激……。

 すぐにまた、暴発させられそうになる。

 しかし、またもや、寸前で中断された。

 ビビアンが口を開く。

 

「王太女の愛人は、ロウという冒険者あがりの子爵よ。あいつには教えたけど、本物のクロノスよ。あれみたいに自称じゃなくてね。女にもてるわ。多分、イザベラ姫も、そのロウにぞっこんなんじゃないの? あの坊やとの婚姻なんて、承諾するはずない」

 

 ビビアンが口奉仕を再開する。

 どうでもいいけど、話ながら口で愛撫されているから、いいところで中断されてしまう。

 おかげで射精することからは免れているが、やっぱり、わざとだろうな……。

 そんなことを思っていると、ビビアンが怒張を咥えたまま、タゴネットの顔を見てにっこりと笑った。

 これは、遊ばれてんな。

 タゴネットは確信した。

 

「とにかく、帰国したエルザ様に、伝手を使って、こっちに戻るようにそそのかせと言われていて……。エルザ様はタリオに帰りたがっているって、ああっ」

 

 ビビアンに奉仕されながら言った。

 でも、気持ちよくって……。

 しかし、またもや、寸止め……。

 

「馬鹿じゃないの。表向きは惚れた振りしてたけど、エルザ様は坊やを忌み嫌ってたのよ。まったく、あの坊やは、自分の顔がいいから、どんな女でも言いなりになるくらいに思っているみたいだけどね。あんたがなにをしても、エルザ様は戻らないわ」

 

「そんなあ……」

 

「それよりも、そろそろ、一度抜いちゃおうか。そっちの方がまだ、二度目は長くできるしね」

 

 また、ビビアンがタゴネットの一物を口に含んだ。

 一心に舐めまわしてくる。

 本格的な刺激も加えてきた。

 抜きにきたのがわかる。

 それはとにかく、いまなんと……?

 

「い、二度目って……。お、俺はまだ仕事が……。おっ、おおっ、おはああっ」

 

 最後まで言い終わらなった。

 ビビアンの舌の粘膜の刺激を受け続けたタゴネットの怒張は、結局のところ、大して持久もできずに、あっという間に爆発して精をビビアンの喉の奥に精を放ってしまった。

 

「仕事がなによ。もしかして、長く付き合えないって? もしかして、あたし相手に時間がかかるほど、我慢することができるの? まあ、やってみてよ」

 

 ビビアンがタゴネットの精を呑み込みながら、にっこりと微笑んで、スカートから下着を脱ぐ。

 下から見上げるビビアンの股間は、すでにびっしょりと濡れていて、すでに準備万端に整っていた。

 ビビアンがタゴネットのお尻の下に手を差し込んできて、指をぐっと挿入してきた。

 

「うわっ、はっ、ああっ」

 

 お尻の中でビビアンの指がもそもそと動く。

 萎えていた一物が一気に元気を取り戻す。

 

「心配しなくても、今度は、あたしがいくまで射精させないから……。あんたは、ただ寝てればいいわ」

 

 ビビアンの股間がタゴネットの怒張に一気に被さってきた。

 

「ああっ」

 

 ぎゅっとビビアンの女陰がタゴネットの男根を包み、タゴネットは女のような嬌声をあげてしまった。

 

 

 

 

(第26話『過激派・穏健派・淫乱派?』終わり)







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【6章 エルフの都】
411 太守夫人への要求(導入)


(導入部分のみです。)









 カサンドラは、水晶宮を訪ねてきたパリスに会っていた。

 一応は、手続きを踏んだ面会ではある。

 表向きには、パリスは、エルフ族の都であるエランド・シティの水晶宮で、太守として行政府の長としての役割を離しているカサンドラの相談役という立場になっている。

 だから、エルフ族の最高貴族のひとりであるカサンドラが、面談に応じるというのは不自然ではないのだが、水晶宮の奥にあるカサンドラの居室の横の執務室で会うというのは特別な待遇だ。

 しかも、いまのように、侍女たちを遠ざけて、ふたりだけというのは、極めて異例には違いない。

 

「ああ、いやあ……いやっ……や、やめて……ああっ」

 

 カサンドラは、懸命に唇を噛みしめて、かぶりを激しく振りたくった。

 凶器のようなパリスの男根がきつく尻たぶに押しつけられて、がしがしとカサンドラのアナルを割ってくる。

 丁寧さの欠片もない。わざと痛みを感じるようにしている肛姦だ。

 だが、カサンドラの身体は、その粗暴さから、耐えられない快感を拾い続けている。

 

「ひ、ひい、さ、裂ける……、うううっ、うああっ」

 

 きつく噛んでいる口から喘ぎ声混じりの悲鳴が漏れ出る。

 押し広げられる肛門の粘膜がみしみしときしんで裂けている感じだ。

 いつもの男根の太さじゃない。

 男根のかたちを魔道で変化させられるパリスは、カサンドラの尻を犯すにあたり、信じられないくらいの太さに変異させた。

 その男根で潤滑油なしで、尻穴を犯されるカサンドラは、早くも白眼を剥きそうになっている。

 

 また、カサンドラは、いつもは執務をする大きな机の上に上半身をうつ伏せにして倒し、両手を伸ばして、机の反対側を握らされていた。

 そして、大きく脚を拡げさせられて、下半身の服を剥ぎ取られて、後ろからパリスに尻を犯されているという格好だ。

 拘束はされていないが、パリスに刻まれた隷属の呪術により、この姿勢を崩さないように命令されている。

 カサンドラにとっては、拘束をされているのと同じことだ。

 

「ははは、声を出すんじゃねえぞ、ばばあ。隣には侍女や従者が控えてんだろうが……。まあ、俺は、別にお前の評判がどっちでもいいがな。それと、これはまだ拷問にも入っちゃいねえぞ」

 

 パリスが粗野な物言いをしながら、ぐいぐいとアナルを強引にねじ込んでくる。

 さすがに、潤滑油のようなものを使っていないので、かなりの激痛だ。

 カサンドラは、苦悶の顔をのけぞらせたまま、ひいひいと喉を搾った。

 

 痛い――痛い――痛い――。

 脂汗が全身から噴き出し続ける。

 

 防音の魔道を刻んではいるが、カサンドラが集中を途切れさせれば、たちまちに薄い扉の向こうにいる侍女たちには、カサンドラの苦痛の悲鳴が聞こえてしまうに違いない。

 そのときには、水晶宮の太守代理をしているカサンドラが、一介の人間族の少年の性奴隷になっているということが、衆目に晒されてしまうことになる。

 カサンドラにとっては絶望の状況だ。

 

「う、ううう……ひ、ひいいい……」

 

 じわじわと極限まで尻穴を拡げられて、怒張を呑み込まされる。

 やはり、耐えきれずに、カサンドラは喉を搾って身体をよがらせる。

 

「もう少しだぜ、ばばあ。まあ、潤滑油を使って欲しくないと言ったのは、ばばあだからな。だが、エルフ女の苦悶の声っていうのは、いつ聞いてもいいもんだぜ」

 

 パリスが大笑いしながら、さらに押し込む。

 防音の魔道があるとはいえ、本来ならば、外の侍女や従者が飛び込んできてもおかしくはないくらいの大声だ。

 カサンドラは、苦痛を覚えながら、そのことに顔が引きつってしまう。

 

「わ、わたしは……あ、あああ、そ、そんなこと……。だ、だけど、水晶軍を全部……動かすのは……ガドニエル様の許可が……ううう、ううっ、むうう……」

 

「だから、女王に会わせろって、言ってんじゃねえかよ。俺が話をつけてやるぜ。おっと、全部入ったぜ」

 

 パリスがやっと根元まで男根を貫いたようだ。

 そして、勝ち誇ったように笑う。

 あまりの痛さに意識を失いそうになるが、意識を失えば、この部屋の防音効果が消滅する。

 パリスが、カサンドラの醜態を晒すことを気にするわけがないから、そのときには、尻を犯されて気を失ったカサンドラの姿が、衆目になるだけだ。

 パリスは逃亡し、カサンドラの名誉は地に落ちる。

 そして、パリスは二度と、水晶宮に現れることはないに違いない。

 この男が心の底から、カサンドラを嫌っているのはなんとなく肌で感じる。

 とにかく、カサンドラは、なによりもパリスから捨てられることに恐怖していた。

 もう、パリスに刻まれた被虐の快楽は、ほかになににも代えることはできないからだ。

 

「だ、だから……そ、それは……、許されておらず……。イ、イムドリス宮に……は、入れるのは……限られた……上級エルフ……ああああ」

 

 押し込まれたパリスの男根が今度は引き抜かれ出す。

 カサンドラはさらに、大きな声で呻いた。

 

「ああ、だったら、承知するまで尻を犯すだけだ。ただし、拷問はまだ始まってもいねえ。それとも、もっと痛めつけて欲しくて、駄々をこねてんのか? ああ、それとも、人を呼んでやろうか? 前に約束したから、太守の仕事に関することじゃあ、隷属の呪術は使わねえから、“お願い”しているんだ。いいから、軍を出動させろよ。しかも、全軍だ。ある男がエランド・シティに来るんでな。そいつを逮捕して欲しいのさ」

 

「ううう、痛いい……、あああ」

 

 パリスが腰を突きあげ始める。

 たちまちに激痛が走る。

 カサンドラは泣き声をこぼした。

 

 パリスに要求されているのは、水晶軍と称するエランド・シティに属するエルフ軍の一時的な指揮権の譲渡だ。

 よくわからないが、パリスの探している古文書を持っている人間族の冒険者がいて、それを捕らえたいので、カサンドラが握っているエルフ軍を自由に使いたいのだそうだ。

 前にも同じようなことを要求されて、褐色エルフの里というエルフ族の小さな里の襲撃に協力したことがある。

 だが、今度は、あのときのような秘密裏の行動ではなく、大々的に軍を動かしたいのだそうだ。

 しかし、そんなことができるわけがない。

 

 全軍ではなく、エルフ族の一隊をこっそりとパリスに貸すというのではどうかと提案したが、パリスは同意しなかった。

 それで、こんなことが始まったというわけだ。

 

 なにしろ、通常警邏と異なり、全軍をあげてのシティ内への出動ということになれば、エランド・シティ内に“戒厳令”を敷くのと同等だ。

 戒厳令は、太守権限ではできない。

 女王のガドニエルの許可がいる。

 歴代の女王は、原則として、直接に統治行為を行うことはなく、必ず、水晶宮と言われるこの行政府にいる太守を通じて、統治行為をする。

 エルフ族の女王は、俗説に交わらず、昇殿から世間を見守り、神なる力で“森”を守護する。

 これが、エルフ族の掟であり、千年以上も続く伝統だ。

 特に、いまのガドニエル女王は、その傾向が強く、ほぼすべての一生を“イムドリス宮”という結界で守られた亜空間にある宮殿に閉じこもっている。

 イムドリス宮を訪問をすることができるのは、ガドニエルに直接に仕えることを認められた親衛隊と選ばれた侍女たち、そして、カサンドラ太守夫婦のみである。

 

 だから、困ったカサンドラが、パリスにエルフ族の法を説明し、女王にお伺いを立てさせてくれと口にすると、なぜか面白がったパリスが、直接に会わせろと要求してきた。

 さすがに、それは不可能であり拒否した。

 もちろん、隷属の呪術を刻まれているので、それを使われれば拒否できないのだが、パリスはそれよりも、カサンドラを痛めつけて服従させることを選んだ。

 

 パリスの遊びだろうが、カサンドラとしては、隷属の力でエルフ族の掟を破らされるならともかく、自らの意思のみで、掟を破るわけにはいかない。

 それは、かすかに残っているカサンドラのエルフ族太守代理としての矜持だ。

 

 そして、パリスの遊びを兼ねた肛姦が開始されたというわけだ。

 パリスは、男根の大きさとかたちを自由自在に変化させることができる能力で自分の股間を巨根に変えると、カサンドラを呪術の力で机の上に突っ伏させ、四肢を動けなくした。

 そして、潤滑油なしで尻を犯しだしたのだ。

 尻穴が破けるような苦痛に、カサンドラは気を失いそうにさえなっている。

 

「はははは、もっと苦しめ、ばばあ、それとも、もうひと回り太くするか?」

 

 尻穴で巨大な男根を律動させながら、パリスが後ろ側で嘲笑の声をあげる。

 

「うあああ、死ぬううう」

 

 強まったアナルの圧迫感の苦しさに、カサンドラは、何度目かの大きな悲鳴をあげた。



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 第27話  悪党どもの宴
412 太守夫人への要求


「気を失うんじゃねえぞ、ばばあ。そうだ。お前、魔道で防音してるよなあ。それを解除するように命令してやろうか? 扉の向こうの部下に、お前の情けねえ声を聞かせてやりなよ。見物しに集まってくるようになあ」

 

 パリスがカサンドラの尻を犯しながら言った。

 ぞっとした。

 本当に向こうとは、壁一枚でしかにない。

 

 しかも、少年の風貌とはいえ、人間族の男がひとりで、水晶宮の太守のカサンドラと一対一で会っているのだ。

 女王ガドニエルには遥かに及ばぬとはいえ、カサンドラもエルフ族を代表する高位魔道師なので、滅多なことは起こらないと確信していはいても、万が一を考えて聞き耳を立てている可能性はある。

 意地の悪いことを命じて、カサンドラをもっと追い詰める気に違いない。

 いや、本当にそうするかも……。

 そして、もしも、「命令」をされてしまえば、カサンドラには抗う方法がない……。

 カサンドラは総毛だった。

 しかし、そんな思念など、すぐに巨根でアナルを犯される苦しさに吹き飛んでしまう。

 

「ううう……くぐうう……んぐうう……」

 

 必死に呻き声を耐えるが、パリスが律動をすることによって、たちまちにカサンドラは声をあげてしまう。

 なにしろ、パリスはカサンドラを苦しめるためだけに、自在に大きさを変えられる自分の男根を腕ほどの太さまで大きくしているのだ。

 しかも、まったく潤滑油を塗っていない。

 苦しいなどというものじゃない。

 カサンドラは、白目を剥きかけた。

 

「も、もう……や、やめて……さ、裂ける……。裂けちゃうう……」

 

「裂けりゃあ、治せばいいだろうが。超一流の魔道師なんだろう? カサンドラお婆ちゃんは」

 

 パリスは一回一回を遊ぶように、強く弱く、浅く、そして、深く、円を描くように責めたてる。

 カサンドラは耐えるしかない。

 いかに魔道力で勝っていようとも、受け入れてしまった隷属の刻みが、パリスに抵抗することを拒否する。手足だって拘束をされているわけじゃないが、「命令」をされてしまったために、パリスに尻を犯されながら、机に突っ伏している上半身も、拡げている両脚も股く動かすことはできない。

 いや、たとえ、抵抗の手段があっても、結局はカサンドラは、パリスを受け入れるのだろう。

 実際には、心の底では、カサンドラはパリスに自分が服従したがっているのを知っていた。

 だからこそ、性行為の最中に追い詰められた末の結果とはいえ、隷属の刻みを受けれてしまったのであるし、いまだって、本音ではパリスの求めるガドニエルとの面談を応じたいとは思っている。

 しかし、できない。

 それは、エルフ族の掟に反するし、カサンドラの性的嗜好の結果として、ガドニエルに危険を及ぼす可能性を作るなど……。

 

「ふうう……し、死ぬ……うう、うううう……」

 

 しかし、もうなにも考えられない。

 揺さぶられながら喉を搾り、苦悶のうちに悲鳴をあげては、また呻く。

 これ以上、悲鳴を我慢することはできない。

 

「ははは、死ぬほど、気持ちいいか、ばばあ。だったら、部下にも聞かせてやれよ。そろそろ、魔道を解除させてやるぜ」

 

「そ、それだけは……ううっ、うああ、な、なんでもします……。な、なんでもしますから、ああああっ」

 

 抉られるアナルから背筋、そして、頭が灼けただれる。

 パリスの巨根が張り裂けんばかりに拡張されている肛門の粘膜をこするたびに、カサンドラは狂乱にのたうった。

 だが、カサンドラは、これほどまでの苦痛の中から、得体の知れない疼きが膨れあがってきていることに気がついてもいた。

 苦悶の中の快楽──。

 これこそが、カサンドラがパリスに植えつけられてしまった被虐の性癖だ。

 苦悶と疼きが交錯し、それが大きな快感に変化する。

 カサンドラは、だんだんと狂乱してきた。

 

「おっ、感じてきやがったな。やっぱり、お前は雌豚だぜ。よし、じゃあ、予定通り、防音を解除させてやる。命令だ。解除しろ」

 

 パリスがカサンドラを犯しながら言った。

 

「ああ、許して、ああっ」

 

 カサンドラは一気に血の気が引くのを感じた。

 だが、カサンドラに刻まれている隷属の刻みは、次の瞬間には、パリスの言葉に従い、この部屋に刻んでいる防音を解除してしまっていた。

 もうこれで、部屋の外にこの部屋の音が筒抜けだ。

 入って来てはならないと命じているので、余程のことでなければ、扉は開けないとは思うが、今度はカサンドラが悲鳴のような声をあげれば、すぐに突入してくるに違いない。

 カサンドラは、懸命に口を閉じる。

 

「ああ、ゆるして……お、お許しを……。し、従います。ご、ご命令に応じます……」

 

 カサンドラはついに言った。

 すると、パリスが大笑いした。

 その大笑いに反応したのか、ついに部屋の外から、従者が扉を叩いてきた。

 カサンドラは恐怖に包まれる。

 一方で、カサンドラのアナルに男根を挿入したまま、パリスの律動がとまった。

 パリスが身体を捻って、扉側に身体を捻るのが感覚でわかった。

 

『問題ないわ。それよりも、そのまま待ちなさい』

 

 びっくりした。

 パリスの口から迸ったのは、カサンドラの声そのものだったのだ。

 そして、パリスの上半身が倒れて、カサンドラの耳元に口を寄せる。

 

「……ちょうどいい……。ガドニエル女王様のいるイムドリス宮への転移室の支度をするように指示しな。それとも、お前の声で扉を開くように命じようか?」

 

 パリスがくすくすと笑う。

 頭が朦朧となりかえていたが、律動を中断してくれていたことで、多少は冷静になり、はっともする。

 だが、まだ頭がぼうっとして、うまく言葉を紡げない。

 

「ほらほら、いまのはただのお情けだぜ。あとは自分で指示しろ」

 

 パリスが机とカサンドラの身体のあいだに手を挟み込み、服の上からカサンドラの乳房を揉んできた。

 そして、アナルに男根を挿入したまま、濡れ切っているカサンドラの股間にすっともう一方の指を挿入する。

 

「ふううっ」

 

 カサンドラは沸き起こった激しい快感に激しい欲情の声をあげてしまった。

 

「どうしましたか、太守夫人様」

 

 不審げに扉の向こうの従者が声をあげる。

 カサンドラはパリスの愛撫に必死に耐えながら口を開く。

 

「な、なんでもない──。それよりも、すぐにイムドリスへの跳躍室の準備を……。パリス殿とともに、向こうに渡る」

 

 乱れる呼吸を懸命に耐えて、指示を伝えた。

 ガドニエルのいるイムドリスの離宮には、亜空間に跳躍する特殊な扉でなければ入ることはできない。

 それは、この水晶宮の奥の一角にあり、こちらから向かうには、カサンドラか太守である夫の許可なしに入ることはできないことになっている。

 パリスが満足気に鼻で笑うと、布越しに乳首をもてあそびつつ、亀裂の上の最も敏感なつぼみを転がす。

 

「はああっ」

 

 カサンドラは机の上の全身を弓なりにして悶えた。

 それでも、パリスに命じられている手はしっかりと反対側の机の端を握っている。

 

「カサンドラ様──?」

 

 さすがに大きな声がした。

 カサンドラは必死に頭を働かせる。

 

「い、行きなさい──。この指示は最優先よ」

 

 カサンドラは怒鳴った。

 すると、やっと扉の向こうの部下が去るのがわかった。

 

「よくやったぜ、ばばあ──。じゃあ続きだ」

 

 扉の向こうから人の気配がなくなると、パリスが再びアナルに挿入されている男根を律動させだした。

 激痛が走るが、それも快感にしか繋がらない。

 カサンドラは、悦びの声をあげてしまった。

 

「あ、ああっ、あああっ」

 

 懸命に口を閉じる。

 しかし、声が出てしまう、

 

「ほら、雌犬にご褒美だ」

 

 どっとおびただしい白濁の迸りが尻の奥に注ぎ込まれたのがわかった。

 凄まじい衝撃が全身を包み、カサンドラは気をやっていた。

 一瞬にして、快感の槍が全身を貫く。

 

「んぐうううう」

 

 必死に口をつぐむがそれでも嬌声を我慢できなかった。

 またもや、今度は侍女が扉越しに声をかけてきた。

 

「な、なんでもない──。入らないで──」

 

 それだけ怒鳴るのが限界だった。

 カサンドラはがくがくと身体を震わせながら、絶頂の頂点に身を委ねる。

 

「部下には適当な言い訳でも考えときな。それ、女王のところに案内する前に、これを入れといてやろう。帰りに回収してやるぜ」

 

 パリスがカサンドラの尻穴から巨根を引っこ抜いた。

 身体が崩れ落ちそうになるが、「命令」によって姿勢を強要されていることで、それが免れた。

 しかし、これ見よがしに顔の前に差し出された“もの”を見て、カサンドラは絶句した。

 パリスの手に載せられていたのは、うねうねとうごめく手のひら大の触手生物だった。

 粘性物を表面から噴き出しながら、親指ほどの太さで勃起した男根の長さ程のの触手が十本ほど気色悪く動いている。

 

「ひいっ、いやあ、そんなことしなくても命令には従います」

 

 カサンドラは必死に訴えた。

 もちろん、ささやくような声だ。

 部屋の外には部下たちがいるのだ。

 

「うるせえんだよ、ばああ──。淫乱なエルフ族の痴女には、これがお似合いだ。いいから、俺が許可するまで、この生き物と遊んでな。周りに気づかれるなよ。まあ、俺としちゃあ、どうでもいいけどな」

 

 パリスがその触手生物をカサンドラの尻側に持っていく。

 姿勢を崩せないカサンドラには、なにもできない。

 悲鳴をあげることもできず、次の瞬間には、さっきまでパリスの怒張が挿入されていた尻の穴に、触手生物が入り込んできた。

 

「ああ、ゆ、許してください──、ああっ」

 

 カサンドラは背中を弓なりにして、腰を震わせた。

 

「姿勢を崩していい。命令を解く」

 

 パリスが笑って言った。

 今度こそ、カサンドラは床に崩れ落ちた。

 だが、お尻の中の触手がうねうねと激しく動き、激しい疼きをカサンドラに呼び起こしてくる。

 

「うううっ」

 

 本能的にお尻に手をやり、触手を引き出そうとした。

 しかし、すでに奥に入り込んでいて、外からでは届かない。

 もしかしたら、指を挿入すれば届くかもしれないが、吸盤のようなもので尻の粘膜に密着しているのを感じる。

 しかも、中で動きまくるので、妖しい刺激にカサンドラは力が入っていかない。

 

「ここで、尻穴自慰をおっぱじめるのか? それもいいが、すぐに扉を開けるぜ。その姿を見られたくなければ、スカートをはきな」

 

 パリスが床に落ちていたカサンドラのスカートを蹴り寄越した。

 すでに、パリスの身支度は整えられていた。

 カサンドラは、慌ててスカートに手を伸ばして身に着ける。

 下着はどこにもない。

 それどころでもないし、カサンドラはただただスカートをはいて立ちあがることだけを考えた。

 パリスが部屋の外に出る扉を開いたのは、カサンドラがやっとのこと立ちあがるのと同時だった。

 

「ありがとうございます、太守夫人──。特別な便宜に感謝します。栄光あるエルフ族に、これからもご繁栄が続きますように」

 

 パリスが芝居がかった口調とともに身体を折って、カサンドラに向かってお辞儀をする。

 また、この部屋にやってくるときから持っていた大きな箱状の鞄を片手で抱えている。

 それなりに重そうなのだが、魔道で浮かべているのだろう。

 パリスは軽々と持っている。

 

 一方で、扉の向こうにある従者たちの待機場所からは、不安そうにこちらを見ている従者や侍女の姿がカサンドラに映った。

 何気ない仕草で髪を手櫛で整える。

 おそらく、顔は紅潮しているし、汗だって拭いていない。

 息だって、いまも整えるのに必死だ。

 すぐに扉を開いたパリスをカサンドラは恨めしく見た。

 

「パ、パリス殿とイムドリス宮に向かう。せ、説明はわたしが直接する。も、問題ない」

 

 カサンドラはきっぱりと言った。

 だが、明らかに声が上ずってしまった。

 なにしろ、お尻に挿入された触手生物は、いまでもカサンドラのお尻の中で淫靡な蠕動運動を繰り返し、激しい官能の疼きをカサンドラの全身に送り込んでくるのだ。

 立っているのだけで必死だ。

 

「では、よろしくお願いします、太守夫人」

 

 パリスが道を開くように、扉の前から避ける。

 カサンドラは歩き出した。

 横を過ぎるときに、部下たちが何かを言いたそうにするが、カサンドラはそれを手で制する。

 そのまま廊下に出る。

 再びふたりきりになる。

 水晶宮のかなりの奥の場所になるので、ここに入れる者はエルフ族でも限られるのだ。だから、人は少ない。

 警備もここにまでは及んでいない。

 エルフ兵の衛兵が守備しているのは、もっと水晶宮の外縁側になる。

 

「あ、ああ、こ、これは……」

 

 しかし、カサンドラはしばらくもすすまないうちに立ち竦んでしまった。

 動くと触手が激しく尻穴で動くのだ。

 それで、動けなくなってしまった。

 

「さっさと歩けよ、ばああ」

 

 だが、パリスに腕を掴まれて強引に歩かされる。

 足を踏み出すごとに大きくなる刺激に、カサンドラは小さな悲鳴を噴きこぼした。

 とにかく歩く。

 太腿を擦り合わせることも、しゃがむこともできない。

 おぞましい感覚がずきんずきんとお尻の中から背筋に走り抜ける。

 

「気持ちいいからって、そんなに顔に出すんじゃねえよ。女王の前でそんな欲情した顔を晒すつもりか?」

 

 パリスがからかうように言った。

 何度もとまりそうになるカサンドラをパリスは腕をとって歩かせ続ける。

 そして、ふと思った。

 なぜ、パリスは、イムドリスの亜空間宮に向かう「扉の部屋」に向かう方向を知っているのだろう。

 初めて向かうはずなのに、パリスはまるで知っている経路であるかのように、どんどんと進んでいく。

 

 しばらく進むと、やっと扉の部屋の前に到達した。

 部屋の前には、さっき指示をした従者がひとりだけで立っていた。

 

「こ、ここはもういい。帰りはわたしが責任を持つ」

 

 カサンドラは男を追い払った。

 扉にある一部だけ色の異なる一画に手を置く。

 すると、扉が消滅して部屋が向こう側に現われる。

 そこには何もない。

 ただ、跳躍するには魔道を念じるだけだ。

 カサンドラとパリスが部屋の中央まで進むと、廊下に通じる扉が消滅する。こちらからは扉は見えない。

 これもカサンドラが魔道をかけない限り、外に通じる扉が出現することはない。

 

「じょ、女王の前では……どうか慎みを……。へ、兵の出動許可のことは、わたしがは、話しますから……」

 

 カサンドラは小声で言った。

 おそらく、人間族をイムドリス宮側に連れていくなど前代未聞だろう。

 しかし、パリスに逆らえないカサンドラは、ついに、ここまでパリスを連れてきてしまった。

 激しく悔悟する気持ちはいまもあるのだが、尻穴に詰め込まれた触手のもたらす快感に、カサンドラはまともに頭を働かすこともできないでいる。

 こんなことをする危険なパリスをガドニエルの前まで連れていくなど、ガドニエルへの裏切りに等しいが、いまのカサンドラには、もうパリスに逆らうことができない。

 すると、パリスが手にしていた鞄を床に置いて、くすくすと笑った。

 

「ど、どうかしましたか?」

 

 カサンドラは不振の視線をパリスに向ける。

 

「いや、ちょっとおふざけが過ぎたかと思ってな。実をいうと、本当はお前の案内など必要ねえのさ。久しぶりなんで、ばばあと遊んでやっただけだ。役得だったろ?」

 

 パリスが突然に大笑いした。

 カサンドラは呆気にとられた。

 パリスがなにが可笑しくて笑っているかが理解できないのだ。

 

「ど、どういう……?」

 

「つまりは、エルフ女王様には、すでに話がついていたのよ。そのままイムドリスにひとりで向かってもよかったが、まあ、筋を通した方がいいと思ってな。エルフ女王が突然に命じたくらいじゃあ、軍の指揮権はもらえねえだろう? だが、一応は太守夫人も話が通じているということになれば、わけがわからなくても、エルフどもも仕方なく、俺の指示に従うだろうしな」

 

 パリスは言った。

 カサンドラはますます首を傾げた。

 まったくパリスの言っていることが理解できない。

 

 だが、パリスがどこからか取りだした指輪を手にはめたときに、カサンドラは驚愕した。

 それは、ガドニエルからしか与えることができない特別な指輪であり、イムドリス宮への出入りを可能とする「鍵指輪(キーリング)」だった。

 この扉の部屋からイムドリス宮に出入りできるのは、向こう側にいる女王親衛隊と女王直属の侍女団、そして、水晶宮側の太守夫婦のみなのだが、パリスが持っている指輪があれば、ほかの者でも出入りできるのだ。

 この指輪に強力な魔道を注げば、その人物もここからイムドリスに向かうことができる。

 だが、なぜ、パリスがそれを持っている……?

 これが意味するのは、なんらかの手段で、パリスにガドニエルが直接に、指輪を渡したということになる。

 この鍵指輪には、誰かに譲渡もできないように、女王の魔道がかかっているはずだからだ。

 

 疑念を抱いたが、部屋が真っ白い光に包まれた。

 パリスが指輪に魔力を注いだのだとわかった。

 次の瞬間、カサンドラとパリスは、イムドリス側の「扉の部屋」に跳躍していた。

 また、驚いたことに、そこにはガドニエル女王が六人の侍女とともに立っていて、カサンドラたちを出迎える態勢をとっていたのだ。

 エルフ族女王が自ら、訪問者を出迎えるなど、そんな儀礼は聞いたこともない。

 

「パリス殿、よく来た。歓迎しよう。カサンドラも案内ご苦労であった。だが、もう戻ってよい。話は直接にパリス殿に訊く。お前は向こうで、わたしの指示を待て」

 

 ガドニエルが毅然と言った。

 カサンドラは唖然とした。

 

「ど、どういう……こと、でしょうか?」

 

 カサンドラはやっとのこと言った。

 ガドニエルとパリスは知り合いなのか?

 しかも、いまの口ぶりではパリスと面識があった気配だ。

 さらに、わからないのは、カサンドラが案内するまでもなく、パリスの訪問をガドニエルが知っていて、出迎えさえしていることだ。

 これはどう考えればいいのだろう?

 

「カサンドラ、戻っていいぜ。あとは任せな。もう、わかったと思うが、実のところ、ここに来るのは、俺は初めてじゃねえ。だが、今回はお前が正規に案内したという実績が欲しかっただけだ。帰りに寄る。それまで尻のもので遊んでな」

 

 パリスがいつもの下品な口調で言った。

 ぎょっとした。

 カサンドラとパリスの秘密の関係は、絶対に誰にも知られてはならないことなのだ。

 ところが、たったいま、パリスはカサンドラのことを呼び捨てにし、明確に言わなかったとはいえ、カサンドラに対する淫靡な悪戯の真っ最中であることを仄めかした。

 自分の顔色が変わるのがわかった。

 いまばかりは、尻に挿入されている触手生物のことも一瞬だけだが忘れた。

 

「カサンドラ、言う通りにせよ。お前ひとりで戻れ──」

 

 ガドニエルが煩わしそうに手を振る。

 カサンドラはわけがわからなかったが、女王の有無を言わせぬ態度に圧倒され、パリスを置いて戻ることにした。

 魔道を込める。

 自分の身体だけが、水晶宮側に帰るのを感じた。

 

 

 *

 

 

 カサンドラが消えると、目の前のガドニエルをはじめ、六人の侍女たちの態度が一変する。

 女の所作から、だらしのない男の仕草になる。

 パリスはにっこりと微笑んだ。

 

「ダルカン、女王の姿がどうに入っているじゃねえか。絶世の美女だぜ。まさか、エルフ族の中年男が化けているなんて、誰にもわかりゃしねえ」

 

 パリスは声をあげた。

 大きく手を拡げる。

 誰も信用なんてしないし、すべての者はパリスの道具だ。

 使い勝手が良ければ生かしておくし、そうでなければ処分する。

 だが、こいつだけは別だ。

 パリスが唯一、信用をしている男──。

 ダルカン──。

 

「そうか。嬉しいぜ、パリス。なんでも言って欲しい。ガドニエルの名でどんなことでも命令をしてやる。お前が俺に与えてくれた恩はこんなものじゃ返せないのだ」

 

 パリスが以前に与えた変身具でエルフ女王ガドニエルに化けているダルカンが、その姿のままがっしりとパリスに抱きついてきた。

 パリスもしっかりと抱き返す。

 その向こうで、やはり、エルフ女王の侍女に変身をしているパリスの部下たちが恭しそうに頭をさげるのがちらりと見えた。

 

「ところで、ダルカン、いや、ガドニエル女王、頼まれていた土産だ」

 

 パリスは足元にある大きな鞄を乱暴にダルカンに蹴りやった。



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413 ふたりの悪党

 ダルカンは、パリスが蹴り寄越した四角い鞄を開いた。

 かなりの大きさだ。

 パリスは、約束を守ってダルカンの欲しいものをアスカ城から運んできてくれたのだろう。

 果たして、中身はダルカンが恋焦がれていたものに間違いなかった。

 随分と変わり果ててはいるが……。

 

「嬉しいよ、パリス」

 

 むっとするほどの体臭とともに、鞄の中身が現われる。

 中にいたのは、ガドニエルの部下のひとりであり、このイムドリス宮から外に出ることのない女王ガドニエルに代わり、耳目となって情報を集める役割のアルオウィンに間違いなかった。

 

 エルフ族らしく、かなりの美貌であるし、武術で鍛えた美しい身体つきだ。

 だが、手足はない。

 四肢は付け根から切断されていて、胴体と首だけになっている。

 無論、一片の布も身につけてはいない。

 素裸だ。

 

 また、体毛がなくなっている股間には、緑色の触手生物が下着のように貼りつき、それがうようよと(うごめ)いている。

 どうやら、アルオウィンの膣をむさぼっているようだった。

 すると、外気を感じたせいか、汗と涙と鼻水でぐしょぐしょになったアルオウィンの顔が虚ろなものから、はっきりとした意識が蘇ったものに変化した。

 

「……は……はか……へかっ……」

 

 ガドニエルの姿であるダルカンを認めたのだろう。

 必死の表情になったアルオウィンがなにかを訴えるように声を出す。

 しかし、それはか細く、そして、ただ息が洩れたような音が鳴ったにすぎない。

 なにかの「処置」をされているのは明白だ。

 

 そして、気がついた。

 アルオウィンの口には舌がなかった。

 いや、あるにはあるのだが、ずっと付け根のところで切断されている。

 

「声は出せねえぜ、ダルカン。潜入したこいつをアスカ城で捕らえたとき、舌を噛み切りやがったからな。そのまま舌のない女に変えてやったんだ。ついでだから、声帯も取り去って、悲鳴さえも出せないようにしてやったというわけだ。お前が望むなら、舌くらいは術で戻すか?」

 

「いや、いいぜ、パリス。このまま受け取るよ。俺も煩いのは好きじゃない。それに、舌がなくても口で奉仕はできるだろう。なんの問題もない」

 

「だったら、歯も抜くか? 性奉仕をするか、手足を切断するかを選ばせたら、手足を切ってくれと言いやがったんだ。それでその姿だ。口の中に珍棒なんて突っ込んだら喜んで噛み切りやがるぞ。魔獣の苗床にしてたんで、性奴隷の躾はしてねえ。まあ、隷属の首輪を嵌めているから、それで命じれば、するはずだけどな。しかし、やり方を知っているとも思えねえがな」

 

 パリスがげらげらと笑った。

 魔獣の苗床というのは、エルフ族の敵を捕らえたとき、パリスがよくやる処置であり、人族を犯せるように改造した知性のない魔獣に犯させ、妊娠させて卵や胎児を産ませるという仕置きだ。

 捕らえたのが男であっても、魔改造して無理矢理に犯させる。

 大抵は、醜い獣の精液を何度も何度もぶちこまれ、繰り返し孕んでは出産をしているうちに、完全に狂ってしまう。

 そうなれば、魔道でも回復しないが、どうやら、アルオウィンはいまだに知性を保っているようだ。

 これには、ほっとした。

 

 一方でアルオゥインの目が大きく開かれた。

 その顔には戸惑いと恐怖が浮かびあがりかけている。

 どうやら、やっと目の前のガドニエルが本物ではないことを悟ったみたいだ。

 そして、アルオウィンの顔が恐怖に染まった。

 

「最初に言っておくぞ、アルオウィン。俺はお前が嫌っていたダルカンだ。このパリスに借りている力で、お前の女主人のガドニエル女王の化けている。そして、いまは、このイムドリスの隠し宮を俺が支配している」

 

 ダルカンはアルオウィンの髪を掴んで、鞄の中から引き出して床に転がした。

 手足がなく、体液まみれのアルオウィンが胴体を動かして、ダルカンの足に噛みつかんとするように迫った。

 ダルカンはそれを避けて、触手が貼りついているアルオウィンの股間を靴のまま軽く踏む。

 

「は、かはあ──っ」

 

 大きく息が洩れるような悲鳴とともに、アルオウィンの胴体と頭が激しくもがいて仰け反る。

 ダルカンは踏みつける足に力を入れることで、アルオウィンが動くのを阻止した。

 

 アルオウィンが苦痛で悶絶している理由はわかっている。

 パリスが施した触手生物は、アルオウィンというエルフ女の股間に貼りついて、性感を刺激することで、女から湧き出る愛液を餌として食べているのだが、こうやって外から刺激を与えると、電撃を発して外敵から逃れようとする性質を持つ。

 ダルカンの履いている靴は、その電撃を通さないのでどうということもないが、直接に股間に電撃を浴びることになるアルオウィンにとっては、想像を絶する激痛の苦悶に違いない。

 

 アルオウィンは白目を剥きかけている。

 ダルカンは足を離した。

 四肢を付け根から切断されているアルオウィンががっくりと脱力する。

 

「パリスの拷問を受け続けて、まだ発狂もせず、意識を保っていたのは嬉しいな。じっくりと調教するよ。ありがとう、パリス」

 

「お前の想い女だとわかっていれば、魔獣の卵を産ませる前に連れて来たんだけどな。一応の治療はしといたぜ。まあ、突っ込むには問題ねえ。孕む能力があることも、魔獣に犯させて苗床にしたことで証明済みだ。だが本当にこんなのが欲しいのか?」

 

 パリスが床のアルオウィンに向かって、座ったまま手をかざす。

 すると、眼に見えて、アルオウィンの身体が紅潮して、鼻穴を膨らませて悶え出した。

 ふと見ると、蠢いていた股間の触手が激しく動き出している。

 そして、まるで小便でも洩らしたかのように、アルオウィンの股間からどろりとした粘性のある体液がこぼれだしてきた。

 

「肌の感度は常人の十倍、性器に至っては三十倍、尻の穴もクリトリス並みの性感の場所に改造している。さっきも言ったが、元には戻せるぜ。魔獣に犯されて、よがり狂う身体にするためにやった処置だ。あんまり強情言いやがるからな。まあ、けだもの相手に腰を振るような淫乱にしてやったというわけだ」

 

 パリスが言った。

 一方でアルオゥインは、もうパリスの声も聞こえなくなったのか、腰をがくがくと動かしながら胴体を痙攣させている。

 早くも達したようだ。

 

「いや、そのまま貰い受けるよ。一応は調教のネタは準備してある……。パリスには先日話したが、こいつは俺の想い人なんだ。こっぴどく振られたがな」

 

 ダルカンは笑った。

 アルオウィンを最初に見たのは、ダルカンがこの隠し里にやって来てしばらくしてからだ。

 

 当時は、パリスに託されていたエルフ族の里への潜入施策に失敗し、額に入れ墨をされて、ナタル森林からの追放刑を受けたばかりの頃だった。

 褐色エルフの里という集落の里長として入り、パリスに求めに応じて、ナタル森林でしか作ることのできない「魔法石」を大量に横流していたのだが、旅の人間族に不正を暴かれ、捕らわれた挙げ句に、罪に問われてしまったのだ。

 その結果は、エルフ族の中では死罪よりも重いとされている不名誉刑であり、ダルカンは罪人として里を追い出されてしまった。

 もともと、エルフ族の掟など遥か昔に捨て去った、はぐれエルフなので、不名誉刑など死罪でなければどうということもないが、パリスに期待されたことをまっとうできなかったのは辛かった。

 

 パリスとは、もう百年以上の昵懇の仲だ。

 人間族社会にあるローム皇帝家の闇組織の重鎮としての地位を持ち、独自の闇軍団の長でもあるパリスは、なぜか織の下っ端に近い立場のダルカンに、昔からよくしてくれた。

 

 地位や立場を度外視した親友なのだ。

 同じ女を犯したこともある。

 姿を自由自在に変えることのできるパリスとは、酒の勢いで「男女の仲」にさえなったこともある。

 それくらい仲がいいのだ。

 気が合ったと言っていい。

 

 エルフ族でありながら、人間族の作った裏組織に身を寄せているダルカンだったが、大した能力があるわけでなく、ただ古株というだけで、ずっとうだつの上がらない中堅以下の立場でしかないのだが、パリスだけはダルカンを一人前に扱ってくれ続ける。

 

 とにかく、パリスはダルカンにとって、色々な意味で恩人だ。

 初めてパリスに会ったのは、もう百年以上前だ。

 当時からパリスの能力は群を抜いており、こいつはあっという間にダルカンなど口もきけないような立場にまで昇り詰めるのだろうなと思った。

 

 なんとなく、こちらから声をかけて、酒など酌み交わしたりしたが、人を人とに思わない破天荒さが気に入り、ダルカンはすぐにパリスが好きになった。

 そして、なぜかパリスもまた、ダルカンを気に入ってくれたみたいだった。

 ダルカンとパリスが気の置けない間柄になるまでに、いくらの時間もかからなかった。

 

 パリスが望むことは、なんでもかなえたいと思いようになるのはすぐのことであり、その通り、ダルカンはエルフ族という種族特性を生かして、パリスの魔道の実験台のようなこともしたりもした。

 当時、パリスは、エルフ族の能力を支配する闇魔道の研究のようなことをしていて、それに協力してくれるエルフ族の存在が必要だったりしたのだ。

 ダルカンはそれを耳にしたとき、一杯の酒の代償として、いくらでも身体を使っていいと申し出た。

 今も昔も傍若無人のパリスが、そのときばかりはびっくりしていたのを懐かしく思い出す。

 

 それをきっかけに、ダルカンとパリスはすっかりと打ち解けた仲になった。

 もしかしたら、それには、パリスのなにかの打算のようなものがあったのかもしれないが、どうでもよかった。

 ダルカンは、この不思議な魅力を持つパリスが好きになっていたのだ。

 エルフ族の社会にいられず、もともと、どこかで朽ち果てるしかなかったようなダルカンだ。

 風来の末に、人間族の裏組織に属したのも、ほかにできることなどなかったからだ。

 エルフ族のくせに魔道力も低く、ダルカンはいつも馬鹿にされている立場だった。

 だから、この竜のような途轍もない能力を持つパリスという得体の知れない男の役に立つというのは、ダルカンにとっては、かなり魅力的なことに感じた。

 

 そして、パリスはやはりすぐに頭角を現した。

 あっという間に、その人間族の裏組織の幹部級になり、その頂点になった。

 ダルカンたちが属する皇帝家という人間族たちがなにかを企んでいるのは完全には知らないものの、そんなことはどうでもいいのだ。

 とにかく、実際には、この組織はパリスのものだ。

 いつの間にかそうなっていて、皇帝家という連中はパリスを使って、なにかをしている気になっているが、実は連中を操っているのはパリスなのだ。

 

 パリスこそ、アスカという魔女を支配し、冥王を復活して権力を復活させるというたわ言を人間族の皇帝家に信じさせ、その陰謀の矛先をエルフ族の里であるナタル森林に向けさせた立役者だ。

 パリスは自分自身の目的のために、人間族の組織を利用し、事を起こそうとしている。

 それがパリスという男だ。

 

 もっとも、ダルカンは、パリスが真実なにを企んでいるのかについても知らない。

 だが、パリスが命じるのであれば、どんなことでもする。

 失敗して組織から処分されても仕方のなかったダルカンを、ガドニエルのいるイムドリスという隠し宮に潜入させ、そのガドニエルに入れ替わるという重要な任務を与えてくれたのはパリスだ。

 本来であれば、ダルカン程度の小者がこんな大きな仕事を与えられることなどあり得ない。

 ただただ、ダルカンがパリスのお気に入りだったから、これほどの大役を受け持つことになったというだけのことだ。

 

 そして、今回、ダルカンのところに、アルオウィンを連れてきてくれたのも、パリスからのダルカンへの気配りだ。

 パリスはダルカンになんでもしてくれる。

 ダルカンは、このイムドリスに潜入してすぐに、ガドニエルの部下のアルオウィンを見初めてしまい、すっかりと気に入っていたのだ。

 雑用人であり、しかも、額に追放令の入れ墨のあるダルカンをガドニエルが受け入れたことに、アルオウィンが不満を持ち、事あるごとに追い出せと言っていたが、ダルカンはアルオウィンに対して、すっかりと欲情の対象として心を動かすようになっていた。

 

 だから、本物のガドニエルからアスカ城の調査を命じられたアルオウィンが、パリスに捕らえられて、拷問を受け、見せしめして四肢を切断されて、魔獣の苗床になる罰を受けたと耳にし、そのアルオウィンをもらい受けたいとパリスに申し出た。

 パリスは、すぐに連れて来てくれた。

 だから、アルオウィンが目の前にいる。

 本当にパリスは素晴らしい。

 

「ねえ、パリス様、ちょっといいですか?」

 

 そのときだった。

 不意に話に割り込むように、ひとりの侍女が声をあげた。

 女の姿をしているが、ダルカン同様にパリスの手の者であり、いまはガドニエルの侍女のひとりに入れ替わり、ダルカンとともに、このイムドリスを不当に支配する役目をしている。

 同じ立場の者が六人いるが、声を出したのは、その中でももっとも魔道力の強い男だ。

 もともとは人間族であり、まだ若かったと思う。

 

「ああ?」

 

 声を掛けられたパリスは、ダルカンに面していたときとは明白に不機嫌になり、顔をその男に向けた。

 ダルカンも視線を向けたが、そいつはパリスの不機嫌さに気がつかないのか、媚びを売るように表情を崩している。

 

「ねえ、ダルカン殿は、その雌を気に入っているでしょう。だから、それに専念させてやればいいんじゃないですか? なにしろ、実はダルカン殿は魔道能力が低すぎて、闇魔道の魔道具を使っても、支配できない者が多いんですよね。だから、イムドリスの支配は完全じゃないんです」

 

 男が言った。

 パリスの顔がますます不機嫌になったのがわかった。

 

「ああ? なにが言いてえんだ?」

 

「ガドニエル女王に化けて、隠し宮を支配する役目──。ダルカン殿よりも、俺が向いていると言ってるんです。俺にやらせてください。仮の役目だけのこととはいえ、俺たちがダルカンの下につくなど……」

 

 男が日ごろの不満を隠すことなく言った。

 すると、パリスの手が突然に白い光に包まれるのがわかった。



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414 不埒者への罰と宴の開始

 向かい側に座るパリスの手が白く光ったと思った。

 

「はぎゃあああ――、ほげえええ――」

 

 次の瞬間、さっきパリスに話しかけた男は苦しそうに呻き声をあげてうずくまっていた。

 

 パリスにつけられた六人の部下たちのひとりであり、ダルカンは、そいつをはじめとする全員に馬鹿にされていた。

 なにしろ、大した能力もないのに、パリスと懇意であるというだけの理由だけで、エルフ離宮の乗っ取りとガドニエル女王との入れ替わりという途方もない陰謀のリーダー役をダルカンがすることになったのだ。

 しかも、この陰謀工作のリーダーは、ダルカンということになっていて、六人はダルカンの部下というかたちだ。

 面白くなかったに違いない。

 

 そもそも、ガドニエル付きの侍女として、女たちの姿を乗っ取って入れ替わる役目になった六人たちは、ダルカンよりもずっと高い能力があるし、組織の中における功績度も高い。

 連中からすれば、ダルカンの下につくことを命じられたのは、愉快なことではなかっただろう。

 パリスの決めた人選と役割に、一番びっくりしたのがダルカンなくらいだ。

 当然に、この連中はダルカンがリーダーであることに納得せずに、あからさまな不満を表にしていた。

 その筆頭が、いま倒れた男だ。

 

 このイムドリスの離宮の乗っ取りが成功してから、ずっとダルカンを小馬鹿にするような態度を続けていたし、ほかの男たちを扇動して、ダルカンを軽んじる振る舞いを続けていた。

 実際のところ十分な能力も確かにあり、ほかの任務でも、かなりの功績をあげている。

 ダルカン自身からしても、今回の人選であれば、そいつこそがリーダー役になるのが当たり前だろうとは思う。

 

 だから、パリスを前にして、指揮官の交代を申し出るような暴挙に出たに違いない思う。

 なんだかんだといっても、パリスはダルカンよりも、自分を買ってくれていると信じ切っていたに違いない。

 だから、面と向かって、リーダー交代を直訴したのだと思う。

 そいつがのたうち回っている。

 なにをしているのかわからないが、おそらく、全身の痛覚を活性化しているのだろう。パリスは自分の部下になる者たちをなんらかの方法で支配している。

 苦しめるどころか、瞬時に命を奪うことも簡単にできるのだ。

 それにしても、余程に苦しいのか、大変な悲鳴だ。

 部屋を完全防音にしているので、これが外に漏れることはないが……。

 

「死にてえなら、死にてえとはっきりと言いな。死にてえから、俺に向かって、たちの悪いたわ言を聞かせるんだろう? 俺の決めたことに文句を言うなんざ、そうとしか思えねえぞ、サロン」

 

 サロン──。

 そういえば、そんな名前だと思い出した。

 大抵のことは勝手にやらせているので、名前も記憶していない。

 実際のところ、このイムドリスの隠し宮の支配のために動いているのは、この侍女に扮している側の者たちだ。

 ダルカンなど、ガドニエルの偽者を演じているくらいで、ほかにはなにもしていない。

 だから、サロンのように増長するのだろうが……。

 

「んぎゃああ──。ひがああ──。お、お許しを──。ほげえええ──」

 

 すると、サロンの全身が床の上で硬直して、あおむけの状態でまっすぐになり、次に四肢が一斉に関節で折り曲がった。

 ただし、すべて関節の逆方向にだ。

 サロンは白目を剥くとともに、股間に小便を漏らした。

 まあ、男の失禁姿であれば、気持ちの悪い光景でしかないが、いまのサロンは人間族ではなく、ガドニエルの侍女のひとりであるエルフ美女に化けている。

 だから、醜悪な姿というわけでもない。

 どちらかというと、嗜虐心を刺激するものである。

 性癖であれば、ダルカンはパリスと同じで、相手が女でも男でもいける。

 

「ちっ、気絶しやがった。仕方ねえ。処分するか」

 

 だが、パリスが不機嫌そうに舌打ちした。

 そして、さらに魔道を込める仕草をする。

 殺すつもりだろう。

 パリスは、能力のある自分の部下であろうと、その命になんの重きを抱かない。

 一片の躊躇をするわけがない。

 瞬時に殺さなかったのは、苦しめてから殺すつもりだったからだと思う。

 しかし、ダルカンは、それを制した。

 

「どうした? お前を馬鹿にしやがった男だぜ。まさか、庇いだてしねえだろうな」

 

 パリスはダルカンに視線を動かす。

 ダルカンは微笑んだ。

 

「庇うつもりはないさ、パリス。いや、どうせなら、こいつへの罰を提案させてくれないか。さっきの態度でわかるとおり、こいつは結構、プライドの高い男でな。だから、死ぬよりも相応しい罰があると思ってね」

 

 ダルカンは、パリスに耳打ちした。

 すると、パリスが噴き出した。

 

「そりゃあいい、じゃあ、そうするか──」

 

 パリスが床のサロンに手を向けた。

 エルフ族のガドニエル女王付きの侍女姿だったサロンが人間族の若い女の姿に変化する。

 

 パリスの見た目が変わったのは、ダルカンが提案したものだ。

 まだ、イムドリスの支配は完全に整ったというわけではない。

 ガドニエル親衛隊のブルイネン以下の者たちは手付かずだし、ほかにも闇魔道が浸透していなくて、操りが完成していない者が半数以上いる。

 パリスが事前に仕組んだイムドリス支配の術式は、ダルカンを核にして拡がるようになっているので、大元のダルカンの魔道力が低いために、支配できるのが一定の能力以下に限られてしまうのだ。

 サロンがパリスに訴えたことは、実は本当のことだったのだ。

 

「ほらよ。お前が命じな、ダルカン」

 

 パリスが亜空間から取り出したものをダルカンに手渡した。

 銀色の金属の首輪だ。

 隷属の魔道紋が刻んである。

 いわゆる『隷属の首輪』──。すなわち、人族を奴隷化する魔道具ということだ。

 ダルカンは、その魔具の首輪を呆気にとられて無言でいる残っている五人のひとりに放り渡す。

 この連中は、ダルカンとパリスが昵懇なのは耳にしていたとは思うが、ここまで仲がいいとは思っていなかったのだろう。

 なにしろ、この組織の事実上の頂点に立つパリスと、昼行燈のような無能者という評判の定着したダルカンとでは違いがありすぎる。

 

「そいつは、いまこの瞬間から、パリスが連れてきた人間族の奴隷女のサロンだ。別室に連れていって、心を折って奴隷化しろ。全員が必ず、そいつを犯して一度以上の精を注げ。それ以外はどんな方法を使ってもいい。隷属化したら、俺が支配を引き継ぐ……。さあ、連れていけ」

 

 ダルカンは言った。

 男たちは少しのあいだ唖然としていたが、やっと指示の内容を理解したのと、どうやら自分たちには咎めがないということがわかって相好を崩した。

 

 ダルカンがパリスに提案したのは、「無礼」を働いたサロンへの罰として、このまま女体化を定着して、しかも、女奴隷としてダルカンの慰み者にすることだ。

 サロンは、ダルカンにつけられた部下ということになっている六人の中でもリーダー格だった。

 それが女として、ほかの男たちに犯され、しかも、隷属された後でダルカンに犯されるのだ。

 まあ、せいぜい、鬼畜にいたぶってやろう。

 目の前のアルオウィンのように、四肢を切断するのもいいかもしれない。

 

「わ、わかりました、ダルカン様」

 

「もちろん、言いつけのとおりに……」

 

「任せてください」

 

 男たちが媚びを売るような笑みをダルカンに向ける。

 現金な連中だ……。

 

 さっきまでサロンに扇動されて、ダルカンなどいない者のように馬鹿にしていたくせに、本当にパリスと仲がいいのだとわかった途端に、手のひらを返した。

 まあいい……。

 これで、やりやすくなるだろう。

 どっちにして、ダルカンが無能者で、イムドリス乗っ取りの陰謀をやり抜くなどということなど難しいというのは事実だ。

 こいつらに働いてもらわないとならない。

 

 男たちが、いまだに気を失っているサロンを抱えて出ていく。

 隷属化の最初においては、口先だけでなく、心から目の前の相手に屈服するという手順が必要になる。

 だから、意識を失わせた状態では隷属は完成しないので、一度起こしてから、それから拷問などをして、隷属を誓わせる必要がある。

 パリスのことだから、姿を人間族の女に変化させた時点で、サロンの魔道能力は消失させているはずであり、それを屈服させるのは、それほど面倒なことではないだろう。

 

「さて、ダルカン、話だ」

 

 ふたりきりになると、パリスが当たらためてダルカンに向き直る。

 そして、口を開く。

 

「……ガドニエルの親衛隊は連れていくぜ。当分、イムドリスには返さねえ。カサンドラの婆あには、お前への嘆願を改めて示させる。ちょっとした捕り物があってな。もうすぐ、ある人間族の男がこのエランド・シティに来るみたいだ。エルフ軍の全軍を使って捕らえさせる。ちょうどいいから、その名目で親衛隊は追い出すといい」

 

 どうやら、パリスはイムドリスの闇支配が完成していないことを承知し、それがブルイネンをはじめとした親衛隊の能力が高すぎて、ダルカンでは闇支配できないことが原因であることを認識していたみたいだ。

 

「助かる……。きっとお前の役に立ってみせる。今度こそな」

 

 ダルカンは言った。

 パリスは笑って手を軽く一度振った。

 

「役に立っているさ。それよりも、面倒な話は後でしようぜ。宴といこう。さっそく、このエルフ女を犯したらどうだ? 久しぶりに遊ぼうぜ。俺はそれを愉しみに来たんだ」

 

 パリスが足元に転がったままのアルオウィンの髪を掴んでテーブルの上に載せた。

 

「はがっ……がっ、あが……」

 

 アルオウィンが抗議の仕草を見せて全身を暴れさせる。

 相変わらず、口からは風が洩れるような音しか出ない。

 ダルカンは、アルオウィンを裏返してうつぶせにすると、自分の長いスカートを捲って自分の股間を露出させた。

 

 外観は完全にガドニエルになっているが、股間だけはダルカンのままにしてもらっている。

 だから、ガドニエル姿のダルカンの股間には、勃起した男根がそそり勃っている。

 

 まずは、アルオウィンの股間に貼りついている触手生物を剥がす。

 それだけで、愛液の塊をアルオゥインは股間から噴き出した。

 片手でアルオウィンの背中を押さえつけ、もう一方の手でアルオィンの股間を愛撫しはじめる。

 パリスによって全身の感度をあげられる淫乱処置を施こされているアルオウィンが、口惜しそうな表情ながらも、たちまちによがり出す。

 

「んあ、はあっ、はあ……」

 

 アルオウィンの裸身があっという間に真っ赤になる。

 ほんのちょっとの刺激なのに、まるで尿でも洩らしたかのように愛液が噴き出てきた。

 

「相手が魔獣でもよがり狂うからな。いい玩具になるぜ。飽きるまで可愛がってやれよ。そして、飽きたら殺しな。別にもうこいつに用はねえしな」

 

 椅子に座ったままのパリスが笑った。

 ダルカンは勃起した男根をアルオウィンの股間に貫かせた。

 すると、早速、絶頂の動作を示した。

 

「はふううう……」

 

 声は大きくないが、明らかに欲情した嬌声をアルオウィンが口から迸らせる。

 

「淫らすぎるな。もう少し、我慢せんか、アルオウィン」

 

 ダルカンはガドニエルの声と口調で言った。

 アルオウィンががくがくと身体を痙攣させ、その後、悔しそうに顔を歪める。

 ますます、股間の一物が固くなるのがわかる。

 抽送を始める。

 アルオウィンがよがり始めた。

 

「パ、パリス、と、ところで、宴の趣向に、あ、あるエルフ女を、新しい、じ、侍女として、イムドリスに、い、入れている。よかったら、相手を、するか?」

 

 ダルカンはアルオウィンを激しく犯しながら言った。 

 アルオウィンは口惜しいのだろう。

 欲情しながらも、眼に涙を浮かべている。

 これでなければ面白くない。

 ダルカンは満足した。

 これで準備した趣向も愉しめそうだ。

 

「おっ? なんだ? そういうことについては、いつも俺はお前にはかなわねえ。なにを連れて来てくれるんだ?」

 

 パリスが言った。

 

「な、なに……こ、この、アルオウィンが……か、隠していた、実の、妹だ。まだ、まったくの……て、手つかずだ……。このアルオウィンを見せて……、そして、ここで調教するのはどうだ?」

 

 ダルカンは言った。すると、律動を続けていたアルオウィンの膣がぎゅっと締まった。さらに、大きく背中をのけ反らす。

 

「んがああ──」

 

 ダルカンの言葉が耳に入った途端にアルオウィンが全身で暴れ出す。 

 どこにそんな力が残っていたかと思うような暴れぶりを示すもする。

 もっとも、ダルカンの一物は完全にアルオウィンを貫いていて、しかも、四肢のないアルオウィンに大したことができるわけでもない。

 ダルカンは魔道でアルオウィンの身体を押さえる。

 これくらいのことなら、ダルカンにもできる。

 

「ははは、そりゃあ、面白そうだ。だから、お前が好きだぜ、ダルカン──」

 

 パリスが手を叩いて笑った。

 ダルカンはアルオウィンの股間に精を注いでから、ガドニエルの声で「言玉」を作り、ひそかにここで働かせることにしたアルオゥインの妹、すなわち、侍女のセリアを呼び出した。

 

 いまだに、ダルカンに股間を貫かれて、二度目の射精を受けようとしているアルオウィンが必死の表情でダルカンに首を振り、なにかを訴えるようにぼろぼろと涙をこぼした。

 

 

 

 

(第27話『悪党どもの宴』終わり)




 *


 これからというところですが、ひとまず主人公の視点に戻ります。


・男の心を持ったままの女体サロンへの凌辱による心のへし折り
・アルオウィン、セリア姉妹のダブル調教


 書こうか、跳ばすか迷いましたが、跳ばして話を続けることを選びました。


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 第28話  エルフの都の罠
415 第六回新参者会合


 エランド・シティにやって来るのは、十数日ぶりだろうか……。

 

 そのときには、イットは、まだアンドレの奴隷であり、彼の隊商と一緒だった。

 考えてみれば、あれから幾日もすぎていないのに、なんという変わりようだろう。

 あの屍腐体(ゾンビ)集団の襲撃に遭い、アンドレに使い捨てのように処分されかけ、偶然に居合わせたロウに助けられて、イットの主人が彼になり、「性奴隷」という名の愛人に加えられて、再びエランド・シティに戻って来る……。

 そんな風に人生が転がるなんて、思いもしなかった。

 さらに言えば、父親によってカロリック公国内の奴隷商に売られて以来感じることのなかった幸福感というのを味わっている。

 とにかく、いまは新しい仲間がいて愉しい。

 

 いまは、宿屋だ。

 

 エランド・シティに入るのは面倒なことではない。

 イットは、ロウたちとともに馬車でやって来て、なんの問題もなくシティに入ることができた。

 もっとも、エルフ族の都と称されているエランド・シティは空中浮遊都市だ。

 城郭そのものが、地上からずっと高い場所に浮かんでいて、エルフ族たちはその上層側で暮らしている。

 ただし、上層部は下層側からは見えない。

 エルフ族の不思議な魔道結界によって隠されているのだ。

 イットたちが宿をとったのは、浮遊都市の真下になる「下層部」であり、そこでは、上層部で暮らすことができないエルフ族の貧民層とエルフ族以外の種族が下層都市を作っている。

 イットたちが宿をとったのは、その下層部の中心になる。

 上層部側は、いわゆる貴族街であり、冒険者程度では入ることはできない。

 

 もっとも、最初に教えられて驚いたのだが、ロウは気さくな感じでイットにも接するが、ハロンドール王国で成功した(シーラ)ランクの冒険者であり、子爵位を持つ貴族様なのだそうだ。

 その肩書があれば、上層部にも問題なく泊まれるとは思うが、ロウはいまのことろその気はないらしい。

 とりあえず、下層部に拠点を置き、もしかしたら水晶宮に連れられていったかもしれないユイナというエルフ族の少女を探すのだそうだ。

 イットも深くは承知していないが、そのユイナを探すのが、この旅に同行をしているイライジャという褐色エルフの依頼とのことであり、ロウはそのために、はるばるとこのやって来たのだ。

 

 また、水晶宮というのは、エルフ族の支配するナタル森林全体を治める行政機関であり、いわゆるエルフ族の女王の宮殿だ。

 ただ、女王ガドニエルは、水晶宮にはおらず、そこからしか入ることのできないイムドリスという隠し宮で暮らしている。

 ガドニエル自身は、滅多に人前に姿を示すことはなく、水晶宮で女王の代官とするのが、“太守”という地位のエルフ族になる。

 いまは、正式の太守は病で伏していて、その妻のカサンドラという女性が太守の業務をしているはずである。

 まあ、イットが知っているのは、それくらいのことだ。

 

 ロウはエランド・シティの街並みに到着すると、下層側にある冒険者ギルドに顔を出し、そこに紹介された宿屋をとった。

 その宿屋はふたり部屋しか扱っておらず、ロウはそれを四部屋とった。

 イットを含めて、一行は八人だ。

 だから二人部屋を四部屋ということらしいが、奴隷身分の自分も一人前に数えられているのは驚いた。

 奴隷解放をされたとはいっても獣人族であるし、てっきり馬車の番を兼ねて、納屋かなにかを寝床にあてがわれると思ったのだ。

 だが、イットもほかの女たちと同じように宿屋の中に部屋をあてがわれた。

 そもそも、馬車そのものが消えてしまった。

 あのロウの「亜空間」とかいう魔道のようだが、「いんまし」というのは、なんとも不可思議な存在だと思った。

 

 また、不可思議なのは、ロウだけではなく、ロウの女たちもだ。

 ロウの女たちは、どの女も自分のことを「奴隷」だと口にするが、誰も奴隷扱いされていないし、奴隷のようにはロウには接しない。

 イットからすれば、奴隷などではなく、ロウの寵を争う六人の愛人という感じだ。

 どうやら、奴隷と口にするのは、この関係の中の「戯れ」のようなものだと思うのだが、「本当」の奴隷であるイットに対しても、誰ひとりとして奴隷扱いをしない。

 いや、実際には、イットはすでに奴隷解放をされて、「自由人」だった。

 自分が奴隷以外になることなど、夢にも思わなかったので、いまだに戸惑うことが多い。

 

 とにかく、イットはほかの女たちと同等に扱われている。

 人族の中でも蔑視されている獣人族にもかかわらずだ……。

 すべて同じ……。

 さまざまな小間仕事も……。

 ロウに対する性奉仕も……。

 

 そして、ロウへの性奉仕は激しい。

 一応の伽の順番のようなものはあるのだが、それはあってないようなものだし、夜だけでなく、昼間でも朝でも、ロウの気紛れで、それこそ死ぬほどに愛される。

 ロウは絶倫であり、異常なほどに性愛が上手だ。

 イットはずっと性奴隷だったので、これまでの人生だけで何人もの男に奉仕をしてきたが、ロウ程の床上手の男は存在しなかった。

 

 死ぬほどの快感……。

 それがロウの女に対する愛し方だ。

 いずれにしても、ロウはイット命の恩人だ。

 

 あのとき、ロウがいなければ、イットは間違いなく、前の主人であるアンドレに殺処分されていた。

 

 命をくれた人……。

 

 ロウの愛し方は、かなり特殊だが、驚くべきことに、七人もいる連れの女を一日の間に、最低一巡以上は抱く。

 一度にひとりだけのときもあれば、複数を同時に抱くこともある。

 

 幾度も繰り返したくなるが、とにかく、絶倫だ。

 また、たくさんの女性を侍らせるだけあり、イットが、ロウとふたりきりになれるということは少ない。

 抱かれるときも、大抵は、ほかの女と一緒だ。

 ほかの女たちの前で、抱かれることには、さすがのイットも当初は抵抗はあったものの、すぐに慣れてしまった。

 なにしろ、ほかの女たちもそうしているのだ。

 そういうものかと、受け入れてしまう。

 

 ……というわけで、それほどの日数が経ったわけじゃないが、イットも、ロウの奴隷になってからは、少なくとも、一日に一回以上、精を注いでもらっている。

 命の恩人である人に求められ、愛され、認められ、そして、躾けてもらえる。

 まさに、無情の悦びだ。

 そんな風に思考してしまうのは、ロウにいわせれば、イットが「まぞたいしつ」であるからだそうだ。正確にはよくわからないが、雰囲気で意味はわかる。

 

 あたしは、「まぞたいしつ」だ。

 

 また、ロウの愛人になってから、変化したことがもうひとつある。

 恐ろしいほどに、身体が軽くなり、以前とは比較にならないほどに戦えるようになった。

 これもまた、ロウによるもののようであり、信じられないが、ロウに精を注がれた女は、誰も彼もなにかしらの能力が飛躍的に向上するのだと教えられた。

 そんなこと信じられるわけもないが、事実であることは、イット自身で味わっている。

 本当に不思議な人だ。

 もちろん、これはロウの愛人仲間のみの秘密だ。

 それが公になれば、大変なことになるのは、イットでもわかる。

 

 だが、それと引き換えにイットの中に現れた別人のイット……。

 いまだに理由は不明だが、何度かイットは、まるで他人がイットの中に生まれたかのように、身体を乗っ取られるということがあったのだ。

 ロウの愛人になってからのことであり、ほんの少しのあいだだが、イットは恐怖してしまった。

 このところはもうないが、なんだったのだろう、あれは?

 ロウも調べようとはしてくれたが、結局わからなかった。

 

 とにかく、エランド・シティに入って一夜目となる今夜の伽は、シャングリアとエリカが指名された。

 いまは、ふたりはロウの部屋だろう。

 

 イライジャとコゼは、ユイナというエルフ少女の情報を集めるために、夕食が終わると、すぐに宿屋を出ていった。

 みんなに言わせれば、情報集めであれば、そのふたりの右に出る者はいないそうだ。

 

 イットはそのコゼと相部屋だったので、夕食後はひとりでいた。

 すると、ミウに呼び出されて、いまは、ミウとマーズの部屋に一緒にいる。

 なにか大切な相談があるそうだ。

 向かい合っている寝台の片側にミウとマーズ、反対側にイットが顔を突き合わせているかたちだ。

 

「改めて、歓迎いたします、イット。では、第六回目の新参者集会を始めます」

 

 ミウが宿屋の主人に頼んで準備してもらったという果実酒がそれぞれに配られると、まず、ミウが芝居じみた強い口調で言った。

 果実酒のほかに、テーブル代わりに寝台と寝台のあいだに置かれた木製の椅子の上に拡げられた紙に載せたクッキーもある。

 訊ねると、その代金は、旅の路銀として、ミウが個人的に持ってきたものだそうだ。

 これひとつでも、ミウが本当は奴隷身分でないことは確かだ。

 奴隷は個人資産など持てないし、勝手に飲み物や菓子を買うなど許されることではない。

 

 ミウは、十二歳になったばかりの可憐な少女であり、栗毛でツインテールがよく似合っている可愛らしい女の子だ。

 最初は、彼女は、自分は「性奴隷」だと自己紹介した。

 だから、当初は鵜呑みにしたのだが、実はとんでもない魔道遣いだった。

 野宿のときにも、馬車一台分を軽く覆ってしまう結界を張ってしまうし、イットたちが襲撃されたあの死霊体を浄化したのもミウらしい。

 ミウはいままで接した魔道遣いの中で一番にすごい。

 

 そのミウの宣言めいた言葉のあと、追従するようにマーズが拍手をした。

 マーズは、小柄なミウやイットとは対照的な、肩までの黒髪をした、大柄で筋肉がとても逞しい少女だ。

 年齢は十六歳というが、とても、イットの一歳上とは思えない。

 彼女は、闘戦士なのだという。

 もともと闘奴隷だということだったが、いまはロウによって、開放されたようだ。

 

 とにかく、イットも慌てて拍手をした。

 しかし、新参者集会とはなんだろう?

 ミウに引っ張られて、この部屋に入ってきただけなのだ。

 なんの説明も受けていない。

 

「では、この集まりの目的を説明します。先日、イットは、ロウ様の性奴隷のひとりとして、あたしたちの仲間入りしましたので、この新参者集会に少しでも、早く加わってもらいたいと思っていました。なかなか、三人で集まれる機会がなかったので、今夜まで伸び伸びになってしまいましたが、ともかく、イット、改めて歓迎します。仲良くしてください」

 

 ミウがにっこりと笑った。

 イットは慌てて頭をさげた。

 

「で、でも、これ、なんなんですか、ミウさん……?」

 

 イットは困惑しながら訊ねた。

 

「イット、丁寧な言葉遣いはやめてくださいよ。いつも言っているじゃないですか……」

 

 すると、ミウが溜息をつく。

 そのとき、横でマーズがぷっと噴き出した。

 

「ミウ、まずは、ミウがイットに砕けた物言いとするといい。そうでないと、イットは気楽にできない。あたしにしてくれたように、まずは、ミウの方から言葉遣いを改めたらいい」

 

 ミウは困った表情になった。

 

「だって、イットさんは、歳上だし……」

 

「あたしとほとんど同じ歳だぞ」

 

 マーズが笑った。

 ミウの頬がやっと緩んだ。

 

「うう……。そうね…。じゃあ、改めて、あたしたちと仲良くして、イット……。あたしたちは団結をしなくちゃいけないわ」

 

 一転して砕けた口調で、ミウが言った。

 

「団結?」

 

「そうよ、イット。あたしたち三人は団結をして、先輩お姉様たちから、少しでもたくさんのロウ様の寵を確保しなければならないわ。そのために、こうやって集まっているのよ」

 

「新参者派閥だそうだ、イット。派閥の親分はミウだ。ちなみに、言い出したのもミウだ。まあ、諦めろ。あたしは、もう五回もこれに付き合っている」

 

 マーズが笑った。

 

「付き合っているというのはひどいよ、マーズ。あたしたちは、協力しなければならないわ。さもないと、ロウ様に遊んでいただく時間がどんどんと短くなるのよ。コゼ姉さんなんか見てよ。あのくらいしなくちゃ」

 

 その屈託のないミウの笑顔に、イットはつい顔が綻ぶのがわかった。

 また、意外に砕けているという印象はマーズに対しても感じた。これまでのマーズの印象は、怪力で武術の腕はすごいが、朴訥で大人しいという印象だった。

 だが、目の前のように、あんな表情もするし、明るく喋れるというを知った。

 ミウについても、すごい魔道遣いだというのは認識しているが、やはり、無邪気で可愛らしい少女だ。

 とにかく、ロウにべったりのコゼと争うように、ロウにくっついていくのは、ちょっと微笑ましい。

 

 確かに、この三人というのは、ちょっと安心する気がする。

 一年以上前からのロウの愛人であるエリカ、コゼ、シャングリアという三人は、ちょっと割り込めないロウとの絆の強さを感じるのだ。

 なんとなく、ロウに対する立ち位置が同じような気がして、ほっとする。

 だが、それで思い出したが、そういえば、エリカはやたらとイットにくっつきたがる。最初は戸惑ったが、やっと慣れてきた。まあ、性奉仕には抵抗はないので、ロウさえ問題なければ、相手をするのもやぶさかではないものの、エルフ族の美女のエリカが獣人のイットに、身体を求めるのは驚きでしかない。

 

「あたしは、言われたとおりにしているぞ。伽の番のときには、なるべく、ミウを指名するようにしているだろう」

 

 マーズがまた笑った。

 なんのことかと思ったら、夜の伽というのは順番があって、自分の指名のときには、パートナーとなる女を好きなように一緒に参加させることができるらしいのだが、そのことのようだ。

 ロウは絶倫だ。

 ひとりで相手をすれば、ロウを満足させる前に、女の方が倒れてしまう。

 だから、ふたり、三人と複数で相手をすることにしたそうだ。

 

 つまりは、この集会は、それぞれが伽の順番のとき、なるべく、お互いを招き合う約束をするためのことらしい。

 ほかにも、ロウの寵を分けることができる機会があれば、ほかの者よりも、この三人を優先しようということもあるらしい。

 とにかく、ミウから、しばらく話を聞き、その健気さに、なんだか笑ってしまった。

 

「わ、笑わないでよ、イット。そんなことでもやっていかないと、大変なのよ。ロウ様には何人の愛人様たちがおられると思っているのよ。なんにもしなければ、ずっとお相手をしてもらえないかもしれないわ」

 

 イットが笑ったのを、馬鹿にしているとでも勘違いしたのか、ミウが憤慨したように頬を膨らませた。

 しかし、イットは意外な言葉を聞いた気がした。

 なんとなくだが、ミウの物言いは、ここにいる女以外にもロウの相手がいるという響きだ。

 

「もしかして、ほかにも愛人……、つまり、ロウ様のお相手はいるの?」

 

 訊ねた。

 すると、ミウより先に、マーズが口を挟んだ。

 

「そうだな。あたしもちゃんとは知らないんだ。一度、教えて欲しかった……。ねえ、ミウ、もしかしたら、王都を出立するときに集まった女の方々が全員、ロウ様のお相手なのか?」

 

「そうよ……」

 

 ミウが大きく頷く。

 

「……あそこにいた全員。多分だけど、あれだけじゃないわ。スクルズ様の任官式のとき、国王の寵姫様のことをスクルズ様とベルズ様がお話をしているのを立ち聞きしたことがあるの。きっと、そのお方々も、ロウ様の愛人様なのだと思うわ、マーズ」

 

「えっ、国王の寵姫がロウ様の愛人?」

 

 イットは驚いて、横から声をあげてしまった。

 

「イット、そんなことで驚いてはいけないわよ。ハロンドール王国の王太子のイザベラ姫様、その姉様のアン様、そして、アン様のお母様のアネルザ正王妃様も、ロウ様の性奴隷よ……。あっ、でも、それは口外するのは禁止だから……」

 

 ミウの言葉に度肝を抜かれた。

 ハロンドール王国の王族──?

 正王妃に、王太子の王女?

 

 まさかとは思ったが、ミウの表情だけでなく、マーズの態度も、冗談を喋っている気配はない。

 本当のことなのだろうか……。

 イットは唖然とした。

 

 すると、ミウは、ロウの愛人だという女性の名を次々に語りだした。

 それは信じられない人物ばかりだった。

 ハロンドールの王都の冒険者ギルドのミランダ──。

 その名は、イットも知っていた。

 王都ハロルドの副ギルド長をしているらしいが、伝説の(シーラ)級冒険者という呼び名の方が通りがいいだろう。

 会ったことはないが、少女のような顔立ちをしたドワフ族のはずであり、たったひとりで二千人の大盗賊団を討伐したことがあるという逸話の持ち主である。

 

 ほかに名が出たのは、ミウの師匠だというスクルズという神殿長──。

 ベルズ、ウルズという女神官──。

 さっきの王族に加えて、その女部下や侍女、国王の寵姫──。

 ほかにも女冒険者の名もある。さらに女豪商……?

 

 イットは絶句した。

 もしかしなくても、どうやら、とんでもない男の奴隷になった気がする。

 

 王妃や女王太子を愛人にしている……?

 それって、ものすごい犯罪じゃないのか……。

 背に冷たいものが流れた。

 いずれにしても、なんという顔ぶれだろう。

 それにイットが加わるなど、やっぱり、冗談ではない。

 

「そ、そんな……。だったら、やっぱり、本当は奴隷のあたしが同じような愛人のひとりとしてなんか、お仕えできない」

 

 イットは心から叫んだ。

 

「なにを言っている、イット。あたしもだんだんとわかってきたけど、先生……いや、ロウ様は、奴隷だとか、王族だとか、まったく気にされない方だ。ロウ様自身が貴族様だけど、ちっとも、そんな素振りをお示しにならないだろう? そもそも、あたしも奴隷だし、コゼ様も奴隷あがりだ。気にするだけ、おかしい」

 

 マーズがきっぱりと言った。

 イットはまたもや絶句した。

 

 奴隷あがりに……、王族に……、伝説の女冒険者に……、高位神官に……。

 そして、神官のひとりは王都の神殿長のひとり……。

 とても、本当のことをとは思えない……。

 

「そうよ。それよりも、あなたは、どんな枠でいくの、イットさん?」

 

 ミウが訊ねた。

 

「枠?」

 

 意味がわからず、イットは首を傾げた。

 

「枠よ。イットはなにをもって、ロウ様のご興味をもってもらうかということよ。例えば、あたしはやっと十二歳だけど、同じくらいの女の子よりも小柄で幼いから、童女枠で行けると思うわ。ロウ様がちょっとおっしゃったけど、“ろりこん”っていうそうよ。もっとも、この世代でいられるのは、あと数年のことだから、それからどうするかをこれから考えないといけないけど……」

 

「えっ?」

 

 ミウが語りだした内容についていけずに、イットは思わず問い返した。

 しかし、ミウは構わず話し続ける。

 

「……マーズは、これでも、毎日、一緒に調練をして、調練をしながら嗜虐されるという『ぷれい』でロウ様を愉しませているわ。そんなアイデアって、思いつかなかったわ。マーズも狡いと思う。とにかく、ロウ様にたくさん愛されるためには、そのために工夫したり、努力したりしないといけないということよ。マーズみたいに……」

 

「あ、あれは、強くなるための修行なのだ。べ、別に、おかしなことを企むわけでは……。まあ、確かに、先生は、調練のときに、あたしをお抱きになることが多いけど……」

 

 マーズが真っ赤な顔で言った。

 イットは、ミウが口にした“ぷれい”というのが意味がわからず、首を傾げたが、口を挟むのは躊躇った。

 

「エリカ姉さんは、あんなにお綺麗で、真面目で、一途で、それでいてお強いけど、とても身体が敏感なの。ロウ様に悪戯されると、いつも本気で恥ずかしがって、抵抗しようとするから、ますまず、ロウ様は、エリカ様にちょっかいをお出しなさるのよ。あたしは羞恥系マゾと分析しているわ……。コゼ様は尽くしマゾね。とにかく、どんなことでも受け入れるマゾ女枠よ。シャングリア様は、実は苦痛系マゾなの。アン様は依存系マゾで、スクルズ様は積極的なマゾの路線で、時々、ロウ様の悪戯を手伝ったりして、ロウ様のお気に入りの立場を守られている……。ああ、あたしって、これから、どの系統でロウ様に気に入られたらいいんだろう……。ねえ、イットさん、とにかく、ぼやぼやしちゃだめなの──。奴隷だから、待っていればいいなんて、通用しないんだから──」

 

 ミウがまくしたてた。

 だが、イットはただただびっくりした。

 喋っていることの半分も理解できないが、とにかく、ミウが、ロウの性癖について研究して分析し、一生懸命に寵を得る努力をしようとしているということだけは理解できた。

 

 確かに、ぼやぼやなんてしてはいけないのかもしれない。

 イットは改めて、そう思った。



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416 嵐の前の3P

「あっ」

「うぐうっ」

 

 一郎が指を鳴らすと、エリカとシャングリアは、ともに腰を引きながら大きな声で恥ずかしい声をあげた。

 肉芽の付け根をぎゅっと締められて、それが前後左右から代わる代わる糸のようなもので、引っ張られるような感覚が襲ったはずだ。

 だが、実際にはなにもない。

 なんの淫具も身につけていない股間があるだけだ。

 しかし、確かに肉芽をぎゅうぎゅうと締めつけている淫らな感覚が襲っていると思う

 

「い、いやっ、こ、これは……。な、なにをなさったのです、ロウ様」

 

「そ、そうだ。こ、これはなんだ?」

 

 ふたりは、突然の刺激から逃れようと、懸命に身を揉み、狂気したように裸体を揺さぶっている。

 当然だ。

 なにもしなくても、微かに身体が動くだけで、それに応じて、肉芽が前後左右に動く感覚が襲うのだ。

 急所を締められるつらさと恥ずかしさ。

 それにもまさる妖しい切なさを伴った痺れだ。

 エリカもシャングリアも、股間に手を当てて、泣き声をあげた。

 

 エランド・シティである。

 

 そこの一層部分にある中堅どころの宿屋に、一郎たちはいた。

 エランド・シティは外壁のない自由に出入りできる城郭である。ハロンドール王国で一般的な城壁もなければ、城門における入門検査のようなものや、配備されている衛兵もない。

 ただ街並みが続くだけだ。

 

 だが、一郎も知らなかったが、エランド・シティは、本来は、いま一郎たちがいる下層の上にある上層部分のことであり、下層部分の天井側のことのようだ。

 ただ、一層からでは本来はあるはずの天井は見えず、本当に空があるようにしか見えない。

 つまりは、一層の上にあるという上層そのものが、エルフの魔道に包まれた神秘的な場所ということだろう。

 それに比べれば、一層部分は、エルフ族も少なく、普通の城郭だ。

 この宿屋の主人も人間族だった。

 

 いずれにしても、ユイナの行方を捜すためには、まずは、上層に行かなければならない。

 なにしろ、このエランド・シティは、実は上層が本来のシティであり、大部分のエルフ族とシティの行政府である水晶宮は、その上層側にあるのだ。

 エルフ族の女王ガドニエルのいるイムドリスという隠し宮殿への転移門も、その上層側の水晶宮にしかない。

 

 とにかく、上層に行かなければ、すべてが始まらないということだ。

 まあ、ユイナが連れていかれたのも、少なくとも、その上層側だろう。

 しかし、その上層に向かうには、縦に繋がる魔道式の移動設備でなければならないようだ。

 

 いまは、イライジャとコゼが夜を使って情報収集に行っている。

 夜半前には戻ると言い残していて、まあ、あのふたりの情報収集能力なら、なんらかの方法を探してきてくれると思う。

 

 それはともかく、一郎は、今夜の相手ということになっているエリカとシャングリアが、夕食後に部屋にやって来ると、新しく考えた仕掛けを施した。

 それは、『見えない貞操帯』だ。

 

 エランド・シティの上層部分と同じように、外からは見えないが、実際には貞操帯のようなもので、股間が包まれているという仕掛けである。とりあえず、自分では自慰はできない。他人の手と同様に結界が阻むのだ。ただ、排泄は問題ない。

 また、例によって、一郎が念じれば、どんな仕掛けの貞操帯にもなるのであり、とりあえず、ふたりには、肉芽の付け根に小さな輪が喰い込み、前後左右から糸で引っ張られるというタイプの貞操帯にした。

 それで、さっそくに、ふたりが悶絶したということだ。

 

「色っぽいなあ。それが見えない貞操帯だ。お前たちの股間に仕掛けている「塔の紋章」と同じような効果だが、それの簡易版というところかな。効果のひとつは、いまのように、俺の念で自由自在に貞操帯の内側の刺激を変化させることができるということだ、もうひとつは、外側からでは不思議な結界が働いて、俺以外には挿入ができなくなるということかな」

 

「ま、また、おかしなことを、ロウ様は……」

 

 エリカが両手を股間に当てて、へっぴり腰になった視線で恨み事を口にした。

 だが、エリカは真っ赤に顔を上気させ、ぴったりと閉じ合わせた太腿に手を当てて、もじもじと身だえている。

 なんとも色っぽい。

 

「おかしなことじゃないさ。貞操帯というのは、つまりは、俺以外にお前たちが犯されないようにする大切なお守りじゃないか」

 

 一郎は笑った。

 そして、エリカとシャングリアを寝台の横に立たせて、動かないように命令した。

 ふたりとも、逆らわずに、一郎の立っている前に真っ直ぐに立った。

 両手は体側に這わせる。

 特に拘束はしないが、一郎が命令すれば、それはもう拘束と同じだ。

 しかし、ふたりとも、ちょっとでも動くと、意地悪く股間が締めあげられて、妖しい刺激が襲うので、移動するだけでも大変そうだ。

 

「さあ、じゃあ、遊びの始まりだ。踊ってもらおう」

 

 一郎は仮想空間から棒の先についた鳥の羽根を二本出す。

 それをエリカとシャングリアの身体に這わせだした。

 

「ああ、いやあっ」

「くっ、んくうう」

 

 鳥の羽根が無防備な裸身に襲うくすぐったさに耐えられずに身体を動かしたことで、エリカとシャングリアは、見えない股間の環で刺激され、またもた悲鳴をあげた。

 

「やっぱり、お前らは、俺のいじめがよく似合う。本当に色っぽい。俺の愉しみのために、たっぷりと可愛い声で鳴いてくれ」

 

 一郎は笑いながら、ふたりの裸身に飽くことなく羽根を這わせた。

 

 

 *

 

 

 ふたりを淫魔術の刺激から解放したのは、そろそろ深夜に近い時間になってからになった。

 体力のあるふたりも、見えない貞操帯の縛りによって刺激を受け続け、完全に脱力してしまった。

 大きくはない寝台に、汗と体液にまみれたふたりの裸体が重なるように転がっている。

 ふたりとも息も絶え絶えだ。

 

「エリカもシャングリアも可愛かったぞ。じゃあ、今度は優しくする時間だ。それとも、もう休みたいか? どっちでもいいぞ」

 

 一郎は、まだ身に着けていた自分の着衣に触れて亜空間に移動させた。

 身に着けてたものであろうと、生きているものであろうと、一郎は瞬時に触れているものを亜空間に収納できる。

 だが、そんなことは、どんな高位魔道遣いでもできないことらしく、魔道の常識としては、生きているものを亜空間に収納することも、身につけている服だけを亜空間にしまうことも難しいみたいだ。

 まあ、一郎ができるのは、淫魔師としての術ということになるのだろう。

 

 いずれにしても、どんな相手であっても、触れた瞬間に素っ裸にできるのだから、実に便利な能力だ。

 こうやって、自分の服を脱ぐときでも、下手な手間に時間をかけないでいられる。

 

「ああ、ロウ様……ほ、欲しいです……ロウ様が……」

 

「わ、わたしも……お、犯してくれ……」

 

 エリカとシャングリアが顔だけをあげて、寝台にあがってきた一郎に寄り添ってきた。

 ふたりの視線は、一郎の勃起している男根に注がれている。

 一郎は、笑いながら、まずはエリカを抱き寄せ、唇を奪いながらエリカの両手を背中側で水平にさせる。

 エリカは抵抗しない。

 舌をエリカの口の中に差し込んで、一郎だけに見える赤い性感帯を追って舌を舐め動かす。

 

「あ、ああ……」

 

 最初から脱力していたエリカが一郎の腕の中で完全にぐったりとなる。

 一方で、背中で重ね合わせているエリカの両腕をまとめて包む革帯を亜空間から、エリカの腕の周りに直接に出現させる。

 瞬時に拘束が終わった。

 やはり、実に便利だ。

 

「行くぞ」

 

 一郎はエリカの両脚に身体を入れると、猛り切っている怒張をエリカの中に沈めていく。

 

「ああ、き、気持ちいい──。き、気持ちいいです──」

 

「お前のおまんこも最高だよ、エリカ」

 

 一郎はエリカを寝台に仰向けに横たわらせると、正常位の態勢で本格的な律動を開始した。

 そのとき、エリカのクリピアスを押し動かすように腰を回す。

 

「ああっ、だめえええ」

 

 エリカが悶絶して絶頂したのはあっという間だった。

 さらに、激しく怒張を抽送する。

 エリカは立て続けに昇天し、「ひいい」という奇声を最後に失神してしまった。

 

 一郎は苦笑しながらエリカに精を放つ。

 そして、一物を抜くと、寝台の隅に小さくなって待っていたシャングリアに向き直る。

 

「じゃあ、女騎士様には、まずはこれをしゃぶってもらおうかな? それとも、プライドが許さないか?」

 

「か、からかうな。わ、わたしはお前の性奴隷だ。ど、どんな命令でもきく」

 

 シャングリアが四つん這いでやって来て、一郎の股間に顔を埋めようとした。

 一郎はつい嗜虐心が湧いて、シャングリアの髪の毛を掴んだ。

 そのまま持ちあげて、乱暴に口づけをする。

 

「ん、んんん」

 

 いきなり顔を持ちあげられたシャングリアは、慌てたように両手で一郎の身体を掴んで身体を支える。

 一方で、やはり乱暴にされると、マゾの性癖が燃えるのか、陶酔しきった表情でとろんと目元を潤ませる。

 

「淫乱な雌騎士様だな」

 

 一郎は髪の毛を掴んだまま、シャングリアの顔を自分の股間に持っていく。

 すぐに一心不乱にシャングリアが一郎の怒張を舐め始める。

 しばらく、シャングリアの口奉仕を味わってから、一郎はシャングリアの手首と足首に粘性体を飛ばす。

 こいつは、かなり乱暴に扱った方が快感を覚える。

 乱暴にするのは、一郎としてはシャングリアへのサービスのつもりだ。

 手首をまとめ、寝台の上側に密着して倒れているエリカとは反対向きに仰向けにすると、足首の粘性体を動かして、限界まで拡げさせる。

 

「ああっ、い、痛い──」

 

 無理矢理に大股を拡げさせられて、股間を引き裂かれたシャングリアが悲鳴をあげる。

 だが、股間はびしょびしょだ。

 しかも、感じているのが明白で、この瞬間もどろりどろりと愛液が噴き出す。

 

「びしょびしょだな」

 

「い、言わないでくれ、あああっ」

 

 一郎は男根をシャングリアの股間に突き挿す。

 シャングリアが艶っぽいこえをあげて、身体を反り返らせる。

 

「ああ、シャングリア、気持ちいいぞ。もっと締めつけろ」

 

 一郎は力任せに腰を叩きつけていく。

 

「あ、ああ、ひん、ああ、わ、わかった、あああっ」

 

 シャングリアは嬌声をあげつつ、言われたとおりに膣をぎゅうぎゅうと締めつけていく。

 気持ちいい……。

 一郎は抽送を続ける。

 

「ああっ、いくうう」

 

 たちまちにシャングリアが絶頂をした。

 

 

 *

 

 

 一郎は、エリカとャングリアをとりあえず抱き、次いで、気絶してしまったふたりを強引に起こすと、二回り目を開始した。

 ふたりに本格的に休むことを許したのは、二回ずつ前側に精を放って、さらに尻に一回ずつ放ってからだ。

 

 そのあいだに、ふたりが達した回数は数知れない。

 解放を許したとき、ふたりともほとんど絶息するかのように、汗びっしょりで息も絶え絶えになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、夜半前に戻ってくるはずのイライジャとコゼは、いつまで経っても戻ってこなかった。

 彼女たちにも施した見えない貞操帯は、ふたりの大まかな位置を感じることができるようなっていたはずだが、一郎は、淫魔師の力を駆使しても、ふたりの居場所について感知できなかった。

 また、離れた場所でも通信のできる魔道具も与えてあったのだが、それを使っても、まったく交信ができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 結局、イライジャもコゼも、朝まで待っても、宿屋に戻ってくることはなかった……。



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417 突然の捕縛

「上層にも行ってみようか、コゼ?」

 

 イライジャは、夜の街並みを一緒に歩いてるコゼに声をかけた。

 コゼは、首を竦めた。

 

「あんたに任せるわ、イライジャ。上に行くということは、あんたが“ご主人様”で、あたしが“従者”ということになるのかな?」

 

「奴隷でもいいわよ。性奴隷ね。ロウみたいに、道端であんたを調教しようかしら」

 

 イライジャは笑って、すっとコゼのズボンの股に手を伸ばした。

 エランド・シティの下層層と呼ばれる地域だ。

 いま、歩いている地域は、その中でも庶民向けの酒場が並ぶ界隈であり、人並みは多い。ただ、酔客も多いので、多少の冗談は目立ちはしない。

 

「あたしのご主人様は、ロウ様ひとりよ。あ、あんたの責めを受け入れるのは、ご主人様が命じるからよ。勘違いしないでよね」

 

 しかし、コゼが予想以上に憤慨した様子で、さっと身体を避ける。

 イライジャは苦笑して、手を引っ込めた。

 このコゼに鬼畜な百合責めをしたことは、一度や二度じゃない。

 イライジャの悪戯に、泣き悶えるコゼは、心の底から可愛いと思う。

 だけど、そんな痴態は、ロウがいるから受け入れるのだと、コゼは強く主張しているのだ。

 その必死さが面白くて、噴き出しそうになった。

 

 もちろん、ここでコゼに手を出そうなどというのは、本気じゃない。

 だけど、可愛くて、被虐癖のある女の子を前にすると、どうしても手を出したくなるのが、イライジャの悪い癖だ。

 まあ、自分でも困った病気だなあとは思う。

 幼いころからの自分の淫乱体質を満足させたくて、少女時代は、半ば強引にエリカやシズを巻き込んで百合関係に仕立てあげた。

 結婚をしたことで落ち着いたが、その夫が死に、ロウという淫魔師の集団に交わってからは、その忘れていた性癖がまたまた表に出てきたように思う。

 でも、ロウのように、表と裏を使い分けずに、のべつ幕なしに淫乱なわけではない。

 あの「ロウ軍団」の中では、イライジャなど、まともすぎる方だ。

 イライジャは、真面目なときは真面目にやり、性行為などのときには、思い切り羽目を外す……というのが信条だ。

 あの男のように、女を抱きながら、そのついでに「大切な仕事」をするような節操なしではない。

 

 とにかく、イライジャとコゼがいるのは、宿屋で待っているロウたち仲間に、明日からの行動を決めるために必要な情報を集めることだ。

 目的は、褐色エルフの里から拉致されたユイナを探すことある。

 そして、そのために有益な情報を得るのは難しいことじゃなかった。

 

 コゼと一緒に、エランド・シティの下層部分にある冒険者ギルドと、冒険者の集まりそうな酒場を数軒ほど回り、だいたいのことはわかった。さらに、占い師を称している「情報屋」のある裏通りの一角も訪問した。

 冒険者の中には、情報屋と称する、文字通り、有益な情報を売って利益を得ている者もいる。その人物を探し出して、とりあえず、すぐに得られる情報を買ったのだ。

 さらに、こっちの仕事に役立つ「情報」があれば、さらに金を出すとも言った。

 おそらく、あの情報屋は、ユイナに関する情報を集めてくれるだろう。

 それなりの仕事をするということをイライジャは、接していて感じた。

 

 わかったことは、エランド・シティの主体である上層部への行き方だ。 

 まず、エランド・シティは、二重構造になっている。

 これは、事前にイットに教えられていた通りだった。

 下層地域は、労働者や農民、エルフ族以外の住民や訪問者のための地域であり、つまりは、上部地区で生活をすることを許されていない種族や階層の者の場所であるのに対して、上部地区というのは、いわゆる、上部地区だ。

 エルフ族が主体となる「貴族地区」なのだ。

 上部地区に行くのは、下層地区にある塔のような施設から向かうようだ。

 塔の下側に魔道の扉があり、上層に向かう「資格者」であれば、上層地域に転移されて、そこに到達できるという仕組みらしい。

 

 そして、大切なことは、上層地区に向かう「資格者」には、森エルフの住民のすべてが含まれているということだ。各地に点在するそれぞれのエルフの里の住民であるエルフ族には、立入資格があるのである。

 つまりは、まだ正式には、ハロンドールに拠点を移していないイライジャには立入資格がある。塔の魔道は、イライジャを弾くことはないだろう。

 また、侵入資格を持つ者については、その従者を帯同できる。

 だから、イライジャを中心として、ほかの者を従者扱いにすれば、上層地区に入れると思う。

 

 また、もっとも重要な情報は、ユイナらしき者が護送されて下層地区から上層地区に入っているということだった。

 時期的には、褐色エルフの里からユイナが消えた時期に合致している。

 外から上層地区に入るには、必ず下層地区からの塔を経由でなければ入れない。

 だから、塔を使ったのだろうと思うが、人目を引くエルフ少女が、エルフ憲兵が周囲を囲むように連れていかれたということで、それを目撃した者は記憶に残っている者が多かったようだ。

 いずれにしても、ユイナが上層地区に入った可能性はかなり高くなった。

 事前の情報のとおり、上層地区から、さらに転移門で隠し谷に入ったということも間違いないかもしれない。

 

「まあ、とにかく、行ってみようか。イライジャを主人役にして、あたしを従者設定にするだけで、塔が弾かないかどうかを確認する必要もあるしね」

 

 コゼが言った。

 イライジャは頷いた。

 教えてもらった道を進んで、一番近い「塔」の前に立った。

 それは下層地区にある広場のひとつにあったが、塔を見上げても、どこかに通じているという感じはなく、塔の先端は、そんなに地面から離れていないところで終わり、その上は普段と変わらない夜空である。

 今夜の月は三個だ。

 

 広場はかがり火もあり、月の光もあるので十分に明るかった。

 あちこちにベンチもあり、そこに腰掛けて談笑している者も多く、あるいは立ち話に興じている者もいた。

 広場の両側には屋台も並んでいて、立ち食いのできる食事や飲み物も売っている。

 下層地区なので、エルフ族は少なく、人族の集団が目立った。

 

「行ってみようか」

 

 イライジャはコゼとともに、塔の前に立った。

 すると、イライジャの目の前で、壁全体が隙間に陥るように消滅して、そこに小さな空間が出現した。

 中には、なにかの装置を操作している人間族の男がいた。

 

「ふたりか?」

 

「上にわたしの泊まっている宿屋があるのよ。わたしが主人で、こいつは人間族の侍女よ。それとも、なにかの証明書が必要?」

 

 イライジャは言った。

 

「いいや。あんたは森エルフのようだな。エルフの森の加護を帯びている。塔の魔道があんたを弾かなかった。それで、上層部のどこに向かう?」

 

「宿屋地区に」

 

 上層部にも、下層地域と同じように、宿屋もあれば、酒場もあり、商店の並ぶ場所もあるとは知っていた。ただ、下層地域とは全く異なる別世界だとは耳にしていた。

 

「おい、待ってくれ」

 

 そのとき、五人ほどの集団が中に乗り込んできた。

 五人ともエルフ族の衛兵だった。

 その衛兵たちのひとりの男が、先に乗っていたイライジャとコゼを一瞥して、すぐにイライジャの顔をじっと凝視してきた。

 なんだか気味の悪い笑みが浮かんでいる。

 居心地の悪さを覚えて、イライジャは部屋のぎりぎり奥まで後退した。

 

「閉めるぞ」

 

 案内人の男がぶっきらぼうに言った。

 外に通じる扉が消滅する。

 

 そのときだった。

 

「イライジャ、さがって──」

 

 突然にコゼが叫んで、イライジャの前に立った。

 なにが起きたかわからなかったが、イライジャ以外の全員が短剣を抜いていた。

 

「ぐっ」

 

 コゼが呻き声をあげて、その場に崩れた。

 脇腹の左右から短剣が突き刺されている。

 血が床に流れ落ちている。

 

「コゼ──」

 

 イライジャは悲鳴をあげた。

 コゼを抱き起こそうとした。

 しかし、身体が金縛りになったように動かない……。

 

 はっとした。

 ひとりだけいる人間族の若者が、なにかの魔道をかけている……。

 コゼが呆気なく刺されてしまったのも、このためだ。

 

「従者の女はいい。どうせ大したことは知るまい。最小限の治療だけはして、とりあえず、水牢に入れておけ。訊問は先に、エルフ女からする」

 

 命令をしたのは、エルフ族の衛兵のうち、もっとも若そうに見える男だ。

 その男の指示があると同時に、イライジャはエルフの衛兵たちによって、両側から腕を掴まれてぴったりと身体を密着された。

 とっさに魔道で抵抗しようと思ったが、すぐに首に魔道を封じる首輪を嵌められた。

 さっと左右から手が伸びて、魔道の杖も武器も奪われる。

 恐ろしいほどの早業と連携だった。

 

「どういうことよ?」

 

 イライジャ声をあげた。

 そして、慌てて、コゼを見た。

 横腹を突き刺されたわりには、それほどの出血はないように思えた。

 ただ、なにかの魔道のかかった短剣なのか、コゼはすでに意識がない状態だ。

 

「大人しくしろ。お前は逮捕されたんだ」

 

 若者がイライジャの額に手をかざした。

 その瞬間、イライジャの意識は、兆候もなく完全に途切れてしまった。

 

 

 *

 

 

 気がつくと、窓のない広い部屋にいた。

 イライジャは両手と両足を真っ直ぐに伸ばして、宙に浮かんでいた。

 首は動く。

 部屋を見渡す。

 

 正面にイライジャとコゼを捕らえた男が椅子に座っていた。

 ほかに部屋にいるのは、五人ほどのエルフ男だ。

 とっさに、イライジャたちを捕らえた衛兵だと思った。

 しかし、いまは彼らは、あのとき、身につけていたエルフの衛兵の恰好はしていない。だから、彼らが本物の衛兵かどうかは判断できないでいた。

 

 そもそも、捕らわれたのはなぜか……。 

 頭をよぎったのは、ロウやエリカを追っているというアスカという魔女のことだ。

 ロウたちは、そのアスカという魔女とその手の者をかなり警戒していた。

 もしかしたら、その一味か……?

 

「こ、ここはどこよ……。わ、わたしの従者は無事なの──?」

 

 声をあげた。

 次の瞬間、身体がものすごい勢いで回転を始めた。

 上下、左右、斜め、とにかく滅茶苦茶に高速回転をする。

 

「ああっ、いやああ、いやあああっ」

 

 ものすごい恐怖だった。

 魔道で固定されているのは手足のみのようであり、四肢や首の根元から身体が引き千切られるような苦痛が発生した。

 また、回転に従って、身体が左右に揺れたり、上下に飛び跳ねたりして、そのたびに大きな衝撃がイライジャに襲い続けた。

 

「やあ、やめてええっ、お、降ろして、おろしてええ」

 

 絶叫した。

 しばらくすると、回転が不意にとまった。

 イライジャは脚と上にした状態で静止させられた。

 短いスカートは胸まで捲れ落ち、下着が露出した。

 イライジャは、屈辱に歯噛みした。

 

「質問するのはこっちですよ……。ああ、それと人間族の女護衛は無事です。まだね……。とにかく、向こうは、向こうで訊問をしています。まあ、あなたが心配することじゃない」

 

 質問をしたのは、若いエルフ男だ。そして、集まっているのは、イライジャたちを捕らえた者たちの顔と一致したような気がする。

 質問をした若者が笑った。

 そして、指をさっと動かす。

 再び、身体が高速で回転を開始する。

 

「いやあああ、あああああっ」

 

 回転を受けながらイライジャは堪らず叫んでいた。

 しばらくすると、またもや唐突に回転がなくなった。

 今度は完全な横向きだ。

 イライジャは完全に脱力していた。

 

「ロウ・ボルグという男とエリカの居場所を知りたい。正直に教えてくれれば、こんなことは終わりにします」

 

 若者が立ちあがって、イライジャに近づいてきた。

 その若者の合図で、壁際に待機していたエルフ男たちも近づく。

 しかし、これでわかったのは、この男たちが本当の衛兵であるか、否かに関わらず、彼らが追っているのは、やはり、ロウとエリカだということだ。

 つまりは、彼らは、アスカという魔女の手の者である可能性が高い。

 

「うわっ、いやああ」

 

 若者が前に来たとき、またもや、不意に身体が激しく回転を開始した。

 かなりの回転を繰り返してから、やがて、を上にした体勢に戻った。

 

「教える気になりましたか、イライジャさん?」

 

 若者がにやりと笑った。

 背に冷たい汗が流れる。

 イライジャのことを知っているということは、それなりに事前に調査をしていたということだ。あるいは、このエランド・シティの下層部で網を張っていたのかもしれない。

 少なくとも、イライジャやコゼの顔を知られていたのは間違いないだろう。

 

 情報収集をしようと動いたために、まずは最初に、イライジャたちが彼らの情報網に引っかかってしまったのかもしれない。

 しかし、まさか、こんな風に網を張られているとは思わなかったので、そんなに身を隠すような行為はしていなかった。

 ロウたちが入っている宿屋だって、冒険者ギルドの紹介で受けた宿屋をそのまま利用している。

 

 だが、逆に考えれば、それにもかかわらず、こうやって訊問をして、ロウの居場所を探ろうとしているのは、彼らは、それほどの情報は持っていないだろう。

 だから、なんとか隠し通せば、ロウたちに時間を与えることができるかもしれない。

 また、耐えていれば、イライジャたちが戻らないことで、ロウは危機を知ってくれる。

 出立する前に刻まれた「見えない貞操帯」というものも、そういえば、ロウがイライジャたちを見つける手掛かりになるのだと口にしていた気がする。

 

「し、知らないわね……。そのロウって、誰よ──」

 

 荒くなった息の下から、イライジャは言った。

 言葉が終わると同時に、またもや身体が回転を開始した。

 今度は、前の三回に比べて遥かに速かった。

 そして、長かった。

 永遠に続くのかと思う時間のあと、やっと回転がなくなった。

 もう目を開けていられなかった。

 気を失う代わりに、頭が朦朧とした。

 回転のあいだは満足に息ができなので、静止した瞬間からイライジャの身体は呼吸を求めて必死に胸を喘がせた。

 

「教える気になった? あまり、時間をかけたくないんだよね。ロウとエリカはどこ?」

 

「い、い、言ったでしょう……。そんな者たちは……知らない……」

 

「仕方ないねえ。じゃあ、本格的に拷問を開始するか」

 

 若者の手がイライジャの上衣に伸びた。

 力任せに胸元を引き千切られる。

 

「あうっ」

 

 朦朧とした苦痛の中で、イライジャは裸にされる恥辱と羞恥を意識しないわけにはいかなかった。

 若者が少し離れて、エルフ男たちに入れ替わった。

 彼らは、びりびりとイライジャの着ているものを引き破り、ただの布切れに変えて床にどんどんとまき散らしていく。

 イライジャの乳房が露わになった。

 エルフ男たちの手が残っていたスカートと下着に伸びる。

 

「や、やめなさいよ──」

 

 イライジャは声をひきつらせた。

 あっという間に、イライジャは生まれたままの姿になった。

 

「とりあえず、これを塗るか。少しは、まともな態度を取れるようになるはずさ」

 

 訊問をしている若いエルフ男がほかのエルフ男たち小瓶を渡す。

 それが男たちの手をに渡り、次々にイライジャの身体に伸びてきた。

 なにかの油剤が一斉に全身に塗りたくられる。

 乳首──。

 剥き出しになった股間とお尻……。

 肉芽にも……。

 

「ああっ、い、いやっ……し、しないで……そんなこと……」

 

 黙って耐えるには、あまりもの恥辱感だった。

 だが、男たちの数名が違和感を覚えたように、戸惑ったのがわかった。

 

「ジェロフさん。指が奥に入りませんよ。なにかの力で遮断されています」

 

 エルフ男のひとりが言った。

 それでわかったが、最初に質問をしていた正面の若者は、ジェロフというらしい。

 そのジェロフが、眉をひそめてイライジャ近づいた。

 無造作にイライジャの股間に指を突っ込もうとする。

 だが、すぐに舌打ちをした。

 

「くっ、あり得ませんよ──。俺に解けない結界なんて……。そんな生意気なこと許可できるわけないじゃん。誰だよ──。お前の股に妙な結界を張ったのは──」

 

 突然にジェロフが苛立ったように叫んだ。

 唖然とするほどの変わりようだが、少しだけ溜飲が下がった。

 「見えない貞操帯」とかふざけた名称の結界を刻んだのはロウだ。どうやら、このジェロフは余程に自分の魔道に自信を持っていた気配だが、目の前のロウの結界が解けずに、かなりの苛立ちを覚えたようだ。

 

「だったら、やり方を変えてやる。指や性器を受けつけないなら、こっちはどうだ」

 

 ジェロフが舌打ち混じりに言った。

 すると、お尻の中にひんやりとした液体が逆流する感覚が襲ってきた。

 

「な、なに──? なにをしたの──?」

 

 思わず悲鳴をあげた。

 

「おう、挿入は駄目だけど、転送は受け付けるんだね。いまのは、浣腸液をあなたのお尻の中に転送してあげたんですよ。外から受け付けないけど、内側から出すのは普通なんでしょう? じゃあ、ちゃんとした厠で排泄したくなったら教えてください。その前に、ロウとエリカの居場所を喋ってからになるけどね」

 

 ジェロフがほっとしたように笑った。

 再びエルフ男たちは離れていく。

 しかし、イライジャは自分の顔が蒼ざめるのがはっきりとわかった。

 そして、さらに愕然とすることが起きた。

 全身を激しい掻痒感が襲ったのだ。

 さっき薬剤を塗られた場所から沸き起こる強烈な痒みだった。

 

「ああ、な、なにを塗ったの──。ああっ」

 

 すでに四肢は感覚を失っているが、それでも暴れなければいられない猛烈な痒みだ。

 イライジャは狂ったように、身動きできない身体を暴させた。

 

「ああ、さっきのは、拷問用の薬剤だよ。本当は薄めて使うものだけど、特別に原液のまま塗ってもらったんだ。君が正直になれば、助けてあげられるんだけどね」

 

 ジェロフが言った。

 指がぱちんと鳴り、尻の内部にさらに浣腸液が転送されたのがわかった。



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418 鬼畜訊問

「く、くそう──。おろして、おろしなさい──」

 

 全身が噴き出す汗を爪先からぼたぼたと床に落としながら、イライジャは絶叫した。

 信じられないような掻痒感だった。

 発狂せずにいられるのは、同じような責めをロウから受けたことがあるからかもしれない。

 しかし、この痒みは言語を絶する。

 まだ幸いなのは、ロウに施してもらった「淫魔の結界」のおかげで、犯されることも、拷問剤とも呼ぶべき得体の知れない媚薬をヴァギナやアヌスに挿入されることは免れたことだ。

 

 それでも、身体の芯からぐつぐつと煮えたぎるような痒みだ。

 とにかく、イライジャは暴れ続けた。

 四肢には最初から感覚などなかったが、それでも必死になって身体を捩らせる。

 少しでも動かないと、それだけで、痒みで気が狂いそうなのだ。

 だが、四肢を拡げて宙に浮かんだままの身体は、びくともしない。

 それが痒みをどんどんと助長する。

 

「ロウとエリカの居場所を言え。お前の望みをかなえてやる」

 

「そ、そんな連中知らないって言っているでしょう。信じてよ、信じてってばあ──」

 

 イライジャは絶叫した。

 股間の前後は、無数の虫がうごめいているようだったし、乳房の先端は灼けただれそうだ。

 息をするたびに、痒みが増長する。

 なによりも、下腹部を圧迫する激しい便意……。

 イライジャは自分が追い詰められているのを感じた。

 

 だが、せめて、朝まで──。

 

 夜のあいだに屈服して白状してしまえば、その瞬間に、ロウたちが宿泊している宿屋に、こいつらは殺到するだろう。

 そう簡単に襲撃に屈することはないと思うが、夜ともなれば、間違いなくロウは残っている女たちと愛し合っていると思う。

 下手をすれば、一網打尽に捕縛される。

 

「いい加減にしたらどうだ? 俺はお前をイライジャと呼んでいるし、もうひとりの小さいのはコゼだろう? お前らがパーティを組んでいる冒険者だということは知っているんだ。せめて、もう少し、ましな嘘を言ったらどうだ?」

 

「し、ら、な、い、の、よ──。人違いよ──。あんたらは、間違って、わたしたちを襲ったのよ──」

 

 力の限り叫んだ。

 声を出していなければ、いまにも狂いそうだった。

 

「じゃあ、これでどうかな? なにかを喋りたくなるかもね」

 

 椅子に座っているジェロフの前の前に、すっと顔の大きさ程の球体が出現した。

 

 魔道──。

 

 そう思ったときには、その球体がイライジャに向かってゆっくりと飛んできた。

 ぎょっとした。

 その球体が空中で開いたままのイライジャの足のあいだを通過して、背後に回ったのだ。

 嫌な予感がする。

 一方で、そのあいだも乳首と股間の掻痒感がイライジャをどんどんと追い詰める。

 

「この訊問は、誇り高きエルフ族には耐えられないと思うぜ……。悪いことは言わないから、受ける前に屈服しな。ロウはどこ?」

 

 ジェロフは、にやにやと笑っている。

 

「なにするつもりよ──?」

 

「ロウはどこ?」

 

 ジェロフの言葉が終わると同時に、お尻にぴしゃりと水球が当たる感覚が襲った。

 

「ひっ」

 

 イライジャは身体を竦ませるとともに、眼を見開いた。

 かなりの水流がお尻の中を逆流して、体内に注入されたのだ。

 ジェロフの魔道で、またもや浣腸液を体内に転送されたのだと悟った。

 

「ちょっと回転してみようか」

 

 ジェロフがぱちんと指を鳴らす。

 また、身体が回り始める兆候が襲ったのだ。

 慌てて、歯を喰いしばるとともに、肛門をぎゅっと締めつけた。

 

「あぐううっ」

 

 すぐに回り始めた。

 イライジャは歯を喰いしばったまま大きく呻く。

 身体がばらばらになっていく感覚と、激しい吐気が襲う。

 それに加えて、今度は便意だ。

 必死で耐えようとするが、もう限界が近いのをイライジャは悟るしかなかった。

 またもや、かなりの時間拘束で滅茶苦茶に回転させられ、やがて、両脚を上にして静止した。

 そのときには、便意はいよいよ津波のようなうねりになって、アナルを襲ってきていた。

 

「お、降ろして……。か、厠に……」

 

 もう我慢できなかった。

 しかも、この体勢のまま、排便をすれば全身に糞便を被ることになる。

 もう、数瞬も耐えられそうにない気がした。

 

「言うんだ。さもないと、このままだ」

 

「……ほ、本当に……し、知ら、ない……」

 

 もう喋ることも億劫になっている。

 ちょっとでも力を緩めれば終わり……。

 しかも、もう二度と力を緩めてはならない……。

 

「そのまま出すつもりか? おい、ちょっと弄ってやれ」

 

 ジェロフが壁に立っている衛兵に声をかけた。

 彼らのうちふたりほどが、無表情のまま近寄ってくる。

 イライジャはぞっとした。

 上下が反転している視界に、彼らが手に持つ刷毛が入ったのだ。

 

「……や、や、やめて……」

 

 目を閉じ、歯が折れるほどにイライジャは奥歯を噛みしめた。

 上下に衛兵が立つのがわかった。

 前後から刷毛が股間とアナルを襲う。

 

「んぐううっ、んんふうううっ」

 

 イライジャは脂汗をまき散らしながら、逆さ吊りの身体を跳ねさせた。

 ただ考えたのは、お尻の穴から絶対に力を緩めてはならないということだ

 でも、ただでさえ、痒みでただれそうなところに、局部を襲う二本の刷毛は、いまのイライジャには耐えること不可能な凶器だ。

 

「んんんんっ、ぐううううっ」

 

 それでもイライジャは必死に我慢した。

 

「そのまま、尻の穴と肉豆を刷毛でくすぐっていろ。それくらいなら、お前らにもできんだろう」

 

 ジェロフが小馬鹿にするような口調で言った。

 あまりもの仕打ちに狂いそうで、すぐにはわからなかったが、その言葉は、イライジャをなぶっているエルフ兵に対しての言葉のようだ。

 驚いたが、その物言いからすれば、ジェロフと衛兵については、本来の指揮官と部下の関係ではないらしい。

 どういう関係だろう。

 

 しかし、考えられたのは、そこまでだ。

 気が狂うような痒みと便意が、イライジャから思考力を奪ってしまった。

 

 本当に、狂う……。

 気が狂いそう……。

 もう、いやだ──。

 イライジャは、いつの間にか、汗とともに、ぼろぼろと涙がこぼれているのがわかった。

 

「出すときには言ってやれよ。そのふたりにかかっちゃうからな」

 

 ジェロフが嘲笑する。

 

「う、ううっ」

 

 残っている気力のすべてを集中して、便意と戦う。

 だが、刷毛のひと撫でひと撫でが、イライジャを追い詰める。

 

「結構頑張んじゃない──。もう、一個いく?」

 

 もう一個──?

 

 自分の耳を疑う言葉だった。

 衛兵がさっと離れた。

 すると、またもやお尻の表面で水球が破裂して、薬剤が体内に転送されて逆流していった。

 

「あ、ああああああっ、もう、もう許して──」

 

 イライジャは大声をあげた。

 すでに便意が襲っているところに、さらに浣腸液を追加されたのだ。

 すでに限界は越えたと思った。

 

 すぐにでも、崩壊がくる……。

 だが、いやだ……。

 こんな卑劣なやり方に自分が屈するなど……。

 

「また回すよ。口を閉じてね。舌を噛むからね……」

 

 ジェロフが言った。

 絶望がイライジャを襲う。

 今度、回されたら、多分、もう我慢できない。

 こうなったら、適当な偽の情報を伝えてやろう。

 少しでも混乱させることができれば、それでいい……。

 

「……い、言う……。言うから、厠に……」

 

 イライジャは言った。

 すると、なぜか、ジェロフが不満げに舌打ちをした。その理由はわからない。

 

「じゃあ、言いなよ。ロウはどこ? ただし、出鱈目を言うと承知しないよ」

 

「そ、その前に……お、おろして……」

 

「駄目だ。自白が先だ……。それと、すでに、コゼは自白しているからね……。もしも、ふたりの言葉が違っていたら、すぐにコゼを殺す」

 

 ジェロフが言った。

 その言葉で、イライジャは言葉を飲み込んだ。

 コゼがすでになんらかの情報を自白してしまっていたら、おそらくイライジャの言葉と一致することはない。

 この連中がコゼをどう扱っているのかわからないが、連中の容赦のない責めを思うと、コゼもまた追い詰められているだろう。

 コゼが、イライジャと同様に、嘘の情報を提供しようとしているとすれば、絶対に、イライジャが喋ろうとしている偽情報と食い違う。

 イライジャが口を閉じた。

 

「あれっ? やっぱり、出鱈目を口にするつもりだった? じゃあ、もう一本追加するよ」

 

 ジェロフが言った。

 イライジャは目を閉じた。

 ぱんと背後で水音が弾ける。

 猛烈な圧迫感が肛門の裏側から襲う。

 またもや、環境液を追加された……。

 

「ぼやぼやすんな、刷毛だよ──」

 

 ジェロフが荒々しく言った。

 すると、慌てたように、エルフ兵たちの刷毛責めが再開する。

 

「ひ、卑怯よおおおっ──。そ、それでも、エルフ族なの──。あ、あんたら──」

 

 イライジャはジェロフの言いなりになって、刷毛責めをするふたりのエルフ兵に叫んだ。

 四回もの環境液の球体を体内に注がれて、イライジャはこれまでと比べ物にならない激烈な便意が襲っている。

 ただ、ジェロフに比べれば、エルフ兵たちは、積極的に拷問をしていない気配がある。

 万が一もの望みをかけて、イライジャはジェロフではなく、衛兵に叫んだ。 

 

「人前で排便なんてすれば、その瞬間に、誇りあるエルフ族とはいえねえな。お前こそ、エルフ族なら我慢してみせな。それとも、獣のような排便したいか?」

 

 言葉を返したのはジェロフだ。

 イライジャはもはや、眼を開けることもできなかったので、エルフ兵たちの表情は見えない。

 便意は荒々しいうねりになって押し寄せている。

 もう限界だ……。

 すぐに終わりが来る……。

 

「球体を追加して、また回ってもらおう」

 

 ジェロフが焦れたように言った。

 刷毛が離れる。

 またもや、環境液が……。

 

「お、おおおっ」

 

 イライジャは泣き声をあげた。

 その瞬間、全身を揉み抜くような勢いで崩壊がはじまった。

 溜まりに溜まった薬液が噴水のようにあがり、それがイライジャの全身を汚していく。

 近くにいた刷毛を持った衛兵が悲鳴をあげて逃げていくのがわかった。

 

「やっぱり、獣だったね。まあいい……。排便が終わったら、今度は辛子入りの浣腸液にしようかな。それとも、痒み液入りの特別製の浣腸液にするか……? お尻の内側まで痒いって、本当に苦しいぜ。どうせ、自白するんだから、さっさと、ロウの居場所くらい喋っちゃえよ。とにかく、まあ、早く糞を終わらせな。そしたら、一応身体を洗ってやる。そして、浣腸の再開だ」

 

 ジェロフが嘲笑するのが聞こえた。

 イライジャは全身の汚水と汚物を浴びながら、号泣しながら逆さ吊りのまま排便を続けた。

 

 

 *

 

 

「……今度、わけのわからないことを言って、こっちをからかったら……殺すぜ……」

 

 拷問師と名乗った小男が苛ついたように言った。

 小男は、人間族だと思う。

 背はコゼと同じくらいで、人族の男としても低く、顔はお世辞にも整っているとはいえない。

 心の醜さが、表に出てしまっているという感じだ。

 部屋には、ほかにも数名の若い男がいるが、彼らはエルフ族である。当然に美男子である。

 エルフ族は衛兵の恰好をしているが、目の前の人間族の小男は、コゼを拷問する前に、自分は拷問師だと名乗った。

 

「は、話す……。話すから……。もうおろして……」

 

 コゼは激痛に耐えながら言った。

 いま、コゼは頂点が上になっている台に座らされている。

 いわゆる、「三角木馬」だ。

 無論、服は剥がされていて素っ裸だ。

 両肩には、天井から二本の鎖で、肩から落ちないようになっている丸太棒を抱えさせられていた。しかも、首輪についた金具で丸太棒が離れないようになっていて、さらに、両手を拡げた状態にさせられて、丸太棒に手のひらを大きな釘で打ちつけられている。

 首と手のひらを引き千切らない限り、コゼの肩から丸太棒は落ちていかない。

 そのため、怖ろしいほどの重みが股間に伝わり、コゼの股間はあり得ないほどに、三角木馬の頂点に喰い込んでいる。

 どこかが裂けたようであり、股間からは、たらたらと木馬の表面に血を流していた。

 そして、木馬を跨がされている足にも、赤ん坊の頭ほどの鉄の球体をぶらさげられている。

 球体に繋がった鎖を足に接続しているのは、足の甲から裏にかけて貫通している金具だ。そこに鉄の球体がぶらさげられているのだ。

 この状態で、数ノスは過ぎている。

 金具や釘を打たれている手足からの出血も酷かったが、いまはほとんどとまっている。

 ただし、気の遠くなるような激痛は続いている。

 

「先に話せ。何度、言やあ、わかんだよ──」

 

 小男が苛立った口調で声をあげた。

 コゼは、朦朧とする頭を必死に覚醒させつつ、息も絶え絶えに小さく頷いた。

 

「……はあ、はあ、はあ……ご、ご主人様の居場所は……」

 

 コゼは激痛に耐えながら、下層地区にある宿屋の名前を言った。

 無論、偽情報だ。

 

 「塔」の中で、いきなり襲撃を受け、対応しようとしたところで、両脇から腹を刺された。

 コゼの記憶はそれで中断されている。

 意識を失ったのだ。

 そして、気がつくと、この部屋に素っ裸で監禁されていた。

 どうやら、コゼが刺された刃物は特殊な魔道具であり、刺した相手を一時的に失神させるとともに、意識が回復しても、しばらくは手足を麻痺状態にする効果があるらしい。

 だから、この部屋で覚醒したときには、動くことができなかった。

 そのため、抵抗することもできずに、鎖で両手首を拘束されて天井から宙吊りにされた。

 そして、ロウの居場所を吐けと鞭打ちを受けたのだ。

 

 コゼは適当なところで、屈服したふりをして、この連中に偽情報を掴ませた。

 それを本物の情報と信じて、エルフ兵による襲撃をすれば、勘のいいロウだったら、周囲で騒動が起きていることを察するくらいの距離にある、まったく別の宿屋だ。

 そんな場所である。

 

 果たして、小男が喜んで、すぐに動いた気配だ。

 吊られたままのコゼを見張りだけ置いて、小男もいなくなった。

 おそらく、コゼの情報に従って、兵でも動かしたのかもしれない。

 一ノスほどして、戻ってきた小男は激怒していた。

 そして、いまの状態にされた。

 

「ち、畜生──。さっきの場所と違うじゃねえかよ──。やっぱり出鱈目をぬかしやがったな」

 

 さっきの場所……?

 

 ああ、すでに、別の偽情報を口にしてしまっていたのか……。

 どうにも、頭が朦朧として、うまく思考できない。

 食い違う情報を喋ったようだ。

 三回目までは、ちょろく信じてしまって、無暗に動いた気配だったけどね……。

 コゼは内心で笑ってやった。

 

「気を失うなんて許さねえぜ、おい──」

 

 小男が声をかけた。若いエルフ兵が小男に向かって動く。

 部屋の中にいるのは、小男のほかにエルフの若い男兵が三人だ。

 しかし、このような拷問に慣れていないのか、さっきから顔を蒼くしていて、能面のように顔から表情を消している。

 ここがどこかわからないのだが、窓のないところをみると、どこかの地下室なのかもしれない。

 ただ、この部屋の目的は明白だ。

 「拷問室」だ。

 

 こんなところが準備してあるのだから、この連中が本物の衛兵である可能性は高い。

 塔の中の襲撃も、かなりの連携であり、しっかりと訓練をされている動きのように感じた。

 エランド・シティのエルフ兵だ名乗っているが、もしかしたら、それは事実かもしれない。

 もっとも、彼らの狙いが、ロウとエリカだということは、馬鹿のひとつ覚えのような訊問で承知しているので、ロウたちが以前から恐れていたアスカの関係者だと思う。

 しかし、エランド・シティの衛兵が、アスカとかいう魔女の利益のために動いているというのは、解せない推測ではある。

 

「この棒を刺してやれ。鼻の穴にぐさっとな」

 

 やってきたエルフ兵のひとりに、小男が渡したのは、手のひらほどの長さの細い棒だ。

 コゼは、それを確認したが、もはや、なにも喋る気にならない。

 ただ、その「凶器」を呆然と見るだけだ。

 

「は、はい……。し、しかし……」

 

 棒を渡された兵は、随分と狼狽をする反応をした。

 この手の拷問には慣れてない……?

 

 小男については、自分で名乗るとおりに拷問師なのだろう。しかし、ほかの連中は、付け焼刃だ。

 やっぱり、本物の衛兵か……?

 それに、拷問師と称する男が加わっている?

 

「ちっ、使えねえなあ。色呆け女太守も使えねえけど、その部下も役立たずかよ」

 

 小男が悪態をついて、目の前の衛兵から棒を取り返した。

 その瞬間、おどおどしていた若い衛兵がむっとした表情になる。

 自分自身が役立たずと言われたことより、女太守への罵倒に反応した感じだ。

 

 だが、女太守……?

 

 エランド・シティの太守は、男だとイライジャが言っていた気がする……?

 あるいは、太守夫人のこと……?

 

 小男がつかつかとやってきた。

 

「顔をあげろ」

 

「んぐうっ」

 

 首に丸太棒が乗っている状態のコゼは、髪の毛を引っ張られて、強引に上を向かされる。

 うつ伏せに潰れかけていた身体を強引に仰向けに近い体勢にさせられ、丸太棒の繋がった首輪が思い切り丸太に引っ張られて、息がとまった。

 

「ほれ」

 

 片側の鼻の穴に棒が勢いよく突き刺された。

 

「ふげえええ」

 

 コゼは絶叫した。

 まとまった血が棒の刺さった鼻の穴から噴き出す。

 小男が、コゼの姿勢を元の態勢にした。

 木馬に対して、丸太棒に押し潰されるような前のめりの姿勢である。

 

「俺を舐めんじゃねえ。お前にはうんざりだ」

 

 小男が戻っていった。

 血の塊とともに、鼻から棒が抜ける。

 ただ、血はとまらずに、鼻から噴き出し続ける。

 

「もう一度、訊くぜ──。ロウとエリカはどこだ?」

 

「い、いう……。も、もう……ゆる……じで……」

 

 コゼは息も絶え絶えに言った。

 

「うるせい──。今度、でまかせだったら、いい加減に殺すぞ──。もうひとりの褐色エルフをな──。別の部屋じゃあ、そいつの拷問が続いている。情報が食い違っていたら、向こうを殺すぞ──」

 

 小男が絶叫した。

 コゼは心の中で悪態をついた。

 殺すなら殺せばいい……。

 囚われた時点で殺されるのは覚悟しているし、ロウを売るくらいなら死んだ方がましだ。

 それは、イライジャが目の前で殺されても同じだ。

 コゼの中には、守るべき優先順位の一番にロウがいて、二番目以下には誰もいない。それはコゼ自身も含めてだ。

 

「……だったら……殺すのね……。ほ、ほんとのこと……言うと……。あたし、首輪はないけど……奴隷なの……。嘘しか言えない……“命令”を……与えられていてね……。いくら、痛めつけても……本当の情報は……口に出せないわ」

 

 コゼはもう面倒くさくなって、無理矢理に笑顔を作って、小男に吐き捨ててやった。

 

「嘘をつけ──。それも嘘だろ──」

 

 小男が激怒して、なにか硬いものを投げつけられた。

 

「んぎいっ」

 

 なにをぶつけられたかわからなかったが、額に衝撃が走り、水のようなものが顔に流れ始めた。

 それが血だとわかったのは、自分の胸から下が真っ赤に染まったからだ。

 

「しまった。頭を割っちまったか……。そのままにしてると、気絶させちまうな……。仕方ねえ。ちょっと休憩だ。そのあいだに治療をしておけ。ただし、台からは下ろすな」

 

 小男は椅子を蹴り飛ばすと、部屋から不機嫌そうに出ていった。

 残ったエルフ兵たちが駆け寄って、コゼに治療術の魔道をかけ始めた。



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419 拷問者からの脱出

 温かいものが身体を包んでいった。

 治療術の魔道が全身に注がれているのだ。

 コゼは、とりあえず最低限動くだけの力が戻ってきているのを感じた。

 

「……お前、なにをそんなに頑張っておるのだ……? それとも、奴隷としての命令で、本当に情報を喋れないのか……。だったら……」

 

 コゼに魔道をかけているエルフの若者が心配そうに言った。

 

「いや、奴隷ではないな……。隷属の魔道はかかっていない」

 

 別のひとりが言った。

 

「だったら、もう頑張るな。どうせ自白させられる。それだけだ。なにをやったのかは知らされていないが、処刑まではしないと聞いている」

 

 さらに別のひとり……。

 

 どうでもいいけど、この三人はおよそ、拷問には向かない性質だろう。どうも、コゼに対する残酷な仕打ちが耐えられないようだ。

 おそらく、拷問については、あの拷問師と自称した人間が受け持っているのであり、その拷問師に、手慣れていないエルフ兵が混じっているのだと判断した。

 あまりにも、ぎこちなさすぎる。

 

 そのあいだも、コゼの傷ついた身体はゆっくりと回復していく。

 ただし、それだけであり、コゼが残酷な木馬責めから解放されるわけじゃない。

 肩に背負わされている丸太棒は、コゼを木馬側に押しつけんばかりにしているし、足の甲から足の裏に貫かれている金具に繋がった鉄球は、コゼの股間を三角木馬にぎりぎりと喰い込ませている。

 むしろ、治療術で負傷が癒されたことで、麻痺していた激痛が改めて蘇ってきた感じだ。

 治療術が進むにつれて、逆につらさが拡大し、コゼは泣くような呻き声をあげた。

 

「ど、どうした?」

 

 治療術をかけているエルフ兵の隣の兵が焦ったような声をあげた。

 あの小男の拷問師が一時的にいなくなったことで、部屋にいるのは頼りなさげな若いエルフ兵が三人だ。

 この三人は、小男に言われて、コゼの拷問を手伝っていたものだが、やっぱり基本的には残酷なことは好きではないようであり、コゼに対して同情的だ。

 いまも、拷問が再開できるように最小限の治療をしろと捨て台詞を言い訳に、可能な限りの治療をしてくれているように思える。

 

 優しいのだ……。

 ……三人とも……。

 

「ちょ、ちょっとでいいの……。く、首輪を……。首輪から重みを外して……。首が締まる……。痛くて……。い、息が……。し、死んでしまう……」

 

 コゼの肩には天井からの二本の鎖で吊られている丸太棒が乗っていて、それが首輪によって首の後ろ側に接続されている。

 鎖は、コゼにしっかりと重みがかかるくらいに緩められていて、それが小さなコゼの身体を折り曲げて潰していた。 

 コゼの悲痛な願いに、エルフ兵たちは顔を見合わせたが、「首も治療する必要があるだろう。このままでは困るしな」と口にして、首輪との接続だけを外してくれた。

 それだけでなく、ほんの少し丸太棒が引きあげられて、肩にかかっていた重みがなくなる。

 その丸太棒に手のひらが直接に釘で打ちつけられているために、丸太棒はコゼから離れないが、それだけで随分と楽になった。

 

「……ち、治療してくれて……ありがとう……。か、感謝するね……。首輪も……」

 

 コゼは荒い息をしながら言った。

 

「あ、ああ……」

 

 いまだに治療術をかけ続けているエルフ兵が当惑したように言った。

 コゼから感謝の言葉など戻ってくるとは思わなかったのかもしれない。

 それくらいで困惑するなど、余程に性質がいいに違いない。

 だが、間抜けだ。

 

「だから、謝っておくわ。ごめん」

 

 コゼは治療術により回復をした力を限界まで振り絞って、丸太棒を一閃させた。

 

「ぶぐっ」

「あぎっ」

「ふがあっ」

 

 三人ともコゼのすぐ近くまで接近していて、ものの見事に三人の頭を吹っ飛ばすことができた。

 同時に、丸太棒に打ちつけている釘を強引に抜く。

 反撃の機会を狙って、拷問を受けながら、痛みに耐えてこね回し、ずっと緩め続けていたのだ。だから、簡単に抜けた。

 しかし、釘はまだ手に刺さったままだ。

 さっき丸太棒で頭を殴って、倒れかけていたエルフ兵の首を両手で掴む。

 

「んぐうっ」

 

 首に抱きつくと同時に、手のひらに刺さった釘を男の急所に突き刺している。

 抱きついた男が脱力して倒れていく。

 そのまま首にしがみつく。

 丸太棒が身体から外れたので、木馬の上から離れることも可能になっている。

 コゼは、抱きついている男が倒れていく力を利用して、なんとか三角木馬から落ちることに成功した。

 男の首に刺さった釘を抜く。

 エルフ兵が絶命したのがわかった。

 

「う、うう……」

「あ、あたた……」

 

 残りはふたり……。

 まだ、両方のエルフ兵とも呻き声をあげたままで、動けないようだ。

 そばのひとりに押し乗った。

 その男の腰に、コゼの首輪の鍵があることを確認している。

 

「あがっ」

 

 コゼは、そいつの腰の鍵を掴むとともに、その男の首にも釘を刺して絶命させた。

 

「う、うわあああっ」

 

 残りひとり……。

 そいつが悲鳴をあげて、立ちあがった。

 しかし、まだ頭を打たれた影響があるのか、足元がふらふらだ。

 コゼは下敷きになっているエルフ兵の腰から剣を抜くと、その背中に投げつけた。

 

「あぐうっ」

 

 背中に剣が突き刺さってエルフ兵が倒れる。

 

「うう、痛たたた……」

 

 コゼは鍵束から鍵を特定して、なんとか首輪を外した。

 やっと自由を取り戻せた。

 しかし、まだ剣が刺さったままのエルフ兵は絶命には至っていない。

 か細い息が続いているのがわかる。

 とどめを刺すために、エルフ兵に近づいていく。

 足に金具が刺さったままなので、鉄球が繋がったまま、四つん這いで這い進んだ。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 やっとエルフ兵のところに辿り着いた。

 ほとんど虫の息だ

 コゼは両方の手から釘を引き抜くととともに、背中に刺さっていた剣を抜いて、そのエルフ兵の喉を掻き切った。

 

「す、好き勝手やってくれたわね……」

 

 次は足の金具だ。

 

「んがああああ」

 

 これはねじになっているだけなので、自力で外せたが、金具を強引に外したので、血とともに肉の破片も飛び散る。

 そして、エルフ兵から上着だけを脱がせて、とりあえず、それを着た。

 血で汚れているのが気になるが、裸よりもましだ。

 さらにシャツを剣で切断して、出血をしている足に巻きつける。

 最後に殺したエルフ兵からも、腰の剣の鞘ごと抜く。

 それを杖代わりにして、なんとか立ちあがった。

 

「う、ぐううっ」

 

 立つと、穴の開いている足と裂けている股間から、意識が飛ぶような激痛が走る。

 コゼは歯を喰いしばった。

 そのときだった。

 扉の外から人が近づく気配がした。

 コゼは、扉の影に身を隠した。

 

「おお──? な、なんだこりゃ──?」

 

 戻ってきたのは、拷問師の小男だ。

 小男は、扉を開いて目に入った部屋の惨状に絶句している。

 

 コゼは扉の影から小男に飛びついて、剣で首を裂いた。

 こいつを一瞬で絶命させるなど、優しすぎるとは思ったが仕方がない。

 小男は、声を出すこともできずに、その場に崩れた。

 

「ざ、ざまあみろ……」

 

 コゼは激しく息をしながら呟いた。

 そして、床にもう一度うずくまると、小男からめぼしいものがないかと、屍体を探った。

 服の下に小さなポーションのようなものが数瓶あった。

 どうやら、拷問用の薬物のようだ。

 ほとんどは、見た目では正体はわからなかったが、ひと瓶だけは低級の治療薬だとわかった。

 拷問をしすぎて、相手が衰弱死しかけたときに、使用するものだろう。

 コゼはそれを飲んだ。

 穴の開いた足の穴が白い光に包まれたと思ったら、痕は残っているものの、穴が塞がる。

 股間や手のひらについても、完全ではないが傷は消滅した。

 

「こ、これなら……」

 

 コゼは息が整うのを待ち、剣を杖にして、廊下に出る。

 幸いにも、廊下には誰もいない。

 やはり、ここはどこかの地下のようだ。

 一方の廊下の端に、上にあがる階段があり、奥は行き止まりだ。

 どうやら、ここは階段に一番近い部屋のようであり、廊下には四個の部屋があった。

 そこから、人の気配と女の泣き声がする。

 

 コゼは、壁伝いに、そっちに向かって進んでいった。

 

 

 *

 

 

「そろそろ、真実を思い出したんじゃないかな、イライジャ……。それと、そろそろ理解できたと思うけど、お前は豚だよ」

 

 ジェロフが耳元でささやいた。

 イライジャを拷問し続けているジェロフは、イライジャの目と鼻の先にいる。

 だが、四肢を彼の魔道で空中にはり付けられているイライジャには、彼の息が耳に当たるのを避けることさえできない。

 イライジャは、四肢を大きく拡げたまま、いまは頭を上にして固定されていた。

 床はイライジャの足先の拳ひとつ分下にある。

 まき散らしたイライジャの汚物は洗浄処理されているが、そこにはイライジャの身体から流れる脂汗が小さな水たまりを作っていた。

 そして、下腹部は小さく膨らんでいる。

 繰り返し腸内に転送される浣腸液のせいだ。

 いまは、痒み効果のある媚薬入りの浣腸剤を大量挿入されていた。

 全身がばらばらになるほどの痒み剤とともに、気が遠くなるようなお尻の痒みと疼きに襲われている。

 

「な、何度、言われても……答えは……同じよ……。し、知らないわ……」

 

 脂汗の流れる顔を歪めて、イライジャは唇を噛みしめた。

 すでに排泄欲の地獄は始まっている。 

 

「じゃあ、自分は豚だって言ってくれるか? せめて、尻の穴の痒みを鎮める中和剤を次の浣腸球に加えてあげるよ。さもないと、尻の穴の奥の痒みなんて、どうやったって癒すことはできねえぜ。特に、あんたの身体には、男避けの結界がかかっているだけみたいだしね」

 

「わ、わたしは……エルフ……よ。ぶ、豚じゃない……」

 

 イライジャは声を絞り出した。

 

「人前で大便をするような女は豚に決まっているよ。豚のくせに、なに一人前に黙秘なんてしてんだよ。とっとと喋んなよ、豚──」

 

 ジェロフがイライジャの膨らんでいる下腹部をぎゅっと押して、揉むように刺激をしてきた。

 

「うわあっ、い、いやああ、や、やめてえっ」

 

 イライジャの意思とは無関係に、イライジャの身体は汚物を床に垂れ流してしまっていた。

 もう腹の中には固形物はない。

 水流が床に垂れ流れ続ける。

 

「おうおう、汚いなあ。また、糞か? 人前でするのに、もう慣れたのか? だから、豚なんだよ。まともなエルフ族なら人前で糞はしないもんだ」

 

 汚水が身体に跳ね返って当たるのを避けるために、ジェロフが笑いながら離れていく。

 口惜しい……。

 口惜しい……。

 

 もう、浣腸液に屈して、こいつらの前で排便するのは四度目になる。

 だが、回数が増えれば慣れるというものじゃない。

 イライジャの気力は尽きようとしていた。

 

「おい、洗浄しろ」

 

 イライジャのお尻から排便が終わると、ジェロフが椅子に座ったまま、壁際に待機しているエルフの衛兵に声をかけた。

 魔道が飛んでくるのがわかった。

 風のようなものがイライジャを包み、あっという間に床に撒き散らされた水便と身体の汚れもきれいになる。

 

「うっ、ううう……」

 

 身体がきれいになるとともに、排泄を耐えることで小さくなっていた痒みが戻ってきた。

 しかも、今度はお尻の中が痒いのだ。

 イライジャは知らず、腰を必死になって振り続けていた。

 

「さてと、真実を喋るつもりなら、これが最後の機会だよ。そろそろ、エルフ族の誇りも砕け散ったみたいだし、本当の訊問を開始するつもりだしな」

 

 相変わらずの人を小馬鹿にしたようなジェロフの物言いに、イライジャの腹は煮えた。

 

「もうじき、お前は嫌でも情報を洩らすことになる。これから行う拷問で、お前は最終的にはどんなことでも喋る。人間として耐えられる限界を越えて、豚のように告白してしまうんだ。それがいやなら、まだ、自分がエルフ族だと思えるうちに喋ることだ」

 

 ジェロフは、歪んだ笑顔を向けながら、針のようなものを数本持って、近づいてきた。

 そのうちの一本を無造作にイライジャの乳首に突き刺す。

 

「んごおおおっ」

 

 激痛に、イライジャは身体を跳ねさせた。

 しかし、乳房を掴んだままのジェロフは、反対の乳首にも横から針を貫かせる。

 

「んぎいいいっ、がああああっ」

 

 イライジャは絶息するような悲鳴をあげた。

 しかし、地獄のような激痛はそれで終わりじゃなかった。

 ジェロフは、さらにもう一本の針を股間のクリトリスの上から突き刺したのだ。

 

「ぎゃああああああ」

 

 イライジャは絶叫した。

 

「始めるか」

 

 ジェロフはイライジャから離れながら無造作に言った。

 そして、ジェロフが背中向きのまま、ぱちんと指を鳴らすと、その指から電撃が飛んできて、身体に刺さった三本の針に当たった。

 

「ひぎいいいいっ」

 

 不快な電撃がイライジャを襲った。

 イライジャは、限界まで身体を反り返らせる。

 

「いまのは最弱の電撃だ。その針に向かって、いくらでも、どこからでも電撃が注げる。やめて欲しければ、ロウの居場所を喋ることだ」

 

 ジェロフが椅子に座り直した。

 すると、やっと電撃が止まった。

 

「もう一度、やろう。今度も同じ強さだ」

 

 電撃が発生する。

 しばらくのあいだイライジャの股間と乳首に電撃が流される。

 

「いぎゃあああ、ぎゃああああ」

 

 電撃が終わるまでのあいだ、イライジャは喉が枯れるほど声をあげ続けた。

 そして、電撃が終わるとともに、身体を脱力させた。

 しかし、次の瞬間には、電撃が再開する。

 

 それが繰り返す。

 

「も、もう、嫌ああっ──。喋る──。なんでも話す──」

 

 電撃の回数が十回を超えると、イライジャの意思とは別に、そう叫んでいた。

 イライジャの顔からは、汗に混じった涙と鼻水と涎がぐしょぐしょになって垂れ流れる。

 

「ほら、話せ──」

 

 気がつくと、ジェロフはまたもや、すぐ近くにいた。

 髪の毛を掴まれて、顔を引きあげさせられる。

 

「ああっ、な、なんでもない……。話せない──。話せないわよ」

 

 イライジャは必死になって顔を横に振った。

 そして、愕然とした。

 たったいま、イライジャは、思考が吹き飛んでしまって、ロウの居場所を思いつくままに話そうとしてしまっていた。

 それが信じられない。

 

「電撃を強くするぜ。時間も長くしてやろう」

 

 ジェロフがにやりと笑うのがわかった。

 すぐに電撃が再開する。

 

「あがあああっ、ああああああっ、んぎいいいい、ああああああ」

 

 耐えられない不快な衝撃がイライジャを襲い続ける。

 足のあいだからじょろじょろと小水が垂れ落ちた。

 気がついたときには漏れ出ていて、イライジャにはどうしようもなかった。

 電撃が終わる。

 

「今度は小便かい。豚だから、余程に人前でするのが好きなんだな」

 

「も、もう……や、やめて……」

 

 イライジャは泣きながら言った。

 しかし、すぐに電撃が始まる。

 

「今度は長いぜ」

 

 ジェロフが言った。

 だが、それはイライジャ自身の悲鳴で、よく聞こえなかった。

 ゆばりに混じって、お尻に残っていた薬液も流れ出た。

 

「んっ?」

 

 そのとき、目の前のジェロフが、なにかに気をとられて、振り返るのがわかった。

 それとともに、電撃も中断される。

 

 そして、イライジャは気がついた。

 この拷問室の扉が開かれていて、壁際にいた四人ほどのエルフの衛兵が血を流して床に倒れていたのだ。

 剣を持った侵入者は、ジェロフのすぐ背後にまで迫っていた。

 

「お、お前は──」

 

 その驚愕のひと言がジェロフの最期の言葉になった。

 コゼの持っている剣が一閃して、ジェロフの喉を引き裂いたのだ。

 

「んぐっ」

 

 ジェロフは呻き声とともに床に崩れる。

 そのジェロフの絶命とともに、イライジャの魔道も解けた。

 イライジャは床に崩れ落ちた。

 

「コ、コゼ……」

 

 コゼの身体には、あちこちに血の痕があった。

 余程に惨いことをされたのだろう。股間だって裂けて、いまだに血が流れている。

 だが、かなりぼろぼろではるものの、それでも最低限の治療はした気配はある。

 

「た、立って、イライジャ……。立てなくても、立って……」

 

 コゼがその場に座り込んだ。

 剣を置いて、立ったいま殺したジェロフから上衣を剥ぎ取ろうとしている。

 イライジャも、乳首と局部に刺さっている針を抜いてから、手を伸ばして、それを手伝う。

 なんとか、その血だらけの上衣で身体に覆った。

 

「これ、どれかが、首輪の鍵じゃない?」

 

 そして、さらにジェロフの屍体を探っていたコゼが、ジェロフのズボンに掛かっていた鍵束を見つけた。

 それを受け取ったイライジャは、鍵を試していき、何本目かで、首輪の鍵に当たった。

 首輪が外れて、魔道も回復していく。

 

「い、行くわよ……」

 

 コゼがよろめきながら立ちあがり、イライジャの肩を持って引きあげさせた。

 イライジャも力を振り絞って、なんとか立つ。

 

「た、助かったわ……。だ、だけど、こ、ここは……どこよ……?」

 

 コゼとともに、扉に向かいながら訊ねた。

 

「し、知らないわ……。あ、あたしも、さっきまで隣で拷問されていたのよ……。た、多分、どこかの建物の地下よ。軍営かもね……」

 

「軍営──?」

 

 そうだとすれば、とても逃げられないだろう。

 しかし、逃げないと……。

 

「何百人いても突き抜けるしかないわ……。突き破るのよ」

 

 コゼが呻くように言った。

 イライジャも頷く。

 

 ふたりで、廊下に出る。

 誰もいない。

 右を見ると階段があった。

 コゼの言うとおりに、ここは地下なのだろう。

 石の階段をあがったところが、地上に通じる方向のような感じだ。

 

 あがる。

 果たして、そこには見張りのようなエルフ兵がふたりいた。

 あがってきたイライジャとコゼを見て、ぎょっとした表情をしている。

 

「ああっ、なんだあ──?」

 

 警笛のようなものを掴もうとした衛兵にイライジャは、火弾を飛ばした。

 その身体が燃えあがる。

 もうひとりについては、コゼが剣を投げていた。

 その衛兵の胸に剣が吸い込み、壁にぶつかる。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 ほかに人影はない。

 イライジャはその場に座り込んでしまった。

 全身の痒みがいまだに襲い続けているのだ。

 我慢できなくて、服の上から乳房を鷲掴みにする。

 お尻も痒い。

 指を挿し込もうとして、なにかの力で阻まれてできなかった。

 ロウの結界だ。

 掻けないと思うと、一層痒みが増大する。

 イライジャは呻き声をあげた。

 すると、くすりというコゼの笑い声がした。

 

「媚薬を塗られたの、あんた?」

 

 コゼが苦笑している。

 そのコゼも壁にもたれて荒い息をしていた。

 ここにいたのは、目の前で死んでいるふたりの衛兵だけであり、外に出る出口はすぐ前にあった。

 外は閑散としている。

 また、この一階部分には、地下に通じる階段しかない。地下への階段があるだけの小さな部屋だ。

 

「こんなところで、自慰をしないでよね……。ところで、なんだか知らないけど、随分と警備が緩いわね。とにかく、外には人の気配はないわ……。行こうよ」

 

 コゼが出口に向かっていく。

 イライジャも立ちあがる。

 

「で、でも、か、痒いのよ──。お、お尻の穴に掻痒剤を入れられたのよ。い、いま、こうしているあいだだって、お尻に指入れて掻きむしりたいわ」

 

 イライジャは、コゼに悪態をついた。

 とにかく、なにか喋ってないと気が狂いそうだ。

 コゼは無視して歩いていく。

 悪意はないだろう。

 イライジャもそうだが、コゼもいっぱいいっぱいまで、追い詰められていると思う。

 本当はイライジャに余裕はないのだ。

 

「……やっぱり、ここは軍営の中ね。だけど、この周囲については人影はないわ。軍営の端っこのようよ。もしかしたら、あそこの壁を越えたら、逃げられるんじゃない」

 

 少し前を歩いて外に出たコゼが振り返って言った。

 イライジャも外に出た。

 エルフ族として、夜目の効くイライジャには、遠くにある営舎や軍庭のようなものがはっきりと見えていた。

 確かに、目の前にあるのは、軍営を包む外壁だ。壁沿いの遠くに監視塔のようなものもある。

 ただ、この辺りは、ちょうど近傍の監視塔からの死角になるのか、警戒の目は薄いようだ。

 また、確かに、ここは軍営の端になるのか、近くに建物のないひっそりとした一角になっている。もしかしたら、拷問室とかいうのは、ほかの建物とは離して設置していたのかもしれない。

 

「や、やっぱり、ここ軍営? わたしたちって、エランド・シティのエルフ兵に捕らわれていたの?」

 

 イライジャは思わず言った。

 

「不自然ね……。まるで、逃げなさいって、誘導しているみたい……」

 

 しかし、コゼから戻ったのは、その小さな呟きだ。

 ふと、横を見ると、コゼは険しい顔をしていた。

 だが、イライジャもやっと気がついた。

 

「……もしかして、罠……?」

 

 コゼの耳元でささやく。

 痒みで集中できないが、なんとか、頭を正気に戻す。

 そういえば、不自然だ。

 隙がありすぎる。

 

「なにがあったかわからない……。でも、ご主人様を捕らえようと、エルフ兵が動いているのは本当かも……。それで、あたしたちが、ご主人様のところに行きつくのを待っているのかも……」

 

「後をつけて?」

 

 イライジャは首を傾げた。

 

「それとも、あたしたちの身体には、居場所を追えるような、なにかの魔道具が埋め込まれているかもね……」

 

 コゼが言った。

 はっとしたが、筋は通る。

 わざわざ、衛兵を犠牲にして、そんな罠を張るかとも思うが、コゼとイライジャが逃亡に成功したとすれば、一目散にロウのところに戻ろうとするというのは、当然の考えだ。

 それを利用して、ロウの居場所を特定しようとしているというのは、あり得ることだ。

 

「……どっちにしても行こう、コゼ……。罠だとしても、連中にもう一度訊問されるよりは、逃げ回った方がましよ。それに、あんたの推測が正しければ、こっちが動いているうちは、連中は隠れたまま、わたしたちを自由にしてくれるじゃない?」

 

 イライジャは言った。

 

「そうね……。だったら逃げ切ることは不可能よ……。そして、ご主人様のところに向かうわけにはいかない。あ、あたしたちができるのは……時間稼ぎだけよ……」

 

「じゅ、十分よ……。い、異変に気がつけば……ロウは勘がいい……。逃亡をしてくれるわ……」

 

「だ、だとしたら……あ、あたしたちが……わ、わざと出鱈目に動いているということに気づけば……。つ、つまり、自由にさせても、ご主人様のところに向かっていないということに気がつけば……」

 

「もう一度、捕まえるかしら……。拷問をやり直すでしょうね……。人質にもなるし……」

 

「い、いやな……予想ね……」

 

「そうかも」

 

 イライジャは自嘲気味に笑った。

 とにかく、お尻が痒い──。

 死にそうだ。

 

「そ、それと……、ご主人様が……あ、あたしたちを見つけに来れないように……、魔道で遮断を……。来させてはいけない……。あたしたちそのものが……罠だから……」

 

 コゼが言っていることをイライジャは、すぐに理解した。

 イライジャたちに施された「見えない貞操帯」とやらには、他人や刻まれた本人が股間に手を入れるのを遮断するだけでなく、ロウが女たちの居場所を特定することもできると口にしていた。

 だったら、こっちに来させるわけにいかない。

 エルフ軍は、イライジャたちを自由にさせて、ロウと接触するのを待っているのだから……。

 

「ロウがしたことを……あたし、程度の魔道でなんて……。あれ? できた?」

 

 試しに魔道を使ったら、あっという間にイライジャとコゼから魔道的な信号が外に出ないように封印できてしまった。

 もちろん、貞操帯そのものの無効化はできないが、追跡機能のみは遮断に成功した。

 ロウがそうできるように意図的にそうしてあったのか、それとも、性調教に関してしかロウの能力が発揮できないのかは、わからない。

 とにかく、処置できた。

 イライジャにはそれがわかる。

 おそらく、これで、ロウに対してだけでなく、拷問をした者たちがイライジャたちに、なにかの発信源を埋め込んだとしても、それを探知することはできないはずだ。

 イライジャはコゼに説明した。

 

「な、ならいいわ……。いずれにしても、追手を巻くのは無理と思うけど……やるだけ、やろう……。い、行こう……」

 

 コゼがさっと壁に向かって駆けていく。

 いつもの風のような動きではないが、それでも素早い。

 イライジャは、風魔道を遣って、コゼの身体を浮き上がらせた。

 ふわりと浮かんだコゼは、壁の上に音もなく着地をした。

 

「手を伸ばして」

 

 コゼが壁の上で腹ばいになり、イライジャに向かって手を伸ばす。

 イライジャは、その手をがっしりと握りしめた。

 そのまま、やはり魔道も遣って、なんとか壁の上に着く。

 

 壁の向こうの真下には、エランド・シティの都市部が拡がっていた。

 ただの幸運なのか、罠なのかは知らないけど、眼下には人の目はない。

 夜の街だ。

 

 また、壁は高いが、降りれない高さじゃない。

 

「三で飛ぼう」

 

 コゼだ。

 

「一、二、三」

 

 イライジャとコゼは手を繋いで飛び降りた。

 地面に叩きつけられないように、魔道で風のクッションを作り、イライジャたちの身体の下に入れる。

 

 一方で、離れた場所で、なにかの気配が一緒に落ちてくるのをイライジャは宙で感じた。



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420 親衛隊長の篭絡

「う、うう、許してくれ……」

 

 カサンドラは、ねちゃねちゃという媚薬の感触と尻の穴に指が入ってくる刺激を受けながら、無駄だとわかっている哀願をした。

 だが、パリスは嘲笑いながら、カサンドラの襞のひと筋ひと筋に擦りつけんばかりに、おぞましい油剤を塗りたてていく。

 

「遠慮しねえで愉しみな。エルフ(ばば)あの汚ねえ尻の穴を嬲ってやってんじゃねえか。むしろ、礼を言いな。それと、一切抵抗すんじゃねえ。絶対に尻に触るな。命令な」

 

 パリスが“命令”という言葉を使いながら、さらに油剤を足していく。

 

「あ、ああ……。あ、ありがとう……ございます……。うう……」

 

 カサンドラは、太守の執務室で床に四つん這いになり、椅子に座るパリスに向かって、お尻を向けていた。

 その尻穴にパリスがいつもの痒み剤を塗りこめているのだ。

 暇つぶしなのだという。

 

 パリスからは、心の底からのカサンドラへの侮蔑を感じるが、それでも、カサンドラは逆らえない。

 隷属の刻みを身体に受けており、“命令”という言葉で一切の自由を失うということもあるが、パリスに与えられる鬼畜な凌辱に、カサンドラの中の女が反応をしているのも事実なのだ。

 いまも、カサンドラの執務室だというのに、その支配権を奪われて、奴隷のように鬼畜に辱められるという行為に、カサンドラの官能という官能が浅ましく狂うのだ。

 だから、逆らえない。

 

 また、カサンドラは全裸だ。

 身に着けていた服は、下着を含めてカサンドラが四つん這いになっている身体の真下の床に散らばっている。

 最初に、パリスがひとりでやってきて乗っ取ったとき、畳むことさえ許してもらえなかった。だから、せめて隠したい下着も、見えるかたちで放ってある。

 

「ほら、塗りこめてやったぜ。すぐに堪らなくなる。俺が許可するまで、自分の尻穴を搔くことを禁止する命令を与えてやるせ。ははは、じゃあ、奉仕しろ。精を絞りだせたら、尻を犯してやるよ」

 

 椅子に座ったままのパリスが大きく股を開いた。

 カサンドラは、四つん這いのまま反転して、パリスの股間に顔を近づける。

 パリスに塗られた油剤は、パリスの精を受けない限り、幾日でも怖ろしい痒みが続く。

 そして、本当にパリスは放っておくのだ。

 パリスの施した責めに対して、魔道を遣うことができないように呪術をかけられており、そうなったらカサンドラにはどうしようもない。

 放置されれば、パリスが気が向いて現われるまで苦しむことになる。

 だから、カサンドラはどんなことがあっても、パリスに逆らえない。

 カサンドラとパリスの関係はそういうものだ。

 

「ま、魔道か手を使っても……?」

 

 カサンドラはパリスに顔をあげて訊ねた。

 パリスのズボンは、前にボタンがついていて、そこから男根を出すようになっているが、とてもじゃないが手を使わずには開けない。

 一度、口でやれと命じられて挑戦はしたことはあったが、一ノスかかっても成功することはできなかった。

 

「おう、いいぜ。魔道でやれ。今日は忙しいからな。だが、出すだけだ。精を搾るのはお前の舌だ。いずれにしても、早くやった方がいいぜ。俺がここにいるのは、ロウ=ボルグを見つけたという報告がやって来るまでだ。手っ取り早く、そいつに訊ねないとならねえことがあるしな」

 

 だが、意外にも、パリスは魔道を遣うことを許可してくれた。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 許可さえ受ければ、カサンドラの魔道は、上級魔道師として誰にも引けを取らない実力はある。

 カサンドラは魔道でパリスのズボンの前を開き、さらに下着をずらして、パリスの男根を露出させた。

 少年の外見をしているが、それが本来の姿でないのは、この並みの大人の男よりも大きい巨根を見ればわかる。

 カサンドラは、すぐに大きく口を開いて、パリスの股間を舌で舐め始める。

 

 また、パリスが口にしたロウ=ボルグというのは、いま水晶宮の管理するエルフ軍が総出で出動して捜索をしている人間族の男の名前だ。

 彼がなにをして、パリスがどうして捕らえたいと思っているのかは知らない。

 ただ、カサンドラは、顔も知らないその男がこのエランド・シティにやって来るという情報を得たので、水晶軍のすべてを出動させる権限を寄越せと、パリスに命じられただけだ。

 さすがにそれはできないと突っぱねると、パリスはカサンドラを拷問じみた腔虐責めをした挙句、この水晶宮にある跳躍施設を使って、エルフ族の女王のいるイムドリスまで無理矢理にパリスを連れていかせた。

 すると、意外にも、エルフ族女王のガドニエルと、パリスは知り合いだったらしく、カサンドラは先に返され、約一日後に隠し宮イムドリスから戻ったパリスは、水晶軍を動かし、エランド・シティに一時的な戒厳令を布くことを許可する女王令を手に入れていた。

 

 また、本来はイムドリスにいるはずの女王親衛隊についても、隊長のブルイネン以下のほぼ全員を一緒に伴ってきた。

 特に、親衛隊長のブルイネンがガドニエルから離れるなど、およそ初めてだと思ったので、カサンドラも驚いてしまった。

 念のために、直接に確かめたが、水晶軍の出動許可も、親衛隊の派遣も、ガドニエルの命令に間違いなかった。

 

 一方で、親衛隊がイムドリスを離れることについては、隊長のブルイネンが抵抗をしたらしいが、ガドニエルから相当に強い命令を与えられたらしく、数名の護衛を残したほぼ全員がこっちにやってきている。

 それどころか、向こう側から親衛隊全員については、「扉」の通過を遮断されたようだ。

 任務を果たすまで戻るなということなのだろう。

 女隊長のブルイネンも、激しく困惑している。

 

「ん、んん、ああっ、んんっ」

 

 だが、舌で奉仕を開始してすぐに、痒みが尻の穴から襲い掛かってきた。

 痒い……。

 カサンドラは、知らず腰を左右に振り、すぐにその震えは全身に拡がった。

 

「効いてきたみてえだな。ほら、ほら、舌が動かなくなったぜ。まあ、俺はどっちでもいいがな。情報が入れば、俺自身も出かけるから、戻って来るのは明日か、明後日かもな」

 

 パリスが笑った。

 上目遣いに顔をあげると、パリスは愉悦に浸った顔でにやにやしている。

 駄目だ……。

 こんなの我慢できない。

 しかし、パリスが放っておくと口にするなら、本当に放っていくだろう。

 

 カサンドラの名で、指揮権を一時的にパリスに与えているので、水晶軍の全軍がどうなっているかは知らないが、ロウという男の仲間の女を捕らえたという情報があったのは夕方のことであり、それからかなり慌ただしくなったので、おそらく予定通りに全軍が出たのだと思う。

 パリスがここにいるのは、捜索隊の情報がカサンドラのところに入るようになっているからであり、いま、カサンドラをもてあそぶのも、その時間潰しということだ。

 パリスも口の端からそんなことを洩らしている。

 

「んん、んんん……」

 

 痒い……。

 だが、口の中にパリスの男根があるので、歯を噛みしめることもできない。

 しかし、呻き声を我慢することもできない。

 とてもじゃないがじっとしておられず、それでパリスの男根を奉仕することから意識が削がれてしまう。

 痒みを伴う熱さが尻穴を襲う。

 

「おっと、これをしておけ」

 

 すると、不意にパリスから首になにかを嵌められた。

 すぐには、わからなかったが、感触で首輪だとわかった。また、首輪には細い鎖が繋がっていて、それをパリスが握っているみたいだ。

 しかも、魔具だ。

 だが、それ以上はわからない。

 カサンドラは、パリスの施す魔道は解除もできないし、探知もできないようにされている。

 

 すると、扉の向こうからガドニエルの親衛隊長のブルイネンの声がした。

 心臓が跳ねあがるかと思った。

 執務室で人間族の少年の一物を咥えて、全裸で四つん這いになっている姿を見られるなど身の破滅だ。

 だが、パリスは慌てる様子もない。

 すると、耳元に口を近づけてきたのがわかった。

 

「……そのまましゃぶっていろ。これがロウを発見したという報告なら、急いだほうがいいぜ。お前に与えられる時間はほとんどないということだ……」

 

 パリスが喉の奥でくくくと笑った。

 

「どうぞ──」

 

 そして、パリスが扉に向かって叫んだ。

 ぎくりとしたが、すぐにブルイネンが部屋の中に入ってきた。

 カサンドラの顔が扉側を向いており、視界の横にブルイネンの姿が映る。

 いつもの軍服姿だ。

 金髪の颯爽とした凛とした美しさである。

 それはともかく、ブルイネンは部屋を一瞥し、失望したように息を吐いた。

 それに対して、カサンドラは、パリスの股間を咥えたままである。

 

「カサンドラ太守殿はどこにいるのだ、パリス?」

 

 ブルイネンがパリスを睨むように言った。

 それで、カサンドラは、ブリイネンには、カサンドラの姿が認識できないのだということがわかった。

 さっきの首輪だろう。

 だが、それがわかっても、カサンドラの羞恥と恐怖がなくなるわけではない。どういう魔具であるのかもわからないのだ。

 もしかしたら、声を出せば聞こえてしまうのか、口からパリスの男根を離せば、カサンドラの姿が露わになってしまうのか……。

 カサンドラは怖ろしくて、凍りついたようになった。

 

「んぐっ」

 

 そのとき、思い切り首輪を引っ張られて、首が強く締められた。

 思わず声を出してしまい、すぐに耐える。

 だが、おそらくパリスは奉仕を中断するなと言いたのだろう。

 カサンドラは舌を再び動かす。

 

 いずれにしても、もうカサンドラには、浅ましすぎる自分の姿を顧みる余裕が消滅してきた。

 痒みはもう痛いほどにずきんずきんと身体の芯を突きあげる。

 見えていないのであれば、一刻も早くパリスの精を出してもらえなければ、もしも、ブルイネンの要件がロウを発見したという知らせであれば、パリスはすぐに去り、カサンドラのお尻の痒みは、このまま放置されることになる。

 それを我慢できるとは、カサンドラはとても思えなかった。

 

 なんという痒みだ。

 しかし、カサンドラは自分が酔うように被虐の快感に溺れていることにも気がついていた。

 猛烈な痒みなのに、妖しい快美感にも襲われている。

 ブルイネンがすぐそばにいる状態で、こうやって辱められることに、カサンドラは頭の中が痺れてきて、もうも考えていられない。

 

「太守夫人への報告は、俺が聞いていくように指示を受けています。ロウは見つかりましたか?」

 

「いや、まだだ……。それよりも……。いや、ちょうどいい。お前に言いたいことがある、パリスとやら」

 

 ブルイネンはこっちに回ってくると、パリスと向き合うように、椅子にどかりと座ってきた。

 しかし、そのあいだには、カサンドラがいて、座り込んだブルイネンに、尻を向ける格好だ。

 ブルイネンには、なにも知覚はできないみたいだが、さすがに動くこともできない。

 そして、泣きたくなるほどに痒い……。

 

「言いたいこととは?」

 

「拷問のことだ──」

 

 ブルイネンは詰るような口調で声をあげた。

 カサンドラの名で、水晶軍も親衛隊も、パリスの指示を受けて動くように指示を出しているが、パリスの立場はあくまでも水晶軍の太守代理であるカサンドラの相談役だ。

 女王親衛隊長のブリイネンの方が遥かに立場が上であり、ブルイネンの口調もパリスに対してはぞんざいなものだ。

 

 しかし、拷問?

 首を傾げかけたが、すぐに合点がいった。

 数ノス前に、ロウの仲間の女をふたり捕らえたという報告がここに入っていた。

 パリスのことだから、残酷に拷問をして、情報を取り出そうとしているのだろう。

 そして、ブルイネンはそれが気に入らないに違いない。

 

「カサンドラ様のご指示です。あなたに文句を主張する権限はありませんよ」

 

 パリスは素知らぬ口調で言った。

 もちろん、カサンドラはなにも知らないが、後刻、ブルイネンから問われれば、自分の命令だと伝えるしかないだろう。

 

「ならば、やはり、カサンドラ様に取り次げ。あんな残酷な拷問など、誇りあるエルフ族がすることじゃない。即刻中止をせよ──」

 

「取り次ぎはできませんし、中断もしませんよ、ブルイネン隊長。それよりも、あなたは入ってきた情報を分析して、各隊に指示を出す仕事があるのでは? 持ち場に戻るべきでしょう」

 

 パリスは言った。

 カサンドラに使う悪ぶった口調ではなく、とても丁寧な物言いだ。

 だが、それでもパリスの言葉には、ブルイネンに対して小馬鹿にするような響きがある。

 それがわかったのだろう。

 ブルイネンが激昂したように、大きく息を吐いたのがわかった。

 

 そのときだった。

 カサンドラの身体の下にパリスの手が伸びてきた。

 手に球体を持っている。

 なんだかわからなかったが、それをパリスが握り潰したとき、無色無臭だが、しゅっという音とともに、見えない煙のようなものが噴き出した。

 カサンドラの顔の下なので、それがわかったのだ。

 

「無礼だぞ、パリス──。太守代理の権力を傘に着たつもりなら、態度を改めることだな──。本来であれば、お前はこの部屋を我が物顔に占拠することも許されぬのだからな──。身の程をわきまえろ」

 

 ブルイネンが叫んだ。

 驚いたが、ブルイネンには、パリスが握り潰して発生し始めた煙に反応した気配がない。

 だが、そのからくりも合点がいった。

 カサンドラの魔具の首輪の効果により、ブルイネンはカサンドラを認識できない。

 だから、カサンドラの身体に隠れている球体からの煙のことも知覚できないに違いない。

 しかし、すぐにカサンドラはなにも考えられなくなった。

 どろりとした得体の知れないものが頭にやってきて、思考を奪われたのだ。

 やっと、この煙の効果がわかった。

 これは、人の思念を鈍くさせ、おそらく操心の効果を与えるものだと思う。

 カサンドラから、あっという間に思考する力がなくなっていく。

 

「もちろん、わきまえていますよ……。でも、そんなに大きな声を出すものじゃないですよ、ブルイネン殿……。ところで、ここは暑いですか……。汗をかいてますね……」

 

 パリスがまたくくくと笑った。

 

「あ、熱い……? ああ、そ、そういえば……。あ、熱いかな……?」

 

 ブルイネンも見えない煙を吸ってしまったのだろう。

 明白に口調がおかしい。

 

 また、さらに頭がほんやりとしてきた。

 そして、なにも考えることがかできなくなった……。

 

 ああ……、なんだろう……、この状況……?

 

 それにしても、お尻が痒い……。

 なにをしていたのか……?

 そして、思い出した。

 パリスから調教を受けている最中だ。

 奉仕により精を出させないと、お尻をいじってもらえない。

 カサンドラは、慌てて舌を動かす。

 パリスを気持ちよくしようとする。

 

「股間が疼きませんか、ブルイネン……隊長……? ははは……」

 

「な、なにを……? こ、股間……。あ、ああ……。う、疼くか……? あれ?」

 

 後ろに誰かいるみたいだ。

 カサンドラはそれが誰であるのか、思い出せなかった。

 だが、誰だか知らないが、酒にでも酔ったような口調だ。

 そして、股間が疼くだと?

 カサンドラと同じように、破廉恥な女だと思った。

 

「拷問のことでしたら、心配いりませんよ。そして、さっきのことですが、捕らえた女は、いまは逃亡させました……。まあ、しばらく泳がしてから、捕らえ直しますけどね……」

 

「あ、ああ、と、捕らえ直す……。心配いらない……のだな……。しょ、承知した……。だ、だけど、熱い……。こ、股間が疼く……か……? あれっ? わ、わたしはなにを……? いま、わたしはなにかを言ったか……、パ、パリス……?」

 

「別になにも……。お前は戻るんだ……。俺の言葉にも、命令にも疑念を持たない……。身体は熱くて、疼いたままだ……。ほら、わかったら、さっさと戻るんだよ、薄汚いエルフ女が──。俺に抗議をするなんざ、千年早え──。立て──。そして、戻れ──。お前を遊ぶのは、騒動が終わってからだ。俺の親友と一緒に弄びてえから、いまは許してやらあ。さっさと持ち場に戻れ――」

 

 パリスが悪態をついた。

 

「も、持ち場に戻る……」

 

「お前の部下は任せな。こっちで処分しておく。お前と同じように、エルフ族用の操心薬でな。ダルカンと俺で作った特別性だ……。しばらくしたら、全員いなくなってるが、それについてはなにも考えるな。わかったな。お前だけは残しておくぜ。ダルカンへの土産だ」

 

 男が笑いながら、なにかを言っている……。

 しかし、なにも頭に入らない……。

 

「な、なにも考えない……。わかった……」

 

 朦朧とした感じの女が立ちあがったのがわかった。

 一方で、カサンドラもまた、なにも考えられずに、懸命に口の中の男根をしゃぶっていた。

 一刻も早く、精を出させないとならない。

 

 考えることはそれだけだ。

 あとは猛烈なお尻の痒みだ。

 カサンドラはとにかく、男の一物を舐め続けた。



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421 夜の大捜査線

 夜のエランド・シティの下層地区──。

 

 エルフの結界で隠蔽されている上層地区は、たとえ夜でもどこまでも照らすような光で溢れているという噂だが、一郎たちが宿泊していた下層地区は、夜更けを過ぎれば、盛り場の照明も消え、完全な暗闇に包まれる……。

 

 ……はずだった。

 

 しかし、いま、夜だというのに、突然に出現した無数の照明の球体によって、下層地区全体が煌々と光が拡がっている。

 また、その下層地区に、大勢のエルフ兵の集団があちこちから現われて、十名ひと組ほどの組を作り、一郎たちが隠れている場所の近くを次々に通り過ぎていく。

 その動きを観察する限り、何者かを探そうとしている捜索隊だ。

 

 しかも、その人数は尋常ではない。

 城郭全体から感じる喧噪から類推すれば、捜索隊の総人数は、百や二百じゃきかない気がする。

 それだけじゃなく、夜の上空を低い高度で動き回る黒い怪鳥のようなものも、ところどころを飛んでいる。

 エリカ曰く、あれは、エルフ軍が特別なときに使用する巡邏(じゅんら)用の無人監視艇ということだ。

 

 地上を走り回る大勢のエルフ兵──。

 そして、低空飛行で飛び回る巡邏の監視艇──。

 眠っていた住民たちも、何事かと顔を出す者も出てきており、下層地区は、いまや、大騒動となっていた。

 

 なにが起きているのか、想像できることはあるが、確かなのは、彼らが捕らえたい何者かが、エランド・シティの下層地区にいることがわかり、急遽、大捜索隊が派遣されたということだろう。

 もうすぐ、夜も明けるけるような時間だ。

 だが、彼らは、捜索の開始を朝まで待つこともできなかったのだ。

 それほどの、大捕り物ということだ……。

 

 とにかく、一郎たちの宿泊していた宿屋の集まる地域に、大捜索隊が上層地区から一斉に出現したとき、一郎とエリカは宿屋を逃げ出した。

 もしも、一郎とエリカを彼らが捜しているとすれば、間一髪だった。

 一郎たちが宿屋を飛び出してから、いくらも経たないうちに、捜索隊は一郎たちが宿泊していた宿屋までやってきたのだから……。

 

 いずれにしても、いきなりだった。

 

 最初は、一郎が女たちと愛し合った部屋からでも見える近所の宿屋を、上層地区から雪崩れ込んできたエルフ兵の一隊が突然に包囲したのが始まりだった。

 何事だろうと、窓からその宿屋を観察した。

 ユイナに関する情報を集めにいったイライジャとコゼが行方不明になっていることもあり、あの喧噪がもしや、彼女たちに関係しているのではないだろうかとも思ったのだ。

 

 しかし、少し離れた宿屋を包囲してから、捜索隊らしき要員を入れたエルフ兵は、なかなか、そこを離れていかない。

 つまりは、彼らの目的とするものが、そこから発見されていないということを示していると思った。

 探し物がなんであれ、目的のものが見つかったならば、宿屋の包囲などすぐに解かれるはずだ。

 それにもかかわらず、包囲はいつまでも続いている。

 だから、なかなか見つからないのだということだ。 

 

 そんなことを考えていると、別のエルフ兵の集団が出現して、今度は、すでに包囲されている宿屋とは、別の宿屋を同じように包囲して、同じように捜索隊を宿屋の中に入れ込んだ。

 それを見て、一郎は、背中に冷たいものがさっと流れた。

 

 彼らが捜しているのが、「人」であるのか、「物」であるのかは判断することはできないが、なんとなく、雰囲気から彼らの捜索の対象は「人」であり、しかも、宿屋地区に泊まっている人物のような気がした。

 しかも、まだ発見されていなくて、どんどんと捜索の範囲を拡大していた……。

 

 それとは別に、夜更け前には戻るはずのイライジャとコゼは、いまだに戻ってきていない。

 ふたりに刻んだ淫魔印により、一郎には彼女たちの居場所を薄っすらと感じるはずなのに、どういうわけか、それを感じることができない……。

 情報収集のために、夜更けまでという予定が変更になること自体は珍しいことでもないし、不自然でもなかったが、一郎の淫魔術で彼女たちの居場所を感じることができないというのは、ちょっと気になった。

 もっとも、このエランド・シティは、あちこちに、結界によって魔道が通じない場所があるということは教えてもらっている。

 たとえば、上層地区だ。

 上層地区そのものは、巨大な結界の中なので、一郎の能力でも淫魔の刻印により女から波動を感じることは難しい。

 だから、大して気にしていなかったが、あのような大捜査が開始されたことで、猛然とふたりが戻ってこないことは、問題ではないかと思い直した。

 それに、自分で女たちに淫魔術を施しているときに気がついたが、エロいことに関係あるときには、一郎はどんな能力でも発揮できるみたいなのだが、そうでないときにはからきしだ。

 見えない貞操帯を刻んで女たちの性欲を管理するというのは、それそのものがエロなので、一郎の淫魔術は遺憾なく全力で発揮できた。

 それに対して、女の安全を確保するために、居場所を特定するというのは、直接にエロに関係しない。女を守れないと犯せないのだからエロだと自分を言い聞かせながら、淫魔術を施したが、自分でも効き目が弱いのを感じた。

 だから、なんらかの理由により解除されたのかも……。

 

 いずれにしても、行方不明のふたり……。

 突如として出現したエルフ兵の大捜索隊……。

 そのとき、はっとした。

 

 もしかして、イライジャとコゼはエルフ兵に捕らえられたのだろうか……?

 そして、一郎たちの居場所を自白させられ、それで、一郎たちが宿泊している宿屋地域に捜索隊がやってきた……?

 

 ──そう思った。

 

 辻褄は合う。

 

 一番最初に、一郎たちの泊まっている宿屋ではなく、そこから見える別の宿屋に、捜索隊が入ったのは、抜け目のないコゼ辺りが、警告を一郎に伝えるために、偽情報を彼らにつかませたのではないか……。

 

 それからの行動はすぐだ。

 エルフ兵が、いきなり一郎たちを探し始めたということであれば、アスカが関わっているとしか思わなかった。

 アスカの手の者と、エルフ族の女王のガドニエルが、なぜか手を組んでいるというのは、ユイナが連れていかれたときの状況や、トーラスやメイに憑依していた傀儡族のピエールからの情報から判断できる。

 

 一応は、一郎たちがユイナ捜索のために、エランド・シティに向かったことは偽装したものの、その気になれば、ナタルの森を出ることなく、さらに奥地のエランド・シティに近づいていることは、簡単にわかっただろう。

 そうであれば、一郎たちがやって来るのをエランド・シティで網を張って、待ち構えていたということは十分に考えられる……。

 

 だから、いち早く動いた、イライジャとコゼがあっという間に捕らえられてしまった……?

 

 可能性は高い。

 だとすれば、この状況を作ったのは、一郎の油断だ……

 

 しかし、彼らが本当に捜しているのは、一郎とエリカなのだ。

 イライジャとコゼが捕らわれているとすれば、それは、一郎とエリカの犠牲になったということだ……。

 

 そう考えた。 

 だから、ほかの女たちの反対を押し切り、「一郎とエリカのふたりだけ」で、宿屋から脱出することにした。

 いまは、ほかの宿屋から捜索をしているが、もしも、彼らが捜しているのが、一郎とエリカだとし、捜索をした宿屋から発見できなければ、十中八九、彼らは捜査線を拡大して、すべての宿屋をしらみつぶしに捜索する……。

 この宿屋が包囲されてしまってからでは逃亡も難しい。

 

 だったら、万が一、捕らわれる可能性が高くても、連中の狙いになっている一郎とエリカだけで捕らわれた方がいい。

 もしも、このまま宿屋にいて、連中の捜索がここにやってくれば、ほかの女たちも捕縛される。

 それに比べれば、先に一郎とエリカだけが捕らわれれば、それ以上の捜索はしないのだ。

 そう判断して、ほかの女たちの反対を押し切って、「ふたり」で逃亡した。

 それに、そもそも、たくさんの人数で一緒にいては隠れることもできない。

 だから、一郎とエリカだけで宿屋を逃げたのだ。

 

 果たして、一郎たちが宿泊をしていた宿屋に、捜索が伸びたのは一郎たちが夜の下層地域に逃亡して、それほどの時間がすぎてからではなかった。

 それだけではなく、路地裏に隠れた一郎とエリカは、エルフ兵の大捜索隊が次々に出現しては、宿屋だけでなく、通りや辻、ちょっとした酒場などにまで、どんどんと捜索を始めるのを目の当たりにした。

 やはり、彼らが捜しているのは、一郎とエリカのことだとしか、思えなくなった……。

 

 そして、いま、宿屋からそれほども離れることもできず、路地裏に隠れている。

 もっと、遠くに向かおうとしたものの、あっという間に、通りにエルフ兵が溢れてしまい、動けなくなったのだ。

 一郎は、エリカとともに路地の物陰に隠れたまま、すっかりと喉がひりついてしまっている。

 

「……やっぱり、連中が捜しているのは、わたしたちなんですね……?」

 

 一郎とエリカがいるのは、小さな路地に積み重なっていたなにかの木箱の陰であり、地面に並んで座り、肩を寄せ合っている。

 

「俺の勘ではね……。すると、イライジャもコゼも、捕らえられている可能性が高いな……。そして、拷問を受けている……」

 

 一郎は、ささやくように言ったが、その腹は煮えている。

 自分の油断にも……。

 彼女たちが受けているかもしれない苛酷な拷問にも……。

 

 ユイナを受け取るために、褐色エルフの里で、アスカの手のものと接触したとき、一郎たちがユイナに関わろうとしているということが、アスカに伝わる可能性は、横にいるエリカからも指摘されていた。

 しかし、一郎は、それを大して重要視していなかったし、たかが、ユイナというひとりの褐色エルフの少女のことで、アスカとガドニエルが繋がっているとしても、女王ガドニエルがそれほどの反応をするとも思わなかったからだ。

 

 また、アスカのことも、もはや、遠い別の世界の話くらいにしか、思えなくなっていた……。

 もっとも、女王のガドニエルが、いかなる理由かはわからないが、このナタル森林一帯を冥王復活に必要な瘴気で溢れさせようとしているというのは、なんとなく感づいていた。

 大きな陰謀があるようだとも思っていた。

 

 しかし、一郎の目的は、連れていかれたユイナを探すことであるし、大きな陰謀があるとしても、それにかかわるほどの力が、自分にあると思っていなかったので、ユイナについては、自分の能力の範囲内でしか動くつもりはなかった。

 どうしても、手に余るようであれば、ユイナについては、イライジャにも悪いが手を引く……。

 

 そう思って、このエランド・シティでは、とりあえず、情報を集めることを考えていて、その程度であれば、一郎たちの動きなど、絶対に注目などされないと、たかを括ってもいた。

 

 だが、いきなり関わった。

 情報集めのために外に出たイライジャとコゼは捕らわれた可能性が高く、しかも、一郎とエリカは、宿から脱走したものの、どこに行っていいかわからない状態に陥った。

 

「……くそうっ」

 

 一郎は自分の迂闊さに腹がたち、力の限り、拳を足元の地面に叩きつけた。

 

「ロウ様──」

 

 横のエリカが慌てたように、地面に打ちつけた一郎の手を両手で引き寄せる。

   

「……なにやってんですか──。駄目ですよ」

 

 驚いたように、エリカが一郎の手を握りしめた。

 ふと見ると、皮膚が擦り剝けて、薄っすらと拳に血が滲んでいた。

 痛みは感じていないので、まだ、一郎自身がかなりの興奮状態にあるようだ。

 それを自覚することで、ちょっと落ち着いた感じにもなった。

 一郎は、大きく息を吐いた。

 

「大丈夫ですか……?」

 

 横に座っているエリカが一郎を凝視するように見つめてきた。

 

「自分の迂闊さに腹がたってね……」

 

 一郎は正直な気持ちを言った。

 すると、エリカが小さく嘆息した。

 

「落ち着いてください、ロウ様……。大丈夫ですよ……。イライジャとコゼも多分、大丈夫です。あのふたりのことですから……。ちょっとやそっとじゃ……」

 

 エリカがささやくように言った。

 一郎も、そう思いたい。

 小さく頷いた。

 そして、自分を落ち着かせようと数回大きく深呼吸をした。

 

「……だけど、だめだな、俺も……。あいつらを危険に巻き込んでしまった。やっぱり、もっと用心すべきだったんだ。アスカが待ち構えている可能性もあるのに、ここまで来てしまうなんて……」

 

 後悔していた。

 ユイナのことは、イライジャに頼まれていたというのはあるが、正直、命をかけてまで、あいつを助ける義理はないし、ましてや、一郎の女たちを危険に晒してまで助ける義理はない。

 あいつが、アスカだか、その従者らしいパリスという得体の知れない人物の奴隷になろうが、下手をすれば、殺されたとしても、大きなものを賭けてまで、関わるつもりはなかったのに……。

 

 あの連中が、ナタルの森を瘴気で充満させる陰謀を起こしているとしても、それに対して興味もなかったし、彼女たちの陰謀のために、ユイナがこっそりと研究をしていた禁忌の魔道に目をつけられたとしても、それはユイナの自業自得であって、一郎の女たちが危険な目に遭ってまで救出する義理はない……。

 

 それなのに、失敗した……。

 判断ミスだ……。

 一郎は、心の底から悔悟した。

 

 だが、そのとき、ふと、ある事が頭をよぎった。

 パリス……?

 そういえば、褐色エルフの村でメイに憑依していたピエールという傀儡(くぐつ)族の魔族を追い詰めたとき、すべての糸を引いているのは、パリスだと言ったか……?

 

 そして、あのノルズ……。

 一郎が性奴隷として、しっかりと淫魔を刻んだ女たちの中で、唯一、彼女自身の意思で一郎の前から消えた女だ……。

 スクルズたちの幼馴染であり、あのスクルズにも負けず劣らぬ魔道力を保持していた彼女……。

 

 考えてみれば、彼女を淫魔力で強制的に告白させようと最初に追い詰めたとき、アスカなんて小者であり、パリスこそ中心となる人物だということを口にしていたような……。

 

 パリスか……。

 

「どうかしましたか、ロウ様?」

 

 気がつくと、エリカが一郎の顔を覗き込むようにしていた。

 まだ、一郎の手はエリカに包まれたままだ。

 

「……いや、ちょっと考えることがあって……。いずれにしても、予定通りにいくか……。悪いな、エリカ。貧乏くじだ。俺と一緒に耐えてくれ」

 

 一郎は言った。

 そして、亜空間の能力を使って、隠していた長い鎖で結ばれている一対の拘束具を取り出した。鎖はふたりの動きを妨げないほどの十分な長さがあるが、それぞれの両端に金属の枷がついている。

 ひとつは腕輪であり、もおうひとつは首輪だ。

 一郎は腕輪側を自分の左腕に、首輪については、エリカの細い首に装着した。

 

「こんなもので悪いな。淫具でないと十分に強固なものを準備できなくてね」

 

 一郎は苦笑した。

 淫魔師レベルが最高値までいっているくせに、できることはエロ限定だ。我ながら情けない。

 すると、エリカはにっこりと微笑んだ。

 

「望むところです。わたしは、ロウ様の一番奴隷ですから」

 

 エリカが白い歯を見せた。

 いずれにしても、この鎖付きの首輪は、ただの拘束具ではない。

 一郎が特別に淫魔術を刻んだ拘束具であり、さらにミウの魔道で防護の魔道を覆わせていた特別製の首輪だ。

 鎖の両端でエリカの首と一郎の手首を結んでいるが、これを切断できる手段は、剣であろうと、魔道であろうと、事実上、この世には存在しないはずだ。

 それだけでなく、それぞれの枷の周囲に、ミウに結ばせた魔道の結界が包み、手首や首を切断して、ふたりを離すこともできないようにしている。

 なにがあっても、引き離されないようにするための処置である。

 これを解くには、一郎の淫魔師レベルである“100”の能力があり、さらに、ミウの魔道の刻みが複雑に編み込まれている。おそらく、いかなる手段でも外せないと思う。

 つまりは、一郎が解かない限り、他人にはエリカと一郎を離せない……。

 

「……これには鍵はない。俺が外そうと思わない限り、外れることはない。首輪で繋がれるなんて、性奴隷っぽいだろう、エリカ? とにかく、これで俺たちは離れ離れにならない」

 

 一郎はくすくすと笑った。

 亜空間と淫魔術の能力は、一郎の想像により、いかなる道具を作ることも可能とする。

 しかし、それは、性具限定なのだ。

 単純に、両端が腕輪でないのは、それが理由である。

 

「……本当に、エリカを奴隷と思ったことは一度もないよ……。俺の大切な相棒だ……」

 

 一郎は言った。

 すると、エリカが嬉しそうに小さく頷くとともに、ぱっと顔を赤らめた。

 

「じゃあ、そろそろ始めるか……。とりあえず、性奴隷らしく、ここで俺の珍棒でもしゃぶってもらおうかな。人避けの結界を組んでね……」

 

「わかりました……」

 

 エリカは立ちあがると、鎖でじゃらじゃらと音をさせながら、ぶつぶつと呪文のようなものを呟きつつ、ふたりの周りの地面に円を描くように魔道を刻み始めた。

 魔道の腕は、スクルズに劣り、魔道師になりたてのミウにも遥かに及ばないエリカだが、防護と人避けの結界の術だけは、得意中の得意だという。

 そのエリカにより、ふたりの周りに、小さな結界ができていく。

 一郎の目にも、薄っすらとした透明の膜のようなものを感じることができるようになった。

 

「できました。簡単なものですが、これで大抵の侵入者は、目の前にやってきても、わたしたちには気がつきませんし、そもそも、近づいて来れないと思います。知らずに、離れてしまうんです。でも、わたしよりも、能力が高い相手の場合はそうはいきません。逆に、得体の知れない魔道の波があることで、結界の存在を浮きだたせます」

 

 エリカが戻って来た。

 一郎は、すっとエリカがスカートの中に入れた手を握った。

 そのまま、エリカを引き寄せて、自分の股間に顔を誘導する。一郎の前に四つん這いのような恰好になったエリカのスカートは、一郎によって大きくめくられたままである。

 

「こ、このまま……ですか……?」

 

 エリカは、座り込んでいる一郎の股間に頭を埋めるように引き寄せられているので、後ろに向かって、お尻を高く掲げている状態だ。

 そんな恰好で、一郎によってスカートをまくられているのだ。

 誰もいない路地とはいえ、外でそんな恰好をするのは恥ずかしいだろう。

 

「いかにも、破廉恥でばかな恋人同士みたいだろう? 警備兵に追われているのに、結界で隠れて、そんなことをしているんだぜ」

 

 一郎は嘯いた。

 エリカは大して抵抗はしなかった。

 一郎はズボンの前を開いて、すでに股間は勃起している。

 それを目の前に突きつけられたエリカは、一瞬、躊躇ったような素振りを示したが、今日は大人しく口に咥えた。

 

 真面目なエリカだ。

 いつもだったら、一郎の命令とはいえ、野外で平気な顔をして、一郎に奉仕したりしない。

 必ず、抵抗する。

 それを無理矢理にやらせるのが愉しいのだが、今日については、きっちりと因果を含めている。

 こんなことをするのは、わざと連中に捕まるためだ。

 

 一郎の考えたことは、おそらく、エルフ兵に捕らわれたと思われるコゼとイライジャと、なんとか合流することだ。

 ふたりがどこに捕らわれているのか不明だが、とりあえず、見つけるには、一郎とエリカが捕らわれた方が早い。

 

 そもそも、コゼとイライジャを捕らえたのが、一郎とエリカを捕獲するのが目的なのであれば、一郎たちを無事に捕まえれば、かなりの確率ですでにコゼたちがいる場所に連れていくと思う。

 合流さえできれば、あとは逃亡するだけだ。

 そのために、わざわざ、ふたりだけの状況を作ったのである。

 残りの女たちは、合流した後に、一郎たちを脱走させるための「手段」だ。

 かなり危険な賭けではあるが、どこにいるかわからないコゼとイライジャを見つけるには、これくらいしか思いつかなかった。

 一郎の説明に、エリカを含めて、全員が最終的には納得した。

 

 それで、一郎とエリカだけの状況で宿屋を逃げ出したのだ。

 そのまま捕らわれることも考えたが、あっさりと投降してしまえば、脱走の策があることを見抜かれるだろうし、そもそも、本来は捕らわれる必要のないほかの女たちも、一緒に連れていかれる。

 ここで、馬鹿げた行為をするのも、策のひとつだ。

 エリカは、これほどに警戒をしている状況で、結界魔道を遣えば、すぐに逆探知されて、衛兵が殺到するだろうと一郎に説明した。

 従って、結界を張らせた。

 

 すでに、結界は完成しているので、それほどの時間もかけずに、一郎たちのところに、エルフ兵は来るはずだ。

 そのときに、淫靡な性行為もどきをしていれば、完全に油断しているだけで、まさか、わざと捕らえられようとしているとは思わないと思う。

 これも、相手を油断させるための策なのだ。

 

 もっとも、半分は口実だ。

 一郎は、こんな機会であろうとも、「真面目な」エリカを辱めるのが、いつも愉しくて仕方がないのだ。

 

「んんっ」

 

 エリカは、口を開いて喉元まで一気に一郎の一物を咥え込むなり、急に感極まったような声をあげた。

 一郎の怒張の先端が喉の奥に当たったことで、エリカの被虐の火がついたようだ。

 こうなってしまえば、エリカもただのいやらしい雌になる。

 すぐに一心不乱に、一郎の肉棒に舌を這わせだしたエリカは、その美しい顔に欲情の色を示し始めた。

 

 そのときだった。

 

 金属が触れ合う音を鳴らしている集団がこっちに少しずつ近づいてくる気配がした。

 早速、やって来たようだ。

 

「あっ……」

 

 エリカも気がついた。

 すぐに、口を一郎の股間から離そうとする。

 しかし、一郎はすかさず、エリカの頭を押さえつけた。

 

「あんっ」

 

 口の中に一郎の男根を向け直すことになったエリカは、それだけで艶めかしく身体をぶるりと震わせた。

 ただ、咥え直させたわけじゃない。

 しっかりと、口の中の性感帯を強く擦っている。

 すっかりと感じやすい身体に変えられているエリカは、それだけで身体を疼かせてしまったのだ。

 

「ほら」

 

 一郎は、淫魔術を遣って、エリカの股間に刻んでいる貞操帯の刻印をぐっと絞り、クリトリスをいきなり激しく振動してやる。

 それだけでなく、一気に全身を性感帯にして、感度を二十倍にまであげた。

 全身のどこを触れられても、肉芽と性器に激しい刺激が加わるようにもした。

 

「んんっ、んんんっ」

 

 身体を異常な状態にされたことに気がついたエリカが暴れ出した。

 なにしろ、どこを触られても、股間に刺激が伝わるということは、咥えている一郎の性器を舌が舐めても、怖ろしいほどの疼きが股間に走るということなのだ。

 逃げようとするエリカの腕を掴んで、軽く揉むようにする。

 

「んふううううっ」

 

 それだけでエリカは、全身を弓なりにして、達してしまった。

 しかし、そのときには、エルフ兵の一隊が一郎たちの後ろに到着した。

 

「ロウとエリカだな──」

 

 果たしてやって来たのは、エルフ兵の一隊だ。

 全部で十人ほどだろう。

 エリカの結界が張られたことで、たまたま一番近い場所にいた隊がやって来たというところだと思う。

 そのときになって、やっと一郎はエリカを離した。

 

「人違いだよ」

 

 一郎は服を整えながら、声をかけた。

 包囲されているというほどではないが、十人のエルフ兵はすでに剣を抜いていて、後方には魔道をかける準備している者もいる。

 これは逃げられないだろうね……。

 

 一郎は、まだ脱力して腰に力が入らない気配のエリカの腕を掴んで、ゆっくりと立ちあがった。

 

「伏せろ、お前ら──」

 

 しかし、エルフ兵の集団がいる反対の一郎の背中側に、突然に大声が響いた。

 驚いて、振り返った。

 そこには、見知らぬ人間族の老人がいた。

 その老人がいきなり閃光を放った。

 

「うわあっ」

「なんだ──?」

「ひいいっ」

 

 なにが起きたのかわからなかった。

 だが、白い光に包まれたかと思うと、気がついたときには、エルフ兵が全員その場にうずまって呻き声をあげていた。

 

「話は後だ、お前ら──。このエランド・シティで結界術などを遣えば、たちまちに魔道の波の乱れで、隠れ場所が発覚するぞ──。知らなかったのか──?」

 

 老人が怒鳴った。

 もちろん、知っていたが、一郎はとりあえず驚いたふりをする。

 それにしても、いきなり出現したこいつは誰──?

 

「とにかく、来い──。逃げるぞ──。……それにしても、なんだ、その首輪と鎖は……?」

 

 老人が近づいて、一郎たちに手を伸ばす。

 それで、やっと、一郎とエリカが鎖と枷で繋がれていることに気がついたようだ。

 

「あ、あんた、誰よ──?」

 

 やっと、我に返った気配のエリカが言った。

 もう、身体の状態は元に戻している。しかし、いったばかりの身体では、まだ力が入らない気配だ。

 エリカも、赤い顔のまま、慌てたようにスカートを直しているが、まだ服は身だえていて、息も荒い。

 しかし、しっかりと警戒をしている。

 一郎も、この老人には訝しんだ。

 

「話は後だと言っただろう。コゼとイライジャも匿っている──。俺はサタージュ──。ノルズ様の手の者のひとりだ」

 

「ノルズ──?」

 

 意外な言葉に一郎は、思わず声をあげた。

 そして、とりあえず、サタージュと名乗った老人とともに、エリカと一緒に駆けだした。

 いまだに、呻き声とともに倒れているエルフ兵の一隊とは反対方向に……。



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422 冒険者ギルド長の困惑

 エランド・シティの冒険者ギルドのギルドマスターのエビデスは、喧噪で目を覚ました。

 

 まだ、外が騒がしい……。

 

 エビデスは、ギルドの三階に私室を持っていて、そこで寝泊りしていた。

 夕べから続いている騒動は認識している。

 果たして、窓を覗くと、上層地区からやって来たらしい水晶軍の集団がいまだに外の通りを動き回っている。

 

 何事なのだろうか……?

 時間を確かめる。

 夜ではあるが、そろそろ夜が明ける。そんな時間だ。

 

 夕べから動き回っているエルフ兵の集団は、その服装で、下層地区に駐屯している警邏(けいら)隊ではなく、上層地区からやってきた正規軍のようだ。

 上層地区の軍が下層地区に派遣されること自体珍しいのだが、あのような大袈裟な行動など尋常なことではない。

 見ている限りにおいては、なにかを捜索しているような動きである。

 

 エルフ族は夜目が利く。

 夜とはいっても、大して探し物をする障害にはならないが、まだ、朝にはほど遠い時間ではない。明るくなるのを待てぬほどに、重要な事態が生起したということだろう。

 そして、あれほどの多くの水晶軍のエルフ隊が動くということは、太守代理をしているカサンドラが直接の指示をしているのは間違いない。

 

 もしかして、「あれ」だろうか……?

 エビデスは、数日前に太守夫人カサンドラの家人を通じて、ギルドに依頼をされた「あるクエスト」のことを思い出していた。

 

 エビデスは、ドワフ族である。

 エルフ族が主体のエランド・シティで、ドワフ族の冒険者ギルド長をやっていくのは、かなりの軋轢もあるのだが、一応はうまくやっている。

 国との繋がりよりも、それぞれの地域ギルドの横のつながりを重視する冒険者ギルドにとっては、執政からある程度の独立する特権を保持することがなによりも重要であり、あの手この手でそれぞれの地方ギルドは、独立勢力という特権を確保するための努力をしている。

 ハロンドール王国のように、王族をギルドマスターに受け入れ、ギルドの力の一部を渡すことを条件に、冒険者ギルドの独立を確保するところもあるし、三公国のように冒険者ギルドというよりは、三公国に匹敵する政治的な四番目の勢力として、駆け引きや調略によって自己の権利を守っている場合もある。

 一方で、エルニア魔道王国などは、ギルドマスターが世襲であり、かつ、大貴族であって、王族との何世代にもわかる婚姻関係により、揺るぎない立場を保持をしている。

 地方によりそれぞれだし、時代によっても変わってくる。

 変わらないのは、ギルドはあらゆるものから独立して、ギルド相互の関係をなによりも重視するという鉄の掟だ。

 所在する国ではなく、ギルドの横の繋がりを守る力を保持する──。

 それが冒険者ギルドだ。

 もっとも、それは建前だ。

 実際には、普段では必要ではない横の繋がりよりも、それぞれの土地におけるしがらみの方が重要だったりもするのは事実だ。

 現実は現実だ……。

 エビデスは、誰よりも現実を知っているつもりだ。

 

 そもそも、地方ギルドとして、もっとも新しいナタル森林のギルドは、それほどに権力に喰い込んでいるわけじゃない。

 このナタル森林の冒険者地方ギルドの特権を守っているのは、その中心となるエランド・シティにある本部長のエビデスとエランド・シティの太守夫人カサンドラとの個人的友誼でしかない。

 ふたりの友情が太守夫人カサンドラをして、ナタル森林で唯一のこの冒険者ギルドの権威を保証してくれているのである。

 

 実は、病床で起きることのできない太守に代わり、事実上のシティの太守である太守夫人カサンドラとは、まあ昵懇と言っていい仲だ。

 かつて、エビデスがもっと若く、冒険者をやっていた時代に、彼女の依頼するクエストを何度か解決してやったことがあり、それが縁で個人的な付き合いができたのだ。

 そのクラストには、森を出ていって、町エルフになってしまった太守夫人カサンドラの娘たちのトラブルの解決に関することも含めれている。

 そんな縁があったので、エビデスが冒険者を引退して、ナタル森林で最初にできたこのエランド・シティ一のギルドマスターに就任したときには、たくさんの便宜を図ってくれた。

 いま、こうして、ナタル森林の各地に冒険者ギルドを展開することができたのも、太守夫人カサンドラとの友情のおかげだと思っている。

 

 もっとも、上層地区にある水晶宮にいる太守夫人カサンドラと、下層地区のギルド本部に位置するエビデスとでは、それほどの密接な付き合いがあるというわけでもない。

 いまでは、ギルドマスターとしての面談を除けば、個人的に会うのは、年に一度か二度、太守夫人カサンドラの個人的な夜会などに招かれて訪問するくらいのことだろうか。

 それも、この数年については、疎遠が続いているが……。

 

 エビデスは、とりあえず情報を得るために、部下に指示を出そうとした。

 夜中も開いている地域ギルド本部もあるが、エランド・シティの下層地区にある冒険者ギルドは、深夜前には閉鎖し、翌朝開けるということをしている。

 下層地区の住民は、ほとんど夜中は活動をしないからだ。

 

 そのときだった。 

 部屋の扉が廊下側から荒々しく叩かれたのだ。

 返事をすると、当直の若い人間族の職員が血相を変えた様子でそこに立っていた。

 

「どうした? なにかあったか?」

 

 エビデスは、その職員の名を呼んだ。

 

「ギルマス──。大変です──。侵入者です」

 

 その職員が怒鳴った。

 エビデスは驚いてしまった。

 

「侵入者? まさか──」

 

 絶句してしまった。

 あり得ないことだ。

 余所はいざ知らず、下層地区の冒険者ギルドといえば、そこらの行政府の施設よりも、余程に厳重な侵入者避けの警戒設備を設置している。

 ここに、侵入者がやって来るなどあり得んことだ。

 

「それで、捕らえたのか?」

 

「いえ、それが……」

 

 部下が説明をした。

 それによれば、封印しているはずのギルド本部の鍵を解除して入ってきた侵入者は、外の騒動を警戒して職員の宿泊用の部屋ではなくロビーに詰めていた職員を見つけると、すぐに保護を申し出たのだという。

 入ってきたのは、黒エルフと小柄な人間族のふたりの若い女であり、そのうちの人間族の女が、(アルファ―)ランクの冒険者の印である紋章入りの首飾りを持っていたのだそうだ。

 また、ギルドにある魔道球でも、彼女たちがギルドに登録されている冒険者であり、確かに、彼女たちの属しているパーティリーダーが(シーラ)ランクの冒険者であるとも判定したを説明した。

 つまりは、彼女たちは、Sランクパーティに属する冒険者ということだ……。

 

 そうであれば、ギルド法に基づき、保護を求めたSクラスの冒険者については、絶対の保護を与える義務がエビデスには生じる。

 Sクラス冒険者が救助を求めながら、それを断ったりすれば、そのギルドは、ギルドの繋がりから断絶されるだけでなく、関係するすべてのギルド員の処断命令が大陸中のギルドに共通クエストとして流される。

 ギルドによる死刑宣告だ。

 部下が慌てた様子でエビデスに指示を仰ぎに来た理由はわかった。

 エビデスは廊下に出て、一階のロビーに向かった。

 

「……それで、ふたりの様子は?」

 

 歩きながら訊ねる。

 この深夜に冒険者ギルドの潜入して、突然に保護を求めるなど尋常じゃない。

 しかも、外の喧噪だ。

 エビデスでなくても、下層地区で起きている大規模なエルフ軍の捜索と、そのふたりがなんらかの関係があることはわかる。

 厄介なことになったものだ……。

 

「ひとりは大怪我を……。低級ポーションで応急処置をした形跡はありますが、拷問を受けた形跡があります。もうひとりは、全身が汗びっしょりで、痙攣のような震えをしていて……。あるいは毒を盛られているかと……。その治療もふたりは求めています」

 

 エビデスの問いに対して、部下が低い声で返した。

 

「そうか……」

 

 エビデスは溜息をついた。

 とりあえず、エビデスは武器を手に取って、一階のロビーに向かった。

 

 果たして、ロビーには昏睡した様子の二人の女がいた。

 ふたりは準備されていた椅子に身体をもたれさせるように座っていて、その周りを五人ほどのエビデスの部下が囲んでいる。

 ふたりのうち、ひとりは黒エルフであり、全身に汗をかいて小刻みに身体を震わせている。それだけでなく、顔が赤く時折苦しそうに身体を悶えさせる。

 しかし、その仕草がなんとも色っぽい。

 

 また、もうひとりは小柄な人間族の女だ。

 こっちも美女だが、全身が血だらけだ。

 そして、血はとまっているものの、足に穴が開けられていたような無残な痕がある。

 

「あ、あんたが……責任者……? あ、あたしはイライジャ……。ギ、ギルド法に基づく保護を求める……。それと治療を……。さらに緊急クエスト……」

 

 口を開いたのは黒エルフの女の方だった。

 確かに、全身が真っ赤でかなりの汗をかいている。いやらしく腰を動かしているのが妙に気になるが……。

 

「緊急クエスト?」

 

 保護と治療はともかく、つけ足された意外な言葉に、エビデスは思わず言葉を繰り返してしまった。

 

「はあ、はあ、はあ……。そのSランクパーティに属する冒険者のイライジャの権限による……き、緊急クエスト発出よ。ギ、ギルド法の……二十一条……Sランクの冒険者に与えられる権限に……緊急クエストの発出権がある……。あんたは従わなければならない……」

 

 黒エルフが荒い息をしながら言った。

 

「話を聞いてからだ」

 

 エビデスは舌打ちをしたくなるのを我慢して、それだけを返した。

 

「とりあえず、個室に……。外はあれだけの騒ぎだ。そのうち、一軒一軒、建物まで探し始めるかもしれん」

 

 エビデスは言った。

 だが、コゼと名乗った女が首を激しく横に振った。

 

「ク、クエストを授受してからよ──。あ、あたしの仲間を保護して──。ロウ=ボルグ、エリカ、シャングリア、ミウ、マーズ、そして、それに同行しているイットという獣人の少女よ。全員を安全に保護して、ギルドで責任をもって匿うこと──。依頼料は金貨十枚──。手形で手続きを……」

 

 金貨十枚──。

 ただの身柄の保護に対して支払う依頼料としては常識外れだ。

 だが、それに見合う仕事だと、このイライジャは認識しているのだろう。

 それだけ、危険な状況ということだ。

 また、手形というのは、どこかの冒険者ギルド、あるいは、商業ギルドなどに持ち金を預けておき、「手」に魔道をかけて、特殊な魔道具でどこであろうとも、それを保有していることを証明できるようにしたものだ。

 実際に金を持ち歩くよりも安全だし、身軽なので多くの冒険者はそれを使用している。

 手形で証明ができれば、世界のどこのギルドでも、自分の預けた金を引き出すことができる。

 十年ほど前に開発された魔道制度であり、あっという間に大陸中に拡がった。

 便利なものだ。

 

 それはともかく、エビデスはやはり、自分の嫌な予感が的中していたことを悟った。

 たったいま、コゼが口にした者たち……。

 その中に、先日、太守夫人カサンドラがエビデスに依頼してきたクエストの対象となる人物があったのだ。

 

 ロウ=ボルグ……。

 エリカ……。

 

 そのふたりこそ、太守夫人カサンドラが冒険者ギルドに依頼をしてきたクエストの対象人物──。

 手段は問わないので、ふたりを捕えて欲しい。

 

 それが家人を通じた太守夫人カサンドラからの依頼だったのだ。

 彼女の頼みであれば、なによりも優先してクエスト受領をしたかったが、それはできなかった。

 すでに、それに相反するクエストがほかの地方ギルドから、最重要クエストとして転送されてきていた。

 

 通常のクエストであれば、依頼を受けたギルドの窓口のみで完結するクエスト扱いとなるが、一個のギルド支所どころか、地方ギルドを飛び越えて、全ギルド共通の最重要の緊急クエストとして、あるクエストが発信されていたのだ。

 それは、全世界のギルドを結ぶ魔道球を通して伝えられてきた。

 滅多にないことであり、さすがにエビデスも記憶していた。

 

 その重要クエストの内容は、「Sクラス冒険者であるロウ=ボルグとその仲間のパーティを保護して、必要であれば救助の手を差し伸べること。そして、魔道通信の内容を伝えること」──。

 

 そうあった。

 しかも、魔道球からの情報によれば、そのロウ=ボルグという男がリーダーのパーティがいると思われている場所が、このナタル森林域であり、エビデスはそれを処置する必要があったのだ。

 

 もっとも、そのロウが訪れる場所として流れてきたのは、このエランド・シティではなく、褐色エルフの里と呼ばれる肌の黒いエルフたちが集まって作っている集落だった。

 エビデスは、だったら、こっちでできることはなにもないなと判断した。

 ほかの地域の冒険者クエストとは異なり、ナタル森林には、このシティにあるギルド本部のみだ。

 横の連携などない。

 冒険者ギルドのロビーに張り紙をして終わりにした。

 それが五日ほど前──。

 

 そして、その日の午後、驚いたことに、太守夫人カサンドラの家人がやって来て、そのロウの捕獲を依頼してきたのだ。

 緊急クエストとして発信されているものに相反するクエスト依頼については拒絶するしかなく、その理由も語ることはできなかったが、とにかく驚いたものだ。

 

 さらに今夜──。

 

 このエランド・シティの深夜の大騒動と、突然にやって来たロウの仲間であるふたりの女──。

 

 なんという日だ……。

 

「ど、どうしたのよ……。こ、こっちは……S冒険者パーティよ……。じ、事情なしに、Sランクの緊急クエストを拒絶できないはずよ……。ギルド法の……」

 

 黒エルフが険しい表情でエビデスを睨みつけてきた。

 エビデスの沈黙を彼女たちの申し出の拒否として誤解してしまったのだろう。

 それにしても、息が荒く、自分の身体を抱くようにしている彼女は、とても艶めかしい。

 毒というよりは媚薬……?

 エビダスは、ぴんときたが、まあ、媚薬もある意味で毒だ。

 毒消しのポーションで身体を癒すこともできると思う。

 しかし、どうするか……?

 こいつらを保護すれば、明らかに、シティ内の水晶軍を敵に回すことになる。ほかの地域の冒険者ギルドとは異なり、ここでは力のないナタル森林ギルドなど、水晶宮に逆らう力などない。

 ギルドが潰されるどころか、下手をすればエビデス以下の全員が捕縛されてしまう。

 なくなってしまったところで、遠いほかの国のギルドなど、エビデスたちを守ってくれないだろう。

 

 どうする……。

 とにかく、話を聞くしか……。

 

「いや、ギルド法は承知しておる。繰り返す必要はない。ただし、そのクエストは受けられない……」

 

 エビデスがそこまで喋ったとき、コゼがもの凄い表情をして立ちあがった。



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423 そして誰もいなくなった

「いや、ギルド法は承知しておる。繰り返す必要はない。ただし、そのクエストは受けられない……」

 

 エビデスがそこまで喋ったとき、コゼがもの凄い表情をして立ちあがった。

 百戦錬磨のエビデスが思わず怯えるほどの殺気だった。

 エビデスは慌てて、言葉を継いだ。

 誤魔化す必要があった。

 

「違う──。そうではない。同じ内容のクエストをすでにギルドで扱っている。ロウ=ボルグをリーダーとする冒険者パーティを保護せよというクエストをね。もしも、あなたたちがそうなら、もちろん、あなた方ふたりについても、仲間についても、絶対の保護も約束する」

 

 すでに確認はほぼ終わっているが、それを口にする必要はない。

 エビデスはそれを隠した。

 

「同じ内容の……クエスト?」

 

 疑念の言葉を返したのは、黒エルフの女だ。

 しかし、エビデスの肚はほぼ決まっている。

 だが、迷っているのも本当だ。

 

「まだ、クエストを受けたパーティはいないが、君たちの保護について、最重要の緊急クエスト要請がかけられていて、ギルドとしては、すでにそれを受けている。異例だが、ギルド長である俺がクエスト受領者になろう。ギルドの責任において、君たちを守る」

 

 エビデスははっきりと言った。

 ふたりの顔に安堵の色が浮かぶ。

 エビダスは、部下に指示をしてポーションを持ってくるように告げた。

 ふたりを促して、ギルド本部の個室に促す。

 部屋に入ると、ほとんど倒れ込むように、ふたりとも椅子に倒れ込む。

 エビデスは、残っている椅子に腰かけた。

 

「……とにかく、事情を聞こう。それと、君の仲間はどこにいる。外にいる連中が捜しているのは、おそらく、ロウという君たちのパーティリーダーとエリカという女のはずだ。危険な状況にあるというのは間違いない。しかし、君たちの仲間を保護しようにも、我々はふたりの居場所も顔もわからない」

 

 最初は、外のエルフ兵の捜索の対象がこのふたりなのかと思った。

 ふたりはおそらく、エルフ軍のどこかで捕えられていたのではないだろうか。

 だが、なんらかの手段で脱走した。

 それで、逃亡した彼女たちを捕まえるために、大規模な捜索が開始されたのだろうと考えた。

 

 しかし、ふたりが、数日前に太守夫人カサンドラから伝えられたロウとエリカという者の仲間だというなら、話は少し違ってくる。

 おそらく、外の連中は、太守夫人カサンドラの命令を受けて、ロウとエリカというふたりを懸命に探しているのだ。

 ふたりが捕らわれていたとすれば、目の前のふたりが、そのロウたちの仲間だからだと思う。

 拷問を受けた様子なのは、ロウたちの居場所を吐かせようと、エルフたちが拷問をしたのかもしれない。

 ふたりを匿うということは、カサンドラの意向に逆らうということだ。なにしろ、カサンドラが個人的なクエストとして、ロウ=ボルグの捕獲を依頼してきたのは事実なのだ。

 

「コ、コゼ、信用しよう……。ギルドの掟は絶対よ。ギルドは一度受けたクエストのことであれば、たとえ、国そのものが敵になったとしても、信頼を裏切らない。それができなければ、ギルドはギルドで足りえないのよ」

 

 黒エルフが言った。

 すると、コゼが納得したように小さく頷いた。 

 

「……ご主人様は、宿屋地区にいるはずよ。でも、この騒ぎだから、もうどこかに隠れているかも……。ただ、ご主人様は黒髪で背格好は普通。女たちはエリカも含めて、無駄に目立つくらいに美女揃いよ。すぐにわかると思うわ。これだけ、捜索を続けているということは、まだ見つかっていないということよね……」

 

 コゼが仲間の特徴を説明しはじめた。彼女が“ご主人様”と呼んだのが、ロウという男のことのようだ。

 エビダスは、《現出の魔鏡》という魔道具を持ってこさせる。

 思い描いた映像を鏡に映しだすことができるという魔道具だ。

 コゼに手渡すと、鏡の中に目の前のコゼたちを含めて八人の男女が浮かびあがった。

 八人のうち、中心にいる唯一の男がロウなのだろう。エリカはどれかと訊ねると、残りの七人の女の中で一番美しい顔立ちをしているエルフ美女をコゼが指さした。

 この女がエリカなのだと思った。

 それにしても、なぜ、ふたりは追われているのだろう?

 しかも、これだけの軍を使ってでも、捕らえようとしているのはなぜなのだ……?

 

「みんなを保護して……。約束よ……。じゃあ、あたしたちは行くわ……。さあ、イライジャ……」

 

 コゼが黒エルフを促した。

 黒エルフの名はイライジャのようだ。

 それはともかく、ふたりは立ちあがって、いまにも出ていく気配だ。

 エビダスはびっくりした。

 

「どこにいく──。外はこの騒動だぞ?」

 

 エビダスは言った。

 だが、イライジャというらしい黒エルフが首を横に振った。

 

「……捕えられて拷問を受けたの……。それだけじゃない。わたしたちの身体には、居場所を追跡するようななんらかの仕掛けをされている可能性がある。だから、ここにはいられない……。わたしたちはエランド・シティを出るわ。ここに立ち寄ったのもわかっていると思うから気をつけてね。ただし、向こうは、わたしたちを泳がせて、ロウたちに合流するのを待っていると思うわ。だから、わたしたちが動き回っているうちは、それまでちょっかいは出さないと思うけどね……」

 

 イライジャの言葉にエビダスはびっくりした。

 そして、急いで魔道探知をした。

 確かに、かすかだが、ふたりの身体に魔道具の気配がある。

 その部位もわかった。

 エビダスは舌打ちした。

 ならば、ここに隠しておけばすぐに発覚するかもしれない。

 ただ、一応は魔道具から魔力が発散しないように処置にして、追跡はできないようにはなっているみたいだ。

 もっとも、単にそう見えるだけなのか、本当に探知具の無効化に成功しているかはわからない。

 

「なるほどな……。だったら、それを外す方法を考えよう……。任せろ。魔道で外せると思う。とにかく、その身体をなんとかしないとな……。いずれにしても、ギルドには、行政府と結んでいる協定がある。ここをギルドの許可なく捜索はできん。お前たちのことは守ろう」

 

 エビダスは断言する口調で告げた。

 コゼが困惑した表情になり、そして、イライジャに視線を向ける。

 イライジャは、少しのあいだ思念したのち、エビダスの顔をじっと見つめたまま口を開いた。

 

「……信用していいのね?」

 

「信用しろ」

 

 エビダスの言葉に、イライジャが頷いた。

 

「エビダス様……」

 

 そのとき、屋側からギルド職員が現われた。

 指示の通りだ。

 十本ほどのポーションを入れた容器を持っている。指示の通りだ。ただし、すべてにラベルはついていない。

 ここの職員にしかわからない記号がついていて、ほかの者には判別不能だ。

 

「飲むといい。まずは毒消しだ。それは毒だろう?」

 

 受け取ったポーションから、ひとつを選んでイライジャに渡す。

 ひったくようにして、彼女がポーションを口にする。

 

「あ、あああっ、た、助かったわ……。な、なくなった。かゆみ……、いえ、毒が消えたわ……」

 

 イライジャは感極まったように言った。

 余程嬉しいのだろう。

 エビダスは苦笑した。

 しかし、エビダスは、ふと思い出してしまった。

 ふたりの保護とともに受けているのは、ロウたちに対する伝言だ。

 

 数日前に届いたもので、伝言球という特殊な伝達用の魔道具だ。

 ただの白い球体だが、宛先の対象人物が握ると、伝言が相手の頭の中で流れるのだ。

 ただし、ほかの者が握っても、なんの反応はしない。

 そういうものだ。

 こっちは渡すか……。

 

 伝言球があるというと、ふたりとも怪訝な顔をした。

 とりあえず、部下に持って来るように指示をする。

 

「……そういえば、わたしたちを保護するように依頼した相手は誰なの? 緊急クエストだと言っていたようだけど……」

 

 イライジャが訊ねた。

 依頼人のことについて不用意に情報を洩らすことは、本来であればご法度だが、保護される本人たちであるから問題はないだろう。

 

「あんたらの保護は、ハロンドール王国の王都から依頼されている。依頼人は、ハロンドール王国の王都ハロルドの冒険者ギルドの副ギルド長だ」

 

 エビダスは記憶を思い起こしながら言った。 

 

「ミランダが──?」

 

「なんで?」

 

 コゼとイライジャは同時に声を出した。

 知り人ではあるようだが、ふたりにとっては意外な依頼人だったようだ。

 

「ギルマス、これです」

 

 部下が伝言球を持ってきた。

 それを手渡す。

 これが反応すれば、ふたりがクエストで依頼されている保護の対象人物だという証拠だ。まあ、魔道球でも身元を確認しているので間違いはないが……。

 

 エビダスは、しばらく近寄らないように指示をして、部屋に三人になった。

 一方で、コゼとイライジャは、ふたりで伝言球をぎゅっと握った。

 伝言球が反応したのがわかった。

 エビダスには聞こえないが、ふたりの頭の中に伝言が流れ出したのだろう。

 ふたりの表情がさっと変化する。

 しかし、だんだんとコゼとイライジャの顔は険しいものに変っていった。

 伝言球が反応を終わったとき、ふたりの眉間にはくっきりと皺が寄っていた。

 

「……イライジャ、どういうこと? あんたの頭の中にも同じものが流れたの? アネルザ様が捕らえられたって、あたしの方では言っていたわ。ご主人様には手配書が回っていて、入国次第に逮捕するように命令されているって……」

 

「こっちも同じよ。本当にミランダからなの、これ?」

 

 ふたりは信じられないという口調だ。

 どんな内容なのか不明だが、それほどに意外なものだったようだ。

 だが、それよりも、さっきから気になるものがあった。

 ふたりが、依頼人の相手をミランダと呼んだことだ。

 クエストの依頼人も、伝言球を送ったのも、ハロンドール王国の王都にある冒険者ギルドの副ギルド長ではあるが、名前が違うのだ。

 だから、そう言った。

 すると、ふたりとも目を丸くした。

 

「どういうこと? 副ギルド長はミランダよ」

 

 コゼが言った。

 だが、エビダスは否定した。

 依頼人は、ハロンドール王国の副ギルド長には違いないし、立場を偽称することのできない方法で、クエストが流れている。

 ハロンドール王国の冒険者ギルド本部は、副ギルド長が事実上のギルド長だ。

 その権限でなければ、緊急クエストはかからない。

 だから、ギルドの魔道が、このクエストを緊急クエストとして受け入れたということは、送り主は副ギルド長に間違いはないということだ。

 そして、この方法の場合は、絶対に名前を偽称できない。

 絶対にだ──。

 

「そうは言われても、依頼人となっている相手は、副ギルド長に間違いはないが、ミランダという名ではない。依頼人の名は、サキ。そうある。よくはわからないが、あんたらがその王都にいたときは、ミランダという人物が副ギルド長だったというのであれば、なにかの理由で、そのサキという人物に副ギルド長が交代したということではないかな」

 

 エビダスは自分の考えを口にした。

 

「サキ? どういうこと?」

 

「サキって、ロウの女のひとりの寵姫とかいう女? それとも、違う人?」

 

「知らないわよ。あんたの頭に入ってきた言葉しか、こっちにも情報ないわよ。多分……」

 

 ふたりが途方に暮れたような表情になった。

 

「……とにかく、今度は身体を回復させるポーションだ。ふたりとも飲め」

 

 エビダスは箱から次のポーションを取り出して、ふたりに渡す。

 さっきの毒消しは本物なのだから、こっちのポーションについても疑うことはないだろう。

 ふたりは、すぐに「ポーション」を飲み干した。

 

 ふたりが椅子に身体を倒したのはすぐだった。

 ほぼ一晩拷問を受けた身体で逃げ回ったに違いなく、無理もないことだ。

 もちろん、ふたりに渡したのは、回復薬でもなんでなく、睡眠効果のある薬液だ。

 エビダスは、話の流れにより、助けるか、見捨てるかを決心するつもりで、回復薬も睡眠液も、両方を持ってくるように指示していた。

 そして、選んだのが、睡眠液ということだ。

 

 あっという間に、ふたりが寝息をかきだしたのを確かめて、エビダスは準備していた魔道の護符をふたりの真ん中に貼りつける。

 移動術の護符だ。

 転送先は、城郭の広場でいいだろう。

 

 そこに放り出せば、すぐに軍に捕まるに決まっている。

 あとは、知らぬ存ぜぬで過ごせばいい。

 ふたりは保護を求めてやって来たが、治療をするとどこかに出ていった。

 さっき、小柄な女、すなわちコゼの方が自ら口にしたし、それはほかの職員も耳にした。そして、この部屋に移っていまは、三人だけだ。

 

 エビダスが描いたシナリオはそういうことだ。

 ここを守るため……。

 ギルドの掟は大切だが、まずは出来たばかりのギルドを維持することこそ、重要視しなければ……。

 

 エビダスは魔道の護符に魔道を注いだ。

 ふたりが光に包まれる。

 

 

 

 そして、誰もいなくなった。



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424 意外な救援者

 はらわたが捻られた感覚が襲って、コゼは我に返った。

 気がつくと、外にいた。

 城郭の広場のような場所だ。

 

 夜が白々と明けかけていて、夜闇に薄っすらと明るさが混じりかけているという状況である。

 コゼは一瞬なにが起きたのかわからなかったが、すぐにたったいままで自分たちは、保護を求めて冒険者ギルドにいたのだということを思い出した。

 だが、体力回復用のポーションだと渡された薬液を飲み干したとき、急に意識がなくなったのだ。

 

「あの糞おやじ……」

 

 コゼは舌打ちした。

 どうやら、一服盛られたみたいだ。

 保護をするとか口にしながら、面倒を避けるために、睡眠液でも口にさせて、移動術かなにかで、ここに転送したに違いない。

 だが、コゼには普通の毒液には耐性があり、効き目が薄い。

 アサシンとして子供時代から、多くの毒薬を少しづつ服用して、毒にかかりにくい身体を作っている。

 一瞬は眠ってしまったが、移動術による身体への刺激で覚醒できたみたいだ。

 

 とにかく、周囲を見回す。

 城郭の広場だ。

 上層地区ではなく下層地区である。

 夜明け前の時間であり、ほとんど人はいない。がらんとしている。そのど真ん中にコゼはいた。横にはイライジャがぐっすりと眠っている。

 また、コゼもイライジャも、一晩のあいだ逃げ回ったままの、血の付いた上衣を裸身にまとっているだけだ。

 着替えることもなく、ギルドから追い出されてしまったのだ。

 そのとき、少し離れた場所に、金属が鳴るような音を感じた。

 

 はっとした。

 エルフ兵だ。五人ほどいる。姿は見えないが足音でわかる。

 彼らは五人一組になって、上層地区と下層地区の全域をたくさんの集団で徘徊をしている。

 散々に逃亡し続けてきたのだ。

 音だけでわかる。

 とにかく、いまのうちに……。

 

「イライジャ──」

 

 音で向こうに発見されるが構わない。

 コゼはイライジャを引き起こすと、頬を思い切り引っぱたいた。

 だが、脱力している身体は起きることはない。

 コゼはイライジャの口を開けさせて、思い切り指を突っ込んだ。

 ポーションを飲まされたとしても、ほとんど時間は過ぎていないはずだ。

 それを吐き出させる。

 

「おげえええ──」

 

 イライジャがえずいて、口から胃液が吐き出される。

 コゼはさらに、指を突っ込み、喉を荒々しく刺激する。

 イライジャの口からまとまった液体が流れ出た。

 

「あがっ、がっ、な、なに……?」

 

 イライジャの意識が戻った。

 だが、まだ半覚醒だ。

 頬を力一杯に平手する。

 

「ふぎっ、なに? なによ──」

 

 やっとイライジャの目が開く。

 

「おい、待て──」

 

 そのとき、さっきのエルフ兵の一組がこっちを見て声をあげた

 きゅるきゅるという警告音のようなものがして、別の辻からさらに五人が現われる。

 見つかった──。

 コゼは手元を探った。

 武器はない。

 ギルドに入ったとき、持っていたと思ったが、話をしているあいだ手放していたか?

 とにかく、イライジャの身体を掴んで立たせる。

 

「な、なにが起きたの……? えっ、どういうこと……?」

 

 イライジャはほとんど身体に力が入らないみたいだ。

 立たせたものの、その場に崩れ落ちてしまった。

 コゼは諦めた。

 

「あのギルドのおやじに一杯食わされたのよ──。また、外よ──。そして、エルフ兵が殺到しているわ」

 

 コゼは言い放った。

 そして、エルフ兵に向かって駆ける。

 彼らがこっちを向いてなにかを叫んでいる。

 薬液の影響が残っているのか、足元がふらつく──。

 コゼは気合を入れた。

 

 光線ようなものが飛んできた。

 気がついたときには、コゼの身体は斜め横に跳躍して、それを避けている。

 

 また、光線──。

 コゼは跳躍して、五人の集団の先頭の顔面に膝蹴りを喰らわしていた。

 

「んぎゃっ」

 

 端正なエルフ男に似つかわしくない声をあげて男が後ろに倒れていく。

 着地したときには、その男の腰から剣を引き抜いていた。

 屈んだまま、大きく一閃──。

 

「んぎいっ」

「ひいっ」

「あがあっ」

 

 三人ほどの脛を具足ごと叩き斬った。

 目を丸くしているもうひとりのエルフ兵の喉を斬りさった。

 そいつは声を出すことなく、首から血を噴き出しながら倒れおちていく。

 

 周囲を見回す──。

 とりあえず、目の前にはいないが、すっかりと囲まれている。

 

「いたぞ──」

 

「あそこだ──」

 

 別の一隊──。

 すでに、三十人ほどが広場に集まっていた。

 さらにどんどんんと集団が増えている。

 逃げられないか──?

 

「きゃあああ」

 

 悲鳴──。

 イライジャだ。

 首に腕を掛けられて無理矢理に立たされていた。

 意識はしたものの、身体には力が入らないのだろう。

 ほとんど抵抗はしていない。

 両側と後ろから身体を摘ままれている兵に身体を預けるようにしている。

 

「おい、人間族の女──。抵抗するな──。さもないと──」

 

 イライジャを掴んでいる男が叫んだ。

 

「いやああ、なによ──、や、やめてえ」

 

 イライジャの声──。

 身に着けていた服を剥がされたのだ。

 イライジャの褐色の肌が外気に露わになった。

 

「近寄ると、全員殺すわよ──」

 

 コゼは叫んで走った。

 こっちにも、大勢のエルフ兵が襲い掛かってきている。

 イライジャの姿もエルフ兵の集団に阻まれて見えなくなる。

 もうどうしているのか、見る余裕もない。

 

「しゃああっ──」

 

 剣を掴んだまま包囲されている一角に飛び込む。

 細身の剣だ。

 コゼに斬りかかってくる剣も同じ──。

 それが四方八方から襲う。

 身体を屈ませて剣を払う。

 数名が倒れる。

 

 そのときには、すでにコゼは別の集団にいる。

 横からエルフ兵が突っ込んできた。

 払い斬る──。

 

 別のひとり──。

 かろうじてかわす。

 それで精一杯──。

 体当たりをされて、コゼは横に転がった。

 

 なにかの気配を感じて、コゼは寝たまま剣を振る。

 魔道陣──。意識することなく斬る。

 身体を弛緩させるような魔道を飛ばされたのだと思った。

 前に、エリカたちと魔道対処の訓練をしたことがある。

 それを思い出した。

 魔道はそれを発動させるときに、宙に魔道紋が開く。それを途中で剣で切れば、魔道は発動しない──。

 それを思い出す。

 

「イライジャ──、どこ──?」

 

 跳ね起きながら叫ぶ。

 起きながらエルフ兵を数名切り倒している。

 エルフ兵に完全に囲まれている。

 紐──?

 左右から襲ってきた。

 避けようと思ったが避けきれなかった。

 左手は避けたが、右手首には飛んできた紐が絡んで捕らえられる。

 

「ひっ」

 

 紐を引っ張られて身体が倒れる。

 エルフ兵たちが襲い掛かる。

 

「舐めんじゃないわよ──」

 

 右手首に紐を巻きつけられたまま、その手で剣を投げる。

 紐を持っていたエルフ兵の胸に剣が刺さる。

 右手首が緩んだ。

 左手で地面を叩いて、身体を起こして突っ込む。

 

「うわっ」

「来るぞ──」

「捕らえろ──」

 

 十人ほどのエルフ兵たちの集団に飛び込む。

 密集体形であれば、魔道も剣も遣えない。

 コゼは手刀を次々に喉に叩きつけて、片っ端から倒していく。

 

 二度と捕まるか──。

 捕まれば、あの拷問の再開だ──。

 身体を掴まれる──。

 構わずに手を首に打ち込んで倒す──。

 力が緩む──。

 だが、捕らえられている腕が緩む前に、別の腕に身体を掴まれた。

 さらに別の手──。

 

「さ、触るなああ──」

 

 声をあげた。

 ついに地面に身体を倒された。

 四肢をそれぞれ数名ずつに掴まれて、仰向けに押さえられてしまった。

 

「は、離せええ」

 

 コゼはもがいた。

 だが、もう逃げられない。

 胴体に縄が落とされる。

 まるで生きているのかのように、その縄がコゼの身体に巻きつく。

 腕と脚をぐるぐる巻きにされる。

 やっと、群がっているエルフ兵たちの力が緩む。

 しかし、離してはいない。

 

「ひとりで何人殺しやがった──。殺しましょう」

 

 顔を殴られる。

 コゼはその手に噛みついた。

 

「いたあああっ、こ、こいつ──」

 

 噛みつかれた男が絶叫する。

 肉を噛みちぎったので血が噴き出ている。

 もしも、指に届いてたら噛み千切ってやったのにと思った。

 

「大人しくしろ、人間──」

 

 腹を蹴られて踏みつけられた。

 別の男に顔を横から蹴られる。

 

「んぐうっ」

 

 コゼは胃液を吐いた。

 

「殺すのはだめだ──。生きたまま連行しろという命令だ。だが、腹いせだ。服を破ってやれ。全裸で水晶宮まで連行だ。その前に、下層地区で引き回してやる」

 

 群がっているエルフ兵の後ろから、誰かの声がした。

 口調と周囲のエルフ兵の態度から、おそらくこの一団の指揮官だと思った。

 頭を身体が四方から押さえらる。

 一斉に手が伸びて、縄が絡んだままのコゼから服を引き破りだす。

 

「か、勝手にさ、触るな──。あ、あたしに触っていいのは、ご、ご主人様だけよ──」

 

 悪態をついたが、もはや抵抗のすべはない。

 コゼはされるがままにさせた。

 一方で、イライジャの姿はまだ見れない。

 イライジャも捕らえられたに違いない。

 

 裸にされていきながら、コゼはひとつの違和感も覚えていた。

 集まっている兵が少ない……。

 

 少なくとも、逃げ回った夜はこんなものじゃなかった。

 もっと警邏の組は多かった。

 そもそも、ギルド本部から跳躍されて、この広場に来たとき、この広場そのものにエルフ兵の捜索組はいない状況だった。

 すぐには見つかったが、それは道路から出てきた組がたまたまやって来ただけだ。

 一瞬であろうと、この広場にエルフ兵がいないという状況が、夕べのことを思い出すとあり得ない。

 この下層地区には、おそらく数千のエルフ兵があちこちを捜索して、上空には警備用の鳥のようなものまで飛び回っていた。

 だが、いまは空にはなにもなく、明らかに兵が減っている。

 これが示すものは、ひとつしかない……。

 

 すでに彼らが捜している者が見つかったのだ……。

 エルフ兵の集団は、別段、コゼとイライジャを捜索していたわけではない。

 彼らの狙いは、最初からロウであり、エリカだった。

 だが、その捜索が緩んでいるということは……。

 すでに……。

 コゼは背中に冷たいものが流れるのを感じた。

 

「や、やめなさい──。ちょ、ちょっと──」

 

 そのとき、近くにイライジャの声が聞こえてきた。

 コゼはすっかりと裸にされていたが、その身体を引き起こされた。

 集団が左右に割れる。

 イライジャがいた。

 素っ裸で後手に縛られている。

 しかし、剃毛のない股間に、縄瘤がついた股縄が食い込んでいる。

 薬剤のせいもあるが、その股縄の刺激のせいでもあるだろう。

 左右からエルフ兵に掴まれているイライジャの足元はぎこちない。

 

「へへ、こいつもせめて、辱しめましょうよ、隊長──。ただ、裸で歩かせるくらいじゃあ、俺たちの溜飲が……」

 

 コゼの近くにいたエルフ兵が言った。

 隊長と呼ばれたエルフ男の姿も見えた。

 そいつが憎々し気にコゼを睨んで鼻を鳴らした。

 

「いいだろう」

 

 わっという声がして、コゼの股間に縄が差し入れられる。

 

「や、やめなさいよ──。あ、あんたら──。そ、そんなことは、ご主人様しか――」

 

 コゼは叫んだ。

 だが、前後から捕まれる縄が股間で前後に激しく動かされる。

 その刺激にコゼは身体を弓なりにしてしまう。

 

「んひいっ、だ、だめええ」

 

 コゼは絶叫した。

 そのときだった──。

 

「なんだ?」

「どうしたんだ、これ?」

 

 エルフ兵たちが騒ぎ出した。

 コゼの股間をいたぶろうとしていた縄も緩んだでだらりとさがる。

 気がついたが水だ。

 なぜか、くるぶし程の高さまで地面から湧き出たかのように、周囲一帯に水が浸っている。そして、奇妙なことにコゼとイライジャの周りだけは、ぽっかりと水のない場所になっていた。

 つまりは、コゼとイライジャの足元だけを除き、突然に周囲一帯が水びだしになったのだ。

 

「ひっ」

 

 思わず声をあげた。

 凄まじい風が周りを通り過ぎていったのだ。

 いや、風ではない……。

 強烈な魔道の波動だ。

 規模の大きい魔道は、宙を歪めるような変異を引き起こし、それを風のように感じることがある。

 それだ。

 

「ひぎゃああ」

「あぐうう」

「ぐあああ」

 

 すると、コゼの周りで一斉に悲鳴が発生して、気がつくとほとんどのエルフ兵が膝を折り、あるいは地面に倒れ伏している。

 コゼは唖然とした。

 

「今度はなに?」

 

 声はイライジャだ。

 縄掛けをされた状態で跪いている。

 コゼを掴んでいたエルフ兵も倒れていて、雁字搦めの縄を掛けられた状態でコゼは突っ立っている。

 周りを見回す。

 百人を超えるエルフ兵だと思うが全員が倒れている。

 だが、その倒れているエルフ兵の向こうに、黒いフード付きのマントで身を包んだ、ひとりの人物がいることに気がついた。

 

 あいつがやった……?

 この全員を一瞬で……?

 コゼが目を丸くしてしまったが、やっとエルフ兵を襲った正体がわかった。

 電撃だ──。

 怖ろしいほど強烈な電撃が一斉に地面を這ったのだ。

 それが水を通して、エルフ兵たちに気絶をするほどの電撃を喰らわしたのだ。

 

「コゼ、見て。兵士たちが肩に着けていた魔道反射板が砕け散っているわ。水晶軍の兵が保有している反射板を越える強烈な魔道をあいつがかけたということよ。何者なの──?」

 

 イライジャがコゼにだけ聞こえるほどの声で言った。

 魔道反射板というのは、攻撃魔道を無効にする護符の魔道具だが、水晶軍、すなわち、エルフ兵たちは全員がそれを肩に縫い付けていたみたいだ。

 それが全部砕けて壊れている。

 これは、魔道技術の高いエルフの里で作られた魔具を簡単に毀してしまえる強い魔道によって攻撃されたということだ。

 イライジャの驚きが、コゼには理解できた。

 すると、黒いマントの人物がこっちに駆けてきた。

 

 コゼは身構えた。

 だが、全身をぐるぐる巻きにしていた縄がぱらりと解けて地面に落ちた。

 イライジャも驚きの声を出す。

 一瞬だけ見ると、イライジャを縛っていた縄があちこちを切断されて解けている。

 これも、あいつがやったのか?

 とにかく、コゼはとりあえず意識を失っているエルフ兵のひとりから剣を奪うと身構えた。

 

「おふたりとも、その格好はどうされたんですか? もしかして、ロウ様のいつもの“ぷれい”でしょうか? だったら、邪魔しては……? いえ、そうじゃないですよね。昨日の夜はとんでもない騒ぎでしたもの……。わたしも驚きましたけど、これはどういうことなんでしょう、コゼさん」

 

 やってきたフード付きの人物が明るい声で早口で喋り出した。

 そいつがフードを外す。

 今度こそ、本当に驚いた。

 

「ス、スクルズ──。あ、あんた、なんでここにいるのよ──?」

 

 コゼは声をあげた。

 現われた顔は間違いなくスクルズだ。

 ただ、髪が青白くなり、しかもマントの下まで伸びていて長くなっている。そのために雰囲気が違っているが、間違いなくハロンドールの王都にいるはずのスクルズだ。

 彼女がなぜここにいる?

 さすがにコゼも混乱した。

 

「えっ、もしかして、第三神殿の神殿長様?」

 

 イライジャだ。

 

「いえいえ、神殿長のスクルズは王都で処刑されて死にました。わたしはスクルドです。それで、ロウ様はどこなのです? 色々とお話が……。罰をいただきたいですし……。でも、とにかくお顔が見たいです。ねえ、どこなのですか、ロウ様は? あっ、そうだ、これを……」

 

 スクルドか、スクルズか知らないけど、コゼに迫ってきて、早口でまくしたてる。

 だが、思い出したように、宙からスクルズが被っているのと同じようなマントをコゼとイライジャに差し出してきた。

 とりあえず、それで裸身を隠す。

 

「それで、ロウ様は? わたしはお仕置きを……」

 

 スクルズは期待に満ちた顔でうるうるさせた視線をコゼにぶつけてきた。

 しかし、コゼは訝しむことしかできなかった。

 だが、身体を温かいものが包んでいるのがわかった。

 全身の痛みと疲労とだるさが消失していく。

 治療術だと思った。

 視線を向けると不完全だった手の治療も完全な状態になっていた。足の怪我も治っている。

 

「あ、ありがとう……。だけど、お仕置きって……。なにを能天気な……。あたしたちは昨日の夕方に水晶軍とやらに捕まって拷問を……。そして、逃げ回って……。」

 

「逃げ回る? もしかして、ロウ様の身になにかが──? それはどういうことでしょう──。わかるように説明してください──」

 

 スクルズが気色ばんで叫んだ。

 にこにこと微笑んでいた口元がやっと締まったものに変化する。

 

「わかるように説明してほしいのはこっちよ──。なんで、あんたはここにいるの? そもそも、いつここに?」

 

「昨日の夜です。魔道で駆けに駆けてきたんですけど、そうしたらあんな大騒ぎで……。とにかく、空き家を見つけて隠れていたんですけど、そろそろ朝になったんで、ロウ様を探そうかと……。だけど、勘が当たってよかったです。褐色エルフの里には辿りついたんですけど、それからの行方がわからなくて……。だけど、聞きまわっているうちに、もしかしたら、ユイナといかいう少女を追って、エルフの都に行ったんじゃないかと……」

 

 よくはわからないが、このスクルズは自分たちの後を追いかけて、ナタル森林までやきたようだ。

 クエストの目的地が褐色エルフの里だったので、そこに辿り着き、さらに足取りを掴むために、里で情報収集して、ユイナを追ってエランド・シティに向かった可能性に思い当ったのか?

 里の者たちには、エランド・シティに向かうとは説明せずに、ハロンドールに帰還すると伝えたのだが、ハロンドールからやって来たスクルズは、情報を集めることにより、このエランド・シティに向かっただろうと結論付けしたのかもしれない。

 ユイナについて知ることができれば、エルフ女王のガドニエルの女部下が誘拐して連れていったという情報がえられたはずだからだ。

 それについては、囚われているはずのユイナの祖父や、あるいは、エルフ女の里長は知っている。

 もっとも、余所者のスクルズに簡単に教えられることではないと思うが、まあ、こいつは能力が極めて高い魔道遣いであるので、無理矢理に情報を掴む方法はいくらもあるに違いない。

 いずれにしても、すごい執念だ。

 スクルズのいうとおりに、昨日の夜にここに辿りついたのであれば、コゼたちがシティに到着したのと、ほとんど変わりないことになる。

 

「とにかく、話はほかで……。逃げよう」

 

 イライジャが声をかけてきた。

 コゼも我に返った。

 見ると、ところどころでエルフ兵が身じろぎを始めている。

 

「そうですね。じゃあ、わたしが隠れていた空き家に……。でも、ロウ様はどこにおられるのです? わたしはロウ様にお会いしたくて……。お仕置きとか……」

 

「その話は後よ、不良巫女」

 

 我慢できずにコゼは悪態をついた。

 すると、スクルズ、いや、スクルドがにっこりと笑う。

 そして、次の瞬間には、身体が移動術の魔道で包まれるのがわかった。

 

 

 

 

(第28話『エルフの都の罠』終わり)



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 第29話 【追跡行】女魔道遣いの旅
425 王都からの来訪者(その1)



 時系的には、スクルズ(スクルド)がエランド・シティに入るよりも、少し前の時期にさかのぼります。







「お待たせしました」

 

 応接室に入ったユンゲル=モーリアは、男爵家を訪ねてきたという女ふたりを見て驚いた。

 その女たちが随分と美しかったからだ。

 特に、ひとりは神々しいまでの美しさだ。

 しかも、思っていたよりも若い。

 王都から、しかも、国王の使者という触れ込みだったので、なんとなく、もっと年配の女性を想像した。

 しかも、女ふたりだけであり、男の護衛を連れている気配もない。

 家人からも、訪ねてきたのは、このふたりのみだと説明を受けている。

 

「お時間を作っていただきありがとうございます」

 

 立ちあがって優雅に頭をさげた女は、ユンゲルが美しいと感じた方の女だ。

 その女性は、別段着飾っているというわけでもなった。ただ白いフード付きのローブを身につけているだけだ。

 化粧だって、特にしている感じではない。

 それにも関わらず、彼女は本当に美しかった。

 それでいて、滲み出る艶かしい色香がある。

 なによりも、青みがかった真っ白い髪が彼女を神秘的にさえ見せさえする。

 ユンゲルは彼女のような色の髪を見たことはない。

 とにかく、彼女の訪問を伝えにきた家人が興奮していた理由が十分に理解した。

 

 その一方で、もうひとりの女は面白くなさそうに座ったままである。

 挨拶をした女とは反対に、にこりとも笑わない。

 不満そうに腕組みをして、余所を向いている。

 いずれにしても、なんという無礼な態度なのだろうと思った。

 すると、立ったままの女がくすりと笑った。

 

「彼女は人見知りなのです。失礼をお許しください……」

 

「人見知り……ですか……?」

 

 人見知りというよりは、傍若無人という感じだ。

 すると、座ったままの女が口を開いた。

 

「私のことはいないと思え。交渉役はこの女だ」

 

 その女がきっと睨んだ。

 立っている側の女が微笑んだまま溜息をついた。

 

「ジャスランさん……、邪魔をしないという約束よ……」

 

「邪魔などせん」

 

「男爵様に失礼な物言いをしているわ。そのせいで、男爵様が怒って、話し合いがうまくいかなかったらどうしましょう? きっとあなたのせいになるわね」

 

「なっ──。だ、だから、黙っていると言っているだろう。いいから放っておけ」

 

 座っている女が怒鳴った。

 たしなめられて、顔が赤くなっている。

 よくわからないが、物言いは挨拶をしている女が柔らかくて丁寧であるものの、主導権は乱暴な側ではなく、優しい口調の側が持っているらしい。

 とにかく、よくわからない組み合わせだ。

 

 いずれにしても、挨拶をした女については、名乗りこそしなかったが、仕草も美しい。洗練された彼女の挨拶の仕草は、きちんとした教育を施された上流階級の者を思わせた。

 なによりも品がある。

 

 それにしては、ふたりは王都からやってきたということだったが、やはり、従者のような者はいない。

 家人によれば、やってきたのは彼女たちだという。

 しかも、荷物らしい荷も持っていなかったそうだ。

 何者だろう?

 

「とにかく、どうぞ……。それと無礼など感じてはいませんよ。辺境の田舎貴族ですし……。お気楽にしてください」

 

 座るように促すと、立っている女が静かに腰を下ろした。

 その所作にも美しさを感じる。

 

「ところで、そちらはジャスラン殿ですね。では、あなたをなんとお呼びすれば?」

 

 ユンゲルは訊ねた。

 いまだに、彼女は自分の名を名乗っていない。

 ただ、国王の使者だと告げただけだ。

 しかし、その身分を保証する紋章具を保持していたし、また持参した手紙にも、しっかりと王家の紋章が刻んである。 

 彼女たちが確かな人物なのは間違いない。

 ユンゲルの質問に対し、女はちょっと小首を傾げる仕草をした。

 

「名乗り……。では、ヴェーネと」

 

 ヴェーネ……。

 古い言い回しで、「魔女」の意味である。

 

「ヴェーネだと?」

 

 ジャスランが眉間に皺を寄せて言った。

 その表情には、不審の色がある。

 つまりは、偽名ということだろう。本名でそんな顔をするわけがない。

 

「では、陛下からの手紙は拝読しましたよ、ヴェーネ殿」

 

「そうですか。それで?」

 

 彼女がにっこりと微笑んだ。

 笑うと驚くほどに可愛いらしい顔になる。

 ユンゲルは思わず、惹き込まれそうになった。

 

「確かに読みましたが、些か当惑しております。当家は一介の男爵家。陛下直々の手紙など畏れ多い。ましてや内容が内容。たかが、男爵家に国の大事に関われなどと……。いやあ、冗談がお上手だ。もちろん、モーリア家の王家に対する忠誠はまったく揺るぎません。王家あってのモーリア家だと思っております。しかし、これはどうしたものですかな」

 

 ユンゲルはわざと笑い声をあげた。

 だが、ヴェーネはまったく動じた様子もなく、ユンゲルに微笑みを向けたままだ。

 ジャスランに至っては、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 ユンゲルは、笑うのをやめた。

 ヴェーネに視線を向け直す。

 

「安心しましたよ、男爵様」

 

 すると、ヴェーネが口元に微笑みを称えたまま言った。

 その言葉は、ユンゲルの意表を突いた。

 

「安心?」

 

「はい。どうやら、男爵様は正常な判断力をお持ちのようです。わたしの眼から見て、誰かの操りを受けているということはありません。感知しにくいように注意深く刻まれた洗脳魔道でも、感情を露わにするとどうしても、魔道的な揺らぎが発生して、術がかかっていることが魔道遣いにはわかってしまいます。だから、逆に強すぎる洗脳魔道がかかっていると、まるで感情の一部を失っているかのようになってしまうことがあるくらいです」

 

「洗脳魔道?」

 

 いきなり物騒なことを口にしたヴェーネに、ユンゲルは当惑してしまった。

 

「王都のことはお聞きおよびでしょう? 王陛下が急に人が変わったように悪政を始めたということを……」

 

「ここは王都からは距離があるものですからな。情報の入るのは遅いのですよ。しかし、陛下には、わしらのようなに愚昧は及びもつかぬ、深いお考えがあるのでしょう」

 

 ユンゲルは肩を竦めたが、もちろん、王都の騒動については知っている。

 王都屋敷を持つような上級貴族ではないが、領地経営をするために情報は重要であり、金子をばらまいて、様々な情報がこのモーリア領にも入るように処置していた。

 このところ入ってくる王都情勢については、ユンゲルの度肝を抜くものばかりだ。

 そして、その国王がなんのつもりかしらないが、わざわざ使者をユンゲルに寄越してきたのだ。

 まったくわけがわからない。

 

 いずれにしても、この状況で国王に従うなど、悪手以外の何物でもない。

 どんな内容でも拒否するつもりだ。

 すると、初めて、ヴェーネの口元から笑みが消えた。

 

「男爵様、時間が限られております。腹の探り合いはしたくありません。王都情勢はご存知ですよね。もう一度、お訊ねしますが、王陛下が急に人が変わったように悪政を始めたという情報を知っておられますね?」

 

 少し強い口調でヴェーネが言った。

 ユンゲルは溜息をついた。

 

「腹を割った話がしたいというなら、そうしましょう。最初に言っておきますが、当家は王家の勢力争いに関わりたくありませんな。国王陛下と王妃殿下──。どちらに忠誠を尽くすのかと問われるなど、ご勘弁願いたい。当家は男爵家ですぞ。里を数個管理するだけの小さな領主です」

 

 王家の騒動はいまや、この国全体を震撼させる大きな騒乱に発展している。

 ユンゲルにも関わりのあるひとりの男について、国王が捕縛命令を出したことに抗議した王妃が捕らわれ、その王妃が獄中から地方貴族に対して、悪王に叛旗を揚げよと檄を飛ばしたのだ。

 その旗頭になっているのが、王妃の実家であるマルエダ辺境候である。

 そして、辺境候のもとには、檄文に応じる貴族たちが続々と兵ととにも参集している──。

 いまは、そういう状況である。

 また、国王の人が変わったような悪政が王都で続き、相当の大騒ぎらしい。

 

 実のところ、辺境候からの兵の誘いについては、モーリア男爵家にも届いている。

 男爵家といえども、モーリア家は魔獣の頻出する地域に接する武門の家だ。傭兵も大勢囲っており、王都にいるような官職貴族や戦いとは無縁の都市貴族とは全く違う。

 

「ご謙遜を……。里といっても随分と発展した人の多い場所でしたよ。都市といっても不自然ではないですね」

 

 ヴェーネが微笑んだ。

 ユンゲルも苦笑した。

 まあ、里とはいっても、この数年で産業開発や商家の招き入れに成功して、男爵領全体が信じられないくらいに発展して、人口も多い。

 男爵家とはいいながらも、その領土は並の伯爵家ほどの力があると称されているのも知っている。

 通用しないか……。

 

「しかし、男爵家です。政治的な関わりになど無縁だった家です。繰り返しますが、当家は関わりたくない。その力もない──。確かに、王家からの手紙には、あなたの要請に従って兵を出して欲しいとありました。冗談じゃありません。王都になど兵は出せません。辺境を守備する我々には魔獣から領土と国境を守る義務があるのです」

 

 ユンゲルは言った。

 王家からの手紙は、いま口にしたとおりの内容であり、男爵家から兵を出せという要請だ。

 細部はこのヴェーネに従ってもらいたいと……。

 

「王家の命令に逆らうということですか?」

 

 ヴィーネは面白い話でもしているかのように、にこにこと微笑んでいる。

 屈託のない笑みだ。

 引き込まれそうになる。

 ユンゲルは気を引き締めた。

 

 いずれにしても、あの国王に従うつもりはない。

 王妃も人気はないが、国王の不人気はそれ以上だ。

 どんな思い付きで、一介の辺境男爵に声をかけるつもりになったのか検討もつかないが、一緒に破滅させられるのはたまらない。

 反逆罪を適用するならそればいい。

 そのときには、ユンゲルも迷いなく、マルエダ辺境候のところに馳せる決心がつく。

 

 王国の国境守備に任じているマルエダ辺境侯からも檄文が到着したのは数日前のことだ。

 マルエダ辺境侯の長女はアネルザ王妃であり、その王妃の捕縛の影響なのか、辺境侯からの檄文の内容はとにかく過激だった。

 はっきりとした叛旗の呼びかけであり、叛乱への出兵を呼び掛けるものだ。

 いずれにしても、こっちにも返事はしていない。

 するつもりもなかった

 返事などしなくても、なんだかんだいっても、どうせ一介の男爵家だ。気にしないと思っていた。

 だが、王家からの使者がやって来てしまった以上、どうやら、無関係を装うわけにはいかないのだろう。

 ユンゲルはしらず、溜息をついていた。

 

「王国に対する忠義を求められているのですよ」

 

「モーリア家は王に対する忠誠を尽しますとも。叛乱には与しません。わしは軍人あがりでしてね。単純なのですよ。王に忠誠を尽くします。こうやって辺境を守るのも忠義です。それを疎かにすれば、それこそ忠義に反します」

 

 はっきりと言った。

 叛乱に参加しないと明言したことで、将来において不利になるかもしれないが、それでもいい。

 ユンゲルの腹は決まった。

 叛乱側につく。

 いまの王家には忠誠を尽くせない。

 

「王に対する忠義とは申しておりません。王国に対してと申しております。はっきりと申しましょう。いまの国王は操られております。洗脳魔道です。わたしが最初に安心したと申しあげたのは、あなたにその気配がないからです。でも、王宮はほとんどの者は、なんらかの洗脳魔道を刻まれております。もはや、どうしようもないのです」

 

 ヴェーネが言った。

 ユンゲルは驚いた。

 もしかして、彼女たちは叛乱側なのか?

 

 ヴェーネが続ける。

 彼女によれば、王宮にやって来たテレーズという女官長は、おそらく闇魔道の遣い手であり、国王の寵愛を受けることで、まんまと王の操りに成功したということだ。

 そして、テレーズに操られた王は、王家の宝物を使って、王宮に近侍する者を次々に洗脳していき、逆らえないようにしたそうだ。

 突然の王の人が変わったような悪政はそれが原因であり、もう闇魔道を解いたところで、どうしようもない状況なのだという。

 とにかく、手を打たなければ大変なことになるとヴェーネは言った。

 ユンゲルは唖然とした。

 

「闇魔道? 禁忌の術のことか……。まさか、それを……信じろと?」

 

「ここで証拠は出せませんが、この最近の王の行動──。それを考えれば、理屈が通っていると思いますが? 二公爵に対する仕打ちはお聞き及びですか? 商業ギルドの重鎮たちが十人ほど残酷に処刑されたことは? 第三神殿のスクルズの死は? こんなことは、これまでの王がやることとは思えませんよ?」

 

 そのとき、一瞬、ジャスランがなぜか鼻で笑うような仕草をした。

 だが、ヴェーネが微笑みをジャスランに向けると、そのまま黙り込む。

 さらに、ヴェーネはユンゲルに返事を促すように視線を向け直した。

 ユンゲルは仕方なく口を開く。

 

「それが本当であれば、確かに王都の異常は説明できるが……。しかし……」

 

「本当です。わたしの眼を見てください」

 

「眼を?」

 

 ユンゲルは見た。

 すると、ヴェーネの眼が次第に大きくなっていくような錯覚を覚えた。

 

「じっと目を離さないでください……。眼がどっちに動きましたか?」

 

 ヴェーネの眼が右にすっと動く。

 右だなと思った。

 

 すると、左に……。

 左だ。

 

「……今度は指です……。目を離さないで……」

 

 視線の前にヴェーネの指が入り込んだ。ヴェーネが顔の前に指を立てたのだ。

 それが右に動く。

 左……。

 上……。

 下……。

 

 ユンゲルはじっとヴェーネの指を見ている。不思議な気持ちだった。急に気持ちが楽になり、無心になった心地だ。

 

「もう一度、眼を……」

 

 ヴェーネが指を引く。

 見た。

 

 また、ヴェーネの眼が大きくなる。

 どんどんと……。

 どんどん……。

 目の前がヴェーネの巨大な目で覆われる。

 ユンゲルは悲鳴をあげそうになった。

 

「男爵様?」

 

 突然に声をかけられた。

 はっとした。

 目の前にいるのは、相変わらずの柔和に微笑みを浮かべているヴェーネだ。

 あれっ?

 いま、なにをしていた?

 

「どうしましたか、男爵様? とにかく、信じてもらうしかありません。王陛下は闇魔道にかけられています。もうどうしようもないのです。男爵様が動いていただくことこそ、王国への忠誠を示す行為です。どうか、協力してください」

 

 ヴェーネが言った。

 確かにそうだ。

 いまこそ、忠誠を尽くすときかもしれない。

 男爵家といえども、できることはあるはずだ。

 

「わかりました。微力を尽くしましょう。だが、つまりは、王家からの伝言については、その言葉通りではないということですな」

 

「そのとおりです。王家は王家でも、従うのは王太女殿下です。王太女殿下はいまの状況を憂いておられます。陛下ではなく、王太女殿下にお従いください」

 

 ヴェーネが微笑んだまま言った。

 すると、横のジャスランが抗議するようにびくりと動いた。

 

「おい、それは──」

 

「ジャスラン……約束でしょう……。わたしに任せると……。そして、わたしに任せよという指示のはずよ」

 

 ヴィーネが顔をユンゲルに向けたまま、ジャスランに囁くように言った。

 ジャスランは不満そうだったが、それで再び口を閉ざす。

 

「つまりは、王太女殿下に対して兵を出すということですか? どこに? いずれにせよ、わかりました。モーリア家は王太女殿下に従います」

 

 ユンゲルは決心した。

 モーリア家は王太女に従う。

 まあ、そうなれば、そもそもあのシャングリアは、王太女と仲がいいと耳にするし、むしろよかった。

 慎重な性質のはずの自分が、いきなり言われて、その場で、ほとんど下情報なしに決意するのは珍しいと思ったが、後悔はない。

 このヴェーネに従うべきだと、いまこそ思う。

 

「まあ、男爵様なら、そう言っていただけると思いました。王太女殿下は、きっと男爵様の忠義を忘れないでしょう」

 

 ヴェーネが破顔した。

 やはり、笑うと驚くほど可愛らしい。

 ユンゲルはちょっと落ち着かない気分になった。



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426 王都からの来訪者(その2)

「まあ、男爵様なら、そう言っていただけると思いました。王太女殿下は、きっと男爵様の忠義を忘れないでしょう」

 

 ヴェーネが破顔した。

 やはり、笑うと驚くほど可愛らしい。

 ユンゲルはちょっと落ち着かない気分になった。

 

「だが、すべてに応じられるわけでもない。王太女殿下はどこに?」

 

 王太女のイザベラは王都にはいない。

 その所在は秘密とされているが、実のところ、ユンゲルはイザベラの居場所がノールの離宮だとは知っている。

 だが、このモーリア領からは、王都を挟んで反対側になる。

 さすがに遠い。

 また、イザベラ王太女の居場所を訊ねたのは、味方をすると口にしたモーリアに、どれだけ腹を割るのか試したかったのだ。

 

「王太女殿下は、東の海に面するノールの離宮におられます。ライス将軍の軍が守っております」

 

 ヴィーネはあっさりと、イザベラの居場所を教えた。

 意外だった。

 まあ、いずれにしても、ユンゲルは王太女に味方をすると決心した。

 どうして、こんなに簡単に決めたのかということが、我ながら不思議だが、ユンゲルはもう決めてしまったのだ。

 

「ノールの離宮……。遠いですな……」

 

 ユンゲルは言った。

 兵を出すと言っても、ノールの離宮となると、流石に王都を通過できないだろうから、大きく北か南に迂回することになるだろう。

 しかし、北への迂回ルートは、マルエダ辺境候領を通過することになり、必然的に南に迂回するということになる。

 だが、あのキシダインの失脚以来、彼の支持基盤だった南部地域は荒れており、治安も悪化している。

 そこを通過するのか……。

 どのくらいの勢力を連れていける?

 いや、むしろ、どれくらいを期待されているのだろう。

 腹を探るよりも、直接に訊ねるか。

 

「実際のところ、モーリア家の動員可能数はそれほど期待はできませんぞ。すぐに動かせる動員数は二百人というところでしょうか」

 

 すぐに声がかけられる傭兵団の伝手もさらにひとつかふたつはある。

 だが、辺境侯のマルエダ家が王への叛旗を掲げているということは、すでに主要な傭兵団には、そっちから声がかかっていると思う。

 とりあえず、出動すると決めた以上、全力を尽くすが、代金に多少上乗せするにしても、どれくらいが応じてくれるか……。

 しかし、あの南部地域を通過して進むとなれば、それくらいが限度かもしれない。

 おそらく、糧道を繋ぐことは無理だろう。

 ならば、兵が携行できる分だけで行軍するということになる。

 

「十分です。別に戦うわけではありませんから。遠方に進むわけでもありません」

 

 すると、ヴェーネが言った。

 

「戦わない?」

 

 意外な言葉だった。

 出兵を求められた以上、その目的は戦だと思った。

 戦わないとはどういうことだろうか。

 しかも、遠方ではない?

 

「まあ、絶対というわけではありませんが……。モーリア男爵にお願いしたいのは、ある冒険者の一行を探していただくことです。彼らはナタルの森におります。でも、もうすぐハロンドール側に帰国をすると思いますが、彼らが国境を越える前に、その身柄を押さえたいのです。王国側に捕らわれる前に……」

 

「えっ、ある冒険者の一行? 捕らわれる前? あっ、もしかして……」

 

 いまの説明で思い当たる人物がある。

 一箇月半ほど前に、国王から最重要案件として、王命が届いていた。

 その内容はロウ=ボルグ卿という人物を見つけ次第に捕縛して、捕縛した領主や軍は、必ず、罪人として王都に届けよというものだった。

 ロウ=ボルグという男には会ったことはないが、些か、モーリア家に関係のある人物でもあるので、しっかりと名前に記憶がある。

 すると、ユンゲルの表情から、なにかを悟ったののだろう。

 ヴェーネがにっこりと微笑んだ。

 

「おそらく、思い浮かべた人物が身柄を確保していただきたい人物に間違いないと思います。ロウ=ボルグ卿──。いまは、王命により手配を受けておりますが、そのお方が王国の危機を救うために、重要な役割を果たします。ロウ殿を助けなければなりません」

 

 ヴェーネが言った。

 ユンゲルは首をひねった。

 実は同じような依頼が、軍の派遣とは別に、マルエダ辺境侯からも届いていたのだ。いや、むしろ、そっちを優先し、それによっては参集しなくてもいいともあった。

 つまりはは、マルエダ家からも、ロウ=ボルグ卿が国境を越えたら、絶対に身柄の安全を確保し、兵を率いて、ロウ=ボルグを守りながら、マルエダ辺境侯の指揮する叛乱軍に合流して欲しいとあった。

 しかも、マルエダ辺境侯から送られたものから判断すれば、驚くことに、辺境侯は、彼をもって叛乱軍の旗頭にしたい気配なのだ。

 マルエダ辺境侯の娘であり、王妃のアネルザがそのロウと親しいことは知っていたが、だからといって、いきなり叛乱軍が彼を担ごうというのは、変な感じだ。

 冒険者として成功した男であることはわかっているが、爵位も子爵であり、しかも成りあがりだ。

 どうして、辺境侯のような古い家柄の大貴族が、彼を担ぐのだろう?

 

 ユンゲルは、そのロウという人物に関わりが深いものの、まったく面識はない。

 だから、不思議に思うだけだ。

 ユンゲルとロウという人物の関わりは、モーリア家の一族のひとりであるシャングリア嬢とロウとの繋がりによるものである。

 

 シャングリアは、先代の男爵の娘であり、もしも、シャングリアが男だったら、このモーリア家は、ユンゲルではなく、シャングリアが継いだはずだ。

 しかし、モーリア家は昔から男性至上主義の家柄だった。

 だから、女が一族の長になるのを嫌った一族の者は、シャングリアではなく、ユンゲルを当主として担いだ。

 まだ、シャングリアが成人前のことであり、シャングリアにしてみれば、自分の土地と屋敷を突然に、あまり親しくもない親族に奪われたような気持ちだったろう。

 そのことをユンゲルも、ずっと申し訳なく思っていた。

 一度は、シャングリアに良縁をあてがい、その婿にモーリア家の男爵位を渡そうかと思ったくらいだ。

 だが、逆にそれを嫌ったのか、シャングリアは自らが別の家を立てると宣言して、王都に向かい騎士の爵位を手に入れた。

 数年前のことだ。

 

 しかし、そのシャングリアが突然に戻ってきて、ある男と残りの人生を一緒に過ごすと決心したので、どうか認めてくれと、土下座をせんばかりに頼み込んできたのだ。

 自尊心の高いシャングリアが、そこまで頭をさげるということに驚愕したものだった。

 そのとき、シャングリアが見込んだ男というのが、いま話に出ているロウである。

 

 とにかく、ユンゲルの先代の男爵の娘であり、本来はこの男爵家を継ぐべきだったかもしれないシャングリア嬢の希望は、そのロウを慕って冒険者になりたいということだった。

 最初は、そんな眉唾物の男に、死んだシャングリアの父から預かっているつもりの、大切なシャングリアのことを認めるのは気が進まなかったが、なによりも、シャングリア自身が熱望していたし、ユンゲルが本来は彼女が継ぐはずだった男爵家を継いで以来、ずっと悶々として鬱積したような感情を抱えるだけだったシャングリアが、あんなにも生き生きと彼のことを語り、笑い、そして必死に、そのロウと一緒に生きたいと訴えたこともあり、ユンゲルは、とりあえず、話を聞くことにした。

 しかし、よくよく聞けば、その男はシャングリアだけではなく、たくさんの愛人がいるのだという。

 ますます認めたくなくなったが、とにかくシャングリアが心からそのロウを慕っているのがわかったので、最終的には渋々ふたりの付き合いをモーリア家の家長として認めた。

 

 すると、そのロウは、驚いたことに、やがて、王妃アネルザと昵懇になり、国王にも気に入られ、あれよあれよといううちに、あっさりとモーリア家よりも上位爵位である子爵の爵位をもらい、さらに王太女の相談役の枢機卿という権威のある地位についたのだ。

 驚いたものだった。

 

 しかも、王都からの情報によれば、ロウの活躍は大変なものであり、さらに、王妃が本当にロウのことを気に入っていて、王太女の夫にすることまで考えているという信じられない噂まであった。

 そうなると、シャングリアがどういう扱いを受けているか気にもなったが、彼についてはいい噂しか入って来ず、シャングリアについても、ほかの女にしても、本当に大切にされているということだった。

 

 だったらいいかと思った。

 シャングリアを政略結婚の道具のように考えるのは意に沿うものではないが、地方男爵の女が望み得る相手としては、シャングリアはかなりの大物を引き当てたと言っていい。

 

 でも、なぜ、ロウという男なのだろう──?

 国王がロウのことを突然に捕縛指示を出す──。

 マルエダ辺境侯は、自分自身が集めている叛乱軍に、ロウという男を旗頭として考えている──。

 いま、王国の使者だと自己紹介をした魔女は、王太女に味方し、さらに、ユンゲルにロウの身柄を確保させて、彼の安全を確保することを手伝えという。

 すべてがロウを中心に事態が推移している?

 

 どうして──?

 

「教えてもらえますかな? そのロウという人物をどうして、皆がこだわるのでしょうか? 彼になにがあるのですか?」

 

 訊ねた。

 すると、にっこりとヴェーネが微笑んだ。

 

「彼は、これぞ英雄というお方です……。すなわち、クロノスです。でも、王太女殿下が彼にこだわるのは簡単な理由があります」

 

「簡単な理由?」

 

「つまり、王太女殿下のお腹の中には子供がいるのです。ロウ殿との……」

 

「ええっ?」

 

 ユンゲルは驚愕した。

 王太女が妊娠?

 本当に?

 つまりは、ロウ=ボルグ卿は、次の王太子の父親?

 そして、それは王太女の夫に最も近い男ということになる……。

 これは……。

 

 シャングリアは、そんな男の愛人なのだ……。

 ちょっと唖然としてしまった。

 ヴェーネが咳払いした。

 

「それよりも、具体的な相談をしましょう」

 

 そのとき、ヴェーネが机の上に小さな布袋を出し、じゃらじゃらとたくさんの指輪を出した。

 ただ、どこから出したかわからない。

 魔道か?

 しかし、収納魔道は、相当の上位魔道遣いでなければ遣えないはずだが……。

 

「……まずはモーリア家の兵を国境を越えさせて、ナタルの森からハロンドールに繋がる主要な経路を全て押さえてもらいます。そして、ロウ殿一行が通り次第に、事情を説明して、彼らを保護してください。ただ、あまり大きな動きをすると、国境警備の王軍を刺激するかもしれません。彼らは逆の立場でロウ殿を捕えようとしていますので、わたしたちがロウ殿を保護しようとしていることが知れると、阻止するように動くかもしれません。だから、これを使います」

 

 ヴェーネは卓に拡げた数十個の指輪からひとつを取り出した。

 

「それは?」

 

 おそらく、魔道具だろう。

 だが、もちろん、どんな効果があるのかわからない。

 

「口で説明するよりも、実際に見てもらうのが早いでしょう。どなたか、数名呼んで頂けますか?」

 

 ヴェーネが言った。

 言われた通りに、呼び鈴で侍女を呼んだ。

 ふたりほどやって来る。

 

「指輪をしてください」

 

 ヴェーネがふたりに指輪を渡した。

 侍女たちが指輪を嵌めると、ヴェーネがユンゲルに視線を向ける。

 

「魔道を注ぎます」

 

 次の瞬間、ふたりの侍女の姿が消滅した。

 

「えっ?」

 

 びっくりして、ユンゲルはその場で腰をあげてしまった。

 

「指輪を外してください」

 

 ヴェーネが言うと、すぐに侍女の姿が出現した。ふたりとも、指輪を外したばかりの格好だ。

 

「どうかしたのですか?」

「旦那様?」

 

 侍女たちは不思議そうな表情だ。

 なにが起きたのかわかっていない感じなので、指輪をして姿を消滅させた側には、特段の変化はなかったのだろう。

 

「どこか、身体に異常は?」

 

 ヴェーネが訊ねたが、ふたりとも、なんともないと返事をした。

 ユンゲルはふたりをさがらせた。

 

「この指輪をして、森の中に隠れてもらいます。兵の皆さんへの魔道の供給はこちら側やります。それなりの広範囲でも問題ありません。やっていただけますね?」

 

「これは驚いた──。なんということだ。これがあれば、数十人であろうとも、一万に等しい活躍もできるかもしれん。だが、あなたはここにある指輪の全部に魔道を注げるのか?」

 

 ユンゲルは言った。

 

「もちろんです……。また、ここには五十しかありませんが、二百名の動員であれば、もう百五十個は三日以内に準備します。四日目に出動ということでいかがでしょう? その程度であれば、十日分くらいの兵糧は準備があります。収納魔道で格納しているのです。それ以上になれば、補給のことをお頼みしなければなりませんが……。もちろん、兵糧の確保に必要な軍費は王太女側で後日補填します」

 

「三日? 兵糧の十日分──? 驚きました。もちろん、問題ありません。四日後に出動ということで準備をしましょう。補給も大丈夫です」

 

「では、そういうことでお願いします。現地での細かい指示はこっちのジャスランがします。彼女はとても指揮をすること慣れてます。彼女の指図にお従いください」

 

「おいっ」

 

 ジャスランが声をあげた。

 だが、ヴェーネはジャスランににっこりと笑みを向けた。

 

「あら? それとも隊の指揮はできない?」

 

「そんなわけあるか。私を馬鹿にしているのか――」

 

「ならば問題ないわね」

 

 ヴェーネが言った。

 そして、再びユンゲルに身体を向け、座ったまま頭をさげた

 

「では、男爵様、改めてよろしくお願いします……。このジャスランが四日後に来ます。彼女に従ってください。万が一、彼女が来ないときには、この話はなかったことにして、すべてを忘れてください……。……絶対です……」

 

「わかりました。お約束します」

 

 モーリアはきっぱりと言った。

 ヴィーネが“絶対”という言葉を口にしたとき、得体の知れない強烈な衝撃が心臓を掴んだような錯覚に陥ったが、すぐになくなった。

 また、気にならなくなった。

 それよりも、四日後に再来する目の前のジャスランの指揮に従う……。

 その言葉が繰り返し頭に響いている。

 彼女がやってこなければ、すべてを忘れる……。

 

「もちろんです。でも、あなたは一体全体何者ですか?」

 

 目の前の彼女がそこまでの魔道遣いという認識はなかったが、この期に及んではったりはないだろう。

 彼女は本当にそれだけの力のある魔道遣いなのだ。

 おそらく、ヴェーネというのは偽名だろうが、これほどの魔女が世に埋もれているわけがない。

 多分、すでに相当に有名な魔道遣いない。

 

「わたしですか? そうですねえ。わたしは何者ということになるのでしょう……。まあ、確かなことは、これから探していただくロウ様のことを大切に想っている女のひとりということでしょうか……。ロウ様に飼育される雌犬ですわ──。きゃっ」

 

 ヴェーネが突然に顔を真っ赤にして、無邪気な声で両手を頬にあてた。

 

「はっ、なんだ? 突然に色呆けか?」

 

 黙っていたジャスランが呆れたように言った。

 さすがにユンゲルも、すっかり呆れてしまった。



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427 人間族の魔女と女魔族(その1)

 ユンゲル=モーリアという人間族の男爵の屋敷を離れたあと、ジャスランはスクルドとともに、再び里の中心部に向かって歩いていた。

 里……といっても、ほとんど街なのだが、そこに宿があり、ジャスランとスクルドはそこを拠点にしていたのだ。

 ユンゲルは、ぎりぎりまで屋敷の客室を準備すると繰り返したが、スクルドが頑なに断り、四日後にやってくるということだけを強い言葉で告げ、一度立ち去ることになった。

 

 ジャスランは、それを見守りながら、スクルドが喋る言葉のひとつひとつに、強い暗示を込めていることに気がついていた。

 暗示を込めたのは、“四日後にジャスランが来る”──。“ジャスランの指図に従う”──。“その指示により、ロウ=ボルグを捕らえる網を張る”──。そして、“ジャスランが現われなければ、すべてを忘れる”──という幾つかの言葉だ。

 

 違和感もあり、困惑することもあったが、人間族との交渉についてはスクルドという人間族の女に任せて、絶対に口出しするなと、サキに命令をされていたので、仕方なく黙っていた。

 だが、目の前を歩くこの女が、ユンゲルに、国王でもなく、辺境候とやらでもなく、王太女に味方せよと暗示をかけていたのは、不思議であり、不満だった。

 王都にいるサキの思惑は、ロウが辺境候に与して、人間族の国王と戦を起こし、その戦に勝利して、新しい人間族の王になることだ。

 だったら、スクルドは、ユンゲルに辺境候に味方しろと強要すべきではなかったのか?

 

 サキが王太女の陣営──すなわち、王太女のイザベラ、彼女に味方するドワフ女のミランダ、神官巫女のベルズと仲違いをしたのは承知している。

 従って、ユンゲルが王太女に味方するように暗示をかけるのはおかしく、まるでサキの敵に味方をしろと告げるようなものだ。

 まあ、結局のところ、サキの指示のとおりに、ユンゲルの操るモーリア家の兵は、ロウ=ボルグの身柄を抑える手兵を出すことになったのだから、結果的には問題ないといえないこともないが、どうにもジャスランは納得できないでいる。

 

 いずれにしても、人間族の使う権謀術数というやつは、ジャスランたちのような魔族には難しい。

 白いものを白と言わず、黒くても黒くないといい、それでいて、最終的には言いくるめる。

 そうやって、人間族というのは、狡いやり方で大切なものを奪うのだ……。

 本当に人間族には、むかつく。

 

「おい、人間──。どうして、里まで歩くのだ? 朝に屋敷に向かうときには、お前の移動術で跳躍したであろう。それに、四日後にユンゲルが兵を出すなら、そのまま屋敷にいればよかった。宿に一度戻ることに固執したのはなぜだ──?」

 

 モーリア家の屋敷は、集落部分とは離れた小高い丘の上にある。

 だから、ジャスランたちが宿泊している宿屋とは距離があるのだ。

 ジャスランは、道の両脇が林に囲まれ、周囲に人影がなくなるのを待って、スクルドを呼びとめた。

 すると、スクルドが立ちどまり、道の端でジャスランに振り返る。

 

「だって、一度はちゃんと道を歩いて覚えないと、次に館に向かう時に間違ったら大変ですわ、ジャスランさん。もちろん、あなたのために歩いているのです」

 

 スクルドがにこにこと微笑みながら言った。

 ジャスランは、なぜかその笑みにむっとした。

 だが、ジャスランのために歩いているとはどういう意味だ。

 そもそも、そんな必要などない。

 

「馬鹿にしているのか、人間──。この私が道を誤るとはなんだ──。一度向かった場所だ。間違えるか──」

 

 ジャスランは腹がたった。

 だが、スクルドがかすかに首を傾げた。

 顔には、いつもの笑みを浮かべたままだ。

 本当に、あの微笑みはジャスランを苛つかせる。

 

「だけど、次はおひとりで来るのですから……。だけど……。そうですね……。ジャスランさんが必要ないというのであれば、じゃあ、終わりにしましょう」

 

 スクルドが言った。

 ジャスランは訝しんだ。

 

「待て──。ひとりとはどういう意味だ?」

 

 叫んだ。

 すると、スクルドがすっと姿勢をただした気がした。

 

「そのままの意味ですわ……。では、必ず四日後にモーリア家に戻ってくださいね。さもないと、わたしのかけた暗示は解けますので……。そうすると、サキさんのご命令に失敗することになりますものね……。それでは……」

 

 スクルドがわざとらしく大きく頭をさげた。

 移動術──?

 ジャスランは嫌な予感がした。

 すかさず、周囲に結界を張る。

 同時に、亜空間からスクルドを囲むように、魔道具を出現させた。

 八個の羽が生えているこぶし大の球体だ。

 亜空間越しだが、ずっとスクルドの周囲を囲ませていた。

 サキの命令なので、ずっと自由にさせていたが、ジャスランはこの胡散臭い人間族の女を信用したことなどなかった。

 準備しておいてよかった。

 

「まあ」

 

 結界を張ったことで、スクルドが宙に刻んだ移動術も魔道紋が消失した。

 しかし、その代わりに、ジャスランの張った結界が、それと相殺されて弾けてしまった。

 これにはジャスランもびっくりした。

 

「私の結界を魔道同士がぶつかった干渉で相殺するのか?」

 

 驚いた。

 ジャスランは、スクルドの張ろうとした魔道紋を結界で周囲を包むことで破壊させたのだが、その破壊の衝撃により、ジャスラン側の結界もまた壊れたということだ。

 これは込められた魔力量が近似しているときにのみに起きる現象であり、通常はどちらかの魔道が一方的に破棄されるものだ。

 ジャスランは、当然ながら、人間族よりも、魔族である自分の魔道力が強いと思っていたので、スクルドの魔道を中断させたことは当たり前として、その代わりに結界が砕けるとは思いもしなかった。

 すなわち、スクルドの魔道力は、ジャスランと同等程度ということになる。

 

「こちらも驚きましたわ。魔道破壊の結界が構成できますのね。もう少し、強い魔力が必要ということになりますか……。ところで、いまの魔道力はジャスランさんの限界から、どの程度の弱さなのです?」

 

 スクルドが顔に笑みを絶やさないまま言った。

 その笑顔が忌々しい。

 

「なにを考えているのかわからんが逃がさんぞ。サキ様のご命令は、ここでロウ=ボルグという人間族の男を待ち受けて、辺境侯とやらのところに連れていく……。まさか、逃げるつもりなのか──」

 

「逃げはしません。わたしはきちんと、サキさんとの約束は果たしましたよ。モーリア様をロウ様をお迎えする隊として引き込みました。彼には暗示をかけています。ジャスランさんさえいれば、ナタル森林から戻ろうとするロウ様がハロンドール王国側に現れるまで、ロウ様を見張る役目を続けるでしょう。問題ありませんわ」

 

「なにが問題ないだ──。どうも、言葉がおかしいと思ったが、最初からサキ様の命令に逆らって、逃亡するつもりだったのだな? だから、お前ではなく、私を暗示の鍵として使ったのだろう」

 

 どうにもおかしいと思ったのだ。

 スクルドがユンゲルを操るのに、魔道を遣ったのはわかった。

 だが、ずっと自分ではなく、ジャスランに従うように、あの人間に暗示をかけていた。

 しかも、最後には、ジャスランが四日後に現れなければ、暗示が解けるように操りをかけた。

 おそらく、スクルドが逃亡しても、ジャスランが追いかけて来られないようにするためだったのだろう。

 なにしろ、スクルドが逃亡したとして、ジャスランがこいつを追いかけると、四日後にジャスランがユンゲルのところに向かえなくなる。すると、ユンゲルが準備する隊をロウの見張りに使うということができなくなる。

 サキに命令に逆らうことができないジャスランには、それはできないことだ。

 

 とにかく、ずっと不自然さを感じていたのだが、サキからは、スクルドという人間族の女に交渉を任せて、絶対に邪魔も口出しもするなと念を押されていたので、ユンゲルとスクルドの話し合いのあいだは、横で我慢して黙っていたのだ。

 やっぱり、こいつは裏切ろうとしていた。

 怪しいと思っていたジャスランの勘は当たった。

 

「もう役目は果たしましたよ。あとは、ジャスランさんの仕事です。わたしはすることがありますので」

 

 スクルドは言った。

 だが、一方で周囲を回っている球体を気にもしている。

 どういう魔道具かはわからないと思うが、気味の悪さは覚えているのだろう。

 いまだに、魔道を遣おうとしていない。

 注意深く、その正体を探ろうとしているのがわかる。

 

「することとは?」

 

「もちろん、ロウ様を追いかけることですわ。ロウ様の向かった先はわかっているのです。わたしの能力であれば、追いつけますわ」

 

「“縮地の術”か?」

 

 ジャスランは言った。

 そのあいだも、対峙するようにスクルドを向き合いながら、スクルドを囲ませている球体に力を込め続けている。

 次にスクルドが魔道を遣おうとするのを待っているのだ。

 それで、ずっと気に入らなかった目の前の女を懲らしめられる。

 

 また、縮地の術というのは、ここにやって来るまで、スクルドがジャスランを運んでくれた跳躍術だ。

 移動術と似たようなものだが、このスクルドはずっと遠方に見える場所を視界に認めることで、一瞬にしてそこに辿りつくことができるのだ。

 だから、平地から見上げる山の山頂に、あっという間に移動できるし、その山頂から遠くの山の山頂、あるいは、見下ろす平地のどこにでも跳躍できてしまうのだ。

 この人間族の女が移動術を極めているというのは、認めざるを得ない。

 魔族の中でもかなりの遣い手であるジャスランも、移動術系の魔道は全く遣えない。

 得意は攻撃魔道だ。

 

「お前のことは逃がさんぞ。お前の逃亡を許すなというのも、サキ様のご命令なのだ。人間族はすぐに裏切る。逃がすと思うな。いずれにしても、お前を自由にするのは終わりだ。これからは、逃げられないように隷属をさせてもらう。やはり、人間族は信用できなかったな」

 

 ジャスランは言った。

 人間族は常にずる賢く、そして、魔族を騙す──。

 それが、魔族と人間族の歴史であり、だから、ジャスランは人間族が大嫌いだ。

 自分の血の半分がその人間族だと思うと、腹の中が煮え返りもする。

 

「サキさんを裏切りなどしませんよ。だって、友達ですから……。ところで、この球体はなんですか? どういう品物なのです?」

 

 スクルドが言った。

 全く動じていないような物言いだが、ジャスランはスクルドがかなり緊張しているというのがわかった。

 かなりの汗を顔にかきだしたのだ。

 しかし、表情には変化がない。

 ジャスランは、顔と心が一致しないという人間族の特色を改めて垣間見た気がした。

 

「サキ様のことを友達か……。それだけで万死に値するな……。それに裏切っているではないか。サキ様はお前がここを離れることを許可していない。サキ様のご命令は、モーリア家という人間族の貴族の兵を利用して、ロウ=ボルグを見張る罠を張ることだ」

 

 ジャスランは言った。

 もちろん、スクルドを囲む魔道具の正体を説明するわけもない。

 

「罠など……。ロウ様をお迎えする兵ですわ。それに、ジャスランさんは間違っていますわ」

 

「間違い?」

 

 ジャスランはきょとんとした。

 

「ここでロウ様を見張る兵を準備するように命じられたのは、ジャスランさんですよ。わたしはご協力はするとは告げたつもりですが、一度だって、命令をされたつもりはありません。だって、わたしとサキさんは対当ですもの。お互いに同等ですわ」

 

 スクルドはくすくすと笑った。

 ジャスランはかっとなった。

 

「サキ様と対当なものなどいるか──。サキ様は妖魔将軍とも称され、眷属の数は一千とも二千とも数え、亜空間を操り、私たち追放された魔族を導き……」

 

「わたしも、サキさんもロウ様の性奴隷です……。対当です」

 

 スクルドがジャスランの言葉を遮るようにきっぱりと言った。

 ジャスランはかっとなった。

 言葉を中断されたのもそうだが、サキが人間族の性奴隷?

 妖魔将軍のサキがあの人間族を気に入っていることは確かだが、それは限られた期間の気紛れのようなもので、サキが人間族を飼育しているようなものだと思っている。

 ところが、この人間族の女は、サキが人間族の男の奴隷だと言ったのだ。

 許せない……。

 

「まだ、サキ様を愚弄するのか──」

 

「ですから、対当ですし、裏切りではありません。わたしは、サキ様に協力を申し出ましたが、ロウ様を追いかけないとは言っていません。わたしは最初からそうするつもりでしたし」

 

「そうするつもりだった──? やはり、裏切りではないか──。サキ様にはそう言わなかった。私はその場にいたのだ。お前はここを去るとは言わなかった。サキ様に嘘をついたのだ」

 

「言わないということは、ただ言わなかったということだけで、嘘ではありません」

 

 スクルドは微笑んだまま言った。

 ジャスランはもう我慢ならなかった。

 亜空間から剣を抜いて突っ込む。

 スクルドが横に跳んで、林の中に逃げ込んだ。球体もついていく。

 

「待て――」

 

 追いかける。

 あっという間に追いつく。

 樹木にゆく手を阻まれたスクルドがさっと振り返って、身構えるのがわかった。

 

「きゃああああああ」

 

 次の瞬間、スクルドが絶叫してその場に倒れる。

 スクルドを囲ませていた魔道返しの球体群の効果だ。

 これを待っていた。

 あれらは、囲んでいる空間に魔道発生の揺らぎを感知すれば、魔道紋を破壊して、それを無効化するのみではなく、吸収した魔力を中心に向かって、電撃として飛ばす。

 強い魔道ほど、強い電撃が浴びせられるというわけだ。

 つまりは、スクルドは魔道を遣おうとして、球体に魔力を電撃として反射され、ひっくり返ったということだ。

 

「さて、どうしてやろうか」

 

 ジャスランは、牽制のために使った剣を亜空間にしまうと、まだ電撃で痺れて動けないスクルドの手首と足首に、次々に魔道封じの輪を嵌めていく。

 これで、こいつは魔道を遣えない。

 

「こ、これは……」

 

 スクルドが困惑して声を出したが、まだ弛緩から抜け出せないのがせか、抵抗はない。

 最後に隷属の首輪を嵌めてやる。

 もっとも、魔道封じはすぐに効果を発揮するが、隷属の首輪は、この女の心が屈服しないと効果を発揮しない。

 だから、これからどうやって、屈服させるかだ。

 

「や、やられました……。魔道反射の魔具ですね……。困りましたね。あなたが操っているものですね……? だったら、あなたを先に気絶させるべきでした。そうすれば、球体に力を注げなくなり、効果が消えるのに……」

 

 倒れていたスクルドがやっと、よろよろと上体だけ起こす。

 

「なにが先に気絶させるだ。確かに私が意識を失えば、魔道反射の球体は力を失うがやってみるんだな」

 

 ジャスランはスクルドの前にしゃがむと、スクルドの襟首をつかんで、顔を引き寄せた。

 

「きゃっ」

 

「さて、とりあえず、屈服してもらうか。二度と逃げられないように隷属させてやる。サキ様を裏切ろうとした罰だ。覚悟しろ」

 

「裏切りなどしませんのに……。最初からわたしは、サキさんと組んだ覚えはないと言っているではありませんか……」

 

「まだ言うか──」

 

 この女の頬を引っぱたこうとした。

 十発ほど殴れば、多少は心が折れるだろう。

 

 そのときだった。

 突然としてスクルドに首に抱きつかれて、口づけをされた。

 

「んっ、んんっ?」

 

 なにかが口に入ってきた。

 思いもしなかったスクルドの行為に、反応することができなかった。

 口移しで液体を口の中に注がれているのだと悟った。

 跳ね避けようとしたが、すごい力でしがみついてくるし、得体の知れない液体を飲み込んでしまうと、それで身体が急速に弛緩してしまった。

 ジャスランは砕け崩れた。

 

「……歩きだす直前から、薬液の入った小さな袋を口の中に入れていたんです……。ただの薬では効かない可能性を考えましたが、ロウ様仕込みの強力な媚薬には対応できないと思いました。やっぱりですね。こんなものしかなくてごめんなさい」

 

「な……なん……れ……?」

 

 舌が痺れて、うまく動かない。身体もだ。

 ジャスランは愕然とした。

 

「だけど、本当に、ロウ様のお薬は無敵ですね……。ふふふ……。ロウ様からの預かりものはたくさんあります。この媚薬もそれのひとつですわ」

 

 スクルドは倒れてしまったジャスランの上から顔を出した。

 その顔は赤い。

 かなりの汗もかいていて、まるで酔っているように見える。

 

「あ、あなたの口に注ぐとき、わ、わたしもちょっと、媚薬に舌を触れさせました……。そ、それで、これですから、大部分を飲んだジャスランさんはしばらく動けませんよね……。それに、そろそろ効いてきたのでは……?」

 

 スクルドの顔は上気していて、表情もとろんとして妖艶さを感じる。

 だが、それよりも、身体が苦しい。

 とてつもなく、熱い……。

 なんだ、これは……?

 全身が……疼く……。

 股間が……。

 乳首が……。

 痛いくらいに……。

 痒い……?

 

「な、なんら……これ……?」

 

「ごめんなさいね、ジャスランさん。でも、あなたほどの魔族の女性を昏睡させる毒は持ってないんです。多分、効かないと思ってました……。だから、ロウ様からお預かりしている淫具の中から、強力媚薬を使わせてもらいました」

 

「ば、ばかな……」

 

「できれば、わたしの周りに浮かべた球体を排除してもらえますか? ジャスランさんの魔力で浮かべているものですよね。だったら、ジャスランさんが魔力を解除すれば効果を失いますよね?」

 

「ふ、ふざけるな……。逃がすか……」

 

 魔力反射の魔道具を解除すれば、あっという間に逃げるに決まっている。

 絶対に逃がさない。

 サキから言われているので殺しはしないが、ユンゲルのところに戻るまでの期間、死んだ方がましな目に遭わせてやる……。

 

「だったら、申し訳ありませんが、気絶させていただきますね。あなたが跳ばした反射具は、ジャスランさんが意識を失わないと、わたしの周りから外れないタイプのようですし、だからといって、わたしが魔道を遣うと、電撃が飛びますし……。ならばこうするしかないでしょう……」

 

 スクルドがなにかを言っている。

 だが、頭に入ってこない。

 それよりも、全身が熱い。

 身体が疼く。

 しかし、手足が弛緩して動かない……。

 

 魔族である自分が人間族の作った毒でやられる可能性など考えなかった。

 しかも、媚薬だと?

 とにかく、毒消しを……。

 ジャスランは魔道を遣おうとした。

 

「させませんよ」

 

 その瞬間、倒れているジャスランの服の上から無造作にスクルドがジャスランの胸を愛撫した。

 

「ひああっ」

 

 その瞬間、ジャスランの中でなにかが弾けて、あられもない声が口から迸った。

 刻みかけていた魔道も中断されてしまう。

 

「……電撃と引き換えになりますが、ジャスランさんの口に、もう一度媚薬の球体を飛ばします。大丈夫ですよ。こうやって、ジャスランさんにも電撃を受けてもらいますし……」

 

 スクルズががばりと仰向けに寝ているジャスランに全身で覆いかぶさった。

 目を丸くしたが、口を手で押さえられる。

 口の中に球体が発生して、ジャスランの口が大きく膨らむ。

 

「んぎいいいい」

「うわああああ」

 

 電撃が襲い掛かった。

 スクルドが魔道を遣ったために、反射具の球体がスクルドに電撃を飛ばしたのだ。だが、身体を密着しているジャスランにも、その電撃が襲い掛かった。

 

「んぐううう」

 

 それとともに、口を噛みしめてしまい、球体が破れて、一気に大量の液薬が喉の奥に入ってきた。

 吐き出そうと思ったが、それができないようにスクルドがジャスランの口を押えている。

 

「んふううう」

 

 数瞬後、頭の芯が弾けて、全身が痙攣した。

 股間からなにかが噴き出したのがわかった。

 

「あっ、あっ……。きょ、強烈ですね……。か、身体は……ど、どうですか……?」

 

 まだ全身が痺れて動けなさそうなスクルドがジャスランのズボンの股間をすっと手でなぞった。

 

「んはああ」

 

 およそ、自分の声とは思えないような甘い声が迸る。

 スクルドがさらに股間を揺するように動かす。

 

「こ、こんなのもあります……。媚薬と一緒に亜空間から取り出しました。これもロウ様の淫具です」

 

 棒のようなにかを胯間に押し当てられた。

 それがなんなのか確かめる間もなく、その棒の先端が左右にうねりつつ、激しく振動を始めた。

 

「ひ、ひいいい」

 

 衝撃が襲った。

 そして、なにも考えられなくなり、信じられないほどに簡単にジャスランは絶頂を極めてしまった。



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428 人間族の魔女と女魔族(その2)

「ふふふ、わ、わたしも変な気分になりそうです……。だ、駄目ですね……。わ、わたしも……、こ、このところ……、と、とても変で……。とにかく、ロウ様がいなくて……。ご、ごめんなさいね……。でも、わたしも、どうしてもロウ様のところに行きたいんです。お、大人しく、気絶してください……」

 

 スクルドが訳のわからないことを口走りながら、ジャスランのズボンの腰紐を解いて、膝まで引き下ろし下着を露出させた。

 さらに、その腰紐を縄代わりにして、ジャスランの両手首をまとめて縛り、頭上にあげさせて、そばの木の幹に括りつけてしまった。

 

「や、やめろ──。こ、殺す、ぞ──んふううっ」

 

 顔面にこぶしを叩きつけて、抵抗しようと思うが、強引に服用させられた液薬のために、まったく力が入らない。

 しかも、全身に虫でもたかっているかのようにくすぐったいし、触られる場所のすべてで得たいの知れない熱い衝撃のようなものが走り、そのたびにおかしな声が口から迸る。

 しかも、抵抗しようとすると、さっきの振動する棒状の道具をぐいぐいとジャスランの股間に押しつけてくる。

 そのたびに、電撃のような気持ち良さが襲い掛かり、ジャスランは痺れている身体を限界まで反り返らせることしかできなかった。

 そのあいだに、スクルドに身動きできなくされてしまったのだ。

 

「気持ちいいですか……。さすがはロウ様の媚薬ですね……。ああ、こうやっているのが、ロウ様とご一緒だったら……」

 

 スクルドがジャスランの膝の上に跨って、完全に体重を預けるようにしてきた。

 普段の状態であれば、なんでもなく身体を跳ね返せるが、いまのジャスランはこれだけで身動きできなくなる。

 

「は、離せ、へ、変態──。お、お前、ば、ばかか──、あ、あああっ」

 

 悪態を突こうとするが、振動のする棒を股間に押しつけられて、灼けるような感覚が舌先をはじめとする全身を痺れさせる。

 それにしても、痒い──。

 スクルドにいじられている股間には名状しがたい疼きとともに、猛烈な痒みが襲い掛かっているし、胸も千切れるほどに痒い。

 

 お尻も──。

 なんなんだ、これは──?

 気が狂いそうだ。

 

「こ、こんなに濡れてますね……。ロウ様の媚薬は気持ちいいですよね……。わ、わたしも、何度もこれを飲まされて、ロウ様に抱かれたんですよ……。女の気持ちいいところがとても痒くなるんです……。とても敏感になりすぎて……。そんな風にして、ロウ様はわたしたちを抱くんです……。素敵ですよね……。さあ、ロウ様はおられませんが、どうか一緒に……」

 

 スクルドはまるで酔っぱらっているかのようだ。

 すると、馬乗りになっているスクルドが、今度は身体を覆いかぶさるようにして、ジャスランの全身をスクルドの身体全体で上下に愛撫する。

 ただでさえ、熱かった身体が堰を切ったようにざわめく。

 さっきの衝撃が再びせりあがってくる。

 振動する棒がクリトリスにぐいと当たって、揉み動かされた。

 

「はああああっ」

 

 ジャスランはまたもや気をやってしまった。

 全身が脱力する。

 気持ちいい──。

 

 腰から背筋にかけて骨まで痺れきる。

 蕩けだすような強烈な感覚に包まれる。

 なにも考えられない。

 快感で身体が千切れそうだ。

 

「ロウ様があらかじめ力を込めていたので、この淫具は魔道がなくても動くんですよ……。素敵ですよね……。でも、ロウ様だったら、もっともっと気持ちよくさせてもらえるんですけど……。だ、だから、せめて、ロウ様が一緒だと想像してください……。わ、わたしも、そうします。ああ、本当に気持ちいいですね……。ロウ様──、ああ、ロウ様──」

 

 スクルドが全身を使った愛撫を継続しながら、上ずった声をあげ続ける。

 それにしても──。

 

 ジャスランは心の底から呆れてもいた。

 なんなんだ、こいつは──。

 

 さっきから、ここにはいないロウという男の名を呼び続けながら、完全に常軌を逸した感じだ。

 想像だが、おそらく、こいつはジャスランを性的に責める一方で、自分自身も、ロウという男に責められているような気分になっているに違いない。

 どうでもいいが、とんでもない変態巫女だ。

 人間族の巫女というのは、敬虔な信仰心で心も身体も清らかにするものだと耳にしていたのに、この女は信じられないくらいに淫らでいやらしい。

 

「い、いいかげんにしろ……、あ、ああああっ」

 

 しかし、スクルドの愛撫で、またもやジャスランは快感を暴発させられそうになった。

 ジャスランは、噴き出している汗をまき散らしながら、白蛇のように身体をうねらせる。

 

 そのときだった。

 スクルドが淫具を持っていない側の手がジャスランの喉にかかったのだ。

 そして、ぐいと喉を強く押された。

 ジャスランの息がとまる。

 

「あがっ、がっ、あがっ」

 

 ジャスランは身体を暴れさせた。

 しかし、股間の愛撫は続いているので、力は相変わらず入らない。

 息が……。

 死ぬ──。

 

 ジャスランに恐怖が襲う。

 スクルドは喉を押し続ける。

 完全に気道を押さえている。

 もがくが手を外してくれない。

 息ができない。

 

 すっと意識が遠くなる。

 殺すのか?

 ここで殺されるのか──?

 

 頭が白くなる。

 息が……。

 すると、喉にかかっていた手が緩んだ。

 

「ぐはっ、ぷはああっ、ごほっ、ごほっ、ああああっ、んはあああっ」

 

 激しく息をする。

 それとともに、身体が無防備になり、呆気なく三度目の絶頂をしてしまった。

 

「もう一度しましょう。苦しいけど、気持ちいいですよね……。もう一度ですよ……。ロウ様にされていると思って……」

 

 絶頂の余韻も与えられないうちに、スクルドがまたもや喉を押して気道を遮断した。

 

 どうでもいいけど、さっきから、ロウ様、ロウ様と──。

 会ったこともないような人間族の男など、想像できるかと罵倒したいが、声は出ない。

 いずれにしても、おそらく、この変態巫女にとっては意味のある言葉なのだろう。

 

 どうでもいいが、息ができない。

 苦しい……。

 またもや意識が……。

 

 一方で、股間の愛撫は続く。

 気持ちいい……。

 

 なにも考えられない。

 なにかが襲い掛かる。

 

「んはああああ」

 

 ジャスランは吠えた。

 スクルドがジャスランの窒息の限界寸前で手を緩めたのだが、その瞬間に達していた。

 

 頭が朦朧とする。

 

 そして、気道をとめられる。

 快感が昇ってくる。

 

「ああああっ」

 

 呼吸の再開を許される。

 

 またしても、絶頂をした。

 

 同じことを五回やらされた。

 

 ジャスランは音をあげた。

 

「も、もう許して──。ま、魔具を外す。外すから──」

 

 息をとめられる寸前にジャスランは叫んだ。

 スクルドが喉を押しかけていた手を脱力させるのがわかった。

 ジャスランは気力を振り絞るようにして、制御していたスクルドの周りの魔道反射球から魔道を解除した。

 魔具が亜空間側に引っ張られて収容される。

 だが、代わりに手の中に別の球体を亜空間から出現させた。

 小さくうずらの卵ほどの大きさであり、拳に握っていれば簡単に隠せる。魔道反射球と入れ替えだったので、スクルドもジャスランが新しくなにかを亜空間から取り出したのはわからなかったみたいだ。

 訝しむ様子もない。

 ジャスランはほっとした。

 同時に、こいつは絶対に許さないと思った。

 

「やっとわかってくれたんですね。う、嬉しいです……」

 

 スクルドが淫具を引きあげるとともに、ジャスランに馬乗りの状態のまま身体を起こした。

 ジャスランはほっとした。

 

 しかし、すぐにはっとした。

 スクルドの愛撫がなくなった途端に、胸や局部の痒みが襲ってきたのだ。

 知らず、ジャスランは右に左にと顔を振っていた。

 あまりの痒みに身体が震える。

 

「あ、ああっ、な、なんだ、これ──」

 

 ジャスランは暴れた。

 

「あらあら……。仕方ありませんね。ロウ様の媚薬ですもの……。愛撫をやめたら、死ぬほどの疼きと痒みが襲うんです。それから逃れるためには、気を失うまで感じ続けるしかないんです。ご、ごめんなさいね……」

 

 スクルズが申し訳なさそうな口調で言った。

 だが、ジャスランはそれどころじゃない。

 死にそうなくらいに痒い。

 ジャスランは悲鳴をあげた。

 

「あああ、ほ、解け──。て、手を解けええ、ああああっ」

 

 ジャスランは身悶えした。

 とめようと思っても駄目だ。

 歯を噛みしめる。

 その歯がかちかちとなる。

 知らずに腰がうねる。

 ジャスランは、首を限界まで振りながら、スクルドが喉にかけていた手に噛みついた。

 思い切り歯を喰い込ませる。

 

「いたあああっ」

 

 油断していたスクルドが手を押さえて絶叫した。

 その血がぽたぽたとジャスランの顔や首に落ちる。

 

「解けって、言ってんだろう──。ほどけええっ、ああああっ」

 

 ジャスランは暴れまわった。

 スクルドがやっと身体がおりる。

 

「はあ、はあ、はあ……、では、わたしは行きます……。追いかけてはいけませんよ……。ジャスランさんの仕事は……モーリア男爵様の手兵を使って、ロウ様を出迎える態勢を作ることです。追いかけてきたら、サキさんの命令に背くことになりますからね」

 

 立ちあがったスクルドが服装を整えながら言った。さっきの傷は、すでに治療しているみたいだ。

 しかし、言葉の半分も入ってこない。

 痒みはもう痛いまでに襲い掛かっている。

 

 毒消しの魔道を──。

 

 ジャスランは自分の身体に毒を抜くための魔道をかけた。

 しかし、効果がない。

 ずきんずきんと身体の芯を突きあげる痒みは、強烈にジャスランを襲い続ける。

 

「ふふふ……、ロウ様の媚薬に魔道は通用しません。どんな毒消しの薬液も……。ロウ様の媚薬は、ロウ様にしか癒せませんよ……。これが媚薬を抜くロウ様の薬液です。ここに置きますね」

 

 スクルドが液剤らしきものが入った小さな瓶をジャスランの身体から少し離れた場所に置いた。

 まさかとは思うが、こいつこのままで……?

 ジャスランは総毛だった。

 両手はまとめて木の幹に括られ、ズボンは膝までさげられている。そして、露出している下着は何度も気をやったせいでぐしょぐしょだ。

 この恰好で放置など、ふざけるなと思った。

 

「ま、待てええええ」

 

 ジャスランは叫んだ。

 だが、次の瞬間、スクルドの身体は、遥かな遠方に移動して小さくなっていた。

 縮地の術だ。

 そして、次の一瞬で完全に見えなくなった。さらに先に進んだのだと思う。

 

「あ、あの女ああああっ、あああっ、か、痒いいいい、死ぬううう──」

 

 ジャスランは暴れまわった。

 やがて、かなり苦労して腕を解き、小瓶を手に取って一気に飲み干す。

 騙しているのではないかと顧みることもできなかった。

 もう限界だったのだ。

 液剤が喉の奥に入っていくと、嘘のように身体が楽になる。

 ジャスランはやっと落ち着くことができた。

 

「……ぜ、絶対、いつか同じ目に……」

 

 ジャスランは激しく息をしながら、手に隠していた「洗脳球」を表にした。

 スクルドに嬲られて気をやりながらも、スクルドの魔道波をこの洗脳球に染み込ませるということをやっていたのだ。

 これはいわゆる闇魔道の魔道具であり、魔道遣いの波動を覚えて、遠隔でその魔道遣いの身体に勝手に命令を与えることができるという操り具だ。

 人族であろうと、魔族であろうと、身体を動かす指示を出しているのは、頭の中にある「脳」と呼ばれる部位であるらしい。この洗脳球は、本来の脳からの指示を遮断して、この球体から出される指示を頭からの指示のように変えて、相手の身体に送り込むという道具なのである。

 そして、スクルドの魔道波を球体に染み込ませた。これで、あいつを人形のように動かせる。

 今度遭ったら、必ずこれを使って、仕返しをしてやる。

 

「殺す──。いや、半死半生に……。あいつも、あいつの仲間も……どいつもこいつも……殺してやる……」

 

 ジャスランは怨嗟の言葉を呟きながら、まだ残っているスクルドの血を洗脳球に擦り付ける。

 血を洗脳球に覚えさせるのが、最後の仕上げだ。

 洗脳球が完全にスクルドの波動を覚えた。

 これで完成だ。

 あの変態女め……。

 必ず仕返しを……。

 

 ジャスランは立ちあがり、びしょびしょになった下着を替えるために、ズボンとともに下着を足首から抜いた。

 

 

 *

 

 

「……よくわからないけど、そのジャスランという魔族女がご主人様をナタル森林の出口で兵を連れて待っているということね?」

 

 コゼは言った。

 エランド・シティの下層地区にあり一軒の空き家だ。

 コゼとイライジャとスクルズ改め「スクルド」は、その空き家でお互いの情報を交換し合っているところである。

 

 コゼたちがどういう状況であるかは、簡単にスクルドには説明した。

 ……といっても、ロウたちがいま現在、どうしているのかという情報はコゼは持っていない。

 ただ、あれだけ騒がしかったエルフ兵の捜索隊が、いまはまばらな状態にまで減っている。

 ロウやエリカたちは、もしかしたら捕らわれている可能性がある。

 コゼは焦っていた。

 

 しかし、イライジャがまず先に情報交換をすべきというので従ったのだ。

 まあ、確かに、もしも、ロウが捕らわれているとすれば、ちょうどいいときにやって来た、この変態巫女の魔道の力が必要だ。

 コゼひとりが捜しまわっても、捕らわれて終わりだ。

 だが、この魔女がいれば、大抵のことはできる。

 

「そ、そうですね……。ちょっとした諍いもありましたが、まあ、最終的には円満に別れてきました。サキさんのご命令で、ロウ様の身柄を早く確保したいということで、兵を動かすことになったんです。国王がロウ様の捕縛命令を出してますから……」

 

 スクルドが言った。

 あのルードルフ王がロウの捕縛命令を出したというのは、真実だということは、いまスクルドの口から教えられた。

 驚いたが、それに反対しているアネルザとイザベラが王の指示で王宮から出されたということも知った。

 あの無能の王がそんな過激なことをするというのがぴんとこなかったが、まあ、スクルドが言うのだから、真実なのだろう。

 だが、なんとなく、この女は大切なことを隠しているような気もする。

 

「だけど、なんでそんなことに? それと、王妃様や王太女様は大丈夫なの?」

 

 イライジャが口を挟んだ。

 コゼもイライジャも、スクルドが予備で持っていた服を貸してもらい、いまはやっと身なりを整えることができている。

 そうでなければ、ずっと半裸で動き回らなければならないところだった。

 

「とりあえず、問題ありませんね。皆さま、ノールの離宮に避難しておられます。あっちは問題ないかと……」

 

 スクルドがにこにこと微笑みながら言った。

 だが、スクルドとも長い付き合いになりかけているので、この女の微笑みの下のわかり難い感情も、コゼには少しはわかる。

 なにかを隠している……。

 そう思った。

 

 さっきも、「ちょっとした諍い」という言葉だけで、ジャスランと袂を分かったことについて説明したが、もしかしたら、なにかやったんじゃないだろうか。

 褐色エルフの里で情報を集めたときのことも、ちょっと頼んで詳しく教えてもらっただけだと言ったし……。

 だが、あの排他的そうなエルフの里が人間族のスクルドを普通に相手するわけがない。

 きっと、そこでもかなり強引なことをしたのだと思う。

 まあ、想像だが……。

 

「それで、ご主人様に捕縛命令が出た理由は? ご主人様が王妃様や王太女様を性奴隷にしているのがばれたの?」

 

 ロウに捕縛命令が出たとすれば、理由はそれくらいだろう。

 コゼの言葉にスクルドは大きく頷いた。

 

「そういうことになるのでしょうか……。きっかけは、イザベラ様とアンさんが妊娠したことがわかって……」

 

 スクルドが言った。

 

「妊娠──?」

 

 コゼはびっくりした。

 

「ええ、ええ……。それで、ちょっと長い話になるのですが……。とにかく、色々とありまして……」

 

「ロウの子供? 驚いたわ──。本当のこと?」

 

 イライジャも口を挟んだ。

 

「本当です。それで怒った王陛下が……。まあ、だけど、どうやらその怒りもタリオ公国の謀略による洗脳魔道によるものだったみたいですけど……。それがきっかけに、アネルザ様とサキさんが政変で国王を失脚させようともくろみ、ミランダは逮捕されてギルドから追放され、わたしは死ぬことになり、だけど、ベルズとサキさんが園遊会のことで大喧嘩して……。とにかく、ややこしいので、ロウ様の前でご説明します。いずれにしても、ロウ様を見つけましょう。ロウ様に会いたいですし……。きっとお怒りになると思いますから、わたしに折檻を……。ああ、愉しみです……ふふふ……」

 

 すると、スクルドが早口で喋り出した。

 コゼはまったく意味がわからなくて首を傾げた。

 

 

 

 

(第29話『【追跡行】女魔道遣いの旅』終わり、第30話『捕らわれた淫魔師』に続く)



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 第30話  捕らわれた淫魔師
429 魔眼が効かない男


「二本目を右だ──」

 

 前を走るノタージュが後ろを振り返ることなく怒鳴った。

 見た目は老人だが、なかなかの速さである。

 一郎とエリカは、それを追いかけるように走る。

 

 エランド・シティの下層地区である。

 もうすぐ夜も明けると思うが、空はまだまだ真っ暗だ。どういう仕掛けになっているかわからないが、下層地区を見上げても、上層地区は見えずに、視界にはいるのは夜空だけである。

 そして、下層地区のあちこちにエルフ兵が出動していて、上空からも監視のための機械の鳥のようなものが動き回っている。

 とにかく、大変な状況だ。

 

 走っている一郎の左手首には金属の枷が嵌まっていて、鎖でエリカの首につけられた金属の首輪に繋がっている。

 一郎の意思なしには、どんな手段でも、外すことも切断することもできないように、一郎の淫魔術とミウの魔道で二重の結界を施しているものだ。

 だが、こんなものを準備しているのは、軍に捕らわれたと予想されるコゼとイライジャを救出するために、一郎はエリカとともにわざと彼らに捕らわれるつもりだったからだ。

 だから、エルフ兵に捕らわれたときに、離れ離れにされないためにしたのだ。

 しかし、思わぬ救出者が登場して、こうやって逃亡を再開することになった。

 

「……ロウ様……?」

 

 エリカが走りながら、一郎の顔を見る。

 このまま、見知らぬ男についていっていいのかどうか、一郎の判断を仰いでいるのだろう。

 一郎も走りながら迷っている。

 都合のよすぎるタイミングで突然に出現した男──。

 しかも、ノルズの手の者だという。

 

 ノルズ……。

 

 一郎が淫魔術で性奴隷の刻みをした女の中で、唯一自分の意思で一郎の前から消えた女だ。

 スクルズたちの神官学生時代の友人であり、三人揃って王都の筆頭巫女に出世したスクルズ、ベルズ、ウルズとともに、一時は百合の関係になったくらいの大親友だったが、素行や家庭に問題があり、神殿を出奔し行方不明になっていたとのことだ。

 だが、すでに筆頭巫女になっていた三人の前に現れ、三人の身体に魔瘴石を仕込んで、王都を混乱に陥れようとする陰謀を企んだ。

 しかし、それについては、ギルドのクエストとして、その事件に関与した一郎たちに阻まれた。

 そのとき、ノルズには、任務に失敗したときに、情報を漏洩しないように死んでしまうように「死の呪い」にかけられていて、一郎は呪いを解くために、強引に淫魔術で支配し、そのため、ノルズは一郎の淫魔術で支配されることになった……。

 だが、淫魔術で心を刻まれながらノルズは逃亡した。

 

 その理由も、どこに逃げたのかということも一切が不明だった……。

 しかし、そのノルズの名が突然に出てきた。

 こいつは、何者だろう?

 一郎は駆けながら魔眼を使った。

 

「えっ?」

 

 だが、びっくりした。

 魔眼で彼のステータスを読もうと思うと、いきなり電気が走ったような感覚が襲って、魔眼が遮断されたのだ。

 そんなことは初めてだったので、かなり驚いた。

 もう一度やった。

 今度は、魔眼の発動に合わせて淫魔力を大量に注ぐ。

 

 

 

 “ノタージュ(***)

  **族、男

  年齢:***歳

  生命力:***

  魔動力:****

  攻撃力:**”

 

 

 今度は弾かれなかったが、ほとんど情報は入ってこない。

 こんなことは初めてなのでびっくりした。

 そのとき、突然に前を走っているノタージュが振り返った。

 

「お前らは、ここを曲がって、食材倉庫を管理しているコーロフを頼れ。人間族だ。信用できる――」

 

 ノタージュがそう怒鳴ってから、一郎たちに曲がれと告げた辻で曲がらずに、そのまま真っ直ぐに駆けていった。

 どうするべきだろうかと迷ったが、ノタージュが向かった正面から、エルフ兵の隊員が真っ直ぐに走ってくるのが見えた。

 一郎はエリカとともに、咄嗟に角を曲がる。

 彼らが一郎たちに気がついたかどうかはわからないが、ノタージュが真っ直ぐに向かった方向で、そのノタージュの怒鳴り声と、エルフ兵たちの甲高い罵り声が聞こえ始めた。

 一郎はエリカとともに、それを背中側から聞きながら、喧噪の場所から離れていった。

 

「エリカ、剣を手放すなよ」

 

 一郎はひと言添えると、エリカの首についていた首輪に淫魔力を注いで外す。同時に自分の腕に嵌まっていた枷も外したので、ふたりを繋いでいた鎖はがちゃんと音を立てて地面に落ちる。

 

「剣ですか?」

 

 不意に首輪を外されて、当惑したエリカだったが、すぐに顔を引き締めた。

 一郎の意図する意味を理解したようだ。

 走りながら横を見ると、エリカはすでに、戦う者の顔になっている。

 やがて、目の前に大きな建物が現われた、

 そこが、さっきノタージュが言及したコーロフという男が管理している食材倉庫だというのは、すぐにわかった。

 そこにはひとりの老人がいた。

 一郎は、またもや魔眼を使った。

 

 

 

 “***(***)

  人*間*族**、男

  年齢:***歳

  生命力:***

  魔道力:****

  攻撃力:**”

 

 

 

 やっぱり頭に入ってくる情報が不自然だし、なにもかも隠されている。

 さっきのノタージュといい、このコーロフといい、なぜかまともに魔眼が通用しない……。

 

「……ノタージュという男から、こっちで匿ってもらえると……」

 

 一郎はとりあえず言った。

 

「ロウ様──」

 

 そのとき、エリカが横で怒鳴った。

 一郎は振り返った。

 まだ、姿は見えないが、背後からエルフ兵が近づいてくる気配がする。

 もうすぐ、ここにやってくるだろう。

 

「わかっている。中だ。急げ」

 

 老人がしわがれた声で言った。

 

「倉庫の中にですか?」

 

 一郎ははっとした。

 

「心配ない。この倉庫は上層地区に運ぶ食料が集めてある場所だ。中には上層地区に向かうチューブがある。それで上層地区側の倉庫に隠れる」

 

「あんたは?」

 

「コーロフという。話は後だ。とにかく、中に行け」

 

「コゼとイライジャは?」

 

「それも後だ」

 

 訝しむものがあった。

 もう一度魔眼を……。

 

 

 

 “コーロフ(***)

  人間族**、男

  年齢:***歳

  生命力:***

  魔動力:****

  攻撃力:**”

 

 

 

 今度は、名乗った名だけが出た。

 しかし、やはり偽名だ。

 とにかく、一郎は、エリカを促して、倉庫の中に入った。

 コーロフは入ってこない。

 ふたりだけで倉庫の中に隠された。

 

 中は薄暗い。

 食料が入っていると思われる大きな箱がたくさん積み重ねられている。台車のようなものもあつこちにあった。

 すぐに、外からがちゃりと鍵が閉められた音が響いた。

 

「どうしますか、ロウ様?」

 

 エリカが不安そうに言った。

 

「様子を見よう」

 

 少しだけ考えてから、一郎はそう決断し、そのまま床に座る。

 エリカがそっとその横に寄り添うように腰をおろしてきた。

 

 

 *

 

 

 どのくらい経ったからだろうか。

 一郎は、エリカとともに、奥側の箱に背もたれて床に座っていたが、音が響いて、外から誰かが入ってきた。

 

 隣にいるエリカが無言で剣に手を動かす。

 誰かが入ってくる。

 やってきたのは、ひとりだ。

 

 真っ直ぐに一郎たちのところにやって来ると、緊張をしている一郎の前に、そいつがひょいと顔を出した。

 

 ノタージュだった。最初に出会った男だ。

 最初に遭ったときよりも、目に見えて怪我をしている。

 シャツはぼろぼろだし、赤や紫の痣が顔についている。

 片目のまぶたは、腫れあがっていて、すっかりと彼の片目を塞いでもいた。

 

「連中は、とりあえず近くからは去ったぜ。だが、すぐにやって来るかもしれん。やはり、上に行こう。連中は兵だ。物流のことなんて、なにも知らねえよ。ここにある上層地区へのチューブは、荷を運ぶためのもので、人を運ぶものじゃねえんだ」

 

「その怪我は?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「なにっ? ああ、どうということねえ……。とにかく、連中はこの倉庫のことを気にしてない。しかし、荷を上にあげるものなら、人だって運べる。しかし、誇り高いエルフの連中は、荷物用のチューブで上にあがるなんて、常識外れだしな。だから、ここは眼中じゃねえのさ」

 

 ノタージュはくすくすと笑った。

 

「ねえ、あんた、コゼとイライジャはどこ?」

 

 ずっと黙っていたエリカが口を挟んだ。

 

「上だ。一緒に来い」

 

 ノタージュがなにもない床に手をすっとかざした。

 次の瞬間、床に白い紋様が浮かびあがった。

 

 転送門だ。

 一郎はとっさに思った。

 

「紋様の中に入ってくれ。上層地区の倉庫側に移動するが、向こうの安全は俺が保証する。さあ……」

 

 ノタージュが白い紋様に向かって進みながら、一郎たちを促した。

 だが、さすがに、躊躇ってしまって、すぐには動けなかった。

 エリカも、不安そうに一郎を見ている。

 すると、紋様の前で振りかえったノタージュが肩を竦めた。

 

「あんたの気持ちはわかるがな。だが、俺たちを信用していいんじゃないか? 俺はあんたらをエルフ兵から助けてやったぜ」

 

「だから、怪我したの?」

 

 エリカだ。

 

「まあな。時間を稼ぐためだ。だが、俺が連中の探している相手でないことは明らかだ。やつらにできるのは、俺を八つ当たりに殴るだけだしな。まあ、こんなものだ」

 

 ノタージュが笑みを浮かべて、傷のついた顔を歪める。

 

「もちろん、感謝してますよ」

 

 一郎は言ったが、どうしても声に温かみを乗せることはできなかった。

 この男は怪しい。

 限りなく怪しい。

 突然に出現したこの男を簡単に使用するほど、一郎も甘くはなれない。

 

「……だが、感謝なんてしてねえって顔だぜ。さっきも言ったが、俺たちはノルズ様の手の者だ。エランド・シティに、あんたらが現われるようなら、なんとしても力になるように命令をされている。まあ、エルフ兵の大軍がいきなり出現したのは、驚いたがな」

 

 ノタージュが苦笑したような顔になった。

 

「あんたって、本当にノルズの知り合い? あいつ、どこにいるの?」

 

 エリカが口を挟んだ。

 

「アスカ城だ お前らは知ってると思ったが? 俺を試しているのか?」

 

 ノタージュが不審そうな表情になった。

 知っているはずだと?

 そんな訳あるか。

 そのとき、すっとノタージュが目を細めて、一郎を睨んだことに気がついた。

 

「本当に、知らなかったのか……?」

 

 ノタージュの声が随分と小さかった。

 

「知るわけないでしょう――。あいつ、アスカ城にいるの? まさか、アスカ様のところ?」

 

 エリカが声をあげた。

 ふと見ると、エリカの目は大きく見開かれている。

 

「まあいい……。とにかく、上に行こう。コゼとイライジャに、すぐに連れてくるって、約束してるんだ」

 

 ノタージュは、再び一郎たちを白い紋様に促した。

 

「……コゼたちが無事なら、なんで彼女たちは直接来ないのよ?」

 

 エリカは不平そうに言った。

 ノタージュは小さく首を横に振った。

 

「ひどい怪我なのさ。拷問を受けたらしい。エルフ兵に捕まっていたようだが、俺たちがなんとか助けたときには、自分では動けないくらいの怪我だった」

 

「怪我を──?」

 

 エリカが声をあげる。

 

「ああ、怪我だ……。それにしても、あまり警戒がすぎないかい? あんたらには助けが必要だ。太守夫人のカサンドラは、血眼になって、あんたらを追っている。コゼとイライジャを捕らえたのも、あんたらの居場所を吐かせるためと、人質にでもするつもりだったんだろう。俺たちが救い出したけどな……」

 

 ノタージュは言った。

 だが、カサンドラという太守夫人がこれだけ大騒ぎしているのは、一郎たちを探そうとしているからだというのは本当だろうと思う。

 また、カサンドラというのが、このエランド・シティを治めている事実上の支配者だというのは、すでに承知している。

 実際のところ、一郎は十中八九、エルフ兵はコゼたちをすでに捕らえていると信じていた。

 だからこそ、わざと捕らわれて、居場所を確認しようとまで思ったのだ。

 しかし、突然に、この得体の知れない男が出現して、事情が変わった。

 この男はなにかを知っている。

 一郎は、それがとても気になった。

 

「……それがまったくわからないんです……。なんで、このシティの太守夫人は、俺たちなんかを捕らえようとしているんでんしょうね? なにもしていないのに」

 

 一郎はかまをかけた。

 

「……しているさ……。罪も犯している……。あんたらが気がついてないだけさ」

 

 ノタージュは笑った。しかし、その笑い声はこれまでのものとはまったく変わっている。

 まるで、なにかを言葉を含むような……。

 しかも、その顔はこれまでのノタージュのものではなかった。

 さらに、顔の傷はあっという間に消えている。

 一郎は右手に淫魔の力を溜める。

 瞬時に亜空間から銃を取り出せるようにだ。

 

「あんたは何者だ……?」

 

 エリカがさっと一郎の前に出た。

 すでに、細剣を抜いている。

 一郎も身構えた。

 魔眼を飛ばす。

 

 

 

 “コーロフ(***)

  *人間族**、男

  年齢:***歳

  生命力:***

  魔動力:****

  攻撃力:**”

 

 

 

 コーロフと出た。ノタージュではなくコーロフ……。

 

「名前をもう一度教えてくれ……」

 

 一郎は言った。

 ノタージュが肩を竦める。

 

「なにを疑ってんだい? ノタージュと名乗ったろう。ノルズの手の者さ」

 

 

 

 “ノタージュ(***)

  **族、男

  年齢:***歳

  生命力:***

  魔動力:****

  攻撃力:**”

 

 

 

 偽名がコーロフから、ノタージュに変化した。種族も消える。

 同一人物か……。

 つまり、こいつが名乗ったものを一郎が魔眼で感知しているだけだ……。姿はノタージュだったが、その前に魔眼で読み取ったのがコーロフだったので、コーロフで表示され、こいつがノタージュだと名乗り直したことで、それを読んでしまったということか……。

 

 いずれにしても、これでこいつが一郎たちを騙そうとしているのは明らかだ。

 偽名を名乗るのも、姿を変身術かなにかで変えるのも、不自然ではないが、ひとりの人間をふたりに見せかけて、困惑させようと謀るなど普通じゃない。

 

「……あんたは、俺たちのなにを知っている」

 

 一郎は用心深くノタージュから距離を取った。



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430 落下無惨

「……あんたは、俺たちのなにを知っている?」

 

 一郎は用心深くノタージュから距離を取った。

 ただし、前にいるエリカから斜め後ろにさがるようにだ。

 銃線が重ならないためであり、距離を開ければ、瞬時に亜空間から銃を出せる一郎に有意な間合いだ。

 

「そろそろ、術を練り終わった……。じゃあ、言ってやる。知ってるのは、お前らが盗っ人だということかな」

 

 また、口調が変わった。

 今度は老人にようには聞こえない。もっと若い印象だ。

 やっぱり、こいつは変だ──。

 

「……コゼとイライジャはどこだ?」

 

 一郎は言った。

 

「口のきき方に気をつけな。俺は気が短けえんだ」

 

 ノタージュが睨む。

 

「知ったことじゃないわ……。もう一度、訊ねるわ。コゼとイラ……、ええっ?」

 

 エリカの大声が聞こえた。

 一郎も気がついた。

 いつの間にか床全体が真っ白く光っている。

 紋様だ──。

 だが、今度は床の一部だけでなく、倉庫の床全体が巨大な白い紋様に覆われている。

 

 次の瞬間、ふわりと身体が浮かぶ感覚が襲った。

 

 落ちる?

 

 足の下に感覚がなくなった。

 

「きゃあああ、ロウ様──」

 

 エリカの悲鳴──。

 落下している。

 

 目の前に鉄の棒が浮かぶ。

 一郎はとっさにそれを握った。

 身体に衝撃が走り、ぐんと全身が伸びる。

 足の下になにもない。

 一郎は天井から伸びる肩幅ほどの鉄の棒に両手でぶら下がっていた。

 

「大丈夫ですか、ロウ様──」

 

 少し離れた場所から、切羽詰まったエリカの声がした。

 視線を向けると、天井から繋がっている長い鎖の先についている鉄の棒に両手でぶら下がっている。

 一郎も同じ姿だ。

 足元にはなにもなく、真っ暗で巨大な穴があるだけだ。

 

 そして、かなり時間が経ってから、真下でなにかがぶつかる音がした。

 エリカが手に持っていた剣だろう。

 エリカも一郎と同じように、宙に浮くような感覚に襲われたときに、咄嗟に武器を離して目の前の鉄の棒に掴まったのだと思う。だから持っていた武器が下に落下したのだ。

 しかし、武器が下に着くまでの時間を考えると、闇に包まれている真下の穴までは、かなりの深さがあることがわかる。

 

 なにが起きたのかすぐにはわからなかったが、ノタージュが倉庫の床に大きな紋様を描き、それで一種にして、この穴の上に転送されたのだと思った。

 いま一郎たちがぶら下がっているのは、さっきまでの倉庫ではない。

 見知らぬドーム型の球場を思わせる場所だ。

 ただし、地面はなく、一郎たちはなにもない穴の上に、ぶら下がる二本の鎖についた鉄の横棒に、それぞれにぶら下がっているのだ。

 

「なかなかに、反射神経がいいじゃねえか。まあ、そのまま落としてやってもよかったが、少しばかり、訊ねたいこともあったしな」

 

 声がした。

 かなり離れた「穴」の縁にひとりの少年がいる。

 十歳くらいだろうか……。

 にやにやと腕組みをして笑っている。

 穴の縁までは相当の距離があり、とてもじゃないが跳躍をしてと届くような距離じゃない。エリカでも無理だろう。

 その少年が手を振った。

 すると、そこに椅子が出現した。

 少年がそれに腰掛ける。

 

「お前は、ノタージュか……?」

 

 口調でわかった。

 あいつは、さっきまで一郎たちと一緒にいたノタージュだ。

 一郎たちをここに転送する直前に話しかけてきた口調と同じだったのだ。

 

 一郎は魔眼を飛ばした。

 だが、今度はなにかに「力」を跳ね返される感覚が襲って、ノタージュの情報を得ることはできなかった。

 

「さっきも、やっていたみたいだが、なにか、魔道を飛ばしてんのか、淫魔師さんよ? さしずめ、鑑定術でも飛ばしてやがるか? いずれにしても無駄だ。俺にはどんな魔道も遮断できる。効かねえよ」

 

 ノタージュが勝ち誇ったような口調で言った。

 だが、確かに、これは絶体絶命には違いない。

 この状況では、一郎が仕込んでおいた「反撃」の手段は使えない。

 

「ここはどこよ──? コゼとイライジャも、あんたが捕まえてんの──?」

 

 一郎同様、巨大な穴の上で、鉄棒にぶら下がっているエリカだ。

 一郎とエリカは、距離にして三メートルほど離れている。

 お互いにどうすることもできない。

 おそらく、エリカの魔道でも、この状況を脱する方法はないと思う。

 

「さあな。カサンドラの(ばば)あは、一度は捕らえてわざと逃がしたところで、本当に逃げられたみてえだな。まあ、俺としちゃあ、お前らふたりが最初から狙いだ。炙り出すために役に立ってくれれば、そいつらはどうでもいい。最初から、俺の獲物はお前らしかない」

 

「アスカの指示か?」

 

 一郎は言った。

 いまは、もう確信している。

 こいつは、アスカ城の手の者だろう。

 一郎とエリカを揃って捕らえようというのであれば、ほかに思いつかない。

 だが、一郎の言葉に、少年は怪訝な表情になった。

 

「アスカの指示──? お前、この期に及んでしらばくれんのかよ。報せを耳にして、怒りではらわたが煮え返りそうになったぜ。ノルズに命じて、あの淫乱魔女をアスカ城から連れ出したのは、お前だろうが──。以前、ハロンドールに送り込んだノルズが、お前に支配されてしまったということまでは、調べがついてんだ。アスカをどこにやった──?」

 

 ノタージュが怒鳴った。

 しかし、言っていることがさっぱりと理解できない。

 あのアスカがアスカ城から逃亡したというように聞こえたが、そういう意味だったのだろうか。

 しかも、それを一郎がノルズに命じてやらせたと思っている?

 一郎は困惑した。

 

 それにしても、この体勢にはだんだんと堪えてきた。

 手が痺れてきて、そんなにもう長くはぶら下がってはいられない気がする。

 一郎の苦痛を感じたのか、エリカが心配そうな視線を向けてきた。

 

「こ、ここから下ろしなさい──。わたしたちをどうするつもりよ──。それに、アスカ様が逃げたってなによ。あんたはアスカ様の手先なんでしょう──。アスカ様を裏切ったのはわたしよ──。わたしを連れていきなさい。ロウ様には関係のないことよ」

 

 エリカが叫んだ。

 だが、ノタージュの顔がますます険しいものになる。

 

「俺がアスカの手先だと──。あの奴隷女のか――? 馬鹿にしてんのか──」

 

 ノタージュが激昂した。

 次の瞬間、たくさんの光の玉がノタージュから跳んできたと思った。

 

 ぶつかる──。

 衝撃が怒った……。

 

「あがあああ」

「ひぎいいいい──」

 

 それがぶつかったと思ったとき、一郎もエリカも絶叫をしていた。

 凄まじい激痛が襲ったのだ。

 一瞬だったが、思わず意識を飛ばしかけたほどの苦痛だった。

 すぐに終わったが、全身が火傷でもしたような痛みが残る。

 辛うじて手だけは離さなかったが、気がつくと、身体を覆っていた服はほとんどが引き千切られてなくなっていた。

 一郎もエリカも、下着まで失って完全に裸体を露出した全裸状態になった。

 しかも、ふと見ると、エリカの白い肌には、蚯蚓腫れのような無数の傷がついている。

 

「くっ……」

 

 一郎は歯を喰いしばりながらも、エリカに向かって淫魔術を飛ばす。

 淫魔術で支配した性奴隷に限り、一郎はいくらでも、その女の身体を操作することができる。

 エリカの傷を一瞬にして治療するくらい簡単なことだ。

 白いエリカの身体の傷はすぐに消滅した。

 

「はあ、はあ、はあ……。あ、ありがとうございます……。で、でも、ロウ様は……」

 

 エリカが荒い息をしながら言った。

 自分の女の傷は治療したが、一郎自身は癒しの力はない。

 地面に足をつければ、ユグドラの癒しが遣えるが、ここは空中だ。

 いずれにしても、すでに鉄の棒を掴んでいる手の力が極限にきている。

 自分の腕が痙攣したように震えてくるのがわかる。

 

 しかし、それよりも、一郎には思いついたことがある……。

 おそらく、間違いない……、

 

「あ、あんた……パリスだろう……?」

 

 一郎は言った。

 アスカ城を支配しているのは、アスカではなく、パリスだというのは、ノルズも言ったし、褐色エルフ里でメイに憑依していた魔族も口にしたことだ。

 目の前の少年がパリスだということを示すものはなにもないが、一郎はなんとなく、そんな気がした。

 

 この得体の知れない魔道──。

 一郎の魔眼さえ弾くような大きな力──。

 アスカを軽んじているような不遜な態度……。

 しかも、こいつはあのアスカを奴隷女とはっきりと口にした……。

 こいつが、あのパリスだ。

 おそらく、間違いない……。

 

「ほう、俺の名を知ってんのか? やっぱり、すべてはお前だな? なにかと俺のことを邪魔だてすんのは、わかっててやってんのか……? まあいい……。訊きたいことは山ほどあるが、まずは、ユイナから渡されたという古文書の場所を白状しな。どこにあるんだ? ハロンドールの王都にあるお前らの屋敷か? この旅に持ってきてるのか? あるいは連れの女が持ってるか? とにかく、言え──」

 

 パリスだということを認めたその男が怒鳴った。

 それはいいのだが、いきなり古文書だと言われて戸惑ってしまった。

 なんのことか、さっぱりとわからない。

 パリスはなにを言っているのだ?

 

「古文書? なんのことよ──?」

 

「なんの古文書だ?」

 

 エリカに続いて一郎も怒鳴った。

 パリスがなにを喋っているのかわからない。

 

「お前がユイナから受け取った禁忌術の魔道書だよ──。ユイナははっきりとお前に渡したと言ったぜ。白を切るのもいいが、そのエルフ娘の身体をいたぶってみるか? そうすれば、色々と思い出すかもな」

 

 ユイナ?

 やっぱり、さらったのはこいつか?

 一郎たちを捕らえるのに、シティのエルフ兵を大量に出動したことといい、エルフ女王のガドニエルの女部下がユイナをさらったという情報といい、パリスとエルフ族は繋がっているのか?

 さっぱりわからない。

 

 しかし、パリスの言葉が終わるとともに、今度はエリカの身体の周りに、無数の白い鳥の羽根のようなものが浮かびあがったのがわかった。

 エリカがぎょっとしている。

 すぐにそれがエリカの裸身にまとわり始める。

 

「いやあああ、あっ、ああああっ、だ、だめええっ、あああああっ」

 

 エリカが身悶えをして暴れ始める。

 宙に浮かんでいる白い鳥の羽根が一斉に、エリカの身体をくすぐりだしたのだ。

 棒を掴んでいるエリカの裸身が空中でのたうち回る。

 

「はははは、男の前で股ぐらを拡げんじゃねえよ。ほら、色男、早く、魔道書の有りかを白状しな。さもないと、そのエルフ女は真っ逆さまだぜ」

 

 パリスが笑い始めた。

 そのあいだも、エリカは苦しそうに悲鳴をあげて暴れ続ける。

 

「ひいいいっ、ひいっ、いやああ、くふふふっ、や、やめええっ、んぎいいっ、くくくくっ」

 

 エリカが全身を真っ赤にして苦しそうに笑っている。

 鉄の棒で裸でぶらさがる無防備な裸身を、宙を舞う鳥の羽根でくすぐられて、エリカも狂ったようにもがいている。

 あれは、もう、いくらももたないだろう。

 

「や、やめろ、パリス──。魔道書って、なんだ──? いくらでも、そんなものはくれてやる。とにかく、やめろ──」

 

 一郎は怒鳴った。

 だが、そのとき、はっとした。

 魔道書というのがなんのことか、予想がついたのだ。

 そういえば、褐色エルフの里でユイナがクグルスを召喚して大騒ぎを起こしたとき、あいつは、禁忌の魔道のことが書いている古い魔道書を使って、その術を遣っていた。

 

 もしかしたら、パリスはそれを欲しがっているのか?

 そう考えると、だんだんと辻褄が合致してくる。

 そもそも、パリスたちは、ユイナが発見したという瘴気をこの世に溢れさせる秘術を欲しがっていたということだった。

 ユイナの祖父のトーラスが言ったことだ。

 

 パリスたちがユイナを奴隷にして連れていったのはそのためのようだし、あるいは、その古文書に、その術のことが書かれていたのだろうか……?

 そして、もしかして、ユイナは、それを一郎に持っていかれたと、パリスに告げた……?

 

 だが、断じて、一郎はそんなものは持っていない。

 そもそも、ユイナが大切にしていた古文書の存在など、いまの今まで忘れていた。

 

 いずれにしても、一郎の想像が正しければ、なんという迷惑なことをあいつは喋ったのだ――。

 

「いやあああ、いひひひひ、あははははは、うくふふ、あはははは……。く、苦しいい――。はははは、や、やめてええっ」

 

 一方で、くすぐり続けられるエリカは、裸体を真っ赤にして宙吊りの裸体を暴れさせ続ける。

 

「エルフ女よ。何度言やあ、わかるんだ? 股を拡げんじゃねえよ。もっと慎みを持ちな。んんっ? なんか乳首と股に着けてんのか? 金具か?」

 

 パリスが穴の淵から笑いながら言った。

 一郎は歯噛みした。

 一方で、エリカは太腿だけでなく、足の裏と脇の下を同時にくすぐられている。

 必死になって棒にぶら下がりながら、白い裸身を宙に躍らせ続ける。

 

「いやああ、許して、いやよおおお」

 

 たおやかなエリカの裸身は、いつ果てるともなく狂ったように空中で踊り続ける。

 

「やめろおお、パリス――。なんでも、やる。だから、やめろおお――」

 

「だったら、先に古文書の場所を言え──」

 

 パリスが怒鳴った。

 一郎は歯噛みした。

 そして、エリカに怒鳴った。

 

「手を離せ、エリカ──。俺を信じろ──」

 

 一郎は叫んだ。

 エリカが手を離す。

 一郎もまた、ほぼ同時に、鉄の棒から手を離し、真下の闇の中に自分の身体を落下させた。



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431 奈落の底

「エリカ、俺を信じろ──」

 

 次の瞬間、エリカはすぐに両手を離して、自分の身体を漆黒の大穴の中に落下させた。

 少しくらい躊躇しろよと苦笑したくなるのを堪えて、一郎もまた落下するエリカに向かって飛ぶ。

 

「ロウ様──」

 

 エリカが上から降ってくる一郎に視線を向けながら手を伸ばした。

 その手をしっかりと、一郎は掴む。

 さらに、そのときには、クグルスを呼び出ている。

 

「呼ばれて、飛び出て、じゃじゃ……。うわっ、な、なに、この状況──?」

 

 闇の中に落下し続けている一郎とエリカに気がついて、魔妖精のクグルスが悲鳴をあげた。

 そのクグルスを一郎は、エリカを掴んでいない片手で掴む。 

 

「クグルス──。俺の淫魔力を根こそぎ使っていい──。下に向かって爆炎を放て──。大火力だ。俺の合図で下に向かって撃て──。準備しろ──」

 

 一郎は叫んだ。

 そのあいだも、一郎とエリカは落ち続けている。

 どれだけ深いのか──?

 この状況でも、まだ床が見えてこない──。

 

「ええっ? ええっ、ええっ?」

 

 一方で、クグルスはいまだに状況が理解できなくて戸惑っている。

 だが、このままじゃあ、一郎もエリカも、真下にあるはずの、この奈落の底に全身を叩きつけられて即死だ。

 

「ロウ様──」

 

 一方でエリカも必死の形相で腕を手繰って、一郎の身体にしがみついてきた。

 だが、全裸で、しかも、鳥の羽根にいたぶられて全身を愛撫されていたエリカの身体は、とても熱くて、汗がしっとりと濡れていて……。

 そのエリカが全力で一郎にしがみついてくる……。

 

 これは……。 

 

「う、うわっ」

 

 エリカが一郎に片手で抱き締められながら、びくりと身体を震わせた。

 一郎の股間が見事なくらいに勃起したからだ。

 そして、“それ”は、全裸で抱き合っているエリカの腹にぐいと当たっている。

 我ながら、こんなときに、なんという慎みのない身体だと思うが、健気で美しく、しかも、無条件に一郎を信じ、そして、愛してくれる美貌のエルフ娘を前にしては仕方がないと思う。

 すると、くすくすと反対側の手から笑い声が起きた。

 

「相変わらずだね、ご主人様──。状況をわきまえない絶倫ぶりはさすがだよ……。さすが、ぼくのご主人様」

 

 手の中のクグルスが喉を鳴らして笑っている。

 一郎の淫魔力にはとことん弱いクグルスだが、まだ、淫魔力は注いでいない。

 だが、ひとたび、このクグルスの身体を淫らな感情を込めて触ってやると……。

 

「んひっ──、ごしゅりしゃまあ、りゃめえええ」

 

 たちまちに、クグルスが性感のすべてが燃えあがってしまうような派手な反応を示した。一郎の手の中で、小さな身体を弓なりにしてがくがくと震わせる。

 そして、二度、三度とオルガニズムに達した仕草を魔妖精が表す。

 

「いまだ、吹っ飛ばせ──。ありったけの淫気を俺から吸い取れ──」

 

 一郎は自分の掌の中で、体液をまき散らしてよがり狂うクグルスを真下に向ける。

 そこには、かすかだが、少し前にエリカが落とした剣が映ったのだ。

 こんなにも深い穴などあり得ず、魔道的ななにかの作為を感じるが、とにかく、このまま激突すれば、一郎の身体も、エリカの身体も木っ端みじんに肉の塊に変わってしまうことは疑いない。

 あるいは、死の恐怖そのものを味わわせることが、パリスの狙いなのかもしれない。

 だが、一郎とて、パリスの思惑に嵌まるつもりはない。

 パリスがこの不可思議な穴への落下で、一郎とエリカに死の感覚を与えて、なにかの心の操作をしてくるつもりなのであれば、一郎は、死を免れたという認識に自分の意識を染め返すだけだ。

 

「わがだあああ──。ごじゅりじゃまあ、まだ、いぐうう──」

 

 一郎から純度の濃い淫気を注がれているクグルスが悶絶しながら、火炎の塊を下に向かって放った。

 クグルスが放った火の玉は、それだけでかなりの大きさと勢いがあったが、一郎はそれに、クグルスを通じて、淫気をさらに充填することで、巨大な火の玉にさらに拡大してやる。

 

「ロウ様──」

 

 エリカが驚いて、一郎をぎゅっと抱き締めてきた。

 必死の様子で一郎の頭を抱え直そうとしている。

 衝撃から一郎を守ろうとしてくれているのだ。

 健気な女だ。

 

 巨大な火の玉が当たった床が衝撃で揺れたような景色になるとともに、轟音が周囲に響く。

 そのときには、黒い床はかなりの距離まで迫っている。

 すると、床から跳ね返った衝撃波が一郎とエリカにぶつかる。

 爆風がふわりと一郎たちの身体を浮かせた感じになった。

 

「クグルス、エリカの身体に入れ──。床に叩きつけられても、エリカの身体を癒して守るんだ。エリカ、クグルスを受け入れろ」

 

 一度浮いた一郎たちの身体は、落下の速度をかなり減殺して、再び床に向かって落ちだす。

 だが、今度は死ぬような勢いではないというのは一郎にもわかる。

 捨て身の火炎の衝撃波が、一郎たちが床に激突するのを防いでくれたのだ。

 

「で、でも、ロウ様は──?」

 

 エリカが叫んだ。

 一方で、まだ絶頂の余波と自分の本来の能力を遥かに越える淫気を一郎から受け入れさせられ、触媒代わりに魔道を拡大させられたクグルスは、正体を失ったようにぐったりしている。

 一郎はクグルスをエリカの方向に押しつける。

 

 返事をする気力もなかったようだが、一郎の命令はしっかりと頭に入れてくれたようであるクグルスは、エリカの身体の中にすっと消えていった。

 一郎にも同じことができるが、クグルスは人族の身体の中に入り、性感を操ったり、ある程度の身体の操り、あるいは、感情の操作をすることができる。それに加えて、憑依して操っている相手の身体を癒すことができるのだ。

 クグルスを受け入れさせたことで、エリカに身体は叩きつけられても、その傷をすぐに治すことができると思う。

 

「ロ、ロウ様──」

 

 エリカが一瞬身体を痺れたように震わせてがくがくと身体を震わせた。

 魔妖精であるクグルスを受け入れたことによる反動だ。

 脱力したエリカを一郎は今度は守るように抱え直した。

 それだけでなく、自分の身体がエリカよりも下になるように、体勢を変化させる。

 

「んぐうううっ」

 

 全身が床に叩きつけられた。

 床に当たった瞬間、自分の腿と腕の骨が折れる感触がはっきりと伝わってくる。

 それでも一郎は耐えた。

 考えていたのは、抱き締めているエリカの身体を守ることだけだ。

 

 幸いにも、エリカの身体は一郎の上になるように落ちたので、直接にエリカの身体が床に激突することだけは防げたと思う。

 床に当たった瞬間、一郎はエリカの身体を抱き締めたまま、一度リバウンドして、もう一度エリカごと床に叩きつけられた。

 今度もエリカを守ることには成功したが、二度目はしこたま頭を床に打った。

 

 どっと汗が頭から噴き出した。

 自分の身体がごろごろと床に転がる。

 二度目の激突のあと、エリカの身体は手放していたので、一郎は懸命にエリカの姿を転がりながら追いかけた。

 落ちた場所は真っ暗闇ではなかったが、なにも存在しない広い空間のような場所だった。光源はないのだが、なぜか辺りは薄っすらと明るく、一郎にはエリカの白い身体が血まみれで横たわるのをしっかりと確認してしまった。

 

「……エ、リカ……」

 

 叫ぼうとしたが、驚くほどに小さな声しか自分の口からは出なかった。

 そして、さっきから流れ続ける大量の汗が頭から流れ続けている。

 流れる汗が、実は汗ではなく、一郎の頭から流れ続ける自分の血だとわかったのは、すぐに血相を変えたエリカが一郎に駆け寄ってきたのを見てからだ。

 

 血だらけだと思ったエリカの身体には、傷らしい傷はない。

 血まみれだと思ったのは、頭を切った一郎から流れる血がエリカの裸身にかかったからのだようだ。

 とにかく、エリカが無事であることに、一郎はほっとした。

 

「な、なんで──。なんで、わたしを庇ったんです──? ロウ様を守るのが私の役目なのに──」

 

 横たわる一郎に横に泣き顔のエリカがしゃがみ込む。

 

「し、心配ない……。俺には加護が……」

 

 試してみるつもりはなかったから、これまでその効果を実感することは少なかったが、一郎にはこの世界にやってきてすぐに、ユグドラという精霊にかけてもらった「ユグドラの癒し」という護りがある。

 それは、死ぬような負傷や猛毒を負ったとしても、不思議な大地の力でそれを治癒してくれるというものだ。

 そういえば、彼女はどう過ごしているのだろう。

 なんだかんだと、思い出深い女性だ。

 もしかしたら、いまの一郎であったら、彼女すら自分の支配下に置くこともできるかも……。

 そんなことを考えてしまい、一郎は、自分の果てしない淫欲に、思わず苦笑してしまった。

 

 それはともかく、血は流れ続けているが、なんとか、それが効果を及ぼしてくれ始めたようだ。

 悲鳴をあげるほどに痛かった腕と脚が、いまは穏やかな温かみに包まれたようになっている。

 全身の力はまだ入らないが、すでに折れた骨も元通りに繋がり直したらしい。

 エリカも、一郎の負傷が癒えつつあることに気がついたらしい。

 一郎を見下ろしながら、その顔がほっとした表情に変わる。

 

「案外にしぶといな、色男──。まさか、生き延びるとは思わなかったぜ……。まあ、殺すつもりだったんだがな」

 

 声がした。

 視線を向けると、少年がそこにいる。

 パリスだ。

 

「お、お前──」

 

 エリカが叫んで、身体をこわばらせる。

 一郎は素早く亜空間から新しい剣を出す。

 エリカがその剣をさっと受け取って構えた。

 

「……んん? どこから出した? さっきの剣か?」

 

 パリスが眉間に皺を寄せて首を傾げている。

 得体の知れない魔道遣いのようだが、亜空間の術については正体がわからないようだ。

 また、どうやら、一郎の淫魔術については、認識ができないらしい。

 

「さあな……。手の内をさらすつもりはないしな……」

 

 この頃には、かなり頭もすっきりしてきている。

 抜けた血も、それなりに回復してきているようだ。

 本当にこの加護は使える。

 

「まあいいや。それよりも、死んでくれるか。絶望を味わってくれや」

 

 パリスが腕を振った気がした。

 次の瞬間、無数の槍のようなものが床から出現して、一郎だけでなく、エリカの身体を刺し貫いた。

 自分の胸から突き出た十本近い刃先──。

 

「うああああっ、ロ、ロウ様──」

 

 エリカが断末魔の声をあげた。

 しかし、一郎はそろそろ、パリスの仕掛けている絡繰りに気がついてきてもいた。

 このおかしな空間……。

 おそらく……。

 

「エリカ、幻影だ──。全部作り物だ──。気をしっかり持て──」

 

 一郎は叫ぶととともに、すぐさま、淫魔術でエリカを操って意識を飛ばした。

 意識を失わせることで、エリカが幻影に堕ちることを防いだのだ。

 たくさんの槍が貫いていたエリカが崩れ落ちる。

 しかし、床に倒れたエリカの身体には、槍どころか、身体を貫いていたはずの傷がどこにもない。

 そして、無論、一郎自身にも槍がなくなっている。

 

「へえ……。なにしたんだ、お前? てっいうか、なんで幻覚だって、わかったんだ?」

 

 パリスが呆れたという表情をしている。

 しかし、なんでわかったかと言われても、単なる勘だとしか言えない。

 おそらく、目の前のパリスの能力のひとつは、相手に死の幻影を味わわせることではないだろうか。

 そもそも、パリスは一郎から情報を訊き出したいのだから、簡単には死なせたくないはずなのだ。

 だから、殺すわけがない。

 

 一郎には覚えがないが、パリスは、あのユイナが持っていた古文書の魔道本を欲しがっていた。

 しかも、パリスは一郎がそれを隠していると思い込んでいて、さっきもエリカを相手に拷問まがいのことをして、一郎にそれを「白状」させようとした。

 それにもかかわらず、いきなり、一郎を殺そうとするのは不自然だ。

 従って、深い穴から落下させたのも、槍で突き刺されたのも、本当ではなく、幻影かもしれないと考えた。

 そして、エリカをとっさに気絶させたのは、エリカが死の感覚を受け入れてしまうことに対して、嫌な予感がしたからだ。

 なんで、わかったんだと問われれば、勘だとしか答えようがないが……。

 

「死の感覚を与えて、その恐怖心につけ込んで、なにかの術を刻む……。そんなところか? もしかして、アスカもそうやって操ったか?」

 

 一郎は何気なく思いついたことを語った。

 なんとなく、腑に落ちなかったのは、あのアスカを目の前のパリスが操っているのだという、何人かが語った言葉だ。

 しかし、一郎からすれば、あのアスカこそ、絶対的なの能力を持つ無敵の魔女だ。

 パリスのステータスは読めないが、アスカに比べれば、なんとなく小者感がある。

 だとすれば、このパリスには、アスカを出し抜くほどの切り札があるのではないだろうか。

 

 それが、死の感覚を与えることで、相手を自分の支配下に置いてしまうというなにかの術じゃないだろうかと思ったのだ。

 すると、目に見えて、パリスの顔色と表情が変化した。

 顔に激怒の感情が浮かんでいる。

 

 やっぱり、こいつは小者だ……。

 一郎は予感した。

 

「ロウ様……?」

 

 一方で、一郎の淫魔術の操りで一時的に意識を失わせていたエリカが覚醒した。

 困惑した表情で起きあがったが、すぐに一郎の駆け寄って、パリスから一郎を守るように立ちはだかる。 

 

「エリカ、こいつは幻術を使う。ただ、それに乗せられて恐怖心を拡大させると、心を支配されるぞ」

 

「闇属性の魔道師ということですか……」

 

 エリカが呟くように言った。

 闇属性とかいうのがよくわからなが、そういうものなのだろうと思った。

 

「やっぱり、いけ好かない奴だぜ。ひと目でこんなにも忌々しいと感じたのは、お前が初めてだよ。古文書の場所を聞き出したら、せいぜい、残酷に殺してやるぜ」

 

「やってみな」

 

 一郎はエリカの半身に手を伸ばして抱きしめながら、自分の意識を強くする。

 おそらく、パリスはエリカが口にした闇魔道を操って、一郎とエリカの心の中に浸透をして幻を見せている。

 奈落の底にような穴に落下したときも、もしかしたら、物理的な高さのどこかから実際に落下したのかもしれないが、かなりの部分は幻術に違いない。

 死の恐怖を味わわせて、自分の闇魔道で支配してしまおうとしているというのは、間違いのない推測と思う。

 だとしたら、一郎は、レベル100の淫魔師だ──。

 この世界の約束事に従えば、ジョブに関わりなく、レベルが上の者がレベルが下回る相手の支配術を受けつけない。

 だから、パリスの幻影を跳ね返せるはずだ。

 意識を集中する。

 すると、だんだんと闇が晴れてきた感覚が拡がってきた。

 

「ちっ、俺の術を抜け出すのかい……。本当に忌々しいぜ……」

 

 パリスが憎々し気に一郎とエリカを睨むと、さっと手を振った

 その瞬間、闇が消えた。

 

 陽の光と風を肌に感じた。

 外か……?

 すでに、夜が明けている?

 一郎たちがいるのは、庭園のような場所だった。

 そして、気がつくと、周囲を大勢のエルフ兵が囲んでいる。

 少し距離があるが、無数ともいえる弓が一郎とエリカに向けられていた。

 

「こ、ここはどこですか、ロウ様?」

 

 エリカは、周囲の光景に訳がわからないという表情をしている。

 それは、一郎も同じだ。

 なにがどうなっているのか、さっぱりとわからない。

 ただ、途方もなく、とんでもないことに巻き込まれかけているという予感だけはする。

 どうでもいいが、エリカも一郎も素っ裸だ。

 エリカも居心地が悪そうだ。

 

「お前たちはなんだ──? どうやって、この水晶軍の営庭に侵入した──?」

 

 すると、突然に大きな声がした。

 女の声だ。

 振り返ると、派手な軍服を身に着けたエルフ族の若い女がいる。

 また、周囲を武装しているエルフ兵に囲まれている。

 百人くらいいるんじゃないだろうか……。

 もしかして、パリスの術で、エルフ軍の軍営、つまり、水晶軍の施設に飛ばされたのか?

 とにかく、完全に包囲されている。

 

 やれやれ、どうやって逃げようか……。



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432 エルフ軍の軍営

「ブルイネン、賊だぜ。これが、ガドニエル様が捕らえろと命じた巨悪の張本人だ。連れていって拷問にかけろ」

 

 パリスがそう言って、一郎たちから離れていく。

 それに代わるように、前に進み出てきたのは、すらりとした体形をした美しいエルフ美女だ。

 服装からこの一隊の指揮官だということがわかる。

 一郎は舌打ちした。

 完全に囲まれている。

 

「感謝する、パリス。あなたの手柄はガドニエル様に報告しておく」

 

 ブルイネンと呼ばれた美人エルフが軽く頭をさげた。

 一郎はすかさず、ブルイネンに魔眼を向ける。

 

 

 

 “ブルイネン=ブリュー

  エルフ族、女

   エルフ族上級貴族

   女王ガドニエル親衛隊長

  年齢40歳

  ジョブ

   魔道戦士(レベル30)

   軍師(レベル5)

  生命力:100

  魔道力:400

  攻撃力:500(剣)

  経験:なし

  淫乱レベル:B

  快感値:150

  状態

   パリスによる隷属支配(弱)”

 

 

 

 一郎は舌打ちした。

 ガドニエル女王の親衛隊長?

 だが、しっかりと、このエルフの女隊長は、パリスに支配されてしまっている。

 また、年齢は四十歳とあるが、見た目は人間族の二十代だ。かなりの美貌で見た目も若々しい。

 そして、処女か……。

 

「なあ、パリス、本当に俺の女たちはお前のところにはいないんだな?」

 

 一郎は、エルフ兵の後ろ側に隠れていくパリスに口を開いた。

 いまや、パリスは一郎とエリカを囲む一団の後ろまで退っている。

 そのパリスがエルフ兵の身体越しに、忌々しそうな表情を一郎に向けた。

 

「知らねえな。俺が興味があるのは、お前だ。そして、俺は欲しいものを奪うだけだ。いまのところ、お前の女には興味ねえ。お前が手に入った以上、次に手に入れたら、すぐに処分する」

 

 パリスがせせら笑った。

 一郎は確信を得た。

 こいつは、本当にコゼとイライジャを捕えていない。

 だったら、長居は無用だ。

 イライジャには悪いが、ユイナのことについては、命を賭してまで助けてやる義理はない。

 それに、ユイナは、どういうことだかわからないが、魔道の古文書のことで、一郎たちにパリスをけしかけた気配がある。

 いずれにしても、まったく、離れていていてさえも、とんでもない娘だ。

 

「エリカ──」

 

 一郎は吠えるとともに、身体を貫く槍の幻覚のために手放した剣の代わりに、再び亜空間から取り出した別の剣をエリカに渡す。

 同時に、跳躍して横に身体を倒した。

 

「弓を射てっ」

 

 ブルイネンが叫ぶ。

 だが、一郎の手の中にはすでに、亜空間から取り出した火のついた銃がある。

 先に仕掛けたのは一郎だ。

 轟音は、一郎の手に起きた。

 

「うあっ」

 

 ブルイネンの肩が弾かれて、血を噴きだして倒れる。

 

「隊長──」

 

 近くのエルフ兵たちが、悲鳴をあげた。

 ブルイネンはその場に崩れ落ちている。

 

「クグルス、いまなら弱っている。憑りつけ──」

 

 叫んだ。

 そのときには、新しい銃を亜空間から出して、握り直している。

 一郎は火の付いた銃を数十丁は準備している。

 いくらでも、瞬時に取り出すことが可能だ。

 

「あいあいさー」

 

 クグルスがエリカから飛び出す。

 一直線にブルイネンに突き進む。

 

「わっ、なんだ──?」

 

「魔妖精──?」

 

「どうして、ここに──?」

 

 エルフ兵たちが慌てている。

 しかし、構わず一郎は銃を放つ。

 今度は、パリスを狙ったつもりだったが、すでにエルフ兵の陰に隠れて見えない。

 前列のエルフ弓兵が倒れる。

 

「ロウ様、後ろに──」

 

 エリカが一郎の前に立つ。

 矢が飛んできた。

 エリカが剣を風車のように回して弾く。

 だが、それでも矢は終わらない。

 回り込んだ弓兵がエリカの背中側の一郎に向かって矢を放つ。

 二本、肩に刺さる。

 

「ロウ様──」

 

 それに気がついたエリカが叫んだ。

 エリカの腕にも矢がかすった。

 

「男は殺すな──。そいつらには、まだ訊きたいことがある」

 

 パリスの声──。

 やっと矢がやむ。

 

「無駄だ──。抵抗するな。女だけは助けてやるぞ」

 

 パリスだ。

 なにかを仕掛けてくる?

 嫌な予感がもする。

 

 そのとき、けたたましい悲鳴が起きる。

 突風と電撃が沸き起こる。

 爆発音とともに、十数名のエルフ兵が飛ばされて弾け飛ぶ。

 

「ブルイネン隊長──?」

 

「どうしたんです──」

 

 やったのは、ブルイネン……。

 いや、どさくさ紛れに、ブルイネンに入り込むことに成功したクグルスだ。

 ブルイネンが突然に、仲間に向かって魔道砲を叩き込んだのだ。

 周囲が大混乱になった。

 

「いやあ、やあ、やあああっ、か、身体が──」

 

 ブルイネンだ。

 顔が真っ赤だ。

 ふと見ると、ブルイネンの履いているズボンの股が失禁したように濡れている。

 クグルスの支配下になったことで、性感を暴発させられたのだろう。

 こうなったら、クグルスの支配から免れることは不可能だ。

 一郎は肩に刺さっていた矢を強引に抜いた。

 激痛が走ったが、癒しの護りのおかげで、耐えられないほどのものではない。

 

「身体を乗っ取られやがったか──。ブルイネン、この役立たずの雌が──」

 

 パリスが出てきた。

 一郎はパリスに銃を向ける。

 ぎょっとした表情になり、パリスが再び人の陰に隠れた。

 どうやら、操りの術に長けていても、それほどの攻撃魔道はないようだ。

 だからこそ、これまでアスカや、あるいは、このエランド・シティのエルフ人たちを使って好き勝手していたのだと思う。

 

「こっち来い、クグルス──」

 

 肩からまだ血を流しているブルイネンがこっちに走ってくる。

 突然にあらぬ行動を起こしだした女隊長に、エルフ兵たちはどうしていいかわからず、手をこまねいている。

 

「エリカ、ついて来い──」

 

 一郎はエリカとともに、ブルイネンに飛びついた。

 がっしりと、ブルイネンを後ろから抱きかかえる。

 

「攻撃するな──。女隊長が死ぬぞ──」

 

 一郎は叫んだ。

 再び銃を出して、ブルイネンの頭に銃口を向ける。

 抵抗しようにも、ブルイネンの身体はクグルスが入り込んで、その自由を奪っている。

 ブルイネンは脱力したように、だらんと両腕を体側にさげたままだ。

 

「やめよ──。攻撃中止──」

 

 ブルイネンに次ぐ士官らしき男エルフが声をあげた。

 束の間、エルフ兵の動きがとまる。

 一郎は、ブルイネンの顎を掴んで首だけ振り向かせると、いきなり口を吸った。

 

「んんっ?」

 

 突然のことに、ブルイネンの眼が大きく開かれる。

 周囲が騒然となる。だが、クグルスが入り込んでいるブルイネンには抵抗する手段がない。

 慌てて、飛び抑えようとするエルフ兵たちをエリカがブルイネンの身体に剣を向けて威嚇する。

 一方で、構わずに、一郎はブルイネンの口に唾液を流し込んでいく。

 眼に見えて、ブルイネンの顔から抵抗の色が消滅するとともに、だんだんとブルイネンの心に引っ掛かっているべとべとの膜のようなものに接触することができた。

 これがパリスの支配なのだろう。

 一郎が力を注ぐと、呆気ないくらいに簡単に、そのべとつきを弾き飛ばすことができた。

 また、ついでに、さっき撃ち抜いたブルイネンの肩の怪我を治療した。外からではわからないが、これで肌には傷も残ってないはずた。

 一郎はブルイネンからやっと唇を解放した。

 

「……えっ、な、なに……?」

 

 一郎の腕の中のブルイネンが呆然としている。

 肩の痛みがいきなり消失したせいもあるだろうが、パリスの操りから抜け出したからでもあると思う。

 ブルイネンの困惑と戸惑いの感情が伝わってくる。

 おそらく、これまでパリスの隷属状態にあったことには気がついていなかったと思うが、一郎によって、それを剥ぎ取られたことで、自分の中のなにかが変化したことは悟ったのだと思う。

 

「ブルイネン、命令だ──。そいつらを捕らえよ。お前自身が犠牲になっても、絶対に捕らえるんだ。これはすべてに優先する命令だ──」

 

 周りを囲むエルフ兵を割ってパリスが出てきた。

 しかし、もう遅い。

 すでにブルイネンは、一郎の支配下にある。

 ついでだ……。

 一郎は淫魔力を発動させた。

 

「ひっ、な、なんだ──?」

 

 抱いているブルイネンの顔が真っ赤になるのがわかる。エルフ族特有の尖った耳が赤く染まっている。

 後ろから組みついている一郎の性器が固く勃起して、布越しだがブルイネンのお尻に当たっているのだ。

 すぐに、射精した。

 だが、瞬時に亜空間に収納する。

 一射、二射、三射……。

 大量の精液を亜空間に飛ばす。

 そして、終わったところで、接していることで感じるブルイネンの子宮に出現させてしまう。

 強い淫魔術がブルイネンに結びつくのがはっきりとわかる。

 

「ひっ、な、なにが、なにが起こったのだ──?」

 

 ブルイネンが困惑して、一郎の腕の中で身悶える。

 

「ブルイネン、移動術だ……。どこでもいいから、俺たちを連れて跳躍しろ……」

 

 一郎はブルイネンに耳元でささやいた。

 ブルイネンの魔道戦士としての能力は、レベル30もある。

 転送術が遣えるだろうというのは、ほぼ確信している。

 

「む、無理だ……。こ、この庭園には結界が……」

 

 ブルイネンが腰をもじつかせながら言った。

 だが、一郎に抱え込まれても抵抗はしない。

 ブルイネンは、いまや完全な欲情状態だ。

 すでに、息も荒く、後ろから抱えている一郎にしだれかかっている。

 おそらく、この場で犯しても、この気の強そうなエルフ美女はなんの抵抗もできない。

 なんだかむらむらしてきた。

 本当に、やってしまいたいところだが、いまはそれどころじゃないのはわかっている。

 どうにも、この淫魔師の身体は、異常な性欲がありすぎる。

 一郎は、この状況で欲情しつつある自分の異常さに、内心で苦笑した。

 

「無駄だ。ブルイネン様を解放しろ──。ここからは逃げられん──」

 

 包囲をしているエルフ兵の将校らしき男が言った。

 すでに、一郎たちは十重二十重と包囲されている。

 確かに逃亡の手段はなさそうだ……。

 

 ……とはいえ、包囲をしているエルフ兵にとっても、ブルイネンは大切な存在なのだろう。

 ブルイネンに武器を向けている一郎たちに攻撃をすることを躊躇っている。

 

「ロウ様……」

 

 エリカだ。

 不安そうな声を出している。

 どうするか……。

 切り札を出すか……。

 一郎は迷った。

 

「おい──」

 

 そのときだった。

 パリスの大声がした。

 包囲の環が割れた。

 そこにいたのは、首に奴隷の首輪をつけられたユイナだった。

 おそろしく短い真っ赤なスカートと胸の下で切断したような短い上衣を身につけている。

 驚いたのは、その挑発的な服から剥き出しになっている肌にある無数の鞭の痕だ。

 彼女がここで、どんな扱いを受けてきたかは、それだけでわかった。

 

 

 

 “ユイナ

  褐色エルフ族、女

   パリスの奴隷(偽)

  年齢18歳

  ジョブ

   魔道遣い(レベル10)

   魔道技師(レベル20)

  生命力:100

  攻撃力:10↓

  経験人数:男20

  淫乱レベル:S

  快感値:100

  状態

   一郎の性奴隷(強、凍結)

   パリスの支配(弱)”

 

 

 

 あれから、二年か……。

 人間族であれば、十六歳から十八歳になれば、かなりの大人の女として雰囲気が変わる気もするが、ユイナの見た目には変化がない気がする。抱き締めているブルイネンもまるで二十歳女だし、長命族のエルフ族だと、若い世代の成長速度も人間族とは異なるのかもしれない。エリカも自分の年齢だと、エルフ族社会では一人前扱いはされないと口にしていた気もする。

 しかし、ユイナのステータスを見る限り、随分と経験数が増えている。

 そういえば、褐色エルフの里から連れ出されるときにも、輪姦されたとかいう話だったから、おそらく、ここでも、随分と酷い目に遭い続けてきたのだろう。

 だが、パリスという男の奴隷状態になっているのかと思えば、どうやら一郎にも隷属しているようだ。

 それにしても、魔道技師?

 しかも、レベル20……。

 かなり高い……。

 そして、パリスの奴隷(偽)って、なんだ?

 (にせ)──?

 

「お前の大切な恋人なんだろう? 理由があって離れていたが、成功して迎えに来るという約束をしたそうじゃねえか? だから、ここまで追いかけてきたんだろう? それが死んでもいいのか?」

 

 パリスがユイナの嵌められている奴隷の首輪の上に、短剣を突きつけた。

 ユイナは目に見えて怯えている。

 しかし、驚いたのは、そのパリスの言い草だ。

 

「はあ? そんなことになってんのか? ユイナ、お前は俺の大切な恋人なのか?」

 

 呆れて言った。

 ユイナが真っ蒼になる。

 

「よ、余計なことを言わないでよ──。こ、殺されるの……。わ、わたしが、あんたを捕らえる人質の役にも立たないなら殺されるの……。ね、ねえ……。お願い……」

 

 ユイナが震えながら言った。

 パリスは怪訝そうな表情になった。

 これは一郎の想像だが、パリスが最初にユイナに目をつけたのは、ユイナの研究した瘴気に関する禁忌の術だったのだろうが、そのユイナへの訊問の過程の中で、もしかしたら、ユイナは自分の身を守るために、それが書いてある古文書は一郎が持っているとか、一郎を捕らえるには、自分の存在が切り札になるとか、嘘八百を並べたのかもしれない。

 まあ、想像だから、なんとも言えないが、そんなところだろう。

 

 とにかく、ここで、この娘など知ったことかと見捨てることは簡単だ。

 だが、そうなれば、ユイナは簡単に殺されそうな気がした。

 一郎は嘆息した。

 そして、ブルイネンにしか聞こえない声で、ある命令をささやいた。ブルイネンの中にはクグルスも入り込んでいる。

 だから、クグルスにも聞こえるはずだ。

 いずれにしても、すでに、このエルフ女は一郎が淫魔術で支配している。

 命令には逆らえない。

 

「え?」

 

 ブルイネンが当惑した声を出す。

 

「絶対の命令だ……。必ず実行しろ」

 

 ささやいた。

 そして、顔をあげて、エルフ兵たちに視線を向ける。

 

「わかったよ。降伏する──。どこでもつれていきな」

 

 一郎は銃を地面に捨てて、ブルイネンを解放した。

 いずれにしても、逃亡は困難と考えるしかない。

 だとしたら、ユイナを見捨てようが、庇おうが結果は同じだ。

 

「お前、貸しよ」

 

 エリカもユイナをひと睨みしてから剣を捨てた。

 一郎とエリカに、大勢のエルフ兵が殺到した。



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433 淫魔師の危機

「うぐっ」

 

 ずしりと腹に喰い込んだ金属棒の先端の衝撃に、一郎はぐっと奥歯を噛み合わせた。

 ずっと続いている拷問の最中だ。

 

 監禁されている拷問室である。

 部屋には窓はない。

 おそらく、水晶軍とやらの軍営の地下室だと思う。

 

 連行される途中で、顔に袋を被せられたので、完全にはわからないものの、エルフ軍の軍施設内だと思うこの場所は、水晶宮というらしい行政府にほとんど隣接しているということだけはわかっている。

 営庭のような場所から離れたとき、建物の陰から突然に美しい城のような建物が現れたのだ。

 上層地区にある水晶宮がどんな建物かは聞いてもいなかったが、あれが水晶宮と称されるエルフの都の行政府だということはすぐにわかった。

 建物全体が水晶を思わせる半透明の白い壁で覆われていた。また、建物の形そのものが水晶の宝石を思わせる形状をしていた。

 まさに水晶宮だった。

 だから、ここは水晶宮に連接するエルフ軍、つまり水晶軍の軍営なのだと確信している。

 

 一郎は、連れてこられたこの部屋の真ん中で、両方の親指の根元だけを束ねて締めつけた金属の指枷で、天井から宙吊りにされていた。

 全身を棒で打たれまくる激痛で、身体は完全に脱力している状態だ。

 吊られる指の痛みが激しすぎて、気絶することもできそうにない。

 足先は床から少し離れており、金属棒の両端にある鍵付きの枷で、やはり足首を固定されていて、大きく股を開いた体勢だ。

 完全な素っ裸である。

 

 ただし、首に首輪が嵌まっている。

 隷属の首輪だ。

 人間を奴隷化するときに使うものであり、これを嵌められて隷属の魔道を刻まれると、主人として刻まれた相手に対して、一切の反抗ができず、また、すべての命令に絶対服従する人形になってしまう。

 ただし、隷属化のときには、まず最初に、相手に心から屈服するという状態に陥る必要がある。

 だから、パリスは一郎を執拗に拷問をしているというわけだ。 

 

 そのため、一郎の全身は鞭や棒で打たれた痣や蚯蚓腫れで覆われている。

 傷ついた身体を自動的に癒してくれる「ユグドラの癒し」は、地面から足を離した状態では効果はないし、外気のない拷問部屋では自然の恩恵を受けることができない。

 だから、一郎は傷と痣だらけになりながら、パリスが与える拷問を受け続けていた。

 

 拷問をするのは、パリスとその三人の部下たちだが、エルフ族ではなく、人間族だ。

 相変わらず、一郎の魔眼でもパリスのステータスは読めないが、三人についてはわかる。

 まあ、どうでもいいような小者だ。

 確かに人間族であり、パリスの部下みたいだ。

 しっかりと、パリスに隷属されている。

 そして、“ローム皇帝家の闇兵”という文字が全員にある。

 ただ、それが意味するものはよくわからない。

 

「結構しぶといじゃねえか。女を支配して守らせるだけしかできねえ淫魔師様かと思ったけどな。自白剤のたぐいは効き目がねえし、闇魔道の幻術にもかからねえ。さっさと屈服してくれねえか」

 

 部屋に唯一ある入口に近い壁沿いの椅子に座っているパリスが一郎を嘲笑しながら言った。

 エルフの軍営で捕らえられて、エリカと引き離されてから、ここに連れて来られた。

 あのとき再会したユイナもいない。

 とりあえず、一郎だけがここに放り込まれたのだ。

 そして、訊問という名の拷問が始まったのだ。

 

 また、“淫魔師”というのは、存在も伝承的なほとんど実態も知られていないジョブのはずたが、パリスは確信しているみたいだ。

 まあ、最初にこの世界に出現したときに、アスカからも見抜かれたし、そっちからの情報だとは思う。

 しかしながら、アスカ城では“エルスラ”と名乗っていたエリカのことは、はっきりと“エリカ”と呼んでいた。

 一郎とノルズの関係も承知していることを仄めかしていたし、一郎のことをそれなりに調べていたのだろう。

 

 いずれにしても、その直後に顔に袋を被せられて視界を奪われたし、エリカともユイナとも離れ離れにされてしまった。

 そして、ここに連行されたというわけだ。

 顔の袋を外されたのは、親指だけで全身を宙吊りにするという嫌がらせをされてからだ。

 

 そして、拷問がはじまった。

 だが、奈落の底の縁にぶら下がったときに質問を受けた古文書の在りかについては、まだ訊ねられてはない。

 最初に、無理矢理に一郎を奴隷化し、その後、情報を取り出そうと思っているみたいだ。

 パリスの言葉の端々からは、そもそもパリスは拷問や薬物を通じた情報か、あるいは、隷属化して嘘がつけない状態にしてから口にさせたことしか信用できないらしいというのが垣間知れる。

 だから、まずは、一郎を闇魔道による洗脳をしようとし、最初に魔道をかけたり、薬物で朦朧とさせようとしたのだ。

 だが、淫魔師レベルが“100”に達する一郎を支配できる魔道も薬物もない。

 それらは全く効果がなかった。

 

 パリスは驚いたものの、次には一郎の首に隷属の首輪を嵌めて一郎を弱らせ、心の底からパリスに対する屈服心を発生させることで、隷属を刻むことにしたみたいだ。

 だから、一郎はいま、パリスの部下たちに、よってたかって暴力を受けている最中だというわけだ。

 

「そ、それよりも、俺の女は……どこに……連れていった……?」

 

 一郎は棒打ちの合間を縫って、パリスに向かって呻く。

 こうやって、抵抗もせずに、パリスのするがままにさせているのは、とにかく、一郎の女たちの情報が欲しいからだ。

 コゼとイライジャ、そして、エリカの安全を確かめたい……。

 ユイナはついでだが……。

 とにかく、まずは、それを確認する……。

 それまでは、抵抗はしないと決めている……。

 幸いにも、このパリスという男は余程の自信家らしく、上から目線でなんでも喋る傾向がある。

 会話を続ける限り、この男はぼろを出す……。

 一郎はそう思っている。

 

「お前の女? 黒くて小さい方か? 白くて美人の方か? どっちにしても、しっかりと調教で堕としてやるぜ。俺に惚れこんで、帰りたくねえようにさせてやる。心配いらねえさ」

 

「惚れこんだのはお前の方じゃないのか? エリカは綺麗だろう? だが、残念ながら、お前なんか相手にしないよ。諦めな。筋金入りの男嫌いで少女趣味だ。だが、俺だけにはぞっこんでな」

 

 一郎はわざと挑発的に言った。

 すると、パリスの顔からせせら笑いが消えた。

 顔の色が激怒に染まっている。

 随分と沸点の低い男だと思った。

 壁に掛けてあった乗馬鞭を手に取って近づいてくる。

 一郎の周りにいた拷問者たちが、すっと後ろにさがった。

 

「大きな口をきくんじゃねえよ。大事な道具が役に立たないようにしてやろうか」

 

 パリスが歯ぎしりしながら、乗馬鞭を振りかぶる。

 だが、足首のあいだに棒を挟まれているので、逃げることは不可能だ。

 鞭は、一郎の剥き出しの性器を上から下にものの見事に引っぱたいた。

 それほどの力を入れてはいなかったが、信じられないような激痛が迸る。

 

「んぐうううう」

 

 さすがの一郎も、これには総毛を硬直させて、唸り声を噴きあげるしかなかった。

 

「いい声で鳴くじゃねえか」

 

 パリスが今度は下から上に股間を叩き上げる。

 

「あぎゃあああ、んぎいいいい」

 

 一郎は噛みしめた歯の口から泡を噴いた。

 パリスは、連続で一郎の性器の周りを上から下に、下から上に、そして、右から左からと打ち続ける。

 一郎は下腹部の筋肉を激痛に歪めながら、たまらずに悲鳴を絞り出した。

 

「もう一発だ、色男──。二度と使い物にならねえようにしてやるぜ」

 

 パリスが再び乗馬鞭を下にさげ、睾丸に向かって力一杯に叩き上げた。さっきまでとは比べものにならない全力に近い力だ。

 それが股間に炸裂する。

 

「うがああああ」

 

 口から人間とも思えないような声が出た。

 身体が反り返り、そのまま一郎は完全に脱力してしまった。

 

「偉そうにしたくせに、無様じゃねえか、色男」

 

 気がつくと、パリスが目の前にいた。

 もしかしたら、一瞬気絶したのかもしれない。

 一郎は我に返って、朦朧とする視線をパリスに向ける。

 

「はあ、はあ……。マゾになるのも悪くないかもね……。いつも、女たちにやっていることだしな……。たまには味わうのもいいさ……。はらわたを抉られているようないい気持ちだ……」

 

 意地になって、強引に作った笑顔を向けてやる。

 パリスの顔が再び怒りで真っ赤になる。

 

「……舐めやがって……。おい、これをこいつの根元に嵌めてやれ。こいつは淫魔師というものらしい。よくはわからねえが、女を犯して支配するという特殊能力があるそうだ。ここには女はいねえが、念のためだ」

 

 鞭打ちをやめたパリスが部下のひとりに向かって、金属の輪っかのようなものを放り投げた。

 それが床に当たって金属音を鳴らし、ころころと転がるのが横目で見えた。

 よくはわからなかったが、それを拾った男が、それを持って一郎の股間に手を近づけたので、男性器の根元を締めつける淫具だと悟った。

 

「うあっ、くっ」

 

 その金属の輪が性器に当たると、すっと溶けるように、輪が男根の根元に嵌まってぐいと喰い込んだ。

 それとともに、いきなり性器が勃起した。

 だが、食い込んだ輪はむしろ絞るように小さくなり、あっという間に性器全体が紫色に変色する。

 

「間違っても射精できないようにな……。ところで、色男、淫魔師というだけあって、女にはめっぽう強いんだろうが、男はどうだ?」

 

 パリスが一郎から離れながら、一郎にぞっとするような笑顔を刻んだ。

 そして、背後の男たちに目配せする。

 

「男?」

 

「そうだ、男だ……。おい、こいつの尻に例の薬を塗ってやれ。尻の穴をさんざんに柔らかくして、食べごろにして犯せ」

 

 パリスが男たちに言った。

 すると、三人の男たちが驚いたように声をあげた。

 

「美人揃いのエルフ族の都にやって来て、男の尻ですか? まあ、やりますけどね」

 

「女の可愛がり方はわかりますが、男か……」

 

「仕方ないですねえ」

 

 男たちが口々に言った。そのうちふたりは笑っている。

 一郎もさすがにぞっとした。

 エリカたちの安全を確かめるまでは、我慢しようと思ったが、その決心を変えるべきか本気で迷った。

 

「とにかく、なんでもいいから、こいつを屈服させろ。泣きべそかくまで苛め抜け。俺は、ちょっと白色のエルフ女のところに行く……。とにかく、明日の朝までに、こいつを屈服させて、隷属の刻みを成功させろ。そのためなら、尻でもなんでも犯せ──。こいつの心を砕け」

 

 パリスが言った。

 そして、部屋を出ていく。

 

 はっとした。

 エリカのところか……。

 だが、尻を犯すだと?

 どうしようか迷った。

 しかし、やはりだめだ。

 思い直す。

 

 ここで一郎が反撃しても、エリカがそのまま人質になってしまうのは明白だ。

 一郎だけが逃亡に成功しても、万が一エリカの救出に失敗すれば、このパリスは、たいして躊躇することなく、エリカの命を奪う気がする。

 もうひとり、ユイナがいるのだから、人質はひとりでいいと判断するだろう。

 一郎にとっては、エリカたちに比べれば、ユイナなどどうでもいいと思っているが、パリスはユイナが一郎にとって大切な存在だと思い込んでいるようだ。

 それにしても、あいつ、よくパリスを騙すことに成功したな……。

 それだけは感心する。

 

 とにかく、なんとか、コゼとイライジャが捕らわれていないというのはわかったが、だとしたら、あとはエリカだ。

 あいつの安全を確保さえすれば、どんな反撃をしても問題ない……。

 

 そして、パリスが部屋から出ていく。

 一郎は、三人の男とともに残された。

 

「ちっ、仕方ねえ……」

「やるか……」

「ああ」

 

 ほんの少しの戸惑いのあと、男たちが一郎の周りに集まって動き出した。

 どうやら、進んで男の尻を犯す趣味はないみたいだ。

 それだけは少しほっとする。

 

「ほら、薬だ。すぐに効いてくるぜ」

 

 ひとりが指にまぶした油剤を一郎の尻たぶを割って塗り込めだした。

 

「ん、んん……。ふふ、尻を掘られるのがこんなにくすぐったいとはね」

 

 一郎は冗談めかしく言った。

 だが、内心は腹が煮えかえっている。

 そして、すぐに、尻のむず痒さが襲い掛かってきた。

 また、どうやら、油剤には痒み剤だけじゃなく、筋肉の弛緩剤も含まれていると思う。

 内襞の溶けるような痒みと疼きに加えて、お尻の肉が柔らかくなり、指から妖しい感触を覚えるようになってきた。

 

「ううっ、くうう……」

 

 指が抜けると、すぐに痒みの苦しみが襲い掛かってきた。

 

「いい声で泣きな。尻をいじって欲しくなったら言ってくれ。三人で順番に犯してやるから」

 

 ひとりが言った。

 一郎はだんだんと拡大していく尻の穴の痒みの苦しさに歯を喰いしばった。

 

 そのときだった。

 さっきパリスが出ていった扉で小さな音がした。そして、小さな隙間が開く。

 一郎は訝しんだが、驚いたのは、その直後に、突然に三人の男がその場に崩れたことだ。

 気がつくと、三人とも床に倒れ込んだまま、寝息をかいている。

 一郎は呆気にとられた。

 すると、扉が開く。

 

「あ、あんたか……」

 

 一郎はにやりと笑った。

 部屋に入ってきたのは、営庭で淫魔術を刻んでやったブルイネンだった。

 ガドニエル女王の親衛隊長だとステータスにあった美貌のエルフ軍の女隊長だ。

 頬を染めて、顔を上気させている。

 息も荒い。

 かなり動揺している様子だ。

 

「わ、わたしは……な、なにをしているかわからない……。だ、だけど、あ、あなたを逃がす……。わ、わたしはブルイネン……。ガドニエル女王親衛隊の隊長だ……。だ、だけど、い、いま、この瞬間に、わたしは……わたしの地位も、上級貴族としての称号も捨てる……。あ、あなたを助けたい……。す、すぐに……」

 

 ブルイネンが一郎に駆け寄ってきた。

 そして、足元で倒れている男たちから、一郎の枷を外す鍵を探そうとする。

 

「ま、待ってくれ……。こ、このままでいい……。それよりも頼みがある……」

 

 だが、一郎はそれを留めた。

 

「な、なに? どうしたのだ? 惑っている時間はないぞ。わたしは、営庭で操られて魔道を味方に放ったことで、自室に監禁されている状況だ。それをこっそりと魔道で抜けてきたのだ。しかし、すぐに発覚するだろう。いまこの瞬間にも……」

 

 ブルイネンが必死の口調で言った。

 しかし、一郎は宙吊りのまま、首を横に振る。

 

「枷の鍵は、おそらくパリスが……も、持っている……。ここにはない……。そ、それよりも、いま三人を無力化したのは……睡眠魔道だな……。だったら、お、起きたら……あ、暗示がかかるようにしてくれ……。ま、幻の記憶を刷り込んで……。お、俺のことはそれだけでいい……」

 

 一郎は痒みに耐えながら言った。

 このくらい耐えてみせる。

 一郎は、エリカたちの“ご主人様”だ……。

 これくらいの苦痛など……。

 

「幻の記憶……? い、いや……。それよりも、このままでいいとはなぜだ──? とにかく、逃げないと──」

 

 ブルイネンが焦ったように言った。

 

「こいつらには、俺の尻を犯したという記憶を植えつけてくれ。とりあえず、それだけでいい……。次の尻の危機のときには、まあ……また、方法を考える」

 

 一郎は空元気の笑みを浮かべて、ブルイネンに対してうそぶいてみせた。

 

「尻を犯した記憶?」

 

 ブルイネンが困惑した声を出すとともに、羞恥のためか顔を真っ赤にした。

 

「頼むよ……」

 

 一郎はにやりと微笑んだ。

 すると、ブルイネンが不意に泣きそうな顔になった。

 

「あ、あなたは、ふ、不思議な人だ……。どうしてここにやって来て、なにを知っている? どんな罪を犯したのだ? どうして、カサンドラ様はあなたにこだわる?」

 

「知らないよ。言っていくが、俺たちはなにもしてない。無実の罪だ」

 

「わ、わかった……。信じる。もしも、知っていれば教えてくれないか? わ、わたしはおかしい……。なにか変だ。この数日のことをよく覚えてないのだ。そして、さっき気がついたが、直属の部下が消えている。誰もいない……。一緒に来たはずなのに……。それなのに、わたしはさっきのさっきまで、そのことに気にしていなかった……。わたしだけじゃない。この水晶宮のエルフ族は全員が変だ」

 

「変?」

 

「ああ、おかしいのだ──。誰も信用できない――。だから、わたしは、最初にガドニエル様のところに行こうと思ったのだ。それなのに、イムドリスへの帰還を弾かれてしまった。親衛隊長のわたしが……。なあ、ここで、なにが起きている? 教えてくれ。あなたはなにを知っている――」

 

 ブルイネンが一郎に向かってまくしたてた。

 イムドリス?

 確か、エルフ族の女王のいる隠し宮殿のことだったか?

 

「……こ、このままでいいから、詳しく話せ」

 

 一郎はそれだけを言った。

 

 

 

 

(第71話『捕らわれた淫魔師』終わり、第72話『下層地区のエルフ女囚』に続く)



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 第31話  下層地区のエルフ女囚
434 洗脳訊問


 光が眩しかった。

 

 一瞬だけ、自分が置かれた状況がわからなかったが、すぐにロウとともに、エルフ兵たちに捕らえられたのだということを思い出した。

 得体の知れない術で、素裸に服を剥かれた挙句、庭園のような場所に連れ込まれて、兵に囲まれたのだ。

 それでも、抵抗はしたものの、最終的には、あのユイナが連行されて、大人しくしなければ、ユイナを殺すと脅されたのだ。

 

 正直、ユイナなどどうでもよかったが、ロウはそれで抵抗を諦めて、連中に投降した。

 ロウが決めたのなら、エリカは従うしかない。

 武器を捨てて、抵抗を諦めた。

 その瞬間に、エルフ兵が殺到して、エリカを拘束して抵抗の手段を奪った。

 首に毒の仕込みんだ針を刺されて、身体を弛緩させられ、両手首には魔道封じの腕輪を嵌められた。

 その直後、行動の自由を失って、膝から力が抜けて倒れ込んだことは覚えている。

 

 そのとき、同じように捕らえられたロウもまた、エリカの隣で捕らわれた。

 そのときのことで覚えているのは、最後にロウが捕まえていたブルイネンの耳元に口を寄せて、なにかをささやいたことだ。

 しかし、なにを話しかけたのか、エリカにはわからなかった。

 あるいは、大切なことを言ったかもしれないが、エリカにはロウがなにも喋らなかったようにしか感じなかった。

 首から注入された毒が急速に回って、意識が消えかけていったからだ。

 エリカもロウに問い返そうとしたが、果たせなかった。

 

 ただ、そのときには、ロウはエリカから視線を離して、エリカたちを見下ろす、少年のような人間族の男に顔を向けていた。

 そいつは、パリスだった。

 パリスは、エリカがアスカ城にいたときには、アスカの従者だと思い込んでいた少年だったが、どうやら、実はもっとほかの役割を持っていたようだ。

 いずれにしても、、不思議に思ったのは、ロウがそのパリスに微笑みを向けたことだ。

 しかも、ただの笑みではない。

 

 会心の微笑み──。

 そんな感じの笑みだった。

 

 しかし、それが最後だ。

 次の瞬間、エリカの意識は急速に遠のいていった。

 

 そして、いま、やっと覚醒をした。

 

 見えたのは天井だ。

 どうやら、大きな台の上のような場所に仰向けに寝かされているようだ。

 とにかく、起きあがろうとした。

 

 だが、できなかった。

 ほんの少し身じろぎのようなことをするだけで、吐気がするほどの苦痛が全身を走ったのだ。

 手足を拘束されている雰囲気はないのだが、台の四隅に真っ直ぐに伸びているらしい四肢のどの部分を動かしても、胸を潰されるような苦痛を感じる。

 

「身体を動かそうとしない方がいいぜ。どうせできないし、強引に動かすと、頭の線がずたずたに千切れて、二度と元に戻らなくなる。それくらい、強い薬を使った」

 

 不意に声がした。

 びっくりした。

 その相手が誰なのかすぐにわかった。

 

 パリスだ──。

 

 エリカは、大きな穴の上にぶら下げられて、全身をくすぐる苦汁を味わわせた、このいやらしい声をよく覚えている。

 首が動かないので、懸命に五感を研ぎ澄ます。

 どうやら、パリスはエリカが寝かされている台のすぐ横にいるようだ。

 ほかにも人の気配はある。この部屋の隅に数名……?

 ロウの気配はない……と思う……。

 

「……ロ、ロウ様……はどこ……?」

 

 エリカは口を開いた。

 言葉を放った途端に、凄まじい苦痛が襲いかかってきた。

 これほどの苦痛をエリカは感じたことはなかった。

 頭や身体の内側から、なにかをぐちゃぐちゃに喰い絞られているような恐怖が襲いかかってくる。

 これだけで狂いそうになる苦痛を、エリカはなんとか呼吸を落ち着かせることで和らげた。

 

「おっと、薬が効きすぎているようだな。これじゃあ、会話にもなりゃしねえ。言語感覚だけはまともに戻してやるぜ」

 

 その言葉の直後に、首にちくりとした痛みを感じた。

 すると、呼吸がかなり楽になった。

 込みあげる吐気もすっと消えていく。

 

「はあ、はあ、はあ……。ロ、ロウ様は……?」

 

 どうやら、首に打たれたのは解毒剤のようだ。

 身体の弛緩は戻らないが、かなり楽になっている。

 

 首を動かした。

 首から上はなんとか動く……。

 やはり、エリカが寝かされているのは、装飾のない一個の寝台だ。

 視界の端に、寝台の横の椅子に腰掛けている

 

「あの色男か? 別の場所だ。あの男の目の前で、お前を犯して泣かせてやろうと思ったがやめた。得体の知れない奥の手をしているような予感がしたしな……。それとも、ロウがいなければ、その企みを使えねえか?」

 

 パリスが笑った。

 だが、その言葉の響きには、パリスの苛立ちや悪意がこもっている気がした。

 いずれにしても、エリカには「奥の手」などない。

 純粋にロウのことが心配だっただけだ。

 

 それにしても、あの小娘には、とことん迷惑をかけられる。

 捕縛する直前の会話によれば、このパリスはユイナが持っていた古い魔道書を手に入れようとしているようだ。

 そして、どうやら、ユイナはどういうつもりは知らないが、ロウにその古文書を渡したとパリスに説明したらしい。

 パリスがこんな大騒ぎをしてロウを捕らえようとしたのも、どうやらそれが理由のようだ。

 

 しかし、間違いなくロウはそれを持っていない。

 本当にはた迷惑な娘だ。

 しかも、そのユイナが人質のようになったとき、ロウは抵抗を諦めて、このパリスに投降を決めた。

 ユイナなど無視して、こんなパリスなど、脳天をぶち割ってやればよかったのだ。

 思い出して、腹が煮えてきた。

 

「とにかく、最初に言っておく。質問をするのは俺だ。お前からの質問はこれ以上は受けつけねえ。さて、じゃあ、もっとおしゃべりになってくれる薬剤を打ってやろう。とにかく、なんでも答えてもらうぜ」

 

 はっとした。

 寝台の横に座るパリスが液体の入った管のある長い針のようなものを持っていたのだ。

 顔から血の気が引くのが自分でもわかった。

 エリカからなにを引き出そうとしているのか知らないが、絶対的な効果のある自白剤のようなものが、エルフ族の秘薬として存在しているのは知っている。

 ここは、エルフ族の中心都市であるエランド・シティだ。

 どういう手段で、このパリスがエランド・シティの実権を手に入れたのかはわからないが、パリスはここを支配しているのであれば、伝承の秘薬をパリスが手に入れるのは簡単だっただろう。

 

 なにを訊きたい……?

 魔道書の場所……?

 そんなものは知らないから、いくら自白させられても問題はないが、薬によって、ロウのことだけじゃなく、まだ捕らえられてはいないはずのシャングリアたち仲間のことを話してしまうかも……。

 

 そんな風に考える一方で、こうなったら、時間を稼ぐしかないだろうかとも思った。

 エリカのところにパリスがいるということは、少なくともロウのところには、パリスはいないということだ。

 あのロウのことだ。

 この得体の知れないパリスさえいなければ、なんとか逃亡に成功するのではないだろうか……?

 

「さて、どうやら、その顔は気がついたようだが、この告白剤はエルフどもの秘薬だ。だが、せっかくの薬剤だ。別の薬と併用させてもらうぜ。少しでも、お前が気持ちよく喋ってくれるようにな。お前は、あの男のお気に入りのようだしな。その男の女を寝取る……。俺はそういうことをして、他人をおちょくるのが好きでな」

 

 パリスはくすくすと笑った。

 別の薬……?

 耳を疑ったが、そのときには、首にちくりと痛みが走っていた。

 

 続いて、腕……。

 さらに、太腿にもなにかが打たれ、最後にもう一度首になにかを注入された。

 

「な、なにを……」

 

 すぐに違和感が襲ってきた。

 全身に痒みとも痛みともつかない感覚がやってきたのだ。

 まるで、身体の中を無数の蟻がうごめいているような、ぞっとする感覚だ。

 

「ひっ、ひいいっ……。な、なにこれ……。なにをしたの──?」

 

 エリカは叫んだ。

 これは不味い……。

 本能的な恐怖を覚えたエリカは、とにかく逃げようとした。

 だが、やはり、全身は金縛りになったように動いてはくれない。

 

「お前の身体には、魔道の封印のようなものを感じるな……。あの男に刻まれているか……? さしずめ、ほかの男に犯されないようにか……? だが、魔道というのは絶対じゃない。実のところ、俺は淫魔術というのをまるっきり不案内というわけじゃない……。だから、それをどうやって解けばいいのかは知っている。淫魔術は心の魔道だ。だから、お前がなにかを刻まれて、貞操を護っているのだとしても、お前の心が溶ければ、その封印は自然と失われる……」

 

 びっくりした。

 パリスが口にしたのは、ロウがエリカたちに施した淫魔術による貞操帯代わりの刻印のことだろう。

 ロウは、得意の淫魔術により、エリカたちがほかの男たちの玩具にはならないように、ほかの男たちに犯されようとすると、局部が緊張して異物を受けつけられないようにする仕掛けをしてくれたのだ。

 だが、パリスはそれを消そうとしている……?

 愕然とした。

 ロウの施した仕掛けが破られるとは思えないが、冗談じゃない。

 

「これだ。この感覚……。まずは、それを覚えな……」

 

 パリスがエリカの乳房に手を伸ばすのがわかった。

 いま気がついたが、エリカは捕らえられる直前の状況のまま、完全な素っ裸だ。

 その無防備な胸にパリスの手が触れる……。

 

「はあああああっ」

 

 その瞬間、なにかが弾けた。

 まるですさまじい電撃でも受けたように、身体が硬直した。

 パリスの指が当たった乳首の頂点に、エリカの感覚のすべてが集中して、爆発するような快感がエリカの全身を駆け巡った。

 パリスの手はすぐに離れていったが、それを追いかけるように、エリカの身体は動かない身体を懸命にパリスに向かって伸ばそうともがいた。

 

 しかし、慌てて歯を喰いしばった。

 失いそうになった自制と自我をエリカは、なんとか戻す。

 これは危険だ。

 信じられないような強力な媚薬を打たれたのだ。

 エリカはそれを悟った。

 

「色っぽくももがくじゃねえか。犯されたくなったら言いな。お前がそれを望めば、封印も解けるだろう。まあ、もっとも、俺のちんぽは、俺に役に立つ情報と引き換えだけどな」

 

 パリスがくすくすと笑った。

 かっとしたエリカは、パリスに悪態をつこうとした。

 

「んなああっ、あああああっ」

 

 だが、できなかった。

 パリスの指がすっとエリカの横腹を擦ったのだ。

 それだけのことだ。

 しかし、たったそれだけの刺激で、エリカは声を振り絞るような嬌声をあげてしまった。

 

「これはどうだ?」

 

 パリスが笑い声を続けながら、エリカの股間に手を伸ばした。

 ぴんぴんとパリスがエリカの肉芽を弾く。

 

「んぐうううっ」

 

 エリカはぴんと全身を硬直させ、呆気なく達してしまった。

 パリスが爆笑するのがわかった。

 しかし、口惜しくても、エリカにはなにもできない。

 わずかに残っているエリカの自制心が、エリカの目から涙を流させたことに気がついた。

 

「さて、じゃあ、そろそろ話を聞こうか。まずは、どうして、エランド・シティにやって来た。そこから訊ねようか」

 

 パリスは言った。

 

「そ、それは……」

 

 絶頂の余韻にひたりながら、エリカはなんの抵抗もなく、自分がパリスの質問に答えるために口を開いたことに驚愕してしまった。

 

「くっ」

 

 エリカは必死になって、開きかけた口を閉じ直した。

 そして、愕然とした。

 たったいま、エリカはパリスの質問に対して、なんの躊躇いもなく応じようとしていた?

 辛うじて意思の力でそれを制したが、そのためにエリカは、大変な労力を必要とした。

 そのことに呆然とするしかなかった。

 

 訊ねられたのは、エランド・シティにやって来た目的であり、それはユイナを探しにきたということであって、そのこと自体はパリスに知られても、どうということはない。

 しかし、恐怖したのは、服用されられたらしい自白剤の効果だ。

 だから、薬物に完全に支配されたとき、おそらく、エリカはパリスに対して秘密を守ることなどできなくなるだろうと思った。

 そのときには、ロウの不利になることを口にしてしまうかもしれない。

 エリカは、拘束されている背中に汗がどっと噴き出るのがわかった。

 

 そのときだった……。

 

「ふううっ」

 

 エリカは動かないはずの身体を全力で弓なりにして、吠えるような声をあげてしまった。

 パリスの手が、エリカの豊かな乳房を根元から締めあげ、さらにせり上がるように乳首に伸びて、くいと尖頭を軽くひねったのだ。

 それだけの動きだ。

 

 だが、エリカは突き抜けた快感に、ぶるぶると身体を震わせて吠えるような声を出さずにはいられなかった。

 強烈な媚薬を打たれたエリカの身体は、信じられないような敏感な状態になっている。

 たったいま、達したばかりだというのに、ほんのちょっと胸を触られただけで、エリカはすでに二度目の絶頂寸前の状態まで快感を引きあげられてしまっていた。

 

「くくく……。なかなか色っぽいじゃねえか。こんなにもいい女だとわかっていれば、アスカの“ねこ”だった頃に手を出して、性奴隷にしておくんだたったな……」

 

 パリスが勝ち誇ったように笑った。

 その態度に腹が煮えくり返る。

 しかし、エリカの身体はほとんど身動きできないほどに弛緩されているし、魔道についても封印されてしまっている。

 さらに、こんなにも媚薬漬けにさせられて、いまのエリカには一切の抵抗の手段が残っていない……。

 

 どうしていいかわからない……。

 いずれにしても、エリカをこうやって好き放題にいたぶるだけでなく、あまつさえ、性奴隷にしようという言い草に腹がたった。

 エリカに触れていい男はただひとり。

 

 ロウだけだ──。

 

 それを言い返そうとした。

 

「あううっ」

 

 だが、エリカはなにも喋ることができないまま、派手に身体を弾ませてしまっていた。

 パリスの指が太腿に伸びて、すっと指をなぞったのだ。

 そんな軽い愛撫にも関わらず、そこから響きわたった衝撃は、頭が溶けそうなくらいに甘美なものだった。

 

 異常なまでの快感……。

 

 これほどに嫌悪をしている男からの愛撫にも関わらず、性感という性感が目覚めさせるような衝撃……。

 いくら歯を喰いしばっても、迸ってしまう嬌声……。

 エリカはなにもできない口惜しさに、つっと目から涙がこぼれるのがわかった。

 

「くくく……。どうだ? お前の心に絶望の色が見えてきたぜ……。そろそろ、俺の奴隷になりたくなってきたんじゃねえか? あの淫魔師のお気に入りらしいお前を、あれの目の前で寝取る……。ああ、それもいいか……。ちょっとした思いつきだが、あの生意気な男を殺す前の余興としては愉しそうだ。もうちょっと落ちてもらうか……」

 

 はっとした。

 パリスから魔道の流れがエリカに注ぎ込んでいることに気がついたのだ。

 

 そうだ……。

 こいつは、闇魔道師……。

 

 ロウがこのパリスの能力について、そんなことを匂わせるような物言いをしていて、それでエリカ自身が指摘したのだ。

 闇魔道師とは、心の闇の部分に取り込み、それに巣食って他人を操り、ときには、恐怖によって心を押しつぶし、生命の源さえ消失させてしまう魔道遣いだ……。

 

 ロウの淫魔師も存在が伝承に包まれている存在だが、闇魔道師もまた、あまり存在が知られていない珍しい存在である。

 人の心を操るという存在が、世間から受け入れられるわけもなく、もしも、存在が発覚すれば、問答無用で存在を消滅させるような対象とされている。

 だからこそ、謎も多いのだが、エリカはアスカのところにいたときに、そんな怪しげな存在についての書物や記録に接したことがあるので、知識があったのだ。

 

 パリスは闇魔道師……。

 

 いずれにしても、そのパリスの魔力が、媚薬に犯されているエリカの身体に、どんどんと入り込んでくる。

 それにもかかわらず、魔力を制御されているエリカには、それを妨げることはできない。

 ただ、受け入れるだけ……。

 エリカを本物の恐怖が包む……。

 

「もう一度、触るぞ」

 

 パリスの手がすっと、再びエリカの胸に触れる。

 

「うはあっ」

 

 たちまちにエリカは身体をまたもや震わせて、身体を跳ねあげていた。

 すでに、体内の欲情は激しく燃えあがり、わずかに身を捩るだけで性感が沸騰するようだ。

 

「もう、たまらないだろう? このままじゃあ、気が狂うかもな。さあ、俺が欲しくなったんじゃねえか? ここから先の刺激が欲しくねえか?」

 

 パリスがそう言って、すぐにエリカの胸から手を離した。

 エリカは思わず小さな声をあげてしまった。

 パリスの手が離れていくことが、途方もなく寂しく感じたのだ。

 

 いや……。

 

 そのことにぞっとしているエリカもいたが、いまは、胸が裂けるほどの切なさを感じているもうひとりのエリカが、それにとって代わろうとしている。

 それがわかったが、エリカにはどうすることもできなかった。

 いま、エリカはパリスの愛撫を求めているようだ。

 憎悪と恐怖の対象でしかないはずのパリスだが、それをエリカは受け入れようとしているようだ。

 

 なにかが壊れていく……。

 心が砕かれようとしているようだ。

 

 パリスのやっていることは、エリカの性感と感情を支配して、理性を消し去り、そこにパリスを慕うもうひとりのエリカを作るということだろう。

 

 これが闇魔道……。

 

 エリカは愕然とした。

 でも、もう抵抗できない……。

 情けないが、心と身体はすでに離反している。

 

「すでに、まんこはできあがってるな。そろそろ堕ちるか?」

 

 パリスの指が無防備なエリカの股間にすっと動くのがわかった。

 エリカは歯を喰いしばった。

 

「んぐううっ」

 

 エリカは迸った呻き声とともに、動かないはずの身体を限界まで弓なりにしていた。

 股間に指が当たったのだ。

 全身が爛れるような快感に、頭が一瞬にして白くなりかける。

 ぐいぐいと股間に押しつけられる指に、エリカは狂いそうになった。

 

「……指すらも受けつけねえのか……」

 

 そのとき、パリスが険しい表情をしていることに気がついた。

 追い詰められている頭では、パリスの考えていることにはすぐに思い至らなかったが、どうやらエリカの股間に指を挿し込もうとして、それが阻まれたことが気に入らないのだとわかった。

 エリカはそれを残念に思った。

 

 いや……。

 どうして……。

 

 一方で、さっきまでは、嫌悪しか覚えなかったパリスの声がとても心地よく心に響く。

 

 指が離れる。

 またもや、大きな失望感がエリカを襲う。

 もっと、触って欲しい……。

 近づいて、抱き締めて欲しい……。

 狂おしいほどの感情がエリカを支配しようとしていた。

 

 駄目──。

 

 愕然とするしかなかった。

 いまのは、本当の自分の感情じゃない……。

 

 いや、その感情そのものを狂わされているのだ……。

 

 闇魔道……。

 

 パリスに対する強い慕情を抱きながら、一方でエリカは、全力でそれを否定しようとしていた。

 まるで、別のエリカが、本物のエリカにとって代わろうとしているかのようだった。

 自分がパリスに愛情を感じるはずはないのだから、これは強い媚薬とパリスの闇魔道によって、そして、さらにエルフの秘薬でエリカを支配しようとしているのにほかならないのだが……。

 

 それでも、冷静さを失いたくないともがくエリカは、どんどんと心の深い部分に押し込められていく。

 代わって前に出てきたのは、パリスの声を心待ちにしている新しいエリカだった。

 

 いや……。

 それこそが、本物のエリカ……?

 それ以前のエリカこそ、まやかしに過ぎない……?

 それにしても、身体が熱い……。

 

 (ただ)れ……。

 

 ……そうだ……。

 

 火のついたように燃えあがっているエリカの性感は、心の底から刺激を必要としていた。

 いまや、風の流れでさえ、いきそうだ。

 わけのわからない力で、エリカは自分を完全に見失っていた。

 

「まあいい……。繰り返せば落ちるか……。だったら、それだけ熟れた身体だ。だが、俺の許可なく絶頂できなくさせてやろう……。そらよ……。もう一度やるぜ。俺が欲しいなら、そう言うんだ」

 

 声がした。

 またもや、パリスの魔道がエリカに注がれる。

 そして、エリカの脇腹に、パリスの手が触れる。

 

「ああああっ、いいいいいっ」

 

 その瞬間、電撃を帯びたかのようにエリカの身体は硬直した。

 全身の感覚がパリスの手が触れた場所に集まる。

 まるで、そこが性器そのものになったかのようだった。

 

「いくら、挿入を拒んだところで、外に飛び出している突起は隠せねえしな」

 

 パリスがエリカのクリトリスを襲う。

 

「んひいいっ」

 

 全身に電撃が貫いたような快感が貫く。

 絶頂の大波がエリカの中に巻き起こった。

 エリカは全身を硬直させた。

 だが、なにかがおかしかった。

 あがりきったものが落ちることもなければ、あがることもない……。

 ぎりぎりの一点でぐるぐると回っている。

 エリカは、さっきパリスがエリカから絶頂を取りあげるというようなことを口にしたことを思い出した。

 

「ははは、今度こそ、俺に支配されたくなっただろう。気持ちよくなるためには、もう、俺に落ちるしかないんだからな」

 

 さんざんにエリカを(なぶ)ってから、パリスはまたもや手を離した。

 もう、エリカには、ほんの少しの冷静さも残っていない。

 完全に淫欲に支配されてしまった自分を感じてしまった。

 

 とにかく、全身が熱い……。

 肌に流れる汗でさえいきそうになる。

 

「……もう一度だ……」

 

 パリスがエリカの股間を愛撫する。

 

 エリカは吠えた。

 

 狂ったような快感……。

 絶頂をするのに遥かに十分な甘美感が身体を襲う。

 

 しかし、いけない……。

 

 やはり、ぎりぎりのところでとまる……。

 

 もう……。

 狂いそうだ。

 

 いや……。

 すでにおかしくなっている……。

 

「俺の声を聞け……。どんな風に聞こえる? そろそろ、素直にならねえと、心が毀れちまうぞ……」

 

 パリスが手を離して高笑いする。

 

「……それとも、もう少し時間をかけるか? しばらく、放置して様子見るか……」

 

 ぎくりとした。

 パリスが立ち去る気配を示したのだ。

 

 心の底から驚いた。

 パリスがどこかに行く?

 そんなことに耐えられそうにない……。

 絶望的な気分になる。

 

「ま、待って――」

 

 エリカは目を見開いて、パリスを見上げた。

 薄っすらと笑っているパリスの顔がある……。

 

 そこにある眼を覗くだけで、エリカは切なさに支配された。

 もう、触ってくれないのだろうか……?

 すぐ、そこにいるのに……。

 

 パリスとの距離が途方もなく、遠く感じた。

 寂しさを受け入れられる気はしなかった。

 抗うことのできない力によって、エリカは自分を見失った。

 

「や、やめないで……」

 

 口にしていた。

 

「おっ? もう堕ちるか? だったら、やめねえよ……。気持ちよくしてやるから、お前たちの仲間のことを全部教えな……。特に、あの淫魔師のことをな……」

 

 パリスが言った。

 その言葉が嬉しかった。

 沈みかけたエリカの心は、パリスの声で一気に晴れやかなものになる。

 まるで耳を愛撫されているような気持ちのいい声……。

 彼の望むことを喋らなければ……。

 エリカは懸命に頭を働かせた。

 

 そして、なにかが爆発した。

 

 いつの間にか、エリカは堰を切ったように、パリスに向かって話しかけていた。

 

 エリカは喋り続けた。

 パリスは、それをにこにこしながら聞いている。

 もう、なにがなんだかわからない。

 

 とにかく、語り続ける。

 

 幾つか質問をすることもあったが、大半はパリスは沈黙したままだ。

 エリカは喋り続けた。

 

 パリスの関心を引くために……。

 どんなことを話せば、パリスが気に入るか……?

 どうすれば、パリスが優しくしてくれるか……?

 

 そのことを考え続けて、懸命に話すべき言葉を探し続けた。

 息をすることも忘れるようにエリカは喋り続けた。

 

 いつしか、凄まじい疲労に襲われ、言葉を発し続けることが困難になってきた。

 自分でもなにを喋っているかわからなくなり、やがて、意味のない言葉を呟いているだけになって気がした。

 それでも、エリカは一生懸命に、パリスに向かって、彼が気に入ることを教えようと、舌が完全に動かなくなるまで、話しかけ続けた。

 

 これまで、ほかの男がいた心の場所に、パリスが取って代わるのをはっきりと感じた。

 もちろん、そのことに、エリカは心の底からの幸せを感じていた。



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435 冒険者ギルド長の遭難

 結局のところ、エビダスに入ってきた情報の中から確信的なものは得られなかった。

 

 ロウ=ボルグという男は何者なのか?

 わかっているのは、彼がハロンドール王国の王都から派遣された(シーラ)ランクの冒険者であり、何度も特異点の封印に成功している凄腕の冒険者パーティのリーダーだということだ。

 特段に犯罪歴などはない。

 そもそも、犯罪歴がある時点で、(シーラ)ランクなどあり得ないし、改めて調べてみると、ハロンドール王都では、王家とも昵懇らしく、冒険者でありながら功績により子爵の地位を得ている成功者だ。

 なかなかの人物といっていい。

 

 ただ、人物として、わかったのはそれくらいだ。

 さすがに、それ以上のことは調べられなかった。

 エルフ族の行政府長である太守夫人のカサンドラが、いかなる理由により、ロウ=ボルグたる冒険者を捕らえようとし、戒厳令まがいの大捜索網を敷いて、ほぼひと晩のあいだエルフ軍を大量動員までやったのかは、一切が不明だ。

 

 エビダスが知りうる限りにおいて、ロウ=ボルグという冒険者は、ナタル森林との接触はない。

 もっとも、エビダスが知ることができたのは、ロウがハロンドールの王都で冒険者となった、二年足らず以降のことであるので、それ以前の行いがもたらすものということであるのかもしれない。

 

 エビダスは、溜息をついた。

 つまりは、あれから集めまくった情報においては、ロウという人物について、なんの落ち度らしきものを見つけられなかったということなのだ。

 

 コゼとイライジャのふたりに申し訳ないことをやった後、エビダスは、ロウという男が悪人なのか、それとも、本当に庇護すべき対象だったのかを調べようとして、ギルドにある通信具を使って記録を集めまくった。

 だが、結局、ロウがなんらかの犯罪行為をやったという情報は得られなかった。

 それは、エビダスにとって、愉快なことではない。

 エビダスが、冒険者ギルド法に反して、(シーラ)ランク冒険者パーティメンバーを軍に引き渡したというのは事実ではあるものの、ロウが道義に反する十分な罪を犯していたというのであれば、エビダスの罪悪感は慰められる。

 だが、調べた限りにおいて、エビダスの今朝の決断というのは、正しかったのか、それとも、正しくなかったのかわからない──ということだ。

 

 コゼとイライジャと名乗ったふたりの女……。

 明け方前に突如として、この冒険者ギルドにやってきて、保護を求め、さらに、ロウという男の救援に協力をするように依頼してきた。

 だが、エビダスは、拒否した。

 

 このナタル森林において、水晶宮の権威、そして、エルフ女王のガドニエルは絶対だ。

 それに逆らえば、いなかる組織も、個人も存在し得ない。

 だから、水晶宮に追われているロウという男をギルドで助けるなどというのは、あり得ることではない。

 既存の権力から独立する国境を越えた巨大な互助組織というのが、冒険者ギルドの存在意義だが、ナタル森林内で成立したばかりであり、ひとつの地方支部も持っていないナタル森林の冒険者ギルドでは、力が弱すぎる。

 

 エビダスは、水晶宮と敵対する決断をすることができず、ギルドにやって来たコゼとイライジャというふたりの女を傷だらけのまま、転送術が刻まれている護符で、まだ水晶軍の捜索隊が徘徊している下層地区の広場に騙し送った。

 エルフ軍の捜索隊の捕縛対象には、ロウのみならず、彼のパーティメンバーも含まれているのは当然なので、おそらく、彼女たちはあのまま水晶軍に捕らわれたのは間違いないだろう。

 なにしろ、回復薬だと嘘をついて、睡眠剤を服用させたうえに、広場に転送したのだ。

 万が一にも、逃亡に成功したはずはない。

 

 その証拠に、あれだけ動き回っていた水晶軍は、陽が昇ってシティが明るくなる頃には、軍を引きあげて、下層地区にはいつもの平穏が戻っている。

 つまりは、水晶軍の目的が、ロウにしろ、コゼとイライジャだったかにしろ、すでに捕らえたということに間違いないと思った。もしも、彼女たちがまだ捕らわれていなければ、いまだにエルフ兵が下層地区を動き回っていたに違いないのだ。

 

 それで、上級貴族への伝手や行政府に入り込ませている情報屋を総動員して、確認したところ、ロウらしき男が水晶軍に捕らえられたという情報は得ることができた。

 たったいまのことだ。

 引き続き、情報を集めて、有益なものを得次第に、この下層地区の冒険者ギルドにいるエビダスに送らせる手筈になっている。

 

 エビダスは、ギルド長としての執務室を出て、普段は冒険者が集まっているロビーに向かった。

 そこでは、ギルド職員数名が勤務をしている。

 もっとも、冒険者はまばらだ。

 今日においては、クエスト終了報告以外の受付は中止をして、新たなクエスト斡旋や、素材買取などの業務は実施しないという旨を達しているからだ。

 さすがに、昨夜の今日だ。

 あれが、なんだったのかわからないうちは、ギルドとして冒険者をシティ内で動かすわけにはいかない。

 

「なにか、新しい情報は?」

 

 残っているギルド職員にエビダスは声をかけた。

 通常業務がない代わりに、職員には、昨夜の顛末に関する情報収集をするように命じている。

 外に出ている職員も、そのために動いている。

 

「特には……」

 

 残っていた職員がエビダスに応じた。

 

「そうか」

 

 エビダスは頷き、そのままギルドの建物内にある厠に向かった。

 ナタル森林以外の場所では、厠は建物外にあることが多いと耳にするが、ナタル森林でしか製作できないクリスタル石、すなわち、魔法石がふんだんにあるエランド・シティでは、魔法石を埋め込んで作った魔具により、糞尿を水流によって送り流すという設備が大抵の場所では整っている。

 だから、厠を建物内に設置できるのだ。

 

 厠に入り、戸を閉める。

 エビダスは、小尿をするために、男の小尿用の便器に向いて、放尿を始めた。

 すると、用を足し終わると思っていたときに、不意に天井に気配を感じた。

 顔をあげると、天井の板が外されて黒い穴が覗いている。

 エビダスは首を傾げた。

 

「動くんじゃないわよ。叫ぶこともね……。そのままにしてなさい」

 

 いきなりだった。

 ズボンから出ている男根の下に、すっと小刀を差し入れられたのだ。

 

「ひっ、なっ」

 

 さすがに声をあげそうになったが、小刀ですっと一物を持ちあげられて、慌てて声を呑み込んだ。

 竦みあがりそうになったが、当てられていたのは刃の背の部分だった。

 

「両手を壁につけなさい。その粗末なものは、そのまま出してなさい」

 

 若い女の声──。

 エビダスは、その声の持ち主が誰であるのかわかった。

 確か、コゼ……。

 生きていたのか……。いや、捕らわれなかったのか……。

 

 言われたとおりにする。

 すぐ後ろにいるのにコゼの気配は全く感じない。

 ただ、小刀を持つ腕だけが、にゅっとエビダスの股間に突き出されているのみだ。

 

「コ、コゼ殿か……。い、いや、あ、朝のことは……そ、その……」

 

「まだ、喋らなくてもいいわ……。ただ、もしも、あんたのここをちょん切ってもらいたければ、いくらでも叫ぶといいわ……。とにかく、よくもやってくれたわね。もちろん、仕返しされる覚悟はできてんのよね」

 

「そ、その……許してくれ……。ギ、ギルドを守るために仕方なく……」

 

「仕方なきゃ、なにやってもいいの? ギルド資格を剥奪される覚悟はしなさい。それと、あんたのそこがなくなるのもね」

 

「うわっ、か、勘弁してくれ。た、頼む──」

 

 エビダスはさすがに恥も外聞もなく哀願した。

 背中に冷たいものが流れ続けている。

 いずれにしても、コゼたちはエルフ兵たちから、うまく逃げ延びたのだと悟った。

 怒るのも当然か……。

 

「この建物には、警備のための結界が張ってあるわよね。解除しなさい……」

 

 警備の結界?

 確かに、このギルドの建物には、侵入者防止のための探知結界が張ってある。もちろん、ギルド長であるエビダスは、その警備結界の解除も展張もできる。

 

「だが……」

 

 エビダスは戸惑った。

 すると、一物の下に置かれている小刀が刃の側が上になるように、裏返る気配を示した。

 

「うわっ」

 

 慌てて、指の魔道リングを通じて、警備の結界を除去をする。

 エビダスたちドワフ族は、全員が魔道を遣えるが、この魔道リングを通じて魔道を発揮する。

 その直後に、厠の外に誰かが現われる気配が発生した。

 転送術?

 そんな感じだ。

 

「結界を戻していいわ……。警備結界を解除したままだと、ほかの職員が怪しむものね」

 

 コゼの声……。

 エビダスは再び警備のための結界を張り直す。

 

「指輪を外して渡しなさい……」

 

 小型を持っていないコゼの手が前に来た。

 エビダスは、壁に手を付けたまま指から魔道リングを外して、その手に載せる。

 手が引っ込む。

 股間の下の小刀が引っ込み、素早く喉に移動する。

 

「しまいなさい。ゆっくりとね……。ちょっとでもおかしな動きをすれば、喉を引き裂くわ」

 

 コゼが言った。

 エビダスは口の中に溜まった唾液を呑み込んだ。

 コゼの言葉に嘘はないだろう。

 彼女が凄腕のアサシンだということは、完全に理解した。

 いまこの瞬間にありながら、エビダスともあろうものが、彼女の気配を背後に感じない。

 まるで、小刀をつけつけている腕だけがここに存在するかのような錯覚に陥る。

 それだけのアサシンなのだ。

 コゼたちをひどい目に遭わせたエビダスを殺すことを躊躇うとは思えない。

 とにかく、外に出したままの一物をしまった。

 すっかりと縮こまっているが、とりあえずほっとした。

 殺されるとしても、性器を露出したままの情けない恰好で死にたくない。

 

「両手を頭の上に……。こっちを向いて床に座って……」

 

 言われるとおりにする。

 コゼは明け方のときとは違い、しっかりとした服装を整えていた。負傷をして弱っていたが、どうやら完全に回復している。

 険しい視線でエビダスを睨んでいる。

 小刀の刃はしっかりとエビダスの喉に突きつけられたままだ。

 

 すると、コゼが厠の戸をこちらから開いた。

 戸の外には、ふたりの女がいた。

 ひとりは黒い肌のエルフ族であり、ここから追い出したとき、コゼと一緒にいたイライジャだ。

 もうひとりはわからない。

 美しい青白い髪をしており、耳が外に出ていないので判別できないものの、多分、人間族だと思う。

 ただ、エルフ族かもしれない。随分と整った顔立ちだ。

 すると、イライジャが口を開いた。

 

「あんたがやったことは、ギルド法違反よ……。わかっているわね。報復の対象として、ギルドから追放されて、賞金がかけられる。つまり、死刑ね」

 

 冒険者ギルドは、その建物内に限り、どんな王や領主にも治外法権の協定を結んでいることがほとんどだが、大抵は一歩建物の外に出れば、その土地を支配する権力者の布く法が適用される。

 だから、通称ギルド法と称する決まり事も、ギルドから抜けて逃亡してしまえば、適用はされないのだが、冒険者ギルドは、ギルド法を犯した者に対して、罪に応じた賞金を懸けて放逐してしまうのだ。

 しかも、武器を持つ者なら剣が握れないように腱を切って……。魔道を遣うものであれば、取り外し不可能な魔道防止の首輪を嵌めて……。

 すると、その賞金目当ての賞金稼ぎたちが、命を奪うというわけだ。

 これがギルド法を犯した者への処置である。

 

「ギ、ギルドを守ろうとして……。す、すまない……」

 

 エランドはそれだけを言った。

 

「ギルド内では、わたしたちについては、どういうことになっているの? 庇護を求めた冒険者を不当に権力に渡したことを知っているのは? あなただけ? それとも、ほかの職員も共犯?」

 

 さらにイライジャが言った。

 コゼが小型の背の側でエビダスの喉をぐいと持ちあげた。

 嘘をつくなということだろう。

 いずれにしても、エビダスには、もう誤魔化す気はない。

 逆らってはならないということは、強く認識できた。

 

「お、俺の独断だ……。あ、あんたらは勝手に出ていったということになっている……」

 

 エビダスは言った。

 すると、もうひとりの女が前に出てきた。

 

「ならば、こっちですね。では、この丸薬を飲んでください。問題ありませんわ。致死性の毒ですけど、効果が出現するのは、丸一日後です。魔道の膜をしています。一日以内に解毒剤を飲めばどうということはありません」

 

「ど、毒?」

 

 さすがにびっくりしたが、丸薬を出しだす女は、にこにこと無邪気そうに微笑んでいる。

 

「拒否できる立場?」

 

 コゼがすごんだ。

 エビダスは、丸薬を受け取って、口に入れる。

 なんとか唾液で喉の奥に流し込む。

 すると、やっとコゼが刃物を引いてくれた。さらに、さっき取りあげた魔道リングを投げ渡される。

 

「返すわ。どうせ、あんたが魔道を遣うよりも、あたしがあんたの喉を引き裂く方が速いしね」

 

「じゃあ、改めて、話をしましょうか。こんなところじゃなんだから、移動しましょう。あなたの応接室でいいわね。言うまでもないけど、人払いをしてよね」

 

 コゼの言葉に続いて、イライジャが言った。

 エビダスは黙って頷き、床に落ちている魔道リングを拾いあげた。



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436 下層地区の牢番

 エリカは激怒した。

 

 

 ……

 

 

「なんてこと、してくれてんのよ、クグルス──。全部、あんたの仕業だったなんて……。おかげで、わたしは、あいつの幻術にかかって、世迷いごとを……」

 

 あまりもの口惜しさに、視界がぼやけてきた。

 どうやら、涙が滲み出てきたようだ。

 しかし、それも仕方がない。

 クグルスのせいだとはいえ、パリスに追い詰められたとき、心の底からパリスのことが愛おしいと思った……。

 理由なく、あいつのことを愛しいと思った……。

 そして、愛の言葉を叫んだ……。

 それが口惜しくてならない。

 

『ば、ばか、口に出すな──。ぼくは、お前の身体の中なんだから、念じれば会話をかわせるよ』

 

 クグルスが焦ったように言った。

 ……いや、念話だ。

 

 クグルスの言葉は、ただ、エリカの頭の中で響いただけだ。

 だが、エリカが声をあげたことで、鉄格子の向こうの見張りたちが、一斉にこっちを見るのがわかった。

 エリカは慌てて口をつぐむ。

 

 どこだかわからない檻の中だった。

 あのパリスの訊問のあと、満足そうに密室を出ていったパリスと入れ替わるように、無表情で壁に張りついていた数名のエルフ兵が、台に仰向けに固定されていたエリカを取り囲んだ。

 そのときには、まるで憑き物でも落ちたかのように、正気に戻っていた。

 だが、寸前までパリスに媚びを売るかのように、あられもない嬌声や哀願の言葉を喚いていたことを覚えていた。

 

 エリカは愕然とした。

 

 でも、どうして、そんな醜態を晒したのが、まるで理解ができないでいた。

 パリスのわけのわからない闇魔道に侵されたせいだというのはわかっているし、しかも、身体に強い媚薬や自白剤などを大量に投与されてもいた。

 その影響だったというのは想像できるが、あの訊問が終わった直後のエリカは、寸前までの痴態が嘘のように、完全にまともだったのだ。

 パリスに対しては、憎悪と憤怒こそあれ、慕情のようなものは皆無だ。

 

 自分はたったいままで、洗脳されていた……?

 そんなことまで、冷静に考えられる。

 この一瞬の変化に戸惑うとともに、自分が晒してしまった行為に激怒した。

 なんということをしたのだ──。

 まさか、ロウを裏切って、パリスに媚びるとは……。

 

 腹が煮えくり返りそうになったが、違和感もあった。

 どう考えても、自分がそんなことを言うわけもないし、たったいままで考えもしなかったが、身体になにかが巣食っているような、妙な気味の悪さもある。

 

 そして、すぐにその正体もわかった。

 

 “もしかして、クグルスね。あんた、わたしの身体にいるんじゃないの──”

 

 だから、そのとき、エリカは思わず怒鳴った。

 

『ば、ばか、声を出すな、あほう──』

 

 頭にクグルスの声が響いた。

 次の瞬間、エリカの口は閉じ、声が出せなくなった。

 なぜか、思考できなくなり、エリカは意識を失った。

 

 そして、いまに至る──。

 

 気がついたのが、この牢の中だ。

 牢とはいっても、壁に作った横穴のような感じであり、足を延ばして寝ることはできるが、立つことはできない。

 そんな牢だ。

 

 そして、鉄格子の向こうにあるのは、兵の詰め所のような場所であり、大きなテーブルがひとつあり、それを木製の椅子がたくさん取り囲んでいる。いま、部屋にいるのは、意地の悪そうな人間族の男女十数名であり、エルフ兵でもなければ、軍服は着ているが、行儀が悪く、とても兵にすら見えない。

 どちらかといえば、ならず者たちという感じであり、エルフ兵に捕らえられていたはずの自分が、なぜ、こんなところにいるのか、さっぱりとわからない。

 

 ともかく、エリカは、この見知らぬ男女たちが見張る大きな部屋の壁にくり抜かれた穴の中に放り込まれており、それを鉄格子の向こうから、見張られているという状況だ。

 部屋には、エリカがいる牢のような場所はほかにはなく、囚人もエリカのほかにない。

 とにかく、エリカは、大きな詰め所に壁をくり抜かれて作られている、ただひとつの小さな牢──。

 エリカはそこにいるのだ。

 

 相変わらず、衣類を身につけていない素っ裸であり、両手は背中側で腰の後ろで水平に重ねさせられている。おまけに、足首には鎖のついた足枷まで嵌められているので、ほとんど身動きもできない。

 パリスに訊問に遭ったときに比べて、身体の弛緩はなくなっていたが、こうやって拘束されているのだから、逃亡など難しい。

 

 いずれにしても、あのパリスの洗脳もどきの訊問の場所から、どうやって、ここに移されたのかをいうことはよくわからない。

 どう考えても、ここは、パリスといた施設の一部とは違って、雰囲気さえ異なる気がする。

 

 そうやって困惑しているところに聞こえてきたのが、ロウのしもべの魔妖精であるクグルスの声だ。

 それで、少しは記憶が繋がった。

 

 とにかく、クグルスはエリカの身体に巣食っているようだった。

 やはり、いつの間にか、エリカの身体の中にいたのだ。

 クグルスは、「淫気」という不可思議な力で、エリカたち魔道遣いのように「魔道」を駆使することができるが、なによりも得意とするのが、他人の身体の中に入り込んで、身体を操ることだ。

 

 エリカも、何度か悪戯をされたので、肉体に憑依されたときのクグルスの性質(たち)の悪さは、十分に知っている。

 いつから、エリカの中に入っているのかと訊ねると、すぐに最初に捕まった瞬間に、ブルイネン側からエリカの体内に即座に移り入ったと教えられた。

 

 しかも、ロウの指示だという。

 あのとき、ロウとクグルスがそこまで込み入った会話ができたとは思えなかったが、問いただしたところ、クグルスはロウと離れた状態で念話ができるようになっているのだという。

 ロウの能力があがったことによる効果だと答えがあったが、それよりも度肝を抜かれたのが、パリスの闇魔道をあえて受け入れ、しかも、おかしな薬剤がエリカを狂わせるのを許したのが、すべて、クグルスの仕業だったということだ。

 さもなければ、本来はロウの淫魔師の力で性奴隷の「呪い」をかけられているエリカに、あの程度の洗脳効果が生まれることはなかったらしい。

 その証拠に、パリスが消え、エリカがここに移送させられて、クグルスがそれらの効果を打ち消すようにした途端に、エリカは正気に戻ることができた。

 

 “大した乱れ方だったじゃないか、この淫乱エルフ女めえ──。ご主人様に言いつけちゃおう”

 

 頭の中でけらけらとクグルスの悪びれない笑い声が響いた瞬間、エリカは、ぶちりと頭の中のなにかが切れる音を聞いた気がした。

 

 なんてこと、してくれてんのよ、クグルス──。全部、あんたの仕業だったなんて……。おかげで、わたしは、あいつの幻術にかかって、世迷いごとを──。

 

 それで、思わず怒鳴った。

 

 慌てたように、クグルスが頭の中で声をあげ、エリカも口をつぐんだが、大声をあげたことで、鉄格子の向こうの見張りたちが、エリカに視線を向けたのがわかった。

 

「……随分と元気じゃないか、エルフ女──。やっと、起きたようだけど、気分はどうだい? 上級エルフ族たちからは、手を出さずに監禁しろと命じられているから、痛めつけはしないけど、騒がしくしないでくれるかい。痛めつけなくても、折檻の方法はいくらでもあるんだからね」

 

 檻の外の女のひとりがエリカに向かって声をかけてきた。

 ふと見ると、顔が赤い。

 酒を飲んでいるようだ。あれでも女兵か?

 エリカは顔をしかめた。

 

「……どこよ、ここは?」

 

 エリカは上体を起こして、片膝を曲げて身体を隠すようにしながら、顔だけを鉄格子の外に向ける。

 やはり、どう見ても、エルフ兵の軍営という感じでも、あるいは、エランド・シティの行政府である「水晶宮」の牢という感じでもない。

 

 ならず者の集まる場末のあじと──。

 

 そんな印象だ。

 話しかけてきた女にしたって、どう見ても、程度が悪すぎる。

 

 すると、いきなり杯が鉄格子に向かって飛んできた。

 エリカは驚いた。

 

「質問すんじゃないよ、生意気な──。大人しくしていろ、っているのがわかんないのかい──」

 

 飛んで来たのは酒の入った金属の杯だった。鉄格子に当たった杯は、酒をまき散らしながら、鉄格子に阻まれて床に転がった。

 投げたのは、最初に話しかけてきた女じゃなくて、もうひとりの女だ。

 やはり、酒を飲んでいて、随分と顔が赤い。

 いずれにしても、不快なことには変わりない。

 思わず、言い返そうとしたところで、頭の中にクグルスの声が響いた。

 

『落ち着きなよ……。ここは、下層地区側の軍牢だよ。お前とご主人様が捕まえられた水晶宮じゃない……。あれから、ここに運ばれたんだ。ぼくと一緒にね』

 

 はあ──?

 

 また、口に出しそうになり、慌てて口をつぐむ。

 同時に卑猥な笑い声が起きる。

 

「大人しくしてな。こちら側にエルフ族が入るのは珍しいが、囚人であれば、エルフ族であっても同じだ。ちゃんと囚人として扱ってやる。お前ら、特権階級種族には、日ごろから苛ついてんだ」

 

「それとも、暇つぶしに、俺たちが相手をしてやろうか? 絶対に手を出すなと言われているが、まあ、そっちからお願いするんなら仕方がねえしな」

 

「いや、あれでも、魔道も剣もかなりの腕利きらしい。絶対に檻から出すなと言われてる。檻から出さないで、どうやってやるんだ?」

 

「なに、色々とやりようはあるさ。檻ごしでも、ちんぽは入れられるしな。エルフ女に尻をくっつけさせてな」

 

 女たちに続き、一斉に男たちが卑猥な言葉をかけはじめてきた。

 エリカも驚いたが、なんという品のない連中なのだろうと思った。

 同時に、またもやかっと頭に血が昇った……。

 

「やめなよ、ブルイネン様に言いつけるよ。それに、パリス様のご指示もあるだろう。つまんないことをするんじゃないよ。こいつは、パリス様が手をつけなさることが決まってんだ。なにかしたら、殺されるよ」

 

 女の大きな声が響く。

 最初に声をかけてきた女だ。

 どうやら、この女が、ここの連中のリーダー格らしい。

 その女の強い口調に、とりあえず、詰め所の連中が静かになった。

 

『……話を合わせなよ、エリカ……。せっかく、ご主人様の思惑通りに、ご主人様と離されて、水晶宮の外に連れていかれたんだ。すっかりと、あいつの洗脳で大人しくなったと思われてんだからさあ』

 

 なんですって──?

 エリカは眉間に皺を寄せた。

 

『……とにかく、どういう状況なのか、あんたは知っているのね?』

 

 エリカは頭の中でクグルスに訊ねた。

 

 もちろん──。

 ここまで、仕組んだのはぼくだしね。

 クグルスの笑い声が頭に響く。

 そして、語り始めた。

 

 つまりは、どうやら、そもそも、ロウとエリカが最初に捕らえられたのは、水晶宮に隣接するエルフ軍の軍営のような場所らしい。

 そこで意識を失わせられて、別々に監禁された。

 そのとき、クグルスはロウの指示で、エリカの中に入り込んできたようだ。

 しかも、クグルスは、エリカのことをパリスが訊問するだろうから、そのとき、エリカがパリスの術に屈服したようにしろと指示したらしい。

 なんで、そんなことをと疑念に思ったが、ロウにはなにか思惑があったようだ

 

 とにかく、クグルスは、ロウの指示に従い、エリカの身体に入ったまま媚薬や闇魔道を一時的に受け入れさせた。

 もっとも、ロウには危険なものであれば、なんとしても受け入れさせるなという指示も受けていたようだ。

 だが、クグルスは、パリスの支配魔道は強力であるものの、ロウの淫魔術に比べればどうということはないものとわかったらしい。

 それで、パリスを油断させるために、エリカが屈服したと思わせたのだという。

 そして、ロウの狙い通りに、パリスはエリカを完全に落としたと思い込み、エリカを監禁しておくように指示をして離れた。

 そういうことのようだ。

 

『ば、ばかじゃないの……。あ、あれがなにかの手段だったとしても、わ、わたしの気持ちはどうなのよ──? あ、あんなに惨めな思いを……』

 

 あれがパリスを油断させるための手だと言われても納得はいかない。

 そもそも、どういう目的なのか、さっぱりとわからないし、エリカはまだ監禁されているし、ロウがどうなっているかわからない。

 だいだい、ロウと離れ離れになっていることが不本意なのだ。

 第一、あの闇魔道は受け入れなくて済むものだったのなら、なにかの意図があったとしても、心を操られた状態になったことには腹が煮えかえるように怒りしかない。

 無論、パリスは許せないし、それを許したクグルスは気に入らない。

 

『大丈夫だよ。洗脳されていっぱい喋ったように見せかけたけど、大事なことは一切喋ってないから。あいつも、威張ってたわりには、ぼくに気がつかないんだから』

 

『そういう問題じゃないのよ――。だいたい、ロウ様はどこよ?』

 

『ここに、お前に連れていかれる寸前までは、水晶宮っていうのか? あの結界の強い建物の地下に感じたぞ』

 

『いまは?』

 

『さあ……。おかしいよねえ。下層地区に送られてから、ご主人様を全く感じないんだ。同じ城郭内くらいの距離なら、上であってと、下であっても、ご主人様のことを感じないはずはないんだけどね……。なんでなかあ? 結界のせいかなあ』

 

 いまは、ロウを感じることができないのか、クグルスの残念そうな感情が伝わってくる。

 いずれにしても、エリカの腹は煮え返っている。

 ロウに対しても……。

 

『とにかく、ロウ様もロウ様よ――。なんで、そんな指示を――』

 

『そんなに、怒んじゃないよ。ご主人様はお前のことは信頼しているけど、演技ができるとは思ってないのさ。屈服したふりをしろと命じられても、お前はそんなことできないだろう、エリカ?』

 

 またもや、クグルスがけらけらと笑う。

 エリカはかっとなった。

 

『冗談じゃないわよ──。なんで、演技が必要なのよ』

 

『お前を訊問したパリスは、お前が洗脳されたと思ったから、興味を無くしたんだぞ。だから、隙ができて、警備厳重な水晶宮の牢から、こっち側の下層地区に移送する嘘の命令を渡せたんだ。エリカが屈服してなかったら、ご主人様と一緒に、まだ水晶宮だぞ』

 

『望むところよ──。わたしはロウ様の護衛なのよ──。一番奴隷なんだから──』

 

『だけど、ご主人様は、まずはお前を安全な状態にしたかったのさ。それには、まずは油断させたかったらしいよ。お前を下層地区に送る手配を処置したのは、ブルイネンだよ』

 

 ブルイネン?

 あのときのエルフ族の隊長か……。

 エリカは思い出した。

 営庭でロウと暴れたとき、ロウが口づけをして、淫魔術を刻んでいたような感じだった。

 そのブルイネンをロウが動かしているのか?

 

「とにかく、さっさとこいつらをどうにかしなさいよ。いつものように、ちょこちょこと、連中の中に入って、この牢を開けさせるのよ──」

 

 喚いた。

 ぎょっとした感情が身体に拡がる。

 自分の感情ではなく、クグルスの感情だ。

 それで、エリカは、たったいまの言葉を心の中ではなく、思わず、口に出してしまっていたことに気がついた。

 

『ば、馬鹿……』

 

 エリカもはっとしたが、そのときには、鉄格子の向こうに、詰め所の連中が集まって来ていた。

 不審そうな表情で、エリカを見ている。

 エリカは、とにかく、彼らから距離を取るように、牢の奥側に身体を引っ込めた。

 それで気がついたが、動くと怖ろしく身体が怠かった。

 しかも、確かに魔道も遣えないようだ。

 やはり、なにかの魔道封じの道具が腕にでも嵌められているのだと悟った。

 

「随分と(にぎ)やかじゃないかい? なにか、あたしたちに用事? 静かにしろと忠告したわよねえ」

 

 脅すような響きの声をかけてきたのは、リーダー格だと予想した人間族の女だ。

 

「お、おしっこよ。厠に行きたいのよ」

 

 エリカはとっさに言った。

 すると、鉄格子の向こうの連中が一斉に嘲笑の声をあげた。

 

「そこに壺があるだろう。それに跨ってしな。大きい方も、小さい方も、遠慮なくするんだね」

 

 女が笑いながら言った。

 ふと見ると、確かに金属の壺が横にある。

 

 馬鹿にして……。

 激怒したが、つまらない嘘を言ったのは自分だ。

 エリカは全身が憤怒と羞恥で身体がかっと熱くなるのを感じた。

 

「畏れ多くも、エルフ美女様のおしっこか。じゃあ、見物してやるよ。遠慮なく、垂れ流しな」

 

 男のひとりが言った。

 外の連中がどっと沸く。

 

「も、もう、引っ込んだわよ」

 

 エリカは片膝で必死に裸身を隠しながら叫んだ。

 

『とにかく、油断させておきなよ、エリカ──。おしっこでも、なんでもやってあげな。もうすぐ助けが来るから』

 

 クグルスが頭の中でそう言った。

 

「ふ、ふざけんじゃ……」

 

 エリカは声をあげた。

 しかし、ふと気がついて口をつぐむ。

 

『助けって、どうやってよ?』

 

『エリカをここに連れてきた女、つまり、ブルイネンだよ。あいつが来るんだ。さっきも言ったけど、あいつは、ご主人様の指示で、わざとこんな程度の低い場所にお前を移すように手配させたんだ。本当なら、もっと警戒の厳重な軍営の地下牢だったんだよ。わざわざ、こんな質の悪い者たちが見張りになるように手を回して……』

 

 クグルスが愉快がっている。

 この魔妖精の態度がふざけているのは、いつものことだが、こんなときは、本当に苛つく。

 

『それよりも、わたしの拘束を解いて──。魔道を遣えるようにして──』

 

 エリカはクグルスに念話を送った。

 そのとき、鉄格子の向こうから舌打ちが聞こえた。

 視線を向けると、苛ついた表情の女がエリカを睨んでいた。

 

『……やろうと思ったけどね。拘束具はともかく、魔道封じはかなり特別みたいだ。魔妖精のぼくだと外せないよ。外せる相手を連れてくるから、待ってて』

 

『外せる相手? いいから、じゃあ、拘束を外してよ。あんたの魔道でこいつらをぶっ放して』

 

『うーん、それでもいいのかなあ……。だけど、いくらぼくでも、こんなにたくさんの連中を一度には操れないしねえ……。やっぱり、こっちから合流して、急いで連れてくるよ……。待ってて──。ご主人様の淫気に染まっている性奴隷どもなら、淫気を辿るのは簡単なんだ。ちょっと行ってくるから』

 

 クグルスの声がした。

 次の瞬間、クグルスの気配がさっと消滅する気がした。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい──。わたしの命令に従うのよ──」

 

 エリカは怒鳴った。

 そして、はっとした。

 またしても、声に出してしまったことに気がついたのだ。

 

「……だから、静かにしろって言ってんだろう──。もう一度言ってごらん、エルフ女──。命令がなんだって――? お前ら、エルフ族は囚人になっても、あたしら他人種の上にいるつもりなのかい──」

 

 酔っている女に怒鳴りつけられた。

 視線を向けると、明らかに激怒している。

 さっきの言葉を自分たちに向けられたと思っているのだろう。

 

「そうだね……。実のところ、あたしもそうだし、ここにいる連中も、いつも偉そうなエルフ族の連中には、嫌気がさしているんだ。このあたしが、抑えているからいいものを、あんまりうるさいと、折檻するとよ。パリス様や、ブリイネン様のご指示でも、聞き分けのない囚人に罰を与えることは咎めはしないだろうしね」

 

 そして、もうひとりの女が言った。

 こっちも、酒に酔っている赤ら顔がますます赤くなっている。

 かなりの気分屋なのかもしれない。

 エリカに対する態度も、ころころと変わる。

 

「ねえ、だったら、折檻しましょうや。鉄格子を開けなくても、縄くらいは入れられますよ。俺に任せてくれませんか?」

 

 すると、卑猥な口調で横から男が口を挟んできた。

 ふと見ると、黒っぽい縄を持っている。

 エリカは得体の知れないその縄に目を細めた。

 男の言葉に、ほかの男もわっと歓声のようなものをあげる。

 それを受けて、女リーダーも苦笑のような表情を浮かべた。

 

「そうだね……。なんだか、生意気なエルフ女だねえ。大人しくしてるんなら、なにも手は出さないようにしてやろうかと思ったけど、囚人らしくない気の強そうな態度も気に入らないしね。じゃあ、しばらく、のたうち回ってもらうかい。上の連中がこいつを引き取りに来るまで、数日はあるだろうしね。手さえ出さなけりゃあ、叱られることもないか」

 

 女が言った。

 それを合図にするように、さっき声をかけた男がにやりと微笑んで、手に持っていた黒い縄を鉄格子にこちら側に放る。

 ぎょっとした。

 縄が意思を持った生物であるかのように、エリカに這い寄ってきたのだ。

 

 魔道だ。

 慌てて逃げようとするが、狭い牢の中であり、しかも、両手を括られているエリカにはどうしようもない。

 足には足枷まで嵌められているのだ。

 あっという間に、縄がエリカに寄ってくる。

 しかも、近づくのは股間だ。

 

『ク、クグルス──』 

 

 心の中で悲鳴をあげた。

 だが、返事はない。

 気配もない。

 さっき、どこかに行くと言っていたが、こんなときに……。

 クグルスがいなければ、拘束されているエリカには抵抗の手段はない。

 縄はあっという間に、エリカの股間に巻きついてくる。

 

「いやよっ」

 

 腰を振って逃げようとしたが、縄はエリカの細い腰に、ひと巻き、二巻きして、股間を割るようにして動いてくる。

 

「んひいっ、いやああ」

 

 エリカは悲鳴をあげた。

 股縄の状態に縄が喰い込んだのだ。

 しかも、念のこもったことに、いつのまにか縄瘤のようなものが作られていて、それがエリカの敏感な場所にぐいと密着して前後の穴に入り込む。

 

「あああっ」

 

 エリカは思わず上体を曲げた。

 縄で股間を深くえぐられて、肉芽に当たるとともに、大きな縄瘤が膣とお尻の穴に完全に食い込んでいる。

 しかも、じわじわと鈍痛のような痒みが縄から拡がる気がする。

 

「お上品なエルフ様にはわからないかもしれないけど、女囚を折檻するとき用の“痒み縄”という懲罰用の道具だ。すぐに、効果が表れるからな。痒みをじっくりと味わいながら、どういう態度を俺たちにとればいいか、じっくりと考えな」

 

 エリカに、魔道によって縄をけしかけた男がげらげらと笑う。

 だが、エリカはそれどころじゃなかった。

 男の言うとおりに、すぐに股間から強い痒みがさっと拡がってくる。

 そして、まるで刃物に刺されたような鋭さで、腰から背骨にかけて、痒みが拡がった。

 エリカは真っ赤に顔を染めて、激しく腰を振ってしまった。

 

「いやあっ」

 

 すると、その刺激で縄瘤が股間に快感を拡げ、なんともいえない疼きがエリカに襲いかかる。

 

「ああ、痒い──。かゆいいい」

 

 エリカは激しく泣き声をあげた。 



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437 ギルドの訪問者

「つまりは、ご主人様……ロウ様は、水晶軍に捕らわれてしまったということ?」

 

 コゼが強い口調で言った。

 イライジャもまた、その横で内心で歯噛みした。

 逃げ回って、追跡者を誘導するよりも、やはり、ロウとの合流を図るべきだったか?

 だが、最初に軍営から脱したとき、イライジャたちに尾行がついているのは明白だった。

 だから、ロウにところには向かわずに、下層地区を逃げ回って、わざと追跡者を関係のない場所に連れまわした。

 追っ手を本当に巻いたのは、このギルドに入り込む直前だ。

 まさか、ギルド長ともあろう者が、提携されているギルド法を無視して、庇護すべき冒険者をそのまま当局に渡す仕打ちをするなんて、計算外だったが……。

 イライジャは、視線を机越しの椅子に座っているエビダスに向け直す。

 ドワフ族特有の小さな身体が、ますます小さくなっている気がした。

 

 エランド・シティの下層地区の冒険者ギルド──。

 そのギルド長の執務室に接する応接室だ。

 エビダスを連れて、ギルドのロビーに戻ったとき、イライジャたち三人を訝しむ職員は、イライジャの観察でもいなさそうだった。

 厠から戻る途中で、どこからかやってきて、エビダスと合流したとでも思ったのかもしれない。

 エビダスが、スクルドに急遽準備してもらった時限付きの毒を飲まされて脅されているとは、夢にも思わないだろうし、エビダスもほかの職員に助けを求める素振りもしなかった。

 職員たちには、奥に行くので構わないでいいと告げただけだ。

 ただ、ロウ=ボルグに関する情報があれば、構わずに告げに来いとも指示をしていた。

 イライジャたちを追い出したものの、エビダスはエビダスで、情報だけは懸命に集めさせていたみたいだ。

 

 いまは、応接室のソファに座り、エビダスが現段階で集めた情報を聞いているところである。

 イライジャたち三人は、長いソファに横並びに座り、エビダスは向かい合うひとり掛けに腰をおろしている。

 いずれにしても、今朝方のことは、イライジャたちはギルドに庇護を求めた後、自発的にギルドを去ったということになっているようだ。

 だから、再び戻ってきても、怪しむ者はいなかったということである。

 

 それはさておき、エルフ族の都と称されているエランド・シティの冒険者ギルド長だけあり、さすがにエビダスは、そこそこ情報通だった。

 あれから、半日程度の時間しか経っていないのに、それなりの情報を集めていた。

 まずわかったのは、すでにロウが水晶宮に捕らえられてしまったという事実だ。

 エリカも一緒らしい。

 だから、イライジャは愕然としてしまった。

 そして、夜のあいだ逃げ回っているあいだに、結局、ロウとエリカが捕らわれてしまったのだと思うと、口惜しさに腹が煮え返った。

 自分の判断は間違っていたのか……。

 むしろ、危険を冒しても、ロウと合流し、水晶軍がロウを捕らえようとしていることを伝えるべきだったか……。

 後悔が走る……。

 

 だが、あのまま、ロウたちのところに戻れば、イライジャたちを追って、捕縛の手がロウたちに結びつく危険があったのも確かなのだ。

 だから、あえて、ロウのところには戻らず、夜のあいだ追っ手を引き回して、この冒険者ギルドに逃げ込んだ。

 実際、すでに、スクルドによって外してもらったが、イライジャとコゼの身体には、居場所が魔道で追えるような探知具を身体に植えつけられていた。

 拷問のときに、ひそかに装着されたのは明白だ。

 

「水晶軍の軍営は、水晶宮そのものの一部だ。ロウ殿と連れのエルフ女性は、そこに連れていかれた。いま現在、そのふたりが水晶宮にいるというのは間違いないみたいだ」

 

 イライジャたちの苛つきが伝わるのか、エビダスは申し訳なさそうな表情をしている。

 

「行くしかないわね……。覚悟はいい、淫乱巫女?」

 

 すると、コゼが呟くように言った。

 イライジャとは、コゼを真ん中にして反対側に座っているスクルドが反応する。

 

「もちろんですわ。いつでも大丈夫です。でも……」

 

 スクルドがコゼの言葉に頷いたものの、なにか言いよどむような様子を示した。

 だが、イライジャは、コゼが水晶軍に突入するつもりだということを悟った。

 しかし、無策に飛び込むのは危険だ。

 その場所は、この世でもっとも強い防御結界がかかっているとしても過言ではない水晶宮だ。

 いくらコゼでも、あっという間に捕らわれて終わりだろう。

 

「待って、コゼ。その前に策を……」

 

 しかし、言葉を続けようとして、イライジャは口をつぐんだ。

 横のコゼは、これまでの時間で接したことのないような怒りの表情をしているのだ。顔色は蒼いどころか、真っ白だ。

 

「だけど、ご主人様とエリカは、水晶宮にいるのよ……。だから、ちょっと行ってくるわね、イライジャ。あんたはここで待ってて。スクルドは来なさい」

 

「待ちなさいよ、コゼ──。ちょっと行ってくるって……」

 

 まさか、捕らわれたロウたちを救出するため、無策で水晶宮に飛び込む気か?

 自殺も同じだ。

 しかし、すでにコゼは部屋を出ていく気配で、スクルドとともに扉に向かおうとしている。

 イライジャは慌ててその腕を掴んだ。

 

「待ちなさい。無茶よ──。とにかく、もっと情報を集めよう、コゼ……。水晶宮で捕らわれたとしても、そこにいるとは限らないわ……。それで、ロウたちは、水晶宮のどこに? 軍営? それとも行政府側? いえ、……というか、ふたりに怪我は? どういう状況で捕らわれたの?」

 

 イライジャはコゼの腕を掴んだまま、エビダスに視線を向ける。

 一方で、コゼの腕を掴んで気がついたのだが、コゼの身体は怖ろしく熱いし、身体が小刻みに震えている。コゼが見かけ以上に、頭に血が昇っているということがイライジャにはわかった。

 

「捕らわれたというのは数ノスも前のことだし、まだ詳しくは……。ただ、場所は水晶宮の中庭の庭園のようだ……。少なくとも、その場で殺されたりはしていない。それだけは確かだ。いまはどこかに監禁されているということまではわかっている。それが水晶宮の中であるかも、まだわからん……。待ってくれ。詳しい場所は捜索させる」

 

「水晶宮の庭園? そんなところで捕らわれたの?」

 

 エビダスの言葉に、思わず、イライジャは問い返した。

 てっきり、昨夜の大捜索隊によって、宿屋でも急襲されて捕まったと思ったのだ。

 しかし、ロウとエリカが捕らわれたのは水晶宮だという。

 

「ご主人様たちは、水晶宮に潜入しようとしていたということ?」

 

 コゼが不審そうな口調で言った。

 一方で、掴んでいたコゼの腕の力が緩んだので、イライジャはコゼから手を離した。

 ちょっとだけ落ち着いた気配だ。

 少なくとも、すぐにでも飛び出していきそうな様子は消えている。

 

「目撃者の話だと、突然に水晶宮のど真ん中に出現したのだということだ……。まるで、魔道で転送されてきたみたいにな。しかし、衛兵の詰め所のすぐ近くの庭園だ。捕らわれたのはあっという間だったらしい」

 

 エビダスが言った。

 イライジャは首を傾げた。

 随分とおかしな話だ。

 

 ロウは、イライジャの依頼により、エルフ族の女王のガドニエルにさらわれたというユイナを探してくれていた。

 ガドニエルがいるのは、イムドリス宮と称される強い結界に包まれている奥地であり、そこに到達するには普通の方法では不可能で、このエランド・シティの水晶宮の奥にある転送門でなければ入ることはできないと言われている。

 だから、ロウも水晶宮に潜入する方法を探ろうとしていたのだ。

 従って、その水晶宮にロウが現われたとすれば、なんらかの意図をもって、潜入したということは考えられる。

 

 でも、なぜ……?

 しかも、どうやって……?

 

 魔道であれば、移動術という手段もあるが、まだミウは遣えない。

 ましてや、エリカでは無理だ。

 そもそも、あの魔道は、転送先の場所を術者が頭に思い浮かべなければ、転送はできない。

 つまりは、魔道で出現したとすれば、それはミウではないということである。

 そうなると、ロウたちは、自発的に水晶宮に転移したのではないということになる。

 しかも、場所は水晶宮だ。

 外部から魔道で入り込めないように、強力な結界は張ってある。

 不可能だ。

 

「だけど、どうして、たった数ノス前に起きたらしい水晶宮の出来事が、こうやってすぐに情報として伝わるの?」

 

 イライジャはエビダスに訊ねた。

 すると、エビダスが初めてにこりと微笑んだ。

 その表情で、なんとなくわかった。

 おそらく、水晶宮に務める者の中に、何人もの手の者を潜入させているのだろう。

 今朝のことで信頼感は皆無だが、ギルド長としては、そこそこ抜け目もないらしい、

 

「ちょっと待って──。そういえば、捕らわれたのは、ご主人様とエリカだけ? ほかのみんなは?」

 

 コゼが口を挟んだ。

 イライジャも感じた疑念だ。

 これまでの話の中では、シャングリアやミウやマーズやイットのことは出てこなかった。

 エビダスは、これまでで掴んでいる情報によれば、ロウとエリカ以外の者の話はないと断言した。

 

「いずれにしても、まずは方法を考えましょう」

 

 イライジャは言った。

 だが、コゼがかぶりを振る。

 

「そうも言っていられないわ……。とにかく、どんな状況であろうと、ご主人様が捕らえられた……。だったら、取り返しに行くだけよ。こいつを使うわ……。スクルド、あんた、移動術でわたしを水晶宮の内部に転送しなさい」

 

「待ってくれ。もう少し待て……。もっと詳しいこともわかる。今更信用できんかもしれんが、こうなったら罪滅ぼしに協力する。情報を集めさせているのは確かなのだ。だが、いまのいまでは、その場所も不明だ。水晶宮の中にいるのであれば、しばらくすれば情報も入る。それまで、待ってくれ──。少なくとも、殺されたという情報はない。だから、死んではいないと思っている……」

 

 エビダスが割り込むように言った。

 だが、“死”という言葉が、イライジャの心を冷たくする。

 昨夜、不用意にもイライジャはコゼとともにエルフ兵たちに捕らわれてしまった。

 やはり、ロウたちを巻き込むべきではなかったのだ。

 ユイナの救出に関わらせたことが、昨夜の大捜索に繋がっているのだとすれば、考えていた以上に大きなものが背景にあるということだろうし、ユイナのことをロウに依頼してしまったことに大きな後悔が襲う。

 

「なにを悠長なことを……」

 

 そのときだった。

 ずっと、余裕のあるような態度で、時折、微笑みさえ浮かべていたスクルドがむっとした口調で呟くのが耳に入った。

 視線を向けると、明らかに怒っていた。

 イライジャは当惑した。

 

「そうよ。情報は情報で集めればいいわ。ただ、あたしは行く。準備しなさい、スクルド」

 

 だが、コゼは再びすぐにでも立ちあがらん態勢だ。

 そのとき、スクルドがそれを押しとどめた。

 

「いつでも。ただ、そのことなんですけど、コゼさん……。おふたりは、上層地区から下層地区に逃げてきたのですよね。どうやって、降りて来られたのですか? 上層地区との移動は、移動用の塔を使うしかないと思いますが、逃亡中もそれを? そこには見張りがいるのでは?」

 

 そして、訊ねた。

 もっともな質問と思った。

 このエランド・シティは、この下層地区と、浮遊都市と称される上層地区に分かれている。本来のシティというのは、上層部のことであり、そこに向かうには、シティのあちこちにある移動用の塔を使うしかないことになっている。

 ただ、そこには必ず警備の者がいて、エルフ族以外の者が上層地区に勝手に行くのを監視している。

 だから、逃亡をしていたイライジャとコゼがどうやって下層地区に辿りたのかと疑問に思ったのだろう。

 

「貨物用のチューブを使ったのよ。ただ、それは向こうは、知っていて見逃したのだと思うわ。あたしたちには、尾行がついていた。向こうとしては、あたしたちが下層地区に戻るのを待っていたんだから」

 

 コゼが言った。

 すると、スクルドが眉間に皺を寄せて、少し考え込む仕草になった。

 

「どうしたのですか?」

 

 イライジャはスクルドに言った。

 コゼは気安い口調で接するが、イライジャからすれば、ハロンドールの王都第三神殿の神殿長といえば、雲上人に等しい。

 まあ、一郎の屋敷に集まり、王妃、王女などと混じって羽目を外した記憶はあるが、性宴の酔いのようなものが醒めれば、やはり、お互いの社会的地位というのを思い出す。

 それにしても、ロウを追うために、処刑を装って死んだことになっていると教えられたものの、本当のことだろうか?

 

「だったら、どうやっても、移動用の塔を使うしかないかもしれません。多分、あれは単なる昇降設備ではありません。移動術の跳躍設備が組み込まれていると思います。このシティの上には、上層地区と呼ばれるものなど存在しません。おそらく、どこか、別の場所にあるのだと思います。そこがどこにあるのかがわからなければ、魔道でも、ロウ様を追いかけようがないのです……。ああ、どうしましょう。こんなときに、お役に立てないなんて……。でも、どうやって、ロウ様のところに行けばいいのか……」

 

 スクルドがぶつぶつ言い始めた。

 イライジャは口を挟んだ。

 

「待ってよ、スクルドさん……。あのう……。このエランド・シティは特別で……。空中浮遊都市という二つ名もあるのよ……。上層地区は見えないけど、結界に包まれているだけで、実際にはそこにあって……」

 

 おそらく、スクルドは、エランド・シティの秘密を知らないのだと思った。

 なにしろ、下層地区からは上層地区は見えず、知らない者は、下層地区のあちこちにある塔が空に溶けるようになっているのを見て困惑するのだ。

 だが、上層地区は確かにある。

 下から見えないだけなのだ。

 下層地区からは、上級エルフ族たちの仕掛けにより、上の空まで見えるが、実際には、そのあいだに、水晶宮を含む上層地区が存在する。

 実際、上層地区にあがれば、眼下の下層地区を眺めることもできる。

 イライジャも、冒険者としてこのシティに登録していたので、数回程度上層地区に行ったことはある。

 しかし、スクルドは、イライジャの言葉を途中で遮った。

 

「浮遊都市の噂は、わたしも承知しています。でも、実際にここに来て、噂とは異なるということがわかりました。この下層地区と呼ばれる場所の上層にはなにもありません。眼に見えないように結界が張られているのではなく、逆に、なにがが存在するように魔道で覆っているだけですね。水晶宮は、このシティの上ではなく、どこか別の場所にあると思います。あの塔は上層への移動装置ではなく、隠されているシティに通じる転送装置です」

 

 スクルドは断言した。

 イライジャはびっくりした。

 そして、エビダスを見た。

 エビダスは、スクルドの言葉に接して、とても困ったような表情になっていた。

 もしかしたら、スクルドの言葉が真実?

 イライジャは、エビダスを促すように視線を向けた。

 

「……そのような噂もあります。見えない都……、見えない宮殿……。だが、このお方の言う通り、移動用の塔を使わなければ、上層地区に辿りつく手段はないとも言われております。これまで、移動の塔や貨物用チューブ以外の手段で、上層地区に到達した者の話は聞きません。結界で隠されているとはいえ、確かにそこにあるはずなのに……」

 

 エビダスだ。

 

「だったら、どうするのよ──。いま、こうしているあいだもご主人様は──」

 

 コゼが苛立ったように声をあげた。

 イライジャは、エビダスを指さした。

 エビダスが困惑した表情になる。

 

「だったら、やっぱり、こいつ、エビダスを使うしかないわ……。エルフ族であれば、塔を使うことができる。だけど、わたしは、すでに手配をされているので塔には近づけない──。だったら、こいつよ。こいつに行かせましょう。スクルドさんは手配は受けてないので、随行者として同行すればいい。わたしとコゼは、大きめの鞄の中にでも隠れるわ。荷物として運んでもらう」

 

 イライジャは言った。

 

「なるほど、それなら、大丈夫かもしれませんね。おふたりが隠れた鞄は、わたしの魔道で浮かばせます。軽々と持っていれば、まさか人間が隠れているとは考えないでしょう。それでいきましょう」

 

 スクルドが膝を打った。

 

「じゃあ、さっそく準備をして、あんた──」

 

 コゼだ。

 だが、エビダスは顔色を変えた。

 

「ま、まさか、そんなことうまくいくわけが……。それに鞄を調べられたら……」

 

「うまくいかせなさい。失敗すれば、明日には毒が解凍されて死ぬだけよ。今日死ぬのと、明日死ぬのとどっちがいいのよ──。今日を選べば、生き残れるかもしれない。うまく上層地区まで辿りつけば、その場で解毒剤をあげるわ」

 

 コゼがまくしたてた。

 

「そんなあ……」

 

 エビダスが泣き声をあげた。

 

「仕方ありません。拷問しましょう。お任せください。言うことをきかせましょう……。ところで、コゼさん。ロウ様をお助けしたら、わたしも“ご主人様”とお呼びするご褒美が欲しいんですけど……」

 

「勝手にしなさいよ。なに言ってんのよ――。いま、言うこと?」

 

 コゼが怒鳴った。

 一方で、スクルドはにこにこと笑みさえ浮かべている。

 だが、イライジャは気がついてきた。

 スクルドは、ああやって微笑んでいるが、実は笑っていない。目元が厳しい。もしかしたら、冷静なように見えて、まったく冷静でない?

 そんな感じだ。

 だったら、どうしよう。

 このまま、ろくに準備しないで、突進しそうだ。

 

 そのときだった。

 突然に目の前に、透明の球体が浮かびあがったのだ。

 言玉だ。

 通信連絡用の魔道であり、魔道で伝言だけを運んでくるのだ。

 エビダス宛であり、エビダスはその場で言玉を開いた。

 すると、声はギルド職員だった。

 どうやら、来客だという。しかも、ロウからの伝言を運んできたと言っているようだ。エルフ族の女だという。

 ただ、名は名乗らないようだ。

 イライジャはびっくりした。

 

「ご主人様の──? すぐに寄越して」

 

 横で聞いていた、コゼが声をあげた。

 

「待って、危険よ。怪しいわ。そもそも、ロウの伝言って、なによ──? 彼は水晶宮で囚われているんでしょう? そのロウがどうして、伝言を運ばせることができるのよ」

 

「怪しければなによ──。そいつを締めあげて、なんでも吐かせればいいのよ」

 

 コゼが言った。

 

「賛成です、コゼさん。締めあげて、ロウ様のところに向かう方法を喋らせましょう」

 

 スクルドも大きく頷いている。

 まったく……。

 イライジャは、内心で嘆息した。

 

 とにかく、対応を話し合い、コゼとイライジャについては、この応接室の中にある茶器室に隠れることになった。

 残るのは、エビダスとスクルドだ。

 対応するのは、エビダスだが、顔の割れていないスクルドは、その見張りということだ。

 エビダスが来客をこっちに寄越すように、言玉を返した。

 イライジャとコゼは、茶器室に移動して隠れる。

 向こうからこっちは見えないが、もともと、給仕をする者が待機する場所なので、こちらには、向こうの様子を見守れる覗き穴があった。

 そこから、コゼとともに室内を観察する態勢になる。

 

 しばらくすると、ひとりの職員がエルフ族の女らしき者を連れてきた。

 フードで顔を隠しているが、フード越しでも、とても端正な顔をしていて、ひと目で美女とわかる。

 身体つきは武術で鍛えられているという印象だ。

 

「ここに、コゼとイライジャという女性がいるはずだ……。あなたが、そのどちらかか?」

 

 案内の職員はすぐに去ったが、そのエルフ女は、エビダスが勧める椅子に腰をおろすことなく、スクルドに向かって言った。

 なぜか、無意識のようだが、しきりに腿を擦り合わせるような仕草を続けている。

 まるで欲情しているかのように……。

 イライジャは怪訝に思った。

 

「いや……、あなたは、スクルズという方なのか……。ハロンドールの王都の神殿長……なのか? そんな人がなぜここに?」

 

 エビダスとスクルズが対応する間もなく、その女が自分でそう言った。

 イライジャは驚いた。

 なぜ、スクルドのことを知っていたのだろう。

 隣のコゼを見る。

 コゼもわけがわからないという様子だ。コゼにも、その女性との面識はないようだ。

 

「スクルドといいます……。ところで、どこかでお会いしましたか?」

 

 スクルドも不思議そうにしている。

 やはり、面識はないのだろう。

 何者?

 

「そうか……。エビダス、コゼとイライジャという女性に会わせて欲しい。わたしだ──」

 

 すると、その女がフードを外して、エビダスを見た。

 

「ええっ、ま、まさか──。し、しかし、な、なぜここに──」

 

 すると、エビダスが驚きの声をあげた。

 一方で、やはり、イライジャには面識がない。

 だが、凛とした美人だ。

 顔が上気している。

 また、まるで欲情をしているかのように、目元が潤んでいる。

 イライジャは首を傾げた。

 

「エビダス──。ふたりの居場所がわかっているなら会わせてくれ。ふたりの敵ではない。わ、わたしはロウ殿の指示を受けて、ここに来たのだ」

 

「ロウ様はどこに? いまどうしているのですか?」

 

 スクルドが一転して、厳しい口調で言った。

 だが、女がそれを制するような仕草をした。

 

「す、すまない……。スクルド殿だな……。あ、あなたはいてもいいと言っている……。だが、エビダス……。お前は席を外せ。そして、コゼ殿とイライジャ殿をここに……。彼女たちに説明する」

 

 女が毅然とした口調でエビダスに言った。

 ちょっと驚いたが、これは明らかに命令することに慣れた者の物言いだと思った。

 しかし、いてもいいと言っている?

 誰が?

 

「しかし……」

 

 エビダスは当惑した表情になった。

 

「わたしは問題ない。事は急を要しておる──。いいから、出ていけ。そして、コゼ殿とイライジャ殿を──。わたしは、彼女たちだけに話があるのだ──。ロウ殿を助けなければ──」

 

 冒険者ギルドのギルド長といえば、それなりの権力者である。

 そのエビダスに対して、これだけの態度ということは、この女がそれなりの立場の存在であることを示している。

 

「……俺は彼女たちの安全を保障する立場にありますので……」

 

 エビダスが小さく言った。

 すると、女は不快そうに鼻を鳴らした。

 イライジャも、なにを偉そうにと思った。安全を保障するどころか、追われているとわかっているのに、エルフ軍の前に放り出したのはこいつだ。

 もしも、時限付きの致死性の丸薬を飲ませていなかったら、答えは変化していただろう。

 イライジャは苦々しく、エランドの言葉を聞いていた。

 

「だったら、縄を持って来い。鎖でも枷でもいい。わたしを拘束しろ。ほら、これも持っていけ。わたしの剣だ──。とにかく、おふたりを連れてこい」

 

 女は腰の剣をさっと抜いて、エビダスに差し出した。

 イライジャは呆気にとられて覗いていたが、女は自ら両手を背中に回して、それをエビダスに向けるようにした。

 

「縛る? 本当に? あなたを?」

 

 エビダスも驚いているようだ。

 

「早くしろ。いくら、わたしでも縛られていては危害など加えられん。手枷でもいい。手でも足でも、好きなように拘束しろ。身体検査もするがいい。なにも連絡手段はない。その代わりに、ふたりをここに」

 

 女がさらに言った。

 そのとき、コゼが身体を動かしたのがわかった。

 

「……もういい。行くわよ、イライジャ」

 

 コゼが茶器室を出て応接室側に行く。

 イライジャも続いた。

 女がはっとしたように、こっちを見た。

 

「コゼ殿と、イライジャ殿? ああ、そうか……。おふたりか……。わたしはブルイネンだ。話の前に拘束をするがいい。最初から信頼をしてはもらえないだろうからな」

 

 女が言った。

 だが、ブルイネン?

 聞き覚えが……。

 

「拘束はいいわ……。エビダス、いいわ。出ていって。彼女の言うとおりに……。スクルド、エビダスが出たら、この部屋に防音の結界を……」

 

「わかりました、コゼさん」

 

 コゼの言葉にスクルドが頷く。

 

「……お気を付けください、このブルイネン親衛隊長は、剣も魔道も超一流の達人……。油断なさらぬように……。俺が心配するのもおこがましいですけど……」

 

 エビダスが部屋を出ていきながら言った。

 イライジャはそれで思い出した。

 彼女は、ブルイネン隊長──。エルフ族女王のガドニエルに直接に仕える若き女親衛隊長だ──。

 そのブルイネンがこの女──?

 まさか……。

 そもそも、なんの目的でここに──?

 この女が本当にガドニエルの親衛隊長のブルイネンだとすれば、ロウやユイナを捕えて連れていった敵のひとりということになる。

 それが、どうして?

 

 エビダスが部屋を出る。

 四人になる。

 コゼが用心深い態度で、イライジャを庇うように前に出た。

 

「どういうこと……? あんたは、エルフ族の女王の親衛隊長なの? 親衛隊長って、イムドリス宮という隠し宮殿で、エルフ女の女王に仕える隊長よね?」

 

 ブルイネンと称する女にコゼが言った。

 だが、さっきまでの毅然とした態度が嘘のように、女の表情が緩んだ。

 しかも、半泣きの顔になる。

 

「ああ、もう許して──。ちゃんと、言うこときいたじゃないのよ──。いい加減に悪戯をするのはやめてよ」

 

 ブルイネンがその場に崩れ落ちるようにして、床に落ちる。

 イライジャは呆気にとられた。

 

「なに?」

 

 コゼは驚きながらも、さっと身構えた。

 あまりの異変に、なにかの罠なのかもしれないと思ったのかもしれない。

 

「ははは、ちょっとばかり、乳首と肉芽を内側から揺らしただけじゃないか。だけど、お前、面白いな。あんなに股を弄られながら、あんな風に威張った感じで怒鳴れるんだから。まさか、あのドワフもお前がぼくに悪戯されて、絶頂しそうになっているなんて、夢にも思わなかっただろうね」

 

 ブルイネンからなにかが飛び出した。

 

「クグルス──?」

 

 コゼが声をあげた。

 イライジャも驚いた。

 魔妖精のクグルスだ。

 ロウが操る淫族の妖精であり、魔道を駆使し、あるいは、他人の身体に憑依して淫情を操るというなんとも迷惑な存在だ。

 でも、どうして、ここに?

 

「まあ、魔妖精さん」

 

 スクルドも声をあげた。

 

「おう、淫気の多い神殿の性奴隷巫女だな。久しぶりだな。とにかく、みんな、ご主人様の伝言だよ。こいつと一緒に、エリカを助けろってさ。エリカのところからこっちに一目散に来たんだけど、うまくこいつを見つけてね……」

 

「エリカのところから来た? エリカは水晶宮じゃないの?」

 

 コゼが言った。

 

「エリカは、こいつの手配で下層地区に移されたんだ。ご主人様はまだ水晶宮だけどね……。でも、こいつに案内させれば、ご主人様のいるところにだって辿り着くよ。なにせ、エルフ族たちのところの偉い隊長のようだからね。エリカを助けたら、みんなで水晶宮に行くよ。ご主人様が待っている」

 

 クグルスが言った。

 イライジャは呆然としてしまった。

 

「どういうこと……? 説明しなさい、クグルス──」

 

 コゼが大きな声をあげた。

 しかし、クグルスはけらけらと愉快そうに笑った。

 

「どうしたも、こうしたもないのさ。こいつは、ご主人様の唾液と精液をたっぷりと飲まされてしまったのさ。それで、どうしても、ご主人様を助けたくなり、それで裏切ることに決めた。そうだね、お前?」

 

 クグルスが言った。

 ブルイネンが苦しそうに首を横に振る。

 

「もう、なにがなんだがわからない……。でも、わたしは、ガドニエル様を裏切った……。いや、ガドニエル様は裏切ってはいないが、水晶宮の連中は裏切った。どうしても、あの男を助けたかったのだ。どうして、そんな気持ちになったのか、さっぱりとわからないが、あの男が殺されたり、傷ついたりするのは我慢ならない──。それに、水晶宮は変だ。お願いだ。とにかく、一緒に水晶宮に来てくれ──。その前に、一緒に捕らわれたエリカというエルフ女を……。わたしが手配して、警備の緩い場所に移した。なあ──」

 

 ブルイネンが泣き声のような口調で叫んだ。



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438 ひよこ

「う、うう……くっ、ううう……」

 

 エリカは檻の奥でうずくまったまま、歯を喰いしばって呻き声が漏れるのを懸命に耐えていた。

 股間に喰い込んでいる“痒み縄”の股縄は、いまや、どうしようもないくらいにエリカを追い詰めている。

 

「ははは、どうやら、いよいよ、本格的に痒くなってきたようじゃねえか、エルフ女? だったら、観念して、こっちに来な。痒い所をほぐしてやるからよう」

 

「それだけじゃねえ。とっても、いい気持ちにしてやるぜ。なにもかも、忘れるくらいな」

 

 いつの間にか鉄格子の向こうに集まっている牢番の男たちがげらげらと下品な笑い声を一斉にあげた。

 その向こうには、呆れ顔をしている女監守の姿も見える。

 エリカが閉じ込められている横穴型の牢の前に集まっている男監守たちに対して、女監守数名は男たちの向こうで卓を囲んで酒を飲んでいるのだ。

 いずれにしても、泣きたいくらいにエリカは追い詰められていた。

 

 エリカがここに監禁されてから、かなりの時間が経った気がする。

 ここはエリカとロウが捕らえられた水晶宮ではなく、そこからかなり離れた別の場所にある簡易牢のような場所だというのはわかった。

 ここに、エリカを連れてきたのはクグルスであり、どうやら、ロウが口づけをしたあの女隊長のブルイネンを操って、それを手配させたらしい。

 それを仕込んだのはロウであり、その思惑は、ロウと一緒に捕らわれてしまったエリカをなんとか先に逃亡させようという思惑からだという。

 実際、水晶宮のような警戒の厳重な場所とは異なり、確かに警戒は緩そうだ。

 

 ここにいる監守は十数人ほどだが、ここがどういう場所であれ、彼らが外でなんらかの見張りのようなことをしている様子もないし、それどころか、全員が集まってエリカのような女囚を檻越しにいたぶって、笑っている始末だ。

 監守というよりは完全に与太者だ。

 

 エルフ族のひとりもいないところを考えると、ここは上層地区ですらなく、下層地区というのも真実なのだろう。

 エランド・シティでエルフ族の姿がないというのは、そこが下層地区であることを示すのだ。

 逆に、上層地区では、エルフ族以外の人族はほとんど見かけなくなる。

 

 ともかく、エリカから離れていったクグルスが動いているはずだが、確かにここからなら脱走も難しくないのかもしれない。

 もっとも、エリカ自身だけでは、素っ裸の状態で後ろ手に拘束されており、足首にも足枷を嵌められているので、どうしようもないことには変わりないが……。

 

 しかも、股間のどうしよもないほどの痒み……。

 エリカの苦痛は頂点になっている。

 

 クグルスがいなくなって、もうかなりの時間がすぎている。

 そのあいだ、股間に施された痒み縄の股縄は、熱い刃物のような鋭さで、エリカの腰から背骨にかけて痒みを込みあがらせる。

 エリカは鉄格子の向こうにいる監守たちにお尻を向けたまま、必死に歯を喰いしばるのだった。

 

「あっ、ああっ」

 

 そして、エリカは思わず声をあげてしまっていた。

 どうやら、またもや無意識に腰を強く揺さぶってしまったようだ。

 あまりの痒みに刺激を求めてしまって、エリカは鉄格子の向こうの連中に背中を向けたまま、腰をもじもじと動かすということをやめられないでいるのだ。

 だが、油断するとどうしても、痒みをいやそうと耐えられる以上に腰を激しく揺さぶってしまう。

 そうすると、喰い込んでいる縄瘤が必要以上の快感をエリカに与えてしまって、いまのように甘い声をあげてしまうというわけだ。

 そんな醜態をもう何十回も繰り返していた。

 

「ははは、いつまで我慢するつもりだ? いつまでもそれを股間に抉らせたままでいると大変なことになるぜ」

 

「いいから、こっちに来な」

 

 すると、またもやお決まりのように一斉に嘲笑の声が起きる。

 口惜しさに一瞬だけ身体がすっと冷えるとともに、こいつら馬鹿じゃないかという侮蔑の感情が沸騰する。

 

「い、いい加減にして……よ……。あ、あんたらみたいなさ、三下が……わ、わたしに……て、手を出したら……、パ、パリス様に、し、叱られるわよ……。そ、そんなのわかってんでしょう……」

 

 パリスのことを引き合いに出すのは、エリカとしても、それだけで腹が煮えかえる思いだが、この連中にも、あのパリスの息がかかっている。そのことが言葉の端々に匂わせる。

 連中の口ぶりからすれば、一応はエリカには、手を出すなと言い渡されているようなので、この連中がエリカを犯そうというのは、パリスの言いつけに背くことになるのは間違いない。

 三下呼ばわりしたのは、せめてもの腹癒せだ。

 どうせ、こいつらは怒らせても、エリカには手を出せない。

 だったら、悪態のひとつやふたつはついてやらないと気が済まない。

 

 そのときだった。

 男たちが慌てたように鉄格子の前から左右側に離れた。

 次の瞬間、金属の杯が鉄格子に叩きつけられていた。

 飲みかけの麦酒らしき飲み物が檻の入口に散乱する。

 後ろ側で酒を飲んでいた女が、またもや鉄格子に飲みかけの盃をぶん投げたようだ。

 この女がこの場にいる監守たちの長らしいのはわかっているが、さっきから観察する限り、酒を飲むだけでなにもしていない。 

 それにしても、つくづく短気な女だ。

 

「本当に生意気なエルフ女だねえ──。もういい、懲罰だよ──。懲罰用の首輪をつけて連れ出しな──。檻から出すなとは命令されているけど、懲罰は別さ。手を出さない限り、それなりの扱いをしてもいいとは言われているんだ。折檻はその範疇だ」

 

 女監守の声に男たちが一斉に歓声をあげた。

 鉄格子が開いて、男の看守が数名入り込んできた。

 あっという間にエリカの首に鎖のついた首輪が嵌められた。

 そのまま檻の外に引っ張り出される。

 

「んぐうっ、ひ、引っ張るな──」

 

 首を引きずられる苦しさに、エリカは思わず悲鳴をあげた。

 だが、一方でこれは、少し都合がいいのではないかとも思った。

 壁をくり抜いた穴に閉じ込められている限り、逃亡の機会などありえないが、檻から出してくれれば、あとは拘束さえ解くことができれば、逃げられる。

 

「ひよこだ。準備させな」

 

 すると、女監守が卓の前に座り直しながら、嗜虐的な笑みを浮かべて言った。

 男たちが群がり、エリカにつけられた首輪の背中側に鎖をつけた。

 その鎖の反対側が天井の金具に装着される。

 視線を向けると天井にレールのようなものがついている。それはこの部屋をぐるりを回るようになっていて、ちょうど女監守のいる卓を大きく囲むようになっていた。

 

「ほら、これをやらせれば、気位の高いエルフ族でも、自分の立場がわかるというものさ……。調教だ……」

 

「な、なにを……」

 

 言葉を言い終わることはできなかった。

 暴れる機会を伺うこともできずに、エリカの裸身に五、六人の男監守が群がる。

 ただでさえ後ろ手に拘束されているのに、寄ってたかって身体を押さえつけられては、さすがに抵抗もできない。

 エリカの口には、いくつかの穴の開いた丸い球体が押し込まれる。

 その球体の横には革紐がついていて、顔の後ろでぎゅっと縛られた。

 

「んがあっ」

 

 苦しさに声をあげると、穴のあいだからエリカの涎が飛び散った。

 屈辱に顔が赤くなるのがわかった。

 そして、股縄が外されて、胯間をあらわにされた。

 

「おっ、気がつかなかったが、面白いものを身体につけてやがるな。丁度いいぜ」

 

 そのとき、男たちのひとりがエリカの裸体を見て、げらげらと笑い出した。

 はっとした。

 エリカの乳首と股間に装着している“ぴあす”とかいうロウの淫具だ。

 ロウがエリカに「一番奴隷」の特権だと言って施してくれたものであり、エリカの大切な宝物だ。

 しかし、それに目をつけられた……。

 

「んんんっ、んああっ」

 

 そして、あられもない声をあげてしまった。

 男たちが無防備なエリカの胸に手を伸ばして、左右から乳房を揉み始めたのだ。さらに乳首の淫具を転がすように弄られる。

 普段は大丈夫なのだが、乳首や局部のぴあすをいじくられると、信じられないくらいに全身が熱くなり、身体が脱力するほどの淫らな快感が迸る。

 しかも、股間を痒み縄に苛まれてたせいか、エリカの身体は信じられないくらいに熱くなっていたようだ。

 男たちの手が胸に触れた瞬間、電撃のような疼きがエリカの全身を襲った。

 

「んんんっ、あああっ」

 

 エリカは必死になって身体を暴れさせて、男たちの手から逃れようと必死になった。左右からこね回される胸の疼きのだけのことじゃない。

 身体に刺激を与えられたことで、ずっと耐えていた股間が、一刻の猶予もないくらいに、焦燥の炎が燃えあがったのだ。

 

「んぐううっ、んんん」

 

 触るな──。

 

 懸命に叫んだが、球体を押し込められたエリカの口は、言葉にならない呻きを涎とともに吐き出すだけだ。

 それに、自由にならない身体では、押さえつける男たちを振りほどくことなど不可能だ。

 

「んんんっ」

 

 しばらく胸を遊ばれてから、エリカは絶叫してしまった。

 いつの間にか左右の乳首のピアスに巻き付けられていた細い糸が、床に向かって思い切り引っ張られたのだ。

 激痛に声をあげた。

 しかし、男たちは容赦なくエリカの乳首に巻いた糸を下側に引っ張る。

 自然と、エリカの身体は、床に髪の毛を垂らすほどに、前に身体を折り曲げた体勢になる。

 すると、男たちは乳首に巻いた糸の先をエリカの脚の左右の親指に結びつけたのだ。

 しかも、右側の口を乳首からの糸を左の足の親指に……。左を右側に結んで、途中で交差するようにだ。

 これでエリカは、極端な前屈みの恰好から身体を動かせなくなった。

 少しでも頭を足から離そうとすれば、乳首が引っ張られて激痛が走るのだ。

 

「こっちもだ」

 

 さらに股間の「ぴあす」にも糸が結びつけられた。

 乳首と足の親指を結ばれている糸が中間付近で束ねられて、その結び目に繋げられる。

 そのため、さらにエリカは上体を屈めなければならなくなった。

 ちょっとでも動けば、乳首と股間に激痛だ。

 エリカは腰を真上にして、顔を床に密着するほどの姿勢にさせられた。

 

「いい格好になったじゃないか、囚人──。じゃあ、魔道を込めなよ。ひよこだ」

 

 女監守が下品な口調で声をかけた。

 すると、首輪の後ろ側についた鎖が、天井のレールに沿って引かれ始める。

 

「あっ、あっ、あつ」

 

 喉に首輪が喰いこんで、エリカは目を見開いてしまってから、すぐに慌てて足を前に出した。

 

「んぐうっ」

 

 しかし、動けば局部と乳首を繋いでいる糸が動いて、激痛が全身を駆け抜ける。

 痛みが走らないようにするには、糸が引っ張られないように、必死で足を前に出すしかない。

 だが、首輪と足枷、腕を後手に束ねた革帯以外は、完全に裸なのだ。

 

 それも、お尻を上側に掲げたあられもない姿勢だ。

 自分がどんなに姿勢を晒させられているのかと考えると、あまりもの恥辱に身体に震えが走る。

 

 そして、どうやってもエリカには、行動の選択肢がない。

 鎖はエリカの首輪を引っ張り続けるので、みっともない窮屈な体勢で歩き続けるしかない。

 エリカにこの屈辱の歩みを強いた男たちも、エリカが歩き回る経路に添って、椅子を引っ張り出して座り込む。

 エリカは彼らの座る場所を恥辱の行進で歩くしかなかった。

 

「しばらく、歩かせるかい。そうすりゃあ、性根も直って、少しは素直になるんじゃないかい」

 

 女監守がげらげらと笑って、すっと足をエリカの歩く方向に出した。

 ちょうど、女監守の横を歩いていたのだ。

 ほとんど身動きができないエリカは、邪魔な足を避けるために、糸をぴんと張ってしまう。

 さすがに泣き叫んだ。

 そうすると、ほかの男たちも面白がって、エリカが前に進むのを邪魔するように、脚を出したり、椅子を倒したりする。

 エリカは、それを避けるために体勢を崩すかなく、そのたびに、悲鳴をあげなければならなかった。

 エリカの装着された首輪を引っ張る鎖は、部屋を回るように動いていく。

 エリカは、三周、四周、五周といつまでも、部屋を回るように歩かされ続けた。

 

 それにしても……。

 

 ただ前屈みの恰好で歩くだけのことは、これほどに重労働とは思いもしなかった。

 しかも、股縄は外されたとはいえ、股間に施されていた痒み縄が原因の痒みと疼きは解放されたわけではない。

 エリカは追い詰められた。

 

「んぐうっ、んぐううっ」

 

 エリカは懸命に歩いた。

 部屋を十周ほどしても、連中はエリカを解放する様子もない。

 だが、鍛えあげられたエリカの健脚でも、これにはそろそろ筋肉は音をあげ始めてきている。

 それに、股間の痒みはもう限界を超している。

 この頃には、連中がどうして、これを「ひよこ」と称したのか完全にわかってもいた。

 窮屈な姿勢でよちよちと歩く姿が、ひよこのようだというのだろう。

 

 やがて、もう何十周歩いたのかわからなくなってきた。

 気がつくと、目は朦朧とし、エリカが回り続ける道筋には、水で濡らした道の痕ができていた。

 すべてエリカの汗だ。

 

「どうだい、そろそろ、詫びの言葉でも言いたくなったかい、エルフ女?」

 

 さらに十周ほどしたころ、唐突にエリカの髪が掴まれて引きあげらる。

 上体をあげると三点縛りの局部と乳首に激痛が走るエリカは、大声で悲鳴をあげてしまった。

 

「口のものを外してやりな」

 

 やっとレールが停止し、エリカの親指に結びついてた糸も刃物で切断された。

 崩れ落ちそうになる身体だったが、男監守たちが一斉に寄ってきて、膝まづいた姿勢に固定させられた。

 疲労困憊のエリカには、もう抵抗の力は残っていない。

 されるがままに、床に膝立ちをして上体を起こす。

 

「生意気を言って悪かったと謝りな」

 

 女監守がエリカの前に足を開いて立ちはだかった。

 エリカは顔をあげて、そいつの顔に唾を吐いてやった。

 

「うわっ、き、汚な……。なにすんだい──」

 

 頬に火花が飛ぶ。

 顔に張り手をされたのだ。

 さらに反対側──。

 だが、倒れることはできない。

 左右を男たちから固定されている。

 

「殴るなら、もっと、殴りなさいよ──。その代わり、覚えていなさいよ──。あんたらの顔、忘れないからね──」

 

 悪態をついた。

 女監守の酔った顔が憤怒で真っ赤になるのがわかった。

 エリカに向かって拳が叩き込まれそうになる。

 歯を喰いしばって顔面を殴られる衝撃に備える──。

 

「やめなよ──。顔を壊すのはやばいよ──」

 

 もうひとりの女監守が、エリカを殴りかけた女監守の腕を掴んでとめる。

 大きな舌打ちがして、エリカの前の女がエリカを殴ろうとした腕を下におろす。

 だが、その女が口惜しそうな表情になったのは、一瞬だけだ。

 すぐに、にやりと口元を歪める。

 

「いや……。そうだね。こんなに気の強い女を殴ってもしょうがないかもね。それよりも、このエルフ女に、女に生まれてきたことを後悔させてやるかい。あれを持って来な」

 

 女監守が言った。

 周りの男たちが目を輝かせるような表情になったのがわかる。

 エリカは急に不安になった。

 

「や、やめなさい──。ああっ」

 

 口に強制開口器具が押し入れられた。

 上下の歯がエリカの意思とは無関係に押し広げられる。

 

 なによ、これ──?

 

 叫ぼうとするが、言葉は器具によって遮られる。

 エリカの周りに、男たちが集まって来て、一斉にズボンをおろして、勃起した局部をさらけ出した。



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439 女囚いじめの結末

「俺から、いくぜ」

 

 正面に立った監守がエリカの顔に怒張を突きつけた。

 すでに、その先端からは汚臭のする精液が滲み出ていて、それがエリカの鼻先に迫って来ている。エリカは、恥辱よりも、口とはいえ、自分が汚される恐怖に目を見開いて、言葉にならない声を迸らせた。

 だが、開口具によって無様に開いた口の中に、容赦なく、その男の性器が口の内側の粘膜をねぶるように押し入れられてくる。

 

「がっ、あがっ」

 

 エリカは嗚咽のような声を放ちながら、顔を振って挿し込まれた肉棒を吐き出そうともがいた。

 

「んがああああっ」

 

 だが、次の瞬間、股間にまるで尖った刃物を突き刺されたように激痛が走って、エリカは身体を弓なりに反らせた。

 それでいったん、顔から男の性器が引き抜かれたかたちになったが、後ろと左右を囲む男たちが四人がかりで、エリカを跪く体勢に戻すとともに、さらに別の男がエリカの髪の毛を掴んで、強引に口を正面の男の股間に押し込む。

 なにをされたのかわかったのは、男の性器を再び喉の奥にねじ込まれてからだ。

 エリカの股間には、足の指からは切断してもらったものの、“ぴあす”に繋がった糸がまだぶら下がっている。

 それを思い切り引っ張られたのだ。

 

「無駄な抵抗をしやがると、この糸を天井に繋いで、ひと晩中放置してやるぜ、エルフ女」

 

「それもただ吊るすんじゃねえ。とっておきの媚薬を塗りながら、交代で刷毛でくすぐるんだ。吊った場所をな」

 

「まあ、それをやると、大抵の女囚は気が狂ってしまうけどな」

 

 身体を押さえつけている監守たちがげらげらと笑いながら、エリカを持つ手にさらに力を入れた。

 目の前の男はエリカの口を汚している男が乱暴に性器の出し入れを開始する。

 

「おがっ、があっ、んああっ」

 

 男の性器は大きくて、硬くて、しかも、驚くほどに長かった。

 普通に出し入れするだけで、喉の奥を突きあげられる。

 男根の出し入れで、何度も何度も嗚咽がこみ上がる。

 苦しさにエリカの両目からはいつしか涙が零れ落ちているのがわかった。

 そして、何十回目かの口への抽送が繰り返されたとき、不意に男の怒張が口から引き抜かれた。

 思考するいとまもなく、そのまま顔に精液をかけられる。

 おぞましい悪臭が顔に拡がる。

 

「そら、休ませるんじゃないよ。すぐに、次を咥えさせな」

 

 野次のような女の声──。

 あの女監守長だ。

 呆けかけていたエリカの心に、憤怒の感情が戻ってくる。

 しかし、女監守を睨むことも許されずに、髪の毛を引っ張られて、次の怒張を口に入れられた。

 

「んぐあっ、がっ」

 

 エリカは悲鳴を涎とともに迸らせた。

 またもや、忌まわしい男の性器が口の中を占領してきたのだ

 噛み千切ってやろうと、渾身の力を開口具に込める。

 しかし、さすがに金属の口環はびくともしない。

 

「おい、ちょっと、刺激してやってくれねえか。俺は感じている女を見ながら射精するのが好きなんだ」

 

 口に股間を打ちつけてくる男が愉しそうに笑った。

 すぐさま、四方から胸や股間に手が伸びてくる。

 ロウに刻まれている刻印により、膣内そのものには男たちの指の侵入を許さないが、乳首についている“ぴあす”を揺らされ、股間のぴあすを揉むように動かされると、たちまちにエリカの身体は激しい愉悦の疼きを噴きあがらせる。

 口を凌辱されることよりも、こんな下劣な男たちに快感を迸らされてしまうことに、エリカは泣きたくなるような屈辱を味わった。

 

「んがあっ、あああっ」

 

 エリカは必死になって身体を暴れさせる。

 無理矢理に引き起こされる快感が引き起こすのか、犯される口からも、だんだんと性感の炎が燃えあがるような感覚が呼び起こしてきたのだ。

 そのことに、身の毛もよだつほどの恐怖を覚えた。

 

「ああっ、ああっ、あがあっ」

 

 口の中の男の抽送が速くなる。

 それに合わせるように、エリカの裸身に対する愛撫の手も激しくなっていく。

 エリカは無理矢理に快感をせり上げられた。

 

「へへへ、美貌のエルフっていうのは、気をやりかけている顔も綺麗なんだな」

 

 目の前の男が下品そうな笑い声をあげる。

 そして、またもや、口から肉棒が抜かれる。

 また、顔にかけられる……。

 エリカは思わず、目をつぶった。

 

 しかし、不意にその男が離れていく感覚が襲った。

 眼を開けると、なぜかその男は音を立てて、目の前で仰向けにひっくり返っていた。

 

 えっ?

 

 なにが起きたのかわからなかった。

 

 だが、血の匂い……?

 

 精液の匂いで麻痺していた鼻に、わずかに血の匂いが漂ってきた。

 見ると、目の前に倒れた男の首の横からだくだくと血が流れている。

 

 死んでいる……?

 

 エリカは目を見張った。

 

「どうしたんだい?」

 

 驚愕したようなだみ声は、離れた卓で酒を飲んでいた女監守長だ。

 周りの男たちも、なにが起きたのかわからないようだった。

 エリカの身体を掴んでいた手が緩む。

 すると、ぱらりと股間と乳首から糸がばらけて落ちた。

 呆気にとられたが、すぐに身体をなんらかの魔道が覆ったのだと知った。

 さらに、二の腕に嵌まっていた腕輪が二つに分かれて弾け飛ぶ。

 エリカの魔道を封じていた「魔道封じの腕輪」だ。それが壊れて外れた。

 

 なにも考えない。

 

 エリカは背中で拘束されている革帯を魔道で引き千切った。

 次の瞬間、エリカはそばの監守の腰から剣を抜いていた。

 

「うぐっ」

 

 しゃがんだままの体勢で性器を出しっぱなしのひとりの男の腹に剣を貫かせた。

 女監守の命令で得体の知れない魔道を遣った男だ。

 この男以外には、ここには魔道を遣う者はいない。

 エリカはずっと目を付けていたのだ。

 その男を手で突き飛ばして、剣から腹を引き抜いたときと、最初にエリカの口の中に性器を入れた別の男が崩れ落ちるようにその場に倒れたのはほぼ同時だった。

 その男の首も横から鋭利な刃物で斬り裂かれていた。

 

「コゼ──」

 

 叫んだ。

 完全に気配を消してエリカに群がる男を殺したのは、いつの間にか部屋の中に潜入していたコゼだった。

 四人目の男監守がまたもや倒れて、不敵に微笑む小柄なコゼと視線が合う。

 残りは卓にいる女監守ふたりと、まだ死んでいない男監守が七、八人か……?

 とにかく、これまで一瞬のことに過ぎない。

 

「お、お前、どこから──?」

 

 声をあげたのは、女監守長の横にいたもうひとりの女監守だ。

 やっと侵入者に気がついたのだ。

 しかし、その女監守たちが悲鳴をあげて、その場にひっくり返る。

 

 魔道?

 髪の毛が青みがかった白色の女だ。

 誰?

 外に通じる出入り口は閉まっているが、女はその扉を背にして女監守たちに両手を向けている。

 その女が魔道を放ったのか?

 おそらく、電撃でも女看守たちに叩きつけたに違いない。

 最初にエリカの魔道封じの腕輪を外したのも、その女だろう。

 それで、気がついた。

 髪が違うので、印象が変わっているが、スクルズか?

 なぜ、ここに?

 

 さらに、ふたり入ってきた。

 イライジャだ。そして、イライジャの横には、ひとりのエルフ美女がいる。それがブルイネンという名のエルフ軍の女隊長だとわかった。

 水晶宮で捕えられたとき、ロウが彼女を人質にして、その口の中に唾液を注ぎ込んだのをしっかりと横で見ていた。

 ブルイネンは激しく怒っている表情のイライジャとは対照的に、イライジャの傍で困惑したような顔で立ち尽くしている。

 

 いずれにしても、助かった──。

 エリカは剣を一閃させて、周りの男たちの股間付近を五、六人同時に斬り裂いてやった。

 どの男たちも下着をズボンを足首までおろしている。

 それで咄嗟には、対応できなかったようだ。

 

「うわっ」

「なんだ?」

「ひいいっ」

 

 やっと周囲の男たちが狼狽えて逃げ始める。

 とりあえず、エリカは口に嵌められていた口環を手を伸ばして外そうとした。

 しかし、金具のようなもので留められていて、片手では外せなかった。

 

「大丈夫ですか、エリカさん。わたしが……」

 

 やっぱり、スクルズだ。

 駆け寄ってきたスクルズが魔道を加えると、音を立てて紐の部分が切断された。

 エリカは舌で開口具を吐き出した。

 

「ありがとう、スクルズ――。だけど、なんで……、いや、あんたとの話は後にするわ」

 

 エリカは、看守たちに向き直る。

 

「あ、あんたら、覚悟はいいわね──。そして、クグルス──。よくも、置き去りにしてくれたわね。わたしがどんな目に遭ったと思ってんのよ──」

 

「ぼ、ぼく──? な、なんで?」

 

 ブルイネンの胸から魔妖精のクグルスが飛び出してきた。

 助けを呼んで来ると言ってから、エリカの身体から消えたので、ここまでコゼたちを引っ張ってきたのだろう。

 だが、理不尽だと思っても、クグルスに対する怒りは消えない。

 ここに、エリカだけを放置しなければ……。クグルスがいただけでも、こいつらに好き勝手はされなかったに違いない。

 

「うるさい――。あんたがわたしを置き去りにしたせいで、ひどい目に遭ったのよ――」

 

 怒鳴りあげた。

 そして、立ちあがる。

 すると、なぜか、スクルズがすっと前に出てきた。

 

「ところで、わたしは、スクルズではなく、スクルドですわ。神殿長のスクルズは王都で処刑されたんです。ここにいるのは、ロウ様に飼われる雌犬にしてもらうつもりのスクルドです」

 

 なにを言っているのか、さっぱりわからない。

 しかし、ぱちんと金属音がして、足首が自由になったのがわかる。体液にこびりついた身体もきれいになる。

 洗浄術だろう。

 男によって汚された口の中も、違和感が消滅した。

 

「よくも、よくも……」

 

 とにかく、エリカは剣を構えた。

 生まれてこの方、こんなにも激怒したのは初めてだ。

 まだ、生きている男たちが蒼白になるのがわかった。

 

「うわあっ」

「やめろお」

「た、助けてくれ」

 

 男たちが背中を向けた。

 どの男も剣を吊っているがそれを抜こうとする者はいなかった。

 それよりも、恐怖が勝っているのだろう。

 とりあえず、逃げ損ねている男監守の背中を斬り、その横の男の首も後ろから斬り裂いた。

 ほとんど同時にやっていた。

 

 声も出すことなく、ふたりは倒れる。

 逃げ散ろうとした男たちも、風のように動くコゼが、次々に倒していく。

 気がつくと、部屋で動く者は、エリカのほかには、コゼとスクルズ……いや、スクルドだけになっている。

 また、顔色を失くして立ち尽くしているブルイネンは、硬直したように静止したままだし、イライジャはその横だ。

 スクルドに電撃を浴びせられた女監守たちは、まだその影響が残っていて、呻き声を出して床で横たわっている。

 

 ほかは屍体だ。

 すべての男たちは、コゼとエリカによって、ただの肉塊に変えられた。

 

「ところで、さっきは、お取込み中のようだったようね……。ご主人様には黙っておいてあげるわ」

 

 コゼが血で汚れた二本のナイフを倒れている男の屍体の服で拭きながらくすりと笑った。

 どうやっているのか、あれだけの男たちを十人近くも斬り裂きながら、コゼの服にはまったく返り血がない。

 それに比べれば、エリカの身体は血だらけだ。

 

「な、な、な……、なによ――? だ、黙ってるって、なによ。わ、わたしは、ロウ様に隠すようなこと……」

 

「だって、看守のあれを咥えてたじゃない」

 

 コゼがからかうように言った。

 エリカはかっとなった。

 

「あれは……」

 

「問題ありませんわ、エリカさん。ロウ様から罰を与えられても、それはご褒美ですよ……。それよりも、どうかこれを……」

 

 スクルドが再び寄ってきて、洗浄術をまたかけて、被り血を消滅させる。さらに、黒いマントを差し出してきた。

 エリカはそのマントを身につけて、とりあえず裸身を隠す。

 それにしても、やっぱり、喋ることがわけがわからない。

 本当に、どうしてここに?

 

「こ、こんなことして……す、すぐに……近くの詰め所から……兵が……」

 

 そのとき、やっと舌が動くようになったのか、女監守長が床に倒れたまま、呻くように口にした。

 一方で、もうひとりの女監守が手を腰にゆっくりと動かしているのがわかった。

 なにを手に取ろうとしているのか知らないが、とりあえず、持っていた剣を槍のようにして投げた。

 

「うぎゃああ」

 

 女が動かしていた手が剣によって、床に縫い付けられた。

 部屋に絶叫が響き渡る。

 もうひとりの女監守長は目を丸くして、這ったままの身体を硬直させている。

 

「うるさいわねえ。いくら、スクルドが防音の結界をしたとはいえ、騒がしいのは嫌いなのよ……。それで、こいつら、どうする?」

 

 コゼがエリカを見る。

 だが、やっと助かった……。

 そう考えると、張っていたエリカの気がすっと抜けるのを感じた。

 その瞬間、我慢していたものが、股間で爆発した。

 

「あああっ、も、もうだめえっ、痒いいいいっ」

 

 絶叫するとともに、その場にうずくまって股間を押さえる。

 押さえただけじゃ収まらない。

 気がつくと、狂ったように手を股に当てて動かしていた。

 随分と長い時間、痒み縄とかいう得体の知れない責め具で股間を締めつけられていた。

 そのあいだ、まったく満たされることのなかった掻痒感が灼熱の炎のようにエリカの全身を駆け巡ってきていた。

 だが、それも、責められているあいだや、自分を侮辱したこいつらに剣を振るっているあいだは、なんとか忘れることもできた。

 しかし、もうだめだ。

 やっと救出されて、心の張りが解放されてしまうと、それはもはや目を背けることができない、もっとも大切な緊急事態になっていたのだ。

 

「んんんんっ、んんんんっ」

 

 狂ったように股間で手を動かすと、あまりの気持ちよさに、快感の声が迸りそうになる。

 エリカは必死になって口をつぐみ、それが漏れ出るのを防いだ。

 

「あ、呆れた──。この状況で、あんた、いきなり自慰? 本当にあたしたちだけのときには、慎みっていうのがなくなるわねえ」

 

 コゼが呆れた声を出す。

 しかし、擦り始めると、もう手を休めることなどできない。

 狂気のような股間の痒みに、もう自分がどんな無様な姿を晒しているのかを考えるのも不可能だ。

 

「うるさい──。あ、あんたには、この痒みの苦しみがわかんないのよ」

 

 エリカは、胯間を慰めながら怒鳴った。

 スクルドがエリカの身体に触れる。

 

「ごめんなさい、エリカさん。すぐに治療術で毒抜きしますね」

 

 スクルドが術をかける気配を示した。

 

「うわっ、待って。エリカからすごい淫気……。ちょっとばっかり、吸わせてよ……。ご主人様から大量に淫気もらったけど、こっち側の世界を飛び回って、たくさん使ったし……。あーあ、なくなった」

 

 クグルスがエリカの周りを飛び回りながら言った。

 しかし、身体を温かいものが包み、狂うほどに痒かった苦しみが消える。

 エリカは胯間を擦るのをやめた。

 また、糸で引かれたために、じんじんとしていた乳首とクリトリスの疼痛(とうつう)も消滅した。

 エリカはほっとした。

 

「あ、ありがとう、スクルド……。れ、礼を言うわ。あんたがどうして、ここにいるかわかんないけど……」

 

「そうですね……。話せば少し長くなります。王都で色々ありまして……」

 

 相変わらず、屈託のなさそうな顔でにこにこしている。

 だが、本当にスクルズだ。

 髪の毛は変わってるが……。

 

「あっ、そう……。じゃあ、あとで……。ところで、クグルス――」

 

 エリカは、飛び回っている魔妖精を掴もうとした。

 しかし、ひらりと避けられる。

 

「うわっ、なんだよ。ここまで助けを連れてきたじゃないか」

 

「やかましい――。わ、わたしは、まだ怒っているのよ……。置き去りにしたことだって……。パリスの前で恥をかかされたことだって……」

 

 エリカは肩で息をしながら言った。

 そして、視線をコゼとイライジャに向ける。

 彼女たちふたりが、この一日、どこでなにをしていたのか?

 どうやら、無事でいたようだが、やっぱりロウの勘のとおり、コゼたちもまた一度は捕らえられたのか……?

 だとしたら、どうやって、助かったのか?

 ブルイネンや、スクルズ改めスクルドが同行しているのはどういう経緯で?

 そもそも、ここは正確にはどこなのか?

 エリカが離されたロウの状況を彼女たちは承知している?

 

 訊ねたいことは山ほどある。

 でも、これからどうするかは、わかりきっている。

 彼女たちから話を訊くのは、行動を起こしながらでも問題ない。

 

「そんな意地悪を言うんなら、だったら、さっきの痒みを戻しちゃうぞ。死ぬまで自慰をしてたらいいさ」

 

 クグルスがからかうような物言いをした。

 エリカは、またもや、かっとなった。

 

「そんなことしている場合じゃないでしょう──。ロウ様を助けにいくわよ。わたしを水晶宮に連れ戻しなさい、クグルス」

 

 エリカは怯えた顔を向けている女監守長に近づいていく。

 そして、さっともうひとりの女の手を床に縫い付けている剣を抜いた。

 手から剣を抜かれて悲鳴をあげる女を蹴飛ばし、壁まで転がす。

 血の付いた剣は、そのまま女監守長の顔に向けた。

 裸にマントだけでは、心もとない。

 とりあえず、こいつの服をもらう……。

 

「ひいっ」

 

 女監守が声をあげた。

 エリカは剣を持っていない手で彼女の襟首を掴むと、身体を引き起させる。

 

「いつまでも身体が痺れたふりはやめなさい。服を脱ぐのよ。一枚残らずね。それをわたしに寄越しなさい」

 

「ふ、服?」

 

 女監守長が完全に怯えた口調になって言った。

 エリカは立ちあがると、壁まで蹴り飛ばされていた女監守に無造作に近づき、剣を背中に突き刺す。

 女は身体を一瞬だけ弓なりに反らせて、それから吐くような大きな息をした。

 剣を抜いたときには、血が噴き出した。

 女は屍骸の仲間入りだ。

 

「まだ汚れていない服は、あんたの服だけなのよ。だから、脱げって、言ってんのよ。わたしは腹が煮え返ってんのよ……」

 

「こわっ」

 

 茶化すような声を出したのはコゼだ。

 エリカは、コゼを睨みつけた。

 いまは、こいつの冗談に付き合う気分じゃない。

 コゼがわざとらしく肩を竦ませる。

 

「……少しは急いだ方がいい……。襲撃が起きたことを報せる魔道信号をすでに打たれている。それはわたしが遮断させたが、時間が経ってしまうと、今度は遮断されていることに対して、不審に思う者が出ないとも限らない」

 

 声の方向に視線を向ける。

 ブルイネンだ。

 表情は複雑そうだが、とにかく、彼女は「味方」だと判断していいのだろう。

 唾液を注ぎ込んだけだと思ったが、すでにロウの淫魔の術に捕まっているということか……。それとも、エリカの知らないところで、ロウとなにかあった?

 とにかく、すでにブルイネンはロウの支配下にある感じだ。

 

 それにしても、本来は敵であるはずのブルイネンが、主家を裏切るかたちになるにも関わらず、「犯罪者」であるロウや自分に肩入れするとは……。淫魔術というのは、どこまで強力なのだろう。

 本当に、このところのロウの不思議な力は神がかっている気がする。

 しかし、なんとなく、姿勢が不自然だ。

 エリカは首を傾げた。

 

「ブ、ブルイネン様──。こ、これは、どういうことですか──。お、お助けを……」

 

 女監守がやっとブルイネンの存在に気がついたようだ。

 しかし、すぐに顔が曇る。

 ブルイネンが自分の助けにはならないということには、すぐに気がついたようだ。

 エリカは剣をさっと振る。

 女監守の右半分の髪が肩口からばっさりと床に落ちていった。

 悲鳴があがる。

 

「聞こえないの、お前。ふ、く、よ」

 

 エリカの言葉に、やっと恐怖にひきつらせた女監守がやっと服を脱ぎ始める。

 脱いだ先から引き寄せ、マントを脱いで、衣類を身につけていく。

 さすがに股につける下着には手を出す気はならないから、ズボンは素肌の上に直接はいたが、胸当てについてはさせてもらった。

 これがなければ、動くたびに乳房が揺れて邪魔なのだ。

 やがて、すっかりと服を交換することができた。

 背格好が似ているので、大丈夫だと思ったが、服を着てみると、胸はきつくて、ほかの部分はやたらに緩い。

 仕方がないので、緩い部分は紐を見つけて調整する。

 胸は上ふたつ分のボタンを外しておくしかない。

 改めてマントを身につける。

 

「じゃあ、あんた、ごめんね」

 

 コゼが小さく言った。

 しばらく壁を背にして静かにしていたコゼがすっと動いた。

 女監守はコゼの接近に振り返ることもできなかった。

 息を吐く間もなく、彼女が床に倒れていく。

 その首は喉の部分で完全に斬り裂かれていた。

 

「さあ、これで落ち着いたわね。話は後よ、エリカ。とにかく、ここを出るわよ。とりあえず、冒険者ギルドに行くわ。ひと悶着あったんだけど、いまはそこを拠点にしているのよ。あんたも、そこで……」

 

 イライジャだ。

 冒険者ギルド──?

 なんで、そんなところに……と一瞬、思ったが、すぐに考えてみれば、いい隠れ処だと考えた。

 ロウのパーティの一員として、コゼもエリカも、(シーラ)ランクパーティーの冒険者だ。

 その(シーラ)ランクパーティーをギルドは無条件に既存権力から匿う義務がある。

 なるほど、ギルドか……。

 

「だめよ、イライジャ」

 

 そう思ったが、エリカは首を横に振った。

 そして、エリカは持っていた剣を捨てて、部屋の隅にあった誰かのものらしい細剣を手に取った。

 普通の剣よりも、こっちがエリカの得手なのだ。

 

「……だめってなによ、エリカ……。とりあえず、あんただって、身体を休めないと……。酷い目に遭ったんでしょう……?」

 

 コゼが怪訝な口調で言った。

 

「なに言ってんのよ、コゼ。ロウ様はまだ水晶宮よ。取り返しにいくわよ」

 

 エリカは断固として言った。

 ロウのことだから、あるいはもう自力で逃亡しているかもしれないが、だからといって、エリカはひとりで安全な場所に先に向かうつもりはない。

 エリカはロウの一番奴隷で、ロウの護衛だ。

 

 あのとき……。

 

 最初に受けたロウからの命令は、ロウを助けることだ

 その命令はいまでも、エリカの心の深い部分に貫かれている。

 それにもかかわらず、エリカをひと足先に逃がしたロウにも、エリカは腹を立てている。

 

 ロウの安全を確かめずして、戻るものか……。

 

「でも、状況もわからないし……。ギルド長のエビダスに情報を集めさせているわ。とりあえず、一度態勢を整えてから……」

 

 イライジャが困ったように言った。

 

「だったら、イライジャたちはギルドで待ってて。わたしは、ひとりでだって、いまから突撃するわよ」

 

 エリカは、剣を腰にさげる。

 そして、クグルスを見た。

 

「お前は一緒に来るのよ、クグルス。塔や水晶宮の見張りにでも、なんでもとりついて、とにかく、ロウ様のところに近づくのよ。お前にはロウ様の居場所を感じることができるんでしょう」

 

「まあ、近づければね……」

 

 クグルスが言った。

 

「ま、待ちなさい、エリカ。あたしも連れて行きなさいよ……。この不良巫女も行くわ。イライジャはギルドに戻って待機してて。情報を集めながら、そこで待ってて」

 

 コゼが慌てたように言った。

 すると、さすがに、イライジャも同行すると声をあげる。

 しかし、エリカは首を横に振る。

 

「やっぱりイライジャは、安全なギルドに……。全員が戻ることないわ。イライジャはギルドで情報を集めて。万が一にも、ロウ様の救出に失敗したときには、ギルドを動かしてでも、手を打って」

 

 きっぱりと言った。

 

「そうね。それに、エビダスに渡す毒消しを届けないとね。このまま行くんだったら、そっちも処置しないと……。ほったらかして死なれたら、さすがに目覚めが悪くなるわ」

 

 さらにコゼも言った。

 でも、毒消し?

 なんのこと? なにやったんだろう。

 

「だけど…」

 

 イライジャは、ひとりだけ居残るということに、当惑しているようだったが、今度ははっきりと、イライジャの腕では足手まといだと告げた。

 頭はいいが、イライジャは戦士ではない。

 イライジャを守りながらでは、ロウを助けられない。

 エリカの言葉に、イライジャは黙りこんでしまった。

 そのとき、コゼが「あたしらが捕らえられたら、あれが積極的に動く?」とぶつぶつと口の中で言ったのが聞こえた。

 

「水晶宮に戻るんだったら、こいつが案内できるよ。こいつも水晶宮から逃げてきてるから、当たり前のところは使わなかったんだって……。こっちに降りてくるときも、誰もいない道から来たらしいよ」

 

 すると、クグルスが口を挟んできた。

 “こいつ”というのは、ブルイネンのことだろう。

 だが、ブルイネンも逃げてきた?

 しかし、まあいい。

 それよりも、ロウだ。

 

「誰もいない道って、なに?」

 

 エリカは訊ねた。

 

「うん、さっき、身体の中から聞いたんだけどね……。お前、なんとかしな。案内できるんだろう? さもないと、いつまでも、そのままだぞ」

 

 すると、クグルスがブルイネンに向かって、口を開いた。

 “いつまでも、そのまま?”

 クグルスの脅しのような物言いに、改めてブルイネンを眺めると、ブルイネンのズボンはまるでおしっこでも漏らしたかのようにな大きな染みがあった。

 顔も赤いし、息も少し荒い。

 

 もしかしなくても、クグルスはブルイネンに淫らな魔道をかけっぱなし?

 そういえば、クグルスはブルイネン体内に入ってここまで、コゼたちを連れてきたのだろう。

 クグルスの悪戯好きは、嫌というほど知っている。

 

「ああ……もう苦しめないでよ、妖精さん……。もちろん、案内するわ。太守も知らない秘密の脱出路がある……。水晶宮に繋がる別の転送門が……。そこから浸入できる。そして、門を潜って、直接に水晶宮に行きましょう」

 

 ブルイネンが股を擦り合わせるように動かしながら、切なそうな息とともに言った。

 

 

 

 

(第31話『下層地区のエルフ女囚』終わり、第32話『淫魔師と死の呪文』に続く)



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 第32話  淫魔師と死の呪文
440 淫魔師対闇魔道師


 喉の奥からしたたる唾液を、一郎は首をあげて飲みこんだ。

 口を左右に押し割って、常に口を開いたままにさせている棒状の口枷のために、唾が顎の下に流れ続けるからだ。

 それでも、かなりの時間、こうやって放置されているので、すでに一郎の口から下はかなりの涎で濡れているし、顔から落ちる唾は、一郎の膝の上に向かって大きな溜まりを作っている。

 ただし、唾液を受けとめているのは、大きな石の板だ。

 

 一郎は、パリスが改めて指示をしたらしい陰湿な責め苦を受けたまま放置されていた。

 身体は薄い革製の身体にぴったりの袋で包まれている。革から出ているのは、首から上だけだ。

 服とは言えない革袋には袖の部分はなく、一郎の両手は革の包みの中で後ろ手に革紐で拘束された状態できつく包まれている。

 また、脚の部分も左右には分かれてはおらず、両脚をぴったりと密着させた状態で袋状の包みだ。

 

 つまりは、一郎はまるで芋虫のような状態で、革の袋に包まれているという状態なのだ。

 その恰好にされた後、両脚を正座状態で床から離れられないようにさせられ、数本の鎖で床にある金具に折り曲げた脚の上から拘束された。

 しかも、その正座の腿の上に、重い石板を三枚乗せられた。

 石板は一郎の腿の上から落ちないように、縄で胴体に結ばれてもいる。

 さらに、首には天井から垂れた細い縄が巻かれていて、ちょっとでも身体が傾こうものなら、容赦なく首が縛るように細工をされているのだ。

 

 この状態で、おそらく半日は過ぎているのではないだろうか。

 

 すでに足の感覚はほとんどない。

 革の中は、絶えず流れ続けている汗で蒸れかえっていた。

 しかも、責め苦はそれだけじゃない。

 意地の悪いことに、一郎の周りには、煌々と燃える炭火を置いている四個の大釜が置いてあり、それが密室を地獄のような暑さに保っていた。

 頭は朦朧として、痛みのようなものも感じてきている。

 おそらく、熱中症の状態にあるのだろう。

 

 パリスの狙いは、次の「訊問」の前に、限界まで一郎を弱めることにあるようだ。

 いつまでたっても、一郎が屈服しないためだろう。

 まあ、訊問の前に、まずは抵抗する力を完全に奪ってしまうのは、拷問の常套手段だ。

 

 とにかく、部屋にあるのは、四周に燃える炭の不愉快な音と、一郎の鼻から漏れる荒い息──。

 そして、唾液をすする音──。

 時折、揺れる首縄の擦れる音──。

 それだけだ。

 

 いまは、部屋には一郎のほかには誰もいない。

 立ち去る前にブルイネンが魔道で暗示をかけたパリスの部下たちもいない。

 置き去りにして放置という状況だ。

 それも、一郎の神経を追い詰めて、心を削ぐための手段のひとつだと思う。

 

 もっとも、一郎は、壁の幾つかから、一郎を見張る視線をはっきりと感じていたし、そのステータスも読んでいた。

 一郎を壁の向こうから見張っているのは、パリスの息のかかったあの男たちだ。

 第一、身体を痛めつけられる拷問なら、まだましだ。

 尻を掘られそうになったときには、自制心が千切れるかと思ったが、なんとかいまのところ無事である。

 まあ、パリスとしては、一郎を屈服させるのが目的のはずだから、効果が低いとみなして、次のやり方に変えたというところだろう。

 一郎としては、とりあえずほっとしている。

 あと知りたいのは、無事にエリカが救出されたかどうかだが、エリカの脱走に成功し、コゼとイライジャの安全を確認できたら、クグルスには戻ってくるように指示している。

 それまでの我慢だ。

 エリカが助かったことがわかれば、この時間稼ぎの茶番は終わりにする予定である。

 

 また、拷問のあいだに気がついたが、一郎に接近するエルフ族はまだひとりもいない。

 どうやら、パリスは一郎に対する拷問をエルフ族の兵ではなく、あの自分の息のかかった者たちだけでやろうとしているらしい。

 それも、助かってはいる。

 ブルイネンにエリカの保護を頼んだとき、一郎に拷問をかけ続けていると思う暗示をかけてもらった。

 だから、彼らは自分では気がつかないながら、十分に一郎に手加減をしていた。

 こうやって、きつい目に遭っているのは、パリスが戻ってからだ。

 それにしても、あのパリスは、心の底から嗜虐癖なのだろう。

 男でも女でも、残酷に肉体を傷つけて拷問するよりは、圧倒的な恥辱や屈辱を与えて心を潰すような仕打ちが好きみたいであり、これもその一環だ。

 本当にえげつない。

 

 部屋の扉が開いたのは、すでに時間間隔も失われて、放出し続ける体液のために、視界が完全に歪んでしまってからだった。

 本来であれば、とっくの昔に脱水症状で失神してしまっておかしくないと思っていたので、あるいは、この部屋に流れる空気に、気付け薬のような香がたちこめられているのかもしれない。

 

「馬鹿みたいに熱いな。そんなに熱いのが好きか、色男?」

 

 入ってきたのは、パリスだった。

 右手に鎖を持ち、左手に乗馬鞭を持っている。

 

「んがっ」

 

 くぐもった女の悲鳴に、一郎は顔をあげた。

 驚いたことに、鎖の先には、素っ裸で四つん這いになっているユイナがいた。

 ユイナの首にはその鎖に繋がった首輪があり、口には穴の開いた箝口具を嵌められていて、穴から滴る唾液がぼたぼたと落ちていた。

 首輪は『隷属の首輪』だ。

 

「お前の想い娘のはずだが、いまは俺の性奴隷だ。連れてきてやったぜ」

 

 ユイナは泣きそうな顔で膝を床に付けない歩き方で這い進んでいる。そのため、どうしても、脚よりも短い腕側が沈んだ体勢になり、ユイナの腰はみっともなく、高く掲げた状態になっている。

 また、その裸体には不自然なくらいに真っ赤で、最初から汗がにじんでいる。

 魔眼で確認したが、かなりの媚薬を飲まされている気配だ。

 また、やはり、ステータスには、“パリスの支配(弱)”とある。

 もしかしたら、ユイナは、なんらかの方法で、パリスに支配されてないのに、完全に隷属しているように思わせている?

 それにしても、どうでもいいが、想い娘?

 一郎がユイナを?

 こいつ、なにをパリスに信じ込ませたのか……。

 

 パリスが軽く手を振ったのがわかった。

 その瞬間、パリスの周りをひんやりとした風が包むのがわかった。冷たい外気が一郎の顔をわずかに掠めた。

 しかし、それだけだ。

 パリスは、冷たい外気を自分の周りだけに固定したようだ。

 その証拠に、鎖の先のユイナの身体は、あっという間に真っ赤になり、ぼたぼたと汗が滴りだした。

 

「ほら、ちんちんだ。犯されまくったお前の身体を恋人に見せてやりな」

 

 びしりと音がして、ユイナの尻から乗馬鞭が激しく鳴った。

 ユイナのことを恋人と思ったことはないが、パリスは、ユイナに『隷属の首輪』を嵌めさせて、すべてを正直に喋ることを強要して、一郎との関係と引き出したようだから、ユイナが一郎のことを「恋人」だと口にしたことを信じているのだろう。

 

 また、ここに来る前に、パリスがエリカから情報を引き出すために拷問した可能性は高い。

 エリカの身体に忍ばせたクグルスには、パリスがエリカを訊問しようとしたら、エリカの身体を操って、こちらに都合のいい情報を「自白」させろと指示した。

 つまりは、一郎はエリカにはなんの感情も持っておらず、いまだにユイナのことを心から愛おしく思っているという「情報」だ。

 一郎の「弱点」が間違いなく、ユイナであるというエリカの告白だ。

 

 闇魔道師のパリスは、操ろうとする者の悪感情を発生させることを最初にする。

 そのために、一郎が大切にしようとしている女を目の前で痛めつける可能性がかなり高い。

 陳腐な策だが、パリスは、一郎を「支配」するために、そうやってくる気がした。

 ただの勘だが、なかなかの下衆男のようだから、そうやってくると思ったのだ。

 

 だから、それに乗じて、こちらに都合のいい情報をパリスに与えてはどうかと考えた。

 自分の力を過信しているパリスなら、エリカに操り魔道を仕掛けて、まさか、実際にはエリカが本当は操り状態にならないとは思わないだろうと考えた。

 一方で、一郎は淫魔師としての自分のステータスから、いかにパリスとはいえ、一郎の淫魔術が刻まれているエリカが真の意味でパリスに落ちないと信じている。

 これも勘だが、この世界にやってきて、一郎の勘が当たらなかったことは数えるほどしかない。

 

「んひいいっ」

 

 鞭で打たれたユイナが悲鳴をあげた。

 そして、弾かれたように、四つん這いの体勢から身体を起こして、両手両脚を左右に大きく開いてしゃがみ込んだ格好になる。

 それで気がついたが、ユイナの全身には新しいものも、古いものも合わせて、無数の鞭痕がある。

 ここでユイナがどんな扱いを受けているかは、それだけで悟り知れた。

 まあ、気の毒とは思ったが、ある意味、自業自得だ。

 禁忌の魔道なんかに手を出すから、パリスのような男に目をつけられたのだ。

 

 さて、これからどうするかな……?

 

 だが、そのとき、パリスの表情に、かすかだか不審の色が浮かんだ気がした。

 わずかだが、ほんの少し首を傾げた。

 

 こいつの考えていることは、ある程度、予想がついているので、なにを疑念に感じているのかはわかるが……。

 しかし、まだ、早い……。

 おそらく、そろそろ、けりがついている頃だが、確信が持てるまでは……。

 

「……ちっ、澄ました顔しやがって、じゃあ、どこまで平静でいられるか試してやるぜ」

 

 パリスが軽く舌打ちしてから、ユイナの背中を鞭で引っぱたいた。

 

「んぎいいっ」

 

 ユイナが悲鳴をあげて、一郎の方向に倒れ込む。

 

「ユイナ、命令だ。どっちの穴で犯して欲しいか喋るんだ。尻の穴か。前か? 嘘をいうことも、口をつぐむことも禁止する。どっちで犯されたいか、口にしろ」

 

 パリスが言った。

 そして、ユイナから口枷を外した。

 隷属の首輪をした状態の命令だから、ユイナには嘘はつけない……。

 少なくとも、パリスはそう思っている……。

 そのうえでの嫌がらせだ。

 パリスの目的は、一郎に悪意の感情を抱かせること……。

 こいつの能力は闇魔道……。

 

 人の心に浮かぶ悪感情を増幅して支配することを得意にしている……。

 一郎の目の前でユイナをいたぶることで、一郎の心に憎悪心を増幅させようとしているのだ。

 そして、一郎の心の悪意が臨界点を突破したら、闇魔道を一気に一郎に注ぎ込む魂胆だ。

 

「……い、いや……。いやです。許して……。目の前でだけは……」

 

 うつ伏せに倒れているユイナが唇を震わせた。

 一郎は苦笑しそうになった。

 ユイナが恐怖に包まれているのは本当だが、半分は演技だ。

 なかなかの役者だ。

 ユイナが一郎の「恋人」だと嘘をついているのは、パリスの欲しい情報を持っていると思わせている一郎にとって、ユイナが大事な女だと認識させるためなのだ。

 そうであれば、拷問をしても、殺されることはない。

 一郎を追い詰めるための「人質」に、ユイナがなるからだ。

 その演技でずっと、こいつらから身を護ってきたのだから大した娘だ。

 

「んっ?」

 

 パリスが一郎を怪訝な表情で見た。

 そろそろ、ばれたか……?

 

 さすがに、この状況で、一郎が目の前で起きていることに愉快がる感情を浮かべたことに不審を覚えたのだろう。

 パリスは、目の前の人間の感情を読めるのだと思う。

 少なくとも、人の抱く悪感情は感じるはずだ。それを武器に利用する闇魔道師であれば、人の抱く悪感情を感じれないことはおかしい。

 パリスは、一郎が、憎悪や恐怖、不安、屈辱といった感情を抱けば、間違いなくそれを知ることができると思う。

 だから、それにも関わらず、ユイナを拷問しても、一郎の心が平静を保ち続けることに違和感を覚えているのだと思う。

 

 しかし、正直にいえば、一郎はユイナのことをまったく愛おしいとも、大切とも思えない。

 はっきりといえば、パリスのことに、一郎たちを巻き込んでくれたはた迷惑な娘としか考えられないでいる。

 一郎がユイナを助けてやろうと思うのは、イライジャに頼まれたからだ。

 

 ここまでか……?

 だが、エリカの安全を確認しない限りは……。

 もう少し、時間を……。

 パリスの顔に疑念が浮かび出している。

 

「んんんっ」

 

 一郎は怒ったような声を箝口具越しにあげてやった。

 パリスがちょっとだけ、ほっとした顔になる。

 

「……まあいい。おい、ユイナ、命令だと言っただろう。拒否の言葉も禁止だ。前か、後ろか、どちらかを必ず選べ。命令だ」

 

「お尻は……いや……」

 

 ユイナが小さく言った。

 だが、一郎の眼には、ユイナの身体が、前側よりも、後ろ側に濃い赤のもやがあることが見えている。

 それにもかかわらず、尻を犯されるのを拒否したというのは、ユイナが、本当は『隷属の首輪』の支配下にないというなによりもの証拠だ。

 ユイナに対するパリスの隷属が中途半端であることは、薄々確信していたが、今度こそ、一郎は自分の考えが完全に正しいことがわかった。

 

「じゃあ、決まりだ。四つん這いになれ。こいつの前で孕ましてやる──。おい、色男、教えてやろう。こいつには、一度も避妊薬は飲ませてねえ。それどころか、妊娠しやすくなる薬物を数日前から投与している。そろそろ、本当に孕むかもな」

 

 パリスの「命令」に、ユイナがのろのろと身体を起こして、パリスにお尻を向ける。

 おもむろにズボンをおろしたパリスが、ユイナの股間を後ろから男根を挿入した。

 姿は子供だが、一物だけは大人のそれだ。

 ユイナの身体は、前戯なしにそれを受けとめていく。

 

「あ、ああああっ」

 

 ユイナの身体が弓なりになった。

 挿入されただけで、軽く達したらしい。

 ユイナを蝕んでいるのは、相当に強力な媚薬のようだ。

 

「どうだ、色男? こんなに好き者に調教してやったんだぜ。最初の頃こそ、犯されるたびに、泣きながら、お前の名を呼んでいたが、いまじゃあ、珍棒が気持ちよくてしょうがない雌犬だ。自分の女が他人に犯される感想を言いな」

 

 パリスは腰を使い出す。

 すると、ユイナの喘ぎ声が大きくなり、激しく総身をよじりだす。

 そして、ユイナの身悶えはすぐに一段と露わになる。

 再び頂上に昇りつめようとしているのがわかる。

 

「う、うううっ、あああ、だ、だめええ、ゆ、許してええっ」

 

 しばらく、パリスが律動を重ねただけで、ユイナの身体は、ぶるぶると痙攣をして、激しく身体を突っ張らせた。

 

「また、お前の恋人は、気をやりがったぜ、淫魔師」

 

 それでもパリスはユイナを犯すのをやめない。

 さらに十回ほどの律動で、またもやユイナが達した。

 短い時間の連続絶頂で、ユイナは早くも白目を剥きかけている。

 

「んんひいいっ」

 

 さらに絶頂──。

 ユイナの身体が脱力して突っ伏す。

 腕の力が失われて、上体が床についたのだ。

 ただ、足側はパリスが抱えているので、腰はあがったままだ。

 もはや、完全な凌辱だ。

 しかし、一郎はそれを平然と見続けた。

 自分の性欲のコントロールも、淫魔師の一郎であれば、思いのままである。

 パリスの思惑に逆らって、心を動かさないようにするのは難しいことじゃない。

 

「なんか、おかしいな──。てめえ、なんで怒らない。憎悪しねえ? こいつは、お前の大切な女じゃのか──」

 

 やっと、ユイナを犯し続けていたパリスが、投げ捨てるようにユイナを放った。

 完全に力を失っているユイナが投げ出された状態で、ばたりと床に倒れる。

 一方で、魔道を飛ばしたのか、一郎の口に嵌まっていた箝口具がぼとりと床に落ちた。

 

「……くうっ……。つ、ついでに、板もどけてくれよ……。痛みが気になって……、見物に集中できない……」

 

 拷問のために乱れている息を整えながら、一郎はパリスにわざと微笑みかけてやった。

 パリスの顔が歪んだのがわかった。

 

「ああっ? もしかして、ユイナがお前の恋人だというのは、こいつの思い込みか? すっかりと、情を失ってやがるのか?」

 

 パリスが面白くなさそうに、一郎の膝に乗っている石板に腰掛けて、体重を預けてきた。

 膝が砕けるような激痛が走り、一郎は呻い声をあげた。

 

「ぐううううっ、お、重いんだよ──。どけよ──。これでも、俺は、女を凌辱するのが大好きな変態なのさ。だが、お前の性の技は今少しで愉しめなかったぜ。俺に変わりな。正真正銘の調教というのを見せてやる。そんな、ままごとじゃなくてな」

 

 一郎は嘯いた。

 次の瞬間、顔に火花が走り、ぐらりと身体が傾きかけた。

 口の中に血の味がさっと拡がる。

 手に持っている乗馬鞭で、パリスが一郎の横面を引っぱたいたというのがわかったのは、口の中に噴き出した血が咳ととともに、吐き出されてからだ。

 

「言いやがったな──。じゃあ、今度はエルフ女だ。お前の前で、はらわたを引き出してやる。もしかしたら、離れていたその娘よりも、一緒にいた女の方がすっかりと情が沸いているのかもしれねえしな」

 

 パリスがどこかに合図をするために、振り返りながら石から降りた。

 だが、すぐに振り返った。

 

「おやっ? 今度は怒りやがったな? 目の前でユイナが犯されても心を動かさなかったお前が、やっぱり、エリカだと嫌なのか?」

 

 パリスが驚いたように、こっちを見た。

 一郎は歯噛みした。

 さすがに、エリカを殺すと言われては、一郎とて心を静かにしたままにするのは不可能だ。

 その心の揺れを、パリスに見抜かれたか……。

 

「……そうか。お前の弱点はエリカだったか……。だが、エリカも、ユイナをお前が大切にしているはずだと喋ったのだがなあ……。まあいいか……」

 

 パリスがにやりと笑う。

 これは、一郎を追い詰める材料として、ユイナではなく、エリカを選択した表情だ。

 一郎は内心で舌打ちした。

 

「おい、エリカを地下牢から、ここに連れて来い。すぐにだ──」

 

 パリスが壁に向かって叫ぶ。

 そして、得意顔を向けて、パリスがこっちを向く。

 しかし、しばらくして、部屋の扉が開いて、困惑顔の男が入ってきた。

 首を傾げているその男が、パリスに耳打ちをする。

 すると、パリスの表情が変わった。

 

「どういうことだ──? 誰の命令だ──?」

 

 パリスが声をあげた。

 一郎は、自分の工作がうまくいっていることがわかった。

 だから、思わず笑ってしまった。

 パリスたちが不審顔を一郎に向ける。

 

「……エ、エリカがいないんだろう……? この施設じゃなく、もっと警備の軽い外の収容所に移されたんじゃないか。誰の指示か知らないけどな……」

 

 一郎は言ってやった。

 パリスの顔がぎょっとした表情になる。

 

「はあ? なにを言ってやがる、お前?」

 

 パリスが一郎を睨んだ。

 だが、一郎はやっと確かめたかった情報が得られたことに満足している。

 ユイナはここにいるし、エリカはすでにここにはいない。

 エリカが外に移されたことをパリスが知らなかったのであれば、エリカの救出に成功する確率は高い。

 

 この状況を待っていたのだ。

 懸命に我慢に我慢を重ねて、パリスが一郎の前にユイナを連れてきて、そして、エリカの安全が確認される状況を……。 

 

 そのとき、さらに別の男が部屋に飛び込んできた。

 

「パリス様、大変です──。ブルイネン隊長が──」

 

 その男が叫んだ。

 一郎は、その言葉だけで、なにが起こっているのかを完全に悟った。

 しかし、パリスはまだ、なにがなんだか、わからないという気配だ。

 

「ブルイネン? あいつは部屋に閉じ込めていただろう? あいつがどうした?」

 

 パリスがふたり目の部下に訊ねた。

 視線が離れる。

 

 一郎は、亜空間を解放した。

 ずっと一緒に移動していた女たちが、目の前に出現する。

 

「ロウ、なんで、もっと早く、わたしたちを出さない──。ふざけるな──」

 

「そうです。あたしたちは怒ってます」

 

 シャングリアとミウだ。

 

 宿から脱走するとき、一郎に表側で同行したのはエリカだけだったが、ほかの女たちについては、亜空間に隠して、ずっと一緒にいてもらっていた。

 そして、ユイナを救出できる状態になったとき、亜空間から出て、ユイナを確保させるつもりだった。

 エリカを同行させたのは、一郎ひとりだけだと、あまりにも不自然だからだ。

 女たちは、一郎が自ら囮になることには、不賛成だったが、最終的には合意した。

 

 しかし、一郎やエリカが、パリスにいたぶられ続けることには、猛烈に激怒していた。一郎は、表で起きていることをずっと亜空間で待機している女たちに伝えていたのだ。

 エリカについても、当初の予定とは異なり、一郎と引き離されるという誤算はあった。

 しかし、それは、一郎の唾液と精液で操り状態にしたブルイネンという女エルフ隊長を使って、とにかく、ここから離れた場所に引き離すということをさせた。

 あちこちを動き回って、一郎の指示の実行を仲介したのは魔妖精のクグルスだ。

 そのために、一郎は、一時的だが、大量の淫気をクグルスに譲渡していた。

 綱渡りのような策だったが、ブルイネンという女隊長は、うまく、エリカを連れ出すことに成功したようだ。

 

「なんだ?」

「うわあっ」

「ひっ」

 

 ぎょっとしているパリスに、シャングリアの剣が襲いかかる。

 さらに、マーズとイットも亜空間から飛び出して、パリスの背後に出現する。

 

「うらあっ」

「しゃあ──」

 

 シャングリアに続いて、マーズとイットも、パリスに襲いかかる。

 呆気にとられているパリスの部下は、目を丸くして身体を凍らせている。

 それはパリスも同じだ。

 

 一方で、ミウの魔道も拡がった。

 一郎にのしかかっていた石板が弾け飛び、拘束から解放された。

 なにをしたのかわからなかったが、一郎を包んでいた拘束衣は様々な拘束具ごと吹き飛んでいる。

 

「ロウ様──」

 

 汗まみれの一郎の裸体を泣きべそをかいているミウが抱き締めた。

 冷却魔道を遣っているのか、熱さえ帯びていた一郎の身体が一気に冷やされる。

 

「くらえっ」

 

 シャングリアの大声が響く。

 先に飛び出したシャングリアの剣が一閃して、パリスの首が胴体から離れて宙を舞ったのがはっきりと視界に入った。

 ほぼ同時に、マーズの剣も背中側からパリスの胸に突き刺さり、イットの爪が横方向からパリスの心臓を串刺しにしたのもわかった。



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441 仮体(かりたい)と命の破片

 首──。

 

 目の前でパリスの首が飛ぶ。

 シャングリアの剣が首から弾き飛ばしたのだ。

 ほぼ同時に、後ろと横からマーズの剣とイットの爪が胴体を貫いている。

 また、気がついたが、両脇にいたパリスの部下も首から血を流して崩れ落ちている。

 こっちは、イットのようだ。

 先にふたりを絶命させてから、パリスを襲ったのに、爪がパリスを貫くのに、シャングリアたちとほぼ同時だった。

 相変わらず、凄い……。

 

「やったぞ、ロウ──」

 

 シャングリアの勝ち誇った声──。

 振り返って嬉しそうな微笑みを浮かべる彼女に、一郎は笑みを返した。

 宙を飛んでいるパリスの首が床に落ちていく。

 だが、そのとき、ほんの一瞬だが、そのパリスの視線が一郎の視線と一致した気がした。

 

 まさか、笑った……?

 悪寒が走る。

 妙な不安感が一郎を襲った。

 

「待て、みんな──」

 

 叫んだ。

 

 理由はない。

 とてつもなく嫌な予感がしたのだ。

 

 そういえば……。

 

 闇魔道──。

 

 人の心の持つ闇の部分に憑りついて、それを増幅して他者を操る魔道──。

 それが、ふと頭をよぎる……。

 

 憎悪──。

 恐怖──。

 あるいは、不安というような感情──。

 人の心に宿るさまざまな悪感情を媒体として力を行使する魔道──。

 

 ならば──。

 殺意は──?

 

 目の前の相手に対する明確な「殺意」こそ、最大の闇の心ではないか……。

 なぜ、そんなことを考えたのかわからない。

 しかし、パリスの首が床に落ちる、ほんの瞬きするほどのあいだに、一郎が考えたのは、それだ。

 一郎は、ほとんど意識することなく、普段は亜空間に隠している「王家の宝珠」という首飾りの魔道具を出現させて、手に巻き付けていた、

 

 「王家の宝珠」──。

 

 それは、王都にいる一郎の(しもべ)の女妖魔のサキが、あろうことか、国王との閨の最中に奪って、一郎に差し出したハロンドール王国の国宝中の国宝である。

 別に一郎が命じたわけじゃないのだが、あのサキは、一郎に媚びを売るというただそれだけの目的のために、ハロンドール王が肌身離さずに身につけていたはずの「護り具」を偽物にすり替えて盗み出してしまったのだ。

 無論、発覚すれば百回処刑されても足りないほどの大罪だが、その辺りは、妖魔には関係のない斟酌だ。

 それで、一緒に国王の後宮につけている女淫魔(サキュバス)ふたりと結託して、まんまとすり替えに成功したというわけだ。

 しかも、これだけのことをしておいて、実のところ、あのサキは、ハロンドール王に身体を許しておらず、しかも、身体を許していないことを王に気づかせていないという。

 

 それはともかく、この「王家の宝珠」は所持している者に向けられたあらゆる悪意のある攻撃をそのまま跳ね返してしまうという伝説的な魔道具らしい。

 一郎は、ほとんど無意識のうちに、それを出現させて、手に巻きつけていた。

 

「うわっ」

「きゃああ」

 

 一郎が思わずあげた声と同調するように悲鳴をあげたのは、一郎に抱きついていた童女魔道師のミウだ。

 目の前で一郎が手にしていた宝珠が音を立てて弾け飛んだのだ。

 強い風のようなものが身体に当たったが、瞬時に風のように感じたのは、強い魔道の波動だと思った。

 つまりは、それだけの魔力が宝珠が破壊されることで爆風となって発生したということだ。

 

 王家の秘宝の宝珠が破壊されるほどの魔力──?

 

 常識的な魔道でそんな現象が起きるわけがないから、さっきの一瞬で非常識なほどに強力な悪意ある魔道が宝珠にぶつかったということだ。

 

「マーズ──。シャングリア様──」

 

 そのとき、ミウが絶叫した。

 視線を向ける。

 

 眼を見張った。

 パリスの胴体の前にいるふたりが床に崩れ落ちている。

 しかも、それだけじゃなく、服から出ている腕や顔に真っ黒い紋様が浮き出ていた。

 

 呪術──。

 

 すぐにわかった。

 もしかして、パリスに手をかけたことで、ふたりに闇魔道による呪術が刻まれてしまったのか──?

 

 魔眼を使う──。

 

 

 

 “シャングリア=モーリア

  人間族、女

  …………

  …………

  生命力:↓↓↓

  …………

  …………

  状態

   一郎の性奴隷

   淫魔師の恩恵

   性奴隷の刻印

   死の呪い↑”

 

 

 “マーズ

  人間族、女

  …………

  …………

  生命力:↓↓↓

  …………

  …………

  状態

   一郎の性奴隷

   淫魔師の恩恵

   性奴隷の刻印

   死の呪い↑”

 

 

 

 『死の呪い』──。

 ステータスにその文字が浮かんでいた。

 

「だめだ──」

 

 絶叫していた。

 

 やはり──。

 しかも……。

 恐ろしいほどの勢いで生命力を表す数字が減少している。

 

「待て──」

 

 一郎はふたりを亜空間に戻していた。

 思考が追いついてきたのは、その後だ。

 ふたりを一時的に避難させた亜空間の中の時間を限りなく停止状態に近くする。

 亜空間の中とはいえ、完全に時間をとめることは、さすがの一郎でもできないが、本来であれば一瞬に過ぎない時間を数十日単位にまで引き延ばすことならできる。

 とりあえず、それしか思いつかなかった。

 放っておけば、この場でふたりは死んでしまっただろう。

 

「じゅ、呪術です──。闇魔道の……。イットさん、完全にその男の命を絶って──。術者が死ねば、術は消えます。あるいは、そこに魔道石があるかも──。それを破壊するだけで……。とにかく、術の発祥点を消滅させれば呪術は消えるはずです──」

 

 ミウが声をあげた。

 死の呪いで崩れ落ちたシャングリアとマーズに対して、イットは元気だ。

 イットは生まれつき絶対的な魔道耐性を持つ──。

 だから、パリスに手をかけたことで発動したらしい「死の魔道」もイットには効かなかったのだと思う。

 

 やはり、パリスを殺そうとすることが呪術の引き金になっていたのは間違いなさそうだ。

 一郎は舌打ちする思いだ。

 自分の死の代わりに、こんな隠し技を準備していたとは……。

 一方で疑念も浮かぶ。

 自分を殺した者に対する呪術などあり得るのか……?

 さきほどのミウの言葉のとおりであれば、そんなことをしたところで、自分の命が絶たれた瞬間に、呪術は消滅してしまうはずだが……。

 

「ご主人様……。こいつ……、心臓がない……」

 

 そのとき、刃物のように伸ばした右手の爪をパリスの胸に貫かせているイットが呆然とした声で言った。

 

 心臓がない……?

 そのとき、床に転がっているパリスの生首が突然にけたけたと気味の悪い笑い声をあげた。

 

「やっぱり、おかしな男だなあ、てめえは。どっから、つっこんでいいかわけがわかんねえぜ。この地下牢で転送魔道は遣えねえ筈なのに、女を出したり、引っ込めたり……。しかも、お前は呪いをはじき返し、その獣人娘は、呪術が効かねえときたもんだ。本当にわけがわかんねえ……」

 

 パリスの首が笑い声とともに愉快そうに喋った。

 ぞっとする光景だが、まだ死んではいない……。

 それだけはわかる。

 だから、呪術の効果が消えないのか……。

 

 とにかく、呪術は本物だ。

 一郎の亜空間にふたりを取り込んだことで、一郎にもそれを感じる。

 それだけでなく、呪術ごとふたりを一郎が飲みこんだことで、一郎自身にも呪術の影響がじわじわと広がっていく感覚も……。

 

 これはまずいかも……。

 

 パリスに対する殺意を利用されて、いまここでパリスの呪術が一郎たちに向かって発動してしまったことは、魔道が通じないイットは当然として、逆にミウにも、ユイナにも発動しなかったことでも明らかだ。

 そして、一郎に対しても呪術は発動した。

 直接に手をかけたわけじゃないが、女たちに事前に命じてパリスを殺すように指示していたのは一郎である。

 

 だから、呪いは一郎にも発動した?

 むしろ、主対象は一郎へのものだったかもしれない。

 しかし、それは宝珠によって防がれたのだろうと思う。

 

 もっとも、本来なら反射をするはずの呪術が反射ではなく、宝珠の破壊という結果を呼んだ。

 それだけ強力な呪術だったのだろう。

 

 いずれにしても、その呪術は一郎にも影響を与えているかもしれない。

 いまのところ、身体に影響を与えることはないが、いまこの瞬間でも、それが一郎の身体に侵食しつつあるのか?

 まともに呪術を喰らったシャングリアとマーズは、その場で昏倒して死に瀕するほどの状況だったが、一郎については、そのふたりを亜空間に隠しただけの影響なので、まだまだ発症には時間が気がする。

 パリスの呪術に対する知識はないが、その可能性も……。

 だが、もしかしたら、数日もすれば、一郎の身体にも、シャングリアたちを襲った黒い紋様が発生して、そのときには、すぐに命を奪われるだろうということも……。

 それを防ぐには、ミウの言うとおりに、パリスを殺せばいいのだろう。

 でも、とてつもなく、嫌な予感がする……。

 魔眼保持者としての勘が……。

 

「いや、転送じゃなくて、空間術か……。だが、空間術で人間を隠せるのか……? そんなことができるとは思わなかったぜ。つくづく、淫魔師というのは不思議な存在だ」

 

 生首のパリスが余裕綽々(しゃくしゃく)の口調で笑い出した。

 

「ちっ」

 

 舌打ちとともに、イットが跳躍した。

 返り血で半身を濡らし、長く伸ばした爪に血が滴っている

 その爪がパリスの生首に突き刺さる。

 

「殺しちゃだめえっ──。そいつの身体は仮体(かりたい)よ。殺せば、別の身体に預けている“命の欠片(かけら)”への転移の準備ができてしまうわ――。それよりも、その首に、命の欠片の置き場所を吐かせるのよ──」

 

 そのときだった。

 部屋の隅でぐったりと横たわっていたと思ったユイナが絶叫したのだ。

 しかし、そのときには、イットの爪はパリスの頭を完全に串刺しにしていた。

 たったいま、首だけで喋ってみせたパリスは、すでに事切れた。

 それは確実だ。

 

「えっ?」

 

 イットが爪をパリスの頭から抜き、困惑したようにユイナに視線を向けた。

 

「どういうことだ、ユイナ? お前、こいつについて、なにを知っている──?」

 

 一郎もユイナを見た。

 しかし、ユイナは意外なほどの強い視線で一郎を睨み返してきた。

 

「そ、それはこっちの言葉ね……。しばらくぶりだけど、あんた、何者? 急に女が消えたり、出現したり……。それでいて、魔道とは違う感じだった……。呪術をかけられた女たちはどこに行ったのよ?」

 

 ユイナはだるそうに裸体を起きあがらせた。

 ステータスを覗く。

 

 

 

 “ユイナ

  褐色エルフ族、女

  年齢18歳

  ジョブ

   魔道遣い(レベル10)

   魔道技師(レベル20)

  生命力:100

  攻撃力:10↓

  経験人数:男20

  淫乱レベル:SS↑

  快感値:100

  状態

   一郎の性奴隷(凍結)

   媚薬による欲情”

 

 

 

 確か、先日は、「パリスの奴隷(偽)」という言葉があったと思うが、いまはない。

 つまりは、目の前のパリスが命を失ったことで、ここにいた連中に施されていた奴隷状態から解放されたということ?

 それとも、最初から支配術にはかかっていなかった?

 いずれにしても、ユイナがいまは誰の支配にも陥っていないのは確かだ。

 まあ、一郎の性奴隷の支配が残ってはいるが……。

 しかし、“凍結”とあるので、本人にも、その自覚などないだろう。

 ふと見ると、首に装着されていた「奴隷の首輪」がふたつに割れて、床に落ちている。

 

「お前の勝手な都合で、俺たちを巻き込んだお前の最初の挨拶がそれか?」

 

「な、なによ……」

 

 一郎の言葉にほんの少しだが、ユイナが顔を赤らめた。

 パリスが一郎に目をつけたのは、ユイナが持っていた禁忌の魔道書を一郎が持っていると嘘を吐いたのが発端だ。

 さすがに恥じ入る感情は少しはあるみたいだ。

 まあ、ほんの少しのようだが……。

 

「まあいい……。それよりも、お前、なにを知っているんだ、ユイナ? 目の前のパリスは死んだ。だが、俺の女たちに直前にかけられた呪術は消滅していない──。どうやったら、呪術が消えるんだ?」

 

 一郎はユイナに詰め寄った。

 彼女が鞭痕だらけの褐色の裸身を隠すように両手で身体を覆う仕草をしながら、一郎を険しい表情で睨んできた。

 一方で、全身は赤く火照っていて、いまだに汗が凄い。

 胯間からはぽたぽたと愛液が滴り落ちている。

 どれだけ強い媚薬を使われたのだと思った。

 

「はっ、俺の女? それにしても、あんた、何人愛人を作ってんのよ。こいつらもあんたの女で、さっき消えたのも? それでエリカさんもなんでしょう? エリカさんは、なにも言わないの?」

 

 そして、急に蔑むような口調で言った。

 一郎は眉をひそめた。

 それにしても、あんなに媚薬で欲情させられているのに、見かけだけは気丈に振る舞っているのは感心する。

 

「そんなの、いまはどうでもいいだろう」

 

「まあ、そうだけどね……」

 

 ユイナが嘆息した。

 

「とにかく、知っていることを話せ──。一刻を争うんだ──」

 

 一郎は怒鳴りあげた。

 だが、ユイナが動じた様子はない。

 むしろ、その顔に不敵な笑みが浮かんでいる。

 

「おお、怖い……。言っておくけど、わたしを見くびらないことね。これでも、禁忌の魔道の遣い手よ。パリスのしたことは、わたしだってできるのよ……。あんたを呪い殺すことだってね……。もっとも、いまは魔道封じを刻まれたままだからできないけど……」

 

 ユイナは片手を背中側にやって肩にかかった髪をあげて、一郎に背を向けた。

 そこには、花を連想させるような幾何学的な小さな赤い紋様がある。

 もしかして、あれは魔道を封じる紋様なのか……?

 

「質問に答えろ、ユイナ──。知っていることを口に出せと言ってるだろう──。シャングリアとマーズを襲った呪術はどうやったら消えるんだ? さっさと喋るんだ」

 

 一郎はさらに言った。

 だが、ユイナが禁忌の魔道の遣い手──?

 はったりもいいところだが、彼女が禁忌の魔道に深く傾注して、その研究にのめり込んでいたのは事実だ。

 そして、この世界にやってきたばかりの一郎が、ユイナと出逢って二年近くが経っている。

 あるいは、そのあいだに、かつて封印されたはずの禁忌の魔道を身につけるための何かをユイナは発見した?

 考えられるか……。

 だからこそ、この世界に点在する瘴気を大陸中に増大させたいパリスの興味を引いてしまったという可能性もある……。

 

「そこの小娘が言ったじゃないの……。呪術でもなんでも、魔道の発生点を消滅させてしまえば、呪術は消えるわ。それよりも、あのふたり、一瞬にして消えたけど、さっきのはあんたの魔道? 魔道という感じじゃなかったけどね……。そこの女たちも含めて、突然に出現したのもよくわからないんだけど……」

 

 亜空間も魔道の一種だが、一郎については淫気を力の源とする淫魔師の能力でそれを遣っている。

 だから、魔道とは似ているものの、異なる波動でそれをやっているはずだ。

 パリスも同じだったが、ユイナにも亜空間のことはわからないようである。

 

「思わせぶりな言い方に付き合う余裕はないんだ。あのふたりにかかった死の呪いは、いまでもふたりを襲っているんだ。どうやったら消えるのか、知っていることがあれば、喋ろと言ってんだろう──」

 

 いいかげんに苛ついてきた一郎は、ユイナの右の腰を軽く蹴りとばした。

 そんなに力を入れたつもりはなかったが、かなり弱っていたのか、ユイナは仰向けにしっくり却ってしまった。

 

「ひがっ、痛いわねえ──」

 

「やかましい。俺でもぶち切れるときは切れるぞ──」

 

 構わずに、その腹の上に足を載せて体重をかけていく。

 

「んぐうっ、い、痛いいっ、や、やめてよお」

 

 ユイナが一郎の足から逃れようと、裸身を暴れさせだす。

 一郎は足に少しずつを力を入れていく。

 細く美しい肉体と強靭な身体が特徴のエルフ族だが、さすがに大の大人の男である一郎の力にかなうわけがない。

 しかも、ユイナはさっきまで、パリスによって拷問めいた凌辱をされていて、身体がいうことをきかないみたいだ。

 ユイナが一郎の足の下で苦痛に呻く声を出し、だんだんと抵抗を弱めていく。

 

 女に暴力を振るうなど、らしくないとは思うが、いまはそれどころではないのだ。

 パリスの呪いを解く手段を手に入れなければ、亜空間の中のシャングリアとマーズはやがて、ゆっくりと死んでいく。

 あるいは、亜空間から出せば、その瞬間にシャングリアとマーズに死が訪れる。

 

「パ、パリスはし、死んでも完全には死なないように、自分の命を割って、その欠片を別の場所に、か、隠しているのよ──。それを破壊しないと、あいつに本当の死はない──。き、禁忌の魔道にそういうのがあるのよ──。い、痛いってばあ──。や、やめてよお」

 

 ユイナが絶叫に近い声を出した。

 知らず、一郎はユイナを踏みつける足に力を入れ過ぎていたようだ。

 一郎は腹から胯間側に足をずらして、軽く足の裏でぐりぐりと刺激してやる。

 

「んひいいいっ、うふううう」

 

 ユイナが身体を突っ張らせて軽く達した。

 一郎は足を除けた。

 

「な、な、な、なにすんのようう、この変態――」

 

 ユイナが胯間に両手を当てて、真っ赤な顔で怒鳴った。

 一郎は、ミウにユイナの身体に解毒の魔道をかけるように指示した。

 媚薬を使用されている状態は、いわゆる毒状態だ。

 普通は毒消しで治る。

 

「はい……」

 

 ミウがユイナに魔道をかけると、ユイナが落ちついた感じになった。

 

「あら、ありがとうね、小娘」

 

「小娘?」

 

 礼を言ったものの、ユイナの小娘呼ばわりに、ミウもちょっとむっとしている。

 

「ところで、ユイナ、なぜ、そんなことまで、お前が知っているんだ。自分の命を別の場所に隠しているなんて、パリスがお前に喋るわけないだろう──」

 

 肉体を殺しても死に至らないパリスの秘密──。

 それについてユイナは、パリスが自分の命の一部を別の場所に隠しているからだと主張するが、そんなことをユイナが知っているわけがない。

 辻褄が合うことは事実であるものの、どうにも、この娘は最初に遭ったときから、ずっと信用ができない。

 自分に都合がいいように、本来は知らないことを適当に喋られて、それが的外れだったら、それが判明したとき、もう手遅れになっている可能性もあるのだ。

 

「へっ──。わたしには禁忌の魔道があると言ったでしょう──。大抵の魔道は封印されたけど、完全に魔道を遣えないわけじゃないのよ……。弱い魔道はひそかに遣えるわ……。パリスにわからないように、あいつの力を覗くことくらいならできる……。それに、奴隷状態にしているからと安心して、あいつも、あいつの仲間も、油断してわたしの前でべらべらと、なんでも喋るしね」

 

 ユイナが踏まれていた腹と胯間を押さえるようにして、しかめ面をしながら上体を起こした。

 そして、一郎の顔をきっと睨みつける。

 

「……そもそも、あんたも、しばらく見ないうちに下品な男に成り下がっているじゃないのよ。それに実は淫魔師だったの? しかも、女奴隷がたくさん……。本当に慎みがないのね」

 

 一郎は目を見開いた。

 ちくりとなにかの刺激が心に当たった気がしたのだ。

 もしかして、魔道──?

 一郎は少し驚いた。

 ユイナはなにかを探るように、じっと一郎に注目し続けている。

 

「鑑定術のようなものか……?」

 

 ユイナは一郎の能力である魔眼に近い魔道を駆使できるのか?

 信じられないが、事実なら驚きだ。

 だったら、ユイナは本当に、パリスの秘密をこの一箇月余りの時間で明らかにしたのかもしれない。

 淫魔師であることも、女をたくさん保持していることも、パリスはユイナの前で口にしていた可能性もあるから、必ずしも、ユイナが魔道で見抜いたとは限らないが……。

 

「……えっ、あんたは、魔眼保持者……?」

 

 すると、ユイナが眉間に皺を寄せて、呟くように訝しむ言葉を口にした。

 今度こそ、びっくりだ。

 

 ユイナの力は本物だ。

 淫魔師であることは一郎は近い者には隠してはいないが、魔眼の力があることについては、エリカでさえ教えていなかったのだ。

 なにを隠している──?

 だが、一郎の魔眼では、それらしいものは、なにも出なかった。

 パリスさえ欺いていた気配だし、このユイナにはなにがあるのだ──?

 

「本当になにかを知ってんだな、ユイナ──。だったら、パリスの命の欠片とやらの場所を言え。あるいは、あいつの死の呪術を解除する手段だ。時間がない。教えろ──」

 

 すると、ユイナが得意そうに微笑んだ。

 

「……だったら、わたしを安全な場所に連れていって──。保護するのよ。それから、この背中にある魔道封印を消して。これには、強い魔道で比較的簡単に除術できるわ。それから、わたしには手を出さないでよね。淫魔師のあんたの操りになるのはご免なの……。それと……」

 

 ユイナがいきなり饒舌に喋り出した。

 なんだか腹がたってきて、こいつを犯し直してやろうかとも思った。

 ユイナはわかっていないようだが、すでにユイナは一郎の淫魔力の支配下にある。それが発動しないのは、ただ一郎が凍結状態にさせているだけのことだ。

 支配に置いた記憶はないが、あの冤罪裁判の直後に、たっぷりと犯してやったから、知らぬ間に支配下にしてしまったということだと思う。ただ、一郎にその気がなかったから、凍結状態になっただけだと思う。

 ユイナの身体に、もう一度、精液を注ぎ込めば、それでユイナに与えている淫魔の支配は有効となると思う。

 あるいは、唾液だけでも、完全支配ができるに違いない。

 そうしてやろうか……。

 

「パリスが残した命の欠片の行方を喋るのが先だ。言わないと、ここに置いていく」

 

「だったら、あんたの女は助からないわね。世の中にどれだけ人間がいると思っているのよ──。誰ともわからない相手をどうやって見つけるのか教えてもらいたいわね」

 

 ユイナが挑むように一郎を睨む。

 だが、一郎ははっとした。

 しかし、いま、ユイナは“人間”と言った。パリスは、自分の命の欠片をに人間に隠しているのか?

 

「人間と言ったな……。パリスの命の欠片は、誰かの身体の中にあるということか?」

 

 一郎は言った。

 すると、ユイナが勝ち誇った表情になる。

 

「欠片であろうと、命そのものであろうと、命は人の中でしか保てない。そんなことも知らないの?」

 

「知るかよ──。なら、誰だ──。早く白状しろ」

 

「情報はそこまでよ。ここから先は、わたしを安全な場所に逃がしてくれてからよ。絶対にそれは譲らないからね──」

 

 ユイナがきっぱりと言った。

 一郎は歯噛みした。

 

「ロウ様……。あたしに命じてください……。苦しめろというなら、苦しめます……」

 

 すると、ミウがぽつりと言った。

 視線を向けると激しく怒っている。

 一郎は嘆息しつつ、ミウの頭にぽんと手を置く。

 

「……お前は、そんなことしなくていい。まあ、こいつに口を割らせるのは、実は難しいことじゃないんだ……」

 

「な、なによ、や、やる気──。小娘もよ──。わ、わたしは、喋んないわよ──。これは、わたしが助かる切り札なんだから──」

 

 ユイナが少し怯えたように後ずさりした。

 

「ご主人様、なにかの集団がここにやってきます──」

 

 そのときだった。

 扉に張りつくようにしていたイットが声をあげた。

 

「まずいわ……。あの淫乱太守女のカサンドラの兵ね。とにかく逃げるわよ──。捕まると面倒よ。太守夫人のカサンドラはパリスの女なのよ。ただの仮体とはいえ、ここにはパリスの屍体があるんだから……」

 

 ユイナの表情が険しくなる。

 

「どこかに逃げる場所は?」

 

 一郎はユイナに言った。

 ユイナが眉間に皺を寄せる。

 

「はああっ? あんたって、いきなり、ここでパリスを殺すようなことをしでかしておいて、どうやって逃げるか考えてなかったの?」

 

 ユイナが呆れたという声を出す。

 

「どうなんだ? 知っているのか、知らないのか──」

 

 声を荒げた。

 すると、ユイナが小馬鹿にしたような表情になった。

 

「ついてきなさい。それよりも、なにか着るものない? あんたも、ちょっとは隠したら? まあ、気にならないならいいけど……」

 

 ユイナが立ちあがりつつ、ちらりと一郎の裸身に視線を送ったのがわかった。

 一郎は亜空間から身体を覆うマント二枚と履き物を出すと、一枚で自分の身体を包みつつ、もう一枚のマントを履き物とともにユイナに放り投げた。



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442 水晶宮からの脱出

「出て、急いで──」

 

 マントで身体を覆ったユイナが部屋を飛び出した。

 イットが続き、一郎とミウが追う。

 

 外は廊下のようだった。

 壁の照明が薄暗く、一瞬、景色がわからなかったが、すぐに石作りの床と左右に分かれる一本の廊下だと知った。

 パリスは人払いをしていたのか知らないが、パリスと一緒に死んだ者以外には牢番のような者はいない。

 

 ただし、喧噪は左側から近づいている。

 どうやら、上に続く階段を集団で降りてきているようだ。

 

「こっちよ」

 

 ユイナが示したのは右の方角だ。

 鉄格子の窓がある部屋が左右に数個ずつあるが、その先は突き当りだ。

 

「待って──。そっちは行きどまりだよ」

 

 進もうとするユイナの二の腕をイットが掴む。

 しかし、その手を乱暴にユイナが振りほどいた。

 

「だったら、連中のいる側に突っ込むのね、獣人──。左は一本道の階段で隠れるところなんてないわ。ここは水晶宮の地下の一番深いところで、階段の上は牢番の溜まり場になっていて、本当の牢はその階にあるのよ。そこを抜けたとしても、兵がいっぱいいる水晶宮の中庭のど真ん中に出るわ」

 

「イット、ユイナに従え」

 

 一郎は短く言った。

 

「あら、信用するの?」

 

 ユイナがこっちに顔を向けて、にやりと微笑んだ。

 もっとも、一郎が返事をする前には駆けだした。

 

「いや、まったく信用してない」

 

 一郎は前を走るユイナの背に向かって言った。

 しかし、ユイナがどんな表情をしたのかはわからない。

 すぐに、一番突き当りに近い扉の前に到着した。

 

「小娘、解錠して」

 

 ユイナがミウに怒鳴った。

 エルフ兵らしき集団に背を向けた時点で、今度はイットが最後尾になっている。ミウは先頭のユイナのすぐ後ろにいたのだ。

 

「また、小娘って……」

 

 ミウが不満そうにしながら、扉に手を触れさせる。

 ぱちんと金属音が弾けるような音がして、扉が開いた気配が伝わる。

 

「来るよ──」

 

 少し離れた位置で、後ろを確かめるように凝視していたイットが小さく叫んだ。

 

「早く中に」

 

 ユイナが部屋に入る。

 一郎とミウが入ってから、イットが慌てた様子で駆けてくる。

 部屋はさっきまで一郎がいた部屋と同じ造りであり、天井が高くて、部屋が広くなっている一室だ。

 天井には人間を吊るすためのような金具や鎖があり、壁には様々な拷問具や拘束具が吊るされていた。ここも拷問室なのは明らかだ。部屋の奥の壁には拷問をしない時間の罪人を壁に拘束するための鉄枷もある。

 また、その奥には人の腕程の深さの溝があって下水が流れていた。それは隣の部屋から続いていて、奥の壁に作られている小さな穴に流れていく。拷問で流れた血や汚物をそこから捨てるのである。

 

「この地下に降りて来ました……。外にいます……。多分、十人くらい……」

 

 イットが廊下に面する壁に半身を張りつけるようにしながらささやいた。

 四人で廊下に面する扉と壁に張りつくようにしている。

 イットは長い爪を外に出して完全に戦闘態勢だし、ミウもまた身体に魔力を帯びさせているらしくほんのりと青白く全身が光っている。

 いつでも魔道を展開できる状態ということだろう。

 イットとミウは扉に直接身体を押し付けている態勢だ。

 ユイナは一郎の背中側になる。

 そして、確かに外の廊下に十人以上の集団がやってきた気配が伝わってきた。

 

「十三人だ……。そのうちのふたりは剣の手練れ。五人は弓を持っている。能力も高い。全員がエルフ族で、無論、魔道遣いだ」

 

 一郎は口に出した。

 魔眼によって全員のステータスを一気に流し読んだのだ。

 

「へえ……。あんた、意外にすごいのね。なんでわかるの?」

 

 ユイナが小さな声で言った。

 振り返って表情を観察したが、言葉になにかを含ませたような感じはない。純粋に驚いている様子だ。

 一郎はわざとらしく首を竦める。

 

「お前にもできるんだろう、ユイナ? 禁忌の魔道で」

 

 この娘は禁忌の魔道のひとつとやらで、一郎の能力をあっという間に見抜いてみせた。

 だったら、同じことができるはずだと思った。

 

「鑑定の魔道のこと? そんなことできるわけないでしょう」

 

 しかし、ユイナはあっけらかんと言った。

 やはり、特段になにかを隠しているという雰囲気はない。

 一郎の魔眼の力を見抜いたことに驚愕したが、同じ魔眼の力ということではないのだろうか……?

 “鑑定”の魔道……?

 

 まあいい……。

 ユイナの詮索はあとだ。

 いまはこの状況を脱することだ。

 

 果たして、すぐに悲鳴のような声があがる。

 胴体と首が離れているパリスの屍体を見つけたのだろう。

 すぐに一郎とユイナの捜索が開始されるはずだ。

 ここに来るのは時間の問題だろう。

 

「それで……どうするんだ、これから、ユイナ……?」

 

「どうするんだって……いっても、どうしようもないわよ。さっきも言ったわよ。ここは軍営の地下で外に出るには、牢番の詰め所を突破して、外に出るしかないわ」

 

 ユイナが小馬鹿にしたような口調で言った。

 一郎はその物言いに苛立った。

 

「脱出できる経路を案内するんじゃないのかよ」

 

「そんなことひと言も口にしてないわよ。わたしはとりあえず、見つからないところに案内しただけよ。それよりも、あんた、なにか不思議な術を遣っていたじゃないの。それでしばらく、わたしたちを隠してよ」

 

 亜空間のことか……。

 思ったが、それはできないことだった。

 

 確かに、亜空間に全員が入れば、一時的にはここから姿を消すことができる。

 一郎ごと亜空間に入れば、全員がここから消滅したようになり、発見することも不可能だろう。

 再出現する位置は、一郎も亜空間に入ることで現在地に限定されるが、外の連中が捜索を他の場所に拡げていなくなってから隙を見て逃亡してもいい。

 とりあえず、パリスの死骸の位置から逃げたものの、このままでは発見されることは時間の問題だろう。

 

 しかし、いまはできない──。

 

 死の呪いに陥ってしまったシャングリアとマーズを亜空間に封印している。

 一郎が同じようにそこに入れば、亜空間の時間が一郎の時間感覚と合致してしまい、亜空間の時間の流れが一気に流れる。

 そのときには、外の世界との時間の流れが違うとしても、一郎の感覚とシャングリアとマーズの時間が一緒になって死の呪いが瞬時に進行すると思う。

 

「無理だ……。あいつらが死ぬ。いまは封印だ」

 

 一郎は短く言った。

 

「使えないわねえ」

 

 すると、またもやユイナの舌打ちが聞こえてきた。

 お前こそ使えん──。

 

 言い返そうと思ったが、冷静さを取り戻すために、いまはユイナへの悪態は自重することにした。

 いずれにしても、この使えない娘は、なにかの思惑があって、この奥側の牢に連れてきたわけではないようだ。

 このままでは、完全に手詰まりである。

 すぐにでも、一郎とユイナの行方を捜すために、外のエルフ兵がまずはこの地下階をしらみ潰しに捜索しはじめるだろう。

 

 決断をしなければならない……。

 大勢のエルフ兵を突破して、遮二無二外に逃げるか、それとも、ここで捕まるかだ。

 だが、そのとき、一郎はふと、壁に向かって流れている小さな下水に目をとめた。

 

「この水はどこに続いているんだ? 随分と流れているよな。流れている水はどこに集まっているんだろう?」

 

 一郎は何気なく口にした。

 水そのものは、地上からか、あるいは地下水でも引き込んで、うまく各牢の奥の壁に刻んでいる小さな下水に流れるように細工をしているのだろう。

 その水が囚人を生かすための水にもなるし、汚物や血反吐を洗い流すための便利な洗浄溝にもなるということだ。

 だが、少量とはいえ、水そのものは途切れることなく、ずっと流れている。

 集まれば、かなりの量だと思うが……。

 

「ミウ、ここを魔道で壊して拡げろ──。イット、音を立てれば、すぐに外の連中がやって来る。扉を開けさせるな」

 

 怒鳴った。

 すぐにふたりが動く。

 

「はあ? なにすんのよ、あんた?」

 

 ユイナだけが怪訝な表情のままだ。

 しかし、ミウもイットも一郎の命令に疑念を起こす気配も示さなかった。

 

「いきます」

 

 ミウが魔道を下水の穴に向かって叩きつけた。

 轟音がして、人が通れるくらいの大きさの穴が拡がる。

 覗き見たが、奥側は吹き飛ばした土の塊で塞がって、まだ行き止まりのようになっている。

 

 しかし、いける──。

 一郎はなぜか確信した。

 

「もう一回だ。突き抜けさせろ──。ありったけの魔道を出せ──」

 

 ミウが再び魔道を飛ばす。

 大量の土砂が落ちる水の音──。

 穴の向こうは真っ暗だが、確かに、穴の先にある地下の池のような場所に、まとまった土くれが落ち込む音がした。

 

「ご主人様、来るよ──」

 

 イットが叫ぶ。

 騒音で外のエルフ兵がこの部屋に殺到したようだ。

 

「魔道で施錠します──。でも、すぐに解錠されると思います」

 

 振り返ったミウが扉に向かって魔道を放つ。

 青白い光で扉が包まれ、すぐに外からなにかで叩くような物音が始まる。

 

「ユイナ、行け」

 

 一郎は言った。

 

「はあ? わたしが先? そもそも、この下はなによ──。浮遊都市の真下にある地下なのよ、ここは──。下手に飛び降りて、真っ逆さまに下層地区に落ちたらどうすんのよ──」

 

「いや、大丈夫だ。水が流れ落ちているだろう──。どっかに水を受けとめる場所があるんだ──」

 

「し、信用ならないわよ──。だいたい、なんで、わたしが最初なのよ──。あんたが行けばいいのに──」

 

「つべこべ言うな──」

 

 不平を言いかけるユイナの首を掴み、尻を蹴飛ばして、穴の奥に蹴り落す。

 

「きゃあああ」

 

 悲鳴とともに、ユイナの姿が開いた穴の向こうに消える。

 すぐに大きな水の音が聞こえた。

 

「うわあっ、く、くそったれー」

 

 さらにユイナの悪態の声も戻ってきた……。

 大丈夫そうだ。

 

 続いて、一郎──。

 滑り落ちた場所はやはり池だった。

 頭まで水に浸かったが、それほどの深さではない。

 せいぜい、膝ほどの高さだ。

 どうやら、自然にできている洞窟のようだ。

 

 この場所については池のような場所になっているが、目を凝らすとずっと洞窟に沿って小川のように流れている。

 牢を流れ進む水は、この洞窟にできている小川に流れ落ちるようにしていたらしい。

 小川の洞窟は緩やかな傾斜で上から下に流れている。

 どこからどこに繋がっているかわからないが、この洞窟が地上に続いているならば、進み続ければ、脱出できるだろう。

 浮遊都市の真下に、洞窟の地下道があるなど不思議だが、実際にあった。

 もしかしたら、このまま逃げられるかもしれない。

 

 すると、そばで水飛沫があがった。

 ミウだ。

 すぐにイットも飛び込んできた。

 

「大丈夫か、ふたりとも」

 

 一郎はふたりの身体を掴んで引き起こす。

 

「なによ──。さっきはなによ──。いきなり、なにすんのよ」

 

 ユイナだ。

 蹴飛ばされたのが不満のようだ。

 だが、無視する。

 

「ミウ──」

 

「わかっています。壊します。でも、あたしにできることは、彼らもできると思います」

 

 ミウが言いたいことはわかっている。

 この旅で魔道遣いとして開眼したミウだが、エルフ族といえば魔道にも武道にも長けた高位種族だ。

 塞いだとしても、あっという間に突破されるだろう。

 それでも、時間稼ぎをしないよりはましだ。

 

 ミウが魔道を飛ばす。

 開いた穴が崩れて塞がり、そこから漏れていた光がなくなり、完全な闇となった。

 

 ミウが光球を宙に浮かべた。

 周りが見えるようになる。

 

 やはり、上か、下かだ。

 道はない。

 この洞窟の小川そのものが道だ。

 

「上だ。行くぞ」

 

 一郎は進み始めた。

 どちらが地上に通じていて、脱出可能な方向なのかなんて知らない。

 ここは魔眼保持者としての勘に頼るしかない。

 

「大丈夫なの?」

 

 口を開いたのはユイナだ。

 しかし、一郎が無言で進みだすと、慌てたように一郎の背中にぴたりと密着するように続いてきた。

 次いで、ミウ。最後尾をイットが進む。

 

「しばらく走るぞ」

 

 一郎は水を蹴り進むように駆けた。

 三人の少女たちが追ってくるのがわかった。

 

 しばらく駆けた。

 

 だが、最初にミウが音をあげ、一郎も限界になった。

 それで走ることはやめて、歩くことにした。

 

「情けないわねえ」

 

 ユイナが呆れた声を出したが、戦闘種族のエルフ族のユイナや獣人族のイットとでは体力に違いがありすぎる。

 そして、背後から声が迫ったのは、すぐだった。

 

「いたぞ」

 

 大きな声がした。

 一郎は亜空間から野宿をするために保持している油の樽を出した。

 亜空間を利用すれば、いくらでも荷を運ぶことができるので、この旅では重宝して色々なものを溜め込んでいた。照明用の油の樽もそのひとつだ。

 一郎はそれを水の中に横倒しにした。

 

「イット、壊せ──」

 

 すぐにイットが樽を粉砕した。薄闇だが水の中に油が拡がっていくのがわかる。

 一郎たちは洞窟の川を上に向かって進んでいる。

 つまりは、背後から追ってくるのは川下側だ。

 

「ミウ、火だ」

 

 ミウが魔道で火を飛ばす。

 水の上の油にミウの放った火が引火して、ばっと燃えあがる。

 火は水の流れに従い、追っ手側に向かっていく。

 

「少しは時間が稼げたか?」

 

 一郎は再び川を走り進んだ。

 すぐに悲鳴のようなものが背後から聞こえてきた。

 

 とにかく走る。

 一刻も早く、この洞窟から抜けるしかない。

 

 だが、本当に抜けられるか?

 洞窟は一本道であり、ところどころに横穴もあるが、どれも狭くてどこかに通じているという感じはない。

 前に進むしかない。

 一郎は女たちとともに走った。

 

 そのときだった。

 不意に心臓が締めつけられるような痛みを感じたのだ。

 

「ご主人様」

 

「ロウ様──」

 

「あんた──」

 

 なにが起きたのかわからなかったが、気がつくと一郎は水の中にひっくり返っていた。

 ミウとイットに身体を起こされる。

 

「どうしたんですか、ロウ様──? うわっ」

 

 一郎の身体を膝に抱えあげたかたちのミウが叫び声をあげた。

 ミウの驚きの正体がわからなかったが、ふと見ると手に薄い紋様のようなものが浮き出ているのがわかった。

 はっとした。

 死の呪いの紋様だ。

 

 同じものが亜空間に退避させたシャングリアとマーズにもあったから、すぐにそれを悟った。

 どうやら、呪いを刻まれたふたりを一郎の亜空間に監禁したことで、一郎自身にも呪いが効果を及ぼし始めたらしい。

 もう少し時間の余裕があるかと思ったが、予想を遥かに超えて一郎にも呪術が影響を与えだした。

 

「あいつの死の呪いね……」

 

 ユイナも心配そうに口を開いた。

 

「……だ、大丈夫だ……」

 

 立とうとした。

 しかし、足元がふらついてしまい、身体をもたれさせていたミウとともに水の中に再び倒れ込んでしまう。

 

「なにしてんのよ──。立って──」

 

 ユイナの悲痛な声がした。

 だが、再びエルフ兵に迫られる。

 一郎は、自分を支えているイットとミウを押し離した。

 支えを失って、膝立ちになる。

 

「ロウ様──?」

 

「ご主人様?」

 

 ミウとイットが戸惑った声を出す。

 

「お前らは行け──。ユイナもだ──。俺は連中に捕まる──。それで時間を稼げる。うまくすれば、三人だけでも逃げられる。外に出て、コゼやエリカと接触しろ」

 

 一郎は叫んだ。

 もうエルフ族の追っ手は、すぐそばまで近づいていた。

 はっきりとした話し声も聞こえてきた。

 

「なに言ってんのよ──。ぶん殴るわよ──。ほら、立つのよ──。獣人──、あんた、こいつを抱えて──。小娘、重いものを軽くする魔道なんてないの──」

 

 だが、ユイナが必死の口調で一郎の腕を掴んで抱えあげようとする。

 しかし、大の男をうまく抱えられずに、一郎とともにひっくり返ってしまった。

 

「ご主人様──」

 

「ロウ様──」

 

 イットとミウも抱え直そうとする。

 そのときには、追いつかれてしまったエルフ族の兵に完全に追いつかれてしまった。

 あっという間に、周囲を囲まれる。

 

「逃げ出した囚人と奴隷だ──。他にも女もいるぞ──」

 

 ひとりがいった。

 背後にも前にもすっかりと武装したエルフ兵に挟まれるかたちになっている。

 

「ちっ」

 

 ユイナが舌打ちした。

 だが、さっき掴んだ一郎の腕をまだ離さない。

 いや、まるで死んでも離さないとでも主張するように、がっしりと抱えている。

 

「ミウ……。あたしが時間を稼ぐ……。ご主人様を連れて逃げろ……」

 

 イットがささやいた。

 だが、ミウが呟き返すのが聞こえた。

 

「無理よ……。あたしじゃ、ロウ様を支えられない……。あたしが時間を作るわ……。だから、イットがロウ様を……」

 

 しかし、そのあいだにも、魔道の杖と剣の両方が一郎たちに向けられてしまっている。

 何人かは弓まで構えている。

 どう考えても、逃げようがない。

 

「ね、ねえ、どうするのよ……?」

 

 ユイナが絶望的な声をあげた。 



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443 水晶宮の地下洞窟

「くっ」

 

 もう一度立ちあがろうとしたが、やはり力が入らない。

 手を見る。

 薄っすらだが、手首から先にあの紋様が浮き出ている。

 

 パリスの刻んだ死の呪いか……?

 顔をあげる。

 

 周りにいるのは、五十人ほどのエルフ兵だ。いつの間にか、かなり増えている。

 一郎の周りをユイナとイットとミウが囲んでいる。

 イットとミウについては抵抗することもできるだろうが、魔道封じの紋様を刻まれているユイナには戦いの手段がない。

 

 どうするか……?

 

 ミウもイットも戦える態勢を取りながら、一郎の指示を待っている。

 暴れるのは簡単だ。

 

 一郎だって、亜空間から短銃を取り出して撃つくらいのことはできる。

 しかし、すでに完全に包囲されているし、剣だけじゃなく、魔道も弓矢もしっかりとこちらを向いている。

 少しでも抵抗の素振りをしただけで、間違いなくそれらは一郎たちに向かって放たれるだろう。

 

「抵抗は無意味だ。私が指示をすれば、全員がここで死ぬ」

 

 包囲をしているエルフ兵の中の指揮官らしき男の声がした。

 一郎はそっちに視線を向ける。

 

「大人しく捕まってやっても、全員が処刑されるんじゃないのか? それこそ、無意味だ」

 

 一郎はうそぶいた。

 息は苦しくない。

 ただ、身体の力が抜けている。

 そんな感覚である。

 

 空腹……。

 ……とは違うが、なにかの飢餓感が襲いかかっていた。

 

 それが一郎から生存の力そのものを奪っている感じだ。

 なんだこれは……?

 

「我々は無意味には殺さない。なにをやったのか喋ってもらう。そのうえで、お前らのしたことが死に値することであるならば、そうなるだろう。すべてはカサンドラ様が裁定なさる」

 

「……わかっていると思うけど……カサンドラは太守夫人……。パリスの女よ……。怒りまくって、わたしたちを八つ裂きにするに決まっているわ……。絶対にだめ……」

 

 耳元でユイナがささやいた。

 一郎もそう思う。

 太守夫人には会ったことはないが、パリスの愛人だというのだがら、首を切断された屍体を目の当たりにすれば、半狂乱くらいにはなるだろう。

 実際には、パリスの隠された「命の欠片(かけら)」がどこかにあって、いまでも復活を準備しようとしているとしてもだ。

 

「……一応、訊ねるけど、パリスの命の欠片をカサンドラが持っているということは?」

 

 一郎はユイナにささやいた。

 そうであれば、あえて、わざと捕まるという手もある。

 かなり危険ではあるが、近づかないことには、パリスの命の欠片を破壊できない。

 

「……ないわね。話半分でも、パリスは太守夫人をまったく気にしてなかったわ……。いじめ抜いて遊んでいた気配だけど、その辺にある路傍の石と一緒ね……。命の欠片を預けたとしても、その相手が死ねば、命の欠片も一緒に喪失するわ……。どうでもいい相手には隠さないわ」

 

 ユイナが呟くように応じる。

 命の欠片は、それを預けた相手が死ねば、そのまま消失する……。

 そういうものか……。

 だったら、一度、預けたらしっかりと監禁して、絶対に死なないようにする……。あるいは、殺しても死なないような相手に隠す……?

 

 そして、はっとした。

 パリスに関与する者で、条件にぴったりな存在を思いついたのだ……。

 ただの勘だが……。

 しかし、ついこのあいだまで、一郎はアスカこそが、一郎を召喚したルルドの森に囲まれた城の支配者と思い込んでいたが、褐色エルフの里にいたピエールという傀儡(くぐつ)族の魔族も、パリス自身も、アスカの方が囚われ人だという物言いをしていた。

 そうであれば、パリスが自分の命の欠片を隠すのに、アスカほどぴったりな存在はない気がする。

 あの魔女なら、まさに殺しても死なないだろう。

 そもそも、魔術遣いレベル“99”なんてステータスを持つあいつを殺す方法を思いつかない。

 

「……もしかして、アスカ……か」

 

 小さな声で言った。

 すると、ユイナの視線がぴくりと動いた。

 どうやら、正解か……。

 一郎は確信した。

 支配しているとはいえ、ユイナの前でパリスがそんな大事な秘密を暴露するわけもないが、なんだかんだで勘がいいようだし、ユイナは自分の前で行われた会話で、そのことに気がついたのだと思う。

 つまり、一郎と同じように推論したのだ。

 だが、アスカか……。

 いや、そういえば、いま思い出したが、最初にパリスと相対したとき、アスカが逃亡したとか口走っていたか?

 すぐにひと悶着あったので、忘れていたが……。

 

「……わたしはアスカという魔女は知らない……。だけど、アスカがどっかから逃亡したとパリスに伝えられたとき、パリスの怒りは異常だった……。それと、勘違いしていると大変だから、これだけは教えとくわ……。仮体側のパリスが命を散らしたいまでは、アスカという女を殺しちゃだめよ……」

 

「殺してはいけない……? なぜだ? 死ねば、命の欠片はなくなるのだろう?」

 

「そうじゃなくて……」

 

 ユイナが首を横に振る。

 だが、突如として目の前が真っ白になる。

 

「くうっ」

 

 衝撃が発生して、一郎を守るように立っていたミウが、両手を前に出したまま、がくりと膝をついた。

 

「ミウ──」

 

 イットが水の中にしゃがみ込んだミウの前に出る。

 

「だ、大丈夫か」

 

 一郎も声をあげた。

 だが、身体が異常にだるい。

 シャングリアたちのような急速な拡がりではないが、さっきよりも、呪術の斑紋は大きくなっている。

 

「気絶させるつもりだったが、いまの集団魔道をひとりで防ぐとは、人間族の子供のわりには、高い魔道力があるようだ。しかし、一度だけで、かなりの魔道を遣ったはずだ。二度目はないだろう。降参することだ」

 

 さっきのエルフ族のリーダーが再び声をかけてきた。

 いまのは魔道だったのか……。

 それを、ミウが咄嗟に魔道で防護したということか……。

 

「……大丈夫です……。すぐに魔力は集まります。いまは、びっくりしただけで……」

 

 ミウが小声で言った。

 この旅で魔道を発眼したミウは、自由形(フリーリ―)の魔道遣いであり、普通の魔道遣いとは異なり、自由に周囲から魔力を吸収できるので、事実上の魔道切れはない。

 だから、ミウのいうとおり、さっきは驚いたので膝をついたのであり、同じことをもう一度できるのかもしれない。

 しかし、いまのは向こうも脅しという感じだった。

 本格的になれば、どれだけ防げるか……。

 なによりも、魔道遣いの数が違う。

 ミウだけでは……。

 

「どうした? もう一度、やるか? 大騒ぎして乱暴に捕まえてもいいし、大人しくてくれるなら、静かに連行してやる。どうするんだ──?」

 

 エルフ男の声──。

 本当にどうする……?

 

「うわっ」

 

「なんだ──?」

 

「ぐあああ」

 

 そのときだった。

 不意にエルフ兵の一面が崩れた。

 魔道の光が飛び交い、ばたばたと倒れだす。

 一郎と会話を交わしたエルフ指揮官が、背後に視線を送り、驚いたように目を見開かせた。

 

「──ミウ、もう一度、結界だ」

 

 一郎は身体を水の中に倒すとともに、亜空間から短銃を抜く。

 上体が水に浸かるときには、さっきの指揮官の胸を撃ち抜いていた。

 糸が切れたようにそのエルフ男が崩れる。

 

 死んだかどうかわからないが、とにかく、この場で指揮をすることはできなくなったろう。

 集団に混乱が走ったのを感じた。

 

「な、なに?」

 

 ユイナが動顛しながらも一郎と一緒に倒れ込む。

 

「うっしゃああっ」

 

 一方で奇声をあげながら、イットがまだ崩れていない側のエルフ兵に飛び込んだ。

 前後で殺し合いが始まる。

 ミウは魔道の防護膜とともに、一郎に覆いかぶさるようにしている。

 いずれにしても、一郎に向かう攻撃はない。

 

 突然に一郎たちとは別のところで、戦いが始まった。

 白い光が飛び交う。

 だが、圧倒的だ。

 エルフ兵たちも魔道を放つが、どこからかやって来る白い光線は、そのエルフ族たちの魔道を跳ね返し、貫き、エルフ兵たちに次々に当たっていく。

 あちこちで、糸の切れた操り人形かのように、ばたばたとエルフ兵が悲鳴をあげて、水に倒れていく。

 一郎たちは唖然としてしまった。

 

「うわああっ」

 

「来たぞ──」

 

「魔道が効かん──。ぎゃあああ」

 

 いきなりはじまった前側における何者か襲撃に対して、後ろ側はそれに乗じたイットの大暴れだ。

 こっちも次々にエルフ兵が倒されていく。

 

「ロウ様──」

 

 なにがか飛び込んできた。

 

「エリカ──」

 

 声をあげた。

 確かにエリカだった。

 手には細剣を持ち、剣も身体も血で汚れている。

 一郎たちを包囲したエルフ兵から、一郎たちを救援するために突然に襲撃してきたのは、エリカたちだったようだ。

 

「うわっ、エリカさん」

 

 ユイナだ。

 なぜか、その顔は引きつったようになっている。

 

「確保──。確保よ──。みんな──。ロウ様を見つけたわ──。イットも戻ってきて──」

 

 エリカが叫んだ。

 

「エリカ姉さん、コゼ姉さんも──」

 

 ミウがエリカに抱きついた。

 前側のエルフ兵を割るようにコゼと、そして、覆面をした女戦士と青白の髪の女が全力で駆けてくる。

 

「ほら、ぼくのおかげだよ。だけど、水晶宮が移動術じゃないと来れないところにあるなんてね。ブルイネンが案内した門を通過した途端に、ご主人様の居場所がわかったよ。ぼくがみんなをここに連れて来たんだよ──」

 

 そして、クグルスだ。

 魔妖精のクグルスがさっと宙を飛んで一郎のところにやって来た。

 クグルスには、一郎と別れてエリカの救出をするように命じていたうえで、一郎に再合流できるように、一郎の淫魔力を一時的に分け与えて能力を増幅させていた。

 その力でエリカを連れてきたうえに、一郎を見つけてくれたのだろう。

 コゼも一緒だということは、コゼとともに行方不明になっていたイライジャとも無事に合流できたに違いない。

 とにかく、これで全員が揃った。

 一郎もほっとした。

 

 だが、あれ?

 もうひとり──。

 

「ロウ様あああ──。お、お久しぶりでございますうう──。スクルドは……、スクルドは、ロウ様にお会いしたかったのですうう──」

 

 がっしりとすごい力で抱きつかれた。

 なにがなんだかわからないが、一郎に抱きつきながら泣きじゃくっている。

 それにしても、一瞬しか顔がわからなかったが、まさか、スクルズ?

 いまは、完全に一郎の胸に顔を密着させているので判然としないが、髪の毛の色がまったく違うものの、これはスクルズなのか?

 だが、そうだとしたら、王都にいるはずのスクルズがなぜここに?

 念のために魔眼を使う。

 

 

 

 “スクルド(スクルズ)

  人間族、女

   元ハロンドール王都第三神殿神殿長

   預言者(偽装死者)

  年齢26歳

  ジョブ

   魔道遣い(レベル60)

  生命力:50

  魔道力:800

  攻撃力:10

  経験:男4、女3

  淫乱レベル:S

  快感値:100

  状態

   一郎の性奴隷

   淫魔師の恩恵

   性奴隷の刻印”

 

 

 

 やっぱり、スクルズみたいだ。

 だが、名がステータス上でも、スクルドに変わっている。

 そして、“元”神殿長?

 預言者? 偽装死者?

 なにをやらかしてきたんだ?

 突っ込みどころの多いステータス表記に、一郎も戸惑ってしまう。

 

「あああ、ロウ様のお匂い……、ロウ様のお汗……。ロウ様のお肌……。もう、スクルドは離れません。なにがあろうとも、スクルドはロウ様の雌犬として、一緒に暮らしとうございます。どうか、一生、おそばに置いてください。なんでもしますから──。本当になんでも──」

 

 スクルズ、改め、スクルドがぎゅうぎゅうと一郎にしがみついてくる。

 まるで、小犬みたいだ。

 申しわけないが、一郎はそんなことを思ってしまった。

 

「スクルド……なんだな? なんで、ここに? 神殿長をやめたのか?」

 

 ステータスで“元”という限りは、そうなのだろう。耳元でささやいて訊ねる。

 だが、どうして?

 

「さすがは、ロウ様です……。ところで、お許しが欲しいのですけど……。ずっと、ロウ様とご一緒させていただくことについて……。いえ、やっぱり、いりません。スクルドは、なんと言われようとも、ロウ様につきまとわせていただきます。これからは、“ご主人様”とお呼びして……」

 

「スクルド、いまは後よ──。ところで、ご主人様、シャングリアとマーズはどこですか──?」

 

 コゼだ。

 

「いる……。しかし、時間を制止して、ここに封印してる」

 

 とりあえず、それだけを言って胸を叩いた。

 それで亜空間に封印したことは察したろう。

 コゼが頷く。

 なにかがあったということは理解したようだが、とりあえず、置き去りにされているわけではないとわかって、コゼだけでなく、エリカもほっとしている感じだ。

 

「ご、ご主人様、どうしたの、それ?」

 

 そのとき、クグルスがびっくりしたように叫んだ。

 一郎の手に浮きあがっている紋様に気がついたのだろう。

 

「本当……ですね……。そ、それに、禍々(まがまが)しい魔力が……」

 

 スクルドも一郎の様子が不自然であることに気がついたようだ。

 

「話は後よ──。イット、戻って来て──。さあ、ブルイネン、いいわ──。そして、あんたどいて」

 

 コゼがスクルドを押しのけて、一郎に飛びついて抱き締めてくる。

 覆面をした女──魔眼により、一郎には彼女がエルフ軍の女隊長のブルイネンであることがわかったが──彼女が一郎たちの傍で魔道を練りだす。

 

 移動術か……。

 

 黒いもやのようなものが目の前に出現した。

 イットがやっと戻る。

 すると、混乱を抜け出しつつあったエルフ兵の残兵が焦ったように攻撃しようとする気配があった。

 しかし、すぐ様、エリカとミウが前後に電撃を放って威嚇する。

 さらに、スクルドが一郎たちの周りに結界を張ったのがわかった。

 エルフ兵たちの魔道が、遮られて跳ね返り始める。

 

「ご主人様から分けてもらった力を喰らえ──。来るなら、来てみろ──。おい、淫乱巫女、道を開け──」

 

 クグルスが一郎の目の前で小さな両腕を大きく拡げた。

 

「どうぞ、魔妖精さん」

 

 すると、次の瞬間、一郎たちの前後に巨大な炎の壁が出現した。

 以前、シャングリアと初めて出会ったクエストで、粘性生物使いを撃退するために使った炎の壁の魔道だ。

 ただ、あのときと比べて格段に厚みもありそうだし、なによりも火の勢いが凄まじい。

 それが、炎の壁になって、前後のエルフ兵たちに迫っていく。

 あれでは、とても生半可では炎の壁を抜けられないだろう。

 案の定、エルフ兵たちが逃亡し始めた。

 

「どうぞ、こちらに──」

 

 ブルイネンが叫んで、自分自身で作った黒いもやに飛び込んで姿を消す。

 

「俺を抱えてくれ」

 

 一郎もコゼとスクルドに両側から抱えられて、空中に浮かんだ黒いもやの亀裂に飛び入った。

 続いて、イット──。

 さらに、ほかの女たちも雪崩れ込むように追ってきた。

 

 

 

 

(第32話『淫魔師と死の呪文』終わり、第33話『淫魔師大復活』に続く)



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 第33話  淫魔師大復活
444 (かしま)しい性奴隷たち(その1)


 移動術で転移したのは、岩壁に周りを囲まれている台地のような場所であり、緑の絨毯のような芝目の草で地面が覆いつくされている森林地帯だった。

 辺りには背の低い樹木が拡がっており、ところどころに熟れきった果実がぶら下がっている。

 エランド・シティに到着するまでに突破してきたナタル森林そのものの場所のように思えた。

 だが、とても空気が澄んでいた。

 とても、気持ちのいい場所だ。

 

「服を乾かします」

 

 ミウが魔道でびしょ濡れだった身体と服をひとりひとり乾かしてくれていく。

 一郎は裸体にマントを一枚まとっただけだが……。

 

「ありがとう、ミウ」

 

 とりあえず、一郎は草むらに座り込んだ。

 身体のだるさは続いている。

 しかし、心臓を締めつけるような苦しさはもうない。

 ただ、やはり、ひどい空腹感に似た飢餓感はある。

 そして、ふと見ると、濃かった手の斑紋が薄くなりかけている。

 呪術の効き目が薄くなった?

 場所が変わっただけで?

 一郎はちょっと驚いた。

 

「ご主人様、ちょっと楽になったみたいだね。ここは瘴気がないみたいだ。さっきの場所は、瘴気がかなり蔓延していたしね。ここにいれば、多分、これ以上はひどくはならないかもしれない。いいところに連れてきたな、ブルイネン」

 

 クグルスが一郎に寄って来て言った。

 

「本当ですか?」

 

「あっ、なんか斑紋が小さくなっている。よかった……」

 

 ミウとコゼが一郎の手を覗きこんできて、少し安心したように言った。

 ほかの女たちも心配そうに寄ってきた。

 

「ああ、かなり気分もよくなった……。そうか、瘴気のせいか……」

 

 一郎は女たちに言った。

 だが、言われて気がついたが、ずっと通って来たナタル森林には、なんとなく淀んでいる得体の知れない風のようなものが薄っすらとたちこめていた気がする。

 ナタル森林と同じ景色でありながら、完全に澄み切ったこの場所に接することで、改めてそれに気がつくことができた。

 おそらく、あの得体の知れない汚れている空気のようなものが、いまナタル森林全体に蔓延(はびこ)っている魔獣の原因になっている瘴気だったのだろう。

 いまにしてわかる。

 

「だけど、あのパリスとかいう変なやつ、魔族みたいに瘴気遣いなのかなあ。瘴気を呪術の媒体に使うなんてね……。変なの──」

 

 クグルスがぼそりと言った。

 いずれにしても、つまりは、ここはエランド・シティを包んでいるナタル森林とそっくりの場所でありながら、瘴気に接していない違う場所ということではないだろうか。

 ブルイネンは、そこに連れてきたようだ。

 

「ああ、こ、ここなら、誰にも邪魔されません……。どんな魔道でも、絶対に追っては来れないはずです。太守夫人のカサンドラ殿にも……」

 

 ブルイネンが仮面を外して、一郎に抱きつくように寄ってきた。

 ふと見ると、完全に顔が上気して、すっかりと欲情している。

 

 そういえば、この女エルフ隊長のブルイネンを操るために、淫魔術で発情状態にしたのだった。

 さらに、ブルイネンにつけたクグルスにも、その発情が継続するように淫魔術をかけ続けるように指示していた。淫魔術の支配から離れられないようにするためだ。

 さすがは、女エルフ隊長であり、本来は気丈で凛としている性質なのか、しっかりと外見では平静を装っているものの、実際には完全に身体が性の疼きで欲情しきっているらしい。

 こうやって接すると、欲情しきった性の香りをぷんぷんと醸し出している。

 しかし、そのブルイネンの襟首をコゼがむんずと掴んで、一郎に抱きつこうとしていたのを引き戻した。

 ブルイネンは尻もちをつくように、草に倒れる。

 

「な、なにをするのだ、コゼ殿──」

 

「それは、こっちの台詞よ──。いきなり、なにすんのよ。あたしたちのご主人様よ、この役立たず──」

 

「や、役立たずって……」

 

「役立たずじゃないのよ──。エルフ兵の隊長のくせに、エルフ兵どもに命令できないなんて……。逆にエルフ軍を乗っ取るくらいのことはできなかったの? だったら、あんなに苦労しなくてすんだのに」

 

「わ、わたしはエルフ族の女王のガドニエル様の親衛隊長なのだ。カサンドラ殿の率いる水晶宮のエルフ軍の指揮権はない──。あの連中に敵対して、ああやって戦うことだって、ガドニエル様に背くことであり、許されないことなのに……」

 

「あんたが役立たずってことには変わりないのよ」

 

「なっ……。さ、さっきだって、あの洞窟に繋がる秘密の経路だって、わたしがいなければ……」

 

「たまたま、水晶宮の地下洞窟から接近したら、クグルスがご主人様の気配を見つけただけじゃない。とにかく、ご主人様はいまは具合が悪いのよ。さかってんじゃないわよ」

 

 コゼが小馬鹿にしたように小さく鼻を鳴らした。

 

「さ、さかっているなど……。そ、そんなことはしない。ただ、お身体がだるいのであれば、せめて抱きしめて、お慰めしようかと……」

 

「それをさかっていると言うのよ──。そもそも。水晶宮の地下の洞窟で真っ直ぐに、ご主人様に合流できたのは、クグルスのおかげよ」

 

「おっ、いい事言うじゃないか、小さいの。ご主人様にくっついていいぞ」

 

 コゼに褒められた魔妖精のクグルスがくるくると回る。

 一方で、コゼもさっと一郎に寄ってくる。

 

「ありがとう、クグルス……。ご主人様、お具合が悪いのはわかっています。だから、どうか、コゼに甘えてください……」

 

 今度はコゼがすり寄ってきた。ブルイネンを罵倒したときとは、声の高さまで違う。

 一郎は苦笑した。

 だが、すると、今度はそれをエリカが後ろから同じように襟首を掴んで戻した。

 

「んぎっ、な、なによ、エリカ──」

 

「あんたこそ、なによ、油断も隙もない……」

 

 エリカがコゼをひと睨みした。しかし、すぐに一郎にさっと顔を向けた。

 ぎょっとした。

 視線がぶつかった瞬間に、みるみるとエリカの目に涙がいっぱいに溜まってきたのだ。

 思わず、たじろいでしまった。

 

「な、なんだ、エリカ……」

 

「なんだじゃありません……。ひ、酷いです……。ロウ様も……クグルスも……。だ、だけど、ロウ様が無事でよかった……」

 

 エリカが一郎の前に跪くように腰を落とした。

 涙がぼろぼろとこぼれる顔を寄せて、両手を拡げて一郎に抱きつこうとする仕草をしてくる。

 一郎も両手を拡げて、待ち受ける体勢をとった。

 なにが起こったのかわからないが、余程のことがあったのかもしれない。

 淫魔術を遣ってエリカの感情に触れると、一郎との再会に喜んでいる心の一方で、凄まじいほどの激怒の感情も荒れ狂っている。

 

 パリスを始末するために、水晶宮に居残った一郎の一方で、エリカについては逆に水晶宮から追い出すように工作させたのだが、その過程においてかなりのつらい目に遭ったのは間違いないだろう。

 しかし、エリカを残らせておけば、あのパリスは一郎に闇魔道を仕掛けるために、一郎の目の前で、エリカをいたぶり殺すくらいのことはやりかねなかった。

 まあ、まだ目の前だったら、反撃のやりようもあったが、離れた場所で四肢をもがれた後で連れてくるということも考えられた。

 だから、エリカを逃がすことを最優先にすることは、必要なことだったと思っている。

 でも、それで腹をたてているのであれば、とにかく、抱き締めておくに限る。

 気が強く短気だが、心の切り替えも速く、あっさりとした気性のエリカだ。

 すぐに機嫌も直ると思う。

 

「ひっ」

 

 しかし、またもや、エリカも一郎に抱きつく直前に後ろに倒れていった。

 さっきエリカに倒されたコゼがエリカを引っ張ったようだ。

 

「あんた、人の邪魔をしておいて、自分が先に抱きつこうなんて、図々しいのよ。ずるいわよ」

 

 コゼだ。

 エリカが尻もちをついたまま、勢いよく首を後ろに回してコゼを睨む。

 

「あんただって、同じことブルイネンにしたじゃないのよ。それに、わたしはロウ様に抱き締めて欲しいの。あの忌々しい記憶をロウ様に上塗りして欲しいんだから──」

 

「あたしだって同じよ──。足に穴を開けられて木馬責めをされたのよ──。イライジャだって──」

 

「わ、わたしなんて、あ、あんなに恥ずかしい目に……」

 

「お姉さま方、落ち着いてください……」

 

 ミウが言い合いを始めたエリカとコゼを宥めるように声をかけた。

 ただ、胡坐に座っていた一郎の膝の上に、ちょこんと身体を乗せてきた。

 一郎は苦笑しながら、軽く抱きしめてあげた。

 すると、可愛らしく微笑んで、一郎の胸に頬をすり寄せるようにしてきた。

 まるで、猫のようだ。そういえば、魔道の師匠のスクルドも猫のように一郎に甘えてくるし、まさに猫の主従かな?

 なんだかおかしくなり、一郎は笑ってしまった。

 

「うわっ、この小娘──」

 

「ちょ、ちょっと──」

 

 コゼとエリカが顔を真っ赤にして声をあげた。

 

「だから、落ち着いてくださいって」

 

 ミウはそう言いながらも、一郎から離れまいとするかのように、小さな腕を一郎に身体に回してくる。

 エリカとコゼが無理矢理に引き剥がそうかとするような勢いで迫ってきた。

 

「相変わらずですね、皆さま……。ちょっと出遅れました。ひ、久しぶりなんで勘が……。ところで、ミウ、随分と元気そうですね。ちゃんと、ロウ様のお役に立っているようで安心しました」

 

 すると、スクルドが一郎のところに迫ってきた。

 どうでもいいけど、どの女も一郎との距離が近い。

 まさに、密着するように代わる代わる話しかけてくる。

 いや、密着しているか……。

 

「え、えええっ、スクルド様って、ス、スクルズ様だったのですか──? な、な、なんでここに──。誰だろうとは思っていたんですけど、てっきり、ブルイネン様が連れてきたエルフ族のどなたかだと……。ス、スクルズ様、お、お久しぶりです──」

 

 一郎にしがみついていたミウが仰天した声をあげた。

 髪の毛が違っているとはいえ、やっと、スクルズであることに気がついたみたいだ。

 可哀想なくらいに、驚愕している。

 

「色々とあったのです……。いまは、スクルドと名乗っているので、そう呼んでくださいね……。でも、やっぱり、ロウ様は素晴らしいですね。ミウがこんなに元気に……。それでね……。ところで、ちょっとどきなさい。わたしは、まだロウ様のお匂いが不足です。ここは、ちょっと譲って……」

 

「な、なぜ、スクルズ様がここに? 追いかけてきたのですか?」

 

 ミウは目を丸くしている。

 ただ、一郎の膝の上から退く気配はない。

 むしろ、ぎゅっとしがみついてくる。

 こいつはこいつで、なかなかに一郎の女たちに染まってきている。

 どうやら、スクルズ……いや、スクルドであろうとも、譲る気はないみたいだ。

 

「色々と事情があるのです。王都の異変のことも、ご主人様にお話をしないといけませんし、だから、ちょっとそこを……」

 

 スクルドが横入りするように、ミウを押す。

 だが、ミウも負けじと、一郎に抱きついて離さない。

 なにをやっているのだろう、この主従は……。

 一郎も、どうなるのか、おかしくなった。

 

「異変……ですか?」

 

 ミウがスクルドに押されながらも、必死に一郎にしがみつき、この期に及んで惚ける口調で相槌を打つ。

 

「ええ、アネルザ様のこととか、イザベラ様とか、アン様のこととか……。とにかく、大切な話が……。ね、ねえ、ミウ、わたしが譲って欲しいと頭をさげてるのですよ」

 

「ですから、大切な話をなさってください。あたしのことは、気にしないで……」

 

 ふたりが一郎の膝の上の取り合いを始めた。

 一郎はなんだか、おかしくて噴き出してしまった

 そのときだった。

 

「いい加減にしてよ、あんたらみんな、さかってんじゃないわよ──。それよりも、ここはどこよ──。もう大丈夫なの──?」

 

 大きな声がした。

 ユイナだ。

 全裸に黒いマントを巻きつけただけの恰好で、一郎の横で仁王立ちになっている。

 

「ユイナ……? ああ、あんたも一緒なのね……。奴隷の首輪がないようね……。ロウ様にまた助けてもらったの? いつもいつもだけど、わたしたちに、大迷惑をかけた代償に?」

 

 エリカが皮肉たっぷりの口調でユイナを見た。

 ユイナの顔がさっと赤くなる。

 

「い、色々とあったんですよ、エリカさん。ま、まあ、こいつに迷惑をかけたことは認めますけど……」

 

「ロウ様のことを、もう一度でも、“こいつ”なんて、口にしたら、その口、引き裂くわよ──」

 

 凄まじいほどのエリカの怒声が響き渡った。

 ユイナの顔が今度はさっと蒼くなった。

 

「……耳にしていたとおりの迷惑娘ね……。しかも、生意気……。ねえ、ご主人様、こいつ手足を切り離して、首と胴体だけの人形みたいにしていいですか? 手足くらいスクルドが復活すると思うし……。しばらくのあいだ、毎日、死ぬ目に遭わせてやればいい……」

 

 コゼが鼻を鳴らした。

 ユイナがまずます真っ蒼になった。

 

「お前ら、相変わらずだな……。おう、尻娘、元気だったか? 随分と男経験も増えたみたいだけど、尻を犯してくれる男は見つかったか? このご主人様ほどに気持ちよくしてくれる男はいなかっただろう」

 

 そのとき、一郎の横で宙を舞っていたクグルスがユイナにけらけらと笑いかけてきた。

 ユイナの顔色がまた真っ赤になる。

 忙しい娘だ。

 

「ねえ、これ、やっぱり、あのときの魔妖精じゃないのよ──。まだ、こいつと一緒に……」

 

「また、こいつと言ったわねえ──」

 

「いや、いまのこいつは、こいつじゃなくて……」

 

「こいつって、言ったああっ」

 

 エリカが本当にユイナに飛びかかりかけた。

 

「お、おい」

 

 一郎は膝に乗せていたミウを横にどけて慌てて、エリカを引きとめる。

 

「ちょ、ちょっとおやめになって……」

 

 そばにいたスクルドも、ふたりの間に入って、とめにかかる。

 

「とにかく、ここが安全な場所だというのは確かなんだな、ブルイネン?」

 

 一郎は、なんとかエリカを落ち着かせようと思って、わざとブルイネンに訊ねた。

 圧倒されたように、一郎たちを見守るかたちだったブルイネンが勢いよく頷く。

 

「は、はい……。ここは狭間(さばま)の森です。特殊な結界に包まれたイムドリス宮の空間に接する森で、ガドニエル様と、ガドニエル様に許された者にしか侵入をすることができない場所です。実際のところ、この結界の森に入れるのは、ガドニエル様と親衛隊長のわたしくらいしか……」

 

「ほう……」

 

 一郎は頷いた。

 すると、すぐ隣にいたスクルドが突然にぼろぼろと涙をこぼしだした。

 一郎もぎょっとしたが、ほかの女も驚いている。

 

「ああ……、やっぱり、ロウ様の……ご主人様のそばは、いいですねえ……。色んなことを考えていたんですけど、本当にどうでもよくなりました。主のそばで指示を待つというのが、こんなに気持ちがいいとは……。ありがとうございます、ご主人様……」

 

 スクルドが泣き出した。

 気後れする感情に襲われたが、ぐっと我慢してスクルドの肩を抱く。

 スクルドが甘えるように、ごしごしと顔を一郎の胸に擦りつけてくる。

 どうでもいいけど、“ご主人様”呼びはやめないのだろう。

 まあいいか……。

 とりあえず、一郎はブルイネンを促した。

 ブルイネンが説明を始めた。

 

 それによれば、よくわからないが、どうやらここはエランド・シティに近いただの森というわけではなく、むしろ、隠された秘奥と称されているエルフの女王のガドニエルが棲むという“イムドリス”という場所に近い異相空間の世界らしい。

 それで、ナタル森林を包もうとしている瘴気の淀みからは一線を画しているのだろう思った。

 いや、さらに話を聞いたところ、そもそも、浮遊都市と称するエランド・シティそのものが、実は結界に隠された異相空間に存在する都市でもあるようだ。

 エルフ族は、その高い魔道能力を駆使して、どんな異種族でも侵略することが不可能な空間を作って都市を築き、それを浮遊都市と称して、他種族を誤魔化しているとのことだった。

 その内容も驚きだが、エルフ族の秘密中の秘密に違いないことを、あっさりと教えたブルイネンにも、一郎は驚いてしまった。

 

「とにかく、情報を交換しよう……。イット、悪いが辺りを警戒しておいてくれ……。念のためだ……。それと、スクルド、ちょっと待ってくれ。色々と訊きたいが、ちょっと落ち着いてからだ」

 

 一郎はイットとスクルドに声をかけた。

 イットはすでに周囲を見張る態勢になって、ちょっと離れて辺りの気配を探る姿勢になっていたが、一郎の命令に大きく頷いて、さっと外側を向いた。

 

「もちろんです」

 

 スクルドも大きく頷く。

 ただ、ぺったりといつの間にか、一郎の横の位置を確保している。

 一郎の半身にぎゅっと抱きついている。

 一郎もくすりと笑ってしまった。

 とりあえず、一郎は、他の女たちも近くに寄せた。

 そして、まずは、コゼに話を促した。



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445 (かしま)しい性奴隷たち(その2)

「とりあえず、あの夜になにがあったのかを話してくれるか、コゼ」

 

「わかりました」

 

 まずは、コゼとイライジャの状況を確認することにした。

 やはり、一度は捕らえられて、大変な目に遭ったようだ。

 だが、なんとか脱走して、冒険者ギルドに匿ってもらったらしい。イライジャも安全であり、そこにいるとのことだ。

 ただ、エビダスとかいうギルド長に一度裏切られて、いまは一日以内に解毒剤を飲まないと効果が発生してしまう致死性の毒薬を飲ませて、無理矢理にこっちの命令に従わせているそうだ。

 とりあえず、解毒剤はイライジャに渡しているらしい。

 一郎は驚いた。

 

「だが、大丈夫か? 解毒剤を渡したら、すぐに寝返りしそうだし、かといって、渡さないと死んでしまって騒動が拡大するんじゃないか?」

 

「抜かりありません。渡す解毒剤にも毒が混じっていて、やっぱり解毒剤を翌日に渡さないと死にます。あいつは、毎日解毒剤入りの毒を飲まないとならないということです。考えたのはスクルドですけどね」

 

 コゼがちらりとスクルズを見た。

 すると、スクルズがにっこりと微笑んだ。

 

「皆様のためなら、喜んで法も義も犯します。もう神官でもありませんし」

 

「頼もしいね」

 

 一郎がそういうと、スクルズがこっちがたじろぐくらいの満面の笑みを浮かべた。

 一郎は苦笑した。

 

「じゃあ、こっちのことを話そう」

 

 一郎は、一郎たちが陥っている深刻な状況について説明した。

 すなわち、パリスを殺すことに成功したものの、死の呪いに侵されて、シャングリアとマーズが死に瀕していること──。

 そのため、仕方なく、時間を封印して亜空間に隔離していること──。

 さらに、パリスは完全に命を失ったわけではなく、どこかに“命の欠片”を隠していて、それを消滅させないと、シャングリアたちは死の呪いから逃れられないことなどを説明した。

 そして、王家の宝珠のおかげで、直接の呪いは阻止したが、ふたりを亜空間に入れていることもあり、一郎もまた、呪術の影響を受けていると言った。

 ついでに、ユイナから聞いた限りの、パリスの秘密についても言及した。

 一郎の話が進むにつれて、エリカとコゼとスクルドの顔がどんどんと険しくなっていくのがわかった。

 

「……確かに、さっきも思いましたが、禍々しいものがロウ様に憑りついている気がします……。とりあえず、治療をしてみましょう。まずは、光魔道で剥がせないか、やってみます……」

 

 そう言うが否や、すぐになにかの術を一郎にかけ始めた。

 だが、だんだんと表情が険しくなる。

 しばらくやっていたが、やはり、パリスによる死の呪術は、一郎から剥がせないみたいだ。

 一郎は、スクルドを制した。

 

「いや、もういいよ……。とりあえず、ありがとう、スクルド」

 

 一郎はそれだけを言った。

 

「申し訳ありません。おそらく、光魔道で解除できると思うのですが、わたしの力でも無理みたいで……。しかし、なにか方法を探します。ええ、命に変えてでも……」

 

 スクルドも口惜しそうな顔をしている。

 すると、エリカが我慢できなくなったように、ユイナの前に立ちあがった。

 

「ユイナ──。ロウ様たちの呪いを解くには、どんな方法があるのよ──。言いなさい──。なにかを隠そうとしたら……」

 

「か、隠そうなんてしてません、エリカさん──。でも、死の呪いを解くには呪術者を完全に殺すしか……。だけど、パリスは多分、自分の命の欠片(かけら)をほかの誰かの身体に隠していて、おそらく、まだ死んでなくて……」

 

「命の欠片? 誰よ。そいつを殺せば、ロウ様やシャングリアたちが助かるのね」

 

「いえ、そういうわけじゃ……」

 

「そうじゃないって、なによ――。パリスの命が何個あるか知らないけど、片っ端から処分すれば、ロウ様が助かるんでしょう――」

 

「そ、そうなんですけど……」

 

 ユイナもエリカの剣幕にたじたじになりかけている。

 この傍若無人のエルフ娘がエリカにだけには苦手意識を持ってるのが面白い。

 しかし、これでは話がきけない。

 一郎は口を挟むことにした。

 

「アスカだ。アスカがパリスの命の欠片を持っている。ユイナの推測だけど、俺もそれが正しい気がする。状況証拠だけど……」

 

「アスカ様――?」

 

 エリカがびっくりした声を出す。

 

「アスカ?」

 

「アスカって、ご主人様を殺そうとしているとか言ってた?」

 

「あの刺客を送りつけたアスカですか?」

 

 ミウ、コゼ、スクルドもそれぞれに怪訝そうな表情だ。

 

「アスカ様を殺す……」

 

 エリカは困惑している。

 アスカはエリカの情婦だった。だから、心情的に殺すことに躊躇いがあるとかいうことではなく、多分、純粋にアスカの強さを知っているから、途方に暮れている感じのようだ。

 だが、一郎はさっきから、ユイナが殺してはならないと言いかけていることが気になった。

 

「ユイナ、命の欠片で復活するというのは、どういうことなんだ? すでに、パリスは生き返っていると考えていいのか?」

 

 一郎は訊ねた。

 もしも、パリスが復活しているなら、間違いなく一郎たちに復讐しにくるだろう。

 ねちっこい性格そうだったし、手段も選ばないと思う。

 それこそ、一郎の女たちにとばっちりがくるかもしれない。

 だからこそ、一郎はすでにパリスが生き返っているのかどうか知りたい。

 時間があるのか、それとも、ないのか……。

 

「言っておくけど、わたしの見つけた古文書を解析した結果のことよ。正解なんかわかんないからね。とにかく、それによれば、パリスはいま、仮体(かりたい)が死んだことで、次の仮体に復活の準備が整ったという段階よ。条件が揃えば、パリスは命の欠片を持っている身体に復活するわ。身体を乗っ取るのよ」

 

「乗っ取るって……。じゃあ、アスカ様はどうなるの?」

 

 エリカだ。

 

「死にます。……というというよりは、パリスの復活の条件がアスカという女が死ぬことなの……。それだけじゃなく、復活したときには、命の欠片を入れていた者の能力も吸い取ります」

 

「えっ?」

 

「パリスの性格のまま、アスカの能力か……」

 

 エリカは絶句し、一郎も唖然とした。

 なんだかんだで、子供の身体をしていたパリスの個体としての身体能力は高くなかった。

 だから、奇襲が成功したが、今度は用心するだろうし、面と向かって襲ってくることもないと思う。必ず、背中から襲いかかるようなことしかしてこない。

 それでいて、あのアスカの力を手に入れるのだ。

 絶望的な未来しか思いつかない。

 

 それにしても、命の欠片を預けているときには生かしておかねばならず、それを使って復活するときには、殺すということか……。

 だから、地下洞窟でアスカのことを仄めかしたときに、殺してはならないと言ったのか……。

 

 だが、どうでもいいけど、こいつは、エリカと話すときと、一郎と話すときの口調も態度もがらりと変わる。

 本当に人間族嫌いなのだと改めて思った。

 

「あのう……。呪いを剥がすには、ほかにも方法があると思う……」

 

 そのとき、不意にブルイネンが口を出してきた。

 全員がブルイネンに視線を向ける。

 

「この魔道遣い殿の言う通りだ。光魔道でいい。だが、もっと強い力が必要だ。とにかく、ロウ殿を包んでいるその魔道が強い闇魔道のようだというのは、いまでもわかる。だったら、それを上回る光魔道で浄化ができるのは間違いないと思う」

 

「だけど、この魔道馬鹿のスクルドの魔道力でも無理なのよ。とにかく、解決できるんだったら、みんなで力を合わせてなんとかしてよ」

 

 コゼが口惜しそうに言った。

 

「……残念ながら、わたしは光魔道は遣えない……。それに、量よりも質の問題だから、重ね掛けはこの場合は意味がないのだ。まあ、心当たりがあるにはあるのだが……」

 

 ブルイネンだ。

 

「光魔道か……? あっ──」

 

 そのとき、エリカが気がついたかのように、小さな声をあげた。

 

「そうだ、エリカ殿……。この世で最大の光魔道の力を持つお方……。エルフ族の女王のガドニエル様だ……。女王様の力であれば……」

 

「なるほど、ガドニエル女王……。耳にしたことはあります……。凄まじい魔道力を持ったお方だと……」

 

 スクルドも思い出すように言った。

 

「だったら、連れていきなさい、ブルイネン──。いますぐに、その女王のところに、ご主人様を連れていくのよ──」

 

 コゼだ。

 すごい形相でブルイネンを睨みつけている。

 

「そうもいかない……」

 

 だが、ブルイネンは暗い表情になった。

 

「なんでよ──」

 

 今度はエリカが怒鳴る。

 

「ガドニエル様がおられる館……。イムドリス宮に入る光の道を管理するのは太守夫人のカサンドラ殿だ……。しかも、イムドリスへの“門”は水晶宮内にあるのだ。カサンドラ殿の協力なく、イムドリスに通じる光の道は開かない」

 

 ブルイネンが心痛そうに言った。

 

「……のこのことカサンドラという女のいる水晶宮に行けば、捕まりに行くようなものか……」

 

 一郎は呟いた。

 なにか方法を考えなければならないか……。

 まあ、カサンドラも女であれば、ガドニエルという女王も女だ……。

 近づくことさえできれば、完全服従させる手段がないわけではないか……。

 

「じゃあ、パリスが命の破片を隠している生命体をご主人様が操るか、ガドニエルという女王をご主人様がたらしこむことだな……。だけど、それよりも、いまのことだよ、ご主人様」

 

 声をかけてきたのはクグルスだ。

 

「いまのこと?」

 

「その手の紋様は呪いだよね。だったら、周りにいるこいつらの誰でもいいから、ひとりか、ふたりを抱き潰しなよ。ご主人様は淫気切れを起こしているよ。だから、パリスの魔道なんかに負けてしまうんだ。本来であれば、このくらいの闇魔道なんて、ご主人様は跳ね返せるはずだよ」

 

 淫気切れ……?

 思いもよらなかった言葉に一郎はクグルスを見た。

 

「淫気切れってなによ?」

 

 コゼが言った。

 

「ご主人様は偉大なる淫魔師様だよ。そんじょそこらの魔道が通用するお方じゃないんだ。だけど、力の源がなくなれば、さすがに抵抗力も落ちるさ。ねえ、ご主人様、最後に女を抱いてから、どれくらい経っている? しかも、ぼくに淫気の力を分け与えたりして……。ご主人様の身体には、ほとんど淫気が残っていない。力が入らないんじゃない?」

 

「力が入らないって……。だったら、身体が異常にだるいのは、呪いじゃなくて、淫気切れ……?」

 

 驚いたが、思い当たることもある。

 淫気切れのことなんて考えもしなかったものの、そう知らされてみると、自分の身体になにかが枯渇している感覚がある。

 ずっと感じていた不可思議な飢餓のような感覚は、どうやら淫気切れだったらしい。

 

 そうか……。

 

 パリスに捕らえられる直前にエリカを抱いてから、二日ほどの時間がすぎている。

 あれから、当然に誰も抱いていないし、エリカを最後に抱いたときだって、中途半端な感じだった……。

 なによりも、身体にあった大量の淫気をクグルスに託していた。また、拷問から体力を維持するのに、無意識に淫気を使っていたのかもしれない。

 だから、捕らえられたときには、不足気味だったということか……。

 それなのに、身体に負担を与える亜空間術を幾度も遣っている。

 だから、淫魔術か……。

 

「じゃ、じゃあ、ロウ様がわたしたちを抱けば、とりあえず、元気になるのね。呪いが浸透する時間も稼げると……」

 

「ご主人様だったら、呪いの侵攻は完全にとめることができると思うね。ご主人様は淫魔師の格がとてつもないだけに、遣う淫気の量も桁違いなのさ。だから、お前らのような女がたくさん必要なんだ。さあ、わかったら、よってかたってご主人様に抱き潰されろ」

 

 クグルスが元気よく言った。

 

「そういうことなら、あたしが……」

 

 コゼが近づいてくる。

 

「なんで、あんたなのよ──。わたしは一番奴隷で……」

 

「わ、わたしは、はるばると、王都から来たのです。後生です──。こんなことをはっきりと口にするのは、叱られるかもしれませんが、抱いていただけないでしょうか……。いえ、そういえば、ご主人様に罰を受けることが……。縛ってください。それとも、痛いことでも……。どうか、お好きに……」

 

 スクルドも混じってきた。

 なんだか、鬼気迫る勢いだ。

 

「お待ちください、お姉さま方、スクルド様も……。皆さまが抱き潰れたら、ロウ様をお守りする者が減ります。あたしなら、魔道遣いは、スクルド様も、ブルイネン様もおられるし……」

 

 今度はミウだ。

 さっと一郎の腕を掴んでくる。

 

「ま、待ってくれ……。わ、わたしはもう身体が熱くて……」

 

 ブルイネンが半泣きの表情で一郎にじりじりと身体を寄せてくる。

 一郎はまるで肉食獣のような女たちに、思わずにんまりとしてしまった。

 しかし、コゼがなにかを思い出したかのように、急に動きをとめて、真顔に戻った。

 

「そうだ、忘れてた、ご主人様。王都が大変みたいなんです──。スクルド、話して──」

 

「王都?」

 

 横でエリカも首を傾げている。

 

「あっ、いえ、それはもう少し落ち着いてから……。ちゃんと説明をして、もっと、ゆっくりとお仕置きをされたいし……。アネルザ様もサキさんも出し抜いて、ここに来たわたしの権利……。でも、あれかしら……。イザベラ様とアン様のことだけでも先に……」

 

 スクルドがなにか考えるような表情になる。

 だが、喋っている内容がいま少しわからない。

 そのときだった。

 

「何者だ──?」

 

 イットの大声がした。

 一郎は視線をイットの声の先に向けた。

 ちょっと距離があるが、そこにいたのは二匹の魔物だ。

 腰に布を巻きつけ、大きな布を両手に持ち、そこにたくさんの果実を載せている醜鬼族(オーク)である。

 

 なんで、ここに?

 

「馬鹿な。この狭間の森に魔物が侵入しているはずが……」

 

 ブルイネンがびっくりしている。

 一方で、向こうも一郎たちの存在が思いもかけないことだったのか、二匹は雄叫びのような声をあげて、果実を放り出して逃亡していった。

 

「コゼ、追いかけろ──。ただし、絶対に傷つけるな──」

 

 一郎は慌てて叫んだ。



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446 疑惑の醜鬼(オーク)

 “イザベリアン 

  醜鬼(オーク)族(エ**族)、雌

  経験人数:男1

  状態

   魔獣化の闇呪術”

 

 

 “ロルリンド 

  醜鬼(オーク)族(**フ族)、雌

  経験人数:男3

  状態

   魔獣化の闇呪術 ”

 

 

 

「馬鹿な。この狭間の森に魔獣が侵入しているはずが……」

 

 ブルイネンの驚愕する声が横で響いたが、一郎の驚きはそれではない。

 距離があるので、一瞬しか注目することはできなかったが、びっくりしたのは、醜いオーク族にしか見えなかった二匹の魔獣のステータスだ。

 

 魔眼の能力がある一郎だが、実のところ、それほど魔獣のステータスを覗いた経験があるわけじゃない。

 しかし、これまでの経験では、魔獣に固有の名前が見えたことはないし、また、さっきの二匹の醜悪な姿の魔獣は、“オーク族”と表現されていながら、欠損している文字で奇妙な文字が追加されていた。

 なによりも、「魔獣化の闇呪術」という個体の異常状態を示す言葉……。

 

 疑念を抱いたのは一瞬だった。

 すぐに、さっきブルイネンが、この狭間の森にやって来れるのは、ブルイネンともうひとり、そして、エルフ族女王のガドニエルのみだと口にしたのを思い出した。

 

 まさか……。

 でも、闇呪術という表現にパリスの影を感じる。

 

「コゼ、追いかけろ──。ただし、傷つけるな──」

 

 とっさに叫んでいた。

 コゼは、すぐに駆けだした。

 だが、すでに、さっきの二匹のオーク族は、繁みに隠れて姿は消えてしまっている。

 もっとも、コゼなら問題ないだろう。

 まあ、念のために、獣人族で感覚が抜群に優れているイットにも行ってもらうか……。

 

「イット、お前も行ってくれ。そして、コゼを追いかけて、さっきのオーク族は、エルフ族の成れの果てかもしれないから、絶対に傷つけるとなと伝えてくれ。それと、彼女たちの隠れ処があるはずだ。それを突きとめてくれとも……。それと、コゼにあとで埋め合わせするとも……。もちろん、イットも」

 

「はい、ご主人様──」

 

 イットがくすりと笑ってから、駆けだす。

 あのふたりなら、なんとかなるだろう。

 

「いまのは、どういう意味なのですか、ロウ殿?」

 

 ブルイネンが驚いている。

 

「いまのって、埋め合わせの意味か?」

 

 一郎は惚けてからかった。

 

「なっ、そ、そんなんじゃ――。エルフの成れの果ての方です」

 

 ブルイネンが顔を真っ赤にして怒鳴った。

 反応が初心(うぶ)で、実に面白い。

 だが、一郎は、直接には応じずに、ブルイネンに質問をするために口を開いた。

 

「なあ、ブルイネン。もしかしたら、女王の暮らすイムドリス宮でガドニエル様に仕える女性エルフ族が行方不明になったりしている事件はないか?」

 

「えっ、行方不明? いや、わたしの知る限り……。いや、ない……。あっ、でも……。いや、やはり、ありません……。しかし、ガドニエル様の命令で水晶宮におりてきた親衛隊のみんながいなくなっています。どこにいるのかわからないのです」

 

 ブルイネンは途方に暮れたように言った。

 そう言えば、まだパリスに拷問を受けていた一郎を訪ねてきたときに、ブルイネンが親衛隊のことをそんな風に口にしていたと思う。

 やはり、エルフ族が行方不明になっているということがあるのだと思った。

 

「親衛隊の行方もそうだが、イムドリス宮そのものにも、なにかあるんじゃないのか? なにか、思い当たることが完全にはないわけでもない感じだったな……。女王の周りだ。それとも、言えないことか?」

 

「い、いや、言えないということはないのですが、わたしと同じように、筆頭側近の格でガドニエル様に仕える女がもうひとりいて、彼女はアルオウィンというですが……、それは二箇月くらい前から、ずっと連絡が途絶えていて……。彼女はガドニエル様の耳目として諜者のようなことをしているのです。だから、外に出て、長く連絡が途絶えることは不思議ではないし……。まあ、ガドニエル様も問題ないとは言っていたし、彼女の任務について、わたしがすべてを教えてもらっていることはないですし……」

 

 ブルイネンの物言いは、どうも歯切れが悪かった。

 心配をしていないという彼女自身の言葉とは逆に、ブルイネンはアルオウィンのことを気にかけている様子である。

 

 アルオウィンというエルフ族のことは、まったく知らないが、諜者として活動する彼女は、行方不明状態なのだろうか……?

 なんとなく、その名に聞き覚えがあった気がしたが思い出せない。

 とにかく、少なくとも、長く連絡が途絶えているようであり、そのことについて、ブルイネンは気になっているが、一方で、女王のガドニエルは問題にしていない──。

 そういうことのようだ。

 

「そのアルオウィンという人が、二箇月も連絡がなくなるのは、これまでもあったのか?」

 

「ないこともありませんが、以前、もしものことがあれば、わからないからと、ガドニエル様が絶対に一箇月に一度は、イムドリス宮への連絡を厳命したことがあったのです。それ以来、アルオウィンはそれを守っていました。ガドニエル様だけではなく、わたしにも必ず……。だが、今回はすでに二箇月で……。でも、まだ二箇月だと言われれば、そうですし……」

 

「彼女の部下からの連絡もなし?」

 

「アルオウィンは、部下を好まないのです。いつもひとりで行動します。もっとも、諜者活動をしているときの彼女のやり方を全部承知しているわけじゃありませんから、あるいは、実際には、手の者のような者も扱うのかもしれないですけど……」

 

 だったら、そのアルオウィンとは違うかもしれない……。

 さっきの雌オークは二匹だった。

 単独行動だとすれば、あの雌オークは一匹でなければならない。

 だとしたら、行方不明だという親衛隊の方か……。

 その中の女エルフが“魔獣化”の呪術をかけられているか?

 しかし、なんとなくぴんとこない。

 直観が働くときには、不可思議な確信のようなものが頭を貫く。なぜか、いまの推論には、心を揺らすものがない。

 

 いや、もっと、女王に近い存在……。

 一郎の予感が当たっていれば、ナタル森林を支配するエルフ族たちが、突然にパリスなどという悪党に従うようになったのか説明できるのだ。

 もちろん、カサンドラという水晶宮を管理する太守夫人をパリスが支配していたということはあるだろう。

 だが、もっと決定的ななにか……。

 そういえば、さっき、ブルイネンが口走ったことによれば……。

 

「ブルイネン、さっき口走ったが、ここは狭間の森という結界に隠された場所ということでいいんだな? ほとんど存在を知られていない……」

 

 確か、ブルイネンはそう言っていた。

 

「そうです。ガドニエル様の作られた場所です。存在を知られていない秘密の場所です」

 

「出入りの許されるのも、もしかして、存在を知っているのも、ブルイネンと、ガドニエル様と、もうひとり、いま話に出てきたアルオウィンという女性のみか?」

 

「そうです」

 

「カサンドラ太守夫人も知らない場所?」

 

「知らないと思います。ガドニエル様は、そう言っていました。ここを知っているのは、わたしたち三人のみだと……。なにか非常事態があったときの避難場所でもありますし……。誰かに知られれば、その用をなしません。秘密の場所なのです」

 

「だけど、俺たちを連れてきた」

 

 一郎はからかうように言った。

 ブルイネンは顔を赤くした。

 

「こ、ここしかなかったから──。ほかの場所など、カサンドラ殿の水晶軍にかかれば、すぐに発覚します。水晶軍は全員が魔道の遣い手です。魔道による追跡の手段はいくらでもあります」

 

「つまりは、出入りを許されている三人のうち、ひとりでもいれば、部外者でもなんでも、放り込むことはできるということだね? さっきのオーク族だって、そうやって、三人のうちの誰かが入らせたんだろうね」 

 

「わざわざ、オーク族を……魔獣を狭間の森に? ありえません──」

 

「でも、そういうことだよね」

 

 一郎は言ったが、実際には、わざわざ魔獣を三人のうちの誰かが、ここに入れたとは思っていない。

 いまのところ勘でしかないが、おそらく、さっきの雌オークは、エルフ族の成れの果てだ。

 闇呪術というやつで、魔獣化させられたのだろう。

 行方不明のアルオウィンの可能性もあるが、つまりは、彼女の場合を含めて、ガドニエルの側近だ。

 

「なんのために、そんなことを……。い、いや、しかし、そうでないと辻褄は合わんのか……。だったら、アルオウィンは、ここにいるのか……?」

 

 ブルイネンは怪訝そうな表情になって、ひとりごとのようにぶつぶつと呟いた。

 

「いや、そうとも限らないさ。ブルイネンでなければ、ガドニエル女王様か、やはり、アルオウィンという女性かわからないけど、なにかの事情があり、魔獣をここに連れてきたことがあったのかも……。もしかしたら、ガドニエル女王がこれを受け継ぐ、ずっと以前に魔獣をここに入れたことがあって、それが繁殖していたということもあるし……」

 

 一応は、他の可能性も羅列してみた。

 だが、ブルイネンは即座に否定した。

 

「さっきも言いましたが、それはないのです。そんなことがあったとしても、連れてきた者が狭間の森から出れば、一緒に入った者も同時に、狭間の森の外にはじき出されます。例えば、いまわたしが狭間の森の外に転送術で出れば、一緒に入ったあなた方も、外に出てしまいます。ここはそういう場所なのです。また、ここはガドニエル様が築いた場所です。ガドニエル様がここを作る以前は、存在しなかった場所です」

 

 ブルイネンが断言するように言った。

 一郎は肩を竦めた。

 

「何事も例外はあるだろう。ガドニエル様が、ブルイネンの知らないときに、狭間の森の仕組みを変えたのかも」

 

「いいえ──。そうであっても、結界条件が変質すれば、少なくともわたしはそれを感じることができます。でも、ここは、なにも変わってない……」

 

「わかった……。もう一度、確認するけど、何者であろうとも、ここには、ガドニエル女王様、ブルイネン、そして、アルオウィンという女性と一緒でなければ、入ることはできない……。そして、同行した者は、一緒にやってきた三人のうちのひとりが、この場所から出れば、自動的に一緒に外に弾き飛ばされる……。そういうことでいいんだな?」

 

「そ、そうです……。だから、あそこにオークがいたということは、ここにアルオウィンがいるということになるのですね……。しかも、彼女があのオークたちを連れてきたと……。だが、なんのためでしょう……?」

 

 ブルイネンは途方に暮れた表情になった。

 一方で一郎は、さらに推論を巡らせた。

 ブルイネンの言葉はすべて正しいという前提にたてば、あのオークたちの正体がなんであれ、ガドニエル、ブルイネン、アルオウィンの三人のうちのひとりが、ずっと前からここにいたことになる。

 一緒にいたブルイネンではありえないので、当然に、それは、ガドニエル女王かアルオウィンという女エルフのどちらかということだ……。

 ガドニエル女王は、別段に行方不明にはなっておらず、ブルイネンは水晶宮に親衛隊とともにやって来るときには、イムドリス宮で女王から命令を受けたと口にしていたと思う。

 消去法で、ここにいるのはアルオウィンだ。

 だが、もうひとつの可能性も……。

 

「ブルイネン、話は変わるが、最近のことで、ガドニエル様の周辺について、ほかに、イムドリス宮で変わったことは? アルオウィンという人が戻っていないということのほかにだ……」

 

 一郎は訊ねた。

 

「変わったこと? 特には……。あっ、そう言えば、二箇月ほど前に、イムドリス宮にオーク族が侵入するということがありました。結界の張ってある異相空間のイムドリス宮に、魔獣が入り込むなどあり得ないことなので驚いたのです。結局、原因も手段もわからなくて……」

 

「オーク族──。ちょっと、詳しく話してくれ」

 

 一郎は声をあげた。

 今度は、ぴんとくるものがあった。勘が働く感覚だ。

 ブルイネンは、一郎の勢いに、ちょっと当惑気味に語り始めた。

 つまりは、イムドリス宮への魔獣の侵入事件ということだそうだ。

 魔獣が突如して、結界に包まれているばずのイムドリス宮に出没して、女王のガドニエルを襲ったそうだ。

 ただ、館にあった転送魔具で脱出してしまい、いまだに、どこに逃げたのかわからないらしい。

 ガドニエルに命じられて探したものの、なんの手がかりも見つからず、途方に暮れて冒険者ギルドにまで情報提供を求めたようだ。

 

「結界の張った異相空間に魔獣が? 随分とおかしな話ですね」

 

 スクルドが口を挟んだ。

 

「オーク族がイムドリス宮に入り込むなんて、時々あることなのか?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「まさか──。まったく、ありえないことです。イムドリス宮の出入りを管理しているのは水晶宮のカサンドラ殿です。その水晶宮側からの行為以外に魔獣が潜入できる方法はないのです。この狭間の森以上の絶対結界に隠されているのですから……」

 

 ブルイネンは言った。

 だが、実際にガドニエルをオークが襲った……。

 つまりは、魔獣であるオーク族とガドニエルが同じ位置にいた……。

 

 まさかだが……。

 まさかのまさかだな……。

 

 しかし、一郎がパリスの視点で考え、ナタルの森を好きなようにするために、もっとも確実な手段……。

 女王のガドニエルを……。

 もしも、その手段が存在したならばの話だが……。

 

 でも、本当に……?

 一番最初の、一郎の突拍子のない思いつきに対して、どんどんと辻褄が合ってきた気もするけど……。

 だとしたら、一郎たちは、とんでもない事件に巻き込まれたということになる……。

 

「ねえ、もう一度訊ねるけど、この狭間の森に入れるのは、エルフ族の女王のガドニエル様と、ブルイネン、そして、アルオウィンという女性エルフ族だけなんだね?」

 

「そうです」

 

「なら、この三人であれば、ここには、どこからでも入れる?」

 

「まあ、転送術があれば……」

 

「入る手段は転送術だけ? 歩いて入るとかは?」

 

「歩いて? ここがどこだかもわからないのに? 偶然にだって見つけることはできません。ここは、そういう場所なのです」

 

「だけど、ガドニエル女王様は知っているんじゃないのか? 場所がわかっていれば、歩いてここに来れるのかも」

 

「まあ、ガドニエル様ならできるかもしれません。そもそも、ここを作ったのは、ガドニエル様なのですから……。でも、わざわざ、そんなことをする理由がないでしょう」

 

「あったのかもね……。逃亡するために……」

 

 一郎は呟くように言った。

 聞き取れなかったらしく、ブルイネンが聞き返してきた。

 一郎は、なんでもないと言葉を濁した。

 その代わり、さらに質問をするために口を開く。

 

「ところで、ブルイネンは、その魔獣捜索についてどういう指示をガドニエル様から受けているんだ? とりあえず、捕らえろとか?」

 

「最初は……。だけど、いまは見つけ次第に殺せと命じられています」

 

 ブルイネンは言った。

 

「……ところで、イムドリス宮に何者かが侵入したとすれば、さっきの話によれば、水晶宮のカサンドラ殿の力がなければ不可能なんだよね。魔獣の潜入について、彼女については捜査したのか? もっとも怪しいのは彼女だ」

 

 一郎の言葉に、ブルイネンはちょっと困ったような表情になった。

 

「そ、それは、ガドニエル様からとめられて……。カサンドラ殿がこの事件に関係していることはあり得ないから、彼女について捜査はしてはならんと……」

 

 これで、すべてが一郎の中で繋がった。

 魔獣について捕縛、あるいは、殺戮を厳命しながらも、ガドニエルは、本来であればもっとも疑わしいカサンドラの捜査を禁止させた。

 だが、そのカサンドラは、パリスの愛人でもあった……。

 なによりも、パリスにはガドニエルを陥れる動機がある。

 その手段があったのかどうかは知らないが、きっとそれくらいの能力は持っていたのだろう。

 死んでもまだ、完全には死なないような不死身の体質を保持する闇魔道師なのだ。

 

「もしかしたら、イムドリス宮も、大変なことになっているかもしれないな、ブルイネン……。お前もなぜか、イムドリス宮に戻れなくなっていたんだろう?」

 

 一郎は思い出しながら言った。

 

「大変なこととは……?」

 

 ブルイネンが怪訝そうな表情になった。



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447 復活の情事

「もしかしたら、イムドリス宮も、大変なことになっているかもしれないな、ブルイネン……。お前もなぜか、イムドリス宮に戻れなくなっていたんだろう?」

 

 一郎は思い出しながら言った。

 ブリイネンは、本来であれば、勝手に使えるはずの水晶宮内のイムドリスへの光の門が、いつの間にか、ブルイネンについては使用拒否の処置がなされていると言っていた。

 ガドニエル自らの命令で、一郎たちの捕縛への協力のために、数日前に水晶宮にやって来てからのことらしい。

 

「大変なこととは?」

 

「うん。まあ……。とにかく、コゼたちを追うか。それで、すべてがわかる」

 

 一郎は、お茶を濁して、とりあえず、彼女たちを追いかけようと思った。

 さすがに、現時点でただの推論をブルイネンに口にするべきではないだろう。

 魔眼で、あの雌オークのステータスをもう一度見れば、多分わかることだ。

 

 さっきの雌オークは、布に載せた果物をどこかに運ぼうとしていた。つまりは、どこかに棲み処があり、そこにほかの仲間が待っている可能性も大きい。

 彼女たち二匹のみであれば、その場で食べればいいのだ。

 この辺りの樹木には、取り放題というくらいにおいしそうな果実がなっている。わざわざ溜め込む必要性は乏しい気もする。

 あの量は、どこかにある棲み処で待っている仲間に、食糧を運ぼうとしていたものだと思う。

 

「あれっ?」

 

 しかし、立とうとしたところで、すぐに身体が脱力してしまって、その場に砕け落ちる。

 

「ロウ様──」

「ロウ様」

「ああ、ご主人様」

 

 エリカとミウ、さらにスクルドが慌てたように、一郎を横から抱え支えた。

 とりあえず、草に座りなおされて、エリカとミウとスクルドの三人が両脇と前側から一郎を抱えるようにしてくれる。

 三人とも、心配そうだ。

 

「い、淫気が足りないのですよね……。で、でも、とりあえず、あたしがロウ様を回復術で……」

 

 ミウが言った。

 

「本当に魔道が自在になったのね。あとで、どんな風に魔道を操れるようになったのか、ひと通り見せてくれますか、ミウ?」

 

 スクルドが声をかけた。

 

「も、もちろんです──。よろしくお願いします──」

 

 ミウが嬉しそうに破顔する。

 そして、改めて魔道を掛ける仕草になった。

 しかし、クグルスが宙を飛んできて、ミウの言葉を否定するように、小さな指をミウの顔の間で左右に動かす。

 

「無駄だよ、小娘──。さっきも言っただろう。ご主人様は淫気切れだ。普通の回復術は効果はないよ。ご主人様が復活する手段はひとつだけだ」

 

 そして、一郎に振り向く。

 

「ねえ、ご主人様、さっきも言ったけど、いいから、誰でもいいから、抱き潰しなよ。それでこいつらから、淫気を搾り取れるから」

 

 クグルスが座り直した一郎のそばを舞いながら笑って言った。

 

「女を抱いてエネルギーを吸収するなんて、俺こそ魔物みたいだな」

 

 一郎も苦笑する。

 

「えねるぎい?」

 

 一郎の言葉がわからなかったのか、エリカが首を傾げている。

 

「まあいいさ……。一度に全員といこう。ブルイネンも来い……。スクルドも久しぶりなのに粗雑な扱いで申し訳ないが、力を貸してくれ。いや、股かな……」

 

「ロウ様、お下品です」

 

 エリカが横からぴしゃりと言った。

 一郎は笑った。

 一方で、スクルドは、嬉しそうな表情になり、驚いたことに、その場で立ちあがって、スカートに両手を入れて、いきなり下着を脱いだ。

 

「も、もちろんです。スクルドはどんな扱いでも問題ありません。あっ、どうか、両手をお縛りを……。それとも、雌犬のように四つん這い……」

 

 そして、顔を赤くして、一郎ににじり寄ってくる。

 息遣いも荒い。

 

「スクルズ様……いえ、スクルド様……」

 

 横でミウが鼻白んでいる。

 どうでもいいけど、スクルドはかなりおかしい。

 王都にいたときも、こっそりと神殿から屋敷に頻繁に跳躍してきては、甘えん坊的なところを見せたスクルドだったから、スクルドが敬虔な巫女のわりには、一郎との性交に弾ける傾向があることを一郎も知っていたが、それでも、今日のスクルドはかなり情緒不安定気味だ。

 そもそも、いきなり自分で下着を脱ぐか?

 「元」になっているが、王都でも民衆に非常に人気のある美貌の神殿長なのだ。

 スクルドはスクルドで、はやく精を注いだ方がいいような気がしてきた。

 うぬぼれるわけではないが、一郎の精は、支配している女に限り、心も身体も安定させる作用がある。

 

 

 

 “スクルド(スクルズ)

  人間族、女

  …………

  …………

  快感値:100→17

  …………

  …………”

 

 

 快感値“17”……。

 確かめるまでもなく、すでに濡れ濡れだな……。

 前戯なしに、挿入できるレベルだ。

 

 一方で、一郎は、困惑気味で横に立っているブルイネンにも視線を向けた。

 一郎の勘が的中していれば、さっきの雌オークたちと対面したときに、彼女が興奮状態にならないように、しっかりと制御する必要があるかもしれない。

 あるいは、状況によっては、操ってでも一郎の言葉を信用させるかだ。

 とにかく、一郎の考えていることが正しいとすれば、当事者でもある可能性があるブルイネンがどういう反応を示すのは予想できない。

 

 

 

 “ブルイネン=ブリュー

  エルフ族、女

   エルフ族上級貴族

   女王ガドニエル親衛隊長

  年齢40歳

  ジョブ

   魔道戦士(レベル30)

   軍師(レベル5)

  生命力:100

  魔道力:400

  攻撃力:500(剣)

  経験:なし

  淫乱レベル:B

  快感値:150→40

  状態

   一郎の性奴隷(軽支配)”

 

 

 

 見た目は、二十歳前後の若い女性のようなのに、すでに四十歳近いというのは、さすがにエルフ族だと思った。

 それはともかく、口づけをして、さらに精液を空間術で送り込んだわりには、まだ軽支配とある。それに、一郎に支配されたときに、誰にでも出現する能力の向上も感じない。

 やはり、実際に性行為を通じなければ、完全支配はできないのだろう。

 また、最初に接したときには、パリスの支配術の影響が見られたが、一郎が支配したことで、上書きみたいになったのか消滅している。

 とりあえずよかった。

 そして、改めてステータスを確認して、思い出したこともあった。

 

「そういえば、ブルイネンは処女だったな……。あっ、みんな悪いが、最初はブルイネンを中心にさせてもらえるか? さすがに丁寧に扱わないと可哀想だし……」

 

 最初ということであれば、痛みもあるだろうし、できるだけ負担を小さくしてあげたい。処女であろうとも、快感も与えてあげたいから専念したい。

 

「まあ、そうなのですね……。ブルイネンさんは、ロウ様が最初のお相手……。では、次ということで……。お預けぷれいですね……。きゃっ」

 

 一郎にくっつかんばかりに寄っていたスクルドが頬に両手を当てて、無邪気そうに言った。

 

「ええっ?」

 

 今度はエリカがその姿に絶句している。

 ミウも唖然としている感じだ。

 エリカはともかく、ミウはこんなスクルドに接することはなかっただろうから、呆気にとられている感じだ。

 

「あとでということでもないけどね……。むしろ、先にするよ。まあ、ブルイネンは最初の性愛だし、ブルイネンが楽になるように、三人に協力してもらうということだ。ミウもこれについては、先輩だしな」

 

 一郎は笑った。

 

「えっ、ちょ、ちょっと待ってください……」

 

 一方で、一郎のところに近づきつつあったブルイネンが顔を真っ赤にして、その場に立ちどまってしまった。

 

「んんっ? どうかしたか?」

 

 一郎はブルイネンを見た。

 ここまで来て、ブルイネンが一郎に抱かれるのに、躊躇を示すことはないと思っていた。

 すでに、長くクグルスを受け入れていたこともあり、完全に欲情状態だし、すでに一郎に好意のようなものを抱いているのも感じ取れる。

 どうしたのだろう?

 

「な、なにを言って……。そ、そんなことは……ない……。この歳で……経験がないなど……。そ、そんなことは……ない……です」

 

 ブルイネンが羞恥に悶えるように下を俯いて言った。

 よくわからないが、性経験がないというのは、ブルイネンの劣等感だったらしい。

 いつの間にか、緊張で凍りついたようになっている。

 

「なに言ってんだ。お前が男の経験がないというのは、ずっと前からお見通しだ。それに、ご主人様に、これから抱かれるんだぞ。処女膜を破られれば痛いし、すぐにわかる。それよりも、正直に申し出て、できるだけ優しくしてもらえ。ご主人様なら、痛みなんかなしに、気持ちよさだけをくれるぞ」

 

 クグルスが笑って言った。

 ブルイネンは、顔を上気したまま引きつったような表情になった。

 だが、すぐに思い直したように、口を開く。

 

「け、経験は……あ、ある……。た、ただ、若い頃で……。か、間隔があるから……。い、痛がる可能性はあるけど……。しょ、処女だなんて……」

 

 ブルイネンは地面を見つめたまま、もじもじしている。

 一郎がステータスを読めるなんて知らないので、隠せると考えているようだ。

 なんか、見ていて面白い。

 一郎は笑いそうになった。

 

「お前ねえ……。なんで、嘘を……」

 

 クグルスが呆れたような声をあげる。

 しかし、一郎は、それをとめた。

 

「わかった。じゃあ、できるだけ、優しくする。だから、力を貸してくれ。俺には特殊な力があって、女を抱かないと力が入らないんだ。それだけでなく、呪術が進行して死ぬ可能性も……。あなたが協力してれると助かる……。それに、その代償として、俺が全力であなたに協力すると誓おう。もしかしたら、あなたたちの危機を救うことができるかもしれない」

 

「き、危機? いや、もちろん、協力するのはもちろんだし、あなたに抱かれるのは嫌ではないし……」

 

 ブルイネンがやっと顔をあげた。

 その表情には、大きな躊躇いのようなものはない。

 むしろ、一郎がブルイネンを抱くという宣言をしたことで、明らかに嬉しそうでもある。

 だが、ほとんど面識もなく、しかも、一度強引に口づけをされただけの相手に、処女を捧げてもいいというほどの親密感を覚えるという奇妙さに違和感を覚えてはいないようだ。

 しかも、ブルイネンは、彼女が属する水晶宮を裏切る行為をして、ここまで一郎たちを導いてくれた。

 それをする理由は、実際のところ、ブルイネンにはなにもない。

 本来であれば、水晶宮の囚人だった一郎たちを助けるというブルイネンの行為はあり得ないことなのだが、ブルイネンは、操られているという意識は低いようだ。

 

「じゃあ、まずは俺の目を見てくれ……」

 

 ブルイネンの視線がこっちをはっきりと見る。

 淫魔術をここまで遣って、女を自分のものにしてしまうのは、多少、気が咎めるところもあるが、おそらく、一郎は、その代償を返すことができると思う。

 

 ブルイネンは、気がついていなかったかもしれないが、コゼとイットが追いかけていったあの雌オークが、一郎の考えている者たちであったら……。

 そのときには、一郎は協力できるはずだ。

 闇呪術の解呪については、一郎は以前にも経験がある。

 スクルズやベルズ、そして、ノルズたちに宿っていた魔瘴石や死の呪い……。

 それを何度も一郎の淫魔術で解呪をした。

 そして、あのときと比べて、一郎の能力は、ずっと向上している。

 おそらく、できるだろう。

 一郎には自信があった。

 だが、そのためには、まずは淫気の回復を……。

 

「は、はい……」

 

 ブルイネンとの視線が完全に合うと、一郎は現段階で可能な淫魔術をブルイネンに注ぐ。

 

「あっ、はああ……」

 

 ブルイネンの表情が呆けたような感じになり、目が蕩けた。

 一郎が手招きすると、ブルイネンは一郎の前で跪き、一郎に向かって崩れ落ちるように身体を預けてきた。

 

「エリカ、ミウ、お前たちにも協力してもらうぞ。スクルドもだ。ブルイネンとの快楽を共有させる。ブルイネンが中心だが、お前たちも抱く。俺に力を分けてくれ。お前たちの快感と同調すれば、ブルイネンもそんなには負担でないと思う」

 

「は、はい」

「もちろんです」

「ああ、喜んで」

 

 三人が頷く。

 すぐさま、四人の快感を同調させて、共有状態にする。

 これで四人は、四人とも同じ快楽を共有し、この四人のうちの誰かが感じれば、まったく同じように感じ、ひとりが絶頂すれば、四人とも一緒に達する。

 犯されれば、一郎を直接受け入れている者でなくても、一郎に犯されている体感を同時に味わうことになる。

 

「ブルイネン、力を抜くんだ。みんなで馬鹿になろう……」

 

 一郎は目の前のブルイネンを軽く抱き、まずは軽く口づけをする。

 触れただけのキスだ。

 

「あっ」

 

 ブルイネンの顔が真っ赤になる。

 もう一度、軽く口づけしながら、今度は彼女の脇の部分と横腹の部分を左右からすっと手で擦った。

 なんでもないような場所だが、いまのブルイネンにはしっかりと、そこが感じる場所であることを示す赤いもやが灯っていたのだ。

 

「ああっ、はああっ」

「んふううっ」

「あっ、ああっ」

「んあああっ、や、やっぱり、す、素敵です……あああっ」

 

 目の前のブルイネンだけでなく、すぐ横のエリカとミウとスクルドが同時に嬌声をあげ、身をよじらせて、一郎に崩れ倒れてきた。

 

「ちょ、ちょっと待って──。ね、ねえ、わたしは?」

 

 そのとき、ひと言も喋らないで座っていただけだったユイナが焦ったような口調で声をかけてきた。

 

「んっ、なにか用事か、ユイナ? お前には関係のないことさ。ちょっと、待っていてくれよ。それとも、お前も俺に抱かれたいのか?」

 

 一郎の言葉にユイナが絶句して顔を赤くする。

 

 

 

 “ユイナ

  褐色エルフ族、女

  年齢18歳

  …………

  …………

  経験人数:男20

  淫乱レベル:SS↑

  快感値:100→43↓

  …………

  …………”

 

 

 

 ユイナがいつの間にか、欲情してしまっていることは、一郎にはわかっていた。

 だが、ここであっさりと抱いても、一郎としては問題はないが、ほかの女たちが文句を言いそうだ。

 多少は、焦らしてやろう。

 

「まあでも、どうしても俺のちんぽに犯されたいと言うんなら、犯してやってもいいぞ。そうだな。その代わり、俺の足の指でも舐めてもらおうか。それと土下座だな……。お願いだから、レイプしてくれと頼め。そしたら、快楽の共鳴の仲間に入れてやる」

 

「わ、わたしが人間族のお前に、そんなことを──」

 

 ユイナが顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

「そうだろう? だから、そこで黙って見てな」

 

「そ、そうよ。そこで見てなさい」

 

 一郎にしだれかかっているエリカが、ユイナに向かって叫んだ。

 エリカは、余程にこのエルフ娘が気に入らないようだ。

 一郎は苦笑した。

 

「ほら、エリカ」

 

 一郎は意識を目の前の四人に戻し、まずはエリカの股間に手を伸ばして、布越しにすっと局部をなぞった。

 

「はうん」

「ああっ」

「ふわあ」

「ああっ」

 

 エリカの受けた快感が共鳴でほかの三人にも伝わり、四人が甘い声を出して、それぞれの反応を示した。

 エリカと口づけする。

 ぎゅっと抱き合い、舌を絡めて唾液を吸い合う。

 エリカの全身から完全に力が抜けるのがわかった。

 

「次はスクルドだ」

 

 スクルドのスカートの中に手を伸ばして、キスをしながら、股間を軽く愛撫する。

 

「う、嬉しいです……、んはあああっ」

 

 こっちが驚くくらいにスクルドが派手によがった。

 

「うわあっ、ス、スクルド、は、激しすぎ──」

「ひいいい」

「あはあああ」

 

 腰をおろしていたエリカがその場で弾かれるようにひっくり返るとともに、ミウとブルイネンもその場で悶絶の声を出す。

 また、スクルドの股間は信じられないくらいに、熱くて、しかも、やっぱり、びっしょりと濡れていた。

 

「師匠の次は、エッチで元気な弟子の方だな」

 

 ミウの腕を掴んで引き寄せ、膝の上に横抱きにすると、瞬時に下着を亜空間に収納して隠す。そして、貫頭衣の裾に手を入れて、無毛の股間を撫で擦るように動かす。

 やはり、ミウともキスをする。

 

「んんんっ、ロ、ロウ様──」

 

 それだけで、がくがくとミウが小さく震えて一郎にしがみつく。

 ほかの三人もまた手を伸ばし、なにかの支えを求めるかのように、一郎の身体をそれぞれに掴んで身体を震わせた。

 

「さて、じゃあ、また隊長様だ」

 

 一郎は、ミウを丁寧に横にずらして、ブルイネンを引き寄せて横抱きにする。

 ブルイネンの軍服の胯間は丸い染みがしっかりとついていたが、一郎は一瞬にして、下半身だけ下着ごとズボンを亜空間に消滅させる。

 ブルイネンの下半身が露出する。

 我ながら、つくづく便利な能力だ。

 それにしても、身元がわかるような将校の階級章や装飾具は外しているみたいだが、上半分はしっかりとした軍服……。だが、下半分はすっぽんぽん……。

 これいいな……。

 全裸よりも、余程に色っぽい……。

 一郎は、ブルイネンを膝に抱いたまま、ごくりと唾を飲んだ。

 

「ふふふ、ご主人様、いい顔になってるよ。とってもえっちな顔だ」

 

 一郎たちの周りを嬉しそうに舞っているクグルスが茶化すように笑った。また、“えっち”というのは、一郎の前世界の言葉として、クグルスに教えたものであり、クグルスは気に入って、時折、真似をして使う。

 

「そうか? じゃあ、ブルイネン、俺に任せて楽にするんだ……。それにしても、上半身は慄然とした女将校の格好で、下半身は裸とはそそる……。このまま、抱かしてもらえるか」

 

「す、好きに……。はうっ」

 

 ブルイネンの身体が跳ねる。また、ほかの三人も一郎の身体にもたれかかったまま、身体を悶えさせる。

 ブルイネンの金色の陰毛に包まれた胯間をゆっくりと愛撫したからだ。そこは信じられないくらいに濡れていて、ねちゃねちと水音が鳴った。

 性感帯を示す赤いもやが瞬時に濃くなってあちこちに拡がる。

 その場所を手で順番に刺激していく。

 みるみると赤いもやが濃くなり、さらに拡大していく。

 

「んああっ、な、なに? なんだ、これっ、んはあああっ」

 

 一郎の腕の中で、ブルイネンが激しくよがった。

 そのブルイネンの顔を寄せ、今度は強く唇を重ねて舌を口の中に差し入れる。

 空いている手で愛撫しながらだ。

 ブルイネンが一郎の首に両手を回して、興奮した様子で一郎の口をむさぼってきた。

 

「もっと、楽にしてやろう」

 

 一郎は生娘であるブルイネンのために、自分の口の中の唾液に媚薬成分を混ぜた。

 すると、明らかにブルイネンの反応がおかしなものになった。

 一郎との口づけが一気に激しくなる。

 いい感じだ……。

 最近はやったことがなかったが、自分の体液に性感を狂わせる媚薬を混ぜるのは、淫魔師としての一郎の専売特許のような能力である。

 

 そういえば、体液ではなく、一郎の吐き出す呼吸……。

 こっちでも、同じことができるのかな?

 一郎は、試しにやってみた。




 *

[作者注]
 オークの謎と新たなキャラクター登場を予感させるところですが、それを前にして数話ほどエロシーンが続きます。主人公としては、力を回復するための重要な行為です。決して、遊んでいるだけではありません……。突然におっぱじめて、ストーリーが中断したと、怒りませんように……。


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448 魔素実験と本番前の余興

「んあっ、はっ、んはあっ」

「あああっ、ああああっ、ああん」

「あっ、ああっ、あああ……」

「あんっ、ああっ、ああっ」

 

 一郎の周りでブルイネン、スクルド、エリカ、ミウの四人が派手な嬌声をあげて、よがり狂っている。

 

 いまやっているのは、仰向けに横たわらせたブルイネンの両膝を曲げさせ、左右の足首をそれぞれ左右の手首と粘性体で離れられなくし、その彼女の股間をひたすらに舌で舐めあげるという責めだ。

 一応、大きな毛布を草の上に敷いている。亜空間から取り出したものであり、七、八人の女たちが一度に転がれるような大きさの特別製だ。

 荷物にするには、嵩張って大きすぎるが、収納術を使えば問題なので、王都で作らせて、いつも持ち歩いている。

 

 一度に複数の女を抱くことも珍しくない一郎としては、かなり重宝している。

 いまも、ブルイネンの両脇では、拘束こそしていないものの、エリカとスクルドとミウが、ブルイネンに重なるように左右に倒れてもいる。

 こっちはこっちで、なにもしていないのに、それぞれに股間に両手を当てて、がくんがくんと悶え動くのが愉しい。

 この四人については、誰がどんな愛撫で感じようとも、お互いの快感が共鳴し合い、自分自身が愛撫されているように、ほかの三人に与えられた快感がそのまま自分の快感として伝わってしまうようにしている。

 

 快感の共鳴というわけだ。

 しかし、そのせいだけではないみたいだ。

 四人とも快感の完全な泥酔状態だ。

 あまりに反応が激しすぎる。

 なんで、こうなったのだろう……?

 

 生娘のブルイネンのために、破瓜の痛みを少しでも和らげてあげたいと思い、痛み止め代わりに一郎の体液の媚薬を舐めさせ、さらに周りの空気にも一郎の肌の発する媚香を充満させた。

 体液の媚薬はともかく、もしかしたら、初めてやってみた体液の媚香の影響が強すぎたのもしれない。

 ブルイネンはもちろん、エリカもスクルドもミウも、前戯の途中だというのに、早くも狂乱状態になってしまった。

 

 まあ、自分の身体から外に出る体液に、好きなように媚薬成分を混ぜることができるというのは、淫魔師としての一郎の能力のひとつだ。

 身体がだるかったこともあり、今日はその技に頼らせてもらった。

 ただ、そのとき、体液で可能なら、身体から出る呼吸や皮膚呼吸で外に出る気体も、同じことができないかと考えたのだ。

 つまりは、一郎自身の肉体から発する媚薬の香というところだ。

 もっとも、あまり加減を考えずに全力を注いだかもしれない……。

 やってみたら、四人全員がまるで夢遊病者のように朦朧となってしまった。

 

 最初こそ、初めての性行為をこんな明るい空の下でやることや、周りに他人がいる状態で抱かれることに、多少の抵抗をような表情のあったブルイネンだったが、いまは完全によがり狂うさかりのついた「雌」そのものになっている感じだ。

 そして、上半身はしっかりとした軍服で、下半身はなにも身に着けていない恰好になっている。

 かなり扇情的な姿なのだが、それを気にするというよりは、いつ脱がされたかということすらもわからなかった様子である。

 

 それはエリカもスクルドもミウも同様であり、このふたりも、下半身に身に着けているものを脱がし、ミウについては上衣ごと脱がして完全な素裸にまでしたのだが、やはり、ブルイネン同様に、脱がされたことさえ、意識に留まらなかった気配である。

 そして、エリカとスクルドとミウも、ブルイネンに与えている一郎の全力の快感に対して、あられもない姿と大きな嬌声を恥ずかしがることもなく、ブルイネンに負けず劣らず、派手な反応を示している。

 

 特に、スクルドがすごい。

 媚香のみならず、快楽の共鳴により、スクルドの嬌態に、ブルイネンたち三人が引きずられている傾向も感じる。

 一郎が王都を離れて抱かなかった期間は、まだ数箇月ほどなのだが、その間隙がここまでスクルドを狂わせているかもしれない。

 まさかとは思うが、自分の精にはそんな特殊な依存性のようなものがあるのだろうか?

 こんな風に思うのはちょっと怖いが、淫魔術でスクルドを探る限り、スクルドの興奮具合と、いままでの情緒不安定な状況は、一郎の精への飢餓状態が引き起こしたものであるみたいだ。

 だったら、王都にいる者たちは大丈夫だろうか……?

 そんなことをちょっと思った。

 

 とにかく、四人とも狂乱状態だ。

 このまま抱いたら、簡単に抱き潰して、しばらく動かなくなってしまいそうだ。

 繰り返すが、どうしてこうなった……?

 

「おい、ブルイネン、聞こえているか? 破瓜の前に何度か絶頂しておいた方がいいと思うから、そのまま快感を受け入れてくれ。その後、お前の初めてをもらうことにするよ」

 

 一郎は一度ブルイネンの股間から舌を離して、ブルイネンに呼び掛けた。

 しかし、ブルイネンは、ちょっと常軌を逸したような喘ぎ声を出すだけで、言葉は返して来ない。

 エリカとスクルドとミウも同じだ。

 こっちが引くくらいによがり狂っている。

 喋ることができないというよりは、一郎の言葉が聞こえていない感じだ。

 

 性行為を開始して、そんなに時間が経ったわけじゃない。

 やっぱり、この四人の反応は異常だ。

 一郎は一度、責めるのを中断した。

 

「いいぞ、ご主人様、こいつら、四人揃ってすけべえだな。ご主人様に責められて、もの凄い量の淫気を発散している。この新しい女エルフだって、初めてのくせに淫乱すぎるよ。ご主人様に調教されているエリカや巫女、こっちの小さな魔女娘に負けず劣らずに淫気を出しまくっている。処女のくせにね……。まあ、ご主人様の作った魔素(まそ)が原因だけどね」

 

 一郎の周りを舞っていたクグルスが、嬉しそうに耳元でささやいてきた。

 

魔素(まそ)?」

 

「違うの? このご主人様の周りって、とんでもないことになってるよ。ここに近づいたら最後、女であろうと男であろうと、狂ったように淫情してよがりまくってしまう魔素空間になっている。このぼくだって、おかしくなりそうだもん。本当にご主人様って、なんでもできるんだね。そして、規格外だ」

 

 クグルスがけらけらと笑った。

 しかし、一郎は驚いてしまった。

 慌てて、身体から媚薬香を発散する行為を中止する。

 なにしろ、四人ともほぼ意識のない半覚醒状態だ。

 これでは、話にならない。

 

「クグルス、風の魔道で媚香を吹き飛ばしてくれ。正体を失くした女を抱くなんて、睡眠姦も同じだ」

 

 もっとも、睡眠姦というのがまったく一郎の好みの外かというとそうでもない。

 かなり前だが、以前、たまたまそこにたシャーラを加えた三人娘たちを相手に、淫魔師の一郎の限界まで射精をしようと試みたことがある。

 普通の人間族の男であれば、どんなに精力が強くても、十発も連続で射精できる者は皆無だろう。

 しかし、一郎は十発どころか、一郎の思うまま無尽蔵に勃起もできるし、連続射精だって、一郎の意思のままだ。

 だったら、限界はどこまでだろうとやってみたのだ。

 結論からいえば、結局それを知ることはできなかった。

 五十発まではやったのだが、それで女たちが完全に白目を剥いて倒れてしまい、一郎の相手をすることができなくなったのだ。

 なにしろ、淫魔の術で失神できなくしているはずなのに、意識があるのに意識がないのと同じような感じになったのだ。

 淫魔術でも、責め具を利用した電撃でも、無論、叩いても動かないし、途中で淫魔術で体力の回復までさせたのに、嬌声すらも発しなくなった。

 まさに肉人形である。

 

 まあ、無理もなかったかもしれない……。

 なにしろ、一郎が一発射精するあいだに、女たちは四回、五回と気をやってしまうのだ。

 最後の方は、一郎の一度の射精につき、十回は絶頂していたかもしれない。

 つまりは、五十発までに合計で三百から四百回、もしかしたら、それ以上の絶頂回数ということだ。

 四人いたから、ひとり当たり百回以上の絶頂……。

 淫魔術を駆使しても、気絶してしまうのは当たり前か……。

 いずれにしても、気を失ってからも続けたから、最終的には射精七十回までは数えた。

 それ以上はやらなかったが、おそらく、どんなに少なく見積もっても、あの倍は射精できただろう。

 そのときの行為が「睡眠姦」だ。

 

 悪くはないが、そんなに面白いものじゃない。

 それが感想である。

 やはり、一郎は自分が抱く女がよがりまくるのが好きだ。

 反応のない相手は好みではない。

 

「これを無くすの? 勿体ないよ。だって、こいつらがよがり狂うから、もの凄い淫気が集まっているんだよ。ご主人様もあっという間に回復したみたいだし、このまま、この性奴隷たちから限界まで淫気を搾り取っちゃいなよ」

 

 クグルスが言った。

 

「淫気が回復?」

 

 夢中になって気がつかなかったが、そういえば、身体が完全に軽くなっている。

 両手も見たが、ちょっと前まで薄っすらと存在していたパリスの呪いの紋様も完全に消滅していた。

 さらに、亜空間に収容したシャングリアとマーズの様子も探った。

 一郎自身が直接に接触すれば、あっという間に彼女たちの体内時間が進むので、一郎が亜空間に入ることはできないが、意識だけ向けて、様子を知ることくらいは可能だ。

 

 小康状態という感じだ。

 彼女たちの中では、ほとんど時間が静止している状態なので、眠っているというよりは、呼吸もなくて死んでいるのではないかと錯覚しそうになるが、全身の紋様は真っ黒いものだったのが、かなり線が薄くなっている気がする。

 生命力も多少だが回復している。

 一郎の淫魔師としての能力が回復すれば、彼女たちにもよい影響を及ぼすらしい。

 ちょっと希望が見えてきて嬉しくなった。

 

「うん、やっぱり、ご主人様はほぼ完全に回復している。むしろ元気になったかも。本当に、こいつらがいやらしい女たちばっかりでよかったねえ」

 

 クグルスが笑った。

 一郎も苦笑した。

 

「とにかく、風魔道を頼む。これからブルイネンをレイプするしな。意識のない状態で処女を失ってしまっても、ブルイネンが気の毒だ」

 

「そういうものかなあ……。だって、これすごいよ、そんじょそこらの結界よりも、ご主人様を護るのに効果があるかも……。なにしろ、この魔素に触れたら最後、男でも女でもあっという間に欲情して、男なら勃起して射精がとまらなくなり、女なら淫液垂れ流しの雌犬になる。それくらいのものだよ」

 

「むしろ危険じゃないか。男でも女でも、俺はあっという間に襲われる」

 

 一郎は笑った。

 女に抱きつかれるのはいいが、欲情して股間を勃起させた男に襲われるのは、想像しただけでもぞっとする。

 クグルスも、それもそうだねと笑って、一郎の周りに充満してしまった媚薬の香を風で吹き飛ばしてくれた。

 

 目の前の四人の女たちは、まだ起きあがれずに倒れたままだが、嬌声はとまったし、身悶えも抑えたものになった。

 一郎は淫魔の術で彼女たちの体力の回復を図る。

 魔素に当てられておかしくなっていたのが静かになったのはいいが、倒れてしまったままなのだ。

 これじゃあ、続けられない。

 すると、重なって横たわっている四人が吐息のような声を出しだした。

 これなら、すぐに回復もするだろう。

 一郎は、自分の愉しみのために、ちょっとだけ彼女たちを休ませることにした。

 

 とにかく、確かに、淫魔術も復活した気がする。

 いずれにしても、これからは気をつけようと思う。

 淫魔師の術を遣うとしても、下手に全力を注ごうとすると大変なことになるようだ。

 自分がレベル“100”であり、そのジョブにおけるこの世界最高の能力保持者なのだということを自覚した。

 

「んっ、んんっ……ううん、うんっ……」

 

 そのときだった。

 背後から女のよがり声が聞こえてきたのだ。

 

「ふふふ……。見なよ、ご主人様……。少しばかり離れていたから、そこの四人ほどの影響は受けなかったけど、あいつ、夢中になってるね」

 

 クグルスが一郎の耳元で小さく笑う。

 聴こえてくる淫らな声の正体はユイナだ。

 裸体にまとった黒いマントのあいだに手を入れ、自分の胸と股間をまさぐって自慰をしている。

 もしかしたら、ユイナはずっとああやって自慰をしていたのかもしれない。

 だけど、目の前の女たちの反応が激しすぎて、一郎はそれに気がつかなかったらしい。

 マントは左右にはだけて、鞭痕だらけだけど、瑞々しそうな若いエルフ娘の褐色の美しい裸体がはっきりと見える。

 

「ちょっと悪戯してやるか」

 

 一郎は粘性体を飛ばして、まずはユイナが股間に触れている手が肉芽の上から離れないようにしてやった。

 

「はっ、な、なに? なにっ?」

 

 違和感に気がついたユイナがはっとしたように声をあげる。

 そして、すぐに、手が股間から離れなくなったことに気がついて悲鳴をあげた。

 一郎は笑った。

 

「あ、あんたの仕業──? ねえ、そうなんでしょう──? 変なことやめてよ──。ば、ばっかじゃないの──。これ、取ってよ──。外してったら」

 

 ユイナが顔を真っ赤にして怒鳴り、必死になって、片手ではだけたマントを隠そうとしながら、くっついてしまった指を肉芽の上から動かそうとしている。

 だが、一郎の粘性体が相手では、ユイナが魔道を駆使したところで不可能だ。しかも、ユイナは魔道封じの刻印を身体に刻まれている。いまのユイナは、ただの無力な娘にしか過ぎない。

 まあ、魔道封じの刻印は、一郎がユイナを淫魔術で支配し直し、一郎が力を加えれば、瞬時に消滅するだろうが……。

 

「俺たちのセックスに当てられて、自慰をしてたんだろう? 遠慮せずに続けてくれよ」

 

 一郎はユイナに近づいて言った。

 実際には、一郎たちの狂態に興奮したのではなく、一郎の発した媚薬の香が原因とは思うが、それは教えない。

 ユイナが、もともと上気していた顔をさらに真っ赤にした。

 

「だ、だって……。な、なんか知らないけど、おかしくなって……。そ、そんなことはいいじゃない──。ねえ、この指を外してって──。あんたがやったんでしょう。そのおかしな術で──」

 

 ユイナが喚いた。

 しかし、一郎が目の前に立ちはだかると、気後れしたように顔を引きつらせ、目を逸らす。

 なにしろ、一郎は素っ裸だ。

 股間では勃起したままの怒張がそそり勃っている。

 ユイナが顔を真っ赤にして、開いていた脚を慌てるように閉じる。

 もっとも、右手が股間に密着しているので、完全に閉じることはできない。

 べっとりと濡れているエルフ娘の股間がしっかりと、一郎の視界に映っている

 

「いいものをつけてやるよ。別に自我を失わせるような品物じゃないから安心してくれ」

 

 一郎は、さらに悪戯をしてやろうと考え、ユイナの首に亜空間から取り出した『絶頂封じの首輪』を嵌めた。

 これを嵌めると、いくら快感がせりあがっても、最後の絶頂ができないのだ。

 クグルスに手伝わせて作ったものであり、何十回も女たちに試したが、これを嵌められて性交をすると、どんな女でも苦悶にのたうち回るった。

 一郎のお気に入りの悪戯具である。

 

「うわっ、なにすんのよ──」

 

 ユイナが気がついて叫んだ。

 慌てたように、自由になっている側の手で首輪を外そうとするが、もちろん、外れるわけがない。

 

「そんなに怯えるなよ、ユイナ。ただの絶頂封じの首輪だ。奴隷の首輪の類いじゃない。ただ、いくら自慰をしても、絶頂できないだけだ。だから、安心して自慰を続けろよ。手はそのままにしておいてやるからな」

 

「や、やっぱり、この手はお前の仕業ねえ──。ど、どっちも外してよ──。外さないとひどいからね──。しかも、立派な呪いの魔具じゃないのよおっ」

 

 地面にしゃがんだままのユイナが喚き続ける。

 ただ、それでいて、一郎に対して、少しばかり恐怖を抱いている素振りも示す。

 どうやら、勝ち気で上から目線の態度は、一郎に対して気後れする感情の裏返しらしい。

 

「それよりも、一気に責め過ぎて、女たちが途中で倒れてしまったんだ。あいつらが回復するまで、ちょっと舐めて慰めてくれよ」

 

 一郎はユイナの顔の前に、怒張を突きつけた。

 ユイナの顔がますます真っ赤になる。

 

「じょ、冗談じゃ……」

 

 ユイナは再び喚きかけたが、一郎はユイナが大きく口をあけたところを片手で顎を掴んで顎の骨を固定した。

 そして、口を閉じられなくしてから男根を突っ込む。

 

「んあっ、んんっ」

 

 びっくりしたユイナが叫ぼうとしたが、一郎の怒張で口を塞がれて声にならない。

 すぐに、自由な側の手で一郎を押しどかそうとする。

 しかし、一郎は粘性体を飛ばして、その手の動きを封じ、ユイナの胴体に適当に密着させた。

 これで両手は封じた。

 それでもユイナは、懸命に首を横に振って、一郎の男根を口の外に出そうとする。だが、しっかりと一郎が固定している。

 また、顎の骨を押さえているので噛みつくことも不可能だ。

 そんなことができるということに、自分でも驚いているが、やろうと思えばできたし、やる前から、なぜか自信もあった。

 やっぱり、淫魔師の能力が完全に復活してきた感じだ。

 

「そんなに顔を動かすなよ。感じるじゃない……か。感じたら出すぞ」

 

 一郎はからかった。

 ユイナの顔が恐怖に包まれたようにとまる。

 面白い娘だ。からかいようがある。

 一郎はユイナの顔を固定したまま、男根でユイナの口を前後に蹂躙する。

 小さなユイナの口は、犯すのにちょうどいい大きさだった。

 なかなかに締めつけられて気持ちがいい。

 

「んんっ、んんっ」

 

 ユイナの目からぼろぼろ涙がこぼれだす。

 男根で喉を突かれる苦しさか、あるいは、人間族の男に口を犯されるおぞましさか……。

 まあ、両方かもしれない。

 だが、驚いたことに、ほんの少ししたら、今度は一転して、ユイナの方から積極的に舌を動かして一郎の一物を刺激し始めた。

 決して、上手な技巧というわけじゃないが、一生懸命という感じだ。

 いや、夢中という様子か……?

 一郎はちょっと戸惑った。

 

「ああ、いい気持ちだ」

 

 一郎はわざと大きな声で言った。

 

「んんっ、んっ、んっ、んんっ」

 

 しかし、ユイナの表情に嫌悪の色はない。

 むしろ、うっとりとしている?

 淫魔術で覗いても、ユイナの身体はどんどんと欲情を昂ぶらせている。

 一郎はユイナの口の中に、少し多めの先走りの精液を流し込んだ。

 それを怒張の先で押すように、喉の奥に流し飲ませる。

 ユイナとの淫魔の縛りが復活し、はっきりと性奴隷の刻みをユイナに刻み込むことに成功した。

 もともと、ずっと以前に褐色エルフの里から出るとき、一郎を窮地に陥れた代償に、徹底的に犯して淫魔の力を注ぎ込んでいた。

 その気がなかったので、ステータスでは淫魔術の支配が凍結状態になっていたが、凍結解除のためにはこれで十分だ。

 ユイナは支配状態になった。

 完全に性奴隷の縛りが成立する。

 

「んあっ、ああ……」

 

 ユイナの抵抗が一気に弱くなり、脱力して全身からすっと力が抜けるのがわかった。

 眼も虚ろになる。半催眠状態というところだろう。

 一郎は、顎を押さえていた手を離す。

 もう噛み千切られる心配はない。

 今度はゆっくりと動かす。

 

「舌を動かせよ。気持ちよくしてみろ」

 

 一郎はユイナに命令した。

 ユイナは嫌悪の素振りを見せることなく、むしろ、一郎に命令されて嬉しそうに欲情した顔になった。

 まさに、一郎の淫魔の力だ。だが、実際のところ、無理矢理にフェラをさせたとき、すぐに抵抗しなくなっていた気もする?

 まあいいか……。

 とにかく、目を蕩かせたユイナの舌が口の中で動き出し、一郎の怒張にまとわりつっく。

 まるで操られているかのようだが、淫魔術を刻んだだけで、まだ操心のようなことはしていない。

 ただ、ユイナの中にある一郎に対する抵抗心が薄れて、そのため、もともと充満していた性的興奮が表に出てきただけだ。

 

「こっちの手は自由にしてやろう。自分で乳房を揉めよ。股間の手も動かせ。自慰をしな。俺に口を犯されながらね」

 

 一郎はそう言って、胴体に適当に密着させていた手を自由にする。

 ユイナはすぐにマントの下に手を入れて、乳房を揉みだした。

 股間の手も激しく動き出す。

 

「そうだ。いい子だ。そのまま、絶頂するまでいじくるんだ……」

 

 一郎はさらに精液を出して、ユイナの身体に注ぐ。

 今度はかなり強めの媚薬の成分を加えた。

 

「んはっ、んんん」

 

 精を注がれたことよりも、強力な淫気を注入されたことによる快感の暴走だ。

 もっとも、ユイナは、さっき嵌めた首輪のために絶頂することはできない。

 しかし、もう忘れているらしく、ユイナが自分を慰める手はかなり激しい。

 すでに、興奮状態だ。

 

「んあああ、んんっ、んんんっ」

 

 たちまちにユイナの顔も裸体も真っ赤に充血して、脂汗のようなものが流れ出した。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「ユイナ、胸はもういい。人差し指をお尻の穴に付け根まで挿入するんだ。潤滑油をまぶしてやった。なんの抵抗もなく入るはずだ」

 

「んああ、ああっ」

 

 ユイナはほとんど意識した様子もなく、一郎に言われるまま、手をお尻側に持っていく。

 そして、腰を浮かせて、ゆっくりと挿入する仕草をする。

 そのあいだも、いまは夢中になったように一郎の怒張をしゃぶりまくっている。

 そのとき、一郎の耳元で、またクグルスが含み笑いをした。

 

「こいつやっぱり、淫乱だよ……。ご主人様も大して操ってないよね……。それなのに、必死になってご主人様の性器を舐めているよ。あれは夢中になってんだね。完全な“まぞ”さ。淫乱さも、とびきりだし、ご主人様の性奴に相応しいね。ぼくも淫気のお裾分けが美味しいよ」

 

 クグルスがささやいた。

 一郎も微笑んだ。

 

「ユイナ、また出すぞ。全部飲めよ」

 

 一郎はそう言ってから、おもむろにユイナの口の中で射精をした。

 今度もかなりの媚薬成分を足している。

 飲み干してしまえば、身体の激しい疼きがしばらくとまらなくなるはずだ。

 

「んなああ」

 

 ユイナがおかしな声をあげて、身体をぶるぶると震わせた。

 一郎に口の中を汚されて、絶頂とよく似た愉悦の激情に包まれてしまったようだ。

 それでも、絞り出すようにしながら、よがり声のようなものをあげて、なおも怒張を舐め続ける。

 

 そのとき、エリカたちが身じろぎをして身体を起こす気配を示しだした。

 そろそろか……? いや、もう少しか……。

 一郎は、ユイナの口から怒張を抜く。

 

「ふえっ? えっ、なに? なにがあったの?」

 

 一瞬、ユイナが呆けた声を発する。

 

「じゃあ、続きは俺たちのセックスを眺めながら自慰をしてくれ。お尻と股の指は外れないようにしてやるから、やり放題だぞ」

 

 一郎はからかった。

 クグルスが爆笑している。

 

「やっぱり、ご主人様は鬼畜だよ。その鬼畜が戻ったということは、ご主人様が復活したということさ。もう大丈夫だよ」

 

 クグルスが笑いながら言った。

 

「なっ、なにこれ──? ええええ──。ね、ねえ、指が……指が離れない──。外れない──ああっ、なによ、これはああ──」

 

 我に返ったユイナが手を抜こうとする。

 だが、さっき口にさせられた媚薬が効果を現し、ちょっと動かしただけで感じてしまうのか、甘い声まで迸らせている。

 

「んはあああっ」

 

 ユイナが指を前後の穴に挿入したまま、全身を弓なりにして震える。

 媚薬のせいもあり、かなりの快感を爆発させたと思うが、一郎の悪戯による首輪のために、絶頂だけはできない。

 ただ、絶頂寸前のもどかしい状態のまま引き留められるだけだ。

 苦しいのは、これからが本番だろう。

 まあ、これくらいの仕返しがなければ、溜飲はさがらない。

 いまでも、シャングリアとマーズは、亜空間の中で、事実上の仮死状態のままで隔離しているのだ。

 仕返しとしては、許される範囲だろう。

 

「丸一日、まったく手を動かさなければ、手は外れる。そうしておいた。まあ、頑張れよ。絶頂封じの首輪は、俺が手を出さないと外れないけどな。外してもらいたくなったら、俺の足を舐めに来い」

 

 ただ、あれだけ媚薬でただれた状態になっているいまの身体で、一番感じるクリトリスとお尻の穴に手を当てて、ずっと動かさないでいるというのも不可能なんじゃないだろうか。

 しかも絶頂もできないので、どんどんど性に対する焦燥感と飢餓感が増大され続けるのだ。

 あのまま、放っておいて、どうなるのか見物だな。

 一郎は思った。

 

 それにしても、本当に、ユイナのように、とことん苛め抜いても心が痛まない相手というのは貴重だ。

 これほどまでに、鬼畜をぶつけることのできる相手というのはいない。

 一郎にとっては、心の底から無遠慮に性欲を発散できる相手だと思った。

 また、こんな風に、性欲剥き出しの思考ができるというのも、クグルスの言うとおり、一郎自身の淫魔師の能力が復活した証拠かもしれない。

 

「な、な、なんですって──。この性悪男──」

 

 一方で、ユイナは一郎の背中に向かって、大きな声で悪態をついてきた。

 だが、さっそく苦しそうに悶えだした。

 とりあえず、淫魔術でユイナの全身の鞭痕を跡形もなく消滅させた。

 

 うん──。

 やっぱり、問題ない。

 とにかく、淫魔師も、スケベ心も、鬼畜も、全部完全復活だ──。

 一郎は自信を持った。

 

 そして、ふと気まぐれで、ユイナの処女膜や膣の状態を誰にも凌辱されていない状態に復活させた。

 この娘には後で破瓜の痛みも、しっかりと味わわせる。

 まあ、それにしても、このユイナ相手だと、いくらでも平気でいじめ抜きたくなる衝動に襲われるから不思議だ。

 本来であれば、生意気でも、かなり歳下なのだから、多少は加減してもいいとも思うのだが……。

 だが、まったくもって、そうは思わない。

 

「なにか言ったか、ユイナ。言っておくけど、そろそろ下手に出た方がいいぞ。お前が知ってる通りに、俺は淫魔師だ。だから、こういうこともできるぞ」

 

 一郎はユイナの指を密着させるために使っているクリトリスに貼りついている潤滑油を振動させてみた。

 やっぱり、淫魔術が完全復活だ。

 いや、意識して充満している分だけ、むしろ調子がいいかもしれない。

 事、情事に関する限り、大抵のことは自由自在にできる気がする。

 

「ああ、あああ、いやっ、な、なに、いやあああ」

 

 肉芽を覆っている潤滑油がユイナの指ごと激しく振動を開始したことにより、ユイナが悲鳴をあげて身体をがくがくと震わせだす。

 

「いい気持ちだろう? どうだ?」

 

 一郎は腰骨が砕けんばかりに震わせて、切ない声をあげるユイナを見下ろした。

 

「い、いやあ、こ、この鬼畜──。あ、ああ、ふ、ふざけないで……。ああ、とめて、とめてったらあ」

 

 ユイナが全身を真っ赤にして悶えさせながら、一郎を睨みつける。だが、すぐに全身で暴れまくる快感に負けて、大きく顎を突き出す仕草をした。

 まあ、普通ならこれだけ媚薬に欲情させられ、こんな刺激を加えられれば、一度くらいは達してもいいくらいだ。

 しかし、いまのユイナは首輪を外さないと絶頂できない。

 というよりも、絶頂するほどの反応を示してしまえば、それが発散することなく、ぎりぎりのところでとどまり続けるので、大変な性の苦悶を味わうことだろう。

 いまもそうだろう。

 

「とめて欲しかったら、俺をもう一度満足させな」

 

 一郎は勃起している男根をユイナの顔の前に突き出した。

 さっきは、淫魔術で抵抗意思を喪失させた一種の半催眠状態でフェラをさせたが、今度はユイナ自身の意思でさせてみようと考えたのだ。

 拒否するならすればいいし、一郎としてはどっちでもいい。

 拒めば、振動をしばらくとめないだけのことである。

 

「こ、この……き、鬼畜……。だ、だったら、く、首輪外して……。手も……」

 

「ああ、じゃあ、わかった。その代わりに、精液を全部飲め。ひと滴も残さずに飲み込んだから、全部開放してやろう」

 

 一郎はうそぶいた。

 ユイナは口惜しそうに歯ぎしりしたが、意外なことにすぐに一郎の怒張を口に含んだ。

 唇を開いて亀頭部を包む。

 

「おっ、いいな。なかなかだ」

 

 ユイナの舌がねっとりと一郎の肉棒の先に絡みつく。

 始まると、さっきと同じように、ユイナの顔から抵抗の色が消えていった。

 舐めるのをやめることなく、一心不乱に一郎の性器を舐めては、先っぽを吸いあげたりしてくる。

 このまま、ずっとやらせてもいいが、股間の刺激に一生懸命に耐えながら、懸命に肉棒を舐めあげるユイナの姿に満足して、精を放つことにした。

 

「いくぞ。全部飲めよ。成功したら淫具も手も外してやる」

 

 一郎はユイナの頭を押さえて、顔を勝手に動かせないようにしてから、すっと怒張を抜いて、精をユイナの顔に目掛けて射精した。

 

「うわっ、な、なにっ、ひいっ」

 

 ユイナの顔面に白濁液がまともにかかる。

 目鼻の周りにべっとりと一郎の精液がかかって汚れた。

 ユイナは完全に呆気に取られていたが、すぐにやられた仕打ちに気がついて、顔を真っ赤にした。

 

「ふ、ふざけないでよ──。な、な、なんのつもりよおお──」

 

 ユイナは叫ぶが、両手は股間と尻穴にくっついたままだ。

 顔にかかった精液をぬぐうことさえできない。

 

「残念ながら、かなり残したな。おまけして振動だけはとめてやるよ」

 

 一郎は大笑いした。

 ユイナがますます怒りで顔を赤くする。

 そして、白濁液で汚れた顔を一郎に向ける。

 

「じょ、冗談じゃ……。ま、待って──。ちゃ、ちゃんとやったじゃないのよ──。こ、これ外しなさいよ。呪いの首輪もよ──。約束じゃないのよお」

 

 ユイナが涙目で一郎に向かって声をあげる。

 だが、一郎はわざとらしく、大袈裟に肩をすくめて見せた。

 

「約束は全部飲んだらだろう。とにかく、外して欲しければ、みんなの前で土下座と足舐めだ。じゃあ、しばらく自慰でもしてなよ」

 

「こ、この鬼畜男──。あほおお──。くず男──。嘘つき──」

 

 ユイナが怒鳴った。

 一郎はさらに笑い声をあげてしまった。

 その横ではクグルスも一緒になって笑っている。

 ユイナがますます真っ赤になる。

 

 実に愉しい。

 

 一郎はユイナをそのままにして、エリカたちのところに戻った。

 エリカたちが本格的に覚醒しそうになったからだ。

 

 さて、じゃあ、本番だ。



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449 四人共鳴の前戯

「あ、あの、わたしたち……、どうかしてましたか……?」

 

 四人のところに行くと、まずはエリカが上衣を引っ張って、股間の部分を隠すようにしながら、一郎に当惑の視線を向けてきた。

 スクルドとブルイネンも覚醒している。

 ふたりとも、当惑気味だ。

 また、ブルイネンについては、粘性体による拘束からはすでに開放している。

 とにかく、みんな、魔素にあてられて常軌を逸していたあいだの記憶はないみたいだ。

 

「お前たちは、俺との性交の途中で、前戯だけで気を失ったんだよ。まだ、始まってもいないのにね」

 

「ああ、そうなのですね……。申し訳ありません……。でも、ご主人様はやっぱり、すごいのですね……。そして、なんだか、とても安心した気持ちになります……。本当に……。ただ、くっつくだけで……」

 

 スクルドがうっとりとした表情で言った。そして、手を伸ばして、一郎の肩に手を置き、半身を軽くもたれかからせるようにしてきた。

 なんとなくだが、確かに落ち着きのようなものが戻った気もする。

 まだ、精は注いでいないが、一郎の淫気を身体に充満させたせいだろうか……。

 

「じゃあ、スクルドはくっつくだけでいい?」

 

 だが、一郎は軽口を言った。

 すると、スクルドがはっとしたように、ぎゅっと抱きついてくる。

 

「いえ、前言撤回です。完膚なきまでにお願いします」

 

 抱きついたまま、真剣な表情になって言われた。

 一郎は噴き出した。

 

「ロウ様、よく考えれば、なにかあるといけませんし、魔物除けの結界を張ります。さっきのオーク族のこともありますし」

 

 エリカだ。

 上半身にはシャツのようなものを羽織っているが、下半身は一郎が脱がせたのでなにも見に着けていない。

 すでに何度も絶頂に達しているので、肌も上気して、とにかく色っぽい。

 だが、ひと呼吸できたことで、安全化処置無しに性交を始めてしまったことに、我に返ったのかもしれない。

 ふたりきりでナタルの森林を最初に旅をしたときから、野獣や魔物除けの結界を張って一郎を守るのはエリカの役目だった。

 魔道については、スクルドはもちろん、ミウにも劣るエリカだが、とにかく魔物除けの結界は誰にも負けないようだ。

 だから、最初の頃のふたりきりの旅のときから、なにも気にせずに、エリカを抱くことができた。

 それ以来、ずっと一郎の身を直接に守るのは、自分の役目だと思ってくれている。

 可愛い女性なのだ。

 一郎は、エリカの手を引っ張って、スクルドと一緒に抱きよせる。

 

「心配するな。クグルスがいる。任せて問題ないよ。なあ、クグルス」

 

 一郎は、いまはユイナの周りを飛びながら、ユイナをからかっている魔妖精のクグルスに声をかけた。

 

「おう、問題ないぞ。ここは見通しもいいしな。遠慮なく、ご主人様に抱き潰されろ。そして、大切な淫気を提供するんだ。お前らの役目だ」

 

 クグルスが元気に言った。

 

「あ、あほう、この鬼畜うう、これを外せええ」

 

 一方で、少し離れた位置にいるユイナが、またもや一郎も悪態を言ってきた。しかし、股間に手を置き、尻の穴に指を突っ込んだままでは、なんとも迫力もない。むしろ、一郎に悪戯をされるのを誘っているのかと思ってしまう。

 すると、クグルスがユイナが一郎に向ける視線を遮る位置に移動した。

 

「そんなこと言わずに、もっと自慰をしろ、黒エルフ。まじないをかけてやるぞ。お尻が気持ちいい……。お尻が気持ちいい……。お尻が気持ちいい……。お尻が気持ちいい……。お尻が気持ちいい……」

 

「や、やめててえ、この性悪妖精――」

 

 からかい続けるクグルスに、ユイナが怒声を浴びせた。だが、指が抜けなくされているお尻の悶えが、心なしか激しくなっていくように感じた。

 とりあえず、ユイナについては無視することにした。

 

「そ、そうね。じゃ、じゃあ、頼むね、クグルス」

 

 エリカも緊張を完全に解いた感じで、一郎に体重を預けながら言った。

 一郎はふたりを抱く力をぎゅっと強くする。

 すると、スクルドとエリカがふたりして、一郎の身体に腕を回して抱き返してきた。

 一郎はブルイネンに視線を向ける。

 すぐ目の前にいるのだが、ちょっと遠慮したような感じで離れていたが、手招きするとすぐにくっついてきた。

 三人まとめて、一郎は抱き締める。

 

 一方で、エルフ族でもなく、まだ大人になりきっていないミウは、エリカやスクルドやブルイネンと比べて、体力がないらしく、まだ覚醒していない。

 いずれにせよ、エリカとスクルドとブルイネンは、上半分はちゃんとしているが、下にはなにも着ていない。童女のミウは全裸である。

 かなり扇情的な光景だ。

 三人の色香がすごい。

 一郎の胯間はさらに硬く勃起する。

 

「わっ」

「あっ」

「まあ」

 

 女たちがそれに気がついて、真っ赤になった。

 

「とりあえず、順番に抱かせてくれ。淫気を集めれば集めるほど、シャングリアとマーズを守れることもわかった。協力してくれ……。ブルイネンとの本番は最後だけど、それまでに愛し合うことにしっかりと慣れてもらう。心配ない。とにかく快楽に身を委ねるだけでいい」

 

 一郎はブルイネンをさらに抱き寄せて、胡坐の膝の上に対面で乗せた。

 改めて、ぎゅっと軽く抱きしめる。

 

「あっ、あのう……。わたしも途中で寝るなんて、申しわけなく……」

 

「いいから、両手を後ろで組むんだ」

 

 一郎は耳元でささやいた。

 ブルイネンは逆らわない。

 恥ずかしそうに両手を背中で水平に組む。

 一郎はあっという間に粘性体で二つの腕をまとめてくるんでしまう。

 それだけでなく、一郎にまたがっているために、曲がっている脚をそれぞれに粘性体で包んで、M字に拘束してしまった。

 

「あっ、な、なんです。さっきもですけど、これって……」

 

 ブルイネンが狼狽えた言葉を発して顔を真っ赤にするのを口づけで制してしまう。

 しばらく、舌を絡め合う。

 ブルイネンからあっという間に、緊張が抜けるのがわかった。

 

「さあ、やり直しだ……」

 

 一郎は毛布の上にブルイネンを押し倒す。

 上から覆いかぶさるようにしながら、片手でブルイネンの股間の繁みをまさぐった。

 後手拘束に加えて、両脚をM字に開かされているために、ブルイネンは股間を一郎の眼前に曝け出すしかない。

 さすがに恥ずかしそうにするが、全身に浮かぶ赤いもやに沿って愛撫をしていくと、ブルイネンは、あられもなく激しくよがり始める。

 

「ああ、ああああ、そんなああ、ああああ」

 

 まだ、魔素の影響だろう。たちまちにブルイネンは、またもや快楽によがりきった声を出す。

 

「んあああ、あふうっ」

「はああああ」

 

 また、エリカとスクルドが横でもんどりうってひっくり返った。快楽の共鳴のためだ。

 両手で股間を押さえて、がくがくと全身を震わせている。

 まだ、意識を失っているがミウの裸体もぴくぴくと動く。

 ブルイネンの快感の共鳴が、エリカたちの身体にも伝わっているのである。

 

「ん、ああっ? あっ、あれっ、ええ、ああああ──」

 

 ミウもやっと目が醒めたようだ。

 しかし、ブルイネンとエリカの快感が伝わり、あっという間に、可愛らしくも、あられもない仕草で悶え始めた。

 

「……ミ、ミウ、せ、折角です……。い、一緒にロウ様を味わいましょう。さあ……」

 

 スクルドがミウの裸身を抱き寄せて、両手両脚で絡めとるようにぎゅっと抱きついた。

 

「えっ、えっ、ええっ?」

 

 ミウが目を白黒している。

 

「あっ、ずるい──。わ、わたしも──」

 

 実は隠れた童女好きのエリカが慌てたように、スクルドの反対側からミウに抱きついた。

 興奮しているせいもあるだろう。ふたりがミウの裸体のあちこちを争うように愛撫を始める。

 これは堪らないだろう。

 ミウが激しくよがり狂う。

 しかし、四人に快楽の共鳴をさせている。

 ミウの快感は責めているスクルドとエリカだけでなく、ブルイネンにも伝わっていくのだ。

 四人があっという間に狂乱した。

 

「あっ、お、お姉さん……ス、スクルドさまああ」

 

「あんっ、ああっ、あああ」

 

 そして、一郎の下のブルイネンがよがり続ける。そして、開かされている股間から、だくだくと愛液が噴き出している。

 もともと、感じやすい素質があったのか、あるいは、一郎が調合した淫魔師特性の媚薬の効果なのか、それとも、快感の共鳴をさせていて、たったいまでも愛撫し合っているエリカたち三人から送られる快楽波の影響か……。

 まあ、その全部だろう。

 

 ブルイネンは、これが最初の性交とは思えないほどの狂乱ぶりを示している。

 一郎も、凛々しそうな女親衛隊長の色っぽさに、だんだんと興奮が増してくる気がした。

 

 また、エリカたちはエリカたちで、三人でなかなかに淫靡な光景だ。

 同年齢に比べても小柄な方になる童女のミウの裸体を、両側から挟んで抱いているエリカとスクルドが愛撫をし合っているのである。

 

「あ、あっ、ああっ、や、やんっ、ス、スクルド様……あああっ、エ、エリカ姉さま……、ああああっ」

 

 拘束はされていないが、前後からしっかりと抱きつかれて、ミウはほとんど抵抗できない。

 

「ふふふ、可愛いわああ、ミウ……。わ、わたしも気持ちいいし……、あああ」

 

「そ、そうですね……。こ、これがミウの快感なのですね……。こ、これも……ああ、た、愉しいですね……んふうううっ、あああ」

 

 そのミウの裸体のあちこちをエリカとスクルドの両手が遠慮なくまさぐっている。

 当然に、挟まれるミウは狂乱している。

 その快感の興奮が二人に伝わって、ミウへの責めを強くすることになり、さらに、こっちのブルイネンにも流れているのだ。

 四人はますます、常軌を逸したように悶えまくる。

 

 こっちも、負けてられないな………。

 一郎はブルイネンを責める手管を本格的なものにした。

 

「だ、だめえ、おかしいです。こんなのおかしいです。あああっ。な、なにかが昇って……あああああっ」

 

 あっという間に、ブルイネンが甘い声をあげて、ぶるぶると自ら腰を震わせる。

 自分で腰を動かすと、もっと気持ちよくなると教えると、ブルイネンは「はい」と素直に返事をして、一郎の教えるままに、自ら腰を動かしだしたのだ。

 それで反応も激しくなり、ブルイネンの痴態も派手なものに変わった。

 一郎はだんだんと淫らになっていくブルイネンの痴態を十分に堪能していた。

 

「ブルイネン、可愛いぞ……。さあ、俺の手も感じてくれな」

 

 いま、やっているのは、ブルイネンの剥き出しの下半身を中心に、発生しては充血したように真っ赤になる性感帯のもやを舌や指で刺激してはやめ、すぐに新たに性感帯を追って開拓し、そこが熟れきって赤黒くなったら、再び、別の薄目の赤いもやの性感帯に目標を転じるということの繰り返しだ。

 

「わ、わたしなど、可愛いとは……あああ、だ、だめえええ」

 

 たったそれだけのことなのに、あっという間に、ブルイネンはもはや、自分でも制御できないくらいに、淫らでかわいい反応を示すようになった。

 

「ああ、ロウ様、スクルド様、エリカ姉さまああああ──」

 

 一方で、ついに、ミウが絶叫して果てた。

 一郎のブルイネンへの焦らし責めが身体に伝わり、その上に、エリカとスクルドの愛撫が重ねられるのだ。

 無理はあるまい。

 

「あああ、あああ」

「んひいいい」

「んはああっ」

 

 ミウを責めているスクルドとエリカ……。

 そして、一郎が愛撫しているブルイネンが同時に絶頂して脱力する。

 これが、快感の共鳴の影響だ──。

 

「わお、わお、わお、四人ともすごおいいい──。ぼく、酔っ払いそうだよう」

 

 クグルスがくるくると宙を回りながら、歓声をあげた。

 だが、確かにそうだ。

 一郎もまた、女たちが作る淫靡な香りに当てられて酔いそうだ。

 ブルイネンの快感が強すぎるのか、それとも、一郎が調教を施したこいつらが敏感すぎるのか知らないが、絶世のエルフ族と人間族の美女、そして、まだ十一歳の可愛い童女が快感に呆けてのたうち回る姿は、これはこれで、それぞれが壮絶にエロい光景だ。

 この三人の痴態を“つまみ”代わりにして、エルフ族女王の女親衛隊長の身体をいたぶり、最終的には処女をもらうのだ。

 この世にこんな幸せなことはないだろう。

 

「ひいいっ、いぐううう」

 

 そして、今度はエリカが自分の股間を両手で押さえてまたもや絶頂のような仕草をした。

 

「あはあああっ」

「ああああ」

「うわああああ」

 

 目の前のブルイネンに加えて、スクルドとミウも昇天する。

 一郎はブルイネンを責めながら、横の女たちの痴態を眺めて微笑んだ。

 

「あああっ、いやあっ」

「うあああっ」

「はああ」

「んはあああ」

 

 そして、今度はミウとブルイネンが激しく疼き苦しむような仕草をした。

 これも、何度か繰り返すお馴染みの光景だ。

 今度は、誰の絶頂が四人に拡がったのだろう?

 

 とにかく、四者四様の美女と童女が性の苦悶に震える姿は、心の底から一郎を興奮させる。

 しかも、美女ふたりがかりの童女責めの光景付きだ。

 

「んふううっ、スクルド様ああ、エリカ姉様、ああっ、ロ、ロウさまあああ──」

 

 すると、その直後にまたもや、ミウが絶頂状態になった。

 そして、四人が同時絶頂する。

 エリカほどじゃないが、ミウもこの旅が始まってから、連日連夜の調教で十一歳の見た目とは考えられないほどに淫らな身体になった。

 いずれにしても、面白い──。

 だが、快楽の共鳴はときどきやるものの、これではきりがなさそうだ。

 

「ひいいいっ、さ、さっきから、なんです、これっ──」

 

 ブルイネンが自由な首を左右に大きく振って絶叫した。

 一郎の女たちとは違い、他人の快感を強要されるという経験がないので、突然にやってくる激しい快感の暴発のようなものが理解できずに、困惑しているらしい。

 

 とにかく、エリカとスクルドは十分に経験はあるが、初めての性交であり、しかも野外セックスだというのに、ブルイネンの反応も大きい。

 恥ずかしがるよりも、快感のうねりの方が激しすぎるようだ。

 まあ、横で三人が、これだけ派手によがり続ければ、多少の羞恥など馬鹿馬鹿しくなるというものだろう。

 

 大変なときに、こんなことしていて、いいのだろうかという自戒のようなものが、心にふと発生したような気がするが、この四人の淫らすぎる光景を目の当たりにして、性欲を我慢できる男がいたら、お目にかかりたい気がする。

 少なくとも、ここで、この四人を相手に性愛と嗜虐に弾けないようでは、それは一郎ではない──。

 まあ、そう思うことにしよう──。

 

「うわあっ、本当にすごいよ。すごい。もの凄い淫気──。もの凄いご馳走──。もう、ご主人様は、もう淫気もいっぱいだよね──。ぼくもたくさん貰うねえ」

 

 魔妖精で淫魔族のクグルスが、宙を飛びながら興奮したように囃したて続ける。

 

「おう、存分に味わってくれ。今回はクグルスにも助けられた。淫気ならこいつらから、いくらでも引き出してやろう」

 

 一郎はブルイネンを責めたてながら言った。

 そして、最初の責めに戻って、舌をブルイネンのクリトリスに絡みつかせる。

 両脚の左右で粘性体で拘束されているため、大きく足を開いて仰向けになっているブルイネンの身体が跳ねあがった。

 

「あっ、ああああ」

 

 そして、ブルイネンは大きな悲鳴をあげ、今度は背中を反り返らせた。

 さらに太腿を激しく痙攣させだす。

 忙しい反応だ。

 一郎は愉しくて、笑いそうになってしまった。

 

 いずれにしても、またしても、もうすぐ絶頂しそうである。

 淫魔術や魔眼を駆使するまでもなく、一郎にはそれがはっきりとわかった。

 一郎は舌をブルイネンのクリトリスで激しく振動させた。

 

「ああ、あああっ、はああっ」

 

 ブルイネンの身体がさらに弓なりになり、身体の震えも最高潮になる。

 またもや、達したのだ。

 

「今度はきたああ、ああああ」

「ロ、ロウさまあ、好きですううっ」

「んはああああ」

 

 当然に、共鳴状態のエリカとスクルドとミウも絶頂する。

 一郎はブルイネンから舌を離れさせた。

 四人の身体ががくりと脱力する。

 ミウを責めていたふたりについても、荒い息をするだけで、愛撫の手はとまっている。

 

「ブルイネン、十分に柔らかくなっているし、たっぷりの蜜が君を破瓜の激痛から守ってくれると思うけど、もう少し慣れよう……。次は膣に俺の性器が挿入される感覚と、それによって与えられる快感だけを味わってくれ。実際に体感してしまえば、本当の無意識の抵抗が小さくなって、かなり違うと思うから……」

 

「はあ、はあ、はあ……。い、言われたことをします……。な、なんでも、言ってください」

 

 ブルイネンが荒い息をしながら言った。

 一郎は、可愛らしいことを言うものだと苦笑した。

 しかし、すぐに目の前のエルフ女性は、見た目こそ少女と見紛うくらいに若いが、一郎よりも歳上の女魔道戦士だと思い出した。

 だが、ブルイネンは、すっかりと一郎に頼り切っている感じだし、一郎もまたブルイネンに対しては、可愛い妹を支える兄のような気分になっている。

 面白いことだと思った。

 

「何もしなくてい……。ただ、感じるだけでいい……」

 

 とりあえず、そう口にすると、体勢を変えて、ブルイネンに覆いかぶさるようにして、唇を近づける。

 

「……また舌を入れる……。それをしゃぶって……。本能のまま……」

 

 ブルイネンにささやいた。

 

「わ、わかりました……」

 

 さっきまでブルイネンの股間を舐めていた舌なので、ブルイネン自身の愛液と股間の匂いがたっぷりと一郎の口に染み込んでいると思うが、ブルイネンはなんの躊躇もなく一郎の口に吸いついた。

 一郎は、ブルイネンに唇を押し重ねて舌を挿し込む。

 ブルイネンが喉で音を鳴らすようにしながら、一郎の命令のまま、自ら舌を絡ませてくる。

 一郎はそれを舐め返す。

 

「ふわああ……」

 

 しばらく続けてから重ねていた唇を離す。すると、ブルイネンの全身が脱力したようになり、閉じなくなったブルイネンの口からひと筋の涎が流れ落ちた。

 欲情しきったエルフ美女の痴態に、一郎はすっかりと興奮してしまった。

 

 さて、次だ。

 

「ブルイネン……。今度はみんなの本番の性行為の快感を送る。それを味わうんだ……。じゃあ、最初はミウだな」



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450 共鳴女渡り

「ブルイネン……。今度はみんなの本番の性行為の快感を送る。それを味わうんだ……。じゃあ、最初はミウだな」

 

 一郎はブルイネンの上から、ミウたちの側に移動して、エリカとスクルドに挟まれていたミウの裸体を抱き寄せる。

 エリカやスクルドの激しすぎる快感の増幅が挿入の感覚の最初では、ブルイネンには刺激が強いかと思ったのだ。

 ミウもかなり敏感だが、それでも淫乱度がすっかりとできあがっているエリカやスクルドよりはましなのだ。

 

「あっ、あっ、ロウしゃまあ……」

 

 いまだに共鳴の快感とふたりがかりの愛撫が強すぎたのか、ミウはすっかりと舌足らずになっている。

 一郎はまだ平らなミウの胸に舌を這わせた。

 

「や、やああっ、あっ、ああっ」

 

 ミウが身体を震わせながら、一郎の裸身に抱きついてきた。

 身体は幼い童女でも、身体の敏感さは大人の女性と変わらない。

 この美少女のアンバランスさには、ロリコンの性癖のない男でも、夢中になるだろうと思う。しかも、このミウはこの年齢で考えられないような魔道を駆使し、さらにまだまだ成長途中でもある。

 おそらく、これから、このミウが世間に知られるようになれば、王侯貴族がこぞって抱え込もうと競い合い、そして、自分のものにしたいと考えるに違いない。

 魔道遣いとして優秀であるというだけでなく、これだけ淫らなのだ。

 さらに、ミウは成長すれば、多分、かなりの美女になる。

 間違いない。

 ミウは一郎に抱かれるようになって、淫乱さがあがるにつれて、どんどんと見た目も綺麗になった気がする。

 

「んああ、ろ、ろうしゃまあ──」

 

 ミウが一郎の愛撫に耐えられなくなったように、さらに小さな腕で一郎をぎゅっと抱き締めようとしてくる。

 一郎はその両腕を引き剥がして束ねると、万歳をさせるように頭側にあげさせ、露わになった脇の下を舌でなめあげた。

 

「ひやああっ」

 

 ミウがくすぐったさに悲鳴をあげ、眉間に皺を寄せて、可愛らしい顔をしかめさせる。

 だが、その顔がまるで溶けだしたような愉悦に打ち震える表情に変化するのに、いくらの時間もかからなかった。

 たった十一歳の童女がこれだけ色っぽい顔をするのかと思うと、一郎は自分の仕上げたミウの淫らさに嬉しくなってしまう。

 一郎は愛撫の場所を脇から横腹に移動する。

 ミウとともに、ブルイネンとエリカとスクルドの反応もますます大きくなった。

 

 それでふと愛撫を続けながら思ったが、ミウに限らず、一郎の女たちは、誰も彼も、飛び切り美しくて可愛い……。

 絶世の美少女や美女だけを好んで選んでいるというわけでもなく、一郎の女たちの中には平凡に近い顔立ちの者もいた。例えば、エリカは最初からびっくりするくらいに美しいエルフ女性だったが、コゼは好ましい顔をしていたが、美人という感じではなかった。

 しかし、いまは、コゼを美女と称さない男はいないだろう。

 それはほかの女たちにも当てはまる。

 

 もしかして、一郎の淫魔術には、女たちの能力のみならず、見た目の印象まで補正するなにかの力があるのだろうか?

 王都にいるランなどもそうだったし、イザベラの侍女たちの中でも、十人並み程度だった女たちも、いつの間にか、誰もが認める絶世の美女や美少女に変貌している。

 そうだとしたら、一郎は彼女たちに報いるなにかをあげられていることになるのだろうか?

 だとしたらいいと思う。

 

「すごい、すごい、ご主人様──。まだまだ淫気が集まる。すごいよ──」

 

 魔妖精の淫魔であるクグルスが飛び回って悦んでいる。

 一郎は、クグルスに、いま思ったことを訊いてみることにした。

 

「淫魔術で美人に? そういうこともあるかもね。ご主人様って、性奴隷にした恩恵ってことで、支配した女の能力を向上させることができるんだよねえ。だったら、見た目の綺麗さや可愛さだってあげられるんじゃない。実際のところ、ご主人様の女って、誰も彼も、化粧もほとんどいらないくらいに、肌もぴかぴかつるつるだもの。きっと、そうなんだよ」

 

 クグルスが笑った。

 そんなものかと思ったが、いい事かと思った。

 綺麗になるなら、一郎だけでなく、女たちも嬉しいだろう。

 こんな平凡でセックス以外に大した能力のない自分に、無条件に尽くしてくれる女傑たちに、多少の能力や外見の美しさの向上で、少しでも恩返しができていたらいい。

 

 一方で、一郎は、かねてから自分の女たちの容姿のためには、一郎のできることは可能な限り尽すということをしていた。

 それくらいしか、女たちに与えられるものがないと思ったからだ。

 だから、女たちの肌を美しく保つため、淫魔の力で彼女たちの身体に影響を与えさせていた。

 

 つまり、一郎は、支配した女の身体を操れることができ、ある程度だったら、自分の支配する女に限り、怪我や病気を癒すことができる。その力を応用して、女たちの肌の染みや傷を完全に消滅させ、健康的な瑞々しさを十二分に整えさせているのだ。

 これについては、一郎はほぼ完ぺきな仕事をしていると思っている。

 そもそも、年齢による衰えだって、淫魔術の力でなくせるのだ。

 マアがそうだったし、アネルザも苦労して年齢相応に見せかけているが、いまやかなり若々しい。

 

 それはともかく、一郎は、集めている淫気を一郎自身に吸収するだけでなく、亜空間に取り込んで、シャングリアとマーズの周りに充満させることにした。

 淫気は一郎の力の源だ。

 その力に包まれるのだから、あいつらの容態にも多少は好転するかもしれない。

 また、今回のように淫気切れにより思わぬ苦労をしないように、亜空間でもどこでも溜め込んでいれば、役に立つ可能性もある。

 亜空間には無限に近い容積があるのだ。

 

「ひやあっ、ひゃあああっ、ろうしゃまああ──」

 

 ミウの反応が大きくなった。

 一郎がゆっくりと目の前の少女の秘裂に指を入れたのだ。

 狭いが一郎が調教して、淫魔の力で苦痛なく一郎を受け入れられるようにした場所だ。

 一郎は挿入した指を、ミウの中に生まれる快感の赤い場所を揉むように動かしていく。

 

「ひゃあああ」

 

 ミウの口からはっきりとした女の声が漏れ出た。

 それにつれて、ほかの三人の嬌声も合唱のように響いてくる。

 指を二本にした。

 ミウの亀裂から響く水音が大きくなる。

 もう、いいだろう。

 準備万端だ。

 一郎は怒張をミウの中に沈めていった。

 

「あああっ、はあっ、はああっ」

 

 狭いミウの膣だが、一郎のものを受け入れるときには、信じられないような柔軟さを作って、一郎の一物を円滑に迎え入れてくれる。

 そうなるように、一郎がミウの身体を淫魔術で改良したのだ。そうでなければ、いくらなんでも、わずか十一歳で、しかも、同世代の童女よりも、少し小柄なミウが、大人の男の一郎の怒張を快感を持って受け入れられるわけがない。

 

 律動を開始する。

 ミウはあっという間に達した。

 それに合わせて、一郎もミウの中に精を放った。

 

「くふううっ」

「あああっ」

「ああっ、あああっ」

「あああああ」

 

 ミウだけでなく、エリカもスクルドもブルイネンも、一緒になって、身体を震わせて絶頂の仕草をし続ける。

 

「次はスクルドだぞ……」

 

 一郎はミウから怒張を抜く。

 

「ああ、ついに、ロウ様をもらえるのですね。嬉しいです……。嬉しいです……」

 

 スクルドが荒い息をしながら、期待に胸を膨らませるような表情になった。

 可愛い女だ。

 

「ところで、ブルイネン。どうだ、少しは慣れたか? いまのが愛し合うという行為だ。とにかく、俺に任せればいい。もう一度、今度はスクルドとする。股間に男を受け入れる怖さがなくなれば楽になる」

 

「は、はい……」

 

 朦朧とした感じのブルイネンが頷く。

 まあ、なんだかんだで、お互いの絶頂をもらい合い、女たちはかなりの連続絶頂をしている。

 全員がかなり呆けている。

 

 一郎はミウの上から、スクルドのいる側に移動しながら、まだ快感を昇天させた余韻で呆けているブルイネンをちらりと見た。

 左右の手首と足首をそれぞれに密着されているブルイネンは、膝を曲げた状態で脚を開いて仰向けになっている。

 股間が丸見えであり、亀裂は赤くなり、ぽっかりと口を少し開いて、そこから愛液がどろりどろりと垂れ続けている。

 思わず、生唾を飲みこむほどの煽情的な光景だ。

 

「ああ、すみません、ブルイネンさん……。お先にご主人様を頂きます」

 

 スクルズがブルイネンに顔を向けて言った。

 

「は、はい……。お、お願いします……。み、皆さまの快感をい、いただきます……」

 

 ブルイネンは息も絶え絶えの様子で応じる。

 一郎は頷き、仰向けになっているスクルドの後ろから尻を抱える体勢になる。

 後背位だ。

 実は、スクルドはこの体位がなかなかに好きなのを一郎は知っている。

 

「スクルド、よくここまで追いかけてきたね。嬉しいよ……」

 

 一郎はスクルドのお尻を両手やって抱きかかえ、お尻の下を伝って男根の先を当てる。

 それだけで、スクルドの身体が興奮でぶるりと揺れる。

 

「ああ、ご、ご主人様──。ス、スクルドは──う、嬉しいです──。あ、あなたに会えて──」

 

「俺もだ」

 

 一郎は、スクルドの股間に勃起している自分の一物をぐいと貫かせた。

 

「ああああっ」

 

 濡れきっているスクルドの女陰は、まったく抵抗なく一郎の怒張を受け入れる。スクルドの身体がびくびくと跳ねた。

 スクルドの生尻に胯間を押しつけるようしながら律動を始める。

 

「ひいいっ」

「ああああ」

「うくううっ、あはあああっ」

 

 スクルドの被虐の快感がブルイネンだけでなく、エリカとミウに飛翔して伝わったのか、横の三人の裸体もぶるぶると激しく震える。

 一郎はわざと乱暴に怒張をスクルドの股間に貫かせて動かす。

 

「はぎいいいっ、いいいいっ」

 

 スクルドが悲鳴をあげるとともに、一郎の男根をぎゅうぎゅうと締めつけて絶頂した。 

 熱く熟れきっていた身体に、硬直した一郎の怒張を深々と一撃で挿し抜かれ、スクルドの全身は津波のような歓喜と興奮に一度に飲みこまれてしまったらしい。

 

「うあああ」

「あはああっ」

「ああああ」

 

 当然のごとく、共鳴関係の三人も絶頂する。

 一郎は休ませることなく、スクルドの腰を持ち、さらに前後に激しく揺すってやった。

 

「はああああ」

「ああ、あああ」

「あっ、あっ、あっ」

「んああああ」

 

 四人が身体を弓なりにして、それぞれに大きく反応した。

 一斉に絶頂して、しばらく痙攣を続け、ほとんど同時にがくりと脱力した。

 スクルドの強大な官能のうねりのために、一瞬にして極めさせられた三人は、スクルドとともに、まるで電流でも流されたかのように、それでも、まだひくひくと痙攣を続けている。

 

「まだまだだぞ」

 

 次に一郎は、スクルドを挿し貫かせたまま静止し、淫魔術でスクルドの肉芽に筆でくすぐられている感覚を送り込んだ。

 

「ひああああっ、ロ、ロウ様、ご主人さま、なにを──」

 

 突然に襲った股間のむず痒い感覚に、スクルドは後ろから一郎に貫かれている身体を激しくひねらせた。

 

「ああっ」

 

 だが、それで感じてしまい、今度は甘い声をあげて身体をびくりと震わせた。

 一郎は、今度は淫魔術で疑似の筆の感覚を移動させて、服の下の両乳首に送る。

 

「んひいっ」

 

 スクルドの裸体が一郎の前で暴れる。

 

「ああっ」

 

 その刺激で感極まりそうになったスクルドが、さらによがる。

 一郎は、次に筆の刺激を脇腹と内腿に送り込む。

 

「ああっ、やああっ、ああ、すてきです──。気持ちがいいい──」

 

 スクルドが声をあげた。

 

「ふわあっ」

「いやああ」

「ああああ」

 

 スクルドだけでなく、エリカとミウとブルイネンまでもが、疑似筆の刺激に悶えに悶え狂う。

 しばらくさらに律動を続け、スクルドとほかの三人が絶頂したところで、一郎は精を放った。

 スクルドとともに、三人が脱力して果てる。

 一郎は、スクルドからエリカに移動した。

 

「まだまだだぞ。次はエリカだ……。みんな、お愉しみはこれからだ」

 

 一郎はびくびくと痙攣したまま突っ伏している四人に声をかけた。

 そして、エリカには、対面座位を命じた。

 女たちを抱くときは、もしかしたら、正常位よりもこの体位が多いかもしれない。

 脱力しているエリカは、まだ連続絶頂の余韻から抜けきれないまま、素直に一郎に股がる。

 一郎は胡座でエリカを迎え入れ、腰を抱いてエリカを誘導する。

 勃起している怒張の先端にエリカの濡れた胯間が触れたところで、ぐっとエリカの腰を支えてとめる。

 一郎の両手は左右の尻たぶを下から持ち上げるかたちだ。

 

「俺の背中で手を合わせるんだ、エリカ。目も閉じろ」

 

 一郎は先端だけをの性器に当てたまま言った。

 

「は、はい」

 

 エリカが中腰の中途半端な状態で、言われたとおりのことをする。

 すかさず粘性体を飛ばして、手首と手首を拘束して、一郎の背中側で離れなくする。

 さらに、まぶたの上にも発生させて目隠しをした。

 

「ああっ、そ、そんなあ」

 

 それだけのことだが、エリカは面白いくらいに狼狽えて、身体を大きく悶えさせた。

 愉快なのは、拘束をして目を見えなくしただけで、エリカの“快感値”ががくりとさがったことだ。

 スクルドからの快感の共鳴で達したばかりであり、すでにひと桁に近かったその数字がぱっとひと桁になった。

 ゼロになれば絶頂するのだから、エリカの身体はもう絶頂寸前というところだ。

 

「ほら」

 

 一郎はエリカのお尻から手を離して、一気に胯間を怒張に落とした。

 

「きゃいいいい」

 

 エリカが奇声をあげてよがり、そのまま絶頂してしまった。

 

「ひいいいい」

「いひゃあああ」

「んはああああ」

 

 当然ながら、ほかの三人も、快楽の共鳴によって絶頂する。

 脱力して崩れそうになるエリカを引き起こして支える。

 律動はしないが、淫魔術でエリカの全身に刺激を加えていく。

 

「いやあっ、ロウ様、ああ、だめええ」

 

 胡坐に座っている一郎の上に跨らされ、一郎を抱くようにして一郎の背中側で両手首を拘束されているエリカが、一郎の上で踊り始める。

 対面座位のエリカに、筆でくすぐられる感覚を淫魔術で次々にエリカの全身に送り続けたのだ。

 粘性体で目隠しをさせていることもあり、通常よりも感じやすくなっているエリカの身体は、新しい刺激を送るたびに、びくっびくっと悶えくねる。

 しかし、股間には深々と一郎の怒張が突き挿さっているのだ。

 疑似筆の刺激は大きなものではないはずだが、エリカはそれに反応して腰を自ら動かすことで、身体から沸き起こきる官能の陶酔を自分で呼び起こしているのである。

 ちょっと思いついた遊びだったが、思いのほか、エリカが激しく悶え惑う仕草をするので、一郎はすっかりと愉しくなってしまっていた。

 

「ああっ」

「いやあっ」

「うううっ」

 

 一方で、共鳴でエリカの快感を伝えられているほかの三人もそれぞれに内腿をぶるぶると震わせるように身体を動かしている。

 しかし、反応の仕草は三人ともに異なる。

 

 拘束をされて草の上に足を開いて仰向けになっているブルイネンは、甘い声をあげて腰を大きく揺すっている。

 スクルドはかなり激しい。声も身悶えもかなり派手だ。一郎は思うところがあり、スクルドの両手の自由を粘性体で封じて、スクルドを仰向けに寝かせて、両手を頭上に固定させた。

 ミウは、拘束はしなかったが。太腿を擦り合わせるようにして、自分の身体を抱き締めるように身悶えをしている。

 

 そして、エリカへの愛撫は、快感が飛翔するほどの刺激は渡さないようなものに変化させた。

 エリカが達しそうになれば、すぐにやめてしまう。

 いまは、愛撫を受けているのはエリカだけにしたし、ミウ以外は拘束したので、自分で快感を深めることはできない。

 そうやって、一転して焦らし責めにしてみた。

 すると、四人が切なそうに身体を震わせるようになった。

 

 一郎は四人の反応を見ながら、与える刺激を調整していく。

 達することのできる決定的な快感は与えず、かといって、逃れることのできないぎりぎりの甘美感は持続し続ける。

 すると、だんだんと四人の表情が、なんともいえなく、いやらしいものに変化をしていった。

 一郎はにんまりしてしまう。

 

 この焦れったさに、顔を歪める四人の表情がいい。

 ミウでさえ、欲望に飢える雌の表情になっている。

 与えられれば激しく反応するしかないのに、それがいつ来るかわらないし、どこに淫魔術による筆の刺激を当てられるのか見当もつかないのだ。

 さらに、エリカは目隠しをして、肌をさらに鋭敏にさせている。

 だから、そのエリカの感覚の鋭さで受ける快感が共鳴をして、刺激を与えるたびに、三人が身体を反らせるようにして悲鳴をあげている。

 

 さて、次は乳首だな。

 一郎は決めた。

 刺激を送る。

 

「ひいっ」

「ひゃああ」

「あああん」

「んくうう」

 

 四人が同時に激しく首を振って、上半身をうねらせた。

 

「もっと気分を出してみろ。ほら、ここは?」

 

 今度はお尻の穴──。

 四人とも大声で悲鳴を放ったが、意外にもブルイネンが一番大きな声をあげた。

 なかなかに面白い。

 

 さっきまでとは異なり、じわじわと女たちを追い詰めている感じがいい。

 エリカとともに、エリカの受ける官能を同調させられているブルイネン、スクルド、ミウが本当に焦れったそうに、身体を悶え続けさせる。

 

「ああ、もうだめです、ロウ様──。ひと思いにお願いします──」

 

 ついにエリカが泣くような悲鳴をあげた。

 まあいいだろう。

 もっと遊んでいたかったが、今日の主役はブルイネンだ。

 だったら、潮時か……。

 一郎は笑いながら、再びエリカの腰を持ち、上下に激しく動かした。

 

「んああああ、あ、ありがとうございますう──」

 

 エリカが身体を弓なりにして、自分自身の身体への直接の刺激による二度目の直接の絶頂をした。

 一郎は、大きくのけ反らせて身体を震わせてるエリカの中に精を放つ。

 

「ふわあああ」

「ああ、あああっ」

「あうううう……」

 

 エリカとともに、スクルドとミウとブルイネンも、エリカの絶頂に共鳴をして、またしても甘い声をあげて達した。

 特に、体力のないミウは、ほとんど気絶している。

 ちょっとやりすぎたかもしれない……。

 

「さて、じゃあ、三人については、これで終わりだ」

 

 一郎は、ぐったりとなったエリカやスクルドたちの身体から粘性体を消滅させ、男根をエリカから抜くと、そっと草の上に寝かせた。

 そして、一郎は、エリカとスクルドとミウとブルイネンに繋げていた快楽の共鳴を解除する。

 

「ははは、ご主人様、完全復活だね。もう、呪術は完全に消えてるよ。ご主人様に限ってはね」

 

 クグルスが宙を舞いながら、愉しそうにはしゃいだ。

 一郎は頷いた。

 身体の軽さは完全だ。

 確かに、一郎自身は、もう問題ないと思う。

 しかし、亜空間に凍結したシャングリアとマーズについては、まったくだめだ。

 やはり、彼女たちについては、光魔道による解呪が必要そうだ。

 

「これからは、ブルイネンだけの時間だ。三人は服を整えて待っていてくれ」

 

 一郎は淫魔術で、三人の体力の回復を図った。

 さもないと、三人とも当分動けないだろう。

 亜空間に戻した服も返す。

 ぐったりとしていた三人だったが、一郎の淫魔術を遣った回復により、すぐに性愛の疲労から抜け出すことができたのがわかった。

 

 ただ、それでも、抜けきれない絶頂の余韻のようなものがあるのか、ちょっとだるさが残っているようにも思える。

 ただ、一郎の言葉に従って、それぞれに自分の着ていた服を見つけて、おずおずと身支度を始めだす。

 また、スクルドがそれぞれに、「浄化」の魔道もかけたりしている。

 

「ご苦労だな、お前たち──。なかなかのいやらしさだったぞ」

 

 クグルスが茶化すように、服を身に着けだした三人の周りを飛び回っている。

 むっとした表情のエリカが、そのクグルスを捕まえるように手を出し、それをクグルスが巧みに宙を舞って避け、またエリカをからかったりしている。

 

 一郎はちらりとその姿を見て苦笑しながら、ブルイネンの脚のあいだに移動した。



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451 女親衛隊長の破瓜

「これだけ前戯をすれば、大丈夫だろう。力を抜いて、俺に全てを委ねてくれ」

 

 一郎はブルイネンの脚のあいだに膝立ちになり、ブルイネンの腰を持って、自分の腰に引き寄せるようにした。

 

「は、はい……」

 

 ブルイネンが上気した顔を小さく頷かせた。

 その表情には、一郎に抗う色は皆無だ。

 まあ、当然だろう。

 すでに、淫魔の刻みは終えている。

 

 しかし、まだまだ完全ではない。

 精を注ぐことで、性奴としての絶対支配をブルイネンに植えつけることになる。

 これで完璧になる。

 それが終われば、おそらく、どんな方法でも、一郎の支配が外れることないと思うし、一度支配されてしまえば、ブルイネンは、それを望むことすらなくなるだろう。

 

 実のところ、本音でいえば、一郎はそのことに躊躇いを覚えていた。

 なにしろ、いまのブルイネンは、一郎とクグルスによる弱い淫魔術により、一郎に無条件に従うように操心をかけている状況だ。

 だから、いまからやろうとする支配は、ブルイネンの本心ではないだろう。

 

 しかも、ブルイネンは、たまたま一郎が水晶宮で捕えられたときにいたから利用しただけで、一郎たちを捕らえようとはしたものの、ブルイネンには、まったく一郎たちに対する悪意がなかった。

 また、ここまで付き合ってきて、彼女の心が本当に善良であることはよくわかったし、その性格の生真面目さも肌を合わせることで伝わってきた。

 

 そのブルイネンを罠にかけたように、その意思に反して、性奴に等しい支配をする──。

 もしも、淫魔術を駆使しなかったら、間違いなく、ブルイネンは一郎に興味を示していないと思うし、ましてや、危険を賭し、そして、立場を捨ててまで、一郎たちに協力はしなかっただろう。

 だからこそ、ここで無理矢理に、淫魔術を結ぶことは卑怯なことだとわかっている。

 

 しかし、必要なことだ。

 躊躇はしても、ブルイネンを支配してしまう決心は、もうついている。

 一郎たちの安全を確保するには、まだまだブルイネンの存在が必要だし、それが卑怯であっても、一郎は、自分の女たちを守るためにも、ブルイネンに性奴の刻みをしなければならないのだ。

 腹は括っている……。

 

「ブルイネン、君の処女と心をもらう……。その代わり、それに匹敵するお礼はする。あなたの仕えるガドニエル女王様の危機を救うと誓うよ」

 

 一郎は言った。

 すると、すっかりと淫情に火照りきり、汗ばんだ顔を上気させているブルイネンの表情が、怪訝そうに眉をひそめる。

 

「ガドニエル様の……危機……?」

 

 ブルイネンは首を傾げた。

 彼女からすれば、女王のガドニエルに危機など存在しない。

 ブルイネンがガドニエルを裏切ったという気持ちがどれだけあるか知らないが、それをもって、ガドニエルの危機だと思うことはないだろう。

 無論、一郎が口にしたガドニエルの危機は、それではない。

 しかし、一郎の勘が正しければ、エルフ族女王のガドニエルも、エルフ族の故郷であるナタルの森林も大変な危機にあるといっていい。

 もっとも、ブルイネンはブルイネンで、水晶宮やイムドリスの異変に、薄々は気がついている様子ではある。だが、いまのところ、どれだけ深刻さを感じているかは疑問だ。

 

「俺の勘が正しければだけどね……。とにかく、俺に抱かれたことを後悔はさせないようにする。約束する……」

 

「あっ、は、はい……。お願いします……」

 

 一郎はさらにブルイネンの腰を引き寄せる。

 もう、ブルイネンのお尻が一郎の両腿の上に乗っている状態だ。

 ブリイネンの両手は背中で粘性体で拘束し、両脚もM字に固定させている。

 一郎は体勢を変化させ、ブルイネンに一郎が正常位で重なるようにすると、そのブルイネンの秘裂に、一郎は怒張の先端をあてがった。

 

「はあっ、あっ」

 

 ブルイネンの身体がびくりと動く。

 しかし、エリカとミウの快感を送り込んでまで続けた前戯と挿入の疑似体験は、すっかりとブルイネンの秘部を癒し尽くしている。

 たっぷりの蜜もあり、ブルイネンの股間は一郎の肉棒の先端部分を包むように受け入れていく。

 

「ああ、ロウ殿──」

 

 ブルイネンが叫んだ。

 ゆっくりと挿入していく一郎の怒張は、大きな抵抗もなく、だんだんとブルイネンの膣の深いところまで進んでいった。

 一郎は、ブルイネンの反応を確認しつつ、やがて全体の半分くらいところで挿入の動きを中断した。

 

「んんっ」

 

 ブルイネンが奥で沸きあがったらしい軽い痛みに顔をしかめたのだ。

 

「俺の一物は、ブルイネンの処女の証でとまっている。いまから、君を俺の女にするよ」

 

「は、はい……。大丈夫です……。そ、それに、思ったよりも……い、痛くないし……、あっ、いえ……でも、これが初めてというわけでは……」

 

 ブルイネンが気丈に言った。

 まだ、経験者にこだわっているのかと面白かった。

 一郎は挿入を再開する。

 だが、これまでと一転して、できるだけ痛みが走らないように、中心部を真っ直ぐに一気に貫いた。

 

「んふうっ」

 

 ブルイネンの身体が跳ねあがった。

 一郎は肉棒の先端がブルイネンの子宮口に達したのを確認すると、ブルイネンの身体をしっかりと抱き締める。

 

「んぐううっ、うううう」

 

 ブルイネンは歯を喰いしばるように、痛みに耐えている。

 だが、激痛というほどでもないはずだ。

 

「これで、あなたは俺の女だ……。これから、お前を支配する」

 

「は、はい」

 

 一郎の言葉に、荒い息をして一郎を見上げていたブルイネンの顔が、はにかんだように微笑んで頷くのがわかった。

 健気そうないい女だな。

 そう思った。

 一郎は数回だけ抽送して、すぐに射精をした。

 ブルイネンは十分に満足しただろうし、最初だから負担を考慮した。

 

「ああっ、な、なに──? なに、これ? なんですか──。ああ、き、気持ちいい──。気持ちいいです、ロウ殿──。ああああっ」

 

 その瞬間、ブルイネンの全身が絶頂を迎えたかのように、がくがくを震えて、その表情が恍惚となった。

 性行為の快楽とは異なるが、これは一郎に支配されるという悦びの震えだ。

 ブルイネンの心を一郎の淫魔術がしっかりと鷲掴みをしたのだ。

 

「さて、じゃあ、急かせるのは悪いけど、ブルイネンも淫魔術で回復と膣の痛みを消すので、急いで支度してくれ。コゼたちが戻って来たら、すぐに出発する」

 

 一郎はブルイネンから怒張を抜く。

 破瓜の血はあったが、あれだけ前戯を尽して蜜による潤滑効果が最大に及ぼすようにしたし、貫通にもっとも負担のないやり方をした。

 それもあり、それほどの血は出なかったように思えた。

 これなら、身体の負担もそれほどなかっただろう。

 一郎はブルイネンを縛っていた粘性体を消滅させて、淫魔術でブルイネンの体力を回復させた。

 

「ロウ様……お掃除します……」

 

 ミウがやって来た。

 一郎の女たちは、誰もが喜んで一郎に奉仕してくれるが、特に、コゼとミウは率先してやってくれる。

 コゼがいないので、競争相手もいないし、ミウがちょっと嬉しそうに近づく。

 

「ま、待ちなさい、ミウ……。あなたの魔道を見せてください。ブルイネンさんに洗浄魔道を……」

 

 そのとき、スクルドが声をかけた。

 一郎の足のあいだに、すでにしゃがみ込みかけていたミウが中腰で振り返る。

 

「えっ、は、はい……。で、でも」

 

 ミウが戸惑ったように、一瞬だけ一郎を見た。

 一郎は苦笑して頷く。

 ミウが一郎に会釈をしてブルイネンにところに小走りに寄っていく。

 一郎の見守る前で、ミウはブルイネンに洗浄魔道をかけた。

 あっという間に、ブルイネンの身支度ができるのがわかった。

 生活魔道というらしいが、実に便利だ。

 

「す、すまないな、小さな魔道師さん……。わたしは攻撃魔道しか使えなくて……」

 

 まだ、気怠そうなブルイネンがミウに頭をさげている。

 

「見事ですね、ミウ……。では、ご主人様、お掃除を……」

 

 スクルドがさっと一郎に寄ってくる。

 

「あっ、スクルド様──」

 

 抜け駆けをされたミウがはっとした声をだす。

 だが、そのときには、スクルドはすでに一郎の男根を咥えている。

 一郎は苦笑した。

 

「スクルドねえ……」

 

 エリカも呆れている。

 とりあえず、一郎は、しばらくスクルドの気持ちのいい舌使いを堪能した。

 そして、スクルドのねちっこくて淫靡な舌を味わいながら、ブルイネンに視線を向ける。

 

「本来であれば、ブルイネンには、先輩奴隷を見本にして、掃除フェラも教えるところだけど、まあ、時間も限られているしね。ブルイネンの本格的な調教は、問題を解決してからにする……。今回は比較的優しく抱いたけど、次はうんと意地悪に抱く。覚悟してくれ、ブルイネン」

 

「あっ、は、はい……」

 

 すると、ブルイネンが真っ赤な顔になった。

 一郎はスクルドの頭に手を軽く載せる。

 終わりの合図だ。

 スクルドが口を離した。

 次いで、着るものを亜空間から出す。

 パリスに捕らわれるときに身に着けていたものは全部奪われていたし、地下牢から逃亡するときには、時間がないのでマントを身体に覆わせたままだった。

 

「あっ、お待ちください」

 

 エリカがさっと近づいてきて、一郎に服を着せようと動き出す。

 

「あら、では、わたしもお手伝いしますね……」

 

「あっ、今度は、あたしもやります」

 

 慌てたように、ミウとスクルズもやって来て、競い合うように一郎の世話をする。

 一郎は笑って、三人が一郎に服を着せてくれるのに任せた。

 

 そのときだった。

 

「ねえ──」

 

 悲痛そうな響きの声がした。

 一郎は、そろそろ声をかけてくる頃かと思っていた。

 あえて、ずっと無視していたのだ。

 おもむろに声の方向に振り返る。

 

 無論、声の主はユイナだ。

 一郎を睨むように、少し離れた位置で立っている。

 そのユイナは、一郎の悪戯で片手をクリトリス、その反対の手の人差し指をお尻の穴に挿入して外れなくされており、まるで立って自慰をしているような恰好だ。

 いや、実際にしている。

 ユイナの指は、その前後で自分でも制御できなくなったみたいであり、一郎の前でしっかりと動い続けている。

 

 無理もない。

 

 ユイナの身体には、一郎たちが本格的な性交を開始する直前に、全身を苛むような強烈な媚薬を服用させた。

 いま、ユイナの身体は暴れ狂うほどの淫情に襲われているだろう。

 そんな状態で、首に『絶頂封じの首輪』を嵌めさせた。

 さらに、自慰を止められないように、クリトリスとお尻の穴から指が離れないようにした。

 どうやら、やっぱり、自慰をやめられなくて、ずっと一郎たちのセックスする眺めて、疼きに苦し悶えていたようだ。

 

 その証拠はユイナの身体の状態だ。

 ユイナが裸体に身に着けているマントは、紐で襟部分を首に結んでいるのだが、手の自由を失ったことで、ただ布を重ねるだけのマントの合わせ部分が左右にはだけて、ユイナの褐色の裸身が完全に覗いている。

 そして、露わになっているユイナのエルフ少女らしい艶のある肌には、玉のような汗がたくさん浮かんでいて、指が貼りついている股間はすっかりと充血し、苦笑したくなるほどの大量の愛液で内腿が濡れていた。

 

 面白いのは、いまこの瞬間も、ユイナの股間の指はユイナ自身の意思で動き続けていることだ。

 媚薬による耐えがたい疼きが、ユイナにそうさせているのだろうが、「絶頂封じの首輪」のために、ユイナはどうあっても、快感を発散することができない。

 そのせいもあり、ユイナの身体は快感を求めて疼き狂っていると思う。

 

「おう、なにか用事か、尻娘? あの四人がご主人様に可愛がってもらうあいだ、ずっと自慰をしてたのは知っているぞ。満足したか?」

 

 クグルスがユイナに向かって飛んでいき、ユイナの前で嘲笑する。

 ユイナの顔がみるみる怒りで真っ赤になる。

 

「な、なにが、満足よ……。そ、それに……。わ、わたしを……除け者にして……。よ、よくも……。と、とにかく、こ、これ外してったらあ」

 

 ユイナが泣くような声で言った。

 その太腿はしっかりと閉じ、もじもじと擦り合わされている。

 燃えあがる身体の疼きを解放する手段がなくて、苦悶に喘いでいるのだろう。

 

「外すって、こうか?」

 

 一郎はユイナに近づき、お尻の穴に入っている腕を掴むと、乱暴に引っ張り動かした。

 

「ひいっ、ひやああああっ、ああああっ、だ、だめええ」

 

 もちろん、そんなものじゃあ、一郎の粘性体は外れない。

 むしろ、挿入している指を激しく動かされたことで、ユイナはさらに媚薬による疼きを倍加させられ、がくがくと身体を震わせて、その場に脱力するように腰を砕かせた。

 しかし、それでも、いけないのだ。

 一郎が手を離すと、ユイナはぺたんと、その場に尻もちをついた。

 

「最初に言っただろう。指を動かさずに、じっとさせておかないと、いつまで経っても指は外れない。そうやって、生活したければ別だけどな」

 

 一郎は、ユイナの前に立ち、わざとせせら笑った。

 すると、ユイナが顔を俯かせて、なにかを小さな声で呟いた。

 

「なにか言ったか?」

 

 だが、聞こえなかったので問い返した。

 

「……るかったの……」

 

「なに?」

 

 また、聞き返した。

 すると、さっとユイナが一郎の顔を向けた。

 

「わ、悪かったわ……。な、なにもかも──。勝手にあんたの名を出したことも──。わたしの事情に巻き込んだことも──。本当にごめんなさい──。だから、もう、許してよお──」

 

 ユイナが叫ぶように言った。

 そして、いきなりわっと泣き出した。

 一郎はびっくりした。

 

「あんた、本当に反省しているの──? そもそも、ロウ様は、あんたを助けに来たのよ──。それなのに、あんたの態度って……」

 

 横から口を挟んできたのはエリカだ。

 相変わらず、相当にユイナに対して腹をたてている気配だ。

 

「エ、エリカさん、ごめんなさい──。ごめんなさい──」

 

 ユイナが泣きながら言った。

 しかし、半分、嘘泣き臭い。

 そう思うと、号泣しているように見えるわりには、涙の流れる様子もない。

 

 まったく、この娘は……。

 一郎は溜め息をつきかけた。

 だが、思い直す。

 まあ、演技だとしても、泣いて謝る仕草までしたのだ。

 こっちも半分は許してやることにした。

 粘性体を消滅させて、股間とお尻の穴からは指を解放してやる。

 

「ああっ」

 

 やっと局部から手を離すことができて、ユイナはがっくりと脱力したようになる。

 だが、まだ全身で暴れているはずの激しい性の焦燥感はそのままなので、ユイナは自分の身体を抱き締めるような姿勢になって、切なそうに身体をくねらせていた。

 

「こ、これも……」

 

 そして、首輪に手を触れて、訴えるような視線を一郎に向けてくる。

 一郎はにやりと笑って、口を開いた。

 

「だめだ」

 

「ああ──」

 

 すると、ユイナがまたもや、両手で顔を覆って泣き声をあげた。

 そんなユイナに、一郎はすっと片足を出し、ユイナの膝の上に置く。

 ユイナがびくりと震えて、今度はなにをされるのかと、ぎょっとした顔を一郎に向けた。

 

「な、なによ……?」

 

 ユイナが怯えながらも、不審顔を一郎に向けてくる。

 

「もう忘れたのか? 俺の足を舐めて、土下座して犯して欲しいと頼め。そうしたら、犯してやる。その首輪も外してやろう」

 

 一郎は勝ち誇って言った。

 ユイナの歯が口惜しそうにぎしぎしと鳴るのが聞こえた。

 

「ははは、ご主人様の鬼畜がすっかりと戻ったね。もう完全復活だよ──。それでどうすんだ、尻娘? ご主人様の足を舐めるのか? それとも、いつまでも、そうやって尻を振ってるのか?」

 

 宙を飛んでいるクグルスが愉しそうに笑った。

 

「ううう……」

 

 ユイナが唸るような声を出して、はっきりと一郎を睨んだ。

 さっきまで、泣いていた仕草をしたくせに、涙の痕のひとつもない。

 

「わ、わたしが是非――」

 

 すると、なぜかスクルドが目を輝かせて、一郎の足元にしゃがみ込みかけた。

 さすがに、エリカが呆れてやめさせた。

 すると、スクルドは、なんだか残念そうな表情になった。

 一郎は苦笑した。

 

「ほら、ユイナ、舐めるのか? 舐めないのか?」

 

 一郎は改めて、ユイナの前に素足を差し出した。

 さて、どうするのかな?

 

 一郎はユイナをじっと観察した。

 

 




 *


【性支配後のブルイネンのステータス】



 “ブルイネン=ブリュー
  エルフ族、女
   エルフ族上級貴族
   女王ガドニエル親衛隊長
  年齢40歳
  ジョブ
   魔道戦士(レベル30→60)↑
   軍師(レベル5→10)↑
  生命力:100
  魔道力:400→500↑
  攻撃力:
   500→700(剣)↑
  経験:男1
  淫乱レベル:B
  快感値:150
  状態
   一郎の性奴隷
   淫魔師の恩恵↑”


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452 元女神殿長の告白(その1)

「ほら、ユイナ、舐めるのか? 舐めないのか?」

 

 一郎はユイナの前に素足を差し出して、跪いているユイナの膝に片足を載せた。

 

「お、お前ねえ……」

 

 ユイナが真っ赤な顔で一郎を睨みつけた。

 その形相には、はっきりとした怒りが込めれられている。

 たったいま、一郎に対して屈服の言葉を口にしたと思ったが、エルフ族としての気位が高すぎ、根っから人間族を賎民扱いをしているユイナだ。

 なかなか、その価値観を変えるというのは難しいだろう。

 ましてや、その人間族の男の足を舐めるというのは、ユイナにとって最大限の恥辱に違いない。

 

 だが、ユイナが足を舐めなければ、一郎はユイナに施した『絶頂封じの首輪』は外すつもりはない。

 そして、ユイナに飲ませた精液に含ませた媚薬成分は、一郎が淫魔師の力をもって合成したものであり、そんじょそこらの媚薬とは一線を画すほどの効き目のはずである。

 ユイナには、これまでに経験したこともないような強烈な性の疼きが荒々しく席巻しているはずだ。

 この自尊心がやたらに高いエルフ娘が、どれくらい我慢できるのか愉しみだ。

 

「ああっ、あんた、またロウ様のことを“お前”って……」

 

 エリカがやって来て、ユイナを怒鳴りあげた。

 しかし、一郎はそれを手で制する。

 スクルドとミウとブルイネンもやってきた。

 一郎だけでなく、女たちもしゃがみ込んでいるユイナを取り囲むかたちになる。

 

「ユイナさんって、なんで、そんなにロウ様を嫌うんですか? ロウ様は素敵なお方です」

 

 そのとき、ミウが心底不思議そうにユイナに語りかけてきた。

 

「こいつのどこがよ――。ただの淫乱絶倫鬼畜男じゃないのよ──。うっ」

 

 ユイナが鼻を鳴らして、ミウに言い返そうとしたが、自分を睨んでいるエリカと視線が合ってしまったらしく、慌てて口をつぐんだ。

 一郎は笑って、ユイナの腿に載せたままだった足をおろす。

 

「あっ……」

 

 すると、ユイナが一瞬、迷ったような表情になり、一郎の足を追いかけるような仕草をしたが、すぐにぐっと拳を握って動きをとめた。

 全身の淫情で、かなりつらいはずなのだが、相当の頑固娘だな……。

 

 まあいい……。

 

 今日、堕ちなくても、いつかは堕ちる。

 健康な少女の身体をしている限り、疼き続ける身体に耐えられるわけがないし、いまこの場で自慰を始めないのが不思議なくらいに、全身が疼きまくっているのは間違いない。

 しかし、あの首輪をしている限り、いくら自慰をしても、却って苦しいだけになる。

 ユイナは、一郎に屈服するしかない。

 それまで、せいぜい、セクハラを愉しませてもらおう。

 たっぷりと──。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「さて、じゃあ、ミウ、俺の靴を……」

 

 一郎は、ミウを手招きして、革靴を準備してもらおうと思った。

 さっき、一式の衣類とともに靴も出したものの、まだ履いておらず裸足だったのだ。

 

「はい、ご主人様」

 

 だが、一郎の靴を胸に抱くように持っていたのは、満面の笑みを浮かべているスクルドだった。

 

「あっ、えっ?」

 

 ミウも呆気に取られている。

 

「まだまだですね、ミウ」

 

 スクルドがにこにこしながら、ミウに茶目っ気を込めたような表情を向ける。

 

「スクルド様?」

 

 また、こんなスクルドは見たことがないのか、さっきもそうだったが、いまも驚いているような表情だ。

 もっとも、一郎たちからすれば、神殿で取り澄ましている顔よりも、こうやって半分羽目を外す態度の方が自然なので違和感はない。

 

「いつの間に……」

 

 エリカも、ミウと競い合いの真似をしてみせたスクルドに、呆れてはいるが驚いてはいない

 一郎も苦笑してしまった。

 

「じゃあ、頼む、スクルド」

 

「はい、ご主人様」

 

 とりあえず、一郎が足を前に出すと、スクルドが一郎の足元にやってきて、その場に正座し、一郎の片足を自分の膝の上に導いて載せた。

 しかも、世話をするのが嬉しそうだ。

 そして、一郎の足から土を払って、靴を履かせていく。

 おそらく、このスクルドは、舐めろと言われれば、なんの躊躇もなく、この場で一郎の足を舐めるだろうなと思った。

 

 満たされぬ欲情に襲われ、快感の飛翔を求めて疼きに疼いているユイナの前で、スクルドに足を舐めさせ、その褒美として、ユイナがいま欲しくてたまらない絶頂をスクルドにさせてやったら、どんな顔をユイナはするのだろうか?

 そんなことをちょっと思ったりした。

 

「ご主人様、改めてこれからよろしくお願いします。どうぞ、このスクルドのことは、雌犬としてお扱いください」

 

 驚いたことに、本当にそのまま、スクルドは一郎の靴の前に身体を屈めて、靴先に口づけをしたのだ。

 しかも、舌を出してぺろりと靴を舐めた。

 一郎はちょっと驚いた。

 

「ふふふ、愉しいですわ。もっと、スクルドはご主人様に鬼畜に扱われたいです」

 

 スクルドが悪戯っぽく笑った。

 一郎はさすがに笑ってしまった。

 まったく、この女は……。

 変わらないな……。

 

 そして、よくわからないけど、このスクルドは、いつもいつも、一郎がスクルドを鬼畜に嗜虐するのを愉しそうに受け入れていたことをなんとなく思い出した。

 まだ、なにも訊ねてはいないけれど、このスクルドは、スクルズという名も神殿長という立場も捨てて、身ひとつでここまで来たのだろう。

 ステータスで、“元神殿長”という言葉が現われていたので間違いないと思う。

 一郎の魔眼が、実はこの世にふたつとない能力だということはわかってきている。

 だから、その魔眼で、“元”がつくというのであるから、単に家出のように出てきたのではなく、何らかの手段で正式に神殿界と縁を切って神殿長を本当にやめたのだろうと思った。

 

「あのう、そういえば、どうして、スクルズ様はスクルド様と名乗っているのです? そもそも、どうして、ここにおられるのです? 王都でなにかあったのですか?」

 

 ミウだ。

 スクルドが一郎の世話を甲斐甲斐しくするのを眺めつつ、小首を傾げている。

 まあ、当然の疑問だろう。

 

 そもそも、スクルドは王都の神殿長として、ミウを見習い巫女として神殿に預かって面倒を看てきた。今回の旅にミウを同行させたのも、ミウの不安定な魔道力を心配した結果のことであり、ミウもそれはわかっている。

 ミウにとっては、スクルドは恩人だ。

 突然の再会からここまで、大騒動だったので訊きそびれていたとは思うが、ミウがスクルドがここにいることに疑問を抱くのは当たり前である。

 

「そういえば、そうね。コゼやイライジャは事情を知ってそうだったけど、結局訊ねる暇もなかったものねえ……。スクルズはなんでここにいるの? 神殿長をやめたとコゼが口にしてた気がするけど……。スクルドと呼んでくれというのはどういう意味なの?」

 

 エリカも口を挟んだ。

 どうやら、コゼとイライジャは、スクルドから事情を教えられているが、エリカはなにも知らないみたいだ。

 一方で、それを聞いて、ミウが目を大きく見開いた。

 

「えええ? 神殿長をやめたって、どういうことですか、スクルズ……いえ、スクルド様──。嘘ですよねえ」

 

 ミウが大きな声をあげる。

 すると、スクルドが跪いたままミウに顔を向け、にっこりと微笑んだのがわかった。

 

「本当です、ミウ。あなたが戻る場所を無くしてしまったようで申し訳ありませんが、王都ではわたしは死んだことになっているのです。だから、第三神殿にわたしが戻ることはありません」

 

「死んだ? えっ? えっ? ええ?」

 

 ミウは困惑している。

 

「あなたが望むなら、王都に戻っても第三神殿にあなたの席を確保しましょう。以前はともかく、どうやらあなたは魔道に覚醒したようですし、喜んで神殿はあなたを高位神官候補として迎えると思います……。ベルズのところでもいいですし、でも、やっぱりもしかしたら、ご主人様のところで、このまま暮らすことになっているのですか……」

 

「ちょ、ちょっと待ってください、スクル……ド様。あたしことはどうでもいいです。それよりも、死んだことになっているとはどういうことですか?」

 

 ミウが叫ぶように訊ねた。

 突然のスクルドの告白に眼を見開いて驚いている。

 一郎も、ステータスを読むことで、ある程度予期していなかったら、同じように度肝を抜かれたと思う。

 すると、スクルドが意を決したように、一度すっと姿勢を伸ばした。

 

「そうですね……。では、ご説明します。ロウ様……、スクルドたちは、ご主人様にきついお仕置きを受けるようなことをいたしました。いえ、しております……。申し訳ございません。そして、おめでとうございます」

 

 スクルドがそう言い、地面に両手をつけて頭をさげた。つまりは、再び土下座をした。

 さすがに一郎も面食らった。

 なんだというのだ。

 

「さっぱりわからないな。わかるように説明してくれ、スクルド」

 

 一郎は、その場に胡坐に座った。

 だが、スクルドは頭をあげない。

 そのまま、地面に頭をつけ続ける。

 エリカとミウも、怪訝そうな顔をしながら横に座ってきた。一郎は、ブルイネンにも座るように合図し、みんなでぐるりとスクルドを囲むかたちになる。

 

「ね、ねえ──」

 

 すると、急に無視されるようなかたちになったユイナが不満そうな声をあげた。

 

「なんか、込み入った話をしそうだぞ。お前は僕が遊んであげるよ」

 

 そのとき、ユイナの眼の前にクグルスがぱっと飛び出した。

 一郎が視線を向けると、ユイナがぎょっとしたのがわかったが、そのときには、クグルスはユイナの身体の中に入り込んでしまった。

 まあ、あっちはクグルスに任せておくか。

 ユイナが参加すると、ややこしくなりそうだし……。

 

「うわあっ、なにすんのよおお──」

 

 クグルスに身体の中に入り込まれて、かつてひどい目に遭ったことのあるユイナが顔を蒼くして悲鳴をあげた。

 だが、すぐにその顔が真っ赤になる。

 

「あああ、あっ、あっ、いやああ、ひっ、ひいっ」

 

 なにをされているのかわからないが、ユイナが股間を押さえて、狼狽とも嘉悦とも苦痛ともつかぬ激しい悶えようを示しだす。

 一郎は、にやりと微笑んでしまった。

 

「クグルス、なにをしてもいいけど、いかせるなよ。こいつについては調教の最中だからな」

 

 一郎はユイナの身体の中のクグルスに声をかけた。

 

「な、なにが調教中よおお──。いひいっ、ゆ、許してええ、ああああっ」

 

 ユイナが狂乱したように喚いた。

 まあ、いいだろう。

 一郎は、女たちに向き直る。

 

 すると、なぜか、四人がじっと一郎とユイナを見守るように見つめていることに気がついた。

 全員の顔が赤い。

 しかも、四人とももじもじと内腿を腰り合わせて、物欲しそうな顔になっている気がした。

 まだ十一歳のミウでさえ、欲情をした女の顔をしている。

 

「ご主人様の調教……。な、なんか……う、羨ましいような……」

 

 スクルドがぽつりと言った。

 そして、はっとしたように口をつぐんだ。

 一郎は咳払いした。

 

「とにかく話を聞こうか、スクルド」

 

 一郎は言った。

 スクルドが改まったように表情を直して、一郎にもう一度頭をさげた。

 

「では、お話……。いえ、告白いたします……。ロウ様、ただ、どこからお話すればいいのか……。とにかく、おめでとうございます。王都におられるイザベラ姫様、そして、アン様に子が宿りました……。ただ、その結果、大きな騒動になったのです」

 

 スクルドが顔をあげる。

 一郎はびっくりした。

 

 子供……?

 俺に……?

 

「えええええ?」

 

「ほ、本当ですか──。うわああ」

 

 エリカとミウが悲鳴のような歓声をあげた。

 

「お、お子様ですか……。あ、あのー。ロウ殿は結婚してられたのですか? でも、まさか、奥様がふたり……ではないですよね……? あれ? だけど、ハロンドール王国の王都で“姫様”といえば……しかも、アン様って、もしかして……」

 

 また、ブルイネンが困惑した声をあげた。

 一郎たちがハロンドールの王都からやって来た冒険者だということは認識しているはずだが、どうやら姫様という呼び掛けとアンの名で、そのふたりが誰のことであるのか直観が働いたみたいだ。

 

 だが、ナタル森林のエルフ女王といえば、イムドリス宮という幻の宮殿に閉じこもり、ほとんど外には出てこないと耳にしていた。エルフ族女王そのものが、外交であっても外に出ることはないという。

 そもそも、エルフ族は、このナタル森林でしか生産のできない魔法石をほぼ独占しており、積極的にエルフ族側から外交をする必要がないのだそうだ。

 

 一郎からすれば、よくそんな消極的な外交で、外国からの侵略などから、エルフ族の里を守れるものだと思うが、エルフ族というのは、狩猟民族の別名があるくらいに武芸や魔道に長けている種族であるし、しかも、ナタル森林は、人族発祥の地とされるこの世界のかなりの権威らしい。

 人間族からすれば、多少の利益があろうとも、ナタル森林を侵略するなど及びもつかぬものであるし、逆に、ナタル森林のエルフ族は、長い歴史の中でただの一度も軍を外に出したことはない。

 

 つまりは、この世界のエルフ族というのは、それだけの孤高の権威を誇っており、そのエルフ族の頂点に立つ女王というのは、その姿をほどんど見せたことがないこともあって、神秘的な権威の象徴ということだ。

 だから、その女王に仕えて、イムドリスという隠し宮から出ることがない親衛隊長ともなれば、同じように世間知らずなのかと思ったが、イザベラのことを親しい者だけが呼ぶあだ名だけで、誰のことであるのかを悟ってみせた。それなりの外国事情も承知しているようだ。

 

「はい、ハロンドール王国の王太女イザベラ様、そして、その姉君のアン元王女様がご懐妊されました。正式に公表はされておりませんが、いまのところ母子ともに健康でございます、ご主人様。おふたりともノールの離宮にて静養をなされております」

 

 スクルドがにこにことしながら、一郎を見ながら言った。

 

「えっ、えっ、えっ、ハロンドール王国の王太女様? 確か、ご年齢は十七歳くらいだったはずですが……。しかし、まだ未婚では……? ええっ、そのお姉君のアン様というと……。そ、それで、ロウ様のお子様を身ごもられたというのはどういうことで……」

 

 ブルイネンが驚いている。

 まあ、無理はないだろう。

 

 ハロンドールの王族事情を承知しているのであれば、かたちとしては王族から離れているアンはともかく、王太女の懐妊ということであれば、とんでもない政治的事件でもある。

 その張本人が目の前にいるというのだ。

 事情を知らないブルイネンが……いや、事情を知っていても、エリカやミウも驚いている。

 なによりも、一郎自身が驚きだ。

 

 しかし、子供か……。

 

 この時点で、一郎にはその原因を悟ってしまった。

 淫魔術を操り、女を犯しながらも、受精しないのもさせないのも自在にできる一郎は、淫魔術に頼る以外の避妊を一度もしていない。

 まあ、この世界には、女側が妊娠をコントロールできる安価な避妊剤が出回っているので、一般的に避妊は女側がするのが常識なので、それ自体は一郎にも問題はない。

 ただ、イザベラも、アンもおそらく避妊はしていなかっただろう。

 王妃のアネルザ自身が、ふたりが一郎の種を身籠るのを待ち望んでいた節もある。

 ただ、さすがに王族の王女を妊娠させれば、大問題になる。

 従って、一郎は淫魔術の力により、どんなに犯しても、相手を孕ませないように気をつけていたのである。

 

 しかし、一度……いや、二度だけ例外がある。

 多分、あのときだ……。

 

 イザベラについては、この旅に出る前に、全員を集めてやって性宴のときだ。

 あのとき、イザベラに精を注ぎながら、妊娠をさせてやろうかとからかった記憶がある。あのときには、子爵位があるとはいえ、流浪の冒険者である一郎の子を身籠るのは困るだろうと意地悪と言ったのだが、イザベラは産みたいと応じてきた。

 一郎は戸惑いながらも、イザベラの子であれば、可愛いだろうなと思ってしまった。

 つまり、子ができてもいいと思考しながら、精を注いだということだ。

 そのときだろう……。

 

 アンについては、もっと複雑だ。

 おそらく、一郎の子ではない。

 いや、ある意味、一郎があいだに関わっているので、一郎の子と言えないこともないとは思うが、正確には、多分、アンとノヴァの子だと思う。

 旅の出立の直前に挨拶として第三神殿に立ち寄ったとき、半分冗談で『ふたなりの指輪』という半分冗談の性具を手渡して、アンとノヴァのどちらかにふたなりの男根が生えて、数回相手に精を放たないと男根がなくならないという術を込めた。

 それを渡すときに、魔が差したというか、男の精と同じなので、子供ができるかもしれないと軽口を言った。

 それが言魂(ことだま)になったか……。

 一郎は苦笑した。

 

「どうかしましたか?」

 

 スクルドが一郎を見ている。

 いや、気がつくと、集まっている女たちの視線がじっと一郎に注がれている。そうでないのは、クグルスにからかわれているユイナだけだ。

 どうやら、少しのあいだ、黙り込んでしまったみたいだ。

 

「いや、どうもしない。突然に知らされて戸惑っただけだ。そうか……。スクルドは、それを教えに、ここまで来てくれたのだな。ありがとう」

 

 一郎は言ったが、すぐに、自分でも腑に落ちないと感じた。

 だったら、なぜ、神殿長をやめる必要があったのだ? そういえば、ふたりの妊娠を切っ掛けに、王都が大変なことになったと言っていたし、偽装死などという不可思議な表記もステータスにあった。

 名乗りを変えることくらいは、一郎自身も、本名でなく、ロウが通り名になっているくらいであり、珍しいことではないが、スクルズという社会的地位と名を捨てなければならないなにかがあったというのは間違いないのだろう。

 いや、スクルドのことだから、なにもなくても、一郎たちと一緒に暮らす切っ掛けを狙っていただけかもしれないが……。

 

「……とにかく、嬉しいことだ。無事にこっちのことを終えて、ふたりに会いたいものだ。しかし、そうとなれば、色々と変わるな……。ところで、エリカ」

 

 一郎はエリカに視線を向けた。

 

「えっ、は、はい?」

 

 突然に呼び掛けられて、エリカが戸惑った声を出した。

 

「聞いてのとおりだ。節操のないことで申し訳ないけど、姫様とアン様の胎に、俺の子ができたようだ。無事に王都に戻れれば結婚ということになるだろう。でも、お前は俺の一番奴隷だと言ってくれるけど、妻ということになっても、それを変えるつもりはない。一番妻はお前だ。王都に戻ったら結婚しよう、エリカ」

 

 一郎はきっぱりと言った。

 

「え、ええええ? ええええええ?」

 

 エリカが眼を真ん丸にしてびっくりしている。

 だが、顔がみるみると真っ赤になる。

 そして、イザベラとアンの妊娠と耳にして、堅くなっていた表情が一気に緩むのもわかった。

 

 一方で、一郎もほっとした。

 拒むわけはないと思ったが、いや、拒んだところで、淫魔術で操ってでも、エリカについては承知させるつもりだったが、そんなことをしなくてよかったと思った。

 一郎は、さらに口にする。

 

「エリカだけでなく、コゼとも、シャングリアとも……。ミウはまだ年齢が足りないが、いずれはな……。そして、スクルドも許されるなら……」

 

 一郎はさらに付け加えた。

 こうなったら、全員とけじめはつける。

 さすがのさすがに、女たちの全員を妻にするわけにはいかないと思うけど、一緒に暮らしているエリカとコゼとシャングリアについては譲れない。

 イザベラとアンも大切だが、三人を蔑ろにして妻は迎えるつもりはない。

 

「えっ、あ、あたしもですか──。本当に──?」

 

 ミウもぱっと顔が綻んで嬉しそうな顔になった。

 一郎も思わず笑顔に引き込まれた。

 

「ご主人様のお気持ちはわかりました。ありがとうございます……。だったら、やはり、アネルザ様たちを出し抜いて、誰よりも先にロウ様に会いに来た価値がございました。ご主人様は、このまま王都に戻っても、ご主人様の思う通りにはなりません。エリカさんやコゼさんとは結婚できないと思います」

 

「なに?」

 

「ご主人様……いえ、ロウ様……。ロウ様は、もしも、エリカさんと結婚できないとしたら、それでも、イザベラ姫様の旦那様になる選択をなさいますか?」

 

 スクルドがいつもの微笑みを浮かべながら、それでも、目元だけは真剣なまま一郎に訊ねてきた。




 *

【作者注】

⓵ イザベラの妊娠
 ……264『くじ引き三人セックス(その1)』
⓶ アンの妊娠
 ……268『神殿奥の淫事』


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453 元女神殿長の告白(その2)

「ご主人様……いえ、ロウ様……。ロウ様は、もしも、エリカさんと結婚できないとしたら、それでも、イザベラ姫様の旦那様になる選択をなさいますか?」

 

 スクルドが急に神妙な表情になって訊ねてきた。

 だが、真面目な表情なのだが、スクルドには、なんとなく一郎との会話を愉しんでいるような雰囲気が漂っている気配がある。

 まるで、試されているようだなとは思ったが、一郎は正直に応じることにした。

 

「なら、しないな」

 

 一郎はあっさりと言った。

 すると、目の前のスクルドがくすりと笑った。

 一方で、エリカが息を呑む音が聞こえた気がした。一郎は、一瞬だけエリカを見たが、エリカは照れたような、困惑したような……、そんな、ちょっと複雑な表情になっていた。

 ミウとブルイネンは、一郎とスクルドの会話を静観する気配だ。

 

「でも、ロウ様は先程、イザベラ姫様とアン様のご懐妊のお話を耳にして、すぐにおふたりと婚姻すると口にされました。もともと、アネルザ様はそれをお望みでしたし、ロウ様は子爵の爵位をお持ちです。女王の王配としては爵位が高いとは言えませんが、ロウ様にはさまざまなご功績もありますし、反対する者がいても、アネルザ様が黙らせるでしょう。ロウ様が納得されれば、それなりの地位を与えられて、問題なくイザベラ様との婚姻はまとまると思います……」

 

「そうか?」

 

 一郎は惚けた。

 まあ、そうなのだろう。

 

 そして、一郎もやっと、スクルドが言わんとすることがわかってきた。

 イザベラとアンが孕んだことで、一郎はなに考えずに、結婚をして責任をとるということを口にしたが、王太女のイザベラと婚姻をするということは、この世界の常識では、一郎が王家に嫁ぎ、王配という立場の「王族」になるということになる。

 この世界は、クロノス信仰というものがあり、複数妻を持つことはタブーではないが、王配となった一郎と重婚をして妻になるということは、その女性たちも王族の一員として王家の家族に加わるということだ。

 そうでなければ、単なる妾や愛人でしかない。

 

 いや、そもそも、王配として王家に入って一郎がイザベラのほかに、女を妻にするという行為そのものがあり得ないだろう。

 さすがに、一郎もそれくらいはわかった。

 とにかく、一代貴族とはいえ、爵位を持つ一郎はともかく、爵位もない一介の冒険者にすぎないエリカは、王族に加わることはできない。それはコゼも同様だ。

 スクルドはそういうことを言いたいようだ。

 

「でも、そういえば、まあ、ちょっとした処置は必要ですけど……。それは、多分、大丈夫というか……」

 

 そのとき、スクルドは何かを思い出したかのように、小さな声で呟くように付け足した。

 どことなく、気まずい様子を示したように思えて、一郎は微笑んでしまった。

 

「言わんとすることはわかるよ。だけど、王都でなにがあったかを説明する前に、どうしても、俺の腹を探りたいというのであれば、さっき口にしたとおりだ。俺は別に、王家の権力に興味があるわけじゃない。別に取り柄もない、ただの淫乱男だ」

 

「い、いえ、ロウ様は取り柄がないなど――」

 

 急に不満そうな声を出したのはミウだ。

 しかし、一郎はそれを手で制した。

 ミウが口を閉ざす。

 一郎は視線をスクルドに戻した。

 

「……成り行きでたくさんの女性を愛するようになったけど、姫様やアンを軽んじるつもりはさらさらないが、だからといって、ほかの女性を蔑ろにはするつもりもない。俺からすれば、王家の女性だろうが、貴族だろうが、ただの冒険者だろうが、それとも、神殿長をやめてきて、なにかを隠している怪しい女であろうが、同じように愛しい女だ」

 

「か、隠しているつもりはありません。ちゃんとご説明します……。でも、ロウ様がどうお考えかによって、説明が変わってくるというか……。わかりました。お話します。ところで、王配として王家に入るつもりはないのですね? つまりは王家の婿に……」

 

「それがなにかの束縛をされるということであれば、そのつもりはない。ただ、俺の子を妊娠してくれたイザベラ姫様やアンと別れるつもりもない。彼女たちもまた、しっかりと俺の女だ。ましてや、俺の子供を産むのだしね」

 

「でも、アネルザ様は、ロウ様が王家に入ることを望んでおられますよ。イザベラ様やアン様については、そこまでロウ様を束縛するつもりはないかもしれませんが、王家を担っているアネルザ様は、ロウ様を王家で抱え込みたいでしょう。また、それが必要です。現実的には、女王が夫なしで子を作るのは、色々と問題もあります」

 

「イザベラの夫になるということが、ほかの女との婚姻を許さないということに繋がるなら、ほかの方法を考えるよ。制限は受けたくないしね」

 

 一郎はうそぶいた。

 もっとも、どういう方法があるのかということは思いついてはいない。ただ、スクルドが言ったように、単純にイザベラの夫として王族に加わり、ほかの女を妾という扱いをするということは受け入れられないと思った。

 イザベラに一郎の子が生まれるということを考えると、そんな勝手なことを口にするのは許されることではないというのはわかるのだが、だからといって、いままで尽くしてくれたエリカたちとの付き合いが制限されるのは納得できない。

 

「アネルザ様は、ロウ様の女性とのお付き合いを束縛するおつもりはまったくないと思います。これまでと同じように、ロウ様は自由にエリカさんたち……、もちろん、わたしを愛していただきたいですが……。あっ、ともかく、ただ、表向きには、ロウ様の妻はイザベラ姫様、そして、アン様だけということになるとは思います」

 

「表だろうが、裏だろうが、束縛されるのであれば、婚姻というかたちはとらない。イザベラもアンも俺の女だが、エリカもそうだし、スクルド、お前も同じ俺の恋人だ。王家の仕来りなんか、俺の知ったことじゃない」

 

 一郎は断言した。

 スクルドがにっこりと微笑んだ。

 

「あ、あのう……。ロウ様、ロウ様のお気持ちは嬉しいのですが、わたしたちのことであれば、そのう……。いままで通りに愛していただけるのであれば、どのような立場でも……。それに、イザベラ姫様やアン様は、ロウ様のお子様を産むのですし……」

 

 そのとき、エリカが遠慮するように口を挟んできた。

 一郎がイザベラとの婚姻を拒否するようなことを言い出したので心配になってきたのだろう。

 一郎はエリカに視線を向けた。

 

「だったら、お前にも俺の子を産んでもらう。いまはこういう状況だから、騒動が落ち着いたらな。それならば、お前も姫様も対等だ。子を理由に、どちらかだけと婚姻するということにはならない」

 

 エリカの言葉を遮って、一郎は言った。

 

「えっ、子供……」

 

 エリカは目を丸くして、そして、またもや、ぱっと頬を赤く染めた。

 

「わかりました。多分、そのようにお考えになると思いました。だったら、いまの王家を潰して、ロウ様が国王になるというのはいかがですか? そうなれば、ロウ様が王ですから、妻にする者の身分など関係ありません。どんな立場の者でも、ロウ様の自由にできます。ただ、そうなれば、穏便な方法というわけにはいかないかもしれませんが……。だけど、むしろ、ロウ様のお望みに近い結果になると思いますし……」

 

 すると、またもや、スクルドがなにかを含んだような物言いを始めた。

 一郎は面倒くさくなった。

 

「もういい。とにかく、王都でなにが起きたかを喋ろ──。禅問答みたいな会話は疲れる」

 

 一郎は言い捨てた。

 

「ぜん……問答?」

 

 スクルドは首を傾げている。

 禅問答については、ぴったりの言葉は、こっちの世界にはないみたいだ。意味が通じなかったようである。

 それはともかく、一郎は淫魔術でスクルドの性感を一気に、通常の百倍ほどに引きあげる。

 そして、股間とアナル、さらに、両乳房に一斉に筆責めの刺激を送りこんでやった。

 

「ひゃあああ」

 

 スクルドが真っ赤になって、全身をぐんと弓なりにして反り返った。

 だが、一郎は容赦なくわ発生した赤いもやというもやに、次々に刺激を送り込んでやる。

 

「あああ、だめええええ」

 

 スクルドが自分の身体を抱くようにして、大きな声をあげて仰向けにひっくり返った。

 スカートがめくれあがり、着替えたばかりの下着が露わになる。

 布越しだが、がに股になった股間から潮吹きが発生して、小尿を洩らしたように、スクルドの股間が濡れるのがわかった。

 がくがくと身体を震わせて、スクルドが深い絶頂を続ける。

 一瞬して快感を極めさせられ、スクルドは一切の慎みを保つ余裕もなく、あられもない恰好で快感を暴発させたようだ。

 一郎は快感を送るのをやめた。

 

「うわっ」

 

「おう」

 

「スクルド様──」

 

 エリカ、ブルイネン、ミウが突然のスクルドの痴態に驚いている。

 一方でスクルドは、しばらく肩で息をしていたが、やがて、よろよろと上体を起こした。

 

「あ、ありがとう……ご、ございます……。や、やっぱり、す、素敵ですね……ご、ご主人様は……」

 

 スクルドが前髪を汗で額に貼りつかせながらにっこりと微笑んだ。

 

「い、いまのはなんなのだ? なにか、魔道のようなものが動いたぞ。ロウ殿は魔道遣いなのか──?」

 

 ブルイネンについては、一郎の淫魔師としての能力を深く把握していないのか、とても驚いている。

 もっとも、すでに、ブルイネンにも淫魔術の洗練は数回は喰らわしているのだが、本人にはあまり自覚がなかったようだ。

 とりあえず、ブルイネンについては放っておく。

 

「あと二、三回、瞬間絶頂を体験するか、スクルド? そうすれば、素直に隠していることを話すか?」

 

「そ、それも素晴らしいご提案ですが……は、話せなくなってしまいますので……。と、とりあえず、王都で起こったことをお話しします……」

 

 スクルドがまだ絶頂の余韻が残っているような仕草をしながら言った。

 一郎は頷く。

 

「……すべては、イザベラ様とアン様のご懐妊がわかったことから始まりました……。そのことを知ったルードルフ王が烈火のごとく怒ったのです……。それで王国全土にロウ様の捕縛命令を出しました。ロウ様たちが出立されてから、一箇月半ほどの時期だったと思います」

 

 スクルドが語りだした。

 

「ほ、捕縛命令──?」

 

「ええ──?」

 

 エリカとミウがびっくりして声をあげた。

 一郎も驚いた。

 ブルイネンについては、よく事情を認識はしていないと思うが、不穏な言葉に、やはり、戸惑った表情をしている。

 だが、考えてみれば、一国の王太女だけでなく、離縁して神殿預かりになっているとはいえ、さらに、その姉の王女を同時に妊娠させたのだ。

 しかも、一郎は爵位をもらったとはいえ、一介の冒険者だ。

 あのルードルフが怒るというのが、想像しにくいが、常識的には当然だろう。一郎がほぼ庶民に近いことを思うと、百回死刑になってもおかしくはない。

 

 そうか──。

 いつの間にか、犯罪者扱いになっていたのか……。

 だったら、王配どころではないか……。

 一郎は苦笑した。

 

「もちろん、そんなことを許すわけにはいきません。アネルザ様はそれこそ、烈火のごとくお怒りになり、ルードルフ王に抗議しました。でも、王は王妃様の言葉をお受け取りにはなりませんでした……。それどころか、王妃様を国王に逆らったということで、監獄塔に監禁してしまったくらいで……」

 

「監禁塔? アネルザをあのルードルフ王が捕らえたということか?」

 

 今度こそ、びっくりだ。

 まずもって、あの腑抜けのような男がアネルザに逆らうような根性があったというのが想像しにくい。

 それこそ、怠け者そのものであり、キシダイン裁判のときには、王の義務を放棄し、すべてをアネルザに丸投げをして、後宮に引きこもったような男だ。

 それが、よりにもよって、アネルザを捕縛させて監獄塔に監禁させるということをやるだろうか?

 どうにも信じられない。

 

 まあ、それだけ、イザベラとアンを一郎が孕ませたというのが腹に据えかねたのかもしれないが……。

 だが、あのルードルフが……?

 そんなことをするというのが、どうにも、一郎の認識しているルードルフの性格に合致しないのだ。

 なにか腑に落ちない。

 

「それで、アネルザ様とサキさん、ミランダとわたしは、国王に対して謀反を企てたのです」

 

 スクルドがにこにこしながら言った。

 

「謀反──?」

 

 声をあげたのはエリカだ。

 一郎も声は出さなかったものの、謀反というのは穏やかではないとは思った。

 しかし、一方で、アネルザとミランダとサキに加えて、スクルドまで組むのだから、あの腑抜け王くらいどうにでもなるのではないかとは思ったりもした。

 しかし、謀反とは……。

 

「はい、謀反です。わたしたちは、ご主人様、つまり、ロウ様に対して、不当に捕縛指示を与えた悪王をやっつけようとしたのです。四人同盟です。言いだしたのはアネルザ様が最初だったと思いますが、それにサキさんとわたし、そして、ミランダが協力して、国王を罷免させる工作を開始したのです」

 

「悪王ねえ……」

 

 一郎は頭を搔いた。

 もとはと言えば、節操なく女を増やした一郎が原因なのだが、ルードルフを悪王と言い切った瞬間のスクルドは、目つきが急に険しくなった。

 心の底から、これについてはスクルドも怒ってくれているのだと思った。

 

 だが、四人同盟とはなんだ?

 スクルドは、アネルザが言い出しっぺで、ほかの三人が協力したのだと説明したが、それについても、一郎はちょっと疑念を思った。

 ミランダはともかく、サキが大人しくアネルザに従うという状況が思い浮かばなかったのだ。

 

 確かに、キシダイン事件のときには、王宮工作については、サキはアネルザに協力して、キシダインの完全失脚の王都工作を成功させた。

 だが、サキがアネルザに協力したのは、一郎があいだにいたからだ。

 本来、サキは異常なまでに自尊心が高い女であり、異界に勢力地を持つ魔族たちの中でも、サキはかなりの格の高い女魔族である。多くの眷属も持っている。

 一郎がいれば、そのサキも人族である一郎の女たちとも仲良くするが、一郎がいないのに、大人しく協調するような気がしない。

 一方で、アネルザはアネルザで、かなり性格の強い女だ。

 あっという間に喧嘩しそうだが……。

 

「それにしても、四人組の国王失脚の工作とはねえ……。しかし、アネルザとサキは仲良くできたのか? 仲違いのようなことはなかったか?」

 

 一郎は思ったことを訊ねた。

 すると、スクルドが笑い出した。

 

「やっぱり、ご主人様ですね。その通りです。最初こそ、国王失脚をさせるということでまとまったんですけど、すぐに大喧嘩になりました。わたしは、サキさんの側についたのですけど……」

 

 スクルドがさらに語りだした。

 

 その内容はかなりの過激なものだった。

 一郎の捕縛指示を取り消さないルードルフに激怒したアネルザたち四人の企ては、ルードルフを本当の悪王に仕立てあげようというものであり、新しく入ってきたテレーズという女官を巻き込んだ、まさに、ちょっとした陰謀だった。

 とにかく、ルードルフに次々と失政を繰り返させて、王都に重税をかけさせ、流通を混乱させ、さらに貴族たちを粛清まがいのことをさせ、国王から貴族や市民を離反させようとしたのだという。

 一方で、妊娠のわかったイザベラとアンについては、騒動の早い段階で、ノールの離宮に送られたみたいだ。

 これもルードルフの命令らしく、これにより、イザベラは政務から完全に切り離されることになったとのことだ。

 それにしても、なんということだろう……。

 

「一時は、タリオ公国のアーサー大公とのあいだに婚姻話も立ち上がったようです。いまは、それどころではなく、白紙に戻ったと思いますが」

 

「アーサー……。まだ、付きまとうのか……」

 

 さすがに一郎も、これには苦虫を噛み潰したような気持ちになった。

 なにを考えているのかわからないが、本当に手を出したら、容赦するものか思った。

 相手が一国の大公だろうと、一郎は許すつもりはない。

 

 いずれにせよ、一郎を守ろうとしてくれるのは嬉しいが、やり方というものがあるだろう。

 そもそも、そんなことをしなくても、一郎としては、王都に戻らなければいいだけの話だ。

 いっそのこと、ほとぼりが冷めるまで、ハロンドール王国から離れていてもいい。

 一郎がそう言うと、スクルドが激しく首を横に振った。

 

「とんでもありません。ロウ様が戻らないということに、耐えられるわけがありません。そんなことになるなら、本当にこの王国など滅んでもいいのです──。これはわたしたち四人の共通の思いです──」

 

 スクルドが我慢ならないという口調で激しく言った。

 その迫力がすごかったので、一郎はそれ以上のことを言いにくくなった。

 

「でも、本当にそんなことをやったの?」

 

 エリカが横から言った。

 スクルドは大きく頷いた。

 

「ええ……。やりました……。王都住民を対象に重税を……。それがテレーズと国王が贅沢をするためだと喧伝しました……。流通が混乱したので、王都は大変な物価高になり……。暴動も起きるようになりました……。あっという間に、王都の治安は乱れて、逆らう貴族や官吏への国王の粛清も相次いだので、王都から貴族たちが離脱するようになり……、そんな混乱の中、二公爵が処刑され、そして、わたしもまた処刑されたのです」

 

 スクルドが言った。

 

「処刑?」

 

 今度はミウだ。

 スクルドはにっこりとミウに微笑みかけ、さらに説明した。

 つまりは、偽装死工作ということだ。

 

 スクルドは自分たちがけしかけたといっていいルードルフの悪政に対し、毎日のように神殿において批判演説をして、それで目をつけられたのだということだった。

 いいや──。

 そう仕向けたのだ。

 

 だが、王宮に呼び出したスクルドに、ルードルフは持ち前の好色が沸き起こったということだった。

 命が欲しければ、抱かせろとスクルドを脅迫したのだそうだ。

 だが、スクルドは拒否して、脅迫目的でけしかけられた毒杯を呷った。

 そうやって、神殿長のスクルドは死んだことになったのだそうだ。

 

 もっとも、これはサキと企てた工作の一部であり、ルードルフがスクルドに身体を迫って脅して自死に追い込んだ様子は、映録球という記録用の魔具で、王都全部に映像として広められたらしい。

 そして、今度こそ、本当に暴動が起きた。

 ここまでが、スクルドの知っていることのようだ。

 その後、死んだことになったスクルドは、王都を脱出して、スクルドと名乗りを変えて、髪の毛の色を魔道で変化させて印象を変え、一郎を追いかけてきたということのようだ。

 

「だから、偽装死か……」

 

 一郎はスクルドのステータスを思い出して呟いた。

 だが、それで思い出したが、スクルドのステータスは、そういえば“預言者”という得体の知れない言葉があった。

 あれはなんだのだろう?

 一郎は訊ねた。

 

「預言者? なんですか、それ?」

 

 スクルドは訳がわからないみたいだ。

 まあいいか……。

 

「だが、どうにも納得できないのは、サキやアネルザがけしかけたとはいえ、あのルードルフ王が重税をかけるようなことをしたり、周りの貴族たちを次々に粛清指示を出したりしたということだな。それに二公爵の処刑だって? あれは、そんなことをする性質じゃないんだ……。一国の王に、“あれ”呼ばわりは失礼とは思うが、女を抱くことしか興味のない男なんだぜ。まあ、多少は男も興味があるみたいだが、とにかく、好色なだけだ。悪政などという面倒は嫌う」

 

 一郎は言った。

 すると、スクルドはちょっと困ったような表情になった。

 

「先ほど、テレーズという女官長の名を出しましたが、実際には、この女官長に国王は操られております。闇魔道による支配だと思います。もしかしたら、サキさんはもっと事情を知っているのかもしれませんが、サキさんはわたしたちには、あえて、細かいことを隠している感じでした。ともかく、国王は次々に王都を混乱させる失政を繰り返しましたが、これは全部、テレーズという女官長が国王を操ってやったことです。わたしたちは、それを静観をして、その状況を利用したのです」

 

 スクルドはさらに、これについても細かい説明をした。

 またしても、驚くべきことだ。

 つまりは、ハロンドール王国という大国の王宮に、心を操る闇魔道師が潜入して、国王をひそかに操ってしまったということになるのか?

 そういう意味では、王都の混乱を直接に発生させたのは、サキやアネルザたちではなく、テレーズという女のようだ。

 なんということだと思ったが、一郎は、その事態を起こした原因が、一郎にもあることを思い出してしまった。

 

 「王家の宝珠」──。

 

 どんな悪意のある魔道でも、物理攻撃でも、毒でも、呪いでも、とにかく危害を加えられれば、たちまちに、攻撃者にそれを跳ね返してしまうという王家に伝わる絶対の防衛魔具なのだが、それを偽物とすり替えて、本物を受け取ったのは、ほからなぬ一郎だ。

 別段、一郎が命じたことではないが、サキがルードルフからこっそりとすり替えて、一郎に持ってきたのだ。

 一郎も悪いこととは思いつつ、あまりにも便利なものなので、そのまま受け取ってしまった。

 だが、もしも、ルードルフが本物を持っていたら、まさか闇魔道で操られるということはなかっただろう。逆にいえば、そんな絶対の宝具があるから、王宮そのものに隙があったのかもしれない。

 まあ、一郎としても、あれがなかったら、パリスとの対決のとき、一郎も「死の呪術」を受けてしまい、一郎はもちろん、マーズもシャングリアも助けることができずに、三人ともあの場で死んでいたとは思う。

 よくも、あんな宝具が手元にあったものだ。

 改めて、間一髪だったことを自覚した。

 

「……なんとなく、全体が見えてきたが、最初に言いかけた、おかしな謎かけはどういうことなんだ? そして、アネルザとサキが仲違いをしたと口にしたっけ?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「アネルザ様の思惑は、国王の悪政によって心を離した貴族を団結させて、退位要求を突きつけることで、イザベラ様を即位させることです。ご主人様については、王配として、大公の地位を準備することを考えているみたいでした」

 

「大公か……。それで、そうなったら、エリカたちとの婚姻は不可能になるという話に繋がるのか……」

 

 一郎は頷いた。

 だが、そうなってしまったらなったで、一度崩れた王の権威は地に落ちると言っていいだろう。

 国王の権威は低下し、イザベラの治政にも影響を及ぼす気がする。

 貴族たちからすれば、イザベラを即位させたのは、自分たちだという認識が生まれると思う。その中心になった貴族たちの力が強くなり、イザベラは下手をすれば、彼らの傀儡のようになってしまうのではないか?

 アネルザは、その辺りについてはどのように考えているのだろう……?

 それとも、勢いで突っ走ったものの、そこまで深く考えてない?

 一郎はちょっと心配になった。

 

「サキは、そのアネルザ様のやり方には賛成しなかったの?」

 

 エリカが口を挟んだ。

 スクルドが一郎に向けていた視線をエリカに向ける。

 

「そうですね……。サキさんは、アネルザ様とは違うやり方で、ご主人様を担ぐつもりでした」

 

「違うやり方?」

 

 今度は一郎が横から言った。

 

「戦争です」

 

「戦争?」

 

 一郎は唖然とした。

 

「サキさんは、アネルザ様を出し抜いて、ハロンドール王国に内乱を起こさせるつもりです。その旗頭にご主人様が担がれます。すでに地方貴族の叛乱軍を整えていて、ご主人様を確保でき次第に合流してもらい、王軍とのあいだに大きな戦を起こさせようと考えています。ただ、王軍そのものをサキ様が把握していて、万が一にも、王軍の勝利はありません。ロウ様は悪王を倒した英雄として、新しい国王になるというものです。サキ様の計画はそういった感じです」

 

 スクルドは、さらに、これについては、ピカロとチャルタがサキの指示で絡んでいて、サキはほかにも異界から多数の眷属を呼び出して、王宮を完全支配に乗り出しているのだと付け加えた。

 また、反乱軍として準備した地方軍の中心は、アネルザの実家のマルエダ辺境侯とのことだ。

 サキは、その辺境候の操りにも成功しているという。

 実行は、一郎の眷属のサキュバスたちのようだ。

 そして、出し抜いたというのは、アネルザが退位要求の中心に考えていたマルエダ辺境侯をサキが把握してしまったことで、アネルザの計略が実現できなくなったことを示しているみたいだ。

 

「過激だが、アネルザ案以上に、事態を収拾した後の面倒が大きそうだな。旗頭に担がれた俺は、実際的な叛乱の盟主の辺境候と本物の王位を争って、陰謀ごっこをする羽目に陥りそうだ。冗談じゃないし、そもそも、なんで会ったこともない辺境候が俺を叛乱の旗頭に担ぐんだ?」

 

「そこまでは、ピカロさんたちが処置すると思います。サキさんたちは、ご主人様が旗頭として戦った戦で、ルードルフ王を倒したら、当然にご主人様が次の王になると考えてみるみたいです」

 

「そんな簡単じゃないだろう。戦争というのは、ある意味勢いで起きるが、それが終われば、勝った者同士の主導権争いだ。そもそも、戦になれば大勢が死ぬ。綺麗ごとを言うつもりはないけど、終わった後にイザベラに丸投げするとしても、立て直しのためだけに、イザベラは女王としての一生をすり潰すかもしれない。俺の子を産むのにね……」

 

 一郎は内心で舌打ちした。

 アネルザにしても、サキにしても、素人の一郎から見ても粗がある。なによりも、一郎を大切にしてくれるのはわかるが、本質的なことが見えていないのではないだろうか……。

 そもそも、王権の権威を低下させたら、それを継ぐ者が非常に苦労するのは明白だろうに……。

 

 いずれにしても、とんでもないことを始めたものだ……。

 だけど、やってしまったことは仕方がない……。

 だが、どう始末をつけたものか……。

 一郎は嘆息した。

 

「アネルザ様のやり方も、サキさんのやり方も気に入らないみたいですね?」

 

 すると、スクルドが一郎の顔色をうかがうような視線を送りながら言った。

 

「そうだな。気に入らない。言いたいことは山ほどあるけど、ここにいない者に文句を言っても仕方ない……。とにかく、イザベラ姫様とアンについては、そういった王都の混乱とは離れているということでいいんだな?」

 

「おふたりは、先ほどのご説明のとおりに、ノールの離宮におります。政務からは離されておられて、王太女としての権限を停止させられたかたちですが、侍女の方々の合流も果たせましたし、シャーラさんもいます。いまのところ安全と静養は確保されております」

 

「だったら、時間があると思っていいだろうね。サキにしても、俺が戻らない限り、内乱は始めないのだろう。アネルザにしても、退位要求の中心として考えていた実家をサキに乗っ取られたのでは動きもとれないはずだ……。まあいい……。とにかく、こっちはこっちで目の前のことを片付けるか……。王都のことはそれから考える」

 

 一郎は言った。

 向こうのことは心配だし、とんでもないことになっているという感覚はあるが、ここにいる一郎にはなにもできることはないし、むしろ、なにもしないことで事態が悪化しない気もする。

 

「ご主人様、あのう……。お仕置きについては、スクルドは覚悟しております。いつでも、どこでも、どんなことでも……。どうか、お気の済むまで、スクルドに辱めを……」

 

 スクルドがちょっと欲情したような表情で言ってきた。

 しかも、お仕置きと言いながら、かなり期待のこもったような顔を一郎に向けている。

 心なしか、内腿を無意識に擦り合わせるような仕草もしているし、こいつがなにを考えているかということは明確だ。

 まったく、この女は……。

 

「それはいい……。ところで、もうひとつだ。さっきのテレーズという闇魔道師の女官長だ。そっちは本当に抑えているのか?」

 

 懸念があるとすれば、それだ。

 心を操ることができる得体の知れない闇魔道師……。

 なにか不気味だ。

 それにしても、闇魔道師か……。

 パリスも闇魔道が得手だったが……。

 だったら、糸を引いてるのはパリス? いや、そんな感じはなかったな。状況的には、タリオのアーサー大公?

 アーサーだったら、手段さえあれば、謀略も辞さないか?

 プライドが高そうだったが、完全に鼻をへし折ってやったので、もしかしたら、恨みに思っているかもな……。

 ちょっと思った。

 

「わたしの見たところ、サキさんとテレーズ殿は、なんらかの協力関係にあるように感じました。あまり関わりを持たせてもらえなかったので、なんとも断言はできませんが、魔道遣いとしての能力については、サキさんが格段に上かと……」

 

 スクルドは言ったが、これについては自信がなさそうだった。

 まあいい……。

 これについても、ここでなにを思っても、一郎がやれることはない。なにかを考えるにしても、情報が少なすぎる。

 意味のある指示のようなものをすることは不可能だ。

 しばらく放置しても、最悪のところまでに進まないと信じるしかない。

 

 それよりも、目の前のことだ。

 亜空間で死に瀕しているシャングリアとマーズ──。

 ふたりを助けること──。

 そのためには、パリスの命の欠片を持っているはずのアスカを倒してパリスとの本当の決着をつけないとならないし、世界最高の光魔道の遣い手だというガドニエルというエルフ族の女王との接触を果たさなければならない……。

 優先順位はこっちだ──。

 一郎は、王都のことをしばらく頭から放置しようと決心した。

 

「ところで、ご主人様、王都のことですが、ご主人様がどういう選択も選べるように、準備してきたものがあります。それをお知らせしたいのですが……」

 

 スクルドだ。

 

「準備してたこと?」

 

「王国の街道に張り巡らせた移動術の跳躍施設のことです」

 

「移動施設? ゲートか」

 

 王都から出立する直前の頃からだが、スクルドは一郎が王都を離れたクエストがしやすいようにするという目的で、主要な街道を移動術の門で繋げて、瞬時に長距離移動ができるようにするという事業を開始していた。

 そのために、王家や教会、さらに、ベルズにも協力させたりして、移動施設を張り巡らせるための経費を集めまくっていたのだ。

 その事業の着手直後に、一郎たちは王都を出立したが、そのことなのだろう。

 

「表向きに知られているのは、王都から繋がる一部の跳躍経路のみのことです。でも、実のところ、誰にも知られていないように隠している跳躍経路をひそかに王都中に張り巡らせました。それを使えば、アネルザ様もサキさんも出し抜いて、思いもよらない場所に逃亡することも可能です……。アネルザ様の計画、サキさんの計画……。そして、もうひとつ……。ロウ様がいずれの選択も拒否して、どこかに逃亡してしまう計画……。それも選べるようにしました。どうか、ご決断の材料にしてもらえれば……」

 

 スクルドが言った。

 一連の話の中で、数度目の驚愕だ。

 物流や軍事行動の役立てるために、あちこちから集めた経費を使って、出資者に教えていない他の跳躍経路を作っただと?

 本当にそんなことを……?

 ちょっと一郎は呆れてきた。

 

 だが、まあいい……。

 どっちにしても、いまは王国には戻れない。

 こっちのことが片付いてからだ──。

 

「わかった。参考にする」

 

 一郎はとりあえず、それだけを言った。

 そのときだった。

 

「ちょっといい加減にしてよ──」

 

 大きな怒鳴り声がした。

 ユイナだ。

 ちょっと距離を保った場所で、クグルスにからかわせていたのだが、そのクグルスがユイナの身体から飛び出している。

 視線を向けると、珍しくクグルスが地面に両脚で立ち、呆然とした様子でユイナを見ている。

 そして、なにかを言いたそうに、口をぱくぱくと開いたように見えた。

 

「黙りなさい──、性悪妖精──。黙るのよ──。わかったの──」

 

 ユイナは汗びっしょりの状態で全身を真っ赤にして、両手で股間を押さえるようにして、クグルスを睨みつけている。

 とにかく、まあ、かなり追い詰められているのは、間違いないだろう。

 ユイナの首には、一郎の施した『絶頂封じの首輪』があり、そのユイナを一郎もいたぶったし、クグルスもさんざんに性的嗜虐をしたはずだ。

 かなりの媚薬も注入したし、それでも絶頂ができないユイナは、性欲の飢餓状態になって、かなりの苦悶にあるはずだ。

 

「だ、黙らないね……。お、お前なんか、もっとひどい目に遭わせてやる。もっともっとね」

 

 クグルスが地面に立ったまま言った。

 しかし、なんとなく口調が不自然のような……。

 そもそも、いつもけらけらと、他人を馬鹿にしたように笑っているクグルスの顔に、まったく笑顔がない。

 なにか変だな……。

 

 一郎は首を傾げた。

 だが、まあいいか……。

 一郎はスクルドに視線を向け直す。

 

「スクルド、とにかく、その話は置いておく。状況は理解した。だが、目の前のことを片付けなければ、シャングリアとマーズは助けられない。王都のことは、そっちをなんとかしてからだ」

 

「わかっています。とにかく、スクルドは、なにがあっても、ご主人様に従いますし、逆らうこともしません。どんなことでも命じてください。スクルドは奴隷になって、ご主人様の思うことを実現してみせます。どんなことでも……」

 

「わかったよ」

 

 一郎は言った。

 そして、ユイナを見た。

 

「な、なによ……」

 

 ユイナが一郎の視線に気がつき、眉間に皺を寄せた。

 一郎は立ちあがり、ユイナの前に立つと、すっと靴を履いた足を出し直す。

 

「なに?」

 

 ユイナが怪訝な顔になる。

 

「さっきのことだ。いい加減に観念したかと思ってな。足を舐めれば許してやると言ったけど、すでに靴を履いてしまった。だから、靴を舐めろ。そうすれば、その首輪を外して、絶頂させてやろう」

 

 一郎は言った。

 

「あ、あんたねえ……」

 

 すると、ユイナが怒りに染まった顔で一郎を睨みつけてきた。



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454 お騒がせ娘の秘密

「そういえば、お前、俺の能力を見抜いたようことを言ってたなあ。あれって、なんだ?」

 

 一郎は憎々し気に一郎を睨んでいるユイナを見下ろしながら、思い出して訊ねた。

 地下牢で最初に話したとき、ユイナは一郎が魔眼保持者であり、淫魔師であることをしっかりと見抜いてみせたのだ。

 あれはなんだったのだろう。

 

「えっ、あれのこと? まあ、鑑定術ね……。わかるわよ……。あんたって、タナカ・イチロウっていうんでしょう? いまは、ロウ=ボルグって名も持ってんの? 淫魔師、魔眼保持者、奴隷保持者、冒険者、貴族……。ええっ、子爵に、王妃相談役? なんかいっぱい見えるわね。とにかく奴隷女を傍に侍らして、ご主人様気取り? 淫魔師って、精液で女を支配して奴隷にするんでしょう? 趣味悪いわねえ。そして、最低……」

 

 ユイナがけらけらと笑った。

 驚いたが、確かに本物だ。

 この世界にやってきて、一郎はただの一度も、前の世界の名前など口走ったことはない。ましてや、苗字など口にしたこともないと思う。

 それがわかったということは、ユイナが魔眼的な能力を持っているという証拠だ。

 

 だが、ユイナは魔道を封印されているはずである。

 つまりは、ユイナは、魔道を封印されながらも、なんらかの鑑定魔道……、しかも、かなりの上級の魔道を遣えるということだ。

 一郎は魔道は疎いが、鑑定術は相当の上級魔道に分類されていた記憶がある。

 しかし、そのとき、隣で金属音が鳴ったと思った。

 

「また、ロウ様の悪口を言ったわね、ユイナ……」

 

 エリカだ。

 驚いたことに、剣を抜いてユイナの喉に突きつけている。

 

「うわっ、ひいっ、エ、エリカさん、い、いまのは……、そのう……」

 

 ユイナも真っ蒼になっていた。

 

「死になさい……。イライジャには悪いけど、もう我慢できないわ……」

 

 エリカの身体に殺気がこもったのがわかった。

 これは本気か……。

 一郎は慌てて、身体を割り込ませて、剣を収めさせる。

 

「エリカ、こいつは、口が悪いだけだ。いちいち過激な反応するな。きりがない。それに、ユイナを堕とすのは俺の愉しみだ。俺の愉しみを奪うなよ」

 

 一郎は、笑ってエリカをたしなめた。

 しかし、エリカは、一郎がユイナを庇ったかたちになったことに不満そうだ。

 本当に短気な気性だ。

 

「あ、あたしも、この人、嫌いです──」

 

 すると、今度はミウも声をあげた。

 視線を向けると、顔を真っ赤にして、ユイナのことを睨みつけている。

 温厚なミウだが、ミウもまた、ユイナの一郎に対する態度に腹をたててしまったようだ。

 一郎は嘆息した。 

 

「なによ、奴隷娘」

 

 ユイナがミウに言い返した。

 

「奴隷娘?」

 

「こいつの奴隷なんでしょう? まあ、呆れた。あんたって、小さいと思ったけど、本当にまだ十一歳なの? それでこいつとセックス? 呆れた淫乱ねえ。この男も大概だけどね……。ええっと……、魔道遣いでもあるけど、見習い巫女でもあるのね……。えっ、ちょっと待って、見習いとはいえ、巫女を奴隷に? あんた、なにしてんのよ?」

 

 また、鑑定術かなにかで、ミウのことを調べたようだ。

 ミウは奴隷ではないが、一郎が淫魔術で支配を刻んだ女たちは、普通の魔道における鑑定術を遣うと、なぜか「奴隷」と鑑定されてしまうらしいのだ。

 そういえば、以前、イットの持ち主だったアンドレも、鑑定術を使ったことで、エリカたちを奴隷身分だと誤認していたのを思い出した。

 

「あたしは、ロウ様の性奴隷です。そのことを誇りに思っています。やっとそうしてもらえたんです──。ねえ、ロウ様、あたしは、この人がロウ様の性奴隷になるのは反対です」

 

 ミウが強い口調で言った。

 

「わたしは性奴隷になんてならないわよ、小娘――」

 

 ユイナがミウを怒鳴った。

 ミウがたじろいだ反応をする。

 それはともかく、もう性奴隷なんだけどなと思った……。

 一郎は苦笑した。

 そして、試しにスクルドを指し示した。

 

「あのスクルドは、どう鑑定する、ユイナ?」

 

「あの変な女…? スクルド……本名はスクルズ? 魔道遣い……。えっ、あいつも奴隷……? ああ、だけど、それだけね……。なんなのあいつ?」

 

 ユイナは怪訝な表情になった。

 やはり、奴隷として認識するのか……。

 しかし、一郎の魔眼のように、元神殿長などの情報までは読み取ってない……。

 じゃあ、魔眼ではなく、鑑定術とやらか?

 

「……もしかして、眼球紋(がんきゅうもん)ですか?」

 

 そのとき、黙って見守っていたスクルドが声をあげた。

 ユイナの両方の瞳をじっと覗き込むようにしている。

 

「眼球紋?」

 

 一郎は首を傾げた。

 聞いたことのない言葉だったが、エリカとブルイネンには、それでわかったようだ。ふたりとも、はっとした表情でユイナの目を覗き込んでいる。

 

「眼球紋とはなんですか、スクルド様?」

 

 ミウもきょとんとしている。

 

「眼球紋というのは、伝承の魔道技術よ……? でも、ずっと失われていた過去の技術じゃあ……。あら、もしかして、あなたは自分の身体を実験台にしたのですか?」

 

 スクルドがさらに言った。

 よくわからないが、スクルドはとても驚いているようだ。

 

「そんなこといいじゃないのよ、奴隷女」

 

 ユイナは困惑気味にスクルドから目を逸らしている。

 

「身体を人体実験に? それって、魔道禁忌じゃないのよ、ユイナ」

 

 エリカが血相変えた口調で横から怒鳴った。

 

「自分で自分の身体を実験台に使ったんですよ、エリカさん──。禁忌には当たりません」

 

 ユイナがぴしゃりと言った。

 

「おい、眼球紋ってなんだ?」

 

 一郎は口を挟んだ。

 すると、ユイナが、そんなことも知らないのかと、いかにも、馬鹿にしたように鼻を鳴らして一郎を見たと思った。

 すると、またがしゃりと剣を鳴らして、エリカがユイナを睨む。

 ユイナは慌てたように、一郎から目を離した。

 一郎はくすりと笑ってしまった。

 

「眼球紋というのは、古代時代の魔道技術と言われています……」

 

 一郎の質問に、スクルドが語りだした。

 それによれば、つまりは、魔道の発動させる紋様を眼球に刻むという技術のようだ。

 ただし、この時代では、古い時代の紋様による魔道発生の技術はあまり受け継がれておらず、もっぱら、「隷属魔道」や「魔道封印」などに紋様技術が残っているだけなのだそうだ。

 特徴であるのは、一般的な紋様魔道のように、肌に刻むやり方だと、高位魔道遣いであれば、紋様を刻んでいることを一発で見破るが、眼球紋だと目を閉じてしまえば、発覚することはないということだそうだ。

 ただ、危険であり、失敗すれば、回復術でも治療のできない失明をする危険もあるとのことだ。

 ユイナのやったことは、その紛失されたはずの魔道紋様を幾つか復活させたというだけでなく、その中でももっとも難しいと言われている眼球に刻む技を発見したということなのだという。

 しかも、研究段階ではなく、すでに実用段階として……。

 

「眼球紋をお前が復活させたのか? 本当に? お前って、何歳なのだ? その若さで?」

 

 ブルイネンは目を丸くしている。

 よくわからないが、どうやら、ユイナは大変なことをやったらしい。

 

「十八ですけど……。ええっ、ブルイネン様も奴隷?」

 

 ユイナがびっくりした声をあげた。

 ユイナは、またもや、眼に刻んでいる眼球紋とやらを遣って、鑑定術を遣ったのだろう。

 そして、さっき、ブルイネンに淫魔師で性奴隷の刻みをした。だから、やはり「奴隷」の鑑定が出たのだと思う。

 

「そもそも、どうやって眼球に刻めるほどに、紋様を小さくしたのだ……。いや、それも興味深いが、伝承では、眼球紋は、小さいので、ごく少量の自然にある魔力を遣えば発動でき、ほとんど魔力を使用しないというのは本当なのか? その技術を遣えば、高性能の魔道具を魔道遣い以外でも容易に扱えるようになるとか……。いや、お前には、魔道封じの紋章が刻まれていたな。それでも術を駆使できるのだから、すでに、実証しているということか……」

 

 ブルイネンはしきりに感嘆している。

 一郎には、さっぱりと理解できないが、眼球紋という技術であれば、ユイナが魔道を封じられているにも関わらず、鑑定術という上級魔道を駆使した理由が説明つくのだろう。

 そうとわかれば、一郎はユイナの目に備わる能力を探るために精神を集中させた。

 魔眼は、漠然と人物のステータスに焦点を当てる能力なので、ユイナが目に刻んでいた紋様までは探知できなかったが、ユイナはすでに一郎の性奴隷だ。

 自分の性奴隷の能力を探知することは、淫魔術でできる。

 

「……鑑定術……。反射術……。それと……欺騙(ぎへん)術……」

 

 一郎はユイナの眼に淫魔術を駆使することによって、頭に浮かんだ言葉を口にした。

 

「あ、あんたって……」

 

 今度はユイナが目を丸くした。

 眼球紋に刻んでいる紋様の内容を一郎に見破られるとは思わなかったのだろう。

 

「反射術? 反射術も──。それに、欺騙術まで? 全部、そこに刻んでいるのか。なんという技術だ。もう一度、訊ねるが、本当にお前の技術なのか?」

 

 ブルイネンがまた感嘆したような声をあげる。

 一郎には、その魔道が正確にはどんな能力なのか知らないし、その技術の凄さにもわからないが、言葉の響きだけで想像するに、魔道を跳ね返したり、なにかを誤魔化したりする魔道なのだろう。

 

「本当ですね。素晴らしい技術……」

 

 スクルドも珍しく興奮したような顔をしている。

 それだけの魔道技術ということなのだろう。

 一郎も少しは感心した。

 一方で、称賛されるのは慣れてないのか、ユイナは困ったような、喜ぶような、ちょっと複雑な顔をしている。

 可愛いものだ。

 

「……もしかして、その紋を駆使して、パリスの魔道の隷属魔道を跳ね返し、逆に奴隷紋を刻まれているふりをして、本当は嘘がつけることを隠して、俺について、あることないこと、パリスに吹き込んだのか?」

 

 一郎は言った。

 ユイナは、なにも答えなかったが、ユイナの表情から、一郎の指摘が的中していることがわかった。

 だが、パリスの魔道は、ハロンドールの王家の秘宝が破壊されてしまったくらいの強力なものだ。それをユイナの反射術が跳ね返したとしたら、ユイナの魔道技術は、それと同等の力があるということになる。

 

「いずれにしても、お前の眼球紋とやらは、パリスの闇魔道まで反射したんだな?」

 

「そうよ――。パリスだけじゃなくて、ダルカンのもね──。寄ってたかって、わたしを隷属しようとしたわ。だけど、ずっとこれで誤魔化してきたのよ」

 

 ユイナは怒鳴るように答えた。

 ダルカン……?

 

「ダルカン? ダルカンって、もしかして、あの?」

 

 エリカは、なにかを思い出したようだったが、一郎には記憶はない。ただ、名前だけは耳にしたことがあるような気がした……。

 

「わたしの里の元里長だったダルカンよ、そいつは、パリスの部下だったのよ。なんか突然にパリスと仲良さそうにやってきて、わたしを犯してもいったわ……。あいつ、里長だったこともあるくせに、わたしのことを淫情丸出しで犯したのよ。あんな下衆男だったなんて……」

 

 ユイナが鼻を鳴らした。

 ああ、あのダルカンか……と思ったが、パリスと親しいとはちょっと意外だった。

 つまりは、あの魔道石騒動も、もしかしたら、パリスが糸を引いていた事件だったのだろうか。

 

「ダルカンって、生きていたの? 額に刺青をされて、里を追放されたんじゃあ……」

 

 エリカが言った。

 そういえば、そんな判決だったと思う。

 エルフ族にとっては、顔に消えない刺青をされるということは、死よりも重い罪であり、それよりも、普通は自裁を選ぶものだと、あのとき教えられたものだ。

 実際、ダルカンと同じ判決を受けたダルカンの部下たちは全員が自殺を選び、エルフ族としての最後の矜持は守ったのだ。

 しかし、ダルカンひとりは、刺青を受け入れ、どこかに消え去った。

 そのダルカンが生きていたのか……。

 

「生きていましたよ、エリカさん。それどころか、刺青なんて、どこにもなかったし……」

 

 ユイナが言った。

 

「そうか……。まあいい。じゃあ、話を戻すと、いずれにしても、ユイナは、眼球に刻んでいた魔道紋とやらで隷属にはかからず、呪術を反射して、それにも関わらず、パリスには奴隷化していると思わせてたということなんだな」

 

「そうよ。敬いなさい。もっとも、パリスには完全にではなかったけどね。多少の影響はあったわね。でも、そういえば、あんたこそ、不思議なことして、パリスの呪術を跳ね返したじゃない。あれこそ、なんなの? あのとき、パリスの死の呪術は間違いなく、女ふたりだけじゃなくて、あんたに最も強く発動してたわ」

 

 ユイナが言った。

 まあ、あれは、王家の秘宝をたまたま手につかんだ結果であり、もう同じことはできないと思うけど、それを説明する必要はないだろう。 

 

「ならば、俺もまた、すごいということだ。ところで、そろそろ、俺の靴を舐めたくなったか? 靴の裏を舐めさせてやるぞ」

 

 一郎は革靴の底をユイナに向けた。

 ユイナの顔が怒りで真っ赤になる。

 

「こ、この鬼畜──。あ、あんたが何者だろうと、あたしには、支配術は効かないのよ。淫魔師だかなんだか知らないけど、わたしを支配するのは無理よ──。わ、わかったら、この首輪を外しなさいって──」

 

 ユイナが怒鳴った。

 一郎はにやりと笑った。

 

「……そうか……。眼球に反射術を刻んでいるんだもんな。パリスやダルカンの隷属術だって跳ね返したんだしな」

 

 一郎は、淫魔術を発動させて、ユイナの身体を硬直させる。

 そして、おもむろにユイナに乳房に手を伸ばした。

 

「なっ、なによ……。あ、あれ? 身体が──」

 

 一郎の無遠慮な手を避けようとして、ユイナは自分の身体が動かなくなっていることに気がついたようだ。

 眼を白黒している。

 

「自分で自分を鑑定してみろ。どういう結果が出るかな?」

 

 一郎はユイナが裸身に覆っているマントに手を入れて、乳房を片手で揉んだ。

 

「あっ、はうっ」

 

 ユイナの反応は劇的なほどだった。

 一郎がユイナの胸に触った途端に、まるで電流にでも打たれたかのように、ぶるぶると震えて、激しく悶えだしたのだ。

 気丈に振る舞っていたが、実際には『絶頂封じの首輪』に追い詰められて、狂おしいばかりの欲情のうねりの中にいたはずだ。

 一郎に胸を愛撫されることによって、火をつけ直され、まるで高熱にうなされたように、真っ赤に染まった顔を左右に振り、すすり泣きのような嘉悦の声をあげだす。

 

「はあ、ああ、ああ……。な、なによ……。か、身体が……う、動かない……」

 

 一郎はあっという間に真っ赤になった性感帯の赤いもやを転々と刺激し、ユイナの顔がまるで溺れ死にでもしそうな苦悶の表情になったところで、さっと手を引き揚げた。

 同時に淫魔術による金縛りも解放する。

 

「あっ」

 

 一郎の手が去ると、ユイナは一瞬呆けたようになり、そして、強い視線で一郎を睨んできた。

 

「い、いま、わたしになにをしたの……? な、なにも言わなかった。命令さえもしなかったのに……」

 

 隷属魔道は、相手を奴隷にして、刃向かうことや、命令に逆らうことをできなくする魔道だ。

 だが、命令には、相手が理解できる「言葉」を必要とする。

 一郎の淫魔術は、そんな言葉なしに、女のすべてを支配してしまう。

 しかし、淫魔術のことをよく知らないユイナには、なにがなんだか、よくわからなかったと思う。

 

「自分を鑑定をしてみろよ」

 

 一郎はもう一度言った。

 まだ欲情のうねりに襲われて、肩で息をしているユイナだったが、それでも自分の手をかざして、凝視する仕草をする。

 

「あれえ? ど、奴隷? わたしって……。わたしも奴隷なの──?」

 

 ユイナが悲鳴をあげた。

 一郎の性支配が完了しているので、ユイナが鑑定術を使えば、これまでの例により、「奴隷」と鑑定されてしまうはずだ。

  ユイナは目を丸くしている。

 

「そういうことだ……。自分の立場がわかったら、俺の靴を舐めさせてくれと土下座するんだな」

 

 ユイナは呆然となっている。

 一郎はその姿に、声をあげて笑ってしまった。

 

「せ、性奴隷? も、もう? せ、性奴隷って……性奴隷……性奴隷って……」

 

 ふと見ると、なぜかユイナの顔が真っ赤だ。

 しかし、なんだか変な雰囲気だ。

 

 そのときだった。

 コゼが戻ってくる気配を感じたのだ。

 水晶宮からの逃亡のときの地下洞窟では、すぐそばまでコゼやエリカがやって来ても、まったく一郎の淫魔術には反応しなかったが、やはり、あのときは一郎は淫気切れであり、淫魔術が停止状態だったのだろう。

 本来であれば、一郎には、自分の女たちがどこにいるかをある程度知ることができる。

 いまも、姿が見えない状況で、コゼの接近がわかった。

 どうやら、コゼひとりであり、イットはいないようだ。

 

「コゼには、ここで五人で愛し合ったことは黙っていような。それがわかるとうるさいかもしれない」

 

 一郎が言うと、四人が真剣な顔で大きく頷いた。

 

 果たして、すぐに遠くの樹木の影から、駆け戻ってくるコゼの姿が現われた。

 そして、あっという間に、ここまでやって来る。

 

「ご主人様、戻りました。オーク族の小さな群れがいましたよ……。それはともかく、もう身体はいいんですか?」

 

 コゼが一郎の前に立って言った。

 かなり速く走っていたと思うが、息切れもしていない。

 一郎は、そのことに感心した。

 また、コゼたちがオーク族を追いかけるために去ったとき、一郎は自分で立つこともできないほどに弱っていた。

 いまは、自分の足で立っているので、安心している様子だ。

 

「休んでいたら、元気になった。心配かけたな」

 

 一郎はコゼの頭を軽く撫ぜた。

 コゼが嬉しそうな表情になる。

 

「ところで、そのオーク族は?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「少し離れた場所にある洞窟の前に、さっきの二匹を含めた五匹ほどがいました。ひとつの群れみたいです。全部雌ですけど。いまは、イットが見張っています」

 

「五匹の雌のオークの群れなんだな?」

 

 一郎は頷いた。

 冒険者としてのクエストで、何度かオーク族は目にしたことがある。

 人間の眼からは、雄も雌もわからない醜悪な顔をしているのだが、雌オークには乳房があるし、また、人間などから奪った鎧などを身に着けている個体もいるが、本来の彼らには服を着るという習慣はないので、股間の性器が丸出しで雄雌の判定は容易なのだ。

 

 また、雄オークは危険であり、特に人族の女体に対しては、相手が人間族であろうと、エルフ族であろうと狂ったような欲情を示すとされている。

 オーク族の雄の集団に凌辱され、犯された挙句に腹を裂かれて死んだという女の話は、枚挙にいとまがない。

 もっとも、腹を裂くのは、人族の女を襲った雄オークじゃない。

 オーク族が人族の女を犯すのは、自分の子を産ませるためであり、人族に比して、ずっと強い繁殖力のあるオーク族の精は、たった一度の性交で簡単に妊娠をさせ、さらに、わずか一箇月ほどで臨月ほどに腹が膨らみ、子オークが母体の腹を裂いて出て来るということなのだ。

 まあ、この世界の伝承であり、本当か、嘘かはわからない。

 オーク族に犯された人族の女は、ほぼ間違いなく、自害してしまうからだ。

 

 以前、一郎たちが受けたことのあるオーク狩りのクエストも、村を襲って人族を虐殺し、さらに数名の若い女を連れ去ったオーク族の集団から、その少女たちを奪い返すというクエストだった。

 いろいろあったが、オーク族は全滅し、少女たちも身体が無傷とはいえなかったが、自殺もさせずに、無事に救出できた。

 あれも、一郎たちの冒険者としての名をあげたクエストのひとつだった。

 

 それはともかく、そんな雄オークに比べれば、雌オークは凌辱はしないので、雄よりは危険性は低いと言われたりもする。

 もっとも、獲物を犯すのか、虐殺して食べるのかの違いなので、凶暴なことには変わりはない。

 ただ、雌オークは、少なくとも腹が満ちているときには人は襲わず、腹がいっぱいでも人族の女がいれば襲いかかる雄オークは、やはり、雌オークよりもやはり危険かもしれない。

 

「それで、どうするんですか、ロウ様? オーク狩りをするんですか?」

 

 エリカが口を挟んできた。

 一郎は首を横に振った。

 

「狩りはしない。話し合いに行くだけだ」

 

 一郎は真剣な表情で言った。

 

「オーク族と話し合い?」

 

 言葉を返したのはエリカだが、そのエリカだけでなく、コゼを含め、周りの女たちがきょとんとしている。

 

「みんな行くぞ──。クグルスは、ゆっくりでいいから、ユイナを連れて来てくれ。いまの状態では一緒には歩けないかもしれないしね。その代わり、ユイナの身体を操る力をクグルスに渡しておく。多少、遊んでもいい」

 

「あ、あい」

 

 クグルスがなぜかひきつったような声で返事した。

 それで気がついたが、クグルスはいまだに、足を地面につけたままだ。

 なにか不自然だな……。

 まあいいか……。

 それよりも、あのオークたちだ。

 

「ふ、ふざけないでよ」

 

 一方で、ユイナが猛然と抗議する声が周囲に響く。

 一郎は笑った。

 

 さて、じゃあ、雌オークたちに会いに行くとするか――。

 

 

 

 

(第33話『淫魔師大復活』終わり、第34話『醜鬼(オーク)族の女王』に続く)



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 第34話  醜鬼(オーク)族の女王
455 雌オークの正体


「あっ、ご主人様」

 

 イットは小さな岩山の頂上で、岩陰に隠れるように座り込んでいた。

 この周辺は、果実の成っている樹木群が途切れて、林から岩山が突出しているような場所だ。一郎たちが登ってきた反対側の眼下に見える場所も、そんな場所だった。

 

 一郎たちがやって来ると、イットは眼下を指さした。

 正面には、ほとんど垂直に切り立った大きな岩壁があり、その岩壁にできている自然の洞窟の前に、五匹ほどのオーク族が車座になっている。

 

「連中はなにをしているの?」

 

 エリカがイットの横に隠れるようにしながらささやいた。

 一郎もその隣に陣取り、他の者もそれぞれに、下から見つかりにくい場所に隠れる。

 ここにいるのは、一郎にイット、案内をしてきたコゼと、一郎と一緒にやってきたエリカ、スクルド、ミウ、ブルイネンである。

 

 ユイナとクグルスはいない。

 ここに来るまで、かなりの距離があったから、あの速度では相当に遅くなるだろう。

 クグルスには、多少はユイナで遊んでいいとけしかけてやった。悪戯好きの魔妖精のことだ。さぞや、ユイナをもてあそんで愉しんでいるに違いない。

 調子に乗ったときのクグルスは本当にどうしようもないので、今頃はユイナも大変なことになっているかもしれない。

 さすがに、あのクグルスに、なんでもしていいと口にしたのは、やりすぎだったかもしれないと、ちょっと可哀想にもなってきている。

 

 だけど、まあいいか……。

 いずれにしても、クグルスは離れても一郎の気配を探れる能力があるし、ブルイネンの説明の通りならば、ここには危険な生き物が入り込む余地はなく安全なはずだ。

 

「食事を作っているように見えます、エリカさん」

 

 イットが応じた。

 確かに、雌オークたちが囲んでいる中心には、大きな葉っぱがあり、そこに雌オークたちが採集したと思われる果実が食べやすい大きさに、小さく切断されて、並べ置かれている。

 使っている道具は、岩を薄く砕いて作った石包丁のようなものだ。

 それで器用に、雌オークたちは皮を剥いたり、果実を切ったりしているのだ。

 

「オーク族が果実を? 連中は肉食じゃないのか?」

 

 ブルイネンが首を傾げている。

 

「いえ、オーク族は肉食を好むけど、基本は雑食よ。肉しか食べないというのは俗説だわ」

 

 エリカが即座に否定した。

 まあ、ブルイネンも、エルフの高位貴族らしく、同じエルフ族でも、エリカのように俗世でもまれているわけじゃない。

 エリカは冒険者としての経験もあるし、魔物の習性などについては、エリカの方が精通しているのだろう。

 もっとも、一郎も、オーク族が果実を食べるという認識はなかった。

 むしろ、彼らは獣の肉だけを好み、食料がなくなれば、群れの中で争い出し、共食いすらする習性まであるとまで聞いていた。

 

「だけど、あんな風に行儀よく食事はしない。そうだな、エリカ?」

 

「それは、そうですね。ロウ様の言うとおりに、あれは、随分に大人しいですね。連中はほとんど知性もなく野蛮ですから」

 

 エリカが頷いた。

 いずれにしても、オーク族は粗野で乱暴な生き物であり、あんな風に丁寧に果実を切ったりしている光景は奇異だ。

 この距離では魔眼は遣えないが、一郎はあれを見て、おそらく、一郎の勘が正しいのではないかと思った。

 

「ロウ様、あのオークたちには、なにか呪術のようなものを感じる気がします。距離があるので断言はできないんですが……」

 

 ミウだ。

 一郎の横でじっと目を凝らす仕草をしていたのだが、どうやら魔道を使った探知のようなことをしてくれていたみたいだ。

 

「呪術?」

 

 ブルイネンが訝しむ声を出した。

 

「そうですね。確かに……。だけど、本当に魔道を安定して遣えるようになったのですね、ミウ。頼もしいですよ」

 

 スクルドがミウを称賛した。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 ミウが嬉しそうな顔をする。

 

「呪術か……。それにしても、この狭間の森に、オーク族がどうやって入り込んだのだろう? 呪術というのは、その謎に関係があるのか……?」

 

 ブルイネンは不思議がっている。

 この狭間の森という場所は、ブルイネンの説明によれば、ガドニエルというエルフ族の女王が作った特別な場所であり、ガドニエルに許された者、すなわち、ガドニエル自身とブルイネン、そして、アルオウィンというふたりの側近しか開くことができない結界で包まれているのだそうだ。

 ここに入れるのは、その三人と、三人の連れてきた者のみであり、しかも、彼女たちが連れてきた者にしても、ここに置いていくことは不可能らしい。

 同行者として入った者は、ここに連れてきた者が外に出れば、一緒に、この場所から転送術で弾き飛ばされる仕掛けのようだ。

 すなわち、ブルイネンからすれば、ここにオーク族が入り込むのは不可能なのだ。

 たが、現にあの雌オークは存在する。

 ブルイネンは、それが信じられないようだ。

 

「簡単だ。ブルイネンの言うことが正しいのだという前提に立てば、ここに彼女たちを連れてきたのは、ガドニエル様か、アルオウィンさんという人のどちらかさ。そして、あの雌オークたちが、まだここに留まっていられるということは、そのふたりのうち、彼女たちと同行した方が、まだここに留まっているということしかあり得ない」

 

「ありえん──。いや、あり得ません……。で、でも、そう言われると、そう考えるしかないのか……。だけど……」

 

 ブルイネンは困惑している。

 

「おりよう、みんな。それで、全てがわかる。ただ、覚悟をしてくれよ、ブルイネン」

 

 一郎は立ちあがった。

 この距離では、魔眼は遣えない。

 ただ、近づきさえすれば、ほぼ完全なことがわかるだろう。

 

「待ってください。おりるのですか?」

 

 エリカが心配するように言った。エリカは、一郎の危険について心配しているのだ。もっとも、オーク族は凶暴で怪力だが、知能が低く、それほど心配する魔物ではない。

 一郎だって、オーク族くらいなら、容易く扱える。

 だけど、エリカの心配ももっともだ。

 

「わかっているよ。エリカとコゼ、そして、スクルドは俺の横にいてくれ。一緒におりよう。ミウとイットは右から、ブルイネンは左側から回り込んでくれ。あのオーク族を逃がしたくないんだ。ただ、まずは危害を与えないでくれ。無力化するだけだ。とにかく、手を出すのは俺の指示を待って欲しい」

 

 一郎の指示に、女たちが頷いた。

 だが、ブルイネンは、不審そうな表情になる。

 

「待ってください──。その前に、教えてください。さっきから、ロウ殿は、あの魔物たちに心当たりがあるような雰囲気です。なにか勘づいていることがあるなら、先に教えて欲しい」

 

 ブルイネンの言葉に、まだ確信が持てない状況で一郎の推測を語るのは、どうしようかなと思ったが、すぐに、なにも教えないで深刻な状況になるよりは、不確かな情報でも、それを共有すべきだと思い直した。

 

「そうだね……。じゃあ、言うよ。だけど、その前に確認したいことがるんだ。もしかしたら、イムドリス宮で、ガドニエル様に仕える侍女か召使いの中に、イザベリアンとロルリンドという名の者はいないか?」

 

 一郎は訊ねた。

 このふたりの名は、この狭間の森で最初に遭遇した二匹の雌オークのステータスにあった名前だ。

 そして、その二匹のステータスには、間違いなく「魔物化の闇呪術」という言葉があった。

 

「イザベリアンに、ロルリンド……? ふたりとも、ガドニエル女王様の傍近くに仕える侍女です。それがどうかしましたか?」

 

 ブルイネンは怪訝な顔をした。

 だが、これで一郎の推測は、ほぼ確信に近いものに変わった。 

 

「これで、わかった。だったら、あそこにいる雌オークのうち、二匹はその侍女だ。パリスの術でオーク族の醜悪な姿に変えられているんだ。そして、これは、俺の想像だけど、あの五匹の中か、それとも、すぐ近くにガドニエル様もいると思う。雌オークの姿で……」

 

「ええっ?」

 

 ブルイネンが目を丸くした。

 それは、ほかの女たちも同じであり、全員がにわかには信じられないという表情をした。

 しかし、一郎としては、わかりやすぎる推理である。

 

 一郎は語った。

 即ち、あのパリスは、このエルフ族の故郷とも称されるナタル森林に、瘴気を充満させ、あのルルドの森のように魔族や魔物がはびこる魑魅魍魎の場所にしようという陰謀を企てていた。

 それ自体は、とても実現するとも思えない途方もない謀略だが、パリスはそれを可能とするため、エルフ族の女王のガドニエルに手を出したのだ。

 それも、操ったり、殺したりということではなく、ひそかにすり替わるという手段でだ。

 

 なぜ、わざわざ魔物化の呪術を選んだのかはわからないが、おそらく、ガドニエルというエルフ族の女王ほどになれば、下手に闇魔道で操るよりも、魔物化の呪術の方が確実だったのかもしれない。

 とにかく、なんらかの罠をかけて、パリスはガドニエルを傍に仕える侍女たちごと、呪術をかけて魔物にしたと思う。

 そして、あるいは、そのまま魔物として捕えようとしたかもしれないが、ガドニエルは魔物になったまま逃亡をしてしまった。

 ブルイネンに、執拗に、避け谷に侵入したオーク族の捕縛を命じていたのは、それが理由だったと思う。

 一郎は自分の考えを説明した。

 

「ガドニエル様が──? だったら、いま、イムドリス宮にいるのは……」

 

「偽者だろうね。もしかしたら、連中はアルオウィンというガドニエル様の部下にも変身できる手段を持っているようだから、ガドニエル様にも変身ができるのだと考えていい」

 

 一郎はブルイネンの疑念に、そう答えた。

 それがもっともしっくりくる推理だ。

 これまでに知り得た不自然だった事項が、すべてこの推理で符合する。

 

「まさか……。そんなことは信じられることじゃない……。いや、だが、偽者の可能性を指摘されれば、随分と心当たりがあります。この数箇月、ガドニエル様は、確かにまるで人が変わったみたいでした。わたしは、それがイムドリス宮に魔物の侵入を許した心労のためだと思っていたのですけど……」

 

「姿を魔物に変えられたガドニエル様は、おそらく、逃亡のために、この狭間の森に逃げ込んだのだと思う。ここなら、魔物狩りにも、ブルイネンの部下や、カサンドラ殿の水晶軍の捜索からも隠れられる。ブルイネンも、オーク族がこの狭間の森に逃げ込んだ可能性は考えなかっただろう?」

 

「間違いないかもしれません。ミウが指摘した通り、非常に強い呪術の縛りを感じます。エルフの女王様が呪術にかけられるなら、女王様の魔道力に匹敵する強さの呪術が必要ですが、あれはそれくらいの強さです」

 

 スクルドが横から言った。

 一郎は頷いた。

 

「し、しかし、信じられない……。あの醜悪なオークたちが、女王様や侍女たちだとは……」

 

 ブルイネンはいまだに、半信半疑という感じだ。

 

「信じることだ。少なくとも、この狭間の森に入れるのは、ガドニエル女王様かアルオウィン殿のどちらかしかいないのだから、魔物化の呪術をかけられたのは、ふたりのうちのひとりだ」

 

 一郎はきっぱりと言った。

 もちろん、この狭間の森に逃げ込んだのが、アルオウィンの側だった可能性もあるものの、おそらく、女王のガドニエルの方だろう。

 水晶宮でも、このナタル森林の瘴気の拡大でも、パリスはかなり好き勝手やっていた。

 ナタルの森は、いまや、どこもかしこも、溢れる魔物や魔獣の影響で大変なことになっている。

 この状況でありながら、エルフ族の女王のガドニエルが、なんら動く気配がないというのは、すでにガドニエル自体が入れ替わっている可能性が高い。

 

 そもそも、一郎がパリスの立場なら、最初に狙うのは、ガドニエルだ。

 下手に側近に先に手を出して、ガドニエルに警戒されるよりは、まだ警戒をしていないうちに、まずは頭を狙う。

 

「とにかく、行けばわかる。それと、付け加えるけど、俺には呪術を解くことできる。信頼してくれ」

 

 一郎は言った。

 もっとも、問題はあの醜悪な生き物を相手に、この一物が勃起するかどうかだがな……。

 一郎が促すと、女たちも眼下の洞窟の前に向かって、崖をおり始めた。

 

 

 *

 

 

「ギャ?」

 

 五匹のうち、まず一匹が反応した。

 びくりと、醜悪な豚に似た顔がぴくり動き、次いで、けたたましい叫び声をあげた。

 

「ギャギャギャギャギャ──」

 

 まるで怪鳥の鳴き声だ。

 五匹が一斉にそばにあった棍棒や石斧のような武器を手に取る。

 

 一郎は、忍び寄って隠れていた岩場から出て、五匹の前に出た。

 五匹は目の前だ。

 その五匹が一斉に武器を持って飛び出してきた。

 両脇のエリカとコゼが、一郎を防護するために少し前に出る。スクルドは一郎の後ろだ。

 

「いけええっ」

 

 一郎は地面に手をついた。

 襲いかかってくる五匹の雌オークに対して、粘性体を地面に沿って飛ばす。

 

「ギャギャッギャ──?」

「ギャアア、ギャアア──」

「グギャギャアア──」

「ギャガギャギャ──」

「ギャギャギャ──」

 

 五匹が五匹とも、一郎の粘性体に足元を包まれて動けなくなる。

 

「こんなものかな」

 

 ほっとした。

 どうなることかと思ったが、呆気なく無力化することに成功した。

 

「ご主人様──」

「ロウ様──」

「ロウ殿──」

 

 岩場の左右側から回り込んでいたイットとミウ、そして、ブルイネンが走り寄ってくる。

 彼女たちも一郎たちに合流して、粘性体に捕まっていまだに暴れ続けているオーク族に目をやった。

 

「こ、これが、本当にガドニエル女王様たち?」

 

 ブルイネンが険しい顔をしている。

 一郎は、首を横に振った。

 

「……ここにはいないね。イザベリアン……、ロルリンド……、マリレンド……」

 

 一郎はステータスで知ることができる彼女たちの本来の名を順に口に出す。

 ブルイネンによれば、確かに、それは、ガドニエルの侍女たちの名に間違いないとのことだった。

 しかし、ブルイネンが呼び掛けても、オーク族たちは大人しくなる気配はない。

 ただ、奇声をあげて暴れようとするだけだ。

 もっとも、一郎の粘性体はしっかりと彼女たちを捕まえているので、逃げられる心配はないが……。

 

「……いや、わたしには信じられません。このオーク族たちが、本当はエルフ族たちなどと……」

 

「確かに、知性の欠片も感じないわね」

 

 ブルイネンの呟きに続いて、コゼも口を開いた。

 それは一郎も同じ思いだった。

 姿は魔物に変えられていても、それだけのことであり、一郎たちが助けに来たことを教えれば、すぐに理解し合えると思ったのだ。

 それに、面識のない一郎たちだけでなく、彼女たちにとって、よく知っているはずのブルイネンもいる。

 だが、いまのところ、ブルイネンの呼びかけにも反応した気配はないし、そもそも、言葉を理解している様子もない。

 これは、思ったよりも、最悪の状況かも……。

 

「どうです、ミウ? 呪術を感じますか?」

 

 スクルズがミウに声をかけた。

 

「は、はい、スクルド様……。あのう……、ロウ様、強い呪術です。隠れていますが、なんらかの闇魔道だと思います」

 

 ミウが一郎に向かって言った。

 

「よくできました。素晴らしい魔道解析です」

 

 スクルドが満足したように頷いている。

 ああやって、真面目なときには、スクルドも、この年齢で神殿長に選ばれるに相応しい高位魔道師としての貫禄と頼もしさを示す……。

 だが、とても淫乱なのだ。

 一郎はちょっと笑ってしまった。

 

 そのときだった……。

 なにかが、岩の洞窟の中から現れる足音があった。

 

「ご主人様──」

 

 スクルドが声をあげた。

 

「わかっている──。ガドニエル様だ──」

 

 一郎は叫んだ。

 

 

 

 “ガドニエル 

  オーク・シャーマン(エ**族)、雌

  経験人数:男10、女1

  状態

   魔物化の闇呪術”

 

 

 

 まだ姿は見えないが、先にステータスを覗くことができた。

 間違いない──。

 

「ガドニエル様──?」

 

 ブルイネンも叫んだ。

 洞窟から、()()が出て来る。

 なにも身に着けていない巨体の雌オーク──。

 

「ガアアアアアアア──」

 

 凄まじい咆哮だ──。

 びりびりと身体が震えるほどの声に、全身が金縛りになったかのように動かなくなるのを感じた。

 

「うわっ、これ、魔道です──」

 

 エリカが悲鳴をあげた。

 そうか──。

 

 

 

 オーク・シャーマン──。

 

 

 

 つまりは、魔道を遣えるオーク族──。

 

「拘束を解きます――」

 

 スクルドが叫んだ。

 途端に、オークの叫び声が小さくなり、金縛りが解けた。

 

「ガドニエル様──。俺たちは敵じゃない──。助けに来たんです──」

 

 絶叫した。

 そして、同時にガドニエルの足元に向かっても粘性体を飛ばす。粘性体は見事にガドニエルの膝から下を包み込むことに成功した。

 

 やった──。

 

 と思ったが、それは一瞬だ。

 

「ヒガアアアアア──」

 

 だが、またオークの咆哮がして、一郎の粘性体が弾けるように消滅するのが見えた。

 

「うそっ」

 

 一郎はびっくりした。

 

「危ない──」

 

 次の瞬間、一郎はなにかに体当たりされて、横に飛んでいた。

 一郎を突き飛ばしたのはエリカだ。

 そして、たったいままで一郎がいた地面に、ガドニエルのオークが飛ばした衝撃波が大きな陥没を作っていた。

 そして、一郎の代わりになったエリカが衝撃波に巻き込まれて吹き飛んでいる。

 

「きゃあああ」

 

「エリカさん」

 

 スクルドが飛ばされるエリカを魔道の膜のようなもので包むのがわかった。

 崖に直撃する直前に急速に速度が落ち、エリカがふわりと地面におろされる。

 

「ミウ、ご主人様についていて」

 

 スクルドが叫んで前に出る。

 結界の透明の膜のようなものが前に出現した。

 

「ロウ殿、あれは本当にガドニエル様なのか──」

 

 ブルイネンも一郎に駆け寄ってきた。

 一方で、コゼやイットは、ガドニエルを牽制するように、武器で威嚇しながらガドニエルに接近しようとしている。

 

「多分、間違いない……。ただし、魔物化が進行している。おそらく、もう、自分のことも、ブルイネンのことも、もちろん、俺たちのことなど、なにもわからなくなっていると思う。呪術で白痴化して、魔物としての知性しか持っていないようだ」

 

 一郎は叫んだ。

 それにしても、これでは、ガドニエルを攻撃しないで、無力化するなんてできっこない。

 

 そして、一郎に向かって襲撃する気配だったガドニエルは、さっと体勢を変えて、コゼたちに向かう様子を示した。

 

「待て、危ない──」

 

 一郎が叫ぶのと、ふたりがオークの大きな腕で弾き飛ばされるのが同時だった。

 スクルドの腕がそっちに向く。

 さっきのエリカのように、飛ばされるふたりが透明のクッションに守られたように地面に落ちる。

 

「こらあっ、こっちよ――。そして、ブルイネン、ぼっとしてんじゃないわよ」

 

 起きあがっていたエリカがオークの足元に魔道を飛ばし、オークがコゼたちを追いかけようとするのを威嚇した。

 直接にぶつけないのは、一郎の事前の指示を覚えているからだろう。

 また、エリカはブルイネンに叱咤の声をかけた。あのオークたちがエルフの女王たちだと認識したのか、明らかにブルイネンの行動は鈍い。

 もはや、どうしていいのか迷っている感じだ。

 ガドニエルのオークがこっちに振り返る。

 

「大人しくしなさい――」

 

 スクルドがオークとこっちとのあいだに炎の壁を作った。

 雌オークがたじろいだのがわかった。

 間隙ができたのを利用して、コゼたちを確認する。

 弾き飛ばされたようだが、とりあえずふたりとも起きあがっている。

 

「ギャガギャガガガガガ――」

 

「うわっ」

 

 そう思ったら、スクルドの作った炎の壁がオークの咆哮の衝撃波で吹き飛ばされた。

 そこから、雌オークの巨体が憎悪の表情をして、突進してくるのがわかった。

 

「きゃああああ」

 

 魔道をかけるために前に出ていたスクルドが体当たりで飛ばされて宙に舞った。

 

「スクルド――」

「スクルド様――」

 

 一郎の叫びに続いて、ミウが反応してスクルドに向かって防護魔道をかける。

 しかし、その隙を狙ったように、オークのガドニエルが衝撃波を一郎に向かって飛ばしたのがわかった。

 

「いかん――」

 

 たまたま、一郎の横にいたブルイネンが剣で衝撃波を叩き切る。

 だが、すでに第二波が目の前だ。

 

「うわあっ」

「ぐああっ」

 

 ブルイネンとともに身体を吹き飛ばされる。

 衝撃を感じて、目の前が真っ暗になった。



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456 白痴オークとの激闘

 全身に衝撃が走った。

 目の前が暗くなる。

 なにか温かいものが身体を包んだのがわかった。

 

「ロウ様──」

 

 エリカの悲鳴が耳に入ってきた。

 遠くなりかけていた意識が戻る。

 

「ブルイネン――?」

 

 声をあげた。

 一郎を抱えるように抱き締めている。

 しかし、ブルイネンには意識がない。

 頭の横から血が流れている。

 

 なにが起きたかわからなかったが、突進しながら打ち込まれた魔道の衝撃波に、身体を弾き飛ばされたのだとわかった。

 地面を二転三転と転がりながら、背中を小さな岩に叩きつけられたのだと思うが、咄嗟にブルイネンが一郎を抱えたのだ。

 だから、ブルイネンが傷つき、一郎は軽傷で済んだのだろう。

 しかし、ブルイネンは頭を強く岩に打ったみたいだ。

 

「ブルイネン、しっかりしろ――」

 

 隷属の女を癒せる淫魔術を遣って、ブルイネンの傷を治療する。

 負傷は癒えたが、ブルイネンは倒れたままだ。

 一郎は、ブルイネンをその場に横たわらせて、立ちあがった。

 

「ああ、ごめんなさい――」

 

 ミウが泣きそうな顔で走ってくる。

 スクルドから一郎のガードを託されていたミウだったが、オークに弾き飛ばされたスクルドを守ろうとして、一郎の守りに隙を作ってしまったのだ。

 それがわかっていて、半泣きなのだろう。

 

「気にするな、ミウ。それよりも、こっちを頼む」

 

「はい」

 

 ミウが来て、一郎に治療術をかけた。ちょっと痛みのあった場所が癒えていく。

 もともと、岩に打ちつけられたときの怪我は、一郎に備わる「ユグドラの癒し」が急速回復してくれていたのだが、一郎はミウに礼を言った。

 

 周りを見る。

 足元のブルイネンを除けば、突き飛ばされたりした者も立ちあがっている。

 離れてはいるが、スクルドも足元が怪しいものの健在だ。

 

「ロウ様になにするのよ──」

 

 すると、エリカの絶叫──。

 見る。

 剣を抜いている。

 

 いかん──。

 

 エリカは憤怒で我を忘れている。

 ガドニエルを斬りつける気だ。

 さすがはガドニエルだけあり、魔道の衝撃は強いが、所詮はオーク族だ──。

 集中力もなく、魔道波は練られたものじゃなく、着地点で発散気味だ。

 さもなければ、直撃を受けた一郎たちが生きていられるわけがない。

 また、動きそのものは、力が強いだけで、どう見ても鈍い。

 エリカが本気になれば、瞬殺してしまうかもしれない。

 

「やめろ──。ガドニエル様だぞ──」

 

 一郎は起きあがりながら叫んだ。

 オークと対面して、いまにも、腕でも斬り落とさんばかりのエリカの剣が一瞬、躊躇したのがわかった。

 

「きゃあああ」

 

 次の瞬間、棍棒のようなオークの腕がエリカの頭を振り抜き、エリカが吹っ飛ばされた。

 

「エリカ──」

 

 一郎は叫んで、駆け寄ろうとした。

 

「あっ、ロウ様――」

 

 置いていかれたかたちになったミウが背中から叫んだ。

 だが、無視する。

 エリカが危ないのだ――。

 

「駄目です──。危険です」

 

 その行く手の途中でさっと、横からやってきた女の身体が阻んだ。

 コゼだ。

 

「やめなさい――」

 

 一方で、別の角度から魔道が放たれて、雌オークの足元に小さな衝撃波が飛んだ。

 スクルドだ。

 倒したエリカをそのまま踏みつけんばかりに突進しかけていたのだ。

 威嚇に怒った雌オークが、一転して、再びスクルドに突進している。

 だが、スクルドの前には誰も援護がない。

 

「ガアアアアアアア──」

 

 雄叫び──。

 見た。

 オークのガドニエルは、あの叫び声で魔道を放つための魔力を溜めるのだ。

 スクルドが自分の身体の前に、魔道の防御壁を張るのがわかる。

 

「きゃああああ」

 

 しかし、ガドニエルの衝撃波がスクルドの魔道壁をぶち破り、ほとんど同時に飛び込んできたガドニエルの膝がスクルドの腹に炸裂する。

 スクルドがぶっ飛ぶ。

 

「スクルド」

 

 叫んだ。

 イットがオークの前に出る。身体を屈めて、片足に体当たりして倒した。

 なんとか、足止めをした。

 そのまま、イットが離れる。

 たったいま、イットがいた場所に、オークの拳が炸裂した。

 地面に穴ができている。

 なんという怪力だ。

 オークが立ちあがった。

 

「ミウ、こっちはいい――。スクルドを――」

 

 一郎を守っているコゼの指示により、ミウがスクルドに走っていく。

 今度はスクルドは倒れたままだ。

 ミウが治療を開始したのがわかった。

 

 だめだ──。

 このままじゃあ、歯が立たない。

 せめて、動きをとめない限りは、やりようがない。

 

 一郎は粘性体を飛ばして、再びガドニエルの足元を地面に貼り付けさせた。

 イットを追いかけようとしていたガドニエルが、足を取られて再び倒れる。

 そのまま、さらに粘性体を飛ばして、倒れたガドニエルに二重三重に上から粘性体をかけていく。

 

「大丈夫か、みんな? とにかく、集まれ――」

 

 その隙に、淫魔術を飛ばして、エリカの治療をする。

 すでにふらふらだが大丈夫のようだ。

 一郎のところに寄って来る。

 

「ロ、ロウ様……」

 

 ブルイネンだ。こっちも意識が戻ったようだ。

 

「ご主人様……」

 

「ロウ様」

 

「ご主人様」

 

 イットも来た。ミウとスクルドもだ。

 全員、問題ない。

 

「魔道馬鹿のあんたが、魔道で負けるとはねえ。さすがは、エルフ女王ってこと?」

 

 コゼがスクルドに軽口を言った。

 

「面目ありません」

 

 スクルドはにこにこしている。

 大丈夫だな。

 一郎はほっとした。

 

「で、でも、本当に、あれがガドニエル様ですか──?」

 

 ブルイネンは、まだ半信半疑だ。

 まあ、無理もない。

 一郎も、ここまで魔物そのものとは思わなかった。

 

「間違いない……。だけど、作戦変更だ。とりあえず動きをとめる。話し合いは不可能のようだ」

 

 一郎は言った。

 そのとき、粘性体の中でもがいていたガドニエルが、吠えるような雄叫びをあげるのが聞こえた。

 

「来るぞ」

 

 粘性体が魔道波で弾け飛んで消滅する。

 怒りに震える醜悪なオーク姿のガドニエルがこっちを睨んで、またもや雄叫びをする。

 

「伏せろ──」

 

 叫んだ。

 次は衝撃波だ。

 強力な衝撃波とそれに合わせた突進が、オークのガドニエルの攻撃パターンだ。

 単純だが、勢いはすさまじい。

 

「しゃあああ──」

 

 全身が地面に伏せたが、イットだけはオークに向かって駆け進む。

 

「ガアアアア」

 

 ガドニエルの衝撃波──。

 

「イット──」

 

 一郎は名を叫んだが、衝撃波の直撃を受けながら、イットはそのまま素通りした。

 

 そうか……

 

 イットには魔道は効かない。

 衝撃波も魔道だ。

 イットはそれを受けないでいられるのか。

 そう思ったときには、イットの飛び膝蹴りがオークの顔面に炸裂した。

 

「ヒガアアアッ」

 

 ガドニエルの巨体が音を立てて倒れる。

 

「一度下がれ、イット──。スクルド、足元だ。起きあがる雌オークの足元に落とし穴を作れ。腰の下までの深さでいい――」

 

 一郎は大声をあげた。

 戦うと決めた瞬間、一郎の眼に、青いもやのような薄い光がガドニエルの足元にうつったのだ。これも魔眼能力のひとつであり、一郎には戦う相手の弱点のようなものがぼんやりと青い光でわかるのだ。

 予知のようなものではなく、勘を根拠にするものらしいが、かなり重宝している。

 

「ガアアア──」

 

 怒っているガドニエルが吠えた。

 起きあがる。

 

「いまだ──」

 

「はい」

 

 一郎の合図でスクルドが土魔道を飛ばす。

 ガドニエルの身体の下に穴が開き、ガドニエルの両脚が落ちた。すぐに一郎は穴の下に粘性体を発生させる。

 

「ンガアア」

 

 腿から下を地面に落としたガドニエルが体勢を崩して、悲鳴のような声をあげる。

 

「埋めろ」

 

 一郎はスクルドに指示した。

 たったいまガドニエルを落とした穴が、魔道で元に戻る。

 ガドニエルの腿から下を埋めたまま……。

 

「ガアアアアアア──」

 

 必死にもがいているガドニエルがまた雄叫びをした。

 魔道で脱しようとしているのだ。

 

「ミウ、局部に電撃でも飛ばしてやれ」

 

「えっ?」

 

 ミウが躊躇するような仕草をしたが、一瞬だけだ。

 すぐに剥き出しの雌オークの股間に光線が飛んだ。

 そして、さすがに魔道は中断され、雌オークの衝撃波も、また、埋もれた地面を飛ばす魔道も発生されなかった。

 

「ヒンギイイイィィ」

 

 雌オークが股間を両手で押さえて倒れる。もっとも、腿から下を地面に埋められているので、完全は倒れない。

 一郎は粘性体を飛ばして、ガドニエルの両肘から先を包み、さらに粘性体でそれを繋いで、強引に両手を背中側に持っていき固定してやった。

 

「やれやれだな。じゃあ、ミウ、エリカ、ブルイネン、三人でよく見ていろ。雌オークが魔道を放ちそうになったら、また局部でも乳房でも死なない程度の電撃を送り込め」

 

 一郎は息を吐いた。

 もう、“ガドニエル様”と敬称を付ける気にもなれない。

 これは、ただの魔物だ。

 しかも、見境なく戦うだけの低能だ。

 

「ミウ、あいつが吠えそうになったら股間に電撃だ。あれは、衝撃波を出す前に、大きく息を吸い込む」

 

「はいっ」

 

 ミウが緊張した様子ながら頷く。

 その直後、オークがすっと息を飲んだのがわかった。

 

「ヒギャアアアアッ」

 

 オークが哀れそうな鳴き声をして、身体をふたつに折った。

 腕を拘束している粘性体も外れてない。

 これなら、いけるか……。

 

「ミウ、その調子で頼む」

 

「あ、危ないですよ、ご主人様」

 

 一郎がガドニエルに近づこうとしているのに気がついて、コゼが声をあげた。

 

「ロウ様――」

 

 エリカも気がついて、それを阻む仕草をする。

 

「大丈夫だよ。それに近づかないと、解呪はできないじゃないか。まあ、あの体勢なら大丈夫だろう。後ろからやれるさ」

 

 一郎は嘯いた。

 

「解呪って……。あれと……するんですか……?」

 

 コゼも解呪と一郎が言ったら、なにをするのかは知っている。

 醜悪そのものの雌オークの姿に、コゼも引きつったような顔になっている。

 

「なんて顔だよ。やるのは俺だぞ」

 

 一郎は苦笑した。

 そのまま、ガドニエルに近づく。コゼに加えて、エリカも慌てたように横に付く。

 一方で、ミウの前にはスクルドがついた。そっちには、イットとブルイネンが残る。

 

 近づく途中で、またもやガドニエルの絶叫が起きた。

 ミウが三度目の電撃を股間に送り込んだのだ。

 ガドニエルの魔道が放たれそうになったのだろう。

 悲鳴をあげてもがいているガドニエルの眼から、苦痛の涙がぼろぼろとこぼれだすのが見えた。

 

「さてと……」

 

 一郎は腿から下を地面に埋められているガドニエルの後ろに立った。

 両脇には、一郎を防護するために、コゼとエリカがぴったりとくっついている。

 魔道遣いのミウとスクルドは、ガドニエルの前から、いつでも電撃を飛ばせる態勢だ。

 ふたりとも魔道遣いとしては超一流だ。

 ミウには、ガドニエルの魔道封じに専念させ、スクルドには補助を含めて、全般を見させる。

 ブルイネンも魔道を遣えるし、ガドニエルの抵抗を阻止する態勢としては十分と思う。

 オーク・シャーマン程度の魔物では、それが魔道を発生させるために、魔力を集めだした瞬間に、それに先じて攻撃することができるはずだ。

 魔力が発揮できないのだから、粘性体の拘束も解けない――。

 

 さて……。

 ここまで大変だった。

 

 だが、これからだな。

 これからも大変だ。

 

 これを相手に勃つかな?

 

「ブルイネン、仕方ない。話し合う余地も、納得してもらうことも不可能だ。強引にいくよ」

 

 いまからやろうとするのは、ガドニエルを一郎の性で支配して、パリスの呪術を除去して、魔物化した身体と心を元に戻そうという行為だ。

 それそのものは、ガドニエルに精を放つことさえできれば、可能だという気はしている。

 ただ、それは、エルフ族の女王たる最高位貴族のガドニエルを犯すという行為であり、下手をすると全エルフ族を敵にしそうな気もするし、できればガドニエルとは、話し合いをして、この方法しかないことを理解してもらうつもりだった。

 雌オークに成り果てているとはいえ、こうやってレイプまがいをするつもりはなかったのだ。

 

「は、はい……。だ、だけど、なにを……?」

 

 ブルイネンは理解してないようだ。

 まあいい。

 見ていればわかるし、驚いてとめるようなら、ブルイネンの感情を操作して、とりあえず大人しくさせてもいい。

 ほかの女は、エルフ族のエリカも含めて、わかっているから文句は言わないだろう。

 

 一郎はさらにガドニエルに寄った。

 なにも身につけていないので、尻が剥き出しだ。性器もだ。

 しかし、なんという悪臭だろう。おそらく、身体なんか一度も洗ってないに違いない。

 

 一郎はスクルドに声をかけて、目の前の魔物に洗浄魔道をかけてもらう。

 それでいくらか、ましになる。

 

 魔物のガドニエルは、周りを囲んでいる一郎たちを威嚇するように、凶暴な表情を向けて吠えたり、胴体で体当たりのような仕草をするが、女たちも当たるような距離にはいないし、ガドニエルも下手に魔道を放とうとしたりすると、股間に電撃を浴びせられるのをわかっているので、それは躊躇してる感じだ。

 ガドニエルと女たちが睨み合いのようになっている。

 

 その間に、一郎は亜空間から、一番頑丈な金属の枷を取り出して、粘性体で拘束しているガドニエルの手首と二の腕に嵌めた。これで魔道でも簡単には外れないはずだ。

 なんとか、拘束を完成したところで、一郎は、雌オークの後ろから、すっと手を出して雌オークの剥き出しの乳房をすっと撫ぜる。

 

「ギャオオッ?」

 

 雌オークがびっくりしたような奇声をあげるとともに、身体を捩じるようにくねらせる。

 醜悪な外見のわりには、女らしい仕草だ。

 これなら、大丈夫かも……。

 ちょっと思った。

 

「それにしても、魔物になったくせに、敏感な身体だな。そうやって反応されると、その姿でも興奮してくるよ」

 

 この世界でも、雌オークを強姦した人間族は、これが初めてだろなと心で苦笑しながら、一郎は、ガドニエルの後ろから、再び剥き出しの胸に後ろから両手を伸ばした。

 

「ンギャッ? ンギャアア──」

 

 一郎が背後から乳房を掴んで、乳首を掴んでゆっくりと揉み始めると、雌オークははっきりと狼狽の様子を示し始めた。

 そして、なにをされようとしているのわかったのか、胴体を激しく動かしだして抵抗の兆しを示しだす。

 

「大人しくしろよ。その代わり、気持ちよくしてやるからな」

 

 すかさず、粘性体を肩、胴体、首と次々に飛ばす。紐状にして雌オークを上半身を地面に貼りつけるように倒して動けなくしてやる。

 つくづく、便利な能力だ。

 レイプに向いている。

 

 これで、さすがに雌オークもほとんど身動きできなくなった。

 一郎は片手でズボンと下着を膝まで降ろし、膝立ちで雌オークに後ろから抱きつく体勢になった。

 淫魔術を駆使して、一物を無理矢理に勃起させる。

 一郎の怒張が雌オークの地面に埋めて開いている脚の付け根に入るかたちになる。

 

 位置的には大丈夫だ……。

 ガドニエルの成れの果てである雌オークは巨体なので、高さ的にもちょうどいい。

 

「ンギャアアアアア──」

 

 俯かされている雌オークが苦しそうな恰好のまま咆哮した。

 魔道を放とうと、魔力を集めているのだ。

 

「ご主人様──」

「ロウ様、離れて──」

 

 周りで見守っている女たちが一斉に警告の声をあげた。

 ミウも電撃を放つ体勢をとる。

 しかし、一郎が密着した状態では、電撃が一郎にも伝わることになるため打てない。

 

「問題ない。もう、俺に任せてくれ──。ところで、これはレイプじゃないぞ。治療だからな、ブルイネン。正気に戻ったガドニエル様にちゃんと言い訳をしてくれよ。思い出して、俺を八つ裂きにしないようにな」

 

 一郎はちょっとお道化て言った。

 よく考えたら、人間の男が雌オークを犯そうとしていることも大変だが、エルフ族の最上位の女王をレイプするのも、大きな罪だろう。

 覚えていないといいが……。

 

 一郎はぎゅと掴んでいた乳首を力一杯に握りしめ、ぐちゃぐちゃと揉み始めた。

 

「アギャアアア?」

 

 雌オークの身体がかっと熱くなり、暴れる兆しを示した。

 息を大きく吸い込む動作も……。

 

「ロウ様――」

「ご主人様――」

 

 ミウとスクルドの悲鳴―― 。

 ふたりに大丈夫と手で制する。

 この代わりに、ぎゅっと同時に乳首をつねりあげた。



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457 白痴オークとの性交

「ナギャアアア──」

 

 突然の激痛に、雌オークが動かない上体を限界まで反り返られて絶叫した。

 一郎は、さらに粘性体を増やして、地面との拘束度をあげる。

 また、雌オークが集めようとした魔力については、痛みで集中力がなくなり、消失したようだ。

 魔道は発生していない

 肌に触れている一郎にも、魔力を放つための魔力の集中に、雌オークが失敗したのはわかった。

 

「魔道を遣おうとすると、また乳首を握りつぶすぞ」

 

 一郎は雌オークの胸を揉みながら言った。手のひらはオークの乳房全体を掴んでいるが、しっかりと指は乳首にかかっている。

 雌オークが喘ぐような声を出した。

 

 おっ?

 

 だが、一郎はちょっと驚いた。

 雌オークに痛みを与えたとき、雌オークの身体の表面にある性感の拡大や上昇を示す赤いもやが、ぱっと全身に拡がったのだ。

 色も濃くなる。

 一郎が掴んでいる乳首にしても、背中越しだが、そこが真っ赤になるくらいに性感のもやが色濃く上昇したのを淫魔術で感じる。

 

 もしかして、雌オーク……、つまり、ガドニエルはマゾか?

 一郎は一粒ほどの粘性体の塊を雌オークの股間に飛ばすと、雌オークの陰核を包ませ、さっきと同じようにぎゅっと一度締めつけてやった。

 

「ンギョオオ、ホギョオオ──」

 

 雌オークががくがくと痙攣のような動作を示した。

 だが、一郎はまたもや性感のもやが濃くなるとともに、どっぷりと雌オークの股間に淫液が溢れたのを目聡く見つけた。

 

 これは、ちょっとした真性だな……。

 ほくそ笑むとともに、さっき包んだ雌オークの陰核を粘性体で強めに振動させる。

 一方で一郎の両手は揉むほぐすように、雌オークの乳房を動いている。

 

「んああ、ああ、ああっ」

 

 雌オークの口から漏れる声が怪物のような甲高い音ではなく、まるで人族の女のような喘ぎ声に変化した。また、劇的に抵抗の様子が消滅する。

 観念したという感じだ。

 それだけでなく、さらに股間からどっと蜜が放出され、どっぷりと溢れたようになった。

 視線的には見えないが、淫魔師の一郎には見なくてもわかるのだ。

 一郎は、もう一度体勢を整え、雌オークの股間の位置を確認すると、お尻の下から怒張を差し入れ、股間の入口に先端をあてがう。

 

「ンギョオ──」

 

 再び怪物の声になった雌オークが暴れる兆候があった。

 しかし、もう遅い。

 一郎は怒張を一気に挿し込んだ。

 多少の痛みが発生するように……。

 

「んぐううっ」

 

 今度は人の女の声……。

 すでに一郎の一物は雌オークの中に深々と突き挿さっている。

 雌オークが完全に脱力した、

 一郎は律動を開始した。

 雌オークは、はっきりと快感の様子を示しだした。

 さらに抵抗の態度が消滅し、一郎に犯されて安堵しているような感じになる。

 

 律動を繰り返す。

 雌オークの膣はどんどんと潤滑油を増し、身体全体がほぐれたように柔らかくなり、喘ぎ声もはっきりしてくる。

 一郎は淫魔術を駆使して、雌オークに津浪のように快感を与えていく。

 

 ときに痛がるくらいに乱暴に……。

 ときに悶え狂うくらいに、快感を覚える場所を集中して刺激し……。

 ときに、焦らすように一番気持ちのいいところを避けて、ぎりぎりのところばかりを責めたてて……。

 

 雌オークが大きな反応を示しだす。

 また、その仕草は、だんだんと怪物ではなく、人族の女そのものになる。

 いつの間にか、一郎は、外見が醜悪なオークである彼女に、全くそれを感じなくなっていった。

 

 やはり、人族……。

 彼女はエルフ族だ。

 醜悪な怪物なんかじゃない──。

 

 やがて、一郎は、犯しながら、雌オークの心に手が掛かったような感触を得た。

 淫魔術の支配を雌オークに伸ばす感覚だ。

 ぐっとそれを手繰り寄せて、心の中で鷲掴みにする。

 一方でさらに抽送も激しくする。

 胸揉みや粘性体による肉芽の振動も、激しめで、本来であれば痛みが伴うくらいの強さにした。だが、この雌オークにはそれが一番いいのだ。

 どんどんと喘ぎ声も大きくて派手なものに変化する。

 

「わっ、オークの身体が──」

 

「わっ、わっ、わっ」

 

「うわっ」

 

 女たちが騒ぎ出している。

 それで気がついたが、雌オークの身体がなんとなく光ったような感じになり、醜い(いぼ)やあざだらけの薄黒い肌が、真っ白に変わりだしているのだ。

 それだけでなく、身体も全体的に細くなったような……。

 とにかく、一郎は雌オークを激しく責めたてた。

 さらに反応が大きくなる。

 

「うあああっ、はああああっ」

 

 やがて、雌オークが身体を緊張させて、がくがくと震えだした。

 達するようだ。

 一郎はそれに合わせて、雌オークの子宮の中に精を放った。

 

 性奴になれ──。

 念じる──。

 彼女を救うために、どうしても、それが必要なのだ。

 

 雌オークの心を掴んでいる感触は、いまや完全なものになった。

 鷲掴みどころじゃない。

 そのものを一郎が取り込んでいる。

 そんな感じだ。

 

 すると、真っ黒で、(いびつ)で、気色の悪いものがそこにあるのがわかった。

 黒いべっとりとした膜のような異物であり、それが大きく広がって密着している。

 

 邪魔だな──。

 思った。

 

 一郎が念じると、まるで煙になったかのように黒い異物が消滅して、そこから光り輝く美しいもの現われた。

 

「おお、ガドニエル様──」

 

 ブルイネンの感極まった声が聞こえた。

 一郎が犯している雌オークは、いまや、醜悪な怪物の面影はなく、ひとりの美しいエルフ族の女性になっていた。

 

 一郎は彼女にまとわりついている粘性体を一気に消滅させた。

 二の腕や手首にしていた枷も外す。

 枷はオークの身体に合わせていたのでゆるゆるだ。

 一郎は、淫魔力を遣って解錠し、そのまま亜空間にしまい直した。

 

「はあ、はあ、はあ……。に、人間族の男……。あ、あなた……」

 

 女が首だけ振り返らせる。

 一郎は息を飲んだ。

 エルフ族の美女のエリカも美しいが、エリカに勝るとも劣らず美しい。

 しかも、顔が上気して、黄金の髪が汗で額に貼りついている姿など、およそこの世のものとも思えないほどに神々しく、そして、とても煽情的だった。

 

「ガ、ガドニエル様ですか……。俺は……」

 

「わ、わかっています。薄っすらと記憶がありますから……。だ、だけど……。と、とりあえず……」

 

 ガドニエルが消え入るような声で言った。

 その顔が困ったような、それでいて、なんとなく嬉しそうな複雑な表情になった。

 

「はい?」

 

「と、とりあえず、抜いていただけませんか……?」

 

 ガドニエルが恥ずかしそうな声で言った。

 それで我に返ったが、一郎はいまだに男根をガドニエルに挿入したままだったのだ。

 乳房だって両手で掴んだままだ。

 

「これは──」

 

 言葉がないというのはこのことだ。

 一郎は慌てて、ガドニエルの裸体から手を離すとともに、怒張を急いで抜いた。

 

「あんっ」

 

 急に抜いたせいか、ガドニエルの膣はそれでちょっと痛みがあったようだ。

 だが、それにより、ガドニエルの性感は逆に向上し、ステータスだって、彼女が快感を拡大させたという数値が出た。

 やはり、このエルフ族の女王は、かなりマゾっ気が強いみたいだ。

 一郎はにんまりとしてしまった。

 すでに、一郎はガドニエルの性を淫魔術で支配している。

 だから、わかるのだ。

 

「あ、あのう……。これには、わけがですね……」

 

 とにかく、一郎は言い訳をしようとした。

 しかし、ガドニエルがそれを手で制した。

 ガドニエルの息はまだ荒いし、身体もだるそうだ。

 

「わかっています……。なんとなく、ぼんやりとですが覚えてもいるんです……。あなたが……あなたたちが、わたしを助けようとしてくれたことも認識しています……。事情はあるのでしょう……。どうして、こんなことになったのか……教えても頂けるのでしょう……。それで、ブルイネン……」

 

 ガドニエルが胸を両手で隠すようにしながら、周りの女たちの中にブルイネンを見つけて、声をかけた。

 ブルイネンが慌てたように前に出て、ガドニエルの前に跪いた。

 一方で一郎も服装を整える。

 

「ガ、ガドニエル様──。幾たびにも謝罪します。あのとき、ガドニエル様を見分けられなかったことも……。いま、イムドリス宮にいる偽者を見抜けず、ずっと従ってしまっていたことを……」

 

 ブルイネンが喋りだす。

 しかし、ガドニエルは、それも制する。

 

「……偽者……? イムドリス宮でなにかが起きているようですね……。でも、それは後で聞きましょう。それよりも、わたしの魔力はまだ荒れていて、魔道を遣える状態にありません……。半月……いえ、十日もすれば完全回復するでしょう……。でも、いまは……。だから、ここから出しなさい」

 

 ガドニエルは、スクルドの魔道で腿から下を土に埋もれさせたままだ。

 

「わたしが……」

 

 スクルドが土魔道でガドニエルの周りの土を除去する。

 次いで、ブルイネンがガドニエルを抱えて穴から助け出した。

 

「あ、あのう……」

 

 ミウが前に出てきて、ガドニエルに洗浄魔道をかけた。

 ガドニエルの身体にあった汚れや汗が完全に消滅する。

 

「ありがとう、人間族の少女……。よい魔道ですね。その年齢で、エルフ族に匹敵する……いえ、それに勝る魔道力を感じます。しかも、自在型(フリーリィ)ですね。よければ、わたしのところで、修行しませんか? あっ……。でも、まずは、イムドリス宮を取り戻すのが先ですね。それもかなわない状態でおこがましい……」

 

 ガドニエルが悲しそうに溜息をついた。

 

「い、いえ……。あ、あのう……。こ、光栄です……。でも、あたしは、そこにいるスクルド様にお世話になっていて……。それにロウ様も……」

 

 ミウが困ったように、スクルドと一郎に視線を向けた。

 よくはわからないが、エルフ族の女王のガドニエルが、人間族の少女の修行をしようというのは名誉なことなのだろう。

 だが、ミウはここで修行するつもりはなさそうだ。

 そんな表情をしている。

 ガドニエルがスクルドを見た。

 

「スクルド殿……? ああ、あなたですか……。強い魔道を感じました。名のある魔道遣い殿なのでしょうね。このような格好で失礼します。エルフ族女王のガドニエル=ナタルです……。ところで、どこに所属されている高位魔道師殿でしょうか? 申し訳ありませんが、俗世には不心得でして……」

 

「お目にかかれて光栄です、女王殿。でも、わたしはどこの者でもありません。ただのスクルドです。そこにおられるロウ様にかしずく女のひとりです。強いて申せば、ロウ様の雌犬……性奴隷でしょうか。ふふふ……」

 

 スクルドがいつもの微笑みを浮かべて笑った。

 一郎は呆れた。

 よりにもよって、エルフ族の女王に、自分は一郎の性奴隷だと自己紹介するとは……。

 だが、まあいいか……。

 なんか、否定するのも面倒だし……、

 

「い、犬? 性奴隷――?」

 

 すると、なぜか、急にガドニエルが真剣な表情なって、びくりと身体を大きく反応させた。

 なんだ?

 

「ガドニエル様、こちらがロウ=ボルグ卿……。ハロンドール王国からやって来た子爵にして、冒険者です……。と、とにかく、今回のことはすべて、ロウ殿のおかげです。彼がいなければ、ガドニエル様を見つけることもできなかったのは間違いありません。最高級の功労です。さ、さっきのもガドニエル様をお救いするために……」

 

 ブルイネンが会話に割り込んできて、早口に言い立てた。

 もっとも、ブルイネン自身も、状況を理解していないようであり、説明がややたどたどしい。

 一郎は苦笑した。

 まずは、ガドニエルの真正面に移動する。

 そして、亜空間から大きな布を取り出して、ガドニエルの裸体を包んだ。

 ガドニエルがそれを身にまとう。

 一郎は儀礼に沿った礼をする。

 このくらいの礼式は、アネルザから教えてもらっている。

 すると、ガドニエルがくすりと笑った。

 

「このような状況で礼節など不要でしょう。どうぞ、楽な態度でお願いいたします」

 

「ならば、お言葉に甘えて……。ロウ=ボルグです。俺は一介の冒険者であり、成りあがり者です。礼儀知らずにつき、無礼もお許し願いたい。その代わり、ガドニエル様の力となることを約束します」

 

 一郎はにっこりと微笑みかけた。

 気のせいか、ガドニエルの頬が赤くなった気がした。

 

「ボルグ卿、感謝します。感謝という言葉では言い表せませんが、助けてくれてありがとうございます」

 

 ガドニエルがさっと腰を折って、一郎の前に跪いた。

 一郎はびっくりした。

 

「俺のことはロウと……。それと、さっきの話ですが、ミウは俺の大切な仲間……いえ、彼女もまた、私の女のひとりです。奪わないでいただけますか、女王陛下」

 

 ミウのことを一郎の女と呼んだとき、ミウがぱっと破顔して満面の笑みを浮かべた。そして、拳を握りしめて、自分の胸を抱くような仕草をする。

 可愛いものだ。

 一方で、ガドニエルが驚いたような表情を一郎に向けた。 

 

「女……ですか?」

 

 ガドニエルは目を丸くしている。

 

「ええ。ここにいる全員が俺の女です。紹介します。ミウとスクルドはよろしいですね。その横のエルフ族はエリカ、次が人間族のコゼ。獣人族の娘はイット……。全員、俺の女です。あっ、ブルイネンも俺の女ですね……。また、ほかにも数名の女がいます」

 

「そ、そうなのですか……。随分と……」

 

 なぜか、ガドニエルがちょっとたじろぐような態度を示した。

 一郎は訝しんだが、とりあえず、気にしないことにした。

 

「先程も申しましたが、俺たちは女王様の役に立てると思います。その代わりに、俺としても、あなたの魔道が回復すれば、どうあってもお願いしたいこともあります……。いずれにしても、俺たちが確かな者であることは、ブルイネンが保障してくれるはずです。どうか、手助けをさせてください」

 

「信用できます。そして、信頼すべきです」

 

 すぐさま、ブルイネンが横から言った。

 ガドニエルが大きく頷いた。

 

「よろしくお願いします、ロウ様。いまは、まだ魔道さえも回復しておりませんが、必ず、あなたの力添えに報いると約束します。エルフ族女王であるガドニエルの名に懸けて、そして、エルフ族の守護女神であるアルティスに誓いましょう」

 

「わかりました。とにかく、オーク族に変えられたあなたの侍女たちを元に戻します。話はそれからにしましょう……。それと、俺の実施する解呪については、ちょっと特別な方法を遣います。魔物化の呪術は非常に強力なもので、ほかの方法では無理なのですよ」

 

 一郎は、茶目っ気を込めて言った。

 最初に粘性体で地面に拘束した五匹の雌オークたちはいまだに、洞窟の前の地面に貼りついてもがいている。ここから、ほんの少しの場所だ。

 

「すべてをロウ様に頼るしかありません。よろしくお願いします」

 

 ガドニエルが跪いたまま頭をさげた。

 一郎は、ブルイネンを残して、自分の女たちに、雌オークを一匹ずつ離して連れてくるように指示した。

 そして、ガドニエルにもう一度頭をさげてから、この場を離れた。

 

 

 *

 

 

 ロウたちが、侍女たちの呪術の解放に取り組むあいだ、ブルイネンはガドニエルとともに、洞窟の中で待つことになった。

 ふたりきりだ。

 中は薄暗かったのだが、すでにブルイネンの魔道により、光源が天井側に浮かべられて、十分に明るくなっている。

 異臭もあったが、それも瞬時に処置した。

 落ち着いたところで、ガドニエルの前に進み出た。

 

「ガ、ガドニエル様……」

 

 ブルイネンは、ガドニエルの前に、咎を受ける囚人のような気持ちで跪いた。

 どうしてロウが、この狭間の森にいた醜悪なオーク族が、ガドニエルやその侍女たちの成れの果てだとわかったのか見当もつかない。

 いまだに信じられない気持ちだ。

 しかし、確かなのは、そうであるならば、いまイムドリス宮にいるガドニエルは、間違いなく偽者であり、ブルイネンはおそらく、ガドニエルが最初の魔物に呪術で変えられたとき、そうとは知らずに、剣を向けて追い回そうとしたということだ。

 あのときの魔物がガドニエルだったのは間違いないと思う。

 

 また、イムドリス宮にいるガドニエルと、目の前のガドニエルのどちらが本物かというのは、いまとなっては明白だ。

 このガドニエルこそ本物の女王であり、イムドリス宮の方は、姿が一緒なだけの完全な偽者だ。

 

 どうして、まったく疑わなかったのか……?

 

 どうして、違和感を覚えなかったのか……?

 

 どうして、こういう謀略のようなことに、自分は疎いのか……。

 

 自分で自分が嫌になる。

 ブルイネンは跪いて頭をさげたまま思った。

 

「ブルイネン、立ちなさい。話もできません……。いえ、座りましょう。まだ、身体がだるいのです。お前も横に座りなさい……」

 

 ガドニエルがそばの小さな岩を椅子代わりにして、ちょこんと座った。ブルイネンも、促されてその横に腰掛ける。

 ブルイネンが座ると、すぐにガドニエルが口を開いた。

 

「色々と質問したいことはありますが、まずは、ひとつ──」

 

 すると、突然にガドニエルが険しい表情でブルイネンを睨んだ。

 明らかに不機嫌な表情であり、ブルイネンはも思わず、口の中に溜まった唾を飲みこんだ。

 

「お前が、さっきのロウ様というお方の女だというのはどういうことなんです──?」

 

「えっ?」

 

 予想外の質問にブルイネンは戸惑った。

 だが、ロウがブルイネンを自分の女と呼んだ理由はわからない。

 嬉しくはあるし、……いや、ものすごく嬉しかったが、ロウの愛人にしてもらったという気持ちはない。

 まあ、さっき、一度犯してもらったか……。

 

 それにしても、さっきの戦いのときのロウはかっこよかった。

 粘性物の術も凄かったが、次々に出される的確な命令……。

 不思議な術は持っているが、腕っぷしがあるわけでもなく、強力な魔道を遣えるわけでもない。

 だけど、ブルイネンが知っているどの男よりも、逞しさと頼もしさを感じた。

 女の扱いは、性行為だけでなく、戦いにも発揮されるのだなと思ってしまった。

 

 とりあえず、正直なところを説明した。

 詳しい経緯を口にしようとしたが、それは後でいいと、ガドニエルに制された。

 そして、ガドニエルは複雑な表情になり、なんとなく、考えるような顔になった。

 

「クロノスということでしょうか……? だったら、女がさらに増えても、問題はないですね……」

 

 ガドニエルが呟いた。

 小さな声だったので問い返したが、ガドニエルは、なんでもないという感じで、首を小さく横に振る。

 そして、ガドニエルは、ロウがいる洞窟の外に視線を向けた。

 ロウの女たちが、洞窟の外で、雌オークを一匹だけ抽出して、鎖で拘束をして連行しているのが見える。

 すると、ガドニエルがぱっとブルイネンに顔を向け直す。

 

「だったら、ロウ様は何者なのです──? あんなに女がいるというのは、彼がクロノスで間違いないことでしょうか? 結婚は? 特定の伴侶はいるのでしょうか? あの人間族の魔道遣いは性奴隷と言っていましたよね。どういうことなのでしょう? 性奴隷? 雌犬? しかも、ロウ様は否定もしませんでしたよ。それと、あの感じだと女の好みは広いようですけど、どのような女が一番の好みなんです? ロウ様の歳は? 冒険者とおっしゃいましたが、普段はどんなことをしている人なんですか? 家族は? 趣味は? 好きな食べ物とかは? 女の身分とかは、気にする方ですか? それと、女の年齢が高いと、嫌だと思うのでしょうか? わたしは見た目はいくらでも変えられるし、子供にだって、少女にだってなれるんですけど、それをやったらどうでしょうか。ロウ様が一番好きな外見に変えるのです……。ああ、だったら、まずは、どんな感じがいいのか、知らないとできないし……。やっぱり、ブルイネン、教えなさい。ロウ様はどんな女がお好みなんです? どんな話を喜び、どんな女が嫌いなんです? とにかく、ロウ様について、知っていることを洗いざらい喋りなさい──。いえ、そうね。まずは、嫌われないようにはしないと……。あんな醜い……しかも、ロウ様を相手に暴力を振るったところから始まったから、とにかく、気に入られる努力をしないとならないわ。ああ、どうして……。まあ、でもいまからでも挽回できる……。きっと、そうね……。信じよう。あら、ブルイネン、言ったことが聞こえなかったの──? どうやったら、ロウ様の妻、いえ、恋人でもいいわ。あっ、性奴隷とやらでも……。とにかく、ロウ様の女にしてもらいたいのです。お前はどうやって、ロウ様の女になったのです? いいから、お前がロウ様について知っていることを言うのです──。聞いているのですか――」

 

 口を挟むこともできないほどの、詰問とも、ひとり言ともわからないようなガドニエルの言葉だった。

 ただ、ひとつ言えることは、目の前のエルフ族の最高の地位にある女王は、間違いなく、いま恋に落ちてしまったということだろう。

 途中から、ガドニエルは、ブルイネンの方を見ていなかった。

 しばらくすると、すぐに視線をロウがいる方向に戻したのだ。

 

 ロウがいる洞窟の外をじっと見つめながら、ロウについてまくしたてるガドニエルは、その瞬間は、エルフ族の女王ではなく、間違いなくひとりの女の顔になっていた。

 

 でも、ガドニエルは本気か?

 まさか、人間族の男をエルフ族の女王の伴侶として考えている?

 ブルイネンは、唖然としてしまった。

 

 

 

 

(第34話『醜鬼(オーク)族の女王』終わり、第35話『エルフ族の女王さま』に続く)



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 第35話  エルフ族の女王さま
458 クロノスに(つど)う女たち(その1)


「エリカさん、水の樽はここでいいですか?」

 

「ええ、いいわ。イット。それと、横に空の杯を入れた籠を置いておいて。いつでも飲めるようにね──。あと、干し肉や果物を保管する冷却箱の準備はいい、ミウ?」

 

「はい、設置終わりました、エリカ姉さん」

 

「あんたが魔道を込めたら、冷却箱は、どのくらいもつの? スクルドを呼ぶ?」

 

「それには及びません。小魔道石を二個使っていますから、あたしの魔力でも、一度込めれば、再補給の必要はありません。多分、十日が終わるまで大丈夫です」

 

「ねえ、エルフ族用の厠はどうする、エリカ? 洞窟の端っこ? それとも、ど真ん中?」

 

「馬鹿言ってんじゃないわよ、コゼ──。なによ、エルフ族用って──。厠は兼用よ。落とし壺を奥まった場所に置いて、前に布壁を作りなさい。それと、匂いと汚物処理のための魔道石には、わたしが魔力を込めるわ。この前みたいに、悪戯魔道を込められたらかなわないもの」

 

「ははは──。あんた、まだ怒ってるの? あんたの魔道波に合わせて、ミウに仕掛けさせただけじゃないのよ。だけど、面白かったわねえ。あんたが落とし壺に座って踏ん張った途端に、触手が下から沸いて、あんたの股間を悪戯し始めたときには、エリカ、うんちの途中で落とし壺の上からひっくり返ったじゃないのよ。あの無様な有様は、本当に映録球に残しておけばよかったわ。あたしとしたことが失敗しちゃった」

 

 エリカは、洞窟の地面に敷き詰めた厚みのある絨毯の端っこに、全員分の身体に掛ける布を準備しているところだったが、コゼのからかいに、その布を叩きつけるように置き、すっくと立ちあがった。

 明らかに、エリカをわざと怒らせるためのちょっかいなのだが、エリカはまともに受けとめて、顔を憤怒で真っ赤にさせている。

 

「ふざけるんじゃないわよ──。二度とあのときの話を持ち出したら、舌を引き千切るわよ、コゼ──。いますぐに、記憶から消すのよ──」

 

 エリカが怒鳴りあげた。

 その剣幕の凄さに、一郎はぷっと噴き出してしまった。

 

「まあ、皆さん、愉しそうですね。風の循環と岩肌の加工は終わりましたわ。ガドニエル様正面の洞窟の設えももういいそうです。それと、別に奥に大きな広間も作ってきました。ご主人様がいつでも気まぐれに、雌犬調教ができるようにですよ。ふふふ……」

 

 洞窟の奥から戻ってきたスクルドだ。

 ここで居住設備を整えているエリカたちに対して、スクルドについてはひとりで、洞窟空間の環境整備に取り組んでいたのだ。

 持ち前の高位魔道を駆使し、洞窟の気流の流れの循環を整え、湿っぽかった洞窟内を居心地のいい温かさと湿潤を維持できるようにし、さらに土魔道で剥き出しの壁を真っ直ぐに加工し直して拡げて、ちょっとした館のように整え直してくれていた。

 一応は、こっちの一郎たちと、ガドニエルたちに分かれるので、向こうの支援にも向かっていたのだが、いまの物言いによれば、さらに別に“調教室”というものを作ったみたいだ。

 誰も頼まなかったから、完全にスクルドの趣味だろう。

 

 ガドニエルたちを助けた「狭間の森」の洞窟の中だ。

 魔物化の呪術をなんとか解呪させた一郎たちだったが、結局のところ、しばらくは、この狭間の森で過ごし、その後、イムドリス宮に乗り込んで、偽者のガドニエルと対決して決着をつけると決まった。

 その決着の日は十日先以降とした。

 

 ガドニエルにしても、侍女の五人にしても、魔物化の影響が長すぎて、すっかりと魔道の波動が荒れてしまい、再び魔道が満足に遣えるようになるまでに回復するには、それくらいの時間がかかるということだったからだ。

 まともに、自分たちの魔道さえ回復すれば、どんな能力を持った相手が待っていようと、ガドニエルたちの敵じゃない──。

 彼女はそう言っている。

 魔物に姿を変える呪術をかけられたときには、一箇月ほどの時間をかけて微毒を盛られ、徐々に魔道力を弱めらてしまい、それで不覚をとったのだそうだ。

 もはや、そんな下手は絶対に打たないと、ガドニエルも息巻いている。

 

 とにかく、いまイムドリス宮がどういう状況かわからないものの、ガドニエルの魔道の回復を待って、転送術でイムドリス宮に戻り、一気に奇襲して偽者を片付ける──。

 一応、そういう方針に決まった。

 それまでは、一切、イムドリス宮にも接触しないことも決心した。

 異相空間に設置されているイムドリス宮の情報を得ることについても、こっちの態勢が整わないうちに向こうから襲撃をされることを防ぐため、完全に態勢が整うまで、一切の接触を自重することにした。

 こちらが動かなければ、間違いなく、この隠し谷は発見することができないし、時間さえ経てば、ガドニエルの魔道が回復して、最大戦力が確保できるのであるから、無理に情報を取りにいく必要はないと判断をしたのだ。

 なによりも急がないことに決心したのは、いまだに一郎の亜空間に隔離しているシャングリアとマーズのことが理由だ。

 十日経てば、ガドニエルによって、ふたりにかかっている「死の呪い」の解除ができ、亜空間から出すことが可能になる。

 さらに、戦力が整う。

 

 もっとも、エランド・シティ側の冒険者ギルドにいるイライジャについては、そこで得られる情報を逐次にこっちに入れてくれる手筈にもした。

 イライジャは、冒険者ギルド長を確保しているので、そいつを通じて、冒険者たちにクエストとして、可能な限りの情報収集をさせるように指示を送ったのだ。

 重要な情報として求めたのは、カサンドラのいる水晶宮の動き──。そして、なによりも、パリスの命の欠片を握っていると考えられるアスカの居場所に関することだ。

 幸いにも、水晶宮に限れば、冒険者ギルド長のエビダスとやらは、水晶宮内に間者を入れており、その耳目は使えるみたいだ。

 パリス本体が一時的に死んだとはいえ、太守代行のカサンドラについては、いまだに洗脳が続いている気配であるし、パリスの残党も残っていて、いまの水晶宮への迂闊な接触は危険であるが、この態勢であれば、襲撃されるのは冒険者ギルドであり、万が一のときには、イライジャひとりがここに逃亡すればいい。

 その転送準備ももうすぐ整うと思う。

 

 そのこともあり、ガドニエルに引き続き、オーク化していた侍女たちをひとりひとり犯し、彼女たちの全員を解呪させた後、一郎は、ガドニエルとこれからのことについての最小限の話をしてから、ブルイネンに頼んで、指示を伝えに、エランド・シティの冒険者ギルドで待機をしているイライジャに接触をしてもらいに向かってもらった。

 なんといっても、イライジャは情報通であり、その手の仕事にはうってつけなのだ。

 

 ……とはいっても、ブルイネン自身も、カサンドラによって、すでに裏切り者として手配をされている可能性もあるので動き回るのも危険であり、接触を果たして戻れるのは、おそらく夜になるかもしれないとのことだった。

 まだ、夕方にもいくらかあるくらいの時分であり、ガドニエルの大結界に包まれている狭間の森も、エランド・シティも、時間を進み方は同じだ

 ここが夜ならシティも夜──。

 シティが朝なら、狭間の森も朝なのだそうだ。

 

 なお、この狭間の森にはブルイネンの魔道で入った一郎たちだったが、ガドニエルによって、すでに、狭間の森の侵入権限を一郎そのものに与えられているので、ブルイネンが外に出たことで、一郎たちが結界の外に弾き出されることはない。

 つまり、一郎がガドニエルに許可された三人目の存在になったということであり、もしも、この場所から一郎が外に出れば、一郎の女たちは、同時にこの場所から弾き飛ばされるということだ。

 魔道がまともに回復していないガドニエルだったが、それくらいのことだったら、なんなくできるらしい。

 

 いずれにしても、ガドニエルさえいれば、女王の宮殿であるイムドリス宮に入るには、水晶宮にあるという“光の門”を通過する必要はないようだ。

 ガドニエルの魔道で、一気に転送移動できる。

 イムドリス宮そのものへの乗り込みについては、ガドニエルの身体にスクルドが一時的に魔道を融合させることにより、いますぐにでも可能のようだが、十日さえ経てば、カサンドラや侍女たちの魔道も復活し、シャングリアとマーズという戦力も戻る。

 そうなれば、さらに、いまいる一郎の女たちがいるのであるから、まともに水晶軍と相対しても、負けるとは思わない。

 一郎は焦らないことにした。

 

 ところで、その水晶宮のカサンドラへの対応については、そもそも意見が分かれた。

 一郎たちが持っている情報からだけだと、カサンドラに与えられているパリスの洗脳がまだ解かれていない可能性があり、カサンドラに迂闊にこっちの状況を報せるのは危険だと思っている。

 そして、ガドニエルに、一郎の知る限りにおいて、水晶宮が完全にパリスの一派に乗っ取られていることや、パリスの仮体の死により、その支配が弱まっている可能性があるものの、パリスは人の心を操る闇魔道の遣い手であり、彼女にどんな暗示が残されているかわかないという懸念を説明した。

 これに対して、ガドニエル、特に魔物から復活した侍女たちが、カサンドラがガドニエルを望んで裏切るということは絶対にあり得ないと断言した。

 だから、本物のガドニエルがここにいることさえ知らせれば、水晶宮やイムドリス宮を不当に支配している者たちを排除できるのであり、ここで十日以上の時間を過ごす必要はないと主張をしてきたのだ。

 

 結局のところ、一郎は、ガドニエル側に対して、少なくとも十日については、水晶宮には接触しないということで押し切った。

 つまり、イムドリス宮にいるガドニエルが偽者であるということや、本物のガドニエルがこの狭間の森という場所に隠れていることについて、水晶宮を管理している太守夫人のカサンドラに報せることを、とりあえず見合わせたというわけだ。

 とにかく、十日のあいだに、可能な限りの情報を改めて集め、それで水晶宮への対応も決めようと説得し、水晶宮については様子見とすることで、ガドニエルも承知した。

 だが、自分たちの意見が通らなかった侍女たちは、大変に不満そうだった。

 ガドニエル自身については、一郎に全てを任せると口にしたのだが……。

 

 とにかく、当面の方針は、ここで少なくとも十日間は動ないということだ──。

 戦力の完全回復を待って決着をつけることを基本方針とし、それまでに、パリスの仮体の死による状況の変化を含めた情勢の変化を探る──。ただし、動かすのは冒険者ギルドのみ。

 それが、これから十日ですることだ。

 

 一方で、こっちに向かっているはずの、ユイナとクグルスもまだだ。

 随分と時間が経っているが、クグルスのことだから、ユイナへの悪戯にすっかりと夢中になっているのかもしれない。

 さすがに、誰かに呼びに行かせようと思ったが、それはまだしていない。

 ガドニエルによれば、オーク化の呪術から解放されたガドニエルたちが元に戻ったいま、この狭間の森に一切の危険がないらしいし、そもそも、クグルスは、一郎以外には従わない。

 それで、一郎自身がユイナとクグルスを呼びに戻ろうとも考えたが、ロウは座っていろと、エリカにすごい勢いで一喝された。

 どうせ、あの娘も、日が暮れるまでには来るに違いないと──。

 まあ、クグルスは一郎と淫魔力で繋がっていて、クグルスは一郎の居場所をそれで感知することができるので、迷うことはない。

 ユイナたちが来ないのは、十中八九、クグルスがユイナで遊んでいるだけに決まっているので、構う必要はないというのだ。

 

 それはいいのだが、エリカたちに、この狭間の森を拠点にしてすごし、ガドニエルとの共闘による行動開始は十日後だと説明すると、エリカたちは、すぐに五人でなにかを話し合っていた。

 そして、一郎の亜空間に格納していたさまざまな物品や食料や水などを外に出させ、洞窟の中の奥まった一角を確保し、こうやって生活をする場所を整えるための行動を開始したのだ。

 この洞窟の内部は、中で幾つもの分かれ道に分岐していて、それぞれの突き当りが、部屋のように広い場所になっている。

 一郎たちは、その中のひとつをもらい受けていた。

 部屋の準備については、一郎も手伝おうとしたが、それはとめられ、ただ絨毯を敷き詰めた地面の上の床に、胡坐をかいて座っているように言い渡された。

 それでこうしている。

 

 いまは、一郎の周りを、女たちが忙しそうに、動いているのを眺めているだけだ。

 ただ、エリカたちが一郎に求めるものを次々に亜空間から出し、それを支度する女たちを見ていると、エリカたちの準備の徹底ぶりは、まるで、この十日間については、与えられたこの洞窟の一角から一切外に出ないくらいの勢いだ。

 なんとなく、迫力さえ感じる女たちの行動を、一郎は少し訝しむ思いで眺めていた。

 それで、いまに至っている。

 

「こんなものじゃない、エリカ……。スクルドも戻ったし……。ねえ、向こうの女王様側の手伝いももういいんでしょう、スクルド?」

 

「そうですね。言われたことはしましたし、なにかあれば、言いに来ると思います。ご主人様からお預かりした物品についてもお渡ししました。なによりも、わたしがガドニエル様の近くをうろうろするのをあの侍女さんたちは、喜ばないようなのです」

 

 スクルドが応じた。

 一郎はそれを聞いて、確かに、あの侍女たちは、どうにも一郎たちを刺々しく接しているように思う。

 魔物化の状態を解除してやったことで、感謝感激しろとは言わないけど、なにか反応が薄い。

 自分たちが復活すると、早々にガドニエルを洞窟内の別の場所に連れていった。

 今後の方針について話し合うために、一郎が向こうに行ったのだが、勝手にやって来たことにさえ怒っていた。

 まあ、そのときは、ガドニエルが逆に一喝して、やっとさっきの方針を決定することができたのだが……。

 ブルイネンへの指示を一郎が直接にしたことについても、ガドニエルのいないところで、不満を伝えられたりもした。

 それについては、さすがに一郎も完全無視した……。

 ブルイネンは、もう一郎の女だ。

 こっちの勢力なのだ──。

 

「そうね、コゼ……。じゃあ、いいわ。みんな、ロウ様の前に集まって」

 

 エリカがほかの女たちに声をかけた。

 部屋の支度も終わったようだ。

 一郎のところに、エリカたちが集まってくる。

 洞窟の手前側には、大きな布で作ったカーテンも天井に密着させて掛けられ、ただの岩壁の洞窟の一角が、完全に部屋のように整えられていた。

 

「さてと……。ロウ様、だいたいの準備は終わったと思います。水晶宮のことについては、ブルイネンとイライジャが戻ったら、改めて、イライジャも含めて相談しましょう。でも、ロウ様は、それについては、一切お気になさらないでください」

 

 一郎の前に、エリカ、コゼ、スクルド、ミウ、イットの五人が正座をして並んで座った。最初に全員を代表するように語りだしたのはエリカだ。

 エリカもそうだが、ほかの四人もとても真面目な雰囲気だ。

 彼女たちの改まったような態度に、一郎は怪訝に思った。

 なんとなく、五人とも思いつめたような覚悟の表情である。

 

「そうだな。まあ、ありがとう。だが、一切気にするなというのは……」

 

 一郎は困惑した。

 十日後には、女王のガドニエルとともに、パリスの手の者が残っているイムドリス宮に乗り込んで、偽者のガドニエルと決着をつける──。

 しかし、状況によっては、すぐにパリスが復活して、パリス自身との再対決になるかもしれないのだ。

 だから、情報は重要だ。

 自分たちに任せて、気にするなというのも……。

 すると、スクルドがエリカを継ぐように口を開いた。

 

「いいえ、ご主人様……。エリカさんからも相談を受けました。ご主人様は、それをお気になされてはいけません。この十日間については、悪感情を抱く一切の可能性を排除してください。この件については、少しですが、ガドニエル様にも意見を伺いました。女王様も同じ意見でした」

 

 いつにない強い口調のスクルドの物言いだ。

 スクルドがこんなにも、はっきりとなにかを主張するのは珍しいので、一郎もたじろいだ。

 しかし、ガドニエルに意見をもらった?

 居住空間を整える支援に行っていたあいだのことだろう。

 だが、なにを……?

 続いて、エリカが再び口を開く。

 

「……みんなで相談したのですが、この十日間については、ロウ様には、やってもらいたいことがあります……。わたしたちも覚悟を決めています。それができるように、この場所の準備をしました。食べ物も、飲み物も、イライジャやあの小娘の分を含めて、十日間は補給なしで過ごせるように支度しました。言い換えれば、この一角から、少なくとも、ロウ様については、まったく外に出なくていいです。ロウ様は、ここで、ずっとわたしたちと過ごしてもらいます……、なにも考えないで……」

 

 エリカの神妙そうな物言いに、一郎は首を傾げた。

 

「大袈裟な準備を整えたのはわかっているけど……。でも、どうかしたのか? なんだか、思いつめている感じだぞ、エリカ?」

 

 一郎は言った。

 すると、エリカの横のコゼがぷっと噴き出した。

 

「エリカがそんなに緊張しているから、ご主人様が困惑なさっているじゃないのよ──。あたしたち五人いるし、イライジャが来れば、六人──。あの黒エルフの小娘を入れたら七人──。まあ、なんとか、なるんじゃないの」

 

 コゼがけらけらと笑った。

 しかし、コゼもまた、意図的に明るく振るまっているようだが、明らかに一郎に対する心配の感情があった。

 

「あ、あんたは気楽ねえ……。あのときのことを忘れたの? ロウ様ひとりに、わたしにコゼにシャングリア、そして、シャーラもいたけど、四人かかって、本気のロウ様に、ひと晩ももたなかったわ。覚悟を決めたとしても、どれくらい頑張れるのか……」

 

「あ、あたしも、頑張ります……。あ、あまり、戦力にならないかもしれないけど、全身全霊、ロウ様に尽くします……。ロウ様のためですから……。でも、せめてマーズがいれば、よかったですね……。マーズは体力あるし……」

 

「まあ、しょうがないよ、ミウ。でも、頑張るのは、そのマーズのためでもあるのよ。マーズとシャングリアためにも、ガドニエル様の魔道が復活して、光魔道でご主人様の中にいる彼女たちを解呪してくれるまでは、ご主人様の淫気を絶やしちゃならないのよ。とにかく、ご主人様には、淫気を吸ってもらい続けなくっちゃ」

 

 コゼがミウを励ますように言った。

 

「わたしもおりますわ。回復術についてはお任せください……。ところで、ミウも自分のことに専念しなさい。存分にご主人様に甘えなさい。わたしもそうしますから……。気絶しない限り、回復術はかけ続けられます。皆さんも存分にお励みください」

 

 スクルドだ。

 ミウが赤い顔で頷いた。

 回復術──?

 

「さっきから、なんのことを言っているんだ?」

 

 一郎は訊ねた。

 すると、エリカが口を開く。

 

「ロウ様には、これから十日間、わたしたちとセックスだけをしてもらいたいんです。ほかのことを考えないで……。だから、わたしたちは頑張ります」



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459 クロノスに(つど)う女たち(その2)

「ロウ様には、これから十日間、わたしたちとセックスだけをしてもらいたいんです。ほかのことを考えないで……。だから、わたしたちは頑張ります」

 

 エリカが妙に気合いの入った口調で言った。

 

「セックス? やり続けろと?」

 

 思わず言った。

 

「ご主人様を守るためです」

 

 スクルドだ。

 いつもの微笑みを浮かべている。

 

 とにかく、十日間の淫行三昧ということか?

 まあ、もともとは遠慮なんかするつもりはなかったが、十日間もやり続けろって?

 エリカたちの側からの申し出で?

 しかも、守るためって……。

 

「あ、あのう……。あ、あたしは体力はあります。獣人族だから、回復も早いです……。みんなの倍はお相手をできると思います」

 

 すると、イットが口を挟んだ。

 だが、エリカが溜息をついた。

 

「違うわよ──。あんたが一番心配なのよ、イット。スクルドの回復魔道に頼ることができないあんたは、一度倒れたら、しばらくは回復できないじゃない……。ご主人様を甘く見てはいけないわ。どんなに覚悟しても、それをぶち破るくらいに強烈なのよ……。まあ、いいや。すぐにわかるから……。だけど、無理はしないでね……。みんなで、分担して頑張ればいいんだから……」

 

「なんか、悲壮感があるなあ」

 

 一郎は笑ってしまった。

 

「セックスでなくともいいんです。調教でも、お仕置きでも……。とにかく、ご主人様のしたいことだけをしてください」

 

 すると、スクルドが、さらに言った。

 

「どうでもいいけど、あんた、これからもずっと、ロウ様のことを“ご主人様”と呼ぶの?」

 

 コゼがスクルドをからかうような口調で口を挟む。

 

「もちろんです。もう一生、スクルドはご主人様のそばから離れません。ご主人様に飼育していただく雌犬ですので……」

 

「雌犬ねえ……。まあいいわ。ガドニエルが復活するまでみんなで頑張るわよ」

 

 コゼが苦笑している。

 エリカとイットも半分呆れたように微笑んだ。ミウだけは、まだスクルドのこういう態度には慣れないらしく、かなり動揺している表情になる。

 

 まあいいか……。

 それはともかく、なんなのだろう、これ……?

 

「ところで、あんた、さっきから、ガドニエル様を呼び捨てしているわね、コゼ。エルフ族の女王なのよ──。本来であれば、ああやってお目通りすることだって難しいお方なのに……」

 

 次いで、エリカがコゼに向かって叱るような物言いをした。

 

「なに言ってんのよ、エリカ──。あの雌オークの姿を見てしまったら、そんな尊敬をする気にはなれないわよ……。まあ、可愛そうだったとは思うけど……。それに、なんか感じ悪いじゃないのよ。ご主人様に助けてもらったくせに、つんけんしちゃってさ。ご主人様があの女王に話し合いをしようしたとき、邪魔にされたんですよね」

 

「そ、そうなの──? 聞いてないわよ。本当ですか、ロウ様──?」

 

 エリカが息巻いた。

 邪魔にされたというのは、今後の方針について、さっき、ガドニエルと直接に対話したときのことだと思う。

 一郎は、ブルイネンだけを連れて向こうに行ったのだが、コゼは遠目から見ていたようだ。

 また、扱いが冷たかったのは、ガドニエルの取り巻きの侍女たちであり、ガドニエル自身ではなかったのだが、まあ、それはいいか……。

 

「邪魔にされたということでもないけどね。まあ、しばらくは、同じ洞窟ですごすんだ。だんだんと打ち解けると思うよ」

 

「そうですか……」

 

 エリカが怪訝そうな表情になる。

 

「それはいい。それよりも、さっきから、なんでセックス三昧の話になってるんだ?」

 

「だから、ロウ様の淫魔術のことです」

 

 エリカが言った。

 

「淫魔術がどうしたんだよ。それで、なんでそんなに悲壮感がいっぱいなんだ?」

 

 一郎は我慢できずに噴き出した。

 すると、エリカが急に身に着けているものを脱ぎ始め、ほかの四人も揃って服を脱ぎ始めた。

 一郎はびっくりした。

 

「さっき、話し合って決めました。この十日、ロウ様には、絶え間のない性行為をわたしたちとしていただきます。お相手はわたしたちが交代で……。あるいは、全員で一斉にご奉仕させていただきます。とにかく、ロウ様は、この十日のあいだ、淫気を維持して、そして、確保し続けることだけお考えください。敵についても、ほかの懸念のことについても、わたしたちがすべてやりますから」

 

 エリカが服を脱ぎながら一郎に言った。

 すでに上半身を脱いで乳房を露わにしているエリカは、さらにズボンに手をかけている。

 ほかの女たちも次々に服を脱いでいっている。

 一郎は唖然としてしまった。

 

「だから、十日間の性行為か?」

 

 思わず口にした。

 

「だって、ご主人様は、呪術に侵されたシャングリアとマーズを取り込んでいるために、いまだって、死の呪いの危険をずっと背負っているんでしょう? もちろん、シャングリアとマーズそのもののこともありますけど……」

 

 コゼだ。

 そして、ミウが横から口を開く。

 

「ロウ様が前のように淫気切れをなされたら……。だから、そんなことないように、ずっと、淫気を集めてもらって、あたしたちと愉しむことだけを考えて欲しいんです。なによりも、ロウ様のご安全が第一です──」

 

「ご主人様、闇魔道を侮ってはいけません。いまは、収まっているといっても、パリスという男の呪術は、どんな風に変化し、どんな風にロウ様を苛むのか想像もできません。闇魔道というのは、人の抱く悪感情につけ込みます。だから、ご主人様については、ガドニエル様による解呪が終わるまで、ただただ、悪感情とは無縁の状態でいるべきなのです……。わたしたちが全員で十日間、お相手を務めます。どうぞ、お気楽にお過ごしください」

 

 すでに全裸になっているスクルドが絨毯を敷き詰めている地面に手をついて頭をさげた。

 

「あ、あたしも……、が、頑張ります……」

 

 イットも言った。

 そのときには、全員が完全な裸体になっている。

 五人の女が一郎に向かって正座し、一斉に頭をさげる。

 

 なるほど……。

 自分に淫気切れなどという現象が起きるとは知らなかったが、確かに、一郎は一度倒れて、パリスの魔道に侵されて、死の危険にも陥った。

 ここにいるエリカたちと交わることにより、危険な状況は去ったとは思っているが、一郎が死ぬかもしれないという状況に陥ったのが、女たちにとって、相当に衝撃だったのだろう。

 

 それで話し合った結果、ガドニエルの光魔道によって、すぐにパリスの呪術の解呪ができない以上、それまでのあいだは、一郎をセックス漬けにして、万が一にも淫気切れによる危険を回避しようということのようだ。

 

 そこまでしなくてもいいとは思うが、確かに、スクルドの言葉にもあったとおり、パリスの闇魔道が人の持つ悪感情に作用する性質のものである以上、一郎の心が憎しみや怒り、それとも、恐怖や嫌悪といったもので増幅されたなら、いまは静かになっているパリスの呪術が思わぬ作用を起こす可能性は否定できない。

 だったら、一郎には、この十日間、女たちとのセックス漬けの生活をしてもらうのが安心だという、彼女たちの考えには一理も二理もある。

 なによりも、一郎の女たちの本気の心配が伝わってくる。

 彼女たちが、そんなことを言う理由はなんとなくわかる。

 それしか、できることがないからだ。

 

 同じ立場なら、一郎はパニックに陥っている。

 シャングリアとマーズのことだって、なんとか平静を保っていられるのは、一郎には常に彼女たちの容態を監視できる魔眼があるからだ。

 そうでなければ、一郎だって狂ったようにじたばた足掻いているだろう。

 どうやったら、ふたりを助けられるのだろうかと惑って……。

 

 また、なんか真剣なのは、どうやら一郎の本気の絶倫を怖れているみたいだ。

 そんなに、無茶はした覚えはないんだけどなあ……。

 一郎は苦笑した。

 いや、そうでもないか?

 一郎は、自分が精を放つよりも、相手の女がいきまくるのが好きなので、どうしても一郎の相手をする女は、限りなく絶頂の回数を増やすことになる。

 エリカたちは、その一郎に手加減することなく、好きなようにしろと訴えているのだから、それこそ決死の覚悟なのかもしれない。

 

 まあいいか……。

 

 どうやら、目の前にいる女たちは、心から一郎のことを心配してくれているらしい。

 それに、確かに、もうじたばたしても始まらない。

 目の前の女たちと十日間のセックス三昧の生活か……。

 それもいいな……。

 急に、そんな風に思えてきた。

 なによりも、それでエリカたちが安堵できるなら……。

 

「そうだね。なにも考えずに愉しむのか……。それもいいな……。なによりも、俺を心配してくれてありがとう。嬉しいよ」

 

 一郎も服を脱ぎ始めた。

 すると、あっという間に女たちが集まって、競うように一郎の世話をして、それを手伝い始める。

 一郎は、なすがままに任せて、女たちが一郎から服を取り去るのに任せた。

 

 そのときだった。

 

 一郎はこの洞窟の一角を洞窟のほかの部分と隔てている大きな布の向こうに、数名の人影があることに気がついた。

 少し前から、そこに立っていたらしいが、一郎は女たちとの話で意識がいかなかったのだ。

 

「ガドニエル様たちですか? 申し訳ありませんが、ちょっと取り込んでいるところでしてね。これからの話は、ブルイネンと、うちのイライジャが戻ってから改めてしましょう。お互いの情報の交換も必要ですし……。でも、いまは、心配をかけた俺の女たちのためにも、しばらくセックスをした方がいいようでしてね」

 

 一郎は笑って、カーテンのようになっている布の向こうに話しかけた。

 カーテンの向こう側にいるのが、ガドニエルと五人の侍女たちだということはステータスでわかった。

 

「えっ? 女王様?」

 

 エリカがびくりと身体を竦ませる仕草をした。

 ほかの者はそうでもないが、やはり、エルフ族にとっては、ナタルの森の女王のガドニエルというのは特別な存在なのだろう。

 

「話をしたいと思って、ここに来たのは確かですが……。でも、申し訳ありませんが、立ち聞きをしてしまいました……」

 

 布の向こうから返ってきたのは、ガドニエルの声だ。

 周りの女たちに、ちょっと緊張が走るのがわかった。

 一郎もエリカたちも、すでに完全な素裸だ。

 しかも、これから、乱交を開始しようとしていた矢先である。

 さすがに、ちょっと間が悪い。

 

「そちらに、入ってもよろしいですか……? わたしたちを救ってくださった淫魔師様に、わたしたちも恩返しをしたいのです」

 

 すると、ガドニエルが向こう側から声をかけてきた。

 一郎の周りの女たちは、ちょっとびっくりしたようだったが、一郎は間髪入れずに「どうぞ」と応じた。

 エリカたちが、慌てたように隅にある掛け布に走るのが面白かった。

 

 それにしても、ガドニエルは、一郎のことを「淫魔師」だと呼んだが、どうしてわかったのだろう?

 まあ、イライジャを迎えに出たブルイネンには、淫魔師であることは隠さなかったので、彼女に聞いたのかもしれない。

 そうでないとしても、パリスの呪術を解呪するのに、一郎は、ガドニエルにしても、侍女たちに対しても、性交をして精を注ぐことで、解呪を行った。

 ガドニエルだったら、そんな能力の持ち主が、「淫魔師」という伝承の特殊能力者であることくらい、すぐに見抜いたかもしれない。

 

「えっ?」

 

「わっ」

 

「な、なに?」

 

 しかし、布の向こうからやってきたガドニエルたちの姿に、エリカたちが一斉に声をあげた。

 

「ほう?」

 

 一郎も驚いてしまった。

 先頭に立っているガドニエルにしても、その後ろの五人の侍女たちにしても、全員が一糸まとわぬ素っ裸だったのだ。

 オーク化により衣服を無くしてしまった彼女たちには、一郎の亜空間に置いてあった女物の服から適当なものを手渡していた。

 それを身に着けていたはずだったが、ふと見ると、それらはすべて、畳まれて洞窟の壁の隅に置かれている。

 どうやら、一郎たちの話を聞いているあいだに、この場で、彼女たち自ら脱いだようだ。

 ガドニエルは、片手で乳房を隠し、反対の手で股間を覆うようにして、恥ずかし気に立っている。

 

 一方で、後ろの侍女たちは、飲み物らしきものを入れた容器や切った果物を並べている皿代わりの大きな葉っぱを抱えている。やはり、素っ裸だが……。

 本来は、これを持ってきたのかもしれない。

 いや、食べ物などを持っているのは、五人のうちの三人だ。残りのふたりは、ガドニエルの両脇に立ち、ガドニエル同様に両手で乳房と股間を隠している。

 後ろの三人はとりあえず、持っているもので胸を隠すようにして、片足をちょっと曲げ、内腿を擦り付けるようにして股間を隠そうとしている。

 全裸でやってきたわりには、羞恥はあるようだ。とても、さっきまでオークの姿で暴れまわったとは思えない。

 いずれにしても、さすがにエルフ族だ。

 ガドニエルには及ばないが、大変な美女揃いである。

 

「ロウ様にお願いされた光魔道をすぐに扱えないわたしに、もどかしく思っていたのですが、ロウ様のために、すぐにでもできることを耳にして嬉しく思います。どうか、ロウ様の淫気を保つためのご奉仕に、わたしたちも協力させてくださいませ。どんな、破廉恥なご命令にも従いますから」

 

 ガドニエルがはにかむように頬を染めて言った。

 

「ガ、ガドニエル様が? だ、だけど、六人か……。だったら……」

 

「ええ?」

 

「はあっ?」

 

 エリカだけでなく、スクルドやミウも驚いてはいる。イットも口を開かなかったが、かなりびっくりしている。

 しかし、人数が増えることそのものについては、むしろ一郎の相手をするひとり当たりの負担が減るので、ほっとしている気配ではある。

 十日間の相手をすると口にしたものの、実際には、余程に一郎の絶倫が怖いらしい。

 一郎は笑いそうになった。

 

「どうしたというの? さっきは、あたしたちのご主人様を邪魔みたいに言っていたじゃないのよ。大丈夫よ。大変だけど、あたしたちだけでもいいの。向こうで女王様してればいいじゃない」

 

 ただ、コゼについては、不満そうな表情をした。まだ、根に持っているみたいだ。

 

「お前──。なんという口のきき方を──」

 

 侍女のひとりが怒って前に出た。ガドニエルの両脇のなにも持っていない侍女のうちのひとりである。

 だが、素っ裸であり、手で身体を隠したままだ。

 なんとも変な感じだ。

 

「ヒルエン──。お前こそ、なんという物言いですか──。先ほど、叱ったことがまだわかってないようですね。ロウ様はわたしたちの救い主──。それにも関わらず、お前たちの態度は不遜です。謝りなさい──」

 

「で、ですが……」

 

「わたしの申すことが、わからないのですか──」

 

 ガドニエルが怒鳴った。

 ヒルエンというエルフ侍女はかなり不満そうだが、小さな声で「申しわけありません」とガドニエルに謝罪した。

 一郎は、謝る相手が違うだろうと苦笑したくなったが、黙っていた。

 

 一方で、ヒルエンという侍女だけでなく、ほかの侍女たちもかなり面白くなさそうな顔をしている。

 ただ、ガドニエルだけは、にこにこと微笑みを浮かべ直して、なにか情熱的な視線を一郎に向けていた。

 どうやら、侍女たちの態度に意識を向けていないみたいだ。

 一郎は嘆息した。

 

「……エルフ族の女王様が俺に抱かれてもいいと……? だけど、お連れの侍女さんたちは、大層不満そうですよ」

 

 一郎は言った。

 すると、やっとガドニエルがはっとしたように、自分の後ろに視線を向けた。

 

「そ、そんなことは……。いえ、お前たち、そういえば、ロウ様に申すことがあるでしょう。先ほどの態度を謝罪しなさい。命令です──」

 

 ガドニエルが怒鳴った。

 五人の侍女たちが、お互いに視線を合わせるようにしていたが、やがて、一斉にその場で頭をさげた。

 

「無礼な態度をとったつもりはなかったのですが、不快に思われたのであれば謝罪します」

 

 さっきのヒルエンという侍女が代表するように言った。

 ただ、無表情であり、内心には大きな不満があるみたいだ。

 魔物化の呪術の解呪のために、精を注いでいるので、彼女たちにも淫魔術の結びつきができている。

 操るつもりがないのでなにもしていないが、感情は読める。だから、侍女たちの全員が一郎の存在を愉快に思っていないのはわかった。

 

 いや、全員ではないな……。

 特に不満そうなのはふたりだ。残りの三人は無表情なだけで、一郎への悪感情は大きくない。

 なんにせよ、選民意識の強いエルフ族だし、なによりも、女王に仕えるほどの者たちだ。自尊心も高いのだろう。

 

「それで、ヒルエンだったか? 俺に抱かれたいのか? それも女王の命令?」

 

 一郎はわざとぞんざいな物言いをした。

 顔をあげたヒルエンがむっとしたように眉間に皺を寄せた。

 

「よ、呼び捨て……。ぶ、無礼な……。い、いえ、なんでも……。も、もちろん、身体を提供します……。ガドニエル様の命令ですので……」

 

 ヒルエンが言った。

 

「そうか……。じゃあ、そうしてもらうか。いいか、お前たち?」

 

 一郎は、自分の後ろにいるエリカたちに視線を向けた。

 

「ま、まあ、ロウ様がよろしいなら……」

 

 エリカが代表するように言った。エリカにも、さっきまでの緊張をした態度はない。

 だが、嫌な雰囲気になったこの状況に対して、ちょっと苛ついている様子ではある。

 

「じゃあ、こっちに来てください」

 

 一郎がそう言うと、ガドニエルだけがぱっと嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「は、はいっ、で、では、お前たち……。そうです……。それを前に……。皆さんに食べてもらおうと……」

 

 ガドニエルが合図をして、食べ物と飲み物を持っていた三人の侍女が一郎たちの前にそれを並べる。

 続いて、ガドニエル自身も、いそいそと一郎に近寄る気配を示した。

 そのときだった。

 ガドニエルの脇のもうひとりの侍女のひとりが口を開いた。

 

「お待ちください。獣人も一緒ですか?」

 

「獣人?」

 

 さすがに、その言い方については、一郎もむっとしてしまった。

 ステータスで読み取ると、名前を“ギルリーズ=エーデル”とあった。

 

「こ、これ、ギルリーズ──」

 

 さすがに、ガドニエルがたしなめの言葉を放った。

 

「いえ、獣人については、外で見張りをさせてはどうかと思っただけで……。全員で性愛に耽るのも問題ではと……」

 

 ギルリーズは、イットに視線を向けずに言った。

 どうやら、獣人嫌いみたいだ。

 そういえば、エルフ族は、他種族全部を下等に見るところがあるが、なによりも、獣人に対しては、蔑視意識が強いと教えられたことがある。

 

「イットについて、お前たちから指図される筋合いはない。嫌なら戻れ──」

 

 一郎はぴしゃりと言った。

 ガドニエルが狼狽えた表情になる

 

「ギルリーズ、謝罪しなさい──」

 

「申しわけありません」

 

 ギルリーズが頭をさげた。

 また、口だけの謝罪か……。

 一郎は不満に思った。

 

 だが、ガドニエルはほっとした表情になった。

 どうにも、この女王様は、部下の態度や口のきき方に無頓着だ。いや、なによりも関心が薄い感じである。

 だから、パリスにつけいられたのだろうと思った。

 だんだんと、わかってきた。

 一郎は亜空間から縄束を出して、前に放った。

 

「ならば、ひとりひとり、こっちに来てもらおう。縄化粧というのを体験してもらうか」

 

 一郎はわざと冷たく言った。

 侍女たちが一斉に鼻白んだのがわかった。

 しかし、ただひとり、ガドニエルだけが興奮したように、ぶるりと身体を震わせた。

 

「は、はい――。喜んで──」

 

 ガドニエルが一郎の前に跪いてきた。



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460 女王と五人の侍女

「ロウ様、どの女から縛りますか? も、もちろん、わたしでもいいのですよ。よ、よければですが……。どの女もロウ様には感謝申しあげているのです。もしも、ロウ様に助けていただかなければ、身体だけでなく、心まで魔物に成り果てて、なにもかもわからなくなって死んでいくしかなかったのですから……。もう半分、いえ、ほとんどそうなっておりましたわ。わたしたちは、心からロウ様に感謝しております……。それはもう……」

 

 冗舌に語りながら、顔だけでなく全身まで赤く染めて、女王のガドニエルがさらにロウににじり寄る仕草をした。

 

 一郎を中心にして、その一郎を囲むように、十一人の裸の美女たちが大きく円を作っている洞窟の中だ。

 この洞窟の奥まった場所を一郎とのセックス場所とするため、一郎の女たちは、入り口側をカーテンで仕切り、地面に絨毯とマットを敷き詰め、大きな床式の寝台を準備し、さらに長くなるであろう愛の時間の途中で自由に口にできる食べ物や飲み物の支度まで整えた。

 彼女たちがそうしたのは、淫気切れで一度は危機に陥った一郎を心配し、狭間の森で過ごす予定の十日に、万が一にも同じ事態がないように、一郎をセックス三昧にしようと企てた結果なのだ。

 すると、それに自分たちも参加したいと、女王のガドニエルが自分の五人の侍女を引き連れてやってきたのである。

 

 しかも、素っ裸で──。

 

 それでいま、中心にいる一郎を囲むように、一郎の女を含めた十一人の裸の女が洞窟の壁に並ぶように座っているというわけだ。

 しかも、どの女を指名してもいいし、さらに、どんな風に抱いてもいいというのだ。

 これはこれで、なかなかの壮観な光景である。

 

「そうだね。じゃあ、最初はガドニエル様たちから抱かせてもらおうか。エリカたちはちょっと待機してくれ。まずは、お前と、お前……。さあ、こっちに……」

 

 しかし、一郎は、あえてガドニエルではなく、五人のエルフ侍女の中から左側のふたりを最初に指名した。

 ガドニエルは、まずはガドニエルたちから相手を選ぶと口にしたとき、一郎が笑ってしまうくらいに嬉しそうな顔になり、一郎が最初に選んだのが自分ではなかったことで、明らかに失望した様子を示した。

 だが、一郎がそのふたりを選んだのは、そのふたりから、どことなく白けたような雰囲気を感じたからだ。

 そのふたりが、別段に気に入ったわけじゃない。

 

 また、その一方で、元々の一郎の女であるエリカたち五人は、達観した雰囲気で、一郎と一郎が指名したふたりとの性交を見守るような態勢をとる。

 五人とも、これから十日近くも、一郎との性交が続くと思っている。

 だから、最初でないことくらいで、さすがにがっかりしたような表情を示すことはない。

 

 さて、ガドニエルたちを魔物化の呪術から救い出したことへの感謝の意を込めて、一郎に抱かれたいと申し出てきたガドニエルたちであり、最初こそ一郎の縄掛けの予告に、狼狽の仕草を示した六人だったが、すぐに六人の反応は別々のものになった。

 最も積極的で熱い視線を向けてきたのは、驚いたことに女王のガドニエルだ。

 

 ほかの五人の侍女には、一郎に対する明白な温度差があり、中でも一番醒めているという印象を抱いたのが、いま指名したこのふたりだ。

 このふたりは、柔和そうではあるものの、どことなく微笑みがわざとらしく、こうやって一郎に裸体を晒していることや、さらに、これから抱かれようとしていることに、不本意そうな色が隠れていると思った。

 

 ステータスを覗く。

 

 ヒルエン=サンデル──。

 ギルリーズ=エーデル──。

 

 そうあった。

 魔道遣いとしてのレベルも出るのだが、侍女としてのレベルもステータスには現われていて、ヒルエンが最も侍女ランクが上だった。

 おそらく、侍女としては、彼女がもっとも格上なのだろうと思う。

 身分も上級貴族とある。ほかの三人も同様だが……。

 

「よろしくお願いします、人間族の方……」

 

「魔物になっているをのお救いくださって、わたくしも、心から感謝しています」

 

 ヒルエンとギルリースのふたりが前に出てきて、一郎の前に正座で座った。

 

「まずは、裸をじっくりと見せてもらおう。手や脚で隠しているものを見せるんだ。どんな道具を持っているのか、確認する」

 

 一郎は、一度放った縄束を拾い直して、手で誇示するように示しながら言った。

 目の前のふたりは、両手で乳房を覆うように抱き、正座をしている腿をぴったりと密着させて、裸体を隠すような体勢だ。

 すると、一郎の前のそのエルフ女たちがくすくすと笑った。

 

 一方で、愉快なのは、エリカたちと同様に壁際で待機するかたちになったガドニエルだ。

 一郎が持っている縄束にうっとりとした視線を向けている。

 明らかに欲情しており、本当にエルフ族の最高の王かとからかいたくなる。

 だから、ガドニエルは、ヒルエンとギルリーズという自分の侍女には意識を向けていない。

 

「あら、女にそんなことをおっしゃるものではありませんわ。女の抱き方の作法をご存知ないのかしら?」

 

「無知ならばお教えもしますけどね。とにかく、女というものは、性技そのものよりも、優しい口説き言葉や、紳士的な女扱いに酔うものなのです。できれば、もっと優雅に振る舞ってはいかが? そのような無粋なものを使わずにね……」

 

 ふたりが、ガドニエルには見えないように、ちょっと小馬鹿にするような視線を一郎に向けた。

 その物言いにも、どことなく、優雅な口調に隠しているものの、一郎に対する蔑みのような感情がこもっているようだった。

 淫魔術で彼女たちが抱く感情を読む。

 

 軽視……。

 蔑視……。

 侮り……。

 

 そういう感情が大きく締めている。

 一郎は、改めてエルフ族というのが、非常に誇り高く、ほかの別種の人族を軽視する傾向がある種族だということを改めて思い出した。

 エリカといい、イライジャといい、シャーラといい、一郎の周りのエルフ女は、人間族への傲慢さの傾向がないので、エルフ族たちが、本来そういう種族だということを忘れていたのだ。

 オーク化しているところを一郎に救われたとはいっても、ただそれだけで、他種族を蔑視する傾向の性質が消失するわけじゃない。

 おそらく、エリカやガドニエルのような態度の方が珍しく、目の前のふたりは、一般的な当たり前のエルフ女の反応なのだろう。

 

 そう考えて、改めて、五人の侍女の観察をし直した。

 すると、一郎に対する思慕のような感情を隠そうともしないガドニエルに対して、五人の侍女はどちらかといえば、ガドニエルに引っ張られて仕方なくこうしているという気配であることに気がついた。

 目の前のふたりほど極端ではないが、残りの三人の侍女にしても、ガドニエルほどの積極的な態度は感じられない。

 

 そんなことを考えていて、ふと、ユイナのことも思い出した。

 エルフ族の選民思想を色濃く持っているといえば、あいつだろう。

 そういえば、ユイナは、まだ、クグルスと一緒のはずだが、まだ戻ってこない。

 随分と時間がかかっているが、まだクグルスは、ユイナに悪戯をしているのだろうか?

 いい加減に許してやればいいのに……。

 そんなことが、ふと頭をよぎった。

 

「お、お前たち──」

 

 彼女たちの態度に、やっとガドニエルが気がついたようだ。

 明らかに気分を害した気配で声をかけた。

 しかし、一郎は、淫魔術でさっとガドニエルの感情を(なだ)め、ガドニエルが一郎の前のふたりを叱咤するのを中止させた。

 別段、一郎に抱かれたがっていない女を無理に抱きたいわけじゃない。

 だから、ガドニエルに、目の前のふたりを叱ってもらう必要はないのだ。

 ここには一郎を慕う女たちが揃っている。

 まあ、ときには、こういう高慢な女を鬼畜に抱き潰すのもいいが、今日はなんとなくそんな気分にはなれない。

 

「目の前の女性に魅力を感じれば優しくもなるし、扱いも丁寧になる。まあ、俺のやり方だけどな……」

 

 一郎はわざと言った。

 ふたりがむっとした表情になった。

 

「わ、わたくしたちに魅力がないというのですか──」

 

「わたしはエーデル家の一門の長女、こっちはサンデル家の血を引く名門なのですよ。いくら恩人といえども、些か無礼なものを感じますね。本来であれば、失礼ながら、あなたのような……」

 

 ふたりが不機嫌そうに言った。

 今度こそ、ガドニエルが怒りの表情で立ちあがりかけるが、一郎はまたもや、それを淫魔術で感情を宥めて制する。

 

 いずれにしても、“えーでる”だか、“さんでる”か知らないが、エルフ族の有名な家名を知らない一郎には、意味をなさない言葉だ。

 それに、家名を名乗ったくせに、このふたりは、いまだに、一郎に対して、自分の名前を口にしない。

 ガドニエルが名を呼んでいるし、また、ステータスを読んだりしていることで、このふたりが「ギルリーズ」と「ヒルエン」だということはわかっているが、もしかしたら、取るに足らないと感じる一郎に、自ら名乗るつもりはないのだろうか。

 一郎はだんだんと面白くなくなってきた。

 

 そのとき、舌打ちがふたつほど同時に聞こえた。

 ガドニエルたちと一郎を挟んで反対側の壁にいるコゼとエリカだ。

 一郎に対するふたりの態度に、かなり怒っているようだ。

 ちらりと視線を向けると、ふたりだけでなく、ミウもイットもむっとした顔をしている。

 さすがのスクルドも、微笑みが消えて不満顔だ。

 

 だが、ガドニエルとは異なり、一郎の女たちが、口に出して激昂したりしないのは、こういう女を鬼畜にいたぶるのが、一郎が好きなことを知っているからだろう。

 だから、一郎が、これからふたりになにかをするだろうと予想し、とりあえず大人しくしているに違いない。

 

 しかし、すでに一郎は、ふたりに対する興味を完全に失っていた。

 淫魔術で逆らえなくして強引に犯してもいいけど、そこまでしたくはないというのが本音だ。

 精の刻みは終えているので、その気になれば、ふたりが抱いている一郎に対する感情を劇的にまで変化させるのも一瞬だが、そうまでするほどの興味をふたりには持てない。

 

 実際のところ、この五人の侍女はもちろん、ガドニエルについても淫魔術は刻んではいるが、やはり心の支配はしていない。

 また、ブルイネンも、ここに来るまでは一郎に対する好感情を抱くように心に細工をしたが、ガドニエルの救出に成功してから……、いや、処女を奪ってから、ブルイネンの真実の心が極端に一郎に傾いたので、すでに一郎の支配は最小限にしている。

 

 一郎は、そもそも女の心を縛って無理に抱くというのが性に合わないのだ。

 善人を気取っているわけではなく、心を操って抱くというのが、純粋に性癖に合わないからだ。

 好きなのは、鬼畜に調教をして被虐の性癖を身体に刻み込み、一郎から与えられる徹底的な快楽により、心が一郎から離れられなくして支配することだ、

 時と場合にもよるが、手っ取り早く心を淫魔術で操っても愉しくない。

 いずれにしても、目の前のふたりをここで抱くのは、もう面倒さしか覚えない。

 

「もういいよ。萎えたかな…。服を着ていい。これだけの女が揃っていて、魅力を感じないあんたたちを抱く理由もないし……」

 

 一郎はふたりを追い払うように片手を振った。

 

「なっ」

「ちょ、ちょっと──」

 

 ふたりが激昂する様子を示した。

 さっきまでは、裸になったことで羞恥に真っ赤になっていたが、いまは怒りで顔を赤くしている。

 

「お、お前たち、もうさがりなさい──。すぐにです──」

 

 そのとき、ガドニエルの大きな声が洞窟に響いた。

 一郎はガドニエルに視線を向けた。

 彼女は、ふたりの侍女の態度に怒るというよりは、一郎が示した不快感を恐れるような表情をしている。

 

 これはこれで、独特の反応だ。

 そして、一郎は、だんだんと、このガドニエルのことがわかってきた気がする。

 おそらく、言葉は悪いが、彼女はかなり独りよがりのタイプだと思う。

 他人の心の機微を見抜くのは得手ではないのだ。

 

 一郎が魔物化していた彼女を救出したことで、彼女自身が一郎に極端な好意を持ってくれたというのは、淫魔術を駆使するまでもなくわかった。

 しかし、一郎に恩を感じるあまり、ガドニエルは同じように一郎に助けられた五人の侍女も、当然に一郎に思慕を寄せているはずだと決め込んだ気配だ。

 そもそも、一郎は、彼女たちの呪いを解呪するために、精を注いでおり、そのやり方もガドニエルは認識している。従って、男女の仲になることについて、自分の侍女も躊躇うはずがないと思ったみたいだ。

 だから、侍女たちが本当はどう思っているのだろうかと考えることなく、一郎に抱かれるために裸になることを強要したのだと思う。

 

 しかし、ガドニエル自身とは異なり、五人の侍女は……少なくとも、目の前のふたりについては、明らかに一郎に抱かれることを嫌がっている。

 ガドニエルが強要するし、一郎に助けられたのは事実なので、仕方がないとも思っている気配だが……。

 つまりは、自分の部下のことをよくわかっていないのだ。

 

 それでよくエルフ族の女王がやっていられたとは思うが、ブルイネンにしろ、五人の侍女にしろ、女王であるガドニエルのことについては無条件に慕っていて、このふたりも、本音でいえば気が進まない人間族の一郎に対して身体を許すことさえ承諾するほどに、ガドニエルに忠実であるようだ。

 そんな忠誠心のある者たちが、寄ってたかって、ガドニエルの足りない部分を支えているのだろう。

 いずれにしても、そういう身の回りの者の心の機微に疎い部分をパリスに利用され、高い魔力を持つ魔女でありながら、魔物化のような闇魔道の罠にかかったりしたのではないだろうか……。

 一郎はガドニエルのことをそんな風に評価した。

 

「もういい、ガドニエル──。ほかの三人も一緒にさげさせろ──。無理矢理に女を抱くつもりはない──。俺は俺を慕っている女が抱ければ、それでいい。俺の仲間の女は全員、俺を慕ってくれている。俺には勿体ないことだけどね……。いずれにしても、ガドニエル──。お前は勝手なことをした──。俺に抱かれようとしていない女を抱かせようとして、俺に不愉快な気持ちを抱かせるとはね──」

 

 一郎はあえて、ガドニエルを呼び捨てにし、意識して乱暴な物言いをした。

 

「な、なんという口のきき方」

 

「無礼な――」

 

 五人の侍女が、一郎の態度に顔色を変える。

 抗議の声を出したのは、やはり、目の前に座っているヒルエンとギルリーズだ。

 

 ただ逆に、ガドニエルは反応が異なった。

 一郎が、罵詈雑言のような物言いをガドニエルに向けたとき、彼女の裸身に浮かんでいる赤いもやが、ぱっと局部で真っ赤に色濃く灯ったのだ。

 赤いもやは、一郎だけの能力のひとつであり、一郎は女の抱く性欲の強さや性感帯の場所をそうやって視覚的に感じることができる。

 つまりは、一郎に冷たく罵られたことで、ガドニエルは思わず欲情してしまったようだ。

 

 もちろん、一郎がガドニエルにそんな失礼な口調で怒鳴ったのは本気でもない。無論、侍女たちの態度には、苛立つものがあるが、それをガドニエルに怒るつもりはさらさらない。

 

 しかし、一郎がわざとガドニエルに冷たい口調で怒鳴ったのは、実のところ、オーク化していたときの彼女の身体の反応を思い出したからである。

 オーク化していたガドニエルだったが、そういえば、かなりのマゾっ気を示していた。

 しかも、どちらかといえば、真性に近い。

 真性マゾといえば、いまは亜空間で保護しているシャングリアだが、シャングリアが肉体上の責めに弱いのに対して、このガドニエルは、多分精神的な責めに弱い……。

 ちょっとしか接してはいないが、おそらく間違いない。

 この手のことで、一郎の勘が外れることは、まずあり得ない。

 

 そして、女王のガドニエルをそんな風に扱った男はいないはずだ……。

 従って、ガドニエルは自分のそんな性癖を癒す相手なしにずっと生きてきたかもしれない。

 心に眠る被虐の性癖を癒す男もなく……。 

 いままでは……。

 

「あっ、も、申し訳ありません……。お前たちもさがるのです──。全員です──」

 

 ガドニエルが慌てたように叫んだ。

 一郎の権幕に泣きそうな顔になっている。

 そのガドニエルの表情に、一郎はすっかりと嗜虐の虫が騒いでしまって、思わずにやりとしてしまった。

 また、そのとき、ふと視線がコゼやエリカたちと合った。

 ふたりとも、くすりと笑っている。いや、スクルドもだ。

 残りのふたりは、一郎が腹をたてたふりを受け、恐々となった感じだが、そっちの三人は一郎が愉しんでいることを見抜いたようだ。

 三人にこっそりと微笑みを返す。

 エリカもコゼも、生暖かい目線を一郎に送ってくる。スクルドはやや羨望の色があるように思ったが……。

 

「ガドニエル……。いや、ガドにしよう……。悪党の罠にかかって、魔物にされてしまうような無能者のお前には、ガドニエルなどと大層な名は分不相応だ。犬で呼ぶような短い名にしてやる。今後、俺の前では、ただのガドだ──。じっくりと躾け直してやるぞ──。犬のようにね……。とにかく、こっちに来い。さっそく、躾けだ──」

 

 ガドニエルに向かって怒鳴り散らす。

 いきなり口調の変わった一郎に、ガドニエルは当惑し、顔を蒼くさえしている。

 しかし、やはり愉快なのは身体の反応だ。

 次々にガドニエルの裸身のあちこちに赤いもやが浮かび、なにもしていないのに、その色がみるみる濃くなっていく。

 ステータスに示す『快感値』も、どんどんと数値が下がっていく。

 完全に欲情している……。

 

 思った通りだ……。

 エルフ族の女王のガドニエルは、苛められれば苛められるほど欲情をする真性のマゾ……。

 間違いない……。

 

「二度も言わないと、わからないのか、ガド──。俺はなんと言った──?」

 

 さらに怒鳴りあげる。

 ガドニエルがびくりと身体を震わせた──。

 

「は、はい」

 

 一郎の暴力的な言葉に、ガドニエルはむしろうっとりと呆けた感じだった。

 それですぐには動けなかったみたいだ。

 ガドニエルが、焦ったように立ちあがり、一郎に寄ってくる。

 すかさず淫魔術を駆使して、ガドニエルの股間のクリトリスに、指で握りつぶすような激痛を送る。

 

「ひぎゃああ──」

 

 ガドニエルがひっくり返る。

 

「ガド……。俺が呼んだら、お前を犬のように躾をすると言っただろう……。そんなこともわからないのか……? 犬は二本脚で歩くのか?」

 

 一郎は教え諭すような口調で、ガドニエルにゆっくりと話しかけた。

 

「は、はい……。申し訳ありません、ロウ様……」

 

 しかし、四つん這いに姿勢を変えたガドニエルの顔は、まるで美酒に酔ったかのように、ぼうっとした表情を浮かべている。

 ガドニエルは、ずっとこんな風に扱ってくれる男を待っていたに違いない。

 少なくとも、彼女の隠れた性癖の中では……。

 

 一郎は、また、一郎の女たちに目が合った。

 五人とも、いきなり始まった一郎とガドニエルの芝居のようなやり取りに、呆れたような、それでいて、ちょっと嫉妬するようなそんな複雑な表情をしている。

 

「ま、まあ、ロウ様……。ご主人様……」

 

 いや、ひとり我慢できなくなったように、両手でぎゅっと強く股間を押さえる仕草をした女がいた。

 スクルドだ。

 いまにも、四つん這いになりたそうに、そわそわしはじめた。

 それにしても、前から一郎の前では性欲を隠さない傾向があったが、神殿長という肩書きを捨ててからは、一郎への求愛のような態度が特に顕著になった気がする。

 

 いずれにしても、ガドニエルに向ける女たちの視線は、あの侍女たち向けたような余所者に対するようなものではなく、どことなく温かみを感じる仲間意識さえも感じさせるものだった。

 どうやら、一郎の女たちは、ガドニエルを女王ではなく、一郎の性奴隷仲間として認めてきたようである。

 

「お、お前、ガドニエル様になんという無礼な口を──。しかも、さっきはなにかをガドニエル様にやったのですか――?」

 

 そのとき、金切り声が響いた。

 顔を向けると、最初に一郎が追い払う行為をしたエルフ侍女のヒルエンだ。

 まだ、裸のままであるが一郎に驚愕と憤怒の顔を向けている。

 また、今度は、ヒルエンとギルリーズだけだなく、ほかの三人も同じように一郎への非難の態度を示している。

 

「お前ら、まだいたのか? いまからは、この女王様の調教の時間だ。邪魔だから消えてくれ」

 

 一郎はそれだけを言った。

 

「ちょ、調教――?」

 

 ガドニエルが全身を赤くしてびくりと震えた。

 しかし、顔にははっきりとした熱情が浮かんでいる。

 本当に罵られたり、乱暴に命令されるのが好きなんだな……。

 一郎は内心でほくそ笑んだ。

 

「ガド、五人を戻せ。命令だ――。いや、この洞窟から出せ。さっき、俺のイットに見張りをさせろとか口にしてたな。いいだろう。お前の侍女には、俺たちの淫行がひと段落するまで、洞窟の外で見張りだ。全員で性愛に耽るのもあれだしね」

 

 一郎はわざと、ギルリーズの物言いを真似て皮肉を言った。

 五人全員の顔が鼻白む。

 

「お前たち、ここはいい。早く行きなさい。命令です──。洞窟の入り口で見張りをしなさい。わたしはロウ様に恩を返すのですから、ロウ様に少しでもいい気分になってくれるのであれば、大満足です。いいですか──。よいというまで、戻るのではありません――」

 

 ガドニエルが強く言った。

 侍女たちが呆気にとられた感じになりながらも、それ以上はなにも言わずに絶句した感じになる。

 しかし、もう一郎は、すでにそっちを見ていない。

 四つん這いになったガドニエルに、亜空間から取り出した首輪を放り投げた。

 

「犬の首輪だ。それをしろ、ガド。しつけてやる」

 

 一郎の言葉に、ガドニエルがさらに恍惚の表情を浮かべ、その首輪を捧げ持つように両手で拾いあげた

 

「お前たちは来い。全員後ろ手になれ。そして、俺の全身をどこでもいいから舐めろ。宴を始めるぞ」

 

 一郎は胡座をかいたまま怒鳴った。

 五人の一郎の女たちが一斉に両手を背中側で水平に組む。一郎はすぐさま、粘性体を飛ばして、女たちの手を拘束してしまう。

 すると、女たちが争うように一郎を包み込んで舌を這わせてきた。

 

「ガドは首輪をしたら、膝を曲げたまま股を拡げ性器を晒せ。両手は頭の横だ。これが“ちんちん”のポーズだ」

 

 一郎は勃起した股間にコゼとエリカ、左右の乳首にイットとミウ、後ろ側から首や肩にスクルドの舌を受けつつ、ガドニエルに言った。

 完全に情欲に酔ったような感じのガドニエルが一郎の命じるままの破廉恥な格好をする。

 一郎の女たちが奉仕をする姿を眺めさせられるエルフ族の女王の股間はすっかりと淫らに濡れ、さらに新しい愛液が湧き出て、ぽたぽたと滴り始め出していた。

 

 




 *


【エルフ族女王】

〇ガドニエル=ナタル(瞬堕ち)

【親衛隊長】

〇ブルイネン=ブリュー(完堕ち)

【諜報員】
〇アルオウィン(行方不明)

【エルフ五人侍女】

〇ヒルエン=サンデル
〇ギルリーズ=エーデル
〇マリレンド=?
〇イザベリアン=?
〇ロルリンド=?


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461 撃沈五人と女王の調教

「もっと速く動け、ガド──。遅い──。次は俺の睾丸を舐めさせてやる。俺の顔を跨げ……。それと、これは、もたもたしている罰だ」

 

 一郎は寝そべったまま、四つん這いで一郎の身体に舌を這わせているガドニエルの股間に手を伸ばして、股縄からはみ出ている黄金の陰毛を数本だけ無造作に毟った。

 

「はあうっ」

 

 ガドニエルが奇声をあげて、縄掛けされた汗まみれの裸身をがくがくと震わせる。

 もう何十回も繰り返している一郎による「罰」とガドニエルの「痴態」だ。

 陰毛を引き抜かれるなど、普通の女だったら激痛というだけでなく、想像を絶するほどの屈辱であるはずなのだが、このマゾエルフ様にとっては、嗜虐の痛みは峻烈な快感を発生させる「愛撫」そのものなのだ。

 その証拠に、いまは一郎の顔を跨いでいる体勢になっているガドニエルの股間からは、またもや股縄で堰き止められない、新しい愛液が縄のあいだから滲み出きてた。

 大したマゾ女王様だ──。

 

 一方で、一郎の元々の女五人は、目下、壮絶に気絶中だ。始まって半ノス(約二十五分)の五人の撃沈のため、一郎は早速、エルフ族最高女王、言い換えれば、マゾ女王様の徹底的な雌犬調教に専念中というわけだ。

 

「そのまま、俺の顔の上に股を載せろ。頑張っているご褒美だ。ちょっと気持ちよくしてやる。だが、よがるなよ。性奴隷の分際で勝手に感じることは禁止だ。感じていいのは許可したときだけだ」

 

「ひゃ、ひゃい……」

 

 ガドニエルは、床に寝そべっている一郎の上に四つん這いになり、一郎とは逆の向きで顔を一郎の股間に埋め、一心不乱に睾丸をしゃぶっていたが、一郎の命令でおそるおそるという感じで、一郎の顔に興奮で濡れまくった股をおろす。

 一郎は近づいたガドニエルの股間を下からぺろぺろと舐めてやった。

 

「んんっ、んあああ──はああっ」

 

 ガドニエルが我慢できたのは一瞬だけだ。

 すぐに一郎の股間から顔を離して、派手な喘ぎ声をあげて、全身を弓なりにしてのけ反った。

 

「命じたこともできないのか、ガド──。感じるなと言っただろう──」

 

 罰の口実を得た一郎は、快感で浮きあがってしまったガドニエルの股間に、またもや手を伸ばして、陰毛を数本毟る。

 

「はひいいっ──。も、申しわけ……」

 

 ガドニエルが泣き声とともに、大きな快感の渦に呑まれてしまったように、がくがくと全身を震わせる。

 実際のところ、おそらく、ガドニエルはまったく痛みなど感じてないだろう。つまりは、ガドニエルは一郎に陰毛を引き抜かれ、凄まじいまでの興奮と歓喜のうねりを全身に揉みあげさせてしまったのだ。

 一郎にはわかる。

 魔眼でも、読み取っているステータスからも、陰毛を抜かれるという激痛が、むしろ、ガドニエルにしてみれば、罰どころかご褒美であり、それによって絶頂寸前の快感に苛まれてしまったということを示していた。

 いまの声にしたって、悲鳴というよりは嬌声だ。

 

「もういい、次は足──。俺の身体の上を四つん這いで、十回反復運動──。そして、すぐに足の指を舐めろ」

 

「はい──」

 

 ガドニエルが必死の口調で声をあげ、乳房を揺らして、右に左にと身体を動かして、一郎の上を通り過ぎていく。

 一郎は下から、その姿を眺めながら、膝を立てたり、腕の位置を拡げたりして、ガドニエルが上手に一郎の身体を越えていくのを阻止し、そして、ちょっとでも身体をよろけさせたり、動きを止めたりすれば、また陰毛毟りをしたり、尻や内腿を引っぱたいたりする。

 そのたびに、ガドニエルが大きな甘美感に包まれたように、がくがくと身体を震わせた。

 

 ガドニエルとの「性交」を開始して、まだ半ノスいうところだと思う。

 一郎による、ガドニエルとの倒錯のセックスが続いている。

 これをセックスの前戯と呼べるかどうかは、本来であれば曖昧なところだが、このガドニエルというエルフ族の女王様にとっては、間違いなくこれが性行為そのものなのだ。

 ガドニエルは完全に一郎に与えられる恥辱的な快感に、恍惚とした目つきになって、喘ぎ声を洩らし続けている。

 

 ガドニエルの連れてきた五人の侍女を追い出し、一郎の女たちに見守られるかたちで始まったガドニエルとの「性愛」だった。

 最初は、一郎が五人の女を同時に相手をするのを股間を晒して見守るだけのことをさせていたのだが、そんな侮辱的な扱いがつぼだったのか、ガドニエルの股間はなにも触らないのに、だらだらと愛液が滴り落ちる状況すごい状態になってしまった。

 

 一郎はそれに接し、ガドニエルが一郎に犯して欲しくて堪らなくて狂いそうになっているのをわかっていながら、それは与えずに、さらに侮辱的に責めることにした。

 とにかく、ガドニエルの性癖の本質がかなりの重度の被虐癖だと見抜き、徹底的に屈辱を与えることにしたのだ。

 

 つまりは、まずは、縄は両方の二の腕を胴体から離れられなくするだけの拘束度は低いが縄による圧迫度は高い「亀甲縛り」とし、さらに股間に喰い込ませる玉結びは、特殊なやり方でクリトリスの皮を挟み込み、ちょっとでも動けば、股間に強い痛みと同時に、縄瘤が敏感な場所を刺激する大きな疼きを与えるように細工をした。

 そのガドニエルに、一郎の命じるままに四つん這いで動き回らせながら、一郎の全身のあらゆる場所を次々に舐めさせるということをしている。

 身じろぎするだけで、容赦のない激痛と快感の波に襲われるにも関わらず、一郎の意地悪な指示により、ただ寝そべっているだけの一郎の裸体を右に左に、上に下にと動き回って舌を這わさせたのだ。

 

 激しい動きに股間を刺激されたガドニエルは、あっという間に全身が充血して脂汗を滴らせるくらいになり、しかも、屈辱や苦痛を快感に変えてしまう淫乱体質によって、一郎が愛撫らしい愛撫をしないのに、股間に喰い込む股縄をぐっしょりと濡らし、愛液が内腿にべっとりと流れるくらいまでに、身体を官能で燃えあがらせてしまった。

 

 一郎は、そんなガドニエルに対して、股間の縄の疼きで少しでも動きが鈍くなると、「罰」だと称して、容赦なく乳首を捩じったり、尻を叩いたり、陰毛を毟ったりしているのだ。

 

 それを半ノスだ──。

 

 いずれにしても、最初に一郎の相手をさせたエリカたち五人が早々に脱落するまで、あっという間だった。

 まあ、五人の侍女たちの対応には、一郎は思いのほか苛だっていたのかもしれない。

 本気でセックスをしてくれというエリカたちの要望を口実に、一郎はとにかく、我を忘れて一郎の愛撫に酔いしれる女たちの可愛い痴態に接したくて、徹底的に五人の性感帯を責めまくった。

 前の世界の時間感覚で例えるなら、十秒に一回、誰かを絶頂させることを目標に、一郎の身体を舌で奉仕することを命じた五人に愛撫しまくったのだ。

 

 すると、まだ挿入もしないのに、体力に欠けるミウが三度目の絶頂くらいであっさりと意識を失った。

 次に気絶したのは、意外……ではないが、たまたま運悪く、一郎の気儘に捕まったスクルドだ。

 

 一度本格的なボルチオ責めというのをしたかった一郎は、ちょっと淫魔術の助けも借りてずるをして、子宮口の入り口のボルチオの感度を急上昇させて、挿入した怒張で突きまくった。

 その結果、ただでさえ敏感なボルチオの感度を数十倍にされたスクルドは、十秒に一回どころか、一秒に一回の頻度で絶頂し、口からの泡吹きと下からの失禁を同時にやって、壮絶な絶頂とともに気絶してしまった。

 さすがに、この頃にはちょっとは我に返っていたが、それよりもスクルドの状況に、顔をひきつらせた残りの三人が面白かったので、その勢いで続けることにした。

 

 だが、回復術をかけさせながら、絶倫の一郎の相手をする予定だったエリカたちだが、魔道遣いの二枚看板が離脱して計算が狂ったようだ。

 

 次はコゼだった。

 肛姦して連続絶頂させ、その余韻を許さずに股間を犯して精を放つと、そこに至るまでの愛撫による連続絶頂もあり、コゼも泡を吹いて動かなくなった。

 

 そして、エリカだ。

 一番奴隷の象徴の乳首ピアスとクリピアスを悪戯しながらの性愛に、エリカは七連続絶頂によって、ついに潮を噴いて失神した。

 

 イットも頑張ったが、先輩性奴隷のあっという間の離脱により、孤軍奮闘することになり、一郎が気紛れにやった、最大の性感帯となる尻尾の先端をお尻に挿入して、擬似性具として愛撫し、さらに一郎の性器でヴァギナを犯すという変態プレイで、ついに力尽きた。

 なにしろ、あの強戦士イットが可愛らしい少女に成り果て、「もうやめて」と幾度も哀願し続けたのがよかった。

 イットも、一郎が一回の精を放つ過程までの十数回の連続絶頂により、一郎が射精すると同時に気絶した。

 

 こうやって、相手の五人がいなくなり、一郎は待ちぼうけのお預け状態のガドニエルを縄で縛り、早速、調教を開始したということだ。

 

「もっと激しく身体を俺の肌に擦れ、ガド――。不合格だ。最初からやり直し――」

 

 一郎はガドニエルの乳首を握って、乱暴に捻り揺らした。

 

「ひひいいっ」

 

 さすがのマゾ体質のガドニエルは、それで絶頂し、身体を弓なりにのけ反らせて、がくがくと痙攣させた。

 

「勝手にいくなと命令しただろう、ガド――。」

 

「も、申し訳ありません。ガ、ガドはだめな性奴隷です……」

 

 ほとんど拷問のような恥辱的な行為を強要され、ガドニエルは完全にできあがってしまい、すでにふらふらだ。

 四つん這いで動き回らされる疲労ではなく、繰り返し繰り返し高いところまでこみ上がっては弾ける快感の飛翔に、ついに全身が脱力してしまったのだ。

 

 そして、いまは一郎の罵倒にしゅんとなってしまった。

 一郎は脱力している汗まみれのガドニエルをぎゅっと強く抱いて、一郎の身体の上に突っ伏させた。

 

「いや、お前はだめじゃないよ……。可愛い女だ……」

 

 一郎はガドニエルを抱き寄せながら耳元で優しくささやいた。

 

「ああっ、ロウ様、ご主人様――」

 

 すると、ガドニエルは感極まったみたいになり、びっくりすることに、またもや達してしまった。

 一郎は苦笑して、脱力したガドニエルの裸体をさらに強く抱き締める。

 

 それにしても、本当に感じやすい被虐女だ。

 一郎は、全身で息をするガドニエルを身体の上に載せたまま、このマゾ女王への責めを思い出して反芻した。

 

 すなわち、最初については、このマゾ性の強すぎるエルフ族の女王は、一郎の身体を犬のように舌を這い回らされるとすぐに、『快感値』をひと桁までさげさせてしまい、それから一度も二桁には戻らずに、この状態だ。

 

 『性感値』は、一郎にだけ見える女の快感の度合いを示す数字であり、三十を切れば、男を痛みなく股間で受け入れるくらいまで濡れたという状態であり、これが零になれば、絶頂ということだ。

 ひと桁というのは、絶頂寸前の状態にあるといってよく、その状態でしばらくは、理不尽で破廉恥な運動を強要されるだけで、愛撫らしい愛撫はもらえないと状況だった。かなりつらかっただろう。

 逆にいえば、まともな愛撫もなしに、痛みを与えられたり、罵られたりする恥辱行為だけで、そこまで快感を昂ぶらせてしまうガドニエルのマゾ体質は異常だともいえる。

 

 そして、裸体で一郎の身体を擦るように命令すると、その刺激でさらによがりまくった。

 だが、自分自身による愛撫では昇天できないのか、そのあいだの『快感値』は、絶頂時の“零”に極めて近似するものの、なかなか絶頂に至らならなかった。

 しかし、やがて、一郎が気紛れに、いまのように乳首をねじったり、陰毛を抜いたりすると、その痛みで絶頂を何度か繰り返すようになったのだ。

 本当に大したマゾ女王様だ。

 一郎はガドニエルを抱きながら、ほくそ笑んだ。

 

「あれ……?」

 

「ん、んん……」

 

 ガドニエルが呆けたようになってしまった一方で、気絶していたエリカたちの声が聞こえてきた。

 首だけ動かして視線を向ける。

 エリカとコゼだ。ほかの三人は、まだ寝息をかいている。

 

「気絶していたみたいね……」

 

「本当……。あら、エリカ、お漏らし? こいつもだけど……」

 

 コゼが怠そうに身体を起こして、拭き物を取りに行った。エリカも起きあがる。

 お漏らしというのは、エリカの潮噴きとスクルドの失禁だろう。

 

「ロウ様、不甲斐ないことですみません……。次はもっと頑張りますから……」

 

 エリカがコゼから受け取った布を受け取り、まずは、自分の身体を拭きつつ、一郎に向かって謝罪の言葉を告げる。

 

「心配するな。こっちはこっちで愉しんでいる。それよりも、ちょっとやりすぎたけど、いまのうちに体力を回復しておいてくれ 」

 

 一郎は身体の上のガドニエルの裸体の感触を味わいながら言った。

 

「それにしても、こいつこそ、不甲斐ないわねえ。回復術は任せてくれとか言いながら、あっという間に気絶するんだから……。叩き起こす?」

 

 コゼが飛び散っている体液を拭きながら、ちらりとスクルドを睨むのが見えた。

 そのスクルドは、股を開いたあられもない格好で、弟子のミウと折り重なるようにひっくり返っている。

 

「いいわよ。どうせ、起きても、そっちのガドニエル様と一緒に調教受けるとか言い出すだけだもの。もう少し、ガドニエル様に頑張ってもらいましょう」

 

 エリカが嘆息とともに言った。

 また、どうでもいいけど、エリカも、かなりガドニエルに遠慮がなくなったみたいだ。

 仲間として受け入れた証拠だろう。いい傾向だ。

 一郎はくすりと笑ってしまった。

 いずれにしても、一郎が躾け、一郎が育て、一郎が愛するマゾ娘たちだ。

 可愛いものだ。

 一郎は、意識をガドニエルに向け直した。

 

「さて、もう休んだろう。それにしても、だらしのない性奴隷だな、ガド……。まあいい……。頑張ったことは認めよう。ご褒美だ」

 

 一郎は身体を起こして胡坐になり、ガドニエルを密着させて抱き寄せるようにすると、片手でガドニエルを支え、もう一歩の手で股縄を解いて股間を解放した。

 

「ああっ、あああっ」

 

 それだけのことなのに、ガドニエルが感極まったようになって、二の腕を縛られた両手で、一郎にしがみついたまま、あっという間に達してしまった。

 さすがにこれには驚いた。

 

 そして、あまりもの感じやすさに、思わず一郎も苦笑してしまう。

 また、ガドニエルの股縄を外すと、まるで失禁でもしたかのように豊かな量の愛液がどっとこぼれてきていた。

 余程に股間に溜め込んでいたのだろう。

 一郎は軽く達したガドニエルの可憐なお尻に下から手をやると、大量の彼女自身の愛液を潤滑油にして、お尻の穴にすっと指を深く突っ込む。

 

「こっちはどう、ガド?」

 

「ああっ、そ、そこ──。そこは──」

 

 ガドニエルが悲痛そうな声をあげて、双臀を左右に揺さぶる。

 

「んひいいっ」

 

 しかし、その動きでお尻を責められる疼きを大きくしてしまい、ガドニエルは慌てたように悶え動くのをとめる。

 だが、ガドニエルが肛姦の快感から逃れられることはない。

 今度は一郎がガドニエルのお尻の中で指を鈎状にして、性感帯の赤いもやを掻くように動かしてやる。

 

「だ、だめええっ、はああ、ろうしゃまああっ」

 

 ガドニエルが一郎の指を尻穴に受け入れたまま、大きく身体を仰け反らせる。

 一郎はそれを抱き寄せて、がっしりと捕まえて、さらに愛撫を激しくした。

 

「ああ──。き、きが……気がくるってしまいます、ろうしゃま──」

 

 ガドニエルが泣きじゃくるような声をあげて、一郎に必死の様子で乳房を押しつけてくる。

 やがて、傷ついた獣のように激しく身を悶えさせ、全身を再び大きく弓なりにしたかと思うと、またもや絶息するような息を吐いて昇天してしまった。

 

 何度目になるのだろう。

 

「お尻も気持ちよさそうだな。さすがは俺の雌犬だ。どうですか、女王様? エルフ族の女王ともあろう者が、こうやって一介の人間族の男から、尻穴に指を突っ込まれていたぶられる気分は?」

 

 一郎はガドニエルの尻を指で責めながら、わざとガドニエルが恥辱を感じるような物言いをした。

 しかし、ガドニエルの反応は予期しないものだった。

 

 一郎が“俺の雌犬”と呼んだとき……。

 そのとき、一郎としては、本当に何気無い一言だったにもかかわらず、驚くべき変化があったのだ。

 外観の反応でも、魔眼と淫魔術で垣間見れる内面でも、ガドニエルの心が巨大な歓喜に満ち溢れ、劇的なほどの身体の快感に襲われたみたいになったのだ。

 

 一郎は、その迫力に後押しされたみたいになり、ガドニエルの腕の縄をほどいた。ガドニエルが一郎に抱きつきたがっているのがわかったからだ。

 

「ああ、あああっ、嬉しい……嬉しいです……。わ、わたしをあなたの雌犬と呼んでくれるのですね──」

 

 そして、悲鳴のような声を発したか思うと、今度はしっかりと一郎を抱き締めたまま絶頂をした。

 ガドニエルのあまりの心の感受性の高さと、身体の敏感さには、さすがの一郎も圧倒される気分になった。

 

 それにしても……だ。

 

 こうやって、裸体を合わせてて、一郎は最初に感じたガドニエルの評価が間違っているということを認識していた。

 一郎はガドニエルをして、エルフ族の至高の女王だから、彼女の隠れた性癖を見抜き、被虐の悦びを与えて、彼女に真の女の快感を与えた者はいないだろうと思った。

 彼女のマゾの性癖を開花させる最初の男になるつもりだったのだ。

 

 だが、それは違った……。

 彼女は、一度誰かに調教されたことがある……。

 “雌犬”と躾られながら……。

 間違いない……。

 

 ただ、それはかなりの昔の話だろう……。

 しかし、一郎にはわかるのだ。

 

 これは、何者かによって、こういう屈辱や苦悶を与えられることを激しい快感として受け入れるように身体に徹底的に躾けられた女の身体だ。

 それがいつ頃のことであり、もしかしたら、彼女がエルフ族の女王になることよりも昔のかもしれないけど、ガドニエルは誰かによって、かなりの年月にわたって調教を受け続けていたことがあると思う……。

 

 いま、愛撫している尻の穴だってそうだ。

 最後にここに物を入れてからかなりの年数が過ぎていることは確実だろう。

 だが、一度も淫具を挿入したことのない場所ではない。

 しかも、しっかりと快感を受けられるように開発されている。

 一郎は、それを呼び起こしたに過ぎない……。

 

「ううう、ま、また……、また、いきますっ──」

 

 一郎の指はまだ、ガドニエルのお尻に入りっぱなしであり、愛撫を続けっ放しだ。

 ガドニエルはまたまた、堰でも切ったように樹液を股間からしとどに滴らせ、そして、甲高い声をあげて絶頂してしまった。

 

「これは、もう歯止めがないね……」

 

 一郎は笑いながら、ガドニエルの尻に入れた指で腰全体を持ちあげるようにして、怒張の先端にガドニエルの股間が来るように誘導する。

 いよいよ、前の穴を犯すことにしたのだ。

 そのまま腰をおろさせて、ガドニエルの股間に一郎の怒張をゆっくりと呑み込ませる。

 対面座位の体勢だ。

 

「あああっ」

 

 もはや言葉にならない嬌声をあげ、ガドニエルはまた昇りつめた。

 

「感じすぎだ、ガド……」

 

 一郎は苦笑しながら、耳元でささやくように言った。

 

「ああっ、だ、だって、気持ちよくって……。そ、その魔道のようなロウ様の手……お道具……。す、すごすぎます……」

 

 ガドニエルが一郎にしがみついたまま息も絶え絶えに言った。

 そして、嬉しそうに頬に頬をすり寄せてくる。

 その甘え切った仕草にも驚いたが、とにかく、性愛のときには、この女王様はとことん素直になるようだ。

 

 いずれにしても、これ以上達すると、もはや一郎が達するまではもたない。

 おそらく、ガドニエルもまた、最後まで意識を保つのも難しくなるだろう。

 淫魔術で無理矢理に覚醒させ続けることもできるが、まあそろそろ許してやろう。

 一郎は残り一度の絶頂となるようにガドニエルの責めを調整し、そのときに合わせて一郎自身も達しようと思った。

 

 しかし、かといって、容赦をする一郎ではない。

 ガドニエルにはもっと泣いてもらう。

 それにしても、この女王様は、あまりにも性行為の最中の仕草や言葉が無邪気で可愛すぎる。これがエルフ族の最高に高貴な女王様なのだと考えると、それも男の征服欲を刺激される。

 もっと味わい続けていたいという誘惑から離れられなくなりそうだ。

 

 とにかく、体勢を取り直す。

 ガドニエルの股間に勃起した男根を挿入させたまま、胡坐の上にガドニエルを抱き、ガドニエルの腰を下から支えるようにして本格的な律動を開始する。

 

 ただし、単純には律動しない。

 

 誘ってはいなし、しばらく静かにしたかと思うと、出し抜けに激しく攻撃したりする。

 あるいは、股間に挿入している怒張に合わせて尻に喰い込んでいる指を交互に、そして、同時に動かしたりして翻弄させる。

 それでも、ぎりぎりまで快感を引きあげはするが、決して絶頂をさせない。

 一郎の興奮が頂点に達するのを待つあいだ、ひたすらにそれを繰り返した。

 ガドニエルが我を忘れたようになり、黄金の髪を揺さぶって、激しく悶え始めるのに、そんなに時間はかからなかった。

 

「こういうのも好きだろう、ガド?」

 

 ガドニエルは、まるで水の中で溺れかけている者が必死になってなにかにしがみつくかのように、一郎の背中に腕を回して抱きついてくる、

 一郎は、そのガドニエルを少し離すようにすると、品のいい乳房の片方に口をつけ、乳首を甘噛みに歯を立てた。

 

「ひゃああ、あああ──」

 

 ガドニエルが引きつった声を出して、狂乱の反応を示した。

 本当に、この敏感さは一郎たちの数多い女たちの中でも別格だろう。

 淫魔術で身体の感度をいじくっているわけではないのに、この反応なのだ。

 一郎は愉しくなってきた。

 もうガドニエルが限界であることはわかっているが、一郎はもう少し、このエルフ女王との愛を愉しみたいと思った。

 

 律動を続ける。

 

 ガドニエルの快感を制御し、七合目から八合目以下にはさがらないように調整しつつも、時には絶頂寸前まで追いあげたりし、そこから、急に上層に迫っていた愛撫を外して快感の飛翔を中断したりする。

 また、それでも下層側の引き上げに通じる愛撫はやめず、徐々に快感度が昂ぶるようにし、頃合いを見て、乳首と肛門と膣への刺激を同時に激しくし、それでも思いは遂げさせずに、翻弄するということもした。

 

 ガドニエルがますます狂乱した。



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462 お騒がせ娘の小さな反乱

「なんという無礼な人間族でしょう──。恩人といえども、やっていいことと悪いことがあります。ガドニエル様に対するあの態度は無礼です──」

 

 ヒルエンは憤慨して声をあげた。

 

「まったくです。ガドニエル様がお優しいから、それを許したとしてもです──。イムドリス宮を取り戻すために、あの人間族たちの力が必要だとしても、許容できることと、できないことが……」

 

 すると、ギルリーズもまた、憤慨したように洞窟にいる人間族の男のことを詰った。

 洞窟の外である。

 すでに、夕暮れであり、狭間の森も夜の時間を迎えようしていた。

 もっとも、狭間の森はガドニエルの結界に包まれた特別な場所なので、夜でも快適さに変化はない。

 

 それはともかく、ヒルエンは面白くなかった。

 ガドニエルから、許可が出るまで洞窟の外にいろと命じられたので、ほかの四人とともに仕方なく出てきたのだが、ヒルエンはどうしても納得ならなかった。

 確かに、あのロウとかいう人間族の男は自分たちの命の恩人である。

 しかし、だからといって、人間族風情が、あそこまで増長していいという理由にはならないし、女王に対するあの態度は、全エルフ族への冒涜といっても過言ではない。

 

 一介の人間族の男がエルフ族の至高の存在であるガドニエルを「犬」のように扱うなど……。

 無論、ヒルエンにも、あれが男女の睦事(むつごと)の上の戯れであり、男が本気ではないことくらいはわかる。

 ガドニエルも、本心では人間族の態度に腹も煮えてるかもしれないが、恩人という引け目があるのか、男に合わせるような感じだったし……。

 だから、男女の営みの戯れ程度で、外野からとやかく言うことではない……。

 

 わかっている。

 わかっているのだ。

 しかし、わかっていても納得いかない。

 

「許されることではないですわ、ヒルエン様」

 

 同調の声をあげたのは、やはりギルリーズだ。

 

「そうでしょうか……」

 

 だが、そのとき、いままで黙っていた三人のうちのひとりであるマリレンドが不満そうに口を開いた。

 

「そうでしょうかとは、どういうことです?」

 

 ヒルエンは問い返した。

 

「ヒルエン様とギルリーズ様は、恩人に対して相応しい態度と思えませんでした。あの人間族の男が怒るのもわかります」

 

「なんですって」

 

 まさか、あの人間族の男の肩を持つとは思わなかったので、ヒルエンは驚くとともに、腹がたった。

 しかし、マリレンドは、むしろ、ヒルエンとギルリーズの態度をさらに批判した。

 すると、ほかのふたりも、ヒルエンとギルリーズへの不満を口にした。

 すなわち、ロルリンドはガドニエルがあの人間族に好意を向けているのは明白であり、しかも、むしろ、人間族の男に罵倒されて、悦んでいるみたいに見えたと、見当違いの勘違いを堂々と口にして、ヒルエンを飽きれさせた。

 また、イザベリアンに至っては、最後の人間族の男の傲慢な態度に、逆に興味を抱いたらしく、ヒルエンとギルリーズのせいで、まとめて追い出されてしまったと、残念そうに嘆息までついた。

 まったく、信じられない。

 

 そのときだった。

 洞窟に向かって、誰かが遠くからやって来る気配がしたのだ。

 それが何者かというのは、すぐに思い出した。

 

 あの人間族から、まだ、同行の仲間がいて、ひとりはユイナという褐色エルフ族の娘であり、さらに魔妖精が一匹いて、いずれも後で来ると告げられていたのだ。

 魔妖精と聞いて、魔族ではないかと驚愕したが、ガドニエルはあっさりとそれを受け入れ、ヒルエンたちに、温かく迎えることさえ、指示を出していた。

 

 エルフ族の女王に仕えるヒルエンともあろう者が、事もあろうとに、人間族はおろか、魔妖精を歓待しなければならないというのは恥辱だ。

 それが魔物化を助けてくれた恩人だとしてもだ──。

 

 ここが狭間の森という特別な場所であり、ガドニエルとともに魔物化されて、なにもかも失って逃げ込んでいたという状況でなければ、絶対に許されないことである。

 

「なにか、おかしな感じですね。誰かと喋っているみたいで……。それに、随分と遅いですね」

 

 マリレンドが呟いた。

 確かに、だんだんと近づいてくるユイナというエルフ族の娘らしき者は、なんとなく様子がおかしかった。

 マリレンドが指摘したとおり、怖ろしく歩みが遅いのだ。

 しかも、人影はひとりなのに、しきりになにかを喋っている。

 

 やがて、遠目だったので体形の影しかわからなかった人影がだんだんとはっきりしてきた。

 やはり、褐色エルフの娘だ。

 ユイナというロウの連れだろう。

 だが、宙を飛ぶと教えられていた魔妖精の姿はない。

 少なくとも、ユイナの周りを飛んでいるなにかの存在はないようだ。

 

 しかし、そのまま見守っていると、やっと、その魔妖精がどこにいるのかがわかった。

 地面を歩いているのだ。

 

 とても小さな身体で、しかも地べたを這うように動いているので、すぐには気がつかなかったのだ。

 そして、その魔妖精はなにか重い物を引きづっているように見えた。

 しかも、小さな身体に、自分の身体の何倍もの大きさの木の枝を紐で結ばれていて、それを必死になって引きづっていたのだ。

 そのため、異常に進みが遅いのだとわかった。

 ヒルエンは、その異様な光景に唖然としてしまった。

 

 そして、さらに近づいてきて、夢中になって喋っているユイナらしき娘の言葉も聞こえてくる。

 

「ほら、日が暮れるわよ、ベルルス──。もっと、速く進まないと、また罰を与えるわよ。そうねえ……。もう一回、あんた自身の魔道で、自分の全身に痒み剤をまぶしてもらおうかな……。もちろん、さっきと同じで、今度も自分で掻くのは禁止ね。のたうち回って、地面に擦りつけて痒い場所を掻くのは許すけど」

 

 笑い声もした。

 

「ち、畜生──。ま、真名(まな)を堂々と呼ぶんじゃないよ──。そ、それに、こ、こんなの……む、結びつけやがって……。し、仕返し……。仕返ししてやるからな……。ご主人様に言いつけて……」

 

「ふん、いくらでも言いつけなさいよ──。できるならね……。どっちにしたって、あいつは、わたしのことを嫌っているんだから、これ以上、嫌われることなんてないわ……。まあ、だけど、一番最初のとき、身体の中で与えた命令のとおり、あいつにばれないように、わたしに悪態をついたのは上手だったわよ。これからも、ばれない努力をしなさい、ベルルス」

 

「だ、だから、真名を堂々と呼ぶなっていってるじゃないか」

 

「ああ、気持ちいい。どっちにしても、わたしは、あんたに仕返しをすることができた、今のひと時があれば十分よ……。いつかのときとは違うのよ。あんたの真名くらい読み取るのは簡単なのよ。それと生意気言ったから、さらに重しを追加ね。魔道なしで歩きなさい。命令よ、ベルルス──」

 

「くそうっ──。真名で支配するなんて卑怯者──。が、眼球紋を使った鑑定術ってなんだい……。ち、畜生……。ぜ、絶対に仕返しを……」

 

 真名……?

 

 そういえば、知能の高い魔族は、真名という隠し持っている生まれながらの名前を知られると、その知られた相手に、完全に支配されてしまうと耳にしたことがある。

 あのユイナは、同行の魔妖精を真名で支配しているようだ。

 つまりは、あの魔妖精の真名は、“ベルルス”というのだろう。

 だが、魔妖精は完全な裸だ。

 しかも、全身が泥だらけになっている。

 

「それと大切なことだから、よおく、聞きなさい──。もう一度、念押しで命令しとくわ。わたしへの仕返しは禁止よ、ベルルス……。わたしに真名を呼ばれて、支配されたことをあいつらに教えることもね……。あいつのところに着いたら、わたしになにをされたのかを喋るのは絶対に禁止……。うまく誤魔化すのよ。そして、次はもう少しいつものように、へらへらと笑ってなさい──。いいわね、ベルルス。命令よ、ベルルス」

 

 ユイナの嘲笑の声が聞こえた。

 

「ひ、卑怯者──」

 

 ふたりの言葉が聞こえるくらいの距離になると、そのユイナと魔妖精が罵り合いながら、進んでいるというのがわかってきた。

 ただ、主導権を握っているのは、ユイナという褐色エルフの娘だ。

 それに対して、魔妖精については、どうやら、魔道を禁止されて、自分の身体の何倍もの大きさの木の枝を引きづって歩かされているらしい。

 そしていま、さらにユイナが木の枝に別の木の枝を繋げて、魔妖精が引っ張る木の枝の重しを追加した。

 

 それだけでなく、長い棒を持っているユイナは、汗びっしょりになって木の枝を引きずっている魔妖精の股間やお尻の部分を棒の先でつついたり、わざと足を引っかけて転ばしたりしている。

 しかし、抵抗してはならないと命令でもされているのか、魔妖精は悪態と抗議の声をあげるだけで、棒そのものは避けないで、されるがままだ。

 ヒルエンは、ほかの侍女たちとともに、その様子に見入ってしまっていた。

 

 しかし、やっと、向こうも、こっちに気がついた。

 ヒルエンたちを認めると、慌てたようにこっちに走り寄って来た。

 そして、頭をさげる。

 

「あっ、こ、こんばんわ……。わ、わたし、ユイナと言って……」

 

 魔妖精については、置いてかれたかたちだが、さっきの感じだと、なにかの強い支配的な「命令」を与えられていて、ユイナに逆らえないのだろう。

 置いていかれても、小さな身体に不相応の太い木の枝を三本も身体に繋げられ、汗まみれになって、こっちに這い続けている。

 

 一方で、ユイナはユイナで、そばにきてわかったが、その首に魔道的な首輪を嵌められている。

 どういう効果のある魔道具なのかまではわからないが、ただの首輪ではなさそうだ。

 ……とはいっても、隷属の首輪というわけでもないように思う。

 感じたことのない不思議な魔道の波を感じる、

 

「……ヒルエンです。あなたのことは後で来ると教えられていました。歓迎しますわ……。わたくしたちは、エルフ族の女王のガドニエル様に仕える侍女です……。ところで、あれは、なに?」

 

 ヒルエンは、ユイナが自己紹介しようとするのを途中で制して、とりあえず自分だけ挨拶をすると、好奇心を抑えきれずに魔妖精について訊ねた。

 しかし、ユイナという娘はそれどころじゃなさそうだった。

 ヒルエンがガドニエルの名を出したことで目を丸くして驚愕している。

 

「ええっ? ガドニエル様って、もしかして、じょ、女王様──? えっ、えっ、えっ、どういうことですか──。で、あいつはどこに? ほかの女たちは?」

 

 そのユイナが声をあげた。

 どうやら、ユイナはまったく事情を承知していない気配である。

 ここにエルフ族の女王のガドニエルがいることさえ、知らなかったようだ。

 もちろん、ヒルエンたちのこともわかっていなかった。

 

 ガドニエルに仕える五人の侍女だと説明すると、すぐに恐縮するような態度になって、儀礼に従い頭をさげた。

 このユイナの態度こそ、ガドニエルやヒルエンたちに面したときに取るべき、本当の態度というものだ。

 ヒルエンは満足した。

 やはり、物知らずの人間族の男とは違う……。

 

 とりあえず、ヒルエンは簡単に事情を口にした。

 ヒルエン以外の四人も、話の途中で、それぞれに自己紹介をする。

 さらに、ヒルエンは、ガドニエルを含め全員がここで魔物化の呪術にかけられていて、それをロウに救われたこともちゃんと説明した。

 ユイナは驚愕している。

 

「……それで、そのう……。その女王様はどこに……? それと、あいつらは……?」

 

 ユイナは信じられないという表情のまま、疑念を口にした。

 どう説明したものかと思ったが、このユイナがロウの仲間である以上、隠すようなことでもないと思い、洞窟の中で男女の営みをしているのだと正直に言った。

 

「はああっ──?」

 

 すると、ユイナが馬鹿みたいな大声を発して、口をあんぐりと開いた。

 そして、その表情が険しいものになり、小さな声で悪態のようなものまで口にした。

 ロウの連れている女は、誰も彼も無条件にロウを慕う様子を示していたので、そのロウの連れであるはずのユイナのその反応は、ヒルエンには意外だった。

 ユイナの顔には、はっきりとロウに対する侮蔑と嫌悪の感情が浮き出ている。

 

「呆れた女たらしね。あいつは自分の術で女を操るのよ──。人でなしなのよ──。きっと、女王様のことも支配したに違いないわ」

 

 そして、ユイナは言った。

 ヒルエンは愕然とした。

 

 女を術で操る──?

 

 びっくりしたが、そういえば、ガドニエルはロウのことを「淫魔師」だと呼んでいた。

 ヒルエンは淫魔師という存在がよくわからなかったのだが、いまのユイナの言葉で、そういえば、淫魔師というのは、精液の力で女の心を支配する存在だと耳にしたことがあることを思い出した。

 

 まさか、ガドニエルが淫魔術の支配に──?

 怖ろしい話だが、それで全ての辻褄が合う。

 エルフ族の女王ともあろうものが、いきなりの変心というか、一介の人間族の男に恋愛感情を抱くなど、不自然すぎるのだ。

 

 しかし、これでからくりがわかった。

 あの人間族は、ガドニエルに操りの魔道を遣ったのだ──。

 

 信じられない……。

 

 魔道化の呪術を解呪してくれた恩人といえども、エルフ族の王の心を支配して操るなど許されるものではない。

 

「そうであれば、許せることじゃないですね。イムドリス宮のこともあるけど、こっちも、なんとかしないと……」 

 

 ギルリーズも眉をひそめた。

 さっきは、ロウについて好意的意見だったほかの三人も、ガドニエルが淫魔師の操りにかけられているという話には、さすがに嫌悪感を顔に浮かべている。

 

「とにかく、ガドニエル様に掛けられている術を解くのです。すべては、それからです。ガドニエル様はやっぱり、あの人間族に操られていたのですよ。そうであるなら、ガドニエル様をお守りするために、わたくしたちがなんとかしないと……」

 

 ヒルエンは声をあげた。

 

「でも、どうしていいか……。わたしたちの魔道はまだ遣えないですし……」

 

 だが、マリレンドが不安そうにそう言った。

 しかし、ヒルエンにも、あのロウという人間族の淫魔師を出し抜く妙案はない。

 黙り込むしかなかった。

 

 そのときだった。

 ユイナが口を開いたのだ。

 

「……ねえ、お姉さま方……。よくはわからないけど、あの男に一矢報いるというのであれば、協力しますよ。まあ、わたしも、ちょっとばかり恨みもあるし……。恩もあるけど……。殺すとか、怪我をさせるとかいうのでなければ、一緒にあいつを懲らしめましょうか?」

 

「なにか方法が?」

 

 ヒルエンは言った。

 すると、ユイナがにやりと微笑んだ。

 しかし、すぐにその微笑は消えて、ちょっと不安そうな顔になった。

 

「……だけどねえ……。あんまり、やり過ぎると、あの男はともかく、エリカさんたちが怖いし、そもそも、わたしを隷属って……。いや、信じられないけど、やっぱり淫魔術とかいうやつで……」

 

 そして、なにやらぶつぶつとひとり言を呟きだす。

 

「ねえ、お姉様方って、女王様にお願いして、ロウがわたしに刻んでいる隷属の魔道を解くように、ロウに命令してもらうことはできますか? 状況によっては、ロウの女たちから、わたしを保護してもらいたいんです……。その代わり、あの男が女王様に刻んでいる淫魔術の支配は解くことができると思います」

 

「本当? そんな方法があるのですか?」

 

 ヒルエンは声をあげた。

 そうであれば、すべてのことが解決する。

 ガドニエルに、ロウが刻んでいるに決まっている淫魔の支配さえなくなれば、ガドニエルがロウに恋慕のような感情を向けることはあり得ない。

 むしろ、自分が操られたことを逆に怒るだろう。

 魔物化の解呪をしてくれたことはありがたいが、その代償として、精神を支配し直すなど、やっていいことではない。

 

「あります。多分ですけど……。あいつから、淫魔の力を消し去ります。神通力のようなものが消滅すれば、わたしの予想だと、すべての支配から女は解放されるはずです……」

 

「本当ですか――?」

 

「はい。もっとも、あいつの能力はまだまだ必要なので、魔道契約かなにかの強い縛りで、二度とエルフ族に手を出さないことを約束させて、淫魔術は戻さないとならないけど……」

 

 ユイナは言った。

 よくはわらないが、なにかの手段をこのユイナは思いついているらしい。

 だったら、利用すべきだ。

 ガドニエルに掛かっている支配のようなものは、なんとしても解かないとならないのだ。

 

「問題ありません。ガドニエル様に掛かっている支配さえ解ければ、もはや、ガドニエル様があの人間族の男に肩入れすることはあり得ないし……」

 

 ヒルエンははっきりと言った。

 

「……だったら、大丈夫か……。見境のない淫乱男のあいつだって、エルフ族の女王に手を出したとしても、その権威には、それなりに敬意くらい払うだろうし……」

 

 ユイナが満足そうに頷いた。

 だが、いまのユイナの呟きが事実と異なるということをヒルエンは知っていた。

 あの人間族の男は、ガドニエルに敬意を払うどころか、口汚く罵倒さえしていた。

 おそらく、エルフ族の王という立場がどれだけの権威であるか知らないし、人間族のどの王家であっても、その存在に頭をさげるほど敬われているということさえ、わかってないと思う。

 あの感じだと、ロウはガドニエルのことをエルフ族の女王であることを全く気にしておらず、ただのひとりの女エルフくらいにしか考えてなさそうだ。

 

 しかし、黙っていた。

 このユイナには、ガドニエルに掛かっているなんらかの魔道を解くことに協力してもらわないとならないのだ。

 ヒルエン以外の四人も、いまの言葉に対して、ユイナになにかを語る様子はない。

 

「……ベルルス、新しい命令を与えてあげるわね」

 

 ユイナは、視線を地面に向けて、魔妖精に声をかけた。

 魔妖精が疲労困憊の様子で、ちょうどここまで辿り着いたところだったのだ。

 魔妖精は、目の前までやって来て、ばったりと地面に倒れ込んだままだ。

 

「こ、今度は、なんだよう……?」

 

 魔妖精が恨めしそうな表情で、汗だくの顔をあげた。

 疲れすぎていて息も荒いし、なにより、顔も全身も泥だらけだ。

 ユイナのことを怨念さえこもるかと思うような視線でじっと見ている。

 

「わたしがこれから、あんたに教えるやり方で、ある薬を作りなさい……。あっ、言っておくけど、それを作り終わったら、一度帰りなさい。そしたら、しばらく、こっち側に来るんじゃないわよ……。もしも、来たとしても、わたしに真名を知られて、仕返しをされたことは他言無用──。特に、絶対にあの男に言わないのよ、ベルルス」

 

「い、いちいち、真名を呼ぶな、尻女──」

 

 魔妖精が怒鳴った。

 すると、ユイナがにやりと微笑んで、いきなりうつ伏せになっている魔妖精の顔を上から踏みつけた。

 容赦のない踏みつけであり、顔を地面に押しつけられて息ができないのか、奇声をあげて魔妖精はもがいている。

 だが、それも、時間が長くなるにつれて、魔妖精の暴れ方が弱くなり、さらにしばらくすると、あまり動かなくなった。

 

「ちょ、ちょっと、あなた……」

 

 さすがに、自分たちの目の前で、ガドニエルが受け入れると命じた魔妖精が死ぬのは困ると思って声をかけたが、それと同時に、ユイナはやっと魔妖精の顔から足をどけた。

 ただ、その足は今度は胴体の上に軽く乗せられる。

 

「ぷはっ、はあ、はあ、はあ……」

 

 魔妖精が盛大に息をする。

 なんとか死ななかったようだ。

 とりあえず、ほっとした。

 

「空を飛ぶのを禁止し、魔道も勝手に使えなければ、お前なんて虫以下の存在よ。今度、尻女って呼んだら、もう一度、蜂蜜を全身にまぶすことを命じて、蟻塚に放り込むわよ。さっきは愉しかったわね」

 

 ユイナが酷薄に笑った。

 魔妖精は、うつ伏せのまま、呪詛のような言葉をぶつぶつと呟いている。

 しかし、もう抵抗の気力を失ったのか、ユイナには言い返そうとはしていない。

 

「いいから、言うとおりにしなさい、ベルルス。それとも、身体にあんたの真名を字で描いて、それを消すなと命令してあげようか? 魔妖精仲間に真名を知れ渡ってしまったら、あんたってどうなるのかなあ?」

 

 ユイナが倒れている魔妖精の背中に置いている足に、だんだん力を入れていっているのがわかった。

 魔妖精が悲鳴をあげた。

 

「わ、わかったよ──。やる──。やるよお──。なにをすればいいんだよお──?」

 

 魔妖精が泣き声をあげる。

 

「まずは、一度私に入りなさい。わたしの頭を読むのよ。お前の作らせたい薬の調合法を思い浮かべるから……。ふふふ、わたしを舐めんじゃないわよ……。あらゆる魔道古典学に精通しているわたしよ……。伝承の淫魔師の弱点くらい読んだことあるわよ」

 

 ユイナは、ひとり事のような言葉を口にしてから、やっと魔妖精の背から足をどけた。



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463 女王の求婚

「ああっ、ロウ様、ロウ様──。このまま、このまま、またいかせてください──。なんでもしますからっ──。わたしに……このガドに慈悲を──。お慈悲を──」

 

 ついに、ガドニエルが絶叫して泣き出してしまった。

 どうやら、快感が大きすぎて、感情が壊れた感じになったらしい。

 一郎はガドニエルを翻弄するのをやめて、絶頂させた。

 同時に精を放つ。

 今度は一郎の射精が二射、三射、四射と続くあいだ、ずっと絶頂状態を保持するように愛撫を続ける。

 

「おおお、あああ、はああ──」

 

 ガドニエルの股間は、これでもかというと程に一郎の怒張を締めつけ、最後の最後まで一郎の精を絞りとらんとするかのように収縮して動いた。

 やがて、がっくりとガドニエルの全身が脱力する。

 失神したのだ。

 

 一郎は、気絶状態になったガドニエルから怒張を抜き、とりあえず、一郎のそばに横たえた。

 意識はないようだが、ガドニエルの美しい身体は、快感を極めた余韻をひくひくと湛えており、太腿はお尻まで痙攣を続け、一郎の一物が出たばかりの亀裂は存在しない男根を引き込むかのように、どろどろの樹液を出しながら、いまだに強い収縮を繰り返している。

 

「おい、ガドニエル様を頼むよ」

 

 一郎はとりあえず覚醒をしているエリカとコゼに声をかけた。

 呆けたようにぼうっとしていたエリカたちが、慌てたように寄ってくる。

 

「す、すみません、ロウ様……。じゃ、じゃあ、コゼ、女王様をお願い……。わたしはロウ様を……」

 

 エリカがガドニエルをコゼに押しつけるような物言いをして、一郎に寄ってくる。

 エリカは汗拭き用の布のようなものを持っていて、それで一郎の身体の汗を拭くような仕草をした。

 そのエリカの髪をコゼが後ろから掴んだ。

 

「痛いっ、な、なによ──」

 

 エリカが血相を変えた感じで振り返って怒鳴る。

 

「なに都合がいいこと言ってんのよ──。エルフ族の女王様でしょう。あんたが面倒看なさい──。次はあたしがご主人様に抱いてもらいます」

 

 コゼがさっとエリカから布を取りあげて、一郎に迫ってきた。

 だが、そのときには、さっとミウが横から一郎の膝の上に乗り込んできている。

 たったいままで、気絶していたと思ったが、いつの間にか覚醒していたみたいだ。

 

「ちょっと、次はあたしよ、ミウ――。それよりも、いつの間に起きたのよ――?」

 

「さっきです……。自分に回復術をかけました。あたし、まだ精をもらってません。だから、コゼお姉さんは、その次に……」

 

「いいから、どきなさい──。あんたは、あ、た、し、の、つ、ぎ、よ──」

 

「い、や、で、す」

 

 すでに一郎の膝に座っているミウが、一郎にしがみつくようにして、剥がされまいと力を入れてくる。

 それをコゼがきっと睨む。

 

「ね、ねえ、ちょっと話し合いましょうよ……。ねえ、ロウ様?」

 

 出遅れた感じになったエリカもやって来て、ふたりを宥めるような物言いをしたが、そのエリカも、いつの間にか、またもや、べっとりと股間を濡らしていて、耐えられないかのように太腿を動かしている。

 コゼもミウも同じようなものだ。

 どうやら、一郎とガドニエルの性愛を眺めているうちに、またもやできあがってしまったみたいだ。

 まったく、淫乱な女たちだ。

 一郎は嬉しくなった。

 

 しかし、どうでもいいが、ガドニエルは放置されたままだ。

 一郎は、一郎をめぐって女たちが争ってくれるそんな光景にほくそ笑んでしまった。

 一方でイットとスクルズはまだ、起きそうもない。

 

「ううっ……」

 

 すると、やっと、ガドニエルが意識を戻した。

 気だるそうに裸身を起こし、一郎にちょっと身体を近づけて、一郎に身体を真っ直ぐに向けるように座り直す。

 

「だ、大丈夫ですか、ガドニエル様……? とりあえず休憩を……」

 

 エリカが遠慮した感じで声をかけた。

 

「い、いえ。ま、まずは、お礼を……。とても……、とっても……気持ちがよかったですわ……。ま、また、し、躾けてくださいませ」

 

 ガドニエルがまだ息を荒くしながらも、一郎を見て微笑んだ。

 その顔は赤く上気していて、汗で貼りついた前髪も潤んだ瞳も、まさに淫情の直後という感じで色っぽい。

 なによりも、やはり、このエルフ族の女王は本当に美しいのだ。

 それが、あれだけ激しく乱れ、いまは、まるで童女のような笑顔で、調教をしてくれて感謝をしていると口にして、また、やって欲しいと口にするのだ。

 このあまりにも大きすぎる落差に虜にならない男はいないだろう。

 一郎も正直、この無邪気そうな女王様のことをすっかりと気に入ってしまった。

 

「それはよかった、女王様。俺と俺の女たちは、十日間、ここでやり続けるつもりですよ。いつでも、来てくれれば歓迎します」

 

 一郎は笑った。

 しかし、ガドニエルは、ちょっと失望したように顔を険しくした。

 

「ガドです──」

 

「えっ?」

 

「ガドです。そうお呼びください──。お願いです。俺の雌犬にするとおっしゃいました。丁寧な言葉もご不要です。突然に話し方を変えられると、悲しくなります」

 

 ガドニエルが真剣な表情で訴えてきた。

 一方で、一郎の取り合いをしていた感じのコゼとミウも、ガドニエルが真剣な表情で一郎に話しかけてきたので、さすがに遠慮してか、一郎から少し身体を離した感じになってる。

 一郎の周りに、四人の裸女が集まった感じだ。

 

 それで我に返った気持ちになったが、考えてみれば、そのうちのひとりは、エルフ族の最高女王の大美人だ。

 勢いとはいえ、その女王を相手に遠慮のない嗜虐的な性交をしたのかと考えると、もしかしたら、大変なことをしでかしたかもしれないという気がしないでもない。

 しかも、このエルフ女王は、その激しかった情欲の余韻のまま、自分のことを愛称で呼べともいう。

 

 そうしてもいいのだが、いろいろと、うるさそうな気もする。

 特に、追い出したガドニエルの侍女たちとか……。

 

 いまは、魔道波が乱れているので、一郎も大きな顔ができたが、そういえば、かなりの魔道遣いレベルだった。

 また、このガドニエルにしても、あまりにも、一郎好みのマゾっ子で、いやらしい身体をしているので、性行為の真っ最中には気にならなかったが、改めて考えると、これでも、ナタルの森だけでなく、大陸中にかなりの影響力を持っているエルフ族の女王である。

 

 なにせ、この世界の各国にある魔道具に使われる魔道石は、全てこのナタルの森に拡がる各地のエルフの里でしか生産することができず、そのため、ひとたび、このガドニエルが魔道石の売買に制限を加えたりすれば、たちまちに、その国のすべてが停止してしまうくらいの事態に陥ってしまう可能性もあるらしい。

 高貴さで一目置かれているだけじゃなく、大変な影響力を持っている。

 実際のところ、実はこのガドニエルは、ハロンドールような大国の国王にも匹敵するほどの権威の持ち主なのである。

 パリスが自分たちの陰謀のために、このガドニエルに目を付けたのも、そういう彼女の権威に注目したところもあるだろう。

 

「……さっきの話、ただの戯れだとは言わないですよね──。ロウ様は、わたしを雌犬に躾けるとおっしゃいました。ずっと躾けるって……。俺の雌犬だとも……。どうか、これからも、ずっと躾けてください」

 

「えっ?」

 

 絶句した。

 いや、ただの戯れだ。

 そんなものは、マゾっ気の強いガドニエルの被虐の気分を盛りあげるための、男女の営みにおける戯れに決まっている。

 だけど、そんなことをいま言おうものなら、目の前のガドニエルは泣き出してしまいそうだ。

 そんな表情をしている。

 

 もしかして、本気……?

 一郎は、あまりにも真剣な表情のガドニエルに接して困惑してしまった。 

 

「ロウ様、どうか、わたしをあなたの“(つがい)”にさせてくださいませ」

 

(つがい)?」

 

 一郎は首を傾げた。

 (つがい)って……?

 

「な、なにを仰っているんですか、女王様──」

 

 しかし、黙って聞いていた横のエリカが、びっくりしたように叫んだ。

 エルフ族にとっては、特別な言葉なのだろうか。

 エリカは目を丸くしている。

 一方で、コゼとミウは、一郎と同様に首を傾げている。

 

「このガドニエルは、生涯、もう、あなた様だけしか愛しません──。エルフ族の神であるアルティスにかけて──。アルティスの夫であり天空神のクロノスにかけて──。そして、代々のエルフ族の女王であった父祖にかけて──、また、母たる祖先にかけて──。わたしは誓います──。ロウ様はわたしの生涯の(つがい)です──。どうか、わたしをあなたの(つがい)にしてください──」

 

「えっ、(つがい)って、もしかして、妻ってこと──?」

 

 コゼが声をあげた。

 

「もちろん、クロノスであるロウ様を独占しようという気持ちは、まったくありません。あなた方の末席に加えていただければいいのです──。皆さまと同じ……。いえ、それ以下でも構いません。このガドニエルをお認めください」

 

 そして、ガドニエルは、呆気にとられているエリカ、コゼ、ミウに順番に頭をさげていく。

 

「ちょっと、起きなさいよ、あんたら。なんか大変よ」

 

 コゼが寝ているスクルドとイットを無理矢理に起こす。

 まだ、最初は、呆けていたふたりだったが、ガドニエルに土下座をされ、わけもわからない感じから、すぐに目を丸くして驚く様子になった。

 

「えっ? えっ?」

 

 特にイットは、エルフ族女王から、土下座をされて、目を白黒している。

 構わずに、ガドニエルはふたりに同じ言葉を繰り返す。

 

「まさか、(つがい)の誓いですか?」

 

 それが、なんなのかは知らないが、スクルドは“(つがい)の誓い”という言葉を使って、誰よりも驚いて絶句した。

 

 それにしても、年端もいかないミウや、獣人族のイットにさえ、この女王は、絨毯を敷いている地面の上にしっかりと頭をつけている。

 とにかく、五人とも唖然としている。

 ガドニエルは再び一郎に向き直る。

 

「ロウ様には、わたしの全てを差しあげます。エルフ族を治める王の座がご要望なら差しあげます──。族長会議は面倒ですがなんとかします──。それとも、全土に流通する魔道石を自由にできる流通の統制権はどうでしょう。やり方によっては、かなりの利益にもなると耳にしたこともあります。それを自由にしてください……」

 

「い、いや、待て……」

 

「それから、このガドニエル個人も、魔道さえ回復すれば、ひとりの魔道遣いとして、それなりの実力を持っていると自負しています──。その能力をロウ様に捧げます──。あなたが信じろというものを無条件に信じ、あなたの敵を敵とします──。ですから、わたしをあなたの妻のひとりに加えてくださいませ──」

 

「妻?」

 

 やっぱり求婚をされているのだと悟った。

 (つがい)というのが、いま少しわからなかったが、コゼが問い返した言葉の通りだった。

 

「いいええ――。やっぱり、それは求めません。犬です。奴隷です。だから、ガドを一緒にどこにでも連れていってください。一生――。飽きたら捨ててもいいです。そのときには死ねと言ってください」

 

「死ね?」

 

 一郎は思わず言った。

 どうでもいいが、あまりの迫力に一郎も圧倒されてしまった。

 それくらい、ガドニエルは真剣であり、言葉に力があった。

 

「そのときは死にます。断られても死にます。だめなら、せめて死ねと……。ただ、死ねとだけ言ってください。あなたのガドは、あなたに死ねと命じられたことを心からの悦びとして、命を絶ちます」

 

 ガドニエルが全裸のまま一郎に土下座をした。

 一郎は完全に硬直してしまった。

 

 ただ、このエルフ女王様がたったいま口にしたことは、冗談でもなんでもなく、すべて彼女の本音だということだけはわかった。

 淫魔術でガドニエルの感情を眺めたのだ。

 

 彼女の言葉には、一片の誤魔化しや、駆け引きや、嘘もない。

 ただただ、本気だ。

 つまりは、一郎が拒否すれば、このガドニエルは本気で自殺をするに違いない。

 びっくりしてしまった。そして、圧倒された。

 だが、面倒な女とは思わない。

 しかし、これは相当の覚悟で一郎に求婚してきた……。

 それだけはわかった……。

 

 さらに、もうひとつわかったのは、このエルフ族の女王様は、マゾというだけじゃなく、とんでもない激情家だということだ。

 

 さて、どうしよう……。

 

 そのとき、スクルドが口を開いた。

 

「……ご主人様、ガドニエルさんにとっての“(つがい)の誓い”は単なる求婚ではありません。魔道的な縛りが加わり、誓い合うと魔道契約が成立します。そして、いま、ガドニエルさんは強い魔力をさっきの言葉に込められました。ご主人様が応諾の言葉を発した時点で、言魂によって魔道契約が成立します」

 

 スクルドが早口で横から言った。

 

「もちろんです。わたしのロウ様への想いは、裏表のない真実そのものですから。考えられるすべてに誓います。エルフ族女王であるガドニエル=ナタルの真実の誓いです」

 

 ガドニエルがロウから目を離さずに言い、言葉が終わってからも、ロウの返答を待つようにじっとロウを見つめてくる。

 

 さて、本当にどうしよう……。



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464 クロノスの逡巡

 ガドニエルが一心不乱という表情で、じっと一郎を見つめてくる。

 ナタル森林に拡がる全エルフ族の里をまとめる女王にして、エルフ族の女王とも称される貴人が、一郎に向かって全裸土下座をし、顔だけをあげて、哀願の目を必死に向けてくるのだ。

 しかも、一郎のようなセックス以外に取り柄のないような男に結婚をしてくれと……。

 

 まるで、本当の雌犬だな。

 一郎は思わず口元が綻ぶのを感じた。

 いずれにしても、彼女が本気だというのはわかった。

 それは、一郎にだけではなく、一郎の女たちにまで頭をさげて懇願した態度でもわかる。

 

 ガドニエルには、背負っているものが多い。

 全エルフ族の象徴しての存在……。

 ナタルの森の統治者……。

 この大陸に流通する「魔道石」の管理者……。

 イムドリス宮の結界空間を含める水晶宮の最終施政者……。

 「女王家」という最も権威のあるエルフ貴族の一族の家長……。

 

 そんな彼女が、ただ一度身体を合わせただけの人間族の男に、すべてを委ねたいと口にしている。

 魔物化され、人格さえ消え去ろうとしていたのを、一郎から救ってくれたという恩があるとしてもだ。

 ガドニエルは一郎のことなど、なにも知らないはずだ。

 一郎というのは、彼女にとって、ほんの少し前に出逢った通りすがりのただの男にすぎない。

 

 それでもだ──。

 

 それでも、ガドニエルは本気であり、求婚の訴えは、とても誠意のあるものに感じた。

 

 一郎も、実際のところでは、ハロンドールで子爵の身分を持つ貴族のひとりではあるが、その程度の爵位など、ガドニエルからすれば、その辺の路傍の石にも等しいだろう。

 それにもかかわらず、彼女は、まったく見知らぬ一郎に本気の求婚をしてきた。

 彼女が驚くほどの情熱家であり、気配りの下手な女というのはあるかもしれない。

 だから、これにより周囲がどう反応するかなど考えずに、本能のまま行動しているのだろう。

 そもそも、彼女の立場で、一郎のような男と「(つがい)の誓い」などをすれば、彼女だけでなく、一郎だって大変なことになるのは間違いない。

 彼女の周囲を取り巻く者たちがそれを許すわけがない。

 

 しかし、ガドニエルはそんなことは気にしていない。

 だから、ガドニエルはマゾなのだ。

 

 他人から与えられる被虐の快感に貪欲で、与えるのではなく、与えられたい女だ。

 自分の欲望にどこまでも忠実……。

 マゾの本質は他人(愛する者)が与える快楽への強欲……。

 だから、ガドニエルは、心の底から欲するものをなに振り構わずに求め訴える……。

 それがガドニエルなのだろう。

 

 だが、その後始末のことも、沸き起こす騒乱のことも、ガドニエルはなにも考えてないに違いない。

 それは、主人に選んだ一郎の役目になるのだろうな……。

 

 なにしろ、ガドニエルは真性のマゾなのだから……。

 一郎は苦笑した。

 

 また、彼女の極端なマゾ性は、彼女が意識していたか、していなかったかはともかく、一郎にガドニエルが絶対に必要ななにかを見つけてしまったようだ。

 一郎は、そのことに気がついてしまった。

 根拠のない勘なのだが、おそらく当たっている。

 

 多分、それはガドニエルの本能のようなものだと思うが、一郎という男が、彼女の心が長年にわたって渇望をしていた相手そのもののだということを感じたのだろう。

 彼女がずっと昔に、骨の髄まで叩き込まれるような徹底した「調教」を誰かから受けたというのは、ほぼ間違いないと思う。

 淫魔師としての最高の能力を手に入れている一郎には、一度身体を接すれば、その相手の性癖や性遍歴について、ほぼ完全に見抜くことができてしまうのだ

 

 徹底したマゾ調教……。

 それを誰かに施された……。

 しかし、その誰かはずっと昔にいなくなったのだ。

 多分、間違いない。

 

 彼女が自分を調教してくれる「ご主人様」に無条件に屈してしまうマゾの一方で、ガドニエルには、エルフ族の女王として、欲しいものを手に入れる権力と影響力はある。

 それに、彼女はこうやって、何者かもわからぬ相手に、なりふり構わず求婚するくらいの行動力と強引さを持っている。ガドニエルなら、自分の「ご主人様」を手放さないために、どんなことでもやっただろうし、実際のその力も持っていると思う。

 だが、その相手はいまはいないようだ。

 すなわち、それは、彼女の意に反して、失ってしまったものなのだ。

 

 だが、彼女はエルフ族の最高女王だ。

 彼女ほどの貴人をおいそれと嗜虐してしまう人物など、そうそう現われるものじゃない……。

 その結果、ガドニエルには、充たされることがなくなった「マゾ」の飢えが残ってしまった。

 長く長く、ずっとずっと、満足されることのない被虐の性欲が……。

 

 そこに現れてしまったのだ。

 一郎が……。

 

 自惚れるわけではないが、彼女はおそらく、自分でも無意識のうちに、一郎という男が自分の欲望を満足させてくれ、心の飢えを満足させてくれる男だということを、文字通り肌で感じてしまったのだと思う。

 マゾ女の本能で……。

 一郎を欲しているのは、単に命を助けられたからというような単純なことではない。

 

 心の飢えだ。

 

 ぶすぶすとくすぶり続け、充たされない苦悶でありながら、決してそれを消したいと思わないマゾ女の肉欲の渇望……。

 ずっと、それを抱いていたガドニエルの前に、突如として現われたのが一郎なのだ。

  

 もちろん、一郎はガドニエルのことをなにも知らない。

 彼女の隠されている欲望のことなど、本来であれば、ただの一度の逢瀬でわかるわけがない。

 相手のすべてをわかるなどという男が一郎の前に現れれば、なんという誇大妄想であり、自信過剰な男なのだろうと呆れてしまうだろう。

 しかし、一郎は、なぜか、まるで目の前に現れた紙でも読むように、頭の中に彼女のことがどんどんとわかってしまった。

 

 これが淫魔師の力か……。

 改めて、我ながら、これだけは凄いなあと思う。

 まあ、性癖だけのことではあるが……。

 

 いずれにしても、彼女は、強い依存性と被虐癖を植えつけられながら、それをおそらく長く失っていた。

 そんなガドニエルにとって、一郎は、まさに欲しかった自分の「ご主人様」にぴったりだったのだと思う。

 自分自身がガドニエルが一度で虜になってしまうほどの魅力的な存在かと真剣に訊ねられれば、疑問しか思い浮かばないが、少なくとも、ガドニエルがそう感じてしまったのは間違いない。

 

 とにかく、彼女は本気だ。

 そして、気まぐれのようではあるが、おそらく、まったく気まぐれではない。

 全裸で土下座し、うるうると媚びるような視線を一郎に向けてくるガドニエルからは、彼女の真剣さがひしひしと伝わってくる。

 

 本気の訴えには、本気を返さないとな……。

 

 それに、バロンドール王国にいる女たちのこともある。なによりも、イザベラとアンは一郎の子種を宿している。まあ、アンの場合はちょっと特別だが……。

 だけど、他から見れば、立派な一郎の子だ。

 まあ、これもまた、いいきっかけか。

 もしかしたら、ガドニエルを受け入れることで、都合よく回ることもあるか?

 なにしろ、いまのままでは、単なる成功した(シーラ)ランクの冒険者でしかないが、ガドニエルの夫ということになれば、エルフ族女王の伴侶ということになる。

 おそらく、権威だけなら、それはハロンドール王国の女王の王配よりも上のはずだ。

 そのガドニエルが認めるなら、悪いようにはできない。

 妊娠したイザベラよりも先に、こっちを決めたら文句も言われるか?

 まあいいか。

 なんとかなるだろう。

 

 一郎は決断した。

 

「イット、来い──。舐めろ。俺の前に来て、これを掃除しろ」

 

 一郎は四人の女の中でひとりだけ、ちょっと離れていた獣人族の娘を呼んだ。

 

「あっ、はい」

 

 一瞬、名指しされたのが意外だったように、イットはびくりと身体を動かしたが、すぐに素早く寄って来て、胡坐をかいている一郎の前に正座をして、一郎の股間に顔を埋める。

 

「ロ、ロウ様?」

 

 必死の告白を無視されたと思ったのか、ガドニエルががばりと身体をあげて、悲壮な表情を一郎に向ける。

 一郎は、ガドニエルをきっと睨んだ。

 

「ガド、まだ伏せだ──。まだ、呼んでないぞ──。分をわきまえろ──。お前は俺の雌犬だと自分で口にしながら、俺のやることに指図するつもりか──。さっきの言葉には返事はする。だが、いつしようが俺の勝手だ。俺はイットに性器を舐めてもらいたくなった──。お前にいつ返事をするかなど、俺の気まぐれだ──。文句があるのか──」

 

「も、申し訳ありません──」

 

 一郎はわざと強い口調で怒鳴りあげたが、それに対して、ガドニエルは顔を真っ蒼にし、再び顔を床にひれ伏させて、土下座の姿勢に戻った。

 だが、面白いのは、一郎に叱られることで、彼女の局部、乳房……いや、全身に性感帯のもやがぱっと次々に浮かびあがって、どんどんと色が濃くなったことだ。

 ステータスにある『快感値』だって、絶頂の余韻から少し回復して数値があがっていたのだが、それが一郎の一喝で数値が一気にさがったのだ。

 つまり、怒られて欲情しているということだ。

 

 大したマゾだねえ……。

 一郎は頬を綻ばせてしまった。

 

 一方で一郎の股間では、獣人族のイットの頭が小刻みに動き続ける。

 大きくはない口いっぱいに一郎の怒張をほおばり、上下の唇で吸いあげるようにしながら、舌で先端から幹にかけての部分をまとわりつかせる。

 

「上手だね、イット。気持ちいいよ」

 

 本来は戦闘奴隷として、たぐいまれな攻撃力を持つイットだが、性奴隷として飼われていた年数が長いので性技はそれなりに持っている。

 掃除とは言ったが、一郎の反応で、本気のフェラを要求していることはわかったのだろう。

 すぐに、口の動きが一郎を悦ばせるものに変化した。

 舌を突き出すようにしたり、怒張の先端の窪みの部分を丹念につっついたり、あるいは唇に挟んで全体を嬲り回したりと、フェラが技巧的なものになる。

 

「いいと言うまで続けてくれ」

 

 一郎はイットの胸の下に手を移動させて、彼女のそれほど大きくないふたつの膨らみを揉んだ。

 

「んふっ」

 

 びくりと反応して一瞬舌が止まったが、すぐに動き出す。

 一郎は、イットの集中を邪魔するように、イットの胸に浮かぶ性感帯のもやを追いかけ、乳首を転がし、あるいは擦るように動かし、そして、揉み砕いた。

 一郎の手に掛かれば、無垢な童女だって、「胸イキ」させることができる。ましてや、イットはずっと性奴隷として、性の経験を重ねてきた娘だ。

 あっという間に、彼女から激しく燃えさかる欲情を引き出すことに成功した。

 

 彼女が感じまくっていることを示すように、イットの腰が小さく震えだし、そして、長細い尾がゆらゆらと揺れ出す。

 激しい快感を覚えたときには、獣人族の彼女はどうしても、その尾をぱたぱたと左右に振ってしまうらしいのだ。

 愛くるしい顔をしながら、戦闘状態で飛び出させる長い爪を武器に縦横無尽に敵を殺しまくるイットが、こういう性交のときには、快感で尻尾を振ってしまうというのは、とても滑稽な姿だ。

 そして、とても可愛らしいと思う。

 

「ガド、来い。このイットはお前の前に俺の女になった先輩だ。俺の女になるというなら、挨拶代わりに、イットの尻を舐めろ。俺の妻になるなら、お前はこの中で一番下の立場だ。それなりの態度をしろ」

 

 一郎の言葉に、ガドニエルよりもイットが反応し、びっくりして一郎から口を離して逃げようとする仕草を示す。それを一郎は頭を押さえつけることで阻止した。

 すぐにイットは我に返ったようになり、奉仕の状態に戻る。

 

 これは、ガドニエルに対する試しだ。

 

 ガドニエルは、一郎の身分や肩書、素性、立場、そういう外観のものを全部すっ飛ばして、心のままに一郎に本気の愛を告白してくれた。

 だから、一郎も、決断に際して、ガドニエルの身分や肩書や彼女が背負っている立場という一切のものを思考から排除することに決めた。

 ガドニエルを手に入れるとなれば、当然に、それはついてくるものだろうが、それは、彼女を受け入れるかどうかを決めてから、後で考える。

 それが本気の彼女に対する一郎の誠意だ。

 そして、これはそのための試しである。

 

 この世界において、実のところ獣人族の立場は一段低い。

 

 それはこの世界で拡がっているされている一般的な宗教である「ティタン信仰」というものにも表れている。

 すなわち、クロノス思想だ。

 ティタン信仰の中心となるのは、クロノスという男神であり、天空神とも称されている。

 

 クロノスには、五人の女神の正妻がいて、ひとり目が「メティス」であり人族共通の知恵の女神である。

 ふたり目が「へラティス」──。農耕の民であり、人間族の守り神だ。

 三人目は「アルティス」。エルフ族の象徴的女神であり、狩猟と戦いの神──。

 四人目は「ミネルバ」。ドワフ族の女神で、鉱山と工芸の神──。

 五人目は「テルネス」。北の遊牧民の神だ。また、テルメスは淫乱の代名詞でもあり、テルメスはクロノス以外の男を多数愛人として、多くの神を生んでいる。その子神は、そのほかの亜人種の主神にあてがわれもいる。

 この五人の妻がクロノスの妻たちであり、この世界にある五個の月のそれぞれになぞらえ、この世界の夜には、一個の月もない闇夜が滅多にないことから、クロノスはひとり寝をしないという伝承がある。

 クロノスは多数の妻を持つ英雄であり、同時に絶倫の代名詞なのである。

 

 だが、この五人の妻の中には、獣人族の主神である「モズ」は入らない。クロノスはもちろん、五人の正妻とも血は繋がっていない孤高神である。

 つまりは、獣人族の地位が低いのだ。

 それが、この神々の位置づけにも表れている。

 冥界の王の妻の「インドラ」さえも、クロノスが闇夜のときに、正妻たちに隠れて夜這いする愛人だというのに、獣人の女神の「モズ」はクロノスや五人妻との繋がりがない。

 それが獣人の地位だ。

 

 一郎がガドニエルに命じたのは、その獣人族の尻を、エルフ族の女王のガドニエルが舐めることだ。

 もしも、彼女が一片でも躊躇したら、一郎はガドニエルを受け入れないと決めた。

 彼女を得るということは、これまでの一郎の立場が劇的なまでに変化するということであり、当然に一郎に集まっている女たちの運命までも変えることになるだろう。

 だから覚悟がいる。

 

 だが、もしも、ガドニエルが一郎の試しに満足する答えを返してくれたなら、一郎はガドニエルの持っているしがらみを無視して、素のままのガドニエルを受け入れることにしようと思った。

 彼女の周りのことを考えるのは、それからのことだ。

 

 なにしろ、もしも、ガドニエルが、エルフ女王でもなんでもない、ただのエルフ女性であれば、一郎は、一も二もなく、ガドニエルを受け入れて、自分の女のひとりにしただろう。

 それだけ彼女は美人だし、極端なマゾの性癖も一郎好みだ。

 

 いま、一郎が躊躇しているのは、彼女の持つ身分や立場に対してだ。

 しかし、一郎の身分や素性をまるっきり無視して、ガドニエルほどの者が一介の一郎に求婚をした。

 それに応じるには、一郎もまた、まずは彼女が身にまとっているすべてを無視して、ただのガドニエルとして見るべきだと思う。

 

 だから、試した。

 告白してくれた相手を試すなどおこがましいとは思うが、それだけのリスクのある相手だ。

 しかし、もしも、この一郎の試しにガドニエルが応じるなら……。

 

「イット様、失礼します」

 

 ガドニエルがにこにこしながらこっちに来た。

 彼女は、獣人族の娘の尻を舐めるという恥辱をほんの少しも躊躇した様子を示さなかった。

 むしろ、一郎になにかを命じられたことが心の底から嬉しそうだ。

 

「んん? んひんっ、んんんっ」

 

 ガドニエルから“様”をつけられて呼ばれたことで面食らったみたいだが、ガドニエルがイットのお尻に舌を動かしだしたことで、全身で反応した。

 さすがに、イットがびくびくと身体を振るわせだす。

 

 一方で、ガドニエルもまた、すぐに淫情に染まってしまった仕草を始める。

 やはり、ガドニエルはマゾだ。

 ほかの女の尻を舐めるという屈辱さえ、ガドニエルにとっては快感を呼び起こす材料になるようだ。

 それとも、イットが一郎の女であるからか?

 一郎の女であれば、それも一郎の一部──。

 そんな気持ちになっているのだろうか……。

 

 一郎は淫魔術の縛りをガドニエルから、一時的に解除することにした。

 実のところ、一郎は一度刻んだ性奴隷の縛りというものを完全に解除する方法は知らない。

 だが、限りなく影響を消滅させて、性奴隷の一切の縛りを除去することはできる。

 その場合は、一郎の性奴隷になることによって与えられる女たちへの「淫魔師の恩恵」という能力向上の効果も消えてしまう。

 以前、ほんの少しの時間だけ、エリカたちを使って確かめたことぎあるのだ。短いあいだだったので、本人たちも一時的な能力低下には気がつかなかったとは思うが……。

 だから、通常はそこまで支配を無くさないが、やろうと思えば、できないこともない。

 

 

 

 ロウ=ボルグ(田中一郎)

  人間族(外来人)、男

   冒険者(シーラ)(パーティ長)

   ハロンドール王国子爵

  年齢36歳

  ジョブ

   クロノス

   淫魔師(レベル120)[限界突破]

   戦士(レベル5)

  生命力:50

  攻撃力

   30(素手)

  使徒(1)

   イット(勇者)

  支配女(33)

   エリカ

   コゼ

   シャングリア=モーリア

   ミランダ

   スクルド(スクルズ)

   ベルズ=ブロア

   ウルズ

   ノルズ

   シャーラ=ポルト

   イザベラ=ハロンドール

   アネルザ=マルエダ・ハロンドール

   マア

   ラン

   トリア=アンジュー

   ノルエル

   オタビア=カロー

   ダリア

   ヴァージニア

   クアッタ=ゼノン

   ユニク=ユルエル

   セクト=セレブ

   デセル

   アン=ハロンドール

   ノヴァ

   ビビアン

   シズ

   ゼノビア

   イライジャ

   マーズ

   ミウ

   ブルイネン=ブリュー

   ユイナ

   ガドニエル=ナタル

  支配眷属(5)

   クグルス(魔妖精)

   シルキー(屋敷妖精)

   サキ(妖魔将軍)

   ピカロ(サキュバス)

   チャルタ(サキュバス)

  特殊能力

   淫魔力

   魔眼

   ユグドラの癒し

   亜空間収納

   粘性体術”

 

 

 

 久しぶりに自分自身のステータスを覗くと、突っ込みどころのある項目があった。

 淫魔師レベルが、またあがっている。

 限界突破? レベル120?

 まあいい。

 とりあえず忘れる。

 

 また、ガドニエルの五人侍女は、リストにはない。一郎自身に性奴隷に数える意思がないからだ……。

 つまり、このステータスのリストに加わるかどうかは、一郎の意思に寄るのだ。

 ガドニエルの支配を弱めていく。

 性奴の列挙から、ガドニエルの名が消滅した。

 これで、ガドニエルはほぼ完全に支配に陥っていない状態だ。

 あらゆる意味で、いまのガドニエルは、一郎の淫魔術の影響から離れた。

 

 今度は……?

 

「イット、来い」

 

 一郎はイットの口から怒張を抜き、抱え直すと一郎の腰を跨がせて、対面座位で怒張を埋めていった。

 

「んあああっ」

 

 イットが快感にのけ反る。

 すでにたっぷりと濡れている。

 イットの股間はなんの抵抗もなく、一郎を受け入れた。

 

 愉快なのはガドニエルだ。

 イットのお尻を舐めろと命令をされていることに対し、一郎が抱え直しているあいだも、イットのお尻を追うように顔を動かし、ずっと舐め続けたのだ。

 いまでも結合により舐めにくくなったイットのお尻に、顔をマットに擦りつけるようにして、懸命に舌を伸ばしている。

 

「イットは尻尾の付け根が性感帯だ。そこを奉仕してやれ、ガド」

 

 一郎は律動を開始するとともに言った。

 ガドニエルの舌がイットの尻尾側に移動する。

 まさに、一心不乱という姿の一生懸命さだ。

 その姿には、まったくの迷いのようなものはない。

 むしろ、嬉しそうである。

 まさに、「雌犬」だ。

 

 この瞬間に、一郎の腹は決まった。

 

「んんんっ、だ、だめえっ、か、感じる。感じすぎます、ご主人様、ガ、ガドニエルさまあ──。ああああっ」

 

 一郎に犯され、性感帯でもある尻尾の付け根をガドニエルに舐められ、イットが絶頂したのはあっという間だった。

 

「んああああっ」

 

 イットががくがくと震えて、一郎にしがみついてくる。

 そのイットに、一郎は精を放った。

 歓喜に打ち抜かれたイットが、さらにぶるぶると身体を痙攣させる。

 そのあいだも、ずっとガドニエルはイットの尻尾に舌を這わせ続けている。

 これは、一郎がやめろというまで、ずっと続けるつもりだろう。

 一郎は苦笑した。

 

「もういい、ガド……。あなたの気持ちは伝わりました」

 

 その言葉に、ガドニエルがはっとしたように顔をあげた。

 まずは、イットを解放する。

 

「ふわあ……。あ、ありがとうござ……」

 

 イットが倒れそうになるのをとりあえず、横に寝かせる。

 

「ねえ、ご主人様、次は……」

 

「いえ、あたしを……」

 

 すかさず、コゼとミウが寄ってきた。

 

「お待ちなさい、ミウ――。まずはわたしが……。ロウ様、さっきは不甲斐なくて申し訳ありません。次こそ、頑張りますわ。わたしにも雌犬調教を……」

 

 スクルドまで寄ってきた。

 

「ま、待ちなさい──。ロウ様はガドニエル様とお話があるでしょう──。スクルドまで――」

 

 それを後ろからエリカが声をあげてたしなめている。

 一郎も笑って、裸で迫ってくる三人を苦笑とともに、手で制した。

 そして、ガドニエルに向き直る。

 

「お前をを受け入れる、ガド……。だけど、悪いけど、一度受け入れれば、今度は俺は二度と解放はしてやれない。これでも独占欲も執着心も強くってね。お前が女王だろうと、そうでなかろうと関係ない。ただのガドとして、お前を受け入れよう」

 

 一郎は言った。

 すると、ガドニエルが破顔した。

 それとともに、ぼろぼろと涙がこぼれだした。

 一郎はびっくりした。

 

「あ、ありがとうございます──。尽します。あなたの(つがい)として……」

 

 ガドニエルが歓喜の声をあげた。

 そして、がばりとその場に再び平伏した。

 そのとき、なにかの魔道的なものが一郎に入り込むような感覚が襲ったが、まあいいかと思った。

 別に気にならないし、そもそも、その気になれば、一郎の淫魔術がそれに打ち勝つ。

 どうでもいいのだ。

 

「へえ……」

 

「やっぱり?」

 

「あら、(つがい)の誓いが……」

 

「へえ……」

 

 コゼ、エリカ、スクルド、ミウがそれぞれに声を出した。

 イットについては、絶頂の余韻で、まだ横になって呆けている。

 一郎は頭を掻いた。

 

「……もっとも、エルフ族の女王をどう遇していいかわからないけどね……。まあ、これから考えるさ。あなたが……、いや、ガドがそんな面倒な立場でないなら、もっとすぐに決心できたんだけどねえ……。いずれにしても、俺はハロンドールに戻ることになるぞ。ここで暮らすわけにはいかない」

 

 一郎はそれだけははっきりと言った。

 ガドニエルを受け入れることを決めたとしても、エルフ女王家と関わるつもりもないし、エルフ族の女王の権力も権威も不要だ。

 結果的に付随してくるとしてもだ。

 

 まあ、受け入れると決めた限りにおいては、なんとしてもガドニエルを受け入れるつもりだが、実際のところ、かなりの反撥もあるだろう。

 そもそも、人間族の一郎をガドニエルの夫にするなど、ナタル森林の各里のエルフ族長たちが認めるとも思えない。

 まずは、さっきの五人侍女も反発しそうだ。

 

 人間族を侮蔑する傾向のあるエルフ族社会。

 エルフ族の最高貴族の女王の夫の地位に一郎がつくなど、本人のガドニエルが求めても、絶対に拒絶するに決まっている。

 それこそ、一郎を暗殺してでも、受け入れないと思う。

 それなりに対応はするし、できるとも思うが……。

 まあ、なんとかするか……。とはいっても、苦労するのは、エリカたち、一郎の女になるのか?

 

 とにかく、ガドニエルの心はもらうが、エルフ族の女王としての権力や影響力は受け取らないし、利用もしない。

 そういうつもりだ。

 まあ、とりあえず、それを基本方針として、ガドニエルの周囲とは折り合いを探すしかないだろう。

 イザベラとアンも、こうなったら向こうが都合悪くても、奪ってでももらうが、一郎がどういう立場になるのかは戻ってから決めるか。

 

 さて、どうなることやら……。

 一郎は苦笑しつつも嘆息した。

 とにかく、そのためにも、パリスとの対決はきっちりとつけないとな。

 まずは、ガドニエルの居城を取り戻すことだ――。

 いま、この瞬間に、イムドリス宮のことは、他人事から一郎自身の問題に変わった。

 

「わ、わたしには姉がいます。長く行方もわからなかった姉ですが、最近になって居場所もわかったんです。そもそも、女王なんてわたしの柄でもないですし、魔道力だって姉の方が上で、姉こそ女王を継ぐべきだったんです……」

 

「えっ、女王様に姉君が?」

 

 エリカがとても驚いている。

 もしかしたら、それは知られていないことなのだろうか……?

 それにしても、仮にも施政者のくせに、そんなもの捨ててもいいというのにはびっくりした。

 まあ、それが彼女の選択なら受け入れるが……。

 ブルイネンあたりは、どういう反応するだろう……?

 

「ロウ様が問題があるとおっしゃるなら、手を回して姉を連れ戻し、女王の地位など姉に押しつけて、わたしはロウ様と一緒にどこにでも……」

 

「本当に? でも大丈夫なのですか?」

 

 スクルドが驚いた声をあげたが、一郎についてくるために、神殿長の地位を投げ出した女が、なにをいうかと思った。

 一郎は笑ってしまった。

 

「わかった、ガド。それは後で詳しく聞こう。だけど、その前に俺からひとつある。お前を受け入れる条件だ。これを認めないと、話はなしだ」

 

「わかりました。認めます」

 

 ガドニエルがすぐさま返事をした。

 

「せめて、返事は内容を聞いてからにしろよ」

 

 一郎は噴き出してしまった。

 しかし、この感じなら、拒否はないな。

 一郎は、ガドニエルの支配を元に戻した。

 これで、ガドニエルは一郎のものだ。

 

 そのときだった。

 突然に洞窟の出口に近いカーテンの外が騒がしくなった。

 ステータスを確かめようと思う前に、そのカーテンが横に開いた。

 

「そこまでよ、あんた──。女王陛下やわたしに刻んでいる隷属を解くのよ──。さもないと、大変なことになるわよ。それから、すぐにこの首輪を外して──。もう、おかしくなりそう」

 

 突然に怒鳴ってきのは、ユイナだ。

 クグルスに託してきたときと同じ、裸体を黒マントで覆っただけの格好であり、首には一郎が装着させた『絶頂封じの首輪』がある。

 ただ、ユイナは五人並んだガドニエルの侍女たちの後ろに隠れるようにしている。

 マントの下の手に、なにかを隠し持っているようだ。

 それにしても、クグルスと一緒だったはずだが、特段の影響もないようだ。

 クグルスもいないな……。

 

 だが、不敵な笑顔に勝ち誇ったような表情……。

 なにかを企んでいる……?

 そんな気がした。

 だが、なにを……?

 

 “不能毒”?

 

 とっさに覗いたユイナのステータスには、ユイナが持っているものが、そんな名であることが示されている。

 

「な、なんですか、お前たち──。外に出ていよと申したはずです──」

 

 たったいままでのマゾっ気たっぷりの恥態が嘘のように、ガドニエルの口から毅然とした強い叱咤の声が響く。

 

「ガドニエル様、申し訳ありません。お叱りは後でいくらでも受けます。しかし、こいつは淫魔師の能力でガドニエル様を操って支配しようとしていることがわかったのです──」

 

 前側にいる五人の侍女のうち、真ん中のひとりのエルフ侍女が叫んで、一郎を睨みつけた。

 確か、ヒルエンとかいう侍女長的な女だったと思ったが……。

 

「これの解毒剤は、わたしにしか作れないわ。毒を抜いて欲しければ、わたしに土下座してお願いしなさい。くらえっ」

 

 ユイナがマントから手を出し、なにかを投げる仕草をした。

 卵……?

 

 手のひらで包めるほどの球体のようだ。

 ユイナが侍女たちの後ろから、その卵を一郎に向かって投げつけた。

 それが一郎のたちのいるマットの手前の地面に当たって破裂し、薄っすらとした煙のようなものがぱっと広がる。

 

「なに、なにをしたのよ、ユイナ──?」

 

「ご主人様、離れて──」

 

「すぐに結界をかけます」

 

 エリカとコゼが裸のまま、瞬時に立ちあがって一郎の前に出る。

 スクルズも手を伸ばした。

 

「ロウ様――」

 

 ミウが一郎にしがみついた。

 目の前に透明の防護膜が出現する。

 

「ど、どうしたんですか──?」

 

 横になっていたイットも、まだだるそうだが、慌てたように跳ね起きた。

 

「なにをした、お前──?」

 

 ガドニエルも怒鳴る。

 

「ガドニエル様、落ち着いてください。すぐに、ガドニエル様が操られていたことがわかりますから──」

 

 ヒルエンが叫んで、ユイナを守るようにエリカたちを阻む体勢になった。ほかの四人も同じようにする。

 一方でユイナは、さっと後ろにさがって距離をとる。

 

 んっ?

 

 そのとき、一郎は強烈な違和感を覚えた。

 身体が……。

 

 すぐに自分のステータスを見る。

 

 

 

 ロウ=ボルグ(田中一郎)

  人間族(外来人)、男

   冒険者(シーラ)(パーティ長)

   ハロンドール王国子爵

  年齢36歳

  ジョブ

   クロノス

   淫魔師(レベルなし)

   戦士(レベル5)

  …………

  …………

  使徒(1)

   イット(勇者)

  支配女(0)

   エリカ[性奴解除]

   コゼ[性奴解除]

   シャングリア=モーリア[性奴解除]

   ミランダ[性奴解除]

   スクルド(スクルズ[性奴解除])

   ベルズ=ブロア[性奴解除]

   ウルズ[性奴解除]

   シャーラ=ポルト[性奴解除]

   イザベラ=ハロンドール[性奴解除]

   アネルザ=マルエダ・ハロンドール[性奴解除]

   マア[性奴解除]

   ラン[性奴解除]

   トリア=アンジュー[性奴解除]

   ノルエル[性奴解除]

   オタビア=カロー[性奴解除]

   ダリア[性奴解除]

   ヴァージニア[性奴解除]

   クアッタ=ゼノン[性奴解除]

   ユニク=ユルエル[性奴解除]

   セクト=セレブ[性奴解除]

   デセル[性奴解除]

   アン=ハロンドール[性奴解除]

   ノヴァ[性奴解除]

   ビビアン[性奴解除]

   シズ[性奴解除]

   ゼノビア[性奴解除]

   イライジャ[性奴解除]

   マーズ[性奴解除]

   ミウ[性奴解除]

   ブルイネン=ブリュー[性奴解除]

   ユイナ[性奴解除]

   ガドニエル=ナタル[性奴解除]

  支配眷属(0)

   クグルス(魔妖精)[性奴解除]

   シルキー(屋敷妖)[性奴解除]

   サキ(妖魔将軍)[性奴解除]

   ピカロ(サキュバス)[性奴解除]

   チャルタ(サキュバス)[性奴解除]

  特殊能力

   …………

  状態

   不能”

 

 

 

 ステータスから、一郎の淫魔術のレベルの数字が消滅するとともに、イットを除く女たちの名の横に、次々に「性奴解除」の文字が続く言葉が出現した。

 

 しかも、不能?



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465 対決・お騒がせ娘

 不能……。

 

 つまりは、こういうことか……。

 一郎は舌打ちとともに嘆息した。

 

「相変わらず、後先考えずに、人に迷惑をかける娘だなあ、お前」

 

 一郎は胡坐をかいたまま、ユイナに視線を向けた。

 ユイナは、いまは五人のエルフ侍女の陰に隠れるように、少し後ろに下がっている。

 そのユイナが一郎に勝ち誇ったような表情を向ける。

 

「解毒剤はわたしの頭の中よ。ベルルスにも、まだ教えていないわ。それがないと、あんたは、二度と勃起できないわよ。淫魔師の能力の源は類いまれな絶倫の力なんでしょう? 古代書にそんな記述があるのよ」

 

「古代書?」

 

「道具が役に立たなければ、あんたは力を振えないし、女を支配できない。どうやら、効いたようね。わたしの不能薬は──」

 

 ユイナが破顔した。

 してやれたのが嬉しそうだ。

 

 だが、なんでこの娘は、一郎が絡んでくると素直でもなくなるし、常識も消えるのだろう。

 人間族が嫌いというが、ほかの人間族の女たちに対する態度は、一郎に対するものほど酷くないように思うが……。

 

 まあ、とにかく、ユイナが余程に一郎のことが嫌いなのか、あるいは、好きなのか知らないが、今回はやり過ぎだ。

 よりにもよって、一郎の淫気を遮断するような行為をするとは……。

 

「ご主人様、一瞬で終わります。ちょっと、あの黒エルフの首を折ってきます。少々、お待ちください」

 

「駄目よ、コゼ。よくわからないけど、解毒剤がどうのこうのと、あいつは言っていたわ。胴体と頭は残しとかなきゃ……。それに、あれでもイライジャの被保護者よ。息の根をとめるのはイライジャに説明してからよ……」

 

「問題ありませんわ、エリカさん。即死でない限り、命は保たせてみせます。任せてください」

 

「あっそう? だったら、スクルド、いまから、あれの手足を切り離すから、傷口に回復術をかけてよ。死んだら困るの……。まだね……」

 

 一郎の前で立ちはだかっているコゼとエリカとスクルドが物騒なことを言い合っている。

 

「ロウ様、どこかに異常が? 回復術は必要ですか?」

 

 ミウだ。本当に心配していて泣きそうな顔だ。

 

「問題ない」

 

 一郎は苦笑しながら、ミウの頭に手をのせた。ミウがちょっとだけほっとした顔になる。

 また、イットも前に出た。

 すでに、十本の指に長い刃物状になった爪を伸ばしている。

 戦闘状態だ。

 

「ご主人様、命じてください。六人全部ですか? それとも、後ろの娘は残すんですか?」

 

 イットが目の前の六人を睨んだまま、身体を低くする構えをした。

 一郎がひと言発すれば、一瞬後には全員の首が飛びそうだ。

 

 怖いねえ……。

 一郎は苦笑した。

 

「落ち着けよ、お前ら……。話し合いがまだだ……。考えてみれば、まだあいつとは、じっくりと語り合ってなかったな……。へまをして奴隷にされて売り払われそうになっていたのを助けるために、遥々と買い付けに来てやって、そしたら、エランド・シティに連れていかれたというから、仕方なく探しに来てやって、そこでどうやら、拷問にかけられて奴隷にされていたから、大変な思いをしながら救出してやって、それでも、こうやって、俺に仇を返すようなことをするのは、きっと話し合いが足りなかったからだろう、ユイナ?」

 

 一郎はユイナに言った。

 さすがに、ユイナが赤面した。

 一郎の嫌味に対して、羞恥を感じる気持ちはあるようだ。

 

「な、なに言ってんのよ。わ、わたしだって……。わたしがいたから、あのとき、地下牢から逃げられたんでしょう。あのままだったら、衛兵に捕らわれて、今度は二度と脱走なんてできなかったわ」

 

 一瞬、なんのことを口走っているのか理解できなかったが、すぐに、パリスを殺した直後に、別の牢に隠れたときのことを言っているのだと悟った。

 一郎は呆れてしまった。

 

「あれがそれほどの功績かよ。絶体絶命の状態から、次の絶体絶命の状況に移行しただけじゃないか。水晶宮から逃亡できたのは、ミウが地下洞窟に通じる抜け道を魔道で開けてくれたからだ。パリス一派の息のかかったエルフ兵の追っ手を振りきれたのは、イットが戦い、ミウが魔道を駆使し、そして、エリカやコゼにスクルド。さらに、ブルイネンが助けにきてくれたからだ。俺もお前も、ただ助けられただけだ。クグルスにもな」

 

 それで思いついたが、どうして、クグルスに苛められていると思っていたユイナが、こうやって元気で、しかも、一郎に対する反撃のようなことをできたのかを一郎は理解した。

 ユイナの眼に刻んでいる「眼球紋」だ。

 そういえば、あいつは、目に鑑定術の魔道紋様を刻んでいるんだった。

 これは、一郎の失敗だ。

 ユイナは、その鑑定術を遣って、クグルスの真名を知ったのだろう。その証拠に、ユイナは、クグルスのことを真名で呼んでいた。

 どうやら、真名で支配し、さっき投げつけた「不能薬」とやらを作りあげたに違いない。

 クグルスには、可哀想なことをしたな。

 

「ご主人様、命じてください。まず、目の前のエルフ五人を殺します。あいつらは必要ないですよね。よろしいですね?」

 

 イットがもう一度、声をあげた。

 一郎はとりあえず、それを制する。

 

「それよりも、大丈夫なんですか? ユイナが毒を遣ったというようなことを口走りましたが……」

 

 エリカが洞窟の隅にある自分の細剣を掴んで戻ってきながら言った。

 武器を取りに、ちょっとだけ一郎の前から離れていたのだ。

 戻ってきたときには、すでに鞘を抜いていた。

 コゼの短剣も持っていて、それを渡してもいる。

 短剣を受け取ったコゼも鞘を捨てた。

 

「ね、ねえ、エリカさん──。どうして、こいつの肩を持つんですか──? もう支配は抜けたはずなのに……。それにほかの人も……。あんたたちは自由なのよ……。解放されたのよ──」

 

 ユイナが必死に叫んでいる。

 多分、ユイナは一郎の支配から抜ければ、エリカをはじめとする一郎の女たちは、一斉に一郎を見限ってしまうと思い込んでいたのだろう。

 確かに、いま、この瞬間は、一郎の支配から女たちは脱している。ユイナによって、一気に大部分の淫気を解放されてしまったので、エリカたちの支配のために繋がっていた淫気を瞬時に亜空間の維持に回したからだ。

 さもないと、シャングリアとマーズが亜空間から抜け出してしまい、その瞬間に死の呪いが発揮されてふたりが死んでしまうところだった。

 

「はあ──? なにごちゃごちゃ言っているのよ、お前──。まさか、ご主人様とあたしとの繋がりを切ったの? もしも、そうなら、ご主人様がなんと言おうと、あたしはお前を殺すわ」

 

 コゼが低い声で唸るように言った。

 こんな怖ろしい口調のコゼは一郎も初めてだ。

 ちょっとぞっとした。

 

「みんな、待て──。俺はユイナと話したい」

 

 一郎はそれだけを言った。

 全員が身構えたまま、一郎の前だけをすっと開くようにした。

 一方でミウが小声で本当に解毒術が必要ないのかと訊ねてきたので、それは断った。

 いずれにしても、ユイナの遣った毒術は、おそらく、禁忌の術に属するものであり、ミウが遣える解毒の魔道では対応できないだろうと思う。スクルドでも同様と思う。

 それに、もう必要もない。

 

「あ、あのう、待ってください。まずは、この五人に話します。どういうつもりかを訊ねさせて……」

 

 すると、横で待っていたかたちのガドニエルが口を挟んできた。

 一郎はガドニエルに振り向く。

 

「どういうつもりかなんて訊ねる必要もない、ガド。そんなのは明白だ。こいつらは、俺とガドが仲がいいのが気に入らないのさ。卑しい人間族の分際で神聖なエルフ女王であるガドを汚しているからな。それで、ユイナと結託して、俺を追い詰めようとしたんだ。多分、魔物になっていたのを助けた礼だろうよ」

 

 一郎は今度は五人の侍女を嫌味たっぷりに睨んだ。

 それぞれに一郎の言葉に反応したが、真ん中のヒルエンというエルフ女は、一郎に怒りの表情を向けた。

 

「分をわきまえろ、人間族の男──。その方はエルフ最高女王様なのだぞ。本来であれば、お前が近づくこともできないような……」

 

「黙りなさい、ヒルエン──」

 

 そのとき、絶叫のような怒鳴り声が洞窟に響いた。

 ガドニエルだ。

 素っ裸のまま立ちあがって憤怒の顔を五人の侍女に向けている。今度は明らかに侍女たちが怯んだ。

 

「な、なぜです、ユイナ殿──。どうして、ガドニエル様の支配が抜けていないのですか。ユイナ殿は、さっきの薬玉で、女から淫魔師の支配を無効化できると……」

 

 ヒルエンが焦った様子でユイナに振り返る。

 そのヒルエンにガドニエルは、さらに怒鳴ろうとしたが、一郎はそれを制した。

 

「それよりも、ガド──。俺のちんぽを舐めろ。あいつのせいで、一時的とはいえ、淫気を一度解放されてしまったんだ。補充が必要だ。エルフ族の女王様が俺の性器を舐めてくれるなら、きっと淫気もあっという間に溜まり直して、すぐにまた、お前らを隷属させられる」

 

「は、はい、ロウ様」

 

 面白いことに、ガドニエルから一瞬にして憤怒の態度が消滅し、満面の笑みを浮かべて、一郎に寄ってきた。

 一郎から卑猥な命令をされたのが心の底から嬉しそうだ

 目の前に侍女たちがいるのを気にせず、一郎の股間の前に跪き、すぐに口で一郎の性器を頬張った。

 五人の侍女たちが悲鳴のような声をあげた。

 

「ユ、ユイナ殿──。ど、どうして、ガドニエル様はなぜ……」

 

 再び、ヒルエンがユイナに叫んだ。

 この女は女で、ガドニエルが一郎に懐いたのが、一郎の支配だと信じ込んでいたのだろう。だから、ガドニエルの言葉に逆らうことになろうが、ユイナによって、一郎の支配が無効になった瞬間に、ガドニエルが正気に戻ると信じていたに違いない。

 しかし、ガドニエルは最初から正気だ。

 まあ、こんなんだが……。

 

「……ガ、ガドニエル様は支配されてない……。エリカさんも……。ほかの人も……。でも、こいつに逆らわないみたいです……」

 

 ユイナが言った。

 ほんの少し目を細くする仕草をしているので、眼球紋で鑑定術を遣っているのだろう。

 ユイナも扱う一般の鑑定術では、一郎の淫魔術の影響を受けている女は「奴隷化」の鑑定が出てしまうらしい。

 

「それよりも、ユイナ。お前、なにをしたのかわかっているのか? 俺の淫気を消すということは、シャングリアとマーズを殺すことになるんだぞ。俺の能力であいつらの命を辛うじて繋ぎとめているのを知っているだろうが──」

 

 一郎はユイナに怒鳴った。

 しかし、ユイナは一郎の言葉にはっとしたような表情をした。

 どうやら、それは頭になかったらしい。

 

「そ、そうだった……。そ、そこまでするつもりはなくて……。わ、わかった。解毒剤を作る。ベルルスを呼んでよ……。あいつに処方箋を教える。さっき、追い返しちゃったのよ……」

 

 ユイナがしょげ返った様子で項垂れた。

 本当にそれを考えていなかったのか……。

 呆れてしまった。

 

「ま、待って──。それよりも、もう一度さっきの薬玉をもう一回破裂させてください、ユイナ殿──。予備があったはずです」

 

 ヒルエンがユイナのところに詰め寄った。

 そうなのだ。

 ユイナは、さっき破裂させた“不能薬”とやらの薬玉をもうひとつマントの裏に紐袋かなにかで隠している。一郎はそれを知っていた。

 

「だ、だめですよ──。もう無駄です。それに、さっきあいつが言ったでしょう。あいつの力で女ふたりを死なないようにしているんでした。女王様の光魔道で解呪してもらうまでは、あいつの能力が必要だったんです。忘れていました」

 

 ユイナは首を横に振る。

 しかし、ヒルエンがさっとなにかを懐から取り出した。

 石の刃物だ──。

 まだ魔物化していたこいつらが、果実を切るのに使っていたものだ。

 それをユイナに向ける。

 

「渡しなさい──。すぐに──」

 

「ひっ」

 

 ユイナが驚いて目を丸くしている。

 それでも、さっとマントの上から手で覆って、薬玉を渡すまいとした。

 シャングリアたちのことをどうでもいいと主張すれば、本当にみかぎってやろうと思ったが、少しだけ安心した。

 

 一方で、突然の修羅場に一郎もちょっと驚いたが、もっと驚いたのはガドニエルだ。

 喧噪は耳に入っているはずなのに、一郎の性器を奉仕することをやめないのだ。

 こっちはこっちで、苦笑したくなる。

 とにかく、ガドニエルにとっては、一郎の言葉がすべてにまさる最優先事項であり、あとは女王としての矜持や部下に対する責任とかいうのは、遥かに劣る些末事項のようだ。

 これはこれで、徹底しているな。

 一郎は思った。

 

「ロウ様──」

 

 エリカが判断を委ねる……というよりは、殺害の命令をしてもらうことを乞う視線を一郎に送った。ほかの女たちも一郎の指示をじっと待っている。

 一郎は小さく首を振った。

 

「それよりも、あんたら、自分たちがなにをしたのかわかっているのか? 俺の淫気を消滅させて、本当にそれでいいと思ったんだな? あんたらに掛かっていた魔物化の呪術は解呪したんじゃなくて、俺の淫魔術で上書きするように覆っただけなんだぞ。あんたらも、本当に解放されるには、まだまだ処置が必要なんだぞ」

 

 一郎はヒルエンを含む五人の侍女に声をかけた。

 五人が一斉に一郎を見てきょとんとする表情になる。

 

「どういうことですか……?」

 

 口を開いたのは、ヒルエンではなく、別の侍女だ。

 名は忘れた。

 

「本当に解呪するほどのことはしていないということだ。繰り返し繰り返し、俺の精液を浴びるように吸収すれば、解呪できるとは思うけど、いまは、ただ応急処置として、魔物化の呪術の影響を俺の淫魔術で遮断しただけだったんだ」

 

「えっ?」

 

 ヒルエンがユイナに向けていた刃物を持っていた手を下に落とした。

 困惑した表情で一郎を見る。

 

「ユイナの毒玉で淫気を遮断されたとき、俺も咄嗟の処置として、あんたらに渡していた淫気を引き抜いて、亜空間の保持のために回させてもらった。あらかじめ空間に隠していたものもあるし、それでなんとか保持はした……。まあ、なにを喋っているかわからないと思うけど、つまりは、あんたらを魔物から解呪した俺の淫気は抜き取ったということだ」

 

「抜き取った? すると、どうなるんです……?」

 

 別の侍女だ。

 やっと、どういう事態が起きるのか理解したみたいであり、顔を蒼ざめている。

 しかし、もう説明は不要だ。

 

 そろそろ影響が表れ始めている。

 五人の女たちが、膨れあがりだした。

 手足が太くなり、服が破け……。

 

「ギャ、ギャギャッギャ──」

「グギャ、ギャギャギャギャ」

「ヒギャア? ギャアア?」

「ギャア、ギャギャギャ」

「ギャギャギャ」

 

 一郎の淫魔術の影響のなくなってしまった五人の侍女たちが魔物に戻った。

 侍女たちに言ったことは本当だ。

 女たちについては、一郎の淫魔術により、まだ一時的に魔物化の呪術から解放されていただけだったのだ。

 だから、魔物化の呪術を完全に解呪していない状況で、それを阻んでいる淫気を抜いてしまえば、すぐに魔物に戻ってしまう。

 当然の理屈だ。

 

「殺さなくていい。追い払え」

 

 右往左往して一郎に駆けよろうとした魔物になった侍女たちに対し、一郎は女たちにそれだけを言った。

 エリカ、コゼ、イットが武器で脅すと、今度は奇声をあげて、洞窟の外に逃げていった。

 まあ、あいつらをどうするかは、また考えよう。

 一郎はユイナを見た。

 ユイナは真っ蒼になっている。

 

「いろいろあるだろうけど……いまは解毒剤を作らせて……。困らせようとは思ったけど、誰かを危険に合わせるつもりまではなかったのよ……。とにかく、あの魔妖精を……」

 

「そうなんだろうな……」

 

 一郎は苦笑した。

 後先考えないのが、このユイナの性質だ。

 この娘の喋ったことは本当なのだろう。

 もしも、一郎から淫気を遮断してしまえば、シャングリアたちがどうなるかわからないと思いついていれば、不能薬とかいうものは作らなかったと思う。

 

 それにしても、不能薬か……。

 一瞬とはいえ、一郎の淫魔術を破る毒薬がこの世に存在するとは……。

 改めて、一郎はある意味でユイナを見直した。

 

「とりあえず、手足を切りましょう、ロウ様……。頭だけあれば、解毒剤はできます」

 

 エリカがユイナに剣を向けて冷たく言った。

 ユイナが震えあがった。

 

「ま、まさか、冗談ですよね、エリカさん……?」

 

「なんで冗談だと思うの?」

 

 エリカが真面目な顔のまま唖然とした表情になる。

 

「やめろよ。必要ない。淫魔術が消滅したのは一瞬だけだ。一瞬後には回復して戻っている。そもそも、俺の一物は勃っているぞ」

 

 一郎は笑った。

 ガドニエルがいまだに離さない一郎の性器は、すっかりと勃起して、隆々とガドニエルの口の中でそびえている。

 淫魔術だって、すぐに復活していたし、だから、淫気も集め直すことができた。

 

「あれっ」

 

「本当ですね」

 

「まったくです」

 

「よかった……」

 

「はあ……」

 

 エリカ、コゼ、スクルド、ミウ、そして、イットが一郎とガドニエルの周りに集まって、一郎の股間を覗き込んだ。

 それぞれに安心したような表情になる。

 

「それにしても、下手だな、ガド──。修行しなおしだ。ミウ、代われ」

 

 一郎はガドニエルの頭をぽんと叩いた。

 あれだけ敏感な身体に調教されていたのだから、さぞや性技も鍛えられているのだろうと思ったが、舌技は稚拙もいいところだ。

 もしかしたら、フェラ調教は一度も受けていないのだろうか?

 

「あっ、お待ちなさい、ミウ。わたしが代わりましょう」

 

 すると、スクルドが強引にミウを押しのけようとした。すぐに、呆れた顔のエリカとコゼにとめられたが……。

 

 

「はい、ロウ様」

 

 一方で、ミウが嬉しそうに、ガドニエルに交代した。

 ガドニエルは悲しそうな顔をしている。

 

「ああ、申し訳ありません……。わたし、初めてで……」

 

 やっぱり、初めてだったか……。

 ガドニエルは泣きそうな顔になっている。

 だったら、もう少し、エルフ族の女王の初フェラを味わえばよかったかなという気になった。

 ついさっきまでは、エルフ族の女王のガドニエルに遠慮する気持ちもあったが、なぜかそんな気持ちも消滅している。

 もう俺の女だ。

 そう決めたことで、なにかを吹っ切った感じだ。

 

「だったら覚えろ。ミウだって、まだ覚えたてだから、半分は修行中だ。それでも、毎日一生懸命に、ほかの女の技を勉強したりして、いまはかなり上手だ。ガドもそうしろ」

 

「はい、勉強します──。と、ところで、侍女たちは……。そ、それと、わたしの身体……」

 

 ガドニエルが不安そうな顔で、やっと魔物に戻ってしまった侍女たちのことを口にする。

 

「さすがにもう助ける気にはなれん。ガドの魔道が復活すれば、光魔道をかけてやれ。それで解除できると思う。だけど、そのあいだ、ここに近づいたら追い払う。この狭間の森にいる限り、安全は確保できるはずだ。食い物もある」

 

 一郎は肩を竦めた。

 それまで十日ほどだ。

 そのくらいでは、まだ心までは魔物には戻らない。

 危険はない。

 そのあいだは、魔物に戻ったことに怯えてもらう。

 これをもって、連中への罰とする。

 一郎としては、あの五人には興味はないし、改めて淫魔術で支配したいとも思わない。

 もう、冗談じゃない。

 

「お慈悲に感謝します……。あれでも、ずっと仕えてくれた者たちなのです」

 

 ガドニエルがほっとした顔で言った。

 

「その代わり、今度こそ、俺のことを邪魔に思わないようにさせろ。ガドを俺の女にすると決めた以上、ガドの周りはうるさくなる。あいつらは絶対の味方に仕上げろ。必要なら、洗脳でもなんでもしろ」

 

「言われたとおりにします」

 

 ガドニエルが懸命に大きく首を上下に振る。

 その仕草が本当に雌犬のようで、一郎は笑ってしまった。

 

「それとガドについては問題ない。さっきフェラをさせたが、あれだけでも、噴き出すような淫気を発散していたぞ。それだけあれば、失った淫気を補って、魔物化の呪術の再発を防げる。それに、十日もあれば十分だ。俺が責任をもって本当に解呪してやる。お前については光魔道はいらん。躾をしているあいだに、解呪も終わる」

 

「は、はい、躾けてください──。ありがとうございます──。そ、それで、ちょっとミウさんの見学をしてもいいですか? もっと勉強したいんです」

 

「おう、勉強しろ」

 

 一郎が言うと、ガドニエルは一郎の股間にうずくまっているミウの横に同じようにうずくまり、横から眺める体勢になった。

 じっとそれを眺めて、見よう見まねで空中で同じように舌や口を動かして真似している。

 本当に女王様か?

 一郎は噴き出した。

 

「さてと……」

 

 一郎はいまだに立ち尽くしているユイナを見た。

 ユイナは立ち尽くして震えていた。

 

「それよりも、ご主人様、さっき、あたしたちの支配が解除されたということをこいつが言っていたと思うのですが、どうなっているんですか?」

 

 コゼが口を挟んだ。

 きっと、コゼは一郎との繋がりが断ち切られるのが、心の底から嫌なのだろう。

 

「まあ、淫魔術で繋がろうが、そうであるまいが、俺たちの関係に変わりはないけどね。もう、大丈夫だ。すでに復活している」

 

 一郎は言った。

 いずれにしても、すでにユイナの不能薬の影響はない。

 一時的に影響は受けたが、一郎の淫魔術が強くて、あっという間にその効果は消滅していた。

 淫気も戻っているし、さっき隷属を復活させている。

 とりあえず、それをしていないと、「淫魔師の恩恵」によって向上していた女たちの能力を低下させてしまうのだ。

 

 

 

 ロウ=ボルグ(田中一郎)

  人間族(外来人)、男

   冒険者(シーラ)(パーティ長)

   ハロンドール王国子爵

  年齢36歳

  ジョブ

   クロノス

   淫魔師(レベル120)[限界突破]

   戦士(レベル5)

  生命力:50

  攻撃力

   30(素手)

  使徒(1)

   イット(勇者)

  支配女(32)

   エリカ

   コゼ

   シャングリア=モーリア

   ミランダ

   スクルド(スクルズ)

   ベルズ=ブロア

   ウルズ

   シャーラ=ポルト

   イザベラ=ハロンドール

   アネルザ=マルエダ・ハロンドール

   マア

   ラン

   トリア=アンジュー

   ノルエル

   オタビア=カロー

   ダリア

   ヴァージニア

   クアッタ=ゼノン

   ユニク=ユルエル

   セクト=セレブ

   デセル

   アン=ハロンドール

   ノヴァ

   ビビアン

   シズ

   ゼノビア

   イライジャ

   マーズ

   ミウ

   ブルイネン=ブリュー

   ユイナ

   ガドニエル=ナタル

  支配眷属(5)

   クグルス(魔妖精)

   シルキー(屋敷妖精)

   サキ(妖魔将軍)

   ピカロ(サキュバス)

   チャルタ(サキュバス)

  特殊能力

   淫魔力

   魔眼

   ユグドラの癒し

   亜空間収納

   粘性体術”

 

 

 

 ステータスも確かめた。

 淫魔師レベルも戻っている。

 問題ない──。

 ユイナの隷属も復活だ。

 

「さて、どうするかな? どんな罰を受けたい?」

 

 一郎は、ミウに股間を奉仕させたまま、ユイナに微笑みかけてやる。

 ユイナがまるで蛇に睨まれた蛙のように硬直した。



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466 懲罰準備

「さて、どうするかな? どんな罰を受けたい?」

 

 一郎は、少し離れた場所で、真っ蒼になって立ち尽くしているユイナを見あげながら言った。

 ユイナは、なにかを言いたそうに口を開きかけたが、なぜか一瞬胡坐をかいている一郎の股間に視線をやり、すぐに険しい顔になった。

 

 一郎の股間ではミウの頭が動き続けていて、その横には、まるでほかのことなど眼中にないエルフ女王のガドニエルがいる。

 ガドニエルについては、ミウのフェラの真似を空中でやって、一郎への奉仕の技術を得ようと、見よう見まねで練習をしているのだ。

 とにかく、ユイナは、それが気に入らない気配だ。

 いまでも面白くなさそうな顔で、一郎を睨んでいる。

 

「どうした? すまんな。お前と話をするのに、女に奉仕をしてもらっているような不真面目な態度で……。だけど、お前のせいだぞ。シャングリアとマーズのためにも、俺には大量の淫気が必要だ。それをなにも考えずに、消し飛ばしてくれたんだからな。言わば、お前の失敗をこいつらが補ってくれているんだ。礼でも言ってくれよ」

 

「な、なによ、淫乱男──。女の敵──」

 

 ユイナが喚いた。

 しかし、一郎は無視する。

 その代わりに、奉仕をしてくれているミウとその横のガドニエルの頭にそっと両手を乗せた。

 ふたりがかすかにびくりと反応する。

 

 一郎は、ふたりの頭をゆっくり撫ぜる仕草をした。

 ふたりの一生懸命さをなんとなく愛おしく感じたのだ。

 ほとんど同時に、ふたりとも、笑みを堪えきれなくなったかのように、嬉しそうににんまりと微笑んだ。

 片や人間族の年端も行かない少女だし、もうひとりはエルフ族を束ねる女王で遥かな年配なのだが、こうやって一心不乱に一郎を愛してくれるところは、同じように可愛い。

 

「ミウ、半分をガドに分けてくれ。お前の覚えているやり方をガドに教えるんだ……。ガド、ミウの反対側から実際にやってみろ」

 

 ガドニエルはフェラの練習を空中でやっていただけだったのだが、一郎はミウに、ガドニエルとふたりで奉仕するように指示した。

 ミウが一郎の前から身体をずらして、ガドニエルが入る場所を作る。

 

「は、はい。ミ、ミウ様、ごめんなさい。わたしにロウ様を分けてください」

 

 ガドニエルが心の底から嬉しそうに、一郎の股間に顔を埋めさせてくる。

 

「ミ、ミウ様?」

 

 一瞬、一郎の股間から口を離したミウが目を白黒させた。

 だが、すぐに元の態勢に戻った。

 今度はふたりがかりの奉仕になる。

 ミウが咥え、少ししたらガドニエルに変わり、ガドニエルがミウの真似をしてひと通りのことをすると、またミウに変わるという具合だ。

 ふたりの奉仕を受け、征服感を刺激された一郎は、ふたりの口の中でさらに怒張が膨れるのがわかった。 

 

「あ、あんたって……」

 

 ユイナが顔を真っ赤にして口惜しそうな表情をした。

 しかし、それ以上の悪態はつかない。

 ほかの女が、武器で威嚇するように、ユイナの周りを取り囲んだからだ。

 つまり、エリカとコゼとイットである。

 三人とも激怒の表情だ。

 本当に、いまにもユイナを殺さんとばかりの表情をしている。

 ユイナはぎょっとしている。

 また、さっきまでミウが張り付いていた一郎の前にはスクルドがいる。

 同じことは許さないという感じで、一郎の前に結界を作っている。

 

「それよりも、そのマントを返してもらおうかな。俺の女たちが全裸なのに、ひとりだけ身体を隠しているなんて、許されることじゃないしな?」

 

 一郎は優越感たっぷりに笑った。

 ユイナがまたもや、一郎を睨むような視線を向けた。

 しかし、コゼが手に持っていた短剣をすっとユイナに向かって動かすと、慌てたようにマントを身体から外す。

 

「ロウ様」

 

 エリカがマントを取りあげて、一郎に向かって放った。

 一郎はそのまま亜空間に収納する。

 これで、ユイナが身に着けているのは、一郎が施した『絶頂封じの首輪』だけだ。

 羞恥に顔を歪めたユイナの両手がさっと股間と胸に伸びる。

 

「隠すなよ……。もっと、見せつけてくれよ。そうだなあ……。がに股になって、股に手をやって、性器を大きく拡げろ。俺の目の前でな」

 

「なっ──」

 

 一郎の鬼畜な命令に、ユイナは今度は顔を真っ赤にして怒鳴りかけたが、ユイナが口を開くよりも早く、エリカの細剣の先がユイナの喉元に伸びた。

 

「ひいっ、エ、エリカさん──」

 

 ユイナが恐怖に顔を引きつらせていた。

 

「聞こえなかったの? ロウ様の言うとおりにしなさいよ……。死にたくなければね」

 

 エリカが冷たい声で言った。

 

「命令をきいても、最後には死ぬかもしれないけどね……。ねえ、ご主人さま、命令が聞こえないような耳はいらないから、切り取ってもいいですか?」

 

 コゼが短剣をさらにユイナに近づけて、一郎に向かって振り向く。

 ユイナが恐怖に震えだす。

 一郎は笑って、コゼを制する。

 

 エリカもコゼも単に脅しているだけとは思うが、案外、本気かもしれない。

 ふたりとも、ユイナの一郎に対する態度にはずっと腹が煮えている感じだったし、そのうえ、今回の不能薬騒動だ。

 一郎から見ても、ふたりとも殺気がみなぎっているようにも感じる。

 

 もっとも、正直にいえば、一郎としては、そんなには腹が立っていないというのが本音だ。

 最初から、こんな娘だと思っているので、多少のお転婆くらいどうということもない。

 むしろ、次から次に一郎を怒らせようと努力して行動をしているようであり、逆に可愛いらしさえ感じる。

 からかいがいもあるし、いい玩具を手に入れた気分だ。

 

 まあ、生意気ではあるが、一郎からすれば、大人になりきれない少女が精一杯に背伸びをしようとして反抗的になっているようなものだ。

 以前、褐色エルフの里で冤罪で、このユイナのせいで処刑されそうになったときには、本気で怒ったりもしたので、一郎の能力があがって実力差ができたことで、なんとなく度量も大きくなったのだろうか。

 

 だが、いずれにしても、多少は懲らしめないと、一郎はよくても、女たちが我慢できなさそうだ。

 腕のいい若い魔道遣いを連れ帰るというのは、ハロンドールの王都にいる王妃アネルザとの約束でもあるし、一郎としては、最終的には、このユイナを王都に連れ帰ることをすでに決めている。

 これだけ、古文書に精通し、魔道技術に長けているのであれば、いくらでも役立ってくれるだろう。

 ユイナを奴隷購入するのに、アネルザからも資金援助も受けているのだ。

 そのためには、けじめくらいはつけさせないといけないだろう。

 

「ユイナ、俺の前まで来い。そして、言われたとおりの恰好をしろ。さもないと、耳がなくなるらしいぞ。エルフ族から耳がなくなれば、人間族と区別がつかなくなっちまう」

 

 長耳族とも称される特徴のある耳を持つエルフ族だ。

 耳を失うというのは、彼女たちにとって、最大の恥辱のひとつだとも聞いたことがある。

 

「や、やるわよ──。あ、謝ってるじゃないのよ──。あ、あんなのちょっと、あんたを見返してやろうと思っただけよ──。そんなことで殺されるなんて……。うわっ、やるっ、やります、エリカさん──」

 

 不満のような言葉を一郎にぶつけかけていたユイナだったが、エリカにまたもや剣を突きつけられて、慌てたように一郎の前にやってきた。

 

 ミウとガドニエルが這いつくばっている後ろに立つ。

 一郎の命じるまま、両脚を大きく拡げて真横に開き、腿が水平になるまで屈ませた。

 さらに、手を股間にやらせて、両襞を拡げさせる。

 パリスから受けた拷問の過程の中で剃りあげられたらしく、ユイナの股間には一本の恥毛もない。

 また、少し前に一郎がユイナの局部を生娘の状態に戻してもいるので、初々しい桃色の綺麗な秘部でもある。

 

「イット、ユイナの後ろに立て。ユイナが姿勢を崩したら、容赦なく斬れ。最初は耳だ。ユイナが動いたら、無条件に斬っていい」

 

「はい、ご主人様」

 

 イットが長い爪を伸ばしたまま、ユイナの背後に立つ。

 

「ちょ、ちょっと、変なこと命令しないで──」

 

 ユイナが顔をひきつらせた。

 

「耳がいらないなら動けよ。それと、もっと拡げな。ちゃんと処女膜が見えるくらいまで、しっかりと開いておけ」

 

 たとえ、耳が切断されたところで、スクルドの術でそれくらいは回復できるだろう。

 

「処女膜?」

 

 ユイナが怪訝な顔になった。

 そういえば、説明していなかったことを一郎は思い出した。

 

「言わなかったか? この狭間の森に到着してすぐくらいに、お前の鞭痕を治すついでに、股間の状態も治療したんだ。まあ、俺の能力のひとつだ。支配した女の身体を自由にいじくれるんだ。よければ、俺に犯され終るたびに、処女に戻してやろうか? 毎回毎回、破瓜の痛みを味わえるぞ」

 

「き、鬼畜男……」

 

 ユイナが悪態のような言葉を吐いたが、そのくせ、口元が緩んでの少し笑ったようになり、さらに顔を真っ赤にした。

 一郎は、その反応が意外で小首を傾げてしまった。

 

「エリカもコゼも、もういい。こっちに来い。スクルドもだ。イットは悪いけど、そいつを見張っていてくれ。イットは先にやったし、まあ、あとでまた可愛がろう」

 

 すると、イットの顔がちょっと綻んだようになった。

 それはともかく、一郎はとりあえず、エリカとコゼを引きあげさせた。

 イットは一郎の指示なく勝手に動くことはないが、このふたりは激昂するとなにをするかわからない。

 

 ふたりが戻ってくる。

 一郎はエリカとコゼを一郎の隣に座らせ、両手を拡げて抱き寄せ、外側からふたりに乳房を揉むようにする。

 

「とにかく、頭を冷やせよ、ふたりとも」

 

 性感帯を刺激するように胸をそれぞれに捏ねあげる。

 

「あん」

「ああ、ご主人様……」

 

 あっという間にふたりが脱力して、一郎に横側からもたれかかるような感じになる。

 一方で、股間のふたりの奉仕も、そろそろいい心地だ。

 ふたりの努力もあり、それなりの快感を覚えてきた。

 

「な、なによ、あんた──。よ、四人もいっぺんに──?」

 

 ユイナが真っ赤な顔のまま怒鳴った。

 

「いや、五人いっぺんだ。スクルドは俺の背中に、そのふわふわのおっぱいを擦り付けるんだ。やる気が出るように仕掛けもしてやろう。痒いぞ」

 

 一郎の前で、ユイナを見張る傍ら、ちらちらとこっちを見ていたスクルドがぱっと振り向く。

 そのスクルドに淫魔術で乳首に強い痒みを与えるとともに、クリトリスと感覚を繋いでしまう。

 これで、スクルドは胸を刺激するとクリトリスに刺激が伝わるという仕掛けだ。

 ついでに感度も三倍くらいにしてやった。

 

「ひやっ、あん」

 

 命令のとおりに背中に回ろうとしたスクルドが、一郎の悪戯を受けて、途中で転びかけ、慌てて一郎の背中に乳房を密着させて激しく擦りだす。

 

「うふううう、んはあああっ」

 

 だが、すぐにその場に膝を崩して座り込んでしまった。

 刺激が乳房を通じて股間に直撃したからだ。

 

「ほらほら、休むな、スクルド」

 

「あんっ、頑張ります」

 

 スクルズがすぐに立ちあがって胸擦りを再開して、喘ぎ声を出し始める。

 一郎はしばらくのあいだ、五人の身体を愉しみ続けた。

 

「くくく、こ、この鬼畜男おおおっ」

 

 なにが気に入らないかわからないが、ユイナが怒鳴り声をあげて、一郎を射抜くような視線で睨んでいる。

 ただ、がに股で性器を自ら引っ張り拡げる姿勢を強要しているので、その恰好で悪態をつかれても滑稽なだけだ。

 

 しかし、一方で一郎はユイナの性感がかなり上昇していて、すでに疼くような淫情に襲われているのを知っている。

 『絶頂封じの首輪』を嵌めさせてから、一郎の悪戯によりかなりの回数の絶頂感を寸止めで溜めさせている。

 目の前一郎とで女たちが裸でじゃれつくのを見せつけられ、それが蘇ってきたに違いない。

 かなり全身が赤くなったし、知らずがに股開きの腰をもじもじと動かすようにしている。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「どうした、ユイナ? もしかしたら、見られて感じているか? 股からなにか垂れてきたぞ」

 

「そ、そんなことはないわよ、変態──」

 

 ユイナがさらに真っ赤になった。

 一郎は、意識を自分に周りにいる五人に戻した。

 

「もっと激しくしろ、ガド。顔を俺の腹にぶつけるみたいにな」

 

 ちょうどミウと代わったばかりだったガドニエルに一郎は言った。

 

「うっ、うっ、ううっ」

 

 ガドニエルが言われるままに、大きな動きで顔を前後し始めた。

 ただ、喉奥に怒張の先端が当たるのか、えずくような小さな呻きをあげている。

 構わず、一郎はもっと激しくやれと容赦なく言った。

 ガドニエルが苦しそうにさらに勢いをつけて顔を前後に動かしだす。

 ただ、マゾのガドニエルは、それで欲情を大きくしたようであり、正座をしている両腿が切なそうに擦り合わせ出しもした。

 本当に打てば響くようなマゾ女だ。

 もしかしたら、思わぬ拾いものだったかもしれない。

 

「エリカとコゼは俺の胸を舐めろ。ミウは睾丸だ。ガドの口吻の邪魔にならないようにな。スクルドはもっと激しくやれ。二、三度は気をやれよ」

 

 一郎はエリカとコゼをぐっと引き寄せて、それぞれに一郎の胸に顔をつけさせた。

 まるで酔っ払っているようなとろんとした表情で、ふたりが舌で一郎の乳首を舐めだす。

 ミウも一郎の睾丸を頬張り、包むようにゆっくりと舌で粘っこい刺激を開始する。

 そして、スクルドの胸擦りもいよいよ激しい。

 

「ああん、もうだめえええ」

 

 すぐに、呆気なくスクルドが最初の昇天をした。

 

「休むなよ、雌犬一号。残り二回だ。ご褒美に、犬のように犯してやる。でも、不甲斐なければお預けだ」

 

 一郎は容赦なく言った。

 膝を崩しかけていたスクルドが姿勢を戻す。

 

「が、頑張りますね」

 

 再び胸擦りを開始した。

 振り向くと、すでに汗びっしょりであり、前髪が額に貼りつくほどだ。だが、顔だけは満面の笑みを浮かべている。

 しかし、一郎の悪戯による乳首の痒みが凄まじいはずなのだが……。

 

 とにかく、贅沢な五人がかりの奉仕だ。

 おそらく、これだけの美女と美少女を集めて、こんな破廉恥なことをさせたりするのは、さすがに一郎だけなのではないかと思ったりする。

 五人が五人とも、心から一郎を愛してくれて、悦んで一郎に尽くしてくれるのだ。ユイナの見張りをしているイットを含めれば六人。

 それが一郎のどんな淫靡なことでもやってくれる。

 こんなに嬉しいことはない。

 

 しかも、ただ美人で美少女というだけでなく、一騎当千の女傑揃いだ。

 そんな女たちを好きなように弄ぶことが許され、女たちもどんなに破廉恥な要求にも応じてくれる。

 自分は果報者だと思う。

 

「出すぞ。ふたりで分けて飲むんだ」

 

 一郎は精を放った。

 まずは熱い精の塊をガドニエルの喉に直撃させる。

 一郎は合図をして、素早くミウに交代させ、二射目と三射目を少女の口の中に発射してやる。

 

「ほら、お前らも来い。スクルドはそのままだ」

 

 一郎は四射目以降を一度中断して、エリカとコゼを愛撫していた乳房を手放した。

 射精を自由自在にコントロールするくらいのことは、今の一郎には朝飯前だ。

 ミウとガドニエルを押しのけるように、エリカとコゼが一郎の股間に割り込んできた。

 ひと足早かったのはコゼだ。

 一郎はコゼの口に四射目を出し、すぐに入れ替わったエリカに最後の五射目を出した。

 

「い、いくううっ」

 

 そのとき、スクルドが二度目の絶頂をした。

 だが、スクルドは今度は足を踏ん張るようにして、一郎の肩にしがみついて身体を支え、再び胸擦りを続ける。

 しかし、すでにかなり脱力しているのが、肌を通じてわかる。

 一郎はにんまりしてしまった。

 嗜虐好きの血が高揚する。

 

「ああ……、も、もっと、美味しくないものと思っておりました。と、とても、いいものです。なによりも、ロウ様の香りを感じます」

 

 一方で、ガドニエルが一郎の精を嚥下(えんか)しながら、うっとりとした表情で言った。

 これには一郎も苦笑するしかない。

 こんなものが、美味いわけもないし、香りなどという洒落たものでは断じてない。

 臭くて苦い──。

 精液なんていうのは、そんなものだ。

 だが、ガドニエルの様子からすれば、本当に美味しいと感じている気配である。

 ほかの女がガドニエルの言葉に、一斉に笑い声をあげた。

 また、どの女も、嫌な顔せずに、すでに全員が一郎の精を飲み下している。

 

「なんか、この女王様、あんたとそっくりね……」

 

 コゼがちらりとスクルドを見て笑った。

 

「そ、そうですか……? そ、それよりも、ああ、あん、ご、ご主人様、ず、ずるいです……うっ、うう……あ、あああ。ス、スクルドだけ、もらってません──」

 

 スクルドが背中で胸擦りしながら、駄々を捏ねるような物言いをする。

 

「そう言うなよ。最後はもらいがいいぞ。ほら、ご褒美だ」

 

 一郎は笑って、ほかの女を一度離して、スクルドを前に持ってくる。

 しかも、跪いて一郎にお尻を向けさせる後背位だ。

 

「そらっ」

 

 スクルドの股間に尻の下から怒張を突っ込む。

 深いところにぐいと突き挿さった。

 また、とりあえず、乳房への変な悪戯は終わってやる。

 

「んあああっ、気持ちいいです、ああああっ」

 

 スクルドが甲高い嬌声を出す。

 一郎は律動を開始する。

 

「あはあっ、あっ、あああっ」

 

 スクルドは身体を弓なりにして大きく反応する。

 これは、すぐに達しそうだな。

 

「ま、まあ、気持ちよさそう……」

 

 ガドニエルが羨ましそうな声を出したのが聞こえた。

 

「そう言わないのよ、ガド。すぐに順番が回ってくるから」

 

「そうね……。とにかく、ロウ様には終わりがないから……。終わるのは、わたしたちの全員が相手をできなくなったときです」

 

 コゼとエリカだ。

 とにかく、どうやら、コゼもこのまったく偉ぶらないエルフ女王のことがすっかりと気に入った感じだ。また、エリカも急に気安そうな口調になっている。

 ほかの女も好意的な視線で接しているのがわかった。

 一郎との情事に夢中なガドニエルの態度は、みんなに好印象を与えたみたいだ。

 

「あはあっ、だめええ、いきます。いきますううう」

 

 スクルドががくがくと震えた。

 絶頂したみたいだ。

 一郎はとりあえず精を放つ。

 

「んんああっ、ああっ、ありがとうございます、あああっ」

 

 スクルズがさらに感極まったように、全身を桃色に染めて声をあげる。

 精を放たれたのがわかったのだろう。

 

「次はミウだ。来い」

 

「は、はいっ」

 

 声をかけると、すぐに満面の笑みを浮かべてミウがやって来た。

 一郎は脱力して突っ伏したスクルズから怒張を抜き、ミウを対面に抱いて、勃起した一物の先でミウの股間を擦ってやった。

 

「あはあん、ああん、はああっ」

 

 ミウはすぐによがり出した。

 一郎はミウの幼い身体から発する淫乱な反応を愉しんだ。

 

「そういえば、王都を出立してから、そろそろ二箇月ね。こっちの方はどうしてるかしら、みんな? こいつはここまで追いかけてきたけどね……。それとも、色々と起こっているみたいだから、それどころじゃない?」

 

 コゼが言った。

 

「はあ、はあ、はあ……。い、いえ……む。もしろ……逆です……。ご主人様が……、ロウ様がおられないので、な、なんとなく、こ?心が……不安定じゃないかと……」

 

 スクルドがうつ伏せで大きく息をしながら言った。

 すると、ガドニエルがぴくりと反応したのがわかった。

 一郎はミウを味わいながら、ちょっと耳も傾けることにした。

 

「まあ、ほかにも、女の方がいらっしゃるのですか?」

 

 ガドニエルがコゼとエリカに訊ねている。

 

「いるわよ。王女様に……、王妃様に……、堅物ドワフ女に……。まあ、とにかくいっぱいね。あんたが王都にくれば、競争相手が大勢いるということよ」

 

 コゼが軽口を言って笑った。

 仲間のあいだでは遠慮のないコゼだが、実は人見知りの傾向があり、打ち解けない限り、あまり他人とは話はしない。

 そのコゼがこんなに最初から打ち解けて語るというのは珍しいことだった。

 このガドニエルが余程に気に入ったのだろうと思う。

 口調も最初からため口だ。

 

「えっ? 女王様も一緒に王都に行くのですか?」

 

 イットだ。

 こっちを振り返っている。

 

「そりゃあ、そうなんじゃないの? (つがい)とか、なんとか言っていたじゃない。それって、妻になるってことなんでしょう? じゃあ、一緒に来なきゃ。あたしは、ガドさんのこと認めるわ」

 

「そ、そんな簡単にいくわけないでしょう、コゼ。ガドニエル様は、エルフ族の女王なのよ」

 

 エリカがコゼをたしなめる口調で口を挟む。

 

「知らないわよ。そんなもの放り投げて、ご主人様と一緒に戻ればいいだけじゃないのよ。ねえ、ガドさん、そうしたら? あんたって、どう見ても女王様向きじゃないし、いいじゃないのよ。一緒に戻れば」

 

 コゼがあっけらかんと言った。

 すると、ガドニエルも、「そうですね」と大きく頷く表情をする。

 横でエリカが目を丸くしている。

 

 だが、このぶっとんだ女王様は、一郎が命じさえすれば、本当になにもかも放り投げて、一郎についてきそうで怖い。

 おそらく、そうするのだろう。

 なぜか、このガドニエルは、一郎に懐ききって、まったくエルフ女王の地位に執着心のようなものを示さない。

 一方で、すっかりとミウの準備が整った。

 一郎は対面のまま、ミウの股間に怒張を挿入した。

 

「あっ、あん」

 

 ミウがびくんと反応した。

 

「いくぞ、ミウ……。しばらく挿したまま、ゆっくりと揺れるか。こういうのもいいだろう?」

 

 一郎は律動せずに、ミウを抱き締めたまま、ゆっくりと前後左右に静かに動く。

 ミウは、鼻で甘い声を出しつつ、うっとりとした感じで一郎にしがみつく。

 一郎は、ミウに挿入したまま身体を揺らしつつ、ガドニエルに声をかけた。

 

「ガドのことは後で考える……。いずれにしても、偽者女王を追い出して、ガドのイムドリス宮を奪い返すのが先だ。パリスの遺した因縁に決着をつけないと、いつまでも騒動がついて回りそうな気もするしね」

 

 一郎がそう言うと、ガドニエルは「よろしくお願いします」と頭をさげた。手招きすると、甘える態度で一郎の胡座座りの腿に頬をすり寄せるようにしてきた。

 本当に主人にじゃれる雌犬みたいだ。

 犬気質だな──。

 一郎は笑ってしまった。

 

 まあ、さっきガドニエルが少し前に口走っていたが、女王家には、ガドニエルのほかにもうひとり優秀な姉がいるらしい。

 確か、ずっと行方不明になっていたが、最近になって見つかったとか……。

 

 だとしたら、なんとかなるんじゃないだろうか……。

 その姉という人がどんな人かわからなけど、いまの一郎なら、淫魔術で支配して操ることでもできるし、女王の座を強引に継がせればいい。

 族長会議とかいうナタルの森の意思決定機関については、突然の女王交代には、騒然となるかもしれないが、こっちについてはむしろ、ガドニエルと一郎の関係が公になれば、もうひとりの姉の方が相応しいという考えに傾くかもしれない。

 まんまと闇魔道をかけられて魔物化しかけていたという失点もある。

 やりようによっては、なんとかなるんじゃないだろうか……。

 

 いや、傾かなければ、強引に傾けさせる。

 こっちには、ガドニエルというこの世界でもっとも力を持つと称されている魔道遣いがいるのだ。

 ついでに、目の前で性交疲れで突っ伏している淫乱元神殿長殿もいる。

 

 いずれにしても、族長会議とやらを牛耳るにも、イムドリス宮にいる偽者を退治するという功績は必要だ。

 ナタルの森に拡がっていた巨大な陰謀を防ぐことになるのだし、多少の我儘は押し通せるかもしれない。

 

 いや、なんとかしてやる──。

 一郎は決断した。

 このガドニエルは、一郎が妻としてもらい受ける──。

 

「いずれにしても、ガドと結婚をするということになれば、エリカには言ったけど、そのときに合わせて、お前らとも結婚するからな。改めて言っておく。エリカが一番妻、コゼが二番妻──。ミウはまだ年齢が足りないからまだできないけど、成人して、ミウが望むなら、ちゃんと結婚する。イット、お前もだ。王都に戻れば、結婚だ。スクルドもな」

 

 一郎はあっさりと言った。

 死んだことになってるスクルドだが、所詮、この世界の結婚など、あのヤッケルとレイのように、パーティーをして夫婦と名乗れば、もうそれで結婚だ。

 顔を隠していればなんとかなるだろう。

 

「ふ、ふあい……」

 

 スクルドが性交の余韻が抜けないのか、うつ伏せで寝たまま、間の抜けた返事をした。

 一郎は笑ってしまった。

 

「ええっ、あたしを妻にしてもらえるんですか──。き、聞いた、エリカ?」

 

 一方で、コゼが絶叫した。

 

「う、うん、わたしもさっき言われて……」

 

 エリカが応じている。

 一郎はガドニエルに視線を向けた。

 

「さっき言いかけた条件というのはこれだ。エリカを一番妻にして、コゼが二番妻。ガドが何番目になるかわからないけど、一番にはできない。それを受け入れるなら、お前を全力で生涯にかけて、愛することを誓う」

 

「もちろんです。問題はまったくありません。ありがとうございます、ロウ様――」

 

 ガドニエルが感極まったように口調で返事した。

 問題ないわけないのだが、一郎は満足して頷く。

 その瞬間に、なにかの魔道が一郎に入り込むのがわかった。

 これが、(つがい)の誓いというやつか?

 なにがどう変わったかわからないが、特に支障はなさそうだ。

 まあいいか。

 それはともかく、一郎はミウとの交合を楽しむことにした。

 ピッチをいきなりあげて、律動も開始した。

 

「あん、あん、あんあん」

 

 ミウが声をあげる。

 しばらくすると、ミウががくがくと身体を震わせて絶頂する。

 一郎は精を放った。

 

「ふ、ふううう」

 

 ミウがぎゅうぎゅうと一郎を抱き締めて、しばらく震える。

 一郎はミウもまた強く抱いてやる。

 そして、落ち着いたところで、ミウから怒張を抜いて身体を離した。

 

 すると、そのとき、いきなりぐいと顔を掴まれた。

 コゼだ──。

 鬼気迫る表情になっている。

 

「な、なんだ──?」

 

「い、いまの言葉、ほ、本当ですよね?」

 

 コゼが殺気さえ感じる形相で声をあげる。

 

「に、二言はない──。ガドに求婚に応じたのに、お前たちと一緒にならないという選択肢はない。俺からすれば、女王であろうと、庶民であろうと、俺の女ということで変わりはない──。ましてや、シャングリアも含めて、エリカやお前を妻にしないのなら、誰も妻にはしない。妻にするなら、お前たちが最初だ」

 

 そして、ガドニエルにも視線を向ける。

 

「そして、ガド──。とにかく、お前も一緒だ──。さっき言っていた、姉とかいう人に女王の座は渡すぞ。お前は俺について来い──。命令だ──。拒否は許さん──。とにかく、細かいことは後で打ち合わせをするが、最終的にはお前は俺について来い」

 

「はい──。嬉しいです、ロウ様──」

 

 ガドニエルががばりと顔をあげて、両手を顔の前で組んで一郎に振り返った。

 その目には涙があふれている。

 そして、感極まったように両手で顔を伏せた。

 

「エリカ──」

 

 一方で、コゼがエリカに抱きついた。

 

「わっ、コゼ」

 

「よかったあ、エリカ──。奴隷あがりのあたしがご主人様と結婚だなんて──。あ、あんたのおかげよ──。いつもありがとう──」

 

「わ、わたしこそ、ありがとう、コゼ──」

 

 そして、驚いたことに、コゼがエリカに抱きついたまま、わんわんと泣き出した。

 すると、エリカまで泣き出した。

 これには、一郎もたじろいでしまった。

 

「ちょ、ちょっと──」

 

 そのときだった。

 大きな声がした。

 

 放ったらかしにされていたユイナだ。

 当然だが、相変わらずがに股で性器を自分の手で曝け出した姿勢を崩していない。

 ただ、股間からつっと愛液が溢れて内腿に伝っている。

 一郎たちの痴態に、興奮してしまったのかもしれない。

 だが、もの凄い顔でこっちを睨みつけている。

 とても怒っている顔だ。

 

「イット、こっちに来ていいぞ。ユイナの身体は俺が乗っ取った。もう自分では動けない」

 

 しかし、一郎は、そんなユイナを無視して、イットに声をかけた。

 そもそも、一郎はすでにユイナを淫魔術で隷属化しており、いつでもユイナの身体を操れる。脅迫など必要はないのだ。

 そうしなかったのは、ユイナに怯えた顔をさせたかっただけのことだ。

 イットが武器である爪を隠して、一郎たちのところに戻ってくる。

 一郎はイットを一郎の前に呼び込んだ。

 

「あ、あのう──。さ、さっきのことですが……あ、あたしは奴隷なのに……」

 

 イットが困惑した様子で、一郎ににじり寄った。

 そのイットの頭に手を置く。

 

「何度も繰り返し諭したつもりだったが、イットはすでに奴隷じゃない。それに、結婚のことも問題ない。お前さえよければ、全員まとめて面倒看る。俺はクロノスだ。みんなで幸せに暮らそう」

 

 一郎はうそぶいた。

 

「ほ、本気だったんですね……」

 

 イットは呆然とした感じで自分の身体を抱き締めたような体勢になり、そしてすぐに、だんだんとにやにやと微笑みだし、やがて顔を真っ赤にして震えだした。

 ……と思ったら、急に涙も流しだす。

 忙しいことだ。

 

 一郎は、イットを抱き寄せて一度ぎゅっと抱くと、自分の前に座らせた。

 ほかの女たちも争うように、一郎に寄って来て、それぞれに密着する場所を確保する。

 スクルドとミウまで、起きあがって寄ってくる。

 いずれにしても、これで、一郎たち六人とユイナが向かい合う態勢になった。

 

 イットが去ったことで姿勢を崩そうとしたのか、ユイナからすっと力が抜けた感じになったが、すぐにびくりと身体を震わせて、顔を強張らせた。

 勝手には動かないことを悟ったのだろう。

 

「さて、ちょっと取り込んでしまって待たせたな。じゃあ、そろそろ話をしようか、ユイナ……。ところで、お前への罰だが、まずはお前の一番大切なものを奪うことにする。まあ、それが一番堪えるだろうしね」

 

 一郎は言った。

 ユイナがぎょっとした表情になった。



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467 古文書の似顔絵

「さて、ちょっと取り込んでしまって待たせたな。じゃあ、そろそろ話をしようか、ユイナ……。ところで、お前への罰だが、まずはお前の一番大切なものを奪うことにする。まあ、それが一番堪えるだろうしね」

 

 一郎は言った。

 ユイナがぎょっとした表情になった。

 

「無論、そんなことじゃ済まないけどね……。色々趣向もあるぞ。燭台の刑。三角木馬放置の刑。それとも、さっき追い出した五人みたいにオークになってみるというのはどうだ? 十日間の陰核吊るしというのでもいいぞ。一日に三回痒み剤を塗ってやろう。この全員で一回ずつだ」

 

「そんなの生ぬるいですよ、ご主人様。まずは、四肢を切断。次に目を潰し、耳を聞こえなくして、豚のような声しか出せなくして、エランド・シティの真ん中にでも捨てていきましょうよ。もう、いいじゃないですか。こんなのに構わなくても」

 

 コゼが辛辣に言った。

 しかし、顔はまだにやけたままだ。

 嬉しそうな笑顔のまま、ユイナに悪態をついているのだ。

 ちょっと面白い。

 

「でも、こいつ、故郷の里に魔獣を召喚して呼び込んだ罪で奴隷売買の侮辱刑を受けているんだぜ。いや……、脱走罪が重なって、いまは死刑判決に変わってたかな……。いずれにしても、このナタルの森に放置すれば、見つかり次第に死刑だ。俺の奴隷にして連れていくしかないだろう」

 

「自業自得です。わたしも、こいつを連れ帰るのは反対です。イライジャには悪いけど……」

 

 エリカもまだ怒っている。

 ユイナが泣きそうな顔になった。

 

「わたしの罪じゃないわ──。そりゃあ、あのとき魔獣を召喚してしまったのはわたしの失敗だけど、脱走についてはわたしは関係ないもの。侮辱刑で終わりだったのよ──。脱獄は、パリスがわたしを陥れるために罠にかけたの。アルオウィン様に化けて、お爺ちゃんに、わたしの脱走を唆したのも、あいつなのよ──」

 

 ユイナががに股のまま声を荒げた。

 おそらく、そうなのだろうと思う。

 

「まあ、そりゃあそうなんだろうけど、現実として、俺に訴えても無意味だ。褐色エルフの里で確かめたが、すでにほかの里にも通知されていて、お前の身柄が確保次第に死刑になると言っていた気がするぞ」

 

 こいつが外のことをどれだけ認識しているか知らないが、現時点でこいつは見つかり次第に死刑になる脱獄囚だ。

 ただ、見殺しにするほど、情がないわけじゃない。

 それに、死なせるには惜しい。

 

 パリスが、このナタルの森を瘴気で蔓延させる陰謀を企てようとしていたのは事実であり、ユイナが瘴気を大発生させて、魔獣を召喚したことに目をつけたのは間違いない。

 それで、罠をかけて、ユイナを手に入れた……。

 少ししか接していないが、パリスからは策謀好きという印象を受けたし、さらった後のユイナに対する執拗な拷問の痕を思うと、パリスはなんとしても、ユイナの知識を欲しがったのだと思う。

 そう考えれば、なんだかんだで、ユイナはパリスの求める知識については、一郎に手渡した魔道書にあると出まかせを言うだけで、自分はなにも知らないと、パリスの拷問をずっと凌ぎきっているのだ。

 つまりは、パリスの闇魔道にも耐えたということだ。

 これはこれで、なかなかすごいことなのは間違いない……。

 一郎を巻き込んだことだけは閉口物だが、ユイナもまた相当の実力を持った女傑に数えるべきなのだろう……。

 

「なんだ。お前は里で悪さをして処刑判決を受けていた脱走犯であったのか? ならば、カサンドラは、その水晶宮で脱獄死刑囚をひそかに監禁していたということになるのか。本来であれば、即座に処刑手続きをするために里へ戻さねばならんのにな……」

 

 ガドニエルだ。

 一郎と接するときとは打って変わって毅然とした物言いだ。

 こっちの方が女王としての本来の話し方なのであろうが、一郎にとっては、ガドニエルが真面目そうになにかを語るとおかしな感じになる。

 

「だ、だから、女王様──。それはわたしのせいじゃないんです──。冤罪なんです──」

 

 いや、冤罪は脱走だけで、魔獣召喚は立派な犯罪だろうと、思わず突っ込みそうになったが、とりあえず黙っていた。

 すると、ガドニエルが真面目な顔で、さらに口を開く。

 

「冤罪かどうかは、わたしには判断できん。いずれにしても、それぞれの里で行われた裁判の決定をわたしが覆すということはできんことだ。冤罪であるならば、その里において、改めて証拠を添えて訴えるがいい……。もっとも、ロウ様の申す通り、エランド・シティでも、その里でも、見つかり次第に死刑ということは変わるまいな。余程の証拠があらねば、再裁判は難しいと思うぞ……。それに耳にしたところによれば、魔獣召喚の事実は本当のようではないか」

 

 ガドニエルはあっさりと、ユイナを突き放した。

 

「だ、だって……」

 

 ユイナが絶望的な表情になる。

 

「まあ、そう言うなよ、ガド……。こんなんでも、ちょっとした知り合いでね。俺が責任を持つから、処刑はともかく、奴隷として俺に引き渡すくらいのところで、勘弁してやってくれ」

 

 一郎が口を挟んだ。

 ガドニエルが一郎にがばりと顔を向けた。

 すでに表情が一変していて、ユイナに向けたような冷たいものから、うっとりと顔を赤らめているようななんともいえない色っぽい顔になっている。

 

「します──。ロウ様のお言葉ならなんとかします……。そ、そうですね……。ならば、イムドリス宮を取り戻してからのことになりますが、女王の名でその里に手紙を書きましょう。それで大抵は収まると思います」

 

「で、できるんじゃないですか──」

 

 ユイナが声をあげている。

 だが、もうガドニエルはユイナを見ておらず、じっと一郎をにこにこと見つめたままだ。

 一郎も苦笑した。

 

「やっぱり、連れていくんですか、ロウ様……。あ、あたしは反対です──」

 

 ミウが不満そうに口を挟んだ。

 

「な、なによ、小娘──」

 

 すると、ユイナが怒鳴った。

 

「まあまあ……。それよりも、ユイナのことだ。訊ねたいことがいくらかあるけど、その前に、悪いけど、その眼球紋……。俺の力で封印させてもらうよ」

 

「えっ?」

 

 一郎の言葉に、ユイナが驚愕した表情になる。

 

「その右目の鑑定術の魔道紋でクグルスの真名を読み取ったのは見当がついている。さっきの不能薬とやらをクグルスに作らせたとか言っていたけど、おそらく、それをさせるまでに相当のことをやったんじゃないか? クグルスが簡単に俺に不利なことをするわけがないしね。そんなことをしでかす魔道を許すわけにいかないよ」

 

「あ、あいつは、わたしのお尻に淫具を入れ……。しかも、浣腸をして草っぱらのど真ん中で排便させようとしたり……。とにかく、わたしを好き勝手にからかおうとしたのよ──。だから、ちょっとした仕返しをしただけよ──」

 

 ユイナが間髪入れずに怒鳴る。

 まあ、クグルスが大概のことをしたのは予想がついている。

 そして、もしも、反撃の材料を得たら、ユイナも容赦はしないだろう。

 これについては、一郎も両成敗くらいに考えている。

 

「ちょっとしたねえ……」

 

 だが、ユイナが言う「ちょっとした仕返し」というのはどの程度のことなのだろう。

 詳しく訊ねてみたくなってしまった。

 

「まあ、それはいいか……。だけど、ずっと気になっていたんだけど、そもそも、パリスは、お前が持っていたあの魔道書を探していたんだよなあ。いくらお前が俺が持っていると嘘を言ったとはいえ、大切な魔道書を他人に渡したなどという戯言をあいつが信じたのは、あいつが懸命に捜索したにも関わらず、ユイナの周辺に古文書の魔道書がなかったからだろう? あいつって、褐色エルフの里のトーラスさんのところにも、間者を残してたんだぞ。どこにどうやって隠したんだ? あれをお前が処分するわけがないよな」

 

 一郎はにやりと微笑んだ。

 あの古文書にどれくらいの価値があるかは知らない。ただ、パリスが大騒ぎしてまで血眼で手に入れたかったほどのものだ。

 それなりに価値があるものなのだろう。

 ユイナが、あれを本当に大事にしていたのは、一郎もよく覚えている。

 

「古文書とはなんですか、ロウ様?」

 

 スクルドが怪訝な表情で口を挟んだ。

 

「禁忌の魔道書のようだ。あのパリスは、その古文書にナタルの森を瘴気で充たしてしまう方法が書かれていると信じていたんだ。そもそも、ユイナがパリスに捕まったのも、俺たちがパリスの陰謀に巻き込まれたのも、それが発端でね……」

 

「そんな方法なんて、古文書には書かれてないわよ──。いくらあの本を読んでも、そんな方法は書いてないったらあ──」

 

 ユイナが叫んだ。

 一郎は首を横に振った。

 

「まあいい……。だけど、それがお前が大切にしていたものということは変わりなんだろう? 最初に会った時だって、随分とそれを大事にしてたしね。だから、処分してしまおう。もしも、ナタルの森を瘴気で充たす方法に通じる術式でも書かれているなら、そんな本は焚書にしてしまうに限る」

 

 ユイナが今後こそ、恐怖で目を見開いた。

 

「じょ、冗談じゃないわよ──。パ。パリスだって、あんなに欲しがったけど、あれはわたしの宝物なの──。絶対に渡さない──。そもそも、焚書ってなによ──。わたしが使ったのは魔獣召喚術だけよ。なんで、あんなに瘴気が大発生したのかよくわからなかったけど、いまはわかるわ──。わたしのせいじゃないのよ──。

 

「お前のせいじゃなくてなんなんだよ? お前がその古文書をもとにしてやった魔獣召喚がきっかけなんだろう?」

 

「だから、もともと、本来、このナタルの森は魔物も共存するすべての人族の共存の地だったの──。かつては瘴気も部分部分には存在していた──。それを古いエルフ族が森を独占するために瘴気を封印しただけよ。だから、その封印を無くせば、勝手に森には瘴気が復活するわ。多分、わたしの魔獣召喚はたまたま封印除去を引き起こす現象を発生させるなにかがあったのよ。わたしの魔道書とは関係ないわ」

 

「それを関係あるというんだよ」

 

「関係ない。関係ない──。関係ないったらあ──」

 

 ユイナが必死に絶叫した。

 喋っていることは全く理解できないが、とにかく、魔道書を処分しても無意味だと訴えたいのだろう。

 だが、この態度で、やはり、その古文書の魔道書は、ユイナにとってとても大切なものなのだと思った。

 

 パリスの拷問はすさまじい。

 一郎だって、たった半日で音をあげた。

 ユイナのような少女がそれを耐え続けるのは、辛いなんてものじゃなかったはずだ。

 しかし、ユイナは、その古文書だけは守り通した。

 どんなに拷問を受けても……。

 闇魔道の遣い手のパリスに対して……。

 

「そんなに大切なものなら、やっぱり罰に相応しいかもな。悪いことをした罰として、それを目の前で焼いてやるよ。なによりの罰だ」

 

 一郎は笑った。

 ユイナの顔が憤怒で真っ赤になった。

 

「そ、そんなの許さない──。絶対にだめだからね──。そもそも、言わないわ──。絶対にその古文書の置き場所は口にしない──」

 

 ユイナが必死の口調で言った。

 一方で股を開いて大きく横開きをしているユイナの脚がプルプルと震えてもきている。

 不自然な恰好なので、そろそろつらくなってきたのだろうと思う。

 

「じゃあ訊問してやろうか? そのぱっくりと開いている股間に掻痒剤を塗ろうかな……? それとも、尻穴か……? あるいは、くすぐり責めってのはどう? 耐えることのできない拷問はいくらもあるぞ」

 

「や、やってみるのね。パリスにさえ、わたしは屈しなかったのよ──。な、なんで、あんたなんかに──」

 

 だが、ユイナの訴えは無意味であることを一郎は知っている。

 そもそも、すでに一郎に支配しているユイナには、一郎の訊問に抗する方法がないのだ。

 パリスの場合は、隷属しているとみせかけておいて、実際にはユイナは誰の隷属にもなっていなかった。

 だから、訊問を逃れられた。

 しかし、一郎に対しては、すでに隷属状態にある。

 支配しようと思えば支配できる……。

 

「だったら、手っ取り早く、すべてを正直に話せと命令しようか? お前の身体をこうやって、自由に操ることのできる俺だ。嘘を言わないように、お前を操るのは簡単だ」

 

 するとユイナは今度は真っ蒼になった。

 一郎は小さく首を振った。

 

「……もっとも、それも実際は必要ない。もうわかっている……。ユイナに右目にあるのは三個の眼球紋だ。よくわからないけど、それが“鑑定術”、“反射術”、“欺騙術”の紋様なのかな? だけど、もっとわかりにくいけど、実は左目にも二個ほどある。おそらく、むしろ、右目はダミーなんじゃないかな。本当に探してもらいたくないのは、むしろ、左目……。俺はユイナの内面側から、ユイナの能力を覗いているからわかるのさ」

 

 ユイナの眼が大きく見開かれた。

 しかも、身体をがたがたと震わせだした。

 

「だ、だめ……。し、しないで……。わ、わかった……。な、なんでもするわ……。奴隷になる……。だ、だから、あの本を焼くなんて……」

 

 ユイナが震えながら言った。

 そのとき、スクルドがその場でユイナを覗き込むような仕草をした。

 

「ああ、言われてわかりましたわ。確かに、右目には“鑑定術”、“反射術”、“欺騙術”の紋様を刻んでますね。だけど、もっとわかり難いけど、ご主人様のおっしゃるとおりに、左目にも紋様の刻みがあります……。それにしても、これは相当の技術ですね……。ええっと……左目にあるのは、ひとつは“遮蔽術”……。これは眼球紋そのものを隠す機能ですね……。もうひとつは……“魔道箱”……」

 

「だめえええっ」

 

 ユイナが絶叫した。

 一郎は容赦なく念を込めて、ユイナの“鑑定術”とその“魔道箱”という能力だけをユイナから封印する。

 おそらく、魔道箱というのは、一郎の亜空間と同じようなものであり、物を異空間のような場所に収納してしまう魔道なのだと思う。

 つまり、収用術だ。

 

「ああああっ」

 

 ユイナがのけ反った。

 一郎が強引に魔道紋を剥がしたために、両目が衝撃のようなものを受けたようだ。

 とっさに、ユイナを拘束していた淫魔術を解除する。

 さもなければ、そのままひっくり返って、ユイナは受け身もできない。

 ユイナがその場に後ろ向きに倒れた。

 

「きゃああああ──。目が……目が見えない──。あんた、なにしたのよお──。なにしたのよお──」

 

 倒れたユイナが両手で目を押さえている。

 どうやら、一時的に失明したのかもしれない。

 しかし、それが重大なものでないことは、いまだにユイナの身体との接触を淫魔術で保っている一郎にはわかっている。

 魔道を引き剥がすという強引なことをしたことによる一時的な現象だ。

 もちろん、すぐに目が見えるようにすることもできる……。

 

 でも……。

 やめた──。

 しばらく、失明状態にしておこう。

 ユイナに恐怖を煽るのにちょうどいい。

 

 ばさりと音がした。

 魔道箱とやらに隠されていたユイナの古文書が、一郎が魔道箱の魔道を封印したことで外に出てきてしまったのだ。

 見覚えのある表紙の書物だ。

 あれに間違いない。

 

「いやああ、だめよお──。取らないで──。それはわたしのよお──」

 

 ユイナが悲鳴をあげて、本を手に取ろうとしている。

 しかし、目が見えないユイナには、どこにあるのかわからない。

 懸命に地面を這いつくばって手探りをしている。

 

「ご主人様──」

 

 イットがさっと飛び出して、書物を拾ってきた。

 ユイナもそれに気がついて、慌てて追いかけようとするが、そもそも、動いてしまったので、ユイナにはどっちが一郎たち側なのかさえ見当がつかないらしい。

 

「どこよ──。わたしの──。わたしの本よおおお」

 

 泣き叫びながら、地面を這っている。

 イットが一郎に書物を渡した。

 これが、そうか……。

 一郎は古文書を受け取って、何気なく表紙を開いた。

 

「あれっ?」

 

「あら」

 

「なんですか、これ?」

 

「えっ、どうしてです?」

 

「あらまあ……」

 

「へえ……」

 

 一郎と同じように表紙の裏を覗き込んだ、女たちが一斉に声をあげた。

 そこにあったのは、表紙裏の白い部分に描かれた、本物そっくりの一郎の似顔絵だった。

 しかも、それだけじゃなく、その裏表紙の部分だけ妙に汚れている。

 あちこちに染みのような丸い点がたくさんあるのだ。

 

「なんだ、これ?」

 

 一郎は思わず言った。

 

「わああ──。見ちゃいやあ──。あああ、開けたのね。その本を開けたんでしょう──。な、なんでもないのよ──。ただ、ちょっと描いてみただけよ──。なんでもないんだから──」

 

 ユイナがいまだに地面に手をついたまま叫んでいる。

 

「これ、お前が描いたのか?」

 

 一郎は驚いて訊ねた。

 すると、一郎が驚くくらいに、ユイナが真っ赤な顔になった。

 どうやら、図星のようだ。

 

「とりあえず、クグルスを呼び出すか」

 

 一郎は腕を擦るいつもの仕草でクグルスを呼び出す。

 目の前に、ぱっと魔妖精のクグルスが出現した。

 

「呼ばれて、飛び出て、じゃじゃ……。あああっ、ご、ご主人様、こいつねえ──」

 

 だが、ユイナの姿を認めるなり、クグルスの態度がいきなり激変して、大きな声をあげる。

 しかし、その直後、急ににこやかな顔になり、「な、なんでもないよう」とへらへらと笑い出した。

 どうやら、真名によってクグルスを支配したユイナに、そういう「命令」を与えられたんだろう。

 

「クグルス、正主人の権威で、ほかの者に与えられた支配権を取り消す。お前の主人は俺だけだ」

 

 一郎は口にした。

 その途端に、クグルスがぼろぼろと泣き出した。

 

「ご、ご主人様ああああ──。こ、こいつったら、こいつったら、ぼくのこと……、ぼくのこと……。えええん、えええん、ええええん──」

 

 すると、クグルスが一郎の胸に飛び込んできて、いきなり号泣し始めた。

 余程のことがあったのだろう。

 一郎は、ユイナにわざとらしく咳払いをしてみせた。

 

「そ、そいつが最初に、わたしに意地悪したのよお──。わたしは仕返ししただけよ──。そもそも、いつでも支配できたのに、最初はなにもしなかったじゃないのよおお」

 

 ユイナはまったく悪びれる様子もない。

 それどころか、いまだにクグルスに対して憤慨している気配だ。

 また、やっと一郎たちの方向がわかったらしく、両手をついたままの身体を一郎たちに向けている。

 

「わおっ──。もう仕返ししてくれたの──? こいつ眼が見えないんだねえ──」

 

 クグルスが喜々とした声をあげる。

 

「まあな……。もっとも、いまは、ちょっとばかり視力が一時的になくなっただけだけどな。でも、元に戻すか、それとも、このままにしておくかは、考え中だ」

 

「な、なによお──。眼を見えるようにして──。してったらあ──」

 

 ユイナが叫んだ。

 

「それよりも、これはなんだ? なんで俺の絵がここに描いてるのか教えてくれたら、考えてやるぞ」

 

 見れば見るほど、この似顔絵が一郎であることは明白だ。

 しかも、以前に一度これを取りあげたときには、断じてそんなもの描かれていなかった。

 それはともかく、本当によくできている似顔絵だ。

 ユイナは絵心もあったのかと思った。

 

「そ、そんなの、どうでもいいじゃないのよ……」

 

 ユイナがほとんど聞き取れないくらいの声で言った。

 その顔は真っ赤だ。

 

「へえ……。これって、ご主人様の顔じゃないか──。そして、この本についてる染みって、この尻娘の淫汁だよ。お前って、この絵を見て、いつも、自慰をしてたのか?」

 

 クグルスがけらけらと笑う。

 一郎はちょっとびっくりした。

 

「だ、だまれええ──」

 

 すると、ユイナが悲鳴のような声で絶叫した。



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468 お騒がせ娘の告白

「ねえ、見て、見て、ご主人様。この本の端っこのところ、やたらに汚れているでしょう。本の横のこっち側のところもね。きっと、こいつ、この頁拡げて、ここんところのヘリで股を擦って自慰をやってたに違いないよ。しかも、何十回もね。だって、こんなにくちゃくちゃにふやけているもの……」

 

 

 クグルスが一郎が持っている古文書の周りをくるくると舞いながら、けらけらと笑った。

 言われてみると、確かに、古文書の小口の部分と上側の部分が変色するくらいに染みになっていて、ページの部分もくちゃくちゃにしおれてしまっている。

 以前に、これを見たときには、こんなにも汚れていなかったし、ぼろぼろでもなかった。

 大切な宝物というわりには、残念な状態である。

 

「うるさい、うるさい、うるさい、それ以上喋ると、また折檻するわよ──。この魔妖精──」

 

 一時的な失明状態にあるユイナが、地面に手をついたまま、大声で怒鳴った。

 だが、その顔は真っ赤である。

 

「ははは、尻娘のオナねたは、ご主人様の絵だったのか? なにを想像して、オナったんだ? ご主人様に樹にぶら下げられて、尻を犯されることを想像したか? それとも、お前の頭の中のご主人様は、優しく抱いてくれたか?」

 

 クグルスが嘲笑しながら、ユイナの周りを舞いまわる。

 ユイナは激昂して、クグルスを掴もうとするが、さすがに目も見えない状態で宙を飛び回るクグルスを捕えられるわけがない。

 ユイナの手は空を切りまくっている。

 

「ご主人様、こいつに同じことをやらせようよ。みんなの前でさあ」

 

「それもいいな」

 

 一郎は笑った。

 ユイナの顔がますます羞恥に真っ赤になる。

 

「ふうん、あんたも、ご主人様が好きだったの? 可愛いところあるじゃないのよ」

 

「はあ──? ロウ様が好きで、あの態度? なに言ってんのよ」

 

「そういうこともあるわよ。あんたみたいな、真っ直ぐなエルフ女にはわかんないだろうけど」

 

 コゼとエリカだ。

 エリカはともかく、コゼはすでに怒っているというよりは、面白がっている感じだ。

 

「……でも、確かによく描けていますね。燃やしてしまうのは惜しい感じです」

 

 ガドニエルも覗き込んで感心したような声を出した。

 

「だけど、ユイナさんも、ご主人様のことが好きだったのですか……。それで、この態度というのは意外ですけど……。だけど、ご主人様はユイナさんと接するときには愉しそうですし……。ううん……。考えますね……」

 

 スクルドはスクルドでわけのわからないことを口にしてぶつぶつと呟いている。

 一郎は、イットやミウを含めた女たち全員に、少し待っていてくれと言い、立ちあがってユイナの方に歩み寄った。

 

「あっ、ご主人様、ねえ、その本、もっと見せてよ。ぼくだったら、詳しく見れば、どんな風にこの尻娘が本を使ってオナったのかわかるんだよ……。へえ、お前、股だけじゃなくて、お尻も擦ったな? ここ、ここ……。ここだよ、ご主人様。ここは、お尻を擦った痕だ。へえ……。結構、何度も同じことしてるなあ。やっぱり、樹にぶら下げられて尻を犯されたことを想像したか?」

 

 一郎が横に来ると、クグルスが再び古文書に近づいて、じろじろと眺め回りながら笑った。

 クグルスがさんざんにからかっている樹にぶら下げられて尻を犯されたというのは、ずっと以前に、最初にユイナと出逢ったとき、一郎を冤罪で死刑にしかけて、知らんぷりをした仕返しに、里の郊外に連れ出して、尻を犯してやったときだろう。

 正確には、樹にぶら下げてやったのは浣腸であり、肛姦については地面におろしてやったと思うが……。

 一方で、ユイナの顔が激怒に歪むのがわかった。

 

「こ、このう……」

 

 ユイナがすっと息を吸う。

 一郎は、ユイナがクグルスの真名を口にする気だと悟った。

 とっさに、淫魔術でユイナの身体に暗示をかける。

 

「んふうっ、んぐうっ」

 

 ユイナが両手を首に持っていき、首輪の嵌まった喉を掻きむしるような仕草をした。

 さらに口をぱくぱくと開いて、必死に息を吸おうともがき始める。

 息がとまったのだ。

 一郎が施したことであり、ユイナがクグルスの真名を口にしようとすると、息が止まるように身体に暗示をかけたのだ。

 これで、もうユイナがクグルスを操れることはない。

 

「ユイナ、勝手なことをするな──。クグルスは俺のしもべだ。もうわかっただろうが、今後、クグルスの真名を口にしようとすれば、いまのように息ができなくなる。呼ぶなとは言わん。だが、口にすることはできないし、そのうえ、死ぬ思いをするだけだ」

 

 一郎はもがき苦しむユイナを足で軽く蹴ってうつ伏せにすると、強引に両手を背中側に持っていき、手首を粘性体でまとめて拘束した。

 足首も……。

 その状態で四肢を背中側で束ねるようにして、さらに天井から粘性体で作った紐に繋げて、ユイナの裸体を宙に引きあげる。

 

「んぐうっ、あがあっ、はがっ」

 

 いまだに息ができないだけでなく、いわゆる極端な逆海老吊りにされたユイナは、その苦しさにももがいている。

 

「ぷはっ」

 

 そのとき、やっとユイナの息が回復した。

 必死になって、呼吸をしている。

 

「さてと──。じゃあ、これは挨拶代わりのお仕置きだ。それとも、ユイナのようなマゾの奴隷娘には、ご褒美になってしまうかな」

 

「だ、誰がマゾの奴隷娘よ──」

 

 ユイナが宙吊りの状態のまま怒鳴った。

 この状況で悪態をつけるというのは大したものだ。

 まあ、それくらいないと、パリスの拷問には耐えられなかっただろう。

 

 一郎は髪の毛を掴むと、片手で思い切り引っ張った。

 すると、ユイナの裸体は下半身側が下を向くように、縦に半回転する。

 一郎は空いている片手で男根を持つと、ユイナのアナルに先端が当たるようにあてがった。

 すでに勃起している怒張に、淫魔術で潤滑油をまぶす。

 だが、もしかしたら潤滑油さえも不要だったかもしれない。

 一郎が尻を犯そうとする前に、すでに女陰から滴った淫液でかなりアナルも濡れていたが、一郎がユイナに触った途端に、一郎も驚くくらいに、さらに淫液がどっと溢れたのだ。

 

 感じている……。

 

 やっぱり、ユイナは一郎に責められようとされるだけで、驚くほどの興奮状態になってしまったようだ。

 口の悪い外見とは裏腹に、中身は一郎に抱かれたくて仕方がない娘か……。

 悪くない玩具だな。

 一郎はほくそ笑んだ。

 マゾもしっかり仕込めそうであり、鬼畜の虫がいい具合に騒ぎ出した。

 

「ぐっ、ううっ……んぐううっ……」

 

 クグルスの言い草じゃないが、淫具でも挿したりして遊んだのか、ユイナのお尻は随分と使い込まれた感じになっていた。

 それほどの抵抗もなく、ちょっと押し込むだけでつるりと亀頭が呑み込まれ。あとは一気に押すだけで、一郎の男根は全部ユイナの尻穴に吸い込まれてしまった。

 

「ご主人様、どう? こいつの尻?」

 

 クグルスが愉しそうな顔で寄ってきた。

 

「しっかりと濡れているよ。クグルスの言う通りだ。かなり自慰で使ったな、ユイナ?」

 

「う、うる……さい──」

 

 一郎がからかうと、つらそうに息をしているユイナが真っ赤になった。

 その強気の態度が面白くて、思わず鼻で笑ってしまう。

 

「どれ……。じゃあ、始めるか。だが、言っておくけど、これは罰だからな。お前を気持ちよくするわけじゃない。気持ちがいいのは俺だけだ。しっかりと、性処理用の玩具として、仕込んでやるから愉しみにしておけ」

 

 一郎は片手で髪の毛を掴み、もう一方は下を向いているユイナの片側の乳房を持って、勢いよくユイナの身体を前後に動かす。

 肉棒がユイナの尻穴の中で前後し始める。

 一郎は怒張がユイナの腸を抉るほどに、荒々しくユイナの身体を動かした。

 

「あああ、ああああっ」

 

 たちまちにユイナが苦悶の悲鳴を叫び出した。

 だが、こんな肛姦でも、しっかりとユイナは大きな快楽に襲われているようだった。

 ユイナの性感帯のもやはどんどん拡がって真っ赤になっていくし、一郎が犯しているお尻なんかは、真っ赤を通り越して赤黒くなっている。

 絶頂封じの首輪をさせているので最後の絶頂はできないが、あっという間に達してしまいそうな勢いで、快感数もゼロに向かって急降下中だ。

 

「うわっ、はっ、ああっ、ああっ」

   

 ユイナのお尻で一郎の男根が動くたびに、ユイナは、逆海老状態の裸体をもがくように捻り動く。

 

「ぐうっ、うぐううううっ」

 

 そして、ついに絶頂状態に達した。

 残念ながら、オルガニズムについては、首輪の力で直前で寸止めになったが、ユイナはそれでも満足しきったかのように、呻き声のような嬌声を甲高くあげると、全身をぶるぶると痙攣させて、愉悦の頂点に辿り着いたかのような仕草をする。

 

 しかし、いけないのだ……。

 すぐに、ユイナは苦悶するような呻きを出して、身体を震わせる。

 

「残念ながら、達するのは俺だけだ……」

 

 一郎はおもむろに精をユイナのお尻に放った。

 ユイナの腰の動きが急に止まり、逆海老の身体が硬直したようになる。

 二射、三射……続けざまに射ち込み、たっぷりと注いでやる。

 

「はああ、あああっ。ああ、も、もう勘弁してよお。いい加減に、この首輪……」

 

 しかし、やっぱり達しそうで、いくことができないのがつらいのか、ユイナの身体が激しく暴れ出す。

 一郎はその身体をぐいと引っ張り、股間をユイナのお尻に完全に密着させた。

 

「これだけじゃあ、本当にご褒美になってしまうからな」

 

 一郎はおもむろに、ユイナに入ったままの男根から力を抜き、放尿を開始した。

 

「ひ、ひいいっ、な、なにすんのよおお──」

 

 それに気がついたユイナが絶叫した。

 だが、それを拒む方法はユイナにはない。

 やがて、すっかりと尿をユイナの尻穴の中に注ぎ込んだところで、一郎はやっとユイナから怒張を抜く。

 掴んでいた髪の毛を離すと、ユイナの身体が勢いよく上下に揺れながら、やがて逆海老の裸体を床に向けるかたちで静止した。

 

「あ、あんたねえ……。な、なんてことを……」

 

 ユイナが屈辱に震える様子で歯切りしする音がかすかに聞こえた。

 やっぱり、相当に気の強い娘だ。

 一郎は笑ってしまった。

 

 そのときだった。

 少し離れている女たちから一斉に息を吐く声が聞こえたのだ。

 一郎が振り返ると、六人の女が顔だけでなく全身を紅潮させて、こっちを凝視していた。

 だが、その表情は、一郎に鬼畜にいたぶられるユイナを侮蔑しているとか、同情しているとかいうものではなく、六人が六人とも、鬼畜にユイナを肛姦する一郎の責めにあてられて、すっかりと欲情してしまったようだった。

 さすがは、一郎が仕込んだマゾ娘たちだ。

 

 また、ガドニエルとスクルドは明らかに物欲しそうな表情であり、ユイナにやっている責めを自分にもやって欲しいと言いたげに、ユイナを羨ましがる顔をしている。

 人並外れた高位魔道遣いというのは、誰も彼も共通して淫乱なマゾなのだろうか。

 一郎は噴き出してしまった。

 

「なんだ、お前たち、こんな風に乱暴に抱かれたいのか? だったら、逆さ吊りで犯してやろうか? 媚薬を塗りたくった身体を鞭打ちした後でな。誰かやってもらいたい者はいるか?」

 

 一郎は言ってみた。

 

「はい──」

 

「はいっ」

 

「わたしも──」

 

 勢いよく手をあげたのはミウとガドニエル、そして、スクルドだ。

 特に、ガドニエルは満面の笑みを浮かべて、すでに荒い息をして、しきりに唇を舐めている。

 あれは、完全に想像だけで欲情している雌犬の顔だ。

 

「あ、あたしも……獣人ですので……。乱暴なのも、全然、大丈夫です……」

 

 さらにイットも手をあげた。

 

「なにを言っているのよ、イット。大丈夫じゃなくて、やってもらいたい人が手をあげるのよ」

 

 ミウだ。

 少しばかり歳は離れているが、いつの間にか、ミウもイットもため口で話すほどに仲良くなっている。

 もっとも、どちらかといえば、まだイットに遠慮がある感じだが。

 まあ、そのうち、もっと親しくなる遊びでも考えてやろう。

 

「も、もちろん、ロウ様がなさりたいなら、なんでも受け入れます」

 

「わっ、エリカまで──。もちろん、あたしも平気です」

 

 結局、エリカもコゼも手をあげた。

 一郎は苦笑してしまった。

 そして、考えておくと女たちに言ってから、ユイナに意識を戻す。

 さっそく、小便浣腸が効果を及ぼし始めたのか、ユイナは歯を喰いしばるようにして苦悶の表情になっていた。

 一郎はくるりとユイナの身体を反転させて、亜空間から取り出した次の責め具をユイナの頬に当てた。

 

「ひっ、なに?」

 

 いまは目が見えないユイナはそれだけで、一郎が逆に驚くほどに大きな反応をする。

 また、これだけではなにを一郎が出したのかわからないと思うが、いやな予感がするのだろう。

 怪訝な表情にもなる。

 

「すぐにもよおしてくるはずだ。しかし、簡単に出させもしない。これで栓をしてやる。結構、太い蝋燭だ」

 

 一郎は言った。

 ユイナの顔がぎょっとしたように歪んだ。

 

「う、うわあっ──。や、やめてえっ──。も、もう許しててえ──。謝る──。謝るからあ──」

 

 ユイナが恐怖で顔をひきつらせている。

 一郎が出したのは、調教用の低温蝋燭などではなく、普通に使うものだ。

 そこそこの太さもあり、この世界の単位で1マヌンの直径で2センチほどだ。ただし、長い。

 長さは2マヌ。すなわち、40センチもある。

 これを尻穴に挿すだけで、それなりの拷問になるはずだ。

 

「心配するな。とっておきの潤滑油を塗ってやる。前にも使ったよな。痒み剤だ。だが、痒くても暴れるなよ。蝋が飛び散って熱いからな」

 

「わああ──。こ、この鬼畜──。や、やめてええっ──。だ、誰か、助けて──。助けてよおお」

 

 ユイナが泣き叫び始めた。

 もちろん、ここにはユイナの味方はいない。

 一郎は笑いながら、淫魔術で掻痒剤の潤滑油を蝋燭の表面に浮かべていく。

 また、横のクグルスは大喜びだ。

 ユイナに仕返しができるのが愉しくて仕方なさそうだ。

 

「じゃあ、入れるぞ。力を抜け」

 

 一郎はユイナの足側をまた自分の方に向け、ユイナのすぼまった穴に蝋燭の下側を当てる。

 

「うあああっ、くううっ──。こ、この鬼畜──、ど変態──。んぐうううっ」

 

 ユイナが呻き声をあげた。

 一郎はぱしんとユイナの太腿を軽く叩いた。

 

「そんな憎まれ口ばかり叩いているから、ほかの女たちに嫌われるんだ。俺にはわかっているけど、少しは、可愛らしいお前の心の内を教えてやれ──。じゃあ、そうだなあ。しばらく本音しか喋れないようにしてやろう。これから、お前が口にできるのは、本当に思っていることだけだ。そらっ」

 

 一郎は淫魔術でユイナの心に手を伸ばして、ユイナがなんでも正直に口にしてしまうように調整した。

 クグルスが横に来た。

 

「なに、なに? なにしたの、ご主人様?」

 

「素直じゃないエルフ娘が、嘘がつけなくなるおまじないだ……。ところで、ユイナ、尻の穴に蝋燭を入れられる感想を言えよ」

 

「い、痛い……。痛い……。で、でも、気持ちよくて……か、感じる……」

 

 すでに、一郎によって、蝋燭の半分くらいが尻穴に呑み込まれている。

 ユイナは、快感か苦痛かわからないが、しきりに身をよじっていたが、やっぱり快感の方が強かったみたいだ。

 一方で、ユイナはびくりと身体を動かして、驚愕したような仕草をした。

 口に出すつもりのなかった言葉を自分が喋ったことに驚いたようだ。

 

「へえ、やっぱり尻娘だな。お尻が気持ちいいのか」

 

 クグルスがけらけらと笑って、ユイナの顔側に舞っていく。

 

「う、うるさい──。お前なんか嫌いよ──。こいつと仲良さそうで、うらやましいし……」

 

 大きな声で怒鳴って、すぐに、ユイナがはっとしたようになった。

 

「……な、なんで、なんで──? なんで?」

 

 ユイナが狼狽えている。

 その当惑の様子に、一郎も笑ってしまった。

 

「言っただろう。本音しか口にできないようにしたってな。まあ、ひねくれるのも可愛げはあるけど、これから、一緒に暮らすことになるんだし、俺の女たちとも少しは仲良くする努力しろよ」

 

「あ、あんたと暮らすなんて嬉しすぎる……。うわあっ、ち、違う──。いまのは違うう……。い、いえ、違わない……。わっ、わっ、なによ、これ──。そ、それに、かゆいいっ」

 

 ユイナが暴れ出した。

 もっとも、逆海老状態で宙吊りでは大した暴れた方はできない。

 ただ、ゆらゆら揺れるだけだ。

 

「なんですか、面白そうなことになってますね」

 

「本音って、いまは、こいつは本当のことしか喋れないようになっているんですか?」

 

 コゼとエリカだ。

 ふたりがやってきた。

 

「あらあら、なんだか可愛らしいこと……。さすがはご主人様……」

 

 スクルドも来た。

 ほかの三人もついて来て、逆海老吊りのユイナを一郎たちの全員で取り囲むようなかたちになる。

 

「まあ、そんなことも可能なのですか? それって、闇魔道の分野ですけど……」

 

 ガドニエルも驚いたように言った。

 よくわからないけど、闇魔道ということは、この世界における禁忌の魔道ということなのだろう。

 だが、ガドニエルも純粋に驚いているだけで、咎める気配は微塵にもないが……。

 

「そういうことだ。じゃあ、訊問開始といこうかな。だが、その前に着火式といくか。ミウ、蝋燭に火をつけてくれ」

 

「はい」

 

 ミウが魔道でユイナの尻穴に挿入されている蝋燭に火をつけた。

 

「うぎゃああ、熱いいいい」

 

 ユイナが悲鳴をあげた。

 一郎は笑ってしまった。

 

「嘘をつけ──。まだまだ炎は離れているぞ。本当に熱いのはこれからだ」

 

 一郎は冷たく言った。

 そのとき、洞窟に誰かが入ってくる気配がした。

 視線を向けると、イライジャだった。

 ブルイネンが迎えにいっていたのだが、これでやっと合流できた。

 とりあえず、無事だというのは知っていたが、やはり顔を見るとほっとする。

 シャングリアとマーズのことはあるものの、一応は全員合流だ。

 

「あらあら、大変なことになっているわね、ユイナ。もしかして、ロウを怒らせた? ブルイネンからは、ユイナの態度がかなり酷いものだったと教えられたけど……。それにしても、みんな、裸んぼう?」

 

 すごい状況のところにやってきたイライジャだったが、大して動揺した様子もなく、平然としている。

 まあ、ユイナを救出する代わりに、好き勝手に弄んでもいいと、最初から了承してもらっていたし、一郎が鬼畜な性行為をすることは、すでに先刻承知だ。

 真面目ではあるが、羽目を外すことも知っているイライジャは、一郎と一緒になって女たちを責めたことが何度もある。

 義理の姪が逆海老で吊られて燭台になっているくらいでは、驚かないらしい。

 

「酷いものなんかじゃすまないわ、イライジャ。こいつ、ロウ様のことを不能にしようとして、毒の煙玉をロウ様に投げたのよ」

 

 エリカがいまだに憤慨の様子を示して言った。

 イライジャは、不能と聞いて、ちょっと驚いた顔になった。

 

「不能……。そういうこと……。それで、ロウを怒らせたということね……」

 

 イライジャが溜息をついた。

 

「どちらかといえば、怒っているのは女たちの方でね……。ところで、ブルイネンは?」

 

「外でオークに絡まれているわ。あれって、ガドニエル様の侍女たちなんでしょう? ブルイネンによれば、あんたが解呪したと言っていたけど、どうなってんの?」

 

 イライジャが言った。

 一郎は、イライジャに応じる前に、ひとまずエリカとコゼに、オーク姿の侍女を洞窟から離れた場所まで追い払うように命じた。

 ふたりが裸のまま武器を持って出ていく。

 

「連中は自業自得の罰則中だ。十日すれば、もう一度解呪することになってる」

 

 ふたりが出ていくと、一郎はイライジャに説明した。

 ミウがさらに、その五人については、一郎にひどいことをしようと、ユイナとともに襲ってきたのだと説明を加える。

 イライジャが肩を竦めた。

 

「なるほど……。助けてくれたあんたを逆に襲ったということ? それじゃあ、確かに自業自得ね。……というか、それにしても、全員が裸? なんだか、服を着ているわたしが恥ずかしくなりそうね」

 

 イライジャがぱっと破顔した。

 

「だったら、遠慮なく脱いでくれよ、イライジャ……。まあ、どっちにしても、素っ裸になってもらうけどね。自分で脱がなければ、無理矢理に剥ぐだけだ……」

 

「いいわよ……。無理矢理に剥がしてよ……。うんと、いやらしく脱がしてね……」

 

 イライジャがわざとらしく、一郎を誘うように色っぽく身体をくねらせる。

 一郎は笑いながらも、ちょんとユイナの身体を揺らしてやった。

 ユイナは痒みで暴れたいのを必死に我慢していたようだが、動かされたために蝋が飛び散って、ぼたぼたぼたとユイナの尻と局部に灼熱の蝋が飛び散る。

 

「うぎゃあああ──。ひぎゃああ──」

 

 ユイナが絶叫して、限界まで身体をのけ反らせる。

 その動きでさらに蝋が飛び散って、ユイナはまたもや悲鳴をあげた。

 

「ご、ごめんなさいいいっ──。ほ、本当は悪いことをしたと思っているのよお──。あ、あんたが、あんまり、いろんな女たちと仲いいから、わたしのことを見直させようと思っただけよお──」

 

 ユイナが泣き叫び出した。

 いまは、本音しか喋れないので、謝ったのも、騒動を起こした理由も本当の気持ちだろう。

 

「やきもちを焼いたのか、尻娘?」

 

 クグルスがまたからかいの言葉を口にする。

 それはともかく、ユイナに使っているのは、遊び用の蝋燭ではなく本物の蝋燭なので、蝋が落ちたところは、真っ赤になって火傷をしたようになっている。

 まあ、あとでまとめて治療をしてやろう。

 

「もしかして、お前もロウ様のことが好きなのか?」

 

 そのときだった。

 ガドニエルが急にユイナに声をかけた。

 

「す、好きよお──。あんたたちに、負けないくらいに大好きよお──。うわあああ──。もう、この呪い解いてよお──。あちいいいっ、ひいいい──」

 

 ユイナが飛び散る熱さにのたうちながら、悲鳴をあげた。

 

「なにが呪いだ──。大袈裟な」

 

 一郎は笑った。

 一方で、イライジャは初めてガドニエルの存在に気がついたらしく、じっとガドニエルを凝視した。そして、すぐに大きく目を見開く。

 

「えっ、ガドニエル様? もしかして、女王様ですか?」

 

 イライジャがはびっくりしたらしい。

 ガドニエルがこの狭間の森にいるとは聞いていた気配だが、まさか、一郎と一緒に素っ裸で混じっているとは思わなかったようだ。

 

「お、遅くなりました、ロウ様──」

 

 すると、ブルイネンもやってきた。

 額に汗をかいているみたいだが、再び魔物化した侍女たちに、しつこくまとわりつかれたのかもしれない。

 ブルイネンとともに、エリカとコゼも一緒に戻って来る。

 

「ああ、ブルイネンですか──。聞いてください。わたしはロウ様の(つがい)になることを許され、先ほど、(つがい)の誓いを交わしました。それで、イムドリス宮を奪い返してからのことですが、姉に女王の座を譲って、わたしについては、ロウ様とともに、ハロンドールに行きます。ついては、事が終わってから、あなたにはアスカ城から姉を連れ戻して、女王として戻る手配をつけて欲しいのです」

 

 アスカ城にいる姉……?

 もしかして、そう言った?

 だが、アスカ城にいる魔道に長けたエルフ族の女といえば……。

 

「ええええっ?」

 

 一郎は声をあげてしまった。



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469 女王の姉君

「それって、アスカ様のことですか──?」

 

 エリカが悲鳴のような声をあげた。

 一郎とアスカの関係については、ほとんどの一郎の女は承知しており、たったいまのガドニエルの言葉には、全員が驚愕している。

 きょとんとしているのは、まだ事情をよく知らないイットくらいのものだ。

 ミウがイットに、一郎とエリカ、そして、アスカの対立について耳打ちしている。

 

「アスカ? ああ、いまは、そう名乗っているらしいですね。それで、アスカ城と呼ばれているのでしたっけ……? ともかく、姉はラザニエルといいます」

 

「ラザニエル……。ああ、神学校の歴史教育で耳にしたことがありますね……。しかし、もう百年以上前に、お亡くなりになられたのでは?」

 

 スクルドが横から口を挟んだ。

 

「死んでなどおりません。長く行方がわからなかっただけです。ですが、アスカ城の魔女こと、アスカという方が、ほかでもないラザニエルお姉様のことだということが最近になって判明したので」

 

「本当?」

 

 一郎は唖然とした。

 また、女たちも目を丸くしている。

 

「はい、ロウ様、ラザニエルお姉様こそ、わたしのような半端な者ではなく、エルフ族の女王になるべき素晴らしい女性でした」

 

 ガドニエルがきっぱりと言った。

 あのアスカが、エルフ族の女王家の血筋であり、ガドニエルの姉であって、本来はエルフ族の女王になるべき者であるなど、信じられないものがあるが、ガドニエルはある程度の確証を得ている感じだ。

 不確かな情報ではなく、確認している事実として、一郎にそれを告げている。

 

「あのアスカがこのナタルの森からいなくなったのは、どのくらい前のことなんだ、ガド?」

 

「約百年前です」

 

 ガドニエルは言った。

 かなり昔だ……。

 それにしても、だったら、ガドニエルもアスカも、実際の年齢は幾つなのだろうと思った。

 淫魔術でもよくわからなかったのだ。

 あるいは、そういうものを隠すのも、女王の血筋の能力なのかもしれない。

 

 ともかく、困ったことになったとちょっと思った。

 一郎は、女王の座は、ガドニエルの姉だという人に押しつけて、ガドニエルについては、ハロンドールに連れ帰るつもりだったのだ。

 しかし、その姉がアスカだとすれば、話は異なる。

 あのアスカが、ほんのちょっとでも、一郎に有利なことをするとは思えない。

 なによりも、アスカはあのパリスの囚われだった女であり、パリスの魂の欠片を宿されているはずだ。

 また、そのアスカは最近になって、そのパリスのところから逃亡して行方不明だ。

 これは複雑なことになったと思った。

 

「ね、ねえ、本当に彼女って、ガドニエル様なのですか……? あ、あのう……、ロウ、随分と親しそうだけど、どういうことなの?」

 

 イライジャが戸惑ったように、ガドニエルと一郎に交互に視線をやりながら言った。

 だが、ブルイネンも困惑の顔で話に口を挟んできた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。あ、あまりのことに、話についていけなくて……。ガドニエル様、ロウ殿と(つがい)の誓いをされたとおっしゃいましたか? まさか、本当のことではないですよね? いずれ、そのようなことをするかもしれないという約束をしたとかいう意味ですか……?」

 

「まあ、なにを言っているのです、ブルイネン。あなたには、わたしはロウ様に添いたいと、最初に告げてあったじゃないですか。ロウ様の許可をいただくと、すぐに誓いをさせていただきました。ロウ様もお認めくださり、すでに契約は成就しています。エルフ族女王にして、ナタルの女王としての誓いです。何者にも、もう覆せません」

 

「ガ、ガドニエル様──。ぞ、族長会議の認可もなく、そんな無体な……。水晶宮だって大混乱するに決まってます。そ、そんなあ──」

 

 ブルイネンが悲鳴をあげた。

 族長会議がなんだかよくわからないが、少なくとも非常に権威のある意思決定機関だというのだけは理解できる。

 エルフ族の女王であるガドニエルの婚姻など、もっとも重要な審議事項だったに違いない。

 やっぱり、その了解を得ることなく、“(つがい)の誓い”というのは、とんでもないことだったようだ。

 

(つがい)とは、そのような会議に関係ありません。魂の共鳴です。わたしは、ロウ様をひと目見て、このお方こそ生涯を尽くすお方と確信しました。魂が鳴ったのです。他人にとやかく、言われる筋合いはありません」

 

「そ、そんな、ガドニエル様──」

 

 ブルイネンがまたもや悲鳴をあげた。

 そのとき、ユイナが絶叫して泣き声をあげた。

 

「あついいい──。か、痒いいいいっ──。た、助けてええ──。も、もう罰はしっかりと受けたじゃないのよおお──。お願いだから、もう、おろしてよおお──」

 

 ふと見ると、ユイナの局部が蝋燭の蝋のやけどですごいことになっている。

 暴れるので、蝋が落ちまくっているのだ。

 一郎は淫魔術ですかさず、局部の治療を行った。

 しかし、これは親切じゃない。

 むしろ、苦痛は増大するはずだ。

 やけどをしてしまった肌に熱い蝋が垂れるよりも、真新しい無傷の肌に落ちる方が苦痛が強いに決まっている。

 

「クグルス、落ちた蝋を消してやれ。すでに落ちている垂蝋が覆いになって、熱さを半減してしまうからな」

 

「あいあいさあっ」

 

 クグルスが元気に返事をして、瞬時にユイナの局部がきれいになる。

 その局部に、ぷたぽたと蝋が落ちて、ユイナが絶叫した。

 

「こ、この鬼畜うう──。ばかあああ──」

 

 ユイナが涙を流した。

 

「ははは、でも、そのうちに、苛められるのが病みつきになるぞ。俺の女たちは、みんな、俺に責められるのが悪くないと言っている。ずっと飼ってやるからな。まあ、人間族の俺の方が寿命が短いから、俺が死んだときには奴隷を解放してやる。それまで、毎日、俺にいたぶられる生活だ。早く慣れろよ」

 

 一郎は笑って、下側からユイナの乳首を軽く擦ってやった。

 

「いひいいっ」

 

 ユイナが大きく身体を反応させ、またもや蝋が股間に垂れて、ユイナが絶叫した。

 軽くとはいっても、しっかりと淫魔術を駆使してのユイナの性感帯のもやを確認をしながらの愛撫だ。

 ユイナにとっては、飛び跳ねるくらいの突然の刺激だったはずだ。

 しかも、目が見えなくて、感度があがっている。

 だからついつい甲高い声をあげて、ぶるりと身体を動かしてしまったのだろう。

 そのため、蝋が大量に局部に向かって落下し、ユイナはまたもや泣き叫ぶ結果となったということだ。

 

「も、もう病みつきになっているかも……。おかしくなりそうなくらいに、変な感じよおお──。わあっ、なに言ってんのよ、わたし──。ち、違ううう──。や、病みつきになんてなってないい──。で、でも、あんたに苛められて、気持ちいいかもおお──。うわああ──。そんなことないい──。いや、あるう──」

 

 本音しか口のできない暗示にかかっているユイナは、一郎の鬼畜責めを感じていると告白してしまい、その羞恥に狼狽してのたうっている。

 一郎は笑ってしまった。

 

「そうか、苛められると愉しいのか? だったら、あとで追加の罰として、クリトリスの皮を切除してやろうか? そこに、俺以外には接触禁止の淫魔術の紋様を刻んでやる。毎日、毎日、死ぬように疼いても、自分じゃ自慰ができないから、俺に愛撫を強請るしかないというわけだ。自然に心からの俺の性奴隷になっていく」

 

「た、愉しみかも……わああああ──。そんなわけないいい──。だ、だけど、ものすごく怖いけど……。で、で、でも、あんたの性奴隷になるのは……悪くないかもおお──。ち、違ううう──。そんなこと思ってないい──。熱いいいいい、ひいいいっ」

 

 ユイナがぼろぼろと涙をこぼしだした。

 もっとも、本音の方を聞いていると、満更でもないのだろう。

 それにしても、騒がしい娘だ。

 

「クグルス、ちょっとばかり、込み入った話があるから、それまでユイナを遊んでいてくれ。身体のあちこちをくすぐってやるといい。そして、たまには治療してやけどを治してやれ。その方が却って苦しい」

 

「わかったよ、ご主人様──。じゃあ、たっぷりと遊ぼうな、尻娘。まずは、尻穴の周りを刷毛で掃くぞ。蝋燭の縁からご主人様の掻痒剤が漏れ出ているからな。痒いだろう」

 

 クグルスはすぐに自分の身体の半分くらいの刷毛を出現させて、蝋燭が挿入されているユイナのお尻の周りをそれで刺激し始めた。

 ユイナはクグルスに悪態をつきながら、絶叫して号泣している。

 しかし、ふと見ると、またもや、女たちが真っ赤な顔をして、身体をもじつかけている。

 特に、ガドニエルとスクルドなどは、自分では気がついていないかもしれないが、正座をして密着している股間をしきりに擦り合わせている。

 おそらく、自分が責められている気分になって、ぼうっとなっているのだろう。

 一郎は苦笑した。

 

「さて、ちょっとこっちに行こう。とにかく、ガド、話を聞かせてくれ」

 

 一郎は、気がそぞろな感じのガドニエルに声をかけた。

 

「えっ、話? 蝋燭ですか?」

 

「違う――」

 

 一郎は笑って、ガドニエルの手をとって引っ張り、ユイナとクグルスを残して奥側に全員で移動をした。

 ぞろぞろと女たちがついてくる。

 寝台みたいになっているマットの中心に一郎が座ると、女たちが争って密着するようにさっと取り囲んだ。

 それにしても、みんな我先に一郎に接しようとするので、すごく距離が近い。

 

 しかも、イライジャとブルイネンを除いて全裸であり、これだけで女酔いして、くらくら……いや、むらむらしてくる。

 

 淫魔術により女反応に敏感になっている一郎には、やって来たばかりのイライジャまでもが、この雰囲気に当てられて、淫情しかけているのがわかるのだ。

 ましてや、最初からいたエリカたちやガドニエルは、すでにかなりの愛液を股間からじっとりと漏らしてしまっている。

 この匂いだけで、一郎は酔ってしまいそうだ。

 そのまま乱交でもできそうなくらいである。

 

「……ところで、さっきのお話ですが、ロウ様の寿命は、エルフ族に比べて早くは尽きませんよ。わたしとの(つがい)になっていただけたのですから、わたしの寿命にロウ様が引っ張られることになります。失礼ながら、人間族のロウ様よりも、エルフ族の……しかも、わたしの血は強いですから、当然に(つがい)のロウ様は、わたしとともに、エルフ族並みの寿命を送っていただくことになります」

 

 最初に、ガドニエルが、あっけらかんとした口調で喋った。

 だが、その内容に一郎はびっくりした。

 

「なに?」

 

 思わず問い返す。

 

「いえ、ご主人様、そのとおりです。違う種族間で(つがい)の誓いをした場合は、強い種側の運命に引っ張られます。この場合は、ご主人様の寿命はエルフ族に引っ張られるのです。そういうものだと思ってください」

 

 スクルドが横から口を挟んだ。

 

「その通りです、ロウ様」

 

 さらに、エリカも言った。

 よくわからないが、(つがい)の誓いというのは、そういうものらしい。

 一郎は唖然としてしまった。

 

「ロウ様だけじゃないですよ。クロノスのロウ様が、ほかに(つがい)を持たれた場合は、多分、その女の方々も、大なり小なり、エルフ族女王の長命の影響を受けることになります。みなさま、末永く仲良くいたしましょう」

 

 ガドニエルが満面の笑みを浮かべて言った。

 

「ま、待ってください。、ガドニエル様──。で、ですが、女王様の(つがい)というのは、少なくとも族長会議で認めてもらい、さらに、元老会議で議決を得ないと……。ああ、でも、すでに誓いをなされたのか……。もうどうしたらしいのか……」

 

 ブルイネンが途方に暮れた様子で文字通り頭を抱えている。

 

「大した問題はないでしょう。ラザニエルお姉様が代わりに女王になればいいのですから……。それよりも、あなたも、(つがい)にしていただければどうなのです、ブルイネン? ロウ様に、あなたもお願いしてみれば?」

 

 ガドニエルは気楽なものだ。

 ブルイネンは、きっと顔をあげてガドニエルを睨みつけた。

 

「そんな、呑気な──。それよりも、これが、どういうことかおわかりにならないのですか──? 畏れながら、ロウ様には失礼なことかもしれませんが、なにがあろうとも、代表的なエルフ族の家長たちや各里の長たちが集まる族長会議で、エルフ族女王の(つがい)に、人間族のお方を認めるわけがありません。でも、すでに(つがい)の誓いをなされたということは、女王自ら、エルフ族を裏切ったとみなされても……」

 

「なんとでも、批判すればいいのです。元より覚悟の上なのですから……。わたしは、なにがあってもロウ様に添い遂げます。ロウ様に調教していただいて、立派な雌犬になるのです……」

 

 ガドニエルがきっぱりと言った。

 それにしても、口調は女王然としているのに、内容は呆れるほどに軽い。

 一郎は、噴き出した。

 

「それよりも、ロウ様……。先ほど、あの褐色エルフの娘に仰っていた、あれ……。股間にロウ様の紋様を刻んで、毎日、いたぶられるという……あれです……。まさに、わたしのような雌犬に相応しいと思いますが……。いかがでしょうか……。ロウ様がお望みなら、いつでも……」

 

 ガドニエルがうっとりとした表情で一郎にしだれかかってきた。

 なんだか、すでに妄想状態になっている様子だ。

 眼が虚ろで、口元がにやけてしまっている。

 それでも恐ろしいほどの美貌なのだから、なかなかのものである。

 

「そうだな。いつでも魔道でも淫魔術でも包皮は回復できるしな。だけど、皮を切断すれば、敏感になりすぎて、下着もつけれないらしいぞ。まあ、ガドに相応しいか」

 

 一郎はガドニエルの頭を撫ぜながら笑った。

 ガドニエルがぱっと顔を破顔させて、ぶんぶんと激しく顔を上下に動かす。

 

「あら、だったら、わたしもお願いします。そのために、ここまで来たのですわ」

 

 すると、スクルドまで抱きついてきた。反対側からは、ミウまで期待するように視線をぶつけてくる。

 

「淫乱者たちだな」

 

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「待ちなさいよ、ロウ──。そういう話じゃないでしょう」

 

 そのとき、イライジャが呆れたように口を挟んだ。

 そして、ガドニエルの顔を覗き込む仕草をする。

 すると、エリカが口を開いた。

 

「ガドニエル様、もしも、本当にガドニエル様のお姉様という方が、アスカ様なのであれば、絶対に、わたしたちの申し出には従ってもらえません。それどころか、おそらく、わたしやロウ様を見つけしだいに激怒して、殺そうとすると思います」

 

 ガドニエルが小首を傾げたので、エリカがさらに説明をして、一郎が外界人であり、アスカによって召喚により異世界から連れ来られたこと。そして、エリカを連れて、一郎が逃亡したことで、アスカが激怒し、一度は殺されそうになり、一郎が返り討ちにはしたものの、いまだに一郎のことを許していないはずだと説明した。

 しかし、ガドニエルはにっこりと微笑んだ。

 

「アスカ城におられるラザニエルお姉様の悪評のことは承知していますが、なにか事情がおありなのだと思うし、ロウ様のことが事実だとしても、ちゃんとご説明すれば、わかっていただけるのは間違いありません。心配はいりませんよ。なにしろ、ラザニエルお姉様は、とてもお優しくて、慈悲深く、それでいて、気高く、とにかく、立派な方なのです。問題ありません。わたしたちの気持ちもわかってくださいます」

 

 優しくて、慈悲深くて、気高く、立派なアスカなど、誰のことかと思ったが、ガドニエルは、そう思い込んでいるようだ。

 それはいいとして、これで一郎は、ガドニエルを以前調教した人物が誰であるかについて、やっと見当がついた。

 アスカに決まっている。

 それを口にすると、ガドニエルは顔を照れたように顔を真っ赤にした。

 

「まあ、ロウ様に、昔のことを知られるのは、とても恥ずかしいですね。そうですね。わたしもラザニエルお姉様も、魔道の修行を一緒にさせてもらった仲ですから……。ええ、確かに、お姉様は、わたしのご主人様でした……。あっ、でも、魔道の修行のことだけのことですよ。お姉様は、わたしのように、ちょっと淫乱すぎるところもなかったし、修行のとき以外には、きちんとしておられる方でしたし」

 

 ガドニエルが赤面したまま、懐かしそうに話した。

 一郎はますます混乱した。 

 百年前のこととはいえ、淫乱でないなどと言われては、やっぱりアスカのこととは思えない。

 あの女は淫乱を絵にかいたような女だった。

 三日ほどしかいなかったが、エリカ以外にも、性の相手をさせる男奴隷はたくさんいた気配だった。

 

 それはともかく、魔道の修行というのが、実際には淫靡な性行為に近いものだというのは、スクルズからこっそりと教えてもらったことがある。

 なぜか、この世界の魔道力というのは、淫乱であればあるほど、能力があがるため、修行の秘法と称して、神官にしろ、魔道修行に励む民間の者にしろ、高位魔道者になればなるほど、淫靡な同性愛に励むものらしい。

 

 同性愛であるのは、異性間だと恋愛に発展して、面倒事になりやすいからだそうだ。特に神殿界では、そうらしい。

 スクルズも、ウルズ、ベルズ、ノルズという女たちと、修行時代の同性愛の関係だった。

 ミウについても、魔道力を安定させるため、スクルズは性欲が活発になるように、ミウの幼い身体を愛撫や媚薬や淫具で始終刺激をしていたと言っていた。

 高位魔道をも有するエルフ族女王家の姉妹だったというガドニエルとアスカも、そんな関係だったというのは納得できる。 

 

「まあ、信じられないけど、あのアスカがガドのお姉さんのラザニエルという人物と同一人物だというのは納得しよう。だけど、おそらく、ガドの知っているお姉さんとは、もうすっかりと人が変わっていると思うよ。さっき聞いたけど、もう百年前のことだしね。人が変わるには十分な歳月さ」

 

 一郎は言った。

 しかし、ガドニエルは首を横に振った。

 

「ロウ様のお言葉ですが、ラザニエルお姉様に限って、そんなことがあるわけがありません。悪い評判など、おそらく、意図的に工作をされた醜聞です。お姉様は利用されているだけなんです」

 

 ガドニエルは言い切った。

 一郎は、アスカがパリスの傀儡だったとしても、ガドニエルが口にするように、気高く立派な人物だとは夢にも思わないが、アスカの悪い評判がわざと作られたかもしれないというのは、そうかもしれないと考えた。

 

「……でも、アスカ様って、いま行方不明なのでは……」

 

 エリカが思い出すように言った。パリスに最初に捕らえられたときに、エリカは一郎とともに、その情報に接している。無論、パリスが偽情報を伝えた可能性があるが、あれはそんなかんじではなかった。

 

「えっ、行方不明? お姉さまがですか?」

 

「どうも、そうらしい」

 

 一郎は頷いた。

 そして、パリスのことと、パリスが口にしていたアスカに関することを伝えた。

 また、褐色エルフの里で死んだピエールという傀儡(くぐつ)族の魔族とやらは、パリスこそ中心人物であり、アスカなど、ただの操り人形に過ぎないということを口にしていた。

 一郎はそれらを思い出しながら、ガドニエルに告げていくと、ガドニエルはぱっと顔を輝かせた。

 

「ああ、やっぱりそうだったのですね。やっぱり、お姉様は悪人ではなかったのですね。よかった。では、あとはお姉様を見つけるだけのことです……。では、ブルイネン、お前の仕事はお姉様を探しだして連れてくることです。よいですね」

 

「は、はい……」

 

 ブルイネンは完全に当惑している感じだ。

 

「でも、これですべて解決ですね。以前、ノルズという人間族の女がイムドリス宮に現れたことがあるのです。すべての悪の根源は、三公国の旧宗主家である皇帝一族だと、彼女は言っていました。きっと、お姉様は、その陰謀に巻き込まれていただけだったのでしょう──。可哀想なお姉様」

 

 ガドニエルは感極まったように声をあげた。

 首謀者は皇帝家?

 なんか、途方もなく大きな話になっているが……。

 もしかして、パリスは、その皇帝家にまつわる男なのか……?

 さらに、そういえば、ユイナが耳にしたことや、パリスが口走ったことが確かなら、アスカはすでに逃亡中だ。

 しかし、それよりも、一郎はちょっとびっくりしたことがある。

 ノルズの名が出たことだ。

 そういえば、あのパリスもノルズの名をなぜか口にしていた。

 

「い、いま、ノルズといいましたか? どこで? ノルズはなにをしていたのです。生きているのですか? 教えてください、ガドさん――」

 

 すると、スクルドが興奮したように、気色ばんで言った。

 ノルズは、スクルズたちを巻き込んだ事件で首謀者だった女であり、一郎が捕らえて、死の呪いが発生して死にかけていたところを一郎の淫魔術で助けた女だ。

 ただ、淫魔術で支配したにも関わらず、翌日には逃亡してしまった。

 一郎も気にかけていて、冒険者ギルドなどに頼んで、行方を探してもらっていたのだが……。

 だが、いまガドニエルが口にしたのが、そのノルズのことだとすれば、もしかして、もしかしてだが、一郎の敵であるアスカことを調べるために、ずっと、いろいろと動いてくれていたとか……?

 それとも偶然?

 

「あれ?」

 

 しかし、一郎は思わず声をあげていた。

 自分のステータスを覗いたのだ。

 

 

 

 “ロウ=ボルグ(田中一郎)

  人間族(外来人)、男

  …………

  …………

  支配女(32)

   エリカ

   コゼ

   シャングリア=モーリア

   ミランダ

   スクルド(スクルズ)

   ベルズ=ブロア

   ウルズ

   シャーラ=ポルト

   イザベラ=ハロンドール

  …………

  …………”

 

 

 

 ノルズの名がない……。いつの間に……?

 

 これが意味するのは……?



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470 欠けている名前

 ノルズの名がない……。

 一郎は、一瞬呆然としてしまった。

 

「どうか……、しましたか?」

 

 エリカが一郎の背中側から、一郎の顔を覗き込むようにしてきた。

 ほかの女たちも、急に一郎の表情が変わったことに気がついたのか、訝し気な顔をしている。

 

「いや……」

 

 しかし、どう説明をしていいか……。

 一郎は迷った。

 そもそも、ここにいる女たちのほとんどは、ノルズのことをあまり知らない。

 

 まあ、スクルドは別だが……。

 

 エリカとコゼについては、三巫女事件について記憶しているだろうが、ノルズについては、事件の首謀者であり、一郎が捕らえた翌日に逃亡してしまった得体の知れない女という印象しかないだろう。

 

 一方で、スクルドにとっては、スクルドたちを罠に嵌めて殺そうとしたという相手であるとともに、神学校時代とやらで百合遊びをした同窓生だ。

 エリカたち以上に複雑な感情を持っているのは間違いない。

 そして、あんなことをされたのに、スクルドはノルズのことを憎からず思っているというのは、時折垣間見ることができる。

 

 いずれにしても、一郎もまた、ずっとノルズのことを気にかけていた。

 なにしろ、あのとき、ノルズに施された死の呪いという呪術を解くために、一郎はかなり深い淫魔術を一気にノルズに施していた。

 一郎の淫魔術は、実際にはかなり強力だ。

 女を洗脳のように操って抱いても愉しくないし、それよりも、じっくりと調教のような遊びをする方が一郎には性に合っているので、淫魔術そのもので女を支配するということはしないのだが、あのときには、ノルズにかけられた呪術を解呪するために仕方なくそうしたのだ。

 

 だが、そのまま、かけた淫魔術を緩める機会のないまま逃亡されてしまった。

 それが意外だった。

 逃げられるわけがなかったはずだったからだ。

 それでもいなくなった。

 

 逃亡の手段がなかったというわけじゃない。

 実際のところ、檻のような場所に監禁していたわけじゃないし、ノルズを一時的に預かっていたスクルズは、見張りの神殿兵をたてて、あてがった寝室で休ませていただけだという。

 彼女は、ギルドの預かりものだった「変身リング」という誰にでも姿を変えられる魔道具を奪って、神殿から適当な神官に化けて、まんまと姿をくらませてしまったのだ。

 

 しかし、一郎の強い淫魔術に支配されてしまっていた女が、自らの意思で一郎から離れるということはないはずなのだった。

 それにもかかわらず、ノルズはいなくなった。

 だから、とても印象に残っている。

 つまりは、一郎の淫魔術に縛られながらも、ノルズは一郎から離れる強い動機があったということだ。

 

 自分の本気の性支配が非常に強力だということは、一郎が一番よく知っているし、あのときノルズにかけっぱなしにしてしまった支配ともなると、常続的に精を受けなければ、激しい禁断症状さえ生じるようなものであるはずだ。

 なんらかのかたちで淫魔術を解かない限り、それはいまでもノルズを悩ませているほどのものであると思う。

 しかし、あれから一度もノルズは一郎の前に現れることなく、どこかで活動をしているという気配さえ表すこともない。

 

 かといって、彼女が死んだということもない。

 なにしろ、一郎自身のステータスには、性支配をしている女として、ずっとノルズの名があったのだ。 

 だから、ノルズは生きている。

 それも確信していた。

 

 考えられるのは、どこかに捕らわれているかもしれないということであり、そうであるならば、仮にも一郎の支配にある女であるし、助けられるものなら、助けたいと考えていた。

 しかし、行方がわからないのだ。

 どうしようもないでいた。

 

 だが、もしも、ノルズがいまだに自分の意思で、一郎のところに戻らないというのであれば、彼女が淫魔術という強烈な支配に屈しないだけの強い精神力を持っているということか、あるいは、なにかの目的さえあれば、性的な身体の疼きなど忘れることのできる類いまれな行動力があるということになる。

 

 そして、一郎はなんとなく、おそらく、その両方だろうと感じていた。

 一度抱いたのだ。

 接した時間は少ないものの、一郎には性支配した女のことが、なんとなくわかる。

 彼女から伝わってきたのは、途方もなく強い心だった。

 また、一郎は彼女が一郎の前に現れないことでも、彼女の強さを知ったような気にもなっていた。

 

 そのノルズの名が支配のリストから消滅した……。

 リストから名が消えるということは、女が死んだということか、それとも、性支配が消滅したということだ。

 だが、一郎の淫魔術は、一郎自身がそうしない限り、そう簡単に外れるとも思えない。

 

 つまりは……。

 なによりも、スクルドにどう伝えるべきか……。

 いや、こんな不確かなことなんて伝えられないか……。

 

「ねえ、本当にどうかしたのですか、ご主人様? ノルズのことがなにか?」

 

 今度はコゼだ。

 どうやら一郎は、しばらく黙りこくってしまっていたようだ。

 

「いや、ちょっと気になってね……。なあ、ガド、そのノルズはどんな女だった? できれば、もう少し詳しく知りたいんだが……。外見とか、話し方とか……」

 

 一郎はガドニエルに視線を向けた。

 だが、ガドニエルはちょっと考える仕草をする。

 

「……はあ……。でも、そんなに長く接したわけじゃないのですよ、ロウ様。そのノルズという人間族の女は、どういう手段かわからないのですが、不思議な手段で、イムドリス宮に突然に侵入してきて、先ほど申したように、すべての陰謀の根源が皇帝家であり、ナタルの森が危機だと告げて……。そうですねえ……。どんな外見かというと……」

 

 ガドニエルがうる覚えだと言いながら、説明してくれた。

 その風貌からすると、やはり、あのノルズと同一人物のような気がする。

 一郎は、スクルドにも意見を訊ねた。

 

「断定はできませんが、ほぼ間違いなくノルズだと思います……。生きていたのですね……」

 

 スクルドはそう応じるとともに、ほっとした表情になった。

 一郎は、ぽんとスクルドの頭に軽く手をのせた。

 すると、スクルドが一郎にしだれかかるような仕草をしてくる。

 可愛い女だ。

 一郎はにんまりしてしまった。

 

 とにかく、つまりは、やはりノルズは生きていて、しかも、捕らわれたりしているわけじゃなく、自分の意思で行動していたということだ。

 少なくとも、このときまでは……

 

 ところで、そうであると仮定した場合の話ではあるが、ガドニエルは、不可思議な方法でノルズがイムドリス宮に出現したと言ったが、おそらく、それは簡単に説明がつく。

 ガドニエルの説明では、結界に守られているイムドリス宮に入るには、ガドニエル自身の魔道で転送するか、水晶宮側から転送門で入るしかないらしい。

 だったら、ノルズは普通に水晶宮側から出入りしたに違いない。

 それしか方法がないのであれば、そうだ。

 

 全くの想像だが、ノルズは変身リングで、イムドリス宮に出入りする適当な家人か、あるいは、人足にでも変身して、水晶宮から転送門で入ったのではないだろうか。

 もしかしたら、しばらくのあいだ、何食わぬ顔をして、家人のひとりとしてでも、ガドニエルの近くに仕えていたのかもしれない。

 目的は調査だろう……。

 とにかく、それにより、ノルズはナタルの森の危機を確信し、そこを去るにあたり、初めて本当の姿を現して、ガドニエルたちに警告を発した……。

 そんなところじゃないだろうか……。

 

「だけど、折角のノルズの警告を無視して、結界に護られているはずのイムドリス宮をまんまとパリスの一派に奪われたということよね」

 

 コゼが嫌味っぽく口を挟んだ。

 すると、ブルイネンが口を開く。

 

「……それを指摘されると、面目ないとしか言えません。イムドリス宮の警備はわたしの責任なのに……。しかも、ガドニエル様が魔物に変えられて、見姿を奪われたというのに、それに気がつかなかったとは……」

 

 すっかりとブルイネンがしょげ返っている様子だ。

 ブルイネンはどちらかというと一郎を囲んでいる女の輪の外にいる感じだったが、一郎は彼女の腕を掴むと、ぐっとブルイネンの身体を引き寄せた。

 

「わっ、な、なにを……」

 

 ブルイネンが狼狽えた声を出したが、そのときにはすでに一郎の淫魔術による粘性体がブルイネンの両手を背中側で密着させている。

 さらに、ブルイネンが身に着けていたズボンをマットに接着して、ブルイネンを動けなくすると、ズボンのベルトと腰回りの留め金を外してしまう。

 

 ここまでにかかったのは、数瞬──。

 一郎ならではの瞬時の早業だ。

 

 さらに身体を引く。

 それだけで、ブルイネンからズボンが引き抜かれて、下半身が下着だけの姿になる。

 

「うあっ、なっ? ひうっ、んあああ」

 

 一郎はブルイネンをうつ伏せにして、膝の上に乗せたまま、後ろ手で抵抗できないブルイネンのお尻を、下着の上からすっすっと指でなぞった。

 

「あああっ、ひいいっ」

 

 瞬時にブルイネンは、身体をくねらせてよがった。

 しっかりと性感帯のもやに添って、指を動かしているので当然だ。

 そして、ブルイネンの身体が痙攣したようになって震えがとまらなくなったところで、一郎はブルイネンを解放した。

 ただし、後ろ手の粘性体はそのままだ。

 

 膝から下ろしたブルイネンは、すっかりと脱力したようになって、腰が抜けたみたいに崩れている。

 それだけでなく、あっという間に股間を濡らしたみたいであり、白い下着の前側に大きな丸い分泌液の染みができていた。

 年齢は重ねているものも、ついさっきまで処女だった性に未熟な身体だ。

 そんな女が、感じやすいことではこの中でも一、二を争うのだ。

 なかなかに面白い身体である。 

 

「ブルイネン、反省なんて無駄だ。気にするなとは言わんけど、それよりも考えることがあるはずだ──。つまりは、十日後のことだ──。パリスそのものは、姿を消したとはいえ、まだまだ影響力は残っているはずだ。どんなものが待っているかわからない。それをこの人数で取り戻すんだ。そのために、この十日間は、俺の精を受けることだけ考えろ──。俺の精を受ければ、受けるほど強くなる。本当だぞ」

 

 一郎は言った。

 レベルが限界突破したことによる一郎のさらなる能力向上だ。

 なぜか、それがわかる。

 一郎は、「淫魔師の恩恵」という能力で、支配した女たちの能力を底上げしているが、おそらく、すでに支配している女たちについても、さらに向上させられると思う。

 まだ、試してもいないのに、どうしてわかるのかと問われると謎なのだが、そんな気がするとしか言えない。

 まあ、これからやってみればわかることだが……。

 

「どういうことですか、ロウ様?」

 

 ガドニエルは首を傾げている。

 そういえば、ガドニエルは、一郎の淫魔師の恩恵の能力はまだ説明していなかった。

 簡単に説明すると、ガドニエルは目を丸くしている。

 それは、まだ荒い息をしているブルイネンも同様だ。顔をあげて、驚いたように一郎を凝視している。

 

「……そういえば、さっきから身体が軽い気がしていて不思議な感じはあったのだ……。初めての直後は、とてもすぐに動けるものじゃないと耳にしていたのに……。それどころから、むしろ動けるし……」

 

 さらに口の中でぶつぶつ言っている。

 一郎はくすりと笑ってしまった。

 

「そ、それ本当ですか? さらに強くなるって──」

 

「そうなんですか、ロウ様?」

 

 コゼとエリカだ。

 ほかの女を押しのけるようにして、一郎に密着してくる。

 一郎は頷いた。

 

「本当だ。試していないが間違いないと思う。ガドを支配したことで、また俺の能力があがったらしい。まずはお前たちやスクルドで試すか? 一番昔からのお前たちの力があがれば、俺の仮説が正しいという証明だ」

 

「えっ、まだ、魔道遣いとして成長できるのですか?」

 

 スクルドもびっくりしている。

 

「多分な。だが、もっともっと、俺に犯されることが必要だぞ。それこそ、限界を突破するまでな」

 

 一郎は笑った。

 まあ、そこまでの性交が必要ではないかもしれないが、一応、そういうことにしておこう。

 一郎の責めで絶頂しまくって、それでも必死に挑んでくる女傑たちのあられもない姿を見てみたい。

 いい機会だ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

 一方で、一郎もまた、ブルイネンに告げた自分自身の言葉じゃないが、いま気にかけても仕方のないことをあれこれ考えるのは、いったんやめにすることにした。

 ノルズのことはノルズのことだ。

 気にはなるが、もうどうしようもない。

 アスカの行方もだ。

 当面はイムドリス宮の奪回に的を絞るべきと思う。

 アスカのことも、その後にしよう。

 

 本当にガドニエルの姉ということになるのであれば、かなり状況も変わってくるが、あいつがパリスの手から逃れて姿をくらませているなら、それはそれでいい。

 本当に監禁されていたのであり、パリスに脅迫されて理不尽な扱いを受けていたのが真実ということであれば、パリスのことが完全に片付けば、いずれは逃避行をやめて、アスカがイムドリス宮に接触を試みてくる可能性もある。

 そのときに判断すればいいか……。

 

 それよりも十日後だ──。

 

 パリスの部下というのがどんな連中か不明だが、連中も馬鹿じゃないだろう。

 まさか、本物のガドニエルと合流したとまでは考えないと思うが、すでにイムドリス宮を奪われて、かなりの時間が過ぎている。

 太守夫人のカサンドラさえも、連中は自分たち側に引き入れているのだ。

 そのあいだに、連中の好きなように、潜入者避けの待ち受けはしていると思う。

 そこに乗り込むのだ。

 それなりの覚悟は必要だ。

 

「た、試します、ご主人様──。まずは、あたしで試してください」

 

「ま、待ってよ、コゼ……。これは、一番奴隷のわたしの……」

 

「ご主人様、淫魔師の力は、魔道遣いと相性がよいのはご存知ですよね。だから、まずはわたしでお試しを……。どうか、思う存分、精をお注ぎください」

 

 コゼが一郎にしがみついてこようとするのを、エリカが気に入らないように、腕で押しのけようとしている。

 それにスクルドが参戦して、揉み合いになった。

 

「えっ、えっ」

 

「うわあ……」

 

 ほかの女たちも、一郎に寄って来ようとしているが、あまりにもあからさまなこの三人の競い合いに、ちょっと躊躇している感じだ。

 特に、ミウとイットは呆然となっている。

 

「なにが一番奴隷よ……。あたしは妻にしてくれるって約束してもらったんだから……」

 

「そ、それはわたしも……。ひゃあああ──」

 

 突然にエリカが悲鳴をあげてのけ反った。

 コゼが素早く、エリカの乳首にあるピアスを指で続けざまに弾いたのだ。

 普段はそんなに感じすぎないように細工をしているものの、一度刺激すれば、その分も含めてもの凄い刺激が走るように術をかけている。

 一度完全に身体を突っ伏してしまったエリカが、両手で胸を隠すようにしながら、真っ赤な顔をあげてコゼを睨みつけた。

 

「ひ、卑怯よ──」

 

「なんとでも言って。ご主人様の取り合いについては、仁義なんてないのよ」

 

 コゼがけらけらと笑った。すでにコゼは一郎の膝の上に跨るようにして、完全に一郎に密着した。

 だが、そのままふわりと浮いて、横にころりと転がってしまう。

 空いた一郎の膝の上にはスクルドがちゃっかりと乗ってきた。

 いまのは、スクルドの魔道だろう。

 コゼが起きあがってスクルドの腕を掴む。

 

「魔道なんて卑怯よ、この淫乱巫女――」

 

「神殿界からは離れました。いまはただのご主人様の性奴隷ですわ。とにかく、まずはわたしでいいじゃないですか。問題はありませんでしょう? それに、ご主人様の取り合いについては、仁義などないのでは?」

 

「ふざけんじゃ……」

 

「待てったら」

 

 一郎は呆れて間に入った。

 

「で、でも――」

 

 一郎の上に乗っているスクルドを強引に剥がさんとしていたコゼが頬を膨らませて、不満を示した。

 なんで、こんなことにここまで熱くなるのだろうかと思うが、とりあえず、腕を伸ばしてコゼを抱き寄せてなだめる。

 

「わかったよ。次の一番はコゼだ。その次はスクルド、そして、エリカだ……。だが、まだ話が終わってなくてね。ちょっと大人しくしてくれ。スクルドは一番をコゼに譲れ。その代わり、話のあいだこうやって抱っこしてやろう。どうせ、十日もある。取り合いなんてしなくても、俺の精は無尽蔵だ」

 

「はい、ご主人様──」

 

 スクルドが満面の笑みを浮かべて、一郎の胸の前で大きく頷いた。

 コゼとエリカが一郎の両側で唸るような声を出しつつも、諦めたように頷く。

 一郎はほっとした。

 

「スクルド様って……」

 

 一方でミウについては、スクルドが一郎に抱かれて、猫のように甘えているのに接し、困惑している。

 再三にわたって、こういう状況に接しているが、いまだに慣れないみたいだ。

 

「そ、そのう……。ずっと気になっていたのですが、エリカ様の胸とお股にある飾り物はなんなのでしょう……? まるで、直接針で刺しているように思えるのですが……」

 

 そのとき、ガドニエルが興味深そうに訊ねてきた。

 一番奴隷の特権として、一郎が手ずから穴を開けているのだと説明すると、ガドニエルは心の底から羨ましそうな表情をした。

 一郎は笑ってしまった。

 すると、イライジャがちょっと距離を縮めるようにしながら口を開いてきた。

 

「これじゃあ、必要な話はさっさとしておいた方がいいわね……。ところで、ロウ……。ブルイネン殿から伝えられたんだけど、わたしの役目はシティ側にいて、水晶宮の観察をするということでいいのね? なにか変化があればすぐに伝達するわ」

 

「頼む、イライジャ。とにかく、水晶宮にいるカサンドラの動向が気がかりだ。敵か味方かも判定できない。ユイナの判断であれば、すっかりとパリスに洗脳されてしまっていて、敵ということだけどね」

 

 一郎はちらりとユイナに視線を送る。

 逆海老拘束で吊られているユイナの尻の穴に挿し込んでいる蝋燭はかなり短くなっている。しかも、潤滑油として強烈な掻痒剤を使っているので、ひとときも静止しておられず、さらに少しでもユイナが身じろぎすれば、垂蝋が尻や股間に垂れ落ちるように、ユイナの吊りの角度を保たせている。

 そこに復讐に燃えるクグルスの悪戯が加わり、ユイナは泣き叫んでいる。

 

「わかった……。そして、ハロンドールの王都のこともなにかわかれば伝えるわ。そっちの情報は、さすがに遠方過ぎて難かしいけどね。だけど、スクルドさんの言う通り、確かにハロンドール全土に、あなたの手配書が回っているみたいね。ギルド通信を通じた連絡網で、向こうの冒険者ギルドを通じて裏がとれたわ」

 

 イライジャが言った。

 

「手配? ロウ様のことですか? どういうことなのですか?」

 

 すると、ガドニエルが訊ねてきた。

 スクルドが口を挟み、簡単に一郎の手配書がハロンドール王国内に出回っていて、向こうにいる一郎の女たちがそれを阻止しようと動いているものの、手配書自体はそのままなので、一郎が戻れば捕縛の可能性があると説明した。

 だが、中身をすっ飛ばした本当に簡単な説明だ。

 一郎はくすりと笑った。

 

「つまり、ハロンドール王家がロウ様を捕縛しようと手配をしたということなのですね──? お任せください──。ならば、エルフ女王の名に懸けて、ロウ様のことはお守りします。それだけでなく、ハロンドール王に親書を送っても……」

 

 ガドニエルが言った。

 しかし、なぜかにこにこしている。

 おそらく、一郎の役に立てそうなことが見つかって嬉しいのだろう。

 一郎は抱いているコゼから手を伸ばして、ガドニエルの頭をすっと撫ぜた。

 

「まあ、それには、まずはイムドリス宮を取り戻さないとね……。だけど、イライジャ、そういうことで悪いけど……」

 

「わかっているわ。せっかく、合流できたけど、わたしは、早速、ギルド本部に戻ろうと思うわ。そっちで情報を集める。緊急のときには、こっちと連絡ができるように処置もできている。だから、そっちも、こっちのことを連絡して……」

 

 一郎はイライジャの言葉に頷いた。

 そして、ブルイネンに視線を向けた。また、彼女の腕を拘束していた粘性体を解除する。

 

「ブルイネン、なら悪いけど、もう一度、イライジャを送ってくれよ。戻って来たら、今度こそ、腰が抜けるほどに可愛がってやろう。それと連絡手段を確保は頼む。魔道の通信具とか……。あるいは、万が一にも、イライジャのところに水晶宮の手が回ったときに、脱出できる転送用の魔道具もね……」

 

「そ、それは、手配が終わっています……」

 

 ブルイネンが真っ赤な顔になって頷いた。

 ちょっと刺激してやっただけなのに、まだその余韻が残っている気配だ。

 まだ性を覚えたばかりだが、これはとんでもないセックス好きになるかもな……。

 そのくらい敏感な身体だ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「……ところで、ユイナのことは適当なところで許してあげてくれない、ロウ……。あれはあれで、健気なところはあるのよ……。あなたのことをずっと心配していたんだから……。あなたが死んだという情報が流れたときには、そりゃあ、すごい落ち込みようで……」

 

 イライジャはくすりと笑った。

 

「ユイナがひねくれているのも、本当は素直なのも知っているよ……。素直だから態度があんなんなのさ。苛められて悦ぶ俺の女たちの方が本当はおかしいのさ」

 

 一郎は微笑んだ。

 イライジャは小さく頷いた。

 

「ありがとう」

 

 イライジャが笑って、一郎の頬に軽く口づけをした。

 

「とにかく、頼む、イライジャ──。水晶宮の動向、それと、アスカの行方についても情報が入れば教えてくれ……。俺は俺で、こっちでセックス三昧する……。もちろん、抱かれたくなったら来てくれよ。イライジャは、最優先でいい気持ちにしてあげるからな」

 

 一郎は言った。

 イライジャは「ばかね」と言って、照れたように顔を赤くした。

 そして、一郎は改めて、アスカことラザニエルが百年ほど前に疾走したガドニエルの姉であり、パリスの囚われ人だった可能性があること、パリスの命の欠片を体内に宿しており、パリス復活を阻止するためには、そのラザニエルの身柄を確保することが必要なのだということを説明した。

 イライジャは、わかったと頷いた。

 一郎はガドニエルに視線を向ける。

 

「……ところで、アスカ……、いや、ラザニエル殿は、そもそも、なんでいなくなったんだ? 立派なお姉さんだと口にしてたが……」

 

 なんとなく訊ねた。

 もしかして、その頃からパリスとの因縁があったのかと思ったのだ。

 

「オデッセイ様と出逢ってしまったのです」

 

「オデッセイ?」

 

 一郎はそれは誰だと訊ねた。

 

「ラザニエルお姉さんの(つがい)の方の名です。お姉様は、そのオデッセイ様と偶然に出会い、恋に落ち、そして、出奔してしまったのです。つまりは、駆け落ちですね。そのとき、ラザニエルお姉様はオデッセイ様と(つがい)の誓いをなさったはずです。(つがい)の誓いは絶対に切れません。エルフ族であるお姉様は、いまでもオデッセイ様のことをお慕いなさっていると思います……」

 

「オデッセイ? それは、まるで人間族の子供のような外見の男か?」

 

 かつて、ラザニエルだったアスカが出奔した理由──。

 それこそ、パリスではないかと思ったのだ。

 一郎の問いに、ガドニエルは首を横に振った。

 

「とんでもありません。オデッセイ様は、それはそれは、とても男の方とは思えないような美しいエルフ族の殿方でした……。だけど、もうご一緒ではないのでしょうね。だとすれば、お姉様をオデッセイ様はお守りするはずですから」

 

 ガドニエルが悲しそうに言った。

 

「だけど、なら、そいつが捨てたから、アスカがそいつと一緒にいないんじゃ? なあ、エリカ、そんなやつが、アスカの周りにいたのか?」

 

「いいえ、断じていませんでした」

 

 エリカははっきりと言った。

 一郎も頷く。

 アスカのことを知っているわけじゃないが、あの荒みようは、アスカが(つがい)の誓いで繋がっている男と一緒にいるとは思えない。

 

 いずれにしても、駆け落ちとは……。

 百年の歳月の差はあれ、姉妹揃って、似たようなことをしようとしているのを考えると、やっぱり血は繋がっているんだなと突っ込みそうになったが、さすがに口にしなかった。

 

「そうですか……。オデッセイ様とは、もう……。だけど、オデッセイ様はエルフ族でした……。オデッセイ様が生きておられれば、お姉様を見捨てるわけがありません。そうですか……」

 

 ガドニエルがしゅんとする。

 一郎はエリカを見る。

 エリカも頷いている。

 よくはわからないが、エルフ族にとって、(つがい)というのは、そういうものなのだろう。

 魔道の契約のようなものだと言っていた気もするし……。

 

「あ、あのう……。でも、ありがとうございます、女王様。百年前のこととはいえ、少しは情報があるかもしれません。いずれにしても、情報に無駄ということはありません。ありがとうございます」

 

 イライジャは頭をさげた。

 一郎はそれを制した。

 

「こいつはガドだ──。少なくとも俺の身内の中ではそういうことだ。妙に畏まるな。そんなのいらん──。こいつは俺に苛められるのが大好きなただの雌犬だ。こんな風にね」

 

 一郎はガドニエルの胸に手を伸ばして、ぎゅっと乳首を抓ってやった。

 しかも、ぎゅうぎゅう捻って離してやらない。

 

「ひぎゃああっ、ああああっ、い、いたいいいっ、で、でもありがとうございますうう、いぎいい」

 

 ガドニエルが悲鳴をあげながらも、誰でもわかるような感じている仕草を示した。

 イライジャは目を丸くしている。

 

「ご主人様、あたしです──。あたしを一番とおっしゃいましたよ──。さっきから、ガドばっかり──」

 

 すると、目の前のコゼが怒ったように、一郎の顔を両手で掴んで自分の方に向けた。

 一郎は笑って、コゼの背中に両手を回して、ぎゅっとコゼの裸体を自分の身体に引き寄せた。

 コゼがぎゅっと、嬉しそうに一郎に抱きついてくる。

 

「ぎゃあああ、あついいいいっ、こ、このばか妖精──。あほおおおおお」

 

 そのとき、ものすごい絶叫が洞窟に鳴り響いた。

 なんだと思って視線を向けると、逆海老に吊られているユイナの尻穴に突き挿されている蝋燭がひどく短くなっている。

 だが、ちょっと前に見たときには、かなりの長さが残っていた。さっきのいまで、いきなりそんなに短くなるわけがない。なにしろ、すでに炎が尻に届きそうなくらいなのだ。

 ユイナが泣き声をあげている。

 おそらく、クグルスの魔道による悪戯だろう。

 

「ほらほら、尻娘、もっと尻を振らないと火傷するぞ」

 

 クグルスが愉しそうにからかっている。

 一郎は苦笑した。

 

「ユイナ、小便だ。おしっこをして消せ。さもないと、尻と股間が丸焼けになるぞ。それが嫌なら、頑張って、おしっこを噴きあげて消すんだな」

 

 一郎も笑って声をかける。

 しかし、逆海老状態でいくらおしっこをしたところで、蝋燭の炎に届くわけがない。

 ユイナが大声で一郎に悪態をついた。 

 

「ばかあああ、あほおおおお、死んじゃええええ──。だけど、死んじゃいやあ──。せっかく会えたのに──。生きていたのに──。とても、会いたかったのおお──。大好きよおおお──。わああああ──。もういやああ──。なにこれえええ──」

 

 しかし、一郎に対する悪態のはずが、本音しか口にできない仕掛けのせいで、途中から一郎に対するのろけのようになり、一郎だけでなく、周りの女たちも一斉に噴き出してしまった。

 

 

 

 

(第35話『エルフ族の女王さま』終わり)



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【7章 決着の前】
471【人物紹介・一郎の女たち(2回目)】


 ミウまでの記述は、「301 人物紹介・一郎の女たち」にある記述と、一部の追記を除いて同じです。

 *

 登場させていない内容を含み、設定等について支障のない範囲でまとめたものです。
 特に読まなくても問題ありません。

※1 年齢は最新話現在のもの
※2 この世界の平均的な人間族の体型は現代日本人並を想定し、エルフ族は欧米人並みを想定しています。それを目安にしてください。
 なお、身長とバストの単位は“センチ”としましたが、物語の世界で使われている単位とは異なります。





◯主人公

 

【ロウ=ボルグ (田中一郎)】

 

 36歳。男性。外観は人間族だが、アスカ(実際に術を行使したのはエリカ)に召喚された外界人(異界の人族のこと)。

 日本人。

 

 都心における中流家庭のひとり息子として生まれる。中学生のときに両親が交通事故死。伯父夫妻に引き取られるも、奨学金を利用して、全寮制の高校に入学。伯父の家族とは疎遠。

 高校卒業後、大手企業の工場勤務として就職するが、不況による人員縮小により20歳で退職。以降は人材派遣会社を転々して、様々な業種の経験を積む。

 30歳以降は、同じ人材派遣会社に登録したまま、主に介護職員として、人手不足の複数の介護企業の臨時職員を掛け持ちをする仕事をしていた。

 35歳で異世界に召喚されるまで、昼夜にわたる多忙な生活をしていて特定の恋人を持ったこともなく、女性経験のない童貞。

 

 アスカに召喚された影響で、淫魔術を覚醒し、さらに魔眼の能力を得る。

 その能力でアスカの恋人のエリカを性支配して、アスカから逃亡。さらに移民を積極的に受け入れているハロンドール王国の王都に逃亡し、成り行きから、国王の後継者争いに助力することになり、王女イザベラや王妃アネルザの保護(性支配)も受け、イザベラが王太女となったのを契機に、一代限りの子爵(ボルグ家)の地位を得る。

 

 淫魔術で支配した多数の女たちを通じ、王都ではかなりの影響力を持つ。

 また、冒険者ギルドに所属しており、王国内に十人もいない(シーラ)ランクに認定されている。

 

 SM好きで好色だが、基本的に女性には誠実で優しい。

 

 身長175センチ。中肉中背で容姿は平凡。外見に特徴はない。

 髪の色は黒。

 性器の大きさも普通。

 

 ルルドの女精霊から授けられた「ユグドラの癒し(自然治癒力)」、妖魔将軍のサキから付与された「亜空間収納能力」を有する。

 

 得意は短銃。淫魔術の応用である粘性体を自在に操る力もある。

 

 クエストによりナタル森林に赴いているときに、エルフ族女王を襲っていた遭難に関与したことが転機となり、世に出ることになる。

 そのとき、エルフ族の女王を性奴隷として支配したことにより、ついに淫魔師としてのレベルが限界突破をして、支配女性に与える影響が格段にあがることになる。

 

 

 

◯一郎の女たち:性支配の順

 

【エリカ】

 

 19歳。エルフ族。アスカの愛人だった美貌のエルフ娘。

 一郎が最初に支配した女。筆頭性奴隷。

 

 ナタルの森林に育った森エルフ。なお、褐色肌のエルフ族が「褐色エルフ」と呼ばれるのに対して、エリカのように肌の白い主種族は「白エルフ」とも呼ばれる。

 美男美女で知られる白エルフ族だが、その中でも群を抜いた美貌を持つ。さらに、愛されるほどに、さらに外観が美しくなる一郎の淫魔術の影響で外見に磨きがかかり、美しく妖艶で可愛らしい絶世の美女に成長した。

 

 髪は黄金色。もともと腰までの長い髪があったが、アスカからの逃避行に際して、目立たないように、髪を肩まで長さに切断した。いまは、その当時よりはやや長くなっていて、肩の後ろまである。

 身長173センチであり、エルフ族の女性としてはやや低い方。胸は89センチ。均整のとれた抜群のプロポーション。

 一郎の命令で、いつも丈の短いスカートしか身につけない。

 

 親を知らない孤児であり、「自由エルフの里」と称するカロリック公国に近い、大きな森エルフの里の孤児院で育つ。イライジャ、シズは孤児院時代の百合愛の仲間。

 その時期の名残で童女愛の強い性癖もあるが、基本的には性には受け身で被虐癖である。

 一郎に支配される前は、全くの男嫌いだった。

 

 イライジャが結婚して孤児院のあった里を出たことを契機に、カロリック公国に出て、狩猟で磨いた武術を生かして冒険者となった。

 しかし、アスカ(影)に気に入られてアスカ城に入り、一年ほどアスカの愛人になっていた。

 一郎に支配されて一緒に逃亡してからは、一郎一筋。

 

 両乳首とクリトリスに、一郎から贈られた「一番奴隷」の証であるアマダスの宝石の嵌まったピアスをつけている。

 

 性格は真面目で短気の傾向が強い直情型。表裏のないさっぱりとした性質。羞恥心が強いわりには、感じやすい敏感な身体なので、一郎やコゼからよくからかわれる。

 

 得物は細剣と弓。特に弓は超一流。

 一郎による能力向上の恩恵後は、攻撃魔道の使い手にもなり、一郎の淫魔師レベルの限界突破によって、さらに魔道能力が向上する。

 

 もっとも多くの一郎の精を受けた女であることは間違いなく、そのためか、一郎から与えられる被虐の快感にはすぐに我を忘れる。全身が性感帯のように敏感だが、とくに乳首と股間のピアスに触れられると、それだけで腰が砕けるほどの快感を覚えてしまう。

 一人称は「わたし」、一郎のことは「ロウ様」と呼ぶ。

 

 

【クグルス】

 

 淫魔に属する魔妖精。一郎から真名を支配された眷属一号。

 

 大きさは手のひら程度。髪はくせのない真っ直ぐで澄んだ青色。裸体に半透明の衣装を纏っているが、最近では魔道で多様に服装も変化できるようになっている。

 

 この世界で知られている小型の妖精は、淫魔の魔妖精のみであり、小さくて宙を自由に飛び回る姿は禁忌の生命体として人族に忌み嫌われている。

 

 人族の性愛で発生する「淫気」を捕食して生きる。

 

 淫魔には、魔妖精のように、人族同士を欲情させ、間接的に淫気を集める「魔妖精」のほか、人族の姿に変身して、直接に性交して淫気を貪る「サキュバス」「インキュバス」、夢を操って幻術により淫気を発生させて喰らう「夢魔」などが知られている。

 魔妖精は、淫魔の種族的にはもっとも低級種。

 

 真名は「ベルルス」。一郎の支配を受けて、クグルスと改名することになった。

 

 魔妖精は、女王体を中心とした集団的な生活をし、本来のクグルスは末端に属する「女兵」的な立場である。しかしながら、淫魔師の一郎に支配されたことにより飛躍的に能力があがり、実は女王体を凌ぐほどの力を駆使できるようになってきているが、本人は無頓着で軋轢の発生には気がついていない。

 

 好奇心が強く、無邪気で明るい。

 

 一人称は「ぼく」、一郎のことは「ご主人様」と呼ぶ。

 

 

【コゼ】

 

 21歳。人間族。

 元アサシンの逃亡奴隷。

 一郎を殺そうとしたときに支配された2人目の性奴隷。

 

 栗毛色の首までの短めの髪。155センチの小柄な体型。童顔なので、年齢よりもずっと幼く見える。バストは75センチで胸は小さい。

 一郎の周囲の女たちの中では、唯一、スカートではなく、動きやすい半ズボンをはいている。

 

 ハロンドール王国の南西部の小さな農村の生まれであり、10歳のときに、納税の金を作るために、親によって奴隷商に売られた。

 奴隷市でコゼを買ったのは、マニエルという闇奴隷を扱う商人であり、手先の器用さと目端の鋭さを見出だされて、マニエルの闇奴隷業を手伝うアサシンとして育てられた。

 

 奴隷の首輪で支配され、罪のない多くの善良な人間を殺めたことは、コゼのトラウマになっている。また、やはり、奴隷の首輪で強要され、マニエルの部下の男たちの共有の「厠女」にされていた過去も持つ。

 一郎に救出される前は、全てに絶望し、禁止されている死を望むだけの厭世観に捉えられていたが、一郎の淫魔術によって、記憶が甦らなくなる処置を受け、一郎に夢中な明るい性格に変貌する。

 

 暗殺術や暗器に秀でており、腰のベルトに短剣を二本差して、目にもとまらぬ早業で敵を攻撃する。

 瞬発力や敏捷性に長ける。

 また、一郎と暮らすようになってから、冒険者パーティーで探索役を任せられることが多いため、最近では一郎の淫魔師の恩恵により、探索術(シーフ)も覚醒した。

 

 一郎がこの世の全てであり、信仰に近い絶対的な心酔を一郎に向ける。

 また、内向的で人見知りの傾向も示すが、一方で、一郎や仲間内には、悪戯好きで甘えん坊の一面も見せる。

 一方で、一郎のためなら、冷徹に人の首を搔く、凄腕の暗殺者にもなれる。

 

 嗜虐的な性癖の一郎の影響で、エリカなどに破廉恥な悪戯をすることが多々ある。

 特にお尻が弱い。

 

 一人称は「あたし」、一郎のことは「ご主人様」と呼ぶ。

 

 

 

【シャングリア=モーリア】

 

 23歳。人間族。王軍騎士の爵位を持つ貴族女。

 モーリア男爵家の女であるが、騎士爵を持ち、家を独立して新たな貴族家を立てる権利も有している。

 自ら望んで一郎に支配された3人目の性奴隷。

 

 身長180センチで人間族の女としてはやや背が高い。バストは88センチの、すらりとした格好のいい体型。

 白銀色の腰までの長い髪。

 

 モーリア男爵家の嫡女として生まれるも、父親の死に際し、武門の一族の仕来たりから女性を一族の長とすることに反対され、一族衆の総意により、爵位を継ぐことができなかったという経験がある。

 そのことがあったので、自分が女であることを疎ましく思っていて、自他共に認める有名な男嫌いだったが、一郎に命を助けられたことが切っ掛けとなり、一郎にべた惚れて、押し掛け性奴隷になる。

 

 もともと禁欲的な性質だったが、一郎が嗜虐癖の好色だったことから、マゾ女に覚醒してしまった。

 肉体と精神の限界を超えるようなハードな責めが好みであり、一郎に強請って、首と乳房と脇の三箇所に小さな傷を残してもらっている。

 

 剣技に優れ、正統派の武芸の持ち主。

 男嫌いのお転婆女騎士として王都では有名だったが、一郎の女になってからは、性格も安定して短慮癖は消え、正論の通じる穏やかさも備えるようになり、最近では凛とした外見もあって、実は婚姻の申し込みがモーリア家に殺到しているが、シャングリアは全てを相手にせず、一郎の性奴隷を公言している。

 

 一郎のパーティーに属する冒険者であるが、王軍騎士団にも属する。

 男嫌いのシャングリアが一介の冒険者だった一郎に恋慕して、自分も冒険者になったことは、王都では知らぬ者のない艶話。

 

 一人称は「わたし」、一郎のことは呼び捨て。

 

 

【シルキー】

 

 一郎に仕える屋敷妖精。雌。

 魔妖精のクグルスに次ぐ、眷属2号。

 

 本来は高位魔道遣いにしか仕えない本能を持つのだが、一郎の精を受けたことで、なぜか眷属関係が成立してしまった。

 一郎たちが本拠とする通称「幽霊屋敷」に住み、屋敷の全てを管理する。

 屋敷に関することなら、ほぼ無限の魔道を駆使することができる。

 

 外見は人間族の10歳ほどの童女であるが、実際の年齢は不詳。黒髪。黒い色のメイド服装をしている。

 一郎との交合で、性愛のときの女の快感に目覚めた。

 

 一人称は「わたくしめ」、一郎のことは「旦那様」と呼ぶ。

 

 

【ミランダ】

 

 61歳。ドワフ族の女。

 伝説の(シーラ)ランクの冒険者だったが、いまは王都冒険者ギルドの副ギルド長として、ハロンドール国内の全ての冒険者ギルドを管理する。

 一郎に押しきられて、愛人になることを承知してしまった4人目の性奴隷。

 

 童顔であり、ドワフ族特有の小柄な体型なので、外見からは人間族の10歳前後の童女にしか見えず、かつ、筋肉質ではあるものの、細身なので二本の大斧を操る無双の怪力であることは初対面ではほぼわからない。

 身長は130センチ、バスト85センチ。一郎はひそかに、「胸がでかい小学生の女子」と表現する。

 髪は茶色で、肩の後ろほどの長さの髪を通常は一本に束ねている。

 一郎に出会う前は、イザベラ曰く、肌が露わな品のない革の服を着ていることが多かったが、最近では、一郎が次々に贈っている人間族用の子供服を、文句を口にしつつも、実は喜んで多用している。

 

 大陸のずっと北側にある草原地帯にあるドワフの谷と呼ばれる集落出身であり、しかも、その集落に住むことを許されなかった貧民部落の子供として生まれ育った。

 兄弟は20人以上いるが、12歳にして独立するのが慣例だったので、全ての兄弟の顔を知っているわけでもない。

 冒険者となって生活が豊かになってから、一度故郷を訪ねたが、すでに両親、兄弟は行方知れずになっていて、その後の境遇はわからなかった。

 家族に大きな愛着もなく、ミランダも家族を探すような行為はしていない。

 

 55歳で冒険者を引退し、当時ギルド長だったエルザ姫(イザベラの姉、現タリオ公国第2公妃)に乞われて副ギルド長として、ギルド改革に着手し、現在はエルザを継いだイザベラ王太女に仕えている。

 

 性格は真面目で一郎の女の中では、羽目を外すことのない常識論的な発言をすることが多い。

 ただ、性愛については、押しに弱い側面があり、一郎にそれを見抜かれ、半ば強引に関係を強要されて、一郎の性支配を受けることになった。

 

 他者がいるときには、一郎には一線を画する態度をとるが、実は、ふたりきりのときには、一郎にかなり甘えた態度を示す。

 レイプまがいに一郎に強引に犯されると、かなり興奮もする。

 一郎は完全にそれを見抜いていて、しばしば、ミランダをレイプのように犯したりする。

 

 一人称は「あたし」、一郎のことは呼び捨て。

 

 

【スクルド(スクルズ)】

 

 26歳。人間族。

 王都三大神殿のひとつである第3神殿の女神殿長。王国の歴史では、史上最年少の神殿長。

 5人目の性奴隷。

 

 身長165センチであり、人間族としては普通の背丈だが、細い身体のわりに、100センチの豊かな胸があり、かなりの巨乳の印象を抱かれる。

 

 ハロンドール王国の地方都市の商家のひとり娘として生まれ、童女時代にすぐに魔道の覚醒が認められるも、物心ついてすぐに両親が流行り病で死去し(魔道力が強かったのでスクルズは無意識に自己治癒により病を発症しなかったと考えられる)、両親と親しかった商人夫婦に養女として引き取られる。

 10歳で教団に入信して、教団法により養父母とは縁切りをしている。

 15歳まで教団の神学校の寮で暮らし、高位魔道遣い候補のみが行う「修行の秘法」では、同室のベルズ、ウルズ、ノルズとともに、自己の淫乱化のために百合愛に耽っていた。ただし、ベルズとともに、スクルズは責められ役であり、ウルズやノルズの嗜虐的な性苛めの対象でもあった。

 

 神学校卒業時の魔道力は、同世代では、ウルズ、ベルズに次ぐ三番目(当時はノルズはすでに教団を追放されていた)だったが、20歳の頃には、ふたりを上回る能力を示すようになり、三人の中では最も早く王都三神殿の筆頭巫女に任じられた。

 

 一郎との出会いは、三巫女事件でノルズの罠に嵌まり、処刑されようとしていたのを一郎から助けられたのが縁。

 それ以降、すっかりと一郎に魅せられてしまい、日参どころか、日に二度も三度も移動術でやってきては、一郎に甘えるということを繰り返すようになり、屋敷の女たちを呆れさせもした。

 

 ただし、表向きは、敬虔な神官で世間では通っている。

 しかし、実際は、一郎が白と言えば白、黒と言えば黒とする徹底した心酔ぶりであり、一郎を神のごとく崇める極端な態度を示す。

 

 得意技は、にこにこと笑って全てを誤魔化すこと。

 穏やかな性格と美しい外観で、美貌の女神殿長として、王都の一般民衆から絶大な人気がある。

 一郎に性支配されることで、女は全員が美しくなり、能力の大覚醒があるが、もっとも魔道力を上昇させたのがスクルズであり、王国一の魔道遣いという評判も得るようになった。

 

 しかし、一郎の王都不在間に起こった王都の騒乱の中で、自分の死を偽装して、神殿長をやめて、一郎のもとに押しかけてきた。

 この際、あちこちに問題を引き起こしてしまったのだが、現段階で本人は気がついてない。

 また、この際、名乗りを「スクルド」に変え、髪も腰まで届く青白色に魔道で変えた。

 

 一人称は「わたし」、一郎のことは「ご主人様」と呼ぶ。他人のことは「さん」付けで呼びことが多い。

 ミウの魔道の師匠でもある。

 

 

【ベルズ=ブロア】

 

 25歳。人間族。

 王都第二神殿の筆頭巫女。

 6人目の性奴隷。

 

 ハロンドール王国の名門貴族家のひとつであるブロア伯爵家の3女。嫡家から一名以上の神官を出すという代々の家訓により、幼少から神殿に入ることが定められていた。

 三巫女事件を切っ掛けに一郎の精を受けて、成り行きでそのまま一郎の愛人になることを受け入れた。

 一郎には心を捉えられているが、もっとも距離を置いている態度をとってもいる。

 

 身長162センチ、バスト80センチ。体型はやややせ形。髪は赤毛でくせ毛。伸ばせば腰の後ろまであるが、普段は苦労して後ろで丸めて編んでいる。

 

 神殿に入ったのは10歳。教団法により、貴族籍からは抜けているが、ブロア伯爵家とは円満な関係を続けており、神官としての立場のほかに、伯爵家の令嬢としての人間関係もある。

 しかし、貴族であることをひけらかすことはなく、誰であろうと変わらない態度をとる。

 

 スクルズに次いで、22歳で王都大神殿の筆頭巫女となる。スクルズの影に隠れる傾向があるが、魔道力にしても、巫女としての出世の早さにしても、周囲から群を抜いている。

 

 魔道研究に造詣があり、王都の若い魔道研究家や技術者を集める定期的なサロンも開いたりしている。

 

 一郎の女たちの中では、最も常識人。

 喋り方や態度は素っ気ない部分があるが、実は愛情深く、スクルズやウルズとの友情も大切にしているし、特に、幼児返りしてしまったウルズのことを誰よりも気にかけて面倒を看ている。

 

 性癖はもともとかなりのマゾ。

 

 一人称は「わたし」、一郎のことは「ロウ殿」と呼ぶ。

 

 

【ウルズ】

 

 25歳。人間族。

 7人目の性奴隷。

 

 スクルズ、ベルズに次ぐ出世の早さで王都第一神殿の筆頭巫女となったが、三巫女事件のときに一郎が、強引に魂から魔瘴石を引き剥がした影響で、幼児返りしてしまい、いまはもう一度成長をやり直している。

 幼児返りする前の記憶は完全に消滅していて(忘却ではなく、消失)、知能も行動も幼児そのものである。性格も以前とは全く異なる。

 一郎を“ぱぱ”として慕い、スクルズとベルズのことを“まま”と呼び母親のように接する。

 

 身長179センチ、バスト88センチ。

 完全な大人体形であり、人間族の女性としてはやや大柄。幼児退行する前は妖艶な印象を作っていたが、いまは動きにくい服装を嫌って丈の短い簡単な貫頭衣ばかりを好む。

 精神年齢が低くて羞恥心に乏しいので、どこでも脚を拡げるし、裸になっても恥ずかしがらない。

 髪は真っ直ぐな栗毛。腰までの長さがあったが。いまは本人が嫌って、それよりは短くなっている。

 

 普段は、一郎がスクルズに準備させた王都の第二の屋敷に匿われている。一郎たちは、本来の住まいである通称「幽霊屋敷」に対して、その屋敷を「小屋敷」と呼ぶが、貴族女がひとり住まいするほどの広さもあり、また、そこには、スクルズが眷属にした屋敷妖精のブラニーがいて、スクルズとベルズの不在間もウルズの面倒を看ている。

 

 もともとは男爵家の令嬢だったが、9歳で教団に入信したときには、すでに実家は零落しており、ウルズが11歳のときに、実家が没落して家族は四散。ウルズは貴族姓を失う。

 幼少の頃から魔道力が強く、入信当初は「神童」とも呼ばれていた。

 神学校卒業時には、スクルズやベルズよりも、魔道力に長けていたが、二十歳前後で高位魔道遣いとしての才能を一気に開花させたふたりに対して、ウルズには大きな成長はなく、彼女たちの魔道力の後塵を拝する立場となってしまい、それがウルズに大きな劣等感を与えてもいた。

 

 本来の性癖は、意地の悪い嗜虐癖であり、神学校時代は、スクルズやベルズに、散々に苛めのような行為を繰り返していたものの、現在はその面影は皆無。

 一郎に与えられる性交の快感が大好きで、一郎を無条件に慕っている。

 幼児退行の影響なのか、全身が超敏感になっていて、一郎が本気で愛撫をすると、数分で失神してしまうほどの快感を受けてしまう。

 

 一郎が長期不在していることで、幼児退行が戻ってしまい、おもらしを頻発するようになったので、おむつが復活している。

 

 一人称は「ウルズ」、一郎のことは「ぱぱ」と呼ぶ。

 

 

【ノルズ】

 

 26歳。人間族。

 三巫女事件を起こして、王都を騒動に巻き込もうとした工作員。

 一郎の性奴隷としては8人目。

 

 幼女の頃に、両親とともにデセオ公国からハロンドールにやって来た貧しい移民の子供。ハロンドールの地方都市で、最下層の暮らしをしていたが、両親が四歳のときに失踪。孤児となる。

 三巫女事件のときに、「死の呪術」にかけられてたノルズを助けるために、一郎が強引に犯して自分の支配下にした。

 ただし、現在は失踪中であり、一郎もその行方を知らない。

 

 身長は160センチで、四人の中では最も背が低い。バストは80センチ。

 髪は黒。神学校で過ごしていた時代は肩の後ろまで髪があったが、三巫女事件で再会したときには、短髪に近い髪になっていた。

 

 10歳のときに、某地方神殿長の紹介で神殿界に入信する。

 だが、そのときには、すでにパリスの一派に属するようになっていて、ハロンドールの神殿界に基盤を作るために、パリスの指示で入信したにすぎなかった。

 当時、すでに高位魔道遣いに覚醒しており、高位魔道遣いとしての教育施設に入る。

 スクルズ、ベルズ、ウルズはその神学校時代の同窓生。

 高位魔道師となるための「修行の秘法」により、四人は性衝動を高め合うための少女同士の百合愛の関係になったが、ノルズはウルズとともに、専ら責め役。ただし、羽目を外しがちで、ともすれば寝室以外に「責め」を持ち出し気味だったウルズを冷静にたしなめるのがノルズの役割だった。

 だが、その神学校時代に、禁忌の闇魔道の遣い手であることが発覚し、捕らわれる前に失踪した。ただし、その経緯は、スクルドたちは知らない。

 

 長く存在がわからなかったが、アスカ城で監禁されていたアスカの前に現れ、その失踪に手を貸して、現在アスカとともに逃亡中。

 

 一人称は「あたし」。

 

 

【サキ】

 

 妖魔族。仮想空間術を駆使する女妖魔であり、百匹を超える支配者格の眷属がいて「妖魔将軍」の異名もある。

 一郎の魔族の眷属としては、魔妖精のクグルス、屋敷妖精のシルキーに次いで三人目となる。性奴隷の支配としては、9人目(クグルス、シルキーは除いている。)

 

 非常に魔道力が高く、外見を好きなように変えられる。

 一郎と最初に出逢ったときには、豊満な肉体をした頭の横に二本の横角を生やした姿だったが、別段、それが本来の姿というわけでもない。

 眷属たちを支配するときには、四肢に体毛を生やした毛深い姿になる(未出)。

 しかし、現段階では、一郎の指示で王国の寵姫として後宮に入り込んで、国王の見張りをしているので、人間族の絶世の美女の姿になっている。

 人間族の姿のときの身長は190センチ、バストは95センチであり、妖艶な女性姿である。髪の色は濃い茶色。真っ直ぐで腰の括れまである美しい髪。

 

 かつて、人族に異界に封印された魔族の末裔であり、本来は魔族は封印されている異界から出て来られないのだが、サキの場合は、仮想空間の力でこちら側を自由に行き来できる「書物」を作り、それによって出入りをしていた。

 その書籍が、こちら側では不思議な魔力のこもっている魔道書物として扱われていて、それが一郎の前に幽霊屋敷で暮らしていた主人の蒐集品の中に混じっていたため、偶然に淫魔力を注いでしまった一郎により、サキの仮想空間とこちら側が繋がってしまった。

 

 リンネと名乗っていたが、真名は「リュンネガルト・ゴーテンバウム・サキュテスト」。真名を見抜いた一郎に支配されてしまい、一郎の眷属となった。

 現在では、一郎の精を受け、淫魔術でも支配されている。

 

 後から一郎に支配されたチャルタとピカロを眷属のように扱ってもいる。

 表向きには、海を越えた異国の姫君ということになっている。

 後宮で暮らすようになってからは、王妃アネルザと非常に仲がいい。

 

 王都の騒乱に際し、アネルザ、スクルド(スクルズ)、ミランダと四人組を作って、ルードルフ王への叛逆に加わるものの、方針を巡ってアネルザたちと仲違いをし、現在、ルードルフ王を監禁して、ハロンドールの王宮に閉じこもっている。

 また、一郎を王にする企てを続けていて、一郎用の後宮を贈ろうとして、多数の上級貴族の令嬢と令夫人たちを監禁中。

 

 一人称は「わし」、一郎のことは「主殿(しゅどの)」と呼ぶ。

 

 

【シャーラ=ポルト】

 

 28歳。エルフ族。

 イザベラに仕える護衛長。

 イザベラが王太女となる以前は、侍女長という立場で護衛をしていた。

 性奴隷としては、10人目。

 

 もともとは、森エルフ族の神官貴族の嫡女であるが、森エルフ族の掟により、女性では神官になれなかったため、家を継ぐこともできず、15歳の成人を機に、半ば家出同然にナタルの森を出てから、世間を流浪した後、約5年ほど前に、ハロンドール王国の王都に旅の冒険者としてやってきた。

 武術にも魔道にも長けていて、「魔道戦士」の尊称で呼ばれる。

 一郎に接近しようとしたイザベラ王女の操を守るために、一郎を始末しようとしたが、一郎に返り討ちに遭い、性支配をされてしまった。

 

 身長は180センチでエルフ族として一般的な女性の身長。バストは80センチ。全体としてはスレンダーな印象。

 髪は銀色。髪は真っ直ぐで長く伸ばせば腰まである。ただし、侍女時代は後ろで結っていた。

 

 王都にやってきたとき、冒険者登録としては、すでに、(ブラボー)クラスであったが、当時ギルド長だったエルザ(当時19歳)に見出されて、まだ幼かったイザベラ(当時12歳)の身を守るために、侍女としてそばに仕えることを頼まれた。

 それ以降、イザベラに忠誠を尽くして、キシダイン派に命を狙われるイザベラを一身に守り続けた。

 

 キシダイン派との闘争時代に、一度誘拐されて拷問を受けたことがある。処女を失ったのはそのときだが、ふたりの拷問者がシャーラを犯すことで隙ができたため、そのふたりを殺して自力で脱走した。

 その経験があったので、そもそも男との性行為に興味はなかったが、一郎の支配を受けたことによって、だんだんと被虐癖に染まってきつつある。

 

 一人称は「わたし」、一郎のことは「ロウ殿」と呼ぶ。

 

 

【イザベラ=ハロンドール・ハロルド】

 

 17歳。人間族。

 大国ハロンドール王国の第三王女にして、現在の王太女。

 キシダイン派から身を守るために、一郎の助力を得ようとして、自分の身体を代償に望んで性奴隷になった。

 一郎の11人目の性奴隷。

 

 身長160センチ、バスト75センチ。少女体形。

 髪は黒で長さは腰まであるが、胸の後ろくらいになるように整えられていることが多い。髪型は変化に富む。

 

 国王ルードルフには、三人の王女しかいないが、イザベラは三人目。しかしながら、長女のアン王女、次女のエルザ王女にまったく魔道力がなかったので、幼いころから次期国王候補ではあった。

 しかしながら、母親の階級が低く、一方で王国の二大公爵家の後ろ盾を持っているキシダインの台頭により、父親のルードルフ王の優柔不断もあり、なかなか第一王位継承権を得ることができないでいた。

 

 このことは、イザベラを生命の危機に陥らせることにもなる。

 即ち、王国の有力貴族の多くを後ろ盾にするキシダインであったが、本来の血筋であれば、第一王位継承権はイザベラである。

 それでいて、国王はキシダインにも、イザベラにも王太子の地位を与えなかったので、キシダイン派としては、イザベラがいなくなりさせすれば、間違いなくキシダインが王太子に任命されるという状況になっていた。

 

 イザベラ暗殺の企ては、イザベラが成人するとともに、いよいよ顕著となり、王宮にも貴族界にも味方のいないイザベラは、王族を名目のギルド長とするというハロンドール冒険者ギルドの慣習によって、ギルド長だった自分の立場を利用し、当時、実力のある新人冒険者としての名声をあげつつあった一郎に近づき、一郎の愛人になることで、自分の身を守らせようとする。

 当初は、間に入ったシャーラやミランダの反対により、身体を捧げることは自重させられたが、その直後に、キシダイン派から毒殺されかけて死の危険に陥ったことから、ふたりが一転して、一郎の助力を得よと主張し、一郎に抱かれて、味方にさせることに成功する。

 イザベラを愛人にするや、一郎はキシダインとの闘争に積極介入し、キシダインを失脚させ、イザベラを王太女にする。

 

 王太女就任直後は、一郎はイザベラが自分の女であることを隠していたが、タリオ大公のアーサーが、イザベラの夫の地位を狙っていることを知ると、世間に自分がイザベラの愛人であることを公言するようになる。

 

 勝ち気で気も強いが、性愛に関しては完全に受け身であり、一郎の破廉恥な責めにも、諾々と従う。

 プライドの高さが表に出ることは多いが、一郎に対しては従順。

 

 王都ハロルドの執政者としての「ハロルド公」、冒険者ギルド長の立場を兼務する。

 

 現在、一時的に王太女の職務を解かれて、王都から離れて、ノールの離宮にいる。

 また、一郎の子供を妊娠している。

 

 一人称は「わたし」、一郎のことは呼び捨て。

 

 

【アネルザ=マルエダ・ハロンドール】

 

 45歳。人間族。

 現ハロンドール王国の正王妃。

 ローム三公国との国境を守備するマルエダ辺境候の嫡女。

 一郎の性奴隷の12番目。

 

 18歳にして、当時王太子だったルードルフの正妃として嫁ぎ、ルードルフが国王になって以降は、国王代行として高い権力も行使するようになっている。

 ルードルフの三人の娘のうち、長女アンのみが実子であり、魔道力がないために王位継承権を失ったアンを不憫に考え、アンをキシダインに嫁がせて、キシダインを国王にすることで、自分のように、アンを王妃としての権力を与えようと企て、イザベラと対立した。

 キシダインとの後継者闘争の中で、アネルザを調略しようとした一郎に強引に性支配され、それ以降は、一郎に全面的に従うようになった。

 

 身長は180センチ、バストは110センチの豊満な体形。

 

 正王妃ではあるものの、ルードルフには、国王としても、王家の長としても、男としても完全に見限っており、厭世的になっていたが、一郎に支配されることで、「人物鑑定力」が覚醒したこともあり、一郎こそ、英雄“クロノス”の素質があると思い込み、絶対的な信頼と支持を与えるようになり、実子のアンのみでなく、イザベラ、ひいては王国の将来も託すべきと考えるようになっている。

 

 元来の性癖は嗜虐癖であり、多数の性奴隷を保有し、また、ルードルフとの性愛も、専ら責め役だったが、一郎からは、完全な“マゾ”として調教されている。いまは奴隷宮も解散させた。

 一郎の淫魔術により、クリトリスを小さな男根に変化させられ、「ふたなり化」の処置を受けている。

 生やされている男根は子供のもの並であるが、その根元に射精を妨げる淫具を装着させられていて、いまでも一郎から射精管理を受け続けている。

 

 王都の騒乱に際して、ルードルフ王を退位させる計画を企てたが、サキに出し抜かれ、叛逆の主導権を奪われて、サキによって、ノールの離宮に隔離されてしまった。

 

 

【マア】

 

 62歳。人間族。

 タリオ公国出出身の女豪商であり、世界中を相手に商売をする交易商でもある。

 自由流通で国力を飛躍的に向上させた商業協会主のひとり。

 

 キシダインから力を削ぐことに暗躍をしていた一郎から、キシダインの資金源になっていることを見抜かれ、キシダイン派から引き抜くために乗り込んだ一郎に犯されて、性奴隷にされた。

 13番目の性奴隷。

 

 身長160センチ、バスト80センチ。

 髪は茶色。老女の外見を装うときには、頭の後ろで丸めているが、若い外観のときには、髪を伸ばしてリボンで束ねている。

 

 もともと、年齢相応の老いた外観だったが、一郎に性支配されたことにより、見た目の若さを取り戻した。

 それ以降、一郎に心酔しきっており、一郎の寵愛を失うことで、外観の若さを失うことに恐怖さえ抱いている。

 若返った外観は30歳前の美女であるが、スクルズが整えた魔道具の「欺騙の首輪」により、普段は老女姿の外観を装えるようにもしている。

 

 一郎は彼女を「おマア」と呼ぶ。

  

 商人としては叩きあげであり、女豪商に一代に成りあがった。

 ハロンドール王国を流通の力で支配しようとしたタリオ大公アーサーの目論見により、商業ギルドによる支配が主流のハロンドール王国に、自由流通協会の会長として、複数の商会とともに派遣された。

 ただし、実際には、流通施策については、アーサーよりも、第2公妃のエルザと昵懇である。

 現在は、アーサーの王国工作の一環として、一時的にタリオ公国に帰国を命じられた。

 

 一郎の淫魔師の恩恵によって、商人としての能力が大覚醒した。

 

 一人称は「あたし」、一郎のことは「ロウ殿」と呼ぶ。

 

 

【ラン】

 

 19歳、人間族。

 現在は、ハロンドール王都の冒険者ギルドの職員であり、ミランダの片腕。

 

 もともと、下町の料理屋で給仕をしていたが、操り術を駆使するジョナスに騙されて、ルロイという商人に売られ、さらに闇奴隷として売り飛ばされた。

 マアを味方にしたことで、ルロイの存在を一郎が知り、一郎の仲介もあって、奴隷身分になっていたランをミランダが、ギルドに所属する奴隷として身請けした。

 そのことを恩に思ったランが、一郎の性奴隷になることを望み、一郎が受け入れたことにより、14人目の性奴隷になった。

 

 身長155センチ、バスト81センチ。

 中肉中背であり、外見は平凡。髪は栗毛。長さは肩の下程度。

 

 一郎の性支配による能力覚醒で、高い業務処理能力が身につき、現在ではミランダの片腕として、複雑な書類仕事や事務管理、ギルド運営に携わるようになっている。

 

 すでに奴隷身分からは解放されている。

 

 一人称は「あたし」、一郎のことは「ロウ様」と呼ぶ。

 

 

【トリア=アンジュ―】

 

 18歳。人間族。

 イザベラの侍女のひとり。

 

 キシダインの抗争激化当時、イザベラには、女官長以下十人の侍女団がいたが、キシダインの手が伸びかけたため、裏切りを防ぐために、全員まとめて一郎に性奴隷にされた。

 トリアもそのひとり。

 下級貴族のアンジュ―男爵家の次女であり、実家の家計を援助するために、イザベラ付きの侍女になっていた。

 一郎の精を受けた順番は、一緒に抱かれたノルエルの後なので、順番としては。16人目の性奴隷ということになる。

 

 身長165センチ、バスト81センチ。髪は栗毛。

 

 好奇心が高く、王女を度々、夜這いする一郎には興味を抱いていて、一郎の性支配を受けるのが、イザベラの侍女を続ける条件だと申し渡されたとき、一番に手をあげた。

 また、実家のアンジュー家には、当時、キシダインの息のかかった商人に借金をしていて、キシダインの手の者から、イザベラに毒を盛れと脅されたことについても、自ら一郎に告白もした。

 商家出身のノルエルという後輩侍女と、百合愛の関係にあった。

 

 一郎の精を受け、「観察分析力」が覚醒した。

 

 一人称は「わたし」、一郎のことは「ロウ様」と呼ぶ。

 

 

【ノルエル】

 

 16歳。人間族。

 イザベラの侍女のひとり。

 

 中級の商家の娘であり、王宮の小間使いだったが、キシダインやアネルザに疎まれることを嫌った貴族たちがイザベラの侍女を出し渋ったため、侍女が不足し、そのため身分の低い召使いから引きあげて侍女とすることになったが、彼女もそのひとり。

 侍女の中では、最初に一郎の精を注がれて支配を受けた。

 15番目の性奴隷。

 

 身長152センチ、バストは72センチ。胸はほとんど膨らんでいない。

 

 気が弱く、従順であり、性愛に好奇心の高かったトリアに目をつけられて、百合の相手をさせられていた。

 トリアからは、「人形遊び」という名の調教を強要されていて、トリアの命令に従って、自慰をしたり、愛撫を受け入れたりという倒錯的な遊び相手になっていた。

 喋り方は、おどおどと大人しい感じ。

 

 一郎の精を受けて、「発想力」が覚醒。

 

 一人称は「あたし」、一郎のことは「ロウ様」と呼ぶ。

 

 

【オタビア=カロー】

 

 19歳。人間族。

 イザベラの侍女のひとり。

 カロ―子爵家の次女。

 

 先天性の全身性感帯という敏感な肌を持つ。

 キシダイン派に引き込まれた実家が、キシダイン派の貴族に長女を行儀見習いとして差し出しており、その姉を人質にされて(人質にされていると思い込んでいたが、実際には姉のナディア=カロ―は、積極的に暗殺工作に携わっていた)、イザベラに毒を盛ることを強要された。

 共犯のダリアとともに、自殺するつもりだったが、乗り込んできた一郎に見抜かれて、自殺を阻止された。

 17番目の性奴隷。

 

 身長156センチ、バスト76センチ。

 髪は茶色。

 

 他人に肌を触られると、簡単に絶頂してしまう奇病にかかっている。

 そのため、常に長袖と手袋が手離せない。

 他人との接触を怖れており、一郎が性支配をする以前は、身近に置くのは、幼いころから一緒のダリアくらいのものだった。

 

 性質は従順で、気が弱く強い言葉には逆らえなくなるところがある。さらに先天性の全身性感帯として、怖ろしく感じやすい身体をしており、彼女が一郎と出逢うまで処女だったのは「奇跡」だと一郎が感じたほどである。

 

 一郎の性支配により、「洞察力」を覚醒した。

 

 一人称は「わたし」、一郎のことは「ロウ様」と呼ぶ。

 

 

【ダリア】

 

 18歳。人間族。

 イザベラの侍女のひとり。

 代々カロ―家に仕える侍従長の長女。

 

 先天性全身性感帯という病気であるオタビアを守るために、幼いころから従者役をしている。

 オタビアがイザベラの侍女として宮廷にあがるようになったときも、オタビアを守るために、同じ侍女という立場でついてきた。

 オタビアとともに、追い詰められてイザベラの皿に毒を塗った。

 18番目の性奴隷

 

 身長165センチ、バスト75センチ。やや痩せ型。赤毛。

 

 「主人」であるオタビアを誰よりも想っていて、本人に自覚はないが恋愛感情に近い心を寄せてもいる。

 オタビアとともに、性格は大人しい。

 

 一郎の性支配によって、「記憶力」を覚醒し、イザベラ暗殺に直接に動いたのが、王国南方の重鎮であるデュセル侯爵の家人であることを思い出して、一郎に告発した。

 

 一人称は「あたし」、一郎のことは「ロウ様」と呼ぶ。

 

 

【ヴァージニア】

 

 40歳。人間族。

 イザベラ王太女の女官長。

 19番目の性奴隷。

 

 王宮では超堅物で通っており、男寄せをさせない地味な姿だったが、本来はそれなりの美女。

 一郎の精を受けてからは、肌の若さを取り戻して、女性らしい化粧などもするようになったので、王宮の男たちを震撼させてもいる。

 

 身長180センチ、バスト88センチ、髪は栗毛。

 スタイルはいいが、以前はそれを隠していた。

 

 若い時期に王宮務めを始めたばかりの頃に、外食をしているときに意気投合した見知らぬ美男子にひと目惚れをして、夜をともにした経験がある。だが、それは堅そうなヴァージニアを堕とせるかどうかの賭けであり、朝になり雪崩れ込んできた男の友人たちにショックを受け、それ以来、男とは無縁の人生をすごすと決めた。

 

 最初に一郎に抱かれたとき、一郎に屈服すれば、一郎の「雌犬」になるという賭けをし、完膚なきまでに一郎に墜ちてしまった。

 いまでは、一郎の前になると、無条件に四つん這いになるほどに、完全に一郎の調教に目覚めた。特に首輪プレイが好き。

 

 一郎は、ヴァージニアのことを「ヴァジー」と呼ぶ。

 

 淫魔師の恩恵で「判断力」を覚醒。

 

 一人称は「わたし」、性愛のときには、一郎のことを「ご主人様」と呼ぶ。日常においては、「ご主人様」と「ロウ様」の半々。

 

 

【クアッタ=ゼノン】

 

 20歳。人間族

 イザベラの侍女のひとり。

 ゼノン子爵家の次女。

 

 一郎の20番目の性奴隷。

 

 身長165センチ、バスト78センチ。髪は赤茶。

 お喋りで明るい。ユニクとは幼馴染。

 

 一郎の性支配で「説明力」を覚醒。

 

 一人称は「わたし」、一郎のことは「ロウ様」と呼ぶ。

 

 

【ユニク=ユルエル】

 

 22歳。人間族

 イザベラの侍女のひとり。

 ユルエル子爵家の次女。

 

 一郎の21番目の性奴隷。

 

 身長165センチ、バスト80センチ。髪は栗毛。

 甘えた口調の喋り方する。

 

 一郎の性支配で「調整力」を覚醒。

 

 一人称は「わたし」、一郎のことは「ロウ様」と呼ぶ。

 

 

【セクト=セレブ】

 

 22歳。人間族

 イザベラの侍女のひとり。

 セレブ男爵家の次女。

 

 一郎の22番目の性奴隷。

 

 身長172センチ、バスト82センチ。髪は黒毛。

 

 料理が好きだったが、一郎の性支配で王宮調理長を遥かに上回る料理力に覚醒した。

 ノールの離宮への追跡旅のときに、“くれいぷ”を作って、本人も知らぬうちに、後世に影響を与える。

 

 一人称は「わたし」、一郎のことは「ロウ様」と呼ぶ。

 

 

【デセル】

 

 17歳。人間族

 イザベラの侍女のひとり。

 豊かな豪農の娘であり、本来は王太女の侍女になれる身分ではないが、不足するイザベラの侍女にあてがうために、王宮に出入りする小間使いから抜擢された。

 

 一郎の23番目の性奴隷。

 

 身長171センチ、バスト85センチ。髪は茶色。

 読書好きで性格は地味で大人しい。

 

 一郎の性支配で「教養力」に覚醒。

 一人称は「あたし」、一郎のことは「ロウ様」と呼ぶ。

 

 

【モロッコ=テンブル】

 

 15歳。人間族

 イザベラの侍女のひとり。

 武門の家であるテンブル騎士爵家の長女。

 

 一郎の24番目の性奴隷。

 

 身長180センチ、バスト85センチ。髪は銀色。

 

 剣技が好きで、幼いころから修練をしていたが、男にかなうほどの剣技は身に付けられず、王宮に女官として入った。

 ほかの女たちと同様に、イザベラ付きの侍女として引き抜かれた。

 

 一郎の性支配により、戦士レベルがあがり、いまでは相当の実力を保持するようになった。

 

 一人称は「わたし」、一郎のことは「ロウ様」と呼ぶ。

 

 

【アン=ハロンドール・ラングール】

 

 24歳。人間族。

 ハロンドール国王ルードルフと王妃アネルザにあいだに生まれた王女。キシダインに降嫁していたが、一郎の工作でキシダインが失脚したとき、暗殺される直前に離縁し、ラングール公爵の養女になる形式でキシダインから籍を抜き、現在はスクルズが神殿長をする第三神殿の預かりとなっている。

 アンにかけられていたキシダインによる呪術を解いて、奴隷妻状態から救出するために、一郎が性の支配を刻み、一郎の25番目の性奴隷になった。

 

 身長160センチ、バスト90センチ。髪は茶色で伸ばすと長いが、大抵は結っている。

 

 性格は大人しく従順。そして、善良。

 優しい女性であり、王宮の王女時代は誰からも慕われていた。

 全く魔道力がなかったため、三人の王女の中ではもっとも血筋がよかったが、王位継承権を得ることができなかった。

 そのため、王妃アネルザにより、王太子候補だったキシダインの妻になるように勧められ、それに応じた。

 だが、女性差別主義者であるキシダインは、アンを監禁して、徹底的に苛め抜き、自分に逆らうことのできない奴隷のように扱った。

 時には、キシダインの政治工作のために、有力貴族に性奉仕するということもさせられた。

 

 キシダインは、アンを不当に扱っていることを隠すために、アンの味方になりそうな侍女たちを次々に殺していったが、ノヴァは唯一残った侍女。絶望的なキシダイン家における暮らしの中で、アンとノヴァは心を寄せ合い、愛し合う関係になった。

 

 一郎の救出を受けてからは、明るさを取り戻して、一郎を慕うようになっている。

 ただし、一郎はノヴァとの一心同体の関係がこれからも続くように、淫魔術によってアンとノヴァの快感共有をさせており、しばしば、それを活用した一郎の悪戯を受けたりもしている。

 

 一人称は「わたし」、一郎のことを「ご主人様」と呼ぶ。

 

 淫魔師の恩恵により、「無自覚の直観力」を覚醒していて、一郎は方針の決定に迷ったときなどに、そのアンの能力を活用することもある。

 

 一郎の淫魔術のこもった淫具によって、ノヴァとの子を妊娠しているが、本人は一郎の子供だと思っている。

 

 

【ノヴァ】

 

 18歳。人間族。

 アンの侍女にして、恋人。

 

 アンの侍女になったのは、アンがキシダインに嫁ぐ直前であり、両親は庶民。そのため、キシダインによるアンの侍女たちの粛清からは免れていた。

 また、ノヴァを殺してしまうと、監禁しているアンの世話をする者がいなくなることもあり、キシダインはノヴァを殺しはしないでもいた。

 

 身長155センチ、バスト79センチ。髪は茶色。

 

 キシダイン家にいるあいだは、アンを見張るキシダインの部下たちから、性的虐待を受けていた。そのため、身体は傷だらけで、髪も末端を切り刻まれていてぼろぼろだったが、いまでは、傷ひとつない美しい肌に戻り、髪も肩までの綺麗な状態に生え揃えている。

 

 アンとともに、一郎に救出された。

 26番目の性奴隷。

 

 一郎の性支配により、「無自覚の強運」の能力を覚醒した。

 

 アンが妊娠したことにより、アンへの庇護欲は沸騰している。

 一人称は「あたし」、一郎のことは「ロウ様」と呼ぶ。

 

 

【ピカロ】

 

 サキュバス。

 眷属4番目。性奴隷の支配としては27番目。

 

 身長150センチ、バストは85センチ。少女体形であるが、乳房は大きい。

 髪は薄緑色。

 

 一郎に支配されて、ルードルフの寵姫として後宮に送り込まれている。

 クグルスと同様に、人族に淫気を食料とするが、チャルタとともに直接に交わることにより、人の淫気を奪う。

 交わった人族を支配する能力がある。

 

 性格は軽薄。

 

 一人称は「ぼく」、一郎のことは「ご主人様」と呼ぶ。

 

 

【チャルタ】

 

 サキュバス。

 眷属5番目。性奴隷の支配としては28番目。

 

 身長155センチ、バストは85センチ。外観はピカロに似ている。

 髪は薄桃色。

 

 一郎に支配されて、ルードルフの寵姫として後宮に送り込まれていたが、現在はピカロとともに、ハロンドールの内乱発生の企てのために動いている。

 

 一人称は「おれ」、一郎のことは「ご主人様」と呼ぶ。

 

    

【ビビアン】

 

 36歳。人間族。

 タリオ公国の諜報員だが、屋敷妖精を手に入れろというタリオ大公アーサーの指示により、ハロンドール国内の廃神殿に潜入調査をし、そのときに男淫魔に捕らわれてしまっていたところを、たまたまクエストで調査にやって来た一郎たちに助けられて、最初の関係を結んだ。

 多淫の癖があり、数限りない異性との身体の関係を結んでいる

 

 タリオ公国のアーサーに仕えている。しかし、施政者としてのアーサーは認めているが、男しての女扱いについては、アーサーを軽蔑している。

 

 アーサーがアンやイザベラに手を出そうとしたことから、一郎とアーサーが対立し、アーサーの指示で一郎を陥れる材料となる情報を集めようとしていたが、一郎に見抜かれて犯され、逆スパイにさせられた。

 29人目の性奴隷。

 

 身長170センチ、バスト90センチ。髪の毛は銀色で短髪だが、変装の名人でもある。

 いまは、ハロンドール工作から離れて、カロリック公国工作を命じられている。

 

 一人称は「あたし」、一郎のことは「ロウ殿」と呼ぶ。

 

 

【シズ】

 

 19歳。人間族とエルフ族のハーフ。

 見た目は小柄である以外は、エルフ族の外観なのだが、まったく魔道は遣えない。

 イライジャやエリカとは、孤児院時代の幼馴染であり、百合愛の関係。

 苛められっ子だった子供時代をイライジャとエリカから救われたことから、ふたりを心から好きだった。シズは三人の関係が永遠だと信じ込んでいたが、イライジャとエリカが成人とともに、あっさりと里を出ていったことで、捨てられたと恨み、当時女同士の恋人だったゼノビアに頼んで、エリカに復讐しようとした。

 

 一郎がエリカを助けるときに、お仕置きとして性支配された。

 30人目。

 

 身長160センチ、バスト74センチ。色気に乏しい美少年的なイメージ。

 

 一郎にお仕置きをされてからは、一郎を極端に怖がっている。

 性癖はマゾ。

 

 一人称は「あたし」、一郎のことは「ロウさん」と呼ぶ。

 

 

【ゼノビア】

 

 23歳。人間族。

 傭兵でもあるが、“恨み屋”という復讐請負人のようなこともしていた。

 シズとは女同士の恋人関係にあり、シズの依頼でエリカに手を出そうとした。

 魔道遣い、アサシン、毒遣いなどの能力もある。

 

 シズ同様に、一郎にお仕置きとして犯されて、一郎に性支配されてしまった。

 31人目。

 

 身長178センチ、バスト85センチ。髪は栗毛で無造作にひとつに束ねている

 頬に薄い傷もあり、ワイルドなイメージ。

 

 性癖はしつこく責める同性愛。

 

 一人称は「わたし」、一郎のことは呼び捨て。

 

 

【イライジャ】

 

 21歳。褐色エルフ族。

 エリカと同じ孤児院で育った姉的存在。

 武芸や魔道は、エルフ族の平均的な能力からは低い方に入るが、幼い頃からリーダーシップはあり、人を率いるタイプ。

 一郎とは、エリカとともに逃避行の途中で、褐色エルフの里に訪ねてきたときに、一郎がイライジャを助けたのが縁。

 

 一度結婚をしていたが、一郎と会ったときにはすでに未亡人になっていた。

 さっぱりとした気性の持ち主であり、自分を助けるために生まれて初めての人殺しをしたという一郎への恩を返そうと、せめてと思って身体を許したのが最初の関係。

 

 その後、一度別れたが、ユイナが人間族に奴隷として売られるという侮辱刑を受けると、そのユイナの競りに参加してもらうために、一郎を説得しに、ハロンドールの王都までやってきた。ユイナは亡夫の姪。

 

 身長180センチ、バスト85センチ。

 髪は黒で長い。

 

 再会の際に、ユイナを受け入れてもらうことを条件に、一郎の性支配を受けることに応じた。

 32人目。

 

 一郎の支配により、「交渉力」を覚醒。さらに「緊縛術」の能力もあがる。

 

 誰とでもすぐに打ち解ける人懐っこい一面がある。

 

 性癖は責め。

 縄責めが得意。

 

 一人称は「あたし」、一郎のことは呼び捨て。

 

 

【マーズ】

 

 16歳。人間族。

 闘奴をしていて、王都でも有名な少女闘士だったが、興行主の死により、遺産を相続した息子から闇奴隷として処分されそうになっていたのを一郎により助けられた

 33人目の性奴隷。

 

 闘うことにしか興味がなく、自分の身体を鍛えるのが趣味。

 身長195センチ、バスト120センチ。

 筋肉質で少女とは思えない大柄であるものの、胸だけは女性らしい。性に関しては従順で、なんでも一郎のことに従う。

 髪は茶色で肩の上まで。

 

 一郎とクエストで戦ったことがあり、しかも負けたと思い込んでいて、それ以降、一郎を「先生」と慕っている。

 

 一人称は「あたし」、一郎のことは「先生」と呼ぶ。

 

 

【ミウ】

 

 11歳。人間族。

 まだ童女体形だが、不安定な魔道を安定させるために、一郎が性支配した。

 34人目。

 身長は同世代の人間族よりもやや小柄であり120センチ。まだ胸は膨らんでいない。髪は黒。胸はかすかに膨らみがある程度の童女体型。しかし、一郎の性器を平気で受け入れることができる。

 

 クライド事件のときに、馬車で行商をしていた両親を目の前で殺され、ミウ自身も性虐待を受けた経験がある。

 救出した一郎が、ミウの魔道遣いとしての高い能力を見抜いて、スクルズに保護と魔道遣いとしての修業を依頼していた。

 一郎たちのナタル森林への旅に際して、パーティに加わって同行することになった。

 

 自在型(フリィリー)という魔道遣いとしては恵まれた体質であり、一郎の淫魔術の恩恵による能力向上もあり、高位魔道遣いとして大覚醒をする。 

 

 また、一郎のことを神様のように慕っていて、女にしてもらったばかりで有頂天になっている。

 性癖は被虐癖。

 

 一人称は「あたし」、一郎のことは「ロウ様」と呼ぶ。

 

 

【イット】

 

 15歳。ガロイン族という豹系統の獣人族

 カロリック公国出身の元性奴隷。

 

 かつては名門に属していたが、いまは完全に没落している獣人家に生まれた娘。

 戦いのときには、指の先から刃物のような長い爪が出現して、俊敏な動きで敵を縦横無尽に切り裂く強戦士であるが、10歳のときに、実の父親によって、奴隷商に性奴隷用の奴隷として売却される。

 成人男子の獣人以上の体力と自然治癒力を有する反面、魔道を受け付けない体質。

 なお、非魔道体質は、伝承では獣人族の祖先神のモズの体質でもある。

 

 そのため屍腐体の呪いにかかって殺処分されかかっていたところを、たまたま、その場に立ち合うことになった一郎がもらい受けた。

 その際、一郎の淫魔術で支配されることで、呪術から解放されて命が助かった。

 

 奴隷として売られた最初の主人は、獣人差別主義者のカロリックの大商人の老人であり、その屋敷で徹底的に虐待を受ける。

 2人目の主人が行商人から一流の交易商に成りあがったアンドレ。

 一郎はイットを支配した3人目の主人になる。

 

 一郎の淫魔術に支配されることが切っ掛けになり、本人の意識ではない人格が発生して、勝手に身体を動かすという現象があったが、いまは沈静化している。

 また、一郎がイットを支配したとき、“支配奴隷”ではなく、“使徒”と一郎のステータスに列挙されたのだが、その意味は一郎自身にもわかっていない。

 

 小柄であり、身長は135センチ。獣人族には、種族によって人間族よりも大きい種族と低い種族があるが、ガロイン族は本来は人間族よりもやや大きいくらいの種族。

 イットが極端に小柄なのは、成長期に十分な栄養を取れず、しかも、虐待を受けていたため。

 しかし、乳房だけは身体に比して大きく、バスト85センチ。

 頭部には猫を思わせる房毛に包まれた三角耳がある。

 

 体毛は茶と濃い茶の混毛。

 首から背中にかけては、髪の毛と一体になったかのようになっている背毛が中心部にあり、膝から下、肘から下にはやはり体毛があって地肌は見えない。

 尾の生える臀部にも丸状の体毛がある。

 

 性的に興奮すると、本人の意思とは関係なく尾が上にあがって臀部を露出させるとともに、左右に動く。また、尾の付け根がクリトリス以上の敏感さを持つようになる。

 

 性奴隷時代に全身のあらゆる場所を開発されていて、身体は敏感。性技にも長けており、実は「三段締め」も「巾着」も自在にできる。

 

 

【ブルイネン=ブリュー】

 

 40歳。エルフ族の上級貴族の家系であるブリュー家の長女。

 ブリュー家は、代々エルフ族王家に仕える名門家系であり、ブルイネンは生まれたときから、ガドニエル女王に仕える者として厳しく育てられた。

 しかしながら、才能には恵まれていないことを自他ともに認めており、そのため他人の数倍の努力を研鑽して、女王親衛隊の隊長に相応しい力量を手に入れた。

 ただ、武芸においても、魔道においても、政務においても、天才的な能力を発揮できないことは、密かに本人の劣等感になっている。

 自分が凡人であることを自覚していて、常に鍛錬を継続しなければ、いまの立場に相応しい活動ができないのだという脅迫感も抱いていた。

 

 パリスがガドニエルに魔獣化の呪術をかけて、イムドリス宮から追放したとき、その陰謀にまったく気がつかずに、ダルカンの変身した偽者のガドニエルを疑うことなく、忠誠的に仕え続けてきた。

 

 努力して武芸と攻撃魔道は身につけたが、それ以外の能力は平凡であり、それをパリスの一派につけ込まれた。

 

 一郎が水晶宮でパリスの一派に捕らわれたとき、たまたま、パリスの闇魔道にかかっていたブルイネンを見つけて、脱走の道具にするために性奴隷化した。

 だが、超真面目な性格そのままに、真面目に一郎に浸透してしまい、一郎の女となった。

 そして、イムドリス宮にいるガドニエルが偽者であり、一郎を連れて逃げ込んだ裂け谷という異相空間で本物のだドニエルを見つけることで、さらに一郎に対する信頼感を強固なものにした。

 

 性的なことはほとんど接したことがなく、一郎に出会うまでは、まったく男性とまともに付き合うことなく人生を送ってきた。

 それは、本人の劣等感になっているが、ブルイネンが処女であることについて、ブルイネンの部下のほとんどが見抜いてもいた。

 

 性格は脳筋そのもの。融通性は皆無だが、人当たりはいい。

 

 身長180センチ、鍛え抜かれた美しい身体。胸は85センチ。均整のとれたプロポーション。

 髪は金髪であり、普段は邪魔にならないように結っているが、伸ばせば腰の括れ部分にまで達する長さがある。

 

 一人称は「わたし」、一郎のことを「ロウ様」と呼ぶ。

 

 

【ユイナ】

 

 

 18歳。褐色エルフ

 “褐色エルフの里”と称するエルフ族に小さな里の里長(さとおさ)をしていたトーラスの孫娘。両親を早く失くしていて、幼少よりトーラスの家で育った。

 イライジャの元夫のトールは叔父であるが、実の兄弟のように育ってきた。

 両親を殺したのは、人間族の盗賊団であり、それにより、大の人間嫌いである。

 

 幼いころから好奇心が強く、特に、トーラスが知らずに保有していた禁忌の古代魔道の古文書に接することで、その魅力に嵌まってしまった。

 自己流であるが、実は魔道の天才であり、古文書を解析して、失われていた魔道技術のいくつかの復元に成功さえしている。

 

 もともと、古代魔道については趣味で愉しむほどの知識しかなかったが、里にやってきて立ち去った一郎を見返したい一心で、昼夜を徹する魔道研究に没頭し、眼球紋という特殊魔道技術の実現に成功する。

 

 しかし、魔獣召喚の魔道に失敗して瘴気を大発生させてしまい、その際に里の近傍に魔獣を大発生させ、その失敗の罪を問われて人間族に奴隷として売却されるという侮辱刑を受ける。

 だが、ユイナの発見した瘴気発生の禁忌魔道術に目をつけられて、パリスにさらわれ、手酷い拷問を受ける。

 パリスの闇魔道支配については、眼球紋に刻んだ魔道によって逃れたものの、パリスの拷問から逃れるために、咄嗟にパリスの求める魔道術は、ハロンドールにいる冒険者の一郎が持っていると答えてしまう。

 これにより、パリスが一郎を付け狙う理由を作ってしまい、パリスと一郎の対決の舞台を作ってしまう。

 

 気が強い性格であり、一郎に対して攻撃的に接する。

 しかし、実際には一郎が大好きであり、オナネタは一郎の似顔絵を描いた古文書だった。

 

 身長は155センチでエルフ族としては小柄。バストは85センチ。

 魔道技術、古代魔法語に精通している。

 

 一人称は「わたし」、一郎のことは「こいつ」とか「あんた」とか呼ぶ。

 

 

【ガドニエル=ナタル】

 

 年齢不詳だが少なくとも百歳を軽く超えている。

 エルフ族の女王。

 パリスの陰謀に嵌まり、魔獣化して理性を失いかけていたところを一郎に救われた。

 

 実の姉(アスカ?)に調教されていた過去を持ち、一郎に一目惚れをして、その場で(つがい)の誓いをした直情型のマゾである。

 

 王位を継ぐはずだった姉の失踪に伴い、女王になってしまったが、本人は自分にカリスマ性が皆無であり、人の上に立つ器でないことを熟知している。

 

 身長172センチ、胸は91センチ。黄金の長い髪を持つ。





 *


 次話に【人物紹介・その他】を投稿します。


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472【人物紹介・その他】

 ここに記した人物記は、ボルティモア著『万世大辞典』から一部を抜粋したものである。なお、再録した引用文については、すべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて、初版本から抜粋して採録している。


 *




〇ハロンドール王国関連

 

 

【ルードルフ=ハロンドール】

 

 第19代ハロンドール国王。生年は標準歴前**年。父親である第18代王ロタールが三十八歳で急死したことにより、十七歳で即位する。

 「兇暴王」こと第17代王エンゲルの孫にあたり、「小兇王ルードルフ」とも称される。

 だが、その評価は治政の最後の数箇月によるものであり、彼の治政の大半は治政には無関心な凡庸に染まっていた。争いを好まず、国王自身が権力闘争や政治に無関心であり、統治のほとんどを王妃や宰相に任せ、生活の大部分を後宮ですごした淫欲王であったと言われている。

 

 …………。

 …………。

 

 無気力の代名詞という評判を持っていたらしいルードルフが、なぜ「兇王の変」のような残忍なことを行ったのかは謎である。

 もっとも、ルードルフ王の治世最後の時期である「兇王の変」の記録は散逸しており、ロウ=サタルスが最終的に帝位につくにあたり、その正当性を増大させるために、ルードルフの最晩期の変心について脚色したという説もある。

 

 歴史学者ストイスクは、ルードルフ王の本質は、好色である凡人王にすぎないと唱えており、兇王の変で知られているような残虐さや、貴族たちの粛清や流通を混乱させた国王の直裁などにみられる「勤勉」さは、ルードルフ王の性格に合致しないと主張している。

 この時代の一級資料と知られている『コゼ日記』や、二代帝に仕えた女宰相ランの記した『ロウ=サタルス記』にも、この時期の記録については明らかに意図的な記述の省略があり、その真意については、さまざまな憶測が語られてもいる。

 

 いずれにしても、ルードルフ王が即位していた時期のハロンドール王国は、大国ではあるものの、前時代的な中世的諸制度による社会矛盾が噴出しようとしていた時期でもあり、経済不況が慢性化するとともに、国王のリーダーシップ不足によって天災や賊徒による農民の苦難は放置され続けていた。

 農民・市民の王国の治政に対する不満は、ルードルフの治政が長引くにつれて増大し、開発や改革を嫌う国王自身の気質も影響して社会変化が嫌悪されたことによって、王国の成長は停滞した。

 民衆は肌で感じる社会停滞に失望し、国王の治政への不満は年々拡大していた。

 だが、大国であるがゆえの富の豊かさにより、そういった社会不安は大きく表に出ることなく、一応は社会秩序は保たれてもいた。

 

 この時期の社会停滞が、十七代王エンゲル王の行った主要王族と大貴族の粛清の影響であるというのは、多くの歴史学者の通説である。

 兇暴王エンゲルは、自分自身が兄二人を殺して国王になった簒奪者であったが、それであるがゆえに、自らの地位が他者に奪われることを極度に恐れた。そのために、理由をつけて、多くの王族や大貴族が処断あるいは追放されていったが、これにより、本来は王政を支えるはずの人材が放逸することにもなった。

 治政を支える人材の不足については、エンゲル王の生存している間は現われることはなかったが、彼の崩御とともに問題は現われた。

 エンゲル王の生前のあいだに、王位を脅かす可能性のある人材、また、有能な人材を生む可能性のある制度はすべて撤廃されていたのである。

 

 エンゲル王のもたらした人材の欠陥は、急死したロタール王の次代であるルードルフに引き継がれ、キシダイン=ハロルド公、ロウ=サタルスなどの台頭を許すことになる。

 ルードルフは……。

 …………。

 

 実子は、アン、エルザ、イザベラの三女であるが、王妃アネルザとの子はアンのみであり、エルザ、イザベラの母親は異なる。ただし、アンを除いて、身分が低いということのみで、女の名は伝わってない。

 また、歴代の王がクロノスを僭称して、複数の妻を有していたことに対して、ルードルフについては、正王妃アネルザ以外に妻を持たなかった。

 これは、ルードルフの治政を後見するアネルザの父親のマルエダ辺境候クレオンをおもんばかったものであり、一部の説において推測されているような愛妻家の側面はないとされる。

 ……。

 

 

【キシダイン=ハロルド】

 

 諸王国時代のハロンドール王国の政治家。ルードルフ王の王政時期に台頭し、ルードルフ王の長女アンを娶ることで王都ハロルドの統治責任者を意味するハロルド公を得て、ルードルフ時代の最高権威者となったが、王妃、王女に接近して権勢を得ようとしていたロウ=サタルスと対立することにより失脚し、流刑地への護送の途中で雷に打たれて死去した。

 

 王族であることは伝わっているが、出自については明らかではない。兇暴王エンゲルによって、多くの王族系貴族が爵位を剥奪されたが、おそらく、その対象から外された傍系であると考えられている。

 すなわち、キシダインは、エンゲル王の行った粛清により、権勢を得ていた有力貴族の家系が一度に王宮から排され、その人材的な混乱の中で台頭した。

 政治的な駆け引きと商才による蓄財に長け、さらに王宮の中で手腕を発揮するようになると、政治に興味を抱かなかったルードルフ王に代わって事実上の王政の中心だった王妃アネルザの寵愛を受け、アネルザの実子アンを妻にし、貴族第一等を示すハロルド公の地位を得ることになる。

 

 しかしながら、極端な男尊女卑の傾向があり、妻になったアンを虐げたことで、王妃アネルザの怒りを買い、そのアネルザとルードルフ王の三女イザベラに取り入って権勢を得ようとしていたロウ=サタルスに糾弾されて、ルードルフ王に地位を剥奪され流刑となった。

 

 一説によれば、キシダイン失脚は、王位を得ようとしたキシダインが、三女イザベラを暗殺を企て、それに失敗したことが理由であるとされる。

 だが、その記録は、当時の記録には残っておらず、現存している王宮裁判資料には、王女アンへの凌辱に関する罪としか記されていない。

 また、その死因についても諸説あり、当時はまだ冒険者にすぎなかったロウ=サタルスが王家に頼まれて密かに暗殺したのであり、雷に打たれたというのはその偽装に過ぎないともいわれている……。

 

 

【クレオン=マルエダ】

 

 諸王国時代からサタルス朝を通じて辺境候を称していたハロンドール出身の大貴族。娘はルードルフ王の正王妃にして、ロウ=サタルスの妻のひとりにもなったアネルザ。

 

 (ただし、アネルザがロウの妻のひとりであったかは諸説ある。ロウ=サタルスの皇帝時代において、アネルザが王妃のひとりで公式に活動した事実を裏付ける記録はない。ただし、皇帝ロウがルルド宮殿において記した晩年の手記には、妻のひとりとしてアネルザの名があり、現在ではアネルザをロウの妻に数えるのが一般的である。)

 

 兇暴王エルゲンの起こした大粛清は、王政における人材の消失を招いたが、マルエダ家はローム三公国に接する国防の要であったこともあり、粛清劇からは免れた。

 そのため、エンゲル時代の後となるルードルフ時代には、ほとんど唯一の有力貴族となっていた。

 ただ、クレオン自身には政治的野心は皆無であり、粛々と国境を守る以外には、一切王都の権勢争いには関わらなかった。

 エンゲル王を継いだロタール王は、自己の政治的基盤を得るために、辺境候の軍事力に目をつけ、嫡子であり王太子であったルードルフとクレオンの長女のアネルザを婚約させる。

 ロタール王は急逝により世を去ることになるが、婚約はルードルフ時代にも引き継がれ、クレオンはマルエダ辺境候として、ルードルフ王の数少ない後見人を自負するようになる。

 

 ルードルフ王が好色にも関わらず、歴代の王のように複数妻を持たなかった理由は、アネルザとの関係を悪くして、マルエダ辺境候からの忠誠を失いたくなかったためだとも言われているが、実際にロウ=サタルスの台頭により、アネルザの心がルードルフ王から離れると、マルエダ辺境候もまた、ルードルフ王の後見人の立場を捨てて、ルードルフ王への叛旗を掲げる行動を起こすことになった。

 

 そして……。

 …………。

 

 

【フラントワーズ】

 

 ロウ=サタルスの台頭とともに、ロウを神格化して崇拝する「クロノス教(天道教)」を伝承した女性。

 マリア、ラジル、ランジーナとともに、初期において、信仰の広まりの中心的な役割を果たした。彼女たちが相互に姉妹をかたっていたため、「姉妹伝道者」とも称される。

 ルードルフ王の引き起こした「兇王の変」において、処刑されたグリムーン公の妻であるフラントワーズ=グリムーンと同一人物ではないかという説もあるが、それを裏付ける決定的なものはない。

 ルードルフの退位とともに、民衆に拡がっていった信仰の中心的な人物として世に現れた。

 

 フラントワーズは……。

 

 

【アドリーヌ=モンベール】

 

 ハロンドール王国の最後の女王イザベラから、ロウの築いた統一帝国の初期に渡って活躍した「後宮官吏」と称される女官集団の中心となった女性。

 モンベール伯爵家の長子であり、兇王の変が引き起こるまでは、中流の無名の令嬢に過ぎなかった。

 しかし、兇王の変に関わったテレーズ女伯爵と寵姫サキが起こしたとされる「園遊会事件」により、王宮内に人質として連行され、そこにおいてほかの令嬢とともに、性的な凌辱を受けたと言われている。

 園遊会事件において凌辱を受けていた貴族令嬢は、解放後も、その多くが後宮で生活をすることを望むことになったが、ロウはその女性たちを官吏として仕事を与え……。

 …………。

 ハロンドールが帝政時代に入ると、高級官吏や諸団体の長に一気に女性の社会進出が進むことになるが、アドリーヌ=モンベールやランはその代表格であり、ロウ=サタルスの即位時には……。

 

 

【ルロイ】

 

 ハロンドール南部を基盤にしていたルードルフ王時代の豪商。冒険者時代のロウ=サタルスと敵対したと伝えられている。

 

 一説によれば、ロウのもっとも寵愛を受けたと伝えられる第一妃となったエリカ、ロウ及びその二代帝を支えたランに手を出そうとして、ロウの不興を買ったとされる。

 ハロルド公キシダインが権勢の中心にあった時期までは時流に乗って、王都でも五指に入る財産家になるが、タリオ公国から自由流通集団が入ってくると、急激に商売を傾かせてしまい、王都から姿を消すことになる。

 しかしながら、ルードルフ王の引き起こす「兇王の変」において……。

 

 

【シズ】

 

 ロウ=サタルス時代の女冒険者。エルフ族と人間族のハーフ(ハーフエルフ)。ロウ=サタルスの正妃エリカとは幼馴染。

 サタルス帝の愛人であったという証拠はないが、死後、帝の遺言に従い、サタルス帝の妻たちとともにサタルス帝の帝墓に埋葬されたことから、愛人のひとりではないかとされている。

 知られている限りにおいて、女性同士で正式に結婚をした史上最初の例。当時の状況を描いた書物によれば、かなりの物議を醸したとされるが、サタルス帝の裁可により、神殿による婚姻が認められた。

 子に二女がいるが、実子かどうか不明。

 女性同士で子を宿す魔道は、当時でも知られておらず、また、サタルス帝に近い女性であったこともあり、その父親の憶測は現在でも謎になっている。

 

 

【ゼノビア】

 

 シズと婚姻した女性。シズとともに、サタルス帝の墓地に埋葬されている。

 

 

 

〇タリオ公国関連

 

 

【アーサー=ブルテン】

 

 諸王国時代の末期におけるタリオ公国の大公。生年は***……。

 その比較的短い経歴の中で、アーサーは諸王国時代最後の革命児と称されている。

 しかしながら、彼の生まれた時代が諸王国の衰退期にあたっていたため、征服者としては、大きな成功を得ていない。

 

 また、彼の出自が、大公家の嫡流ではなく、傍系であったことも、アーサーが大公として手腕を発揮するまでに時間を要する理由となった。

 

 しかしながら、アーサーが大公になるや、すでに時代に合わなくなっていた中世的な制度を撤廃し、社会的な成長を妨げていた大貴族による要職の世襲を終わらせ、若く優秀な人材を登用して活躍させるなどの諸改革を断行し、その結果、タリオ公国に、ハロンドールやエルニアに匹敵するほどの国力を充実させることに成功する。

 

 アーサーが見出した人材は、その会議が円卓で行われていたことから「円卓の志士」という異名があり、アーサーとともに大公位獲得までの後継者戦争を戦った盟友にして「勇将・ランスロット」、謀略家でもあった「大魔道師・マーリン」、自由流通制度を作りあげ経済の革命を起こした「タゴネット=ブラム」、カロリック征服の中心となった「ガラハッド」などを数える。

 

 だが、彼の野心がハロンドール王国に向けられるようになると、当時、ハロンドール内で新たな権力者として台頭しかけていたロウ=サタルスと対立するようになり……。

 …………。

 …………。

 …………。

 彼の個人生活、特に妻である公妃については、複数人がいたということが知られているが、教皇クレメンスの孫娘のエリザベート以外の名は伝わっていない。

 一説によれば、ハロンドール国王だったルードルフの二女のエルザが公妃であったのではないかともされるが、アーサーのふたり目以上の妃の記録は、明らかに意図的に消去されており、現在においては推測の域を出ていない。

 

 

【ランスロット=デラク】

 

 アーサーに仕えたタリオ公国の将軍。アーサーの信頼する盟友として、アーサーの治政と改革を支えた。

 武力と軍才に秀で、アーサーが追放した大公国の大貴族たちの内乱においては、数々の戦で戦功を得ている。

 ランスロットがアーサーと対立した理由は謎であるが、アーサーの妃であったエリザベートとランスロットが恋仲となったことは事実であり……。

 

 

【エリザベート】

 

 最後のタリオ大公アーサーの妃のひとり。アーサーの妃は複数人がいたとされるが、エリザベート以外の名はわからない。

 教皇クレメンスは祖父、聖女マリアーヌは姉。

 

 

 

【モートレット】

 

 諸王国時代の末期に登場したタリオ人の男装の女戦士。ロウ=サタルスの治政を支えた女豪商マアの護衛としてハロンドール王国を訪れ、マアの仲介により、ロウ=サタルスと出逢う。

 その後……。

 

 モートレットの出自については諸説あり、もっとも有名な説は、タリオ公国最後の大公であるアーサーの……。

 その根拠は……。

 …………。

 

 

 

〇カロリック公国関連

 

 

【ロクサーヌ=カロリック】

 

 諸王国時代の最後の大公。カロリックの姓は、最後の大公となったとき以降。それ以前の家名は伝わっていない。

 先代の大公の死去後、嫡流の大公家が後継者争いで命を落とし合った結果、諸豪族に推戴されて十六歳の若さで大公となる。

 しかしながら、当時のカロリック公国は、豪族間の反目、獣人問題の拡大による社会不安の増大、幾つかの災害における復興施策の失敗により、大きな社会不安を抱えていた。

 だが、すでに大公家は衰退しており、独自の勢力基盤も持っていないロクサーヌは、就任当初から、豪族たちの傀儡にすぎなかった。

 それでも、ロクサーヌは、就任とともに、獣人に行われていた差別施策を撤廃して、人種問題を解決しようとするが、それはむしろ社会不安を拡大させる結果としかならず、ますます、差別問題が顕著となる悪循環になり……。

 その結果……。

 

 

 

〇デセオ公国関連

 

【イザヤ】

 

 諸王国時代のデセオの女大公(注:未登場)

 

 

 

〇ローム皇帝家関連

 

 

【ロムルス二世】

 

 ローム帝国第三十二代皇帝。最後の皇帝でもある。

 冥王を封印し、人間族の大帝国ローム帝国の始祖であるロムルスの栄光をなぞらえて同じ名を名乗ったとされるが、彼が最後の皇帝となったのは歴史的皮肉である。

 

 当時は諸王国時代の晩期であり、ローム帝国はすでに実権を失って、ローム帝国の領域であった地域は、タリオ、カロリック、デセオの三公国に分離しており、ローム帝国の繁栄期においては辺境地域にすぎなかった土地に建設されたハロンドール、エルニア魔道王国が大国として、時代の牽引となっていた。

 当時の皇帝家の支配域はタリオ公国に許された小さな山岳地に限られており、それもタリオ大公の支配下にあった。

 

 ロムルス二世は、その状況を不満に覚え、三卿と称する歴代からの古参家臣と謀り、皇帝家に伝承していた古代魔道を使用し、冥王の復活をもくろみ、その能力を操って旧領域を奪い返す陰謀を企て……。

 …………。

 

 

【パリス】

 

 諸王国時代晩期の混乱を作ったとされる重要人物。

 ただし、経歴は不詳。

 若い時期の経歴も一切がわかっていない。

 

 美しいルルドの森を一時期、悪霊の棲む魑魅魍魎の世界にしたと伝承される魔女アスカに仕えたともされるが、パリスが真の主人であったという伝承もある。

 

 もっとも有名なナタル女王家への陰謀についても、パリスの敵となったロウ=サタルスの目を通じた記録しか残っていない……。

 それによれば……。

 

 

 

〇エルニア王国関連(注:未登場)

 

 

翠玉(すいぎょく)

 

 エルニア魔道王国の女王

 

 

蒼玉(そうぎょく)

 

 翠玉の実の娘

 

 

紫 水(しすい)

 

 エルニア魔道国の女将軍。

 蒼玉の妹



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 第36話  イムドリスの狂宴
473 太守夫人の衝撃


 目が醒めた。

 

 カサンドラは、すぐにはどういう状況なのかわからなかったが、ここが私室であり、寝台に寝かされていたようだということを理解した。

 寝台の横にある椅子には、三人の侍女が腰かけ、カサンドラのことを見守っている。

 

「……わたしは……どうしたのだ……?」

 

 起きあがろうとした。

 だが、その動きに気がついた侍女が、心配そうにそれを拒む仕草をした。

 しかし、それを制して、カサンドラは寝具に包まれたまま、寝台の上で上体だけを起こした。

 

「昨日、お倒れになったのです……。それで運びました。眠っておられるあいだに、気分がよくなる魔道を重ね掛けするとともに、薬湯をお飲みいただきました……。ご気分はいかがですか……?」

 

「気分か……」

 

 悪くはない……。

 しかし、よくもない。

 

 カサンドラは、記憶を思い起こして、どうやら、あのとき気を失ってしまい、そのまま眠ってしまったのだということを理解した。

 倒れたときには、政務用の装束だったので、いま身に着けている寝着は、侍女たちが着替えさせてくれたに違いない。

 

「どれくらいの時間が経ったのだ?」

 

「カサンドラ様はひと晩中、意識を戻されませんでした。いまは昼です」

 

 侍女が言った。

 時間にして、ほぼ丸一日近くも、気を失ったままでいたようだ。

 

 昨日のことだった……。

 

 最初に襲ったのは、血が沸騰するほどの激怒の感情だった。

 信じられなかった。

 パリスが死んだというのだ。

 殺されたのだと……。

 

 最初にその報に接したとき、報告をしてきた将校に対して、馬鹿なことを喋るなと怒鳴った。

 将校は、パリスのことをカサンドラの息がかかっているローム三公国の商人としか思っていないはずなので、どうして、水晶宮の太守夫人ともあろうカサンドラが、これほどまでに動顛をして衝撃を受けているのが当惑しただろう。

 だが、カサンドラにとって、パリスは愛人だ。

 カサンドラを調教し、辱め、吠えるような屈辱と最大の快感を与えてくれる大切な「ご主人様」だ。

 そのパリスが死んだ。

 しかも、殺されたという。

 

 ただの囚人に──。

 

 パリスが死んだのは、水晶宮の最下層の地下牢らしい。

 重犯罪者専用の拷問室を兼ねた囚人室であり、長い間、使われてもいなかった。

 パリスは、そこにロウという人間族を収容して、訊問を行ったのだ。

 もちろん、ほかの囚人はいなかった。

 監守さえも……。

 

 ロウを訊問するために、パリスがほかの誰にも邪魔をされない隔離された場所を欲しがったので、そこを使うのを許した。

 それだけでなく、パリスの言葉に従い、カサンドラの水晶宮の関係者には、許可なく、そこに近づくのを厳禁したため、地下牢の牢番や衛兵たちは、最下層よりも上の詰め所で、パリスのやることに最小限の便宜を図っていただけだった。

 だから、囚人がパリスに襲いかかったときに、誰も助ける者がいなかったのだ。

 

 一応はパリスには、カサンドラの相談役という立場を与えていたものの、表向きの実態はほとんど部外者であり、一介の商人だ。

 その水晶宮に出入りするただの一介の商人に、なぜ囚人の訊問を許すのか──。

 なぜ、地下牢を自由に闊歩させるのか──。

 そもそも、太守夫人として事実上、水晶宮を支配しているカサンドラが、なぜパリスという得体の知れない男に従うのか──。

 大規模に軍を動かしてまで捕らえさせたロウという冒険者は何者なのか──。

 部下たちは疑念に思ったことだろう。

 だが、カサンドラは一切の質問も諫言も許さなかった。

 パリスの自由にさせろと強く命令しただけだ。

 

 第一、カサンドラそのものが、そもそもロウのことについて何も知らなかった。

 パリスは、カサンドラが理由を訊ねることを許さなかったのだ。

 もっとも、さすがに水晶軍を総動員して、たったひとりの冒険者を捕えろと命令されたときには抵抗した。

 水晶宮の太守代行として、水晶宮の指図とともに水晶軍の指揮を任されているカサンドラではあるが、パリスの指示はエランド・シティに戒厳令を敷き、全軍を出動させるというものだったのだ。

 だが、結局、押し切られた。

 それどころか、その一件については、イムドリス宮にいるガドニエルまで事前に承知していて、カサンドラの預かりらぬところで方針が決定していた。

 その捕縛の対象がロウだったのだ。

 

 カサンドラとともに、イムドリス宮に赴いたパリスだったが、カサンドラについては、先に返された。

 それ以前においては、パリスとガドニエルのふたりが昵懇であったということさえ知らなかった。そもそも、ガドニエルは、イムドリスという異相空間にとじこもって、この数十年、一度も水晶宮側にすらやって来たことはない。

 そのガドニエルとパリスがどうやって、親睦を深めていったのか、さっぱりとわからない。

 

 いずれにしても、ロウという名を告げられたのは、パリスがイムドリス宮から戻って来たときだ。

 当然のことであるが、カサンドラは、そのロウが何者であるかを訊ねた。

 質問をしたのは、ふたりきりになったカサンドラの執務室だったが、疑念の言葉を口にした途端に、火の出るほどに頬を叩かれ、狂ったように身体を蹴りまくられながら、身に着けているものをすべて破り奪われた。

 髪の毛を掴まれ、部屋中を引きずり回された。

 素っ裸で四つん這いになりながら、部屋の床を隅から隅まで舌で舐めさせられた。

 鞭で打たれ、電撃でのたうち回され、息もできないほどに徹底的に犯された。

 両手を縛られ、足を限界まで開かされて、陰毛をむしられた。

 そして、また犯された。

 膣だけでなく、尻穴も、口も、あらゆる場所を強姦された。

 魔道と媚薬で、何十倍もの感度にした状態でである。

 限界を越えた苦痛と快感に身動きもできなくなったカサンドラに、さらにパリスは、ここで犯されながら、カサンドラに全軍の指揮をとることを強要した。

 カサンドラは、パリスの肉棒を股間に咥えたまま、嬌声と嬌声のあいだを縫うようにして、魔道通信で軍に指示を送らされ続けた。

 

 あんな恥辱と苦痛にまみれた快感など、これだけの人生の中で初めだと思った。

 戦慄した。

 あまりの快楽に、なにもかも捨て去って、パリスの完全な奴隷になることを渇望する自分がいたからだ。

 パリスの言うことに無条件で従えばいい……。

 心の底に、その気持ちは深く刻まれた。

 

 それが、パリスによる最後の調教になった。

 

 パリスは激しい男だった。

 そして、なによりも、女に指図されるのを激しく嫌悪した。

 

 すべてを支配し、隷属させ、完全に屈服させなければ済まない男だった。

 だから、パリスの命令に、疑念のような物言いをすれば、烈火のごとく怒るのは、ある程度予想していた。

 

 しかし、カサンドラは知りたかったのだ。

 ロウとは誰かということを……。

 いつも連れまわしているユイナという褐色エルフの奴隷娘と関係があるんじゃないかとか……。

 

 ユイナという小娘は、このところのパリスのお気に入りだった。

 パリスは、この一箇月ほど、そのユイナに固執していて、朝から晩まで調教を続けて完全な性奴隷に仕立てようとしていた。

 そのこだわりは異常なほどであり、ユイナという小娘は、ありとあらゆる屈辱的で冷酷な仕打ちを受け、パリスの完全な支配下に落とされようとされていた。

 だが、ユイナは言葉と態度ではパリスに従いながらも、心の根底ではパリスに完全屈服には至っていなかった。

 あれだけの調教を受けているにもかかわらずだ。

 パリスに完全に落とされた自分だからこそ、ユイナの屈服が偽物であることがわかった。

 ユイナの心がまだ落ちきっていないことは、パリスも気がついていただろう。

 だから、もしや、パリスがロウにこだわるのは、ユイナを自分のものにする材料にしようとしているのではないかと勘繰った。

 

 最初にロウについて訊ねたとき、パリスは一切を教えなかったが、カサンドラは独自の捜査により、そのロウが、奴隷の競売にかけられるはずだったユイナを購うために、このナタル森林にやってきたということだけは知った。

 ロウはユイナの関係者だ。

 そのロウをパリスは、異常なこだわりで捕えようとしている。

 ユイナに与える調教と同じように激しい執着で……。 

 カサンドラは、その女奴隷のユイナにも、パリスの粘着の対象になったロウに嫉妬した。

 

 そして、パリスは、カサンドラを通じて動かした水晶軍によって、一緒だった女とともにロウを水晶宮で捕えて、そのまま、あの地下牢に連れていった。

 連行してからは、パリスは最下層の地下に、自分の子飼いの部下以外が近づくのをカサンドラに禁止させた。

 カサンドラは、パリスに便宜を与えよと、水晶宮内に指示を与えさせられただけだ。

 

 そして、パリスは死んだ。

 なにが起きたのかわからない。

 

 ただ、騒乱に気がついた衛兵隊が降りていくと、最下層の牢に監禁していたはずのロウはおらず、首を切断されたパリスの死骸が血まみれになっていたのだという。

 ロウは逃げおおせたようだ。

 カサンドラも知らなかった最下層の地下牢から通じる自然の地下洞窟に逃亡し、追いかけた衛兵を撃退して、逃亡の途中で合流した仲間の女とともに、転送術でどこかに跳躍してしまったという。

 いまは、もうどこにいったのかも、一切が不明だ。

 ロウが逃亡するとき、獣人族の娘や魔道を遣う少女も一緒だったという報告だったが、誰も近づけないはずの地下牢に、彼女たちがどういう手段で潜入したのかもわからない。

 脱走経路となった地下洞窟は、彼らが逃亡する直前に魔道で通路を作っただけだったようだし、そこは脱出路であって侵入路ではなかったと報告を受けた。

 すると、唯一の進入路はひとつ上にある衛兵の詰め所から降りる階段だけになるのだが、そこから入り込むなど不可能だ。

 

 いずれにしても、パリスは殺され、パリスを殺したロウは行方不明だ。

 それが将校が報告してきた内容だった。

 

 パリスが死ぬなど信じられない──。

 あの男は殺されても、死ぬような男じゃない。

 自分を殺すのは不可能だとも、いつもうそぶいていた。

 

 カサンドラは報告を受けるとすぐに、最下層の地下牢に向かった。

 そして、パリスの死を確認した。

 

 死んでいるパリスは、パリスであって、パリスではないただの肉塊だった。

 やっと、パリスが死んだという認識が沸き起こった。

 

 パリスの屍体に面した瞬間、身体の底から叫び声が出ていた。

 まるで他人の声のような絶叫だった。

 報告を受けているあいだは、パリスの死を心のどこかで否定していたのかまるで実感がなかった。だから、冷静でもいられた。

 しかし、首が切断されたパリスの死骸を目の当たりにすると、激しく悲鳴をあげ続け、やがて、意識が消滅した。

 

 それからどうなったかわからない。

 

 気がつくと、カサンドラは水晶宮にある寝室で寝かされていて、三人ほどの侍女がそばについていたというわけだ。

 気分を落ち着ける魔道を重ね掛けされ、薬湯も何度も飲まされたらしいが、そのおかげか、もうかなり落ち着いている。

 しかし、パリスがいないという心の空虚さと、かけがえのない恋人を失ってしまった強い悲しみは消えていない。

 

 とにかく、やることをやらねば……。

 

 まずは、パリス殺害のロウの捕縛の陣頭指揮か──。

 

 次いで、水晶宮の施設の再調査──。

 魔道の結界に包まれておきながら、容易に不審者を許すような警備の欠陥がどこにあったのか……。

 

 そういえば、このところ、パリスにかまけていたので、なおざりになっていた政務もある。

 最近のナタル森林では、異常なほどの量の魔族や魔獣が発生して、各地のエルフの里の安全を脅かしている。その原因の追究と対策──。

 

 また、数箇月前だが、エルフ族の女王のガドニエルが暮らす絶対結界に包まれているイムドリス宮に、醜鬼獣(オーク)が侵入して、ガドニエルを襲い、そのまま逃げてしまうという事件もあった。

 その魔族を捕らえよという厳命も、ガドニエルから与えられていたのだった。

 調査をしたが、魔族はイムドリス宮にあった脱出用の転送具を操作して、そこからエランド・シティ周辺のどこかの森に逃亡しており、そこまではわかったものの、どこにその魔族が消えたのかもわからない。

 また、イムドリス宮に魔族が入り込んだ侵入路も発見できなかった。

 そして、いまに至っている。

 あれも片付けねばならないだろう。

 

 カサンドラは、もう大丈夫だと説明して、侍女に指示をして着替えをした。

 着替えの途中で、カサンドラはふと自分の腹に目をやった。

 そこには、パリスが刻んだ『隷属の紋章』があったはずなのだ。

 

 なくなっている?

 いや……。

 カサンドラとパリスにした見えない特殊な遮蔽魔道がかかっていた隷属の紋様だが、かなりうっすらとなっているものの、辛うじて紋様が見える気がした。

 だが、あり得ない。

 

 隷属の魔道の主人側が奴隷を譲渡することなく死ねば、主人の死とともに、奴隷が死ぬというような特別な魔道を重ね掛けしていない限り、隷属の魔道は解除され、紋様は消滅する。

 カサンドラの目にまだ、紋様が見える錯覚があるのは、パリスに対するカサンドラの未練だろう。

 パリスが死んだ以上、ここに紋様が見えるはずがないのだ。

 

 とにかく、政務用に装束を身につけ直す。

 すると、着替えが終わるのを待っていたのか、すぐに侍従長が部屋に入ってきた。

 

「カサンドラ様……。もう落ち着かれたようですな。安心しました」

 

 侍従長はカサンドラの政務と生活のすべてを取り仕切っている男であり、カサンドラに最も長く仕えている部下でもある。

 

「昨日は済まないな。醜態を見せた。それで、なにかわかったか?」

 

 カサンドラは、昨日のパリスの死に関する報告を求めた。

 あるいは、カサンドラが寝ているあいだに、捜査になんらかの進展があったのかと思った。

 しかし、侍従長は滔々と説明したものの、その内容はカサンドラが気を失う前まで承知したものと変化はなかった。

 

 パリスの死は事実であり、その手段は不明──。

 殺害をしたのはロウという囚人に間違いないと思われるが、彼及び彼の逃亡を助けたと考えられる女たちの行方も不明──。

 

 それだけだ。

 カサンドラは失望した。

 

「ブルイネンを呼べ」

 

 カサンドラは言った。

 ブルイネンは、本来はガドニエルの傍に仕える親衛隊長であるが、ガドニエルの指示があったらしく、戒厳令によって出動する軍の指揮の支援のために水晶宮側に来ていた。

 また、もともと、イムドリス宮への魔獣襲撃事案の調査のために、このところ頻繁に水晶宮側にやっても来ていたのだ。

 ロウが水晶宮に侵入してきたときにも、偶然にその場にいたのだが、そのとき一時的だが人質となったということがあり、ブルイネンが解放されたあと、パリスの指示でそのまま水晶宮に与えられている客室で謹慎になっていた。

 だが、パリスの殺害と、イムドリス宮における女王への魔族襲撃は、あるいは偶然のものではないのかもしれない。

 

 これまでは、カサンドラは、パリスにあまりにもかかりきりだったので、あまりブルイネンと関わっていなかったが、いまはブルイネンの持っている情報を共有したいと考えたのだ。

 しかし、侍従長は困惑顔になった。

 

「ブルイネン隊長は昨日から行方不明です。どこに行ったのかわかりません。それどころか、今回の囚人脱走に関して、ブルイネン隊長が関与しているという報告も……」

 

「ブルイネンが? あり得ん──」

 

 カサンドラは驚くとともに、断言した。

 ブルイネンは堅物だ。

 呆れるほどに真っ直ぐな性根を持ち、一切の不正、不道徳、不法を嫌う。

 あれが、ガドニエルや水晶宮に背いて、ひとりの囚人に与するとは考えられない。

 潔癖な女なのだ。

 だが、カサンドラの言葉に侍従長は首を横に振った。

 

「しかし、ブルイネン隊長が裏切っているのは、やはり疑いのない事実のようです。少なくとも、ロウという人間族と一緒に捕らえられたエルフ女の脱走には、ブルイネンの指示が働いています。裏も取れました。ブルイネン隊長が意図的にエルフ女を警備の薄い下層地区に動かして、そこで、脱走させたのです」

 

「あのブルイネンがか?」

 

 カサンドラはそれだけを言った。

 実のところ、ロウと一緒に捕らえた美貌のエルフ女のことなど忘れていたが、そういえば、そんなのが存在していたと耳にした。

 ロウ同様に逃亡していたとは知らなかったが……。

 しかし、その脱走にブルイネンが手を貸したなど、信じられるものではない。

 

「そもそも、ブルイネン隊長は行方不明です。少なくともさらわれたのではなく、自らの意思で失踪しているのです。それは残っているあらゆる痕跡から明白です……」

 

「まさか……」

 

「確かです。それに昨日の事件で地下牢から繋がっていた地下洞窟で、エルフ隊を襲撃してロウを救出した女たちの中にいた仮面の女がいて、その女はブルイネン隊長に間違いないと、その場にいた何人もの兵が証言もしております。ロウの逃亡を許した転送術の魔道の痕跡にしても、ブルイネン隊長の普段の魔道の波動と一致しました」

 

「し、信じられんぞ」

 

「そもそも、知られていなかった地下洞窟とはいえ、位置的にはまだ、エランド・シティの結界の範囲内でした。その結界の中で転送術を遣えるのは、女王様、カサンドラ様、アルオウィン様、そして、ブルイネンです。他にも証拠はあります。間違いありません」

 

 侍従長がさらに言った。

 カサンドラは唖然としてしまった。

 そして、侍従長はブルイネンに敬称を使わなかった。それがすべてを語っている。

 

「……それが事実であれば、ガドニエル様に報告をしなければな……」

 

 カサンドラはそれしか口にできなかった。

 ブルイネンほどの堅物女が突然に裏切って、ひとりの男囚を逃亡させただと──?

 そんなことがあり得るのか……。

 

「それについてですが、実は女王様から、カサンドラ様に緊急の出仕の命令が届いております。まだ、カサンドラ様の体調が優れぬので、落ち着いてから出頭しますと、一応、イムドリス宮側には返事をしましたが……」

 

「ガドニエル様が?」

 

 カサンドラは少し驚いた。

 エルフ族の女女王のガドニエルは、基本的にはあまり俗世には関与せず、大抵のことは水晶宮のカサンドラに全てを任せている。

 だから、緊急の出仕命令というのは珍しかった。

 

「直ぐにいく。整えよ」

 

 カサンドラは言った。

 侍従長は一礼をして、退出していった。

 

 

 *

 

 

 イムドリス宮に繋がる仕掛けのある水晶宮の場所は、『鏡の間』と称されている。

 壁一面に透明の「鏡」が張り巡らされているからだ。

 もっとも、これはただの鏡ではない。

 鏡に見えるほどの透明度の高い大きな水晶の板壁なのだ。

 それが大きな部屋の壁一面に設置されている。

 

 カサンドラはひとりだけで鏡の間に入ると、鏡の間の中央に立ち、光の道を解放する術式を呟いた。

 すぐに壁から一斉に光が発生して、カサンドラは真っ白い光に包まれて視界を失った。

 そして、束の間の光の輝きののち、だんだんと光が薄くなっていく。

 視界が完全に戻ったときには、水晶宮の鏡の側ではなく、イムドリス宮に移動していた。転移によって、イムドリス宮側のどこに跳躍するかは、イムドリス宮側で操作するのだが、どうやら直接に謁見の間にやってきたようだ。

 

「カサンドラ、先日ぶりですね」

 

 澄んだ女の声がした。

 カサンドラは頭をさげた。

 正面側の離れた場所に、水晶の飾りについた豪華な玉座に腰掛けているガドニエルがいる。

 後ろには五人の男の護衛兵が立っている。

 ほかには誰もない。

 

「ガドニエル様におかれましては、つつがなくお過ごしの事、嬉しく存じます。ガドニエル様のご尊顔を拝顔できましたのは、この上ない喜びで……」

 

「挨拶はよい──。顔をあげなさい──。こっちに」

 

 ガドニエルの苛立った声がカサンドラの言葉を遮った。

 いつにないガドニエルの感情的な物言いに、カサンドラは困惑した。

 とりあえず、言われるままに前に進む。

 カサンドラは、ガドニエルの腰掛ける玉座のすぐ前に立つかたちになった。

 

「パリスが殺されたというのは本当ですか?」

 

 ガドニエルはいきなり言った。

 カサンドラはびっくりした。

 確かに今回の事件は、水晶宮に不審者の侵入を許して、地下牢で殺人を許すという前代未聞の事件である。

 しかし、パリスはカサンドラの私的な愛人という以外は、特段に水晶宮の政務に関与させているわけでもない部外者だ。

 ガドニエルの名を使って相談役にしたが、それには実態がないし、ガドニエルには無断でやったので、パリスの名はイムドリス側には伝わっていなかったはずである。

 表向きには一介の外部商人にすぎない。

 そのパリスの死については、普段は俗世に関与してこないガドニエルが、どんな興味があるというのだろう?

 やはり、パリスとガドニエルはそれほどに親しかったのか?

 

 しかも、これが、わざわざカサンドラを珍しくも呼び出した理由?

 そもそも、水晶宮で発生した殺人事件のことを外部との関係を断っているガドニエルがどうやって知ったのだ──?

 疑念が次々に沸き起こった。

 

 

「な、なぜ……」

 

「答えなさい、カサンドラ──」

 

 なぜそれを問うのかと口にしようとすると、いきなり怒鳴られた。

 やはり、このような感情的なガドニエルには、初めて目の当たりにする。

 

「……じ、事実です。昨日のことで……」

 

 ガドニエルの権幕に困惑しながら、カサンドラは簡単に事件の経緯を説明した。

 ……とはいっても、説明できるものはほとんどない。

 カサンドラがただの外部商人のパリスに、あり得ない便宜供与を与えていたというのは説明しにくいし、ましてやカサンドラの愛人だったなどとは口にできるものではない。

 だが、ガドニエルは詳細を訊ねなかった。

 ただ、パリスの死について説明するにつれて、目に見えてガドニエルは動揺を示しだした。

 常に表情を崩すことさえないガドニエルにしては珍しく、落ち着きなく指を動かしたり、何度も息を乱して、恐怖に怯えている様子さえ示す。

 

 ガドニエルにとって、パリスがただの存在でないのは明白だが、どんな関係なのだろう?

 カサンドラとパリスのように男女の関係ということはあり得ないが、パリスの死に対するガドニエルの動揺は異常な反応だ。

 どういうこと……?

 

「わ、わかりました……。事実なのですね……。では、派遣しているブルイネンとともに事態の収束を図りなさい。パリスを殺した者は必ず捕らえるのです──。生きてね。同行の女も一緒です。男については手足を失ってでもいいですが、女は五体満足で捕えるのです。よいですね──」

 

 カサンドラはさらに当惑した。

 捕らえるのは当然だ。

 だが、生け捕りにせよと……?

 しかも、女については五体満足で……?

 

「五体満足というのは、女たちの全員を……?」

 

 報告の限りにおいては、そのロウという男よりも、取り巻きの女たちの方が一騎当千の女傑たちのように聞いている。

 無傷で捕えるというのは難しい気もする。

 

「何人もいるのですか? 金髪のエルフ娘のほかに?」

 

 ガドニエルは驚いている。

 しかし、カサンドラは、ガドニエルが驚いているということに驚いている。

 なぜ、ひとりだと思ったのだろう。

 しかも、金髪のエルフ女?

 どの女のことだ?

 ガドニエルが固執するのは、ロウではなくて、そのエルフ女?

 

「……まあよい……。美女なら、なおさらです。とにかく、連れてくるのです」

 

 ガドニエルは言った。

 カサンドラは首を傾げた。

 心なしにか、ガドニエルの顔に卑猥な表情が浮かんだ気がしたのだ。

 しかし……。

 

「は、はい……。確かに」

 

 とりあえず、カサンドラは頷いた。

 そして、はっとした。

 

「そ、そうだ──。実は先ほど名前のあがったブルイネンのことですが……」

 

 カサンドラは、ガドニエルの親衛隊長のブルイネンが裏切った兆候があり、現にいまも行方知れずだと説明した。

 これには、ガドニエルは驚愕したようだ。

 

「ブ、ブルイネンが──?」

 

 絶句している。

 しかし、すぐに眉間に皺を寄せた。

 

「まさか、ロウという男と接触したとか……? ふたりきりになったとか……?」

 

 ふたりきり……?

 しかし、カサンドラはロウという囚人に一瞬だけは人質にはなっているが、ロウとブルイネンがふたりきりで接触する機会があったかについては承知していない。

 それについては、わからないと返事をするしかなかった。

 

「まあよいでしょう。ブルイネンについても捕らえるのです。無傷でね。ここに連れてきなさい。拘束して、魔道を完全に封じたうえにですよ」

 

「はい」

 

 カサンドラは頷いた。

 ガドニエルがにやりと笑った。

 なんともいえない、下衆めいた表情に感じて、カサンドラは違和感を覚えた。

 

「……それと、もうひとつ、大切なことがあります」

 

 さらにガドニエルが口を開く。 

 

「なんでしょう?」

 

「アスカ城のアスカのことは知っていますね?」

 

 ガドニエルは言った。

 もちろん知っている。

 知らないわけがない。

 そもそも、ガドニエルに対して、アスカ城のアスカという魔女こそ、「彼女」だということを教えたのはカサンドラだ。

 

「お前の持っている全ての能力と権力を使って、その女を殺しなさい。アスカはいまはアスカ城にはいません。失踪しています。全土のエルフ族というエルフ族、すべての森エルフと街エルフに、アスカへの死刑命令の指示をするのです。アスカを見つけ次第に殺せと、全エルフ族に触れを出しなさい。捕らえ次第に殺すのです。できる限り惨たらしく……」

 

 ガドニエルははっきりと言った。

 

「アスカ様を? ガドニエル様の実のお姉様ですよ──。ガドニエル様もそれを知っているはずでは?」

 

 カサンドラは衝撃を受けた。



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474 梟雄の遺産

「アスカ様を? ガドニエル様の実のお姉様ですよ──。ガドニエル様もそれを知っているはずでは?」

 

 カサンドラが心の底から驚いたように叫んだ。

 同時に、背後に侍っている五人の護衛たちに動揺が走るのも感じた。

 五人はエルフ族の若い美戦士の姿をしているが、全員がパリスの手の者であり、もともといたガドニエルの護衛たちを殺し、パリスの準備した変身の魔道具で入れ替わっている者たちだ。

 

 すでに、このエルフ族の女王の館であるイムドリス宮では、ガドニエルの周りにいた者たちのうち、近習と称することのできる立場については、こうやって、全てパリスの手の者に交代しているか、あるいは、この館に存在する地下結界の中に捕らえて監禁している。

 それとも、女王のガドニエルやその侍女たちのように、醜鬼獣(オーク族)に姿を変えて放逐したかだ。

 

 ガドニエルについては、可能であれば殺してしまった方がよかったのだが、この館については、女王のガドニエルが命を失うと、それに伴って、次の女王選びをするための族長会議の開催をナタル森林の全土に伝える魔道の仕掛けを始めとする様々な魔道が自動的に作動するようになっていた。

 その全部を解除するのは面倒であるし、あの時点では実際的には不可能だったので、オーク族に姿を変えさせるに留めた。

 できれば、そのまま、魔獣のまま監禁するつもりであったのだが、逃亡を許してしまったのは誤算だった。

 もっとも、今頃は呪術が進行して、エルフ族の女王だったときの記憶は消失し、心の底から完全にオーク族になり果てているに違いない。

 いまもって、姿を現す気配がないのがその証拠だが、もしかしたら、すでに一匹のオークとして魔獣狩りにでも逢って殺されているかもしれない。

 

 それなら、それでいい。

 あれから数箇月が経ち、このイムドリス宮は完全に掌握した。

 本来のガドニエルが死んだところで、もうそれに応じて、エルフ族の仕掛けが作動することはない。

 とにかく、もはやガドニエルについてはどうでもいいのだ。

 いまや、ダルカンの頭は、アスカのことだけだ。

 あの魔女を殺す……。

 ただ、死ぬだけでもだめだ。

 できるだけ、惨たらしく……。

 残酷にだ。

 それでパリスは復活する。

 

「カサンドラ、それがどうかしましたか?」

 

 ダルカンは、ガドニエルの口調をまねることに気をつけながら、無表情のまま言った。

 後ろにいるパリスの手下たちは、あのアスカがエルフ族の女王であるガドニエルと血が繋がっており、しかも、アスカがガドニエルの実の姉だったことは知らなかったはずだ。

 だが、ダルカンは知っていた。

 パリスから伝えられていたからだ。

 

 いや、そもそも、アスカについては、ダルカンも深く関与している。

 パリスに逆らうことのできない呪術をかけられているアスカの身体を、パリスに命令をしてもらって、犯したことは一度や二度ではない。

 自惚れるわけではないが、パリスとアスカの関係をよく知っている。それだけの信頼をパリスから与えられていたと思っている。

 だから、カサンドラの言葉にも、少しも動揺をしないでいられた。

 これから、なにをすればいいか、ダルカンは誰よりもわかっているつもりである。

 

「……それに、ラザニエルお姉様のことを言っているのであれば、彼女はもうずっと昔に死にました。生きていたとしても、女王家に生まれた者としての義務を放逐して立ち去った女など、我ら一族の者とはみなすことはできません」

 

「そ、そんな……」

 

「カサンドラ、お前は知る必要はないが、パリス殿を殺すように仕向けたのは、アスカというアスカ城にいた魔女です。いまはアスカ城から逃げて、どこにいるかわかりませんが、全エルフ族へ彼女の抹殺命令を出しなさい。いますぐにです」

 

 ダルカンはきっぱりと言った。

 ラザニエルというのは、あの女がまだこの避け谷で暮らしていた時代の名前である。

 そして、本来であれば父の死去とともに、女王の地位を継ぐはずだったにもかかわらず、女王の清廉潔癖な生活が嫌で貞節で優秀だった妹にその地位を押しつけて、エルフの里から出奔した。

 もう二十五年も前の話であり、それが、アスカと名を変えて放浪していた彼女がパリスと出逢う直前の物語である。

 

 ダルカンは、それを知っていた。

 パリスからも教えてもらっていたし、なによりも、アスカ自身から自分の生い立ちを寝物語として語られたこともある。

 それで思い出したが、そういえば、あの女の股も性技も絶品だった。

 できればもう一度、いや、二度か三度は味わいたかったが、いかなる手段を用いたのか知らないが、アスカ城にパリスが施していた仕掛けを破って、アスカ城から逃亡しているという。

 その知らせを耳にして驚いたものだったが、あるいは、存外、パリスの死にアスカは何らかの関わりを持っているのかもしれない。

 アスカが逃亡をしたのと、パリスが仮体とはいえ、命を奪われた時期がほぼ一緒である。

 

 パリスをアスカが恨む理由は山ほどあるし、あの希代の魔女には、能力的には、それができる十分なものがある。

 もっとも、アスカ城から逃亡できたしても、あの女に掛かっている呪術は生きているので、あの女にパリスを殺すいかなる手段もとることはできないはずではある。

 直接的にも、間接的にもだ。

 

 パリスは、あのアスカが絶対に自分に刃向かえないように、二重三重の呪術をアスカの身体に施していた。

 だから、パリスが死んだのは、パリスが最後に執着していた、ロウという男の仕業に間違いないのだとは思うが、やはり、なんらかの繋がりを勘繰りたくなる。

 

 まあいい……。

 

 いずれにしても、アスカは死ぬべきなのだ。

 いかなる手段を用いても命を奪わなければならない。

 しかも、残酷に死ぬ……。

 この世に恨みを残しながら……。

 それが、アスカが生かされていた理由……。

 

 それがダルカンに託されたパリスの遺言であり、万が一のことがパリスに遭った場合に、ほかならぬダルカンに、パリスの途方もない力が移譲するようにしていた友情の証なのだ。

 

 アスカが死ねば、パリスは復活することができる──。

 

 ダルカンはそれを知っていたし、パリスは不慮の出来事で自分が死んでしまったときに備えて、ダルカンだけに、それを教えて、アスカを殺すことができる魔道の力をダルカンに譲り渡すことができるようにしていた。

 いまダルカンの身体には、怖ろしいほどの魔道の力が漲っていて、自分でも信じられないほどだ。

 ずっと以前に、パリスがダルカンに、このことを託したとき、ダルカンは半分は冗談だと思っていたが、こうして本当にパリスの能力が譲渡されてきた。

 

 誰も信用していなかったパリスが、唯一ダルカンを信じていてくれていたということはこのことでわかるし、また、能力が移ってきたということ自体が、本当にパリスは殺されたのだということをダルカンに伝えてくれている。

 

 あの殺しても死なないはずの男が死んだ──。

 絶対に誰にも殺せるはずのなかった男が殺された──。

 それを成し遂げたのが、ロウという男……。

 かつて、ダルカンが小さなエルフの里でやっていた魔道石の横領工作を阻止した男……。

 

 本来は、パリスは死なないはずだったのだ。

 パリスは、自分を殺した者の姿と命を能力ごと奪うという特殊な能力があった。

 だから、誰もパリスを殺すことに成功しなかったし、パリスは自分を殺すことができた者をその都度、能力を奪って強くなっていった。

 それこそがパリスの秘密であり、パリスをして不死身と称えられるからくりだ。

 

 そのパリスが死んだ──。

 殺された──。

 それでいて、パリスを殺したロウは死んでいない。

 

 どうやったのか知りたい。

 

 アスカを殺せば、パリスは生き返るが、そのパリスに、今回のからくりを教えてやりたい。

 だからこそ、目の前のカサンドラに、ロウを生きて捕まえよと命じたのだ。

 ロウの周りの女を五体満足で連れて来いと言ったのは、まあついでだ。

 あのエリカというアスカの元の性奴は、実にいい女だった。

 あんな女を是非、凌辱したいものだ……。

 

「で、でも、ガドニエル様……。ラザニエル様は……」

 

 なおも訴えるように、カサンドラが悲痛な表情をダルカンに向けてきた。

 しかし、ダルカンは、ガドニエルの姿でそれを一蹴するように手を振る。

 

「命令です──。アスカの抹殺命令をすべてのエルフ族に出しなさい。アスカの居場所がわかれば、お前が率いる水晶軍のすべての力を使いなさい──。三公国、ハロンドール、エルニア、そして、沿岸諸国──。そのすべての王という王、領主という領主にアスカの処刑に対する助力を求めるのです。協力しなければ、その地域に卸すクリスタル、すなわち、魔道石の売買は差しとめると魔道通信で告げなさい──」

 

「えっ……」

 

「それだけでなく、このガドニエルの力を使って、すでにある魔道石の効果も失わせてしまいます。それを伝えなさい──。とにかく、この地からアスカが生きていける場所を消すのです──。すぐにやりなさい──」

 

 ダルカンはきっぱりと言った。

 カサンドラは蒼ざめている。

 いまは太守夫人として、病床の太守に変わってエランド・シティで力を振るっているカサンドラだが、元はといえば、アスカの侍女であり、まだ、ラザニエルだったアスカの「ねこ」だったことも知っている。

 しかし、カサンドラは、ガドニエルの命令には従うだろう。

 さもなければ、カサンドラは、夫ごと失脚して、その地位と権力のすべてを失うのだ。

 応じるしかない……。

 

 果たして、カサンドラは出ていった。

 命令に従うという意気消沈した様子で口にした言葉を残して……。

 

「ダルカン、お前、知っていたのかよ……」

 

 カサンドラがこの場から去り、ダルカンと護衛役五人だけになると、護衛役をしているパリスの手下のひとりが、訝しむ表情でダルカンに言葉をぶつけてきた。

 

「なにをだ?」

 

「アスカがこのエルフ族の女王家の女だってことをさ……」

 

「もちろん、知っていたさ。パリスに教えられていたからな。お前たちには知らされていなかっただろうがな」

 

 ダルカンは、できるだけ不遜な表情に映るように顔を作りながら、声をかけてきた男に視線を向けた。

 本来、この男たちとダルカンは、いまやっている工作については、同等の間柄である。

 それぞれパリスから、ダルカンはガドニエルに化ける仕事、そして、この連中はガドニエルの傍に侍る近習の役割を与えられているというだけの関係だ。

 それが本来のかたちだ。

 パリスがいて、ダルカンの立場を守っていたので、これまでダルカンは大きな顔をしてこれた。

 だが、そのパリスが死んだ以上、ここに関係は本来のかたちに戻る……。

 つまりは、その役割に上下関係はない。

 そういうことだ……。

 

 しかし、そうはいかない……。

 パリスを生き返らせるために、まずはここにいる連中を牛耳らないとならない。

 一時的とはいえ、パリスが死んだことで、これまでパリスが築きあげてきたものをタリス公国の山奥にある小さな城に集まっているだけの、皇帝家のろくでなしどもに奪われて堪るものか──。

 

「だ、だが、勝手なまねを……」

 

 その男は不満そうだ。

 勝手というのは、カサンドラを呼び出して、アスカの抹殺命令を出させたことだろう。

 ダルカンの指示通りに動けば、このナタル森林の森エルフだけでなく、三公国を始めとして、ハロンドール王国やエルニア王国までも大きく動揺する。

 エルフ族の女王というのは、ただの女王ではない。

 このナタル森林でしか作成することのできない魔道石を管理しており、その影響力は計り知れない。

 ナタルの森のそれぞれの里から人間族の国々に供給している魔道石は、彼らの暮らしにはなくてはならないものだ。

 あれがなければ、それぞれの大都市の機能のかなりのものが失われるし、王宮や王都の護りの力の源が停止してしまうのだ。

 そのような影響のある行動を皇帝家に無断で、カサンドラにやらせたということに、この男は抗議をしたいらしい。

 

「なにが悪いのだ。パリスは生き返ってもらわねばならない。アスカを殺せば、パリスは生き返る。それを知っているはずだが……」

 

「そ、それは当然だ。パリス様には生き返ってもらう……。しかし、まずは、皇帝家か、マハエル家にお伺いをたてるべきだ。パリス様がいないいま、それ以前とは状況が違う……」

 

「パリスから俺は後事を託されていた。俺の言うことに従え」

 

 ダルカンはそれだけを言った。

 男がむっとしたように、顔色を変えた。

 

「なにを偉そうに……。パリス様に引き立てられていただけの能無しの道化の分際で……」

 

 男が舌打ちをした。

 ダルカンは即座に、男に向かって魔道弾を放った。

 

「うぎゃあああ──」

 

 放った魔道弾は小さいものを四つだ。

 男は咄嗟に魔道壁を作ったが、ダルカンが放った魔道弾は、それをすべて突き破り、男の四肢を引き千切った。

 血だまりの中に、手足を失った男が絶叫してのたうち回る。

 

「ひいっ」

「うわあっ」

「ひゃああ」

 

 静観をしていただけの四人が悲鳴をあげて絶句した。

 ダルカンに魔道弾を放たれた男だけでなく、ほかの者も驚愕したことだろう。

 なにしろ、たったいま放ったような攻撃魔道は、ダルカンは不得手だったはずだからである。

 

 そもそも、ダルカンにはこれほどの魔道力はなかった。

 ダルカンの評判というのは、魔道王国エルニアで失敗してパリスに救出され、ナタル森林の小さな里における魔道石の横流しの工作を任されたものの、そこでも失敗して、顔に刺青をされてエルフ族の世界から追放されてしまったような役立たずだ。

 昔からパリスと親しかったということがなければ、この連中がダルカンに敬意を払うはずのない小者なのだ。

 そのダルカンが不意を突いたとはいえ、苦痛の呻き声をあげている男を魔道で圧倒したことに驚いている。

 この男は五人の中では別格に魔道に優れていた。

 だからこそ、パリスがいなくなったことで、後ろ盾を失ったと思ったダルカンに、大きな顔をしたのだ。

 

「お前たちはどうする? 俺に従うのか? それとも、ここにはいない皇帝家の老人に従うのか……?」

 

 ダルカンは四人を睨んだ。

 冥王を復活させて、その力を利用して既存の国を滅ぼし、そこに失われた帝国の権威を復活させる──。

 

 パリスが準備した絵空事に踊っている皇帝家や、皇帝家に仕えるマハエル家は、ダルカンを始めとしたここにいる者やパリスを含めたずべてのパリスの組織の主人である。

 だが、ダルカンには、もう何十年も前から、滅びかけている皇帝家への忠誠心など皆無だし、あの連中のために、冥王を復活させて、人間族の国を滅亡させるという企てに協力する意思はなかった。

 

 ダルカンが加わっているのは、パリスのためだ。

 パリスがいたから、パリスがやろうとしていることを手伝いたいと思ったにすぎない。

 能力は遥かにパリスに劣り、謀略の知恵も度胸も皆無のダルカンだったが、ずっと昔から、パリスとは退廃的な享楽を愉しむ遊び仲間だった。

 ダルカンが心から信頼したのはパリスだけだったし、パリスも同じだったに違いない。

 だからこそ、あれほどの梟雄は、自分の危難に備えて、自分の能力という遺産をダルカンに遺したのだ。

 その信頼に応えなければ、失敗ばかりで馬鹿にされ続けたダルカンを、いつも笑って引きあげ続けてくれたパリスの恩に報うことはできない。

 

「お、俺たちは……も、もちろん……」

 

「パリス様を生き返らせる……。そのことに異存はない」

 

 顔色を変えている男たちが口々に言った。言葉を発しない者も、ダルカンに飲まれたように大きく首を縦に振っている。

 

「ならばいい」

 

 ダルカンはそれだけを言うと、出血と恐怖で朦朧としている胴体と頭だけの男に向かって、魔弾を放った。

 今度は最大出力だ。

 パリスは闇魔道の遣い手であるものの、攻撃魔道についてはここまでではなかったが、パリスが与えてくれた力は、大したものではなかったダルカンの元々の魔道だって、大きく引きあげてくれたらしい。

 魔弾を受けた男は、悲鳴をあげることなく、消し炭になって死んだ。

 さらに魔道を放ち、床の血と灰になった屍骸を消滅させる。

 まるで何事も起こらなかったかのように、床にはなにもなくなった。

 

「皇帝家の老人たちには、なにも伝える必要はない。どうせ、末端の構成員のひとりが死んだところで気にもしない。パリスの死についても教えなくていい。アスカさえ殺せば、パリスは生き返る。老人たちが知るのは、すべてが片付いてからでよい」

 

 ダルカンは言った。

 なんだかんだで、組織の中ではパリスにいい感情を持っていない者も多い。

 パリスが失敗したことを知れば、どんな対応をとるかわかったものじゃない。

 なにしろ、皇帝家の復活より、また、その皇帝家をないがしろにして権力を奪って閉じ込めている三公国に酬いをあたえることよりも、組織内の足の引っ張り合いが大切な者たちばかりなのだ。

 パリスのことを邪魔されたくない。

 

「ならば、来い。俺に従う限り、いい思いをさせてやる」

 

 ダルカンは言った。

 当惑している四人の足元に魔道の紋を展開すると、ダルカンは移動術でイムドリス宮の地下に跳躍した。

 ガドニエルの姿を手に入れることで入手した能力であるが、ここは館のほかの部分とは完全に隔離されて、誰にも見つけることができない絶対的な場所である。

 重鎮や側近を入れ替えたとはいっても、親衛隊を始めとして、避け谷の館のすべての者を入れ替えているわけじゃない。

 ここは、そういう連中にも、見つからないようにしているダルカンの秘密の場所だ。

 出口はなく、この大広間に出入りするには、魔道以外の手段はない。

 

「おう」

 

「これは……」

 

「へえ……」

 

「おう……」

 

 四人の男たちは、目の前に拡がった光景に、一斉に声をあげた。

 男たちの視線にうったのは、この半年で少しずつ集めてきた館で働いてきた十人ほどのエルフ族の美女たちだ。

 ただ、全員が裸であり、両手を後ろ手にして革帯で包んでいて、すべての女たちに貞操帯を嵌め、貞操帯の内側にある二本のディルドにたっぷりと媚薬をまぶして、前後に穴に挿入をさせている。

 さらに、もう半日以上もディルドは、淫らな蠕動運動でエルフ美女たちを責め続けているのだ。

 

 どの女も完全に熟れきっていて、男たちに媚を売るように虚ろな視線を向けている。

 すでに誰ひとり立っていることができず、汗びっしょりで呻き声のような嬌声を出し続けているだけだ。

 無理矢理に事前に服用させたたっぷりの媚薬がすっかりと利いているようである。

 

 この館にいる大勢の女たちの中から、これはと思う者をひとりひとり罠をかけて、ここに監禁してきた。

 表向きには、解雇されて里に返されたり、病の治療などのために一時的に館を去ったりしていることになっているが、実際には、ここに連れてきて以来、女たちはずっとここでダルカンによる淫らな調教を受け続けている。

 ガドニエルに扮しているダルカンには、狙いを定めたエルフ女を騙してここに連れてくるのは簡単な作業だ。

 寸間を惜しんで行った調教も愉しい作業だった。

 いまや、十人が十人ほど、男に犯してもらうのが気持ちよくて仕方がない淫らな淫獣である。

 無論、魔道も封じている。

 ここにいる女たちが逃げ出す手段は皆無だ。

 

「どの女でも抱き放題だぞ。淫具も揃っている。好きなようにしていい」

 

 ダルカンは貞操帯を外す鍵束を四人の前に放り投げた。

 この場所に到達したときに、ダルカンはガドニエルの変身を解いて、男の姿に戻っている。

 そういえば、どんな姿にも姿を変えられるパリスは、女の姿になって、性愛を愉しむということもしていたが、ダルカンにはそんな趣味はない。

 洒落で絶世の美女になり、パリスが抱き合うかと言ってきたときには、ダルカンは慌ててパリスを拒否したものだ。

 

「よ、よし、俺はこいつだ」

 

「ありがとう、ダルカンさん──」

 

「すげえ美女たちだ。たまらねえ」

 

「俺はふたり、いや、三人でいいですか、ダルカン殿?」

 

 遠慮なく愉しんでくれと告げると、四人の男たちは一斉にエルフ美女たちに群がった。

 四人のうち、ふたりが変身を解いて人間族に戻った。

 残りのうちひとりも変身を解いたが、そっちは獣人族だ。

 残ったひとりは、エルフ族のまま女を抱くようだ。

 どの男もあっという間にズボンを脱いで、勃起した股間を露出させている。

 

「はああっ」

 

「んひいいっ」

 

「あああ」

 

「あっ、あああっ」

 

 男に捕まったエルフ族の女たちは、すぐに貞操帯を外され、どろどろになっている股間を愛撫されて、さっそくあられもないよがり声をあげ始めた。

 まだ選ばれなかったエルフ女たちも、やって来た男たちに媚びを売るように男たちが始めた乱交の向かって、這い動いていく。

 パリスの手の者の心を握るために、昨夜から女たちを媚薬と玩具で仕込んでいた。

 女たちはすっかりと追い詰められ、もう誰でもいいから犯してもらうことしか考えられないに違いない。

 それに、そうなるように淫らな身体に調教もしてやっている。

 

 その乱交の光景を横目で見ながら、ダルカンは、乱交の大広間を通り過ぎ、さらに別の一室に向かった。

 そこには、ダルカンが特別に飼っている女がひとりいる。

 もともとは、パリスがアスカ城で捕えて、魔族の苗床にしていたのをパリスにねだって下げ渡してもらったエルフ女……つまりは、アルオウィンだ。

 ダルカンは、最初にガドニエルと入れ替わったとき、その女をちらりとだけ見る機会があり、そのときすっかりと気に入ってしまった。

 一度、パリスがこのイムドリスに様子を見に来たとき、ダルカンがそのことを告げると、笑ってアスカ城から連れて来てくれたというわけだ。

 それ以来、アルオウィンはここにいる。

 ダルカンの玩具として……。

 

「おう、元気だったか? ちょっとばかり忙しくてな。しっかりと眠れたか?」

 

 ダルカンは床に横たわっている肉塊の横に胡坐をかいて座った。

 アルオウィンがダルカンを睨みつける。

 ただし、手足は付け根から切断されて、あるのは胴体と美貌の顔だけの姿である。

 やったのはパリスであり、ダルカンが受け取ったときにはこうなっていた。

 パリスは手足を戻そうかと言ってくれたが、こんな片輪女を嗜虐するのも面白そうなので、そのままにしてもらった。

 

「……ね、眠れるわけ……」

 

 アルオウィンが歯軋りをする。

 その憎々しげな表情がダルカンの嗜虐欲を刺激する。

 

「犯して欲しいなら、そう口にするんだな、アルオウィン」

 

 ダルカンは笑った。

 このアルオウィンは、親衛隊長のブルイネンと並んで、ガドニエルの側近中の側近であり、まだ入れ替わる前のガドニエルの指示を受けて、アスカ城に対する諜報活動をしていた女である。

 だが、パリスが仕掛けた侵入防止の罠に嵌まり、あっという間に捕えられていた。

 それをもらい受け、こうやってダルカンの玩具として、ここに監禁したということだ。

 

 ただ、パリスから受け取ったときには、舌を切断されていて、言葉が喋れない状態だったが、それは復活させた。

 そのままでもいいかとは思ったが、やはりこうやって悪態を突かせるのも愉快だ。

 パリスは見せしめとして、魔獣の苗床にしただけなので、うるさいのが気に入らずに舌を切断したままでいたみたいだが、ダルカンとしてはこの女の調教を愉しみたいので、やはり言葉が話せた方がいい。

 苦しめて、この気丈な女に哀願をさせるためだ。

 自殺については、奴隷の首輪で禁止したし、死ねば妹のセリアを殺すと告げている。

 アルオウィンには、実は隠していた妹がいて、ダルカンが見つけて、ガドニエルの名を使って、このイムドリス宮に隔離している。 

 妹を責めると脅せば、アルオウィンは最終的には、なんでもやる。

 ダルカンは、それで愉しんでもいる。

 

「げ、下衆が……」

 

 不自由そうにダルカンに顔を向けると、アルオウィンはダルカンに向けて唾を吐きかけてきた。

 しかし、与えられ続けている責め苦のために力のなかったアルオウィンの吐き出したものは、ダルカンに届くことなく、その手前の床に飛んだだけだ。

 ダルカンはその姿に嬉しくなった。

 広間の女たちのように完全に屈服して、雌になりきった女たちもいいだのが、アルオウィンのようにいつまでも堕ちない女はもっといい。

 

「辛そうだな。本当に、なにもして欲しいことはないのか、アルオウィン?」

 

 ダルカンは言った。

 胴体と首だけのアルオウィンが、悲痛な顔をして歯を喰い縛る。

 

「我が儘を言って、俺を愉しませてくれようとしているのか? 別にいいがな。次に来れるのはいつかわからんぞ。二日後か……、三日後か……」

 

 ダルカンはわざとらしく立ちあがる気配を示してやった。

 すると、アルオウィンの顔が絶望的な表情になる。

 ダルカンはにんまりとした。

 

 この女に仕掛けてやった責め苦は簡単なものだ。

 昨夜、離れる前に、この女の股間と乳房に、たっぷりと掻痒剤を塗りたくって放置してやっただけである。

 この部屋には調度品はなく、壁も丸くなっていて、どんなに暴れても、手足のないこの女には、股間を掻く方法はない。

 おそらく、のたうち回ったことだろう。

 部屋中に汗と体液が擦られまくった痕があり、それがこの女の苦しさを物語っている。

 

 ただ、この女はアスカ城で捕えられたあと、パリスの命令で手足を切断されて、魔獣に種付けを受け、魔獣の卵を産む苗床に二箇月ほどされた女だ。

 それほどのことをされても、発狂もせず、心も折れずに、正気を保ち続けていたそうだ。

 パリスにから譲渡されたとき、魔獣に犯され続けていたような女でいいのかと言われたが、そのような仕打ちを受けてもまだ気丈さを保ち続ける心の強さこそがいい。

 心からの感謝をパリスに送ったのを思い出す。

 

「ま、待って──。待ってよ……」

 

 アルオウィンが悲痛な声をあげた。

 本当に放置されるかもしれないと思ったのか、赤い顔が今度は心なしか蒼くなっている。

 余程につらいのだろう。

 

「なにか言いたいことがあるのか、アルオウィン?」

 

「ああ、お願い……。もう苦しめないでくれ……。犯して……犯してください……」

 

 アルオウィンが心の底から口惜しそうな表情でそう呻いた。

 ダルカンはほくそ笑んだ。

 

「いいとも……」

 

 ダルカンは魔道で自分の身体から衣類を消し去って全裸になるとともに、アルオウィンの身体をうつ伏せにして尻側から股間に向かって引き寄せた。

 しかし、犯すのは、アルオウィンが痒みで灼けただれるように疼いている股間ではない。

 

 尻だ。

 

 アルオウィンには見えないが、たったいま、ダルカンは自分の股間に魔道で出した潤滑油を塗りたくって準備を終わった。

 菊門に怒張の先端を当てる。

 気がついたアルオウィンが悲鳴をあげる。

 しかし、その絶叫と抵抗を愉しみながら、ダルカンはゆっくりと男根をアルオウィンの尻穴に沈めていった。

 

「おおおおっ」

 

 するとアルオウィンが獣のような声をあげて、全身を痙攣させた。



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475 ある女の屈服

「いやあ、もういやああ」

 

 アルオウィンが引きつったような声をあげて、全身をのけぞらせれる。

 そして、がくがくと全身を震わせた。

 またもや絶頂したのだ。

 

 だが、ダルカンの怒張は静止することなく、手足のないアルオウィンの尻を貫いたまま激しい律動を続けている。

 アルオウィンは、右に左にと、まだ堕ちきっていない気丈な顔を揺すって、苦悶の声をあげる。

 すでに精も根も尽きた感じだ。

 

 なにしろ、こうやってダルカンがアルオウィンの尻を犯しはじめて、すでに数ノスが経過していた。

 そのあいだ、たっぷりと媚薬を飲ませ続け、いまはアルオウィンの全身は沸騰させるほどの感度になっている。

 最初は余裕のようなものさえ見え隠れしていたが、いまや何度も何度も、尻で穴女の悦びを繰り返して爆発させている。

 懸命に耐えていたアルオウィンだったが、あまりもの過酷な連続絶頂に、ついには泣き叫ぶようになっていた。

 

「ほら、もう一度袋の媚薬を飲め。一滴も残すなよ」

 

 ダルカンは、容赦のない責めで尻を犯しながら、魔道で拳ほどの大きさの袋に包まれた液薬をアルオウィンの口の前に出現させる。

 こんな取り寄せ魔道など、とてもじゃないがダルカンには不可能だったが、パリスの死をもって譲渡された魔道によって、こういうこともできるようになったのだ。

 また、出現させた媚薬袋については、腕を切断されているアルオウィンでも容易に口にできるように、吸い口がついていて、そこの尖端を噛み切って口に咥えれば、勝手に口の中に薬液が注ぎ入っていく仕掛けになっている。

 無理矢理に飲ませてもいいのだが、わざわざ自分を追い詰める媚薬を自ら飲ませるという趣向だ。

 

「いやああ、も、もう、い、息がとまるの――。こ、これ以上は無理よおおお」

 

 アルオウィンは、尻姦の快感におこりのような震えをさせながら、またもや首を振った。

 

「だったら、外の広間にセリアを引き出させる。ただ、魔道で指示を伝えるだけだ。お前の妹を狂うまで犯すように伝える。外の連中は面白がって輪姦するだろう。媚薬の許容量など気にしない連中だ。もしかしたら、殺してしまうかもしれん」

 

 ダルカンはアルオウィンの尻穴に怒張を埋めたまま、冷たく言った。

 外の広間に連れ出すというのは、ここに監禁していたエルフ族の女官や親衛隊の女兵たちを相手に行われている輪姦に、アルオウィンの妹のセリアを参加させるということだ。

 

 パリスの仮体が死に、生前の取り決めにより、パリスの力の一部がダルカンにやって来た。

 ダルカンはその力を使って、イムドリス宮に巣食っていた一派の主導権を奪い、その証として、もともとダルカンにつけられていたパリスの部下たちのうち、ダルカンに従うと決めた者には、宴と称して広間で好き放題するように指示したのだ。

 とにかく、これまでのように、ある程度こっそりと動くのではなく、徹底的に羽目を外せと命じたのである。

 

 そして、こっちの広間はもともと隠して作っていた秘密の監禁場所だったが、しばらく遊ばせて一段落したところで、まだ手を付けていない本来のガドニエル女王の部下を一挙に制圧して、イムドリス宮全体を完全制圧するように命令をした。

 主要な部下は四人だが、そいつらの下の部下たちも含めれば、数十人にもなる。

 その連中に完全乗っ取りに移行して、好き放題することを許可したということだ。

 

 つまりは、エルフ族に化けて、少しずつ要員を入れ換えるという今までのやり方ではなく、一度にイムドリス宮を占拠して、こっちの一派で完全支配してしまうことだ。

 異変に気がつかれて、水晶宮側から軍を雪崩れ込まされれば終わりだが、逆にばれなければ問題ない。

 もともと、イムドリス宮は、水晶宮をはじめ外部との連絡を完全に断って、ほどんど交流をなくしているので、完全占拠をしてしまえば、水晶宮から強引に入ってこない限り、発覚する公算も低いと思っている。

 

 すでに大半については、抵抗の手段を奪っていたこともあり、完全占拠の態勢にするのは、別段の面倒もなかった。

 まだ、手を付けていなかった者については、エルフ族だけに効果のある睡眠性の弛緩剤の風をイムドリス宮全体に流して眠らせ、ことごとくに魔道封じの首輪を装着せたうえに拘束し、次々に檻にぶちこんだ。

 面倒そうなのや、魔道力が高くて魔道封じの効果が疑念なのはその場で殺すように指示もした。

 

 この態勢に移行することを視野に入れて準備しており、あっという間だった。

 もはや、イムドリス宮には、抵抗のできるエルフ族は残っていない。

 すべては、ほかの者がやったことであり、ダルカンはここでアルオウィンを陵辱しつつ、報告を受けただけである。

 

 やがて、すべてが片付くと、すぐに連中は新たに監禁したエルフ女だけでなく、拘束したエルフ族の美青年まで連れ出してきて乱行を再開させたみたいだ。

 だから、広間は大変な騒ぎになっている。

 ダルカンは、もうエルフ族への変身は不要とし、それに加えて酒についても許可した。

 だから、酔いのせいもあり、外の狂宴は声だけでも凄まじい。ダルカンによるアルオウィンの陵辱など、まだまだかわいいものかもしれない。

 

 また、水晶宮からの出入りは完全封鎖だ。

 そのうち、まったくこっちと連絡がとれなくなったことに、カサンドラ辺りでも、さすがにおかしいと思い始めるかもしれないが、まあどうでもいい。

 警戒なんか不要だから、とにかく遊べと指示をしている。

 

 もちろん、アルオウィンも、部屋の外がどういう状況かはわかっている。

 ダルカンは、アルオウィンを「飼育」するためのこの部屋で二人きりで責め続けていたのだが、外の広間の喧騒は聞こえるように細工をしているし、イムドリス宮の完全占拠の報告は、全てをアルオウィンを犯しながら受けたのだ。

 

 いずれにしても、外は外で女を責めるのに媚薬も使っているのだろう。

 最初は悪態と哀願だったエルフ族の女たちの声が、いつの間にか狂ったような嬌声に変化していた。

 なにをしているのか知らないが、男の悲鳴と絶叫もひっきりなしに聞こえる。

 そんなところに妹のセリアを連れて来られれば、どんな目に遭うのか、アルオウィンもわかりきっていると思う。

 アルオウィンとセリアだけには、勝手に手を付けるなと厳命しているので、いまのところは、セリアだけは檻の中に留められているはずだ。

 妹のセリカの命がダルカンの気儘に握られていることは、アルオウィンには徹底して認識させた。

 

 とにかく、セリアの名を出せば、アルオウィンはすぐに屈して何でもする。

 自分のことだと、どんなに脅しても命令には従わないが、妹だけは大事なのだ。

 実に愉しい。

 

 もっとも、実のところ、パリスのおかげで、すでに隷属の首輪にダルカンを主人として刻んでいるので、“命令”と口にすれば、アルオウィンはダルカンの言葉に逆らえない、

 しかし、そうではなくて、自ら命令に従わせるということがいいのだ。

 セリアをさらってきてよかったと思っている。

 

「い、いやあ、こ、毀れる──。セリアだけは許してええ。でも、もう嫌よう。ああっ、わ、わかった――。お、お尻でも、股でもいくらでも犯していいから、セリアは許してええ……、おおお……。んんんううう……」

 

 アルオウィンが汗まみれの身体をおののかせる。

 媚薬の詰まった袋は、うつ伏せで四肢のないアルオウィンの口のすぐ下にある。舌を伸ばしさせすれば届く距離だ。

 すでに中身がなくなった同じ袋が周りに五袋ばかり転がっている。

 全部、アルオウィンに飲ませたものだ。

 この媚薬責めをしてから、さすがのアルオウィンも狂ったように、快感の極みを繰り返すようになった。

 諜報を任務とする女だけに、毒に耐性を作っているらしく、効き目は低いようだが、強力な媚薬をこれだけ大量に飲まされれば堪らないようだ。

 

 尻は犯しているが、今日は、股はまだ手付かずだ。

 まだ犯していないその股間からは、まるで放尿でもしたかのような愛液が滴り落ちている。

 

「だったら、部屋の外の広間にセリアを連れてくるだけだ。お前が飲まなかった媚薬は、あいつに飲ませてやろう」

 

 ダルカンは打ちこんでいる怒張で、ゆっくりとアルオウィンの尻の中を擦り回してやる。

 

「う、ああああ──。や、やめてええ、セリアだけは……。いふうううっ、あっ、あっ、ま、待って……、セ、セリアだけはもう、ゆ、許してあげて──」

 

 アルオウィンがはっとしたように声をあげた。

 すでに二親を亡くしているアルオウィンにとって、妹のセリアは、ガドニエルの耳目として、諜報活動を続けていたアルオウィンの最大の弱点なのだ。

 危険な任務をすることが多いアルオウィンなので、妹の存在は隠していたようだが、ガドニエルの持ち物を調べれば、アルオウィンの妹に言及している記録が見つかった。

 後は簡単だった。

 エランド・シティに近いエルフ族の里のひとつで、エルフ族の子供を相手にする教師をしていたセリアを、ガドニエルの名前を使って強制的にイムドリスに仕える侍女として連れて来させた。

 そして、人質として監禁した。

 パリスに四肢を切断されても、知能のない魔獣に犯させて、その胎児を出産させても屈した態度をとらなかったアルオウィンが、パリスと一緒にセリアを犯したときには、悲壮に泣き叫んだ。

 それで、この女を堕とすには、セリアを使うのが一番いいと悟り、ずっとセリアの名を出しながら、こうやって調教を続けている。

 

「だったら飲むんだな。セリアを守りたければ従え」

 

 ダルカンはぴったりと背後から身体を密着させて、無防備に垂れているかたちのいい乳房を搾り回した。

 こっちも媚薬の影響で真っ赤に充血し、乳首など痛いのではないかと錯覚するほどに勃起している。

 その乳首をこね回すようにして、ぐちゃぐちゃと乳房を揉みあげる。

 また、肛門深くに挿入している怒張を回し動かすことも同時にする。

 

「うあああっ、ほおおお、あああっ」

 

 もはや自制のできない媚薬漬けのアルオウィンの身体が激しく反応する。

 媚薬と長時間の肛姦により、怖ろしいほどに熟れきっているアルオウィンは、ちょっとした愛撫にも派手な嬌態を現す。

 

「ならば、外の連中にセリアを毀れるまで犯すように伝えよう。セリアがどうなってもいいなら好きにしろ」

 

 ダルカンはせせら笑った。

 セリアを人質にするのが効果的であることを知ったダルカンは、アルオウィンの目の前で、パリスとともにセリアを一度犯してからは、一応はセリアについては手を出さすに、監禁するだけに留めている。

 アルオウィンもそれを知っているので、セリアについてだけは、ダルカンの機嫌を取ろうとする。

 

「や、やめてええ、わ、わかったわ……。従う……。従うからあああ」

 

「だったら媚薬を飲め」

 

 ダルカンは再び尻姦の律動を再開する。

 手足のないアルオウィンの裸体が大きくのけぞった。

 

「ほおおお」

 

 またもやど派手な声をあげる。

 ダルカンは笑ってしまった。

 

「こ、これは嫌なのようう。おかしくなるから……」

 

 アルオウィンが顔を伸ばして媚薬の袋の尖端を咥えた。

 すると、魔道が働き、薬液が一挙にアルオウィンの喉に注ぎ込まれる。

 真っ赤だったアルオウィンの肌がさらに赤くなり、毛穴という毛穴から一斉に汗が噴き出すのがわかった。

 

「ふあああああああ」

 

 アルオウィンが奇声をあげる。

 

「気持ちよさそうだな、家畜? 手足のないお前は、このまま俺に飼われる家畜をして過ごすんだ。いいな」

 

 ダルカンは尻を犯しながら、これまであまり刺激をしていなかった花唇に指を滑り込ませる。

 アルオウィンの膣の中は信じられないくらいに熱かった。

 しかも、ここは最初から痒み剤を塗って、ずっと放置していた場所でもある。

 

「んごおおおおお」

 

 アルオウィンが絶叫した。

 ものすごい量の愛液が滴る。

 締めつけもすごい。

 アルオウィンが興奮しまくっているのがこれだけでもわかる。

 

「返事をしろ、アルオウィン──」

 

 ダルカンは指を搔き回すように動かし激しい刺激をさらに送る。

 

「ひぎいいいっ、わ、わかった──。いえ、わかりましたあああ──。ああああ、おかしくなるううう」

 

 アルオウィンが叫んだ。

 尻姦しかされずに、ずっとほったらかしにされていた股間の愛撫に、アルオウィンが狂ったようになったようだ。

 ダルカンもまた、これだけの反応であれば、そろそろ前を責めたいとも思った。

 尻姦で屈辱に顔を歪めるのを眺めるのもいいが、この強い女が快感に悶え狂うのも悪くない。

 ダルカンは、体勢を変えるために、一度アルオウィンの股間から指を抜き、さらに怒張も肛門から抜いた。

 

「いやああ、やめないでええ──。もういやあああ」

 

 すると、思ってもみないことに、アルオウィンが必死の形相でダルカンに哀願をしてきた。

 これには、ダルカンもびっくりした。

 

「どうした? 欲しいのか?」

 

 ダルカンは驚きを表に出ないように気をつけながら、うつ伏せの恰好から仰向けに変えたアルオウィンの顔を覗き込むようにした。

 

「お、お願い──。このまま犯して──。後ろじゃなくて、前を犯して──。もう限界──」

 

 アルオウィンが虚ろな目付きながら、はっきりとした口調で言う。

 どうやら、後ろばかりを責め続けることで、想像以上にダルカンは、アルオウィンを追い詰めていたみたいだ。

 

「いいだろう。だったら、自分の口で言え。お前は何者だ?」

 

 ここで、完全に畳みかけよう。

 アルオウィンをここで作り変えてしまうのだ。

 

「か、家畜です──。あなたの家畜です……」

 

 アルオウィンがしくしくと泣き始める。

 ダルカンはさらに驚いてしまった。

 あのアルオウィンが……?

 表情には出していないと思うが、内心では唖然としてしまった。

 

「わかった。だったら、家畜のお前を俺の一物で躾けてやろう……。上手に口づけができたらな……」

 

 ダルカンは、アルオウィンの顔に自分の顔を近づけると、試しに唇を重ね合わせる。

 歯は抜いていないので、舌を噛み千切られる可能性もあるが、パリスから力を送られているいまのダルカンなら、瞬時に回復もできる。

 だが、とにかく試してみたい。

 アルオウィンを屈服させて言いなりにするのは、ダルカンの夢だったのだ。

 

「んああああ、ああああ」

 

 すると、唇が密着した途端に、アルオウィンがダルカンの口の中に舌を差し込んで嘗め回してきた。

 さすがに驚愕した。

 

「んあああ、んあっ、ああっ、んんん……。お、犯して……、んあああ、んんっ、も、もう……ちょ、ちょうだい、んんん」

 

 舌を絡ませてきながら、アルオウィンが必死の様子で手足のない身体をダルカンに擦り合わせてくる。

 もしも、手があれば力一杯に抱きついてきたみたいな感じだ。

 その証拠に腕のないアルオウィンの腕の付け根がなにかを求めるように、蠢くように動いてもいる。

 

「ほ、欲しい──。もういい……。なんでもいい……。犯して……。あなたのものでわたしを犯して──」

 

 アルオウィンが口を離して声をあげる。

 ダルカンはかっと身体が熱くなるのを感じた。

 ついに、アルオウィンが屈したのだ。

 歓喜が身体に沸き起こる。

 

「お、犯して欲しいのか? それほどに媚薬は効いたか?」

 

 ダルカンは怒張の先でアルオウィンの女陰を擦る。

 

「ほおおおお、じ、焦らさないでえええ」

 

 それだけで、アルオウィンはがくがくと全身を震わせた。

 しかも、ヴァギナからは小さな潮のような体液がぴゅっぴゅっと出てくる。

 やはり、アルオウィンは追い詰められて、常軌を逸したようになっているみたいだ。これだけの身体も反応するのだ。

 女であるアルオウィンに耐えられるわけもなかったか……。

 

「いいだろう。おねだりができたご褒美だ」

 

 ダルカンは一気に股間に怒張を貫かせた。

 

「あはああああ、きたああああ、あああああ」

 

 あっという間にアルオウィンが絶頂した。

 それだけじゃなく、じょろじょろと失禁までした。

 これには、ダルカンも苦笑した。

 

「絶頂するのはいいが、小便とはな」

 

 ダルカンは律動をしながら笑った。

 

「なああっ、ご、ごめんな、さい──。あああ、あっ、あっ、ああ、お、お仕置きをして……ああっ、ア、アルオウィンにもっと惨いことをしてえええ、ああああ」

 

 アルオウィンが生々しい声を放つ。

 ダルカンは腰を激しく動かして、アルオウィンの子宮を突きあげるようにする。アルオウィンは文字通り手足のない身体をのたうち回らせた。

 

「当たり前だ。躾は飼い主の義務だからな。どんなお仕置きをするかな……」

 

 ダルカンは律動を続けながら、アルオウィンの髪をむんずと掴んだ。

 そして、髪を引っ張って顔をあげさせ、再び唇を吸う。

 すぐに、アルオウィンが舌と舌を絡めて、ダルカンの口の中をむさぼってくる。

 

「んんんっ、お、お仕置きは……んんんん、わ、わたしに……、んああああ」

 

 ダルカンの口に必死に口づけをしながらアルオウィンが言った。

 

「当たり前だ。仕置きを家畜にしなければ、誰にする……」

 

「ア、アルオウィンは家畜です──、んんんんんん、ああんん」

 

 アルオウィンが舌で激しくダルカンの口の中を舐めまわす。

 屈服しなかったアルオウィンが一転して、理性を失ってダルカンを求めてくる。

 ダルカンは有頂天になった。

 さらに腰を動かす。

 

「んはああああ」

 

 アルオウィンが口を離して絶息したような息を吐く。

 またもや達したのだ。

 

「いったのか、淫乱な家畜め、うん?」

 

 ダルカンはまたもや髪を掴んでアルオウィンの美貌の顔を左右に動かす。

 アルオウィンは懸命な様子で首を数回縦に振る。

 

「え、ええ……」

 

「だがまだまだ、これからだぞ」

 

 ダルカンは一度怒張を抜き、すぐに思い切り深いところまで勃起した一物をアルオウィンの股間に貫かせた。

 

「きゃううううう」

 

 アルオウィンが裸体を弓なりに反らせて、激しく絶頂をした。

 そして、またもや失禁をした。

 

「何度洩らせば気が済む──。馬鹿犬がああ」

 

 ダルカンは身体を起こして、股間を貫かせたまま、アルオウィンの頬を平手で打った。

 それほどの力ではないが、ぱんと小気味のいい音がアルオウィンの頬で鳴る。

 

「んはっ、ご、ごめんなさい。な、舐めます。舌で掃除します。お許しを……」

 

 アルオウィンが弱々しく泣きながら言った。

 ダルカンは頷いた。

 

「いいだろう。だが、その前に俺を満足させろ」

 

 ダルカンは律動を再開する。

 

「た、堪らない、ひいいい──」

 

 アルオウィンが絶頂したのはすぐだった。

 もはや、毀れたように絶頂を繰り返す。

 

「ああ、欲しい──。あ、あなたのをください──。が、我慢できないの──」

 

 アルオウィンががくがくと身体を震わせながら叫んだ。

 ダルカンはまたもや歓喜が沸き起こるのを感じた。

 

 堕とした──。

 アルオウィンを堕とした──。

 ダルカンは興奮した。

 

「どこにだ、家畜? どこに精を注いで欲しい?」

 

 抽送を激しくする。

 アルオウィンはまたもや全身を震わせて絶頂した。

 

「ま、股に──。か、家畜のアルオウィンの股に、あなたの精を注いでくださいいいい」

 

 アルオウィンが絶叫した。

 もう我慢できなかった。

 あのアルオウィンがこれだけ狂うのに接すると、ダルカンも自制はできなかった。

 

「おおお」

 

 暴発の予兆を感じると、ダルカンはアルオウィンの身体が浮きあがるほどの強打で最後の律動をする。

 そして、射精をした。

 

「ああああああっ、あはああああ」

 

 獣のような声を絞り出して、アルオウィンがまたまた絶頂に駆けあがる。

 そして、またしても尿を放ちながら、失神によって脱力していった。

 ダルカンは、意識を失って、完全に脱力したアルオウィンから怒張を抜く。

 

 ふと、外の大騒ぎに意識を向けた。

 外の広間では大きな喧噪が続いている。

 エルフ女たちの狂ったような嬌声が、いつの間にかさらに大きくなっている。

 いよいよ佳境になったみたいだ。

 

 予定では、セリアを引き出して、アルオウィンに絶望を味わわせるつもりだったが……。

 まあいいか……。

 堕ちたのであれば、アルオウィンを刺激して、心を冷えさせたくない……。

 そのまま置いていても、セリアは人質の価値はある。いや、むしろ、まともな状態を保たせて、人質のまま残しておくか……。

 

「さて、起こすか」

 

 いずれにしても、お愉しみはこれからだ。

 ダルカンは気を失ったアルオウィンを覚醒させるために、アルオウィンに向かって指を伸ばして、股間に向けて軽く電撃を放った。

 

「ほげええええ」

 

 手足のないアルオウィンがまるで芋虫のように、胴体をばたつかせて絶叫する。

 ダルカンは、その哀れすぎる姿に大笑いしてしまった。

 

 

 

(第36話『イムドリスの狂宴』終わり)



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 第37話  魔女と毒婦と性悪女
476 性悪女への躾


「ほら、次は縄跳びだ。跳べよ、雌犬」

 

 ノルズは、小屋の端から端に結んだ長い縄に魔道を流すと、ゆっくりと縄を回転させた。

 次の趣向は、縄跳びだ。

 ノルズが考えた責め苦であり、素っ裸の女を嫌というほど運動をさせるという調教の一環である。

 

 今日の寝床も三日ほど前に偶然に見つけた人里離れたこの山小屋なのだが、ノルズは夕食の支度が終わったところで、昨夜から今日の午前中にかけてのいたぶりによって、素っ裸で縄で括られたまま起きあがることができないで休んでいたエマを叩き起こして、調教を再開した。

 そろそろ二ノスというところだ。

 

 やっていたのは、中腰のまま長くつらい姿勢を保たせたり、寝そべった状態からすばやく直立不動の姿勢になり、また寝そべるというのを繰り返したり、足を拡げて膝を曲げては伸ばしというのを延々と続けたりというような運動だ。

 同じことを騎士隊でやれば訓練になるのかもしれないが、裸で後ろ手に縛った女にやらせれば、心と体力を削ぎ落とす立派な調教だ。

 いつの間にか、外は陽が落ち、小屋の天井にはノルズが吊った小さな灯かりが山小屋の中を照らすようになっている。

 

「も、もう許してください、ノルズ様……」

 

 エマが、後手縛りのまま、疲れ果てた汗びっしょりの身体を床に倒れさせた。

 すかさずノルズは、指をぱちんと鳴らして、エマのふたなりの小さな男根に挿してある金属の短い釘に電撃を流してやった。

 

「はぎいいいい」

 

 エマが絶叫してひっくり返る。

 この雌犬を躾けるためにノルズが施した悪戯であり、こうやって簡単に電撃拷問ができるだけでなく、これを抜かなければ、この雌犬はどんなに刺激を受けても、射精をすることができずに、その苦しさにのたうち回ることになる。

 

 この少女の股間に男の子の程度の小さな男根を生やしてふたなりにしたのは、小屋の壁に背もたれて、ノルズがエマをいたぶるのを愉しそうに眺めている元アスカ城の女王の魔女だが、その男根の先端に魔道で加工した金属の棒を挿させて、勝手に抜くことができないようにしたのはノルズの発案だ。

 

 男根に施す尿道栓ということだが、ノルズの責めに、アスカは大喜びした。

 しかも、面白がったアスカは、男の性器と女の性器の両方を持つエマに対し、男根で射精できなければ、女の性器でも絶頂できないように魔道をかけてしまった。

 この三日については、エマには強い媚薬入りの食事をたっぷりと与えながらも、小便をするとき以外に、エマの男根の尿道栓を抜いてやっていないので、エマはもう三日も焦らし責めになっている状態になっていて、それでも苦しんでいる。

 

 まあ、このエマは、いくら苛めたところで、アスカやノルズを殺そうとまでした娘だから、やりすぎということはない。

 本人にも、調教に耐えられなくなったら、いつでも殺してやると告げているし、ノルズは邪魔になれば本気で処分するつもりだ。

 この逃避行の目的は、アスカをパリスから引き離して、ロウに渡すことであり、エマなど、気まぐれなアスカの退屈しのぎのために連れてきただけだ。

 いつでも殺していいと思ってる。

 エマもそれがわかっているから、ノルズに逆らうことはない。

 

「ひぎいいいっ、やめでえええ」

 

 男根に軽い電撃を飛ばされて、びっしょりと汗をかいているエマの裸身が床でのたうち回り続ける。

 

「ゆ、許しえええっ、い、いやあああっ、あああああっ」

 

 エマが狂ったように床で暴れ続ける。

 ノルズは電撃をとめて、エマの腰骨を蹴飛ばしてやった。

 

「起きないかい。縄跳びだと言っているだろう。そのでかい乳を揺らしながら飛びな。それとも、また、柱に縛りつけられて、ひと晩中ふたなりに電撃を流されたいかい」

 

 ノルズは怒鳴った。

 このエマの男根に挿した金属の棒に、一晩中電撃を流してやったのは、この三人旅が始まった初日のことだ。

 ただの連続電撃責めではない。

 柱に縛りつけ、猿ぐつわをしたうえに、ひと晩中秩序のない間隔で断続的に電撃を流すようにしてやったのだ。

 完全に流しっぱなしにすると、むしろ耐性ができて、拷問としての効果が低くなる。

 それこそ、生ぬるいことを許さないノルズの躾だ。

 しかも、流す時間も弱い電撃を長く流したり、強い電撃を一瞬だけにしたり、短い間隔で連続にしたりするかと思えば、長く間隔を置いて、いつ電撃に襲われるかわからない恐怖に怯えさせたりした。

 それを魔道で勝手に行うようにしてから、エマの悲鳴を子守唄にしながら、アスカとふたりで朝まで寝たのだ。

 目が覚めたときには、アスカを裏切って、パリスに売り渡そうとした性悪女は、ノルズに逆らうことができない完全な雌犬に仕上がっていた。

 次の日は、体力の限界を遥かに越えているエマを魔道で強引に回復させてから、男根に紐をつけて犬のように引っ張って歩かせたっけ……。

 本当に愉しかった。

 

「ひっ、や、やります。やりますから……」

 

 エマは運動で上気した顔を恐怖で引きつらせて、必死になって起きあがらせた。

 そして、諦めたように小屋の中で回っている長い縄に近づていき、ひらりと跳ぶ。

 

「そうそう、その調子だよ。上手じゃないか。失敗するたびに、股間に電撃だからね。必死になって跳びな」

 

 ノルズは笑いながら、魔道で縄の回る速度をちょっと増してやった。

 エマは悲鳴をあげて、必死になって足を跳ねあげて跳び続ける。

 

「ははは、いつ見ても、お前の調教は残酷で面白いさ。大した道具もなしに、趣向を凝らした責め苦を見物させてくれて愉快だしね」

 

 皿に載せてある夕食を口にしながら、ずっとノルズがエマをいたぶるのを見物していたアスカが、愉しそうに笑った。

 ノルズもまた、その横に並ぶように床に背もたれ、自分の皿の食事を口にし始めた。

 

「ご主人様を飽きさせないのも奴隷の務めだしね……。ほらっ、足をもっとあげな。引っ掛かるよ。縄跳び五百。失敗せずに続けな。それが終われば、水を飲ませてやる……。飯もね」

 

 ノルズはエマに怒鳴った。

 縄跳びをしているエマの泣き声が大きくなる。

 この雌犬エマいじめは、まだまだやりたいことがある。

 ノルズは皿のものを平らげようと、急いでさじを動かした。

 

 ハロンドール王国の国境地帯に接する山の森だった。

 

 アスカ城を脱して、執拗な追っ手と戦いながら、ハロンドール王国入りを目指していたノルズたちだったが、結局のところ、ハロンドール王国の西側国境の外縁部を舐めるように山中を旅して、いまは、当初の予定よりもずっと南側のナタル森林に入ったところまで進んでいる。

 ただ、ここから先の目的地については悩んでいる。

 

 考えているのは、ハロンドール入りをやめてナタル森林の奥地に向かって進んでエルフ族の族都とも称されるエランド・シティという城郭に向かうべきか、あるいは、それとも、当初の予定通りに、ひと足先にハロンドールの王都のハロルドに向かうべきかだ。

 いずれにしても、いまのノルズには、どの方針を選ぶべきかを判断する情報に欠けていた。

 

 また、最初の予定を変更して、ハロンドール王国にすぐに入らずに、ナタル森林に向かって進んできた理由は簡単だ。

 アスカを騙して引き渡してしまおうと目論んでいる相手のロウが、いまはハロンドール王国の王都にはおらず、ナタル森林にいることがわかったからだ。

 しかも、突然に王都に異変が起き、それによって起きた騒乱のことも伝わってきた。

 

 さらに、ハロンドール王国の王都で起こったその混乱により、それにつけ込んだ外国勢力が国境を侵さないようにと、三公国側の国境警備が強化されていた。

 それで、身を隠すために、不法侵入をしようと考えていたノルズたちは、ハロンドール王国入りが少し難しくなったのだ。

 始まってまだ、わずか十日余りの逃避行だが、そういう情報をノルズはアスカに見破られないように、ひそかに接触している手の者から入手している。

 

 ただ、ハロンドールの王都側にいる手の者からの情報は不可解そのものだ。

 次々に入ってくる王都の情勢は、とてもじゃないがノルズには信じられないものだった。

 まだ、情報の評価としては、単なる噂程度の範疇を越えないものだが、入手した情報だけでも、ロウにとって危険なものだった。

 だから、詳細を確認する前に、不用意にロウにハロンドールに戻らせるわけにもいかないので、こうやって、彼が戻るときに通過しそうな一帯にやって来るとともに、ここに詳細な情報を届けさせるようにして、万が一のときには、身体を張ってでもロウを引きとめられる態勢をとった方がいいのではないかと考えた。

 そのため、急遽、移動をやめて、この小屋をしばらくの居場所と決めたのだ。

 以降三日、この山小屋ですごしている。

 確かな情報を入手しないことには、うかつに行動を決定することができない。

 

 ただ、問題はこの気紛れ魔女だ。

 

 アスカを信用させて、ロウに渡すためとはいえ、ノルズは条件付きながら、アスカを主人とする隷属の刻印を身体に受け入れている。

 いまは、アスカの命令には逆らない奴隷状態だ。

 だから、アスカが突然の同じ場所への滞在に飽き、ノルズにすぐに王都に向かうように「命令」されれば、ノルズは従うしかない。

 なにかを隠していることを悟られれば、なんでも正直に喋ることを「命令」されるかもしれない。

 場合によっては、アスカは怒り狂うだろう。

 

 もっとも、一応はノルズの悪巧みが発覚しても、アスカがロウにだけは手を出せないように手は打っている。

 アスカの体内には、アスカの身体を瘴気の特異点にする「魔瘴石」とともに、アスカがパリスに逆らえないようにする「なにか」が埋め込まれているらしい。

 アスカはそれを「呪い玉」と称しているが、それを取り出すことができる能力の持ち主として、ロウ=ボルグという老貴族を紹介することになっているのだが、そのボルグ卿を魔道で攻撃しないことと、アスカに埋め込まれている「なにか」を取り出す代償として、そのボルグ卿に身体を許すことまで、魔道契約で承知させているのである。

 

 魔道契約は、強い魔道遣いほど、それに行動が拘束されてしまうので、多分大丈夫だと思うが、そのボルグ卿こそが、かつて、アスカのところから、アスカの「玩具」だったエリカを連れて逃亡したロウのことだと知れば、どういう態度に豹変するかわかったものじゃない。

 だから、ぎりぎり直前まで、アスカにはできるだけ情報を与えたくない。

 従って、ここで待機状態になっている理由が、ノルズが情報を集めているためということを悟られないようにも気をつけているのである。

 

 まあ、魔道の能力がとてつもない割には、かなり頭が軽く、おまけに嗜虐好きの淫乱ときているので、こうやって、趣向を凝らしたエマいじめを見物させておきさえすれば、呑気にすごしてくれている。

 もう数日すれば、王都からの情報もいくらか正確に把握することができると思うから、それまでは、なるべくこの女を退屈させないようにして誤魔化すしかない。

 

 うまい具合に、このところ、しつこかったパリスの部下の襲撃からも免れているし、逃げ回るために転々とする必要はしばらくはなさそうだ。

 また、エマへの嗜虐をアスカも十分に愉しんでくれているから、この小屋から動かないのもアスカからは、文句は出てきていない。

 もっとも、アスカの気を引くためのエマいじめというのは、ノルズの言い訳でもある。

 ノルズは純粋に、こうやって、同性の女を惨めにいじめるのが、心の底から愉しいのだ。

 我ながら、困った性癖だとは思うが、これだけはやめることはできない。

 

「ところで、ノルズ、この山小屋にはいつまで、留まっているんだい? 明日くらいには、出発はしないのかい? この身体に埋め込まれた魔瘴石と呪い玉を取り出してくれる狒狒爺(ひひじじい)のところにね」

 

 アスカがエマの痴態を眺めながら言った。

 エマは疲労困憊の身体を必死に動かしながら、長いロープの回転に合わせて、汗をまき散らして飛び続けている。

 長くやらせ続けている運動で湯気がたつほどに上気しているエマの裸身は、彼女が跳ぶたびに、縄で堅めあげられている乳房が揺れ、双臀がうねり、股間の男根が上下にぶるぶると動く。

 なかなかに惨めで煽情的な光景だ。

 

「なに言ってんだい。先日も説明したじゃないかい。あたしらがここで動きをやめて隠れているあいだに、あたしの部下が、あたしたちに扮してハロンドールの国境の反対側を動き回っているのさ。もう少しの辛抱だよ。パリスの部下はすっかりと、そっちに引きつけられるさ。そうすれば、安心して、こっち側から王都に向かえるということさ」

 

 ノルズたち三人の身なりに似せた女三人を囮として北側の国境沿いに出現させ、パリスの追っ手を目くらましにさせているのは事実だ。

 それで、完全に彼らは、ノルズが手配した囮の方向に向かったらしく、この数日については完全にパリスの手の者の追っ手の影がない。

 アスカにも、もう少しこのまま待機すれば、うまい具合に逃げおおせるだろうと説明している。

 

「だけど、連中がわたしを諦めることはないさ。絶対にね……。連中の追っ手を追い払うには、お前が連れていってくれる爺が、このわたしの身体に入っているものを一刻も早く取り出してくれることさ。ここには、連中が絶対に諦めない大切なものがあるからね。どんなことがあっても、連中はあらゆる手段で、わたしを探し出して追ってくるよ」

 

 アスカが自分の胸を軽く叩く仕草を示しながら、言葉の内容とは裏腹の気楽そうな態度で言った。

 実際のところ、ロウがアスカの身体の中に埋められている得体の知れない「何か」を淫魔術で取り出せるかどうかはわからない。

 まあ、できるんじゃないだろうか。

 少なくともロウは、スクルズたちから魔瘴石を抜き、ノルズが掛けられていた死の呪いを性交するだけで、解除してくれた。

 ロウの実力については、実のところ、ノルズはあまり心配していない。

 また、ロウのことを年老いた貴族だと考えたのはアスカの勘違いだ。

 ノルズはただの一度だって、ロウのことを年寄りとは口にしていない。

 具合がいいので、勘違いを訂正するつもりもないが……。

 

「まあ、逃亡のことと、連中を巻くことについては、あたしに任せておくれ。ちゃんと考えてやってんだ」

 

 ノルズは言った。

 いずれにしても、とてつもない力を持った魔女のアスカだが、パリスとパリスの手の者には、アスカ自身は魔道で抵抗もできないし、攻撃することもできない。

 そういうパリスの魔道がアスカにかけられているらしい。

 だから、この逃避行については、なにからなにまで、ノルズに頼るしかない。

 従って、ノルズを隷属させながらも、アスカは最終的にはノルズに応じるしかないのだ。

 

「あっ、いやっ」

 

 そのときだった。

 エマが足を縄に引っ掛けて、緊縛した裸身をつんのめらせ、しかも、両腕を背中で縛られているために、重心を完全に失ってしまい、床に転倒したのだ。

 

「こらっ、なに、失敗してんだい。罰だよ」

 

 ノルズはエマの男根の尿道栓に電撃を流してやった。

 

「うぎゃああ」

 

 エマが獣のような絶叫をあげてのたうち回る。

 その姿にアスカが手を叩いて笑いこけた。

 

 だが、その騒がしさに混じって、ノルズの耳に小屋の外から(ふくろう)の鳴き声が聞こえてきた。

 ノルズは電撃をやめて、たちあがった。

 

「立ちな、エマ……。次は縄を跨げ。そうだね……。この水筒をその男根で持ちあげてごらん。縄を張ってやるから、女の股で擦りまくるんだ。そうすれば、ふたなりの男根ももっと勃起して水筒くらいあがるというものさ」

 

 ノルズは、回っていた縄を魔道で、エマの腰の括れの高さで、ぴんと横に張り、強引にエマに跨らせた。

 そして、水がいっぱいに入っている革の水筒に紐をつけて、男根の先に結びつけてやる。

 

「い、痛いいっ」

 

 さすがに水の入った水筒は重いらしく、ノルズの男根は引っ張られて床に向かう。

 ただ、十分に紐は短いので、縄に跨らされて腰をさげることができないエマは、男根で水筒を宙吊りにした状態になった。

 

「エマ、いい格好じゃないか。女の股の寸止めを解放してやるよ。久しぶりに絶頂していい。ノルズの言いつけ通り、見事に水筒を上まであげてみせるんだ」

 

 アスカが笑いながら言った。

 ノルズは、アスカにちょっとエマと遊んでいてくれと言ってから、立ちあがった。

 

「どこに行くんだい、ノルズ?」

 

 すると、アスカが声をかけてきた。

 

「用足しさ。おしっこだよ」

 

「小便なら、エマに飲ませてやりなよ。喉が渇いて死にそうな顔をしているよ」

 

 アスカが笑った。

 一方でエマはもう反撥する気力もないのか、横に張った縄に跨って亀裂を喰い込ませ、腰を前後させて動かし始める。

 しかし、動けば男根にぶら下げられている水筒によって痛みが走るのか、気持ちよさよりも苦痛がまさってつらそうな様子である。

 

「こいつには自分の小便を食事に混ぜて食わせるよ。自分の精液付きでね。だから、女の股は解放していいけど、男根の尿道栓はそのままにしていくれよね、ご主人様……。戻ったら、自分の食事の皿に、射精と小便をさせるから……」

 

 ノルズはうそぶき、小屋の外に出た。

 

 エマの悲鳴が聞こえる小屋から離れていき、夜道を少し進んで、小屋の喧噪が小さくなるくらいに距離をとった。

 口笛で虫の声を奏でる。

 すると、夜闇からひとりの男がすっと目の前に出現した。

 

「ノルズ様、いくつか報告があります……。まずは、ハロンドールの王都の異変に関する追加報告です……」

 

 男が口を開いた。



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477 毒婦の情報収集

「ノルズ様、いくつか報告があります……。王都の異変についてです……」

 

「何かわかったかい?」

 

 現われたのはノルズの手の者のひとりだ。

 敵意はない。

 

 この周囲一帯は、ノルズの妖魔使いの術で、追っ手はおろか、獣一匹接近できないように妖魔群を地面の中に隠れさせている。しかも、その妖魔の発動は、ノルズたちに対する敵愾心を感知したときということにしていた。

 不用意に誰かがやってくれば、勝手に一網打尽に撃滅できるのだ。

 さもなければ、ああやって、エマへの嗜虐に没頭できるものじゃない。

 だから、この男がここにいるということは、ノルズに対する邪心なく、ノルズに会いにやって来たということだ。

 

 相手は、心を操って他人を言いなりにする術を盛ったパリスなので、自分の部下であっても迂闊には油断しないための処置だ。

 また、さっきの(ふくろう)の鳴き声と虫の声は、この男と取り交わしている合言葉である。

 いずれにしても、ノルズは自分の手の者を信頼してなどいない。

 しかし、信用はしている。

 パリスの手が加わっていないことは確認しているし、ノルズがいま属する組織の連中でもない。

 金で雇った連中だ。

 だが、金を支払う分は信用はできる。

 変な操りさえ受けていなければ、こいつらはちゃんと支払いに応じる情報は持ってくる。

 それは信用している。

 

「……まず、ロウ=ボルグ卿に対する手配書は本当でした……。公にはされていませんが、ハロンドール中の関所には彼の似顔絵付きの手配書が配布されています。入国次第、密かに捕縛するように、全土の軍と領主たちに通達が流されたようです……。ボルグ卿が一時的に出国していることも連絡されております。なにも知らずに入国したところで、すぐに捕えられる手筈になっています」

 

「だったら、国境のところに貴族の雇った傭兵がいるだろう? モーリア男爵っていうやり手の……。もしかして、あれって……」

 

「ロウ卿捕縛の兵です。間違いありません。魔道具を使って隠れていますが、何人かを探ることに成功して、全員が同じ人相書きを持っていました。ナタルの森からハロンドール王国側に戻るところを捕らえるために、隠れて待ち構えていると思っていて間違いないと思います」

 

 男は言った。

 ノルズはこの小屋に滞在するようになってから、この一帯のもっとハロンドール側に得体の知れない傭兵団が潜伏のようなことを開始したことに気がついていた。

 そっちについては、ノルズでも直接にわかったが、アスカのところから離れるわけにはいかなかったので、調査はこいつに任せていた。

 前回の情報と合わせて、その可能性も心に抱いていたが、まさかとは思ったが、本当にロウの捕縛が目的だったのか……。

 

「なんで……。どうして、そんなことになってんだい?」

 

 ノルズは溜息をついた。

 やはり、最初に入手した情報は眉唾物ではなく、正しいものだったようだ。

 

 それにしても、どうしてそんなことに……?

 ロウは、ずっと王都でうまくやっていた。

 あのすさまじい性技の術を駆使して、王都の女傑たちを次々にたらしこみ、あっという間に優秀な冒険者になっただけでなく、王妃や王太女のお気に入りになり、子爵という爵位と王妃相談役という王城に出入り自由だという高位の役職まで手に入れていたのだ。

 それが、どうして、いきなり手配ということになるのか……?

 

「……理由はわかりません。ただ、国王の自らの命令というほかには……」

 

「王太女は?」

 

 あの国の王は、国政や権力闘争に興味を示す性質ではない。

 むしろ、後宮に閉じこもって快楽の追求に精力を費やす軟弱者であり、そのため、王の権力は国王自身よりも、その周辺の人間が実際を握ることが多い。

 キシダインという第一王女の婿が野心を抱いて王位に近づいたときには、それを阻止するよりも、実権を与えて当面の事態だけを収束させて、自身は事態を静観する態度に専念していたくらいだ。

 それにより、アン王女やイザベラ王女が悲惨なことになっても、無視して周囲を顧みなかった。

 最近では、王太女となったイザベラに、職権のかなりの部分を譲り渡していて、さらに後宮に入り浸っていると耳にしていた。

 

 そんな男が突然に、王太女の恋人と称されているロウに捕縛命令を出したりするだろうか?

 ロウは成り上がりとはいえ、功績もあり、なによりも王妃や王太女のお気に入りなのだ。

 もしも、そんなことをしたとしても、ロウに心酔している王太女が、国王の暴走を許さぬはずなのだが……。

 

「王太女については、王都にはいないようです。ノール海岸の離宮に幽閉されたという話も……」

 

「幽閉だって……?」

 

 驚いた。

 王女イザベラはロウの女のひとりだが、国王には三人の王女しかおらず、外国に嫁いだ次女のほかには、第三神殿に預けられているアン王女と、イザベラしかない。

 事実上の後継者はイザベラひとりなので、そのイザベラを退ければ、国王には誰も後継者がいないことになる。

 そもそも、あの国王は、女好きの怠け者だ。好んでおかしな政治工作をするような男ではなかったのに……。

 

「詳細は調べさせています。とにかく、情報が錯綜していて、よくわからないことだらけなのです。情報は集めております。新たなことがわかれば、逐次にノルズ様のところに報告をしに来ます」

 

 王都に向かわせた手の者は、あらかじめ置いている者も含めれば十人くらいというところだろう。

 彼らには、今回の王都の異変について、すぐに明らかにするように指示をさせており、少しでも新しい情報があれば、どんどんとここに送り込んでくるように手筈を整えている。

 特別な魔道により、情報だけをこの男に送り込むのだ。

 そして、こいつがこうやってノルズにこっそりと接触して、ノルズに情報を伝えに来るというわけだ。

 

「……もしかして、最近になって国王に近づくようになった新しい側近とかいるかい? それとも寵姫とか……?」

 

 ハロンドール王の突然の変異──。

 勘ぐりすぎかもしれないが、パリスの影か? あるいは、タリオ公国のアーサー?

 パリスにしても、アーサーについても、あのふたりは共通して陰謀好きだ。

 

 パリスについてはとんでもない男だ。

 あいつの飼い主は、三公国によって、タリオ公国に隠居領を与えられて閉じ込められている初代皇帝の末裔であり、パリスを使って、かつて異世界に封印されたという「冥王」を復活させ、その冥王を操って、世界支配を取り戻そうと企てている阿呆たちなのだが、そいつらは、ままごとのような目の前の権力争いをする程度の器しかない。

 もしも、パリスという闇魔道の天才がいなければ、冥王などという途方もないことに手を出すこともなく、歴史の影に埋もれて消滅する旧権威の成れの果てとして、世間に忘れられたまま、何事も成すことなく、その存在を失っていっただろう。

 パリスを通じてとはいえ、魔道王国エルニアに入り込み、一度はキシダインという俗物を利用してハロンドール王国の王権に接近し、いまはナタル森林に瘴気を大発生させて、エルフ族の発祥地を魔物の棲み処に化そうとするという途方もない企てを進めている。

 すべて、パリスの発想と行動だ。

 あの男ならば、もう一度ハロンドール王国に手を伸ばして、国政の実体を奪い、内乱を引き起こして、ナタル森林に大発生させる魔物軍を引き込み、ハロンドール王国を滅亡させるくらいのことは考えかねない。

 そういう男なのだ。

 だったら、惰弱者のハロンドール王が突然に変心して、国政を混乱させ始めたというのは、あの男が誰かを王に接近させたからというのは、十分に予想できる。

 

 一方で、アーサーはもう少しまともだろう。

 だが、傍系の出自でありながら、嫡系の公子たちを蹴落として大公にまで成りあがり、老獪な大貴族たちを手玉にとって権力を奪い、いまはすべての権力を把握して、公国改革施策を貫いている。

 表の仕事も一流だが、実は裏側の謀略や駆け引きについては、超一流である。

 だからこそ、いまの地位を築いているのだ。

 そして、あいつが野心家であり、ローム三公国どころか、ハロンドールやエルニアまで従えて、この大陸の覇者たらんとする野望を抱いていることは、ほかの誰よりも、ノルズが知っている。

 もしかして、アーサーか?

 

 パリスとアーサー……。

 探る手は、いずれもノルズは持っている……。

 確認するか……。

 まあ、アスカのことを無事にロウに支配させることに成功してからのことになると思うが……。

 

「あの国の王の一番のお気に入りの寵姫はサキという女性です。それと確か、ピカロ嬢とチャルタ嬢……」

 

 したり顔で言っているが、そんなことはノルズはわかっている。だが、素知らぬ顔をして報告を受ける。そうやって、こいつらが金に見合う仕事をこなしているかどうかを見極めるというわけだ。

 まあ、中には新しい情報もあるから、それを組み合わせて、ノルズはわかったことはできるだけ洩らさずに報告することを求めている。

 とにかく、サキもほかのふたりの、実はロウの女だ。

 人間ではなく、妖魔だったはずだが、その女たちがロウを裏切ることはあり得ない。

 

「後宮でなくてもいい……。男かもしれないし、女かもしれない。国王に近づいて、最近になって権力を握るようになった存在はないのかい?」

 

「調べます」

 

 男はそれだけを言った。

 ノルズは頷いた。

 

「わかった……。ほかには?」

 

「ノルズ様に命じられた王都内の女たちについて調べました。まずは、王妃アネルザが捕縛されたというのは事実のようです。王都にある貴族用の監獄に収監されています。これは確かな情報のようであります。また、冒険者ギルドのミランダについても、いまはギルドを解任されています。彼女もまた行方知れずです。やはり、ひそかに監禁されているという情報も……」

 

 王都の異変に接して、ノルズが一番に調査するように指示したのは、ロウに事実上の捕縛命令が与えられることになった発端のことであるが、同時に王都にいるロウの女たちの行く末のことについてでもある。

 そして、アネルザの捕縛とミランダのことについては、王都の異変に関する情報の中で最初に接したものだった。

 最初は信じられなかったが、やはり、本当のことだったらしい……。

 ふたりとも、表と裏で、王都では最大の影響力を持っている女傑だ。

 国王がロウに手を出そうとするならば、一番先にそれを阻止するために動きそうなふたりである。

 それが捕らえられたとは……。

 

「これはまだ、不確かな情報なのですが……」

 

 男がちょっと続きを躊躇うような口調になった。

 

「なんだい……?」

 

「スクルズ様のことです」

 

「スクルズ?」

 

 スクルズは、王都第三神殿の神殿長にして、史上もっとも年少で神殿長にまで昇りつめた女であり、王都にいるロウの女たちの中では、ある意味最大の実力者といっていい。

 若き美貌の神殿長として、王都では絶大な人気があるだけでなく、ロウによって魔道能力が膨大に引きあがったらしく、魔道遣いとしてはハロンドール随一だと称されている。

 

 “ハロンドールの白い魔女”──。

 

 彼女が神殿長に就任したとき、真っ白い衣装を身につけたことから、民衆たちが口にするようになったスクルズの二つ名だ。

 そして、スクルズは、第二神殿の筆頭巫女のベルズ、彼女たちが保護しているウルズとともに、ノルズの大切な存在でもある。

 パリスの手の者をしているときには、彼女たちに罠をかけ、酷い目に遭わせたので、彼女たちはノルズに恨みを抱いているかもしれないけど、ノルズはロウのために生きることを決めてパリスを裏切ってからは、いつか、その償いをしようと思い続けている。

 いずれにしても、スクルズは、ロウとともに、ノルズにとってかけがえのない人物である。

 そのスクルズにも何かがあったのか……?

 

「王宮に呼ばれて、毒杯で死を賜ったとか……」

 

「死んだ? 馬鹿げたことをいうな──。ふざけているのか──」

 

 ノルズはびっくりして思わず大声をあげてしまった。

 相手がひるんだようになる。

 慌てて、表情を消す。

 

「いや、続けろ……」

 

 ノルズは取り繕って言った。

 しかし、内心は動顛してしまって、胸がとんでもなく激しく鼓動しているのがわかる。

 スクルズが死んだ?

 そんなことはあり得ない──。

 あり得るものか──。

 

「も、もちろん、不確かな情報です。信憑性はわかりません。ですが、王宮に入っている複数の者からも、スクルズ様が謁見の間で、国王から酒盃を渡され、その直後血を吐いて死んだという目撃が……。それだけでなく、死骸が晒されたとか……」

 

「あり得えない──」

 

 ノルズはそれだけを言って絶句した。

 冗談じゃない──。

 どんなことがあろうとも、スクルズが王に命じられたとしても、あっさりと毒杯を受け入れて自裁するなどない──。

 ロウに出会ってからのスクルズは、神殿業のことなどどうでもいいかのように、ひたすらにロウにのめり込んでいた。

 ひそかに情報を集めさせていたノルズは、そのことをよく知っている。

 そのスクルズが、ロウと離れているあいだに、毒杯で自殺などするわけがない。

 

「情報は錯綜しております。色々な報告が送られていて、果たして、どの程度正しいことなのかも……」

 

 男は困ったように言った。

 この男もまた、情報をまとめているだけだ。

 自ら接した情報でない分は、齟齬もあり得る……。

 まあ、正確さだけを追求すれば、情報も入らなくなるから、ある程度の精度は妥協するしかないが……。

 

「スクルズが死ぬわけがないよ。ベルズだっているだろう。そんなことをすれば、神殿界が黙っていない」

 

 ノルズは言った。

 

「噂によれば、スクルズ殿は、国王にベルズ殿やウルズ殿を処刑すると脅迫され、それでふたりを助ける代償として、毒杯を受け入れたとか……」

 

「ふたりを助けるために?」

 

 唖然としたが、それならばあり得るかもしれない。

 スクルズは基本的にお人よしだ。

 大切なふたりの親友を助けるために、自死を受け入れるということならあり得るかもしれないけれど……。

 だけど、ねえ……。

 

「ただ、ベルズ殿とウルズ殿のおふたりについは、特に害されたという話は……」

 

「スクルズが犠牲になったから、約束通りにベルズたちには、王が手を出さなかったということかい……?」

 

 思わず唸ってしまった。

 それでも、どうしても信じられない。

 スクルズが死んだだって?

 ロウに出会う前の弱々しかった頃はともかく、ロウと出会ってからのスクルズは……。

 とにかく、調べさせるか……。

 ノルズはさらに報告を促すことにした。

 

「アン王女は? 彼女はどうしてるんだい? アン王女はスクルズ預かりだったろう?」

 

 かつてキシダインに嫁ぎ、彼に監禁されて、虐待されつづけてきた哀れな王女は、侍女のノヴァとともに、ロウに救出されて、スクルズのいる第三神殿に保護されていたはずだ。

 彼女はどう動いたかでも、スクルズのことはわかるだろう。

 しかし、アン王女に関する情報は、男は持っていなかった。引き続き、調査をさせるという話に留まった。

 

 ノルズは、ロウの屋敷についても訊ねた。

 ロウに捕縛命令が与えられたのなら、ロウの留守屋敷は、王軍がいち早く取り押さえた可能性が高い。

 しかし、あそこには、ロウに仕えているシルキーという屋敷妖精がいる。

 屋敷の敷地に限り、あの屋敷妖精の能力は無限に近く、迂闊に軍が入り込もうとすれば、大変な騒動になっているはずだ。

 また、カモフラージュ用の王都屋敷にもまた屋敷妖精がいて、そっちはブラニーという名だ。

 こっちはスクルズの名義だったか?

 まあ、生半可なことじゃあ、手は出せないと思うが……。

 

「なにもありません。ロウ殿の屋敷周辺は手の者がしっかりと監視しておりますが、そこについては異変は全くないと連絡を受けています。侵入しようとした賊ひとりでさえ皆無です」

 

 ならば、王は国外に出たロウを手配し、ロウの周りの女たちを次々に手を出しながら、ロウのどちらの屋敷自体には手を出していないということか……。

 もちろん、あの王都郊外の幽霊屋敷がロウの家であることをロウは隠していたが、その気になれば、国王は簡単にその情報を入手できるだろう。

 ブラニーのいる王都屋敷など、郊外にある本命を隠すための隠れ蓑の性質もあるはずだが、それなのに、そっちのロウの仮屋敷までも無関与か……?

 

「王都については以上です」

 

 男は言った。

 ノルズは、引き続き王都について調査を続けさせろと指示した。

 

「じゃあ、エランド・シティについてだよ」

 

 ノルズの言葉に、男が小さく頷く。

 

「エランド・シティ内で大規模な水晶軍の出動がありました。ほぼ全軍が出動したみたいです。ですが、こっちも詳細は不明です。確かなのは、その水晶軍が何者かを捕らえるために出動したというところまでです。しかし、夜出動した水晶軍は、早朝には引きあげています。こっちも、もっと調べさせます」

 

「水晶軍?」

 

 エランド・シティというエルフ族の都であり、ノルズ自身が一時期潜り込んで諜報をしていた。

 水晶宮という行政府があり、そこからしか行くことができいないエルフ族女王のガドニエルに一定期間侍ったのだ。

 ノルズのいまの組織の指示によりやったことだが、パリスの手が伸びようとしていることに気がついて、警告だけは置いてきた。

 それはともかく、捕り物だと?

 そして、水晶軍が全軍ほどの勢力を出動させたということは、余程の事態だ。さらに、夜に出動して、早朝には引きあげたということは、つまりは夜のあいだに目的を果たしたということではないだろうか……。

 ロウがクエストのために、ナタル森林内のエルフ族の小さな里のひとつである「褐色エルフの里」を訪問し、そこからなぜかエランド・シティに向かったということまでは、手の者を通じて把握していたが……。

 そのエランド・シティで……?

 なにか嫌な予感がする……。

 

「わかった。とにかく調べな。王都よりもそっちだ。ロウ卿に関することもね。最優先だ」

 

「承知しました」

 

 すると男は、やって来たときと同じように闇に溶けるように姿を消した。

 

「それにしても……」

 

 ひとりになってから、ノルズは思わず呻いてしまった。

 本当に、王都でなにが起きているのだろう……?

 また、ナタル森林の都に向かったロウは大丈夫なのか?

 ロウになにかがあったのなら、命をに代えても、彼を守らないとならないが……。

 

「おかしなことだらけだよ……。ロウ様……。そして、スクルズが……?」

 

 ノルズは小屋に戻りながら首をひねった。

 ロウに限って、なにもないと思うし、エランド・シティの騒動というのは、きっとロウとは無関係だと思いたい。

 また、スクルズが死んだなど絶対に信じないが、そっちについては、そんな噂が飛び交うということは、なにかがあったということは間違いないだろう。

 

 できれば、ノルズ自身がハロンドールの王都に入り、あそこで起きている異変を確認すれば、確かなことがわかるだろうけど……。

 しかし、そうしようと思えば、いまはアスカを一緒に連れていかなければならないし、戻ってくるロウに事前に危険を警告することができない。

 すると、十分な情報を得ないままロウたちがハロンドールに戻り、そのまま捕縛どころか、王軍によって抹殺されるということさえあるかもしれない。

 ロウを捕らえる軍は、間違いなく国境沿いに展開されているようなのだ。

 そもそも、ロウは無事か?

 ハロンドール王国に戻るまでは安心だと考えていたが、さっきの水晶軍の出動の情報に接して、俄然心配になってきた。

 

 どうするか……。

 ノルズはもやもやとした疑念を抱いたまま、小屋に戻った。

 

「やあ、遅かったじゃないかい。いま、やっと気をやったところさ」

 

 小屋に入ると、アスカが大きな声をあげて笑っていた。

 その視線の先には、全身を真っ赤にして、荒い息をして縄に跨っているエマがいる。

 男根に吊った水筒はものの見事に勃起した男根により吊りあげられている。

 

「よくやったじゃないか、エマ……。なら、今夜はこれで許してやるさ。さあ、しごいてやるから、この皿に跨ってお前の精液をぶっかけな。小便もね」

 

 ノルズは縄を落としてエマを解放すると、エマのために準備してあった食事入りの皿をしゃがませたエマの股間の下に差し入れた。

 そして、男根から尿道栓を外す。

 

「ああ、ああああっ」

 

 二、三回幹を擦ってやると、エマはすぐに白い白濁液を男根の先から噴出させた。

 このところ、媚薬漬けの食事と水を与え続けていたから、エマの身体は性欲が溜まりきっている。精液の量もすごい。

 ノルズは皿を動かして、それを全部、食事の上にかかるようにした。

 

「ほら、小便もだ」

 

 ノルズは号泣するエマを後ろから抱えるようにしながら、乳房と股間をくすぐるようにしてやった。

 昼から排尿を許されていなかったエマは、すぐに男根から尿を放出させて、床におしっこをまき散らしながら、ノルズが持つ食事の皿にじょぼじょぼと自分の尿を注いでいく。

 

「いいねえ、その惨めそうな顔は……。しっかりと食べな。お前の餌らしいよ」

 

 すると、アスカがエマを見て大笑いした。

 ノルズも、その愉しそうな姿についつい頬を綻ばせた。



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478 魔女の気紛れ命令

 目を覚まして小屋の外に出ると、仕掛けておいた罠に兎がかかっていた。

 ノルズはさっそく食事の支度にとりかかることにした。

 朝食だけじゃなく、今日一日分の食事だ。

 鍋に大目に作って、夕食まで少しずつ食べるのだ。

 

 アスカとエマが起き出してくるのは、もう少し陽が明るくなってからだと思う。アスカは基本的には朝は遅いし、エマについては昨日も一日中、体力の限界を越して調教をしてやったので、声をかけなければ昼までだって眠っているに違いない。

 食事の支度など、あの奴隷女の仕事だとは思うのだが、あの馬鹿はああ見えて、元々はいいところのお嬢様らしく、まったく料理のようなことができないのだ。

 それで、この旅の食事係はノルズということになっている。

 

 食事の支度を始める前に一度覗くと、案の定、アスカは床の上で毛布をかけてしっかりと寝息をかいていて、エマは素っ裸のまま身体を丸めるようにして部屋の隅で熟睡していた。まだ、ふたりとも目を覚ます気配はない。

 朝食の準備が終われば、まずはエマを蹴り飛ばして起こしてやろう。

 それが、今日の調教の開始だ。

 

 今日はどんな趣向でいこうか……。

 

 あの娘をいたぶり抜く調教のことを考えると、すぐにノルズは、自分の全身がふすふすと、苛烈な欲望と情念に灼け始めるのを感じた。

 やはり、自分はどうにも特殊な性癖でありすぎるようだ。

 抵抗できない相手を泣き喚かせながら苛めつくし、尊厳という尊厳をとことんすり潰させるとき、ノルズの全身は目くるめく衝撃のようなものに貫かれる。

 肉体と心の隅々に、嗜虐の悦びが満ち満ちていくのだ。

 

 昨夜もエマという玩具で愉しんだ。

 ほぼ一日中、あの手この手でいたぶり抜いてやったが、最後の責めはくすぐり責めだった。

 小屋の真ん中で手足を拡げて動けなくしたエマの裸身をアスカとふたりがかりで徹底的に鳥の羽根で身体をまさぐったのである。

 たかがくすぐりだが、度を越すと立派に残酷な拷問だ。

 

 感じさせるくすぐりではない。

 全身を痙攣させながら笑い続けるしかない刺激を無理矢理に引き起こすためのくすぐりだ。

 やめてくれと笑いながら哀願するエマを許さず、ひきつけを起こして二度も失神したのを電撃で強引に覚醒させて、くすぐり続けた。

 最後には失禁どころか、脱糞までしたのだから、後始末も大変だった。

 

 一方で、旅についてはまだ再開のつもりはない。

 だから、今日もエマ遊びだ。

 気になっているハロンドールの王都の状況は、いまだに靄に包まれたようにぼんやりとしかわからないし、また、ロウたちがいるナタル森林の奥地にあるエランド・シティに関して、不穏な動きの情報がどうしても気になる。

 

 エランド・シティの下層地区と上層地区で、大規模な軍の動きがあったという情報だ。

 動いたのは水晶軍とも称されるシティの太守の率いるエルフ軍なのだが、誰かを捕らえようとしていたということまではわかった。

 だが、その対象がロウだとしたら……。

 どうも、その軍が捕らえようと動いた時期と、ロウたちがエルフ族の都に向かった時期が重なる気がする……。

 

 ロウなのか……。

 気になる……。

 ノルズは状況の把握を急がせているが、場合によっては、アスカのことは放逐してでも、ロウの救出に向かうことを考えなければならないかもしれない。

 とにかく、彼を死なせるわけにはいかないのだ。

 絶対にだ──。

 

 彼が与えてくれた命に報いるためのことを行動で返す──。

 それが、いまのノルズが生きている意味だ。

 あのとき……。

 パリスに掛けられた「死の呪い」から無償の行為で救ってくれた……。

 

 そのときに決めたのだ。

 この人を生涯にわたって守り続けようと……。

 

 それを決心して、彼の前から逃げ、持っているすべてのものを使って、ロウを陥れる存在を駆除し続けた。

 アスカをアスカ城から連れ出して、彼のところに向かわせているのも、そのためだ。

 ロウのことを敵視していたアスカが、ロウの淫魔術に捕らわれれば、それでロウの憂いはひとつ消える。

 

 その工作に没頭しているうちに、陰謀好きのパリスが、刺客を送るなどにより、ハロンドールの王都で実力者として頭角を示し始めたロウにぶつかり合う気配を示しだしたので、それにも手を打った。

 パリスが手を伸ばそうとしていたエルフの女王のガドニエル、パリスの飼い主である皇帝家の末裔を見張っているタリオ公国アーサーなどに対して、パリスの陰謀について、ノルズが作った組織を活用して情報を横流ししたのだ。

 そうやって、パリスがロウのいるハロンドール王国にはあまり目が向かないようにもしたりした。

 

 しかし、ノルズの預かり知らないところで、ロウは自らパリスが現段階でもっとも精力的な活動をしているエランド・シティとナタル森林に向かったのだが、そこでパリス一派と接触をしてしまった可能性がある。

 エランド・シティで水晶軍のおかしな動きがあったのが、その兆候だ。

 

 もしも、パリスに目をつけられてしまったのだとすれば、ロウが危険だ。

 パリスは闇魔道の天才だ。

 

 ロウという男の能力を知れば、絶対に彼を洗脳するか、あるいは精神的に追い詰めて心を壊すかして廃人にしてしまうかもしれない。

 あるいは、これは噂であるが、パリスには能力の高い相手を殺して、その力を自分のものにしてしまうという力があるとも言われている。

 ノルズからみても、ロウの能力というのは、とてつもないものである。

 あのパリスだったらノルズから簡単に魔瘴石を抜いたり、パリスの施した死の呪いを打ち消してしまうロウの力を手に入れたいと思うのではないだろうか……。

 

 とにかく、もしも、ロウがパリスに捕らわれたという情報があれば、ノルズはアスカを捨てて、彼を助けに行くつもりだ。

 アスカをロウに与えられないのは残念だが、ロウが死んでしまったり、廃人になったりしては、ノルズのやっていることは元も子もない。

 

 だから、もう少しここで様子を見る。

 そう決めていた。

 

 ノルズは小屋の扉を外から静かに閉め直すと、罠にかかった兎を掴み、首を切断して小屋の横の樹に逆さにぶら下げて、血を抜いた。

 そのあいだに、鍋に水を張って焚き火を起こして、取っておいた茸を刻んで煮る。

 やがて、水が沸騰してほのかな香りがするようになると、兎を捌いて鍋に放り込む。そのとき、肉だけでなく、内臓も洗って鍋に刻んで入れる。香草も足す。

 

 しばらくすると、すっかりと肉が柔らかくなってきたので、野菜と米を収納魔道で異空間から出して鍋に加えて、さらに煮る。

 実のところ、これはロウに貰った力だ。

 彼は、抱いた女の能力を飛躍的に上げる力もある。

 それは、ひそかにロウの観察を続けていくことでわかった。

 どうやら、その恩恵を、ノルズもまた受け取ったみたいなのだ。

 従って、こんなことを魔道で自在にできるのも、ロウのおかげというわけである。

 

 ノルズは改めてロウへの感謝の心が沸き起こるのを感じながら、鍋が焦げないようにかき回した。

 収納魔道だけでなく、跳躍魔道を駆使できるほどの魔道力や、さらに妖魔を使役する妖術師としての能力だって、ロウに抱いてもらってから、想像を絶するほどの向上をしている。

 果たして、どれくらいの恩を返せばいいのだろう。

 

 鍋ができあがった。

 ノルズは、小屋のふたりに声をかけようと立ちあがった。

 さて、今日のエマへの調教はどういうものにしようか……。

 そろそろ、エマへの調教も変化が欲しいところである。

 あるいは、男を交えるというのはどうだろうか?

 

 そういえば、パリスの手の者については、ハロンドール王国の反対側の国境付近に使った囮に引きつけられて、かなりの勢力が遠くに離れているのだが、幸いにも、ノルズがこの一帯の周域に蔓延らせている土妖魔が、ふたりほどの男がこの周辺をうろうろとしている気配を掴み取っていた。

 もしかしたら、そろそろ、パリスの手の者の一派が、この付近にもやって来たかもしれない。

 このまま、妖魔に殺させてもいいのだが、その前に生け捕りにして、ここに連れてきて、エマへの嗜虐の道具として使ってもいいかもしれない。

 用済みになった後で殺せばいいし、男が加わわることで、責めに変化がつくというのは、なによりも、あの淫乱魔女が悦びそうだ。

 

 しかし、何よりも愉しいのは、もうこれで今日は調教を終えてやると告げておいてから、安堵して休もうとしているのを無理矢理に引き起こして調教を再開することである。

 あの絶望的なエマの表情は、なによりもノルズの欲情を刺激する。

 

「飯の支度ができたよ。起きておくれ──。あれ?」

 

 小屋に入って声をかけると、果たしてアスカは起きていて、すでに魔道で洗顔などを終わって、髪も綺麗に整え終わっていた。

 

「おはよう、ご主人様。早いね」

 

「お前ほどじゃないけどね」

 

 ノルズが挨拶をすると、アスカはにっこりと微笑んだ。

 振り返って、反対側の部屋の隅で寝ているエマの腰を蹴りあげる。

 

「ひいっ、あっ、お、おはようございます」

 

 エマが悲鳴をあげて跳び起きる。

 

「おはようじゃないよ。ぼけっとすんじゃないよ。最下級の奴隷の分際で、このあたしに食事の支度の全部をやらせるつもりかい。とっとと起きて、椀に入れて運んで来い。そのくらいできるんだろう」

 

 怒鳴りあげた。

 エマは恐怖で顔を引きつらせながら、裸のまま外に出ていく。

 このエマには、もう数日間、服を取りあげて渡してない。

 逃亡の防止というのもあるが、まあ、ただの嫌がらせだ。

 エマの衣類は、ノルズの収納魔道でエマに手が出せないように、しっかりと保管している。

 

「今日も旅は始めないのかい、ノルズ?」

 

 エマが小屋の外に出ていくと、アスカが声をかけてきた。

 アスカは、なぜか右手でじっと胸を押さえる仕草をしている。

 心の臓でも痛いのか?

 まあ、そんなこともないだろうが……。

 

「まあ、もう少しだね。数日は我慢しておくれ。あんたを追いかけている追っ手は、もう少しで完全に反対側の国境に引きつけられるはずなんだ。それまで、ここで大人しくして、こっちの気配を絶ってしまう。それをしてるのさ」

 

「ほう……」

 

「安全になれば、すぐに行く。そしたら、約束通りに、あんたをハロンドールの王都にいる呪術師のところに連れていく。その男なら、あんたの身体に入れられている呪い玉とか何やらは、簡単に取り出せるさ」

 

 アスカは高い能力を持つ希代の魔道遣いであるが、パリスによって呪術にかけられて、彼女の命を脅かす「魔瘴石」や、アスカをして、パリスやその手の者に攻撃ができないように呪術をかけている「呪い玉」と称するなにかを身体に入れられている。

 この旅にアスカを誘い出すことができた口実は、それをアスカの身体から抜き取ることのできる呪術師を紹介するということだ。

 まあ、その呪術師こそ、ロウのことなのだが、魔道契約で約束をさせているので、ロウの前にアスカを連れていけば、アスカはノルズとの契約に従って、ロウに一度抱かれるしかない。

 抱かれてしまえば、あとはロウのものだ。

 この女は、ロウに逆らえない淫魔の縛りに捕らわれる。

 それでロウに恨みを抱いているこの女は終わりだ。

 

「それなんだけど、予定を変更するよ、ノルズ。先にイムドリス宮に向かうよ。あそこに、エルフの女王がいる。ちょっと挨拶をしたいと思ってね」

 

 アスカが言った。

 

「イムドリス宮って……」

 

 一瞬、なんのことかわからなかったが、イムドリス宮というのは、ナタル森林の中心にあるエランド・シティから入る女王のいる結界世界のことだ。

 ノルズは、長い期間ではなかったが、その女王のそばに仕えたことがあるので知っている。

 だが、イムドリス宮に、この魔女がなんの用事があるというのだ?

 まあ、とにかく、この魔女の気紛れに任せるわけにはいかない。

 旅の目的地をエランド・シティに変更することも視野には入れていてはいたが、それを決めるのは、あくまでもノルズだ。 

 どんな小児病的な理由で思い立ったか知らないが、勝手なこと決められては困る。

 

「冗談じゃないよ。段取りもあるんだ。そう簡単には予定は変えられないね……。まあ、数日待っておくれ。とにかく、イムドリス宮やエランド・シティの状況も探るから」

 

 とりあえず、そう言った。

 あるいは、予定を変えて、ノルズたちがエランド・シティに向かうということもあり得るので、そのときには、この魔女の気まぐれを利用させてもらうことにしてもいい。

 だが、いまはまだ、そのときではない。

 

「状況が変わったのさ。ずっと、パリスやパリスの手下に手が出せず、わたしがそっちに向かったところで、ガドニエルを助けることはできないからね……。だから、呪いを解くことができるのであれば、それを解いてからでもいいと思っていた。しかし、それを先にしなくてもよくなったかもしれない……」

 

「ガドニエル?」

 

 エルフ族の女王ことか?

 だが、やけに親し気な口調だ。

 ノルズの心に疑念が湧く。

 

「パリスの呪いさえ消滅したならば、このわたしが引導を渡してやる。ナタルの森に手を出した害虫どもにね……」

 

 アスカが不敵に微笑んだ。

 ノルズは首を傾げた。

 とにかく、なにを言っているかわからない。

 状況が変わったって?

 なんの?

 

「あ、あのう、準備ができました。お待たせしました」

 

 エマが戻っていた。

 振り返った。

 木の板に載せた三個の皿に注いだ鍋料理を持っている。

 扉のところで、素っ裸の彼女が当惑したように立った。

 ノルズとアスカの会話に険悪なものを感じたのかもしれない。

 

「そこに置いときな、エマ。先に腹に食事を入れると、拷問で戻したりするかもしれないしね。食事前にひと遊びと行こうか……。ノルズ、お前には訊きたいことがある。まずは、パリスたちがナタルの森でなにをしようとしていたか、お前ならある程度知ってんだろう。それを語ってもらおうかね……。まあ、とにかく、その前に調教を受けな」

 

 アスカが口元の微笑みを絶やさないまま言った。

 

「調教?」

 

 知りたこいとがある?

 それは結構だ。

 

 いくらでも教える。

 あいつのナタルの森における企みのことなら、すっかりと調査が終わっているが、別段、アスカに隠すことじゃない。

 関係ないから口にしなかったが、知りたいなら言う。

 

 しかし、調教?

 

 とにかく、ナタルの森でパリスがやっていたのは、この森を瘴気で満たして、魔獣や魔族を呼び起こして、この森を魔族の地にするということだ。

 そして、その魔族軍団を三公国やハロンドール王国に差し向ける──。

 冥王の復活とともに、パリスが考えていた暴挙の謀略である。

 

「調教だよ。調教」

 

 アスカがもう一度、冗談めかしく言ったが、ノルズはむっとした。

 

「調教ってなんだい──。とにかく、なんで、あたしが知ってんだい。いい加減にしておくれ。それよりも、この旅の予定については、あたしに任す約束だ。さもないと、身の安全は保障できないよ。パリスの追っ手と戦っているのは、このあたしなんだ。パリスの手の者に攻撃できない、あんたの代わりにね」

 

 ノルズははっきりと言った。

 いずれにしても、アスカのノルズに対する命令口調の物言いが気に入らない。

 だいたい、なにが調教だ──。

 

 ロウにアスカを差し出すために、一時的にこの女に隷属することを受け入れたが、どうせ、追っ手になにもできないアスカは、ノルズに逃亡の手助けを頼るしかなく、だから、ノルズにはアスカは手を出せない。

 そう考えての隷属受け入れだ。

 心の底ではアスカのことを“ご主人様”などとは思っていない。

 そもそも、ロウを敵視している相手だし、ロウを悦ばせるための「捧げ物」に過ぎない。

 「捧げ物」の分際で、ノルズに調教するだと──?

 だんだんと腹がたってきた。

 

「だから、状況が変わったと言っただろう、ノルズ。もう、お前だけの力に頼る必要がなくなったのさ。お前の妖魔を操る力で、パリスの子分の連中を追い払い続けてもらっていたけど、たったいま、このわたしも、あいつに力をもらっている存在がこの周囲に近づけば、問答無用で攻撃魔道を加える結界を広く張り巡らせた。どうやら、パリスの呪術が解けたのさ」

 

「呪いが解けたって?」

 

「ああ、そうさ……。さもなくば、わたしが、あいつらに悪意ある魔道を向けられるわけがない。でも、現にできている。間違いない……。おそらく、パリスは死んだよ。仮の身体だけどね。だから、わたしの魔道を縛っていた、あいつの部下に手が出せないという呪術もなくなったというわけさ」

 

 アスカはにやりと笑った。

 ノルズは、呆気にとられた。

 パリスが死んだ?

 あの絶対に死にそうにない男が死んだというのは驚きだが、だいたい、どうしてそれがわかるのだろう?

 

「どういうことだい、ご主人様? わかるように説明してくれないと、いくらなんでも理解できないよ。パリスが死んだって、なんでわかるんだい──?」

 

 思わず怒鳴り声をあげた

 しかし、アスカは動じる様子もない。

 そして、右手で自分の胸にそっと触れる仕草をする。

 

「ここには、パリスのもうひとつの命がある。だから、わかるのさ……。あいつの魂は消滅した。わたしの身体には、あいつにもしものことがあったときに、このわたしの身体を乗っ取れるように、あいつの魂の欠片が埋められているんだよ。そして、いま、あいつの仮体が死んだらしく、ここに残っているパリスの欠片が、わたしを乗っ取ろうとうごめいている……。わたしを殺したいとね……」

 

「もうひとつの命? 仮体? パリスの欠片? さっぱりとわからないよ──」

 

「だから、わたしが死ねば、ここにいるあいつの魂がわたしの身体を乗っとるのさ……、だから、なんとか死んで欲しくて暴れ出したよ。もっとも、わたしの力があれば、抑えこむのは造作もないけど」

 

「身体を乗っ取るって、なんのことだい?」

 

 わけがわからなかった。

 ただ、ふと思いついたことがある。

 そういえば、闇魔道遣いの魔道に、自分の魂を分離するというものがあるというのは耳にしたことがある気がする……。

 

 禁忌の魔道のひとつのはずだが、魂を分けておいて、もしも、死んだときにあらかじめ分離していた魂側に精神を移動させて、それで復活するのだ。

 ただし、分離した魂の置き場所は、生きた人間でなければならず、その欠片が保管されていた存在に、精神が憑依して身体を乗っ取るという魔道だったと思う。

 

 アスカの身体に、パリスの魂の一部が……?

 しかし、そう考えると辻褄は合う。

 アスカは、自分の身体に埋められているものを「魔瘴石」ともうひとつ「呪い玉」だと称していたが、その呪い玉というのがパリスの「命の欠片」であるのならば、アスカをして、パリスやパリスの部下に攻撃を加えられないようになっているのは納得だ。

 埋められている魂の一部もパリスだ。

 パリスが、パリス自身を脅かす行為を拒絶するのは当然である。

 

「それはいいのさ。いずれは、外に出して破壊してしまえばね……。わたしが死ななければいいだけの話だし。それよりも大切なのは、わたしがパリスの部下に手を出せるようになったということさ」

 

「手を出せるように……。もしかして、連中に掛けられていた呪いが解けたのかい?」

 

「パリスの仮体が死んだようだね……。それで、いまは一時的に呪術は解除状態だ……。パリスがこのわたしの故郷に手を出していたことには薄々感づいていた。でも、なにもできないし、下手をしたら操られて、利用されるから、知らないふりをしてたんだ。だが、手が出せるようになったんなら、話は違う。ナタルの森に手を出す連中は、どいつもこいつも八つ裂きにする──」

 

「ちょ、ちょっと……。なんでも教えるけど、とにかく、もう少しわかるように説明を……」

 

「話は後でいいと言っただろう。まずは調教だよ、ノルズ──」

 

「はああ?」

 

「さあ、ノルズ、直立不動で真っ直ぐに立て。いかなる抵抗も禁止する。魔道も妖魔道も勝手に遣うな。これは絶対の命令だ」

 

 アスカの言葉とともに、ノルズに刻まれている隷属の刻印が効果を及ぼし、ノルズは身体を真っ直ぐにして動けなくなった。

 突然のことに、ノルズは恐怖よりも先に呆然としてしまう。

 

「ど、どういうこと……? な、なにを……」

 

「別にどうということはないさ。ただ、折角の機会だから、愉しいことをしようと思ってね。どうにも、お前は、わたしに隷属したくせに、まったく奴隷のつもりはないだろう? だから、一度、奴隷の精神を刻み込んでやるよ。ナタル森林について訊ねるのはそれからだ……」

 

 すると、この魔女は愉しそうな笑みを浮かべて、裸で突っ立っているエマにちらりと視線を向けた。

 嫌な予感がした。

 冷たいものがノルズの背に流れる。

 

「……エマ、それを置いて、こっちにおいで……。ノルズには、お前の言葉に逆らえないように、命令を与えてやるよ。だから、こいつを徹底的に調教しな。心の底に服従の心を叩き込むんだ。こいつを責めたいだろう?」

 

 アスカがにやりと微笑むのが見えた。

 ノルズはぞっとした。

 

「えっ、もしかして、本当に、このわたしに、ノルズ様……いえ、ノルズを責めさせてもらえるんですか?」

 

 動けないので首を向けられないのだが、エマは歓喜に震えているようだ。

 ノルズとアスカの会話のあいだ、ずっと食べ物を持ったまま立ち尽くしていたのだと思うが、それをそっと床に置く気配が伝わった。

 

「ふ、ふざけるんじゃないよ──。訊きたいことがあるなら、命令しな。あたしは、あんたの命令には逆らえないんだ。なんだって正直に喋るしかないだろう──。こいつに、このあたしの調教をさせるなんて、くだらないこと言うんじゃないよ」

 

 かっとして喚いた。

 しかし、目の前のアスカの顔が嗜虐の笑みで歪む。

 

「まあ、そうなんだけどね。その方が手っ取り早いしね……。でも、それじゃあ、面白くないだろうさ。だから、まずは、調教と行こうかと思ってね。今更、ガドニエルのところに行くのは、一日や二日遅れてもどうということはないだろうし、なによりも、責める者と責められる者……。これが逆転するということほど、愉しい見世物はないよ」

 

 アスカが言った。

 ノルズの身体に本物の恐怖が走る。

 よりにもよって、なんという気まぐれ──。

 この魔女め──。

 

「……ノルズ、お前に命令する。エマの言葉は、わたしの命令と同じ、絶対の命令だ。一切、逆らうことを禁止する……。め、い、れ、い、だ」

 

 身体をアスカの「命令」が操るのがわかった。

 本当にエマの言葉に逆らえなくなった……。

 それがわかる……。

 

「へへへ、じゃあ、始めるわよ、ノルズ……。いや、豚……。まずは、服を寄越しなさい。豚が服を着る必要はないしね。その服はわたしがもらうわ」

 

 冷酷な笑みを浮かべているエマがノルズの前に回って来て言った。

 ノルズの手は勝手に身に着けているものを脱ぎ始める。

 必死になって阻止しようとしたが、抵抗のしようがない……。

 ノルズの魔道だって、すべて途中で遮断されてしまう。

 遮断をするのは、ノルズ自身の力だ。

 エマに逆らおうとする意思そのものが、ノルズの自らの力で阻止されるのだ。

 

「ねえ、アスカお姉様、この豚に鼻輪をつけたいです。やっていいですか?」

 

 エマが甘えるように言った。

 

「好きにしな。わたしの魔道で、お前の魔道能力を一時的に引きあげてやるよ……。そういえば、あのエルスラも、こうやって魔道能力をあげてやったけねえ。懐かしいねえ……。それはともかく、エマ、淫具については、そいつに命令するといい。ノルズは収納魔道も遣える。そこになんでもかんでも置いていると思うよ」

 

 アスカが笑った。

 それとともに、確かにエマの身体に魔力が漲っていくのがはっきりとわかった。

 また、そのときにはノルズは最後の下着の一枚をエマに渡していた。

 ノルズは素っ裸になった。

 

「動くな──。じゃあ、鼻輪を出せ。その代わりになるものでもいいわ」

 

 エマの言葉で、ノルズは、魔道で親指の先ほどの径の金属の環を取り出していた。

 即座に、エマから取りあげられる。

 

「両手を背中に回せ、豚」

 

 エマの言葉が終わるときには、鼻の中に魔道が走った。

 気がつくと、エマがとりあげた金属の環は、ノルズの鼻に嵌まってしまっていた。

 

「いい顔になったじゃない、ノルズ。お似合いよ」

 

 エマが心の底から愉しそうに笑った。

 そのエマはとりあえず、ノルズが身に着けていたものを着ようと動いている。

 

「ちっ……。お、お前、こんなことをして、後でどうなるか……」

 

 ノルズはあまりもの怒りに我を忘れそうになって、口走った。

 

「なんですって──」

 

 次の瞬間、もの凄い勢いでエマの蹴りが腹に飛んできた。

 

「ふぐうっ」

 

 がくりと膝が折れかけるが、ノルズは身体に力を入れて、それに耐えた。

 

「腹から力を抜くのよ。命令──」

 

 エマが部屋の中にあった棍棒のようなものを掴んで言った。

 ノルズはすっと息を吐いてしまっていた。

 

「ほらっ」

 

 エマの持った棒がわざと無防備にさせられた腹を抉る。

 

「あぐうっ」

 

 一気に四肢から力が抜けて、ノルズの身体は今度こそ跪いてしまった。



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479 毒婦を襲う受難

「くっ」

 

 さすがに無防備にすることを命じられた腹に喰らった棍棒の打撃は、まるで熱い金属の塊を腹の奥底に叩き込まれた凄まじい衝撃をノルズに与えた。

 一気に脱力してしまったノルズは、激しく咳込んで、その場に手をついて跪く。

 

「なに勝手に倒れてんのよ、豚──。ほらっ、立つのよ──」

 

 憎しみのこもったエマの足蹴りがノルズの横顔にめり込む。

 

「んぐうっ」

 

 衝撃とともに視界が消滅し、気がつくと小屋の壁に全身を勢いよくぶつけてしまっていた。

 

「それにしても、いちいち、あんたから物を出させるのも面倒ねえ。ねえ、あんたって、魔道の能力も高いんだから、いつも使っている収納魔道っていうのを、わたしに譲渡したりできないの? あっ、左手首を背中側で右手で掴みなさい。命令なしに離すんじゃないわよ」

 

 アスカによって、エマの言葉に絶対服従を命令されているノルズの両手は、うずくまった姿勢でありながら、ノルズ自身の意思とは関係なく、さっと手を背中に動かして、言われたとおりに、右手で左手首を掴んでしまう。

 これで両手は、目の前の馬鹿が許可をするまで、まったく自由がきかなくなった。

 

 とにかく、身体を起こすために、床に額を擦りつけて体勢を整え、必死で口を開いて息を吸い込む。

 腹と顔面を全力で殴られて、しばらくのあいだ息ができずに、ノルズは息が止まりそうになってしまっていたのだ。

 目も眩む。

 口の中の血の匂いも感じとれてきた。

 かなり口の中を切っている。

 ノルズは唾液とともに、血の塊を吐き出した。

 

「ほら、立つのよ」

 

 エマが顔の下に手を持ってきて、ノルズに装着した鼻輪環を無造作に掴んだ。

 

「んぎいいっ」

 

 思い切り鼻輪が引きあげられた。

 ノルズは激痛に絶叫するとともに、力の限りエマを蹴り飛ばした。

 

「ひぎゃああ」

 

 エマが獣のような呻き声をあげて、反対側に吹っ飛んでいく。

 ノルズはふらつく足に懸命に力を入れて、やっとのこと立ちあがる。

 やはり、両手は背中側のまま動かすことができない。

 

「な、なにすんのよっ──。こ、殺してやるわ。あ、頭をさげてこっちに向けなさい──」

 

 エマの金切り声が飛んできた。

 一方で、ぼんやりとしていた視界がまともに戻ってくる。

 ノルズが蹴り飛ばしたエマが、さっきの棒きれを拾って立ちあがっていた。

 荒い息をしながら髪を振り乱し、凄い形相で棒を後ろに振りあげている。

 

「し、死ね……」

 

 ノルズは悪態をついた。

 一方で、ノルズの頭はお辞儀をするように、エマに向かって垂れていく。

 エマは、このままノルズの頭を棍棒でぶん殴るつもりだろう。

 頭を割られれば、さすがに死ぬしかないかもしれない。

 ノルズは舌打ちをした。

 

 そのときだった。

 アスカの大笑いが小屋に響き渡った。

 

「はははは、エマ、なにやってんだい。言葉に逆らえない女に、蹴り飛ばされるとはねえ。お前を攻撃をするなと命令すればいいじゃないかい。いずれにしても、殺すのはご法度だ……。切り刻むのもね……。こいつには、使い道がある」

 

 アスカが言った。

 そして、ノルズに顔をあげるように「命令」した。

 頭をあげたノルズはアスカを睨みつける。

 

「こ、この、あたしを、この性悪娘に、調教させるなんて、馬鹿なことは、やめな……。いい加減に……しなよ……」

 

 息も絶え絶えに言う。

 

「へえ……。いい目をするじゃないかい、ノルズ……。その目がいつか、憐れみを乞う本当の奴隷に目になると思うとぞくぞくするねえ。そしたら、可愛がってあげるよ。わたしは、わたしに刃向かう者が嫌いなだけで、尻尾を垂れて情けを乞う者は大切にする方さ。そんなに長いあいだじゃなかったけど、わたしに調教を受けて、悶え狂うお前は可愛かったよ」

 

 アスカが笑った。

 ノルズがアスカの調教を受けているときというのは、アスカ城でエマに変身してアスカに近づき、この女を脱走させる手筈を整えている時期のことだろう。

 確かに、あのとき、ノルズは間違いなく、この女の手管に酔い、身体を蕩かされ、ひたすらに官能によがり狂う雌になり果てた。この女はただ淫乱なだけじゃなく、百合の交合の女の相手もとんでもなく上手なのだ。

 アスカの言葉で、あのときの四肢が痺れるような快美感を思い出さされてしまい、ノルズはぐっと歯を噛みしめた。

 

「おや? どうやら、わたしだけじゃなくて、お前も満更じゃなかったかい? だったら、今度はちゃんとノルズとして、愛し合おうじゃないかい。わたしは気の強い女は嫌いじゃないんでね」

 

 あぐら座りで床にいるアスカが「動くな」と命令をして、さっとなにかの魔道を放ったのがわかった。

 すると、口の中の血の味が一瞬にして消滅した。

 殴られた腹と蹴られた顔面の痛みもなくなる。

 アスカが回復術を遣ったようだ。

 

「ぐっ、な、なに? うううっ」

 

 しかし、それだけじゃなかった。

 同時に、まるで全身を柔らかな鳥の羽根でくすぐられているような不可思議な感覚が襲いかかってきたのだ。

 なにが起きたのかわからなった。だが、そよ風のような弱い風がノルズに当たり続ける。

 そして、ただ風に吹かれているだけなのに、その場所にびりびりと痺れるような疼きが走る。

 これだけ敏感に刺激を感じてしまうのは、あまりにも不自然だ。

 

 身体になにをされた……?

 まるで風でノルズの肌を愛撫されているかのようだ。

 もしかしたら、身体の感度をかなりあげられてしまったのかもしれない。異常なほどに身体が熱くなっているのだ。

 アスカは回復術の遣い手でもある。

 そして、回復術というのは、身体の感覚や状態を操る術もである。

 身体の感度を急激に上昇させることも、アスカはお手のものに違いない。

 その熱くなった身体を風がまさぐり続ける。

 

「はっ、はあっ、ふううっ」

 

 ノルズは声をあげてしまった。

 ちょっと強めに風が当たり、それだけで、恐ろしいほどの快感が全身を貫いたのだ。

 

「な、なにを……? あたしに……なにをしたんだい……?」

 

 思わず、言った。

 すると、アスカがけらけらと笑った。

 

「風で欲情するほどに、全身の感度をあげてやったのさ。いまのお前は、普段の十倍も二十倍も感じやすくなっている。頭に血が昇ってるようだから、ちょっと発散させてやろうと思ってね……。ほらっ」

 

 風が乳房をすくいあげるように撫ぜあげる。

 

「ひやっ、はああっ」

 

 ノルズは泣き崩れような声を出して、身体をびくびくと反応させてしまった。

 

「……ここも弱かったよねえ」

 

 アスカが微笑みながら、ふっと息を吹きかける仕草をする。

 ノルズとアスカには部屋の端と端ほどに距離があるのだが、アスカが吹いた息がちょっと強い風になって、ノルズの乳首をくるくると撫でるように擦っていく。

 

「うくうっ」

 

 我慢していようと思っているのに、またもや、はしたない声を出してしまった。

 風によって、ぞくぞくと全身を疼かせるような甘美な戦慄に見舞われる。

 しかも、風は一度では終わらず、繰り返し繰り返し、急激に敏感になった肌の上を通り撫ぜていく。

 ノルズは信じられないくらいに呆気なく、しかも、他愛のない風だけの愛撫で追い詰められてしまった。

 

「いい声が出たねえ。だんだんと素直になってきたかい?」

 

 アスカが笑いながら、また息を吹く。

 

「ひやあっ」

 

 ノルズががくりと膝が砕けそうになって身体を沈めるとともに甘い声をあげた。

 かなり強めの風が股間のあいだをすり抜けていったのだ。

 それだけのことだったのに、ノルズは激し欲情のざわめきを股間から全身に向かって駆け巡らせてしまった。

 

 これが、二十倍の感度……?

 風が当たるだけでこんなに?

 いや、そんなものじゃない……。

 

 この狂い魔女は、ノルズの性感をこれ以上ないというほど引きあげたに違いない。

 ノルズは慌てて内股をぎゅっと閉じた。

 ぬるりとした愛液が股間に溢れ出すのがわかったからだ。

 それを隠すとともに、これ以上、風が当たらないようにしたかった。

 

「わたしの言葉にも、いちいち絶対服従だ、ノルズ……。脚を開いて真っ直ぐに立て。両手は今度は頭の後ろに置きな」

 

 身体が言われたとおりに動いて、静止してしまう。

 逃げられない……。

 ノルズは絶望的になった。

 

「……身動きできない状態で愛撫を受けて、こんなにも身体が悦んでしまうのは、被虐の体質の証拠だ。素直になりな、ノルズ。そんなに股で涎を流しているのに、隠せると思ってんのかい」

 

「あっ、やっ」

 

 風の勢いが強くなった。

 そして、熱くなった身体のあちこちを次々に擦り過ぎていく。

 

 胸を捏ねるように……。

 

 体液がどんどんを滲み増していく股間を弄び……。

 

 脇や横腹や内腿など、ノルズが感じる場所を余すことなく風の愛撫が続く。

 

 弾けるような快美感が風で沸き起こり、全身を席巻する。

 

 畜生……。

 

 この魔女はどれだけノルズの感度を上昇させたんだ……。

 ノルズは風によって、だんだんと自分の身体が絶頂に向かって近づかされているのをはっきりと知覚した。

 

「あまり感度をあげすぎると、頭がおかしくなってしまうからね……。全身がクリトリス並みに感じる程度の引きあげで勘弁してやるよ」

 

 アスカの声が終わるとともに、さらに信じられないくらいに全身がかっと熱くなった。

 また、感度をあげられたのだとわかった……。

 しかも、風のはずなのに、まるで柔らかい手で触られているような刺激に変わってもいる。

 どうにもならない快感の痺れが五体に襲いかかってきた。

 

「んふううっ、はああああっ」

 

 なにかが弾けるような興奮が一瞬にして沸き起こった。

 四肢の性感という性感が、峻烈すぎる絶頂の感覚に打ち抜かれてしまった。

 ノルズは全身を痙攣するように、がくがくと震わせて脱力していった。

 もしも、「静止」の命令がなければ、そのまま崩れ落ちてしまったに違いない。

 ただ、アスカの命令の縛りが、辛うじてノルズをみっともなく跪くのを防いでくれていた。

 まとまった愛液がどっと股間から出て、内腿から膝に向かって、つっと流れていく。

 

「どうだい、一度、気をやったことで、血が昇った頭も落ち着いたかい?」

 

 アスカが愉しそうに笑ったのがわかった。

 ノルズは、やっと我に返り、自分が醜態を晒してしまったことを知覚してしまい、ぐっと歯を噛みしめた。

 

「お、お姉様、わ、わたしが調教をするはずです──。横取りは……」

 

 そのとき、じっと見守っていたかたちだったエマが、ちょっと恨めしそうにアスカに向かって不満そうな言葉を口にした。

 だが、アスカは、笑みは浮かべたままだったが、非難するように横目でエマを睨むような表情をした。

 

「そうだよ。わたしは調教をしろって言ったんだよ。それなのに、なんだい、お前は──。いきなり、蹴り飛ばしたり殴ったり……。あまつさえ、棒で頭を叩き割ろうってかい? それのどこが調教なんだい──」

 

「す、すみません……」

 

 アスカに叱られてしまったエマは、しゅんとなって頭を項垂らせる。

 

「まあいい。もう一度、機会をやるよ。こいつをお前の調教で堕としてみな。ただし、殴る、蹴るはなしだ。鞭くらいは許してやるけどね」

 

「わかりました、お姉様。やらせてください」

 

 エマが気合のこもった声をあげる。

 

「な、なにが、あたしを堕とすだい。おととい来な──。今度は蹴り飛ばすくらいじゃあ、すまないよ、エマ。隙を見せたとき、その目玉に足の指を突っ込んでくり抜くよ。それとも、歯で顔を噛み千切るかもね。痛い思いをしたくなけりゃあ、あたしに近づくんじゃないさ」

 

 ノルズは怒鳴った。

 だが、いまだにアスカの命令が効果を及ぼしていて、足を開いて両手を頭の後ろに置いた状態から動くことができない。

 これじゃあ、啖呵を切ったところで、恰好もつかない。

 案の定、エマは怯えた様子もなく、憎々し気にノルズを見ただけだ。

 

「豚、わたしを攻撃するのは禁止するわ……。刃向かうこと……。許可なく魔道を遣うこと……。わたしを傷つける一切の行為を禁止する……。いいわね」

 

 エマが言った。

 ノルズは口の中で悪態をついた。

 これで、一矢報いることさえ不可能になった。

 忌々しい……。

 

「じゃあ、しばらく、任せるよ、エマ。ノルズに泣きべそをかかすことができれば、お前の勝ちだ。見事に泣かせてみな。わたしを愉しませておくれ」

 

「任せてください、アスカお姉様。この豚をお願いだから、許してくれと泣かせてあげます」

 

 エマが媚びるような口調で言った。

 アスカは満足そうに頷く。

 

「誰がそんなこと、言うものかい──」

 

 ノルズはせめてもの腹癒せにそれだけを言った。

 

「……そういえば、面白いことをさっきエマが言っていたねえ。魔道の譲渡さ。それは無理でも、お前なら、お前の収納魔道で格納しているものをエマが取り出すようにもできるんじゃないかい、ノルズ? 正直に可能かどうか言いな、ノルズ。命令だ」

 

 そのとき、アスカが思い出したように言った。

 収納魔道への魔道による接触受け入れか……。

 確かにできる。

 ノルズは可能だと答えるしかなかった。

 

「だったら、エマをお前の収納魔道の中身を扱えるようにするんだ。命令だよ……。エマは、ノルズが持っている調教道具で思う存分、いたぶってみな。こいつの持っている調教具はなかなかのものがある。きっと、お前の調教も楽になると思うよ」

 

 アスカだ。

 一方で、命令を受けてしまったノルズは、収納魔道をエマの魔道でも触らせるせるための魔道を刻み始めていた。

 すぐに、魔道の効果がエマに及び、旅のために準備していたものを格納している異空間の収納物に接触する権利がエマ側にも移ったのがわかった。

 

「うわっ、これすごい──。頭にいろいろなものがどんどんと浮かんでくる……。へえ……。これで、取り出したいものを思い浮かべて、魔道を刻めばいいのね? 魔道も遣える……。うわあ……」

 

 エマは感極まったような声を出した。

 

「……じゃあ、これからいこうか。後ろを向け、豚。両手を腰の後ろで重ね合わせなさい」

 

 口惜しいけど、エマの言葉に逆らえない。

 ノルズはエマに背を向けて、手を後ろに回した。

 あっという間に、重ね合わせたノルズの両腕に革帯が巻きつけられ動かなくされる。

 さらに両足首にも、後ろにいるエマから、それぞれに革枷が嵌められた。

 

 鎖……?

 

 最初はわからなかったが、足首に嵌まっている革枷には、鎖がついているようだった。

 エマが魔道をかけたのか、すぐに鎖ががらがらと天井に向かってあがっていく。

 

 顔をあげた。

 小屋の天井に二箇所の金具があり、そこに二本の鎖が繋がっていて、それに向かって鎖が消滅するような感じで鎖が上昇していく。

 これもエマの魔道の仕業に違いない。

 

「な、なにを……?」

 

 抵抗することは不可能であり、あっという間にノルズの両脚は宙に引きあげられ、そのため、ノルズはひっくり返って尻もちをついた。そのノルズの身体がさらに天井側にあがっていく。

 

「く、くそおっ」

 

 ノルズは声をあげた。

 腰が宙に浮く……。

 さらに肩……。

 やがて、頭まで床から離れた。

 ノルズは両足を拡げた状態で逆さ吊りにされてしまった。

 髪の毛が垂れて、床を這う。

 

「ち、畜生、お、降ろせっ、エマ──。後で殺すよ──。殺すからね──」

 

 怒鳴った。

 しかし、逆さに映っているエマの顔はにやりと微笑んだだけだ。

 なにかを企んでいる表情だと思った。

 一瞬だが、エマに対する恐怖のような感情が浮かぶ。

 だが、ノルズは慌てて、それを打ち消した。

 こんな娘の責めを怖がるなど……。

 

「豚に相応しい飾りをつけてあげるわね。気に入るといいけど……」

 

 エマがそう言うと、頭の下でごとりと大きな音がした。

 赤ん坊の頭ほどの鉄球だ。

 その一端に小さな鎖がついている。

 エマは鉄球に繋がっている鎖をノルズの鼻に嵌まっている鼻輪に魔道で接続すると、無造作に鉄球を蹴った。

 

「んぎいいいっ」

 

 ノルズは絶叫した。

 転がった鉄球が鼻を引っ張り、鼻の穴に金属の棒でも突き刺されたような痛みが走ったのだ。

 鉄球は少し離れた場所でノルズの顔に引かれてとまったものの、ノルズは逆さ吊りのまま、顔を限界まで前に出したような体勢になってしまった。

 

 痛い──。

 痛い──。

 痛い──。

 

 鼻輪に繋がっている鎖の長さが怖ろしく短いので、ただ真下に鉄球を置かれただけで、鼻の穴がめくれるほどに引っ張られたのに、それを前に移動されたのだ。

 恐ろしいほどの激痛が鼻に走る。

 

「ひいっ、ひいっ、ひいいっ」

 

 ノルズはあまりの痛さに、出したくもない悲鳴をあげ続けた。

 しかし、エマは無視して、ノルズから離れていく。

 

「ちょっと冷めてしまいましたけど、朝食にしましょう。お姉様……。一日は長いですから。豚はお預けよ。わたしたちが食事をするのをそこで見ていなさい」

 

 エマが愉しそうに言って、部屋の隅に置かれてた兎汁の入った皿をアスカのところに持っていき、自分の分も運ぶ。

 食べる場所は、ノルズの顔のほんの真正面だ。

 ちまちまとした嫌がらせに、ノルズは歯ぎしりした。

 

「食事が終わるまで退屈だと思うから、魔道で贈物をあげるわね、豚……。でも、あんたって、色々なものを持ってんのね。まさか、自分に使われるなんて思ってなかったでしょうけど……」

 

 エマが再びやってきて、ノルズのお尻に軽く触りながら言った。

 次の瞬間、魔道でなにかが体内にいきなり送り込まれたのがわかった。

 思わず、びくりして身体を竦ませてしまい、それで鼻を引っ張られ、小さな悲鳴をあげてしまう。

 

「な、なにを……。えっ、こ、これは……」

 

 しかし、すぐにノルズは、エマがなにをしたのか悟ってしまった……。

 送り込んだ場所は、お尻の中だ……。

 この娘──。

 

 送り込まれたのは浣腸液だ。

 ノルズは調教の材料のひとつとして、樽に入れた液体の下剤を大量に保管をしていた。

 エマは収納魔道の中身に触る権利をノルズから渡されることで、その存在を知り、アスカから増幅された魔道でノルズの腸に、その液体の下剤を送り込んだというわけだ。

 

 しかも、かなりの量の一度に……。

 視線を送らなくても、ノルズの下腹部が送られた液体のための膨らんでいるのがわかる。

 

「先に、お代わりもあげるわね」

 

 また、お尻に触る。

 そして、さらに同じ量の下剤……。

 ノズルはあっという間に恐ろしいほどの便意に襲われてしまった。

 

「くっ……。エ、エマ……。お、お前……」

 

 ノルズは脂汗が全身から噴き出すのを感じながら、慌てて、じわじわとノルズを追い詰める荒々しい便意に耐えるために、必死に尻の筋肉を引き締めた。

 すごい勢いで、液剤がノルズの腹で暴れまくりだす。

 

 こいつ……。

 なんてことを……。

 

「どうしたんだい、ノルズは? 急に顔を蒼ざめたようだけど」

 

 アスカがさじで食物を口に送りながら、きょとんとした表情で首をひねった。

 

「さあ、もしかしたら、うんちがしたいのかもしれません……。豚ですから……でも、もしも、もらしてしまったら、わたしが魔道で洗浄しますから。これも調教の一環です。お許しください、お姉様」

 

 エマがわざとらしく言って、食事のために床に腰をおろした。

 アスカはそれで、すべてがわかったのか、それはいいと大笑いした。

 

「そうだ、エマ。そのノルズの身体の感度はさっき一気に引き上げて、そういえば、そのままだったよ。いまのノルズは全身が肉芽並みなんだ。言うのを忘れてた」

 

 すると、アスカが思い出したように笑うながら言った。

 

「あら、そうなんですか。じゃあ、これなんか、どうでしょう」

 

 エマが収納魔道でなにかを探るような表情をしたが、すぐに愉快なものを見つけたように顔を輝かせる。

 次の瞬間、逆さ吊りの全身の表面に、急になにかが発生したのがわかった。

 

「な、なにを──。ひ、ひいいっ、こ、これは──」

 

 全身に浮かんだのは、真っ白の毛虫のような綿くずの塊だ。

 それが数十個発生して、ノルズの全身に張りついたのだ。

 しかも、一斉にうようよと動き出して、敏感になりすぎている肌を刺激し始める。

 

「んんんんんっ」

 

 ノルズは鼻の痛みも忘れて、歯を喰いしばったまま、身体を限界までのけ反らせた。

 そして、思わず尻穴から力を緩めそうになり、慌ててぐっと締めつける。

 猛烈な便意と、圧倒的にくすぐったい全身への刺激――。

 ノルズら、逆さ吊りのままのたうちまわった。

 

「ははは、いいざまね、豚……。それと、あんたの収納物の中の素敵なものがあったから使ってあげるわね。強烈な掻痒剤塗り薬よ。鼻の穴に詰めてあげるわね。あっ、そうそう、わたしからも命令しておくわ。絶対に背中側で握った左手首を離しちゃだめよ。それと、逃げずにじっとしなさい……。命令よ」

 

 エマが立ちあがって、空中から取り出したように持った小瓶の蓋を開けると、つんと強い香りのする油剤を容赦なくノルズの鼻の穴に塗り込めだす。

 

「んひいいい」

 

 さすがのノルズも悲鳴をあげてしまった。



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480 魔女の疑念

「んんっ、う、うあ……。ああっ、あっ、あああっ、だ、だめえ……くっ、ひいっ、ううう……」

 

 ノルズは、絶叫して声をあげたい衝動に耐えて、必死になって歯を喰い縛っていた。

 おそらく、この逆さ吊りの状態にされて、いくらも経っていないだろう。

 その証拠に、ノルズの目の前で兎汁の朝食を食べているエマの皿は半分も減っていない。

 

 だが、腸を襲う便意はとてもじゃないが抑えきれないほどの勢いに膨らんでいるし、身体を這い回る綿の淫具は、狂おしいまでくすぐったさを与えてきて、ノルズが懸命に肛門を締めつけようとするのを阻止しようとする。

 また、逆さ吊りの苦しさに加えて、鼻輪に繋げられた鉄球による激痛がつらい。

 

 そして、なによりも鼻の痒み──。

 エマが面白がって鼻の中に塗りたくった掻痒剤のために、気が狂いそうになるくらいに鼻が痒いのだ。

 それなのに、鼻を動かすと、鉄球を繋がれた鼻輪のために激痛が走る。だから、動くこともできない。

 いや、多少は動いて痛みで痒みを癒すことがましか……。

 とにかく、あまりのことに考えることもできない。

 

 激しい便意──。

 怖ろしいほどに感度をあげられた肌の敏感さ──。

 その身体を動き回る綿の淫具の愛撫──。

 逆さ吊りの苦悶──。

 鼻輪を鉄球で引っ張られる激痛──。

 そして、鼻の痒み──。

 ノルズはあまりもの苦痛を幾つも同時に与えられて、すでに自分が限界になっているのを感じていた。

 

「うるさいわねえ……。ちょっとは黙っていられないの? 見てわかるでしょう。いま、食事中なのよ。それまで待ちなさいよ」

 

 エマが食物を口に運びながら、にやにやして言った。

 この馬鹿女は、ノルズが苦しそうにするのを眺めるのが愉しくて仕方がなさそうな表情をしている。

 

「た、頼むよ……。か、厠に行かせておくれ……。も、もう限界だよ……」

 

 ノルズは、エマでなく、少し離れた場所でエマとノルズを見守るように眺めているアスカに向かって言った。

 アスカについてはすでに食事は終わっていて、空になった皿は身体の横に置かれている。

 

「こらあっ、なんでアスカお姉様に媚び売ってんのよ──。あんたを調教しているのは、このわたしよ──」

 

 エマが怒鳴り、床に転がっていてノルズに装着された鼻輪に繋がっている鉄球を蹴った。

 

「ふぎいいっ、んげえええっ」

 

 鉄球は床を数回転してから、ノルズの鼻に引き千切るような激痛を与えてとまった。ノルズの鼻が鉄球を引っ張り戻すかたちになり、それ以上進まなかったためだ。

 しかし、ノルズも鉄球を身体の下側にまで戻すことはできず、顔が鉄球で引っ張られ、身体全体が斜めになった体勢になる。

 つまり、自分の身体の重みと鉄球の重みのすべてが、鼻輪を通じてノルズの鼻にかかったのだ。

 ノルズはさすがに絶叫した。

 だが、その痛みのおかげで、鼻の痒みの少しはましになる。

 しかし、もうすでに怖ろしいほどの痒みが襲っているが……。

 

「ふふふ、アスカお姉様、見てください。この豚、苛められて感じていますよ」

 

 そのとき、エマがくすくすと笑った。

 ノルズはかっとなった。

 

「ふ、ふざけんじゃ──」

 

「だって本当よ。鉄球で鼻の痒みが癒されて気持ちいい? だけど、それでそんなに感じるなんて、あんたは豚よ」

 

 エマが大笑いした。

 しかし、苛められて感じるなんてことがあるわけない……。

 アスカの悪戯で、とんでもなく感度をあげられているので、股間が濡れているのは確かだろうが……。

 

「ノルズ、優しくしてやりたいけどね。しばらくは、お前を調教するのは、エマだ」

 

 すると、アスカは愉しそうに笑った。

 ノルズは、鼻の激痛に呻き声をあげながら、口惜しさに歯噛みした。

 エマが鉄球を動かして、身体の真下に移動させる。

 やっと、身体が真っ直ぐになる。

 

「お願いだから、厠に行かせてくださいと、わたしに頼めば、うんちをさせてやるよ、豚」

 

 エマは、ノルズが追い詰められているのを悟ったのか、満足そうな笑みを浮かべて言った。

 

「お願いだから、厠に行かせてください」

 

 間髪入れずに言った。

 くだらない調教ごっこのやり取りで、この女の溜飲をさげさせたくもない。

 この状況では、ノルズの抵抗はかえってエマを悦ばせるだけだろう。

 それよりも、言葉だけなら、いくらでもへりくだって見せ、心の中で舌を出してやる。

 そして、隙を見せた瞬間に、およそ、生まれてきたことを後悔するほどに残酷に殺してやる。

 そう決めた。

 

「なっ」

 

 エマは、ノルズがあっさりと従ったのが、逆に気に入らなかったようだ。

 その顔が怒りで真っ赤になった。

 

「なんで、言うとおりにするのよ──」

 

 そして、怒鳴った。

 馬鹿じゃないかと思った。

 

「お願いだよ。もう、限界なんだ。屈服する──。エマの言うとおりになんでもするさ。足でも、股でも舐める……。だから、厠に……」

 

 ノルズは訴えた。

 厠は小屋の外だ。

 この山小屋を建てた者が一緒に作ったのだろうが、土に穴を掘って、それを布で囲っただけの場所だ。

 しかし、厠は厠だ。

 そして、そこに行かせてもらうには、この馬鹿女に哀願するしかない。

 だったら、してやる。

 

 どうせ、アスカの思いつきの嫌がらせにより、ノルズはエマの命令にも逆らえなくなってしまったのだ。

 最後には、無理矢理にでも、隷属の刻印を通して行動を強要できるのだから、意地を張るだけ無駄なことなのだ。

 でも、絶対に心の中では屈服してやらない──。

 それがノルズの精一杯の意地だ。

 

「ははは、やっぱり、面白いねえ、お前──。ほら、屈服するって言っているよ。どうするんだい、エマ?」

 

 アスカが笑い声とともに横から口を挟んだ。

 エマは顔を赤くした。

 

「こ、こんなの口だけの屈服です、お姉様。心の底からのものじゃありません──」

 

 エマが不本意そうに、アスカに言った。

 そして、きっと鋭い視線でノルズを睨んできた。

 

「ノルズ、食事が終わるまで待ってなさいって、言ったでしょう。それまで、そのままよ。だけど、随分と余裕がありそうねえ。その綿虫ちゃんたちをもっと元気にしてあげるわね」

 

 エマがそう言った瞬間、全身を這い回っていてノルズの身体をくすぐっていた綿が一斉に振動をし始めた。

 そして、さっと動いてノルズの股間と肛門、ふたつの乳房に集中する。

 

「ひっ、ひいいいっ」

 

 これには、ノルズも悲鳴をあげた。

 

「はあっ、はおおおおっ、い、いやあああっ」

 

 ノルズは獣じみた声をあげて、逆さ吊りの肢体を揺りたてる。

 動けば鼻輪が引っ張られて、激しい痛みが走るのだが、それも気にならないくらいの快楽の衝撃が全身を席巻する。

 だが、それは絶対に許してはならない裂情だ。

 少しでも気を抜くと、ノルズのお尻は、あっという間に汚物の噴流を噴きあげるに違いない。

 とにかく、あまりもの過酷な責めに、鼻の痒みさえ気にならなくなりそうだ。

 

 一方で快感が次々に走り抜ける。

 ノルズはひたすらに、お尻の穴に力を入れ続けることだけを考えた。

 一瞬でも力を抜けば終わりだ。

 便意のうねりは波のように、遠ざかったり、激しくなったりするが、締めつけている股間を緩めれば、その瞬間に洩れてしまう。

 これまでも、ノルズの身体からは汗が滴り、それがノルズの顔の下に水たまりのようになっていたが、綿の淫具を激しくされた途端に、まるで水でも浴びたかのように、かなりの量の脂汗が床に落ちていった。

 

 気が遠くなるくらいの時間がすぎたとき、かたんと顔の近くで音が鳴ったと思った。

 眼を開けると、汗で滲む視界に、空になったエマの皿が見えた。

 

「か、厠に……」

 

 ノルズは必死になって、それだけを言った。

 しかし、見上げたエマの顔は、ノルズのことを蔑むような冷笑だった。

 

「朝食が終わってからって、言ったでしょう。まだ、お前が食べてないわ」

 

 エマがにやりと微笑んで、ノルズが逆さ吊りされている顔の前に、食物が盛ってあるもうひとつの皿をずっと置いた。

 

「そ、そんな……。い、いらない……」

 

 ノルズは言った。

 冗談じゃない。

 これ以上の時間の浪費は、本当に命取りだ。

 

「食べないんなら、そのままよ。食べるんなら、おろしてやるわ」

 

 エマは冷たく言った。

 

「た、食べるよ、うう……」

 

 ノルズはそう言うしかなかった。

 すると、両脚を吊っていた鎖が不意に足枷から外れた。

 

「ひいっ」

 

 咄嗟に頭は守ったが、身体と肩を床に打ちつけられて、その衝撃で肛門の一点が緩みかける。

 ノルズは声を噛み殺した。

 

 それからは地獄だった。

 

 ノルズの顔は鼻に繋がった鉄球のために、顔を床にくっつけんばかりまでしか床から離れられないのだが、その極端な前屈で跪いた姿勢で、怖ろしいほどの便意と局部と乳房を激しく責める綿の淫具に耐えながら、犬食いで食事をしなければならないのである。

 もうなにも考えなかった。

 ただただ、必死に皿のものを空にしようと顔を動かした。

 顔も床もかなり汚れたが、やっと食べ終わることができた。

 

「汚いわねえ。床がこんなじゃない。全部、舐め取るのよ」

 

 エマが怒鳴った。

 すぐに、床に顔をくっつけて、舌を伸ばして床を舐める。

 もう、一刻の猶予もない。

 また、ついでに、床に押しつけるようにして、懸命に鼻を擦る。

 これだけは気持ちいい……。

 

「ね、ねえ、か、厠に……」

 

 やがて、やっと、舌による床の掃除が終わった。

 もう限界だ。

 ノルズは、また訴えた。

 すると、不意に身体を愛撫していた振動がなくなった。

 気がつくと、たくさんの綿の淫具が床に落ちている。

 

「アスカお姉様……?」

 

 エマのきょとんとした声だ。

 もしかしたら、とりあえず、綿の愛撫から解放してくれたのは、アスカの魔道だったのだろうか……。

 

「ちょっと、こいつに訊きたいことがあってね。すぐに返すよ、エマ……」

 

 アスカがノルズに向かって言った。

 そして、立ちあがって、なぜかノルズの傍にやって来る。

 

「とにかく、なにも教えずに調教した方が、ノルズの心が折れると考えたけど、いまの様子だと、これじゃあ、ノルズの屈服には時間がかかりそうだ。それよりも、お前が屈服しなければならない理由を教えてやろう。その方が受け入れて、心が折れやすいかもしれないしね」

 

「心を折る?」

 

 ノルズはうずくまったま姿勢で下を見ながら言った

 

「だけど、汚れたねえ。顔を綺麗にしてやるよ」

 

 すると、その風のようなものが顔と上半身に通り過ぎる。

 また、顔の違和感がなくなったので、洗浄の魔道で食べ物の汁の汚れを取ってくれたのだろうか。

 鼻の痒みさえなくなっている。

 そのとき、顔に影がさした。

 床に面しているノルズの視界に入ったのは、アスカの足だ。

 そのアスカが鉄球を抱えあげて、自分の顔の近くに持ち上げた。

 

「んぎおっ」

 

 鼻輪を引っ張られては、ノルズは顔をあげるしかない。ノルズはそのまま、膝立ちになる。

 アスカは、そのまま鉄球を操って、ノルズの顔を寄せ、ノルズの唇を自分の唇にくっつけるようにした。

 

「ん、んんっ」

 

 すぐに、口の中に舌が入ってくる。

 アスカの舌がノルズの口の中で動き回る。

 口の中まで愛撫に敏感にされているのか、アスカの口づけを受けると、閃光のような快感が股間まで貫いた。

 

 慌てて肛門を締める。

 一瞬だが、頭が真っ白になって我を忘れそうになり、本当にお尻が緩んだのだ。

 ぎゅっと締めたものの、もしかしたら、ちょっと出たかもしれない。

 ノルズは耐えられなくなり、アスカから口を離そうと顔を引こうとする。

 しかし、鉄球を引っ張られるために、逃げることはできない。

 ノルズは、もう抵抗することを諦めて、頭が真っ白になりかけるのに耐えて、全精神をお尻に集中した

 

「蕩けそうな顔をして可愛いじゃないかい……。まずはわたしの疑念を説明しよう……。状況がわかれば、頭のいいお前だ。自分が操られていることを理解するかもしれない……」

 

「あ、操り……?」

 

「さて、質問に答えな、ノルズ。この旅が始まってから、お前はずっと、外の連中とやり取りをしているよね。どういうことをやり取りしているんだい?」

 

 アスカが口を離していった。

 それとともに、持っていた鉄球を離して、床に捨てた。

 

「ひいっ、ひぎいっ」

 

 当然に、ノルズの鼻は鼻輪で引っ張られて、鉄球と一緒に床に落ちていく。

 当然に、鼻に激痛が走る。

 また、衝撃とともに、ノルズは顔を床にほとんどくっつけるような格好になり、極端な前傾姿勢を強いられた。

 そして、鉄球が床を動く。それについていくように、ノルズも激痛を受けながら動く。

 

「外の連中とやりとり? ねえ、アスカお姉様、こいつ、もしかして、わたしたちをパリスたちに売り渡す気じゃないでしょうか? きっと裏切るんですよ」

 

 エマが横で金切り声をあげた。

 パリスにアスカを売り渡そうとしたのは、お前だろうと言いたかったが黙っていた。

 しかし、はっとした。

 目の前の鉄球をアスカの足が踏み、いまにも蹴飛ばさんばかりに力を加えたのがわかったからだ。

 そんな勢いで鉄球を動かされたら、信じられないような激痛があるに違いない。

 ノルズはぞっとした。

 

「そ、それは……あ、あたしの部下だよ──。じょ、情報を集めてんだよ──。だから、ハロンドール王国の騒動のことを知ってんだよ──。それに、パリスの部下の動きだって、そいつらに調べさせてるんだ──。だから、うまく逃げてんだよ──」

 

 とっさに答えた。

 部下と連絡をとっていることに、アスカが気がついてるとは考えなかったが、別段、それほどに隠すことじゃない。

 ちょっと考えれば、ずっとアスカと同行しているノルズが、あちこちの情勢に詳しいのだから、なんらかの手段で外に連絡を取っていると考えるしかない。

 すると、アスカが鉄球から足を外した。

 ノルズは、とりあえず、ほっとした。

 

「そうなんだろうねえ……。だけど、最初は確かに、ハロンドール王国を目指すように動いていたけど、いつの間にか、方向を変更してナタル森林側に向かい、いまは、もう三日以上もこの小屋から動かず、なにかを待っているかのようにじっとしている……。不自然じゃないかい……?」

 

「えっ?」

 

 なにを言われたのか一瞬戸惑ったが、もしかして、アスカはノルズを怪しんでいるのか?

 怪訝に思った。

 

「しかも、ナタル森林はパリスが自分の部下とともに、最近、暗躍していた場所だ。これは偶然かい? それとも、なにかがあって、意図的に方針を中断し、いまは誰かの指示待ちかい?」

 

 はっとした。

 確かに、考え方によっては、アスカをパリスに引き渡すような動きに見えないわけじゃない。

 だが、だったら、そもそも、この魔女をアスカ城から連れ出さなければいいだけだし、アスカの思考の前提がおかしい。

 それはともかく。このアスカは、まさか、本当にノルズのことを疑っているのか?

 

「えっ? お姉様、このノルズは、本当に、わたしたちを裏切って……?」

 

 エマの驚愕した叫び声が頭の上から降ってきた。

 いまのノルズは顔を床に密着するような体勢なので、エマやアスカの表情は見えないが、エマが最初にノルズのことを裏切り者と呼んだときには、それを信じているのではなく、アスカに媚びを売って、ノルズを冷酷に苛める大義名分をアスカからもらいたいという響きがあった。

 しかし、たったいまの言葉には、心の底からの驚きと緊張が混ざっているように思った。

 もちろん、半信半疑というところだろうが、少なくとも、エマはアスカがノルズを真剣に疑っているということを感じたようだ。

 

「そ、そんなわけないだろう──。だ、だったら、隷属の刻印で命令すればいいだろう。すべてを正直に話せとね。さあ、命令しな──。それで、あたしが、あんたらを裏切っていないのはすぐわかるじゃないか──」

 

 怒鳴った。

 もっとも、正直に話せと命令されれば、もしかしたら、ロウのことを語ってしまうことになる気もする。

 しかし、少なくとも、ノルズがパリスと繋がっていないことだけはわかるだろう。

 それに、大丈夫な気がするのだ。

 

 隷属の刻印を受け入れてはいるものの、なんとなくだが、ノルズは絶対的なところで、アスカの隷属を受け入れていない気がする。

 そもそも、隷属の魔道というのは、「主人」になった相手に対して、絶対服従というだけでなく、本質的に「恐怖」の心が芽生えるものである。

 いまは、もうないが、考えてみれば、ロウがノルズを支配してくれる前は、パリスに対する恐怖心が間違いなくあった。おそらくらなんらかの隷属魔道をノルズの知らないうちにかけられていたのだろう。

 

 だからこそ、違いがわかる。

 いま、ノルズは、隷属の刻印を受け入れたにも関わらず、まったく、アスカに恐怖を抱いていない。

 おそらく、それは、ロウの淫魔術をすでに受け入れていることに関係があるのだと思うが、だから、アスカに「命令」されたところで、本質的にロウに不利なことは、受け入れないで済む気がするのだ。

 

「ああ、そうだね。だけど、それを言ったところで、お前は嘘をつける可能性がある……。命令だろうと、行動であろうと、隷属の刻印を無視する場合がある……。そもそも、裏切っているか、裏切っていないのか、お前自身がわかっていなければ、なにが真実なのか、わかったもんじゃない……」

 

「えっ?」

 

 アスカがなにを喋っているのか、すぐには理解できなかった。

 だが、少なくとも、アスカはノルズの正気を疑っている気配だ。

 

「あいつは、特殊な操り術を遣っていた……。闇魔道のね…。隷属魔道じゃないから、掛け方も特殊らしいが、あいつは、それで人の心も記憶も操ってしまい、自分の思うままに動かすんだ。しかも、隷属魔道と違って、掛けられたこともわからないんだ。あいつの魔道に囚われた者は、自分がどうしてそんなことをやっているかの自覚なく行動してしまうのさ……。そんな状態の者に隷属魔道をかけたところで、真実なんて喋らせることはできないってことさ」

 

「な、なに言って……。闇魔道って……。あんた、あたしがパリスに操られているって言ってんのかい──? 冗談じゃないよ──」

 

 今度はノルズが驚いた。

 まさか、ノルズがパリスに操られている可能性をアスカが疑っているとは思わなかった。

 

「へえ、わたしは、パリスに操られているって、ひと言も言っていないけどねえ……。なんで、パリスだと思ったんだい、ノルズ?」

 

 次の瞬間、天井の方向に向いているノルズの尻をおそらく、アスカの手が突然にいやらしく触ってきた。

 

「ひいいっ」

 

 ノルズは、怖ろしいほどの便意に襲われている場所を直接に刺激され、必死になってお尻に力を入れた。だが、アスカの手は、凄まじいほどの快感の衝撃をノルズの身体に駆け抜けさせ、ノルズを絶望に襲わせる。

 ノルズは便意と快感の疼きの二重奏の苦悶に、裸身をくねらせた。

 

 やっと手が離れる。

 でも、力は抜けない。

 いつ、もう一度触られるかわからない。

 油断して、刺激を与えられたら終わりだ。

 

「あ、あたしはパリスの元部下だったんだ──。だから、あ、あいつの闇魔道のことを知ってたんだ──」

 

 正直に言った。

 

「お前、パリスの部下なの──。わたしやアスカお姉様を騙したの──」

 

 乗馬鞭の打擲がお尻に飛んできた。

 ノルズは歯を喰いしばった。

 とにかく、便意との苦闘の最中では、愛撫の刺激にしろ、鞭の打撃にしろ、これ以上与えられば、確実にこの場で洩らしてしまう。

 

「も、元だよ──。ア、アスカさん──。た、頼むから、隷属魔道で質問してくれ──。それで、嘘じゃないのがわかるじゃないか──」

 

「いや、それは無駄だね。わたしにはわかるんだ。実際のところ、お前には、わたしのものではない、なんらかの支配魔道がすでにかかっている。最初は気がつかなかったけど、これだけ一緒にいて、しかも、この三日、ずっと観察する機会があったからわかったのさ。お前は、なにかの支配魔道を受け入れている状態で、このわたしの隷属魔道を受け入れた……。それがわかったんだよ」

 

 アスカの指摘にノルズは愕然とした。

 事実だからだ。

 

 もしも、アスカがそれを見破ったのだとしたら、アスカがノルズのことを怪しいと考えるのは当然かもしれない。

 

「ま、待っておくれよ──。あたしがパリスの意図を汲んで動いているとしたら、あんたをアスカ城から逃亡させるのはおかしいだろう」

 

「パリスの考えていることなんて、わかるもんかい──。あいつは、人の心の隙や弱さを突いてくる。そこに闇の魔道を仕掛けるんだ──。愛の言葉をささやきながら、一方で平気で人の命を奪うような呪術をかけてしまうような男だ──。恋人と呼んだ相手を自分の野望の生贄にして、まったく平気な奴だ。そんな男が、今度はどんな心の罠を仕掛けようとしているかわかるかい──」

 

 アスカが激昂したように叫んだ。

 ノルズはびっくりした。

 あまりにも、感情剥き出しのアスカの口調だったからだ。

 だが、いまのは、アスカとパリスのことなのか……?

 もしかして、ふたりは恋人関係だったこともあったのか……?

 しかし、すぐに、ちょっと照れたようなアスカの失笑の音が聞こえた。

 

「こりゃあ、つまんないことを喋ったね……。とにかく、わたしが言いたいのは、お前が、わたしよりも先に、誰かから支配魔道を掛けられていることは事実であり、それは、パリスだろうってことさ……。しかも、お前自身がそれをわかっていない可能性も高い……」

 

「ち、違う──。パリスは敵だよ。あいつは、あたしを殺そうとしたんだ。死の呪いを仕掛けてね──。そんなやつのために動くわけない──」

 

「お前自身が知らないだけさ。どうせ、誰かの支配魔道に掛かっている自覚はなかっただろう? まあいい……。助けてやるよ。お前に存在する支配魔道は解除してやる。心配しなくても、方法があるんだ。心の底からわたしに屈服すればいい……。心を一度折るのさ……。それで、わたしの隷属魔道が強化されて、わたしの隷属魔道がパリスの支配魔道を上回る。そうすれば、わたしの解除魔道を受け入れられる」

 

 アスカが優し気な口調で言った。

 だが、その内容にはぞっとした。

 心を折るだと──。

 冗談じゃない──。

 

「だ、だから、パリスじゃない──。パリスの支配魔道のわけないんだ。そもそも、パリスが死んだって言ったのはあんただ──。死んだら支配魔道は消えるはずだろう」

 

 必死で言った。

 こうなったら、ロウに支配されていることを喋ろうかとも思った。

 だが、そうしたら、アスカをロウの前に連れていき、淫魔術で支配させてしまうと企んでいたことがわかってしまう。

 それどころか、今度はこの希代の魔女が、ロウのことを全力で阻もうとするかもしれない。

 魔道契約をしていて、アスカはロウとの交合を逃げ出せないはずだとはいえ、やはり、いまはまだ早い気がする──。

 でも、ロウを守るのがすべてに優先するのは間違いないが、このままでは、ノルズは意味のない調教をアスカから受け続けることになる……。

 どうすべきか……。

 

「いいや、パリスだ──。確かに、あいつは死んだと思うけど、ここにあいつの命の欠片がある。まったく死んだわけじゃない──。影響力を残す方法もあったんだろう。とにかく、なにを準備しているかわからない男だ……。それにね……。お前にかかっている支配魔道がパリスのものだという証拠がある」

 

 アスカが言葉の最後に少しだけ口調を和らげた。

 

「証拠なんてない──。違うんだよ──」

 

「いいや、違わない……。じゃあ、教えてやる……。お前にかけられているもうひとつの支配魔道は、このわたしの隷属魔道よりもずっと強いものだ。そんなに強い支配魔道を仕掛けられる者がふたりといるわけがない──。わたしが知っている限り、それは唯一、パリスだけなんだ」

 

 アスカがきっぱりと言った。

 ノルズは愕然とした。

 

「ち、違う」

 

 ノルズは声を絞り出した。

 こうなったら、ロウのことを告げない限り、それは説得力を持たないだろう。

 なにしろ、この魔女は、ノルズには、アスカを上回る支配魔道が別にかかっているのを見破り、そして、アスカを上回る魔道遣いは唯一パリスだと思い込んでいる。

 ノルズは決心した。

 

「わ、わかった。言う──。言うよ──。あたしを支配しているのは、ロウ=ボルグ──。その男だ。あんたが会おうとしている男だよ」

 

 仕方がない。

 これを喋らないと、アスカは本当にノルズの調教を開始するだろう。

 だが、アスカは大声で笑った。

 

「わかった、わかった──。とにかく、パリスの支配が抜けてから、なんでも質問してやる。ナタルの森のこともね。いずれにしても、わたしよりも強い支配を受けている状態で、どんな質問をわたしがしたところで、まったくの無駄だし、さっきも言ったけど、わたしを上回る魔道遣いなんて、パリス以外にはいないんだよ」

 

「い、いや、いる──。いるんだ──」

 

 ここまで言っても信用しないとは思わなかった。

 アスカは、ノルズがかかっている支配術が、自分の能力よりも強いという一点で、これがパリスの呪術だと信じ込んでいる。

 

「……いいから、わたしに任せるんだ、ノルズ。調教を受けな。お前が心の底から屈服したとき、本当にわたしの魔道がパリスを上回る。いまは、受け入れられないかもしれないけど、パリスの支配魔道が消えれば、お前は、この調教を笑い流すことができると思うよ。パリスの仮体が死んだのは間違いないだろうし、絶対にお前に存在するパリスの支配は弱まっている。わたしに任せるんだ」

 

 アスカが言った。

 駄目だ……。

 

 やっぱり、この女は、ノルズがパリスの支配魔道を刻まれていると思い込んでいて、しかも、それを解呪するには、ノルズの心の底からの屈服が必要なのだと信じきっているのだ。

 そういえば、スクルズたちに、ノルズが魔瘴石を仕掛けたとき、あのロウは、いまのアスカと同じようなことを主張して、スクルズやベルズを調教で屈服させてから、魔瘴石を取り出したと後で耳にした。

 呪術を解呪するのに、まずは心を折るというのは、解呪の常套手段なのだろう。

 

「と、とにかく、あたしを支配してえるのは、ロウという人で……絶対にパリスなんかじゃあ……」

 

「わかった、わかった……。とにかく、時間との勝負だろうからね。一日でお前のパリスの支配を抜いてやる……。ただし、この小屋の中の時間の歩みを緩める。わたしたち三人の時間を十倍の遅さで進ませる。つまり、一日で十日分すごすということさ。それでも足りなければ、もっと遅くする。とにかく、お前を支配しているものが消えるまで、永遠にだって続けるからね」

 

 アスカがノルズの言葉を遮って言った。

 なにを言ってるのかよくわからないが、つまりは、ノルズへの拷問は、時間を遅くすることで、ノルズにかかっているパリスの支配が消滅するまで延々と続けると喋っているみたいだ。

 時間術と言っていたので、なにかの魔道なのだろう。

 

 ならば、アスカはいつまでだって、ノルズへの拷問を続けられるということだ。

 報告をしにくる手の者も、大きな異変がなければ、数日は戻らない。しかも、鳥の声で合図をする以外に小屋に、近づかないように厳命している。

 つまりは、この魔女の気紛れ以外で解放される可能性が極めて低いということだ。

 あるいは、ノルズの心が潰れるか……。

 ぞっとした。

 

「……じゃあ、始めるよ──。ノルズ、この部屋の壁を十周しな。厠はその後さ。エマ、その乗馬鞭で追い立てるんだ。ちょっとでもとまれば、尻でも背中でも好きなところを打ちつけるんだ。ノルズの心をお前が折るんだ。ほかの誰よりも、こいつには屈辱のはずだ……。それでパリスの支配を解除できる」

 

「はい、アスカ姉様」

 

 エマが嬉しそうに返事をした。

 しかし、部屋を回れと言われても、この鉄球が……。

 

「ほら、ぼやぼやするな、豚──」

 

 剥き出しになった臀部をエマが力一杯に鞭で打ち据えてきた。

 それこそ、ノルズにとってとんでもない危機だ。

 

「んぎいっ、だ、だって──。て、鉄の玉が……」

 

「だってじゃない。鉄球を顔で押しながら進めばいいじゃない──。それとも、鎖を口で咥えて進むかだよ。考えればわかるだろう、この低能──」

 

 エマがお尻を狙い撃ちにしてくる。

 いくら気力を振り絞っても、お尻の肉を鞭が削ぎ、下肢の力が抜けてしまいそうだ。

 ノルズは、懸命に舌を伸ばして、鼻輪に繋がっている鎖を口に引き寄せ、歯で挟むと、ずるずると鉄球を引きずりながら、身体を前に進ませ始めた。



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481 性悪女の毒婦調教(鼻輪鉄球這い)

 無理だ──。

 

 ほんの少し進んだところで、ノルズはそれを悟った。

 ノルズがやらされようとしているのは、ほとんど限界を越えている便意に耐えながら、鼻輪にぶら下げた重い鉄球の鎖の部分を口で咥えて、この小屋を十周するという苛酷な命令だ。

 しかも、鼻輪に繋がっている鉄球の鎖は、ほんの短いものなので、ノルズは当然に顔を床に近づけて、這うように身体を進ませなければならない。

 こんな格好で、十周なんて進めるわけがない──。

 

「む、無理だよ。さ、先に厠に行かせて」

 

 ノルズは一周目の半分もいかないうちに、不可能であることを悟って、口を鎖から離してエマに訴えた。

 

「なに、とまってんだい、豚──。それと、鎖を咥えるのは、やっぱり禁止だ。舌で鉄球を押しなさい──。その方が家畜のお前にはお似合いよ」

 

 はっきりと悪意のこもった足が後頭部を踏みつけてきた。

 

「うぐっ」

 

 額と顎が床に激突する。

 

「エマ、顔を傷つけるのは許してやりな。その代わり、首から下はどこを鞭打っていもいい」

 

「はい、アスカお姉様」

 

 アスカの言葉に、エマが踏んでいた足をさっとどけた。

 その代わりに、ひゅんと音がして、エマに持っている乗馬鞭がノルズの尻たぶを引っぱたく。

 

「う、うう……」

 

 やるしかない。

 ノルズは覚悟した。

 それに、迷っている時間は、もうノルズには残されていない。

 だが、おそらく、エマにもアスカにも、ノルズの苛酷な窮状はわかっていないに違いない。

 すでにぎりぎりの状態であり、いまもって、汚物が噴流となって飛び出していないのが、自分でも不思議なくらいなのだ。

 とにかく、鼻輪に繋がっていて、顔の真ん前にある鉄球を顔と舌で押しながら進んだ。

 

「ああ、はあ、はあ……あっ」

 

 しかし、一歩進むたびに、すでに危機的状況であることは思い知らされるし、緩みなく締めつけなければならないお尻の筋肉だって限界だ。

 それに、お尻よりも顔を床に近い部分に位置させるいまの姿勢は、ただでさえ下腹部を圧迫する苦しい体勢だ。

 それが便意を促進する。

 

 なによりも、鼻輪──。

 鉄球を押し動かすと、鎖がぴんと張ったり、鉄球の重みが振動で加わったりして、そのたびに、すごい激痛が鼻に走るのだ。だが、その痛みにちょっとでも我を忘れたりしたら、その瞬間に決壊という最悪の事態に直結するに違いない。

 ずるずる、ずるずるという鈍い音をたてさせて、鉄の塊を顔で押しながら、必死になって部屋を回る。いつのまにか、ノルズは喉の奥から苦悶の声を洩らし続けていた。

 

「ほら、ほら、もっと速く──」

 

 容赦のない鞭の打擲がお尻や腰や背中に打ちつけられる。

 もう何十発も喰らっただろうか。

 この馬鹿女は、本当に考えなしに、身体のあちこちを打ってくる。

 それはノルズの肌を引き裂き、予想以上の体力を削ぎ落して、ノルズの消耗をさせていく。

 

「ほら、一周だ。とりあえず、残り九周」

 

 アスカの声がした。

 そして、衝撃が走った。

 

「ひいっ、ひっ」

 

 部屋の一角の隅に壁にもたれて見物を決め込んでいたアスカの前にやってきたとき、不意に鳥の羽根ようなものが尻たぶの亀裂をくすぐりはじめたのだ。

 ノルズは悲鳴をあげた。

 

「や、やめて──。ああっ、ひいいいっ」

 

 一蹴だけ視線を向けると、いつの間にか先端に鳥の羽根が装着してある棒を持ったアスカが、愉しそうにノルズのお尻をそれで刺激している。

 だが、この状況で苦痛の頂点であるお尻を刺激されることは、鞭で打たれる痛みの何百倍もの苦悶をノルズに与えた。

 

「だ、だめええっ」

 

 ノルズはひたすらに、前に進みながら絶叫した。

 

「一周ごとにくすぐってやるよ。それで、何周したかわかるだろう」

 

 アスカが愉快そうに笑った。

 なんとか、棒の届かない場所まで進むと、再びエマの鞭の打擲が再開した。

 

 二周目になった。

 

「ほらっ、豚──。鳴きながら進んで、本当に豚のようね」

 

 下品な揶揄を浴びせながら、エマがノルズの背中や腰を打ち続ける。

 もう体力が残っておらす、全身ががくがくと震えだしている。

 でも、ここで休んだりすれば、おそらく、便意がノルズに打ち勝ってしまうに違いない。

 鼻に想像を絶する痛みが走ろうとも、絶対に速度を落とせない。

 必死に自分を心の中で叱咤しながら、ノルズは進んだ。

 

 やがて、しばらくすると、急に鞭打ちがやむ。

 

「ひいっ、ひいいいっ」

 

 すぐに羽根くすぐりだ。

 アスカの棒の届く範囲にやって来たのだ。

 

「ああっ、んんぐううっ」

 

 ノルズはほとんど泣いているような声を出しながら、羽根責めの攻撃を受け進む。

 そして、やっと羽根の届かない位置に辿り着き、エマの罵声と打擲の時間がやってくる。

 

 二周目……。

 

 もう、なんの思考もできなかった。

 ただただ、這い進むだけだ。

 それにしても、考えてみれば、これは異様な光景だろう。

 裸の女が腰を振り、顔に鉄球を繋げ、床に這いつくばって、鉄球を押し進み続けているのだ。

 

 三周……。

 …………。

 

 四周……。

 …………。

 

 絶望感がノルズを覆いはじめた。

 五回目の羽根くすぐりが終わったときだ。

 もう体力はない。

 それはノルズ自身がわかっている。

 それに、これまで耐えれたのは、たまたま便意が引き潮だったからのようだ。

 

 満ち潮がやってきた……。

 

 ノルズには這い進みながら、それがわかったのだ。

 脚はもう力が入らず、鉄球を顔で押しながらなど、どうやっても、のろのろとしか進むことはできない。

 それどころか、無理な姿勢で進んでいることが苛酷な威力を発揮しだし、胴や背中、首にまで引きつるような痛みを与えてきた。

 当然に速度も遅くなる。

 

「む、無理だよ──」

 

 ノルズはついに進むのをやめて絶叫した。

 そして、自分の声が泣いているような声だったことに驚愕した。

 顔の下にぼたぼたと水滴が落ちる。

 しかし、それは汗ではなかった。

 

「家畜が泣き出したね。残り半分よ。ほら、進め──」

 

 尻を引っぱたかれる。

 だが、もう、ここで終わる必要がある。

 おそらく、十周した後、エマとアスカは、外に厠まで同じようにノルズには這い進めさせるだろう。その時間を考えると、ここで中止するしかない。

 

「お、終わったら、残りをやるよ──。だから、いま、行かせて」

 

「それじゃあ、調教にならないじゃない。馬鹿なの、あんた。やっぱり、家畜ね」

 

 エマがせせら笑った。

 そして、肩に鞭を打ってくる。

 でも、もうノルズは進めなかった。

 どうにも力が入らない。

 

「気合を入れてあげるわ──」

 

 ひゅんと鞭の音が鳴った。

 だが、衝撃は上からでなく、下側からやってきた。

 

「んぎゃあああ」

 

 叫んだ。

 エマの鞭は一度床を叩き、その勢いを利用して、股間を叩きあげたのだ。

 気を失うかと思うような衝撃に、本当に一瞬頭が白くなる。

 我に返ったのは、倒れそうになっている身体を懸命に起こしたときだ。

 はっとしたが、まだ洩らしてなかった。

 でも、それは奇跡のようなものだった。

 

「な、なにすんだいっ──」

 

 非常で残酷なエマのやり口に、心の底からの怒りがノルズの中で爆発した。

 

「もう一発いく? 今度はちゃんと、あんたの股のお豆ちゃんに当ててあげるわ」

 

 ひゅんと音が鳴る。

 ノルズは慌てて、身体を前に進ませた。

 床をばちんと叩いた鞭は、ちょっとずれて内腿の肌を斬り裂いた。

 しかし、最悪の場所は打たれなかった。

 

「今度、とまれば、股間打ちよ。ひっくり返して、上から打つわ」

 

 エマが大笑いした。

 ノルズは今度こそ渾身の力をお尻に注ぎ込んで、懸命に這い進んだ。

 

「あんたは家畜よ──。鞭で打たれないと、なんにもできない豚よ。だから、ぶってあげるわね。ぶたれないと進む気にならないのよね」

 

 鋭い連打がお尻に集中する。

 

「くっ、ううっ、ぐうっ」

 

 打たれるたびに、呻き声が出た。

 それでも、ノルズは進むことだけを考えた。

 

「頑張っているじゃないか、ノルズ。その調子だよ。きっと厠に行けるさ」

 

「ああっ、はあっ」

 

 アスカの羽根責めだ。

 ここにきての羽根の愛撫は苛酷だ。

 ノルズは気力を振り絞った。

 

 六周目──。

 …………。

 

 七周目──。

 …………。

 

 そして、八周目──。

 

 ノルズは這い進む。

 満ち潮で崩壊しそうな便意──。

 とにかく、締める──。

 お尻の筋肉を締めつける──。

 それしか考えない……。

 

 そして、いまのノルズを支えているのは、沸騰するような激しい怒りだ。

 途切れることなく、次々に鞭を浴びせてくるエマに対する激情だ──。

 それがノルズに気力を与えていた。

 

 こんな馬鹿女に負けるか──。

 

 鞭の痛みに襲われるたびに、絶対に屈服なんてするかと心に刻み込んだ。

 

 そして、アスカの羽根責め……。

 身体を悶えさせながら、必死で逃げ進む……。

 

 九周目になった。

 

「くそうっ、結構しぶといわねえ」

 

 エマの鞭が上からでなく、横側から膝から上の太腿の部分を狙い出す。

 どうやら、前に進む力をなくさせて、動けなくしようという魂胆のようだ。

 

「ほう、最後の十周だねえ。すごいよ、お前」

 

 アスカの声が近くでして、羽根責めの場所にやって来たのだと悟った。

 とにかく、もう目も朦朧として、よくわからなくなっていたのだ。

 

 あと一周だ──。

 

 ノルズはは食い縛った。

 羽根の刺激がなくなると、エマの鞭打ち──。

 最後の一周はこれまでの何倍もの数の鞭打ちだった。

 それは、エマの鞭が多くなったというよりは、ノルズの歩みが極端に遅くなったからだった。

 

「くそうっ、まだ、洩らさないのか──」

 

 エマが悪態をついたのが聞こえた。

 次の角を曲がる。

 エマの鞭は狂ったように身体を打ってくる。

 無視する。

 また、次の角──。

 エマがまた口惜しそうに悪態をついた。

 

「十周だ」

 

 アスカの声がした。

 ノルズは肩を床に付けて、必死に呼吸を整える。

 

「じゅ、十周よ、エマ……。か、厠に……」

 

 ノルズは荒い息をしながら言った。

 

「生意気よ。家畜のくせに、なにかを頼むときには、頭を床につけるのよ」

 

 エマの冷たい声がして、頭をぎゅっと踏みつけられる。

 

「ぐっ、お、お願い、します、厠に……」

 

 ノルズはぐいぐいと床に顔を押しつけられながら、呻くように言った。

 

「じゃあ、いっぱいうんちができるように、下剤液を追加してあげるわね」

 

 エマがノルズのお尻に触れ、またもや浣腸液が腸内に魔道で移動された。

 

 再注入……。

 その苛酷さをノルズは、身体で味わうことになった。

 ノルズは必死にお尻に力を入れる。

 

 ここから、外まで行って……、そして、小屋の裏……。

 その距離を考えると、絶望的な気分になる。

 しかし、ここまで頑張って途中で洩らしたら、これまでの頑張りが無駄になる……。

 ノルズは懸命に自分を鼓舞した。

 

「わかっているわね、家畜……。じゃあ、残りの十周をしなさい。今度は反対周りよ。その代わり、それが終わったら、鼻輪についている鉄球を外して、厠に行かせてあげるわ」

 

 唖然とした。

 もう十周?

 不可能だ──。

 絶対に……。

 エマの冷酷な宣言に、「そりゃあいい」とアスカが大笑いした。

 ノルズは、頭が真っ白になるのを感じた。

 

「む、無理──。絶対に無理──。無理だよお」

 

 ノルズは叫んでいた。



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482 性悪女の毒婦調教(逆回り)

 激怒した。

 冗談じゃない──。

 

 不自然な体勢で這い続けた身体は、すでにあちこちで悲鳴をあげている。そして、鞭で体力を削ぎ落され、信じられないくらいに敏感にされた肌をくすぐられ、もうノルズには動ける体力は残っていない。

 腰も、背骨も、首も、これ以上動くのは限界だ。

 なによりも、追加をされた薬液による激しい便意が、ノルズを苛酷な状況に追い詰めてしまっている。

 すでに、一瞬一瞬がまさに勝負という状況だ。

 

 そして、戦いにも勝ったはずだ。

 

 あれだけのエマの嫌がられせに耐えて、ノルズは言い渡された十周を回りきってやった。

 

 回ったのだ──。

 

 それなのに……。

 

 それなのに、この馬鹿女は、新たな薬液を追加して、もう一度十周回れという……。

 

「嫌ならいいのよ。だったら、お望みの通りにしてあげるわ」

 

 エマがせせら笑った。

 はっとした。

 エマが魔道を探る気配を感じたのだ。

 しかも、ノルズの収納魔道に触れている。

 なにかを取り出そうとしている……。

 

「お、お前、なにを出すつもりだよ、エマ──」

 

「歩きたくないと駄々を捏ねるお前に、相応しい贈り物よ」

 

 魔道でなにかがノルズの両足首に出現して嵌まる感覚があった。

 両膝のずぐ上の部分にも……。

 

「うっ、ちっ……。こ、こんなの……」

 

 もの凄い重みが足首と腿にのしかかった。

 嵌まったのは、「重量環」という魔道具だ。

 ちょっとした拘束具であり、見た目はただの小指ほどの幅の細い金属の環なのだが、魔道を込めることで、かなりの重みを生じさせることができる。

 おそらく、エマはノルズに嵌めた四個の環のそれぞれに、かなりの魔道を込めたと思う。

 重量環のぞれぞれに、まるで大人の人間がぶら下がっているかのような重みを感じる。

 

「こ、この……卑怯者……」

 

 ノルズは鼻輪についた鉄球のためにあげることのできない顔を床に向けたまま罵った。

 

「家畜の分際で生意気言うんじゃないわよ」

 

 尻に激しく鞭が浴びせられた。

 ノルズは、歯を喰いしばった。

 

「ノルズ、お前の調教はエマに任せたんだ。エマがもう一度十周回れって言うなら仕方ないさ。エマの言うことは絶対だ。回りな。それとも、厠に行くのは諦めるのかい?」

 

 アスカだ。

 笑っているような声だ。

 アスカはアスカで、エマとノルズのやりとりを十分に愉しんでいる気配だ。

 

「や、約束だよ……」

 

 ノルズは荒い息をしながら口を開いた。

 

「はっ?」

 

 反応したのはエマだ。

 

「お前の言うことは絶対……。それでいいね、エマ……?」

 

「あ、当り前よ。なに言ってるのよ」

 

 エマは、ノルズの強い口調の物言いに、困惑している感じだ。

 

「十周したら厠に連れていく。しかも、鼻輪に繋がっている鉄球を外してね……。お前が言ったことだ。お前の言うことが絶対なら、約束は守るんだよ」

 

「な、生意気な……」

 

 エマは一瞬だけ、激昂したような反応を示したが、すぐに嘲笑を洩らした。

 

「ああ、約束は守ってあげるわよ……。必ずね……。できるものならね……」

 

 エマの返事を確認して、ノルズは身体を反転して進みだした。

 もっとも、ノルズも、本当にもう十周回ることができるとは思っていない。

 ただ、最後の最後まで意地を張るのは、ただただ、この馬鹿女に負けたくないという反抗心と、このままなにもしないで崩壊を待つよりもましだという気持ちだけのことだ。

 

「うう……ぐっ……」

 

 しかし、両腿にそれぞれにひとつ……。

 足首に一個ずつ……。

 一個につき、おそらく、人ひとり分以上の重さを与える魔具……。

 そこに加算された新たな責め具は、思ったよりも苛酷だった。

 

 つまりは、ノルズは下半身に人間四人を引きずって這っているようなものなのだ。

 そのような状況では、本来であれば、進むのも容易じゃない。

 だが、ノルズはそれを限界を遥かに越しているはずの便意に耐えて這わねばならないのだ。

 

「んんっ、んっ」

 

 一歩一歩と進む。

 やはり、速度は最初の十周のときと比べ物にならないくらいに遅い。

 しかも、思ったよりも効いているのは、エマが打ち続けた鞭の効果だ。

 それは決定的なくらいに、ノルズの足腰に影響を与えている。

 あっという間に、信じられないくらいの汗が噴き出した。

 

「ふふふ、回れるものなら回ってみなさい、家畜」

 

 そのとき、這い進んでいる身体の下にすっとなにかが入ってきたと思った。

 

「んっ、ああっ、な、なに?」

 

 入ってきたのは細い棒だった。そして、その棒の先には柔らかそうな丸くて平たい皿状の物体がついている。

 これはノルズが持っていた愛撫用の淫具だ──。

 ノルズはこれを「愛撫体」と呼んでいて、ただいやらしい振動と蠕動運動で相手を苦しめるだけでなく、表面がこんにゃく状に柔らかくて、飛びあがるほどの気持ちよさを女に与える淫具だ。

 これは危険だ……。

 わかったときには、その丸い部分がぐにゃぐにゃと包み込む運動と振動をしながら、ノルズの乳房に下から当てられた。

 

「い、いやあっ──んぎいっ」

 

 ノルズは悲鳴をあげて身体を捻りかけた。

 だが、そのため、鉄球を思い切り顔で引っ張ってしまい、怖ろしいほどの激痛が鼻に加わった。

 

「お尻はどうかしら?」

 

 同じものが今度は後ろから臀部に当てられる。

 エマは、その棒付きの愛撫体を両手に持って操っているらしい。

 しかも、エマは胸を責めている淫具をノルズの乳房に当てたまま、反対側の手に持つ愛撫体でノルズの股間を責めてきたのだ。

 

「くうっ、いやああっ」

 

 ノルズは全身を硬直させた。

 まさに、引き締めているお尻の筋肉が緩んで、噴流が決壊しそうになったのだ。

 目の前が真っ暗になり、ノルズは全身を緊張させた。

 だが、出てない……。

 それがわかって、ノルズは懸命に前に進みだした。

 

 もう、はっきりとわかる。

 どんな刺激をされようとも、今度とまれば、そのときに崩壊する──。

 それに、一度とまれば、おそらく、再び歩き出すことはできない。

 

「頑張るじゃないのよ、家畜」

 

 エマが愉しそうに、今度は尻たぶに当てていたものをさらに股間に向かって押し込んでくる。

 

「ひっ、ぐううっ」

 

 ノルズもそうはさせまいと、太腿を締める。

 しかし、乳房を責めていた愛撫体が移動して、股間を前から責めてきた。

 

「い、いやっ」

 

 ノルズは自分でも信じられないくらいの女っぽい悲鳴をあげていた。

 だが、それを羞恥に感じる余裕はない。

 尻たぶを責めている愛撫体が、お尻の穴そのものを探るように押し動いてきたのだ。

 

「ひ、卑怯よ──。やめてええっ」

 

 ノルズは声を放った。

 

「ノルズ、あと九周だよ」

 

 アスカの声がした。

 まだ、一周──。

 ノルズは絶望的な気持ちになった。

 それでも、這い続けた。

 

 永遠とも思うような過酷な時間が過ぎる。

 もう、なにがなんだか、わからない。

 そのあいだ、ノルズは、エマの執拗な愛撫体の攻撃に耐えながら、必死に身体を進ませ続けた。

 一方で、エマはむきになったように、執拗に愛撫体でノルズの裸身を責めたててくる。

 ノルズはひたすらに前に進むことだけを考え続けた。

 

「半分だね」

 

 二回目については、ずっとノルズとエマの攻防を見守っていた感じだったアスカがまた声をかけてきた。

 途中から周回数は完全にわからなくなっていたが、まだ半分なのかと感じた。

 それは、ノルズの心から、灯りかけていた希望に水を浴びせた。

 

 あと二周か、三周──。

 それくらいではないかと考えていたのだ。

 

「本当にしぶといわねえ──。淫乱な豚のくせに──」

 

 エマが焦ったように声をあげた。

 それだけが、ノルズの溜飲を少し下げた。

 

「だけど、かなり追い詰めてるんじゃないのかい? ノルズは結構感じているようだよ。股を見てごらんよ、エマ」

 

 すると、アスカが続けて声をかけてきた。

 

「あらっ、本当……。この家畜、膝近くまで愛液を垂れ流していますよ、アスカお姉様。よく見れば、乳首もすごい勃っているし、欲情してるんだわ、こいつ」

 

 ノルズの身体を覗き込むようにしたエマが、姿勢を戻して、二本の棒の先にある愛撫体で身体の両側からノルズの両方の乳首を責めてきた。

 

「うう、はあああっ」

 

 ノルズは身体を捩りかけ、なんとかそれを我慢した。

 だが、駆け抜けた気持ちよさは、信じられないほどだった。

 

「気持ちいいのね、家畜? だったら、そのまま垂れ流してしまいなさいよ。きっと、もっと気持ちいいわよ」

 

 エマが馬鹿にしたような口調で前側から陰毛の付近に愛撫体を当ててくる。

 しかし、そこに気持ちを集中させるわけにはいかない。

 そして、もはや愛撫を避ける動きもできない。

 体勢を崩せば、絶対に元に戻せない──。

 それはわかっていた。

 

「おまんこをこんなに濡らして、お前はマゾだったのね、家畜?」

 

 エマが笑いながら愛撫体を操作する。

 ノルズの性癖はマゾではないが、いまの場合は仕方がないだろう。

 なにしろ、排便に耐えるために全精神を注いでいる。

 当然にほかの部分には無防備になる。

 だが、確かに、自分はいま快感に染め抜かれているようだ。

 身体を敏感にされているためだろうが、エマの愛撫体による責めは、ノルズの全身を完全に火照り苦しめている。

 

「ほら、ほら、いっちゃいなさいよ。こんなに濡らしてるんだもの。我慢しなくていいのよ」

 

 エマが揶揄のような言葉をノルズに降らせながら、またもや二本の愛撫体を股間の前後から責める態勢に持ってきた。

 

「ああっ、いやああ」

 

 糸を引くような甘い声がノルズの口から迸る。

 ノルズは、それが自分の口から出たということに驚いてしまった。

 こんなに女っぽい嬌声を自分が出すなど……。

 

「そら、いきなさい。いくのよ……」

 

 股間の愛撫が続く。

 

「も、もう……だめ……」

 

 ついに、限界が来た。

 それがわかった。

 もう動けない……。

 そして、快感が駆け昇ってくる……。

 おそろしいほどの勢いで……。

 

 駄目よ……。

 

 頭の先からつま先まで、ノルズはいまどっぷりと快楽に浸っていた。

 気がつくと、完全に歩みはとまっている。

 そして、痙攣のような身体の震えが、だんだんと激しいものになっていく……。

 

 ノルズは目を閉じた。

 

 おそらく、崩壊は一周以内にやって来る……。

 だったら、このまま自らの戒めを解き、そして、快楽の飛翔のままに官能を爆発させたい。

 

 ここまで頑張ったのだ。

 

 おそらく、もう充分だと思う。

 

 腰や腿も限界だ。

 便意だって、これ以上耐えられるわけがない。

 

 このまま……。

 

 このまま、震えるような快感とともに……。

 

「そろそろ出すのね、家畜?」

 

 エマの声がした。

 

 はっとした。

 ノルズは我に返った。

 

 そして、歩みを再開した。

 

「な、生意気な──」

 

 エマの盛大な舌打ちが聞こえた。

 

「出すのよ、出せ──」

 

 床に愛撫体のついた二本の棒が投げ出され、今度は尻に鞭が飛んできた。

 

 ありがたい──。

 

 はっきりとそう思った。

 あのまま愛撫体で責められ続けていれば、間違いなくノルズはもたなかった。

 しかし、鞭打ちなら希望が見えてくる。

 ノルズは進み続けた。

 

 またもや、ノルズとエマの戦いが再開された。

 

「残り三周だよ」

 

 ノルズに言っているのか、それともエマを叱咤しているのかわからないが、アスカのその言葉が耳に入ってきた。

 

 それからは狂ったような鞭打ちだった。

 凄まじい勢いの鞭が間隔なしに打ち続けられる。

 すぐにエマの息が荒くなったが、それでも鞭打ちの勢いは変わらない。

 

「くそっ、豚のくせに」

 

 エマの鞭が後ろ側のものから、前側からのものに変化した。

 ノルズの進む方向から肩や二の腕、時には跳ね返った鞭が顔に当たったりする。

 エマはノルズの進むのを、なんとしても阻止したいと考えているのだろう。

 愛撫のときのような嘲笑と余裕は、もうエマにはない。

 はっきりとエマの苛立ちと怒りを感じる。

 

「これで九周」

 

 アスカの声──。

 ついに最後の一周がやってきたのだ。

 

「なんで、とまらないのよ──。なんで──」

 

 エマの鞭が太腿に集中する。

 しかし、ノルズだって、ここまで来たら意地だ。

 なんとしても、十周を終わらせてやろうと思った。

 すでに眼界は越している。

 しかし、あるいは、もしも、お尻を襲う凄まじいまでの排泄感がなかったら、こうやって最後まで這い進むということはできなかったかもしれない。

 そんなことを進みながら思った。

 

「生意気な、生意気な──。お前なんか嫌いよ──。ノルズなんて、大嫌いなのよ──」

 

 鞭がエマの荒い息とともに飛んでくる。

 しかし、その声は、なんとなく引きつっていて、エマの口調には追い詰められた者のような響きがある気がした。

 

 ノルズは歯を喰いしばっていた。

 喰い縛り続けたために、口の感覚がなくなるほどだった。

 汗のために前は見えず。抉るように容赦のない鞭が太腿とお尻に襲いかかってくる。

 

 速度はほとんどない。

 だが、進み続ける。

 

「これで、十周だよ。お前の負けだね、エマ」

 

 アスカの朗らかそうな声が響いた。

 

「畜生──」

 

 女っぽさの欠片もない罵り声とともに、床に乗馬鞭が投げ捨てられてきた。

 

「や、約束だ……」

 

 ノルズは息を整えながら言った。

 

「わ、わかっているわよ」

 

 不貞腐れたような声がして、鼻輪から鎖が外れた。

 エマが魔道で解放したのだろう。

 ノルズはゆっくりと身体を起きあがらせた。

 信じられないくらいに腰が痛かったが、なんとか身体を立たせることができた。

 

「さっさと行っておいで、豚──。もたもたすんじゃないわよ」

 

 尻に力一杯に平手が飛ぶ。

 

「きゃあああ」

 

 ノルズはその勢いに押されて、前に倒れてしまった。

 本来であれば、エマの打擲ごときに、体勢を崩すことなどあり得ないが、苛酷な歩行拷問は、両脚の四個の重りと合わせて、ノルズの足腰を信じられないくらいに弱らせていたようだ。

 

「んぎいっ」

 

 漏れた──。

 一瞬、目の前が真っ暗になった。

 お尻が腰全体とともに痙攣をしている。

 でも緩んだと思ったお尻の亀裂からは、どうやらまだなにも出いていないようだ。

 

「な、なにすんのよ、エマ──」

 

 怒鳴った。

 

「文句あるの、豚──。今度は、もう二十周してもらおうかしら。まだまだ、元気があるようだしね」

 

「なっ」

 

 絶句した。

 ノルズはうずくまったまま、外に向かう扉を凝視した。

 もう耐えれる力はない。

 さすがに、これ以上は歩けない……。

 

 畜生……。

 この女……。

 

「なんだい、その顔は? 言いたいことがあるの? 命令してやるわ。そうすれば、逆らえないんだし」

 

 エマが激昂のまま頬を平手で打った。

 しかし、ノルズは抵抗をせず、打たれた顔をエマに向けて、ただ睨んだ。

 

「やめな、エマ──。顔は殴るなと言っただろう──。扉を開けてやるんだ。調教師の言葉は絶対だ。十周進めば厠に行かせると言った以上、そうさせな」

 

 アスカだ。

 エマは口惜しそうな表情をしながら、小屋の外に向かう扉を開いた。

 

 ノルズは立ちあがった。

 そして、外に出た。

 果たして、小屋の前の地面のところに、一個の穴が開いてあった。

 しかし、穴といっても、ほんのちょっとへこんでいるだけで、ほとんど平らな地面と一緒だ。こんなところに排便しても、とても穴に収まらず、外に溢れるだろう。

 これでは地面に垂れ流すのと同じだ。

 

「……そこがお前の厠だよ。そこでしな」

 

 気がつくと、ノルズのすぐ後ろにいつの間にかアスカが立っていた。

 振り向く。

 アスカは、愛情がこもっているような、それでいて、酷薄そうな、複雑な表情をしていた。

 それはともかく、こんなところに穴なんてなかったはずなので、これはアスカが魔道で掘ったのだろう。

 そのアスカがノルズの腕を掴んで、穴の方向に押す。

 

「ま、待って──。や、約束が……」

 

 ノルズは抗議の声を出した。

 本物の厠はもうすぐそこだ。

 しかし、アスカの手はがっしりとノルズの拘束されている二の腕を掴んで離しそうにない。

 

「約束は破ってないさ。調教を受けるお前の厠は、最初からそこなのさ。別に問題はないだろう」

 

「確かに、家畜には相応しい厠ね。そこにしなさい。豚のようにね」

 

 エマもやって来た。

 アスカが握っている反対側の腕を掴んで、ノルズをその浅い穴の真上に連れていった。

 肩を押されて、無理矢理にしゃがまされる。

 

「ち、畜生……」

 

 穴の上に、しゃがむと同時に便意が崩壊した。

 発作のような生理の爆発を前に、ノルズは身体を押し曲げるようにして、衝撃に身を委ねた。

 

 そのときだった。

 

「あっ、や、やめてえ」

 

 悲鳴をあげた。また、哀れな女のような響きの声だった。まるで自分の声ではないような……。

 それはともかく、噴流を続けるノルズの股間を前側からアスカが愛撫し始めたのだ。

 ノルズは驚愕した。

 

「ああっ、や、やめな──。あ、あんた、汚れるから──」

 

「汚れても構わないさ。ただし、調教のあいだは、ずっとこうやって愛撫を受けながら排便をするんだ。小便もね。これから本格的な調教に入る。数日は夜もないし、昼もない。わたしたちは寝るけど、お前は寝かせない。ただひたすらによがりまくるだけの日々を送ってもらう。実際には一日に満たないけど、時間術で延々と引き延ばしてやる」

 

 アスカが愛撫をしながらノルズに語りかける。

 途方もない屈辱と羞恥と同時に、快感が突き抜ける。

 いやだ……。

 おかしくなる……。

 

「くううううっ、んんんん、あああああっ」

 

 ノルズの口から女の声があがり続ける。

 気持ちいい……。

 なにも考えられない……。

 

「お前が排便を我慢して小屋を這いまわっていた時間だって、実際には四半分の一ノスにもならないさ……。とにかく、どんなに疲れても、魔道で起こし、倒れたくても、回復術でそれは許さない。ひたすらに快楽漬けの日々だ……。さあ、エマ、乳房を揉みな。こいつに、しっかりと被虐の快感を覚え込ませるんだ」

 

 アスカがノルズの排便で手が汚れるをの気にした様子もなく、ノルズの肉芽を揉み続けた。

 

「あんたって、本当にマゾね。鞭打ちでも感じていたみたいだったけど、こんなにも乳首を勃たせちゃってさ」

 

 さらに、エマによる両乳房への責め──。

 

「あああっ、ああああっ、だめえええ」

 

 ノルズはあっという間に絶頂していた。

 

 排便をしながらの快感の頂点──。

 

 なんという恥辱なのだと思いながら、一方で同時に清々しいほどの開放感に包まれ、ノルズは表現もできないほどの陶酔と戦慄の快美感に打ち抜かれていた。



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483 狂ヒ出ス音

 息が漏れる音ひゅうひゅうと鳴り続ける。

 ノルズの口に嵌められている穴空きの箝口具だ。

 

 丸い球体に幾つかの小さな穴が開いた責め具のひとつであり、小さな穴から出る涎によって、嵌められている者の恥辱を誘い、惨めさを味わわせるという淫具である。

 もともとは、ノルズが持っていた責め具であり、いまや、それを自由に扱えるようにさせられたエマによってなされたノルズに対する嫌がらせだ。

 とにかく、それが、ノルズの口の中に押し込められて、外れないように両脇に繋がっている革紐で顔の後ろでしっかりと結びつけられている。

 その小さな穴によって、ノルズが苦痛のために荒い息をするたびに、まるで笛のように音を立てているというわけだ。

 拭くことすらできないノルズの鼻水と涎をまき散らしながら……。

 

「んひいっ」

 

 そのとき、またもや身体が崩れかけ、鼻輪の激痛により我に返らされたノルズは、必死に姿勢を直して、つらい姿勢を保持し直した。

 さっきから、果てしなく繰り返させられている苦悶の仕草だ。

 

 ノルズは、真っ暗な山小屋の真ん中に、素っ裸のまま両腕を背中側に曲げられて、腕を束ねるように腰の括れで拘束され、つま先立ちになるまで天井から顔を吊りあげられて、立たされて放置されている。

 両足首には、肩ほどの長さの鎖で繋がれた革の足枷を嵌められているが、もはや、そんなものがなくても、ノルズには、逃亡を謀るような一片の体力も気力も残されていない。

 

 天井を向いている顔からは、夥しい汗とともに、箝口具の穴から際限なく涎が流れ続けている。

 その涎の筋は、上を向いているノルズの顔から首の横に垂れ、乳房の上を撫でて、さらに腰に垂れ、両脚の側面を伝って、いまや痙攣がとまらなくなっているつま先立ちの足のあいだに流れて、苦痛の脂汗とともに大きな水たまりを作っていると思う。

 

 もっとも、ノルズには、それを見ることはできない。

 体力を使い果たしているノルズに、さらに限界を振り絞るような責め苦を強要しているのは、天井から垂れている鎖に繋げられているノルズの鼻輪だ。

 だから、ノルズは下を向くことができないので、足元の情景がわからないということなのだ。

 

 おそらく、三日目だ。

 ……とはいっても、アスカの言葉の通りであれば、アスカの時間術によって、半日にも満たないかもしれないかもしれない時間を引き延ばされているだけと思うが、ノルズにとっては、三日は三日だ。

 どうやっているのか知らないが、そのあいだ、昼もあり夜もあって、小屋の中にはしっかりと時間間隔がつけられている。

 だから、ノルズにとっては、もう幾日にもかけて、苛酷なエマとアスカの責めを受けているのと同じ状態になっている。

 

 なまじ日にちの感覚があることも、ノルズの心を追い詰める。

 なにしろ、アスカとエマは、事もあろうに、三日連続のノルズへの調教に疲れて自分たちが寝るにあたって、ノルズには睡眠を与えないように、こうやって鼻輪に天井からの鎖を繋げて、つま先立ちになるように吊り上げ、そのまま放置しているのだ。

 

 ちょっとでも体勢を崩せば、死ぬような激痛が鼻に走るノルズは、三日も続いた疲労困憊の肉体を休めることもできず、ずっとこうやって立ち続けているというわけだ。

 その足元では、アスカとエマが、三日続いたノルズへの調教に疲れて、いまは寝息を立てている。

 ノルズは必死になって、箝口具を嵌められている口で、ふたりに対して、鼻輪吊りからの解放を訴えているのだが、大声さえも出せないほどに疲れているせいもあり、それはまるで風が漏れるような音しかならず、いまも、ひゅうひゅうと虚しく音が鳴っているというわけだ。

 

 この三日間──。

 

 ノルズは、朝も、昼も、夜もなく、まさに三日続けて、アスカとエマに道具を使って犯され続けた。

 眠ることも許されずに、凌辱され続けたのだ。

 

 最初に浣腸をされ、山小屋の外に出されて、ふたりの前で排便をしながら愛撫をされて気をやらされたあと、アスカとエマは、すぐに、ノルズを山小屋に戻して、道具を使って犯し始めた。

 それからが、本物の性の地獄の始まりだ。

 

 男との性交と異なり、女が女を責められるときの凌辱には終わりはない。

 ノルズは、それをよく知っていた。

 男なら、なんだかんだで精を放って終わりだが、女にはそれがなく、ただただ、体力の続く限り、調教が続くのだ。

 

 そして、アスカは徹底していた。

 

 とにかく、ノルズをして完全に心を潰し、屈服させるのだという強い意気込みで、ノルズを責め続けた。

 アスカは、ノルズがパリスによる洗脳をノルズが受けていると信じ込んでいて、どんなにそれをノルズが否定しても、それはパリスによる暗示によるものだと決めてかかっているのだ。

 なにしろ、ノルズには、アスカに対する隷属の魔道を受けれているほかに、あのロウからの淫魔術を受け入れていて、自分を越える何者かの隷属魔道をノルズが刻まれていることに気づき、アスカは、それはパリス以外にあり得ないと断定している。

 ノルズは、もはや隠すことは不可能と思い、ロウの淫魔術ことを正直にアスカに告白したが、アスカは、ロウが淫魔師であることは承知しているものの、その能力が大したものであるとは思っておらず、よりにもよって、あの“イチ”の操りだとノルズに思い込ませるというのは、パリスもなんの冗談なのだと、せせら笑うだけだった。

 イチというのが、アスカが認識しているロウの名前だというのは、そのときに知った。

 

 とにかく、アスカは、ノルズに加えられている「パリスの洗脳」を解くために、ノルズを体力の限界まで責め続けて、アスカに屈服することをやろうとしている。

 心を弱らせれば、洗脳に対する解呪の魔道はかけやすくなる。

 まあ、あのロウも、パリスがノルズに加えていた呪術を解呪するときに、同じようなことをしていたので、淫魔術にしろ、洗脳排除の魔道にしろ、やり方は一緒なのだろう。

 だが、それを受けるノルズはたまったものじゃない。

 そして、ノルズは、アスカとエマからの性の拷問を受けることになったのだ。

 

 アスカは、ノルズに身体の感度が怖ろしいほどに上昇する媚薬を繰り返して与えつつ、その身体を張形や振動する魔道の淫具でいたぶり続けた。

 

 逃げることは不可能だ。

 

 身体は拘束されているし、アスカを主人とする隷属の紋章の縛りにより、アスカからは、アスカはもちろん、エマに対しても、一切の言葉に従うように「命令」されている。

 ノルズには、ただ、ふたりの責めを受け続けること以外は、許されていない。

 

 責めは比較的単純だ。

 抵抗できないノルズの裸体をふたりがかりで責めたてるということの単純な繰り返しだ。

 ただ、それを休みなく、徹底的にするのた。

 アスカがやり、アスカが疲れると、責める者がエマに変わり、エマが休息のあいだは、またアスカと交代して、再びエマに替わるということをひたするに続けるという具合だ。

 

 しかし、責められるノルズには休息は許されない。

 ただ、受けるだけだ。

 気絶はもちろん、三日間、アスカは、ノルズに寝ることさえ許さなかった。

 

 水を飲まされ、食べ物を口に入れられるときも、張形は股間で動き続けたし、火照りきっている全身のあちこちを責める淫具は取り付けられたままだった。

 気がつくと、全身の痙攣がとまらなくなっている自分がいた。

 頭は真っ白になり、自分がどうなっているかも、なにが起きているかも知覚できなくなっていた。

 そういうノルズを、アスカかエマが、嘲笑しながら責め続ける。

 

 絶頂は数えきれないほどした。

 

 しかし、何度気を失いそうなっても、意識を失うことは許されなかった。あらゆる手段で強引に起こされるのだ。

 それこそが、まさに地獄だった。

 

 あまりもの連続絶頂で、気絶しそうになると、アスカが魔道をかけてそれを阻止し、あるいは、エマが強力な気付け薬を無理矢理に嗅がせて、ノルズを強引に覚醒させる……。

 

 そして、責め苦が続く。

 

 それが繰り返す。

 

 失禁をし──。

 そして、脱糞もした──。

 それでも、張形は動き、淫具は苛み、愛撫はやまない。

 

 三日──。

 

 そして、三日──。

 

 このあいだ、ノルズは、本当にただの一睡もさせてもらっていなかったのだ。

 

 眠れないこと──。

 

 睡眠を奪われていること──。

 

 このことは、ノルズを想像以上に追い詰めている。

 

 体力のすべてを奪われている以上、ノルズの身体は、必死になって休むことを求め続けている。

 しかし、眠りは与えられない。

 責めは続く。

 結果的に、ノルズは残っているはずのない体力を総動員して、自分を覚醒させ、アスカとエマの凌辱に反応し続けるというわけだ。

 

 だが、そんなことがどうして可能だろうか……。

 

 凌辱されながらも、睡魔と疲労で意識が失いそうになり、それを強引に起こされる。

 そして、容赦なく苛酷な性の拷問に引き戻される。

 それを繰り返される。

 

 いつしか、ノルズは大きな黒い不安のような恐怖に押し潰されそうになってしまっていた。

 自分が狂うのではないかという怖さだ。

 それとも、すでに狂っているのか……。

 

 これまでに、ノルズもいくつもの汚辱を味わったこともあるし、拷問を受けたことだって初めてではない。

 しかし、そのどれにも、ノルズは打ち勝っていた。

 だからこそ、いまのノルズが存在するのだといっていい。

 ノルズは、どんなときでもノルズでいられたし、ノルズが心から屈服したと思ったのは、あのロウに対してだけだ。

 

 だが、今回は様子が違っている。

 

 追い詰められている恐怖の先にあるのは、さらに深い真っ黒な闇だ。

 絶対に自分では脱出することができない心の地獄だ。

 ノルズは、自分の心がその穴倉にどんどんと嵌まっているのを感じていた。

 

 まるで全身を犯す闇そのもののようだった。

 ノルズの意思とは無関係に、ノルズを蝕む闇だ。

 

 アスカは、ノルズの心を壊し、完全に狂わせ、そのうえでノルズを支配しようとしている。

 ノルズにはそれがわかったが、どうすることもできないでいる。

 

 実際、ノルズは疲労に苛まれている身体を強引に覚醒させられながら、いつの間にか、自分が意味不明の言葉を口走りそうになっているのを何度も我慢しなければならなかった。

 脂汗は、もはやとまることなく身体から流れ続け、最初にあんなに我慢した排便でさえも、もう自然に垂れ流すのについて、思考することができなくなっていた。

 

 それでも、ノルズは、たったの二回しか、お願いだから寝かせてくれと、口にしなかった。

 ノルズが弱音を吐くと、あのエマがそれを口実に、それまでの数十倍もの責め苦を罵詈雑言とともに与えるのがわかったからだ。

 アスカにしても、無論、エマにしても、いまノルズが最も苦しんでいるのが、なによりも眠らせてもらえないことだとわかっているので、絶対に睡眠は与えてくれない。

 

 今夜だって、さすがに三日目に入って、ふたりにも疲れが出て、同時に眠りに陥ったというのに、こうやって、鼻輪吊りの地獄にノルズを放り込んでまで、ノルズが寝ることを阻止する。

 

「んぐうっ」

 

 気が遠くなりかけて身体が傾いたのを、天井から吊られている鼻輪による激痛に阻止され、ノルズは懸命に、姿勢を保つために身体を伸ばした。

 上を向いている首はもちろん、背骨も、腰も、悲鳴をあげてのたうち回りたいほどに痛くて、なによりも疲れ果てていた。

 鼻輪に吊りあげられているノルズの身体は、まるで重りを装着されて、深い水の中にでも放り沈められたような恐怖と絶望感に苛まれていた。

 

 息が苦しかった。

 なにかが、ノルズが呼吸をするのを邪魔している。

 

 ノルズに残っている意思──。

 

 理性──。

 

 気力──。

 

 なにかに対する怒り──。

 

 すべての尊厳──。

 

 そういうもののすべてを、どんどんとすり潰されていくような気分だった。

 身体がばらばらになりそうな身体の重みを、鼻をぶらさげられている激痛が支えている。

 それでも、つま先立ちの足先に力を込め、ノルズは込みあがる号泣を必死に我慢していた。

 

 そのときだった。

 

 不意に箝口具が顔の後ろ側から外されたのだ。

 いつの間にか、真っ暗だった部屋に燭台の光が灯っている。

 鼻輪の鎖がほんの少しだけ緩んだのがわかった。

 ノルズがそれで解放されたわけではなかったが、それでも首を上ではなく前に向けることができただけではなく、なによりもつま先立ちだった姿勢が、すべての足裏を床に付けることを許されたのだ。

 苦痛から解放されたわけじゃないものの、それでも、なによりもノルズにありがたい束の間の「休息」だった。

 

 そして、燭台の光に灯されたのは、ノルズの前側に回り込んできたエマの勝ち誇った顔だった。

 アスカは、まだ寝ているようだ。

 ノルズの後ろ側に、アスカの静かな寝息がいまでも聞こえ続けている。

 そして、姿勢が楽になったことで、ノルズは急速に睡魔に襲われて、気が遠くなった。

 

「あぎゃあ」

 

 だが、またもや鼻輪の激痛がノルズを覚醒させる。

 極端な上向きの視線から解放されたとはいえ、ノルズの鼻が天井から吊られていることには同じだ。

 身体をちょっとでも倒しそうになれば、たちまちに鼻輪の激痛が加わることには変わりはない。

 

「眠れるなんて、思わないことね、ノルズ。ほら、もっと疲れさせてあげるわね。あんたがもっと苦しむようにね」

 

 エマが酷薄な笑みを浮かべて、ノルズの胸に手を伸ばして、乳首を捏ねるように胸を揉み始めてきた。

 

「きゃううう」

 

 自分でも耳にしたことがないようなおかしなノルズ自身の悲鳴だった。

 だが、怖ろしいほどの快感だった。

 エマはただ、稚拙ともいえる胸への愛撫をしているだけだ。

 それなにの、ノルズの身体は、そこから信じられないような快感を絞り出していた。

 

「ふふふ、もういきそうね。じゃあ、前で一回。後ろで一回──。二回気をやったら、またさっきの姿勢で鼻を吊りあげるわね。それが嫌なら、必死に我慢することね」

 

 エマが笑った。

 エマの手が乳房から離れて、ノルズの股間と菊座に前後から伸びてきた。

 

「ふううっ、おおっ」

 

 息を飲んで、身体を仰け反らせていた。

 すぐに身体が淫らにくねり始める。

 快感を受けとめまいと抵抗することは、もはやノルズには不可能だった。

 あっという間に快感がこみ上がる。

 だが、それは恐怖の快感だ。

 ここで達してしまったら、解放されることで、ほんのちょっと楽なった鼻吊りの地獄を再び開始されるのだ。

 

「ゆ、許して、エマ……。許して……」

 

 まったく自然に、エマに対して哀願を発していた。

 エマが勝ち誇ったように微笑んだと思ったが、もうノルズにはなにも考えられないでいた。

 ただ、もうさっきの鼻吊りは受けたくない。

 そして、わずかでもいいから眠りたい──。

 そのことしか考えられない。

 

「ああっ、ゆ、許して──。許して──」

 

「いい声で泣くようになったわね……。ふふふ……。忘れないでね。わたしはあんたが心底嫌いなことを……」

 

 エマの嘲笑が耳元でした。

 愛撫は続く……。

 

 すぐに津波のような甘美感が、エマが愛撫している場所からせりあがった。

 快感が、全身を席巻する。

 でも、絶頂してはならない──。

 達すれば、鼻吊り──。

 ノルズは歯を喰いしばった。

 しかし、結局、あっという間に達した。

 それも、前と後ろで続けざまに──。

 

「あああっ、ああああっ」

 

 ノルズははしたない声を発して、絶頂の快感に身体を震わせていた。

 そのノルズの鼻が容赦なく、天井に引っ張られて、再びつま先立ちの姿勢を強要された。

 ノルズは今度こそ泣き叫んだ。

 

「じゃあ、お休みね、大嫌いなノルズ……」

 

 箝口具が再び嵌められ、燭台の炎も消滅する。

 再びやってきた暗闇とともに、ノルズは全身を苛む背骨と首の痛み、そして、なによりもな鼻輪の激痛に襲われた。

 エマがすぐに眠ってしまったのはわかった。

 さっきまでノルズを責めていたのが嘘だったように、エマの寝息が聞こえだしたのだ。

 

 ノルズは、懸命に身体を伸ばし続ける。

 だが、一方で、ずっと強靭さを保っていた自分の心が、今度こそ崩れていくのをしっかりと感じ出していた。

 

 おそらく、間違いない……。

 

 ノルズはあまりもの疲労のために、身体を支えられず、繰り返し眠りかけては、鼻輪吊りの地獄の激痛で覚醒させるということを続けた。

 たが、その苦悶と屈辱の中で、ノルズはしっかりと自分の全身が爛れるような快感に染まっているのを感じとっていた。

 

 感じている……。

 

 この恥辱に……。

 この苦痛に……。

 

 すでに、狂気の半分は、ノルズを包んでいた。

 残りの半分は、朝までに崩れるだろう。

 

 おそらく、もうすぐ、自分は壊れてしまうに違いない。

 

 再び鳴りだした箝口具が奏でるノルズ自身の息の音を耳にしながら、ノルズはぎしぎしと崩壊する自分の心の音を感じていた。



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484 勝ち目のない戦い

「はいはい、どうどう、はい、どうどう──。豚、そこで回りなさい」

 

 愉しそうに歌いながら、背中に乗っているエマが、ノルズの乳首に繋げられている両方の「あぶみ」に、思い切り足に力を入れた。

 

「ひぎゃあああ」

 

 乳首に横から穴を開けて細い金属の棒を刺し込まれている金具には、ノルズが足を載せる「あぶみ」の足置きだけでなく、糸で繋げられているクリトリスに刺し込んだ金属の小さな針にも繋がっている。

 エマが足を踏ん張れば、乳首だけでなく、肉芽も引っ張られるように糸をぴんと張らせているのだ。

 激痛で倒れそうになるのを必死に耐え、ノルズは全身の力を振り絞って、エマを載せたまま、小屋の中で四つん這いの身体を回転させる。

 

 拷問は多分、五日目になっている。もちろん、アスカの作った偽物の時間間隔のことだが……。

 いや、六日……、七日……?

 とにかく、もう時間の感覚はほとんどない。

 

 ただ、薄暗くなったために小屋に灯された燭台により、もうすぐ夜が来るのだなと思うだけだ。偽物の日にち感覚らいしが、この小屋の中にも、ちゃんと朝も夜も訪れる。

 無論、夜になっても、ノルズに眠りが許されるわけではない。

 

 最初の二日は凄惨ともいうべき、連続絶頂の快楽拷問だった。

 三日目からは、一転して徹底的な恥辱によるいたぶりが続いている。

 エマが起きているあいだは、ずっとエマによる虐待を受け続け、夜中になれば、鼻輪を天井から引っ張られて立たされて放置され、朝になってまた調教を再開するという繰り返しだ。

 

 そうやって、眠ることを許されぬまま、五日にも及ぶ拷問──。

 

 そんなことに耐えられるわけがないが、それを可能としているのがアスカの魔道だ。

 アスカは、いまは調教の大半をエマに任せて見ているだけだが、ノルズが限界に達していると見極めると、魔道で体力だけを回復させ、さらに眠らせないように、覚醒の魔道をかけるのだ。

 それで、無理矢理に拷問を受け続けられるだけの体力を戻されて、意識を失うことを阻止するというわけだ。

 ずっとそれが続いている。

 そのあいだ、ノルズが倒れぬように、死なないように最低限の体力と意思力が残るように、アスカに回復させられる。

 

 だが、それで肉体は回復できても、精神は限界だ。

 なによりも、眠れないというのが、ノルズの理性とか、意識とかいうものをどんどんとすり潰していく。

 

 限界は越えている……。

 しかし、限界を越えたにもかかわらず、アスカは強引にノルズを引き起こして、拷問を受け続けさせる。

 この限界のさらに果てに、なにがあるのかわからない。

 なにかが壊れていっている。

 ノルズはそれをはっきりと自覚している。

 

 いまやらされているのは、エマを背中に載せて、四つん這いで小屋の中を歩き回るという行為だ。

 それをするために、エマはノルズの乳首に穴を開けて、小さな釘のような細い棒を通し、そこに足を載せる「あぶみ」を取り付けたのだ。

 さらに、肉芽にも針を刺して、両乳首の金具に糸を張って繋げた

 

 どんなことをされても、なにをやらされようとしても、ノルズには抵抗は不可能だ。

 アスカを主人として刻んでいる隷属の刻印により、アスカからエマの言葉に絶対服従をすることを命令されている。

 そのため、エマに逆らえない。

 

 いまは、拘束はされていないが、「絶対に倒れるな」と命令をされて、エマを乗せて「馬」をやらされている。

 命令をされている以上、ノルズの身体は限界が来ようとも、四つん這いで歩き続けるしかなく、倒れることも許されない。

 倒れるのは、ノルズの身体の骨か筋肉が千切れるかして、物理的に動けなくなったときだけだろう。

 実際、いまも自分では、もう動けないと思っているのに、ノルズの裸体はエマを乗せて四つん這いで歩き続けている。

 

「そら、気合いだよ」

 

「や、やめ……」

 

 エマの手がさっとノルズのお尻に向かったのがわかった。

 ノルズは恐怖で引きつった。

 

「んぎゃああああ」

 

 自分でもどこにそんな力が残っていたのかと思うほどの絶叫が、ノルズの口から迸る。

 絶叫の理由は、肛門に流された電撃の激痛だ。

 ノルズの尻には、エマが施した馬の尻尾を模した淫具を挿されているのだ。

 外側は馬の房尾だが、肛門の内側部分は男性器という淫具であり、尾の付け根部分を強く握ると、内側に電撃が流れる仕掛けになっている。

 それで尻の穴に電撃を流されたのだ。

 ノルズは激痛にのたうちたくなるのを、与えられている「命令」により、強引に耐えさせられ、電撃にがくがくと全身を痙攣させながら、身体をその場で必死に回転させる。

 

「少しは目が醒めたでしょう?」

 

 エマが尾から手を離して、手綱に手を戻す。

 手綱はノルズの鼻輪に繋がっている。

 わざとらしく、強く引っ張られ、その激痛にもノルズは悲鳴をあげた。

 

「このまま今夜は、ずっと乗馬をしようね、豚。そしたら、休んでいいわよ……。ただし、鼻を天井からぶら下げられたままね。頑張ったら、足の裏の半分までを浮かせるだけで許してあげるわ。不甲斐ないようなら、床につけられるのは、足の指だけになるまで鼻輪を引き揚げるわよ」

 

 エマがげらげらと下品な笑い方をする。

 もう口惜しいという感情も沸かない。

 ただただ、終わりのない苦悶に対する恐怖があるだけだ。

 

 追い詰められている……。

 それは知っている……。

 全身からは、絶え間なく脂汗が流れ落ち、額に滲んだ汗の汁は、眉でとまらず、目の中に次々に入ってくる。

 そのたびに、目を閉じるのだが、開いていても、閉じていても、目の前にあるのはどこまでも深い深い真っ黒な闇でしかなかった。

 

 とにかく、歩く……。

 それしか考えることができなくなっている。

 

「んぎいいっ」

 

 右の乳首側のあぶみが床側に押される。

 そちら側に回れと言うことだ。

 背中の上のエマが怪鳥のような声で喚いているが、なにを言っているのか理解できない。

 

 すると、尻に激痛──。

 ノルズは絶叫して背中をのけ反らせそうになる。

 だが、刻まれている「命令」がエマを振り落としたり、歩くのをやめてとまったりすることを許さない。

 

 耐える……。

 

 左の乳首に激痛──。

 左に向きを変える。

 

 今度は右……。

 右に曲がる……。

 

 また、右……。

 左……。

 進む……。

 

 また、左……。

 進む……。

 

 今度は右……。

 

 左……。

 

 前……。

 

 両方の乳首に激痛……。

 回転だ……。

 

 痛みが緩む。

 前だ……。

 

 次は右……。

 

 左……。

 

 すべての思考が停止する。

 ひたすらに、激痛を通じて肉体に与えられる命令に従って身体を動かす。

 

 怒りはない。

 口惜しさもない。

 ただただ、与えられる指示があるだけだ。

 

 ノルズの中には、いつの間にか闘争心のようなものが完全に消滅していた。

 だが、そのことで、ふと頭になにがよぎる。

 自分はなにかと戦っていたはずだ。

 

 だが、誰と……?

 なんのために……?

 

 不思議な感覚だ……。

 一体全体、自分はなにと戦っていたのだろう……?

 ずっと、何者かと戦っていた気はするのだが……。

 勝ち目のない戦いを……。

 

 突然に鼻輪が両方引っ張られた。

 停止の合図だ。

 ノルズは悲鳴をあげてとまる。

 背中の重みが消滅した。

 エマが降りたのだろう。

 温かいものがノルズの上半身を抱きかかえ、引き寄せられた。

 

「……なにをどうやって、助けて欲しいんだい、ノルズ?」

 

 いつの間にか自分を抱き締めている女が訊ねた。

 一瞬、状況がわからなかったが、やっとノルズを抱いているのがアスカだとわかった。

 それはともかく、しばらく苦しめられていたお尻の異物がないみたいだ。

 アスカが魔道かなにかで消したのだろうか……。

 まったく気がつかなかった……。

 

 しかし、それよりも、どうやらノルズは「助けて」という言葉を繰り返していたようだ。

 その哀願は、いまでもノルズの口から漏れ続けている。

 

「た、助けて……。もう助けて、アスカさん……」

 

 確かに言っている。

 弱々しく口走っているのは、ノルズ自身に間違いなのだが、それはノルズであって、ノルズではない感じだった。

 拷問に屈して、情けない哀願をしているノルズを、いま、もうひとりのノルズがぼんやりと眺めている……。

 そんな気持ちに襲われていた。

 

「だから、なにを助けるんだい?」

 

 アスカの声……。

 とても優しい口調……。

 すべてを包み込みような……。

 

「もう……許して……。眠らせて……。ほんの少しでもいい……。お願い……。寝たい……んだ……」

 

 そう必死に告げた。

 我知らず、ノルズは嗚咽を洩らしていた。

 

「許してもいい……。だけど、その代わり、なにをするんだい、お前は?」

 

 また、アスカの声──。

 この声に縋らなければ……。

 それしか考えられなかった。

 

「なんでも……。なんでもするよ……。あんたの……奴隷に……なる……。心から……」

 

「すでに、お前はわたしの奴隷だ……。だけど、“唯一”じゃない。お前は自分の身体にパリスの隷属を刻んでいる。それを捨てるんだ。わたしの唯一の奴隷になれば、もう許してやる」

 

「そ、そんな……男……知らない……。あ、あたしの……ご主人様……は……、ロウ様……。いまはロウ様で……」

 

「わかった、わかった。そう暗示をかけられているんだったね……。じゃあ、ロウとやらを見限って、このアスカに従いな……。それで終わりにしてやろう」

 

「なんでも……従うよ……」

 

 まったく躊躇なく、ノルズはそう口にしていた。

 この絶望の闇から逃れるためなら、どんなことでも受け入れられる──。

 そう思った。

 

「ふふふ、アスカお姉様、この豚、きっちりと感じてましたよ。股がびっくりすくらいに濡れ濡れ……。きっと、わたしにいたぶられて感じていたんですよ」

 

 横から別の女の声がした。

 しかし、ノルズにはもうなにもわからない。

 感じるのはアスカのことだけ……。

 ノルズを抱き締めているアスカの手が、すっとノルズの胸に移動した。

 

「ああ……」

 

 ノルズは声をあげていた。

 いつの間にか、乳首と肉芽の金属が消滅している。

 その両方に、アスカが代わる代わる愛撫を始める。

 余りの気持ちよさに、ノルズは迸る快感の嵐のまま、吠えるような声をあげていた。

 

「誰の、なんになるのか、自分の声でもう一度言うんだ──」

 

 アスカの一方の手がノルズの局部に移動した.

 クリトリスをゆっくりと回される。

 

「ど、奴隷──。ああっ、ああああっ」

 

 気持ちいい……。

 それしかない……。

 

 すでに狂気がノルズを覆っていて、心の崩壊が始まっていたと思うが、アスカによって与えられる快感が、まだノルズが狂っていなかったことを教えてくれた気がした。

 ノルズは自分の身体が飛翔する心地になった。

 恍惚の彼方に向かって快感が浮きあがる。

 

「んああああっ」

 

 アスカの二本の指が恥部に侵入してきた。

 耐えることなど不可能だ。 

 ノルズは声を放っていた。

 体内に横溢していた欲望という欲望が、アスカによって引きあげられ……。

 暴発させられ……。

 そして、解放されていく。

 

「ノルズ、お前はなんになるんだい──。もっと、言うんだ──」

 

 耳元で怒鳴られた。

 アスカの指はノルズの秘部の中で踊るように動いている。

 気持ちのいい場所を叩くようにほぐされる。

 くすぐられ……。

 強く……。

 弱く……。

 抽走する……。

 

「はあああっ、ど、奴隷──。あたしは──。あ、あんたの、ほおおおっ、はああ、奴隷だよ──」

 

 次々に新しい快感が送り込まれる……。

 ノルズは甲高い声をあげ続けた。

 

「お前はわたしのなんだ──?」

 

 また怒鳴られた。

 

「ど、奴隷……。あたしはアスカさんの唯一の奴隷……」

 

「もっと、大きな声で──」

 

「奴隷だよ──。あたしはアスカさんの唯一の奴隷だよ──。ほかの誰かの奴隷じゃない──。あ、あんたの奴隷になる──。あんただけの奴隷に──」

 

 絶叫した。

 それとともに、一番気持ちのいい奥の部分の場所をアスカの指が弾くように動く。

 身体が溶けていくような絶頂感が全身を打ち抜き、次に快感の爆発が起こった。

 

「ふわあああっ」

 

 昇天の衝撃が全身を貫く──。

 アスカに唇を塞がれた。

 ノルズは夢中になって、アスカの舌を吸い、唾液を飲みこむ。

 それで思ったが、鼻輪もまた、いまはもうないようだ。

 鼻輪が装着されていては、それが邪魔になり、アスカとこんなに荒々しい口づけはできない。

 

「んふうううっ」

 

 ノルズはアスカと唇を重ね合わせたまま、アスカの背中に回した両腕をに力を入れ、さらに膨れあがる歓喜に全身をわななかせた。

 なにかが小さくなり、なにかが大きくなる……。

 そんな不思議な感覚がノルズを支配した……。

 

 アスカの中にノルズが溶け込んでいく……。

 それは途轍もない安堵感に違いなかった。

 すべてをこのアスカに支配される。

 なによりも勝る快感だ。

 しかし……。

 

 全身をわななかせ、ノルズは肉悦の頂点を極めさせられていく。

 だが、違う……。

 なにかが残る──。

 

 失っていはいけない……。

 なにか……。

 

 いや……。

 それを失いたくない……。

 最後の……。

 一線……。

 

 でも、気持ちがいい……。

 しかし、ノルズの知っている最大の悦楽とは、それは違っていた。

 そのことがかすかにノルズの正気を留めさせ、圧倒的な官能の暴発に襲われながらも、わずかに残る理性によって、かつて味わった「本物」と、いまの快感が異なることを教えてくれる。

 

「わたし側に来い、ノルズ──」

 

 そのとき、焦ったようなアスカの声が響いて、突然に身体を床に放り投げられた。

 

「正座をして顔を真っ直ぐに向けて動くな──。命令だ──」

 

 アスカの怒声がする。

 即座にノルズは、裸身を起こして正座になる。

 もの凄い勢いで平手が襲った。

 堪らず、ノルズの上体が大きく傾く。

 「命令」による身体の静止を、びんたの衝撃が越えたのだ。

 

「馬鹿たれが──。礼はどうした、奴隷──」

 

 髪の毛が掴まれて身体を起こされる。

 

「あ、ああっ、ありがとう、ござ、ござい……」

 

「遅い──」

 

 反対側から叩かれる。

 

「ア、アスカお姉様──。叩くのはわたしが……」

 

「邪魔すんじゃない、エマ──。これはわたしの戦いだ──。あの忌々しいパリスとのね──」

 

 また平手──。

 顔が吹き飛ぶような衝撃──。

 

「礼が遅い──」

 

 また叩かれる──。

 そして、気がついたが、叩くと同時にノルズはアスカによって回復術をかけられているようだ。それほどの後遺症のようなものはない。

 しかし、瞬間的な衝撃と激痛はすさまじい。

 

「あ、ありが──」

 

 言い終わらないうちに、平手が襲う。

 

「んぐうっ」

 

「んぐう、じゃないだろう──」

 

 さらに威力の強い平手が来た。

 ノルズは必死にお礼の言葉を叫んだ。

 しかし、容赦のない平手がそれを阻止する。

 

 右──。

 左──。

 右──。

 左──。

 右──。

 左──。

 右──。

 左──。

 右──。

 左──。

 

 延々と続く……。

 そろそろ、終わるだろう……。

 頬を張られ続けながら思う。

 しかし、その予想をはるかに超えて、びんたの連打がノルズに叩き込まれる。

 

 右──。

 左──。

 右──。

 左──。

 右──。

 左──。

 

 いつの間にか、悲鳴すらあげられなくなる。

 それでも続く。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 アスカの疲れたような声が聞こえた。

 平手打ちが終わったのだ。

 アスカは、荒い息をしていた。

 

 一方でノルズは、ぶるぶると身体を震わせている。

 わけのわからない官能の熾火がぶすぶすぶと燃えて、黒々とした花をノルズの中に咲かせられた気分だ。

 

 快感……?

 不思議な気持ちだった……。

 

 いま沸き起こっているのは、さっき与えられたアスカによる絶頂の残り火ではない。

 火が出るような平手打ちを浴び続けながら、その中で燃えあがらせてしまった官能の炎だ。

 感じている……。

 ノルズはアスカに殴られながら、どうしようもなく身体を疼かせてしまっていた。

 

「……体力の限界を越えさせる愛撫責めでもだめ……。睡眠をとりあげる拷問でもだめ……。調教の屈辱も……。その先に与えられる快感の飛翔でも手ごたえがない……。こうなったら、徹底した肉体の拷問で思考を飛ばすしかないかい──。これでもかい──」

 

 顔面の横にアスカの横蹴りが飛んできた。

 顔の骨が砕けたと思うような衝撃が襲ったが、ノルズが床に倒れ込むときには、アスカの回復術が顔を治療してくれている。

 

「はがあっ」

 

 ごんという音がして額が床に打ちつけられた。

 アスカが起きあがろうとしたノルズの後頭部を上から力一杯に踏んづけたからだ。

 

「もっと叩いて欲しいだろう、ノルズ……?」

 

 ぐいぐいとアスカの足に力が加わる。

 アスカはなにかを焦っていて、とても苛立っている様子だ。

 しかし、ノルズには、そんなことよりも、自分の身体に走る抜ける得体の知れない戦慄に震え始めてしまっている。

 

「は、はいっ……。もっと叩いて欲しい……」

 

 自分の口から出たとは信じられない言葉だった。

 だが、確かにノルズは、アスカから与えられる暴力の衝撃を欲していた。

 まるで、抑えることのできない魂の叫びのようだった。

 

「……どうか、好きなだけ、ぶって……おくれ……」

 

 ノルズは正座の姿勢に戻り直して、上体をアスカに向かって傾けた。

 

「アスカお姉様、今度はわたしが……」

 

「邪魔だって、言ってんだろう──」

 

 エマが横に吹っ飛んだ。

 アスカが魔道の衝撃波を放ったのだ。

 

「まだ、抜けない──。なぜ、離れない──。お前はなんに執着してるんだい──。逃げて来い──。お前だけはパリスの呪いから脱するんだ。わたしのようになるな──。わたしのように……。お前は、まだ逃げられる──」

 

 すぐにアスカの右腕がうなるように振られる。

 倒れる間もなく、今度は右側に向かってアスカの左腕──。

 そして、左──。

 また、右──。

 乾いた音がノルズの両頬で鳴り続ける。

 

「ふふふ、手ごたえを感じてきたよ……。今度こそ、本物の快感を覚えたようだ……。どうやら、お前はこういう快感が身体に馴染むようさ」

 

 連続で叩きながら、やっとアスカがほっとしたような口調で言った。

 

 そのとおりだ。

 ノルズは感じている。

 叩かれながら、ノルズは腰を揺すぶっている。

 どうしても、我慢できない果汁がどんどんと股間から流れ続けている。

 それがわかる……。

 

 もっと……。

 もっと……。

 もっと──。

 

「もういっちょだよ──」

 

 今度はアスカが前側から顔面を蹴りつけた。

 ノルズは仰向けにひっくり返り、頭の後ろをしたたかに床で打つ。

 息ができない衝撃が襲うが、アスカの魔道がノルズを包んで、それで、すぐに楽になる。

 

「そのままにしてな、ノルズ。お前は、わたし専用の床になれ。床だからね──。腹を上にして寝そべって動くんじゃない。暴れることも、逃げることも、声を出すことも禁じる。床だ、ノルズ──」

 

 天井がおぼろげに見ていたノルズの両眼に、アスカの足がうつった。

 ずっと素足だったはずのアスカだったアスカの足に、貴族女が舞踏会で履くような踵が尖ったパーティ靴がある。

 その尖った踵がノルズの下腹部に乗った。

 

「うう、むぐうっ」

 

 ノルズは目を見開いて、歯を喰い縛る。

 悲鳴だけは噛み殺したが、アスカの体重が靴の底にぐいぐいとのしかかる。そして、もう一方の靴も胸のあいだに喰い込んだ。

 

「くううううっ」

 

 さすがに甲高い声が出た。

 

「床の分際で声を出すんじゃない、ノルズ」

 

 アスカが嗜虐的な笑いをしながら、足を踏み変えて、ノルズの下腹部に両方の足を乗せるようにした。

 

「んふうっ」

 

 懸命に声を我慢する。

 そのノルズの身体の上をアスカが交互に足を動かして歩き始めた。

 

「んぐう、んふうっ」

 

 逃げ場はない。

 ひとりの成人の女が二本の足を両方載せて、ノルズの裸体の上を歩くのだ。

 当然に、すべての体重をノルズの肉と骨で受けるしかない。

 凄まじい苦痛がノルズに襲いかかる。

 

「……アスカお姉様、わたしが……」

 

 またエマの声がする。

 だが、再び壁に叩きつけられる大きな音が響いた。

 

「邪魔するんじゃないよ、エマ──。これは、わたしとパリスの戦いだと言っているだろう──」

 

 アスカが怒鳴りながら、ノルズが横にした顔の上を踏みつけて通り抜けた。

 だが、すぐに反対側から、再びノルズの上をアスカが歩き出す。

 

 しかし、ノルズに残っている微かな意識がノルズの内心に、嘲笑を呼び起こす。

 

 なにが戦いだ。

 

 両手両足どころか、逆らう心そのものまでも封じておいて、戦いもないものだ。

 これが戦いならば、こんなに理不尽な戦いはない。

 ノルズにとって、まさに勝ち目のない戦いだ。

 

「まだ、床になりきらないようだねえ。声が出てるよ」

 

 アスカが両方の乳房の上に足を乗せて笑った。

 そして足踏みを始める。

 

「んああっ」

 

 口から迸ったのは苦痛の悲鳴ではない。

 歓喜の声だ。

 ノルズは、アスカから与えられる暴力の前に、あらゆる情感を外に弾き飛ばしていた。

 残るのは純粋な欲望の炎そのものしかない。

 踏まれ続けるたびに信じられない痛みが走るが、即座に治療術で傷は癒される。

 そのことも、疼くような激しい快感をノルズに引き起こす。

 

 身体が熱い……。

 灼けるようだった。

 アスカの足が胸側から下腹部に移動する。

 そこでも、小刻みな足踏みが始める。

 肉芽に靴の踵の尖った先端が喰い込む──。

 

「んぐうううっ」

 

 ノルズは再び絶頂していた。

 弾けるような勢いで、蜜が股間から漏れ出るのがわかった。

 

 これまでずっと耐えていたものをノルズは一気に放った。

 それは、この五日の中でどんな屈辱を受けても、どんなに正気を失いそうになっても、どんな快感で心を弾き飛ばされようとも、決して離さなかったものだ。

 だが、ついに、ノルズはそれを離していた。

 

「……解呪する……」

 

 アスカが小さく言った。

 なにか柔らかくて温かいものがノルズを包む。

 それが、大きくなり……。

 そして、すべてを覆った。

 

 いまこそ、アスカの本物の奴隷になった──。

 

 はっきりとそれを感じた。

 最後の最後まで、ノルズの心がこだわっていた絆のようなものはもうない。

 すべてがしっかりとアスカと繋ぎ直されている。

 

「お、終わったよ……。やっとパリスの刻みを解き終わった……。ああ、終った……」

 

 アスカが嬉しそうな口調で言った。

 ノルズの身体から降りたアスカがノルズを抱き起こす。

 

「手荒なことをしてすまなかったね……。だけど、なんとしても、お前が受けているパリスの洗脳の刻みを解かないとならなかったんだ……。だけど、もう終わった……。お前の洗脳は解けている」

 

 アスカが満面の笑みを浮かべた。

 そのとき、すぐそばで大きな騒音が起きた。

 

「おっ、なんだい?」

 

 アスカが驚いた声をあげた。

 横に出現したのは、大量の荷物だ。

 ノルズの魔道力が低下したことにより収納魔道の能力を失ったため、異空間に格納していたノルズの旅の所持品が外に出てしまったのだ。

 ありとあらゆるものが、雑多にうずたかくせりあがり、小屋の半分を占拠している。

 

「あ、あんたが……あたしの……ロウ様の支配を……あたしから……解いたりするからさ……。だから、能力が低下して、収納魔道が遣えなくなったのさ……」

 

 ノルズは乾いたような声で笑った。

 アスカが顔をしかめるのがわかった。

 

「……だったら、お前についても、わたしの力で魔道を底上げしてやるよ。それで収納魔道を遣い直しな……。それにしても、まだ、ロウのことを言うのかい──。洗脳は解けたはずだ」

 

 ノルズはアスカに横抱きにされたまま、アスカを見上げている顔を小さく左右に振った。

 

「も、もう……わかるはずだよ……。あ、あたしは……嘘を言っていない……。あたしを支配していたのは……ロウ=ボルグ……。あ、あんたがイチと呼んでいた男だよ。あんたから逃げた男さ……。だけど、あんたを助けてくれるのも……その……ロウだ。嘘じゃない……。し、信じて……おくれ……」

 

 ノルズは言った。

 ロウの支配は消滅したらしい。

 それがわかる。

 ロウのよって引きあげられていた能力が低下しているのを感じる。

 

 あの男は、淫魔師の力で女を支配することで、女の能力を底上げする不思議な力を持っていた。

 ノルズの能力が低下したということは、本当にロウの支配がノルズから消えたということだ。

 もっとも、だからといって、ロウに助けられたことに対する恩義がノルズから消滅したわけじゃない。

 

「イチだって……? お前、本気で言っているのかい? 馬鹿を言うんじゃないよ」

 

「ほ、本当さ……。実は……かつて、あたしも……本当にパリスに呪術をかけられていた……。死の呪いをね……。だ、だけど、解いてくれた……。ロウ様が……。だ、だから、きっと、あんたの呪術も……ロウ様は解いてくれる……」

 

「ロウ……? つまり、イチのことかい? 本当にあのイチのことを言ってんのかい……?」

 

 アスカが半信半疑という表情になる。

 ノルズは、しっかりと首を縦に振った。

 

「ロウ様だよ──。ああ、すごいのさ、ロウ様は……。それに、セックスがとても……、お上手なんだ……。きっと……、あんたも虜になる……」

 

 ノルズは、ロウとのセックスを思い出して、声に出して笑った。

 アスカに支配されたといっても、ロウに対する激しい感情も、まだ残ったままだ……。

 それは、支配をするとか、されるとか、そんなものとはまったく違う感情だ。

 

 いや、違わないかもしれない……。

 彼にすべてを支配されたい……。

 彼のものになりたい……。

 愛されたい……。

 愛したい……。

 ロウの支配を脱しながらも……。

 アスカの完全な支配に陥らせられながらも……。

 その気持ちだけは、消すことのできない純粋な想いとして、ノルズの中に存在し続けていた。

 

「どうして……。もしかして、まだ、洗脳が……? いや、違う……。洗脳は完全に解けている……。もうなにも、わたしの隷属以外の縛りはない……。だけど、なんでそんなことを……。あっ、そうだ──。ノルズ、本当のことを言うことを命じる──。嘘は禁止だ──」

 

「何度訊ねられても答えは一緒さ……。あんたを助けられるのは、ロウ=ボルグ……。あんたが恨みを抱いていたあの男だよ……。エリカ……つまり、あんたのエルスラをさらった男さ……。しかし、間違いなく、ロウという男は……あんたに刻まれている……パリスの縛りを解き放ってくれる……。何度でも言う……。あたしを信じて……おくれ……」

 

 アスカは信じられないという表情で目を見開いている。

 すると、エマがまたもや、そばに来た。

 

「ねえ、アスカお姉様、もう終わったんでしょうか? 次はわたしにもやらせてくださいな。やっぱり、アスカお姉様の責めって、すばらしいですね。人間を仰向けにして、その上を歩くだなんて」

 

 エマのおもねるような声が横でした。

 すると、アスカの顔が酷薄に微笑んだ気がした。

 

「ノルズ、お前に与えていたエマに関わる命令を解除する。魔道の制限も外す……。逆に、エマは今度は、ノルズの言葉に絶対服従……。どんなことでもするんだ。這えと言われたら這い、立てと言われたら、命令を解除されるまで立ち続けな……。そして、死ねと言われたら、死にな……」

 

 アスカが言った。

 ノルズは、驚きと歓喜で、自分の目が大きく見開くのがわかった。

 

 同時に最大の快感が込みあがる。

 この女に復讐ができる……。

 復讐を……。

 

「ひ、ひいいっ──。ア、アスカお姉さま──」

 

 エマの絶叫が部屋に響く。

 その悲鳴にアスカの笑い声が重なった。

 

「責める者と責められる者……。これが逆転するということほど、愉しい見世物はない……。前にも言ったはずだ」

 

 アスカが笑いながら言った。

 ノルズは、アスカの腕から起きあがる。

 そして、真っ蒼になって震えているエマに向かって、にやりと微笑みかけた。

 

「エマ、床に這いな……。舌を出すんだよ……。犬みたいね……。命令だ……。舌で床を舐めるように前に出せ」

 

 顔を真っ蒼したままのエマが、ノルズの言葉に慌てて床に這いつくばった。

 言われるままに舌を出す。

 

「もっとだよ──。もっと伸ばせ──」

 

 怒鳴った。

 恐怖のあまりエマがぼろぼろと涙を流しだすのがわかった。

 痙攣するように身体を震わせている。

 エマの舌が限界まで伸びて、床に密着する。

 ノルズは、魔道で床の下から床ごとエマの舌に大きな釘を突き出させた。

 

「えげえええ、えげえええっ」

 

 床と舌を打ちつけられたエマが発狂したような悲鳴をあげた。

 それでも、エマは顔を床から離すことができない。

 血を舌から流しながら、号泣して悲鳴をあげ続けている。

 

「えげつないねえ、ノルズ──。まあ、とにかく、お前がどんな仕返しをするのかと、愉しみにしてたんだよ」

 

 アスカが陽気な声で手を叩いて笑う。

 それで気がついたが、たったいままで低下していた魔道が再び増量している。

 アスカがノルズの魔道力を引きあげたのだろう。

 また、エマの口から流れる血がとまっている。

 これもアスカの魔道に違いない。

 とりあえず、ノルズは、浣腸器と大量の香辛料。そして、下剤液と木桶を残して、復活した収納魔道で、さっき飛び出してしまった荷物を亜空間に収納し直した。

 

「いまでも時間は、あんたの時間術で遅くなったままかい、アスカさん……?」

 

 ノルズはアスカに訊ねた。

 

「そうだね。約束通りに一日も経っていないよ。小屋の外の時間は、お前がわたしの拷問を受け始めた日の夕方前ってところかねえ……。まだ、夜にもなっていないよ」

 

「だったら、そのまま頼むよ。長い長い時間をかけて嬲り殺したいんだ」

 

「いいけどね」

 

 アスカが苦笑したような声で言って、そのまま壁にもたれて座り込んだ。

 そのときには、ノルズの意識はエマに戻っている。

 

「えげえええ、ぐるじてええええ」

 

 舌に釘を床の下から打ちこまれたエマが号泣している。

 

「香辛料が……たっぷりと入った下剤を……尻穴と口の両方からたっぷりと入れてやるよ、エマ──。もちろん、肛門には栓もしてやる。たっぷりともがき苦しむといいよ……。覚悟しな……。言っておくけど…、簡単に殺してもらえると……思うんじゃない……。お前が死ぬのは……、あたしがお前に復讐するのに……飽きたときだけだ……」

 

 まだ呼吸は整わないが、あれほど尽きたと感じていた気力が、みるみると沸いてくるのがわかる。

 ノルズの言葉に、エマが舌を床に打ち抜かれたまま、号泣を始めた。

 

 

 

 

(第37話『魔女と毒婦と性悪女』終わり)



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 第38話  救世主様の教え
485 消滅した闇魔道


 ある日の午後だった。

 後宮の中庭で長椅子に横たわって午睡をしていたサキは、違和感を覚えて目を覚ました。

 

「な、なんだい……?」

 

 サキは瞬時に覚醒した。

 そして、すぐに違和感の正体がわかった。

 ずっと刻まれていた支配術の欠片が突然に除去されたのだ。

 支配術とはいっても、事実上はなんの効果も及ぼしていない闇魔道である。

 サキにそれをかけたのは、もうこの王都から消えているテレーズであり、あの女はサキを真名で支配するとともに、幾つかの魔道をサキに受け入れさせていた。

 闇魔道もそのひとつだったが、実際には、真名の支配はともかく、テレーズの闇魔道程度はまったくサキに影響を及ぼしてはいなかったのだ。

 だが、真名で支配されている関係で、完全に除去することもできないでいた。

 問題はないものの、まるで喉に引っ掛かった小骨のように、サキに不快感を与えていたものだ。

 それがなくなった……?

 サキは首を傾げた。

 

「もしかして、あいつ、死んだかい……?」

 

 思わずひとり言を呟いてしまった。

 かかっていた術が突然に除去されるということは、術者が意図的に解いたか、術者にその能力がなくなるような事態が発生したかということだろう。

 どこでなにをしているか知らないが、これまで放っていたものを、あいつが意味もなく術を解くことを思いつくとも考えられないし、そもそも、術を掛けるにしても、解くにしても、すでに王都にもおらず、遥かに離れているはずのテレーズがサキに魔道の効果を及ばせるわけがない。

 そうだとしたら、死んだかだ。

 死ねば術も消える。

 だが、それも違う……。

 闇魔道は消滅したみたいだが、真名の支配はまだまだ残っている実感がある。

 テレーズは死んでない……。

 

「まあいいか……」

 

 サキは立ちあがった。

 いずれにしても、サキに不快感を与え続けていたものがなくなったのであれば、問題はないだろう。

 だが、それよりも、思い出したことがあったのだ。

 この王宮は、先日のベルズとの大喧嘩以来、完全封鎖をして、あらゆる外部との接触を遮断して、情報も人の出入りもほぼ完全になくさせていたが、その源になっているのは、ルードルフが自分でやった王家の宝具を使った支配具だ。

 その支配具でルードルフに王宮内の人間の全員を操らせ、逆らうことができないようにして、この王宮全体の敷地内に全員を閉じ込めている。

 王兵たちには、何人たりとも出入りさせるなと厳命もしている。

 いまのところ、王宮封鎖はうまくいっていると思う。

 

 だが、そのルードルフを支配している手段は、テレーズの闇魔道だ。

 あの女がルードルフの心の中に隠れいていた兇暴な部分と、性的な鬼畜の部分を際限なく拡大し、冷酷で疑心暗鬼の王を仕立てあげ、その結果、ルードルフは勝手に自分のところの王家の支配具とやらを持ち出して、誰もルードルフに逆らうことができないようにしたというわけだ。

 サキの王宮封鎖も、そのルードルフの支配具を活用して、内部の者を閉じ込めているにすぎない。

 しかし、サキからテレーズの闇魔道がなくなったということは、ルードルフに与えていたテレーズの闇魔道も消滅している可能性が高い。

 つまりは、あいつが正気に戻る可能性だ。

 まあ、あれの場合、なにが正気だかわかりはしないが……。

 とにかく、もしかしたら、面倒なことになっているかも……。

 

 そのときだった。

 ルードルフを見張らせている眷属のひとりが血相を変えた感じで、こっちに走ってきた。

 

「サキ様、人間族の王が──」

 

 慌てた口調でその眷属の女がサキに叫んだ。

 サキは舌打ちした。

 

「なにかあったかい?」

 

「わ、わかりません。突然に叫び始めて……。でも、様子がおかしくて……。とにかく、サキ様にお知らせしようと……」

 

 そいつが言うには、たったいまのことだが、ルードルフが閉じ込めている後宮の一室でいきなり喚き散らし始めたようだ。

 眷属も、訳がわからず、とりあえずサキに報告をしに来たということのようだ。

 

「わかったよ」

 

 サキは舌打ちをして、移動術で中庭から後宮内に跳躍した。

 ルードルフの部屋の前の廊下に着く。

 

 確かに怒鳴り声が部屋の中から響き渡ってくる。

 廊下には遠巻きだが、女兵に化けさせた眷属が驚いた様子で見ている。また、黄色チョーカーの人間族の令夫人たちも、ふたりほどいる。

 常時発情を強要している貞操帯が外れて素っ裸だ。

 

 令夫人どもの身体は赤いし、かなりの汗をかいているから、もしかしたら情事の真っ最中だったのだろうか?

 本来、黄色チョーカーは、召使い組のつもりだったのだが、ルードルフがのべつまくなしに女を抱こうとして、十人ほどの青組だけでは足りなくなり、結局黄色組もあてがった。

 いまは、ロウのために性奴隷調教を続けている赤組と、それ以外の黄色組の二組編成だ。

 なんとなく、そうなったのだ。

 それはともかく、突如として、ルードルフが発狂したように叫び出したから、びっくりして飛び出してきたか?

 まあ、そんな感じだろう。

 

「そこで待ってな」

 

 サキは言って、ルードルフの入っている部屋の扉を開けた。

 テレーズが施していた闇魔道が消滅して、あの男が我に返ったなら、サキの使える支配術をもう一度掛け直すだけだ。

 闇魔道そのものとは違うから、テレーズが施していた状態とまったく一緒というわけにはいかないが、大人しくさせるには十分だ。

 すると、部屋の中には、いまだに服を身に着けずに寝台の上で頭を抱えているルードルフがいた。

 

「おやおや、参ったねえ……」

 

 サキは、思わず呟いた。

 もしかして、これは完全に我に返ってしまったか?

 目の前の男は、このところずっと、人が変わったかのように、悪王そのものになっていたが、それはテレーズによる感情の操りが前提だった。

 テレーズがこいつの感情を操作して、都合がいいようにルードルフの兇暴性を現出させて行動を操作していたのだ。

 それが、テレーズの闇魔道が停止したために、本来の感情がルードルフに戻ったということだろうか……?

 なんとなく合点がいった。

 

 悲鳴をあげてうずくまっているこの男は、闇魔道が消滅して、性格が元に戻ったということだろう。

 それで、一気に恐怖に襲われたに違いない。

 なにしろ、支配されて感情を操作されていたとはいえ、それが解けても、記憶が消滅するわけじゃないのだ。

 いや、それよりも、支配をされていたという自覚すらないだろう。

 闇魔道の影響とはいえ、あの兇暴性もまた、ルードルフの本来の性質そのものなのだ。

 テレーズは、それを増幅したにすぎない。

 凶暴さを心に隠していない者を闇魔道で兇暴にすることはできない。

 だから、あの蛮行もまた、ルードルフが自覚のもとやったことということだ。

 

 いずれにしても、元来、この男は小心者だ。

 自分がいままでやって来たことについては記憶にもあり、それを自ら望んでやったという認識があるはずだ。

 操られていたとも考えないだろう。

 とにかく、それで一気に小心者の感情が支配し、自分のやったことの恐ろしさが襲ったか……。

 

 つまりは、王都住民に対する突然の不当な重税──。

 

 また、王宮の多くの大臣や将軍の魔道具による精神支配……。

 

 商業ギルドの破壊と重鎮たちの処刑──。

 

 二公爵の残酷な晒し刑──。

 

 なによりも、王都で人気の神殿長スクルズの処刑──。

 

 さらに、王都に所在していた貴族夫人や令嬢を人質として後宮に監禁し、思うままに、性的にいたぶって遊び狂ったこととか……。

 まあ、令夫人と令嬢集めは完全にサキのやったことだが……。

 

 とにかく、これだけやれば、国王として自分が、これからどうなるかということはわかるはずだ。

 もっとも、テレーズやサキは存在しない感情を作りあげたわけじゃなく、自制心を弱め、この男の好色や冷酷さを増幅しただけだ。

 そしたら、こうなったのだ。

 

 それにしても、国王がこれだけ悲鳴をあげているのに、誰ひとりやって来ない。

 犯していたらしい黄色組の夫人ふたりは逃げていったみたいだし、助けようとする部下は近くにはいない。

 サキが近寄らせないように処置しているからだが、いたとしても、もはや誰も、こいつを心配したり、助けようとすることはないだろう。

 それがこの男の立場を一番物語っている。

 すでに、こんな男を守ろうとする者などおらず孤立無援だ。

 

 まず、ここは後宮なので、この男以外は女しかいない。

 そして、サキがさせたことだが、この男が抱いていた真の欲望を剥き出しにさせて、侍女であろうと、召使いであろうと、警護の女騎士であろうが、好きなように犯させた。

 それでみんな逃げてしまったのだ。

 男の大臣や官吏たちは本宮側だが、必要な指示はこっちから一方的に送って、そいつらにやらせていた。

 逆らわないように王家の操り具で大人しくさせているから文句も言わないが、逆に言われたこと以外は消極的だ。

 いずれにせよ、もう、閉じこもっている王のことを心配などしないだろう。

 かなり、逃亡したとも耳にしてるが、面倒なので、大してサキは把握してない。

 いまは、自由な出入りは全部禁止にさせている。

 

 いずれにせよ、ルードルフが我に返ったなら、王宮側にいる人間族の支配がどうなっているか……。

 あいつらを全部支配し直すのは面倒だ……。

 いままで通り、ルードルフに操らせて、ルードルフだけをサキが言いなりにするのが、一番手っ取り早いんだが……。

 とにかく、いまさら面倒なことは避けたいし、こいつが我に返った以外は全部順調だ。

 

 こっちの後宮にいるのは、黄色と青組を混ぜたとはいえ、サキが連れてきた半裸の貴婦人どもだけであり、そいつらについては、四六時中、貞操帯の微弱な振動で苛み、媚薬で発情状態にしながら働かせている。

 若い令嬢たちを中心とした赤組も、いまや積極的に性修行に励むようになっていた。

 

 性修行以外の後宮運営も問題ない。

 黄色チョーカーの貴婦人たちに指図をしているのはサキの眷属の雌妖魔たちだが、最初こそ、下仕事に慣れてない貴族女たちばかりで、労働させるのは苦労したようだが、一生懸命やれば、定時の排便排尿の時間以外でも貞操帯を開放して、自慰を許すようにしたそうだ。

 なにしろ、ずっと身体が疼いている状態なので、時折発散させないと狂ってしまう。

 それにより、働きがよくなったらしい。

 

 また、股間は封印しているが、乳房は逆に剥き出しだ。

 性欲に狂っている貴婦人たちは、暇さえあれば、自ら胸を刺激して、発散できない性の疼きを解消もしているようだ。

 最近では、胸いきできる女も増えているようだし、召使い役の女たちには乳首に鈴をつけさせているのだが、家事の合間に胸揉みをする女たちによって、あちこちでちりんちりんと鳴っている。

 いずれにせよ、ロウが国王になって出迎える支度は着々と整っている。

 いまさら、かき乱されてたまるか──。

 

「陛下、大丈夫だ。問題はないぞ」

 

 とりあえず、言ってみた。

 あのテレーズは、この言葉でテレーズの闇魔道が浸透し、一切の心配事が消失するようにルードルフに暗示をかけていた。

 テレーズの闇魔道がなくなったいま、感情を操作することができなくなったために、効果は期待できないが……。

 

「サ、サキなのか──」

 

 がばりと顔をあげた。

 

「そうじゃが……」

 

「貴様、余に仕返しに来たか──」

 

 いきなり、目の前に眩い光が炸裂して何も見えなくなる。

 同時に身体が床から離れ、背中を壁に叩きつけられた。

 なにが起きたかわからない。

 

「ぐがっ」

 

 サキは頭を振った。

 おそらく、至近距離で強力な攻撃魔道を受けたのだと思う。

 視界が少し戻ると、眼を血走らせたルードルフが絶叫をしながら、まったく関係のない壁に向かって衝撃魔道を放っていた。

 轟音がして魔道が炸裂する。

 壁に大きな穴が開く。

 

「刺客じゃ──。刺客がおる。誰ぞ、おるか──。余を暗殺しようとする刺客だ──。誰か──」

 

 ルードルフが絶叫して、今度は天井に魔道を放った。

 吊ってある燭台が落ちて、床に当たって砕け散る。

 やっとわかったが、ルードルフは赤ん坊の頭ほどの魔道球のついている大きな杖を持っている。

 ルードルフなど、大した魔道遣いではないので、すっかり油断してしまったが、おそらく、あれは王族の魔道具だろう。

 あの魔道具で、怖ろしいほどの魔道の効果の増幅を図っているのだと思う。

 だが、いくら油断したとはいえ、サキともあろう者がルードルフ如きの魔道を喰らって倒れるなど──。

 かっと血が昇る。

 

「なにをするか、ルードルフ──」

 

 サキは立ちあがった。

 だが、サキの上半身の服が真っ赤だ。

 顔からの血の匂いがする。

 おそらく頭をかなり切ったのだと思う。

 サキでなければ即死だったろう。

 

「そこにおったか──」

 

 ルードルフの杖が向く。

 衝撃波が飛んでくる。

 しかし、サキはそれを片手で払った。

 油断さえしなければ、喰らうはずのない魔道だ。

 杖から放たれた魔道の塊がサキに跳ね返されて、壁にぶち当たり、大きな衝撃を与える。

 

「ひいいいっ」

 

 魔道を返されたことで、ルードルフは今度は顔を引きつらせて悲鳴をあげた。

 もしかしなくても、自分のやったことに恐れおののいて、頭の線が何本が切れてしまったか……?

 ぶち殺してやりたいが、この男はロウを王にするための大切な生贄だ。

 死なすわけには……。

 

「た、助けてくれ、サキ──。お、お前や女たちを痛めつけるつもりなどなかったんだ。物狂い──。なぜか、物狂いしてしまって……。おう、そうだ。テレーズだ。あいつが全部悪い──。テレーズは死刑だ。それで許せ──よ。余を許せ──」

 

 ルードルフが今度はぼろぼろと涙をこぼして泣き始めた。

 なんだ、これは……。

 完全に感情の統制を失った感じだ。

 しかし、こいつに直接になにかをされた記憶はないがな……。

 まあ、我に返ったついでに、記憶だったぐちゃぐちゃになっているのか?

 とにかく、こいつは……。

 

「テレーズは死んだ。自殺したぞ。自分の罪を悟ってな……。お前も大人しくせい」

 

 逃亡したと教えても、むしろ面倒だ。

 サキは嘘をついた。

 

「ひいっ」

 

 なぜか、ルードルフが短い悲鳴をあげた。

 

「とにかく大人しくせい……。それを寄越せ──」

 

 サキはルードルフに近づいて、杖を奪おうと手を伸ばす。

 ルードルフががたがたと震えている。

 完全に常軌を逸している。

 

「余は……余は……余は……」

 

 大きな杖を握りしめるようにして、ルードルフは真っ蒼な顔をしている。

 そのときだった。

 廊下に通じる扉が小さく外から叩かれた。

 

「あ、あの……へ、陛下……、どうかしましたか……。サキ様も大丈夫ですか……?」

 

 入ってきたのは上気した顔をして、上半身が裸で下半身に貞操帯だけを身に着けているふたりの貴婦人だ。

 さっき垣間見た黄色組の女たちだが、確か公爵家かなんかの夫人だったと思う。

 あまりにも激しい喧噪に、さすがに心配になったのだろうか?

 でも、さっきは遠巻きに見てただけだったが、なんでわざわざ?

 

「うわあああ」

 

 だが、そのふたりが入って来たとき、恐怖で狂ったようになっているルードルフが絶叫して、杖を向けた。

 

「ひいっ」

「きゃあああ」

 

 攻撃魔道が放たれようとしていることがわかったのか、ふたりが悲鳴をあげて、その場に腰を抜かしたようにしゃがみ込んだ。

 

「いかん──」

 

 間に合わない。

 サキはとっさに手を出して、魔道の進撃方向を阻む。

 

「んがああっ」

 

 放たれたのは火炎魔道だった。

 サキの手に弾かれて、火炎球がほんの少し逸れて、夫人たちの横を抜けて、壁を黒焦げにした。

 その代わり、サキの手は火炎に包まれる。

 サキは呻き声をあげた。

 

「サ、サキ様──」

 

「ひいい、サキ様──」

 

 夫人たちが絶叫した。

 

「出てけ──。見てのとおりだ。王は狂っておる。誰も近づくな──。ほかの者にも言え──」

 

 叫ぶ。

 同時に足を振りあげて、ルードルフの横顔に蹴りを叩き込んだ。

 

「んげえっ」

 

 ルードルフの首がほとんど反対側まで曲がり、寝台の上から落ちる。

 魔道球の付いた杖が転がった。

 

「なにをしているか──。逃げんか──」

 

 まだ、しゃがみ込んだままの夫人たちに声をかけながら、杖に向かって駆けよる。

 

「は、はいっ」

「はいっ」

 

 夫人たちが扉から逃げていくのが横目で見えた。

 一方で、床に転がったルードルフが、這いつくばるようにして、杖に手を伸ばした。

 だが、サキの方が早い。

 杖を足で踏みつけて、砕き潰す。

 

「ひいいい」

 

 それを見て、ルードルフが尻もちをつくように、仰向けになった。

 ふと見ると、剥き出しの男根が情けないくらいに縮こまっている。

 

「よくもやってくれたな、ルードルフ……。楽に死ねるとは思うなよ……」

 

 ルードルフにゆっくりと寄っていく。

 火炎弾を喰らった手がじんじんと痛んだ。

 最初に喰らった頭への衝撃もまだ残っている。

 まあ、放っておけば一日もすれば治療も終わると思うが、二発の近距離からの強力魔道の被弾は、さすがにきつかった……。

 サキは、自己治療魔道があまり得意ではないので、人間族のスクルズやベルズがやるみたいに、瞬時に傷を完全に治すということまではできない。

 だから、この男への怒りにはらわたが煮え返るが、ここで殺してはなんにもならない。

 ロウのためだ。

 サキは必死で自制した。

 

「ゆ、許してくれ。本気ではなかった……。余が悪かった。殺さんでくれ……。なあ、頼む。余とお前の仲だろうが……」

 

「どんな仲じゃ──」

 

 大渇して、肩を蹴り飛ばした。

 

「ぼげっ」

 

 そのままひっくり返り、頭を床に打ちつけて、ルードルフが変な声を出した。

 髪の毛を掴んで持ち上げ、寝台に向かって投げ飛ばす。

 

「ふがっ、がっ」

 

 身体のどこかを打ったのだろう。

 ルードルフが悲鳴をあげた。

 

「もういい。主殿(しゅどの)がここに叛乱軍とともに、王都に来るまで、そこにずっと繋がっておけ──。食事だけは運んでやる」

 

 寝台に投げ飛ばしたルードルフに駆けていき、頬を三発ずつ平手を喰らわした。

 怪我をした手で平手をしたことで、サキの手から血が飛び散るとともに激痛が走るが、いまはこの男に対する怒りでいっぱいだ

 

 ぐったりしたところで、仮想空間から魔道封じの首輪を出して、ルードルフの首にかけた。

 そして、この部屋だけなら自由に動けるほどの長い鎖を出して、寝台の脚に括りつける。さすがに、もう何発も殴ったので、ルードルフも大人しくなる。

 

 サキは大きく息を吐いた。

 そして、この部屋のもう魔道具を隠していないかどうかを探知する。

 すると、幾つかの魔道具が隠されていることがわかった。

 それを注意深く探して、片っ端から仮想空間に入れていく。

 これもロウへの贈り物だ。

 かなりの強力な防護具や攻撃具などだ。

 

「た、頼む……。ゆ、許してくれ。み、みんなに謝罪を……。そ、そうだ。余は王をやめる……。それで余のやったことを全員に謝罪を……。そ、そうだな……。余は小さな領地をもらって引退しよう……。王はイザベラだ。それで、イザベラの相談役として……」

 

「なにを虫のいいことを考えておるか──」

 

 殴りつけた。

 これ以上思い切り殴ると、死んでしまうかと思ったので、かなりの手加減は一応した。

 それでも、ルードルフがぐったりとなる。

 しかし。すぐに顔をあげる。

 

「だ、だったら、なにもいらん。ただの貴族として……」

 

 もう面倒くさい。

 サキは、今度は黙って頬をひっ叩いた

 

「ふぎいっ──。な、ならば……、た、ただの農民として……」

 

「やかましいわい──。もう喋るな──。お前の役目は、辺境軍を率いてやって来る主殿に殺されて、王位を引き渡すことじゃ──。それまで、ここで、好きなだけせんずりでもかいておれ──」

 

 手を伸ばして、ルードルフの睾丸を握って軽く握ってやった。

 

「んぎいいいいいっ」

 

 ルードルフが悶絶して白目を剥いた。

 

「んん? 軽くと思ったが、ちょっと力を入れ過ぎたか? まあいい。死んではおらんだろう」

 

 サキは立ちあがった。

 そのときだった。

 再び扉から、人の気配がしたのだ。

 視線を向ける。

 そこにいたのは、恐々と扉の隙間から、こっちを見ている女たちだった。

 さっきやって来た公爵夫人たちもいるし、ほかの者もいる。

 十人くらいがそこに集まっていた。

 

「なんじゃ?」

 

 サキは声をかけた。

 すると、前側にいる女たちが、ルードルフが気絶をして、寝台に倒れているのを確認してから、扉を全開にあけた。

 

「だ、大丈夫でしょうか──?」

 

 女たちがサキに向かって駆けてくる。

 なんだ?

 なにが大丈夫なのかを訊ねたのか、ちょっとぴんとこなかったが、とりあえず頷く。

 

「問題ない。こいつは魔道封じの首輪をつけて大人しくさせた。だが、気をつけよ。なにをするかわからんぞ。もう、こいつの世話はいい。危険じゃ。わしの直接の部下に任せる」

 

 言葉をとり繕ろうのはやめた。

 一応は、まだ寵姫ということになっているはずだが、すでに滅茶苦茶しているから、すでにこいつらの恨みつらみも、サキにも向いている思うし、すでに、ただの寵姫でないことには気がついるだろう……。

 

「あの、とりあえず、治療を……」

 

 女たちがさっとサキを囲んで、王から守るように廊下に出した。

 そして、治療箱のようなものを持っている何人かが、廊下に出たところで寄ってくる。

 

「治療?」

 

 意外な言葉を聞いたと思った。

 確かに負傷をしているが、こいつらがサキの治療をしようと思うとは考えなかったのだ。

 

「そのまま、ゆっくりと腰をおろしてください。こんなところで申し訳ありませんが、とりあえず、傷を治療した方が……」

 

 サキは何人かに支えられるように、廊下の床に座らさせられ、夫人たちが膏薬や布当てなどをサキに施しだす。

 ちょっとサキは面食らった。

 

「……あ、あのう、わたしたちは言いません……。サキ様があの悪王に手をかけたことは誰にも言いません。言いませんから」

 

「そうです。皆で口をつぐみます。とにかく、あの悪王はまだ健在ということにしましょう。外に出してしまっては、サキ様が大逆罪に問われます。ここに閉じ込めておきましょう」

 

「それと、わたしたちを助けてくれて、ありがとうございます。わたしたち、サキ様があの王に拷問をされながら、泣く泣くわたしたちを苛めるふりをしていたことを知っています。サキ様の気持ちはよくわかっています」

 

「はい、だからこそ、全員が助かる方法を考えましょう。もちろん、サキ様だけが犠牲になることはありません」

 

「みんなで話しましたが、とりあえず、あの暴王の怪我を治療させましょう。さもないとサキ様が王に手をかけたことがばれてしまいます。そのうえで、ゆっくりと毒かなにかで、死なせてはどうでしょうか」

 

「それにしても、このままでは、いつかわたしたちは、ここから出ないといけないのですね。そんなのは嫌です。どうしたらいいのでしょう、サキ様?」

 

「そ、そうです。それが心配なのです。わ、わたしたちも、娘たちのいる奴隷宮に行けないでしょうか? 調教も受けますし……」

 

 夫人たちが口々にわけのわからないことを喋り出した。

 サキは首をひねった。





 *


 なぜ、テレーズがかけていた闇魔道が消えたかについては、また、別の物語ということで……。


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486 救世主伝説の誕生(その1)

 次々に性奴隷の令夫人どもがおかしなことを喋り出した。

 なにを言っているんだ、こいつら?

 サキの頭には、たくさんの疑問符が浮かんだ感じになった。

 

「それにしても、このままでは、いつかわたしたちは、ここから出ないといけないのですね。そんなのは嫌です。どうしたらいいのでしょう、サキ様?」

 

「そ、そうです。それが心配なのです。わ、わたしたちも、娘たちのいる奴隷宮に行けないでしょうか? 調教も受けますし……」

 

 しかし、貴婦人たちは必死になって、サキにそう訴えてくる。

 だが、素っ裸でルードルフの閨から飛び出したらしい二人を除けば、ほかの女については、そのあいだも貞操帯の微振動で裸身を悶えさせているのだから滑稽だ。

 

 だが、ここにいたい?

 調教を受けたい?

 

 しかも、よくわからないが、サキに向かって感謝のような言葉を必死に告げてくる。

 どうなっているのだ?

 

 とりあえず、いったん微振動をとめるか……。

 サキはここにいる十人ほどの貞操帯の微振動をとめてやった。

 

「ああ、とまりました」

 

「本当ですね。公爵夫人様やランジール夫人のおっしゃった通り……」

 

「やっぱり、本当なんですね。救世主様のことを考えると、楽になります」

 

「本当です」

 

 女たちが口々に感動の言葉を口にしている。

 ただ貞操帯をとめてやっただけなのだが……。

 しかし、女たちは目を輝かせて感動すらしている気配だ。

 わけがわからない……。

 

 そう思って、はっとした。

 この貴婦人たちに闇魔道ではない、なにかの操心術のようなものが重ね掛けしてあることに気がついたのだ。

 

 改めて探知してみる。

 そして、わかった。

 女たちの何人かに、やっぱり魔道がかかっている。

 いや、何人かじゃない。

 全員だ。

 

 重度軽度の差はあるが、明らかに操り術だ。

 しかし、テレーズの使う人の負の感情を増幅する闇魔道ではない。

 逆に人の心を浄化して、幸福感を必要以上に増幅するような魔道だ。

 サキは人族の魔道の区分を明確に知っているわけではないが、これは人族が光魔道と呼んでいる種類の魔道だろう。

 さらに、サキはこの魔道波動から、それが誰によってもたらされたものなのかもわかってしまった。

 いずれにせよ、サキはここに集めた貴婦人や令嬢たちのことを、ロウを喜ばすための道具のようにしか考えていなかったが、面と向かって語り合うのは初めてのような気がする。

 

「なにを言っているかわかっているのか? ここに残りたいのか? このまま調教を受け続けて?」

 

 サキは言った。

 すると、女たちの何人かが、顔を見合わせるような仕草をした。

 

「サキ様になら、教えてもいいんじゃないでしょうか……」

 

「そうですね……。サキ様はわたしたちを身体を張って助けてくれましたし……。これも、救世主様のおっしゃった通りですわ」

 

「サキ様は、わたしたちのことを想って、お辛い気持ちで、わたしたちを躾けてくれたのです。お教えするべきと思います」

 

 女たちが見つめ合いながら、そんなことを口走った。

 女たちにかけられているのは、心を素直にしてしまう光魔道の類いだが、それはともかく、喋っている内容がよく理解できない。

 すると、女たちのうち比較的年配の女がサキに真っ直ぐに向きなおった。

 確か、公爵夫人のひとりだ。

 さっき、ルードルフが攻撃魔道を向けた女のひとりである。

 

「サキ様、わたしたちは、サキ様が本当はわたしたちのお味方だったことを承知しております。救世主様がそう言われたのです。サキ様を信じなさいと……。だから、わたしたちは信じておりました」

 

「信じていた? 救世主様?」

 

 サキはますます首を傾げてしまった。

 

「そして、その通り、サキ様は身体を張って、悪王からわたしを救ってくださりました。しかも、大逆罪を賭して、悪王について手をかけられました。サキ様の犠牲的精神はわかりました。でも、わたしたちを信じてください。絶対に、サキ様を告発するようなことはしません。サキ様をお守りいたします」

 

 頭をさげた。

 すると、ほかの女たちも一斉に頭をさげる。

 なんなんだ、これ?

 サキは呆気にとられた。

 

「お前たちの申すことがさっぱりとわからん。そもそも、さっきから口にしている救世主とは誰じゃ?」

 

 サキは言った。

 だが、予想はついている。

 こいつらに光魔道をかけた女のことだ……。

 おそらく、この後宮に数日泊まってきたときのあいだのことだろう。

 そのときに間違いないが、うろうろしているうちに、ここに集められたばかりのこいつらに出逢ってしまって、おかしなことを喋っただけでなく、他人の言葉を素直に受け入れるように、光魔道をかけていった……?

 そんなことだと思う。

 

「説明するよりも、見てもらった方が早いと思います。どうか、奇跡の品物にお触れになって……」

 

 公爵夫人が言った。

 すると、一斉に女たちが顔を真っ赤にする。

 

「まあ、サキ様がお触れに……?」

 

「そんな……あっ、でも、とても幸せな気持ちになりますけど……」

 

「驚かないでくださいね、サキ様。でも、多分、そのお怪我も楽になると思いますわ……」

 

 ほかの女たちが声をかけてくる。

 奇跡の品……?

 あいつ、なにか残していったのか?

 

 そういえば、あの日のあいつは、これからロウに会えるということで、もの凄い有頂天になっていた。

 サキから見ても、ちょっと普通の精神状態じゃなかったような気がする。

 その勢いで、ここにいる女たちに、おかしなものを残していったか?

 

「とにかく、こちらに……」

 

 女たちに引っ張られるように案内された。

 着いた場所は、黄色チョーカーの女たちの溜まり場のようになっている広間だ。

 女たちには、どのチョーカーの女にも、それぞれに側女用に準備されている部屋をあてがっているが、ここはもともと召使いや小間使いの女が使う場所であり、仕事の待機をする場所だ。

 ここを集まり場所にしていたらしく、サキが入ったときには、さらに二十人ほどの女がここにいた。

 女たちの監督を命じているサキの眷属たちはいないようだ。

 ここは休憩室にでもなっていて、自由にさせている場所なのだと思う。

 そして、この広間には、サキがルードルフから助けるかたちになったもうひとりの公爵夫人がいて、ほかの女たちになにかの説明をしているところのようだった。

 

「あっ、サキ様」

 

「サキ様」

 

「サキ様、お大丈夫ですか?」

 

 ここでも女たちが口々にに、サキに温かい目を向け、負傷を心配するような声をかけてきた。

 

「先ほどはありがとうございました。彼女たちにも、サキ様がやっぱりわたしたちのお味方だったことを説明していたところでした。救世主様の言ったとおりだったと……」

 

 女たちは全身が床に直接に座っていたのだが、中心になっていた公爵夫人が、両膝を床に着けた改めて深々と頭をさげた。

 すると、ほかの女たちも一斉に貞操帯だけの裸身を曲げ、頭をさげる。 

 サキは面食らう気持ちになった。

 

「……マリア、あの奇跡のお品をサキ様にも、お見せしようと思うの……。そのうえで、救世主様のお話を……」

 

「そうですね……。それがいいですわ、フラントワーズ様」

 

 語り合ったのは、サキが助けた公爵ふたりだ。

 ほかの女たちの態度から、この公爵夫人ふたりが場の中心になっている気配だ。

 どうやら、名はフラントワーズとマリアらしい。

 どちらも四十を越えていると思うが、さすがは公爵家の女だ。

 まだまだ肌も綺麗だし、顔立ちも整っている。

 ちょっとそんなことを想った。

 

 それはともかく、改めて接してみると、生娘であることを条件に赤チョーカーを集めたが、こういう年増もロウは気に入るのではないかと思った。

 もう一度吟味して、チョーカーの区分を改めるか……。

 生娘の性奴隷候補は赤のままにして、性経験のある性奴隷候補を青にするとか……。召使いを兼ねた厠女は黄色のままとして……。

 

「こちらです」

 

 すると、フラントワーズと呼ばれた公爵夫人がサキをさらに、部屋の奥に連れていった。

 便壺が集めて置いてある空間だ。

 つまりは厠である。

 大きな布で仕切っていて、さらに便壺一個ずつにつき、仕切りの布がついている。

 便壺とは言葉のとおりに、大便と小便をする壺だが、後宮にあるものにはすべて魔道がかかっていて、それに座って排便や排尿をすると、自動的に便が消滅してしまうようになっている。

 匂いもない。

 その横には、股間を洗う水桶もあり、布置きもある。

 これは女たちが交代で交換作業をするはずだ。

 まあ、ここにいる女たちには、貞操帯を嵌めさせているので、勝手に排便などはできず、すべて決まった時間しかできない。

 従って、この時間に使う者はいないのだ。

 

「救世主様から頂いた大切な奇跡の品物を、こんなところに置いては申し訳ないのですが、見つかって、テレーズに取りあげられるといけませんので、ここに……」

 

 フラントワーズが顔を赤らめて言った。

 テレーズなど、少し前にここを出ていったが、まあ、監禁されているこいつらには、それを知る手段はないだろう。

 しばらく来ないなあ、くらいのことだろうというのは想像がつく。

 サキとしても、テレーズの不在を隠すために、時折はテレーズに変身をして王宮内をうろうろしたりはするので、こいつら同様に、向こうの本宮の連中についても、テレーズの失踪は気がついていないはずだ。

 まあ、それはともかく、便壺の一角の奥に辿り着く。

 

 そこは、掃除用具や家事用の品物、さらに消耗品の類いの倉庫のようになっていた。

 ここの最奥側の場所に別の女たちが三人ほどいた。

 ぺたんとお尻を床に着けて、だらしなく脱力した状態で壁に身体を預けるようにしていた。

 顔は真っ赤であり、全身に汗をかいていて、呼吸はかなり乱れている。

 なんとなく、女が達したばかりのような姿に見える。

 

「あっ、サキ様──」

 

「申し訳ありません」

 

「ひいいっ、サキ様」

 

 三人がサキの姿を見て、驚愕して立ちあがろうとする。

 しかし、腰に力が入らないのか、なかなか起きあがれないでいる。

 それをフラントワーズが笑って制した。

 

「大丈夫よ、サキ様はやっぱりわたしたちのお味方でした。だから、ここに連れて来ましたのよ」

 

 フラントワーズが語りかけた。

 女たちが安心したように、ぺたんと座り直してしまった。

 

「それじゃあ、やっぱり救世主様がおっしゃった通り……」

 

 そして、三人のうちにひとりが口を開く。

 

「……ええ、本当でした。サキ様は悪王から私たちを守ってくださったのよ。これがそのお怪我で……」

 

「まあ、やっぱり、救世主様の言われた通りに……。でも、大丈夫なのですか……。まあ、酷い怪我……」

 

「このくらい、なんともない──」

 

 サキは声をあげた。

 こんなかすり傷程度で、あまり心配されると恥ずかしくなる。

 ましてや、あんなルードルフにしてやられたとあっては、妖魔将軍の名折れだ。

 

「……それにしても、お前たち、奇跡の品に触り過ぎたのですね? あまり長く触り過ぎると動けなくなるので、ちゃんと節度を持ってと決めたではありませんか。すぐに立ち去らないと、テレーズに見つかったら、どうするのです」

 

 フラントワーズが女たちを叱った。

 テレーズとルードルフは、ここに女たちにとって、不倶戴天の敵のようになっているようだ。

 まあ、いいか……。

 

 それはともかく、もうひとり……というよりは、真の首謀者のサキについては、あくまでも自分たちの味方であり、テレーズたちに強要されて、女たちに接していると思われているようだ。

 まあこれも、どうやら、あいつが何かを喋ったことに関係がありそうだが……。

 

「申し訳ありません、フラントワーズ様。どうしても、我慢できなくて……」

 

 女たちが項垂れた。

 

「気持ちはわかります。わたしもそうですから……。でも、これはみんなの救いの物でもあるのです。もしも、取りあげられて無くなってしまったら、皆さんに謝りようがないですよ。順番が終わったら、すぐに立ち去るようにしないと……」

 

「申し訳ありません。気をつけます」

 

 女たちが頭をさげて、そそくさと立ち去っていく。

 だが、かなり身体が辛そうだ。

 サキは首を傾げた。

 

「こっちです、サキ様」

 

 フラントワーズと同行の女たちがさらにサキを促す。

 荷物と荷物のあいだに挟まれて隠れているような壁があり、その壁がなんとなく、ほかの場所をちょっとだけ色が違うような気がした。

 フラントワーズが壁に手を当てる。

 なにか仕掛けがあったのだろう。

 しばらくすると、がたりと音がして、膝くらいの高さで床に近い側の壁が外れ、その向こうに空間が出現した。

 

「あっ」

 

 サキは思わず声をあげてしまった。

 そこには、木彫りの粗削りではあるが、小さな女神のような彫刻の人形がある。

 さらに、木彫りの人形の前に、真っ白い布で覆われているなにかがあった。

 これが、さっきから彼女たちが口にしている「奇跡の品物」なのだろう。

 

 それにしても、この木彫りの女神像……。

 やっぱり、あいつに似ている気が……。

 

「救世主様のお姿です。木彫り細工に心得のある者がいて、仕事の合間に彫りました。わたしたちの前にお現われになった救世主様のお姿に似せております」

 

 フラントワーズが言った。

 サキは嘆息した。

 

「似ているね……」

 

 それだけを言った。

 そして、やっぱりだと、確信した。

 この木彫りの顔の造形は、なんとなくだがスクルズに似ている。

 

 いや、そっくりだ。

 やはり、さっきから、こいつらが救世主と口にしているのは、スクルズに違いない。

 

 だが、あいつはなんのために、こいつらに光魔道をかけて

 しかも、なんで救世主?

 そもそも、救世主ってなんだ?

 サキは困惑してしまった。



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487 救世主伝説の誕生(その2)

「これは……?」

 

 案内をしてきたフラントワーズとほかの黄色組の令夫人どもが神妙な雰囲気でサキに見せたのは、スクルズの姿を模した木彫りの人形だった。

 こいつらに、スクルズの光魔道が纏わりついているということから、スクルズがなにかをしたのだろうというのは予想がつくのだが、このサキに対する神妙な態度が全く理解できない。

 

「驚かないでください、スクルズ様が悪王に殺され、その身体が王都の広場に晒されてしまった後、スクルズ様に対する行為がティタン神の神々の怒りに触れるとともに、スクルズ様の身体が天に飛翔して、天空に召されたという出来事はご存知ですか……?」

 

 フラントワーズが極めて真面目な口調で言った。

 サキは嘆息した。

 そういうことになっているのは知っている。

 もっとも、晒されたのはサキが準備して、すり替えさせた眷属を使った替え玉の遺体だ。

 変身のできる妖魔の抜け体であり、スクルズの本物ではなく、人間族の身体ですらない。

 晒し刑そのものは、ルードルフが勝手にやったことだが、それにより王都の民衆の怒りの暴動が起き、駆けつけたベルズが神の奇跡に見立てて、替え玉の抜け体を処分をしたらしい。

 サキはそれについては後で耳にしたのだが、これにより、スクルズが神の奇跡により、天に召されたという噂になっていることも、なんとなくだが聞いていた。

 

「ああ、知っている」

 

 とりあえず、それだけを言った。

 

「そうですか……。わたしたち公爵家の多くは、その日はすでに囚われていたので、その奇跡には目の当たりにはしていないのですが、ほかの女たちのかなりの多くが、その昇天の奇跡を知っていますし、実際に見た者も多くいます……」

 

 フラントワーズがさらに語った。

 それにしてもだ……。

 

 よく考えれば、軍を連れて二公爵家に乗り込み、この公爵夫人たちを始めとする女たちを連行したのはサキだ。

 公爵たちを処刑したのは、捕縛した公爵たちをルードルフの息のかかった軍に引き渡した後であり、処刑したのもサキではないが、サキが手をかけたのも同じだ。

 そもそも、こいつらを素っ裸にして縛り、ことこごとく馬車に乗せて連行する指揮を執ったのがサキなのだ。

 しかし、こいつらの中では、それはルードルフに命令をされ、泣く泣くサキがやったということにでもなっているのだろうか……?

 なんで、こんなにサキに親しそうに話しかけるのだろう?

 すると、フラントワーズたちがさらに神妙な表情になる。

 

「……そして、もうひとつの奇跡がこの後宮で起こったのです……。これはわたしも目の当たりにしました。目撃した者は五十人はいます。だから、幻でも勘違いでもありません……。奇跡です……。ここに、死んだはずのスクルズ様が復活して、お現われになったのです……。すでに天界の一員の証として、美しい真っ白な髪に変わっておられましたが、あれは紛れもなく死んだスクルズ様でした……。嘘ではありません……」

 

 フラントワーズが必死の口調で訴えた。同行のほかの女たちも、フラントワーズの言葉を裏付けるように、懸命に首を縦に振っている。

 おそらく、サキが信じないと思っているのだろう。

 でも、サキはフラントワーズたちの言うことが真実であることを知っているし、実際には奇跡でもなんでもないことを承知している。

 

 あのスクルズの偽の死を演出した後、スクルズがここにサキに会うためにやって来た。

 国境沿いにあるモーリア男爵領とやらに向かうにあたって、ジャスランというサキの眷属と一緒に出発するためだ。

 最初はひとりで向かいたさそうなスクルズだったが、ベルズやミランダのこともあり、サキは四人組を結成した仲とはいえ、無条件に信頼する気にはなれなくなっていた。

 だから、サキの眷属とととに同行しないのであれば、スクルズの出立を徹底的に邪魔をすると言ったのだ。

 すると、スクルズはあっさりと主張を翻し、ジャスランを同行させることに同意した。

 そして、準備が整うのを待ち、ジャスランと王都を去った。

 

 そのとき、スクルズは、なにもサキには言ってなかったが、サキを探すあいだに、ここに連れ込まれたばかりの女たちに出逢ったのかもしれない。

 とにかく、あの期間、かなり、スクルズが上機嫌だったのを記憶している。

 これから、ロウに会えるということで、とにかくスクルズは嬉しそうだった。

 あんな心からの幸せそうなスクルズも、サキは初めて接する気がした。

 また、その時期は、最初に女たちの心を折るため、拷問めいた寸止め調教をしたのだが、この女たちが死んだはずのスクルズを見たというなら、それは、寸止め拷問を続けていた頃だと思う。

 

「だけど、スクルズ……様が? 本人がそう名乗ったのかい?」

 

 サキは言った。

 フラントワーズが首を横に振った

 

「いいえ、それはご否定なさっていました。自分は何者でもないと……。でも、スクルズ様でした。死んだはずのスクルズ様が復活なされたのです。しかも、スクルズ様は、これから尊い方をお迎えに行くとも言われました。ここで待っていれば、そのお方とともに、わたしたちをお救いなさると……」

 

 フラントワーズの言葉に、サキは再び嘆息した。

 あいつ、なにを喋ってんだ。

 

「……ほかに、そのう……救世主様はどんなことを?」

 

 とりあえず、有頂天になっていたあいつがなにを語ったのか知りたい。

 

「ここでのつらい調教にも意味があるとか……。尊い方はお喜びになると……。それだけでなく、スクルズ様自身も同じことをされたとか……。これから自分もそれを受けられるはずだとか……。とても楽しみだとか……。とにかく、とてお幸せそうでした。まさに天使の微笑みでした」

 

 フラントワーズが思い出すような表情で言った。

 あいつ馬鹿じゃないのか……。

 

 まあ、かなり、頭が跳んでいる状態だったのは記憶しているので、ここでフラントワーズたちに掴まってしまい、頭の中に沸く妄想をそのまま口にしたに違いない。

 しかし、それがこいつらのなにかの救いの言葉になったのか?

 

「救世主様、スクルズ様はわたしたちが幸せになるには、やがてもう一度やってくる救世主様と天道様(てんどうさま)をここでお待ちする必要があるとも言われました」

 

「天道様?」

 

 サキは面食らった。

 

「クロノス様のことです。とにかく、ここでの調教は試練ではなく、修行でもあるとか……。ここではないが、スクルズ様も別の場所で一緒に修行をするのだとか……。だから励むようにと……」

 

「調教に励めだと?」

 

「はい。言葉の通りではありませんが、そういう趣旨のお言葉だったと思います。そして、その言葉が終わるとともに、とても楽な気持ちになりました。救世主様のお言葉は、そこにいた全員の心にすとんとおりました……。あっ、サキ様のことも救世主様が……。サキ様は本当は優しい方だとか……。つらく当たっても、それはわたしたちを尊い方に愛してもらえるようにすることなので、サキ様から与えられることに励めとも……」

 

 ああ、それが光魔道による操心術なのかと思った。

 信じられないような馬鹿話だが、スクルズはあまりにも嬉しい気持ちにあったので、自分がロウに調教を受けることを想像しながら、与太話をここでしたに違いない。

 さらに、意図したのか、それとも勝手に魔道が発散したのかはわからないが、それを信じてしまう浄化系の光魔道を放ったのだと思う。

 それで、まるでこいつらが信者のようになってしまったということだと思う。

 

 しかし、どうでもいいが、あいつは、サキがやる調教を尊い方に愛されるための修行とか語ったのか……。

 スクルズらしい物言いだが、そんなことを信じているのはお前だけだと、頭を叩きたくなる。

 自分の妄想を人に語るなと……。

 面倒な信仰を操心の魔道でかけるなとも……。

 

「……だから、それを信じて、ここで待ちたいのかい?」

 

 サキは言った。

 フラントワーズたちは裸身の前でぐっと手を握った。

 

「それがスクルズ様……救世主様のお言葉ですから……。そして、それはだんだんと、ここにいる女たちの間に拡がってもいます。スクルズ様の奇跡に触れた者がその教えを説明し、また、それを聞いた者が、別の者に語ったりと……」

 

「教えだと?」

 

 頭に蝶が沸いてたスクルズの言葉が、ここに集められて責め苦を与えられている女たちの救いの言葉になり、それが信仰のように広がりつつある恐ろしさを目の当たりにしている気持ちになったが、「教え」とはなんだろう?

 サキの調教を進んで受けると言ったことか?

 ロウがやって来て、こいつらを救うと説明したことか?

 

「教えとは欲望に素直になることです……。救世主様も、それで心が救われたと言われておりました。それで、これを……」

 

 フラソワがスクルズの小さな女神像の前にある布に手をかけた。

 拡げる。

 サキは目を丸くした。

 今度こそ、あいつは本当に馬鹿だと思った。

 いまのいままで、一応は人間族でも最高権威のひとりの神官長になったくらいだから、修行を積んだ立派な女傑のひとりには違いないのだと思っていたのだ。

 しかし、それが全くの勘違いだったことを知った。

 

 あれは、ただロウに愛してもらいたくて仕方がないだけの「雌」だと──。

 

 布に包まれていたのは、真っ黒い色をした男根の張形だった。

 

 あれは、なにを考えて、これを置いていったのか……。

 しかし、これは強力な魔道がかかっている……。

 魔道具になっているのか……?

 サキは何気なく手を伸ばした。

 よく見ると、たくさんの手が触れたような痕が無数にあるような……。

 

 それにしても、この男根はロウの一物の勃起状態そのものだ。

 スクルズが想像して作ったのだろうか……。

 あいつ、何気に好色だな。

 

「あっ、お気をつけて──」

 

 フラントワーズが慌てたように声をかけた。

 そのときには、サキの手はその黒い張形に手を触れていた。

 凄まじい衝撃がサキの身体に襲いかかる。

 

「くわっ、わあああっ、はああああっ」

 

 次の瞬間、サキは絶叫をして、その場に崩れ落ちた。

 あり得ないほどの絶頂感が瞬時に襲いかかり、あっという間にサキは達してしまったのだ。

 あまりもの強い快感とそれが瞬時に襲ったことで、サキは耐えられずにひっくり返った。

 それだけでなく、股間の力が抜けて、じょろじょろと失禁も……。

 

「うわっ、わっ、わっ」

 

 絶頂はともかく、失禁など……。

 サキは顔を真っ赤にして手を股間を覆うが、スカートと下着の下の放尿はとまらない。

 尿がサキの服を汚し、水たまりを床に作っていく。

 

「あら、サキ様も、救世主様の信仰がおありなのですか? これは救世主様の教えに素直であればあるほど、快感が大きいのです。救世主様は、わたしたちが貞操帯で苦しいとき、どうしても我慢できなければ、これをこっそりと触れれば快感がやってくると言われ、置いていかれて……。わたしたちも恥ずかしいですが、これで苦しみを乗り越えられたのは事実ですし……。それに欲望に素直になること……。この奇跡の品はそれをわたしたちに教えてくれるのです」

 

 なにが奇跡の品だ……。

 サキは心の中で悪態をついた。

 とりあえず、尿が終わったが、ちょっとすぐには立ちあがる気持ちになれない。

 

 いずれにしても、これはただの淫具だ。

 しかも、とてつもない魔道が込められている。

 まるで、ロウの作る淫具だ。

 あいつこそ、ロウの信者だろう。

 ロウのすることを絶対的な妄信で受け入れる。

 

 だが、どうして、こんなものを残したのか……?

 貞操帯で快感を封じられて抑圧される女たちに役に立つものだと言えば、そのとおりであり、ほかのなによりも、ここの女たちに必要なものだろうが……。

 自分の幸せのお裾分けのつもりか……?

 だけど、なんでこんなにも露骨な……。

 

「わたしたちは、救世主様のお言葉を広め、それを受け入れた者にのみ、これに定期的に交代で触れることを許しています。おかげでだんだんと、教えも拡がって来て……」

 

 それは拡まるだろう。

 サキは黄色チョークの女たちに媚薬入りの食事を与え、微弱の刺激でいくにいけないもどかしい発情状態のまま放置させて、ずっと苦しめている。

 その焦らしの苦しみが、これに触ることで瞬時の快感に変わってしまうのだ。

 これが手に入る代償は、スクルズが口走った、ここでの調教こそ心の救いであるというような趣旨のたわ言を受け入れることだが、狂うような淫情状態を脱するためなら、ここの女たちはなんでも受け入れるとも思う。

 しかも、さらに、スクルズを直接見た者は、心がそれを信じるように浄化魔道までかかっている。

 そして、こういうものは、怖ろしいほどの伝染力を持つものだ。

 すでに、かなりの勢いで、少なくとも後宮側では拡がっているらしい。

 

「もしも、奴隷宮に行っている者に接することができれば、そこにいる者にも、これを拡めたいのです。娘たちにも……。サキ様、どうかわたしたちも、娘たちと一緒に奴隷宮に行けないでしょうか?」

 

 フラントワーズは言った。

 その表情はある意味、鬼気迫っているというか、妄信という言葉が相応しい迫力がある。

 スクルズの戯言と淫具が、ここの特殊な状況と、追い詰められている境遇の中で信じがたい反応を起こし、それが女たちに常識では考えられない信心を作り上げる……。

 これが人間族のいう「信仰」というものか……。

 なんとなく思った。

 

 まあ、でもいいか……。

 向こうにもこれが拡がるどうかはわからないが、サキの考えていることに対して、都合がいいのは確かかだ。

 

「手配するよ。まあ、やってみな」

 

 サキは言った

 それにしても、失禁をして濡れた下着が気持ち悪い。

 サキは醜態を晒した恥ずかしさで、さらに顔が赤らむのがわかった。



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488 眷属たちの困惑

「サキ様、お話があります──」

 

 執務室代わりに使っている後宮側の一室に、珍しくも妖魔三匹が連れだってやって来た。

 いまは奴隷宮側に集めている貴婦人や令嬢たちの世話をさせている雌妖たちであり、見た目は人間族の姿だが、変身をしているだけであり妖魔である。

 

 サキたちと監禁している令嬢や令夫人たちは、この王宮区の中で、いわゆる国王の後宮とアネルザの管理していた王妃専用の奴隷宮に分かれて過ごしているが、こっちの後宮側にいるのは、いまだに寝台に鎖で繋げているルードルフと、その世話をするために連れてきている小間使いの雌妖とサキしかいない。

 そして、貴族令嬢や貴婦人たちは、いまはことごとく、後宮に並ぶ王妃用の宮殿の地下である「奴隷宮」に集めていて、この三匹はその管理の中心になる雌妖だ。

 

 あのスクルズが残していった置き土産のために、様子がおかしくなってしまった黄色組を、とりあえず連中の望み通りに赤組を集めている奴隷宮側……すなわち、もともとの王妃宮の地下宮に移してから、数日がすぎていた。

 結局、あの様子なら、一緒にした方が性修行に励むであろうと判断した結果だ。

 

 理由はどうあれ、強要しなくても性調教に積極的に励むようになったのであれば問題ないし、そっちの方がいいに決まっている。

 要は、好色なロウが王になったときに喜ぶような淫乱女たちがロウの帰還までに、出来上がりさえすればいいのだ。

 

 その代わりに、サキはなにもしなくなったルードルフが健在であるように見せかけるために、ルードルフの監視を兼ねて、こっちで色々とやっており、奴隷宮についてはこの連中に任せきりにしていた。

 用事があるときには、サキの方から呼び出すのが専らであり、向こうからやって来るのは珍しい。

 

「なんだい、お前ら?」

 

 サキは椅子に座ったまま、目の前に並んだ三匹に視線を向けた。

 

「サキ様、実は人間族が怖い」

 

 すると中央の一匹が言った。

 ラミル族で個体名はラミダナだ。

 この三匹は、直接に調教に携わる役目ではなく、調教係の雌妖たちを管理する役目なのだが、ラミダナはさらにそのリーダーだ。

 とても神妙な顔をしている。

 サキは訝しんだ。

 

「怖い? 連中が命令に従わないのかい? ある程度は折檻してもいい。別に懲罰を禁止しているわけじゃないよ。このあいだのあいつは、度を越したことをやっていたから、ぶっ飛ばしただけだ。調教に精を出さない愚図な人間族は、遠慮なくやりな」

 

 サキは言った。

 このあいだというのは、先日のことだが、赤チョーカーの令嬢のうち、女騎士のなんとかという女を目の敵にして、調教ではなく、ただの嫌がらせのいじめをしていた雌妖がいたので、全員の前で半殺しにしたことがあった。

 ちゃんとした理由があるならともかく、罰にならない不始末をでっちあげて、わざと大量の水を飲ませては、排尿を禁止するという嫌がらせを繰り返していたのだ。

 そいつは、すでに異界に帰したが、それ以来、懲罰という名の時間外調教は、あまりやらなくなったと耳にしていた。

 それで、人間族の女たちが図に乗り出したのだろうと思った。

 

 しかし、ラミダナたちは首を横に振った。

 

「いや、そういうんじゃないんだ。連中は、ちゃんと調教に励んでいる。だけど、数日前から随分と変わってきていて……」

 

「数日前? とにかく、問題ないだろう。こっちはこっちで忙しいんだよ。いいから、主殿(しゅどの)が戻るまでに、淫らで立派な性奴隷に仕上げときな。いいね──」

 

「だけど、もしかしたら、やり方が間違っているかもしれないと思って……。いずれにしても、一度来てくれればわかるよ。連中が変なんだ。人間族というのは、ああいうものなのかもしれないけど、あたしらは、人間族にはそんなに慣れてないから、やり方が間違っているのかなあと思って……。その点、サキ様は人間族にお仕えするくらいだから、詳しいだろうし、一度、来てくれないか?」

 

「変だと?」

 

 サキは首を傾げた。

 どうも、要領を得ない。

 まあ、来てくれればいいと言うなら行きもするが……。

 

「そろそろ、午後の調教の終わりかねえ……」

 

 サキは、呟きながら立ちあがった。

 ラミダナがほっとしたように頭をさげる。

 サキは、小間使いに使っている雌妖を呼んだ。

 

「あい、サキさま」

 

 すぐに、ひとりが目の前に現れた。

 姿は十歳くらいの人間族の可愛らしい童女だが、実際には二百を超えている。

 しかし、知能が低いので、人間族の大人や老女に化けると、ぼろが出る。その点、子供の姿だっから、不自然な点がなくなるので、呼び出した眷属のうち、知能が低いのは子供に変身させている。

 ただ、妖魔の能力そのものは、どの眷属もサキの折り紙付きだ。

 

「奴隷宮に向かう。その間、ルードルフになにかあったら、通信球で呼べ。また騒ぎ出したら、眠らせろ。よいな」

 

「あい、わかりました、サキさま」

 

 その小間使いの雌妖がにこにこと微笑んで返事をする。

 サキは、ラミダナたちを促して、奴隷宮に向かって歩みを進めた。

 

 それにしても……。

 あれから、五日余りか……。

 サキは歩きながら思った。

 

 突然にルードルフを支配していた闇魔道が希薄になり、サキを襲ってきたあいつを殴り倒して監禁するという事態の変化が起きてから、五日ほどが経っている。

 あれから忙しかった。

 まずは、ルードルフだ。

 

 闇魔道による感情制御がなくなり、冷酷性が希薄になったため、すっかりと臆病な面が表になってしまったルードルフだが、とにかく、あの手この手で逃亡を企てようとして閉口した。

 見つける度にぶちのめしているが、このままでは死ぬだけだと思い込んでいて、なかなか諦めない。

 たった五日なのに、その間に、十数回の逃亡を企てる根性だけは、まあ感心する。

 だから、なかなか目が離せない。

 昨日も、あんまり腹がたったので、ルードルフを寝台に縛りつけ、尿道に金属の細い棒を突っ込んで、半日ほど微弱な電撃を流しっぱなしにしてやった。

 ところが、あいつはなにを勘違いしたのか、そろそろ観念しただろうとやってきたサキに、次は余の番だぞと、ぼろぼろの身体でサキを抱こうとし、さらにぶちのめすことになった。

 テレーズがいなくなり、闇魔道も消えたところで、不能まで回復してしまったのが誤算だったが、もう一度勃起できなくした方が管理しやすいのだろうか。

 いま、迷っている。

 

 とにかく、ほかにも、正体が妖魔と知らない小間使いの雌妖に外に向けた手紙を託そうとしたり、窓から助けを求める文字を書いた布を放ろうとしたりと色々だ。

 そのくせ、好色だけは変わっておらず、童女にしか見えない雌妖をたらしこもうと手を出そうとしたり、はたまた、サキがいくら折檻したところで、その都度、男根を勃起させたりするので、拷問もままならない。

 かといって、ロウに討伐してもらう前に殺すわけにもいかず、サキとしては扱いに難儀している。

 

 また、サキは、ルードルフだけに関わっているだけじゃない。

 アネルザの父親の辺境侯に編成させている叛乱軍のこともある。

 そっちは、チャルタだけでなく、いまはピカロも送り込んで、その二匹に支配させているが、まあ順調にいっているようだ。

 ほぼ完全に出撃準備は整っていて、あとは旗頭になるロウが合流するのを待つだけの状況のようだ。

 ロウさえやって来れば、あとはロウがなにもしなくても、転がるように、ロウが悪王を倒して新王になるという事態が進むようにすべての段取りが整っているみたいだ。

 チャルタたちの操りにより、辺境候にはロウという一介の子爵を旗頭にすると宣言もさせているが、それでも特に問題なく、周辺の貴族を中心に叛乱軍は勢力を増やしている。

 

 そして、なによりもテレーズの闇魔道の影響の消えた王宮側の官吏や女官や大臣連中、それに王軍の支配の修復だ。

 とにかく、全部をテレーズではなく、サキ自身の支配で操りをやり直した。

 もともと浸透していたルードルフが取り出した王家の秘宝とやらも、もちろん使わせてもらっている。

 それもなんとか終わり、この王宮を外部と完全遮断した態勢は継続している。

 

 あとは、ロウだけだ。

 いずれにしても、そのうちにロウも戻るだろう。

 早く会いたいものだ。

 王になるのは面倒だと嫌がるかもしれないが、だからこそ、こんなに性奴隷たちを集めたのだ。きっと、サキを誉めてくれるに違いない。

 

「そういえば、奴隷宮に監禁している者の中に、家族との連絡を取りたいと泣きつく者はいないか? それについては、どのように対応しているのだ?」

 

 サキは、ラミダナたちとともに、奴隷宮に向かって歩きながら言った。

 後宮と奴隷宮は地下道で繋がっていて、実際には壁ひとつ挟んで管理が変わるだけで、ふたつの建物に区分されているというよりは、ひと繋がりの大きな地下宮という感じだ。

 

 妖術による瞬間転送で移動するのではなく、歩いて向かっているのは、この人族による魔道妨害結界だらけの場所では、サキひとりならともかく、三匹を連れての転送術は困難だからだ。

 三匹に限らず、この場所で転送術を駆使できるのは、サキくらいのものだ。

 ほかに、人族ならスクルズは、妨害結界に関係なく魔道を遣っていた。

 それに比べて、あの日、大喧嘩したベルズが、ここに突撃してこないのは、あるいは、ベルズにはこの宮廷内に魔道で侵入することができないのかもしれない。

 

 それはともかく、サキが監禁している令嬢や貴婦人が外部にいる家族と連絡をしたがっていないかと質問したのは、実は以前、連中の外にいる家族から、監禁されている令嬢や令夫人たちと連絡がしたいという嘆願が山のように届いてたのをふと思い出したからだ。

 積み上げている嘆願書を発見したのは、まだテレーズがいる頃のことであり、最初は放っておいたが、放っておくと何度でも繰り返し山のように届いてくるのもわかった。

 

 だから、業を煮やしたサキは、繰り返し嘆願書を送って来る家族がいる令嬢と夫人数名を選んで、その嘆願書を口に咥えさせて、対象となる令嬢を木馬責めにし、その光景を映録球に記録して、王都内の全ての貴族屋敷に送りつけてやった。

 一応、テレーズの名を使ってやった。テレーズは笑っていただけだったが……。

 つまりは、うるさく嘆願を繰り返せば、監禁している子女を痛めつけるぞという脅しだ。

 おかげで、ぱったりと嘆願は消えたが、口に咥えさせたくらいなので、外の家族が心配しているという事実だけは、令嬢どもも悟ったことだろう。

 それで、変化はないかどうか気になったのだ。

 

「家族との連絡をしたがる者はいない。あたしの知る限りはだ。むしろ、集まっている連中は、家族のところに戻ることを怖れている。帰りたくないんだ」

 

「帰りたくない?」

 

 どういうことだろうかと思ったが、そういえば、五日前に、後宮側にいた女たちを奴隷宮側に移動させたとき、スクルズを神に派遣された救世主だと思い込んで、ロウのことを「天道(てんどう)様」としてお待ちするのだと、妙な信仰心に取りつかれてしまったあいつらが、同じように「戻りたくない」と口にしていたことについて、記憶を呼び起こした。

 

 忙しかったので、そいつらを奴隷宮に移動させてからは、まだそっちには顔を出しておらず、夫人たちが赤チョーカーの令嬢娘たちと再会してからのことはわからないが、そういえは、あの妙な信仰もどきはどうなったのだろう?

 あまり気にしてなかったが、いま思い出した。

 

 奴隷宮側に到着した。

 やってきたのは、主な調教の場所である大広間だ。

 

 全裸の令嬢や貴婦人たちが、幾つかの組にわかれて、調練を受けていた。

 後宮側が人の気配がほとんどなくなって寂静としているのに比べて、こっちは女の体臭とか性の匂いでむんむんとしている。

 なによりも、性的調教をしているので、女たちの身体の醸し出す熱気と体臭がすごい。

 サキたちは連中の邪魔にならないように、目立たない広間の隅で、全体を見渡せる位置に陣取った。

 

 いまは、そろそろ夕方であり、午前中と午後の二回と決めている毎日の性調教が終わる時刻だ。

 この時間から後は、懲罰を命じられた女と家事をする黄色チョーカー以外は、ある程度の自由な時間になる。

 衣類も渡されるし、決められた時間だけとはいえ、厠の許可もあるし、浴場で身体を洗うこともできる。

 食事だって、はっきりいって、調教係である雌妖に渡すのよりも、遥かに美味で高級なものだ。

 食事は、チョーカーの色によって変わりはない。

 全員に十分なものを支給させている。

 

 サキとしては、ここに集めた性奴隷とその候補要員について、決められている調教さえ受け、ロウのために淫乱になってくれさえすれば、ほかのことで不自由させるつもりはないのだ。

 サキが求めているのは、調教だけだ。

 

 改めて、今日の調教の様子を観察する。

 今日の調練という名の調教の組み分けは、四個のようだ。

 

 尻を上にあげ、鞭打ちを受けながら、「集団おねだり踊り」の練習をしている組──。

 

 後手に拘束をされ、舌だけの女同士の百合の性愛により、舌技の実践練習をしている組──。

 

 即席の触手の池に放り込まれて、ひたすらに身体の感度を鋭敏にする処置を受けている組──。

 

 部屋中を四つん這い歩きで、さまざまな痴態を号令で行う「基本調練」をしている組──。

 

 それぞれの組を直接に調教する雌妖は、三匹から五匹というところだろうか。

 調教を受ける女体の人数は、以前よりもかなり多くなったみたいだ。

 各組がそれぞれに十数名くらいずつであり、全部で百名はいないが、それに近いくらいいる。

 四組のうち、いま「おねだり踊り」としている組と、百合の性愛が赤チョーカーであり、ほかは青チョーカーだ。

 

 以前とは異なり、黄色組のほとんどが合流してから、チョーカーの色の意味は若干の変化をしていて、これはサキも報告を受けている。

 別段に強要をしたものではなく、赤組の令嬢たちに再会してからの令夫人たちが言い出したことであり、数日前からのことらしい。

 変わった申し出だとは思ったが、問題はないと思って許可した。

 そのための新たなチョーカーも届けさせた。

 

 すなわち、「赤チョーカー」が、集まった貴族子女の中で生娘であり若い個体であって、ロウの性奴隷の最有力候補の集団であることには違いはないが、これまでとは異なる新たな青チョーカー組を作り出したのだ。

 

 青チョーカー組は、以前はルードルフ用の奴隷の意味があったのだが、こっちの都合で一度なくしていた。しかし、合流してからは、赤チョーカー以外で調教を希望し、ロウの性奴隷になるための調練を受ける者という位置付けになったのだ。

 とにかく、本当に眷属たちが強要したものではなく、黄色チョーカーの者から、ロウに選ばれなくてもいいので、調練としての調教だけは受けたいと申し出があったらしいのだ。

 

 いや、そうじゃないな……。

 実際には「調練」ではなく、「修行」という言葉を使っていたか……?

 調教としての修行をしたいと申し出てきたんだっけ……。

 まあいい……。

 

 それはともかく、この奴隷宮の管理をさせる召使いの意味もある黄色チョーカーだったが、そこから、かなりの人数が調練を希望してきたようだ。

 サキとしては、よく考えれば、ロウは別段生娘であることにこだわりはないようだし、むしろ、ロウの愛人の中で、最初から生娘だった女の方が少ないくらいだ。

 また、年齢もロウにはこだわりもなさそうだ。

 だから、年増でも、見込みのある者を増やすのもいいと考え、調練の参加を許した。

 

 これが、先日からの「青チョーカー」だ。

 一方で、「黄色チョーカー」が召使いとして、いわゆる家事全体のことを行うことには変わりない。

 奴隷の序列としては、上から、赤、青、黄の順だろう。

 

 だが、こうやって見ていると、随分と青チョーカーが多い。

 細部は、横にいるラミダナたちに任せているが……。

 

「随分と、青チョーカーが多いな」

 

「サキ様に言われたので、希望する者は、青チョーカーとして調教を受ける機会は与えた。不甲斐ない場合は、黄色チョーカーにすぐに格下げするという条件でな。実際にやらせてみたら、手を抜く者はいないし、積極的だ。毎日青は増えていくし、今朝になってもまた増えた。制限する理由も格下げする理由もないので増えるばかりだ。だめだったか?」

 

 ラミダナは首を傾げた。

 妖魔なので、人族のように丁寧な言葉を使うほどの言語能力はない。

 ため口なのは、言語能力の低さを示すものであり、サキを軽んじているわけではない。

 

「別に構わん。奴隷宮の管理に支障がないのであればな。まあ、青チョーカーになれば、家事からは免除される。調教に耐えることができるなら、黄色チョーカーでいるよりは、青になって調教さえ我慢した方がましだろうさ」

 

 サキは笑った。

 だが、ラミダナが首を横に振った

 

「いや、違う。家事については、よくわからないが、赤チョーカーも交代でするようになった。調教時間には家事を行えないから、それ以外の時間で……。連中が勝手にそうしたことで、そうしたいなら、すればいいから好きなようにさせている」

 

「そうなのか?」

 

「そういう意味では、黄色が青になったところで、家事は免除されない。むしろ、いまは青チョーカーがほとんどになってしまったので、日中については、青チョーカーの全員が毎日調教を受けるのではなく、交代で、家事担当の日と、調教参加の日を作ってこなしている。逆に、むしろ、黄色チョーカー組は、実際には家事はしなくなっている。奴隷たちのリーダー的な何人かが黄色のままになっている体勢かな? よくわからんが、黄色が合流してから、あっという間にこうなった」

 

 ラミダナが記憶を思い起こすような素振りをしながら言った。

 しかし、サキはびっくりした。

 

「黄色は家事をせずに、青が交代で家事だと? 黄色チョーカーは、主殿の性奴隷候補ではなく、使い道のない女の意味なのだぞ。しかも、そいつらが令嬢どもを管理するのか──?」

 

 サキは声をあげた。

 ラミダナは、慌てたように姿勢を正した。

 

「なにか駄目なのなら、すぐに元に戻す。連中がそうしたいと言ってきて、そうしてもらえば、これからはもっと調教に熱を込めてやるということだから好きなようにさせた。その通り、連中は一生懸命にやっている。でも、サキ様が駄目だと言うなら戻す」

 

「駄目とは言わんが……」

 

 サキは腕組みをした。

 よくわからんが、ちょっと気を許したことで、随分と奇妙なことになったようだ。

 

「それに、黄色チョーカーとして残ったのは、人族の女では年配の組であり、そいつらに令嬢たちを管理させた方がうまくいくみたいなのです」

 

 ラミダナではない別の雌妖が言った。

 

「どういうことだ?」

 

 サキは言った。

 そのとき、午後の調教が終わることを示す合図の鐘の音が鳴り響いた。

 四個の場所で続けられていたそれぞれの「調教」が一斉に終わる。

 

「見ていればわかると思う……」

 

 ラミダナが小さな声で言った。

 すると、別の扉から青チョーカーを率いた黄色チョーカーの女が集団で入ってきた。

 青チョーカーも黄チョーカーも服を着ている。

 ただし、召使い用の服だが……。

 

「服も許したのか?」

 

 サキは声をあげた。

 ここに集めた連中については、徹底的に性奴隷としての自覚を促すために、調教時間には衣類を許さず、調教を受けることのない黄色チョーカーについては、その代償としてすべての時間を貞操帯のみで過ごすように命じたのだ。

 それがここで覆されている。

 

「そ、そうしたいというので……」

 

 ラミダナはばつが悪そうに言った。

 これは、サキの指示に明確に逆らう行為だ。

 ぶちのめしてやろうと思ったが、なにか理由もあるのだろうと思い直した。

 だから、わざわざ、サキにここに足を運んでくれと頼んできたのだろう。

 

「……理由は後で聞く……。わしの指示に逆らった理由が、つまらないものだったら、半殺しではすまんぞ」

 

 サキは小さな声で言った。

 ラミダナは蒼くなったが、一方でほっともしているみたいだ。

 

「よ、よかった……。とりあえず、見ていればわかるんだが、調教というだけのことだったら、その方が上手くいくのだ。実際にうまくいっている。黄色が混じってから、この連中の調教に対する意気込みがからりと変わった。だから、連中の自由を許した。でも、だんだんと不安になってきて……」

 

 ラミダナが言った。

 サキはラミダナの表情に、こいつは本当に悩んでいるのだということを思わせるものを感じた。

 考えてみれば、このラミダナは人族の言葉を上手に使うことには限界はあるが、思慮深く、勝手なことはしない。

 信頼もできる。

 だから、ここの管理を任せている。

 

 一方で目の前の令嬢たちだ。

 彼女たちについては、調教の疲労や快楽漬けで動けない者を外から来た青チョーカーが肩を貸し、全員が大広間の中心に集められつつある。

 調教を受けた女たちは床に座らせられ、疲れのひどい者などは青チョーカーの付き添いが肩を支えたりしている。

 

「魔道による傷の回復はさせないのか?」

 

 サキは訊ねた。

 本来であれば、調教のときに受けた鞭痕などは、調教の終わりとともに魔道で治療することになっている。

 しかし、見たところ、調教係に当たった妖魔は令嬢たちの集団の背後に立つだけで、魔道をかける様子はない。

 

「夜の自主修行があるのでな。治療はその後に申し出があった者から順番になる。最終的には、自主修行が終わってから全員の治療をして、翌日に残さないように処置をする」

 

 ラミダナが言った。

 自主修行──?

 なんだ、それ……?

 

 そうこうしているうちに、これまで調教を受けていた全員が広間の中央に集まったようだ。

 前には五人ほどの年配の貴婦人が令嬢たちに向かって立っている。全員が黄色チョーカーだ。

 これが、ラミダナが衣類の着用を許したリーダー的な黄色チョーカー組ということだろう。

 五人とも貞操帯はしているようだ。服越しだが、貞操帯の与える淫らな振動に苛まれているのは、眺めていればわかる。

 それだけは、ラミダナも勝手には外さなかったみたいだ。

 なら、まあいいか……。

 

「それでは今日の反省会を始めます。では、順番にあなたから、今日の調教の成果と、我ら天道様にお仕えするために、明日に努力することを言いましょう」

 

 喋ったのは前に立つ黄色チョーカー組であり、あれは公爵夫人か……?

 名は、フラントワーズだったような……。

 そして、フラントワーズに指名された令嬢が立ちあがった。

 赤チョーカーだ。

 

「はい、アドリーヌは今日の反省をします。今日は午前中も午後も、お尻踊りの調練をいたしました。踊りについては全員がきちんと合わせられるようになったと思いますが、天道様に見ていただいただけで、股間を大きくしていただけるほどのいやらしさには、まだ淫靡さが不足です。おそらく、わたしたちの色気が足りないのだと思います。これからのこととして、天道様のことを頭に思い浮かべるだけで、お股のお汁が垂れるような、もっと淫乱になることが必要と思っています。明日は朝の朝礼のときに、想像だけで達するのが目標です。そのために、夜の修行では親友のエミールとともに焦らし調教の調練をしたいと思います」

 

「いい心がけですね。あなたは、いまのところ、おそらく赤組の中の筆頭奴隷でしょう。皆様の見本となれるように、立派な淫女になってください。では次──」

 

「はい、エミールです、今日受けた調教は、先ほどのアドリーヌと同じです。わたしは、アドリーヌほど身体の感度の開発が進んでいません。それで、天道様に喜んでもらえるために、触られただけで達するような敏感な性奴隷を目指すためにもっと感度の開発をしたいです。それで、寸止め修行が感度開発に効果があるとお聞きしたので、アドリーヌと自主調教をしたいと思います。もしも、効果的な方法があるのであれば、できれば、ご教授願いたいのですが」

 

「そうですね。わたしもお教えしたいのですが、何分にも、わたしは、調教の修行の認められない皆さま以上に半端者の身であり、お答えできる知識を持ちません。後ろにおられる調教係様の方々で、具体的なやり方などを教えていただける方がおりましたら、迷える子羊たちのために、教えを願えませんでしょうか」

 

 フラントワーズが令嬢たちの後ろに立っている監督官の雌妖たちに呼びかけた。

 すると、一匹が口を開く。

 

「……おそらく個人差があると思うけど、あたしが知っているのは……」

 

 そいつが寸止め調教のやり方を喋り出す。

 ものすごく、真面目な口調だ。

 

 なんだ、なんだ、なんだ?

 なにが始まったのだ?

 そして、なにが起こったのだ?

 サキは目を丸くした。 



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489 破廉恥祭儀

 サキは唖然としていた。

 

 目の前では、ここに集めた大勢の女たちが集まり、今日の調教の反省会という奇妙な話し合いが続いている。

 指名をされたひとりひとりが、今日の調教の成果を口にし、これからどんな調教に励んで天道様、多分、ロウのことを言っているのだと思うが、そのロウに気に入られる淫女になるのかという目標を口にするのだ。それに対して、周りの者が助言や意見を言い合ったりする。

 そんな奇妙な集会が続いている。

 

「な、な、なんだこれ、お前たちがやらせているのか?」

 

 サキは小さな声で言った。

 この奴隷宮の管理を総括させているサキの眷属のひとりであるラミダナは首を横に振った。

 

「とんでもない。勝手にやりだしたのだ。集会だそうだ。連中は祭儀だと呼んでいるようだ」

 

「祭儀だと?」

 

 サキは人族の習慣に詳しいわけではないが、祭儀というのはスクルズのような巫女が務めている神殿で行う信仰のための儀式のことをいうはずだ。

 つまりは、これは連中の信仰の儀式だということか?

 

 後宮で拡がりつつあった奇妙な信心行為が、あっという間に、こっちの奴隷宮に影響を及ぼしたのだろうというのは間違いないが、これはなんとなくサキが目指していたものとは違うかなあと思ってしまった。

 このラミダナの物言いじゃないが、なにかおかしい。

 集めている令嬢どもは、ロウへの贈り物なのだが、こんなのをロウは喜んでくれるのだろうか。

 ちょっと不安になった、

 とにかく、その「祭儀」が続いている。

 

 中心にいるのは、さっきまでここで淫靡な調教を受けていた令嬢や貴婦人たちであり、当然ながら全員が全裸だ。

 ほとんどの者は、まだ身体が赤く上気して火照っており、肌にはべっとりと汗や涙や涎、あるいは、股間から垂れている愛液などがまとわりついていて、淫靡な香りも凄まじく、また、その裸体の上に生々しい鞭痕が残っている者が半数以上であり、妖魔であり同性のサキの眼で見ているだけでぞっとするほどに艶めかしい。

 裸体は、三十数名の赤チョーク組と同数程度の青チョーク組だ。

 

 その周りには、召使いの装束を身に着けている貴婦人たちが取り巻いていて、ほとんど全員が青チョークだ。この間まで、黄色チョークを着けさせていた者も多数いたはずだが、調教を受けることを条件に、ことごとく青に変わったようだ。

 この連中も、たまたま今日は家事をしていたが、明日には交代で調教を受けるのだろう。

 黄色チョーク組で調教を希望する者については、青チョークに変えて調教参加を許したとラミダナが言っていたが、どうやらほとんどの者が青チョークになっている。

 いまでも、かなりの人数が集まっているが、祭儀が続いているいまでも、家事を中断して参加しにきているのか、青チョークはまだまだ続々と部屋に入ってくる。

 集まる者に、黄色チョークはほとんどいない。

 

 結局、どうやら、残っている黄色チョークは、前に立つ公爵家のフラントワーズや、サキが夜会などで接したこともあるボードワール侯爵夫人など五人だけのようだ。

 この集団の中では年配にはなるのだろうが、まだ四十代か、かろうじて五十歳に届いているくらいであり、見た感じ、まだまだ女として瑞々しい感じだ。

 黄色チョークにはしているが、ロウは女の好みにはうるさい方ではないので、ああいう年増も気に入るかもしれないと思って、ここから追い出さなかった。

 基本的には、生娘集団の赤チョークが贈り物の本命だが、ここに残しているのは、どいつもこいつも、全て、ロウの性奴隷候補なのだ。

 

「……以上です」

 

 いま喋っていたのは青チョークで調教を受けていた女だが、彼女の番は終わったらしい。

 

「よい心掛けです。青チョークは天道様のお手はつかないかもしれませんが、天道様を想うことはできます……。天道様をお慕いすることそのものが、天界から戻って、わざわざわたしたちに言葉を残してくださったスクルズ様のお導きなのです。報いがなくても頑張りましょう」

 

 祭儀を進めている公爵夫人のフラントワーズが言った。

 青チョークの大半が大真面目に頷いている。

 また、フラントワーズは手に小さな小冊子を持っている。薄い本のようだが手作りのようだ。

 

 また、続いている祭儀において、反省の言葉を述べるのは、全員という感じではない。

 フラントワーズが適当に指名をして当てている。

 いまのところ赤チョーク組と青チョーク組が五人ずつくらい指名を受けている。

 

 次に指名されたのは、赤チョークの若い令嬢だ。

 サキも記憶しているがエリザベスという公爵家の娘だ。

 公爵家を潰したとき、女はことごとく全裸にして荷駄馬車に載せて、ここに連れてきたが、小生意気にもサキにくってかかってきて、張り飛ばしたのを覚えている。

 しばらく見ていなかったが、かなり大人しくなっている感じだ。

 

「ア、アンジュ―公爵家のエ、エリザベスです……。きょ、今日は青チョークの皆様と……しょ、触手の池で感度の開発をしました……。わ、わたくしは赤チョークとしては、か、身体の淫らさが足りないので……」

 

 そのエリザベスが立ちあがった。

 足元がふらついている。

 どうやら、調教のための触手の池に浸かりすぎ、全身が脱力しているらしい。息も荒いし、立つのもかなりつらそうだ。

 そのとき、前にいる黄色チョークのうちの比較的若い女が口を開いた。

 若いといっても四十歳くらいだが、エリザベスの母親だ。

 名はマリアのはずだ。

 まあ、だが、さすがは公爵家だろう。平素から身体の手入れに怠りないようであり、まだまだ女として十分に価値がある身体と見た目をしている。

 それはともかく、そのマリアが口を挟んだ。

 

「エリザベス、家名を名乗るのはやめなさい。すでにアンジュー公爵家はありません。いずれにしても、ここにいるのは、すべて天道様にお仕えするために集められた女として平等なのです……。身分をひけらかすような真似はやめるのです」

 

 そのマリアが厳しい口調で言った。

 エリザベスははっとしたような表情になる。

 

「そ、そんなつもりは、お母様……。あ、あの、癖になっていて……。もうしわけありません、皆さま……。改めて、エリザベスです……。きょ、今日は身体の開発をしました。み、皆さまに追いつているかどうかはわかりませんが……、あ、明日からも頑張りたいと思います」

 

 エリザベスは座ろうとした。

 しかし、マリアがそれを阻んだ。

 

「まだです。待ちなさい、エリザベス──。お前は自分が口にしたとおりに、まだ未熟です。夜の自主調教はどうするのです──」

 

「で、でも、お母様、もうわたくしは身体がくたくたで……」

 

 エリザベスが泣きそうな顔で言った。

 

「いいわけはやめなさい。それは全員が同じです──。それでも天道様にお仕えするために全員が努力しているのです。お前は人一倍励まなければならないのに……」

 

「まあ、お待ちください、マリア様……」

 そのとき、フラントワーズが口を挟んだ。

「……娘だから厳しくしたい気持ちはわかりますが、過度に身内に厳しいのも、逆に身内びいきというものです」

 

「申し訳ありません、フラントワーズ様……」

 

 マリアが頭をさげた。

 一方で、まだ立ったままのエリザベスは余程に疲労困憊しているのだろう。内股になり、腿を擦り寄せるようにしている脚の膝が少し震えている。

 見ていると、股間から垂れている愛液が足の指まで垂れている。

 まだまだ、かなりの淫情状態らしい。

 

 それにしても、なんなんだ、この茶番劇は……。

 いや、茶番ではない。

 この連中はどこまでも真剣だ。

 それが伝わってくるだけに、ちょっと怖い。

 人族の信仰というものに触れるのは初めてがだ、これがそれなのか?

 ラミダナが怖いと言うのはよく理解できた。

 それにしても、先日奴隷宮に、死んだはずのスクルズがのこのことここに現れたことから端を発して生まれた奇妙な信仰もどきは、もの凄い勢いでこちら側の奴隷宮を席巻してしまったらしい。

 

 最初に信仰もどきに染まった連中については、スクルズが無意識で発したらしい光魔道が、ここで虐げられていた者の一部に心の底からの幸福感を呼び起こしてしまい、それがスクルズが生き返ったと誤認したことによる「奇跡」に接したことから、なぜか連中に不思議な信仰心を芽生えさせてしまった。

 

 また、スクルズは、向こうで貞操帯による焦らし責めで四六時中苦しむ者のために、触れれば快感が発散できるというディルドを置き土産に残していったのだが、それが必要だった向こうの連中は、焦らし調教の苦しさから逃れるために、進んでその信仰に参加もした。

 いま前に立っているフラントワーズが、スクルズの残したディルドに触って焦らし責めの苦しさから逃れて快感を得るためには、信仰に参加することを条件にしたからだ。

 それで、向こうではあっという間に信仰もどきが広まった。

 

 それは知っている。

 

 その連中をここに混ぜたので布教活動をしたのだろうが、まだ数日だ。

 ここまで影響を与えるか?

 

「……いや、これは……?」

 

 しかし、サキはあるものに気がついて、思わず呟いた。

 気がついたのは、集まっている連中の全員になんらかの魔道の影響が見えることだ。

 これはスクルズの発した光魔道か……?

 

「なにか言ったか、サキ様?」

 

 ラミダナがサキに視線を向ける。

 サキは「なんでもない」と首を横に振ったが、じっと連中を観察してみた。

 いや、確かに連中にはなにかの魔道の影がある……。

 間違いない……。

 そんなに強い魔道ではないが、それがこの連中を極端に信心深い状態にしている?

 

 この全員に薄く拡がっている魔道の痕跡のようなものはなんだろう?

 もしかしたら、前にいる連中が、その「信仰」を拡散するために魔道を拡げている?

 サキは訝しんだ。

 

 しかし、感じるのは洗脳魔道のような闇魔道ではない。

 もっと違うものだ。

 むしろ、光魔道……。

 また、スクルズか?

 

 いずれにせよ、それがなにかはわからないが、一体感というか、心の共有を促進するという感じの魔道に思える……。

 だが、人間族の貴族の連中に魔道を嗜む者が多いのは知っているが、この宮殿内の敷地では限られた者以外は魔道を遣えない。

 だから、洗脳魔道も効果を持つわけがないのだが……。

 とにかく、もう少し観察してみようと、サキは目の前の祭儀に集中した。

 

 祭儀ではまだエリザベスの「反省の言葉」というのが続いていて、そいつがひとりで立っている。

 

「あ、あのう……」

 

 そのとき、ほかの令嬢が手をあげた。

 最初に反省を述べたアドリーヌといかいう令嬢である。

 令嬢の中でも、清楚な雰囲気がする美少女であり、サキが最初から目をつけている娘だ。 

 

「なんでしょう、アドリーヌ?」

 

 フラントワーズがアドリーヌを指名した。

 

「エルザべス様に限らず、夜の自主調教は、どうしても体力的につらい者もおります。それは仕方がないと思うのです……。だから、天道様にお仕えするために女を磨くためになる別のことをしてはどうかと……」

 

「別のこと?」

 

 マリアが口を挟んだ。

 

「はい──。あ、あの、わたしは以前からエリザベス様がとてもお綺麗でお美しく、特に身のこなしや衣装の着こなし、女性らしい仕草が素晴らしいと思っていました。調教によって淫らさを身に着けるのも大切ですが、天道様に気に入っていただけるには、そのような外見の美しさや優雅さも必要かと……。だから、夜の自主調教がお辛い方は、その代わりに、天道様に気に入ってもらえる身のこなしや着飾り方、化粧の仕方などの勉強会をしてはどうかと……」

 

「なるほど」

 

 フラントワーズが声をあげた。

 

「女の外見を磨く勉強会──。それはいいですね。エリザベス、お前はそういうものが得意でしょう。若い組の者にそれを教えなさい。それだけでなく、天道様にその気になっていもらえるようないやらしい服の脱ぎ方なども研究しなさい。それなら、体力がなくてもできますね。明日、今夜研究したことを発表するとともに、いやらしい脱衣も披露なさい。それをもって、自主調教に変えるといいでしょう」

 

 フラントワーズが続けて言った。

 エリザベスはほっとした表情になった。

 

「わかりました。では、まずはわたくしとともに、触手調教を受けた赤チョークの者と一緒に研究会をします。ほかにも希望する方がおられればどうぞ……」

 

 エリザベスがしゃがむ。

 そのとき、助け船を出してくれたアドリーヌに、お礼をするように小さな会釈をした。

 

「……では、全体反省会についてはこれで終わります。発表しなかった者についても、夕食前の各組ごとの話し合いのときに、ほかの者に今日の成果と明日の目標について披露することにしなさい。毎日の切磋琢磨──。これが天道様にお仕えする者の務めです。では、続いて祭典に入りましょう。マリア……」

 

 フラントワーズがマリアに呼びかけた。

 マリアが集団の隅にいた青チョークに合図をする。

 彼女たちが数名、広間の外に出ていく。

 なにかが、また始まるようだ。

 サキはラミダナに視線を向けた。

 

「この連中はいつから、これを?」

 

「サキ様が後宮から黄色チョークの集団をこっちに寄越してすぐだ。なんか勝手に始めだして。やめさせる理由もないから放っているけど、だんだんと変な感じになっていくし、なんだか狂気じみているだろう? サキ様、人族というのはこういうのが普通なのか?」

 

「そんなわけないだろう」

 

 サキは吐き捨てた。

 すると、ラミダナが溜息をついた。

 

「そうか……。この数日は調教のときの様子も変わってきてな……。以前とは異なり、鞭打ちや電撃をありがたそうにするのだ。天道様にお仕えするための修行だといってな……。ちょっと怖いぞ」

 

「そうだろうさ」

 

 サキは言った。

 だが、サキも困惑している。

 こんな風になるのはまったくの予想外だったのだ。

 この奇妙な光景をロウが目の当たりにしたらどうなるのか……。

 せっかくのロウの贈り物なのに、ロウもまた奇妙だと思ってしまったら、ロウに褒めてもらうというサキの思惑が水の泡になるのだが……。

 

「……それにしても、さっきから天道様と呼んでいるのは、主殿(しゅどの)のことなのだろうな」

 

「サキ様があの連中に、ロウ様にお仕えするのだと教えると、何人かがそう呼び始めて、あっという間に正式の呼び方になったみたいだ。あたしも知らないけど、古い言葉で“天道様”というのは、“クロノス”という意味があるらしいな」

 

「へえ……」

 

 サキは言った。

 

 そのとき、広間の外からさっき出ていった数名の青チョークの女たちが、小さな車の付いた台車二台を運んできた。

 いずれも真っ赤な布が置いてあり、ひとつは以前サキも見たスクルズの木彫りの人形が置いてある。そのスクルズ人形の横に新しい像があるが、ここからは遠くてわからないものの、あれはロウの彫像に見える。

 また、もうひとつの台の赤い布の上にもなにかが置いてあり、その上に白い布が被せてある。

 間違いなく“あれ”だろう。

 それにしても、今度はなんだ?

 

 その祭壇のようなものが運ばれると、フラントワーズがずっと手元に持っていた小さな冊子を開いた。

 それを合図にするように、後ろで立っていた調教係の雌妖たちが集団の後ろに加わる。

 サキは首を傾げた。

 調教をする者と受ける者がああやって一緒に並んで座るというのに、奇妙さを覚えたのだ。

 

「……調教係の雌妖たちは昨日くらいから、ああやって集会に参加するようになったのだ……。駄目だという理由もないし……」

 

 ラミダナが困ったように言った。

 

「なんだと?」

 

 サキは両眉をあげた。

 そのとき、フラントワーズの声が広間に鳴り響いた。

 

「……では、今日も天道様の行われた奇跡について勉強しましょう。これは、冒険者ギルドに出資もしておられたランジール夫人からのご提供の情報です……。天道様がこの王都にやって来られてすぐのことです──。天道様はこの王都の地下水路に巣食う大ラットを操り、何百匹も一度に退治するという奇跡を行われました。そのときの話です……。では、教典を朗読します……」

 

 フラントワーズがずっと手に持っていた冊子を開いた。

 その瞬間、その冊子からなにかの不思議な力が目の前の令嬢や貴婦人たちに注がれたような気がした。

 

「あっ、これは──」

 

 サキははっとした。



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490 天道(てんどう)様のために

 サキははっとした。

 一方で、連中の祭儀とやらの中で、いま運ばれてきた小冊子の朗読が始まっている。

 

「……天道(てんどう)様は導きにより、ハロンドールの王都に着かれました。地下水道に入ると、凶暴な猛鼠(もうそ)が天道様を襲いました。天道様が手をかざされると白い光が発せられて、猛鼠たちは天道様を襲うことができなくなり、さらに……」

 

 フラントワーズが手に持っていた小冊子を朗読し始めると、全員が一斉に両手を胸の前で握り頭をさげる動作をした。

 令嬢や貴婦人たちだけでなく、集団の後ろ側に跪いた調教係の雌妖たちもだ。

 

 それはともかく、サキが驚いたのは、フラントワーズの朗読とともに、フラントワーズが開いた小冊子から、薄っすらとした霧のように微かな魔道が拡がり始めたことだ。

 さらに全員がうっとりと満足そうな表情になり、集会に穏やかな雰囲気が作られたみたいになった。

 

「これは……」

 

 サキが思わず身を乗り出した。

 これは、「言霊(ことだま)」か……。

 彼女たちをして、非常に信じやすくさせている正体がわかったのだ。

 

 強い魔道でもないし、危険なものでもないが、あれは言霊に違いなかった。

 つまりは、ごくまれにだが、特に強い能力を持った者が魂を込めて発した言葉には、その発した言葉そのものや、それを記した文字に、魔道のような力が宿ることがある。そして、その言葉が現実の事象に影響を与えるのだ。

 それが言霊だ。

 どうやら、最初に女たちに感じたスクルズの光魔道の影のようなものも、この言霊だったらしい。

 

 身じろぎひとつする者はなく、広間にフラントワーズの言葉だけが響いている。

 しかし、朗読しているフラントワーズが時々不自然に言葉に詰まることがある。

 それが変化らしい変化だ。

 多分、あれはフラントワーズが装着している貞操帯が振動をしたのだろう。

 なんでもない風を装っているが、フラントワーズたちがしている貞操帯は、いまは無秩序に強弱をつけた振動を時々発生するようにしており、ずっと淫らな刺激をフラントワーズも受け続けているはずだ。

 

 そういえば、ほかの黄色チョーク組も時折、微かだが身体を反応させる仕草をしている気がする。

 もっとも、注意していないとわからないくらいの反応だ。我慢しているのだろう。

 ともかく、朗読は静かに続いており、サキは、さらに言霊に意識を集中した。

 

 言霊の力には様々なものがあるが、あの小冊子の朗読によって漂い始めた言霊は、意思に反して思考を変質させるというような悪影響を及ぼす洗脳効果はない。だが、緩やかであるが洗脳効果には違いない。

 フラントワーズが朗読している言葉をずっと聞いていると、それを心から受け入れるような穏やかにさせる効果が発生するようだ。

 それだけでなく、ある種の催眠効果も加わり、幸福感に包まれて、読まれている言葉を無条件に受け入れるような気持ちになると思う。

 そういうものが、あの言霊にある。 

 

 あれが連中をこんな状態にしているのか……。

 

 それだけじゃないが、かなりの影響を及ぼしているのは間違いない。

 また、調教係の連中が集会に加わりだしたのも、これが原因だろう。

 言霊の影響を受けたのだ。

 

 しかし、フラントワーズがあの小冊子に込められている力に気づいているかどうかは不明だ。

 言霊は、意図的に作るものではなく、強い能力が持った者が強い言葉を発したり、強い意思を持って文字を書いたときに勝手に作られるものである。

 また、言霊は非常に自然に事象に溶け込むので、普通は言霊の存在には気がつかない。

 サキほどの能力があるから、わかっただけだ。

 

 それにしても、あれをどうするかだな。

 放っておいてもいいが……。

 害はないし……。

 

 ロウに背くような行為をするならともかく、あれはその逆だ。

 この祭儀とかいう集会を続けさせ、毎日あの言霊を浴びさせ続ければ、こいつらは心の底からのロウに対する信者になるだろう。

 すでにそうなっている。

 

 しかし、問題はロウがそのような洗脳状態ともいえる性奴隷たちを受け入れるかどうかだ。

 その気になれば、この世のすべての女や雌を支配するほどの力を持っているにもかかわらず、ロウが女の意思に反して、自分に従わせるのを非常に嫌っているのは知っている。

 支配に置いているエリカたちからして、身体の支配はするくせに、心の従属は最小限度の状態だ。

 サキに対してもそうだ。

 淫魔術や真名の支配を受けているものの、その支配は穏やかだ。

 もはや逆らう気持ちもないが、おそらく、やろうと思えば、サキはロウに対して自由意志をもって攻撃することもできると思う。

 ロウがしているのは、その程度の支配だ。

 

 やはり、取りあげるべきかな……。 

 サキはそう思った。

 

「ラミダナ、フラントワーズが読んでいるものを聞いていて、なにか感じるか? あそこに加わりたくなるとか」

 

 訊ねた。

 ラミダナは首を傾げた。

 

「穏やかな気持ちにはなるかな。しかし、加わりたいとは思わん。どうかしたのか、サキ様?」

 

 ラミダナは答えた。

 どうやら、ラミダナには効果はないようだ。

 もちろん、サキには効果はない。

 あの程度の言霊であれば、高位能力の妖魔には影響などない。人族の高い能力者でも同様だ。ラミダナもそこそこの妖魔なので問題はないのだろう。

 そもそも、ラミダナは人族の言葉がもともと苦手で、言霊の影響があるほどに言葉を操れない。

 言霊というのは、そもそも、その言葉を理解できるものでなければ、影響などないからだ。

 

「お前たちはどうだ?」

 

 サキは一緒にいる他のふたりにも訊ねた。

 

「と、とてもいい気持ちになります。涙が出るような……」

 

「心がすっとします、サキ様」

 

 二匹が言った。

 この二匹はかなり影響を受けている。

 見たところ、そわそわしているし、サキが許せば、このまま集会に参加してしまうような気配だ。

 おそらく、そうやって調教係の妖魔たちも取り込まれたのだろう。

 まあ、サキが集めた眷属の雌妖たちは、その気になればロウが犯してもいいくらいの気量よしであり、これからロウのために役に立ちそうな能力ものを選定したつもりだ。

 「ロウ教」ともいえるような、目の前の狂信者集団に加わってもらって、なんの支障はないのだが……。

 

 いずれにしても、言霊に加わっている魔道の波動は間違いなくスクルズのものだ。

 もっとも、もはや、スクルズだけでなく、あそこにいる連中の魔道と思われるほかの波動も感じる。言霊が重ねかけされているのだ。

 だが、間違いなく、根っこはスクルズだ。

 

 そもそも、最初にフラントワーズたちが熱心な信仰もどきになった切っ掛けはあれだ。

 やっと、わかった。

 

 サキが、連中が薄っすらとした光魔道を帯びているなと思ったのは、その正体は言霊だったのだ。

 つまりは、スクルズがここにやって来たとき、スクルズはあまりにも熱意を込めてロウのことを語ってしまい、おそらく、本人は無意識だと思うが、その言葉に言霊がかかった……。

 それが、死んだはずのスクルズが復活した奇跡と思い込んだフラントワーズたちが、信仰のようなものにすり替えた。

 さらに、この宮廷内では魔道が遣えないとはいえ、そもそも、フラントワーズをはじめ、貴族女の大半は大なり小なり、魔道が扱える者が半分以上だ。

 スクルズの言葉を信仰に変えてしまったフラントワーズたちもまた、あまりにも熱心に信じたばかりに、自らの言葉に、無意識に言霊を込めてしまった。

 それが何重にも重なり、あの小冊子ができあがったに違いない。

 

「あの小冊子になにかあるのか、サキ様?」

 

 ラミダナがサキに訝しむような表情を向ける。

 

「ふむ……。どうやら、あのフラントワーズが読んでいる小冊子には、軽い“魅了術”がかかっているな」

 

 言霊というのが珍しい現象なので、サキはわかりやすく「魅了術」という言葉を選んだ。

 

「魅了?」

 

「わしやお前ほどの能力があれば影響はない。しかし、魔道を遣えない者や低い者には影響がある。あの狂信者集団に取り込まれたくなるような……」

 

 サキの言葉にラミダナがびっくりしている。

 だが、ほかの二匹はサキの言葉を耳にしても、それほどに気にした様子はない。

 それどころか、いまでもうっとりとした顔で、フラントワーズの読みあげる朗読を聞いている。

 これが言霊か……。

 サキは思った。

 

 それにしても、またしてもスクルズか……。

 元はといえば、あいつが自分の喋った言葉に言霊を込めてしまったから、目の前の異常集団ができあがったのだ。

 サキは舌打ちした。

 

「そもそも、あの小冊子はなんだ?」

 

 ラミダナに視線を向ける。

 

「連中が手書きで作ったものだ。材料は渡した。教典だそうだ。いまでも一生懸命に暇なときに書き写して増やしている。もうかなりの者が持ってるんじゃないか」

 

「複製だと? 持ってるか?」

 

「おう、持っている。連中が一生懸命に手書きで複製しているから危険なものじゃないかどうか確かめるために、複製のひとつを取りあげたのだ。だが、危険なものだったのか……。気がつかなかった。あたしは人族の文字は読めんし……。ところで、すぐにやめさせないでいいのか、サキ様?」

 

 ラミダナは口惜しそうな顔をした。

 そして、収納魔道により、小さな紙の綴りを出す。

 サキはそれを受け取った。

 

「いや、危険なものではない。わし自身も、あのまま続けさせるか、やめさせるべきか迷っておる。実害はないのだ」

 

 実害はない。

 あの言霊は、ロウを心から慕う気持ちと、喜んで性奴隷になるという感情をどんどんと増幅させるだけだ。

 それに、もともとそれに近い感情がなければ、自分の意思に反して、あの集団に入ろうという気持ちにはならない。

 言霊が人の感情に影響を与えるのはその程度だ。

 

「中身は主殿(しゅどの)の奇跡か……」

 

 ちょっと目を通してみると、これまでのロウの王都における活躍を「奇跡行為」と神格化して、ここに綴られている。

 おそらく、ここにいる連中がロウの業績を思い出して集め、それを誰かが文字にしたのだ。

 ロウもなんだかんだで、冒険者として有名人だし、冒険者上がりでいきなり子爵の爵位を受けただけでなく、王妃アネルザや王太女イザベラと昵懇であることは貴族界ではよく知られていたので、貴族たちは一生懸命にひそかにロウの情報を集めまくっていた。

 だから、ロウの噂や行動について、ここで集めることも難しくはなかっただろう。

 

 それにしても、時系列はばらばらだが様々なロウの行動が「奇跡」として記されている。

 

 軍隊でも取り押さえられなかった冒険者ギルドに現れた悪霊を一瞬にして退治した奇跡──。

 これはよく知らないが、クライドとかいう悪党をロウが殺したときの話か?

 

 悪意に染まった者がロウに接することで、たちまちに改心して許しを乞いた奇跡──。

 これは知らんな。

 改心したのは悪女と書いてあるから、淫魔術で女をたらしこんだ話か? 相手は悪役貴婦人とか、悪役貴公子とあるな……。

 

 また、ロウに従わなかったキシダインが雷に打たれて死んだのも、ロウの奇跡と書いてある。

 

 いま読んでいる大ラット退治も猛獣を自在に従わせる奇跡だそうだ。

 

 さらに、各地に拡がる魔獣や魔物を手もなく退治したり、特異点という空間のほころびを簡単に消滅させることもできると記してある。まあ、あれはクグルスに手伝わせたことのはずだが……。

 

 んっ?

 スクルズのことも書いてある。

 

 悪霊に取りつかれたが、ロウによって救われ、さらにロウに信心したことで魔道の能力が飛躍的に向上したことも奇跡として書いている。

 ロウの淫魔術による能力向上のことのようだが、スクルズが喋ったのか?

 もちろん、死んだスクルズが復活したのも、ロウの起こした奇跡だと記述されている。

 

「なるほどなあ……」

 

 サキは苦笑した。

 こうやって整理されて書かれると、確かにロウが奇跡を次々に起こしている「現人神(あらひとがみ)」だと信じたくなるな。

 いずれにしても、これは複製らしいが、こっちには言霊は宿っていない。

 複製には言霊はこもらなかったみたいだ。

 

「これはもらうぞ、ラミダナ」

 

「は、はい」

 

 ラミダナが頷いた。

 サキは小冊子を収納術で格納する。

 

 視線を集会に戻す。

 ちょうど朗読が終わったみたいだ。

 

「では、交わりの儀に入ります」

 

 フラントワーズが言った。

 黄色チョークのひとりが小さな祭壇の片側にある白い布を剥ぐ。

 現われたのは、スクルズが残していった真っ黒い男性器のディルドだ。

 触ればたちまちに絶頂に陥るというとんでもない淫具だ。

 サキは、うっかりとあれに触れて、フラントワーズたちの前で失禁してしまった醜態を思い出してしまい、顔が赤らむのを感じた。

 

 また、交わりの儀だとフラントワーズが宣言したことで、静かだった集会が一斉にざわめいた。

 女たちがそわそわと落ち着かない感じになっている。

 しかし、困惑しているとか、そういうものではない。

 なにか、嬉しいことが始まるので、それが待ち遠しいという感じだ。

 誰も彼も、笑顔になっている。

 

「触り過ぎないようにしてください。節度を守ってください、皆さん。触るのは一瞬です。天道様から与えられるはずの幸福感の片鱗をこれで感じましょう。本物の天道様はこの数十倍もの幸せをわたしたちに与えてくださるのです」

 

 マリアが大きな声で言った。

 それを合図にして、全員が音楽を口ずさみだした。

 歌ではなく、曲だけだ。

 スクルズの神殿長就任式のときの式典でも使われていた曲だと思った。

 それを歌抜きで曲だけ口ずさんでいる。

 

「……では前の列から……」

 

 フラントワーズが声をかけると最前列の令嬢や貴婦人が一斉に立ちあがった。行列を作ったまま、ディルドがある台車に並んでいく。そのあいだも、全員による歌は続いている。

 

 なにが始まるのだろうかと思ったら、列の最初の女──服を着た青チョークの若い貴婦人だが、そいつがディルドに手を伸ばして触る。

 

「あふうううっ」

 

 次の瞬間、その女がその場に崩れ落ちた。

 あっという間に絶頂してしまって腰が抜けたのだ。

 

「さあ、場所を外して……」

 

 マリアとほかの黄色チョークが手を貸して、そいつを横にどける。

 次の女がディルドに触り、そいつもまた、嬌声をあげて崩れ落ちた。

 

 なんだ、あれ……。

 さすがにサキはどん引きした。

 

 ああやって順に触り、ひとりひとり絶頂するのが「交わりの儀」らしい……。

 これを音楽の口ずさみとともに、全員が回るまでするようだ。

 とにかく、全部が終わるまで待つことにした。

 フラントワーズとは話をしないとならないが、まあ、終わってからでいい。

 

 そして、奇妙な儀式が続いていく。

 令嬢と貴婦人がひとりひとり絶頂をして崩れ落ち、すぐにどかされて次の女になり、ということが果てしなく繰り返される。

 しゃがみ込む女はすぐにどかされるし、詰まるような感じになったら、次の女が触りやすいように台車をちょっと移動させたりして、案外に整斉と続いていく。

 

「ああ、気持ちよさそう……」

 

 そのときだった。

 ラミダナの横の雌妖が思わずという感じで口ずさむのが聞こえた。

 視線を向けると、顔が上気して真っ赤であり、おそらく無意識であろうが腿を擦りわせるような仕草をしている。

 サキは嘆息した。

 

 しばらく、「交わりの儀」が続いていたが、ひとりの背の高い女のときに、その女が躊躇したように身体を硬直させるのが見えた。

 いままで、誰ひとりとしてディルドに触るのを躊躇う者がいなかったので、なんとなく注目してしまった。

 

「大丈夫です、ベアトリーチェ様……。皆さまも笑いませんし、そのときには、わたしたちも、お手伝いしますから……」

 

 後ろから声をかけたのは、あのアドリーヌだ。

 そして、サキはディルドに触るのを躊躇った背の高い美女が何者かを思い出した。

 少し前にサキがここにいる全員の前で半殺しにした雌妖の意地悪で、繰り返し尿意拷問を受けていた騎士だ。

 そういえば、ベアトリーチェという名前だったか……。

 

「あ、ありがと、アドリーヌ……」

 

 ベアトリーチェがやっとディルドに触れた。

 

「あふううっ、んんんんっ」

 

 ベアトリーチェががくりと膝を折った。

 だが、しゃがみ込みはしなかった。

 しかし、身体をぶるぶると震わせて、首をのけ反らすような仕草をしており、ベアトリーチェが絶頂感に見舞われたのは明白だ。

 すぐに後ろのアドリーヌがディルドに触れる。

 

「あはああっ」

 

 彼女が股間に両手を当ててしゃがみ込んだ。

 

「ああ、また……。もう、いやだああっ」

 

 そのときだった。

 アドリーヌの前に絶頂をしたベアトリーチェがその場で失禁を始めたのだ。

 じょろじょろと彼女の足元に、彼女がしたおしっこの水たまりが拡がっている。

 

「だ、大丈夫です……。い、行きましょう、ベアトリーチェ様。ど、どうか手を……。エミール、ここをお願いね」

 

 アドリーヌがベアトリーチェを抱え込む。

 すでに放尿は止まっているが、彼女を外に連れ出す気配だ。

 また、エミールと呼ばれたのは、アドリーヌの後ろに並んでいたやはり、赤チョークの令嬢だ。

 絶頂をしてしゃがんでいたが、すぐに立ちあがって布を青チョークの召使い姿の貴婦人から受け取って床を拭きだした。

 そのあいだに、ベアトリーチェとアドリーヌは広間から出ていく。

 

 なんだったのだ、あれは……?

 

 そして、すぐにさっきのちょっとした騒動などなかったように、交わりの儀が続きだした。

 やがて、妖魔たちの番になり、同じように絶頂して崩れ倒れる。

 雌妖たちも恍惚として幸福そのものの顔になっている。

 

「……では、テルミナ様から……」

 

 マリアが声をかけた。

 黄色チョークの番のようだ。

 ほかの女たちはすでに終わって、前と同じように床に座って並んでいる。

 

「あああっ」

 

 テルミナと呼ばれた女が崩れる。

 そのときに、服の下でちりんちりんという鈴の音がした。

 服は許されたようだが、股間の貞操帯と乳首に結びつけさせている鈴はそのままのようだ。

 まあ、あれは両方ともサキの魔道であるので、いずれもサキの許可がなければ外せない。

 外せるのはサキが許可した厠の時間のときだけだ。

 身体の手入れもその時間内にするしかない。

 いまでもそうしているのだろう。

 

 それにしても、黄色チョークの連中は平然としていたものの、集会のあいだも貞操帯の淫靡な振動はずっと続いていたはずだ。

 あれだけ表に出さないのは、あれはあれで、かなりの精神力を必要だと思う。

 まあ、身体が慣れてきたというよりは、淫具に苛まれていることを隠すことができるようになったということだろう。

 

「そういえば、青チョークに変わった黄色チョークの連中のしていた貞操帯はどうした? 外したのか?」

 

 思い出して訊ねた。

 青チョークにしたといっても、もともとは黄色チョークだ。

 青に移動した黄色組の貞操帯の扱いは、このラミダナに一任している。着脱の操作も、チョークを青に変えた時点で、ラミダナで自在にできるようにしていた。

 

「調教に参加するときには外させている。だが、調教に参加しない女は全員が装着している。別に抵抗はしない。服を着るように全員が素直に自ら身につける。そして、貞操帯の刺激に耐えるのも、連中にとっては修行らしい。身体は感じていても、表には出さない……。それも、天道様に仕えるための大切なことだと言っていたかな」

 

 ラミダナが言った。

 

「なんでも修行なのだな」

 

 サキは半分呆れて言った。

 一方で、交わりの儀が最後のフラントワーズの番になっている。

 

「くうっ、んふうっ」

 

 フラントワーズはがくりと膝を折ったものの、ほかの女に比べれば、ずっと反応は小さかった。それでも、フラントワーズが絶頂をしたのは間違いない。

 マリアがフラントワーズの背中を支えるような仕草をした。

 だが、フラントワーズはそれを断り、自分の足ですぐに真っ直ぐになる。

 

「はあ、はあ、はあ……。そ、それではこれで今日の祭儀を終わります……。皆さま、これからも天道様にために励みましょう。スクルズ様の言葉を心から信じるのです。わたしたちの幸せはその先にあります……。では、お祈りを……」

 

 全員が胸の前で手を組む。

 

「わたしたちは天道様のしもべです……」

 

「天道様のために……」

 

「天道様のお求めになる淫らな性奴隷になりましょう……」

 

 全員が同時に言った。

 これで終わりらしい。

 散会になった。

 

 サキはフラントワーズを呼び出そうとして声をあげようとしたが、ふと見ると、すでにフラントワーズは大勢の女に囲まれて話をする態勢になっている。

 

 また、サキの前にも、令嬢がふたりほどやって来た。

 さっきのベアトリーチェとアドリーヌだ。

 まだ服は着ておらず、裸だ。

 ふたりとも、手で身体を隠すようにしている。

 しかし、ベアトリーチェについては、布のようなものを股間に巻いている。

 

 おしめか……?

 サキは首を傾げた。

 

「あ、あのう、サキ様──。こちらから話かける無礼をお許しください。でも、どうしてもお礼を言いたくて……」

 

 アドリーヌが口を開いた。

 お礼?

 なにか、こいつに直接礼を言われることをしたかな……?

 

「礼とはなんだ?」

 

 サキはアドリーヌを見た。

 

「三角木馬です。あのような修行のものを与えてくださって感謝します。わたし、あの四台の木馬を管理する係になったんです。それで代表してお礼を申したくて」

 

 アドリーヌが丁寧に頭を深々とさげた。

 だが、三角木馬のお礼だと……?

 

 そういえば、少し前に、家族から嘆願書をしつこく王家に送りつけてくる令嬢と貴婦人を四人ほど選んで、嘆願書を口に咥えさせて、三角木馬に長い時間乗せてやって苦しめたことがある。

 しつこく嘆願書を送る貴族家への見せしめとして、拷問をしている姿を映録球で記録し、テレーズの名で、当該家族だけでなく、王都の全貴族に送りつけてやったのだ。

 そういえば、その四人の中に、このアドリーヌが入っていたな。

 与えたというよりは、あれからほったらかしにしていだけだが、あれをなにかに使うことにしたのか?

 多分、あの教典から流れる言霊による洗脳の影響だと思うが、それについて礼を言われるのか?

 

「お前は馬鹿か? それは、わしへの当てこすりか? 女官長と陛下の命令とはいえ、あのような仕打ちをしたのはわしだぞ。しかも、お前が全裸で木馬を跨がされて苦しむ姿は全貴族家に送られた。もはや、貴族としては生きていけまい。そのような仕打ちをしたわしに礼を言うのか?」

 

 面倒くさい。

 寵姫の真似事はやめだ。口調は元に戻す。

 

「構いません──。お父様たちには申し訳ありませんが、わたしはもう天道様への信仰とともに生きていくつもりですので……。それよりも、三角木馬はいい修行の道具です。苦痛の中から快感を見つける修行に本当に役に立っています。自主調教のときに、みんなで交代で使っております。いいものをありがとうございました」

 

「はあ……」

 

 サキはもう頷くしかなかった。

 

「わ、わたしからもお礼を……。先日は助けてもらってありがとうございます、サキ様」

 

 今度は、ベアトリーチェが頭をさげた。

 こっちは、先日こいつに意地の悪い尿意拷問を繰り返していた雌妖を半殺しにして、追い出したことについての礼だろう。

 

「それはいい……。だが、それよりも、その腰につけているのは、おしめか? ただの下着ではないな」

 

 サキは気になって訊ねた。

 すると、ベアトリーチェが真っ赤になり、ちょっと悲しそうな表情になる。

 

「え、ええ……は、はい……。お、おしめです……。そ、その……。た、助けてはいただいたのですが、そ、そのう……。おもらし体質になったというか……。ちょっとしたことで、すぐに漏らしてしまうのです。治療術でも治らなくて、心の問題だとは、みんなに言われているのですが……」

 

 ベアトリーチェが意気消沈したような顔になる。

 そういえば、さっき絶頂のときに失禁したな。

 だから、触るのを躊躇ったような仕草になったのか……。

 おそらく、あまりにも繰り返し限界を越える尿意を我慢させられ、さらに失禁を繰り返させられた後遺症だろう。

 サキは笑ってしまった。

 

「哀れだが、主殿が……ロウ様が喜びそうだな。そんな面白い性癖をロウ様が見逃すわけがない」

 

 サキは言った。

 すると、ずっと暗かったベアトリーチェがぱっと顔を輝かせた。

 

「本当ですか、サキ様──。天道様は喜んでいただけると思いますか? こんな失禁を繰り返すような病気の女を受け入れてくださると?」

 

「むしろ、喜ぶと思うぞ」

 

 あまりものベアトリーチェの勢いに、気押される感じになり、サキもたじろぐ感じになった。

 いずれにしても、ロウが好きそうな性癖だ。

 間違いない。

 まあ、性癖ではないのだろうが……。

 

「よかったですね、ベアトリーチェ様」

 

 アドリーヌがベアトリーチェに笑顔で声をかけている。

 ベアトリーチェも破顔している。

 

「嬉しいです、サキ様──。わたし、これを治しません──。それはもう自信を持って……。天道様に気に入ってくださるなら、こんな病気も大歓迎です」

 

 ベアトリーチェがもう一度頭をさげた。

 そして、アドリーヌとともに、もう一度礼を言って立ち去っていった。

 サキは溜息をついた。

 

「サキ様」

 

 そのとき、ラミダナが声をかけてきた。

 ふと見ると、フラントワーズが近くに立っていた。

 

「サキ様にお話があるのですが、よろしいですか? サキ様に得になるお話だと思います」

 

 フラントワーズが言った。

 彼女だけでなく、黄色チョークの五人全員が揃っている。

 

「そうだな。わしも話がある」

 

 サキは言った。

 しかし、フラントワーズ側から、サキに得になる話だと?

 なんだ?

 

 すると、フラントワーズが口を開いた。




 *

 まだまだ続きます。


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491 令夫人の申し出

「サキ様、この十日ほど、食材の補給がありません。それだけでなく、飲料品、衣類関係、生活物資、嗜好品、燃料用の薪、魔道具を動かすための魔法石など、あらゆる物資が入らなくなっております。塩の供給もとまりました。最初の段階は、逆に無駄だと思うくらいに潤沢に運ばれていたものが、だんだんと滞るようになり、いまは完全に停止していますね。これは、わたしたちが忘れられているというよりは、おそらく出入りの業者が来なくなっているのでしょう」

 

 フラントワーズが言った。

 サキは驚いた。

 

「食料が足りんのか?」

 

 サキはここに集めた者を飢えさせるつもりなど全くない。

 むしろ、国王並みに贅沢に暮らさせるつもりだ。

 ここの連中に期待しているのは、ロウの性奴隷になることだけなのだ。

 サキの言葉にフラントワーズは首を横に振った。

 

「食料は問題ありません。もともと、潤沢にありましたから、いまは皆で元々あったものを保存の効くように加工したりしてます。食材庫に入れておけば、魔道が働いて、いつまでも新鮮にはしておれるのですが、何分、食材庫を稼働させ続けるための交換用の魔法石も入らないのでは、いつ機能が停止になるかわかりませんしね」

 

「直ぐに手配させる」

 

 サキはとりあえず言ったが、奴隷宮への物資の補給がとまっているということ自体知らなかった。

 正宮殿から貴族や高級官吏が次々に逃げてしまい、行政機能が停止状態になっているのが原因に違いなかった。

 だが、実際のところ、サキにはなにをどうしたら、王宮内への物資の流通が再開できるかわからない。

 テレーズがいたあいだは、あれがうまく処置していたのだと思うが、いなくなってからは、サキは放置状態だ。

 勝手にさせておき、支配下に置いている人間どもが何とかするのを期待していたが、やっぱり、なんらかの指示も与えないとできんか……。

 しかし、部下として連れてきている眷属どもでは、人間族の官吏の肩代わりはできんだろう。

 

 ミランダに頭をさげるか……。

 いや、そんなことをしたら、せっかく集めたロウへの贈り物のハレムを解散させろとうるさく言うに決まっている。

 せっかく、ここまでにしたのだ。

 サキはロウに褒められたい。

 

「王都全体が食料不足になっているのですか? でも、入らなくなっているのは、食材だけでなく、王都内で生産も調達もできるもののすべてです。わたしは、おそらく流通の問題だろうと思っています」

 

「食料不足になどなってない」

 

 サキは言った。

 あまり把握はしていないが、王都が飢えているということはないと思う。

 確かに、一時期だけ不足気味の時期があって、そのときにはまだ少しは機能していた行政官が、危ない状況にあるということを報告してきたことがあった。だが、何とかしろと追い返したまま放っておいたら、王都内の市場はいつの間にか以前よりも増して物資が豊富になっていた。

 商業ギルドとやらを潰したのはルードルフであり、サキではないが、さすがにサキも住民を飢えさせれば、暴動が起きるくらいの頭はある。

 だから、気にしていたが、問題は解決したと思っていた。

 しかし、王宮内への物資流通か……。

 

「ならば、やはり、流通の問題ですね。いえ、流通の問題というよりは、王宮行政府の機能停止が問題なのでしょう。公爵家に軍が入る前から、その兆候はありましたし、我が公爵家にも、逃散の相談が大量に寄せられておりました。国王があれだけ暴政をしているのです。貴族たちが領地に逃げてしまうのは当然の成り行きです」

 

「貴族どもが逃げているのは本当だ……。領地に戻ったかもしれんし、ただ隠れているだけかもしれん。貴族ではない官吏どもの中にも、出仕をして来ない者が多数いるようだ。だが、食材だけでもなんとかする。心配いらん。食材のほかに、絶対に必要なもので不足しているものはないか? それを優先する」

 

 サキは認めるとともに、フラントワーズに訊ねた。

 やはり、ミランダに手伝いを求めるか……。

 あいつなら、あっという間になんとかしてくれると思うし……。

 だがなあ……。

 

「不足しているということはありません、サキ様。最初に言ったとおりに、保存の効くように加工をしていますし……。たかが百余り人の生活ですので、質素に生活をすれば、もともとあったものだけで、十分に賄えます。燃料用の薪も自分たちで作れますし、魔法石がなくなって水道機能などがなくなっても、王宮内の井戸から交代で水汲みします。強いて言えば、食材加工用の塩が十分ではありませんが、完全に不足するということはありません。これが数箇月ともなれば問題ですが、まあ一箇月はなんの問題もないでしょう」

 

「一箇月だな」

 

 一箇月なら、間違いなくロウは王宮に戻るか……。

 いや、戻るのは、辺境候軍に合流して、どこかで王軍とぶつからせて、それを撃破してからだから、一箇月はぎりぎりか……。

 下手をすれば間に合わんな……。

 

「サキ様、つまりは、王宮から人が逃げている。それで王宮内の行政機能が滞っている。それで間違いないですね? そもそも、ここに集められた者には、女官として働いていた者もいますしね。その者がこんな風になったのです。王宮のほかの女官も当然に逃亡するでしょうし……。最初は、奴隷宮に用足しでやってきていた多少は見た小間使いや召使いの女もまったく見ません。そもそも、警護というか、見張りというか、その王兵も見なくなりましたよ。その気になれば、脱走できるかもしれません」

 

 フラントワーズが手で口を隠すように朗らかに笑った。

 

「王兵が?」

 

 行政機能だけでなく、王兵もどこかに行ったか──?

 いや、そんなはずはないが、奴隷宮に近づかなくなったということか……?

 

「まさか、軍営に入る補給もとまっていますか? 王兵もものは食べるし、補給がとまれば、仕事などできませんよ。まあ、軍には王宮の行政とは別に、物資の調達機能があるので、そこまでの問題はないとは思いますが、軍の上層部も貴族ですから、そっちがいなくなれば、そもそも命令する者がいなくなるということです。それはどうなっているのです?」

 

「知らん──。だが逃げるなよ。逃げれば……」

 

「逃げませんよ。天道様にお仕えすることこそ、わたしたちの幸せなのです。それがスクルズ様のお導きなのです。逃げれば、天道様にご奉仕する機会を永遠に失います。以前にも言いましたが、わたしたちの一番の恐怖は天道様が戻って来られる前に、ここを出されることです」

 

「そ、そうか……」

 

 サキはそれだけを言った。

 しかし、考えてみれば、貴族が逃げれば、王宮からだけではなく、王軍からも貴族が消えるということか……。

 貴族どもが逃亡するのはいいが、軍が動かなくなるのは困る。

 ロウが叛乱軍を連れて来たときに、出動して大負けしてもらわないと困るのだ。

 

 こっちはチャルタやピカロの一匹を呼び戻すか……。

 あいつらは二匹とも辺境候軍に行かせている。

 いや、それよりも事態の把握が先か……。

 そもそも、いまどうなっているのだ……?

 サキは苦虫を噛み潰したような気持ちになった。

 

「サキ様、ここには百以上人の女がおり、赤チョークの娘たちは、毎日の調練により、天道様にお仕えする身体と心を作らないとなりませんが、青チョークの全員が一度に調練を受けるわけにはいきません。だから、一日で修行ができるのは、せいぜい三十人ほどです。それ以外はわたしたちをはじめ、家事のようなことをしています。でも、百人の世話に半分以女の青と黄のチョーカー組は不要です。それで提案なのです」

 

「提案?」

 

「男女の官吏が王宮からいなくなって、行政機能がとまっているなら、わたしたちが代わりにできると申したいのです。先程も言いましたが、ここに集められた女には、もともと女官である者も多数おります。わたしも公爵家で家宰のようなことをしていましたし、領地経営にも熟知していますので、ある程度の行政業務はできます。ほかにも、そのような女はいます。そんな仕事に不慣れな者も、教育をすれば使えます。適材適所に人を回します。その人の回しも、わたしがやります。サキ様はただ、わたしに、やれとご命じになればよいのです」

 

「お前たちが官吏の代わりを……? い、いや、だめだ。ここから出すわけにはいかん」

 

 サキははっきりと言った。

 それだけはできない。

 しかし、フラントワーズが首を横に振った。

 

「出ません。すでに、ここはわたしたちの城です。天道様がお戻りになるまで、お戻りになっても、天道様のご指示なしに、一歩も出るつもりはありません。それはわたしたち全員の総意です」

 

「しかし、いま、官吏の代わりをすると……」

 

「サキ様、行政機能が動かないのは、つまりは、書類がとまっているからです。上がいなくなっても、末端の役人が動けばいいのです。しかし、役人は書類が来なければ……つまり、指示がなければ動きません。だから、書類が動けばいいのです。ここでも書類は作れます。必要なものを運んでいただきさえすれば……」

 

「ここで書類を?」

 

「作ります。役人には現状の報告などもさせますが、機能がとまっている行政府に書類が来ても、そこでとまるだけです。行政報告などの書類も、ここに来るように手配しましょう。その命令書も作ります。わたしたちは、一歩もここからは出ません」

 

「おう、それなら……」

 

 サキは思わず声をあげた。

 こいつらが肩代わりしてくれるなら、ミランダに頭をさげなくてすむ。

 

「サキ様、サキ様は国王を自由にできますね? たとえば、必要な書類に無条件に署名をさせるとか?」

 

 フラントワーズが言った。

 もちろん、できる。

 サキは頷いた。

 

 しかし、どうでもいいが、フラントワーズはさっきから、ルードルフのことをまったく敬称も敬語も使わずに話している。

 まあ、一連のことはルードルフがやったことになっているから、敬称などもう使う気にはならんか……。

 

 そういえば、ルードルフは、ここにいる公爵家の全員を犯したんじゃなかったか……?

 公爵家の女を並べて尻を犯す映像を映録球で流したと思う。

 そのときには、公爵家の令嬢のエリザベスもつれて来いとうるさかったな……。

 令嬢の方は赤チョークに入れたので、手は出させなかったが、闇魔道がかかっていたとはいえ、思考はルードルフのものだ。つまりは、我慢していただけで、令嬢の方も前から犯したいと思っていたということだろう。

 

「だったら、問題ありません。ここで書類を作るように手続きしましょう。サキ様、まずは国王の勅命で、貴族議会と行政庁の無期限の閉鎖を命令してください。その後は、当面は王の直裁による勅令ですべてを行うと触れを出してください。それで機能の全部がここに移ります。すでに、貴族議会も行政府も停止状態でしょうから、それに与えられている権限を国王に戻してください。問題ありません。書類は作ります。サキ様はそれに国王の直筆の署名だけをさせていただけませんか? ただ、その書類を運搬する事務官だけは、手配してもらわなければなりませんが」

 

「それは問題ない」

 

 サキは大きく頷いた。

 もっとも、フラントワーズの言っていることの半分も理解できない。

 本当に人間族のやり方というのは面倒臭い。

 これも、まあいいか。こいつの言うとおりにやればよさそうだ。

 書類とやらはこいつらが作ると言っているし、書類運びには、この奴隷宮のほかにも、近衛兵や王兵に潜りこませた眷属が何匹もいる。

 書類を運ぶだけの仕事なら、あいつらでも十分にこなせる。

 

「あとは、すべての命令を勅命で動かします。王はここにいるのですから、王都のすべてをここで支配できます。わたしたちにお任せください。食材の補給などもすぐに再開させます。下級役人まで逃げてしまって機能停止している部署があれば、それもここに機能を移動させて、女たちで手配します。サキ様にはお手は煩わせません。最初に各部署に現状報告させ、それにより、必要な体制を考えて作ります。とにかく、譲渡している命令執行権を王に戻し、勅令で末端まで動かす根拠を作ります。ただ、書類に必要な材料の手配はお願いします。それだけです」

 

 フラントワーズが言った。

 

「書類材料の手配は、あたしがする。サキ様、それでいいか?」

 

 ラミダナが口を挟んだ。

 

「わかった。任せる。詳しいことは、こいつに言え。書類ができたら、わしに渡せ。それも、こいつらに言えばいい」

 

 サキは頷いた。

 すると、フラントワーズがにっこりと微笑んだ。

 なんだか、ここにいる奴隷どもに、いいように使われかけている気がしないでもないが、まあいい。

 こいつらがなんでもしてくれるなら、こんなにありがたいことはない。

 

「その代わりといってはなんですが、どうしてもお願いしたいことがあります。それをお聞き届け願えませんしょうか」

 

 するとフラントワーズが言った。

 

「願い?」

 

「はい、ひとつは、ここにいるテレミアの離縁を王命で出して欲しいのです。ほかにも、ここにはまだ形式上は、夫と夫婦である者が何人もおります。その者たちの離縁手続きがしたいのです。しかし、貴族の婚姻も離縁も国王の承認が必要です。書類を作りますので、それに王の署名を……。それを彼女の実家に、おそらく、領地に戻っているかもしれませんが、そこに文書を送って欲しいのです。サキ様には国王の署名だけを……。ほかは全部こっちでします」

 

「離縁か?」

 

「天道様にお仕えするためには、ほかの者の妻でいるわけにはいきません。わたしのように夫が死んだ女は問題ありませんが、まだ夫がいる者は全員が縁を切ることを望んでおります」

 

「それは必要なのか?」

 

 サキは言った。

 人間族は夫婦という関係を作るために、婚姻という行為をすることは知っている。

 それでつがいの約束をするのだ。

 だが、妖魔にはそんなものはない。

 まあ、種族によっては、同じような行為をする種族もあり、生涯にわたって同じ相手としか性行為をしない種族がないわけじゃないが、大抵は強い雄が気に入った雌を犯し、雌はその相手の種が気に入れば、その子を産んで育てる。

 その程度なので、人間族が婚姻というしきたりにこだわる気持ちは、正直あまり理解できない。

 強い男が大勢の女を支配し、弱ければ寝取られることもある。そういうものだと思っているし、それで強い種が残っていくのだ。

 いずれにしても、サキとしては問題ないが……。

 

「問題ないが、夫と会わずに離縁できるのか? わしは離縁という手続きはよくわからんが……。そういえば、娘たちもここだな」

 

 このテレミアという女は、確かサンドベール伯爵家だ。娘の姉妹も一緒にここにいる。娘はエミールとカミールで、十七歳と十五歳だ。もちろん、娘ふたりは生娘であり、なかなかの美少女だ。赤チョーク組にいる。

 

「サキ様、問題ありません」

 

 フラントワーズが口を挟んだ。

 

「確かか?」

 

「貴族の離縁とは両家の家長が認め、国王が認可するだけです。両家の家長の同意なくても、国王の勅令があれば、それで終わりです。後は貴族名簿を修正する書類手続きだけのことです」

 

「そういうものか」

 

 サキは頷いた。

 すると、テレミアという貴婦人が前に出る。

 にっこりと微笑んでいる。

 

「……問題はありません。夫には愛人におりますし、そちらにも子はおります。わたしたちは、ここに連れて来られた段階で貴族の女としての価値は消滅しております。おそらくですけど、夫の伯爵からわたしたちへの嘆願書は来ていないのでは?」

 

 テレミアが微笑んだまま言った。

 そういえば、来てないな。

 というよりは嘆願書をうるさく送ってくる家は限られている。

 それも、数日前に、該当する家の令嬢と貴婦人を木馬責めにして、全貴族に映録球を送ってから完全になくなったが……。

 

「まあ、そうだな。じゃあ、任せる。好きにせよ」

 

「ありがとうございます」

 

 フラントワーズとテルミアが揃って頭をさげ、ほかの三人も同じように頭をさげた。

 

「それと、もうひとつだけお願いが……」

 

「まだ、あるのか?」

 

 サキはフラトワーズを見た。

 

「はい、この教典の朗読を全王国内、とりあえずは、王都内に向けて発信したいのです。先日、アドリーヌたち四人を木馬責めにする魔道映像を作って王都中にばらまいたとか……。それと同じことをさせてください。ただ教典の朗読だけでは、人々の興味も薄いでしょうから、彼らの娯楽になる破廉恥な映像を一緒に入れます。その映像に混ぜて、教典の朗読の音を重ねるのです。それをしていただけるのであれば、どんなことでもやります」

 

「王都内に向けて、その教典の朗読をだと?」

 

 サキは訝しんだ。



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492 奴隷(?)夫人と妖魔将軍

 王都内の全市民に向けて、あの教典の朗読を流すだと?

 映録球に記録を刻んで……?

 

「冗談ではない」

 

 サキは思わず言った。

 

「冗談などではありません。もちろん、教典を拡めるためには、映録球に興味を持ってもらわなければなりません。ですから、出回らせる映録球には、若い者たちの痴態を映し込ませます。元貴族令嬢たちの破廉恥な姿など、王都の市民にとっては良い娯楽でしょう。あっという間に複製もされるくらいのものに仕上げてみせます。若い者たちにしても、信仰のためと説明すれば、否とは言いません」

 

 若い娘たちの痴態だと──?

 まあ、確かに娯楽だろう。

 複製も可能なようにしておけば、そんなものは一度世に出せば、あっという間に王都のみならず、近隣にも伝わっていく気もする。

 勝手自由ということにすれば、行商人たちも地方に運んでいくかもしれない。

 だが、そんなことをこの女は令嬢たちにさせるつもりなのか──?

 

「そういう問題ではない。そもそも、なんのためだ?」

 

 サキは強い口調で訊ねた。

 しかし、フラントワーズは大して動じた気配もなく、柔和な微笑みを浮かべただけだ。

 

「なんのためとだと質問なさるのですか? そのようなこと自明の理ではありませんか。天界から復活された救世主のスクルズ様の言葉をできるだけ広く伝えたいのです。ロウ=ボルグ卿こそ、我らが主、すなわち、天道(てんどう)様であるのだという教えを正しく世に伝えなければなりません。それは、天道様にお仕えする準備をするとともに、スクルズ様が託したわたしたちの使命だと思っております」

 

「スクルズはそんなこと託さん──」

 

 サキは呆れて怒鳴った。

 また、考えたのは、言魂(ことだま)のこもった教典を全王都に向けて発信したときの危険だ。

 あの教典には、いわゆる「魅了の術」と似る緩やかだが洗脳効果がある。

 いまはまだそれほどでもなく、教典に接した者の全員に影響するわけじゃないが、それでも、おそらく、耳にした者を信じやすくする効果くらいはある。

 また、この教典は、現時点においても、スクルズの言葉を心の底から信じるここの信者たちのために、かなりの言魂の強化がされている。

 信者が増えれば増えるほど、この言魂はさらに強くなる可能性もあるだろう。

 多分、そうなる。

 

 まあ、映録球ならば直接には教典には接しないので、その教典に言魂が重なりかかるということはあり得ないが、この教典が世に出ることで、強力な洗脳具になる可能性を作ることになってしまう。

 あの教典の文字を読みあげるだけで、言魂が流れて人族の中に弱い洗脳を作り出す。それくらいなら、映録球越しでも確実に効果があると思う。

 ちょっと危険だ。

 いずれにせよ、教典の音読を映録球に記録し、それを王都に広めた時点で、この奴隷宮の外に、ここにいる連中と同じとはいわないが、それなりの人数の似たような狂信者を作ってしまうだろう。

 そんなことは、さすがにさせられん。

 

「失礼ながら、復活なされたスクルズ様に会ったのはわたしたちです。サキ様であろうと、それを否定することは許しません」

 

 フラントワーズがきっぱりと言った。

 

「なにいっ──。わしに言っとるのか?」

 

 サキはフラントワーズを睨みつけた。

 後ろの四人は顔を引きつらせたが、フラントワーズだけは平然としている。顔色さえ変えない。

 その代わりに、ちょっと目を閉じて、ほんのわずかに身体を硬直させたと思った。

 

「ほ、本当に意地の悪い貞操帯ですね……。お、お話のあいだくらい、と、とめていただくわけにはいきませんか……?」

 

 フラントワーズが小さく吐息をしながら言った。

 貞操帯の振動だ。

 それが起こったに違いない。

 その証拠に、フラントワーズの顔がほんのりと赤くなった。

 黄色チョークの全員が同じものをしているが、いまは、間隔も強弱も無規則に動くように妖力で刻んでいるので、サキでさえも、いつどんな風に動くのかは予想できない。

 いま、作動したのはフラントワーズだけなのだろう。

 後ろの四人には変化はない。

 また、以前のように四六時中動いているというわけではないが、だからこそ、突然に動くときには、いやでも感じざるを得ないだろう。貞操帯の内側には、女の股間を苛む大小の突起が無数についていて、振動とともにそれが動き回るようになっている。

 

「それが調教であろう。主殿に仕えるための淫乱な身体を作るためのな」

 

 サキはにやりと笑った。

 

「そうでした……。わたしとしたことが、つまらないことを申しました。ご放念ください」

 

「そうだ。そして、お前たちは奴隷だ。主殿に仕えるために集められたな。それを忘れるな。スクルズの言葉を信じるも、信じないも好きにせよ。だが、それはこの奴隷宮の中のだけのことだ。教えを世に拡めようとするなどいらんことだ。お前たちは、この奴隷宮のことだけを考えておればいい。ここはお前らの残りの人生を過ごす場所だ。それを忘れるな」

 

 サキは言った。

 フラントワーズが小さく脱力した。

 とりあえず、振動がとまったのだろう。

 

「しかし……」

 

「くどい──」

 

 サキは声をあげた。

 今度はフラントワーズがびくりと身体を震わせた。

 それだけの怒気を声に込めたのだ。

 妖魔将軍サキの怒気だ──。

 さすがに、一介の人間族の貴族女ごときに耐えられるわけがない。

 

「……映録球への教典の言葉の朗読の件は忘れよ。お前たち自身が奴隷宮の外に関わる必要はない。それと、官吏の肩代わりの件は頼む。書類作りに必要なものも、勅令とやらの運搬もこちらに任せよ。すべて、ラミダナに言え……。よいな、ラミダナ?」

 

「わかった、サキ様──」

 

 ラミダナがびしりと姿勢を正して言った。

 サキはこれで話は終わりとばかりに、広間の外に立ち去ろうとした。

 そのとき、向きを変えたサキの前に、フラントワーズがずいと出て来て、前を阻んだ。

 

「聞いてください、サキ様──」

 

「くどいと言ったであろうが──」

 

 サキは前に立ちはだかたフラントワーズを張り飛ばした。

 

「きゃああっ」

 

 フラントワーズが倒れる。

 

「フラントワーズ様──」

「大丈夫ですか──」

 

 ほかの四人がフラントワーズを抱きかかえる。

 それほどの力を注いだつもりはなかったが、フラントワーズの口からは血がつっと流れ出た。

 張り手で口の中を切ったのだろう。口の横が痣のようになって赤く腫れている。

 サキは舌打ちした。

 

「ラミダナ、治せ」

 

 サキは振り返って言った。

 攻撃系の妖術は得意だが、治療系の妖術はサキは得手ではない。

 すぐにフラントワーズの顔から痣が消滅する。

 フラントワーズが立ちあがった。

 

「な、何度殴られても、わたしは怯みません。救世主様……スクルズ様の教えを皆に説くのは、わたしの運命なんです。あの奇跡をできるだけ知ってもらわなければ……。どうか、もう少し耳を傾けてください、サキ様──」

 

「うるさい──」

 

 サキは怒鳴りあげた。

 しかし、フラントワーズの顔には一歩も引きそうにない信念のようなものがある。

 サキは呆れた。

 なんというしつこさだ。

 力のある妖魔でさえ、サキに怒気を浴びせられ、張り倒されれば、大抵は大人しくなる。

 一介の人間族の女の分際で……。

 そして、フラントワーズが固く持っている小さな冊子にちらりと目をやる。

 

 あれが狂信の源か……。

 この教典の言魂によって増幅されているスクルズに対する盲信が、こいつの頑な態度を作っているに違いない。

 やはり、この教典は邪魔だな。

 頑固さは奴隷にはいらん。

 

「その教典はとりあげる。次からは複製を使え──。寄越せ──」

 

 サキは手を伸ばした。

 すると、フラントワーズが初めて、顔に恐怖の色を浮かべた。

 

「こ、これは渡しません──。スクルズ様の奇跡が染み込んだ教典なのです──。これだけは渡すわけにはいきません。たとえ、サキ様にも──」

 

 フラントワーズが絶叫した。

 だが、サキはその物言いに引っ掛かった。

 スクルズの奇跡が染み込んだ教典……?

  

「もしかして、お前、知っておるな……?」

 

 サキはフラントワーズを見た。

 必死に両手で教典を抱くようにしている。

 その手は震えていた。

 また、フラントワーズを庇うように、ほかの四人がフラントワーズの前に出た。彼女たちも必死の表情だ。

 サキは唖然とした。

 

「サキ様、この教典を渡すことだけはお許しください。絶対に渡せません。これは特別なものなのです。ほかの複製の教典にはこの力は宿りませんでした。これが唯一なんです──」

 

 フラントワーズがさらに言った。

 サキはフラントワーズを睨んだ。

 そして、確信した。

 

「お前たちは、この教典がただの教典でないことをわかっていたな……」

 

 質問でなく確認だ。

 サキは複製を使えと言っただけだ。信心行為のようなものまで禁止しただけじゃない。

 それにも関わらず、目の前の教典にこだるのは、この教典だけに不思議な力が宿っていることに気がついているに違いない。

 

「言魂のことですか……? もちろん承知しています。これもまた、スクルズ様の奇跡です。わたしたちの作った手書きの教典に、なぜか魅了の魔道が宿ったのですから……。この一冊だけ唯一……。これが奇跡でなくて、なんだというのでしょう」

 

 フラントワーズは平然と言った。

 サキはびっくりした。

 

「お前はそれを承知で朗読に使っているのか? つまり、魅了の効果があると知っていて……」

 

「わたしだけでなく、全員が知っています。令嬢たちもです……」

 

「全員が知っていて、受け入れていると?」

 

 それは予想していなかった。

 

「受け入れています。当たり前のことです。天道様やスクルズ様に対する信仰が教典の朗読により、どんどんと深まるのですから……。それだけでなく、皆で必死にこの教典に向かって祈りを捧げました。ここにいる百人以上の全員がです。そして、教典はさらに力を持つものになりました。だから、これはスクルズ様だけでなく、全員の魂が刻まれているといっていいものなのです……。従って、これだけは渡せません」

 

「魅了だとわかっているなら、すぐにやめよ。それには洗脳効果がある。繰り返しが限度を超えると、心の狂気が宿る。いまはまだいいが、さらに言魂が強くなれば危険だ……。いや、いまでもすでに狂気が垣間見えるぞ……。フラントワーズ、命令だ。それを渡せ。使い過ぎれば狂う……。危険ではないと思ったが、それは間違いだ。それは危険だ」

 

 サキは言った。

 しかし、四人の後ろにいるフラントワーズは首を横に振る。

 さらに、その顔がふっと笑った気がした。

 

「……狂気など……。家を潰され……王に犯されて……。その光景を全王都に流されて辱められて、貴族としても、一介の女としても、世にはもう出られない……。すでに狂っておりますよ……。でも、スクルズ様の奇跡は本物でした。まさにその証拠がこの教典です。わたしたちは、これとともに狂気の中で生きていきますとも……。ここが狂気の世界であるなら、全員が喜んで狂気に染まります。それがスクルズ様のお導きですから……」

 

 フラントワーズが静かに言った。

 サキは嘆息してしまった。

 スクルズめ……。

 とんだ、狂信者を作りあげていった……。

 ちょっと連れ戻して、あいつにこそ、この責任を取らせたい──。

 どうするんだ、これ……。

 

「もう一度言うぞ──。その教典を渡せ。渡さねば強引に取りあげるだけだ。祭儀は複製でせよ──」

 

 サキははっきりと言った。

 

「取りあげられれば、自殺します。わたしだけでなく、ここにいる全員が死にます。魔道で封じられようとも、あらゆる手段で死んでみせます。ここに集められた全員が信仰に殉じます」

 

 フラントワーズが言った。

 サキは今度こそ激怒した。

 脅すような物言いが気に入らない。

 それで思い出したが、いまは王宮敷地内にいるために魔道が封じられているが、この公爵夫人のフラントワーズはそこそこの高位魔道遣いだったはずだ。

 だからこそ、魔道封じの結界を破るということは不可能ではないかもしれない。

 フラントワーズの言葉は、十分に実行の可能性がある。

 

「お前は、わしを脅しておるのか──」

 

 前の四人を突き飛ばして、フラントワーズに掴みかかる。

 必死で教典を守るように後ろ手に庇うが、それには構わなかった。

 襟を掴んで、服を縦に引き破る。

 よろけたところを腰を蹴り飛ばした。

 

「ひぎいいっ」

 

 フラントワーズが転がる。

 それでも、教典だけは守っている。

 サキの手には破り取られたフラントワーズの服の残骸が残っている。それを捨てる。

 

「おやめください──」

「お許しを」

「お願いでございます」

「サキ様、どうか……」

 

 四人がフラントワーズを庇うように、サキの前を身体で阻む。

 サキはそれを次々に張り飛ばして、フラントワーズの前に立ち、まだ残っている服を全部破り取った。

 フラントワーズの裸身が露わになる。貞操帯だけの裸だ。乳首には一個ずつの鈴が糸でぶらさがっている。

 これでこそ、奴隷に相応しい哀れな格好だ。

 うずくまっているフラントワーズの身体をまた蹴った。

 教典を両手で守るフラントワーズが横に転がる。

 乳首の鈴がちりんちりんと激しく惨めに鳴った。 

 

「貴様は奴隷だ──。それをわきまえよ──」

 

 サキは妖力を注いで、貞操帯の振動を激しいものにしてやった。

 

「ああっ、んふうううっ」

 

 フラントワーズが股間をすり寄せるようにして、身体をのけ反らせる。

 さらに、身体をがくがくと震わせて、淫らな声をあげた。

 この奴隷宮ですっかりと作り変えられた敏感な身体であり、令嬢たちに比べれば年齢は重ねているが、まだまだ瑞々しい肌をした女ざかりだ。

 淫情責めに耐えられるわけがない。

 

「んぐううっ、あああっ、な、なんと、なんと言われても、し、信仰だけは……。あああっ、し、信仰は捨てません──。んふうううっ」

 

 フラントワーズが身体を硬直させて絶頂するような仕草をした。

 それで気がついたが、いつの間にか大勢の令嬢たちや貴婦人たちが周りを取り巻いている。

 まだ、この広間に残っていた者たちが全員集まっていたのだ。

 サキは舌打ちして、とりあえず、振動だけはとめてやった。

 フラントワーズががくりと脱力する。

 

「フラントワーズ様──」

「しっかり……」

 

 黄色チョークの四人も戻って来て、フラントワーズを抱き起こした。

 フラントワーズが彼女たちに掴まるようにして立ちあがる。

 その貞操帯の隙間からは、淫情の印である愛液が縁から流れ出て腿を濡らしている。

 全身は脂汗をかいていて、まだ上気して肌が赤い。

 

「サ、サキ様……。し、信仰はお許しください。それをお認めしてもらえれば、全てのことに協力します。わたしには、もうそれだけなんです。わたしだけでなく、ここにいる全員は、もう貴族として生きることはできません。これしかないんです……。でも、信仰があります。それをスクルズ様を生き返って教えてくださったのです。いまでは、ここに監禁されてよかったと思っています。心の底から……。どうか、信仰だけは……」

 

 フラントワーズが必死の口調で言った。

 彼女だけでなく、彼女を庇っている四人の黄色チョークの貴婦人たち……。

 さらに、百人に近い令嬢や貴婦人たちがじっとサキに挑むような視線を向ける。

 ちょっと、サキもたじろいでしまった。

 

「……さ、さもなければ、全員が自殺します……。全員です。でも、お認めくだされば、なんでもします。行政の肩代わりもお任せください……。サキ様……」

 

 そのときだった。

 なにを思ったのか、フラントワーズが突然に教典を開いた。

 

「……主は悔い改める者を許しました。主は言われた。主を信じるものは素晴らしい幸福感に包まれるだろうと……。主の言葉は悪意を持つ者の心を清めました。次に主はその者をお抱きになりました。彼女は白い光に包まれ、その幸福感によって、自分が浄化されたことをはっきりと悟りました……」

 

「やめい──。わしに説教を垂れるか──。悔い改めよとでも言いたいか──」

 

 声をあげたが、さっきほどの激昂はない。

 ちょっと呆れた気分になっただけだ。

 この期に及んでも信心かと思ったのだ。

 それにしても、違和感を覚えた。

 言魂の勢いが強いのだ……。

 さっきの祭儀のときとは比べものにならないくらいにだ。

 

 もしかして、さっきの祭儀のときには意図的に言魂の力を意図的に抑えていたか……?

 まさかとは思うが、サキに危険なものと悟られないように、サキがいたから、わざと言魂の影響を抑えたか?

 そんなことができるか知らないが、そう思わせるくらいに、いまは言魂の力が強い。

 頭がぼーとするほどだ。

 

 考えてみれば、フラントワーズもそこそこの魔道遣いだ。

 この魔道を封じる結界内でも、魔道を高めるのでなくて、影響を低めることならできるのかもしれない。

 奴隷だと思っていただけに、見くびっていたか……?

 もともと、スクルズの魔道が根源だし……。

 

 いずれにしても、やはり危険だ。

 ここまで影響が強ければ、問題ないという結論にはならない。

 やはり、取りあげねば……。

 そもそも、もしも、言霊が拡散するのを許したら……。

 いまは、言霊のこもった教典はひとつなので、拡がりの中心は一箇所なのだが、その影響を受けた狂信者が増える度に、言霊の力は強くなる。

 やがて、複製の教典にまで言霊の力がうつるかも……。

 すると、その複製がまた狂信者を増やして、また言霊の教典を作り……、狂信者が拡散して、また教典を……。

 

 サキには、ロウが激怒しそうな未来が待っているような気がしてぞっとした。

 とにかく、サキは慌てて首を横に振って、頭にかかりかけた霞のようなものを打ち払った。

 すると、フラントワーズが口を開く。

 

「いえ、わたしはただ、サキ様もそうではないかと思っただけです。わたしたちは、天道様にお仕えせよとスクルズ様に教えられ、それを実践することで幸せになれました。でも、わたしたちはまだ天道様にお仕えはできていません。その準備をしているだけです。それでもこんなに幸せなのですから、実際にお仕えになっているサキ様だったら、どんなに幸福なのだろうかと思いまして……」

 

 フラントワーズが変なことを喋った。

 だが、一応はサキは表向きは、まだルードルフの寵姫ということになっているはずだ。

 もしかして、スクルズがサキが本当にロウの愛人のひとりであることを教えたか?

 一応は、こいつらをここに監禁したのは、ルードルフの名を使っているが、まあ、さすがに、なにもかもルードルフのせいというのは、もう無理か……。

 

 それにしても、また頭に(かすみ)が……。

 なにを考えようとしていた……?

 急に頭が回らない……。

 まあいいか……。

 

「まあ、確かにロウ様に仕えて幸せだが……」

 

「やっぱり、サキ様は天道様の……。そうだったのですね──。もう一度、お聞かせください。天道様にお仕えすることは幸せですよね」

 

「そうだ」

 

 サキは断言した。

 ロウに仕えることは幸せだ。

 妖魔将軍として、誰であっても、その風下に立ったことはなかったが、ロウであれば許せる。

 ロウであったからよかったと思っている。

 サキの幸せはいまや、ロウに仕えることにある。

 

 それで気がついたが、フラントワーズが後ろ手に隠すようにしていた教典を前に持って来ている。

 しかも、立っている距離が近いので、ほとんどサキは教典に接さんばかりだ。

 なにかが頭をよぎったが、すぐに気にならなくなった。

 

「サキ様の強い心を言葉でお聞かせください。わたしたちは知りたいのです。サキ様のお心も……。教えてくだされば、調教にもっと励みます。必死でやります。どうか言葉を……」

 

「わしの幸せは、主殿とともにある──。これでよいか──」

 

 なぜ、わざわざそんなことを口にする気になったかわからないが、そう言った。

 目の前の教典にさらに強い力が帯びるのがわかった。

 まあ、別段の問題はないが……。

 

「……サキ様、どうかご冷静にお考えを……。論理的になってください。わたしたちは、この信仰とともに心から、天道様にお仕えします。それはサキ様もお望みなのではないですか? サキ様が調教官様たちに、わたしたちを天道様に相応しい性奴隷に調教せよとご指示なさったのでしょう? 国王の命令などではなく、サキ様のご指示ですよね……。だったら、性奴隷になります。それはもう喜んで……」

 

「そうだ。お前らは、主殿(しゅどの)……ロウ様への貢ぎものだ……。ロウ様に贈るために集めた……。その通りだ──。わかったら……」

 

「そのために、わたしたちは信仰を守ります。それだけでなく、それを拡めます──。すべての人民が天道様にお仕えすればいいと思っています。教えを拡げるのも使命と思っています。しかし、そう考えることに、サキ様になんの損がありますか? お考えください。サキ様にはなんの損もないはずです」

 

「損はある──」

 

 サキは怒鳴った。

 フラントワーズは意表を突かれたような表情になった。

 

「損はあるのだ……。わしが主殿に叱られるではないか……。主殿は人を操るのがお好きではないのだ。怒られる……」

 

 絶対にロウは、言魂であろうと、ほかの手段であろうと、人の心を操るような行為を嫌がると思う。

 度が過ぎると烈火のごとく怒ると思う。

 いまでも、ぎりぎりの線だ。

 これ以上、事態が深刻となると、必ずロウが嫌悪する。

 

 しかも、言魂の厄介なところは、これは自分が信じようと思った心を強化するくらいの影響しかないということだ。

 だから、一度影響を受ければ、解呪されるということはない。

 信じたのは、自分自身の心のことだからだ。

 フラントワーズだけでなく、周りの女たちの全員が、急に弱々しい口調で喋ったサキに目を丸くした。

 すると、フラントワーズがさらにサキに近づいた。

 そして、耳に口を近づける。

 

「……よくお考えを……。天道様の信者が王都にどんどんと増えるのです。ご自分のことではなくて、天道様のことをお考えを……。それになんの損が……? この教典の言葉を拡げさせてください……。ほら、ここに書いてあります……。救世主様は言われました……。この言葉をできるだけ多くの者に伝えよと……」

 

 フラントワーズがまたもや、教典の一節を読み始めた。

 サキの頭はますますぼんやりとしてくる。

 まったく、これは思考力を奪う……。

 だが、なぜかサキはフラントワーズの行動をとめる気になれなかった……。

 それよりも、フラントワーズの発した言葉に、どんどんと意識が吸い込まれるような……。

 

「主殿の損……?」

 

 また、なぜか妙な説得力とともに、フラントワーズのその言葉が心にすとんと入ってきた。

 

「天道様の立場でお考えを……。ほら、この教典にも書いておりますよ……」

 

 フラントワーズが再び教典を開いて、それに見合う文書を選んでまたもや朗読しはじめた。

 この朗読が始まると、たちまちに急に心がすっきりした気がする。

 

「サキ様、天道様の立場でお考えを……。天道様こそ、尊いお方であるという教えを広めるのは、天道様のおためになります。叱られてもいいじゃないですか。それが殉じるということです。すべては天道様のために……。なんの問題もありません」

 

「すべては天道様ため、主殿のためか……」

 

 まあいいか……。

 ロウに損になる話ではないのだ。

 認めてやるか……。

 勝手にやると言ってるし……。

 

「わかった。もうよい。全部、勝手にせよ。映録球の手配についてもラミダナに申し伝えよ。その代わり調教に励め。主殿のご帰還は近いぞ──。また官吏の代行もやれ」

 

「お任せください」

 

 フラントワーズが柔和に微笑んだ。

 その笑顔を見ながら、サキはふと思った。

 なんとなくだが、奴隷にしたつもりのこいつらに、もしかして自分は使われているのではないかと……。

 

 結局、言い分を認めるように説得されてしまったし、考えてみれば、マゾに染まりかけているこいつらにすれば、この奴隷宮の調教も、こいつらに性的満足を与えるための奉仕のようなものじゃないか?

 被虐の快楽を与えているのはサキたちであり、サキたちこそ、ここにいる連中に性奉仕をしているようなものだ──。

 

 そう考えたが、まあいい……。

 まあいいか……。

 問題ないのだろう……。

 そんな言葉が頭に過った。

 

 サキは広間を後にした。

 

 

 *

 

 

 その二日後──。

 

 王宮の触れが王都内に流れ、王都住民に対して配布する映録球を視聴するように命令が発せられた。

 市民の集まる噴水広場を始め、あちこちの公園や辻に、映録球が設置されて記録が流された。

 

 流されたのは、若い令嬢たちが全裸で淫らに絡み合う映像だった。

 これを見ろという王命に、市民たちは色めきだち、また、その目的もわからなかったが、とにかくあっという間に、その衝撃的な映像のことは王都中の話題になった。

 繰り返し流されるので、多くの市民がそれに接した。

 破廉恥な映像とともに、なにかの朗読が流れるのだが、それについては誰も気にしなかった。

 とにかく、公開されたものについては、数日間で誰もが知っている映像になった。

 王都のみならず近隣にも噂が拡がる大きな話題にもなった。

 なにしろ、貴族令嬢の痴態が堂々と日中に、王都広場などで公開されるのである。

 王都が不穏な情勢であることもわかっていたが、その映像を見たさに王都にやって来る者も増えた。

 複製も自由ということだったので、目聡い行商人たちは、さっそくその破廉恥映像を複製して、地方に運んで行きもした。

 

 だが、日にちが進むにつれ、だんだんと映像ではなく、後ろに流れている言葉の内容が人の言の葉に乗るようになったいった。

 幾日もしないうちに、ロウ=ボルグの名は王都では知らぬ者のない人物として認識されるようになった。

 

 彼こそ、奇跡の人物だと……。

 

 そう強く訴える者の数も、日を追うごとに次第に多くしていった……。

 

 ゆっくりと王都の外にも……。









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493 子羊たちの友愛

 アドリーヌは、寝台の上でエミールと正座で向かい合っていた。

 お互いに腰の下着一枚だけの姿だ。

 しゃがんでいる膝はほとんど密着している。

 エミールの綺麗な半球のふたつの胸の膨らみも目の前だ。

 その右の乳房の上側に“9”の数字がある。

 魔道によって刺青で刻まれた数字であり、調教のときの固有番号だ。

 調教官たちは、アドリーヌたちを名では呼ばずに数字で呼ぶ。

 アドリーヌの胸には、“7”が刻んである。

 

 いずれにしても、エミールのはかたちのいい品のいい胸だ。

 それに比べれば、自分の胸は少し小さめで、ちょっと引け目を感じる。

 じっと向かい合っていると恥ずかしくなって、アドリーヌは、思わず両手で自分の胸を隠してしまった。

 

「も、もうすっかりと裸は慣れっこになったはずなのに、改めて向かい合うと、ちょっと恥ずかしいね、エミール」

 

 アドリーヌは言った。

 すると、エミールがくすくすと笑った。

 その顔は真っ赤だ。

 きっと自分の顔も真っ赤に違いないとアドリーヌは思った。

 

「ふふふ、アドリーヌ……。そして、ありがとう……。わたしのお願いを聞いてくれて……。わたしね、本当のこと言うと、ずっと愉しみだったの……。あなたとこうやって、一緒に自主調教するのが……。だから、ありがとう……。わたしの我がままに応じてくれて」

 

 エミールが恥ずかしそうに笑った。

 アドリーヌは驚いてしまった。

 

「天道様にお仕えするための修行でしょう? ありがとうだなんて変よ。わたしこそ、ありがとうよ。そして、頑張ろうね。天道様に気に入っていただけるような淫らな身体になれるように」

 

「ふふ……、そうね……。さすがは赤組筆頭ね……。模範解答だわ……。もちろん、天道様のために頑張るわ。でも、正直なことを言っても幻滅しないと約束してくれる? さもないと、わたしは、あんまり恥ずかしくって、もうあなたと喋れなくなってしまう」

 

 エミールがちょっと困ったような表情で言った。

 アドリーヌは首を傾げてしまった。

 

「エミールに幻滅するなんて、あり得ることじゃないわ。なにを言っているのよ。もちろん、あなたがなにを言っても問題はないわ……。エミールこそ、いまのわたしのことに失望しているんじゃなくって? だって、わたしは自分がこんなにいやらしい女だなんて、ちっとも知らなかったの……」

 

 アドリーヌは、ここにやって来てからの自分の身体のことには、戸惑うことばかりだ。

 調教官たちに鞭打たれたり、罵られたりすると、びりびりと肌が熱くなり、股間も痛いくらいに疼く。

 みんなは一生懸命にそうなるように努力をしているが、アドリーヌは比較的最初からそうだった。

 つまり、まぞというやつだ。

 ここでの調教でそうなったみんなに比べれば、アドリーヌはもとからまぞだったようだ。

 おそらく、自分ほどいやらしい女などいないとまで思う。

 すると、エミールが噴き出した。

 

「毎日毎日、競い合うようにいやらしさ競争をしているのに? 明日こそ、あなたに負けないわよ。あなた、今日の祭儀のとき、明日の目標は朝礼のときに想像だけで達することだって言っていたわよね。だったら、わたしもそうする。それだけじゃなく、あなたよりも先に達する。だから、うんと焦らし調教しよう。もう身体が疼いて、疼いて眠れないくらいに……。そうしたら、きっと想像だけで絶頂することができるわ」

 

「ふふ、エミールも張り切っているのね……。もちろん、負けないわ。ふたりで、うんといやらしい女になりましょうね。天道様に気に入っていただけるように……」

 

「ええ」

 

 エミールが恥ずかしそうに微笑みながら頷いた。

 これから消灯までの時間をここでふたりで自主調練として、寸止め愛撫を交互にするのだ。

 そのために、ふたりきりでここにいる。

 夕食後のアドリーヌの部屋だ。

 

 あてがわれている部屋は個室であり、この部屋の調度品は、伯爵家のアドリーヌの屋敷に揃えてあったものよりも、ずっと素晴らしいものだ。

 毎日の調教は厳しいものの、それを除けば、ここでの生活はかなりの贅沢なものである。

 食事もかなり質がいい。しかも、ただ豪華なだけでなく、健康にも気を使っているらしく、ここでの生活になってから、以前よりもずっと肌も綺麗になった気がする。

 それだけでなく、身体を洗う浴槽でさえ、各部屋に備えられているのだ。

 部屋の個人用の浴槽など、王族並みの設備だと思った。

 

 また、浴室の支度をしてくれるのは、青チョーカーの貴婦人の方々だ。

 赤チョーカーであるアドリーヌたちのために、その調教が終わる頃に合わせて、湯を作っておいてくれるのだ。

 さらに魔法石の粒も箱に入れてたくさんあり、そこから一粒を入れると、すぐに冷めた湯が沸き直して、汚れた湯も浄化もされる。つまりは、調教の時間以外は温かくて清潔な湯に入り放題ということだ。

 まさに、至れり尽くせりだ。

 汚れた衣類だって、青チョーカーの方々が調教時間のあいだに、清潔なものと交換をしてくれる。

 

 その青チョーカーの方々は、本来であれば、アドリーヌこそ、お仕えしなければならないような高位の貴婦人たちばかりなのだ。

 しかし、家事の大部分は、昼間の調教時間に、青チョーカーの人たちが全員の分を交代でするので、手伝いたくても、調教参加が義務の赤チョーカー組には手伝うことはできない。

 夜にする家事など、簡単なものだけだ。

 青チョーカーの人たちに世話をしてもらうなど、おこがましいとは思うが、それも赤チョーカーに選ばれた自分たちの立場だ。

 だからこそ、天道様にお仕えする心と身体を作るために、精一杯に調教に頑張らなければいけないと思う。

 

「じゃあ、しよう、アドリーヌ」

 

「うん」

 

 エミールがすっとアドリーヌの素肌の肩を抱くようにしてきた。

 アドリーヌも同じようにアドリーヌの手を伸ばす。

 さすがに、全身に緊張のようなものが走る。

 

 ずっと幼馴染のように育った親友のエミール……。

 

 エミールとは年齢も一緒であり、同じ爵位の伯爵家というだけでなく、親同士の仲もよくて屋敷も近く、幼い頃からいつも一緒に遊んだりしていた親友という仲だ。

 こんなことになってしまったが……。

 いや、こんなことになったからこそ、エミールと一緒でよかったと思っている。

 でも、そんなことをエミールに言ったら怒るだろうか……?

 

 今夜は昨日からの約束であり、エミールとふたりで自主調教として、お互いに焦らし責めの修行をすることになっている。

 自主練習はこの数日の毎夜のことだが、エミールとふたりだけでするのは初めてだ。

 誘ってきたのはエミールであり、もちろん、アドリーヌは応じた。

 

「ところで、アドリーヌ……。さっきの話の続きだけど……」

 

 エミールがちょっとはにかむように微笑んだ。

 

「さっきの話?」

 

 しかし、アドリーヌは首を傾げてしまった。

 すると、さらにエミールがずいと近づく。

 さっきまでは膝を突き合わせんばかりに近づいていたのだが、エミールはアドリーヌの膝と膝のあいだに、強引に自分の両脚の膝を差し入れてきたのだ。

 

「うわっ」

 

 膝で腿を押されるようになったため、アドリーヌは体勢を崩して、後ろに倒れそうになった。

 そのアドリーヌの背中に、エミールが両手を回して倒れないように抱える。

 乳房と乳房が当たり、ふたりの胸がぎゅっと潰れる。

 エミールの顔もほとんど目の前だ。

 しかも、エミールの両脚があるので、アドリーヌの脚は大きく開かれた格好である。

 

「あっ」

 

 裸体をこんなに密着するのが恥ずかしくて、つい声が出た。

 しかし、くすくすと笑うエミールに、さらに強く抱き締められる。 

 ものすごい速さでエミールの心臓が鼓動を打っていた。

 エミールもまた、すごく緊張しているのだ。

 かっとアドリーヌの身体も熱くなったのがわかった。

 

「……続きの話というのは、どうしてわたしがあなたを自主調教に誘ったのかということよ……。実をいうと、わたし、前からあなたのことが好きだったの……。ずっと素敵だと思っていたわ……。可愛くて……、優しくて……、とても清楚で……。頭もいいし……。でも、ちっともそれをひけらかさずに、むしろ、面倒見がよくて……」

 

 エミールがアドリーヌを抱き締めながら、耳元でささやくように言った。

 息が耳に当たりぞくぞくする。

 アドリーヌは思わず身体を縮ませてしまった。

 

「きゃん──」

 

 そのとき、耳に触れんばかりになっていたエミールの舌がぺろりとアドリーヌの耳を舐めた。

 アドリーヌはエミールに抱き締められながら、その腕の中で身体を身悶えしてしまった。

 

「可愛い反応……。アドリーヌはやっぱり可愛い……」

 

 エミールが悪戯っぽく笑った。

 だが、その息さえ耳に当たってくすぐったい。

 アドリーヌはエミールの口の近くにあった耳をずらしながら、両手をエミールの胸の上にそっと添え、ちょっと身体を起こすようにして、アドリーヌに顔を向けた。

 

「もう、悪戯しないで」

 

 アドリーヌはエミールを睨んだ。

 しかし、エミールは愉快そうに微笑んだ。

 

「悪戯じゃないわよ。これも自主調教の一環じゃない」

 

 エミールが小さく笑う。

 アドリーヌははっとした。

 

「そ、そうだったわ、エミール……。不満みたいなこと口にしてごめんなさい……」

 

 アドリーヌはすぐに謝った。

 しかし、エミールがさらに笑った。

 

「あなたって、とても真面目ね……。そして、いつも一生懸命……。それが素敵なところよ……。本当に大好き。こんな風にあなたと愛し合えるのが夢だったのよ、アドリーヌ……。わたし、あなたのことが好き……」

 

 エミールが再び強くアドリーヌを抱く。

 アドリーヌもエミールの背中に手を回して抱き締め返す。

 

「わたしも、あなたのことが好きよ、エミール」

 

 アドリーヌはエミールを抱き締めながら言った。

 

「ち、違うわ……。多分、あなたの好きと……わたしの好きは違う……。好きなの……。あなたのことが……。だけど、こんな気持ちは許されない……。だから、一生、この気持ちを隠して、墓場まで持っていくつもりだった……。あなたとは一生親友で……、そのうちにお互いに誰かに嫁いで……、そして、それぞれに子を産んで……。いつまでも友達で……。それでいいと思っていた。それで……。でも、こんな風になって……。ああ、もう……」

 

 そして、エミールがアドリーヌの唇に唇を重ねてきた。

 舌が入って来て、アドリーヌの舌を舐めてくる。

 アドリーヌは戸惑いながらも、口の中のエミールの舌をそっと舐め返す。

 これも自主調教だ。

 ふたりで、うんと淫らな女になるための調練だ。

 舐め返すと、エミールの身体が感極まったように震えだした。

 やがて、エミールがアドリーヌから口を離した。

 

「は、初めての口づけ……。ごめんなさい、急に……。でも、どうしても、一番最初はあなたとしたかったの……。ご、ごめんね、アドリーヌ……。ああっ」

 

 エミールはちょっと興奮しているみたいだった。

 そして、またアドリーヌの裸身に抱きついてきた。

 

「う、ううん……。べ、別に大丈夫よ……。ちょ、ちょっと驚いたけど……」

 

 アドリーヌはエミールと肌を合わせながら言った。

 どきどきしている。

 すごくどきどきしていた。

 エミールの心臓の音はまるでここまで聞こえるくらいに大きく鳴っている。それがうつったのか、アドリーヌの胸もいまは同じくらいに激しく鼓動を打っている。

 

「言いたかったのは、わたしがアドリーヌの崇拝者だということよ。あなたは素敵な女性よ。きっと天道様はあなたのことを可愛がってくれると思う……」

 

「エ、エミールこそ……。そんなに美人なんだから、あなたこそ、天道様は愛してくださるわ。でも、一緒に天道様に気に入っていただけるように頑張りましょうね」

 

 アドリーヌは言った。

 すると、エミールがアドリーヌの身体を離して上体を起こす。

 再び正座をして向き合う態勢に戻った。

 その目の前のエミールの顔が微笑む。

 年齢に不似合いとも思うほどのエミールの妖艶さに、アドリーヌはどきりとした。

 

「ええ、頑張りましょう……。でも、あなたが天道様のことを想っているほんの一部でいいから、同じようにわたしを想ってくれたら、多分、わたしはもっと頑張れるわ……」

 

「えっ?」

 

 意味がよくわからず、アドリーヌは思わず問い返してしまった。

 すると、エミールが小さく笑った。

 

「なんでもない──。忘れて──。じゃあ、始めよう、アドリーヌ。身体の感度をあげるためには、焦らしが一番いいのよね……。調教や集会のときにも、調教官様が言っていたわね。アドリーヌ、いきそうになったら、声をかけてね」

 

 エミールが急に明るい声を出した。

 それはともかく、いまだにエミールの両脚はアドリーヌの膝と膝のあいだにあり、アドリーヌは脚を閉じることができない。

 それがちょっと恥ずかしい。

 

 ずらそうとすると、エミールの膝が追いかけて来て、アドリーヌが脚を閉じることをエミールが許さない。

 顔を見ると、また悪戯っぽく笑っている。

 これはわかっていてやっているみたいだ。

 

 まあいいか……。

 とにかく、アドリーヌは、エミールがやろうと言った寸止め調練のために、集会の後で調教官を追いかけて、改めて聞いてきたことをエミールに教えようと思った。

 今日の集会の後、広間を出ていった調教官を廊下まで追いかけて質問をしたのだ。

 

「それで、エミール──。調教官様にあれからも聞いてきたんだけど、寸止めは、できるだけぎりぎりまで我慢するのがこつなんだって……。ほんの少しでいきそうになるまで我慢して、それでも続け、本当にいくと思うまで我慢してそれでもやめず、最後のぎりぎりのところでやっとやめるの……。それを果てしなく繰り返すんだって。それがこつだそうよ。そうすれば、すぐにもっと淫らな身体になれるって……。とにかく、大切なのは絶対にいかないことと仰ったわ……。頑張ろうね、エミール」

 

 とにかく、ぎりぎりまで耐えるのがいいのだと、繰り返し繰り返し諭された。

 調教官は、ちょっと笑いを堪えるような表情だったけど、すごく効果があると言われたので、アドリーヌは勇気を出して質問をしてよかったと思っている。

 とにかく、アドリーヌは、天道様に相応しい性奴隷になるために、できるだけ淫乱な身体になりたい。 

 

「そうね、頑張ろう、アドリーヌ……。でも、すごいね……」

 

 かっと身体が熱くなった。

 エミールの視線が、アドリーヌの股間にすっと移動したのだ。

 脚を閉じられないアドリーヌの股間の下着は、すでにびっしょりと濡れていて、薄い絹の下着には、はっきりと恥毛が透けている。

 

「い、意地悪──」

 

 咄嗟に手で隠そうとした。

 しかし、それ手を途中でがっしりとエミールに阻まれた。

 

「意地悪じゃないよ、アドリーヌ……。わ、わたしも濡れているもの……。あなたと……こんなこと……するんだから……」

 

 エミールがぎゅっと閉じ合わさっている膝をちょっと開いた。

 すると、確かに、下着に包まれたエミールの股間が露になった。

 エミールの下着も濡れている。

 アドリーヌと同じくらいにびっしょりだ。

 それにしても、どうでもいいが、エミールの膝がどかないので、アドリーヌはさらに脚を開かなければならず、いまは大股開きみたいになっている。 

 すると、その股間に下着の上からエミールがすっと手を動かした。

 

「あんっ」

 

 アドリーヌは思わず鼻息のかかった艶めかしい声をあげて、身悶えてしまった。

 

「ふふ、敏感ね……。それとも、もともと感じやすかった……?」

 

「そ、そんな……、あっ、あああっ」

 

 言い返そうとするが、さらにエミールがアドリーヌの下着の上から手を這わせる。

 それだけで、痺れるような快感が全身に迸り、アドリーヌはなにも喋れなくなってしまう。

 

 実際、ここでの生活は見事なくらいに、アドリーヌの身体を作り変えてしまっていた。

 やはり、元からの素質があったかもしれないが、ちょっとした刺激だけで、もう全身に疼きが走り回り、立っていることはおろか、じっとしていることもできないくらいに感じまくってしまう。

 それだけでなく、痛みや恥辱の中にも快感を見つけられるようになったし、露出にだって異常なくらいに反応してしまう。

 調教のときには全裸になるものの、それにより、人前で裸になることに慣れることなどなく、むしろ、だんだんと恥ずかしさが大きくなるほどで、しかも、服を取り去って裸になると、異常なほどに性感が高まってしまうのだ。

 

「エ、エミールったら」

 

 悪戯っぽく微笑みながら、さらに手を股間を刺激しようとするエミールの手を制して、アドリーヌは今度は自分からエミールの股間に手を伸ばして、下側からすっと撫ぜた。

 

「あっ、あああっ、はううんっ」

 

 エミールがアドリーヌが驚くほどに大きな喘ぎ声をあげ、がくりと上体を倒して、アドリーヌのもたれかかるようにしてきた。

 アドリーヌはちょっとたじろいでしまったくらいだ。

 思わず、手を離す。

 すると、エミールが脱力したようになった。

 

「はあ、はあ……、わ、わたしたちって、ちょっと感じやすすぎるのかもね……。ふふふ、でも、素敵で可愛いアドリーヌが触ってくれるからかもしれないけど……」

 

「また、エミールったら、恥ずかしい言い方しないで……」

 

 アドリーヌはさっきから、エミールがアドリーヌをからかうような物言いや行為ばかりしてくる。

 ちょっと意地悪……。

 

「ふふ、じゃあ、そろそろ脱ごう、アドリーヌ。自主調教は脱がないと……。わたしのはアドリーヌが脱がして……。アドリーヌはわたしが脱がせるね」

 

 エミールが腰をあげて立膝になる。

 アドリーヌも同じようにした。

 ふたりで相手の腰に手を伸ばして、すっとお互いに膝までおろす。

 エミールの股はすでにびしょぬれだった。

 股間から出ている体液が下着の裏にねっとりと糸を引くようになっている。

 自分のはわからないが、多分、エミールよりも汁は多いと思う。

 膝まで下着がおりたところで、ちょっと膝を片側ずつ浮かせるようにして、エミールが下着をさげるのを手伝う。

 エミールも同じようにしてくれた。

 アドリーヌとエミールの股間からむっとするような女の香りがした。

 

「……エミール……」

 

「アドリーヌ……」

 

 さらに手を伸ばして、完全に足首から下着を抜いていく。

 そのときには、当然にお互いに密着して抱くような体勢になる。

 乳房がエミールの身体にあたり捻じれるような感じになり、アドリーヌは喘ぎ声をあげてしまった。

 エミールも淫らな声をだした。

 ふたりとも完全な生まれたままの恰好になったときには、すっかりと興奮してしまった感じになり、アドリーヌも息があがったようになってしまった。

 エミールの息も荒い。

 

「か、変わりばんこでいい、アドリーヌ……? まずは、あなたに奉仕させて……。でも、できるだけ長く我慢してね……。その次はわたしを……」

 

「うん……」

 

 アドリーヌは寝台に仰向けに横たわった。

 エミールがアドリーヌの股間に顔を移動させ、すっと唇でアドリーヌの肉芽を包み込む。

 

「あっ、んんんっ、あああっ」

 

 エミールが繊細な舌遣いで、アドリーヌのクリトリスを優しく吸いあげて、さらに舌先で転がすようにした。

 すでにすっかりと熱くなっていたアドリーヌの身体に、稲妻のような甘美感が走り、背中を弓なりにして甘い声をあげてしまった。  

 

「うふふ、可愛いね、アドリーヌ……。大好きよ……」

 

 エミールがさらに舌を伸ばしてクリトリスを舌から揺らすようにする。

 

「んんっ、んっう、ああっ、ああああっ」

 

 その刺激に腰が砕けたみたいになり、脱力して腰が沈む。

 だが、さらに執拗なエミールの舌責めに、アドリーヌはしらず、腰を右に左にと悶えさせてしまった。

 

「できるだけ我慢するのよ、アドリーヌ……。でも、よがっているアドリーヌって、本当に可愛い……」

 

 一度口を離したエミールがくすくすと笑った。

 また、アドリーヌの股間に顔を埋める。

 

 そうだった……。

 これは寸止めの自主調練なんだ……。

 できるだけ耐えないと……。

 

「はああっ」

 

 しかし、アドリーヌはまたしても、大きな声をあげた。

 エミールの舌が股間を這い回るたびに、すべての思考が飛んでいくような快感が爆発する。

 

 だめよ、我慢しなきゃ……。

 

 だが、アドリーヌは歯を喰いしばるようにするが、舌が動くたびに強烈な快感に襲われてしまい、どうしようもなく淫らな声をあげてしまう。

 

 そのときだった。

 こんこんと扉が外から叩かれた。

 エミールもアドリーヌも、びくりと身体を硬直させた。

 ふたりで扉に視線を向ける。

 

「あたしらだ、入るよ……」

 

 廊下から声がした。

 調教官だ──。

 

 全身に恐怖が走る。

 この時間に調教官が奴隷たちの個室にやってくるということは、臨検に違いなかった。

 あるいは、なにかの理由で、臨時の懲罰をするかである。

 このところ、臨検も懲罰もかなり少なくなっていたが、前は頻繁に行われていた。

 時間の決まっている調教とは異なり、懲罰は厳しい。

 天道様のためとは思っても、やはり怖いものは怖い。

 

「は、はいっ」

 

 エミールが慌てて、アドリーヌの上からどく。

 急いで寝台から降りて立ち、直立不動の体勢になる。

 両手は体側に、首は真っ直ぐ──。

 ぴったりと腿は閉じて、なにがあっても動かない。

 この姿勢は恐怖とともに、徹底的に身体に染み込まされた。

 

 扉が開く。

 ふたりの調教官がそこにいた。

 青チョーカーの面倒を看ることが多い調教官たちであり、あまりアドリーヌは面識がない。追いかけて寸止め調教のやり方を訊ねた調教官とも別の女性だ。

 十数人いる調教官の中ではもっとも若そうであり、アドリーヌたちの年齢に、最も近いと思っていた。

 

「め、雌奴隷七番のアドリーヌは、雌奴隷番号九番のエミールと、自主調教として寸止め調練をしておりました──」

 

「雌奴隷九番のエミールも、雌奴隷七番のアドリーヌと自主調教中です──」

 

 アドリーヌ、エミールは部屋に入ってきたふたりの調教官に向かって絶叫した。

 ちょっとでも声が小さければ、鞭の罰だ。

 

「あっ、違う──。かしこまらなくていい。座って、座ってよ……。ちょっとお願いがあって……」

 

「そうよ……。楽にして、楽に」

 

 しかし、調教官のふたりは慌てたように、手でアドリーヌたちを寝台に座るように促す。

 口調もいつものような厳しいものじゃなく、まったく力を抜いたものだ。

 アドリーヌは呆気にとられた。

 いずれにしても、懲罰や臨検という雰囲気はない。

 とりあえず、エミールとともに、調教官に促されるまま寝台に腰をおろした。

 その前に、調教官のふたりが立つような感じになる。

 

「あ、あのう、お願いというのは……?」

 

 とりあえず、アドリーヌは言った。

 聞き間違いでなければ、目の前の調教官の女性は、アドリーヌたちに“お願いがある”と口にしたと思う。

 すると、調教官ふたりは、ちょっと顔を赤らめた感じになった。

 

「……そのう……。実はね……。ほら、あなたたちって、毎日、天道様にお仕えするために、日中は修行しているよね……。それで日に日に身体も淫らになっていっているのもわかるし、痛みや苦痛にだって、しっかりと感じられるようになっている。だけど、あたしたちはどうしたらいいんだろうって、話していて……」

 

 ひとりがいった。

 すぐに、もうひとりが続いて口を開く。

 

「うん……。あたしたちだって、実はちゃんと天道様にお仕えする修行をしたいんだ……。だから、あの三角木馬を使わせてもらえないかと思って……。サキ様が修行用に渡したやつだ。あれは、あんたの管理なんだよねえ? あれで、あたしらも苦痛の中から快感を見つける修行をしたいんだ。使わせてもらえないだろうか?」

 

 そして、ふたりが頭をさげる素振りをした。

 アドリーヌはびっくりしてしまった。

 ふと見ると、横のエミールも目を丸くしている。

 

 だが、それで思い出した。

 この二、三日、調教終わりの集会のときに、調教官たちも残って、何人か参加するようになっていたが、このふたりは最初から集会に参加していたふたりだ。

 集会で発言することはないが、アドリーヌたちと同じように祭儀に参加し、交わりの儀だってしっかりとやっている。

 どうやら、このふたりは、アドリーヌたちと同じように、調教の修行をしたいと思って、それでやってきたようだ。

 唖然とするとともに、ほっとした。

 

 また、嬉しくもあった。

 アドリーヌたちばかりじゃなく、しっかりと調教官たちにも、スクルズ様のお言葉が浸透して、天道様に対する信仰が拡がっているのだと実感した。

 ただ集会に参加するだけじゃなく、実践により信仰を深めようしてくれているのだ。

 アドリーヌも、天道様にお仕えするために修行することによって得られる幸福感を自分たちで独占するのではなく、できるだけみんなで分かち合いたいという気持ちはある。

 

「あっ、も、もちろんです。今夜はたまたま使っている者がいません。エリザベス……いえ、三十一番が天道様のために外見を磨く訓練と脱衣研究をしているので、かなりの人数がそこに集まっているので……。どうぞ、ご自由にお使いください」

 

 アドリーヌは言った。

 すると、調教官のふたりが破顔した。

 

「ありがとう──。よかった。それと、できれば、今夜だけでなく、これからも空いているときに使わせてもらってもいいだろうか? あたしたちはどうしても、昼間には、天道様にお仕えする修行はできないので、夜にしかできないし……」

 

「うん──。もちろん、分はわきまえているさ。あたしらは、あんたらとは違う。あたしたちが、天道様のお手付きになることは、ないってこともわかっている……。でも、あたしらも天道様のことを想いたいんだ」

 

 ふたりが言った。

 アドリーヌは首を横に振った。

 

「いえ、わたしたちも、ただお仕えせよと命じられているだけで、天道様とお話したことさえありませんし……。調教官様たちと同じです。ただ、想っているだけです」

 

 アドリーヌは言った。

 調教のふたりはにっこりと微笑んだ。

 

「ありがとう、優しいね、あんた……。じゃあ、木馬を使うね。それと、明日からはできるだけ、あんたらの組の調教係に回してもらうよ。あんたらの修行がもっと進むように、徹底的に苛めるし、痛めつける。せめてもの恩返しにね」

 

 調教官のひとりが言った。

 

 徹底的にか……。

 

 ほんのちょっとだけ怖くなったが、ちょっとだけだ。

 確かに、苦しめば苦しむほど、天道様に近づくことになるというのは本当だし……。

 それに、ふたりの表情を見ればわかる。

 このふたりは意地悪でそう言っているんじゃない。

 本気でそれがアドリーヌたちへのお礼と思っているのだ。

 心の底から……。

 もちろん、望むところである。

 

「よろしくお願いします」

 

 アドリーヌは頭をさげた。

 エミールも慌てて、一緒に頭をさげる。

 

「ありがとう」

 

「感謝する」

 

 調教官のふたりが部屋を出ていく。

 再びふたりきりになると、思わずエミールと顔を見合わせる感じになった。

 そして、どちらからということもなく、ふたりで笑い合ってしまった。

 

「始めようか、アドリーヌ……」

 

「そうね……」

 

 笑い合ったあと、エミールが声をかけてきた。

 アドリーヌは頷いた。

 

 しかし、寝台にあがり直そうとすると、再び扉が外から叩かれた。

 調教官たちが戻ってきたのだろうかと思って、ちょっと緊張しながら返事をすると、すっと扉が開く。

 

「まあ」

 

「あれ?」

 

 アドリーヌとエミールは同時に声をあげてしまった。

 扉の外にいたのは、エミールの妹のカミールだった。

 アドリーヌとは二歳下であり、まだ十四歳だ。

 そのカミールが素肌に薄物を身に着けただけで、顔を赤くして立っている。

 

「あ、あのう、で、できれば、わたしもアドリーヌ姉様と、じ、自主調教をさせてもらえないでしょうか? お姉様と一緒に……。実は、わたしは、アドリーヌお姉様のことをずっとお慕いしていて……。それで、できれば……」

 

 カミールが真っ赤な顔になって言った。

 アドリーヌは、カミールのその緊張したような姿がちょっと可愛くて、思わず頬が綻んでしまった。

 

「もちろん、いいわよ……。一緒に天道様のために頑張りましょうね……。ねえ、いいわよね、エミール?」

 

 アドリーヌがそう言うと、カミールが心の底から嬉しそうに微笑んだ。

 一方で、横のエミールが肩を竦めるのがわかった。

 

「……今夜は、わたしがアドリーヌを独占できると思ったのに……。まあいいわ。あなたも来なさい」

 

「だって、お姉様ばかり、お狡いですもの……」

 

 カミールがエミールに向かって、ぷっと頬を膨れさせた。

 しかし、アドリーヌの視線が向いているのがわかると、慌てるように顔を取り繕ったのがわかった。

 カミールは、薄物をさっと脱ぎ捨てて下着一枚になると、寝台にあがって、アドリーヌに嬉しそうに抱きついてきた。

 

 

 

 

(第38話『救世主様の教え』終わり)






 *

【天道教】

 原始教であるクロノス信仰から発展し、統一帝国の初代帝ロウ=サタルスを神格化した宗教。

 通説としては、諸王国時代の末期、兇王ルードルフのもたらしたハロンドール王国の王都の混乱の中において民衆の間に生まれ、初代伝道長フラントワーズを中心に急速に拡がったとされる。
 天道たるロウとその言葉を伝えたスクルズの教えを信仰し、享楽と友愛を重んじ、すべての種族を区別することなく愛することを説く。

 初代帝ロウの即位とともに、皇帝自身の神格否定宣言によって禁教となったが、帝国運営の多くに天道教徒が加わっていたこともあり、禁教処置は厳格なものにはならなかった。
 三代帝***帝時代に禁教処置が解除され、七代帝***のときに国教となった。

 …………。 
 (中略)
 …………。

 現在では、大陸を越えて全世界に拡がっており、東教会と西教会に分裂しているが、両派を合わせた信者数は**億を超え、世界最大である。


 ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


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 第39話  エルフ娘の陥落
494 ひねくれ娘の幸せ


「おい、起きろよ。うんちの時間だぞ」

 

 脇腹を軽く蹴られる感覚があった。

 まどろみから目を覚ますと、そこにいたのはロウだった。

 ぎょっとした。

 ロウが手に持っているのは、浣腸袋という特殊な道具だ。

 袋の一端にある管のようなものをお尻の穴に近づけると、簡単にお尻深く管が刺し込んできて、あとはぐっと袋を絞るだけで、中の液体が簡単に体内に注入されてしまうというものだ。

 趣味の悪いこいつがよく使う魔具であり、まあ、淫具のひとつといえるのかもしれない。

 要するに、無理矢理に女に排便を強要する変態道具だ。

 

 この洞窟に、ロウたちととも滞在することになった最初に、ユイナは、視力とともに眼球紋の魔道を奪われ、逆海老にされて蝋燭による火責めの嗜虐を受けた。

 そのあと、視力と股間の火傷だけは回復してもらい、一転して放置され、女たちと乱交に耽るロウの姿を見せつけられるように、こうやって首輪を洞窟の地面に打ちつけられた直柱に繋げられている日々が続いている。

 その最初の数日のとき、大便を我慢しているのは健康に悪いと、気がついたようにロウが言い、こいつはあの浣腸袋を使って、ユイナに、またもや、みんなの前で惨めに大便をさせたのだ。

 

 公開排便は、初日にロウに小便浣腸を受けたときに次いで、その時が二度目だったが、それ以降は、ユイナは毎日、この柱に結びつけられたまま、排便姿を全員の前で晒させられている。

 糞尿の場所は、柱の横に掘られている穴だ。

 そこに垂れ落とすのだ。

 糞尿だけでなく、食事も寝るのも、ずっと杭に結びつけられたままである。

 まさに犬猫のようなこの扱いに、ユイナも鼻白む思いだ。

 

 しかも、ずっと素っ裸だ。

 まあ、裸であることについては、ロウも女たちも変わりはなかったから気にはならないが、ユイナだけは、粘着性の物質で、ロウによって後手に拘束されたままなので、まるで犬のように地面に置かれた皿に口をつけて食べなければならず、それが惨めさを助長する。

 

 その張本人の男が目の前で浣腸袋を持って嬉しそうに微笑んでいる。

 ユイナは、身体を起こしてロウを睨みつけた。

 

「な、なによ。うんちの時間って……。また、それ? そもそも、いつもの小娘はどうしたのよ──?」

 

 ユイナは抗議の声をあげた。

 しかし、連中が十日間と称するこの狭間の森での「性活」が後半になると、ユイナに構う者も、構われる時間も減り、ミウという小娘が食事を運び、その魔道で糞便の始末をされるだけになっていたのだ。

 しかし、いまは久しぶりに、ロウがやって来た。

 そして、ひとりだ。

 なんだか、愉しそうに、浣腸袋を手に持っている。

 

「お前が、恥ずかしそうにするのが面白いからな。それに、毎日出さないと健康に悪いのも本当だ」

 

 ロウは笑いながら、顎で洞窟の奥を示した。

 ユイナが繋がれている場所の眼の前だが、そこには柔らかそうなマットが敷き詰められて、女たちとロウが性交を繰り返す場所になっている。

 ユイナは視線を向けた。

 

 エルフ美女のエリカ──。

 

 なにかというとユイナを脅迫する小柄な女のコゼ──。

 

 でかい乳をした淫乱女のスクルド──。

 

 スクルドの魔道の弟子らしい小娘のミウ──。

 

 尾がとても敏感な獣人族の娘のイット──。

 

 エルフ族女王であり、実はかなりの残念女だったのがわかった女王ガドニエル──。

 

 その親衛隊長のブルイネン──。

 

 ユイナがロウの女たちに嫌われているのは十分に承知しているが、その全員が完全に意識のない状態で横たわっていた。

 しかも、ただ寝ているだけでなく、大股を開いたままだったり、折り重なっていたり、高尻の状態だったりと、とにかく、本当にあられもない格好だ。

 紛れもなく、ロウが全員を抱き潰してしまったというのは明白だ。

 ユイナも唖然としてしまった。

 

「あ、あんた、これだけの数の女を相手にして、全員を潰したの? どんな絶倫よ」

 

 呆れて言った。

 

「お前との二人きりの時間を作るためだ。もっと早く語り合いたかったが、待たせて悪かったな」

 

 ロウが声をあげて笑った。

 ユイナは、かっと身体が熱くなるのを感じた。

 なんという恥ずかしい言い回しをするのだ。

 

 思わず勘違いしそうになるじゃないか……。

 こんな仕打ちをする男に……とも思うのだが、やっぱり、ユイナはこいつが好きなので、優しい物言いは嬉しく感じてしまうのだ。

 凄く悔しいが……。

 

「な、なによ……」

 

「その気になれば、一日で全員を潰せた。だけど、いままで放置していたのは、あまり早くお前を許せば、お前に対する反感が高くなるからな。でも、これだけ時間をかけて、みんなを愛してやったから、もうそれほどの不満はないだろう。次はユイナの番だ。まずはその首輪の呪縛から解放してやろう。ほらっ」

 

 ロウがユイナの首輪にちょんと触れた。

 なにが起きたかわからなかったが、ユイナがされている首輪は、『絶頂封じの首輪』だとロウが称したものである。

 

 これを施されてもう何日も経っている……。

 忌々しいこの首輪の効果は嫌というほどに思い知らされた。

 だが、もしかして、その呪縛から解放された?

 なにかの変化があった証拠として、首輪自体は外れていないが、ロウが首輪に触れた瞬間に、これまでとまっていた血が一斉に流れ出したような感覚が襲いかかった。

 

 だが、これは……。

 

 妖しい疼きという疼きが全身を走り回る。

 その妖しい感覚は、ずっとユイナが欲しいと思っていた愉悦の頂点にまっしぐらに進んでいく快感の解放に似ていた。

 抑圧されていたものが、一斉に解放されたと確信できるような新たな性感の目覚めだった。

 

「う、ううっ、はああ……」

 

 我慢できずに声が出てしまう。

 よくわからない。

 おかしな疼き……。

 容赦のない淫靡な感覚……。

 まるで全身を柔らかな筆のようなもので撫ぜ続けられているような錯覚の疼きだ。

 全身から脂汗が噴き出し、身じろぎするだけで、息があがって甘い声が出てしまう。

 

「ずっと溜まっていたものが流れだしたからな。しかも、六日か七日分か……? とにかく、すごいだろう……? 罰だからな。鬼畜に抱いてやる。前戯はなしだ。ちょっとわざと痛くするぞ」

 

 ロウが首輪を杭に繋がれたままのユイナを抱き寄せて、筵の上に仰向けに横たわらせる。

 しかも、覆い被さってくる。

 いきなりのことでびっくりしたが、ロウはいまからユイナを抱くつもりらしい。

 しかも、さっきまで手に持っていた浣腸袋が手元から消えている。

 

「な、なによ……。あ、あんた、か、語り合うって……」

 

「俺にとっては同じ意味だ。俺は女を抱けば抱くほど、相手のことがわかる」

 

 ロウがユイナの顔のすぐ前で白い歯を見せた。

 この時間のあいだも、さっきからの妖しい身体の疼きが続いている。

 前戯なしだと称しながら、もう幾日間も静止させられていたらしい絶頂感の解放で、ユイナの身体は快感の流れが堰を切って濁流になったような状態になっている。

 まるでずっと長い愛撫を受け続けていたみたいに身体が激しい疼きで力が入らない。しかも、一気にその状態にされたので、身体も頭もついていかない。

 抵抗力は皆無だ。

 

「う、ううっ」

 

 両腿を抱えあげられ、ロウの怒張の先端が簡単にユイナの秘部の入口を捉えた。

 

「どうだ、ユイナ。処女を失う気持ちは?」

 

「処女?」

 

 処女とささやかされて、馬鹿なことをと、言い返しそうになった。

 なにしろ、ユイナの処女は、この男と知り合うきっかけとなったダルカンの告発状を運ぶときに、それを阻止しようとしたダルカンの手の者にされて凌辱されて失っている。しかも、今回もパリスに捕らわれて拷問を受けているあいだも、何度も違う男たちに犯された。

 いまさら、処女なんてと笑いたくなったが、そういえば、この男はユイナの全身の傷を不思議な淫魔術で治したとき、ユイナの処女膜と膣の状態を生娘のときに戻したとか言っていたっけ……。

 

 それで……。

 

 阿呆か……。

 

「あ、ああっ、痛いいいっ」

 

 ぐいとロウの怒張がユイナの秘裂に侵入してきた。

 思わず悲鳴をあげたものの、それは思ったよりも激しい痛みではなかった。

 むしろ、これくらい痛い方が気持ちいいかも……。

 そう思わせるくらいに上手な挿入だ。

 それに、確かに前戯はなかったが、さっき絶頂封じの首輪の効果をなくされたときに、全身を駆けまわった大きな疼きにより、激しく股間を濡らしている。

 言葉では「痛い」と叫んだが、実は気持ちよさが圧倒的だ。

 

 それにしても、この男は、いつも口で鬼畜ぶっている割には、女遣いが優しすぎる。

 いまも、罰として凌辱するユイナを気持ちよくさせてどうするのだ。

 

 本当に優しすぎる……。

 

 最初の出会いのとき、この男がユイナを助けてくれたことがわかっているのに、知らんぷりして意地悪を言ったときも……。

 

 魔妖精騒動で、ユイナが自分が禁忌の魔道に手を出したにもかかわらず、ロウが疑われて、処刑されそうになったときも……。

 

 そして、今回も……。

 

 ユイナの嘘のせいで、パリスに狙われることになり、命を失いそうになったのに……。

 

 しかも、ユイナのつまらない嫉妬の感情の暴発から、毒煙で取り返しのつかないことをしそうになったのに……。

 

 いつもいつも、この男は優しい……。

 とてもとても、面倒見がいい。

 ユイナが同じ立場なら、自分はユイナのような女に容赦しない。

 そんなことはわかっている。

 自分がどんなに、恩人であるこの男に迷惑をかけたか……。

 それにも関わらず、可愛らしい礼のひとつも口にせず、ひどい態度をとり続けたか……。

 

 それなのに……。

 

「ユイナ、お前を俺が女にしてやるぞ。お前の嫌いな人間族の男にね」

 

 悪ぶったロウがぐっと肉棒をユイナの股間を貫き、あっという間に再生されていたらしい処女膜を突き破った。

 そして、ロウの怒張の先端が子宮近くにまで達した。

 やはり、大きな痛みはない……。

 その分、快感が大きい。

 はしたない声を我慢できない。

 

「ああっ、あ、ああっ、あ、あんたあっ──」

 

 実はロウに女を犯されるのは、これが初めてだ。

 それが、やっと……。

 そのことが、ユイナを感動させていた。

 この男は、ユイナへの腹癒せのつもりだったのだろうが、ずっとユイナを肛姦しても、前を犯さなかったのだ。

 

 しかし、やっと……。

 本当に、やっと……。

 

 やっと、ユイナの女に、この男が手をつけた。

 それは、二度目の破瓜の痛みなど、どこかに消し去ってしまうほどの感動をユイナに与えている。

 

「どうだ、ユイナ──。俺の女になった感想は? だが、まだまだだ。もっと苦しんでもらうぞ」

 

 ロウが激しい律動運動を開始する。

 言葉だけは、痛みに苦しむユイナを無視するかのような物言いだが、実のところ、ロウの亀頭の先端がユイナの気持ちのいいところを探り当てるように擦ってきて、絶息するような快感を一打一打と伝えてくる。

 気持ちよすぎる。

 

「ああ、ああっ、あああっ」

 

 いつの間にかユイナは快感に声をあげていた。

 やはり、この男は優しすぎるのだ。

 

 ユイナの処女膜を再生させたのは、ユイナを破瓜の痛みで苦しませて、苦闘させるためではなかったのか……。

 わざわざ快感を覚えさせてどうする……。

 

 いく……。

 

 ユイナはなにもかも忘れて、ロウに与えられる愉悦に没頭して、快楽の頂点に向かった……。

 

 激しい……。

 途方もない快感……。

 

 ひそかに好きな相手に与えられる快楽の極み……。

 もっとも、無理矢理告白させられたので、すでに「ひそかな想い」などではないが……。

 

 いくうっ──。

 

 ユイナは嬌声をあげて、身体を弓なりにし、ロウに抱かれたまま腰を浮かせた。

 

 そのときだった。

 

 ちゅるちゅる……。

 ぎゅるぎゅる……。

 

 なに?

 お尻に違和感が……。

 

 そして、はっとした。

 一気に身体が絶望感に冷たくなる。

 そのため、まさに寸前まで到達しかけていた絶頂感まで遠のいた。

 

 なにをされたのかがわかったのだ。

 この男は、ユイナがまさに絶頂しようとする瞬間を狙って、浣腸袋の管をユイナの肛門に挿し込み、袋を絞って液体を腸に注ぎ込んだのだ。

 その衝撃で快感が吹き飛んで、ユイナは絶頂から遠のいてしまったが、それを狙ったように、ロウがユイナの子宮に精を注ぎ込んだのがわかった。

 

「ははは、簡単にいけると思ったか、ユイナ? お前を昇天させるのも、ぎりぎりで留めるのも、俺の自由自在だ。絶頂したければ、土下座をして俺の足の指を舐めるんだね」

 

 ロウがユイナの股間と肛門から、男根と浣腸袋の管を抜きながら笑った。

 ユイナは歯ぎしりした。

 

 心の言葉は前言撤回だ。

 やっぱり、こいつは鬼畜だ。

 すでに浣腸袋の中の液体がユイナのお腹の中で暴れ始めている。

 

「さてと……。じゃあ、次は排便を我慢しているユイナを犯してみるかな? 今度は邪魔をしないよ。ちゃんと絶頂できたら、そこの掘った穴でさせてやろう。さもなきゃ、俺の身体をうんちだらけにした罰として、舌で全部掃除させてやる」

 

 今度は、ロウはユイナを胡坐に座った股間に抱きよせ、今度は上を向いている怒張に股間を被せるようにして、再びユイナの股間に怒張を挿入しようとしてきた。

 対面座位という体勢らしく、見ていた限り、この男が一番好きな体位のようだ。

 それはともかく、ユイナは驚愕した。

 

「じょ、冗談じゃないわよ──。ふ、ふざけないで──。こんな状態で犯すなんて、気でもおかしいの──。よ、汚すわよ──。む、無理よお──。あんたに与えられる快感を我慢できるわけないじゃなのよお」

 

「快感を我慢しろなんて、言ってないよ。達していいんだ。我慢するのはうんちだけさ。次は処女の股でなく、性交の快感を覚えきった淫女の股だ。こっちも味わってくれ」

 

 一郎は笑いながら、後手に拘束されているユイナの腰を押さえて、上下に動かし始める。

 またも、おかしな術でも遣ったのか、膣がロウの怒張を上下するたびに、気が遠くなるような快感が全身を駆けまわる。

 

「う、うひっ、うひいっ、あはあっ、うひいいい」

 

 もはや叫ぶしかない。

 ユイナは、あっという間に快感の頂点に引きあげれた。

 だが、限界まで迫っている便意がユイナを快感に没頭することを許さない。

 

「変な反応するなあ」

 

 ロウがユイナの腰を強引に上下しながら笑った。

 なにを考えているのか……。

 快感も排泄の我慢も限界だ……。

 これ以上は──。

 ユイナを絶望が襲う。

 

「だ、だめええええ」

 

 ユイナは絶叫した。

 せりあがった快感に、今度はユイナはなんの制御もできなかった。

 ロウから与えられる快感に考える力を失わされ、ロウに跨ったまま全身を弓なりにして絶頂した。

 長い長い絶頂への飢餓感の末にやってきた快感の飛翔は、とてつもない気持ちよさだった。

 しかし、同時にユイナは、一瞬、お尻を締めつけることを忘れてしまっていた。

 そして、それで十分だった。

 ユイナは絶頂をしながら、ロウの腰に糞便をまき散らしてしまっていた。

 

「ああっ、ご、ごめんなさいいいっ」

 

 ユイナは泣き出してしまった。

 それでも一度始まった排便は、とめることなど不可能だ。

 汚物がユイナとロウの身体を汚していく。

 ユイナは、自分とロウの身体を糞便だらけにしたまま、快感の昇天を極めていっていた。

 

「いいじゃないか。臭い仲になろうぜ」

 

 ロウが大きな声で笑った。

 だが、その落ち着きぶりにかっとなる。

 ユイナは号泣しながら、そして、達しながら、ロウに腹がたってきた。

 

 しかし、またもや、はっとした。

 

 排便をしながら達するというだけでなく、その大便をロウの身体に撒き散らしてしまうという醜態に、がっくりと脱力して号泣をしていたユイナだったが、想像していた大便にまみれる気色悪さや、それどころか匂いまで存在しないことに気がついたのだ。

 

 つまり、排泄した汚物が消えている……。

 しかも、浣腸液によるお腹の痛みすらない。

 

「えっ? えっ? ど、どうして……? ううっ」

 

 呟くように言った。

 だが、身じろぎしたことで、ユイナの股間に大きな疼きが走る。

 まき散らしたと思っていた大便こそないが、ロウと対面座位の状況で接し、ロウの怒張さえ、ユイナの中に入り込んでいるのは、そのままなのだ。

 それにしても、大便だけがないのはどうして……?

 

 どういうこと……?

 

「さすがのツンデレちゃんのユイナも、犯されながら粗相をさせられるのは肝が冷えたか? まあ、本当にさせてもよかったけど、いまのは亜空間による幻だ。ユイナが排便をしたのはな。いまは、すでに現実空間に戻っているよ」

 

 つんでれちゃん……?

 亜空間……?

 

 喋っていることは、よくわけがわからないが、とにかく、さっきのは現実ではないと言っているようだ。

 しかし、排便をした感覚がいまでも……。

 そもそも、どこからどこまでが現実で、どこからどこまでが亜空間とやらだったのか、さっぱりとわからない。

 

 だけど……。

 まあ、よかったか……。

 

 いずれにしても、気が動顛して、なかなか我に返ることができなかった。

 ユイナが目の前のロウを睨んで、悪態をつけるようになったのは、しばらくしてからだ。

 そのあいだも、ロウの怒張は、ユイナの股間に入りっぱなしで、まったく小さくなる気配さえない。

 かなりの時間呆然としていたとは思うが、ロウは身じろぎさえもしないのに、ずっと股間を大きくしたままだ。

 男の生理の仕組みなど、ユイナが詳しく知りようもないのだが、それはそれで大したものなのではないかと思ったりもする。

 

「あ、悪趣味ねえ……」

 

 とにかく、ユイナはそれだけを言った。

 すると、ユイナを対面座位で抱いているロウが愉しそうに微笑んでいる

 

「今頃、気がついたか? 悪趣味で変態で鬼畜なんだ、俺は──。こんな俺の性奴隷になったんだ。せいぜい覚悟するんだね」

 

 ロウが声をあげて笑った。

 ユイナは、とんと額をロウに当てるようにしながら溜息をついた。

 

「確かに、あんたは悪趣味で……変態よ……。でも、鬼畜ではないわね……。鬼畜なんて、あんたみたいな男がおこがましいわよ。笑わせないで……」

 

 ユイナはわざと馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 すると、ロウは気を悪くした様子もなく、ユイナを抱いたままくすくすと笑った。

 

「なにがおかしいのよ?」

 

 その余裕ぶった笑いが気に入らなくて、ユイナはちょっとむっとして言った。

 

「俺に犯されながら、そんな憎まれ口を叩ける女は珍しいからね……。ほらっ」

 

「ひゃん」

 

 ユイナは大きな声で甘い声をあげてしまった。

 ロウがユイナの中に収まっている肉棒を軽く揺すったのだが、その瞬間に、激しい愉悦が全身に迸り、ユイナは激しく喘がされてしまったのだ。

 なにをされたのかもわからなかった。

 しかし、ロウの男根の先端は間違いなく、ユイナの一番気持ちいい場所を思い切り擦った。

 再生とはいえ、ユイナはたったいままで処女だったはずだ。

 それにもかかわらず、ユイナはほんの少しの膣内への愛撫だけで、この男の前で余裕のない痴態を晒してしまった。

 まるで、お前は淫乱だと笑われているようで、ユイナはかっと自分の顔が熱くなるのを感じた。

 

「な、なによ──」

 

 一度動かしただけで、ロウは股間を動かすのをやめたが、こいつはユイナをいかせるのも、いかせないのも自由自在だと主張したいらしい。

 ユイナの慌てぶりに満足したのか、ロウはにやりと得意そうに笑みを浮かべる。

 これも面白くない。

 

「こんな風に意地悪をする男が鬼畜でないって?」

 

 一郎がまた言った。

 ユイナは呆れてしまった。

 

「鬼畜というのはパリスの男のような者をいうのよ。わたしは、あいつの部下に、三度全部の歯を金具で引き抜かれたわ。爪は十回は引き剥がされた。爪の下に釘を打ちつけられたのは五回以上。膣を内側から焼かれたのは多分三回。お尻は十回以上ね。目に針を刺されて、失明させられる恐怖も味わったわ。その都度、回復術で元通りにされて、次の拷問を受けられる状態に戻されたけどね……。それくらいのことをやって、あんたは鬼畜を名乗りなさい。だって、あんたは、わたしの顔に刺青をすると言って、まだしないし、股の豆の皮を切除すると言っておいて、まだやらないわね。あんたの鬼畜は口だけよ」

 

 ユイナは一気に言った。

 しかし、ロウはユイナを抱きながら、肩を竦める仕草をしただけだ。

 だが、そんな些細な動きだけで、ユイナは股間を翻弄されて、またも声を出させられた。

 これは、なにかの仕掛けがあるに違いない。

 いくらなんでも、ちょっと股を動かされただけで、これだけの快感などあり得ない。

 

「もしかして、俺が淫魔術を使って、ユイナの身体を操っていると思っているか? それは違うぞ。確かにユイナの気持ちのいい場所を探して刺激はしているが、断じて、ユイナの身体にはなんの仕掛けもしていない。ユイナが感じているのは、正真正銘、自分の身体が感じているだけだ」

 

 まるでユイナの心を読んでいるかのように、ロウが言った。

 前から思っていたが、この男の勘の良さは、本当に神がかっている。

 

「そうそう、それから、ユイナの顔の刺青だけはするぞ。ガドにも相談したが、里で侮辱刑なしの死刑判決を受けたお前の命を助けるためには、やっぱり、俺の奴隷になるというのは、最大の妥協点らしい。事が終わったら、お前の額に刺青を打ち込む。それと同時に魔道的に俺に隷属する刻印を施す。さもなければ、エルフ族の掟とやらを覆せないらしい。まあ、そのつもりでな」

 

「そういうことをいちいち説明してくれるのが、あんたの優しさなのよ──。鬼畜ぶりたいのなら、黙って、わたしの額に刺青を打ち込めばいいのよ。言い訳しないと鬼畜ができないなら、鬼畜を名乗るのはやめなさい」

 

 ユイナはロウの裸の胸に額を押しつけながら、呆れて言った。

 すると、ロウが初めて、当惑したような声の反応をした。

 たったそれだけのことなのに、ユイナはものすごく嬉しくなった。

 

「んふうっ」

 

 するといきなり、またもや股間に挿入されている怒張を動かされてしまった。

 すぐに終わったのだが、腹癒せのようなロウのいたぶりに、ユイナはきっとロウを睨んだ。

 

「あ、あんたねえ……」

 

「なんだい? さっきも言ったけど、これはお前の身体がだな……」

 

「もういいわよ──」

 

 ユイナはロウの言葉を遮った。

 ロウがくすりと笑う。

 

「だけど、お前とのセックス、悪くないな……。遠慮なくいたぶれる。実をいうと、お前は俺の鬼畜の目覚めなんだぜ。お前を好きなようにいたぶることで、なんというか……。それ以来、女に対する遠慮のようなものがなくなったんだ……。そういう意味では、お前に感謝しているよ。それから先は実に女を抱くのが愉しくなった」

 

「ば、馬鹿ねえ……。あ、あんたって、本当に馬鹿ねぇ──」

 

 ユイナは心の底からそう思って嘆息した。

 なんという馬鹿な男性だろう。

 ユイナとの性交を少しでも意味あるものと考えてくれるなどと……。

 

 これまでに、ユイナを犯した男のすべては、ユイナを女としてどころか、なにかの価値のある存在として見なさなかった。

 それにも関わらず、ユイナを犯して感謝するなどと……。

 この男特有の女を悦ばせる技としても、ユイナのような女にとって、これは嬉しすぎる。

 やっぱり、こいつは阿呆だ。

 ユイナは押しつけている顔をさらに強くロウにすりつけた。

 

「そういえば、さっきも言っていたけど、なんでお前はパリスの拷問に耐えられたんだ? あいつの拷問は凄まじかった。俺は半日で音をあげた。同時になんの良心の呵責もなく、殺す気になったな」

 

「そういえば、ちゃんと言っていなかったけど、お礼を言うわ。あんたらがパリスを殺したのは、わたしもすかっとしたわね……。後先考えずに、呪術にかかりかけたのはいただけないけど。あいつは、自分が殺した相手や、殺された相手の魂を引き抜いて、自分のものにする闇魔道の遣い手だったのよ。それを知らずに、襲いかかるなんてね」

 

 パリスの能力のことは、パリスから拷問を受けているあいだに、ひそかに眼球紋による鑑定術を駆使して知った。

 それに禁忌の魔道を調べまくって、古代魔道まで遡って研究したユイナには、闇魔道のことを接すればかなりわかる。

 また、自分の能力に過信があるのか、パリスはああみえて、隙の多い男であり、鑑定術を深めると、相手に勘付かれるので、普通は浅いところで留めるのが普通なのだが、あのパリスについては、かなりのところまで深めても、まるで無頓着だった。

 それで、それなりのことをパリスについては知ったと思う。

 

 正常に存在する魂に対して、小さくはない部分が欠けている子供……。

 そして、あいつには心臓もないことも……。

 

 魂が欠けているのは、あいつが禁忌魔道である『魂の分離』の術を使っている証拠だ。自分の本体の魂が死んだとき、欠片から復活するための保険だ。

 魂の欠片を生け贄になる存在に入れておき、本体の魂が損失したときに、その生け贄を殺して、その身体を乗っ取るという闇魔道だ。

 

 また、心臓がないことも、臓器を外に隔離して魔道的な繋がりを保持させるという行為を通じた、なんらかの自分の死に対する保険の一瞬だろう。臓器を外に出すということがどういう意味なのかは知らないが、あいつには、まだまだ秘密がある。

 

「俺がパリスの闇魔道の知識がなく、後手に回るのは仕方ないだろう。ところで、イムドリスへの乗り込みのときはついてこいよ。お前の闇魔道の知識は、やはり武器になる」

 

「はいはい。まあ、せいぜい守ってよね。わたしは、あんたらに魔道を封じられて、眼球紋まで消失させられて、無力なんだから」

 

 すでに、現段階でパリスについて知っていることは、とりあえず、これまでの時間の中ですべて話している。

 ロウは、ガドニエルあたりと色々と相談もしていたようだが、結局のところ、よくわからないようだ。

 

 ユイナの悪態のような言葉を受けても、ロウは朗らかにくすりと微笑んだだけだった。

 本当にむかつく男だ。

 ユイナがこれだけ苛立ちをぶつけているのに、もっと感情を激してくれないと、ユイナがいたたまれない。

 

「ひんっ」

 

 そのときだった。

 ユイナの中に入っているロウの男根がまるでユイナをからかうように、びくびくと動いたのだ。

 しかも、ほんのひと動きしただけなのに、それだけで気が遠くなるような快感が全身に迸った。

 ユイナは脱力してしまい、後手に拘束されたまま、ロウの胸に、今度は顔だけじゃなく、身体のすべてを預けるようにしてしまった。

 すると、ロウがユイナを支えるように、ぎゅっと抱く。

 ほっとして、不思議な安堵が拡がる。

 

 同時にむかつく。

 その余裕がむかつく。

 

 ユイナとの格の違いを見せつけられているようで、本当にむかつく。

 絶対に追いつけないような大人ぶりが苛立つ。

 ユイナがこんなにこいつを好きなんだから、ユイナを好きになればいいのだ。

 

「……ところで、さっきの話の続きだ……。俺にとっては、パリスを確実に殺す機会を待っている半日だったが、お前の場合は、なんの助けも希望もない絶望の日々だったはずだ……。それでも、お前は耐え続けて、隠し持っていた古文書をついに渡さなかった。それが不思議でね。余程に大切な古文書だったからだとは思うが……」

 

 ロウが何事もなかったかのように、平然と話を続け出した。

 やはり、苛立つ男だ……。

 

「あ、あんなもの……。大して大切でもないわよ……。中身はすべて頭の中よ……。ああ、処分するって言っていたわよね。遠慮なく処分していいわよ。まだ、してなければね」

 

 あの古文書は、最初にロウたちに没収されたままだ。

 罰として燃やすとか言っていたが、この男のことだから、まだ保管しているのだろう。

 

 それはともかく、いま、ユイナが喋ったことは本当だ。

 本当に、古文書なんて、別にどうでもよかった。

 パリスの拷問に屈せずに、あいつに古文書を渡さなかったのは、それが、なんだかんだで、こいつとの思い出の品物だったからだ。

 ほかに理由などなにもない。

 こいつの絵を描いて自慰の材料にしたのも同じ理由だ。

 あの古文書は、こいつとの唯一の思い出だった。

 こいつが死んだと思い込んでいたから……。

 

「そう……なのか?」

 

 すると、ロウがちょっと当惑した表情になった。

 ほんの少しだが、こいつを戸惑わせたりできると、溜飲が下がる気がする。

 ユイナは微笑んだ。

 初日に、こいつのおかしな術で、ユイナの隠している本音を次々に暴露させられた。

 その術がいまだにかかっているのか、もう解除されているのか知らないが、なにを隠しても無駄だという感覚があるので、もはや、嘘をいう気にもなれない。

 

「なにを考えて拷問に耐えていたかと訊いたわね……。教えてあげるわ──。考えていたのは、あんたのことよ──。わたしはずっとあんたのことしか考えていなかった。あの拷問だって、実際にはあんたがわたしにやっているんだと思い込んだ。そう思い込んだから、楽になった。なんだって耐えられたし、むしろ、もっと、あんたに近づく気がした……。結構幸せだったのよ……。あんたに酷い目に遭わされているのだと想像するのは……。古文書を渡さない限り、命を奪われないのはわかっていたし……。だから、あんたの名を出した。わたしはあんたの恋人で、あんたはわたしを嗜虐するけど、実はわたしを大切にしてるんだと想像した。人伝で、死んだと一度耳にしたけど、嘘をつくことで、あんたは遠いハロンドールの王都で絶対に生きていると夢想した。すると、むしろ幸せな気持ちになったわ……。だから、あんたが目の前に現れたとき、夢かと思った。あんたが生きていて、しかも、わたしの前にもう一度現われるだなんて……」

 

 ユイナはロウの胸に頭をつけたまま、ひとりごとのような小さな声でささやいた。



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495 淫魔師とエルフ娘

 対面座位で密着している目の前のロウがくすくすと笑った。

 ユイナは我に返り、羞恥が全身を襲うのを感じた。

 勢いに乗ったとはいえ、なんと恥ずかしいことを……。

 

「い、いまのはなんでもないわよ。う、嘘よ──。本当じゃないからね。わ、わたしがあんたにべた惚れだなんて……」

 

 ユイナは、そこまで口走ってから、口から勝手に心の本音が飛び出して来ないことに気がついた。

 ここに連れ込まれた初日、ユイナはこいつから本音しか喋れなくなる術をかけられて、散々にロウやロウの女たちにからかわれた。

 どうやら、そのときにかけられてた、おかしな術からは解放されているようだ。

 

「まあ、そういうことにしておくか……。俺はこんなんだから、お前だけとはいかないけど、ユイナのことも結構気に入っている。からかうと愉しいしな……。まあ、好きかな。こんな変態だから、特殊なかたちでしか愛さないけどな」

 

 一郎が笑った。

 ユイナはかっと身体が熱くなるのを感じた。

 こいつはなにを口にするのだ──。

 ユイナのことを好きなどと──。

 ま、まったく……。

 すると、いまだに挿入されっぱなしの股間が熱くなった。

 じゅんと、またもやまとまった愛液が膣の中で迸るのを感じた。

 全身が痺れたような感じになり、ユイナは思わず一郎に体重を預けてしまった。

 

「な、なに、い、言ってんのよ。ば、ばかなことを……。それよりもいいかげんに抜いてよ。いつまでこうしてんのよ」

 

 無理矢理に抜こうとする。

 だが、腰をあげたところで、まだ抜けかけていただけの腰をぐんと揺らされた。

 後手に拘束されている体勢が崩れて、一気に奥まで一郎の怒張が突き挿さる。

 

「んふうううっ」

 

 怒張の尖端がユイナの一番気持ちのいい場所を擦り貫く。

 軽く絶頂してしまいユイナは全身を弓なりにして全身を痙攣させてしまった。

 一郎がそのユイナをぎゅっと抱きしめて引き寄せた。

 

「気持ちよさそうだな。俺の調教が病みつきになったか?」

 

「な、なにが……」

 

 ユイナは肩で息をしながら、顔をあげて一郎を睨む。

 しかし、こいつはにやにやと微笑むだけだ。

 それがむかつく。

 だが、確かに性行為については、神がかりに上手かもしれない。

 それだけは確かだろう。

 

「それよりも、知っているか? 隷属の紋様というのは、主人に絶対に逆らえなくなるんだろ? 王都の広場で自慰をしろと命令されても、やるしかないんだぞ。本当に愉しみだなあ」

 

 ロウが笑い声をあげた。

 ユイナはかっとなった。

 

「冗談じゃないわよ。そ、そんなことしないわよ──。変なことさせたら、承知しないからね──」

 

「そうやって、嫌がるのを無理矢理にやらせるのが調教というやつさ。まあ、愉しみにしてな。俺の女たちは、もっと過激な行為をやって、いまみたいな立派なマゾになったんだ。お前もそうなる。いや、してみせる。露出責めの大好きなマゾエルフに仕立ててやるからな」

 

「な、なにが露出責め大好きよ──。あんたの女たちと一緒にしないでよ──。あんたの周りの女が異常なのよ。まあ、強いけどね……。そもそも、あんたが凄いんじゃなくて、エリカさんたちが凄いのよ。それをあんたの力と間違うんじゃないわよ──」

 

 それにしても、なんでこいつは、いつも冷静沈着で、なにかに動じた様子を示さないんだろう……。

 接すれば接するほど、こいつとの差をユイナは感じてしまう。

 ユイナは、どうにかして、こいつを言い負かしてやりたくて、そう言った。

 もっとも、実際には、すでにユイナは、この男に一目も二目も置く気になっている。

 こいつは女扱いが上手いだけじゃない。

 常に冷静で、何事にも正確で的確な判断をする。

 粘性体の術や亜空間とかの術も、どんな高位魔道遣いでも、真似できないような技だ。

 わずか二年のはずなのだが、最初に褐色エルフの里で出会ったときと比べても別人だ。

 まあ、そのときだって、なかなかに大した軍師ぶりであり、ユイナたちを危機から救ってくれたのだが……。

 

「おう、もっともだ。なぜか俺を慕ってくれる女たちに比べれば、俺は凡人もいいところだ。ちゃんと自覚してるぞ」

 

 だが、ロウは特に気を悪くした感じもなく、屈託なく笑った。

 ユイナは、さらに苛ついた。

 

「だ、だったら、少しは自重しなさいよ。あんた、いくらなんでもやりすぎよ。あんたの女たち全員が抱き潰されて倒れているじゃないのよ──。しかも、全部生出しでしょう? 子供ができたら、どうするのよ──。ちゃんと避妊薬飲んでいるんでしょうねえ」

 

「避妊薬? サビナ草のことか? あれは女が飲むんだろう?」

 

 ロウがきょとんとした表情で言った。

 サビナ草というのは、世間に蔓延している絶対確実な避妊薬の原料であり、しかも、安価であるので、まだ妊娠を望まない若い女は誰でも服用している一般的な薬である。

 だが、別に女限定というわけではない。

 男が飲んでも、同様の効果がある。

 

「なに言ってんのよ。あれはねえ……」

 

 ユイナは呆れて、正しいサビナ草の特徴と使用法について教えた。

 ロウは本当に男が飲んでも避妊効果があると承知していなかったようであり、頭を搔いていた。

 

「そういうものなのか。エリカがこれは女が飲めばいいものだと教えたんで、そういうものだと思い込んでいたよ……。ただ、どっちにしても、俺には不要だ。淫魔師の俺には、生出ししても女を孕ませることはないし、逆に俺が望めば、避妊薬なんか関係なく、女を孕ませられる……。ハロンドールの王都に戻れば、ふたりほど妊娠しているらしいけどね」

 

 ハロンドールの王女とその姉を妊娠させたという話のことだろう。

 ユイナはよくわからないが、あのスクルドがそんな話をしてたようだ。しかも、こいつは、それで人間族の王家から手配書をばらまかれて、入国次第に捕縛される可能性もあるということだ。

 王女を孕ませるとはとんでもないことをする男だと思ったが、こっちに来たら来たで、エルフ女王のガドニエルをすっかりと性奴隷みたいにしてしまっている。

 まだ、女王の隠し宮であるイムドリスを乗っ取られて、脱走中の女王であるけれども、戻ったら、この男はこのままエルフ族女王の伴侶ということになるのだろうか?

 いや、人間族がエルフ女王の伴侶などありえないか……。

 しかし、話を耳にしている限り、人間族の国に戻るのは危険極まりない気もするし……。

 

「だ、だけど、あんたどうするのよ……? こっちのことが終わったら……。人間族の国に戻るの?」

 

 ユイナは訊ねた。

 

「んっ? なんでだ? そりゃあ、戻るだろう。まあ、あっちに残している女もいる。しかも、俺の子がお腹にもいるらしいしな」

 

「だけど、手配書が回されたって言ってたじゃないのよ──。捕まるわよ」

 

「おっ、心配してくれるのか? だけど、問題ないようにはしてやろう。お前の隷属については、俺が死ねば、奴隷開放されるように刻んでもらってやる。俺が捕まって死刑になれば、お前は自由だ」

 

「縁起でもないことを言ってんじゃないわよ──」

 

 折角助かったのに、簡単に死なれて堪るものか……。

 冗談でも、そんなことを口にするこいつに腹がたって怒鳴った。

 すると、一瞬だがこいつが怯んだような表情になる。

 だが、すぐに柔和に微笑み直した。

 

「……本気で心配してくれているんだな……。わかる……な。ありがとう。真面目な話、戻り方は考えるよ。しっかりと調べて対策も練る。だけど、こっちの問題を片付けないとな。まずは、イムドリスを取り返さないと」

 

「そ、そうね……。ねえ、だったら手を外してよ。あとで拘束してもいいから……。あ、あんたを抱きしめたいわ……」

 

 言ってみた。

 次の瞬間、あっさりと背中で拘束されていた両腕が自由になる。

 呆気にとられたが、ユイナは、一郎の背中に手をまわして、ぎゅっと抱きしめる。

 すると、今度はこいつの背中側で、ユイナの両手首を束ねるように、なにかが発生してぎゅっと両手首が密着された。

 また、粘性体だろう。

 ユイナは、一郎の背中に両手で抱きつくようにして外れなくされた。

 

「な、なによ──」

 

「思う存分抱きついてもらっていいぞ。ただ、俺は女を拘束して抱く方が興奮するんだ」

 

「この変態……」

 

 ユイナは呆れて軽く舌打ちした。

 もっとも、実のところ、ユイナもこいつに抱かれるのであれば、動けなくされて抱かれた方が興奮するかもしれないと思ったが、さすがにそれは口にしない。

 

「そんなことより、さっきの話だが、じゃあ、試しにお前が孕んでみるか、ユイナ? 人間族との子を妊娠してみるというのはどうだい? 俺が自由自在に子種を仕込めるというのは嘘じゃないぞ。だが、実際のところ試したことがないからわからんけどな。だから、実験台にしてやろう」

 

 ロウが悪戯を思いついたような顔でにやりと笑った。

 

「あ、あんたの子を──?」

 

 思わず声をあげたが、すぐにそれもありかなと思った。

 そもそも嫌だという感情は沸いていない。

 だけど、この男の軽口は、どうやらユイナをからかいたいみたいだ。おそらく、妊娠をさせるといえば、ユイナが烈火のごとく怒ると思っているのだろう。

 しかし、ユイナとしては、むしろ、こいつの子を産むとしたらどうだろうという打算的な考えが浮かんだ。

 この男の性奴隷になるのは、もはや逃れられない運命であるようだし、正直にいえば、ユイナはこの男が嫌いじゃない。

 むしろ、好ましい。

 好きに決まっている。

 

 命の恩人には間違いないし、これほどの恩知らずのことをしたユイナをなんだかんだで受け入れるほどの度量を持つ男だ……。

 人間族であるというのは欠点ではあるが、せいぜい数十年の人間族の寿命程度を添い遂げてやってもいいくらいの情はある。

 

 そもそも、考えてみると、この男の子供を最初に身ごもるということになれば、大勢いるこの男の女の序列の高位に一気に食い込める可能性もある。

 そうか、この男の子供か……。

 もしかして、悪くないかも。

 少なくとも、いまよりも待遇がよくなることは間違いない気もする。

 

「べ、別に……、そうしたければ……いいわよ。わたしはあんたの奴隷なんだし……」

 

 とりあえず言った。

 すると、ロウが急にたじろいだような顔になった。

 

「な、なに言ってんだよ……。そ、そりゃあ、いつかはそういうことになるかもしれないけど、お、お前、嫌じゃないのかよ──。俺の子供を孕まさせられるんだぞ──」

 

 なんだか慌てている。

 その姿が妙に可笑しく感じた。

 

「あんたが言ったんでしょう。遠慮なく孕ませないさいよ。さっきも言ったけど、わたしはあんたがそんなに嫌いじゃないわ。まあ、あんたの子供くらい、産んでもいいくらいには好ましく思ってるわよ」

 

 ユイナがけらけらと笑うと、ロウがますます当惑した表情になった。

 初めてユイナは、ロウより優位に立った気がして、嬉しくなった。

 

「も、もう、その話はいいよ……。とりあえず、ずりねたは返すぞ。王都デビューに必要だしな」

 

 照れ隠しなのか、ロウが話題を打ち切って、急に手元からユイナからとりあげたままだった古文書を出現させた。

 おそらく、亜空間の術とかいうやつだろう。

 やっぱり、処分していなかったのだ。思った通り、こいつの鬼畜は口だけのことだ。

 

「な、なによ……。じゃ、じゃあ、手を解いてよ……」

 

 ユイナの両腕は、いまはこいつの背中で粘着成分の術によって拘束されている。

 

「いや、その前に、ユイナ、ちょっとした賭けをするか?」

 

 すると、いきなりロウが古文書をユイナの口に近づけてにやりと笑った。

 

「賭け?」

 

 いやな予感しかしない。

 この男がこういう笑顔をユイナに向けるときには碌なことはない。

 

「簡単だ。ユイナはこの古文書を口に咥え、砂時計が尽きるまで古文書を口から離さなければ勝ちだ。そのときには、古文書を返すだけじゃなく、眼球紋もすべて元に戻すし、身体に刻まれている魔道封じの紋章も消滅させてやろう。俺の淫魔術なら簡単なことだ」

 

 ロウが宙から小さな砂時計を取り出した。

 一見すると、1タルザン計(1タルザン=約1分30秒)のようだ。

 この男に与えられる刺激が神がかっているのはわかっているが、たったの1タルザンだ。

 それくらいなら……。

 

「おかしな仕掛けはないでしょうねえ。それは本当の時計ね?」

 

「至極普通の1タルザン計だ。名誉にかけて時計に仕掛けはない。仕掛けをするのは、ユイナへの責めかな……。だけど、たったの1タルザンくらいなら、余程の淫乱娘じゃない限り、口を開かないくらいできるだろう?」

 

 ロウが挑発するように言った。

 だが、確かにロウの言うとおりだ。

 1タルザン程度なら、この男の手管にも……。

 ユイナは覚悟した。

 

「や、やるわ……。約束は守りなさいよ」

 

 その程度の時間くらい、いくらなんでも大丈夫だと思った。

 こいつの責めに慣れたとはいえないが、首輪の効果を解放された直後のような激しい疼きの暴流のようなものはなくなっている。その証拠に、いまでもユイナの膣にはロウの男根が埋められたままだが、それほどに気にならなくなっている。

 第一、この賭けに負けてもユイナには損はないが、勝てば魔道が復活するのだ。

 やらない手はない。

 

「じゃあ、始めるぞ」

 

 ロウが砂時計を地面に置いてひっくり返すとともに、ユイナの口に古文書を咥えさせる。

 かなりの重みがあるし、厚さもあるのだが、大きく口を開けば保持できないものではない。実際にユイナはがっしりと古文書を口で咥えることに成功した。

 

「とりあえず、こんなところからかな……」

 

 ロウが ユイナの右脚を軽く掴んで、勢いよく引き戻す仕草をした。

 

「んんんんっ、んんんっ」

 

 たったそれだけの動きなのに、ロウの男根が自分の身体に深くまで沈み込み、ユイナは悲鳴をあげそうになり、狂ったように身体を捩らせた。

 このときはじめて、ユイナはこの勝負について、自分に利が少ないことを悟った。

 ずっと挿入されたままの状態で保持されていたことは、思った以上にユイナの身体を性の生殺しのような状況に陥らせていたらしい。

 

 いや、もしかしたら、これもこの男特有のユイナへの仕掛けなのか……?

 あるいは、わざと疼きを停止させておいて、勝負が開始されてから元に戻した?

 とにかく、一瞬にして気が飛びそうになり、慌てて口に力を入れなかったら、間違いなくユイナは古文書を口から離していただろう。

 

「どうやら、仕掛けに気がついたか? 六日も七日もとめられていた性の疼きが一回や二回くらいの絶頂で収まるものか。多分、三日くらいは、なんらかの後遺症は続くぞ」

 

 やっぱりそうだったのかと思った。

 しかし、ロウがユイナの腰を両手で持ち、軽く持ちあげるようにしてロウの怒張に貫かれたままの膣を回すよう動かし始めると、ユイナの思考はそれだけで飛んでしまった。

 ユイナの感じる場所に、亀頭の先がごりごりと当たってくる。

 とにかく、必死に口を噛んで古文書を咥える顎に力を注いだ。

 それしか考えられない。

 

「ところで、賭けの罰を決めてなかったな。実は、王都の屋敷から、女淫輪(じょいんりん)という海の向こうの大陸に棲むホウゲンという名の女魔王が作ったと伝えられている淫具があるんだが、それを肉芽と乳首に嵌めてもらおう。女の身体を好きなようにいたぶれる淫具なんだが、一番の効果はそれを嵌めると強い性の疼きが四六時中続くというものなんだ。あまりにも強烈なんで、ほかの女にはあまり試さなかったんだが、お前は実験台になってくれ」

 

 ロウがあっさりと言った。

 

 卑怯──。

 勝負が始まってから、賭けの条件を持ち出すなんて卑怯だ──。

 そう抗議したかったが、ユイナの口は古文書を咥えているので塞がれている。

 口は開けない。

 

「黙っているということは、承諾ということでいいな」

 

 ロウがにやりと微笑んだ。

 くそうっ……。

 こいつ、わかっていて……。

 

 口惜しい……。

 そのとき、ロウがユイナの腰を亀頭の先端に引っ掛かるまであげて、手を離してすとんと落とす仕草をした。

 

「んんんんっ」

 

 怒張の先がユイナの膣の気持ちのいい場所だけを強く擦って、一気に子宮近くまで貫いた。

 稲妻が落ちたかのような快感に、ユイナは思い切り身体をのけ反らせて、またもや身体を激しく悶えさせる。

 

 駄目だ……。

 気持ちよすぎる。

 

「んんっ、んんんっ」

 

 ユイナは必死に歯を喰い縛った。



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496 足を舐める話

「んんん、んぐうう」

 

 こいつが強引に始めた賭けが続いている。

 一タルザン口を開けなければユイナの勝ち。

 口を開いて咥えている古文書を落とせばユイナの敗け……。

 

 しかし、始まった直後だが、ユイナはすでに追い詰められている。

 対面座位のまま、こいつがユイナの腰を持って、挿入されているユイナを上に下に、右に左にと動かしまくる。

 

「んふっうう、んんんっ」

 

 強烈なものが股間から全身に迸る。

 こいつがユイナを動かすたびに稲妻のような衝撃が走る。

 ユイナは必死に顎に力を入れ続けた。

 

 しかし、だめだ……。

 

 こいつの性技には、ユイナはもう快楽をむさぼることしか考えられなくなりそうだ。

 ちらりと時計を見る。

 まだ、三分の一が終わったところだ。

 

「ところで、ユイナ……。二穴(にけつ)責めって、知っているか? 俺の故郷の世界ではサンドイッチとも言ったけどね」

 

 ロウが律動を続けながら言った。

 にけつ……?

 さんどいっち……?

 

 もちろん、知らない。

 ただ、ユイナも股間の快感に酔いしれたようになり、もう意識すら朦朧となりかけている。ロウの言葉をまともに考えることができない。

 

「知らなそうだな。じゃあ、覚えてくれ。もっとも、後ろのは粘性体を固めた偽物だけどな。ただ、形も触感も本物そっくりだ。俺の残りの生涯分については、お前の身体を犯す唯一の男根になる。しっかりと身体で覚えろ」

 

 ロウはそう言うと、ユイナの身体を抱え込むようにして引き寄せた。その直後、前のめりになったユイナのお尻の穴に、なにかがぬっと当たってくる。

 

「んふうっ」

 

 ユイナは口を緩めそうになり、慌てて力を込め直した。

 さすがにユイナも動顛してしまった。

 前触れもなく、ユイナのお尻の穴の中に、すっとロウの男根と思うものが入り込んできたのだ。

 

 だが、すでに前側をロウから犯されているのだから、さっきロウが言及していたとおりに、そっちは粘性体とやらの疑似男根なのだろう。

 しかし、何度も後ろをロウに犯されているユイナには、こっちもロウの本物としか思えなかった。

 お尻に侵入してきた男根は、表面がぬるぬるになっていて、すっぽりとほとんど抵抗もなく、ユイナのお尻の深い部分に入り込んでしまった。

 

「んんんっ」

 

 駄目だ……。

 数年前に、この男から最初にお尻を犯されて以来、ユイナのお尻は前側に負けないくらいの淫らな痺れを生みだす場所になっていた。

 そこをこの男に犯されてしまっては、もはやユイナにはどうしようもない。

 

「どうだ? 後ろも、前も俺の肉棒だ。それを同時に犯されている気分は?」

 

 身体が前後に動かされ、交互に前側と後側を抽送されだす。

 お尻と膣のあいだの薄い壁を通じて、こいつの怒張の先端同士がごつごつと刺激する。

 一気に津波のような快感が襲いかかる。

 

「ああっ、うあああっ、あああああっ」

 

 我慢することもできず、ユイナは声を放って悶え狂ってしまった。

 ばさりと口から古文書が落ちたが、それを気にすることもできない。

 

「お前が達したときには、前と後ろの両方に精を注いでやるな。こんなことは俺にしかできない芸当だぞ」

 

 ロウがそんなことを言いながら、交互に前後を突き続ける。

 ユイナは悶え狂った。

 あっという間に、信じられないほどの快感が裸体を駆け巡る。 

 やがて、ロウの責めは単純な前後運動から、複雑な動きに変化した。

 交互に二つの穴を突き続けられたかと思うと、不意にいきなり両方から奥を貫いたり、あるいは片側だけを激しくされて緩急をつけたりと、容赦のない技巧でユイナを追い立てるのだ。

 

「き、気持ちいいっ、あああ、ひゃあああっ、気持ちいいい──。ああああっ」

 

 もうなにも考えられない。

 小さな自尊心も、ロウに対する対抗心も、なにもかもが、前後を同時に犯されるという快感には吹き飛んでしまう。

 信じられないほどの気持ちよさに、ユイナはただただ、ロウに身を任せるだけの状態だ。

 

 本当に、もうどうでもいい。

 この男に全てを委ねよう……。

 

 そう思った。

 すると、さらに快感が二倍、いや、三倍に跳ねあがった気がした。

 

「んはああっ、ああああ」

 

 ユイナは雄叫びに似た声をあげた。

 こんなに気落ちいいなら、この男の雌でいい……。 

 心の底からそう思った。

 

「もう賭けは、お前の負けだな、ユイナ? 淫具を嵌めるぞ。俺の玩具になれ。そろそろとどめだ」

 

 ユイナの股間とお尻に、ばんばんとふたつの肉棒を叩きつけながらロウが声をあげる。

 

「もっと気持ちよくしてええっ──。なんでもいうこときくううっ──。わたしにとどめを刺してえええっ」

 

 自分でもなにを叫んでいるのかわからなかった。

 ひたすらにロウから与えられる快感に没頭した。

 そして、凄まじい快感が貫き、ユイナは激しく痙攣をして身体を反り返らせた。

 

「いくときは、いくと言え、奴隷」

 

 ロウが笑った。

 

「いぐうううっ、ひゃああああ、いぐううう」

 

 自分のものじゃないような悲鳴をあげて、ユイナは全身を震わせて絶頂に達した。

 しかも、一度じゃ収まらない。

 続けざまに、二度、三度とそれが繰り返す。

 

「受け取れ、ユイナ」

 

 前後の穴にロウの精が注がれたのがわかった。

 生温かいロウの精が身体の奥深い場所に染み込むのを感じながら、ユイナはがっくりと崩れ落ちそうになる。

 それをロウの手が支える。

 

「ははは、古文書どころか、昇天するのも、1タルザンもたなかったぞ」

 

 一郎がユイナを抱きかかえながら笑うのがわかった。

 ふと見ると、確かにまだ砂時計の砂は、まだほんの少し最後の砂を上側に遺している状態だ。

 そして、荒く息をしているうちに、やっと落ち切った。

 

 いまが、1タルザンか……。

 

 だったら、こんなに短い間に、ユイナはここまで、極めさせられたことになる。

 なるほど、これじゃあ、大勢の女がいて、ロウひとりに抱き潰されるわけだ。

 ユイナはロウの性の強さを身をもって味わい、そして、納得した。

 

「まあいい……。眼球紋も戻すし、魔道封じの刻印も消してやろう。ほら、これも収納しておけ」

 

 不意に両手の拘束がなくなった。

 ずっと挿入されっぱなしだった怒張も抜かれて、地面に横たわらされる。

 ユイナは身体を支えられなくて、そのまま突っ伏してしまった。

 一気に絶頂しすぎて脱力した身体をなんとか起こそうとすると、ユイナの顔の前に、ロウが床から拾った古文書をぽんと置いた。

 

「はあ、はあ、はあ……。も、もう……本当に……どうでもいいわ……。あ、あんたに……屈服する……。もう、逆らわない……。だ、だから……優しくしてよ……」

 

 打ち負かされたという口惜しさなど皆無だ。

 ユイナは半分朦朧としたまま、ほとんど無意識で、そう口にしていた。

 すると、ロウが声をあげて笑った。

 

「それは約束できないな。俺は鬼畜だしね」

 

「あっ、そう……。なら、それでも……いいわ……」

 

 ユイナはそれだけを言った。

 そして、少し息が整ったところで、眼球紋を使って、魔道箱術で古文書を異空間に収納してみた。

 ちゃんと、古文書が消滅する。

 本当に魔道も、眼球紋も戻ったらしい。

 

「あっ──」

 

 だが、次の瞬間、ユイナは上半身を勢いよく起きあがらせて、悲鳴をあげてしまった。

 突然に、股間と乳首に、火傷でもしたかと錯覚するほどの強い性の疼きが発生したのだ。

 

「な、なにしたのよおおっ──。うはあああっ」

 

 ユイナは、悶絶して再び床にひっくり返ってしまった。

 よくは見えないが、乳首の根元と股間に、小さな銀色の細い環が嵌まっている気がする。

 そこから発生する強い痺れと疼きに、ユイナは自分の身体を抱き締めるようにして身悶えた。

 もしかして、これがロウがさっき口にしていた“女淫輪”とやらだろうか。

 確かに、魔道的なものを感じ、ユイナの肌に密着するように喰い込んでいる。

 しかも、怖ろしく強い理力がかかっていて、魔道が復活したユイナと言えども、まったく外せる感じもない。

 

「俺の精を口にするか、前でも後ろでも、精を注ぐかすれば、それで疼きはとまるように淫魔術で細工した。ただし、しばらくのあいだだけな。時間が開けば、またその状態に元通りだ。そうやって、お前は、いつも俺とやりたくてたまらなくなり、俺なしでは生きていられなくなるということだ。どうだ? すでに身体がぼうっとなってきただろう?」

 

「ぼ、ぼうっとなるって……。そ、そんな生易しいものじゃない……。お、おかしくなりそう……。ああっ……。わ、わかった……。ま、また、注いで……。あんたのを……」

 

 ユイナは身体を起こせなくなってしまい、その場にうずくまるように丸まってしまった。

 すると、その顔の前に、すっとロウの足が伸びてきた。

 足の指がユイナに突きつけられる。

 

「なっ」

 

 顔のすぐ前に一郎の素足……。

 ユイナは一瞬絶句した。

 

「舐めろよ……。そういう約束だったろう。おねだりしてみろ。さもないと、いつまでもそのままだ。しかも、どんどんと疼きは強くなるぞ」

 

 頭の上からくすくすという笑い声……。

 本当にこいつはとことん鬼畜だ。

 

「な、舐めるわよ……」

 

 もう、躊躇はない。

 ユイナは、目の前のロウの足の指を捧げ持つようにして口に咥えた。

 そして、舐め始めた。

 心を込めて……。

 

 すると、身体を席巻している激しい淫情の疼きに加えて、甘くて切ないむずむずした快感の痺れのようなものが込みあがり、思わずぶるりと腰を痙攣させてしまった。

 しかし、すると、その身悶えで女淫輪の痺れが増大されてしまい、ますますユイナは進退窮まった感じになった。

 

「んにゃ、んん……ああ、こ、これからは、もう少し生意気は抑えるから……。だから、ねえ、これだけは外して。お願いよ……」

 

 こうやっているあいだにも、どんどんと増長していく激しい乳首と股間の快感に、ついにユイナは音をあげた。

 ちょっとだけ、一郎の足から口を離して言った。

 

「だったら自分でやってみたらどうだ? お前、俺の支配になったことで、魔道技師とやらのジョブのレベルが爆あがりしたぞ。いまのお前なら、ホウゲンシリーズの淫具の魔道解析もできるんじゃないか?」

 

 じょぶ?

 魔道技師?

 れべる?

 ばくあがり?

 なにを言ってるんだ?

 それよりも、乳首とクリトリスが千切れるように疼く。

 

「ね、ねえ――」

 

 ユイナは我慢できずに、こいつの足の指への奉仕をやめて、顔をあげようとした。

 そのときたった。

 

「んひっ」

 

 いきなりだった。

 あげかけた頭を後ろから誰かの足に踏みつけられて、再びロウの足の指に口を密着させられたのだ。

 だ、誰──?

 しかも、いつの間に?

 

「ぐずぐず文句を言う余裕があったら、もっと足舐めに励みなさい、ユイナ。ご主人様に、足を舐めろと命令されたんでしょう? だったら、舌がすり減ってもやるのよ」

 

 声はコゼだった。

 いつの間にか、失神から目覚めて、背後に来ていたらしい。

 だが、とにかく、ここにいる女たちの中で、一番こいつが苦手だ。

 ほかの女が向けるユイナに対する感情は疎外心や敵愾心のようなものだが、このコゼはユイナに本気の殺気を向けてくるのだ。

 ユイナは、慌ててロウの足の指を舐める体勢に戻った。

 

「まあでも、最初に比べれば、少しはましになったんじゃないの? ユイナ、ロウ様が許すから、わたしたちも、お前のことは認めるけど、今度、刃向かったら承知しないわよ」

 

 今度はエリカの声だ。

 顔をあげられないのでわからないが、どうやらそばにいるのはコゼとエリカのふたりだけのようだ。

 ほかの女たちもいるのか?

 

「お前らふたりが認めてくれれば、ほかの女たちも受け入れてくれるかな? まあ、でも大丈夫だ。この“ホウゲン”シリーズの淫具は凄いぞ。じゃじゃ馬馴らしには効果満点だ。おマアにも、もっと集められないか頼んでる……。それはともかく、しっかりとユイナも調教するから、こいつの受け入れを許せよ」

 

「ホウゲン……? もしかして、海の向こうの大陸にある大魔族王のホウゲンセンのことですか?」

 

 すると、残念女王だと判明したガドニエルの声がした。

 みんないるのか?

 ユイナはロウの足を舐めながら、周りの気配を探る。

 

「おっ、よく知ってるなあ。さすがは、引きこもりとはいえ、エルフ族の女王だ。確かに、そのホウゲンセンだ。海の向こうだけど、実は淫具作りについては、こっちにまで噂が届くこの世界では有名な伝承の女性だ。知ってるか? 魔族の大女王なんだが、実は人間族の絶世の美女だそうだ。まあ、無理だろうが、一度会ってみたいな」

 

「へえ、人間族で、魔族王で、淫具も作るんですか? しかも、女性?」

 

 エリカがきょとんとしているような声を発した。

 どんな人物なのかぴんとこないようだ。

 ユイナも同じだが……。

 

「そうらしい……。とにかく、王都に無事に戻れたら、そのときには、色んな淫具の実験台にしてやるぞ、ユイナ……。いや、それよりも、自分を実験台に新しい淫具の魔具を作るように奴隷の首輪で命令するかな? それも面白そうだ。魔道技師のジョブなんて珍しいしなあ」

 

 ロウがほくそ笑むような声で喉を鳴らしたのが聞こえた。

 だが、魔道技師のじょぶ?

 さっきからなにを言っているんだろう。

 

「ま、まあ、よ、よろしければ、いくらでも実験台になりますわ。問題ありませんので……。それよりも、もう一方の足をわたしもお舐めしてもよろしいでしょうか?」

 

 今度は、でか乳女のスクルドの声だ。こいつもいたのか。

 そして、なにを思ったか、一郎の返事を待つことなく、スクルドがユイナの隣に跪いてきて、空いている一郎の反対の足に舌を這わせだす。

 ちょっとびっくりした。

 

「あっ、いえ、それはガドが……。ガドこそ、ロウ様の雌犬でございます」

 

 ガドニエル女王……。

 スクルドと同じように、一郎の足元にひれ伏す。

 おかげでスクルドに押されるようになって、ユイナはちょっと身体をよろけさせた。

 

「あんたは黙って、舐めてなさい」

 

 だが、コゼがユイナの頭に載せた足にぐいと力を込めて、ユイナが顔を離すのを阻止する。

 

「ははは、とにかく、四人が復活したか……。だったら、ミウとイットとブルイネンが起きるまで、もう一度乱交といくか? またまたたっぷりと淫気をもらおう。ガドの光魔道が完全復活するまで、まだ数日はかかるだろうし、シャングリアとマーズのためにも、淫気はいくらでも必要だ」

 

 一郎が言った。

 すると、スクルドの向こう側で足を舐めているガドニエルががばりと顔をあげた気配が伝わる。

 

「ああ、申しわけありません、ロウ様。もう少しなんですけど……。まだ、半分くらいの能力しか……。でも、待ってさえ頂ければ、シャングリア様とマーズ様については、絶対に……」

 

「わかっている。期待しているよ、ガド……。じゃあ、みんな聞いてくれ。改めて宣言するが、このユイナを俺の女として迎えることにする。これは決定事項であり、否は許さない」

 

 一郎がはっきりと言った。

 ユイナはびくりとした。

 なんだかんだで、ユイナの受け入れについては、一郎の女たちは大反対をしていた。

 だから、これまで、ずっと一郎がほかの女たちを抱くときも、ここの棒に首輪で繋がれてのけ者にされていたのだ。

 

「まあ、わかりました……。ユイナ、ロウ様に感謝しなさいよ」

 

「不本意だけどね。でも、ご主人様のお決めになったことには逆らいません」

 

 エリカに次いで、コゼが言った。

 そして、ユイナの頭に載せられていた足がどけられる。

 一郎もまた、ユイナたちの前にあった足をすっと引く。

 ユイナは跪いた状態のまま顔をあげた。

 ふと、横を見ると、スクルドとガドニエルも同じような姿勢になっている。

 

「そうですか……。ではよろしくお願いしますね、ユイナさん」

 

 スクルドだ。

 

「わ、わかりました」

 

 今度はガドニエル女王……。

 ふたりとも微笑んで顔をユイナに向けている。

 よくわからないが、受け入れられたのだろうか……。

 決まったとなると、逆にあっさりとし過ぎて拍子抜けする心地だ。

 

「じゃあ、仕切り直しだ。向こうの三人はまだ寝ているみたいだから、起きた者だけで、乱交の再開といこう。ユイナも混ぜてな」

 

 一郎の言葉とともに、ぐいと首輪が引っ張られた。

 いつの間にか鎖が繋がっていたのだ。

 それだけでなく、立たされるのと同時に、両手首にまたもや粘性体が出現して、強引に背中側に腕を動かされて手首が密着してしまった。

 ユイナはぐいぐいと後手のまま、まだ三人が寝ている方に引っ張られる。

 

「ひっ、わっ」

 

 ユイナは思わずよろけてしまったが、なんとか踏ん張る。

 そのまま歩く。

 

「あ、あたしが一番です──。それで、ミウたちが起きるまでって……。それからまたなにかするんですか?」

 

 コゼが歩きだしている一郎にぴったりと身体を密着させて言った。

 どうでもいいけど、さっきユイナの頭を踏んづけていたときとは別人のように、一郎に甘える感じだし、そもそも声の高さも違う。

 ユイナはちょっと呆れる心地になった。

 そして、とにかく足を進める。

 だが、おかしな淫具のせいで、力が入らない。

 これを装着したままセックス?

 そんなことしたら狂う。

 ユイナはいまも襲う激しい身体の疼きにぞっとなった。

 

「残りの三人が起きたら、また全員で乱交だ。そして、幾日後になるかわからないが、ガドが復活したら、イムドリス宮に乗り込むぞ。それまでは、ただただお前たちを抱かせてもらおう。この前みたいに、戦いの最中に、淫気切れなんて無様はしたくない」

 

 一郎が苦笑交じりのような口調で言った。

 すると、周りにいる女たちが一斉に「はい」と返事をした。

 

 

 

 

(第39話『エルフ娘の陥落』終わり)




 *


【ユイナのステータス】


 “ユイナ
  褐色エルフ族、女
  年齢18歳
  ジョブ
   魔道遣い(レベル10)
   魔道技師(レベル20→50)↑↑
  生命力:100
  攻撃力:50
  経験人数:男20
  淫乱レベル:S↑
  快感値:100→30
  (女淫輪による鋭敏処置)↓
  状態
   眼球紋・右(鑑定、反射、欺騙)
   眼球紋・左(遮蔽、魔道箱)
   一郎の性奴隷
   淫魔師の恩恵↑”


 *


 次話より、【(八)王国騒乱とナタル陰謀篇・女王の帰還】となります。


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【8章 女王の帰還】
497 偽物女王の性宴(その1)


 イムドリス宮の地下に向かう階段をおりながら、ダルカンはガドニエルの姿の変身を解き、男の姿に戻った。

 もっとも、十日近く前にこのイムドリスを完全占拠してからは、ガドニエルに変身する必要性も低くなったので、最近では本来のダルカンの姿でいることが多い。

 イムドリス宮を完全制圧をし、親衛隊の残りを含めた全員を捕らえて、ダルカンたち一派がイムドリス宮を占拠しているのだが、いまのところ、水晶宮側のカサンドラをはじめとして、イムドリス宮以外の者が、そのことに気がついている気配はない。

 

 もともと、エルフ族女王のガドニエルは、女王としての歳月のほとんどを隠し宮とも称されるイムドリス宮で暮らしており、その護衛や身の回りの世話をする者たちを含めて、外の世界と関与することが滅多にない。

 イムドリス宮そのものも、異空間に存在しており、外部との接触は、エランド・シティ側の水晶宮に限定をしている。

 だから、水晶宮との接触を遮断してしまえば、まったく外からイムドリス宮を確認することができなくなるのだ。

 

 ところで、いま、ガドニエルの姿になっていたのは、魔道通信でカサンドラに、アスカ探索の進捗について確認したからだ。

 それによれば、やはり、アスカ城から脱走したアスカの居場所は、いまだに杳として知れないようだ。

 舌打ちする思いだったが、ダルカンは全力をかけて見つけよと、ガドニエルになり切ってカサンドラに厳命した。

 魔道通信の鏡面体に映るカサンドラは複雑そうな顔をしていたが……。

 

 まあいい……。

 まだ、十日も過ぎていない。

 だが、絶対にアスカを見つけてみせる。

 パリスを復活させるためには、アスカの身体に宿らせているパリスの「魂の欠片」がなんとしても必要なのだ。

 しかし、やはり、アスカの行方がわからない場合を考えないとならないか……。

 

 地下に着く。

 たちまちに喧噪が聞こえてくる。

 イムドリスの全制圧の決起を実行したとき、イムドリス宮にいた全エルフ族を拘束し、そのほとんどはこの地下側に拘束して監禁をさせている。

 

 だから、パリスが送り込んでいた帝国の手の者たちも、囚人どもの監視を兼ねて、いまはこっちの地下に集まっており、本来の施政場所と生活空間だったイムドリスの一階以上の部分はひっそりとしたものだった。

 それに比べれば、こちらの地下については、とんでもない騒ぎになっている。

 昼夜途切れることのない「性宴」の真っ最中であり、まずは、ダルカンに気がついた「元のパリスの手の者」たちの数名が、一斉にダルカンにおもねる言葉をかけてくる。

 

 地下の広間に集まっているのは、数十人の男女だ。

 誰も彼もがほとんど全裸であり、なにかを身に着けているのは、エルフ女側のみだ。

 だが、身に着けているとはいっても、それは身体を拘束する革帯と、股間を苛むディルド付きの貞操帯だけのことだ。

 そして、全員のエルフ女たちから、魔道と自由を奪っている「首輪」だ。

 ほかにはなにも身に着けていない男女が、ここで昼夜を問わず、ずっと性の宴を狂ったように続けているのである。

 

 「宴」の参加者の男たちは、ダルカンとともにやって来たパリスの手の者であり、人数は三十人ほどだ。

 この三十人でイムドリス宮を占拠し、しかも、その三十人の全員がこの性宴にいる。

 ダルカンが許したことであり、おかげでイムドリス宮は、いまは統制の崩壊した無秩序状態になり果てていた。

 

 地下牢に魔道を封じて閉じ込めているエルフ族たちは、おそらく百人ほどにはなると思うが、いま現在、この広間に連れて来られているのは、そのうちの三十人ほどだろうか。

 性宴そのものを「主宰」しているのは、ダルカンに従うと宣言をした四人の幹部級の者たちだ。

 だから、連れ出している正確なエルフ族の数は、ダルカンは知らない。

 

 いずれにしても、その四人を含めた三十人ほどの男たちが、監禁しているエルフ美女を連れ出しては、時間を忘れて、彼女たちと性の乱交を続ける……。

 これが地下でずっと行われている「性宴」だ。

 

 広間には、エルフ女の性感を狂わせる媚香が焚き込まれており、しかも、広間のあちこちで男たちが好き勝手に、エルフ女たちを犯しまくっている。

 だから、むっとするほどの男女の淫靡な体液の香りがいっぱいだ。

 ダルカンでさえも、思わず、苦笑したくなるくらいの凄まじい「匂い」である。

 その淫靡な乱交の大広間を最奥にある「自室」に向かって横切っていく。

 

「おう、ダルカン様、ご苦労様です。こんな格好で済みませんなあ」

 

 すぐに声をかけてきた男は、全裸で仰向けの恰好であり、その腰の上には両手を革の拘束具で背中で束ねられているエルフ女が、男の性器を膣で咥え込んで踊っていた。

 また、男の両脇からは、やはり拘束されている別のエルフ女たちが両脇から男の身体のあちこちを舌で舐めさせられている。

 性交を命じられている女からは貞操帯が外されて横に放ってあるものの、舌奉仕をしている女たちには、しっかりと貞操帯が嵌まっており、寝そべっている男が両手に器具を持っているところを見ると、その器具でエルフ女の股間に嵌まっているディルドの振動を操作して、いたぶっているに違いない。

 

「心配ない。愉しんでくれ」

 

 ダルカンはそれだけを言って、その横を通り過ぎる。

 次の集団では、男たちが何人か集まり、エルフ女を五人ほどを連れてきて、彼女たちに目隠しをさせ、鈴が鳴る球体を口で取り合うという競争をさせていた。

 ただし、エルフ女たちの股間では最大振動でディルドが動いているのだろう。

 どの女もまともに動ける者はいない。

 ただ、ひとりの女がやっと目当ての球体を口に咥えることに成功した瞬間、ほかの四人の女たちが一斉に苦悶の絶叫を発した。

 どうやら、球体を取れなかった女たちには、股間で電撃が一定時間流れる仕掛けになっているようだ。

 その苦痛の姿に笑っていたその男のひとりが、ダルカンに気がついて、慌てたように頭をさげた。

 パリスの仮体が死んだことで、パリスの力の一部を譲渡されたダルカンに「忠誠」を誓った四人の幹部級のひとりだった。

 

「まあ、エルフ美女を犯し続けるのも悪くはないのですが、たまには、ほかの遊びもしてみたくなって……」

 

「気にすることはない。ここにいる女については、毀しても構わん。ガドニエルの名を出せば、いくらでも、どんなエルフ族の美女でも、あちこちの里から、この地下に引っ張ってこれる」

 

 ダルカンは軽く手を振って通り過ぎた。

 

 また、次の場所では、まだ十歳程度と思われるエルフの童女を両手を束ねて宙吊りに拘束し、ふたりほどの男が童女の裸体を羽根でくすぐっていたぶっている。

 

「ひらゃああああ、りゃめれくらしゃい、いはははは、ゆ、ゆるしれえええ、あはへへはあ」

 

 童女は全身をくすぐられて狂ったように笑わせられている。

 だが、なんだか表情がおかしい。目付きも変だ、

 そういえば、あの童女は、まだ連れて来て三日も経っていない少女のはずだ。

 まだ、破瓜はしていないのか、膣は毀れていないようだが、相当に強力な薬剤を塗っているのだろう。

 すっかりと欲情した様子で童女が激しく裸体を悶えさせ、顔は常軌を逸したように欲情した表情であり、口からは夥しい量の涎を垂らしている。

 あの様子では、もしかしたら、早々に毀れるかもしれないなと思った。

 膣は毀れても魔道で回復はできるが、頭の線が切れてしまっては、魔道でも復旧はできない。

 

 まあ、ガドニエルの名を使ってカサンドラに手配させれば、いくらでも近隣の里から連れてこれ、実際、三日前にあの童女たちを含めた十人ほどが「入荷」している。

 だから、エルフ女については、簡単に交換がきくので問題はないが、思ったよりも、童女にも需要はあるようであり、一緒に連れてきたふたりほどの童女には、すべて誰かしらの男が手をつけたみたいだ。

 

 ダルカンは、姉妹だった残りのふたりの童女を探してみて、端っこのところで、揃って調教を受けているその姉妹を見つけた。

 そこでやっているのは肛門拡張のようであり、魔道の器具を使って、童女たちを泣き叫ばせているのが見えた。

 いずれにしても、童女にも需要があるのなら、もう少し仕入れるかとも思った。

 

 同様の光景があちこちで繰り広げられており、ダルカンに気がついて頭をさげる者もいれば、性行為や性拷問に夢中になって、気がつかない男もいる。

 いずれにしても、ダルカンが向かっているのは、ダルカンの個室となっている最奥の扉の向こうだ。

 そこに、アルオウィンを待たせているのだ。

 

「んんおおっ、んんんん」

「んぐううっ、んぐうううっ」

 

 扉に近い場所に来ると、そこでは、ふたりの「奴隷」がそれぞれに、ふたりの手の者の男から肛姦をされて、泣き叫んでいる光景があった。

 ただし、その獲物は、ふたりとも若いエルフ青年である。

 ほとんどの親衛隊は、特別命令にかこつけて、ブルイネンとともに水晶宮側に送ったのだが、幾人かは残っていた。

 イムドリス宮は、女王ガドニエルを中心とした女の巣なので、男エルフはほとんどいなかったが、例外的に親衛隊には、数名の男エルフが混ざっていた。

 こいつらは、残留親衛隊の者であり、十日近く前に、ダルカンがイムドリスを完全占領したときに、哀れにも捕虜になった者たちだ。

 

「うごおおおっ」

「あがあああ」

 

 肛姦されるふたりのエルフ男たちの口には、穴の空いた丸いボールギャグが嵌まっており、そこから大量の涎とともに激しい呻き声が迸っていた。

 また、引き出されたらしいふたりの男エルフには手足がない。

 

 誰がやったか知らないが、もしかしたら、ダルカンが四肢を切断しているアルオウィンを可愛がっているのを見て、それを真似して手足を付け根から切断したのかもしれない。

 とにかく、尻を犯される四肢のないふたりの男エルフは苦悶の涙を浮かべている。

 その股間には、エルフ男たちの立派な性器が勃起状態なので、この男エルフにも媚薬を使っているのだろう。

 よく見れば、目つきが不自然だ。

 

「あっ、ダルカン様──」

 

 エルフ青年を犯していたひとりが慌てたように、肛姦を一時やめようとした。

 このふたりは、直近の四人組ではなく、さらに格下の部下だ。

 だが、もともとダルカンの下についていた者であるので、儀礼もちゃんとしているし、ダルカンもよく知っていた。

 

「そのままだ。そのまま」

 

 ダルカンは笑って続けさせた。

 

「ああ、ダルカン様、このたびは注文を聞いていただいてありがとうございます。面白い趣向ですわい」

 

 さらに横から、ひとりの男がわざわざ寄って来て声をかけてきた。

 最初にダルカンに屈服した四人のひとりであり、本来であればダルカンと同列であり、パリスに直接に仕える部下として同僚の立場だった男だ。

 いまは、完全にダルカンに服従の姿勢を示している。

 

 男がダルカンに見せたのは、この男の注文で特別に準備した一画だ。

 そこには、ひとりの男が小さな檻に裸で閉じ込められて、しかも性器をさらけ出すような姿勢で監禁されている。

 その男の目の前で、ダルカンに声をかけてきた男は、その妻と娘を媚薬で酔っ払わせて犯しているのだ。

 そういう遊びをしたいので、適当な家族を調達して欲しいと頼まれて連れてきたのがあの三人だ。

 これも、三日前の新入荷に含んで連れてきた近傍の里の者だ。

 

「見てくださいよ、ダルカン様──。あのエルフ男は、目の前で妻が寝取られ、娘が犯されているというのに、股間を大きくさせているんですわい。わははは──。まさに愉快ですわ。あの情けなさそうな顔がいいでしょう……」

 

 悦に入った表情で、目の前の男がダルカンに笑いかけてきた。

 どうやら、この淫香にあてられて頭がおかしくなっているのは、エルフ女たちだけではないようだ。

 ずっとここにいる目の前の男の眼も、なんだか頭の線が切れたような感じである。

 「存分に楽しんでくれ」とだけ言い残して、ダルカンはたまたまいたひとり男に声をかけた。

 ある頼みごとをするためだ。

 男が頷いて、すぐに立ち去っていく。

 

 ダルカンは、やっと個室に入る扉の前に辿りついた。

  喧噪の性宴を背にして、扉を開く。

 そこには、ダルカン専用の「性奴隷」になっているアルオウィンがいた。

 手足を失い、背中に魔道封じの刻印を刻まれ、さらにダルカンへの隷属の首輪を嵌められた芋虫のような姿のエルフ女だ。

 ただし、ダルカンを見つけるや、火のように鋭い憎悪の視線をこっちに向けてきたと思った。

 しかし、すぐにそれが消滅する。

 ダルカンにおもねるような表情を向けてきた。

 

「ああ、ダ、ダルカン様……。も、もうご堪忍を……。ひ、ひどいですわ……。こ、こんな風にアルオウィンを放置するなんて……」

 

 全身に脂汗をかいている。

 無理もない。

 このアルオウィンの股間には、猛烈な痒みをもたらす特性の股縄を施している。

 四肢のないアルオウィンは、この状態で放置されれば、痒みにのたうち苦しむしかない。

 だが、もがけばもがくほど、股間から痒み成分の液薬が染み出て、さらに股間の痒みを増大させることにもつながる。

 さぞや苦しんだことだろう。

 ダルカンはほくそ笑んだ。



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 第40話  悪人ども集結
498 偽物女王の性宴(その2)


「ああ、ダ、ダルカン様……。も、もうご堪忍を……。ひ、ひどいですわ……。こ、こんな風にアルオウィンを放置するなんて……」

 

 痒み液の染み込んだ縄で股縄をされているアルオウィンは、ダルカンを認めて恨みしそうに言った。

 ただ、顔はダルカンに媚びを売るような演技をしている。

 そして、演技であることに、ダルカンも気がついていた。

 

「それは悪かったな、ちょっとした処置があってな」

 

 外の広間と異なり、この部屋にはダルカン以外に入る者はいない。

 だから、アルオウィンとふたりきりだ。

 ダルカンは、少し離れた場所に胡坐で座った。

 

「そ、そんな……遠いですわ……。どうか、もっと近くに……」

 

 アルオウィンが誘うような口調で言った。

 まだ生きていたパリスがここにアルオウィンを連れてきて以来、悪態と反抗の態度を続けていた彼女が、一転してダルカンに服従の態度をとりだしたのは、このイムドリス宮の完全占拠に踏み切った十日近く前だったろう。

 しかし、最初はそれを喜んだダルカンだったが、さすがに、あれから数日もすぎれば、これが演技であることには気がついた。

 

 おそらく、ダルカンがアルオウィンの妹のセリアをこのイムドリス宮に連れてきていることを仄めかしたからだろう。

 だから、妹を守るために、このアルオウィンがダルカンに屈服したふりをしたということのようだ。

 まあ、気がついたが、そのままにしている。

 そっちの方が面白そうだからだ。

 

「這ってこい。こっちまでくれば、セリアの様子を教えてやろう。上に行くついでに牢を覗いてきたところだ。妹のことを知りたいであろう?」

 

 ダルカンは言った。

 セリアの名を出した途端に、アルオウィンの目つきが変わった。

 憎しみをむき出しにした視線だ。

 なかなかの眼だ。

 ダルカンは満足した。

 おそらく、これだけの仕打ちを受けて、いまだに、これだけ激しい感情を保持できる気丈な女はまずいないだろう。

 アスカ城で諜報活動をしていたところを捕えられたアルオウィンは、パリスの命令により手足を切断されて、魔物の苗床にされていたのだが、その払い下げをパリスに強請ったときには、この女が必要になるということは考えていなかった。

 単純に、ダルカンの性的な「愉しみ」のために連れてきたのだ。

 

「ま、まあ、セリアのことなんて……。そ、そんなことを言わないで……。あ、あたしがダルカン様を奉仕します。お、お待ちください……」

 

 少しのあいだ憎悪の表情を浮かべていたアルオウィンがはっとしたように、それを引っ込めた。

 さっきのように、ダルカンに媚びを売る女の顔になる。

 ダルカンはにやりと微笑んでしまった。

 改めて、アルオウィンが屈服など程遠く、いまだにダルカンに憎しみを抱いていることを確認できたからだ。

 

 ほんの十日前までは、アルオウィンがダルカンに堕ちることを望んでいた。

 しかし、いまは違う。

 事態は刻々と変化をしている。

 この女が必要になる状況が近づいている。

 だから、屈服したと思っていたアルオウィンが、実はそれは妹を守るための演技だとやっと悟ったときにはほっとした。

 従って、利用できる「駒」のひとつとして、アルオウィンも確保することを決めた。

 アスカが見つからない可能性も考えると、このアルオウィンもに必要になってくるかもしれない……。

 だったら……。

 

「ならば、すぐに来い。さもないと……」

 

「ああ、お、お待ちください……」

 

 妹の名を仄めかしてあおってやると、演技をしているつもりらしいアルオウィンが荒い息とともにダルカンに無理矢理の笑顔を作り、芋虫のように身体をくねらせてこっちにやってくる。

 ダルカンはそれを見守った。

 

「あ、ああ……」

 

 四肢のないアルオウィンが股縄のかかった腰を惨めに動かしながら、懸命にダルカンに向かって這い寄ってくる。

 ダルカンはそれを見守っていた。

 一方で、扉の向こうでは狂ったような性宴だ。

 いまは防音処置をしていないので、その喧噪はこっちの部屋にも響いている。

 

 それにしても、こんな馬鹿げた乗っ取りがいつまで続くか……。

 ダルカンは、まったく警戒らしい警戒もせず、こんな乱痴気騒ぎを続ければ、いつかそれが破綻するだろうということには気がついている。

 だが、ダルカンはそれでも、あえて、イムドリスを占拠した者の全員がこうやって性宴に狂うことを許している。

 いずれにしても、パリスを復活させないと……。

 まずは、それが第一……。

 

 このイムドリスの乗っ取りに成功し、本物のガドニエルに代わって、イムドリス宮という名のガドニエルの居城を奪い取ったのはパリスだ。

 世間で知られている者の中で、おそらく最大の魔道力を持っていると考えられるエルフ族の女王のガドニエルの居城を乗っとるなど、おそらく誰も考えつかなかっただろう。

 その誰も想像もしなかった偉業を成し遂げたのがパリスだ。

 

 パリスは凄い──。

 ダルカンは、パリスほどの男にはいままで出会ったことはない。

 パリスこそ、この世界のすべてを支配すべき男だと、ダルカンはずっと思っていた。

 しかも、パリスはダルカンの親友だ。

 あんなにすごい男が大して取り柄もないダルカンを友として扱ってくれる。

 ダルカンを……。

 

 しかし、そのパリスは殺された。

 本来は、パリスを殺すことは誰にもできないはずだった。

 なにしろ、パリスは、自分を殺害しようとした者の魂と姿を奪ってしまうという闇魔道の持ち主であり、いかなる存在であろうとも、パリスは殺せないと思われていた。

 しかし、パリスを殺すことに成功したロウという男はパリスを殺害して逃亡し、パリスの闇魔道も発現することができず、いまだにパリスは「死」の状態のままだ。

 

 そして、十日近く……。

 パリスが死んだままの状態という信じられない事態が、いまだに継続している。

 

 こんなときのために、パリスの「命の欠片」を入れていたアスカも、ほとんど時期を同じくして、アスカ城から逃亡されてしまっている。

 これが偶然のものなのか、あるいは、仕掛けられた大掛かりな策によるものなのかはわからないが、いずれにしても、このままではパリスの「死」が、本当の死に近づいていく。

 時間が経てば経つほど、パリスが用心深く準備した復活の手段が意味を成さなくなってしまうのだ。

 つまり、パリスが本当に死ぬということだ。

 それを防ぐには、一刻も早く、パリスの命の欠片を保持している生命体を殺して、パリスを復活させなければならないが、厄介なことに、パリスの復活の闇魔道は、憎悪を介在させて殺害をしないと発現しない。

 

 闇魔道……。

 

 パリスの扱う闇魔道は、正確にいえば、通常の魔道とは異なるものだ。

 ダルカンは、パリスから詳しいことを教えられていたのでわかっているが、通常の魔道が「理力」を力の源にすることに比べれば、パリスの闇魔道は人の抱く悪感情、特に「憎悪」のようなものを力の根源にする。

 

 だから、パリスの闇魔道を発生させるには、大きな憎悪の感情が必要なのだ。 

 例えば、アスカにあるパリスの「命の欠片」からパリスを復活させるとして、アスカが自殺をしても、パリスは生き返らない。

 殺されるアスカ自身、あるいは、アスカを殺害する者が「憎悪」を抱いて、アスカを殺すことで、初めてパリスは復活する。

 アスカも自分が死ねば、パリスが復活して自分の身体が乗っ取られることは知っていても、この複雑な闇魔道の「からくり」についてまでは承知していないだろう。

 もっとも、承知していたとしても、あの女がパリスの復活の芽を潰すために、自ら命を絶つとも思えないが……。

 

 かつて、このエルフ女王国の王女だったアスカがナタルの森から出奔する原因を作ったのは、オデッセイというエルフ男に化けていたパリスだ。

 当時は、アスカは、ラザニエルと名乗っていた……。

 

 オデッセイという旅のエルフ青年にやつし、王女のラザニエルに接近して、ナタルの森の王女だったかつてのアスカに愛を説き、(つがい)の誓いをして、駆け落ちというかたちでそのラザニエル、すなわち、アスカを出奔させたのだ。

 

 しかし、すでにアスカから、オデッセイだったパリスに対する慕情が完全に消え去っているのは間違いない。

 いまは、自分を騙したパリスに対する悪意しか抱いていないと思う。

 アスカを自分の命の欠片の保管場所にすることを決めたときに、この闇魔道のからくりの必要性から、パリスはアスカを騙して逆らえない立場にし、あらゆる辱しめをして、アスカがパリスを憎むように仕向けたのだ。

 パリスの復活のための「入れ物」は、パリスを愛する者ではなく、憎む者でなければならないからだ。

 

 だから、アスカはパリスを憎んでいる。

 いま、アスカがパリスの復活を目論む手の者に殺されれば、自分を復活の生贄に陥れたパリスに対する憎悪とともに、アスカは死ぬだろう。

 それで、パリスは復活するはずだ。

 

 しかし、もはや、それも望み薄いかもしれないのだ。

 パリスの仮体の死から、すでに十日に近い時間がすぎている。

 アスカを縛っていた呪術が弱まっているはずだ。そもそも、あのアスカ城は、アスカの本来の力を制限して、アスカをパリスの手の者が言いなりにできるように、結界を刻んだアスカの檻だったのだ。

 そこを抜け出し、しかも、これだけパリスの仮体が死んで時間が経てば、おそらく、いまのアスカは、ずっと封じられていたパリスの手の者に対する攻撃も可能であると思う。

 能力を解禁されたアスカに、パリス以外の手の者がかなうとも到底思えない。

 

 なによりも、パリスの死から時間が経つにつれて、パリスの仕掛けた闇魔道も薄くなっているのだ。

 アスカはまだ知らないだろう。

 

 だが、ダルカンは知っている。

 もっと憎悪の感情を集めないと……。 

 激しい憎悪……。

 

 もっとだ。

 もっと……。

 

 この性宴も、そのためにあるといっていい……。

 犠牲になっているエルフ族のダルカンたちへの憎悪……。

 これがイムドリス宮に充満すれば……。

 それもまた、パリスが復活する材料のひとつになる。

 

 それにしても、なぜ見つからないか?

 カサンドラにも、アスカ捕縛を命じてはいるものの、あの淫乱太守夫人は積極的に動いているのか?

 あれほど、パリスの言いなりだったカサンドラが、うまく動かせないとすれば、これも時間が経つにつれて、パリスの支配が弱まっている兆候なのかもしれない。

 

 とにかく、アスカが見つかったとしても問題はある。

 どうやってアスカを殺すかだ。

 

 一応は手を打ってはいるものの、ダルカンにできるのは、せいぜい餌を撒くくらいだ。

 アスカの力を弱めていたアスカ城という檻がなくなったいま、アスカを殺す手段があるだろうか?

 また、パリスがいなくなって隷属が弱まっているなら、ダルカンがアスカにかなわないだろう。

 パリスが置き土産代わりに、ダルカンの能力の増幅をしてくれたが、それでもアスカの本来の能力には程遠い。

 

 どうやったら、パリスを復活させるためにアスカを殺せるか……?

 ダルカンが考えているのは、いまやそれだけだ。

 

 ほかの誰の身体と能力を手に入れるよりも、パリスはアスカの能力を欲していた。パリスには、相手を殺すことで、あるいは殺されることで、相手の身体と能力を乗っ取る力があった。

 それをずっとしなかったのは、アスカに瘴気の発生体としての使い道があったからだ。

 しかし、この状況になった以上、パリスが生きていれば、間違いなく、アスカを殺して、その身体と巨大な魔道の能力を自分の力にする……。

 

 パリスをアスカの身体に復活させてやりたい。

 だが、自分はパリスの腰ぎんちゃくと思われていて、パリスがいないければ、なにもできない小者だ。

 その評判が正鵠を突いていることを誰よりも、ダルカン自身がよく知っている。

 自分になにができるだろう……。

 

「あ、ああ……。き、来ました……。な、なにをしましょう……。ご、ご奉仕でも……。さ、さあ……」

 

 アルオウィンが目の前に到達した。

 ダルカンに媚びを売るように、口を開いて胡坐のダルカンに寄ってくる。

 口で奉仕でもしようということだろう。

 

「そうだな。俺の股間を奉仕してもらうか。そうしたら、それを外して、お前の好きな珍棒を股にやろう」

 

「は、はい……。あ、あなたの……ち、ちんぽを……な、舐めさせて……ください……」

 

 ダルカンの座る場所まで辿り着いたアルオウィンが顔をあげて、ダルカンに言った。

 

「俺の性器は服の下だ。いつものようにやれ。もっと這ってこい。股間まで辿り着いたら、口で下着を噛んで俺の一物を出すといい。手伝ってはやらんが、邪魔もせん」

 

 ダルカンは笑った。

 毎回決まってやっている嫌がらせだ。

 一瞬だが、アルオウィンが顔を歪めるのがわかった。

 だが、観念したように、もそもそとアルオウィンが這い寄ってくる。

 アルオウィンの股間にしているのは、猛烈な痒み成分の汁が発生し続ける特別製の縄であり、それを股間に締めつけられているアルオウィンは、いまではのたうち回るくらいの掻痒の苦しみに襲われているはずだ。

 その醜態を晒さないのは、この女の気丈なところだ。

 

 いずれにしても、妹のことがあろうとなかろうと、この縄を外してもらい、ダルカンに犯してもらって痒みを癒してもらうには、この最初の奉仕を終わらせることが必要だ。

 そうしつけている

 アルオウィンも、十分にそれがわかっているから、どんなに怖気が走っても、ダルカンに強請って性器を奉仕させてもらうしかない。

 アルオウィンがダルカンの股間まで辿りつく。

 ガドニエルには変身していたが、服装はズボンだ。

 そのズボンの股間部分に、アルオウィンの歯がかかる。

 

「いや、やはり、待て」

 

 ダルカンは声をかけた。

 口でズボンを引き下ろそうとしていたアルオウィンが、頭をあげて訝しむ表情を向ける。

 ダルカンに屈服している演技をしているアルオウィンは、いまは口で奉仕するくらいのことは進んですると思う。

 

 もっと、こいつの嫌がることをやらせないと……。

 そして、さっきラザニエルと名乗っていた時代のアスカのことを思い出し、そのラザニエルにやらせた仕打ちのひとつが記憶に甦った。

 

「ちょっとした趣向を思いついた。そこで腰を振って自慰をしろ。その手足のない哀れな姿でも、それなら、自慰が可能なはずだ」

 

 かつて、パリスのご相伴で、パリスへの隷属の支配に陥ったアスカに、ダルカンにも逆らえないようにしてくれたとき、ダルカンはあの魔女に、そんな命令をしてみたことがある。

 それをなんとなく、思い出したのだ。

 

 アルオウィンの顔は見ものだった。

 すでに痒み縄による股間縛りの苦しみで、身も世もなく悶え、さらにダルカンに屈している演技だったのに、ダルカンの新たな命令に、きっと鋭くダルカンを睨みつけてきたのだ。

 憎しみに溢れた顔で……。

 だが、どんどんと怒りで赤くなる顔の一方で、アルオウィンはなにも喋らずに、しばらくぐっとなにかを我慢している表情になっていたが、やがて、顔を緩めて諦めたように小さく嘆息した。

 

「また、わたしを感じさせようというのですか……? もう十分です……。そ、それよりも、精をちょうだいな。そして、また犯してよ……」

 

 半分恨みっぽくダルカンに言った。

 同じように気が強い女でも、反応は違うんだな。

 ダルカンは、昔のアスカと比べて思った。

 アスカに同じことを命じたとき、アスカは哀れそうに涙を滲ませて、勘弁してくれとダルカンに哀願をしたっけ……。

 気の強いあの女が泣きながらダルカンに、そんな惨めなことを命令するのは、やめてくれとすがったときは、心の底から喜悦が沸いたものだったな。

 まあ、当時はアスカも、まだラザニエルという名であり、性格もかなり違っていた。

 いわゆる、悪堕ちする前だ。

 

 昔の話だ……。

 ダルカンもまだまだ若かったし、アスカも若かった……。

 百年以上も前だ……。

 

 もっとも、そのあと、一連のいたぶりが終わって、犯したときには、ダルカンも形無しだった。

 その女の膣の性技の前に、あっという間にダルカンは精を抜かれてしまったのだ。

 責める側の男が責めている女にしてやられては、折角の嗜虐の遊びも形無しだ。

 ダルカンは、それを苦笑とともに思い出してしまった。

 

 それが、あの女……つまりは、アスカとの最初の性交だ。

 アスカを犯すのは、いつもパリスの目の前だった。

 その後もダルカンは、パリスの許可を受けて、数回アスカを犯したが、あの性技には歯が立たず、いつしか、手を出さなくなった。

 まあ、アスカとの関係で一番興奮したのは、性技の格の違いを思い知らされたとはいえ、最初のときなのは間違いない。

 ナタル森林の女王の後継者でありながら、オデッセイを名乗った美貌のパリスに惚れ抜き、(つがい)の誓いまでして、なにもかも捨ててついてきて、しかも、騙されたのだとわかっても、逃亡と反抗の手段を奪われ、恋人と思い込んでいる男の眼の前で、その友人のダルカンに犯される屈辱と悲哀……。

 やっぱり、あのアスカは最高だったな……。

 

 パリスがいなければ、ダルカンがアスカを嗜虐して抱くなどあり得もしなかった。

 ダルカンとパリスは、皇帝家の手の者としては長い付き合いであり、同じ性癖を持った愛好家同士で親交を深めていて、うだつのあがらないダルカンをパリスは友情を持って付き合ってくれたものだった。

 あのときだって、パリスが見つけてきたとっておきの「獲物」のラザニエルを、ダルカンがこんないい女を抱いてみたいものだと思わず口に出したところ、騙して交わしたばかりの隷属契約を使って、ラザニエルだったアスカに、ダルカンへの絶対服従を命じて、ダルカンに貸し与えたのだ。

 

 そのときにも、アルオウィンと同様に、前戯代わりにアスカに縄瘤自慰をやらせた。

 (つがい)の誓いでパリスへの恋愛感情を消すことのできないアスカは、オデッセイの人格を含んでいるパリスの目の前でダルカンに抱かれて、哀れに許してくれと泣いたものだった。

 いまのアスカからでは、とても考えられない初心(うぶ)な反応だ。

 

 パリスとは本当にいい思い出ばかりだ。

 そして、助けられてばかりいた。

 本当にパリスは、ダルカンによくしてくれた。

 パリスは優秀過ぎる男であり、組織に加わるや、すぐに重鎮に取りあげられて出世もしたが、どんなに格があがっていっても、パリスは、皇帝家の手の者の中では、エルフ族ということで疎外されていたダルカンをなにかと引きあげては助けてくれた。

 

 へまをしてダルカンが捕らわれて拷問を受けていたときにも、必死に潜入して救出してくれた。

 今回だって、魔法石の工作のために、里長として潜りこんだ小さなエルフ里で失敗し、額に刺青まで刻まれて追放されてきたダルカンを、パリスは笑って出迎えて刺青も消してくれ、さらに、イムドリス工作のもっとも重要な役目にダルカンを抜擢してくれた。

 パリスには、負って負いきれない、返そうにも返せない、大きすぎる恩があるし、義理もある。

 

 そのパリスが死んだ。

 

 いや、まだ本当には死んではいないが、このまま手をこまねいていては、その死が本当になってしまう。

 パリスが本当に夢見ていたことが何であるかは知っているが、それにはかかわりなく、パリスはダルカンの友人だ。

 かけがえのない友人だ。

 どんな代償を支払ってでも、生き返らせなければならない男だ。

 

 そして、ダルカンのような無能な男とは比べ物にならないくらいの有能で優秀で、なによりも、大きな野心と、それに見合う能力を持った存在だ。

 パリスのような男は絶対に死んではならない。

 なんとしても、生き返らせて見せる。

 

 なんとしても……。

 

 ダルカンは、目の前の手足のない女体を眺めた。

 こいつも、ダルカンが準備している大切な「餌」のひとつだ。

 

「言われたとおりにしないのなら、お前の役割を別の女に変えるぞ。お前はそれをずっと見物する役目にしてやろう。この部屋の隅に首輪で繋いでな」

 

 ダルカンはにやりと笑った。

 

「別の女? あっ、待って、待ってください。やります。やりますから──」

 

 アルオウィンははっとして、急に必死の口調になった。

 別の女というのが誰のことかわかるだろう。

 もちろん、妹のセリアのことだ。

 

「ならば、早くやれ。縄で自慰だ。その後で外に連れていく。全員の前で糞便をしろ。浣腸はしてやらん。準備した皿に、自分の力で大便をするんだ。三日ほどさせてないからな。やろうと思えば出るはずだ。拒否すれば、代わりにセリアに同じことをさせる」

 

 ダルカンは大笑いした。

 アルオウィンが真っ蒼になる。

 しかし、この女は、どんな命令にももう逆らえない。

 アルオウィンにとって、セリアという年の離れた妹が、どんなに大切な存在なのかということはわかっている。 

 

「い、妹なんて……。ダ、ダルカン様には、あたしがいるじゃないですか……」

 

 アルオウィンが捨て鉢になったように、縄掛けをされている腰を揺さぶりだした。

 なんだかんだで、長く施されてきた痒み縄は、アルオウィンをすっかりと追い詰めていたのだろう。

 腰振りを始めると、すぐにアルオウィンの顔は恍惚とした表情に変わっていき、やがて、酔いしれたような喘ぎ声を出し始めた。

 

 ダルカンはその姿を眺めながら、さっき外で指示をした男に「言玉」で指示を放った。

 命じたのは、これから目隠しをさせて、アルオウィンを連れていくので、監禁しているセリアに、声を出せないように処置をしてから、大皿を持たせて待たせよ、という指示だ。

 

 実のところ、アルオウィンには黙っているが、とっくの昔にセリアには手をつけていた。

 セリアを牢から出して輪姦したのは、ダルカンの指示ではなかったが、広間の騒動の延長で、連中が勝手に連れ出して、あそこで玩具にしてしまったのだ。

 まあ、一時はセリアには手を出さないで待機させようと思っていたが、アスカの居場所が判明しそうにないことで状況も変わったというところもある。

 ダルカンとしても、もっと「憎悪」を集める必要ができてきたし、丁度よかったかもれない。

 だから、セリアをそのまま、凌辱して毀すように指示をした。

 これが五日前……。

 

 さっき、カサンドラにアスカ探索の発破をかけに行ったついでに、牢にいるセリアを見に行ったが、薬物と凌辱の衝撃ですでに半分狂っており、連れてきた当初とは見る影もなかった。

 ここに入る直前に、部下の男のひとりを呼びとめて頼んだのは、そのセリアを広間に待機させることだ。

 あそこに連れてくれば、誰彼と勝手に犯すに決まっているので、今頃はまたもやダルカンの部下になった男たちの餌食になっていることだろう。

 狂っていようが、犯すのに支障はない。

 

 アルオウィンには、いまやらされている股縄の自慰のあと、外の連中の前で、目隠しをしたまま大便を皿にすると思うが、その皿を持っているのが、すでに媚薬と媚香と、そして、繰り返された凌辱に、すっかりと頭がおかしくなってしまったセリアだと知ったら、どんな反応をするだろうか。

 

 きっと、演技のことなど吹き飛び、およそ考えられないような憎悪をダルカンに燃やすに違いない。

 

 そのアルオウィンの目の前で、セリアを犯してやろう。

 多分、さすがのアルオウィンも、号泣すると思う。

 そして、たっぷりの「憎悪」を溢れさせる……。

 

 ああ、愉しみだ。愉しみだ……。

 

 本当に愉しみだ……。



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499 三悪女の和解

「戻ったよ」

 

 四日ぶりの山小屋だ。

 ここからエランド・シティを結ぶ転送術の紋様を使って、試験代わりに理力の充足を待ちながら連続で転送術を使って戻ってきたので、夜を跨ぐことになった。

 もっとも、移動においては、妖魔も操った圧倒的な速度を発揮したので、これだけの時間で往復できたのだ。

 常識であれば、こんなに短期間では往復はできない。

 

 とにかく、いまは、ちょうど夜が明けたばかりであり、外はやっと太陽が顔を出したくらいの時間だ。

 小屋の中に入ると、まだうとうとしていたらしいエマがノルズの帰還に気がつき、すぐに飛び跳ねるようにして、ノルズに抱きついてきた。

 

「ノルズお姉様、お帰りなさい──。大丈夫でしたか? どこかお怪我は?」

 

「ないよ。エランド・シティに行って、ただ戻っただけだ。なんにもあるものかい。エマこそ、大丈夫だったかい? この悪女の魔女様は、そりゃあ、女扱いは雑だからね。手酷い調教でもされたんじゃないか」

 

 ノルズは、抱きついてきたエマの背中に回した両手にぎゅっと力を込めながら笑った。

 どうやら、昨夜も遅くまでお愉しみだったのだろう。

 着崩した上衣から覗く肌のあちこちに、アスカがつけたと思われる縄と口吸いの痕がある。

 また、エマは上衣こそ身に着けているものの、下半身はなにも身に着けていないすっぽんぽんだ。

 ノルズはもちろん、アスカもまだ、エマには上衣は許したが下半身を覆うものは下着一枚渡していない。

 エマは可愛らしく恥ずかしがるのだが、記憶がまったくないために、アスカとノルズが、揃って性奴隷というのは、この格好が常識だと諭すと、顔を赤らめながらも、そういうものかと納得する表情を見せる。

 だが、やはり恥ずかしいのだろう。

 

 性愛ではないときには、ちょっとした動作をするあいだも、懸命に上衣の裾を引っ張って、股間を隠そうとする。

 その仕草がなんとなく幼っぽくて可愛らしいので、アスカもノルズも結託して、まだそのままにさせている。

 

 いまも、エマの下半身は、上衣の裾が辛うじて割れ目まで届いているくらいだ。

 ノルズは背中に手を回した片手をエマのお尻に移動させ、尻たぶの割れ目の中に指を入れて、尻の穴をくすぐるように動かす。

 

「あんっ、ノルズお姉様──」

 

 エマは声を上ずらせ、がくりと腰を砕かせて、ノルズにしがみつくようにしてきた。

 四日前と同様に……いや、アスカの調教がさらに効果を及ぼしているのか、面白すぎるくらいに敏感すぎる身体である。

 なにしろ、嗜虐癖で百合好きのアスカとノルズが、こうあるべきと話し合って造りあげた生きている人形だ。

 当然に、反応もノルズ好みだ。

 さらに、アスカの魔道で顔の造形も少し弄っている。

 以前のエマよりも、ずっと幼顔であり、はっきりと言って面影はほとんどない。

 

 ノルズは、すかさず、今度は手を入れ替えて、尻穴をいたぶっていた手で背中を抱くと、反対の手を前側から局部に移動した。

 以前のエマにあったアスカの悪ふざけのふたなりなどない。それは無くさせた。

 

 指を亀裂に添ってゆっくりと前後に動かしていく。

 しっかりとした女の局部だ。

 恥毛はない。

 これについては、アスカと意見が分かれたが、顔を弄ってエマを幼顔にしたことで、やはり、陰毛はない方がいいだろうということで一致した。

 だから、エマのは童女のそれのように、股間はつるつるだ。

 

「ふわああ……。ノ、ノルズお姉様……」

 

 エマがよがりながら、さらにノルズに身体を預けてくる。

 すぐに、内股が痙攣するように震えだした。 

 だくだくと愛液が垂れてくる。

 まだ、ほんのひと触りだけだ。

 だが、こんな風にほんの少しでも刺激を与えてやれば、瞬時によがり狂うような“ど淫乱”に改造してやっている。

 

 新しいエマは、身体の反応でも、仕草でも、表情でも、ノルズやアスカがちょっとでもいたぶると、あっという間に発情して、たちまちに淫靡な様子を示すようにしているのだ。

 この反応に飽きれば、アスカと協力することにより、ほかの性格や性質にも改良できるが、いまはこれが気に入っている。

 

 なによりも、このエマは悪意の欠片もなく、一切の記憶や人生の経験も消滅していて、こういう性愛でも、普通の生活でも、アスカやノルズへに接する態度でも、ひとつひとつのすべてがまっさらで純粋だ。

 自分たち好みの「玩具」を作りあげていくという作業が、ノルズたちの征服欲と被虐欲を刺激するのだ。

 

「あっ、ああっ、あっ、ノ、ノルズお姉様あああっ」

 

 愛撫を続けると、たったいま起きたはずにも関わらず、エマはノルズでも引いてしまうような勢いで身体を反応させ、息を弾ませて、どんどん愛液を垂れ流し続けた。

 しばらく、エマの敏感すぎる反応を愉しむ。

 そして、次にノルズは、エマの両手を背中側に水平にさせ、収納空間から取り出した革帯で腕部分をまとめて覆ってしまった。

 これでエマは背中から両手を動かせない。

 

「ああ……、お姉様……」

 

 ノルズがエマから手を離すと、エマはいまの愛撫ですでに脱力したらしく、腰が抜けたみたいにへなへなと座り込んでしまった。

 そんなエマの姿を愉しみながら、ノルズは一本の布を収納空間から取り出す。

 エマは、なにかを期待するように、紅潮した顔をうっとりとノルズに上目遣いに向けている。

 

「そんなに物欲しそうな顔をすんじゃないよ、エマ。エランド・シティのお土産だ。エルフ族の都に行くんだしね。そんな下半身丸出しで行けやしないだろう。だから、これさ」

 

「ほ、本当ですか? お股を隠させてもらえるんですか。嬉しいです。これが女性奴隷に相応しい格好だとはわかっているんですけど、恥ずかしくって……」

 

「これを身につけることで、恥ずかしくなくなるとは限らないけどね」

 

 ノルズは布をくるくると巻いて一本の紐状にしていく。

 エマは、ただの長い布が紐になって巻かれていくのを眺めて、きょとんとしている。

 

「……女扱いが雑とはお前に言われたくないね、ノルズ。エマをぶち毀して、こんなにしてしまった女にね……。なんだい、朝っぱらか」

 

 すると、横になっていたアスカがむくりと身体を起きあがらせて笑った。どうやら、ノルズとエマのやり取りをずっと聞いていたらしい。

 

「朝っぱらからは、酷いじゃないかい。こっちはエランド・シティから四日ぶりに戻ったんだ。少しは、エマを堪能させてくれてもいいじゃないか。あんたはそのあいだ、たっぷりとエマを可愛がったんだろう?」

 

「はっ──。変われば変わるもんだねえ。あんなに殺すような勢いだったのにねえ。それどころか、外から戻った途端に、エマに触らないと我慢できないくらいに、エマがすっかりと気に入っちまったかい……。まあ、確かにお前がいないあいだ、エマと乳繰り合ったさ。愉しくね。だが、面影がなさすぎるよ。可愛すぎてまるで別人さ」

 

 アスカが声をあげて笑った。

 

「あんたが頼んだから、命までは奪わないでやったんだ。これくらいの人格改造はしたっていいじゃないか。だけど、前のエマよりも千倍ましさ。これくらい可愛ければ、昔のエマも優しく扱ってやったんだけどね」

 

「嘘つくんじゃないよ。最初から毀す気満々だったじゃないかい。自分の舌を切り取らせ、さらに眼球を自分で抉らせたりして、しかも、喰わせるなんてね……。それじゃあ、どうか、毀れてくださいと言っているようなもんじゃないか。お前のは雑を通り越しているよ」

 

「おかげで、毀れた人格を処分して、あたしら好みの雌にできたじゃないかい。別人格だけどね。だけど、童顔で一見純情無垢だけど、実は被虐好きの羞恥責め好きのど変態だ。それでいて、ちゃんと恥ずかしがるように反応設定もした。なかなかに愉快な玩具さ」

 

「まあ、わたしも気にいっているね。おかげで、お前がいないあいだも、全く退屈しなかったよ。ここでエマ三昧さ」

 

 アスカがまた笑った。

 エマは後手に拘束されたまま、その場に座り待つような体勢だったが、ノルズとアスカの会話に首を傾げている。

 

「あ、あのう……。なんのお話ですか……? もしかして、わたしが記憶を失っていることと関係が……?」

 

 エマが交互にノルズとアスカの顔を見る。

 しかし、ノルズはにっこりと微笑んで首を横に振った。

 

「いや……。なんであっても、お前があたしとアスカさんの性奴隷だということには変わりないさ。ほら、こっちに来て、もう一度立ちな。脚を少し開いてな。これを身に着けるには、こつがいるんだ。おいで」

 

 ノルズは準備しかけていた布をしごく。

 

「は、はい」

 

 エマが立ちあがって、ノルズの前でおずおずと足を開いた。

 ノルズがまずはエマの腰に紐状になった布をひと巻きしようとすると、アスカがやって来て、それをエマの股越しに手に取って掴んだ。

 

「もしかして、“ふんどし”かい? それをエマに巻かせて、シティに連れていこうというのかい?」

 

 アスカがにやりと微笑む。

 

「おっ? さすがだねえ。よく知ってんじゃないかい。シティの下層地区の酒場でたまたま席が近くだった好色じじいと話が合ってね。なんでも、海の向こうの大陸側の小さな島国の風習らしいさ。そこでは、れっきとした正装だというじゃないかい」

 

「正装なものかい。ただの下着だよ。しかも、男用だ。どうでもいいけど、お前、シティでなんの情報収集してきたんだい? まさか、ふんどしの話だけを持ってきたんじゃないだろうねえ」

 

「少なくとも、エランド・シティに手間なく乗り込めるように、転送術の移動紋をあちこちに刻みあげてきたよ。あたしだと、理力を回復待ちが必要だから、丸一日かかったけど、あんたなら、そのまま行けんじゃないかい。あたしとエマを連れてね」

 

「そりゃあ、ご苦労だったね」

 

 アスカがエマの股間を通すように持っていた布の紐をぐいと持ちあげた。

 なにをしようとしているかわかったノルズも、悪戯心のまま、アスカに合わせて布を持ちあげ、エマの股間にぐいと喰い込ませる。

 

「あっ、な、なんでしょう、お姉様方──」

 

 エマが狼狽えて声をあげた。

 ノルズはエマの向こうにいるアスカに、にやりと笑いかけて目で合図をする。

 アスカも悪戯っぽく微笑んで小さく頷く。

 

「せえの──」

 

 お互いにエマの股間に喰い込んでいる紐状の布の根元を持ち、交互に激しく引っ張り合う。

 

「あっ、いやああっ、お、お姉様方あああ──。ああああっ」

 

 エマが必死につま先立ちになりながら、悲鳴をあげた。

 構わず、アスカと一緒に笑いながら、勢いよく布を前後させ続ける。

 恐ろしく感じやすくされているエマは、すぐに腰が砕けたようにがくりと脱力するのだが、そうすると布がもっと喰い込むになるので、懸命に身体を伸ばす。

 しかし、その姿勢を保つことができずに、また脱力し……。

 それを繰り返した。

 

「あはあああんんん」

 

 そして、身体を弓なりにして、呆気なく達してしまった。

 ノルズは、エマの醜態をアスカと笑い合いながら、アスカに支えさせてエマを立たせ、今度こそ、“ふんどし”をエマに施していく。

 

「エマ、これがふんどしの儀式だ。奴隷女がふんどしを身にまとうときには、こうやって、せんずりしてから着けるのさ。覚えておきな」

 

「は、はい……、アスカお姉様……。た、大変なのですね……」

 

 アスカが適当なことを喋っているが、エマは疑う気配もなく、切なげに嘆息しながらも、真剣に頷いた。

 なにしろ、このエマは生まれたての赤ん坊のようなものであり、アスカとノルズが事前に刷り込んだことを除いて、一切の常識がなく、さらに少々非常識でも、ノルズとアスカの言葉を疑わないように、操り術まで施している。

 どうやら、素直に信じたようだ。

 

 ノルズは、アスカに支え立たされているエマの腰の前に最後に垂らす部分を確保してから、まずは紐状の布を股間に垂らす。

 そして、一度エマの股にあてがい、場所を測ってから三個の結び目を作っていく。

 

「そんなふんどしの作法があるものかい」

 

 アスカがエマの後ろで笑った。

 構わずノルズは、にやりとアスカに微笑みかけ、結び目の付いた布をエマの腰の前後で持つようにして、そのまま布で持ちあげるような感じで股間にぐっと喰い込ませた。

 

「あっ、これは」

 

 エマがやっと結び目の意味に気がついたらしく、狼狽えた声を出す。

 

「しっかりと当たっているようさ」

 

 アスカが股越しにノルズから布を受け取る。今度はノルズがエマの身体を支えた。

 感じすぎるエマは、こうやって持ってやらないと、もう立っていられない感じだ。

 アスカが力任せに、さらにぐいぐいと結び目付きの布を喰い込ませてから、腰回りに巻きつける。

 そして、最初に余していた前側に垂らす部分の上から巻いて、再び尻側に戻った布を尻側に戻し、縦割りの紐部分に交差をさせて結びつけた。

 

「あっ、そっちも前側と同じように垂らしてくれるかい。そっちの方が服らしいだろう?」

 

「こうかい?」

 

 ノルズのいる前側は最初に余していた布は、股間がぎりぎり隠れるくらいの長さにしてあるが、後ろ側も一度結んでから、先端を拡げるようにしてもらった。

 酒場で教えてもらったやり方とは少し変形だが、垂らす布部分が前後にできる感じだ。

 

「こんなものかな。なかなか、いいじゃないかい、エマ」

 

 最後に、ノルズはほんのとちょっと魔道で細工し、エマの股の敏感な場所に当たっている三個の瘤に魔道をかけ、エマが身じろぎするたびに動くとともに、布が収縮するようにする。しかも、勝手に緩んだり、解けたりしないように、結び目にも魔道をかける。

 

「これで終わりだ。ちょっとひとりでは身に着けられないだろう? これからも、あたしとアスカさんで手伝ってやるさ」

 

 ノルズはエマから手を離す。

 そのままエマは、がくりと腰を落としかける。

 

「ノ、ノルズお姉様、ア、アスカお姉様──。こ、これ……。お、お股と……お尻に喰い込んで……。あっ、あああ……んんんっ……ひいっ」

 

 だが、腰を落としたことで、股縄のようになった紐状の布の瘤が効果を及ぼし、ぐんと股間を刺激したらしく、エマは甘い悲鳴をあげて身体を逆に伸びあがらせた。

 

「ひんっ」

 

 そして、その動きでも布瘤で刺激を受け、今度は腰を引くようにする。

 しかし、ここで最後にかけたノルズの魔道が責めを発揮する。

 ぐっと締めつけているはずの布瘤が、エマが腰を動かすことで、まるで愛撫をするように上下左右にちょっと動くのだ。

 

「ああん、こ、こんなの刺激が強すぎますううう」

 

 膝をがくりと崩したエマは懸命に身体を真っ直ぐに伸ばそうとしたが、どんな風に動こうとも、そのたびに布瘤が淫らに動くので、立つこともできず、そうかといって身体を曲げることもできず、ついに、座り込んでしまった。

 だが、その動きでも、またもや強く股間をぎゅっと締めつけられたようであり、そのままぶるぶると身体を痙攣させたように震わせて達してしまった。

 ノルズとアスカは、エマの狼狽えぶりが愉しくて、ふたりで爆笑してしまった。

 

「じゃあ、わたしも魔道をかけることにするかねえ。濡れると布が縮むようにするさ。エマ、あんまり感じまくると、もっとつらくなるよ」

 

 アスカがふんどしに魔道をかけたのがわかった。

 

「なるほど、それで最初にせんずりさせたのかい」

 

 ノルズは、またもや笑ってしまった。

 

「こ、こんなの……動けません──」

 

 エマが涙目でノルズたちの顔を見あげて訴えた。

 

「それを我慢するのが調教さ。ほら、腕を自由にしてやる。立ちな」

 

 ノルズはエマの後手を拘束していた革帯を外す。

 エマは顔を真っ赤にしながら、ゆっくりとした動作で立ちあがっていく。

 

「で、でも……こ、布の瘤が……。ああっ」

 

 だが、静かに動けば布瘤に悩まされないというような生易しい仕掛けはノルズはしない。

 激しく動けば激しく、ゆっくりと動けばじわじわと刺激が加わるだけのことだ。

 

「う、ううう……」

 

 エマが歯を喰いしばって、疼きに耐える仕草をしている。

 その姿が、なんともノルズの嗜虐欲の琴線に触れて可愛らしい。

 

 さて、エマがこんなに性格が激変して、可愛らしい女になったのは、ほかでもない。

 ノルズの責めに屈して、あの女は呆気なく気が触れてしまい、人格が崩壊して、ぶっ毀れてしまったのだ。

 

 大したことはしていないと思うのだが、まあ、ちょっとばかり過激に拷問をし、さっきアスカが言葉に出したように、自分の眼球をさじで抉らせたり、一本ずつ指を切断させて、火で焼いて無理矢理に喰わせたりしていただけのことだ。

 それと、局部と尻の穴に鉄の棒を深々と突っ込んで、外側に出ている反対側から火で焼き、じわじわと内側から内臓を焼いたりもしたかもしれない。

 なにをしたところで、ノルズの妖術師としての能力でも、アスカの魔道力でも、即死さえさせなければ身体を回復させて戻せるので、心置きなく遊んでいたところだった。

 

 ところが、そんなことをしていると、よくわからないが、エマはあっという間に発狂して、全ての刺激に対して完全に無反応になってしまったのだ。

 アスカの例の時間術を使ってのことであり、体感時間では三日程だと思うが、実際の時間では数ノスのことだ。

 たったそれだけの時間で、とは思ったが、エマが毀れてしまったのは明らかだった。

 

 なんという心の弱い女だと悪態もつきたくなったが、いくらアスカやノルズでも、欠損した身体を治せても、毀れた心までは魔道では復活できない。

 それで、アスカと相談して、破毀されて用を成さなくなった本来のエマの人格の代わりに、アスカとノルズ好みの新しい人格を作ってしまうことにしたのだ。

 つまりは、人格改変だ。

 

 新しい人格の核となる部分は、毀れて反応のなくなったエマの人格だが、そこにノルズの妖術師の力で呼び出した適当な憑依魔族を五、六体放り込み、混ぜこぜにしてひとつの人格に繋ぎ直して、さらにアスカの操り術と回復術を駆使して、性格形成をするというやり方で合作したのが、いまのエマである。

 記憶も完全に消滅しているので、アスカとノルズに対する悪感情が皆無になっているし、ふたりの慰み者の性奴隷だと擦り込み、さらに、常識改変もさせて、ノルズとアスカの語ることを「常識」として受け取るように軽い操り術もかけてもらっている。

 加えて、ノルズとアスカから与えられる破廉恥な性愛に対し、そのことに幸せしか感じないようにするという具合に性格も作り込み、身体の部分部分もあちこちを改造し、顔だって作り変えて、最後に全身が性感帯になるように、超敏感な肉体にもした。

 そうやって、ふたりがかりで、実に丁寧に丁寧に新しい心と身体を作り込んだのだ。

 

 ここまで心を改造すれば、人格改変というよりは、まったくの別人だろう。

 しかし、この別人が、思いがけずに、本当に可愛い性格と反応だったので、アスカもノルズもすっかりと気に入ったというわけだ。

 なにしろ、どんなことでも逆らわずに従うくせに、羞恥心は人一倍強く、それでいて、絶対に逆らわないし、そのうえ、なによりも、気持ちいいことが大好きで、嫌がりながらも、身体は苛められることに強い悦びを感じてしまう……。

 ああだこうだと言い合いながら、ふたりで最高の玩具として作っただけの価値があった。

 

 また、アスカとは、この「エマ造り」の作業を通じて、完全に打ち解け合った。

 どうやって作り込むかという意見交換のために、好みの「雌犬」の話し合いをしながら、お互いの身の上話について語り合ったのだ。

 おかげで、すっかりと仲良くなった。

 

 希代の悪女で淫乱体質の変態かと思えば、この女は笑うことに、実は、エルフ族の女王家の嫡女であり、かつては貞節で真面目だと評価されていて将来も嘱望されてもいたが、くだらない男に惚れたばかりに身を持ち崩し、調教されて淫乱体質に変えられてしまった挙句、人生を無情に感じるような仕打ちを繰り返し受け、全ての希望を失って、いまや、すっかりと悪堕ちしてしまったということらしい。

 同情するのも馬鹿らしいくらいの阿呆な人生だ。

 

 いずれにしても、目の前のエマについては、もう以前のエマではなく、同じ身体に入っているだけの別人格なので恨みを覚える理由もないし、なによりも、いたぶり苛めるために存在しているようなこの反応は実にいい。

 ふたりとも、もうすっかりと気に入ってしまって、当初の予定では、ふたりの気が済めば、廃処分にするか、どこかの評判の悪い奴隷商人にでも売り払うかと考えていたが、できあがってしまうと手放せなくなってしまい、こうやって飼うことにしたというわけだ。

 

 ノルズは、この新しいエマで一日遊んだだけで、エランド・シティに向かうことになったが、アスカはここでずっとエマと遊んでいたはずだ。

 実に羨ましい。

 だから、戻ったら、この“ふんどし”で苛め抜いてやろうと、愉しみに戻ってきたのだ。

 

「さあ、立ちな、エマ。さっきも言ったけど、それは遠い島国の正式の服装らしいよ。つまりは、我が家の性奴隷の正式服装だ。その恰好で歩かせるし、城郭にも入る。刺激にも恥ずかしさにも慣れときな。これは朝飯だ。外で作って来い」

 

 ノルズは、エマの拘束を外すと、収納空間からエランド・シティで買ってきた豚肉の包みと野菜をエマに押しつけた。

 前のエマは、食事を含めて家事の一切が駄目だったが、憑依妖魔の能力が足されて、このエマは結構上手に食事を作る。

 これだけでも、このエマが別の人間だということがわかる。

 

「は、はい……。で、でも……城郭をこの格好だなんて……。そ、それに、これ……」

 

 エマが羞恥に泣きそうな顔になって、すがるような眼をノルズに向けてくる。

 だが、ノルズが睨むと、助けを求めるようにアスカに視線をやった。

 だが、アスカは、ふんとわざとらしく鼻で笑った。

 

「まさか、ノルズの命令がきけないって言うんじゃないだろうねえ、エマ。だったら、わたしからの命令だ──。エランド・シティに入ったら、まずは一番賑やかな城郭の広場のような場所に連れていく。そしたら、その恰好のまま小便をしな。まあ、したくなくても、魔道で尿意を与えてしまうけどね。覚悟しておくんだね」

 

 アスカがけらけらと笑った。

 エマは真っ蒼になったが、このアスカは本当にそれをやるのだろう。

 ノルズは無理矢理にエマを追い立てて、食材を持たせて小屋の外に出ていかせた。

 エマが、股間のふんどしの刺激に苦悩しながら、腰を引くようにして外に出ていく。

 

「なかなか、愉快な玩具さ。なんといっても、いつまでも初々しいのがいいねえ。いまから、城郭で羞恥責めが愉しみさ。なにしろ、ここには、わたしたちしかいないからね。辱めるのも限界がある」

 

 エマが出ていった小屋の扉に視線をやりながらアスカが笑った。

 ノルズは、アスカににたりと笑いかけた。

 

「気に入ってなによりさ。でも、あんただけの玩具じゃないからね。あたしだって、手を加えてんだ。あたしにも権利があるんだよ。忘れないでおくれ。あれを苛めるのは、ふたりの同等の権利さ」

 

 ノルズが言うと、アスカが「わかってるよ」と笑った。

 

「……ところで、エランド・シティはどうだった? まさか、ふんどしの話を仕入れるだけで、戻って来たんじゃないだろうねえ」

 

 だが、ひとしきり笑うと、アスカは急に真面目な顔でノルズに視線を向ける。

 ノルズはアスカを促して、小屋の真ん中に腰をおろした。

 

「まあ、わからない……というのが実際かな……。確かに怪しい……。エランド・シティを事実上支配しているカサンドラ太守夫人は、これだけナタルの森全体で魔物が大発生しているのに、なにか動くという気配もない。それは、女王のいるイムドリス宮でも同じだ。あんたが言う通りに、パリスの一派がイムドリス宮を乗っ取って、カサンドラまでも支配しているのかもしれない……。だけど、そんなことは調べようもないさ。いま、言えることは、怪しいということだけだ。白じゃないとは思うけど、黒ともいえない」

 

 ノルズは言った。

 エランド・シティにノルズが向かっていたのは、ふたつの目的だ。

 ひとつは、アスカが密かに掴んでいた情報から、もしかしたら危機に陥っているかもしれないエルフ族の女王家について探ることだ。

 つまりは、いまの女王のガドニエルがどうしているかを確認することである。

 

 もうひとつは、転送術の扱えるノルズが、この山小屋からエランド・シティを結ぶ転送術の道筋を作るために、転々と転送術の移動紋を刻んでくることである。

 移動のための魔道紋を点在して刻みさえすれば、それが消し去られない限り、理力を溜め直す必要はあるものの、転送を繰り返すことで、一気にエランド・シティに入ることができる。

 それをしてきたのだ。

 

「まあいい。とにかく、乗り込むだけだ。ガドニエルが元気であれば、それでいい……。警告するとともに、すでに伸びているパリスの一派を叩き潰してナタルの安全を守る──。パリスの手がすでに及んでいて、万が一にも、ガドニエルになにかがあったとすれば、とりあえず、イムドリス宮をパリスの手の者から取り返して、ガドニエルを救い出す。それだけのことだ」

 

 アスカは言った。

 ノルズは軽く肩を竦めた。

 

「それがあんたの償いかい? オデッセイだったかねえ? 馬鹿じゃないかい。次期女王っていう皆の期待を一身に背負っておいて、ただひとりの男にうつつを抜かして出奔かい? 間抜けな話じゃないかい」

 

 ノルズはアスカをからかった。

 

「ふん──。命の恩人に報いたいとか、行儀のいいことを言っておいて、よくよく話を聞けば、結局、最初の男にのぼせているだけのお前に言われたくないね。しかも、肝心の相手の男はお前の健気な働きをまったくご存じないときたもんだ。お前の方が間抜けさ」

 

 アスカが、皮肉たっぷりにノルズに言い返してきた。



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500 悪女たちの浮かれ話

「それがあんたの償いかい? オデッセイだったかねえ? 馬鹿じゃないかい。次期女王っていう皆の期待を一身に背負っておいて、ただひとりの男にうつつを抜かして出奔かい? 間抜けな話じゃないかい」

 

 ノルズはアスカをからかった。

 

「ふん──。命の恩人に報いたいとか、行儀のいいことを言っておいて、よくよく話を聞けば、結局最初の男にのぼせているだけのお前に言われたくないね。しかも、肝心の相手の男はお前の健気な働きをまったくご存じないときたもんだ。お前の方が間抜けさ」

 

 アスカが、皮肉たっぷりにノルズに言い返してきた。

 

「お互いに、惚れた男に一途だというだけじゃないか。あんたは、オデッセイこと、パリス……。あたしは、ロウ様さ……。ところで、その決着もついたよ。これはほぼ間違いないことだと思うけど、あんたのオデッセイを殺したのは、あたしのロウ様だ」

 

 ノルズはけらけらと笑った。

 パリスの死の真相……。

 エランド・シティに向かい、水晶宮に潜り込んだことで、緘口令を布いてあるらしい、その情報に触れることができた。

 最大の収穫だ。

 そして、最初にこの情報に触れたときには、ノルズも驚いたが、同時に嬉しくもあった。

 アスカがあんなに恐れているパリスをあっさりとロウが殺すことができたということがわかり、やはり、ロウはただ者じゃなかったのだと実感できたからだ。

 一方で、アスカは目を丸くしている。

 

「ま、まさか──。あの男がかい──? どうやって殺したんだい?」

 

「それはわからないね。だけど、確かだと思うよ──。太守夫人のカサンドラは恋人の敵討ちとばかりに、血眼になって部下にロウ様を探させている。だから、ロウ様がパリスを殺したということは間違いないのさ」

 

「だけど、パリスは、自分が殺す相手も、自分を殺す相手も、その姿と能力を魂ごと手に入れることができるという力があるんだよ──。だから、誰もあいつを殺せなかったんだ──。あいつに手をかければ、逆にそいつが命を奪われるんだ」

 

「それこそ、パリスの呪術がロウ様には効果がないという証拠じゃないかい──。これも確認できた情報だけど、パリスが死んだのは、水晶宮の地下だそうだ。そこからロウ様と連れの女たちは、水晶宮に連接している地下洞窟に逃げ込み、あんたの妹の親衛隊長の転送魔道で逃げてしまったようさ。水晶宮の兵たちのもっぱらの噂で、これについては聞き出すのに造作もなかったよ」

 

「なんで、ガドニエルの親衛隊長があの男に協力するんだい?」

 

「たらしこんだんじゃないかい? 親衛隊長は美人のエルフ女だそうだよ」

 

 ノルズは笑った。

 アスカが腕を組んで考え込むような仕草をする。

 

「……いや、でも信じられないねえ……。あのパリスをあの男が……? いや、ここにあるパリスの命の欠片が騒いでいるから、死んだというのはわかっていたんだが……。まさか、あの男がねえ……」

 

「ロウ様だよ──。いまのうちに練習しときな。今度出逢ったら、“いつぞやは済みませんでした。身体の中のパリスの命の欠片を連中の手の者に殺されないうちに取り出して、ついでに、重ね掛けされている様々な呪いの解呪もして欲しいから、お願いだから抱いてください”って、言わないとならないんだからね」

 

「抜かせ──。あんな男に……。とにかく、エルスラ、いや、エリカだったっけ? とにかく、エルスラのことは認めるよ──。それでいいだろう。それを代償に、あいつに解呪をさせるさ」

 

「ちょっとは下手に出た方がいいんじゃないかい、アスカさん──。とにかく、そのエリカというエルフ娘のことなら、ロウ様は、あんたの許可なんか欲しがらないと思うよ。むしろ、そんな物言いなんてすれば、気を悪くすんじゃないかい? まあどうせ、(ねや)では泣かされるんだ。だったら最初から泣いときな。嘘でもいいから」

 

「うるさいねえ──。そもそも、男の前に連れていくとか言っといて、話を聞く限り、お前が一途に想っているだけで、ほとんど他人じゃないかい──。いや、他人ならまだしも、向こうにしてみれば、あいつにちょっかい出して、返り討ちにあって逃亡した悪女だろうが──。わたしとなにが違うんだい──」

 

「まあ、それは任せな。ちゃんと、あんたの身体の呪術を解いてもらうように頼んでやるから」

 

 ノルズは自信ありげに見えるようににやりと笑ってみせた。

 もっとも、完全なはったりだ。

 アスカの言葉は、至極ごもっともであり、実のところ、ロウにとってはノルズなど、アスカの言った通りに、ロウに敵対したという悪女でしかないだろう。

 

 だが、ロウがずっと気にしていたアスカを連れていって性支配する機会を与えれば、ロウにとって得こそすれ、損になることはまったくない。

 それどころか、それこそ、ノルズの命を助けてくれたロウに報いる恩返しになるだろう。

 だから、今頃現われてなんだとロウが呆れようとも、ノルズはロウの前に、アスカとともに姿を現して、ちゃんと頭をさげるつもりだ。

 本当は、あのお人よしのスクルズあたりがいて、あいだに入ってくれればいいのだが……。

 しかし、死んでしまったのだ……。

 一方で、アスカは不満そうに鼻を鳴らした。

 

「そりゃあ、わたしだって、それでパリスから解放されるんなら、藁にも縋る思いではあるけど、よくよく聞けば、お前があの男に尽くしていることだって、完全に片想いじゃないかい──」

 

「か、片想いって……」

 

「片想いじゃなくてなんなんだい──。いや、もっと悪いね。向こうはお前のことをほぼ知らないんだ。とにかく、わたしは、あいつとエルスラを殺しかけたことがあるんだよ。本当に大丈夫かい?」

 

「だ、大丈夫さ……」

 

 ノルズはもう一度言った。

 そして、もう一度考えたが、やっぱり大丈夫じゃない。

 だんだんと心配になってきた。

 ロウが逃亡したノルズのことを怒っているならまだしも、すっかりと忘れていたらどうしよう。

 あれだけ、周りに美人、美少女を侍らせているロウだ。ノルズごときを完全に記憶から抹消させている可能性もある。

 いや、そうかも……。

 

 まあ、それはそれで仕方がないし、だから、ノルズがどうということもないが、できれば、ほんの少しでいいから、ノルズのことを覚えていて欲しいものだ。

 我儘だろうか……。

 いや、やっぱり、それは我儘だ。

 ノルズは悟り直した。

 

「いまからでも遅くないから、お前があいつのために、命を賭けてあちこちを駆けまわっていることを教えな。どこに隠れているかわからなくても、お前のことだから、伝達手段くらいあるんだろう」

 

 アスカが呆れたように言った。

 ノルズは首を横に振った。

 

「じょ、冗談じゃないよ。そんなことして、あたしが死んだり、捕らわれたりしたらどうすんだい。もしも、ロウ様のために動いているということが伝わったら、あたしが死んだら心配するかもしれないし、捕らわれたりしたとき、万が一にも助けようだなんて、向こうが考えたらどうするんだい──」

 

「それだけのことをしてきたとは思うけどね。わたしはともかく、パリスやその一派を相手にして、よくやってるよ、お前は……。心配くらいさせればいいだろう──」

 

「だ、か、ら、心配させてどうするんだい──。あたしが恩返しだと思ってやってることは、あたしの想いのためだけに、あたしが好きでやってんだ。そのことであたしが死んでも、それをあの人が知る必要はないのさ。別に、褒めてもらおうとか、恩に着せて、好きになってもらおうとか考えているわけじゃないんだ」

 

「よくわからないねえ……。お前は、あの男のために死んでもいいと思うほどに、あいつに惚れたんじゃないのかい? もっとも、お前のような女がひとりの男を愛するなんて、柄じゃあないとは思うけどね」

 

「死のうが死ぬまいが、これは、あたしがあたしの満足のためにやっていることさ──。このこと自体に、あの人は関係ないし、あたしがロウ様のために動いていることを知ってもらう必要もない。あたしは、あの人の役に立っているという実感が欲しいだけさ」

 

 これはノルズの本心だ。

 だから、ロウには何も教えずに動き、そのために死のうとさえ思ったのだ。

 それなのに、さっき、一瞬だが、ノルズはロウに覚えていて欲しいと思ってしまった。

 なんと浅はかな……。

 ノルズは首を横に振る。

 

「へっ、健気なんだろうさ……。エマに布瘤付きの褌を締めさせて悦ぶ嗜虐趣味の女と同一人物は思えないね」

 

 アスカが苦笑した。

 

「その言葉、そのまま、あんたに返してやるよ──。あんたみたいに、男奴隷や女奴隷を拷問しては悦に更けるような女が、元はと言えば、希代の魔道力の遣い手として期待されていたエルフ族女王家の嫡女と同一人物だった方が驚きさ」

 

「惚れた男が悪かったのさ。とんでもない悪党でね」

 

 アスカが自虐的な笑みを浮かべた。

 

 このアスカが、実は、いまのエルフ族女王のガドニエルの姉であり、もともとはラザニエルという名の将来を嘱望された後継者だったというのは、アスカとともに、エマの新しい人格作りの作業をしているときに聞いたことだ。

 

 酒を片手に、エマを作り変えるなら、こんな性格がいいとか、あんな身体がいいとか話しながら、さらに、お互いに身の上話を語り合ったのだ。

 だが、それによれば、この魔女は、いまはこんな風になっているが、かつては、清廉潔白な外見を覆って人生を送っていた時代もあったらしい。

 もっとも、ほかの者には隠れて、妹を自分の百合の性愛の調教相手にする程度の真面目さではあったようだが……。

 百年以上も前の話らしいが……。

 

 当時は、ガドニエルというちょっと羽目を外しがちのお転婆な妹と、それなりに助け合って、女王家の次期当主として、真面目に生活を送っていたらしい。

 それが壊れてしまったのは、オデッセイという超美男子の流れ者のエルフ男にひと目出逢ってしまったときのことであり、この女が柄にもなく、その男にのぼせあがり、そのオデッセイに誘われるまま、エルフの里を出てしまったということなのだ。

 

 しかも相手と“(つがい)の誓い”とやらをして、お互いに永遠に心変わりをしないという魔道の約束まで交わしたそうだ。

 アスカがノルズと酒を交わしながら語るには、そのオデッセイは、ラザニエルだったアスカがひと目で恋に陥るような美形であり、性格だって素晴らしく、まさにすべてを投げ打ってもいいとさえ思った男だったという。

 

 だが、そのオデッセイこそがパリスなのだ。

 そして、パリスがラザニエルの前に現れたのは、全てが、ラザニエル、つまり、いまのアスカをさらうための罠だったということだ。

 パリスがアスカを狙ったのは、ただただ、パリスが考えていた大量の瘴気発生のための特異点として、アスカが「大量の理力を保持する人材」として必要だったからだ。

 つまりは、道具である。

 だから、パリスは。最初からアスカに目をつけ、たらしこんでさらうつもりで近づいたのだ。

 

 しかし、アスカに言わせれば、(つがい)の誓いというのは、(つがい)の誓いの習慣のある同種族同士はもちろん、異種族であっても、少なくとも、お互いに愛を感じ合って共鳴しなければ、(つがい)の誓いは成り立たないのだそうだ。

 だから、少なくとも、パリスが、アスカを愛しておらず、道具としか考えていないのであれば、アスカの心はつがいの共鳴を起こすはずがなかったというのだ。

 

 しかし、お互いに想い合っている証である“(つがい)の誓い”の衝動が起き、ラザニエルだったアスカと、オデッセイとしてやって来たパリスとの間に結びつきも成立もした。

 だからこそ、アスカはオデッセイの本気を信じたのだ。

 そして、エルフの森から、オデッセイとともに出奔した。

 彼の「夢」をかなえるために……。

 

 パリスは、ラザニエルを道具として狙っているだけだったのに、どうやって、(つがい)の誓いを成立させたか──?

 それも簡単だ。

 

 パリスは、自分が殺した相手や、自分を殺そうとした相手の姿や能力を魂ごと奪って、自由に扱えるという究極の闇魔道の能力があるとのことだ。

 それは、魔道で変身するという変身術でない。

 それならば、鑑定術で見抜くことができる。エルフ族王家の嫡女ともなれば、鑑定術で見抜けない魔道の変身など存在しない。

 しかし、パリスの闇魔道は、あらゆる魔動的な意味での完全に他人になってしまうのだ。

 だから、アスカも見抜けなかった。

 

 パリスは、オデッセイというかつて自分が奪ったエルフ族の青年の魂を利用してラザニエルに接近し、本気の恋をして、愛を語らせ、(つがい)の誓いを成立させた。

 そして、成立させた後は、パリスはそのオデッセイの人格を封印してし、自分側から(つがい)の誓いを除去したというわけだ。

 ただ、片側が消えたところで、相手の魂が完全に消滅しないと、消えないのが(つがい)の誓いだ。

 その結果、アスカ側にはパリスに心が縛られるという結果が残ってしまった。

 アスカは、いまだに、オデッセイだったパリスに愛情の気持ちを抱いている。

 これこそ、アスカを縛っている最大の呪縛でもある。

 

 いずれにしても、あとは、大した話ではない。

 パリスはラザニエルに、アスカと名を変えさせ、殺人に誘拐、拷問に強盗、ときには謀略や、色仕掛けの調略の道具としてこき使った。

 

 それこそ、男であろうと、女であろうと、老人であろうと、子供であろうと、悪人であろうと、善人であろうと、あらゆる種族、あらゆる境遇の者を殺させたり、拷問をさせたりし、ほかにも考えられる限りの悪事の片割れを手伝わされ、いつしか、そんなことには一切心が動かないような闇の感情しか抱けない女になったのだという。

 

 また、挙句の果てに、パリスは、パリスが死んだときの保険として、アスカの身体を自分の魂の欠片の入れ物とし、さらに、そのことでパリスやパリスの手下に絶対に逆らえなくして、予定通りに瘴気の拡大のために特異点の発生源としての生贄にまでに落とし込んだのだ。

 

 パリスが、自分の「魂の欠片」の入れ物にアスカを選んだのは、アスカがそれだけの魔道遣いだったからだ。

 闇魔道が通用せずに、一度パリスが死んだ場合は、パリスの復活のためには、あらかじめ自分と切り離して保管しておいたパリスの命の欠片が必要となる。

 だが、欠片の保管場所は、生きている身体でなければならず、しかも、保管容器である本体がパリスよりも先に死んだら、入れておいたパリスの魂の欠片も失われしまう。だから、「保管容器」は、なかなか死なない人間がいいのだ。

 アスカはうってつけの「入れ物」だった。

 

 そして、復活の儀式は難しいものでもないそうだ。

 パリスが死んだあと、今度は、逆に入れ物であるアスカが死ねばいいのだ。

 だから、パリスが死んだ以上、パリスの部下は目の色を変えて、パリスの魂の欠片を入れているアスカを殺そうとする。

 

 ただの偶然だったが、ロウがパリスの仮体を殺す直前に、ノルズがアスカ城からアスカを逃亡させていたのは僥倖だった。

 さもなければ、パリスの仮体の死後、アスカはあっさりと殺され、アスカ城でアスカの能力と姿をしたパリスが復活していたはずだ。

 

 また、アスカの能力を利用したり、魂の欠片の入れ物として活用する一方で、パリスは徹底的な快楽調教をアスカに施したそうだ。

 ノルズも巫女修行時代に経験があるが、ある程度の高位魔道遣いになると、淫乱であればあるほど魔道力があがるという、魔道遣いと性的快楽には不思議な関係性がある。

 神殿界でさえも、修行の秘法として、高位魔道遣いの素質がある子女には、幼い時期から性的快楽に目覚めさせ、相互の同性愛を教え込む。

 ノルズも、その時期を通じて、スクルズやベルズやウルズという巫女たちと仲良くなったのだ。

 とにかく、パリスもそのことは知っていて、アスカを瘴気を生み出す道具として成長させるために、アスカに性調教を繰り返して、その魔道力を限界まであげたようとしたのだ。

 

 中毒性のある媚薬、掻痒剤、淫乱剤、興奮剤……。

 

 連続絶頂、寸止め調教、羞恥に対する興奮、苦痛を快感に変換させる被虐性……。

 

 局部だけでなく、肛門はもちろん、ありとあらゆる身体の器官で快感を覚えることを淫具や魔道具で仕込まれ……。

 

 男奴隷……、女奴隷……、ときにはパリスの手下……。

 

 どこかからさらってきた子供まで遣って、パリスはアスカに背徳的な肉欲の悦びを叩き込んだ。

 

 とにかく、パリスによるありとあらゆる手段で、アスカは、四六時中、淫事に耽っていなければ耐えられないような淫乱な身体と心に作り変えられたのだそうだ。

 しかも、それについて、ほんの少しでも、パリスから愛が感じられれば、まだ、アスカは救われたという。

 だが、アスカを調教するパリスには、一片の心も感じなかった……。

 アスカは、そんなことをノルズと酒を飲みながら笑って語った。

 

 つまりは、パリスが自分に心はないとわかっていながら、それでも、パリスから心が離れられないアスカは、パリスの命令のままに悪事を重ね、享楽にうつつを抜かし、退廃と堕落を繰り返し、やがて、それらのことに全く心も動かなくなり、性愛についても、与え続けられるだけでなく、自ら積極的に認めるようになると、嘘のように苦悩もなくなり、その結果、自分が嗜虐されるよりも、嗜虐する方が好きになるというように心が変わっていったそうだ。

 

 そのうちに、アスカの召喚術も完成し、これが大量の瘴気を生み出すということがわかると、パリスは、ルルドの森と言われる場所の一角にアスカ城を建設して、そこにアスカを監禁した。

 表向きはその女王だが、アスカの実態はパリスとその一派の奴隷だ。

 そこで、ひたすらに瘴気を生み出す道具として扱われ続けた。

 

 アスカ自身は、ずっとあのアスカ城に閉じ込められたまま、自分が望むわけでもない瘴気を生み出しては拡大させ、しかも、いつかその瘴気に自分自身が破壊されるとわかっていながら、果てしない快感の中毒のようにされた身体が欲するまま、いつしか、いまのように享楽だけに生きるようになって、ついには、稀代の悪魔女に悪堕ちしてしまったのだ。

 

「お前には感謝しているよ、ノルズ。パリスの連中が、今度はわたしの故郷であるナタルの森に手を出そうとしていると知ったときには、はらわたが煮えくり返りそうだった。だけど、なにもできない。そんなときに、お前は、わたしをアスカ城から連れ出してくれたんだ。まさに、エルフの守護神アルティスの加護としか思えなかったね」

 

 アスカはけらけらと笑った。

 だが、その眼は真剣だった。

 ノルズは、アスカの偽悪的な態度の底に、まだ冷めきってはいない心を感じた気がした。

 

「あんたの守護神は、冥界の守母にして、退廃と堕落の女神のインドラじゃないのかい」

 

 ノルズは軽口を叩いた。

 

「抜かすんじゃないよ──。偉そうに……。淫魔師だというロウのことをやたらに褒めるし、あんなに性技に長けた男はいないと繰り返すから、さぞや比較対象があるのかと思えば、お前、まだ、あの男にしか抱かれたことのない生娘同然の女じゃないかい──。笑わせるんじゃないよ」

 

「なっ」

 

 アスカの言葉に、ノルズはかっと自分の顔が赤くなるのを感じた。



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501 魔女完全復活

 生娘同然って……。

 そりゃあ、ノルズが知っている男は、ロウひとりだけど……。

 

「女相手は数多いようだけど、男相手のことを語るには、せめて百人くらいの男に抱かれて修行してきな。お前の守護神は、女ならなんでもござれのクロノスにも相手にしてもらえない、獣人族の守護神のモズじゃないのかい?」

 

「なんとでも言っておくれ。あたしの守護神はロウ様だよ──。あの人に命を救われ、あの人に恩を返すために、あたしは生きているんだ──。とにかく、約束したからね。あたしは、あんたのために、あたしの持っている組織とあたし自身の能力のすべてを使ってやる。だから、全てが成就したら、ロウ様に抱かれておくれ。それで、あんたの身体に刻まれているパリスの呪いも魂の欠片もできるから……」

 

「わかったよ……。それに、お前のいうことが本当で、あの男がパリスを殺してくれていて、さらに、死してさえ、あいつの呪縛から抜け出せないわたしをあの男が解呪して助けてくれるなら、わたしは、それこそ、あの男の足の指でも尻の穴でも舐めるね」

 

 アスカは声をあげて笑った。

 

「……ところで、ガドニエルというあんたの妹の女王のことだけど……。パリスの狙いが彼女だというあんたの勘は確かなのかい? 連中は女王なんかに手を出せるのかい?」

 

 ノルズがアスカに堕ちた後、急に方針転換をして、アスカとともに、ガドニエルのいるイムドリス宮という隠し宮に乗り込むことを決めたのは、ノルズの持っていない情報をアスカが握っていたからだ。

 すなわち、パリスはガドニエルを次の標的にしようとしてるということだ。

 

「ガドニエルは優れた魔道遣いさ。あいつに魔道をかけるのは、パリスでも無理だろう。基本的に魔道でもなんでも、操りや洗脳、ほとんどの悪意ある魔道は、能力に差がある低位魔道者側から高位魔道者側にはかからない。わたしの知る限り、ガドニエルは世界最高の魔道遣いだ。唯一の例外を除いてね」

 

「唯一の例外?」

 

 ノルズは首を傾けた。

 すると、アスカが白い歯を見せた。

 

「わたしだよ──。パリスは、手下どもにわたしを徹底的に調べさせて、わたしの魔道の波動を調べ抜き、わたしの波動に合致したなにかの魔道符のようなものを作っていった。どんな魔道に調整をしたのかまではわからなかったけど、だから、嫌な予感がずっとしてたんだ」

 

 魔道符というのは、あらかじめ魔道を刻み込んだ護符のようなものであり、それを遣えば、そのときに術を刻んだ魔道遣い本人がいなくても、魔道が発動するようにした一種の携帯魔術だ。

 アスカ自身の魔道の波動を引き出して護符として調整したとすると、確かに、連中はアスカの魔道を持っていったということになるのだろう。

 アスカの言葉のとおりであれば、それなら、世界一と称される魔道遣いのガドニエルでも効果を及ぼすかもしれない。

 

「そもそも、あいつは頭が軽くて、不用心だからねえ。まんまとパリスの罠にあっさりと嵌まるような気がするんだよ……」

 

 アスカが心配そうに言った。

 しかし、ノルズは首を傾げた。

 実は、ノルズは短い期間だが、変身のリングという魔道具で、ガドニエルの部下に変身して、隠し宮ことイムドリス宮に潜り込んだことまである。

 そのときには、パリスの属する皇帝家の一派が、陰謀を抱いていることまで警告した。

 なにを企んでいるかまでは不明だったが、ナタルの森が次の標的になっていることくらいは、わかっていたからだ。

 

 それはともかく、そのときの印象は、決してガドニエルは、軽いという感じではなく、行儀のいい有能な女王という印象だった。

 だから、そう言った。

 しかし、アスカは爆笑した。

 

「あいつはねこを被るのが上手いんだよ。実はとんでもないど淫乱でね。まあ、わたしが仕込みもしたんだけど……。だけど、考えてみれば、お互いに性については未熟な時代に、わたしはガドニエルをマゾ奴隷のように躾けたんだから、わたしが、いまのわたしになる要素は十分にあったんだろうさ」

 

 そのときだった。

 小屋の外からけたたましいエマの悲鳴がしたのだ。

 

「さて、来たようだね。アスカさん、敵だ」

 

 ノルズはすっと立ちあがった。

 

「敵?」

 

 アスカは怪訝な表情になった。

 

「あんたを探しているパリスの手の者に、あんたがここにいるって情報を流したのさ。なにせ、あんたが死ねば、パリスが生き返るんだろう? だから、来てもらったのさ」

 

「どういうことだい、ノルズ……?」

 

 アスカがノルズを睨む。

 この女は信頼した相手に裏切り続けられた女だ。

 もしかしたら、またもや、裏切られたとでも思ったのだろうか……?

 しかし、ノルズはアスカに、にやりと微笑みかけた。

 

「アスカ城の女囚のあんたが、狩猟と戦いの女神アルティスになるための回復練習さ。もう、この山小屋はいらない。あんたを追っている連中に居場所がわかったところで、次は転送術で跳躍するから、足はつかない。だから、お招き願ったのさ」

 

「わざと呼んだということかい?」

 

「あんたの魂は、(つがい)の誓いに加えて、パリスやパリスの手の者に逆らえないように、パリス自身の魂の欠片が結びつけられている。本来であれば、あんたはパリスたちとは戦えない。そのあんたがパリスの手の者が待っているかもしれないエランド・シティに乗り込むなんて無茶だしね」

 

「だけど、それは言ったはずだ。パリスは死んだ。そして、いまだに復活できないでいる。そのために、あいつの呪術はだんだんと弱まり、いまや、相手がパリス自身でもない限り、なんの縛りもないってね」

 

 アスカは苛立ったように言った。

 希代の魔道遣いでありながら、闇魔道の遣い手であるパリス自身はともかく、パリスの手の者にすら言いなりにならないとならないという歳月は、ずっとこの女の心理的な打撃であり続けた。

 パリスに虐げられた話は自虐的にするくせに、この女はパリスの手下に嬲られ続けた話題は絶対にしない。

 なによりも屈辱だったのだろう。

 

 しかし、この女が言うには、その呪術もいまや弱まっているのだそうだ。

 これも、パリスが死んで、いまだに復活していないことに関係があるのだろう。

 だから、ノルズが、アスカにパリス一派がナタルの森に対して企てていた策謀について、知っていることを全部語ったとき、思い切って乗り込み、そこで決着つけようという話になったのだ。

 

「だからさ……。見せておくれよ。あんたが戦えるということをね……。さもなきゃ、あんたは留守番だ。ガドニエルというあんたの妹は、あたしが助けてくるよ」

 

「のぼせるんじゃないよ。お前じゃあ、力不足さ」

 

 アスカは立ちあがった。

 そのまま、ふたりで小屋の外に出る。

 果たして、武器を持った男たちが二十人ほど、小屋の前を取り囲むようにしていた。

 刃物だけじゃなく、半分は魔道の杖を構えていて、攻撃魔道の準備をしてこっちに向けている。

 また、エマは連中に捕らわれている。

 上衣は侍女っぽい出で立ちで、下半身は赤いふんどしをちらちらさせているという破廉恥な恰好のまま、連中のひとりに首を腕で抱えられていた。

 

「やっと見つけたぜ、女王様──。お迎えにきましたよ。お痛はなしだ。魔道は禁止する」

 

 声をあげたのは、エマを掴んでいる男の隣にいる大男だ。

 にやにやと、いやらしく舐めまわすような視線をこっちに向けてくる。

 

「アーロンかい……。お前、よりにもよって、とんでもないのを連れてきたね」

 

 アスカが横で苦笑している。

 

「知り人かい?」

 

「パリスの手の者の中では、一番の武闘派だね。ついでにいえば、とんでもない絶倫だ。ただし女をいい気持ちにすることはない。手前勝手な性交をするだけだ。あいつの性格そのものさ」

 

「あんたも犯された口かい?」

 

「パリスに逆らえなくてね……。何度もパリスの前で、あれとまぐ合わされたよ。だけど、あれに犯されてもセックスが嫌いになるだけで、パリスの思惑とは逆だったね」

 

「逆?」

 

「下手くそなセックスしかしないからね。つまりは、数はできるが、女を気持ちよくできない早漏野郎だ」

 

「早漏野郎かい? 淫乱なあんたが呆れるんだ。さぞや、無様なセックスなんだろうさ」

 

 ノルズは笑った。

 すると、アーロンという男が怒りで顔を真っ赤にするのがわかった。

 

「言いやがったな、女。ただで死ねると思うなよ。たっぷりと苦しめたあとで、ゆっくりと死ぬように始末してやる。アスカについては、いつものように全員に奉仕だ。ひとりひとり珍棒を吸って、尻も舐めてもらう。丁度いい小屋もあるし、飽きたら殺してやるよ。パリス様がお前の身体から、お前の魂がなくなるのをお待ちだ」

 

 アーロンが酷薄そうに笑った。

 

「パリスの腰巾着が偉そうじゃないかい。パリスがそばにいなければなにもできない赤ちゃんだと思ってたよ」

 

 アスカがすっと数歩前に出た。

 ノルズも続く。

 連中は気がついていないようだが、すでに地中にノルズの操る妖魔が大量に潜んでいる。

 ここにいる全員を無力化するのに、大した時間はかからない。

 

「アスカ女王──。まずは、その後ろにいる女を無力化しろ。パリス様の名において命令する──。“黒の闇は北の森で間抜けエルフを犯す”」

 

 アーロンが合言葉めいた言葉を発した。

 おそらく、それがアスカから抵抗力を奪うための暗示の言葉なのだろう。

 アスカの歩みがぴたりととまった。

 

「アスカさん……?」

 

 ノルズは訝しんでアスカの顔を覗き込むようにした。

 次の瞬間、けたたましいアスカの笑い声が辺りに響いた。

 

「なんだ?」

「おっ」

「あれ?」

 

 アーロンを始めとする男たちが一斉に訝しむような声をあげた。

 連中からすれば、急に視界が低くなり、アスカやノルズを見上げるような光景になっているはずだ。

 

「きゃああああ」

 

 エマがその場に座り込んだ。

 

 一瞬だった。

 なにをやったのかもわからなかった。

 ただ、アスカから理力が膨らむような気配が起きた感じがし、次の一瞬には、アーロンたち全員が首を切断されて、生首だけの状態でこっちを眺める姿に変わったのだ。

 首を離された身体の部分は、それぞれの首の後ろで血を噴き出させながら、地面に倒れている。

 

「なんだ? なんだ? なにをしやがった──。おい、アスカ──。お前の仕業か──。ど、どういうことだ──。黒の闇は北の森で間抜けエルフを犯す──。黒の闇は北の森で間抜けエルフを犯す──。黒の闇は北の森で間抜けエルフを犯す──」

 

 アーロンの生首が必死になって喚いている。

 アスカは冷たい表情で、アーロンの前まで行くと、再び魔道を飛ばした。

 今度はわかった。

 いずれにしても、理力を集中し始めるのと、実際の発動の間隔が怖ろしく短い。だから、魔道の気配を探知できないのだ。

 これだけで、アスカがとんでもない魔道遣いだということがわかる。

 

「んんんんっ、んんんんっ」

 

 アーロンが苦悶の表情でもがき始めた。アーロンの口と鼻の上に土の塊が貼りついたのだ。それで息ができなくなって苦しみだしたのだ。

 

「……いつも思っていたけど、その合言葉はむかつくんだよ……。わたしへの当てこすりだろう……」

 

 アスカが静かに言った。

 ふと見ると、アーロンだけでなく、全員の生首の口と鼻に土が密着している。

 あちこちから苦痛の呻き声が響きだした。

 だが、それもだんだんと小さくなり、やがて、完全になくなった。

 全員が死んだことは明白だ。

 

「どうでもいいけど、あっさりと首を切断して殺すんじゃなく、いったん生かしておいて、わざわざ窒息死させるなんて残酷じゃないかい?」

 

 ノルズは笑った。

 さっと手を振る。

 地中に隠していた妖魔たちが、一瞬だけ地上に出て、アーロンたちの死体を咥えて、地中に戻った。

 死体も生首も、血の痕すらも消滅している。

 

「わたしがやらなきゃ、お前がさっきの妖魔に、身体を喰わせたんだろう? 窒息死させられるのと、生きたまま怪物に喰われるのと、どっちが残酷かねえ」

 

 ずっと怒ったような表情だったアスカがやっと顔を綻ばせた。

 

「あ、あのう……。た、助けてくれて、ありがとうございます……。で、でも食事の支度が……」

 

 エマが相変わらず、腰をもじつかせるような不格好な姿勢でやってきた。

 ふんどしの布瘤が気になるのだろう。

 よく見れば、股間の前に垂れている布の下に覗ける脚の内側には、足首まで届くような愛液の垂れがある。

 どれだけ身体を欲情させているのだろう。

 ノルズは笑ってしまった。

 そして、エマが申し訳なさそうに向けている視線の先を見た。

 朝食の支度の途中だったようである鍋と材料が地面にぶち撒かれている。

 準備をしているときに、アーロンに襲われたに違いない。

 すると、アスカが口を開いた。

 

「エマ、朝食の支度はいい。飯はエランド・シティで食べるよ。ノルズ、朝食のできる店くらい偵察してるだろう? 転送術で一気にいくから、案内しな」

 

「別に食堂を探すために、エランド・シティに行っていたわけじゃないけどね。まあ、知っているよ。もしかしたら、ふんどしを教えてくれた(じじ)いいるかねえ? エマを紹介したいよ」

 

 ノルズは笑った。

 エマが顔を赤らめて困惑した表情になる。

 

「……いや、その前にシティの広場に行くかい……。そういえば、エマと約束をしたんだったね」

 

 すると、アスカがにやりと微笑んだ。

 ノルズも微笑む。

 

「そうだったよ……。それに、エマ、まだ起きてからおしっこはまだだろう。シティの一番賑やかな場所に連れていくよ。おもらしデビューだ」

 

 ノルズのからかい言葉に、エマが「ひっ」と引きつった声を出した。



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502 やって来たふたり

 エランド・シティの下層地区側の大広場を、ノルズはアスカとともにエマを連れて歩いていた。

 

 ノルズは、どこにでもいるような冒険者の女の恰好であり、アスカは旅の魔女を思わせる紫の丈の長いスカートに、胸に切り込みのある黒い上衣を重ね着をしていた。

 だが、エマについては、ただひとり、下半身が(ふんどし)姿で、上半身になにも身に付けさせていない乳房丸出しの半裸姿である。

 その破廉恥な姿で、エマを四つん這いで大勢の人間のいるシティの噴水広場と称されている場所を歩かせているのだ。

 しかも、首には犬の首輪を装着させて鎖を繋ぎ、広場の周りをぐるぐると犬の散歩のように徘徊をさせている。

 

 今朝は、もう少し抑えた格好で連れ出したのだが、立ちどまってしげしげとエマの奇妙な姿を眺める者や、横目で盗み見しながらにやにやとする者はいても、思ったよりもシティの反応が少なかったのだ。

 

 それで、アスカと相談して、さらに過激にやることにした。

 白昼におけるエマの裸体晒しだ。

 

 これくらいやれば、水晶宮があまり目をかけていない下層地区といえども、おかしな三人が騒ぎを起こしていることくらい当局に情報が入るだろう。

 それが狙いだ。

 

「あ、ああ、も、もうお許しを……」

 

 エマがもう何十回目になるかわからない哀願をした。

 すでに、この恰好で四つん這い歩きをさせ始めてから一ノス(一時間弱)は経っている。

 喰い込ませている褌の布瘤がつらいというだけでなく、上体を支えるエマの両腕と肩には無理な力がかかって、すでに疲労困憊のはずだし、不自然な体勢で歩く脚にもかなりの負担がかかっていると思う。

 その証拠に、エマの可愛らしい童顔は、すっかりと上気してかなりの汗が噴き出している。

 また、股間を布瘤によって苛まされせているために、汗びっしょりのエマの裸体も、肌が赤く火照りきっていてて、しかも、汗ではない体液で股間の布をすっかりと濡らして、布でも抑えられない愛液がべっとりと、エマの内腿に滴っている。

 

 エマには、それが隠せないように、膝をつけずに尻を高くあげた状態で四つん這い歩きをさせているので、後ろから覗けば、視線の真っ直ぐ先に、エマのその恥ずかしくも息を飲むような官能の姿があからさまだ。

 女のノルズからでも、かなりの扇情的な光景だ。

 真っ昼間から始まった若くて可愛らしいエマの破廉恥な雌犬散歩に、特に若い男の通行人を中心に騒然となっている。

 

「朝よりは、見物客も多いようさ。しかも、今度はいい反応だよ。面と向かって声をかける者はいないけど、露骨に視線を向ける者が大勢だ。注目されて、よかったじゃないかい、エマ」

 

 鎖を曳いているノルズの隣を闊歩しているアスカが、愉しそうに笑った。

 

「で、でも……もう堪忍を……。こ、これ以上はもう……」

 

 エマがよろめくように脚をもつれさせながら言った。

 長い四つん這い歩きに体力が尽きかけているのか、それとも、もう合計で百人を超えるかもしれない通行人の好奇のまなざしに耐えきれなくなったのか、エマが必死の様子で哀願をしてきた。

 まあ、その両方だろう。

 

 このエマの新しい人格を作るとき、とにかく、命令には逆らえないけれども、羞恥責めには極端に恥ずかしがるような反応をするように、性格と性癖を調整した。

 そんなエマには、この状況は心が耐えられない仕打ちに違いない。

 

「だけど、このシティが、こうやって、エルフ族主体の上層地区と、それ以外の種族の下層地区に分かれているとは知らなかったねえ。わたしがいた頃は、こんなことはなかったさ」

 

 アスカがエマの哀願を全く無視して、ノルズに話かけてきた。

 同時にちょっと遅めだった歩みを速くもしてくる。

 ノルズはアスカの狙いがわかり、エマの首輪に繋がっている鎖を短く持ち直して、合わせるように歩行の速度をあげた。

 

「あっ、あっ、ひっ」

 

 案の定、エマが鎖で曳かれながら、たちまち甘い声を出し始める。

 エマの股間には、褌の布瘤がきつく喰い込んでいて、敏感すぎるエマはほんとのちょっと身じろぎするだけで、布瘤から強い刺激を受けてしまうのだ。その疼きと痺れのような快感にも、エマはずっと苦しんでいる。

 しかも、速く進めば、その分だけ刺激も大きくなり、エマはもっと追い詰められるはずだ。その証拠に、速度をあげた途端に、エマは喘ぐような声を息に混ぜ始めた。

 それだけでなく、腰の動きが馬鹿みたいに大きくなった。おそらく、自分では気がついていないと思うが、感じまくっている身体がそんな破廉恥な仕草をエマにやらせているのだ。

 

 見物人がさらに騒然となるのがわかった。

 中には露骨な軽蔑の視線を向ける者もいる。

 あの中の誰かが、上層地区の水晶宮に、下層地区で破廉恥な行為をしている女三人のことを届けてくれるかもしれない。

 そうすれば、得体の知れない三人組の女の捕縛のために上層地区からカサンドラの配下の水晶軍がやってくるかもしれないし、役人が状況を確認するためにやってくるかもしれない。

 

 ノルズたちの狙いはそれだ。

 とにかく、手っ取り早く水晶宮に潜りこむために、わざと騒乱を起こすことにした。

 騒乱を起こして、転送術を使ってでも騒乱の場所を拡大し、兵の連中を水晶宮からできるだけ外に出してから、その隙を狙って逆に乗り込むのだ。

 また、万が一捕縛されたところで、いまのアスカとノルズがいれば、雑兵が何十人と束になっても、倒す自信がある。

 要は騒動を起こすのだ。

 

「いまは病床にいるけど、カサンドラの夫の太守が、こうやって二層形式にしたらしいさ。まあ、選民思想の強いエルフ族だけど、カサンドラの夫は、特にそれが強かったようさ。十年ほど前に、いまのような分割統治のような形になったと聞いているよ」

 

「ふうん……。ガドニエルはなにをしているのかねえ。そんなことをすれば、エルフ族に対する反感が強まるだけじゃないか。エルフ族はナタル森林でこそ数は多いけど、全土を見れば、圧倒的に種族の数としては少ない。長命である分だけ、種族として子供も生まれ難いしね。意味のない差別施策は愚策以外のなんでもないと思うけどねえ」

 

 アスカが嘆息した。

 ノルズはくすりと笑った。

 

「あんたがまともに統治の話をすると、あんたがここの女王の姉だというのが、本当の話じゃないかと思ってくるよ。あんたは、性奴隷をいたぶるのと、性愛で自分がいい気持ちになることしか興味がないと思っていたからね」

 

「ぬかすんじゃないよ、ノルズ──。それよりも、水晶宮に乗り込むためのお前の策だけど、こうやって騒動を起こすのは、なんで、下層地区なんだい? お前の話によれば、ここは当局の目は届きにくく、下層地区でなにが起きても、上層地区の水晶宮はあまり反応しないそうじゃないかい。どうせなら、エマを連れて羞恥歩きをさせるのは、上層地区でやればいいんじゃないかい」

 

 アスカが言った。

 ノルズは首を軽く横に振った。

 

「理由は三つある。ひとつは、上層地区には魔道封じの結界がかかっていて、あんたといえども、魔道は遣いにくい。最初に水晶軍に衝撃を与えるときには、とにかく、がつんとやって騒ぎを大きくしたい。そのためには完全に魔道が通用する場所の方がいい。第二に、上層地区に転送術を遣って直接乗り込むのは困難だ。結界がかかっているからね。それでも、幾つかは刻んだけど、準備した転送術の結界は下層地区が圧倒的に数がある。第三に……。まあ、これが、一番の理由だけどね……」

 

 ノルズはそこまで言ってにやりと笑った。

 

「なんだい、もったいぶるねえ……。三番目の理由とはなんだい?」

 

 アスカが首を傾げた。

 

「あんな上品な上層地区で同じことをやれば、あっという間に水晶兵が殺到するさ。そうすると、エマをいたぶる時間が少ない。こうやって、いつまで待っても来ないくらいの時間がちょうどいいのさ」

 

 ノルズの言葉に「そりゃあ、そうだね」とアスカが声をあげて笑った。

 そのとき、エマを引っ張る鎖に急に力が加わって、後ろ側に引っ張られるかたちになった。

 

「あ、ああ……、も、申しわけ……あああっ」

 

 ふと見ると、ついに布瘤の刺激に耐えられなくなったらしく、エマが四つん這いで歩きながら気をやっている。

 ノルズはそのみっともない姿に笑い出してしまった。

 アスカも隣で愉しそうに噴き出している。

 

「仕方ない。少し休憩をするかい。さすがに、一ノス以上も歩き続ければ、わたしも喉が渇いたよ」

 

 アスカが声をかけてきた。

 ノルズは周囲を見渡して、屋台の前に横長の椅子がある、ひとつの果実水屋を見つけた。

 気をやったばかりで、脱力して身体がふらついているエマを引っ張るのをやめて、アスカに顎で指す。

 

「あれはどうだい、アスカさん。わたしが奢るよ」

 

 ノルズは笑った。

 奢るもなにも、アスカはまったく路銀のようなものを持っていない。旅のあいだで、飲み物にしろ、寝るための場所にしろ、必要なもののすべてを都合しているのはノルズの役割だ。

 

「ああ、奢りな。ガドニエルと再会できたら、一万倍にして返してやる」

 

「よろしく頼むよ」

 

 ノルズは笑って、目的にしている屋台の正面の位置する道を挟んだ場所に立っている街路樹まで、エマをアスカととも引っ張っていき、鎖を幹に巻きつけてエマが離れられなくしてから、エマを後ろ手に手錠をかけて拘束した。

 

「お前はここで待っていな、エマ。水は置いておいてやろう。ノルズ、エマ用の皿を出しな」

 

 ノルズは収納術で格納している荷から、犬が餌を食べるためのような水皿を取り出して、エマの顔の前に置く。

 もやは、こっちに視線を向ける通行人はかなりの人数になっているが、それは無視する。

 それよりも、あまりの羞恥に泣きそうになっているエマの表情が、ノルズの嗜虐欲を心地よく刺激してくれる。

 ノルズが皿を置くと、アスカがあっという間に、それを水で浸した。

 

「エマ、それはただの水じゃない。お前のために魔道で合成した特性の媚薬入りだ。必ず、全部飲み干すんだ。次は勃起した乳首に鈴をつけて歩かせる。そのためのものさ」

 

 アスカが笑った。

 

「乳首が勃起しているのはいまも同じさ……。まあいい。そういうわけだから、アスカさんの命令に逆らうんじゃないよ。じゃあね」

 

 ノルズもアスカととともに笑い声をあげて、アスカを正面の屋台に促した。

 

「は、はい……。で、でも……。あのう……」

 

 すると、エマが目に涙を浮かべて呼び止めてきた。

 

「なんだい? 言いたいことがあるのかい、エマ?」

 

 ノルズは振り返った。

 

「そ、その……か、厠に……。お、おしっこが……」

 

 エマが周りをはばかるように小声で告げた。

 ノルズはほくそ笑んだ。

 朝の羞恥散歩で褌をしたままの「おもらしデビュー」をさせたエマだったが、いま少し見物人が少なかったため、ここに来る前にも、多量の水分を改めて飲ませていた。

 しかも、水に利尿成分のある薬剤も溶かし込んでいたのだから、エマが尿意に襲われているのは当然だ。

 

「わたしたちが果実水を飲んで戻るまで我慢しな。なに、すぐさ。そうしたら、小便をさせてやるよ。朝とは違って、ちゃんとした場所でね」

 

 ノルズはそう言って、人通りの多い通路を挟んで反対側の屋台に向かった。

 エマを置いてきぼりにすると、すぐに野次馬の通行人がエマに集まりだすのがわかった。かなりの注目をされていたものの、アスカとノルズに得体の知れないものを感じて、接触は躊躇っていたようだ。

 だが、見える距離にあるとはいえ、ふたりが離れたことで、さっそくエマにちょっかいを出しに来たようだ。

 しかし、ほんの少し手前でエマに接触するのは阻まれている。

 さっきアスカが特殊な結界をエマに周りに張ったのだ。

 ノルズはそれに気がついていた。

 

「ここで、待っておくれ、アスカさん」

 

 ノルズはアスカを先に椅子に座らせてから、屋台の主人に果実水を二杯注文した。

 

「どうぞ、お客さん」

 

 店の主人が代価と交換で果実水をノルズに渡す。

 その果実水とともに、小さな紙片がさっとノルズに手渡された。ノルズはさりげなく一瞥し、その紙片を丸めて指のあいだに挟んで揉む。それで紙片は蒸発するように消滅する。そういう細工をした紙なのだ。

 ノルズは二杯の果実水を持って、アスカのところに戻り、一杯をアスカに手渡した。

 エマを見物するようにふたりで、果実水をすする態勢になる。

 

「この羞恥責めも、エマにはなんだかんだで満更でもないようさ。見てごらんよ。集まった見物人たちに囲まれて、羞恥に泣きそうな顔をしているくせに、乳首はすっかりと硬直させているようだ。あれは、感じているんだねえ」

 

 アスカが道の向こうのエマに視線を向けながら、果実水を上品にすすった。

 

「しかも、尿意のために、無意識に腿を擦っているよ。でも、そんな動きをすれば、縄瘤の刺激の餌食さ。ほらっ、いまも快感を昂ぶらせて喘ぎ声を出した。ははは……。あれは、若い男には目の毒だねえ」

 

 ノルズもエマを観察しながらアスカに声をかけ、さりげなく、アスカの耳元に口を近づけた。

 

「……手の者からの連絡さ。やっと、水晶宮に、得体の知れないあたしらのことが連絡が届いたみたいさ。それだけでなく、あんたとあたしの人相が伝えられたようだ。どうやら、あんたは手配されていたみたいだね。ここに軍が一個隊ほど来るそうさ」

 

 ノルズの言葉に、アスカの眉が動いた。

 

「お前の手の者からの連絡かい? でも、どうやってやり取りを……?」

 

 アスカが怪訝そうに目を細めて、その口が小さく動いた。

 

「いまの屋台の主人は、あたしの手の者だ。ほかにも周りに三人ほどいる。無論、上層地区を見張っている者もいる。お互いに連絡をし合っているのさ」

 

「準備のいいことだね。じゃあ、手筈通りに暴れるかい。それでいいんだね?」

 

「まあ、作戦ともいえないけどね。あとは出たとこ勝負だ。暴れまくって、最終的には水晶宮に乗り込んで、カサンドラを人質にとる。あるいはわざと捕まるかもしれない。とにかく、どういう状況になっても、あたしを信じな」

 

「誰かを信じるなんて、当の昔に懲りたんだけどね」

 

 アスカが笑った。

 

 そのときだった。

 道路の反対側の正面のエマが、急に引きつった悲鳴をあげたかと思うと、周りにいる見物人たちから身を隠すように、さっと身体を小さくしてうずくまらせたのだ。

 その足元にみるみる水たまりが大きく拡がっていく。

 

「ああ、しまった──。もう少しはもつと思ったのに──。ぎりぎりまで我慢させてから、首輪を引っ張って立たせて、失禁をさせるつもりだったんだ──。あいつの限界を読み間違ったよ──」

 

 ノルズは舌打ちとともに、声をあげた。

 エマが小便を洩らしてしまったのは明白だ。

 結界に阻まれて、すぐそばに集まっていた見物人たちも、激しい奔流となっているエマの小尿の水溜まりが自分たちの足元まで拡がってきて、慌てて立ち退いたりしている。

 

「お前は、これから軍に襲いかかられることよりも、エマの失禁の時期を読み間違ったことの方が衝撃を受けているみたいじゃないか」

 

 横でアスカが笑い転げた。

 ノルズは苦笑した。

 確かに、そうかなと考えてしまった。

 

「……ところで、もうひとつ情報さ。未確認だが、ガトニエルは偽者だという垂れ込みが複数同時に入ったそうだ。そのことでも、水晶宮は騒いでいるらしい。ただのひとつの垂れ込みなら一蹴したかもしれないが、同時に別系統からだからね」

 

「偽者? じゃあ、ガトニエルは──?」

 

 アスカが血相を変えた。

 ノルズは首を横に振った。

 

「落ち着きな。これはちょっと胡散臭い情報さ。まるでわざと流されたみたいな流れで入ってきたようだ。考えなければならないのは、この状況で急にそんな情報が出るのはどういう意味があるのかということだよ」

 

「どういう意味でもいいさ。罠だろうと、そうでなかろうと、お前とわたしで、火の玉になって敵を粉砕する。それだけのことじゃないか」

 

 アスカが不機嫌そうに言った。

 しかし、それもそうかとノルズは考えた。

 検討した末の正面突破の策だ。

 確かに、罠だろうと、なんだろうと関係ない。

 

 すると、離れた場所から、これまでとはまったく異なる喧噪が近づいてきたのがわかった。

 周りにいた見物人たちが、驚いたように、一斉に散っていく。

 その逆に、現われたのは五十人ほどのエルフ族だけで編成された統制された武装集団だ。

 あれが水晶軍と通称される上層地区からやってきた治安部隊なのは明らかだ。

 

「おいでなすったよ。最初はあんたがいくかい? それとも、あたしにする?」

 

「今回は任せるよ。わたしはエマを囲んでいる結界を強めておく。あの場所から、三日は出れないし、誰も入れないようにしておく。その分の食料と水も置いてくるさ。それだけあれば、十分に戻るまでもつだろうよ。三日間も、あんな目立つ場所で晒しものじゃあ、エマの羞恥責めのデビューとしては十分だろう?」

 

 アスカが立ちあがった。

 足手まといのエマについては、そうやって置き去りにしようというのは、あらかじめ話し合っていた。

 ノルズは収納術から三日分の食料が入った袋を手渡す。

 飲み水の方は、アスカが魔道で準備するはずだ。

 糞尿は垂れ流しになるが仕方がない。

 せいぜい、人の多い場所に置き去りにされて、エマには肝の冷える思いをしてもらうことになっている。

 

「待て、お前たち──。ちょっと、話がある。大人しくしてもらおう」

 

 兵たちが周囲を取り巻いたのはあっという間だった。

 ノルズとアスカとエマ、そして、屋台がある場所が完全に遠巻きに包囲された。

 たくさんいた通行人は、ずっと遠くの見えない場所まで散り去ってしまっている。

 展開した兵の後ろから、大きな声をかけてきたのは、この隊の隊長だろう。

 

一昨日(おととい)来な──。このアスカと、ノルズを捕えたければ、この十倍は連れてくるんだね。お前らだけじゃあ、準備運動にもなりゃしない」

 

「やや──。やっぱり、手配中のアスカか──。おい、油断するな。魔道の遣い手だ──」

 

 隊長が、いまはエマのところにいるアスカを指さした。

 ノルズは妖魔術を念じて、昏倒するほどの強力な毒をもつ妖魔の羽虫を大量に発生させた。

 その羽虫に刺された兵たちが、次々に倒れていく。

 なにが起きているかもわからなかっただろう。

 まったく何もしないうちに、最初にやって来たこの隊は全滅してしまった。

 

「なんだい? 無抵抗かい……。いくらなんでも、弱すぎないかい、アスカさん──。あれでも、あんたの元の軍だろう?」

 

 ノルズは倒れている兵たちを縫うように歩きながら、アスカに近づいていった。

 アスカは笑っている。

 一方で、なにが起きたかわかっていないエマは、アスカに施された結界の透明の檻の中で、顔を蒼くしている。

 すでに、アスカによって拘束は解かれているようだが、アスカやノルズに近づこうとして、アスカの結界に阻まれて狼狽えている様子だ。

 

「いまはカサンドラが手配している軍さ……。それよりも、お前、さっきこいつらに啖呵切ったとき、どさくさに紛れて、わたしのことを呼び捨てにしただろう」

 

 アスカの方からも、ノルズに近づいてきた。

 そういえば、啖呵を切ったときに呼び捨てにした。

 ノルズは肩を竦めた。

 

「そりゃあ、気がつかなかったよ。悪かったかい?」

 

「いや、それだけ、生意気な口をきいているのに、呼び方だけさん付けじゃあ、そっちの方が気持ち悪いのさ。これからも、呼び捨てにしろって言いたくてね」

 

 アスカが白い歯をノルズに見せた。

 ノルズも微笑んだ。

 

「じゃあ、行くかい──。こっから先は策なんて上等なものじゃない。出迎える水晶軍はどれもこれもやっつけて、そのまま水晶宮に乗り込む。とりあえず、カサンドラでも人質にとるかい。そうすれば、イムドリス宮に向かう道も開けるというものさ」

 

「まあ、わたしとお前らしい策さ。いまのわたしは女王家から籍抜かれて、イムドリス宮に転送術で直接に跳ぶことができないしね。ガドニエルに会うには、カサンドラをとっ捕まえるしかない。まあいい、いくよ、相棒──」

 

「はいよ、アスカ」

 

 ふたりで上層地区に向かう塔に向かって歩き出した。

 後ろからエマが泣き叫ぶ声が聞こえていたが、もうなにも気にする気にはなれなかった。

 

 すると、突然に思い出したように、アスカが後ろに転がっているエルフ兵の連中に魔道を被せて、ある処置を施した。

 そして、ノルズの顔を見て、まるで子供のような無邪気そうな笑みを示した。

 アスカのその悪ふざけに、ノルズはぷっと噴き出してしまった。

 

 

 

 

(第40話『悪党ども集結』、第41話『イムドリスの開放』に続く)



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 第41話  イムドリスの開放
503 シティ連続破廉恥事件


 カサンドラは、混乱の中にいた。

 

 水晶宮への第一報は些事としてすぐにカサンドラに入ることはなく、カサンドラが接したのは、水晶宮に届いた内の第二報からだ。

 すなわち、下層地区で騒動を起こしている女のうち、ひとりはカサンドラが手配を命じたアスカに間違いないという報告だ。

 カサンドラはびっくりした。

 

 慌てて、第一報を遡って報告させたところ、その第一報というのは、下層地区で若い人間族の女をほとんど素っ裸にして、犬のように四つん這いで歩かせている女たちがいるという馬鹿げた内容だったらしい。

 あまりにもふざけた内容だったので、カサンドラには届かなかったようだが、その女たちの容貌が第二報として届けられ、それが、カサンドラがナタル森林の全土のエルフの里に発していたアスカの手配書の人相と合致したために、カサンドラへの報告が慌てて届いたというわけだ。

 とにかく、アスカが、よりにもよって、水晶宮の存在するエランド・シティに出現したという報告には驚いてしまった。

 

 アスカをエルフ族の敵として、ガドニエルの名で大陸全土に死刑犯として、手配せよと命じたのは、ほかならぬガドニエルであり、直接に部下に指示を発したのはカサンドラである。

 だが、半分は本気ではかなった。

 だから、最小限度の手続きしかしなかったし、ガドニエルは命じたものの、各王国にエルフ族の女王の名で親書を送りつけ、諸王国にアスカの処刑依頼をするまでのこともしなかった。

 

 なにしろ、アスカ城の女王のアスカこそ、ほかならぬ、百年以上前にオデッセイという旅のエルフ男とともに出奔し、ずっと行方知れずになっていたラザニエル王女であり、いまのエルフ族の女王であるガドニエルの実の姉かもしれないのだ。

 それが事実かどうかははっきりとはわからないが、カサンドラについては、九分通り事実であろうと確信している。

 ただ、ガドニエルがどう考えているかわからない。

 しかし、紆余曲折の末に、ガドニエルは数日前に、アスカへの処刑指示を発した。

 アスカが実の姉のラザニエルの可能性があるにもかかわらずだ。

 それが事実だ。

 

 もっとも、今回のために集めたアスカの風貌は、カサンドラやガドニエルが承知しているラザニエルの容貌とは、かなり異なっていた。

 ラザニエルほどになれば、魔道で外見はいくらでも変えられ、容貌はもっともあてにならないものである。

 そのため、人相書きを回したところで、アスカがラザニエルならば、逃亡の妨げにはならない。

 それがわかっていたから、人相書きまではカサンドラも大して躊躇することなく回したのだが、まさか、自らシティにラザニエルが現れるのは想定外だ。

 

 アスカ城の女王のアスカがラザニエルであるという情報をカサンドラに教えたのは、あのパリスだ。

 即座には信じなかったカサンドラだったが、信じざるを得ない証拠を次々にパリスに呈示され、同時に、そのラザニエルを人質にパリスから性行為を迫られることになった。

 なにしろ、パリスは、ラザニエル自身から聞き出したとしか思えない、カサンドラとラザニエル、そして、ガドニエルとの性的関係のことを熟知しており、それに加えてパリスは、アスカことラザニエルは、パリスたちの奴隷同然の境遇であり、カサンドラがパリスに身体を開かなければ、ラザニエルはさらに惨めな立場になると脅迫をしてきたのである。

 

 とにかく、情報だと思った。

 それもあり、カサンドラは、パリスのとの関係に応じた。

 しかしながら、カサンドラは、そのパリスとの性行為において、ずっと忘れていた嗜虐の性癖を呼び起こされてしまい、これ以降、パリスから離れられなくなってしまったのだ。

 それが、パリスとの関係の始まりである。

 

 それはともかく、ガドニエルがずっと心配していたラザニエルの行方のことだ。

 カサンドラは、パリスとの愛人関係であることを隠して、独自の捜査によって得た情報として、アスカ城のアスカが、ラザニエルであるらしいという情報をガドニエルに伝えた。

 ただし、自分がパリスという得体の知れない男の愛人になったことは隠したかったし、なによりも、そのときにはカサンドラはパリスとの肉欲から離れられくなってしまっていて、パリスがラザニエルを人質にしているなどという、パリスに不利になることをガドニエルに伝えたくなかったのだ。

 

 従って、ガドニエルに伝えたのは、パリスとの関係抜きの、一般情報としての範疇としてだ。

 だから、ガドニエルへの情報伝達が、いかにも不完全なものになってしまったことは否めない。

 当然ながら、情報には期待しつつも、ガドニエルからは、ラザニエル救出ではなく、さらに精緻な調査を継続せよという指示を受けた。

 

 まあ、当然だろう。

 なにしろ、当時は、アスカ城や皇帝家による陰謀工作が取りざたされていて、そのために、ガドニエルが諜報担当のアルオウィンをアスカ城に送り込むことを検討していたくらいであり、ずっと行方知れずだったラザニエルの情報が入ったことには喜びつつも、ガドニエルもナタル森林に不利な謀略の当事者であるアスカが、実の姉のラザニエルだという情報には半信半疑になってしまったのだ。

 カサンドラがちゃんと自分の知っている情報を正しく伝え、アスカはパリスたちの傀儡にすぎず、パリスの奴隷だと表現するほどの立場かもしれないと説明すれば、ガドニエルの判断は異なったかもしれないが……。

 

 結果として、カサンドラは、パリスの水晶宮への訪問のことも、パリスがラザニエルを「奴隷」だと称したことも伝えることができず、自分がある意味、重要な情報をガドニエルに隠したことになったことについては、カサンドラの心に、悶々とした深い悔悟として残ることになってしまった。

 

 だが、その後、意外な事実がわかった。

 実はイムドリス宮にとじ込もって、各国の国王の正式の使者でさえ会うことなどないはずのガドニエルが、なぜかパリスを知っていたのである。

 しかも、かなり親しい関係のようだった……。

 あれは、ロウ捕縛のために、ガドニエル女王の許可が必要な水晶軍による戒厳令をかけろとパリスが迫り、結局、カサンドラも拒否できなくて、パリスの求めのまま、パリスをイムドリス宮に連れていったときだった。

 

 あのときは、ガドニエルとパリスが知己であることに驚いた。

 しかし、それは、もしかしたら、カサンドラがガドニエルに疑念を抱いた最初かもしれない。

 もっとも、そのときの違和感は、今朝、ある噂を世間の流言のひとつとして報告を受けるまでは、はっきりとしたかたちにはならないでいた。

 

 いずれにしても、あのパリスとガドニエル女王の面会からすぐに、アスカに関する調査の中止命令が届き、やがて、水晶宮内でパリスが惨殺されるという事件が発生した。

 次いで、そのガドニエルから、パリス暗殺の首謀者として、アスカ城のアスカに対する処刑命令が発せられるという状況になり……。

 わけがわからなかった。

 

 しかし、夕べ遅くから早朝にかけて、当然に、ガドニエル女王に関する疑惑が次々に水晶宮にもたらされたのだ。

 いまのところ、情報源も不明……。

 なぜか急に、上層地区と下層地区の両方で噂が流れ出したようだ。

 つまりは、現在、イムドリス宮にいるガドニエルは偽者であり、実は本物のガドニエル女王はすでに死んでいるという噂だ……。

 一笑に付すのさえ馬鹿馬鹿しい内容なのだが、カサンドラには思い当たることがあった。

 

 あまりにも態度や物言いが異なってしまったガドニエル……。

 水晶宮側の者で常続的にガドニエルと会うのは、カサンドラのみであり、その噂に接した者でそれが真実の可能性があると考えるのは、カサンドラ以外にはいないだろう。

 だが、その唯一であるカサンドラは、もしかしたらと思った……。

 いまイムドリス宮にいるのは偽者?

 そんなことが、あり得るのか?

 

 しかし、例えば、アスカ、すなわち、ラザニエルに対する反応……。

 最初に、ラザニエルの行方がわかったかもしれないとガドニエルに告げたときには、ガドニエルも疑いを抱く様子ながらも、狂喜乱舞の様子を示し……。しかし、先日については、ラザニエルの行方など興味無さそうだったし、姉のラザニエルかもしれないアスカに躊躇なく処断指示を発し……。

 

 そもそも、パリスのことをガドニエルはどうやって知ったのだ?

 なぜ、ガドニエルは、パリスの死を問題視した?

 どうして、アスカがラザニエルであるかもしれない可能性に興味を失った?

 それらのことが不思議だった

 

 万が一……。

 カサンドラは、自分の中に沸いてしまった疑念を消すべく、隠し宮であるイムドリス宮に赴き、ガドニエルに会おうとした。

 だが、理由なく完全封鎖になっていた……。

 ガドニエルは、いつの間にか、イムドリス宮側から水晶宮からの接触を切ってしまっていたのである。

 そんなことは、これまでに一度もなかった。

 少なくとも、それひとつでさえ異常なことだ。

 疑念は膨らむばかり……。

 もしも、ガドニエルが入れ替わっていたとすれば、これも納得できる態度の豹変だが……。

 

 いずれにしても、いまはともかく、ガドニエルからアスカの処断指示を受けたときには、ガドニエルの真の意図はわからなかったが、その指示は絶対だと思った。

 しかしながら、アスカ城のアスカがラザニエルに間違いないことは、ほぼカサンドラについては確信していたし、どう対処すべきが判断のつかぬまま、とりあえず最小限度の手配の処置だけをして、いまに至っていたのだ。

 ところが、その当事者のアスカが、自らエランド・シティに乗り込んできたというのは、まさに青天の霹靂だ。

 

「アスカともうひとりの女の行方は、まだ掴めません」

 

 水晶宮の執務室に、やってきた伝令が報告を伝えてきた。

 カサンドラは、とりあえず頷くとともに、次いで、口を開いた。

 

「……それで、シティの住民はどうしているの?」

 

「混乱が始まったすぐでは建物に籠って出てこない者が大半でしたが、自分たちには被害はなさそうだと思い始めたところで、犠牲になっているエルフ兵を見物する野次馬が拡大しつつあります。とにかく、大混乱です」

 

 伝令が応じる。

 

「指示があるまで外出禁止──。それを徹底させなさい……。いや、待って──。もういいわ。待機の隊を出動させなさい。ただし、少数による出動は禁止。シティ内で秩序の維持に当たらせて。せめて、可哀想な晒しものになっているエルフ兵を好機の視線から防ぎなさい──」

 

 カサンドラの言葉を伝えるために、すぐに伝令が立ち去っていく。

 再び、執務室にひとりなると、カサンドラは大きく嘆息した。

 どうして、こんなことになったのか……。

 

 カサンドラは、最初に接した報告以降、次々に送り込まれる報告に、すっかりと混乱をしてしまっていた。

 なにしろ、アスカがシティに現れたという情報に次いで始まったのは、まるで(いくさ)のような慌ただしさだったが、その内容は常軌を逸するシティの大混乱を伝える情報の連続なのだ。

 

 すなわち、最初の事件は、下層地区における破廉恥事件だ。

 その首謀者が手配中のアスカだという情報に接して出動したアスカ捕縛の一隊は、現場に到着したという彼らからの報告直後に連絡を断った。

 不思議に思い、追って確認のための班を派遣してみると、確認者たちがそこに発見したのは、約五十人のエルフ兵の一隊がことごとく昏倒し、しかも、装備や衣服をちりぢりに溶かされて、ほとんど素っ裸の状態で動くこともできずに転がっているという信じられない光景だった。

 

 また、その場所では、エマと名乗るアスカの連れと思われる娘も見つかったが、そのエマは強力な透明の結界の檻に裸で閉じ込められていて、さらに派遣された魔道遣いの誰にも、結界を解くことができないというのだ。

 エマについては、水晶宮から、追加の魔道師隊まで送り込んだが、いまだに結界の檻から出せないらしい。 

 

 一体全体、どういうことだと混乱していると、次いで、まったく別の場所で第二の事件が発生した──。

 

 上層地区にある軍営近くにアスカを含むと思われる二人組の女が突然に出現して、たまたま軍営から出ようとしていた一隊を地面から発生させた触手に襲わせて、やはり服を溶かした挙句に、触手で絡めとって、白昼の中で淫靡な愛撫責め仕掛けたというのだ。

 たまたま、その一隊の半数以上がエルフの女兵だったこともあり、軍営の前では多数のエルフ女に対する触手による公開凌辱の光景が展開されるという前代未聞の状況になっている。

 しかも、かかっている魔道が強力であり、軍営や水晶宮の魔道遣いが寄ってたかっても解除できず、それだけでなく、下手に近づくと、その魔道遣いまで触手に絡めとられるという具合であり、いまでも難儀しているそうだ。

 なによりも、肝心のアスカともうひとりの女は、すでに現場から消え去った後であり、女兵隊への触手による公開凌辱の場所では、アスカは発見できなかったという報告も入った。

 

 そういう報告がカサンドラに次々にもたらされて、呆気にとられているところに、またもや第三の事件だ。

 

 今度は、またもや下層地区にアスカが現れ、たまたま警邏中の十人ほどの一隊がアスカたちに奇襲により襲われて、腰から下の衣類を下着ごと奪われて、大通りの真ん中に膝から下を地面に埋め込まれて、晒されたというのだ。

 しかも、その十人のうちの三人が女兵であり、アスカと一緒に行動している人間族の女が、悪戯半分で女兵の後手を拘束し、魔道で取り出した振動する丸い淫具を女兵たちの股間に貼りつけて放置したという。

 それが目撃者及び襲撃後に救出された男兵からの情報だ。

 また、彼らによれば、それを面白がったアスカが、またもや女兵に結界の檻を刻んだため、駆けつけた救援隊によって、男兵は助けられたものの、女兵については、いまだに、そこで泣きながらよがり狂っているのだという。

 また、やはり、アスカたちは姿を消していて、彼女たちは見つけることができなかった。

 

 そして、第三の事件を通じて判明したことだが、どうやら、そのふたりは、跳躍術を防止する魔道波が流されているはずのシティにおいて、跳躍術で跳びまわっているということだった。

 常識では考えられないことであるが、アスカがラザニエルであれば、それは頷けることだ。

 

 ナタルの森において、間違いなく、最高の魔道遣いは女王のガドニエルであったが、少なくとも、ラザニエルが出奔した時点においては、魔道力では姉のラザニエルがずっと勝っており、アスカとラザニエルが同一人物であるならば、エランド・シティの魔道防止の結界がアスカに通用しないのはあり得ることだ。

 また、なによりも、エランド・シティの魔道制限の結界は、女王家の一族の魔道波には、通用しにくいように刻んである。

 この二重の理由により、やはり、アスカがラザニエルだというのは信憑性が高い。

 

 それから、同じような馬鹿げた破廉恥事件の報告が第四、第五、第六と続き、その都度、カサンドラは水晶軍を派遣してシティの混乱に対応している。

 もはや、水晶軍だけでなく、内務要員まで動員した。

 まさに、てんてこ舞いだ。

 

「カサンドラ様、また新たな報告です」

 

 またもや、伝令がやって来た。

 すでに執務室については、カサンドラだけになっていて、今度の報告者は普段見ない顔の者だった。

 魔道力の高い者は、水晶軍の要員でない者も狩り出して、晒しものになっている者の救出に当たらせているので、誰かと交代したのだろうと思った。

 

「今度は、どこよ──?」

 

 カサンドラは、内心の苛つきを隠す気にもなれずに、報告をした者に怒鳴った。

 扉からやって来たのは、二人組の伝令だ。

 

 二人組……?

 

 しかし、ずっと報告者はひとりだったので、わざわざ連れだってきたのはなぜだろうという疑念がふと沸いた。

 すでに、どの現場でも、人手不足の状態だ。ひとりで問題がない伝令にふたりで……?

 だが、そのときには、外からこちら側を遮断する結界が二人組のひとりによって、張られてしまった後だった。

 

 はっとした。

 もしかして、閉じ込められた──?

 カサンドラは、びっくりして腰を浮かせた。

 

「今度の事件はここだよ、カサンドラ」

 

 女兵のひとりが言った。

 

「あたしらと一緒に遊ぼうじゃないかい、カサンドラちゃん」

 

 すると、もうひとりの女兵も茶化すような物言いをした。

 ここに賊――?

 驚愕するとともに、カサンドラの背に冷たいものが流れた。



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504 太守夫人の受難

「今度の現場は、ここさ、カサンドラ。ところで、外の騒動は夕方までには終わるよ。そういう魔道を刻んだ。それにしても、潜入を咎められたときに備えて、あの手この手の対応策を準備してきたのに、女兵に扮して水晶宮に潜りこんだだけで、ここまで素通りとはねえ……。相変わらず、受けに回ったら弱い女だねえ」

 

「まあ、下手なことをしないことさ、太守夫人──。あんたの亭主が寝ている部屋に破裂弾を仕掛けてきた……。抵抗すれば、ふっとばして肉片に変わるよ」

 

「えっ? あ、あんたたちは……」

 

 異常なことが起こっている。

 それは自覚した。

 だが、一瞬頭が回らなかった。

 とにかく、その女が喋り続ける。

 

「パリスの愛人だったような浮気者じゃあ、亭主を人質にしても、大して効果はないかもしれないけど、あんたのせいで爆死するのは嫌だろう? 大人しくしな」

 

 二人組の女兵が変身を解く。

 ひとりは、髪が腰まで届く黒髪のエルフ美女であり、もうひとりは同じ黒髪だが、首の位置でばっさりと切っている人間族の女だ。

 もしかして、このふたりが今回の騒動の張本人……?

 つまりは、シティを大騒ぎさせている手配中のアスカと、その連れの女ということだろう……。

 

「あ、あんた……アスカ……様?」

 

「そういうことさ、カサンドラ。久しぶりだねえ」

 

 アスカが白い歯を見せた。

 とっさに、魔道の杖を抜く。

 カサンドラ程になれば、杖なしでも魔道は遣えるはずだが、この部屋が結界に包まれた瞬間に、カサンドラの周囲の理力が拡散させられて、魔道の妨害波に包まれた状態になったのだ。

 しかし、杖があれば……。

 

「おっと、それは預かるよ。まあ、どうせ、アスカの妨害であんたの魔道は封じられているはずだけどね」

 

 だが、抜いた途端に、呆気なく横から人間族の女に杖を奪われてしまった。

 目にもとまらぬ早業であり、カサンドラにはまったく対応できなかった。

 

 唖然としたものの、それよりもカサンドラは困惑していた。

 いまのいままで、カサンドラは、パリスの言葉もあり、アスカのことは、百年前に失踪したガドニエルの姉のラザニエルだと信じ切っていたのだ。

 しかし、目の前のアスカは、似ている気はしたが、百年前と風貌が一致していなかったのだ。

 人間族とは異なり、寿命の長いエルフ族では、大人になってからの百年程度では容貌が変化するということはない。

 ましてや、高位魔道遣いほど老化が遅いので、このアスカがラザニエルであれば、昔も今も、外見は大人になったばかりの頃と変わらぬ少女のような風貌をしているはずだ。

 だが、アスカには、かつてのラザニエルの面影がなく、美女ではあるが、妖艶な熟女という感じである。

 

 ラザニエルなのか……?

 カサンドラは判断しかねた。

 似ている……。

 それしか言えない。

 

 少なくとも、かつてのラザニエルと、目の前のアスカについては、内面から滲み出るものが違い過ぎている。

 アスカがラザニエルであるという事前情報がなければ、決して、このアスカをラザニエルとは考えもしなかったと思う。

 そのくらい違っているのだ。

 なによりも、髪の毛の色が……。

 

「アスカ、なんだか、当惑しているみたいだよ。もしかして、あんたって、あまりにも、百年前と変わり過ぎたんじゃないのかい? この太守夫人は、あんたの“ねこ”だったとのことだけど、それでも、いまのあんたのことはわかんなんらいしいよ」

 

 人間族の女がけらけらと笑った。

 どうでもいいけど、アスカと随分と親しそうだ。

 何者なんだろう……?

 

「髪の毛かもしれないねえ。それに、わたしは、ずっと風貌については欺騙の魔道をかけっぱなしにしてたんだ。ラザニエルであることがわからないようにね。こっちが、本当のわたしさ」

 

 アスカが女に笑いかけて、魔道を自分にかけた。

 いや、かけたというよりは、アスカ自身が言った通りに、事前にかけていた魔道を解いたのだ。

 理力の流れにより、カサンドラにもそれはわかった。

 すると、アスカの髪の毛が漆黒から黄金色に変わった。

 容貌も少し若くなって、少女っぽくなる。

 しかし、百年前とは異なっていた。

 それでも、今度は、やはりアスカという魔女が、ガドニエルの姉のラザニエルに間違いないと確信するには十分な程度だった。

 

「へえ、案外、見た目は若いねえ。まあ、でも、あたしは前の方が好きだけどね。あんたらしくって」

 

 人間族の女が笑った。

 

「や、やっぱり、ラザニエル様なのですね──。でも、説明してください。これはどういうことなんです──?」

 

 カサンドラは声をあげた。

 

「説明して欲しいのはこっちだよ、カサンドラ。太守夫人として、水晶宮を預かり、ガドニエルに代わって、ナタルの森一帯を統治する責務のあるお前が、よりにもよって、パリスの女になって、ガドニエルの敵に回るとはどういう料簡なんだい。それとも、お前は知っているのかい。イムドリス宮にいるガドニエルが、すでに偽者にすり替わっているらしいのを」

 

 アスカ、すなわち、ラザニエルが言った。

 そんな噂が突然に沸いたのは事実だ。

 昨夜から今朝にかけてのことであり、いくつかの証拠とともに密告が数件あったのだ。

 ガドニエルが偽者などというのは、とても信じられることではないものの、最近のガドニエルの変わりようを考えると、もしかしてと思ってしまった。

 それに、噂とはいうが、一緒に流れている証拠というものは、それが根も葉もない出鱈目だと簡単には無視できないものが多数含まれていたのだ。

 

 また、ガドニエルの名で、誘拐同然の手段で近傍の里々から、若いエルフ美女や少女が集められているという疑いようのない事実も発覚した。

 カサンドラがそれを承知したのは、昨夜遅くだ。

 もちろん、カサンドラは承知していないことだ。

 このことひとつにしても、納得いく説明をつけるには、ガドニエルが偽者というのが、しっくりくる。

 しかも、これは、偽者がイムドリス宮で、酒池肉林をするためだというのだ。

 また、真実を確かめようと、カサンドラはイムドリス宮のガドニエルに面会を求めたが、訪問も通信もいつの間にか閉鎖されていて、まったく接触できなくなっていた。

 どうすべきか迷った。

 そして、躊躇しているうちに、シティの破廉恥事件が連発して、そっちに気をとられていて、ガドニエルの偽者疑惑については、なにも対処していない。

 

「なんで、それを……。まさか、ラザニエル様がなにかをしたんじゃないですよね?」

 

 とっさに言った。

 カサンドラには、突然のガドニエルの偽者疑惑と、シティにおける連続破廉恥事件とが、まったく無関係のこととは、とても思えなかったのだ。

 だが、ラザニエルは、呆れたという表情をした。

 

「なんで、わたしがガドニエルに手を出すんだい? わたしはあいつを助けに来たんだよ」

 

 ラザニエルが言った。

 すると、その横で人間族の女が首を横に振った。

 

「いずれにしても、こいつは駄目だね。およそ、施政者としては無能さ。察するところ、ガドニエル女王の偽者の垂れこみにはなにもしていないようさ。つい数ノス前に耳にしたあたしでさえ、色々と手を回させて、調べさせているというのにね。こんなのを施政官に付けるから、パリスの一派のような連中に、呆気なくつけ込まれるのさ」

 

「さっきから、お前は誰だい──?」

 

 失礼な人間族の女の物言いに、カサンドラはむっとして言った。

 すると、短い棒のようなものが、その女によって脇腹に押し当てられた。

 

「ここにいるアスカの奴隷さ。名前はノルズっていうんだ。覚えておいておくれ、カサンドラ」

 

 カサンドラのことも、アスカの名も呼び捨てだ。

 さすがにカサンドラはかっとなった。

 だが、ラザニエルの笑い声が、そのノルズとやらに、カサンドラがなにかを言い返すのを妨げる。

 

「よく言うよ。お前のような図々しい奴隷がいるものかい──」

 

 ラザニエルはけらけらと笑い続けている。

 カサンドラは怪訝に思った。

 このふたりは、奴隷と主人という関係には見えない。

 どう見ても、対等の仲間という感じだ。

 

「んごおおっ」

 

 次の瞬間、とんでもない衝撃が脇腹で発生した。

 なにが起きたのかもわからなかったが、さっきの棒から強烈な電撃を打ち込まれたのだとわかった。

 そのときには、カサンドラは完全に脱力させられて、床に横たわってしまっていた。

 人間族の女がカサンドラの脇腹に足を差し込んでうつ伏せにする。

 両手を背中に回されて腰の括れの位置で水平に束ねられて、革帯を巻かれてしまった。

 あっという間の出来事だった。

 

「悲鳴も、嬌声もあげ放題だよ、カサンドラ。いくら声をあげても、ここにいるアスカの結界は、水晶宮の連中がよってたかっても破れないさ。ああ、それと、ここの会話はすでに外には筒抜けになっているからね。恥をかきたければ、大声を出しな。外の連中に全部、まる聞こえさ」

 

 人間族の女が言った。

 外の連中?

 

 しかし、確かに、ここでカサンドラが監禁されたならば、いくらなんでも水晶宮の者たちは、すぐに異変に気がつくだろう。

 同時に、このラザニエルの結界が並大抵では破れないことは、朝から続けている破廉恥事件の顛末から、よくわかっている。

 カサンドラが人質になったことに気がついたところで、水晶宮に残っている者には、対応らしい対応もできないはずだ。

 

「な、なにをするつもりよ、人間族の女──。それ以上失礼なことを言うと、ゆ、許さないからね──。ラザニエル様も、なにかおっしゃってください。どうして、この人間族の女に好き勝手させるのです」

 

 カサンドラは奥歯を噛みしめて、人間族の女に怒鳴った。

 無駄だとはわかっていても、魔道を背中の革帯に放って、拘束を解こうと懸命に身を捩る。

  

「最初はただ、イムドリスへの道を開かせることだけを強要するつもりだったけど、お前がパリスの愛人に成り下がっていたのだと知ったら話は変わってくる。お前が敵なのか、味方なのか、判断できるまで、調教するよ」

 

「ちょ、調教……?」

 

 カサンドラは息を飲んだ。

 まさか、突如としてカサンドラの前に戻ってきたラザニエルが、いきなりカサンドラを調教──?

 もしかして、昔のように……?

 

「なに期待しているか知らないけど、あんたを調教するのは、アスカじゃなくて、あたしだよ。ほら、抵抗しな。もう一度、電撃を喰らわせてやるから」

 

 人間族の女が倒れたままのカサンドラの前にしゃがみ込み、片手でさっきの棒を腹に押し当てたまま、もう一方の手でカサンドラの胸の膨らみを揉みしだきだした。

 

「け、汚らわしい手を離しなさい──」

 

 カサンドラは身体を跳ねあげて避けながら金切り声をあげた。

 確かに、カサンドラはマゾで、かつては、ガドニエルとともに、目の前のラザニエルの“ねこ”だっとこともある。

 魔道修行の一環であり、三人は修行仲間であって、ガドニエルもカサンドラも、このラザニエルの積極的な百合の手管の前に調教されてしまい、完全に性奴隷のように屈服する立場になったことがある。

 

 もっとも、もう昔の話であり、ラザニエルが出奔したあとは、ガドニエルとも、性の関係を結んだことはない。

 ラザニエルの出現に、それを思い出し、一瞬身体が疼くような感覚が発生しなかったというと嘘になるが、そうであっても、ラザニエルではなく、その連れの人間族の女に嬲られるなど、耐えられるものじゃない。

 

「んぐうううっ」

 

 そのとき、またもや腹に電撃が加わった。

 カサンドラの身体は一瞬にして脱力する。

 

「たっぷりと揉みがいのある乳房をしているじゃないの、太守夫人──。もっと声を出してあげな。情けない声を部下に聞かせてやれば、無能の施政者でも、それなりに人気が出るかもしれないよ」

 

 人間族の女が胸を揉む手を中断して、すっと服の上から縦に動かした。

 刃物でも指に挟んであったのか、服が下着ごと腰の近くまで左右にすっぱりと切断されて、乳房が露わになる。

 カサンドラは恐怖を覚えた。

 

「そうそう、大人しくね……。もしかしたら、今度は電撃じゃなくて、肌を切り裂かれるかもしれないよ」

 

 同じ手が今度はスカートの上から股間を撫ぜた。

 思わず身体を捻りかけて、さっき打たれた電撃と、指で撫ぜるだけで、服を切断した光景を思い出して、カサンドラの身体は竦んだ。

 

「うっ、くうっ、ああっ」

 

 抵抗をやめたことをいいことに、人間族の女の手はカサンドラのスカートの中に入り込んで、無遠慮に下着の上から股間をまさぐる。

 必死に声を我慢したが、かなりの手管であり、カサンドラははしたない声を部屋に響かせてしまった。

 この人間族の女の物言いが本当であれば、その声が外にいるのだというカサンドラの部下にも聞こえてしまっただろう。

 それがカサンドラに羞恥と屈辱を誘う。

 

「こりゃあ、かなりのマゾ女だよ、アスカ──。呆気なく、パリスに堕とされたのもわかるね」

 

 ノルズはカサンドラのスカートから手を抜きながら、ラザニエルに笑いかけた。

 ラザニエルはカサンドラが腰かけていた椅子を引き出して、見物の体勢になる。

 とにかく、カサンドラはかっとなった。

 いくらなんでも、この仕打ちは許せない。

 

「い、いい加減に……」

 

 カサンドラは、とにかく、人間族の女に怒鳴ろうとした。

 だが、その人間族の女が、突然に奇妙な鉄仮面を出現させた。

 その仮面は左右に分かれていて、首の部分に鉄輪があり、それを首に嵌めてから、左右から仮面の扉を閉めて、顔を包み込む形状になっている。

 また、いつの間にか仮面の頂上に天井から繋がって鎖が繋がってもいた。

 そして、目の部分も、口の部分もない。

 辛うじて、鼻の穴の部分には小さな金網のようなものがあり、そこから息ができるようにはなっているようだが、まさかとは思うが、それを嵌めようというのだろうか……。

 

 持ち方からして、かなりの重量物であることは予想がつく。

 カサンドラの顔の大きさに比べて、仮面は小さく、それを嵌められれば、顔は怖ろしく圧迫されるだろう。

 

「じゃあ、あんたのマゾ女の度合いを身体に訊ねようかい?」

 

 人間族の女が笑った。

 鎖によって宙に引きあげられた鉄仮面がカサンドラの顔に近づく。

 やっぱり嵌めるのだと思った。

 カサンドラはぞっとした。

 

「や、やめ……、あっ」

 

 カサンドラは声を放った。

 鉄仮面が顔に嵌められたのだ。

 

 外見ではわからなかったが、額から顎の部分に縦の突起があり、それが鼻を圧迫して、容赦なく付け根まで鼻を押し潰してくる。それに、口の部分に大きな金属の球体もあり、拒絶したくても、鉄仮面が閉じられてしまうと、その丸い部分が容赦なく口の中に入り込んでくる。

 なによりも、視界が消滅した。

 それが怖ろしいほどの恐怖感を生み、さらにうまく呼吸ができないことも、苦痛とともに被虐心を呷ってくる。

 

「な、なにを……する……の……。そも……そも……お前……だれ……?」

 

 仮面の中で口をいっぱいに開けば、なんとか途切れ途切れながらも言葉を発することはできる。

 カサンドラは、懸命に言葉を発して抗議した。

 しかし、嵌められた仮面が上に引きあがる。

 当然に、カサンドラは強引に立たされることになった。

 

「誰かだって? 自己紹介は終わったと思ったけどねえ……。あたしはノルズだよ。これから、あんたの支配者になる女さ」

 

 カサンドラがつま先立ちになったところで、仮面の引きあげがとまり、人間族の女の声が聞こえてきた。

 人間族の女……、つまり、ノルズが笑うのが聞こえる。

 また、それでわかったが、仮面の耳にあたる部位には、小さな穴が開いているようであり、これにより、なんとか外の音も聞きとれた。

 

「じゃあ、アスカ、頼むよ。じゃあ、水の底にご招待だ」

 

 ノルズがそういうとともに、仮面の頂点の天井からの鎖が繋がっている場所の近くが蓋のように開いたのがわかった。

 真っ暗闇になっていた仮面の中に、上からの明かりが入ってきたのだ。

 

「これでいいかい?」

 

 ラザニエルの声──。

 すぐに、いま開けられた仮面の上部分から、大量の水が注ぎ入ってきた。

 カサンドラは恐怖に絶叫した。 



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505 水晶宮乗っ取り

 カサンドラは鉄仮面を嵌められた直後から、不快な金属の味を噛みしめながら、いまにも窒息死しそうな恐怖と戦い続けることになった。

 鼻は鉄仮面の内側の縦の突起により限界まで押し潰されて、ほとんど機能を果たしていない状況で息ができないし、口の中には球体の金属が強引に入り込んで息を圧迫している。

 なによりも、視界を遮断された恐怖と、顔全体にかかる鉄仮面の重量が、息が制限されることと合わせて、カサンドラの心の重圧そのものになってのしかかってきたのだ。

 

「ほら、カサンドラ、海の底だ。行ってきな」

 

 ラザニエルの声……。

 すると、驚くことに、その鉄仮面の上の小さな蓋から大量の水が注ぎこまれた。

 カサンドラは、あまりの仕打ちに戦慄した。

 

「んがああっ、あがあっ、あがっ」

 

 カサンドラは激しくもがいたが、鉄仮面は鎖によって天井から引きあげられていて、ほとんど首を下に傾けることもできない。あっという間に鉄仮面の中は水でいっぱいになり、カサンドラの顔の前は完全な水中に浸されてしまった。

 

「なあっ、あっ、んおっ」

 

 とにかく、必死になってもがく。

 息ができないのだ。

 耳の部分や鼻の穴の下には確かに穴が開いていて、そこから水が出るようではあるものの、圧倒的に注がれる水の量が多い。

 鉄仮面内をいっぱいに浸した水は、仮面に入りきらずに、上の蓋の部分から鉄仮面の外側を通って、カサンドラの身体を水びだしにして、上半分を切断されている装束を水に濡らし続ける。

 吸い込んだ水の重みにより、腰にまとわりついていた衣装がだんだんと下にさがっていくのもわかった。

 

 しかし、それよりも息だ。

 顔の前には水しかない。

 

 それでも息を吸おうとして、カサンドラは球体の金属の隙間から水を飲み、なんとかして息を確保しようとした。

 すると、ノルズの愉しそうな笑い声が耳から入ってきた。

 鉄仮面には鼻の下のほかに、耳の部分にも小さな穴がある。そこからも少量ずつだが水が抜けていくようなのだが、いつの間にか水を入れられるのが終わっていたのだろう。水面が耳よりも下になることで、仮面の外の音が耳に入ってきたのだ。

 

「アスカ、やり過ぎだよ──。それじゃあ、息ができなくて死んじまう。加減してやりなよ」

 

 ノルズはけらけらと笑い続けている。

 一方で、まだ水は顔の前にある。

 だが、だんだんと鼻の部分から抜けて、しばらくすると、潰された鼻の穴だが、それでも、やっと気道が確保された。

 しかしやっと息ができるようになっても、首の部分はしっかりと鉄環で密着しているので、顎から口のかけての水は逃げ場がなく、水面は鼻の穴の真下直後でとどまっている。

 これがまた水責めをされるのではないかという恐怖を生む。

 急いで球体の横から水を飲み干す。

 なんとか、顔の前から水を消すことに成功する。

 

 とにかく、カサンドラは懸命に息をした。

 球体に阻まれた口を限界まで開き、鼻の穴かは顔の筋肉を総動員して、自ら鼻の穴を膨らませた。

 鉄仮面に覆われていなければ、さぞ滑稽な顔をカサンドラは晒してしまっていたことだろう。

 

「いずれにしても、高級そうな太守夫人様のお召し物が台無しだ。申し訳ないから、いっそ全部脱いでしまおうよ」

 

 刃物で衣服が切断される感覚が襲った。

 辛うじて小さな腰の下着だけは残っているようだが、ほかのすべては切断されて除去されたようだ。水に濡れた肌が風にあたってひんやりとする感触が、カサンドラの羞恥と屈辱を呼ぶ。

 

「ところで、あんたのことだ……。あんたは、パリスに屈して水晶宮を売り渡したね? あんたがそんな気はなくても、あんたは水晶宮を……ひいては、ガドニエルというラザニエルの妹を裏切ったんだ。それを認めるね?」

 

 ノルズが鉄仮面の横の耳穴から、ささやくように声をかけてきた。

 はっとした。

 突然にかけられてきたカサンドラを糾弾する言葉だったが、それはずっとカサンドラの心の重圧のようにのしかかっていた重みだった。

 もちろん、すぐに否定しようと思った。

 

 そんな気はない──。 

 断じてガドニエルを裏切るなどあり得ない……と。

 

 だが、そう叫ぼうとしたものの、内心ではパリスからの被虐の肉欲に屈してしまい、本来であれば、あり得ないほどの便宜を部外者にすぎないパリスに与え続けてきたのは事実だった。

 それが裏切り行為だと断じられてしまえば、そうかもしれないという後ろめたさが発生する。

 

 ましてや、昨夜になって、突然にもたらされたガドニエルが偽者にすり替わっているという疑惑……。

 ガドニエルが危難に遭っていて、それがカサンドラがパリスに便宜を与え過ぎたことが招いたのだとすれば、カサンドラのやってしまったことは裏切り以外の何物でもない。

 席巻したそんな思念が、カサンドラが即座にノルズに言い返すことを妨げる。

 

「黙っていちゃあ、わかんないよ、太守夫人──。言っておくけど、パリスも、その手下の連中も、とんでもない悪党だよ。その悪党どもの言いなりになって、あんたは連中に好き勝手させたんだ──。それが裏切りでなくて、なんだというんだい──」

 

「あ、が……、そ、そんなことは……」

 

「とにかく、あたしたちは、あんたらの女王を助けなきゃならない──。ガドニエル様は、このアスカの……ラザニエルの実の妹だからね──。ここにいるラザニエルは、妹と妹の治めるナタルの森の危機に接して、囚人の境遇を脱して、遥々と駆けつけてきたんだ。あんたのような裏切り者に関わっている暇はないんだよ──。さっさと、あたしらに屈服しな──」

 

 ノルズの大きな声が鉄仮面の中に響き渡る。

 それで気がついたが、ノルズは自分の言葉をカサンドラだけに喋っているわけじゃないのだ。

 おそらく、部屋の外には多くの水晶宮の者が集まっているに違いない。彼らには、この部屋の声が筒抜けになっているとも言っていたし……。

 ノルズは、その彼らにも喋っているのだ。

 それがわかった。

 

「……どうやら、素っ裸にならなければ、気が済まないようだね。言っておくけど、この後は、そのまま鏡の間まで案内してもらって、イムドリス宮への入口を開けてもらうんだからね。その裸を部下たちに見せつけたいなら、仕方ないさ」

 

 腰の下着がぐっと手で引っ張られたのがわかった。

 そして、ゆっくりと足首に向かってさげられていく。

 

「ああっ……ま、待ちな……さい……。ま、待つ……のよ……」

 

 カサンドラは口をいっぱいに拡げて、球体の横から言葉を吐く。

 下着がおろされるのがとまった。

 

「どうしたのさ……? 悪たれのパリスに便宜を図っていたのを認めるんだね?」

 

 ノルズの声──。

 まだ、カサンドラの正面に立っているようだ。

 

「……そ、それ……は……」

 

「どうした……? 何度も言うけど、いまはガドニエル様の危機なんだ。やってしまったことは仕方がない。言い繕うとするのは諦めな……。考えるのは、これからどうするかだ……。あんたが意地や見栄を張っているあいだにも、ガドニエル様がどうなっているかを考えな……。正直に言うんだ……。ここにいるのが、ガドニエル様の実の姉のラザニエルだというのは、もう納得しているんだろう」

 

 カサンドラは鉄仮面の中で目を泳がせた。

 正直に白状すべきだ……。

 そうは思う。

 だが、自分の失態を水晶宮の者たちに明らかにされるのは……。

 

「よくわからない強情たれだねえ……。ガドニエル様がどうなっていてもいいというのかい? あんたは、たれこみがあっても、なにもしなかったらしいけど、あたしは、たった数ノスしかなかったけど、調査はしたよ。近傍のエルフの里から、年端もいかない娘や無垢の女が次々にイムドリス宮に集められているんだろう?」

 

 ノルズが吠えるように怒鳴る。

 よく知っている。

 昨夜に、その報告に接したときは、この件には強い箝口令を敷いたが、なんでこの女はそれを知っているのか……。

 

「しかも、イムドリス宮に召しあげられたっきり、まったく音信さえ取れないらしいじゃないか。そんなことを本物のガドニエルがするものかい──。多分、偽者だよ──。たれこみは本物さ──。さっさと乗り込むよ。甘ったれのお前の矜持なんか、知ったことか──。こっちは一刻を争ってんだ──」

 

 さらに、ノルズが怒鳴る。

 水をびっしょりと浴びた背に冷たい汗がどっと流れたのがわかった。

 なにも言い返せない……。

 ノルズの言葉は、まさに正鵠を突いている。

 

「アスカ、まだ水浴びが不足みたいさ。また、頼むよ」

 

「あいよ、相棒……。じゃあ、カサンドラ、もう一度、海の底だ」

 

 ラザニエルの笑い混じりの声が響いて、再び噴水のように水が鉄仮面内に注がれてきた。

 

「んふうっ」

 

 悲鳴をあげられたのは一瞬だけだ。

 すぐにいっぱいになった鉄仮面内の水に声を阻まれる。

 また、今度は、猛烈な勢いで仮面に入りきらない水が奔流となってカサンドラに身体を直撃し始めた。

 それだけじゃなく、鉄仮面の下の肩から乳房、背中や脇、身体の前後左右からも水が叩きつけられる。

 鉄砲のような水を四方八方から身体にぶつけられて、カサンドラは驚くほどの速さで追い込まれていく。

 また、鉄仮面に溢れた水は、またもやカサンドラから呼吸を奪ってしまっていた。

 

 息のできない苦痛──。

 鉄仮面の圧迫感──。

 水を浴びせられる圧迫感と屈辱感──。

 激しい噴流を裸身に叩きつけられる苦悶──。

 それらが入り混じって、カサンドラをどんどん追い詰める……。

 

「んぐうっ」

 

 そして、カサンドラは水の中で悲鳴をあげた。

 水を当てられている背中に、水とは異なる強烈な衝撃が襲いかかったのだ。

 背中を切断されたのかと思う激痛だったが、鞭による打擲だとわかったのは、第二打目のときだ。

 しかも、二打目は背中ではなく、最後に残っている下着に向かって打ち下ろされたものだった。

 

 いずれにしても、拘束を受け、全裸に近い状態にされての水浴びとともに与えられる鞭打ちだ。

 だが、本来であれば、憤怒と屈辱を受けるはずのカサンドラだったが、実際のところ、それほどの嫌悪感を鞭打ちには感じていないことをカサンドラ自身も気がついていた。

 

 三発──。

 

 五発──。

 

 九発──。

 

 容赦なく背後から鞭が浴びせられる。

 カサンドラは水の中で悲鳴をあげ続けた。

 

 しばらくすると、やっと水がとまる。

 だが、鞭打ちは続く。

 息が再開できるのは、小さな鼻の穴の下の穴から水が落ちきる長い時間の末のことだ。

 そのあいだは、ずっと窒息するような苦しみに耐え続けなければならない。しかし、今度は容赦なく、四方からノズルによると思われる鞭打ちに襲いかけられている。

 カサンドラは身体よりも、精神そのものがずたずたに引き裂かれていく気がした。

 

 そして、水まみれの肌に鞭が炸裂するたびに、得体の知れない感覚にカサンドラは覆われていっていた。

 激痛の衝撃と官能の疼きが混ぜ合わされる感覚の拡がりは、鞭が襲う身体の表面だけでなく、しっかりと熟れきった肉芯まで叩きのめすかのようだ。

 ずしん、ずしんという重しのようなものが鞭とともに、カサンドラの身体の奥底に響き渡る。

 

「どうだい、アスカ? やっぱり、こいつはパリスの呪術にかかっているかい?」

 

 水面が鉄仮面内から引くことで、再び聴覚が回復する。

 聞こえたのは、鞭打ちをしながらラザニエルに声をかけるノルズの言葉だった。

 

「しっかりとね……。もっとも、すでに解除しかけているよ。わたしの魔道力と同じさ。パリスの死の状態が続いていることで、あいつがあちこちにかけた呪術はどんどんと弱まっているようだ。あとしばらく、鞭打ちしてやりな。それで、こいつは性根を取り戻す。気合代わりだ」

 

 パリスの呪術──?

 それにかかっている──?

 もしかして、カサンドラのことを言っているのか──?

 怪訝に思ったが、そんなカサンドラの思考は鞭打ちにより打ち砕かれる。

 

「むごっ」

 

 まだ鼻と口の前に残っている鉄仮面内の水の中で、カサンドラの悲鳴が弾けた。

 今度はさっきまでとは異なる前側からの角度で鞭が叩きつけられたのだ。

 金属の球体で口を開かされたまま、カサンドラは声を叫ばずにはいられなかった。

 とても、じっとしていられるような痛みではない。

 乳房から下腹部にかけてに、まる焼け鉄杭でも押しつけられたような衝撃が発する。

 

 とにかく、もう少しで息が……。

 だんだんと低くなる水面に感覚に、カサンドラはいまかいまかと、鼻の穴の下まで水面がさがるのを鞭打ちを浴びながら待った。

 

「ほら、追加だよ──」

 

 しかし、ラザニエルの冷酷な声とともに、仮面の上から激しく水が注がれだして、再び水責めが始まった。

 叩きつけられる奔流とともに、息ができる寸前の高さから、みるみると量を増した鉄仮面内の水に、カサンドラは心の底から絶望の泣き声をあげた。

 だが、そのカサンドラに、またもや容赦のない鞭が──。

 

 圧倒的で残酷な水責めと鞭打ちの地獄の繰り返し──。

 

 カサンドラの中の水晶宮の主としての矜持や自尊心のようなもののなにもかもが吹き飛ばされる。

 

 狂ってしまう──。

 カサンドラは思った。

 

 死の一歩手前まで追い詰められる苦痛の果て──。

 そこにあるのは、苦痛でありながら苦痛ではない……。

 

 そうではなく、自由を奪われ……。

 耐えがたい苦悶を耐えさせられ……。

 圧倒的な恥辱……。

 そして、屈辱……。

 

 惨めであればあるほどに、一方で沸騰するような興奮と悦びにがカサンドラに襲いかかる。

 

 そうだ……。

 自分はこの苦痛に、大きな快感を覚えている……。

 

 もっと……。

 もっとよ……。

 

 ああ……。

 もっと──。

 

 肌にまといつくノルズの鞭によって、血しぶきとともに白い肌が引き裂かれるのを感じながら、カサンドラは間違いなく、自分がどん底まで惨めに扱われることを期待するようになっていた。

 

 この欲望……。

 この束縛……。

 顔も身体も拘束されているのに、カサンドラは間違いなく、心の自由を手に入れ始めている。

 

「やっぱり、マゾの素質が十分さ」

 

 水が終わる。

 少しして、耳の部分から水が抜けると、また、聴覚が復活して、ノルズとラザニエルの会話が聞こえてくる。

 

「んがあっ」

 

 その瞬間だった。

 正面から鞭の柄と思われる部分で、カサンドラの股間がなぞりあげられたのだ。

 視覚を奪われているカサンドラには、まるで電撃にも等しい愛撫だった。

 怖ろしいほどに敏感になっていたらしい肌が、とてつもない快感をそこから導いたのだ。

 

「カサンドラ、お前は、もう引退だ……。その代わり、わたしがお前を引き取ってやる……。可愛がってやるよ……。昔のようにね……」

 

 ラザニエルが口説くような優しい口調で言った。

 それもいい……。

 この快感が与えられるなら……。

 もうなにも必要ない……。

 

 やがて、だんだんと水面がさがって鼻の穴の近くまでさがる。カサンドラは残りの水を懸命に飲み干して、やっと息を確保した。

 

「ふわあっ」

 

 またもやノルズの愛撫──。

 今度は乳房だ。

 鉄仮面の中でカサンドラはわずかに顔を仰向けにして、大きな嬌声をあげてしまった。

 

「いい感度だねえ。アスカ、これはあたしたちのいい飼い犬になれそうだよ。随分な感度だ。エマと一緒に、末永く可愛がってやろうじゃないか」

 

 ノルズの嘲笑うような声がする。

 しかし、本来であれば恥辱を感じるはずの人間族の女であるノルズの侮蔑が、もはや心地いい言葉の愛撫のようだった。

 体内で渦を巻いていた大きな性の疼きものが、ノルズが愛撫を加えている乳房から身体の全身に向かって強いざわめきになって響き渡っていく。

 

 カサンドラには、はっきりとわかった。

 自分はこの恥辱と屈辱に快感を覚えている。

 おそらく、もう離れられない……。

 

「どうしたんだい、太守夫人? 急に無口になったじゃないか?」

 

 ノルズが捏ねあげている乳房の尖端を指の間でまぶすように動かしてきた。

 同時に、ずりおろされかけている下着がさっと引かれ、股間になにかを差し入れたのがわかった。

 

「い、いやああ──」

 

 甲高い声で絶叫した。

 下着の中に入れられて股間に当てられたのは、ぶるぶると振動を続けるなにかの淫具のようだ。

 それがクリトリスに貼りついて、弾けるような刺激を加えてきたのだ。

 

「アスカ、こいつはとんでもないマゾだ。こりゃあ、愛撫だけじゃない。すっかりと水と鞭で感じまくっていたようさ。股ぐらは、すでにびしょびしょだ」

 

「あああっ」

 

 カサンドラは我慢できずに、吠えるような嬌声をあげた。その声は自分でも信じられないくらいに、甘く掠れている。

 両膝ががくがくと振るい始めてもきた。

 このあいだも、股間に当てられた淫らな淫具の振動による刺激は、カサンドラから圧倒的な快感を引っ張り出している。

 パリスからも、同じような恥辱的な快感を受けた。

 そのたびに翻弄し、カサンドラはめくるめく倒錯の悦びの中に沈められたが、いま受けているノルズからのものは、それと同じくらい……いや、もっと凄まじい性感を目覚めさせている。

 

 もっと欲しい……。

 カサンドラは、心の底から思った。

 

「じゃあ、また、水責めに行こうか。今度は窒息寸前までいくよ。たっぷりと息をしときな」

 

 ノルズの言葉が終わると同時に、上から滝のように水を注がれ始めた。

 カサンドラは恐怖と恥辱に震えた。

 すぐに、またもや、鞭が始まる。

 

 窒息するような水責め──。

 激しい鞭打ち──。

 顔面や腕の拘束──。

 股間の淫具の刺激──。

 これらが一気に襲いかかって、カサンドラは水の中で悲鳴をあげ続けた。

 

 やがて、やっと水が止められ、鉄仮面の中の水が耳の下まで下がって、ノルズの声が届くようになる。

 

「ほらっ、なにか言うことあるだろう、カサンドラ──。お前には、なんの落ち度もないのかい──。いい加減にしな──」

 

 とてつもない衝撃が走った。股間そのものを鞭で打ち抜かれたのだ。股間の淫具が弾け飛ぶ。

 あまりの痛撃に頭が真っ白になる。

 

「んがあはあはっ」

 

 カサンドラは絶叫した。

 そして、窒息死寸前の苦悶の中で、心からの言葉を口にした。

 

「ご、ごめん……なさい……。わ、わたしが……パリスを受け入れて……。あいつに……堕とされて……」

 

「やっと、謝ったかい……。まあいい。じゃあ、正直になったご褒美だ」

 

 そして、本当に死の一歩手前までの窒息責めに追い詰められたあと、今度は股間から下着を剥ぎ取られて、ディルドを前から一気に股間を貫かれた。

 体内に席巻していた情欲という情欲が一気に開花する。

 声を放っても、鉄仮面の中の耳にも届かないほどだ。

 それくらい、脳天を貫く衝撃は鮮烈だ。

 

「こりゃあ、聞きしに勝る好き者だねえ。そら、好きなようにいきな。これも、パリスの呪術から解放されるための儀式のようなものさ。あんたも犠牲者なのはわかっている。心配するんじゃない。ガドニエル様もあんたも、ラザニエルが助けてくれるよ。だから、なにも考えずに昇天しちまいな」

 

 ノルズがディルドを抽送しながら、耳元でささやいた。

 だが、カサンドラからは、すでに思考など吹き飛んでいる。

 もう、なにも考えられない。

 

 もはや本能のまま、カサンドラ自身も、ノルズの操るディルドに合わせるように、腰を動かし続けるだけだ。

 股間からはまるで失禁したように果汁が垂れ流れているのがわかる。

 

 やがて、絶大で苛烈な喜悦がやってきた。

 ついにカサンドラは脳を妬くような絶頂を駆け抜けさせた。

 すると、音をたてるようにして、顔の鉄仮面が左右に分かれて外れる。

 カサンドラは、全身の脱力とともに、その場に後手に拘束されたままの裸身を跪かせた。

 

「さて、休む前に、ひと仕事してもらうよ、太守夫人。あたしたちを鏡の間に連れていきな。あとは任せるんだ。ガドニエル様が本物なら、それでよし──。だが、もしも偽者なら、パリスが死んだにも関わらず、逃亡もせずに、好き勝手やっていた連中には、悪事に相応しい酬いをラザニエルが与える」

 

「酬いを与えるのは、わたしとお前だ、ノルズ──。じゃあ、遊びは終わりだ。今度は本物の(いくさ)さ」

 

 ラザニエルが愉しそうに笑った。



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506 イムドリス宮の罠

 仮にも太守夫人だ。

 

 ノルズは、カサンドラを本当に素っ裸で部下たちの前を連行させるつもりだったが、アスカが布一枚を与えてやるように言ったので、カサンドラには拘束を外したうえに、全身を包むマントを与えてやった。

 カサンドラは、激しい快感で達したばかりなのが丸わかりの、ぼんやりとした虚ろな眼差しのまま、ノルズとアスカを従えて、アスカが結界を解いた部屋から外に出ていく。

 果たして、そこにはびっしりと水晶宮の者たちが集まっていた。

 軍の連中もいるようだ。

 

 部屋におけるやり取りが、集まっていた連中に対して垂れ流しになっていたのは間違いない。

 カサンドラをいたぶっているあいだ、アスカは、部屋に誰も入れないように結界を張ったものの、室内の声は逆に廊下に響き渡るようにしていたはずなのだ。

 従って、カサンドラの「告白」は、この連中の耳にしっかりと入っただろう。また、このアスカがガドニエル女王の姉のラザニエルであるという会話も伝わったと思う。

 

 だから、太守夫人を不当に監禁し、あまつさえ侮蔑を与えた潜入者だというのに、アスカとノルズに手を出そうとする者はいない。

 全員がどう対応すべきか迷いきっているようである。

 カサンドラを前にして出ていくと、さっと輪が広がるように、三人の前に空間ができた。

 

「も、問題ない……。こ、この方は……ラザニエル様に間違いないわ……。ガドニエル様の姉君様よ……」

 

 カサンドラが気だるそうに言った。

 ざわめきが大きくなり、それがだんだんと遠くにいる連中にまで拡がっていく。

 

「道を開けな。これから、イムドリス宮に向かう──。太守夫人は了承だ。もしかしたら、イムドリス宮におられるあんたらの女王は、とんでもない危機に陥っているかもしれない。だから、ちょっと見てくる。それだけだ」

 

 ノルズは大きな声で言い放った。

 

「いまから、この水晶宮については、このラザニエルが預かる──。この中にはカサンドラ以外にも、わたしの顔を覚えている者がいるはずだ。そいつがわたしのことを保証しな──。パリスという悪党が、ガドニエルを狙っていたという噂を耳にして、わたしはガドニエルを助けるために戻ってきたんだ──。なにもなければそれでよし。もしも、万が一ということがあれば、わたしの命をかけて、あいつを助ける──。さあ、道を開けておくれ」

 

 アスカが大きな声で叫んだ。

 あらかじめ打合せしていた台詞だ。

 ここに何十人集まったのか知らないが、これくらいなら、ノルズとアスカなら蹴散らすこともできる。

 しかし、できれば大騒ぎなしに、鏡の間とやらに向かいたいのだ。

 そして、いまのところ、水晶宮の者たちも、ノルズやアスカを阻止しようという動きを見せるものはいなさそうだ。

 むしろ、どう対応していいか判断できないかのように動揺している気配である。

 

「どきなさい……」

 

 カサンドラがもう一度言った。

 今度はさっと道が開いて、前に進む経路ができあがる。

 ノルズたちは、前に進み始めた。

 

「お待ちください、ラザニエル様──」

 

 少し進んだときだった。

 エルフ族の美丈夫が不意に声をかけてきたのだ。

 軍人だ。

 身に着けている軍装から判断すると、それなりの地位の者だろう。

 ノルズたちは、前を阻まれて立ち止まるかたちになった。

 

「わたしの言葉を信じなさい、隊長──。この方はラザニエル様です。外のことも、すべて、お考えがあってのことです……。道を……」

 

 カサンドラがノルズたちを庇うように、前に出てきた軍装の男の前に出る。

 もっとも、外で起こした破廉恥騒ぎについては、もちろん、なにかの「お考え」など存在しない。

 アスカとの悪乗りが愉しくて、ついはしゃぎすぎただけだ。

 その男は首を横に振った。

 

「いえ、ラザニエル様を阻む気持ちはありません……。このお方が、ラザニエル様に間違いないことは、私にもわかります。ラザニエル様が失踪なさったときに、私はすでに水晶軍の現役でしたから……」

 

 男が静かに言って、アスカの前に片膝をつく仕草をする。

 それに合わせるように、周囲の軍人を始め、文官も含めた者たちが一斉に礼をとる仕草をした。

 

「エステバンかい……。久しいね。確か、前の王……、つまり、わたしの父のときには、親衛隊の副隊長をしてくれてたっけね。いまはなにしているんだい?」

 

 アスカが声をかけた。

 エステバンと呼ばれた男は、感激にびくりと身体を震わせたような仕草をした。

 

「おお、嬉しや──。覚えていていただけましたか──。いまは、水晶宮側に移り、この水晶宮の警備の全責任者の地位にあります」

 

「そうかい──。多少は出世したようだけど、大して、代わり映えしないねえ」

 

 アスカが笑った。

 エステバンと呼ばれた男が苦笑して軽く頭をさげる仕草をする。

 

「お恥ずかしき──。それよりも、イムドリス宮に乗り込みなさるとか……。どうか、ご同行をお許しださい。ガドニエル様に危害が加わっているのかもしれないという噂は、私たちにも今朝になって耳に入りました。その危難を憂いたラザニエル様が駆けつけてきて頂いたのは、臣下一同、その慧眼と仁愛にはただただ敬服するばかりです。しかしながら、たったいま戻って来られたばかりのラザニエル様のみに、この危難を委ねるのは、あまりにも我らが不甲斐ない──。どうか、私の同行もお許しを……」

 

 エステバンが頭をさげた。

 だが、アスカは首を横に振った。

 

「足手まといだよ。ここで大人しくしてな──。ところで、外で捕えた連中は、わたしの連れを除いて、いま、この瞬間に解放した。わたしらがイムドリス宮側に行ったら、鏡の間を閉鎖するんだ。そして、水晶宮の者については、全員に魔道監査をしな。その結果、闇魔道が掛かっている可能性がある者は全員を監禁するんだ──。カサンドラ、お前もだよ──。お前はお前自身を監禁しな。わたしたちが戻るまで、自室から出るんじゃない。お前にかかっていた呪術は、ほとんどがすでに解かれているけど、まだ、パリスは完全には死んでいないんだ。いつ、その影響が復活するかしれない」

 

「言われたとおりに……」

 

 カサンドラが意気消沈したように頭をさげた。

 エステバンも恭順を示す仕草をしてから、ノルズたちの前から身を除ける。

 ノルズたちは、再び鏡の間に向かって進み始めた。

 

「……ところで、ノルズ……。思ったよりも水晶宮内が騒ぎになったけど、これだと、イムドリス宮にいる連中には、わたしらがやって来たことは、耳に入っただろうね……」

 

 歩き始めたところで、アスカがノルズに近づいて、耳元でささやいてきた。

 

「当然だろうさ。パリスでなくても、こっち側にも幾人もの諜者を送り込んでいるさ。イムドリス宮で待っているパリスの残党が阿呆でない限りね……。まあ、本当にガドニエルというあんたの妹が偽者になっている場合だけど……」

 

「もしも、ガドニエルが本物なら、わたしが戻ってきたと耳にした瞬間に、尻尾を振ってやってくる。いまだに向こう側から音沙汰がないのは、むしろ、悪い兆候さ。最悪のことも考えるべきかねえ」

 

「大丈夫だ……。あんたの妹は死んじゃいないさ。パリスという男をあたしもいくらかは知っている……。利用する価値のある女は、あいつは殺さない……。徹底的に支配して苛め抜き、いたぶり尽して悦に入るのさ……。あんたの妹がすでに入れ替わられているなら、本物はどこかに監禁されている……。あたしはそう睨んでいるよ」

 

「簡単に捕らわれる女でもないんだけどね、あいつも……。まあ、とりあえず、イムドリス宮に行ってみるさ。それでなにかわかるだろう」

 

 アスカが肩を竦めた。

 

 やがて、鏡の間に着いた。

 三人だけで部屋に入る。

 

「と、ところで、イムドリス宮への接触は向こう側から遮断されていて……」

 

 部屋に入ると、カサンドラが困ったように言った。

 

「わたしが向こうからの遮断は解く……。もともと、エルフ王家の特有魔道だ。どんな高位魔道師がかけても、王家の者なら無効にできる……。いま、解いた……」

 

 アスカだ。

 

「そ、そうですか……。だ、だったら、なんとか……」

 

 カサンドラがかすかに頷く。すぐに、イムドリス宮に入る魔道を唱えだす

 

「向こうでガドニエルが健在なら、ガドニエルに送らせるよ。ガドニエルが偽者にすり替わっていて、万が一、わたしらが戻って来なかったら、それはわたしらが連中に負けたときだ。向こう側は完全に占拠されている。それを前提に、改めて対策を打ちな」

 

「はい、ラザニエル様……」

 

 カサンドラはそれだけを口にした。

 しばらくすると、目の前が白い光で包まれた。

 

 やがて、光が薄くなっていく。

 イムドリス宮側に入ったのだ。

 

 だが、すぐに異変についた。

 ノルズははっとした。

 

「な、なんだこりゃ――? ア、アスカ、これって……」

 

「これはカサンドラのせいじゃないよ──。あらかじめ、転送に細工がしてあったんだ。イムドリス宮側からの転送妨害だね──。わたしらふたりの身のみについては転送を許し、そのほかの一切の装備や装束については、転送を防ぐ細工さ」

 

「ちっ、あんたがいながら、罠に早速嵌まるなんて、どうしたんだい。服だから、まだよかったものの、身体をばらばらにする仕掛けがあったら、どうなってたんだと思うんだよ。しっかりしておくれ」

 

 ノルズは舌打ちをした。

 異変とは、ここに到着した途端に、ノルズもアスカも完全な全裸になってしまっていたことだ。

 下着どころか、髪留め一個残っていない。

 水晶宮の鏡の間側から、イムドリス宮側に転送されたはいいものの、こっちに着いたのは、身ひとつの素っ裸の状態だったのだ。

 

「ふん──。そういう仕掛けなら、すぐにわかったさ。服だけだから見逃したんだ」

 

 アスカが不快そうに鼻を鳴らす。

 

「いずれにしても、どうやら、やっぱり、すっかりと準備が整ったところに招待されたというわけだね」

 

 そのときだった。

 突然にアスカが腰が抜けたように、その場にうずくまったのだ。

 

「こ、これは……」

 

 うずくまったアスカが顔を真っ赤にして、身体を震わせている。

 ノルズは驚いた。

 

「アスカ──?」

 

 声をあげた。

 だが、殺気が来た。

 

 ノルズはうずくまったアスカを押し倒して、襲ってきた剣の下から退けさせる。

 次いで、目の前の刺客の胴体を蹴り飛ばし、さらに襲撃してきた別の男の腕を掴んで強引に剣を奪うと、ふたりの男の喉をめがけて、さっと刃物を一閃させた。

 

「くっ」

 

 一方で、アスカは苦しそうに、その場にしゃがみ込んだ。

 そのときには、すでに刺客が襲いかかっている。

 

 ノルズは、一閃でふたりの喉を斬り裂いて倒した。

 

 背後にひとり──。

 

 奪っている剣で腕を跳ねあげる。

 うずくまるところを首を横から刺し抜く。

 

 今度は矢──。

 

「アスカ――。しっかりしな――」

 

 怒鳴りあげて跳躍しようとするが、アスカは自分の身体を抱き締めたまま、うずくまったままだ。

 ノルズは、一瞬躊躇した。

 しかし、その一瞬がノルズの反応を遅らせた。

 

「ちっ」

 

 舌打ちした。

 矢はアスカの身体に迫っている。

 剣じゃ間に合わない――。

 ノルズは咄嗟に左腕を出した。

 

 しかし、矢が宙で静止していた。

 訝しんだが、アスカだ──。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 真っ赤な顔のまま、アスカが片手を前にかざしている。

 矢をとめる魔道壁を作ったのだろう。

 視線を前に向ける。

 射ているのはふたりだ。

 柱の陰から小弓を扱っている。

 

 ここは謁見室としてる使っている大きな広間であり、隠れられる調度品のような物は少ない。

 この場での襲撃者の残りは、あのふたりだけのようだ。

 

「そこにいな、アスカ──」

 

 駆けた。

 アスカが宙でとめた矢はすでに床に落ちている。

 その横を走り抜ける。

 

 ふたりがぎょっとしたように、身体を竦ませるのがわかった。

 しかし、すぐに我に返ったように、矢を番えようとしている。

 

 だが、そのときにはノルズは連中の目の前だ。

 舞うように身体を回し、ひとりの胸のあたりをしっかりと斬る。

 

 残りの男に頭上から剣を落とす。

 剣が途中で折れたが、惨死には十分だ。

 顔に剣を刺したまま、その男も崩れ落ちた。

 

「大丈夫かい、アスカ?」

 

 ノルズはこっちにふらつきながら寄ってくるアスカに声をかけながら、小弓を持っていた男たちが腰に持っていた短剣を二本見つけて、それを両手で持った。

 武器はなんでも扱えるが、建物内における戦いではこっちの方がいい。

 

 アスカがやってきた。

 相変わらず、様子がおかしい。

 片手で胸を隠すように抱き、もう一方の腕は股間を隠すように手で股を覆っている。

 ノルズは噴き出した。

 

「なにやってんだい──。裸が恥ずかしいのかい──。そんなたまじゃないだろう」

 

 すると、アスカが上気した顔をさらに真っ赤にした。

 それにしても、あまりにも様子が不自然だ。

 顔だけじゃなく、全身が上気して真っ赤だし、たったいま、ここに転送されたばかりなのに、すでにびっしょりと汗をかき、いまでもどんどんと滴り落ちている。

 なによりも、手で覆っている股間から愛液が垂れ流れていて、それが膝下まで届いているのだ。

 どうやら、身体が凄まじいほどの淫情に陥っているようだ。

 

 媚香──?

 

 思ったのはそれだ。

 しかし、ノルズはなんともない……。

 

「か、隠してんじゃないよ──。む、胸が揺れると、か、感じてしまうから押さえてんだ。そ、それに、ま、股に風が当たっただけで……う、疼きが……。お、お前はなんともないのかい、ノルズ──。怖ろしいほどの媚薬が、た、焚きこめられているじゃないか」

 

 アスカが歯を噛みしめて口惜しそうな表情で言った。

 ノルズは思わず苦笑してしまった。

 それにしても、風に当たるだけで疼く?

 

 本当に?



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507 媚香の魔城

「さしずめ、エルフ女だけに影響する媚薬の香というところだろうね……。あたしにはなにも感じてないよ。まあ、あんたが乗り込んでくるのはわかっていただろうし、準備したんだろう」

 

「畜生……。ば、馬鹿げた罠を……」

 

 アスカが荒い息をしながら美しい顔を歪めた。

 

「だけど、しっかりと影響受けてんじゃないかい……。それで、魔道はいけるかい?」

 

 ここで待ち受けていたのは、このイムドリス宮を占拠していた連中のうちの前衛みたいなものだろう。

 誰がパリスの後を継いでいるかはわからないが、首謀者はさらに奥にいるのだろうと思う。

 だが、アスカの魔道が使いものにならなければ、さらに進むかどうかは考えねかればならない。

 

 ここに到着して気がついたが、ノルズの方も、このイムドリス宮の特殊な結界の中では、妖魔は呼び出すことはできないようだ。

 また、魔道も無理だ。

 魔道を封じる妨害波が流れている。

 

 アスカがたったいま魔道を使えたのは、このイムドリス宮の結界を刻んだ者よりも、アスカの魔道力が上回るためだと思うが、そのアスカが使いものにならない場合は、向こうの魔道の餌食になるだけだ。

 

「い、いけるよ……。だけど、しゅ、集中に……いつもよりも、時間がかかる……。そのあいだ、援護して……おくれ……。ところで、お前の方は……?」

 

「妖魔は呼び出せない。魔道もあたしの能力じゃあ、封じられている。だけど、戦うことについては問題ない。あんたの盾くらいにはなれるよ。媚香の影響もない。やっぱり、これはエルフ女専用の媚香みたいだね」

 

 ノルズは両手で短剣をくるくると回す。

 

「だ、だったらいくよ……。少し慣れてきた……。自分の魔道で媚香の影響を消していっている……。動けるよ」

 

「だったら、いいけどね……。魔道を遣えないあんたは、ただの非力な女だ。それを忘れないことさ。一度、引きあげるかい? そうした方がいいかも……」

 

「ふざけるんじゃないよ──。パリス自身ならともかく、その手下程度なら、これくらいが丁度いいあんばいさ。それに、これで、ガドニエルは偽物と決まった。あいつを助け出さないと」

 

 アスカが険しい表情で言った。

 確かにそうだ。

 

 エルフ女であるガドニエルが、自らに影響を及ぼす媚香をここにたち込めさせるわけがない。

 アスカに対するいきなりの襲撃を考えても、ここはすでに敵の城になっていることは明白だ。

 だったら、エルフ女王の居城であるイムドリス宮にいた者たちは、パリスの手下の手に陥っていると考えて間違いない。

 現在の女王のガドニエルも、ここのどこかに捕らわれているのだろうか……?

 

「なら、いくかい……。だけど、いざというときには撤退する。転送術はどうだい?」

 

 転送術はあらかじめ刻んだ転送紋から転送紋に一気に跳躍する魔道だ。

 ここに入るときには、アスカがすでに、イムドリス宮側の転送紋を失っていたので、カサンドラに転送してもらわなければならなかったが、ノルズとの事前の手筈によって、アスカは水晶宮側に、ここから跳躍するための転送紋を刻み残したはずである。

 

「ああ……。それもいける……。しかし、いつもよりは、時間がかかる……。まあ、それだけださ」

 

 なら、とりあえず、進むか……。

 アスカの魔道が制限されたような状態にあるのは痛いが、進むだけ進んで撤退はできる。

 

「なら、行こう──。だけど、あたしが指示したら、引くこともある。そのときには、文句を言わずに従うんだ」

 

「わかったよ……」

 

 アスカがだるそうに息を吐きながら言った。

 ノルズは肩を竦めた。

 そして、奥に向かう方向に広間を進む。

 

 ノルズは、ここに入り込んだことがあるので、このイムドリス宮の構造を熟知している。

 ここは謁見室のような場所であり、館の奥にあたる女王の執務室を兼ねた私室の方向はこの先だ。

 すなわち、この広間から回廊のようなものが続いていて、大小の部屋に通じる扉が左右にあり、ここほどではないが、いくつかの広間を通り抜けて、女王の間と称するガドニエルの個人的な部屋に辿り着く。

 パリスの残党がどこに集まっているかわからないが、ほとんど一本道の回廊を進むだけだ。

 

「あれ?」

 

 そのときだった。

 ノルズが進もうと決めた方向の扉の前に、なにか小さな布片が置いてあったのだ。

 なんだろう、あれ?

 

「ありゃあ、なんだい?」

 

 アスカも気がついたようだ。

 訝しんだが、害意のようなものは感じない。

 アスカとふたりで近づいた。

 

「これは……」

 

「はああ──?」

 

 扉の前に置いてあったのは、小さな女物の下着だ。

 指輪のようなものも乗せている。

 それだけでなく、その下着には男の精液だとわかるものがたっぷりとかけられていた。

 近づいただけでわかる汚臭で、それがわかった。

 

「ふ、ふざけやがって……。これは女王の指輪だよ……。下着もガドニエルのものなのだろうさ」

 

 アスカが舌打ちをした。

 

「わかりやすく、挑発しているんだろうね……」

 

 ノルズも言った。

 この先でパリスの残党が待ち受けているのは、これで間違いない。

 罠もあるのだろう。

 

 だが、同時にガドニエルもいるということだろうか……。

 いずれにしても、少なくとも、元々ここにいたり、あるいは新たに集められたエルフ族の女たちが、先で捕えられているのは間違いない。

 

「……ふざけやがって……」

 

 横でアスカが歯をぎしぎしと噛んでいる。

 すっかりと腹が煮え返っている顔だ。

 

「あんたを怒らせるための手じゃないか。まんまと嵌まってどうすんだい」

 

 ノルズは嘆息した。

 

「いいから、いくよ──」

 

 アスカは扉をこじ開けた。

 

「うわっ」

 

 アスカが仰天したような声をあげる。

 

「おうっ」

「うりゃあっ」

 

 続いている回廊にふたり立っていて、いきなり剣で飛びかかってきた。

 一瞬で手練れとわかる。

 アスカがぎょっとした顔になっている。

 

 ノルズは踏み出し、アスカの前に出ると、向かってきた剣を短剣で受けて、相手の身体ごと弾き飛ばす。

 体勢を崩した正面の者は追わず、もうひとりと向き合い、一度剣を引いてから突き出して、身体を回転させた。

 腕を切断する。

 

「前から──」

 

 残っているひとりに斬りかかりながら、ノルズはアスカに声をあげた。

 離れた場所から、こっちに魔道を打ち込もうしている者が目に入ったのだ。

 

「わ、わかってい……るよ──」

 

 アスカから巨大な火炎弾が連発で飛び出す。

 ノルズが残っている男を剣で貫いたときには、離れていた魔道遣いたちも、火だるまになっていた。

 

 回廊から刺客が消える。

 ちょっと一息だ。

 ノルズは最初に腕を切断してうずくまっていた男の首に短剣を刺す。

 横に払う。

 血しぶきがあがって、その男も死骸に変わる。

 

「つらそうじゃないかい、アスカ。一度、そこで気をやって、すっきりしたらどうだい? 手伝ってやろうか」

 

「さ、触ったら承知しないよ――。ほ、本当だよ――。絶対触るんじゃないよ――」

 

 アスカが怯えるように、胸と股間を手で隠すようにして、ノルズを睨みつけた。

 そんなに必死に言われると、逆に触りたくなる。

 ノルズは声をあげて笑った。

 とにかく、ノルズとやり合ったことで、頭に血がのぼっていた感じのアスカも少しは冷静になったようだ。

 

「そもそも、媚香くらい、魔道で身体の疼きをとめられないのかい。外道の魔女とも称されているあんたじゃないかい」

 

 エルフ女専用の媚香とやらは、アスカには相当に効いているようである。股間から流れ落ちる体液が凄いことになっている。また、ちらりと覗く股間は真っ赤に充血しているし、愛液はすでに足の指にまで達している。

 

「な、なにが外道だい――。そ、それに、そんなのは、とっくに、や、やってんだよ──。そもそも、いくら媚香を解毒しても、どんどん新しい媚香を吸っちまうんだ。切りがない。息をしないわけにはいかないからね──。本当に忌々しい──」

 

 アスカが吐き捨てるように言った。

 ノルズは肩を竦めた。

 

 とにかく、また、進むことにした。

 この先に首謀者が待っているのは確かだ。

 いずれにしても、この程度の小出しの刺客など、どうということはない。

 

 回路を抜けて、次の広間に出た。

 六人が隠れていた。

 全員を倒すのに、それほどの時間はかからなかった。

 

 さらに回廊に出る。

 そこでは魔道がきた。

 アスカが対応し、呆気なく惨殺した。

 

 次の部屋──。

 部屋に入るや否や、横から剣で斬りかかってきた。

 正面からは火炎弾だ。

 

「変わり映えしないねえ」

 

 ノルズは打ちかかってきた相手を剣であしらい、位置を変えた。

 火炎弾については、少し身体が媚香に慣れて楽になったのか、アスカがなんなく魔道壁で受けとめ、そのまま逆進させて、術者を倒す。

 さらに、ノルズが避けた男はアスカの前から吹っ飛んでいた。

 そっちにも魔道を放ったのだろう。

 床に落ちるときには、その男の身体の胴体は首から離れ落ちていた。

 

「まだ、いるよ──」

 

 この部屋にいるのは、これまでのような数名ではない。

 十人くらい──?

 もしかして、さらに倍かもしれない。

 

 四方八方から魔道の光線が走ってくる。

 もう、アスカを気にしている余裕はない。

 ノルズは集団がいる方向に飛び込んで、魔道を防ぐ。

 味方が入り混じっていては、敵も魔道を放てない。

 

 ふたり倒した。

 小さな弓を持っていた。

 逃げようとする数名に追いつき、背中から次々に斬り倒する。

 

 ちらりとアスカに目をやる。

 壁を背にして、次々に小さな火炎を放っている。

 誰も近づけず、近くに寄っている者から先に火だるまになっている。

 あれなら大丈夫だろう。

 

 ノルズは大きく息を吸った。

 広間の中を駆けまわる。

 常に誰かの敵の近くにいるようにした。

 

 斬り込む。

 剣と短剣が触れ合う。

 

 また、矢──。

 短剣で払う。

 跳躍する。

 たまたまいたひとりを切り倒す。

 

 矢──。

 叩き落す。

 

 一本が肩を掠る。

 悲鳴が離れた場所で起きた。

 

 ノルズに矢を射かけた男たちがそこで火だるまになっている。

 

 残りはもう少し──。

 

 ノルズはふたりを斬り倒した。

 もうひとりか……?

 

 逃げようとしている──。

 両手に持つ短剣のうち、一本を背中に向かって投げる。

 その男の背に突き刺さり、前のめりに倒れていく。

 

「終わったかい?」

 

 アスカが片膝をついたまま、肩で息をしながら言った。

 

「ああ、とりあえずはね……」

 

 ノルズは言った。

 結局、この部屋だけで二十人近くは潜んでいた。

 すでに動いている者はいないが……。

 ただ、さらに先の回廊の向こうに人の気配を感じる。

 しかも、大勢だ。

 

「……この先に多くの人の気配があるね……」

 

 アスカがノルズのところに寄ってきながら言った。

 さっき矢が掠った肩に温かいものを感じた。

 治療術だろう。

 眼をやったときには、肩の傷どころか血の痕まで消滅していた。

 

「そのようだね……。行こうか、アスカ……」

 

 倒した刺客の横を通り過ぎた。

 次の間に向かう回廊に入るが、今度は仕掛けてくる者はいない。

 ただ、先の広間からの人の声がだんだんと大きくなる。

 普通の声じゃない。

 女の嬌声だ。

 それも、何十人もの女の声だ。

 

 広間に着く。

 

「なんだこりゃあ──」

 

「趣味が悪いねえ……」

 

 部屋の中には刺客のような者はいなかった。

 その代わり、床の至るところに裸の女たちが倒れていて、涎を垂らし、股間から愛液を垂れ流しながら身悶えている。

 大勢の若いエルフ女たちだが、様子が異常だ。 

 また、全員の首に首輪があり、ほとんどの者には革の貞操帯のようなものが股間に嵌まっている。

 その股間がぶるぶると震えているように見えるので、おそらく、内側のディルドのようなものを局部に貫かれて、振動をされているのだろう。

 

 見回すが誰ひとりとして、まともな者はいなさそうだ。

 ノルズやアスカにも無反応であり、ただただ淫らに身体をくねらせて悶え続けるだけだ。

 ほとんどが若いエルフ娘のようだが、中には明らかに童女である者も何人か混じっている。

 また、エルフ男も数名いた。

 手足を切断されていて、こっちはいずれも首を絞められて殺されている。

 

「ここで捕らわれていた女たちや男だろうさ……。生きている者は媚香に頭をやられているよ……」

 

 アスカが呟き、大きく息を吸ってから、大量の理力を放出させたのがわかった。

 女たちの股間から貞操帯と拘束具が弾け飛び、首輪も壊れて外れた。

 しかし、女たちは淫らな声をあげて倒れたままであり、あちこちで、エルフ女たちが自由になった手で自慰を開始している。

 なかなかに壮絶な風景だ。

 

「……あそこだね……」

 

 ノルズは顎で広間の奥を示した。

 そこに隣室に通じていると思われる扉があるのだ。

 人の気配をそこに感じる。

 短剣を握り直し、無造作に前に出た。

 しかし、すぐに見えない壁のようなものに阻まれる。

 

「け、結界を刻まれているようだね……。どれ……」

 

 アスカが気だるそうに息を吐きながら、手を見えない壁に向かってかざす。

 

「くううっ」

 

 しかし、いきなりアスカが悲鳴をあげて、その場にしゃがみ込んだ。

 驚いたが、小さな羽根のようなものが、アスカの裸体のあちこちをくすぐっているのがわかった。

 その刺激でアスカは、感じまくってしまったようだ。

 

「気をつけることだな、アスカ、いや、ラザニエル……。その結界に魔道を遣おうとすると、小さな羽根がお前の身体を襲いかかるようにしている。その媚薬に爛れきった身体では、羽根にくすぐられながらじゃあ、魔力を刻むための集中もできまい」

 

 奥の部屋に通じる扉が開いて、ひとりのエルフ男がひとり出てきた。

 身体には、ひと目で魔道防護がかかっているとわかる革の具足を身に着けていて、手に鎖を持っている。

 その鎖にはなにかが繋がっていたのだが、男が引っ張り進んできたものを見て、ノルズは鼻白んだ。

 男が引きづってきたのは、ひとりのエルフ女だ。

 ただ、手足はなく、胴体と顔だけの裸の女だ。

 その女の首に首輪があり、その男はその女の首輪に鎖を繋げて、引っ張ってきたのだ。

 女は懸命に胴体を動かして前に進もうとしているが、何度も首輪を引っ張られて、そのたびに首を絞められる苦痛に呻いている。

 しかも、その手足のないエルフ女の股間には、ここから見てもわかるくらいに激しく振動しているディルド付きの貞操帯を装着されており、それで力も入らないみたいだ。

 

「ダ、ダルカンかい……。よりにもよって、お前がこの悪趣味の館の首謀者なのかい……。パリスの腰ぎんちゃくの分際で……」

 

 アスカが踞ったまま言った。

 どうでもいいが、アスカの全身は上気して真っ赤であり、しゃがんでいる股の下には股間からぽたぽたと愛液が滴っている。

 やはり、余程の媚香なのだろう。

 

「俺とお前の仲じゃないか。だから、精一杯の歓迎を準備したんだ。クリスタル石を使いまくったエルフ族専用の媚香の魔毒と、集めまくった一味の手の者たちだ。イムドリス宮を制圧していた者たちだけじゃなく、シティ内で工作活動をしていた者たちまで総動員した。愉しかったか? だが、お愉しみはこれからだ」

 

「ぬ、抜かすんじゃないよ」

 

「じゃあ、かかってこい。俺は結界の内側だ。ここまでくれば、俺の首がとれる。とにかく、待ちわびていたぞ。だから、ガドニエルは偽者だと噂を流してやったが、それでやっと来てくれたな」

 

「噂を流した? お前が流した噂だと言うのかい?」

 

「まあ、そういうことだ」

 

 ダルカンという名らしいエルフ男が満足げな笑い声をあげた。



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508 支配する者、される者

「お前が流した噂だと言うのかい?」

 

 まだ、しゃがんだままのアスカが、自分の裸体を抱き締めるようにして、男に顔を向けた。

 さっきの羽根のくすぐりはもうないようだ。

 しかし、アスカが目の前の結界を解除しようと魔道を注ごうとすれば、その瞬間に、再びアスカの身体を刺激する羽根がアスカを襲うのだろう。

 アスカはすでに肩で息をしている。

 すでに、かなりつらそうだ。

 ダルカンという男が笑い声をあげる。

 

「まあ、そういうことだ……。とにかく、パリスには恩がある。絶対に返さなければならない恩がな。だから、お前に来てもらったんだ。パリスも喜ぶだろうさ。パリスはなんだかんだで、お前に執着していたしな。お前の身体に大切な命の欠片を隠すほどに……」

 

「なにが執着だい──。あいつは、わたしを騙して、利用し……、そして、都合のいい道具として、自分の命の欠片を置き、奴隷にし、わたしがいずれ死ぬと知っていて、瘴気の発生源としてわたしの身体を生贄にしたんだよ。それが執着だって──」

 

 アスカが喚いた。

 それはともかく、ダルカンとアスカが呼んだ男とアスカは、知り合いのようだ。

 しかし、ノルズの情報網には、これまでダルカンという名の男が出てきたことはない。

 

「アスカ、こいつは?」

 

 ノルズは訊いた。

 すると、アスカが舌打ちをした。

 

「パリスの昔馴染みだ。だが、どうしようもない小者でね。魔道も大したことない。ただのあほ垂れだよ」

 

「あほ垂れはひどいな。何度か身体を重ねた間柄じゃないか」

 

 ダルカンが笑った。

 

「ほざくんじゃない。粗ちんのくせに一人前の嗜虐癖ぶって……。と、とにかく、お前の魔道ごとき、簡単に……」

 

 アスカが顔を真っ赤にして、身体を緊張させた。

 結界を破ろうとしているのだとわかった。

 

「ああっ、だ、だめええっ」

 

 しかし、一斉に噴き出してきた透明の羽根がアスカに群がる。

 媚香で疼き切った身体を刺激され、アスカは身体を弓なりにして震え喘いだ。

 ノルズは嘆息した。

 

「はははは、さっき忠告しただろう。ここまで、たっぷりと時間もかけさせたし、運動もさせた……。少なくともエランド・シティにある者を全員動員したんだ……。とにかく、もうたっぷりと媚香を吸い込んだことだろう──。大量に媚薬を吸いまくったその身体じゃあ、悶えながらでも我慢して、魔道を刻むというわけにはいくまい。それとも、もっと刺激してやろうか」

 

 透明の結界膜の向こうのダルカンが宙で指を掻くように動かした。

 

「んんんっ、んあああっ」

 

 すると、アスカが自分の股間を両手で覆って、大きな悲鳴をあげた。

 ノルズは驚いた。

 これでもノルズも魔道遣いの端くれだ。

 いくらなんでも、結界を通してアスカに刺激を送り込むなど、簡単な魔道ではないことくらい知っている。

 考えてみれば、転がっているエルフ女たちも、アスカが強引に解除したとはいえ、あれだけの数のエルフ女の全員を隷属状態にし、さらに、股間をむさぼる淫具を操作し、いまも、アスカがかなり苦戦している結界膜を刻み続けている。

 アスカは小者と呼んだが、並大抵の魔道力ではできることではない。

 

「や、やめておくれえええっ、あああ」

 

 アスカが必死で腰を捩らせて、ダルカンからの刺激をかわそうしているが、すでに脱力したようになっていて、うまく腰も動かないようだ。

 そして、ノルズの見守る前で、身体をがくがくと震わせて、気をやった。

 

 こりゃ、だめだ……。

 

 ダルカンの為すがままになってしまっているアスカに、ノルズは呆れてしまった。

 ただ、ノルズとしても、相手が結界膜の向こう側では、どうしようもない。

 

「相変わらず、打てば響くような身体だな。どれ──。いつまで、そうしていても気の毒だ。こっちに来い。疼きを癒してやろう」

 

 ダルカンがいやらしく微笑むと、さっと手を振る。

 すると、結界膜を跨いで、一本の丸太が出現した。

 丸太には足がついていて、丸太の高さがアスカやノルズの腰の高さよりも、少し高いくらいになっている。

 そして、思わず舌打ちをしてしまったが、丸太の上側には何十個もの男根の亀頭に似た突起があり、いまでも、淫らな振動と蠕動している。

 

「それに跨って来い。そうすれば、羽根の刺激なしに、こっちに来れるぞ。魔道も不要だ」

 

 ダルカンが向こうで大笑いした。

 

「ふ、ふざけるんじゃないよ──。だけど、お前、なんでそんなに魔道が……。お前みたいな小者がどうして、そんなに次々に高位魔道を出せるんだい──」

 

 アスカが怒鳴った。

 

「気にするな……。だが、まあ、教えてやろう。友の置き土産ということだ。友想いの男だ。あいつは、自分が死んだら、俺の身体に、自分の力の一部が転移するように仕込んでいてくれたのさ。その能力で、イムドリス宮の支配を引き継いだということだ。まあ、愉しくやらせてもらったよ」

 

「ふ、ふざけやがって……。ま、まあいいよ──。それよりも、ガドニエルは──。ガドニエルはどうしたんだい──?」

 

 アスカが叫んだ。

 

「あの間抜けな女王様か? 知らんな。今頃は、すっかりと身も心も魔物に変わっちまって、どこかの森を彷徨(さまよ)っているんじゃないか? それとも、どこかでエルフ族によって駆逐でもされたかな。魔物として」

 

 ダルカンが大笑いした。

 魔物──?

 どういう意味だ?

 ただ、ここにはいないということではあるようだが……。

 

 そのときだった。

 

「うぎゃああああっ」

 

 向こうでダルカンが大きな悲鳴をあげて倒れたのだ。

 見ると、ダルカンに足元にいた手足のない女がダルカンの足首に噛みついている。

 いや、噛みつくなどという生易しいものじゃない。

 足首の裏から噛みつき、肉を喰い破っている。

 そして、倒れたダルカンの身体に胴体をのしかからせて、喉元に喰らいついた。

 

「うぎゃあああ」

 

 ダルカンが絶叫した。

 それでも、女はダルカンの喉を喰い破るのをやめない。

 もの凄い形相でダルカンを噛み千切っている。

 そして、結界膜が消滅した。

 ダルカンが魔道を保持できなくなったのだ。

 

「こ、この機会を待ってた……。隷属が消えた。なぜか、消えた。待ってた。ば、馬鹿にしやがって……。しかも、妹まで……」

 

 女が一瞬、ダルカンの喉から口を離して、大きな声で喚いてから、また、喉に喰らいつく。

 よくはわからないが、余程の恨みがあるのだろう。

 また、いきなり隷属が消えたというのは、さっきまとめてアスカが部屋の女たちの隷属を強引に解除したためだと思う。

 それが、この女にも影響したに違いない。

 他のエルフ女とは異なり、首輪は外れなかったようだが……。

 ノルズは跳躍して、ダルカンに飛びかかり、心臓に短剣を突きつける。

 

「あんた、もうやめな──。死にかけている。もういい──」

 

 ノルズは手足のない女を制した。

 そして、ダルカンを見る。

 

 すでに、死に瀕している。

 放っておけば、このまま死ぬだろう。

 

「……せめて、アスカと……もう一度、遊んでから……と思ったがな……。まあいい……。予定のことだ……。なんの取り柄もない……。うだつもあがらぬ……。ただの愚物の……俺を……本当……に、あいつはよくしてくれた……。感謝……しても……しきれぬ……。だから、俺の……命を……くれてやる……」

 

 ダルカンが喉から血を噴き出しながら、ぶつぶつと呟くのが聞こえた。

 

「ダルカン……?」

 

 遅れてやってきたアスカが訝し気に小首を傾げたのがわかった。

 ノルズも気がついた。

 なにかがおかしい。

 当たり前の死のはずだが、目の前のダルカンは死に瀕しているようでありながら、その身体でなにかの大きな魔道が動いている。

 しかも、なにかが、新しく生まれるような……。

 すると、アスカが悲鳴のような声をあげた。

 

「闇魔道かい──? もしや、これは復活の魔道──? しまった。もしかして、こいつの身体にも、パリスの命の欠片が──?」

 

 アスカがぎょっとしたような声をあげた。

 ノルズも驚愕した。

 

 パリスの命の欠片──?

 ダルカンの身体に──?

 

 そうであれば、命の欠片を身体に入れている者が死ねば、そいつの魂は消失するが、その代わり、その身体をパリスの命が奪って、パリスは復活する──。

 

 いま、ダルカンが死んだ。

 

 つまり……。

 

 死に瀕していたダルカンの目が覚醒したように見開いた。

 すでに、その顔には死の色はない。

 ふと見ると、女が噛み破ったはずの喉の傷も足首の傷も存在していない。

 少しだけ、拭き取ったような血の痕があるだけだ。

 

「アスカ、撤退だよ。転送術を」

 

 ノルズは慌てて叫んだ。

 

「アスカ、硬直しろ。身体も、魔道も──」

 

 ダルカンの口が静かに言った。

 アスカが金縛りにあったように動かなくなる。

 ノルズは舌打ちした。

 

「持つべきものは、俺のための命をかけてくる友だな……」

 

 そして、ダルカンの口が開いて、また、小さく呟いた。

 いや、これは……。

 

「お前、まさか……」

 

 アスカがぎょっとしている。

 

「待てよ、アスカ……。お前のことは待て……。それよりも、ダルカンの仇を打たねえとな……。ダルカンの記憶によれば、あいつは、こうなることを見越して、このアルオウィンという女に隙を作ってみせたらしいが……。復活に必要な恨みの感情を植えつけてな……」

 

「ど、どういうことだい?」

 

 ノルズは眉をひそめた。

 本当にパリス?

 復活した?

 だが、圧倒的なものを感じる。

 絶対にかなわないという格の違いだ。

 そして、ダルカンの口が語り続ける。

 

「それでも、俺を復活させるために、あえて、死んでくれた友の仇なのは間違いねえ。信じられねえ……。俺の代わりに死ぬなんて……。しかも、アスカという最高の土産まで残して……」

 

「うぎゃああ──」

 

 次の瞬間、床から一本の杭が出現して、いきなり手足のない女の股を貞操帯ごと貫いた。

 しかも、その杭が女の胴体を貫通して、女の口から先端を突き出てきた。

 

「ひゃががががが、ががあっ、あがっ……」

 

 女がぴくぴくと身体を痙攣させ、苦悶に顔を歪めた。

 そして、もの凄い勢いで暴れ始めた。

 杭が貫いている身体を千切り裂かんばかりの激しさだ。

 ノルズは呆気にとられた。

 喉に木杭が刺さっているので、悲鳴というよりは息の漏れる音なのだが、それも凄まじい。

 怖ろしいほどの苦痛に喘いでいるのは間違いない。

 

「ははは、いいざまだな、エルフ女──。ダルカンを殺したんだ。簡単には死なせてやらねえ。呪術で痛覚の情報を直接頭に送り込むようにしてやった。一方で身体は回復し続ける。俺が許可するまで死なせてもやらねえ。狂わせてもやらねえ。そうやって、いつまでも踊ってろ」

 

 ダルカン……いや、ダルカンの身体の中で復活したパリスが起きあがりながら言った。

 そして、甲高い声で爆笑する。

 ノルズはその残酷さに鼻白んだ。

 

 そして、女から発せられる苦悶の悲鳴が突然に遮断された。

 これもパリスの仕業だろう。

 ただ、串刺しの女の暴れぶりには変化がないので、無限苦痛はそのままなのだと思う。

 声だけを消したのだ。

 こいつは、本当にこのまま放置するつもりなのだと確信した。

 

「お、お前……」

 

 ノルズは呻いた。

 こいつだけは許せないと思った。

 一方でアスカは、呑まれたように、上気していた顔を蒼くして硬直している。

 そのパリスが、ノルズとアスカに視線を向けた。

 

「さて、アスカ、やっと復活できたぜ……。しかも、ダルカンはわざわざ、お前をここまでおびき寄せてくれたみてえだな──。わかっているとは思うが、お前は俺には攻撃できねえし、命令にも逆らえねえ──。お前に刻まれている“俺の魂”が、俺に服従することを強要するからな……。くくくっ──。じゃあ、とりあえず、奴隷の刻みを完全に復活させてやろう。かなり、薄くなっているようだしな……。黒の闇は北の森で間抜けエルフを犯す──。さて、これでお前は、俺にも、俺の部下にも絶対服従。そうだな? アスカ、言え──。お前は俺のなんだ──?」

 

「わ、わたしは……お、お前の……奴隷……だ」

 

 アスカが言葉を吐くことそのものが苦痛であるかのように、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「……じゃあ、復活祝いの最初の命令だ、アスカ──。その連れの女……。いや、もしかして、ノルズか? 俺から逃げ出した……。いや、死んだんだったかな……? まあいい……。とりあえず、その人間女の手足を根元から切断しろ、アスカ──」

 

「えっ?」

 

「ただし、殺すんじゃねえぞ。ここに辿り着くまでのお前らの状況を観察していたダルカンの記憶によれば、その女には見どころがある。そいつの能力も貰っておくか。だから、とどめは俺だ。とりあえず、お前は無力化しろ」

 

 パリスが事も無げに言った。

 アスカが顔をひきつらせたまま、ゆっくりと身体をノルズに向けた。

 

「い、いやああああっ、パリス──。そ、そ、それだけは許してええ。後生だよう」

 

 アスカが絶叫して、泣き叫んだ。

 しかし、そのアスカがノルズに振り向き、魔道を放つ構えをした。



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509【仮想空間】…「痴漢電車」

『中央線の上りの快速に乗れ』

 

 耳元で声がした。

 はっとした。

 そして、突然に頭の中で、ものすごい知識が沸き起こった。

 コゼは、自分が駅の改札口を通り過ぎた雑踏の中にいるのを悟った。

 

 駅……?

 中央線……?

 快速?

 

 だが、見たことも聞いたこともない言葉と景色に、さらに、自分の中の意味不明の思考に対して、コゼは大きな戸惑いを覚えた。

 しかし、それは一瞬だ。

 すぐに、コゼは自分がこの光景を知っていることがわかり、瞬時に「現実」が認識できた。

 

 つまりは、コゼは一介の大学生であり、見知らぬ男に脅迫をされ、恥ずかしい服装を強要されて、こうやって駅までやってきたのだ。

 荷物も財布もスマホもない。

 渡されているのは、手の中の一枚の切符だけであり、すでにこうなってしまった以上、コゼは、男の「言葉」に従わないわけにはいなかかった。

 男からの命令は、左耳の中に入っているワイヤレスのイヤホンから流れてくる。男の姿を発見することはできず、そもそも、コゼは脅迫をしている男の顔がわからない。

 また、耳への指示は一方的に流れるだけであり、こちらから連絡手段はないので交渉する手段もない。

 コゼは従うしかない。

 

 一方で、コゼは奇妙な違和感もある。

 だいたい、スマホとはなんだろう……?

 ワイヤレスのイヤホン?

 耳の中に入っている異物のことか?

 そもそも、大学生って……?

 

 しかし、またもや奇妙なことに、コゼの疑念は瞬時に解決され、まったく違和感のないまま、コゼはこの見知らぬ世界に一体化した。

 そして、怪しい「声」に脅迫されている「女子大生」になりきっていた。

 

 これが、ロウの元の世界……。

 頭の片隅にかすかに残っているコゼの一部が、想像もしたことのない異世界の光景に感嘆している。

 異世界というよりは、まるで神々の世界だ。

 あちこちが光っていて輝いている。

 不思議な形状の物体もあちらこちらにあった。

 こういう場所から、ロウはこっちの世界にやって来てくれたのだと思った。

 何でもない郊外の駅の喧噪のはずだが、なにもかもが真っ直ぐで、光沢でつやつやしていて、しかも、とても美しい色の輝きで囲まれている。

 壁にある絵は、まるで描かれているものが生きているように動いていて、かなりの高位魔道がかけられているのは間違いないだろう。

 

 そもそも、あの艶々の壁──。

 材質はなに? 大理石? いえ、もしかしたら、白銀? 接したことのない石壁だ

 これだけでも、ここがどこかの王宮の中だと言われても、コゼは信じると思う。

 だが、ここはなんでもない、庶民が使用するような駅馬車の停留所なのだ。

 あまりにも巨大な施設なので、本来の用途が駅馬車に乗るための場所だというのは、コゼの認識が追いついていかないが……。

 

 そして、はっとした。

 やはり、変だと思った。

 いまコゼは奇妙な思考をしていた。

 ロウの元の世界……?

 いや、ロウって誰だろう……?

 ものすごく大切なことだという認識はあるが、凍りついたようにコゼの思考がとまってしまった。

 それよりも、いまの状況だ。

 

 「大学生」のコゼは、見知らぬ男の脅迫をされて、逆らうことのできない命令により、破廉恥な格好で、「電車」に乗るように指示を受けてここにいる。

 しかしながら、それでいて、なにを脅迫をされているのか、どうして逆らえないのかは思い出せない。

 だが、それは特段の問題でもない。

 とにかく、「声」に従うのだ。

 

『……戸惑っているな。だが、だんだんと順応しているのもわかるな……。俺の記憶とコゼの認識がだんだんと馴染んできた。そろそろ違和感も消えたか? いずれにしても、これだけ繰り返せば、俺の淫魔師レベルが天元突破したことで得た新しい“仮想現実”能力の実験は成功だな。サキの能力の淫魔師版というところだけど、これからは、コゼたちを相手に“イメクラ”ごっこも愉しめそうさ』

 

 また、耳のワイヤレスイヤホンから声がした。

 だが、まったく意味の分からない言葉ばかりだ。

 淫魔師……? 仮想現実……? それに、サキって?

 だが、“イメクラ”はわかる。

 イメージクラブの略であり、現実を模した疑似体験をする風俗施設のことだ。

 しかし、そのイメクラがなに?

 コゼはますます混乱した。

 

『……それよりも、早く階段を昇れよ』

 

 またもや声……。

 そうだ。

 命令に従わないと……。

 

「うっ」

 

 だが、コゼが思わず声をあげてしまった。

 歩き出そうとした途端に、自分の両手の親指の付け根ががっちりと背後で縛り合わされていたことに気がついた。

 動かそうとして紐が指に喰い込み、手に軽い痛みが走ったのだ。

 なんで、縛られている?

 しかし、すぐに、ここに連れて来られる直前に、男に縛られたのだという「記憶」が蘇った。

 それでいて、どこで、どういう状況で縛られたのかは思い出せない。

 また、そのとき、「男」と接したはずなのに、その男のことがまるでわからない。

 一方で、このことが、おかしなことだという思いもない。

 

 とにかく、コゼは咄嗟に後ろで手を組むふりをして、なんとか誤魔化す。

 ただ、コゼはその気になれば、こんな紐など造作なく縄抜けができることもわかっていた。しかし、男の命令は絶対だ。

 逆らわない。

 本能として、コゼは抵抗しないことを選んでいた。

 

「な、なによ、これ……?」

 

 そして、コゼは思わず声をあげた。

 スカートが異常に短いのだ。

 ほとんど丈がなく、ちょっと動くだけで白い下着が見えてしまいそうだ。

 また、薄い上衣の下には、なにも身に着けていない素肌だ。尖った乳首が服にしっかりとかたちを作っている

 

『……命令に従わないと罰だと伝えただろう』

 

 面白がるような男の声が耳で響く。

 コゼの全身に緊張が走る。

 この男の声には逆らってはならない。

 またもや、本能のようなものが、コゼの心に走る。

 

 だが、罰って……?

 男は前もって伝えたと口にしたが、そんなことを言われた?

 まるで記憶がない。

 いや、これに限らず、もしかして、なんの記憶もない?

 声の男となにをしてきて、なにを男にされた?

 コゼは訝しんだ。

 

 しかし、次の瞬間だ。

 

「いひいいっ」

 

 コゼは膝を折って、その場で崩れ落ちかけた。

 いまのいままで気がつかなかったが、股間になにかが貼りつけられている。

 しかも、クリトリスだ。

 そこが激しく振動をしている。

 

「んっ、んんんっ、んくううっ」

 

 周りの視線を感じ取りつつ、コゼは足を踏ん張って座り込むことを耐えた。

 だが。喰い縛る歯のあいだから、声が洩れる。

 それほどに貫く快感が鋭く、圧倒的な衝撃をコゼに与え続ける。

 

『歩きだせば、振動はとまる。いつまでもそうしていたければ、それでもいいけどね』

 

 男の声……。

 

「わ、わかったから……」

 

 とにかく、コゼは誰に告げていいかもわからないが、そう口にした。

 歩き始める。

 すると、声が言ったとおりに、やっと股間の振動がなくなる。

 コゼは意を決して、階段を降り始める。

 階段を進む通行人の数はかなり多い。

 その階段をコゼは、剥き出しの太腿をすり寄せて、後ろ手に短いスカートの裾を押さえて、一段ずつあがっていく。

 

 しかし、コゼの努力にもかかわらず、少し昇っただけで、少なくない他人の視線を感じてきた。

 なにしろ、これだけ短いスカートだ。

 階段をあがろうとして、太腿を持ちあげるとスカートがずれあがり、どうしても、下着が外に出てしまうのだ。

 

『とまるなよ。とまると、振動だ』

 

 また、耳でからかうような声……。

 

「くっ」

 

 恥ずかしさに声が出る。

 足をあげるたびに、スカートの裾があがって下着が覗く。それをなんとか引っ張って裾をおろす。

 その繰り返しだ。

 振り返らなくても、絡みつくような男たちの視線がコゼにははっきりとわかった。

 羞恥にどうしても歩みが遅くなる。

 

『もっと颯爽と歩いたらどうだ、コゼ。それとも、罰を期待しているのか……。まあいいだろう。だが階段から落ちるなよ……』

 

「えっ?」

 

 意味がわからなかった。

 しかし、その刹那、お尻を貫いていた張形でうねうねと動き出したのだ。

 

「おおっ」

 

 声は呑み込んだが、コゼはちょうど階段の真ん中の踊り場のところで、天を仰ぐように全身を硬直させてしまった。

 お尻になにかを挿入されていて、気がつかないことなんてあるだろうか?

 だが、確かにさっきの瞬間まで、なにも感じなかったのに、突如としてお尻の中に淫具が出現して、これがコゼを苛みだしたのだ。

 とにかく、お尻は最大の性感帯だ。

 お尻から全身に凄まじい嘉悦が迸る。

 階段を進む他の者たちが、コゼの異変に気がついたことは確かだろう。

 

『今度、足を遅くしたら、容赦なく最後まで達してもらう』

 

 くすくす笑いとともに、すぐにお尻の異物の振動は停止された。それだけでなく、挿入の感覚も消滅する。

 どうして?

 疑念が湧いたが、躊躇の暇はない。戸惑って立ちどまっては、今度はどんな「罰」を与えられるかわからない。

 

 異物が消えたのならいまのうちだ。

 コゼは懸命に階段をあがる。

 やがて、やっとホームに着いた。

 あがったときには、完全に自分の頬が上気しているのがわかった。

 並んだ乗客の列に並び、滑り込んで来た電車にコゼは乗る。

 指示を受けた「電車」だと思う……。

 

 すると、五人ほどの男女の乗客がさらに入ってきて、コゼは扉のある電車の壁に押しつけられるようになった。

 とにかく、コゼは背中で結わえられた親指を隠すために、背中に壁を付けるような態勢になり、なんとか後ろ手に扉の脇の手すりを掴む。

 

 車内は、それなりに乗客が多かった。

 コゼの周りにはさっきの五人組がそのまま集まったかたちになった。

 だが、囲むような不自然な感じだったので、少しばかりコゼは警戒をした。

 

『怯えるなよ……。ちょっと視界を消すけど騒ぐなよ……』

 

 またもや、あの男がした。

 だが、視界を消す?

 困惑したが、次の瞬間、突如として肩にちくりと針が刺したような痛みを感じた。コゼとしたことが、なにかを刺されるまで、まったく気がつかなかったことにびっくりしたが、さらに驚いたのは、急速に視界が暗くなっていったことだ。

 

 なにがあった?

 

 まさか、視覚を消す毒を打たれた?

 咄嗟に、後ろ手に握る手摺りに力を込める。

 すると、がちゃりと金属音がして、手首に手錠のようなものを嵌められる感覚が襲った。

 さらに、手摺りの棒を潜って反対側の手首にも金属が鳴る音が……。

 

「えっ?」

 

 思わず声をあげた。

 これでは指の紐が解けても、コゼは壁を背にして動くことができない。

 また、すでに全く視界は消えている。

 なにも見えない。

 

 すると、前側からぎゅっと複数の者たちから身体を密着される。

 壁にくっついていた背中側にも強引に身体を差し込まれて、背中に誰かが身体をくっつける。

 

「大きな声を出すなよ。もっとも、出しても誰も助けないけどな。まあ、恥ずかしくなければ、声を出すといい」

 

 後ろから耳元に囁かれる。

 だが、その声は明らかに、ずっと耳元のワイヤレスイヤホンから流れていた声だ。つまりは、さっきの五人組の中に、あの男が混じっていた?

 

「声を出してもいいのよ、コゼちゃん……。それにしても、これ、なんか愉しい……。こいつ、こんなに怯えちゃって……」

 

 電車が揺れ、前側の人間が身体に吸いついてきた。

 そして、前側からミニスカートの裾に手を入れられ、下着の頂きをぎゅっと押される。

 

「んっ」

 

 コゼは全身を強張らせた。

 こんなところで──?

 

 コゼは膝をすり合わせようとして、さらにはっとした。いつの間にか踏ん張るために開いていた脚のあいだに、前の人間の膝が割り込んでいたのだ。コゼの脚を内側から拡げるかたちになっている。

 それはともかく、前からコゼの下着に手を触れている相手は女だ──。

 どうして、気がつかなかったかわからないが、密着している相手の胸に乳房の膨らみを感じる。

 どんな女だった?

 そう考えて、コゼはさっきの五人組の顔をまったく知覚していなかったことがわかった。

 たったいま見たはずなのに、どうして記憶から欠如している?

 当惑した。

 しかし、思念はそこまでだ。

 今度は後ろからお尻を撫でられたのだ。

 

「あんっ」

 

 喰い縛っている口から声が迸ってしまった。

 何気ない愛撫なのに、とんでもない快感が全身を貫いたのだ。

 腰が砕けるような気持ちよさだ──。

 またもや、膝が折れそうになる。

 しかし、大胆にも後ろの男は、後ろから下着の中に手を入れて、直接に指でお尻を下から押して、腰がさがるのを阻止する動きをした。

 

 まさか、こんな電車の中で……?

 驚愕した。

 

 でも、コゼは抵抗できない。

 後ろ手は手首に手すりに手錠のようなもので繋がれてるが、まったく動かないことはないので、男の手首くらいを掴んで、卑猥な愛撫を邪魔するくらいはできると思う。

 だが、その気にならない。

 コゼの内心に、後ろの男には逆らいたくない、いや、むしろ受け入れたいという本能のようなものがある。

 それがコゼの抵抗を失わせもしている。

 コゼは自分の心に困惑するしかなかった。

 

「ふふふ……、これを動かしてもいいですか、コゼさん」

 

 また、女の声……。

 しかも、さっきの女とは別の女だ。

 もしかして、五人組って、後ろの男以外は女?

 なんとなくだが、気配でそう思った。

 

「いひいっ」

 

 大きな声が出てしまった。

 股間に貼りつけられていた淫具が突然に振動をしたのだ。

 

「うわっ、いきなり動かさないでよ、スクルド」

 

 前から下着の頂きをゆっくりと愛撫していた女がびっくりしたように手を引っ込めた。

 だが、スクルド……?

 誰、それ……?

 知っているような、知らないような……。

 

「申し訳ありません、ユイナさん……。でも、こんなに大人しくて、怖がっているコゼさんも新鮮ですね」

 

 スクルドと呼ばれた女がくすくすと笑った。

 ユイナ?

 前の女の名前?

 だけど、両方とも外人のような名前……。

 外国人?

 しかし、その思考がさらにコゼを混乱に陥らせる。

 外人って、なに?

 どうして、自分はまったくわからないことを考えてしまうのか?

 

「……まあ、それは認めるわね。こんなに怯えるコゼも可愛いわね。ちょっと悪戯したくなるかも」

 

 前側からの別の声で、今度はさっきのスクルドという女の反対側──。

 またしても知らない声だ。

 そっちから、手が伸びるのを感じた。しかも、スカートの下に伸びてきて、下着を脱がしにかかる。

 コゼはびっくりした。

 

「あっ、手伝いますね、エリカさん」

 

 男のいる後ろ側からの声……。

 今度も初めての声だ。

 女の声だが、妙に若い?

 子供?

 だが、その女の子の手もスカートの中に入ってきた。

 前後から引っ張られて、すっと下着がさげられる。

 

「うっ」

 

 コゼは唇を噛んで腰を捩った。

 しかし、後ろ手に拘束をされている女から下着を脱がすことなど、わけもないことだ。

 あっという間に、コゼの下着は太腿までずりさげられた。

 股間の振動も離れていったので、さっきの淫具は下着に貼りつけられていたみたいだ。

 それはともかく、こんなところで下着を脱がされるなど……。

 ほかにも人がいる電車の中である。

 相変わらず視界は復活しないが、周囲に男女のほかにも、もっと大勢の人の気配を感じる。

 

「羞恥責め用に、ちょっと性格も大人し目に調整しているからな。この新しい能力の仮想空間ならば、どんな偽の記憶も作り出せるし、あり得ない場面を受け入れさせることもできる。サキの能力の丸うつしだが、こんなこともできたら愉しいと想像したらできるようになった。とにかく、これでたくさんの遊びができるぞ」

 

 再び男の声──。

 なにを喋っているのか、やはりわからない。

 だが、いきなりお尻の穴に指を入れられた。

 なにか潤滑油のようなものを塗っていたのか、ぬるぬるとした感触とともに、根元まで指を挿入されてしまう。

 しかも、二本も……。

 

「あっ、んあっ、ああっ」

 

 声が出る。

 信じられないくらいに気持ちいい。

 こんなのだめ……。

 我慢できない。

 

「……それにしても、これがあんたの故郷なの? 随分と不思議なところねえ。しかも、とっても騒がしいし……。それに、なんか匂いが……」

 

 確か、ユイナと呼ばれていた女?

 その女が前側から指を挿入してきた。

 

「んんっ」

 

 抵抗なく受け入れてしまい、コゼは狼狽えた。

 しかも、指を内側から曲げられて、お尻側に膣を押される。

 男の指の刺激と重なり、コゼは一気に快感を昂ぶらせた。

 

「あっ、んぐうっ、んあああっ」

 

 必死に口をつぐむが淫らな声を我慢できない。

 身体が小刻みに震える。

 

「俺の元の世界を見たいというコゼの望みだから、俺の記憶を利用して、痴漢電車を再現だ。だが愉しい場所でもないだろう? ユイナの言うとおりに、こっちの世界に慣れると、とても騒がしいな。だけど匂いか? 俺にはまったく感じないけどな」

 

 男がコゼのお尻を愛撫しながら言った。

 ふたりの会話は全く聞こえはするが、まったく頭には入ってこない。

 男がやっと指を抜く。

 

「ユイナ、調子に乗らないのよ──。ロウ様の世界よ──。小馬鹿にしたようなことを言うならひどい目に遭わせるわよ」

 

 エリカと呼ばれた女か?

 ぴしゃりと言った。

 

「エ、エリカさん、そんなつもりなんて……」

 

「じゃあ、どういうつもりよ──」

 

 ふたりが言い争う声──。

 しかし、それをコゼの股間を愛撫しながら言うのだ。

 コゼもたまったものじゃない。

 

「まあまあ、エリカ……。いまのコゼからは記憶は抜いているが、仮想空間から抜けたときには、この記憶はコゼには残しておく。ユイナから責められたと記憶が残れば、きっと仕返しをするさ。それで許してやれ」

 

 後ろの男が言った。

 さっきまで指を入れていたコゼのお尻に尖ったものが当たった。

 まさか、男根──?

 驚愕したが、そのままゆっくりと、お尻の中に、勃起している怒張を挿し入れられる

 

「なっ、んあっ」

 

 コゼは辛うじて悲鳴を呑み込んだ。

 

「ちょ、ちょっと聞いてないわよ──。このコゼって、わたしには容赦ないのよ──。記憶を残さないでよ」

 

 ユイナが狼狽えた声をあげている。

 

「いや、残す。しかも、動けなくして、怒っているコゼの前に転がしておく。次の舞台は、ガドとブルイネンの希望の世界だから、そのあいだ遊んでいろよ」

 

「冗談じゃないわよ、殺されるじゃない──。だったらやらなかったわ」

 

 ユイナが慌てたように、コゼの膣から指を抜く。

 後ろの男……ロウが声をあげて笑った。

 やはり、意味がわからない……。

 

 一方で、お尻に挿入されてしまった男の怒張が抽送を始める。

 どんと衝撃のような快感──。

 それが連続で……。

 あっという間に絶頂が襲ってきた。

 

「んふううっ」

 

 悲鳴のような声も迸る。

 

「口を押えてやれ、エリカ……。コゼもちょっとは自重しろよ。お前は痴漢をされているんだぞ」

 

 男がコゼを背後から抱えるようにして、アナルを犯しながら言った。

 

「はい」

 

 横から女が抱きついてきて口を塞がれる。

 

「ロウ様、その次はあたしです。あたしは、王都の真ん中で羞恥責めされたいです」

 

 さっきの童女だ。

 そいつがコゼの胸をさすってきた。

 

「よい考えですね。わたしと一緒にやりましょう。ご主人様の仮想空間で愛されたいですわ。ご主人様、わたしとミウに、首輪をつけて、王都の街を四つん這いで歩かせてください」

 

 反対側からも、確かスクルドという名前だった女が童女が愛撫している胸の逆側から胸を揉んでくる。

 左右の胸を揉まれて、お尻を犯され……。

 しかも、公衆の中で──。

 あまりのことに頭が白くなる。

 

「えっ? だけど、スクルド様って、さっきも、仮想空間を体験なさったし……」

 

「なにを言っているんです、ミウ。何度繰り返しても、わたしは問題ありませんよ。仮想空間なら、現実ではなかったことになるんです。それなのに、そのときには“現実”なのです。だから、ご主人様との素敵な“ぷれい”が可能なのです」

 

「い、いえ……、そういうことではなくて……」

 

「問題あるわよ、スクルド──。あんたって、こっちに来てから弾けたように我儘よねえ。自重しなさいよ」

 

 遠慮がちなミウと、にこやかな声のスクルドに言い合いに、コゼの口を押えているエリカの声が重なる。

 だが、男による肛姦は続いている。

 もう絶頂がそこまでやってきている。

 

「ふふふ、だけど、可愛い……。こんなコゼなら大歓迎ね」

 

 さっき、スクルドに怒鳴ったエリカが、一転して愉しそうに笑い、口を押さえてつつ、舌でコゼの耳をくすぐってきた。

 

「んんんんんっ」

 

 たくさんの手による全身同時の愛撫に、ついにコゼの我慢が崩壊した。

 がくがくと大きな震えが襲い、コゼは身体を弓なりにしていた。

 電車の中で、達してしまったのだ。

 

「もう達したか……。だったら、罰だな。今度は電車の中で浣腸を受けてもらうか? もう一度達したら、浣腸責めな」

 

 男が軽く腰を振って、コゼのお尻に精を放ったのがわかった。

 だが、抽送はやめない。

 気をやったばかりの快感がまたもや高みに飛翔される。

 だけど、浣腸──?

 おそらく、この男は冗談ではなく、本当にやるだろう。

 コゼは直感した。

 だから、必死に快感を我慢する。

 

「おっ、いい感じだなあ。じゃあ、我慢な」

 

 男が面白がるように肛姦を再開する。

 一度達したところから、快感をさらに持ちあげられる。

 耐えられない──。

 コゼは懸命に耐える。

 

「次は、三鷹(みたか)……、三鷹……」

 

 電車の中に声──。

 コゼの周りの者たちが動き出すのがわかる。

 びくりとする。

 こんなところを見られたら……。

 羞恥が襲う。

 

 そのときだった。

 

「ロウ様──、イライジャ様が来られました──。戻って来てください。緊急の要件とのことです──」

 

 周りにいた女ではない声が響きわたった。

 誰──?

 コゼは一度達し、さらに絶頂しようとしていた身体を緊張させた。

 しかし、背後のロウがびくりと動いたのがわかった。

 

「ガドか? イライジャが? わかった。ちょっと待ってくれ……」

 

 男……いや、ロウがそう口にして、どちらかというとゆっくり目に動いていた怒張を急に激しく動かしだす。

 視界が戻る。

 電車の中の情景が溶けるように消滅していき、岩肌の見える洞窟の光景に変化した。

 ぼんやりとしていたコゼの頭がすっきりして知覚が復活する。

 すべてのことを思い出した。

 

 よくはわからないものの、エルフ女王のガドニエルを支配に置いたことで、ロウの淫魔師としてのレベルがあがり、ロウが幾つかの新しい能力を得たらしいのだ。

 そのひとつが、サキが持っている仮想空間術であり、性行為に関する場面に限るものの、ロウの記憶や想像にある限りの作り物の空間に、女たちを連れ込めるようになったのだ。

 それで、みんなで交代でロウに、その仮想空間術を強請(ねだ)り、コゼについては、ロウの元の世界でロウの好きな状況で犯されたいと言ったのだ。

 そして、連れ込まれたのがさっきの場面だ。

 

 うろ覚えだが、コゼはさっきの仮想空間の中では、しっかりとロウの元の世界のことを受け入れていた。

 いまにしてみると不思議なことだが、まったく見たこともない光景と不思議な物ばかりに溢れている世界だったものの、あの世界にいるあいだは、コゼはずっと前から住んでいた世界のように馴染んでもいたのだ。

 本当に不思議な心地だ。

 

 それにしても、コゼがだいがくせい──?

 “だいがくせい”って、なんだろう?

 もう思い出せない。

 

「あっ、ああっ、ああっ、ご主人様ああああ」

 

 コゼは嬌声をあげた。

 快感の大渦に引き戻された。ロウによる肛姦はまだ続いているのだ。

 だが、立ってはいない。

 拘束もない。

 洞窟に敷きつけている絨毯に四つん這いになっている。

 ロウがそのコゼを後ろから犯しているのだ。

 

 いずれにしても、ロウに犯されている。

 さっきまでの不安感と恐怖が嘘のようだ。

 全身を飛翔させるような安堵感と幸福感が襲う。

 

「もう少し遊びたかったけどな。これで終わりだ」

 

 いつの間にかコゼを寄ってたかって愛撫していたエリカたちは離れている。

 愛撫を続けているのはロウだけだ。

 だが、ロウの魔道のような手で胸を揉まれ、股間をいじられ、さらにお尻を犯されている。

 コゼは一気に昇天した。

 

「んはああああっ」

 

 コゼはがくがくと身体を震わせて、再び全身を弓なりに反らせた。

 ロウが二度目の精を放つ。

 コゼは脱力して、そのまま身体を絨毯に突っ伏させた。

 

「終わりだ。頑張ったな。ありがとう、コゼ。楽しませてもらった。そして、これで新しい能力の仮想空間の実験に終わりだ。ああいう使い方もできることがわかった。亜空間とは別のものだし、かなりの使いでもありそうだ」

 

 コゼを支えるようにしてくれていたロウが怒張を抜く。

 

「あんっ」

 

 快感がさらに弾けて、コゼは甘い声を出してしまった。

 

「さ、さあ、わたしがお掃除を……」

 

「いえ、あたしが……」

 

「お待ちなさい、ミウ。ここはわたしが……」

 

 ガドニエルとミウとスクルドが一斉に寄ってきた。

 コゼは脱力している身体を鞭打って反転し、胡坐になったロウに飛びついて、対面でしがみつく。

 

「ま、まだ、あ、あたしの番よおお──。あん、ご主人様、あれがご主人様の故郷なんですね。素敵な場所でした。ありがとうございます」

 

 抱きついて口づけを強請る素振りをすると、ロウはすぐに苦笑して唇を重ねてくれた。

 コゼはむさぼるように、ロウの舌を舐め、唾液をすする。

 気持ちいい……。

 とにかく、気持ちいい……。

 

「興奮しているのはわかるけど、一度離れなさいよ、コゼ──。イライジャが緊急の要件だそうよ」

 

 エリカだ。

 呆れたような彼女の口調で、ちょっとだけコゼも我に返る。

 

「そうだったな……。どうかしたか、イライジャ?」

 

 ロウがコゼを抱いたまま言った。

 気がつくと、いつの間にか、ほかの女たちもほとんどロウに密着したようになっている。

 ロウとコゼも含めて、全員が全裸であり、むっとする熱気と淫靡な香りに包まれる。

 服を身に着けているのは、イライジャだけだ。

 イライジャだけは輪の外にいる。

 

 いや、ユイナもまた、輪の外だ。

 半分不貞腐れたように、こっちを見ている。

 そして、目が合った。

 すると、コゼににやりと笑いかけた。

 

「さっきは、可愛かったわね、あんた」

 

 くすくすと笑う。

 ロウが受け入れたから認めているが、本音をいえば、ロウを危険に晒したこいつだけは気に入らない。

 ユイナの物言いにむっとなる。

 

「馴れ馴れしく話しかけないでくれる」

 

 殺気を込めて睨みつけてやった。

 ユイナがびくりと反応する。

 

「いいから、コゼ……。ところで緊急事態だって、イライジャ?」

 

 ロウだ。

 イライジャに視線を向けている。

 すると、イライジャが気を引き締めたような表情になる。

 

「シティに、アスカが現われたわ──。シティのあちこちでおかしな事件が連続して……。しかも、エビダスが水晶宮に潜入させていた手の者によれば、太守夫人を捕まえて、連れの女とふたりだけで、そのままイムドリス宮に乗り込んだということよ。ガドニエル女王を救出すると言っていたらしいわ」

 

 イライジャが言った。

 エビダスというのは、エルフ族の都であるエランド・シティに唯一ある冒険者ギルドのギルド長だ。

 

「ラザニエルお姉様が──?」

 

 ガドニエルが大きな声をあげた。

 

「いつの話だ? それと、ふたり連れというのはなんだ? 誰だ?」

 

 目の前のロウが真剣な表情になる。

 

「すべて、たった今よ──。ギルドに情報が一気に入ってきたの。連れの女の情報はまだないわ。とにかく、アスカのことをあなたたちに伝えようと……。それと、おかしな噂でシティが持ち切りなの」

 

「おかしな噂?」

 

 ロウが訝しむ顔になる。

 

「イムドリス宮のガドニエル女王は偽者だと……。なぜか、急にその噂が蔓延していて……。内容はともかく、誰が流したものなのか……。裏を取ろうと思ったら、アスカ出現の第一報がもたらされて……」

 

 ここでロウとセックス三昧をしているコゼたちに対して、イライジャはただひとりだけ、シティ側で情報収集をしていた。

 コゼはロウの上からおりた。

 すると、急にだるかった身体が軽くなる。

 ロウだろう。

 全員の服や武具が洞窟内に出現する。

 これもまた、ロウが亜空間にしまっていたものを出したに違いない。

 

「ガドはここにいるから、その噂というのは真実なんだが、急にそんな風聞が流れるなんて、罠のようなものも感じるな……。ガド、お前の魔道の復活具合は、まだ全盛期の四半分の三くらいか?」

 

 ロウだ。

 すでに立ちあがっている。

 コゼもまた、服を身に着けていく。

 ほかの女も一斉に衣類に手を伸ばした。

 全員が無言で服を着ていく。

 

「かなりの回復はしています。だけど、まだ完璧ではありません。ロウ様のおかげで魔道力もあがっているみたいで、以前程度であれば、すでに回復はしていると思うんですけど……」

 

 ガドニエルが言った。

 すでに身支度を終っている。

 魔道で支度をしたのだろう。

 

 それはともかく、この隠し谷の中で、コゼたちがやっていたのは、ロウの淫気の蓄積とともに、ガドニエル女王の魔道力の回復待ちだった。

 この間まで魔獣に姿を変えられていたガドニエルは、すっかりと魔道が乱れてしまい、魔道力の回復に十日ほどかかかるということだったのだ。

 ロウの亜空間で保護しているシャングリアとマーズに掛けられた死の呪術の除去には、ガドニエルの完全復活による光魔道が必要だ。

 それまでには、残り二日くらいと聞かされていた。

 だから、まだ、ふたりはロウの亜空間の中で時間を限りなく静止した状態で仮死状態のままだ。

 

 また、ふと見ると、スクルドもまた、ここにやって来たときと同じフード付きマントの装着まで終わっている。

 ほかの者は、コゼもそうだが、まだ下着をつけたくらいだ。

 それで気がついたが、ユイナについては、ただひとりなにもしていない。

 服は寄せているが、自分のものを確保したという感じで、着ようとはしていない。

 

「なにやってんのよ、ユイナ。早く準備しなさい。雰囲気でわかるでしょう。イムドリス宮に乗り込むのよ。アスカという魔女が出現したのなら、そいつを捕らえるのよ。そいつがイムドリス宮に行ったというなら、あたしらも行くのよ」

 

 コゼはユイナに声をかけた。

 

「はああ? なんで、あたしが……。あんたらと違って、ただのエルフ女よ。一緒に行っても仕方じゃないじゃない」

 

 ユイナがあっけらかんと言った。

 コゼはかっとなった。

 そして、仮想空間で記憶を消滅させられていたといはいえ、こいつが電車という乗り物の中でコゼにやった仕打ちまで蘇ってくる。

 

「あんたねえ……」

 

 コゼは蹴り飛ばしてやろうと思った。

 しかし、それをロウが留める。

 

「全裸がいいなら、そうさせてやれよ、コゼ……。ユイナについては、裸のままで連れ出すだけだ」

 

 ロウがにやりと微笑む。

 

「き、着るわよ──」

 

 ユイナが慌てたように服に手を伸ばす。

 すると、ロウが再び真剣な顔になり、ガドニエルに視線を戻した。さらに、スクルドにも目を向ける。

 

「ガドの魔道力とスクルドの魔道を繋ぐ。本調子でない部分は、ガドはスクルドから魔道力を借りろ。スクルドについてはガドの援助につけ」

 

「わかりましたが、そんなことがご主人様はできるんですか?」

 

 スクルドがきょとんとしている。

 

「女たちの能力を繋げることか? もちろんだ。ただ、そうすると、性感も繋がるけどな。そういう遊びは終わってからやろう」

 

 ロウがにやりと微笑んだ。

 スクルドがはにかんだように頬を赤くするのがわかった。

 相変わらずの淫乱巫女だ。

 いや、もう巫女じゃないか……。

 

「よろしくお願いしますわ、スクルド様」

 

 ガドニエルが言った。

 スクルドが小さく頷く。

 

「よし、準備ができ次第に突入するぞ。ただ、向こうで、なにが待っているかわからない。慎重に行こう」

 

 ロウが言った。

 女たちが一斉に大きく頷いた。



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510 極悪人の復活

「い、いやああああっ、パリス──。そ、そ、それだけは許してええ。後生だよう」

 

 アスカは悲鳴をあげていた。

 一方で、アスカの身体は、パリスに命じられたとおりに、ノルズの四肢を切断するための魔道を放とうとしている。

 

 その瞬間──。

 

 ノルズが短剣を抱えたまま、ダルカンの身体のパリスに飛び込んだ。

 パリスがぎょっとしている。

 

「アスカ、やれっ」

 

 パリスが焦ったように怒鳴る。

 「命令」に逆らうことは不可能だ。アスカは心とは無関係にノルズに向かって攻撃魔道を放っていた。

 

「んがああああっ、あがああああっ」

 

 パリスに向かう跳躍態勢のまま、ノルズの手足が付け根から吹っ飛んだ。

 血が噴き出し、パリスに向かって跳んだ勢いのまま、胴体と頭だけになったノルズが、パリスにどんとぶつかる。

 

「ちっ、汚ねえなあ」

 

 血しぶきを浴びてしまったパリスが、忌々しそうに腕を振って、ノルズの身体を床に叩きつけた。

 

「ノルズ──」

 

 叫んだ。

 慌てて、止血をする。

 いや、しようとした……。

 

「あたしの治療をすんじゃない……。このまま──。このままだよ──」

 

 だが、ノルズ自身が口を開いて絶叫した。

 四肢を切断しろというのは、パリスの命令なので逆らえなかったが、治療については、まだアスカの自由意志にある。

 だが、ノルズが自分を治すなと言ったことで、躊躇ってしまった。

 

 しかし、なんで──?

 激しく疑念が起こったが、ノルズの表情があまりにも必死だったので、とにかく、言われるままにした。

 

 とはいっても、ノルズの身体は、そのために、だくだくと今も血を噴き出し続けている。

 そのノルズの身体がごろごろと床を転がって、パリスに向かった。

 パリスの足元で、パリスに血を擦るつけるように動く。

 

「く、糞ったれがああ──。や、やりやがったな──。アスカ、すぐに止血しろ──。血を全部消せ──」

 

 切羽詰まったような口調で、ダルカンの身体の中に入っているパリスが怒鳴った。

 パリスの慌てぶりが理解できなかったが、とにかく、アスカはノルズに治療をして、まずは切断した四肢の付け根からの出血を止める。

 切断部に肉が張ったようになり、ノルズの出血がなくなる。

 パリスによる全部の血を消滅させろという命令もあるので、床に飛び散った血とパリスの身体の表面にかかった大量の血を魔道で消した。

 

「仕込んでやがったのか──。この女──」

 

 パリスが興奮したように、ノルズの顔を蹴り飛ばした。

 

「んぎいいっ」

 

 ノルズが悲鳴とともに、壁に向かって吹っ飛ぶ。

 しかし、パリスがノルズの顔を蹴ったときに、ノルズの鼻から血が噴き出し、パリスがそれを怯えるように、後ろに跳躍して逃げた。

 アスカは、呆気にとられた。

 

「ははは、このあたしが……なんの準備も……なく……。お前の前に現れるかと……思ったかい、魔族野郎……。あんたの血が魔族だというのは……予想がついてた……。だから、魔族にしか効かない魔毒をたっぷりと全身の血に混ぜてたんだ……。あるところには、それがひそかに備蓄されていてね……。『魔族……殺し』の秘薬だ……。その……様子じゃあ……。効果ある……ようじゃないかい……。どうだい。結構、強い毒だからね……。お前が……息をしただけでも、あたしから出る血毒が混じって……身体に入り込む……。ははは、もう魔道も遣えねえだろう……」

 

 まだ、鼻血を流しているノルズが勝ち誇ったように嘲笑の声を出す。

 血に魔族用の魔毒を混ぜていた?

 アスカは、ノルズが口にした内容に唖然としてしまった。

 

 いや、そもそも、パリスは魔族だったのか?

 

 長い付き合いになるが、アスカはパリスの本当の正体さえも知らなかった。

 どんな種族の、どんな存在にも姿を自由に変えるので、まったくの正体不明だったのだ。

 このところずっと、アスカの前ではパリスは、人間族の子供の恰好だったが、それは子供に嬲られることをアスカが一時期心の底から嫌ったので、それを面白がったパリスがあえて、人間族の子供の姿になったものだ。

 

 そのときパリスは、人間族の子供の姿を取り込むために、アスカの前でわざわざ人間族の少年を惨殺したりしたのだ。

 あいつは、自分が殺したり、あるいは、自分を殺そうとした相手の魂を乗っ取り、その姿と能力を自分のものにするの能力がある。

 パリスの年齢が本当は何歳であるかというのは見当もつかないが、少なくとも、アスカよりも歳下ということはない気がする。

 その長い人生のあいだに、パリスは何百人もの相手から、姿と能力を奪い続けてきたのだと思う。

 だから、パリスはあらゆる種族、どんな性別にも、無数に近い存在になりきることができる。

 そのため、パリスの正体は、アスカさえもわからなかったのだ。

 

 しかし、パリスは魔族……?

 

 それにしても、ノルズはよくそれがわかったものだ。

 まあ、ノルズはもともと、アスカではなく、パリスに直接仕えていた者なので、それなりにパリスのことを知る機会はあっただろう。

 だが、それはアスカも同じだ。

 むしろ、パリスとの関係については、ノルズよりもアスカが遥かに深い。

 それでも、アスカはパリスが魔族だというのは思いもよらなかった。

 まあ、ノルズのことだから、アスカを救出してからも、パリスこそが真の敵だとして、精緻な調査を続けてきたのだとは思うが、改めてアスカはノルズの情報収集力と分析力の高さに舌を巻いた。

 ましてや、それを見越して、魔族にしか効かない強力な魔毒を自分の身体に仕込むなど……。

 それにしても、いつの間に……。

 

「た、ただ死ねるとは思うなよ、ノルズ……。およそ、残酷に殺してやるぜ……。生まれたのを後悔するほどにな……」

 

 パリスが呻くように言って、ノルズを睨んだ。

 すると、ノルズの嘲笑がさらに大きな声になる。

 

「やってみるんだね……。能力を……封じたあんたには……、もう、殺しても……相手から能力を……奪えないんじゃ……ないかい──? あんたみたいな……悪党に……力を奪われないで……済むと思えば……、せいせいするよ……。好きなようにし……な。だけど……、血が出ないように……した方がいいかもね……」

 

 ノルズが鼻からだけでなく、口からも血を噴き出しながら笑い続ける。さっき、パリスが蹴り飛ばしたときのものだろう。顔の半分が紫色になってきたから、もしかしたら、顔の骨も折ったかもしれない。

 

「う、うるせい──。覚悟しておけよ、ノルズ──。おい、アスカ、ノルズの血を止めろ。治療術をかけろ。だが、斬った手足はそのままだ」

 

 パリスが舌打ち混じりに言った。

 アスカは急いで治療を施す。

 命令でとめられていないので、出血するだけでなく、顔の治療もしたし、大量の出血で衰弱した身体の回復も施した。

 弱々しくなっていたノルズが生気を取り戻したのがわかる。

 

「パ、パリス……?」

 

 そのときだった。

 パリスの魂が宿ったダルカンの身体が変化をしはじめていたのだ。

 エルフ族の男だった身体は、すでに二回りほど大きくなり、身に着けていた装束や具足を突き破る。全体的に肌が黒く変色し、さらに背中に大きな羽根が──。

 

「パ、パリスなのかい、お前──」

 

 アスカは流石に叫んだ。

 姿を変えたパリスは、完全に魔族そのものの姿だった。

 真っ黒い身体と頭には短いが曲線を描いている二本の角──。

 なんといっても、背中についた大きな二本の羽根──。

 これは鳥人族だろう。

 アスカ城にもいなかったので、鳥人族の姿に接するのは初めてだが、確か、遥かな南の蛮地に追いやられた種族のはずだ。

 

 ずっと昔の冥王戦争のとき、大部分の魔族は冥王とともに異界に封印されたが、いくつかの種族は冥王に加担しなかったことから、封印を免れて、この地に残ることができた。

 淫気を食すために人間族に依存している淫魔族などがその例だが、鳥人族もそういう生き残りの種族だ。

 

 ただ、封印されなかったといえ、魔族は瘴気がまったく存在しない地では、生きていくことができない。

 言い伝えによれば、冥王が封印されたあと、この大陸からは次々に瘴気が消滅させられて、冥王に加担せずに、人間族に味方したはずの魔族たちも、この地から追放されてしまったのだ。

 約束が違うと彼らは怒ったが、力の源を失った彼らにはどうしようもなかったそうだ。

 淫魔族のような種族は自ら異界に逃亡し、それができなかった魔族たちは、南方荒地と称する人外地のさらに南方に移動して、まだ残っている瘴気の地に生存の拠り所を移していった……。

 

 あまり世間にも伝えられていないが、ナタルの森の女王になるはずだったアスカは、この地で起こった冥王戦争と魔族追放の話を「歴史」としてしっかりと認識している。

 なによりも、冥王戦争のあとで、瘴気封印にもっとも積極的に動いたのが、エルフ族だ。

 そもそも、このナタルの森は、エルフ族、ドワフ族、人間族だけでなく、獣人族、そして、魔族たちの発祥の地である。

 魔族が生存できる瘴気地帯も、このナタル森林にはあちこちにあったそうだ。

 それをことごとく封印して、魔族を棲めなくしたのが、エルフ族なのだ。

 エルフ族の傲慢な行いは、エルフ王家のみに伝える秘密の歴史として、代々に受け継がれている。

 

「おう、俺がパリスだ。本来の姿になったのは、何百年ぶりかな……。エルフ族に追放された一族だぜ。お前らは知らないかもしれねえが、俺たち種族は、エルフ族のやったことを一日たりとも忘れちゃいねえ。お前らへの恨みを子守歌のようにして育ったんだ」

 

 すでに完全な鳥人族になっているパリスが喚いた。

 やっぱり、南の蛮地からやって来た鳥人族の生き残りか……。

 アスカは唖然としてしまっていた。

 だったら、エルフ族に恨みを抱いていたのは当然だし、ナタルの森やそれを支配するエルフ王家に手を出したのも頷ける。

 それだけでなく、もしかしたら、こいつの本当の目的は、ナタルの森に瘴気を戻して、魔族の生存の地そのものを復活させることであり、冥王などというのはどうでもいいことだったのかもしれない。

 

 しかし、それよりも、アスカには驚いていることがある。

 ノルズの仕掛けた血の魔毒により、姿を変える能力を封印されてしまったパリスは、魔族の姿に戻ざるを得なくなったようだが、大きな身体が妙にその線が細いのだ。

 それだけでなく、破れた衣服に隠れてはいるが胸も膨らんでいるし、腰も細い……。

 声もちょっと高くなり、男声にはもう聞こえない……。

 

「パリス、お前は女だったのかい?」

 

 アスカは声をあげた。

 すると、パリスの顔がみるみると真っ赤になる。

 

「やかましい──。ノルズをなぶり殺すまで、お前はその棒に跨って、せんずりしてろ。許可するまで、股を丸太の突起に擦りつけて、何度でもいき続けろ──。命令だ」

 

 パリスが忌々しそうに言った。

 ここには、ダルカンが死ぬ直前に、アスカをからかうために出現させた男根の尖端の突起がたくさんついている丸太棒が残っているのだ。

 それに跨れという命令だ。

 

 パリスが魔族であろうと、闇魔道の能力を失おうと、アスカがパリスに隷属の支配をされていることには変わりない。

 アスカの身体は、アスカ自身の意思とは無関係に、丸太に近づいていく。

 そして、勝手に跨り、さっそく突起に跨ってしまった。

 魔道が切れているので、男根の先に似た突起は振動こそしていないものの、媚香で熟れきった股間がそれに刺激されて、たちまちにアスカは追い詰められた。

 

「あっ、いやあ、ああっ」

 

 アスカは身を捩らせて声をあげてしまった。

 

「ははは、そのみっともない姿こそ、お前らに相応しいぜ……。さて、どうしてやるかな、ノルズ? 血を流さずに殺す方法なんて、いくらでもあるぜ」

 

「やってみるんだね。魔毒を仕込んだのは、血だけじゃないよ。唾、涙、汗、小便だって──。とにかく、あらゆる体液にお前らが嫌う魔毒が混じるように準備した。股汁だってそうさ。どうか、犯しておくれ。魔毒があっという間に、あんたの身体に染み渡るさ……。いや、その姿を見ると、どうやら、あんたは、あたしらと同じ女だったのかい? だったら、犯せないか」

 

 すでに回復術によって元気を取り戻しているノルズが、大きな声でパリスを罵った。

 

「ち、畜生めが──」

 

 パリスは怒りも露わにノルズに近づこうとしたが、途中で思い出したように、はっとしたように足を途中で止めた。

 そして、ノルズから離れるように距離を取り、口惜しそうに歯ぎしりをする。

 しかし、ふたりに気を回すことができたのは、ここまでだ。

 擦りつけている股間から発生して蹂躙する快感が、アスカからほかに気をとられることを妨げる。

 丸太の突起が、秘裂に挿さって、怖ろしいほどに敏感になっている肉芽とともに、甘い痺れを爆発させる。

 

「んんっ、あああっ、はああっ」

 

 アスカは乳房を揺らして股間を丸太に擦りつけながら嬌声をあげた。

 だが、はっとした。

 突然に見えない力によって、ぐいと身体を丸太に向かって押されて、うつ伏せの状態にされてしまったのだ。

 

 いや、誰かに後ろから抱かれている……。

 驚いて、後ろを見るが、なにも見えない。

 それにもかかわらず、確実にそこに誰かがいる。

 

 アスカはぎょっとしてしまった。

 おそらく、隠蔽の魔道だろう。

 しかし、驚いたのは、アスカがその魔道を探知できないことだ。

 つまりは、これをやっている術者は、アスカをずっと上回る魔道遣いだということだ。

 だが、アスカはこれまでの人生で、自分を遥かに上回る高位魔道遣いなどに接したことがない。

 

「……受け入れてくれよ……。いろいろと抵抗はあるだろうが、いまは、パリスの隷属から脱するにはこれしかない。俺の支配を受け入れれば……、それでパリスの支配から逃げられる……」

 

 耳元でささやかれた。

 男の声……?

 アスカが愕然とした。

 

 しかし、あげようとした声が不思議な力で口を閉ざされることで封じられる。

 粘性体?

 唇に粘性体が浮かびあがり、ぴったりとアスカの口を封印してしまった。

 それだけでなく、丸太を抱え込むようになってしまった腕や身体にも、おかしな粘性物が発生して、まったく動けなくなる。

 男の手がアスカの腰を左右から掴んだ。

 腰が持ちあげられて浮く。

 股間になにかが入ってくる。

 

「んっ、んんっ」

 

 呆気なく、アスカは見えない男根に股間を背後から貫かれてしまった。

 その瞬間、怖ろしいほどの快感が沸き起こり、全身に甘い痺れが席巻した。

 

「んんっ、んんんっ」

 

 すぐに律動が始める。

 アスカはなにも考えられずに、悶え狂った。

 

 得体の知れない相手……。

 それに犯される……。

 

 魔道で抵抗しようとは思う……。

 だが、与えられる快感が強すぎて、とても集中できない。

 快感が駆け昇る。

 

 一瞬だけ、パリスを見た。

 ノルズに向き合っているパリスは、こっちには気がついていない。

 

「んひいっ、んんんっ、んひいいっ」

 

 後ろから感じる場所を男根の先で集中的に強く擦られる。

 気持ちよすぎて、腰の動きがとまらない。

 いつしか、アスカは背後の男に合わせるように、淫らに自分の腰を動かしまくっていた。

 腰の痺れが身体全体に席巻する。

 もう身体が暴走して、意思の力ではどうにもならない。

 

「んんっ、んぐううっ、んぐううっ」

 

 快感がせりあがる。

 子宮が溶け落ちると思うほどに熱く燃えあがる。

 あっという間に意識が怪しくなり、快感に翻弄されて身体が痺れきる。

 

「そうだ──。おい、アスカ──。俺を解毒しろ──。すぐにだ──。命令だ──。んっ、なんだ?」

 

 そのとき、パリスが思い出したように、アスカに向かって声を張りあげた。

 だが、アスカの様子が不自然なことに気がついたのだろう。

 訝しむような声をあげた。

 しかし、もうアスカはそれどころじゃない。

 怒涛のような快感に身体の芯まで痺れ切り、自我さえもなくしていた。

 言葉では理解しても、パリスの命令が頭に届かない。

 

「やっと、その方法に気がついたんだな。だが、もう遅い──」

 

 背後の男はしっかりとした声を発した。

 一方でアスカは、粘着体で拘束されている身体を限界まで弓なりにして、がくがくと身体を痙攣させた。

 最高の絶頂に呑み込まれたのだ。

 貫かれている男根の先から精が迸ったのがわかった。

 

 大きな白い光に頭が包まれた気がした。



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511 悪人を弔う鐘の音

「やっと、その方法に気がついたんだな。だが、もう遅い──」

 

 背後の男はしっかりとした声を発した。

 だが、アスカについては、その意味を考える余裕がない。

 怖ろしいほどの快感が後ろから犯されている精の放出とともに沸き起こった。

 

 気持ちがいい……。

 快感が迸る……。

 自分の身体が飛翔するような心地だ。

 強烈な絶頂がアスカに襲い掛かっている。

 そして、意識が消えそうになる。

 まるで大きくて温かいものにしっかりと身体全体を包まれているようだ。

  

「どうした? アスカ? と、とにかく、解毒だ──。早くしろ──。すぐにやるんだ──」

 

 パリスが喚いている。

 しかし、まだ快感は続いている。

 

 また、なにかが股間から流れている。

 なんだろうとは思ったが、どうやらアスカは失禁してしまったようだ。

 あまりにも気持ちよくて意識が飛び、それで股間が緩んでしまったらしい。

 

 羞恥が襲うが、もう、なにもかも、どうでもよかった。

 身体も完全に脱力して、アスカは丸太にうつ伏せになったまま、おしっこを流し続けた。

 

「驚いたねえ。おしっこを漏らされるとは……」

 

 アスカを犯していた男が苦笑交じりに、アスカから男根を抜く。

 

「うわっ」

 

 そのときにも快感が走り、アスカは声をあげてしまった。

 気がつくと、もう粘着体はない。

 

「ひっ」

 

 アスカは丸太から落ちそうになり、慌てて両手でしがみつく。

 いずれにしても、解毒の魔道をしろとパリスが喚いているが、まったくその気にならないし、身体が勝手に動くこともない。

 アスカは白々とした気持ちで、パリスの喚く言葉をぼんやりと聞いていた。

 

 そのときだった。

 部屋全体を真っ白い光が突然に襲った。

 唖然としたが、これは光魔道だ。

 エルフ族の王家の者だけが発することができる、最高度の浄化魔道である。

 

 いや、違う……。

 

 王家の魔力じゃない。

 だが、魔道そのものは、王家特有のものだ。波動も特有のものだ。

 しかし、魔力、すなわち、理力が異なる。

 つまりは、王家の魔道を他の者が放っている?

 

 いや、逆か……。

 

 ほかの者の魔道力を遣って、王家の者が魔道を放っているのだ。

 つまりは、エルフ族王家の者がエルフ族以外の他人の魔力を使って、光魔道を放っているのだと思う。

 

 いずれにしても、怖ろしく強力で強いものだ。

 アスカでさえも、ここまでの強い光魔道を発することは不可能だ。

 おそらく、さっきの隠蔽術も、この光魔道を放った者と同じ人物がやったのに違いない。

 魔力を借りていることを除けば、光魔道の強さそのものは、パリスの闇魔道はもちろん、アスカの全力の魔道もおそらく上回る。

 信じられないほどに、凄まじい威力の光魔道だ。

 

 これほどの魔道の強さ……。

 しかも、王家……。

 思いつく人物はひとりしかいない……。

 

「だ、誰だ――?」

 

 いまは鳥人族の姿のパリスが声をあげた。

 眩しい光がだんだんと薄くなり、パリスの前に誰かが出現しようとしている。

 

 いや、ひとりじゃない……。

 次々にパリスを取り囲むように人影が……。

 

「……お姉様……。お懐かしく……。ところで、申し訳ありません。お姉様の魔道は、スクルド様やミウ様に魔力を借りて、一時的に封印させてもらいました。この魔族の魔道もです……。でも、もう必要ないかもしれませんね。お姉様もロウ様の女になったのでしょう?」

 

 現われたのは、やはり、ガドニエルだ。

 女王の正装ではないが、しっかりとエルフ族の装束を身に着けている。

 生きていたのだ……。

 アスカはほっとした。

 あれは紛れもないガドニエルだ。

 

 一方で、アスカは驚いてもいた。

 かつて出奔したときには、ガドニエルはここまでの魔道遣いではなかった。

 もしも、ガドニエルが当時子供だったら、身体の成長とともに、魔道が成長するということもあるだろう。

 だが、すでに成人していた。

 そのガドニエルが、百年といえども、ここまで魔道力が高まるというのはあり得ない。

 それで気がついたが、部屋に充満していたエルフ族の女用の媚香は完全に消滅している。

 アスカでもできなかった魔毒の浄化をガドニエルがやってのけた?

 しかも、魔道切れを起こしている気配すらない。

 

 いや、横に見知らぬ人間族が……。

 青白い髪をした若い人間族の女?

 もしかして、そいつからガドニエルに魔道が流れている?

 それだけじゃない。

 もうひとり、人間の童女がいる。

 そいつからも、ガドニエルに魔力が流されている。

 ガドニエルはそれを使っているのだ。

 

「うわっ」

 

 突然に丸太が消滅した。

 そういえば、これもダルカンが魔道で出現したものだ。

 ダルカンは、パリスに増幅された魔道力を遣ったと口にしていたので、その拠り所も闇魔道だろう。

 ガドニエルの発した光魔道により、この部屋のありとあらゆる闇魔道が無効化されていっている。 

 それで、消滅したに違いない。

 

「おっと」

 

 床に落ちかけたアスカを後ろから男の手がしっかりと支えた。

 アスカは急いで振り返った。

 こいつが、さっき、アスカを犯した男に間違いないのだ。

 それにしても、あれほどの性の技巧を見せた男は誰──?

 

「あああっ、お、お前──」

 

 思わず声をあげた。

 アスカを背後から支えてくれたのは、イチ──つまり、ロウ=ボルグだ。

 ノルズが紹介すると言った男──。

 

 淫魔師の能力を持っていて、こいつこそ、アスカを助けてくれるとノルズが何度も繰り返した男……。

 アスカがかつて、いまはエリカと名乗っているらしいエルスラともども殺そうとし、まんまと仕返しをされて、逃亡を許した男……。

 いまのは、こいつだったのか……。

 唖然としたが、妙な納得感もあった。

 

 そうか、こいつが……。

 アスカは、不思議な安堵感を覚えた。

 

「アスカ様、落ち着いてくださいね──。ロウ様は決して、アスカ様に危害は加えません。敵意はありません。それよりも、ガドに言われて、アスカ様を助けようと──。それで慌てて、態勢を取ってこっちに来たんです。本当に敵意はありませんから──。わたしたちは味方です──。とにかく落ち着いてください──」

 

 血相を変えた口調で耳元で怒鳴られた。

 エルスラ……。いや、いまは、エリカか……。

 驚いたことに、以前にアスカ城にいたときよりも、遥かに美しくなっているし、なによりも滲み出るような女の色香を発している。

 しかし、間違いなくエルスラだ。

 アスカは、すぐに反応することができずに、ただただ目を丸くした。

 

「まずは、あんたが落ち着くのね、エリカ」

 

 エリカの横にいた小柄な人間族の女が笑ったのが聞こえた。その女も可愛らしいし、美人だ。

 いつの間にか、部屋は武器を持った女たちでいっぱいだ。

 

 ロウとエリカ──。

 ガドニエル──。

 そして、エリカに声をかけた小柄な女──。

 ガドニエルに魔力を供給している大人の人間女と人間族の童女──。

 十本の指から刃物のような長い爪を生やした獣人族の娘──。

 黒エルフもふたり──。

 とにかく、その全員がすっかりとパリスを囲んでしまっている。

 

「あっ」

 

 そのとき、アスカは気がついた。

 さっきまで、パリスにより串刺しにされて激しい苦痛を与えられたまま放置されていた女がいなくなっている。

 どこに行ったのだろうと思ったが、すぐに見つけた。

 部屋の隅で、さらにもうひとりいた白エルフに抱き締められている。

 すでに身体に刺さっていた杭はなく、苦痛も消えたようだ。いまは、その白エルフに抱き締められて静かに眠っているみたいだ。

 いつの間にか、女は串刺し状態から救出されていたのだ。

 

 また、手足のない女を抱いている白エルフは、服装からだと、このイムドリス宮の親衛隊のようだ。

 そういえば、ノルズがロウがガドニエルの親衛隊長の女をたらし込んだとか言っていたっけ……。

 こいつがそいつだろうか……?

 

「人をこんな風に扱うとは、本当に心がないんだな、お前……。悪いが、ガド、こいつへの酬いは俺に決めさせてくれ」

 

 ロウが怒りを露わに、ガドニエルに言った。

 どうやら、パリスがさっき串刺しにしていた手足を切断されていた女のことを口にしているようだ。

 ガドニエルが首を縦に振った。

 

「ロウ様のよろしきように」

 

 ガドニエルがにっこりと微笑みながら、きっぱりと言った。

 ロウ様?

 そういえば、ロウはガドニエルのことを“ガド”と気安く呼んだ気が……。

 いや、ロウだけじゃなく、エルスラ改めエリカも同じように呼んだな……。

 アスカは訝しんだ。

 

「ど、どういうことだ──。いいから、アスカ、命令だ。俺に解毒──。いや、戦え──。全力をもって、全員皆殺しにしろ。すぐにだ──」

 

 パリスが喚き続けている。

 

「いい加減にしろよ、お前──。ノルズの捨て身の反撃で一時的とはいえ、力を失い、道具のように扱っていたアスカも、その隷属を解放させてもらった。闇魔道も封印し、味方もいないお前に勝ち目はない……」

 

 ロウがパリスの前に進み出てにやりと微笑む。

 すぐに何人かの女たちがロウを守るように前に入ろうとするが、ロウがそれを手で制する。

 そして、獣人族の娘に視線を向ける。

 

「すまない、イット……。能力を封じられたとはいえ、ほかの者だと闇魔道に返される恐れがある。その点、お前だけは大丈夫だ。俺の護衛についてくれ。パリスが不審な動きをすれば、身体のどこでも引き裂け。ただし、殺すな。簡単に死なせたくない……」

 

「命に代えても……」

 

 獣人族の娘がロウの前に出た。

 すると、ロウが顔をノルズに向かって振り向かせた。

 

「ノルズ……。お前だったのか……。ずっと心配していたんだぜ……。とにかく、ぎりぎりで間に合ったな。お前のパリスへの仕掛けは、ここに到着直後に見させてもらった……。色々と訊きたいこともあるんだけど、あとで教えてくれ。じっくりと肌を合わせながらね」

 

 そして、ロウが目を丸くして絶句しているノルズに白い歯を見せた。

 ノルズが顔を真っ赤にする。

 さらに、その顔が泣き笑いのような表情になる。

 ノルズのあんな顔を見たことなどなかったので、アスカも呆気にとられた。

 

「スクルド、ノルズの治療を頼む……」

 

 ロウが人間族の女に声をかけた。

 

「はい……。ノルズ、久しぶりね……。もう大丈夫よ……」

 

 青白髪の人間族の魔道遣いがノルズにうずくまる。

 ガドニエルに魔力の供給をしていた者であり、こいつも、かなりの高位魔道遣いだ。

 

「え、ええ──。お、お前、ス、スクルズ? い、生きてたの……かい──」

 

 すると、瀕死のノルズが目を丸くしたのがわかった。

 

「いまはスクルドと名を変えたわ。色々と話したいけど、後でね、ノルズ」

 

 スクルドと名乗った女が微笑んだ。

 それではっとした。

 

「ま、待って、わたしが……」

 

 アスカは慌てて言った。

 ノルズに向かって駆けよる。

 ほかの誰であろうと、ノルズの治療だけは譲りたくない。

 ロウがガドニエルに頷くのがわかった。

 凍結されていたらしい身体に、理力が流れ出す。

 言われるまで、動顛して気がつかなかったが、本当にガドニエルによって魔道を凍結されていたらしい。

 それがたったいま解放された。

 

 それにしても、ガドニエルがアスカの魔道を凍結……?

 とても信じられない。

 

 つまりは、余程の魔道力の差がアスカとガドニエルにあるということだ。

 なぜ……?

 

「ア、アスカ……」

 

 アスカに抱きあげられたノルズがアスカをに声をかけようとした。

 

「なにも言わないでおくれ。いや、すまなかったね。パリスに命じられたとはいえ……」

 

 転がっていたノルズの四肢を引き寄せて、身体に治療術を施す。

 白い光に包まれ始めたノルズの身体に、四肢が密着し始める。

 ノルズはすでに安心しきったかのような表情になっている。

 そのまぶたがそっと閉じられる。

 

「く、くそうっ……。どうして……? どうして……?」

 

 パリスが狼狽えた声を放った。

 ともかく、パリスが追い詰められているのは確かなのだろう。

 顔を真っ蒼にして、身体を震わせているのがわかる。

 無論、魔族になったパリスに接するのはこれが初めてであるものの、長年付き合ってきたパリスがあんなに怯えた表情になったのは、これまでになかったことだ。

 

「みんな、気を鎮めるのよ──。封印されたとはいえ、闇魔道の力の根源は、人の心の抱く悪意や絶望、怒りの感情よ。無駄に怒って、こいつに力を取り戻す手段を与えちゃだめよ」

 

 ふたりの褐色エルフのうちの若い方の娘が言った。

 

「なんか、あんたに偉そうにされると腹がたつのよね……」

 

 人間族の小柄な女が小さな声で不平を発したのが聞こえた。

 

「そういうのがよくないのよ、コゼちゃん」

 

 褐色エルフの娘が言い返す。

 人間族の女の顔が真っ赤になった。

 

「もう一度、コゼちゃんなんて言ってごらん。奴隷エルフ──。その髪の毛を半分引き千切るわよ」

 

「それがよくないと言ってんのよ、コゼちゃん」

 

「やめないか、お前ら──」

 

 喧嘩しそうになっていたふたりをロウが制した。

 すると、いまにも掴み合いでもしそうになっていた二人の顔から、すっと怒りの感情のようなものが消えたのがわかった。

 アスカは怪訝に思った。

 もしかして、感情を操作するような術をこのロウは遣ったのか? 

 

「ねえ、ところで、あんたの真名がわかったわ。残念女王様の光魔道で、なんの隠蔽も消え去って、普通の鑑定術でしっかりとわかる……。あんたの真名はリンガーン・リンガーン・ゴンガーン・リネットというのね。まるで、鐘の鳴る音……。多分、あんたの弔いの鐘だわ」

 

 続いて、若い褐色エルフがまたもや口を開いて、けらけらと笑った。

 パリスが絶望的な顔になったのがわかった。



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512 長き野望が終わるとき

「リンガーン・リンガーン・ゴンガーン・リネット……。面倒だ。リンガーンとこれから呼ぶ。そう名乗れ。それと、動くんじゃない。動くと、うっかりと的を外して、とどめを刺してしまうからな」

 

 獣人娘の後ろにいるロウが宙から、短銃を取り出して自分に向けるのが見えた。

 

 リンガーン……。

 

 その名で呼ばれたことは、ただの一度もない。

 自分の真名の存在さえも忘れていた。

 しかし、真名をあっさりと見抜かれるとは……。

 

 それにしても……。

 

 魔族にとって、真名の存在は致命的な弱点だ。

 しかも、高位魔族であればあるほど、真名の支配に弱い。

 ほかの種族よりも、遥かに強力な能力を持つ個体が多い魔族が、どうしても人族たちにしてやられるのは、この真名の存在があるからだ。

 だから、高位魔族はあらゆる手段で自分の名を隠すが、魔道力の高い人族には、鑑定術のようなもので、あっさりと真名を見抜く個体がいる。

 そうやって、人族は魔族を支配し、そして、陥れ、遥かな過去には、人族に協力的だった魔族をことごとく追い出し、苛酷な蛮地に種族のすべてを追放した。

 その主体となったのがエルフ族だ。

 さらに、その主役の末裔がエルフ王家というわけだ。

 死地に等しいあんな荒地の果てに、魔族のすべてを追いやったのだ。

 

 苛酷すぎる環境において、次々に種を滅亡させて、失っていく同胞たち……。

 あんなところで生き抜けるものか──。

 それでも、魔族たちは力を尽くし、懸命に命を継ぐ努力をし続けた。

 地獄のような環境の中で、ゆっくりと滅亡に向かいながら……。

 エルフ族にとっては、歴史に埋もれた記憶の彼方の話でも、追放され、滅亡しようとしている魔族にとっては、厳然とした“いま”の話なのである。

 

 だから、パリスは本来あるべきものを取り戻すために、生まれ育った蛮地を旅立ち、南方荒地と呼ばれる人外地を踏破して、志を同じくした同胞たちとともに、こっちにやってきたのだ。

 本来、魔族が持っていた土地を取り戻すために……。

 

 しかし、厳しく凄惨な旅の中で、一緒に旅立ってきた仲間たちも、ひとりひとりと途中で死んでいった。

 もともとパリスは、死に瀕した相手を殺すことで、相手の能力の一部を奪い取ることができるという闇魔道の特殊能力があった。

 それは、魔族の血が濃いものの、身体の一部に人族の血が流れているというパリスならではの突然変異だったかもしれないが、とにかく、それはほかの魔族たちにもない力だった。

 

 死んでいく同胞たちは、追放されたあの大陸から、魔族が生存できる土地を奪い戻すという夢のために、パリスに自分の能力を託そうと、瀕死の状態になると、自分の身体をパリスに殺させたのだ。

 それがパリスの力の根源だ。

 

 このときの同胞たちの能力が集まることで、やがて、パリスは闇魔道を開花させて、自分が殺したり、殺されたりした場合に、相手を取り込み、全ての能力のみならず、姿形や魂そのものまでを乗っ取るという闇魔道を完全に身につけることができたのだ。

 パリスの命は、あのとき泣きながら、パリスに殺されることを選んで死んでいった仲間の命でもある。

 

 そして、旅の果てに、たったひとり、この地に辿り着いたパリスは、最初に出逢った人間族を殺して、その姿を借り、皇帝家というやはり、人族の中でも滅びつつある権力者の一門に拾われたのだ。

 それがこの土地におけるパリスの野望の始まりだ。

 

 そして、長い年月がすぎ、なかなかに瘴気を地に充たす方法は見つからなかったが、やがて、その可能性のある方法をいくつか発見した。

 次いで、魔族を追いやったエルフ族王家の末裔の女、すなわち、ラザニエルを手に入れることにも成功し、さらに、冥王の復活といういう戯言を利用して人間族の皇帝家に権威と財と人脈を使わせ、ついに、瘴気の発生を永久的なものにすることに成功しようとしていた。

 

 もう少しだった。

 

 あと少しで、死んでいった仲間たちの……、いまでも滅びようとしている種族の生き残りの者たちが求め続けた魔族の安住の地が手に入るかもしれないところだったのだ。

 

 それなのに……。

 

 それなのに、ここで夢が潰えるのか……。

 砕かれるのか……。

 

 この淫魔師だという人間族の男のために……。

 

 畜生……。

 畜生……。

 

 パリスが魔族であるために……。

 真名に支配されるというどうしようもない欠陥を生まれながらにして持っている種であるために……。

 ここでも、その真名のために……。

 魔族であるがゆえに、追い詰められるのか……。

 パリスは歯ぎしりした。

 

 いずれにしても、こいつらは真名をしっかりと言い当てて、さらに、目の前のロウは、パリスに新しい名を命名した。

 これで逆らえない……。

 しっかりと、魔族扱いをよくわかっていやがる……。

 

「やっぱり、嫌な男だったな、お前は俺の闇魔道を跳ね返し……、そこにいる獣人族には魔道そのものが効かねえ……。いやな連中だ。やっぱり、あのとき拷問なんで悠長なことじゃなく、さっさと殺しとくべきだったぜ。くそおおおっ」

 

「落ち着けよ、リンガーン……。お前らしくない……」

 

 ロウの指が短銃の引き金に力を込めていく。

 畜生……。

 

 忌々しいくらいに、こいつは冷静だ。

 これじゃあ、闇魔道が封印されてなくても付け入る隙がない……。

 まったく銃を持つ指にぶれがないのだ。

 真っ直ぐに短銃は、パリスの身体に向けられている。

 

「お、お、俺はパリスだ──。それ以外の名で呼ぶんじゃねえ──」

 

 絶叫した。

 

「そうかい、リンガーン。なら、動くなよ……、命令だ」

 

 ロウが新たな名を呼ぶ。

 それにより、パリスの身体は金縛りにあったように動かなくなる。

 あらゆる意味での抵抗力がなくなる。

 獣人族の娘の肩越しに差し向けているロウの銃声が響き、炎を押しつけられたような熱と強く棒で打たれたような衝撃が両肩に加わった。

 

「うぐっ、あがあっ」

 

 ロウの撃った短銃の弾がパリスの両肩を貫通して、骨を砕いたのがわかった。

 二連発の短銃のようだ。

 撃ち終わったが、一瞬で消滅して、すぐに新しい火のついた短銃がロウの手に戻る。

 さしづめ、収容術のようなものだと思うが、こいつのは神がかりだ。

 まったく理力の動きを感じない。

 その銃がまた、火を吹く。

 

「んぐうっ、ふがあっ」

 

 がくりと両膝が床に着いた。

 今度は両腿を撃ち抜かれたのだ。

 

 さらに二発──。

 正確に一発ずつが膝の骨を砕く。

 ぺったりと床に足を折り座った状態で、もう動くことができない。

 

「ち、畜生……」

 

 パリスは呻いた。

 大量ではないが、身体に命中した六発の銃弾傷から血が流れて、パリスからどんどんと力を奪っていくのがわかる。

 パリスは必死に顔をあげて、ロウを睨みつけた。

 

「き、気に入らねえ、畜生……。気に入らねえ……、畜生……気に入らねえ……、畜生……。そ、そのすまし顔が気に入らねえ──。ち、畜生、すかしやがって、畜生──。お前らのような……お前らのような人族が……お前らが……」

 

「忘れたのか……。なにを恨みに思っているか知らないけど、俺はお前らに召喚された外界人だ。魔族としての人族への恨みを俺にぶつけられてもねえ……。お前はいつも、恨みをぶつけるような物言いをするけど、そうじゃねえ思考もしな」

 

 ロウが静かな口調で言った。

 だが、その腕には、再び火縄に火がついている新しい短銃が握られている。

 こうやって面と向かっているとわかるが、この男の心はこっちが驚くほど平静だ。闇魔道で付け入る隙が見つからない。

 それにしても、ここまでの男だったか……?

 

 仮体としてのパリスがこいつに殺されてから、ダルカンの身体に復活するまでの直接の記憶は無論ないが、ダルカンの記憶を辿れば、パリスがこいつに殺されたのは、つい数日前のはずだ。

 だが、あのときに感じたものとはまったく異なる、圧倒的な格の違いというものを、いまはこいつに感じる。

 なんなんだ、これ?

 

 絶対にかなわない……。

 そんな感覚だ。

 

 強いものに従ってしまうという魔族の持つ生物としての本能のようなものが、パリスを勝手にロウに頭をさげさせてしまう。

 とにかく、恥さらしの姿を示すわけには……。

 

 パリスは負けそうになる気力を振り絞る。

 死ぬわけには……。

 

 ここで死ねば、あのダルカンの想いが無になる。

 あいつが死と引き換えに残したものがなかったことになる。

 ダルカンとは地獄でしか再会できないだろうが、こんなにも早く向こうに行ったら、叱られるだろう……。

 いや、あいつは怒りはしないか……。

 ちょっと呆れたように苦笑するかな……。

 そして、また愉しいことを……。

 

「お、お前、ロウ……。ねえ……」

 

 そのときだった。

 アスカがロウに声をかけたのがわかった。

 ロウがこっちに銃を向けたまま、視線だけをアスカに向ける。

 しかし、獣人族の娘がしっかりと、パリスを見張っていて、逃亡の隙は無い。

 そもそも、真名による支配がパリスに、ロウに逆らうことを許さない。

 

「わたしに……、わたしにやらせておくれ、なあ……。頼む……。こいつだけは……、こいつだけは許せない……」

 

 アスカが近寄ってきた。

 さっきまで、ノルズの治療にあたっていたが、いまはすでにノルズの四肢は身体にくっついている。ただ、ノルズは眠っているようだ。

 四肢を切断して、さらに復活させるという荒療治だ。

 身体への負担も当然大きい。

 それにしても、すべてがこのノルズのパリスに対する隠し手にしてやられてしまった。

 たかが、ひとりの人間族の女ごときに……。

 

 畜生……。

 

 こいつだけは……。

 こいつだけは……。

 

 そのとき、再び銃声が鳴った。

 

「あぐっ……」

 

「往生際の悪い奴だなあ……。いや、雌か……。お前から殺気を感じたぜ」

 

 ロウが新たに撃った銃は、パリスの股間を撃ち抜いたのだ。

 股間から血がだくだくと流れ出す。

 パリスが手にしていたのは、猛毒を刃に塗った手投げ矢だ。

 それを最後の力を振り絞って投げようとしたのだ。

 その矢が激痛のために、手からこぼれ落ちる。

 

「ち、畜生……。本当に嫌な奴だな……」

 

「それは俺の台詞だ……。どうでもいいけど、最後の力を振り絞って、最後っ屁を放ちたいなら、なんで俺を狙わない? どうして、ノルズなんだ?」

 

「ノルズを?」

 

 アスカが顔を険しくした。

 しかし、パリス自身もわからない。

 言われてみれば、なんでノルズを最後に一矢報いて殺そうとしたんだろう。

 確かに、最後の力を尽して殺すなら、ロウじゃないのか……。

 だが、なぜか、ロウには手を出す気にはならなかった……。

 

 本能……?

 なぜか、わからない……。

 どうして、そう思ったのか……?

 

「アスカ、悪いが、あんたの身体には、こいつの命の欠片が埋まっているね。魔瘴石も……。だから、やめた方がいい……。おそらく、あんたがこいつに手をかけると、また、闇魔術でとり込まれるおそれがある……。まあ、あとでゆっくりと取り去ってやる。それまで待てよ」

 

 ロウがアスカに言った。

 アスカが目を丸くして驚いている。

 パリスもびっくりした。

 なぜ、知っている。

 

「なぜ、それを知ってるんだい、お前?」

 

 アスカも言った。

 すると、ロウがにっこりと微笑んだ。

 

「勘がいいのさ」

 

 ロウが笑った。

 

「ご主人様……。さっきは申し訳ありません……。護衛を命じられながら、こいつの動きを察知できませんでした……。護衛失格です」

 

 獣人娘ががっかりしたように言った。

 しかし、ロウが獣人娘の頭に優しく触れながら、首を横に振る。

 

「一瞬後には、きっとイットも気がついたさ……。俺の方が先に気がついた。それだけだよ」

 

 こいつ、こんなにすごい奴だったか……?

 パリスはロウに圧倒的なものを感じて、唖然としてしまった。

 

「ところで、お前、さっきも言ったけど、簡単に死ねるとは思うなよ。徹底的に残酷に殺してやる。お前がやった、この女の扱いひとつとっても、その酬いに十分だ。彼女の手足を切断したのは、お前か?」

 

 なんとことを言っているか、一瞬わからなかったが、無限苦痛の串刺しにしてやったエルフ女のことを言っているようだ。

 だから、なんなんだ。

 すでに、助けられているじゃないか。

 

「それがどうした」

 

 パリスはロウの顔を見た。

 しかし、すぐに目を逸らせてしまった。

 

 こいつが怖い……?

 はっとした。

 生まれて初めての感情だ。

 

「……だったら、どんな風に殺すか教えてやる。彼女、つまり、アルオウィン殿とまったく同じように手足を切断して尻の穴から木杭を口まで貫かせる。しかも、同じように扱ってやる。簡単には死なさない……。治療術で死なないようにする。もちろん、闇魔道が復活するような下手は打たない。尻穴から口まで木杭を貫いたまま、逆さに水晶宮の前に晒してやる。お前が死ねるのは、一箇月後だ」

 

「好きにしな」

 

 パリスは吐き捨てた。

 

「パリス、いえ、リンガーン……」

 

 そのとき、エルフ族の女王……ガドニエルがすっと前に出てきた。ロウの横に立つ。

 

「お前を全エルフ族の仇敵と定めます。エルフ族女王の名において、お前に死刑判決をくだします。お前だけじゃなく、お前をここに派遣したローム皇帝家についても同様です。エルフ族女王として、三公国に討伐依頼をします。ナタルからも兵を出させます」

 

「せいぜい、派手に滅亡させてやれよ。祖先の栄光にすがる世間知らずの爺どもだ。公国も喜ぶだろうさ。目障りな形だけの宗主を滅ぼす大義名分ができるんだからな」

 

 パリスは笑った。

 慎重に隠していたつもりだったが、いつのまにか、パリスが皇帝家に属していて、ナタルの森への謀略が、冥王復活のためにやった皇帝家の陰謀の一環であることが、ばれていたようだ。

 まあ、冥王復活のために、瘴気を充満させる必要があるという、たわ言そのものが、パリスのでまかせだが……。

 

 まあ、あんなやつら知ったことか。

 利用価値があるから、連中の飼い犬でいてやったが、あいつらが望んでいるローム帝国による人類社会の再統一など、世迷い事もいいところだ。

 

 いや、世迷い事だったのは、パリスの野望も同じか……。

 ナタルの森を魔族の大拠点にして種族を呼び寄せ、さらに、ハロンドールやエルニアに魔族軍を侵攻させて、失われた魔族の世界を人族から取りあげる……。

 その夢が……。

 

 ここで志半ばで、潰えるんだな……。

 

 皇帝家が滅びるなら、パリスの一派も同時に滅びる。パリスの組織も皇帝家に依存していた。

 それに、もともとパリスの存在なしに、成立しない組織だ。パリスがナタルの地で処刑されたと知れば、勝手に瓦解する。

 パリスは自嘲した。

 

「ガトニエル、その出兵にはわたしも参加する。それがけじめだし、義務だ」

 

 アスカだ。

 すると、ガトニエルが小さく首を横に振った。

 

「いえ、お姉様には、ここでナタルの森の再建を……。今回のことは、ナタルの地の大きな痛手でした。パリスに好き勝手やられ、森は荒れ、魔物は横行し、各里は大変な難儀をしてます。どうか、皆を率いて元の森の復活を……」

 

「もちろん、それも協力するさ。わたしの全力を尽くしてね。荒事だって、小間仕事だって、お前の下で一生懸命に働かせてもらう。だけど、ナタルの森からエルフ軍を他国に送るなど、森の歴史にはないことだ。それは名目だけでもいいから、女王の姉のわたしが率いるのが筋だと思うよ」

 

「いえ、お姉様には、ここで女王としての辣腕を……」

 

「はい? 女王って……。女王は、お前だろう」

 

 アスカが眉をひそめたのがわかった。

 

「いえ、わたしは、このロウ様とハロンドールに行くんです」

 

 ガトニエルがぽっと頬を赤らめて、満面の笑みを浮かべた。

 なんだこりゃ?

 

「はあ? ハロンドール? なにしに行くんだい?」

 

「結婚とか……。きゃっ」

 

 ガトニエルが嬉しそうに笑った。

 

「ちょっ、ちょっと、待ちな、ガトニエル──。イチ、いや、ロウ、どういうことだい──?」

 

 アスカが声を荒げた。

 

「うん……。ちょっと待ってな、アスカ……。それに、イチでもいいよ……。それよりも、その話は後にしようか、ガド」

 

 ロウが苦笑した。

 

「本当に、場をわきまえないわねえ、この女王様」

 

 小柄な女が呆れたように笑うのが見えた。

 ロウが咳払いする。

 

「話を戻そう……。パリス、覚悟しろ。さっそく、お前の死刑執行だ……。その前に、仮にも魔族の雌なら、俺の淫魔術が通じるだろう。イット、こいつの(あご)の骨を砕け──。とりあえず、小便を飲ませてやる。こいつに俺の精はもったいない。人生最後の言葉だ。顎を砕かれる前に言っておきたいことはないか、パリス、いや、リンガーン?」

 

「糞ったれ」

 

 パリスは言った。

 ロウが周りの女たちに合図をした。

 銃弾で動けないパリスの身体に一斉に女たちが群がった。

 四肢を拡げさせられて、手足を抑えられた。

 獣人娘がパリスの顎を掴む。

 

「んがああっ」

 

 力いっぱいに口の骨を握り潰されて、がきがきと顎が砕けたのがわかる。

 まとまった血が口から噴き出するともに、力を入れることができなくなった口がだらりと開いた。

 ロウが床に仰向けに貼りつけられたパリスの顔の上に跨る。

 

「たっぷり飲め、命令だ」

 

 酷薄な口調でロウが言い、性器をズボンから出す。

 すぐにじょろじょろとロウの小尿が口の中に落とされていく。

 

「ガド、アルオウィン殿がやられたのと同じ木杭を魔道で出せないか? ただし、長さは倍はいる。なにせ、水晶宮の前に晒さないとならないしな」

 

 ロウが小便をしながら言った。

 

 勝手にしろ──。

 糞ったれが……

 

 パリスは心の中で悪態をついた。

 

 そして、思った。

 ごめんな、みんな……。

 

 ごめんな、ダルカン……。

 

 せっかく、自分に命をくれたのに……。

 お前と地獄で再会するのは、一箇月後らしいぜ……。

 

 次に会うときには、俺が本当は女だということを教えてやるよ……。

 言っておくけど、女に戻って抱かせたのは、お前だけなんだぞ……。

 お前は、ただの戯れだと思っていたみたいだったけど……。

 

 愉しかったな……。

 また、お前と遊びたいぜ。

 

 今度、生まれ変わったら、世界を滅ぼして根絶やしにして、残った廃墟で夫婦ごっこをするなんてどうだ?

 

 お前とふたりなら、面白そうじゃないか……。

 

「パリス、真名をもって命じる。もしも、まだ蘇りの手段があるなら解除しろ。ほかに、命の欠片を隠しているか?」

 

「あが……がっ……」

 

 そんなものはない。

 しかし、砕かれた顎では喋ることもできなかった。

 いずれにしても、真名による支配のためか、あるいは、小便という体液で縛った淫魔師とやらの操りのせいかはわからないが、嘘をつこうという気にはなれなかった。

 命の欠片はふたつだ……。

 アスカの身体とダルカンの身体……。

 それだけだ。

 もっとも、俺自身の復活に限ってだがな……。

 

「そうか……。じゃあな、悪党」

 

 思念が飛んだ。

 身体を裏返しにされて、うつ伏せにさせられたのだ。

 そして、尻に木杭がねじ込まれる感覚が……。

 

「うぎゃああああ」

 

 パリスは、泣き叫んでしまった。

 

「みっともないわねえ。わたしにやったことをやられているだけじゃないのよ」

 

 この声はユイナとかいう、ひとつ前の仮体のパリスに向かって、ロウの恋人だと称した黒エルフの娘か……。

 パリスは自分のはらわたにぐいぐいと杭が貫く感覚を気持ち悪く味わいながら、我慢できなくて号泣し、哀願の悲鳴を吐いていた。

 

 確かに、自分でも情けないくらいの、みっともない声で……。

 

 

 

 

(第82話 『イムドリスの開放』終わり、第83話に続く)







 *


【エルフ族の罪】

 ……ロウ=サタルスの残した言葉のうち、有名なもののひとつ。
 ロウは帝国の統治にあたり、全種族が忘れてはならないこととして、「エルフ族の罪」を言及しており、晩年までのあいだに残した手記などにも、この単語はたびたび登場する。

 しかしながら、その意味する内容は伝承されておらず、現在のところ、多くの歴史研究者によって何度も研究の試みが行われているが、現在でも解明されていない。



 ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


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 第42話  クロノスの愛―悪堕ち魔女
513 魔女の土下座


「へえ……」

 

 アスカは、ロウとともにイムドリス宮内の一室にやってきた。

 到着したのは、アスカが出奔する直前まで使っていた個人的な寝室である。

 驚いたことに、完全に当時のままにしてあった。

 アスカの記憶の限りにおいてだが、調度品どころか、小物ひとつについてまでも、なにひとつ変化なく保持されていると思う。

 誰かが使った形跡すらない。

 まるで、百年前そのものに戻ったかのようだ。

 アスカは驚いてしまった。

 

 また、たったいままで裸だったが、とりあえず、衣服をもらって身に付けている。

 もっとも、ダルカンに占拠されていたイムドリス宮には、女の衣類はことごとく処分してあってなにもなかった。だから、着ているのは、このロウが亜空間とやらに確保していたものだ。

 

「ラザニエルお姉様がいつ戻ってもいいように、すべてをそのままにさせていました。なにか必要なものがあれば、すぐに準備します」

 

 ガドニエルだ。

 それで気がついたが、ガドニエルだけでなく、ロウの女たちもぞろぞろついてきている。

 さっき紹介されて名前だけは覚えたが、寝室に一緒に入ってきたのは、ガドニエルに加えて、エリカとコゼとイライジャとユイナだ。

 とにかく、なにしに入って来たんだ?

 アスカは、目を剥いた。

 

「なについてきてんだい、お前ら──。散りな。散るんだよ──。ガドニエル、お前にはやることがあるだろう。すぐに水晶宮の連中に連絡をとれ──。パリスの処刑の手筈のこともあるだろう。お前がどういう状況にあったのかの事情や、パリスの陰謀のこととかも説明する詳しく必要があるだろうが──。さっさと動け──。わたしも、こいつに解呪してもらい次第に加わるから」

 

 アスカは言った。

 パリスとの対決が終わったばかりのイムドリス宮だ。

 この館を占拠していたダルカンについては、自死に等しい死に方をし、その死を代償に復活したパリスも、ロウたちにより無力化され、いまは死んだも同然だ。

 

 また、ダルカンとともに、この館を占拠していた連中も、アスカとノルズの最初の突破のときに、全員を始末し終わっていたことも確認できた。

 ただ、ダルカンの使った強い媚香によって頭をやられて、すっかりと狂ってしまっている大勢の女たちも保護していて、その収容も必要だ。

 おそらく狂った頭は魔道でも回復はできないとは思うが、それでも、すぐに治療を施す必要がある。

 やらなければならないことは山積みだ。

 

「まあ、すでにやっております、お姉様。総指揮はブルイネンにさせていますが、スクルド様とミウ様、そして、イット様にも手伝ってもらっています。水晶宮にも、とりあえずのわたしの声明を魔道で発しました。水晶軍と親衛隊の生き残りも、こっちに入れています。女たちの収容も始まっております……。このような感じでよろしいですか、お姉様?」

 

 ガドニエルだ。

 アスカは小さく舌打ちした。

 

「女王はお前だよ。わたしに許可を求めることじゃないさ。そうかい処置は進めてるかい……」

 

「いえ、お姉様の解呪が済み次第に、もちろん、女王の座はお渡しします。お姉様がお戻りになられた以上、わたしは退位したいと思います」

 

「だ、か、ら、わたしが継ぐなんて話はなしだ──。わたしを女王扱いするのはやめな──。それでいいさ。そもそも、女王をわたしに交代するなんて、そんなことできるわけないだろう──。わたしが、これまでどんな悪事をしてきたと思ってんだい。今頃、のこのこと戻って来て女王になるなんて、族長会議も水晶宮も認めるかい」

 

「問題ないですわ、お姉様。わたしはパリスの陰謀に嵌まって魔物化してしまい、ナタルの森に混乱をきたした責任がありますもの。だから、ナタル女王こと、エルフ族王家の家長の席は、お姉様にお戻しします。なにしろ、お姉様はナタルの森をお救いしてくれた英雄ですから」

 

 ガドニエルがにこにこしながら言った。

 こいつがパリスとダルカンの罠に嵌まり、魔物化させられていたというのはさっき聞いたところだ。

 ほとんど魔物に成り下がっていたのを救ったのがロウというのも知った。

 しかも、こいつはすでに、それを水晶宮に馬鹿正直に教えたのだ。

 それだけは、横で聞いていたので、アスカも把握していた。

 

 だが、アスカが英雄だと……?

 アスカは顔が引きつるのを感じた。

 おそらく、苦虫を噛み潰したような表情になっていると思う。

 

「わ、た、しは、何もしてない。パリスの陰謀を打ち破ったのは、お前であり、ここにいる小僧だ。まさか、水晶宮にわたしが英雄などと、ほら話を伝えたんじゃないだろうねえ──。お前、自分の部下に、どんな風に説明してんだい──?」

 

 アスカは声を荒げた。

 どうも、物言いが不自然だ。

 アスカは、ノルズとともに、ここに乗り込んだものの、まんまとダルカンの敷いた罠に嵌まり、復活したパリスに再び操られそうになって、その道具にされかけた。

 そうならなかったのは、このロウがアスカを精の支配によって、パリスの隷属から解放させてくれ、さらに、ガドニエルの光魔道で、この館に仕掛けられていた闇魔道という闇魔道を一斉に消滅させたからだ。

 アスカが英雄などとはあり得ない。

 

「もちろん、お姉様がパリスの部下を一網打尽にし、館を我が物顔にしていたダルカンをアルオウィンとともに殺害し、すべての核心だったパリスを追い詰め、最後にはロウ様がパリスにとどめを刺しましたという話を伝えてます。まったくの事実ですわ」

 

「どこが事実なんだい──。こいつの功績は当然として、なんで、半分がわたしの働きになってんだ。ダルカンを殺したのも、アルオウィンとかいうお前の部下だし、乗り込んだときに、ダルカンの手下を始末したのも、ほとんどがノルズだ──。説明しただろうが」

 

「それほどの違いはないじゃないですか、お姉様──。些細な違いです。とにかく、お姉様は英雄です。すでに水晶宮では、ラザニエルお姉様が戻って来られて、しかも、ナタルの森を脅かしていた危機から救ってくれたという話でもちきりです……。それよりも、お姉様……。さっきから、ロウ様を小僧とか、こいつとか呼ぶのはよくありませんわ。ロウ様も英雄なのですよ」

 

「そんなことはいいんだよ──。話を変えるんじゃない──。ちゃんと部下に、正しいことを説明してこい、ガドニエル」

 

 アスカは怒鳴った。

 だが、両肩を後ろから抱かれて、男だとわかる胸に背中を引き寄せられた。

 

 はっとした。

 ロウだ。

 しかも、すっと昇りかけていた血がさがった感じになり、激昂していた感情が平静になる。

 

 いま、なにをした?

 操心術?

 アスカは眉をひそめた。

 

「お前、なにかやったのかい、小僧──?」

 

 アスカは振り返って、思わず怒鳴った。

 

「操り術のようなものじゃない、アスカ……いや、ラザニエル。俺は魔道は遣えないからね。まあ、心を落ち着けるための、心の愛撫のようなものさ。それはともかく、小僧はないだろう。俺も人間族では、いいおっさんだぜ」

 

「わたしは、お前の数倍は生きてんだ。小僧だよ」

 

 アスカは吐き捨てた。

 すると、ロウはそうかと言って笑った。

 

「いずれにしても、どっちが女王としてナタルの森の復興を担うべきかは、後日に相談したらいい。それよりも、まずはアスカの治療といこう。それがすべてに優先だ」

 

「相談の余地なんてないよ──。女王はこいつさ。この百年も、これからの百年もだ」

 

 アスカは断言した。

 

「まあ、そんなこと言わないでください、お姉様。わたしにも予定が……」

 

 ガドニエルが口を挟む。

 

「なにが予定だい──。女王の責務を果たせ、ガドニエル。お前には女王の自覚がないのかい。そもそも、族長会議に無断で、(つがい)の誓いを勝手に結ぶなんて、どういう料簡なんだい──」

 

 ロウとガトニエルがすでに(つがい)の誓いをしたことも既に知った。

 アスカは驚愕してしまった。

 

「お、お姉様には言われたくないですわ──。百年前に、その族長会議に反対されて、わたしに全部押しつけて、出奔したのはお姉様じゃないですか」

 

 さすがに憤慨した様子でガドニエルが言い返す。

 確かにそうだ。

 しかし、百年前のアスカの失敗とまったく同じことをガドニエルが繰り返すなど、エルフ王家の恥さらしもいいところだ。

 なんとしても、阻止しなければ……。

 

「だから、わたしのように無責任な愚か女になるなと言ってんだ──。とにかく、こいつの女になるのは問題ないが、正式の婚姻など許されるかい──」

 

「許されますわ──。なんの問題があるんですか──」

 

「問題ありありだろう──」

 

 怒鳴った。

 

「ちょっと待ってよ……。ガドとご主人様の結婚話がなくなるということになれば、ご主人様があたしたちと結婚してくれるという話はどうなるの……?」

 

 そのとき、ほかの女たちのひとりがぽつりと言った。

 確か、コゼか……。

 

「それは変更ない。ハロンドールの王都に戻ったら、さっそく準備をしよう。俺についても、一応は貴族だから、どうやら王の許可がいるようだけどね。まあ、アネルザにでもやらせれば、一発だ……。イザベラ姫様やアンのこともあるしね」

 

「そのことだけど……」

 

 すると、イライジャがなにかを告げたそうに、口を開きかけた。

 しかし、ロウがそれを制する。

 

「うん、イライジャ。わかってる。王都の異変についても、改めて相談しよう。先伸ばしにしていたけど、スクルドにもちゃんと話を聞く」

 

 ロウが言った。

 

「じゃあ、どっちにしてもいいか……。だったら、ガド、あんたはここで女王でもなんでもやっていいわよ」

 

 コゼはほっとした表情になっている。

 

「そんなコゼ様──。わたしたちは一簾托生ですよ。あんなに十日間も深く深く情を通い合わせたじゃないですか」

 

「でも、女王の仕事があるんでしょう? 仕方ないじゃない」

 

 コゼはあっけらかんとした口調だ。

 

「まあ、それにしても、ガドについても、王都の帰還についても、いろいろと考えるよ。俺に任せてくれ……。とにかく、まだガドとラザニエルも再会したばかりじゃないか。ゆっくりと話し合ったらいい。いずれにしても、すでにガドについては、俺の女にすると決めた。それはラザニエルであろうと、口を挟ませない。ましてや、見たこともない族長会議の元老委員とかにもね」

 

 ロウが微笑みながら言った。

 しかし、その笑みの中に、滲み出るような凄みがある。

 やっぱり、こいつはこれほどの男だったか……?

 どういう経験をすれば、ここまで人が変わるのだろう?

 アスカは、二年ほど前に召喚したばかりの頃のことを思い出しながら首を傾げた。

 

 まあいい……。

 とりあえず、解呪のことだ。

 

「……とにかく、全員、出ていきな」

 

 アスカはそれだけを言った。

 ロウも促すような仕草をし、ガドニエルを筆頭にぞろぞろ部屋を出ていく。

 しかし、なぜかエリカだけが残った。

 

「ねえ、ロウ様、わたしだけでも残った方が……。護衛ですし……」

 

 扉のところで、躊躇ったようにエリカがロウに視線を向ける。

 アスカは嘆息した。

 

「……何度もいうけど、いまさら危害など加えるものかい。こいつは、わたしや、わたしの故郷を救ってくれた恩人だ。それよりも、こいつがわたしを許すかどうかを心配してるくらいだ……。それに、わたしはノルズと魔道契約を結んでいる。こいつがあたしの呪術を解呪する気がある限り、どんな危害も加えられないし、性の誘いにも無抵抗だ。そういう誓いを結んでんだ」

 

「ノルズと?」

 

 ロウがちょっと驚いたような顔をした。

 

「まあ、そういうことだ。嘘じゃない。エルスラ、いや、エリカ、魔道契約の内容を読めるようにした。確かめてごらん」

 

 アスカは魔道により、契約内容の他者への公開を許すように解放した。

 エリカがすぐに魔道を放ったのがわかった。

 すぐに、小さく頷いた。

 

「……本当です、ロウ様……。そのように結ばれています」

 

「なら、安心だな、エリカ」

 

 ロウがエリカに頷く。

 やっとエリカが出ていき、ロウとふたりだけになった。

 

「騒がせたね。みんな、尽くしてくれる。エリカもね。ガドも面白い女だし……。ああ、それとノルズのことは世話になったんだね。俺からも感謝する。ずっと探していたんだ。あいつも、俺の大切な女だし」

 

「直接に言ってやっておくれ……。喜ぶよ。あいつは本当に一途にお前のことを想っている。お前に貰った恩を返そうと、必死にあちこちで動き回ってたんだ。命を削ってね。しかも、それをお前に告げずに……」

 

「うん……。さっき、教えてもらって驚いた。ノルズとは改めて話すよ」

 

 ロウが言った。

 ノルズについては簡単にだが、あいつがこれまでどういう思いで生き続けてきたについて、ロウにアスカから告げた。

 本人については、四肢を切断された身体の負担から、治療術を受けたあとまだ意識は回復しないのだ。

 この館にいたほかの女、またやはり同じように四肢を切断されていたアルオウィンという女ともども、すでにシティ側に運ばれて治療の継続をしている。

 

「ああ……。そうしておくれ……。それにしても、お前はわたしが気に入った者をことごとく奪っていくねえ。ガドニエルといい、エリカといい、そして、ノルズもだ」

 

「別に奪ってない。あんたも、こっち側に来ればいい」

 

 ロウが笑った。

 アスカは黙って肩を竦めた。

 

「じゃあ、そろそろ始めよう。わかっていると思うけど、俺の解呪はとりあえず、俺の性の支配に入ってもらう必要がある。また、それなりに行為に時間をかける。性急に呪術を引っ張り剥がすと、魂が傷つくんだ」

 

「お前に任せるよ。まあ、これまでの償いもあるし、お礼もある。わたしの性技を尽して、いい思いをさせてやろう。お前が腰を抜かすくらいのね」

 

 アスカは軽口を言った。

 ロウが声をあげて笑う。

 

 そして、そのロウが寝台に移動して腰をおろす。

 アスカも隣に腰掛けた。

 だが、もう一度、部屋にふたりっきりであることを確認し、寝台をおりて、ロウの足元に両膝をつき、さらに両手を床につけて、頭を深々とさげる。

 

「どうしたんだ、ラザニエル?」

 

 ロウが面白がるように声を上からかけた。

 

「これがわたしのけじめだ。これでも、自分の意思で、ここまで他人に頭をさげたのは初めてだ。パリスに強要されて強引にやらされることはあったけどね……」

 

「へえ……」

 

 ロウは微笑んでいるようだ。

 頭を床に着けているので顔は見えないが、なんとなく口調の雰囲気でわかる。

 

「かつてわたしは、お前を勝手に別世界から召喚し、拷問し、あまつさえ殺そうとした……。そんなわたしが虫がいいとは思うけど、どうかパリスに入れられているあいつの命の欠片を除去し、かけられている呪術のすべてを解呪して欲しい……。お願いです。このとおりです……」

 

 アスカは額を床に着けたまま言った。

 すると、上でロウがくすりと笑った。

 

「あなた方、姉妹はよく似ているね。希代の魔道を持ち、しかも、そんな大美人でありながら、俺に抱いてくれと頭をさげるんだね。しかも、土下座まで一緒だ」

 

「土下座? あいつが?」

 

 アスカは驚いて顔をあげた。

 そのあげた顎をロウの足がひょいと下から持ちあがって、顔をあげさせる。

 たったそれだけの仕草なのに、アスカは狼狽してしまった。

 

「まあね……。ナタルの森の女王様に、性奴隷にしてくれって土下座されたときには、俺もどうしようかと思った。ただ、彼女の真剣さと強い想いは感じたよ」

 

 あいつめ……。

 

 どうも、ロウの側から口説いた感じがないとは思っていたんだが、まさか、そんなことをしたとは……。

 あとで説教してやる。

 アスカは強く思った。

 

「……それに、同じなのはそれだけじゃないね。希代の魔女のくせに、どことなく抜けている……。情熱的……。そして……」

 

 顎に添えられていたロウの足が身体に添ってすっと下がり、服の上からアスカの乳房の上を揺らすように動いた。

 

「あっ」

 

 アスカは思わず声をあげた。

 いつの間にか、床に着けた両手が粘着体により床にくっついていたのだ。それだけでなく、膝から下についても床に密着している。

 動けなくなっていた。

 

「……そして、性癖の本質が強いマゾだ……。ガドもラザニエルもね……。悪いけど、一時的に魔道は封じさせてもらったから……。そっちの方がぞくぞくするだろう? まあ、ラザニエルを解呪するまでのことだから……」

 

 ロウの足の指が乳首の付近を上下に動く。

 

「うっ」

 

 大した動きじゃない。

 ただ、無造作に乳房を揺らすだけのような小さな動作だ。

 それなのに、アスカはそこからだんだんと防ぎきれない強い快感を感じていた。

 ロウの足の指が動き続ける。

 胸から伝わる疼きが全身に回るのがわかる。

 

 感じる……。 

 こいつ、やっぱりすごい……。

 

「ああっ」

 

 アスカは我慢できなくなって、またもや溜息とともに甘い声を放ってしまった。 

 

「あんたほどの女が足の指だけで達したりはしないよね? まさかとは思うけど、しっかりと我慢してよ。こんなのは前戯にも入りはしないよ……」

 

 ロウが嘲笑するような口調で脚の指をさっと伸ばして、一度スカートの裾に指をかける。

 それがスカートをまくりながら戻ってきて、ロウの足の指が股間の下からあてがわれるようなかたちになった。

 いま身につけている衣服は、こいつが出してくれたもので、柔らかい布地でスカート丈はかなり短いものだ。足の指でもめくりやすくなっている。

 もしかして、最初からこのつもりで?

 さらに、下着を指で横にどかせて、指を局部にあててくる……。

 

「んぐうっ、くううっ」

 

 アスカは衝撃で土下座状態で固定させられている身体を限界まで反り返らせてしまった。

 ロウの指が股間にあたって、小さく振動したのだ。

 ほんの少しの動きなのに、そこから息もとまるような痛切な快美感が頭の芯まで貫いた。

 

 なんなんだ、こいつの愛撫は──。

 アスカは恐怖さえ感じてきた。

 ロウに尽くすどころじゃない。

 こいつとのセックスは危険だ。

 アスカは本能でそれを感じた。

 

「……言っておくけど、あんたが感じているのは、あんた自身のせいだよ。あんたがマゾだから、こういう状況に弱いのさ。魔道を封じられて、男の足の指で愛撫されるなどという恥辱が好きなんだ」

 

 ロウがまた意地悪く笑う。

 しかし、その口調が演技であることくらいはアスカにもわかるし、実際には女に徹底的な快感を与えようという労りをそこに感じる。

 だから、恥辱よりも快感が強くなってしまうのだ。

 それに、侮辱的な性交なのに、こいつの嗜虐的な性行為には妙な安心感がある。

 

「さて、もしも、足の指で達したら、あんたにはなにをしてもらおうかな? とりあえず、女王の座についてのガドとの話し合いの席にはついてもらおう」

 

「そ、それとこれとは話は別だよ」

 

 ロウの突然の宣言に、アスカはさすがに我に返って、驚いて叫んだ。

 

「だったら我慢するんだね」

 

 ロウの足の指がアスカの股間を前後に動き出す。

 噴きあがった怖ろしいほどの快感に、アスカは大きな悲鳴をあげた。



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514 クロノスの裁定

「ほらほら、もっと我慢しなよ、ラザニエル」

 

 粘性体で床に土下座体勢で貼り付けらた状態での、ロウの足による愛撫が続いている。

 我慢しようとは思うが、それを突き破る圧倒的な快感が突き抜けた。

 

「い、いくうっ」

 

 息の音もとまるような痛烈な快感だった。

 我慢しようと思ったものの、できると考えたのも一瞬にすぎなかった。

 股間を嬲るように動き続けるロウの足の指は、アスカの矜持や自尊心や自信といったものを、嘲笑しながら木っ端みじんに粉砕するかのように、アスカの気持ちのいい場所を刺激し続けた。

 強烈な甘美感が電撃のように股間から頭の芯に連続で貫き、ロウに包まれるような被虐の性に真っ逆さまに落ちていくような錯覚とともに、アスカは思わず、絞り出すように声をあげてしまったのである。

 

「もうか? 俺に性技を披露してくれるんじゃないのか?」

 

 ロウが足の指をアスカの股間で動かしながら、くすくすと笑った。

 しかし、もうとまらない。

 

「ふくううう」

 

 アスカは、ぶるぶると太腿の筋肉を痙攣させて、土下座の姿勢のまま顔をのけ反らせた。

 そして、がっくりと自失してしまう。

 ほとんど瞬時といってもいいくらいの時間でしかなかったと思う。

 後にも先にも、これ程に簡単に自分が達したのは初めてだ。しかも、なまじ耐えようとした分だけ、絶頂感も凄まじかった。

 まあ、大して耐えてはいないが……。

 

 とにかく、それがたった一本の足の指なのだ。

 これが本格的な愛撫になれば、どれくらいの快感になるのだろう。

 アスカは本当に怖くなってきた。

 

「呆気ないな、ラザニエル。そんなに簡単に達したら、後がもたないぞ。まあいい……。俺の股間を舐めてくれ。俺の精を出すことができたら、寝台にのぼらせてやろう。そしたら開始だ。その代わり、足の指で達するごとに、あんたから一枚脱がせてもいく。あんたが俺から精を絞りとるのと、あんたが全裸になってしまうのと、どっちが早いかな?」

 

「いくごとに一枚?」

 

 アスカは快楽の頂点を極めた余韻に浸りつつも、ロウの言葉に眉をひそめた。

 

「あっ」

 

 そのとき、股間に冷気を覚え、もう、びっしょりと濡れている股間の下着がさっと消滅したのを感じた。

 ロウが消したのだろう。

 

 それにしても、ロウが淫魔師だというのは、アスカ城からこいつが逃亡を計ったときに知ったことだが、アスカとしては、淫魔師などといっても、結局は性技が上手だというだけの能力のことだと思ってもいた。

 こんな風に、魔道遣いと同等のことができるというのは驚きだ。

 そもそも、こいつはアスカの魔道を、道具もなしに一時的に封印したと言っているし、実際にそうなっている。

 だが、それはかなりの魔道力に差がないとできないことなのだ。

 

「ほら」

 

 ロウがアスカの両脇を抱きかかえるようにして、自分の股間にアスカの顔が密着するようにさせる。

 床に密着して離れなかった手足が、嘘のように抵抗なく床から剥がれたのだが、ロウの手がアスカの両脇からなくなったときには、今度はロウの腰を抱く体勢で、腕を水平に並べるようにして、ロウの向こう側で再び粘着体で密着してしまっていた。

 しかも、今度は一瞬してロウの服が消滅した。

 これも、怖ろしいほどの魔道だ。

 アスカは唖然とした。

 

「お、お前、本当に淫魔師というだけなのかい? それとも、わたしに感知ができないだけで、実は凄い高位魔道遣いじゃないのかい?」

 

 思わず言った。

 ロウが声をあげて笑った。

 

「そんなものは遣えないよ。そういうことも言う女もいるけど、俺の能力は性技限定だ。そして、俺はちっともすごくないし、できるのは、相手をしてくれる女性に快感を極めさせてあげることだけさ。もっとも、俺はそれ以上に愉しんでいるけどね。それよりも、ほら」

 

 ロウが股のあいだの男根をアスカの唇に押しつけるようにしてきた。

 アスカも意を決して、ロウの性器の尖端に口づけをする。

 決めたのは、自分が達する前に、絶対にロウから精を抜いてやるということだ。

 こいつが淫魔師で、この二年のあいだに女扱いに手慣れたとしても、アスカの性経験の多さはロウの数十倍もあるだろう。

 負けて堪るか──。

 

「舐めるんじゃないよ。今度こそ、お前の腰を抜かしてやる」

 

「舐めるのは、ラザじゃないか」

 

 ロウが声をあげて笑った。

 

「な、なんだい、“ラザ”ってのは――」

 

「ラザニエルなんて長いからね。ちゃんと名前を呼んで欲しければ、俺を性の技で圧倒してくれよ」

 

「言ったねえ。腰を抜かすんじゃないよ」

 

 苦笑しつつも、アスカは本格的な刺激を与えるために、大きく口を開いてロウの怒張を飲み込んでいく。

 それはともかく、なぜか愉しい……。

 そういえば、こんなに軽い気分で男と寝るのはいつぶりくらいだろう?

 いや、こいつが意図的に軽口を繰り返して、重くない雰囲気を作ってる?

 まあいい。

 いずれにしても、セックスでアスカが人間男に負けるなど、沽券にかかわる。

 すると、ロウの足の指が立膝をしている太腿の裏当たりをすっすっと動かした。

 

「んんっ」

 

 なんでそんなところを刺激されるだけで──。

 唖然とするほどの疼きが走り、それによりアスカの全身がぶるりと震える。

 

「そんなに、俺の足の指が気に入ったか、ラザ?」

 

 ロウが笑いながら、足の甲側でくすぐるように、アスカのスカートの中の双臀の亀裂を上下した。

 

「くうっ」

 

 思わず口を離して、身体をのけ反らせる。

 本当に信じられない。

 なんのことはない足の指による刺激だ。

 ロウ自身が言う通り、もはや愛撫ともいえないだろう。

 それにもかかわらず、激しすぎる快感が迸る。

 

「愛撫をやめちゃあ、だめじゃないか、ラザ」

 

 ロウが寝台に腰掛けたまま両足をあげるようにして、片側の足では尻を後ろから愛撫しつつ、もう一方の足では、足の裏全体で前側の股間を揉むように動かしてきた。

 

「んふうっ」

 

 アスカは身体をのけぞらせかけた。

 しかし、必死に耐えて、ロウの怒張を咥え直す。

 このまま、翻弄されるだけなんて冗談じゃない。

 希代の魔女と言われ、パリスに仕立てあげられたとはいえ、何百人もの性奴を性の技でたらし込んでやったアスカだ。

 それが、淫魔師とはいえ、なすすべもなくやられるなど……。

 

「あっ、あああっ」

 

 しかし、本格的に腰の前後でロウの足が動き出したかと思うと、凄まじい勢いで快美感が駆けあがり、またもやアスカは呆気なく絶頂を極めてしまった。

 嬌声をあげたことで、口からロウの一物がこぼれ出た。

 

「口ほどでもないなあ……。満足に舐めることもできないのか? とにかく、二枚目だ」

 

 アスカの胸がすっと解放された感じになる。

 今度は胸を締めていた胸当ての下着だ。

 それが消滅させられた。

 

「くっ、ちょ、ちょっと待ってな。ちゃんと気持ちよくしてやるよ」

 

 アスカは慌ててロウの股間を頬張る。

 

 だが、結局、そんなにはもたなかった。

 ロウの一物に愛撫らしい愛撫もできず、今度は股間と胸を足で刺激されて、またもや、ロウへの奉仕を満足にできないまま絶頂して果てた。

 

「んぐうううう」

 

 アスカはがくがくと身体を震わせて昇天した。

 

「じゃあ、罰だ。あとがないぞ」

 

 さっと、スカートが消滅する。

 

「はあ、はあ、はあ……。こ、今度こそ……」

 

 激しい連続絶頂で呆けそうになった自分を叱咤して、アスカはロウの一物を咥え直す。

 ふと見ると、ロウが愉しそうに微笑んでいた。

 

「はあ、はあ、はあ……、い、いや、ちょっと待っておくれ……」

 

 アスカは、その余裕に忌々しいものを感じてしまって、ちょっと口を離した。

 ロウが愛撫のために、あげていた足をおろして、アスカを見下ろす。

 いずれにしても、アスカとしても、態勢をとりなおすために、時間が必要だと思い直したのだ。

 ここまで連続絶頂をさせられると、身体が敏感になりすぎて、どうせ、すぐに絶頂させられるだけだ。

 少し、時間を離して回復させないと……。

 すると、ロウが突然に笑い出した。

 

「な、なんだい?」

 

 アスカはその笑い声がちょっと大きかったので、怪訝なものを感じて顔をあげた。

 

「本当に面白いと思ってね。ガドは、とても情熱的で一生懸命で一途だけれど、ラザもまるで同じだと思ったんだ。短絡的でちょっと思慮足らずで、思考が浅いことがね」

 

「し、思考が浅いって、なんだい?」

 

 さすがに、アスカもむっとして言い返した。

 ロウがにやりと微笑む。

 

「だって、いま、目的を忘れてるだろう? これはラザがかけられているパリスの呪いを解呪するための行為なんだぞ。だけど、いつの間にか、俺との性技勝負のような気になっていたんじゃない」

 

「なっ」

 

 ロウの指摘に、アスカは自分が絶句して、顔を赤らめるのがわかった。

 まさに、そうだったからだ。

 

「あんたは俺との性交に溺れるのを懸命に抵抗しようとしてるみたいだけど、溺れていいんだよ。それが解呪に必要だし……。それに無駄だし……」

 

「む、無駄って……」

 

 言い返そうと思ったが、確かに、それを主張していいくらいの性技の上手さがある。

 すると、また、ロウがくすりと笑った。

 

「な、なんだい……?」

 

「もう、忘れてる……。まあ、いいや。いずれにしても、ガドにも、あんたにも、助けてくれる者が必要だね。お互いを支え合うといいよ」

 

「お、お前に言われなくても……」

 

「そうか? とにかく、ガドは百年間もこのナタル森林の女王として、それなりに振る舞ってきた。女王は女王だ。だけど、実際にはイムドリス宮にとじ込もっていただけで世間知らずに近い。助ける者が要る」

 

「そりゃあ……」

 

 もちろんそのつもりだ。

 ガドニエルには、本来はアスカが負うべきだったエルフ族王家の嫡女としての責任や義務を押しつけ、長く出奔して、ひとりにさせ続けたという負い目もある。

 これからは、アスカの力を尽して、あいつを支えていこうとは思っている。

 

「今回の失敗は、イムドリス宮という閉鎖空間に女王が留まり、施政機関である水晶宮から完全に離れていたことによるものだよ。ガドにもそう言ったんだけど、長いあいだの慣習なんだってね。そうやって、女王が隠れて姿を見せないことで、エルフ族王家の神秘性を高めて、権威を保つ方策ということなんだってね」

 

「ま、まあ……ね……」

 

「しかし、今回は分かれていることを、パリスのような一派につけいられてしまい、あまつさえ、女王は入れ替わってということが長くわからなかったという失態を招いた。これがほかの王国なら考えられないことさ」

 

「そ、そうかもしれないけど……」

 

 アスカはとりあえず言った。

 これについては、ロウの言う通りだろう。

 そもそも、エルフ族王家は、現存するどの人間族の王国よりも長く存在していて、その起源は古代時代の神話にまで遡る。

 

 そもそも、もともと存在していたのは、イムドリス宮という異空間のような場所に存在するエルフ族王家であり、ナタル森林に拡がるエルフ族やそのほかの種族の里との繋がりなどなかったし、エランド・シティのような城郭も存在せず、ましてや、行政機関である水晶宮もなかった。

 ただ、森とイムドリス宮という世界があっただけだ。

 

 それが、魔法石というほかの土地では生産できない魔法鉱石の出現により、経済的な繋がりや活動が活発になり、もともとの種族以外の人口も増大し、施政機関として役割も果たさなければならなくなり、エランド・シティが建設され、水晶宮という施政機関が整備された。

 ただ、イムドリス宮はイムドリス宮であり、エルフ族の王はそこに留まるものとされ、現在のような二重構造になったのだ。

 ロウの言葉の通りに、パリスや皇帝家につけいられたのは、それが遠因だろう。

 

 水晶宮のカサンドラはパリスに洗脳されて堕ち、イムドリス宮のガドニエルはパリスの準備した魔道で魔物化して、イムドリス宮そのものを占拠されるという失態をしたが、それぞれ独立に起きたことだ。

 もしも、もっと連携した状況であれば、ましな対応ができた可能性はある。

 しかし、なんでそんなことをロウに言われなくてはならないのか。

 また、どうして、そんなことを語りだしたのだろう。

 

「もうイムドリス宮は閉鎖しなよ。いい機会だ。水晶宮を支配する女王の存在するイムドリス宮はいらない。水晶宮そのものが、施政の場所であり、執政機関であり、意思決定機関でいい。あんたが水晶宮の太守でいいんじゃないか」

 

 ロウが淡々とした口調で言った。

 アスカはびっくりした。

 

「な、なんでお前にそんなことを言われなきゃならないんだい――」

 

 怒鳴った。

 しかし、ロウはにこにこと微笑むだけだ。

 

「まあ、聞きなよ。とにかく、あんたが水晶宮で事実上の女王として、ナタルの森のことを仕切ればいい。ガドについては、もう解放してあげなよ。それに、俺はもうガドについては、ハロンドールに連れていくと決めている。あんたやエルフ族たちが反対すれば奪うだけさ。俺とガドがその気になれば、あんたにもとめられない。そうしたら、どっちにしても、ラザが女王をするしかない」

 

「と、とにかく、そんなことできるわけないだろう」

 

 しかし、一方でロウが本気になれば、それと阻むことはできないだろうと思った。

 なぜかわからないが、ガドニエルの魔道は、いまのアスカの能力を遥かに上回っているし、ロウの淫魔術は女を奴隷にする技である。

 ロウがその気になれば、アスカは操られて、阻止しようとする意思そのものを消失させられるかもしれない。

 ロウは悠々と、ナタルの森の女王をさらっていくだろう。

 

「わかっているよ。だから、双方が納得する方法を考えようということだよ。施政をする場所としても、最高意思決定者の存在するという位置づけのイムドリス宮はもう必要ないと言っているだけだよ、俺は。イムドリス宮の存在を無くしてしまえと主張しているわけじゃないんだ。そんなことをすれば、エルフ族社会の混乱と騒乱を生むだけだ。イムドリス宮は残すのさ。むしろ、今後はさらに閉鎖を強めて、女王は滅多には外には出ないことにする。謁見もなしだ──。これまでガドが果たしてきた表向きの役割は、すべて水晶宮の主人としてのあんたがやる。ガドは表向きはイムドリス宮に存在し、権威の象徴としての役割に徹する」

 

「表向き──? お前、イムドリス宮にガドニエルがいるということにして、実際には空っぽにして、あいつをハロンドールに連れていこうと言っているのかい──」

 

 驚いて声をあげた。

 しかし、ロウは微笑みながら首を横に振る。

 

「いや、俺が考えているのは、イムドリス宮そのものをハロンドールに移すということさ。うちに、古代魔道に異常に詳しい娘がいてね。そいつが言うには、そもそも、エルフ族のイムドリス宮という空間は、亜空間魔道と呼ばれる系統のものであり、水晶宮との連接についても、別にこの空間における距離的なものとは無関係なものらしい。まあ、それなりの処置は必要だけど、イムドリス宮をハロンドールに移して常設し、必要なときのみ、魔法石に魔道増幅の補助をさせて、水晶宮と繋げるということはできるそうだ。通信のみの連接なら、もっと簡単らしいけど」

 

「イムドリス宮そのものをハロンドールにだって──?」

 

 驚いたが、アスカの知識でも、確かに不可能ではないと思う。

 もともと、イムドリス宮というのは、空間としては、現実空間にはどこにも存在しない魔道的な場所だ。

 いわば、収容魔道の拡大変形とも称することができるものであり、亜空間であるので、通常の移動術に比して、距離的な制約は極限するし、そもそも、移動術にしても、アスカはナタルの森の外縁部からエランド・シティまで連続跳躍で一気に移動してきた。

 

 同じ移動紋をハロンドール内にも繋げれば、理論的にはハロンドールの王都からでも一気跳躍はできる。

 もっとも、それには巨大な魔道力が必要だが、アスカを上回るガドニエルなら、それもできるだろう。

 イムドリス宮を移すということについては、それよりも簡単だ。

 ただ常設の出入り口をどっち側に繋げるかということであり、ハロンドール側に常設すれば、そっちとの出入りは簡単になり、水晶宮に繋げるときには、それよりもちょっと大きな魔道が必要になる──。

 そういうことになるだけだが、頻繁な水晶宮との人間の出入りがなければ、問題がないというよりは、誰も気がつかないかもしれない。

 無論、イムドリスに留まり、ガドニエルの世話をする者たちはわかるが、そいつらが黙っていれば、イムドリス宮がいつの間にか、ハロンドールに繋がっていたとしても、ほとんど問題はない。

 

「……なるほどね……。だけど、まずはイムドリス宮に残ってガドニエルを世話をする侍女や護衛をする親衛隊については騙しおおせない。そいつらの口を封じることが必要……。もうひとつは、ハロンドール側の受け入れだ。公にしなくても、イムドリス宮のある空間がハロンドールに移ることにより、理力波の大きな変異が王都に発生するはずだ。こっち側については、わたしがいるからうまく対処できるが、ハロンドール側については、誰にも知らせずに、イムドリス宮を繋げることはできないよ。バロンドール王の認可が必要さ」

 

「うまくやるよ……。それから、侍女や護衛の女親衛隊については、新しい人選はいらないからね。ここで囚われていて、頭をやられた者は俺が全員回復させるから。ガドも魔道じゃあ難しいと言っていたけど、やってみたら、治療できたから」

 

 ロウがあっさりとした口調で言った。

 しかし、アスカはびっくりした。

 おそらく、ダルカンによって、媚香で頭を狂わされた女たちのことだろう。

 しかし、彼女らについては、アスカはアスカの魔道でも完全な回復は不可能と諦めていた。

 魔道の治療術は、気の狂った者を治せないのだ。

 

 だが、治療ができた?

 そもそも、いつ?

 

「なに言ってんだい? ここで囚われていた女たちのことを言ってんのかい?」

 

「そう言ったよ。アスカとかガドがばたばたしてるときに、ブルイネンにたまたま教えられたかね……。あのアルオウィンという可哀想な女性の妹さ。セリアだったかな? その娘だというんで、試してみた。淫魔術を注ぐことで簡単に正気に戻せたよ」

 

 アスカは唖然とした。

 同時に淫魔術の凄さを思い知るとともに、それならば、是非ともお願いしたいし、ガトニエルとロウに対する多くの心酔者を手に入れられると思った。

 とにかく、びっくりした。

 しかし、いつの間に……。

 

「それだけじゃなく、俺はガドと正式に結婚をするつもりだ。子爵で不足なら、さらに高い爵位でも手に入れる。もう、ガドと約束したんだ」

 

 ロウがきっぱりと言った。

 アスカは肩を竦めた。

 

「ふん――。だったら、王にでもなるんだね。形式だけの婚姻ということにでもすれば、人間族との王との婚姻関係だったら、族長会議は認めるかもしれない。過去にそんな例は数回ある。だけど、ただの一貴族に、ナタルの森の女王が嫁ぐなんてありえないよ」

 

「王か……。公爵くらいで勘弁してくれないかなあ」

 

 ロウが頭を掻いた。

 アスカは笑ってしまった。

 

「吹くねえ──。そうかい、公爵になるのかい──。だったら、公爵になったら、族長会議への説得も協力するさ。だが、百年以内くらいには実現しておくれよ。あいつも待ちくたびれる。それまでは、身体の関係だけで我慢するんだね」

 

 アスカは言った。

 ロウはにやりと笑った。

 

言質(げんち)はとったよ。じゃあ、かなり休んだし、また始めようか。全裸になるまでに、せめて、一回くらいはいい気持ちにさせてくれよ、ラザ。実をいうと、俺は百回は問題なく精を連続で出せるんだよ」

 

「百回──?」

 

 嘘だろうと思ったが、ロウの足が無造作にアスカの股間に動いた。

 

「いひいっ」

 

 アスカはたちまち感じさせられてしまい、すべての思考が吹き飛んでしまった。

 

「ちょ、ちょっと待って……、く、口で……」

 

 しかも、足だけでなく、手による愛撫まで加わった。

 慌てて、こいつの股間をしゃぶろうとするが、粘性体で姿勢を固定されているので、うまく届かない。

 

「いや、俺を性の技で圧倒するなんて、あんたでも無理さ。とになく、そろそろ寝台にあがりな。本物のセックスをしようよ」

 

 ロウが笑いながらアスカの全身をまさぐる。

 触れている場所の全部で快感が爆発する。

 こんなの耐えられるか――。

 

「あはあああっ」

 

 あっという間に絶頂した。

 なにがなんだかわからない……。

 

「さあ、あがっておいて、ラザ」

 

 がくがくと身体を震わせてのけ反るアスカにロウが言った。

 気がつくと、最後の一枚の服も失っていて、粘性体も消滅していた。

 しかし、かっとなった。

 こんなひとり敗けは、アスカの矜持が許さない。

 

「はあ、はあ、はあ……、ま、まだだ。負けてないよ――。こ、この髪留めがある。こいつで、もうひと勝負だ。こ、股間を向けな」

 

 アスカは自分の髪から装飾具を外して怒鳴った。

 

「本当に似た姉妹だなあ……。じゃあ、勝負をしてあげるよ。ただし、次に負けたら両手を拘束して、俺とセックスしてもらう」

 

 ロウが苦笑したのがわかった。

 

「ほう? なら、わたしが勝てば、お前が縛られるんだね?」

 

「いいとも」

 

「やってやるよ。そうなればこっちのものさ」

 

 アスカは高笑いした。



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515 魔女の屈服

「お、おおおっ、いくううっ、いくよおおっ」

 

 アスカは、ロウの腰の上で雄叫びをあげて大きくのけ反った。

 ひっくり返らないように、アスカの裸身を支えているロウが余裕たっぷりに笑うのがわかる。

 

「また、先にいっちゃうのか、ラザ? いいけどね。いつになったら、俺をいかせてもらえるのかなあ」

 

 ロウが揶揄するように言うが、もうどうにもとまらない。

 

「そ、そんなこと……い、言われても……いぐうううっ、いぐううううっ」

 

 そして、結局、またしても、アスカは呆気なく絶頂してしまった。

 

 ロウと続いている逢瀬の最中だ。

 

 アスカは後にも先にも、ことセックスにおいて、自分がこれだけ子ども扱いされた経験はない。

 しかし、それが事実だった。

 もう、始まってから、どれくらいの時間が流れたのかも、よくわからない。

 また、アスカの両腕は、背中で組んで、こいつの粘性体で固定されていた。

 達した方が拘束を受けるという賭けでも負けて、十回分くらい負け越しているので、その数をロウが達しないと、アスカの拘束は解いてもらえない。

 まあ、それだけこいつが達するあいだに、アスカは百回は昇天させられそうだ。

 意識なんて保てないだろう。

 

「んはあああっ、ま、待って、息が、あ、ああああっ」

 

 また、快感がせりあがる。

 アスカは全身をのけ反らすとともに、必死に歯を喰い縛って耐えた。

 

 いずれにしても、ロウとのセックスが始まるまでは、たとえ相手が伝承の淫魔師であろうと、それなりに相手ができるだろうと考えていたが、それは甘かった。

 男に尽くす性技は持っているし、それを最大限駆使して、ロウを悦ばそうと張り切っていたのだ。

 

 だが、それどころではない。

 拘束くらいされていたって、いくらでも相手を圧倒する性技があるはずだったが、アスカの房中術など、ロウの愛撫に対しては児戯にも等しく、なにもできないまま次々に絶頂させられ、その都度、アスカからの責めは中断されることになり、ロウは達することなく、アスカだけが昇天を繰り返すということが続いている。

 身体の感度もあがりすぎて、なにをされも感じてしまう。

 もはや、いき狂いの状態だ。

 

 アスカともあろう者が……。

 

 最初は寝台の下における「遊び」だった。

 

 アスカが達するたびに、ロウがアスカが身に着けているものを一枚ずつ消滅させ、全裸になるまでに、ロウを口で射精させるという勝負だったのに、結局のところ、アスカはロウを一度も射精させることができないまま、完全な全裸になってしまったのだ。

 最後には、髪留めまで「勝負」に数えたが、それでもだめだった。

 アスカは、いまは一糸まとわぬ全裸状態だ。

 達したら拘束を受けるという賭けもしたので、寝台でも連続絶頂で果てたアスカは、後手拘束の状態でもある。

 

 その後、ロウの「慈悲」により寝台にあげられたが、ロウは、アスカがロウを一度射精させてから、その後、解呪のための「本番」を開始しようと告げたのだ。

 つまりは、それまでは、本番ではないのだそうだ。

 これまでは、前戯にもなっておらず、これからが前戯だと笑っていた。

 ただ、それまでに、アスカはほんの短い時間で立て続けに絶頂させられてしまっていて、自分でも信じられないくらいに全身の感度があがりまくっていた。

 正直、あの時点でもう休みたかった。

 アスカは茫然とした。

 

 それから続く、逢瀬だ。

 さまざまな体位で抱き合うが、達するのはアスカばかりで、驚くことに、ロウは一度も達していない。

 

「んぐううっ」

 

 結局、またもや、アスカは全身を震わせて、絶頂により脱力した。

 

「まだまだだよ……。おいで……」

 

 しかし、休ませてはもらえない。

 すぐに新たな体位にされる。

 だが、心臓が爆破しそうだ。

 アスカは、身体を持ちあげられて、胡坐に座り直したロウの両脚を大きく跨いで向かい合わせにされた。

 これまでは女上位の体位だったのだが、今度は対面座位か?

 

「はあ、はあ、はあ……、か、身体が……痺れて……さ、触られている場所が……あ、熱い……」

 

 アスカは懸命に息を整えようとした。

 だが、その息を邪魔するように、ロウが笑いながら、唇でアスカの口を塞ぐ。

 

「ほら、ラザ」

 

 舌を口の中に深く差し込まれて嘗め回される。

 その瞬間、またもや思考が消える。

 差し入れられるロウの舌を、アスカは夢中になってそれをむさぼった。

 すると、それだけで大きな疼きが駆けあがり、それだけで、アスカは達しそうになってきた。

 

 な、なんで、こんなに感じるのか……?

 自分でももうわからない。

 

「そら、お座りだ……」

 

 ロウがからかうような物言いで、ひょいとアスカの腰を浮かして、怒張の先端にアスカの股間を当てて手を離す。

 

「んほおおおっ」

 

 なんでもない動作なのに、一気に深いところまでロウの性器が貫き、アスカは身体をがくがくと震わせて大きくのけぞらせた。

 軽く達してしまったのだ。

 

「もうなにをやっても、絶頂しそうだな。そら、口づけの途中だろう? 俺を気持ちよくしてよ」

 

 ロウがアスカの股間を怒張で貫かせたまま、再び舌をアスカの口に差し込んでくる。

 呼吸が苦しいが、ロウの舌の気持ちよさに抵抗できない。

 

「んああ、はあ、んはああ、んはっ」

 

 舌と舌を絡め、唾液を吸い合う。

 しかし、舌先さえも痺れ切り、ロウになにもすることができない。

 ただ、ロウの舌で口の中を蹂躙されるだけだ。

 凄まじい快感……。

 

 とにかく、アスカは、ロウと完全に結合したまま、舌を絡ませ合い、唾液を吸い合い、そして、頬を激しく擦り合わせたりした。

 ロウの言い草じゃないが、確かに、なにをどうされても、気持ちがいい。

 両手はロウによって、粘着体で後手に拘束されているが、その不自由さを感じるゆとりはない。

 もう、身も心も、すっかりとロウに与えてしまった気分だ。

 アスカは、恍惚感に浸りきっていた。

 

「可愛い少女みたいだな、ラザ」

 

 口を離したロウがくすくすと笑う。

 アスカは、荒い息を続けながら、思わず苦笑してしまった。

 

「しょ、少女って……。わ、わたしを……い、いくつだと……思ってんだい……」

 

「さあね……。だけど、見た目は少女さ。以前の黒髪も迫力があってよかったけど、その黄金の髪は、ラザをずっと若く見せるよ。精はまだあげていないけど、唾液からも、俺の吐いた息を吸うだけでも、俺の淫魔力が注がれるからね。もう、始める前よりも、ずっと見た目が若くなっている。あんたをアスカと思いだす者も皆無さ」

 

 なにを言っているのかよく理解できない。

 もう、快楽が強すぎて頭が回らないのだ。

 

「はあ、はあ、はあ……。い、いい加減に……」

 

「だったら、早く俺をいかせてくれよ、ラザ。さもないと、いつまで経っても、このままだ……。まあいい。じゃあ、始めようよ……。前戯の続きをね……」

 

「ぜ、前戯って……」

 

 なにが前戯だと思った。

 これが前戯で、その後に本番なんだとすれば、本当にアスカは死んでしまうと思った。

 どうやら、この男特有の言葉の悪戯なのだと思うが、一方で、本当にそう思っていそうで怖ろしい。

 だが、ロウがアスカの乳首を口を含みながら、揉むように顔を動かされて、腰を回すように押し回されると、アスカの思念は吹き飛んだ。

 

「んああっ、んなああああ」

 

 またもや、アスカは一匹の性獣に変えられてしまう。

 すぐに、アスカは昇りつめそうになった。

 それにしても、もう何度頂上を極めてしまったのだろう。

 アスカの記憶の限りにおいても、これほどの数をこれだけの短い時間で繰り返し昇りつめた経験はない。

 

 とにかく、アスカはロウの上に乗せられ、次にはロウを乗せ、そして、再びアスカが上にさせられるということを繰り返し続けながら、全身の肉という肉がすべて溶けきったような快美感に陥っていた。

 

「い、いい加減に……」

 

 アスカは懸命に自分を叱咤し、受け入れているロウの一物を膣で波のように締めつけた。

 根元の部分から先端にかけて、絞りあげるように順番に膣圧で刺激していく。

 これで、いかなかった男はいない……。

 

「おっ、じゃあ、ここはどう?」

 

 しかし、ロウが口を離してそう言い、すぐに胸を舐める態勢に戻るとともに、アスカの双臀に手をやり、尻たぶを割り裂くようにして、指を菊門の中に入れてきた。

 いつの間にか、指に油剤でもまぶしたのか、すっぽりと奥まで挿し入れられて、中で指を曲げられて掻くように動かされる。

 股間の律動と乳房への刺激に、さらに尻穴の愛撫が加わり、アスカはこの世のものとも思えない快感に、拘束された裸身を引きつらせる。

 もうわけがわからなくなった。

 全身が弛緩していくのがわかる。

 

「くっ、くうううっ、ま、また……」

 

「いいよ、ラザ、いつでも、そして、とことん達してくれ」

 

 その言葉が終わると同時に、アスカはまたもや黄金の髪を振り乱して達してしまった。

 すると、ロウの唇が乳首から離れて、アスカの口に近づく。

 アスカは夢中になって、再びロウの舌を吸った。

 こいつとの性交はすべてがすごいが、キスはとにかく気持ちいい……。

 夢中になってむさぼる。

 一方で、股間だけは懸命に締めつける。

 根元から亀頭に向かって全体を絞りあげるように……。

 今度こそ……。

 

「おおっ、すごいなあ……。じゃあ、ご褒美だ」

 

 すると、こいつが舌を絡ませあったまま、繋がっている腰を激しく揺さぶってきた。

 

「んふうううっ」

 

 快感が迸った。

 達したばかりの全身が途端に絶頂感に襲われて、アスカはがくがくと激しく身体を痙攣させた。

 

「ほらいけ」

 

 さらに、ロウが股間だけでなく、アスカのお尻に挿さったままの指を動かした。

 

「あああ、またいぐううう」

 

 アスカは、またまた先に達してしまった。

 

「また、先に達したな……。でも、ちょっと惜しかったよ……。まあ、気持ちよかった」

 

 ロウがアスカから一物を抜き、アスカの裸身を横たわらせながら笑った。

 身体の力がまだ抜けているアスカは、なすがままに仰臥させられながら、荒い息をしながら、ロウを恨めしく見あげる。

 もはや、性技で敵わないことは認めざるを得なかった。

 だが、そろそろ許してくれてもいいんじゃないか?

 ここまで一方的に、自分だけが達し続けるというのも虚しい。

 

「も、もう、わ、わたしはいいから……。お前が気持ちいいように……」

 

 それにしても、こいつはとことん、女に尽くすことにしか興味がないのか──?

 こいつにしたって、自分が気持ちよくなることを蔑ろにして、アスカばかり絶頂をさせて、なにが愉しいのか──?

 もっと、自分勝手なセックスはしないのか──?

 どうして、こんなに尽くそうとするのか……?

 

「心配ないよ、ラザ。あんたが気持ちよさそうによがるのを見るのが愉しいからね……。さあ、時間はたっぷりあるし、続けようか」

 

「ま、まだ続けるのかい──」

 

 アスカは思わず言った。

 すると、ロウが噴き出す。

 

「なに言ってんだ。ここで終わってどうするのさ」

 

 ロウが笑いながら言う。

 それではっとした。

 考えてみれば、アスカがロウに抱いてもらっているのは、こいつに精を放ってもらって、淫魔師の刻みをしてもらい、それによってパリスの呪いを解呪してもらうためなのだと思いだした。

 つまりは、この男の言う通りに、ロウが精を放たない状態では、まだ始まってもいないというのが正しい。

 そもそも、こいつは驚くことに、まだ一回も精すら放っていない。

 

「はあ、はあ……、だ、だったら、早く終わらせておくれよ──。か、身体がばらばらになっちまう──。頼むから、お前が愉しんでおくれよ」

 

 本気で言った。

 なにが面白のか、ロウが声を出して笑う。

 

「なら、もう一度、座ったまま結ぼうよ。俺はこの体位が一番好きなんだ。あんたとぴったりとくっつけるしね。もっと一緒に愉しもう」

 

「わ、わたしはいいんだよ──。お前が愉しむんだよ」

 

 アスカは抗議した。

 

「愉しんでいるよ。あんたのような美女と好きなように身体を重ね合っているんだ。これが愉しくないなんてことないさ」

 

 ロウが頬を綻ばせた。

 まるで、心の底からそう思っているかのような、屈託のない笑顔だ。

 アスカは苦笑した。

 

「や、やな、奴だよ……。お前は……」

 

「やな奴?」

 

 ロウが首を小さく傾げた。

 

「わ、わたしは……お前を……殺そうと……したこともあるし……。自分勝手な都合で……お、お前の世界を捨てさせて召喚した……悪女……だ。それを……嬉しいとか……」

 

「嬉しいさ。ラザは美人だしね」

 

 ロウは微笑んだままだ。

 アスカはなんだか、得体の知れないふんわりしたものに包まれているような錯覚を覚えた。

 

「……まあいい……。と、とにかく、性奴隷にでも、なんにでもしておくれ……。お、お前には降参さ……」

 

 アスカは心の底からそう思った。

 よくわからないが、こいつの包容力には絶対にかなわない。

 そんな気持ちだ。

 なんとなくだが、エリカやノルズやガドニエルといった女傑たちが、こぞってロウに夢中になってしまうのがわかる気がした。

 こいつの素晴らしいところは、性技が上手なことではない。

 ロウとの性交で感じるのは、こいつに支えられ、優しくされ、そして、包まれているという幸福感だ。

 

 なんともいえない安心感……。

 それが、ロウとの性交だ。

 

 それは、およそ、アスカのこれまでの人生では、一片たりとも得ることができなかったことであり、ロウであれば、裏切られても、まあいいやと思えるような不思議な信頼感に染まっていく。

 

 だから、まあいい……。

 いいんだ……。

 こいつの奴隷というのも……悪くないかも……。

 

「まあ、性奴隷の刻みをしないと解呪できないからするけど、悪いことばかりじゃないよ。おそらく、あんたの魔道力は跳ねあがると思う。ガドも十日足らずのあいだやり続けてたら、あっさり限界突破しっちゃったしね。ラザなら、それ以上になる。請け負うよ」

 

 えっ……?

 なにを言ってるのだ?

 

「ま、魔道力があがる? ちょ、ちょっと待ちな──。もしかして、ガドニエルの魔道力が怖ろしいほどに向上していたのは……」

 

「うん──。俺の淫魔力の影響だね。俺の淫魔力にはそういう効果があってね。ガドだけじゃなく、エリカや、ほかのみんなの能力も、このところ凄いことになっている。嘘じゃなくて、身体を重ねれば重ねるほど、みんな能力があがるんだ。ちょっと怖いくらいさ」

 

 ロウが笑った。

 だが、アスカは唖然とした。

 淫魔師に支配されると、能力があがる──?

 そんな話は聞いたことがないし、信じられないが、腑に落ちることはある。

 

 パリスと対峙したとき、スクルドとやらの魔力も足していたとはいえ、ガドニエルの魔道力は、アスカを遥かに圧倒するほどであり、なぜそんなにガドニエルが魔道力があがっているのかが不思議だったのだ。

 無論、アスカとガドニエルは、百年も会ってはおらず、そのあいだに、なんらかのことで急成長したということもあり得るかもしれないが、あのときのガドニエルの魔道力があったなら、なぜ、パリスの一派によって、呆気なく魔物化の魔道をかけられてしまったのかが、逆にわからなかった。

 

 パリスは、アスカに命じて作らせたガドニエル用の魔道封じ護符を使って、ガドニエルを陥れたはずだが、そもそもアスカとガドニエルの魔道力に大きな差があったなら、アスカの作った魔道封じの護符など、効果があるわけがなかったと思う。

 しなしながら、あのとき、ガドニエルは、パリスやアスカの魔道力では太刀打ちできないほどの魔道力を確かに保持しており、アスカの力を軽く凌駕していた。

 だから、アスカの護符がガドニエルの魔道を封じられたはずがないはずだった。

 原則として、魔道の力が高い者には、低い側から強力な魔道をかけることができない。

 これが魔道法則だ。

 ところが、事実として、アスカの護符を得たパリスの一派は、ガドニエルを無力化して、魔物に変えて放逐した。

 

「ほ、本当に、本当にいまのは本当なのか──? お前に支配されると、女の能力があがるというのが……?」

 

「女側だけじゃないよ。俺にも影響がある。あんたのような強い女を支配すると、俺の能力も跳ねあがる。俺の能力があがることで、女側の能力もさらにあがる。淫魔力というのは相互依存なんだよ」

 

 ロウはあっけらかんと言った。

 アスカは呆然としてしまった。

 

「さあ、そんなことより、セックスだ。もっと愉しもうよ、ラザ」

 

 ロウがアスカを抱え直して、再び自分の膝の上に乗せあげようとしてくる。

 

「わ、わかったから──」

 

 もう、どうにでもなれ──。

 アスカは、胡坐に座っているロウの上に跨り、再び膣をロウの怒張に埋めていった。

 

「くうっ、ううっ、くううう──」

 

 だが、まだ最奥まで届かないうちに、アスカは声をあげて悶えさせられた。

 ロウの怒張の先がアスカの股間に内側の気持ちのいい場所を擦りあがって、泣くような快感がまたもや迫りあげられたのだ。

 

「はあ、あああっ、はああああっ」

 

 そして、腰を下から持ちあげられて律動を開始される。

 もう、なにもかもわからなくなる。

 こいつの性交は、ひと擦り、ひと擦りが気持ちよすぎる。

 アスカは背中を弓なりにした。

 すると、ロウがアスカの肩をしっかりと抱いて、さらに自分に引きつけようとする。

 気がつくとアスカは、ロウの動きに合わせるようにして、腰を上下させていた。

 やがて、ぴったりと身体が一致する。

 その瞬間、アスカとロウは、申し合わせたように、唇と唇を重ね合わせた。

 

「あ、ああっ、ま、また、い、いきそう……。た、頼むから──」

 

 アスカはロウから唇を離すと、ロウの激しい抱擁に上ずった声を張りあげた。

 ふたりの腰の動きは完全に一致している。

 ロウがアスカの背中側の手首を掴むと、ぐっと自分側に引き寄せる。

 

「だ、だったら、俺の願いをきいてくれよ、ラザ──」

 

 ロウが腰を動かしながら、上ずった声をあげた。

 

「な、なんでも、き、きく──。はっ、はっ、はああっ」

 

「お、俺を、あ、愛してくれ──」

 

「あ、愛しているよ──、もう――」

 

 もう、なにがなんだかわからなかった。

 とにかく、ロウを愛すると口にした瞬間、なにかが心で弾けた気がした。

 身体の底から悦びが噴きあがる。

 全身が恍惚感に包まれる。

 

 愛している……のか……?

 自分は……この……男を……。

 

「ラ、ラザ……い、いや……ア、アスカ、あ、あんたに、感謝、してる──。この、世界に、連れてきてくれて──」

 

「ば、ばかな……」

 

「ほ、本当──だ、よ──」

 

 ロウがアスカの尻穴を再び愛撫を始めた。

 アスカは電撃のような快感に貫かれて、ロウの腰の上で全身をがくがくと震わせた。

 脂汗を流しながら、背中を限界まで弓なりにする。

 

「こ、これからの……一生……お、お前に……つ、尽くす……。罪……ほろぼしに……あああ、また、また、いぐううううっ」

 

 アスカは絶叫した。

 すると、ロウがアスカの腰を持って上下に動かしながら、くすくすと笑った。

 

「罪なんてない……。感謝しているさ……。たっぷりと受け入れてくれ……」

 

 ロウがこれでもかというほどに、アスカを抱き締めてくる。

 股間の中のロウの一物がさらに膨らむのを感じた。

 

「あっ、あああっ」

 

 アスカは感激で声をあげていた。

 自分の絶頂に併せてロウが精を放とうとしてくれているのがわかったのだ。

 アスカは、名状のできない幸福感に包まれながら、身体の底から快感を爆発させた。

 

「き、きてえ、きておくれ──。お、お前の精が欲しいよおお」

 

「ああ、いくよ、アスカ──。一緒だ──」

 

「ああ、一緒だ──。あああっ、一緒にいいいっ」

 

「一緒だ──」

 

 ロウの精が子宮に注がれるのがわかった。

 アスカは、ロウに力いっぱいに抱き締められながら、すっと気が遠くなり、そのままロウの肩に額を押し当てて、意識が消えていくのに任せた。

 視界が真っ白になり、なにかがぱんと音をたてて外に飛び出したような気がした……。

 一方で子宮にはロウの精が注がれ続けている。

 

 どうでもいいけど、長い……。

 なんという射精の長さ……。

 

 そして、熱い……。

 

 とても、熱くて……あったかくて……。

 

 アスカは飛翔していた……。

 

 とても、とても、気持ちがよかった……。

 

 生まれて初めてかもしれない、真の心の愉悦をいま味わっていた。

 

 本当に気持ちいい……。

 

「ラザ、気絶したら罰だそ……」

 

 こいつが耳元でささやいた気がした。

 

 しかし、そんなことどうでもいいと思った。

 

 好きなようにしてくれ……。

 

 包まれる……。

 

 吸い込まれる……。

 

 気持ちがいい……。

 

 本当に、本当に気持ちがいい……。

 

 アスカは、最高の幸せに包まれていった……。







 *


【アスカのステータス(支配後)、〈“↑”は数値の上昇、または新規のもの〉、“↓”は数値の下降】

 “アスカ(ラザニエル=ナタル)
   エルフ族王家嫡女
  エルフ族、女
  年齢:***歳
  ジョブ
   魔女(使徒)↑
   魔道遣い(レベル99→150:限界突破)↑
   召喚師(凍結)
   戦士(レベル5)
  生命力:30→200↑
  攻撃力:50
  魔道力:8000→15000↑
  経験人数
   男***、女***
  淫乱レベル:S
  快感値:100(通常)↓
  特殊能力
   逆行:未覚醒↑
  状態
   一郎の性奴隷↑
   淫魔師の恩恵↑
   魔瘴石(除去)↓
   パリスの魂(除去)↓


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516 ふたり目の使徒

【アスカのステータス(支配後)】

 “アスカ(ラザニエル=ナタル)
   エルフ族王家嫡女
  エルフ族、女
  年齢:***歳
  ジョブ
   魔女(使徒)
   魔道遣い(レベル150:限界突破)↑
   戦士(レベル5)
  生命力:200↑
  攻撃力:50
  魔道力:15000↑
  経験人数
   男***、女***
  淫乱レベル:S
  快感値:100(通常)↓
  特殊能力
   逆行:未覚醒↑
  状態
   一郎の性奴隷↑
   淫魔師の恩恵↑


 *





「こ、小僧──」

 

 アスカは激怒して叫んだ。

 しかし、すでにロウは、素知らぬ顔で寝台をおりており、自分で衣服を身に着けようとしている。

 いや、ほとんど着終わっている。

 

 一方でアスカはまだ寝台の上で、やっと身体を起こしただけの裸だ。

 ロウとの交合のあいだ、アスカを拘束していた粘着体は、裸体から消滅していた。

 もっとも、完全な全裸ではない。

 

 股間に黒い革の下着をはかされていた。

 革の生地が厚くて、外からの刺激はまったく伝えないような材質でできたものであり、端の部分には金属の細い糸が入っているらしく、しっかりとアスカの股に喰い込んで、指一本すら入らない感じだ。

 それだけじゃなく、内側に大小二本の男性器をかたどったディルドがアスカの前後の股間を打ち抜いているのだ。

 さらに、外側の固い材質からは信じられないくらいに内側が柔らかく、しかも、無数の小さな球体を思わせるものがあって、それがいやらしく動き回ってアスカの股間を刺激するのだ。

 つまりは、アスカは、ほんの少し気を失っているあいだに、このロウによってディルド付きの貞操帯を装着されてしまっていたのだ。

 

「まだ、小僧呼び? まあ、いいけどね。それよりも、どうしたのさ、ラザ……。服を着なよ。脱がして取りあげたものは、そこに置いておいたよ。早く着るといい」

 

 ロウが笑いを我慢するのを耐えられないような表情で、寝台の横の小さな台を示した。

 なるほど、確かに服がある。

 アスカは、さっとそれを手に取る。

 

「あんっ」

 

 だが、そのちょっとした動きで、革の下着の内側の異物が跳ね動き、アスカに甘い声を出させた。

 さっきも、上体を起こしただけで、強い刺激を与えられてしまったので、この貞操帯がどんなにえげつなく、アスカの股間を責めたててくるのかよくわかっている。

 

「くうっ、はあ、はあ、はあ……。ま、まさか……。こ、このわたしがこんなものを……」

 

 アスカは、早くも息があがってしまっていた。

 しかも、案の定、そこにおいてある服の中には、下半身に身に着ける下着だけがない。

 この男が取りあげたままなのだろう。

 

「だ、出しなよ、下着をね──」

 

「下着は身に着けているじゃないか。それは、特別なものだよ。ラザ専用の淫具だ。内側の球体もディルドの揺れも、ラザを責めるために、一番都合がいいような構造になっている。しかも、絶対に慣れることがないように、常に球体の位置は変化する。ディルドもね。愉しんでくれ」

 

 ロウがくすくすと笑う。

 アスカはかっとなった。

 

「こ、こんなものが下着であるものかい──。この忌々しいものを外すんだよ、小僧──」

 

 アスカは感情のまま怒鳴った。

 

「だめだね。ラザは、俺の性奴隷になったんだからね。これは儀式のようなものさ。多分、数日のことだから、我慢してもらうよ。俺がハロンドールに帰るときには外してあげるから」

 

「お前が帰るとき? 数日──?」

 

 アスカは、ロウのあっけらかんとした口調の言葉に、思わず絶句した。

 数日間とか言っているが、もしかして、こいつは、この忌々しい淫具をアスカに数日間もつけっぱなしにさせるつもりなのか?

 信じられない……。

 アスカは、今度は怒るよりもむしろ、びっくりした。

 

「気絶したら罰だと言ったぞ。あんたも合意した。そして、気絶した。だから、それというわけさ」

 

 ロウがにんまりと微笑んだ。

 そんな賭けを受け入れた覚えはない。

 しかし、しなかったという自信もない。

 

 ロウとのまぐ合いが終わったばかりの、イムドリス宮の一室だった。

 激し過ぎる交合の末、どうやらアスカはロウに精を放たれるとともに、失神をしてしまったようなのだが、寝台の上で目が醒めると、こういう状況になっていた。

 つまり、アスカは股に卑猥な淫具付きの貞操帯をはかされて寝かされていて、すでにロウはアスカから離れて身支度をしているという状況だ。

 それで、思わずかっとなって怒鳴ってしまった。

 

 そして、怒鳴ったことで思い出した。

 そもそも、ロウとの交合は、このロウから淫魔術を結んでもらい、その能力によって、アスカに刻まれているパリスの呪術を解呪してもらうとともに、なによりも、パリスに埋め込まれたあいつの「命の欠片」を取り出してもらうためものだったのだ。

 それはどうなったのか?

 

「そ、そうだ、小僧──。解呪は……」

 

「問題ない……。ところで身体はどう?」

 

 ロウが急に心配そうな表情になって言った。

 アスカはむっとした。

 

「身体がだるくて千切れそうだ。誰かさんのせいでね……」

 

「いや、そうじゃなくて、身体に異常とか……。それと、使徒とかいう言葉に覚えは?」

 

 ロウが言った。

 よくわからないが、なんだが一転して真面目な表情になっている。

 しかも、アスカを凝視して首を傾げている。

 もしかして、なにか鑑定術のようなものをしている?

 

「使徒だと? 使徒がどうしたんだい?」

 

 それはともかく、アスカはロウの発した言葉を思わず繰り返した。

 なんで突然に“使徒”などと?

 こいつは、エルフ王家の伝承について、なにか知っているのか?

 

「えっ、もしかして、使徒という言葉を知っているのか?」

 

 だが、ロウは逆に驚いたような顔になった。

 なんなんだ、こいつは?

 使徒という言葉に覚えがあるから、口にしたんじゃないのか?

 

「女神たちの古い言い回しだよ……。エルフ王家には伝わっているけどね。とにかく、使徒とは女神のことだから、エルフ族の王に男王ではなく、女王がつけば、使徒と呼ぶこともある。まあ、古すぎて、こっちでも廃れた表現だけどね」

 

「えっ? エルフ族の女王が使徒? じゃあ、ガドも?」

 

「まあ、そういうことになるかねえ。だけど、古い言い回しさ。もう、そんな呼び方はしないよ。逆に、エルフ族の女王を“使徒”呼ばわりすれば、不敬になるからね。ほかのエルフ族の前で口にするんじゃないよ……。それと、ガドニエルを“ガド”と呼ぶのも、ほかのエルフ族のいないときだけだ。大変な騒ぎになるからね」

 

「それくらいはわきまえているよ。あんたのことも、ちゃんとラザニエル殿下と呼ぶさ。それよりも使徒の話だ。使徒というのは、女神のことということで間違いないんだね?」

 

「まあね。だけど、さっきも言ったけど神話の話だよ。アルティス神の末裔がエルフ族の王家になったんだ。だから、使徒の呼称はなくなった。しかし、人間族の神殿には伝承すらもない物言いじゃないのかい? そっちの神話では、女神を使徒呼ばわりはしないだろう?」

 

「それって、クロノス神話とやらのこと? スクルドたちの口にする神話と、エルフ族の神話は違うのか……。あれ、もしかして、そんなことを教えられたかなあ……。いや、教えられてないか……」

 

 ロウはまたもや首を傾げている。

 だが、アスカもまた、首を傾げた。

 こいつは、なにを疑念に感じ、なにを不思議がっているのだろう。

 いずれにしても、“使徒”というのは、クロノスに支配された女神たちのことを指す。少なくとも、エルフ族に伝わる神話ではそうなっている。

 しかしながら、ローム帝国から拡がった人間族の神殿では、クロノスの女たちのことを“使徒”とは呼ばないのだ。

 

 そもそも、同じクロノス信仰ではあるが、ローム帝国で生まれたクロノス信仰と、エルフ族に伝わっているクロノス信仰では、幾つかの点で違いがある。

 例えば、人間族の神殿では“クロノスに仕える”という言い方をする。

 一方で、エルフ族の神殿では、“クロノスに支配される”という表現だ。

 また、人間族では巫女が祭祀の主役となるが、エルフ族の神殿には、エルフ族の守り神であるアルティス以外は、祭祀に加わることができない。だから、エルフ族の神殿には巫女そのものがいないのだ。

 従って、ガドニエルが女王になってからは、王家といえども、神殿の祭祀には女王は関わっていない。

 ほかにも多くの違いがある。

 ローム教会を中心に拡がる人間族の教会には、クロノスの像はなく、クロノスの座る椅子がある。像は女神の像だけだ。

 それに比べて、エルフ族の神殿には、逆にアルティス以外の女神像はなく、クロノス像だけが飾られる。

 面白い違いだと思うが、さすがのアスカも、神殿にはほとんど関わっていないので、なぜ違っているかなど知らない。

 だが、それがどうしたのだ?

 

「使徒とは女神のこと? それでほかには? 使徒になったら、なにか変わるとか。あるいは特殊能力が授かるとか?」

 

「なにわけのわからないことを……。使徒になるってどういうことだい? 使徒は女神のことだと教えただろう。天空神クロノスに仕える女神たち、正妻のメティス、エルフ族の女神のアルティス、人間族の女神のへラティス、ドワフ族の女神のミネルバ、多淫のテルメス、そして、魔族と冥界の神であるインドラ。これが使徒だよ」

 

「あれ、女神って、獣人族の女神は?」

 

「追放されたモズかい? それは含まないよ。嫉妬に狂ってクロノスを裏切った獣人神のモズは、クロノスに追放されて使徒の権利を失うんだ。だけど、どうしたんだい? 神話に興味があるのかい?」

 

 アスカは言った。

 だが、ロウは考え込むように首を傾げ続けている。

 なんなんだ?

 アスカは訝しんだ。

 

「うわっ」

 

 そのとき、突如として、股間のディルドが動き出した。

 しかも、一緒にクリトリスまで同時に激しく刺激される。

 

「んひいいっ、あはあああ」

 

 アスカは股間に手を当てて、寝台でうずくまった。

 だが、かなり振動が激しい。

 一気に快感が上昇して、達しそうになる。

 ところが、急に振動が切断された。

 アスカは脱力した。

 

「まあいいか……。その話はいずれ聞かせてくれよ」

 

 ロウが言った。

 

「な、なにを……。そ、そんなことよりも、い、いまのはなんだい――?」

 

 アスカはまだ寝台でうずくまったまま、顔だけをあげてロウを睨んだ。

 こいつが股間の淫具を動かしたに決まっているが、わざとらしく知らん顔をしている。

 アスカはかっとなった。

 

 そのときだった。

 急に外の気配を感じたのだ。

 

「おっ? 戻ったかな……。いずれにしても身体に異常がないならいいさ」

 

「異常はあると言っているだろう。お前に抱き潰されて死にそうだよ。しかも、この忌々しい淫具を外せと言っているだろう。そ、それにさっきはなんだい? せ、説明しな――」

 

 アスカは叫んだ。

 一方で、外の廊下に通じる扉が勢いよく開いて、ガドニエルを先頭にロウの女たちが入ってきた。

 エリカのほかには名前と簡単な素性しか知らないが、コゼ、イライジャ、ユイナという名の者たちだ。

 それぞれに、布、飲み物、軽食類、そのほかの身支度のための小物といったものを抱えている。

 

「わっ、ご主人様、服を着ちゃったんですか? ええっ、あたしたちのお相手をしてくださると思ってたのに──」

 

「ま、待ってよ……。わ、わたしが先よ……。ね、ねえ、ロウ、ま、また、疼いてきたのよ……。あ、あんたの装着した得体の知れない女淫輪よ──。な、なんとかしてって──。も、もうおかしくなってきたわ……」

 

「なんで、あんたが先なのよ──。身の程をわきまえなさい、奴隷──」

 

「あんたも、似たようなものじゃないのよ、元奴隷──」

 

 コゼとユイナが手に持っていたものを台に置くと、いきなり、口喧嘩しながら、先を争うようにロウにしがみついてきた。

 ロウがふたりに押されるように、寝台に座り直してくる。

 甘えるように抱きついてくるふたりを両側から抱えるようにしながら、ロウがふたりを宥めるように、それぞれの頭を軽く叩いた。

 

「待てよ、お前ら……」

 

 ロウが苦笑している。

 ただ、気分を悪くしている様子はない。

 まるで甘えん坊の子供をあやしているかのような鷹揚な態度だ。

 アスカは、コゼたちふたりのロウへの我が儘な態度にも、ロウの甘さにも、不思議な苛つきを感じてしまった。

 小さく舌打ちする。

 

「コゼ、ユイナも待ちなさいよ──。ロウ様が困っているじゃないのよ。離れなさい──。……ところで、ロウ様、お水です。ご苦労様でした……」

 

 エリカが水差しから盃に注いだ水をロウに差し出している。

 

「ど、どうぞ、アスカ様も……」

 

 ロウが受け取ったあと、アスカに渡された。

 エリカの態度はどことなく、余所余所しい。

 アスカに、どういう態度をとっていいかわからない感じだ。

 まあ、アスカも同じだが。

 

「もらうよ……。ありがとよ、エリカ」

 

 水はすっかりと冷えている。

 魔道で冷やしたのだろう。

 いつの間にか、杖なしにこんな魔道もできるようになったらしい。

 何気無くやっているが、盃に充たした水を凍る寸前の冷たい状態にするのは、なかなかに制御技術のいる魔道だ。

 エルスラと名乗ってアスカといた頃には、魔道をうまく操るために、アスカが手渡した特殊な杖で魔道を増幅していたので、大した成長だ。

 

 飲んだ。

 アスカも激しいロウとの交合で喉が渇いていたようだ。

 水はとても美味だった。

 

 ふと見ると、ロウの方では、もう奉仕合戦が始まっている。

 エリカとコゼとユイナが先を争うように、ロウに軽食やら、水のお代わりやらを渡そうとしている。

 なんだこれ?

 アスカも騒々しさに面食らった。

 

「……ところで、ユイナ……。あんた、いま、ロウを呼び捨てにしたわね。お前はロウの奴隷になる条件で生かしてもらっているのよ──。せめて、“ご主人様”と呼びなさい」

 

 嗜めるような言葉を告げたのはイライジャだ。

 

「いいじゃないですか、イライジャさん。こいつも、駄目だって言わないし。どう呼んだって、構わないって言ってるんです」

 

 ユイナがイライジャに向かって頬を膨らませた。

 

「けじめってものがあるでしょう──。そもそも、お前の保護者はわたしってことになってんのよ。恥をかかせないで」

 

「だ、だったら、こいつに言ってよ。得体の知れない淫具をわたしから外せって──」

 

 ユイナが顔を真っ赤にして、怒鳴り声をあげた。

 

「外してはやらんよ、ユイナ。俺はそういう鬼畜が大好きなのさ。甘えた声でおねだりができたら、精を注いてやらんでもないけどね」

 

 ロウが笑っている。

 

「ご主人様、コゼのお股に精をください。お尻でもいいです」

 

 すると、ユイナの反対側のいるコゼが甘えた声で、さらにロウにぎゅっと抱きついた。

 

「やめなさいよ……。それで、ロウ様、解呪はどういうことになったのですか?」

 

 エリカだ……。

 一方で、コゼとユイナはまだ言い争いをしている。

 本当に騒がしい女たちだ。

 アスカは圧倒されるとともに、呆れてしまっていた。

 また、ロウにしてもそうだ。

 とことん女扱いが甘い。

 「鬼畜だ、鬼畜だ」と自分のことを自称する癖に、自分の女を甘やかし放題ではないか。

 これは、なんなんだ──。

 

「まあ、ロウ様──。わ、わたしもロウ様にお甘えしたいです。どうか、雌犬のガドにしつけを……」

 

 そのとき、ガドニエルがいきなり、ロウの足のあいだに跪くようにして強引に割り込んできた。

 アスカは唖然とした。

 

「ガ、ガドニエル──。お前は──。はううっ」

 

 アスカは腰をあげかけたが悲鳴をあげた。

 突然に、またしてもディルドが、しかも前後で同時に振動を始めたのだ。さらに、貞操帯全体で表面の球体が縦横無尽に動き回る。

 そんなに激しい振動ともいえなかったのに、脳天まで突き抜けるような疼きがそこから沸き起こる。

 アスカは、一瞬にして、頭が白くなりかけた。

 

「うわあっ」

 

 アスカは股を拡げたようなみっともない恰好でひっくり返ってしまった。

 

「お、お姉様? あれ──? なんですか、それ?」

 

 ガドニエルがやっとアスカに気がついたかのように、こっちを見る。

 

「あら、また、調教用の貞操帯? ロウ、あんたも好きねえ……」

 

 イライジャとやらが呆れるような口調で言った。

 一方、エリカは「アスカ様にまで?」と驚いている。

 ほかの女たちも、それぞれにアスカに注目してくる。

 

「気に入ったようだな、ラザ──。それと、エリカ、もうアスカはいない。ラザニエルだ。俺の性奴隷になったな」

 

 ロウが愉しそうに言った。

 すると、振動がとまった。

 アスカは、ロウに向かって、口を開こうとした。

 だが、再び、振動が開始した。

 

「んぐううっ、と、とめないか、小僧──。うあああっ」

 

 立て続けのディルドの振動に、アスカも絶叫した。

 とにかく、開いた股を閉じるとともに、眉を寄せて、アスカは身体を震わせた。

 ロウの悪戯に決まっているが、これは気持ちよすぎる。

 アスカの股間の気持ちのいいところを集中的に責めてくる。

 我慢できない。

 

「俺はなにもしてないよ。ただ、不規則に、そして、不定期に動くように、あらかじめ細工をしているだけさ。いつ、どんな間隔で動くかだなんて、俺にもわからないよ……。まあ、そんなに長い時間は動き続けないと思うから、安心してよ……。ラザも、水晶宮でいろいろと仕事をしないといけないだろうしね……。その邪魔にはならないようには気を使ったつもりさ」

 

 ロウが笑った。

 その言葉の通り、すぐに振動は停止してくれた。

 だが、これが気を使って、手加減をした責め?

 アスカは、すぐには口をきくことができず、しばらく、荒い息を整えようとすることしかできなかった。

 

「ま、まあ──。お姉様も雌犬調教を受けているのですね。それに、さっきから“ラザ”って……。しかも、もしかして、責め具をつけっぱなしにして生活をするのですか? ロ、ロウ様、羨ましいです。わたしも、もっと躾けてください。お姉様と同じように──」

 

 ガドニエルだ。

 しかも、これがエルフ族の最高権威の女王かと疑いたくなるくらいの甘え声を出している。

 本当に、この馬鹿女王は……。

 

「わ、わたしは、そんなつもりはないよ、小僧──。外しな──。いいから……」

 

 アスカは怒鳴った。

 

「いいから、いいから……。大変だと思うけど、装着しっ放しにする。だけど、ラザ。おしっことうんちは特別に魔道で外に出していいよ」

 

「はああ?」

 

 こいつはなにを言ってるんだ――。

 

「とにかく、それは魔道じゃあ外れないから。もちろん、淫具を制御することも不可能だ。いつ動くかわからない淫具を装着して、びくびくしながら暮らすことを覚えてくれ。それが俺の性奴隷になるということさ」

 

 ロウが愉しそうに言った。

 

 くそう……。

 

 こいつがそういう限り、本当にアスカには外せないし、どうにもならないに違いない。

 確かに、アスカの魔道では無理だろう。

 それは感覚的にわかる。

 ロウも笑ってはいるものの、冗談で言っている雰囲気はない。

 

 だが、魔道……?

 その言葉でわかったが、アスカの中の魔道が復活している。

 

 そして、はっとした。

 しかも、これは……?

 

 アスカ自身がびっくりするほどの凄まじいほどの理力が全身にみなぎっていた。

 そういえば、ロウに淫魔術で支配されると、その女は自分の能力が跳ねあがるとか口にしていたか……。

 つまりは、アスカも、その恩恵とやらを受けているに違いない……。

 しかし、これはすごい……。

 アスカも、自分で驚いた。

 

「それで、ロウ様、お姉様の解呪はどうなったでしょうか?」

 

 ガドニエルがロウの足の間の場所を確保したまま、やっとそのことを訊ねた。

 

「ほらっ」

 

 ロウがアスカの前に、両手を拡げる仕草をする。

 次の瞬間、寝台の上に、黒っぽい拳ほどの大きさの球体がふたつと、親指大ほどの肉片のような塊が出現した。

 ロウの能力で収納していたものだろう。

 肉片に似た塊については、まるでこれそのものがひとつの生き物であるかのように、呼吸のような収縮を繰り返している。

 

 これがパリスの命の欠片であるに違いない。

 ほかの球体は、魔瘴石だろう。

 すべてが、アスカを支配し、アスカをしてパリスやパリスの手下の奴隷であることを強要してきた、呪術の道具だ。

 

 長い長い年月のアスカの「囚人」生活の象徴だ。

 これが、ついに……。

 

 感無量だ。

 

 そうか……。

 取れたのか……。

 ロウのおかげで……。

 つんと鼻の奥を刺激するものが襲った気がした。

 

「すべて異常なく外れたよ……。ラザが心の底から俺に屈服してくれたからね。もっとてこずるかと思ったけど、案外に呆気なく剥がれた……。まあ、ラザがマゾでよかった。こんな風に強気で喋るけど、閨では大人しかったし可愛かったよ……。俺に堕ちるのも積極的だったしね……。だから、たったの一回の射精でかなり深いものを刻めたのさ。いずれにしても、あらゆる意味で、ラザはもうパリスの支配は受けていない。今後も、それが復活することはない。請け負うよ」

 

 ロウがきっぱりと言った。

 アスカはほっとした。

 全身が脱力するのがわかった。

 しかし、こいつも、もっと言葉を選べないのか……。

 アスカが積極的に、ロウに甘えたなど恥ずかしいだろう……。

 

「あ、ありが……。ひ、ひいいっ」

 

 ロウに向かって頭をさげようと思ったとき、またしても、淫具が動き出した。しかも、お尻側だ。

 アスカはもんどりうってしまった。

 

「おかしいなあ……。こんなに連続で刺激するわけないのになあ……。まあ、不規則で動くように設定しているから、俺にも予想はできないのは本当だけど……。それにしても、本当に気持ちよさそうだな、ラザ。挿入している淫具の形状や動きは、ラザが弱い場所を集中的に刺激するように、徹底的に淫気を刻んで作っているからね。絶対に快感からは逃げられないよ」

 

 ロウが笑いながら言った。

 アスカは歯噛みした。

 

 この男には本当に感謝もしているが、ほかの者の前で淫具で辱めを受ける羞恥を味わわされるとあっては、その感謝も口にしたくなくなる。

 

「お、お姉様ばかり、ずるいです──」

 

 そのとき、ガドニエルが本気の口調の抗議をした。

 

「ふ、ふざけるな──。いつでも交代してやる。こいつに言え──」

 

 本気で怒鳴った。

 なにが面白いのか、ロウが愉しそうに笑った。

 アスカは歯噛みした。

 

 しかし、まあいいか……。

 

 ロウの性奴隷になるというのも、確かに約束だ。

 こんな仕打ちや辱めに耐えなければならないというのは、その範疇だろう。

 パリスの奴隷状態から解放してもらい、アスカだけでなく、ガドニエルやナタルの森そのものを救ってくれた恩人だ。

 

 受け入れるか……。

 

 もっとも、そんな風に思考してしまうのは、すでに、こいつに支配されているからかもしれないが……。

 まあ、本音を言えば、ちょっとぞくぞくするというのも嘘じゃないし……。

 アスカは諦めの嘆息をした。

 

「……それにしても、気味の悪い命だね」

 

 アスカは、思念を戻して、寝台の上に無造作に拡げられているパリスの命の欠片を手に取った。

 ぎゅっと拳に包む。

 

 こんなものに……。

 

 次の瞬間、パリスの命の欠片は、ちりぢりになってただの波動になって消滅した。

 部屋全体に、強い突風のようなものが発生して、それもすぐになくなる。

 正真正銘、これがパリスの最後だ。

 本体は、まだ水晶宮の前で、死の一歩手前の状態で晒されているのだと思うが、もはや、アスカがパリスに支配されることも、連中に怯えることもない。

 

「おめでとうございます、お姉様。これでなにもかも大丈夫ですね」

 

 ガドニエルが満面の笑みを浮かべて言った。

 アスカもほっとして、笑顔を浮かべた。



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517 クロノスの約束

「おめでとうございます、お姉様。これでなにもかも大丈夫ですね」

 

 ガドニエルがアスカに微笑みかけてきた。

 心からほっとした表情だ。

 アスカも思わず、もらい笑いを浮かべる。

 だが、すぐにもう一方の二個の石に意識を向けた。

 こちらもまた、アスカの体内に長く入れられていて、アスカほどの魔道遣いを隷属させる材料に使われたものだ。

 知られている魔瘴石とは異なり、パリスが手を加えて改良したものでもある。

 

「ガドニエル、こっちの球体ふたつは魔瘴石だ。持っていって調べさせな。なにかの参考になるかもしれない。これを調べれば、逆に瘴気の制御についても、わかるものがあるだろう。お前に任せるよ」

 

「わかりました、お姉様」

 

 ガドニエルが手をすっと前に出す。

 収納魔道を遣ったのか、目の前の球体がなくなった。

 

「感謝するよ、ロウ……。これをもって、アスカという女は正真正銘いなくなった……。ガドニエルともども、ナタルの森を守る王家の者として、お前に……、いや、ロウ=ボルグ殿……、あなたに感謝を……。感謝という言葉じゃ足りないが、いまは、感謝の言葉しかない。本当にありがとう……」

 

 アスカは寝台の上で姿勢を正して、両手をついて頭をさげた。

 ガドニエルがそれに倣うように、ロウからちょっと離れて、同じように床に両手をついて、ロウに頭をさげる。

 

「んぐううっ」

 

 しかし、その瞬間、またもや淫具が動き出して、アスカは身体を弓なりにして、全身を痙攣させた。

 淫具が動く瞬間が気持ちよすぎるのだ。

 動いているあいだは言葉を吐くことができないまま、股間に両手を当ててぶるぶると身体を震わせていた。

 

 だが、すぐに淫具はとまる。

 アスカはがっくりと脱力した。

 それにしても、この淫具は快感が大きすぎる。

 あまりにも淫具から受ける衝撃が強すぎるので、それが静止することで、なんともいえない焦燥感や飢餓感というものを感じるくらいだ。

 

「おかしいなあ……。こんなに連続で刺激するほどには淫気は込めなかったんだけどねえ……。もしかして、この部屋には淫気が豊富すぎるのかな? まあ、そのうち落ち着くだろうさ……。それまで、頑張ってな、ラザ」

 

 ロウが頭を掻きながら言った。

 言葉や仕草は申し訳なさそうな物言いだが、表情と口調は、ただ面白がっているだけということがわかる。

 アスカも腹がざわりと煮える。

 畜生……。

 

「だ、だったら、外すんだよ、小僧──。それにしても、お前は人が真剣に礼をしているのに、なにもかも台無しにするねえ」

 

 アスカは声をあげた。

 

「本当にずるいですわ、お姉様ばかり」

 

 横からガドニエルが見当違いの抗議をした。

 

「ね、ねえ、ロウ、わたしも、どうにかしてよ──。だんだんと疼きが強くなるのよ──。足を舐めるわよ──。ねえ、舐めるから」

 

 そのとき、耐えられなくなったかのように、女たちのひとりが泣き声をあげて、ロウの足にしがみついた。

 ユイナだ。

 

 ただ、様子がおかしい。

 さっきもすでに赤かったが、顔がさらに上気して汗びっしょりだ。

 身体が小刻みに震えているし、股間に手を当ててまるで自慰でもするかのような仕草で、太腿を擦り合わせている。

 そういえば、こいつも、なにかの淫具を装着されていると口にしていたか……。

 しかし、さっきのいまで、もうこんなに追い詰められている……?

 

「ははは、ユイナもだいぶ頭に来ているようだな。だが、悪いがみんな待ってくれ。ここに囚われていたエルフ女たちが大勢いただろう。彼女たちを抱いてくるよ……。さっき、ちょっと試してみてね……。それで、淫魔術さえ刻めば、彼女たちの正気も元に戻せることがわかったんだ。後遺症も多分完全に無くせる。だけど、さすがに人数が多いから時間もかかる。それに、すでに、シティ側の収容所に連れていったんだろう? だったら集めて片っ端から抱くというわけにいかないし……。とにかく、ガド、手配してくれ」

 

 ロウが言った。

 そう言えば、そんなことをアスカを抱きながらロウが言っていたっけ……。

 狂った頭を正気に戻すことは魔道による回復術でも難しいので、そうしてくれれば助かるが……。

 

「ほ、本当ですか、ロウ様──。そんなことが──? ぜ、是非、お願いします」

 

 ガドニエルががばりとロウに顔を向ける。

 媚薬の吸いすぎですっかりと頭をやられて正気を失っている女たちは、ほとんどがここでガドニエルの世話をしてくれた侍女や、あるいは、親衛隊の女兵の者たちだ。近傍の里から騙されて集められた娘や人妻も含まれている。

 ガドニエルも諦めていただろうが、ロウがなんとなると請け負ったことで嬉しそうだ。

 

「わ、わたしが先よおおっ──。あ、あんた、絶倫なんだから、一回くらい大丈夫でしょう。そんなの待ってたら、夜中か、下手すれば朝までかかるじゃないの。死んじゃうわよお」

 

 ユイナが悲鳴をあげた。

 

「いい加減にしなさい、ユイナ──」

 

 イライジャが横から怒鳴った。

 

「呆れたねえ、小僧──。お前、女に甘いのもいいけど、ハレム主を気取るなら、女扱いはしっかりとしな。お前は、自分の性奴隷たちに、甘すぎだよ」

 

 アスカも、さっきからのあまりものわがまま放題のロウの女たちの態度に、思わず横から説教口調で口を挟んだ。

 

「ハレム主を気取るつもりも、かといって、甘いつもりはないけどね……。まあ、彼女たちには愉しませてもらっているだけさ。それに、俺は鬼畜男だよ。甘くなんてないよ。それとも、ラザの貞操帯をもっと激しく動くように変えてやろうか。鬼畜が足りないならね。振動だけでなく、何度かに一度は電撃なんてどうだ? ほら、鬼畜だろう?」

 

 ロウが笑った。

 アスカは「ひっ」と声を出して身構えてしまった。

 これ以上、悪戯されて堪るものか──。

 まさか、電撃?

 ぞっとした。

 ロウがアスカの態度に満足したように、にんまりと微笑む。

 

「……でも、お姉様って、ちょっと雰囲気が変わりましたか? いえ、変わってます。ちょっと若返ったような……。それに、憑き物が落ちたかのようなすっきりとした顔です」

 

 そのとき、ガドニエルが改めてアスカの顔を凝視するように覗き込み、小首を傾げながら言った。

 アスカは訝しんだ。

 

「そ、そうかい……?」

 

 自覚はない。

 だが、他の女たちもアスカの顔にまじまじと視線を向け、納得するように頷いている。

 そうなのだろうか……?

 

「ラザは、ここで水晶宮の太守として、これからナタルの森の立て直しに尽力することになる。事実上の女王としてね。だから、いろいろと、アスカだった頃のことを知っている者が現われても困るだろう? だから、印象が変わるように淫魔術で若くさせてもらった。おそらく、こっちから言わなければ、ラザがアスカ城の魔女だったということに気がつく者は皆無さ」

 

 ロウが言った。

 驚いた。

 

 確かに抱かれているあいだに、同じことを言われたが、そんなことまで淫魔術はできるのだと感心した。

 まあ、アスカの魔道なら、外見など好きなように変えられるが、それにしても、この男は女に対して、よく気が回る。

 

「……ところで、ガド──。……というわけで、ラザとも話し合った。女王問題は、第三案で行くことになった。ラザの言質(げんち)も取ったぞ……。しばらくは待ってもらうことになるが、まあ、ガドもこっちの後始末があるだろう。ちょうどいい」

 

「まあ、そういうことになったんですか……。わたしは、ロウ様たちとご一緒して、もう片時も離れたくないのですが……。第一案が望みでした……。でも、半年くらいのことですよね……。我慢いたしますわ」

 

 ガドニエルががっかりしたように、首を項垂れさせた。

 アスカとガドニエルのどちらが、女王を継ぐのかという話のことを語っているようだが、第三案と口にするところを考えると、単純にアスカに女王を押しつけるという話以外にも、いくつかの案を話し合っていたのだろう。

 

 しかし、アスカとしては、同意したとまでの覚えはない。

 さっきの閨での話し合いは、イムドリス宮を水晶宮側ではなく、ハロンドール側に繋いで、ガドニエルは女王のまま姿を隠匿してしまうという提案だった。

 アスカとしても、拒否すれば、ロウとガドニエルは、かつてのアスカのように、強引に駆け落ちさえしかねないので、とりあえず頷いただけという気分なのだが……。

 

 そもそも、こいつは、アスカがカサンドラに変わる水晶宮の太守になるとか口にしているが、なんの権利があって勝手なことを……。

 まあ、もうカサンドラには太守を任せることは不可能だろうし、それが妥当なことだというのはわかるが……。

 

「だから、みんな──。事情が変わった。態勢が整い次第、ハロンドールに戻ろうと思う。今度は公爵を目指すぞ──。ガドと正式に婚姻を結ぶには、それが必要なのだそうだ。俺が公爵になれば、ラザも責任をもって、ここの族長会議とやらを動かすそうだ。ガド、待っていろ──。お前のために、出世してやろう。約束する」

 

 ロウが事も無げに言った。

 アスカだけではなく、何人かの女を除いて、多くの女たちが目を丸くした。

 

「まあ、出世などどうでも……」

 

 当のガドニエルまで、困惑したような顔をしている。

 そういえば、公爵になれば、エルフ族王家と呼ばれる連中の説得にあたってやろうとは言ったが、一介の冒険者が公爵などに簡単になれるとでも、本気で思っているのか?

 人間族の貴族社会も、なにかの手柄をたてれば、出世するというようなものでもないはずだが……。

 

「阿呆じゃないの──。公爵ってなによ──。馬鹿なの、あんた? それよりも、わたしを抱いてよ。もう苦しいのよおお」

 

 ユイナが遠慮のない罵声を口にした。

 

「いや、実は大公の話があるみたいなんだ。向こうで色々とあってね。俺の子をハロンドールの王太女が孕んでいるんだ」

 

「孕もうがなにしようが、成りあがりがハロンドールの次期女王の王配になれるわけないでしょう――。それよりも犯してったらあああ」

 

 ユイナが絶叫した。

 

「いい加減にしなさいよ、このエルフ奴隷──。その口に短剣突っ込むわよ。ご主人様が公爵になるというなら、なれるわよ」

 

 横でコゼが金切り声をあげる。

 

「さすがは、世間知らずの元奴隷ね。こいつが公爵なんて、無理に決まってわよ──。公爵というのは、王族とかが任命される貴族の最高爵位よ。ただの冒険者が子爵に任命されているだけでも、とんでもないことだってわかってないの? ましてや、大公?」

 

「だって、スクルドによれば、ハロンドール王国では、ご主人様がイザベラ姫様の子を妊娠したから、ご主人様を大公にするって話をしているってことじゃない。あんた、聞いていなかったの、ユイナ」

 

「千歩譲って、そんな話があるとしても、だったら、その王女とやら以外と結婚なんてできないわよ。本当に、元奴隷って馬鹿なのねえ……。王女と婚姻を結んだ瞬間、あんたとも結婚してもらうなんて話は、未来永劫に消滅するわね」

 

 ユイナがコゼを小馬鹿にしたように笑う。

 怒っていたコゼの顔がますます真っ赤になる

 

「ああっ、もう我慢ならないわ──。ご主人様をずっとこいつ呼ばわり──」

 

 すると、コゼがロウの身体越しに、ユイナを掴もうとした。

 

「やめろって」

 

 ロウが笑ってふたりを軽く制する。

 

「ひんっ」

「ふわあっ」

 

 なにをしたのかわからないが、次の瞬間、ユイナとコゼが揃って床にひっくり返った。

 しかも、真っ赤な顔でふたりとも、股間に両手をあてて、のたうち回っている。

 これは、相当の淫靡な悪戯をされているようだ。

 

 そして、ふたり揃って、尻を高くあげるようにして、ぶるぶると腰を震わせたかと思うと、がくりと脱力して倒れた。

 あっという間に絶頂させられたみたいな感じだ。

 揃って、虚ろな視線をして、真っ赤な顔で涎を垂らしている。

 

「それにしても、さっきも言ったけど、忙しい連中だねえ……。ロウが女に甘いのは、それとして。だったら、女たちの中でしっかりとやっていきな。お前らには筆頭奴隷はいないのかい。ハレムというのは、男に負担をかけないように、そうやって、女たちの中で約束事を作って、お互いに争いにならないようにしていくんだ。それでも、男の寵を取り合って、仲が悪くなるのがハレムだよ」

 

 女たちに向かって怒鳴った。

 すると、ガドニエルが小さく鼻を鳴らすような仕草をした。

 

「本当に、お姉様って、他人に説教するときには、昔から自分のことは棚に上げるのですね……」

 

「なんだって、ガドニエル──」

 

 アスカはガドニエルを睨んだ。

 

「まあ、ここの女たちの筆頭奴隷は、それがロウに一番流されやすくて、みんなに(いじ)られもするみたいですし、みんなをまとめるのは無理かもしれません」

 

 そのときイライジャが愉快そうに笑った。

 

「な、なによ、イライジャ……。そ、そんな言い方ないじゃない──」

 

 エリカが真っ赤な顔でイライジャに言い返す。

 アスカはエリカに視線を向けた。

 

「お前がこの大所帯の筆頭奴隷なのかい、エリカ?」

 

 アスカも言った。

 どうやら、そうらしい。

 考えてみれば、この所帯で一番最初にロウの女になったのは、エリカだ。

 それで、そのままエリカが筆頭奴隷扱いなのか……。

 

 しかし、エリカが流されやすいというのは、いい得て妙だ。

 エリカは真面目だし、腕っぷしもあれば魔道も遣えて強い。

 しかし、身体が超敏感なマゾ娘であり、このひと癖もふた癖もありそうな女傑集団を仕切っていけるような女じゃない。

 アスカも、この気が強い女戦士が閨では本当に可愛くなるのが気に入って、性奴にしていたのだ。

 しかし、エルスラ、すなわち、エリカは性格が単純すぎて、人をまとめる力はないだろう。

 だから、エリカには、性奴隷の仕切りは無理だというのはよくわかる。

 

「こ、これからは……わ、わたしが……補佐するから……大丈夫よ」

 

「なんで……、お前が補佐なのよ……」

 

 まだ脱力してひっくり返っているユイナとコゼが口を挟んできた。

 

 そのときだった。

 またもや、扉が開いて、別の女たちがやって来た。

 

 ロウの女たちの中では年少の方であるミウという童女魔道遣いとイットという獣人娘だ……。そして、さらに、スクルドという高位魔道遣いもやって来た。

 これで全員か?

 最初に、一緒に出ていったブルイネンというガドニエルの部下のエルフ女は、今はいないようだ。

 そっちはそっちで、まだ多忙なのだろう。

 

「戻りました──。一応、終わりましたわ、ご主人様──」

 

 スクルドがロウにしだれかかってくる。

 

「そうです。みんなで手伝いましたよ。パリスの晒し刑もやりました……。あ、あのう……。あのう……。だから、新参組のあたしたちに、ご褒美欲しいです」

 

 しかし、ミウがさっとスクルドの身体をうまくかわし、さらにロウの近くに集まっている女たちを避けて、ロウのところまでくる。

 そして、ぎゅっと抱きついた。

 

「新参組?」

 

「はい、新参組です」

 

 ミウはにこにこしながら、ロウに抱きついている。

 なんとも可愛らしい笑顔であり、ロウにくっついて本当に嬉しそうだ。

 しかし、おそらく、まだ十歳前後だろう。

 この童女まで、ロウはハレム要員として抱いているのか?

 

「仕方ないなあ、ちょっとだけだぞ……。スクルドとイットも来い。イットは気を練る鍛錬だ。身体の気を制御して、俺の愛撫から快感をかわしてみろ……。ミウはとっておきの口づけをしてやろう。だが、口づけだけで、気をやったら、明日までお預けだ。我慢しろよ」

 

 ロウが笑って、三人まとめて腕の中で抱き寄せる。

 

「まあ、お手柄です、ミウ……。さあ、ご主人様に一緒に可愛がってもらいますよ」

 

 スクルドとやらが満面の笑みで、ロウに抱きついた。

 一方でロウも、両手でスクルドとイットの身体を愛撫し始め、真ん中のミウに口づけをする。

 

「ふうっ」

「ああっ」

「んああ」

 

 驚いたことに、それが始まった途端に、三人が感極まった様子でがくりと膝を崩した。

 あっという間に、その三人が快感を覚えてしまったのは確かだ。

 

「はがあああっ」

 

 そのとき、またもや突然に、股間と尻穴の淫具が同時に暴れ出した。

 アスカは両手で下腹部を押さえ、腿を擦り合わせるようにして、忘れかけていた甘美な衝撃に身体を脱力させてしまった。

 

「ははは……。ラザ、とても、いやらしくて、いいぞ。最短でも三日だ。じゃあ、頑張ってくれよ」

 

 少女たちへの責めを続けているロウが、まるで他人事のように、アスカに揶揄の言葉を投げかけてきた。

 そして、振動が静止する。

 アスカはもうたじたじとなった。

 

「な、なんで、こいつらなのよおおお。わたしを抱いてったらああ」

 

 一方で、ユイナが金切り声をあげた。

 

「ユイナには、これをやるよ。大好物だろう?」

 

 すると、ロウが片足だけを伸ばして、ユイナに向けた。

 

「な、なにが、大好物よおお──。だけど、や、やるわ……。だ、だから、精をちょうだいよ……。疼いて死にそうなのよ」

 

「俺を気持ちよくしてくればな」

 

「や、約束よ……」

 

 ユイナは、すぐにロウの足の指を舐めだした。

 アスカはちょっとばかり驚いた。

 

「お前たちも舐めるか? もう片足は空いてるぞ」

 

 さらに、身体側でスクルドとふたりの少女を愛撫しているロウがもう一方の足を伸ばす。

 

「いくわよ、エリカ」

 

「わかってる――」

 

 真剣な顔のコゼとエリカがさっと、ロウの足にとりついた。

 アスカはなんだか、呆れてしまった。

 

「いはああ、またああっ」

 

 そのとき、またもや貞操帯が激しく振動を開始し、アスカは股間を押さえてうずくまった。

 しかも、今度はなかなかとまらない。

 気持ちのいい場所を何箇所も同時に責めたてられてる。アスカはさっきから何度も刺激を中断されていたこともあり、一気に絶頂まで快感を駆けあがらせた。

 

「いはああっ、いぐううう――。うぎゃうあああ」

 

 だが、まさに昇天しそうになった瞬間に、クリトリスに電撃が走り、アスカはその衝撃で、まさにひっくり返った。

 もちろん、絶頂感は寸止めだ。

 振動もぴたりととまった。

 

「な、な、な、なんだい、いまのは――」

 

 アスカは大声を出した。

 

「約束通りに、さっき言った鬼畜モードの追加だよ。絶頂しそうになると、軽い電撃をクリトリスに打ち込むように細工を追加したのさ。それが嫌なら、貞操帯の刺激を我慢して絶頂しないように頑張ればいい」

 

 ロウが女たちの奉仕を受けながら大笑いした。

 

「な、な、な、なにが約束だい――、こ、こ、小僧――」

 

 アスカは叫び声をあげた。

 

 

 

 

(第42話『クロノスの愛―悪堕ち魔女』終わり)







 *


【ラザニエル=ナタル】

 諸王国時代から帝国サタルス朝時代の勃興期を通じてのエルフ族女王だったガドニエル=ナタルの姉。ガドニエル女王の太守として、事実上のナタル森林の統治にあたったので、「ナタル副王」とも称された。 

 少女時代は、エルフ族王家の嫡女として次期女王の地位を期待されていたが、失踪により行方不明になった。
 だが、妹のガドニエル女王がローム帝国家の陰謀によって危機に陥ったとき、ロウ=ボルグ(ボルグはサタルス帝の冒険者時代の姓)とともにナタルの森に現れて、エルフ族王家の危機を救う。
 じ後は、ガドニエルの補佐役の太守の職として、「森林開放」と称される一連の改革政策を主動し、エルフ族の新たな時代を推進した。
 その後、ロウ=サタルスが皇位につくと、「妻」のひとりとして、妹のガドニエル=ナタルとともに、ロウの治政を支える。
 …………。
 …………。

 なお、同時代において、ルルドの森を瘴気で汚し、多くの殺人を犯したとされる魔女アスカの登場と死がラザニエルの失踪期間とほぼ合致することから、ラザニエルとアスカが同一人物ではないかという説がある。
 代表的なものは、サタルス朝中期の歴史研究家マネの学説であり、数多くの論拠も呈示されているものの、同時代のロウ=サタルス帝の手記に、それを否定する内容があることから、ラザニエルがアスカであるという説は、歴史家の通説にはなっていない。
 もっとも、ロウ=サタルスの神格化に伴い、彼の残す手記や諸記録が盲目的に受け入られすぎて、正しく歴史評価されていないという指摘もある。
 いずれにしても……。
 …………。
 …………。


 なお、南方荒地の開拓の父として知られる「ラザヴェルン」は、ラザニエルとロウ=サタルスの間に生まれた息子である。



 ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


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 幕間 タリオ公国
518 忘れられた公妃【エリザベート】


 公妃エリザベートの邸は、大公城の庭園の隅にある。

 平屋の粗末な建物であり、飛ぶ鳥を落とす勢いで覇権を拡大しているタリオ大公のアーサーの最初の妃が住む館にしては随分と小さく、また豪華さの欠片もない造りであると思う。

 

 ランスロットも、かねがねもっと公妃に相応しい場所に移すべきだとアーサーにも進言しているのだが、無駄を嫌うアーサーは、女に金を使うのが何よりも無駄だと思っており、いつまで経っても改善されないまま、歳月だけが過ぎているという感じだ。

 

 アーサーの腹心という立場のランスロットだが、アーサーからは、これについては家庭の話だと断言されてしまい、エリザベートの件に限っては、あまり強くは諭すこともできない。

 

 なによりも、滅多にアーサーがやってこないような大公城の敷地の隅にあるこの小宅を本人のエリザベートが気に入ってしまっており、ここを動きたくないと、エリザベート自身が強く主張しているのだ。

 だから、余計にランスロットも口の出しようもないのである。

 

 エリザベートにすれば、ここがあまりにも大公城の隅にあるので、アーサーがエリザベートの存在を忘れてくれるのに、都合がいいというのだ。

 面と向かって接すれば、エリザベートもアーサーへの対応をしなければならないし。間違って、あれが伽を要求すれば、エリザベートとしても性の相手をしないわけにはいかない。

 だから、こうやって、忘れられた公妃という存在にしてくれるのは、嬉しいという。

 

 完全に冷え切っている夫婦といえば、それまでなのだが、ここまで両者が拗れた関係になってしまったのは、一から十までアーサーのせいだ。

 ランスロットも、アーサーに公妃の扱いを翻意させることができないでいるのは、腹心である自分のせいとも考えており、こうやって、アーサーの代わりに、様子伺いをするのがせめてもの罪滅ぼしという気持ちだ。

 

 そのときだった。

 不意に風の音がして、ランスロットは咄嗟に剣を抜いていた。

 飛んできたものを剣で切ったと認識したのは、二つに切断された矢が身体の横に落ちたときだ。

 視線を向けると、矢先は潰されてあり、当たっても刺さらないようにはされている。

 

「誰だあああ──」

 

 すると、まだ少し距離があるエリザベートの平屋邸から、剣を抜いているひとりの少女が飛び出してきた。

 年齢は十二歳──。

 頭に耳があり、房毛の尾がある可愛らしい顔をした獣人族の少女だ。

 アーサーがエリザベートにつけている侍女であり、この大公城の中にいる唯一の獣人族でもある。

 

 名はギネビア──。

 外見だけはあどけない顔をしている少女だが、獣人族らしく戦闘力は並みの人間族の男戦士に引けは取らない。とにかく、エリザベートに忠誠を誓っている頼もしい護衛役だ。

 また、あまり知られてはいないが、アーサーは獣人族嫌いである。

 その獣人族をエリザベートにつけるというのは、自分になびかないエリザベートに対するアーサーの嫌がらせでもあるのだが、ギネビアはエリザベートのお気に入りだ。

 そして、いまや、たったひとりのエリザベートの侍女である。

 

「ああ、ラン様か。罠が作動したから賊かと思った。怪我はなかったか?」

 

 ギネビアは悪びれる様子もなく、剣を収めてあっけらかんと言った。

 ランスロットは嘆息した。

 

「ギネビア、お前の仕掛けか? 矢先を潰しているようだが、これでも当たれば怪我をする。間違って、負傷をさせれば、咎められるのは、ギネビアとギネビアの主人であるエリザベート殿だぞ。もうやめることだ」

 

「だが、ここには、ギネとエリ様しかいないのだ。罠くらい仕掛けないと、エリ様を守れない。それに、矢は当たらない。ぎりぎりかするくらいに方向を調整している」

 

 ギネビアは憤然と言った。

 獣人であるギネビアは、部族の言葉ではない人間族の言葉が得手ではないのだ。敬語は使えず、長い名前も発音が難しいらしい。だから、エリザベートのことを“エリ様”、ランスロットのことを“ラン様”と呼ぶ。

 

 しかし、本人には、決して軽んじるつもりなどなく、いたって真面目だ。

 だが、マナーも覚えられないギネビアのことを、大公城内の者は馬鹿にする傾向があり、本人はなにも口にしないが、ほかの侍女たちなどから嫌がらせもされているみたいだ。

 しかし、エリザベートの唯一の侍女のギネビアが意地悪されるということは、エリザベートが不便な思いをするということでもある。

 これもまた、ランスロットがこの小邸を気にかける理由のひとつだ。

 

「それでもだ――。前にも説明したけどな。確かに、ここには直接の護衛はいないが、大公城全体がしっかりとした警護体制の中だ。それよりも間違って警備兵などに当たれば大変な騒ぎになる」

 

 ランロットは諭すように言った。

 すると、ギネビアが不満そうに鼻を鳴らした。

 

「ここに警備兵は近づかない。近づくのは、嫌がらせをしにくる女たちとラン様くらいだ。だから、罠をかけて近づかないようにするくらいでちょうどいい。ラン様にはこんな緩い罠なんて意味ないしな。実際、簡単に避けた」

 

「嫌がらせをされるのか?」

 

 ランスロットは、自分のことについてよりも、いやがらせという言葉に、びっくりした。

 そんなことは知らなかったのだ。

 

「なにもしないとされる。さすがに直接にエリ様を襲うことはないけど、罠を仕掛けるまでは、動物の死骸や腐った食べ物を表に捨てられるということがたくさんあった。どうということもないけど、片付けるのは面倒だ。警戒用の罠矢で脅すようにしてからは平和だな。エリ様も喜んでいる」

 

「それは知らなかった。だけど、やはり、矢はよくない。侍女たちのことは、新しい侍女長によく言っておく。これからは、罠矢を仕掛けることはやめてくれ」

 

「侍女長なんてあてにならない。それに、ラン様が口を出せば、もっと面倒くさいことになる。ラン様はもてるからな」

 

「もてる? どういう意味だ? なんの関係がある?」

 

 ランスロットは困惑した。

 もちろん、ランロットは自分が女性に人気があることくらいは自覚はある。アーサーの腹心という立場であり、さらに、ランロットの顔立ちがそれなりにいいことも認識はしており、身分を問わず、たくさんの女性に言い寄られることは日常茶飯事だ。

 正直、女性には辟易しているといっていい。

 しかし、それと、ギネビアが意地悪されることとなんの関係がある?

 

「鈍いラン様に説明しても仕方がない。ただ、エリ様はギネが守るから問題ない。女たちのことに、ラン様が口を挟むとややこしくなると言っているだけだ」

 

 ギネビアがはっきりと言った。

 ランスロットはますます困惑した。

 

「俺が鈍いだと?」

 

「鈍いじゃないか。だから、こうやって、エリ様のご機嫌伺いによく来てくれる」

 

「俺がエリザベート様の機嫌を伺うことが、俺が鈍いということになるのか?」

 

 全くなにを言われているのかわからない。

 だが、ランスロットしては、この大公城に嫁いできて、アーサーに軽んじられて気の毒な待遇のエリザベートが少しでも、嫌な思いをしないように、心を配っているのだ。

 本来であれば、夫であるアーサーがするべきことだが、アーサーはそれをしない。

 だから、ランスロットしては、腹心として、アーサーの代わりに、せめて生活に不自由をしないように心を配っているつもりなのだ。

 鈍いなどとは心外だ。

 

「鈍い。ラン様はとても鈍い。美男子で自分がどう見られているのかわかっていない。ラン様に優しくされれば、誰だってラン様を好きになる。なんといっても、ラン様は優しいからな。だから、もっとここを訪ねて欲しい。エリ様も喜ぶ」

 

「もしかして、俺がここに来るから、侍女たちが嫉妬して意地悪をするというというのか? つまりは、俺はここに来ない方がいいということか?」

 

 なんとなくだが、やっとわかってきた。

 多分、そういうことなのだろう。

 だが、ギネビアは激しく首を横に振ってそれを否定した。

 

「ほかの女なんてどうでもいい──。とにかく、ラン様は鈍いままでいい。そして、これからも、エリ様の機嫌伺いをしてもらわないと困る。絶対に困る──。そうだ。また、食べ物がなくなるかも。ラン様が来なくなれば、絶対にそうなる。だから、これからも来るんだぞ。そうでないと、エリ様ががっかりする」

 

 ギネビアが言った。

 食べ物がなくなるというのは、前にそういうことがあったのだ。

 絶世の美男子であり、しかも、英雄願望の強いアーサーは、婚姻というのを完全な政略目的でしか考えておらず、最初の公妃であるエリザベートを娶ったのは、まだアーサーのタリオ公国内の地位が盤石ではなく、エリザベートの祖父であるローム教皇の後ろ盾が政治的に必要だったからだ。

 それが五年ほど前のことであり、エリザベートがまだ十六歳のときである。

 

 しかし、五年にして、アーサーの立場は激変した。

 反アーサー勢力の追放に加えて、国力拡大の諸改革にも成功し、タリオ公国を大国ハロンドールに匹敵するような強国に引きあげたアーサーは、すでに国内基盤を固めるための教皇の後ろ盾など必要としていない。

 いまでは、教皇側がアーサーに気を使うくらいだろう。

 

 そもそも、あの当時に、アーサーが教皇クレメンスに打診したのは、クレメンスのふたりの孫娘のうち、魔道力が高い姉のマリアーヌの方だったのだ。

 ところが、クレメンスは、アーサーの能力は認めていたものの、マリアーヌについては神殿界に残して、いずれは自分を継ぐ教皇の地位を考えており、マリアーヌではなく、妹のエリザベートならば応じると伝えてきた。

 実際、マリアーヌは、現在、クロノス教会において、巫女の最高位であることを示す“聖女”の地位にある。

 

 ともかく、あの頃には、アーサーも、タリオ国内に多くの旧勢力の敵を抱えており、どうしても神殿側の後押しが欲しいこともあり、妥協によりエリザベートとの婚姻で納得したのである。

 そういう経緯もあり、また、アーサー自身の性格もあって、アーサーはエリザベートが自分には相応しいとは思っておらず、最初から軽んじていた。

 閨にエリザベートを呼んだのも、数回あるかどうかだという。

 それすらも、抱いてはいないという噂もあるらしい。

 

 しかし、エリザベートも、アーサーからの冷遇を嘆いて泣くような女ではなく、ある日、ついに爆発してアーサーから距離を置くことを決め、この小さな邸を見つけて引きこもった。

 

 アーサーについては、自分がエリザベートに冷たくしたくせに、相手から冷たくされるのは気に入らなかったらしく、エリザベートの扱いを低くして、経費も最低水準に制限した。

 侍女たちを引きあげさせて、まだ幼くて言葉さえもうまく操れない獣人少女のギネビアを唯一の侍女にしたのもこのときだ。

 

 いずれにしても、アーサーが公妃のエリザベート軽んじると、どうしても、ほかの侍女たちにも、それがうつってしまう。

 だから、エリザベートを構う侍女もなく、減額されたエリザベートの経費を横領し、さらに食材まで奪ってしまうという嫌がらせが横行し、一時期はエリザベートとギネビアが食べ物にも困るような事態にまで陥った。

 

 それに気がついたのがランスロットであり、さすがにアーサーに問題があると強く言って、事態を改めさせた。

 このときばかりは、アーサーもまさか公妃を飢えさせるまでのことはするつもりはなかったのだと悔悟の言葉は口にした。

 そして、エリザベートを蔑ろにした者を一斉に摘発し、エリザベートに渡るはずだったものを着服した当時の女官や侍女たちは捕縛され、重罪人として処分された。

 

 釣った女を顧みないというのはアーサーの悪癖だが、アーサーは不正や無能者には苛烈な男だ。

 直接の担当でなくても、大公家に仕えるなら、侍女たちにはエリザベートの面倒を看るという義務がある。それを怠った者たちというのは、アーサーにとっては切り捨てるべき怠け者であり、ましてや横領などをアーサーが許すわけがない。

 エリザベートへの苛めを主導したとされた侍女長は毒杯を飲まされた。

 関与の侍女たちも、公都広場で裸にされて辱しめられ、鞭打ちの末に、公都から追放となった。

 これが三年ほど前の事件である。

 

 そんなことはあったが、それを契機に、エリザベートに対するアーサーの態度が変わるわけでもなし、それからもずっと、アーサーの口の端から大公城の隅にいるエリザベートの名が出ることはない。

 ランスロットとしては、あの事件をきっかけとして、エリザベートがこの大公城で幸せになるのを期待していただけに、非常に残念な気持ちになったものだ。

 

 あれから、三年……。

 大公妃とはいえ、肝心のアーサーから見捨てられているような大公妃に、媚びを売るような者もなく、こうやって訪問をするのは、ランスロットくらいものだろう。

 大国ハロンドールから、エルザ妃が大公妃として嫁いできたこともあり、ますます、エリザベートは忘れられた存在のようになっていった。

 もっとも、エルザ妃とエリザベートは、なかなかに仲がいいようだが……。

 

 まあ、そのエルザ妃についても色々なのだが、あっちはアーサーとはよい関係を築いているようであり、それについては安堵していたが……。

 ところが、急遽帰国を許したりして、アーサーもなにを考えているのか……。

 エルザ妃よりも、ハロンドールについては、イザベラ王太女が自分に相応しいとか口にするが、本当に入れ換えなどするつもりなのだろうか?

 これについては、ランスロットは蚊帳の外なので、わからない。

 

 いずれにしても、あの事件以降、なんとなくだが、ランスロットもエリザベートのことを気にかけるようになり、以前のようなことがないように、こうやって不自由をしていないのか確かめるために定期的に訪問をしている。

 ランスロットほどの立場の者がすることではないと、たしなめられるかもしれないが、どうしても、エリザベートのことが気にかかるのだ。

 

 しかしながら、ランスロットは、むしろ気を使っているつもりであり、ギネビアに鈍いと言われることはないと思っている。

 無論、エリザベートの面倒を看ることは、アーサーにも許可を受けている。

 アーサーからもエリザベートのことは託されてもいるのである。

 もっとも、アーサーは、あまり興味がなさそうな感じだったが……。

 

「こら、ギネビア、なにを表で喋っているのです。ランスロット殿が来たのでしょう? 早く伝えに来ないとだめではないですか」

 

 そのとき、扉が開いて、エリザベートが現われた。

 驚いたことに農婦が身に着けるような作業衣を着ている。

 ランスロットは驚いた。

 

「エリザベート様、どうして、そんな恰好を……」

 

 ランスロットは驚いてしまった。

 仮にも公妃だ。

 それが、どうして農作業姿を……。

 だが、そんな恰好も似合っている。

 ランスロットは、なぜか自分の心臓が激しく鼓動を開始するのがわかった。

 しかも、心なしか身体が熱いような……。

 よくわからないが、エリザベートに接すると、このところ、妙にランスロットは落ち着かない気持ちになる。

 なぜなんだろう?

 

「ギネビアと畑仕事をしていたのです。大公城の隅の一角は、日当たりだけはよくて、しかも土もいいのです。それで、ギネビアと話して、先日から野菜を植えているのですよ。今日はタロの実が収穫できて、それで焼いて食べようとしていたのです。すると、いつまで経ってもギネビアが戻って来ずに……」

 

 エリザベートがギネビアを睨んだ。

 だが、ランスロットはどっから突っ込んでいいかわからない。

 公妃が大公城の土地を使って畑仕事?

 しかも、タロの実?

 よく見れば、手は土だらけだし、顔も汚れている。

 それでいて、その汚れすらも、エリザベートの可憐さをほんの少しも損なっていない。

 ランスロットは、ますまず落ち着かない気持ちになった。

 

 そもそも、エリザベートに接するだけで、自分がこれほどに心が乱れるの理由がわからない。

 だったら、会うのを避ければいいのかもしれないが、それもまた落ち着かない。

 そもそも、ランスロットはアーサーの腹心であり、アーサーの代わりに、エリザベートが不自由をしていないか気に掛ける必要がある。

 必要があるのだ──。

 

「あっ、ごめん、エリ様──。ラン様、お茶の支度するから、中に入ってよ。それとも、やっぱり中には入らずに庭がいいか?」

 

 ギネビアが早口で言った。

 ランスロットは苦笑した。

 

「そうもしていられなくてな。ここには円卓の会議の前に立ち寄っただけだ。少しばかり早く着いたんでね……」

 

 ギネビアに声をかけて、ランスロットはエリザベートに身体を向けた。

 

「エリザベート殿、不自由はありませんか? なにか不足するものは? 残念ですが、もう行かねば……。ですから、なんでも俺に申しつけてください」

 

「えっ、も、もう、戻るのですか? いま、来たばかりではないですか」

 

 エリザベートが眉間に皺を寄せて、ランスロットを咎めるような顔になる。

 ランスロットもなんだか、申し訳ないような気持ちになった。

 それに、ランスロットも、この小邸の訪問は心地よい。

 もっといたいとも思ったりする。

 しかし、仮にも独身男のランスロットが足しげく公妃と侍女だけの別宅を訪問するのは外聞も悪いし、こうやって立ち話を越えるようなことはしないように気をつけている。

 せいぜい、数回に一度、短時間だけ、庭で茶に応じるくらいだ。

 あくまでも、ランスロットがしているのは、気の毒な立場のエリザベートの機嫌伺いなのだ。

 

「いや、それも仕方なくて……。いつもと同じことですけど、不自由されていることはありませんか? なにか運ばせるものは? それとも、なにかの手配とか……。ギネビアからは、ほかの侍女たちがここに迷惑を与えているようなことを言われたのですが……」

 

「まあ、ギネビアがそんなことを……? 余計なことを……。とにかく、ランスロット殿にはいつもお世話になっていますから……。望みといえば、できればもう少し、時間の余裕のあるときに訪問して欲しいということですね。ギネビアのいうとおりに、たまには中で接待をしたいですわ。ここを訪ねてくださるのは、ランスロット様くらいですし……」

 

 エリザベートが柔和な微笑みを浮かべて言った。

 また、ふと思ったが、エリザベートからはとてもいい香りがする。

 化粧っ毛などなく、香ってくるのは、土の匂いとエリザベートの汗の匂いだと思う。それがとても心地いい……。

 なんなのだろう……。

 それで気がついたが、エリザベートの頬が赤くなっている。

 熱いのか?

 

「こ、今度、ゆっくりと……。とにかく、なにも不自由がなければそれいいんです。それでは……。それと、これも詳しくは話せませんが、しばらくは来れません。そのう……。演習で……。おそらく短くても一箇月は……」

 

 ランスロットは一礼をした。

 

「ええ? そんなに?」

 

 エリザベートが眼を大きく見開いた。

 

「そんな、ラン様。エリ様ががっかりしている。もっとたくさん来て欲しい。それに、今日はもう戻るのか? いま来たばかりじゃないか。だめだよ、ラン様。もっといてくれないと」

 

 すると、ギネビアが驚いたように声をあげた。

 

「だ、だめよ、ギネビア……。仕方がないのよ……」

 

 すると、エリザベートが悲しそうに溜め息をついた。

 ランスロットは、このままいたのでは、どうしても離れられなくなる気持ちになりそうで、挨拶もそこそこに、エリザベートの前を辞去した。

 

 

 *

 

 

 その日の円卓の会議には、ランスロットのほかには、いつもの要員が集まっていた。

 すなわち、大公のアーサー、流通の責任者のタゴネット、そして、死んだマーリンに代わって調略と謀略全般を仕切るようになったガラハッドである。

 

 その会議の冒頭に告げられたのは、皇帝家の陰謀と、それを会議名分にしてタリオ公国が皇帝領、次いで、カロリック公国に侵攻をするという計画の発動のことだ。

 以前から話し合っていたことであり、皇帝家の老人たちが冥王の復活というとんでもない謀略を企ているという兆候は掴んでいた。

 それを阻止するということも話し合っていた。

 

 ただ、ランスロットたちは、これを以前から企てているカロリック領への侵攻作戦に繋げることを考えており、皇帝家の謀略をカロリック侵攻への大義名分に発展させることを予定していた。

 ガラハッドを中心として、カロリック侵攻の謀略を様々なかたちで浸透させていて、すでに軍事行動は一連の工作の最終段階の状況である。

 

 あの国は、獣人族の叛乱で治安が乱れに乱れており、そして、新しい大公のロクサーヌは、施政者の器ではない。タリオ軍が国境を越えれば、カロリックの貴族たちは雪崩を打ってタリオ軍に降伏し、熟れた実が落ちるように、公国の全土がアーサーのものになる手筈を整えている。

 それだけの準備を整えてきたのだ。

 また、全軍の指揮をするのは、ランスロットということになっている。

 エリザベートには、教えることはできなかったが、次の訪問は今回の戦のあとになると思い、だからこそ、無理をしてひと目だけ顔を見に行ったのだ。

 

「これは軍事行動というほどではないな。ただの軍事的な散歩のようなものだ」

 

 アーサーは上機嫌だった。

 このカロリック侵攻は、皇帝領への侵攻を切っ掛けに行われる。

 その準備も整っている。

 ついに、アーサーの悲願だった三公国統一の先駆けだ。

 アーサーが喜んでいるのも当然だ。

 

「流言についてもお任せください。皇帝家とともに、カロリックの新大公は希代の悪女として喧伝してみせます。タリオ軍はただ進むだけで、カロリックの全土を得るでしょう。今回についてはランスロット殿の武勇は必要としませんよ」

 

 ガラハッドが言った。

 ランスロットは、ガラハッドがわざと挑発的な物言いをしたことに気がついた。

 なにしろ、この円卓の要員の中で、ランスロットの功績は抜群だ。

 これまでのタリオ公国内の内乱において、最大の活躍をしたのがランスロットだ。だからこそ、ランスロットがアーサーの腹心と言われているのだ。

 だから、ガラハッドは、自分の功績を大きく誇りたいのだと思う。

 

「いや、窮鼠猫を噛むということもあるから油断はしないことだ。いや、むしろ、国が亡びるのだから、多少の気概は期待したいものだ。まあ、ランスロットが軍を率いるのだから、カロリックの弱兵に劣ることなどあり得んけどな」

 

 アーサーが口を挟んで笑った。

 当面の作戦は、当初はあくまでも皇帝領への侵攻であり、カロリックへの侵攻は隠されている第二段作戦なのだが、すでにカロリック侵攻の話になっている。

 この円卓の会議においては、それが既定路線だったからだ。

 

「お任せください」

 

 ランスロットは軽く頭をさげた。

 

「問題はハロンドールの動きだ。あそこは、王都の混乱と大貴族たちの離反で、タリオのカロリック侵攻に対応する余裕はないと思うが、貴族レベルでは、カロリックと深く繋がっているところもある。念には念を入れて、向こうにも仕掛けをする。まあ、マーリンの工作だったが、呆気なく死んだしな。まったく、あのマーリンが失敗するとは、あの国の底力も侮れん」

 

 アーサーだ。

 すると、再びガラハッドが口を開く。

 

「そっちについても捨て駒を準備しております。カロリックの侵攻と同時に発動させます……。三公国に目を向ける余裕は与えません。お任せを……」

 

「頼むぞ、ガラハッド」

 

 アーサーが大きく頷いた。

 そして、幾つかの確認をしていく。

 何度も話し合っていたことであり、状況に合わせて手直しをするのはほんの少しだ。

 やがて、今日の円卓会議も終盤となってきた。

 すると、アーサーが口を開いた。

 

「……事が落ち着いたら、エルフ国女王のガドニエル、もしくは、突然に登場した姉のラザニエルとの婚姻工作を進める予定だ。まあ、あの引きこもり女王は無理かもしれんが、これまで失踪をしていたラザニエルなら、タリオ公国からの招待にも応じるだろう。なにせ、こっちは皇帝家が謀ったナタルの森への謀略を阻止した恩義があるしな」

 

「おう、エルフ族王家から公妃をですか? それはすごい」

 

 ガラハッドが媚びるような物言いをした。

 アーサーが大きく頷く。

 

「まあ、それを強く押せば、ガドニエルは姉のラザニエルのタリオへの訪問を断れまい。一度、俺に会いさえすれば、エルフ族の王女くらい、簡単に落とす」

 

「確かに、アーサー様に靡かぬ女はいませんな。なあ、タゴネット?」

 

 ガラハッドがずっと黙ったままのタゴネットに声をかえた。

 

「えっ? あ、ああ、勿論」

 

 タゴネットは慌てたように言った。

 

「まあ、どんな理由で失踪していたかは知らんが、血だけは一流だ。俺の妃として恥ずかしくはない。もっとも、一度、見極めてからだな。とんだ醜女の可能性もある」

 

 アーサーが笑った。

 やはり上機嫌だ。

 アーサーは、自分に相応しい妃を得ようと、ハロンドールのイザベラ王太女や、エルニア魔道王国の王女姉妹などに、形式婚の打診を続けていた。

 しかしながら、イザベラについては、向こうの王都の混乱により、交渉そのものが頓挫していて、エルニアに至っては返事そのものが無視だ。

 

 とにかく、どこからも色よい返事は得られていないのだが、皇帝家の陰謀を暴くという歴史的な功績を得る予定であり、特に、その謀略の矛先だったエルフ族王家には、大きな貸しができると考えている。

 だからこそ、ずっと表に出なかったガドニエルがついに姿を出したという情報と、女王の姉のラザニエルというエルフ族の王族が現われたと知って、今度こそ、絶対にどちらかをものにすると息巻いている。

 そして、少なくとも一度会いさえすれば、アーサーはそのどちらでも落とせると自信を持っており、カロリック併合が現実的になったのと合わせて、アーサーは機嫌がいいのだ。

 

 だが、ランスロットは、そうなったらエリザベートはどうなるのだろうかと、ぼんやりと考えていた。

 あの無邪気で可憐だが、アーサーに認められないことで、公妃とはいえない境遇にあるエリザベート……。

 エルフ女王家などから、新たな公妃を迎えるなら、ますます、彼女が蔑ろにされるのではないか?

 

 そんなことは、あってはならないのに……。

 なぜか、ランスロットには、エリザベートが向ける屈託のない笑顔が頭から離れては消えないでいた。







【作者注】名に意味はありません。ランスロットとギネビアが不倫関係になる予定はありません(笑)。


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 第43話  クロノスの愛―純情毒婦
519 夜這い宣言


「おさげしますね、ノルズお姉様」

 

 エマが寝台に置いた夕食を食事用の台ごと持ちあげた。

 そのまま、部屋に備え付けられている仕切りの裏の洗い場まで持ち去っていく。

 

「飲み物を持ってきておくれ。そっちが終わってからでいいから」

 

 ノルズは寝台の上で上体を起こしたままの恰好で、仕切りに向かって声をかけた。

 すぐに、「はい」という元気のいい返事が向こうから返ってきた。

 

 水晶宮に備えられている客室のひとつだ。

 ノルズは、ここで治療としての養生をしている。

 もう二日になる。

 

 “ラザニエル”に戻ったアスカは、四肢を切断されたノルズの治療のために、実に最高級の客間を準備したようだ。

 本来であれば、ノルズには分不相応の部屋だというのは、部屋に備え付けられている調度品や美術品を見れば、ひと目でわかった。

 部屋の造りの豪華さには、あの淫乱魔女も、やっぱりナタルの森の支配者になるはずだった王家の嫡女なのだと改めて思わされる。

 奥で洗い物をしているエマとともに、三人でなにもない山小屋で幾日も過ごしたのは、いまや懐かしささえ覚える思い出みたいな感じだ。

 

 ノルズがこの客室に寝かされているのは無論治療のためなのだが、ノルズとしては、別段、こうやって寝ていなければならないほどの状態とは思っていない。

 すでに四肢は繋がっているし、生活をする分の動作に支障はない。

 一時の衰弱状態からは脱しているし、もう元気だ。

 

 だが、ラザニエルの手配した魔道医師によれば、魔道によって一気に治療し過ぎた場合は、本来の身体の自己治癒能力を損なわないように、それに見合う養生期間を置かなければならないそうだ。

 それで、その医師の許可がおりるまで、横になっているというわけだ。

 ノルズとしても、いまやらなければならないことがあるわけでもない。

 だから、大人しくそれを受け入れた。

 それに、じっと休むことも悪いものじゃない。

 この一年以上、ノルズは全力を尽くして駆け続けてきた。

 心の底からの休息を味わうのも、久しぶりの気分だ。

 

 しかし、あれから、二日か……。

 

 その二日のあいだに、スクルズ……名をスクルドと改めたらしいが……彼女とは三度会った。

 向こうから見舞いにきてくれたのだが、ハロンドールの王都で起こったという神殿長スクルズの処刑は、なんと、スクルズがロウの旅に合流するための狂言だったのだという。

 ノルズは、驚きを通り越して、心の底から呆れてしまった。

 いくら恩になったロウのためだとはいえ、史上もっとも若い王都神殿の神殿長として、約束されていたはずの将来の栄華を捨て去るだろうか?

 

 まあ、だけど、スクルドは幸せそうだった。

 従って、問題はないのだろう。

 本人もそう言っていたし……。

 

 そして、スクルドとは和解もした。

 なにしろ、ノルズはスクルドとノルズとベルズをパリスの野望のために犠牲にしようとし、一度も謝罪もすることなく、スクルドの監禁から逃亡して、そのままになっていたのだ。

 スクルドは笑って、ノルズの謝罪を受け入れてくれた。

 あいつの物言いによれば、ノルズのしたことは、結果的にスクルドたちがロウに仕えるきっかけを作ったのであるから、望ましいことだったという。

 

 お人好し過ぎるとは思ったものの、ノルズとしては、スクルドが少女時代の神学校のときのように、本当に打ち解けて接してくれたのは嬉しかった。

 感無量だ。

 だが、それはともかく、ノルズが感じたのは、本当に彼女は、あの優秀だが気の弱かったスクルズという巫女と同一人物なのかという疑念だ。

 ロウにぞっこん惚れているというのはわかったが、大人の風格というか、全体におおらかな余裕のようなものが醸し出していた。

 なによりも、魔道力がノルズが認識していた時期のスクルズとは桁違いだ。

 ロウに愛されることで、ここまで人間が変わるのかという成長ぶりを感じた。

 

 いずれにしても、そのスクルドも、いまは忙しいらしく、面会の三度とも、慌ただしくやってきては、話だけをしてすぐに戻っていった。

 スクルドは、荒れてしまった水晶宮とイムドリス宮の魔道結界の張り直し支援や、イムドリスで発狂して頭を損なったエルフ族たちの治療支援に当たっているらしい。

 とにかく、忙しそうだ。

 まあ、いいか……。

 

 それにしても、治療が完全に終わったらどうするか……。

 まあ、考えていることはあるが……。

 しかし、いずれはウルズやベルズにもきちんと謝りたい。なにしろ、スクルドには謝罪できたが、ベルズとウルズにはまだなのだ。

 特に、スクルドによれば、ウルズについては、幼児返りということで、大変に気の毒なことになっているみたいだ。

 ノルズにも責任はあるし、しっかりと償いたいとは思う。

 

 だが、まだだ。

 まだ、することはある。

 

 ノルズは身体を寝台に横たわらせた。

 眼を閉じる。

 そして、いつものように考える。

 

 ロウのことだ。

 そして、いまは、それ以外はなにをすることもできない。

 ずっと一緒にいるエマを悪戯して遊ぼうという気にもならない。

 

 ロウに会ったのだ。

 

 ロウに……。

 

 

 

 

 

 

 ロウ……。

 

 

 ロウ……。

 

 

 ロウ……。

 

 

 ロウ……。

 

 

 ロウ……。

 

 

 ロウ……。

 

 

 ロウ……。

 

 

 ロウ……。

 

 

 

 

 

 

 それだけでなく、ロウは確かにノルズのことを覚えていて、ずっと探していたとさえ、口にしてくれた。

 ロウがノルズのことを気にかけてくれていたなど、あり得ないことであり、そんなはずはなかった。

 

 だが、彼は確かに、ノルズのことを心配して探し続けていたと言った。

 とても優しい視線でノルズを見てくれた。

 

 あの視線は、確かに本物だった。

 

 

 

 本物だった……。

 

 

 

 ああ、なんということだろう……。

 

 ロウがノルズのことを覚えていて、そして、探してくれていたと言ったのだ。

 

 探してくれたと言ったのだ――。

 そんなこと、ありうるのか――?

 

 あれから、二日間、ロウのことを考え続けている。

 いや、ロウのことしか考えていない。

 はっきりいって、スクルドのことさえ、どうでもいいと思ってしまう。

 

 とにかく、胸は締めつけられるように苦しい。

 だが、それは心地よい苦しさだ。

 

 まだ、会ってはいないものの、ロウたちも、この水晶宮に滞在しているらしい。

 

 同じ建物のすぐ近くの場所に彼がいる。

 直接に姿は見なくても、ロウがひとつ屋根の下にいるのだと考えるだけで、心が温かくなるのを感じることができた。

 

 “ロウはノルズのことを覚えていて、そして、探してくれていたと言った。”

 

 ノルズは、もう何千回目になるかわからない、その言葉を心で繰り返す。

 

 それで、ノルズは幸せになれた。

 ロウがノルズを覚えていてくれているというのは望んでいたことではなかったが、そうであって欲しいという願望はあった。

 いや、そんなことを願っているつもりはなかったが、ロウがノルズに声をかけてくれたとき、ノルズは、それが自分の真からの思いであったことを悟ったのだ。

 

 ロウはノルズのことを覚えていて、そして、探してくれていたと言った。

 それだけで……。

 たったそれだけのことの、なんという心地よさ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りください、ノルズお姉様はお休みです──」

 

 そのときだった。

 エマの不機嫌そうな声が部屋に隅から響いた。

 

 あれ?

 まどろんでいた……?

 そんな気はなかったが、もしかして、眠りそうになっていたのだろうか……?

 

 そして、はっとした。

 エマに入室を拒まれるようにして、入り口の扉の向こうに立っているのはロウだったのだ。

 びっくりした。

 

「やあ、ノルズ、入れてくれないか。君の護衛さんが邪魔をして入れてくれないんだ」

 

 ロウがお道化た口調で、ノルズに声をかけてきた。

 

「なにをしてるんだ──。殺されたいのかい、エマ──。すぐに、そこをどくんだ」

 

 噴きあがった感情のまま激昂して怒鳴り、すぐに後悔してノルズは赤面した。

 ロウの前で、なんというはしたない言葉を……。

 

 一方で、エマが不本意そうに身体をずらす。

 ロウが真っ直ぐにやって来て、寝台の横にあった小さな椅子に腰掛けた。

 

「あっ、も、申し訳ありません――」

 

 やっと我に返って、慌てて身体を起こそうとした。

 だが、ロウの手がそれを阻んで、ノルズを寝台に押しとどめる。

 それだけで、喜悦が全身に走り、悲鳴さえあげそうになった。

 

「そのままでいい……。語り合いに来たんだ。もっと早く来たかったんだけど、治療の一貫で、囚われていた女たちを片っ端から抱いていたんだ。それに丸二日かかった。そのあと、寝落ちした。面目ない。やっと目が醒めて、こっちに来たんだ。礼も言わずに、放っていたかたちになって申し訳ないよ」

 

「そ、そんな──」

 

 ロウが頭をさげたので、ノルズは慌てて首を横に振る。

 とんでもないことだ。

 ロウがノルズに頭をさげるなど……。

 

「治療が困難なはずだった女たちが、ロ、ロウ様のおかげで、全員正気を取り戻したんですよね……。き、聞いています。アスカ……いえ、ラザニエルから……」

 

 ノルズは急いで言った。

 すると、顔をあげたロウがくすりと笑った。

 

「そんな喋り方だったか? 普通の喋り方にしてくれないか。それに、俺のことは呼び捨てでいい」

 

「む、無理です──」

 

 ノルズは心の底から断言した。

 もう無理だ。

 ロウを呼び捨てにするなど……。

 そんなことは、もう絶対にできない──。

 

「まあいいか……。そういえば、スクルドと和解したってな。まあ、あいつは、ノルズのことを心配はしていたけど、怒ってもいなかったからな。ノルズが無事で喜んでた。ベルズからは説教のひとつも喰らうかもしれないけど、やっぱり会いたがってる。ウルズはまあ、いろいろだから記憶は残ってないけど、とてもかわいくなっている。ノルズなら気に入ると思うぞ」

 

「そ、その節は、ロ、ロウ様にはご迷惑を……」

 

「いや、謝罪も、礼ももうやめようか……。ただ、もしも、気に病んでいる可能性があるなら、大丈夫だと伝えたかっだだけだ……。それよりも、スクルドも変わったろう? 外見もそうだが、中身がね」

 

 ロウがくすくすと笑った。

 

「か、変りすぎです。すごく成熟した人間味というか……余裕というか……。なによりも、魔道力が凄まじくて……」

 

「まあ、ノルズには隠さずに教えるけど、実は俺の秘密のひとつでね……。俺が性支配した女は例外なく、なんらかの能力が向上する。しかも、エルフ族の女王様を性奴隷にしたことで、俺自身も限界突破をした。スクルドだけじゃなく、エリカやほかの女も、二度目の成長期というわけさ」

 

「成長期?」

 

「まあね。だから、ノルズも、もう一度俺に性支配しにきた……。拒否は許さない。強引に犯すよ」

 

「お、犯す──」

 

 自分の声が裏返ったのがわかった。

 ものすごい速さで心臓が鼓動する。

 全身がかっと熱くなって、恥ずかしくも小刻みな震えさえ起きる。

 すると、ロウが笑って、椅子から寝台に身体を移した。

 

「ひっ」

 

 ノルズは腰を跳ねあげさせてしまった。

 

「ノルズお姉様、お飲み物です」

 

 そのとき、エマが割り込むようにして、寝台の横に小さな台を寄せて、糖蜜水を持ってきた。

 冷やした水に蜂蜜を一滴と香り用の果汁を垂らしたものであり、ノルズがこの二日間、好んで口にしていたものだ。

 そういえば、さっき頼んだか……?

 しかし、どうでもいいが、エマが持ってきたのは、ノルズの分だけしかない。このロウのものはなさそうだ。

 

「エ、エマ──。ロウ様のものは……」

 

「まあまあ」

 

 またもやかっとして怒鳴りそうになったが、それをロウが制した。

 そして、横の台からひょいと蜂蜜水の入った杯を手に取る。

 

「なにするんです、お前──。それはノルズお姉様の──」

 

 エマが激昂して声をあげかける。

 

「心配するな、エマ。ノルズには俺が口移しで飲ませるさ。そのとき、一緒にもらうよ」

 

 その言葉が終わると同時に、ロウが水を口に含んで、いきなりノルズに覆いかぶさるように、唇を重ねてきた

 蜂蜜水とともに、ロウの舌が入ってくる。

 身体が凍りついたように硬直した。

 頭が白くなった。

 

 そして、ロウの舌がノルズの舌に絡みつき、吸いあげ、擦りつく。

 激しすぎる快感が五体に響き渡る。

 凄まじい感激にノルズは襲われた。

 こんなに柔らかくて、優しくて、それでいて激しい口づけを味わうのは生まれて初めてだと思った。

 あとからあとから気持ちよさが、刺激を受けている口の中だけでなくて、全身に走り回る。

 

「んああっ」

 

 我慢できなくて声が漏れる。

 口づけだけで気が遠くなると思った。

 やっとロウがノルズの顔から口を離した。

 

「な、なにをするんですか──。ノルズお姉様はまだ身体が本調子ではなくて……」

 

 エマが金切り声をあげた。

 ノルズは口を挟もうと思ったが、突然の口づけに心が動顛して、うまく言葉を紡げない。

 すると、ロウがエマに視線を向けた。

 

「心配するなよ。俺の精はそこらの魔道よりも……、そして、下手な治療よりも余程に効果がある。すでに実証済みだ。だから、俺はこのノルズを夜這いに来たんだ」

 

「よ、夜這い──?」

 

 エマの顔が怒りで真っ赤になるのがわかった。

 ノルズは慌てて口を開く。

 

「もういい──。隣の部屋に行ってな、エマ──。呼ぶまで戻って来るんじゃない。命令だよ──」

 

 エマはほとんど、この部屋に泊まり込みだが、実は隣室が侍女用にあてがわれている小部屋である。エマは一瞬険しく顔をしかめたが、ノルズが睨みつけると、すぐに怯んだようになり、やがて、悲しそうにすごすごと扉に向かっていく。

 そして、黙ったまま一礼をして、部屋を出ていった。

 

「忠実な番人様だね」

 

 エマがいなくなると、ロウが小さく笑った。

 

「も、申しわけ……。そ、そうだ。あいつも、性奴隷にして支配してはどうですか……。あれは、あたしとラザニエルの玩具で……」

 

「いや、無理だ」

 

 ロウがノルズの言葉を遮って、首を軽く横に振った。

 

「無理?」

 

「俺の淫魔術は強すぎるんだ……。精を放つと彼女の本来の人格に俺の淫魔術が絡みつき、複合しているほかの人格が剥がれてしまう。彼女の心は分裂状態になると思うよ」

 

 ロウが言った。

 ノルズは、ロウがラザニエルとふたりで作りあげた複合人格のエマを察知したということにびっくりした。

 

「そ、そうだ……。ラザニエルが何度かここに来ました。あいつをあそこまで調教してしまうとはさすがですね。貞操帯に責められて、たじたじになってましたよ。でも、満更でもないみたいで……」

 

 今日もやって来たが、あのときのラザニエルの様子を思い出して、ノルズはくすくすと笑った。

 ノルズ自身の性癖は根っからの“S”だと思っているが、ラザニエルは実は“S”でもあるが、“M”でもある。

 どちらかというと、本当はマゾっ気の方が強いかもしれない。

 いつ動くかわからないディルド付きの貞操帯に苛まれて、すっかりと嗜虐の悦びに浸っているような表情になっていた。

 話すのも、ロウのことばかりだった。

 一応は(つがい)の相手だったオデッセイことパリスの死だ。

 もしや、パリスが死に瀕していることから、ラザニエルに刻まれているはずの(つがい)の誓いが働くことも心配していたのだが、その様子はないことに安心した。

 

「ノルズが、アスカだったラザニエルとすっかりと仲良くなっていたのは、俺も驚いたよ……。アスカのこと……。パリスのこと……。本当に感謝してる……。俺の敵を排除し続けてくれたんだな。ありがとう……。なんにも知らなかった……」

 

「いえ……。結局、なんの役にも立っていませんし……。ラザニエルを堕としたのはロウ様です……。パリスを無力化したのもロウ様です」

 

 ノルズは首を横に振る。

 そして、身体をやっぱり起こそうと思った。

 横になったままでは話もしにくい。

 だが、ロウがノルズの肩を軽く押さえてそれを阻み、驚いたことに寝台にあがってきて、ノルズに添い寝をするように横たわってきた。

 心臓が爆発するかと思うほどに、激しく動悸が起きる。

 

「そんなに卑下するもんじゃないよ……。どうでもいいけど、喋り方を戻せないのか? そんなに余所余所しくされると、どうにも愛し合いにくいよ」

 

「あ、愛し合う──?」

 

 声が裏返った。

 ノルズの顔の近くで、ロウが声をあげて笑った。

 

「夜這いだと言ったじゃないか。ほかになにをすることがある」

 

 ロウがノルズの耳元でささやく。

 驚いたことに、一瞬にしてロウの身体から身に着けているものが消滅した。

 ノルズは目を見張った。

 

 そして、はっとした。

 敷布に覆われているノルズもまた、一糸まとわぬ素裸になっていたのだ。

 

「な、な、なんで服が……?」

 

 狼狽えて声をあげた。

 

「また、能力があがってね……。どんどんとできることが多くなる」

 

 ロウがにやりと微笑んだ。

 唖然とした。

 ロウがこんなことができるというのは、ノルズの情報にはなかったことだ。

 

「……話をしたいんだけどね……。とりあえず、やろう。ノルズ、お前を俺の女にする……。嫌なら抵抗することだ。ノルズの腕なら俺を一瞬で殺せるだろう」

 

 馬鹿な……。

 ノルズがロウを拒むなど……。

 

 ロウがノルズの上に掛かっていたものを取り去った。

 ノルズの裸身にロウの裸体が重なってくる。

 

「ふわあっ」

 

 ノルズは声をあげていた。

 ロウが片手でノルズの乳房を下端の丸みの方からゆっくりと捏ねあげるようにしてきたのだ。

 たったそれだけの愛撫なのに、ノルズの身体は弾けるような快感にわななく。

 

 そして、ロウがノルズの乳首を口に含む。

 内腿の内側にロウの手が這う。

 

 ロウの身体……。

 

 ロウの唇……。

 

 ロウの手……。

 

 ロウの息……。

 

 ロウの匂い……。

 

 それがノルズの身体を動き回る。

 身体のすべてが……いや、心のすべてが鋭く反応する。

 気持ちいい……。

 いや、そんな言葉などで表せるものじゃない。

 ロウに愛されている。

 その感激がノルズの全身を駆け回る。

 

「ああ、ロウ様──。ロウ様──」

 

 ノルズはロウの背中にしがみついていた。

 ロウにいま愛されている。

 そう考えただけで、凄まじいほどの歓喜が全身を包んだ。

 

「お前は俺の女だ、ノルズ……」

 

 ロウが胸とノルズの股間を愛撫しながら、口づけをしてきた。

 唾液が注がれ、それを飲み下し、舌と舌を絡ませて、ロウの口をむさぼる。

 そのあいだも、ロウの手がノルズの身体のあちこりを動き回る。

 まるで魔道の手だった。

 どこをどんな風に触られても、電撃を浴びせられたような快感が迸る。

 

「ひあああ、あああああ」

 

 ノルズはロウの顔から口を離して、悲鳴のような声をあげた。

 次の瞬間、がくがくと全身を震わせて、昇天していた。

 まるで、ずっと眠っていた性感という性感が、突如として目覚めたかのようだった。

 女同士の性愛では手に入らない、真の歓喜がロウとの交合から沸き起こった。

 

「もういっちゃった?」

 

 ロウがノルズの裸体に愛撫を続けながらくすくすと笑ったと思った。

 そして、態勢を変えて、ロウがノルズの身体を跨ぐようにして、両腿を手で抱えあげる。

 

「覚悟しろよ、ノルズ。俺の精を注がれたら、もう逃げられないぞ。今度はもう誰にも解除できない。ノルズは俺の女だ。一生な」

 

「あ、あたしをロウ様の女に──」

 

 ノルズはロウの背中にしがみつきながら叫んだ。

 ロウの怒張がノルズの股間にぐっと侵入してくる。

 

「んああああっ」

 

 ノルズは声をあげた。

 全身が絶頂に近い興奮で打ち震える。

 ノルズはロウを受け入れながらがくがくと身体を痙攣させた。

 

「ああああっ、あああああ」

 

 吠えた。

 なにもかも気持ちがいい……。

 

 ノルズはなにも考えることができず、心からの歓喜とともに、二度目のエクスタシーを迎えてしまった。



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520 情事の途中で

「ふわあああ」

 

 ノルズは、覆い被さっているロウの裸身を下から抱きしめながら、声を放った。

 なにも考えられなかった。

 ロウに抱かれている。

 それだけで、ノルズは陶酔するような幸福感に包まれている。

 

 そのロウがノルズの胸を揉み、耳からうなじまでをしゃぶりつくし、身体のありとあらゆる場所をほぐすように刺激してくる。

 もはや、女の悦びを押し殺すことなど不可能だ。

 官能という官能が怖ろしいほどに目覚めきっている。

 前戯での二回に続いて、本格的な性愛になってからもあっという間に達したが、その後は、ロウは明らかに手加減をしているような愛撫になった。

 それでも、ノルズは激しすぎる歓喜の興奮に全身を震わせ続けた。

 

「可愛い反応だな。もう一度、いこう。今度も一緒だ」

 

 ロウが律動しながら、優しい声でささやく。

 律動が始まってから、ノルズは、あっという間に二度達していたのだが、その二度ともロウはノルズの興奮に併せるように、精を放ってくれていた。

 ロウが精を放つたびに、ロウの中に引き込まれるような不思議な感覚に襲われた。

 多分、ノルズは性奴隷としての結びつきをロウから精を放たれることで、強化されていっているのだろう。

 自分はロウの性奴隷だ……。

 そう思うだけで、ノルズに心からの歓喜が襲った。

 

 そして、ロウは精を放つと、ノルズを貫いたまま、ノルズの絶頂の余韻が静かになるのを待ち、また愛撫を開始する。

 そんな感じの性交が続いている。

 ずっと繋がったままだ。

 そして、いま、三度目の絶頂をしようとしている。

 前戯を含めると、五度目の昇天だ。

 

「は、はいっ──。ああああっ」

 

 ノルズは、下からロウにしがみついた。

 肩から顎へ、さらに唇へと、ロウの唇が這い寄ってくる。

 ノルズは朦朧とした酔い心地のまま、ロウの唇に自分の唇を押し重ねた。

 

 一方で股間では、ロウの律動がゆっくり、ゆっくりと続いている。

 擦りあげる部分は、まるで溶けてしまうくらいに気持ちがいい。

 一打一打がもの凄い快感として、ノルズに襲いかかる。

 ノルズが常軌を逸したような連続絶頂に至らないのは、ロウがそんなように導いてくれているからだと思う。

 

「んんあああ、んんああ」

 

 ノルズはロウの舌をむさぼりながら、嬌声を放った。

 涎が顔から垂れ流れるのがわかるが、それをロウが舌で丁寧に舐め取っていく。

 ノルズは夢中でロウの舌にしゃぶりついていた。

 

「よし、もう一度だ」

 

 ロウの抽送の速度と勢いが変化した。

 ずどんと子宮近くを思い切り突かれる。

 痛いほどの快感が全身を貫いた。

 

「ふああああっ」

 

 尋常じゃない快美感がせりあがる。

 ずん、ずんと容赦のなく怒張がノルズの股間を襲う。

 快感のうねりが荒れ狂った。

 

「ロ、ロウさまあああ──」

 

 わけもわからずに、ノルズは歓喜の悲鳴をあげた。

 ノルズは全身を弓なりにして、がくがくと身体を震わせた。

 五度目の絶頂は、予想もできなかったような深くて峻烈なものだった。

 脳天に快感が突き抜ける。

 

「出すよ」

 

 ノルズが昇りつめるのに合わせて、ロウがノルズの子宮に精を浴びせたのを感じた。

 凄まじい歓喜がノルズの肢体を粉々に打ち砕く。

 全身が脱力していく。

 それでも、快感だけはまだ続いている。

 あがったところから、降りてこない。

 まるで、雲の上にでもいるかのようだった。

 ノルズは、下からロウの背中に手を回している。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 むさぼるように息をする。

 余りの気持ちよさに、全身は弛緩しきって、指一本も動かない感じだった。

 ただただ、ロウを抱き締めた。

 まだノルズに入ったままのロウが優し気に微笑む。

 

「ちょっと休憩だ……。話をしよう。この二日の顛末を説明するよ」

 

 ロウはそう言い、ノルズの股間に怒張を貫かせたまま身体を身体を起こし、胡坐の上にノルズを抱くような体勢に変化をした。

 

「あっ、いやっ」

 

 挿入したままなので、絶頂で溶けきっている秘部が擦れて、そのまま達しそうになってしまった。

 ノルズはロウにしがみついていた。

 

「ごめん、ごめん」

 

 ロウが愉し気に笑って、ノルズの背中に手を回して、しっかりと抱き支えるようにする。

 その優しさが、泣くほどの感動をノルズに与えた。

 

「ちょっと休んだら、今度は拘束してノルズを苛めさせて欲しいな……。両手を背中に回して……」

 

 まだ続けるのかと、一瞬、愕然となりそうになったが、ロウに抱き潰されるのは嫌ではない。

 むしろ、このまま毀れたい。

 ロウになにもかも、破壊して欲しい。

 そんな風にも思った。

 

 とにかく、ロウはまだ終わるつもりはないようだ。

 ノルズは大人しく、両腕を背中側の腰の括れの位置で重ねるようにした。

 その動きだけでも気怠い。

 腕に粘着体が腕に貼りつき、ノルズの両手が固定される。この粘性体の術が、ロウの淫魔師としての能力のひとつというのは承知している。だが、接するのは初めてだ。

 さらに、腕を縛るその粘性体が急に変わった?

 

 いや、変わった。縄だ――。

 

 粘性体だと思っていたのに、いつの間にかしっかりとした縄になっている。

 後手の腕だけでなく、乳首の上下にも縄が食い込んでいるのが視界に入るのでわかる。

 ノルズは呆気にとられた。

 

「これも俺の能力が爆あがりしたことによる新たな能力だ、粘性体を縄にも鎖にも変化できる。しかも、俺の淫魔師としての能力を超える能力がないと縄抜けもできない。粘性体を布にも変えられから、身に着ける衣服のすべてを俺の淫魔術で合成したものに変えて身体を包ませるということもできる」

 

「は、はあ……」

 

 よく意味がわからないが、とにかく大変な能力だということは理解した。

 ノルズは緊縛された身体をロウに預けるようにして、首だけを小さく頷かせる。

 

「いずれにしても、縛られた方が楽だろう? なにもしなくてもいい……。全部、俺に任せるんだ」

 

「は、はい」

 

 ノルズはロウにもたれかかるようにして、顔をロウの胸に当てるようにして目を閉じた。

 気持ちがいい……。

 本当に気持ちがいい……。

 幸せだ。

 

「……さて、二日間の状況だけどね。まず、水晶宮は、今回の失態を各国の宮廷に通報した。魔道声明でハロンドールやエルニアや三公国に発信されたんだ……」

 

「すでに各宮廷に発信を? 知りませんでした……」

 

「それだけでなく、これは予定だけど、全人類に向けた同時発表も予定されているようだ。ガドの魔道による世界通信だ。もっとも、こっちは魔道波の解放を受け入れた国しか流せないらしいね。おそらく、ナタル森林の各里以外は、ハロンドール王国とデセオ公国くらいになるだろうということだ。ただ、受け入れを表明しない国でも、冒険者ギルドにはすべて流されるそうだ」

 

「えっ、世界通信を?」

 

 ノルズは目を閉じて、ロウの胸に顔を当てたまま言った。世界通信とは、ほとんど過去の歴史にしか登場しない大魔道だ。

 全世界の魔道具に使われている魔法石の波動を通じて、全世界に魔道波を拡げて、天空から地上に声を落とすというほぼ神話にしか出てこないような魔道である。

 大陸に拡がる魔法石が全て、ナタル森林産であることから可能な大技だが、とてつもない魔道力が必要なはずだ。

 

「なんか、してやられて口惜しいとか言ってね。まあ、俺としてはどうでもいいんだけど……」

 

「してやられる……? だ、だけど、せ、世界波の大魔道なんて可能なのですか……?」

 

 それが可能というのは、さすがに、世界最高の魔道遣いという評価を持つエルフ族女王だと思った。

 すると、ロウが上で小さく顔を頷かせたのを感じた。

 

「ガドとラザの合体魔道ということだ。こっちは数日以内に準備ができるそうだ」

 

「はあ、はあ、はあ……、そ、そうですか……」

 

 ノルズは頷いた。

 とても、息が苦しいし、いまでも挿入されている股間がじんじんと痺れる。

 でも、この苦しさを手放したくない。

 なにもかも委ねて、ロウにもたれかかる。

 すると、ちょっとだけロウがノルズを抱く腕に力を入れてくれた。

 歓喜が拡がる。

 好きな相手に包まれるというのは、これほどの快感なのか……。

 生まれて初めての経験に、ノルズは死んでもいいと思うような安堵感に覆われる。

 

「それと、水晶宮の太守は、カサンドラ夫妻からラザに変わる。カサンドラは病床の夫とともに引退……。ラザは、ナタルの森の混乱を鎮めるために、これから(いそ)しむことになる。とりあえずは、森の全土に蔓延っている魔獣の掃討だな」

 

「は、はい……」

 

「シティの冒険者ギルドから各国の冒険者ギルドに呼び掛けて、各国の冒険者による魔獣退治の援助も集めようとしている。もちろん、水晶軍も出動する。まあ、しばらくは混乱は続くと思うけど、大きな問題はないだろう。瘴気の発生の封印は、すでに各所で開始しているので、魔獣はじり貧だ。それほどの時間をかけずに、元の状態に戻るはずだ。ラザの見積だと一年くらいで落ち着くだろうということさ」

 

「わ、わかりました……。そ、それについて……お、お願いが……」

 

 ノルズは目を開いて、顔だけをロウに向けた。

 

「お願い?」

 

「あ、あたしは……ラザニエルを手伝いたいのです……。こ、ここに……残ろうと……思います……。ラザニエルもそれを望んでいて……」

 

「ノルズを縛るものはなにもない。俺が許可をするような話じゃない。ノルズの好きにすることだ」

 

 ロウははっきりと言った。

 しかし、その眼がなにかを主張したいかのように、一瞬細くなった気がした。

 ノルズはどきりとした。

 

「で、でも……」

 

 ノルズは口を開いた。

 これだけは言っていこうと思ったのだ。

 ノルズは、ロウと離れたいわけじゃない。

 本当は一緒にいたい。

 ロウの周りにいる女たちのように、いつもロウに愛される暮らしをしたい。

 だが、こうするのがいいと思った。

 これからのこともある。

 

「それに、ラザは、水晶宮とハロンドールの王都を結ぶゲートを作るそうだ。開始さえすれば、半年もかからないうちに完成するとのことだったよ。もちろん、着手する前に、ハロンドール王の受け入れが必要だけどね。それは、俺が戻って騒動を収めたらから、すぐに手を打つ」

 

「ゲート?」

 

 確か、スクルドがスクルズとして処刑される直前まで、気が触れたように手を出していた魔道跳躍施設がその名だったと思う。

 スクルドは、魔道石を効果的に使うことで、連続跳躍できる魔道施設をあのハロンドール王国内に張り巡らせようとしていたはずだ。

 ノルズも、手の者から報告だけは受けていた。

 ただ、神殿長としてのスクルズの死により、その事業は中断されたままのはずだと思う。

 ロウが説明を始める。

 

「……魔道における跳躍術をするための魔道紋を常設する施設らしい……。スクルドも手をかけていたが、それのもっと大掛かりなかたちになりそうだ。つまりは、水晶宮とハロンドール王都を跳躍術で結ぶということらしい……。ひとりふたりではなく、軍のようなまとまった勢力が一気に跳躍できる」

 

「そんなことが?」

 

 驚いた。

 国と国レベルで跳躍術で結ぶなど……。

 しかも、軍のレベルで跳躍術?

 それが可能になれば、これまでの国の防衛の概念が大きく変わるだろう。

 

「まあ、受け売りだけどね……。できるらしい……。もっとも、大人数の同時跳躍をさせるには、さすがに、ガドやラザ級の魔道遣いが理力を込めるか、それに見合う魔法石を使う必要があるとのことだったけど……。とにかく、ここの水晶宮とハロンドールの王都が自由に行き来できることになる。今度は、会いたいときにはすぐに来れるさ」

 

 ロウが笑った。

 だが、そんな技術が可能なのかと唖然した。

 しかし、すぐに思い直した。

 ノルズたちは、ナタルの森の林縁部から中心部のエランド・シティまで、アスカの魔道で一気に跳躍してきた。

 それをハロンドールまで延長して、さらに移動紋が消滅しないように処置するだけのことだ。

 できないことはない。

 

「うちの魔道技術担当係が、効率的な要領について、水晶宮の古文書の書物庫に入り浸って、調査と検討をしている。スクルドにも手伝わせている。まあ、魔道技術担当には、数日以内に基本設計を作れば、奴隷からは解放すると告げているしな。寝る間を惜しんで取り組んでいる。まあ、ずっと昔には、実際に運用されていた技術だそうだ。いまは、いろいろあって破棄されたらしいけど……。それを復活させるだけだし、その技術記録が見つかれば、本当に実現すると思うよ」

 

 ロウは請け負った。

 それなら、実現するのだろう。

 また、ロウが言った技術担当係というのは、おそらく、ユイナとかいう黒エルフの娘のことだろう。

 ロウの新しい女になったエルフ娘であり、直接には面識はないが、パリスが執着して、今回の騒動の発端にもなった娘だ。

 どうやら、ロウは彼女も自分の女にしたようだ。

 

「そうですか……。わかりました……」

 

 ノルズは言った。

 

「話を情勢の説明に戻すけど、実をいうと、旧ローム帝国領、つまり、三公国のうち、タリオ公国に存在していた皇帝直轄領はすぐになくなっている。タリオ公国のアーサー大公は、水晶宮の魔道声明が発せられる前に、突然に討伐を理由に直轄領に軍を入れたようだ。まるで、水晶宮で起こっていた陰謀の動きを知っていたかのような電撃的な侵攻だったらしい」

 

「えっ?」

 

 ノルズは声をあげた。

 驚いたのだ。

 タリオ公国が水晶宮の声明を待たずに、皇帝家に侵攻したというのは、知らない事実だった。

 すると、ロウの目が意味ありげに、また細くなり、ノルズを見つめた気がした。

 ノルズは身体をわずかに竦めた。

 

「水晶軍も一応の兵を出すつもりだったけど、当初の思惑とは異なり、捕縛した皇族の処刑を確認するだけの兵になると思う。あるいは、出さないかもしれない。現段階では状況を確認中だ」

 

「そ、そうですか……」

 

 ノルズはそれだけを言った。

 

「……タリオの大公のアーサーは、皇帝領に侵攻するとともに、皇帝家が冥王復活を企てたと発表した。同時にローム神殿の教皇猊下もアーサーの言葉を裏付けるように、皇帝家を人類の敵宣言をしたんだ。それも即日さ。事前に教皇と手を打っていたことは明白だね」

 

「タリオのアーサー大公が?」

 

「しかも、まるで、アーサーこそが皇帝家の陰謀を発見して、それを事前に封じたかのような印象を作っているようだ。それで、エルフ族側でも、パリスと皇帝家の陰謀とその阻止を急遽発表したんだけど、一連の主動権はタリオが持っていった感じだ。アーサーは、タリオの皇帝領侵攻がイムドリス宮に危機を救うことにもなったんだと情報操作もしているそうだ。本当にタリオの大公様はやり手だよ」

 

「えっ?」

 

 ノルズは驚いたが、あのタリオ大公ならやりそうだと思った。

 とにかく、タリオ大公のアーサーは野心家なのだ。

 情報があれば、それを最大限に利用する。

 アーサーのことを多少は知っているノルズは、いかにもアーサーらしいという気がした。

 

「エルフ族王家としては、パリスの陰謀として冥王復活の企てがあったことを全世界発表をして、水晶軍のエルフ族の軍を皇帝領に動かすとともに、その派兵に各国からの参戦を促すことで、皇帝家の陰謀を完全に消滅させるかたちを作ることを考えたけど、ナタル森林からの発表が遅れたことで主役はアーサーだ。後追いで発表したエルフ族王家からの発表も、アーサーの皇帝領侵攻の大義名分を与えることになった。アーサーこそが、人類を再び悪意の時代に陥らせかけた陰謀を事前に防いだ英雄だ」

 

「そ、そんな、パリスの陰謀を防いだのはロウ様で──」

 

 ノルズはびっくりして声をあげた。

 そんなことになっているなんて、予想はしていなかったのだ。

 だが、改めて考えれば、あり得ることだ。

 皇帝家という老害の連中を利用して、陰謀を企てたのはパリスであり、パリスがいなければ、皇帝家など力を持たない無力な連中なのだが、見方によってはパリスなど末端勢力であり、皇帝家こそ陰謀の本拠地だ。

 そこを制圧したのがアーサーということになれば、アーサーこそが陰謀を毀した英雄だ。

 そして、功績も独占だ。

 

 しかし、事実としては、パリスのいない皇帝家の組織など、胴体のない人形の頭だ。なんにもできない。パリスがいなければ、実行部隊など四散している。

 ノルズ自身があの組織に属していたのだからよく知っている。

 あんながらんどうを駆逐して、人類の英雄気取りは酷い。

 本当は、パリスを倒したロウこそが英雄なのに……。

 しかし、それでさっき話題に出た世界通信のことが腑に落ちた。だから、ロウの功績を喧伝しとうと、ガドニエル女王とアスカが躍起になったのだ。

 

「いや、とにかく、俺の功績とかはいいんだ。功績はノルズや女たちであり、少なくとも俺じゃないしね。それよりも、知っていることがあれば教えて欲しい。アーサーが第一公妃を置かずに、ハロンドールのエルザ王女と、クロノス大神殿のクレメンスの孫娘のエリザベート殿を第二妃と第三妃としているのは知っているね?」

 

 ロウが不意に話題を変えたと思った。

 ノルズはちょっと戸惑った。

 

「え、ええ……。一応は……。自分に相応しい女を正妻にするということですよね……」

 

 アーサーは公表はしていないが、タリオ公国の内情を知る者なら誰でも知っている。

 結構、有名な話だ。

 

「自分に相応しい王女ねえ……? スクルドによれば、アーサーは、ハロンドールの王太女のイザベラに婚姻を打診してきたようだ。妊娠している腹の子をアーサーとの子として認知するという条件でね。一度はハロンドール王はその話に応諾したみたいだ」

 

「えええ──?」

 

 その話は知らなかった。

 妊娠しているというのも、アーサーが婚姻を打診したということもだ。

 手の者からは、イザベラ王太女がノールの離宮に幽閉されたという噂の報告を受けていた。

 もしかして、妊娠をしたから、それを隠すために、王からノールの離宮行きを命じられた?

 だけど、イザベラの恋人といえば……。

 

「もちろん、それを許すわけもない。ノルズなら知っていると思うけど、イザベラ姫様の相手は俺だ。お腹の子もね。アーサーに嫁ぐなど俺が許すわけもないけど、タリオ側はそのつもりで、エルザ王女をひそかにハロンドールに戻したみたいだ。まあ、スクルドも深く関わっていたわけじゃないから、間接情報でしかないけどね」

 

「エルザ妃がすでに、ハロンドールに帰国?」

 

 そんなことがあるのか?

 そもそも、もしもハロンドール王国とイザベラ王女とアーサーとの婚姻話があるとしても、エルザ妃の存在は、ハロンドールとタリオとの間の政略結婚であるし、エルザ妃の存在は、ハロンドール王国とタリオが戦争をしないための人質の意味もあると思う。

 それを無条件に戻すなど不自然だ。

 なにかの陰謀の匂いを感じる。

 とにかく、アーサーは陰謀好きなのだ。

 さらに、エルザ妃は、アーサーにぞっこんで、アーサーに求められれば、どんなことでも応じそうだ。

 なにかある。

 

「そ、それはおかしいです。な、なにかを企んでいるのかも……。し、調べさせます……。あ、あたしにも伝手があるんで……」

 

 ノルズは言った。

 すぐに手の者に調査を指示しようと思う。

 

「なにかを企んでいるとノルズは思うのか?」

 

「ま、まあ……。エ、エルザ妃といえば、アーサーを盲目的に愛していて、この状況で帰国など、アーサーになにかの工作を指示されている可能性もあります。急いで、手を打つ必要があるかどうかわかりません……」

 

 ノルズは言った。

 それにしても、いまだに貫かれている股間がじんじんと疼くような快感を呼んでいる。

 しかも、まったく動かしていないのに、ロウの一物はノルズの中で逞しいままだ。

 やっぱり、すごいな……。

 ノルズは改めて思った。

 

「つまりは、エルザ妃の帰国は、アーサーからなんらかの指示を与えられたうえの帰国だということか?」

 

「そ、その可能性も……。と、とにかく、ロウ様もご存知みたいですけど、タリオ大公は、自分に相応しい正妻を前から探していました。だから、お、王太女になったイザベラ王女様なら、アーサーは手に入れたいと考えると思います……。しかも、彼は陰謀癖があって、なにをするのか……」

 

「陰謀癖ねえ……。まあ、俺の女に手を出そうとさえしなければ、あいつが王になろうが、皇帝になろうがどうでもいいんだけど……。どうして、あれは俺の女に次々に手を伸ばそうとするんだろうねえ」

 

 ロウが言った。

 次々?

 いま、次々に手を出すって言ったか?

 

「あのう、次々って……。イザベラ殿下のほかには、アン様のことですか?」

 

 このロウがすでにアーサーと面識があることは、ノルズは知っている。

 とにかく、ハロンドールからは離れていはいたけれど、ロウたちのことについては、ずっと手の者を張り付けさせていて、逐一情報を送らせてもいたのだ。

 もともと、アーサーは最初からイザベラ狙いのところがあったが、その探りの一環として、キシダインと離縁したかたちになっているアン王女との婚姻工作をやったのだ。

 まあ、すでにエルザ妃を娶っている時点で、アンやイザベラ王女に手を出すなど、あり得るわけもないが、アーサーは以前からハロンドール王のルードルフを軽んじていて、好き勝手な要求をしてくるところがあった。

 

 それはともかく、そのアーサーが内々にロウにしっぺ返しを受けたという情報に接し、さすがにロウだとひそかに喝采したものだ。

 そのときに次いで、さらにアーサーが、イザベラ王女に婚姻を打診してきたことについて言及したのか?

 

「いや、アンじゃない。ガドさ……。そして、ラザだ」

 

「ガドニエル様と……ラザって、アスカを? ラザニエル……?」

 

「まあね。これも内々だけど、タリオ公国から、ガドか、ラザとのアーサーとの婚姻を提案してきたらしい。魔道を使った特殊な通信でね。しかも、どちらかというと、イムドリス宮を救援したラザに目をつけたみたいだ。ラザがタリオ公国を訪問することを提案してきた。皇帝家のこともあるし、表向きにはタリオ公国には、エルフ族王家は貸しを作ったかたちだ。いまどう対応するが検討中だ」

 

「そ、そんなことに?」

 

 ノルズは半分呆れた。

 アーサーは、皇帝家の陰謀を暴いたと自負しているが、実際にはローム皇帝家などパリスの傀儡にすぎず、事実上の陰謀はパリスがやったことは知っているのだ。

 そのパリスの陰謀を暴いて防いだのは、エルフ族側だ。

 ……にもかかわらず、恩に着せた感じで、婚姻を打診してくるとは……。

 しかも、よりにもよって、ラザニエル……つまり、アスカを?

 

「意外に思うか、ノルズ?」

 

 ロウがノルズをぐっと軽く引き寄せるように腰を揺らした。

 ずんという大きな疼きが股間から全身に走る。

 

「あふう」

 

 ノルズはロウの腕の中で大きく身体をのけぞらせた。

 

「だから、もしも、俺が知らないことで、ノルズが知っていることがあれば教えてくれ。だって、ノルズはタリオ公国の間者なんだろう?」

 

 ロウが言った。

 ノルズは驚いた。

 

「えっ」

 

 その言葉しか出なかった。

 なんで、突然……。

 

「どうして、驚く? ノルズはそのタリオ大公のアーサーの間者だ。タリオ大公であるあいつに、水晶宮の情報を送ったのはノルズに違いない。だから、タリオ公国は、まだ存在も公になっていないラザに目をつけてきた。そうだろう?」

 

 ロウがくすくすと笑った。

 ノルズは唖然とした。



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521 クロノスの絶対命令

【ノルズのステータス(再支配後)】
(凡例:初登場時(84)→最初の支配(95)→今回の支配)

 “ノルズ
  人間族、女
  年齢:26歳
  ジョブ
   魔道遣い(レベル15→40→50)
   魔獣遣い(レベル40→60→70)
   戦士(レベル20→20→30)
   アサシン(レベル5→5→5)
  生命力:50→50→200↑
  攻撃力:
   200→200→300(素手)
   450→450→800(暗器)
  魔道力:200→800→900↑
  経験人数
   男1、女4
  淫乱レベル:B→B→A↑
  快感値:300→300→150(通常)↓
  状態
   一郎の性奴隷↑
   淫魔師の恩恵↑”


 *





「どうして、驚く? だって、ノルズはそのタリオ大公のアーサーの間者なんだろう? タリオ大公であるあいつに、水晶宮の情報を送ったのはノルズに違いない。だから、タリオ公国は、まだ存在も公になっていないラザに目をつけてきた。そうなんだろう?」

 

 一郎はくすくすと笑った。

 ノルズの眼が驚愕で大きく見開かれた。

 だが、その表情は、一郎の当て推量が正しいことをはっきりと物語っていた。

 やっぱり、そうか……。

 一郎は溜息をついた。

 

「う、裏切ったつもりはありません。いま、言おうと思っていました──」

 

 ノルズが必死の口調で言った。

 今度は、一郎の方がびっくりした。

 誰も、ノルズが裏切ったなどと思っていない。

 ノルズがそんな発想をすることすら驚きだ。

 

「き、聞いてください──。タリオ大公のアーサーの間諜として、身を売ったのは……」

 

 ノルズが目に見えて動揺しているのがわかった。

 一郎は、ノルズの腰を軽く持ち上げて、ずっと挿入しっ放しの男根をノルズの股間からぎりぎりまで抜くようにすると、一転、勢いよく腰を押し下げるようにして、一気にノルズの膣に貫くように怒張を突きあげた。

 もちろん、しっかりとノルズの膣の中の一番赤いもやの部分を亀頭の尖端で押し削るように添わせる。

 しかも、子宮の手前にある快感のつぼみたいな場所に、しっかりと先端をぶつけた。

 すでに何度も達しているノルズが、これでいかないわけがない。

 

「はにゃあああ」

 

 ノルズが可愛らしい悲鳴とともに、顎を突き出すようにした。

 そのまま、全身を痙攣するように震わせて硬直させる。

 ノルズが達したのは明らかだ。

 

「落ち着きなよ……。なにも、ノルズが裏切ったなんて、これっぽちも思ってないよ。それよりも、俺を守るために、アスカ……いや、ラザニエルの奴隷になることも受け入れ、さらに、タリオ公国にまで取り入るような危険なことをさせたんだな……。それを心配しているだけさ」

 

 一郎は、いまだに絶頂の余韻に喘いでいるノルズを抱き締めて、耳元でささやいた。

 ノルズの乳房がぎゅっと一郎の胸にくっつく。

 誰のものもそうだが、この柔らかさが気持ちいい。

 

 とにかく、これまでずっとノルズの快感のせりあがりに合わせるようにして優しく導いたのが、今度は一転して、たったの一撃で絶頂にまで快感を抉るような激しい抱き方だ。

 ノルズは、すでに目を朦朧をさせている。

 

「は、はい……。はあ、はあ、はあ……」

 

 ノルズが返事をするのも、必死の様子で頷いた。

 もっとも、一郎の言葉が耳に入ったかどうかはわからない。

 一郎は、もう一度ノルズをしっかりと抱き締め直した。

 ノルズの心が落ち着くのを少し待つ。

 

「あ、あたしは……ロ、ロウ様の……不利になるようなことは……絶対に……」

 

「わかってるって……。わかっているんだ。何度も繰り返すけど、俺は、ただ心配しているだけだ」

 

 一郎はしっかりとノルズの裸体を自分に引き寄せながら言った。

 ノルズがタリオ公国の間諜なのだろうというのは、タリオ公国に、ラザニエルの存在の情報が流れたことを悟ったことからの当てずっぽうだが、考えてみれば当然の推理だ。

 アスカによれば、ノルズは組織的に動く諜報員のようなものを大勢使っていたということだったし、かなりに広範囲な情報網を握っている気配だったという。

 しかし、ノルズが一郎たちのところから逃亡した後、ノルズはパリスから離れて、逆に敵対するように動いたのだから、それまでに使っていた組織を使えるわけがない。

 だが、実際には、すぐにノルズは、新しい別の諜報組織を使い出して、パリスたちを追い詰めた。

 その組織力を使って、アスカ城からアスカを連れ出し、さらにアスカを追う、パリスたちの手の者を出し抜いた。

 

 なら、どうしたか……?

 簡単だ。

 

 ノルズは、宗主家であるローム皇帝家を滅ぼして、王として独立したいタリオ公国に、皇帝家の陰謀を密告して取り入り、皇帝家の陰謀を明らかにして皇帝家糾弾の大義名分を与えることを見返りに、自らも間諜として加わったのだ。

 それにより、新しい組織を手に入れ、その力を使ってパリスを追い詰めたのだ。

 ノルズは、パリスの魔族の力を封じるために、自分の血に「魔族封じの毒」を混ぜていたようだが、それもタリオから手に入れたのだと思う。

 

 しかしながら、ノルズのステータスには、タリオの間者であることを示すものがなかった。

 なぜか?

 つまりは、ノルズは最初からタリオを裏切っていて、実際にはタリオの間者として動いてないからだ。

 だから、ステータスだけでは確信がなかったので、一郎はかまをかけたというわけだ。

 

 いずれにしても、最初から裏切るつもりでタリオの組織に接近するなど、なぜ、そんな危険なことをしたのか……?

 そんなことは、わかっている……。

 それは一郎のためだ。

 しかし、危険すぎるだろう。

 

「……それで、ナタル森林……、つまり、水晶宮に残ることは、タリオ大公のアーサーの指示でもあるんだな?」

 

 おそらく、そうだろう。

 ラザニエルを助けたいというのは、嘘ではないたろうが、タリオ王国からの指示でもあるのだと思う。

 その理由も、さっきのノルズの言葉から明白だ。

 アーサーは、ガドニエルかラザニエルを自分の女としたいのだ。

 あいつは、そういう価値観の持ち主であり、自分に相応しいと考える超一流の女を妻として集めたがっていた。

 そのために、ノルズに情報を集めさせるつもりなのだと思う。

 

 しかも、タリオ王のアーサーなら、水晶宮がさらに困った状況になるような工作をして追い込み、それをなに喰わぬ振りをして助ける代償に、ガドニエルやラザニエルことアスカとの政略結婚などということを持ち出すかもしれない。

 あのふたりが、アーサーになびくのも、屈するのも想像すら困難だが、どうにも面倒だ。

 

「そ、そうです……。直接、大公から指示が与えられるほどの立場ではありませんが、水晶宮に残って新しい命令を待つように指示を受けました。ラザニエルに目をつけているのは聞いていませんでした。で、でも、もしかしたら、ロウ様の敵になるかもしれないという予感がしたんです……」

 

 ノルズが必死の表情になり、かなり早口になって捲したてる。かなり、興奮しているのを感じた。

 

「ノルズ、待てよ……」

 

「い、いえ、聞いてください――。だったら、どうか、このまま、タリオの犬のままでいさせてください……。万が一、ロウ様に影響を与えるような工作をするようなら、情報を流します……。どうか……」

 

「それは危険だろう」

 

 一郎は声をあげた。

 ノルズと一郎の懸念は一致している。

 しかし、ノルズばかりに……。

 

 つまりは、ノルズはこのままタリオの諜報員でありながら、一郎のために動く「二重間者」のようなことをやろうと言っているのだ。

 だが、万が一、ノルズが一郎と仲がいいことが発覚すれば、逆にノルズは処分される。

 ノルズが主張するとおり、あのアーサーが一郎とガドニエルのことで対立するか、あるいは、邪魔だと思うようになればなおさらだ。

 そして、おそらく、かなり早い段階で、一郎はアーサーと本格的に敵対する関係になりそうな気がする。

 そうなると、むしろ、ノルズの立場は危険すぎる。

 

「ど、どうか、あ、あたしを、便利な、道具として、お使いを……。あ、あの男は、多分、ロウ様を脅威に、思って、います……。あいつは、間違いなく、ロウ様に、敵意を、抱いている。なにしろ、すでにロウ様は、あいつが、手に入れたいと、ゆ、夢見て、い、いるものを、すでに、お持ちですから……」

 

 ノルズが笑った。

 しかし、そのノルズの心の緊張が、淫魔術の能力を通して伝わってきた。

 何気無い口調を装っているが、このままタリオの間諜を続けると主張するノルズには、頑なまでの覚悟がある。

 

 おそらく、一郎のためなら、死をも厭わぬ──。

 そんな覚悟だ。

 それが気に入らなかった。

 一郎は、ノルズの脇腹をくすぐったさと気持ちよさのちょうど中間くらいになる刺激を与えるように、指ですっとなぞった。

 

「はんっ」

 

 ノルズが溜息を噛み殺すような声を出す。

 すぐに、さっき撫ぜた場所を今度は、快感側が強まる程度に、圧力を増して撫ぜる。

 その指をすっと腰に向かって滑り動かす。

 

「うううっ、はああっ」

 

 堪らずノルズが背をのけ反らせた。

 一郎によるノルズの眠っている性感帯を掘り起こすような愛撫である。

 感じないわけがない。

 

「声を出すのを我慢するんだ」

 

 一郎は言った。

 

「は、はいっ」

 

 ノルズが必死の様子で歯を噛みしめるのがわかる。

 我慢すればするほど、一郎が与える快感がノルズの中で膨れあがるはずだ。

 さっき、擦った側とは反対の脇腹を指で刺激する。

 

「んんんっ」

 

 ノルズが上体を捻りながら、懸命に唇を噛んだ。

 拘束をしている両腕の下側に指を移動させると、背中の筋を尻たぶの割れ目まで、すっと動かす。

 

「はうううっ」

 

 ノルズが泣くような悲鳴をあげて、身体を伸びあがらせた。

 挿入しっ放しの股間が、その動きで一郎の怒張からの強い刺激を与えられたのだろう。

 ノルズはさらに甘い悲鳴をあげ、全身を震わせた。

 

「俺が持っているものというのは、ガドのこと?」

 

 一郎はいったん愛撫をやめる。

 すでにノルズは追い詰められて、かなり息を荒くしている。

 

「そ、それと……ラ、ラザニエルも……。突然に現れた……ガドニエル様の姉君……。も、もちろん、あたしは、ラザニエルが……アスカ城の魔女だったことは報告してません……。い、いずれにしても、ア、アーサーにとっては、十分な蒐集の対象です……。それだけでなく、先ほどの話なら、多分、イザベラ王太女だって……」

 

「ガドに、ラザに、イザベラか……」

 

 一郎は不愉快さを隠しきれずに、むっとした声をあげてしまった。

 あいつこそ、なんで一郎の女にばかり食指を伸ばす。

 アーサーの野望など興味ないが、一郎のものと決まっている彼女たちを狙われるのは愉快ではない。

 

「……まあ、俺と同じで好色な男というわけなんだな……」

 

 ぽつりとつぶやいた。

 だが、一郎の上に乗っているノルズが小さく首を振る。

 

「た、ただの蒐集家です……。ロ、ロウ様のように……女を愛するということは……しません……。あいつは、一流の女を……自分のものにしているという……箔が欲しいだけ……。自分を……英雄視して……クロノスだと……自称を……。だから、本物のクロノスである……ロウ様に……必ず、嫉妬を……」

 

「嫉妬ねえ……」

 

 一郎は首を竦めた。

 面倒なことにならなければいいがなと思った。

 前回、アンやイザベラに手を出そうとしたとき、思い切り挑発をしてやったことは事実だ。

 しかし、ノルズの言う通り、根に持って仕返しをしそうな嫉妬深いしつこさは感じた。

 だからこそ、アーサーの矢面になって、タリオ公国の申し出を拒もうとしたアネルザの代わりに、わざとアーサーが一郎に着目するように仕向けたのだった。

 それがあるから、ノルズは一郎のために、タリオの間者のままでいようとしているのだと思う。

 ガドニエルとラザニエルが、一郎の女になったのは、早晩、公然の秘密として、世間に情報が漏れるだろう。

 アーサーが自分の公妃として、ふたりのどちらかを狙うなら、絶対に逆恨みする気がする。

 だから、ノルズは間者として、タリオ側に残るというのか……。

 

「ど、どうか……、あ、あたしを利用して……」

 

 ノルズは言った。

 一郎は少し思考してから、頷いた。

 

「わかった……。ありがとう……。だが、条件がある。……というよりは無理矢理にそうする。ノルズを淫魔術で完全支配する。俺の女としてね……」

 

 決めた。

 おそらく、一郎が禁止しても、ノルズはそうやって自分を追い込み、一郎に尽そうとするのだろう。

 それがノルズという女なのだ。

 

「は、はい──。も、もちろんです──。あ、あたしは、ロウ様の性奴隷です──」

 

 ノルズがぱっと顔を輝かせる。

 一郎は、淫魔術による縄掛けで拘束しているノルズの身体を再び押し倒し、律動を再開した。

 

「はあああっ、ああああっ」

 

 長く挿入したままじっとしていたので、ノルズは焦燥感に身体の感覚がなくなるような心地だったはずだ。

 そこに快感を爆発させるのだ。

 ノルズはあっという間に、絶頂まで昇りあがった。

 

「ああっ、い、いきます──。いぐううっ」

 

 声を引きつらせて、ノルズが夢中の仕草で打ち込まれる怒張に、自らの腰を突きあげた。

 そこを焦らすように、すっと腰を浮かべる。

 

「ああっ、そんなああ」

 

 ノルズが残念そうな声をあげる。

 そして、しばらく刺激を中断してから、再び律動をして、絶頂寸前まで昇らせ、そこで刺激を中断する。

 ノルズは悲鳴をあげた。

 

 同じことを五回した。

 ノルズは半狂乱になった。

 

「お、お願いです──。もう……」

 

 ノルズが半泣きになる。

 一郎だけに見せるノルズの被虐の顔だ。

 妖艶で逞しく、そして、どこまでも一郎に尽くしてくれる可愛い女──。

 一郎のために命をかけながら、それを伝えることさえせずに、頑張り続けた女──。

 彼女もまた、一郎には勿体なさすぎる女傑だ。

 

「いくぞ」

 

 一郎は全身の欲情という欲情をぶつけるように、男根をノルズの体内に打ち込む。

 ノルズが拘束された身体をのけ反らせて悲鳴を放つ。

 獣の咆哮のような嬌声だ。

 焦らし責めの末に与えられた絶頂の快感がそれだけ凄まじかったのがわかる。

 一郎はそのノルズに、どくどくと熱い精を放った。

 そこに、最大の淫魔力を込める。

 

「あはああああっ」

 

 ノルズの身体が震え続ける。

 痙攣がかなりの長い時間に及んだ。

 本来であれば、あり得ない絶頂感の継続だ。

 ノルズはほとんど白目を剥いている。

 

「ノルズ、絶対命令をお前に与える。今後、俺に逆らうことを許さない。そして、自分の命を犠牲にしてに尽くすことを禁じる。危なくなったら、俺のところに逃げるんだ。俺は命を賭けて、お前を守ってやる。ノルズが俺にしてくれたように──」

 

 一郎は身体をぴんと伸びあがらせて、悲鳴をあげているノルズにその言葉を叩きつけた。

 耳には入っていないかもしれないが、淫魔力を通じて、いまの言葉をノルズの心に刻んだ。

 絶対に逆らうことのできない命令として、それはノルズの心を拘束するはずだ。

 また、ノルズほどの女なら、危険を察知する能力は高いはずだ。

 命の危険を認識すると、ノルズに刻まれた一郎の暗示が効果を発揮して、ノルズに回避行動を無意識にとらせる。そして、一郎のところに戻るだろう。

 

 やがて、ノルズの身体が、糸の切れた人形のように、がくりと脱力した。

 気を失ったのだ。

 意識を失って動かなくなったノルズから、一郎はやっと男根を抜いた。

 まるで、小尿のような大量の一郎の精がどっぷりとノルズの股間から流れ出た。

 

「ありがとう、ノルズ……」

 

 一郎は意識を失っているノルズの裸身を抱えると、淫魔術による拘束を消滅させ、心いっぱいの気持ちを込めた口づけをノルズに行った。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます、ご主人様……」

 

 一郎がノルズを寝台に横たわらせて離れると、後ろから声をかけられた。

 スクルドだ。

 途中から魔道で姿を消して隠れていたのだ。

 もちろん、一郎は承知していたし、気がついてもいた。

 一郎の女である限り、一郎に気づかれずに、どこかに忍ぶのは不可能だ。

 

「感謝されることはないさ」

 

「それでも感謝します。ノルズは友達なんです。大切な……」

 

「そうか……」

 

 一郎は、亜空間から服を身につけ始める。

 スクルドがすぐに手伝おうとするが、一郎はそれを制した。

 ちょっと名残惜しそうな素振りをしたものの、スクルドはすぐに意を決したように、自分の服を脱ぎ始める。

 一郎は苦笑した。

 

「本当にするのか?」

 

 一郎は笑った。

 すると、すでにほぼ半裸になっているスクルドが満面の笑みを一郎に向ける。

 

「もちろんです。わたしたちは友達ですから――。だから、いつかのことは、きっちりと仕返しをして、あとを残さないようにするんです。わたしはノルズを許すとは言いましたが、なにもしないとは言ってませんし」

 

 スクルドは元気よく言った。

 

「そうか……」

 

 一郎は苦笑をしつつ、事前の取り決めに従い、気を失っている全裸のノルズを大の字に変えると、四肢の手首、足首を粘性体で寝台の四隅に繋ぎ、さらに粘性体を革枷と鎖に変化させる。

 これで、いかにノルズと言えども、拘束から逃げるのは不可能だ。

 なにしろ、一郎の術による拘束なのだ。

 ちらりと、ノルズを見る。

 大股開きの股は、熟れた実のように真っ赤になっているとともに、受けたばかりの一郎の精がどろりと零れている。

 ものすごく、扇情的な姿だ。

 

「さあ、準備です。ノルズはきっと泣きますね」

 

 スクルドは、一郎が以前にスクルドに作らせたこの世界版の「電気あんま」を取り出すと、ノルズの股間に先をぎゅっと押し当てて、さらに外せないように縄で固定していく。

 そんなことをされても、目を覚まさないのだから、余程に疲労困憊になったのだと思う。

 この状況から、スクルドの責めを受けるのだ。

 さすがのノルズも、確かに泣くかもしれない。

 

「まあ、お手やわらかにな」

 

 一郎は手を振って、部屋を出ていく。

 スクルドの「はい」という明るい返事とともに、ぶーんというけっこう大きめの「電気あんま」の作動音が耳に入ってくる。

 電気じゃなくて、魔石の破片を使っているから、名付けるなら「魔石あんま」かもしれないが……。

 

「えっ、えっ、ええっ? ひやっ、ひやあああっ、な、なんだ? ス、スクルド? えええっ、ひあああああ」

 

 まだ、閉じられていない扉から、ノルズの悲鳴が廊下に鳴り響いてくる。

 

「ふふふ、ロウご主人様のお考えになった責め具よ。問題ないわ……。さあ、愉しみましょう」

 

 一郎は完全に扉を締め切る前に、最後にちらりと室内に視線を向けた。

 特に、一郎が考えたわけではないが、一郎の頭の中にあるものをスクルドに魔道具として作らせたものなので、スクルドとしては一郎の発案のように思っているのだ。

 訂正するのも面倒だし、そのままにしている。

 

 そして、寝台の上では、縛られた筋肉質のノルズに乗り掛かった巨乳のスクルドが、淫具で拘束されたノルズの股間をいたぶりつつ、さらに小瓶をノルズの口に突っ込んでいた。

 

「これを飲んでね、ノルズ。身体を敏感にする媚薬よ。全身の肌がすぐに活性化して、とてもくすぐったくなるわ。そしたら、刷毛でなぞってあげるわね」

 

 スクルドがにこにこしながら言った。

 ノルズは驚愕に眼を見開いて、それでも口に入れられている薬液をどうすることもできずに、飲み下している。

 また、股間の淫具のために、強引に快感を競りあげられて、鼻息を荒くしながら、がくがくと身体を痙攣させだした。

 一郎は、にんまりと微笑むと、ばたんと扉を閉じて、部屋を後にした。

 

 

 

 

(第43話『クロノスの愛―純情毒婦』終わり)



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【9章 エルフ族の英雄】
522 復活の女戦士たち


 まずは光があった。

 

 白い光だ。

 最初に思ったのは、ここがどういう状況で、自分はどうしているのかという疑問だ。

 なにしろ、光以外のものがなにもないのだ。

 いや、ないのは、自分の身体もそうだ。

 シャングリアは愕然とした。

 

 手も足も……。

 どこにも身体がない……。

 あるのは、意識だけだ。

 

 シャングリアは、なにもない空間に、ただ意識だけの存在として漂っている。

 驚いた。

 

 死……?

 

 もしかして、死んだのか……?

 これが死というものなのか……?

 

 愕然とするとともに、懸命に記憶を繋ごうとした。

 そして、ロウの指示により、パリスという男を殺すために、亜空間で待機していたのだということを思い出した。

 そして、ロウを拷問をしていたパリスの油断をつき、マーズ、イットなどの仲間とともに、現実側に飛び出して目の前にいたパリスの首を叩き斬ったのだ。

 だが、それ以上先の記憶がない……。

 

 いや……。

 

 さらに、なにかあったような……。

 

 そういえば、その直後、突然に視界が消滅し、真っ黒い闇のような世界に連れ込まれそうになった……。

 

 あるいは、そのとき、死んだ……?

 シャングリアは納得した。

 

 これが、死か……。

 

 そうか、死なのか……。

 

 どうして、自分が死んだのかわからないが、まあ、いい人生だったといえるだろう。

 モーリア男爵家という小さな貴族の一人娘として生を受け、十歳のときに馬車の事故で両親が揃って死んだ。

 血筋からすれば、幼くはあっても後継になるのは十分な年齢であり、当然にシャングリアが跡を継ぐべきだった。

 だが、モーリア家は男子主義なところがあり、シャングリアが女であることを理由に、モーリア家の一族は、シャングリアではなく、“大伯父”と称される傍系の年配の男を一族の長として選んだ。

 男爵と地位は低いものの、モーリア家は武門の家系であり、普段は傭兵稼業をしている者たちも含めれば、かなりの勢力になる。各部落長の力も強い。そういう者たちが、十歳の少女を頭領に抱くことを嫌ったのである。

 

 これまで、父母のものであり、シャングリアのものだった家屋敷や財産が、名は知っているが、大して知らない親族のものになることが決定した。

 その代償として、シャングリアは、その大伯父に養われることになった。

 女であることを理由に、理不尽な目に遭ったと考えた最初だった。

 

 そして、一族の決定通り、シャングリアの家族のものであった屋敷に大伯父の家族が入り、シャングリアの家族に仕えていた者たちは大伯父に仕え出した。

 父が治めていた小さな領土とその領民は大伯父を領主とすることになったのだ。

 それは、まだ幼さの残るシャングリアにとって、理不尽極まりないことに感じた。

 

 特段に、跡を継ぐことに執着があったわけでもないが、父母のものであったもののすべてを奪われたという不満は残った。

 もしも、シャングリアが男であったら、一族は疑いなく、シャングリアを当主に選び、逆に一族の者たちは幼いシャングリアを盛り立てていくことを選択したに違いない。

 それをしなかったのは、シャングリアが女であったからだ。

 

 ただ、モーリア家全体のことを考え、結果のみを考えると、大伯父が当主を引き継いだのは、幸運だったといえるだろう。

 なにしろ、軍人畑の男だったのが意外なくらいに、大伯父は領主として有能だったのだ。

 領主となるや、大伯父は、たちまちに領土を発展させ、新しい農耕法を取り入れ、わずかな投資で利益を生む特産物の生産と流通を実現し、巧みな税政策で商人を呼び込み、わずか数年で父が領主だった時代とは比べ物にならないくらいに、農業でも商業でも大きな繁栄を成功させたのだ。

 モーリア家の発展が始まって三年が過ぎる頃には、移民も増え、もうシャングリアの父が領主の時代であったことを思い出す者もなくなった。

 一族の者もこぞって、その繁栄のおこぼれを受けて裕福になった。

 大勢が大伯父こそ、モーリア家の中興の祖だともてはやした。

 シャングリアは、なにか面白くなかった。

 

 もしも、大伯父が意地悪で嫌な男であったら、シャングリアは素直に、大伯父を恨むことで鬱憤を向けることができたかもしれない。

 しかし、やはり、大伯父は公平で善良な男だった。

 シャングリアが成人となる十五になるときには、もはや、モーリア家の繁栄を作ったのは、大伯父であることを疑う者などいないし、今更、主筋の話を持ち出す者も皆無なのに、男爵家はシャングリアの持つ血が本来の主筋であり、大伯父の後継はシャングリアの子が継ぐべきだと言い始めたのだ。

 そして、シャングリアに婿をとり、その婿とに生まれた男子を後継者にすると……。

 

 この宣言に困惑したのは、一族の者全員だったが、シャングリアが感じたのは、むしろ怒りだった。

 シャングリアでは当主にはなれなかったのに、血を受け継いでいない夫となる男を当主にするというのだ。

 それは、シャングリアの子となる男子が生まれて、その子が当主になれる年齢に達するまでの暫定的な処置とはなっているものの、シャングリアからすれば、またもや、女であることを理由に不当に扱われたような気分になった。

 なによりも、父から直接に引き継ぐのではなく、これほどまでに発展したモーリア家を受け継ぐなど、逆にシャングリアが大伯父の家族からモーリア家を奪うようなものではないか……。

 シャングリアは大伯父の話の全てを拒否し、モーリア家の相続に関わる権利を放棄して、独立する一家を構えることを宣言した。

 王都で騎士となるつもりだった。

 

 女とはいえ、シャングリアは幼いころから、男と同等、いやそれ以上に武芸に励んできており、父母がなくなっても、大伯父は、シャングリアになんの不自由もさせないようにしてくれ、シャングリアの望むままに、一流の師範をつけてくれていた。

 そのおかげで、シャングリアの武芸の腕は超一流の腕前になっていたのだ。

 なによりも、シャングリアは、モーリア家の繁栄の邪魔物になるつもりはなかった。大伯父のおかげで栄えたといっても、所詮は男爵家だし、お互いに富を奪い合い、あるいは、譲り合っても仕方がない。

 

 大伯父は当惑していたようだったが、最終的にはシャングリアの決意を受け入れ、いまや男爵とはいえども、中級程度の伯爵家と同等以上になっていた影響力を駆使して、シャングリアに騎士の爵位を付与させることに成功した。

 シャングリアが十六のときだ。

 

 とはいえ、騎士とはなったものの、シャングリアが所属した王軍騎士団で、シャングリアはなかなか芽を出すことができなかった。

 なかなか認められなかったのだ。

 周りの男に比べて、シャングリアが腕があるにも関わらず、自分に劣る男が自分よりも上官になっていくことに接し、実力主義のはずの騎士団でも、女であることを理由に不当に扱われるのかと、鬱積する日々を送っていたものだったが、いまにして考えると、これはさすがに、シャングリアの思いが不適切であり、シャングリアが出世しないのは、シャングリアが人の上に立つ力が不足していただけのことであり、決して、女であることが災いしていたわけじゃない。

 だが、当時のシャングリアはそう考えていた。

 女のように扱われるのを拒否し、名も、両親から受けた“シャンデリカ”を捨て、“シャングリア”と改め、シャングリアに女として言い寄ってくる男が片っ端から叩きのめし、ますます、女のように扱われるのを嫌うようになっていった。

 

 しかし、女であることを捨てるのではなく、やはり、女としての身だしなみや肌の手入れには気を遣っていたし、そもそも、シャンデリカが、シャングリアになったとしても、女名であることには変わりなく、端から見れば、シャングリアが当時のこだわりは、いかにも中途半端で滑稽だったろう。

 シャングリア自身も、その頃のことを思い出すと、一体全体、自分がなにを気に入らず、どうしようとしていたのかもわからず、なぜあんなにも拘り、そして、どうして、あんなに憤っていたのか判然とせず、ただただ、悶々としていただけだったように思う。

 

 いずれにしても、シャングリアがやっと自分らしさを得ることができたのが、ロウとの出会いであり、そして、その仲間の女たちとの関わりができてからだ。

 女として扱われ、その悦びも知り、愛され、そして、心の底から愛した。

 ずっと女に生まれてしまったことを口惜しく思っていたが、終わってみれば女でよかった。

 ロウという男に巡り合い、あんなに愛し合って、愉しい仲間とばか騒ぎもできたのだ。

 惜しむらくは、もう少し長く生きして、ロウやみんなと一緒にもっともっと過ごしたかったが、まあ、欲をいっても仕方がないから、こんな生涯で満足するとしよう。

 

 そもそも、もう死んだのだ……。

 

 愉しかった……。

 さようなら、みんな……。

 さようなら、ロウ……

 

 さようなら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのときだった。

 

 なにを考えている──。

 

 呆気なく諦めるな──。

 

 お仕置きものだぞ……。

 

 いきなり、突然頭の中に言葉が響き渡った。

 同時に、ちょっと怒っているような誰かの感情も伝わってくる。

 

「えっ、なんだ?」

 

 すると声が出た。

 言葉を発することができると思っていなかったので、そのことでもちょっとびっくりした。

 

「んんっ」

 

 すると……。

 なにかが……。

 いや、誰かが、うなじから脇腹にかけて唇で刺激しながら、脇腹をさすってきたのだ。

 しかも、触ったのはただの一瞬にして、一箇所だったのに、大きな愉悦が連鎖して全身から噴き出してくるような凄まじい刺激だったのだ。

 シャングリアは、見えない自分の身体を悶えさせながら、不意に襲ってきた愛撫の感覚に当惑した。

 

 簡単に諦めようとした罰だ。

 絶対に達するな。

 必死で我慢しろ。

 

 またもや、さっきの男の声が頭の中で響く。

 一瞬、誰の声なのか、わかった気がして、とても幸せな感情が頭をよぎったのだが、なぜか、大きな力で遮断されたかのように、すっぱりとそれがなくなった。

 ただ、その男の声が残した『我慢しなければならない』という言葉だけが強烈に心に刻み込まれた。

 

 ほら、シャングリア……。

 

「ひんっ」

 

 シャングリアはわけもわからずに、声をあげてしまった。

 舌が耳の中に滑り込んできたのだ。

 それだけでなく、手が胸元の乳房をすくいあげ、うねうねと気持ちよく揉みあげてくる。

 しかも、もう一方の手が股間のいただきを下端から上に押しあげるようになぞってきた。

 

「ふうううっ」

 

 シャングリアは、唇を震わせて、顔を必死で左右に振って、襲いかかってきた快感を外に逃がそうとした。

 なにしろ、絶対に達しないようにしなければならないのだ。

 しかし、いま受けている愛撫は、それが不可能と思うくらいに強烈なものだった。

 そして、愕然とすることに、はじまった刺激は、まだ前戯以上のものではないことがわかっている。

 だが、早くもシャングリアの身体は、息が荒くなるくらいに感じてしまっていた。

 

 もっとも、実際には、シャングリアの必死の抵抗のために横に振っている顔もなければ、快感が激しく跳ね回る身体が存在するわけではない。

 しかし、確かに身体のあちこちに受ける愛撫は本物だし、それに対するシャングリア自身の身体の反応も、しっかりと認識できる。

 ただ、なにも見えないし、不可思議な存在の正体もわからないだけだ。

 

「んんんんっ」

 

 とにかく、シャングリアは懸命に歯を喰いしばった。

 耳と乳房と股間への刺激が続いている。

 やがて、耳や乳房への責めは、ほかの場所に転々と変化するようになった。

 ただし、股間への愛撫は継続している。

 感じてはならない愉悦が四肢に注ぎわたる。

 

 じっとしていろ──。

 声も出すな。

 我慢するんだ。

 

 また、男の愉しそうな笑い声が聞こえた。

 

「んぐうっ、う、んんっ」

 

 シャングリアは、必死で見えない自分の両手を握りしめて、自分を戒める。

 これ以上感じたら、おそらく達してしまう。

 それは許されないことだ。

 

「はあっ」

 

 また、声が出てしまった。

 耳や乳房やほかの場所への刺激だけなら、まだ我慢しようと気力を振り絞れば、護りが可能だったかもしれないが、股間を襲う指ばかりはどうすることもできない。

 ひと触り、ひと触りが稲妻のような気持ちよさとして、身体に響き渡る。

 それが股間に連続だ。

 しかも、どこに来るかわからないほかの場所への刺激もあるのだ。それだって、恐ろしいほどの愉悦が走りまくる

 いつの間にか、シャングリアの全身の性感という性感は、沸騰するくらいに燃えたっていた。

 

 すると、いきなり、舌がシャングリアの口の中に入ってきた。

 だが、動くことを禁止され、声も出せない状態の中で、シャングリアの感覚は怖ろしいほどに鋭敏になっている。

 そもそも、身体の存在しないシャングリアには、逃げたり動いたりするという概念がない。

 ただ、なすがままに、与えられる快感を受け入れるだけだ。

 

「んはああっ」

 

 大きな声が出た。

 

 やっぱり、耐えられるようなものじゃない。

 シャングリアは口の中を見知らぬ男に蹂躙されながらも、声を出し続けていた。

 そのため、閉じることのない口の端から涎が垂れ続けるのがわかる。

 このことがシャングリアの大きな羞恥を誘う。

 

「ふあああ、んんんん」

 

 シャングリアは身体をがくがくと震わせて、快感を飛翔させていった。

 

 いく……。

 駄目なのに……。

 我慢できない……。

 いくうっ。

 

 駄目だとは思っているのだが、自制は不可能だ。

 シャングリアは男の腕に抱かれている感覚とともに、その男に身体を預けるようにしながら、背中を弓なりにして絶頂した。

 

 いや……。

 

 絶頂しそうになった。

 

 だが、まさにいこうとする絶妙の瞬間に、「まだだ」という男の必死そうな声とともに、全ての愛撫が同時に消滅した。

 達しないですんだことに安堵はしたものの、なんとも表現のできない焦燥感は膨れる。

 

 お預けを喰らったような雌犬の顔だな、シャングリア──。

 

 また、響く男の言葉……。

 

 お前の弱い場所を順番に刺激してやろう。

 とにかく、いくな。

 

 快感を溜めろ。

 

 溜めに溜めて、濁流となって暴発するまで我慢しろ。

 

 限界までな……。

 

 男が意地の悪い笑いをした。

 しかし、なぜかその男の小馬鹿にいたような笑いは、嫌なものではなかった。

 

 むしろ、この男に蔑まれるのは、ぞくぞくするような快美感で……。

 

「うっ、あああっ……」

 

 シャングリアは全身を戦慄させた。

 男の舌が脇の下を舌で舐め始めたのだ。

 強烈な快感が上体を打ち抜いた。

 シャングリアは、あられもない声を放っていた。

 

 そして……。

 

 男の舌による愛撫が続く……。

 

 執拗な脇への責めが続いたかと思うと、責めの対象は脇腹になり、同時に乳首を刺激され、内腿をさすられる。

 逃げる手段は存在しない。

 

 すぐに達しそうになるのだが、見計らったように、その瞬間だけ、愛撫から解放されて、絶頂から免れる。

 だが、すぐに再開されて、またいきそうになり、そこで愛撫がなくなる。

 もはや、男が意図的にシャングリアの快感で遊んでいるのは明確だ。

 シャングリアは、ひたすらに翻弄された。

 

「んはあっ、だ、だめだ、もうっ」

 

 シャングリアはやがて、心の底からの苦悶の悲鳴をあげた。

 あげられては寸止めされ、寸止めされてはあげられる全身の快感に、シャングリアはおかしくなりそうだった。

 シャングリアの女の部分という部分が、一線を越えることを求めている。

 しかし、それはどうしても与えられないのだ。

 到達したと思っても、そこには行きつかず、それでいて、頂上がさらに上にあがって、快感の疼きだけが噴きあげさせられる。

 

 その連続だ。

 もう狂いそうだ。

 

「さあ、そろそろ、解放できるぞ、シャングリア……。よく頑張った……」

 

 なぜか、男が安堵する感情が伝わるとともに、いつの間にか四つん這いになっていたシャングリアの身体の後ろから、一気に怒張が貫かれる感覚が襲った。

 この男性器をシャングリアはよく知っているが……。

 最初に思ったのはそれだ。

 

 しかも、自分は、この男に後背位から犯されることが大好きなようだ。

 すべてを征服されるという感覚がいい……。

 恥辱的ではあるが、むしろそれが……。

 律動が開始する……。

 泣くほどの喜悦がシャングリアを席巻する。

 

「んはあっ、はううっ」

 

 言いつけのことなど忘れて、シャングリアはよがり狂った。

 同時に、なぜ、自分はこの男のことを懐かしさのような、愛おしさのような、そして、喜びのような、不思議な感情で接するのだろうと考えた。

 

 これ以上我慢することはできなかったし、したくもなかった。

 律動が始まって、それほど経たないうちに、シャングリアは快感を絶頂に変化をさせて、がくっ、がくっと身体を大きく痙攣させる。

 そして、全てを凌辱の嵐に押し潰されるのを許した。

 予想を超えたはるかに深くて峻烈な快感が脳天を抜き抜ける。

 

「はあうううっ」

 

 シャングリアが昇りつめたのと同時に、男がシャングリアの子宮めがけて精を放ったのがわかった。

 その瞬間に、シャングリアは得体の知れない力に包まれ、急激に自分の身体全体が巨大な手で摑まれて持ち上げられる感覚を味わった。

 

「えっ?」

 

 我に返った。

 気がつくと、シャングリアは裸のまま、見知らぬ場所に横たわっていた。

 

「シャングリア、大丈夫か? 苦しい身体の場所はないか? 問題ないな?」

 

 後ろから貫いていた怒張を抜きながら、心からシャングリアを心配する声をかけられた。

 

 ロウだ。

 

 やっとわかったが、ずっとシャングリアを抱いていたのは、ロウだったようだ。

 

「だ、大丈夫だ……」

 

 シャングリアは息も絶え絶えに言った。しかし、身体の力が入らずに、脱力してその場に倒れてしまった。

 同時に、ロウの心配がおかしくもあった。

 ロウは加減をして、女を抱くような男ではない。

 快感で死にそうになるくらいいつものことなのに……。

 

「ロ.ロウのとのセックスはいつも苦しい……。苦しいけど……気持ちいい……。いや、苦しいのが……気持ちいいよ……」

 

 シャングリアは言った。

 すると、一斉に笑い声が響いた。

 目線を動かすと、エリカ、コゼ、ミウ、イットという顔ぶれが、裸のままシャングリアとロウを囲んで見守っていた。

 お尻だけを突きあげてうつ伏せに局部を晒すというとんでもない恰好をしている大女がいたが、あれはマーズだろう。

 ほかにも、エルフ族の女がいる。

 絶世の美女だ。

 エリカも美しいが、エリカに勝るとも劣らない。

 誰だろう……。

 面識はない。

 

 また、もうひとり見知らぬ女……。

 青白くて長い髪をしていて、胸が大きい……。

 スクルズに似ている……。

 いや……。

 スクルズか……?

 

「えっ、どうして? みんなも……。もしかして、お前、スクルズか?」

 

 シャングリアは言った。

 声を出すということに、一瞬だけ違和感があったが、すぐにそれはなくなった。

 だが、大変長い時間、動かしていなかった喉を急に動かしたみたいな感じだ

 いずれにしても、どういう状況なのだ?

 

 シャングリアは辺りを見回して、自分が美しい調度品に囲まれた一室にいることを悟った。

 そして、シャングリアとマーズは、ロウとともに裸で寝台の上に乗っていて、おそらく、たったいままで愛を交わしていた?

 

「いまは、スクルドですわ、シャングリアさん……。それはともかく、ご主人様の亜空間の中で、ほとんど時間のない場所で過ごしていたので、時間の流れのある空間に出てきたことで違和感があるようですね……。でも、もう身体が慣れたのでは?」

 

 スクルズ……いや、スクルドと名を変えた?

 まあ、それはいいが、そのスクルドがにこにこしながら言った。

 その屈託のない笑顔は、間違いなくスクルズだ。

 なぜ、ここに?

 いや、そもそも、どうして自分は……?

 

「体力は衰えているが、マーズと同じように呪術の影響はない……。まあ、俺の淫魔術で淫気を大量に膨れあげさせたから、それは辛そうだがな……」

 

 一郎が笑った。

 

「シャングリア、あなたは、ずっと死にかけていたのよ。それをロウ様が亜空間で時間を停止したまま隔離していて、いま、ガドの光魔道で復活したところなのよ。大丈夫?」

 

 エリカだ。

 みんなと同じ用にシャングリアたちがいる寝台を囲んでいて、とても心配そうな表情になっている。

 

「死にかけていた?」

 

 シャングリアは首を傾げた。

 すると、ロウが再び口を開き、説明を始めてくれた。

 それによれば、あのとき、シャングリアとマーズがパリスを殺戮したと同時に、パリスの死の呪術が発動し、それでふたりとも死にかけていたのだという。

 魔道耐性を持つイットだけは無事だったが、シャングリアとマーズはパリスの死とともに昏倒して、そのまま即死しそうになったのだそうだ。

 だが、咄嗟にロウが亜空間に、シャングリアとマーズを収容して、限りなく時間を静止状態にして、呪術を解呪する方策を準備していたという。

 そして、いま漸く態勢が整ったので、シャングリアとマーズが解呪され、亜空間から現実側の空間に出されたということのようだ。

 

 また、驚いたことに、あれから十日も経っているのだという。

 シャングリアは唖然としてしまった。

 パリスを斬ったのは、一瞬前のことにしか感じていない。

 そして、ここはイムドリスというエルフ女王の居城なのだそうだ。

 

「ロウ様、申し訳ありません。わたしの光魔道でシャングリア様とマーズ様をお救いするのだと大きなことを口にしておいて、結局のところ、ロウ様の淫魔術の補助をお頼みしなければならなくなって……」

 

 すると、絶世の美女の見知らぬエルフ女が、意気消沈した表情でロウに頭をさげた。

 

「いや、助かったよ、ガド……。ガドの光魔道がなければふたりを助けられなかったことは事実だし、まさか、解呪をしようと根こそぎ理力を注ぎ入れたところで、さらに逆戻りになるように、呪術が二重の重ね掛けになっていただなんて、どうして予測できるものか」

 

「それでも、わたしは残念です。ロウ様に褒めていただきたかったのに……」

 

 ガドとロウが呼んだ女はしゅんとなっている。

 随分と親しそうだが、ロウの新しい女だろうか……。

 

「だったら、先日、シャングリアたちを救出できた後で、お願いしたいと頼んだことをやってくれないか、ガド……。壊れてしまった『王家の宝珠』の修復だ。ちゃんと直ったら、ガドにご褒美をやる……。そうだな。一度、俺の仮想空間に案内しよう。俺の力があがったことで、亜空間とは別に作ることができることになったプレイ用の仮想空間だ。イメクラプレイを体感させてやる」

 

「いめくら……? わかりませんが調教ですよね。ほ、本当ですか? わたしを責めていただけるんですね? 調教を……」

 

「覚悟しておけよ。王家の護りの宝珠の出来に応じて、責めを強くしてやる。そうだな。魔道を封じたうえに、手足をなくしてやろう。そして、顔だけ水につけて、溺れ死にかけさせながら、身体だけ犯してやる」

 

 聞いていて、とてもご褒美とはいえないような内容だったが、ガドという女はそうは思わなかったようだ。

 顔に歓喜を浮かべて、ロウの言葉に大きく頷いている。

 

「う、嬉しいです──。やります──。壊れたというハロンドール王家の秘宝ですね。お任せください。まったく同じものを……。いえ、それ以上のものを作ってみせます。エルフ族女王の名をかけて……」

 

 ガドが勢いよく言った。

 だが、エルフ女王の名にかけて……?

 

 えっ、ガド……?

 

 そういえば、エルフ族女王……ナタルの森の女長老の名は、ガドニエルだったような……。

 もしかして、そのガドニエル……?

 シャングリアはびっくりした。

 

「シャングリア、お帰り──。無事でよかったわ。ところで、あたしたち、ご主人様と結婚することになったから……。もちろん、あんたも一緒よ……。だけど、あんたが承知しなければ、ご主人様はこの話はなしだと言っているのよ。よもや、男爵家があるから、ご主人様と結婚するのがいやだとか言わないでしょうね──?」

 

 すると、コゼが勢いよく迫ってきた。

 だが、なにがなんだかわからない。

 

 結婚……?

 ロウと……?

 

「こらっ、コゼ──。なん説明もなく、そうやって迫ったら、シャングリアも困っているじゃないのよ……。で、どうなの、シャングリア? ロウ様からの求婚を受けるの? 受けないの? 受けるんでしょう──」

 

 今度は、エリカだ。

 しかし、どういうことか、さっぱり……。

 

「やめないか、お前ら……。ただ、いずれにしても、シャングリア──。その件については、俺はお前の許可など求めるつもりはないし、許しも乞わない。だけど、王都に戻れば、早速必要な処置を開始する。実はアンと姫様は俺の子を孕んだ。ふたりとも結婚するが、お前たちともする。これは決定事項だ」

 

「はあ? 姫様とアン様に?」

 

 理解がついていかない。

 

「とにかく、シャングリアは、ほかの女たちと同様に俺の妻にする──。拒否は許さん。いいな、シャングリア。一生ついてこい」

 

 ロウが断言した。

 

「ふえっ?」

 

 変な声が出た。

 困惑した。

 結婚?

 本当に求婚されたのか……?

 

 ロウに……?

 ふえっ──?

 

 そして、思考停止していた頭が、だんだんとまわってきて……。

 

「ええっ──? 本当か、ロウ──? わたしはお前の妻になれるのか──?」

 

 シャングリアは、やっと声をあげることができた。

 すると、ロウがにっこりと微笑んだと思った。

 なぜか、突っ伏していた身体を引っ張られて、腰の部分を胡坐に座ったロウの上に抱きかかえられる。

 

「それはそうとして、あのとき、仮想空間の中で呪術に引き戻されそうだったぞ。お前を連れ返そうとしたとき、あっさりと生を放棄しようしていたな。そのことは気に入らん──。これは罰だ」

 

「ひぎいいっ」

 

 いきなり力いっぱいに生尻を平手打ちされた。

 なんの呵責も感じない、力いっぱいの打擲だった。

 

「罰だと言っただろう、シャングリア──。数をかぞえろ──。そんな躾も忘れたか……」

 

 ロウが二発目を打ちつけた。

 

「んぐうっ、い、いちいいっ」

 

 慌てて叫んだ。

 たとえ、二回目でも、罰のときには最初から数え直さないと、全部やり直しになる。それは、頭よりも身体で覚えていた。

 

「ちゃんと最初から数えたのはいいぞ……」

 

 そして、打擲──。

 

「んぐうっ、にっ……ひいいっ、はあああっ」

 

 だが、シャングリアが数をかぞえようとしたのを見計らったように、シャングリアの胴体を支えていた手がさっと動いて、股間をまさぐったのだ。

 堪らず、甘い声をあげてしまった。

 

「惜しいな。数をちゃんとかぞえられなかったからやり直しだ。途中でほかの言葉を発するな」

 

 ロウが笑った。

 

「そ、そんな……」

 

 シャングリアは狼狽えて、抗議しそうになり、慌てて口をつぐんだ。

 だか、そんなことを言われても、ロウの与える快感をシャングリアが我慢できるわけがない。

 ロウはちょっとシャングリアを愛撫するだけで、まともに喋れなくするほどの快感を与えられるのだ。

 そんなことを言って、シャングリアが七とか八までいったとき、さっきのようにいきなり愛撫をして、数を阻止するに決まっている。

 

 ばしいいいっんん──。

 尻を平手で打たれるいい音が鳴り響いた。

 

「いいちいいいいっ」

 

 とにかく、叫ぶ。

 さもないと、いつまで経っても、この苦役が終わらない。

 いや、ちゃんとしていても、終わらしてもらえないかもしれないが……。

 

「う、羨ましいです、ロウ様……。王家の宝珠とやらは、真剣に修理します。修理しますので、わたしにもシャングリア様が受けている調教を……。いえ、鞭がいいです。鞭でどうかわたしの肌を引き裂いてください」

 

 横から感極まったような声が聞こえた。

 ガドニエル……?

 だが、本当に本当に彼女は何者?

 やっぱり、エルフ族の女王には……。

 

「おう、だったら、しっかりと直してくれ。王都でなにが起きているか知らないけど、王家の宝珠を奪うどころか、壊してしまったとなると、本当に処刑されかねないしな」

 

 ロウがシャングリアのお尻を引っ叩く。

 

「にいいいいいっ」

 

 大きな激痛が走る。

 そして、お尻の痛みとともに、ぞくぞくするような激しい快感も……。

 

 ロウからの調教……。

 

 錯覚かもしれないが、なによりも震えるようなロウの愛情をそれに感じるのだ……。

 シャングリアは、もはや、なにも考えられずに、ただただ大きな声で数を叫んだ。

 

「マーズももう一度するぞ。そろそろ、起きろ。数回の連続絶頂で気絶するとは、それでも無敵の女闘女か」

 

 ロウがシャングリアの尻を叩きながら、マーズに向かって言ったのが聞こえた。

 

「ひぎゃああああ──。ひいいいい。お、お、起きました──。す、すみません、先生──」

 

 シャングリアの横で突っ伏していたマーズが股間を押さえながら飛び起きた。

 なにをされたのかわからないが、ロウの淫魔術で悪戯をされたのだろう。

 

「さああんんんん」

 

 それはともかく、シャングリアは声を張りあげて、ロウによる尻への打擲の数をかぞえ叫んだ。



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 幕間 ハロンドール王都
523 女王の世界声明


「本日の午後一(ごごいち)だそうです」

 

 ミランダは、正面に座っているエルザとマアに言った。

 冒険者ギルドの奥の部屋であり、ミランダはエルザたちと向き合っている。

 第三神殿の地下に作られていた隠し拠点から、ランやマリー、さらに他の部下とともに冒険者ギルドに戻ってきたのは三日前だ。

 エルザたちがノールの離宮から王都に移動してきてからは、すでにそれなりの日数が経っている。

 園遊会事件をきっかけにしたサキとの絶交状態についても継続中だ。あの仲違いが発生してからは、まったく王宮内と連絡が取れない状態で膠着が続いている。

 

 ミランダは、仮にも監獄棟から脱獄した身であるので、あからさまにギルドで活動するわけにはいないが、ギルドとしての設備が整っていることもあり、迷った末にこっち戻ってきた。あっちでもスクルズの手配でそれなりの設備が整っていたものの、やはり本来のギルド事務所が色々と都合がいいのは確かだ。

 手続き上は、副ギルド長はサキということになっているから、ミランダがここにいるのはギルド法により違法行為なのだが、もちろん、それに不満を唱える者はここにはいない。

 サキがやって来て、文句を言うなら、むしろ好都合である。

 今度こそ白黒つけてやるところだ。

 

 もっとも、そのサキは、あれから本当に音沙汰がない。

 僅かな情報によれば、ルードルフ王や集めた貴婦人や令嬢たちとともに、後宮側に閉じこもっているようだ。

 政務をしている正宮側に姿を現すことは、王や女官長とともにこのところ皆無であり、サキについてはもちろん、王がどうしているかはわからない。

 数日置きに流出される貴婦人たちをルードルフ王が強姦する魔道映像などが、情報といえば情報だ。

 

 だが、その映像も、だんだんと奇妙な気配になりつつある。

 貴婦人たちの破廉恥映像が流されるのは変わらないのだが、最近は若い令嬢への嗜虐映像も流れるようになり、しかも、なぜか、ロウのことを仄めかしていると考えられる奇妙な言葉の朗読が、破廉恥映像に重ねられているのである。

 ミランダやラン、マリーなどには影響はないが、あの朗読を聴くと妙な気分になるとエルザなどは言っている。

 サキあたりが、またなにかを企んでいるのは間違いないが、やはり連絡が取れないので魂胆もわからない。

 不可思議だが、害がある感じではないし、いまは静観の状況だ。

 とにかく、情報が少なすぎる。

 

 そもそも、正宮殿にしても、主要大臣や官吏の過半数がいなくなり、まったく機能していない状況なのだ。

 情報そのものがほとんど集まらない。

 そして、なによりも、王宮から人の出入りが完全に遮断されている。

 明らかに異常事態である。

 

 唯一の新情報は、ミランダが派遣したゼノビアとシズの二人組が王宮にいるテレーズという女伯爵がやはり、偽者らしいという証拠を見つけて報告を送ってきたことだ。

 あのふたりは、闇奴隷商に連れていかれたらしい本物の伯爵家の母娘を追いかけている。

 連絡によれば、いまはカロリック公国にいるようだ。

 

 とにかく、なんとか王都の秩序が保たれているのは、タリオ公国から突如として出戻ってきた第二王女のエルザと、彼女と一緒にやってきて女豪商のマアの存在のおかげだろう。

 つまりは、このふたりがやって来て、瞬く間に王都内の行政機能を乗っ取って、一時はかなり混乱していた王都機能の秩序をあっという間に確保してしまったのだ。

 その手腕には、ミランダも唖然とするしかない。

 とにかく、一時は大変な状況だった。

 

 突如とした王都住民に対する臨時重税の乱発──。

 

 自由流通商人の追放に次いでの商業ギルドの解体宣言による食料不足による物価の高騰──。

 

 治政の乱れによる治安の悪化──。

 

 大貴族たちの粛清の嵐──。

 

 なによりも、王都でも人気だった女神殿長スクルズの「処刑死」──。

 

 そういうものが重なり、王都はまさに大暴動発生直前の状況にまで陥った。

 第三神殿の地下に隠れいてたミランダも、どう対処していいかわからず、呆然とするしかなかったくらいだ。

 なによりも、スクルズの偽遺体の磔刑のときの暴動は、もの凄かった。ベルズの機転でスクルズが昇天した奇跡を作りだし、なんとか落ち着かせはしたが……。

 

 それでも、王都住民の国王への怒りは頂点に達し、まさに火のついた火薬庫の状況だった。

 だが、これを救ったのが、イザベラやアネルザとも話をつけてやってきたエルザとマアであり、このふたりのおかげで、やっと王都は最小限の秩序を回復したというわけだ。

 

 まずは、マアだった。

 戻ってきた女豪商のマアは、エルザとも話し合った結果として、タリオ公国から大商会を戻させ、特別措置として食料を始めとする物資を大量に入れさせた。

 さすがはマアだった。

 食料を満載した荷馬車を連ねた行商集団の王都入りにより、あがりきっていた王都の物価は、一気に沈静化をした。

 

 そして、エルザだ。

 エルザはエルザで、王都住民を苦しめていた重税を事実上停止状態にしてしまったのだ。

 もっとも、その策は、まさに詐欺のようなやり方だった。

 王宮側から重税を取り消す触れが出たわけではない。

 しかし、王宮が機能をしていないことを逆手に取り、エルザが王太女イザベラの名を使い、別命があるまで、重税分の徴税を無期限に中断するように末端の収税官に通達を出したのだ。

 末端の収税官においても、今度の重税にはかなりの市民の不満があって、命の危険さえあるほどの収税行為だったので、王太女命の収税停止指示には、むしろ喜んでいる。

 王宮としては、集めていた税が入らなくなったわけだが、園遊会事件以降、いくら税を集めたところで、それを使用する王宮機能がなくなっていて、税を使うことはできないだろう。

 現に、税収が停止したというのに、いまだに沈黙を続けている。

 そもそも、王宮全体が謎の沈黙をしたままだ。

 閉じこもっている宮殿の外で、なにをしても一切が無関心という感じである。

 

 とにかく、王太女イザベラが、王命によりノールの離宮に強制的に移動させられたことは、すでにミランダたちの活動により、市民や全ての貴族の知るところになっている。

 また、一方で、今回の重税停止や食料の緊急輸入については、王都の混乱を憂うイザベラによる救済処置だということをたっぷりと宣伝している。

 王の人気が最悪の状況まで失墜するとともに、これにより、イザベラの帰還と王位の交代を求める声はどんどんと大きくなってきていた。

 

 それはともかく、ミランダがふたりに言及した“午後一”というのは、ナタル森林のエルフ族の女王であるガドニエルの名で、各種の魔道通信によって突然に伝えられてきた女王声明の発信というやつだ。

 なにを発表するのか知らないが、冒険者ギルドの特殊な通信によっても伝えられてきて、いにしえの広域魔道による全市民に、重大事項を発表をするということである。

 内容はミランダも知らない。

 

 ただ、これもまた、エルザの王太女布告の名を使った緊急指示により、この王都だけでなく、王国全体の王領や貴族領に、ガドニエル女王の世界声明を受け入れるように指示を送っている。

 ミランダには、すでに理解の外なのだが、ハロンドールをはじめとして各国に行きわたっているナタルの森産の魔法石を通じて、エルフ族女王の声を全世界のあらゆる土地に流すのだそうだ。

 そんな仰天することが可能だということも知らなかったが、魔道技術に詳しいベルズによれば、失われていると伝えられている古代魔道なら可能だろうとのことだ。

 その声明の日が今日であり、時期が午後一ということらしい。

 これもまた、ナタル森林のエルフ族女王の名で、ギルド通信でもたらされたのだ。

 

「ナタルの森の水晶宮から、全大陸の冒険者ギルドに共通クエストだったけ? 結局なんなんだい?」

 

 マアが首を捻っている。

 エルザとともに戻ってきたこの女豪商は、ロウの能力によって、本当は三十から四十歳程の女性の姿に、見た目が若返ったのだが、いまは混乱を防ぐために、老女に見えるカモフラージュリングの魔道具を装着している。

 

「それは、わからないらしいわ、おマア ただ、午後一になったら、全世界の各ギルドの設備や、エルフ女王の声明を受け入れた国々や地域には、女王の声と姿が宙に流されるそうよ。ナタル森林の女王が表に出るのは数百年ぶりにはなるらしいわね。なんなのかなあ?」

 

 エルザも言った。

 このふたりは、かなり気安い。

 ミランダは、同じタリオ公国で生活をしていたことで仲良くなったのかと思っていたが、話を聞く限りにおいては、大公妃と女豪商でもまったく個人的な繋がりもなく、ノールの離宮で知古になり、王都までの移動間で意気投合したようだ。

 ふたりとも、国の政務に直接に関わっていないのがもったいないほどに行政に明るく、なによりも、そこらの大臣程度では舌を巻くほどの流通の知識がある。

 だから、あっという間に仲良くなったみたいだ。

 

「まあ、昼になればわかるでしょうね。ところで、モートレット、いつも言っているけど座ったら? 多少は気を抜いても、この冒険者ギルドには、突然の襲撃なんてないわよ」

 

 ミランダは、マアとエルザとともにやって来た無口な男装の麗人であるモートレットに声をかけた。

 最初に会ったときには、髪も耳を隠すほどしかなくて短く、化粧っ気もなくて、美貌の少年護衛としか思わなかった。

 だが、女であることを隠しているわけではなく、護衛として動きやすいから男の恰好をしているそうだ。

 ただ、怖ろしく無口で、それだけのことを話してもらうのに、かなりの時間がかかった。

 いまでも、打ち解けるという関係には程遠い。

 

「私もいつも言っている……。気遣いは不要です」

 

 モートレットがぶっきらぼうに言った。

 頑なな冷たく見える態度だが、本人的には真面目に護衛に徹しているだけで、これで他人を拒否しているわけではないようだ。

 まあ、変った性質の女というところだろう。

 いずれにしても、こんな女性をあいつなら、調教と称して手を出してみたいと思うのだろうか……?

 ミランダはここにはいない好色男のことを思い浮かべて、ちょっと溜息をついた。

 手を出すのだろうな……。

 ミランダは、小さく嘆息をした。

 

「いいから座りなさい、モートレット。あたしはここから一歩も動くつもりはないし、あなたも、あたしの護衛をするなら、一緒に座った状況でもできる護衛をしなさい。これでも商売をしているのよ。あからさまな護衛を連れていけないときもある。そんなときには、女の恰好で護衛をしてもらうときもあるわ。いまから慣れていく方がいいわね」

 

 マアが横から口を挟んだ。

 

「私が女の恰好を?」

 

 モートレットが目を白黒させた。

 しかし、とにかく、マアにさらに促されて、囲んでいるテーブルの端の席に腰をおろした。

 このモートレットがどういう素性なのかということは、ミランダは教えられていない。

 マアからは、タリオ公国の聖女マリアーヌからの預かり者だということのみを伝えられただけだ。

 よくわからないが、訳ありという感じである。

 

「だけど、世界共通クエストとはねえ……。それだけでもすごいわね。ナタル森林を牛耳っているエルフ女王は、なんといっても、世界に流通している魔法石を独占しているものね。さすがに魔法石を独占しているナタル森林の主ね」

 

 エルザが笑った。

 その世界クエスト……つまりは、各国に散らばる全冒険者ギルドへの共通依頼というわけだ。

 クエストとはいうが正確には、冒険者への依頼ではない。

 各地の冒険者ギルドがそれぞれの手段で、ギルドの設備を使用して、可能な限りの冒険者やギルド付近の住民に女王声明を聞かせろというギルドへの依頼だ。

 ただ、報酬が支払われる。

 世界のすべてのそれぞれの冒険者ギルドに対してだ。

 おそらく、合計は莫大なものになるだろう。

 だが、ナタルの森を抑えるエルフ女王には可能なのだ。

 なにしろ、現在の生活に必要なあらゆる機器に挿入されている魔法石は、なぜかナタル森林でしか製造元できない。

 その魔法石を各国に流通させることによる莫大な富をエルフ族の女王家は持っているのである。

 エルザはそれを言ったのだ。

 

「それだけ、重大ということだと思います、エルザ様」

 

 ミランダは応じた。

 

「そのようね。しかも、冒険者ギルドだけじゃないんでしょう?」

 

「はい。同じ内容を商業ギルド、魔道師ギルドなどにも発信しています。国によっては受け入れをしない国もあるので、各種ギルドを通じて依頼もしたみたいです。まあ、強い魔道を込めて、魔道通信を受信できる魔道具があれば、どこにおいても、それを同時に魔道映像を見ることができますから」

 

「ギルドねえ……。前時代的な産物で無用の産物だけど、世界を跨るギルドでは、大抵、魔道通信設備を持っているからね。あっ、冒険者ギルドは別よ。役にたっているわ」

 

 エルザが笑った。

 タリオ公国に嫁いだエルザだが、エルザの婚姻期間のあいだに、そのタリオ公国では商業ギルドが解散し、商業ギルドに与えられていた商業活動の独占権が廃止されて、誰でも自由に商業活動ができる自由流通制度に変化している。

 これにより、タリオ公国内の商業ギルドは巨大な権力を失って混乱も生じたみたいだが、個々の商家の商業活動においては、大陸外貿易で利をあげている西海岸諸国の商家の呼び込みなどに成功し、逆に莫大な利益を得ている。

 公国にしても、ギルドからの定期的な支払金は失ったものの、取引増大による税収が向上し、さらに、商業活動が活性化することによって国そのものが強くなり、この数年でタリオ公国は大きく力を伸ばしている。

 いまや、自由流通制度は、同じローム三公国内のカロリックやデセオなどにも拡がってくるくらいだ。

 

 エルザは、ここにいた頃から、市民社会にとってはギルド制度はない方がよく、同一職業間競争がなく、外部の参入を認めないギルド制度は、社会の成長を阻害すると主張していた。

 だから、エルザが向こうに行ってから、急に行われた大きな社会改革については、おそらくエルザの発想だと思っていたが、今回訊ねたところ、やっぱりエルザが絡んでいたようだ。

 

「アーサーに夢中なだけの世間知らずなお姫様なのかと思っていたけど、まさか、タリオ公国で拡散された自由流通が、あなたの頭から出たものなんてね。しかも、それを隠すために、アーサー大公に夢中なお姫様を演じてしたなんて、本当にあたしとしたことが騙されていたわ。こんなの面白い大公妃なら、誼よしみを繋いでおけばよかった。もったいないことをしたわね」

 

 マアが口を挟んだ。

 これも知らなかったが、エルザはタリオ公国では、大公のアーサーにぞっこんの素振りをしていたみたいだ。

 だからこそ、イザベラへの工作のために、ノールの離宮に送られたりしたみたいだ。

 アーサーがやろうとした陰謀は、マアからも教えられた。

 イザベラの腹に宿ったロウの子供を堕胎させようなど、アーサーのやり口に、同じ女として、ミランダも腹が煮え返ったものだ。

 とにかく、エルザについては、ハロンドールに戻るいいい口実ができたと、その企てに乗ったふりをしたみたいだが、危うく毒死させられそうになったみたいだ。

 いずれにしても、この一件で、あのアーサーについては、ミランダたちの全員の敵と決まった。

 ミランダとしても、許すつもりはない。

 

「もう大公妃じゃないわ。離縁されたしね。口頭だけだけど、もう戻るつもりはないし、どうしてもうまくいかないときには、どっかの神殿長みたいに、死んだふりでもしようかしら」

 

 エルザが笑った。

 もちろん、スクルズのことだ。

 あのロウのこととなると頭がおかしくなる神殿長のことは、すっかりとエルザには説明をした。

 直接の面識のないエルザは、それを聞いて、変った高位巫女だと笑っただけだったが……。

 一方で、マアについては、スクルズが死を装って、ロウを追いかけていったという話に、さすがに呆れていた。

 

「同じことを言うみたいだけど、全世界の魔道通信設備に通信を同時発信なんて、そんなこと可能なのねえ」

 

 マアが言った。

 ミランダは肩を竦めた。

 

「現に、このクエストそのものが全世界同時発信だよ。しかも、女王の魔道波が流れて、魔法石を使っている全世界の施設には、女王の声が流れまくるみたいだ。信じられないけど、それだけの力があるというほとんど伝説の女王だしね」

 

「エルフ族の女王ねえ……。これまで謎に包まれていたけど、本当に存在したんだね。しかも、世界声明の魔道とはねえ……」

 

 マアが感心したように言った。

 

「ふうん……。だけど、ミランダ、それよりも、ずっと言っているけど、その話し方って、どうにかならないの? アネルザ王妃様やおマアにはぞんざいな口をきくのに、出戻り王女には丁寧語なんて、逆に疎外されているようで寂しいわ」

 

 エルザが口を挟んだ。

 視線を向けると苦笑を顔に浮かべている。

 ミランダは頭を掻いた。

 

「どうにも昔の癖で……。わかったわ、エルザ様。これからはざっくばらんでいきましょう」

 

「“様”もいらないけど、まあ、そうしてちょうだい」

 

 そのとき、部屋に入ってくる扉が開いた。

 フードで顔を隠したベルズが現われた。

 

「帰ったぞ。ウルズは?」

 

「隣の部屋よ。ちょっと前まで遊んでいる物音がしていたけど、さっき覗いたら昼寝していたわ。いい子よ。もっとも、実際にはわたしよりも歳上なんだから、変な感じだけど」

 

 エルザが笑った。

 この部屋は、ミランダの部下たちもやって来る業務室のようになっているけど、隣室は寝室を兼ねた生活をする場所になっている。

 王女も、女豪商も、筆頭巫女も、監獄塔から逃亡した脱走犯も、なにもない。

 全員が雑居して暮らしだ。

 寝るための寝台さえもない。

 適当な場所で毛布をかぶって休むだけだ。

 母親が庶子とはいっても、王宮育ちの王女なのだが、その辺りはエルザも気にしない。

 冒険者ギルド長時代には、こっそりと冒険者の真似事をして、お忍びで野外クエストに参加をして、野宿なども平気でしていたくらいだ。

 マアもまた、問題はないみたいだ。

 見た目だけでなく、身体さえも若返っていて、若い時代同様に無理も効くようになったのだそうだ。

 老女のマアをそんな風に変えてしまうなど、ロウこそ規格外の男だと改めて思った。

 

「ありがとう……。ちょっと見てくるわ」

 

 ベルズがそう言って、隣室を覗きに行った。

 そして、確認をしてから、すぐに戻ってきた。

 ベルズが、ミランダたちが向かい合っていた卓を囲む別の長椅子に腰を

ろす。

 

「水晶宮のガドニエル女王から全世界向けに発信された共通通信のことは聞いたか? いよいよ、午後だそうだな」

 

 ベルズが言った。

 

「ちょうど、その話をしていたところよ」

 

 ミランダが応じた。

 ベルズは頷いた。

 

「神殿にも通信があった。王都三大神殿は、大広間を開放して、そこで傍受した通信を一斉に公開することになった」

 

 家出のように第二神殿を出てきたベルズだったが、数日前に神殿長に接触し、突然の失踪を謝罪するとともに、しばらく神殿を離れて、スクルズの弔いのための活動をさせて欲しいと頼みに行ったようだ。

 神殿長はベルズが無事であることに安堵するとともに、思う存分にやりなさいと、涙を流して承知したそうだ。

 それもあって、ベルズはすでに神殿との接触を取り戻している。

 

「王宮からの発信は?」

 

 エリザが訊ねた。

 

「ない。それに限らず、この十日、ほぼ完全に王宮は沈黙状態だ。完全封鎖しているし、出入りの官吏もいない。まるで死んだ宮殿だ。もちろん後宮に関する情報もない」

 

 ベルズが言った。

 神官巫女であるが、貴族出身であるベルズは、その伝手を生かして、王都内の情報を取りまくっている。

 ただ、王宮内については、やはり情報を取ることが難しいようなのだ。

 それでも、王宮内に出入りしている貴族などをこっそりと回って、情報を集めもしているのだが、後宮については完全に連絡を閉ざしていて、わからないらしい。

 少し前までは、国王が後宮に隠れてしまったといっても、侍女も出入りしていたし、召使いも小間使いの女もいた。

 連絡役を兼ねた女護衛もいた。

 後宮に直接入る出入り業者も大量にいた。

 しかし、あの園遊会事件で大勢の貴婦人と令嬢が連れ込まれてから、内部で働く者の全員が逃亡してきたし、業者の出入りも停止しているらしい。

 それで、すっかりと情報が入らなくなったそうだ。

 

 最後の情報は、園遊会事件の翌日に開放された公爵家の童女たちや貴婦人の中でも比較的年配の女たちだったが、彼女たちからの情報によれば、連れ込まれた貴族子女たちは、後宮と後宮に隣接するアネルザの元奴隷宮に分かれ、全裸に剥かれて性的虐待を受けているそうだ。

 それを裏付けるように、数日置きに、ルードルフとテレーズという女官長が貴婦人を拷問しては強姦する映録球が流れてくる。

 スクルズの死の映像と同じように、王都の広場を始めとして、人の集まっている場所にいつの間にか設置されて、王の蛮行の証拠として投影されるのだ。

 それが唯一の情報ともいっていい。

 

 市民のあいだでは、「狂王」という言葉が、当たり前のように使われるようになっているし、すでに貴族たちの心もすっかりと国王から離反している。

 それでも暴動が王都で起きないのは、エルザのおかげであり、比較的王都内の物価と物流が安定しているからだと思う。

 

「ところで、西の状況は?」

 

 ベルズが言った。

 西というのは、アネルザの実家による辺境候がまとめている国王に対する叛乱軍の決起のことだ。

 アネルザは、辺境候を始めとして、各地の大物貴族に檄文を送り、退位要求をさせるつもりだったが、サキにその企みの主導権を横取りをされ、その動きをロウを旗頭とする叛乱軍の王都への進軍の企てに変えられてしまったのだ。

 サキは、どうやら、向こうの叛乱軍をピカロとチャルタというロウの眷属を使って支配させているらしく、アネルザが父親に対して、叛乱軍の必要はなく退位要求で十分だと翻意の手紙や通信魔道を送っているが反応はないようだ。

 

「大きな変化はないようね。出陣の準備を邪魔するために、辺境候側には兵糧になるような物資が集まらないように流通に細工をしているんだけど、辺境候の領地はもともと大農業地帯だし、自前の穀物だけで、出兵分の補給は賄えると思うわね。予定通りに、ロウというあんたらの大切な人が合流すれば、出動すると思うわ」

 

 エルザが言った。

 サキと大喧嘩した決裂以降、ずっと内乱の回避のための努力を続けてきた。

 それにしても、どうして、こんな大事になってしまったのだろう……。

 最初は、ロウにかけられた捕縛命令を取り消させるために始めたことだが、どういうわけか、あれよあれよと物事が転がり出し、王都では暴動寸前の状況だ。

 また、民意が完全に現王から離れたのはいいが、貴族離れまで起こして、王宮は機能停止状態にもなっている。

 いま外国が国境を侵犯してくれば、どうしようもない状況だ。

 

 流通に明るいエルザと、それを実行する力を持っている女豪商のマアが、たまたま戻ってくれ、タリオ公国からの商会誘致をしてくれなければ、王都では間違いなく食糧難の暴動が発生し、下手をすれば国が倒れたかもしれない。

 ロウを王にしたいサキは、戦を起こして、王軍が負ければ、ロウが新しい王になるのだというくらいの単純な頭しかないようだが、王軍がなくなれば、外国の介入を許す恐れがあるとか、そもそも、内乱があれば国が疲弊し、国が傾くのだという思考はない。

 その辺りをちゃんと話し合いたいのだが、先日の大喧嘩以来、サキは完全に連絡を閉ざしており、接触ができないでいる。

 

「じゃあ、やっぱり、ロウ殿をこっちが先に押さえて、サキ殿の暴走をとめてもらうしかないな。スクルズから連絡は? 一応はあれは、ロウ殿の身柄を押さえる役目で国境に向かったのだろう?」

 

 ベルズが言った。

 まあ、そう言いながらも、ベルズは諦め顔だ。

 あのスクルズが、サキ側なのか、それともこっち側なのか、いまとなっては不明なのだ。

 スクルズは最後まで、サキと連携をしていた風もあり、ロウの身柄をスクルズが確保したとしても、こっちに都合で動くとも限らない。

 ベルズもそれはわかっている。

 だが、情報は欲しい。

 ミランダも、ギルドを動かして、拾える情報は集めまくっている。

 

「あいつの情報はないわ。モーリア男爵のところの軍が国境沿いに展開をしているのは把握したけど、その中にスクルズがいるのかどうかまでは、さすがにわからないわね」

 

 ミランダは言った。

 だが、本当にスクルズがどう動くのか……。

 スクルズはサキの指示に従って、辺境候のところにロウを連れていくつもりなのか……。

 そうなれば、サキはすぐに辺境候を操り、王都への進軍を開始するだろう。

 スクルズは戦争を起こしたいのか……?

 

 ベルズもエルザも心配しているが、一度動き始めた軍隊は、簡単にはとめられない。

 王国内で殺し合いが始まれば、どういうかたちで終わろうとも遺恨を残すだろうし、そもそも最初の衝突は辺境候領土の東側の王軍直轄の砦で起きるだろう。

 ほとんど出兵後のすぐの時期になるはずだ。

 止める余裕などない。

 つまりは、ロウが辺境候軍に加わった瞬間に、すぐにでも戦争が開始されそうだということだ──。

 

 そのときだった。

 扉が外から叩かれて、マリーが入ってきた。

 ミランダが使っているギルドの部下だ。

 

「ミランダ、ナタル森林から発表される魔道通信の追加の詳細が来たわ」

 

 マリーだ。

 

「詳細?」

 

 ミランダはマリーに視線を向けて続きを促した。

 マリーが頷く。

 

「声明で発表しようとしているのは、ナタル森林、とりわけ、水晶宮及びイムドリス宮の魔道による侵略が行われていたという事実のようです。そして、それがひとりの英雄によって回避することができた……。その詳細が魔道通信で発信されるそうです……。また、発表をするのは、ガドニエル=ナタル女王自身だということです」

 

「やっぱり、即位以来、イムドリス宮と名付けた結界空間の館から一度も姿を見せることのなかった、あのエルフ族の謎の女王が本当に姿を見せるのね」

 

 エルザだ。

 改めて驚きを隠せないようであり、それだけエルフ族の謎の女王が表に出るというのは画期的なことなのだ。

 もっとも、ミランダのような一般人からすれば、王族などは自国の王族にしか触れることしかなく、他国の王族も大公たちも、謎の女王らしいガドニエル同様に、顔を見る機会などない。

 だから、エルザほどの感慨はない。

 ただ、純粋に発表される内容と、誰も姿を見たことはないが絶世の美女だというエルフ族の女王の姿には興味がある。

 

「声明は、ガドニエル=ナタルとラザニエル=ナタルのふたりの名で行われるとあります、エルザ様、マア様」

 

「ラザニエル? 耳にしたことがいないわね……」

 

 エルザが首を捻っている。

 

「女王の姉だとなっていますね……。ナタル森林の危機に際して、今回の英雄とともに、邪悪を滅ぼしたとか……」

 

 マリーが手元の小さな記録紙に目をやりながら答えた。

 

「邪悪を滅ぼした英雄か……。まあ、大変なことがあったんだろうな。エルフ族の長老が姿を現して、しかも、全世界に向けた魔道通信……。随分と気合の入ったことだ。しかし、そういえば、ロウ殿が向かっていたのも、ナタル森林であったな。巻き込まれてないといいが」

 

 ベルズが言った。

 

「まあ、水晶宮に対する侵略ということだから、大丈夫じゃないかねえ。ロウ殿が向かった褐色エルフの里というのは、ハロンドール側に近いところだったと思うし……」

 

 マアも口を挟んできた。

 ミランダもナタル森林の位置関係を思い浮かべながら頷く。

 ロウが今回ナタル森林に向かうことになったクエストは、同行をしていったイライジャという褐色エルフ女の依頼であり、召喚魔道を暴発させた罪によって人間族に奴隷として競売にかけられることになったユイナというエルフ娘を競り落とすというものだ。

 水晶宮のあるエランド・シティと呼ばれるエルフ族の都は、ハロンドールから見れば、ずっとナタルの森の奥側になり、その里とはかなり離れている。

 まるで別の場所だし、大丈夫だろう。

 それに、ロウには、エリカ、コゼ、シャングリアという一騎当千の女たちがしっかりついている。

 問題ないはずだ……。

 

「そうだな? だが、ロウ殿のことだ。すでにエルフ女王のガドニエルとやらを自分の女にしてしまっているかもしれんぞ」

 

 ベルズが軽口を言った。

 彼女の冗談は珍しい。

 ミランダも噴き出した。

 ロウだったら、いかにも、ありそうだと思ってしまったのだ。

 マアも笑っている。

 

「ロウさんは、大物喰いのところがありますからね……。ところで、魔道通信による声明は、(ひる)ちょうどだそうです。ここにも、投影するように後で処置しますね」

 

 マリーも笑いながら部屋を出ていった。

 

「王妃殿も、わたしもロウという人の女になれと、何度も冗談を言っていたけど、ロウという殿方はどんな人なのかしら。会うのが愉しみね」

 

 いや、あれは全く冗談ではないと思ったがミランダは口にしなかった。

 しかし、マリーが口にした大物食いという言葉は、言い得て妙だ。

 ミランダ自身もそのひとりだから手前味噌みたいで恥ずかしいが、確かに、ロウには一流の女が自然に集まる。

 そういうことであれば、目の前のエルザなども、なかなかの政策通であり、得難い女性だ。王族だし、大物だろう。

 この混乱した状態で、次々の施策を行い、王都の暴動を押さえている。

 彼女もまた女傑である。

 タリオ大公とエルザの婚姻は離縁になるのが確実のようであるし、それに、エルザみたいな女は、ロウを好きになる気がするのだ。

 あの男には、一流の女を惹きつけるなにかを持っている。

 でも、イザベラ、アンに次いで、エルザまでもロウの女になれば、ハロンドールの三王女がこぞってひとりの男に独占されることになるが、むしろ、アネルザはそれを望んでいると思う。

 そして、ちらりと石像のように動かないモートレットにも目をやる。

 エルザ以上に、おそらく、あのロウはこの男装の麗人に興味を持つ。

 絶対に手を出す……。

 そのとき、ミランダはそれを傍観すべきなのか、それとも、守ってやるべきなのか……。

 どう対応していいのか、自分でも自己の感情がわからず、ミランダは深く溜息をついた。

 モートレットは、ミランダの視線を感じたのか、ちょっと違和感を覚えたように小首を傾げた。

 

「それにしても、ロウ殿は、どうしてるのかねえ……。ロウ殿さえ戻ってきてくれれば、この騒動も何もかもうまくいくと思うんだけどねえ……」

 

 すると、マアも横でミランダと同じように溜息をついた。

 

 

 *

 

 

 その日、陽が中天にあがったとき、全世界あての魔道通信が一斉に大陸中に流れた。

 ほとんどの者は、初めて世に出たエルフ女王の神々しいまでの美しさに息を飲んだ。

 だが彼女が言葉を口にし始めると、その驚愕の内容に誰もが衝撃を受けた。

 ミランダも、ギルド内で隠れている部屋の中で、エルザ、ベルズたちとともに、その魔道映像に見入った。

 

 ローム皇帝家による冥王復活の陰謀──。

 

 禁忌の闇魔道による水晶宮及びイムドリスへの魔道侵略──。

 

 なによりも、皇帝家と魔族の結びつき──。

 

 それがガドニエルによって語られ、身体を杭によって貫かれて逆さに晒されている魔族の姿も映った。

 声明によれば、あと一歩でガドニエルも水晶宮も魔族の支配下に置かれるところであり、ほとんどすでに陥っていたという。英雄の救いがなければ、エルフ族の魔道のすべてが魔族の支配下に置かれ、全人類の大きな脅威になっていたはずだと、ガドニエルは何度も繰り返した。

 そして、この陰謀から、ガドニエル及び水晶宮、そして、全エルフ族を救ってくれた人間族の男こそ、真の英雄なのだと、ガドニエルは淡々と語り続けた。

 

「……では、その英雄の名を披露しよう──」

 

 魔道通信で映されるガドニエルの美貌が静かに語り続ける。

 

「……その英雄は、ロウ=ボルグ卿──。ハロンドールからやって来た子爵にして冒険者。彼こそ、全エルフ族を救い、冥王復活の陰謀を阻止し、己たちの小さな権力のために全人類を滅ぼそうとまでしたローム皇帝家の野望を打ち壊してくれた英雄である──。そして……」

 

「えっ」

 

「はあ?」

 

「んん?」

 

「ええええっ」

 

 ミランダは、ベルズ、エルザ、マアたちとともに、一斉の声をあげてしまった。

 

 ロウ?

 確かに、そう言った。

 ハロンドールからやってきた子爵にして冒険者のロウ=ボルグといえば、あのロウ以外にはあり得ない……。

 すると、この部屋から離れているギルドの広間からも、建物が揺れると思うような大勢の大声が起きたのが聞こえた。

 

 ロウ……。

 

 あんた、そこでなにしてんの?

 思わず、叫びそうになった。

 

 そのときだった。

 ロウの名を口にしたガドニエルが、急に、真顔を崩して、満面の笑みを浮かべたのだ。

 しかし、笑顔を浮かべたガドニエルは本当に美しかった。

 そのあまりにも美しいガドニエルの笑顔には、女のミランダさえも、ちょっと赤面するのを感じたほどだ。

 ましてや、男であれば、その魔道映像を見ていた者の誰もがガドニエルに恋をしたのではないだろうか……。

 それほどの表情と喜びの顔だ。

 そして、笑顔のガドニエルが言葉を続けるために口を開く。

 

「……そして、ロウ=ボルグ殿こそ、わたし、ガドニエルの未来のはん……」

 

 その瞬間、突如として魔道通信がぶちりと中断された。

 

 あれ?

 いま、なんと?

 

 “はん”という言葉の次の“りょ”と聞こえたような、聞こえなかったような……。

 やがて、少しの間があり、ガドニエルがいなくなり、ガドニエルの姉だというラザニエルと名乗るエルフ女性が現われた。

 確かに顔立ちは似ていて、姉妹というのは間違いないと思った。

 ガドニエルとはまた雰囲気は異なるが、やはり、彼女も美しい。

 

 そのラザニエルもまた、皇帝家が冥王復活の陰謀を企て、それによりナタル森林全土が危機に陥ったが、ロウの英雄的な行為により、救われたのだと語った。

 感極まっているのか、なぜか、途中で言葉に詰まったり、眼を閉じてなにかに耐えるような仕草をすることもある。

 しかし。その姿が恐ろしいほどに、色っぽく感じさせたりする。

 とにかく、あれが伝説的なエルフ女王姉妹か……。

 

 それにしても、さっきのガドニエル女王のあれ……なに?

 もしかして、ロウの伴侶と言おうとした?

 まさかねえ……。

 

 ミランダは首を傾げた。



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 第44話  クロノスを探して
524 クロノスの伝言


 執務室の机に向かっているアスカは、目を通した書類を処置済み箱に置くと、必要な指示を言玉に込めて魔道で送った。言玉に与えた命令が、関係部署に飛ばされて、それで処置が実行に移されるのだ。

 水晶宮にある太守の執務室であり、三日前からアスカが使っている場所である。

 生活をするための寝室も隣接していて、会議をする広間とは渡り廊下で繋がってもいる。

 

 いま、与えたのは、各里の近傍に発生している魔獣退治に関して、冒険者を斡旋する冒険者ギルドとの依頼契約に関するものであり、その手続料についてだ。

 その規模や要領、依頼料の負担について検討していたが、結局のところ、それぞれの里の規模に応じて、ギルドに対する支払いの一部を水晶宮側で肩代わりすることにし、水晶宮側からは現金ではなく、クリスタルと称される魔法石で渡すことになった。

 

 全世界で様々な魔道具を動かすために、理力を溜めることのできる魔法石は、各地の文化的活動に、いまやなくてはならないものだ。

 しかし、そのクリスタルは、なぜか、このナタル森林でしか生産することができない。

 クリスタルの流通管理は、水晶宮で一括で行っていて、大切なナタルの森の収入源だ。

 エルフ族王家が各王室などから一目も二目も置かれた存在なのは、人類社会で最も古い王族であるというだけではなく、クリスタルの持つ経済的な力からでもある。

 いずれにしても、水晶宮からの支払いは、金貨や銀貨よりも、クリスタルが喜ばれる。

 

「ふうっ」

 

 アスカはひと息つき、椅子に背もたれさせると、何度目かとなる溜息をつき、こめかみに手をやった。

 頭痛のようなものではない。

 しかし、頭が鬱積したように重いのだ。

 原因もわかっている。

 とにかく、魔道でもどうしようもない。

 我慢するしかないのだ。

 ただ、身体が熱くて、気怠い。

 その状態がずっと朝から続いている。

 

 そのときだった。

 目の前の空間が、わずかに揺れて、転送術による訪問許可を求める波動が流れた。

 誰がやって来たかはわかっている。

 いまや、水晶宮の最高行政官という立場のアスカの執務室に、事前の連絡なく、いきなり魔道でやって来るのは、ひとりくらいしか思いつかない。

 

 いや、ふたりか……。

 

「どうぞ」

 

 アスカは声をかけた。

 空間がさらに歪み、そこにガドニエルが出現した。

 

「お姉様、ひと息、お入れになったらいかがですか? 今日の会議は終わったのでしょう?」

 

 なにが愉しいのか、幸せそうににこにこしている。

 ガドニエルは、執務室にある肘掛け付きの長椅子に、優雅に腰をおろした。

 この妹と再会したのは、パリスとの対決のときであり、三日前のことだが、その三日のあいだに、ガドニエルは、さらに美しさに磨きがかかった気がする。

 醸し出す妖艶さも、色気もすごい。

 ほとんど、表には出ないことになっている女王のガドニエルなのだが、いまは逆に積極的に水晶宮の各所に顔を見せている。

 これまで、イムドリス宮に閉じこもって一部のエルフ族にしか姿を見せることのなかったガドニエルの神々しいまでの美しさと艶めかしさは、すでに水晶宮の評判になっている。

 

 まあ、評判になっているのは、手前味噌だが、アスカもそうだ。

 そして、ロウもだ。

 

 アスカは、ずっと隠棲していたが、ナタル森林の危機にさっそうと現れたガドニエルの姉ということになっているし、ロウはイムドリス宮と水晶宮に巣食っていた強力な魔族を倒した救世主だ。

 それだけでなく、ロウは、ダルカンによりイムドリス宮に集められて頭を壊された大勢の女たちを淫魔術であっという間に治療をしたたくさんのエルフ女たちの恩人でもある。

 

 イムドリス宮が閉鎖になったので、向こうで働いていた女たちも、この水晶宮側で重要役職を与えられて働いている。

 その助けられた女たちも、どうやって「治療」をしたかを一応は口をつぐんでいるので、公には知られてはいないが、助けられた女たちはしっかりと覚えていて、最高の性技を持つ人間族の男として、実は女たちの中では凄まじい人気ぶりである。

 男エルフ族たちは、ロウが治療のために、自分たちの妻や恋人、または、娘たちを犯したことは知らないので、諦めかけていた妻娘を助けてくれた、特殊魔道の持ち主と認識しており、やはり、ロウに大いに感謝している。

 いずれにしても、ロウはいまや、水晶宮を中心とした全エルフ族の認識する「英雄」なのだ。

 

「お前、また、魔道力があがったかい?」

 

 アスカは、ガドニエルに向かい合う長椅子に移動しつつ、椅子を挟む机に温かい茶をふたつ出す。

 腰掛けてすぐに、その茶を口に入れ、改めてガドニエルを観察する。

 やっぱり、ガドニエルが帯びる理力がまたあがっている。

 昨日も会ったが、昨日の今日であがっているのだ。

 アスカは驚いた。

 

「昨日から七日間もロウ様たちと一緒でしたのよ、お姉様。たっぷりと調教していただきましたし、精も注いでいただきました。雌犬そのものにされて、首輪をつけていただき、尻尾をお尻に入れられて……。本当に夢のような七日でした」

 

「昨日から七日? 頭は大丈夫かい、ガドニエル」

 

 のろけというよりは、赤裸々な淫靡話を遮って、アスカは言った。

 なにを言っているのだ、この妹は?

 すると、ガドニエルは目を丸くした。

 

「お姉様、まだロウ様の仮想空間には、連れていっていただいてないのですか? ロウ様のお世界なのです。どんなに長い調教をしてただいても、現実空間ではほんの少しの時間しか経っていないのですよ。本当に不思議な術です。まあ、まだなのですね。じゃあ、いまからでもおねだりをしたらどうですか?」

 

「仮想空間? あいつ、そんな術まで使うのかい?」

 

 びっくりして声をあげた。

 よくは知らないが、そういう不思議な術を遣う妖魔がいるということだけは耳にしたことがある。

 確か、妖魔将軍と称されるリンネという雌妖魔だったはずだ。

 アスカだったラザニエルは、アスカ城で幾人かの魔族や妖魔族に接しているので、噂だけだが、単なる幻想術ではない、仮想空間術を駆使して、数多くの妖魔を従えている「妖魔将軍リンネ」は耳にしていた。

 ロウは、そいつと同じ術を遣うのか?

 アスカは唖然とした。

 

「お使いになります……。ところで、お姉様、ロウ様にしていただいていた例の貞操帯はどうして外したのですか? 今日はしていないですが?」

 

 ガドニエルは怪訝そうな表情になる。

 アスカは、この三日間の醜態と痴態を思い出して、自分がかっと赤面するのがわかった。

 

「昨夜、外させたんだよ──。どうしても、仕事にならなくてね──。とにかく、皇帝家廃絶の一連の処置の確認のための水晶軍の派遣準備、ロウの英雄式典、各里への行政指示と魔獣退治の手配、冒険者ギルドや商業ギルドとの連絡、さらに、各王家などと魔道連絡をしたりと忙しいんだよ。あんなものを装着してやっていられるかい──。怒鳴りあげたら、調子に乗って悪かったと頭をさげられたよ。とにかく、終わったんだ──」

 

 昨日の夜のことだ。

 ロウは最低三日で、ロウが戻るまではそのままと言っていたが、ふたりきりになったところで、アスカは泣きついたのだ。

 実のところ、怒鳴ってもいないし、ロウは頭もさげなかった。

 ただ、「じゃあ、終わりにしよう。悪かった」とアスカの頭を撫ぜただけだ。

 

 とても、不思議な気持ちだったし、褒められて嬉しかった。

 しかし、ロウに優しくされて満足したなど、そんなことは、とてもガドニエルには白状できない。

 その後、縛られて繰り返し犯され、それもまた最高の快感だったなどとも……。

 快感の名残りがいまだにとれず、身体の甘い疼きがずっと続いていて、身体が怠いということも……。

 とにかく、試しにやってみた泣き落としに、あいつが弱いとは、やっぱり女に甘い「ご主人様」だと思った。

 

「そうなのですか? ロウ様に? 折角のロウ様の調教をお姉様からお断りに? ああ……、でも、それで……」

 

 ガドニエルは目を丸くしている。

 そんなに、驚くようなことか……?

 アスカは舌打ちした。

 一方で、ガドニエルがなんとなく納得したような表情にもなった気がした。

 アスカは首を傾げた。

 

「ふわっ……あっ」

 

 そのときだ。

 突然にガドニエルが小さな息をして、太腿をぎゅっと擦り合わせるような仕草をして、顔を赤らめたのだ。

 アスカははっとした。

 

「お、お前、まさか──」

 

 立ちあがって、ガドニエルの隣に座り直し、いきなりスカートを捲りあげた。

 

「ああ、お姉様、なにを……」

 

 悶えるように身体を捻り、形ばかりの抵抗をガドニエルがしたが、アスカはそのまま完全にガドニエルの股間をスカートから出す。

 

 やっぱり──。

 

 ガドニエルは、まさに昨日までアスカが装着されていたディルド付きの貞操帯をはかされていたのだ。

 いまのガドニエルのよがりは、ディルドが突然に動いたときの女の反応に違いない。

 昨日、ガドニエルに会ったときにはしていなかったので、さっきの仮想空間とやらの調教の後で、ロウがガドニエルに施したのだろう。

 しかし、とても、とても嫌な予感がする。

 

「もしかして、その貞操帯は……」

 

「お、お姉様がしていたものですわ……。お姉様の……お汁がたっぷとついたものを……そのまま装着してもらいました。とても鬼畜で……。わたしも……びっくり……したんですが……。そうですか……。お姉様からお外しに……」

 

 ガドニエルが小さく身体を震わせながら言った。まだ、振動が続いているのだろう。

 しかし、アスカは驚愕した。

 そういえば、ロウから貞操帯を外してもらったとき、あいつが何か思いついたように、にやにやしていたと思ったが、あいつ、そのままガドニエルに装着させようと思ったのか……。

 アスカのたっぷりの体液がついたものを……。

 

「あ、あいつ……」

 

 アスカは歯噛みした。

 

「あん」

 

 ガドニエルがびくりと身体を竦める。

 とまったのだろう。

 アスカは知っているが、このディルドの振動はあまりにも気持ちがいいので、停止したときになんともいえない焦燥感と性への飢餓感が起きるのだ。

 三日も付けっぱなしにされて、ずっと寸止め状態のようなかたちだったアスカが、昨夜ロウに泣いて外してくれと頼んだのも、それが大きな理由である。

 

「……わ、わかりました。お姉様の分まで、しっかりと、このガドがロウ様の躾をしてただきます。お姉様はご心配なさらず、ご政務をお願いします……」

 

 ガドニエルが甘い息を吐きながらこくりと頭をさげる。

 なんだか、腹がたつ……。

 

「ま、まあ、やるさ……。あいつに言われたこともあるしね。ゲートの設置だって、すでに手配済だ」

 

 ロウに別に指示を受けたことというのは、ロウがハロンドールに帰還するにあたり、場合によっては、一個隊を貸して欲しいというものだ。

 あのイライジャという褐色エルフに指示して、ハロンドールの動静を探らせていたようだが、その関係で必要になるかもしれない気配らしい。

 もちろん、最優先で準備している。

 

 また、ゲートとは、ハロンドールの王都と水晶宮のあいだに、長距離の移動術が可能となる設備を作るというものだが、昨日、例のユイナが基本設計を提出したらしく、アスカのところまで、すぐに書類があがってきた。

 単純だが、性能の高そうな設計であり、物になりそうだと判断した。だから、すでに水晶宮とナタル森林側については着手するように指示を出した。

 ハロンドール側の受け入れさえ可能となれば、そっちも、すぐにかかる。

 

 まあ、ロウがなにかをしなくても、クリスタルの貿易のことがあるから、こっちから打診すれば、ハロンドール王側が断るわけがない。

 実はすでに、ハロンドール王には、魔道で提案済みであり、いまのところ、返事はないが、すぐに実現するだろう。

 

「じゃあ、ロウ様から預かったものがあるのですが、必要ないですか? ロウ様がお姉様の身体が疼いてどうしようもなくなっていれば、渡せと言われているものがあるのです……。あっ、また……」

 

 ガドニエルがびくりと身体を竦ませた。

 貞操帯の振動がまた始まったのだろう。

 今度はお尻をもじもじとさせているので、後ろ側かもしれない。

 それはともかく、ロウからの預かり物があると聞いて、アスカはそれが気になった。

 

「ま、待ちな──。なんだい、預かり物って──? 出しな。出すんだよ」

 

 なにをガドニエルに渡したのかは知らない。

 しかし、昨夜、あれだけ抱いてもらったのに……。

 いや、だからこそ、いま身体が疼きまくっている。

 本当に、あいつとの性交は危険すぎる。

 ゲートの建設をすぐに着手させたのも、それが理由だ。

 ロウたちは、あと数日で帰還の途につくが、ロウがいなくなってから、ロウに抱かれない生活をどれだけ耐えられるか、アスカには自信がない。

 

「で、では……。あ、あの……、ロウ様は、仕事の邪魔にならず、それで、お姉様がロウ様に抱いていただきたいのであれば、これをはくようにと……。はいてから、お股を拭いてはならないそうです。汚れたまま、ロウ様のところに来いと……。はあ……ふううっ」

 

 ガドニエルが脱力した。

 振動が停止したのだ。

 それよりも、ガドニエルが収納魔道で出したのは、小さな布の下着だった。

 真っ白い柔らかそうない生地であり、一見して高級品だとわかる。

 

 下着を……?

 アスカは訝しんだ。

 

「これをあいつが?」

 

「はい、お姉様、ロウ様は身体が疼いて我慢できなければ、これをはいて来いと。さっきも言いましたが、ロウ様は不思議な術を使いますのよ。いくら抱いていただいても、ちっとも時間は経たないんです。お忙しいお姉様にぴったりの術ですのよ」

 

「なにがお忙しいお姉様だい」

 

 アスカは呆れた。

 忙しいのは、ガドニエルを引退させてアスカが代わったことだけじゃなく、さらに、本来の女王のガドニエルがなにもしないから、こいつがイムドリス宮でやっていたことまで肩代わりしているからだ。

 ロウもガドニエルは飾りに徹してもらって、実権はアスカが握るべきだと言っているからこうしているが、早晩、信頼できる部下を見つけないと、アスカも参ってしまう。

 だが、そうか……。

 ロウに相手をしてもらっても、時間が経たないのか……。

 そうか……。

 確かに、なんか、あの貞操帯がなくなって刺激がなくなると、快感を求めて身体が疼きまくる……。

 寸止めだけだったとはいえ、あの貞操帯は気持ちがよすぎるんだ。

 そうか、ロウに……。

 

「と、とにかく、もらっておくよ……。もういい。お前は帰れ──。本当に忙しいんだよ」

 

 アスカは、下着をひったくると、ガドニエルには退出を促す。

 ガドニエルは、特段の不自然な態度もとらず、アスカに挨拶をすると、やって来たときと同様に魔道で姿を消した。

 

「この下着がなんだっていうんだい……」

 

 つまりは、これをはきっ放しにして、汚してから夜に訪ねて来いということに違いない。

 それでわざわざ、汚れの目立ちやすい白にしたのだと思う。

 アスカは、下着を握って寝室側に移動をすると、すぐにはき替えた。

 とにかく、身体が疼いているのは確かだ。

 今夜にでも抱いてもらいたいのは間違いない。

 いや、できればすぐに……。

 まあ、はいてから、どうしても我慢できなくなれば、あいつを呼ぶか…。

 あの伝言なら、この下着を愛液で汚しておかないと、相手をしてもらえないんだろう。逆に言われたとおりにしておけば、絶対に抱いてもらえる。

 まだ、幾日もないが、あいつのひととなりは、かなりわかってきた。

 とにかく、女に甘い男だ。

 結局のところ、泣きつけば身体の疼きを必ず癒してくれる。

 アスカは下着をはき替えた。

 

「えっ?」

 

 しかし、身に着けていた下着を脱いで、その下着を股間にはいた瞬間に、アスカに違和感が襲った。

 魔道ではないが、それに似たものが発動したのがわかったのだ。

 仕掛けがしてあったことに、アスカが気がつかなかったということはあり得ることではないが、実際にはわからなかった。

 ただの下着だと疑っていないし、だからこそ、大して迷うことなくアスカは身に着けたのだ。

 

「うわっ、な、なに──」

 

 アスカは悲鳴をあげた。

 はいた瞬間に、もの凄い股間の痒みがアスカに襲いかかったのだ。

 

「まさか──」

 

 急いで脱ごうとした。

 だが、脱げない。

 それだけじゃなくて、柔らかい布のはずなのに、昨日まで装着させられていた貞操帯のように、外側からの刺激が内側に伝わらないようになっている。

 

 よくわからないが、これは魔道の下着……。

 呪いの下着とも称すべきものか──。

 どうでもいいが、どんどんと股間が痒くなる。

 

 股が……。

 

 膣の奥が……。

 

 お尻の周り……。そして、奥……。

 

 肉芽まで……。

 

「あああっ、か、痒い──。ま、また、やりやがったね、あいつ――」

 

 必死に脱ごうとするが、どうしても脱げないのだ。

 アスカはその場にうずくまってしまった。



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525 水晶宮の端から端へ

「か、痒い──」

 

 アスカは悲鳴をあげて、その場にしゃがみ込んだ。

 ほとんど無意識のまま、スカートの中に手を突っ込み、荒れ狂ったように下着を擦る。

 

 痒い──。

 

 痒いなんてものじゃない──。

 とても、我慢できるものじゃない──。

 それが一瞬にして襲いかかってきた──。

 

 しかも、いまこの瞬間にも?細かい霧のようなものが下着の内側から噴射され続けられており、それが肌を通して浸透するように、局部やお尻の奥にどんどんと染み込む感じなのだ。

 アスカは慎みなど忘れて、長いスカートを捲りあげて、荒らしく股間の下着を掻きむしった。

 

「ああっ、や、やっぱり……」

 

 しかし、アスカは絶望の声をあげた。

 思った通り、いくら布の上から股間を擦っても、まるでなにも触れていないかのように、内側に刺激が伝わってこないのだ。

 布が堅いとか、布が動かないとかいうわけではない。

 下着の外側と内側とが、まるで異相の空間であるかのように、外からの一切の刺激を完全遮断している。

 

 これは、空間魔道を応用した怖ろしいほどの高位魔道だ……。

 いや、魔道ではない……。

 アスカには、この下着から魔道の源である理力をまったく感じない。

 理力を帯びない魔道具はあり得ない。

 しかし、似たようななんらかの力は薄っすらと感じる。

 つまりは、淫魔力か……。

 ロウの作った淫魔力の「魔道具」ということだ……。

 

 いずれにしても、アスカほどの魔道遣いでも、想像もできない高位の術が掛かっている下着である。

 怖ろしいほどの掻痒感が迸る媚薬の汁が布側からいまでも秘部全体に噴き出していて、膣と尻穴の奥にまで、どんどんと染み進むようになっているにも関わらず、外からでは刺激を遮断して、さらに脱ぐこともできなくして、うっかりはいた者をどこまでも苦しめるという代物だ。

 よくも、そこまでの仕掛けを刻むことができたものだ。

 

 本当に、無駄に能力を行使する男だ。

 これほどの能力があれば、もっとほかの価値のあることが、なんだってできるだろうに……。

 

 とにかく、ロウに連絡を……。

 

 ガドニエルの言葉では、アスカが性の疼きに我慢できなくなれば、下着をはけというロウからの指示だったようだが、まさか、こんな仕掛けとは夢にも考えなかった。

 アスカは、ロウに非常事態を伝えるための言玉を紡ごうと念を込めようとした。

 

「あれっ」

 

 しかし、思わず声をあげた。

 魔道が走らないのだ。

 こっちも理力がないわけじゃない。

 それは、ロウによって増幅されたものが、この身体に満ち溢れるくらいに漲っている。

 だが、理力が凍結されたように動かない。

 理力が動かなければ、魔道は遣えない。

 

 これも、この下着のせいか……。

 アスカは、ぐっと歯を喰い縛った。

 おそらく、これをはいている限り、魔道は遣えないということに違いない。

 つまりは、ロウに会わなければ、下着は脱げないし、魔道も遣えないのだ。

 

 やっとわかってきた……。

 これは罠だ

 悪戯だ──。

 

 ガドニエルからの伝言を受けたアスカが、すぐに下着を身に着けることを予想していたのか、していなかったのかわからないが、これを身に着けたら最後、すぐにでもアスカがロウのところに向かわなければならなくする仕掛けなのだ。

 魔道まで封じるのは、そうとしか考えられない。

 この下着は、アスカを限界まで苦悶させるための責め具なのだ。

 

 それにしても、あの男、なんというものを作るのだ……。

 

 アスカは、執務室側に移動した。

 そこには、連絡用の魔道具がある。

 簡単な通信具であり、魔道が遣えない者でも使用できるように、クリスタルの欠片が入っている……。

 

「こ、これも、無理かい──。な、なんてこった」

 

 思わず悪態を口にする。

 どういう仕掛けわからないが、魔道具がアスカの使用を拒否してしまう。

 まさに、呪いの下着だ──。

 

 つまりは、自分の足でロウのところまで来いということだろう……。

 しかし、ロウたちがいるのは、水晶宮の中でも生活塔というべき場所であり、いまアスカのいる行政棟とは、ほぼ反対側だ。

 そこまで歩くとなると、かなりの距離になると思う。

 宮殿内を転移する簡単な跳躍具の施設も、ところどころにあるものの、おそらく、下着を脱がなければ、それらの魔道具もアスカは拒否されてしまうに違いない。

 

 いずれにしても、魔道が停止させられた状態では、仕事にはならない。

 一刻も早く、下着を脱がせてもらわなければ……。

 

 そのとき、ふと思いついた。

 別にアスカから赴く必要などない。

 誰かに、ロウに伝言を伝えさせればいいだけだと思い当たった。

 侍女のようなものは、うっとおしいだけなので傍はいないが、護衛は執務室の外にいる。

 本来は必要ないが、水晶宮太守としての最低限の体裁だ。

 

 呼び鈴を押す。

 これは魔道ではないので、使うことができる。

 

「はい、太守様」

 

 すぐに扉が開いて、ふたりの男の護衛兵がやって来た。

 もともとは、ガドニエルの親衛隊の者であり、最初の頃に、ダルカンによってイムドリス宮から排除された者のうちのふたりだ。

 ダルカンは、女の親衛隊はほとんどを性奴隷に落としたが、男については最終的には一部を除いて抹殺していた。

 そういう意味では、このふたりは運良く生き残った者たちといえるだろう。

 

「ど、どっちかが水晶宮の客室にいる……」

 

 そのときだった。

 突如として、激しく下着の内側が振動をし始めたのだ。

 

「うわっ」

 

 しかも、一瞬前まで、下着の当たる部分には柔らかな布地しか感じなかったのに、いまは膣の入口に抉るような堅い突起が発生している。

 必死に我慢している痒みの場所を突然に刺激されて、アスカは椅子から腰を落としそうになった。

 

「ど、どうしました、太守様──?」

「太守様──?」

 

 驚いたふたりが駆け寄って来ようとする。

 

「くっ」

 

 思わず股間を両手で押さえかけたアスカは、すぐに体勢を取り直し、片手を前にやる。

 

「なんでもない──。く、来るんじゃない──。なんでもない──」

 

 叫んだ。

 すると、振動が止まった。

 なんだ、いまのは……?

 

 とにかく、アスカは懸命に息を整えた。

 護衛兵のふたりは怪訝な表情をしている。

 

 どういうこと……?

 どこかで、ロウが見ているのか?

 

 一瞬、そう思ったが、さっき下着が動いたとき、なにかの理力に似たものが、アスカの思考に反応した気がした。

 もしかして、この下着は着用している者の心まで読むのか……?

 アスカは大きく息を吸う。

 試してみようと思ったのだ。

 口には出さない。

 しかし、護衛兵にロウへの呼び出しを頼もうと考える……。

 

「んんっ」

 

 アスカは歯を喰い縛った。

 下着から突起物が発生して再び振動をしたのだ。

 

 間違いない。

 

 これは、ロウがどこかで見張っていて、下着を操作しているのではない。

 下着そのものが、アスカの考えたことに反応して、自分でロウのところに向かうこと以外のことを選択しようとすると、下着の内側の布地に突起物が発生して淫らに股間を刺激するようになっているのだ……。

 

 アスカはロウに会いに向かう以外に、掻痒感から免れる手段がないことを悟った。

 すると、下着が停止し、股間の内側が元の布地の感触に戻る。

 やっぱり、アスカの思念に下着が反応している。

 このことからも、それがわかった。

 

 あいつ、なんというものを……。

 アスカは唖然とした。

 

 これと同じことを魔道でやろうとすると、幾つもの複雑な高位魔道を重ね掛けしなければならないのだろう。

 アスカだって、これほどに複雑に魔道が絡み合い、さらに相手の思考まで探知するような魔道具は作れない。

 作ろうとしても、もっと大きな魔道具になるはずだ。

 女がはくような小さな布に、必要な術式を全部刻むなんて無理だ。

 その方法すら想像できない。

 

「ちょ、ちょっと部屋を外すよ……。誰もついてこなくていい。急ぎの案件は言玉を飛ばせ。いいね──」

 

 アスカは言った。

 

「わかりました」

 

 護衛兵ふたりが出ていく。

 太守付きの官吏に、アスカが席を離れることを伝えに行くはずだ。

 護衛といっても、かたちだけのものであり、実際にはアスカが対処できない敵がいれば、護衛が何十人いても対応できない。

 もともと護衛など必要ないし、無駄だ。

 だから、アスカがそう言えば、無理に付いてこないことになっている。

 

「うう……、くっ、くそう……」

 

 護衛が出ていき、ひとりきりになると、アスカはスカートをたくしあげて、もう一度下着を越しに、思い切り股間を擦ってみた。

 なにしろ、一度動いて痒みが紛れたことで、眠っていた本能とむず痒さが完全に目覚めてしまったようであり、さらに掻痒感が激しくなったのだ。

 これまでとは桁違いの痒みと熱さが沸き起こっている。

 しかも、下着から放出されて肌に染み込む霧は、単なる掻痒感だけではなく、爛れるような性感の疼きまでも発生させている。

 

「ああ、そんなあ……」

 

 そして、やはり、どんなに擦っても、まるでなにも触れていないかのように、下着の内側にはなんの刺激も伝わらない。

 アスカは泣きそうになった。

 

「ロ、ロウは多分、部屋だろうねえ……」

 

 ひとり言を呟いてから、今度こそ意を決して立ちあがる。

 ロウの悪乗りに従うしかない……。

 

 部屋を出る。

 太守執務室は、多くの官吏の執務室に隣接している。

 当然に、多くのエルフ族の官吏が忙しそうに廊下を行き来していた。

 アスカは、痒みに眉をしかめそうになるのを耐え、懸命に表情をとりつくろい、さらにどうしても力が抜けてしまう下肢に意識を集中させて、生活塔に向かって歩き出した。

 まだ残っていた部屋の前の護衛に、鷹揚に手だけを振り、可能な限り足早に進む。

 

「あっ、太守様。ごくろうさまです」

 

「太守様、お疲れ様です」

 

「太守様──」

 

「こんにちは、ラザニエル様」

 

 しかし、忌々しいことに、アスカが歩くと、すぐにあちこちから声をかけられる。

 いまや、アスカは、ロウとともに、イムドリス宮と水晶宮を救った英雄ということになっているのだ。

 ガドニエルが意図的にそう流していることもあり、アスカが進むと、ひと言でも声をかけようと、次々に、男女を問わずエルフ族の官吏たちが寄ってくる。

 だが、今日はそれがすごく煩わしい。

 とにかく、簡単に声をかけたり、手をあげて挨拶代わりにしたりして、進んでいった。

 

 それにしても、痒い──。

 

 自分でもわかるが、顔はすっかりと上気しているし、全身からは不自然なほどのかなりの汗が滲み出ている。

 アスカは息を吐くたびに、鼻を開くようにしてしまっていた。

 

 荒れ狂うような股間の痒みは、どうしようもなく、アスカにそれを癒してくれる強い刺激を欲していた。

 特殊な下着の効果により、どんなに腿を擦り合わせるようにしても、股間の内側にはその刺激さえも伝わることがなく、アスカは刺激が遮断されたことにより、耐えられないほどの焦燥感と欲情をどんどんと煽りたてられていった。

 

「あっ、ラザニエル様」

 

 そのときだった。

 正面からブルイネンが二名ほどの副官らしき女将校を連れて前からやって来た。

 アスカは舌打ちしかけた。

 手に書類を持っているブルイネンが、アスカに用事があるかのように駆け寄ってきたからだ。

 

 水晶宮の太守であるアスカだが、水晶軍と通称するシティで編成するエルフ軍の最高司令官を兼務している。

 今回の騒乱で、損害の主体だった親衛隊は解散となり、ガドニエルの警護は、水晶軍が担うことになって、親衛隊長だったブルイネンは水晶軍の重鎮となる将校に任じられた。

 水晶軍は、森の各地に広がっている魔獣退治、さらに、ハロンドールの帰還にあたってロウが、場合によっては少数の隊を貸して欲しいという要望もしていて、そっちも対処している。

 なかなかに忙しいのだ。

 

 これまでの関係から、ブルイネンには、ロウの要望に応じる隊についての指揮と編成を任せた。

 ブルイネンによれば、ロウに助けてもらった元親衛隊の女兵を中心に、希望者が殺到しているということだった。

 

「命じられた隊の編成のことですが、やはり女兵だけで編成しようかと……。人数は三十名ほどに絞りました。こちらがその編成で、編成要員とそれぞれの保有能力の一覧がこれです……。この欄が……」

 

 アスカの前で立ち止まったブルイネンが、廊下で書類を示して説明をし始める。

 必死に平静を装いながら、アスカは、それを手で制した。

 ブルイネンだけなら、ロウの性奴隷仲間のようなものなのでいいのだが、同行の女将校の前で、ロウによって淫靡な悪戯を受けているなどということがばれるわけにはいかない。

 

「ま、待ちな……。しょ、書類は太守付きの官吏に預けておけ。い、急いでるんだ……」

 

 アスカはそれだけを言った。

 

「あっ、失礼しました──。ところで、どちらに?」

 

 ブルイネンが恐縮するように身体を開いて道を開ける。同時に、何気ない口調でそう訊ねた。

 

「ちょ、ちょっと、ロウのところにね……」

 

 アスカはひと言だけ残して、歩みを再開した。

 

「あっ、英雄様のところですか──。だ、だったら、私……、いえ、よろしければ、小官が伝令を承ります──」

 

「あっ、ずるい──。是非、私に英雄様のところに──」

 

 ロウの名前を出した途端に、一緒にいた若い女将校が黄色い歓声とともに、そう言った。

 その表情から、彼女たちが少しでもロウに接触したくて、そう申し出たのは明らかだ。

 選民意識が強く、人間族を蔑む傾向のあるエルフ族だが、ロウについてはわずか三日で、その評価は完全に一変していた。

 

 誰も彼も……、特にエルフ族の女たちは、イムドリス宮を救った人間族の英雄に会いたがり、少しでもその機会があったりすれば、話しかけたり、握手を求めたりしているということも耳にしている。

 特に、イムドリス宮に監禁されていて、直接に助けられたエルフ女たちは、ロウの性交の洗礼を浴びていることもあり、ロウの部屋に押しかけての贈り物攻勢や、露骨な誘いがすごいのだそうだ。

 ロウの女たちが追い払っているようだが、とにかく、大変な人気ぶりらしい。

 そのときだった。

 

「んぐうっ」

 

 次の瞬間、アスカは肢体を折って、その場に立ち止まってしまっていた。

 下着が振動し、まさに肉芽に当たる部分を激しく刺激したのだ。

 ブルイネンたちがアスカの突然の反応に驚く視線を感じたが、どうにもできない。

 アスカはがくりと膝を折って、下腹部を手で押さえてしまった。

 

「うくっ、ぐううっ」

 

 喰い縛る歯の間から苦悶の声が漏れる。

 それほどに掻痒感に爛れそうな股間を刺激される感覚は鋭く、とてつもなく気持ちよかったのだ。

 

「た、太守様──?」

 

「どうされたのです──?」

 

 副官たちは驚きの声を発している。

 しかし、ブルイネンのはっと息を飲んだ音が聞こえた。ブルイネンについては、ロウの性癖も、アスカたちとロウの関係も知っている。

 すぐに、なんらかの嗜虐をアスカが受けていることを悟ったのだと思う。

 

「待ちなさい、お前たち──」

 

 アスカを支えようと手を伸ばすふたりをブルイネンが制して、逆にブルイネンががっしりとアスカの肩を掴んだ。

 

「……ロ、ロウ様の仕業ですね……。ちょ、調教中ですか……?」

 

 ブルイネンが顔を赤くして、アスカにささやいた。

 アスカは首を小さく振る。

 

「そ、そんなんじゃない……。あ、あいつの悪戯だ……。うわっ──」

 

 アスカはひっくり返しそうになり、ブルイネンにしがみついてしまった。

 ロウのことを口に出したからだろう。

 肉芽を責める突起物の振動がさらに激しくなるとともに、それに膣への刺激が加わったのだ。

 

「な、なんでもない──。そ、それよりも、伝令はいい……。大切な用件がある。じ、自分でいく……。んぐうっ、ひいっ」

 

 アスカは、懸命にブルイネンにささやいた。

 ブルイネンにすがろうとする思念を消さなければ、振動は消えないはずだ。

 最初に下着が反応したのも、「自分の足でロウのところにやって来なければならないという」思考制限に引っ掛かったからだ。

 副官たちが伝令を申し出たとき、一瞬だがそれを考えてしまった。

 だから、反応した。

 さらに刺激が増したのも、ロウの悪戯を受けていることをブルイネンに言ったことに対する、下着からの罰ということに違いないと思う。

 

 アスカが伝令を否定する言葉を口にし、ブルイネンに「なんでもない」と懸命に繰り返すことで、やっと振動が停止した。

 脱力しそうになるのを耐えて、アスカは身体を真っ直ぐに直す。

 

「あ、あの太守様……。お調子が悪いようでしたら、お休みになっていた方が……。伝令ならいくらでも務めます……。それとも、英雄様に太守様がご用件があることをお伝えしますか……」

 

 女副官のひとりが心配そうに言った。

 しかし、それは余計な言葉だ。

 

 ロウに伝令──。

 

 必死に頭からその思考を消そうとするが、その刹那、お尻に突起物が発生して、それが淫らに動き出した。

 

「んあっ」

 

 悲鳴こそ呑み込んだが、アスカは天を仰ぐように全身を硬直させて立ち竦んだ。

 お尻への刺激は、単に菊座の痒みを癒しただけでなく、ふたつの太腿や股間や頭にまで淫欲と被虐の悦びを爆発させた。

 

「で、伝令はいらない──。あ、あっちに行け──」

 

 アスカは叫んだ。

 詳しいことはわからなくても、ある程度の事情を察したと思うブルイネンが、当惑する副官を引っ張るようにして立ち去っていく。

 それでやっと振動がとまる。

 

 アスカはがくりとしゃがみ込みそうになった。

 だが、多くの視線がまだ残っていることに気がつく。

 ブルイネンたちはいなくなったが、従来していた官吏たちがアスカに奇異の視線を向けている。

 アスカの異変に不自然さを覚えないわけがない。

 彼らも、アスカの突然の反応に目を丸くしている。

 アスカは、なにかを話しかけられる前に、急いでその場を立ち去った。

 

 

 *

 

 

 振り返る幾つもの視線や、たくさんの挨拶の言葉を浴びながら、なんとかそれをあしらって、やっとのこと、アスカは生活塔に辿り着いた。

 

 とにかく、ロウのところに辿り着くまでだ……。

 アスカは最後の力を振り絞るように、必死の思いで足を前に進ませた。

 痒みは頂点に達している。

 座り込みたいのを我慢して、奥歯をぎしぎしと喰い縛り、気丈を装って進む。

 

 顔は伏せている。

 前を向いていると、下手に声をかけられてしまい、その都度歩みを止められる。

 だから、アスカだと気がつかれないうちに、その場を通り過ぎる。

 そうやればいいと、途中でわかったし、実際にそうやって、ここまで辿り着いた。

 

 しかし、もう限界だ。

 奥歯は噛んでも力が入らないし、痒みの苦しさに唇は震え、長いスカートの中では滝のような汗が噴き出してもいる。

 太腿の震えもとまらない。

 腰はやむことのない痙攣が続いている。

 消えることのない掻痒感がアスカを追い詰め、刺激を感じない内腿を強く擦り合わせながら歩くという、意味のない行為を虚しく繰り返していた。

 

「ちっ」

 

 アスカは足を滑らせかけて、思わず舌打ちした。

 こんこんと流れる果汁が下着から溢れて太腿の肌を濡らし、さらに膝にまで流れ、いまはサンダルの中の足の指にまで達したのだ。

 それで足を滑らせかけたというわけだ。

 外からの刺激は受けつけない下着だが、内側からは普通の布の下着とまったく変わらない。

 アスカの股間から漏れ出る体液は、下着の布を濡らし、それでもとまらない体液がどんどんと下着の外に垂れでている。

 いまや、重ささえも感じるくらいだ。

 

「おや、太守様──。こっちに来られるのは珍しいですね。誰かをお探しですか?」

 

 生活塔のあがる階段をあがったところで、またもや呼びかけられた。

 今度は恰幅のいい壮年のエルフ男だ。

 面識はないが、向こうはアスカの顔を知っているようだ。親しそうでもある。高位のエルフ貴族のひとりかもしれない。

 

「あ、ああ、まあね……」

 

 碌に返事をすることなく、アスカはその場を立ち去る。

 不審な表情でそのエルフ男がアスカを見送る。

 これまで、何十回も繰り返してきた行為だ。

 

 やっと衆人環境から逃れられたのは、生活塔の中でも特別な貴人用の客室の一帯に辿り着いてからだ。

 ここには、いまはロウの関係者しかいない。

 ロウたちも、世話をする手伝いの者の存在を嫌って、自分たちだけでいいと断っているので、こっち側にはほとんど水晶宮の者がいないのだ。

 ノルズの部屋もちょっと離れたところにあるが、同じようなことを口にして、ノルズも世話係を立ち去らせている。

 また、ノルズの世話をしているのは、エマだ。

 

 そして、やっと、ロウの部屋の前に着いた。

 ロウは、同行の女たちと共同でひとつの客室を使っている。

 本当は、女たちのひとりひとりに部屋を渡している。

 奴隷だという獣人族の娘や、黒エルフの娘にまで個室の客室をあてがったのだが、それぞれの女が出し抜くように、ロウのところにやって来ようとして、結局、全員がロウのところに集まったそうだ。

 

「ロ、ロウ──。あ、開けな──。わ、わたしだよ──」

 

 アスカは扉を勢いよく叩いて叫んだ。

 魔道は封印されているので、言葉を伝える手段がない。

 扉は魔道により閉まっている。

 普段ならなんなく開けられるが、いまは無理だ。

 

「ああ──? なに? あいつへの贈り物なら、手紙付きでそこに置いといて──。夜這いなら無駄よ。ここには大勢の女がいるしね。ほかのエルフ女はお呼びでないわ。帰りな──」

 

 すると、しばらくしてから、面倒くさそうな口調で、扉の向こうからエルフ娘の声が戻ってきた。

 その声は、ユイナという褐色エルフの娘だろう。

 アスカは激昂した。

 

「ふ、ふざけんじゃない──。早く、開けな──。扉を吹き飛ばすよ──。アスカだ──。ここを開けるんだ──」

 

 あらん限りの声で怒鳴りあげた。

 もう、股間の痒みは限界だ。

 少しも耐えられない。

 

「アスカ……? ああ、太守様ですか……。ひとりですか?」

 

 言葉はやや丁寧になったものの、少しの尊敬の念も感じられない口調のユイナの言葉が扉越しに戻る。

 アスカはひとりだと叫んだ。

 魔道で解錠される音がして、扉が内側から開かれる。

 

「わっ、ユイナ──」

「まだだって、言っただろう」

「うわっ」

「ひっ」

「きゃあああ」

 

 女たちの焦ったような声が一斉に響いた。

 アスカも唖然した。

 部屋の内側に拡がっていたのは、ほぼ全裸のロウの女たちが、あられもない姿でそこら中に転がっている光景だったのだ。

 たったいままで、ここで激しい乱交が行われていたのは明白だ。

 しかも、女たちのほとんどは、身体に力が入らないらしく、アスカが入ってきたというのに寝そべったままでいる。

 それでも、気だるそうに、そこら辺に散らばっている衣服や毛布に手を伸ばそうとはしている。

 とにかく、凄まじい状況だ。

 

「いいじゃないのよ。この太守様も、あいつの性奴隷なんでしょう──。それにしても、いつまでもだらしないわねえ──。さっさと、身体を洗浄して、服を着なさいよ」

 

 すでに衣服を整えているユイナが扉を閉めながらけらけらと笑った。

 ほかの女たちは、まだ体液を身体に帯びたまま脱力状態だ。

 ユイナのほか、エリカ、コゼ、シャングリア、ミウ、マーズ、イット、イライジャがいる。

 つまりは、全員ということだ。

 いや、あの巨乳の女魔道遣いがいないか……。名はスクルド……。まあ、どうでもいいか。 

 しかし、見渡す限り、ロウだけはいない。

 

「そ、それにしても、同じように抱き潰されたのに、どうして、お前は元気なの?」

 

 部屋の隅から不思議そうに声を放ったのはイライジャだ。

 イライジャは、寝台の下で薄い毛布で裸身を包むようにしている。

 

「そ、そうよ──。最後に相手したのも、あんただったし……。なにか仕掛けがあるの? 白状しなさい──」

 

 コゼだ。コゼは隣にいるミウという童女とともに寝台の上にいて、肩で息をしている。

 

「教えて欲しいの、コゼちゃん? ちょっとした秘訣があるのよ。これがあれば、あんたの大好きなあいつに、もっと愛してもらえるわよ」

 

 ユイナが小馬鹿にしたように言った。

 コゼの顔が怒りで真っ赤になるのがわかった。

 

「なにか方法があるなら言うんだ、ユイナ──。わたしたちは一簾托生のロウの性奴隷仲間だぞ。抱き潰されたときに、効果的な回復のいい方法があるなら、もっともっとロウを悦ばせることができるのだ」

 

「そうよ、ユイナ──。言いなさい」

 

 シャングリアとエリカだ。

 どういう状況か不明だが、このふたりは、ほかの者とは別に、まだ後手の縄掛けをされたままである。

 解いてもらおうとしていないし、ほかの者も解こうとしていないので、なにかの理由があるのだと思う。

 どうせ、ロウの言いつけに決まっているし、極めてくだらない話だとは思うが……。

 ふたりとも、起きあがらずに横になったまま怒鳴った。

 

「教えても、遣えるのは小娘くらいよ。ほかには、あの乳女かな」

 

 ユイナが鼻を鳴らす。

 

「乳女? それに、こ、小娘って……あ、あたし……?」

 

 ミウが不機嫌そうに言った。コゼの横にいるミウは、上半身は服を身に着けているが、下半身は裸体だ。おそらく、その恰好で抱かれたのだろう。

 寝台の下には、さらに獣人族のイットと闘女のマーズがいるが、ふたりはまだ寝息をかいている。

 やはり、裸だ。

 

「もったいぶらないのよ、ユイナ──」

 

 イライジャが一喝した。

 ユイナが肩を竦める。

 

「き、禁忌の魔道です、イライジャさん……。禁忌の魔道には性欲や性欲に火照った身体を制御する術も多数あるんです……。だけど、他人にかけるのは無理よ。あくまでも、自分自身にかけるだけ。だから、教えても扱えるのは、小娘だけですね……。残念だけど」

 

 ユイナが言った。

 

 どうでもいいが、ロウはどこだ──?

 アスカは、口を開いた。

 

「だ、黙りな、お前ら──。い、いつも思っていたけど、お前ら、ちょっと騒がしすぎるよ。それよりも、ロウはどこだい──? あの悪戯男はどこにいるんだい──」

 

 怒鳴った。

 女たちが一斉にアスカに視線を向ける。

 寝いてたイットとマーズまで身体を起こした。

 

「あいつは部屋を出ていきましたけど……。それよりも、もしかして、それって……。ロウの淫魔術の刻まれた“あの下着”をはいてますか?」

 

 ユイナだ。

 一瞬、目が細くなり、アスカを観察したと思ったが、すぐにアスカの状況を言い当ててきた。

 眼球に刻んでいるとかいう鑑定の魔道だろう。

 しかも、見抜いただけでなく、アスカを苦しめているこの下着について心当たりがありそうだ。

 

「ええ──? あの呪いの下着をか──?」

 

 シャングリアが声をあげる。 

 その声には同情の響きがあった。

 

「も、もしかして、お、お前らもこれを……?」

 

 アスカは訊ねた。

 エリカが口を開く。 

 

「全員、試験だといって、はかされました。はいたら、どんどんと痒みが走る下着ですよね……。しかも、脱げないし、刺激は遮断されるし……」

 

「脱がして欲しければ、あいつ、“乳首すもう”をして、勝ち抜けで外すって言うのよ──。ふざけてるでしょう──。とにかく、それ、もともとは粘性体だとか……。それを布のように変えたんです」

 

 ユイナが思い出しながら怒りが蘇ったのか、憤慨した口調で声をあげた。

 粘性体をこの下着に。

 そして、乳首すもう──?

 なんだ、その卑猥な響きは……?

 そもそも、“すもう”ってなんだ?

 

「い、いや、あれも鍛錬のひとつで……。先生はあたしたちを鍛えるために……」

 

 そのとき、闘女のマーズが少し遠慮した感じで口を挟んできた。

 

「はあ──。あれが鍛錬──? 乳首に洗濯ばさみをして、紐で引っ張り合うのが──? そんなの、あいつの冗談に決まってんじゃない。馬鹿じゃないの、筋肉女──」

 

「そんな言い方はない、ユイナ──。同じ奴隷の立場で──」

 

 ずっと黙っていたイットが顔を険しくした。

 マーズに対するユイナの言葉に、むっとしている表情だ。 

 

「あたしは、もうすぐ奴隷解放されるわよ──。ゲートの基本設計作れば、解放するって約束したんだから──。もう提出して、しかも、採用されたって聞いているわ──。そうですよねえ──?」

 

 ユイナがアスカに視線を向けた。

 しかし、これが限界だった。

 

「く、く、くだらない駄々話をいつまでも聞かせるんじゃないよ。ここにいなければ、あいつはどこに行ったんだい──」

 

 大声で叫んだ。

 一瞬、部屋が静まり返り、再びアスカに全員の視線が集中する。

 凄んで怒鳴ったものの、股間を苛む掻痒感は限界に達していて、アスカの腿は刺激を求めて激しく擦り合わせるように動いてたし、もう腰に力が入らなくて、前屈み気味だ。

 なによりも、追い詰められていることが自分でもわかるくらいに、顔が上気していて、汗びっしょりである。

 迫力など皆無に違いない。

 女たちの顔がアスカへの同情の色で染まるのがわかった。

 

「……ロウ様はノルズのところだと思います……。そんなことを口にしていたような……」

 

 エリカが申し訳なさそうに言った。

 

「それを早く言いな──」

 

 アスカはそれだけ言うと、部屋を後にした。



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526 第一の関門

 ずきん、ずきんと身体の奥から突きあげるような痒みに耐えながら、アスカはノルズの部屋に辿り着いた。

 ロウたちの部屋から廊下をひとつ進むくらいの距離であり、幸いにも誰にも会うことはなかった。

 

「ノ、ノルズ、わ、わたしだよ。ラザニエルだ。開けるよ」

 

 部屋は鍵ではなく、ノルズが張った結界によって出入りする者を制限するのだが、アスカについては結界に弾かれることはないようになっている。

 魔道医師によって指示を受けていたノルズの養生期間も終わり、寝台から出ているものの、特にすることもないため、エマと一緒に部屋にいるはずだ。

 そのまま、結界の内側に入る。

 

 すると、いきなり淫靡な女の泣き声のような嬌声が耳に飛び込んできた。

 卑猥な責めを受けているらしいエマの姿も……。

 

 なんだ、これは──。

 アスカは唖然とした。

 

 驚くことに、部屋の中央に、向かい合う二台の木馬があり、そのうちのひとつに、上半身こそ侍女姿だが、下半身にはなにも身に着けていないエマが、その木馬に跨らされているのだ。

 それぞれの木馬の首の部分には、両手を拘束する手枷のついた金属の棒が貫通していて、エマの両手首はその枷に固定されている。

 また、木馬の胴体にも脚を固定させる革ベルトが取り付けられており、エマの脚は五箇所ずつそれで縛られていて、木馬に跨ったエマに、馬から降りるどころか、自分の意思で身体を動かすことさえできないようになっているのだ。

 

 その状況に固定されているエマは、汗びっしょりであり、必死の表情で上気した顔を振っている。

 だが、穴付きの球体がエマの口に嵌まっていて、言葉を出すことはできなくもされていた。

 エマは哀願するような吠え声を出しながら、いまでも球体の穴から涎を垂れ流し続けている。

 とにかく、全身を真っ赤に上気させて、涎も涙も鼻水も垂れ流し状態のすごい状況だ。

 これはただの木馬じゃないだろう。

 エマが尋常じゃない責めを木馬から受けているのは明白だ。

 

「ああ、あんたかい。そこに座んなよ。エマの調教の真っ最中さ」

 

 上下の下着姿だけの半裸のノルズが椅子に座って足を組んでいるのだが、そのノルズがアスカに視線だけ向けて、白い歯を見せた。

 ノルズが自分の座っている椅子の横にある空きの椅子を顎で示す。

 まるで、アスカが訪れるのを待っていて、わざわざ準備していたような置き方だ。

 ふと見ると、椅子と椅子の間には小さなお茶置きの台があり、そこにはふたり分の茶器が置いてあった。そのうちのひとつには、茶が入っていて、もうひとつは空だ。

 やはり、アスカが来るのを待っていたのだと悟った。

 

「ノ、ノルズ、ロ、ロウは……?」

 

「座んな、アスカ」

 

 アスカがロウのことを訊ねようとすると、それを遮るようにノルズがもう一度椅子に促した。

 しかし、股間を苛む掻痒剤は、もうアスカの理性を狂わすかのように、アスカを追い詰めている。

 一刻の猶予もない。

 

 とにかく、痒い──。

 もう、どうしたらいいかわからない。

 

「ロ、ロウはどこなんだい──。ここにいるって、聞いているんだ──」

 

「だから、もう、ロウ様はここにはいないよ……。とにかく、座りなよ。それとも、いつまでも、そこで腰を振ってるかい? あたしの言うことをききな。そうすれば、股の痒みについてはなんとかしてやろうじゃないか」

 

 ノルズがにやりと笑った。

 アスカは驚いた。

 ノルズはアスカの受けている苦悶の状態を承知しているみたいだ。

 しかも、なにか企んでいるような気配である。

 アスカは絶句してしまった。

 

「とにかく、あたしの言うことに従いな。ロウ様については、ちょっと、揉め事があったらしいさ。だから、忙しいから、あんたに時間を潰して欲しいと言っている……。大丈夫だよ。預かっている道具もある。多分、気に入ると思うよ」

 

 ノルズの顔にはしっかりと嗜虐の色がある。

 アスカは嫌な予感がした。

 だが、ここにロウがいたことは確かのようであり、さらに、ここにはもうロウはいないようである。

 部屋には、ノルズとアスカと、目の前の木馬に乗せられて喘いでいるエマ以外の人の気配はない。

 

「もういいよ──。だから、ロウはどこに行ったんだい──? さっさと喋るんだ──。冗談は終わりだ──」

 

 とにかく、アスカは苛立って声をあげた。

 本当に泣きなくなるくらい痒いのだ。

 いまは、喋るだけでも苦悶が増大する気がする。

 

「教えて欲しければ、あたしの言うことに従うんだね。ロウ様から、あんたへの言いつけがそれさ……。ロウ様に従えない女は、それっきりだよ……。まあ、あたしとしては、あんたには悪いけど、ロウ様の命令が最優先で、あんたとの友情はその次かな」

 

 ノルズがからからと笑った。

 アスカは歯噛みした。

 少し前までは、ノルズとのあいだに奴隷契約があったから、最終的にはアスカが命令すれば、ノルズは従うしかなかったのだが、アスカがロウから解呪を受けた瞬間に、その奴隷関係は消失している。

 ノルズがロウの行方を教えてくれなければ、アスカにはそれを知る方法がない。

 そして、アスカは、このノルズが心の底からロウに心服しているのを知っている。

 ロウがなにをノルズに言ったかわからないが、ノルズはアスカがなんと言おうと、ロウからの命令に背くことはないはずだ。

 だが、もう我慢できない。

 なんとしても、ロウの居場所を教えてもらわなければ……。

 

「ふ、ふざけるな──。勝手に決めんじゃないよ──」

 

 アスカは再び怒鳴った。

 だが、その声がさっきよりも小さいし、少し声が震えていることに気がつかないではいられなかった。

 もう痒みの苦しさは、切羽詰まったものになっている。

 自分の自制心が信じられないくらいだ。

 

「勝手には決めてないさ。あたしはロウ様の言葉をお伝えしているだけでね。あんたの好きにしていいよ。どこでも好きなところに行きな」

 

「……ああ、もうだめだよ。本当に……。た、頼むから……」

 

 これが限界だった。

 アスカはついに、その場にしゃがみ込んでしまった。

 だが、ノルズは少しも動じた様子もない。

 空だったもうひとつの器にお茶を注ぐ。

 

「床に座るくらいなら、椅子に座ればいいじゃないか……。まあ、どうしても椅子に座りたくなければ、そうしてくれてもいいけどね。だけど、そのときには、ロウ様の言いつけに背いたとみなすよ」

 

 ノルズがにこにこと微笑んだ。

 嗜虐に徹したときの、ノルズの気の強さと冷酷さは、アスカはよく知っている。

 ノルズは諦めた。

 

「し、従わないとは言ってないだろう……」

 

 アスカは、仕方なく立ちあがると、ノルズの隣の椅子に座った。

 ノルズが満足そうに口元を緩めるのがわかった。

 

「す、座ったよ。ロ、ロウはどこだい──?」

 

 アスカは言った。

 そのあいだも、アスカの腿は必死の様子で擦り合わされている。

 どんなにそうしても、痒みがまったく癒えないことは承知しているが、そうせずにはいられないのだ。

 脳天にまで響き渡るような激しい痒みだ。

 もう、とても我慢できない。

 

「まあ、待ちなよ。それよりも、せっかくの茶だ。飲んでおくれ」

 

「い、いい加減に……」

 

 アスカはかっとなった。

 

「……飲むんだよ」

 

 だが、ノルズの凄みのある声に、アスカの心にあった怒りの感情が、ノルズに対する気後れの気持ちに変化する。

 そして、こいつは、こんな一面もあるのかと思った。

 考えてみれば、これまでノルズと面していたときには、なんだかんだで、アスカに対して、ノルズが隷属の刻みをしているという絶対的な優位な立場がアスカに存在した。

 まったくの対等の立場で面することはなかったのだ。

 ひとたび、ノルズが本気を出せば、ここまで相手を圧倒するような気を出せるのだと初めて知った。

 

「飲みな」

 

 ノルズがもう一度言った。

 そのときには、アスカには、もう逆らう気持ちが小さくなっていた。

 大きく息を吐き、渋々お茶に手を伸ばす。

 

「……の、飲むよ」

 

 とにかく、お茶を飲む。

 ノルズはアスカがお茶を飲み干すまで、喋りだす気配がない。

 猛烈な股間の痒みに苛まれながら、お茶を飲む気にもなれないし、それ自体が拷問のようにも思えてしまう。

 とにかく、できる限り時間をかけずに、アスカは器を空にした。

 

「さ、さあ……」

 

「待ちな……。それよりも、見ておくれよ。あたしたちのエマの無様な姿をね……。これもロウ様の調教具さ。見えないとは思うけど、エマが跨っている部分には穴が開いていてね。そこに、それ自体が不規則に回転する玉がゆっくりと回転をして股間に当たるようになっているのさ。柔らかな刷毛の刺激も混ざってね。しかも、強い媚薬を噴き出しながらだ。とても気持ちがいいみたいさ。だけど、緩慢な刺激だから、絶対に達することもできない。もう、かなりの時間をエマにはああやって座らせている。そろそろ頭に達したみたいだね」

 

 ノルズが目の前のエマが木馬の機能について喋り始める。

 その口調は、わざとらしくゆっくりとしたものに聞こえる。

 エマを苛める責め具は愉しいとは思うけど、いまのアスカにはどうでもいい。

 すぐに苛ついてしまった。

 

「し、知らないよ。それよりも……」

 

「あいつにも困ったものなのさ。あたしがロウ様に優しくしてもらうのを嫌がってね。それで、いい機会だから、自分の立場をしっかりと知らしめてやろうと思っている。あのまま、もう半日はそのままのつもりだよ。狂うなら狂えばいいさ。すぐに、元に戻せるしね」

 

 ノルズがからからと笑った。

 アスカはかっと血が昇るのを感じた。

 

「ノルズ、いつまでも、ふざけるんじゃない──。お前の言うとおりに、椅子に座り、お茶も飲み干した──。ロウはどこだい──?」

 

 アスカは叫んだ。

 すると、いきなりノルズが立ちあがって、アスカの前に立った。

 アスカはどきりとした。

 

「親指を背中で重ねてこっちに向けな」

 

 一転してノルズの口調は冷酷そのものの響きだ。

 それはともかく、いまなんと……?

 

「……聞こえなかったのかい? 指を後ろだよ。逆らえば、ロウ様にところには連れていかない。そう言われている。さあ、どうする?」

 

 ノルズが言った。

 その表情には、冗談でもはったりでもなさそうだ。

 これは本気だ。

 アスカが逆らえば、ノルズは本当にロウのところには、アスカを連れていかないだろう。

 それがわかった。

 

「な、なんで、指を後ろに回さないとならないんだよ」

 

 しかし、それでも、アスカは最後の気力を振り絞って、ノルズを睨みつけた。

 だが、ノルズにはまったく動じた様子もない。

 ひょいと小さく肩を竦めただけだ。

 

「それがロウ様のご指示だからさ。さっきも言ったよね。ロウ様は忙しいのさ。だから、しばらく時間を潰してもらう。いやなら、帰りな」

 

 ノルズがさっと手をあげた。

 外に繋がる扉が開く。

 自分の羞恥の姿を廊下から丸見えにされたエマが悲鳴のような声をあげた。

 

「や、約束は守るんだよ……」

 

 もう仕方がない……。

 アスカは手を背中に回して、ノルズに向けるようにした。

 すぐに重ね合わした親指の根元に紐が巻きつけられ、ぎゅっと縛られる。

 指縛りだ。

 これで、両手は使えない。

 なにをされるかわからない不安に、アスカの心臓が鼓動を大きくする。

 

「じゃあ、次はそこに跨ってもらおうか……。心配ない。あんたは満足するはずだ。ロウ様の木馬は、一切の刺激を遮断するその下着だって、しっかりと刺激をくれるそうだよ」

 

 ノルズがけらけらと笑った。

 アスカは目を丸くした。

 木馬だって──?

 まさか、エマが乗せられている木馬にアスカも──?

 そういえば、エマと向き合うように、もうひとつの木馬がある。

 だが、まさか、本当にアスカをあそこに──?

 愕然とした。

 

「お、お前、このわたしをエマと一緒に──? ふ、ふざけるんじゃないよ──」

 

 さすがに怒鳴りあげた。

 これだけは承知できない。

 エマの前で責められるなど──。

 

「ロウ様に預かっているものがあると言ったじゃないか──。それは、その木馬さ。あたしがこんなものを準備できるわけなんだろう。ごちゃごちゃ言わずに跨りな。痒みが癒えるよ。それだけは請け負う」

 

「いやだ──。絶対にいやだ──。絶対にやらないよ──。そ、それに、そんなの無駄だ。この下着は外からの刺激を遮断するんだ」

 

「いや、実はその下着はあんた自身による刺激を遮断するだけだ。他からの刺激はちゃんとあるよ。とにかく、その絶対に嫌だと思うことを無理矢理にさせるのが調教さ……。あんたも、よくわかっているはずさ」

 

 ノルズは微笑んだ。

 アスカはぞっとした。

 それにしても、他人からの刺激は受け付けるだと? それでいて、自分自身の刺激は遮断?

 そんなことできるのか?

 

「……ああ、それと、もうひとつ伝言があった。あんたのスカートは長すぎるそうだ。次からは膝の半分よりも長いものをはくなと言っていたっけね。……というわけで、これは没収だ」

 

 ノルズがアスカの首を掴んで、椅子から引きずりおろす。

 そのまま後手に縛られている腕を取られて、身体を固められる。

 

「な、なにすんだい、ノルズ──」

 

 アスカは悲鳴をあげたが、魔道が封じられているアスカには、ノルズに逆らう手段など皆無だ。

 しかも、両手は背中で拘束されていて、非力のアスカにはノルズに抵抗などできない。

 あっという間に腰の留め具を外されて、スカートを足首から引き抜かれてしまった。

 

「うわっ、ひいっ」

 

 突き飛ばされて、床に転がされる。

 すると、アスカの周りに転送術の魔道紋が拡がるのがわかった。

 アスカは驚いた。

 

「大人しく木馬に座るかい? それとも、水晶宮の外のシティの公園にでも跳躍したいかい。好きな方を選びな」

 

 どちらも冗談じゃないと思ったが、本当に転送術の魔道紋に魔道が流れている。

 アスカは目を丸くした。

 

「や、やめなよ──。じょ、冗談がすぎるよ、ノルズ──」

 

 叫んだ。

 しかし、ノルズは冷たく微笑んだだけだ。

 

「忘れたのかい……。あたしは、ロウ様が命の女さ。ロウ様の命令なら、いくらでも、あんたを追い詰める……。それに、よく考えれば、あんたには山小屋でかなりの酷いことをされた気がするしね。その仕返しもやってないよね」

 

「な、なに言ってんだい──。そ、そんな昔のこと──」

 

「なにが昔だい。半月も経ってないよ。もういい──。じゃあ、その恰好でシティに行きな。姉の醜聞くらい、女王のガド様が揉み消してくれるよ」

 

 転送術の紋が光り本当に発動した。

 アスカは悲鳴をあげて、必死になって紋の上から逃げる。

 しかし、魔道紋が追いかけてくる。

 木馬に向かって追い詰められた。

 

「最初から素直になればいいのさ」

 

 ノルズが大笑いして、同時に移動紋の光が消滅する。

 アスカは、そのまま木馬の上に押しあげられてしまった。

 跨ってわかったが、確かに股間に当たる部分に、穴が開いていて、こぶし大の球体が半分だけ外に出ている。

 その上に、股間が来るように座らされ、あっという間に脚を固定された。

 さらに、首輪を嵌められ、それを木馬の首側に鎖で繋がれる。

 

「くっ、ううっ」

 

 アスカは声をあげた。

 球体がぐっと下着越しに喰い込んで、痒みに襲われていたアスカの股間を思い切り圧迫したのだ。

 だが、両脚とも五箇所以上は革ベルトで固定されている。

 木馬の背中から腰をあげることはおろか、左右にもずらせない。

 それはともかく、さっきノルズが言った通りに、この木馬については、下着に備わっている忌まわしい刺激遮断の効果はないようだ。

 しっかりと、球体による股間の圧迫を感じる。

 

「んんんん」

 

 目の前のエマと目が合った。

 すっかりと欲情している気配のエマが、木馬にあげられたアスカを眼にして、驚きで目を丸くしているのがわかる。

 

「じゃあ、始めるよ……」

 

 股間部分の球体が回転を始めた。

 

「あっ、ああっ、はあああっ」

 

 たちまちにアスカはあられもない声をあげて、身体をのけ反らしかけた。

 だが、首輪に繋がった鎖がそれを阻む。

 股間に当たっている球体がそれ自身が回転をしながら、全体でもゆっくりと回りだしたのだ。

 しかし、布越しだが、確かに痒みに爛れた秘部やアヌスの入口を刷毛による緩慢な刺激がくる。痒い場所への刺激は、アスカの想像を遥かに上回る快感だ。

 だが、あまりにも緩慢な動きすぎる。

 強い刺激を渇望しているアスカには足りなすぎる。

 じわじわとくすぶるような官能を少しずつあげさせていくだけである。

 

 また、なにかの霧状のものが球体とともに噴きあがっているのもわかった。

 だんだんと、股間の痒みが大きくなることで、下着から噴きあがっている霧状の媚薬と同じ性質のものだろうと悟った。

 さらに、時折柔らかな羽根か刷毛のようなものが回転に加わり、下着の上からや、あるいは、開いている内腿をいやらしくくすぐってくる。

 アスカは悲鳴をあげた。

 

「主従仲良く責められるというのもいいだろう、ラザ……。あんたが以前に言ったけど、責める者と責められる者──。これが交代するというのは、実に愉しいものだねえ……。あんたがあたしをエマに責めさせたときには、こんな気分だったのかねえ」

 

 ノルズが笑った。

 アスカは、ノルズを罵ってやろうと口を開く。

 しかし、ぎょっとした。

 エマが口にされているものと同じ穴付きの箝口具がアスカの口にも迫っていたのだ。

 

「んああっ、んんん」

 

 首を横に振って抵抗しようとしたが、強引に口の中に押し込まれて、ボールギャグの両端についている革紐で首の後ろで固定される。

 そして、驚くことにさらに目隠しをされた。

 

 すぐに、アスカは追い込まれた。

 木馬に跨った状態での、痒みに爛れる股間の球体による刺激は、本当に全身を痺れさせるような感覚であり、すでに股間の奥はアスカが感じたことがないくらいの熱い疼きを湧きたたせている。

 

 しばらくのあいだ、そのまま放置された。

 

 すぐ目の前からは、エマの悲鳴のような悶え声が聞こえてくる。

 せめて、エマの前では醜態を示したくなくて、必死に声を我慢しようと思うのだが、すぐにアスカの口からは、女の悶え声が響き始める。

 もっとも、球体型の箝口具が口の中に押し込まれているので、まるで獣の吠え声のような音になるだけだ。

 それがアスカの羞恥と屈辱を誘う。

 

 そのまま、かなりの時間が過ぎた。

 アスカは少しでも玉の回転と刷毛責めから逃れようと、身体を悶えさせるのだが、両脚をがっちりと木馬に固定されているために、いくら腰を動かそうと思っても、身体は前にも後ろにも横にも動かない。

 

「んんんっ、んぐううっ、んんんん」

 

 噛まされている箝口具を噛み壊さんとばかりに力を入れる。

 だが、当然だが箝口具も、脚の革紐も、指縛りの紐も、首輪の鎖もまったく外れない。

 

 そうやって、エマと一緒に、かなりの時間放置され続けている気がする。

 

 エマと同じ扱いで、いたぶりを受ける……。

 

 なによりも、それが途方もない恥辱だったが、いまはもうなにも考えられなくなってきた。

 しかも、ずっと生殺しの状態が続いていた。

 股間に加わる刺激により、怖ろしいほどの痒み地獄からは少しは癒されたが、代わりに襲っているのは、泣きたくなるほどの疼きに対する焦燥感だ。

 それに、霧状の媚薬はアスカの股間の表面だけでなく、容赦なく最奥にまで痒みを浸透させている。

 しかし、球体の刺激は秘部の表面が癒されるだけで、奥に触れることはない。

 アスカは股間の奥への刺激が欲しくて気が狂いそうだった。

 

「んんんん、んぐうう」

 

 アスカは、自分の醜態を見守っているはずのノルズに、何十回目にもなる哀願の言葉を放つ。しかし、箝口具に阻まれて、それは言葉として届くことはない。

 媚肉を襲う妖しい痺れも、耐えがたい子宮の疼きももう限界だ。

 

「どうだい、ラザ? そろそろ、マゾの自覚ができてきたかい? あんたには、責めは似合わないよ。そうやって、いじめられるのがお似合いさ。そうだろう?」

 

 ノルズの声が耳元で聞こえた。

 すぐ横にいるのだ。

 アスカは、ほとんど条件反射のように首を縦に振っていた。

 もう、責めでも受けでもいい。

 

 それよりも、おろしてくれ……。

 

 そして、この疼き切った身体をなんとかして……。

 

「マゾだということを認めるね」

 

 アスカは再び首を縦に振る。

 すると、満足そうなノルズの笑い声が響いた。

 

「いい子だ。もっと遊んであげたいけど、あんたを引き渡す相手の準備ができたそうだ。じゃあ、次の場所に送ってやるよ。しばらくすると、次の相手がやって来るから、そいつに従いな……。あたしは、エマと遊んでいるからね。よければ、ロウ様に愛してもらったら、もう一度遊びに来ておくれ。一緒にエマで遊ぼうよ……。ところで、今回のことは、ロウ様のご指示だからね。お互いにロウ様の奴隷同士だ──。悪く思わないでおくれ。全部、水に流しておくれよ」

 

 ノルズの声が聞こえた。

 なにが水に流してくれだ──。

 やった側が言うな──。

 

 それにしても、ノルズはなんて……?

 

 アスカをどこか別の場所に送ると言った気がしたが……。

 どこかに魔道で飛ばされる……?

 悶えながらも、アスカの背中に冷たい汗が流れる。

 さらに、次の瞬間、急に胸の前が涼しくなり、乳房が剥き出しにされた感覚が襲った。

 

 えっ──?

 胸の下に布が垂れ落ちている感覚がある。

 そして、胸当ての下着も切り取られた。

 もしかして、服の前を切断されて、乳房を外に出された?

 多分、そうだと思うが、目隠しをされているのでよくわからない。

 

「どこに行くのかねえ……。本当にシティの真ん中だったらごめんね」

 

 ノルズがけらけらと笑った。

 それが最後の言葉になった。

 アスカは移動術により、自分の身体がどこか別の場所に移動したのを感じた。

 ずっと聞こえていたエマの必死の悶え声が消滅し、アスカ自身の甘い声だけが耳に入ってきた。

 ほかに喧噪は聞こえない。

 まるで、誰もいない部屋のようだ。

 アスカは息も絶え絶えになりながら、木馬の上で半裸の身体を悶えさせ続けた。

 

 そのときだった。

 部屋に転送術で誰かが跳躍しているのを感じた。

 焦燥感と股間の爛れるような性の疼きで狂いそうであり、魔道の感知もうまくいかないが、微かな波動の乱れでアスカはそれがわかった。

 

 そして、すぐにくすくすと女の笑い声が聞こえた。

 アスカは、その声の正体が瞬時にわかり、愕然とした。

 

 次の瞬間、突然に股間を襲っていた球体の刺激が消滅した。

 アスカは、がっくりと全身を脱力させてしまった。

 さらに、口の中の箝口具もなくなった。魔道だ。

 

「お姉様がわたしと同じで、マゾ女だというのは、まったく知りませんでした。どうして、教えてくれなかったのですか?」

 

 ガドニエルの気楽そうな言葉が響きわたった。

 しかし、アスカは、それどころじゃない。

 股間の回転刺激が中断されたことで、途方もない痒みがアスカに襲いかかってきたのだ。

 

「ああっ、や、やめないで──。やめないでおくれよ──。続けて──。続けるんだよ」

 

 アスカは泣き叫んだ。

 

 痒い──。

 痒い──。

 痒い──。

 

 もうなにも考えられない──。

  

「まあ、お姉様──。本当にマゾの雌犬のお顔になられているじゃありませんか。羨ましいですわ……。いずれにしても、ロウ様のお許しがなければ、なにもできません。ロウ様には、お姉様をとことん苛めるようにと命じられていますから……」

 

 ガドニエルがくすくすと笑う声が聞こえた。



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527 第二の関門

「ふふふ、お姉様、とてもよいお顔ですわ。雌犬の顔です。お姉様のそんな一面、もっと早く知りたかったですわ。ロウ様には、本当に感謝ですね」

 

 ガドニエルがくすくすと笑った。

 だが、アスカはそれどころじゃない。

 股間から突然に刺激をなくされたことで、瞬時に襲いかかってきた痒みで発狂しそうだ。

 地獄のような掻痒感と、さらに満たされることがなかった欲望への焦燥感で、すぐにアスカは抜き差しならない状況に追い込まれた。

 

 すると、不意に脚を拘束していた革ベルトと、首輪に繋がった鎖が外れた。

 ガドニエルの魔道だろう。

 そして、次の瞬間、木馬そのものが消滅した。

 

「うわっ」

 

 アスカは地面に足を落とすことになったが、もう脚に力が入らなくて、そのまましゃがみ込んでしまった。

 

「お姉様、こっちにおいでください。痒みを癒してさしあげますわ」

 

 ガドニエルから声をかけられた。

 そして、目隠しが消える。

 

 やっと戻った視界をガドニエルの声がした方向に向けると、一個の肘掛け付きの籐椅子にガドニエルがひとりで腰掛けている。

 それで気がついたが、ここは水晶宮でも、貴賓者用の大食堂のひとつだ。

 同じような部屋がいくつもあるが、ここは予備のような場所であり、椅子も卓も片付けられていてがらんとしている。

 その広い場所の真ん中に、ガドニエルが椅子だけを出して座っていて、アスカが少し離れてしゃがみ込んでいるというわけだ。

 

「くううっ」

 

 アスカは、いつの間にか太腿を激しく擦り合わていた。

 しかし、たったいままで、木馬の球体から貰えていた刺激は、再び下着の持つ特殊な効果によって、一切の刺激を遮断してしまっている。

 アスカは泣きそうになった。

 

「お姉様、どうしたのです? 痒くて気が狂いそうなのではないですか? ノルズからは、お姉様がとてもお苦しみになっていると聞きましたが?」

 

 ガドニエルがにこにこと微笑みを浮かべて言った。

 ノルズから聞いている?

 いつ、連絡を取ったのだ?

 一瞬、そう思ったが、連絡を取り合う手段はいくらでもあるだろう。

 それよりも、これでわかるのは、やっぱりこいつらはすっかりと連携し合っているということだ。

 

 すべては、ロウの仕業だろうけど……。

 ノルズはともかく、ガドニエルがアスカの調教に積極的に関与するわけがない。

 こいつは、かつて、アスカが徹底的に仕上げてやったマゾ女なのだ。

 ガドニエルがアスカに逆らうわけがない……。

 ましてや、アスカに、ガドニエルから手を出すなど……。

 

「お、お前ら、よってたかって……。ど、どうするか……お、覚えて……」

 

 アスカはふらつく脚を必死に立ちあがらせながら言った。

 ガドニエルに屈するのは癪だが、いまはそれよりも、この痒みだ。

 本当に気が狂いそうだ。

 

「待って──。お姉様、そこで服を脱いでください。雌犬には、雌犬に相応しい恰好があるじゃないですか」

 

 すると、突然にガドニエルが言った。

 

「なっ」

 

 アスカは絶句した。

 

「どうしたのですか、お姉様。服を脱ぐんです。もう服はお姉様にまとわりついているだけですわ。その状態でも背中から引っ張れば脱げるじゃないですか。足も使ってください。下着一枚の恰好になったら、こっちにいらしてください。ちょっとだけ、痒みをほぐしてさしあげます」

 

 ガドニエルが妖艶に微笑んだ。

 アスカは唖然とした。

 いまのいままで、こいつがこんな顔ができるということさえ知らなかったし、なによりも驚いたのは、ガドニエルが、アスカを「雌犬」呼ばわりしたことだ。

 信じられることじゃなかった。

 

「お、お前、だ、誰に向かって……」

 

 やっとのこと口から出したのは、その言葉だ。

 だが、ガドニエルからは、冷笑のような表情が向けられただけだ。

 

「ならば、いつまでも、そうしておられますか? わたしは、ロウ様のご用事が終わるまで、お姉様の時間潰しをするように命じられているだけですから……。ここにずっとおられるだけでも構いませんわ。もっとも、ここは一応は防音と人避けの結界を張っておりますが、この部屋の外は普通に官吏や家人たちが大勢いる廊下ですから、その恰好ではうろうろしない方がよいですわね」

 

「ふ、ふざけるな──。ロ、ロウはどこだい──? なにが用事だよ。どっかで見てるんだろう。早く連れてきな、ガドニエル──」

 

 アスカは怒鳴った。

 しかし、昔であれば、このアスカの一喝で、竦みあがったはずのガドニエルが、まるで風の音でも聞いているかのように涼しい顔をしている。

 

「だったら、わたしはもう行ってもよろしいですね? ロウ様には、お姉様が聞き分けがなかったと報告しておきます。きっと、失望なさるでしょうね。もう来ないかも」

 

 ガドニエルがわざとらしく立ちあがり、転送術でいなくなるような仕草をする。

 はったりだとは思うが、アスカにはあがらいの手段はない。

 この状態で放置されるわけにはいかないのだ。

 本当に痒みでに死にそうだ。

 

「ま、待って──。脱ぐよ。脱げばいいんだろう──」

 

 アスカは指縛りをされている後手で、服を引っ張り落した。

 さっきノルズにより、胸が剥き出しになるほどに斬り裂かれているし、すでにスカートは取りあげられている。

 簡単に胴体から足首に滑り落ちる。それを足首から抜くと、アスカは例の「呪いの下着」一枚の恰好になる。

 ガドニエルに向かって歩く。

 

「お待ちください。その鎖、じゃらじゃらして、こ(うるさ)いですわ。手で持ってください」

 

 アスカは歯噛みした。

 首輪に繋がっている鎖を自分の手で持たせるなど、細かい侮辱行為をどこで覚えて来るんだと思った。

 アスカはしゃがみ込み、なんとか背中で鎖を掴んで引き寄せ、床に落ちないように後手でまとめて持つ。

 ガドニエルの前に立つ。

 

「鎖はそうしてくださいね。それが雌犬ですよ。さあ、もっとこっちにおいでください。雌犬のことなら、色々とお教えしますから」

 

 ガドニエルがすっと手をアスカの股間に伸ばしたと思った。

 

「はううっ」

 

 一瞬だ。

 一瞬だった。

 

 ほんのちょっとガドニエルの指がアスカの下着の上から股間を触ったのだ。

 痒みに狂っている股間を刺激され、愕然とするほどの快美感がアスカに襲いかかる。

 

 あれほどに頑なに外からの刺激を遮断していたのに、やっぱり他人による刺激はちゃんと伝わるのだ……。

 だが、もうそれはどうでもいい。

 それよりも、もっとだ。

 

 もっと──。

 アスカはガドニエルに股間を突き出すようにしていた。

 

「ああ、もっと、もっと、触っておくれ。ああっ、な、なにしてんだよ。もっとだよ」

 

 必死に声をあげる。

 だが、ガドニエルはもう手を伸ばそうとせず、逆に身体をすり寄せるアスカをどんと押した。

 足がふらついているアスカは、それだけで倒れそうになったが、それよりも、びっくりしたのは、ガドニエルがアスカにそんな態度をとったことだ。

 それは、アスカの持っている「常識」ではありえないことだ。

 

「お姉様、伏せ。伏せです」

 

 ガドニエルが愉快でたまらないという表情で、優雅に笑いながら言った。

 しかし、いま、なんて……?

 

 伏せ?

 

「伏せですわ、お姉様。その場に正座をして、頭を床につけるんです。それが雌犬の伏せです。昔、お姉様がわたしに教えたことですよ。覚えておられるでしょう?」

 

 ガドニエルがころころと笑った。

 全身に屈辱が走る。

 その瞬間だけは、痒みが股間から消えた気がした。

 

「お、お前……」

 

 余りの怒りに声が震えるのがわかった。

 いや、すぐに声だけじゃなく、全身が震える。

 こっちは怒りではなく、痒みによる身体の痙攣だ。

 怒りよりも、やはり痒みの苦痛が上回る。

 

 すると、ガドニエルの手に一本の乗馬鞭が出現した。

 びっくりしたが、その乗馬鞭がすっと伸びて、ガドニエルの股間を撫ぜた。

 

「はひいいっ」

 

 溶けるような気持ちよさが全身を駆け抜ける。

 痒みに狂う股間を刺激される快感のなんという心地よさ……。

 アスカはそれだけで気が遠くなりそうになったが、すぐに鞭は引きあげられる。

 

「ああ、そんなあ」

 

 アスカは悲鳴をあげた。

 

「伏せをしてください、お姉様。わたしに従えば、股間を掻いてあげます。もう、おわかりになったと思いますが、お姉様がおはきになっているロウ様の下着は、装着している者自身による行為では、すべての刺激を遮断しますが、他人から与えられる刺激には、ちゃんと感じるようになっているんです。さあ、お股を擦って欲しくないですか? 雌犬ができれば、ご褒美に擦ってあげますわ」

 

 アスカは、ぐっと怒りが込みあがるの感じた。

 だが、その気力はすぐに消える。

 もうだめだ。

 さっきの刺激から与えられた甘美感のためなら、すべてを犠牲にできるし、この恐ろしいほどの痒みの苦しさから逃れるためなら、もうなんでもする。

 屈辱に歯噛みしながら、アスカはガドニエルの足元に正座をして、ぐっと身体を倒して頭を床に着ける。

 

「それだけですか、お姉様? なにを言えばいいか、お姉様は知ってなさるのではないですか? お姉様自身がわたしに教えたことですわ」

 

 頭の上から声がかけられる。

 アスカは唇を噛んで、恥辱を飲み込む。

 

「……め、雌犬の……ラ、ラザニエルに躾を……。どうか……よろしくお願いします……」

 

 頭の上にガドニエルのサンダルが乗る。

 腹が煮えるのを必死に耐える。

 しかも、ぐりぐりと踏みにじられた。

 アスカは額を床に押しつけられる痛みと頭を踏まれる恥辱を我慢する。

 しばらくすると、その足がどかされた。

 

「よくできましたわ、お姉様。ご褒美です。顔をあげてください」

 

 顔をあげる。

 鞭先が股間のあいだにすっと入ってきた。

 

 えっ──?

 

 当惑したが、次の瞬間、ぐいと鞭の尖端がアスカの股間を激しく擦った。

 

「はああ」

 

 露わな声とともに、アスカは身体を反り変えさせた。

 待ちに待った瞬間だ。

 途方もない快美感が全身を駆け抜ける。

 

「こっちも欲しいのではないですか、お姉様?」

 

 ガドニエルが笑いながら立ちあがり、今度は後ろ側からアスカのお尻を布の上から擦る。

 それまで感じたことがないような妖しくも、峻烈な快感が五体を駆け巡った。

 

 そのときだった。

 遠くから鐘の音が聞こえてきた。

 

 すると、ガドニエルがはっとしたように、身体を竦ませた。

 しかし、そんなことよりも、アスカはこれにより終わってしまった愛撫に対して、愕然とした。

 ガドニエルに向かって哀願の口を開く。

 

「ああ、や、やめないで──。も、もっとおくれよ」

 

 ガドニエルが顔をアスカに向ける。

 なぜか、急に真顔になっている。

 

「お姉様、なんともありませんか? どこか、おかしなことは……?」

 

 こいつ、なにを言っているんだ……。

 

「ふ、ふざけるなよ。痒くて死にそうだよ──。もっと、刺激をおくれったらあ──」

 

 大声をあげた。

 もしかしたら、泣いていたかもしれない。

 それくらい、痒みの苦しさが脳天に達している。

 すると、ガドニエルの顔がほっと緩んだ気がした。

 

「どうやら、お変わりないようですね……。じゃあ、ロウ様はもうすぐ来られると思いますよ。それまで、ロウ様に言いつけられた、お姉様とのお遊びをしましょう。ほら、これを持ってきてください。そうしたら、お姉様が欲しいものをさしあげます」

 

 いきなり、ガドニエルが持っていた乗馬鞭を部屋の隅に放り投げた。

 アスカは唖然とした。

 

「どうしたんですか、お姉様。鞭を拾って持って来るんです。さあ、さあ……」

 

 かっとなる。

 まさか、自分がガドニエルから雌犬調教を受けるとは……。

 

 投げたものを口で咥えて持ってこさせる……。

 犬のように……。

 まさに、かつて、アスカがガドニエルにやってやった倒錯の遊びだ。

 

「く、くそう」

 

 負け惜しみ気味の悪態をついたが、もう全身を蝕む股間の痒みは耐えられないものになっているし、中途半端な刺激は発狂しそうな焦燥感となって、アスカを追い詰めている。

 アスカは立ちあがり、投げられた鞭の場所まで行き、なんとか口で咥えて、ガドニエルのところまで戻る。

 

「まあ、お姉様、全然なってないじゃありませんか。遅いですわ。とても遅いです。それじゃあ、ご褒美はなしですね」

 

 鞭が再び投げられた。

 呆然としたが、行くしかない。

 今度はアスカは懸命に走り、すぐに口で咥えてガドニエルのところまで戻った。

 

「今度は合格ですわ。さあ、ご褒美です」

 

 いきなり前から股間を鞭で引っ叩かれた。

 

「ひぎゃあああ」

 

 悲鳴をあげてその場にひっくり返ったが、激痛と引き換えに、あの狂うような痒みが一瞬にして消滅する。

 なんという気持ちよさ……。

 

「ああ、もっと、もっとだよ──」

 

 アスカはすぐさま立ちあがって、ガドニエルに向かって股間を向けていた。

 ガドニエルが声をあげて笑った。

 

「本当に雌犬っぽいですね、お姉様。次はお股を十回くらい擦ってさしあげますわ。その代わり、わたしが満足するくらいに速く持って来るんです」

 

 鞭が投げられる。

 アスカはその鞭を追って走り、口で持ってくる。

 しかし、一度目は合格は貰えなかった。

 アスカは泣きそうになる。

 

 もう一度投げられる。

 それもだめだった。

 

 三度目──。

 

 今度は投げられる前から駆け、必死になって口に咥えて駆け戻った。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 鞭を受け取ったガドニエルの審判を待つ。

 ガドニエルは小さく頷き、アスカを立膝にさせ、股間の下に鞭を入れる。

 

「ううっ、あああっ、ああああっ」

 

 ぐいぐいと股間を圧迫しながら鞭が股間を前後する。

 掻痒感が癒えていく快感に加えて、再熱した性感への欲求に、堪らずアスカは甘い声をあげた。

 

「あああ、気持ち、気持ちいい、ガドニエル──。ああ、もっと、もっとだ──」

 

 アスカは歓喜に震えながら叫んだ。

 だが、鞭がさっと引きあげられる。

 

「ああ、どうして──」

 

 アスカは泣き叫んだ。

 

「ふふふ、相当に頭にきていますね、お姉様……。本当にロウ様の言った通り……。もう、あの裏切り男……いえ、女かしら……とにかく、あいつのことなんて、頭にはおありにはないですね……。よかったですわ……。そら、もっと欲しければ、鞭を持って来るんです」

 

 鞭が投げられる。

 なにも考えずに、アスカはそれに向かって走った。

 

 そうやって、ガドニエルから躾けられる時間が続いた。

 

 鞭が投げられ、それを咥えて戻り、ご褒美に鞭打ちか、股間への愛撫をもらう。

 しかし、すぐに中断され、鞭を投げられて、走ってそれを追う。

 

 その繰り返しだ。

 

 もう汗びっしょりで、へとへとだが、やめれば愛撫がなくなるのだ。

 やめるわけにはいかない。

 アスカは懸命に駆け続けた。

 

 そのときだった……。

 

「やっているな、ガド──。どうだ、ガド、ラザの躾はちゃんと進んでいるか」

 

 視線を向ける。

 この大食堂に入る扉のひとつの横にロウが立っていた。

 いま、入ってきたのだろうか。

 

「あらあら、大変な感じですね。でも、問題ないですよ。よいお顔におなりです、ラザさん」

 

 横には、あの巨乳魔術遣いがいて、いつものように呑気そうな口調でにこにこしている。

 スクルドだ。

 アスカは、どうにもこのなにを考えているかわからないような、この女が苦手だ。

 しかし、それよりもロウだ。

 

 わけのわからない感情がアスカの中で爆発する。

 ほとんど、なにも考えられずに、アスカはロウに駆け寄り、その足元にひれ伏していた。

 

「ああ、ロウ、もう我慢できないんだ。どうか、犯しておくれ。このとおり──。このとおりだから──。お願いです。どうか──」

 

 その瞬間、この一連のいたぶりの張本人がロウであることも、ガドニエルの前であるということも忘れた。

 アスカにあったのは、ロウに犯してもらいたいという激しい欲望だけだ。

 

 もう、恥も外聞もない。

 おかしな下着をはかせたことに対する怒りもない。

 あるのは、発狂するような地獄の痒みと、灼熱に燃えたぎる性欲だけだ。

 アスカは、その場に土下座をしたまま懇願した。

 

「ラザをここまで躾けるとは頑張ったな、ガド……。ご褒美をやろう。ラザはそのままだ。しばらく、待て」

 

 ロウが笑いながら言った。

 

「そんなあ」

 

 アスカは絶望の声をあげた。

 

「言われた通りにしただけですけど……。でも、ありがとうございます」

 

 一方でガドニエルが、嬉しそうにロウに駆け寄るのが眼の端に映った。

 女王に似つかわしくない、全力疾走で……。

 

「ひいいん」

 

 しかし、その途中で不意に膝を崩して倒れこみそうになった。

 アスカには、それがガドニエルがはかされている貞操帯の刺激によるものだとすぐに悟った。

 おそらく、この悪戯男は、ガドニエルに装着させている貞操帯のディルドを激しく動かしたに違いない。

 

「まだまだだな、ガド。俺の雌犬女王様なら、そのくらいの刺激は毅然として我慢しないとな」

 

 ロウがにやにやしながら言った。

 股間を両手で押さえてうずくまりそうになっていたガドニエルがはっとしたように身体を真っ直ぐにして、ロウのところに駆け寄る。

 ロウの前に着くと、目に見えて脱力した。

 ディルドをとめてもらえたのだろう。

 

「ではガドさん、ご主人様はお渡ししますね……。では、ご主人様、わたしはみんなのところに戻ってます。先ほどはお情けをありがとうございます」

 

 スクルドがにこににしながら、ロウの腕をとってしだれかかった。

 気がついたが、スクルドの短いスカートから出ている脚に精液のようなものが伝い垂れていた。

 たったいままで、ロウと愛し合っていたというのがわかる。

 

「ありがとう、スクルド。嫌な仕事を悪かったな」

 

「いえ……」

 

「いや、ありがとう」

 

 ロウがスクルドの頭をぽんとさわった。

 そして、引き寄せる。

 濃厚な口づけが始まる。すると、スクルドは途中で腰を砕けそうになり、それをロウが抱いて支えるようにした。

 そして、身体が離れる。

 

「ふう……、さ、さすがはご主人様です……。と、とても、危険な口づけ……」

 

 スクルドが上気した顔でうっとりとした感じで言った。

 

「戻ったら続きをすると、みんなに伝えてくれ。今度は目隠し鬼ごっこだ。ただし、左右の手首足首を繋いでな。もちろん、負けは罰だ」

 

「ふふふ、みんなに伝えます」

 

 スクルドが移動術で消えた。

 

「さて、待たせたな、ガド。調教はまだまだだが、ラザをしつけたご褒美はやろう。もっとそばに寄れ」

 

「は、はい、ありがとうございます」

 

 ガドニエルが満面の笑みを浮かべて、ロウにくっつかんばかりに近寄る。

 

「ま、待っておくれ、わ、わたしは――」

 

 アスカは叫んだ。

 

「ラザは待てだ。だが、俺の許可なく一歩でも動けば、そのまま夜まで放置するぞ。まあ、とりあえず、刺激遮断だけは解除してやろう」

 

「ふ、ふざけんじゃ……」

 

 アスカは屈辱で身体が震えるのがわかった。

 しかし、一方で、ほとんど無意識に強く太股を擦っていた。確かに刺激はくる。

 しかし、この死ぬような痒みを癒すには程遠い。

 

「俺に犯されたくなければ、好きなようにしな」

 

 ロウがにやりと笑った。



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528 鐘の音の理由

「そ、そんなあ……。ロ、ロウ……。か、痒いんだよお──。ああっ」

 

 アスカは必死にロウの足元で訴えた。

 すでに、全身を苛む淫情への焦燥感と、なによりも死ぬような股間の掻痒感がアスカを追い詰めている。

 ロウに股間の奥を犯して欲しい。

 滅茶苦茶に突いて欲しい。

 壊れるくらいに抱いて欲しい。

 アスカは気が狂いそうだった。

 

「どうにも、エルフ女王家の姉妹様は、自制がないねえ。ラザ、おあずけと言ったら、おあずけさ。そこで見てるんだ。少しでも目を離したら、夜までそのまま放置するぞ。まあ、そっちも面白そうだけどね」

 

 ロウが言った。

 そして、はっとした。

 正座をする両脚が床にぴったりと粘性体で密着して離れなくなっている。

 しかあし、ロウの言葉のとおりに、忌々しい刺激遮断の機能だけはなくなっていることに気がついた。

 なにも考えられなかった。

 ほとんど無意識に、アスカは指縛りをされている後手のまま、お尻の穴を掻きむしろうと思った。

 股間もアヌスも痒みでただれそうだ。

 ほんのちょっともじっとしていられない。

 

「動くな、ラザ──。おあずけだと言っただろう──。許可なく触るな──」

 

 そのとき、ロウの大きな怒声が響き渡った。

 アスカは硬直した。

 

 一瞬、なにを──という怒りも煮えたが、それよりも、ロウの強い命令に、アスカの手は金縛りになったように動かなくなる。

 魔道のようなもので拘束されたわけではない。

 アスカ自身の意思がアスカ自身の身体を静止させのだ。

 自分の意思でお尻を掻きむしろうと思えばできる。

 だが、ロウに逆らえば、今度はどんな罰を受けるのかわかったものじゃない。

 

 いや、ロウが動くなと命じたのだから、動いてはならない──。

 そんな、アスカにとっては、不可思議としか思えない感情が発生して、アスカに勝手な行動をとることを自制させている。

 しかし、限界を遥かに越している掻痒感を前にして、なにもしないでじっとしているというのは、とてもじゃないが受け入れることのできない冷酷な命令だと思った。

 しかも、こいつは、いまからアスカの目の前で、ガドニエルを抱くのだという。

 なんという底意地の悪い仕打ちだろう……。

 

「ううっ、くっ」

 

 とにかく、アスカはぐっと歯噛みして、この常軌を逸する掻痒感を耐えた。

 

「ガド、もっと近くに寄れ。ご褒美だ。スカートをまくれ。貞操帯は外してやる」

 

 しかし、すでにロウはわざとらしくアスカを見ていない。

 一方で、ロウにスカートを捲れと命じられたガドニエルは、心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべて、ロウの前に跪いている。

 尻尾でもあれば、ぶんぶんとそれを振っているかのような、まさに物欲しそうな雌犬の顔そのものだ。

 アスカは、自分の胸がかっと燃えるとともに、胃が締めつけられるような気持ちに襲われた。

 

「ロ、ロウ様、ど、どんな格好でスカートをまくればいいですか? 前を向いて? それとも、後ろで?」

 

「さあね、好き者の女王様だしね。普通に抱いても満足できないんじゃないか? いろんな体位を教えたろう。その中で一番好きな体位を選びなよ。だけど、どうでもいいけど、そのスカートは長いなあ。俺好みじゃない。スカート丈は膝よりも上だ。太腿は半分以上出せ。きれいな脚を隠すんじゃない」

 

 ロウがガドニエルをしげしげと眺めながら言った。

 当然だがガドニエルの装束は、エルフ族の伝統的なものであり、スカート丈は足首まである。ノルズのところで剥ぎ取られたアスカのスカートも同じくらいのものだった。

 

「膝よりも上ですね。はい、ロウ様。これくらいで……。これでどうでしょう?」

 

 ガドニエルが、魔道で一瞬にしてスカート丈を言われたとおりにした。

 アスカは目を丸くした。

 

 エルフ族女王が身に着けるものとは信じられないくらいにスカート丈が短いのだ。

 まあ、別段下着が見えるというほどじゃないが、伝統的で格式の高い水晶宮で、女王がそんな服装をしていれば、周りの者は唖然として目を疑うだろう。

 きらっきらっ目を輝かせているが、もしかして、この馬鹿妹はこの場の戯れじゃなく、今後ずっとその服装をしそうな気がする。

 とにかく、ロウになにかを命じられたり、指図されたりするのが、嬉しくて堪らないという態度だ。

 

「まあ、それくらいかな。ガドにぴったりだ。俺好みさ」

 

 ロウが笑った。

 ガドニエルが心から嬉しそうに破顔する。

 いや、こいつの顔を見れば、間違いない。

 この女は、もう生涯、短いスカートしかはかないだろう。

 アスカにはわかる。

 深く嘆息する。

 

 しかし、そう言えば、ロウの周りの女たちのスカートは、本当に短い。

 エリカを始めとして、まるで競って短くしているように思えるし、短いスカートでないのは、半ズボンのコゼくらいだろう。

 闘女姿のマーズさえ、スカートだ。

 そういうことかと思った。

 

 しかし、どうでもいいけど、痒い……。

 

 アスカは、懸命に腿と腿を擦りつけて、発狂しそうな痒みを我慢する。

 だが、きっと、ガドニエルの後には、自分を抱いてくれるのだと思う。

 

 それまで……。

 

「す、水晶宮の女には短いスカートをはくようにお触れを出します。全部、ロウ様のお好みのとおりに……」

 

 するとガドニエルがとんでもないことを口にした。

 アスカは唖然とした。

 

「ば、馬鹿女──。そんなことを──」

 

 慌てて口を挟んだが、ガドニエルはまったくアスカを見ていないし、耳も貸す気がなさそうだ。

 にこにこしながら、ロウだけを見つめている。

 

「そんなことはしなくていいさ。でも、ガドが短いスカートをはき、ラザもそうすれば、自然とそれが当たり前になるよ。流行の最先端みたいに扱われてね」

 

「わ、わたしもかい?」

 

 驚いて言った。

 ロウがアスカを見て、にやりと微笑む。

 

「別に強要はしないさ。でも、俺はそうして欲しい」

 

 ロウが言った。

 そう言われてしまうと、アスカもそうしてあげたいという気持ちになってきた。

 

 まあいいか……。

 そうか……。

 

 短いスカートがこいつは好きなのか……。

 こいつには、世話になったし……。

 そうか、こいつは短いスカートがいいのか……。

 

 考えていると、なぜか急に長いスカートがつまらないものに思えてくる……。

 何枚かなら、短くしても不自然ではないデザインのスカートもあったはずだ。

 新しく作らせてもいいし……。

 そうか、こいつは短いスカートをねえ……。

 

「それよりも、体位だ。どんな恰好で抱くんだ、ガド? うんといやらしいものを選べよ」

 

 ロウがガドニエルを促した。

 ガドニエルはちょっと困惑したような顔になったが、さっきまで座っていた籐椅子にちらりと目をやり、それをさっと魔道で手元まで引き寄せた。

 そして、それに上体を傾けて預け、大きく脚を開いてお尻側をロウに向ける。

 挑発的で煽情的な格好だが、美貌で抜群の体形のガドニエルがすると気品さえ感じるから不思議だ。

 

「で、では、う、後ろから……。ガ、ガドは後ろから雌犬のように、ロウ様に犯して欲しいです」

 

 ガドニエルの声は、ロウとの情交の期待に、喜び溢れてしまって声が震えてすらいる。

 どこまで、ロウが好きなのだろう。

 アスカもちょっと呆れた。

 ガドニエルがスカートを捲りあげて、貞操帯のある股間を露わにする。

 呆れたことに、貞操帯の縁からこぼれた愛液で、すでにびっしょりと濡れている。

 まるで、放尿でもしたのかと錯覚するほどの愛液だ。

 この男に抱かれるという期待感だけで、あっという間に、あれだけ濡らしたようだ。

 

「最高だね、女王様」

 

 ロウがそう言うと、両手でガドニエルの胸を服の上から掴み、上から覆いかぶさるようにして、ガドニエルの首筋に舌を這いまわしだす。

 

「はっ」

 

 それだけで、ガドニエルは身体をのけ反らすように跳ねあげた。

 ロウの手がガドニエルの乳房を襟口の外に引っ張り出した。

 さらに、乳首を捏ねるように動かしたのがわかった。

 

「はにゃああっ、ぎ、ぎもちいいですう」

 

 瞬時に与えられる愉悦に、ガドニエルの身体ががくがくと震える。

 異常なほどの感じやすさだ。

 まあ、もともと敏感な身体をしていた妹だったが、やはり、ロウの手管が凄いのだろう。

 こいつの愛撫はひとつひとつが神がかりなのだ。

 

 ああ、その愛撫でアスカの胸を揉んで欲しい。

 股間を貫いて欲しい。

 見るだけなんだ気が狂いそうだ。

 なんという残酷な命令を与える男だ──。

 アスカは、股間を擦り合わせながら、目の前で情交を開始したロウとガドニエルの姿を心の底から恨めしく思った。

 

 ロウが片手で乳房を揉みながら、すっと手をガドニエルの貞操帯に手をやった。

 それがさっと消える。

 何度見ても不思議な術だ。

 収納術という魔道もあるが、身に着けているものだけを取り去って消してしまうという魔道は耳にしたことがない。

 人が身に着けているものというのは、魔道では人間と一体化とみなしてしまい、常識的にはそれを外すか脱ぐかしないと、収納は不可能だ。

 耳にしたところによると、こいつは人間そのものさえ、収納してしまうというが、そんな魔道は知らない。

 それが仮想空間の術とかいうやつなのだろか……?

 

 そのときだった。

 ロウがちらりとアスカを見たのだ。

 どきりとした。

 しかし、そのロウが意地の悪そうな表情になると、いまアスカが痒みに苦しんでいる場所と同じところをガドニエルに愛撫したのだ。

 

「んふううっ、はああっ」

 

 ガドニエルは身体を跳ねさせた。

 アスカはぐっと後手の手を握りしめ、焦燥感に歯を喰いしばる。

 本当に鬼畜だ。

 

 しばらく、その愛撫が続く。

 ガドニエルはロウの手が動くたびに、激しく身体を反応させ、大きな嬌声をあげ続けた。

 

「入れるよ」

 

 やがて、ロウがひと言だけ声をかけて、自分の下半身からズボンと下着を消滅させる。

 そのまま、一気にガドニエルの股間に後ろから突きたてたようだ。

 

「あ、あああっ」

 

 ロウの怒張が侵入する衝撃に、ガドニエルが悲鳴をあげながらぴんと上肢を逸らす。

 アスカは、ロウの怒張が身体に入ってくるときの、途方もない快感を身体で知っている。

 

 あれが欲しい……。

 心の底から欲しい……。

 

 ああ、痒い……。

 痒い……。

 

 痒い──。

 もう、気が狂う。

 

 この痒い場所をロウの怒張で突いてもらえれば、どんなに気持ちがいいか……。

 きっとロウは、いまもってなんの刺激も受けることができずにいる膣の奥の部分を的確に擦って、痒みを癒してくれるだろう。

 ロウのことだから、膣を貫いたあとで、きっとお尻も犯したがるかもしれない。

 いや、それともお尻が先か……?

 

 なんでもいい。

 ロウに抱いて欲しい──。

 

 ロウの精が欲しい──。

 煽られまくるあまりの自分の欲情に、目の前の光景から目を背けたいが、ロウの命令だ。

 それはできない。

 アスカは泣きたくなるような悶々とした気持ちで、ロウとガドニエルの性交を見続ける。

 

「ああっ、はああ、あああっ、あああ」

 

 ロウは、ガドニエルにすでに本格的な抽送を開始していた。

 さらに、たった数回の律動だけで、ガドニエルが絶頂近くまで追い込まれたのがわかった。

 

「ああ、く、口づけを……口づけをさせてもらってよろしいでしょうか、ロウ様──」

 

 ガドニエルが叫んだ。

 そして、貫かれたまま上体を捩って、開いた唇をロウの顔に近づける。

 

「仰せのままに、奴隷女王様」

 

 ロウがお道化た口調で応じると、近づくガドニエルの唇に唇を重ねる。

 お互いがお互いをむさぼるような獣のような口吻が始まった。

 知らず、アスカは自分の舌をいつの間にか、それに合わせるように動かしてしまっていた。

 一方で、そのあいだも、ロウの怒張はガドニエルの股間を出入りしている。

 

「んはあっ、も、もうだめえっ」

 

 ガドニエルがロウの口から顔を外して、身体を震わせだす。

 ロウの股間の動きがそれに合わせるように激しくなる。

 そして、絶頂の衝撃がガドニエルの全身を撃ち抜いたのがわかった。

 

「ふわああああっ」

 

 ガドニエルが気の抜けたような声を放ったかと思うと、後ろに回した両手でがっしりとロウを掴んだ。

 一方でロウは、崩れ落ちるように脱力するガドニエルをしっかりと抱き締めて、さらに股間を前後させる。

 

「き、気持ちいいです、ロウ様──」

 

 そして、限界まで身体を伸ばしてがくがくと痙攣させたガドニエルが完全に脱力する。

 ロウがガドニエルを支えたまま、精を放ったようだ。

 そして、静かにガドニエルを床に横たえた。

 ガドニエルから離れたロウがやっとアスカに身体を向けた。

 股間には、たったいまガドニエルの中から抜いたばかりの怒張が汁を滴らせて、隆々と勃起している。

 

「ラザ、掃除をしろ」

 

 妹を犯したばかりの怒張を口で掃除をしろという冷酷なロウの言葉に、アスカは鼻白む思いだったが、身体の方は逆に、ロウに命じられるまま、膝立ちでロウの股間ににじり寄っていた。

 いつの間にか、膝を床に密着させていた粘性体も消滅している。

 下着でさえもなくなった。

 大した躊躇いもなく、アスカはロウの怒張を頬張る。

 舌でガドニエルの愛液を舐めとる。

 それだけじゃなく、怒張の先端にはロウの残り汁のようなものもあった。

 アスカは夢中になって、それをすすった。

 

「ああ、気持ちいいよ。前回は下手くそだってからかったけど、本当は、ラザの舌技は最高だよ」

 

 ロウがアスカの奉仕を受けながら、愉しそうに言った。

 前回のときには、こいつの意地悪で何度もフェラをさせられながらも、一度も達してくれなかった。下手くそだと繰り返し罵られて、アスカは本当に惨めな気持ちになった。

 無論、それも言葉責めの約束事だとは承知していたが、いま、上手だと褒められて、アスカは嬉しかった。

 心の底から嬉しかった。

 もっと悦ばせてあげようと、舌技を駆使する。

 

「出すよ」

 

 すると、おもむろにロウが言った。

 次の瞬間、ロウの精が口いっぱいに拡がった。

 

「んああ、ああ」

 

 思わず声が出た。

 アスカは必死になってそれを喉に押し込む。少しも残すまいという気持ちで先端からも吸う。

 意識しての行動じゃない。

 本能のままの行為だ。

 アスカはいつまでもロウの性器を舐め続けていた。

 

 そして、心の片隅でちょっと思う。

 つい、この前まで、自分がこんなに嬉々として男に奉仕することがありうるとは思えなかった。

 どんなに性愛で溺れても、どこか白けている自分がいた。

 だけど、いまは愉しい。

 ロウに奉仕するのが愉しい。

 こいつは、そんな風に思わせてくれる。

 本当に不思議な男だ。

 

「ありがとう。そして、飲んでくれたのもね。本当に最高のフェラチオだった……。そして、痒みに耐えて、よく頑張ったね。もう苦しくないはずだ」

 

 肩を叩かれた。

 我に返って、ロウから口を離す。

 自分の口の周りの涎やロウの精などを舌できれいにしながら、アスカは身体の違和感に気がついた。

 たったいままで、あれほどにアスカを苦しめていた股間の痒みや、飢えのような性欲への疼きと渇望がなくなっている。

 特に、掻痒感については完全に消滅していた。

 呆気にとられた。

 

「ラザ、あなたに謝罪しなければならないことがある」

 

 ロウがアスカの前に胡坐で座り込んだ。

 気がつくと、すでにズボンをはいている。

 何度見ても、不思議な術だ。

 だが、謝ること……?

 この男が自分の「鬼畜ぷれい」とやらで、謝罪するとも思えないが……。

 

「はあ、はあ、はあ、ロウ様……。お姉様の様子は……?」

 

 ガドニエルがまだ情交の余韻がとれないような半分呆けた様子で、こっちに寄ってきた。

 まだ、服装は乱れているが、とりあえず胸は服の下にしまい、まくったスカートも戻している。

 丈は短いままだが……。

 

「問題ない。あらゆる意味で正常だ。ガドから見てどうだ?」

 

「わたしの観察でも問題ありません。発動はしてません。安心しました」

 

 ガドニエルが安堵の溜息を吐いている。

 アスカは怪訝に思った。

 

「なにを言っているんだい、お前ら?」

 

 荒れ狂っていた掻痒感と焦燥感が急に消滅したので、逆に変な感じなのだが、それにしても、ふたりが服を着直したのに、アスカだけが全裸のままというのはなんだか恥ずかしい。両手だってまだ後手で指縛りのままだ。

 アスカは、ちょっと身体を斜めにして股間を隠すようにした。

 ロウがそんなアスカに目をやり、にんまりと微笑む。

 やな男だ……。

 なぜか、アスカはかっと頬が熱くなるのを感じた。

 

「お姉様、実は……」

 

「いや、俺が説明する」

 

 ロウがガドニエルの言葉を遮った。

 そして、アスカに真っ直ぐに視線を向ける。

 

「な、なんだい……、改まって?」

 

「パリスの処刑を執行した。たったいまのことだ。つまり、晒し刑で生かすのを中断して、息の音をとめたということだ。俺の方で処置させてもらった。実際にはスクルドだが、いまは、ガドの部下に引き渡して、パリスの身体を灰にする作業をしている」

 

「灰にしたパリスの遺骸は、家畜の糞便に混ぜて処分するように指示しました。パリスは完全に息絶えたという報せもありました。さっきの鐘がその合図です」

 

 そういえば、ガドニエルがアスカをいたぶったとき、鐘が鳴った。

 そうか、あれが……。

 

「以前、最終的には、ラザに仕返しをさせてやるということを口にしたと思うけど、その約束は守れなかった。申し訳ない」

 

 ロウが頭をさげる。

 顔をあげるようにロウに告げながらも、アスカは、びっくりするくらいに、それをどうでもいいことだと思っている自分に気がついた。

 それどころか、この数日、パリスの存在のことを頭に思い浮かべることもなかった。

 そういえば、身体に杭を貫かせたまま、まだ生かして水晶宮の前に晒しているんだったのだ。

 しかし、アスカも、最初に一度確認しただけで、それっきり見にいってない。

 そうか、殺したのかとは思ったが、なにか理由があったのだろうか……?

 

「お姉様、本来であれば、太守のお姉様を抜きにして、処置を早めるというのはご法度です。今回は、水晶宮の者たちにも、事前には知らせていません。すべて事後処置です。わたしの方で手配しました」

 

 ガドニエルも頭をさげる。

 なんなんだ、これ?

 

「まあ、いいけど……。それよりも、理由があったのかい?」

 

 心の底からどうでもいいと思っているけど、とりあえず訊ねた。

 ガドニエルが口を開く。

 

「ところで、本当になんでもないですよね、お姉様? パリスの死で心が締めつけられるとか、急に不安になるとか……。あるいは、動揺するとか……」

 

「動揺? そういえば、晒してたんだなとは思い出したけど、なんで動揺しなくちゃいけないんだい……。あっ、いや……。そうか。後追いか……」

 

 アスカはガドニエルがなにを心配しているのか合点がいった。

 「(つがい)の誓い」による“後追い死”だ。

 

 つまり、(つがい)の誓いというのは、魂と魂の結びつきだ。

 ガドニエルは、ロウと(つがい)の誓いをしたというが、それにより、ロウの寿命はエルフ族並みの長命を保つことにもなるだろう。

 それくらい強い心の結びつきなのだ。

 そのため、なんらかの事情により、どちらかが寿命を全うできなかった場合は、残された側の魂が衰弱して、生きる力を失い、自殺や無気力死を招くというのが頻繁にあるのだ。

 そういえば、オデッセイという仮姿に対してとはいえ、アスカはパリスと(つがい)で繋がっていたのだった。

 そんな気持ちなんて、とっくに消滅していたので、いまのいままで忘れていた。

 

「そうです。後追いです。お姉様はもうパリスに未練はないと思いますが、お姉様の魂は、まだオデッセイとしてのパリスに引き寄せられている可能性もありました。それで、お姉様には教えずに、処置させていただきました。申し訳ありません」

 

「実のところ、(つがい)の誓いの影響による後追いのことを教えてもらってからは、一箇月の晒し刑の後の処刑といったんは決めたものの、ラザの様子を観察しながら、俺たちが出立する前に息の音を止める処置をする相談にはなってたんだ。だけど、どうしても、即座に処置しなければならないことが起きて……」

 

「それはもういいよ……。つまりは、後追いの心配があるから、ノルズやこいつに協力させて、わたしに意地悪をしたというわけかい──。その間に全部終わらせるために……」

 

 アスカはロウの言葉を遮った。

 どうやら、なんとなく、今日のこともわかってきた。

 呪いの下着による悪戯は、目の前のロウの遊びには違いないが、後追いの懸念のあるアスカに対して、他のことなど考えられない状況に陥らせ、その間に、パリスの処置を実行してしまおうということだったのだろう。

 それにしても、ほかにやりようはなかったのか。

 

「他のことなど考えてられないようなことになってれば、多少は違うと思ってね」

 

「そうです。申し訳ありません、お姉様」

 

「まあ、そういうことにはなっているけど、半分以上は、俺の愉しみだ。俺の淫魔術があるので、(つがい)の誓いであろうと無効になっている確信はあった。これは念のためさ……。まあ、それよりも、ラザに意地悪するのが面白くってね。あの下着はすごかったろう? 俺の女たちも悶え苦しんだしね……。それと、ノルズもガドも協力者だ。恨むなよ」

 

 ロウが破顔した。

 アスカは苦笑した。

 

「冗談じゃないよ、まったく……。まあいいけど……」

 

 よくはないが、まあいい……。

 どうせ、こいつのやることだ。

 今更、文句を言っても仕方がない。

 こういう性癖の男なのだ。

 

「……それで、なんで、パリスへの処置を早めることになったんだい?」

 

 アスカは訊ねた。

 すると、ガドニエルが真剣な顔になる。

 

「お姉様、タリオ国の、皇帝直轄領から皇帝が脱走しました。今朝に情報が入りました」

 

「えっ?」

 

 ガドニエルの言葉に、アスカは思わず声をあげた。

 皇帝が逃亡?

 タリオ王国の地下牢で厳重に監禁されたと耳にしたが……?

 それこそ幾重もの監視と警戒のもとで……。

 

「皇帝家を包囲して攻めたタリオ公国軍は、皇帝を捕らえたと発表していたようですが、実は包囲された軍を突破して逃亡したようなのです。情報が入りました。何者かが手引きしたのだと思います。皇帝自身は、魔道も遣えない人間族の老人ですし、自分では何もできない男です。ほかの者は捕らわれたままで、皇帝だけがいなくなったそうです。何者かの手引きに間違いありません」

 

「つまりは、厳重な監視下にある皇帝を連れ出せるだけの能力がある残党がまだいる可能性を危惧したということだ。ならば、パリスを奪われる可能性もある」

 

 ガドニエルに続いて、ロウも言った。

 アスカは頷く。

 

「それで急いで、息の音をとめたということかい。わかった。ご苦労さん。わたしに教えなかった理由も納得いっている。問題はないよ。まあ、どこに逃げたか知らないが、魔道も遣えない皇帝一匹。どこかで、そのうちにの垂れ死ぬさ」

 

 アスカは吐き捨てた。

 まあ、皇帝を連れ出した組織というのは気になるが、どうせ、タリオ国の馬鹿どもが間抜けだっただけのことに違いない。

 今更、どうということもない。

 アスカは肩を竦めた。

 そのとき、ロウがさらにアスカににじり寄った。

 

「な、なんだい?」

 

 ちょっと気後れするものを感じて、アスカはたじろいだ。

 

「いずれにしても、これで一連のことは全部終わったと思う。ノルズとガドに頼まれたラザに刻まれたパリスの呪術関連については、完全に消滅した。ラザに今後、一切なにかの影響があるということもない。たとえ、パリスが生き返ったとしても、もう問題ない」

 

「そ、そうかい……。ありがとよ」

 

 アスカはそう言ったが、言い終わってから、もっとちゃんと感謝の言葉を口にすべきだったかと思った。

 しかし、すぐにロウが言葉を続ける。

 

「だから、改めて、ラザには選択の機会をあげようと思う」

 

「選択?」

 

 アスカは眉をひそめた。

 

「俺は鬼畜で、嗜虐好きの変態だ。女を大事にはできない。好き勝手に弄ぶ。そんな男だ」

 

「まあ、嗜虐好きだとは思うけど、大事にはしてるんじゃないかい?」

 

 アスカは笑った。

 だが、ロウは真顔のままだ。じっとアスカを眺めている。

 アスカも、笑みを消して口を閉ざした。

 

「ラザを俺の淫魔術で支配したのは、ラザの解呪をするのに、ほかに手段がなかったからだ。だけど、それはもう終わった。完全に淫魔術の支配を消滅させることはできないけど、可能な限り薄くすることはできる。ラザがそれを選択すれば、ラザに対する一切の支配をなくす。心の自由も保証するし、俺に性感を支配されるということもない。いまこの瞬間のように、魔道を勝手に遣えなくされるということもない。ラザは俺と離れて自由になる」

 

「えっ?」

 

 びっくりした。

 ただ、びっくりした。

 そんなことを言われるとは、夢にも思っていなかったからだ。

 こいつの支配から外れて自由になる?

 

「まあ、なにしろ、よく考えれば、俺のしていることはパリスと変わりない。ラザの意思とは無関係に身体と心を支配し、好き勝手に弄んでいる。パリスと同じことはしたくないんだ。だから、俺の支配から抜けて、自由になる選択肢をラザにあげたい」

 

 ロウは言った。

 アスカはロウを睨む。

 

「……選択肢と言う限り、もうひとつ以上の提案もあるということかい?」

 

 すると、ロウは笑みを浮かべた。

 

「もうひとつは、もちろん、このまま俺の性奴隷、つまり、愛人のままでいることだ。そのときには容赦はない。俺好みに調教もする。そもそも、ラザは俺の女の中では、現段階では一番の新参者だ。今日みたいに、ノルズやガドに調教をさせるというともあるだろうね。エリカにも責めさせる……。恥辱的なことや屈辱的な遊びも受け入れてもらう。意思に反して、恥ずかしいことや苦悶することを無理矢理にさせる。それがもうひとつの選択肢だね」

 

 聞いただけで怖気が走った。

 そもそも、ノルズやガドニエルからの調教を受ける……?

 さらに、エリカにまで?

 アスカには受け入れがたい話だ。

 

「それだけじゃない……」

 

 アスカの表情が変化でもしたのか、愉快そうにロウが嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

「まだ、あんのかい──?」

 

 思わず声をあげる。

 

「もちろん……。俺の愛人になることを選択した場合には、これからもラザを抱かせてもらう。だけど、その前に性奴隷の洗礼をもう一度、受けてもらう」

 

「洗礼?」

 

「そのまま、全裸で廊下を歩いて、女王の私室まで向かってもらう。まあ、大騒ぎにはならないように、他人からは普通の服を着ているように見える“欺騙の魔道具”はあげるよ。だけど、素っ裸で、その後手縛りなのは変わりない。それだけじゃなく、股間に玩具も付けてもらおうかな。もちろん、クリトリスには痒み剤を塗り直す」

 

 ロウがにやりと笑うとともに、小さな楕円形の物体を空中から取り出すように出した。

 訝しんでいると、ロウの手の上で、それがいきなり、ぶるぶると震えだした。

 アスカはびっくりした。

 

「これをつけて、外を歩いてもらう。服は着ているようには見えるけど、変な声を出したり、それとも達したりしたら駄目だよ。声はともかく、絶頂すれば欺騙リングの効果が消滅する。そういう仕掛けにしておくね」

 

「ふ、ふざけるな、お前──。このわたしにそんなことをさせるつもりかい──」

 

 怒鳴りあげた。

 冗談じゃない。

 そんなことするものか──。

 いや、絶対にしない。

 なんと言われてもだ──。

 かっと腹が煮えるのがわかった。

 

「強要はしないよ。ラザには選択肢があると言ったじゃないか。ラザは拒否できる。そのときには、もう性交に関することでは、ラザにちょっかいは出さない。約束する──。ただ、これからも、この関係を続けるなら、俺の鬼畜な遊びには付き合ってもらう……。雌犬同然に扱ってやるよ」

 

 ロウが微笑みを浮かべたまま、手のひらの淫具をアスカに差し出す。

 さらに、それをすっとアスカの股間に近づけた。

 

「ひっ」

 

 それだけで、アスカは声をあげてしまった。

 ロウが笑った。

 アスカはかっと顔が熱くなるのがわかった。

 

 畜生……。

 自分ともあろうものが、たったあれだけの行為で少女のような悲鳴をあげるなど……。

 

「どうする?」

 

 ロウが最後通牒を突きつけるような物言いで、アスカに回答を迫る。

 

 冗談じゃないよ……。

 アスカは、大きく息を吐いた。

 こいつとの関係を切っても困ることはない。

 淫魔の恩恵とやらの能力向上がなくなっても、どうということもない。あんなのは、おまけのようなものだ。

 

 ふと、ガドニエルを見る。

 なにかを訴えるようにアスカを凝視しているが、アスカが決めるまで、口を開くことはなさそうだ。

 アスカはもう一度嘆息した。

 そして、口を開く。

 

「も、もう一度、か、確認するけど、わたしが自由を選べば、わたしを解放するんだね。そ、そのときには、お前に仕返しをするかもしれないよ」

 

「死なない程度なら覚悟するさ。それくらいのことはした」

 

 ロウはあっさりと言った。

 アスカはなぜか腹がたってしまった。

 

「な、なら、わ、わたしが束縛を選べば?」

 

「そのときには、その股間に俺の精をぶちまける。もしかしたら、孕むまでやるかもね。とりあえず、辿り着いた部屋でたっぷりと犯すよ。雌犬のようにね」

 

 ロウがにやりと微笑む。

 アスカの腹は決まった。

 

 そして、完全なる自由意志により、ロウに選択を告げた。



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529 副女王の選択

 いつもと変化のない水晶宮の廊下だ。

 人の往来は多くもなければ、少なくもない。

 ただし、パリス一派によるイムドリス占拠の後始末を中心として、たくさんの案件を抱えている時期なので、官吏たちの足の歩みはかなり速めかもしれない。

 それでも、アスカが通りかかれば、ほとんどの者が足を止めて、敬意のこもった挨拶をする。

 

 アスカは、その水晶宮を素っ裸で歩いていた。

 もちろん、首には『惑わしの首輪』と称する「欺騙リング」を首飾りにしてかけており、他人から見れば、普通に服を身に着けているように見えるらしい。

 しかし、アスカにしてみれば、なにも身に着けていない素裸であることには変わりない。

 

 アスカは、いまでも、自分の選択が信じられないでいた。

 だが、アスカは、ロウから、淫魔術の支配を解いて自由になるか、それとも、ロウの性奴隷として支配され続けるかという、ふたつの選択肢を突きつけられたとき、それほどの迷いもなく、後者を選んでしまった。

 性奴隷になるのを選んだ場合は、その洗礼として、素っ裸で水晶宮を歩いてもらうという鬼畜な条件を突きつけられてさえ、あまり迷わなかった。

 

 この自分が人間族の男の言いなりになり、恥辱的な全裸歩きを公然の中で行う……。

 

 とても、受け入られることではないはずなのだ。

 だが、逆らえなかった。

 拒否できなかった。

 ロウと離れる気にはなれなかった。

 

 だが、あの瞬間で誰があれを拒めるのか?

 もしも、世界を天秤にかけられても、アスカはロウを選んだのではないだろうか?

 答えは最初から決まっていたし、多分、あいつもそれを知っていた気もする。

 ガドニエルを叱ることはできないな。

 アスカは内心で自嘲した。

 

 いずれにしても、その結果として、いまこうして、あの男の命じるままに、全裸で廊下に出て、想像を絶する羞恥と緊張感、不安を覚えながら進んでいる。

 なにしろ、いまのアスカには、ロウから魔道を封印されてしまって、一切の魔道を遣うことができないのだ。

 魔道が遣えないアスカは、ただの非力なエルフ女に過ぎない。

 さらに、両手を指縛りにより後手に拘束され、股間にはロウの粘性体よって、淫らに振動をする「ろーたー」とロウが呼んだ淫具が貼りつけてある。

 いまのところ、振動はしないのだが、それでも、足を進めるたびに淫具の刺激によって、歩いている最中にも甘美な疼きが股間に走り、アスカに悶え声のような吐息を吐かせる。

 魔道具で全裸姿は隠せても、おかしな声は隠せない。

 アスカは必死に声を我慢している。

 

 しかも、あの意地の悪い男は、もしも、途中で気をやれば、その瞬間に、リングの効果がなくなり、アスカの全裸が露わになるように細工をしたのだ。

 このリングに魔道を込めたのは、ロウの指示を受けたガドニエルであり、ガドニエルは絶対にロウには逆らわないので、その言葉のとおりの仕掛けになっているはずだ。

 それに、ロウの淫魔術のこもっている淫具はまったく感知できないが、たとえ魔道は封印されていても、そもそも魔道具のことなら、大抵のものは見抜けるのだ。

 確かに、アスカがしているのは、ロウの言葉の通りのものだ。

 

「ううっ」

 

 剥き出しの太腿を擦り合わせるように歩いていたアスカは、にわかに燃えるようなむず痒さに襲われて、思わず声を洩らしかけた。

 ついに、ロウが淫具を貼りつけるときに肉芽に塗った掻痒剤が本領を発揮し始めたのだ。

 ロウによって一度は解放された、あの地獄のような痒みの再来だ。

 すぐに、ずんずんという痛みにも似た掻痒感と疼きが拡がりだす。

 アスカは歯を喰いしばった。

 

「んふうっ」

 

 そのときだった。

 アスカが痒みを覚え始めた、まさにその瞬間に、淫具が振動を開始したのだ。

 それほどの強い振動ではなく、むしろ微振動という程度の動きだったが、痒みを感じてきている、しかも、もっとも敏感な肉芽への直接の刺激は、アスカに衝撃を与えるには十分だった。

 

 いずれにしても、まだアスカが緊張によって身体が強張っているときには振動を自重し、羞恥と繰り返す肉芽への刺激により身体が熱くなり、さらに痒みを覚えだした、まさにその瞬間を選ぶ淫具の責めは巧妙としか言えない。

 また、アスカが耐えられるぎりぎりの刺激に留めているのも、女を責めることの上手いロウならではだろう。

 しかし、他人事なら誉めたくなるが、自分が調教されるとなると……。

 

 とにかく、我慢しなければ……。

 だが、直接に視線を向けていなくても、ロウがアスカをどこかで観察しているのは明白であり、いま、この瞬間でも、ロウはいくらでも淫具を激しくして、アスカを責めることができるのだ。

 それに対して、アスカはなにも抵抗できない。

 まさに、すべてをロウに握られているといっていい。

 

 この緊張感……。

 恐怖……。

 

 だが、なんともいえない不思議な幸福感……。

 

 アスカは、ただの羞恥の苦痛だけではなく、痺れるような甘美な感覚と奇妙な解放感にも包まれていた。

 素っ裸で、衆人環境を進む……。

 しかも、淫具と媚薬に苛まれながら……。

 いま、こうしていても、そんなことを自分が受け入られたのが信じられない。

 

「太守様、ご苦労様です」

 

「あ、ああ……」

 

「副王陛下、お疲れ様です」

 

「ああ」

 

「副王様、お疲れ様です」

 

「あ、ああ」

 

 通りがかりの官吏との何十回目の無味乾燥な挨拶を交わしながら、ひたすら、ロウの待つ女王の間に進む。

 見えていないとわかっていはいるが、全員の好機の眼差しが容赦なく注がれている気がする。

 「副王」というのは、正式の役職名ではないが、誰彼となく呼ぶようになった太守の別名らしい。

 アスカがガドニエルの姉のラザニエルだと浸透したことで、なんとなく、そう呼ぶ者が増えた。

 アスカもガドニエルも、それを許しているので、だんだんと副王呼びが増えている気もする。

 

 それはさておき、素っ裸で水晶宮を歩くという行為の恥ずかしさと屈辱感……、そして、興奮……。

 本当に裸に見えてないのか?

 

 いや……。

 

 錯覚じゃない気がする。

 確かに、普段以上の視線を感じるような……。

 そう思うと激しく心臓が鼓動を鳴らしだす。

 

「副王陛下──」

 

 そのときだった。

 怒声のような大きな男の声が響き渡った。

 視線を声の方向に向ける。

 大股で水晶軍の軍服姿でやって来るのは、水晶軍の総帥のような立場にいるエステバンだ。

 アスカが出奔前から知っていた軍人であり、堅物だが剣技や武術にすぐれた生粋の軍人だ。カサンドラは、この男を水晶宮の警備責任者のような地位にしていたが、アスカはすぐに全軍の頂点の将軍に抜擢した。

 形式的にはアスカが総帥だが、事実上、軍を統括するのは、このエステバンだ。

 そのエステバンがやって来る。

 ほっとしたことに、とりあえず、淫具の振動が静止した。

 ロウが気を使ってくれたのだろうと思った。

 

「部下から報告がありましたがな──。あの魔族の処断実行を早めたそうですな。それは、構いませんが、晒し刑場の警備をしているのは、水晶軍の一隊なのですぞ。それにもかかわらず、警備の隊にまで、事後連絡とはどういうことなのです。報告によれば、女王陛下の命令書を携えた、あの人間族の男が人間族の女とともにふらりとやってきて、一瞬にして殺してしまったということです。なぜ、事前に軍に報せてくれなかったのです──」

 

 エステバンがアスカに向かって、憤慨の感情を隠すことなく、怒鳴りたててきた。

 どうやら、パリス処断に際し、処刑場の警備にあたっている軍に連絡なく処刑執行をしたのが気に入らず、顔を潰されたと怒っているようだ。

 それはいいが、なんでいまなのだ。

 アスカは泣きそうになった。

 

「うるさい、エステバン──。後だ。い、いま忙しい──」

 

 アスカはありったけの気力を総動員して、エステバンに声を荒げて怒鳴った。

 そうでなくても、股間で淫具の微振動がいつ再開さるかもわからない。

 ここで立ちどまって、仕事の話をする気にはなれない。

 

「お待ちください──」

 

 すると、いきなりエステバンががっしりとアスカの後手の拘束されている二の腕を掴んでいた。

 

「ひいっ、うわあっ」

 

 自分でも信じられないくらいの悲鳴をあげてしまった。

 エステバンからどう見えているかわからないが、後手に拘束されている全裸の状態で、その腕を掴まれたのだ。

 

 そのときだった。

 不意に、股間の淫具が再び振動した。

 しかも、かなり激しい。

 エステバンがやって来たので淫具をとめたのではなく、もっとも効果的なタイミングを狙っていたのだろう。

 

「ああっ、いやあっ」

 

 ただでさえ、掻痒感に太腿を擦るわせるようにしていたアスカは、その刺激で悲鳴をあげてしまった。

 しかも、がくりと腰まで折った。

 脳天まで突きあげるような甘美な衝撃だ。

 だが、しゃがみ込むのは、アスカの矜持が許さない。

 懸命に足に力を入れて、股を開いて体勢を取り直す。

 

「こ、これは失礼……。思わず……」

 

 エステバンがびっくりしてアスカから手を離した。

 おそらく、自分が腕を掴んだので、アスカが体勢を崩したくらいに思ったのかもしれない。

 

「触んじゃないよ──」

 

 思い切り、エステバンの足を踏んづけてやった。

 

「んがっ、も、申し訳──」

 

「やかましい──」

 

 腹に膝を打ち込む。

 エステバンの大きな身体がぐらりと揺れる。

 

「身体に勝手に触れた無礼はこれで許してやる。それよりも、エステバン、よく聞きな──」

 

 アスカは大声で怒鳴ってから、エステバンの耳元に口を寄せる。

 

「……タリオ国で皇帝が逃亡した。手引きをした者がいるらしい……。急ぎの処断はそのためだ……」

 

 ささやいた。

 たったいま教えられただけの受け売りだが、エステバンはまだ報告を受けていないだろう。

 目を丸くして驚いている。

 

「ま、誠に……?」

 

「ああ……。そ、そんな連中がいれば、パリスの奪回に動く可能性がある……。だ、だから、なによりも先に処断させた……」

 

 アスカは歯を喰いしばる。

 いまのいまでも、淫具は意地悪く振動を続けている。

 しゃがみ込みたくなるのを必死に耐える。

 膝ががくがくと揺れ出す。

 

 頼む……。

 やめて……。

 

 アスカはどこかで、この姿を見ているだろうロウに心の中で哀願した。

 その気持ちが通じたのか、振動がまた静止する。

 ほっとする。

 

「そ、そういうことですか……。だ、だが、事前に教えてもらっても……」

 

 エステバンはまだ不満そうだ。

 アスカは、鼻を鳴らした。

 

「の、のぼせるんじゃない──。水晶宮をあっさりとパリスの手の者に事実上奪われたのはお前らだよ──。くっ、ふう……。あ、あいつの息のかかった者はまだいると思いな……、んくうううっ」

 

 やっと静止したとと思った淫具がまた動き出す。

 今度は大した振動じゃないが、猛烈な痒みに襲われているクリトリスへの刺激は、アスカの身体を硬直させるには十分だ。

 これは……。

 アスカは歯を喰い縛る。

 つっと愛液が膝裏に垂れるのがわかる。

 くそう………。

 本当に、他の者には、服を着ているように見えているんだろうねえ……。

 

「副王陛下?」

 

 エステバンが怪訝そうな表情になるのがわかる。

 アスカは平静を装った。

 

「……ふ、ふう……、れ、連中は洗脳と操りを得意とする連中だ。し、報せることで、も……もしも、こ、皇帝一派に……パリスを……奪われたらどうするんだ……。く、くだらないことを言ってくる暇があったら、ナタルの森に蔓延っている魔獣の十匹やニ十匹も狩って来い──」

 

 勢いで怒鳴りあげた。

 エステバンが身体を緊張させ、次に恥じ入るような表情をする。

 しかし、なんというロウの意地の悪さ……。

 あいつは、ちっともアスカの股間の淫具の振動をとめようとはしない。

 

「そ、そうでした……。これは私が間違っておりました。なんの功績もあげずに、信頼を求めるなど恥ずかしい……。申し訳ありません。信頼をしてもらえなかったのは、確かに、我ら水晶軍の不徳──。それに比べれば、副王陛下や英雄殿は、まさに実をあげて、ナタルの森を救ってくださったお方がた……。この身がお恥ずかしい……」

 

 エステバンが項垂れたまま言った。

 

「わ、わかりゃいいんだよ」

 

 アスカは言い捨てた。

 エステバンの横を進もうとした。

 気を張ったうちは気にならなかったが、その分まで痒みと疼きが倍増した気がする。

 

「……それにしても、随分とお綺麗な……」

 

 すると、不意にエステバンが思わず言葉を洩らしたという感じで小さく呟いた。

 だが、横をすぎるときに、その呟きが耳に入ってきた。

 

「は?」

 

 反射的に問い返してしまい、アスカは一瞬後、後悔した。

 

「あっ、こ、これは重ねて失礼を……。お美しい装束なので、つい……」

 

 エステバンが真っ赤な顔で深々と謝罪のために頭をさげる。

 

「な、なにが……美しい装束だい」

 

 美しいどころか、アスカは一糸もまとっていない。

 とにかく、アスカは逃げるようにその場を離れた。

 

 それからもアスカは、振動と静止を繰り返す淫具に翻弄されながら、晒し者になったかのように、全裸で水晶宮を進み続けた。

 やっと、女王の間に近づいたときには、気力も体力も使い果たしたような気持ちになっていた。

 

 そのときには、いつもに増す視線の正体もわかった。

 どうやら、連中に見えているアスカの偽の装束はかなりの美しいものらしい。

 また、淫具に悶えながら歩むアスカは、なんとも艶かしく美しいそうだ。

 周りの者たちのアスカに対する呟きで、それがわかった。

 

 どうでもいい。

 とにかく恥ずかしい。

 

 勃起している乳首や、だらしなく垂れ流れている股間の愛液までじっと観察されている気もして、おかしな汗をどっぷりとかいている。

 こんな姿を本当に見られたら、身の破滅だ。

 なんで、こんなこと受け入れたのだろう。

 やっぱり、いまでも信じられない。

 

 いずれにしても、もう少し……。

 女王の間が近くなる。

 官吏よりも、護衛の兵の方が多くなってきた。

 

 そして、扉が見えるところまで到着すると、上にのぼる階段が迫り、十人ほどの衛兵が両側に並んでいた。

 それほどの階段ではなく、少し見上げるくらいのところに、ガドニエルの生活空間となる区域を遮る扉がある。

 その向こうが女王の間だ。

 

 ここまで来れば……。

 その途端だった。

 これまでのものとはまったく違う、最大振動としか思えない強さで、股間の淫具が暴れ出したのだ。

 

「ああっ、はうっ」

 

 アスカは体勢を崩して、その場にしゃがみ込みそうになった。

 

 しまった……。

 

 そう思ったときには、もう遅い、

 アスカの声で、衛兵の視線が一斉に向いたのがわかる。

 しかも、アスカは、ばったりと女王の間に繋がる階段の途中で座り込んでしまった。

 すぐに立とうと思ったが、腰に力が入らなくて立てない。

 それどころか、快感が込みあがり、全身がぶるぶると震えてくる。

 

 そのとき、首からさっと首飾りが外されるのがわかった。

 驚愕する。

 アスカの裸身を隠しているのは、その首飾りだ。

 それが外されるということは……。

 アスカは全裸を晒される恐怖に竦みあがる。

 しかし、入れ替わりに、別の首飾りをかけられていた。

 『惑わしの首輪』とは、別の首飾りだ。

 

「……これをしていれば、今度は連中から、俺たちの姿が見えなくなる。でも、声は聞こえるぞ……。声は抑えろよ……。ところで、さっきの軍人さんへの啖呵と膝蹴りはすごかったね。横にいて怖かった。ど迫力だったよ」

 

 くすくすと笑う声とともに、そう耳元でささやかれた。

 ロウの声だ。

 驚いたが、新しい首輪の効果が発生すると同時にロウの姿が見えてきた。

 しかも、すぐ横にいた。

 どうやら、ロウはこの同じ首飾りをして、その効果を使って、ずっとアスカの横にいたようだ。

 唖然とした。

 

「ロ、ロウ?」

 

 そばにいてくれたということが嬉しくて、思わず声を出す。

 しかし、ロウが小さく首を振る。 

 

「声が大きい……。いまのは、聞こえたかもね……。ちょっと怪しんでるよ」

 

 ロウが聞こえるか、聞こえないかどうかの小声でささやく。

 そのとおり、衛兵たちの何人かは、首を傾げてこっちを覗くような仕草をしている。

 確かに見えてはいないが、声は聞こえるようだ。

 アスカは慌てて、口をつぐむ。

 

「踊り場で待つよ。立てなければ、這っておいで」

 

 ロウが言い残して、すっと上に向かって歩いていく。

 次の瞬間、さらに強く淫具を動かされた。

 

「んんんっ」

 

 必死で口をつぐむとともに、ロウに必死に首を横に振って見せて、哀願の視線を向ける。

 口を開くと嬌声がこぼれそうだし、こんなに振動を強くされたら動けない。

 しかし、ロウはすたすたと階段を歩き、言葉の通りに、女王の間の前の大きな扉の前でこっちを向いた。

 やって来いと言わんばかりの表情だ。

 

「んんっ」

 

 アスカは洩れそうな声を必死に我慢しながら、階段を這うように進む。

 魔道具で姿を隠されているとはいえ、人前で淫具に苛まれ、腰が抜けている姿で床を這い進むなど、羞恥と惨めさで顔がひきつる。

 だが、立とうにもまったく力が入らないのだ。

 

「あっ……くっ……」

 

 気が狂う──。

 

 そう思うくらいの羞恥心と恥辱感だ。

 だが、激しい快感が荒れ狂ってもいる。

 実際、媚薬と淫具だけでは説明のつかない蜜液がどんどんと股間から流れ出ているのがわかる。

 

 必死に声を耐えて、やっと上まで辿り着く。

 倒れ込むように、ロウの前に触れ伏した。

 

 やっと……。

 

 やっとだ……。

 

 もう女王の間はすぐ後ろの扉の向こう……。

 そこは、ガドニエルの完全なる個人的空間だ。

 やっと、そこで……。

 

 きっと、そこで……。

 

 しかし、アスカに向かって姿勢を屈めたロウの顔がにやりと微笑んだ気がした。

 嫌な予感がする。

 

「んんんっ」

 

 いきなりだ。

 ロウがアスカを後ろに向けたかと思うと、さっとズボンから取り出した怒張を後ろからアスカの狭間にあてがったのがわかった。

 ずぶずぶと押し入ってくる。

 すっかりと濡れていたアスカの股間には、前戯など不要だった。

 あっという間に、深々と貫かれる。

 だが、ここで──?

 

「んんっ」

 

 声が漏れそうになるが、ロウの手がアスカの口を塞ぐ。

 それがまるでレイプのような錯覚を呼び、さらにアスカは興奮状態に陥った。

 

 駄目だ……。

 もうなにも考えられない……。

 

 魔道具で周囲にはわからないとはいえ、衆人のいる状況の中で後背位で犯されるなど、これが現実とは思えない。

 しかし、それが逆に、異常なほどの官能と興奮の中ですさまじい欲情を誘う。

 さらに快感が上昇する。

 

 視線があるわけがない。

 だが、視線を感じる気がする。

 見られていないはずだが、見られているかもしれないと思うと、駆け巡る妖しい甘美感も大きくなる。

 

 本格的な律動が始まった。

 あまりもの快感で、アスカは本当に気が狂う気がした。

 ロウの怒張が粘膜を擦り、子宮に近いところをどんどんと叩く。

 脳髄からつま先まで、激しすぎる快感が駆け巡る。

 

 もうなんでもいい。

 

 恥ずかしめでも、屈辱でも、この男に与えられるものなら、どんなものでも受け入れたい。

 アスカは、ロウによって与えられる一打一打の律動に酔いしれた。

 階段とはいえ、ここが水晶宮の廊下であり、衛兵が見守り、官吏もすぐ横を歩くような場所だということが、アスカの興奮を膨れあげる。

 

「んんふううっ、んああああ」

 

 これまで経験したことがないような快感の爆発がアスカの身体の中で起きた。

 声が我慢できないが、もうどうでもいい。

 ロウの手を乗り越えて、声が迸る。

 

 もういい。

 ばれてもいい。

 

 それよりも、この快感を逃したくない。

 そして、ロウの怒張がアスカの中でさらに大きくなったと思った。

 

 見られもいい……。

 誰に知られてもいい──。

 

 自分はロウの女だ──。

 こいつの性の奴隷だ──。

 

「んはあああっ、んんんん」

 

 絶頂の大きな渦に巻き込まれながら、アスカは全身をわななかせた。

 歓喜に打ち抜かれたアスカは、さらに押し寄せる絶頂感に忽然となりながらも、ロウの熱い精を子宮に受けとめ続けた。

 そして、ふわりと身体が浮きあがる。

 

 いや、これは転送術……。

 

 ロウとアスカの身体が繋がったまま、転送術によって、どこかに跳躍させられるのがわかった。

 

 

 *

 

 

「お、お姉様、お声が大きくて焦りました。ロウ様が声を抑えてとおっしゃたのに」

 

 聞こえたのはガドニエルの焦ったような声だ。

 どうやら、扉の向こう側のさらに、奥にある完全な私室空間に魔道で跳躍させらたらしい。

 

「俺も肝が冷えた。とっさに口を押えたけどね。途中で諦めた。ガドが、なんとかすると思ったし」

 

「で、でも、気づかれたかもしれません。すぐに防音術と気配を消滅させる魔道をかけましたけど、全部まではとても……。それにしても、ロウ様もあんなに無頓着に……」

 

 ガドニエルが困ったように言った。

 しかし、アスカは、この馬鹿妹が世間体のようなものを気にするのがちょっと面白かった。

 

「いいよ……。よく考えれば、わたしには守らなければならない外聞なんてないしね。まあ、愉しかったよ。とても、どきどきした。たっぷり百年ぶりの気持ちだ……。それに、突き放されたかと思ったけど、お前はずっと隣にいたんだね……。嫌な奴だ。そんなことしてくれたら、次はもっとお前に甘えたくなるだろう……。まあいい。とにかく、ありがとう、ロウ」

 

 アスカは笑った。

 もういい……。

 それよりも、本当にこの男は愉しい。

 女を愉しませてくれる。

 アスカも、あんなに興奮したのは久しぶりだ。

 

「礼を言われるとはね……。参ったな……。まあ、今度はもっと面白い趣向を考えておくよ」

 

 ロウが苦笑交じりに言いながら、男根を抜く。

 アスカは激しい絶頂で脱力してしまっていて、その場に横になる。

 

「冗談だろう」

 

 とりあえず、そう答えた。

 しかし、実際にはどきどきした。

 こいつに、なぶられる自分を想像して興奮した。

 

「そんな、ずるいですわ。お姉様ばかり」

 

 すると、ガドニエルの抗議の声が耳に入ってきた。

 顔をあげると、ガドニエルは頬を大きく膨らましている。

 本当に、この馬鹿妹は……。

 アスカは苦笑した。

 

 だが、そのアスカの耳に、複数の女たちの嬌声が入ってきた。

 それで気がついたが、ここは、ガドニエルの私室に間違いないのだが、アスカとロウとガドニエルだけじゃなくて、ほかにもいる。

 

 顔を向ける。

 いるのは、ガドニエルの侍女らしき五人のエルフ女だ。

 しかも、上半身は普通の侍女姿なのだが、下半身が貞操帯だけとかの破廉恥な恰好のエルフ美女たちだ。

 

 まずは、下半身が貞操帯の女が三人。

 さらにふたりいて、そっちは下半身にはなにも身につけておらず、驚いたことに、ノルズのところでアスカも乗せられた木馬にそれぞれ跨らされていて、手足を拘束されている。

 泣き声混じりの嬌声をあげているのはそのふたりであり、他の三人は艶めかしく悶えはしているが、一応は、侍女としての仕事をしている。

 ただ、そっちも貞操帯から淫らな刺激を受けているのだろう。

 時折、腿を擦り寄せたり、伸びあがるように動作をとめたり、あるいは、小さく悶え震えたりしている。

 

 なんだこれ?

 

「彼女たちは問題ありませんわ、お姉様。わたしの侍女たちです。わたしたちとロウ様のことは、全部知っております……。この者たちは、改めてロウ様の性奴隷になりたいと言っているので、とりあえず、調教をしているところです。なにしろ、この者たちは、ロウ様に助けられたのに、逆らって、ロウ様を害そうとさえしたのです。恩知らずの者たちです。でも、泣いて謝ることで、優しいロウ様が調教を受けることをお許しになったのですわ……。わたしは、ロウ様に逆らった者など放逐しようとも思ったのですが……」

 

 ガドニエルが五人の女を睨みながら言った。

 よくはわからないが、あまり他人のことを悪く言わない妹なのだが、いまは、この五人には、かなり腹をたてている気配だ。

 話を聞く限り、ロウを一度裏切ったらしいが、それが立腹の原因らしい。

 

「そ、そうかい」

 

 それしか言えなかった。

 しかし、そもそも、一度の裏切りや敵対で、こいつに受けいられないなら、アスカもノルズもこいつの女にはなれない。

 こいつは、どこまても懐が大きいから、こいつ自身は気にもしないとは思うが……。

 

 すると、後手の指縛りがぱらりと解けて、手が自由になった。

 裸体の上に、アスカの服一式がそっと置かれる。

 顔をあげると、ロウだ。

 

「とてもいやらしくて、淫乱で、興奮した。本当に、またやろうな」

 

 ロウがアスカに向かって屈み込み、唇を寄せてくる。

 アスカも顔を向けた。

 舌を絡め合う。

 

「んんっ」

 

 たちまちに、身体が溶けるような幸福感に全身が包まれる。

 本当に、この男との逢瀬は危険だ。

 これ以上、この男と接すれば、もうアスカは、もう一生、ロウと離れることができなくなるだろう。

 

 いや、もうなっているか……。

 口惜しいけど、もうアスカはロウに堕ちてしまった。

 ロウの背中に腕を回しながら、アスカは心の中で苦笑した。

 

「たから、嫌だと言ってるだろう。ごめんだよ。冗談じゃない。調子に乗んじゃないよ」

 

 だが、唇が離れると、そう言ってロウを睨む。

 しかし、ロウはにこにこと微笑むだけだ。

 その顔は、また同じような悪戯を仕掛けるつもりが満々のようだ。

 アスカは肩を竦めた。

 そして、すでに魔道が戻っていることに気がつき、洗浄の魔道で身体の汗や体液をきれいにする。

 ロウからもらった服を身に着け始めた。

 

「マリレンド、イザベリアン、ロルリンド、わたしのお姉様ですよ。ロウ様同様に接しなさい。呆けてないで世話をするんです」

 

 ガドニエルが怒鳴った。

 

「あっ、はい」

 

「も、申し訳ありません。お、お世話を……」

 

「太守様、よ、よろしくお願いします」

 

 三人がやって来た。

 アスカを囲んで、身支度を手伝おうとする。

 だが、やはり、股間の貞操帯で淫靡な刺激を受け続けているのだろう。

 その刺激に苦悩しているようであり、動作がぎこちない。

 

「ディルドでも挿入しているのかい? いつから、やられてるんだい?」

 

 アスカは笑った

 

「ディルドを入れたのは、今日はほんの朝からですわ、お姉様。そのとき、媚薬を足してあげました。強いものじゃありません。ちょっとくすぐったいくらいのものです。貞操帯はもう二日連続になりますが……。その間、焦らすだけで、一度も達しさせてはいません。厠は朝と夕だけさせてます」

 

 ガドニエルが口を挟んだ。

 ふと見ると、ロウが部屋の長椅子に腰掛けて、そのロウに飲み物のようなものをガドニエルが渡している。

 ロウの世話は侍女にはさせないらしい。

 その後、ガドニエルは、嬉しそうに、ロウの足元の床に座り、身体を脚にすり寄せるようにした。

 

「これは?」

 

 アスカは、木馬で悲鳴をあげているふたりを顎で指して、侍女に訊ねた。

 

「ヒ、ヒルエン様とギルリーズ様は……、そのう……。ロウ様に逆らった……首謀者なので、ガドニエル様が一番の罰だと……」

 

 三人のうちのひとりが言った。

 

「おふたりは、もう四日、あの罰を受けてます。よ、夜と半日だけは解放されるのですが……。でも、やっぱり貞操帯で封印されて……」

 

 さらに別の者が言った。

 

「へえ」

 

 ガドニエルにしては徹底した調教だ。

 それとも、ロウの指図か?

 アスカは服を着させられながら思った。

 

「なあ、ラザ、実のところ、こいつらをどうするか、まだ迷っている。改めて精を注ぐかどうかもね。それで、こいつらの調教を請け負ってくれないか? 徹底的に躾けて欲しい。淫乱で従順なマゾ女に仕上げてくれ」

 

 すると、ロウが言った。

 アスカはロウに視線を向けた。

 

「わたしにかい?」

 

「ああ、好きなように扱っていい。あんたに任せる」

 

 ロウが言った。

 アスカは頬を綻ばせた。

 

「そうかい。じゃあ、全員集まりな。ガドニエル、そのふたりもこっちに寄越すんだ」

 

「よろしくお願いします、お姉様……。さあ、お前たち、今日からお前たちを躾けてくださるのはお姉様です。すべてに従いなさい」

 

 ガドニエルが侍女たちに言った。

 すぐに木馬が消滅して、ふたりが床に倒れ込む。

 

「別に無理に従わなくてもいいさ……。ただ、逆らえばどうなるか、身体で覚えてもらうだけだからね。そら、お前ら、そこに並べ」

 

 アスカが侍女たちを睨むと、五人の顔が一斉に蒼くなる。

 とりあえず、貞操帯組の三人は、やっていることを中断して、アスカの前に並ぶ。

 

「……ああ、も、もう……お、お許しを……」

 

「お、お願いでございます……。じ、慈悲を……」

 

 さらに、ふたりが息も絶え絶えに言った。こっちはまだ倒れたままだ。

 アスカは魔道で軽い電撃をふたりに飛ばす。

 

「ひぎいいっ」

「あがあああ」

 

 それでも、ふたりには衝撃だったのだろう。

 電撃の激痛にのたうち回った。

 

「まだまだ元気じゃないかい。さっさと、立ちな。立てと言ったら立つ。黙れと言ったら黙る。寝ろと言われれば寝る。そっから教えなきゃ駄目かい……。とにかく、わたしのご主人様のご命令だからね。徹底的に躾けるよ。とりあえず、お前らふたりは浣腸だ。全員の前でこれから糞便をさせる。まずは、そこからだね。それで、自分の立場を自覚しな」

 

「ひっ」

「か、浣腸?」

 

 浣腸と聞いて、木馬に乗っていたふたりが顔を引きつらせる。

 だが、アスカは収納魔道で取り出した手枷足枷をふたりの前に投げる。

 

「お前ら、三人──。こいつらを拘束しな。ぼやぼやしてたり、躊躇ったら、お前らに浣腸する。言っておくけど、まともに糞便を出せると思うんじゃないよ。水晶宮の反対側にあるわたしの執務室まで行って戻ってからだ。そっちがいいなら、それでもいい」

 

 アスカがそう言うと、三人は慌てて、ヒルエンだか、ギルリーズだかというふたりの女に群がる。

 ふたりは悲鳴をあげて逃げようとするが、あっという間に拘束されてしまう。

 

「さて、じゃあ、やろうかね」

 

 アスカは浣腸袋を魔道で出した。

 先端を尻穴に挿して、ぐっと絞れば簡単に浣腸ができてしまう便利な責め具だ。

 

「そうか、愉しみだね。糞便姿は俺も見学していいのかい?」

 

 ロウが笑いながら言った。

 ふと見ると、ガドニエルはもうロウの股の間にしゃがみこんで、フェラチオをしている。

 まったく……。

 

「もちろんさ、ご主人様。うんと惨めにやらせるから、愉しみにしておくれ」

 

 アスカはお道化て答えた。

 

 

 

 

(第44話『クロノスを探して』終わり)



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 第45話  拡がるクロノスの輪
530 女王の側近たち


 その日の軍務を終わり、軍営内に当てられている私室に戻ったブルイネンは、夕食をどうしようかと思案していたが、そこにアルオウィンが訪ねてきた。

 ブルイネンは驚愕したが、とりあえず立ちあがって、アルオウィンを部屋の中に招いた。

 

「アルオウィン、もう起きてもいいの?」

 

 アルオウィンは、先日、イムドリス宮を奪回したときに、ほかの女たちと同様に救出されたのだが、それまでに受けた拷問や虐待で身体と脳を激しく損傷していて、ずっと養生所に収容されて魔道治療を受けていたのだ。

 なにしろ、ブルイネンが、ガドニエルやロウたちとイムドリス宮に入ったとき、アルオウィンは、ダルカンに隷属されていて、四肢を切断されていたうえに、拷問まがいの性交の強要と薬物の大量投与を長期間受けていて、外観だけでなく、内臓もぼろぼろになっていた。

 しかも、ダルカンの喉元に喰らいついて、一矢酬いたものの、それにより復活したパリスにより、尻の穴から口までを杭で串刺しにされ、さらに痛覚を直接に脳に繋げる魔道を受けて、脳が毀れた状態だったのだ。

 少なくとも、ブルイネンが養生所に運んだときには、完全な発狂状態だった。

 

 それから、数日──。

 ブルイネンは、何度か様子を確認しに行ったものの、毀れた頭と心の損傷が激しくて、まだ他人と面会をさせる段階ではないと医師に断られ、遠目から外観が元に戻ったアルオウィンの姿だけを確認するだけで、ずっと面談などさせてもらえなかったのだ。

 そのアルオウィンがいる。

 

 しかも、元気そうだ。

 まともそうだし……。

 ブルイネンは驚いた。

 

「どうしたの、アルオウィン? もう、養生所は出ていいの?」

 

「いいのよ。もう退院したわ。いつまでも横になってられないわよ。復帰祝いに付き合ってもらうわね、ブルイネン」

 

 アルオウィンは、持っていた袋から果実酒の瓶を取り出した。

 さすがに、酒はどうなのかと思ったが、アルオウィンは勝手に器を二個取り出して、卓に並べだす。

 そして、皿も出して、一緒に持ってきたらしい干し肉を盛り置く。

 

「ねえ、アルオウィン、お酒は……」

 

「退院したということは許可されたということよ。いいから、座りなさい、ブルイネン。話があるのよ」

 

 アルオウィンがブルイネンを席に促す。

 これは、ブルイネンの忠告など、耳を貸すつもりはないみたいだ。

 まあ、そりゃあ、養生所の医師が大丈夫と言ったのであれば、酒も問題ないのだろうが……。

 

「ねえ、本当に、もう飲酒は許可を受けているの?」

 

「そう言ったわ。さあ、飲もう」

 

 アルオウィンは果実酒の瓶の封を切り、卓の上に置いた二個の器に酒を注ぐ。

 仕方なく、ブルイネンも、アルオウィンに向かい合うように椅子に座り、器に手を伸ばした。

 

「いただくわ」

 

 口をつける。

 驚いた。

 滅多に口にできないような上等の酒だ。

 随分と奮発したものだ。

 肉もただの干し肉じゃない。

 特殊なやり方をした高級品だ。

 干し肉とは思えないほどに柔らかく、口の中で溶けるように消えていく。

 ブルイネンはびっくりした。

 

「気に入ってくれてよかった。わたしの妹は調理系の魔道の遣い手なのよ。酒も肉も、そこまで熟成させるのに五年以上もかかっているわ。うちの実家の秘蔵品よ」

 

「えっ?」

 

 ブルイネンは目を丸くした。

 五年の魔道熟成肉といえば、超高級品だ。

 ただの酒のつまみに口にしていいものじゃない。

 驚いて、さらに伸ばそうとしていた手を引っ込める。

 その様子を見て、アルオウィンが声をあげて笑った。

 

「いいから、どんどん食べて、飲みなさい。せめてものお礼よ……。助けてくれてありがとう。あなたが養生所にわたしを運んでくれたのはよく覚えてないけど、養生所でそう聞いたわ。本当にありがとう……」

 

 すると、アルオウィンが急に真顔になり、飲みかけていた器を卓に置き、座ったまま深々と頭をさげた。

 ブルイネンは困ってしまった。

 

「……ま、待ってよ。助けたのはわたしじゃないわ。わたしはただ養生所に運んだだけよ。助けたのは……」

 

 助けたのはガドニエルであり、ロウだ。

 そう言おうとして、少し躊躇した。

 説明していいものかどうか迷ったのだ。

 アルオウィンの重篤は、身体よりも心の傷のはずだ。

 覚えてないなら、その記憶を呼び起こしていいのかどうか、判断つかない。

 

 外観の治療については、エルフ族の魔道であれば、それほどの問題もなく治療ができる。ましてや、アルオウィンについては、地上最高の聖女とも称すべき、ガドニエルが自ら治療を施したのだ。

 それこそ、命さえ残っていれば、一日もかけずに身体の治療は終わってしまうだろう。

 数日は安静にして、急激な強制回復に身体が馴染むまで、身体を休める処置は必要になるが、酒くらい問題はない。

 

 しかし、アルオウィンの場合は、問題は頭と心の治療なのだ。

 魔道で身体は治せても、毀れた心の治療はできない。

 なにしろ、あれほどの仕打ちを受けたのだ。

 まともに生活が可能となるまでに何年もかかるかもしれず、一生治らないかもしれないとガドニエルも心配していた。

 養生所にずっと隔離されていたのも、意識を回復したアルオウィンが記憶を思い起こして、衝動的に自殺をしてしまわないようにという心配のためだ。

 他人との面会が謝絶されていたのも、それが理由だったはずだ。

 

 もっとも、いま、目の前にいるアルオウィンは、以前とまったく変わらないように見える。

 いや、むしろ陽気だし、そうかといって、線が切れたような明るさではない。すごく安定しているように見える。

 

「そうね。あなたに訊ねたいのは、まさにそれよ。わたしを助けたのは誰なの? 身体の治療をしてくださったのはガドニエル様よ。それも覚えている。でも、もうひとりいる……。でも、ぼんやりとして、それ以上のことが思い出せないのよ……」

 

 アルオウィンが言った。

 

「覚えて……ないの? 全然?」

 

 あるいは、囚われになったいるときのすべての記憶がないのだろうか?

 しかし、それなら、アルオウィンの心が安定している理由もわかる気がした。忘れている記憶では、アルオウィンの心は傷つけられないだろう。

 だから、いま、アルオウィンはまともなのか?

 まあ、だけど、記憶がないということが、まともだと称していいかどうかは判断がつかないが……。

 しかし、アルオウィンは首を横に振った。

 

「誤解しないでね。ほとんどの記憶はあるわ。ダルカンやパリスになにをされたのかも覚えている。だけど、ぼんやりとして、細かいことまで思い出すことはできない。……というよりは、努力すれば記憶は辿れるけど、まるで、他人事のような情報としてしか、思い起こせない」

 

「他人事?」

 

「そう……。どう考えても、事実であり、そして、あれが本当に私に起こったことなのだとすれば、自殺してもおかしくないくらいの仕打ちなのに……。そして、あれは確かに本当のことだし……」

 

「アルオウィン──」

 

 ブルイネンは声をあげた。

 アルオウィンの口から、自殺なんて言葉が出たからだ。

 しかし、アルオウィンは、にやりと微笑んだ。

 

「自殺なんてしないわよ……。というよりも、記憶がぼんやりとして、わざわざ考えないと思い出せないと言ったでしょう。だけど、こんなことは、とても不自然よ。まるで、これからの生活に支障がないように、情報としての記憶はあるのに、それが、わたしの一切の感情に結びつかないようになっているのよ。わたしの心を守るために……」

 

「記憶がないのではなく、記憶が感情と離されているということ?」

 

 ロウだ……。

 

 そんなことは、ガドニエルにも、ラザニエルにもできないと思う。

 ダルカンによって、心と正気を毀された女たちを次々に抱いて、淫魔術で正気を取り戻させたのは、ロウのやったことである。

 アルオウィンについても、同じことをしたのだろう。

 まあ、そのやり方は特殊だったが、効果は劇的だった。

 ブルイネンの部下も、大勢犠牲になっていたが、ロウのお陰ですでに職務に復帰している。

 

「そういう点では、わたしにとっては、あの日々は存在しないことになっている。どういうことなのか、説明が難しんだけど、わたしの心が毀れたりしないように、極めて都合よく、記憶に携わるものだけについて細工をした感じなのよ。こんなことは魔道でもあり得ないわ」

 

「そ、そうなの……」

 

 とりあえず、相づちを打つ。

 すると、アルオウィンがブルイネンの顔を覗き込むようにしてきた。

 

「……その顔は知っているわね、ブルイネン……。誰なの? わたしは、それを教えてもらいに来たのよ。これは魔道じゃない。少なくとも、知られているような魔道じゃないはずよ。ガドニエル様じゃないわよね。でも、養生所でも教えてくれなかったし……」

 

「そ、そうなのね……」

 

 養生所の者は、ガドニエルの指示書を携えたロウが、収用された女たちを次々に訪ねてきて、女たちの部屋にこもり、その後、女たちが劇的な精神の回復をしたことは知っている。

 どんな方法で、ロウが「治療」したかまでは知らないはずだが、ロウによる処置という認識はあるはずだ。

 だが、ロウの「治療」に関するロウの行動は、ガドニエルにより強い箝口令が出ている。

 アルオウィンに、誰が治療したのかを告げなかったのは、そのためだろう。

 

 もちろん、ブルイネンについては、詳しいことを承知している。

 そもそも、女たちの寝かされている病室に、看護人を人払いして、男のロウとふたりきりにさせるわけにもいかず、ずっと同行したのも、部屋に防音の結界をして、他にばれないようにしたのも、ブルイネンなのだ。

 あれは疲れた。

 ロウと心が傷ついて狂った女たちが、性愛で交わるのを延々と見学しなければならなかったのだ。

 なんの拷問なのかと思った。

 

「さあ、教えて。わたしの治療をしてくれた、もうひとりの人物は誰? 妹のセリアも同じように助けてくれたのよね? さあ、言って。ほらっ」

 

 アルオウィンがブルイネンの器に果実酒を注ぐ。

 ブルイネンは困ってしまった。

 アルオウィンに、本当のことを教えていいか判断がつかないのだ。

 

 なにしろ、アルオウィンはとても誇り高く自尊心の強い女だ。

 そして、女が好きというわけではないが、ブルイネンが知る限り、性癖が潔癖に近く、なによりも極端な男嫌いだ。

 そのアルオウィンに、ロウのことを語っていいかどうかを迷った。

 

 アルオウィンについては、当時はまだ身体の治療が終わっておらず、ブルイネンが同行したときには、アルオウィンのところは訪問してないが、後日処置したのだろう。

 彼女の記憶操作をしたのはロウに決まっている。

 しかし、それを言えば、当然に、どうやって、それをしたかという話になるはずだ。

 だが、男といえばそれだけで毛嫌いする彼女が、治療のためとはいえ、自分をロウが犯したと知れば、どんな反応をするか……。

 

「クロノス様よね……」

 

 アルオウィンがじっとブルイネンを見た。

 やっぱり隠せないか……。

 ブルイネンは嘆息した。

 

 アルオウィンに限らず、ダルカンに囚われていた女たちは、ことごとく、ロウの淫魔術の恩恵を受けて、正気を取り戻し、いまや、ロウは助けられた女たちを中心に大変な人気者だ。

 ロウに助けられた女たちは、ロウに抱かれたことで、自分たちが正気を取り戻したことをちゃんと記憶していて、箝口令が敷いてあるとはいえ、女たちのあいだでは、ロウのことは公然の秘密状態だ。

 アルオウィンが、この情報に辿り着かないはずがない。

 

 しかし、彼女たちの中には、ロウに身体を奪われたことに、恨みを抱く者は皆無だ。

 それどころか、もう一度抱いて欲しくて、ロウの周りを機会さえあればうろうろしている者ばかりだ。

 女王親衛隊出身で、ロウに助けられた女たちも、ロウに関係する任務に就かせてくれと、ブルイネンのところに殺到している。

 

 なにしろ、ロウに身体を犯されたといえ、もともと女たちは性奴隷扱いの仕打ちと大量薬物投与の影響を受け、ついに正気を失ってしまった者たちである。

 いまさら、貞操についての強い抵抗は消え失せていただろうし、そもそも、ロウの性愛はとても気持ちがいい。縛って抱きたがるという抱き方には嗜虐的なところもあるが、与えられる快楽と幸福感はすさまじい。

 気が触れてしまうほどの残酷な記憶の地獄にいたところを、ロウに抱かれて精を注がれることで、最高の快感とともに幸福感に包まれて蘇ったのだ。

 ブルイネンも彼女たちに接しているが、アルオウィンと同様に、地獄のような日々のことが記憶にはあるが、やっぱり、それが感情の損傷に結びつかないように処置されているようだ。

 

 ロウに反意を持つ理由もなく、絶対的な感謝を向けられるのも当然で、ロウは心の支配まではしなかったので、彼女たちの記憶はちゃんとあるのだが、むしろ、そのときの身体の快感を忘れることができない女たちは、いまでもロウにもう一度抱いてもらおうと、機会を伺っていると耳にする。

 そんな女たちを中心に、ロウのことは公然の秘密なので、アルオウィンの調査能力があれば、記憶がなくてもロウに辿り着くのは当たり前だろう。

 隠しようもない。

 

「ま、まあ、そうね……。でも、ロウ様は……」

 

 素直に認めた。

 しかし、ロウの弁護はしておかなければ……。

 

「わかった……。あなたのその顔を見れば十分よ。やっぱり、彼はわたしに噂通りのことをしたのね。つまり、わたしの身体を……。わかった。それはいいわ。それよりも……」

 

「ねえ、聞いてよ、アルオウィン──。ロウ様は……」

 

 ブルイネンは慌てて言った。

 とにかく、ロウが単純な女好きでも、好色でも、無秩序に淫乱な男ではないことを説明しておかないと……。

 いや、でも、それに近いのか……。

 しかし、とにかく……。

 

「それはいいと言っているでしょう。それよりも、わたしをクロノス様に紹介しなさい、ブルイネン。クロノス様に会わせて」

 

 だが、アルオウィンがブルイネンの言葉を遮った。

 

「えっ?」

 

 予想外の言葉に、ブルイネンは面食らった。

 しかし、その顔は、さらに意外だった。

 アルオウィンの顔は真っ赤だったのだ。

 しかも、まるで初めて恋をする少女のように、その表情には、はにかむような、恥ずかしがるような、なによりも、誰かを愛おしむ感情がありありと浮かんでいた。

 そして、ちょっと興奮したように小鼻を大きくして、ブルイネンに縋るような視線を向けている。

 ブルイネンは目を見開いてしまった。

 

「じ、実は何度か会いに行ったのよ……。だけど、クロノス様の女たちの守りが固くて、近づくこともできないの……。もちろん、話しかけることも……。それで、どうしようかなあと、思っているときに、あなたがクロノス様に懇意だという噂を知って……。ねえ、そうなんでしょう?」

 

「えっ? こ、懇意って……」

 

「そもそも、あなたって、スカートなんて、はいたことすらなかったのに、その短いスカートの軍服……。あなたの部下の女兵だって、軍服のスカートを短くしているわよね……。あなたが部下たちに強要していること? とにかく、あなたがクロノス様の女になったというのは本当なんでしょう──? 白状しなさい、ブルイネン」

 

 アルオウィンは言葉を叩きつけるようにブルイネンに言った。

 ブルイネンは首を横に振った。

 

「ち、違うわ──。部下たちは勝手に短くしているのよ。ロウ様が短いスカートから女の脚が見えるのが好きだというのは本当だけど……」

 

「そこじゃない──。クロノス様の女かどうか、訊ねているのよ──」

 

 アルオウィンが声をあげた。

 ブルイネンは仕方なく、首を縦に振る。

 よく考えれば、隠すようなことじゃない……。

 

 まあ、なんだかんだと、一日置きくらいには、ロウのところに通っている。

 噂になるのも当たり前だろう。

 いまや、水晶宮中の若いエルフ女が、滞在しているロウの行動を追っている。

 

 とにかく、英雄様、クロノス様とすごい人気なのだ。

 ロウの部屋に足繁く通い、そして、部屋に迎えてもらっているブルイネンに、彼女たちの嫉妬の視線を感じないわけではない。

 

「そ、そうね……。女にしてもらっているわ……。わたしもロウ様の女よ……」

 

 ブルイネンは言った。

 もう何度も抱いてもらっているし、ロウから自分の女だと、繰り返し告げてもらった。

 このところ、やっと自分もロウの女だという自覚もできたところだ。

 すると、いきなり、ずいとアルオウィンの顔がブルイネンに接近した。

 

「しょ、う、か、い、し、な、さ、い」

 

 アルオウィンの必死な表情と勢いに、たじろいだものを感じた。

 

「しょ、紹介っていっても……。だけど、紹介して、どうするの?」

 

 それだけは訊いておかなければならない。

 雰囲気からすれば、ロウに害を加えようという気配はないが、男嫌いのアルオウィンだ。

 あんな目に遭っただけに、まさかとは思うが、ロウに乱暴をするというようなことは……。

 しかし、ブルイネンのその質問に、アルオウィンは、さらに顔を真っ赤にした。

 

「どうするのって、そりゃあ……」

 

 アルオウィンが恥ずかしそうに身体をもじつかせる。

 なんだ、これ?

 目の前にいるのは、本当にアルオウィンか?

 

「……クロノス様のことを覚えていないとはいったけど、でも、かすかにはあるのよ……。とても……気持ちがいいことをしてくれたことを……。ああ、だけど、やっぱり、あれは本当のことだったのね……。だ、だったら、なんとか……もう一度、クロノス様に……。ねえ、ブルイネン──」

 

「ねえ、って言われても……」

 

 まあ、とにかく問題はないようだ。

 ブルイネンはほっとした。

 

「じゃあ、いいわよ……。いまから行く?」

 

「い、いまから──?」

 

 すると、アルオウィンが悲鳴のような声をあげた。

 ブルイネンは、その声の大きさにたじろいだ。

 

「い、いまからは、ちょっと……。そ、それに、ちょ、ちょっと覚悟が……。いや、準備が……。勝負下着じゃないし……。明日……。明日がいいわ──。ねえ、明日、連れていって──。し、支度もあるのよ……。そ、それに、短いスカートを見つけないと……。か、身体だって、まだ、今日は洗ってないし……」

 

「そんなの必要ないと思うけど……」

 

 ロウの抱き方は特殊だ。

 信じられないくらいに、恥ずかしいこともさせられることもある。

 それを事前に説明しておいた方がいいだろうか……?

 

「必要あるのよ──。と、とにかく、話を通しておいてね──。約束よ──。ほら、これを食べて。こっちも飲んで」

 

 賄賂のつもりなのか、アルオウィンが持ってきた酒を肉を勧めてくる。

 だが、その顔に、心の底から嬉しそうな微笑みが洩れているのを確認し、ブルイネンは思わず、貰い笑みを浮かべた。

 そして、果実酒の入った器に手を伸ばした。



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531 悪女たち

「おう、お帰り。その様子は愉しんできたみたいじゃないかい、ラザニエル……。飲むかい?」

 

 ノルズは「椅子」に座ったまま、部屋に入ってきたアスカに声をかけた。

 あれからアスカがどうなったかは知らないし、まだアスカもなにも喋ってないが、アスカの顔を見ればわかる。

 しっかりとロウに抱かれてきたのだろう。

 その顔には満足しきった女の幸福感が滲み出ていた。

 

 数ノス前に、ここに現れたときには、ロウの準備した「下着」で与えられる掻痒感と焦燥感の苦しみに死にそうな顔をしていたが、いまはそれも解消してもらってきたようだ。

 思わず洩れてしまっているような笑顔を浮かべている。

 さっきはあれだけ苛めてやったから、場合によっては、仕返しでもされることは覚悟していたが、そんな感じでもない。

 ものすごく幸せそうな顔だ。

 

 それにしても、この女がこんな顔をするとはね……。

 ノルズは微笑んだ。

 

「ああ、酒はもらうけど。準備は自分でするよ……。それにしても、変わった椅子だねえ。わたしも腰かけていいかい?」

 

 アスカがそう言って、棚から自分で器を取ると、ノルズのところにやって来た。

 ノルズは、「椅子」のお尻側に移動する。

 アスカが、ノルズにほとんど密着するように「椅子」の頭側に腰掛けた。

 

「うっ、ぐっ」

 

 すると、「椅子」が苦しそうな呻き声をあげた。

 

「こらっ、エマ、椅子の分際で声をあげるんじゃないよ。しっかりと手足を踏ん張ってな」

 

「は、はい……」

 

 エマが苦しそうに返事をした。

 だが、これまでノルズひとりだったのが、さらにアスカの体重までその背中に加わわったのだ。

 さすがに、エマの四肢にぶるぶると震えが加わるのがわかった。

 

 エマに強いているのは、四つん這いの姿勢で椅子になり、ノルズを背中に座らせるということだ。

 もちろん、一糸まとわぬ素っ裸である。

 ロウからもらった「木馬」に長時間乗せて、徹底的な焦らし責めに遭った挙句に、溜まりに溜まった性欲を発散させてもらうことなく、今度は「椅子」になれという命令だ。

 エマは泣きそうになっていた。

 それから、かなりの時間が経っている。

 一度、小便をさせてくれと言ってきたが、まだ許してない。

 その苦しみもあるようだ。

 少し前から、腰をもじつかせるような動きもしてきた。

 

 そこに、さらにアスカだ。

 あと、どれだけもつのだろうか……。

 身体を倒すのが早いか、小便を漏らすのが早いか……。

 ノルズはほくそ笑んだ。

 

「ノルズ、キスしようよ」

 

 そのとき、突然にアスカがノルズに抱きついてきた。

 ノルズは唖然とした。

 だが、そのときには、アスカの唇がノルズの唇に重なっていた。

 舌が入ってきて、ノルズの舌や歯を舐めまわす。

 体内に渦巻く法悦のうねりを掘り起こすような口づけだ。

 ノルズは性感をくすぶらせずにはおかなかった。

 

「な、なにを……」

 

 やっと唇が離れると、ノルズはそれだけを言った。

 もしかして、酔っ払っているのか?

 

 ……とは思ったが、酒の匂いはしない。

 酔っているとすれば、ロウとの性愛にか?

 

 ノルズが転送術でガドニエルにアスカを引き渡してから、その後、ロウに抱かれたのは間違いなく、おそらく、その足でここに来たのだとは思う。

 だが、やっとわかったが、ただ機嫌がいいだけじゃなく、怖ろしいほどに上機嫌だ。

 

「お礼だよ」

 

 アスカが白い歯を見せた。

 ノルズは噴き出した。

 

「な、なんの礼だい? 後手に縛り、スカートを剥ぎ取り、木馬に乗せて責めなぶったやった礼かい?」

 

 ノルズは笑いながら言った。

 

「色々さ……。わたしは幸せなんだよ──。それもこれも、お前があのアスカ城からわたしを連れ出してくれたおかげだからね。とっても、いい気持ちなのさ」

 

 アスカがくすくすと笑い出した。

 なにかが面白いというよりは、幸せ過ぎて頭が飛んでいるような笑い方だ。

 ノルズは呆れた。

 

「頭に蝶々でも沸いているような顔をしているよ。そんなに、三人がかりで苛められたのが愉しかったのかい。あんなんがよければ、またやってやるよ」

 

 ノルズは(うそぶ)いた。

 

「のぼせるんじゃないよ。あんなんに礼なんていうものかい。わたしの礼は、あの小僧に再会させてくれたことさ。山小屋では、お前が小僧にのぼせあがっているのを笑ったけど、いまじゃあ、笑えないね。あの男はいいねえ」

 

 アスカが笑みを浮かべたまま、卓の瓶に手を伸ばして、持ってきた空の器に自分で注ぐ。

 卓にはノルズがちびちびと呑んでいた酒瓶が、運ばせた魚と肉と香草の料理とともに置いてあるのだ。

 アスカがぐいと酒を呷った。

 

「つまり、あんたも、ロウ様に溺れてしまったということかい」

 

 ノルズはくすりと笑った。

 まるで、生まれて初めて恋をしたような少女の顔をしている。

 面白い女だ。

 ノルズも酒を飲もうと、手を器に伸ばす。

 そのときだった。

 

「あっ、あっ、だ、だめ……。だ、だめです──。も、申し訳──」

 

 ぐらりとエマの身体が揺れたかと思うと、そのまま床に倒れ込んでしまったのだ。

 当然に、その背中に乗っていたノルズとアスカも一緒になって、床に倒れ込んでしまった。

 

「ああっ、ご、ごめんなさい──。も、申し訳ありません。す、すぐに拭きます……。片付けます」

 

 エマが半泣きで謝る。

 ノルズはまだ手に持っていなかったが、アスカは酒の入った杯を持っていたので、服と床が酒で濡れてしまったのだ。

 だが、アスカが、エマが布を持って来ようとするのを引きとめた。

 

「いいよ。今夜のわたしは上機嫌だ。この服は脱ぐから、後で洗濯しておきな。それよりも罰だ。これを半分塗りな……。半分以上は塗るんじゃないよ。残りはノルズのだ。塗り終わったら、寸止め自慰だね。まずは二十回だ」

 

 アスカが魔道で取り出したのは、小さな器に入っている掻痒剤だ。

 いつもエマの調教に使うものであり、容器を見ただけで、エマはなにであるのかわかったのだろう。

 顔色を変えている。

 しかも、命じたのは寸止め自慰だ。

 つまりは、絶頂直前で自慰をやめて、少し待って再び自慰をするというのを繰り返すのだ。

 半日も、木馬の焦らし責めに遭い続けたエマには、いま一番つらい責めだろう。

 

「ああ……。わ、わかりました……。で、でも、せめて、おしっこを先にさせていただくわけには……」

 

 エマが目に涙を浮かべていった。

 本当に被虐の似合う娘だ。

 ノルズは嬉しくなった。

 

「小便? そんなものは後だよ。まずは掻痒剤……。次は寸止め自慰二十回だ。小便はその後だ。わかったら、さっさとやりな」

 

 アスカがぴしゃりと言った。

 こいつも、エマの姿を見たら、嗜虐の虫に火がついたようだ。

 しかし、それはともかく、さっきアスカは聞き捨てならないことを口走らなかったか……?

 

「……なあ、アスカ、もしかして、さっき痒み剤の残りの半分は、あたしだとか言ったかい……?」

 

 訊ねた。

 アスカは軽く肩を竦めた。

 

「当然だろう──。このわたしに、あんなことをしたんだ。ただで済むわけないさ。たっぷりと仕返しを受けてもらうよ。とにかく、お前も同じ目に遭ってもらう──。ノルズ、今夜は寝れると思うじゃないよ……」

 

「はああっ?」

 

「エマはさっさとやりな──。言っておくけど、塗りながらいくんじゃないよ。いきそうになるのはいくらでもいいけどね…。それと、小便を途中で洩らしたら承知しないからね。そんな粗相をしたら、今度は浣腸をして、シティの広場に足を貼りつけちまうよ」

 

「は、はい……」

 

 アスカに一喝されて、泣きべそをかきだしたエマが、器から塗り薬を指に乗せて、掻痒剤を股間に塗り始める。

 極限までに性感を膨れあげさせられたエマは、それだけでも、かなりつらいようだ。

 しかも、尿意まで我慢しているのだ。

 自分の指が股間にあたると、すぐに身体を振るわせて、つらそうな甘い声を出し始めた。

 

「……仕返しって……。ロウ様に愛してもらって、幸せな気持ちになったんじゃないのかい」

 

「それとこれとは別だよ。ほら、お前も服を脱ぐんだよ」

 

 アスカが自分で服を脱ぎ始める。

 まあ、そうは言っているが、確かに機嫌はいいようだ。

 ノルズは下着姿に一枚ガウンを羽織っていただけなので、それを脱ぐだけで下着姿になる。

 しかし、アスカはそのまま下着も脱ぎ始めたので、ノルズもそれにならった。

 ふたりで素っ裸になる。

 一方で、エマは自分の指で悶えながら、まだ必死になって薬剤を股間に塗っている。

 

「早くしな、エマ──。股間で使い終わらなければ、尻の穴にもねじ入れな。乳房は駄目だ。乳首だけならいいけどね。それと、肉芽はちゃんと皮をめくって、最低十回は重ね塗りだよ。お前が終わったら、ノルズが同じことをするんだ。さっさとしな」

 

「は、はい」

 

 言葉の内容は冷酷だが、その顔には笑顔が消えていない。

 だから、不気味な怖さがある。

 エマも顔を引きつらせている。

 しかし、ノルズにはわかる。

 あれは、純粋に上機嫌なだけだ。

 

「……まあ、責めるならそれでもいいねどね。その代わり、途中で交代だ。きっちりと二ノス。そしたら、今度はあたしが責めだ。それなら調教を受けるよ」

 

 言ってみた。

 どういう反応をするかと思ったら、さらに満面の笑みを浮かべてノルズに顔を向けてきた。

 

「だったら、勝負でもするかい? お前とわたし……。性の勝負をしようかい。勝った側が今夜は責めだ。交代はなし。それで手を打とうか」

 

 アスカが笑った。

 本当に機嫌がいいのだろう。

 ちょっと、気後れするほどにアスカは陽気だ。

 

 だが、性で勝負?

 百戦錬磨で経験の多いアスカと、ノルズがまともに性愛の勝負をして勝てるとも思えない。

 それがわかっていて、勝負をもちかけてきたのだろう。

 

 だが、やろうと思った。

 面白い。

 

「いいよ。その代わり、エマが使い終わった薬剤は半分分けだ。お互いに半分ずつ塗る。それで勝負の開始にしようよ」

 

「いいだろう。かかってきな。一本勝負だ。早く達した方が負けさ」

 

 アスカが白い歯を見せた。

 自信満々の笑みだ。

 まあ、掻痒剤くらいどんなに塗ろうとも、アスカには解毒の術が遣えるので、すぐに効果を打ち消せると思っているのだろう。

 さもなければ、掻痒剤の塗りっこなんて受けるわけがない。

 そんなことをすれば、勝負に勝っても大変なことになる。

 

 だが、そうはいかないのだ。

 アスカは知らないと思うが、実は、こっちにはロウから預かっている、アスカの魔道を封じる腕輪があるからだ。

 パリスの処断を早めなければならなくなったために、万が一のために、アスカの足止めを頼まれたのだが、そのときに、念のためにと渡されたのだ

 実際には、ロウの下着だけで魔道封印状態になっていたので、必要はなかったが……。

 

 それをいきなり使ってやる。

 魔道を封じたアスカなど、なにも怖くない。

 勝負の話など、知らないふりをして、連続絶頂で動けなくしてやろう。

 それから、じっとくりいたぶってやる。

 

 ノルズはほくそ笑んだ。

 それに、逆に、こっちも解毒の術くらい遣える。

 アスカには、泣きべそかかしてやる。

 

「もしも、わたしに勝ったら、これをやるよ。ロウ様命のお前だ。あいつの持ち物なら、なんでも欲しんじゃないかい? 預かり物だ」

 

 すると収納術でさっとアスカが白いものを取り出した。

 ディルド?

 アスカが出したのは、男根に模した張形だ。

 

「あっ、そ、それ」

 

 しかし、ノルズは、それがなんであるかがわかって、声をあげた。

 これはロウの持ち物そのものだ。

 それを完全に再現したものだ。

 間違いない。

 

「欲しいだろう、ノルズ? わたしに勝ったらやるよ」

 

 アスカは高笑いした。

 ノルズは唾をのみ込んだ。

 

 欲しい……。

 欲しい……。

 

 ロウ様の男根のディルド……。

 絶対に欲しい……。

 

「あ、あんたを泣かせればいいんだね?」

 

 ノルズは収納術で、アスカ用の魔道封じの腕輪を取り出すと、さっと背中に隠した。



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532 新参者たち

「なによ……。わざわざ、呼び出したのはなにさ、小娘? それに、大女と獣人娘まで……。わたしをリンチにでもかけようっていうの」

 

 挑発的な物言いで、ユイナが鼻を鳴らした。

 ミウたちに割り当てられた客室のひとつだ。

 もっとも、誰も使っていない部屋である。

 

 ガドニエルは、ロウとその女たちのために、ひとりひとりに客室をあてがってくれたのだが、しかし、ミウも含めて、結局ロウと同じ部屋で休むのを選び、全員がロウの部屋に集まってしまったのだ。

 ロウの部屋は一番上等で広い貴賓室であり、女全員が集まっても休める十分な広さがあった。

 

 無論、寝台は足りないが、床の上で寝て、なんの支障も感じない者たちばかりだし、ミウもそうだ。

 それに、ロウは、ガドニエルやラザニエルを愛人にしてから、また性欲が強くなった感じであり、毎晩のように女全員を抱き潰すまで性愛を終わらない。

 ミウたちだけで足りず、ガドニエルのところやノルズやラザニエル、さらにブルイネンとかも呼び出したり、部屋を訪問したりして抱いているくらいなのだ。

 だから、結局のところ、女の全員が、ロウのところでそのまま気絶したまま休むことになるということもある。

 

 とにかく、そういうわけで、与えられた部屋は女の人数分だけ余っている。

 ここは、その余っている部屋の中でも、ロウの部屋とはもっとも反対側になる端だ。

 そこに、ユイナを呼び出し、マーズとイットとともに連れてきたところだ。

 

「そんなことはしません。でも、話があって呼び出しました。座りませんか」

 

 部屋には寝台もあれば、ひと組の椅子と卓もある。

 ユイナは、軽く肩を竦めると、椅子に座って足を組んだ。

 ミウは、マーズとイットとともに、寝台に並ぶように腰かける。

 

「……で、話って?」

 

 すぐにユイナがミウたちに視線を向ける。

 ミウは口を開きかけた。

 だが、ミウが言葉を紡ぐ前に、ユイナがさらに言葉を挟んできた。

 

「……言っておくけど、態度を改めろっていう説教なら無駄よ。わたしはわたしだし、いまさら、性格は変えれないわ。猫を被れって言われれば、できないことはないけど、いまさら、あんたらの前で、そんなことをしても無駄でしょう? あいつだって、これでいいと言っているしね。ましてや、一番の小娘の分際で、わたしに説教しようとしたりして、わたしを爆笑させないでよね」

 

 ユイナがにやにやとしながらミウに言った。

 マーズとイットが、むっとしたように身体を動かしたが、ミウはふたりを制する。

 

「面白いですね、ユイナさん。イライジャさんやエリカさんには、ちゃんとした話し方をするのに、他の人には、わざと怒らせるような物言いばかり……。もしかして、強い人には逆らわない主義ですか? だけど、気をつけた方がいいですけど、ユイナさんって、あたしたちの中では一番弱いですよ。自覚ありますか?」

 

 わざと挑発的な言い方をしてあげた。

 ミウだって、このユイナにはいつもいつも馬鹿にされたような言い方ばかりされて、ちょっと腹がたっていたのだ。

 

「はあ? ちょっとくらい、魔道が遣えるからって、調子に乗るんじゃないわよ──。わたしだって、そこそこ遣えんだからね」

 

 ユイナが激昂した表情になって、さっと魔道の杖を抜く。

 杖なしでも魔道は遣えるが、エルフ族や人間族の場合は、杖があればさらに魔道の効果を増幅することができるので、魔道遣いは杖を持っていることが多い。

 ミウ自身も、魔道の師匠であるスクルズから杖をもらっていた。

 しかし、いまはほとんど使っていない。

 ミウの魔道は杖なしでも、十分に強い効果を乗せることができるようになったからだ。

 魔道でユイナの杖を弾き飛ばす。

 

「いたいっ」

 

 ユイナの杖が後ろに吹き飛び、ユイナが手首を抑えた。

 ミウはユイナの上の空間だけを一気に重くする。

 

「ひうっ」

 

 ユイナが椅子ごと転げ落ちて、押し潰されるように、うつ伏せに床に倒れた。

 そのまま動けなくなる。

 

「な、なによ、これ──? あ、あんた、こんな空間術まで遣えんの? 高等魔道じゃないのよ──」

 

 ユイナが悲鳴をあげた。

 おそらく、見えない力に背中を押し潰されて、身体を起こすことができない状態なのだろう。

 そういう魔道をかけている。

 

「わかってもらえましたか? ユイナさんが一番弱いということを……。強い者に逆らわないなら、ユイナさんが一番弱いんですから、もう少し態度を気をつけた方がいいと思います。いつも、わざと、コゼさんを怒らせる言い方をしますけど、見ていて、はらはらするんです。コゼさんなんて、本当にユイナさんを一瞬に殺しちゃいますよ」

 

 ミウは魔道を浴びせ続けながら言った。

 

「わ、わかった──。わかったわよ──。いいかげんに、これやめてよ──。わかったから──」

 

 ユイナが喚いた。

 ミウは魔道を解く。

 

「やれやれ……。怖いわねえ。それで人間族のまだ子供とはね……」

 

 ユイナが大きく息を吐き、ゆっくりと身体を起こした。

 

「子供じゃありません。もう十二歳です」

 

 ミウはむっとして言った。

 

「十二は子供よ。本当はセックスなんて、まだしちゃいけない歳なのよ。まったく、あの男の鬼畜さには呆れるわね……」

 

 ユイナが椅子を起こして、ユイナたちのいる寝台に寄せるように置き直してきた。

 それはともかく、ロウがミウを抱くことについて、ユイナが批判めいた言い方をするのは面白くない。

 ロウはミウにとって、神様みたいな人なのだ。

 

「ロウ様はあたしのことを思って……」

 

 そのときだった。

 いきなり、ユイナが服の袖から霧吹きのような水が飛び出して、ミウの顔にかかったのだ。

 その瞬間、全身の理力がさっと発散するのがわかった。

 

「きゃあああ」

 

 ミウは悲鳴をあげた。

 

 すぐにわかった。

 これは、「魔道師殺し」と呼ばれる毒液だ。

 もっとも、身体には支障はない。

 ただ、魔道師の持つ理力を一気に消失させて、魔道をしばらく使えなくする効果を持つ。

 それで、魔道師殺しと呼ばれている。

 

「ひうっ」

 

 一気に体内の理力が消滅するのがわかった。

 その衝撃でミウは、その場にうずくまってしまった。

 

「なにをする──」

「ユイナ──」

 

 気楽そうに見守っていただけだったイットとマーズが、横で怒ったように立ちあがるのがわかった。

 イットがユイナの襟を握って、ユイナを投げ飛ばして、寝台に叩きつける。

 さらにマーズがユイナの腕を背中に捩じあげた。

 

「触んないでよ──」

 

 ユイナが叫んだ。

 

「ひがああっ」

 

 マーズが手を離して床に飛ぶ。

 ユイナの身体から電撃が放射されたのだ。

 

「こ、こいつ──」

 

 イットが珍しく激昂したような声をあげる。

 そして、ユイナを裏返して、顔を天井に向けさせた。

 

「わっ、そうだ──。こいつ、魔道が効かないんだった──」

 

 ユイナが焦ったような声を出して、顔を蒼くしたのがわかった。

 イットが手をあげて、ユイナに殴りかかるような仕草をする。

 

「ま、待って──。大丈夫よ。喧嘩しないで──」

 

 ミウは、さっと魔道でユイナの身体を拘束し直して、寝台に四肢を拡げて恰好で拘束した。

 ユイナがぎょっとした顔をする。

 

「な、なんで、魔道師殺しが効かないの?」

 

 ユイナが目を丸くしている。

 

「いいえ、効きました……。でも、あたしは、自在型(フリーリィ)なんです。理力を発散しても、すぐに吸収できます……。マーズ、魔道で押さえているから、ユイナさんの服を脱がせて。また、なにか隠しているかも……」

 

 ミウは起きあがったマーズに言った。

 マーズがまだ身体が痺れているような仕草でユイナに取りつく。

 

「なに? あんたらがわたしを犯すの? 服を脱がせてどうする気よ」

 

 ユイナがけらけらと笑った。

 別に追い詰められている様子はない。

 マーズがユイナから次々に上衣を剥ぎ取っていく。

 さっきかけられた毒液の入った袋のほかに、幾つかの暗器のような魔道具が隠してあった。

 ユイナの上半身は、いまは胸を包んでいる布の下着だけだ。

 

「ねえ、こんなのに気を使ってあげることはないんじゃないの、ミウ? もう放っておけば?」

 

 イットがユイナを睨みつけて言った。

 いまは、ミウたち三人が寝台に仰向けに貼りつけているユイナを見下ろしているかたちだ。

 

「気を使う? なんのこと? こんなことして、なにを気を使っているっていうのよ?」

 

 ユイナが悪びれた様子もなく、下から不敵な笑みを浮かべたまま言った。

 なんだか余裕がありそうだが、まだ隠している抵抗手段があるのかもしれない。

 まあ、いずれにしても、ユイナと喧嘩をするつもりで、ここに呼び出したわけじゃない。

 

「あたしは話をするつもりで、ユイナさんを呼んだんです。それなのに、暴れるから……」

 

「最初はあんたじゃないのよ──」

 

 ユイナが怒鳴った。

 

「いいえ、最初はユイナさんです。杖を抜きましたよね」

 

「抜いただけよ。なにもしてないわよ、小娘」

 

 言い返してくる。

 なんだか疲れてきた。

 いきなり、魔道遣いが杖を抜けば、それは剣士が剣を抜くのと同じだ。

 それを知らないユイナでもないはずなのに……。

 

「じゃあ、いいです。話をしたくて、お呼びしたんですが、話はしたくないというなら、あたしたちは行きますね。そのまま、寝台から離れられないように、魔道をかけていきますね。声も防音の魔道で漏れないようにします。そのまま、朝まで……。いえ、明日の昼くらいまで、そうしていてください、ユイナさん」

 

 ミウは言った。

 そして、そのとおり、寝台に魔道をかけて、ユイナの身体の拘束をしてしまう。

 ユイナもそれがわかったのだろう。

 ぎょっとした顔をしている。

 

「……ユイナさんって、ロウ様の言いつけで、お股とお胸に“女淫輪”という淫具をつけておられますよね。ロウ様に精をもらわないと、性の疼きで苦しいんですよね? いつも、もがいておられますもの……。だったら、明日の昼までなんて、大変ですね。ロウ様にも、皆さんにも、都合よく説明しておきます。どうぞ、この部屋でひとりで愉しくお過ごしください」

 

 ミウは言った。

 ユイナが顔色を蒼くした。

 

「こ、小娘、このわたしを脅迫しているの──?」

 

 ユイナが声をあげるとともに、逃れようと魔道を遣い始めたのがわかった。

 しかし、今度はへまはしない。

 ミウが寝台に施した処置により、ユイナの出した魔道は、そのまま発散して効果を消失させている。ユイナが焦ったような顔になった。

 

「わっ、わわっ、これ……。わああ、ま、待って──。ちょ、ちょっと待って、話し合いましょうよ。ねえ──。そ、そうよ。話って、なんだったのよ? ねえ、話はなに?」

 

 ユイナが暴れながら叫んだ。

 

「なにが話し合いだよ」

 

「そうだ。さすがに、あたしも、もう許せないぞ」

 

 イットとマーズはまだ不機嫌そうだ。

 ミウは宥めた。

 ふたりが、腹立ちまぎれながらも、ミウに任せるという表情をする。

 もともと、ユイナをここに呼んで話し合いをしようと決めたのはミウだ。

 ふたりとも、最終的にはミウに任せてくれるようだ。

 

「ねえ、ユイナさん、あたしたちは仲良くすべきと思うんです。ユイナさんも新参者の会に入りませんか?」

 

「新参者の会?」

 

 ユイナが怪訝な表情をした。

 

「別にロウ様の女たちの中で、徒党を組むとかそう言うんじゃないんです。ただ、ここにいる者で協力し合って、ロウ様にたくさん愛してもらえるように、助け合おうっていうことです。あたしたちは新参者組の会と呼んでます」

 

「そんな名で呼んでいるのはミウだけだけどな」

 

 マーズが茶化すように言った。

 ミウは咳ばらいをした。

 マーズが微笑みながら肩を竦める。

 

「……なにをするというわけじゃないんですけど、お互いに情報を交換し合って、ロウ様がご興味を抱いていることを教え合ったり、気に入ってもらえるように性技の勉強会とか……。まあ、寵愛の順番が来たときに、なるべく、この集まりの中から、一緒に抱いてもらう女を同行に選ぶとか……」

 

「ああ、そういうこと……。つまりは、寵を取り合う派閥ごっこをしようということね。いいわよ。損になることじゃないしね……。そもそも、いつもいつも、あの生意気なコゼがロウにべったりとくっついて、離れやしないし……」

 

 ユイナがぶつぶつと文句のようなことを言った。

 その表情から、ミウは、ユイナがいつもコゼに突っ掛かるような物言いをするのは、コゼがいつもロウを独占するような行動をとるので、それが愉快でないからそうするのではないかと思ってしまった。

 

「あれっ? 承知なのか、ユイナ?」

 

 マーズはあっさりとユイナが応じたのが意外だったみたいだ。

 ミウ自身も、もっと馬鹿にされると思った。 

 

「承知よ。さっきも言ったけど、損にはならないしね……。それに、性技の勉強だって、あいつが喜ぶなら、まあ、少しはやるわよ……。その代わりに、教えてよね……」

 

 ユイナがちょっと顔を赤らめて言った。

 ミウは魔道を解いた。

 ユイナが身体を起こした。

 

「参ったわねえ……。その年齢で、すでにわたしよりも魔道が上とはねえ……。じゃあ、新参者同盟に加わるわ。よろしくね、小娘」

 

 ユイナが悪びれた様子もなく、握手を求めるように手を出す。

 だが、途中ではっとしたように真顔になった。

 

「……そういえば、あんた、名前はなんてのよ、小娘?」

 

「ミ、ミウですよ──。覚えてなかったんですか──」

 

 ミウは呆れて声をあげた。

 

「小娘で困らなかったしね。前に教えてもらったと思うけど、ずっと小娘って呼んでいたから忘れたわ」

 

 ユイナはあっけらかんと言って笑った。

 その顔にはまったくの悪意もない。

 ミウから見ても、まるで子供のように屈託のないユイナの笑い声だ。

 これには、マーズもイットも横で苦笑している。

 

「これからは名前で呼ぶわよ、小娘……。いえ、ミウ」

 

 ユイナが笑顔で手を差し出す。

 とりあえず、ミウはその手を握って握手を交わした。

 

 

 

 

(第45話『拡がるクロノスの輪』終わり)



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 幕間 カロリック侵攻軍(1)
533 招かざる投降者【ランスロット】


「皇帝家の一部を捕らえただと?」

 

 国境沿いの丘陵で前衛隊と合流を果すために騎馬隊とともに前進をしてきたランスロットは、前衛隊から派遣されてきた案内役の将校から、その報告を受けて内心で舌打ちした。

 なにしろ、ここで逃亡をした皇帝たちを捕らえるつもりはなかったのだ。

 彼らには、このままカロリックとの国境を越えて逃亡を続けてもらわねば困るからだ。

 

 それを追いかける行動を装ってランスロット率いるタリオ軍がカロリック領に雪崩れ込む手筈であり、それとともに、カロリック公国の少女大公のロクサーヌが皇帝を匿う動きをすることになっているのだ。

 もちろん、タリオ側が欺騙する流言の話だ。

 

 実際には、カロリック公国側が皇帝家を匿うどころか、そもそも、タリオ軍が皇帝を捕らえるために派兵をしたということさえも、彼女たちは知らないと思う。

 しかし、タリオ軍の討伐から脱した皇帝家がカロリックの少女大公ロクサーヌを頼って国境を越え、ロクサーヌが宗主である皇帝家を庇うというのが、タリオ公国が作りあげるシナリオであり、これが皇帝家を追って、タリオ軍がカロリック領に雪崩れ込む大義名分になる予定なのだ。

 そのために、皇帝直轄地を討伐した別動隊は、わざと彼らの一部を包囲から脱出させたはずなのだ。

 それなのに、こんなところで連中を捕らえてしまってはまずい。

 

「皇帝家の一部と言ったな。皇帝そのものではないのだな?」

 

 方向の騎士に訊ねたのは、今回の出動に際して、ランスロットが副官に抜擢したリオーズだ。

 年齢はランスロットと同じ二十七歳。腕がたち、馬術に長け、なによりも機転が利くので、ランスロットは信頼して使っていた。貴族ではなく、もともと商人の息子だ。アーサーが大公にならなければ、どんなに優秀であっても、彼のような出身の者が高位将校になるなどありえなかっただろう。

 

 しかし、いまでは実力さえあれば、いくらでも高い地位にあがるし、逆に無能だとどんなに爵位があっても、公国の中で地位は与えられない。

 いや、そもそも、爵位などアーサーが作ろうとしている新しい国ではなんの意味もない。

 現在のタリオ公国は、完全な実力主義だ。

 よい時代になろうとしていると思う。

 それよりも捕らえたという皇帝家の一部のことか……。

 ランスロットは意識を集中した。

 

「枢機卿のハーデス公と名乗っています。とりあえず、この先の山小屋に監禁をしております」

 

 報告の将校が応じた。

 ランスロットにはなんとなく状況がわかってきた。

 前衛隊についても、ランスロットが率いてきる主力についても、主立つ将校には今回の欺騙工作をひそかに徹底している。

 だから、南に向かって逃避行を誘導している皇帝家の残党を捕らえてはならないことは認識していたはずだ。

 だが、どうやら、この国境付近までやって来たことで、向こうから投降してきたようだ。

 前衛隊も扱いに困っただろう。

 だから、とりあえず、監禁だけをしたということと思う。

 

「ひとりか?」

 

 ランスロットは訊ねた。

 報告をしている将校も、ランスロットとリオーズも騎馬のままだ。将校の率いてきた案内の一隊とランスロットの護衛隊も、三騎を囲むように離れて囲んでいる。

 ランスロットが直接に連れてきたのは、カロリック侵攻軍の一部のみであり、主力の先遣隊の一千騎程になる。

 後続の主力そのものとは、約二日の距離があった。

 また、さらに進んでいた前衛については、百騎ほどだ。報告の前衛隊の将校によれば、前衛隊が展開しているのは、この丘陵のふもと周辺であり、枢機卿を監禁しているという山小屋は、そこにあるらしい。

 

「はい……。枢機卿を名乗る老人だけでした」

 

「訊問はさせてないな?」

 

「監禁をしている以外のことはさせてません。見張りの兵にも接触は禁止しています」

 

「わかった。投降をしてきたのはいつだ?」

 

 ランスロットは頷くとともに嘆息した。

 わざわざ報告をするくらいなので、その投稿者の老人が皇帝の枢機卿のひとりに間違いはないのだろう。

 いまの皇帝には三人の枢機卿がいて、三人とも皇帝家の公爵の地位を持っている。皇帝を含めて、老衰に手が届くような老人のはずであり、ハーデスという名には記憶がある。

 もっとも、ランスロットは皇帝そのものにも、「三卿」と称されている三人の枢機卿にも会ったことはない。

 逃避行の皇帝たちは、皇帝や三卿を含めて、総勢三十人ほどの集団のはずなのだが、そこからハーデスだけが離反してきたということと思う。

 それはともかく、この将校も「枢機卿を名乗る老人」としか報告をしない。

 ここで、その老人を皇帝家の者として認めては都合が悪いことはわかっているのだ。

 

「今朝です。夜明け直前です」

 

 夜のうちに皇帝家の一隊から脱走してきたというところか?

 いまは、陽は中天から西に少し傾いている時分だ。

 投降が起きて半日か……。

 

「わかった。ところで、その枢機卿を名乗る男はともかく、老人たちはどうしている?」

 

 “老人”というのは、今回の作戦における皇帝の隠語である。

 つまりは、ランスロットはここまで追い詰めてきた皇帝の一派そのものについて訊ねたのだ。

 

「国境越えの南に向かう動きをしています。ただ、今日については動きはありません」

 

 皇帝直轄領への討伐隊の包囲を「脱出」して逃亡をしてきた彼らだが、実のところ、しっかりと彼らの動向は監視をさせている。

 それだけでなく、彼らは気がついているはずもないが、意図的にカロリック公国との国境を越えるように誘導もされているのだ。

 だが、動きがないということは、枢機卿のハーデスが脱走したことに動揺しているのかもしれない。

 

 いずれにしても、ここで潜伏されても都合が悪い。

 アーサーからは、場合によっては、全員をひそかに皆殺しにして、皇帝一派と入れ替えた工作員たちと皇帝一派を入れ替え、彼らを装って国境を越えさせろと指示を受けているし、そもそも、そっちの方が面倒がないのはわかっている。

 だが、ランスロットは、そういう無辜の者を無惨に殺してしまうということには、大きな抵抗があった。

 

 もちろん、冥王復活などという世迷いごとを企てた皇帝家の者が無実とはいえない。どんなに残酷に殺されても文句もいえないだろう。

 しかし、それと、抵抗もできない相手を一方的に殺害してしまうということは違う。

 ランスロットの戦士としての矜持の問題だ。

 

 第一、逃避行を続けている皇帝家の一行には、侍女や女官などの女が十人程度混ざっている。

 ひそかに殺して入れ替えるとなれば、彼女たちも処分しなければならない。

 許してしまえば、タリオ軍の陰謀がばれてしまう可能性があるからだ。

 だから、ランスロットは、入れ替えは最後の手段として、逃亡の皇帝家を見張らせながら、国境の向こうに追い立てるようなことをさせているというわけだ。

 残酷な入れ替えなど最後の手段だ。

 山狩りをするように追い立てれば、彼らも国境を越えて逃亡をしていくと思う。

 あとは、堂々と捕らえて、本当に罪のある皇帝や重鎮だけを処刑すればいい。

 

「将軍、そのハーデス卿を名乗る者については、私が対応しましょうか?」

 

 副官のリオーズが言った。

 リオーズは、そのままハーデスという枢機卿のことは“なかったこと”にするのだと思う。

 まあ、それは妥当な処分なのだが、リオーズに任せれば、そのまま殺してしまうに違いない。

 ランスロットは首を横に振った。

 

「いや、折角の機会だ。一度、俺が面通しをしよう。“処置”はそれからだ」

 

 そして、ランスロットは首を案内の将校に向け直す。

 

「俺が向かう。その山小屋まで案内しろ」

 

「わかりました。では、こちらに……」

 

 案内の将校が馬首を反転させて丘陵のふもと方向に向かわせるとともに、手をさっと振る。案内の一隊がさっと動いて移動の態勢に変化する。

 

「リオーズ、五騎だけを抽出して俺につけろ。残りは現在地で待機。いつでも動けるように準備しておけ」

 

 ランスロットはリオーズに指示をした。

 

「わかりました。軍はすぐにでも動ける態勢にしておきます……。ですが、差し出がましいことですが、あの老人たちについてはいっそのこと……。すでに交換用の者たちは準備できておりますし……」

 

 リオーズが馬をさらに寄せて、ランスロットにささやいた。

 言いたいことはわかっている。

 リオーズは、このまま皇帝一派を追いたてるのではなく、全員を殺して入れ替えるべきだと、度々苦言をしてきていた。

 その方が自由が効くし、無駄な時間と労力を使う必要がないからだ。

 必要なのは、皇帝の一派が逃避行の先に、カロリック公国を使うという「事実」なのだ。

 国境を越えたという事実さえできあがれば、次は諜報担当のガラハッドの手の者が、いくらでもカロリックの少女大公の陰謀をでっちあげる。

 実際に国境を越えるのは、確かに、本物でも偽物でも同じなのだが……。

 しかし、やはり、ランスロットには迷いがあった。

 いまのところやっているのは、カロリックの手の者に装った工作員を逃避行の皇帝家に紛れ込ませ、カロリックへの国境越えを煽動させているだけだ。

 

「指示に従え」

 

「わかりました……。ですが、私も同行します」

 

 リオーズが頷いて、ランスロットの指示を実行するために離れていく。

 自分は甘いのかな……。

 ランスロットは内心で自嘲した。

 しかし、どうしても、ランスロットは陰謀めいた駆け引きのようなことが体質に合わない。

 戦場での駆け引きなら、なんの躊躇もなく、相手を騙せるが……。

 すぐに、リオーズとともに、指示を受けた五騎がやって来た。

 

「行くぞ」

 

 ランスロットは馬腹を蹴った。

 集団が移動を開始する。

 いずれにせよ、枢機卿のひとりの突然の投降という事態はあったものの、いまのところ一連の行動については順調といっていいだろう。

 ランスロットは、騎馬で進みながら頭の中でこれまでの動きについて整理をしていった。

 

 まずは、皇帝家が冥王復活を企てようとした陰謀を暴露するとともに、カロリックが皇帝家を庇護するという動きの宣伝工作──。

 これは順調だ。

 タリオ側の諜報組織が、皇帝家の陰謀とカロリック公国の皇帝保護の動きをあらゆる手段で宣伝をしているし、それらしい動きを作りあげてしまう偽装工作も準備を続けている。

 このまま進めば、気がつけば、カロリック公国のロクサーヌ大公を中心として、彼女たちが人類の敵である皇帝たちを匿ったというかたちができあがってしまうだろう。

 もちろん、偽の情報であるが、もっともらしい「兆候」はどんどんとできあがっている。

 

 また、一連の動きの中でもっとも最初に実行された皇帝直轄領への討伐行動──。

 これも計画通りだった。

 タリオ公国内の山岳地帯にある皇帝直轄領に、ランスロット軍の別動隊が攻め込んだのは三日前のことであり、あえて逃亡をさせた皇帝たちの一部は、別動隊が意図的に作った間隙を抜けて、うまくカロリック側に逃亡を続けている。

 ランスロットたちは、形式上、それを追ってきたのであり、逃亡を続ける皇帝たちは、タリオ軍の追撃にもかかわらず、依然として逃避行の状況だ。

 もっとも、実際は先に出していた前衛や送り込んでいる工作隊により、彼らの動きは完全に捕捉をさせている。

 仕掛けていないのは、本物のあの連中をひそかに惨殺して、偽者と入れ替えるという工作くらいだが、このままうまく動いてくれれば、それはしなくて済む。

 しかし、計算外だったのは、これから向かう三卿のひとりのハーデス卿の脱走と投降くらいだろう。

 

 いずれにしても、ランスロットは、皇帝直轄領から計画通りに皇帝たちを逃亡させると、主力についてはそのまま皇帝直轄領だった地域に数日留め、足の速い騎馬隊だけで編成した先遣隊を作って、一気に国境までやって来ていた。

 皇帝の一派がまだカロリック側に入っていないことはわかっているが、流言工作は進んでいて、彼らは、このままカロリック領内に逃げることになっている。

 そうなれば、彼らの役割は終わり、本当の作戦が開始となる。

 すなわち、タリオ軍によるカロリック領への侵攻だ。

 

 公都に留まっているアーサーによる、皇帝たちに引き起こした冥王の陰謀については各正面に喧伝されており、さらに一昨日は皇帝領で皇帝を捕らえたものの、彼らが逃亡したということも情報を流し終わった。

 厳重に包囲して捕らえた皇帝が逃亡を図ったという情報も派手に流したので、皇帝の一派がいまだにそれだけの実力があるのだと戦々恐々する流れもできあがっているかもしれないが、真実はランスロットが手筈に従って、意図的に逃亡をさせたというのが事実である。

 また、さらに、耳にしたところによれば、実際に皇帝家の陰謀の舞台となっていたナタル森林のエルフ族の女王家が、皇帝家の陰謀を後追いで世界通信という手段で発表をしたらしい。

 

 その魔道通信そのものには、出動している軍内にいたランスロットは接していないが、かなり印象的な女王の言葉だったようだ。

 まあ、そのときに、女王の口からは、あのハロンドールで出会った不思議な冒険者のロウ=ボルグこそ、英雄だと告げられたようだ。

 自分の英雄工作をしていたアーサーからすれば、不愉快な発表だったかもしれないが、ともあれ、これにより皇帝家の悪心は、疑うことのできない世界共通の認識となった。

 

 この状況で皇帝家を味方する存在など、当然ながら、皇帝家同様に人類の敵に違いない。

 その皇帝家の「味方」だと宣伝されているカロリックからすれば、いまは大混乱の極みだろう。

 それなのに、これといった対応をカロリック側がしていないのも、あの公国の末期症状だと思う。

 多くの諜報員をカロリック大公宮にも送り込んでいるが、大貴族たちの対立の結果として擁立された少女大公のロクサーヌは、実権を持っていない傀儡にすぎないので、重要な情報はなにひとつ入らない図式になっているみたいだ。

 だが、そのような態勢が、非常事態に対してうまく機能するわけもない。

 ロクサーヌを傀儡にして、それを牛耳る確たる者がいるならまだいいが、あの国は貴族間対立が続いており、各勢力がお互いの足を引っ張り合っているような状況なのだ。

 今回のことも、競争相手となる勢力を追い落とすための工作の材料として利用しようとしているのではないだろうか。

 

 まあ、勝手にやり合えばいい。

 連中が箱庭の中で争い合ううちに、本物の脅威があっという間に大公領を席巻して、公都を陥落させてしまうことになるはずだ。

 右往左往としていうちに、ランスロットたちが幻の皇帝一派を追って、公都まで軍を入れることになる。

 

 もはや、ランスロットの意識の大部分は、大義名分を作るための生贄となった皇帝家ではなく、カロリック公国軍に向いている。

 どうやって、一気にカロリックの公都までタリオ軍を進めるかだ。

 もっとも、それもほとんど問題は片付いている。

 カロリックを見限って降伏をする進軍沿いの領域の貴族たちの調略も順調であり、国境の城砦さえ攻略をすれば、内域側の領主たちの幾人かが、すぐにタリオ軍に投降することになっている。

 あとは勢いだ。

 

 いまのカロリック公国に忠誠を尽くして、命を張る領主がそれほどにいるとも思えない。

 おそらく、雪崩打つように、侵攻ルートの領主たちが降伏していくのではないかと予想している。

 問題となるのは、これから始める国境の城砦攻略くらいのはずだと、ランスロットは認識している。

 そのための策もランスロットは考えている。

 

 ランスロットが率いている軍全体は八千というところだが、ランスロットは主力の先遣の騎馬隊だけど連れてきており、その数は一千だ。

 後続の六千とは二日の距離があるが、ランスロットは自ら率いていた一千だけで、まずはカロリックの国境にある二城を落とすつもりだ。

 もしも、カロリック側がタリオ軍側の不審な動きを懸念したとしても、この主力との距離が奇襲になるだろう。

 

 つまりは、国境の城砦を守るカロリックの将軍も、もしかしたら、タリオ軍がカロリック公国との国境を越えるかもしれないと警戒したとしても、それは主力が到着する二日後以降だと判断すると思う。

 しかし、ランスロットは、この一千だけで奇襲をして、カロリックの国境の二城砦を攻略するつもりだ。

 

「ランスロット将軍──」

 

 ランスロットたちが前衛隊の野営地区に到着すると、すぐに隊長が報告をしてきた。

 その内容は、案内役の将校から聞かされたこととほぼ同様であり、ランスロットはすぐに、ハーデス卿のいる山小屋に案内するように命じた。

 すぐに、山小屋に到着する。

 

「しばらく入る。誰も入れるな……。リオーズ、お前もだ」

 

 馬上をおりたランスロットは、同行をしてきた隊長とリオーズに向かって声をかけた。

 リオーズはまだ、なにかを言いたそうだったが、結局は口を開かずに黙って頷いた。

 山小屋を見張っている一隊は十数名というところだろう。

 ランスロットと隊長に気がつくと、彼らが一斉に姿勢を正した。

 

「一応は、魔道具などのたぐいがないことは確認していますし、山小屋には魔道封じの魔石で囲ませています。しかし、得体の知れない皇帝家のこと……。将軍ひとりとは危険では……」

 

 前衛の隊長がひとりで山小屋に入ると告げたランスロットに言った。

 

「無用だ」

 

 しかし、ランスロットは首を横に振る。

 場合によっては、山小屋にいるハーデス卿をその場で処置する必要がある。

 もしもそれをしなければならないなら、そのような汚れ仕事をランスロットは、部下に強要したくはない。

 騎士というのは、無抵抗の相手を殺害するのは矜持に反するものだ。

 だから、余人には任せずに、ランスロットはひとりで会うことにした。

 汚い仕事をするならは、ランスロットだけでいい……。

 

「では、お気を付けて……」

 

 隊長が言った。

 ランスロットは頷いた。

 そして、山小屋に歩いていく。

 

「ご苦労様です──」

 

 扉に立っている兵ふたりがランスロットに向かって直立不動の姿勢になり敬礼をした。

 ランスロットは扉を開けるように命じた。

 扉が開き、ランスロットは室内に入った。

 小さな山小屋で、中には部屋はひとつしかない。

 だが、後ろ手に扉を閉め、中を確認してランスロットは驚いた。

 山小屋の中には粗末な木のテーブルと椅子がひとつずつあったのだが、唯一の椅子に小さな女の子が座っていたからだ。

 一瞬、ハーデス卿がどこにいるかわからなかったが、ハーデス卿であろうと思う人物は、山小屋の隅に膝を抱えるようにして座っていたのだ。

 ランスロットは目を見張った。

 そもそも、誰だ、この童女は?

 山小屋には、ハーデス卿しかいないと聞いていたのだが……。

 

「お初にお目にかかる、ランスロット将軍。わらわはメビウス……。そこなるハーデス卿の侍女である。よろしく頼む」

 

 椅子に座ったままランスロットに身体を向けたメビウスと名乗る少女が微笑んだ。

 年齢でいえば、十歳……、それくらいか?

 人間族の少女?

 だが、どうして?

 

「メビウス……? しかし、ここには、ハーデス卿しかいないと……」

 

 困惑したが、もしかしたら、部下たちは、侍女を人数に数えなかったのだろうか……?

 貴族社会では、従者などを人数に入れないのはよくあることだが……。

 

「まあ、ちょっとした特技があってな……。わらわはとても目立たんのだ。だが、その能力も、わらわの記憶も封印から解けたばかりじゃ。どうやら、あれが死ぬまでは、わらわは、そこの人間の侍女としての暗示をかけられていたらしくてな……。つまりは、おそらく、あれは死んだのだろうて」

 

 少女がにやりと笑った。

 本能が彼女は危険だと警告した。

 おそらく、魔道遣い……。

 しかも、この隊の連中が、それを見抜けなかったということは、かなりの高位の遣い手……。

 ランスロットは、咄嗟に剣を抜こうとした。

 

「復讐には興味はないが、生き残るためには、あの年寄りどもとは一緒にはおれん。なあ、わらわを逃がしてくれ。そうすれば、能力を貸してやろう……。なんなら、そなたを王にでも、皇帝にでもしてやろう……。ああ、答えはよいぞ。返事は求めておらん」

 

「な、なんだ、お前は……。くっ、かっ……」

 

 しかし、剣が抜けない……。

 それどころか、声も出なくなった。

 ランスロットの背にどっと冷たいものが流れる。

 すると、メビウスと名乗る少女が立ちあがった。

 また、ハーデス卿と思う人物は、いまだに小屋の隅に踞ったまま、びくりとも動かない。そっちはそっちで異常だ。

 

「有名なランスロット将軍とわらわとの友愛の証として、珍棒でもお舐めしようぞ。わらわが、将軍に他意のない印じゃ。男はこういうのが好きなのであろう? 封印を解かれる前のわらわは、そこなる木偶(でく)の慰み者だったのだぞ。この身体だが性技も仕込まれておる。いまは時間もないだろうから口でな……。だが、いつでも呼び出してくれ。わらわはいつでもそなたの影に隠れておる」

 

 メビウスがランスロットの前に跪き、びっくりしたことにランスロットのズボンの前を開いて性器を出し、いきなり口に咥える。

 しかも、ぺろぺろと舐め始める。

 ランスロットは驚愕した。

 だが、抵抗できない。

 身体は金縛りになったように動かないのだ。

 少女の舌の刺激に、ランスロットの“男”はあっという間に勃起して、さらにあまりの気持ちよさに、背筋を貫くような快感が込みあがっていく。

 

「くおっ」

 

 そして、あっという間に暴発した。

 メビウスの小さな口にランスロットの精がぶちまけられる。

 

「なんじゃ、その木偶よりも早いな……。まさか童貞ということではあるまいな。だったら悪いことをしたか? まあよい。気持ちよかったであろう? わらわを受け入れてくれれば、わらわ自身でも、それとも別の女でも選り取り見取りじゃ。まあ、やはり、答えは訊かんがな」

 

 メビウスがランスロットの精を飲み込みながら言った。

 頭が白くなり、ランスロットはなにもわからなくなった。

 

 

 *

 

 

 山小屋から出てきたランスロットを見て、リオーズはちょっと驚いた。

 ランスロットが剣を抜いたまま出てきて、しかも、その剣に血が滴っていたからだ。よく見れば、軍服に幾らかの返り血がついている。

 もしかして、小屋の中で枢機卿を斬ってきたのか?

 

 アーサー大公の腹心であり、右腕とも称されているこのランスロットだったが、欠点といえば、心が素直で綺麗すぎるところだろう。

 軍人にしては駆け引きを嫌い、卑怯なことや狡いことをやりたがらない。

 騎士としては素晴らしいが、人の上に立つ者としてはどうなのだろう。

 かねがねそう思っていた。

 

 今回のことだってそうだ。

 リオーズたちの任務は、皇帝一派がカロリック公国に逃亡するように仕向け、さらにカロリック公国がそれを支援するという図式を作り、それを大義名分して、カロリックに攻めることである。

 だが、純粋な軍人であるランスロットは、陰謀のようなことを喜ばず、討伐の包囲から脱出したとみせかけている皇帝一派を苦労してカロリック側に追い立てるということを続けている。

 リオーズに言わせれば、ばかばかしいことだ。

 

 すでに準備ができているのだがら、さっさと連中は山の中で皆殺しにして、偽者たちと入れ替えて、そのまま替え玉をカロリック領に侵入させればいいのだ。

 そっちの方が早いし、自由自在に動かせる。

 いくらでも謀略につなげられる。

 しかし、やらない。

 おそらく、そんなことは卑怯だとか、残酷だとか、皇帝一派に同行している女たちに手を掛けたくないとか考えているのだと思う。

 ランスロットは、そういう軍人なのだ。

 

 投降してきたという枢機卿のことだって、わざわざ会うことなどないのだ。

 こういう工作をしている以上、投降を許すなどありえない。問答無用で消すしかないのだ。なかったことにする以外の結論などありえん。

 殺さずに監禁をした前衛の隊長には叱責こそ与えるべきであり、そのハーデス卿とやらにも、ランスロットが自ら会う必要などないのだ。

 だから、リオーズは自分が対処しようと言ったのである。

 

 まあ、ランスロットの考えは、おそらく理解している。 

 多分、汚れ仕事をするなら、部下ではなく自分が……とか考えているのだと思う。

 それが、心が綺麗すぎるというのだ。

 

 しかし、随分と早く戻ったと思った。

 山小屋に入ってからいくらも経っていない。

 ランスロットには珍しく、あっさりと殺してきたのか?

 

「山小屋に油を巻いて、火をかけろ。燃やすのだ。室内は改めるな。すぐに火をかけろ」

 

 ランスロットが剣を振って、血の滴を弾き飛ばしながら、前衛隊長に向かって言った。

 

「はっ」

 

 隊長が指示を与えるために離れていく。

 リオーズはランスロットに近寄った。

 

「処分したのですか? なにか喋りましたか?」

 

 殺したことは間違いないと思うが、これほどに簡単にランスロットが相手を処分してきたのが不思議だったのだ。

 なにかあったのだろうかと思ったのだ。

 

「処分? なんのことだ? 小屋には誰もいなかったぞ」

 

 ランスロットが剣を鞘にしまいながらにやりと微笑んだ。

 その表情があまりにも、ランスロットらしくない顔だったので、ちょっとリオーズは訝しんだ。

 

「そ、そうですか……」

 

「それよりも、リオーズ。陽が沈んだら、お前が捕捉させている老人たちを殲滅させろ。お前の案に従うことにする。そのまま入れ替えるのだ」

 

 ランスロットが事も無げに言った。

 リオーズは驚いた。

 あんなに嫌がっていたのに……。

 おそらく、小屋でなにかがあったのだと思う。この善良すぎる若将軍の矜持を変化させるようななにかが……。

 だが、まあいいことだ。

 やっと、リオーズの意見が通るのだ。

 

「すぐに……」

 

 リオーズは頭をさげた。

 そうとなれば、すぐに指示をする必要がある。

 朝までに終わらせるとなれば、かなり忙しい。

 しかし、立ち去ろうとするリオーズをランスロットが呼びとめた。

 

「承知しているとは思うが、老人たちについているのは男だけでない。侍女や女官の女たちが同行している。幾人かは年端もいかない娘もいるようだ。処置する者たちには、情けをかけるなと厳命しておけ。殺す前に犯すくらいは構わんが、情がうつって逃がしてしまうようなことがないようにとな」

 

 ランスロットがからからと笑った。

 今度こそびっくりした。

 およそ、ランスロットにはあり得ない物言いだ。

 女であろうと、子供であろうと皆殺しは当たり前だが、犯してもいいが殺せだと?

 どうしたのだ?

 

「もちろん、逃がしはしません。老人狩りには、私が直接当たりますから」

 

「そうか……。なら、安心だな。明日の朝には、どんな味だったか教えてくれ。枯れた連中だが若い娘を集めて、無理矢理にそういうことに使っているらしい。娘たちは慈悲だ。一緒に殺してやれ」

 

「わ、わかりました……」

 

 やはり、ハーデス卿とやらに、なにかを聞いたのだろうな。

 だから、ランスロットの逆鱗に触れたのか?

 それにしても、味を教えてくれ?

 この潔癖そうな将軍から、初めて卑猥な冗談を聞いたかもしれない。

 リオーズは首を傾げつつ、ランスロットのそばから離れていった。






 *


【ランスロット=デラク】

 諸王国時代のタリオ公国の将軍。中級貴族のデラク家の出身であるが、アーサー=ブリテンの改革路線に同調し、アーサーの腹心となって、大公就任を武断により支えた。
 アーサー台頭に伴うタリオ公国内の内乱や、その後のカロリック侵攻、さらにエルニア戦役などで活躍する。
 …………。
 …………。
 しかしながら、タリオ公国が、ハロンドール王国が対立する過程において……。

 昵懇な関係であったと伝えられているランスロットとアーサーが対立に至った理由は現在でもよくわかっていないが、もっとも大きな要因がアーサーが冷遇した公妃エリザベートとの不義の恋であることは確かである。数多くの演劇で描かれるように、実際にエリザベートがアーサーのもとから離れて、ランスロットに身を寄せたのが歴史的な事実であるのは間違いない。

 伝承されるところによれば、公妃エリザベートの不義を理由とした処刑執行において、ランスロットは……。
 …………。
 …………。


 ボルティモア著『万世大辞典』より
 (ここに再録した引用文は、すべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


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 第46話  クロノス親衛隊
534 アナルで攻守交代


「はあ、はあ、はあ……、じゃあ、次はコゼとユイナよ。ロウ様をお願いね」

 

「ふう……、そ、そうだな。戻ったら、ま、また復帰できると思う。すまないが頼む……」

 

 一郎が何度目かの精を出し終わると、エリカとシャングリアが立ちあがって、コゼたちを促した。

 ふたりともかなり息が切れている。

 汗びっしょりだし、腰が抜けている感じだ。

 このまま強引に抱き続けるのもいいが、まだまだ夜は長い。

 一郎は、淫魔術でふたりに回復術を施した。

 まだ、だるそうだが、なんとか動けるくらいになり、エリカとシャングリアが立ちあがる。

 

「おう、じゃあ、ブルイネンとガドによろしくな」

 

 一郎は裸身のまま、汗や膣汁を拭き始めるふたりに声をかけた。

 それに、ふたりはちょっと用事があるということなのだ。

 本人たちも用件はわからないみたいだが、ブルイネンを通じて、ガドニエルに呼ばれているのである。

 夕方以降であれば、いつでもいいと言われているみたいであり、一郎の相手を優先していたが、そろそろ行くと言っている。

 

 まだ、次の順番のコゼとユイナもいるし、ふたりは一時的に開放することにした。

 シャングリアの物言いじゃないが、どうせ、すぐに復帰させることになるはずだ。

 夜はまだ長い。

 

 それにしても、ガドニエルがふたりを呼び出す理由はなんだろう?

 珍しいこともあるものだと思った。

 もしかしたら、準備しているという式典のことか?

 なにしろ、ガドニエルとアスカは、今回の一連の一郎たちの功績に報いるために、なにか式典を準備してくれているみたいなのだ。

 一郎はわざわざいいと一度は遠慮したが、けじめをつけないと女王家としても困ると言われ、特にアスカに押しきられた。

 

 そして、その式典が終わり次第に、ハロンドールに戻ることになるだろう。

 しかし、準備には時間がかかっているようだ。

 だから、一郎たちがここにいるのも続いているのだが、もしかしてその用件か?

 まあ、なんでもいいが……。

 

 水晶宮にあてがわれている一郎たちの部屋である。

 ひとつの客室だが四個も部屋があり、一郎は、その中の一番大きなこの広間をメインのプレイルームのように使っていた。

 つまりは、女たちを嗜虐的に抱く場所だ。

 もっとも、ほかの部屋にある大きな寝台の上で抱くこともあれば、逆にここの床で全員を乱交気味に抱いて、そのまま雑魚寝することもあるし、まあ、いろいろだ。

 今日は、多人数を相手するプレイをずっとしていたので、ここに集まっていたというわけだ。

 

 いずれにしても、今日の午前中はアスカの呼び出しがあり、例のガドニエルの五人侍女の調教が終わったので、どうか味見をして欲しいと言われて出掛けていた。

 そこで、すっかりと従順となり、アスカの施した貞操帯の刺激を受け続けている彼女たちから、五人がかりの全身舌奉仕をいうのを受けた後、ひとりひとりの貞操帯を外して全員を抱き潰し、さらにアスカを抱いてきたのだ。

 

 一方で、ガドニエルは用事ができて、急遽いなくなったということで不在だった。

 たとえ、国家的な一大事があるとしても、一郎との逢瀬を優先するような淫乱女王様なので、珍しいこともあると思ったが、例の式典準備のこともあるようたし、まあ都合も色々とあるのだろう。

 

 その後、部屋に戻ると一郎の女たちはほぼ揃っていて、とりあえず全員を抱き潰し、その後、早目の夕食ということになった。

 ただ、イライジャは、新しい情報が入ったという連絡がシティの冒険者ギルドからあり、急遽、出ていっていた。

 ハロンドールの動向に関することらしく、そのときに、気乗りしなさそうなスクルドも強引に連れていったのだ。

 まあ、ここで、いまのハロンドールの動向に一番詳しいのはスクルドなのだから、当然といえば当然なのだが、スクルドはほんの少しでも一郎と離れるのを嫌そうだった。

 エリカとコゼに強引に出されたが……。

 

 そして、夕食後は、もちろん、またまたいつもの逢瀬である。

 しかし、そのとき、夕食前の性交の疲労が取れないらしく、ミウとマーズとイットは、かなり眠そうな感じだった。

 このところ、またもや、淫魔師レベルが爆あがりしたためか、どうにも性欲が強すぎて、女たちの負担をかけてしまう気がする。

 絶倫度があがったというだけじゃなく、一郎の愛撫で与える女の快感度合いが跳ねあがった感じなのだ。だから、あっという間に、女たちは連続絶頂を繰り返してしまう。

 面白いから調子に乗ったら、全員が動かなくなったというわけだ。 

 しかし、ミウはまだ十一歳でこれから成長をする童女だし、イットもマーズも一人前の身体に思えても、まだ十六歳だ。

 少しは自重しなければなあと反省をした。

 

 とにかく、いつもは一緒に休むことが多いのだが、それだと、どうしても、一郎の好色に彼女たちを巻き込んでしまうので、ミウたち三人には夕食が終わったときに、今夜は隣室で休むように命令した。

 三人は素直に別室に移っていった。

 余程に疲れていたのだろう。

 

 残ったのが、エリカ、シャングリア、コゼ、ユイナの四人というわけだ。

 そして、エリカとシャングリアを抱き終わり、次はコゼとユイナというわけだ。

 ユイナもまた、ミウたちと一緒に抱いていたのだが、禁忌の回復術とやらで、早々と回復していて、もう一回戦くらいいけそうな感じだ。

 まあ、ミウやイットたちの身体には気を使わなければならないような気がするが、ユイナにはまったく気を使う気持ちにならないから不思議だ。

 

「一緒に調教してもらうといい。少しは仲良くなるようにな」

 

 シャングリアも笑った。

 

「別に仲悪くないわよ。ただ、コゼがいつも突っかかってくるから」

 

「あたしがっ? そもそも、馴れ馴れしく呼び捨てするのは許してないわよ、性悪娘」

 

「じゃあね、コゼ、ユイナ……。では、行ってきます、ロウ様」

 

「じゃあ、ロウ。行ってくる」

 

「ああ」

 

 エリカとシャングリアが声をかけ、ふたりが出ていく。

 それにしても、このふたりだけが相手というのは珍しいか……?

 いや、初めてだろう。

 まあ、折角だから愉しむか……。

 

「じゃあ、相手をしてもらおうか。来いよ」

 

 一郎は、広い場所に巨大なマットを亜空間から出して、その上にいたのだが、そのまま中心で胡坐をかいた。

 コゼとユイナが、一瞬だけ顔を見合わせるような仕草をしたが、すぐに身体ごと背を向けて、それぞれに身についているものを脱ぎ始める。

 待機のあいだは、服を着ていたのだ。

 ただ、一郎にも、お互いにも、ふたりは背を向けるように、黙々と服を脱いでいく。

 いつまで経っても、人前で自ら服を脱ぐというのは慣れるものじゃないらしい。

 一郎の女たちの中で平気そうに服を脱ぐ者はいない。

 それにしても、本当に仲が悪いのだろう。

 さっきから会話らしい会話もない。

 一郎は苦笑した。

 

「ご主人様、調教よろしくお願いします──」

 

 先に全裸になったコゼが駆け寄って来て、一郎の胡坐座りの膝の上に跨るようにしてきた。

 

「あっ、また──」

 

 すると、ちょっと出遅れたユイナが不満そうにやってくる。

 だが、完全に一郎をコゼが独占しているような感じなので、むっとしている様子だ。

 

「ちょっと、脇にどいてよ、コゼ」

 

 ユイナが横で立ったまま声をあげた。

 ちょっと怒っている。

 それでいて、しっかりと両手で股間と胸を隠している。

 いまさらと思うが、恥ずかしいことは恥ずかしいのだろう。

 普段が生意気なだけで、裸を見られることに羞恥を示す仕草は、それはそれで可愛いと思う。

 

 また、隠している手からは、股間には性的に興奮すると浮き出る性印、つまりは隠し刺青が漏れ見えている。無論、陰毛はなくつるつるだ。

 一郎の女全員にしているものと同じであり、塔と二匹の蛇というボルグ家の家紋だ。もちろん、この刺青を動かして、もてあそぶことも可能だ。

 まあ、やっとユイナも一郎たちの正式の仲間ということである。

 

「ご主人様、いっぱい愛してくださいね。大好きです」

 

 しかし、コゼが無視して、一郎にぎゅっと抱きついてきて、口づけを迫ってくる。

 一郎はコゼを抱き締めると、唇と唇を重ねて舌を入れた。

 舌と舌を絡め、唾液を吸い、たっぷりと口の中の性感帯を舐め回して刺激をしてやる。

 口にも態度にも出さないが、一郎にはユイナが、コゼに対する嫉妬のようなもので腹をたてているのがわかる。

 だから、わざと見せびらかすように、甘く口づけをしてやった。

 一郎の腕の中のコゼが脱力していく一方で、ユイナがむっとしているのが横目で見える。

 

「あ、ああ、あああ……」

 

 コゼが呆けたような喘ぎ声を出して、すぐに裸身を波打たせた。

 そのあいだも、一郎はコゼの口の中で舌を動かし続け、口の中のあらゆる部分を舐め、擦り、掻き回す。

 すべて、赤い性感のもやがあるところだ。

 さらに舌の先に吸いつくようにぎゅっと力を入れてやる。

 

「ああ、ひ、ひもひいいでしゅう」

 

 コゼが唾液を垂らしながら、くねくねと腰を動かす。

 すでにたっぷりと股間が濡れ、エリカたちを抱き終わって、裸のままだったロウの股間の上にべっとりとコゼの体液が垂れるのがわかった。

 身体を手で隠したままのユイナが、ひとりだけ置いてけぼりをされて、ますますむっとしていく。

 

 面白い……。

 

「コ、コゼもロウも、聞こえないの──。わ、わたしにも……」

 

 まだ、立ったままのユイナが苛立ちの声を出す。

 コゼがわざと一郎を独占したようにしているのがわかっているので、怒っていて顔が真っ赤だ。

 憎まれ口が多いユイナだが、やっとこのところ、素直に一郎には愛情のようなものを示すようになった。

 まあ、相変わらず、性格がきついので、ほかの女とも衝突が多いようだが……。

 

「ああ、もう……コゼにください。いっぱいください。なんでもしますから……。どんなことでも言ってくださいね、ご主人様」

 

 唇を離すと、コゼが一郎の頬に甘えるように、自分の頬を擦りつけてくる。

 まるで、猫みたいだな、と思った。

 それはいいのだが、とことんコゼはユイナを無視している。

 一郎はあからさまなコゼの態度にくすりと笑ってしまった。

 

「じゃあ、両手を後ろだ」

 

「はい」

 

 コゼがさっと一郎の背中から手を離して両手を背中に回して、水平に重ねる。瞬時に、一郎の粘性体がコゼの腕を包んでしまう。

 さらに、粘性体を縄に変化させる。後手縛りのできあがりだ。

 一郎の淫魔師レベルがさらにあがったことで可能になった新しい能力である。

 縄はちょっときつめにした。

 そっちの方がコゼが喜ぶからだ。

 

「ああ、ご、ご主人様の縄はいつも、き、気持ちいいです」

 

 案の定、コゼは早くも縄酔いの雰囲気を示す。

 一郎は可愛さにほくそ笑んだ。

 

「俺からおりて、胡座に座れ、コゼ」

 

 一郎は、コゼに胡坐に脚を組むように指示した。

 コゼが素直に従う。

 すると、ユイナがその隙に、一郎の前に割って入ろうとするが、それよりも早く、コゼが背中でユイナを阻むように、身体を動かした。

 

「ちょ、ちょっと、いい加減にしてよ、コゼ──。わ、わたしだって、こいつに甘えたいのよ──」

 

 流石にユイナが大声をあげた。

 それにしても、仲が悪いなあ。

 これはこれで、愉しくなってくる。

 

「待てよ、ユイナ……。面白いことをさせてやるから……」

 

 一郎はユイナに声をかけた。

 

「はあ?」

「えっ?」

 

 ユイナだけでなく、コゼも困惑の声を出したが、そのときには、胡坐に組ませたコゼの身体を粘性体で固定してしまっている。

 やはり、すぐに縄に変える。

 胡座に足を縛る縄を首にと掛けていく。

 ぐっと絞る。

 

「うっ」

 

 コゼが苦しそうに息を吐く。

 だが、稀代のアサシン女もこれで身動きできない。

 一郎は、とんとコゼを倒して、コゼを胡坐に拘束したままうつ伏せに倒してしまった。

 

「あっ」

 

 コゼが悲鳴に近い声を出したが、さらに首や胴体を粘性体でベルト状に固定し、マットから離れられないようにした。

 これで、コゼは股間と尻を、高尻の格好でさらけ出したまま身動きすることはできない。

 

「じゃあ、仲の悪いお前らに、ちょっとは仲良しになれるようなきっかけを作ってやるよ。ユイナ、これをコゼの尻の穴に塗り込んでやるんだ。塗り方はわかるだろう?」

 

 一郎はいつもの掻痒効果のある潤滑油の入った小壺を亜空間から出すと、ユイナの手に押しつけた。

 

「へえ、コゼを責めさせてくれるの? あんたの女になってから、一番愉快な遊びよ。じゃあ、コゼちゃん、覚悟してね」

 

 ユイナが指でたっぷりと粘性物を指に乗せると、すっとコゼの尻の穴に近づけていく。

 

「いやあっ、ご主人様、勘弁してください。こいつに、あたしを責めさせるなんて──」

 

 コゼが絶叫した。

 しかし、すでに粘性体から変化した縄で拘束しているので、コゼは身動きできない。

 軟膏がコゼの尻の穴に触れ、コゼがぎゅっと肉の蕾を絞り込ませるとともに、激しくお尻を振って抵抗しようとする。

 せめてもの抵抗のつもりなんだろう。

 

「暴れないのよ、コゼちゃん。ほら、暴れると気持ちよくなっちゃうわよ」

 

 ユイナがコゼの尻たぶを押さえて、ぐいっと指を入れた。

 すかさず、すぐに指が抜けないように、コゼのお尻の中でかぎ状に曲げたようだ。

 

「んああああっ」

 

 コゼが大きく喘ぐ湯にして、上体を仰がせる。

 

「反応がいいだろう? コゼは、俺と出逢ってから、前よりも先にこっちの穴を調教してやったくらいだ。まるでまんこのように柔らかくて敏感なんだ……。お前と一緒だな、ユイナ……。コゼをしっかりと調教してみろ」

 

「なっ」

 

 ユイナが絶句して、顔を真っ赤にした。

 また、一郎の淫魔術のかかった魔眼により、ユイナのお尻に性感を示す桃色のもやがぽっと灯るのがわかる。いや、お尻だけじゃなく、身体のあちこちが一斉に桃色や赤色のもやが生まれている……。

 どうやら、一郎の言葉に身体が反応してしまったようだ。

 乳首なんて、ぴんと勃起してしまっている。

 しかし、後で可愛がってやるつもりとしても、いまはコゼをこのまま責めさせようと思っている。

 

「どうした? もういいのか、ユイナ? だったら攻守交替にするか」

 

「じょ、冗談でしょう。ほら、コゼ、まだ足りないでしょう。もっと入れてあげるわね。わたしじゃないわよ。こいつがやれってけしかけているんだからね」

 

 ユイナがけらけらと笑いながら、さらにひとすくい、ふたすくいと膏薬を刷り込んでいく。

 そのたびに、わざとお尻の中をいたぶり、コゼにあられもない声をあげさせては、からかいの言葉をかけている。

 自分自身もお尻が弱いので、どこをどうすれば、コゼが感じてしまうのかというのがわかるのか、一郎から見ても、なかなかの手管だ。

 コゼは屈辱で顔を真っ赤にして、必死に歯を喰いしばっては、ユイナの指で甘い声をあげさせられている。

 

 それにしても、ユイナはエスの素質ありだな。

 ふと思った。

 

 いや……。

 そうはいっても、コゼが惨めそうに泣きよがるたびに、ユイナの裸体の身体の性感のもやが濃くなって、どんどんと拡がる。

 よく見ると、身体は赤く火照り、肌には汗がにじんでいる。

 内腿にはつっと愛液が滴っていもきていた。

 

 前言撤回だ。

 これは、自分が同じことをされることを想像して、濡れまくっているみたいだ。

 やっぱり、マゾだ。

 一郎はほくそ笑んだ。 

 

「もういいだろう。じゃあ、どっちがいい、ユイナ?」

 

 一郎はユイナに、小筆とともに、向こうの世界のアナル淫具を模して作った道具を仮想空間から出して、差し出す。

 淫具はいわゆる、「アナルビーズ」というやつだ。七個ほどの球体が連なって紐で繋がっているものであり、先端は小指の先ほどだが、七個目になると一郎の勃起した男根よりも太い径になっている。

 一個一個指で押し込んで使うのだが、それだけじゃなく、一郎が淫魔術を注ぐと、回転と蠕動運動をえげつなくさせることができる。ユイナは魔道が遣えるので、魔道でも動かせるはずだ。

 

「どっちもよ」

 

 ユイナは両方とも持っていった。

 しかし、ユイナはすぐにはなにもしなかった。

 やっぱり、責め方をわかっている。

 やがて、コゼがお尻をぶるぶると震わせ始めた。

 

「ああっ、くうううっ」

 

 そして、大きな声をあげた。

 いよいよ、軟膏の痒みが効果を及ぼし始めたのだ。

 

「ははは、痒いのね、コゼちゃん。どうして欲しい? 筆でくすぐるのと、こいつの準備した淫具(おもちゃ)でいたぶるのとどっちがいい?」

 

「ああっ、あ、後で覚えてなさいよ、ユイナ──。ああっ、か、痒いいい」

 

「そりゃあ、覚えているわよ。どうせ、こいつのことだから、後で交代させるつもりに決まってんだから。でも、いまは、わたしの番みたいね。だから、たっぷりと口惜しがってちょうだい。ほら、筆がいい?」

 

 交代させる予定なのを、よくわかっているじゃないかと思った。

 しかし、ユイナもすっかりと悦に浸っているようだ。

 心から愉しそうな表情をしている。

 ユイナが小筆をこちょこちょとコゼのお尻の周りに這わせる。

 

「んひいいいっ、いやああ、わ、わかった──。わかったわ。淫具で……、淫具で責めてええ」

 

 ついに、コゼが叫んだ。

 

「ははは、面白おおい。そんなに筆はいや、コゼちゃん?」

 

 ユイナが筆をコゼの上で動かしながら笑う。

 

「い、いやよ、ふ、筆はいやあ、んひいいいっ、はあああ。お、おもちゃよお──。玩具、使ってええっ」

 

 筆が動くたびにコゼが拘束された身体をのたうち回らせる。

 しかし、ユイナは執拗にコゼのお尻の筆を動かし続ける。

 それにしても、痒みに苛まれている尻の穴を繊細な筆でくすぐられるもどかしさと苦しさは堪らないだろう。

 コゼは早くも半狂乱になっている。

 

「お願いだから、淫具で遊んでください、ユイナ様って、言ったら淫具を使ってあげるわよ」

 

 ユイナが筆を動かしながら笑った。

 コゼが歯を喰いしばって、耐える様子を示したのは、ほんの少しだ。

 

「お、お願いだから、淫具を使って、ユイナ様──。だ、だから、も、もう、筆はやめてええ」

 

 すぐにコゼが絶叫した。

 ユイナが満足そうに高笑いした。

 

「ああ、超気持ちいい。だったら、もうしばらく筆で遊びましょうね、コゼちゃん」

 

「ひ、卑怯者おおっ」

 

 ユイナが筆を動かし続け、コゼが悲鳴をあげた。

 一郎はユイナの底意地の悪さに呆れてしまった。

 結局、ユイナはコゼの悶え声が完全に泣き声に代わるまで筆責めを続け、やっと淫具を手に取った。

 そして、一個、一個と球体を押し入れては、愉しそうに笑い、そして、抜いてはコゼを悶えさせ、また押し入れるということを繰り返した。

 ねちっこく、何度も何度もだ。

 

 それにしても、あとで同じことを……あるいは、それ以上のことをやり返されるとわかっているのに、まったく容赦はない。

 それはそれで、ユイナもいい根性をしていると感心してしまった。

 

 そして、ユイナは、かなり執拗に淫具による責めを続け、コゼの悶えがとまらなくなったところで、コゼのお尻の穴に淫具を全部呑み込ませ、理力を注ぎ込んで淫具を振動させた。

 

「ああああっ、んぐううう」

 

 コゼが気をやったのはあっという間だ。

 一郎はコゼを拘束していた足の縄を消滅させた。後手縛りはそのままだ。

 

「ああっ」

 

 コゼがばったりと身体を横倒しになる。

 

「んあっ」

 

 しかし、まだ淫具が肛門の奥まで入りっぱなしになっているのだ。

 倒れた衝撃で淫具が動いて、コゼが身体を弓なりにして悶えた。

 

「よく頑張ったな。さあ、入れてやろう」

 

 一郎は脱力しているコゼを引き寄せ、自分は寝そべり、騎上位の体勢でコゼの股間を怒張の上に咥えさせていく。

 

「あ、あああっ、ご、主人さまあ」

 

 コゼが激しく悶えて、背を弓なりにのけ反らせる。

 一郎は倒れそうになったコゼを腰を持って支え、そのまま上下に動かした。

 

「いやあ、あああ、はああ、お、おかしくなる。はあああっ」

 

 コゼが激しく悶える。

 

「ユイナ、まだ挿入しっ放しの淫具でコゼを責めてくれ」

 

「ふふふ、お安いごようよ。じゃあ、コゼちゃん、頑張るのよ」

 

 ユイナがコゼの背中に取りつき、一郎の股間に乗っている淫具を引っ張り出したり、押し込んだりしてくる。

 振動も繰り返している。

 

「いひいいっ」

 

 コゼが絶叫した。

 そのあいだも、一郎がコゼの小柄な身体を上下運動で責めたてている。

 コゼの膣と肛門を挟む肉壁越しに、ごしごしと淫具がコゼのお尻を責める刺激が一郎にも伝わる。

 膣を犯されながら、お尻を責められるコゼが二度目の絶頂をしたのは、そんなに長い時間が経ってからではなかった。

 

「いぐうううっ」

 

 コゼが悶絶した。

 一郎はそれに合わせるように下から精を放つ。

 

「ほら、こっちもよ、コゼちゃん」

 

 ユイナが笑いながら、淫具を一気に引っこ抜いた。

 

「あひいいい」

 

 達したばかりのコゼが、それにより、さらに絶頂して果てた。

 一郎の上でコゼが完全に脱力する。

 気を失ったようだ。

 一郎はコゼを身体の上からおろし、ぐったりとなったコゼの裸体を横にさせる。

 

「ああ、面白かった。こいつ、本当にお尻が弱いのね。本当に愉しい」

 

 ユイナが淫具をぽんとコゼの横に投げ捨てながら笑った。

 一郎は苦笑した。

 

「お前も結構、根性あるんだな。これから同じことをやり返されるんだぞ。普通は責めを躊躇するだろうに」

 

「ごめんね。そんな可愛い性格じゃないのよ。それよりも、次はわたしよ」

 

 ユイナは一郎が命じる前に、自ら両手を背中に回して、脚を胡坐に組む。

 一郎は粘性体を飛ばして、ユイナをその状態から動けないように拘束した。

 すると、コゼが身じろぎしだした。

 軽い失神状態から意識を戻したようだ。

 

「コゼ、まだだるいなら、横になっていてもいいぞ。次はユイナの番だけどな」

 

 一郎は声をかけた。

 短い時間で三度も気をやったのだ。

 まだ、身体がいうことをきかないはずだ。

 

「じょ、冗談じゃないです……。ユ、ユイナ、覚悟なさいよ──」

 

 コゼがまだ足元をふらつかせながらも、例の掻痒剤を手に取った。

 さっき自分がやられたのと同じように、ユイナを胡坐拘束のまま、うつ伏せに押し倒す。

 

「お手柔らかにね、コゼちゃん」

 

 ユイナが横顔をマットに押しつけられながら、ちょっとお道化た口調で言った。

 

「次にコゼちゃんと呼んだら、朝まで放置するわよ」

 

 コゼがユイナの無防備なお尻の穴に膏薬を乗せた指を突っ込んだ。

 

「んふうううっ、はああっ」

 

 ユイナの顔から余裕が掻き消え、すぐに悶え震え始める。

 

「言っておくけど、倍返しよ。いいわね」

 

 コゼが再び膏薬を指に乗せ、今度は前の穴にも伸ばした。

 

「ひあああっ、わ、わたしはそこは塗ってないじゃないのよお──」

 

「倍返しと言ったでしょう。でも、やっぱり、あんたも可愛い声して泣くのね。ほら、お豆ちゃんにたっぷりと塗ろうね。最初の筆責めはここからよ」

 

 コゼはユイナをひっくり返して仰向けにすると、クリトリスに指を伸ばし、器用に皮を剥いて薬剤を塗り始めた。

 

「ひいいっ、いやあああ」

 

 ユイナが奇声をあげた。  



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535 クロノス性処理候補生

 三十名のエルフ族の女戦士が準備された水晶宮の広間の一室に集まっていた。

 エリカは、整列をしているエルフの女将兵たちに向かい合うように、ブルイネンやシャングリアとともに立っている。

 三人の中心がブルイネンであり、それをエリカとシャングリアで挟むかたちだ。

 

 とにかく、呼ばれたからここにいるのだが、いまだに困惑はある。

 式典のような形式にしたのは、女王であるガドニエルの発案らしいが、とりあえず説明には納得はしたし、協力には応じたものの、こんな状況になるとは予想してなかったのだ。

 もともとは、エリカの言葉が始まりだったみたいだが、エリカはこんな大々的な形式は考えてはいなかった。

 そもそも、そういう性質のものではないし……。

 

 いずれにしても、ブルイネンはガドニエルの指示で中心になって準備に動いていたようだが、エリカとシャングリアはたったいま聞いたばかりだ。

 しかし、筆頭奴隷として、協力してくれとブルイネンに頭をさげられて、拒否することもできない。

 エリカだけではなく、シャングリアにも声をかけたのは、なんとなく話が通じそうだったかららしいが、ともかく、エリカはシャングリアとともに、発起人という立場でここに立つことになったのだ。

 そもそもの始まりが、エリカがブルイネンに相談のようなことを口にしたのがきっかけなのは間違いないし……。

 

 ともかく、この場所はガドニエルが自ら指示をして準備をした場所であり、いつもは使うことがない大広間だそうだ。

 この場所で国賓との宴をすることもあるし、舞踏会のようなこともできるようになっているとのことだ。

 とにかく広い。

 しかし、いまはなにも調度品は置いていないので閑散としている。

 その代わりに、柔らかい感触の真っ赤な絨毯が敷き詰めてある。真っ赤な絨毯をこの広い床に敷き詰めたのもガドニエルの指図らしい。真っ赤な色は情熱の色であり、煽情の色とのことだ。

 とにかく、ガドニエルは張り切っている。

 

 ロウへの感謝の証として、ロウにやっと恩の一端を返すことができそうで嬉しいと口にしていた。

 そして、絨毯を敷き詰めさせているここに連れてこられたのだ。

 また、すでに大広間全体に、ガドニエルの結界が刻んであり、この中で行われることについて、音や声が外に漏れることはないし、許可なく誰も入ることはできないとのことだ。

 

 それにしても、急遽集められたブルイネン隊の要員たちは、一体全体なんの用件なのかと訝しんでいることだろう。

 凛としてこちらを見つめる全員の視線には、緊張感さえ感じる。

 

 とにかく、この中からこの三十人の全員とは言わないが、それなりの人数を説得してロウの性の常続的な相手をしてもらえるようにお願いすることになる。

 果たして、どのくらい承知してもらえるか……。

 つまりは、エリカが悩んでいたのは、ロウのことだ。

 それで、こういうことに繋がったのだ。

 

 もともと淫魔師として様々な技を遣うロウだが、この水晶宮にきて明らかに能力が向上した。

 あの妖魔将軍のサキのような仮想空間術を使うようになったし、錬金術のように粘性体をほかの物質に変化させるということもやりだした。ほかにも、著しく体力や気力が向上したと感じるし、なによりも威厳のようなものを醸し出すようになった。

 間違いなく、淫魔師としてのロウの能力があがったのだと思う。

 だが、それとともに、絶倫度もあがった。

 

 ロウの能力が、女を抱くことによって得られるのは、もはや明白だが、あまりにもロウの性欲があがったので、エリカたちだけでは、とても対応できなくなっていたのである。

 すなわち、エリカたちが寄ってたかって、ロウの相手をしても、ロウの性欲を完全に満足させられないのである。

 実は、エリカはそれを気にしていた。

 

 ロウは加減をしてくれているみたいだが、パリスとの最初の対決の際に、ロウが淫気の欠乏で危機を招いたこともあったし、エリカとしては、ロウには常に十分な淫気を溜めた状態であって欲しい。

 自分たちが不甲斐ないせいだが、なんとかしなければと考えてはいた。

 それで、ブルイネンにちょっと相談をしたのである。

 

 ロウのところには、連日、ロウに助けられた親衛隊の女たちなどが頻繁にやってきていた。だから、彼女たちさえ承知してくれるのであれば、ロウの性欲発散と、淫気の充填に協力が願えないかと……。

 まあ、そのときには、それだけて話が終わり、ブルイネンもどう対応するとは言わなかった。

 しかし、実際にはブルイネンは、色々と動いてくれたみたいだ。

 そして、それが女王に伝わり、今夜のことになったようだ。

 従って、エリカも無関係ではないので、発起人として関わることに決めた。

 特に、ブルイネンに強く頼まれた。

 エリカは承知した。

 

 だが、なんでこんな風に朝礼でもするように集めたのだろう?

 とにかく、目の前にはずらりと並んだ三十人ほどのエルフ族の女たちがいる。

 全員がブルイネンの部下の親衛隊員だ。

 ブルイネンが集めたのは、単にロウの性の相手をするのみではなく、実は、行く行くはロウやエリカたちがハロンドールに帰還するときの同行要員になる予定らしい。

 ブルイネンは、その候補者たちに、まずは打診することにしたようだ

 だから、編成完結のような形式にしたのだろうか?

 まあ、性の相手集めの話とは別に、エリカたちがハロンドールに戻るときには、警護要員として一個隊を抽出して同行してくれることは決まっていて、どうせならと、ブルイネンはその要員と性の相手の要員を重ねることにしたのだとは思うが……。

 

「最初に言っておく──」

 

 ブルイネンが口を開く。

 

「……これから話すことは、軍命ではない。当然に拒否は自由だ──。馬鹿馬鹿しい……。承知できない……。冗談ではない……。そう考える者はすぐに立ち去ってくれ。ただし、最後まで話を聞いてしまった場合は、そのときには拒否はできない。だから、不本意だと思う者は、必ず途中で出ていくこと。それを守れ。また、一度この部屋を出れば、もう入ることはできない」

 

 ブルイネンが大きな声で三十名に対して言った。

 全員が訝しむ表情をしたが、さすがにブルイネンが選んだ精鋭の女将兵だ。

 しわぶきひとつする者もない。

 

「これ以降、発言を許可する。質問がある場合は挙手をせよ。さっき言った通り、黙っているとどんどん話は進んでいく。最後まで残った場合は強制参加だ」

 

 ブルイネンの言葉に、やっと三十名がざわめきだした。

 ひとりが手をあげる。

 三十人は将校らしき五人の女エルフの後ろに、五人ずつの女兵が並ぶという態勢だったのだが、手をあげたのは先頭に並ぶ女将校のうち、向かって左から二番目の女だ。

 

「ドルアノア、なんだ?」

 

 ブルイネンが言った。

 

「なんのお話かわかりませんが、その前提として、これはクロノス様の親衛隊への参加に関係するものですか? つまり、もしも、拒否したら隊の編成から外れなければならなくなるのですか?」

 

 クロノス親衛隊というのは、正式の名称ではないらしいが、ロウとともに同行する今回の一隊に対して、なんとなく通称されるようになった隊の名前だ。

 もともと、ブルイネンが要員選定をしていたロウの警護隊である。

 かなりの者が希望してくれていると聞くし、大部分はダルカンに占拠されていたイムドリス宮で、性奴隷として残酷な扱いを受けた者たちのようだ。

 ロウの淫魔術により奇跡的な回復をした者たちばかりらしい。みんな、その恩を返すのだという大変な意気込みだという。

 ブルイネンも、希望者が殺到して、むしろ選抜に苦労しているとまで言っていた。

 エルフ族といえば、選民意識が強く、人間族を蔑む者が多いので、このロウの人気はエリカもちょっと戸惑うところもある。

 

「その通りだ。ただし、離脱を選んでも、決して名誉を損なわない扱いをすると約束する。これはガドニエル様もご存知のことであり……」

 

「……いや、ブルイネン隊長、それだけ教えてもらえれば十分です。拒否すれば、クロノス親衛隊に入れないのであれば、わたしの腹は決まっています。おそらく、ほかの者も同じでしょう」

 

 ドルアノアと呼ばれた女将校が、ブルイネンの言葉を遮り、毅然として言った。

 だが、ブルイネンは小さく首を振った。

 

「いや、それは、話を聞いてから判断せよ……。繰り返すが拒否は自由だ。馬鹿にするなと怒ったら、遠慮なく部屋を出よ。しかし、これは真面目な話だ。決して、お前たちに失礼なことを言うつもりはないのだ。こっちは真剣だ。また、お前たちにも選択の自由は与える……。ただし、最後にこれだけは厳命しておく。ここでこれから見聞きするものについては、絶対に他言するな」

 

 ブルイネンが言った。そして、エリカに視線を向ける。

 

「……わたしはここまででやめたいと思います、エリカさん……。これ以上のわたしの言葉は、軍命と同じになってしまいます。たとえ、性奉仕であろうと、彼女たちは命令には逆らうことができません。それはしたくないのです。すみませんがお願いします」

 

 ブルイネンがささやいた。

 

「わかっているわ。ありがとう……」

 

 エリカはブルイネンと位置を交代した。

 これが発起人であるエリカが頼まれたことだ。

 これから、ロウのことを説明して、性の相手をお願いする。

 ブルイネンから頼まれたのは、それをエリカの口から話すことだ。

 当然だろうと納得した。

 確かに、ブルイネンや、ましてやガドニエルが言えば、どういうかたちでも強制になってしまう。

 エリカは納得したし、承知した。

 もともとは、エリカの問題認識から始まっているのである。

 

 ブルイネンは、そのまま整列している隊から離れて、脇の壁までさがっていく。

 エリカとシャングリアが三十人の前に立つかたちになった。

 

「……できれば、半分は残って欲しいわね」

 

 エリカはシャングリアにささやいた。

 ブルイネンとともに、ロウの防護のために同行することになるだろうエルフ軍の将兵に、ロウの性の相手もしてもらうように頼む……。

 これからやるのは、そういうことだ。

 本来であれば、常識外れの頼みだ。

 しかし、彼女たちは一度は絶望的な状況だったところをロウに救われたという事実がある。

 このことを忘れてもいないらしい。

 だからこそ、この隊に希望してくれたのだろう。

 真摯にお願いすれば、応じてくれるのではないかと期待している。

 

 しかし、どう取り繕っても、彼女たちにお願いするのは、人間族であるロウの性処理だ。

 エリカ自身もエルフ族なので、エルフ族の自意識の高さは熟知している。

 ましてや、エリカのような孤児ではなく、水晶軍で勤務するようなエルフ族は、それなりの家系の出身だし、ここにいる大部分は、本来はガドニエル直属の親衛隊だった者が多い。

 気位は高いはずだ。

 ロウの人気が高いのはわかっているが、性の相手となればどうか……。

 避妊草があるとはいえ、場合によっては子を孕むことにも繋がる行為なのである。

 どれくらいが説得に応じてくれるか……。

 

「エリカ、こういうものは、ほぼ全員が残るか、それとも、まったく残らないかだ。でも、ほとんど全員が一度はロウに犯されたのだろう? だったら、全員が承知するんじゃないか」

 

 シャングリアがささやき返してきた。

 

「そんな、楽観的な……」

 

「いや、ロウのセックスは意地悪だが、終わったときの幸福感がすごい。一度経験すれば忘れられるものじゃない。そして、彼女たちは一度経験をしている」

 

「だといいけど……」

 

 エリカはシャングリアに呟き返してから、一歩前に出た。

 

「エリカです。承知の通り、ロウ様の愛人のひとりです。このシャングリアもです。ほかの同行の女も同じです。わたしたちが、ロウ様に対して、どのような立場なのか知りたいという声が多いとも耳にしています。察している方もかなりいるでしょうが、同行の女は全員がロウ様の愛人です。それだけでなく、毎日のように愛しても頂いております」

 

 ざわめきが大きくなる。

 さっきとは別の前列の将校が手をあげて、口を開く。

 

「そうである雰囲気は感じておりましたが……。でも、クロノス様と女王陛下も……そのう……」

 

 彼女が言い淀んだ感じになった。

 言いたいことはわかる。

 公にはしていないが、毎日のようにロウのところに通ってくるガドニエルが、男女の仲だろうというのは、もはや、水晶宮の公然の秘密である。

 なによりも、ガドニエルが恋する女王の顔をまったく隠そうとしていない。

 とにかく、ガドニエルのロウへの態度は、余りにもあからさまなのだ。

 なにしろ、普段の行事や公務のときには、毅然とした態度や仕草なのに、ロウが近くにいるだけで顔に満面の笑みを浮かべた幸せそうな表情になる。

 それこそ、眼をきらっきらさせて、ロウのことしか見なくなる。

 誰がどう見ても、ガドニエルがロウを好きなことは明白だ。

 

 そして、そのことについて、エリカの知る限り、水晶宮の者たちは、女王の恋を温かい視線で見守っている感じだ。

 だからこそ、エリカたちのことがよくわからなくなっているみたいだ。

 エルフ女王の恋人の男に、別の女たちがいるというのが、わかり難いのだろう。

 

「ガド……いえ、女王様も承知ですし、そもそも、わたしたちと女王様……いえ、やはり、ガドと呼びましょう。仲間内ではそう呼んでいますし……。ガドとわたしたちは、ロウ様の愛人という立場では対等です。これはここだけの秘密に願います」

 

 エリカの言葉に、全体から驚きの声が起こった。

 怒っているという感じではない。

 どちらかといえば、喜んでいるような雰囲気も感じる。

 エリカは訝しんだ。

 

「ロウ様はクロノスです。このことには、いかなる比喩的表現も誇張もありません。ロウ様は、たくさんの女性を同時に愛してくださる方です。心から……」

 

 さらにざわめきが大きくなる。

 これがいい方向なのか、悪い方向なのかわからない。

 とにかく、もう勢いだ。

 

「皆さんにお願いしたいのは、ロウ様の性の相手をして欲しいということです。大勢の愛人のひとりとして……。それも、一度じゃなくて、定期的に……。毎日とかじゃくていいので……。数日おきとか……。交代にでも……。そのう、ロウ様は愛の多いお方の反面、ちょっと精力がお強くて……」

 

 どういう物言いをすれば、余り反感を買わずに、承知してもらえるだろうか……。

 とにかく、ロウの性の相手を集めなければならないのだ。

 しかも、できるだけ大勢を……。

 すると、シャングリアが口を挟んできた。

 

「言葉を取り繕っても始まらない。お願いしたいのは、ロウの性処理だ。わたしたちと同じようにだ。なにしろ、わたしたち十人くらいいたって、全然間に合わなくてな……。この話があなた方に失礼な話なのであれば、ブルイネンが言った通り、立ち去って欲しい。だけど、これだけは、言っておく。ロウに抱かれるのは、決して悪い話じゃないぞ」

 

 シャングリアがきっぱりと言った。

 エリカはエルフ将兵たちを見ているが、いまのところ、立ち去ろうとする者はいないようだ。

 むしろ、なんとなく顔が赤い者が多いような……。

 

「まず第一に、ロウに抱かれると、とても気持ちがいい……。とってもだ……」

 

 シャングリアがにこりと微笑んだ。

 すると、三十人のエルフ兵たちから、一斉に笑みがこぼれたのがわかった。

 あれ、いい感じだ。

 エリカは思った。

 

「第二に、なぜかとても肌がきれいになる。これも本当だ」

 

「ああ、そういえば、そうね。わたしも不思議に思ってた」

 

 すると、急にブルイネンが声をあげた。

 思わず声をあげてしまったという感じだ。

 

「あ、あの、ブルイネン隊長が急にお肌がお綺麗になったなあとは思っていましたが、あのう、ブルイネン隊長もやっぱり……」

 

 今度は後ろの女兵の中から声が出た。

 

「う、うむ……。そういう噂があったと思うが、確かにわたしもロウ殿の女だ」

 

 ブルイネンがはッきりと言った。

 エルフの将兵たちが一斉に喋り出した。

 だが、やはり、かなり好意的な印象を抱いてくれたようだ。

 

「第三に……。いや、これだけは口が裂けても他言してもらっては困る。いまの段階で出ていこうと思っている者はどうか部屋を出てくれ」

 

 シャングリアが言った。

 エリカは三十名を見た。

 やはり、出ていく者はいない。

 また、シャングリアが三番目の恩恵をこの段階で喋らなかった理由も理解した。

 三番目の恩恵は、能力が跳ねあがることだ。

 ロウが本気で支配すれば、必ず女の能力は向上する。

 この三十人の全員がロウの性奴隷となったならば、とんでもない精鋭部隊になるのは間違いない。

 しかし、それは簡単に広まっていい情報ではない。

 

「いいのか、お前たち。最初に言ったぞ。最後まで残れば、もう逃げられない。今度は嫌だといっても、性奉仕をしてもらう。それでいいのか?」

 

 ブルイネンだ。

 

「わ、わたしは問題ありません。最初に言いましたが腹は決まっている。それに、クロノス様には恩があるし、クロノス様がお望みなら、本当はむしろお願いしたいと思っていました。でも、ガドニエル様のお相手だとわかったので諦めていました。しかし、わたしもクロノス様にお近づきできるのであれば、喜んでお相手をします……」

 

 すぐに反応したのは、さっきのドルアノアという女将校だ。

 視線を向けると、ちょっと顔が赤いし、はにかんだような表情だ。

 しかし、きっぱりとした性格でもあるのだろう。

 そんな感じだ。

 それをきっかけに、ほかの女たちもすぐに頷き出し、「問題ありません」「むしろ嬉しいです」「わたしでよければ、やらせてもらいます」などという言葉を次々に口にする。

 

 エリカはほっとした。

 これなら……。

 しかし、もう少し説明をした方がいいだろう。

 あとで悶着になりなくない。

 エリカは再び口を開いた。

 

「ありがとうございます、皆さん──。嬉しいです。仲良くやりましょう。ただ、その前に、これだけは知っておいて欲しいのですが……。ロウ様はちょっと変わった性癖がおありで……」

 

 しかし、そこまで話して躊躇した。

 あのロウの性癖のことをどう説明すれば、悪印象を持たれないだろうか……。

 

「変態で鬼畜だ。女を縛って抱く。それだけじゃなくて、一度にふたりも三人も同時に抱く。ああ、玩具で遊ばれることもあるぞ。あと、痒み責めが好きだな。死にそうなくらいに苛められる。ちょっと恥ずかしいことをされたりもする。破廉恥な服で外に連れ出されたりな。ほかには、鞭打ちとか、アナル責めとか、浣腸とかかな……。まあ、そういうことだ。でも、最後には意識を保っていられないくらいに気持ちよくしてくれる。素晴らしいぞ」

 

 シャングリアがエリカの言葉を遮って、あっさりと言った。

 なんという露骨な説明だと思ったが、シャングリアはにこにこしている。

 これは、心の底から、それが愉しいことだと認識している気配だ。

 溜め息をついて、視線を将校たちに向ける。

 

 ちょっと全体の感じが変わっている。

 呆気に取られているというか……。

 眼が点になっているというか……。

 

 さっきまでは、完全に積極的にロウの女になりたいという雰囲気だったのに、少し引き気味になっているような……。

 なんとなく、ちらちらと外に向かう出入り口に視線を者も出てきた。

 

 まずい……。

 どうしよう……。

 

 ロウの性癖が常識的な抱き方だとは思わないが、エリカはもうロウでなければ、生きてはいけない。

 しかし、まだロウに染まっていない者にとっては、さっきのシャングリアの説明は過激すぎたか……?

 

 しかし、それで思ったが、この無駄に広い部屋は自由に出ていって構わないと言いながら、かなり出にくい。

 なにしろ、壁まで随分と距離があり、そこに辿り着くまでずっと注目されると思うと、どうしても少し躊躇してしまうだろう。

 もしかして、ガドニエルがこの場所を指定したのは、そんな狙いまであったのだろうか。

 とにかく、そわそわしているが、まだ出ていく者はいない。

 だが、ひとり出れば連鎖的に続く気配もある。

 

 やはり、嗜虐趣味というのは万人受けはしないか……。

 いずれにしても、状況の挽回を……。

 

 そのときだった。

 目の前の空間が揺らぎ、そこにアスカとノルズが出現した。

 さらにガドニエルも……。

 

「女王陛下──。副王陛下様──」

「女王様──」

 

 将兵たちが一斉に姿勢を正す。

 

「もういいだろう……。それだけ、丁寧に意思確認をすれば十分だよ。次の段階に入ろうか……」

 

 アスカがエリカに視線を向けた。

 だが、エリカは、この三人が突然現れたことに驚いた。

 しかも、アスカの言葉によれば、どうやら姿は消していたが、話を聞いていた様子だ。

 

 ガドニエルがこの話に深く絡んでいるのは知っている。ブルイネンにも説明されたし、ここはガドニエル自らが準備したのだ。

 ここも、ガドニエルが説明したがった。

 しかし、話を聞いたときに、エリカがそれを拒否した。

 

 なにしろ、候補のエルフ女たちに対しては、女王命令で強制しようと口にしたのだ。だが、それだと拒否できなくなるので、彼女たち自らの意思決定に委ねるため、ガドニエルは出てこずに、ブルイネンとエリカたちだけに任せるように頼んだ。

 ガドニエルも渋々のようだが、受け入れたと思ったのに……。

 

 ましてや、アスカはもちろん、ノルズに語ってはいない。

 このふたりがここにいるということは、ガドニエルが喋ったのだろうけど……。

 しかし、なんとなく、いやな予感もする。

 このふたりが出てきて、大人しく終わるような予感はしないのだ。

 

「……エリカたちが言葉を尽して、拒否できる機会を与えたんだ。時間もないんだろう? あいつがここに来るのはいつだい、エリカ? ガドニエルによれば、話がまとまれば、ここに、こいつらを抱きにくることになってんだろう?」

 

「まだなにも……。でも、話がまとまれば、今日の夜からでも相手をしてもらおうと思っていました……」 

 

 本当になにをしにきたんだろう?

 ブルイネンに視線を向ける。

 しかし、ブルイネンも、ガドニエルのことは知っていたが、アスカが現われるとは知らなかったみたいだ。

 ちょっと驚いた顔をしている。

 もちろん、シャングリアにもわからないだろう。

 シャングリアも訝しんだ表情をしている。

 

「だったら、いくらもないねえ。ノルズ、馬力かけな。徹底的にいくといい」

 

「任せな。ちょっとくらい痛めつけるくらいでもちょうどいいさ。ロウ様は優しすぎるしね……。一ノスもあれば、最低でも性奴隷の心構え程度は叩き込む。とにかく、ロウ様の前に出すんだ。甘い考えで向かわれても困る。だけど、できれば、丸一日は欲しかったね。そうすれば、多少はましになったんだろうけど……」

 

 アスカとノルズが物騒なことを話しだした。

 エリカは驚いた。

 すると、ガドニエルがすっと前に出た。

 

「さあさあ、皆さん。ロウ様の性処理を承知してくれて感謝します。お前たちを誇りに思いますよ。では、さっそく任命式を行います。その後、このノルズ殿の調教を受けなさい。ロウ様の前に出る前に、雌犬のしつけを覚えるのですよ。これは女王命令ですから」

 

 ガドニエルがにこにこしながら嬉しそうに言った。目をきらきら輝かせながら……。

 将兵たちが騒然となった。

 エリカは唖然とした。



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536 親衛隊・鬼の規約

「さあさあ、皆さん。ロウ様の性処理を承知してくれて感謝します。お前たちを誇りに思いますよ。では、さっそく任命式を行います。その後、このノルズ殿の調教を受けなさい。ロウ様の前に出る前に、雌犬のしつけを覚えるのですよ。これは女王命令ですから」

 

 ガドニエルがにこにこしながら言った。

 

「よし、じゃあ、さっさとやりな。そしたら、お前たちは、これから調教だ。ノルズの言葉に一切逆らうんじゃない。いいね──」

 

「いや、ラザニエル、余計なことはいいさ。逆らうなら、逆らっても構わない。ただ、逆らったら、どうなるのかを覚えてもらうだけさ」

 

 ノルズが酷薄に笑った。

 その口調も表情も、当事者でないエリカでさえもぞっとするような威圧感がある。

 エリカは思わず口を開いた。

 

「な、なにをするつもりなんですか、ラザ様、ノルズ──? この方々たちは、これから定期的にロウ様のお相手をしてくれることに同意してもらえて、それでもう十分かと……」

 

「まあ、エリカさん、わたしがお姉様にお願いしたのです。ロウ様への贈り物ですから……。せめてもの心尽くしに、彼女たちにはロウ様の性奉仕隊として恥ずかしくない程度の躾の調教を受けてもらわなければなりません……。さもないと、わたしがロウ様に叱られますわ。万が一にも、先回のように、ロウ様に失礼なことがあってはならないのです……」

 

 ガドニエルが笑顔のまま言った。

 やっぱり、彼女が連れてきたようだ。

 しかも、調教を頼んだ気配だ。

 でも、このふたりが調教を……?

 アスカにノルズ……。

 エリカが知っている限り、もっとも冷酷に女を躾ける女ふたりだ。

 

 そして、ガドニエルがさらに前に出て、三十名の女たちにゆっくりと見る仕草をする。

 ガドニエルが口を開く

 

「さあ、お前たち──。お前たちがロウ様に仕えることに同意したのは、別の場所から魔道で見守っておりました。よい心がけです。だからこそ、森エルフ族の代表として恥ずかしくない立派な性奴隷になってもらいます。今夜は少ししかできませんが、これからも機会があれば、調教を受けてもらいます。よいですね──」

 

 一転してガドニエルの口調が強いものになった。

 ガドニエルが三十名を睨む。

 三十人は、一転して鬼畜だの、調教だの、躾だのと厳しいことを急に言われて、戸惑っている感じだ。

 

 やっとわかったが、どうやら、エリカの想像以上に、ガドニエルは張り切りまくっているようだ。

 ロウの好むようなマゾ女に仕上げて、ロウに引き渡したいと思っている気配である。

 それで、アスカとノルズを連れてきたに違いない。

 

 だが、エリカとしては、彼女たちにはそこまでしてもらう必要もないと思う、まあ、もしも、ロウがそういう風にしたいのであれば、ロウに任せればいいとも思う。

 だから、調教だの、躾だの、性奴隷という言葉だけは使わないように、さっきから気をつけて言葉を選んでいたのだ。

 

 エルフ族の将兵たちを見る。

 やはり、困惑顔だ。

 

「どうしよう、シャングリア?」

 

「どうも、こうもない。ガドにしてみれば、ロウへの贈り物のようなつもりなんだろうな。なんだかんだといて、生まれついての女王様だし、人に指図することに抵抗などない。ガドにしてみれば、ロウの女になることと、調教を受けるということは当たり前に同一だ。こうなったら、短い時間でも受けてもらった方がいい」

 

「えっ?」

 

 エリカは声をあげた。

 シャングリアまで、調教に賛成するとは思わなかったのだ。

 

「だって、狭間の森でガドの侍女が最初にロウに失礼な物言いをして、ロウが腹をたてたことがあったんだろう? ガドが心配してるのはそのことだと思う。だから、せめて、そんなことをしないくらいには、因果を含ませた方がいいんじゃないか。間違って、ロウに失礼なことをして欲しくない」

 

 シャングリアは肩を竦めた。

 そういえば、そんなことがあったなあと思い出した。

 確かに、エルフ族というのは、人族の各種族の中ではもっとも種族的自尊心が高いと言われていて、特に体力的なものが劣る人間族を軽んじる傾向がある。

 シャングリアがまだ死の呪いでロウの亜空間に隔離されているときだったが、確かに、そんなことがあった。

 

 でも……。

 エリカはシャングリアを促して、ブルイネンのいる部屋の隅に移動した。

 

「ブルイネン、いいの?」

 

 小さな声で声をかける。

 

「もう、わたしには、なにも判断することはない。ガドニエル様が命じ、太守様も同意している。わたしとしては、将兵たちには悪いが、ノルズの調教を受け入れてもらうしかない」

 

 ブルイネンも言った。

 でも、いいのかなあ……。

 すると、そこにガドニエルがやってきた。

 満面の笑みを浮かべている。

 

「エリカさん、シャングリアさん、ロウ様のお好きな色はなんでしょうか? 教えてもらえますか」

 

 ガドニエルがにこにこしながら言った。

 色──?

 ロウの好きな色?

 なんだろう……?

 

「なにかなあ、シャングリア?」

 

「ううん……。さあ?」

 

 シャングリアも首を傾げている。

 嗜虐的な性癖以外には、あまり好き嫌いをいう人じゃない。

 色に限らず、食べ物に不満を言ったこともないし、服装にもこだわらない。

 好きな色と言われても……。

 ふと頭に浮かんだのは、何度も締めさせられた「赤いふんどし」だ。

 赤はエリカの白い肌によく映えると何度も言われた。

 とても嬉しかったので、赤はエリカの好きな色にもなった。

 

「赤……、かなあ……」

 

 なんとなく言った。

 

「赤、赤ですね──。お姉様、赤です。ロウ様は赤色がお好みだそうです」

 

「おお、そうかい……。じゃあ、最後の仕上げをするよ。すぐに終わる。そうしたら、ガドニエル、女王のお前から手ずからにしてやりな。それで覚悟も入るだろう。ロウの性奴隷を象徴する首輪代わりのチョーカーだ」

 

 ガドニエルがアスカに言い、アスカが応じる。

 しかし、もうエリカも諦めた。

 

 こうなったら主導権は向こうにしかない。

 なるようになるしかないのだ。

 もう、見学に徹しよう。

 

「わかりました……。さあ、お前たち──。これから、ロウ様に心も身体も、お仕えすることになるお前たちに、名誉ある装身具を与えます。赤いチョーカーです。ひとりひとりに装着します。これが任命だと思いなさい。ロウ様の紋章がついている方を前にして首に嵌めるのです──」

 

 ガドニエルが声をあげた。

 女王直々の命令に、一気に三十人に緊張が走っているのが肌で感じる。

 一方で、アスカの方を見ると、魔道で真っ赤な色の革のチョーカーを次々に出現させている。

 それをノルズが盆のようなものを出して、受け取っては載せていた。

 

 確かに、チョーカーの中心の位置に、ほんの小さなメダルのようなものがぶら下がっているようだ。

 おそらく、あれがボルグ家の紋章であり、塔の二匹の蛇の模様なのだろう。

 それにしても、あれをいままでの短時間で準備したのか?

 感じる波動から、あれにも魔道がこもっているのは間違いなさそうだが、かなりの意気込みを感じる。

 

「ひとりひとり、前に出なさい。これを首に嵌めた瞬間に、お前たちは名誉あるクロノス特別親衛隊の一員です。精進するのですよ──。そして、この首輪のような装具こそが、この名誉ある役目の称号の証です。さらに、この後、ロウ様の精を受けることができた者の全員に、ガドニエルの名において、“聖騎士”の称号を授けることを約束します。頑張ってロウ様に気に入られなさい」

 

 ガドニエルが強い言葉で言った。

 三十人が慌てたように返事をする。

 事態の変化に当惑しているようだ。

 まあ、それはエリカも同じだが……。

 

 しかし、騎士の称号の付与?

 騎士も立派な貴族の爵位のひとつであり、ロウの女になることができれば、末端ではあるが彼女たちを貴族にすると言っているのだ。

 ガドニエルの気合をここにも感じる。

 

「……すごいわね。聖騎士とは……。ところで、クロノス特別親衛隊は、正式名称になったの?」

 

 エリカはブルイネンに囁いた。

 

「初耳です」

 

 ブルイネンは応じた。 

 

「まずは、右側の分隊からだ。出な」

 

 盆を抱えたノルズが、ガドニエルの横に立つ。

 勢いに圧倒されるように、女将兵たちが順番にガドニエルの前に立って、ひとりひとりとチョーカーを装着されていっている。

 いきなり、エルフ族最高権威にして女王のガドニエルと、水晶宮太守のアスカが登場して、任命式のようなものをさせられているエルフ族たちは緊張の頂点にいる。

 見ていて気の毒なほどだ。

 しばらくして、全員がチョーカーを装着した。

 隊は再び最初と同じように整列している。

 

「じゃあ、ノルズさん、お願いしますね」

 

 ガドニエルがにっこりと微笑んで、ノルズに頷く。

 

「ああ、任せな……」

 

 ガドニエルは後ろに退くかたちになり、ノルズが三十人の前に出る。

 この三十人は、ほぼ全員がノルズとの面識はないだろう。

 彼女たちの顔に困惑を感じる。

 

「お前たち、よく聞きな。ガドニエル女王とラザニエル太守の命により、今日はあたしがお前らの教育係だ。あたしのことは“教官様”と呼びな。これから、本特別親衛の規約を言う。全員が復唱しろ──。いずれにしても、お前らに求めるのは、一にも二にもロウ様に服従することだ。うわべだけじゃない。心の底からの服従心を持ってお仕えしな──。全員、返事──」

 

「はい──」

「はい」

「はいっ」

 

 ノルズの怒声と醸し出す気の迫力は、エリカでさえも恐怖を感じるほどのものだった。

 それに押されるように、エルフの将兵たちは、一斉に返事をした。

 しかし、明らかに返事をしていない者も数名はいた。

 

 まあ、当たり前だろう。

 彼女たちは、ノルズのことが誰だかわからないのだ。

 それにもかかわらず、ガドニエルの命令とは言われても、すぐに命令に従えるものじゃない。

 ノルズの眼がぎろりと先頭の将校に向けられる。

 なんという眼力だ。

 睨まれた将校たちも、顔をひきつらせている。

  

「何人かは返事をしなかったけど、前の五人については、全員が声を出さなかったね。どういうことだい?」

 

 ノルズが言った。

 

「お、お前たちは──」

 

 ガドニエルが声をあげようとした。

 しかし、ノルズがそれを手で制する。

 

「いや、待ってくれ……。頼まれた以上は、あたしに任せてもらおう……。お前ら五人、あたしが許す。なにが不満か言いな」

 

 ノルズが言った。

 しかし、五人は顔を見合わせるような仕草をするだけで、誰も口を開くこうとしない。

 どうするのかと思ったが、ノルズは五人を一瞥して、もっとも左側の女に向かっていく。

 五人の中ではもっとも身体が大きいと思う。

 

「お前、名前は?」

 

「エ、エルミアだが……」

 

 次の瞬間、ノルズの膝蹴りがそのエルフ将校の腹に喰い込んだ。

 

「ぐぼっ」

 

 エルミアと名乗った女が胃液のようなものを少し吐いて、一瞬にして崩れ落ちる。

 

「あっ、エルミア──」

「なにをする──」

「こらっ」

 

 騒然となったが、ノルズはまったく頓着しなかった。

 跪いたエルミアの髪を掴んで引き倒し、軍装のスカートを掴むと、いきなり引き破って捨てた。

 さらにノルズの手が無造作にエルミアの露わになった下着に伸びる。

 

「ひいいいっ」

 

 エルミアが悲鳴をあげて、とっさに下着を守ろうとする。

 しかし、ノルズに頬を思い切り張り飛ばされて、文字通り吹っ飛んでいった。

 転がって床にうつ伏せになったエルミアからはお尻が剥き出しになっていて、一方でノルズの手には破り取った下着が握られている。

 ノルズが布切れになった下着を捨てる。

 

「あたしのことは、“教官様”と呼べと言ったはずだ。あたしに話しかけるときには、必ず最後に“教官様”と付けな──。ほら、エルミア、立て──。誰が寝ていいと言ってんだい──」

 

 ノルズが倒れているエルミアに向かって歩いていく。

 蹴り飛ばさんとする勢いだ。

 エリカも、ノルズのすさまじさに息を呑んだ。

 

「待て、なにをする──」

 

 そのノルズの身体を他の将校が阻んだ。

 最初に質問したエルフ女将校でドルアノアだ。

 しかし、あっという間に腕を取られて、背中側に曲げられて固められる。

 

「んぎいっ」

 

 ドルアノアが呻き声をあげた。

 

「教官様をつけろと言っただろうが──。エルフ族は低能揃いかい──。しかも、弱っちいねえ。ほらっ」

 

 ノルズは片手をドルアノアの腰に伸ばす。なにをされようとしているのかわかって、ドルアノアは抵抗しようとした。だが、ノルズは片手だけでドルアノアの両腕を固めており、ドルアノアはなにもできない。

 ノルズは、簡単にスカートを留め具を外して足首に落としてしまう。

 

「あっ、いやあっ」

 

 ドルアノアが声をあげた。

 だが、またもや、ノルズは下着を掴んで引き破る。

 そのままドルアノアを投げ飛ばした。

 

 騒然となった。

 全員がノルズに一斉に掴みかかるような態勢をとる。

 すると、いきなり彼女たちの立っている床が光った。

 

「あがああっ」

「ひぎいい」

「いぎいい」

「ぎゃあああ」

 

 全員が同時にのたうち回る。

 今度は電撃だ。

 それにしても、なんという強さと激しさだろう。

 これだけのエルフ軍の将兵がいて、子供扱いだ。

 あっという間に、三十名の全員が倒れてしまった。

 

「お前ら、いつまで暴れるつもりだい──。わたしとガドニエルが、じっと見守っているだけの意味がわかんないのかい。しかも、弱い。弱すぎる――。それでロウが守れんのかい──。ノルズはお前らの教育係だとわたしが言って、ガドニエルも言った──。服従しろといったら服従しな──。それでも、ガドニエルとわたしの揃っての命令に逆らうなら、叛逆とみなすよ──」

 

 今度はアスカが怒鳴った。

 一瞬にして、三十名が静まり返る。

 

 電撃の後遺症でまだ身体が脱力しているような感じだが、それよりも圧倒的なノルズとの実力差に戦意も敵意も失ってしまったような感じだ。

 そのうえで水晶宮太守にして、女王の姉であるアスカの言葉だ──。

 彼女たちは意気消沈してしまった。

 

「さあ、全員、立ちなさい。そして、いまは考えるのをやめなさい……。ただ服従することを覚えなさい。ノルズ殿はお前たちが、どのようにロウ様の前で振る舞えばよいかを教えてくれます。これも特別親衛隊の訓練だと思うのです」

 

 ガドニエルが静かに言った。

 全員が諦めたように立ちあがる。

 今度は抵抗の色はない。

 再び整列をし直す。

 

「……それにしても、本当に弱いな。ノルズ殿が強いとはいえ、太守様の言葉じゃないが、これじゃあ、ロウ殿をお守りすることなど……」

 

 ブルイネンが不満そうに呟いた。

 

「ロウ様の精を受ければ強くなるわよ……」

 

 エリカは、ノルズとエルフ隊を見物しながら言った。

 はっきりとは約束できないが、ロウに女として支配されれば、必ず能力が飛躍的に向上する。

 いまのロウの力はすごいのだ。

 ずっと昔にロウの支配を受けているエリカやコゼやシャングリアでさえも、このところ、能力の上昇を感じている。

 きっと、彼女たちも異常なほどの能力の活性化が起きるのは間違いない。

 

「こらっ、お前ら、ふたり──。さっさと並びな──。また罰を受けたいかい」

 

 するとノルズの凄まじい怒声がした。

 怒鳴られたのは、さっきノルズが下着まで引き破って股間を露出させた将校ふたりだ。

 

「あっ……でも、スカートを……」

 

 見ると、意地悪くふたりから剥ぎ取ったスカートは、ノルズによって二枚とも踏みつけられている。

 肉を叩く音が鳴り響いた。

 喋った側の女の頬をノルズがびんたしたのだ。

 

「ひぎいっ」

 

「もしかして、お前らは将校かい──? お前らのような能無しには、まんこ丸出しのその恰好で十分だ──。脳みそがないのかい──」

 

 また、平手の音が響く。

 襟首を掴んで引き起こされて、今度は反対側の頬を叩かれたのだ。

 どうでもいいが、一発でエリカもどん引きするようなものすごい平手だ。

 

「んぐうっ」

 

「ほら、あたしになにか言われたら、どうするんだい、このくそったれが──。お前もだよ」

 

 もうひとりの女将校に平手が打たれた。

 その女将校が床に横倒しになる。

 しかし、もうふたりを助けようとする者はない。

 ただ、顔に恐怖の色を浮かべて、頬を引きつらせている。

 

「わ、わかりました、教官様」

 

「な、並びます、教官様」

 

 ノルズの恐ろしさにふたりの顔が真っ蒼になり、よろよろと整列の位置に向かっていく。

 下半身になにも身に着けていないふたりも列に加わる。

 

「さあ、親衛隊、鬼の十箇条の規約唱和だ──。ありったけの声を出しな。ひとつ──。特別親衛隊は、ご主人様に絶対服従──。いかなる命令にも喜んで従います──。言え──」

 

「ひとつ……」

 

 将校たちが大声でノルズの言葉を繰り返しだした。

 全員が直立不動の姿勢だ。

 彼女たちの前を威圧するようにノルズが歩く。

 

「ふたつ、特別親衛隊は、ご主人様に求められれば、いついかなる、どんな場所でも、ご主人様を受け入れます──」

 

「ふたつ、特別親衛隊は、ご主人様に求められれば、いついかなる、どんな場所でも、ご主人様を受け入れます──」

 

 唱和が続く。

 

「三つ、特別親衛隊は、ご主人様の求める破廉恥な服装を、どんな状況であろうといたします──」

 

「三つ──、特別親衛隊は……」

 

「四つ、特別親衛隊は、ご主人様の行う、いかなる肉体的な拷問も喜んで受けます──」

 

「四つ──、特別親衛隊は……」

 

 エリカはノルズの唱える特別親衛隊の規約とやらを聞きながら鼻白んだ。

 横のブルイネンもさすがに顔をひきつらせている。

 この規約は、いま唱和を強要されている女将校たちだけじゃない。

 当然に、隊長のブルイネンにも適用される規約だろうからだ。

 

「五つ、特別親衛隊は、ご主人様の施す肉体の改造、開発を心からの悦びといたします──」

 

「五つ──、特別親衛隊は……」

 

「こらっ、もっと声を張りな、お前。お前だけ、もう一度」

 

 ノルズが最初に下着を剥ぎ取った左端の将校の前に立ち、すっと股間を触った。

 

「ひっ、あっ」

 

 流石にとっさに避けようしたところをノルズに平手打ちされる。

 

「勝手に姿勢崩すんじゃない。ほら、規約唱和だ──」

 

「は、はい、あ、んんっ、ひ、ひとつ……」

 

 可哀想にその将校は、少しのあいだだが、股間をなぶられながら、大きな声で規約を叫ぶという辱しめを続けさせられた。

 

「じゃあ続けるよ──」

 

 やっと、ノルズがその将校から離れる。

 

「六つ、特別親衛隊は、いつでもご主人様を受け入れられるように、常に股が濡れているような破廉恥な女になります──」

 

「六つ──、特別親衛隊は……」

 

「七つ、特別親衛隊は、ご主人様以外の男に身体を触れさせないことを誓います。そのため、どんな男にも負けない強さを身につけます──」

 

 過激な規約唱和が続く。

 しかし、いま、気がついたが、ガドニエルだが、どうやら一緒になって、ノルズの馬鹿馬鹿しい規約を絶叫しているようだ。

 しかも、興奮しているのか顔が赤い。

 エリカは嘆息してしまった。







 *


【クロノス特別親衛隊】

 または、単に「特別親衛隊」ともいう。
 サタルス朝の初代皇帝サタルス帝に直属する警護隊であり、全員が女兵による当時世界最強と謳われた精強部隊。
 その端緒は、サタルス帝がハロンドール王国における「狂王の変」に際して、ナタル女王のガドニエルが、当時一介の冒険者だったサタルス帝のために、エルフ女兵による三十名の身辺警護の一隊を編成したこととされる。

 このナタル特別親衛隊の女兵が識別のために首に巻いたのが赤チョーカーであり、じ後、サタルス帝直属の親衛隊の象徴として引き継がれ、赤チョーカーの親衛隊はサタルス帝の覇権拡大に大いに活躍した。

 一説によれば、特別警護隊の女兵の全員がサタルス帝の妾であったとも言われており、全員がサタルス帝の寵愛を受けて、その愛に報いるために命を賭して戦ったと言われている。
 また、サタルス帝の治世を支えた女官についても、サタルス帝は特に優秀な高級女官に赤いチョーカーを授けたことが知られており、現在において、女性の正装の際に、赤い装飾具を首に巻く風習は、これが起源だと言われている……。


 ボルティモア著『万世大辞典』より
 (ここに再録した引用文は、すべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


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537 アナルで攻守交替-逆転

「ほら、そろそろいかせてあげるわよ、ユイナ」

 

 コゼが筆でクリトリスの周辺を柔らかくくすぐり続けながら笑った。

 

「あ、あああっ、い、いい加減にしてえええっ。か、痒いのよおおお」

 

 ユイナは胡坐を組んだ状態でうつ伏せにされて、無防備な股間と尻穴を延々とコゼにいたぶられて、もう半狂乱だ。

 しかも、ユイナは股間にも尻穴にも、たっぷりと掻痒剤を塗りたくられていて、そのユイナが痒みに襲われている場所を責め続けているのだが、それでいてコゼは、一度もユイナを絶頂させていない。

 ただ、筆でいたぶるだけだ。

 かなりの執拗さだ。

 

 また、ユイナのお尻の穴には、数個挿入させている数珠繋ぎの球体の淫具がぶらんと尻尾のように垂れ下がっている。

 意地の悪いことに、コゼはユイナが痒みに襲われている尻の穴にただ淫具の球体を中途半端に突っ込んだだけでなにもしていない。

 当初こそ我慢していたが、ユイナはいまは我慢できなくて、必死になってその尻尾のような淫具を肛門で締めつけては振り続けている。

 垂れさがっている淫具をぶらぶらと振り続けるユイナの姿は滑稽で哀れだ。

 

「ほらほら、もっと腰を振ったらどうなの? いきたくないの?」

 

「いやああ、あ、あんた、そ、そんなこと言って、一度も……んひいいいっ」

 

 ユイナが胡坐縛りでうつ伏せになっている身体を限界まで反りあがらせた。

 コゼがぐっと一個だけ球体を押したのだ。

 

「ほら、もう一個」

 

 さらにぐっと押す。

 

「んぐううっ、あああっ」

 

 ユイナの身体の震えが激しくなった。

 もうひと刺激でユイナは絶頂するだろう。

 しかし、コゼはわかっている。

 

「じゃあ、またお預けよ」

 

 けらけらと笑いながら、またもや、すべての刺激を引き揚げてしまった。

 

「ああ、もう意地悪しないでよ、コゼ」

 

 ついにユイナが泣き叫び始めた。

 それでも、コゼはさっき自分がやられたこともあり、執拗にユイナをいたぶっている。

 気が狂うような痒みに襲われているユイナを追い詰めるため、完全に放置するわけでもなく、かといって、十分な快感を与えるわけでもなく、絶頂には、ほど足りないような中途半端な刺激をずっと保持させているのだ。

 ユイナは甘美な恍惚感に襲われるかと思えば、痒みの苦しみに引き戻され、そうかと思うと、急に絶頂に向かって昇らされて、それを寸前で中断されるということを繰り返しさせられ、もうかなり追い詰められている。

 しかし、コゼはまだまだユイナを苛める気満々だ。

 まだまだやめそうにない。

 こうなることがわかっていて、ユイナも、さっきはコゼをいたぶったのだから、まあ、いい度胸をしていたと言っていいだろう。

 それがこの結果なのだ。

 

 でも、そろそろ、一郎も出したい。

 やっぱり、さっきはコゼに出したから、順番としてはユイナだろう。

 それに、あまりやり過ぎさせて、遺恨を残すと元も子もない。

 もともと、ちょっとは仲良くなるようなきっかけにしようと思って、お互いを責めさせたのだ。

 

「もう少し苛めさせてもいいけど、そろそろ俺に渡してもらおうかな」

 

 一郎はユイナの身体を引っ張って尻を引き寄せると、淫具を抜くために掴んだ。

 ぐっと引っ張る。

 

「おおおおっ、んはああ」

 

 すると、ユイナが絶叫した。

 激しい反応だが、挿入していた淫具を尻穴から抜くと、当然に快感が拡がるものだ。それで一気に快感を飛翔させてしまったのだろう。

 だが、ちょっと激しい。

 まるで電撃でも浴びせられたようなユイナの反応には、一郎もちょっと驚いたくらいだ。

 そのときだった。

 尻穴から抜きかけた球体が強い力で引っ張り戻された。

 なんという吸引力だと思った。

 

「お前すごいな、ユイナ。そんなことできるのか」

 

 一郎はユイナの腰を片手で支えたまま、入っていった球体を半分だけ引っ張る。

 

「いやあ、あ、遊ばないでよおお──。んんほおおっ」

 

 奇妙な奇声をあげながら、ユイナが暴れる。

 驚いたことに、また球体が引き戻された。

 意図的にやっているという感じじゃなく、勝手に身体が動いている気配だ。

 

「お前、すごいなあ」

 

 心から感心した。

 もう少し遊んでいたいが、やっぱり一度抜きたい。

 一郎はむんずと淫具を掴むと、今度は力いっぱいに抜いた。

 すぽんと音をたてたみたいになり、淫具が弾け外れる。

 

「いぎいいいっ、いぐううう」

 

 ユイナがぶるぶると身体を震わせて、身体を弓なりにした。

 どうやら達してしまったらしい。

 

「相変わらず、敏感で淫乱な尻穴だな」

 

 一郎は笑った。

 淫具が抜けたばかりのユイナのお尻の穴は、ひくひくと快感の余韻を告げているように痙攣と収縮を繰り返し、まるでそこだけなにかの別の生物であるかのようだ。

 本当にエロチックだ。

 

「コゼ、凄いだろう? ユイナは全部、自己開発だぞ。ひたすらアナル自慰を繰り返して、こうなったんだ」

 

「あ、あたしだって、い、淫乱です。ご主人様に調教してもらったお尻です──」

 

 すると、突然にコゼが面白くなさそうに声をあげた。

 視線を向けると、頬をぷっと膨らませている。

 どうやら、ユイナのお尻を一郎が気に入ったような物言いをしたのが面白くなかったらしい。また、わざと怒ったような言い方をするのは、ちょっと一郎に甘えているのだろう。

 そうやって、一生懸命に一郎の気を引こうとしているのだ。

 一郎の女たちの中で、一番の甘えん坊かもしれない。

 これで、顔色ひとつ崩さずに、命じた相手の喉をあっという間に斬り裂いてしまうような凄腕のアサシンでもあるのだから愉快だ。

 

「くふっ、ふふふ……、あ、あんたよりも、わたしのお尻が凄いってよ……、こいつは……」

 

 すると、ユイナが荒い息をしながら、煽るようにコゼに言った。

 まったくこいつは……。

 案の定、コゼはむっとしたように目を険しくした。

 

「な、なによ──。あ、あたしだって──。ね、ねえ、ご主人様、こいつとあたしのお尻のどっちが好きですか? ねえ──」

 

 コゼが一郎に迫った。

 一郎は苦笑した。

 

「コゼの方が尻穴奴隷は先輩だろう? 嫉妬なんかせずに、もっともっといやらしいお尻になるように頑張ればいいじゃないか。ほら、コゼももう一度尻穴調教だ。手を後ろで組め」

 

 コゼが再び両手を背中で組んだところで、また粘性体で拘束する。今度は縄じゃなくて、真っ赤な紐に変化させる。

 コゼの可愛らしい外見には赤い紐はよく似合う。

 また、それだけじゃなく、淫魔術で消去してやっていた痒み剤の効果を復活させた。

 精の力で消去させていたが、あれだけユイナが詰め込んだのだから、本当は一度犯されたくらいで痒みが消えるわけがない。

 それを元に戻す。

 

「か、痒いいいいいっ」

 

 後ろ手に拘束されたコゼが絶叫して身体を伸びあがらせた。

 それを見ながら、一郎はユイナの肛門に怒張をあてがってぐっと先端を挿入した。

 

「ああ、き、気持ちいいい」

 

 一方で、挿入を開始したユイナが感極まったような声をあげて身体を震わせた。

 そのユイナの口から涎がつっと流れる。

 

「コゼ、命令だ。ユイナの涎を舐めてやれ。いいと言うまで口づけを交わすんだ。ユイナもだ」

 

「ああ、で、でも、痒いいい──。痒いです、ご主人様──」

 

 コゼが半泣きになってお尻を激しく振っている。

 復活した痒みを癒す手段がなくて、さっそく狂乱をしているのだ。

 一郎は意地悪く笑った。

 

「痒いだろうさ。だが、これが調教だ。ユイナに負けたくないだろう? それとも、お尻を調教されるのは嫌か?」

 

 一郎はわざと挑発的な物言いをした。

 コゼが必死に顔を横に振り、歯を喰いしばっている。

 

「ご、ご主人様の調教をコ、コゼが嫌がるわけありません。ああ、で、でも痒くて……」

 

「その痒みを我慢するのが調教だ。あとで癒してやるから、いまは我慢して命令に従え。俺はなんと言った、コゼ? そして、ユイナもだ。コゼの舌を舐めろ。さもないと、アナルを犯すのをやめるぞ」

 

 一郎はユイナのアナルを犯しながら言った。

 

「ああ、やめないでえ──。気持ちいいのよお──」

 

 ユイナが声をあげた。

 コゼがユイナの前に回って、唇と唇を重ね合わせる。

 ふたりはもう拒否する力を失ったかのように、激しく唇をむさぼり合う。

 一郎はユイナの尻穴をゆっくりと律動しながら、手はコゼを引き寄せ、乳房と股間をむさぼった。

 なんか贅沢なことをしているなあ、という気もするが、ふたり揃って狂乱していくのが愉快だ。

 

「ああ、もうだめええ──。ま、またいぐうう」

「あ、あたしもお」

 

 ユイナとコゼが同時に身体を震わせて、一緒に絶頂した。

 そうなるように仕向けたのだ。

 また、一郎はユイナの尻の中で精を放った。

 ふたりは少しのあいだ、ぴんと身体を伸ばすようにしていたが、やがて重なり合うように脱力して突っ伏した。

 一郎はユイナの尻穴から怒張を抜く。

 

「まだまだだぞ。ほら、まだ、痒いだろう? 今度はふたりだけで、仲良く呼吸を合わせて極めてみろ。調子を合わせない限り、いつまでも続けさせるぞ」

 

 一郎は亜空間から双頭のアナルバイブを出した。

 ユイナの脚の拘束を一度解き、そのアナルバイブの片側を挿し入れる。

 

「あっ、ま、また──。いやああ」

 

 ユイナは激しく反応して、狼狽にがくがくと拘束された裸身を小刻みに震わせる。

 そして、コゼを粘性体を飛ばしてお尻を引き寄せると、ユイナの尻から出ている双頭のアナルバイブのもう反対側をぐっと挿入する。

 ふたりの尻と尻がぴったりと密着して、アナルバイブが見えなくなる。

 そうやって、お互いに反対方向を向くかたちで尻と尻を密着させて、粘性体で離れられないようにしてから、ふたりの尻穴に埋まっているアナルバイブに淫魔力を注いだ。

 

「ああああっ」

「ひいい」

 

 ふたりが同時に首を伸びあがらせた。

 それぞれの尻穴の中でアナルバイブが蠕動運動を開始したのだ。

 

「黙ってよがっていないで、息を合わせて絶頂しろと命じたぞ。仲良く同時にいくまで、アナルバイブはずっとそのままだ。お互いに声をかけるんだ」

 

 一郎はふたりから離れて見物する態勢になった。

 ユイナは激しく喘ぎながら、妖艶な表情で口を開く。

 

「も、もういくうっ、こ、こんなの我慢できないいい」

 

「ま、待って、ユイナ──。ちょっとだけだから──」

 

 コゼが焦ったような声をあげる。

 しかし、ユイナはそのまま達してしまった。

 少し遅れて、コゼもまた絶頂して果てた。

 

「いまのはだめだな。ちょっとずれた。もう一度だ。同時にいくまで何度でもやれ」

 

 一郎は冷たく言った。

 

「ああ、こ、これ以上は身体がばらばらになる──。ちょ、ちょっと休ませて」

 

「ご、ご主人様、あああっ、こ、これ、すごいいい」

 

 ふたりが悶絶するような声をあげる。

 当然だろう。

 一郎特性の淫魔術のこもったアナルバイブだ。

 挿入しているだけで、ふたりが一番気持ちがいい場所を、一番気持ちがいい力で刺激するようにアナルバイブが動くようになっている。

 尻穴が特に弱いふたりにはたまらないだろう。

 

 そうやって、お互いにすれ違うように絶頂を繰り返す。

 ふたりは狂乱した。

 さすがに、ふたりとも、声をかけて合わせようという態度を取り出す。

 お互いに四回くらい別々に達すると、やっと快感が共鳴するように合いだした。

 

「ゆ、許してええ、ね、ねえ、許してよおお。死ぬううう」

 

 ユイナが絶息するような呻きを洩らして、何度目かの絶頂に引きあがっていくのがわかる。

 それに気がついたコゼは、今度こそ呼吸を合わせようとしているのか、必死に自分の腰の動きを強くした。

 また、それぞれ顔が反対方向なので顔が見えないままだが、やっと呼吸も合ってきたようだ。

 

「ユ、ユイナ、あたしに合わせて──」

 

「コ、コゼ、で、でもいきそう。いきそうよおお」

 

「ほんのちょっと待って、ユイナ──。ああああ」

 

「コゼえええ──」

 

「ユイナあああ──」

 

 狂おしく尻を揺すりながら、お互いに名前を呼び合う。

 そして、ふたりは乱れ髪を揺さぶりながら、熱い悦びを溶け合わせ、完全に絶頂をぴったりと合致させたのだ。

 

「よくやったぞ、ふたりとも」

 

 一郎は今度こそ、ふたりの身体から粘性体も痒みの効果も消滅させてやった。

 アナルバイブも抜いてやる。

 

「はああ」

「あああ……」

 

 ふたりが大きく息を吐き、床に完全に崩れ倒れた。

 今度こそぐったりだ。

 もう少し犯してやりたいところだが、短い時間で連続絶頂をやり過ぎて、ふたりとも息も絶え絶えだ。

 どうやら、悪戯がすぎて、前を犯すタイミングを逸した感じになってしまったが、一郎は我慢することにした。

 ふたりを並べて横にすると、亜空間から一枚の毛布を出して被せてやる。

 

「……ロウ……」

 

「ご主人様……」

 

 ふたりがそれぞれに一郎のことを呼び、相手の裸身を抱き締める。

 一郎だと思っているのかもしれない。

 いまこの時点では仲が良くなったように思えるが、まあ明日になればどうなるか……。

 一郎はほくそ笑んだ。

 そして、すぐにふたりとも、完全な寝息をかきだした。

 

 そのときだった。

 魔眼により、部屋にエリカが近づく気配を感じた。

 すぐに扉が開かれた。

 

「ロウ様──」

 

 エリカが大きな声を出した。

 なんだか、泣きそうな顔をしている。

 どうしたのだろう?

 

「どうしたんだ、エリカ……?」

 

「お願いです。来てください。わたしには、もうどうしようもなくて……」

 

 エリカが必死の口調で言った。

 一郎は訝しんだ。

 

「と、とにかく、こっちに──。なにもかも、わたしが悪いんです──。罰は受けます。でも、いまは助けてください。とにかく、とめてください」

 

「助ける?」

 

「とにかく服を着て──。そして、一緒に」

 

 エリカがわけのわからないことを口にして、一郎の腕をがっしりと掴んで立ちあがらせた。



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538 一女兵士の見たクロノス様(その1)

「床にもっと顔を近づけな。お前らはロウ様に支配される虫けらだ。徹底的に恭順しろ。言葉でも態度でも、ひたすらに畏まるんだ」

 

 ノルズ、すなわち、教官様が腕を振って、床に電撃の光線を放つ。

 まるで、巨大な鞭で床を引っ叩いたかのようだ。

 大きな音がして、ずしんと床が揺れたような感触が肌に伝わってくる。

 恐怖の衝撃だ。

 ほかの女兵たち、いや、将校である小隊長たちも同じように床に這いつくばり、素っ裸で数珠つなぎになって四つん這い行進をしているのだが、その間隙を縫うように数線の電撃が通過していく。

 ジェネは恐怖で竦みあがった。

 

 たったいまのは威嚇だが、ちょっとでも気を抜いたような動作をすると、本当に電撃を浴びせられる。

 ジェネは、まだ最初の一度しか直接電撃を浴びせられていないものの、あれはただの電撃ではなく、身体の芯からの激痛を掘り起こす魔道が混じっていて、凄まじい苦痛が襲いかかってくるようになっているのだ。

 

 突然に呼び出しを受けた水晶宮の大広間だ。

 赤い絨毯が敷き詰められているだけのがらんとした部屋である。

 ジェネは水晶軍に入って以来、ずっとイムドリス側でガドニエルの親衛隊に所属していたからよくは知らないのだが、ここは本来は水晶宮主催の舞踏会などをする場所であり、最近ではカサンドラ様が太守だった三箇月ほど前に、ここで酒宴が催されたそうだ。

 そこに、業務の終わった夕方に集められた。

 

 集合を指示したのはブルイネン隊長であり、理由もわからずに整列をしたら、ブルイネン隊長とともに、クロノス様といつも一緒にいる美しくて色っぽいエルフ女性と人間族の女性がそこにいて、ジェネたちに頭をさげ、どうかクロノス様の性の相手になって欲しいとお願いをされたのだ。

 

 いきなりのことでびっくりしたが、そのエルフ女性の説明によれば、いつもクロノス様に奉仕している十人ほどの女たちだけでは手が足らず、できればジェネたちの中からも、その性奉仕に加わって欲しいという申し出だった。

 クロノス様が大変に性愛にお強いということは耳にしていたが、十人もの女がいて、それでも相手が不足する絶倫というのはどうなんだろうと驚いたものの、そのエルフ女性の物言いはとても真摯だったし、正直、クロノス様のお相手をするというのは嬉しい話だと感じた。

 

 なにしろ、クロノス様は、イムドリス宮でジェネたちを救出してくれた英雄であり、それだけでなく、おそらくジェネもほかの女たちと同じように心を毀された状態になっていたと思うが、それを唖然とするほどの幸福感とともに治療してくれた神様のような恩人なのだ。

 その治療は、クロノス様がジェネたちひとりひとりに愛を授けるという手段で行われたのだが、夢心地の中で味わったクロノス様との性愛は素晴らしいものであり、ジェネはあれほどの快感と充実感を味わったことはそれまでになかった。

 

 とにかく、眩い光の中で生まれ変わったような心地とともにジェネは完全に元気になり、それどころかイムドリス宮の中で味わったことが全く心を傷つけることがないように記憶を細工されており、心身共に完全に復帰できた。

 魔道による身体の治療はできても、狂った心の治療はできないので、それは間違いなくクロノス様のおかげだとお互いに噂し合った。

 このことひとつのみでも、ジェネたちは背負って背負いきれない、返そうにも返せない恩があるといっていい。

 

 もっとも、クロノス様にやってもらったことを口外することは、ガドニエル女王様から禁止されたので、それを大っぴらに喋ることはできなかった。

 だが、クロノス様の愛を受けて狂った頭を回復をしてもらった女たち同士で、クロノス様への感謝と思慕の念の言葉を頻繁に交わし合った。

 

 そして、再び水晶軍の女兵としての当たり前の日常が再開した。

 ただちょっと違うのは、イムドリスに引きこもっておられたガドニエル女王は、日常的に水晶宮側に移ることになり、当面はイムドリスの結界世界そのものが封鎖された状況になったことだ。

 そのため、警備を水晶宮側とイムドリス側の双方に設置する必要がなくなり、ガドニエル女王の親衛隊が解散となって、水晶宮側の水晶軍に全員が編成され直した。

 

 ジェネだけでなく、クロノス様に助けられた女たちは、改めてクロノス様にお礼を言おうとクロノス様に殺到したが、なかなか直接に会うという願いは果たされずに、遠くから垣間見るだけという日が続いた。

 クロノス様の周りの女たちが、なかなかクロノス様に、ジェネたちのような者を近づけようとしなかったのだ。

 どうやら、クロノス様に不必要に接近する面倒な輩として、クロノス様の女たちにすっかり警戒をされてしまったようだ。

 

 まあ、ジェネならずとも、ほぼ全員が、あの日、クロノス様に愛された幸福感が忘れらず、あと一度でいいから愛されたいという下心を持っているのは否定しない。ただ、そんな邪まな感情をクロノス様の女の方々はすっかりと見抜いてしまったらしい。

 

 いずれにしても、クロノス様に再度愛されるという希望は、なかなか叶いそうになかった。

 それに、だんだんわかってきたが、ガドニエル女王様もまた、クロノス様に恋をされているというようであり、明らかに女王とクロノス様は男女の仲のように思えた。

 だったら、ジェネは諦めるしかない。

 やはり、ジェネのような一介の女兵とは立場が違いすぎる。

 

 ただ、クロノス様がついにハロンドールに帰国なさることになるにあたり、その護衛隊をブルイネン様を編成するという話があり、すぐにその一員にジェネも希望した。

 せめて同じ空間で息をして、あわよくば、ほんの一言でもいいから、声さえかけられたならば……。

 ジェネの願いはそれだけだった。

 ところが、いきなり、あのエルフ女性から、クロノス様の性の相手を大勢探しているという申し出があって……。

 

 否も応もない──。

 応だ。

 応に決まっている。

 

 一斉にほぼ全員がエルフ女の方の話を承知され、ジェネもまた、承諾の意味の言葉を叫んだ。

 エルフ女性の方はほっとした顔をされていた。

 もうひとりの人間族の女性が、クロノス様はちょっと鬼畜で変態だということを申されたが、ジェネは気にならなかった。

 クロノス様になら、なにをされてもいい。

 そう思った。

 

 事態が一変したのは、その直後だった。

 転送術の魔道で、ガドニエル女王様とガドニエル様の姉君のラザニエル太守様、そして、ノルズという方が広間に現れ、突然、全員に調教を受けろと言い出したのだ。

 クロノス様に仕えるための躾であり、それが必要なのだそうだ。

 考える余裕もなかった。

 そのノルズという人間族の女性が前に出て来て、いきなりジェネたち全員を激しく罵倒して、「規約」というものを復唱させられた。

 ジェネは、まず、そのノルズ、つまり、教官様の醸し出す圧倒的な迫力と威圧感に押され、どう聞いても猥褻そのものとしか思えない言葉を絶叫した。

 

 ただ、前に並んでいる小隊長様たちは、女王様の命令とはいえ、理由もなく人間族の女性に服従しろと言われたのが不服だったらしい。

 規約を口にするのを拒んだのだそうだ。

 しかし、教官様に手酷くやられ、下半身を丸出しにされるという恥辱を合わされた。

 武勇で知られるエルミア様、ドルアノア様が子ども扱いであり、その後、ジェネはほかの者と一緒に、あの恐怖の電撃の苦痛を浴びせられた。

 ジェネはその一発ですっかりと教官様に対する抵抗心を失っていた。

 

 それからは徹底した雌犬の躾だ。

 全員が素っ裸になるように命令され、ちょっとでも脱衣の動きがない者や躊躇した態度の者には、容赦なく電撃の光線が飛んできた。

 あまりの恐ろしさに、ジェネは恥辱感も羞恥も忘れて、懸命に服を脱ぎ捨てた。

 教官様に対する恐怖だけが身体を包んでいた。

 

 最初にやらされたのは、命令に従って四つん這いになったり、立ったり、片脚をあげたり、あるいは仰向けになったりする訓練だ。

 ほんの少しでも動作が遅れれば、教官様の電撃だ。

 ジェネはほかの女兵とともに必死でやった。

 

 次に全員並んで自慰をするように命じられた。

 さすがに鼻白んだが、ここでもエルミア様が怒りだした。

 エルミア様はもう一度容赦なく、教官様に蹴り殴られ、さらに電撃を浴びせられた。

 股間に直接だ。

 そして、失禁した。

 腕に覚えのあるエルミア様としては屈辱だっただろう。

 エルミア様は悔し涙を流しだした。

 だが、教官様はさらに激しく怒り、エルミア様の顔を足で踏んづけて、赤い絨毯の上に失禁したおしっこを舌で掃除するようにがなりたてた。

 エルミア様はそのときには号泣していて、もう気力も失ったように舌を動かしていた。

 とにかく、こんなに怖い人はいないと思った。

 それくらい、そのときの教官様の権幕は激しかった。

 

 次に、させられたのが四つ足で並んで歩くことだ。

 膝を床に着けずに、お尻をあげるように進むのだ。

 いまがそうである。

 どんなにそれがみっともない恰好かということは、目の前を歩く女兵の股間が顔の前に曝け出していることからわかる。

 五人ごとの六個のグループになり、命じられるままに素っ裸で四つん這いで歩いている。

 

 これまでのあいだに、あのエルフ女の方たちが、何度もやめるように太守様や女王様に哀願をしてくれ、ブルイネン隊長もガドニエル様にやり過ぎだと懸命に口添えしてくれていた。

 しかし、ガドニエル女王様はとても上機嫌に微笑むだけで話を聞く様子もないし、それはラザニエル様も同じだ。

 むしろ、エルフ女の方が折檻をされるのではないかという勢いでラザニエル様に叱咤されて、途方に暮れていた。

 

「ほら、こっちの列に光線の棒がいくよ。こっちの班は、みっともなく股ぐらをあげな」

 

 教官様の声が響く。

 左からジェネたちに沿うように走っている光の光線がゆっくりと近づくのが見える。

 

「きゃああ」

「ひゃああ」

「ああ、またです」

「ひいいっ」

 

 一斉に悲鳴があがる。

 あの光に当たると、あのもの凄い苦痛が身体に走るのだ。

 ただ、とてもゆっくりとしか接近してこないので、片脚をあげて跨ぎ、すぐに反対側の脚をあげてやりすごせば、当たらないで済む。

 しかし、そのために、大きく股間を晒す姿をしなければならず、教官様はそれを、ちょうどガドニエル女王様やラザニエル太守様が座っておられる前でさせるのだ。

 

「ほらほら、来るよ。お前ら誇り高いエルフどもの鼻ぱっしらをこのノルズ様が叩き折ってやる。徹底的な奴隷の精神を叩き込め。みっともなく泣いて許しを乞え。それが雌犬だ」 

  

 教官様の叱咤が飛ぶ。

 三十人は五人ずつくらいで間隔が開いていて、ジェネたちがガドニエル様たちの前を過ぎる番だったのだが、教官様の命令でとまらされた。

 

「この列は停止。もう一度だ。脚をあげろ」

 

 すると、ガドニエル様側から、またもや光線の棒が膝の高さで接近してきた。

 ジェネたちは悲鳴をあげて脚をあげて跨ごうとした。

 だが、光線は通り過ぎずに、あげた脚の真下で静止してしまった。

 そのため、脚をおろせない。

 

「よし──。じゃあ、ガド様に向かって、小便を披露しろ。そんな恥辱を悦びに感じるほどにやるからね。ほら、小便だ。十数えるうちに始めないと、股に電撃が浴びせられるよ」

 

 その残酷な宣言が嘘じゃない証拠に、全員の股間の下の床に魔道の光の玉が出現した。

 ジェネはほかの女兵とともに、悲鳴をあげた。

 

 そのときだった──。

 

「なにをしている──。やめんか──」

 

 身体の芯に響くような大喝が部屋に響き渡った。

 びっくりした。

 

「ロウ様」

 

 裏返ったような声をあげたのは教官様だ。

 一瞬にして魔道の光線の棒も、身体の下の光の玉も消滅した。

 とにかく、なにが起きたかわからなかった。

 だが、ジェネのそばにたまたま教官様が立っていたので、教官様の様子が見えたのだが、さっきまでの勢いは消え失せ、教官様の顔が真っ蒼になっていた。

 

 とりあえず、大きな声がした方向に目をやる。

 すると、クロノス様がいた。

 明らかに激怒しているとわかる表情をしている。

 ジェネはノルズも恐ろしいと思ったが、いまのクロノス様はそれ以上だった。

 憤怒の気を発しているクロノス様がもの凄く怒っているのは明らかだ。

 また、クロノス様の横には申し訳なさそうな顔をしたあのエルフ女性がいる。

 彼女がクロノス様を呼んできた気配だ。

 

「ガド、お前だろう──。こんなことをやらせているのは──」

 

 クロノス様が怒鳴りあげた。

 

「は、はいっ、い、いえ、ひいっ」

 

 ガドニエル女王様は明らかに狼狽していた。

 教官様以上に顔を蒼くして、その場に直立する。

 

「すぐにやめさせろ、ガド──。それとも俺の言うことがきけないのか──」

 

 クロノス様が大きな声をあげた。

 

「は、はい──。み、みなさん、終わりです──。や、やめなさい」

 

 ガドニエル女王が悲鳴のように叫んだ。

 まだ状況がわからないが、クロノス様に仕えるために調教を受けているはずだったが、どうやらクロノス様としては承知していたわけでもなく、むしろ不本意だった気配である。

 とにかく、ジェネは足をおろしてその場にしゃがみ込んだ。

 ほかの者も同じようにしている。

 

「あ、あのう、ロウ様……」

 

 教官様、つまり、ノルズ様は顔を蒼くしたまま、クロノス様に声をかけようとした。

 すると、クロノス様がきっとノルズ様を睨む。

 

「やかましい──。俺は怒っているんだ。お前のことも後だ。許可なく口を開くな。そこでじっと立っていろ。ぴくりとも動くな──。命令だ、ノルズ──」

 

「は、はいっ」

 

 どちらかというと、クロノス様はいつも穏やかで優しそうだったので、あんなにも怖いところがあるとは思わなかった。

 また、ノルズ様もまた、さっきまでジェネたちを口汚く罵っていた鬼のような教官だとは思えないほどに大人しくなっている。

 しかも、顔が泣きそうだ。

 

「ロ、ロウ──。ちょっと待っておくれ。わたしだよ。わたしがけしかけたんだ。とにかく、みんなの前では……」

 

 すると、ラザニエル太守様がおもねるような物言いで、入り口で仁王立ちになっているクロノス様に近づいていく。

 だが、クロノス様は険しい表情を崩さずに、ラザニエル太守様を手で制した。

 

「だったら、この広間に、結界でもなんでもして、防音したらいいだろう。これは俺の矜持の問題だ。ほかの言い方をすれば、俺の女としてのガドの質の問題だ。黙っていろ──」

 

 クロノス様が言った。

 すると、ラザニエル様はそれだけで、しゅんとして口をつぐんでしまった。

 ジェネは、今回のイムドリスの危難に際して現われた女王様の姉君のラザニエル様が、とても魔道が強く、それ以上に心も強く、容赦なく強い言葉で大勢の高位貴族などを従えて水晶宮を仕切っているのを知っていたので、そのラザニエル様が、クロノス様といえども、ただのひと言であんなに意気消沈して黙り込んでしまうとは信じられなかった。

 

 だが、それが事実だ。

 ノルズ様も同じだ。

 動くなという命令を受けて、いまでも身体をぴんと伸ばして、真っ直ぐに立っている。

 まるで息をするのも我慢するように、静止している。

 しかし、その身体が小刻みに震えている。

 クロノス様が怖いというよりは、叱られたことそのものに衝撃を受けているように思えた。

 

 しんと静まり返った広間をクロノス様がつかつかと横切りガドニエル女王様に歩み寄っていく。

 また、クロノス様の横を狼狽えたようなエルフ女性の方が横を歩いていく。

 それで気がついたが、もうひとりのクロノス様の女の人間族の女の方とブルイネン様は広間の隅で完全に硬直して、顔をひきつらせていた。

 

 クロノス様がガドニエル様の前に立った。

 すると、いきなり手の裏で軽くガドニエルの頬をクロノス様がぴしゃりと張った。

 

「ひっ」

 

 強い力ではなかったが、ガドニエル様が衝撃を受けたように、その場にしゃがみ込んでしまった。



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539 一女兵士の見たクロノス様(その2)

 クロノス様は軽くガドニエル女王を打っただけだが、余程にショックだったのか、ガドニエル女王は目に見えて顔を蒼くした。

 

「ガド、お前は女王だ──。だから、ほかの誰がやり始めてもとめることができた。だが、エリカによれば、率先してノルズにこれをやらせたようだな──。俺は確かに女好きで好色でどうしようもない変態だが、女を物のように扱ったこともないし、そんな思考をする相手は軽蔑する。それなのにお前はここにいるような優秀な彼女たちをまるで物のように扱おうとしたそうだな。つまり、お前は俺がもっとも軽蔑する思考の女ということだ……」

 

 クロノス様の声がそれほどに大きな声ではなかった。

 だからこそ、ジェネはクロノス様の静かな怒りを感じた。

 

「だ、だって……わ、わたしは……エリカ様から……ロウ様の性愛の相手をお探しだと耳にして……。それで、だったら、しっかりと準備しなくちゃと思って……。は、狭間の森のときのような侍女たちの醜態の二の舞いになってはいけないと……」

 

「黙れ、ガド──。お前は俺が怒っている理由をエリカのせいにするつもりか──」

 

 すると、クロノス様がさらに怒鳴った。

 ガド様はそれまでも震えておられたが、その瞬間に白い肌が完全に血の気が失ったかのようにさらに白くなり、その場で完全に項垂れてしまった。

 ジェネは驚愕した。

 

 なにが驚いたかと言って、あれほどに遠慮のない罵倒をクロノス様がガドニエル女王様にしていることだ。

 ガドニエル女王様は、ナタルの森の女王とも称されるほど、非常に権威のあるお方なのだ。

 それにもかかわらず、クロノス様は遠慮なくガドニエル様を叱り、これ以上ないというほどの悪態をついている。

 また、さっきまで、教官様のノルズ様は、この世で一番に怖い相手だと思ってしまったが、それは間違いだった。

 いま、この瞬間に怒気を発しているクロノス様は、なぜかとても怖かった。

 本当に、本当に怖かった。

 これまでに感じたことのないほどの威圧感を覚えた。

 

「ロ、ロウ様、わたしです。本当にわたしなんです。わたしがロウ様のお相手を増やしたいと、ガドに……いえ、ガドニエル様に頼みに行って……」

 

 そのとき、クロノス様のお連れの方のエルフ女性が取りなすような言い方で口を挟んだ。

 やっと思い出したが、彼女はエリカという名だ。さっき、クロノス様がそう呼ばれていた。

 

「エリカ、お前も黙れ──。お前のことだから、無体はしてないはずだ。多分、ここにいる彼女たちに誠意をもって頼んだんだろう。だけど、ここにいるガドたちが、こんなことを開始したに違いないさ」

 

 クロノス様は言った。

 まさにその通りだったが、まったく知らないのに、クロノス様がそれを当てられたのだとすれば、大した洞察力だと思った。

 

「ロ、ロウ……ここでは堪えておくれ……。場所を変えよう……。頼むよ……。こいつは女王なんだ……。済まなかったよ。わたしらは、お前が気に入るんじゃないかと思ってね……。そんなに叱らないでおくれよ。わたしが悪いんだから……」

 

 ラザニエル様だ。

 太守様も申し訳なさそうな顔をしている。

 

「いいや、ラザ、悪いのはガドだ。なにしろ、女王なんだしね」

 

 そして、クロノス様はガドニエル女王様を睨み直す。

 

「い、いや、だけど……」

 

 ラザニエル様はさらになにかを言おうとしたが、クロノス様がそれを手で制すると、ちょっと迷った感じの後で黙り込んでしまった。

 クロノス様がガドニエル様に視線を戻す。

 

「しかし、どうして、こんなことをしようなんて思うんだ、ガド──。俺だって、似たようなことをしているし、鬼畜に女を扱う──。だけど、今回のことは、それとは違う。ガドがやったのは、あのダルカンがイムドリスでしたのと、まったく同じことだ。それだけはやっちゃいけなかったんだ。どうして、それを考えない、ガド──。なんで、お前は考えないんだ──」

 

 クロノス様がまた声をあげられた。

 はっとした。

 クロノス様がどうして、あんなに激怒をしておられるのかわかったからだ。

 それは、イムドリスでの地獄を味わったジェネたちのことを気遣って……?

 

 だとしたら、ありがたすぎるが、それよりもジェネは目の前で起きていることで、いっぱいいっぱいになっていた。

 ナタルの森の女王であり、神々しいほどにお美しく気高いガドニエル様が、あれほどに一方的に罵倒されて、まるで泣きそうになっている。

 

 いや……。

 泣いている……?

 

 よく見たら、もはや完全に顔を俯かせているガドニエル様は、肩を震わせて泣いているように思えた。

 愕然とした。

 もはや、さっきまで受けていた仕打ちなど忘れ果てた。

 クロノス様の怒りがジェネたちを庇うためのものなのであれば、それこそなにか言わなければ……。

 

「あ、あのう、クロノス様……」

 

 そのとき、ドルアノア様が意を決したように口を開かれた。

 おそらく、ジェネと同じように思ったのだと思う。

 

「まだだ──。まだ黙ってくれ。いいから……。それと、ここでのことは、ここだけのことだ。見たもの聞いたもののすべてを忘れてくれとはいわない。ただ、口外は困る。ガドは女王だ。そのガドが一介の人間族の冒険者に叱られて、口答えもしなかったとあっては、ガドの立場が悪くなる……」

 

 なぜか、ジェネはクロノス様の言葉を聞いた瞬間に、なにがあっても喋ってはならないと感じたし、いまも口を挟まなければならないという気が失せてしまった。

 ドルアノア様も同じのようだ。

 クロノス様の言葉で再び口を閉ざした。

 

「ロウ、お前、いま……?」

 

 ラザニエル様が怪訝そうな表情でクロノス様を見た。

 

「……彼女たちには、治療のときに一度精を放った。絶対にここでの話を他では口にさせない。だから、ガドのことは最後まで叱らせてくれ、ラザニエル」

 

 クロノス様が言った。

 よく意味がわからなかったが、クロノス様に対する気持ちがぱっと開いたような気持ちになった。

 これまで抑圧されていたものが、やっと解放されたという気分だ。

 

 クロノス様……。

 クロノス様──。

 ああ、なんと恰好がよくて、素晴らしいのだろう……。

 やっぱり、クロノス様は素敵だ……。

 

 ジェネは自分はクロノス様をお慕いしていたと思っていた。

 しかし、なんと言い表せばいいのかわからないが、突然に解放されたこの感情こそが、クロノス様を愛しているのだという気持ちだ。

 この人のためだったら、なんでもできる。

 さっきのノルズ様の調教だって、大歓迎だ。

 調教を受けることで、クロノス様がジェネに少しでも気を配ってもらえるなら……。

 そのクロノス様が再びガドニエル様に視線を向けられた。

 

「ガド、お前はいつまで服を着たままでいるんだ。やっぱり、お前こそ調教からやり直さないとな……。俺の女の中で俺に叱られて、服を脱がない者なんていないぞ……。お前が俺の雌犬のつもりなら、謝罪の仕方をまだ知らないのか……?」

 

 今度のクロノス様の口調は怒ったようなものではなかった。

 どちらかといえば、諭すような物言いだ。

 ガドニエル様ははっとしたように顔をあげた。

 その目は真っ赤であり、涙の痕がはっきりとある。

 やっぱり泣いていたのだ。

 

「わ、わたしを……ま、まだ、ロウ様の雌犬と呼んで頂けるのですか……?」

 

 ガドニエル様はまたもや震えていた。

 だが、今度の震えはさっきまでのものとは少し違う。

 心なしか嬉しそうな心が滲み出ているような気がした。

 

「言ったはずだ、ガド。俺は一度女にした相手を絶対に開放しない……。しかし、おまえは躾からやり直しだ。お前についてはやはり置いてはいかないよ。しばらく一緒にいろ。政務のことはラザニエルにしばらく頼むといい」

 

「ちょ、ちょっと、待っておくれ、ロウ」

 

「いや、待たない。これはもう決めた。元老院会議も族長会議もなんとかしろ。それと、ラザへの罰もあるからな。ここではしないがこの後でする」

 

 クロノス様が言った。

 それだけでもう太守様はなにも言わなくなり、それどころか、ぽっと顔を赤らめた。

 ジェネはその瞬間に、太守ラザニエル様もまた、クロノス様の女なんだと確信した。

 そう思った理由など、ラザニエル様の表情だけで十分だ。

 ラザニエル様もまた、クロノス様の女なんだ……。

 

「ガド、お前は視野が狭くて思い込みが強すぎる。人の上に立つ器じゃない。お前は支配される側の女だ。政務のことはラザに託し、それ以外のことは、一切を俺に委ねろ。なにをするにも、俺の許可を取れ。食事にしろ、糞尿にしろ、なにをするのも俺の命令を仰げ。まずは全裸土下座だ。だが、謝るのは俺にじゃないぞ。みんなに謝るんだ。一緒に謝ってやるから、俺の雌犬……」

 

 ずっと怒りしか浮かべていなかったクロノス様に、やっと微笑みが浮かんだ。

 その瞬間、ガドニエル女王様がわっと号泣をし始めた。

 

「あ、ありがとうございます……。ありがとうございます……。ありがとうございます……。ガドは間違っていました。すべてのことについて、ロウ様……いえ、ご主人様に従います。ガドは雌犬です。馬鹿で、視野が狭くて、思い込みが激しくて、ご主人様を不愉快な思いをさせるどうしようもない駄犬です……。で、でも、嬉しいです……。ロウ様……、いえ、ご主人様の……雌犬と呼んでくれて、ありがとうございます──」

 

 ガドニエル女王様が泣きじゃくりながら、立ちあがって、どんどんと服を脱いでいく。

 やがて、全裸になり、クロノス様の足元に土下座をして這いつくばった。

 そのあいだ、ラザニエル様をはじめ、誰ひとりとして口を開かなかった。

 ジェネもそうだったが、目の前の出来事に圧倒されたようになってしまっていた。

 

「ほら、首をあげろ」

 

 クロノス様がそう言って、突然に宙からなにかを出現させた。

 真っ赤な首輪だった。

 ジェネたちがされているチョーカーよりも一回り太く、とても装飾には見えない完全な犬用の首輪だ。

 それをガドニエル様の首に嵌めた。

 ガドニエル様はとても嬉しそうだった。

 その赤い首輪には、緑の紐のリードが繋がっていて、そのリードをクロノス様が掴んでいる。

 

「胸も出せ、ガド」

 

 クロノス様がさらになにかを取り出した。

 

「はい、ご主人様」

 

 今度はなにであるのかよくわからなかったが、強くなにかを挟むようにできている金属のクリップのようだった。大きさは人の手のひらほどもある。

 クロノス様は、それを無造作に、ガドニエル様の乳首に挟む。

 

「んぎいいいっ」

 

 ガドニエル様が絶叫して身体をぴんと伸ばした。

 

「悲鳴をあげるな、ガド。もうひとつだ」

 

「は、はい、ひ、悲鳴はあげません。ガドは悲鳴をあげません。ご主人様の命令ですから……」

 

 クロノス様がもう一個クリップを出して、ガドニエル女王様の反対側の乳首を挟む。

 

「んぐううううっ」

 

 相当の激痛なのだろう。

 ガドニエル女王様は、全身を真っ赤にしながら必死の形相で口を閉ざしている。

 また、ガドニエル様の身体がみるみる赤くなり、脂汗のようなものが噴き出してきた。

 おそらく、大変な激痛なのだろう。

 

「来い、ガド──。ひとりひとりに謝罪する。全員がお前の謝罪を受け入れてくれたら、お前への罰は終わりだ。躾をやり直すことには変わりないがな。そのクリップを床から離さないように、ついて来い。ぐずぐずするな──」

 

 クロノス様がいきなり緑のリードを持って歩きだされた。

 乳首に嵌まっているクリップを床から離さないようするとなると、ガドニエル様は極端な前傾姿勢にならざるを得ない。

 その通りの姿で、ガドニエル様がこっちに歯を喰いしばりながら、懸命に這い寄ってきた。

 だが、さすがにクロノス様が普通に歩く速度についてはいけず、何度も首輪を引っ張られて、そのたびにえずくような苦悶の声を出される。

 しかし、そんな惨めそうなガドニエル様なのだが、とても満足そうな表情をしている。

 それだけでなく、あんなに惨めな恰好をさせられているのに、とても、とてもお綺麗なのだ。

 ジェネは息を飲んでしまった。

 やがて、呆然としているジェネたちのところまで、ガドニエル様とクロノス様が辿り着いた。

 

「ガド、全員に自分の頭を踏みつけるように頼め。ひとりでも拒めば、お前に対する調教は取りやめにする」

 

「そ、そんな……。み、みなさん。どうか、わたしの頭を踏みつけなさい。命令です──」

 

 ガドニエル様が床に乳房を貼りつけるような恰好のまま、ジェネたちに叫んだ。

 

 ガドニエル様の頭を踏む──?

 ジェネは愕然とした。

 そんなことができるわけないのだ。

 

「まだ、わかっていないな、ガド──。それが謝る態度か──」

 

 クロノス様がいつの間に取り出したかわからないが、乗馬鞭でガドニエル様のお尻を力いっぱいに叩かれた。

 

「ひぎいいっ──。も、申しわけありません。み、皆さん、わ、わたしの頭をひとりひとり踏んでください。どうか、このとおりです。皆様、申し訳ありませんでした」

 

 ガドニエル様が必死の口調で言った。

 

「いいぞ、ガド──。それにしても、お前はもう欲情しているのか。どうしようない淫乱な駄犬だなあ。下の口が涎を垂らしているぞ」

 

 クロノス様がそう言って、ガドニエル様のお尻を再び引っ叩かれた。

 

「は、はいっ、ガドはどうしようもないほど淫乱でマゾの駄犬です。ご主人様に鞭で叩かれて、もう股間を濡らしています」

 

 ガドニエルが声をあげた。

 とても恥ずかしいはずの言葉だが、ガドニエルはむしろうっとりと酔ったように欲情している様子だ。

 女のジェネさえ、ぞっとするほどに妖艶だ。 

 ジェネはなぜか、股間がかっと熱くなるのを感じて、知らずぎゅっと内腿を締めつけていた。

 すると、ねちゃりと股で水音のようなものがしたような気がした。

 

 だが、それにしても、ナタルの森の女王様が実はマゾで、実はこの中の誰よりも雌犬的な女だったなんて……。

 

 言えない……。

 絶対に言えない……。

 ジェネは怖くなった。

 

 

 

(第46話『クロノス親衛隊』終わり、第47話『クロノスの懲罰』に続く。)



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 第47話  クロノスの懲罰
540 女王様への罰




 一郎視点です。

 *





「なにをしている──。やめんか──」

 

 室内の惨状を目の当たりにして、一郎は力の限り叫んだ。

 もっとも、半分は演技だ。

 だが、残りの半分は本物の怒りには間違いない。

 

 エリカが私室に飛び込んできて、一郎の性の相手を増やそうとして、ブルイネン隊の将兵に頼もうとしたら、ガドニエルたちが絡んできて大変なことになったから、とにかく来てくれと、“とにかく”を連発してやってきたとき、大体のことは想像がついていた。

 おそらく、集めた女たちを改めて調教しようとして、騒ぎを起こしているに違いなかった。

 そして、エリカとともに女たちが集められている場所にやってきたら、案の定、その通りだった。

 一郎が目にした光景は、ガドニエル、アスカ、ノルズがブルイネン隊の将兵を素っ裸にして、屈辱的な調教をしている状況であり、それをブルイネンとシャングリアが途方に暮れた様子で傍観しているというものだった。

 

 とにかく、叱らなければ──。

 考えたのはそこのことだ。

 

 一郎ごときが、彼女たちのような女傑に対して、怒るとか叱るとかおこがましいとは思うが、ガドニエル、アスカ、ノルズが一郎に対する好意でこれをしているのは理解している。

 だからこそ、叱るのは一郎の役目だと思った。

 こんなことは、一郎の本意ではないということを徹底的に叩き込んでおかなければ、一郎に対して過保護なほどに愛情を示したがる彼女たちは、いつか同じことを繰り返すに違いなかった。

 

「ロウ様?」

 

 将兵たちの前にいて、実際に調教行為を実施していたノルズが狼狽えた声をあげた。

 一郎は、ノルズを睨みつけた。

 

「やかましい──。俺は怒っているんだ。お前のことも後だ。許可なく口を開くな。そこでじっと立っていろ。ぴくりとも動くな──。命令だ、ノルズ──」

 

 ノルズに厳しく怒鳴る。

 これにより、室内がぴんと張りつめたような緊張が走る。

 ノルズは自らやったというよりは、ガドニエルの頼まれ、アスカにけしかけられて、「鬼軍曹役」を引き受けたに違いないが、可哀想だがノルズにはけじめをつけてもらう。

 さもなければ、実際に屈辱的な扱いを受けた女たちが気が済まないだろう。

 すでに、この瞬間に、一郎はエリカが集めたブルイネン隊の将校たちを一郎の女にすると決めていた。

 

 ガドニエル、アスカといった女王クラスの女を性奴隷としての支配下に置いたうえに、一郎の「淫魔の恩恵」という能力によりふたりの魔道遣いレベルを限界突破させた影響だと思うが、またまた一郎の淫魔師としてのレベルが跳ねあがっている。

 この世界において、淫魔師レベルというのがどういう影響であがるのは、いまだに理解していないが、能力の高い女たちを支配下に置くたびに、あがっていくという仕組みについては、漠然とだが理解してきた。

 今回の場合は、「限界突破」という人族が求め得る能力を超えてしまった女をふたりも支配に置いたことになったので、レベルも二段階であがったということのようだ。

 

 そして、これにより、体内に溜め込むことのできる「淫気」が怖ろしく大きくなった。

 溜めている淫気の絶対量に変化はないのだから、問題ないといえば問題ないのだが、容量が大きくなった分、淫気に対する飢餓感が発生している。

 つまりは、一郎の好色の度合いがあがってしまったのだ。

 淫気を集めるには、女たちを抱き、あるいは、女たちをいい気持ちにさせて、そこから発生する淫気を取り込むしかないのだが、やはり、いままで通りの一郎の女たちだけというのでは量的な限界もある。

 ついつい責め過ぎてしまい、交合のたびに、女たちが半日近くもぐったりと倒れてしまうという状況が続いていた。

 どうしたらいいかと思っていたが、エリカは気を回して、単純に抱く女たちを集めようとしてくれたようだ。

 

 今回のこともきっかけだ。

 彼女たちに施した「治療」を通じて、彼女たちが一郎に好意を持ってくれているのは、さすがに気がついていた。だから、集めた女たちの中で、どうしても拒否するという者以外は、そのまま一郎の女にする──。

 そう決めた。

 だからこそ、遺恨を残してはならないのだ。

 一郎の女ということにおいては、一郎は上下の関係を作るつもりはない。

 全員が同じであり、全員が大切な女性たちだ。

 

「ロ、ロウ──。ちょっと待っておくれ。わたしだよ。わたしがけしかけたんだ。とにかく、みんなの前では……」

 

 アスカが取りなす口調でなだめにやって来た。

 一郎は一蹴した。

 アスカが気にしているのは、ナタルの森の女王であるガドニエルを公然と一郎が罵倒することによる権威の失墜という影響だろう。

 だが、一郎はすでに、ここにいる女たちを自分の女にすると決めているので、淫魔術を使えば、この部屋のことが外に漏れることはない。ある程度の操りはできるのだ。

 それに、逆に一郎の女にするなら、ガドニエルと一郎の関係をしっかりと説明する必要もある。

 これが一郎のやり方だ。

 

 一郎は、やはりとりなそうとするエリカも退け、ガドニエルの前にやってくると、思い切り罵倒した。

 どうにも、この女王様は思い込みが激しすぎて、広い視野で物事を見ようとしない。

 一郎に対していちずすぎるのだ。

 女としては可愛いが、女王としては困るだろう。

 一郎は激しい言葉でガドニエルを糾弾した。

 まあ、この場を収める生贄のようなものだ。

 この場の誰よりも権威のあるガドニエルが口汚く罵られることで、多少はノルズが痛めつけた女たちの溜飲もさがるだろう。

 

 また、一郎はガドニエルを叱っている最中において、女たちに施していた淫魔術を開放していた。

 一郎は一度でも性交をすれば、大なり小なり相手の女を支配下に置いてしまう。

 だが、それは女たちの心の自由も奪うという行為にもなる。

 従って、裂け谷の館における地獄のような仕打ちで頭を狂わせてしまった女たちを治療し、後遺症もないように処置するために、いったんは淫魔術を刻んだが、その後は支配を封印してしまっていた。

 完全に消滅させることはできなかったので、封印することによって、心の支配をしないようにしたのだ。

 だから、実際には女たちの感情も読もうと思えば読めるし、身体に性的興奮を発生させるような影響も与えることも可能だ。

 改めて淫魔術で覗くと、女たちの全員が一郎に対して好意以上の感情を淫魔術抜きで抱いているのを確認した。

 それで淫魔術による支配を完全に復活させた。

 

 あとは儀式のようなものだ。

 まずは、ガドニエル──。

 

「ガド、お前は視野が狭くて思い込みが強すぎる。人の上に立つ器じゃない。お前は支配される側の女だ。政務のことはアスカに託し、それ以外のことは、一切を俺に委ねろ。なにをするにも、俺の許可を取れ。食事にしろ、糞尿にしろ、なにをするのも俺の命令を仰げ」

 

 一郎はガドニエルに話しかけた。

 こっぴどく一郎に叱られ、一郎の女として相応しくないという言葉までぶつけたガドニエルが、一郎に捨てられるのではないかという恐怖で、さめざめと泣いていることには気がついていた。

 もちろん、そのつもりなどない。

 ガドニエルの短所は、ガドニエルの長所でもある。

 これだけの権力も権威を持っているナタルの森の女王ともあろう者が、なにもかも忘れて、一郎のような一介の男に惚れることができるというのは、本当は彼女の素晴らしいところなのだ。

 可愛いところだ。

 

「まずは全裸土下座だ。だが、謝るのは俺にじゃないぞ。みんなに謝るんだ。一緒に謝ってやるから、俺の雌犬……」

 

 一郎はガドニエルに微笑みかけた。

 その瞬間、ガドニエルがわっと号泣をし始めた。

 

「あ、ありがとうございます……。ありがとうございます……。ありがとうございます……。ガドは間違っていました。すべてのことについて、ロウ様……いえ、ご主人様に従います。ガドは雌犬です。馬鹿で、視野が狭くて、思い込みが激しくて、ご主人様を不愉快な思いをさせるどうしようもない駄犬です……。で、でも、嬉しいです……。ロウ様……、いえ、ご主人様の……雌犬と呼んでくれて、ありがとうございます──」

 

 これでいい……。

 ガドニエルはもともと女王になるような気質などない。

 本当は男に仕え、可愛がられることが似合ういちずで素直な女なのだ。

 そして、重度のマゾで……。

 一郎はほくそ笑んだ。

 ガドニエルは、一郎に冷酷に命令されたのが嬉しそうに、懸命に服を脱ぎだしている。

 やがて、完全な素っ裸になったガドニエルは、一郎の前に土下座をした。

 

「首をあげろ……」

 

 一郎はガドニエルに首に犬の首輪を嵌め、さらにリードをつける。

 さらに、紙束を挟むような大きなクリップを取り出して、ガドニエルの両方の乳首に嵌めてやる。

 

「んぐううううっ」

 

 ガドニエルが歯を喰いしばって激痛に耐える仕草をする。

 だが、相当の痛みなのだろう。

 ガドニエルの白い肌が真っ赤になり、脂汗が一斉に噴き出してきた。

 

「そのクリップを床から離さないようについて来い。ぐずぐずするな」

 

 一郎はさらに冷酷な命令を与える。

 痛みの走る乳首に装着したクリップを床に這わせて動くということは、尻を極端にあげるみっともない恰好になるというだけじゃなく、床にクリップが当たる振動で延々と乳首に痛みが響き渡るということだ。

 しかし、ガドニエルは何度も一郎に首輪についたリードを引っ張られながら、必死になって這うようについてくる。

 だが、面白いのはガドニエルの股間だ。

 曝け出している股間からは、すでに欲情しているのが丸わかりであり、女陰は真っ赤に熟れて、だらだらと愛汁を垂れ流している。

 

 大したマゾ女王様だ……。

 

 手に短い乗馬鞭を出現させる。

 一郎以外の誰も気がついていないと思うが、将兵たちに淫魔術の支配を復活させると同時に、仮想空間側に全員を連れ込んでいる。

 広間の光景が全く変化ないので、アスカさえも気がついていないと思うが、すでに仮想空間だ。

 一郎の淫魔術で瞬時に全員を仮想空間に連れ込み、現実側と隔離した。

 この空間であれば、時間さえもほとんど経過しないようにすることも可能だ。

 もっとも、連れ込めるのは、一郎の女限定だが……。

 

 これから、この三十人の全員を抱くつもりだ。

 仮想空間であれば、ほとんど実際の時間はかからない。

 まあ、これから、この女たちを定期的に抱かせてもらうことになると思うが、抱くときには仮想空間を使用することになるだろう。

 その代わり、「淫魔の恩恵」を最大限に施して、彼女たちの能力の向上を図ってもらう。

 いずれにしても、仮想空間内であるので、乗馬鞭であろうと、淫具であろうと、一郎の想像の赴くままに、自由自在だ。

 

「ガド、全員に自分の頭を踏みつけるように頼め。ひとりでも拒めば、お前に対する調教は取りやめにする」

 

 一郎は言った。

 ガドニエルは衝撃を受けたように顔色を変え、部下たちに自分の頭を踏めと「命令」した。

 一郎は嘆息したくなった。

 まだ、わかってないのだ。

 

「まだ、わかっていないな、ガド──。それが謝る態度か──」

 

 短鞭でガドニエル様のお尻を力いっぱいに叩く。

 

「ひぎいいっ──。も、もうしわけありません。み、皆さん、わ、わたしの頭をひとりひとり踏んでください。どうか、このとおりです。皆様、申し訳ありませんでした」

 

 ガドニエルが必死の口調で言った。

 それを目の当たりにしている将兵たちが顔をひきつらせたようになり動顛している。

 彼女たちにとって、ガドニエルは天上人にも等しい最高権威者であり、雲の上のように尊い存在だ。

 また、ガドニエルの美しさは、女神にもたとえられるくらいのものだ。

 そのガドニエルが破廉恥な恰好で屈辱的に首輪をつけられ、なおかつ、それで欲情しているのだ。

 女将兵たちは思考がついていっていないような様子だ。

 

 ひとり目の女のところにやって来た。

 ほかの女たちと同様に床にぺたんと座り込み、手で裸体を隠すようにしている。

 魔眼で名を確認する。

 

「ドルアノア……。小隊長さんか……。さっき話しかけれくれたね」

 

 一郎は声をかけた。

 ガドニエルを罵倒しているとき、この女性が最初に一郎をとりなそうとした。一郎が淫魔術で心を平静にさせることで静かにしてもらったのだが、随分と気が強く、そして思慮深いところがある。

 

「ク、クロノス様、あ、あたしの名を……?」

 

「知っている。よく覚えている……」

 

「あ、ああ、感激です。ずっとお話をしたかったのです。ひと言でいいのでお礼をと……」

 

 一郎は大きく頷いた。

 本当は魔眼で読み取ったのだが、まあそれは隠してもいいか。

 ドルアノアは、一郎が名を呼んだことに、非常に感激しているみたいだからだ。

 

「あ、あのう、ご、ごめんなさい、あなた……」

 

 一方でガドニエルは、彼女の前で全裸土下座をした。

 ガドニエルは、名前を覚えられなかったようだ。

 まあ、それがガドニエルなのだろうし、普通のことだろう。ガドニエルにはかしずく者が多い。一介の親衛隊員程度の名を覚えてなどいられないと思う。

 

「俺たちの仲間になってくれるか、ドルアノア? どうにも、俺には多くの女が必要でね。力を貸してくれ」

 

 一郎は言った。

 ドルアノアの顔が真っ赤になった。

 

「そ、そんな仲間など畏れ多い……。も、もちろん、あたしでよければ悦んで……」

 

 ドルアノアが激しく首を縦に振る。

 一郎はガドニエルの首輪に繋がっているリードを握ったまま、ドルアノアの腕を掴んで引き寄せる。

 

「わっ」

 

 ドルアノアが声をあげた。

 しかし、そのときにはドルアノアの裸身は一郎の腕の中だ。

 唇を奪う。

 ドルアノアの身体が硬直し、緊張で身体を震えさせるのがわかった。

 抱き締めている手で、軽く身体をさすりながら口の中を蹂躙する。なんでもない背中や腰だが、しっかりとドルアノアの裸身に浮かんでいる性感のもやをなぞっている。ドルアノアの身体が小さく悶えだし、それがだんだんと大きくなる。

 また、一方で一郎はドルアノアの口の中のあらゆる性感帯を舌で刺激していく。

 そして、唾液を注ぎ込む。

 一郎の唾液には自由自在に媚薬効果を紛れ込ませることができる。

 いまはドルアノアの身体中の快感を急激に活性化させる媚薬を唾液に混ぜた。

 

「んふうっ、はああっ」

 

 一郎に身体を抱き締められているドルアノアの裸身から力が抜け、一郎にしだれかかるような感じになる。堪らなくなったのか、ドルアノアは一郎から口を離して、大きな悶え声をあげた。

 

「あ、ああ、ク、クロノス様……」

 

 ドルアノアは一郎に縋りつくような恰好になる。

 一郎は床にひれ伏しているガドニエルの前にドルアノアを誘導した。

 

「踏んでやれ、ドルアノア。遠慮をするな。それが必要なんだ。ガドは女王だが、それは表の世界の話だ。俺たちは仲間だ。俺たち仲間だけの世界では、君がガドの頭を踏むこともあれば、ガドが君の頭を踏むこともある」

 

 一郎は足をガドニエルの頭の上に乗せる。

 まだ革の靴をはいているが、かなりの力でぐりぐりと踏みにじってやる。

 こういうものは加減をしてはならない。

 そんなことをすれば、ガドニエルが我に返ってしまって、逆に物足りなささえ感じるものだ。

 残酷に踏んでやることによって、屈辱心に身体は支配され、マゾの心が満足するのだ。

 ガドニエルはそういう性癖の女だ。

 

「うっ……、ご、ご主人様……ありがとうございます……」

 

 額を床に擦りつけながらガドニエルが苦痛の息を吐きながら言った。

 横にいるドルアノアだけでなく、周りの女たちが息を飲むのがわかった。

 同時に一郎にも、持ち前の嗜虐心がめらめらと沸いてくる。

 もっとこの女王をいたぶりたくなるのだ。

 

「ガド、お前の頭を踏んで靴が汚れた。きれいにしろ」

 

 ガドニエルの顔の前に靴の底を突きつける。

 

「ああ……悦んで……」

 

 ガドニエルが陶酔したような息を吐き、両手で捧げ持つようにして、片脚をあげている一郎を支え、靴の底に舌を這わせだす。

 

「じょ、女王様……」

 

 ドルアノアがびっくりしている。

 しかし、一郎だけは知っているが、ガドニエルの興奮はいまや頂点に近い。

 性耐久度数はすでに二十を下回り、すぐにでも挿入できるくらいに股間は濡れている。

 さっきから垂れ流れる愛汁の香りがぷんぷんと匂っている。

 

「ドルアノア、俺たちはこういう関係だ。ただのごっこ遊びだがな。性交のときには女は奴隷……。そうでないときには、お互いに助け合う仲間だ」

 

「ご主人様、ガドはいつでも、どこでも奴隷です。すべてをご主人様に委ねます。なにすればいいか、どんな風に考えればいいのかを教えてください。ガドはその通りにします」

 

 ガドニエルが一瞬だけ舌を靴から離して、すぐに舌を靴底に戻す。

 

「そうだったな」

 

 一郎は靴を引いた。

 

「踏め。いまのように力いっぱいにだ」

 

 ドルアノアを前に出す。

 だが、躊躇いがあるようだ。

 さすがに女王の頭に足を乗せられないみたいだ。

 一郎は持っていた乗馬鞭をガドニエルの背中に思い切り叩きつける。

 

「んぎいいっ」

 

 ガドニエルの裸身が跳ねあがる。

 

「ガド、お前の誠意が足りないようだ。だから、ドルアノアが頭を踏む気にならないのだ。もっと頭をさげろ──。そして、彼女はドルアノアだ。しっかりと覚えろ──」

 

 今度は乳首を潰しているクリップを思い切り揺らすように床に当たっている乳房を叩く。

 

「あがああっ、お、お許しを──。頭を踏んでください──。このとおりです、ドルアノア様──」

 

 ごく自然にガドニエルの口からドルアノアに対する哀願の言葉が洩れた。

 

「ああ、も、もうやめてあげてください、クロノス様。いう通りにしますから」

 

 ドルアノアの足がガドニエルに乗る。

 少しのあいだ力を入れてから、ドルアノアは足を除けた。

 一郎は自分の身に着けている服をさっと消滅させて、全裸になる。

 すでに股間は勃起している。

 

「きゃっ」

 

 それに気がついたドルアノアが小さく声をあげた。

 しかし、そのときふと一郎の頭によぎったものがあった。

 治療のときの記憶だ。

 ドルアノアのことを思い出したのだ。

 内腿の付け根に小さな三角を形作る三個のほくろがあった。

 なんでもないことだが、なぜか記憶が蘇る。

 それどころか性器のかたちまで思い出す。

 これも淫魔の力なのだろうか。

 

「股にある三角のほくろを見せてみろ。足を開いて仰向けになれ」

 

 一郎は命じた。

 すると、ドルアノアは感極まったような声をあげた。

 

「ああ、本当に、本当に覚えてくださっている……。ああ、ありがとうございます。光栄です。どうか、あたしは、クロノス様の奴隷でけっこうです。奴隷でいいので、どうか犯してください。もうおかしくなりそうです」

 

 ドルアノアが言った。

 そのまま仰向けになる。

 すでにドルアノアの股間はどろどろに溶けたようになっていた。

 一郎はドルアノアに覆いかぶさって、怒張を挿入していく。

 

「ああ、ああああっ、はあああ」

 

 膣の気持ちいい場所を強く擦られ、たちまちにドルアノアの身体が跳ねる。

 律動を開始する。

 ドルアノアが激しく絶頂したのはあっという間だった。

 一郎はさらに二度続けて絶頂させてから、おもむろに精を放った。

 ドルアノアから男根を抜いたときには、ドルアノアはほとんど身体を動かせないような状態になっていた。

 

「ガド、掃除しろ」

 

 一郎はじっと傍にうずくまったままだったガドニエルの首輪に繋がっているリードをわざと乱暴に引っ張る。

 

「んぐうっ、はいっ、お掃除します、ご主人様」

 

 ガドニエルが顔に満面の笑みを浮かべてこっちにやって来て、一郎の股間を咥え込んだ。

 

 さて、次だ。

 一郎は横を見た。

 頬を真っ赤にしている若いエルフ娘がいた。

 すでに股間は完全に濡れている。

 これはかなりのマゾっ気のある娘のようだ。これまで一郎がガドニエルを鞭で叩いたり、真横でドルアノアが一郎に愛されているのを見て、完全にできあがってしまったらしい。

 女兵だ。

 名は……ジェネ……。

 

「ジェネ、次はお前だ。お前も俺の女になることを承諾するな?」

 

 一郎は訊ねた。

 もっとも、答えはわかっている。

 淫魔術を活性化してしまえば、一郎と彼女のあいだのレベル差があり過ぎて、どうしてもある程度の支配が効いてしまうのだ。

 だが、強制的に性奴隷になるのではなく、望んでなったという経緯が必要なのだ。

 これが、淫魔術で結びついた以降のふたりの結びつきを強化する。

 

「えっ、将校様たちじゃなくて、あ、あたしのような女兵のことも覚えていてもらえたんですか──」

 

 ジェネが目を丸くした。

 一郎は笑った。

 その顔があまりにも初々しかったのだ。

 これは実は魔眼の力で名前を読んでいただけだというのは、やっぱり黙っているべきか……。 

 また、ステータスを覗くと、かなり頭がいい娘ということもわかった。

 一介の女兵のままではもったいない。

 あとでブルイネンにでも告げておくか。

 参謀見習いのような仕事をさせてはどうだろう……。

 一郎の淫魔術を本格的に刻むと、その女が本来持っている長所の部分が異常なまでに能力向上をする。

 勘だが、このジェネに淫魔術を深く活性化させると、恩恵については彼女の軍才のようなものが大きく成長するかたちで現れるのではないかと思った。

 

 そして、またもや思い出した。

 狂った頭の彼女たちだったが、彼女たちの身体はしっかりと反応をしていた。

 このジェネの弱いところはお尻だった。

 まだ調教は受けたことがなさそうだったが、イムドリスの凌辱の中で、肛姦の快感も植えつけられた気配である。

 本格的な尻穴調教をすれば、うちのコゼやユイナ以上の尻人形になりそうな気もする。

 

「覚えているさ。確か、お尻が弱かったよね。今度、じっくりと鍛えてやろう。どうだ? 仲間になるか、ジェネ」

 

「は、はい──」

 

 ジェネは顔を赤らめたまま、目をうるうるさせて返事をした。

 それからは、儀式だ。

 ガドニエルの頭を踏ませ、一郎がガドニエルを鞭打つ。

 そして、犯す。

 ジェネについては、股間を犯しながら、尻の穴に指を入れてやった。

 やっぱり、尻の感度はいいようであり、ジェネはそれだけで狂乱した。

 随分と敏感な身体のようである。

 そして、かなりのマゾ度も強い。

 これからが愉しみだ。

 ジェネもまた三回達した。

 一郎はジェネに精を放った。

 

「次は、君だな、グロリナ。ほら、ガド、挨拶だ」

 

 一郎は女たちの目の前でガドニエルを鞭で引っぱたく。

 

「ひゃああっ、はあああっ」

 

 すでにガドニエルは秘部からたっぷりの淫蜜を滴らせていて、膝の下まで垂れ流している。

 鞭打たれて迸る声は悲鳴というよりは嬌声だ。

 女兵のグロリナが目を丸くしているのがわかった。

 

 残り二十八人……。



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541 三十人の親衛隊員

 二十九人目に精を放った。

 ナギトという女兵だ。

 

 彼女は、エルフ族にしては珍しくて、髪を短く切り揃えていて全体がボーイッシュだ。しかし、実はそれは彼女の小さな胸の劣等感の裏返しであることに、一郎は気がついている。

 淫魔術を注いで性奴隷の刻みをすると、相手の女に関することが一気に情報として頭に入ってくる。

 これも、成長した淫魔師レベルのなせる技だろう。

 以前はステータスとして数字の範囲でしかわからなかったが、いまはそれよりも大きなことがわかる。

 例えば、一郎にはここにいる三十人の誰にも、夫や恋人のような相手がいないということがわかっている。

 淫魔術を活性化したときに、その情報も入ってきたのだ。三十人を選定したのブルイネンのはずだから、もしかしたら、こうなることも見越して人選したのかもしれない。

 

「はあ、はあ、はあ、あ、ありがとうございました……」

 

 ナギトについては、いわゆる後背位で抱いていたのだが、精を放たれたことを感じたのだろう。彼女がお礼のような言葉を口にした。

 終わりだと思ったに違いない。

 まあ、いままで二度精を放った相手はいない。

 女については、いきやすい女性とそうではない女性がいるから絶頂の回数はそれぞれに異なるが、精を放つのは二度やっていない。

 

 時間的な理由だ。

 かなり急いでやったつもりだが、すでに三十人と性交を開始してから|六ノス、つまりは約五時間がすぎている。

 仮想空間の外の時間が継続している女性たちにとっては、夜中に近い感覚のはずだ。

 もっとも、いまは時間の流れを調整しているので、実際には、半ノス、一郎の時間間隔では約二十五分くらいしか経ってはいないが……。

 

 とにかく、女たちについては、そのあいだ、すでに寛いだ態勢でいてもらっている。三十人については、こちら側に集まっていて、一郎が抱いていない女については、手で口にできる簡単な菓子や果実、そして、飲み物などを床に拡げて準備し、自由に喫食もしてもらっている。

 終わった者は服も着ていいと言ったのだが、なんとなく全員が全裸のままだ。

 いずれにしても、性交の終った三十人に近いの女ともなると、それだけで悶々とし、いまでも全員から淫気が発生し続けていて、その量もすごい。

 かなりの量を彼女たちに提供してもらった。

 

 また一方で、エリカ、シャングリア、ブルイネン、アスカの四人についても、同じようにゆっくりしてもらっている。

 こことは場所は違うが、部屋の片隅に陣取らせ、彼女たちも同様に、軽食などを口にできるようにした。

 そして、全員用に厠代わりの「落とし箱」の魔道具もこしらえているのだが、いまのところ使った者はいなさそうだ。

 

 いずれにしても、ここにいる女たちの中でずっと責め苦を与えられているのは、ガドニエルとノルズだ。

 ガドニエルはいまも、ナギトと性交をしている一郎のすぐ横に、床に乳房を密着させて伏せた姿勢でじっと性交を凝視するように命じているし、ノルズはほぼ広間の中央付近で、いまでも直立不動の姿勢のままである。

 ふたりともかなりの疲労状態だ。

 

 ガドニエルは、かなり窮屈な姿勢で長い時間いるので、それだけで疲労困憊だし、間近でたくさんのセックスを見学させられたことで、すっかりと欲情してしまって、四つん這いの股間からは、まるで尿でも洩らしたのかと思うくらいの愛液が垂れ流れている。

 さすがに女たちも気がついていて、ひそひそと遠慮がちに囁いたりしている。

 なにしろ、途中からガドニエルの進むところに、ずっと糸で引いたような愛液の滴った道が細く続いているのだ。

 

 また、もうひとりのノルズはもっと酷い。

 体力のあるノルズにしても、これだけの長時間じっと真っ直ぐに立ったままでいるというのは、かなりの責め苦なのだろう。

 いまは、全身が汗びっしょりで、身体の下には水たまりまでできている。

 それでも、ノルズは息を殺すように、じっと立ったままだ。

 一郎に命じられた言葉をいまでも健気に続けているということだ。

 こちらについても、女たちはいまでは同情的な視線をちらちらと向けたりしている。

 手酷い仕打ちを受けたはずだが、一郎が性交で与えた快感と幸福感により、ノルズを恨む気持ちはほとんどなくなってしまったような感じだ。

 

 いずれにしても、いまはナギトだ。

 抱くときにはひとりひとりに向かい合う。

 それが一郎のやり方だ。

 

「まだだよ。ところで、いい胸だね。触っていて、とても気持ちいい。感度だっていいしね」

 

 一郎は挿入を続けたまま、すっと手をナギトの小さめの乳房に持っていった。

 

「そ、そんなこと──、ああっ」

 

 ナギトが全身を真っ赤にして、身体を捩った。

 自分の小さな胸が恥ずかしいようだ。

 しかも、両手で隠そうとする。

 すかさず、粘性体を飛ばして両腕の動きを封じ、背中側に回させて拘束してしまう。

 

「悪い手だな。勝手なことをする腕はこうだ」

 

「あんっ、も、申しわけ……、あああっ」

 

 一郎は笑いながら、胸を揉み、乳首をくすぐるように刺激を与える。

 ナギトの胸が感じやすいというのは本当だ。

 触り心地がいいのもだ。

 さらに、淫魔術でナギトの胸の感度を上昇させて、クリトリスに繋げてしまう。

 これで、ナギトは胸を刺激されるだけで、クリトリスを刺激されるのと同じくらいの快感を覚えることになる。

 

「んふうっ、ふわああっ」

 

 ナギトがいきなり身体をのけ反らせて弓なりにした。

 動いたところを、一郎はナギトの膣の中にある快感の急所のような場所を亀頭の尖端でぐっと擦ってやる。

 

「あはああっ、いぐううっ」

 

 ナギトが甲高い声をあげて、一気に絶頂してしまった。

 一郎はそれに合わせて二度目の精を放った。

 ナギトはしばらくのあいだ、身体を反らせたまま痙攣のような震えを続けていたが、やがて完全に脱力した。

 実はボーイッシュのナギトだが、身体の感度は抜群で、これで五度いきしている。

 半分気を失ったようになってしまった。

 一郎は男根を抜いて、彼女を横抱きにする。

 耳元に口を近づけた。

 

「……ナギト、命令だ。毎日一度以上、胸だけで自慰をしろ。それだけ感じる胸だ。俺好みに開発させてもらう。それと、望むなら胸を大きくすることができるぞ。俺は精を放つことで、相手の女性をどんどんと美しくさせることもできるんだ。身体も好きなようにできる……」

 

 小さな声で言った。

 もっとも、周りには女たちが密集しているので、女たちは完全に聞き耳を立てているようだが……。

 ナギトが目を開く。

 

「……はあ、はあ、はあ……、ク、クロノス様は……こ、こんなぼくの胸を気に入ってくれるの?」

 

「気に入っている。そう言った」

 

 一郎はにんまりと笑った。

 すると、ナギトが嬉しそうに破顔した。

 

「だ、だったら、この胸がいいです。ご命令は必ず実行いたします」

 

「わかった」

 

 一郎はナギトを床におろした。両腕の拘束も消滅させる。

 さっとナギトの周りに、ほかの女兵たちが寄って来て、クロノス様の命令を受けるなんて羨ましいと声をかけている。

 一郎は苦笑した。

 そして、床に置いていたリードをぐいと引く。

 

「ガド、掃除だ」

 

「んぐうっ、は、はいっ」

 

 ガドニエルが苦しそうに息を吐きながら、からからと乳首に嵌めているクリップを床に這わせながらやって来る。

 ナギトの体液のついた一郎の男根を口に咥える。

 幸せそうな顔だ。

 一郎は思わず微笑んだ。

 ガドニエルは、本当にこうやって一郎に惨く扱われるのが大好きのようだ。

 魔眼で読めるステータスでもそうなっているし、そんなものを使わなくても、ガドニエルの表情を見ていれば勘違いのしようもない。

 

「もういい、次だ」

 

 一郎は手に出現させた乗馬鞭でガドニエルの背中を引っぱたいた。

 

「んふうっ、か、かしこまりました──」

 

 鞭打っても一郎の男根に歯を立てるようなことはしない。

 それだけは気をつけているみたいだ。

 すぐに、口を離して、床に身体を這わせる体勢に戻る。

 周囲の女将兵たちは、そんな女王の姿に困惑の視線を向け続けているが、一郎が鞭打てば打つほどに、股間から愛液を滴り垂らすのが丸わかりであり、すっかりとマゾ女王の正体は三十人には知れ渡ってしまっている。

 

「…次はブラムだね。よろしく……」

 

 今度も女兵だ。

 一郎がそばに寄る。

 

 もちろん、一郎が動くと、それに合わせてガドニエルが床を這ってついてくる。

 しかし、ちょっと腰が微妙に震えてもいる。

 理由はわかっている。

 三十人との性交のあいだ、ガドニエルにはちょっとずつ尿意が大きくなるように細工をしている。急激なものではないので、ガドニエルは自然な生理現象だと思っているはずだが、すでにかなりの尿意のはずだ。

 まあ、さすがに、いまおしっこをさせて欲しいとは口には出せないだろうが……。

 

 一郎がブラムの横に胡坐をかく。

 ブラムに緊張が走るのがわかった。

 ちょっと恥ずかしそうに、胸だけを手で隠したブラムが正座になった。

 股間は無毛のようだ。

 避け谷の監禁の中で、悪戯で剃りあげられたり、無毛の魔道をかけられた者は大勢いたが、ガドニエルの治療と一郎の淫魔術ですべて元の健康な状態に戻した。

 だから、彼女の股間に毛がないのは天性のものなのだろう。

 

「ク、クロノス様、よろしくお願いします。末永く……」

 

 ブラムが一郎が問いかける前に頭をさげる。

 これまで一郎が、ひとりひとりに一郎の女になる意思確認をしていたのをわかっているので、自分から口にしたようだ

 

「そうか……。なら、よろしく」

 

 一郎はブラムを横たえて、全身に手を這わせ始める。

 すでに、これまでの性交を眺め続けるだけで、ブラムは大きな欲情状態にあったらしい。

 股間はべっとりと濡れているし、全身も赤く火照ってとても色っぽい状態だ。

 これは大した前戯は必要ないな……。

 一郎はそう思いながら、ブラムの身体に手を這わせ続けた。

 

「ああ、あああっ、はああっ、あ、あのう、ク、クロノス様──。わ、わがままな……お、お願いが、んふいいっ」

 

 ブラムが一郎男の与える愛撫に激しくよがりながら、嬌声の合間に懸命に言葉を継ぐ。

 我が儘……?

 なんだろう?

 一郎は少し責めの手を緩める。

 

「はあ、はあ、あ、あたしも、ナギトみたいに、う、腕を拘束されたいです。も、申し訳ありません──。わがままで──」

 

 ブラムが叱られるのではないかと思っているみたいな表情になる。

 一郎のやることに全てを任せないと、一郎が気を悪くするとでも考えているのだろうか。

 でも、拘束はされたいみたいだ。

 一郎は噴き出した。

 

「嬉しいね。俺は縛って女を抱く方が興奮するんだ。腕を背中に回せ、ブラム」

 

「あ、あたしもです──」

 

 ブラムはぱっと顔を輝かせたように笑うと、さっと身体を起こして、両腕を腰の括れの後ろに持っていく。

 一郎は、粘性体のロープで瞬時に緊縛した。

 再びブラムを横たえ、今度は両足を抱えて、そのまま挿入する。

 一方で、一斉に周りから、自分も縛られて問題ありませんとか、拘束されたいですという言葉がかけられてきた。

 一郎はにやついてしまった。

 

「ふううっ、はああっ」

 

 いずれにしても、ブラムが緊縛されるのが好きというのは真実だった。

 拘束する前と後では、彼女の興奮の度合いがまるで違っていた。

 ほとんど愛撫も律動もしないのに、早くもブラムは一度目の気をやってしまった。

 

「なるほど、打てば響くようなマゾということか。これからも愉しみだ」

 

 一郎は笑いながら、そのまま律動を続けた。

 ブラムがさらに悶え狂う。

 

 だが……。

 

 一郎はブラムを抱きながら、ブラムの右肘の違和感に気がついた。

 ほんの少しだが、内部の筋に変形がある。

 魔道が繁栄しているこの世界では、治療についても魔道ですることが多いようだが、おそらく、以前にブラムは肘を負傷し、それを魔道で治したのだと思うが、そのときにかすかに筋がずれたまま治してしまったのではないだろうか。

 そんな感じだ。

 

「ああっ、あっ、ああっ、クロノス様、き、気持ちいい──。気持ちいいです。また、いきそうで……」

 

「いくらでもいくといい。俺は女の人が俺に抱かれて達してくれるのを眺めるのが一番好きなんだ」

 

 一郎は乳首の付近を舌で刺激し続けていたが、すっとブラムの顔に近づけて唇を重ねた。

 口の中を舌で蹂躙する。

 ブラムが一郎の口にむさぼりついた。

 

「んはあああっ」

 

 しかし、ブラムはあっという間に一郎から口を離して、二度目の絶頂をした。

 

「まだ、頑張れるな?」

 

 一郎はさらに抽送を続けながらブラムに声をかける。

 律動を続けながら、舌であちこちを舐めまくる。

 さらにブラムが悶え狂う。

 そのブラムの三度目の絶頂に合わせて、一郎はやっと精を放った。

 また、精を放つと同時に、ブラムの右肘に意識を集中して、ずれた筋を完全に治療し直してやる。

 男根を抜く。

 ガドニエルが寄って来て、一郎の股に顔を潜り込ませて、舌を使い出す。

 

「ブラムの得意の武器は?」

 

 一方で一郎は、ガドニエルをそのままにして、性交の余韻にで呆けているブラムに訊ねた。

 

「えっ? ぶ、武器……、ですか……? あ、あたしは……剣士で……」

 

 ブラムが言った。

 やっぱりだと思った。

 ステータスを確認する限り、ブラムは剣よりも、遥かに弓が得手なのだ。おそらく、以前は熟練の弓兵だったと思う。

 それが負傷によりうまく操れなくなり、剣の修行をやり直しているというところだろう。

 ステータスにはそれが表れている。

 

「だったら、明日から弓兵に復帰だ。ブルイネンには言っておく。君の右肘は完全に治しておいた。治療術では完全には治ってなかったらしいが、今度は大丈夫だ。それどころか、以前とは比べ物にはならないくらいに弓が扱えると思う」

 

 すでに「淫魔の恩恵」によりブラムのステータスはあがっている。

 影響があったのは、やはり弓の技術だった。

 性交の前の状態でもかなりのレベルだったが、いまはレベル五十を超えており、まあ、エルフ族でもちょっといないくらいの弓の達人にまで成長している。

 

「えっ、ど、どうして、あたしが以前弓兵だったことを知っているのですか、クロノス様? それに、治療って?」

 

 ブラムがびっくりしている。

 横たわったまま目を丸くした。

 

「なぜだろうな。まあ、俺は勘がいいのさ。とにかく、弓兵だ。いいな」

 

「は、はい。あ、あたしのことを知っていてくれて感激です。あ、あのう、尽くします。尽くしますので、どうかこれからもよろしくお願いします」

 

 ブラムが感激したように声をあげた。

 眼に涙を溜めている。

 そんなに、大袈裟なものじゃないんだがね……。

 一郎は彼女の微笑みかけてから、いまでも股間に顔を埋めている女王様に視線をやる。

 

「さて、じゃあ、やっとガドの番だ。お前への罰は、全員の前で犯されることだ」

 

 一郎はガドニエルを股間から離させ、手を伸ばして乳首のクリップを外してやった。

 

「んはああっ、あああっ」

 

 ガドニエルはそれだけで大きくよがり狂った。

 ずっと圧迫していた乳首に一気に血が流れたのだ。

 それで巨大な疼きがガドニエルの胸に襲いかかったのだと思う。

 

「はあ、はあ、はあ……、ガ、ガドはご主人様がお望みなら、どこでも抱かれます。どんなことをされてもいいです。なにも考えません。すべて、ご主人様に従います」

 

 ガドニエルが荒い息をしながら言った。

 すでに完全にできあがっている。

 前戯が不要というよりは、これは前戯をするのも難しい。

 これ以上刺激を与えれば、それだけでガドニエルは終わってしまう。

 しかし、ガドニエルの罰については考えていることもある。

 簡単に絶頂はさせるつもりはない。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「俺に尻を向けろ。雌犬のように犯してやる」

 

 一郎の言葉に、すぐにガドニエルが反応して、尻側を一郎に向ける。

 周りには女将兵が大勢いるのだが、まったく気にしていない。

 ……というよりは、いまのガドニエルには、一郎の言葉しか知覚することができない感じだ。

 

 まったく……。

 一郎は苦笑した。

 

「いくぞ」

 

 一郎は怒張をガドニエルの股間に一気に貫かせる。

 

「んはあああっ、あああ、ご主人様ああああっ」

 

 ガドニエルが吠えるような声をあげて全身を弓なりにする。

 とりあえず律動はしない。

 ガドニエルが挿入だけで、いきそうになったからだ。

 そのまま静止していると、やっと少しだけガドニエルが落ち着いた感じになった。

 ゆっくりと律動をする。

 だが、やはり、あっという間に絶頂しそうになるので、すぐに動きを止めることになる。

 そんな感じで、ガドニエルを追い詰めてはやめ、やめては律動で刺激を与えるということを続けた。

 そして、そのまま抜いてしまう。

 

「ああ、ご、ご主人様──」

 

 ガドニエルがびっくりしたように顔だけをこっちに向ける。

 だが、一郎は返事代わりに、またもや取り出した乗馬鞭でガドニエルの尻を引っぱたいた。

 

「明日まで俺の精はお預けだ。それがガドの罰だ。明日気が向いたら犯してやる。だが、気の向いたときだけだからな。四六時中側にいないと、気が向いたときにガドが横にいなかったら、犯してやらん」

 

「ああ、そんな……。ガドはずっとご主人様のそばにいます。どうか、雌犬のガドが横に侍る許可をください」

 

「わかった。ずっと横にいろ」

 

 一郎は笑って、ガドニエルの首輪を外すとともにリードも手元に引き寄せた。

 ガドニエルは、首輪が外されたことで、ちょっと残念そうな表情になった。

 本当にマゾなんだな。

 一郎は思った。

 大きな首輪の代わりに、親衛隊の将兵がしているのと同じ赤いチョーカーを取り出して、改めて嵌め直す。

 これくらいなら不自然な感じはない。

 首には将兵と同じように、ボルグ家の紋章の丸い飾りがぶら下がっている。

 

「あっ、ありがとうございます……」

 

 ガドニエルがそっとチョーカーに手を触れて、嬉しそうな顔になった。

 一郎は小さく頷き、一個のディルドを出現させた。

 勃起状態の一郎の男根とまったく同じ形状をしていて、色は真っ赤だ。色に別に意味はない。ただ、一郎が好きな色というだけのことだ。

 しかし、このディルドの特徴は内部が空洞になっていることだ。

 その空洞に緑のリードを畳んで押し込む。

 

「これは、ガドの首輪につけるリードだ。いつもしっかりと持っていろ。俺が必要だと言ったらすぐに使えるようにな」

 

 一郎はそう言って、ガドニエルの股間にディルドを持っていく。

 

「あっ、は、はいっ、あああっ」

 

 ガドニエルが慌てたように股間を開いて、一郎が挿入しやすいようにする。

 ゆっくりと挿入して、完全に根元まで埋まった。

 ガドがもじもじと身体を震わせだす。

 全身には沸騰寸前の疼きが襲い続けているはずだ。

 しかも、さっきは絶頂寸前まで引きあげては中断するということを繰り返して、まだ一度も達しさせてはいない。

 そこにディルドを挿入されて、早くも狂いそうになっている気配だ。

 一郎は真っ赤な貞操帯を取り出した。

 特に仕掛けはない。

 ただ、封印するだけのものだ。

 股間に当たる部分も細くなっていて、貞操帯というよりは、一郎の感覚ではTバックに近い。だが、一度嵌めれば、ずれることもないし、内側に刺激も伝わらない。

 もちろん、ガドニエルの魔道でもこれは破れない。

 外せるのは一郎が淫魔術を注いだときだけだ。

 

「よし、これで終わりだ。じゃあ、明日までこのままだ。股間の愛汁もこのままだ。朝になって一度外してやる。そのときに入浴を許す。こっちに来い」

 

 一郎は貞操帯を持って、ガドニエルに告げた。

 だが、ガドニエルが困惑した表情になった。

 理由はわかっている。

 ガドニエルがちらりと「落とし箱」が準備してある方向に目をやったからだ。

 

「どうした、ガド?」

 

 わざと訊ねる。

 しかし、ガドニエルに襲いかかっている尿意は、一郎の仕掛けなのだから、ガドニエルが急にそわそわしだした理由は、誰よりも一郎が知っている。

 このまま封印されそうだということがわかって、急に焦っているのだ。

 

「も、申し訳ありません、ご主人様……。あ、あのう……ガドは……おしっこがしたいです……」

 

 小さな声で顔を赤らめて言った。

 一郎はにやりと笑ってしまった。

 

「そうか。なら、していいぞ。すぐにここで垂れ流せ」

 

「えっ、ここで?」

 

 ガドニエルがびっくりして声をあげた。

 さすがに、ここは周りに女兵たちが取り巻いている。

 いまでも、一郎とガドニエルの鬼畜な会話を驚いたような表情でずっと見守りながら聞いている。

 

「嫌ならいい。じゃあ、封印だ」

 

 一郎はガドニエルの腕を掴んで引き寄せ、股間に貞操帯を密着させた。

 

「あっ、ま、待ってください。し、します。させてください。ここでします」

 

 ガドニエルが狼狽えて言った。

 しかし、一郎はそのまま貞操帯を嵌めてしまう。

 

「明日まで我慢だ。それが雌犬調教だ。糞尿は俺に管理される。それがガドだ。だが、ガドは魔道が遣えるだろう? その気になれば、貞操帯は外せないが、おしっこは魔道で外に出せるはずだ。したらいい。俺の調教を無視するのであればね」

 

「ああ、意地悪を言わないでください、ご主人様……。わ、わかりました。我慢します。ガドはご主人様の雌犬ですから」

 

 すでに貞操帯が喰い込んでいて、淫魔術による錠がかけられた状態だ。

 ガドニエルは両手で股間を押さえるような姿勢で身体を小さく震わせている。

 最後に、ガドニエルの裸身についた無数の鞭痕を完全消滅させた。

 それに気がついて、ガドニエルがまたもや残念そうな顔になった。

 やっぱりマゾだな。

 一郎は思った。

 

「ガドの罰はこれで終わりだ。このまま、ここで待機しろ。飲み物は飲んでおけよ。食事もだ」

 

 一郎は意地悪く言った。

 ガドニエルは、寸止めの疼きと尿意の苦しさの苦悶を顔に浮かべている。

 しかし、その表情がなんとも色っぽく艶やかだ。

 苦しませれば苦しませるほど、ガドニエルは美しく輝く。

 いまも、本当に綺麗だ。

 

 さて……。

 

 一郎は今度はひとりで歩いて、ずっと立ちづけているノルズの前にやって来た。

 全身は水でも浴びたかのように汗びっしょりだ。

 ノルズの苦しさがそれを現している。

 一郎の元の世界の感覚で、およそ五時間──。

 じっと真っ直ぐに立ったままでいるというのもつらかっただろう。

 

「さて、お前への罰の開始だ、ノルズ、待たせたな。足を開け」

 

 一郎は言った。

 ノルズが足を肩幅に開く。

 挨拶代わりの火の出るような平手をノルズに放った。 

 

「んぐうっ」

 

 脚に疲労が効いていたのだろう。

 一郎程度の平手では、本来のノルズであれば、受けとめられるはずだが、ノルズは小さくよろめいてしまった。

 

「勝手に動くな──。俺の命令が効けないか──」

 

「も、申し訳ありません、ロウ様──」

 

 ノルズは慌てたように姿勢を戻す。

 だが、すでにうっとりと被虐に酔ったような表情になっている。

 本当に、一郎の女たちは一郎を悦ばせる。

 一郎はさらに反対側から叩く。

 

「んふうっ」

 

 今度は耐えた。

 一郎はすっとノルズの耳元に口を寄せる。

 

「……ノルズ、お前をこれから全員の前で徹底的に痛めつける。ひどく罵倒もするし、尊厳を傷つけることもする。だが、お前については拒否を許す。どうしても我慢できなくなったら、“終わって”と呼べ。それが合図だ。それを合言葉に調教をやめてやる……」

 

 誰にも聞こえないくらいの声でささやく。

 ノルズの眼が驚いたように見開いたが、すぐに緩んだ。

 

「ど、どうか、ご存分に……。ロウ様になら殺されても嬉しいです。本当です……」

 

 ノルズも一郎にしか聞こえない声でそう言った。

 一郎はノルズと束の間視線を合わせ、しっかりと頷く。

 

 そして、ノルズの襟首に手をやった。

 一気に首から下まで引き破って、服を真っ二つにする。

 

「うわっ」

 

 さすがにノルズが体勢を崩してひっくり返って尻もちをつく。

 

「誰が姿勢を崩すことを許可した──」

 

 一郎は倒れたノルズの横腹を思い切り蹴り飛ばした。



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542 鬼軍曹・公開懲罰

 たまには(?)、ハードな調教も……。


 *






「誰が姿勢を崩すことを許可した──」

 

 ロウの蹴りが飛んできた。

 ノルズは慌てて立とうとしたが、長時間立ち続けていた影響か、身体がふらついてしまい、簡単に立つことができない。

 

「ほら、さっさとしろ」

 

 股間を上から思い切り踏み蹴られる。

 

「うぐううっ」

 

 衝撃とともに吐気のようなものが襲った。

 もしかしたら、骨くらい折れたかもしれない。

 そのくらい、まったく配慮のない体罰だ。

 しかしながら、すぐに温かいものが身体を包み、治療が施された気がする。

 ロウは魔道遣いではないが、自分の女に対しては世界最高の光魔道以上の治療術を遣える。

 この温かさがロウの力なのだ。

 それを思うと、幸福感にノルズは包まれた。

 

「立て、ご主人様の命令がまだ聞けないか、ノルズ──」

 

 さらに肩を蹴られる。

 ノルズはやっと立ちあがった。

 火の出るような張り手が右頬に飛んできた。

 

「んぎいっ」

 

 途端にまた膝が折れかけた。

 ノルズは懸命に耐えた。

 

「俺の奴隷のくせに、命令に従えないのだから、当然に罰を与える。それが当然だろう、ノルズ?」

 

 ロウがにやりと微笑んだ。

 だが、その微笑みは冷酷さそのものだ。

 ノルズはぞっとした。

 そして、いまこそ、自分はロウの本気の調教を受けているのだと自覚した。

 

 ロウの調教──。

 ロウの本気の躾──。

 それをいま……。

 

 そう考えると、激痛さえもありがたい。

 いま、この瞬間はロウはノルズだけのものだ。

ずっと会いたかったロウ様……。

 そのロウの女になれただけでなく、本気の調教を……。

 ノルズはめまいのような恍惚感に包まれた。

 

「返事は──」

 

 逆の頬を引っぱ叩かれる。

 

「は、はい──。罰は当然です、ロウ様──」

 

 ノルズはごく自然に悲鳴のような声をあげていた。

 これまでの人生において、ノルズは怖いと思う相手に出逢ったことはない。

 パリスでさえ……。山小屋でアスカに調教されたときだってそうだ……。

 だが、いまのロウは普通に怖い。

 演技ではなく、ロウから出る不思議な迫力が、ノルズを勝手に恭順させてしまう。

 ロウによる支配……。

 自分が完全にロウに圧倒されていることが心地いい……。

 

 ロウにはノルズを殴る権利があり、それを行使しているだけだ。

 そういう目をロウはしていた。

 本気の表情だ。

 ロウがノルズに本気になってくれている。

 ノルズはそれだけで股間が熱くなるのがわかった。

 

「背中側で両手を水平に組め」

 

「はい」

 

 返事よりも早くノルズは背中で手を組んでいた。

 周囲からざわめきのようなものが起こっているのは知っているが、いまはロウだけだ。

 ロウもまた、ノルズしか見ていない。

 

「ノルズ、これは勝手なことをした懲罰だ。その懲罰の最中にもかかわらず、動くなという命令に逆らうとは何事だ──」

 

 スカートを握られ、力いっぱいに引っ張り下げられる。

 前側はさっき引き破られて、胸当ての布が剥き出しになっていて、スカートが足首までおちたことで、腰の下着が露わになる。

 ノルズはじっとしている。

 

「動くな」

 

「はい、動きません」

 

 ノルズは声をあげた。

 すると、背後にロウが回り、視界から消える。

 

「ひっ」

 

 びくりと身体を震わせてしまった。

 ロウの手が後ろから下着に手を入れて、尻の亀裂をすっとなぞったのだ。

 叩かれたことで敏感になっていた身体に、一転した優しい愛撫はノルズに身体の芯から響くほどの愉悦を送り込んできた。

 なによりも、ロウに身体を触られただけで、ノルズは燃えるような快感を覚えてしまう。

 おそらく、あまりにもロウへの思いが強すぎるせいだと思うが、そのロウに感じる場所を刺激されて、反応を止めることなどできない。

 

「また、動いたな。どうにも、命令に従う躾が身についていないようだな。だから、勝手なことをして、俺の女たちに調教なんてことをしたのだろう。俺の女は俺が調教する──。余計なことをするな──。俺の愉しみを奪うつもりか──」

 

 ロウがまた前に回る。

 しかしながら、後ろの下着はお尻をぺろりとめくられたままだ。

 一方で、ロウの言葉に女将兵たちが反応して、歓声に近い声があがった気がしたが、ノルズはロウにだけ意識を集中させる。

 

「は、配慮が足りませんした。申し訳ありません」

 

 普通に謝罪の言葉がノルズの口から出てくる。

 これは本当に演技ではない。

 身体が反射しているのだ。

 ノルズはぞくぞくしていた。

 

「まずは五発の鞭だ。股間に五発打つ。途中で失禁するなよ。心配しなくても治療はし続けてやる」

 

「えっ?」

 

 思わず言ってしまった。

 股間に鞭など、さすがのノルズもぎょっとした。

 

「まだ逆らうんだな。十発だ」

 

「いえ、そうではなく……」

 

「不服なら十五発だ」

 

「うっ、十分です」

 

 ノルズは歯を喰いしばった。

 両脚は最初の命令で肩幅に開いている。

 拘束はされていないが、ロウの命令は拘束と同じだ。

 ノルズには逆らうなど思い及ぶこともできない。

 

「股間を打って欲しいのだな?」

 

「は、はいっ」

 

「声が小さい──」

 

 いきなり腿を乗馬鞭で打たれた。

 いつ鞭を出現させたかもわからなかった。

 

「ひっ、はい、そうです」

 

「自分の口でお願いしろ」

 

 頬を張られた。

 今度は鞭が消えている。

 魔道だとしても、すごい。

 これも淫魔術なのか?

 

「あ、あたしの股間を打ってください。お気の済むまで」

 

 ノルズは声を張りあげた。

 さすがに脚が震えるのがわかる。

 股間に鞭──。

 それを十五発……。

 耐えられるだろうか……。

 耐えて、ロウの期待に応えることができるだろうか……。

 ノルズは異様なおののきに貫かれていた。

 

「よし、じゃあ、打ってやろう。ただし、勝手に小便をするな。小便をしていいのは許可したときだけだ。小便に限らず、調教中については、なにをするにも許可を取れ」

 

「はいっ」

 

 言い終わらないうちに、一発目の乗馬鞭が下から上に向かって振りあげられた。

 

「んぎいいいいいっ」

 

 ノルズは膝から崩れていた。

 あまりもの激痛だ。

 しかし、ぐらついたところをロウに肩を蹴飛ばされた。

 

「動くなと命令しただろうが──。次──」

 

 倒れたところを懸命に立ちあがって元に戻る。

 足首のスカートは蹴り捨てた。

 立ち直して脚を開いたところで、二発目が来た。

 

「あがあああ」

 

 覚悟をしていても、股間に鞭打たれて静止したままなどいられない。

 立っていることも必死だ。

 

 三発、五発、九発──。

 十二発目で下着が布切れになって床に落ちた。

 いつの間にか、広間は完全に静まり返り、ロウがノルズを鞭打つ音とノルズの呻き声だけがしている状態になっている。

 

「目障りだ。全部脱げ──」

 

 ロウが言った。

 上半身にまとわりついている破れた服のことだ。

 それを脱ぐ。

 その途中で鞭が来た。

 

「ひいいっ」

 

 来るとは思わなかったので、まったく油断していた。

 今度こそ膝が崩れてノルズはしゃがみ込んでしまった。

 しかも、熱いものが股間を流れる。

 小尿が迸っていた。

 

「おいおい、まだ終わってないぞ。しかも、失禁をするなという命令に従えなかったな? つくづく俺の言いつけに従えないんだな、ノルズ」

 

 ロウが呆れたという顔になった。

 ノルズは脱力している身体を懸命に立ちあがらせた。

 まだ、放尿は続いている。

 それでも、ノルズは立った。

 上衣もやっと脱ぎ捨てた。胸当ての布も取り去る。

 ノルズは生まれたままの恰好で、手を背中に回して脚を開く恰好になる。

 やっと尿が終わった。

 ロウがノルズの股間に顔を近づける仕草をした。

 

「おい、ノルズ、なんだこれは──?」

 

 乗馬鞭の先で股間をすっとなぶられる。

 

「ひっ、あああっ」

 

 肉芽と女陰の上を鞭先で擦られて、ノルズは思わず喘ぎ声をあげてしまった。

 その鞭先がノルズの顔の前に突きつけられる。

 べっとりと粘性の体液がそこにあった。

 

「勝手に失禁しただけでなく、まん汁まで流しているのか。なんという恥知らずだ。股間を打たれて感じたのか、奴隷?」

 

 ロウがノルズの股間から出ているものを鞭先で見せながら言った。

 自分でもこんなに愛汁が流れているとは思わなかったが、事実なのだろう。

 確かに、ロウに鞭打たれて、ノルズは感じてしまっている。

 激痛もあるが、激痛だからこそ、快感なのだ。

 ロウに責められているという実感だ。

 それがノルズを酔いのような心地に引きずり込む。

 

 そのときだった。

 

「ロウ様、待って、待ってください──」

 

 泣きそうな声がして、誰かが走ってきたのがわかった。

 ノルズとロウのあいだに、女が割って入った。

 金髪の美しいエルフ女……。

 エリカだ。

 

「こ、こんなのあんまりです。もう許してあげてください。全部、わたしが悪いんです。そもそも、ブルイネン隊にロウ様のことを相談したのはわたしなんです。わたしが罰を受けますから……」

 

 エリカの声が泣きそうな感じだ。

 その向こうのロウは苦笑したような表情になっている。

 ノルズはエリカに声をかけた。

 

「じゃ、邪魔するんじゃないよ、エリカ……」

 

 舌打ちもした。

 エリカがびっくりしたように振り返る。

 

「えっ?」

 

 エリカは驚いたような顔をしている。

 ノルズがエリカに文句を言うとは思わなかったのだろう。

 

「せ、せっかく、ロウ様がこのあたしに構ってくれているんだ……。こ、こんな幸せを、奪わないでおくれ……。あ、あんたらみたいに、いつもいつも、ロウ様と一緒にいる女たちには、わかんないのさ……。その幸せが……。ロウ様の……本気の嗜虐だ。う、嬉しいに、決まっているじゃないか」

 

「えっ……。そ、そうなの……?」

 

 エリカはきょとんとしている。

 

「だったら、いまからでも遅くないぞ、ノルズ。俺たちと一緒に……」

 

「そ、それはできません、ロウ様。もう決めたことですから──」

 

 ノルズは身体を真っ直ぐにして答えた。

 素のロウにいきなり話しかけられて、思わず声が裏返ってしまった。

 そのことに顔が赤くもなった。

 

「頑固だな」

 

「しょ、性分ですから」

 

 笑いかけたロウに、ノルズははっきりと断言した。

 ロウが苦笑するような表情になる。

 

「はあ……」

 

 エリカがこっちを見て、脱力したようになった。

 ノルズは微笑んだ。

 

「あ、あたしがあんたらにしたことは忘れられないだろうに……。そのあたしを無条件に庇ってくれるとは、本当に性格がいいんだね……。あの女兵たちのことも、ロウ様がどう思うかは、あんたの言うとおりだったよ……。やっぱり長くいるだけ、よくわかっているんだね。羨ましいよ……」

 

「そんなんじゃないさ、エリカは根が正直で気性が真っ直ぐなのさ。それだけだ。俺の女たちは、誰も彼も好きなようにしているよ。そんなに俺に気を使ってない。俺もまた好き勝手するけどね……。ノルズ、片意地張らなくても、俺のそばでもできることはたくさんあるぞ……」

 

 ロウが言った。

 この周りでしか聞こえないように声を落としている。

 ノルズもそうしていた。

 三十人の女たちは、ちょっと離れているので、ここでなにをぼそぼそと話し合っているのか理解できないだろう。

 

「いいえ……。あたしはこのままで……。それと、あたしがロウ様の奴隷であることは、どうかこの部屋の中のことだけでお願いします」

 

 ノルズは後ろ手に手を組んだまま言った。

 パリスやアスカという敵を退けたロウだが、世に出ることを選択した以上、これからのロウの敵は国内外の権勢者がそれだろう。

 まずは、タリオ大公のアーサーだ。

 ガドニエルもイザベラも一流の女は自分に靡くのが当然と思っているあの男なら、そのいずれもロウに奪われているということを知れば、ロウを目の仇にすることは目に見えている。

 だから、これからもロウを守るためには、ノルズがタリオの間者でい続けることが必要なのだ。

 

「わかった……。いまだけだ。この話はここから出ない……。だが、本気でやらせてもらうぞ、ノルズ……。徹底的に辱めてやる。身体の芯まで、ノルズが俺の性奴隷であることを刻み込む」

 

「ありがとうございます」

 

 ノルズは言った。

 

「ほら、エリカ、戻るよ。放っておきな。ノルズはノルズで身体張ってんだ」

 

 アスカだ。

 エリカを迎えに来たようだ。

 

「そ、そうですね……。すみませんでした……」

 

 エリカがばつが悪そうに頭をさげる。

 すると、ロウがにんまりと微笑んだ。

 

「いや、まあ、かなり、放っているから気になるんだろう? 悪かったな。じゃあ、これで遊んでいてくれ」

 

 ロウが言った。

 

「ひやあっ、んはああっ」

 

 その言葉が終わるとともに、エリカが悲鳴をあげてしゃがみ込んだ。

 なにが起きたのかわからない。

 

「ひゃあああ、ロ、ロウ様──。やめて、やめてください──。ああああっ」

 

 エリカが自分の身体を抱くようにして嬌声を預けている。

 淫靡な悪戯をされているのは明白だが、よくわからない。

 そのとき、エリカのスカートの下の剥き出しの生足の部分に、蛇の刺青のようなものがすっと浮き出てきた。

 それが動いて、脚を這い回り、再びスカートの中に消えていく。

 

「いやああっ」

 

 しゃがみ込んでいるエリカが、スカートの上から股間を押さえて悶える仕草を続ける。

 なんだ、あれ?

 

「ほう、こりゃあ、大した魔道だねえ。身体の上を蛇の刺青が這い回って、刺激しているのかい。よくできているねえ。わたしにはできない術だ。しかも、身体の下だから何をされても抵抗のしようもないということかい」

 

 アスカがエリカの胸元からエリカの肌を覗き込むようにして言った。

 

「俺の女たちの何人かには仕込んでいる。我が好色魔王のボルグ家の紋章だ。その二匹の蛇は自由自在に女の肌を泳いで責め抜くのさ。あいつもだ……」

 

 ロウの言葉とともに、遠くで女の悲鳴が起きた。

 

「うわあっ、んはああっ」

 

 シャングリアだ。

 顔を向けると、エリカと同じように身体を抱くように声をあげている。

 

「じゃあ、エリカは連れていくよ……。ところで、ノルズの次はわたしへの罰なんだろう? 存分にしておくれ」

 

 アスカが言った。

 だが、ロウが首を横に振った。

 

「……いや、ラザはここではしない……。もっとラザが嫌がることをするさ。さっき五人の侍女がいたな……。ガドニエルに調教を頼まれた……。そいつらに、あんたを責めさせる。最後には息もできないくらいに、俺が徹底的に犯す。まあ覚悟しな。明日来るよ」

 

「ば、馬鹿だねえ……」

 

 アスカが真っ赤になった。

 そして、悶え苦しんでいるエリカを抱えるように連れていく。

 歩きながらも、さっきの刺青の蛇に興味津々のようだ。

 服をめくるような仕草をして、それにもエリカは悲鳴をあげている。

 

「さて、ちょっと興醒めしたが、再開だ、ノルズ」

 

 ロウが肩を竦めた。

 そして、ノルズの背後にまた回ってくる。

 

「はい」

 

 ノルズは緊張気味に返事をした。

 だが、そのとき、大きなざわめきが三十人の女将兵側でした。

 なにかをロウが取り出している気配である。

 しかし、ノルズにはそれは見えない。

 そのとき、お尻に短い管のようなものが挿さったかと思うと、冷たいものがぎゅっと一気にノルズのお尻の中に注ぎ込まれたのがわかった。

 

「あっ、なっ」

 

 ノルズは狼狽えた。

 なにをされたのか一瞬にして理解したからだ。

 かなりの量だと思うが液体はあっという間にノルズの体内に注がれ尽した気配だ。

 すぐに管が抜かれて、またもや液体が入ってくる……。

 

「んくっ、ああ……」

 

 ノルズは絶望的な声をあげてしまった。

 注入されたのは浣腸液だ。

 おそらく浣腸袋の魔道具であり、管を入れて袋を掴めば勝手に女の身体に薬液を注入する仕掛けになっているものだ。

 それをされたのだ。

 二袋も……。

 

 いや、三袋目になった。

 ノルズは自分の前側の下腹部がぽっこりと膨らむのがわかった。

 すでに激しい便意も……。

 

 ロウが管を抜く。

 にやにやしながら前に回ってくる。

 その手にはまたもや乗馬鞭を持っている。

 

 なに……?

 これ……。

 便意だけじゃない……。

 まさか……。

 

「あああっ、か、痒いいいい──。痒いいいいいっ」

 

 薬液を入れられたお尻の中に引き千切られるような痒みが襲いかかっていた。

 便意だけじゃなく、痒みもだ──。

 さすがにノルズは絶叫した。

 

「勝手に姿勢を崩すな──」

 

 前側から腹に鞭が叩きつけられる。

 同時に粘性体が飛んできて、背中の両腕を粘着させるとともに、足を床に密着させられた。

 これで意思とは別に、物理的にノルズは身動きできない。

 

「鬼軍曹殿の排便姿を見せてやれ……。それと、そのあいだ、命令に従う調教だ。気持ちよくても感じることを禁じる。声も出すな。動くな。ましてや絶頂するな」

 

 ロウが鞭先でクリトリスをゆっくりと捏ねまわしてきた。

 

「んぐうっ、んふううう」

 

 凄まじい愉悦が爆発し、ノルズは懸命に口をつぐんで嬌声を堪えた。

 

「感じるなと言っているだろう──。命令に従うこともできんのか──。ほら、我慢しろ──」

 

 ロウが鞭ではなく、舌先で乳首をぺろぺろと舐め始める。

 

「あふううっ」

 

 噴きあがった快感に、ノルズは限界まで身体を反り返られてしまう。

 

「感じるなと言っているだろう。いい加減にしろ」

 

 ロウが口を離して怒ったように怒鳴り、乳首をぎゅっと抓る。

 しかし、それさえも快感だ。

 

「んぐうう」

 

 ノルズは悶え声を必死に我慢した。



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543 鬼軍曹の号泣

「しっかりと気合を入れないか、ノルズ」

 

 乗馬鞭が乳房を弾き、肌が破けて鮮血が飛び散る。

 しかし、瞬時に温かいものに包まれて、傷が塞がるのを感じた。

 すると、ロウがさっき弾かれたばかりの乳房をくるくるとなぞるように手で包む込む。

 

「んああっ、はっ」

 

 思わず上体を捻ってしまい、声まであげてしまった。

 耐えるなど不可能だった。

 それくらい凄まじい愉悦だ。

 次の瞬間、火花が飛び散ったかと思うような平手が頬に喰い込んだ。

 満身の力を込めた容赦のない打擲だ。

 それだけでノルズは一瞬意識が遠のくかと思った。

 

「んがっ」

 

「能無しか──。動くな。声を出すな。感じるな──。たったこれだけの命令がきけないのか──」

 

 ロウの罵声が飛ぶ。

 そのときには、さっきの乗馬鞭が消滅しているのだ。

 魔道にしてはまったく、その波動の動きを感じない。

 出現したり、消したりと自由自在だ。

 改めて接すると、本当にすごい。

 

「ほら、我慢しろ、奴隷──」

 

 ロウがノルズを抱くようなかたちで両腕をノルズの裸身に回し、尻たぶの肉を掴んで擦るようにする。

 

「くっ、ぐっ」

 

 声をあげまいとは思うのだが、引き締めているお尻の中心が緩みそうになって、ノルズは目の前が真っ暗になって下肢を竦みあがらせた。

 そして、ロウの手がすっと前側に回る。

 陰毛をロウが撫で、さらに奥の秘裂を指で探ってきた。

 

「うあっ」

 

 瞬時に快感の槍が股間から脳天を直撃し、ノルズはまたもや膝を折ってしまった。

 ロウが愛撫をやめ、陰毛を握って一気に引っ張る。

 

「あぎいいっ」

 

 股間に針の束を突き刺されたかと思うような激痛が走る。

 すると、またもや頬に平手だ。

 

「何度言ったらわかる──。声を出すな、ノルズ──。なんとかいえ、この馬鹿女──」

 

 ロウの罵倒が広間に響き渡る。

 

「も、もうしわけ……」

 

「声が小さい──」

 

 反対側の頬を張り飛ばされる。

 

「申し訳ありません──」

 

 ノルズはありったけの声で叫んだ。

 それでわかったが、自分の声が完全に泣くような声だ。

 ノルズは自分がこんなに哀れそうな響きで声をあげるということが信じられない気持ちにもなった。

 しかし、追い詰められている。

 

 なにをやっても叱られ、否定され、打たれて罵られる。

 痛みに備えようと思ったら、優しく愛撫をされ、愛撫に耐えようと思えば身体を鞭で打たれ、あるいは、平手で殴られる。

 なにをしていいかわからず、おかしくなりそうだ。

 

 大量に注入された浣腸液は、ノルズの肛門からいまにも大便を噴出させようと切迫したものになっていたし、浣腸液に混ぜられたらしい掻痒剤は、気が狂うような痒みをノルズの尻の奥に起こしている。

 それに加えて与えられるロウの恐ろしいほどに気持ちのいい愛撫──。

 いや、全身を襲う鞭や平手の激痛さえも、いまのノルズのは陶酔するような甘美感を与えてくれる。

 これだけのものに、どうして声や身体の悶えを耐えることができるというのか……。

 

 ロウのために編成した新たな三十人のエルフ族将兵の親衛隊の前で続けられているノルズへの懲罰だ。

 それがずっと続いていた。

 

 ノルズは素っ裸になって、両脚を肩幅に拡げ、両手を後ろ手に拘束されて、さらに大量の浣腸液を注入されてしまい、便意にのたうつ状態のところを愛撫を受け、そして、殴られ、それでも声を出さず、身体を動かさず、一切の反応をしないようにロウに命令されていた。

 それで、ずっと責め苦を受けているのだが、気が狂うような便意とお尻の痒み、さらに、ロウの愛撫と繰り返す打擲の前には、なにひとつ抵抗もできないでいた。

 快感であろうと、痛みであろうと……いや、たとえ、なにもされずに放置されても、ノルズは一瞬ごとに苦痛や快感のために身体を反応させずにはいられない。

 

 いまや、ロウとノルズを除けば、広間は完全な静寂だった。

 しわぶきひとつする者もいない。

 すべての視線がロウとノルズだけに、息をひそむように向けられている。

 怖ろしいほどの緊張感が広間を包んでいるのがわかる。

 延々と続く、ノルズとロウの一対一の調教だ。

 

 とにかく、ロウの本気で全身全霊を込めたような容赦のない調教──。

 これだけ痛めつけ、侮辱され、どん底に追い詰められながらも、それでもノルズはまさにロウの調教を受けているのだということを実感し、不思議な恍惚感に包まれたようにもなっていた。

 

「ほら、見ろ、ノルズ。お前の股を触って汚れた。俺は勝手に感じるなと言わなかったか、ノルズ──。答えろ──。俺は感じるなと言ったぞ。それなのに、なんでまん汁を流している──」

 

 ロウがわざと侮辱するように、ノルズの体液のついた指をノルズの頬に擦りつけた。

 

「も、もうしわけ……んぐうっ、はああっ」

 

 謝罪の言葉を口にしかけて、ノルズはまたもや愉悦の声を放っていた。

 いつの間にかロウの手に乗馬鞭が出現していて、それがゆっくりと股間を前後し始めたのだ。

 

「ああっ、あっ、あっ、ああっ」

 

 嬌声が迸る。

 泣きなくなるほどの気持ちよさだ。

 だが、肛門の一点だけは懸命に力を入れ続ける。

 一瞬でも気が緩んだら終わりだ。

 あっという間に糞便は周りに飛び散るに違いない。

 

「答えろ、ノルズ──。まん汁を垂れ流しているのはなんでだ──?」

 

 ロウがすっと乗馬鞭をおろす。

 ほっとしたのは数瞬だ。

 今度は痛みにも似た痒みがお尻の奥から襲いかかる。

 薬液に混ぜられた掻痒剤だ。

 信じられないくらいの痒みだった。

 それがお尻の奥から……。

 

「ほら、答えろ、ノルズ──」

 

 背後に回ったロウが乗馬鞭で尻たぶを引っぱたく。

 それで束の間、痒みを忘れられる。

 しかし、なにもなくなれば、またもや痒みが……。

 ノルズは、いまはすっかりと追い詰められていて、痛みでも快感でもいいから、なにかをロウから与えてもらわないと、狂うような痒みが襲ってくるということを理解した。

 

「あ、あたしが、い、淫乱で、ま、まぞだからです──」

 

 ノルズは必死で言った。

 すると平手が頬に襲う。

 

「マゾのくせに、俺の女たちを調教しようとしたのか──。どうしようもない女だな。やはり、調教が必要だ。ノルズ、これが本物の調教だ。わかるか──。お前がこの瞬間に刻まれているのが、本物のマゾの快感だ。追い詰められ、どうしようもなくなり、なにをやっても否定される。これが調教だ。そして、お前を支配するのは俺だ。俺の気紛れで、お前は叩かれ、愛撫され、理不尽な躾を受ける。忘れるな──」

 

 今度は一転して股間への愛撫……。

 

「んひいっ、ふううっ、うぐうう」

 

 歯を喰いしばって声を耐えようとする。

 でも、どうしても甘い声が漏れ出るし、腰が震え悶えてしまう。

 

「お前は淫乱でマゾだ。大きな声で全員に教えてやれ──」

 

 ロウが愛撫を続けながら言った。

 口を開けば嬌声が出るのはわかっていたが、ロウの命令には逆らえない。

 もはや、ノルズの思考からはロウに反抗するという意思は消滅している。

 

「あああっ、あたしはまぞです──。い、淫乱です──。はああっ」

 

「もう一度──」

 

「まぞで、淫乱です──」

 

「もっとだ──」

 

 ロウが耳元で怒鳴りあげた。

 

「まぞで淫乱です──」

 

 力の限り叫んだ。

 すると、ロウの顔がすっとノルズの顔に近づく。

 

「……いいぞ、ノルズ……。よく言えたな」

 

 急に口説くような優しい口調になった。

 唇に唇が重なり、舌が口の中に挿し入れられる。

 

「んふうっ、はあっ」

 

 気が遠くなるほどに気持ちのいい口づけだ。

 いつの間にかノルズは口の中のロウの舌をむさぼり尽していた。

 本能のままにロウの唾液を呑み込む。

 なにも考えられない。

 ノルズはただただ、ロウの与えてくれるものに酔った。

 

 だが、ただひとつ……。

 お尻だけは締め付け続ける。

 必死で……。

 

「じゃあ、マゾで淫乱のノルズには、命令を手加減してやろう。どうせ、お前には俺の愛撫を我慢することなんてできないだろう。だから、絶頂しそうになったら、自分から声をかけて愛撫をとめていい。その代わりに、手加減してもらうんだから、その分の罰則を受けるんだぞ。ただし、とめていいのは絶頂寸前のぎりぎりのときだけだ。マゾで淫乱のお前だけど、それくらいできるだろう」

 

 ロウが嘲笑するように言った。

 すぐに股間と乳房への愛撫が始まる。

 稲妻が駆け抜けたかと思うような愉悦だ。

 あっという間に切迫した高揚感にノルズは身体が浮遊するような錯覚を覚える。

 そして、これは危険な快感だ。

 もしも、完全に我を忘れてしまえば、尻穴の崩壊は必至だ。

 それに、今度は自ら寸止めをしなければならない。

 ノルズは泣きそうになった。

 

「んはあっ、はあっ、はあっ」

 

 ロウの股間への愛撫が続く。

 無造作に指を秘部に出入りさせているだけのように思えるのだが、すぐに切迫した高揚感に全身を打ち抜かれた。

 

「んふうっ、いぐうっ、いきそうですう」

 

 ノルズは悲鳴をあげた。

 よがり泣くような声をあげて、ノルズは必死に快感を耐えようとした。

 しかし、あまりの気持ちよさに腰が動き、必死につぶる目から熱いものが溢れる……。

 そのとき、ロウがノルズに加えていた愛撫をやめる。

 

「はああっ」

 

 ノルズは脱力した。

 まさに絶頂の一歩手前だったのだ。

 同時に寸止めの苦悶がノルズに襲いかかる。

 しかも、お尻の痒みまで……。

 ノルズは本当に泣きそうになった。

 そのとき、横腹に乗馬鞭が喰い込む。

 

「んぎいっ」

 

 さらに頬を叩かれる。

 

「ぐふっ」

 

「黙っているやつがあるか──。淫乱なお前のために、愛撫を中断してやったんだ。なにか言うことはないのか──」

 

「は、は、はいっ、あ、ありが……」

 

「遅い──」

 

 今度は内腿を鞭打たれる。

 崩れそうになる脚を踏ん張り、なんとか倒れるのを防ぐ。

 

「ありがとうございました──」

 

「今度はすぐに言え──。じゃあ、言った通りに手加減の罰だ。しゃがめ」

 

 頬を打たれた。 

 腰を落とす。

 だが、両足首を床に張りつけられているので、腰を落とすとそれだけでお尻が開きそうになる。

 ノルズは懸命に肛門を締めつけながら、言われるまま完全に腰を落とした姿勢になる。

 

「罰は俺の小便を飲むことだ。それっ、一滴もこぼすな」

 

 突然に顔におしっこをかけられ始めた。

 

「あぶっ、はっ、あばっ」

 

 慌てて口を大きく開けてかけられる尿を追いかける。

 だが、ロウはわざと顔全体にかかるように男根を動かすので、おしっこが飛び散りなかなか口に入らない。

 結局、ほとんどをこぼしてしまったと思う。

 

「愚図め──。またもや、言われたことができないか──。だったら、これならできるか──」

 

 髪の毛を掴まれて、口の中に男根を突っ込まれる。

 いきなり喉の奥まで怒張が挿し込まれて、大きくえづいた。

 だが、ロウは容赦なく後頭部の髪を掴んでノルズの口全体と喉を使って男根を擦りあげる。

 まるでノルズの喉に亀頭を叩きぶつけるような乱暴な動作だ。

 

「ほら、餌だ、奴隷──」

 

 しばらく乱暴に、ノルズの口と喉で男根を擦ったかと思うと、さっと口の外に出して、顔に白濁液を掛けられた。

 

「あっ、おげっ」

 

 顔に射精されたことよりも、喉の奥まで突っ込まれ過ぎて吐気が起きる。

 

「何度言われてもわからんな。お礼はどうした──」

 

 髪の毛を掴まれて立たされ、平手をぶたれる。

 ノルズは慌てて、お礼の言葉を口にする。

 

「もう一度だ──。まだまだ、お前の罰は終わらんぞ」

 

 またもや愛撫が始まる。

 指が秘部を出入りし、クリトリスを刺激され、もうひとつの手が乳房を左右に動き回る。

 脳天を突き抜ける感覚に、ノルズは再び狂乱する。

 それでも歯を喰いしばり、なんとか理性を保とうとする。

 

 しかし、そこだけに意識を集中するわけにはいかない。

 今度こそ、洩れる……。

 油断すれば糞便が……。

 やがて、強烈な絶頂の閃光が全身を走る。

 

「や、やめてください──。いきそうですうう」

 

 ノルズは悲鳴をあげた。

 絶頂寸前のところで再び快感が中断される。

 

「ありがとう、ございます……」

 

 さっき殴られたことを思い出して、お礼の言葉を言う。

 しかし、心が追い詰められ、身体もぼろぼろだ。

 もう意識も保つのもつらい。

 

「次の罰はこれだ。しっかりと息をしろよ」

 

 ロウが宙から白い布をいきなり出した。

 戸惑う余裕もなく顔にくるくると巻かれる。

 

 息……?

 

 巻かれたのは絹の布のようだ。

 顔全体に巻かれたので、息は薄地の布を通してするしかない。

 絹ごしのぼんやりとした視界に、ロウがなにかを抱えているように見えた。

 部屋のあちこちから一斉に悲鳴があがる。

 水が顔にかけられた。

 途端に口と鼻の部分に水に濡れた布が張りつき、呼吸ができなくなる。

 

「んぐうっ、ぷはああっ、ああっ」

 

 声をあげた。

 予想もしていなかったので、頭が大混乱する。

 すると、粘着体で密着していた足首の片側から、急に粘着体が消滅したのがわかった。

 ロウがその片脚を抱えて、股間に怒張を挿入してきた。

 

「んんんんんっ」

 

 必死で首を横に振る。

 身体を抱かれるようにして律動が始まる。

 ロウの男根の尖端が子宮の入口にごつごつと当たり、死ぬような快感が一発一発迸る。

 

 駄目……。

 出る……。

 緩む……。

 ノルズは恐怖に襲われた。

 

「いぎがっ、いぎがまっ」

 

 濡れた布で鼻と口を封鎖されたまま、懸命に「終わって」と叫んだ。

 最初にロウが教えてくれたこの調教をやめるための合言葉だ。

 絶対にその言葉だけは使うつもりはなかったが、おそらく、もう数瞬しかもたない。

 この体勢では、ロウに糞便をかけてしまうのは間違いない。

 

 だが、ロウは律動をやめない。

 息ができない。

 どろりとした灰色のものが頭を包むような気がした。

 息ができなくて意識が遠のく。

 しかし、いま気を失えばロウに……。

 そのとき、巻かれていた布が外された。

 

「ぷはあっ、お、終わって……。は、離れて……。よ、汚してしまう……。き、汚いです……」

 

 ノルズは懸命に言った。

 そのあいだも、ロウの律動は続いている。

 ノルズの声はもう完全に泣き声だった。

 

「……気にするな、ノルズ……。ノルズの出すものに汚いものなんてない……」

 

 ノルズを抱き締めるようにして律動を続けながら、ロウがささやいた。

 信じられないくらいに優しい口調だ。

 ロウに後手に拘束されている身体を力いっぱいに抱き締められる。

 乳房がロウの裸体の胸に密着した。

 

 「ああああっ」

 

 ノルズは雄叫びをあげた。

 ロウの唇が耳元に接近するのがわかった。

 

「……もう頑張るな……。お前が頑張っているのは知っている……。だから、俺の前では奴隷でいろ……。俺に全てを委ねろ……。なんにも頑張るな……。ほら、力を抜け。もういいんだ……」

 

 ロウがノルズに再び口づけをした。

 頭から一切の思考が消滅する。

 ロウの舌をむさぼり、律動の快感に身を委ね、その他のことのすべてをノルズは消滅させた。

 あちこちから一斉に悲鳴が起きる。

 お尻から噴水のようなものが飛び散るのがわかった。

 

 だが、気持ちがいい……。

 

 ノルズは汚物をまき散らし、ロウとともに汚れながら、駆けあがった絶頂に身体を飛翔させる。

 全身が信じられないくらいに震え、限界まで身体をのけ反らせた。

 

「いい子だ……。そのまま続けるんだ。一切の思考を捨てろ。俺とノルズだけだ。ほら、いくよ」

 

 ノルズの肛門は汚水が終わり、いまは固形物に近いものが出続けている。

 もう何も考えられない。

 長い絶頂も続いている。

 快感の矢が貫き、やっとそれが余韻のようなものに変化し、ノルズの全身からすべての力が抜けたとき、ぼたんぼたんとノルズは床に最後の汚物を落としていた。

 

 ノルズは泣いていた。

 号泣していた。

 悲しいというよりは、感情の制御ができなくなった感じだった。

 見ると、ロウの顔は微笑んでいた。

 

 神様のような優しい笑顔だった。

 その神様がぐっと腰を揺すり、ノルズの子宮に精を放つのがわかった。



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544 親衛隊と鬼軍曹

 ノルズが泣きじゃくっていた。

 慟哭に近い。

 

 しかし、一郎はノルズが悲しくて泣いているのではないことを知っている。

 淫魔術で読み取れる感情は、かなり複雑だが、もっとも近いのは安堵だろう。

 いままでの人生で誰にも頼らず、他人になにかを委ねることなど思い及びもしなかった女が、生まれて初めて、全てを男に支配されることを覚えて、それで完全に感情を放出しているのだ。

 一郎はノルズの裸身を抱き締めながら、汚物を完全に消滅させた。

 もともと仮想空間だ。

 すべてが幻影であり、全てが存在する。

 一郎の思いのままの世界だ。

 

「脚を開けよ、ノルズ……」

 

 一郎はノルズから男根を抜き、水桶と柔らかい布を出現させた。

 こんなものはなくても、ノルズの身体を綺麗にできるが、これは儀式のようなものだ。

 水桶の中に入っているのは温かい湯だ。

 それを布に浸して、ノルズの足と尻を洗い始める。

 

「あっ、そ、そんなこと……」

 

 一郎がノルズの身体を洗浄し始めたことに気がついて、ノルズが狼狽えた声を出す。

 

「いいから……。これもご主人様の仕事だ……」

 

 一郎は構わずノルズの脚を拭く。

 実際にはすでに床に拡がった汚水物とともに、糞便は消失しているので匂いすらない。ただ汗まみれのノルズの脚を布で拭くだけの作業だ。

 

「あっ、くううっ」

 

 ノルズが腰を震わせだす。

 尻穴に挿入した薬剤の効果に混ぜていた掻痒剤だ。

 糞尿をしたところで、発狂するような痒みは収まらない。

 もともと痒みは続いていて、人前で大便を垂れ流した衝撃が終わったことで、地獄のような痒みを知覚して痒みが復活しただけだ。

 

「ああっ、か、痒い……。ご、ご主人様、か、痒いです……」

 

 一郎はほくそ笑んだ。

 ノルズの口からごく自然に“ご主人様”という言葉が出たからだ。

 

「そうだろうな。俺が精を放たなければ、痒みはなくならない。永遠に尻穴の痒みは続く」

 

 一郎は冷たく言うと、布を置いて、今度は洗浄のための油剤を出すと、それを指に乗せて、ノルズの尻穴に突っ込んだ。

 

「んはあああっ、ああああっ」

 

 ノルズが愉悦のために、思い切り身体を弓なりにした。

 一郎はノルズの太腿を大きく平手で叩いた。

 

「こらっ、ノルズ、まだ、懲罰は続いているぞ。勝手に動くな──。それに、喋ってもいいが喘ぎ声は禁止だ──」

 

 陰毛に手をやり、十本ほど握って千切る。

 

「んぎいいいいっ、も、申し訳ありません──」

 

 ノルズが絶叫を懸命に口をつぐんで耐える仕草をする。

 一郎は指をぐりぐりと回し、ノルズのお尻の内側の上下左右に塗りつけて油剤を拡げていく。

 これは魔道のこもった洗浄剤でもあるので、塗っておけばアナルセックスが可能なくらいにきれいになる。現実世界でも重宝して使っているものだ。

 女たちには数個渡していて、いつでも気が向いたときに、一郎が尻穴を犯せるように準備しておくことを全員に躾けている。

 なんだかんだで、旅先であっても、馬車や宿屋の中で、みんな健気に毎朝、指を突っ込んで継続している。

 

「んはっ、はあっ、はあっ」

 

 しかし、一郎の指が動くたびに、ノルズは敏感に身体を反応させてよがる。

 我慢などできないのだろう。

 一郎は指を抜いた。

 立ちあがってノルズの前に回り込むと、乗馬鞭を出現させる。

 一度解放した片脚の足首を元のように肩幅の広さで粘性体で固定する。

 

「じゃあ、懲罰の続行だ。こんなものじゃあ、お前に苛められた女たちも満足しないだろうしな。最初にやっていた鞭による股打ちはあと三発残っていた。それに、絶頂した罰、糞便をした罰を加えて、二十三発だ。今度こそ、声を我慢しろ。いくぞ」

 

 一郎は無造作に、ノルズの股間を鞭を弾きあげた。

 

「んぐううっ」

 

 ノルズが全身を限界まで伸ばして、全身を真っ赤にした。

 容赦なく力いっぱいに打ったのだ。

 ノルズは一発で腰を落とし、膝を割りかけた。

 

「動いたな──。失格だ。残りはまだ二十三発──」

 

 一郎は鞭を構えた。

 

「そらっ」

 

 再び、思い切り股打ちする。

 

「んぐっ」

 

 またもや、両膝を折りかける。

 よく頑張るものだ。

 倒れないのが凄いな……。

 一郎は思った。

 

「また、声を出した──。まだ、残り二十三発」

 

 一郎は宣言した。

 

「む、無理です……。ご、ご主人様……。お、お許しを……」

 

 すると、初めてノルズが泣き言を口にした。

 おっ?

 やっと、弱い部分を一郎に見せることに抵抗がなくなったか?

 いい傾向だ。

 一郎は鞭を構えたまま、思わず微笑んでしまった。

 

 そのときだった。

 静寂しきっていた広間で悲鳴のような声が同時に複数起こった。

 

 視線を向ける。

 最初にノルズに調教を受けた親衛隊の女たちだ。

 口々になにかを叫んでこっちに向かって来る。

 

 そろそろ、言ってくるものと予想していた。

 あまりにも拷問に近い調教に、女たちもすっかりと圧倒されてしまい、ノルズに同情する感情が沸き起こっているのはわかっていた。

 もっとも、同時に一郎の全力の調教に、陶酔さえ示すノルズのマゾぶりに、自分たちの被虐の火までつけてしまった者も大勢いるようだが……。

 それはともかく、ひとりが静止の声をあげたのをきっかけに、ほぼ全員が沈黙を破って叫び、こっちに殺到する。

 

「もうやめてあげてください」

 

「謝罪は十分です」

 

「あたしたちはなにも思っていません」

 

「むしろ、クロノス様にお仕えするということがどういうことかわかりました」

 

「どうか、もう許してあげてください──」

 

 三十人の女たちがノルズと一郎を取り囲んだ。

 一郎はにやりと微笑んで鞭を消滅させる。

 

 そして、ふと思って、エリカたちの方に視線をやった。

 エリカとシャングリアは、いまだに蛇の刺青の身体を苛まれてのたうっている。それでいて、ほかの女も同じだが、ノルズに対する一郎の調教に当てられて、すっかりと欲情したような表情になっている。

 ガドニエルに至っては、尿意もあると思うが股間に両手をあてて、まるで自慰でもしているような仕草でもじもじしている。

 一郎が躾け終わっているマゾ女たちだ。

 これから本格的なマゾ調教をする親衛隊の女たちとは反応が異なる。

 一郎はほくそ笑んだ。

 視線をノルズに戻す。

 

「許していいと許可が出たぞ、ノルズ。じゃあ、最後に痒みを消してやろう。跪け──」

 

「は、はいっ」

 

 ノルズの後ろに回り、背中を押して身体を前倒しにさせ、そのまま頭を床につけさせて、高尻の恰好にする。

 潤滑油はさっきの洗浄剤で十分であり、もう挿入可能だ。

 亀頭の尖端をノルズの肛門にあてがう。

 

「力を抜けよ。息を吐け」

 

「はい、ご主人様──。はああっ」

 

 ノルズが健気に言われるままに息を吐く、

 一郎はそれに合わせて、ゆっくりと怒張を挿入していった。

 ノルズの肛門はまだほとんど調教されていないようだが、淫魔術でいくらでも調整できる。

 いまは膣のように柔らかく、膣よりもぐっと締まって、いい感じに一郎の男根を締めつける。

 

「あうっ、い、いや……ああっ、き、気持ちいい……ああっ……」

 

 かなりの長いあいだ、浣腸液に混ぜた媚薬を浸透させ続けていた。

 怖ろしいほどの痒みは、それだけ粘膜が敏感になっている証拠だ。

 いまのノルズは、尻穴の気持ちよさが十倍にも二十倍にもなっているはずである。

 尻を撫でられるだけの刺激でも堪らない快感に変わると思う。

 淫魔術で垣間見れる性感のもやにもそれが出ている。

 ノルズの尻穴の中は、そこが爛れるほどの快感に染まっていることを示す真っ赤なもやで染まっていた。

 

「教官様、気持ちよさそう……」

 

「すごいわ……」

 

「でも、とてもお綺麗……」

 

 いまはほとんど密着しているように取り囲んでいる親衛隊の女将兵たちが、ノルズのことを食い入るように見つめていて、ひそひそと話す声も聞こえる。

 だが、ノルズには耳に入っている気配はない。

 

「ああああっ、いいいいっ、ご主人様、いいのぉっ」

 

 一郎の男根が完全にノルズの尻穴の中に消えた。

 ノルズは気持ちよさそうに悶えている。

 普段はもちろん、いままでのノルズだったら、絶対に示さないような甘えた口調だ。

 ちらりと周りの女たちに視線をやる。

 ほとんどの女が顔を真っ赤にして、うっとりとした表情になっている。中には無意識だろうが、股間に両手をあててもじもじとしている女まで数名いる。

 アナルセックスの興味を持たせてしまったかな……?

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「いくよ。力を抜くんだ。すべてを俺に委ねる。それが必要だ」

 

「は、はいっ」

 

 男根を引いていく。

 肛姦の快感は押すときよりも引くときが大きい。

 ノルズの悲鳴が派手になる。

 

「あああっ、あああっ、はあああっ」

 

 ノルズが激しく悶えまくる。

 もう女兵たちに見られているという感覚はないようだ。

 ノルズはいまは一郎のことしか感じていない。

 それでいい……。

 

 引いていく男根の周りにノルズの尻穴が山を作っていく。

 ぎりぎりまで怒張を抜いてから、再びゆっくりと押し込むと、その山が吸い込まれるように尻穴の中に埋まる。

 ノルズの股間からかなりの愛液が滴っているのがわかる。

 その匂いが周囲に拡がっている。

 とても、煽情的な香りだ。

 この匂いだけで、淫情に酔っている女も多いんじゃないだろうか。

 

 押して、引き……。

 引いて、押す……。

 それを果てしなく繰り返す。

 排泄の何十倍もの快感がノルズに襲いかかっていると思う。

 

「ああああっ、いやああっ、ご主人様、いきますっ、い、いきますううっ」

 

 ノルズのうつ伏せの身体を弓なりにして、がくがくと身体を震わせだした。

 快感が脳天を貫いているのか、のけ反らせた顎を激しく左右に振っている。

 それにしても、さっきからノルズは、一郎のことを“ご主人様”と呼んでいるが、おそらく意識してのことじゃないだろう。

 本能のままの呼びかけに違いない。

 

「好きなようにいけ。それに合わせてやる」

 

 一郎はノルズの臀部をぴしゃりと平手で叩いた。

 小気味のいい音がして、それとともにノルズの悲鳴が大きくなり、ステータスの中の快感度数がゼロに近づく。

 容赦なく叩いたのだが、痛みを痛みとして感じず、さらなる快感を呼び覚ましているのだ。

 

「いぐうううっ」

 

 さらにひと際大きな声をあげて、ノルズががくがくと身体を痙攣のように動かした。

 絶頂したのだ。

 ノルズの尻穴の粘膜がかなりの力で一郎の男根を揉み込んできた。

 尻穴がぶるぶると震え、一郎の怒張を引っ張り込むように刺激する。

 一郎は射精欲を開放した。 

 

「うわああっ」

 

 ノルズがまたもや泣くような声をあげた。

 泣き上戸かな……。

 一郎は射精を続けながら、ちょっとそんなことを思った。

 それとともに、淫魔術でノルズのお尻の痒みを今度こそ、完全に消してやる。

 ノルズの身体から力が抜けたのがわかった。

 それでも、尻穴の粘膜だけは生きているようにうごめき、射精途中の男根を締めつける。

 やがて、射精が終わった。

 一郎はおもむろに精を放った肉茎をノルズから出した。

 周囲から一斉に息を吐くような溜息が洩れる。

 

「ノルズ、まだだ。お前の尻に入っていたものだ。きれいにしろ」

 

 一郎は脱力しているノルズの尻たぶをまたもや叩いて、意識を取り戻させた。

 ノルズが薄っすらと目を開け、荒い息をしながら身体を回転させて、一郎の股間に顔を近づけてくる。

 たったいままで、自分の尻の穴に入っていたものをしゃぶれという鬼畜な命令だが、ノルズには嫌がる素振りはない。

 むしろ、うっとりと嗜虐酔いしている表情であり、微かに口元に微笑みさえ浮かべているように見える。

 

「……あ、あんなことまで……」

「も、もうだめえ……」

「ああ……」

 

 いまや女たちはさっきよりも距離が近くなって、密着するような距離だ。

 凄まじいほどの淫気が一郎に向かってくる。

 それをどんどんと吸収して、一郎はかつてない充実感を感じていた。

 

「ご主人様……ふふ……。ご主人様……、ご主人様……ふふふ……」

 

 一郎の一物を口にする寸前に、ノルズが笑うような声を出した。

 

「どうかしたのか?」

 

「あっ、いえ、なんでもありません……。ごめんなさい……」

 

 一瞬我に返ったようになったノルズがはっとしたように、一郎の男根を口に咥えた。

 ぺろぺろと一郎の一物についている体液を舐めていく。

 どうやら、ただ呼びたかっただけのようだ。

 一郎はノルズの頭に手をやり、乱れた髪を撫でるようにしながら、粘性体の拘束を消滅させ、ノルズの左手を取った。

 その左手の薬指に銀細工の指輪を出現させて装着する。

 色は赤にした。

 銀細工だが色は真っ赤だ。

 この世界にはない金属の色であり、一郎がこの仮想空間で作ったものだ。

 まあ、ちょっとした仕掛けはあるが、それを発揮しない限りはただの金属の輪っかにすぎない。

 

 この世界には、婚姻で指輪を交換し合うという習慣はあまりないみたいだが、これはずっとひとりだけで一郎のために危ない橋を渡ってくれていたノルズに対する一郎からの気持ちだ。

 一郎の元の世界において、左手の薬指に指輪を送ることがどういう意味があるかは、まあ、いずれ機会があるときに、説明することにしよう。

 

「……ただの指輪だ……。していろ」

 

 一郎は言った。

 ノルズは一心不乱に股間を舐めていたが、それを言われて初めて、指に指輪があることに気がついたようだ。

 離された左手に手をやって、ちょっと目を大きくした。

 

「よし、いいぞ、ノルズ」

 

 一郎はノルズから口を離させると、すっと立ちあがった。

 全員に向かってゆっくりと視線を向けていく。

 集まっている将兵たちが、それぞれに顔を上気させて、一郎のことを見つめている。

 最後にちらりと壁際にいる元々の一郎の女たちに目をやる。

 彼女たちも一郎を見つめていたが、一郎は、その彼女たちににやりと微笑んだ。

 女たちがちょっと訝しむ表情になったのがわかった。

 

「じゃあ、親衛隊発足の記念だ──。性宴の開始だ──」

 

 一郎は大きな声で宣言した。

 次の瞬間、いまの囲みのすぐ横に女たちが出現した。

 エリカ、シャングリア、ブルイネン、ガドニエル、アスカだ。

 ノルズも目の前から消失して、その並びに混じっている。

 全員が素っ裸だ。

 一瞬にして服は消滅させてやった。

 

 六人が両手首両足首の四肢に革枷を付けられて天井からの四本の鎖でぶら下げらている格好だ。

 まるで捕らえられた獣が四肢を縛られて宙吊りされているような状態だが、脚は拡がった体勢でぶら下げられているので、こちらを向いている股間からは性器どころか、肛門まで曝け出している。

 例外はガドニエルだ。

 さっきの貞操帯をがっしりと装着させたままだ。

 

「なにっ」

「うわっ」

「えっ」

「あれっ?」

「あん」

 

 エリカ、シャングリア、ブルイネン、アスカ、そして、ガドニエルが驚きの声をあげた。ノルズはまだ事態を把握していないのか、まだ半分覚醒していないように、きょろきょろしている。

 親衛隊たちも一斉に驚愕したような声をあげた。

 魔道でもあり得ない突然の景色の変化だ。

 仮想空間のことを知っているエリカとシャングリアは、納得いったような顔をしているが、いきなり全裸になったうえに、四肢をぶらさげられた体勢にされた残りの四人は目を白黒させている。

 もっとも、そのエリカとシャングリアだが、いまでも刺青の蛇が動き回る刺激で悶え続けているし、特にエリカは乳首とクリトリスのピアスに蛇の胴体や尻尾が触れるたびに、大きなよがり声をあげている。

 

 一郎は淫魔術を駆使して、全員の頭の中から事態に対する疑念の心を消去した。

 目の前のものを当たり前のものとして受け入れさせる。

 一郎の仮想空間には、そういうこともできるのだ。

 大きなどよめきが、ざわめきほどになる。

 今度はぶら下がっている六人の後ろに卓を出し、そこにたくさんの筆や刷毛、鳥の羽根などを出現させた。

 

「誰のところでもいい。五人ずつ組になって、そこにいる先輩女たちをくすぐりまくれ。頑張っている者は俺からその場で精のご褒美だ。抱いてやる……。そして、ぶら下がっている女たちについては、不甲斐ない態度はとるなよ。簡単に絶頂したり、ガドについてはおしっこをもらしたりしても、相応の罰があると思え。じゃあ、始まりだ──。全員、行け──」

 

 一郎は大きな声で叫んだ。

 

「な、なにいってんだい、お前──。こ、こんなの……。な、なんだい、魔道が……」

 

 最初に文句を言ったのはアスカだ。

 ほかの女は悲鳴をあげただけだ。

 一方で、いきなり、女王たちをくすぐり責めにしろと言われた親衛隊の三十人も、さすがに躊躇したように当惑して静止したままである。

 六人の中には、女王のガドニエル、太守のアスカ、隊長のブルイネンがいるのだ。

 お互いに顔を見合わせるような仕草をするものの、まだ腰を落としたままであり、すぐには誰も動かない。

 

 一郎は淫魔術を使って、全員の中からガドニエルたちに対する遠慮や気後れのような感情を完全消滅させる。

 その逆に好奇心のようなものを最大限に増幅させる。

 この場だけのことだが、こうやって馬鹿騒ぎした記憶が残ることで、ここにいる全員の絆が深まるのだ。

 

「親衛隊、出動しろ──。これは俺の絶対命令だ──。逆らうな──」

 

 一喝した。

 女たちが弾かれるように立ちあがった。

 

「い、いくわっ」

 

 ひとりの女兵がさっと駆けだして、道具の台に走る。

 それに釣られるように、わっと三十人が宙吊りの女たちに向かった。

 全員が筆やら、刷毛やら、羽根やらを手に取り、それぞれに女たちに群がる。

 六人はちょうど立った女たちの腰の上程度の高さにぶら下がっているように調整しているので、くすぐるにはちょうどいい体勢だろう。

 

「いやあっ」

「あはあ」

「うわああっ、お、お前ら、やめよ、ひいいっ」

「や、やめないか、あああっ」

「ああ、あああっ、い、いやあ、ロウ様、も、漏れます──。漏れちゃいます──」

「んぐううっ、や、やめろおっ、ああっ、ま、待て、お前ら、尻ばっかり──」

 

 エリカ、シャングリア、ブルイネン、アスカ、ガドニエル、そして、ノルズが悪態のような声を叫ぶ。

 一郎は六人を責めたてる親衛たちの周りを歩きながら、躊躇、遠慮、恐怖、戸惑いのような感情を親衛隊たちから次々に消していく。そして、吊られている女体の激しい反応を面白がる感情をさらに拡大してやる。

 また、一度始まってしまえば、集団心理というものもあるのだろう。

 すぐに、積極的に動く者が大半になってきた。

 女たちの悪態も悲鳴も無視し、どんどんと責めがエスカレートしていく。

 

「一切の容赦をするなよ──。クロノスの命令だ──」

 

 一郎はうそぶいた。

 すると、心なしか、さらに女たちによるくすぐりが苛酷になった気がした。

 宙吊りにされている女たちの悲鳴が大きくなる。

 

 一郎は集団の中から、ひとりの女兵を引っ張りだした。

 ブラムという女兵だ。

 三十人の中で、さっき最後に抱いた女であり、三十人の中で最初に飛び出した女だ。

 ブラムが選んだのはシャングリアであり、蛇の動きを追うように筆を動かして、シャングリアに悲鳴をあげさせていた。

 

「ブラム、お前が最初に駆けだした。ご褒美だ」

 

 ブラムを集団から離して、ブラムを床に横たえた。

 

「あっ、クロノス様、う、嬉しいです──」

 

 横たわったブラムが顔を真っ赤にして声をあげた。

 

「お前は拘束されて抱かれるのが好きだったな。じゃあ、こんな恥ずかしい拘束はどうだ?」

 

 一郎は粘性体を飛ばして、ブラムの左側の手首を足首、右側の手首と足首をそれぞれに拘束した。

 ブラムは脚を曲げ開いた格好から動けなくなる。

 

「ああん、恥ずかしいです」

 

 ブラムが声をあげたが、やっぱり満更でもないようだ。

 一郎はブラムの股間に顔を埋めて、股間を舌で舐めあげていく。

 

「んふううっ、あはあああっ」

 

 ブラムがぴんと身体を伸ばすようにして絶叫した。

 

「ブラム、いいなあ……」

「あ、あたしもっ」

 

 たまたま傍にいた女たちが振り返って、その様子を見て、やる気に火がついたように、責めに拍車をかけたようになっているのがわかった。

 一方で宙吊りの六人の女の絶叫はますます大きくなる。

 ふと思いついて、一郎はさらに責め用の道具を追加してやった。

 この世界にはない、バイブや電気あんま、ローターなどだ。尻穴を責めるための棒や潤滑油なども出現させる。アナル用の電動の淫具も足す。こっちの世界では魔道で動く。

 

「いま、新しい道具も足したぞ。魔道を込めれば振動する。試してみろ」

 

 一郎はブラムを責める手を休めて声をあげた。

 さっそく十人近くが一斉に卓に取りつく。

 一方でブラムは、もういっぱいいっぱいみたいだ。

 体勢を変えて、ブラムの股間に怒張を挿入していく。

 

「あああっ、クロノス様ああああ」

 

 ブラムが雄叫びのような嬌声をあげた。

 性宴は、まだ始まったばかりだ……。 



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545 親衛隊親睦会、あるいは、寸止め地獄くすぐり

「ああ、ま、また、いきます──。ま、またあっ、い、いぐううう」

 

 グロリナが下から一郎の背にしがみつきながら、身体を弓なりにして吠えるような声をあげた。

 一郎はずぶん、ずぶんと遠慮なく怒張をグロリナの股間の根元まで埋める。

 彼女については、子宮の入口に付近にある場所の性感が極端に発達していた。エリカにも同じ場所があり、そこを刺激するとあっという間に昇天をする場所だ。

 一郎の頭の中に、不意に“ポルチオ”という単語が浮かびあがる。

 

「も、もうだめえ、クロノス様あああっ」

 

 いき癖がついたようになっているグロリナが、何度目かの絶頂をした。

 一郎は、グロリナが達したのを確認しつつ、グロリナの中に精を放った。

 

「いぐうっ、おっ、いっ、あぐっ……」

 

 グロリナは完全にいきっ放しみたいな感じになっていて、一郎が怒張を抜いても、全身を激しく痙攣したまま白目を剥きかけている。

 

 ちょっとやり過ぎたか……?

 一郎は淫魔術を使って、グロリナを急速回復させた。

 死んだようになっていたグロリナが生気を取り戻す。

 一郎はにっこりとグロリナに微笑みかけた。

 

「ありがとう……。気持ちよかったよ、グロリナ」

 

「あっ、そ、そんな、あ、あたしこそ、気持ちよかったです。ま、まだ、雲の上にいるみたいで……」

 

「よかったね。じゃあ、少し休んだら、戦線復帰だ」

 

 一郎は笑った。

 

「は、はいっ、クロノス様──」

 

 グロリナが元気よく返事をした。

 これなら大丈夫だろう。

 一郎はグロリナから離れて、再び集団の輪の中に戻っていった。

 

 一郎の仮想空間だ。

 親衛隊の三十人と、一郎のもともとの女を加えた「記念」の性宴が続いている。

 中心になっているのは、四肢を別々の天井から吊られて、親衛隊の女たちからくすぐり責めやら、淫具責めを受け続けているエリカ、シャングリア、アスカ、ガドニエル、ブルイネン、ノルズであり、それぞれの女に六人ずつの親衛隊の女将兵が彼女たちの全身を責めまくっている。

 女将兵たちの陰になってよくは見えないが、最初は激しい悲鳴が聞こえていたエリカたちだったが、いまはそれも小さくなり、息も絶え絶えの状態のようだ。

 

 なにしろ、抵抗できない状態で全身を五人から一郎が準備している淫具でありとあらゆる場所を責めたてられるのだ。

 それでいて、実は六人はまだ数回しか達していないと思う。

 絶頂しそうになっても、できるだけ寸止めをしていかさないように、親衛隊の女たちに指示したからだ。一郎が回って来たときに、絶頂させるので、ぎりぎりの状態をできるだけ保持させろと命令をしたのだ。

 最初は責め過ぎて絶頂させてしまったりもしたようだが、いまは慣れていき、どの組も上手に寸止めを継続しているように思える。

 だから、なかなか達することができない身体を様々な器具でどこまでも責めたてられる六人は、もう半死半生という感じだ。

 

 六人の中には女王もおり、太守のアスカもいて、隊長のブルイネンまでいるのだが、三十人は容赦なく彼女たちを責めている。

 一郎が淫魔術を駆使して、遠慮や気後れの全員から完全消滅させ、一郎の命令に従って、唯々諾々と女たちを責めるように、ある程度の操心をかけている。

 後で我に返って、なんてことをしたのだろうと蒼くなる可能性はあるが、逆にこうやって全員が素っ裸で、馬鹿な恥宴をしたという記憶が残れば、全員の団結も深まるだろうと思う。

  

 また、責めている三十人の中で一郎が頑張っていると認めた者については、いまのグロリナのように、輪の外に連れ出し、一郎の思うままに犯したりもしている。

 これで十人ほどを抱いた。

 何人かは輪の中に戻ったが、いまだに脱力して放心したような状態の女もいる。

 まあ、すごい状況だ。 

 凄まじいほどの淫気が蔓延しており、一郎は水晶宮にやってきて初めて、完全なほどの淫気を満喫していた。

 輪に戻った一郎は、今度は親衛隊たちではなく、宙吊りになって責められている女たちの様子を確かめることにした。

 

 まずは、ガドニエルだ。

 ガドニエルは、ふたりから羽根と筆で上半身をくすぐられ、ふたりの女たちからは股間を、残りのひとりは脚を筆で這い回らせている。

 どの女も同じだが、全身は真っ赤になっていて、汗びっしょりだ。

 

「んふううっ、はああっ、も、もう、苦しい……。あああっ」

 

 ガドニエルは悲鳴をあげている。

 

「ふふふ、女王様、とてもいやらしい……」

 

「でも、可愛らしいですね」

 

「お美しい女王様にこんなことできるなんて、ふふふ……」

 

 全身に筆を這い回らされながら女たちがくすくすと笑っている。

 一郎の淫魔術のために、相手が女王といえども、まったく遠慮がない。

 しかし、見ていると、股間を責めている女兵は、一郎が追加で置いた電気あんまを使っているようだ。

 電気あんまといっても、魔道で理力を注げば振動をするようにしているので、“理力あんま”と称するのが正しいように思うが、それはともかく、それを貞操帯の上に当てて責めている。

 しかし、ガドニエルに装着させている貞操帯は、外部からの刺激を遮断するようにしているので、あれではガドニエルには伝わらないはずだ。

 それを伝えるのを忘れていた。

 一郎は電気あんまを持っている女兵から、それを横から取りあげた。

 

「あっ、クロノス様」

 

「クロノス様」

 

「クロノス様──」

 

 気がついた女兵たちが一斉に一郎を見た。

 

「手を休めるな。責めたててくれ。それと言い忘れてたが、その貞操帯は外からの刺激を遮断する特徴がある。上から刺激しても無駄だ。こうやって、縁を刺激してやるといい。もどかしい刺激でガドはのたうち回る」

 

 一郎は手に柔らかな小筆を出現させると、それを貞操帯の縁に沿ってすっと動かした。

 

「んひいいっ、ご、ご主人様、ガドにもう精をお与えください──。も、もう苦しいのです──」

 

 一郎がやって来たことに気がついたガドニエルが全身をのたつさせつつ、必死に声をあげた。

 

「その苦しいのが調教だ。それに、その貞操帯をしたままじゃあ犯せないだろう。まあ、我慢しろ。だが、おかげでおもらしもしないで済んでいるだろう? 教えていなかったけど、その貞操帯をしていると、小便も大便もできないようになっている。よかったな」

 

 一郎は筆を動かしながら笑った。

 

「ああ、や、やっぱりいい──。ね、ねえ、ご主人様、もう、お許しください。ガドが悪かったのです」

 

 ガドニエルが悲鳴をあげて筆から逃げようとする。

 しかし、もう体力が残っていないのか、それほど動きは激しくない。

 貞操帯に局部が封じられても、もやの赤い部分はいくらでもある。

 そこを筆で追う。

 

「ひんっ、ああ、ガドはもうご主人様の精が欲しくて堪りません。どうか、お願いします。ご主人様──」

 

 ガドニエルが泣くような声を出す。

 全身に加わる刺激だけでなく、ガドニエルは激しい尿意とも戦っている。

 淫魔術の刻まれた貞操帯の機能で失禁ができないとはいえ、いや、だからこそ、ガドニエルには膨れあがる尿意と延々と戦い続けなければならない。

 まあ、可哀想だが、もうちょっとガドニエルが泣くのを見たいので、このままにしておこうと思った。

 

「ふふ、ご主人様ですって……。女王様って、こんなに可愛らしい方だったんですね」

 

「本当……ふふふ……」

 

「でも、クロノス様のご愛撫だと、やっぱり反応が違いますね」

 

 上半身側を責めていた女兵たちがくすくすと笑った。

 一郎はガドニエルの顔側に回り、頭を持ちあげるようにして上下逆さまに口づけをした。

 ガドニエルはむさぼるように一郎の舌をむさぼっていたが、一郎の手の合図で一斉に五人が筆責めを再開したたため、顔をのけ反らせてしまい口を離した。

 

「ああ、ご主人様、も、もっとください、あああっ、いいいっ」

 

 ガドニエルが女たちの責めに激しく反応して、宙吊りの身体をばたつかせる。

 たったいま口にした一郎の唾液に含まれていた媚薬で、かっと身体が反応したのだ。

 

「これも調教だ。頑張れよ、ガド」

 

 一郎はガドニエルから身体を離した。

 

「ご主人様ですって……。女王様って、実はマゾだったんですね。可愛いです」

 

「しかも、調教ですって……」

 

 女たちが顔を赤くしながら、ちょっと羨ましいそうな響きを口調で含ませながら言った。

 本来であれば、絶対に口にないような不敬に当たりかねない言葉だが、一郎の淫魔術で本音に近い感情を暴露させるようにしているので、内容に遠慮がない。

 

「お、お前ら、ガ、ガドのことを、ば、ばらすんじゃないよ、ぜ、絶対だよ──」

 

 ガドニエルの横で同じように宙吊りになっているアスカが大きな声で言った。

 一郎はアスカのところに移動する。

 

「ラザも頑張っているじゃないか……。なんだかんだで、まだ一度も達していないのはラザだけみたいだぞ。ほかの女は一度以上は達しているしね」

 

 一郎はアスカの頭側に回って言った。

 全員がそうだが、腹を上にするように四肢を吊っているので、顔は下を向くようになっている。

 

「う、うるさい──。お、お前、いい加減にわたしたちを開放しないかい──。んふうっ、はああっ」

 

 アスカが怒鳴った。

 だが、そのあいだも、女たちによる責めは続いている。

 こっちの女たちは、電動の器具は使ってはいないようだ。その代わり、四人が両手に刷毛や筆を持ってアスカの宙吊りの身体を這い回らせている。五人でないのは、一郎が途中で抜いて抱き、まだ復帰していない女がいるからのようだ。

 

「あああっ、んふうっ、いやああっ」

 

 そのとき、アスカが玉の汗をまき散らして、身体をぐんととばした。

 一郎が前側に回ったので、集まっていた四人が股間側に集まるかたちになり、一斉にクリトリスを刺激したようだ。

 今度こそ達するのかな……?

 

 ……と見ていると、ひとりが合図をしてさっと同時に筆を引く。

 絶妙のタイミングだ。

 どうやら、アスカが達していないのは、アスカがすごいというよりは、いま指示をしている女が上手なのだろう。

 アスカはがくりと身体を脱力させて、切なそうに腰を自ら動かしている。

 

「う、ううう……」

  

 寸止めによって身体の疼きを溜めさせられているアスカが恨めしそうな呻き声をあげている。

 しかし、アスカの立場では、さすがに女たちに、もっと責めて絶頂させてくれとは口にはできないだろう。

 一郎はくすくすと笑った。

 

「上手いな、君の名はエルミアか? 小隊長さんだね」

 

 エルミアは、三十人の中では身体ががっしりとしている。

 裸体の筋肉も素晴らしい。

 かなり背が高く、うちのマーズに近いくらいあるかもしれない。

 

「は、はい、名を知ってもらえて光栄です、クロノス様──」

 

 エルミアが身体を真っ直ぐにして、直立不動の姿勢になり、元気よく言った。

 一郎は笑ってしまった。

 

「こんな性宴の最中だよ。かしこまらなくてもいいよ。じゃあ、ご褒美だ。おいで」

 

 一郎は声をかけた。

 すると、エルミアが顔を真っ赤にした。

 

「あ、ありがとうございます──。で、でも、できれば、もしも、許されるなら……、クロノス様が教官様にやられた口の中でしごかれるの……。あ、あれをして欲しいのですが──」

 

「イラマチオか? あれがいいのか? じゃあ、この場でやってやろう。跪け」

 

 一郎は笑いながら言った。

 ノルズを激しく一郎が責めたてる光景を見て、すでにマゾを開花させつつある女が何人もいる感じだが、エルミアも同じのようだ。

 また、遠慮のない態度と発言をするように淫魔術で感情を操作しているので、一郎に対しても遠慮はない。

 普通なら、自分からイラマチオをされたいなどというのは、なかなか頼めないものだ。

 一郎が近づくと、すぐに跪き、さらに指示もしていないのに、両手を背中に回して組んでいる。一郎は粘性体を飛ばして固定する。

 

「あんっ」

 

 エルミアが拘束されただけで裸身をくねらせた。

 大きな乳房がぶるりと揺れる。

 一郎はエルミアの後頭部の髪を乱暴に握る。

 

 口を開けたエルミアに勃起させた怒張を突っ込んだ。

 がしがしと突っ込んでやる。

 ただし、ただ乱暴にしているようだが、ちゃんとエルミアの口から喉にかけての赤いもやを力強く擦っている。

 どうやら、自分から強請るくらいであり、エルミアは口の中がかなりの性感のようだ。

 一郎が擦ると、すぐに股間を反応させて、腰をくねらせだす。

 また、容赦なく喉の奥まで繰り返し突っ込んでいるので、「うえっ、うえっ」と苦しそうにえずいているが、その苦しさもいいようだ。

 エルミアの性耐久度数の数字がどんどんとさがっていく。

 

 もしかして、この娘は口だけで達するのか?

 マゾを開花させたというよりは、もともとマゾなんだろう。

 苦しそうに涙を流しながら、身体だけは反応している。

 それはともかく、周りの女兵たちも見物しているので、アスカは放っておかれるかたちになっているが……。

 

「んぐううっ」

 

 やがて、本当にそのまま達してしまった。

 一郎は怒張から精を放った。

 怒張を抜く。

 

「全部、飲めよ。飲めば強くなるぞ」

 

 嘘だが冗談でそう言った。

 しかし、エルミアの眼が大きく見開かれた。

 

「えほっ、えほっ、ほ、本当ですか……。あ、ありがとうございます……」

 

 エルミアが喉の奥に放った一郎の精を懸命に飲みながら言った。

 また、たったいま絶頂をしたので、ちょっと息も荒く、疲れたようになっている。

 

 しかし、目が真剣だ。

 これは悪いことを言ったかな……。

 ちょっと反省した。

 

 まあ、強くなったのは本当だが……。

 淫魔術による支配を活性化し、改めて精を放って刻んだので、それ以前とは格段に強くなっている。

 あとは、向上した能力に身体が慣れれば、エルミアは無双の闘士だ。

 

「強くなったのは本当だ。だったら、明日の朝からでも、俺とマーズの鍛錬に参加するか? いつも朝飯前に鍛錬をしている。俺の調教付きだけどな。よければ来い、エルミア」

 

「ひいいっ──。クロノス様と鍛錬──。あ、ありがとうございます──」

 

 すると、エルミアが奇声のようなものをあげて、感動したように身体を震わせる。

 そんなに凄いことなのか?

 あまりもの反応に、一郎も少したじろぐ。

 

「うわあっ、エルミア様、羨ましい──」

 

「クロノス様、あたしも、あたしも、参加したいです──」

 

「あたしも──」

 

 たまたま周りにいた女兵たちが一斉に声をかけてきた。

 一郎は彼女たちのステータスを一瞥して、首を横に振った。

 

「いや、朝の鍛錬は素手による体術が中心だしな。君たちふたりは剣が得手だな。それなら、あっちで悲鳴をあげているシャングリアがいい。君は弓のようだから、エリカが得意だぞ。まあ、シャングリアは教えるのも上手いけど、エリカは教えるのは下手だけどね」

 

 一郎は笑った。

 断られた女たちは残念そうだ。

 まあ、正直なところ、人数が多くなると、一郎の手に余るというのが本音だ。その点、エルミアなら、同じ格闘系の能力だし、マーズのいい鍛錬相手になりそうだ。

 それに、マーズは一郎との鍛錬と称している毎朝の調教によって、なぜか気を練ることを覚え、波動のようなものを打ち込めるようになっていた。

 エルミアが寸止めが上手だというのは、相手の気を読む素質がある可能性がある。

 鍛えれば、同じ技を開花させるかもしれない。

 

「あ、ありがとうございます、クロノス様──。一生懸命に励みます」

 

「おうっ」

 

 一郎は頷いて、集合場所と時刻を告げた。

 エルミアは嬉しそうだ。

 一郎もちょっと愉快になってきた。

 マーズも年齢にしてはかなりの巨乳なんだが、エルミアも巨乳だ。

 愉しい鍛錬になりそうだ。

 一郎はアスカに向き直った。

 今度は股のあいだ側に立つ。

 

「待たせたな、ラザ。退屈させて悪かった。お詫びに退屈凌ぎをあげるぞ」

 

 手に出現したものをアスカにも見えるように掲げた。

 首を持ちあげて、それを確認したアスカがぎょっとした表情になる。

 一郎が取りだしたのは、浣腸袋だ。

 薬液がたっぷりと入っている革袋に一個の管がついているというものであり、管を尻の穴に挿し入れて、袋を搾れば魔道で勝手に薬液が腸内に注入される魔道がかかったものだ。

 技術も不要で、手間いらずであり、便利なものだ。

 

「うわっ、な、なに持ってんだよ、お前──」

 

 アスカがぎょっとしている。

 

「だって、ガドニエルが罰を受け、ノルズもそれなりのものを受けた。ラザについては、明日とは言ったけど、なにもないんじゃあ、片手落ちだ。いい具合にみんな乱れてきたし、あまり気にする必要もないように思ってね。ガドに並ぶ美貌の姉君の糞便姿を披露してやれよ」

 

 一郎は笑いながら管をアスカの尻の穴にぐっと挿し入れる。管も魔道がかかっているので、まるで潤滑油でも塗ってあるかのように、抵抗なくすっと入り込む。しかも、一度入ると、管側を操作しないと抜けることもない。

 

「な、なんだよ──。ま、まさか本気じゃないだろうねえ。ここで全員の前でさせるつもりかい──。や、やめておくれ──。抜くんだ──。抜くんだよ、小僧──」

 

 アスカが必死になって腰を振り、管から逃れようとしている。

 その慌てぶりが面白い。

 余程に嫌なのだろう。

 

「ちょっと変わってくれ、エルミア。ただし、俺が合図したら袋を搾ってくれ。太守様の言葉は気にするな。この場の支配者は俺だ」

 

「わ、わかりました」

 

 ちょっとまだ身体がだるそうなエルミアに浣腸袋を託すと、一郎は再び前側に回り込んだ。

 ちょうどアスカの口が、一郎の股間にくるくらいの高さだ。

 一郎は男根の先をアスカの顔に突きつけた。

 アスカがぎょっとする。

 

「な、なんだい……?」

 

 アスカが顔を蒼くしたまま言った。

 

「だけど、そんなに嫌なら、浣腸を受けないで済む機会を与えるよ。俺を口で射精させてみな。そうしたら、許してやるぞ。そうだな……。五百……。みんなで五百数える。そのあいだに、射精させられたら、浣腸はなしだ。その代わり、五百数えたら、浣腸袋を搾らせる。その後は好きなときに排便してくれればいい。ノルズのときみたいに、排便をしても、周りはきれいにできるから安心してよ」

 

「お、お前、ふざけるんじゃ……」

 

「あっ、そう……。嫌ならいいさ。そのままするだけさ……。エルミア、袋を……」

 

「わああっ、ま、待って──。待っておくれ。しゃぶる。しゃぶればいいんだろう。や、やるから……」

 

「しゃぶるだけじゃ駄目さ。ちゃんと射精させないとね」

 

 一郎は言った。

 アスカが口惜しそうな顔になる。

 だが、その顔にだんだんと被虐の色も浮かんでくる。

 アスカには、嗜虐と被虐の性が両立しているが、そろそろ被虐側の性が表に出てきたみたいだ。

 ここからアスカは、どんどんと可愛くなる。

 

「ねえ、クロノス様、やっぱり副王様も、クロノス様の女なのですか?」

 

 周りにいる女兵のひとりが訊ねた。

 

「そう訊ねているけど、どうなんだい、ラザ?」

 

 一郎はわざとらしく訊ねる。

 アスカが口惜しそうな表情で口を開く。

 

「そ、そうだよ──。こいつの女だ。見ればわかるだろう──。こいつにこんなことされても、なにも逆らえない性奴隷だよ──」

 

 アスカはやけくそのような物言いだ。

 周りの女将兵たちはきゃあと笑い合った。

 

「そ、それよりも、約束は守るんだよ、小僧。ちゃんと射精させられれば、浣腸液を流さないんだよ──」

 

「いいとも」

 

 一郎は股間を近づける。

 アスカは性技には自信を持っているみたいだ。

 しかし、この勝負、アスカに勝ち目はない。

 一郎は自分の精を自由自在にできる。

 五百どころか、その十倍の時間があっても一郎は射精を我慢できる自信があった。

 性愛の技術については、もはや天下無双の自負がある。

 

 アスカの口の中に一郎の一物が深々と入る。

 さっそく舌が這い始めた。

 口全体で包むようにして揉みあげながら、ちょっと首を引いて亀頭の尖端にちろちろとすぐるように舌を動かしだす。

 おっ、案外に気持ちいい……。

 一郎はちょっと腰を小さく震わせてしまった。

 

「んっ」

 

 反応があったのが嬉しそうに、アスカが喉の奥でちょっと音を鳴らした。

 

「じゃあ、みんなは数え始めてくれ。五百からな……。それと君らふたりは脇の下。君は足の裏をくすぐってあげてくれ。太守殿が奉仕に集中できないようにね」

 

 そんなことをしなくても射精は無理だろうと思うが、意地悪をすることによるアスカの反応を見たいのだ。

 

 

「五百……四百九十九……四百九十八……」

 

 数えあげの声が始まる。

 すると、アスカが口を離した。

 

「んんっ──。ひ、卑怯……んはああっ、や、やめて、あはははは、くっ、くふふふふふ」

 

 アスカが文句を言いかけるものの、それは脇を同時にくすぐられて込みあがった自分自身の笑い声に阻まれる。

 アスカは苦しそうに笑い悶えだした。

 

「いいのかい、アスカ、どんどんと時間はなくなるぞ」

 

 一郎は笑いながら言った。

 

「く、くそおお、ひ、卑怯……んひひひひ、あはははは、や、やめておくれ、あはははは」

 

 アスカが顔を歪めながら、必死で一郎の性器を咥え直した。



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546 くすぐり下克上

「十……九……八……」

 

 いまや、数をかぞえる女たちはほぼ全員になっている。

 そのあいだ、残りの五人の責めは中断されたような感じだ。

 くすぐり責めにさせていたアスカだったが、さすがに気の毒なので、三百くらいでやめさせた。いまはアスカを直接に責めている女はいない。

 一郎とアスカの一対一の戦いの様相になっている。

 

「……二……一……ゼロ──」

 

 そして、数が終わる。

 アスカは必死になって舌を動かしていたが、結局のところ一郎から射精をもぎとることはできなかった。

 

「残念だったな。時間切れだ。絞れ、エルミア──」

 

 管がアスカの肛門に挿されている浣腸袋を持っているエルミアに一郎は合図を送る。

 エルミアがぐっと袋を握ったのがわかった。

 

「ああっ、く、くううっ」

 

 薬剤が腸に注ぎ込まれる感触が襲ったのか、アスカが奉仕を続けていた口を離して悲鳴をあげた。

 

「惜しかったね。もう少しだったよ」

 

 一郎は抜けた怒張から射精をして、アスカの顔にかける。

 

「うわっ、く、くそう……」

 

 アスカは口惜しそうだ。

 一郎はエルミアたちに視線を向けた。

 

「じゃあ、頼むよ。うんと、ラザを苦しませてやってくれ。排便は床に落ちれば自動的に消滅するようになっている。太守様が大便を始めたら声をかけてくれ。全員で見物しよう」

 

 一郎は言った。

 

「はい」

「はいっ」

「はい、クロノス様──」

 

 アスカに最初からついていた女たちが愉しそうに返事をする。

 こんなに協力的なのも仮想空間ならではだ。

 現実世界に戻れば、親衛隊たちの女将兵たちも、自分たちがやったことに蒼くなるかもしれない。

 だが、それで自分たちも同じことをさせられるのも当然だという気持ちになるはずだ。

 諦めもつき、調教に入りやすくなると思う。

 また、ここまで破廉恥なことをやり合えば、一郎の仕掛ける淫靡な悪戯にも抵抗はなくなるだろう。

 実のところ、なんだかんだとあったが、一郎は三十人の集団調教というのが、ちょっと愉しみになってきつつある。

 こういうのも愉しいな……。

 とにかく、一郎は、ほかの女たちのところから集まっていた女たちをいったん解散させた。

 

「ふ、ふざけるなよ、こ、小僧……。し、死んだって、ここでなんか、す、するものかい──」

 

 管を抜かれたアスカが歯を喰いしばりながら言った。

 しかし、すでに便意が襲いかかっているのだろう。

 ぶるぶると身体を震わせている。

 

「せいぜい頑張るんだね……。じゃあな、ラザ」

 

 一郎はまだなにかを言いかけたがっているアスカをそのままにして、その隣のブルイネンに移動した。

 アスカがなにか叫びかけたが、一郎が合図して愛撫を再開させたので、その言葉は悲鳴に隠れてしまう。

 次はブルイネンだ。

 

「クロノス様、言われたとおりにやっております。さあ、皆さま、また、始めましょう」

 

 ここにいるのは三人だ。

 一郎が抱いて、まだ復帰してない女がふたりいるようだ。

 最初に口を開いたのは、パリエという女兵だ。

 この女は、さっき二度目の精を放っている。

 すでに復帰して、ブルイネンの輪に加わっているようだ。

 

「ああっ、お、お前ら、いい加減に……。いやあ、はああっ」

 

 ブルイネンは泣き出しそうな声をあげて暴れている。

 こっちも股間に電気あんまを使っていた。

 それだけじゃなく、振動する張形などを効果的に乳首などに当てて責めている。

 

「レイ、股間を外して──。クロノス様の言いつけの通りにぎりぎりでやめるのよ。胸はまだそのままでいいです。もう少し続けてください」

 

 パリエの指示に従って、電気あんまが外れる。

 さっきのエルミアも上手だったが、こっちのパリエも上手だ。

 そういえば、パリエが上手だったから、さっきご褒美セックスをしたのだった。

 

「上手いな、パリエ。もう一度、ご褒美をやろうか?」

 

 一郎は声をかけた。

 パリエが嬉しそうに破顔した。

 

「あ、ありがとうございます、クロノス様──。だけど、あたしばっかりじゃ、ほかの人にも申し訳ないんで、できれば、こっちのレイを抱いてあげてもらうわけにはいきませんか? あたしの親友なんです。ほらっ、レイ──」

 

 背中を押し出されるようにされたのは、股間側で連携して電気あんまを動かしていた大人しそうなエルフ娘だ。

 エルフ族にしては、ちょっと地味な感じだが、磨けば美女になりそうだ。

 彼女のような女性こそ、一郎の淫魔術で、どこまで美女にできるのかどうかを試してみたい。

 

「あ、あのう……」

 

 レイと呼ばれた娘は恥ずかしそうに俯いた。

 一郎はその手を取る。

 

「ブルイネンを舌だけでいかせてみろ。そうしたら、ご褒美だ」

 

 一郎は器具を彼女から取りあげ、ブルイネンの股間にレイの顔を寄せた。

 パリエたちも退ける。

 

「は、はい、クロノス様」

 

 基本的には、この仮想空間に入ると、女将兵たちは一郎に逆らえなくなる。

 そうなるように調整した。

 しばらくは、そうやって支配を強くして調教を進めていけば、そのうちに淫魔術で強制しなくても破廉恥な命令に抵抗がなくなるはずだ。

 レイがブルイネンのびしょびしょの股間に舌を這わせだす。

 

「うううっ、いやああっ」

 

 ブルイネンの裸体が跳ねて、玉の汗をまき散らす。

 腰の動きが激しく、股間に舌を這わせられないみたいだ。

 レイが慌てたように、ブルイネンの両太腿を抱え込んでいる。

 

「ああっ、んひいいっ」

 

 それでも、ブルイネンが激しく腰を跳ねあげ続ける。

 これは制御が難しそうだな。

 一郎はブルイネンの顔側に回り、口に一郎の性器を咥えさせた。

 これで、そんなに大暴れはできない。

 

「ブルイネン、こっちも手を抜くなよ。お前にも浣腸するぞ」

 

 一郎はブルイネンの顔を抱えたまま言った。

 ブルイネンが一瞬目を開いて、慌てたように舌を動かしだす。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

 しばらく、ブルイネンは口で一郎に奉仕しながら、レイに股間を責められるということを続けたが、やがて、ブルイネンも、レイの股間舐めに屈して、身体をがくがくと震わせて絶頂に達した。

 かなりの激しさであり、繰り返されてた寸止めのせいか、絶頂とともに潮まで噴いた。

 

「きゃあっ」

 

 顔にまともに体液をかけられて、レイが悲鳴をあげた。

 

「ブルイネン、可哀想にお前の部下が目を白黒させているぞ」

 

 一郎はブルイネンから性器を抜きながら笑った。

 

「ああ、ご、ごめん……」

 

 ブルイネンが意気消沈したように謝る。

 

 そして、一郎はレイを輪の外に連れ出して抱いた。

 最初は大人しめの反応だったレイだが、一郎の性技の前に、すぐに激しくて淫らな反応をするようになり、レイは、たてつづけに三回連続で達した。

 一郎はレイに精を注ぎ、ぐったりとなったレイに口づけをしてから、次はシャングリアに移動した。

 

 シャングリアもまた、たじたじになっていた。

 しかも、シャングリアはエリカとともに、ずっと刺青の蛇に身体を這い回らされていたのだ。

 すでに、息も絶え絶えの状態だ。

 

 一郎は女たちに合図して、一時的に責めをやめさせる。

 腰を抱えて亀頭の尖端を股間に当てた。

 そのまま、一気にシャングリアの股間に怒張を貫かせる。

 

「あああ、ロウ、ああああっ」

 

 シャングリアが全身を弓なりに反らせる。

 一郎の一物が股間に沈み込むなり、シャングリアは叫びにも似た嬌声あげて、狂ったように身体を捩らせた。

 

「ああ、気持ちいい──。ロ、ロウ、気持ちいい、あああっ」

 

 シャングリアが身体を淫らに悶えさせながら、吠えるような嬌声をあげる。

 しばらくのあいだ、生殺しになっていて極限にまで濡れていた股間から沸き起こった快感に、シャングリアは、もう快感のことしか考えられない雌になりきっているようだ。

 

「そこにある卓からアナル用の淫具を取って、シャングリアに挿してくれ」

 

 一郎は見物する態勢になっていた女兵たちに声をかけた。

 女たちにはどれかわからなかったみたいだが、一郎が教えて、数珠状になっているアナルバイブを取らせる。

 ひとりがやってきて、身体を屈ませるようにして、一郎が貫かせている股間の下に淫具を潜り込ませる。

 

「ああ、ひああああっ」

 

 大した抵抗もなく、シャングリアはアナルに淫具を呑み込んだ。

 ゆっくりと淫具を抽送させる。

 シャングリアの反応がさらに激しくなる。

 

「尻穴でこれだけ感じるようになるには時間もかかる。希望があれば、優先的に調教するぞ」

 

 一郎は律動を続けながら女たちに言った。

 ここにいた女たちの全員が一斉に手をあげた。

 一郎は笑ってしまった。

 

「ああ、気持ちいい、ロウ、気持ちいい、いくううっ」

 

 シャングリアが身体をがくがくと震わせて、絶頂をした。

 一郎もそれに合わせて精を放つ。

 

「余韻から醒めさせるな。どんどん責めろ。アナルはそのまま責めたててくれ」

 

 一郎はシャングリアから離れて、次にエリカのところに行った。

 

「あはああっ、だめええっ」

 

 ちょうどエリカは筆責めに屈して絶頂をしてしまったところだった。

 

「あっ、また」

 

「また、失敗してしまったわ」

 

「でも、このエリカ様、とても感じやすいんだもの……。あっ、クロノス様──」

 

 ここも、ふたり欠で三人だったが、会話から察するに、寸止め指示にも関わらず、もう何回も絶頂させてしまっているのだろう。

 まあ、一郎が徹底的に身体を開発させたエリカだ。

 身体の感度が敏感なことにかけては、一郎の女たちの中でも随一だ。

 一郎が声をかけると、三人が顔をあげて一郎に挨拶をする。

 

「エリカについてはいくら達してもいいぞ。これでも体力があるから、いくら連続絶頂しても、俺の相手はできる」

 

「ああ、ロ、ロウ様、も、もう許して……。せ、せめて、こ、この肌の蛇をとめて……、ああっ、あああっ、それは駄目ええっ」

 

 エリカがロウに気がつき、虚ろな視線を向けながら哀願のような声をあげたが、そのとき、肌を這い回っている刺青の蛇がクリピアスに尾を巻きつけるようにした。

 なにもしていないのに、クリトリスについているピアスが激しく跳ねるように動いて、エリカが悶絶したような声をあげている。

 しかも、蛇はピアスの尾先を巻きつけたまま、胴体を女陰にずぶずぶと潜り込ませるように、頭側から沈んでいく。

 それが回転するように身体をうねらせる。

 このあいだも、ピアスは勝手に動き回っている。

 もう一匹は上半身側だ。

 いまは両方の乳房をゆっくりといったりきたりしている。

 やはり、乳首に嵌まっているピアスに刺青の蛇が触れると、それに合わせてピアスが踊りだす。

 

「んふうううっ、も、もういやああっ」

 

 エリカが泣くような声をあげて、身体をのけ反らせて痙攣した。

 またもや、絶頂したようだ。

 確かに、これでは寸止め責めにしようとも、うまくいかないだろう。

 なにもしなくても勝手に絶頂してしまうのだ。

 一郎は苦笑した。

 

「これは確かに、寸止めをは無理だな。じゃあ、ゆっくりと筆を這わせるだけでいい。とにかく、いじめてやってくれ」

 

 一郎はエリカの身体の横に立ち、舌を喉に当て、身体の中心に沿ってつっと股間に向かって動かした。

 

「いやああん、ロウ様ああ──」

 

 エリカがそれだけでのたうち回った。

 

「す、すごい感じやすいんですね」

 

「でも、このエリカ様って、本当にお綺麗ですよね……。ねえ、クロノス様、エリカ様はナタルの森で生まれた孤児だっておっしゃるんですけど、嘘ですよね? 絶対にどこかのお姫様に違いありませんわ」

 

「そもそも、クロノス様とはどのようなご縁なんだったんですか?」

 

 女兵たちが一郎に話しかけてきた。

 エリカに興味津々のようだ。

 一郎が適当に返すと、またもや質問をされた。

 

「そ、それと、この胸と股間のもの……。なんなんですか……。とても、淫靡な感じなんですけど……」

 

「これか?」

 

 一郎はエリカのクリトリスのピアスに指を伸ばして、ぴんと弾いた。

 

「んふううっ、も、もう許してくださいっ」

 

 エリカが身体を弾かせて悲鳴をあげた。

 股間からまとまった体液が跳んだ。

 これだけで軽く達したようだ。

 

「す、すごいです……」

 

「う、うん……」

 

 食い入るようにエリカの痴態を見ていたほかの女たちが、ごくりと喉を鳴らしたのがわかった。

 いまのところ、エリカを直接は責めている者はいない。

 一郎が来たことで、刺青に苛まれるエリカを静観している感じになっている。

 

「これは、俺の一番の女である象徴だ……」

 

 一番奴隷と言いかけて、“女”と言い直した。

 三人が一斉に声をあげた。

 

「一番はガドニエル女王様ではないのですか?」

 

「女王様よりも、エリカ様が上──?」

 

 女兵たちはびっくりしている。

 

「エリカが一番女だ」

 

 一郎ははっきりと言った。

 そして、話題を変えるように数本の糸を出す。

 訝しむ女たちに、卓から三個のローターを持って来るように命じる。

 

「ろーたというのはこれですか?」

 

 女たちが持ってきたローターから一個をとりあげて、その代わりに二本の糸を手渡す。

 

「エリカのリングはこんな遊びもできる。同じようにやってみろ」

 

 一郎はローターの胴体に糸を巻き付けて抜けないようにしっかりを結ぶと、糸の反対側の端末をクリトリスのリングを通すように結んで、そのまま手を離して宙にぶらさげるようにした。

 

「いぎいっ、あんっ」

 

 ぐんとリングが重みで床側に引っ張られて、エリカが悲鳴をあげる。

 女兵たちは一郎のすることを食い入るように見ている。

 

「これで、ローターに魔道を注ぐ……」

 

 実際には注いだのは淫気の力だが、魔道という表現を使った方がわかりやすいと思ったので、そう言った。

 リングにぶら下がっているローターがぶるぶると激しく振動を開始する。

 

「あああっ、ロ、ロウ様、これはだめええっ、これは許してええっ」

 

 エリカが腰を振りながら絶叫した。







 *


【特別親衛隊の鬼の十箇条】

一.特別親衛隊は、ご主人様に絶対服従。いかなる命令にも喜んで従います。

一.特別親衛隊は、ご主人様に求められれば、いついかなるとき、どんな場所でも、ご主人様を受け入れます。

一.特別親衛隊は、ご主人様の求める破廉恥な服装を、どんな状況であろうといたします。

一.特別親衛隊は、ご主人様の行う、いかなる肉体的な拷問も喜んで受けます。

一.特別親衛隊は、ご主人様の施す肉体の改造、開発を心からの悦びといたします。

一.特別親衛隊は、いつでもご主人様を受け入れられるように、常に股が濡れているような破廉恥な女になります。

一.特別親衛隊は、ご主人様以外の男に身体を触れさせないことを誓います。そのため、どんな男にも負けない強さを身につけます。

一.特別親衛隊は、ご主人様に気に入られるように、常に外見を整え、美しさを保つように努力いたします。

一.特別親衛隊は、ご主人様に全てを委ね、捧げ、お護りし、死も厭わず尽くします。

一.特別親衛隊は、本誓約を破りません。万一、誓約に背くことがあれば、いかなる罰も甘受いたします。


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547 親衛隊、鉄の団結

「あああっ、ロ、ロウ様、これはだめええっ、これは許してええっ」

 

 エリカが腰を振りながら絶叫した。

 ローターを吊り下げている糸が振動してリングに伝わっているのだ。

 エリカが全身をのけ反らせて身体を暴れさせる。

 しかし、腰を動かせば、それだけローターも動くことになり、さらに、リングに振動が加わることになる。

 クリトリスに直接にかかる振動は、ささいなものでも、エリカには強烈すぎる衝撃のはずだ。

 エリカは身体をのけ反らせるようにしたまま、悲鳴をあげた。

 

「同じものを乳首にもぶらさげてやれ。エリカについては、いき過ぎて失神させてもいいぞ」

 

「はい」

「はいっ」

「はい」

 

 女兵が一斉に返事をした。

 さらに横に移動する。

 

 横はノルズだ。

 

 すると、ノルズのところには、十人に近い女たちが集まっていた。

 ほかのところの女たちが少なかったのは、どうやら、ここに女たちが多く集まっているからでもあったみたいだ。

 そういえば、最初はシャングリアのところに飛び込んでいったジェネも、いまはここにいる。

 女たちは完全に、ノルズを取り囲んで夢中の様子であり、一郎がやって来たことに気がついていない。

 一郎は輪の外から、ちょっとのあいだ見守ることにした。

 

「教官様、さっきは素敵でした」

 

「そうです。あたしも思いました……。だって、あんなに責められているのに、なんだがクロノス様と独特の世界がおありみたいで……」

 

「ねえ、いつも、あんなにクロノス様は激しいのですか、教官様?」

 

 女たちがノルズに話しかけている声が耳に入ってきた。

 そのあいだも、ノルズの悪態や嬌声が聞こえるから、ノルズは責められまくっているのだろう。

 声の感じでは、ここは順調に寸止めが続いている気配だ。

 

「んふうっ、や、やめろおっ、い、いい加減にしないか──。し、尻ばっかり──。あああっ」

 

 ノルズの吠えるような声がした。

 一郎とノルズのアナルセックスにあてられた女たちが、ノルズの尻ばっかり集中的に責めているようだ。

 思わず吹き出しそうになってしまった。

 一郎は、淫魔術でノルズのアナルの感度を一気に倍にあげてやる。

 

「あはああっ、はああっ」

 

 ノルズの悲鳴がした。

 

「まあ、やっぱり、お尻が感じるんですね、教官様」

 

「ところで、クロノス様のなされるお尻の調教というのはどのようなものなのですか? あたしたちはどのようなことをすればいいのでしょう?」

 

 何人かが質問のようなことをしている。

 ノルズは嬌声の合間から「知るかい」と怒鳴っているが、一郎はまだノルズにはアナル調教は施していないので、答えようもないはずだ。

 

「教官様に教えていただいた規約は、みんなで大切にしますね……。ところで、どのくらい調教を受ければ、お尻であんなに感じるようになるのでしょう」

 

「や、やかましい──。し、尻のことばかり訊くんじゃないよ。ふ、ふざけるな、お前ら──」

 

 ノルズの凄まじい怒声が聞こえた。

 群がっていた女たちが、一斉にびくりとなってさがるのがわかる。

 さすがのノルズだ。

 あんな恰好になっていても、醸し出す覇気はすさまじい。 

 それはともかく、規約とはなんだろう?

 

「おい、みんな──」

 

 一郎は背中側から声をかけた。

 

「あっ、クロノス様」

 

「クロノス様」

 

「クロノス様です」

 

 女たちが声をあげて、さっと道を開くように身体を動かす。

 

「ロ、ロウ様──」

 

 するとノルズまでびくりと身体を震わせて、裏返ったような声をあげる。

 たったいま、怒声一発で周囲の女たちをびびらせた女と同一人物とは思えない。

 一郎は苦笑した。

 

「ノルズ、今夜は怒鳴るのは禁止だ。三十人から責めを受けろ。それが今夜の調教だ」

 

「は、はい──。もう怒鳴りません。申し訳ありませんした、ロウ様」

 

 ノルズが宙吊りのまま叫んだ。

 周りの女たちも一瞬にしての、ノルズの人格の変わりように当惑したようだが、すぐに微笑ましいものを見たような笑顔になる。

 一郎もつられて笑ってしまった。

 

「……ところで、いま口にしていた規約というのはなんだ?」

 

 一郎は女たちに訊ねた。

 

「特別親衛隊の規約です。全部で十条あり、教官様から暗唱により教えていただいたものです。先ほど、全員が暗記しました」

 

 すると、ひとりが応じた。

 規約の暗記?

 一郎が来る前に、そんなことをしていたのか? 

 

「十条って……? じゃあ、一条は?」

 

「はい、クロノス様──。第一条は、“特別親衛隊は、ご主人様に絶対服従。いかなる命令にも喜んで従います──”です」

 

 最初に規約を押してくれた女兵がすぐに応じた。

 なんだ、それ……?

 こんなのを全員が暗記したのか?

 本当に?

 一郎は別の女兵に向き直った。

 

「じゃあ、君……。二条、言える?」

 

「はい、第二条──。“特別親衛隊は、ご主人様に求められれば、いついかなるとき、どんな場所でも、ご主人様を受け入れます──”」

 

「すごいなあ……。じゃあ、君、第三条?」

 

 今度は別の女を指名した。

 ノルズが親衛隊を調教したのは、そんなに長い時間じゃなかったはずだ。

 だけど、そんな短い時間で、十条もの規約を徹底したのか?

 まあ、中身は馬鹿げて破廉恥極まりないものだが……。

 その女兵も、第三条とやらをすらすらと答えた。

 それにしても、これだけの内容をあっという間に暗記させてしまうとは、ノルズもどれだけ、女たちを恐怖で縛ったのだろう。

 一郎も呆れてしまった。

 

 しかし、一郎はそれで思いついたことがあった。

 部屋にいる全員に声をかけて、宙吊りの女たちの責めをやめさせた。

 女たちが責め具を持ったまま、股間側にいる一郎に対して反対側の、女たちの頭側に移動する。

 

「よし、いまからちょっとした趣向をするぞ。いま聞いたら、ノルズが親衛隊の規約を作って、唱和させたみたいじゃないか……。だから、宙吊りの先輩女たちにも暗唱してもらうおう……。ノルズは聞いてもしょうがいなから、エリカから順に訊ねるぞ。答えられなかったら浣腸だ。それ後のくすぐりは浣腸を受けてからということになる。ラザはすでに一本注入しているからな。答えられなければ、追加ということだ」

 

 一郎は手に浣腸袋を出現させた、

 女たちが悲鳴をあげる

 

「ひいっ」

 

「ロウ、それは……」

 

「ロウ様、それだけは……」

 

「小僧、ふざけるな……」

 

 女たちが口々に文句を言った。

 しかし、一郎は聞く耳を持つつもりはない。

 エリカに近づいていく。

 

「エリカ、第七条だ。言え──」

 

 適当に質問する。

 

「な、七条……。そ、そんな……。あああっ、え、ええと、親衛隊は……。んぐううっ、ま、待ってください。親衛隊は……。あんっ、ちょっと待って、あああっ、ああああ」

 

 エリカはしどろもどろだ。

 そのあいだも、ローターはリングを刺激し、蛇は肌を這い回っている。

 これは答えにはならないな。

 一郎は容赦なく、エリカの尻穴に浣腸袋の管を挿して、一気に薬液を注入する。

 

「ああっ」

 

 エリカが絶望的な声を出す。

 

「次に、シャングリア、六条──」

 

「ろ、六条……。な、なんだったかなあ……」

 

 シャングリアが必死に頭を働かせる様子を示したが、シャングリアも言えなかった。

 浣腸をする。

 

 ブルイネンも答えられずに、やはり浣腸──。

 

 アスカも無理だった。

 追加の薬液を注ぎ込む。

 

「……さて、ガドだな。お前も第七条だ」

 

「ひ、ひとつ、特別親衛隊は、ご主人様以外の男に身体を触れさせないことを誓います。そのため、どんな男にも負けない強さを身につけます」

 

 すると、ガドニエルが間髪入れずに答えた。

 一郎はびっくりした。

 

「すごいな……。じゃあ、十条?」

 

「はい、ご主人様──。ひとつ、特別親衛隊は、本誓約を破りません。万一、誓約に背くことがあれば、いかなる罰も甘受いたします」

 

 今度も完璧に暗唱した。

 これには一郎だけでなく、全員が感嘆の声をあげた。

 試しに、一条から順に言わせてみた。

 

 ガドニエルは、完全に十条まで言ってのけてみせた。

 もっとも、一郎は知らないので、正しいかどうかはわからないのだが、親衛隊の女将兵の反応から正解なのだろう。

 親衛隊の女将兵たちも、唖然としている。

 

「すばらしいなあ。君たち、女王、自らこれなんだ。じゃあ、親衛隊ももっと頑張らないとね」

 

 一郎は軽口を言った。

 すると、ワーイナーという筆頭小隊長が反応した。

 

「全員で毎朝、規約唱和します。これを親衛隊の綱領として、全員の魂に刻み込みます」

 

 大声でワーイナーが言った。

 ほかの者も一斉に頷いている。

 これを毎日?

 一郎は噴き出した。

 真面目な顔で冗談を言うエルフ女性だと思った。

 

「せめて、余人に聞かせないようにな。どんな変態集団かと笑われるぞ」

 

 一郎は何気無く言った。

 ワーイナーは大真面目で頷く。

 

「わかりました。綱領は完全な口伝として、絶対の極秘とします。唱和のときも防音の結界を刻み込み、その中で行います」

 

 ワーイナーがさらに言った。

 あれっ?

 

 もしかして、本気?

 よく見たら、全員が真剣だ。

 

 どうするかなあ……。

 うーん……。

 まあいいか……。

 一郎はガドニエルに向き直る。

 

「とにかく、凄いな、ガド。明日まで我慢させようと思ったけど、小便をさせてやる。思い切りしろ」

 

 一郎はガドニエルの股間側に入り込み、貞操帯を外してやった。

 

「あ、あっ、はっ、はいっ、あ、ありがとうございます。で、でも……」

 

 ガドニエルが苦しそうな困惑顔になった。

 貞操帯が外れて、放尿を妨げるものが無くなったのだが、一郎が股のあいだからどかないので、おしっこができないでいるようだ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「どうした、ガド? そうだ。もっとご褒美をやろう。ガドのいやらしい場所をなめなめしてやる。それが終わったら、おしっこしろ」

 

 一郎はわざとらしく惚けた口調で、ガドニエルのクリトリスに舌を動かす。

 

「ひいいっ、ご主人様あああ、だ、だめです。ガ、ガドは我慢できません。漏れちゃいますうう」

 

 ガドニエルが悲鳴をあげた。

 そして、ガドニエルが放尿したのは、それからすぐだった。

 まともにおしっこを浴びた一郎は笑いながら、顔をどけ、放物線を描いて飛んでいくガドニエルの尿を見守った。

 長く我慢させただけあり、かなりの勢いで飛んでいく。

 

 そのときだった。

 

「あああっ……。も、もうだめえっ。こ、小僧、で、出る」

 

「ロ、ロウ様あああっ」

 

 アスカとエリカだ。

 ふたりがほぼ同時に絶叫した。

 次の瞬間、ふたりの尻穴から糞便が飛び散った。

 女将兵たちが悲鳴をあげた。

 何人かは「始まりました」というような声もあげた。

 

「残りのふたりも脇をくすぐれ。それで我慢できたら許してやる」

 

 一郎が言った。

 シャングリアとブルイネンに女たちがとりつく。

 五本ずつくらいの筆が両方の脇に一斉に伸びた。

 

「んぐううう」

 

「や、やめてええ」

 

 ふたりも悲鳴をあげた。

 結局、すぐにブルイネンとシャングリアも、続いて糞便をまき飛ばした。

 一郎の仮想空間の力で、床に当たる直前に糞便が消滅する。臭気もすぐに消える。

 しかし、女たちの尻穴ではまだ排泄が続いている。

 最初に排泄を開始したふたりは、水便から固形便に変わっている。

 ふたりとも泣き叫んでいる。

 

 そして、排便が終わった。

 すでに、なにもなかったように消えている。いや、実際になかったことになっている。

 親衛隊たちの記憶には残らないようにできるし、この仮想空間のことは全部夢のようなものなのだ。

 全部、一郎の思いのままである。

 

「よし、こうなったら、全員しろ──。おしっこだ。みんなで、かけ合え。命令だ。全員、馬鹿になれ。それが俺の親衛隊だ──」

 

 一郎は声をかけた。

 女たちは、ちょっと躊躇した様子をしたが、すぐにくすくすと笑い合うような感じでしゃがみだし、あちこちで向き合うように放尿を開始した。

 一郎は適当な女兵のところに行き、おしっこをしている後ろから抱きつき、股間をいじった。

 

「きゃあああ、クロノス様──」

 

 当然ながら、あちこちに彼女の放尿が飛び散る。

 一郎もまた、おしっこまみれになった。

 構わずに、一郎は放尿している女兵をひっくり返して、怒張を貫く。

 股間はおしっこだけではなく、愛液でびっしょりだった。

 

「ひああああっ、んああああっ」

 

 抽送を開始すると、彼女はあっという間に達してしまった。

 彼女の放尿が終わるよりも早かった。

 その女も周りの女も、きゃあきゃあ言っているが、歓声のような声もあげて笑っている。

 

 いずれにしても、一郎も腹を決めた。

 彼女たちを健全に一郎のものにしよう。際限のない性欲を収めるのに必要だし、彼女たちが結果的に嫌でないなら、そうさせてもらう。

 その代わりに、淫魔術で彼女たちの能力の爆上げと、見た目の美しさを贈る。

 いまの一郎には、それは簡単だ。

 

「あ、あああっ、クロノスさまああああ」

 

 一郎がさらに続けて、怒張の先で子宮の入り口を押し動かすようにすると、身体の下の女兵が四肢を一郎の身体に絡めるようにしながら、再び背中をのけ反らして達してしまった。

 一郎はタイミングを合わせて、彼女の子宮にたっぷりの精を送り込んだ。

 それだけでなく、精を送り込まれて、最高の快感が爆発するように淫魔術で細工する。

 

「んああああああっ」

 

 笑っていた彼女がすごい痙攣をしながら、三度目の絶頂をした。

 さすがに、身体が限界を越えたらしく、そのまま気を失った。

 だが、顔だけは幸せそうに笑っている。涎と鼻水ですごいことになっているが……。

 それでも、すでに淫魔術が効いて、元の面影のままかなり美しい顔立ちに変化している。

 もともと美しいエルフ族だが、人間族側の土地に来れば絶世の美女ともてはやされるに違いない。

 彼女だけではなく、全員をそうしよう。

 一郎は脱力している彼女から怒張を抜いて立ちあがった。

 

「まだまだだぞ。六人の先輩たちを虐め抜くんだ。活躍の者には、最高の快感をプレゼントだ――。みんな、頑張れ――」

 

 一郎は叫んだ。

 女たちが歓声をあげて、宙吊りの六人に群がる。

 一方で、六人は悲鳴をあげた。

 

 

 

 

 性宴は、まだまだまだ、始まったばかりだ。

 

 

 

 *

 

 

「へえ、そんなことがあったのね……。つくづく、巻き込まれなくてよかったわねえ」

 

 イライジャがくすくすと笑った。

 水晶宮であてがわれているロウやコゼたちの部屋だ。

 もっとも、部屋にいるのは、コゼとユイナだけだ。そこに、冒険者ギルドに入ってきた情報を確認にいっていたイライジャとスクルドが戻ってきたのだ。

 ロウはここにはいない。

 今夜は、エリカとシャングリアを連れて、ガドニエル女王の部屋に泊まるという連絡が入っていた。

 連絡は、ロウ自身であり、どうやら、ロウの責めがすごすぎて、ガドニエルをはじめとした六人の女が泡を噴いて動けなくなってしまい、看病を兼ねて、向こうで寝るそうだ。

 

 直接に連絡を受けたコゼは、手伝いに行こうと申し出たが、ロウには笑って断られた。

 親衛隊の女たちもいるし、看病人には事欠かないという。

 それよりも、このところ負担を掛け過ぎている感じなので、今夜は休んでくれと言われた。

 コゼは、その言葉に甘えさせてもらうことにした。

 ロウに抱かれるのは、いつ、どんなときでも問題ないが、確かに、まだ腰が抜けたように力が入らないのは事実だからだ。

 ユイナなどは、いったん戻ってきたロウに気がつくことなく、いまだに、寝息をかき続けている。

 

 詳細については、一応教えられたが、どうやら、あの女王がひと悶着起こしたらしく、ブルイネンの部下の親衛隊員の部下を無理矢理に、ロウの性奴隷にしようとして勝手に集団調教をやっていたみたいだ。

 それを知ったロウが怒って、関係したガドニエル女王とラザニエル副王とノルズ、ついでに、関わったエリカ、シャングリア、ブルイネンを徹底的に懲罰を施したそうだ。

 結局のところ、ガドニエルがブルイネンに集めさせた親衛隊員とやらは、ロウがそのまま引き受けたらしい。

 

 いずれにしても、コゼがもう一度休もうと思ったときに、イライジャとスクルドが戻ってきた。

 ふたりについては、冒険者ギルドに、ハロンドール王国内の新しい情報が入ったという知らせを受けて、今日は夕方から不在をしていたのだ。

 眠気を押して、コゼはイライジャとスクルドに、ロウについては今夜は戻らないということを説明した。

 イライジャも、問題はないと応じた。

 新しい情報というのは、ハロンドール王国内で内乱の予兆ともいえる不穏な動きがあるということであり、まだ、なにかの形になったものではないということだ。

 なにかが起こったとしても、ここでは対応のしようもない。

 ロウの安全のことだけを考えるのであれば、数日後に予定をしている帰国をずっと先延ばしにして、しばらくここにいる方がよいというのが、イライジャの意見だった。

 

 まあ、それについては、ロウが判断するのだろう。

 ハロンドールで内乱があったとしたら、王都に残っている女たちは、間違いなく、なんらかについて巻き込まれているだろう。

 そのために戻るのか、あるいは、さらに情報を集めるためにナタルの森に留まるのかは、ロウが考えるに違いない。

 コゼは従うだけだ。

 

 逆にコゼは、今夜あったらしい騒動のことをイライジャたちに伝えた。

 それに対する反応が、さっきのイライジャの言葉だ。

 

「あたしは、いつでも、ご主人様の悪ふざけには巻き込まれたいとは思っているわ。今夜は、たまたま先に潰れてしまったけど……」

 

 コゼは言った。

 すると、後ろで鼻で笑うような音がした。

 振り向くと、ユイナだった。

 ただ、まだ毛布にくるまっていて、横になったままだが……。

 

「あら、あんた起きてたの?」

 

 コゼは声をかけた。

 すると、ユイナが寝返りで顔だけをこっちに向けた。

 

「起きたわよ……。ちなみに、あいつが戻ってきたときも起きてたわ。話だけは聞いていたのよ。あの残念女王もばかねえ……。無理矢理に性奴隷を集めるなんて、あいつが一番嫌がることじゃないのよ。それを褒められようと思ってやるなんてね」

 

「へえ、ご主人様のことをわかってんじゃないのよ。一番の新参者のくせに」

 

 コゼは、ミウの物言いの真似をして、ユイナを皮肉った。

 あの淫乱童女が「新参者の会」とかいうのを作って、自分よりも後に入った女たちを集めて、小さな派閥のようなものを作ろうとしているのは知っている。

 年端もいかないくせに、この集団で主導権をとるために、したたかなところもあるのだとコゼは思った。

 まあ、エリカも、ロウもなにも言わないので、放っているが……。実害もないし……。

 それはともかく、このユイナは、そのミウの集めている新参者の会に参加をしているのだ。

 それをちょっと皮肉ったのだ。

 

「新参者でも、あんたよりも、付き合いは早いのよ。あいつは、わたしのお尻をさんざんに犯したんだから……。そりゃあ、大した鬼畜ぶりだったわよ、コゼちゃん」

 

「そうやって呼ぶなって、言ってんでしょう──」

 

 コゼは怒鳴った。

 ユイナが動じた様子もなく、軽く肩をすくめた。

 コゼはちょっと苛っとした。

 

「相変わらず、仲が良くないわねえ……。いい加減に少しはみんなと仲良くしようとしなさいよ、ユイナ」

 

 すると、イライジャが嘆息しながら言った。

 しかし、ユイナはにんまりと微笑んだ。

 

「わたしは普通ですよ、イライジャ姉さん。結構、一途で可愛いし……。だけど、こいつが突っかかってくるから……」

 

「なんですってええ──」

 

 コゼは、今度こそ、かっとなった。

 やっぱり、こいつは気に入らない。

 

「ちょ、ちょっとやめなさいって……。ユイナも、起きたんなら服くらい着なさい」

 

 イライジャだ。

 一郎が一度戻ったとき、コゼとユイナは抱き合うようにして全裸で寝ていたみたいだが、コゼは軽い服を身に着けている。

 でも、ユイナはずっと裸のままなのだ。

 

「だって、だるいんです。あいつって、散々にわたしとコゼのお尻を責めたてて……」

 

 ユイナが悪びれる様子もなく言った。

 

「せめて、あいつって呼ぶのをいい加減にやめるのよ……」

 

 イライジャが二度目の溜息をつく。

 そのときだった。

 ずっと、黙っていたスクルドが口を開いたのだ。

 

「あ、あのう……。ロウ様は、さっきの件で本当にお怒りを……? 戯れで調教をなさったのではなく?」

 

 なぜかスクルドは、深刻そうな表情をしている。

 そういえば、いつも微笑んでいるのが常態の女が、珍しくも複雑そうな表情になっている。

 

「そりゃあ、調教もしたでしょうよ。鬼畜男だしね。でも、怒ってもいたわねえ。集めてしまった女は女で、大切にするような感じだったけどね……。だけど、どうかしたの、乳女? 珍しくも真面目な顔じゃないのよ」

 

 ユイナが言った。

 どうでもいいが、乳女?

 まったく、このユイナはいちいち他人を不愉快にするような物言いを……。

 それでも、ロウは大切にしているみたいだから、コゼは受け入れてい入るが……。

 しかし、それはともかく、ユイナもまた、コゼと同じ印象をスクルドに抱いたみたいだ。

 いつも飄々としている女がいまは、なんだか態度がおかしい。

 心なしか顔に汗をかいているみたいな……。

 

「そうねえ……。どうかしたの、スクルド?」

 

 コゼも訊ねた。

 すると、スクルドは急に激しく首を横に振った。

 

「い、いえ、まったく……。まったくなにもありません。なにも問題はありません。わたしは、特にはなにも関与はしていないことですし……。あれは、サキさんが……」

 

「サキ? なんで、ここにサキが出てくるのよ?」

 

 コゼは訝しんだ。

 

「いえ、サキさんは関係ありませんわ。いえ、関係ないことはないのですが、わたしはまったく知らないことなので関係ないと……。と、とにかく、わたしは休ませていただきます。では御機嫌よう」

 

 スクルドはそそくさと立ちあがって出ていった。

 訳がわからず、コゼはイライジャやユイナとともに呆気にとられてしまった。

 

 

 

 

(第47話『クロノスの懲罰』終わり)




 *


【クロノス特別親衛隊】

(5) 親衛隊規約

 ……また、初期の特別親衛隊について、現在入手し得る最上の古典籍としては、参謀職にあったジェネ著の『特別親衛隊始末記』がある。
 ジェネによれば、特別親衛隊には、隊員が遵守すべき十箇条の「鬼の掟」と称される隊規があり、厳格に運用され、その厳しい隊規を守り抜くことが隊員の誇りであり、隊員の心を支えたとされる。

 しかしながら、その隊規は完全に口伝であり、現在に至るまでその内容を記したものは残っておらず、先述の『特別親衛隊始末記』にも、隊規の存在と、その役割については記述されているものの、具体的な内容は、隊員内の完全な機密であったとしか書かれていない。

 帝政中期に活躍した歴史家シーボは、特別親衛隊の規約は、イムドリスがナタルの森にあった時代のガドニエル親衛隊を母体としていることと、新編された特別親衛隊がハロンドール国の王都に配置されていたことから、女王親衛隊時代の軍規に、当時のハロンドール王国の騎士団規約を組み合わせて、さらに厳格にしたものであろうと予測しており、また、民政移行直前に活躍した歴史研究家マグワルトの説としては……。
 …………。

 ……以上記したが、規約の具体的な内容については、いずれの研究においても決定的なものはなく、現在に至るまで、いまだに謎のままである。
 しかしながら、サタルス帝に仕えた特別親衛隊が異常なまでに高い団結心で結束されていたことは、いずれの歴史研究家の見解も一致しており、その基盤が彼女たちの特別な規約にあったことは間違いないものと推測されている。
 …………。


 ボルティモア著『万世大辞典』より
 (ここに再録した引用文は、すべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


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 第48話  クロノスの悪戯
548 闘女ふたりと朝の鍛練


「よし、ここでいいだろう……。エルミア、ここで体術の技を教えよう。……もっとも、俺みたいな者があんたに格闘を教えるなんて、おこがましい気もするが……」

 

「そ、そんな」

 

「だけど、知っておいて役に立つ技だ。マーズなど、俺と毎朝鍛錬をしているうちに、いつの間にか、この技を身に着けてしまった。俺も驚いたけどね……。まあ、俺のような弱い者に教わるなど気が進まないだろうけどな」

 

 駆け足をやめたクロノス様から、気さくな笑顔を向けられて、エルミアは緊張して、身体を固くしてしまった。

 また、エルミアは、思わずどきりとして、かっと顔が熱くなるのがわかった。

 なにしろ、クロノス様の毎朝の鍛錬に、今朝は一緒に連れて来てもらったのだ。

 いまはまさに、有頂天だ。

 

 こんな私的な時間に混ぜてもらったことで、どう振る舞うべきか、まだ自分の立ち位置がわからなくて、ふわふわしている。

 だから、いまも、どう答えたらいいのか、とっさに言葉が出てこなかった。

 それに比べて、クロノス様はまったくの自然体だが……。

 

 同行の許可を受けたのは昨夜であり、ノルズ教官の調教から始まった、クロノス様の調教のときだ。

 親衛隊三十人の全員がクロノス様に抱かれ、その後、女王様や太守様や隊長まで混じって、大乱交の狂宴になった。

 そのあいだに、クロノス様に声をかけられて、エルミアは体術が得意そうだから、今朝のクロノス様の鍛錬に参加してもいいと言ってもらったのだ。

 

 嬉しかった。

 

 同僚や女兵たちからも羨ましがられたが、クロノス様が許可したのは、エルミアだけだった。

 心の底では狂喜していて、叫びたくなるのを必死で耐えたのを覚えている。

 

 それにしても、不思議な時間だった。

 あの大広間で、かなりの時間をクロノス様たちと乱交したと思ったけど、すべてを終わり、クロノス様が解散を命じて、広間から出て自室に戻ったとき、あまり時間が経っていなかったことに気がついたのだ。

 

 クロノス様の相手をしたのは三十人であり、それだけでかなりの時間がかかり、それから、さらにあの狂宴だ。

 時間はかなりのものであり、終わったときには、てっきり朝に近い時間になっていると思っていたのだが、広間を出て自室に戻ったとき、実際にはほとんど時間が過ぎておらず、定められた就寝時間にも、まだまだ余裕があったほどだ。

 

 また、身体も変だった。

 かなりクロノス様に激しく抱かれたと思ったが、ふと気がつくと、自室に戻ったときにはすでに、疲労のようなものはほとんど消えていたのである。

 まるで、あんなことなど、なかったかのようだった。

 しかし、愛されたという充実感と、快感の余韻だけはあった。

 クロノス様は、“仮想空間”という術だといっていて、秘密にせよと命じたが、本当に不思議だ。

 あんな魔道があるなど、耳にしたこともない。

 

 いずれにしても、クロノス様はすごい。

 あれだけの大人数の女をひとりで相手にして、ずっと平気そうだったし、今日だって、エルミアが待っていて、マーズとクロノス様が訓練の格好でやって来たときには、にこにこと笑っていて、とても元気そうだった。 

 本当に不思議な人だ。

 

 待ち合わせで一緒になると、三人で水晶宮の外縁をぐるりと回り、さらに水晶宮を出て、シティ側に出てきた。

 到着したのはシティ市民用に開放されている緑園公園だ。

 上層地区にある市民の憩いのための公園であり、このような緑豊かな場所は、シティの上層地区のあちこちにある。

 しかし、こういう場所はずっと、上級エルフ族だけの場所だった。エルミアも上級エルフ族とはいえないので、あまり入ったことはない。

 いま、こうして気がねなく、エルミアがいれるのは、気分的には、上級エルフ族待遇のクロノス様がいるおかげだ。

 

 もっとも、実際には、その隔てはすでに撤廃されている。

 長いあいだ続いていた上級エルフ族のための上層地区と、それ以外の下級エルフ族や他種族のための下層地区という分離は、早々に撤廃されたのだ。

 新しく太守になられたラザニエル様が宣言をなさり、すでに出入りや居住自由のお触れが出されている。

 この分離施策の撤廃の法律は、まだ日が浅いので、市民に完全に浸透するには至っていないが、エルミアの知る限り、ラザニエル様の方針は、市民の大部分には好意的に受け止められている。

 

 不満を口にするのは一部の上層エルフ族だけのようだ。

 それさえも、大きな声ではない。

 ラザニエル様は強烈なお方のようなので、面と向かって誰も文句は言えない感じだ。

 

 しかし、そのラザニエル様でさえ、昨夜はクロノス様に徹底的にいたぶられていた。

 あんなラザニエル様など想像もできなかったので、エルミアはびっくりした。

 また、ラザニエル様以上に驚愕したのは、ガドニエル女王様だ。

 まさか、あんなお方だったとは……。 

 

 そして、いまだ。

 

 ほとんど夜明け直後に開始した駆け足だったが、シティの公園に到着したときには、それなりに陽が昇っている。

 しかし、まだ早朝という時間の範囲であることには変わりなく、公園内に人影もほとんどない。

 だが、この公園も昼間となれば、かなりの人で賑わうことを知っている。

 上層地区のこの場所は、エルミアには、まだなかなか緊張する場所だが、この公園は、十数個ある下層地区と繋がるチューブのひとつの間近なので、さっそく下層地区の住民たちが、昼間はここにかなり集まったりするらしい。

 さらに、目聡い下層地区の商人が、彼らを目当てにした屋台なども数日前から開いたようであり、これまでとは異なる賑わいを昼間は見せるそうだ。

 

 しかし、いまはまだ静かだ。

 鳥の声が賑やかに聞こえる以外には、エルミアたち以外の人の声はしない。

 

「せ、先生は弱くなんて、ありません……。お強いです……」

 

 息を切らせているマーズが、顔だけでなく、露出している肌の全部を上気させながら言った。

 ここまでは軽い駆け足だったが、すでにかなりの汗だ。

 しかし、それはマーズの体力がないというわけでもなさそうだ。

 どことなく、淫靡な雰囲気がマーズから漂う。

 走りながら、時折声を出すマーズがとても色っぽいのだ。

 

 とにかく、エルミアが一緒に駆け足をしてきたのは、クロノス様のほかに、このマーズという人間族の少女だ。

 少女とはいっても、身体がしっかりとできあがっていて、大柄のエミルアと遜色のない身体つきだし、筋肉もしっかりと鍛えられている。

 胸も大きい。

 

 いまは、上に薄物の訓練用の肌着のようなシャツと、短パンという出で立ちだから、身体のかなりを露出しているが、そのマーズの筋肉が戦うために鍛えられた本物だというのは、エルミアにはわかった。

 エルフ族の将校として、鍛練で身体を作っているエルミアが及ばないほどだ。

 それでいて、首から上の顔は、まだ幼ささえ感じる。

 なにしろ、まだ十六歳だそうだ。

 しかしながら、醸し出す色香は、同性のエルミアでさえ、どきどきしてしまうくらいに艶っぽい。

 

 少女の顔にある大人の戦士の身体、そして、戦士の逞しさに一人前の女の色香──。

 そんなふたつの不均衡のすべてが入り混じっている人間族の少女──。

 それが、マーズだ。

 

「だいぶ、股縄をしたまま走り込めるようになったな、マーズ。これも鍛錬だぞ。だが、かなり気を集中できるようになってきたようだ」

 

「は、はい、先生」

 

 マーズの顔が真っ赤になった。

 そして、クロノス様が宙から汗拭きの布を出して、マーズに手渡し、エルミアにも投げ寄越した。

 エルミアは恐縮して受け取った。

 

 しかし、いつ見ても不思議な術だ。

 エルミアも魔道が遣えるので、同じ収納術でも、クロノス様のは違うというのがわかる。

 まったく、理力や波動の動きがない。

 つまり、まったく兆しがないのだ。

 

 どんな魔道遣いでも……ガドニエル女王様やラザニエル太守様ほどになろうとも……、完全に事前の兆しや波動の乱れなく、魔道が放てるということはない。

 事前動作が短いので瞬時に魔道を放ったとしか思えないだけだ。

 しかし、クロノス様とは違う。

 周辺の理力に乱れはない。

 本当に空中から取り出しているようにしか思えない。

 高位魔道遣いであるほど、クロノス様の技には戸惑うだろう。

 

 それにしても、股縄……?

 いま、そう言った?

 

 そして、ふと視線をマーズの股間に向けた。

 エルミアは思わず、顔がかっと熱くなった。

 マーズの股間には確かに不自然な縄の筋のような盛りあがりがあり、ちょうど股間の部分には丸い分泌液の染みができあがっていた。

 薄いシャツの下の乳首もしっかりと勃起して、尖っている。

 マーズが淫靡な仕打ちを受けながら、ここまで走ってきたためだというのは間違いがない。

 エルミアは知らず、ごくりと唾を飲み込んだ。

 

「気がついたか、エルミア? マーズにはこの薄物の訓練着の下には下着は着けさせていない。縄の下着以外はな。股間だけでなく、胸も縄で縛っている。馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないけど、マーズはこれで気弾という技ができるようになった。魔道とは違う技だ。マーズは魔道は元々使えないしね」

 

「気弾?」

 

 耳にしたことはない技だ。

 だが、股縄に胸縄……?

 それよりも、エルミアはどぎまぎしてしまって、そのことから頭が離れない。

 

 股縄をして、クロノス様の調教を受けながら、朝の鍛錬をする……。

 自分がそうされることを想像しただけで、くらくらと酔いのようなものが身体を襲う。

 クロノス様の調教……。

 

 すると、くすくすという笑い声がした。

 クロノス様だ。

 はっとして、エルミアは思念を現実に向けなおす。

 

「満更でもないみたいだな。今日の夜か、明日の朝には出動になると思うから、すぐには無理だが、いつか落ち着いたときに、この朝の鍛錬が復活したら、今度はエルミアも股縄をして駆け足だ。最初は歩くのもつらいと思うけどね。マーズもそうだったし」

 

「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします──」

 

 思わず身体を真っ直ぐにして、上半身をがばりと倒してお辞儀をした。

 

 嬉しい……。

 嬉しい……。

 嬉しい……。

 

 クロノス様に、さらに鍛錬を突き合ってもいい許可を受けた……。

 嬉しい……。

 本当に嬉しい……。

 クロノス様の大笑いが聞こえた。

 

「よし、とにかく、一度手合わせをしてみろ。ふたりで体術の試合だ」

 

 クロノス様が言った。

 

「はいっ」

「は、はい――」

 

 エルミアとマーズは揃って返事をした。



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549 マゾ闘女たち

 マーズと向かい合った。

 お互いに同時に地面を蹴る。

 拳をぶつけ、それを腕で阻まれ、ほぼ同時に、飛んでくる拳を払いのけた。

 

 ほんの一瞬だ。

 

 数回打ち合って、すぐにエルミアが一度退くと、マーズもそれに合わせるように距離を取った。

 再び構えを向け合うかたちになる。

 まずは小手調べというところだが、エルミアはすでに肩で息をしてしまっていた。

 

 すごい……。

 

 エルミアは低く構えながら息を飲んでいた。

 これほどの闘術の手練れは、エルミアは初めてだ。

 拳を打ち合ったのは、束の間だが、その一瞬でエルミアは格の違いを感じていた。

 それほどの腕だ。

 

 しかし、驚いたのは自分自身のこともだ。

 たったいま打ち合ったマーズの拳は、稲妻のような凄まじい殴打だった。それを辛うじてとはいえ、エルミアは飛んでくる腕に自分の腕をぶつけることでかわしていた。

 自分自身があんなにも速く動けるということが信じられない。

 

「ふう……」

 

 そのとき、マーズが大きく息を吐いた。

 ふと見ると、マーズの内腿がすり寄せられるようになり、膝がかすかに落ちている。股間の丸い分染みも、さらに拡大している。

 

 股縄か……。

 

 それが苛んで、マーズ本来の動きを封じてもいるのか……。

 エルミアは再び地面を蹴った。

 身体をぶつけ合う。

 マーズの手がエルミアの腕を掴もうとするのを腕で避けて、肘を胸の中心辺りに叩きつけた。

 

「くっ」

 

 マーズの身体が一瞬よろけたと思った。

 さらに踏み込む。

 

「うわっ」

 

 しかし、足を払われて体勢を崩してしまった。

 そのまま片手を掴まれて、背中側に回された。

 完全に身体を固められて、両膝を地面につかされる。

 

「あぐっ、ま、参った」

 

 背中側からマーズの腕に首を回されて、エルミアは声をあげた。

 負けだ……。

 あと一瞬で、首を絞められて失神させられたか、あるいは腕を折られたかだ。

 マーズの腕が緩む。

 

「マーズ、一度打たれたな。縄が気になったか?」

 

 見物の体勢だったクロノス様がにこにこしながら言った。

 マーズが姿勢を伸ばす。

 

「い、いえ……。油断したわけじゃありませんが、エルミアさんの打撃をもらってしまいました。隙を突かれました。強いです」

 

 マーズの称賛の言葉に、エルミアも苦笑してしまった。

 

「歯も立たなかったのに、強いと言われてしまうと笑うしかないわね。手加減していたんでしょう? さすがにわかるわ」

 

 エルミアは言った。

 股縄の影響もあるが、マーズが本気でなかったのは確かだ。

 それくらいはわかる。

 口惜しいけど、それが腕の違いというものだろう。

 それにしても、エルミア自身も、我ながら凄いと感じてしまった。

 エルミアは、長く鍛錬の日々を送っていたが、たったいまのように素早く動けたこともないし、強い打撃を相手に与えられたことはない。

 負けたものの、相手がマーズでなければ、勝ったのはエルミアだっただろう。

 エルミアは呆然と自分の両手を眺めてしまった。

 

「エルミアもすごかったよ。俺にはまったくふたりが打ちあっているのが見えなかった。人があんなに速く動くのは初めてだ」

 

 クロノス様が笑い声をあげた。

 エルミアは姿勢を正して、クロノス様に身体を向ける。

 

「あ、ありがとうございます──。マーズさんは素晴らしい戦士でした。でも、あたしも、こんなに身体が軽いと感じたことはありません」

 

 エルミアは言った。

 すると、クロノス様がさらに笑った。

 

「そんなにかしこまらないでよ、エルミア。昨日はお互いに抱き合った仲じゃないか。ざっくばらんでいいよ。もっと砕けて話しなよ」

 

「そ、そんな、クロノス様相手に、砕けるなど」

 

 エルミアは慌てて拒否した。

 そんなことは無理だ。

 クロノス様は声をあげて笑った。

 

「まあいいや……。いずれにしても、自分が強くなったと思ったんなら、それが“淫魔師の恩恵”というものさ。マーズもそうだけど、俺の精を受ければ、どんな女でも能力が跳ねあがる。実はガドもラザも、俺と愛し合って魔道力があがったのさ。性奴隷になるなんて、自尊心が痛むと思うけど、悪いことばかりじゃないだろう?」

 

「まさか──。クロノス様に抱いていただくのは光栄です。でも淫魔師の恩恵って……」

 

 つまりは、クロノス様の精を受けたから、身体があんなに軽くなったということか?

 能力があがる?

 試しにもう一度構えてみる。

 しかし、確かに、自然と全身に力がみなぎるのを感じる。

 信じられないけど、クロノス様の言葉のとおりのようだ。

 昨日の今日だ。

 クロノス様に愛してもらったので、強くなったというのは間違いないだろう。

 

 それにしても、クロノス様は、女王様や太守様を愛称で呼び捨てだ。

 クロノス様がそれだけのお人だということだということだが、とても気さくでちっとも気取った感じがない。

 クロノス様とは、こういうお方だったのか……。

 エルミアは、なんだが胸がきゅっと締めつけられたような心地になるとともに、かっと身体が熱くなったのを感じた。

 

「本当だぞ。話によれば、昨夜は俺が来る前に、ノルズとやり合って負けたらしいけど、いまならノルズには軽く勝てる。あいつの得手は魔術であり、妖獣操りだからな。俺と愛し合って成長させたノルズの能力はそっち系だから、格闘術を成長させたエルミアなら、もう負けることはない」

 

「えっ?」

 

 本当だろうか。

 昨夜は二度ほどノルズ教官に刃向かい、完膚なきまでに叩きのめされた。

 あんなに悔しかったことはないし、自尊心をずたずたに引き裂かれもした。

 だが、すでにノルズ教官に勝てるようになっているとは……。

 

「このことは親衛隊の仲間内だけの秘密にしてくれよ。何十年も鍛錬をして到達する境地に、ひと晩の性交だけで辿り着くとなれば、大勢の男どもに追いかけまわされて、尻を犯させられるかもしれない。ぞっとする未来だ」

 

「も、もちろん、秘密にします──。殺されても口を割りません」

 

 真剣に言った。

 

「いや、殺されそうになったら喋っていい。いずれにしても、もっと砕けて話してくれったら」

 

 クロノス様がまた笑った。

 だが、その顔からすっと笑みが消え、真面目に顔になる。

 エルミアとマーズを呼び寄せた。

 

「さっきも言ったけど、俺と愛し合って精を注がれて性の支配を受けると、なぜかその女の能力が桁違いに跳ねあがる。これが俺と俺の女たちの秘密だ。また、それは俺自身のことでもある。俺は女を支配することで、俺自身の能力も向上させている」

 

「はい」

 

 エルミアは頷いた。 

 クロノス様は、なにかをエルミアに教えようにしている気配だ。

 その視線は真っ直ぐにエルミア側に向いている。

 

「この水晶宮の経験は、俺を成長させてくれもした。それで、いくらか、この世界の仕組みについてわかったこともある。それは、淫魔力の源である“淫気”も、魔術遣いの魔力の源にしている“理力”も、そして、闘気という力も、実は同じだということだ。根っこは同じだ。その同じものを、違う力に発揮させて、それぞれに別のもののように考えているだけということだ。わかるか?」

 

「同じものですか……?」

 

 エルミアは言ったが、正直よくわからない。

 クロノス様が微笑んだ。

 

「高位の魔道遣いが、実は好色だということは耳にしたことがあるか?」

 

 クロノス様が言った。

 エルミアは頷いた。

 

「それは、聞いたことがあります」

 

 エルフ族のほとんどは魔道を操るので、人間族のような種族よりも、魔道の秘術には長けている。魔道の修行の中に、性愛に関するようなものがあるというのは本当だ。

 エルミア自身は魔道を操るものの、高位魔道遣いというほどではないので、高位魔道の修行ということはしたことがないが、耳にしたところでは、信じられないような淫靡なことをするのだという。

 最初に知ったときには耳を疑ったし、驚いたものだった。

 

「好色であればあるほど、魔道があがるというのは、魔術の根源である理力が、好色によって拡大される淫気と同等であるからだ。好色であるということは、淫気を身体にみなぎらせやすい体質になるということであり、すなわち、理力を集めやすい身体になるということでもあるんだ。それで魔術力があがる。闘気も同じだ」

 

 今度はなんとなくわかったところもある。

 どうやら、クロノス様は、好色であれば魔術もあがり、闘気もあがる……。

 すなわち、強くなると言っているらしい。

 

「あたしは、それを実感しています……。あたしは強くなりました。先生のおかげです……。それに、まだまだ、さらに強くなれる気もしています。先生におかさ……いえ、暮らすようになってから……」

 

 マーズが口を挟んだ。

 顔が赤い。

 どうやら、いまは犯されるようになったからと言いたかったらしい。

 だが、正直羨ましい。

 彼女は、こうやってずっとクロノス様と一緒にいて、愛されて、生活をして、鍛錬もして……。

 

 いや、そんなことを言ったら、罰が当たるか……。

 今朝の鍛錬の参加については、どれだけの親衛隊の将兵がエルミアを羨んだか……。

 

「とにかく、信じるかどうかはともかく、そういうことなんだ。つまりは、好色であれば強くなる。だから、もっと淫らな身体になれ、エルミア、マーズ──。それで成長する」

 

「はい」

「はいっ」

 

 ふたりで返事をした。

 クロノス様は満足そうに頷いた。

 

「じゃあ、第二試合だ。今度はマーズにハンデだ。これを後ろ手にしろ」

 

 クロノス様が宙から取り出したのは、ひと組の革の手枷だ。

 やっぱり不思議な術だ。

 

 それはともかく、出した枷は短い鎖でふたつの枷が繋がっている。

 手錠をしてエルミアと戦うというのか?

 さすがに鼻白む思いだが、マーズは抵抗を示す素振りはない。

 黙って両手を背中に回し、クロノス様がマーズを拘束するに任せている。

 

「さらにハンデだ。気を集中させろ、マーズ……。いつものようにだ。気を制御しろ。縄瘤を振動させるぞ……」

 

 後手に拘束を受けたマーズがエルミアに向かい合うと、クロノス様が離れ際に、ぽんと軽くマーズの腰を叩いた。

 

「あっ、んんっ」

 

 その瞬間、マーズの腰ががくりと沈んだ。

 なにが起きたかわからなかったが、よく見ると半ズボンのマーズの股間にあった縄の筋のようなものが振動をして動いている。

 目を丸くする思いだが、どうやらクロノス様が魔術のような技を使って、マーズが股間に喰い込まされている股縄を振動させたようだ。

 マーズが顔を真っ赤にして、歯を喰いしばるような感じになった。

 

 さすがに、これでは……。

 いくらなんでも……。

 

 だが、次の瞬間、そのマーズの全身から湯気のようなものがたちのぼってきたのがわかった。

 エルミアは目を見張ったが、マーズがなにかの力のようなものに包まれており、さらに強い殺気のようなものをエルミアに向けてくる。

 

 戦士の眼だ……。 

 エルミアは唾を呑み込んだ。

 

 そして、本気のマーズの眼に、エルミアは気合いを入れる。

 ハンデを受けた相手であろうか、文句は勝ってからだ。

 勝てば、今度はハンデなしで戦わしてくれるだろう。

 

「いくよ」

 

 構えを取るとエルミアは、間髪いれずに、マーズの懐に飛び込んだ。

 掴んでしまえばもう終わりだ。

 あの体勢だと、マーズは蹴り技限定だ。

 しかし、警戒をしていた蹴りは来ない。

 それどころか、マーズは立っているのもやっとの感じだ。

 簡単にマーズの身体を掴めた。

 

 勝った──。

 

 エルミアは確信し、そのまま投げ飛ばそうとした。

 だが、強い衝撃を胸に受けて、次の瞬間にはエルミアは宙に浮いていた。

 

「んがっ、がっ」

 

 なにが起きたかわからない。

 気がつくと、地面に背中を打ちつけられて倒れてしまっていた。

 しかも、身体が痺れた感じになり動けない。

 マーズは少し離れた場所だ。

 そのマーズが向かってきた。

 

「うわっ」

 

 マーズに馬乗りにされて、さらに腿で首を固められる。

 締め落とされる──。

 一瞬思ったが、触れたマーズの股間から縄の振動が使わってきた。

 首を動かして振ると、その縄を弾くような感じになった。

 

「きゃああ、ああっ」

 

 マーズが身体をのけ反らせて、身体を一瞬だが弓なりにした。

 力が緩んだマーズに、エルミアは下から力の限りに横腹に掌底を叩きつけた。

 

「んぐうっ、んふううっ」

 

 マーズの息がとまったのがわかった。

 しまった……。

 危険な技だがとっさに出してしまったのだ。

 まともに掌底が喰い込み、マーズが息がとまった感じになったのだ。

 

「んはあっ、んんっ」

 

 マーズの身体がエルミアの身体の上から崩れ落ちる。

 

「それまで──」

 

 クロノス様の叫びがあり、倒れてるマーズの身体を抱え起こす。

 次の瞬間には、マーズの息が復活して、荒いが息を始めた。

 エルミアはほっとした。

 

「ご、ごめん──。咄嗟に……」

 

 エルミアも起きあがってマーズに駆け寄る。

 しかし、クロノス様がマーズの上半身を抱えたまま、エルミアに顔を向けて横に振る。

 

「問題ない。試合の中の話だ。マーズが一発喰らったのは、マーズの失敗だ。縄の振動で気の集中が途切れたんだ。まだまだだな、マーズ」

 

「は、はい、まだまだです……。エルミアさん、ありがとうございます。負けました」

 

 マーズが地面に座ったまま頭をさげた。

 しかし、エルミアとしても、これで勝ったと言われるのはあまりにも恥ずかしい。

 マーズが股間の振動をさせられていなければ、腕を後手に拘束されたマーズにエルミアは負けていただろう。

 

「……お願いだから、負けただなんて言わないでよ……。それよりも、最初に受けた技はなに? 魔道とは違ったみたいだけど」

 

 エルミアは言った。

 最初にマーズに組みついたとき、強い衝撃で身体を吹き飛ばされてしまった。

 しかも、身体が痺れてすぐには動けなかった。

 あれはなんだったのか……?

 

「あれが気弾だ」

 

 マーズに代わって、クロノス様が言った。

 

「気弾……ですか?」

 

 耳にしたことはない。

 

「そうだ、気弾だ。そもそも、マーズは魔道は遣えないしね……。エルミアにはこれを今日教える……。しかし、その前に、不甲斐なかった弟子に罰を与えるから待ってくれ」

 

 クロノス様はそう言うと、しゃがみ込んでいるマーズの前にすっと立った。

 一方でマーズの股間の縄はまだ振動をしているようだ。

 マーズは甘い息をしながら、身体を微かに悶えさせ続けている。

 

「マーズ、いつもと一緒だ。負ければ罰だ。M字の姿勢で足を開いてしゃがめ。負ければ屈辱だ。そうやって、負けてはならないということを身体に刻み込むんだ」

 

 えむじ……?

 それがどういう姿勢なのかわからなかったが、ふたりには取り決めがあるのだろう

 マーズは腰をあげると、しゃがんだ体勢になり、大きく両膝を真横に動かして開いた。

 これが、えむじか……。

 

 女としては恥ずかしすぎる格好に、エルミアはかっと身体が熱くなってしまった。

 一方でクロノス様がズボンから性器を取りだして、マーズの顔に向ける。

 すでに勃起状態だ。

 そのまま、マーズの口に咥えさせる。

 

「えっ?」

 

 エルミアは声をあげてしまった。

 人気はないとはいえ、ここは誰でも入ってこれる公園だ。

 そこで堂々と、口で奉仕だ。

 エルミアは息を飲んだ。

 

 しかし、クロノス様もマーズも、そんなに気にしている様子はない。

 ふたりには、いつものことのようだ。

 

「マーズ、これが負けの口惜しさだ。次は負けるな。どんなハンデでもだ。股間の振動に気の集中を途切れさせてしまったのはお前の失敗だ。俺が精を放つと同時に、縄の振動を最大限にする。それで絶頂しろ。これが今日の罰だ。それだけじゃなく、絶頂と一緒に放尿もしろ。命令だ」

 

「んんっ、は、はいっ」

 

 懸命に口の中のクロノス様の性器を舐めていたマーズが一瞬口を離して、小さく頷いた。

 エルミアは今度こそ、自分の全身が小さく震えるのがわかった。

 ただ見ているだけなのだが、マーズが股間を縄で刺激させられながら、陽の出ている野外でクロノス様に奉仕を強要されているのを目の当たりにして、エルミアの身体はおかしくなるくらいに、熱くなっていく。

 しかも、クロノス様が精を放つのと同時に、絶頂もして放尿までするという。

 なんという恥ずかしいことを……。

 ああ……。

 

 だけど、もしも、同じことをクロノス様に命じられたら……。

 それを想像しただけで、エルミアの身体が震えてくる。

 ますます、かっと身体が熱くもなる。

 じわりと股間が濡れるのもわかった。

 

「よし、いくぞ」

 

 クロノス様がマーズに声をかけている。

 それに合わせるように、マーズの身体がぶるぶると震えて、身体が突っ張ったように硬直したのがわかった。

 

「んんんっ、んああああ」

 

 マーズが我慢できずに、クロノス様のものを咥えたまはま声を洩らした。

 また、クロノス様はマーズの口の中に精も放ったようだ。

 クロノス様の腰が二度、三度とびくりと震えている。

 

「んふうっ、ふううっ」

 

 クロノス様の精を受けながら、マーズの身体もさらに一度震えた。

 次の瞬間、マーズのはいている半ズボンの下に水たまりが拡がりだす。

 放尿を開始したのだ。

 股の下の地面の上の水溜まりがどんどんと大きくなる。

 

 もうだめだった。

 エルミアは股間に両手をあてて、そのまま少し膝を割ってしまった。

 

「見ているだけで感極まったか? それだけ好色なら、すぐにもっと強くなる。そのうちに、まともにやっても、マーズの相手ができるくらいまでにはしてやれると思うぞ」

 

 クロノス様が小さく笑いながらマーズの口から性器を取りだしてズボンにしまった。

 そのとき、がちゃりと音がして、見るとマーズの両手から革枷が消滅している。

 

 どうやったの?

 こんなのは魔道でもできないはずだ。

 身体に装着しているものを消滅させるなど……。

 

 マーズが立ちあがった。

 また、縄の振動はとまったようだ。

 マーズの身体の震えはとまっている。

 しかし、半ズボンは放尿のためにびしょびしょだ。

 脚もおしっこで完全に濡れている。

 だが、尿以外の体液も、半ズボンの隙間から垂れて内腿に伝っている。

 マーズの羞恥の姿に、エルミアもなぜか息を荒くしてしまった。

 

「エルミア、来い──」

 

 クロノス様が言った。

 エルミアは慌てて、クロノス様に駆け寄って立つ。

 すると、クロノス様がエルミアの腰の後ろに手をやり、さらに反対の手をお臍の下にそっと触れさせた。

 

「あっ」

 

 服の布越しだが、クロノス様の手の温かみを感じて、エルミアは身体をくねらせてしまった。

 だが、クロノス様がぐっと手に力を入れて、エルミアの身体を押さえるような感じにする。

 エルミアは身体を硬直させた。

 

「ここが丹田(たんでん)だ……。もっとも、俺もマーズに逆に教わった受け売りだけどな。しかし、マーズが教えるよりも、エルミアには俺がやった方がすぐに覚えられるだろう……。さっきも言ったけど、魔道であろうと、淫魔力であろうと、闘気であろうと、源は同じ。だから、快感を覚えて、制御することを覚えれば、すぐに闘気も動かせる。その闘気を外にはじき出す技が、さっきマーズが打った気弾だ。ほら、力を感じるな?」

 

 そのとき、クロノス様が触れている手から、こぶし大の見えない玉のようなものを下腹部の内側に入れられた心地を覚えた。

 

「あっ、いやっ」

 

 思わず叫んだ。

 大きな疼きのようなものが下腹部で弾けたのだ。

 それがすっと股間にさがる……。

 

「あああっ、んはああっ」

 

 膝が大きく崩れる。

 大きな快感が股間に襲いかかったのだ。

 腰が淫らに震えてしまう。

 

「いやああっ」

 

 エルニアはがくりと身体を前のめりに倒させた。

 それをクロノス様が支える。

 まともに立っていられなくて、クロノス様にしがみついた。

 

「股間に動いたものを今度は上にあげるぞ。これを感じろ──。いまは俺が動かしているけど、自分で動かしてみろ。これを動かせれば、もう気弾を打てる──」

 

 クロノス様がエルミアを抱きかかえる感じにしたまま、声をあげた。

 一方で股間にあった“なにか”がすっと上にあがったのがわかった。

 今度は胸だ。

 その大きな疼きの塊のようなものが胸に到達する……。

 

「ああっ」

 

 巨大な快感が乳房の内側からせりあがった。

 痛いくらいに乳首も勃起する。

 

「魔道を遣うことを思い出せ、エルミア──。いま胸にあるものを手に移動しろ。理力を動かすのとまったく同じだ」

 

 魔道を遣うために理力を動かすのと同じ……。

 その感覚はわかる……。

 エルミアは胸に襲いかかっていたものを腕に動かす。

 すっと胸の疼きが小さくなり、ぞわぞわと腕が痺れたようになる。

 まるで、股間の性器がそのまま手に移ったみたいだ。

 快感が両腕に集まる……。

 

「外に出せ──」

 

 クロノス様が叫んだ。

 

 ほとんど無意識に、腕にあったものを手の平から外に弾き飛ばしていた。

 見えない衝撃波のようなものが飛び、それが当たった樹木が大きく揺れる。

 どさどさと木の枝が地面に落ちてきた。

 まるで鋭利な刃物で切断したかのように切れ折れてしまっている。

 エルミアは目を丸くした。

 

「ほら、できたろ? それが気弾だ。慣れると快感と切り離して制御できるようになる。気弾を打つたびによがってたんじゃあ、戦いには遣えないしね。まあ、あとは慣れることだ。何度もやれば、あっという間に自由自在に操れるようになる。頑張れよ、エルミア──。君にはマーズの鍛錬の相手になってもらうつもりだ」

 

 クロノス様が笑った。

 しかし、エルミアは自分がやったことに驚いていた。

 いまのは、本当に自分が……?

 信じられないが、さっきの感覚はまだ身体に残っている。

 

「あ、ありがとうございます、クロノス様──。あ、あのう……。あ、あたし、信じられない……。こ、こんなの……」

 

 まだびっくりしている。

 いまのが気弾……?

 確かに、魔道とは違う……。

 闘気の塊そのものを外に打ち出すという技だ。

 

「まあ、多分、すぐに身につけると思っていたよ。ところで、どうして、君をマーズの稽古相手に選んだかわかるか? もちろん、エルミアが闘術の素質があったからというのが一番だ。しかし、もうひとつ理由がある」

 

 クロノス様が意味ありげに微笑んだ。

 

「もうひとつの理由……ですか?」

 

 首を傾げた。

 そんなことはわからない。

 

「三十人の中でエルミアが一番マゾだった。好色であるほど強くなる。少なくとも、俺の女に限ってはね」

 

 クロノス様がにやりと笑った。

 

「素晴らしいですね、エルミアさん。こんなに呆気なく気弾ができるようになられただんて」

 

 マーズだ。

 その口調には称賛の響きがこもっている。

 エルミアも嬉しかった。

 年齢はエルミアよりも下だが、格闘の腕はマーズは、エルミアに遥かに上だ。

 そのマーズに認められるというのはいい気持ちだ。

 それにしても、クロノス様には驚きだ。

 やっぱり、このお方はすごい……。

 

「ク、クロノス様って、お凄いのですね。気弾の操りもなさるのですね?」

 

 エルミアは言った。

 すると、クロノス様はにっこりと微笑まれた。

 

「つい最近までできなかった。だけど、俺自身の能力があがって、気弾の源の闘気も、淫魔力の源の淫気も同質のものだと悟ったら、もう使いこなせるようになった。こんな風にね……」

 

 クロノス様が見えない球体を片手で持つみたいな姿勢をした。

 その手をそのまま、エルミアの下腹部にぽんと置く。

 股間に衝撃が発生した。

 

「えっ……? んふうううっ」

 

 なにが起きたかわからなかったが、一瞬にして凄まじすぎる快感が下腹部から全身に走り、エルミアはそのまま膝を地面につけて崩れ倒れてしまった。

 加わったものは、さっきと同じだったが、あまりにも巨大すぎて、それは制御の範疇を超えていた。

 爆発するような快感に全身が包まれ、エルミアはあっという間に絶頂を極めてしまっていた。

 

「あああああっ、ああああああっ」

 

 訳がわからず、エルミアは悲鳴をあげて快感を飛翔させ続けた。

 あがりきった快感がなかなか終わらないのだ。

 また、全身の力が脱力し、エルミアは絶頂とともに失禁までしてしまっていた。

 クロノス様の笑い声が響く。

 

「失禁の好きな不肖の弟子たちだな……。罰として、小便で汚したまま、また駆け足だ。ほら、ふたりとも立て──。とにかく、強くなりたければ、好色を強くしろ。いやらしくなればなるほど強くなる。信じろ。それいくぞ」

 

 クロノス様が笑いながら、走り出した。

 やっと放尿の終ったエルミアは、やはり、下半身を尿でびしょびしょに濡らしているマーズとともに、慌ててその後を追いかける。

 でも、達したばかりの腰に力が入らなくてつらい。

 エルミアは歯を喰いしばって、懸命に地面を蹴った。



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550 見えない女王

 朝の鍛練という名目の「遊び」を終えて、水晶宮の入口に着いた。

 マーズとエルミアを連れた一郎の姿を確認すると、ふたりの門衛の兵がさっと姿勢を正す。

 一郎など本来は部外者なのだが、ガドニエルとアスカの通達が徹底されており、すでに賓客扱いということになっている。

 それに、このエランド・シティでは、一郎は一応有名人だ。

 一郎の顔がわからない者は、ほぼいない。

 

「ご苦労さん、エルミアとマーズ。じゃあ、水晶宮に入ったら、それぞれの行動に移ってくれ。ブルイネンにもよろしくな」

 

 一郎は水晶宮の門の前でとまると、ふたりに向かって振り返り、さらに、エルミアに視線を向けた。

 門といっても、人間族の宮殿のような豪華な門があるわけじゃない。

 向こう側が見えない霧のようなものが門の代わりにあるだけだ。

 そして、水晶宮に入る資格のない者は、この霧に弾かれて入ることができないようになっているらしい。また、悪意を抱いて通過しようとすれば、それを察知して、そのまま霧に阻まれて拘束をされてしまうそうだ。

 まさに結界だ。

 

「すでにいつでも出動できます。それにクロノス様のおかげで、身ひとつで出るだけですので、こんなに楽な遠征はありませんし」

 

 エルミアが言った。

 そのエルミアは、ちょっと居心地が悪そうに、マーズの後ろに隠れるようにしている。

 マーズもそうだが、薄物の運動着の半ズボンは、まだ乾ききっていない放尿の痕でしっかりと濡れている。

 それを門衛に見られるのが恥ずかしいのだろう。

 だが、それでいて、そのちょっとした羞恥ですでにエルミアが股間を新たに濡らしているのを一郎は知っている。

 大したマゾだ。

 それに、なかなかに闘術の素質がある。

 しばらく、愉しくやれそうだ。

 

 ガドニエルが「特別親衛隊」と名付けたブルイネン隊三十名は、数日後に控えた「式典」とやらを終わらせたら、一郎とともに、ハロンドールに向けた帰国に同行することになっている。

 ハロンドールの不穏な状況については、スクルドの話やイライジャが少しずつ集めた情報で明らかになっている。

 つまりは、内乱の一歩手前という状況らしい。

 特に、王都の混乱は凄まじいようだ。

 まあ、どうやら、王都に残っている一郎の女たちの仕業っぽいが……。

 もしも、そうなら、あいつらどうしてくれよう……。

 

 いずれにしても、どうやら、一連の騒動の原因らしい、一郎への捕縛指示は継続している状況のようだ。

 だから、戻るにしても、一郎たちの安全を確保する必要もある。

 親衛隊は、その護衛役ということだ。

 

 場合によっては、向こうに永住することになる可能性もあると達しており、それを甘受できる者しか、そもそも希望はしていなかったはずだが、いずれにしても、三十名分とはいえ、当面の食糧と交換用の武具を含めた必要な補給品、さらに、兵士ひとりひとりの最低生活用具のような物品等まで一緒に持っていかないとならないわけであり、本来は数台の荷駄運搬用の馬車が加わらなければならない遠征隊になるはずだ。

 しかし、荷駄馬車に載せるような補給物質は全部、すでに一郎の亜空間に昨日のうちに収納している。

 だから、エルミアの言葉のとおりに、あとは装具と最小限の補給品だけを抱えて、いつでも、出動できるということなのだろう。

 

「わかった。じゃあ、行こう」

 

 一郎は門になっている霧を潜った。

 通り抜けると、水晶宮の内側の景色が出現して、樹木の点在する緑豊かな美しい前庭と、広い前庭の向こうにある荘厳な水晶宮の本殿が登場する。

 広い大路(おおじ)もあり、エルフ族たちが歩いたり、あるいは樹木の影に点在する長椅子に腰掛けて、話のようなことをしているのも見える。

 

 そして、一郎たちが入ったすぐ正面の樹木の傍の長椅子に、黒いフード付きの薄い外套を身に着けているエリカとガドニエルが腰かけていた。

 一郎の指示に従って外に出て、待っていたのだろう。

 ふたりは一郎を認めると、ほっとしたようににっこりと微笑んで立ちあがった。

 また、いまはふたりとも顔にフードは被っていない。

 だから、ふたりがエルフ族特有の特徴のある耳の片側にしている青い色をした耳飾りがよく見える。

 一郎はふたりに向かって、口の前に指を立て、静かにしろという合図をした。

 ふたりがちょっと戸惑ったように口を閉ざす。

 

 一郎はそのまま、エリカとガドニエルの目の前までやって来て立ちどまった。

 ふたりは一郎たちの真ん前だ。

 だが、やはり、マーズたちがガドニエルたちに気がついた様子はない。

 実は、エリカとガドニエルはある仕掛けをしていて、マーズとエルミアには感知できないのだ。

 

「エルミア、じゃあ、今朝の鍛錬は終わりだ。ありがとう。汗を流してくるといい……。ところで、親衛隊規約第二条は?」

 

 一郎は笑いながら、エルミアに声をかけた。

 エルミアはさっと姿勢を真っ直ぐにする。

 それはともかく、一郎が規約をエルミアに訊ねると、ガドニエルがぱっと顔を明るくして、口を開きかけた。 一郎は慌てて、再び静かにしろと合図をした。

 

「は、はい……。ひとつ、特別親衛隊は、ご主人様に求められれば、いついかなるとき、どんな場所でも、ご主人様を受け入れます……です」

 

 さすがに人目があるので、大きな声じゃない。

 しかし、それを言わせると、エルミアの顔が真っ赤になった。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「そうだ。いつでも犯せるように、ちゃんと洗っておけ」

 

 一郎がお道化て言うと、さらにエルミアが真っ赤になる。

 身体の大きな筋肉の逞しい大柄の女が恥ずかしそうに顔を赤くするのは見ているだけで愉しい。

 

「は、はい、クロノス様──」

 

 エルミアが元気よく返事をした。

 そして、もう一度一郎に丁寧な挨拶をして、そのまま立ち去っていく。

 水晶宮の敷地内にある軍営の寮に向かっていった。

 

 最後まで、すぐそばにいるガドニエルには気がつかなかった。

 さすがは、女王家の魔道具だ。

 ちゃんと効果がある。

 

「お前もいいぞ、マーズ。縄を外してやる。マーズも先に戻って、身体を洗って来い」

 

 マーズに近づき、運動着の下に喰い込んでいる胸縄と股縄だけをそのまま亜空間に収納する。

 

「あっ」

 

 縄で圧迫されていた血が一気に流れて、マーズがちょっと身体を悶えさせる仕草をした。

 一郎はにんまりと微笑んでしまう。

 旅の直前に仲間に誘った闘奴隷出身のマーズだが、物心ついてから闘技の鍛錬だけの日々を送って来たような少女であり、ここまで淫らな身体ではなかった。

 この格闘少女をすっかりと感じやすい女の身体にしたのは一郎だ。

 そう思うと、ちょっとした征服感を覚える。

 少し息を荒くしたようになったが、マーズはすぐに姿勢を伸ばす。

 

「い、いえ……。絶対に先生をひとりにしないように、エリカさんに厳命されておりますので」

 

 マーズがはっきりと言った。

 一郎の護衛の責任を任じているつもりのエリカが釘を刺したのだろう。

 指で合図をして、エリカに耳飾りを一郎に渡すように促した。

 エリカがそれを外して一郎に手渡すと、マーズがびっくりしたように口を開いた。

 

「えっ、ええっ? エ、エリカさん、いつからここに──?」

 

 マーズは目を丸くしている。

 この耳飾りは、実はガドニエルに準備をさせたものであり、「認識阻害」の効果がある。

 決して見えていないわけじゃないが、見えてないのと同じように周囲に操心をかけてしまうそうだ。

 だから、目の前にいてもまったく知覚できず、マーズもエルミアも、すぐ目の前のエリカたちに気がつかなかったというわけだ。

 なかなかに興味深い魔道具だ。

 一郎はマーズの前で、エリカに手渡された耳飾りを自分に身に着けてみた。

 今度は、マーズも特段の反応はしない。

 

 なるほど……。

 

 すでに認識をしている相手については、魔道具の効果が発現しないというわけだ。

 エルフ族の女王であるガドニエルを連れていくにあたって、この認識阻害の魔道具を準備させたわけだが、これなら使えそうだ。

 なにしろ、ガドニエルの神々しいまでの見た目の美貌は、あまりにも目立ちすぎる。

 だから、いちいち大騒ぎにならないように、これを普段は身につけさせようと思っている。それでいて、仲間内にまで存在が消えてしまうようであれば、それはそれで困るのだが、どうやら、一度認識してしまえば、その相手には認識阻害の効果そのものがなくなるらしい。

 だったら、不便はない。

 

「もういいわ。後はわたしがロウ様の護衛を引き受けるから……。あなたも身体を洗っておいで、マーズ。それにしても、また、ロウ様に意地悪な命令をされたのね」

 

 エリカがちょっと呆れたような視線をロウに向ける。

 ロウは苦笑して頭を掻いた。

 

「い、いえ、これも鍛錬のひとつで……。でも、じゃあ、行きます。先生、今日もありがとうございました」

 

 マーズが一郎に頭をさげてから、立ち去っていく。

 エリカとガドニエルの三人になった。

 周囲に通行人もいるのだが、特段の反応を示す者はいない。

 ガドニエルの前を素通りだ。

 だが、ぶつかるわけじゃない。

 姿は見えているのだ。

 

 うーん……。

 面白い……。

 

「今度は、エリカの姿は普通に認識されるけど、俺とガドの姿は周りにはわからないということか?」

 

 いま耳飾りをしているのは、ガドニエルと一郎だ。

 一郎はガドニエルに視線を向ける。

 

「そのとおりです、ご主人様」

 

 ガドニエルが嬉しそうに返事をした。

 このマゾの女王様は、一郎のことを「ご主人様」呼べるのが嬉しそうだ。

 あまりにもあからさまなガドニエルの表情に、一郎も笑ってしまう。

 

「話し声は?」

 

「姿を認識できないのと同じです。目の前で喋っても、周りは認識できません」

 

「じゃあ、こうやって、エリカと会話しているのは、周囲からすれば、エリカがひとり言を喋っているように見えるということか?」

 

 一郎の質問に対して、ガドニエルが首を横に振る、

 

「いえ、ちゃんとエリカ様が誰かと会話をしているというのは認識しています。ただ、誰と話しているか認識はしませんし、言葉は伝わりません。見えないとか聞こえないということではないのです。頭に認識できないのです。その意味では、逆にエリカ様の認識はできるのですが、この耳飾りをしている相手との会話については、認識阻害機能は作用して、エリカさんがどのような会話をしたかということも、認識は残りません」

 

「手を繋いだら?」

 

 エリカに手を伸ばして、手を握る。

 抵抗はしないが、明らかに怯えている。

 本当に面白い。

 そんなに期待されると、ガドニエルだけしか実験は考えてなかったが、やはりエリカも対象にすべきだろうと思い直した。

 

「おそらく、手を繋いでいること事態が気にならなくなるはずです。あえて注目させれば、誰かと手を繋いでいるなあと思うはずですが、それが誰かなのかは、口にしないと気に留めることができなくなります」

 

 ガドニエルがにこにこしながら説明する。

 本当に一郎に説明を求められるのが愉しそうだ。

 

「なるほど、実に興味深い」

 

 一郎は頷いた。

 そのとき、エリカがじっと一郎のことを見つめてきた。そのエリカと視線が合う。

 

「……ロウ様、なにを考えているんです……?」

 

 エリカが一郎を睨んだ。

 さすがに、長い付き合いになってきたので、エリカも、なぜ一郎が根掘り葉掘りとこの耳飾りの機能を訊ねているのかお見通しのようだ。

 だが、一郎はエリカを無視した。

 さらにガドニエルを見る。

 

「だったら、大きな声を出したり、暴れ出したりしたら?」

 

「声程度なら認識はできません。でも、暴れたりして、相手が身の危険などを覚えれば、認識をしたのと同じになります。阻害機能は失われます」

 

「わかった。じゃあ、実験をしてみるか」

 

 一郎は言った。

 

「実験……ですか?」

 

 ガドニエルはちょっと首を傾げただけだ。

 しかし、エリカは目に見えて動揺を示した。

 

「や、やっぱり──」

 

 すでに顔が引きつっている。

 一郎は笑った。

 

「ガド、そのマントを寄越せ」

 

 一郎は、エリカを無視して、ガドニエルに手を伸ばす。

 いまだにガドニエルはなにをされるのか理解していないらしい。

 不思議そうに外套を脱いで一郎に手渡す。

 一郎は受け取ったものを亜空間にしまう。

 

 外套を脱いだガドニエルは、エリカと同じようなどこにでもいる女冒険者の出で立ちだ。服装も派手なものではない。

 しかし、エリカもそうなのだが、ガドニエルが身に着けると、その平凡な服までもが非凡な装束に見えてくるから不思議だ。

 また、お約束でスカート丈は短い。

 しかも、エリカたちに競ってか、さらに丈を短くしている。

 腿の半分どころか、三分の二を露出している。

 一郎の前の世界であれば、どうということのないミニスカートだが、さすがにこの世界では娼婦並みの淫靡さだ。

 さらに、首には犬用の太い首輪までしている。

 これが周りの者の目に留まらないのはなんとも惜しいことだ。

 それについては、改良をさせるか……。

 そんなことを思ったりした。

 

 それはともかく、一昨日から昨日にかけて、やっと王都の情報がいくらか入ってきたのだ。

 もっとも、集められたものは、スクルドから事前に聞かされたものに大差はない。

 むしろ、大きな動きはないというのが現状だろう。

 

 とにかく、王都はほとんど機能停止状態だ。

 

 商業ギルドの解体──。

 

 三公爵家のとり潰しと公爵の処刑――。

 

 王都内の貴族令嬢や貴婦人の強制的な後宮監禁──。

 

 主要な貴族の王都からの逃亡──。

 

 暴動が発生していないのが不思議なくらいだが、例のスクルズ処刑のときには、実際に暴動が起きかけていたらしい。

 

 まあいい……。

 いずれにしても、いまは、ちょっと息抜きだ。

 それに、事を起こす前に、淫気を溜めるのも一郎には必要なことだし……。

 一郎は、出動を前にして好色の虫が騒いで仕方がない自分をそう納得させた。

 

「とにかく、少し実験をするか」

 

 一郎はガドニエルのスカートに手を伸ばして、亜間術でさっとスカートを没収し、ガドニエルの下半身を剥き出しにさせた。

 

「わっ、あっ、そ、そんな」

 

 ガドニエルがびっくりして、咄嗟に手で股間を覆った。

 そのガドニエルの股間には、細い貞操帯がしっかりと喰い込んでいて、しかも、その縁から漏れている愛液で内腿などびっしょりだ。

 かなり感じ続けていたようだ。

 

「ガド、股間に挿入している張形を魔道で出せ。紐で繋がれて散歩だ。女王様の羞恥散歩だぞ。しばらく、人のあいだを歩くからな」

 

 ガドニエルに貞操帯を装着したのは一郎だし、その貞操帯内の股間にリードを内側に収納した張形を挿入させたのも一郎だ。

 一郎はガドニエルに手を出した。

 

「あっ、は、はい――。か、かしこまりました……」

 

 ガドニエルは顔を真っ赤にして強張らせたものの、手で貞操帯の前を隠したまま、命令のまま魔道を刻みだす。

 

「やっぱり……」

 

 横でエリカが深く嘆息をした。

 一郎は、そのエリカに視線を向ける。

 余程に好色な顔をしていたのか、エリカの顔もひきつった。

 

「わかってるだろう、エリカ? エリカも実験に参加だ。もう一度、耳飾りをしたら、この場でスカートをめくれ。お前も散歩だ。エリカはスカート没収は勘弁するが、紐は愉快な場所に結びつける」

 

 一郎は、自分の耳の耳飾りを外してエリカ渡しながら、鬼畜に言った。



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551 新淫具性能試験

「もう一度、耳飾りをしたら、この場でスカートをめくれ。お前も散歩だ、エリカ」

 

 一郎は言った。

 

「なっ──」

 

 エリカが引きつった顔で絶句した。

 しかし、その顔は真っ赤だ。

 いつもながら、実にいい反応をする。

 だから、”エリカいじめ”はやめられない。

 

「いいから、耳飾りの魔道具を装着しろよ」

 

 一郎は強引にエリカに耳飾りを押しつける。

 そして、ガドニエルに振り返った。

 ガドニエルは、一郎にスカートを取りあげられて、上衣だけはまともだが、腰から下は細い貞操帯だけの姿だ。

 まだ剃毛はしていないので、黄金色の恥毛が股間に喰い込んでいる貞操帯の脇から完全にはみ出している。

 全裸よりも、余程に煽情的な格好だ。

 

「ご、ご主人様ああ……」

 

 ガドニエルは羞恥に顔を歪ませながらも、早くも調教の陶酔をしたような表情になり、甘えた声を出した。

 そして、ちょっと片側の腿を股間に引きつけるようにして隠しながら、両手で捧げ持つようにして、たったいままでガドニエル自身の股間に挿入してあった張形を一郎に差し出す。

 一郎の指示で魔道で抜いたものだ。

 張形は、ガドニエルの愛液が滴るほどにべっとりと濡れている。

 

「昨日からずっと挿しっぱなしだったからね。つらかったか?」

 

「い、いえ……。ご主人様と一緒みたいで光栄でした」

 

 ガドニエルはうっとりとしている感じで言った。

 挿入させていた張形は、一郎の勃起状態と同じ形状と触感のディルドである。

 相変わらず愉快な女王様だ。

 

 一郎は張形を受け取ると、底部の蓋を開いて内側に収納してあった細紐のリードを抜いた。

 さらに、そのリードの一端の金具をガドニエルの首に装着させている犬用の首輪の前側の金具につける。

 

「ああ……」

 

 ガドニエルがそれだけで、感極まったように膝を少し折って、甘い吐息を吐きだした。

 すでに、すっかりと淫情に酔った感じだ。

 

 それにしても、ここは水晶宮の前庭であり、それなりに人が多い。

 別に隠れている場所でもないので、本来であれば、女王の破廉恥な姿は大騒ぎになるはずだが、すぐ前を人が通り過ぎても、一郎たちに意識を向ける者はいない。

 まさに、羞恥責めのための魔道具だと思った。

 

「じゃあ、ディルドを戻してやるぞ。ガドにはずっと貞操帯の中で張形を挿入して暮らしてもらうからな。エルフ族の最高女王が俺の性奴隷である証だ」

 

「は、はい、もちろんです──。ガドはご主人様の性奴隷です」

 

 ガドニエルが心から嬉しそうに破顔した。

 一郎は笑ってしまった。

 だが、ガドニエルの笑顔も、これから始まる仕打ちには、苦痛で歪むはずだ。

 

 一郎は淫魔術を使って、手に持っている張形の表面に、たっぷりの媚薬が混ざった掻痒剤を覆った。

 それだけじゃなく、いままでリードを入れいていた内部の空洞部分にも同じものを充満させる。

 張形は淫魔術で好きなように動かすことができるが、この状態で振動をさせれば、それに応じて内部の掻痒剤がどんどんと張形の表面に沁み足されていくという仕掛けだ。

 さすがのマゾ女王様ももがき狂うはずだ。

 

「来い、ガド」

 

 一郎はガドニエルの首輪に付けたリードを長椅子の横の樹木の枝に結びつけると、ガドニエルを呼び寄せて、腰を抱いて抱き寄せるようにした。

 

「あっ、はい……」

 

「軽く脚を開け」

 

「は、はい」

 

 ガドニエルに足を開かせる。

 そして、貞操帯の股間に張形の尖端を近づけた。

 

「だけど、もしも、ここで耳飾りを外したら、認識阻害の効果が消えて、大騒ぎになるのだろうな」

 

 ガドニエルの耳にふっと息を吐く。

 

「くっ」

 

 ガドニエルがくすぐったそうに身体を竦めた。

 

「ご、ご主人様のよろしいように……。ガ、ガドはご主人様に捨てられさえしなければ、なにをされてもいいです」

 

 ガドニエルは早くも荒い息を始めた。

 本当に、とことんマゾなのだと思った。

 

「わかった。その言葉を後悔するなよ。なにをされてもいいんだな?」

 

 一郎は、手に持っている媚薬をまぶした張形を一度仮想空間に戻す。

 次に、手のひらをガドニエルの貞操帯の底にぴたりとつけた。

 

「あんっ」

 

 この貞操帯は全ての外部の刺激を遮断するはずなのだが、一郎の手が触れるとガドニエルが反応して身体をくねらせる。

 まあ、精神的なものだろう。

 一郎が触れたと認識しただけで、実際には存在しない刺激を感じてしまうに違いない。

 ガドニエルの敏感な反応に嬉しくなりながらも、一郎は、さっき仮想空間に戻した張形を今度は貞操帯の内側に出現させた。

 

「んふうっ」

 

 いきなり股間に張形を出現させられたかたちになったガドニエルが、その刺激で今度は完全に膝を折ってしまった。

 

「んぐっ──。げほっ、げほっ」

 

 しかし、一瞬後には首輪に繋がったリードに阻まれて、思い切り首輪で首を絞められ、小さな呻き声をあげるとともに咳込む。

 

「ガド、今日は特別に二本足で歩くことを許すけど、雌犬調教には変わりない。そのつもりでいろ。リードになんか触るなよ。もちろん、俺のすることには絶対服従だ」

 

「も、もちろん、ガドはご主人様に服従します。で、でも、なんか……へ、変です……」

 

 早くもガドニエルが股間をすり寄せるように身体を悶える仕草を始めた。

 さっそく媚薬効果による股間の疼きが沸き起こったのだと思う。

 しかし、本格的な痒みが襲いかかるのは、もう少し時間がかかるはずだ。

 そういえば、ガドニエルをこうやって野外調教をするのも、掻痒剤責めを施すのも初めてだったと思う。

 このマゾ女王様がどんな反応をするのか愉しみだ。

 一郎はエリカに視線を向ける。

 

「さて、装着したな。じゃあ、スカートをめくれ。実験だ、エリカ」

 

 一郎は、片耳に耳飾りを付けたエリカの前に立った。

 すっかりと怯えている表情だ。

 しかし、なんだかんだで、エリカも最終的に一郎の鬼畜な命令を拒否することはない。

 結局は一郎を受け入れてしまうのがエリカだ。

 

 一方で一郎たちがいるのは、水晶宮に入る結界門のすぐ前なので、結構、そばを人が通過していく。

 一郎に気がついて、会釈などをしていく者も多いのだが、卑猥な恰好のガドニエルにも、エリカに対する反応もない。

 ガドニエルによれば、認識阻害の魔道具を耳に着けているエリカに話しかけた一郎の言葉も、周りには認識できないはずだ。

 だから、あえて、人が近くに寄ったときに普通の声でエリカに命じたが、ガドニエルの言葉通りであり、通行人が反応した様子はない。

 

「な、なんの実験なんですか、ロウ様……。もうやめましょうよ……」

 

 エリカが哀願するように、一郎に上目遣いの視線を向けた。

 

「だから、ガドの準備した認識阻害の魔道具の性能実験だ。どこまで過激なことをしても問題がないか確かめないとな。さっさとしろ」

 

 一郎は少し強めの口調で言った。

 エリカが、一郎の口調と表情に諦めたようになり、一度深く吐息をつくと、すっと両手をスカートの裾に持っていった。

 だが、認識阻害の効果があるとはいえ、こんな人通りのある場所でスカートをめくるなど不安なのだろう。

 スカートの裾を持っただけで、なかなか上にあげない。

 

「ほら、早くしろ、エリカ」

 

 一郎は恥ずかしがる目の前のエルフ美女の姿を堪能しながら言った。

 エリカがスカートの裾をやっとあげた。

 しかし、腿の半分が露出したところで、手が止まってしまった。

 エリカはちらちらと周囲を見ている。

 どうしても、気になって仕方がないのだろう。

 一郎は笑った。

 

「ほらっ」 

 

 一郎の強い言葉で、エリカがびくりと一度震え、さらに手があがる。

 やっと下着が見えるくらいまで裾があがった。

 真っ白なエリカの下着が垣間見えた。

 

「こ、これで……お許しを……」

 

 エリカの手はすでに震えている。

 顔は真っ赤で、早くも汗をかいている。

 羞恥で身体がかっとなっているのだ。

 そのくせ、ステータスで垣間見えるエリカの身体は、一郎の強要する恥ずかしい姿で、どんどんを興奮が高まっているのがわかる。

 見ていると、少しだけ覗いている下着の底の部分に、分布液の丸い染みが拡がっている。

 しかも、だんだんと染みが拡大するような……。

 

「もっとだ、エリカ──」

 

 一郎は一喝した。

 

「ああ……」

 

 エリカがさらにスカートを捲りあげた。

 やっと完全に下着の全部が露わになる。

 

 そのときだった。

 

「ひいっ、ひっ、ひんっ、か、痒い──。か、痒いです──。ご主人様──」

 

 隣のガドニエルが悲鳴をあげた。

 それだけじゃなく、両手を貞操帯の股間に当てて、激しく揺するような動作を始めた。

 もちろん、刺激を遮断する貞操帯なので、一切の刺激は消失するが、勝手に痒みを癒そうとしたのは、懲罰ものだろう。

 

「こらっ、ガド──。痒いのはわかっている──。しかし、これが調教だ──。勝手に動くな。じっとしてろ。それとも、俺の調教を拒否するのか?」

 

 わざと少し冷たい物言いをした。

 ガドニエルが慌てて手を貞操帯から離す。

 一郎に叱られて、ちょっと意気消沈したような顔だ。

 しかし、太腿だけはかなりの激しさで擦り合わされている。

 意識しているのかどうかわからないが、少しもじっとしていられないに違いない。

 

「も、申し訳……」

 

 ガドニエルが泣きそうな顔で言った。

 一郎に叱られてしゅんとなっているのか、あるいは、股間の痒みの苦悶に泣きそうなのかはわからない。おそらく、両方なのかもしれない。

 

「謝罪はいい。しかし、調教の進み具合はまだまだだな……。手を腰の後ろで水平に組め。手を使いたくても使えないようしてやる」

 

「は、はいっ」

 

 ガドニエルが身体をくねらせながら、両手を背中に回した。

 一郎は亜空間から、革帯を出して両腕をまとめて包んだ。一郎の淫具や拘束具には、すべての魔道に対抗できる魔道封じがかかっている。

 これで、ガドニエルは手は使えない。

 一郎は軽くガドニエルの頬を平手で打った。

 

「ひんっ」

 

 しかし、ガドニエルはそれでも衝撃を受けたようだ。

 その目が大きく見開いている。

 一方でガドニエルの露出している肌からは、面白いくらいにどんどんと汗が滴っている。かなりの痒みということだと思う。

 また、いまでも、太腿を懸命に擦り合わせるのをやめようとしない。

 

「ひん、じゃない──。堪え性のない雌犬のガドのために、わざわざ両手を拘束してやったんだ。お礼はどうした?」

 

「あっ、も、申し訳あり、あっ、いえ……」

 

 とっさに謝ろうとしたガドニエルの頬をさらに一郎は打つ。

 通りがかりの男エルフの二人組がちょっと反応したかと思った。

 しかし、すぐに何事もなかったかのように、一郎に挨拶をして過ぎていく。

 

「い、いえ、堪え性のない雌犬のガドに、躾をありがとうございます、ご主人様」

 

 ガドニエルは完全に欲情しきったような表情で一郎に言った。

 頬を叩かれて、被虐の淫情に火がついたのだ。

 さっきの二人組に対しても、ガドニエルは気にしている様子がないというよりは、本当に気がつかなかったかもしれない。

 

 多分だが、おそらく、いまのガドニエルには、もう一郎しか見えていない……。

 まあ、こののめり込みの深さが、ガドニエルの欠点であり、長所なのだろうが……。

 

 一方で、二人組が反応したように見えたとき、スカートをめくりあげさせたままのエリカは、明らかに息を大きく飲むような声を出し、震えるほどに緊張した感じだった。

 だが、それでも、一郎の言いつけに背かずに、スカートをあげたまま下着を露出し続けたのはさすがだ。

 

「まあいい。せっかくの認識阻害の魔道具だ。悲鳴でもなんでも大声で叫べ、ガド。それで気が紛れるならな」

 

 一郎は痒みで苦しみ始めたガドニエルに言った。

 だが、ガドニエルがびっくりしたように首を横に振る。

 

「そ、そんなことをすれば、魔道具の効果は、な、なくなります……。あまりにも不自然な行為や音は、この魔道具の効果の外です。ふ、普通の口調ならともかく、絶叫だなんて……」

 

 ガドニエルが言った。

 なるほど、そういうものなのだと思った。

 だから、さっき平手の音に通行人が反応したのかもしれない。

 

「ふうん……。だったら、我慢しろ、ガド……。それと、これも言っておくけど、認識阻害の実験に失敗して、女王が調教を受けていることが周りにばれたら、罰として、ガドは十日間セックスなしだ。いいな」

 

「そ、そんなあ──。十日もご主人様に愛されないなんて、ガドは死んでしまいます」

 

 ガドニエルが声をあげた。

 しかも、その表情が必死の形相だ。

 一郎は噴き出してしまった。

 

「十日程度のセックスなしで死ぬものか。十日間、しまくるなら別としてね……。とにかく、そういうことだ。それと、これはさっきの罰だ。勝手に痒みを癒そうとしたな」

 

 一郎は、淫魔術で、ガドニエルに強い排便の欲求と尿意を送り込んだ。

 

「あっ、くっ、うううっ」

 

 ガドニエルの顔が引きつった。

 今度は痒みだけでなく、激しい便意と尿意が重なったのだ。

 ガドニエルの歯が喰いしばるようになった。

 一郎は、ガドニエルの下顎に手をやり、上を向かせた。

 

「じゃあ、ガド、こうやって口づけをするのは、認識阻害の効果の外か……? それとも範囲内か?」

 

「そ、それくらいなら……」

 

 ガドニエルの言葉を聞いて、一郎はガドニエルと唇を重ねて舌を差し入れる。

 すぐにガドニエルはむさぼるように一郎の舌に舌を絡ませてきた。

 唾液を注ぎながら、ガドニエルの口の中の性感帯を思う存分に蹂躙する。

 ガドニエルの身体がだんだんと小刻みに震えてきたのがわかった。

 

「いまのはご褒美の前渡しだ、ガド……。旅の途中でも、ハロンドールに戻ってからも、雌犬調教は続くぞ。どんどんと過激にもなる。完全な雌犬に成り下がりたくなければ、いまのうちにやめることだ」

 

 一郎はガドニエルから口を離しながらささやいた。

 ガドニエルはとろんとした顔をしている。

 一方で内腿だけが激しく擦り合わされているのが愉快だ。

 

「ガ、ガドはもうご主人様の……徹頭徹尾に、ご主人様の雌犬です……。ど、どうか、思う存分にご調教をお願いします……」

 

 ガドニエルがうっとりと言った。

 ご調教か……。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「……さて、何度も中断して放っておいて悪いな、エリカ」

 

 一郎はエリカに振り返る。

 しかし、実際のところ完全に放っておいたわけじゃない。

 ずっとスカートを捲らせたままの格好であるが、背中越しにだが、エリカが羞恥にどんどんと欲情を昂ぶらせていることはわかっていた。

 ふと見ると、下着の染みがすごいものになっている。

 ほんの短い時間なのに、まるでおしっこでも漏らしたようになっていて、内腿にべっとりと愛液が滴っている。

 

「相変わらず、感じやすくていいな、エリカは……。すごいぞ、下着が……」

 

 一郎はエリカの前に立って言った。

 

「……も、もういじめないでください、ロウ様……」

 

 エリカが半泣きの顔で言った。

 その羞恥の表情が一郎の嗜虐心を刺激する。

 時々だが、このエリカはわかっていて、煽っているのではないかと思うことがある。

 それくらい、羞恥に顔を歪めるエリカは美しくて煽情的だ。

 

「さて、じゃあ、実験開始だ」

 

 一郎は、仮想空間からまずは赤いチョーカーを取りだして、エリカの首に巻く。親衛隊の女たちにさせているのと、ほとんど同じものだ。

 だが、首の前部分に小さな金属の輪っかがついている。

 その輪っかにガドニエルに装着したのと同じリードを通した。嵌めるのでなく、輪っかの中に紐を通したのだ。その紐の先をエリカの上衣の下に上から軽く突っ込んだ。

 とりあえず、置いたという感じだ。

 

「な、なにを……?」

 

 スカートをめくらされたままのエリカが怪訝そうな表情になる。

 なにをされるのかわからずに不安そうだ。

 一郎は構わずに、さらに亜空間から今度は金属製の極細の糸を出現させ、エリカの股間に嵌まっているクリピアスに淫魔術で結びつけた。

 その糸は、エリカの下着の中であり、上半身のすべての服の内側を通過して、上衣の首部分の外に出ている。

 

「ひんっ」

 

 クリピアスに繋がった糸の先が、エリカの首の上にある一郎の手の中に出現したことで、クリピアスを上に引っ張られるかたちになり、エリカが思わず悲鳴をあげた。

 しかし、エリカは慌てて口をつぐんだ。

 大きな悲鳴は、認識阻害効果を失わせるというガドニエルの言葉を聞いていたのだろう。

 一郎はさっき上衣に突っ込んだリードをもう一度出して手に取ると、クリピアスに繋がっている糸の尖端と紐の尖端をしっかりと結んだ。

 これでできあがりだ。

 一郎は、クリピアスと糸で繋がっているリードをぐっと引いた。

 

「んぎいいっ」

 

 さすがにエリカはちょっと大きな声をあげた。

 すぐに、必死の様子で口を閉ざしたが……。

 

「スカートをおろしていい」

 

 一郎はそう言うと、エリカの下着を仮想空間に消してしまった。

 これで、エリカは股間を糸で結びつけられたノーパンだ。

 

「ああっ……。ロ、ロウ様、やめて……」

 

 エリカは思わずという感じで、両手でスカートとともに引っ張られる糸を掴もうとしたが、その手が宙で停止した。

 さすがに、一郎と過ごして長いエリカなので、調教には逆らわない癖が身についているのだ。

 一郎は枝に結んでおいたガドニエルのリードを解くと、ちょっと短めに二本まとめて手に握る。

 

「じゃあ、雌犬散歩だ。エルフ女王とエルフ美女の羞恥行進だが、まずは、これで周囲の反応がないかどうか実験だ。お前たち、あまり声を出すなよ。認識阻害効果が解けて、恥ずかしい思いをしたいのなら別だけどね」

 

 一郎は二本のリードをぐいと引っ張る。

 

「あんっ」

「んぎいっ」

 

 ガドニエルとエリカがそれぞれに声をあげた。

 構わずに、結界門と水晶宮の正門を繋げている大路(おおじ)にふたりを連れていく。

 

「あっ、クロノス様」

「おはようございます、クロノス様」

 

 すぐにふたり連れのエルフ女性の貴婦人が声をかけてきた。

 記憶があるが、ふたりともイムドリスに監禁されていて、一郎の淫魔術で回復をさせた女性だ。服装からして女性官吏のようだ。

 

「おはようございます」

 

 一郎は丁寧に挨拶を返しながら、手に持っているリードをわざと、さらに引いて揺らす。

 背後の雌犬二匹が苦悶の声を洩らしたのが聞こえた。



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552 認識阻害の野外セックス

「ロ、ロウ様、も、もうだめ……」

 

「ご主人様、ガ、ガドは……も、もう……」

 

 エリカとガドニエルが音をあげたのは、水晶宮の広い前庭の庭園を三周ほどした頃だった。

 魔道具により他人の眼には認識されないとはいえ、ふたりとも首輪に繋がれて人の中を歩くのだ。

 気絶するほどの緊張感に苛まれたことだろう。

 

 しかも、一郎もふたりを連れていきながら思ったが、認識をされないだけで、見えてもいるし、声が聞こえてもいるようだ。

 ただ、気にしなくなるし、記憶には留めないだけなのだ。

 

 その証拠に、すれ違う者たちは、ちゃんと首輪に繋がった紐で引っ張られるエリカとガドニエルを避けて歩いてくれる。

 だから、エリカたちからすれば、恥ずかしい姿を晒されているということに変わりはなかったはずだ。

 振り返って、ふたりを眺めるたびに、エリカもガドニエルも恥辱に顔を真っ赤にしていた。

 もちろん、被虐の快感を顔に浮かべて……。

 

 それに、ただの羞恥散歩じゃない。

 エリカの首輪の前の輪っかを通っている紐は、エリカのクリピアスに繋がり、この散歩のあいだ、ずっとエリカのクリトリスを上に引きあげ続けさせ、絶え間ない刺激を与えていただろうし、ガドニエルに至っては、痒みと尿意と便意の三重の苦悶だ。

 さすがに、ふたりとも、ついに足が動かなくなってしまったようだ。

 

「雌犬たちが散歩を拒否とは、仕方がない連中だなあ」

 

 一郎は笑ってからかった。

 いま歩いていたのは、人通りの多い大路(おおじ)ではなく、前庭の隅にある樹木の多い庭園だ。

 まばらな樹木の向こうには、行き交うエルフ族たちも見えるが、近くには人はまばらだ。

 こちら側は水晶宮の裏口に当たる側に通じる路しかないからだろう。

 ここに来る可能性があるのは庭師くらいか。

 しかし、いまはその庭師の姿もない。

 

 まあ、場所としては、野外セックスの場所としては手ごろか……?

 

 道の真ん中でセックスをするのもいいが、認識阻害の魔道具をつけているのは、エリカとガドニエルであり、一郎ではないのだ。

 ふたりに関わることは認識阻害の範囲とはいえ、性行為の最中に、一郎の姿が認識阻害の効果から外れる可能性がありすぎる。

 

 なにしろ、認識阻害の耳飾りをさせているふたりはいいが、装着していない一郎については、通行人からひっきりなしに声をかけられる。

 この魔道具の特性として一度、認識してしまうと、それ以降は、魔道具の効果は消滅するようだ。

 

 つまり、人のいるところでは、一郎は認識阻害の中にはほとんど入れない。

 一郎よりも先に向こうが認識してしまう。

 最初は、紐で引っ張っているエリカとガドニエルの羞恥を誘うのにちょうどいいと思ったが、声をかけられすぎて、一郎自身がなにもできないということがわかって閉口した。

 人目を惹く美貌のエルフ女ふたりを隠しさえすれば、さまざまな羞恥責めの遊びができると思っていたが、一郎もまたナタルの森で英雄認定を受けた有名人だということを失念していたのだ。

 

 それに比べて、ここはお誂え向きだ。

 完全ではないが、樹木がまばらに立っていて、適度に隠れる場所が多い。

 なによりも、人が歩いたり、長椅子に座ったりしているところから距離がある。

 

「さて、じゃあ、次の実験だ。ガド、こっちの木の陰に隠れる側の地面に穴を開けてくれ」

 

 一郎はガドニエルの首輪からリードを外しながら言った。

 ガドニエルが、極端な内股になり、貞操帯の食い込んでいる股間を太腿で強く擦り合わせるようにしながら、涙目を一郎に向ける。

 

「ああ、お、お願いです、ご主人様──。ガ、ガドは堪え性のない雌犬でした……。で、でも、か、痒くて死にそうです。ど、どうか、もうお慈悲を……」

 

 調教なのだから、なにをされても甘受すると口にしたガドニエルだったが、さすがに痒み責めには耐えられなかったようだ。

 身体どころか、歯も震えており、一郎に哀願しながら、歯をがちがちと噛み鳴らしている。

 一郎は、エルフ女王の追い詰められている姿に、すっかりと鬼畜の虫を興奮させてしまった。

 可哀想という気持ちよりも、もっと追い詰めて泣かせたいと思ってしまうので、我ながら困った性分だと思う。

 

 しかし、よく考えれば、元々この世界に召喚されたばかりの頃、ここまで強烈な性格でも性癖でもなかったはずだ。

 だが、気がつくと、性に関することについては過激なことも平気でやるようになったし、女たちの扱いは、どんどんと容赦のないものになっていた。

 

 一郎自身も、自分の性格の変化を気もしないわけでもないが、おそらく、これも淫魔師としてのレベル向上が原因だと思う。

 たとえば、一介の素人が剣技に覚醒し、その剣技を極めるうちに、性質や身の振る舞いに変化が生じるように、一郎もまた、淫魔師として覚醒し、それを極めることで、性格や行動、そして、思考や価値観などに変化をしていったのだと思う。

 

 また、性の素人だった一郎が、神がかりな女扱いの玄人になるにあたり、性格や女扱いが変わらない方が不自然だ。

 だから、これでいい……。

 一郎も、別段に、いまの性格も性癖を修正をする気持ちは皆無だ……。

 

「死にそうなのは痒みだけじゃないだろう、ガド? 命令よりも、自分の欲求を優先させるとは、大した性奴隷だな。本当に躾けがなかなか身につかないな」

 

 一郎はわざとらしく冷酷な口調で言った。

 ガドニエルがはっとした表情になる。

 

 一方で、一郎も我ながら、マゾ気質が高いとはいえ、本来はエルフ女王のガドニエルに、ここまで容赦のないことができるというのも、ちょっと自分に呆れるところもある。

 だが、ガドニエルは、こうやって、一郎に冷たく扱われたり、きつく接されるのが、実はひそかに一番興奮しているのだ。

 これはガドニエル自身も、わかっていないかもしれない、ガドニエルの気質だ。

 それを知っているので、一郎もそれに応じるために、過激にもなるし、冷酷にもなってみせるのだ。

 ガドニエルを心の底から満足させるために……。

 

 いずれにしても、ガドニエルには、痒みだけじゃなく、便意と尿意の苦しみも負荷させた。

 だが、この貞操帯のいいところは、外からの一切の刺激を遮断するだけじゃなく、この貞操帯をしている限り、どんなに苦しくても排尿も排便も淫魔力によってできなくなることだ。

 だから、一郎が貞操帯を外さない限り、ガドニエルは痒みと便意と尿意の三重苦に、何日でも七転八倒しなければならない。

 

 それでいて、身体を壊させることもない。狂うこともできない。

 性奴隷の身体を病気のようなものから守るのも淫魔力だ。

 いまでは、悪意のある呪いや、操心のような洗脳からも、一郎の淫魔術が守っている。

 負傷を負っても、性奴隷の刻みのある女であれば、一郎は瞬時に回復させることができるし、その回復効果は美容にも貢献している。

 現に、一郎の女たちの肌は、全員が完璧な瑞々しさと健康さを保させており、傷どころか生まれながらも肌のしみのようなものさえ消している。

 

 さらに、能力の著しい向上、外観の美しさなども女に与えているのだ。

 その気になれば、おそらく、老化も回復できると思う。

 なによりも、女たちには、毎日のように死ぬような性の快感もあげている……。

 だから、なにをしても、女扱いが酷いということはないとも思ったりする。

 

「ああ、申し訳ありません……。あ、穴ですね……。お、お待ちを……」

 

 後手に拘束されたままのガドニエルが適当な場所を探すように、きょろきょろし始めた。

 一方で、いまだにチョーカーの金具を通ってクリピアスに繋がっているリードを一郎に握られているエリカが、すっかりと淫情に蕩けたような表情を一郎に向ける。

 

「ああ……。ロ、ロウ様……、ところで、穴って、なにを……?」

 

 エリカの顔も汗びっしょりで真っ赤だ。

 なにしろ、こっちはずっとクリピアスを引っ張られて、ぴくぴくとクリトリスを刺激させられながら、歩かされ続けたのだ。

 下着を剥いだ股間からは夥しいほどの愛液が垂れ、エリカの内腿を伝って膝どころか足首にまで届いている。

 

「雌犬の散歩で、穴といえば決まっているさ。それよりも、こっちの穴はどうだ? もう苦しいだろう? そういえば、徹夜の偵察の報酬をまだあげてなかったな……。これはご褒美だ、エリカ」

 

 一郎はいきなり、エリカを強く抱きしめた。

 

「えっ?」

 

 エリカがびっくりして身体を強張らせる。

 構わず一郎は、リードを持ったまま、その手でエリカの片足の膝を抱え込むようにして、側の樹木の幹にエリカの背中を押しつけた。

 人のいる大路(おおじ)側は樹木で隠れている。

 方向的には、一郎の身体も樹木で隠れている。

 

「いぎいっ」

 

 一郎がリードを持ったままだったので、紐が引っ張られてエリカのクリピアスが強く引っ張られたのだ。

 エリカ大きな悲鳴をあげた。

 

「大きな声を出すと、認識阻害の効果が切れるぞ。ちょっとは慎め」

 

 一郎はうそぶきながら、素早く空いている片手でズボンの前から怒張だけを出す。

 そして、エリカのスカートを捲りあげ、下から突きあげるようにして、エリカの股間に肉棒を一気に挿入した。

 

「んふううっ」

 

 樹木を背にしているエリカの身体が、大きく弓なりにのけ反る。

 ずるりとエリカの身体がさがり、子宮近くの奥まで一郎の亀頭が貫く感じになる。

 

「んはああっ」

 

 エリカがさらに大きな声を出した。

 

「幹にしがみつけ。それと声を我慢しろ──。大声で認識阻害の効果が消滅するぞ」

 

 一郎は、リードを持つ手でエリカの片膝を抱えながら、エリカの股間に一郎の股間を叩きつけるような激しい律動を開始した。

 

「は、はああっ──。だ、だ、だめえっ──。ひいっ、ひっ、ひいいいっ、はあっ、はっ、はっ、はっ……。うわっ、あああっ、な、なにかを──。うふうっ──。な、なにかを口に咥えさせてください──。んふううっ、はああっ──」

 

 エリカが両腕を背中側に回して樹木の幹を掴むとともに、必死の口調で一郎に訴えた。

 そのあいだも、一郎はエリカの股間を下側から突き浮かせるような律動を激しく続けている。

 

 また、実のところ、エリカは一郎の女たちの中で一番声が大きい。

 一番の恥ずかしがり屋のくせに、我を忘れるのも一番なのだ。

 人のいるところまでかなりの距離があるが、エリカの嬌声は聞こえないということはないだろう。

 エリカの声が大きすぎて認識阻害が破られれば、エリカと公然と性交をしている一郎の姿についても、認識阻害は途切れると思う。

 それも面白いかもしれないけど、エリカが可哀想か……。

 

 とりあえず、一郎は仮想空間に収納していたエリカの下着を口に突っ込んでやった。

 エリカが懸命に下着を噛んだ。

 

「んぐううっ、んふうっ、んふっ、んふっ」

 

 エリカが大きく悶える。

 一郎は、立姿の体位で律動を続けた。

 エリカは、そのひと突き、ひと突きに絶息するような激しい鼻息をあげながら、大きく身体を痙攣させたように反応させる。

 これはあっという間に達しそうだな……。

 

「んぐうううっ、んぐうううっ」

 

 思った通りに、エリカは一郎の子宮を抉る破るかと思うような強い怒張の連続の貫きに、早くも悶絶して果てそうになった。

 しかし、まさにエリカが絶頂しようとする寸前を狙って、一郎は、指に絡ませているリードを思い切り引っ張った。

 

「くひいいいいっ」

 

 エリカが大きく目を開いて全身を突っ張らせる。

 クリピアスを引っ張られる激痛の衝撃に全身を硬直させたのだ。

 それとともに、絶頂しようとした身体が一瞬にして、快感の飛翔から引き戻されたようだ。

 一郎はさらに律動を継続する。

 

「んぐうっ、んんぐうっ、んんぐううっ」

 

 そして、だんだんとエリカの反応が、またもた激しくなる。

 一郎はガドニエルに声をかけた。

 

「ガド、俺とエリカが結合している部分に奉仕しろ。お前の舌でエリカのクリピアスを弾きまくれ。お前の先輩奴隷の一番奴隷へのご奉仕だぞ──。手を抜くなよ──」

 

「は、はいっ」

 

 ほかの女との結合部に舌を這わせるなど、恥辱ではないかと思うのだが、この女王様はそういうことは気にしない。

 むしろ、屈辱的に扱えば扱うほど、内心では燃えてくるのだ。

 いまの一郎の鬼畜な命令に、嬉々としているとさえ聞こえる口調で返事をすると、すぐに後手の身体をしゃがませて、一郎とエリカの性器に舌を這わせだした。

 

「んふうううっ」

 

 エリカが大きく身体を震わせて、再び絶頂に向かう反応を示す。

 一郎はまたしても紐をぐいと引いて、激痛によりそれを阻んだ。

 

「んんっ、んっ、んんっ」

 

 二度も絶頂寸前の快感の飛翔をクリトリスを引っ張られる痛みで阻まれたエリカは、もう涙目になって首を激しく横に振った。

 しかし、一郎の律動とガドニエルの舌で、すぐに快感を昂ぶらされる。

 一郎は、三度目も紐を引っぱって、エリカの絶頂を阻止した。

 

「んぎいっ、もう、やめてえっ」

 

 エリカが口から下着を吐き出してしまいながら、悲鳴をあげた。

 そろそろ許してやるか……。

 一郎はエリカの子宮近くの快感の急所のつぼを怒張の先で抉るように突き擦った。

 

「あああああっ、あああっ」

 

 エリカが絶頂しそうになる。

 今度は紐は引っ張らない。

 雄叫びのような声をあげて、ついにエリカが絶頂に達した。

 これまでの分も併せたかのように、激しい反応をエリカは一郎の腕の中で示した。

 

 それにしても、なんという大声だ……。

 一郎は苦笑しながら、それに合わせて精を放った。

 

「あああっ、あああ……」

 

 エリカの身体が限界まで弓なりになり、腰を一郎側に突き出すようなかたちになる。

 そのまま、脱力してずるずると樹木を背にしたまましゃがみ込んだ。

 力を失ったエリカがしゃがみ込んでしまい、一郎の怒張が抜け出る。

 

「きゃっ」

 

 そのエリカに突き飛ばされた感じになり、ガドニエルもまた尻もちをついた。

 

「大丈夫か、ガド?」

 

 自分の性器をズホンにしまってから、一郎は、ガドニエルの腕を取って立ちあがらせた。

 

 一方で、視線を樹木の陰から人のいる大路の方向に向ける。

 もしかしたら、エリカの大声で認識阻害の効果が途切れたかと思ったのだ。

 だが、何人かきょろきょろしている者もいたが、一郎たちに視線をとめる者まではいない。

 樹木の影になっているとはいえ、声を完全に認識して、視線をこっちに向けて探せば、容易に見つけることができる程度の距離と隠蔽だ。

 かなりの激しいエリカの声だったが、なんとか、ぎりぎりで完全に認識阻害効果がなくなる事態にはならなかったらしい。

 とりあえず、エリカとガドニエルのためにも、ほっとした。

 

「は、はい、だ、大丈夫です」

 

 ガドニエルの口の周りは、エリカと一郎の精と愛液ですっかりと汚れていた。

 一郎は舌で丁寧にその全部を舐め取ってやる。

 

 また、エリカについては、もう腰が抜けてしまったかのように、樹木を背にして呆けたままだ。

 虚ろな目で、まだ荒い息をしている。

 エリカについては許してやるか……。

 

 一郎はチョーカーもリードもクリピアスに結ばれていた糸もエリカから外して、全部、仮想空間に収納した。

 さらに、さっき口から吐き出した下着に代わる清潔な白い下着を、乱れているスカートの上に出現させる。

 だが、エリカは反応を示さない。

 手を動かすのもだるいのか、まだ座り込んだままだ。

 とりあえず、エリカはそのままにして、一郎はガドニエルの顔を綺麗にする作業に没頭することにした。

 

「んああっ、ああ……ご、ご主人様……あああ……」

 

 一郎に抱かれて顔を舐められ、ガドニエルはもう感じ入ってしまったらしく、艶めかしく身体を悶えさせる。

 ただ、太腿だけは激しく擦り合わされ続けている。

 痒いのだろう。

 露出しているガドニエルの身体は、すっかりと上気し、全身が脂汗で濡れ光っていた。

 

「痒いか、ガド?」

 

 一郎は舌を動かすのをやめて、貞操帯の上からぐっと股間を押すようにしてやった。

 あらゆる外部からの刺激を遮断する貞操帯において、唯一の例外が一郎の手だ。

 

「ああああっ──」

 

 固い革だから大した刺激ではないはずだが、痒みに襲われ続けたガドニエルの股間にやっと加わった刺激だ。

 ガドニエルが声を張りあげた。

 しかし、一郎が困惑するほど、こっちの声が大きい。

 

 おいおい……。

 大丈夫か……?

 

 一郎はちらりと樹木の影から前庭に視線をやった。

 まあ、いざとなったら仮想空間に隠せばいいかとも考えた……。

 とりあえず、今度も通行人に変化はない。

 これも魔道具の許容範囲ということか……。

 

 一郎はガドニエルの貞操帯から手を離す。

 すぐに、ガドニエルが激しく腰を振りだした。

 

「ご、ご主人様、もう気が狂いそうです。お願いです。どうか、ガドにお慈悲をください」

 

 そして、ガドニエルが必死の表情で声をあげた。

 涙をぼろぼろとこぼしている。

 痒みで、どうかなりそうなのだろう。

 一郎はガドニエルに挿入したままの張形の蠕動をさせた。

 

「おおおおっ」

 

 長い脚を擦り合わせるようにして、ガドニエルの身体が突っ張る。

 一郎は後手に拘束されたままのガドニエルの身体をぎゅっと抱き締めた。

 股間の淫具に淫魔力を注ぐ。

 一気に最大振動だ。

 ただ振動しているだけじゃなく、さらに掻痒剤と媚薬を股間の中に撒き散らしてもいる。

 ガドニエルの顔が白目を剥いたような感じになった。

 

「ほおおおっ、んふううっ、あああああっ」

 

 そして、ガドニエルがひっくり返りそうになるくらいに、一郎の腕の中で全身を弓なりにした。

 その腰ががくがくと震える。

 そのまま、あっという間に絶頂してしまった。

 

 一応、すぐに前庭に視線を向けて確かめる。

 まだ、大丈夫……。

 もっとやっていいかもしれない……。

 

 今度は、一郎は振動を停止してしまう。

 苦しいのはこれからだ。

 一度刺激を受けてしまうと、それからの痒みの苦しみは二倍にも三倍にも感じるだろう。

 

「あああっ、ま、またあ──」

 

 やはり、絶頂の余韻に耽る様子もなく、ガドニエルがまた痒みに身体を暴れさせる様子を示して出す。

 一郎は、腕の中にいる女王のあられもない姿に、思わずにんまりしてしまう。

 

「とりあえず、小便と大便だけはさせてやろう……。ところで、穴は……。おおっ?」

 

 エリカを犯し始める前に命じた穴はどうなっただろうと思って視線をやってびっくりした。

 樹木と樹木に囲まれた場所に、直径一メートルくらい……、この世界の単位では“一ベス”程度の大きな穴が開いている。深さもそれくらいだ。

 これは一郎がまずかったか。

 なんに使う穴かということも説明しなかったから、こうなったのだろう。

 

 まあいいか……。

 一郎は苦笑した。

 

「随分とでかいな……。仕方がない……。この穴を跨げ、ガド……。魔獣並みに排便したって、この穴なら十分だろう」

 

「えっ?」

 

 ガドニエルは一瞬呆けるような表情をした。

 まさか、魔道で作らされた大穴が、自分の厠代わりとは想像もしていなかったのだろう。

 

「ところでガド、認識阻害の耳飾りは、身に着けているものが、身体から離れればどうなるんだ?」

 

 一郎はガドニエルを穴に押しやりながら訊ねた。

 

「か、完全に離れた瞬間以降は、もちろん、認識阻害の効果の外です。で、ですが……跨げって……。まさか……。こ、ここで……ですか……?」

 

 ガドニエルは穴の縁に追いやられて当惑気味に言った。

 

「できるだけおしとやかにしろよ、ガド。女王らしくな……。今度はもっとばれやすいかもだから……」

 

 一郎は、ガドニエルの身体を前側から支えるようにしながら、強引に穴を跨らせる。

 

「そ、そんな──。こ、こんなところでなど……」

 

 さすがにガドニエルが狼狽えた声をあげた。    

 だが、抵抗だけはしない。

 一郎に強要されるまま、大きく脚を開いて大穴を跨ぐ。

 

「これが調教だ。しっかりと狙いを定めろと言いたいところだけど、これじゃあ、ずれようもないか」

 

 一郎は笑いながら、貞操帯を仮想空間に収容した。

 そこ瞬間に、限界を越えた尿意と便意を堰き止めていた淫魔術も消滅する。

 

「ああっ」

 

 ガドニエルが放尿するとともに、大便を噴出したのはすぐだった。

 すかさず一郎は、まだ挿入したままのディルドの運動を再開した。

 前庭の通行人に反応があれば、すぐに中断する準備もあったが、距離もあり、排便の匂いも届かないためか、反応は皆無だ。

 一郎は容赦なくディルド責めを継続した。

 

「ああっ、ひいいいいっ──。ご、ご主人様──。そ、それはお許しを──。ご主人様ああ──」

 

 糞便をしながら、淫具を動かされるという仕打ちに、ガドニエルが泣き声をあげて、腰をがくがくと揺らす。

 そのため、垂れ流している尿と便が大きな穴に広くまき散らされる。

 それだけじゃなく、ガドニエルはしなやかな身体をくねらせて、一郎に掴まれたままのたうち始めた。

 とにかく、世界一の美女とも謳われるガドニエルのすごい恥態だ。

 

 やがて、やっと排便が終わった。

 ガドニエルは精根尽きたような感じになってしまった。

 しかし、静かだったのは束の間だ。

 

「ああ、痒い──。痒いですう──」

 

 すぐに「痒い、痒い」と身体を暴れさせだす。

 

「あんまり動くな。拭きにくいだろう」

 

 一郎は穴の上からガドニエルを引きあげさせると、仮想空間から出した水の入った桶を布で、ガドニエルの股間や下半身を拭き始める。

 ガドニエルが恐縮したように身体を竦めたが、一郎はぴしゃりとガドニエルの臀部を叩いて、これもご主人様の仕事だと言った。

 

 ガドニエルは一郎の汚れた身体を拭いてもらいながら、だんだんとうっとりとした表情になっていく。

 しかし、やはり、痒みが我慢できないようであり、太腿はぶるぶると震えているし、苦悶の呻きのような声も漏らし続ける。

 

「ロウ様、この穴はわたしが……」

 

 まだだるそうだが、いつの間にか復活したエリカが穴に向かって魔道を放つ仕草した。

 

「頼むよ。俺はガドと、もうひと周りして来る」

 

 一郎は仮想空間から貞操帯とリードを出して言った。

 

「まだやるんですか?」

 

 エリカが一郎が出した貞操帯などを見て、呆れた声を出す。

 

「当り前だ。まだまだ、調教は足りないよな、ガド?」

 

「ああっ……」

 

 さすがに、痒みで死にそうになっているガドニエルが、いつものように「存分に調教をしてくれ」とは口にしなかった。

 排便の衝撃に動顛したせいか、涙をこぼしていたが、その顔をつらそうに引きつらせている。

 しかし、一郎は、問答無用で痒みに苦しむガドニエルの股間を再び貞操帯で封印した。

 ガドニエルが絶望的な声を出した。

 

 そして、雌犬散歩の再開だ。

 一郎は、再びガドニエルの首輪にリードをつけ、大路側に連れていった。

 

 二周ほど歩かせる。

 

 すぐにガドニエルは、一郎の歩みについていくことがつらそうになり、たびたび脚をよろけるような仕草になった。

 もちろん、それは振動と停止を繰り返している一郎の悪戯によるところもある。

 一郎は今度は、何度も何度も、股間の淫具を振動させたり、とめたりとした。

 そのたびに、ガドニエルは悶絶するような仕草をして、身体をよろけさせた。

 

 しかし、ガドニエルは滝のような汗を流しながら、必死の様子で歩き続けた。

 一郎も気がついていたが、ここまでくると、ガドニエルは股間の振動がしているときの方が、とまっているときよりも幸せそうな表情をするようになる。

 なにしろ、振動がとまっているときには、死ぬような痒みに股間が襲いかかられるのだ。

 また、それが、股間を動かされているときには、喜悦の身を委ねて、快感を堪能するような雌の表情に変わる。

 

 二周目ほど歩かせて、エリカが待っているさっきの場所にガドニエルを連れていったときには、ガドニエルは、精根尽きたのか、その場に膝をついてしまった。

 それでも痒みの苦しさに、腰だけは激しく動いている。

 

「ガド、大丈夫?」

 

 エリカが心配そうに声をかけた。

 

「よく頑張ったな、ガド。お前もご褒美だ。おかげで、かなりの淫気ももらったし、感謝するぞ。もちろん、エリカもだ。お前らがとても淫乱なので、俺も助かる」

 

「そんな……」

 

 待っていたエリカが恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 エリカは、すっかりと服装も整え、いつもの状態に戻っていた。

 ガドニエルが魔道で作って、跨って糞便をまき散らした大穴もまら、跡形もなく消えている。

 魔道で埋めたのだろう。

 

「はあ、はあ、はあ……。ご、ご主人様、もう……」

 

 ガドニエルはこれ以上進めそうにないくらいに、疲労困憊状態だ。

 

「わかっている……。もう許してやろう。うつ伏せになって尻をあげろ。俺の精を受ければ、痒みは収まる」

 

 一郎は地面の上にガドニエルを四つん這いにさせると、張形を抜き、ガドニエルの股間を後からぐいと怒張を挿入する。

 すぐに激しく律動させた。

 

「んぐううっ──。あああっ」

 

 ガドニエルは、全身をのけ反らせた。

 そして、あっという間に二度三度と達した。

 さらに、ガドニエルは、悲鳴にも似た嬌声をあげ、身体を激しく悶えさせる。

 

「うわっ、これも声が大きいな。エリカ、口を押えてくれ──」

 

 さっきのエリカよりも激しい声に、一郎は慌てて、エリカにガドニエルの口を押さえてもらわなければならなかった。

 ガドニエルは狂ったようにいき続けた。

 これはかなりのものだ──。

 しかし、このまま続けると、体力のないガドニエルは、そのまま起きあがれなくなるかもしれない。

 早めに終わることを決め、一郎はガドニエルの股間に精を放ち、痒み地獄からも解放してやった。

 ガドニエルは、完全に脱力してその場に果ててしまった。

 

「さて、部屋に戻るか。そろそろ、みんな待っているだろうし」

 

 だが、これが完全に終わりではない。

 一郎は、ガドニエルから男根を抜いた後、すぐに張形を挿入し直して、再びガドニエルの股間を封印した。

 さすがに掻痒剤や媚薬は許してやったが、今度はいくにいけないような微妙な振動だけを継続するということをするつもりだ。

 あがりきった快感の波を収めることができないようになり、ガドニエルは身体の強い疼きに苦悶し続けることになる。

 

 ふと顔をあげると、エリカが呆れたような表情を一郎に向けているのがわかった。

 一郎はにやりと微笑んでみせた。

 エリカが深く嘆息した。

 

「ねえ、大丈夫、ガド? 立てる?」

 

 一郎が身支度のために離れると、エリカが心配そうに声をかけて、ガドニエルを抱き起こす。

 

「はい、エリカ様……。でも、ああ……」

 

 拘束からも解放されて、上体を起こして身体をくねらせるガドニエルは、色っぽい声を吐息とともに吐き出した。

 その両手は股間を押さえるように貞操帯の股間部分に置かれている。

 さっそく、解放されない淫情の継続に身体をくねらせだしてもいる。

 一郎は、そのガドニエルに、スカートとマントを返してやった。

 

「とりあえず、部屋に戻るぞ。調教の続きは後でな」

 

 一郎は笑った。

 

「お、お情けありがとうございます……。そして、また、調教もお願いします。ガドはもう、ご主人様無しでは生きれません……。どんな破廉恥なことでも喜ぶ雌犬になりますから……」

 

「それも、規約だったか?」

 

 一郎は軽口を言って笑った。

 

「だ、第六条です」

 

 すると、ガドニエルご間髪いれずに答えた。

 

 

 

 

(第48話「クロノスの悪戯」終わり)



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 第49話  クロノス英雄式典
553 新たな情報


「叛乱?」

 

「ええ?」

 

 一郎は、イライジャからもたらされた情報に驚いて、スクルドとともに声をあげてしまった。

 ハロンドール王国において、向こうに残っていた女たちが策謀めいたことをして、王都を中心として大騒動を起こしていることは承知していた。

 なによりも、その策謀を一端を担って、騒ぎを拡大した女がここにいる。

 なにしろ、この女は、旅に出てなかなか戻ってこない一郎を追いかけるためだけに、その騒乱に紛れて自分の死を装い、これにより、王都の騒乱は後戻りのできない状況になったということなのだ。

 

 そして、イライジャからの情報は、混乱して錯綜していたハロンドールに関わる新たな情報のことであり、ついにハロンドール王国内で地方叛乱が勃発したというものだった。

 一郎がイライジャが冒険者ギルドの情報力を駆使して集めているものと、スクルドが「自白」した一郎を助けるための企みの告白から考察し、確かにいつ叛乱が起きても不自然ではない王国の情勢とは理解していた。

 だが、スクルドの話によれば、叛乱を発生させようとしているのは、スクルドが王都を離れる直前に王宮を封鎖したサキだけの計略であり、しかも、サキは一郎が王国内に戻らない限り、その叛乱の策略を起こさないはずだというものだった。

 しかし、いま、イライジャが持ってきたのは、一郎がいないハロンドール内でついに、地方叛乱が発生したというものだ。

 一郎は、傍らのスクルドに視線を向けた。

 

「わかりません。だ、だって、サキさんは、ご主人様を盟主にして叛乱を成功させて、王位に就かせる計画なのですから、ご主人様が戻らないのに、その前に叛乱を起こすわけが……」

 

 スクルドも驚いているようだ。

 ついに叛乱というのは、ほぼ当事者のスクルドにも意外だったみたいだ。

 一郎は溜め息をついた。

 

(いくさ)なんてものは、思いもよらない理由で引き起こったりするものだ。些細で馬鹿馬鹿しい理由で殺し合うことになった歴史なんて珍しいものじゃない。遊びのような感覚で、軽はずみなことをやりだすんじゃなかったな」

 

 自分自身、柄にもなく嫌味っぽい物言いかもしれないと思ったが、思わずスクルドを批判するような言葉が口に出てしまった。

 スクルドは恐縮するように、珍しくも意気消沈するように顔を床に向けた。

 

 帰国前に、ガドニエルが開催してくれることになった「英雄式典」とやらに出席するために待っている控え室である。

 ロウについては支度は終わり、すでに正装に着飾ってもらって、準備万端に整っている。

 いまは別室で衣装を合わせている女たちの準備と、式典そのものの開始刻限を待っているところだ。

 また、目の前のイライジャについても、衣装の着付けは終ってる。準備が終わっていないのは、ここにいない女たちの全員である。

 

 そして、目の前のスクルドは式典には出ない。

 なにしろ、これから行う英雄式典とやらは、ガドニエルとアスカの魔道力、さらに、エルフ族王家の魔道技術を駆使して、世界通信として映像の一部が各国に流されるらしい。

 そうなれば、ハロンドール王に殺されたはずの、敬虔で美貌の女神殿長「スクルズ」が生きていたことが、公になればまたもや大騒ぎになる。

 従って、スクルドは準備する必要はなく、一郎の支度の手伝いで一緒にいたのだ。

 

「……いえ、どうやら、叛乱はスクルドさんが言っていたマルエダ辺境侯の勢力ではないみたいなの。ハロンドール王国の南西部……。マルエダ辺境侯が兵を集めているのが王国の東側でしょう。王都を挟んで真反対ね」

 

 イライジャが言った。

 

「南西部?」

 

 一郎は首を傾げた。

 つまりは、王都の女たちが引き起こしたものとは別口ということか?

 また、南西部と言われて、思い出すことがあった。

 その地域はもともとが、あのキシダインが自分の勢力基盤としていた地域だったと思う。

 そのため、キシダインが権勢を保っていた時代は、さまざまな優遇処置の施策によって繁栄もしていたが、キシダインを失脚させるためのマアの流通攻撃と、キシダイン失脚後の特権取りあげによって、一気に地域として衰退していたはずだ。

 旨味を吸えなくなって、没落した者も多いはずだ。

 もしかしたら、そういう恨みを抱いていた勢力が、王都の混乱に乗じて、叛乱の旗を掲げるのは、大いに考えられる。

 

「とにかく、叛乱が起きたことだけは事実みたいよ。ナタル森林からしても反対側になるけど、王都の混乱、西の辺境侯、次いで今回の南側の地方叛乱……。一気に不穏な状況に変わったわ。あなた自身への捕縛指示もそのままの状況だし、わたし個人の意見としては、やっぱり帰国は賛成しないわね」

 

 イライジャがさらに言った。

 しかし、一郎は首を横に振った。

 

「いや予定通りに戻るよ。エルフの都の名残も惜しいけど潮時さ。ましてや、ハロンドールはいまや、俺の故郷になりつつある。なにができるかわからないけど、そういう状況なら、なおさら帰る。俺の女たちのいるところだし」

 

 一郎は笑った。

 

「わかったわ。じゃあ、引き続き情報を集めるわ。ただ、どうしても、ここは遠いのよ。情報集めも限度がある……。あなたの親衛隊が同行するんだから、混乱に乗じて、強引に国境突破するというのもひとつの方法だわ」

 

 イライジャが小さく首を数回縦に動かす。

 とにかく、今日の英雄式典が終われば、いよいよここを出発して、ハロンドールの王都に向かう帰途につく予定になっている。

 それで、ずっと王都動向を調査し続けてきたイライジャが、この待ち時間を活用して、最終的な情報をロウに伝えてくれているところだ。

 それに、やはり独自の情報網を持つノルズが加わってくれた。

 ノルズもまた、その情報網で、それなりに調べてくれていたようであり、今日はこの控室まで、ノルズもまた、イライジャとともにやって来てくれたところだ。

 

「ロ、ロウ様、わたしの調査でも同じです。辺境侯とは別の南西部で叛乱発生です。ついでにいえば、こいつの仕掛けたナタル森林とハロンドール王国の国境にあたる森林の林縁部の一隊も健在です。そいつらが密かに展開して、ロウ様を捕らえる罠を作っている状況に変化ありません」

 

 ノルズが口を挟んだ。

 ロウは思わずくすりと笑ってしまった。

 どうでもいいけど、ノルズはロウの前に来ると、がちがちに緊張したような態度になる。

 他の者に訊くと、他者には気が強く、傍若無人ともいえる態度をとるらしいので、一郎だけに対する独特のもののようだ。

 どうでもいいから、普通にしてくれと頼んでいるのだが、これが普通だと真顔で拒否され続けられている。

 いまも、一郎相手にがちがちに緊張している素振りを見せるので、なんだかとても面白い。

 つい悪戯を仕掛けたくなるが、さすがに、いまは自重すべきだろう。

 

「あら、ノルズ、それは罠というほどのものじゃないわ。あのサキさんがナタル森林から戻るロウ様を捕らえて、準備している辺境侯軍と強引にでも合流させるために展開させている隠し兵だわ。問題ないわ」

 

 スクルドがあっけらかんと言った。

 これについても、スクルドから「白状」させて承知している。

 網を張っているのは、なんとシャングリアの実家のモーリア男爵の準備した一隊であり、そこには、ジャスランというサキの女眷属が待ち構えているというのだ。

 さらに、スクルドは、そのジャスランを出し抜いて、ナタル森林に来るために、ジャスランとやらとひと悶着起こしてきたというのだ。

 それをあっけらかんというスクルドには、呆れたものだった。

 

「それを“罠”っていうんだよ、スクルド。なにが問題ないなんだよ」

 

 ノルズもまた、呆れた表情をしている。

 

「まあいい。とにかく、こうなったら、可能な限り早くハロンドール側に戻って、正確な状況を把握する。それを第一目標にしよう」

 

 一郎は言った。

 

「わかったけど……」

 

 正装姿のイライジャは、まだ不安そうな感じだ。

 さて、そもそも、目の前のイライジャがすっかりと支度が終わっていて、ほかの女たちの支度が終わっていないことについては特段の理由はない。

 例によって調子に乗り過ぎて、朝から女たちを抱いているうちに、うっかりと抱き潰してしまったという、至っていつもの平凡で些細な日常のことが理由だ。

 

 しかし、式典においては一郎だけでなく、女たちもガドニエルから提供をしてもらう正装にならなければならず、むしろ女の支度は一郎よりも遥かに時間がかかるそうだ。

 しかし、冒険者ギルドに集まっていた情報を確認するために、前の夜はギルドに泊まっていたイライジャが水晶宮に戻ったときには、まだ一郎の女たちは、ことごとく床に突っ伏している状態だったのだ。

 イライジャが、一郎に対して激怒したのはいうまでもない。

 

「それと、その発生した地方叛乱というのは、もしかしたら、アーサーの計略かもしれません、ロウ様。タリオが前からカロリック侵攻を計画していたのは事実です。しかし、それをすると、大国のハロンドールがどう動くか予想できずに自重していたんです。だけど、帝国の陰謀ということで大義名分を得て、今回カロリック侵攻を実行に移しました。もしかしたら、ハロンドールが向こうのことに手を出せないように、なにかの陰謀をしたのかもしれません」

 

 ノルズが神妙な調子で言った。

 これも、不確定な情報だが、パリスのやった冥王復活の陰謀を口実に、タリオ公国は軍を皇帝直轄領、次いで、隣国のカロリック公国に進めたということだった。

 指揮をするのは、アーサーの部下のランスロットという若い将軍だそうだ。

 アーサーと一郎が対立した、アーサーのハロンドール王都の訪問のときに、一郎はランスロットと会っていて、彼の真面目そうな雰囲気をよく覚えている。

 どうでもいいことだが、魔眼でステータスを覗いたときに、ランスロットは“童貞”と表現されていたんだっけ……。

 どうでもいいことだが……。

 

 また、ノルズは一郎の女として尽くす傍ら、タリオの諜報員もしていて、いわゆる“二重スパイ”のような立場だ。

 危険を承知で、ノルズは一郎に不利になる動きがないかどうか、探ろうとしているのである。

 

「ええ、そうなの? なにか知っていることがあるなら、わたしに言ってくれなきゃ困るわよ、ノルズ。情報源はできるだけ多くあった方が正確なことを推測できるんだから」

 

 イライジャがノルズに横から言った。

 すると、見ているだけの一郎がたじろぐような鋭い視線をノルズが一郎に向けた。

 

「なんだい──。あたしがなんで、あんたに情報を回さないとならないんだい──。あんた、イライジャって、いうんだっけ?」

 

 ノルズの鋭い視線に、イライジャがたじろいだようになった。

 こっちが素なのだと思うが、一郎も顔を強張るくらいのすごい殺気だ。

 垣間見たノルズのど迫力に、一郎もちょっと緊張してしまった。

 

 だが、一郎の視線に気がついたのだろう。

 ノルズがはっとしたように一郎を一瞥すると、すぐに顔を取り繕って、顔を真っ赤にして俯かせてしまった。

 そのギャップが面白すぎる。

 一郎は噴き出しそうなった。

 しかし、そのノルズが改めて、イライジャに視線を向ける。

 

「も、もちろん、ロウ様のご命令なら、これからもずっと、いくらでも情報は流します……。いずれにしても、もちろん、アーサーの思惑は探り直します」

 

 ノルズがイライジャと一郎を交互に見ながら言った。

 

「いや、無理に探るために動いて、ノルズが危険になるのは避けたい……。それにアーサーの謀略はいい。それよりも、カロリックに侵攻したタリオ軍に関する普通の情報が欲しい。むしろ、そっちの情報が乏しいしね。ノルズはそっちを頼むよ」

 

 一郎は言った。

 その程度なら、ノルズは大した苦労もなく情報を集めてくるだろう。

 ノルズは一郎に一途過ぎて、一郎が求めれば、危険を承知で深い情報まで集めようとするだろう。

 だが、勘にすぎないが、今回はそんなことまでする必要はない気がするのだ。

 だから、一郎は敢えて、危険のなさそうな情報集めをノルズに頼むことにした。

 

「わ、わかりました。い、命に変えても、ロウ様のご期待にこたえます」

 

 声をかけられて、ノルズは顔を真っ赤にして裏返ったような声をあげた。

 また、一郎に指示を受けたことで、本当に嬉しそうな表情にもなっている。

 二重人格か……と突っ込みたくなったが、ノルズと向かい合うように座っているイライジャは、一郎に対する態度と、イライジャに対する態度の違いに目を丸くしている。

 

「まあ、可愛いわね、ノルズ」

 

 すると、横のスクルドがにっこりと微笑んで言った。

 

「ああ?」

 

 しかし、ノルズは一転して不機嫌そうにスクルドを睨みつけた。

 だが、イライジャとは異なり、慣れているのかスクルドはたじろぐような素振りはしない。

 にこにこしているだけだ。

 

「とにかく、二度と帰らないわけにはいかないから、無理をしてでもハロンドール王国内に戻る。ノルズは得た情報をラザに伝えてくれ。そのラザからガドに情報が渡り、俺たちに届く。逆もまたそうだ。そうやって連携していこう」

 

 一郎は言った。

 

「わかったわ……」

 

「わかりました」

 

 イライジャとノルズがそれぞれに頷いた。

 いずれにしても、これまでの情報で、一郎が認識している王都の異変は以下のようなものだ。

 

 

 

〇 まずは、王太女イザベラと元王女アンが一郎の子を孕み(アンについては、おそらく、一郎の淫具がもたらしたノヴァとの子だと思うが)、離宮に蟄居させられた──。

 

〇 一郎が王国中に手配をされ、入国次第に捕えよという国王命令が、全王軍や各領主に通達された──。

 もっとも、これはアネルザたちが、王都で騒動を繰り返したことで、ほとんど実体をなくしている。

 一気に求心力を失ったルードルフの行いのために、一郎の捕縛指示など吹き飛んでしまっている。

 

〇 王妃アネルザは、王命により逮捕され、いま現在も、王都内の貴賓者用の囚人塔に監禁されていることになっている──。

 もっとも、これはアネルザたちの工作であり、実際にはアネルザはイザベラたちを追って、ノールの離宮に隠れているらしい。

 アネルザは、そこから父親のマルエダ辺境侯の縁のある大貴族に手紙を送り、反ルードルフの旗を掲げさせようとした――。

 また、アネルザが本来やろうとしたのは、ルードルフに悪政をやらせ、大貴族たちからの退位要求をつきつけて、王位をイザベラに譲位させることだった。

 

○ ハロンドールの冒険書ギルドを束ねるの副ギルド長のミランダが交代し、副ギルド長がサキになった──。

 これもまた、スクルドを含む王都に残った一郎の女たちの工作であり、実際には身を隠したミランダは、ルードルフを退位させるための世論工作を密かにやっている――。

 

〇 だが、ルードルフを悪王に仕立てあげる陰謀が思いのほかうまくいきすぎ、王都では暴動騒ぎに発展していること。

 特に、スクルドの私的な欲求が絡んでいる偽装処刑によって、大暴動が起こった。

 

〇 そして、アネルザと共同したはずのサキは、実はアネルザやミランダとは考えが違っていて、一郎を王位につけるために、内乱を引き起こそうと考えている。そのために、サキはピカロやチャルタという眷属を使って、王宮や王軍を乗っ取り、さらにルードルフの身柄を押さえている――。

 

◯ 考えの違いや、主導権争いの末に、どうやら、王都の女たちは決定的に喧嘩したらしく、サキは王宮を乗っ取ったまま閉鎖し、完全に外部との連絡を遮断している――。

 ところが、そういう状況を承知し、よくきけば、それに拍車をかけたらしい当事者のひとりのスクルドは、一切を放置して、一郎のところに来てしまった――。

 

◯ さらに、サキとともに王宮を支配するテレーズという女官がいて、得体の知れない能力があるようだということ。

 但し、彼女についても、スクルドはほとんど関与しておらず、彼女の情報は、まったくない――。

 

◯ そして、最後に、サキが企てていた内乱ではなく、南西部という別の地域で地方叛乱が起こったらしい――。

 

 

 

 これらのことが王都や王国内で起きているのだ。

 一郎たちが王都を出立したのが約二箇月前くらいなので、なんという変化だろう。

 

「……とにかく、王都に帰還するという考えは変わらないということでいいのね、ロウ?」

 

 イライジャが溜息をついた。

 一郎は大きく頷いた。

 

「おそらく、これ以上はここにいても、事態は動かないと思うね。だが、俺が帰国することで、なんらかの反応もあるだろう。それで大概のことはわかるさ。とにかく、ハロンドールに密かに入るのは難しくなさそうだし、。とりあえず、戻る……。ガドやみんなとの約束もあるしね。公爵になって、結婚をしないとな」

 

 一郎は笑った。

 だが、イライジャとノルズのふたりは深刻そうな表情を崩さない。

 心配をしてくれているのだろう。

 

「問題はありませんわ。わたしも、ご主人様の望みのとおりになるように頑張ります」

 

 一方でスクルドは、にこにこと呑気そうにしている。

 騒動の当事者のひとりなのだが、あまり深刻にも考えてないみたいだ。

 一郎は苦笑した。

 

「ねえ、公爵って、本気なの? 本当にそんなことを目指すの?」

 

 イライジャが眉をひそめながら言った。

 まあ、常識で考えれば、不可能だろう。

 一介の冒険者の一郎が、王族にしか与えられないような公爵位を正式に得ようというのだ。

 しかし、一郎はやりようはある。

 なんだかんだで、王太女のイザベラも、王妃のアネルザも一郎の女だし、寵姫サキを通じて国王自身にも手が届く状況にある。

 あいつらのことは、一郎が戻りさえすれば、すぐに解決させる自信はある。

 まあ、今回のことで状況は変わってるかもしないが、場合によっては、それも活用すれば……。

 

 もっとも、新しい情報である地方叛乱というのは、ちょっと気になる……。

 これについては、どうやら、一郎の女たちの思惑の外であるようだし……。

 

「まあ、やってみるさ。どうしても無理なら、結婚の手段はまた考える。だけど、お前たちふたりは、本当に結婚を望んでいないのか? スクルドはまあ、当分は無理だろうけど」

 

 訊ねた。

 ガドニエルの求婚を契機に、エリカたちとの婚姻も決心した一郎だったが、どうせだから、誰も彼も一気に結婚をしてしまおうと思っていた。

 一郎の女たちの全員とだ。

 

 だが、このふたりには断られた。

 イライジャは、結婚という関係ではなく、少し一線を引いた愛人程度の関係が気楽だと言うし、ノルズについては、タリオ王国に属する間諜という立場があるので、一郎との関係は公にはできない。

 ふたりとも、決意は頑なだったので、無理強いはしてない。

 一郎自身も、妻であろうが、愛人であろうが、彼女たちに対する想いに変化はない。

 ただ、エリカたちは、その方が喜ぶので、夫婦という正規の関係を選んだだけだ。

 

「いまの関係が一番いいわ」

 

「あ、あたしもです」

 

 イライジャとノルズがそれぞれに言った。 

 

「わたしは、ご主人様のお屋敷で飼っていただける雌犬にしてもらえれば……」

 

 スクルドだ。

 イライザャとノルズは呆れた顔をしている。

 もっとも、スクルドとは、ほかの女同様に結婚する約束をしている。

 だが、今日の式典同様に、死んだことになっているスクルドを表には出せないかもしれない。

 だから、結婚式のやり方は考える必要はあるだろう。

 

 そのときだった。

 アスカがやって来た。

 

「小僧、そろそろ刻限だ。行くよ」

 

 アスカは水晶宮の女太守としての見事な装束を身に着けている。

 胸が開いたデザインの真っ黒なドレスだ。

 大人の風格を持つアスカに本当に似合っている。

 だが、スカート丈は大胆に、膝上でカットされている。

 この新しい正装の意匠には、かなりの悶着もあったと耳にするが、ガドニエルも同じように、大胆に短いスカート丈にしていて、この色っぽい衣装が、今後の新しい長老家姉妹の正式の恰好だと、強引に乗り切ったようだ。

 

「よく似合っているよ、ラザ。俺好みだ。そのまま、抱きたくなる」

 

 一郎は立ちあがりながら言った。

 

「い、いまは駄目だよ、小僧──。だ、駄目だからね──」

 

 軽い冗談のつもりだったが、アスカが顔を真っ赤にして、大きくたじろいだ反応を示した。

 一郎は笑ってしまった。

 だったら、本当にしようかな。

 それとも、神聖で敬虔な式典の最中に、淫魔術で悪戯をするとか……。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「ロウ様──」

 

「ご主人様──」

 

「ロウ──」

 

「ご主人様──」

 

 すると、別室で準備をしていたエリカ、コゼ、シャングリア、そして、マーズ、ミウ、イット、ユイナたちが一斉に部屋に入ってきた。

 彼女たちもまた、一郎とともに今日の式典で栄誉を受けるのだ。

 そして、どの女もとても綺麗に着飾っているし、怖ろしいほどの色っぽい。獣人のイットも令嬢ばりに美しく整えてもらっている。

 なにか落ち着かない感じなのが面白いが……。

 

 また、最年少のミウでさえ、ちょっと気後れするような色香を漂わせている。

 この全員が一郎の女であり、どんな破廉恥なことをやろうと、どんな変態的な「プレイ」をしようとも、悦んで受け入れてくれるというのは、考えてみれば、一郎は果報者だろう。

 とても、本当のこととは思えない。

 

「全員、綺麗だ。いつもの服装もいいけど、たまには、見事な衣装も悪くない」

 

 一郎は言った。

 すると、どの女も嬉しそうな表情になった。

 

「……でも、どうせ、あんたは、すぐに裸にしてしまうんでしょう? 変態なんだから」

 

 ユイナが茶化すように言った。

 そのユイナも、今日は美しく着飾っている。

 ゲートの基本設計立案の功績で、ガドニエルの名で、これまでの罪には恩赦がなされた。

 奴隷については、結局免れたのだ。

 まあ、奴隷の刻みをしようがすまいが、ユイナを完全支配していることには変わりなく、一郎としてはどうでもいい。

 結局、ガドニエルに頼んで、エルフ族の掟とやらはなんとかしてもらった。

 コゼなど、甘いと立腹していたものの、強引に受け入れさせた。

 まあ、説得方法は一郎のやり方だが……。

 

「お前らも、準備はいいね。転送術で水晶宮の庭園に準備された会場に入る。すでにガドニエルがお待ちかねさ、行くよ」

 

 アスカが声をかけた。

 転送術に備えて全員がロウの周りに集まる。

 すぐに、魔道が発生して、転送術で転移する独特の感覚が襲ってきた。

 

 いよいよ、ガドニエル主催の一郎たちに対する栄誉の授与式、

 

 すなわち、「英雄式典」だ──。



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554 英雄誕生

 水晶宮の庭園に急遽作られたという式典会場には、多くのエルフ族が集まっていた。

 その人数は、三千、いや、五千人はいるだろうか。それとも、もっと?

 それなりの大きさのある庭だが、見渡す限りの向こうまで人が集まっている。

 よくもこんなに集めたものだ。

 エルフ族が多いものの、人間族を含めて、ほかの種族も混じっている。水晶宮で働く官吏や軍人だけでなく、一般のシティの民衆も集めたのだろう。

 おそらく、ガドニエルやアスカの手配だ。

 

 できるだけ多くの者に式典を見せたい──。

 そういえば、ガドニエルがそんなことを閨で口にしていた気がする。

 それとも、それを言ったのは、アスカだったか……?

 

 いずれにしても、ここに集まった者たちばかりでなく、魔道通信でシティに映像を公開しているし、各王国等の首脳にも、式典の模様は流されるのだそうだ。

 これは、この式典の位置づけが、一郎たちへの栄誉授与式というだけでなく、水晶宮とイムドリスが皇帝家の陰謀によるパリスの支配から、完全に解放されたということを知らしめる対外的な儀式でもあるからだそうだ。

 

「すごいねえ……。まあ、集まっている者たちが注目しているのは、ガドであり、突如として現れた女王の美貌の姉のラザだろうけどね……」

 

 一郎は、ロウの介添人として横にいるアスカにささやいた。アスカのことを本名のラザニエルからとり、“ラザ”と呼ぶのも慣れてきた。

 考えてみれば、この世界に召還されたとき、目の前のアスカから殺されそうになって逃亡したときには、まさかこんな風になるとは思わなかった。

 しかし、いまや、アスカことラザニエルも、エルフ族の女王でアスカの妹のガドニエルも一郎の性奴隷なのだ。

 

 式典はすでに始まっている。

 いまは、一郎に対する栄誉の授与に先立ち、女たちに対する栄誉授与が行われているところだ。

 よくはわからないが、演出上、一郎に対するものとは別にするらしい。

 だから、一郎はアスカとともに、台上の一部に準備されている椅子に腰掛けたままである。

 

 台の中央に視線をやる。

 美男美女揃いのエルフ族の高官が居並ぶ中、着飾った一郎の女たち、すなわち、エリカ、コゼ、シャングリア、マーズ、ミウ、イライジャ、イット、ユイナが緊張した面持ちで、ガドニエルから贈られる赤い光を放つ銀細工の飾り付きのブローチのようなものを胸に装着してもらっている。

 あれが、勲章なのだそうだ。

 残念ながら、表に出ると都合が悪いノルズとスクルドについては、あとでこっそりと同じものを渡すことになっているそうだ。

 いまは、会場の奥で、ふたりでこの式典を見守っているはずだ。

 

 女たちが受け取っているのは、「金月(きんげつ)勲章」とか言っただろうか……。

 とにかく、エルフ族女王の贈る栄誉としては、もっとも権威のある名誉だと言っていたと思う。

 また、名誉には報酬も付随していて、今後毎年、彼女たちが死ぬまでの間、ずっとかなりのまとまった年金が水晶宮から支払われるのだそうだ。

 冒険者パーティとしてではなく、ひとりひとりの個人に対する報酬というのは、全員が驚いていた。

 特に、これまで自分自身の財産というものに縁のなかったコゼやイットなどについては、その報酬額の大きさにも目を丸くしていた。

 

 式典は、そのイットが勲章をもらう番になっている。

 アスカによれば、おそらく獣人族で水晶宮に入ったのは、イットが最初だろうということだ。

 だが、それに対する特段の混乱のようなものは感じない。

 完全にガドニエルとアスカが、根回しをしてくれたのだと思う。

 それにしても、そのことでも、改めて、この土地における獣人族の地位の低さのようなものを一郎は感じた。

 

 一郎は視線を台の下の民衆に向けた。

 この式典の場所は台上になっていて、こちらに面する庭に数千の聴衆がびっしりと埋まっている。

 みんな、それなりの着飾った服を着ているが、明らかに平服の者たちも混じっている。

 それにしても、改めてエルフ族は美男美女揃いの種族なのだと思った。

 集まっている者の多くがエルフ族なので、誰も彼もが外観が美しく、体形もすらりとしており、見目麗しいのだ。

 台上と会場の要所に立っている水晶軍の警護兵についても、深紅の軍装に身を包んでいて、ひとりひとりが、ひとつの芸術品のように綺麗だ。

 一郎は感嘆していた。

 

「わたしはともかく、ガドニエルが一般民衆に姿を現すなんて、滅多になかったことだからね。イムドリスに引っ込んで表に出ないことで、ずっと権威と象徴を保っていたんだ。それだけでなく、水晶宮そのものが一般市民に開放されることは、これまで一度もなかったのさ。物珍しさで集まっている者も大勢だよ……。お前についても、いまは物珍しさかもね……。ガドニエルから最高の感謝を贈られるらしいという人間族の男がどんな者なのか、ちょっと興味があるということかね」

 

 アスカが顔を寄せ、にやりと微笑んで、一郎の耳元でささやいた。

 彼女がガドニエルたちと一緒でなく、一郎の横にいるのは、水晶宮の太守であり、女王にしてエルフ族女王のガドニエルの実の姉のアスカが、一郎の世話人、つまり、介添人を務めることで、一郎の権威付けをしてくれようとしてくれているらしい。

 あまり遠慮する理由もないので、今回は彼女たちが準備する段取りに大人しく乗っかっている。

 

 それに、これまでは、目立たないように、ハロンドールの王都でも影に隠れて、あまり表には出ないように、ずっと気を使ってきたが、これからは違う。

 できるだけ積極的に表に出て、功績や栄誉などを手に入れなければならない。

 ガドニエルに求められたものに応じた以上、全力でそれに努力するつもりだ。

 それが、彼女ほどの身分の女性が、一郎のような一介の風来坊に、心を寄せてくれたことに対する気持ちというものだろう。

 馬鹿みたいな夢物語だろうと、エルフ族女王の正式の夫になり得るような身分に成りあがってやる。

 一郎はそう決意していた。

 

「だけど、これだけの美男美女と一緒に並ばされるなんて、ある意味拷問かもね。ひとりだけ、貧相な男がいるなあとか、思われているんだろうな」

 

 一郎は自嘲気味に微笑んだ。

 ガドニエルが劇的なほどに美しいのは当然だが、豪華な装束に身を包むエルフ族の高官たちも綺麗であり、一郎の女たちも負けず劣らずに、美しくて可憐で可愛らしい。

 一郎の横にいるアスカだって、とんでもない大美人だ。

 どうしても、自分だけは貧相に見えてしまうだろう。

 だが、アスカがくすりと笑った。

 

「いや、お前は、なかなかに目立っているし、ここにいる者の中では一番の存在感を出しているよ。自分で気がついていないのかい?」

 

 アスカがささやいた。

 存在感……?

 なにを馬鹿なことをと思った

 外見も中身も平凡な自分のことは、誰よりも一郎自身が知っている。

 だが、それ以上は口にしない。

 少なくとも、アスカはそう思ってくれているみたいだ。

 だったら、いいか……。

 

 それにしても、思ったよりも退屈だと思った。

 ふと見ると、台の中心では一郎の女たちに対する勲章授与が終わり、彼女たちの前に、ひとりの壮年のエルフ族の男が現われて、民衆に向かって喋り始めていた。

 どうやら、いま女たちに与えられた栄誉についての説明や、功績の内容について語っているみたいだ。

 一方で女たちは、まだ緊張している面持ちで、演説をしている男の後ろに横一列に並んで神妙にしている。

 

 一郎は淫魔術で、女たちの股間に刺激を送ってやった。

 そんなに強いものじゃない。

 ちょっとばかり、肉芽が振動をされたくらいの小さなものだ。

 女たちの顔が一斉に赤くなり、全身が一瞬がくりと身じろぎした。

 

 これは面白い……。

 

 一郎は、自分の手のひらを膝の上に出して、人差し指と中指で捏ねるように動かす。

 この指の動きに連動する刺激が遠隔で、女たちの股間に伝わるはずだ。

 さらに女たちが小さく悶えだす。

 必死に我慢する姿が可愛く、愛らしい。

 

 おっ──。

 

 エリカはやっぱり一番敏感なのか、ほかの者はそれなりに真っ直ぐに姿勢を保っているのに、ひとりだけ膝を割りそうになっている。

 さすがにちょっと加減してやるか……。

 エリカだけについては、遠隔刺激を小さくした。

 

 それで気がついたが、イライジャとユイナが、もの凄い形相で一郎を睨んでいる。

 悪戯を咎めたいようだ。

 だが、それは逆効果だ。

 返事代わりに、ふたりの刺激をお尻の穴にも拡大する。

 ふたりが同時に、歯を喰いしばって、ぐいと背伸びをする仕草になった。

 

「お前、なにかやってんのかい……?」

 

 すると横でアスカが怪訝そうな声でささやいた。

 一郎はアスカに顔を向ける。

 

「みんな退屈そうだしね。ちょっとした遊びだよ。ラザも参加するかい?」

 

 すると、アスカがぎょっとした顔になった。

 そのときだった。

 演説が終わり、男が中心から引き下がる。

 それに合わせて、一郎も悪戯を中止した。

 女たちが一斉にほっとした顔になる。

 

「お前の番だよ、小僧」

 

 アスカが小さく言った。

 一郎は立ちあがり、そのまま中心に向かう。

 入れ替わるように、女たちがたったいまままで一郎が座っていた場所にある椅子に移動してくる。

 すれ違うときに、女たちが一郎にひと言ありそうな顔でひとりひとり、一郎を見ていく。

 ただ、困惑顔の者、怒っている者、恥ずかしそうにする者、甘えてるような顔の者、ひたすら目を合わさないようにしている者、とにかく色々だ。

 一郎は全て知らん顔をした。

 

「ロウ卿はこちらに……」

 

 中心にいくと、ガドニエルがいつもとは異なる口調ながらも、恭しそうに一郎に礼をとり、たったいままで自分がいた、さらに一段高い台に、一郎を促した。

 一郎はちょっと驚いた。

 そこは、エルフ族女王の席だ。

 

「わたしの命を救ってくださり、イムドリスを解放していただいた英雄様に、高い場所から遇する礼をわたしは知りません。どうか、こちらに……」

 

 ガドニエルがはっきりとした口調で言った。

 その声はしっかりと会場にも、風の魔道で送られている。

 これも、演出なのだろう。

 一郎は頷くと、そのままガドニエルと入れ替わるように台にあがる。

 ガドニエルが嬉しそうな表情になった。

 

「栄誉の前に、すべてのエルフ族を代表して、お礼を……。そして、ガドニエル個人としても、最大限の感謝の意をここに……」

 

「妹とともに、感謝を……」

 

 すると、ガドニエルとアスカが一郎に向かって頭をさげて、その場に両膝をついた。

 物知らずの一郎だが、女が両膝を床につけて頭をさげるという動作が、貴人に対する最大の儀礼だということくらいは知っている。

 少なくとも、一介の冒険者、いや、たとえ、一郎がハロンドール王国の高位貴族だとしても、このふたりの身分と立場で、公の場でする動作じゃない。

 一郎は貴族とはいえ、子爵であり高位遺族じゃない。しかも、領地もないただの名誉爵位だ。

 むしろ、ただの冒険者という立場が正確だ。

 

 困惑した。

 だが、それに合わせるように、民衆側から割れるような拍手が起きた。

 一郎は民衆に面するように立っているので、拍手と歓声をあげる者の中心が、水晶宮の女たちだというのがわかった。しかも、一郎が「治療」のために抱いた女たちだ。

 その女たちが歓声をあげることで、その周囲もつられるように声をあげ、拍手を送ってくれている。

 これが集まって、どっという迫力で一郎に襲いかかる。

 さすがにたじろぐものを覚えた。

 

「……では、このガドニエルの名で栄誉……いえ、感謝の意を表すものを送ります……。まずは、ロウ=ボルグ卿に、天空勲章を贈りたいと思います」

 

 ひとしきりの歓声と拍手が終わると、いよいよ儀式となった。

 きれいな布を敷いた盆を女官が運んでくる。

 さっきの女たちがもらった「金月勲章」よりも、ひと周り大きい宝石が付けられた勲章が載せてあった。

 一郎の立っている台上にあがってきたガドニエルが、盆から勲章をとり、一郎の胸につける。

 事前に耳にしていたことによれば、まだ誰にも贈られたことがない、最高の名誉勲章らしい。

 それを最初に受けるのが、人間族の一郎ということだ。

 

「……本当に感謝しています。ガドにとっては、ロウ様に出逢えたのが一番の奇跡です……」

 

 勲章を胸に装着しながら、ガドニエルが一郎に聞こえるか聞こえないかの小さな声でささやいた。

 

「悪いけど、二度と解放はできないよ……。雌犬の女王様……」

 

 一郎もささやき返した。

 すると、それだけで感極まったような溜息をガドニエルが吐く。

 それだけでなく、ちょっと悶えるように、短いスカートから出る脚を擦り合わせるような仕草をした。

 言葉だけで、どれだけ感じるのだと呆れた。

 しかも、大したこと言ってないのに……。

 思わず頭を撫でたくなる衝動を抑えて、その代わりに軽く遠隔で股間を撫ぜる刺激を送る。

 

「んっ、ロ、ロウ様……ご主人様……」

 

 ガドニエルが真っ赤な顔になり、びくりと身体を跳ねさせる。

 そのとき、小さな舌打ちがした。

 台の下にいるアスカだ。

 真剣な顔で一郎に、小さく首を横に振っている。

 一郎は肩を竦めて、ガドニエルへの悪戯をやめる。

 

「あっ……」

 

 ガドニエルがほっとしたような、それでいて、少し残念そうな表情になって、軽く脱力したようになった。

 そして、勲章をつけ終わり、一郎に顔を向ける。

 なんともいえない、一郎に甘えるような可愛らしい表情だ。

 一郎も思わず微笑んでしまう。

 そのガドニエルが、一度大きく息を吐き、くるりと身体の向きを変えて、民衆側に身体を向け、一郎の横に立った。

 すると、アスカもあがってくる。

 一郎はふたりのエルフ女王姉妹に挟まれて立つかたちになった。

 

「このロウ=ボルグ卿は、エルフ族の英雄──。その英雄にふさわしいお礼を贈らなければなりません。まずは、ロウ卿に、エルフ族女王の名で栄誉姓を贈りたいと思います。まずは、“サヴァエルヴ”の姓を──」

 

 ガドニエルの言葉に、再び一斉に歓声を拍手が起きた。

 これについては、一郎は事前に教えられていなかったが、アスカが耳元でささやき、名誉姓といって、付け加えて正式に名乗ることのできる別姓ということのようだ。

 

「サヴァエルヴというのは、エルフの救世主という意味だ。歴代のエルフ族の英雄には贈られている。エルフ族以外でもらうのは、小僧が最初さ。まあ、小僧の英雄認定だね」

 

 そして、アスカが小さな声で言った。

 

「お姉様……。まだ、小僧って……」

 

 拍手の続く中、ガドニエルが不満顔でアスカをたしなめる。

 一郎は「問題ない」とアスカとガドニエルに小さく言った。

 しばらく、拍手が続いたところで、ガドニエルがそれを手で合図をして静める。

 

「また、ロウ=ボルグ卿には、一代限りのエルフ族の名誉上級貴族としての地位と、元老院会議参加の権限のある勲位も贈ります」

 

 ガドニエルが言った。

 またもや拍手が起きる。

 これは事前に聞いていた。

 つまりは、一郎が一代限りではあるが、エルフ族において、上級貴族の地位を与えられるということだ。

 ハロンドール王国でいえば、爵位をもらって貴族になるということと同等だ。

 上級貴族扱いの勲位であり、成りあがりを望む一郎が帰国に際して箔をつけるための贈り物ということだ。

 一応は、これで一郎もここでは上級貴族だ。

 王国に打診なしで爵位のようなものを受けるのは、本来であればご法度かもしれないが、貰ってしまえば、王国側でも、それなりに一郎を扱わざるを得なくなる。

 

「そして、最後に──」

 

 再び歓声を拍手を静かにさせたガドニエルが、また口を開いた。

 

「……まだあるの?」

 

 一郎も苦笑した。

 

「あるのさ。ふたりで考えたんだ。これこそ、とっておきの贈り物だ。まあ、ただの名誉だけどね……」

 

 アスカが耳元で言った。

 

「サタルスの姓をさらに栄誉姓としてお贈りしたいと思います──」

 

 サタルス──?

 また、苗字か?

 

 一瞬、しんとなったが、すぐに大きな歓声になった。

 

「“サタルス”というのは、エルフ語でクロノスの意味だ。こんな大それた姓なんて、エルフ女王家だから贈れるんだ。いずれにしても、これでお前は、いま生きている者の中では、唯一、クロノスの名を本名に持っている男ということになる」

 

 大きな歓声に混ざって語りかけたアスカが教えてくれた。

 この世界で、クロノスの名がどれだけ、価値のあるものとされているかは、もう一郎も知っている。

 その名を姓として、くれたということだ。

 

「素直に感謝するよ。だけど、よくも、これだけの栄誉を揃えられたね。元老院は反対しなかったのかい?」

 

 まだまだ歓声と拍手は続いている。

 一郎は手をあげて、それに応じながら、ふたりに言った。

 

「まあ、反対もあったけど、大したことはない。お前は、エルフ族の女を中心に、すでに人気者だしね。賛成する者の方が多かったよ」

 

 アスカが笑った。

 

「それにしても、これで俺の名は、“ロウ=ボルグ・サヴァエルヴ・サタルス”か? 随分、長い名になったなあ」

 

「その名で千年も二千年も、ロウ様の栄誉をエルフ族で語り続けます」

 

 ガドニエルがきっぱりと言った。

 

「大袈裟だなあ」

 

 一郎は笑った。

 だが、ガドニエルが真顔で「本当です」と応じた。

 

「……だったら、俺からもうひとつ欲しいものを要求していいかな、ガド?」

 

 台にあがっているのは三人だけなので、小さな声なら軽口でも、周囲には聞こえない。

 ガドニエルが一郎を見る。

 

「なんでも言ってください──。どんなことでも、なんでも準備します」

 

 ガドニエルが力強く言った。

 

「じゃあ遠慮なく……」

 

 一郎はガドニエルを抱き締めた。

 ガドニエルだけでなく、アスカはもちろん、台上のエルフ族の高官たち、さらに、気がついた民衆も驚いたような声を一斉にあげた。

 

「欲しいのは、ガドの愛だ。奪うよ──」

 

 ガドニエルの唇に唇を重ねる。

 ただ重ねただけじゃない。

 舌を差し入れ、ガドニエルの口の中にある感じる場所を舐めまくる。 

 ガドニエルが身体を硬直させたのは一瞬だ。

 すぐに、一郎に力強く抱きついてきて、舌を入れ返してきた。

 さらに、周囲が騒然となったのがわかった。

 

「……まったく……」

 

 呆れたような声はアスカだ。

 だが、怒ってはいない。

 苦笑している感じだ。

 一郎はしばらくのあいだ、ガドニエルとの口づけを続けた。

 

 この式典の会場で、ガドニエルの唇を奪うことは、最初から決めていた。

 大変な波紋と影響があることはわかっている。

 

 だが、ガドニエルは一郎の女だ──。

 

 誰がなんと言おうと──。

 彼女がエルフ族の女王であろうと、なかろうと──。

 ロウは、ひとりの女として、ガドニエルも愛している。

 彼女は一郎ものだ。

 表に出始めたガドニエルに対して、タリオ王国のアーサーをはじめ、あちこちの王公貴族が政略結婚の触手を伸ばしているのは知っている。

 

 だから、これは牽制だ。

 ガドニエルが一郎の女であることを大陸中に宣言しているのだ。

 

「……口づけくらいはいいけど、ここでセックスを始めないでおくれよ」

 

 アスカが半分笑って声をかけてきた。

 それを合図にするように、一郎はガドニエルから顔を離す。

 だが、その手はガドニエルの腰を抱いたままだ。

 ガドニエルが一郎にもたれかかるように身体を寄せる。

 とても、嬉しそうな顔だ。

 この表情を見れば、もう一郎とガドニエルの関係は、全員が理解しただろう。

 

「も、もしも、ロウ様が望むなら……。ガドはどこでも……、誰の前でも大丈夫です……。ガドは徹頭徹尾、ロウ様のものです──」

 

 ガドニエルがロウの顔をじっと見つめながら言った。

 心の底からうっとりとしているような目で……。

 

「いい加減にしないかい、色呆け女が──」

 

 アスカが舌打ちしたのが聞こえた。

 

「……それはこの後だね。部屋に全員を集めてくれよ。ブルイネンもね。それに、このあいだ、部屋に来たんだけど……アルオウィンも呼んでくれ。俺の元の女たちも含めて、明日の朝まで腰が抜けるまで愛してやる。そして、出発だ――」

 

「はい、ロウ様──」

 

 歓声とどよめきと拍手と多少の怒声がいまだに注ぎかかる中、ガドニエルがはっきりと聞こえる声で返事をした。

 アスカも、これについては駄目とは言わず、むしろ、恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

 

 

 

(第49話『クロノス英雄式典』及び「9章 エルフ族の英雄」終わり)






 *


【ロウ=サタルス】

 サタルス朝最初の人。出生年及び生年地は不明。彼の出自については、多くの歴史学者の研究があるが、まだ統一された見解はない。
 彼の出生に関する記録が、なぜ完全に抹消されているのかについては諸説あるが、伝承によれば……。

 (中略)

 ……彼には、二十人(さらに多いという説もある)の正妃がいたことが知られているが、最初に婚姻を宣言した女性が、当時、ナタル森林を中心として繁栄していたエルフ族の女王のガドニエル=ナタル・サタルスであることはよく知られている。(なお、ロウの正妃の第一妃は、最初の婚姻者のガドニエルではなく、エリカ=サタルスである。)

 彼は、旧帝国皇帝家の陰謀がガドニエルの治める宮殿を危機に陥れたとき、ガドニエルの姉のラザニエルとともに、ナタル森林に現れ……(中略)……。

 ……事件後に行われた栄誉式典で、ロウ=サタルスがガドニエルとの婚姻を宣言するというのは、多くのサーガにある名場面であるが、それは脚色された作り話である。
 しかしながら……。


『年代記(第五巻)・英雄伝』コリネリア・ポリス著(*)
 * ここに記録した引用文は、国際統一図書館に貯蔵されている初版本から、許可を受けて採録したものである。



 *


【作者より】

 長くかかりましたが、前のバージョンで投稿していた分については、これで全部終わりです。
 これ以降は、すべて新たに作って投稿するものになります。

 ノクタ版の際には、ハロンドールの再入国直前で待ち受けのモーリア隊とスクルズとの戦いの場面で話が途切れたと思いますが、それについては、すでに状況が変わっており、使えませんので、次回分からオリジナルです。

 ところで、私の記憶によると、時折、後書きで登場させている未来の書物シリーズは、本来、本話に載せたものが最初だったと思います。ノクタ版では、この後に王都の騒乱が時間を遡ってまとめて入り、次いで、水晶宮の親衛隊騒動の順だったと思います。
 だから、そのままのかたちにしておきました。

 また、しばらく投稿が中断します。
 現在、仕事で長期出張中であり、ホテル生活が続いていて、家に戻ってパソコンに向かえるのは、師走の二十日頃になる見込みです。それまでは、どうしても作品が作れません。
 ご了承ください。

 なお、同時並行で継続している『嗜虐西遊記』については、スマホで修正して再投稿だけなので、なんとか継続できると思います。


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 第50話 【番外編】旅の三人
555 女ふたり・愛撫勝負



 ご無沙汰していました。
 長期出張の代償として、早目の年末年始休暇を三日前からもらってます。
 いまのところ、体調には変化もありません。

 さて、挿入話です。
 続きではありません。
 時系的には、第6話『山の中の温泉』と第7話『歌姫と幼馴染』のあいだに入る番外編のエピソードとなります。
 コゼが一郎とエリカの旅に加わったばかりであり、三人は王都に向けて旅をしている途中です。

 「リハビリ」として、挿入させてもらいます。





「か、痒い──」

「ああっ、痒いです──」

 

 エリカとコゼはほとんど同時に悲鳴をあげていた。

 ロウがふたりの股間に塗った掻痒剤があっという間に本領を発揮したのである。

 街中ということで、いまは引っ込んでいる魔妖精のクグルスがロウとともに合成して作ったものであるらしく、女の肌を敏感にさせて、さらに猛烈な痒みを生み出すという強力な油剤の媚薬のようだ。

 それをエリカとコゼは、ロウによって股間に塗られている。

 

 パルボというハロンドール王国では、中規模程度となる街道が貫く城郭である。

 その城郭内にある少し高級どころの宿屋に部屋をとったエリカたちは、いつものように夕食後すぐに、ロウの性愛を受けることになった。

 淫魔師であるロウが、毎夜のように女を抱くことが必要であることは当然なのだが、ロウという男は、エリカたちを普通には抱かない。

 いや、普通に抱くこともあるが、それよりも、とことん嗜虐してから抱くのが好きらしく、そのために毎晩のように「調教」を受けるというのが旅の日常になっている。

 一方で、ロウの嗜虐的な性愛をエリカとコゼが好んで受け入れているのも事実ではあるが……。

 

 実のところ、ロウはとにかく絶倫であり、普通に抱くだけだと、一度や二度……いや、五度、六度とエリカたちに精を放っても満足する気配もない。

 そのあいだに、エリカたちもその数倍は達することになるから、どうしても翌日の旅に支障が生まれることになる。

 淫魔師という存在は伝承にすぎないが、一郎がその淫魔師であるらしいということはすでに知っている。

 だとすれば、満足するほどに女を抱かなければ、苦しい飢餓常態に陥るはずなのである。

 エリカも淫魔師のことは詳しくはないが、淫魔師にとっては、女を抱くのは食事と同じなのだと、あのクグルスにしつこく念を押されてもいた。

 性愛を絶やすなと……。

 

 従って、できるだけ相手をしてあげたいのだが、体力に自信もあったエリカでも、ロウの本気の相手をするのは無理そうだ。

 それは、コゼが加わっても変わらない。

 むしろ、コゼが加わることで、ロウの求めが拡大した気もする。たがが外れたというか、これまでロウの相手がエリカひとりで務まっていたのは、ロウがかなりの手加減としていたようだということもエリカは気がついてきた。

 あるいは、淫魔師としてのロウの能力が拡大して、求めるものが大きくなったかだ。

 

 城郭内では顔を出さないが、道中では姿を出現させる魔妖精のクグルスも、ロウが支配する女が増えれば、ロウの身体も強くなると口にしていた気もする。アスカの追っ手のことを考えれば、どんな手段であっても、ロウ自身の強化は重要だと思う。まあ、女を抱けば抱くほど、強くなるというのは半信半疑ではあるが……。

 あのクグルスの言い分だし……。

 ただ、ロウの求めるものに対して、エリカどころか、コゼがいても、明らかに力不足であるのは確かだ。

 

 しかし、それを補ってくれるのが嗜虐なのだ。

 嗜虐好きのロウは、何度も精を放たなくても、エリカたちが嗜虐責めを受け入れさえすれば、精を放つ回数が少なくても、十分に満足するようなのだ。

 だから、一郎との性愛は、嗜虐の性愛と決めている。

 もっとも、ロウの責めを受けるのは、そういう打算的なこととは別に、エリカにしても、コゼにしても、すっかりと身体がそれを求めているとも真実なのだ……。

 

 いずれにしても、ロウに抱かれるのは気持ちいい……。

 調教という名の嗜虐責めを浮けるのは、もっと気持ちいいかもしれない……。

 拘束されて抱かれた方が興奮するというのは恥ずかしいのだが、すでに身体が求めている。

 ロウに支配され、ロウに躾けられることを心が望むのだ……。

 

 とにかく、ロウにとっても、エリカたちにとっても、ロウとの倒錯的な交合は、もはや不可欠のものだ。

 だから、今夜もいつもの夜が始まっている。

 今日の責めは、痒み責めだ。

 エリカとコゼは、ふたりとも素裸になって、正座にした脚に相手の畳んだ脚を挟むようにして、向かい合って密着して胴体を縛られた。

 ふたりとも右手は背中側に縛られている。左手は前だ。

 しかし、前側の左手は自分の身体の前ではなく、左手首に巻いた縄を向かい合う相手の腰に巻いた腰縄に繋げられていて、相手の股間から離れられないようにされている。

 その状態で、ふたりの股間にたっぷりと掻痒剤をロウが塗ったのだ。

 

「ああ、いやあっ」

 

「ご、ご主人様、痒いいい」

 

 エリカとコゼは代わる代わる悲鳴をあげた。

 一応は防音の結界の護符を貼っているが、さもないと、エリカとコゼの恥ずかしい声は、この宿屋の廊下に響き渡っているだろう。

 他人の耳目など気にすることができないほどの、凄まじい痒みだ。

 

「ひいい、こ、これは痒いです──。ロ、ロウ様、もう許してください──」

 

 エリカも股間から腰骨にまで貫くような痛烈な痒みと疼きに、じっとすることもできずに、拘束された身体を暴れさせながら叫んだ。

 密着しているコゼの裸身も真っ赤だし、すでに水でも浴びたように脂汗が流れている。

 おそらくエリカも同じだろう。

 また、じっとしていられないのはコゼも同様であり、胴体を離れないようにされているエリカとコゼは、自然と乳房と乳房を擦る合わせるようにしている。

 一方で、まだ寝台にあがっても来ていないロウは、寝台の横に置いた木椅子に腰かけて、服さえ脱いでいない。

 

「どうだ、痒いか、ふたりとも?」

 

 ロウが満足そうな口調で言った。

 エリカとコゼは争うように首を縦に振る。

 

「か、痒いです、ご主人様──。な、なんとかしてください──」

 

「も、もう我慢できません──。ロウ様、助けて──」

 

 コゼもエリカも、うまく動かなくなった舌足らずの声をあげる。

 すると、ロウの好色そうな笑いが部屋に響いた。

 

「だったら、お互いの股間を愛撫して痒みを癒してやれ。先に相手を絶頂させた方だけを犯してやろう。負けた方は尻にも掻痒剤を塗り足して、そのあいだ放置だ。負けると、どんどんと油剤を足されるから、その分不利になるぞ。だから、できるだけ絶頂を我慢するんだ」

 

 ぞっとした。

 さすがに、こんな強烈な媚薬を塗り足されるなど冗談じゃない。

 絶対に負けられないと思った。

 しかし、痒みを癒してもらうには、唯一股間に届くことのできる相手の手しかない。だが、それに我を忘れると、あっという間に絶頂してしまいそうだし……。

 

「コ、コゼ、うわっ」

 

 一瞬、躊躇したエリカと異なり、コゼはいきなり身体を揺らすと、エリカを横倒しにして、その上に身体を被せるようにしてきた。

 猛烈な勢いで、エリカの股間がコゼの手によって愛撫される。

 

「ひあああっ」

 

 痒みを癒される猛烈な快感がエリカの裸身を貫く。

 

「エ、エリカ、あ、あたしも搔いて──」

 

 コゼはエリカの股間全体を揉み動かすように動かし続けている。

 

「あああああ」

 

 エリカは一気に突き刺さった快感に鋭い嬌声をあげた。

 一方で、負けじとエリカもコゼの股間を激しく指で擦る。

 

「うわあああ」

 

 コゼが獣のような声をあげて全身を揺さぶった。

 

「さあ、負けはどっちかな?」

 

 ロウがからかうような口調で、エリカの脇腹をくすぐるように動かす。

 魔法のようなロウの手によって、なんでもない場所がたちまちに快感の場所に変化する。

 

「いやああ、それはだめですうう」

 

 ただでさえ絶頂を我慢しているところに違う刺激が加わり、しかもそれに合わせるように、コゼが舌でエリカも耳を舐めてきた。

 

「そこも、だめええっ」

 

 エリカは必死に歯を喰いしばって、コゼの股間で動かす指を速くする。

 

「んひいいいいっ」

 

 コゼが全身を弓なりにしてがくがくと身体を震わせだす。

 だが、エリカもまた、絶頂に追い込まれている。

 同じように全身を痙攣させる。

 しかし、その瞬間、上に乗っているコゼの膝ががっしりと、コゼの股間にあるエリカの手を押さえつけた。

 そして、コゼによって、クリトリスを弾くように刺激された。

 

「んはああああああっ、ああああああ」

 

 エリカは絶頂して果てた。

 すると、ロウの笑い声がした。

 

「勝負ありだな。エリカはお預けの刑だ」

 

 すっとエリカとコゼの身体が裏返されて、エリカのお尻の穴にロウの指がすっと挿入される。

 油剤をたっぷりと塗っているのか、ほとんど抵抗なく指はエリカのお尻の奥まで突き刺さる。

 

「あっ、あああっ」

 

 エリカは思わず火がついたような昂ぶった声を張りあげる。

 微妙な部分にぬらぬらとしたものを塗り込められる独特の快感が沸き起こり、絶頂したばかりの全身が再びかっと熱くなって震えてしまう。

 とにかく、ロウの指はなにをどう触られても神がかり的に気持ちがいい。

 

「ああ、ご主人様、お願いします──。コ、コゼを犯してください。コゼが勝ちました──」

 

 一方でコゼが泣き声のような声をあげる。

 

「そうだな。じゃあ、コゼにご褒美だ」

 

 ロウが笑いながら、もう一度、コゼとエリカの身体をひっくり返す。

 すると、密着して縛られたまま、上になったコゼの腰を掴むようにして、後背位の態勢でコゼのお尻の下を通るようにして、コゼを犯しだした。

 いつの間にか、ロウは全裸になっていた。

 

「ああ、き、気持ちいいい──。ご、ご主人様、素敵ですううう」

 

 コゼが感極まった声をあげる。

 だが、縛られたまま掻痒剤だけを追加されたエリカはたまらない。

 興奮して身体を揺するコゼに身体を密着している身体を揺すられながら、新たに加わった痒みの苦しさも合わさって、エリカもまた身をよじる。

 

「か、痒いいい──」

 

 エリカは泣きじゃくるような声をあげてしまった。

 

「あ、あああああっ」

 

 コゼが絶頂に達したのは、あっという間だったと思う。

 しかし、ただすぐそばで、コゼがロウに抱いてもらうのに接するだけのエリカには、途方もなく長い時間に覚えてしまった。

 

「よし、じゃあ二回戦だな。エリカは次に負ければ、乳首に塗り足すぞ」

 

 ロウがコゼから離れながら言った。

 再び、コゼとの擦り合いが始まる。

 しかし、結局のところ、一度達してしまったエリカの身体は、すぐに絶頂に達してしまい、またしてもお預けを喰らうことになった。

 

「今度もコゼか……。エリカも頑張らないと、精をあげられないぞ」

 

 ロウがからかうように言いながら、エリカの片側の乳首に掻痒剤を塗った後で、再びコゼを犯しだす。

 千切れるような痒みを放置されているエリカは苦痛の呻き声を出しながら、身体を暴れさせた。

 

「コ、コゼええええ、次は譲ってよおお」

 

「い、嫌よ──。あああ、き、気持ちいい──」

 

 コゼが見せつけるように、ロウに犯されている裸身をエリカに身体を擦るつける。

 エリカは股間とお尻、さらに乳首に掻痒剤を塗られたエリカは歯を喰いしばるしかなかった。

 とにかく、痒い──。

 エリカは我を忘れて、悲鳴をあげた。

 

「明日もこの宿で連泊だ。腰が抜けるまで抱かせてもらうからな」

 

 ロウがコゼの股に怒張を挿入して腰を動かしながら言った。

 外は夕方からの雨が降り続いている。

 急ぐ旅でもなく、雨があがるまで、エリカたちはそのまま、この宿に逗留しようと決めている。

 そんなときには、翌日を気にしなくてもいいので、ロウの責めはしつこくなる。

 おそらく、今夜の責めは容赦なしだろう。

 いずれにしても、身体の上で見せつけられるように、コゼだけロウに抱かれるのは、焦燥感がとてつもない。

 とにかく、痒いのだ――。

 

「ああ、助けてええ――。ロウ様、わ、わたしもお願いしますうう」

 

「だったら、次に勝つことだな」

 

 ロウがコゼを犯しながら言った。

 

「いぐうううう」

 

 そのとき、コゼの感極まった声が鳴り響いた。

 しかし、上にいるロウの腰の腰の動きが突然にぴたりととまる。

 

「おっと、二度目は倍の時間をかけて絶頂させてやろう。まだまだ」

 

 ロウがうそぶく。

 コゼが切なそうに、裸体を震わせて余裕のない声をあげた。

 しかし、長くなればなるほど、エリカが放置される時間も長くなるのだ。

 

「ああ、そんなあっ、痒いいいっ」

 

 エリカはまたもや、悲鳴をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局のところ、エリカがやっと一郎に抱いてもらったのは、五回続けてコゼとの愛撫勝負に負けてからだ。

 五回続けて、ロウに犯されて絶頂して、コゼが失神してしまったのだ。

 とにかく、ぐったりと動かなくなったコゼとの緊縛をやっと解いてもらい、エリカはロウから抱いてもらった。

 

 股間に四回──。

 

 最後に、お尻で一度……。

 

 やがての果てに、エリカもまた、ついに意識を手放してしまった。

 

 

 *

 

 

 雨が窓を叩く音がした……。

 エリカは眠りの中から意識を戻した。

 

 横には、まだ寝息をかいている裸のままのロウの胸……。

 乳房を押しつけるようにして、エリカは眠っていたようだ。

 視線の先に窓があったので見ると、まだ外は暗い。

 起きるような刻限は、一ノス以上は先だろう。

 

 まだ、身体はだるい……。

 予想のとおりに、昨夜のロウの責めは凄かった。

 寝直そうと思って、エリカは毛布を肩まで被り直すとともに、ロウの身体をぎゅっと抱く。

 

「……ねえ、エリカ……」

 

 すると、ロウの反対側で横になっているコゼからささやき声で呼び掛けられた。

 ずっとアサシンをしていたコゼは、眠っていても人の気配に敏感で、こうやってエリカが起きるとほとんど必ずといっていいほどに目を覚ます。

 夜は眠らないのかと思うほどだ。

 

「……なに?」

 

 エリカは眼を閉じ直して、ロウの肌の温もりを胸に味わいながら応じた。

 

「夕べは、あんたも凄かったね……。大袈裟に泣きべそかいてたじゃない。覚えてる? あんた、あたしに勝ちを譲ってくれって、コゼ様って呼んだのよ……」

 

 コゼがくすくすと笑った。

 そんなこともあった気がする。

 ロウの気紛れの愛撫勝負で勝てなくて、エリカが勝ちを譲れとコゼに喚き、するとコゼが“コゼ様”と呼べとからかってきたと思う。そして、そう呼んだのだ。

 思い出すと、かっと羞恥がよみがえる。

 

「あ、あんた、それでも結局、勝負を譲らなかったじゃない。こっちは、あの油剤をどんどんと塗り足されて不利なのに……」

 

「やったのはご主人様よ。ただ思い出すと、あんたが可愛くてね」

 

 コゼがまた笑う。

 エリカはちょっとむっとした。

 この娘は、ロウと同様に嗜虐癖があるのか、エリカの恥態をからかったり、ときにはロウと一緒になってエリカを性的に責めたりもする。

 もちろん、それもロウの言いつけの悪戯だが……。

 いずれにせよ、まだ付き合いは短いが、毎日毎晩、お互いの恥ずかしい姿を晒し合っているのだ。

 当然に、気心も知れてくる。

 コゼにしても、エリカをからかうのが愉しくて仕方がないみたいだ。

 わざわざ、おちょくってくるのは、そのためだろう。

 エリカは小さく嘆息した。

 

「もう少し寝なさい。まだ起きるには早いわ。今日はこのまま連泊だろうし……」

 

 雨音は続いている。

 昨日の話し合いのとおりに、今日の旅はなしだろう。雨でも歩けないわけではないが、わざわざ雨の中を歩く理由もない。

 目的地は王都だが、いまのところ、アスカの追っ手がかかる気配もないし、いつ着かないとならないという旅でもない。

 気ままな旅なのだ。

 路銀だって十分にある。

 このまま、宿で過ごすとなれば、ロウはまたエリカたちを抱きたがるだろう。

 調教もするのだろうな……。

 そんなことを思った。

 

「ところで、一度、改めて言っておきたくてね……。あたしなんかを受け入れてくれてありがとう……。こんな幸せが味わえるなんて思わなかった……。あんたには感謝してるわ……」

 

「あたしなんかって、なによ……。それに、受け入れたのはロウ様よ……」

 

 エリカは小さく吹き出した。

 

「それでもよ……」

 

 コゼが呟き、すぐにロウの寝息にコゼの寝息が重なる。

 寝入り直したみたいだ。

 エリカも再び、微睡みに意識を沈めた……。



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556 心の女と別れる女

「あ、ああ、奉仕できて嬉しいわ、サイラス……。幸せだわ……」

 

 サイラスは素っ裸で寝台に上に脚を拡げて、うつ伏せに横たわっていた。

 そのサイラスに対して、パーティを組んでいる冒険者の女が手と口を使って念入りすぎるくらいの愛撫を施している。

 パルボというハロンドール王国では、中規模程度となる街道が貫く城郭だ。

 その城郭内にある宿屋の一室であり、サイラスは冒険者のパートナーでもある女に奉仕をさせていた。

 

 奉仕をさせている女の名はケトラ──。

 人間族の若い女性だ。

 (アルファ)クラスの冒険者であるサイラスには遥かに劣るのは当然だが、ケトラも(ブラボー)クラスのランクを持ち、剣の腕があり、優秀ではないが多少の魔道を遣う。

 特に、サイラスには扱えない回復術を遣うので、重宝してこの半年ほど組んでいたが、そろそろ解散の潮時だと判断している。

 

 ケトラは、すっかりと恋人気取りで、こうやって身体を許すようにもなったが、サイラスにはその気はない。

 どんな相手であっても、決まった冒険者と恒久的なパーティを組むつもりはないのだ。

 また、サイラスの心を高揚させている正体も、背中で裸身を密着させて動いているケトラではない。

 サイラスがいま考えているのは、夕方に偶然に再会したひとりのエルフ女のことだ。

 ケトラの奉仕を受けつつも、サイラスの心には、ここにはいない、城郭でたまたま姿を見つけたひとりの女のことを想っている。

 もっとも、まだ声はかけていない。

 宿泊している場所を確認しただけだ。

 しかし、明日には声をかける。

 

 冒険者としての腕もあり、エルフ族に匹敵する美貌を持つサイラスには、近づいてくる女は多いし、正直にいえば、女に不自由したこともない。

 むしろ、向こうから寄って来るので面倒なほどだ。

 だが、サイラスの有能さに相応しい能力の相手などほとんどいない。

 これはと考えていても、一緒に組んで仕事をすると、どうしても粗さが気になってしまい、パーティを解消することになる。

 

 ケトラの場合も試してはみたが、やはり、サイラスに相応しい女とまでは思えなかった。

 ソロで(ブラボー)ランクの冒険者だけあり金は持っていて、サイラスにも高価な武具を贈ってくれたりはしてくれ、それについてはありがたいとは思っているものの、それだけで人生を決めたりはしない。

 本人はサイラスと婚姻を結ぶつもりではいるようだが、サイラスにはその気はない。

 まだ申し渡してはいないが、今夜で最後にしようと思っている。

 まあ、自分と組んだ経験を糧にして、今後の精進に生かしてくれればとは思う。

 

 いままでの冒険者人生の中で、一生のパートナーにしていいと考えた女性はただひとりだった。

 その女は、三公国のうちのカロリックで数回パーティを組んだことのあるエルフ少女であり、残念ながら縁がなくて別れてしまった。

 もう少し能力を見極めようと観察しているうちに、どこかの傭兵として期間の長い仕事を請け負ったらしく、所属していた冒険者ギルドから籍を抜いて、その城郭から離れてしまったのだ。

 

 魔道も遣える冒険者として、なによりも剣技に有能だったし、冒険者としての勘がいいと思っていた。

 外見の美貌ひとつをとっても、サイラスに相応しいと考えていた。

 だが、サイラスが声をかける前に離れてしまったのだ。

 三年ほど前のことになる。

 

 惜しいことをしたと思っていたが、それはあのエルフ少女にしても同じだろう。

 もしも、サイラスが声をかけていれば、断るわけもないので、今頃はサイラスの身内になっていたはずだ。

 別の仕事など請け負わなかったと思う。

 あっさりと拠点を変えたのは、サイラスが注視していることに気がついていなかったに違いない。

 そういう意味では、サイラスの決心が早ければよかったと思うし、そのエルフ少女には可哀想なことをしたと考えていた。

 

 そのエルフ少女の名は、エルスラ……。

 エルフ族の魔道剣士……。

 いままで、数多くの女と接したが、やはり、心踊る相手はあれひとりだった……。

 

 だが、その女を見つけたのだ……。

 偶然にこの城郭で……。

 

 ほんの偶然のことだが、小雨の降る中、城郭に入ってきて宿屋を求めるエルスラを見た。

 最初は幻かと思った。

 だが、間違いない。

 あれから三年の時間が経ち、すっかりと少女の時代を脱していエルスラは、誰もが目を引くような色香を帯びたエルフ美女になっていた。

 

 エルスラ……。

 

 サイラスは、男女出会いの女神でもあるメティスに感謝したくなった。

 すぐに声をかけなかったのは、宿を求めようとしている様子のエルスラの後ろに、連れらしきさえない三十過ぎの男とその愛人らしい小柄な人間族の女がいたからだ。

 また、サイラス自身も、ケトラと一緒だった。

 とりあえず、なに喰わぬ顔で後を付け、エルスラたちが選んだ宿屋を確認した。

 金を掴ませて確認したところ、エルスラたち三人は今夜を含めて、二晩ほどの宿泊を予定すると言ったらしい。

 

 まあ、明日も雨だ。

 それを嫌ったのだろう。

 だが、そうであれば、明日一日の時間があるということだ。

 サイラスが声をかければ、エルスラが拒否するわけはないと思うが、それまでにケトラを追い払う必要はある。

 まあ、明日の朝でいいだろう。

 幸いにも、エルスラとその連れが宿泊した宿は、サイラスとケトラが拠点にしているこの宿の向かいだ。

 サイラスは、エルスラとの接触を明日にすることにして、ケトラと宿屋に戻った。

 エルスラを仲間にするとなれば、ケトラは邪魔になる。

 だから、先にこっちを処理しようと考えた。

 そして、いまに至っている。

 

 それにしても、エルスラと一緒にいた平凡そうな男はなんだろう? 歳も若くないし、冒険者という感じでもなかった。

 小柄な女が嬉しそうに男の腕にしがみついて歩いていたから、そいつらが男女の仲なのは明白だが、宿屋の者の話によれば、エルスラもまたふたりと同じ部屋に宿泊したみたいだ。

 冒険者パーティであれば、男女であろうとも同じ部屋に泊まるのは珍しくもなく、むしろ当たり前だが、エルスラはあの男女とパーティを組んでいるのか?

 小柄な女はともかく、男には武芸の心得がなく、エルスラの実力に相応しいとも思えなかったが……。

 まあ、どうでもいいか……。

 いずれにしても、明日にはエルスラに声をかけて、パーティを解消させ、サイラスに合流させる。

 明日が楽しみである……。

 

「その調子だ。気持ちいいぞ」

 

 サイラスは奉仕をしているケトラに意識を戻した。

 冒険者としての能力は十分ではないが、性技は一流だろう。

 ただ、処女ではなかった。

 まあ、冒険者の女といえば貞操感は低いが、このケトラがかなりの経験があることは事実だろう。

 ほかの男の使い古しだということも、サイラスには長く関係を続けることを躊躇うものだった。

 

「あ、ありがとう……。嬉しいわ、サイラス」

 

 ケトラの甘くやわらかな舌が唾液を滴らせ、サイラスの灼けた肌を行ったり来たりする。

 また、二本の手は微妙な手触りを駆使して、男の性感の場所をまさぐり続ける。

 かなり続けているので、いまやサイラスの足の指先から尻穴の内側、股間のすべて、背中や胸、首回りまでケトラの唾液で濡れていない場所などない。

 

「もう一度、仰向けになって……」

 

「わかった」

 

 サイラスは仰向けにひっくり返っる。

 すっかりと猛り狂っている怒張が天井に向かって反りかえっている。

 

「ふふふ……、いつものようにたくましい……」

 

 ケトラが添い寝をするように、サイラスの横に裸身を寝かせる。

 そして、舌でサイラスの乳首を舐めすすり、舌先で突き、唇を使ってしゃぶる。

 さらに、サイラスの勃起した男根に手を柔らかく這わせる。

 

「ああ、気持ちいいぜ、ケトラ」

 

「サイラス、嬉しい……」

 

 熟れ切って上気している顔をサイラスの口に寄せて、口づけを求めてきた。

 サイラスは迫ってきた舌に自分の舌を絡ませ、顔を抱いて口づけをしてやる。

 ケトラがサイラスの口と舌をむさぼってくる。

 また、双丘をサイラスの胸に押しつけてぶるんぶるんと揺する。

 サイラスは口を離して、ケトラの乳房をゆっくりと揉みしだいた。

 

「ああ、き、気持ちいい……」

 

「色っぽい雌の顔だな……」

 

 サイラスは苦笑しながら、とんとケトラの身体を押した。

 

「奉仕しろ」

 

 サイラスの命令にすぐに応じたケトラが足元に身体を滑らせる。

 そして、唾液を股間に落とすと、そこを舌でなぶりあげてきた。

 

「あん、ああ、素敵……、おいしい……」

 

 ケトラがサイラスの怒張を咥える。

 口の中でサイラスの亀頭が舌で突かれ、吸いあげられる。

 

「おお……」

 

 思わず声が出た。

 快感が全身に走る。

 ケトラは鼻息を鳴らして、丹念の舌で舐め回す。

 

 しばらくのあいだ、そうやって奉仕させた。

 だが、いよいよ我慢も効かなくなる。

 

「そろそろいいぜ。お前も欲しいだろう?」

 

 サイラスはケトラの肩を押す。

 ケトラが小さく頷き、たったいままで口に咥えていて、唾液にたっぷりと濡れた怒張を跨ぐように姿勢を変えた。

 そのまま、腰を沈めて、怒張の先端に膣穴を挿入していく。

 

「ああああっ」

 

 ケトラがサイラスの一物を股間で咥えながら、大きく身体をのけぞらせた。

 サイラスは下からケトラの細腰を両手で抱いた。

 自分の腰の上でケトラの身体を捏ねり回す。

 

「んはあああ、あああああ」

 

 ケトラが乳房を上下させて大きな喘ぎ声をあげた。

 そのまま、ケトラを上に載せて、腰を動かし続ける。

 ケトラの乱れがさらに激しくなる。

 

「ああ、き、気持ちいいい、あああ、いくうう、いぐううう」

 

 やがて、ケトラが興奮したように叫んだ。

 口から痴呆のように涎を流して、小刻みに身体を痙攣させた。

 達したようだ。

 そして、サイラスもまた限界に達しようとしていた。

 ケトラの身体を激しく揺すぶるように腰を動かさせて、下から上に向かって射精する。

 

「これで最後だ──。いっぱい出してやるぜ──。おおおおっ」

 

「あああああっ」

 

 絶頂とともに、ケトラの興奮とサイラスの興奮が混じり合いサイラスは大きな官能に駆け昇らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

「わ、別れるって、どういうことよ、サイラス──」

 

 翌朝のことだった。

 別れを告げたサイラスに対して、ケトラは怒りを隠そうともせずに、金切り声をあげた。

 すでにサイラスは寝台から出て服を身に着けていたが、ケトラはまだ裸だ。

 昨夜の情交の疲れで寝入っていたケトラを無理矢理に揺り動かして、朝食を終わり次第に、城郭から出ていくように命じたのがたったいまだ。

 案の定、一瞬唖然としていたケトラだったが、何度か同じことを繰り返し口にして、サイラスの言葉が冗談でも、嘘でもない本気だということを悟ると、大きな声で怒鳴り出したのだ。

 

「何度、言われても同じだ。お前とは別れる。パーティも解消だ。朝食を喰ったら出ていけ。パーティの解散については、俺が届けておいてやる」

 

「わ、わけがわかんない──。説明くらいしなさいよ。冗談じゃないわ」

 

 ケトラが喚いた。

 いつもそうだ。

 女というのは、いつも聞きわけがなく感情的だ。

 面倒だなと思った。

 

「説明しても仕方がないと思うがなあ……。少し前からお前には飽きていた。そろそろ、別れように思っていたところに、ずっと以前に気になっていた女を偶然に見つけたんだ。だから、そっちに乗り換えようと思っているだけだ」

 

「はああ?」

 

 ケトラが目を剥いて顔を険しくした。

 サイラスは、椅子の上に集めてあったケトラの服を寝台に放り投げる。

 ケトラが怒りで顔を真っ赤にする。

 

「な、なによ、その女って──。いつ浮気してたのよ──?」

 

 ケトラが叫んだ。

 サイラスは眉をひそめた。

 

「浮気? お前、もしかして、俺と付き合っている気でいたのか? 俺がお前を本気で相手にすると? それほどの女のつもりか?」

 

 サイラスは呆れてしまった。

 冒険者である程度の成功を収めていることでわかるように、それなりに気が強いのはわかっていたが、サイラスの女気取りでいるほどの自惚れが強いとは知らなかった。

 思わず吹き出してしまった。

 

「あ、あんたって──」

 

 ケトラが絶句した感じになる。

 サイラスは、さらに荷と武具も寝台に投げた。

 

「いいから出ていけ。終わりだ」

 

 サイラスは扉を指さした。

 ケトラが裸のまま寝台から飛び出した。

 その手にはケトラの得物であるショートソードを持っている。

 サイラスは、短剣を抜いた。

 

「あがああああ」

 

 ケトラがサイラスに飛びかかろうとした姿勢のままひっくり返る。

 攻撃をしてきた相手に電撃を浴びせることのできる魔道剣だ。

 その電撃を高出力で当ててやったのだ。

 死にはしないがしばらくは痺れて動けないだろう。

 

「逆上して俺に斬りかかるとは見下げ果てた女だ。殺されなかっただけ感謝しろ。次に目の前に出てきたら容赦しないと思え」

 

 髪の毛を掴んで部屋の外に、裸のまま廊下に放り投げる。

 さらに、寝台の上にあった荷と服を部屋から出す。

 

「ち、畜生……。そ、その魔道剣も……あ、あたしが貢いだやつ……。こ、こんな風にあたしを捨てるなんて……ゆ、許されないよ……」

 

 まだ身体を痺れさせているケトラが手を伸ばして下着や服をかき抱きながら言った。

 

「陽が昇り切る前に城郭から出ていけよ」

 

 サイラスは部屋の扉から顔を出してケトラに言った。

 だが、いつの間にか、廊下にはほかの客や宿の者まで集まっていた。ざわざわとなにかを喋りながら、遠巻きにこっちを観察している。

 サイラスは嘆息した。朝食をとってから、エルスラを迎えに向かいの宿屋に向かうつもりだったが、思わぬ騒ぎになってしまったようだ。

 これでは、早々に出ていかなければならない。

 サイラスは舌打ちした。

 

「亭主、出ていく。迷惑料はこの女からもらっておけ」

 

 サイラスは唖然としている宿屋の亭主をに声をかけると、そのまま宿の外に向かった。



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557 宿屋で出会った男

 エリカは、階段を降りて宿屋の一階に向かっていた。

 昨夜のうちに、軽く摘まめる食事を飲み物とともに三人分を籠に入れ、翌朝に取りに来るまで置いておいてくれと頼んでた。

 それを受け取りに向かっているのだ。

 もっとも、すでに朝の時間は過ぎて昼に近くなっている。

 

 宿泊している宿屋は、一階部分が酒場を兼ねた食堂になっているという典型的な造りになっていて、エリカたちは三階に宿泊していた。

 二階部分から一階に降りる階段になると階下が見えてきた。

 食事時を外れているので、ほとんど人はいない。

 

 小雨は降り続いているが、出立を予定する者は出立し、用事のある者は外出をしていくような時間なので、いまの時間に食事をしている者はいないのだ。

 これがもう少し、格のさがる宿屋になれば、夜の仕事をしている者が遅めの朝食をとったりしていることもあるが、この宿屋の格だとそういう客層の者はいない。

 従って、階下は閑散としている。

 

 それにしても、身体がだるい。

 そもそも、朝食として頼んでいたものを受け取るのがこの時間になったのは、朝からロウが激しかったからだ。

 おそらく、ロウは昨日のうちから、そのつもりだったのだろう。

 考えてみれば、多目に食事を頼んでいた気がする。

 昼の分も含めた量を見込んでいるに違いない。

 

 ただ昼食の習慣はロウと旅をするようになってからのことだ。

 エリカとしては長く冒険者をしていたということもあり、朝食と夕食の真ん中で昼に食事をする習慣はない。

 ただ、ロウについては、もともとの世界では一日に三食をとるのが普通だったみたいだ。

 だから、エリカも、ロウと旅をするにあたり、昼食として簡単なものを準備するようにしている。

 

 しかし、たったいままで性愛をしていたこともあり、股間にはまだロウの性器が入っている感じがして、むずむずする。

 今朝の責めは、筆責めだった。

 しかも、いつの間にか四肢を寝台に拡げて拘束されて、失禁するまで筆で股間をくすぐられたのだ。

 ロウとコゼのふたりがかりでだ。

 

 どうして、コゼが責め側になったのかわからないが、いつの間にかそういうことになっていたのだ。

 おそらく、エリカよりも早起きをしたコゼがロウに言い含めたに違いない。

 

 さすがに明るい陽射しの中で二人に見られながら放尿するなど受け入れられずに、必死に抵抗したが、朝に溜まっている膀胱を刺激されて、エリカはついに準備されていた布の上に放尿してしまった。

 失禁している最中に、さらに股間を刺激されて、おしっこをしながら絶頂するという醜態付きでだ。

 死ぬほど恥ずかしかった。

 

 だが、その後、興奮したロウに犯してもらって、信じられないくらいの快感を味わった。

 ロウと旅をするようになったしばらく経つが、エリカは自分の中に被虐を受け入れる性癖があることを認識せざるにはいられない。

 以前から、自分のそういう面には気がついていたが、ロウから恥ずかしいことをされたり、拘束されて犯されたりすると、信じられないくらいに興奮する。

 それとも、相手がロウだからだろうか……。

 

 とにかく、やっとひと息つき、エリカも朝の調教の余韻から開放されてきたので、頼んでいる食事を受け取りに来たということだ。

 今頃は、コゼはロウから「フェラチオ」の特訓をさせられているはずだ。

 朝食を持って戻ったら、エリカも参加をすることになっているが……。

 

「おはようございます」

 

 一階におりたエリカは、厨房側に声をかけた。

 

「あら、おはようさん」

 

 すぐに準備されていた籠を渡される。

 ピクニックに持っていくようなひと抱えのものだ。

 中を改めると、水を入れた瓶が三本と、パンで果物や肉や野菜を挟んだものがたくさん入っていた。

 焼き菓子のようなものもある。

 

「はいよ。遅かったねえ。昼になっちまうかと思ったよ。受け取りに来るまで、声をかけないでくれってことだから、待っていたけどね」

 

 宿屋の人懐こそうな五十過ぎと思う人間族の女性が笑って言った。

 エリカは頬んだ。

 

「ありがとうございます。明日はほかの客と一緒に、ここで朝食をとると思います」

 

 エリカは代金を渡した。

 宿賃も食事代もすべて前払いになっている。

 この籠の食材もお金と交換だ。

 そういう約束になっているのだ。

 

「あいよ。じゃあ、ごゆっくり」

 

 宿屋の女性の屈託のない言葉を背に、エリカは三階に戻ろうとした。

 そのときだった。

 隅で紅茶のようなものを飲んでいた若い人間族の男がすっと立ちあがって、エリカの前に出てきたのだ。

 いままで男がそこにいることさえ、気にとまらなかったが、考えてみれば、その男はずっとそこに座っていたと思う。

 その男がエリカの前を塞ぐように立った。

 

「久しぶりだな、俺だ」

 

 男が言った。

 

「俺?」

 

 俺って誰だ、と思った。

 しかし、男からは自信の塊のようなものが全体から垣間見れる。

 久しぶりというくらいだから、面識はあるのかもしれないが、いずれにしても、この手の声掛けは珍しくない。

 ロウには伝えていないが、ロウに愛されるようになってから、以前からかなりあった口説き言葉や誘い台詞を頻繁に受けるようになっていた。

 いまのように、ひとりでいるときには、かなりの確率で男に声を掛けられる。

 いちいち相手にするつもりはないので、鼻であしらって終わりだが……。

 

「悪いけど……」

 

 エリカは横を通り抜けようとした。

 だが、いきなり腕を掴まれた。

 かっとなって蹴り飛ばそうとしたが、すっと軽く足を払われて体勢を崩してしまった。

 両手で籠を持っていたこともあり、うまく動くことができなかったのだ。

 

「わっ」

 

 気がついたときには、強引にいままで男が座っていた席の前の椅子に座らされていた。

 いずれにしても、エリカを簡単にあしらってしまうとは、それなりの腕だと言っていい。

 エリカはびっくりした。

 ただ、頭に血も昇った。

 

「なにすんのよ──」

 

 エリカは掴みかかろうとした。

 だが、男はさっと避けて、向かい側の椅子に座り直す。

 見た目の軽そうな雰囲気とは想像しづらい、素早い身のこなしと体術に、エリカは唖然とせずにはいられなかった。

 どこの誰だか知らないが、かなりの遣い手と思う。

 しかし、そんなの関係ない。

 ぶちのめしてやる──。

 エリカは机越しに男を掴みかけた。

 

「おいおい、まさら俺を忘れているわけじゃないよな。それとも照れてんのか、エルスラ?」

 

「えっ?」

 

 ぎょっとした。

 エルスラ?

 なぜ、その名を?

 一瞬にして、背に冷たいものがどっと流れた。

 エルスラというのは、アスカから逃亡をする以前まで、エリカが使っていた冒険者用の偽名だ。

 

 これは、まずい──。

 アスカのところにいた時期を除けば、その名を使っていたのは、カロリック公国で冒険者をしていた短い期間だけのことなので、本名のエリカに戻せば、まずわからないと思っていたのだが、知り合いということになれば、エリカがハロンドール王国に逃亡したことがアスカに伝わる可能性が出てくる……。

 ロウに迷惑がかかる……。

 どうしよう……?

 どうするべきか……。

 

「おっ、思い出してくれたか? まあ、そうだろうな。一度会えば、俺を忘れる女なんているわけもないしな」

 

 暴れかけていたエリカが口をつぐんだので、男はなにか勘違いしたみたいだ。

 満足そうに笑いかける。

 しかし、じっと顔を見るが、どうしても思い出せない。

 面識があった?

 わからない……。

 もしかして、カロリック公国の冒険者時代だろうか?

 

「ああ……悪いんだけど……、なんの用なの……?」

 

 いずれにしても、この変な男と問答をするつもりはない。

 要件を確認して、その後、無礼をされた仕返しをすることに決めて、エリカは口を開いた。

 すると、男の顔が急に険しくなり、不機嫌さが顔に浮かびあがる。

 

「まさか、本当に覚えてない? いや、そんな筈はねえな。俺を試しているならやめることだ。俺は試されるのは好きじゃねえ。馬鹿にされている気がするしな」

 

 なにを言っているのだと思った。

 試すとか、そんな遊びをお前とするかと思った。

 一気に冷静さが消滅していく。

 もういい。

 

「あっそう……。じゃあ、そういうことで」

 

 エリカは立ちあがった。

 籠は膝に抱いたままだったが、それをしっかりと持ち直す。

 

「待てって、エルスラ──。わかったよ。拗ねてんだな。俺だよ、俺。昨夜、この城郭で偶然にお前を見つけてな。それで冒険者のパーティに誘ったやろうと声をかけたんだ。ちょうど俺はソロでな。新しいパートナーを探していた。だから、お前と組んでやろうと考えている。嬉しいだろう?」

 

 男がにやりと微笑みながら言った。

 やっぱり、冒険者?

 そして、エリカははっとなった。

 思い出したのだ。

 

「サイラス?」

 

 やっぱり、カロリック時代の冒険者としての知り合いだった。

 臨時パーティを組んで三回ほど、組んだことがあるだろうか。

 もっとも、エリカは、半年ほど(ブラボー)ランクのパーティーに固定的に加わっていた後は、典型的なソロ冒険者だったので、組んだことのある冒険者などたくさんいる。

 下心満載でエリカに声をかけてくる男も多かったし、いちいち全員覚えていられない。

 サイラスは、長くはなかったソロ時代の中で最後の方に連続でパーティを組んだ男だったと思う。

 その後、エリカは、アスカ城の傭兵として雇われる仕事を受けてカロリックを離れ、そのままアスカに気に入られて愛人になったのだったが……。

 

 とにかく、あのサイラスだ。

 そう思うと、この鼻につく自信満々さは、かすかに記憶にある。

 自分が美しいと信じているナルシストであり、忌々しいことにそれなりに腕もある。

 確か、ソロで(アルファ)ランクだったと思う。

 エリカは興味はなかったが、サイラスを狙っている女は大勢いたはずだ。

 そのサイラスがここに?

 エリカは唖然とした。

 とりあえず、座り直す。

 

「おう、サイラスだぜ。それで答えは? “はい”か“わかったよ”のどっちだ?」

 

 お道化た口調でサイラスが笑った。

 エリカはむっとした。

 そういえば、こういう気取った態度が昔も大嫌いだったのだ。

 おそらく、いまのも気の利いたことを口にしたつもりなのだろう。

 

「お断わりよ。じゃあね」

 

 今度こそ立ちあがろうとした。

 しかし、サイラスは身体をあげて手を伸ばし、籠を上から押えるようにしてきた。

 エリカは椅子に戻された。

 さすがにむっとする。

 

「いいから拗ねるなって。冴えない男と連れの女と一緒なのは知っているぜ。そいつらと袂を分かつ時間くらい待ってやるって。この俺が声をかけてんだぜ。断わる手はないだろう」

 

 サイラスが声をあげて笑った。

 エリカは呆れた。

 なんでそんな思考になるのかはわからないが、突然に声をかけて、エリカがこいつと仕事を組むことに同意すると信じているのか?

 冗談じゃない。

 

「忙しいのよ。いい加減にしてよ──」

 

 エリカは怒鳴った。

 籠の上のサイラスの手を弾く。

 今度こそ立ちあがる。

 

「お前こそ、いい加減にしろよ。パーティを組んでやるって言ってんだろう、エルスラ」

 

「さっきから、その名で呼ばないでったら──。いまは、エリカよ──」

 

 エリカは大きな声をあげた。

 その瞬間、向かい合うサイラスの顔が一瞬曇った。だが、すぐに訝しむような表情が浮かぶ。

 エリカは、しまったと思った。

 すると、今度は、サイラスはにやりと微笑んだ。

 

「ほう、もしかして、エルスラという名は隠しているのか? そういえば、髪を切ったんだな。変装のつもりか? なるほど、なるほど、名を変えて、カロリックから、ハロンドールに来たのか……。ここは移民の国だしなあ……。なるほどなあ……。こっちにくりゃあ、人の波に紛れて、隠れることも難しくねえか……。ほうほう……」

 

 微笑んだ顔のままサイラスがエリカの耳元に口を寄せるようにして囁く。

 エリカは歯噛みした。

 これはまずい。

 逃亡していことを悟られたか……。

 アスカから逃亡していることまではわかりようもないが、この男はナルシストこそ鼻につくが、ひとりで(アルファ)ランクの冒険者にまで昇り詰めたくらいであり、それなりに頭はよかったと思う。

 弱みのようなものを握られれば、なにをどうするか……。

 

「エルスラと名乗っていたエルフ美女がエリカと名を変えて、ハロンドール王国に移ってきている……。もしかして、これは情報として金になんのかねえ……。だったら、試しに売ってみるかな。カロリックや三公国の情報屋にも、それなりの縁がある。俺としちゃあ、こっちに目的があるわけでない旅の途中だし、向こうでこっちで得た情報を売るのもいいかもな。もしかして、買う相手がいるかもだしなあ」

 

 サイラスがエリカを視姦するように全身を眺めてくる。

 エリカは腹が煮え返った。

 同時に、面倒なことになったと思った。

 ひと言口走ったばかりに、この男に弱みを握られたかもしれない。

 アスカがエリカたちを探しているのは間違いないと思う。

 あれだけのことをしたのだ。

 探すとすれば、もともと、アスカの手の者がエリカに声をかけてきたカロリック公国など、一番最初に探すだろう。

 そこにある情報屋に、エリカとロウの情報を持っていかれたら、あのアスカがハロンドールに逃亡してきたエリカたちの足取りを見つけてしまう。

 これは、本当にまずい……。

 

「やっぱり、それは困るみたいだな……。だったら、座れよ。話くらいはしようぜ。それとも、このまま別れるか? そうなれば、俺はどこで、なにを喋んのかわからないけどな」

 

 サイラスが椅子に座り直した。

 エリカは迷ったが、結局、もう一度椅子に座り直す。

 この男をこのまま立ち去らせることだけはできないのだ。

 

「なにが望みよ……?」

 

 エリカは仕方なく言った。

 話などしたくはないのだが……。

 

「さっき言ったぜ。俺とパーティを組め。お前がカロリックに戻るのは都合が悪いというなら、俺もこっちを拠点にしてやろう。もともと、ここしばらくは、ここを拠点にしてたんだ」

 

「わたしは、すでにパーティを組んでいるわ。まだ登録はしてないけど、王都に到着したら……」

 

「あの弱そうな男だろう? よくわからんが、やめとけよ。それとも、俺が話をつけてやろうか?」

 

「ロウ様に手を出すんじゃないわよ──」

 

 エリカは激昂して机を叩いて叫んだ。

 すると、またもやサイラスが不敵に微笑んだ。

 

「なるほど、なるほど……。あの男はロウ……。王都で冒険者登録するんだな? そりゃあ、情報として売れんのかねえ。お前たちを探している者がいるんなら、情報に値段がつくかもなあ……」

 

 エリカは歯噛みした。

 わざと怒らされたのだと悟った。

 それで、またもや、余計なことを喋ってしまった。

 背に汗が流れる……。

 

「あんたとなんか、一緒に行くわけないわよ。たったいま会って、あり得ないわ。そのくらいわかるでしょう?」

 

 仕方なくエリカは言った。

 この男とまともに話をするのはなんだか悔しいが、納得をさせて追い払うのが一番いいのかもしれない。

 

「だったら、会ったばかりでなければいいのか? ならば、ちょっと付き合えよ。久しぶりの再会を記念して親睦を深めようぜ」

 

「親睦?」

 

「デートしようと言っているんだ。その籠の中は食事だろう? それは部屋に置いていけ。お前は俺としばらくデートする。旨いものを喰わせてやる。俺は、そのデートでお前を口説き、パーティを組むことを同意させる。時間は夕方までいい。それでお前が同意しなければ、すっぱりと諦めてやろう」

 

「デート?」

 

 冗談じゃないと思ったが、それで諦めるなら簡単かもしれないと思った。

 夕方まで我慢すれば、こいつはどこかに行ってしまうのだ。

 時間をかけたところで、口説き落とされる可能性は微塵もないのだから、ほんの少しのあいだ、我慢すればそれで済むのかも……。

 

「ああ、そうだ。俺がお前を口説き、お前はその時間を俺に与える。それでいい。お前が口説けなくても、口説けても、俺は情報屋にはネタは売らない」

 

「約束する?」

 

「魔道の契約をしてもいいぜ」

 

 サイラスは言った。

 エリカもサイラスも魔道を遣える。

 魔道遣い同士は、魔道を介した契約行為が可能だ。

 破ることのできない誓約を交わすこともできる。

 エリカは決断した。

 

「時間は四ノス──。その時間、あんたと一緒にいる。その結果に関わらず、あんたは、わたしとここで会ったことを他で口にしない……。魔道契約よ」

 

 エリカは術式を机に刻む。

 サイラスが術式を重ねて、魔道契約が成立した。

 

「よし、これで成立だな」

 

 サイラスが微笑んだ。

 この笑顔が気に入らない。

 最後には絶対に、こいつの顔に拳をめり込ませてやると決めた。

 すべては、契約が成立してからだ。

 誓約を交わした以上、交換条件の四ノスの時間をこいつと過ごしさえすれば、こいつは誰にもなにも喋れない。

 殴るのはそれが終わってからだ。

 いや、いっそのこと殺してしまうのがいいか?

 だったら、どこか人気のない場所に行くのが都合がいいが……。

 

「とりあえず、仲間に断ってくる。あんたは外で待って」

 

 エリカは言った

 ロウとコゼには、昔の仲間に会ったからちょっと会ってくるとだけ説明しよう。

 相手が男などということは絶対に知られたくないから、女友達ということにするつもりだ。

 ほかの男とのデートを承知したなど、どんな理由があっても、ロウに言えるわけがない。

 だから、サイラスには、先に外で待つように言ったのだ。

 

「約束を破るなよ。ひとりで来い。俺はお喋りじゃないが、約束を破られると、口が軽くなるかもしれん」

 

「いいから、外に出てなさい」

 

 エリカは籠を持って、三階に向かって階段をあがっていった。

 ロウに嘘をつかなければならない憂鬱を抱えながら……。







 *


 新年あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願します。


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558 調教と愛情



 2021.1.4:修正しています。






「ああ、気持ちいいよ、コゼ……。そ、そんな感じだ……。そうそう……。付け根から先端までを大きく舌先で何度も擦りあげてくれ……。ああ……そうだ……」

 

 全裸のまま寝台に腰掛けて脚を大きく開いている一郎に対し、コゼは床に正座をして一郎の怒張を口に咥え、懸命に舌と口を動かしている。

 そのコゼを一郎はさっきから罵倒し続けているのだ。

 フェラチオの「特訓」だ。

 一郎は、コゼに一郎の怒張を咥えさせながら、さっきから、わざと教えるような口調でやり方を教え諭しているふりをしている。

 もっとも、実際には、コゼの与えく照れる舌技が気持ちよくて、かなりいっぱいいっぱいだ。

 いつでも射精できるし、したいのだけれど、いまは我慢している。

 コゼのフェラ技術を否定し、それを改めて教えるのだという体裁をとっているからである。

 

「んん、んんんっ……」

 

 コゼが甘い声とともに鼻息を鳴らす。

 これもまた、強要したことだ。

 そういう男に媚びるような仕草については、コゼも知らないみたいだし、拒否感もあるかもしれないと思った。

 しかし、敢えて、やらせてみると、コゼは思ったよりも抵抗はないみたいだ。

 いや、むしろ嬉々としてやっている。

 淫魔術でコゼの心に触れている一郎には、それがわかるのだ。

 一郎はほっとしている。

 

「……いい感じだ……。そ、そんな風に、甘い鼻息で俺の気分をよくもするんだ……おっ、おお……。そうそう……。唾を出して音を出してもいいかもな……。とにかく、簡単に精を抜こうとするなよ……。むしろ、抜かせないことに気を付けるんだ。俺が射精するまで、一ノスでも、二ノスでもしゃぶり続けるんだ……」

 

 一郎は手を伸ばして、一郎の股に顔をつけているコゼの頭をさする。

 すると、懸命の舌と口を動かしているコゼが嬉しそうに鼻を鳴らした。

 

 ハロンドールの王都に向かう途中の旅の宿である。

 外は小雨が降っているので、昨夜のうちに、今日は移動をせずにそのまま逗留をしようと決めていた。

 そして、起きてからずっと続いている性愛の真っ最中である。

 いまは、起き抜けの長い長いセックスを終えたところだ。

 朝というよりは、もう昼に近いだろう。

 野宿とは異なり、久しぶりに心置きなくエリカとコゼを抱きまくれる機会を得て、一郎も溜まったものを全部吐き出す勢いで、ふたりに性欲をぶつけている。

 朝からエリカと並べてたっぷりと可愛がった後であり、コゼの全身はすっかりと上気して、全身は汗にまみえている。

 そのコゼを休ませることなく後手縛りに縄掛けし、一郎はフェラチオの練習だと称して、口で奉仕することを強要している。

 性交の疲労で肩で息をしているコゼの懸命な奉仕が続いていた。

 

「ああ……。も、申しわけありません……。コゼはなにも知りません……。ご主人様のやり方を教えてください」

 

 コゼが荒い息とともに、口を離して一郎を上目遣いで見上げるようにした。

 その顔には被虐酔いで満ち溢れている。

 

「わかった……。でも、ちょっと休憩だ……」

 

 一郎はコゼの髪をわしづかみにして、ぐいとコゼを持ちあげて膝立ちにさせる。

 だが、行動は乱暴だが、実際にはコゼに痛みが加わらないように、反対の手で縄掛けの縄を握って一緒に身体を持ちあげるようにしている。

 罵倒のような物言いも、こういう乱暴な扱いも、気分だけのことだ。

 また、こういう小芝居も、実はコゼの気持ちを軽くするために必要なのでやっている。

 

「わお、ご主人様、鬼畜うう──。だけど、この小娘って、かなり気分出してるよ。すっごく濃いい淫気出してるうう。お前もご主人様好みのマゾになってきたなあ……。うっはあああ」

 

 明るい口調で声をあげたのは、さっきから一郎がコゼを「調教」するのを見物している魔妖精のクグルスだ。

 他人の目のあるところで、なかなか呼び出すことはできないけど、クグルスもまた、一郎が支配することになった性奴隷のひとりである。

 もっとも、手のひらほどの大きさしかない妖精族であり、一郎と直接に性交することはできない。

 しかし、その代わりに、クグルスは一郎がエリカやコゼが愛し合うことによって湧き出る「淫気」を捕食する。

 クグルスは、人族が愛し合うことで発生する淫気を得ることで生きる、魔妖精という種族なのだ。

 

 妖魔の中でも淫魔族と呼ばれる存在とのことであり、人間族の世界に出没しては、淫気を発生させるために、淫美な媚香を送ったり、感情や性欲を操って、まぐ合いをさせようとするのが特性らしい。

 同じ淫魔族の中には、「サキュバス」、「インキュバス」とか称される種族もいて、こっちは身体が大きく、妖魔自身が人族と交わったりもするそうだ。

 いずれにしても、人に害をなすものとして、発見次第に討伐の対象になるらしい。

 だから、こうやって人中に出すときには、間違っても、他人に見つからないように気を使わないとならない。

 

 一方、エリカは階下に行っていて、いまはいない。

 コゼと一緒に、朝からずっと代わる代わるに、抱き潰す勢いで犯して続けてたが、やっとひと区切りついた気分になったので、ちょっと遅くなったが、昨夜のうちの頼んでいた朝食を受け取りに行ってもらったところだ。

 

 また、どうでもいいが、この世界に召喚される前では考えられないくらいに、一郎自身も淫乱に歯止めが効かなくなった気がしている。

 以前であれば、エリカやコゼの疲労を気にせずに、自分の本能のままやりまくるなど考えられない。

 ましてや、大切な仲間であり、一郎を守ってくれた愛おしい恋人たちをこうやって嗜虐的に扱うなど、以前の一郎では考えられない。

 そういう意味では、淫魔師としてこの世界に覚醒したことで、一郎自身の性格も大きく変わったのだろうと思う。

 まあ、そうだとしても、手加減はするつもりはないし、倒錯している性癖を隠すつもりは皆無だが……。

 

「しかし、素直なのはいい……。ご褒美だ、コゼ……。水を飲ませてやろう」

 

 一郎は横の台から水差しをとると、そのまま口に水を含んだ。

 すると、コゼは明らかに躊躇(ためら)う表情になった。

 かなり長くフェラをさせていたので、コゼの口の周りは、コゼ自身の涎と一郎の先走りの精液で汚れている。

 それを自分で拭うこともできないコゼは、その状態で一郎と口づけをすることに戸惑ったみたいだ。

 

 淫魔術を駆使して、ずっとコゼの心を探る線を繋いでいる一郎には、そういうコゼの感情の動きが手に取るようにわかる。

 これも、淫魔師として、この世界に覚醒した一郎の能力のひとつである。

 読もうと思えば、性支配をしている女の心がある程度読めるのだ。

 こうやって抱いていてもコゼの心には、アサシン時代に刻み込まれた性的虐待による心の傷が浮かんでは消え、消えては浮かびしている。

 あの山の温泉でコゼの記憶と感情の結びつきを操作して、あまりにも強い精神的外傷については、それが表に出ないようにし、記憶についても、コゼが意識をしない限り思い出すことのない奥底に隠すようにしてやったが、それでもコゼの感情は、あの深い深い心の闇に囚われて離れない……。

 

 親から奴隷に売られ、望まないアサシンの能力を身につけさせられてしまった少女時代……。

 

 奴隷の首輪によって強要され、罪のない者たちを殺し続けさせられたこと……。

 

 飼われていた主人の命令によって逆らうことに禁止され、同僚の男たちに(かわや)女として犯され続け、女としての屈辱という屈辱を味わい続けたこと……。

 

 自殺さえも禁じられ……。

 

 そういうことは、何度も何度も消しても浮かびあがってくるコゼの闇として、強く刻まれてしまっている……。

 

 だから、一郎はコゼと愛し合うたびに、それらが二度と浮き出てこないように、いわゆる「上書き」を続けるのだ。

 酷い虐待も、心のトラウマも、全部一郎が刻んでしまったものとして、新しい記憶を上乗せするのである。

 これを繰り返せば、コゼは性的虐待のことだって、それより先に一郎との「行為」を思い起こしてしまって、昔のことを心から引き出してこない。

 そして、いまのところ、いい感じにコゼの心の上書きは進んでいる。

 最初に会ったときの暗い影のようなものは、いまやほとんど外に出ることはなく、最近のコゼは無邪気でよく笑い、よく喋り、一生懸命に一郎に愛を求めてくる。

 エリカにも遠慮のない絡み合いを求めたりする。

 ちょっとばかり、破目を外す傾向もあるが、その屈託のない悪戯好きが、本来のコゼだったのだと思う。

 エリカは最近、辟易しかけているところも垣間見れるが、まあ、いい傾向だ……。

 

「んんっ、んん」

 

 口を寄せると、コゼが驚いたように……、そして、困惑したような感じで一郎から顔を反らそうとした。

 だが、それはさせない。

 強引に唇を重ねて舌でコゼの口をこじ開け、口に含んだ水を注ぎ込む。

 やはり喉は乾いていたのだろう。

 喉を鳴らして、注いだ水がコゼの身体に落ちていく。

 

「ま、待って、あ、あたし、ご、ご主人様を奉仕してたから、き、汚くて……」

 

 口を離すと、真っ赤な顔になったコゼが当惑の顔で言った。

 「汚い」「卑猥」「醜い」……。

 そういうことも、アサシン時代にさんざんに男たちに言われ続けてきたに違いない。

 実は、それらに強く反応するのは悪い傾向だ。

 コゼの中の封印しているはずの闇が、コゼを反応しているのだある。

 だから、ちょっとした隙に表に出てこようとするそういうトラウマをその都度刈り取っていく……。

 

 一郎はコゼの顔を寄せて、コゼの口の周りを舌で拭きとってやる。

 同時に、淫魔術で心に触れ、表に出かけている黒いもやのようなものを押し込めて、淫情や欲望の線を刺激してやる。

 

「コゼに汚いところなんてない──。それよりも命令だ。コゼはこれから自分の欲望を隠してはならない。俺と一緒にやりたいこと、俺にやって欲しいことは隠すことなく口にするんだ。その代わりに可愛がってやる。俺のために生きろ──。俺が生きている限り死ぬな……」

 

 ちょっと口を離してコゼの耳元でささやく。

 それだけでなく、心の線を操作して、コゼがいまの言葉を心から受け入れるように干渉する。

 それは抑制の場所を二つ、三つと外すだけでいい。

 案の定、コゼの心に歓喜が溢れるのがわかる。

 

 一郎と出会うまで、コゼはずっと死にたがっていた。

 罪のない人間を殺し続けた記憶……。

 考えられる限りの性的虐待を受け続けた過去……。

 コゼはそれにより、生きることよりも、命を捨てることに大きな望みを求めるようになっていた。

 それは、一郎の淫魔術による操作でも、完全には消すことができないでいる。

 

 だが、消すことができなくても、それを上回る欲望を植えつけることはできる。

 あんなに嫌悪していた男との性交でも、一郎が相手であったら、それが好ましいことだと感じるようにすることはできると思う。

 一郎に依存して生きさせる……。

 それでもいい……。

 依存の先で、コゼは忌々しい過去からしっかりと離れることができる。

 それが、一郎がずっとコゼに施している「調教」だ。

 

 コゼの心に触れるようになった最初のときに感じた、あの真っ黒い絶望の闇よりもずっと、それがいい。

 また、一郎は、コゼが「一郎が生きる限り、そばで生きろ」という言葉に強く反応することに気がついている。

 だから、最近では好んで、それを口にするようにしていた。

 強い依存性は、あまりよくないこととは思うが、それでもいい……。

 コゼは一郎に依存している限り、明るくて無邪気なコゼになることができる。

 

「あ、ああ……。あ、あのご主人様……。み、水をください……。もう一杯……。そして、ご主人様の気持ちのいい奉仕のやり方を教えてください……」

 

 コゼがうっとりとした顔で言った。

 一郎はほくそ笑んだ。

 また、心のたががひとつ外れた。

 コゼが喉が渇いたと水を求めたのだ……。

 

 生きるために、なにかを求めることを放棄しきっていたコゼが、また自分の欲望を口にした……。

 こうやって、少しずつ「調教」していこう……。

 コゼはいまよりも、ずっと可愛くて明るい、みんなから愛される人間になるだろう。

 

「じゃあ、水だ……」

 

 一郎は再びみずを口に含んで、コゼと口づけをする。

 今度はコゼから積極的に一郎の舌に自分の舌を絡ませてきた。

 しばらくのあいだ、一郎はコゼの口の中を思う存分に舌で蹂躙してやった。

 

「あ、ああ……」

 

 口を離すとコゼが脱力したようになった。

 ステータスを見ると、すでにごっそりと「快感値」が“25”まで落ちている。

 “30”が男性を受け入れることができるくらいに濡れている目安なので、コゼは口づけだけで、すっかりと欲情してしまったことになる。

 

「水をやったぞ。次はなにが欲しい……?」

 

 一郎はコゼから手を放して言った。

 腰が抜けたように、すとんと正座の体勢に座り直したコゼが虚ろな視線を一郎に向けてくる。

 

「あ、あたしは……コ、コゼはご主人様のお情けが欲しいです……。いっぱい、いっぱい……。死んでしまうくらいに愛されたいです……」

 

 コゼが言った。

 一郎は微笑んだ。

 

「だったら奉仕だ。俺のやり方を覚えろ──。なにも知らない、経験もないコゼには、しっかりとフェラチオのやり方を覚えてもらう。合格したら死ぬほど犯してやろう」

 

「は、はい、もちろんです。あ、ありがとうございます」

 

 コゼが上気した顔に満面の笑みを浮かべた。

 もっとも、コゼの口奉仕の技術は下手どころではない。

 そういうことも、散々にやらされたのだろう。

 実際には、下手どころか、かなりの技術がある。

 

 それを敢えて否定することで、一郎は、コゼの過去をなかったことにしてしまおうとしているのだ。

 言葉だけでなく、心の線を操作して、その「嘘」をコゼに受け入れさせる……。

 「嘘」は、強い一郎の罵倒の言葉とともに、コゼにとっての「真実」となり、コゼの心を軽くしていく。

 一郎には、それがわかる。

 ぶるりと腰を軽く振って、一郎はコゼの顔面に怒張を付きつけた。

 

「奉仕の基本は、相手のことを想うことだ。自分ではなく、相手を気持ちよくしたいと本気で願え……。俺の気持ち良さはずっと続くようにしろ。お前が愉しむんじゃない。俺を愉しませろ。そのために、コゼが俺に奉仕し続けることを愉しいと思え」

 

「コゼはご主人様に奉仕するのが愉しいです……。大好きです、ご主人様」

 

 コゼが大きく口を開いて一郎の男根を口に含む。

 言われたとおりに、唾液を出して舌で上から下に……。下から上に口の中で一郎の男根を舐めあげていく。

 

「……い、いいぞ……。き、気持ちがいい……。だが、少しよくなっただけだ……。ま、まだまだ技術が……ち、稚拙だ」

 

 やはり、気持ちがいい……。

 一郎には勿体ないくらいの舌技だ。

 しかし、それは言葉では認めない。

 コゼに刻み込むのは、一郎と出逢って初めて愛し合うことを覚えた無垢な女だ。

 だから、コゼが性技を駆使するのは、一郎による調教が上書きされてからだ。

 

「でも、俺もコゼが大好きだ……。これからもずっといてくれ……。いや、命令だ。生きる限り俺の性奴隷として奉仕し続けろ。絶対に離してやらん。可愛いコゼを俺は愛している……」

 

 一郎はコゼの舌を愉しみながら、コゼの頭を軽く撫でながら言った。

 

「んん、んんんんっ」

 

 すると、突然にコゼが震えて身体をぐんと伸ばすようにした。

 急な反応で少し驚いた。

 淫魔術でステータスを覗くと、コゼの「快感値」は“0”になっていた。

 

「ははは、ご主人様が優しいから、いまの言葉でこいつ、いっちゃったみたいだね。よかったな、小娘」

 

 クグルスがけらけらと笑った。



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559 宿屋の情事


 558話の内容を若干修正しています(2021.1.4)。
 特にストーリに影響はありません……。


 *





 愛撫らしい愛撫もなしに、一郎の「愛している」という言葉だけで、コゼは一郎の怒張を口に咥えたまま気をやってしまった。

 これには、一郎も驚きだ。

 一郎は、コゼの口から怒張を離して、寝台に抱えあげた。

 寝台の真ん中に移動して、後手縛りのままコゼの裸身を横抱きにする。

 

「はははは、小娘、ご主人様に謝るんだ。許可なく、気をやるのはマゾ奴隷として失格だぞ。そうだよね、ご主人様?」

 

 クグルスが一郎とコゼの周りを飛びながら、からかうように言った。

 前に、クグルスを呼び出してからエリカを抱いたとき、意地悪をして、そんなことを口にしたことがある気がする。

 それをクグルスは覚えていたのだろう。

 一郎は苦笑しながら、コゼの股間に手を伸ばすと、すっと指をお尻の穴に挿入する。もちろん、お尻に挿入する指には、淫魔術を使って挿入直前にたっぷりと潤滑油を施した。

 

「んんっ、んああああっ、ご、ご主人様、か、勝手にいって、ご、ごめんなさいいい」

 

 短い時間だがコゼは、特にお尻の感度が抜群に敏感になるように調教中だ。

 もうかなり、お尻はコゼの感じる場所に変わってきている。

 そのお尻に指を入れると、コゼは小刻みな痙攣とともに、ぐんと小さく身体を反り返らせた。

 

「淫乱なマゾだな、コゼは……。だけど、可愛いぞ……」

 

「んふううっ、あ、ありがとうございます」

 

 すると、コゼがまた大きく反応した。

 なんだか、いちいち反応が大きくて愉しくなっていく。

 一郎はコゼの脚を掴んで胡坐で座った一郎の腰を体面のかたちで跨らせた。

 そして、おしりの穴から指を抜くと、コゼの腰を下から持ち上げるようにして、怒張の先端をコゼの股間にあてる。

 

 すでに、コゼの股間は濡れきっていた。

 コゼの秘部は、押し入ってくる一郎の勃起している男根を拒むどころか、むしろ、むさぼるように水音とともに粘膜で包み受け入れていく。

 

「はううっ、ああっ」

 

 しっかりと結合する。

 一郎はコゼの裸身を抱きしめた。

 抱きしめながら、ゆっくりと身体を揺らる。すると、コゼが早くも二度目の絶頂の仕草を示しかけた。

 なぜか、すっかりと感じやすくなっているみたいだ。

 

「淫乱だな」

 

 一郎はコゼの身体に浮かぶ、一郎にしかわからない赤いもやを激しくこすって、一気に責めたてた。

 淫魔術を駆使すれば、相手を絶頂させることも、させないこともいとも容易い。

 実にありがたい能力だ。

 

「あ、あああああっ、ご主人様ああ」

 

 コゼの身体ががくがくと震える。

 絶頂は間近だ。

 

 しかし、それは許さない。

 ぎりぎりまで追い込んでから、一転して、腰の上下を緩やかにした。

 コゼがもどかしそうに腰を振りたてるのを無視して、しばらく間をあける。

 

 そして、ステータスを読みながら、コゼが少し回復するのを待って、またもや激しく腰を動かして快感値を“0”に接近させる。

 あっという間のことだ。

 だが、再びぎりぎりでとめる。

 

「ああ、またああ」

 

 コゼの嬌声が泣き声に近くなる。

 構わずに、同じことを五回やった。

 意地悪だが、まだまだ一郎に対するぎこちなさを感じるコゼの壁を壊すためだ。

 また、寸止めを続けるだけでなく、言葉ではうまく言い表せないが、淫魔術で心に触れることで、コゼの中にある遠慮や自虐的な精神の色を見つけて抑えつつ、悦びや一郎への思慕だと感じた線を強化してやった。

 すると、すぐに焦れったそうに甘い声をあげるようになり、五回目のときには、切羽詰まったように声をあげた。

 

「ああ、もう意地悪しないでください、ご主人様──」 

 

 ついに、ほとんど泣きじゃくるようにして、コゼが叫んだ。

 

「わおっ、だんだんと調子よくなってきたねえ。鬼畜ううう」

 

 周りでクグルスがはしゃぎまわっている。

 余程に濃い淫気が出ているのだと思う。

 一郎もまた、コゼが追い詰められていることに接して、興奮をしていた。

 なんといっても、エリカもそうだが、このコゼは一郎など一瞬で殺してしまうことができるような暗殺術の持ち主なのだ。

 それが一郎の手管で、剥き出しの淫欲の感情を表しているのだから、一郎も優越感に満足してしまう。

 

「じゃあ、休憩だ……。ほら、口を向けろ」

 

 またしてもぎりぎりで寸止めをした一郎は、コゼの頭を後ろから抱えて口づけをする。

 

「いやああ、もう……はむむうっ」

 

 コゼは悲鳴のような声をあげつつも、夢中になって一郎の舌に舌を絡めてきた。

 さっきとは比べものにならないほどに情熱的で積極的な口づけである。

 貫かれながらも達することができなかった欲情が、はけ口を求めて全身で暴れているに違いない。

 その不満を口づけにぶつけているのだろう。

 しばらく獣のような口づけをしてから、一郎は緊縛されたコゼの裸身をぎゅっと抱いて、対面座位で肌と肌を密着させる。

 しばらくすると、肩で息をしつつも、コゼが少し落ち着いた感じになる。

 

「まだまだ一日は長い……。もっともっと、コゼを苛めてから精を放ちたい。コゼの苦しそうな顔が可愛いからね」

 

 一郎はコゼを抱きしめたまま、コゼの耳元でささやいた。

 コゼは一郎の胸に頬を預けるようにしている。

 

「はあ、はあ、はあ……ご、ご主人様の好きなように……。で、でも、最後には……ください……」

 

 コゼが小さく言った。

 一郎は抱き寄せたまま、手をコゼのお尻に側にもっていくと、またもや、すっとお尻の中に一本の指を入れる。

 さらに、お尻の穴の中でかぎ状に指を曲げて、内側の粘膜を強く擦ってやる。

 無論、しっかりと赤いもやのある場所だ。

 

「ふいいいっ」

 

 コゼが奇声を発して、身体を弓なりに反らせた。

 だが、それだけだ。

 一度だけで愛撫を中断してしまう。

 

「あうううっ」

 

 コゼは切なそうに身体を震わせた。

 

「俺はこういう抱き方が好きでな。悪く思うな。まあ、こういう俺に捕らわれたのが不幸と思ってくれ」

 

 一郎はくすくすと笑った。

 すると、コゼは首を横に振る。

 

「す、好きなようにしてください……。い、いえ、どうか、も、もっともっと鬼畜にコゼを苛めてください……。ご主人様に苛められるなら、どんなことでも、コゼは嬉しいです……」

 

 コゼは言った。

 一郎はコゼの一途な言葉ににんまりしてしまう。

 淫魔術でコゼの心に触れている一郎には、コゼの言葉が一郎に媚びを売るためのものではなく、心からの言葉であることがわかるのだ。

 

「そんなこと口にすると後悔するぞ。耐えきれないような責めをするぞ。昨夜の痒み責めはつらかったろう?」

 

「つ、つらかったけど、ご主人様なら、なにをされてもいいんです」

 

 コゼがきっぱりと言った。

 一郎は苦笑した。

 そして、ちょっとした好奇心で、どこまでコゼが許容できるのか確かめてみたくなった。

 抱き合う女に関して、ある程度の感情がわかる一郎には、コゼの心の動きを淫魔術で感じることができる。

 まあ、ちょっとした遊びだ。

 

「じゃあ、今日はコゼの尻を責めようかな。浣腸をして、俺の目の前で排便をさせる。いや、すぐには許さない。たっぷりと我慢をさせる。昨日の痒み剤を股間に塗って、排便するときには俺の指で達しながら排便してもらう」

 

「わ、わかりました……」

 

 ちょっと躊躇った口調になりながらも、コゼはすぐに小さく頷いた。

 コゼの心の反応も同じようなものだ。 

 最初は大きな戸惑いの色が強くなったが、すぐに嬉しさの感情が膨らんだ。

 本当に嫌ではないみたいだ。

 

「……それと、お尻に電撃責めをする。電撃の魔道を帯びさせた淫具を挿し込んで、気まぐれに電撃を流す……」

 

「は、はい」

 

 今度はちょっと拒否反応が出た。

 だが、強い忌避感という程ではない感じだ。

 しかし、さすがに恐怖の色が心の中で濃くなっていく。

 

「わおっ、そんなことするの、ご主人様? だけど、こいつ、満更でもなさそうだな」

 

 クグルスがけらけらと笑った。

 コゼがクグルスをきっと睨んだ。

 

「あ、あんた、さっきから、うるさいってば──」

 

「おっ、ぼくには怒るんだな、変態娘。だけど、ご主人様は鬼畜だからな。きっとお前が変態の方が喜んでくれるぞ」

 

「そ、そう……、なのですか……?」

 

 コゼは視線を一郎に向ける。

 上目遣いのコゼに一郎は微笑みかけた。

 

「そうだな」

 

「じゃ、じゃあ、コゼをうんと苛めてください。問題ありません」

 

 コゼが言った。

 一郎は笑ってしまった。

 コゼの心の中のさっきの恐怖心が小さくなって、一郎の言葉を受け入れる感情が膨らんだからだ。

 本当に受け入れそうだ。

 

「じゃあ……」

 

 一郎はさらに過激な責めを考えようとした。

 そのときだった。

 部屋の扉を叩く音がした。

 コゼがびくりとするとともに、クグルスがさっと物陰に隠れる。

 だが、一郎はステータスを読むことで、外にいるのがエリカであることを確認できた。

 ほかに人はいない。

 戻ってきたみたいだ。

 

「クグルス、鍵を開いてやれ。エリカだ」

 

 一郎は声をかけた。

 

「あいあいさあっ」

 

 クグルスが寝台の影から飛び出すとともに、がちゃんと音がして内鍵が開く。クグルスの魔道だ。

 

「も、戻りました……。うわっ」

 

 食事の入った籠を抱えているエリカが、寝台で裸体のまま密着している一郎とコゼの接して、真っ赤な顔になった。

 

「遅かったな、エリカ? ぼやぼやせずに裸になれ。お前も可愛がってもらうといい。今日は肛門調教だぞ。痒み剤を塗って、浣腸して、電撃棒でお尻を苛める。わかったら、さっさと脱げ」

 

 しっかりと扉が閉じられたところで、クグルスがエリカの前に出てエリカに言った。

 エリカの心にははっきりとした拒絶反応が出た。

 それどころか、憤怒の感情が一気に沸き起こっている。

 

「はああ? なに言ってんのよ──。そんなことしません」

 

「だけど、ご主人様の命令だ。いいから、脱げ」

 

「し、しませんからね、ロウ様──」

 

 エリカが視線をクグルスから一郎に向ける。

 

「どうかな? 嫌がるのを無理矢理にさせて受け入れさせるのが調教だしな」

 

 一郎はうそぶいた。

 すると、エリカの顔が真っ赤になる。

 

「む、無理です──。そんなの」

 

 エリカは首を手で拒否した。

 心の中も、大きな狼狽と拒絶の色でいっぱいだ。

 こっちはこっちで、強引にやらせるのも面白いかな?

 一郎はちょっと思った。

 

「ご、ご主人様、あ、あたしがやります。だから、今日は、あたしをたくさん愛してください。さっき、約束しましたよ」

 

 目の前のコゼが口を挟んできた。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「そうだな。じゃあ、さっきの続きから始めるか」

 

 いまだに一郎の怒張はコゼの中に入ったままだ。

 一郎は再び腰を動かす。

 

「あ、あああっ、き、気持ちいいです、あああああっ」

 

 コゼが激しく反応する。

 そのとき、エリカがなにかを思い出したように、はっとした表情になる。

 

「あっ、お、お待ちください、ロウ様──。お、お話とお願いが……」

 

 エリカが大きな声で言った。

 一郎はコゼとの交合を再び中断した。

 

「あんっ──、な、なによ、エリカ──」

 

 コゼがエリカを睨んだ。

 

「ご、ごめん、コゼ……。あ、あのう、ちょっと外出したいんです……。じ、実は冒険者時代の知人に偶然に下で会って……。四ノスほどで戻ります。久しぶりなんで、ちょっと話をしたいと言われて……。こっちの冒険者ギルドの情報も得られるかもしれないし……」

 

 エリカが恐縮するような表情で言った。

 一郎は首を傾げた。

 

「友人?」

 

 アスカのところに行く前のエリかが、しばらくローム三公国と呼ばれる場所で、冒険者をしていたというのは教えてもらっている。

 どうやら、その知り合いに再会したみたいだ。

 問題はないが、だが、珍しいことを口にするとも思った。

 とにかく、エリカは、一郎の護衛だと自負していて、一郎から少しでも離れることをいつも嫌がる。

 あのアスカが、いつ、どんな風に追いかけてくるのかわからないからだ。

 それにも関わらず、今日はひとりで外出したいという。

 なんとかく違和感を覚えた。

 

「は、はい……。ちょっとした女性の知り合いで……。冒険者時代に何度かパーティを組んだことがあって……。それだけです。四ノスで戻ります。女友達なんです」

 

「女友達か……」

 

 なぜ、二度言う?

 ものすごく不自然だ。

 

 淫魔術で心を探るまでもなく、表情からして、なにかを隠しているというのは明白だ。

 念のために、心の色に触れると、焦燥、後ろめたさ、恐怖心のような感情に触れることができた。

 恐怖心の対象は一郎みたいだ。

 

「は、はい──。女友達です。四ノスだけ、お願いします」

 

 エリカは言った。

 一郎は肩をすくめた。“女友達”、“四ノスだけ”……。やたらに繰り返すキーワードだが……。

 

「わかった。行ってこいよ」

 

 とりあえず、言った。

 すると、エリカががばりと頭をさげた。

 

「申し訳ありません」

 

 ひと言叫ぶと、エリカは隅に置いていた荷から得物の細剣と小さなナイフを腰にさげ、あっという間に部屋を出ていった。

 一郎はその背中を黙って見送った。

 

「ふうん……」

 

 だが、一郎はなんとなく心に浮かんでいた不満な感情を口にしていた。

 

「ね、ねえ、ご主人様……」

 

「なあ、ご主人様……」

 

 すると、黙っていたコゼとクグルスが訝しむような口調で、ほぼ同時に、一郎に声を掛けてきた。



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560 不本意な会食

 目の前にあるのは、「香り草入り兎肉シチュー」、「バターつきホットケーキ」、「イチゴジャムのパイ」、「チーズ入りのサラダ」……。とにかく、そういう料理がテーブルいっぱいに置かれている。

 いずれも手の込んでいる上品で綺麗な盛りつけの料理だ。

 味も美味だった。

 また、飲み物は、果実入りの蒸留水だ。

 これもまた、よく冷やされていて、魔道によって冷却された高価なものだとわかる。

 口惜しいけど、こっちも美味しい。

 

 サイラスに連れられてやって来た料理店だ。

 しかも、周りにほかの客がいるような場所ではなく、壁に囲まれた個室である。

 調度品も豪華であり、明らかに高価なものだとわかる。

 

 エリカは、ここでサイラスとふたりきりで食事をしている。

 ずっと野宿やそれに近い旅をしてきたロウやエリカとは、縁のないような豪華な場所と食事だ。

 

 とにかく、四ノスのあいだ、サイラスと一緒にいれば、エリカがかつて、カロリック公国を中心としてやっていたとき、冒険者として、“エルスラ”を名乗っていたことを秘密にする……。

 そういう魔道契約を結んで、仕方なく一緒に過ごすことを決めたのだが、こうやって、ロウとも行ったことのないような場所に訪れるなど、罪悪感が半端ない。

 

 エリカにとって不本意なのは、こんな状況で、味なんかしないと思いたいのだが、やはり、美味しいものは美味しいと感じることだ。

 それが、本当に申し訳ないと思う。

 なにしろ、ここに来る前に、エリカがコゼとロウに渡した籠入りの食事など、いま口にしている料理代の二十分の一にもならないだろう。

 しかも、こんな男とふたりきりで……。

 

「どうした? 食が進んでいないか? だったら全部交換させる。ここは、俺の息のかかった店でな。クエストで面倒を見たこともある。それに、俺くらい特別になれば、ほかの客の料理を差しとめてでも、融通を効かせられる。肉料理よりも、魚かなにかがよかったか?」

 

「結構よ……」

 

 エリカは言った。

 確かに、食事のほとんどの皿は、それぞれの半分も口にしていない。

 考えていたのは、女友達と会うと嘘をついて別れてきたロウのことばかりであり、そのことをずっと後悔しているのだ。

 あのときには、あのアスカにエリカたちの逃亡先を知られないために、やむを得ないことだと思って、サイラスの条件を飲んでしまったが、よく考えれば、正直に、ロウに打ち明ければよかった。

 また、ロウには、エリカが男とふたりきりで過ごすことを知られたくなかったので騙してしまったが、せめてそれについては、正直に打ち明ければよかったかもしれない。

 

 サイラスが秘密を守る条件は、エリカと四ノスを一緒にすごすというだけのことだったから、宿屋の食堂でもよかったのだが、ロウに見られたくなかったから、サイラスの連れてくる場所までやって来た。

 まさか、こんな高級料理店で食事をすることになるとも思わなかった。

 これでは、まるで男女で逢引きをしているみたいではないか……。

 

 本当に、ロウに知られたらどうしよう……。

 エリカは、本当に後悔していた。

 

 そもそも、なぜ四ノスと口にしてしまったのか……。

 一ノスくらいにすればよかった。

 おそらく、残りはまだ三ノスはあるだろう。

 いずれにしても、なんでもいいから、サイラスと一緒に、四ノスを一緒にいなければ、あのときの魔道契約は成立しない……。

 

「だったら、遠慮はしないことだ。あの男程度の稼ぎでは、こういう店に来ることは不可能と思うぞ。だが、俺のような(アルファ)クラスの冒険者ともなれば、貴族とも同じように特別扱いをされる。この兎肉も、実は特別の仕込みをしたものだ……。それを予約もなしに、特別に準備させたんだ……。この店の店主には恩を売っていてね。つまり……」

 

 サイラスが再び喋り始める。

 一体全体、この男は何度“特別”と自分のことをいうのだろうと思った。

 

 自慢話……。

 

 誰かの揶揄話……。

 

 そして、エリカへの口説き言葉……。

 

 ずっと、この繰り返しだ。

 本当に嫌になる。

 

 どういう了見なのかはわからないが、この男がエリカをパーティに誘おうとしているのは確実のようだ。

 しかも、どうも、エリカに女を感じているらしい。

 エリカには完璧にその気はないが、どうやら、こいつは四ノスあれば、エリカを口説き落とせると思っている気配でもある。

 

 とにかく我慢するしかない。

 エリカは、いまは、この男の喋る話を聞くふりをしながら、飲み物ばかりを飲んでいた。

 ほとんど相槌すら打っていない。

 

 ああ、早く四ノス経たないか……。

 そうしたら、すぐに戻って……。

 ロウに……。

 

「……じゃあ、そうと決まったら、食事の後で買い物に行こう。再会を祝す贈り物の希望はあるか? 宝石とかか? あるいは髪飾りのような細工物がいいか? 俺くらいの冒険者であれば、好きなものを買ってやれるぞ」

 

 サイラスの嬉しそうな笑い声が響く。

 

「えっ?」

 

 話を耳にしていなかったので、エリカははっとした。

 もしかして、適当な返事をしているうちに、贈り物を受け入れるという話になった?

 とにかく、冗談じゃない。

 

「ま、待って、なにも必要ないわ──。さっきからはっきり言っているけど、あんたとパーティを組むつもりはないの。いい加減にしてよ──」

 

 エリカは声をあげた。

 だが、サイラスはなぜか驚いたような顔になった。

 

「おいおい、俺が誘ってやっているんだぞ。しかも、こうやって、ふたりきりの時間をすごすことに同意したということは、あの男にも見切りをつけたということだろう。俺はお前が浮気をしたことは許してやると言っている。俺も、再会をする前までのことをどうこう言うことはないしな。俺も、散々に、ほかの女と付き合っていた」

 

 しかし、すぐに、サイラスは笑い声をあげた。

 エリカは腹が煮えるのを耐えた。

 本当に話が通じない。

 

 実のところ、サイラスとともにここに来たとき、すぐにロウと男女の関係であることを教えた。

 こいつが、エリカに女としての興味を持っていることがわかったからだ。

 だが、それに対するこの男の言葉は、“許してやるから、心配するな”だった。

 こいつに許してもらうことなどなにもないが、さらに、これは、ほとんど知らないはずのロウのことを蔑みはじめたのだ。

 自分の自慢話をしながらだ。

 

 激昂して殴りたかったが、残念ながら、おそらく、エリカでは一対一でサイラスには歯が立たないと思う。

 だから、我慢している。

 とにかく、四ノスだ……。

 

「あんたが誰と付き合おうが知ったことじゃないわよ。それに、同じことを何度も繰り返させないで──。わたしは、彼と一緒に行くの。旅の途中なの──。わたしとまったく関係のないあんたと、どうして、パーティを組まないとならないのよ──」

 

「もしかして、パーティを鞍替えすることに罪悪感を覚えているのか? しかし、実力のある者が、有利な条件で誘われたパーティに移動することは当然のことだ。ましてや、俺が誘っているんだからな」

 

「話のわからない男ねえ──。わたしは、ロウ様が好きなの──。彼はあんたなんかよりも、ずっと頭がよくて、頼りになる。そりゃあ、強くはないけど……。だけど、勇気もあるし……」

 

 エリカは怒鳴った。

 しかし、あの褐色エルフの里のことや、国境警備隊で闇奴隷をしていた商人からエリカを助けてくれたことを思わず口走りそうになって、慌てて口を閉じる。

 

「話なら俺がつけてやると言っているだろう。心配するな。お前はなにも考えるな。ただ、自分の本当の心に従えばいい」

 

「ロウ様に手を出したら殺すわよ……」

 

「いいから、心に従え……。お前は俺と一緒に行きたがっている……。無理をするな……」

 

「従っているわよ──。あんたとは一緒に行かない。彼らと一緒に行く──。以上──。この話は終わり」

 

「こいつ、照れてるのか?」

 

 サイラスが片手で軽く前髪を払いながら、流し目のような表情をした。

 もしかしたら、こいつのこういう仕草だけで、うっとりとなる女も多いのかもしれないけど、エリカはそもそも男が嫌いだ。

 そのエリカが見初めた男はロウだけだ。

 本当に腹が立つ。

 そもそも、エリカを落とせると考えているだけでも屈辱だ。

 

「照れてない……。はっきりと言うけど、あんたのことは気持ち悪い……」

 

 エリカは言った。

 サイラスが驚いたように、目を丸くしたのがわかった。

 そのときだった。

 個室の扉が開いて、数名の給仕が入ってきた。

 すでに、エリカは食事の皿には手を出すのをやめている。一方でサイラスの前の皿はほとんどが空だ。

 

「さげろ──。じゃあ、エリカ、どこにも行きたくないというなら、酒でも口にしてくれ。それくらいはいいのだろう?」

 

 サイラスはそれだけを言うと、エリカの返事も聞かずに、給仕に指示をする。

 酒……?

 エリカは眉をひそめた。

 

 実のところ、酒はあまり口にしたことはない。

 一度、アスカと一緒に飲んだことはあるのだが、そのときに、アスカにもう酒は飲むなと言われたことがあるのだ。

 そんなに酔ったという記憶もないが、そのときの記憶もないので、ずっとそれに従っていた。

 いずれにしても、酒などとんでもない。

 エリカは首を横に振った。

 

「酒は飲まないの……。これでいいわ。あんたは勝手にどうぞ」

 

 エリカは口を挟んだ。

 すると、サイラスが優雅そうに軽く肩をすくめる。

 

「じゃあ、勝手にやらせてもらう。だったら、木苺の焼き菓子を準備させている。それで相手をしてくれ」

 

 サイラスが給仕に指示を加えた。

 エリカはちょっと驚いた。

 木苺の焼き菓子は、エリカの好物だったのだ。

 食べ物の好き嫌いはあまりしないし、自分のことを滅多には他人に言わないのだが、かつてのエリカは、この男に好きな食べ物のことなど語ったのだろうか……。

 

 まあ、食べさせてくれるというなら、食べたいか……。

 確かに好物だし……。

 

「喜んでくれるようだな……。おい、すぐに持ってこい──」

 

 サイラスが給仕たちに怒鳴った。

 すでに、テーブルの上はほとんど片付けられている。

 給仕たちが出ていく。

 

「よ、喜んでなんか……」

 

 エリカは言った。

 だが、サイラスが苦笑するような表情を浮かべた。

 

「相変わらずだな……。嘘が下手だ……」

 

 サイラスがエリカに微笑む。

 エリカは嫌悪感にぞっとする。

 それにしても、嘘が下手……?

 なぜか、ちょっと気になった。

 

 そして、すぐに、さっきと同じ男性の給仕が入ってくる。

 エリカの前に、黄色い美味しそうな焼き菓子が並べられる。木苺だけでなく、多くの食材が使われたたくさんの種類がある菓子皿のタワーだ。

 食器は不思議な形状であり、小さな皿が枝のように見える部分に分かれて、ツリー状になっている。そこに、色とりどりの焼き菓子がそれぞれの皿に置かれている。

 飲み物も入れ替えられた。

 

「わああっ」

 

 エリカは思わず声をあげた。

 とても、おいしそうだったからだ。

 

「さあ、食べてくれ、エリカ……。俺たちの友情の印だ……」

 

 サイラスの前には、酒の杯が置かれている。

 小さく切ったチーズとクラッカーのような食べ物もだ。

 いずれににしても、エリカはサイラスの前で、感情を露わにしたことを恥じた。

 

「あ、あんたと友情なんてないわよ……。本当にしつこいわねえ……」

 

 エリカは目の前の菓子のひとつをとって口にする。

 だが、びっくりするくらいに美味しい……。

 口に中で溶けるようになくなった。

 なんだ、これ……?

 

 次の菓子を手に取る。

 こっちも美味しい……。

 エリカは驚いてしまった。

 そして、我を忘れた。

 気がつくと、あっという間にたくさんの菓子を口にしていた。

 でも、美味しい……。

 エリカは、飲み物で口の中を湿らした。

 これも信じられないくらいに美味しい……。

 

「お、美味しいわ──」

 

 思わず声をあげてしまった。

 そして、次の菓子に手を伸ばそうとする。

 だが、なぜか目の前の景色が揺らいだ……。

 さらに、身体に衝撃が走った。

 

 毒……?

 

 唖然とした。

 しまった……。

 薬を盛られた……?

 

 こんな単純な手に……。

 エリカは椅子から崩れ落ちていた。

 身体が脱力している。

 まったく、力が入らない。

 

「な、なに……こ、これ……」

 

 エリカは床に崩れ落ちている。

 ロウの命令ではいているスカートが丈が短くて、倒れたときに太腿の近くまでめくりあがってしまっていたが、それを手を伸ばして直そうとするが、手もまったく動かない。

 

 また、全身の弛緩だけでなく、かっと全身が熱くなった。

 股間が疼く……。

 胸も……。

 

 もしかして、媚薬……?

 エリカはぞっとした。

 

「よく利くようだ。まあ、観念するんだな。こんなことはしたくはなかったが、素直にならないお前が悪い。俺はどんなことをしても欲しいものは手に入れる主義でな。媚薬を盛らせてもらった。まあ、俺に抱かれれば忘れられなくなる。心配するな」

 

 サイラスが立ちあがって、近づくのがわかった。

 エリカは恐怖した。

 魔道を……。

 

 しかし、あまりの身体の疼きのために、魔道を発動できない。

 いや、発動したとしても、A級冒険者のサイラスには、簡単に無効にできるかも……。

 

 熱い……。

 疼く……。

 媚薬と言った?

 愕然とした。

 

 なんという強烈な媚薬だ……。

 エリカは逃げようと、四肢を突っ張らせた。

 しかし、さらにスカートがめくれただけで、倒れた床の位置からほとんど動くことができない。

 下着が露わになっている。

 なにもできない。

 

 また、乳房が痛い。

 股間も……。

 

 ぴーんと尖った先端にかけて、熱いもので痺れている。

 股間に強い掻痒感が沸き起こる……。

 

 助けを……。

 だが、いつの間にか給仕もいない。

 サイラスのふたりきりだ。

 

 すると、突然に扉が開いた。

 給仕?

 だが視界が曲がっていて、誰が入ってきたのかわからない。

 

「おい、ここには誰も入れるなと言っただろう──。いや、お前は、誰だ──」

 

 すると、サイラスの激昂した叫び声が部屋に響いた。 



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561 騒動の結末

「おい、ここには誰も入れるなと言っただろう──。いや、お前は、誰だ──」

 

 サイラスの怒鳴り声が響くのが聞こえた。

 同時に部屋に複数の人間が雪崩れ込む気配を感じた。

 しかし、床に倒れ込んでいるエリカが知覚できたのはそれだけだ。

 

「あ、ああっ、だ、誰……ああっ、くあっ……」

 

 あまりの媚薬の強さに、ぐるぐると視界が回っている。

 また、凄まじい淫情の暴流が全身を駆け巡っていた。

 辛うじて腕で上体を支えているが、それさえもぎりぎりだ。

 なによりも、ずきずきと痛みにも似た疼きが股間を襲っている。

 

「ちっ、ここまで強いと媚薬じゃなくて、ほとんど毒薬だろうが」

 

 すると、舌打ちとともに、いきなり身体が抱き抱えられた。そのまま、温かいものに引き寄せられる。

 

「いやっ、あふうううっ」

 

 しかし、エリカは服越しに誰かの手が擦れるだけで、白目を剥きそうに感じてしまう。

 咄嗟に、その身体を跳ね返そうとするが、全身は弛緩して脱力してしまっていた。

 そのまま脱力して、逆に身体を預けるようになってしまう。

 

「ぐあっ、ほごおおっ」

 

 一方で、サイラスの声と思う男の呻き声と、床にどさりと崩れ落ちる音も聞こえた。

 

「ほら、しっかりしろよ、エリカ……」

 

 エリカを椅子に押しつけている“男”が怒鳴る。

 男……?

 そして、エリカは自分を助け起こしたのが、男であるということがわかった。

 しかも……。

 

「んあっ」

 

 そして、いきなり、“彼”がエリカの口に唇を押しつけてきた。

 舌とともに大量の唾液が入ってくる。

 エリカは無我夢中でその舌に、自分の舌を絡みつける。

 温かいもの……。

 エリカを助けるもの……。

 なにも考えられない。

 とにかく、口の中に入ってくるものに取りすがる。

 

「んんっ、んっ、んんんっ」

 

 ほとんど、本能のままの行為だった。

 誰の口づけであるかもわからないまま、それを受け入れてしまうなど、後で考えれば、ぞっとしたが、このときエリカは、ただただ、夢中になって、口に入ってくる甘美なものに吸いついていた。

 いや、もしかしたら、本能によって、気がついていたのかもしれない。

 

 しばらくして、注入されてくる唾液が身体に染み込むとともに、あれだけ暴れ狂っていた媚薬の影響が薄くなり、次第に知覚も戻ってきた。

 そして、椅子に強引に押しつけられ、ロウに抱きしめられていることに気がついた。

 

「はあ、はあ、はあ……、ロ、ロウ様……?」

 

 我に返ったときには、エリカは椅子の背もたれに身体を預けるとともに、ロウの身体を力一杯に抱きしめてもいた。

 だけど、なぜ?

 どうして、ここにロウが?

 エリカには、状況が理解できない。

 

「俺の唾液はよく効くだろう、エリカ? 並みの毒消しよりも、ずっと強力だ。もっとも、俺の女限定だけどな……。まあ、精液でもよかったけど、さすがに時間もかかる……。いずれにしても、あとでお仕置きだぞ」

 

 エリカを椅子ごと抱きしめているロウが柔和な笑みを浮かべて言った。

 それで、やっと状況が少しのみ込めた。

 どうやら、エリカは助けられたみたいだ。

 食事に一服盛ったのはサイラスの仕業だと思うが、そこにロウたちが乗り込んできてくれたのだと思う。

 淫魔師であるロウは不思議な術を遣う。

 エリカのような淫魔術で支配する女を精液や唾液で身体を癒したり、怪我を治したりするのだ。おかげで、エリカもコゼも、古傷さえ消滅して、驚くほどに綺麗な肌に変わったりしている。

 おそらく、エリカが飲まされた媚薬の効果をロウが一瞬で消滅してくれたのだろう。

 

「ま、待って──」

 

 それではっとした。

 (アルファ)クラスの冒険者であるサイラスが……。

 どうなっている?

 ロウが危険では?

 エリカは状況を確認しようとしたが、ロウに抱きしめられているので、視界が遮らえている。

 頭を出そうとするが、まだ痺れのようなものが残っていた。

 手足に力が入らない。

 

「ご主人様、半日くらいしかもたないと思うよ……。とりあえず、この料理店にいる人間全部を眠らせているけど、本当によかったのか? ぼくは構わないけどね……。おう、エリカ、正気に戻ったな? だけど、ご主人様がいるのに、浮気するなんていい度胸してるじゃないか」

 

 すると、突然に顔の真横に小さなものが出現した。

 魔妖精のクグルスだ。

 言葉の中身が頭に入ってこなかったが、最後の言葉だけは理解できた。

 愕然とする。

 浮気などと──。

 なんてことをロウの前で口にするのだ──。

 

「な、なんてこと、言ってんのよ、クグルス──。浮気ってなによ──」

 

「この状況が浮気でなくてなんなんだ? この男を食事をしてたんだろう? ご主人様に嘘をついてな。お前、女友達って言ったそうじゃないか」

 

 クグルスがけらけらと笑っている。

 かっとなる。

 エリカはクグルスをひっ捕まえようとした。

 しかし、さっと宙を舞って逃げてしまう。

 

「エリカをからかうなよ、クグルス……。まあ、エリカ、とにかく事情は認識している。この部屋の話を傍受していたしな。魔道契約だっけ? 四ノスをこれと一緒にいれば、情報を洩らせないだろう……。まあ、一応は理解はしたよ。一応な……」

 

「えっ?」

 

 傍受?

 話を聞いていた……?

 どういうこと……?

 

「それと、こっちも謝っておく。事情が察知できたんで、しばらく様子をみることにした。だけど、さっさと踏み込むべきだったな。まさか、毒薬にも等しい強烈な媚薬を使うとは思わなかった。いつでも突入できると思って、油断してしまったよ」

 

 やっと、ロウがエリカから身体を離した。

 それで、やっと周囲を見ることができた。

 サイラスがいた。

 テーブルの向かい側で椅子に座っている。しかも、針金のようなもので、椅子に四肢を拘束されていた。

 そのサイラスのところに、小柄な給仕が立っている。

 また、サイラスには、首にも針金が巻かれていて、それがサイラスの喉を圧迫しており、ひゅうひゅうとおかしな息をしていた。

 声を出せないようにされているみたいだ。

 

 拘束されたサイラス後ろにいる給仕には見覚えがある。

 ほかの給仕とともに、何回か出入りしていた男であり、その中で一番小柄だった給仕だ。

 いや……。

 いまのいままで、給仕だと思い込んでいたが、どうやら、変装をしたコゼだったみたいだ。

 

「コゼ?」

 

 エリカは訳がわからなくて唖然としてしまった。

 確かにコゼだ……。

 どうしてわからなかったのだろう……。

 

「うう……ひゅ……くっ……ふっ、うっ……」

 

 すると、椅子に座らせられて、顔を真っ赤にしているサイラスが呻き声を出す。

 憎悪の表情を向けて、こっちを睨みつけている。

 睨んでいる相手はロウか……?

 エリカは立ちあがった。

 やっと、脱力が抜けてきたのだ。

 ロウを守るように、サイラスとロウのあいだに立つ。

 それにしても、たったいまの数瞬のあいだに、サイラスを倒して、さらに針金で椅子に縛ったのはコゼの仕事か?

 相手は、A級ランク冒険者ほどのサイラスなのに、こんなに呆気なく?

 

「まだ、喋るのを許可してないわよ……。勝手に騒いだら、首絞めるって、たったいま忠告したじゃないのよ。本当になかなか理解しない馬鹿ねえ……」

 

 給仕姿のコゼがサイラスの後ろに手をやったのがわかった。

 

「んごっ」

 

 サイラスの目が一瞬にして大きく見開かれる。

 首を絞めていた針金がぐっと絞られたのみたいだ。おそらく、簡単に後ろで締めつけを強くできる仕掛けにしてあるのだと思う。

 サイラスの身体が小刻みに痙攣する。

 

「もう一度、薬を刺すわよ……。そうすれば、息を少ししかしなくて済むようになるから、苦しさは軽くなるわよ……。その代わり、身体も意識も弛緩するけどね……」

 

 コゼがサイラスの首に針のようなものを突き刺した。

 あっという間の早技だ。

 サイラスの痙攣が小さくなり、その代わり目つきがとろんとなった。

 

「ど、どういうこと……?」

 

 エリカは呟いた。

 周りには、ロウとクグルス、そして、給仕に変装をしたコゼ……。

 また、縛られているサイラス……。

 ふと見ると、この個室の扉はしっかりと閉まっている。

 

「どうもこうもないわよ……。あんたの様子がおかしいから、ご主人様と一緒に後を付けてきたのよ。そうしたら、ここに辿りついたというわけ……。一応はあたしも本職だしね。変装用の魔道具もあるわ。それで身体つきの似た給仕に入れ替わったというわけよ」

 

「ぼくも手伝ったぞ。この女奴隷のいうとおりに、店主を操ったんだ。向こうの席で食事をしていたご主人様に、この部屋の声を送っていたのはぼくだしね」

 

 コゼ、次いで、クグルスが言った。

 向こうの部屋……。

 個室ではなく、テーブルが幾つか並ぶ広間のことか?

 そっちにロウたちがいて、エリカたちを見張っていたということ?

 エリカは目を丸くした。

 

「そ、そんな、まさか──。まったく気がつかなかったわ。あんたが給仕に?」

 

 エリカはコゼを見た。

 

「素人のあんたにばれるようなら、アサシンは務まらないわよ……。ついでに、ほんの少しずつ、こいつの食事に弛緩剤を混ぜていたんだけど、まさか、同じことをあんたに仕掛けるとは思わなかったわ。そっちについては、しくじった……。ごめんなさいね」

 

 コゼが言った。

 給仕に化けて入り込み、サイラスに痺れ薬のようなものを仕掛けていたということだろうか?

 だから、一瞬で制圧できたのか?

 

「そうだな……。コゼが仕掛けた音声傍受の魔道具とクグルスからの報告で、すぐに事情が理解できた。そして、様子見を指示したのは俺だ。それについては、俺も謝っておく。判断ミスだ。こんな場所で一服盛るような下衆野郎とはね……。この料理屋の者も買収されていたみたいだ……」

 

 ロウが言った。

 それで思い出した。

 

「そ、そうだ。この店の者は? 店の警護とかが──」

 

 こういう高級料理屋は、ほとんどが専門の護衛を幾人か雇っている。

 サイラスのような上客が入っている個室を襲撃したりすれば、すぐに駆けつけてくるのでは?

 もっとも、その気配もないが……。 

 

「この部屋の外には見張りのような男たちがふたりいたな。そっちはコゼが片付けくれた。店そのものも、クグルスが制圧している。ええっと、さっきの話だと半日はもつんだな?」

 

 ロウの言葉の最後は、クグルスに向けられたものだ。

 クグルスが空中で誇らしげに胸を張る。

 

「そうだよ。この店にいたものは、みーんな、いい気持ちで寝てるよ。ぼくの淫夢をみながらね……」

 

「い、淫夢? あんた、そんなことできるの?」

 

「おう、できるぞ。ご主人様に支配してもらったからな。能力爆あがりなんだ。こんなに大勢の人間に、一度に淫夢をかけるのは初めてだけど、いまも、この店のあちこちで、男は眠ったまま射精して、女は潮をまき散らしている、ちょっとすごいかな」

 

 クグルスがけらけらと笑った。

 エリカは唖然としたが、自分を助けるためだとわかっているので、なんとも言えない。

 しかし、かなり、やばい状況だということも悟ってきた。

 高級料理店の店員と客が一度に淫夢に襲われたのである。

 発見され次第に、大騒ぎになるのは間違いない。

 魔妖精が絡んでいるとわかれば、魔道師隊も派遣されるだろう。あの褐色エルフの里であったみたいに、魔妖精の存在と悪戯は、どの土地でも禁忌と掃討の対象だ。

 

「に、逃げないと……」

 

 エリカは咄嗟に言った。

 すぐに、この城郭を立ち去った方が……。

 しかし、ロウは肩をすくめた。

 

「いや、それは悪手だな。いまのところ、クグルスのおかげで、俺たちを認識しているのは、もうこいつだけだ。だから、このまま宿に戻って、知らぬ存ぜぬで明日予定通りに出立した方がいい。慌てて逃げれば、むしろ、後で手配が伸びる可能性が高い」

 

「そ、それは、そうかも……」

 

 ロウの言葉に理屈がある。

 この料理店の騒動はすぐに騒ぎになる……。

 捜査も入るだろう……。

 そのときに、慌てて宿を出ていった客がいれば、当然に怪しいとなる。宿では顔が割れている。

 宿の者は、問われれば、エリカたちの人相などを教える。

 当然に、人相書きが追いかけてくるかもしれない。

 それよりも、エリカたちが、ここにいたことがばれないのであれば、むしろ、予定どおりにした方がいい。

 だけど、本当に情報は洩れない……?

 

「クグルス、エリカの姿の記憶は淫夢でいじってると思うけど、特に、こいつの記憶は、ぐちゃぐちゃにしてくれ。エリカの過去の記憶を含めて、きれいさっぱりと失くしてしまうんだ。ちょっと後遺症が残って、生活に不便が出ても問題ない。思い切りやっていい」

 

「わかった。ご主人様──。その代わり、ご褒美ちょうだいね。ぼく、かなり働いたよ」

 

「わかってるよ」

 

 エリカの後ろでロウが頷くのが気配でわかった。

 

「き、記憶を消すって……。そんなことができるの?」

 

 エリカはクグルスに向かって声をあげた。

 

「おう、できるぞ。頭の線を滅茶苦茶にすればいいだけだろう。そんなに難しくないな。記憶を消すんじゃなくて、ぐじゃぐじゃにするんだけどな。まあ、これもご主人様に能力をあげてもらったおかげだ」

 

 クグルスが得意そうに言った。

 エリカは脱力する思いになった。

 だっから、最初から、みんなに相談すればよかった。

 回りくどく契約魔道で情報を封印するよりも、そっちが早かったかも……。

 

「正気に戻る前に、こいつは路地にでも放り出します……。結局のところ、この店も騒ぎにはしたくないと思うので、死んだ者も、怪我した者もなく、さらに、盗まれたものもないとなれば、兵を呼ばれることもないと思います。店の者と数名いた客を口封じして終わると思います」

 

「だといいけどな……。まあ、手配されたときは、そのときだ」

 

 コゼの言葉のあとに、ロウも言った。

 

「はあ……」

 

 エリカは嘆息してしまった。

 自分のやろうとしたことは、なんだったんだ……。

 本当に失敗した。

 

「コゼ、そいつを一度正気に戻してやれ。最後に一言いいたい」

 

「わかりました」

 

 ロウの指示でコゼがサイラスの首に巻いていた針金を緩める。さらに、鼻に布に染み込ませたなにかを嗅がせる。

 サイラスの表情がだんだんとまともになっていく。

 

「おっ、おっ、な、なんだ? なんなんだ? おおおおおっ?」

 

 サイラスが大声をあげた。

 

「サイラスだったか? 俺のことは知らないだろうが、まあ、俺の女に手を出そうとした酬いは与えてやる。覚悟しておけ」

 

 ロウがサイラスに向かって言った。

 だが、サイラスは目をしばたかせて、呆気にとられている。

 まだ、状況が理解できないのだろう。

 エリカはそのサイラスの前に進み出る。

 

「あ、あんた、さっきはよくもやってくれたわね……。わたしに、なにしようとしたのよ──」

 

 エリカはサイラスに向かって怒鳴った。

 サイラスは、少し目を白黒させていたが、すぐに、自分が捕らえられたということだけは悟ったみたいだ。

 横のコゼ、さらに、ロウを代わる代わる見て、怯える表情になる。

 また、クグルスは一時的に身を隠したのか、気がつくと姿を消している。

 そして、サイラスがエリカにすがるような視線を向ける。

 

「おっ、おお……。ま、待ってくれ、エルスラ……。いや、エリカか……。と、とにかく、わ、悪かった……。や、やり方は間違っていたかもしれんが……、俺はお前に惚れてるんだ……。な、なあ、一緒に行こう……。こんな男よりも、俺の方が……」

 

「いいたいことは、それだけ……?」

 

 エリカは大きく片足をあげた。

 そして、そのままサイラスの股間に足の裏を叩きつけた。

 

「ほごおおおおおお──」

 

 サイラスが絶叫とともとに泡を噴いた。

 一瞬にして悶絶して脱力する。

 

「おうおう、怖いな、エリカ……。ちょうどいい、じゃあ、ご主人様、行ってくる。すぐに終わるから」

 

 再び出現したクグルスがサイラスの身体に入っていった。

 束の間の沈黙がやってきた。

 すると、ロウが振り返った。

 

「さて、エリカ……、ところで、これで終わると思ってないよな」

 

 ロウがぽんとエリカの肩に手を置く。

 エリカは、そのロウの表情に接し、どっと背に冷たいものが流れるのを感じた。

 ロウは微笑んでいた。

 だが、怒ってもいた。

 いや、もしかして、結構怒っているかも……。

 

「ロ、ロウ様……」

 

「クグルスの言葉じゃないけど、俺たちになんの相談もなく、のこのことこいつの罠にかかりにいくとはな……。あのままだと、どういうことになっていたのかわからないぞ。それはわかっているか?」

 

「そ、それについては申しわけ……」

 

 エリカは頭をさげて謝罪しようとした。

 しかし、ロウに途中で言葉を遮られた。

 

「手を後ろに回せ。背中で親指を合わせろ」

 

「えっ?」

 

 エリカはきょとんとした。

 しかし、ロウがエリカを無言で睨んだ。

 エリカは顔が引きつった。

 やっぱり、怒っている。

 

 すぐに反応できなかったが、慌てて言われたとおりにする。

 すると、ロウがエリカの背後に回って、エリカの両親指の付け根をきゅっと細い紐で結んでしまった。

 あっという間の早技だ。

 

「あ、あのう……。ひぐっ」

 

 エリカはびっくりして手を離そうとしたが、両方の親指の付け根に紐が食い込む痛みが走るだけだった。

 

「エリカのやろうとしたことは一応は理解している。だが、お仕置きは必要だ。そう思うだろう? 俺を騙して、ほかの男と一緒に外出するなど、ちょっとした裏切りだと思うがな」

 

 ロウがエリカの前に回り込んできて言った。

 エリカは意気消沈した。

 

「う、裏切りなんて……。い、いえ、ごめんなさい、ロウ様──」

 

 エリカは心の底から言った。

 すると、ロウがエリカのスカートにすっと手を入れる。

 驚いたが、あっという間に下着をずりさげられる。

 はっとしたが、抵抗はしない。

 そのまま足首から抜かれた。

 

「だったら、罰は受けないとな。そうだよな?」

 

 ロウがにやりと微笑んだ。

 

「は、はい……。罰を与えてください……」

 

 エリカは仕方なく言った。

 

「そうか……」

 

 すると、ロウが懐から小さな瓶を取り出して蓋を取りだす。さらに、中の油剤をたっぷりと指に載せる。

 それが強烈な掻痒剤であることがわかり、エリカの顔は引きつった。

 だが、容赦なく、ロウはその薬剤をエリカの股間に塗っていく。

 

「しばらく、ここで待っていろ。クグルスの仕事が終われば、すぐにコゼと一緒に、路地裏にこいつを捨ててくる。それが終わったら、宿屋まで歩く。小雨が降っているから通行人も少ない。羞恥責め遊びにはちょうどいいかもな」

 

「そうですね……。たっぷりと遊ぼうね、エリカ」

 

 コゼが笑って、紐のようなものをロウに投げた。

 すると、ロウがエリカの首に軽く紐を巻き、エリカがうずくまらなければならないくらいに、長さを短くして、テーブルの脚に端末を結ぶ。

 

「あ、ああ、ロウ様……」

 

 だが、早くも股間の猛烈な痒さが襲い掛かってきたエリカは、首を激しく左右に振って、泣き声をあげてしまった。

 

 

 

 

(第50話『【番外編】旅の三人』終わり)

 

 

  第2部完結



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【第3部 南域動乱と女軍団出動】
562 賊徒の襲撃【ドピィ】


「あぐうっ、んぐうううう」

 

 シャロンの身体がびくりと跳ねた。

 女の(つぼみ)を天井に吊り上げている釣り糸を賊徒の頭領であるドピィが無造作に指で弾いたのだ。

 シャロンは、穴の開いた球体型の緘口具に塞がれている口から悲鳴を迸らせた。

 四肢を拡げて寝台に拘束され、こうやって乳首とクリトリスの根元を縛られて放置されたのは、もう数ノス前のことだ。

 

 この男は、侯爵家の屋敷を襲撃して守備兵や家人たちを無力化してしまうと、最初に侯爵夫人であるシャロンのところにやってきて、家人たちを追い出した。

 そして、ひとりになったシャロンを剣で脅して、一糸まとわぬ素裸にさせると、大きなテーブルにシャロンを拘束し、さらに乳首と局部の糸吊りという残酷な処置を施したのだ。

 

 シャロンの弁明も哀願も、まったく無視した。

 そもそも、シャロンが喋ることさえ許さなかった。

 それどころか、名前を呼び掛けただけで、怒り狂った表情になって、シャロンの口に緘口具を詰め込んだのだ。

 意味のある言葉を口にするのを封じるために……。

 

 襲撃に成功したばかりのドピィには、まだまだ部下たちに与えなければならない指示が多くあったのだろう。

 彼は、こうやって無惨な格好をシャロンに強いたことで満足し、すぐに部屋を出ていった。

 侯爵夫人のシャロンはただひとり部屋に残された。

 

 そして、数ノス……。

 

 シャロンを見張る者はいない。ただ部屋の外の廊下にはいる。

 しかし、彼らが部屋に入ることは禁止したみたいだ。もしも、シャロンをただの一瞥でもすれば、最も残酷なやり方で処刑してやると、ドピィが部下を脅す声が部屋に中にも聞こえていた。

 とにかく、ドピィはシャロンの裸体を自分以外に見せるつもりだけはないようだ。

 それだけは、シャロンは安堵した。

 

 そして、戻ってきたドピィが、残酷な糸吊りですでに精魂尽きているシャロンが縛られている台に近づくと、酷薄な表情を浮かべたまま、たったいま、局部を吊り上げている糸を軽く弾いたというわけだ。

 

「あぐうっ、んぐうううう」

 

 シャロンは泣きじゃくった。

 この男が、自分を憎んでいることは知っている。

 もしかしたら、シャロンに復讐するために、徒党を組んで侯爵家を襲ったのかもしれない。

 シャロンは、この男の執着をずっと昔から知っていた。

 

「これを外して欲しいか、雌犬……?」

 

 部屋はふたりきりだ。

 屋敷の中も、領地全体の状況も不明だ。

 賊徒の討伐のために野戦に出たはずの、夫たちの率いる領軍がどこでどうなっているかもわからない。

 ただ、気がつくと、領都にあたるこの城郭は賊徒団に襲撃されており、城郭のあちこちで略奪が始まっていた。

 シャロンがわかっているのはそれだけだ。

 領主である侯爵家の屋敷にも賊徒が殺到し、あっという間に占拠された。

 シャロンなど、一番最初に、この賊徒の頭領の獲物として捕らわれてしまった。

 

「んぐううう」

 

 シャロンは激しく首を横に振って、ドピィに哀願の表情を向ける。

 しかし、ドピィはぐいと糸を引っ張って、新たな悲鳴をシャロンの口から引き出した。

 そのドピィが手を伸ばして、シャロンから緘口具を取り外す。

 大量の涎とともに、球体が口から取り出された。

 

「も、もう、ゆ、許してくださいまし……。こ、こんな残酷なことしなくても、あ、あなたには逆らいませんから……」

 

 シャロンは必死で言った。

 すると、ドピィがまたもや糸に指を掛けて揺する。

 

「ひぎいい、いたいいいいっ、んぎいいいっ」

 

「よく泣く雌だ……。だが、泣くのは早い……。嫌でもお前は、俺に泣かされる。なにしろ、侯爵夫人には、俺の子を産んでもらわないとならないからな。教えてやるが、お前の夫が率いていた軍は俺が壊滅させた。いずれは王軍がやってくるかもしれないが、いまは王都はそれどころではないしな。一箇月か……二箇月でいい……。お前が俺の子を孕むには十分な時間だ……」

 

 三本の釣り糸が順番に弾かれる。

 きーんという激痛が走り、シャロンは思わず身体を弓なりに反らせた。

 両方の乳首、女の蕾……、それを限界まで糸吊りをされて、その糸を弾かれる仕打ちには、さすがにシャロンも泣き叫ぶことしかできない。

 そして、もうひとつ、シャロンを追い詰めているものがある。

 実は、三十歳に近いシャロンの身体は、この残酷な行為によって、激しい疼きを覚えていた。

 開かされている局部から、見えなくてもはっきりと自覚できるほどの愛液が流れ出ているのがシャロンにはわかっている。

 

「どうやら、身体はもう堕ちたようだな。賊徒に拷問され、さらに強姦されようとしているのに愛液を垂れ流すのか……。だが、まだ犯さん……。俺はお前の心からの哀願が欲しい……。だから、お前が完全に屈服するまでこのままだ……」

 

 ドピィは今度は一転して、吊り上げられているクリトリスを揉むようにいじりだす。

 

「ひいいっ、や、やめてええ、気が、気が変になるうう──。こ、こんなことしなくても……、わ、わたしは、あなたに……」

 

「あなたになんだ?」

 

 ドピィは吊り上げられているクリトリスをちょっと強目にくりくりと擦り回す。

 

「きゃああん、お、おかしくなります──。と、とにかく、話をきいてえええ……」

 

 シャロンは叫んだ。

 とにかく、なにがどうなっているかもわからない程の半狂乱の状態になっている。

 身体の中で最も敏感な場所を吊られて、こすり、しごかれるのだから堪らない。

 

「いやあああ、助けてえ、ルーベン──」

 

 シャロンは絶叫した。

 

 

 *

 

 

 覚えてはいないのだが、わたし……シャロン=ベルフがルーベン=クラレンスに求婚をしたのは、出逢った当日のことだそうだ。

 もっとも、それは、ふたりが四歳のときであり、ベルフ伯爵家と隣接するクラレンス子爵家のあいだで交わされた政略に伴う婚約のための顔合わせのことであるらしい。

 

 両家とも実子は、それぞれの娘と息子しかおらず、わたしとルーベンの代で領地をまとめて領地貴族としての力の向上を図るのが目的だったようだ。

 見合いといっても、たった四歳の子供だ。

 親に連れられて、格上である伯爵家で出会いの場を作られ、お互いの親の視線のもとで、ふたりで一緒に遊んだだけのことである。

 

 しかし、おそらく、わたしは年齢のわりにはませた子供だったに違いない。

 両親が、いつもと違ってわたしを可愛く着飾らせたり、屋敷中が慌ただしくしていた理由を少しはわかっていたのだと思う。

 だから、おっとりとやって来たちょっと抜けている雰囲気の男の子に、「結婚をしてあげる」という意味のことを喋ったみたいだ。

 こうやって、わたしは、彼と婚約することになった。

 わたしたちの国であるハロンドール王国の王妃であるアネルザ様の懐妊の慶事の発表と重ねるように、わたしたちの婚約が整えられた。

 もう二十数年前のことになる。

 

 そして、無事に婚約をしたわたしたちは、領土が近かったということもあり、繰り返して交流を深めていくことになる。

 おそらく、家族以外に……いや、家族を含めて、もっとも親しい関係だったと思う。

 婚約後二年もすぎると、家庭教師を招いた勉強も始まったが、それを一緒に受けるということになり、十日のうちの三日は、いずれかの領地で会うということを継続した。

 夫となる予定のルーベンは当然だが、わたしもまた、場合によっては女領主としての地位を期待される可能性もあったからだ。

 

 そして、その教育の中で、わたしは様々なことを学んでいった。

 また、そういう学習が続くと、わたしにもこの国の置かれている状況というものも少しずつわかるようになっていった。

 つまりは、わたしたちが政略による婚姻を結んだ頃のハロンドール王国は、必ずしも恵まれた時期とはいえなかったらしい。

 

 幼児だったわたしには知るべくもないが、当時は強引な中央集権施策を続ける前々王一派と、領地貴族としての独立性を保ちたい貴族連合による内乱がようやく落ち着いたばかりの時代であり、つまるところ、王族も大貴族たちも疲弊をしていた時代であったようだ。

 力のある大貴族は粛清されるか、爵位と領地を格下げされて軒並み力を失い、一方で王家もまた著しく勢いを失い、数多くあった王族たちは地位を追われ、気がつくと王家として残るのは、国王家のほかには、領地のないふたつの公爵家だけになっていた。

 ただ、それこそが、治政の安定を望む前々王の望むかたちだったのだそうだ。

 王族とはいえ、嫡流でなければ、王家の力を阻害する大貴族のひとつでしかない。

 だから、王族もまた前々王による粛清の対象だったのだ。

 前々王の狙いは、ハロンドール王国を国王を中心とする集権体制を作ることであり、その手段のために、例外のなく大貴族たちの弱体化を図ったのだ。

 そして、その後に新たな態勢を作り直す──。

 前々王にはそれだけの能力と気概があった……。

 

 もしも前々王の寿命がもう十年も続けば、このハロンドール王国はいまとはまったく違う状況になっていた。

 まあ、偉そうなことを語るが、これはわたしを教えてくれた家庭教師の受け入りだ。

 彼は、あの内乱時代に家名を断絶させられた旧貴族のひとりであり、いまでも思い出すが、大層な皮肉屋だった。

 領地にやってきた隊商の娘と恋に落ちて、ふらりと去ってしまったが今頃どうしているのだろう?

 

 とにかく、その家庭教師の言葉によれば、前々王はこの国を乱すだけ乱し、王家と貴族家の両方を共倒れのように疲弊させた状況で、病に倒れてしまった。

 高位魔道でも回復不可能な死病に倒れた前々王は、自分の死期を察して、慌てて、孫のルードルフ王子と領地貴族第一のマルエダ辺境候の婚姻を整えることになる。

 自分がいなくなったことで、力を削ぎ過ぎてしまった王家の親族の代替えとなる後ろ盾として、マルエダ辺境候を選んだのだ。

 

 マルエダ辺境候は、西にローム三公国、北にエルニア魔道王国と面する国境警備の要である。

 さずがの前々王も、その国の防衛の柱である辺境候の力を削ぐわけにもいかず、マルエダ家は内乱の混乱とは無縁であり続けた。

 代々のマルエダ家が王家に忠実であり、中央政治に無関心でほかの貴族たちとの繋がりが希薄であったということもあるのだろう。

 多くの大貴族が軒並み力を失った結果、気がつくとマルエダ辺境候家は、王家を除く貴族第一等になっていたというわけだ。

 

 そのマルエダ家の長女アネルザ様を王太子妃に迎えることになり、前々王が政務ができなくなるほどに病気が進行したことで、急遽、次代の王となるルードルフの父親のロタール王太子の国王戴冠式とルードルフ王子とアネルザ嬢の婚姻式が行われた。

 前々王が崩御したのは、ルードルフとアネルザの婚姻式の十日後だった。

 そして、そのほぼ一年後、アネルザ王妃が第一子の王女を生んだというわけだ。さらに、同じ年に第二王女でアン様とは異母妹になるエルザ様もお生まれになった。

 つまりは、それが、ルーベンとわたしの婚姻式の年ということである。

 しかし、賢王と期待されたロタール王の治世は二年しかなく、世はルードルフ王の治世時代となった。

 

 そういう状況の中でわたしたちの愛は育まれていった。そして、十歳を超える年齢になると、わたしは、はっきりとルーベンへの愛情を感じるようになっていた。

 婚約をした四歳の頃は、ルーベンよりも早熟だったと思うわたしだったが、十歳になっても、それは変わらなかったと思う。

 ルーベンは、どちらかというと朴訥であり、頭の回転が速いというタイプではなく、またあまり感情が表に出ない少年だった。

 それ比べれば、わたしはお喋りであり、人当たりがよく、勉強についてもわたしの方がずっと成績がよかったので、両家はルーベンよりも、わたしを女伯爵として当主に据えてもいいと考えたみたいだ。

 

 ただ、わたしは知っていた。

 ルーベンは鈍いようだけど、思慮深く、なによりも努力家だった。

 本を読みのが好きで、喋ってなにかを他人に伝えるのは苦手だが、たとえ、それが家庭教師を満足させるような利発さを感じさせなくても、実はルーベンは頭がいい。

 また、これは誰もが認めることだが、剣の腕は抜群だった。

 わたしは武芸は嗜まないが、武芸の腕をあげるのは、毎日繰り返して継続する稽古だということは知っている。

 ルーベンは努力できる人だ。

 剣でも、勉強でも、社交でも……。

 ただ、彼は他人よりも遅い。そして、表現が下手……。

 しかし、着実に実力を蓄えていく……。

 わたしが愛したルーベン=クラレンスというのはそういう少年だった。

 

 ほかの誰よりも、わたしはルーベンという少年のことを知っていたし、なかなか花が開かず、認められることの少ないルーベンの実力をわたしが知っているということがひそかな自慢でもあった。

 ルーベンがすごい人だということを他人が知る必要などない。

 わたしだけが知っていればいい……。

 そう思っていた。

 

 

 大人の口づけは、わたしの十六歳の誕生日のときに、わたしからルーベンにねだって交わした。

 一方でその当時、第一王女のアン様の婚約も決まってもいた。

 アン王女のお相手は、キシダインという前々王時代に一度は没落した王族の末裔だそうだ。しかし、ルードルフ王の時代に何度か繰り返された恩赦に伴い権力を復活させた王族のひとりらしい。

 それが、王妃アネルザ様に気に入られて、突然に中央権力の中枢にのし上がってきたようだ。

 好色で怠情の評価の絶えないルードルフ王に比べれば、やり手で政策通のキシダイン卿は、貴族たちからの評判も高かったことを覚えている。

 いずれにしても、慶事に合わせた婚姻ブームに乗り、わたしとルーベンとの結婚式も二年後と定められた。

 おそらく、それが幸せの絶頂だったと思う。 

 

 

 だが、わたしたちの未来も、幸福も呆気なく砕け散った。

 わたしとルーベンの婚約が解消されたのだ。

 それどころか、ルーベンの実家であるクラレンス家は没落した。

 わたしとルーベンが十八歳のときであり、予定されていた結婚式の直前のことだった。

 

 いまにして思えば、それは中央で台頭したキシダインという政治家が引き起こした新たな政治闘争のあおりだったらしい。

 しかし、当時はまったくの青天の霹靂だった。

 もちろん、わたしには訳がわからなかった。

 ある日、突然にクラレンス家の取り潰しが決まったと、心痛な表情の父親から知らされただけで、婚約破棄前に、ルーベンと会うこともできなかった。

 クラレンス子爵家がなにかの罪を犯したということらしく、わたしが知ったときには、すでにクラレンス家は家人ごと四散した後だった。

 わたしは呆然とした。

 

 また、ルーベンとわたしの婚約は存在しなかったことにされて、わたしはキシダイン派に属する派閥のクロイツ侯爵への後妻になることも決まっていた。

 わたしよりも、二十も年上の貴族であり、前妻は子ができなかったことから離縁され、若いシャロンに侯爵家の血を残すことを期待されたようだ。

 否も応もない。

 あまりのことに口を開くこともできなかったわたしは、悲痛な表情の父親から、わたしがその侯爵家に嫁ぐということで、ベルフ伯爵家は存続するのだと諭された。

 さもなければ、潰されるのだと……。

 

 わたしはやっとぼんやりとだが状況を理解した。

 つまりは、ベルフ家もクラレンス家も、中央政治における派閥からすれば、「国王派」という国王の嫡流に強い忠誠を誓う集団に属していたらしい。

 ただ、国王のルードルフ王は、政事(まつりごと)には関心がなく、国王派はほとんど力を失っていたそうだ。

 

 それに代わって現われたのが、アン王女の婚約者となった後、王妃アネルザ様の強い後押しによって、王都の名をとったハロルド公を名乗ることになったキシダイン卿の派閥であり、どうやらキシダインに与することを良しとしなかった国王派の貴族たちが、次々に生贄として罪を鳴らされて取り潰されているということのようだ。

 ルーベンのクラレンス家は呆気なく潰され、キシダインの子飼いの貴族に入れ替えられた。さらに、ベルフ家もまた、同様の憂き目に遭うところだったという。

 しかし、キシダイン派である侯爵家にわたしが嫁ぐことで、ベルフ家は生き残ることができるのだということだ。

 受け入れるしかなかった……。

 

 

 そして、ルーベンに再会したのは、急ぎ整えられた侯爵家への輿入れが数日後に迫ったある夜のことだ。

 どうやって入ってきたのかわからないが、わたしの寝室に窓から侵入してきたルーベンは、わたしに一緒に逃げようと告げたのだ。

 

 ルーベンはぼろぼろの恰好をしていた。

 瞳は憎悪に染まっていて、あれが、あのおっとりしたルーベンなのかと見間違えたほどだ。

 だが、ルーベンは真剣だった。

 わたしが侯爵家の後妻として嫁ぐことになったことを知っていて、シャロンを幸せにするから、このまま逃亡しようと誘ってきた。

 貴族ではなくなったが、冒険者になって必ず身を立てる……。

 だから、ふたりで幸せになろうと……。

 

 嬉しかった。

 心の底から嬉しかった……。

 

 それができたら、どんなに幸せだろうと想像した。

 だが、できない。

 

 わたしひとりのことであれば迷いはしないが、わたしが駆け落ちで失踪してしまえば、キシダイン派に鞍替えすることで存続できることになったベルフ家もまた、消滅する。

 それがどんなに理不尽なことであっても、国王のルードルフ王は、代々忠誠を誓う国王派の貴族を守らない……。

 わたしが侯爵家に向かわなければ、必ずキシダイン卿という政治家は、国王派だったベルフ家を潰す。

 

 わたしは拒否した。

 それどころか、強引に連れ出そうとしたルーベンの手を振りほどくと、悲鳴をあげて侵入者の存在を家人に報せた。

 さらに、貴族でなくなったルーベンには用はないくらいは怒鳴った気がする。侯爵家に嫁ぐ以上の幸せをルーベンが与えてくれるはずがないとも……。

 ルーベンにも、わたし自身も未練が残らないためにそう叫んだ。

 でも、本当はわたしの心が、ずっとルーベンにあることは間違いなかった……。

 

 ルーベンは、わたしが拒否することを予想していなかったのだろう。ましてやルーベンを完全拒否するような罵倒など……。

 逃亡する気配さえ見せずに、ルーベンは呆然としていた。

 そして、あっという間にルーベンは捕らわれた。

 最後まで、信じられないという表情でわたしを見ていた。

 それが彼との最後になった。

 

 父親に頼んだのは、ルーベンを殺さないでくれということだ。

 一応は、父親はそれを承諾するような言葉は口にした。

 しかし、それが聞き入れられたのかどうかはわからない。

 ルーベンをどうしたかは、教えてもらえなかった。

 数日後、そんな事件などなかったように、予定通りに侯爵家に嫁いだわたしは、侯爵夫人になった。

 

 十年近く前のことだ……。

 

 

 *

 

 

 それから、ずっとわたしは侯爵家の屋敷で暮らしている。

 クロイツ侯爵家だ。

 

 王国の南部に領土を持ち、領土内に数個の中級の城郭を持つ大貴族である。北域は王領とも接し、一時期はクロイツ侯爵家といえば、領土貴族の五本に入るのではないかという評判も獲得しようとしていた。

 侯爵も多忙を極めて、ほとんどの時間を王都で過ごしていたと思う。

 クロイツ侯爵は、キシダイン卿の重鎮のひとりだったのだ。

 

 そのあいだに、王国ではそれなりの出来事もあった。

 恋多き貴公子の評判で、なかなかに進まなかった第一王女のアン様とキシダイン卿の婚姻が成立したのは、わたしがクロイツ家に嫁いで六年目のことであり、二十六歳のときである。

 また、第二王女のエルザ様が、ローム三公国の筆頭公国のタリオ公国の若き大公のアーサーの正妃として嫁いだのも、同じ年のことだ。

 ルードルフ王の惰弱ぶりの風評は、ますます大きくなっていて、王都から離れたこのクロイツ領の領民でさえも、無能王とあからさまに侮蔑するようにもなっていた。

 

 一方で、わたしは領地に留まったままであり、静かな時間が過ぎていくだけだった。

 結局のところ、一度も王都には行ったこともないし、呼ばれることもなかった。

 夫には愛人も多くいたようだが、わたしも含めて、侯爵の子を孕むことはなかった。なによりも、わたしは、この五年はクロイツ侯爵との性行為そのものがない。

 しかし、侯爵家にそれどころではない事態が襲ったのだ。

 

 

 その衝撃とは、侯爵の派閥の領袖のキシダイン卿の突然の失脚だ。

 キシダイン派の重鎮だったクロイツ侯爵家だったが、飛ぶ鳥を落とす勢いで権勢を拡大し、次代の国王に間違いないと目されていたキシダイン卿が突然に失脚したのだ。

 第三王女であり、第一位の王位継承権を持つイザベラ王女を暗殺しようとして失敗したという。

 しかも、流刑のために護送中に雷に当たって死んでしまったのだ。

 キシダイン派は一気に瓦解した。

 もちろん、クロイツ侯爵家もそのあおりを受けた。

 

 また、クロイツ家に襲った打撃は、キシダイン卿の失脚だけではなかった。

 夫人であるわたしには、詳しくは教えられなかったが、クロイツ家がやっていた商取引のほとんどの事業の失敗が重なっていて、短いあいだに多額の損益を出していたようだ。

 クロイツ侯爵は必死にその立て直しに翻弄していて、それもあり、ほとんど領地に戻って来なかったのだ。

 

 

 そして、さらに混沌の状況がやってきた。

 王都で大きな騒乱が起こったらしく、王都にいる貴族たちが突然に捕らわれたり、家族を王宮内に連れていかれて人質にされたりされたのだ。

 しかも、王都に住む住民に突如として大きな重税がかけられたりして、王都からは脱走者が続発した。

 さらに、アネルザ王妃が捕縛されたという報せが届いたり、そのアネルザ王妃の実家のマルエダ辺境候が反ルードルフ王を唱えて、反乱の旗を掲げたりと……。

 

 

 さらに、今回の事件……。

 あっという間のことだった。

 クロイツ領で発生した賊徒の叛乱だ。

 

 もともと治安は悪くはなかったが、キシダイン卿の失脚後は、クロイツ領内も相次ぐ商取引の失敗で景気が傾き、大量の失業者が都市部に溢れ始めていた。

 治安もだんだんと悪くなっていたことは事実だ……。

 

 そんな状況で、都市部に近い農村で発生した暴乱が短いあいだに拡大して賊徒として膨らみ、幾つかの農村や小都市を呑み込みながら、わたしのいる領都に向かって進軍してきたのである。

 賊徒の頭領の名は、ドピィ……。

 「愚か者」という意味らしい……。

 

 そのころは、王都を脱出してきたクロイツ卿は、領都に戻って来ていたが、すぐにその対応のために、討伐軍を率いて軍を出発させた。

 

 それが三日前……。

 

 そして、今日……。

 

 城門をあっという間に破った賊徒軍が城郭を略奪し始めた。

 この屋敷も襲撃を受けて、頭領のドピィ自らが侯爵夫人であるわたしを虜囚にした……。

 

 

 *

 

 

「いやあああ、助けてえ、ルーベン──」

 

 シャロンは泣き叫んだ。

 ドピィと仲間たちから呼ばれていた頭領が部屋にやって来たとき、変り果ててはいたが、それがルーベンだということが、シャロンにはすぐにわかった。

 だが、シャロンが「ルーベン」と呼び掛けると、ルーベンは顔を激怒に染めて、その名前で二度と呼ぶ名と怒鳴ったのだ。

 

 自分の名は、ドピィ(愚か者)だと……。

 ルーベンという男はすでに死んだのだとも……。

 

「その名で呼ぶなと言っただろう──」

 

 ドピィ、すなわち、ルーベンが激しく局部と乳首を引っ張っている糸を揺すった。

 

「ひいいっ、ち、違う──。あ、あなたを受け入れます──。も、もう侯爵家を見捨てても、実家が潰されることもない──。わ、わたしは、あ、あなたと逃げたかったの──。だ、だけど、あのとき、それは許されなかった──。だ、だから──」

 

「うるさい──。都合のいいことを言うな──。俺はお前に復讐するために……、俺との愛を裏切ったお前を奪うために、ここまできた──。ここにやって来た。お前を孕ませる──。お前を汚した侯爵の首は今頃は獣の餌になっているだろう。その夫人のお前は俺に犯されて、俺の子を産むんだ──」

 

「わ、わかってます──。ル、ルーベン──後生だから、糸を外して──。なんでもしますからああ」

 

「やかましい、その名を呼ぶなと何度言えばわかる──」

 

 ルーベンは怒鳴ると、シャロンを拘束している台にあがってきた。

 ふと視線を向けると、ズボンから勃起した怒張を露出させている。

 さらに、シャロンの腰を下から持ちあげると、前戯もなしに、一気にその怒張をシャロンの股間に貫かせた。

 

「んはああああっ、ああああああっ、ルーベン──」

 

 あっという間に絶頂が込みあがった。

 シャロンは昇天してしまった。

 

「淫売め──。挿入しただけでいきやがったか──」

 

 ルーベンが憎しみのこもった口調で嘲笑い、さらに激しく抽送を開始した。







 *


【クロイツの動乱】

 ……兇王ルードルフの起こした王都の苛政を発端として発生した王国南部域の賊徒による叛乱のこと。
 叛乱がクロイツ侯爵領で最初に勃発したことから、一般に「クロイツの動乱」と称されている。

 叛乱は、ドピィと名乗る天才的な軍略家に率いられた賊徒がクロイツ侯爵領内で役所や軍を襲撃し、クロイツ領都を占領したことから始まる。
 ついで、さらに南部に駐留していた王軍を撃破することで、賊徒勢力は一時期南部域の一角を支配することになった。
 しかしながら、地方王軍が敗れるという事態に際しても、王都の宮廷はルードルフの暴政によって有効な対処をすることができなかった。

 それに際して、ノールの離宮に幽閉されていたイザベラ王女と、当時ナタル森林の変異に活躍し、エルフ女王のガドニエルから英雄認定を受けたばかりのロウ=ボルグが……(以下略)。


 ボルティモア著『万世大辞典』より

 (ここに再録した引用文は、すべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


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 第1話  【前日譚】道化師軍の蜂起【南域】
563 盗賊団の首領(その1)


 時系は、王都でマーリンが殺された直後まで遡ります。
 少しのあいだ、ルーベン(ドピィ)の物語が続きます。ご了承ください。
 なお、彼は本章における「敵役」の予定です。

 *




 森の中をしばらく進むと、地面が岩肌となり、馬の蹄の痕が消えた。

 道らしいものはない。

 しかし、トリスタンはあらかじめ教えてもらっていた情報をもとに、同行の魔道師とともに二頭で馬を進ませていった。魔道師はしっかりとフードを被って顔を隠している格好だ。

 また、よく見れば、死んだマーリンが残していたメモのとおりに、ところどころの木々や岩に目印のようなものがある。

 そして、しばらく進むと、人馬の気配が伝わってくる。

 

「とまれ──」

 

 突然に声を掛けられた。

 若い魔道師が咄嗟に結界を張ったのがわかった。

 だが、ぎょっとした。

 草の中から覗いているのは黒い筒だ。わずかに火の気配もする。

 

 もしかして、銃か?

 武器としては珍しい筒に込めた弾丸を火薬で発射する殺傷具だ。

 タリオ軍も所有はしているが、製造は難しく、高価なのでまだまだ数が浸透しているとはいえない。それを一介の盗賊団が保持しているのか?

 しかも、見張りに渡すほどに?

 いずれにしても、魔道師の結界は、剣や弓は防いでも、銃弾までは突き抜けさせてしまうだろう。

 トリスタンはぎょっとした。

 

「お前ら、どこに行く?」

 

 草むらの中から男がぬっと出てきた。

 注意深く、片付けをして構えた長い銃をこっちに向けている。やっぱり、すでに火縄には火が灯っている。

 

「カーリス様──」

 

 背後で魔道師の狼狽えた声がした。

 カーリスというのは、今回のことでトリスタンが使うことにした偽名だ、

 振り返ると、後ろにもふたりの盗賊がいて、同じように銃を向けている。また、背後のふたりは中年の女だ。

 前にいる男とともに、いかにも盗賊っぽいちぐはぐで汚れた恰好をしているが、銃だけが真新しく黒々と光っている。

 また、ふたりの女とも、顔に醜い痣のようなものがある。おそらく、怪我の痕だと思う。

 ふと見ると、目の前の男についても左手の指が三本ない。ただ、銃の引き鉄を引く分は問題ないのかもしれないが……。

 盗賊の恰好をしているが、もともとは農民だろうと思う。

 肌の色や武骨な身体つきは、それを物語っている。

 

「馬をおりろ」

 

 前の男が舌打ちしながら言った。

 トリスタンに対して憎悪のような視線を向けているのがわかる。

 逃げようとすれば、すぐに銃で撃たれるだろう。

 森の中が罠だらけの気配もする。

 

「頭領に会いに来た。手紙は送っているはずだがな。カーリスだ」

 

 馬をおりて言った。

 前側の男が後ろ側の女のひとりに確かめるような表情になる。

 そして、小さく頷く。

 

「わかっている。頭領から案内するように伝達があった。さもなければ、貴族様なんて、ぶち殺してやるところだ。とにかく、馬はこっちで預かろう」

 

 男が言い終わるとともに、わらわらと十人ほどの男女が出現した。

 これだけの人数に囲まれていたなどと、まったく気がつかなかったので、トリスタンはびっくりしてしまった。

 馬を奪われる。

 魔道師とは引き離されるように、トリスタンだけが前側に残され、魔道師はずっと後ろに追いやられた。そして、盗賊たちの人影に隠れて姿が見えなくなる。

 

 しばらくのあいだ木々を縫うように歩いた。

 不意に視界が開けた場所に到着した。

 目の前に門衛のような場所があり、木材で作った高い壁が拡がっている。しかも、壁の表面には、おそらく燃焼防止だと思われる黒い塗料が塗ってある。あちこちには、物見の塔も備え付けられていた。

 

 これは、砦だ──。

 考えていた以上の立派な砦であり、これにもトリスタンは驚愕していた。

 正規の軍隊の砦だといっても通用するだろう。

 これを盗賊風情が?

 

「カーリスという。頭領に会いに来た」

 

 トリスタンは最初と同じことを言った。

 門衛が合図をすると、音を立てて大きな木の門が開いていく。

 数名で操作しているが重さもありそうだ。

 案内人が入れ替わって、屈強そうな女ふたりが前に立った。

 今度は欠損はないが、首に逃亡奴隷特有の火傷のような痕がある。奴隷には隷属の首輪を嵌めて逃亡を封じるが、不正な手段で強引に外すと、この女たちのような痕が残ることがあるのだ。

 もっとも、大抵の場合は、無理矢理に外そうとすれば死ぬことになる。しかし、逃亡奴隷が存在するということは、この砦には、隷属の首輪を外せるなんらかの手段が存在するということだろう。

 

 砦の中は、たくさんの建物があった。

 男が多いが、女も少なくない。老人もいる。かなりの人数だ。畠のような場所まである。

 馬も多い。

 そして、人が集まっている一角に、ふと視線を向けてぎょっとした。

 

「あああっ、いやああ」

 

「ああっ、許してええ」

 

「んあっ、ああっ」

 

 唖然とした。

 裸の女が三人ほど、両手首とともに、大きな板に首を挟まれて中腰に立たされており、十数名の男たちが彼女たちを順番に犯しているのだ。

 女たちは泣き叫んでいるが、助けようとしている者はいない。

 奥には檻のようなものもあるので、おそらくそこから引き出されたのだと思う。檻は四つあって、三つは空であり、残りのひとつには若い女が入れられている。その檻の中の女も身体を丸めて泣くような仕草をしていた。

 首枷で拘束されている女たちの下半身は露出するように、衣服を切り裂かれていて、顔面を含めて、身体のあちこちに男の精液らしき白濁液がかけられていた。

 一方で、檻の中のひとりだけは、服を身につけている。

 

「あれは、なにかの刑罰か?」

 

 思わず、前を歩いている女に言った。

 すると、右側の女がそっちを一瞥して鼻を鳴らした。

 

「あれは、ただの貴族女だ。街道を旅していたのをさらっただけさ。近郊の子爵家の息子の嫁とその娘だ。領主が身代金に応じれば、命は助けて戻される。支払いを拒否すれば、殺して首を街道に晒すことになる。あの領主はどうするのかな?」

 

 女が酷薄に笑った。

 トリスタンは唖然とした。

 

「罪のない貴族の女にあんな仕打ちをしているのか──。なんと、非道な……」

 

 思わずつぶやいた。

 すると、今度は左側の女が振り返った。

 

「ふん、貴族であることが罪だ。この道化師(ピエロ)団の砦ではね」

 

 道化師(ピエロ)団というのは、この砦の首領であるドピィという男が付けた名前らしい。ふざけた名前だが、この南方地域一帯では数年前からそれなりの勢力を誇って、領主軍などを寄せ付けない大盗賊団である。

 このハロンドール王国工作にあたり、この王国内で治安悪化を扇動するために、殺された魔道師のマーリンが目をつけていた集団だ。

 

 マーリンは、この密かにこの盗賊団に、武器や軍資金を横流していて、それもあり、この盗賊団は、この数年で一気に勢力を拡大をしていた。

 トリスタンは、アーサー大公の指示で、マーリンのやっていたことを引き継ぐために、ここにやってきたのだ。

 目的は、盗賊団を焚き付けて、大規模な反乱を起こさせることである。

 タリオ公国は、近いうちに大きな軍事行動を考えている。 

 そのときに、ハロンドール王国に余計な関与をさせないというのもあるが、アーサー大公はゆくゆくは、この大陸全体の統一も考えていて、このハロンドール大国そのものを弱体化させるというのがアーサー大公の狙いでもある。

 だが、トリスタンとしては、ここの頭領に会うのは初めてだ。

 どんな男なのかと思っていたが、あんなことを許すとは、どうやら、かなりの下種(げす)らしい。

 まあ、その方が御しやすいが……。

 

「だが身代金を奪うための人質なのだろう? あんなことをしていいのか」

 

 だが、トリスタンはさらに言った。

 盗賊団の砦の中で、彼らを批判するような言葉が危険だとは思うが、どうしても気に入らなかったのだ。

 そもそも、平民の彼らが貴族をあんな風に扱うとは……。

 トリスタンは舌打ちしたくなった。

 

「さっきも言ったぞ。ここでは貴族というのは、なにをしてもいい最下層の存在ということになっている。身代金を奪うための人質ではあるけど、食い扶持はもらわないならないしね。あの母子と侍女には、男の相手をさせることで食事代に使える銅貨が与えられるというわけだ。一回、銅貨一枚だけどね」

 

 女が笑った。

 なるほど、よく見れば首枷の下に平たい皿があり、それぞれの皿には、数枚の銅貨が放り込んである。

 だが、銅貨というのは、十枚ほどあって、やっと小さなパンが買えるほどものでしかない。

 一回の食事代を集めるには、何回男たちに犯されないとならないのか。

 

「あそこにいる四人とも貴族なのか?」

 

「いや、左のふたりが領主の息子の嫁と娘だ。右は侍女だな。侍女も男爵家の出だというので同じ仕打ちにさせている。檻にいるのは侍女ではあるが平民だ。領主が母娘の身代金を払えば一緒に戻されるが、平民の食事代はここでは無料なので、働く必要はない。だから、檻にいる」

 

 貴族だから残酷に扱うということか……。

 だが、ここの頭領は元はと言えば、確か……。

 

「それは頭領の指示か?」

 

「そうだ。うちの頭領は貴族嫌いだしね」

 

 女が笑った。

 トリスタンは鼻白んだ。

 

「同じ女が強姦されているのに平気なのか?」

 

 我慢できなくて、トリスタンは言った。

 すると、案内をしていたふたりの女が立ち止まって振り返った。

 トリスタンを憎々し気に睨む。

 

「それまでにすることだ。ドピィ様のご命令があるので手は出さないが、命が惜しければ口を慎むことだ。さっきも言ったが、ここでは貴族であることが罪だ。お前も貴族だろう。その綺麗な肌や整えられている髪を見ればわかる。周囲を見回してみろ。お前を殺したくてたまらない者が大勢ここにはいるぞ」

 

 右側の女が言った。

 トリスタンは改めて周りを見た。

 いつの間にか、トリスタンと女たちのやり取りは注目を浴びていたみたいだ。

 ぎらぎらとした視線がこっちに集まっている。

 トリスタンはぞっとした。

 すると、もうひとりの女が口を開いた。

 

「そうそう、貴族女が強姦されていることが平気かと訊ねたね。平気さ。あの女の父親の領主はろくでなしだからね。あたしはそこから逃亡してきた奴隷さ。あんなんよりも、もっとひどい目に遭ったね。女として使い物にならなくされた。妹もいたけど、その領主に犯されて自殺した。婚約者もいたのにね……。そして、あたしは、あたしの妹がその領主の屋敷で自殺した罰として、奴隷にされた……。そんな奴の家族が残酷な目に遭うのは当り前さ。あれでもぬるいくらいだ」

 

 トリスタンは絶句してしまった。

 すると、女たちは再び前に歩き出す。

 トリスタンは今度は無言のまま進んだ。

 

 やがて、少し大きめの建物の前に着いた。

 見張りのような者はいない。

 ここが頭領のドピィの住まいなのだろうか?

 入るように促されたので、トリスタンは思い出して振り返った。

 

「そうだ、連れを……」

 

 そのときには、すでに同行の魔道師が後ろから連れてこられていた。

 だが、両手首に腕輪を嵌められている。

 魔道封じの腕輪だ。

 

「すみません、カーリス様……。この砦の中ではこれを嵌めるように言われて」

 

 魔道師が申し訳なさそうに言った。

 こいつの役割は、この盗賊団の砦の中でトリスタンの命を守ることもある。あっという間に無力化されたことで意気消沈している。

 だが、トリスタンとしても、盗賊団風情で銃を何丁も所有しているというのは予想していなかった。

 少なくともマーリンの遺したものには、そんな記録はなかった。

 

「仕方ないさ。しかし、もうひとつの役割は果たせ……」

 

 トリスタンは言った。

 フード越しだが、魔導師が蒼くなるのがわかる。

 室内に入った。

 またもや、後ろの見張りが別の男に入れ替わっていた。こいつも銃を持っている。

 一体全体、ここには何丁の銃があるのだ?

 

 室内を進む。今度は案内人はいない。

 どちらに進めばいいかは、背後の男が指示をしていく。

 広間のような場所に着いた。

 椅子のようなものはなく、床に敷き詰めた絨毯の上に、男が胡坐をかいて座っていた。

 長い黒髪をしていて、顔の一部に火傷のような傷もある。

 また、その男の両側にはふたりの屈強そうな戦士がいた。ひとりは男で、ひとりは女……。

 ふたりとも顔に傷がある。

 

「ノーブルの新しい部下だというカーリス殿だね?」

 

 座っている男が言った。

 ノーブルというのは、マーリンが使っていた偽名だ。

 マーリンが死んだということは、送った手紙では伏せている。ただ、マーリンについても直接に盗賊団にやり取りしたことは少ない。ほとんどを伝言者を通じてた。

 トリスタンも、直接に、この砦に乗り込むことは躊躇したが、やはり、このドピィという男が利用できる男なのかどうかを見極めたいと思って、直接に会うことにした。

 トリスタンについては、これまでやりとりとしていたノーブルに関わるカーリスという者と伝えてある。

 

「そうだ。座っても?」

 

「好きなように。俺が頭領のドピィだ」

 

 ぎらぎらとした目つきだ。

 微笑んではいるが、ぞっとするような憎悪のようなものが顔に滲み出ている気がした。

 こいつがドピィか……。

 マーリンが遺したものによれば、かなり使える男という評価だった。

 まあ、これだけの砦を維持するのであるから、その評価は正しいのだろう。

 しかし、さっきの広場で見た貴族女たちへの仕打ちは、あまりにも冷酷なものだが……。

 まあいい……。

 

「ノーブル様の指示で情報を持ってきた。武器と軍資金の情報だ。近く王都から南方の地方王軍に輸送隊が動く。保管される軍営倉庫の警備は穴だらけだ。ドピィ殿たちなら簡単に奪えるだろう? この砦に集まる者の志に役立つはずだ」

 

 トリスタンは言った。

 南に輸送される武器と軍資金というのは、マーリンの仕掛けで王宮に入っていたテレーズという女官が南方に横流しさせたものだ。

 テレーズという女は、もともとマーリンが使っていた諜報を得意とする闇魔道を得意とする奴隷女であり、女伯爵で国王の寵姫のテレーズとしてハロンドール王宮に入り込んでいたのだ。

 ただ、マーリンの死とともに、その女も行方不明になっている。

 しかし、その前に仕掛けた物資の移送計画については生きていた。

 トリスタンは、それをここの盗賊団に奪わせるつもりだ。

 そして、その武器と軍資金を使って、大きな叛乱を発生させる。

 問題はこいつらがその気になるかどうかだが、マーリンによれば、すでに彼らは蜂起を決めているという。

 さて、どんな風に踊ってくれるのか……。

 そのとき、いきなり、ドピィが馬鹿にしたような声で笑いだした。

 

「なにがおかしい?」

 

 トリスタンは座りながら言った。

 後ろで同行の魔道師も座る気配がある。

 

「いや、ノーブルやあいつが使っていた者は、訛りを隠す分別はあったが、今度の伝言者は随分と正直で隙が多いのだと思ってな。タリオ公国の手の者であることを隠したいのであれば、まずは、言葉の訛りを消すことだ。わずかだが、ローム地方の訛りが残っている」

 

 ドピィが大笑いを続ける。

 トリスタンはびっくりしてしまった。



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564 盗賊団の首領(その2)

「タ、タリオなど……。なんのことか……」

 

 あっさりとタリオ公国の諜報であることを見破られてしまって、トリスタンは狼狽えてしまった。

 もしかして、あのマーリンは、自分たちがタリオの者であることをこんな盗賊団にばらしていたのか?

 すると、ドピィが笑うのをやめた。

 だが、その口元には、まだ笑みが浮かんでいる。

 

「わかった、わかった。そういうことにしておいてやろう。じゃあ、さっきの輸送隊とやらのことを話せ。その話を持ってきたのだろう?」

 

 ドピィが無頓着そうに言った。

 しかし、すでに、トリスタンは背中にびっしょりと汗をかいてしまっている。

 どうにも、思っていたより、この男は一筋縄ではいかないようだ。

 いずれにしても、トリスタンの役割は、この国を擾乱させるための乱を起こさせることだ。

 もともとは、マーリンがやろうとしていたことで、マーリンは王都を混乱させるところまではやったが、それからが続いてない。

 しかし、これから起こるであろうタリオ公国のカロリック侵攻に際し、ハロンドール王国を関与させないように、そのあいだこの国を乱れさせる必要がある。

 その役目は果たさなければならない。

 

 うまい具合に、王都の混乱は地方貴族の不安を呼んでおり、タリオ公国が含まれる旧ローム領との国境を防護しているマルエダ辺境候が国王に反感を持つ地方貴族たちを集め、いまにも内乱が起きそうな状況にはなっているが、いまのところ、それ以上の動きがない。

 むしろ、不安を覚えている貴族たちを意図的に集めることで、勝手に騒乱を起こさないように企てているのではないかと勘繰りたくなるほどだ。

 考えてみれば、辺境候は国王派の重鎮であり、しかも慎重派といっていい。

 王妃アネルザが王都で人質状態で監禁されていることを考えてみれば、あるいは暴発しそうな地方貴族を抑えているだけかもしれない……。

 

 しかし、それは都合が悪い。

 とにかく、この国に大きな乱を起こすこと……。

 火種はいくつあってもいいのだ。

 

 トリスタンは、持ってきた情報をドピィに語りだした。

 王都から横流しされる大量の武器と軍資金の情報である。

 それを奪えば、この道化師(ピエロ)団といかいうふざけた賊徒は、それなりの叛乱を起こすことができるはずだ。

 このドピィという賊徒がかなりの勢力を誇っているのはわかっている。

 事実上の手下といっていい影響のある賊徒も十数個もあるはずだ。

 

 マーリンがこの男と、この地方に目をつけたのは正しいとは思う。

 あのキシダインが大きな財政的な勢力基盤と考えていたことの影響なのか、キシダインの失脚とともにたくさんの南部基盤の商家が潰れるということがあったのだ。

 地方全体の流通が不安定になり、多くの者が職を失い、そのことで治安も乱れたりした。

 各領主たちのほとんどについても同じであり、商売で多額の損失を出してしまい、農村にかけている税を一気に引きあげるということをしはじめた。

 マーリンは、そこにつけ込んだのだ。

 

 工作員を多数潜入させて、手酷く農民から重税以上の財を徴収させ、支払えない部落からは、若い妻子などを強引に奴隷として売り払わせるということをしたのである。

 しかも、そこに大きな旨味があるように工作したということだ。

 さらに、それを正そうとした善良な役人に罠をかけて、逆に捕縛させたりした。

 それを各地でやると、あっという間に地方社会全体が腐っていった。

 わずか半年ばかりのことだ。

 

 ドピィの盗賊団が勢力を拡大したのも、そういう社会腐敗を背景にしたものだ。

 すでに、この南部地方一帯の農民不満は決壊寸前だ。だから、これから、ドピィの起こすであろう乱は、大きな大動乱の火種になると思う。

 しかも、すっかりと手配まで整っている。

 あとは、警備の緩い王軍の倉庫に格納されるのを待ち、この連中が襲撃をするだけだ。

 

「わかった、もういい。つまらん──」

 

 しかし、トリスタンの説明の途中でドピィに話を遮られてしまった。

 トリスタンは憮然となった。

 しかも、つまらんだと──?

 

「待て、トピィ殿、この話は……」

 

「つまらんものはつまらん──。その理由はすぐにわかる」

 

 ドピィの物言いと表情は、トリスタンの続きをはっきりと拒否する響きがあった。

 トリスタンは、なにか圧倒されるものを感じて黙り込んだ。

 一方で、侮っているつもりだった目の前の盗賊団の首領に、すでに圧倒され始めているのを感じていた。

 マーリンの遺したものによれば、このドピィは、陰湿で冷たいが、隙の多い男というものだった。

 実際、マーリンが潜入させた……いまは、トリスタンの手の者になっている男女が幾人も入っている。

 しかし、そういう情報で感じていたものとは、目の前のドピィは全く違う。

 トリスタンは、およそ、つけいる隙というものを感じない。

 もしかして、情報が間違っている?

 

「それよりも、戦の話をしようか。お前らが望んでいるものは実現してやる。それは、俺が望むものでもあるからな」

 

「望むもの?」

 

「俺に戦を起こして欲しいのだろう? タリオの犬は、この国が荒れるのを望んでいるはずだ。そのために、お前らは俺に目をつけて、これまで手を伸ばしてきた。俺たちをお前たちのために踊る人形にしたくてな。俺はそれを知って受け入れてきた。だから、踊ってやろう」

 

「ま、待て、俺たちは……」

 

 やはり、全部を知って……。

 トリスタンはたじろいだ。

 とにかく、ここを早く去った方がいい……。

 考えたのは、それだ。

 たかが盗賊団と思って甘く考えたかもしれない。

 

「落ち着け。なにも、とって喰いはせん。これまで仲良く付き合ってきたんだ。命の保証はしてやろう──。おい」

 

 ドピィが声をかけた。

 すると、引き戸になっている扉が開き、ドピィの部下たち数名が入ってきた。

 しかし、彼らが連れてきたものに、トリスタンは声をあげてしまった。

 賊徒たちに囲まれて入ってきたのは、この砦に一緒に来た魔道師だ。だが、フード付きのマントは剥ぎ取られて、さらに具足も取りあげられ、下着同然の薄物一枚だ。

 魔道遣いの大きめの乳房のかたちが、乳房の上下に喰い込む縄で強調されている。

 ここにトリスタンが入る直前には、すでに魔道封じの腕輪を装着されていたので、魔道も遣えないはずだ。

 

 そして、実のところ、一緒に連れてきた魔道遣いは若い女だ。

 奴隷紋でトリスタンに隷属させており、ドピィが気に入るような美貌のものを選んだ。

 言い渡している任務は、ここに残置して、ドピィの愛人のひとりにでもなり、近くに侍る立場になることだ。

 頭領の愛人になることに成功すれば、いくらでも手玉にとれるし、必要により首を搔くこともできる。

 どうやって、この女魔道師を置いていくことを切り出そうと思ったが、その前に拘束されてしまっている。

 だが、どういうことだ──?

 

 また、女魔道師の縄尻をとっているのは、小太りの男だ。ほかの賊徒が鍛えられた身体をしているので、その男の身体のだらしなさがなんとなく目に付く。

 だが、トリスタンの記憶に閃くものがあった。

 マーリンに代わって、ハロンドールに潜入するにあたり、ほとんどの要人の顔と名前は頭に叩き込んでいる。

 そのひとりと、その小太りの男の顔が結びついたのだ。

 いや、それよりも、この状況だ。

 

「だ、旦那様──」

 

「スージー ──」

 

 トリスタンは、女魔道師の名を読んだ。

 スージーというのは、この女魔道師のことだ。

 

「奴隷紋が刻んであるようだな。この女は置いていってもらう。魔道遣いは戦には貴重だ。奴隷紋を刻まれているくらいだから、魔道が大したものではないのは予想がつくが、それでも、魔道には、いくらでも利用価値はある」

 

「置いていくとは……? ドピィ殿の愛人にするのか?」

 

 トリスタンは訊ねた。

 そうであるなら、かたちは変わったが、もともとの計画通りだ。

 最初から、望んでいるところである。

 

「俺は女は抱かん。その女魔道遣いは、そこのルロイが躾ける。うちの副頭領のひとりだ」

 

 ドピィが笑った。

 ルロイ……。

 最近まで金回りのよかった豪商であり、この国の王都で一年ほど前まで活躍していた男だ。

 だが、キシダイン派の粛清の波の中で家財を失い、一族全員が離散して行方不明になっていたはずだ。

 こんなところにいたのかと思ったが、こいつが副長?

 

「この男……いや、彼が副頭領?」

 

 思わず訊ねた。

 女好きで、さらに性格の醜悪さでは有名だった男だ。

 だから、こいつが破産しそうになったとき、誰ひとりとして手を差し伸べる商人はいなかった。

 夜逃げをして姿を消し、すでに死んだと思われていると思う。

 

「二箇月ほど前からな。もともとは商人らしい。なかなかに役に立つから、副頭領にとりたてた。五人ほどいる副頭領のひとりだ……。ルロイ殿、その女を仕上げてくれ。隷属紋を消滅させる者は後で行かせる。それまで、しっかりと調教しておいてくれ」

 

「任せてください、頭領……。ほれ、行くぜ」

 

 ルロイが卑猥な表情を浮かべて、スージ―を引っ張って部屋を出ていく。

 スージーがトリスタンに助けを求めるような顔を浮かべたが、トリスタンはなにも動かなかった。

 それよりも、呆気にとられていたのだ。

 

「……さて、カーリス殿、ひとつだけ頼みがある。まあ、大したことじゃない。あんたらが送り込むタリオの犬には、どうにも自殺癖があってな。裏切らせて寝返らせようとすると、すぐに死んでしまうんだ。俺の手の者によれば、そういう呪術の暗示を刻まれているらしいことがわかった。それを解除する手段を口にしてもらおう」

 

 ドピィが言った。

 トリスタンは意識をドピィに戻した。

 呪術というのは、「死の呪い」のことだろう。

 タリオの使う間者の多くに刻まれている呪術であり、正体がばれたり、敵にとら捕らわれたと認識したら、勝手に心の臓がとまるように細工をしているのだ。

 それで安心して諜報として、どこにでも潜入させることができる。

 

「あっ──」

 

 そして、声をあげた。

 気がつくと、十丁近くの銃がトリスタンを囲んでいたからだ。

 トリスタンは恐怖に包まれた。

 

「それを女で確かめて、口にしたことが間違いなかったら、あんたは自由だ。俺に望んでいる叛乱も起こしてやろう。どうせ、俺の復讐のために、やろうと思っていたことだしな」

 

 ドピィがにやりと微笑んだ。

 トリスタンはすっかりと気を飲まれてしまった。

 諦めて、死の呪文を解除する暗号を口にした。

 これも、マーリンが遺したものであり、どういう仕掛けになっているのかは知らない。また、大勢いる死の呪文を施している間者の全部が同じ言葉なのかどうかもわからない。

 ただ、少なくとも、あのスージ―については、口にした言葉を聞かせれば、死の呪文は発動しなくなる。

 それだけは確認済みなのだ。

 ドピィの指示で、部下がどこかに走っていった。

 ただ、銃を向けられている状態からは解放されない。

 トリスタンは、怯えながら待った。

 

 しばらくすると、さっき出ていった部下が戻ってきて、ドピィに耳打ちをした。

 ドピィが手をあげ、周りの男たちが銃をおろす。

 

「見送りをしよう、カーリス殿。また、いつでも遊びに来るといい」

 

 ドピィが立ちあがった。

 ほっとした。

 トリスタンもその場に立つ。

 

 ドピィの先導で、建物の外に出る。

 やがて、広場に出た。

 

「あっ、これは──」

 

 トリスタンは声をあげてしまった。

 広場には、十数台の軍用車が運び込まれていたところだったのだ。

 馬に乗った盗賊たちも大勢いる。

 たったいままで戦ってきたような恰好だ。

 軍用車は輸送隊のものだ。すでに扉が開かれて、たくさんの物資が軍用車から運び出されている。

 物資は、無数の武器や、銀板などだ。

 これは、トリスタンが情報を入れて襲撃をさせようとした王都から横流しさせて、この連中に奪わせようとしたものに違いなかった。

 どうして、ここに──?

 すると、ドピィがまたもや、声をあげて笑った。

 

「さっき、あんたが持ってきたとっておきの情報の話を途中でやめさせたのは、こういうことだ。すでに襲撃計画が実行されていてな。しかも、俺たちは軍の倉庫に仕舞われた後じゃなく、輸送中のものを襲ったんだ。特に大変じゃなかったらしいぞ」

 

 ドピィが言った。

 トリスタンは今度こそ、呆気にとられてしまった。



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565 女魔道師拷問

「よし、始めるか」

 

 ルロイは、ドピィにつけてもらっている部下に命じて、スージーという女魔道師の両手を天井から吊っている鉄の棒に拘束させた。

 鉄の棒には、肩幅程の間隔に革ベルトがあり、そこにスージーの手首をそれぞれに結びつける。

 合図をして、天井の吊り上げ具が鉄の棒を巻き上げさせ、スージ―を爪先立ちまで吊り上げた。

 さすがに、女魔道師が怯えた表情になる。

 

「おいおい、まだ、始まってもおらんぞ。これくらいで怯えとったら、後がもたん。まあ、できるだけ気をしっかりと保って、わしたちを愉しませてくれ」

 

 ルロイは、準備している「隷属の首輪」をスージ―の首に嵌めた。

 あとは、スージ―が心からの屈服とともに、隷属の言葉を口にすれば、言の葉が働いて首輪を嵌めたルロイに対する隷属の魔道が刻まれる。

 そうなってしまえば、あとはこの女魔道師は、ルロイに操られる人形だ。

 

 頭領であるドピィに命じられているのは、この女魔道師を調教して屈服させ、改めて隷属を結び直させることだ。

 深くは教えられてはいないのでルロイも詳細は知らないのだが、この女魔道師は先刻にこの砦にやってきていたカーリスとかいう外国人が連れてきた女であり、もともとは、そのカーリスの奴隷だそうだ。

 しかし、すでに隷属は解除させており、ドピィは改めて、この女魔道に隷属を刻み直したいみたいだ。

 

 一般に、奴隷には二種類ある。即ち「首輪奴隷」と「紋様奴隷」だ。

 首輪奴隷とは、その名のとおり、隷属の首輪という魔具を使用して隷属魔道を刻む奴隷であり、特徴は奴隷の譲渡が簡単であることだ。首輪奴隷の場合は、奴隷に対して隷属相手が変わることを告げるだけで、それで所有者が移動する。

 最初の隷属化、つまり、「初回隷属」のとき以外には、魔道も必要ない。

 主人が口頭で奴隷に主人の交代を宣言をするだけでいい。

 だが、その半面、なにかの手段で首輪が外れれば、それで隷属が解除されるという欠点はある。

 この盗賊団には、奴隷の首輪を外す魔具があり、所属員には逃亡奴隷が大勢いる。

 

 もうひとつの紋様奴隷は、首輪の代わりに、身体の一部に紋様を刻むものだ。首輪奴隷とは異なり、隠している場所に紋様を刻んでしまえば、外観では奴隷であることがわかり難いという利点はある。

 つまり、奴隷であることを隠させたいときなどには、紋様奴隷にする。

 ただし、紋様を刻むということそのものが、かなりの高位魔道であり、普通の奴隷商では、まず紋様を刻む技術はない。

 そして、紋様奴隷は、服従相手が紋様に刻まれるので、基本的には譲渡はできず、原則として、奴隷の主人の変更はできない。死亡譲渡も不可能だ。主人の死は、そのまま奴隷の死にもなる。

 一方で、特別な魔道で紋様を消さない限り隷属が解除できないので、逃亡はほぼ不可能になる。

 

 そして、このスージーは、紋様奴隷だったのだ。

 だから、持ち主のカーリス立ち合いのもとで、別室で一度紋様を魔道で消滅させ、その後、ドピィからこの女を隷属し直せと命令を受けたのだ。

 

 一度、紋様を消したということは、「初回隷属」をやり直すということになる。

 紋様奴隷はもちろん、首輪奴隷にしても、初回隷属のときには、対象に奴隷の誓いをさせることが必要になる。

 ただし、奴隷の誓いというのは、単純に言の葉に奴隷の誓いを乗せるだけではなく、心からの屈服が必要にもなる。

 すでに、首輪奴隷になった奴隷は、「主人」の交代を告げるだけでいいが、最初だけはそういう手間が必要なのだ。

 つまりは、初回隷属には、大抵は、心の屈服に至るまでに、なんらかの拷問が伴うということである。

 まさに、ルロイに相応しい仕事だ。

 昔から、女を屈服させて隷属させるのは慣れている。

 

 このスージーについては、魔道師とはいえ、魔道防止の腕輪は装着させているし、ただの小娘にすぎない。

 ルロイとしてはこんなに簡単で美味しい任務はない。

 

 考えてみれば、かつては、こんなこともよくやった。

 金に物を言わせれば、いくらでも女は調達できた。

 強引に奴隷にして、飽きれば奴隷首輪をつけたまま娼館に売り飛ばして、その金でまた初心(うぶ)な女を拾ってこさせるなど、やりたい放題だった。

 だが、いまにして思うと、エリカという冒険者のエルフ美女に手を出そうとしたときから、運が傾いてしまった気がする。

 ルロイは、女衒仕事を専門にやっていた冒険者に、そのエルフ美女を捕らえるのを頼んだだけであり、結局のところ、まったくいい目に遭っていないのであるが、どうやら、そのエリカというエルフ女が属する冒険者のパーティリーダーがやり手の男だったようであり、その女衒男が殺され、ルロイも慌てて王都を逃亡するはめになったのだ。

 その冒険者のリーダーは、やがて、王妃や王女に取り入ることに成功し、S級冒険者として子爵位まで手に入れてしまった。

 ルロイとしては、まさに鬼門になった。

 

 そして、それを切っ掛けに、なにをしてもうまくいかなくなり、挙句の果てには次々に事業が潰れてしまい、商売も破産した。

 それからの転落はあっという間だ。

 家族も家人も離散して、多くの知人たちもルロイを見捨てた。

 ルロイは夜逃げをして逃亡し、生きるために、どんなことでもやらなければならなくなった。

 そして、この盗賊団に辿りついた。

 だが、ここに拾ってもらってから、再び運が向いてきた気もする。

 

 数カ月前に、野垂れ死になりかけていたところを偶然に、この盗賊団に連れてこられたのだが、なにが気に入られたのかはいまだにわからないのだが、ここの頭領のドピィは、ルロイを引き立ててくれたのだ。

 四天王と称されている副頭領たちの次席級とはいえ、驚くことに、新参者のルロイを副頭領格に指名した。

 

 確かに、一度は王都で成功した豪商のひとりだったのだから、物流や物資管理に関しては誰よりも上手に手配できるが、副頭領にまでしてくれるのは意外だった。

 そして、回してくれる仕事には、流通管理のほかに、こういう女をいたぶるような面白い任務も加えてくれる。

 実に、ドピィという男は、ルロイによくしてくれるのだ。

 

 いまや、女を拷問したり、いたぶる仕事は、ルロイの独壇場にしてもらっている。

 だが、面白いのは、ドピィという頭領は根っからの貴族嫌いであり、なによりも、貴族女が大嫌いのようなのだが、自分では絶対に手を出さないのだ。

 今朝も、昨日からさらってきている貴族母娘を磔台に拘束して、食事代だと称して凌辱をさせ続けているが、結構美人であるにも関わらず、ドピィは最初から手を出さなかった。

 いや、ほかの古参の幹部たち訊ねたが、ドピィが女に手を出したことはないという。

 この盗賊団では、娼婦を呼び出したりもするようなのだが、ドピィだけは女を買うこともないらしい。

 だから、もしかして、男色なのかと思ったが、そうでもないようだ。

 よくわからない男だ。

 まあ、どうでもいいが……。

 

 とにかく、目の前の雌だ……。

 女魔道師というが、まだ二十歳にもなっていないだろう。

 まだ少女の面影が残っているが、結構いい女だ。

 

「よし、まずは、そのまま、叩いてみるか」

 

 スージーの正面に位置するように置いている椅子に腰かけているルロイは言った。

 ここにはふたりの部下を連れて来ていたが、そのふたりがにやにやしながら、それぞれに乗馬鞭を手にする。

 スージ―の顔が真っ蒼になるのがわかった。

 

「ま、待って、奴隷の誓いをします。屈服します──」

 

 スージーが声をあげた。

 どうせ、最終的には無理矢理に隷属を刻まれるのだから、抵抗は無意味だと思ったのだろう。

 しかし、隷属に成功すれば光るはずの、首輪に反応がない。

 これが、初回隷属の大変なところだ。

 

 口だけで宣言をしても隷属が成立しないのである。

 だから、気丈であればあるほどに、冷酷な拷問を避けられないことになり、隷属の完了まで苦労することになる。

 このスージーも、魔道師程の女だ。

 自分が望んだとしても、心を折ることは簡単ではないだろう。

 まあ、その分、ルロイの愉しみが増えるということではあるが……。

 

「調教を終わらせたければ、早く心から屈服することだな。叩け──」

 

 後ろに回ったひとりが、女の臀部を力いっぱいに引っぱたいた。

 

「ひがあああっ」

 

 女が身に着けているのは、具足の下に着る薄い下衣だ。

 ほとんど素肌に鞭を受けるのと変わらないだろう。

 今度は前からだ。

 

「あぎいいいっ」

 

 スージ―がさらに悲鳴をあげる。

 

「しばらく、続けろ」

 

 もうひとりは前から腹部や胸部を叩く。

 後ろからは臀部と背中だ。

 すぐに、下衣が切り裂かれて、(へそ)が露わになった。

 

「あがあああ、やめてえええ──。屈服する──。屈服します──」

 

 スージーが必死に叫ぶ。

 しかし、口ではそう言っても、まだ心には抵抗心が抜けないみたいだ。

 まだまだ、首輪が反応する気配はない。

 

「なかなか根性があるな」

 

 ルロイは笑った。

 こうなっていまえば、すぐに屈服できない体質というのは不幸だ。

 鞭打ちが続く。

 

 五発、七発、十発と前後から鞭打たれるたびに、スージーは激しく悲鳴をあげて、均整のとれた身体をうねらせた。

 また、打たれるたびに薄い下衣が引き裂かれて、血しぶきとともに肌がどんどん露出していく。

 

 打たれるのが二十発以上になったとき、腰から下の布が全部切断されて、下半身は小さな下着だけになった。

 その数発後には、胸の部分が左右に切断されて、乳房が露出した。すでに乳房には真っ赤な鞭筋が幾つもついている。

 

「いい脚をしているな」

 

 全体がやせ気味の若い身体にしては、太腿だけは発達してむんむんとした色気を放っている。

 ルロイは、鞭打ちを一度中断させ、立ちあがると、手でスージ―の股間を下着越しに撫ぜ擦った。

 

「いやああ、け、けだものおお──」

 

 スージーが昂ぶった声で絶叫した。

 やはり、口では屈服の言葉を叫んでも、心の服従には程遠かったのだろう。

 手を跳ねのけるつもりなのか、いきなり、狂気したように腰を揺さぶった。

 

「けだものか……。いいだろう。女のそこをいじられるのが嫌なら、まずはそこからだな。素っ裸にしてやろう。けだもののやり方でいこうか……」

 

 ルロイはまだ残っている下衣に両手を伸ばすと、一気にびりびりと左右に引き裂いてしまう。

 すでに外に零れていた瑞々しい乳房がぶるりと震えた。

 乳首は桃色だ。

 あまり使われてはいないと思った。

 

「さあ、残り一枚もいさぎよく脱いでもらうか。ご開帳だ」

 

 ルロイはスージーの身に残る最後の一枚に手をかける。

 

「あああ、いやああっ」

 

 スージーが再び狂ったように腰を捩じって、鎖に繋がれている鉄の棒をうねり動かす。

 ルロイは、女の反応を愉しみながら、下着を足首から取り去ってしまった。

 

「ああ……」

 

 スージーががくりと首を垂れる。

 観念したように静かになる。

 

「場合によっては、俺を垂らし込む任務を受けていたはずだが、案外に性の経験には疎いのか? 反応が素人同然だな」

 

 不意に横から声がした。

 ドピィだ。

 いつの間に部屋に入ってきたのかわからないが、護衛役の双子男の二名の兵を連れて、壁に置いた椅子に座っている。

 

「あっ、頭領──」

 

 ルロイは一度、女から離れて、ドピィに身体を向けた。

 

「ルロイ殿、その女に隷属を刻むのは明日の朝までに頼む。一度刻めば、主人を俺に移してもらう。多分、知っていることは少ないと思うが、タリオの連中が考えていることをできるだけ知りたい」

 

 ドピィが言った。

 ここにいる貧農民あがりの者たちとは異なり、ルロイがかつては成功した豪商と聞いているせいか、なぜか、ドピィはルロイを“殿”をつけて呼ぶ。

 

「わかりました」

 

 ルロイは頷いた。

 つまりは、明日の朝までは、この女魔道師を好きなように扱えるということだ。

 ルロイとしては十分な時間だ。

 

「それと、明日からは忙しくなる。ルロイ殿には、本陣の拠点作りを担任してもらう。すでに部落全部を我らの一党に入れ替えている場所があるのだ。ケルサという村落だ。そこに主力が隠れて入る。ルロイ殿には、そこに物資の集積の手配を頼みたい」

 

 ケルサ村……。

 クロイツ侯爵領だ。

 

 このドピィが、最終的に貴族社会に対する叛乱を企てているのは知っている。叛乱には幾つの候補地があったが、どこを蜂起の場所にするのかは誰にも教えてくれていなかった。

 ついに、決心したのだと思った。

 そうか……。

 クロイツ領が叛乱の場所か……。

 

「わかりました。クロイツ領のケルサ村ですな」

 

「ああ、それと物資の収容には、部落を取り囲む防壁の材料が最優先だ。その防壁の完成が我らの決起の開始となる」

 

「承知しました」

 

 ついに、決起するのか……。ルロイは内心でがっかりしていた。

 いい場所だったのだがな……。

 もちろん、しばらくはルロイは言われたことはするが、こいつらとの叛乱遊びを最後までやるつもりは皆無だ。

 隙を見て逃亡する予定である。

 叛乱など成功するわけもないし、この阿呆どもと一緒に磔にされて処刑されるなど冗談じゃない。

 ケルサ村に防壁ができるのが叛乱開始だというのだから、そのときまでに逃亡すればいいか……。

 ルロイは素早く計算した。

 

「頼むぞ」

 

 ドピィが立ちあがった。

 ルロイは頭をさげた。

 顔をあげたときには、ドピィも護衛の双子も姿を消していた。

 

「……さて、待たせたな」

 

 ルロイはスージーに向き直る。

 いずれにしても、そういうことであれば、こうやって盗賊団の虜囚で遊ぶのも、これが最後になる可能性も高い。

 せいぜい、愉しむことにしよう。

 しばらくは、こんなおいしい仕事にありつけないかもしれない。

 

「おう、綺麗に生えそろっているな。さっきのドピィ殿の言い草じゃないが、性奴隷としては仕込まれてはおらんのか? 反応もそんな感じだしな」

 

 ルロイは女の股間に手を伸ばすと、ぐっと女陰に指を入れようした。

 

「いやああ」

 

 だが、女が片足をあげてルロイを蹴るような仕草をした。

 そこまで抵抗するのは意外だったが、予期の範囲だったので、ルロイは片手で女の脚を抱え込むようにした。

 魔道は遣えても、武芸のようなものは素人女も同然みたいだ。

 

「ああ……離して……」

 

 女はそれだけで、なにもできなくなった。

 

「脚を拡げて動けないようにしろ」

 

 ルロイは部下ふたりに命じるとともに、抱え持っていたスージーの脚を引き渡した。

 脚を繋ぎとめる金具は最初から打ち込まれていたので、すぐに足首に縄がかけられて、まるで股裂きのように、スージ―の脚が割られる。

 

「あああ、もう屈服したよお──。許してよう……。なんでも喋るから……」

 

 スージーが観念したように言った。

 

「屈服しようがしまいが、明日の朝までは、お前はわしたちの玩具だ。諦めよ。それと、けだものの責めの再開だ。くすぐり責めというのはどうだ? 時間もたっぷりある。もしかしたら、気に入るかもしれんぞ」

 

 ルロイは部下たちに目配せをした。

 前後左右から一斉に六本の手がスージーに伸びる。

 股間をまさぐり、乳房を揉みあげ、尻の穴を撫ぜてやる。

 また、全身のあちこちを愛撫するとともに、身体中に三人がかりの接吻の嵐も加えてやった。

 

「ああ、ああああっ、だめえええ」

 

 拘束されている上半身と下半身を交互にくねらせて、スージーが上ずった哀願を開始した。

 また、女の悶えが始まるのも、あっという間だった。

 すぐに開脚させている足の付け根の中心から、女の蜜が滴りだす。

 どうやら、蜜は多い性質みたいだ。

 

「こういう拷問もあるのかと体験してもらおう。最初は、地獄のくすぐり責めだ。これから一ノスほど、繰り返しくすぐり続ける。それが終わったら、一度屈服したかどうか訊ねてやろう。隷属が刻まれれば、強姦に切り替えてやる。隷属が成立しなければ、もう一度くすぐりだな……」

 

 ルロイは笑いながらスージ―から離れると、口に布を突っ込んで上から布で縛った。

 これでスージーは、今度は、心で屈服しても言の葉が乗せられないので、隷属が成立しない。

 隷属が刻まれるには、猿ぐつわを外してもらうしかないのだ。

 つまりは、これは屈服をさせないための処置ということだ。

 事前の手筈に従い、部下ふたりが、今度は柔らかい刷毛を手にして、スージーの全身をくすぐりだす。

 

「んぐふふふふう、んふううううう、んんんん、んふうううううっ」

 

 スージ―がすぐに全身を真っ赤にさせ、身体を暴れさせる。

 

「ここもくすぐってやろう。切ない気分を味わうといい」

 

 ルロイは自分も刷毛を手に取ると、スージ―の股間をさわさわと掃き、クリトリスを刺激してやった。

 

「んんふうううううっ」

 

 スージーが涙を流しながら、腰を激しく悶えさせ始めた。

 

「くすぐり拷問、痒み拷問、隷属絶頂地獄、媚薬寸止め地獄……。今夜は眠れんぞ。まあ、わしと一緒に愉しもう」

 

 ルロイは刷毛を操りながら、スージ―の敏感な股間を執拗に刺激してやった。



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566 蠢動(しゅんどう)

 物流が滞っていた。

 

 いや、いまや完全に停止しているといっていい。

 そして、久しぶりに戻った領地には貧民が溢れ、領都の城郭は浮浪者でいっぱいだった。

 長らく王都にばかりいたクロイツは、領都の荒れぶりに驚てしまった。代官から報告を受けていたものの、これほどとは思っていなかったのだ。

 

 物流の停滞は、もともとは南部地域の多くの商家が一度に没落したのが原因だ。

 キシダイン卿の失脚の時期を挟んで、借金を背負って家財を失った商家の数は、領内だけでも、大小合わせて、およそ五十にものぼっている。

 ひとつひとつは政治とは無関係の事業の失敗だったが、あれだけ連続すれば、なんらかの統一した意思が働いていたといっていいだろう。

 王国の南部地域は、通称「南部連盟」とも称される政治的にも、大きな力を持つ地域集団だったのだ。

 だから、狙われたのだと思っている。

 

 あの南部連盟が、先年、次期国王としてキシダイン卿を担いだとき、南部地域を基盤に持つ豪商たちが次々に大きな商売に失敗するということがあり、南部域の経済圏が瓦解した。

 その直後に、キシダインの失脚があったのだから、あるいは、当時の王女派が、キシダイン卿の支援基盤を崩すために秘密裏に工作をやった可能性はある。

 

 だが、侯爵であるクロイツにもどうしようもなかったし、ほかの領主たちも同様だ。

 結びついていた豪商たちが没落すると、クロイツをはじめとする領主たちの事業も当然に巨額な損失を出すことになり、こぞって借金を背負うことになってしまった。

 さらに、追い討ちをかけたのが、南部連盟をまとめていたデュセル卿の処刑だった。

 王女アンに手を出した罪と言われているが、その裏にあるのはわからない。

 ただ、この結果、中心すら失った南部連盟は完全に崩壊した。約一年前になる。

 

 それからは、失った財を取り戻すために、クロイツはがむしゃらに働いた。

 王都から戻って来れなかったのはそのためだし、失ったもの取り戻して借金を支払うことができなければ、侯爵家とはいえ、待っているのは家財と爵位の没収だ。

 頑張るしかない。

 

 クロイツは、領民にかけている税率をあげ、その財を資本として新しい事業に奔走している。

 領地経営を任せている代官からは、税率をあげたことで領民が苦しんでいるという報告はあったが、新たな事業を起こせなければ、どのみち侯爵家は潰れるのだ。

 税を支払えなければ、家族を奴隷として没収までしても、税収を確保するように厳命をした。

 その結果、代官からは、農民の逃散と都市部における失業者の増大による治安の悪化の報告を受けていたが、クロイツはなんとかしろとだけ返事をした。

 それどころではないのだ。

 

 事業の回復──。

 クロイツの考えていたのは、それだけだ。

 

 だが、ここにきての王都における流通の大混乱──。

 王都から新たに拡がろうとしていた自由流通の流れが、国王命による商会の追放によりとまり、さらに商業ギルドが摘発されたことで、王都の物流までが崩壊したのである。

 ギルドに関係していた主要な商家の家財は没収されて、王家に徴収された。

 さらに、王都に居住する貴族たちの粛清のようなものまで始まり、クロイツは文字通りに、身ひとつで領地に戻るしかなかったのだ。

 

 そして、戻って唖然とした。

 領地の治安悪化は予想を遥かに越えるものだったし、クロイツが戻るのを待っていたかのように、領土のあちこちで、暴徒の火の手があがったのだ。

 これについても、ひとつひとつは大規模なものではなく、すぐに鎮圧できるほどのものだったが、問題は領土内の離れた場所で、はかったように暴徒が領軍の軍営や役所、あるいは、奴隷商などを同じ一日の中で同時に襲ったことだ。

 これについては、なにかの統一された意思があるとしか思えなかった。

 

 クロイツは、領都にある屋敷を臨時の軍営として情報を集めさせた。

 その結果、不確定ではあるが、やはり、ある集団の存在が浮かびあがった。

 これが真実なら、クロイツ領は大変な状況に陥りつつあるということだ。

 

「……わかっているだけでも、二十箇所で暴徒は発生しました。しかし、領軍を派遣することで落ち着きかけてはおります。しかし、なにか、おかしいのは確かです」

 

 軍議のようなかたちになっている会議の場で代官が言った。

 クロイツが領都に戻って二日目だが、クロイツの領土帰還を待っていたかのように事象が発生したので、今日は朝から、この会議室に詰め切り状況になっている。

 代官には、これまで領土経営を任せきりにしており、情報を集めて管理する役割をさせていた。また、クロイツここに戻るまでのあいだ、当面の処置を対応したのも、彼である。クロイツの信頼は高い。

 また、この会議室に集まっているのは、領主であるクロイツと代官のほか、五、六名の主要な家人や領地軍の責任者だ。

 ほかにも家人はいるが、昨日からの事態に対応するために、現地に出ていたりする。

 

「とりあえず、おかしいというのは、同時に事象が発生に発生したことか?」

 

 クロイツは訊ねた。

 

「それだけでなく、領軍の影響が及びやすい場所に、適当な距離を置いて、あちこちで蜂起しているというかたちなのです。さらに、いえば、お館様の帰還を待っていたかのようにです」

 

 代官が続ける。

 クロイツは首を傾げた。

 

「わしの領地への帰還か? 偶然だろう」

 

 二十箇所以上の暴動が同じ日に発生したのは、偶然ではないかもしれない。

 だが、さすがにその時期がクロイツが領土に戻った昨日と今日だというのは偶然だと思う。

 そもそも、領主が戻る時期を選ぶという意味はわからない。不在の弱点の時機を狙うというなら、理解もできるが……。

 

「そうですね……。しかし、不思議な感じです。さっきも言いましたが、暴動が起きたのは、領地軍による治安維持が比較的良好な場所だけです。それらは、領地軍の兵が農民か市民を殺すというところから暴動が起きました。同じ時期に、同じ切っ掛け……。これはなんらかの統一した意思が働いていると思っていいでしょう」

 

「まあな。混乱も暴動も、さまざまな原因で起こる。領地の運営が必ずしもうまくはいっていないこともあった……。だが、確かに同じ日に、同じ切っ掛けで二十箇所以上ということになれば、さすがに、それを導いている存在があるのだろう。だが、場所はいずれも、治安の安定している場所だと言ったか?」

 

「そうです、お館様。これについても、逆ならわかるのです。でも、暴動が発生したのは、領軍を派遣しやすい場所ばかりなのです。しかも、あちこちで……」

 

 クロイツには、やっと代官がなにを疑念に感じているのかがわかってきた。

 確かにこれは、誰かがなにかを仕掛けようとしているのかもしれない。

 だが、そうであれば、暴動は治安のよくない場所で発生するのが自然だ。

 しかし、昨日からの事態は、いずれも対処しやすい場所ばかりで起こっている。

 代官には、これを不自然なものと考えているようだ。

 

 こいつは頭がいい。

 だからこそ、クロイツが不在であるのに、広大な侯爵領の運営を任せられたのだ。

 やっと、代官が感じている得体の知れない違和感がクロイツにも伝わってきた。

 

「とにかく、糸を引いているのは、つまりは、王領から潜入したという賊徒団か……?」

 

 クロイツは呟くように言った。

 実のところ、道化師(ピエロ)団と自称している大きな賊徒団の一部がクロイツ領に入ってきているかもしれないという情報には、少し前から接していた。

 王都にあったクロイツが急遽、領地に戻る決心をしたのは、王都の混乱に巻き込まれたくないというのはもちろんだが、その賊徒団の潜入という不確定情報もあったからでもある。

 もともとは、クロイツ領よりも北側の王軍直轄領に属する山中に拠点を築いていた盗賊団であり、その勢力は一万以上とも噂されていた。

 

 ただ、隊商や貴族の馬車などは襲うが、自給自足をしていて、基本的には暴れたりしないし、これまで王軍には絶対に手は出さなかったので、取り締まるべき地方王軍も、積極的には対処しなかった。

 むしろ、治安悪化の原因となる流民などの受け入れ先になってくれるために、必要悪のようにみなされた気配はある。

 ただ、クロイツ領のように周辺の領主たちからすれば、移動のためにそれなりの護衛を準備しなければならず、たびたび抗議はしていた。しかし、管轄の王軍はずっと重い腰のままだったのである。

 

 それが最近になって、王都から王軍の砦に向かうはずの王軍の輸送団を襲撃するということがあった。

 そして、次にもたらされた情報が、武装したその盗賊団がひそかに南下して、クロイツ領に入ってきている兆候あり、というものだったのだ。

 驚いたクロイツがその対応をしようとした矢先に、領土のあちこちにおける同時発生暴動という事態があったのだ。

 これが関連していないと考えるのは、難しいだろう。

 

「お前は、あの連中が今回のことを仕掛けたと考えるのだな?」

 

 クロイツは代官に訊ねた。

 

「そうです」

 

「では、どうする?」

 

「わかりません。でも、それを調べるのが先決だと考えています。今もやっています」

 

「調べてわかったとしても、叩き潰すだけだろう……。所詮は逃げ出した流民たちだ。大したことはできまい。連中が考えていることもどうでもいい。当面は暴徒の鎮圧だ。徹底的に潰せ。首謀者は捕らえ次第に、家族を含めて残酷に処刑しろ。いい見せしめになる」

 

「わかりました。しかし、もしも、これが賊徒団の連中が手を引いているとすれば、連中は単純なやり方はしていないということでもあります。あるいは、策のようなものを企てる者もいるのかも……」

 

「いてもいい。それも潰すだけだ。だが、本当に大規模な賊徒団が動いているということであれば、危険なものであるのも確かだ。見つけ次第に討伐するが、近傍の領主たちにも兵の派遣を依頼しよう。無論、王軍もだ。もともとは直轄領の連中なのだ。いずれにしても、情報だ──。とにかく、情報を集めろ。賊徒団については、その動向に対する情報に賞金もかけろ。冒険者ギルドにも依頼しろ」

 

 クロイツは嘆息しながら言った。

 さらに細かい指示を次々に与える。

 代官をはじめとして、クロイツの命令を受けた者たちが次々に散っていった。

 

 

 

 

「旦那様、お疲れ様でございます……」

 

 会議室にしていた広間を抜けて、自室で休もうと思っていると、声を掛けられた。

 妻のシャロンだ。

 

 もっとも、ほとんど領地に戻っていなかったクロイツは、この若い妻に会うのは数年ぶりになる。

 もともとは、没落しかけていた伯爵家の子女だったが、前の妻が子をなさなかったために、子供を産ませるために、策を弄して妻として迎えた。

 絶世の美女ということではないが、まあ、この南部地域での地方貴族の中では、群を抜いた可愛さを持っていたし、気立てがいいことも評判だった。

 ただ、当時は幼い頃からの婚約者がいたようであり、実家の伯爵家に打診をしたところ、それを理由に断られた。

 だから、手を伸ばして、幼馴染だという婚約者の子爵家を没落させてやったのだ。

 すると、シャロンの父親の伯爵は、慌てたようにシャロンを差し出してきた。

 もう十年も前のことだ。

 

 しかし、結局のところ、この結婚は失敗だった。

 運の悪いことに、前妻に続いて、このシャロンも石女だったようであり、しかも、実家については辛うじて貴族としての体面を繋いでいるだけでの経済力でしかなく、侯爵家の危難にも、まったく力にはならない。

 離縁をするべきだったかもしれないが、クロイツの生活拠点が王都になったこともあり、放っておいた。

 いまや、すっかりと夫婦としての関係はなくなっている。

 たまに戻って来ても、会話のようなものもない。

 まあ、こいつからは話しかけてはくるが、クロイツが一方的に会話をしないだけだが……。

 

「どうかしたのか?」

 

 クロイツは不機嫌さ隠さないまま言った。

 

「いえ、あの……朝からお食事をなさっていないのではないかと思いまして……。よければ、お部屋にお持ちします……。それと、なにかわたしにもできることがあれば……」

 

「無用だ──。わしにまとわりつくな。部屋で大人しくしておれ、穀潰しが……」

 

 クロイツはただそれだけを言って、シャロンに背を向けた。

 

 

 *

 

 

「あと、砂は一回転分だぞ、お姉ちゃん……。それまでに気をやれなければ、残念ながら弟は死ぬことになる。副頭領の俺が命令すれば、すぐに処刑が実行されるだろう。弟を殺したくなければ、少しでも早く昇天することだ」

 

 ルロイは胡坐に座って酒を飲みながら、張形責めに遭っている目の前の姉に向かって言って笑った。

 脂汗を流しながら張形責めに遭っているのは、まだ十六歳だという姉である。

 ルロイは、その娘の両手を天井から縄で吊るして立たせ、さらに両膝を棒を使って閉じないようにしてから、張形で昇天をすることを命令していた。

 制限時間は、砂時計を三回ひっくり返すあいだであり、張形を持たせて責めさせているのは、二歳下の妹だ。

 

 近傍の街道で襲った隊商から誘拐してきた姉妹であり、すでに親を含めた家人たちは皆殺しになっている。生き残っているのは、ここにはいない五歳の男の子を含めた三人の兄弟姉妹だけであり、そのうちの姉妹のふたりを今回の功績として、ドピィにあてがわれたのだ。

 ルロイは、早速、十名ほどいる直接の直属の部下たちと一緒に犯し、いまは余興として、姉妹に百合責めを強要しているところである。

 

 すなわち、規定の時間内に、妹が姉を張形で絶頂させることができなければ、もう一人残っている幼い弟を殺すと告げているのだ。

 さすがに、処女を失ったばかりの娘にとって、張形で絶頂するというのは難しそうなのだが、それでも姉妹は必死になって、姉の絶頂に向けて奮闘を続けている。

 もっとも、実際のところ、ドピィに許されたのは、姉妹の扱いだけなので、もう一人残っている男の子の生殺与奪の権限は、ルロイにはない。

 だが、そんなことは、目の前の姉妹にはわからないだろう。

 とにかく、必死になって、妹が張形で姉の股間をいじっている。

 お互いに泣きながら、妹が姉を責めている光景は、なかなかの酒の肴である。

 ルロイも、すっかりと愉しんでいた。

 

「ああ、お姉ちゃん、どうしたらいいの? ねえ、どうしたら……」

 

 妹は必死になって、張形を出し入れしながら、姉に声を掛けている。

 しかし、まだ生娘の証だった血が内腿に残っているくらいの状態で、いくらなんでも、この十四歳の娘に、姉を絶頂させるなど不可能に違いない。

 気持ちいいどころか、姉は苦痛に喘いでいる。

 しかし、張形以外の手段で刺激を与えてはならないと厳命しているので、妹も懸命に持たされた淫具で姉を責めている。

 

 さて、どうなることか……。

 ルロイはぐびりと酒をコップの酒を飲み干した。

 すると、部下がすかさず、酒を注ぎ足してくれる

 

「もう、砂が半分くらいになりそうだぞ。弟が死んでもいいのか? もっと頑張らんか……。仕方ない……。張形はよい。舌を使っていい。時間も追加してやろう。砂時計の二回分を足してやろう。その代わり、失敗すれば、部下に弟を殺しに行かせる」

 

 ルロイは嘲笑った。

 姉妹の泣き声が大きくなったが、妹は張形を投げ捨てて、舌を姉の股間に這わせだす。

 すると、今度は快感を覚えたのか、だんだん姉の泣き声に、快感の呻きが混じるようになってきた。

 

「どうしたい、お姉ちゃん。まだ足りねえのか? よければ、おっぱいを揉んでやろうか? いいですねよね、ルロイ様?」

 

 見物をしている部下のひとりが笑いながら言った。

 

「お姉ちゃんよ、手伝って欲しいか?」

 

 ルロイが訊ねると、姉が我を忘れたように口を開く。

 

「は、はい、む、胸を揉んでください──」

 

 ルロイは頷くと、さっきの部下だけでなく、さらに、もうひとりも立ち上がり、左右から姉の乳房を揉みほぐしだす。

 

「ううう、ああああっ」

 

 姉がやっと、それなりの快感を覚えたような反応をしはじめる。

 ルロイは、ほかの部下とともに声をあげて笑った。

 

 ここは新しく拠点にしたケルサ村というクロイツ侯爵領にある小さな山村である。

 これまで拠点にしていた王家直轄領から移動して、賊徒団のほとんどがここに進出したのは、昨日のことだった。

 入ったのは数千ほどであり、必要な物資も、部落を取り囲む砦の柵も、事前にルロイの手配で集積が終わっていた。

 いまは、集結した全員でこの部落を砦にする仕事をしているが、事前の物資を集めたルロイたちについては、こうやって褒美の娘をドピィから贈られたということだ。

 だから、さっさと、ここから逃げ出すつもりだった計画を変更して、こうやって、ひとり遊びをしてから、ここにいる部下とともに、こっそりと逃亡を企てようと計画を変更した。

 

 いずれにしても、ここにいるルロイの直接の部下だけは、ドピィがやろうとている侯爵領における叛乱に加わらず、事前に逃げることを決めている。

 そのために、今夜にでも理由をつけて、この砦になった山村を抜けるつもりだ。

 兵糧を手配しにいくとでも告げれば、あの頭領もルロイを疑わないはずだ。

 こうやって、わざわざ弄ぶ娘を与えるくらいなのだから、それなりの信頼は得ていると思っている。

 

 それにしても、一万に近い盗賊団が隠れる拠点として、ひとつの山村を丸ごと確保するというのは、思い切ったことをしたものだと思った。

 ルロイは物資の集積を命じられるまで知らなかったが、数年がかりの準備だったらしく、この山村はいつの間にか、すっかりとこの賊徒団の手の者と人間を入れ替えていたらしい。

 もともと住んでいた者たちがどうなったのかは知らないが、おそらく、皆殺しにして埋めたのだろう。

 いずれにしても、うまいことを考えたものだと思った。

 

 そして、一箇月ほどの時間をかけ、数十人の単位で分散して、ここまで移動してきた。特に混乱もなく順調に賊徒団の移動も完了してきたみたいだ。

 その途中に偶然に出会った旅人や隊商などは、目の前の姉妹たちのときのように、ことごとく殺すか、あるいは捕まえるかしたらしい。

 ルロイにあてがわれたのは、それで得た戦利品の一部ということになる。

 

「ああ、あああ、も、もっとして──。もっと擦って──。お願い──」

 

 姉が泣きじゃくりながら、切羽詰まった声を出す。

 妹も姉の名を呼びながら、必死に姉の股間に舌を動かしている。

 そのときだった。

 

「相変わらず、下衆なことをしてるわねえ……」

 

 心からの軽蔑の響きの含まれた女の声が背後でした。しばらく前に、ルロイの調教で、砦の奴隷になった女魔導師のスージーだ。その首には、隷属の首輪が光っている。

 

「おう、スージーか……。一緒に遊んでいくか?」

 

 ルロイは振り返って微笑んだ。



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567 大望のために

「相変わらず、下衆なことをしてるわねえ……」

 

「おう、スージーか……。一緒に遊んでいくか? 減るもんじゃなし。また、尻で遊ばせてくれよ。それとも、このご主人様のルロイから、命令して欲しいか?」

 

 ルロイは軽口を言った。

 すると、スージ―の顔がみるみると真っ赤になるのがわかった。怒りのためである。

 目の前の女魔道師を強引な手段で隷属させたのは、しばらく前のことであり、無論、ルロイたちのやったことだ。

 もともとは、タリオの犬として向こうの諜報員に隷属を刻まれていたのだが、ここの頭領のドピィが一度隷属を解消させてから、改めてルロイに対して、このスージ―に奴隷の首輪による隷属を刻ませることを要求したのである。

 あれは、実に愉しい仕事だった。

 

 この気の強い女が、最後にはルロイに対して泣きながら、どうか躾けてくれと土下座までしたのである。

 無論、それに至るまでには、調教という名目で、ありとあらゆる屈辱と恥辱を味わわせてやった。

 そのときの口惜しさが蘇るのだろう。

 スージーは、歯を喰いしばった感じで、身体を小刻みに震わせている。

 

「な、なにが……し、尻よ……。なにがご主人様よ……。ふ、ふざけんじゃ……」

 

「いいじゃねえか。俺とお前の仲だ。女の肛門っていうのはいつ味わってもいいもんだ。特に、嫌がる女のけつの穴はな」

 

 ルロイがげらげらと笑った。

 すると、スージ―の手が青白く光り出すのがわかった。

 これは、ちょっとからかい過ぎたみたいだ。この女の魔力が暴発しそうな兆候に違いない。

 

 もちろん、砦の奴隷であるスージーには、砦の重鎮であるルロイを魔道で攻撃することはできない。

 そういう命令をあのときに刻んだ「奴隷の首輪」を通じて、ドピィが命令を与えているはずだ。

 ただ、すでにスージーへの命令権は、ルロイから頭領のドピィに移っている。直接的な攻撃はできなくても、なんらかの間接的な攻撃くらいはできるのかもしれない。

 例えば、わざと魔力を暴発させて、ルロイたちに被害を巻き込むとか……。

 ルロイは、これ以上挑発するのはやめた。

 

「それでなんか用かい。見ての通り、忙しいんだ」

 

 ルロイは言った。

 そのとき、ひと際大きな悲鳴があがった。

 視線を向けると、妹に股間を舐められている姉が、ついに気をやったのだ。

 天井に両手を吊られて立たされている身体を大きく前後に揺さぶりながら、絶頂していた。

 姉の腰に顔を跳ね飛ばされた感じになった妹が姉の体液と自分の涎で顔を汚したまま、ちょっと呆然となっている。

 周りの男たちは、拍手喝采だ。

 

「よし、いいぞ。じゃあ、休憩は終わりだ。もう一度縛り直せ。祭りの再開だ。犯しまくるぞ」

 

 ルロイは声をかけた。

 すると、十人ほどのルロイの部下たちが歓声をあげて、拘束をやり直すために姉妹に群がった。

 すなわち、一時的に縄掛けを外していた妹を後手に縛り直し、両手を吊って立たせていた姉についても、一度解いて、縄を掛け直すのだ。

 姉妹が絶望に泣き叫んだ。

 

「ああ、お願いです。せ、せめて、休憩を……」

 

「少しでいいので、休ませてください」

 

 姉妹が必死に声をあげている。

 だが、そのあいだに、寄ってたかって縄を掛けられ、あっという間に後手縛りに直された。姉については、膝を開脚に固定していた棒はそのままだから、脚も閉じることもできずに床に転がされている。

 

「休憩なら、したじゃねえか。俺たちがな──。まあいい。さっきまで生娘だったお前らが、股ぐらを休ませたいというのはわかったぜ。だったら、今度は尻の穴だ。全員で尻を犯してやろう。おい、道具を持ってこい」

 

 ルロイが言うと、わっと男たちが声をあげるとともに、姉妹が悲鳴をあげた。

 いつ聞いても、女が絶望の声をあげるのは、耳に心地いい。

 ルロイは立ちあがりかけた。

 すると、部屋の入口のところで立っていたスージーがどんと大きな足音をさせて床を一度踏み鳴らした。

 

「もう終わりよ。この姉妹については檻に戻すように頭領に命じられているわ。あんたは、頭領に呼ばれているわよ、ルロイ。部屋にすぐ来いと言っているわ。なにかの指示があるそうよ」

 

 スージーが怒鳴った。

 さらってきた姉妹で遊ぶのが終わりだと言われて、ルロイの部下たちが一斉に不平の声をあげている。

 

「なにか文句があんの──? 副頭領のルロイには手は出せないけど、下っ端のあんたらには、別に攻撃を禁じられてないのよ──。髪の毛を火だるまにしてやろうか──」

 

 スージ―が手の上に真っ赤な火の玉を浮かべた。

 今度は、部下たちが恐怖で声をあげた。

 スージ―が口にしたとおり、砦の奴隷にされている彼女だったが、主人として刻んでいるのは、頭領のドピィである。だから、正確に言えば、砦の奴隷ではなく、ドピィの奴隷なのだ。

 そして、ドピィが与えているのは、確かにドピィと主立つ者までに与える危害の禁止のはずだ。下っ端までの制限はしてない。また、服従については、ドピィのみに限定している。

 ルロイから主人をドピィに移した後は、ドピィの連絡係のようなことをしており、荒くれが多いここで、スージーが自分の身を守れるようにということらしい。

 だから、こうやって、ドピィの伝言を持ってきたりするときに、ルロイが手を出すことはできない。

 

「ちっ、仕方ねえ。じゃあ、終わりだ。お前ら、娘たちを檻に戻しておけ。ちょっと頭領のところに行ってくる。それまで待ってろ」

 

 ルロイは部下に指示をして立ちあがった。

 スージーが先導して案内をしていく。

 実のところ、用心深いドピィは、前の砦のときには、部屋を十室ばかり持っていて、必要なとき以外には顔を出さず、どこにいるのかを常に隠すようにしていた。

 このケルサ村においても、同じような感じで、ドピィだけの家屋を五軒ほど独占し、世話をするのを奴隷にしたスージーだけにして、ルロイたちにも秘匿している。

 

 ルロイのほかにも、副頭領が四人いて、彼らは四天王と称されるのだが、ここに来てからは、その四天王の連中までも、スージ―に取り次いでもらわなければ、ドピィに会えないくらいだ。

 どうして、そこまで用心深くしているのかは知らない。

 だが、奴隷にしたスージ―だけは裏切らないと思っている反面、叛乱の決起を決断してからは、以前以上に警戒をするようになっていた。

 

 やがて、一軒の平屋に着いた。

 スージ―が声を外から声をかける。返事はなかったが、スージーは扉を開けて家に入っていった。

 奥に進むと、ドピィが椅子に座って待っていた。

 促されて、向かい側の椅子に腰掛ける。

 

「お呼びと伺いましたが……」

 

 ルロイが声をかけると、ドピィが静かに頷いて口を開く。

 

「任務がある……。今夜、ここを発ってもらう。ルロイ殿とルロイ殿部下の全員だ。密かに出発しもらいたい」

 

 ドピィの言葉に、ルロイは少しばかり驚いた。

 実のところ、この賊徒団からの脱走を考えていたルロイは、その時期を今夜くらいにと決めていた。

 だから、ドピィの命令というのは渡りに船だったのだが、あまりの時宜のよさに、びっくりしたのだ。

 だが、内心でほくそ笑んだ。

 これで、無理に隠れて脱走しなくても、堂々とこの隠し村から抜け出せる。

 よかった……。

 

「わかりましたが、任務とは?」

 

「侯爵家が俺たちの拠点の場所を知りたくて、懸賞をかけたらしい。冒険者ギルドなどに通じて、有効な情報にかなりの高額な賞金をかけたそうだ」

 

 ドピィが語り始めた。

 情報提供に賞金がかかったというのは知らなかったが、これは嬉しい知らせだと思った。

 脱走のついでに、このケルサ村のことを垂れこみすれば、いい小遣い稼ぎになる。ついでに、ここの領主軍に情報を伝えることで、確実にこの賊徒団を潰すことができるので、裏切ったルロイがここの賊徒たちに、報復を受けないで済むことにもなる。

 これはいい……。

 

「賞金ですか?」

 

 ただ、心の中で喜んでいるのを悟られないように、顔だけは神妙なふりをする。

 

「ルロイ殿たちにやって欲しいのは、金に目のくらんだ冒険者どもを散らすための欺騙工作だ。物の流れに細工をして、別の場所に拠点があるように導くようにして欲しいのだ。一箇月ほど誤魔化してくれるだけでいい。それからは隠す必要などなくなる」

 

 ドピィの言葉で、ルロイは賊徒団が活動を開始するのが、どうやら一箇月後だということがわかった。

 それまでは、ここに隠れて叛乱の準備をするのだろう。

 また、ドピィに命じられたことも理解できた。

 

 つまりは、偽装した物流を作りあげて、情報集めの連中を欺騙してしまおうということだ。

 いくら隠れたところで、一万に近い人間がこの山村に集まっているのである。

 いまは事前に集めた蓄えはあるものの、食料などの必要な物資は、いずれは送り込まないとならない。

 事前準備をしたのはルロイなので、蓄積した物資で、ここがどのくらい保てるのかは把握している。

 せいぜい、半月というところだ。

 

 だから、ドピィが懸念しているのは、予定が一箇月後になったことで、物流によってこの拠点に辿って来られるのではないかということのようだ。

 そのために、ルロイは、見せ掛けの物流を新たに作れと言っているのだ。

 偽物の物流を冒険者たちが追いかけているうちは、ここの拠点はばれない。

 

 そういうことか……。

 ルロイはこれもまた、いい情報が手に入ったと思った。

 

 賊徒の居場所……。

 叛乱の決起は一箇月後……。

 かなり高く情報が売れるに違いない……。

 

「わかりました。お任せください、頭領」

 

 ルロイは頭をさげた。

 確かに、元商人のルロイに相応しい任務だとは思う。

 まあ、脱走したら、その足で適当なギルドに情報を売り飛ばすつもりではあるが……。

 もちろん、偽装工作の物流などは作るつもりもない。

 その資金は山分けにするが、ルロイについては、いまの情報を売り飛ばした利益も独占できそうだ。

 これはよかった。

 

「ありがとう……。よろしく頼む……。俺たちの大望のためだ」

 

「無論です。大望のために……」

 

 ルロイは神妙に口にして、拳を胸につける仕草をした。

 それが、この砦における賊徒たちの団結の仕草なのだ。大望というのは、貴族たちを倒して、平民の国を作るということらしい。

 この阿呆がと、心の中で舌を出す。

 

「大望のために……」

 

 ドピィが拳を自分の胸にぎゅっとつけた。

 

 

 *

 

 

 ルロイが去って、ふたりだけになると、ドピィはスージ―に視線を向けた。

 

「あいつらを含めて十組か……。まあ、賞金がかかっていることを仄めかしてやったから、この拠点の場所のことは、誰かが、すぐに垂れ込むんだろうな。そのために、あのぼんくらたちをこれまで飼ってやったんだ。思惑通りに動いていもらわないと困る」

 

 ドピィは静かに笑った。

 自分が高揚している……。

 それはわかった。

 そうでなければ、いくら絶対に裏切らない奴隷とはいえ、口にする必要などないことを喋ったりはしないはずだと思う。

 だけど、ドピィは我慢できなかったのだ。

 

 あと少し……。

 

 あとほんの少しで、十年前に失ったものを手に入れられる……。

 あのときドピィを裏切ったあの女を……。

 ルーベンがドピィ(愚者)になって十年……。

 

 やっと、ここまで来た……。

 

「興奮されてますね……。ご奉仕しましょうか……?」

 

 スージーがドピィに声をかけて近づいてきた。

 ドピィは苦笑した。

 気分が高揚していることをスージーに見抜かれてしまったみたいだ。

 

 奴隷になりたてのときには、心を許さなかったスージーだが、この賊徒団をつくった理由について、ドピィが誰にも打ち明けていなかった本音を語ったとき、なぜかスージーは率先して動いてくれるドピィの協力者になってくれた。

 もしかしたら、それは演技なのかもしれないが、ドピィとしては、そう感じさせてくれるのであればどうでもいい。

 心で裏切ろうとも、奴隷の首輪を刻んでいる限り、スージーはドピィを裏切らない。

 だから、安心できる。

 

 だが、ずっと心の内を誰にも語らなかったドピィは、本音を口にする相手ができるということが、こんなにも心を安堵させるとは思わなかった。

 奴隷を手元に置いたのは初めてだが、もっと早く奴隷を作ればよかったとは思う。

 しかし、できなかった。

 

 ドピィが作ったこの集団は、不当に奴隷にされた平民たちをひそかに開放するとともに、人間を奴隷にして使役する貴族たちと戦うことを大義名分にしている。

 それがこの賊徒団の“大望”なのだ。

 だから、奴隷をそのままにしておくことは許されない。

 

 しかし、このスージーは、たまたま、ドピィを探るための工作員として潜入させられてきた。

 従って、裏切らないように奴隷にするしかなかったのだ。

 奴隷にしてしまえば、裏切ることはないので、そのまま身の回りの世話をさせることにした。

 そして、その結果、ドピィは誰かに心を許すことの心地よさを思い出してしまったのだ。

 十年前に失ったものを……。

 

「俺は女は抱かん……」

 

 ドピィの椅子の下に潜り込んできたスージーに、ドピィは苦笑して言った。

 スージ―には、この賊徒団の“大望”などが嘘っぱちであり、実は叛乱の成功の見込みなど、ドピィ自身がほんの少しも信じていないことを知っている。

 だが、それを口にしたとき、スージーはなぜか、ドピィに共感をして、自分の力を存分に使ってくれと口にしてきたのだ。

 貴族たちと平民の戦いなどどうでもよく、ただひとりの女を奪いたくて、大勢を騙して、こんなことをやっているのだということの、どこに共感の要素があったのかはわからないが、とにかく、スージーはあれからずっと協力的だ。

 しかも、こうやって、進んで性奉仕までしてくれる。

 

「わかっています……。でも、精の処理は必要ですよね……」

 

 スージ―がドピィの股間に手を伸ばして、ズボンの前からドピィの一物を露出させた。

 柔らかいスージーの手が当たると、あっという間に股間が勃起した。

 すぐに、スージの小さな口が怒張を包み込む。

 

 気持ちいい……。

 奉仕を受けながら、ドピィは思った。

 

 ルーベンの心は、いまだに、十年前にルーベンを裏切った彼女にある……。

 だから、ずっと女は抱かなかったが、性欲の処理だけは必要だ。

 これまでずっと自分でやっていたものを女に処置させるのはスージーが初めてだ。

 結構、気持ちのいいものだ……。

 

「出る……」

 

 しばらく快感を堪能してからドピィは興奮を開放した。

 長く続ける必要はない。

 性欲処理をしてくれるスージーの負担を大きくすることもないし、さっさと精を放った方がスージーも楽だろう。

 スージーが返事の代わりに、舌と口の動きを早くする。

 

「うっ」

 

 ドピィはスージーの口に精を放った。

 スージーが一滴残らず、その精を喉に押し込んでいく。

 最初に奉仕を受けたとき、外に出していいとは言ったのだが、スージ―は精を飲み干すことを望み、ずっとそうしている。

 いまも、最後に先端から吸引するようにして、最後の精の一滴までを口にしてから、やっとドピィの股間から口を離した。

 

「ありがとう……」

 

 ドピィは言った。

 

「感謝の言葉は必要ありません……。わたしは奴隷ですから……」

 

「そうか……。なら、代わりに、これを……」

 

 立ちあがったスージーに、ドピィは懐に入れていた紙を手渡した。

 そこには、ある場所の住所が記してある。

 スージーはなんのことかわからずに、首を傾げている。

 

「これは?」

 

「今夜のうちにルロイたちはこの拠点を抜ける……。それを密かに追いかけよ。もしも、ギルドに情報を売るようなら、ルロイを殺せ。ただし、あいつが情報を提供し終わってからだ」

 

 ルロイが裏切ることは予測している。ほかにも、裏切りそうな者は理由をつけて、九組ほど外に出した。少なくとも誰かは必ず裏切るとは思っているが、殺すまではするつもりはない。しかし、ルロイは別だ。あれは本物の悪党だ。すでに殺すと決めている。

 むしろ、だからこそ、副頭領などという不相応な役目を与えて、そばに置いていたのだ。

 絶好のタイミングで裏切らせるように、適当な女を与えて留めて置きさえしていた。

 嗜虐好きのあいつに、遊ぶための女をあてがい続けたのは、勝手に立ち去ったりさせないためだ。

 逃げられては困る。

 あれの役割は、これからだ。

 

「えっ、わたしは、ここを出るんですか?」

 

 スージーは意外のようだ。

 ドピィは頷いた。

 

「それが最後の命令になる。万が一、ルロイがギルドに情報提供に行かないようであれば、そうけしかけろ。そして、最後に殺せ……。そうしたいだろう? その後はどこに行ってもいい。俺が生きている限り、隷属は解けないが、逆に言えば、俺が死ねば隷属は解ける。それに、俺はいまの命令を最後に、すべての命令を解除するから、誰かに隷属されることはない」

 

「わ、わたしを開放するのですか──?」

 

 スージーが唖然としている。

 予想もしてなかっただろう。

 

「そこに記している場所に、あんたの妹がいる……。あんたと一緒に奴隷にされて、行方がわからなくなってたと思うが、いまは手の者を派遣して、そこに隠させている。隷属も解除した。逃亡奴隷であることには変わらないが、あんたなら、妹は守れるんじゃないか」

 

「えっ、妹を──」

 

 スージ―が絶句した。

 タリオの間者だったスージーについて調べさせたところ、子供のときに一緒に奴隷にされた妹がどこかにいるということがわかった。

 だから、そこに信頼できる優秀な部下を送ってみた。

 すると、部下もかなり苦労したようだが、なんとか、タリオ公国の中で、スージ―の妹を娼館で発見してきたのだ。

 ドピィは、スージーの妹を保護させた。

 手をまわして彼女を脱走させたのだ。そして、ハロンドール王国内まで連れてきて匿わさせている。

 さっき渡した紙には、その居場所が書いてある。

 

「ほ、本当……? 本当ですか──? 妹が……本当に生きているって……。ほ、本当──?」

 

 スージーの目が大きく見開き、その目からぼろぼろと涙がこぼれだす。

 

「間違いないと思う……。報告によれば、あんたに会いたがっているようだ。向こうも、あんたは死んだと思っていたらしい」

 

 ドピィの言葉に、スージーがその場に跪き、顔に手を押し当ててさめざめと泣き始めた。



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568 月明かりの肉塊

 月明りの下に、樹木の枝からぶらさげた肉塊がある。

 スージーは、やや離れた場所から隠れた状態で、その死にかけている男を眺めていた。

 こいつが死ぬのは、あと一ノスほどだろうか。

 殴って弱らせたので、もう悲鳴も助けも叫ぶ気力はないようだ。

 ただ、呻くような声がか細く口から流れ出ている。

 

 肉塊は、だらしなく太っており、長い不摂生のためと思うが肌は張りもなくて醜くかった。そして、禿げかけた頭を地面に向け、束ねられた足首に縄をかけて、逆さ吊りになっている。

 大人しくさせるために顔を殴りつけたので、鼻は曲がり、左目の周りが腫れあがってふさがっている。

 

 また、両手首から下は切断して、ない。

 切った場所からは血が流れ続けているが、頭を下にしているので簡単には死ねないはずだ。

 ほかにも、このルロイが雇った用心棒の男たちはいたが、それは死骸にして、離れた場所のあちこちに斬り捨てたままだ。

 しかし、この男だけは、生かしたまま捕らえて、たっぷりと痛めつけてから、逆さ吊りにしてやったというわけだ。

 スージ―は、この男ができるだけ苦しんで死ぬように、そういう殺し方を選んだのだ。

 

 さらに、ぶらさげているルロイは、下半身になにも身に着けていない。

 スージーが剥がした。

 そして、その股間には、男としてあるべき性器がない。

 それもまた切断して、頭の下側にある地面に、手首と一緒に放置している。

 もしも、この男が死ぬまでのあいだに、野犬などが持っていかなければ、死んだルロイの口に性器を咥えさせて立ち去るつもりである。

 そうすれば、こいつが賊徒団の報復として殺されたということを万人が知るだろう。

 それがスージーに与えられたドピィからの最後の“命令”だった。

 

 クロイツ領内にある小さな城郭から山麓に差し掛かりかけた街道辻のそばだ。

 旅人が通りかかれば、まさに死にかけている小太りの男を見つけるだろうが、このところ物騒なので、呑気に街道を夜に移動する者などほぼ皆無だ。

 頻発している平民の暴動の鎮圧のために移動する領軍や傭兵団などはいるとは思うが、いずれにしても、彼らが樹木から逆さ吊りをされたルロイを見つけるとしても、それは明日の朝以降だ。

 もしかしたら、数日後かもしれない。

 そのときには、あの男は確実に死んでいる。

 スージーは、こいつが死ぬのを見届けてから、ドピィに教えてもらった場所にいるはずの妹に会いに行く。

 ルロイの惨たらしい死骸は、いずれは発見されると思うが、そのときには、スージ―はすでに関係のない場所にいるはずだ。

 

「くそう……」

 

 スージーは、ひとりで草むらに座って、“それ”を眺めながら、静かな身体の疼きに苦しんでいた。

 夜眠るとき……、なにもせずにひとりでいるとき……、あるいは大きな感情に我を忘れた後でそれが終わってふと安堵感に包まれそうになるとき……。

 そんなときに、こういう身体の疼きに突然に襲われるようになっていた。

 いまもそうだ。

 

 ドピィに与えられた命令によって、冒険者ギルドに賊徒団の情報を売ったルロイを追いかけて、逃亡をしようとしていたところを捕まえた。

 雇ったらしい護衛を皆殺しにし、本人を拉致すると、魔術の力も借りて、ここまで連れてきた。

 そして、殴りつけて無力化すると、両脚を縛って街道沿いの樹木に逆さにぶらさげると、手首と性器を切断してやった。

 やっと、こいつに復讐ができた。

 そのとき、スージーに襲ったのは、殺したかった男にやっと手を掛けられた歓喜だったが、死ぬのを待つ間、しばらくこうやって物陰で待っていると、またもや、あの疼きがスージーの身体を襲ったというわけだ。

 

 熱い……。

 身体が熱い……。

 股間が疼く……。

 スージーは、知らず自分の乳房をぎゅっとに握りしめていることに気がつき、慌てててそれを離す。

 しかし、身体の熱は去らない。

 ますます、スージ―を苦しめる気がする。

 

 こいつに受けた仕打ちを身体が忘れないのである。

 夢にさえみる。

 昨夜の夢は、ぶらさがっているルロイから性の拷問を受けて三日目の光景だった。

 二日間、眠ることも許されずにひたすらに、性的嗜虐を受け続けたスージーは、三日目には徹底的な官能責めに遭った。

 すでに、奴隷の首輪は刻み終わっていて、本来であれば、その時点で頭領のドピィにスージーの身柄を渡さなければならなかったはずだが、ルロイたちはそれを報告せずに、スージ―をさらにいたぶった。

 奴隷の刻みをされてしまったスージーには、ただただ、それを受け入れるしかなかったのだ。

 拘束はされなかったが、奴隷の首輪が抵抗を許さない拘束だ。

 ルロイをはじめとして、男たちがスージーを交代で抱いて精を放った。

 ひたすらに耐えたが、身体を鋭敏にする媚薬を使われて、なにも考えられなくなった。

 

 男たちが繰り返してスージ―を犯す。

 必死に耐えようとしたが、十人近くもいる男たちがいなくなることなどなく、拷問そのものの性交が続いた。

 やがて、犯すことに飽いたのか張形を使われた。

 

 あるいは、暇つぶしだという破廉恥な行為も強要された。

 縄瘤を作った縄を股に挟んで歩かされたり、目の前で放尿をさせられたりした。

 淫具を股に入れたまま四つん這いで歩かされた。

 全員の股間を舐めた。

 足の指もだ。

 尻の穴を舐めさせられたときには嘔吐しそうになったが、奴隷の首輪は、スージ―が命令なく、男たちの尻の穴から舌を離すのを許さなかった。

 

 そして、血が沸騰するような恥辱が終わると、再び輪姦が始まった。

 これがひたすらに繰り返された。

 

 口にできるのは水分だけだ。

 しかも、連中の小便である。

 噛み千切ってやりたかったが、奴隷の刻みはスージーに抵抗を封じていた。自害することも……。

 

 やがて、頭が白くなった。

 気がつくと、全身を痙攣させている自分がいた。

 それでも、ルロイたちは憑かれたように交合を繰り返した。

 

 そして、丸一日……。

 ありとあらゆる体液を流しながら、それでもスージーは犯され続けた。

 今度は放尿どころか、脱糞さえもした。

 スージーは許してくれと泣きじゃくった。

 

 最後にはドピィがやってきて、スージ―を連れていってくれたが、それからがむしろつらかった。

 夜に眠ると、そのときの悪夢がまどろみの中で繰り返すようになったのだ。

 静かになると身体が疼いて仕方がなくなった。

 思わず股間に伸びる手に耐えた。

 しかし、朝起きると、手は局部に触れていた。

 

 ドピィは、スージ―を抱かなかった。

 しかし、裏切ることのできない奴隷である安心感からか、しばらく経って、ドピィは自分のことをスージーに語り始めた。

 これだけの大きな賊徒団の頭領であるにも関わらず、ドピィはなんの志のようなものも持っていなかった。

 人を集めるために、苦しんでいる奴隷をさらって開放し、あるいは、飢えている流民を引き受けて生活をさせ、時には無法をする貴族をさらって、復讐をさせてやるということをしていたが、驚いたことに、ドピィには、別段に、貴族に恨みもなければ、平民を救ってやりたいという気持ちなど皆無だということだった。

 ただ、そういう大義名分があった方が人は集まるし、ドピィは自分が求めるものを手に入れるために、自分のところに人が集まることを必要としていたのだ。

 

 ドピィが十年かけて思い続けているのは、幼い頃からの許嫁(いいなずけ)だというひとりの貴族女性だった。

 これも知らなかったが、ドピィ自身が爵位を失った下級貴族の血を持っているのだという。

 だが、父親がなにかの罪を鳴らされて一家は離散した。

 当然に婚約も解消されて、幼馴染は別の貴族男に嫁いだそうだ。

 よくある話だ。

 そんな話は平民にすらある。

 

 しかし、ドピィはそれが許せなかったらしい。

 女が嫁ぐ前夜に、女の実家に忍び込み、駆け落ちを誘ったそうだ。だが、当たり前だが、女は悲鳴をあげて助けを呼び、ドピィは犯罪者として一年ほどを鉱山で働かされたあと放逐された。

 

 そして、ドピィの復讐が始まった……。

 自分を裏切り……、誓いを捨てて、ほかの男のものになった女を奪い、自分のものにする……。

 ただ、それだけのために、ドピィは十年をかけて、大盗賊団を作った。

 そして、いま、女が嫁いだ侯爵領に、その賊徒団をぶつけて、女を奪い返そうとしている……。

 

 とんでもない馬鹿だと思った。

 しかし、軽蔑をする感情は生まれなかった。

 剥き出しの感情……。

 それを十年継続して、ひとりの女を得ようとする男……。

 悪くない……。

 馬鹿ではあるが……。

 

 ドピィに身体を求めたのは、スージ―からだった。

 すでにそのときには、夜な夜なの凌辱の記憶の蘇りに苦しむようになっていた。

 ルロイたちに受けた屈辱の記憶は、死ぬほどの苦痛でしかなかったが、身体の疼きはそういう行為を必要としていたのだ。

 また、同じことをドピィにされるなら、それはスージーを苦しみから助けてくれる気がした。

 それくらいには、スージーは、この愚者(ドピィ)が気に入っていた。

 

 だが、拒否された。

 ドピィは、女は抱かないのだという。

 驚いたが、賊徒団で誘拐をした女たちを賊徒たちに凌辱させるくせに、自分では一度も、そういう女に手を出したことはないという。

 自分が抱きたいのは、あの女だけだと真顔で言った。

 なんという阿呆なのかと思った。

 しかし、嫌ではない……。

 あんな風に馬鹿な男は、スージ―は嫌いではなかった……。

 

 抱かれる代わりにスージーは、ドピィの精を口で慰めることを申し出た。

 女を抱かないというわりには性欲は強いらしく、毎日精を出すことをドピィは必要としていた。

 だから、自分の手で出す代わりに、スージ―が口でやろうと説得をした。これは“自慰”と同じだと……。

 

 ドピィは、女たちを乱暴に扱わせるくせに、案外に女には初心(うぶ)で、誠実な部分があった。

 少しばかり奉仕をしただけで、ドピィは奴隷にしたはずのスージーの扱いをよくした。

 優しくなったのだ。

 ちょろいといえばそれまでだが、存外、心の底は善人なのかもしれない。

 まあ、悪党には違いないのだろうが……。

 もちろん、それを批判するつもりはない。

 スージーも、あのトリスタンに飼われる奴隷として、大抵の悪事はやっている……。

 

「怒りか……」

 

 スージーは再び、ふと呟いた。

 離れた場所でぶらさげている男は、もうすぐ本当に肉塊に変わるだろう。 

 スージ―は、首にかかっている首輪に触れながら、これからのことを考えた。

 ドピィから受けた命令は、あのルロイを殺すことであり、それが終われば、自由にしていいと言われているのだ。そして、あらゆる隷属の縛りを解除されている。

 

 残っているのは、ドピィに危害を加えないことと、新たに与えられる命令に服従するくらいだが、二度と会わないのであれば関係ない。事実上の奴隷解放だ。

 それどころか、ドピィが死ねば、隷属を解除する処置までしてある。

 ドピィはこの叛乱で、目的さえ達成すれば、死ぬつもりのようだが、そのときはスージーは奴隷解放されるというわけだ。

 

 性欲の解消のために口で奉仕しただけで、これだけの情をかけてくれるのであるから、ドピィの本質は、実際には心優しい善人なのは間違いないのだろう。

 だが、十年の歳月は、ドピィを容赦のない賊徒団の頭領にした。

 あそこまで彼の心を荒ませたのが、クロイツ侯爵夫人となったその女のせいだと思うと、スージ―は彼女を許せない気がする。

 

 それはともかく、今回の賊徒の叛乱に際し、ドピィはまずはあちこちに手をまわして、わざと襲撃を起こして、領地軍に民衆を討伐させた。

 なんのために、そんなことをするのかと訊ねたときに、ドピィが口にした理由が“怒り”という答えだった。

 叛乱が嵐のような勢いとなって、圧倒的に強い軍隊を覆い潰すには、正気さえ失うような燎原を燃やす尽くす憎悪が必要なのだそうだ。

 

 絶望の中からは、叛乱は起こらない。

 怒りの中にこそ、叛乱は起きる。

 だから、わざと民衆の怒りを焚き付けるのだそうだ。

 それがドピィの言葉だった。

 

 そして、ドピィは待っているようだ。

 次々に発生する暴動は、簡単に領軍に鎮圧されていく。そして、首謀者は見せしめとして残酷に処刑されていく。

 だが、それでも暴動は続く。

 これを繰り返せば、必ず、今度は自発的な民衆の暴動に拡大することになる。

 ドピィはその状態を作ろうとしているみたいだ。

 民衆などいくら殺されてもいいし、それによって手の付けられない無秩序を作りあげた状態で、隠し村に集めた賊徒団を動かすつもりのようだ。

 なかなかの策士ではある。

 無辜の民を扇動して、勝ち目のない暴動に引きずり込むなど、おそろしく悪辣なやり方ではあるが……。

 

 とにかく、ドピィという男は怒りの男だろう。

 考える策も、人の抱く憎悪をよく利用している。

 そして、その怒りの力を、およそ十年という時間をたったひとりの女に対して向け、その復讐のためにこれだけの大集団を作りあげた。

 怒りこそ、ドピィの行動の原動力だということがなんとなくわかる。

 

 いずれにしても、ドピィは実に周到であり、頭のいい男だった。

 わずかな時間だったが、ドピィの内面にまで接していたスージーには、それがわかる。

 人の憎悪や欲望というものを巧みに使う。

 人間が持つ悪感情というものを実によく利用するのだ。

 

 貴族に対する恨みつらみを増幅させ、偉そうにしている高貴な者たちを徹底的に虐げる愉しみを覚えさせ、ただただ人生に絶望してすべてから逃亡してきた者たちを軍事力にしたてあげた。

 誘拐をした貴族たちを凌辱して残酷に処刑してしまうのは、ドピィが作った賊徒には必要な生け贄であり、なによりも、彼が目的としている貴族領における叛乱の決起には、憎悪の持続が不可欠だからだ。

 平民の起こす叛乱など、最終的に成功するわけがない。

 誰よりも、ドピィはそれを認識していた。

 だが、それを気づかせないように、貴族への憎悪と貴族たちを殺す快楽で、部下たちには恐怖を忘れさせる。

 ドピィがしているのは、そういうことなのだ。

 そして、そういったすべてのドピィの行動原理が、十年前に彼を裏切ったのだという、このクロイツ侯爵領の侯爵夫人である女性なのだ。

 それにしても、十年――。

 これほどの長さをひとりの異性に持続できる激情などあり得るのか?

 たとえ、その感情が憎しみであっても――。

 

「羨ましいね……」

 

 スージーは呟いた。

 そのとき、ぶらさがっているルロイから、いつの間にか小さな呻きさえ消え、呼吸音もなくなっていることに気がついた。

 スージ―は、肉塊の生死を確認するために、立ちあがった。 



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569 祭りの始まり

 カリュートが道化師(ピエロ)団に加わって三年になる。

 その直前は、街道辻を荒らす十人ほどの追い剥ぎの首領をしていた。

 だが、地方王軍の警備隊に見つかって討伐を受け、生き残った三人ほどの人間と一緒に、当時、すでに賊徒仲間では頭角を表していたこの盗賊団に身を寄せたのだ。

 

 もちろん、最初は、最底辺の賊徒の兵として働くつもりだったが、実は、カリュートはかなり前だが王軍にいたこともあり、多少ではあるものの軍の経験があった。また、武芸についてはそれなりに自信があり、最初の日に少し実力を試されて、いきなり、この大賊徒団の重鎮級に抜擢された。

 カリュートが四十歳のときだ。

 

 最初はびっくりしたが、才能があると認めた者をすぐに取り立てるというのが頭領のドピィのやり方らしかった。

 カリュートに限らず、見込みのある者はその場で地位と権限を与えられ、賊徒の中心の中で役割を果たすことを求められるというわけだ。

 しかし、その反面、無能だとみなされれば、すぐに粛清される。いや、無能でなくても、ドピィに敵対するなど都合が悪くなれば、簡単に殺された。

 ドピィは、そういう点では容赦なかった。 

 そして、そうやって、この賊徒はあっという間に、一万の賊徒を養うほどの大集団になったのだ。

 

 カリュートは、自分に才能などがあるとは思わなかったが、任せられたのは賊徒団に集まる賊徒を兵として鍛錬することと、行動するときの隊の指揮だった。

 そして、やってみたら面白かった。

 実のところ、数年程度だが王都で王軍に加わっていたときには、平民出身でありながら、頭がよかったことを認められて将校だった。

 軍の育成については、そのときの経験が役に立った。

 あのまま軍に留まることができれば、それなりに出世する自信もあったが、上官の不正に巻き込まれて、後ろ盾のない平民のカリュートは、鞭打ち刑を受けて軍を追い出されてしまった。

 三十歳を少し超えたときだった。

 自分がやったわけでもない罪で、鞭打ちを受けるなど理不尽だと思ったが、さらに理不尽なことが待っていた。

 その当時、カリュートは下級貴族出身の令嬢を妻にして子供もいたが、カリュートが捕らえられた直後、妻はカリュートと離縁して、子を連れて実家に帰ってしまったのだ。

 絶望したカリュートは、あっという間に身を持ち崩して、世間の道から外れた無法人となってしまった。

 

 いずれにしても、ただの賊徒を軍の体裁を作って鍛え上げるというのは愉しい仕事だった。

 カリュートは、ドピィに認められて、やがて、さらに高位の重鎮に数えられるようになり、いつの間にか、この大賊徒団の四天王の呼称を得るようになっていた。

 

 とにかく、ドピィとは不思議な男だった。

 性格は陰湿そうで、冷徹であることは半年も付き合えばわかった。

 ただ、人を見る目があり、適材適所に人材を登用するのが上手だった。

 年功に関係なく新しい者を責任のある地位に配置し、その結果、必ず組織はうまくいくようになっていった。

 また、組織のまとめ方も上手であり、集まってくる賊徒の心をよく掴んでいた。

 そして、なによりも頭がよく、千人単位に機能区分して賊徒団をひとつの村のように機能化し、食を確保する方法を確保して、地方軍の摘発を受けることのない大集団に作りあげた。

 これだけの人数を集めれば、簡単に討伐するなど無理だ。

 ドピィが核となる盗賊団を乗っ取ってから五年だというから、ほとんどなにもないところから、人の集まっていない山中に、一万にも達する大集団の生存場所を作り上げたということだ。

 大した男なのだ。

 

 とにかく、賊徒団には人が集まってきた。

 やっているのは、カリュートのような世間に行き場を失った者たちを取り入れて、生活の場所を与えて喰わせることだ。

 特に、この一年では、南方地域全体が不安定となり、職を失った者や税を支払えずに逃散する農夫一家などが続発して、大量の流民が溢れるようになっていた。

 そんなとき、大勢力になったために簡単に官軍の討伐を受けることもなく、さらに、飢えないだけの食を与えてくれるこの賊徒団は、最高の彼らの受け皿になった。

 この道化師(ピエロ)団が一万人にもなったのは、この一年のことである。

 

 ドピィは、集団をまとめることに巧みだった。

 彼が賊徒団をまとめるために利用したのは、人の心が持つ“憎悪”だ。

 ここに流れ着く者たちは、それまでの人生で大なり小なり、理不尽な目に遭っている。税が払えずに家族を奴隷として連れ去られた者もいるし、細々と蓄えたものを貴族から奪われてしまった者も大勢いる。

 ドピィは、そんな彼らが抱く、貴族社会への恨みを戦うための原動力に変えていったのである。

 

 ドピィは、大勢の隷下の賊徒や、その家族たちに対して、領主たち貴族の横暴や世の中の不正を訴えるということをしたが、カリュートだけは、それを醒めた目で見ていた。

 あれは、おそらく、人を惹きつけるためだけの演技だと思っている。

 どうにも、ドピィには、本気で世直しをやろうと考えている気概のようなものを感じなかったのだ。

 カリュートだけは、なぜかそれがわかった。

 

 いずれにしても、あそこまで完全に作りあげた王家直轄領の拠点を捨て、隣接するクロイツ領に、賊徒団として攻め込むと口にしたときには驚愕した。

 カリュートは内心では反対だったが、反抗する部下に対するドピィの残酷性に気がついていたので、四天王を含む重鎮の会同が行われて、ドピィから“相談”があったとき、反対の言葉は口にしなかった。

 だが、十人いる重鎮の中で六人が反対して、その場では決心は持ち越しとなった。

 しかし、その反対の六人は、翌朝起きてこなった。

 病死だとドピィは淡々と説明したが、毒で殺されたのだ。

 翌日、残った四人で決議して、クロイツ領への移動が決定した。

 なお、死んだ者の中では、四天王に数えられていた者がふたりいて、その役割は次級者に引き継がれた。

 

 とにかく、決定してからは、ドピィは拙速だった。

 あっという間にその準備を整えさせ、気がつくと領境を越えたクロイツ領に一万もの賊徒を丸ごと安全に移動させ終わっていた。

 実のところ、カリュートをはじめとして主立つ者にも、伝えていなかっただけで、ドピィは、この計画を数年前から準備していて、クロイツ領の内部にすっかりと準備を終えていたのである。

 カリュートたちは、すでに手配の終わった状況で、ただドピィの指図の通りに動き、ドピィの決めたとおりに賊徒を動かして、その実行の監督をしただけだ。

 その結果、ほとんど混乱もなく、しかも、秘密裏に一万もの賊徒が、王家直轄領と侯爵領を越境するということをやってのけた。

 まったく、大したものだ。

 

 そして、いまだ。

 カリュートは、新しい拠点に移ってから十日ほど経ったとき、他の新たな四天王とともに、ドピィの居室に呼び出されていた。

 実のところ、今回の決起について、どういう戦略で実行するのかということを教えてもらっていない。

 しっかりとした計略そのものは、ドピィの頭にはあるらしいが、これまでのところ、ドピィから叛乱の全体像を教えてもらっていないのだ。

 ただ策の実行すべき行動をその都度、命令を受けるだけである。

 

 もともと、ドピィの頭の良さだけで維持されているような賊徒団だから不満はない。

 特に、今回の行動についてはそうだ。

 カリュートも、四天王だともてはやされたりしているが、ドピィは自分のやり方に諾々と従う者を上に置いているだけのことであり、逆らったり疑ったりすれば、ドピィはあのときの会同のように容赦なく部下を切り捨てるだろう。

 だから、この賊徒団にドピィの言葉を疑う者などいない。

 

「そろそろ動く。二百の騎兵を連れて、明日、俺が出る」

 

 ドピィが示したのはそれだけだった。

 その二百をどう動かすのかは、伝えられなかった。

 ドピィは、誰に対しても信用しきってはいない。

 カリュートたちのような重鎮にもだ。改めてそれがわかった。

 

「二百だけで、ドピィ様が自らですか?」

 

 声をあげたのは、ほかの重鎮のひとりだ。

 一万に近い賊徒団の中で、動かすのはたったの二百だという。

 カリュートも大丈夫なのかと不安は感じた。

 

「それ以上だと目立つ。我らの拠点を知られたくない。二百であれば、いざとなれば、クロイツ領の自然の中に溶け込んでしまえる。騎馬だから領軍の歩兵では追いかけてこれない。これはまだ前哨戦だ」

 

 ドピィが白い歯を見せた。

 笑った?

 言葉の内容よりも、カリュートはこの頭領が感情のようなものを見せたということに驚いた。

 実のところ、平素のドピィは、滅多に他人へ心を露わにしない男なのだ。

 それにも関わらず、珍しくも笑顔を露わにしたことにびっくりした。

 だが、カリュートは慌てて余計な思念を頭から打ち決して、口を開く。

 

「俺も加わっていいですか。この賊徒を鍛えたのは俺ですし」

 

「当然だ。二百については精鋭を集めろ。馬はひとりにつき三頭──。だが食は一日分でいい。補充の算段は整っている。出動準備については、明日の朝までに整えておけ」

 

「わかりました」

 

 カリュートは頷いた。

 そもそも、軍事的なことについては、カリュートが責任者なのだ。これまでの隊商や近傍部落などへの襲撃については、カリュートかドピィが実行の指揮をすることがほとんどだ。

 先日の王軍輸送隊への襲撃については、ドピィが事前に策を与え、カリュートが賊徒兵を率いて実行をするというやり方だった。

 叛乱の行動を起こすとすれば、当然にドピィかカリュート、あるいは、両方が実行の責任者となるべきなのだ。

 そもそも、四天王と呼ばれているが、全員が軍の指揮のようなことをできるわけじゃない。実のところ、それぞれに得意分野は違う。

 情報だったり、調略だったり、兵站であったりとそれぞれだ。ほかにも、武器調達の責任者、砦作り、炊き出しの責任者などがいる。それが老若男女のすべてが区分けされて、役割を与えられている。

 それがこの賊徒団だ。

 

 カリュートは軍事の責任者であり、秩序などを嫌う賊徒集団を軍隊のように組織化して調練させたのはカリュートのしたことだ。

 上級将校、中級・下級将校、下士官、兵という階級を取り入れ、騎兵を作り、歩兵を作り、銃兵隊まで作った。

 一万もの流民を集めてやりたい放題の襲撃をしても、王軍の討伐を寄せ付けないのは、その組織力にあるだろう。

 とにかく、カリュートは、当然に一緒に出動するつもりだった。

 ドピィが留守番を命じなくてほっとした。

 

「ほかの者は手筈を整えて拠点で待機だ」

 

 ドピィが全員に言った。

 さらに、主力の行動については、細部が伝えられる。

 

「それで、俺たちはどこに出るんですか?」

 

 カリュートは訊ねた。

 

「明日には、ユンデという小都市で大規模な暴発がある。これまでのような小さなものじゃなくて、手が付けられないような大暴動だ。まだ領都から出てこない侯爵軍の主力がその鎮圧のために出動する。それを後ろから襲う」

 

 なぜ、そんなことがわかるのかとは訊ねなかった。

 かなり前からドピィが、このクロイツ領における決起を準備していたというのはわかっている。

 ケルサの隠し村にしろ、あちこちの都市に埋めて暴動を扇動しているらしい工作員たちにしろ、周到に仕掛けているみたいだ。

 

「祭りの始まりだ」

 

 ドピィが突然に声をあげて笑った。

 やっぱり、柄にもなく、この頭領はかなり気分が高揚しているようだ。

 カリュートは、ほかの重鎮たちとともに、笑い声をあげるドピィを呆然とした気持ちで眺めた。

 

 

 *

 

 

「ユンデで虐殺だと──」

 

 報告を受けたとき、領主である侯爵クロイツは、文字通り椅子から転げ落ちそうになった。

 クロイツ領には、領都を中心として、小都市が四個あり、それぞれに管轄の田畠を管理している。地域の治安も五個の都市に分散している侯爵軍が目を光らせており、徴税なども都市にいる役人が名主などを通じて実施している。

 ユンデというのは、領都の北西側にある小都市のひとつだ。

 報告はそこで住民の蜂起があり、軍が平民に襲われて四散してしまったというものだった。

 しかも、都市部の役人は住民たちによって殺されており、都市を管理させている政務官やその家族など、首を切断されて都市の広場に晒されているという。

 クロイツは激怒した。

 

「なにがあった──?」

 

 クロイツはさらに怒鳴った。

 切っ掛けは、このところ連続して発生している住民による小さな暴動だったという。

 だが、たまたま、農村から税の代わりに連行されてきた子女を乗せた檻車が出くわすことにより、住民の反感が拡大して、一部の市民が兵に石を投げたらしい。

 そして、警備していた領軍が石を投げた市民たちを攻撃したことで、暴動が都市部全域に拡がったのだという。

 領軍は逃亡して四散し、さらに、役人や商家などが次々に襲われて怒り狂った住民に殺されたのだという。

 いまは、完全に機能を失い都市全体が無秩序状態なのだという。

 クロイツは驚愕した。

 

「賊徒の連中か──?」

 

 王家直轄領から南下してきた道化師(ピエロ)団という賊徒が侯爵領に侵入しているという情報は入っていた。

 複数の情報源からのものなので、ほぼ確実といえる。

 ただ、いまだに隠れており、大きな動きはない。

 従って、今度のユンデの騒乱が賊徒団の行動かと思ったのだ。

 

「わかりません。しかし、都市を占拠したのは、そこに居住していた平民たちに間違いありません。いまのところ、外からの勢力の潜入の兆候はないようです。ですが、連中の息のかかった者たちが煽った可能性も……」

 

 部下が報告する。

 クロイツが領に戻った当初は、代官にやらせていた情報集めは、いまは領軍の任務として一本化している。

 しかしながら、重税による生活の困窮が平民の反撥を呼んでおり、平民の協力がなくて、なかなかに情報は集まっていなかった。

 いくつかの有益そうな情報も入っているものの、裏付けまでは得ていない。

 

 だから、賊徒団の情報があってからは、確実なところがわかるまで領軍主力は領都に留めるつもりだったが、そうも言ってられなくなった。

 平民の動乱など、早く抑え込まなければ、領域全部に拡大しかねない。

 クロイツは決断した。

 

「鎮圧の軍を出す。領都からすぐに進発させろ。対応が遅れれば、暴徒の火があちこちに燃え移る」

 

 

 *

 

 

 二百の騎馬が拠点から出発した。

 だが、これが情報として、外に漏れることはないはずだ。

 拠点にしている周辺の部落は、賊徒団の進出に合わせて、すでにひとり残らず殲滅している。

 また、領境の越境移動のときには、行き交う旅人や隊商などは、出会うたびに、ことごとく皆殺しにもした。

 全ては、賊徒団の行動を隠すためだ。

 今回の行動に際して、ドピィは情報が洩れることを極度に嫌がっていた。

 

「斥候を出さないのですか?」

 

 馬上のドピィは目立つ真っ赤な装束を身につけていた。

 ほかの者も、赤い布を首に巻くことを求められ、カリュートも深紅の布を首に巻いている。

 そして、その赤装束の二百騎がユンデというクロイツ領内の小都市に向かって進んでいる。

 

「無用だ。俺の指図に従えばいい」

 

 ドピィはカリュートの意見を一蹴した。

 これまで、ドピィは賊徒として軍以外のものを襲撃したことはあるが、今回は侯爵軍が相手だということは教えられている。

 だから、軍人出身の自分が軍との戦い方について助言をする必要があると思ったのだ。

 とにかく、拠点を出立してから、単純にまとまって、ユンデという都市に向かって進んでいるだけなのだ。

 これではただの騎馬の行列だ。

 

 しかし、カリュートが間違っているということはすぐにわかった。

 ユンデが近づくにつれ、ところどころに赤い布を身に着けて待っている者が出現し始めたのだ。

 そして、彼らは、カリュートたちがやってくると、ドピィに近づいて報告らしきものを伝えていく。

 どうやら、事前に潜入させた諜報を使っているみたいだ。

 ただ、これに至るために、指示らしいことを道々発信している感じではなかったので、かなり前から決めていた手筈に従って、行動をさせている気配ではある。

 早朝から出立して、陽が中天に近づく頃に、ユンデの都市が見えてきた。

 

「前方にユンデの町があります」

 

 カリュートは叫んだ。

 ユンデは燃えていた。

 さらに近づくと、かなりの混乱の中にあるのがわかった。

 町の入口の門のような場所に、侯爵軍の一隊があった。縛られた状態で殴られている者たちもいる。

 接近する。

 

 さらに、城門の横には、三十ほどの生首が地面に置かれている。

 ドピィが、ユンデで市民の暴動が起きると予言のようなことを口にしていたから、もしかしたら、それを鎮圧している侯爵軍なのか?

 ただ、都市の外にいるのは、間違いなくその一部だ。

 

「行くぞ──。雄叫びをあげろ──」

 

 ドピィが馬上で怒鳴る。

 一気に加速した。

 カリュートたちは馬腹を蹴って、それに続く。

 替え馬も含んでいるので、六百騎を超える騎馬の突撃だ。土煙もすごいだろう。

 やっと、向こうでこっちに気がついて、動転する様子を示し始める。

 

 一蹴した。

 

 侯爵軍は暴動を起こした市民たちを捕らえて集めていただけで、ほとんどこっちに備えてなかった。

 ぶつかった瞬間に馬で踏みつぶすか、武器で斬り裂くかした。

 カリュートたちの武器は、各人が得意なものでよいとされていたが、馬上では槍を使う者が多い。

 本来の槍の遣い方は、突くように動かすのだが、どこで知ったのか、ドピィは槍は突くのではなく、戦場では叩くように使うとよいとよく教えていた。

 だから、もともと武芸の心得がある者以外は、そんな風に槍を動かす者が多い。

 カリュートは、素人のようなドピィの指図に、最初は鼻白んだが、やってみたら、かなり有効であることがわかった。

 突くよりも、叩くやり方の方が確実に相手に当たるからだ。

 そして、相手が怯むか、体勢を崩したところで突いて殺せばいい。

 だから、最近ではカリュートも部下に教えるときには、叩くように槍を動かせと指導している。

 不意を突かれたかたちの侯爵軍の一隊は、あっという間に全員が逃げていく。

 

「一度、退け──」

 

 ドピィが合図した。

 まとまって騎馬で離れる。

 すでに、そこにいた侯爵軍の一隊は潰走している。

 しばらくすると、門から兵が飛び出してきた。

 町の中にいた侯爵軍の本隊だろう。

 騎馬も歩兵も入り混じっている。

 

「続け──」

 

 ドピィが駆け始める。

 再び、まとまって突撃した。

 どんどんと中から出てくるが、ほとんど隊列も組んでいないような集団だ。

 しっかりと隊形を組んでいるカリュートたちが、彼らを突き崩すのか簡単だった。

 侯爵軍は四散して、面白いように崩れていく。

 

「容赦するな──。叩きつけろ──」

 

 ドピィが叫んでいるのが聞こえる。

 カリュートもまた、一心不乱に武器を振るう。

 しばらくすると、侯爵軍が全体で逃げ始めた。しばらく追撃して追い散らす。

 賊徒である自分たちが領主の軍を蹴散らすなど信じられないが、これは痛快だ。

 ドピィは深追いは求めず、完全に追い払ったところで、全員を都市に戻した。

 周囲の街道や原野には、侯爵軍の死骸で埋まっていた。

 そのまま、都市に入る。

 中は騒然としていたが、侯爵軍の気配はない。

 

「よし、もういい。今度は町に入る。二ノスのあいだ自由に略奪してよし。食料もそのあいだに補充するのだ。貴族でも平民でも襲っていい。ただし、腕に赤い布をしている者には手を出すな」

 

 町を進みながらドピィが叫んだ。

 略奪の許可に、戦った賊徒の兵たちが歓声をあげる。

 ドピィは、この町の暴動に協同するつもりも、市民たちを助けるつもりもないみたいだ。

 暴動の鎮圧に夢中になって態勢のとれていなかった侯爵軍を襲撃して、それで目的を達成した感じである。

 

 いずれにしても、すでに鎮圧されてしまった市民たちにも、逃亡をしていった侯爵軍たちにも、カリュートたちに抵抗する(すべ)はない。

 あっという間に、あちこちで賊徒兵たちの殺戮と凌辱が始まった。

 

「おい、その女は俺に寄越せ――」

 

 もちろん、カリュートも、その略奪に参加するために、喧噪の中に突進していった。



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570 神出鬼没の賊徒騎馬団



 思慮は海のように深い。
 その反面、限りなく陰湿だった。

 兵を動かすこと、あるいは組織作りの才能は山のように高く、彼は集団の長として、天賦の才能を発揮した。しかし、そのやり方は、周囲が怖気るほどの悪辣さを伴った。

 なによりも彼は怒れる男でもあった。
 怒りを自分の持続する強靭な意思の根源にした。

 さらに、他人を怒らせて冷静さを失わせ、また、味方の抱く憎悪の感情を利用して、巧みに人から狂気のような力を引き出した。

 いずれにしても、彼は一代の英雄になる素質があった。
 しかし、ひとりの女性を心に刻んで忘れることができなかった愚者でもあり、そのために、生き方を間違った。

 それが、ルーベン=クラレンスという下級貴族の令息として生まれ、ドピィ(愚者)という名で死んだ男の物語である。


  スージ―=ケルビン(※)著『ドピィ、または、ルーベン=クラレンス子爵令息伝記』より抜粋 (※ スージ―=ケルビンは、サタルス朝の初期に活躍したケルビン姉妹の姉にあたる。)


 *




 馬車は、山越えの街道に差し掛かったらしく、揺れが大きく感じるようになってきた。

 レベッカは、馬車の窓を開くと、馬車の横を並走している騎士を手招きした。

 

「なにか?」

 

 小走りに駆けている馬を寄せた騎士が眉間に皺を寄せながら、声の届く位置まで寄ってくる。

 伯爵夫人であるレベッカとレベッカの姪にあたるシャーロットが、クロイツ領から隣接の伯爵領に帰領するにあたり、クロイツ侯爵がつけた護衛隊の指揮官だ。

 侯爵軍の将校にあたる騎士であり、五十人ほどの騎馬が一緒だ。

 

 レベッカは、この土地の領主であり、侯爵のクロイツの妹である。

 姪のシャーロットとともに、兄のクロイツ候を訪問していたが、いまは、侯爵領の急激な治安の悪化に伴い、予定を繰り上げて嫁ぎ先である隣接の伯爵領に戻る途中である。

 もともと、この訪問は、レベッカの里帰りという名目であったものの、本当は、夫の伯爵家の事業悪化に伴い、資金援助を侯爵家に申し出るためのものであった、

 だが、結局のところ、その話し合いが満足にできぬまま、帰路につかざるを得なくなった。

 それについては、夫には申し訳なく思っている。

 

 だが、実家に戻って来て接したのは、レベッカが嫁いでいる伯爵家以上に困窮している侯爵家の実態だった。そして、頻発しはじめた侯爵領各地における暴動の発生や、大きな賊徒団に侵入という治安の悪化である。

 レベッカは、伯爵家に連絡をして、急ぎ、迎えの護衛隊を寄越してもらい、侯爵領を離脱することにした。

 侯爵領の美しい田園を観光させようと思って同行してきたシャーロットにも、結局侯爵家の屋敷内から一歩も出れないままであり、そういう意味では完全に無駄足だった。

 

 それはともかく、レベッカは強行軍であるこの移動に閉口していた。

 侯爵領を少しでも早く脱したいという指揮官の言葉は聞いていたが、あまりにも揺れが大きくて、とてもじゃないが、これ以上耐えられるものではなかった。

 

「揺れが不快です。もう少し速度を落としなさい。それとそろそろ休憩をとりなさい」

 

 レベッカは、馬車に顔を寄せてきた隊長に、窓越しに命令した。

 朝に出立してから、陽はそろそろ中天に差し掛かろうとしているが、まだただの一度も休息をとっていないのだ。

 さらに、街道が平地沿いの経路から山越えに差し掛かったことで、かなりの振動が馬車に伝わっている。

 四十女であるレベッカは、すでに疲労困憊だ。

 隣に座っている姪のシャーロットも、まだ十六歳と若いものの、ひどい移動による馬車酔いで、ぐったりとしている。

 馬車には、もうひとり、レベッカと同じ年の四十歳になる侍女が向かいの席に座っているが、彼女もまた疲労で真っ蒼になっている。

 

「申し訳ありませんができません。あと一ノスで峠に着きます。そこに広場になっている場所がありますから、休息を一度入れたいと思います。それまでご辛抱を──」

 

 しかし、隊長はあっさりと拒絶した。

 レベッカはかっとなった。

 

「いいから休憩をしなさい──。それと、さっきから何度も馬車が跳ねて、舌を噛みそうになったわ。とにかく、とめなさい──。速度も落としなさい――」

 

「ご容赦を、奥様……。少しでも早く伯爵領に戻りたいのです。それよりも、窓をお閉めください。危険です」

 

「危険なことなどないわ──。危険なのは、この悪路よ。シャーロットも、わたくしも死んでしまうわ──」

 

 怒鳴りあげた。

 そのときだった。

 

 馬車の前後で大きな騒乱が発生したのを感じたのだ。

 同時にたくさんの金属音のようなものがあり、窓から見える騎士たちが、突然に悲鳴をあげてばたばたと倒れるのが見えた。

 

「きゃあああ──」

「なに──? なんです──?」

 

 レベッカもシャーロットも侍女も、動顛して悲鳴をあげる。

 なにが起きたのかわからない。

 あちこちで「敵襲、敵襲」という声が聞こえる。

 

「奥様、窓から離れてください──」

 

 侍女が慌てたように怒鳴った。

 次の瞬間、きんという音とともに、隊長の胸から血が噴き出し、隊長が呻き声とともに、馬から落ちていくのが見えた。

 

「いやああああ」

 

 レベッカは恐怖に声をあげた。

 横のシャーロットも恐慌に陥っている。

 侍女が窓に手を伸ばして閉じる。

 すると、ものすごい勢いで馬車が進みだした。

 

「ひああっ」

 

 窓を閉じるために中腰になっていた侍女がひっくり返って頭を打った。

 

「お、おばさま──」

 

「シャーロット、捕まって──」

 

 一方で、レベッカは席から振り落とされそうになったが、必死になって怯えているシャーロットを抱きかかえた。

 しかし、馬車が上に、下に、右に、左にと激しく動き、レベッカもまた恐怖に包まれた。

 そして、しばらくすると、馬車が急激に停車した。

 レベッカは、シャーロットとともに、馬車の床に投げ出された。

 

「ひいいいっ」

「きゃあああ」

 

 ふたりで金切り声をあげた。

 

「お、奥様……。シャーロットお嬢様……」

 

 ようやく侍女が意識を戻したのか、レベッカたちに声をかけてきた。ふと見ると、倒れたときに頭を切ったのか、侍女の頭からは、少し血が垂れている。

 レベッカもあちこちを打って痛い。

 

 そのときだった。

 馬車の扉が左右同時に、乱暴に開かれた。

 

「おりろ、貴族女──」

 

「お前もだ──」

 

 首に赤い布を巻いている男たちが目を血走らせて、馬車に入り込んできた。

 外に引きずり出される。

 

「な、なにをするの──。無礼者──」

 

 レベッカは怒鳴ったが、複数の男たちに手足を押えられて、地面に倒された。

 すぐに別の男たちが左右から両脚を抱える。

 

「離しなさい──」

 

 レベッカは足をばたつかせたが、その足は宙に浮いていた。もうひとりが背中を抱えあげる。

 馬車がとまっているのは、両側が林のようになっている場所だったが、その林の中に連れ込まれる。

 シャーロットも一緒だ。

 

「侍女はいい。縛って、馬車に放り込んでおけ。貴族女たちは、徹底的に犯せ。抵抗が激しいようなら手足を折れ。だが殺すな。だが、誰が見ても凌辱されたとわかる格好にしろ。親族を汚されて、侯爵が怒りに狂って我を忘れるようにな」

 

 馬車の横には、ひとりだけ真っ赤な装束を身についている男が剣を抜いたまま騎馬でいたが、その男が周囲の男たちに指示を出すのが聞こえた。

 それで気がついたが、馬車の周りは完全に賊徒たちでいっぱいだ。

 護衛の騎士たちはひとりもいない。

 

「いやあああ、助けてえええ──」

 

 絶叫が聞こえた。

 シャーロットだ。

 仰向けに地面に倒されて、五、六人の男たちに手足を押えられてる。そして、ドレスを乱暴に引き千切られているのが視界に入った。

 

「シャーロット──」

 

 レベッカは絶叫した。

 だが、レベッカもまた、身体を押さえられて、着ているものを引き裂かれる。

 

「お、お、おお、や、やめなさいいっ」

 

 暴行される──。

 レベッカを本物の恐怖が包む。

 歯ががちがちと鳴って声が出ない。

 激しく身を捩る。

 だが、動くのは首から上だけだ。

 どんとんど服が剥がされ、切断され、下着にまで手が掛かった。

 

「こっちは年増か──。だが、さすがは貴族女だな。真っ白な肌だぜ。しかも、綺麗な顔だ。年増側になったから貧乏くじだと思ったが、これなら、いくらでもおっ勃つな」

 

 レベッカの脚のあいだに立った男がズボンを緩めだす。

 目を見張った。

 男がズボンを下着ごと脱ぎ、勃起した男の性器が露わになったのだ。

 

「ひいいいい」

 

 レベッカは震えた。

 そして、横を見ると、すでにほとんど素裸になっているシャーロットが賊徒のひとりに跨られて股間を貫かれていた。

 激しい男の腰の動きに、シャーロットは苦悶の悲鳴をあげ続けている。

 

「そんなことを口にすると、動けなくなった騎士どもにとどめを刺す組に回った連中から刺されるぜ。罠にかけて動けなくなった騎士の脳天に、銃の弾を射ち込むだけの詰まらねえ仕事だ。それに比べれば、貴族女を辱める仕事なんて天国だ。ドピィ様についてきてよかったぜ」

 

 レベッカの上半身を押えている男のひとりが下品そうに笑った。

 

「揉んでやってくれ。ちょっとは気分を出させようぜ」

 

 怒張を出している男がレベッカの股間の前に屈み込み、レベッカの恥毛をまさぐりだす。

 同時に左右から乳房をふたりずつくらいから揉まれ始める。

 

「うううっ、や、やめなさいいいっ」

 

 扱いは乱暴なのに、愛撫だけは一斉に柔らかい手管で刺激を加えられる。

 レベッカは呻いた。

 ざわめくような感覚が全身を駆け巡る。

 一方で、横ではシャーロットが激しく悲鳴をあげている。

 

「向こうは性急な連中ばっかりが集まっちまったか? 可哀想に生娘のご令嬢を碌な愛撫もせずに珍棒を貫いちまうとはねえ。まあ、こっちは優しく扱ってやるよ。ただ、ふたりで百人ほど相手をしてもらうから、結局はどうやったって同じだろうけどな」

 

 愛撫をしながら、股間側に男が言った。

 そのあいだも、全身をあちこちまさぐられる。

 こんなことで女の反応をしてしまうのは屈辱なのだが、何度も何度も股をいじられて、しばらくすると次第に股間が濡れてくるのを感じた。

 それにしても、いま百人を相手させると言った?

 レベッカはぞっとした。

 

「もう少し慣らしてえが、時間も限られてるしな。とりあえず、一発目だ」

 

 男が身体の上から覆いかぶさってきた。

 男の怒張が股間に近づく。

 必死に脚を閉じようとするが、数名の賊徒たちに押さえられてびくともしない。

 肉棒が一気に股間の奥に滑り込んできた。

 

「んぐううううう」

 

 抗うことのできない暴力にレベッカは悲鳴をあげた。

 屈辱が全身を駆け巡る。

 男がしばらく腰を振っていて、すぐにレベッカの股間に精を放ったのがわかった。

 

「交代だ。忘れていたけど、妊娠しやすくなる薬液だ。避妊草の代わりにたっぷりと飲んでくれ。騎士どもは殺されていっているけど、お前らは、俺たちの精で種付けをするだけで、侯爵の領都の近くで開放することになっている。うちの頭領に感謝してもらわねえとな」

 

 鼻を摘ままれて、得体の知れない飲み物を口の中に強引に注がれた。

 同時に、最初の男と交代をした別の男がレベッカの股間に怒張を貫かせた。

 

 

 *

 

 

 クロイツは激怒していた。

 

 この一箇月ほど、神出鬼没の賊徒団による領内の被害が続いていた。

 最初は、ユンデ市における領地軍への襲撃だったが、それを機会に数日から十日ほどに一度の頻度で、赤い布を巻いた騎馬団による侯爵領への襲撃が起こっているのだ。

 

 ユンデに次いで襲われたのは、領地に近い食料庫の開放だった。

 領都の近傍には、侯爵家が税として収めさせた食料庫のある施設が十数箇所存在していた。

 無論、侯爵軍の騎士で警護をしているが、このところの暴動の鎮圧に勢力を割いていることもあり、その勢力は少なかった。

 そこを襲われた。

 最初の一箇所から始まり、賊徒による騎馬隊で押し寄せては警護の兵を蹴散らして、一日のうちに次々に倉庫を開放されてしまったのだ。

 そして、自分たちで奪うことなく、領民に開放しては、そのまま次の倉庫を襲うということを繰り返したのである。

 

 領都にいる部隊を揃えて鎮圧に向かわせたときには、賊徒たちは散り去った後だった。それまでに十の倉庫群のうち、半分が奪われた。

 領民が奪っていった穀物も一部は回収できたが、大半は戻ってこないままだ。

 ユンデ市のときと同じ赤い布を巻いていたことと、騎馬に乗った集団だということで同じ連中だと判断したが、どうやら、彼らこそが、王領から南下してきたという道化師(ピエロ)団とかいう連中の一部のようだった。

 

 次は、ユンデ市に続いて起こった小都市の暴動が切っ掛けだった。

 クロイツが恐れていたように、ユンデ市の鎮圧に失敗したことから、同じような住民の暴動がほかの都市でも起こったのだ。

 

 ユンデのときには油断してしまった鎮圧軍が住民に乱暴を働いている隙を突かれて失敗しているので、そのときの鎮圧軍はしっかりと警戒をさせていた。

 だが、またもや、現われた賊徒団の騎馬は、小都市で暴れる住民を制圧していた部隊ではなく、彼らに兵糧物資を届けるために移動をしていた小部隊に襲い掛かったのだ。

 街道が狭い谷地になっているところを奇襲された彼らは、なすすべなく全滅して、兵糧は焼かれてしまった。

 また、隊長が女騎士であり、さらに女兵が混ざっていたことから、男の騎士や兵は皆殺しにされたが、女たちは連れていかれて、数日後に凌辱された死体が街道に放り投げられていた。

 

 三度目は、領地内にあるクロイツの数軒の別荘だ。

 こっちは、建物には管理をさせている召使いくらいしかいなかったが、三日連続で賊徒たちの焼き討ちに遭い、すべて消失した。

 碌な警備もなかったため、これについてはなすすべもなかった。

 

 四度目は、再びユンデ市だった。

 最初の暴動から、改めて領軍を進めることで、やっとのこと市民たちを鎮め、市街の治安を取り戻していたのだが、そこに堂々と白昼に賊徒がやって来た。

 暴動を治めた治安部隊の大半が領都に戻り、一部を残して去ったところを襲われてしまったのだ。

 

 残っていた軍兵は殺され、さらに、そこにあった冒険者ギルドが襲撃された。

 連中が残した立て札によれば、クロイツが依頼して冒険者に懸賞を出して捜索させた賊徒団の拠点に関する情報収集のクエストを受けた報復ということのようだった。

 そこにいた冒険者たちも抵抗はしたが、賊徒たちは大量の銃を持っていて、武器で抵抗しようとした彼らを遠方から撃ち殺し、ギルドにある建物に油を撒いて火をつけたということだった。

 

 いずれにしても、数件続いた赤い布を巻いた賊徒団たちの襲撃でわかったのは、彼らがただの賊徒ではないということだ。

 

 しっかりと統制された行動──。

 数百騎の騎馬と揃えられた大量の銃という王軍に匹敵する装備──。

 侯爵軍の動きを完全に察知しているとしか思えない情報力──。

 すべてが単なる並の動きではなかった。

 

 また、忌々しいのは、動き回っている賊徒たちの拠点がどこなのか、さっぱりとわからないことだ。

 襲撃された場所も、地域的な統一性はなく、領地内のあちこちに及んでいる。情報集めにしても、それに協力しようとしたギルドが報復をうけたことで、冒険者たちも及び腰になっていた。

 長く重税で課して苦しめていた市民たちが協力するはずもなく、さっぱりと賊徒たちの居場所が判明しない。

 

 一万の勢力だというが、その多くは彼らが自給自足をするための人数であり、戦闘力としては数分の一程度しかないというのは耳にしていた。

 だから、拠点さえ見つかり、そこを鎮圧すれば、動き回っている数百騎ほどの騎馬集団など恐れる必要もないはずだが、肝心の拠点がわからない。

 クロイツは歯噛みするばかりだった。

 

 そして、今朝入ってきた報告は、クロイツをさらに憤怒させた。

 一箇月半ほど前から、クロイツ領に里帰りをしていた隣接の伯爵家に嫁いでいた妹と同行の姪がいたのだが、侯爵領の治安の悪化に伴って、急遽、伯爵領に戻ろうとしていた。

 その帰路に、賊徒団に襲撃をされてさらわれている。

 これが三日前だった。

 護衛をしていたのは、伯爵家から迎えにきた伯爵家の騎士団だったが、彼らは全滅して皆殺しになったのだ。

 狭い山道に入ったところで、上から岩を落とされて混乱し、そこを連中の持っている銃や弓で狙い撃ちにされたらしい。

 はらわたが煮え返るほどの巧みなやり口だ。

 連中の中には、余程の戦巧者の軍師がいるのだろう。

 

 そして、さらわれた妹の伯爵夫人と姪が今朝になって、発見されたのだ。

 夜のうちに置いていったらしい荷車に、荷台に縛られていたふたりが領都の城郭の門から少し離れた場所に捨てられていたそうだ。

 侯爵領の治安の悪化に伴い、夜にはしっかりと領都の城門を閉じていたこともあったのか、警備の兵も朝になるまで気がつかなかったみたいだ。

 

 それはともかく、発見された状況だ。

 ふたりは全裸にされて、荷台に四肢を拡げて拘束されていて、口に布を突っ込まれて猿ぐつわをされていた。

 それだけでなく、全身には男たちの欲望に晒されたというのが明らかな痕がびっしりとあり、さらに男の精液が身体中にかけられていたようだ。

 股間に木で作った張形が挿入されて、縄で股間に封をするという念を入れた辱しめだったらしい。

 

 荷台に、クロイツの縁者という立て札があったので、誘拐をされていた妹たちだということがすぐにわかり、クロイツは保護をさせたが、いまのところ、完全に正気を失っていて、まともに話もできない状態だ。

 クロイツは怒り心頭に達していた。

 

「連中の息の根をとめるんだ──。侯爵家の全軍を準備させろ──。領都のこともいい──。連中さえ皆殺しにすれば、それで終わる──。なんでもいい──、連中はどこにいるんだ──」

 

 クロイツは怒鳴りまくった。

 侯爵家の館は軍の詰め所のようになっていて、軍の主立つ者が屋敷の広間に集まっているが、立て続けの屈辱的な報告に、全員が俯いたまま口を開かない。

 クロイツは、目の前の茶器の置いてある小さな台を蹴りとばした、

 紅茶の入っている器が割れて、中身が床にぶちまけられる。

 

 そのときだった。

 軍営になっている広間に入ってきた兵が領地軍の隊長になにかの報告をした。

 すると、すぐに、その隊長がクロイツのところにやってくる。

 

「お館様、有力な情報です。連中の拠点らしき場所がわかりました。王領に近い北側にあるケルサ村という山村の部落です。そこの住民が賊徒たちに入れ替わっているという情報が入りました」

 

「なんだと──?」

 

 クロイツは、思わず立ちあがった。

 それが真実なら、今度こそ、蠅のように忌々しいあの連中を叩き潰せる。

 隊長が続ける。

 

 それによれば、情報そのものは、一箇月ほど前に冒険者ギルドに入っていたものらしい。

 賊徒団からの脱走者と思われるルロイという男が、ケルサ村が賊徒団の拠点だとギルドに密告して懸賞を持っていっていたみたいだ。

 ただ、その情報が一箇月も届かなかったのは、それがユンデにあった冒険者ギルドであり、最初の襲撃と二度目の襲撃の混乱のために、情報がどこにも出ずにとまっていたようだかららしい。

 それが、どうして、いまになって出てきたかまでは不明だが、この領都にある冒険者ギルドに、やっと、そのときの情報が回ってきたということのようだ。

 

「間違いないのか──。その情報提供者はどこにいる──? 確かめさせろ」

 

 クロイツは怒鳴った。

 すると、隊長が首を横に振った。

 

「実のところ、そのルロイという男が密告の翌日に、山の中で殺されて惨たらしい死骸になって街道にさらされていたようです。その情報もいま届いたのです」

 

「連中の報復として殺されたか……?」

 

 ならば、真実の可能性が高い。

 クロイツは、すぐに偵察を向かわせることを指示するとともに、可能な限りの勢力をケルサ村に向かわせる準備をするように命じた。

 

 

 *

 

 

 三日後──。

 情報が集まって来ていた。

 

 ケルサ村に賊徒の拠点があるというのは、やはり事実のようだった。

 部落全体が賊徒と入れ替わっているために、潜入まではできなかったが、明らかに普通ではない集団がケルサ村に集まってるということが確かめられた。

 なによりも、以前にはなかった防壁が部落全体を取り囲み、見張り台のようなものまであちこちに建てられているということだった。

 さらに、三日前に入ってきた密告の情報に続いて、ケルサ村が賊徒団の拠点だという密告情報が次々にもたらされていた。まるで、塞がれていたものが堰を失ったかのような情報の集まりだ。

 

「ケルサ村が賊徒団の拠点であることは間違いない──。こちらの全勢力はどのくらいになる──」

 

 クロイツは言った。

 

「五千です」

 

 隊長の言葉にクロイツは頷いた。

 

「ならば、すぐに出動させろ。わしが自ら陣頭に立つ」

 

 クロイツは叫んだ。

 

 忌々しい賊徒の糞ったれめ──。

 考えられる限りの残酷な手段で処刑してやる──。



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571 ケルサ村攻防戦(その1)

 進軍を続けて三日──。

 

 クロイツは侯爵用の奢侈な軍装を身に着け、白馬に乗って銀細工の飾りのついた被り物を戴いていた。

 また、左右には、クロイツ家の家章が描かれた号旒(ごうりゅう)が風にたなびいている。

 ケルサ村に進む侯爵軍による賊徒団の討伐隊だ。

 クロイツは、その討伐軍の中心を騎馬で進んでいる。

 

 総勢五千の討伐隊である。

 直属の侯爵軍の騎士団と、集められる限りの傭兵団、さらに臨時に徴収した軍兵たちまでいる。

 その中には、ユンデの冒険者ギルドを潰されたことで恨みを抱く冒険者の連中まで含んでいた。

 クロイツが侯爵として集められる最大兵力といっていい。

 これを賊徒にぶつけるつもりだ。

 蠅のように煩かった連中との追いかけっこも、これで終わりだと確信していた。

 

「前方に武器を持っている敵です。およそ、一千──」

 

 ケルサ村に近づくと、斥候から報告があった。

 続けての報告で、賊徒たちだと知れた。

 ケルサ村は緩やかな山岳道を少し登った場所にあるのだが、その山岳の入口部分に簡易な陣地を作って、待ち受けているらしい。

 武器も軍装もばらばらで、女も老人も混ざっているらしい。

 全員が首に赤い布を巻いているらしく、道化師(ピエロ)団と自称している連中に間違いなかった。

 

「策など不要だ。蹴散らしてやれ──」

 

 クロイツは馬上で応じた。

 進軍の速度は変わらない。

 

 賊徒団の勢力は、一万にもなるというから、一千となれば、進軍する侯爵軍を待ち受ける前衛に違いないと思った。

 また、賊徒団の総勢は一万だと言われているが、大部分は武器など扱えない流民集団だろう。

 一箇月ほど侯爵領のあちこちを略奪した数百の騎馬隊はなかなかの精鋭だったが、おそらく、あれが賊徒団の限界だと思う。

 拠点だというケルサ村にいる大半は、戦う能力のない者たちばかりだと思っている。

 だから、問題などない。

 

 集められる最大勢力は五千であり、賊徒どもの総兵力には満たないが、装備がまるで違うはずだ。

 戦も知らぬ、素人とは全く戦いにはならないだろう。

 

 その証拠が、前方の一千だ。

 五千の正規軍に対して、ちぐはぐな武装の一千程度で待ち構えるなど、死ににきているようなものだ。

 

 丘陵を通り抜けると、先に陣を構えている集団が見えた。

 クロイツは進軍をとめなかった。

 合図をする。

 喚声をあげて、隊形を組んだ侯爵軍の前方側の各隊が飛び出す。

 

 結局のところ、賊徒たち一千は三段の陣を構えていたが、まるで烏合の衆だった。

 あっという間に蹴散らし、連中が逃亡していく。

 こちらにほとんど犠牲のないまま、数百の賊徒の死体で辺りが埋まった。

 

「やはり、相手にならん。弱すぎる」

 

 クロイツは馬上で笑った。

 そのままケセル村に向かって、軍を進ませる。

 

 山岳道に入った。

 時折、左右の森から、ばらばらと人が出てくる。

 地から湧いたような感じであり、前を進む隊が浮足立った感じにはなったが、取り囲む動きを示すと、すぐに逃亡していった。

 それがしばらく繰り返された。

 しかし、前進をとめるほどのものではない。

 軍を進めませ続ける。

 

 やがて、高い防壁で周囲を囲んだ砦が見えてきた。

 防壁の両側は森になっていて、砦のようになっているのが、もともとケセル村と呼ばれる集落なのだろう。

 こんなところに砦など作るわけがないから、これが賊徒どもが急増した砦に違いなかった。

 

「まずは包囲しろ。逃げないように後方にも周り込め」

 

 防壁のところどころには、見張り台もあり、そこに賊徒らしき人影もある。

 だが、向こうから討って出る気配はない。

 むしろ静かだ。

 クロイツは、防壁の左右の森を進ませて、後方にも部隊を回り込ませることに成功した。

 しばらくして、包囲態勢が完全に整ったと報告が入った。

 

「突っ込め──」

 

 クロイツは命じた。

 思ったよりもしっかりとした城壁だ。

 攻城兵器までは持ってきていないので、そのまま攻めたのでは、防壁を崩せない。

 強引に乗り越えるか、突破口となる場所を破壊して内側に入り込み、中から城門を開くしかない。

 ばらばらと防壁のあちこちに味方の兵が群がっていく。

 

 城門側から銃声が鳴り始める。銃を賊徒が持っているのは、事前にわかっている。一箇月ほど暴れまわっていた賊徒の騎馬隊が銃でも武装して、侯爵領を攪乱し続けたのだ。

 矢も跳んできた。

 しかし、数が少ない。 

 これなら問題ない。

 

「所詮は、流民どもよ──」

 

 クロイツは馬上で防壁の戦いを見守りながら周囲に言った。

 抵抗が少なすぎるのだ。

 すでに、縄をかけて乗り越えている場所もある。

 それが複数だ。

 あっという間に、防壁の上に味方が溢れかえる。

 

「開いた──」

 

 喚声があがる。

 城門が大きく開いたのだ。

 内側に入った兵が城門を開けたのだ。

 

「行け──」

 

 クロイツは剣を抜いて馬腹を蹴る──。

 待っていた侯爵軍の騎馬隊で突撃する。

 城門を抜けた。

 

 続々と侯爵軍の各隊が席巻していく。

 クロイツは、ほぼ先頭を騎馬隊とともに進んでいる。徒歩(かち)兵も続いている。

 

「徹底的に皆殺しにせよ──」

 

 クロイツは叫びながら、どんどんと村落の中心に向かって馬を掛けさせた。

 内側は普通の集落だ。

 陣のようなものは見えない。

 なぜか、地面が濡れていて、村全体がぬかるみになっていて、馬の脚が取られる感じもあったが、このくらいであれば障害にもならない。

 さらに、進む。

 ただ、村全体がおかしな刺激臭に包まれていた。

 それだけは閉口した。

 

 だが、だんだんと違和感を覚えた。

 まったく抵抗がないのだ。

 いや、それどころか、人の気配がない。

 なさすぎる。

 クロイツはやっと疑念を感じた。

 

 ここには、戦いもできない流民とはいえ、一万の人間がいるはずだ。

 だが、城門で抵抗をした者たち以外には、クロイツたちを喰いとめようとする勢力は皆無だ。

 

「閣下──」

 

 そのとき、前から集団がやってきた。

 反対側から回り込んでいた味方だ。

 そっち側についても、城門を破って部落内に突進してきたようだ。

 

「待て──。賊徒はどこだ──?」

 

 クロイツは、前方からやって来た後方側から突撃して来た隊長に声をかけた。

 向こう側でも、抵抗の少なさに、怪訝を感じていたみたいだ。

 こっち側同様に、最初の抵抗以外は、呆気なく城壁を突破してここまで来たらしい。

 

「わかりません」

 

 向こうの隊長も首を傾げている。

 いやな予感がした。

 

「侯爵閣下──」

 

 そのとき、最初に城壁の取りついた隊長が数名の部下を連れて駆けてきた。

 賊徒兵らしき者を数名連れている。

 

「見てください」

 

 斬られて血だらけだが、連行されてきた賊徒はまだ生きている。

 しかし、その足には鉄の足枷がついていて、切断された鎖が枷に繋がっていた。

 

「こいつらは、防壁の近くで鎖で繋げられていたんです。武器で攻撃してきたのは、この連中です」

 

 隊長が声をあげた。

 鎖で繋ぐ──?

 逃げないようにするためだとは思うが、なぜこんなことを……?

 

「どういうことだ──。言え──」

 

 クロイツの横にいた家臣が賊徒に詰め寄った。

 だが、そいつは悲しそうな表情で首を横に振るだけだ。

 こいつを連れてきた隊長が口を開く。

 

「どうやら、口がきけないように、喉を潰されているようです」

 

「喉を?」

 

 クロイツは怪訝に思った。

 なぜ、そんなことを……?

 

 そのとき、大きな喚声が遠くで起こった。

 確認をさせると、突破したはずの城門がなぜか閉じたのだという。

 いま、慌てて開こうとしているが、今度は外から封鎖されて、開かないらしい。

 

「いかん──。外に出ろ──。罠だ――」

 

 クロイツは声をあげた。

 そのとき、空から火矢が降ってきた。

 しかも、圧倒的な数だ。

 

「盾──」

「盾を上にかざせ──」

 

 あちこちで指揮の声がする。

 しかし、地面に到達した火矢の炎が瞬時に、地面に燃え拡がる。

 また、建物に届いた火は、やがて轟音とともに、あちこちの建物から爆発を発生させる。

 

「あっ、地面を濡らしていたのは油か──」

 

 さらに、建物には火が着けば、爆発するような仕掛けもあったのだと思う。

 クロイツは罠にかかったことを完全に悟った。

 賊徒たちは、村落全体を罠にして、クロイツたちをわざと突破させたのだ。

 そして、閉じ込めて火攻めにするつもりなのだろう。

 おかしな異臭がすると思ったが、これは油の匂いをすぐに悟らせないためだったに違いない。

 

「撤退――。外に出よ。外だあああ」

 

 クロイツは必死に大声を発した。

 だが、そのときには、村全体が炎に包まれていて、煙で視界さえなくなっていた。

 

「とにかく、撤退だ──。砦の外に出るのだ──。急げ──」

 

 クロイツは懸命に馬を駆けさせた。

 そのあいだも、降ってくる火で炎が拡大し、大混乱が侯爵軍に生じ続けた。







 短いですが、ここまでしか書けませんでした。続きは次回……。


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572 ケルサ村攻防戦(その2)

 カリュートは、目の前で続いている惨劇に呆然とする思いだった。

 同時に畏怖の感情に襲われている。

 カリュートは、道化師(ピエロ)団の軍事責任者のひとりとして、ドピィの横にいたが、このケルサ村の攻囲戦に関する限り、ほとんどなにもしていない。ほとんどの指示がドピィから与えられ、カリュートを含めて、賊徒の者は次々に与えられるドピィの命令に従い、その通りに準備をして、ただ指示のまま動いたのみである。

 その結果、目の前の残酷な状況ができあがった。

 

 侯爵軍がケルサ村に攻め込んできたとき、カリュートたち賊徒の大部分は、ケルサ村の両横の森の中に身を潜めて隠れていたのだが、いまはケルサ村に築いた防壁の周りに出てきて、もうもうと燃えているケルサ村を外側から包囲する態勢をとっている。

 ケルサ村には、あらかじめたっぷりの油と爆破薬を充満させていたのだが、迂闊に飛び込んだ侯爵軍が入り込んだところで、事前の手筈に従い、わざと開いた城門を閉じて、外から火矢を次々に打ち込んだ。

 

 おそらく、中では怖ろしい火焔地獄が繰り拡がっていると思うが、防壁の内側には逃げ場などない。

 侯爵軍の騎士団をはじめとする主力が防壁の内側に突入していったとき、まだ外にも侯爵軍の一部は残っていたが、森に隠れていた一万に近い賊徒が弓矢を射こむとともに大喚声をあげて脅かすと、逃げていってしまった。

 いま残っているのは、防壁の中に入り込んだ侯爵軍の主力だけだ。

 そして、彼らは音を立てて燃えている炎の中である。

 あの中にいる限り、ただ煙にやられて倒れるか、炎に巻かれて死ぬかだろう。

 

 城壁の外にいるカリュートたちには、ケルサ村の中で燃えている侯爵軍の将兵たちの怒号のような悲鳴と泣き声が聞こえ続けていた。

 こういう状況を作り出しながら、顔色ひとつ変えずに、淡々と指示を続けるドピィには、畏敬を通り越して、恐怖のようなものを感じてしまう。

 

 しばらく、その状態を続けたところで、頃合いを図っていたドピィは、一箇所だけ城壁を崩させたのである。

 これについても、あらかじめ細工をしていたものであり、人間が五、六人程度拡がって出れるくらいの脱出口を開けたのだ。

 別に慈悲をかけて、逃げ場所を作ったわけではない。

 完全に逃げ場をなくさせると、死に物狂いの者たちがどこから出てくるかわからなくなるため、わざと一箇所だけを開いたというわけである。

 

 しかし、そこにも罠がある。

 そこを出たところには、人の背丈の五倍もあるような深さの巨大な大穴が開いていて、炎から逃げようとする侯爵軍を待ち構えているのだ。

 連中も注意深くしていれば、頑丈な板を渡して上から土を被せて隠していたことに気がついたかもしれないが、ケルサ村への突入だけに意識が向いていた彼らは、事前には気がつくことができなかったみたいだ。

 

 いまは、見つかった脱出口を目掛けて、そこから出てくる者たちが、面白いように穴に落ちていくということが繰り返している。

 なんとか穴に落ちるのを免れた者も、待ち構えている賊徒団の銃と弓矢の的になって、次々に倒れていく。

 ここでも、一方的な殺戮と地獄の光景だ。

 

 それにしても、ドピィという男は、どうしてここまでの計略を思いつけるのだろう。

 賊徒団の頭領とは思えないほどの読書家ということは知っているが、書物に触れれば、あんなに賢くなれるのか?

 とにかく、ドピィの軍略は神がかりだ。

 二百の騎馬でクロイツ領を荒らしまわっていたときもそうだ。敵も味方も、まるで予知でもしているかのように、思いどおりに動かす。

 しかも、敵にはもちろんだが、時には味方にも容赦のない残酷さを表す。

 今回もそうだった。

 

 侯爵軍がケルサ村に侵攻してきたとき、一千の賊徒に粗末な武器だけを持たせて、山岳の入口に待ち受けさせた。

 これは、侵攻軍に油断させるとともに、勢いのままケルサ村に突入させるためだけの目的の捨て兵であり、怪我をしている者や具合の悪い者、戦いの役には立ちにくいような老人や女をあてがっていた。

 案の定、その者たちは侯爵軍になすすべもなく蹂躙されて殺された。

 

 さらに味方に惨い処置を強いたのは、罠を仕掛けているケルサ村の防壁の上から侯爵軍を攻撃させた者たちだ。

 一箇月ほど続けた二百の騎馬による挑発行為で血の気に逸らせているとはいえ、さすがに無抵抗だと侯爵たちも、罠を怪しんだかもしれない。

 

 しかし、抵抗があったことで、向こうはケルサ村に賊徒団がいると思い込んでしまった。

 だから、門が開いたとき、無防備に飛び込んでしまったというわけだ。

 そのために、抵抗の素振りをする者たちは必要だったが、彼らは巻き込まれて死ぬことがわかっている者たちであり、当然にそこに配置されるのを嫌がった。

 しかし、ドピィは躊躇うことなくそれを指名し、足首に鎖を繋いで逃亡できないようにしてから、さらに、捕らわれて罠のことを自白できなくするために、喉を潰させた。

 本当に、容赦ない。

 

 いずれにしても、すでに勝敗は決している。

 賊徒団の大勝利だ。

 侯爵軍に入り込ませていた密偵によれば、侯爵は、ほぼ全力をこのケルサ村戦に投入したらしいので、もはや、この領土には賊徒団を鎮圧できるような勢力は残っていないはずだ。

 これもまた、侯爵の妹などを凌辱させたりして、侯爵を激怒させたドピィの手の上ということだ。

 

「いたぞ──」

 

「侯爵だ──」

 

 大穴がある防壁の脱出口のところから、大きな声があがった。

 ほかの者と服装の違う者が脱出してくれば、できれば穴に落ちる前に捕らえて報告するように命じてあった。

 それで、侯爵の顔を知っている者がいたのだろう。

 侯爵だ、侯爵だと騒いでいる。

 すると、ドピィが床几椅子から立ちあがった。

 

「行くぞ」

 

「あっ、はいっ」

 

 ドピィが進んでいくのをカリュートも慌てて追いかける。

 果たして、全身が煤で汚れ、髪や髭が焼けている男が縄で縛られて転がされていた。

 ほかにも、重鎮だと思う者も一緒だ。

 全員が立つこともできずに、苦しそうに咳をしている。

 煙を吸い込みすぎたのだと思う。

 

「確かに侯爵だな。他はいい。穴に蹴り落とせ」

 

 ドピィが侯爵の髪を掴んで顔をあげさせて頷くと、ほかの者を顎でしゃくった。

 

「げほげほ、た、助けてくれ」

 

「み、身代金を払う──。助けて──」

 

「やめてくれえ──。ゆ、許してくれ」

 

 悲鳴をあげるが、指示を受けた賊徒兵がどんどんと侯爵の部下を穴に蹴り落とす。

 ふと見ると、もうほとんど村の内側から脱出してくる者もいなくなっている感じだ。煙だけが大風になって外に出てくる。

 

「もういい。門を封鎖しろ。そして、穴に油を注いで燃やせ」

 

 ドピィが指示をする。

 巨大な穴の中には、脱出しようとして落ちてしまった侯爵軍の者たちが千人近くはいるだろうか。

 穴から這い出ようとするのを防ぐために、上から矢を射かけさせているので、ほとんどの者が矢に刺されて、呻き声をあげている。

 

 そこに油が撒かれ始める。

 なにをされるのか気がついたのだろう。

 ものすごい悲鳴が穴から沸き起こる。

 しかし、すぐに松明(たいまつ)が投げられて、炎が吹きあがる。

 断末魔の声が穴から響きわたる。

 

「こいつを連れてこい」

 

 ドピィが侯爵を引きずって喧噪から連れ出す。

 侯爵は命乞いのような言葉を呻いているが、すでにぐったりとしていて暴れる様子はない。

 村の外側の比較的開いた場所に辿りつく。

 

「馬を二頭、連れてこい」

 

 ドピィの指示で馬が連れてこられた。

 

「馬をどうするんですか?」

 

 カリュートはなんとなく訊ねた。

 すると、なぜかドピィがにんまりと微笑んだ。

 だが、その笑みから、なぜか、あまりにも怖ろしいものを感じてしまって、カリュートは思わず絶句してしまった。

 

 ドピィは、侯爵を仰向けにひっくり返させると、左右の足首に太い縄をかけさせて、それぞれの縄尻を馬に繋げさせた。

 やっとなにをやろうとしているのかに気がつき、カリュートは鼻白んだ。

 

「ひっ、ひいいいっ、や、やめてくれ──」

 

 侯爵もわかったみたいだ。

 大人しかった態度をかなぐり捨てて、恐怖の悲鳴をあげだす。

 

「クロイツ候、俺のことを覚えているか?」

 

 そのとき、侯爵の顔の横に立ったドピィが地面に横たわっている侯爵を見下ろして言った。

 

「覚えて……? な、なんのことだ……?」

 

 侯爵が呆然となっている。

 カリュートもなんのことかよくわからなかった。

 

「そうか。覚えてないか……。だが、俺はこの十年、お前のことを忘れたことなどない。お前は俺の大切なものを奪った。そいつの身体も心もな」

 

「奪った? なにをだ──? わしがなにを奪ったというのだ──?」

 

 侯爵が喚いた。

 だが、ドピィは興味を失ったように、侯爵から離れる。

 さらに、侯爵の首に縄をかけさせ、こっちについては木杭を地面に打ち込ませて、数本の縄で固定させた。

 

「馬を鞭打て──」

 

 ドピィが声をあげた。

 

「ぎゃああああああ──」

 

 馬が駆けだし、侯爵の身体が股から二つに裂けていく。

 同時に、首が引き千切られた。

 カリュートは思わず、目を背けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

「いやあああ、助けてえ、ルーベン──」

 

 ドピィの横では、シャロンが泣き叫んでいる。

 賊徒団とともに突入したクロイツ領の領都にある侯爵の館である。

 もう三十歳に近いはずだが、シャロンはまたまだ美しく、最後に別れた面影を完全に残したままだ。

 ドピィは、その彼女の裸体を静かに睨みつけていた。

 だが、腹の中では怨念のようなどす黒い感情が渦巻いている。

 

 侯爵軍が大敗したという情報が入れば、侯爵夫人であるシャロンが逃亡する可能性もあったが、結局のところ、彼女は逃亡をしなかった。

 もっとも、逃げたところで、潜入させておいた部下が捕らえただけのことだ。

 どっちみち、シャロンに逃げ場所などなかったのだ。

 

「その名で呼ぶなと言っただろう──」

 

 “ルーベン”という名は、このシャロンに裏切られたときに捨てた。

 いまのルーベンは、ドピィ(愚か者)という名だ。

 “愚か者”というのは、愛した婚約者に裏切られながらも、彼女を忘れることができずに、ただただ一途に再び手に入れることだけを追い求めたルーベンに相応しい名だ。

 ルーベンなどという物知らずの下級貴族の坊やはもういない。

 

 ドピィは、全裸にして仰向けに寝台に拘束しているシャロンの局部と乳首の根元に繋げて、天井から引きあげている糸を乱暴に揺すった

 シャロンが泣き叫ぶ。

 

「ひいいっ、ち、違う──。あ、あなたを受け入れます──。も、もう侯爵家を見捨てても、実家が潰されることもない──。わ、わたしは、あ、あなたと逃げたかったの──。だ、だけど、あのとき、それは許されなかった──。だ、だから──」

 

 命乞いのつもりなのか、シャロンが絶叫して、必死にドピィに慈悲を訴えるようなことを口走る。

 ルーベンのことを覚えているとは思わなかったが、シャロンはこの屋敷をドピィが襲撃したときに、すぐに気がついたみたいだ。

 そういえば、ドピィには、それほどの抵抗はなかったような気がする。

 しかし、だからといって、ドピィの積年の恨みが収まるわけもない。

 

「うるさい──。都合のいいことを言うな──。俺はお前に復讐するために……、俺との愛を裏切ったお前を奪うために、ここまできた──。ここにやって来た。お前を孕ませる──。お前を汚した侯爵の首は今頃は獣の餌になっているだろう。その夫人のお前は俺に犯されて、俺の子を産むんだ──」

 

「わ、わかってます──。ル、ルーベン──後生だから、糸を外して──。なんでもしますからああ」

 

「やかましい、その名を呼ぶなと何度言えばわかる──」

 

 ドピィはかっとなった。

 この十年──。

 このために生きてきた。

 

 ドピィ……いや、ルーベンのものであった……、生涯を供にしようと誓ったシャロンを奪い返すためだけに生きてきたのた。

 もがき、足掻き、そして、ここまできた。

 そして、ついに、あのときの絶望を覆すことができたのだ。

 

 あのケルサ村の攻囲戦のあと、ルーベンは賊徒団を領都に向かって進ませた。

 先頭にかざすのは、引き千切った侯爵の首を髪の毛で吊るした生首だ。

 邪魔するものはなかった。

 ドピィたちは、ただ領都に向かって進軍しただけだ。

 

 遅れる者は放置したので、三日で到着した。

 賊徒団の接近に対して、城門はすでに開き、守備軍はいなくなっていた。

 ドピィは略奪を許可して、一部の賊徒だけを連れて、この館に突入した。ここにシャロンがまだいるという情報に接していたからだ。

 

 果たして、シャロンはいた。

 本宅ではなく、敷地の隅にある別宅だったが、そこがシャロンが平素いる場所のようだった。

 侯爵夫人であるシャロンの部屋が、なぜ本宅ではなく、別宅にあるのか知らないが、シャロンがここにいるのも、情報を集めさせた者から事前に聞いていた。

 だから、ほかの場所の略奪は、部下たちに任せて、ドピィだけは、ここに一目散に飛び込んだのだ。

 そして、シャロンを拘束し、侍女らしき者を外に追い出し、シャロンの服を引きはがして、寝台に拘束をした。

 

 すぐに犯そうと思ったが、賊徒団の首領であるドピィには、やらなければならないこともあった。

 略奪は許したが、際限なくやらせると、始末に負えなくなる。

 だからといって、これを禁じると、勝手に暴れ続けるから、やはり、ドピィに制御できなくなる。

 その匙加減が難しいのである。

 まずは、その指図だ。

 

 ドピィは、略奪を二ノスと定め、最初は平民には手を付けるなと厳命している。

 その命令がどのくらい守られるのかは知らないが、賊徒たちも、平民を襲うよりは、身分の高い者たちや高貴な商人を襲った方が見入りもいい。

 平民でも、金持ちを襲うのは禁止していないので、賊徒たちも貧しそうな平民には目もくれずに、高貴な層が暮らす一角に襲撃を集中させている。

 それだけでなく、ここに入る直前には、もともとの城郭の平民も、略奪に参加している気配だった。

 とにかく、略奪とはいえ、それを許すことで統制を保っているのである。

 それに必要な指示をこの館からしている。

 

 いずれにしても、領都を占領したあとは、今度はこれを保持する仕事が残っている。

 周辺の領主たちが、賊徒に占領された侯爵領をそのままにしておくということはあり得ないだろう。

 これに備える必要がある。

 

 一番すぐに動くのは、北側にある王軍直轄領だと読んでいる。

 そこには、この南部地域を統括する地方王軍があるのだ。

 おそらく、そこが鎮圧のためにまずは出てくる。

 まあ、シャロンさえ手に入れたなら、この賊徒どもが捕らえられようが、殺されようが、どうでもいいのだが、少しでも長くシャロンを確保するためには、この領都の確保を継続しなければならない。

 そのためには、それを邪魔する勢力とは戦う必要がある。

 

 その対応のための本営をこの屋敷に作った。

 この賊徒団は、大切なことについては、なにからなにまで、ドピィが指図をする態勢になっているので、ドピィも忙しい。

 すぐには、シャロンにかかり切りになっておられず、置いていく必要があった。

 だから、シャロンの局部と乳首に糸を巻き付け、天井から吊るしてやったのだ。

 この十年の恨みだ。

 思い知ればいい。

 

 それから、別宅を賊徒の部下に守らせる処置をすると、賊徒団の中心となる重鎮を館に設けた本営に集めさせた。

 主立つ者には館内に一室も与えた。

 ただ、ドピィの居室は、シャロンを捕らえている別宅だ。ここに近づくのは、誰であろうと禁止を達した。

 やっていいのは、伝言を送ることだけだ。

 侯爵家に魔道具があったので、それを使わせてもらうことにした。

 

 一方で、領都民たちのうち、賊徒団に加わることを決めた者には、赤い布を首に巻くことを伝え、それをしない者は襲撃していいと達した。

 

 さらに、領土中に触れを出して、税を撤廃する宣伝をさせる。

 この領土を保持するつもりなどないから、税などどうでもいい。

 重税で喘いでいた領民たちが、賊徒団の支配を受け入れ、まだ残っている役人たちや、やってくるだろう征伐軍に抵抗してくれれば、少しでも時間が稼げると思う。とにかく、混乱が続いてくれればいいだけだ。

 それを見越しての人気取りでしかない。

 

 すでに、ドピィの人生の目的は達した。

 あと考えているのは、これを少しでも長く続けることのみでしかない。

 そして、悔いなどない。

 

 二ノスが終わり、略奪をやめさせる合図の鐘を領都中に響き渡らせた。

 ドピィが命令違反には厳しいことは浸透しているので、大部分はそれで賊徒たちは大人しくなる。

 従わない者たちは、捕らえて見せしめとして首を跳ねる。

 その辺は、四天王の名を与えている者たちに指示さえしておけば、ちゃんと対応するだろう。

 

 必要な指示を与えて、ドピィは別宅に戻った。

 長時間、局部と乳首を糸で吊り上げて放置されていたシャロンは、息も絶え絶えになっていた。

 股間は可哀想なくらいに、淫らな汁で溢れていた。

 淫売め──。

 

 ドピィはなぜか怒りに襲われた。

 そして、ドピィが戻ると、シャロンは急にドピィに媚びを売るような言葉を紡ぎだした。

 これについてもかっとなった。

 ルーベンのことを忘れてなかっただの、あのときは、仕方なくルーベンを捕らえさせたのだというたわ言だ。

 怒りが込みあがる。

 

「侯爵夫人のまんこに、薄汚い賊徒の性器を入れてやろう。そして、お前が孕むまで繰り返し犯す。二箇月か、三箇月か……。それまで、ここがもてばいい。そのために、クロイツ領に襲撃したんだ。それで俺の人生は意味があったものとして色づく」

 

 ルーベンは怒鳴ると、シャロンを拘束している台にあがった。

 すぐに、ズボンから勃起した怒張を露出させる。

 前戯は必要なさそうだ。

 糸を繋げたまま、シャロンの腰を抱えあげ、一気にその怒張をシャロンの股間に貫かせた。

 

「んはああああっ、ああああああっ、ルーベン──」

 

 シャロンが白目を剥き、がくがくと拘束された身体を痙攣させて裸体を反り返らせた。

 達したのだ。

 

「淫売め──。挿入しただけでいきやがったか──」

 

 ドピィは哄笑した。

 そして、精を放つために、さらに激しく抽送を開始した。だが、女になど触れたことがないドピィは自分でも唖然とするほどに呆気なく精を放ってしまった。

 

 だが、萎えない。

 まだ、勃起は保ったままだ。

 ドピィは、狂ったようにシャロンを犯し続けた。

 

 

 

 

(第3部・第1話『道化師軍の蜂起』終わり)






 *

 次話からは、やっと主人公側の視点に戻ります。



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【資料】登場人物一覧(第94話冒頭時点)
573【資料】主要人物・能力等一覧①



 要望があったので、主要登場人物のレベル・能力の一覧を記載します。
 矛盾点があれば、指摘等により修正します。
(とりあえず、当面関係する主要人物のみを記載し、ほかは逐次の追加を予定します。)


 *




①主人公

 

【ロウ=ボルグ・サタルス】

1.性別:男

2.種族:人間(外来人)

3.地位(前身):子爵、エルフ女王の(つがい)

4.年齢:36

5.レベル、能力

 ・クロノス

 ・淫魔師(210レベル)

 ・戦士(10レベル)

6.冒険者レベル:S

7.得物(攻撃力)

 ・短銃(500)

8.外観1(髪):黒

9.外観2(体型等):中肉中背

10.性癖:好色、SM好き

 

 

②パーティー員

 

【エリカ】

1.性別:女

2.種族:エルフ

3.地位(前身):元アスカの情婦

4.年齢:19

5.レベル、能力

 ・魔道戦士(60レベル)

6.冒険者レベル:S

7.得物(攻撃力)

 ・細剣(600)

 ・弓(700)

8.外観1(髪):金髪、ボム

9.外観2(体型等):絶世の美女

10.性癖:百合癖、童女好き

 

【コゼ】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):元アサシン、元性奴隷

4.年齢:21

5.レベル、能力

 ・戦士(30レベル)

 ・アサシン(65レベル)

 ・シーフ(30レベル)

6.冒険者レベル:A

7.得物(攻撃力)

 ・暗器(700)

 ・短剣(400)

8.外観1(髪):栗毛、ショート

9.外観2(体型等):童顔、小柄

10.性癖:ロウが絶対の崇拝者

 

【シャングリア=モーリア】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):女騎士、男爵家令嬢

4.年齢:23

5.レベル、能力

 ・戦士(70レベル)

6.冒険者レベル:A

7.得物(攻撃力)

 ・剣(1200)↑

8.外観1(髪):銀白色、ロング

9.外観2(体型等):端正

10.性癖:快感に純真、耐久責め好き

 

【スクルド(スクルズ)】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):元神殿長

4.年齢:26

5.レベル、能力

 ・魔道遣い(80レベル)

6.冒険者レベル:スクルズ時代にC

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):栗毛→青白色、ショート→ロング

9.外観2(体型等):胸は豊満、可愛らしい外見

10.性癖:淫乱、雌犬志願

 

【マーズ】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):女闘士

4.年齢:16

5.レベル、能力

 ・戦士(50レベル)

6.冒険者レベル:C

7.得物(攻撃力)

 ・大剣(1800)

 ・素手(1200)

8.外観1(髪):茶色、ミディアム

9.外観2(体型等):大柄、筋肉質

10.性癖:脳筋的マゾ

 

【ミウ】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):見習い巫女、孤児

4.年齢:11

5.レベル、能力

 ・魔道遣い(30レベル)自在型

6.冒険者レベル:D

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):黒、ショート

9.外観2(体型等):同年代より小柄、胸はまだ平板

10.性癖:隠れ淫乱

 

【イット】

1.性別:女

2.種族:獣人(ガロイン族)

3.地位(前身):元性奴隷

4.年齢:16

5.レベル、能力

 ・勇者

 ・戦士(80レベル)

 ・魔剣(未覚醒)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・爪(2500)

8.外観1(髪):茶と黒の混毛、頭髪は背の体毛に繋がる

9.外観2(体型等):房耳・四肢に体毛、尻尾あり、胸は豊か

10.性癖:性技に堪能、感覚は敏感、尾の付け根は性感帯

11.その他

 ・魔道耐性の呪い

 

 

②クエスト同行中

 

【イライジャ】

1.性別:女

2.種族:褐色エルフ

3.地位(前身):寡婦

4.年齢:21

5.レベル、能力

 ・戦士(10レベル)

 ・魔道遣い(4レベル)

 ・緊縛師(3レベル)

 ・交渉力

6.冒険者レベル:B

7.得物(攻撃力)

 ・剣(100)

8.外観1(髪):黒、ロング

9.外観2(体型等):背が高い

10.性癖:縄責めが得意なS、百合癖

 

【ユイナ】

1.性別:女

2.種族:褐色エルフ

3.地位(前身):魔道研究の才女

4.年齢:18

5.レベル、能力

 ・戦士(1レベル)

 ・魔道遣い(10レベル)

 ・魔道技師(40レベル)

 ・古代魔道読解

 ・眼球紋(鑑定、能力欺騙)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):黒、ボム

9.外観2(体型等):小柄

10.性癖:アナル敏感

 

 

③エルフ王宮

 

【ガドニエル】

1.性別:女

2.種族:エルフ

3.地位(前身):エルフ王国女王

4.年齢:19*

5.レベル、能力

 ・魔道遣い(110レベル)

 ・カリスマ力

6.冒険者レベル:

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):黄金色、超ロング

9.外観2(体型等):高貴な美女

10.性癖:慎みのない真性マゾ

 

 

【ラザニエル(アスカ)】

1.性別:女

2.種族:エルフ

3.地位(前身):エルフ王国副王(闇堕ち魔女)

4.年齢:2**

5.レベル、能力

 ・魔女

 ・魔道遣い(150レベル)

 ・逆行(未覚醒)

6.冒険者レベル:

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):黒、超ロング

9.外観2(体型等):妖艶な美女

10.性癖:調教されたマゾ

 

 

【ブルイネン=ブリュー】

1.性別:女

2.種族:エルフ

3.地位(前身):女王親衛隊長

4.年齢:40

5.レベル、能力

 ・魔道戦士(60レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・剣(700)

8.外観1(髪):栗毛、ミディアム

9.外観2(体型等):スレンダー美女

10.性癖:ノーマル

 

【アルオウィン】

1.性別:女

2.種族:エルフ

3.地位(前身):女王直属諜報員

4.年齢:45

5.レベル、能力

 ・魔道戦士(45レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・剣(300)

8.外観1(髪):茶髪、ショート

9.外観2(体型等):やせ形、胸は小さい

10.性癖:ノーマル

 

 

【ケイラ=ハイエル、田中享子】

1.性別:女

2.種族:エルフ、人間

3.地位(前身):エルフ女長老、エルフ王族

4.年齢:850、20

5.レベル、能力

 ・戦士(20レベル)

 ・魔道遣い(3レベル)

 ・招魂士(40レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):黄金、ロング

9.外観2(体型等):熟女

10.性癖:ノーマル、経験多い

 

 

③ハロンドール王国関係

 

【ルードルフ=ハロンドール】

1.性別:男

2.種族:人間

3.地位(前身):ハロンドール国王

4.年齢:50

5.レベル、能力

 ・治政力(5レベル)

 ・魔道遣い(3レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・剣(70)

8.外観1(髪):金髪

9.外観2(体型等):中年太り

10.性癖:マゾ、好色(両刀使い)

 

【イザベラ=ハロンドール】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):ハロンドール王太女

4.年齢:17

5.レベル、能力

 ・魔道遣い(5レベル)

 ・治政力(20レベル)

 ・記憶力

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):黒、セミロング

9.外観2(体型等):悪女顔の少女

10.性癖:純粋

 

【アネルザ=マルエダ・ハロンドール】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):ハロンドール王妃

4.年齢:46

5.レベル、能力

 ・治政力(20レベル)

 ・魔道遣い(1レベル)

 ・人物鑑定力

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):黒、ロング

9.外観2(体型等):妖艶な美女、豊満

10.性癖:多淫のSだが、ロウにはM

 

 

【アン=ハロンドール】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):王族、アネルザ実娘

4.年齢:24

5.レベル、能力

 ・無自覚の直感

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):黒、ミディアム

9.外観2(体型等):均整

10.性癖:ノヴァの恋人

 

【エルザ=ハロンドール・ブリテン】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):タリオ公国公妃

4.年齢:24

5.レベル、能力

 ・治政力(50レベル)

 ・交易力(30レベル)

6.冒険者レベル:元ギルド長

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):紅色、ミディアム

9.外観2(体型等):均整型

10.性癖:ノーマル

 

【ノヴァ】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):アンの侍女

4.年齢:18

5.レベル、能力

 ・侍女力(10レベル)

 ・無自覚の強運

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):茶、セミロング

9.外観2(体型等):やせ形、やや小柄

10.性癖:アンの恋人

 

【シャーラ=ボルト】

1.性別:女

2.種族:エルフ(ナタル出身)

3.地位(前身):王太女護衛長

4.年齢:28

5.レベル、能力

 ・魔道戦士(30レベル)

6.冒険者レベル:B

7.得物(攻撃力)

 ・剣(1000)

8.外観1(髪):銀髪、ロングを背で束ねる。

9.外観2(体型等):スレンダー美女

10.性癖:ノーマル

 

【ミランダ】

1.性別:女

2.種族:ドワフ

3.地位(前身):冒険者ギルドの副ギルド長

4.年齢:60

5.レベル、能力

 ・戦士(60レベル)

 ・魔道遣い(5レベル)

6.冒険者レベル:S

7.得物(攻撃力)

 ・両手斧(各1200)

8.外観1(髪):茶髪、ミディアムを軽く束ねる。

9.外観2(体型等):人間族の幼児体型、胸は大きい

10.性癖:押しに弱いマゾ体質

 

【ベルズ=ブロア】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):筆頭巫女、伯爵家令嬢、魔道研究家

4.年齢:25

5.レベル、能力

 ・魔道遣い(40レベル)

6.冒険者レベル:C

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):赤毛、くせ毛

9.外観2(体型等):やせ形

10.性癖:百合癖でM

 

【ウルズ】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):元筆頭巫女

4.年齢:25

5.レベル、能力

 (幼児退行中)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):― 

8.外観1(髪):栗毛、ショート

9.外観2(体型等):妖艶な外観だが幼児退行中

10.性癖:ロウが大好きで、超敏感

 

 

④魔族・妖魔

 

【サキ】

1.性別:女

2.種族:魔族

3.地位(前身):妖魔将軍

4.年齢:***

5.レベル、能力

 ・魔道支配力(80レベル)

 ・妖力(90レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・素手(3000)

8.外観1(髪):濃い茶色

9.外観2(体型等)

 :人間族に変異した外観は背の高い妖艶美女

 :本来は毛深く、頭に二本角

10.性癖:Sだか、ロウにはM

 

 

⑤タリオ公国関係

 

【アーサー=ブリテン】

1.性別:男

2.種族:人間

3.地位(前身):タリオ大公

4.年齢:32

5.レベル、能力

 ・戦士(20レベル)

 ・魔道遣い(8レベル)

 ・治政力(65レベル)

 ・軍師(30レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・剣(400)

8.外観1(髪):銀髪

9.外観2(体型等):絶世の美男子

10.性癖:女に淡白で差別的

 

【ランスロット=デラク】

1.性別:男

2.種族:人間

3.地位(前身):タリオ公国筆頭将軍

4.年齢:27

5.レベル、能力

 ・戦士(30レベル)

 ・魔道遣い(10レベル)

 ・軍師(20レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・剣(500)

8.外観1(髪):銀髪

9.外観2(体型等):美男子

10.性癖:最近まで童貞、エリザベートに恋

 

 

⑥南方叛乱関係

 

【ドピィ(ルーベン=クラレンス)】

1.性別:男

2.種族:人間

3.地位(前身):元子爵家令息

4.年齢:28

5.レベル、能力

 ・軍師(50レベル)

6.冒険者レベル:A

7.得物(攻撃力)

 ・剣(150)

8.外観1(髪):黒

9.外観2(体型等):中肉中背

10.性癖:冷酷

 

【シャロン=ベルフ・クロイツ】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):侯爵夫人(ドピィの元婚約者)

4.年齢:28

5.レベル、能力:―

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):茶色、ミディアム

9.外観2(体型等):中肉中背

10.性癖:ノーマル

 

【カリュート】

1.性別:男

2.種族:人間

3.地位(前身):道化師軍四天王のひとり

4.年齢:35

5.レベル、能力

 ・戦士(15レベル)

6.冒険者レベル:B

7.得物(攻撃力)

 ・剣(450)

8.外観1(髪):栗髪

9.外観2(体型等):中肉中背

10.性癖:強姦歴多数







 *

 淫魔師の恩恵による、能力向上・能力付加は、性交の回数に応じて向上。また、自力・性交頻度に応じて能力アップ


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574【資料】主要人物・能力等一覧②


 前回に次いで、下資料に基づき、他の登場人物のレベル等を掲載します。


 *




④魔族・妖魔

 

【クグルス(ベルルス)】

1.性別:女

2.種族:魔妖精

3.地位(前身):―

4.年齢:**

5.レベル、能力

 ・魔妖精(80レベル)

6.冒険者レベル:―

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):真っ直ぐな青色の髪

9.外観2(体型等):手のひら程度の大きさ、羽あり

10.性癖:淫気を捕食

 

【シルキー】

1.性別:女

2.種族:屋敷妖精(ロウ幽霊屋敷)

3.地位(前身):―

4.年齢:?

5.レベル、能力

 ・屋敷妖精(20レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):黒髪

9.外観2(体型等):童女姿

10.性癖:ロウにより快楽に目覚める。

 

【ブラニー】

1.性別:女

2.種族:屋敷妖精(王都小屋敷)

3.地位(前身):―

4.年齢:?

5.レベル、能力

 ・屋敷妖精(50レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):黒髪

9.外観2(体型等):童女姿(シルキーにそっくり)

 

【ピカロ】

1.性別:女

2.種族:サキュバス(ロウの下僕)

3.地位(前身):―

4.年齢:**

5.レベル、能力

 ・淫魔(60レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・素手(700)

8.外観1(髪):赤髪、ショート

9.外観2(体型等):少女体型

10.性癖:「ぼく」っ娘、多淫

 

【チャルタ】

1.性別:女

2.種族:サキュバス(ロウの下僕)

3.地位(前身):―

4.年齢:**

5.レベル、能力

 ・淫魔(50レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・素手(700)

8.外観1(髪):緑髪、横束ね

9.外観2(体型等):少女体型

10.性癖:「おれ」っ娘、多淫

 

【パリス】(死亡)

1.性別:両性

2.種族:魔族(鳥族)

3.地位(前身):―

4.年齢:***

5.レベル、能力

 ・闇魔道(90レベル)

 ・魔道戦士(50レベル)

 ・魂分離

 ・トレース

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・素手(2000)

8.外観1(髪):―

9.外観2(体型等):―

10.性癖:残忍

 

【メビウス】

1.性別:女

2.種族:?

3.地位(前身):皇帝家の性奴隷

4.年齢:**

5.レベル、能力

 ・魔道遣い(?レベル)

 ・操心術(90レベル)

 ・影魔術

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・素手(?)

8.外観1(髪):黒髪、セミロング

9.外観2(体型等):童女体型

10.性癖:性技に堪能

 

【?(ラポルタ)】

1.性別:女

2.種族:魔族

3.地位(前身):サキの眷属(腹心)

4.年齢:***

5.レベル、能力

 ・妖力(30レベル)

 ・? (?)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・素手(1500)

8.外観1(髪):ー

9.外観2(体型等):美女

10.性癖:言葉遣いは慇懃丁寧

 

【ラミダナ】

1.性別:女

2.種族:魔族

3.地位(前身):サキの眷属(令嬢調教責任者)

4.年齢:***

5.レベル、能力

 ・妖力(15レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・素手(800)

8.外観1(髪):ー

9.外観2(体型等):美女

10.性癖:言魂の影響を受けつつある。

 

【ジャスラン】

1.性別:女

2.種族:魔族と人間のハーフ

3.地位(前身):サキの眷属

4.年齢:30

5.レベル、能力

 ・妖力(80レベル)

 ・亜空間術、**術

 ・洗脳球(5個)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・素手(2000)

8.外観1(髪):赤と黒のまだら

9.外観2(体型等):普通

10.性癖:人間嫌い

 

 

⑤タリオ公国関係

 

【タゴネット=ブラム】

1.性別:男

2.種族:人間

3.地位(前身):タリオ中尚令(流通)

4.年齢:32

5.レベル、能力

 ・戦士(5レベル)

 ・交易(20レベル)

 ・官吏(15レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・剣(100)

8.外観1(髪):茶髪

9.外観2(体型等):やせ形

10.性癖:ビビアンのセフレ(M)

 

【ガラハッド】

1.性別:男

2.種族:人間

3.地位(前身):タリオ中尚令(民事)

4.年齢:30

5.レベル、能力

 ・戦士(28レベル)

 ・官吏(10レベル)

6.冒険者レベル:S

7.得物(攻撃力)

 ・矛(350)

8.外観1(髪):赤髪

9.外観2(体型等):筋肉質

10.性癖:サディスティクな獣人嫌い

 

【トリスタン】

1.性別:男

2.種族:人間

3.地位(前身):タリオ中尚令(謀略・新人)

4.年齢:28

5.レベル、能力

 ・戦士(22レベル)

 ・魔道遣い(7レベル)

 ・謀略力(30レベル)

6.冒険者レベル:

7.得物(攻撃力)

 ・剣(350)

8.外観1(髪):銀髪

9.外観2(体型等):中肉中背

10.性癖:女奴隷を収集

 

【リオーズ】

1.性別:男

2.種族:人間

3.地位(前身):ランスロットの副官

4.年齢:27

5.レベル、能力

 ・戦士(21レベル)

6.冒険者レベル:

7.得物(攻撃力)

 ・剣(400)

 ・鎗(500)

8.外観1(髪):茶髪

9.外観2(体型等):普通

10.性癖:妻子あり

 

【ビビアン(レイク=ダーム)】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):タリオ諜報員(ロウ支配済)

4.年齢:35

5.レベル、能力

 ・戦士(30レベル)

 ・アサシン(30レベル)

 ・諜報(30レベル)

 ・毒使い(3レベル)

6.冒険者レベル:

7.得物(攻撃力)

 ・剣(500)

8.外観1(髪):変装の名人で常に変化

9.外観2(体型等):変装の名人で常に変化

10.性癖:多淫

 

【エリザベート=シオノス・ブリテン】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):タリオ公妃、教皇の孫娘

4.年齢:18

5.レベル、能力

 ・戦士(10レベル)

 ・官吏(10レベル)

6.冒険者レベル:C

7.得物(攻撃力)

 ・剣(200)

8.外観1(髪):茶髪

9.外観2(体型等):平凡な外見

10.性癖:ノーマル

11.姉のマリアーヌは大神殿の聖女。祖父は教皇クレメンス=シオノス

 

【ギネビア】

1.性別:女

2.種族:獣人(人猫族)

3.地位(前身):エリザベートの侍女(護衛)

4.年齢:12

5.レベル、能力

 ・戦士(40レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・剣(950)

8.外観1(髪):白黒の体毛

9.外観2(体型等):小柄、房毛の尾

10.性癖:―

 

【ノルズ】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):タリオ諜報員(ロウ支配済)

4.年齢:26

5.レベル、能力

 ・戦士(30レベル)

 ・魔道遣い(50レベル)

 ・魔獣遣い(70レベル)

 ・アサシン(5レベル)

6.冒険者レベル:B

7.得物(攻撃力)

 ・暗器(800)

8.外観1(髪):黒髪、短髪

9.外観2(体型等):やせた筋肉質

10.性癖:嗜虐の百合癖、スクルド・ベルズはレズ仲間

 

【?(テレーズ)】(逃亡中)

1.性別:女

2.種族:人間?

3.地位(前身):タリオ工作員

4.年齢:29

5.レベル、能力

 ・闇魔道遣い(38レベル)

 ・工作員(65レベル)

 ・変身の魔石を打入

6.冒険者レベル:

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):40歳のテレーズ女伯爵に変身中

9.外観2(体型等):同上

10.性癖:S

 

 

⑦冒険者ギルド関係

 

【ラン】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):食堂店員→奴隷→ギルド職員

4.年齢:19

5.レベル、能力

 ・業務処理(25レベル)

 ・文書読解力

6.冒険者レベル:職員

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):栗毛、ボム

9.外観2(体型等):中肉中背

10.性癖:極めてノーマル

 

【シズ】

1.性別:女

2.種族:人間とエルフのハーフ

3.地位(前身):冒険者、エリカの幼馴染

4.年齢:19

5.レベル、能力

 ・戦士(15レベル)

6.冒険者レベル:B

7.得物(攻撃力)

 ・剣(300)

8.外観1(髪):ショート

9.外観2(体型等):エルフの美少年に見える。

10.性癖:男嫌いのマゾ

 

【ゼノビア】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):傭兵、冒険者(怨み屋)

4.年齢:23

5.レベル、能力

 ・戦士(25レベル)

 ・魔道遣い(10レベル)

 ・傭兵(15レベル)

 ・毒遣い(10レベル)

 ・アサシン(5レベル)

6.冒険者レベル:

7.得物(攻撃力)

 ・剣(500)

8.外観1(髪):栗毛、後ろで束ねる

9.外観2(体型等):美人だが頬に傷

10.性癖:責めがしつこい百合癖

 

 

⑧交易商関係

 

【マア】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):タリオ出身の女豪商

4.年齢:62

5.レベル、能力

 ・交易(50レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):茶髪

9.外観2(体型等):淫魔術により30歳の外見

10.性癖:ノーマルだが性には淡白

 

【ラレン】

1.性別:男

2.種族:人間

3.地位(前身):マアの部下

4.年齢:41

5.レベル、能力

 ・交易(12レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):

 ・剣(100)

8.外観1(髪):灰色

9.外観2(体型等):中肉中背

10.性癖:男色家

 

【スタン】

1.性別:男

2.種族:人間

3.地位(前身):マアの部下、孤児

4.年齢:12

5.レベル、能力

 ・戦士(5レベル)

 ・交易(2レベル)

6.冒険者レベル:D

7.得物(攻撃力):

 ・剣(200)

8.外観1(髪):黒髪

9.外観2(体型等):小柄

10.性癖:ー

 

 

⑨ ハロンドール貴族関係

 

【テレーズ=ラポルタ】(行方不明)

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):女伯爵

4.年齢:45

5.レベル、能力

 ・治政力(5レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):ー

8.外観1(髪):薄い金髪、ロング

9.外観2(体型等):貴婦人然とした美女

10.性癖:ノーマル

 

【マリー=ラポルタ】(行方不明)

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):女伯爵

4.年齢:20

5.レベル、能力:-

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):ー

8.外観1(髪):濃い金髪

9.外観2(体型等):美女、セミロング

10.性癖:ノーマル



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575【資料】主要人物・能力等一覧③


 イザベラ女官団、後宮官吏、クルノス親衛隊などです。これでひとまず終了です。


 *




⑩王太女女官団

 

【ヴァージニア】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):女官長

4.年齢:40

5.レベル、能力

 ・官吏(40レベル)

 ・判断力

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):栗髪

9.外観2(体型等):スタイルはいい

10.性癖:雌犬癖

 

【トリア=アンジュー】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):侍女、男爵家令嬢

4.年齢:18

5.レベル、能力

 ・官吏(20レベル)

 ・侍女(20レベル)

 ・観察分析力

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):栗髪

9.外観2(体型等):一般的体型

10.性癖:ノルエルとレズ関係(責め)

 

【ノルエル】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):侍女、商家の娘

4.年齢:16

5.レベル、能力

 ・官吏(20レベル)

 ・侍女(20レベル)

 ・発想力

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):栗髪

9.外観2(体型等):胸はない

10.性癖:気弱、トリアのネコ

 

【オタビア=カロー】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):侍女、子爵家令嬢

4.年齢:19

5.レベル、能力

 ・官吏(20レベル)

 ・侍女(10レベル)

 ・洞察力

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):茶髪

9.外観2(体型等):やせ型

10.性癖:先天性全身性感帯

 

【ダリア】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):侍女、カロー家侍従長の娘

4.年齢:18

5.レベル、能力

 ・官吏(20レベル)

 ・侍女(15レベル)

 ・記憶力

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):赤髪

9.外観2(体型等):やややせ型

10.性癖:ー

 

【クアッタ=ゼノン】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):侍女、子爵家令嬢

4.年齢:20

5.レベル、能力

 ・官吏(20レベル)

 ・侍女(15レベル)

 ・説明力

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):赤茶

9.外観2(体型等):普通

10.性癖:-

 

【ユニク=ユニエル】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):侍女、子爵家令嬢

4.年齢:20

5.レベル、能力

 ・官吏(20レベル)

 ・侍女(15レベル)

 ・調整力

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):栗髪

9.外観2(体型等):

10.性癖:舌足らずの甘え上手

 

【セクト=セレブ】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):侍女、男爵家令嬢

4.年齢:22

5.レベル、能力

 ・官吏(20レベル)

 ・侍女(10レベル)

 ・料理(30レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):黒髪

9.外観2(体型等):胸は豊か

10.性癖:-

 

【モロッコ=テンブル】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):侍女、騎士爵の娘

4.年齢:15

5.レベル、能力

 ・官吏(20レベル)

 ・侍女(10レベル)

 ・戦士(15レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・剣(250)

8.外観1(髪):銀髪

9.外観2(体型等):筋肉質、胸は豊か

10.性癖:-

 

【デセル】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):侍女

4.年齢:17

5.レベル、能力

 ・官吏(20レベル)

 ・侍女(10レベル)

 ・教養力

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):髪

9.外観2(体型等):

10.性癖:読書家(性知識は豊富)

 

 

⑪後宮官吏

 

【フラントワーズ=グリムーン】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):グリムーン公爵(処刑)の妻

4.年齢:49

5.レベル、能力

 ・官吏(1レベル)

 ・神官(10レベル*)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):茶髪

9.外観2(体型等):ショートに切断

10.性癖:マゾに調教

11.(黄組)、じ後、天道教の教祖

12.*聖書による言魂発信によりレベル取得

 

【ラジル=ポリニャック】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):侯爵夫人

4.年齢:47

5.レベル、能力:―

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):茶髪、ロング(結っている)

9.外観2(体型等):年齢相応の肌・体形は保持

10.性癖:-

11.(青組)

 

【ランジーナ=ボートワール】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):侯爵夫人

4.年齢:51

5.レベル、能力:―

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):銀髪、ロング(結っている)

9.外観2(体型等):年齢相応の肌・体形は保持

10.性癖:ー

11.(青組)

 

【マリア=ラングール】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):ラングール公爵(処刑)の妻

4.年齢:40

5.レベル、能力

 ・官吏(1レベル)

 ・魔道遣い(1レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):赤髪

9.外観2(体型等):美女

10.性癖:-

11.(黄組)

 

【テルミナ=サンベール】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):伯爵夫人

4.年齢:38

5.レベル、能力

 ・神官(1レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):金髪

9.外観2(体型等):美女

10.性癖:-

11.(黄組)

 

【アドリーヌ=モンベール】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):伯爵家令嬢

4.年齢:15

5.レベル、能力

 ・官吏(1レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):金髪

9.外観2(体型等):美少女

10.性癖:マゾに洗脳

11.(赤組・筆頭)

 

【エミール=サンベール】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):伯爵家令嬢

4.年齢:16

5.レベル、能力

 ・官吏(1レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):銀髪

9.外観2(体型等):美少女

10.性癖:マゾに洗脳

11.(赤組)

 

【カミール=サンベール】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):伯爵家令嬢

4.年齢:14

5.レベル、能力

 ・官吏(1レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):銀髪

9.外観2(体型等):美少女

10.性癖:マゾに洗脳

11.(赤組)

 

【エリザベス=ラングーン】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):公爵家令嬢

4.年齢:18

5.レベル、能力

 ・官吏(1レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):赤髪

9.外観2(体型等):気の強そうな美少女

10.性癖:マゾに洗脳

11.(赤組)

 

【ベアトリーチェ=ジャルジェ】

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):女騎士、伯爵家令嬢

4.年齢:25

5.レベル、能力

 ・戦士(5レベル)

 ・官吏(1レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力):―

8.外観1(髪):茶髪

9.外観2(体型等):鍛えられた肉体の美女

10.性癖:マゾに洗脳、放尿癖

11.(赤組)

 

⑫クロノス親衛隊

 

【ドルアノア】

1.性別:女

2.種族:エルフ

3.地位(前身):聖騎士小隊長

4.年齢:50

5.レベル、能力

 ・戦士(40レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・剣(800)

8.外観1(髪):銀髪

9.外観2(体型等):-

10.性癖:-

 

【エルミア】

1.性別:女

2.種族:エルフ

3.地位(前身):聖騎士小隊長

4.年齢:45

5.レベル、能力

 ・戦士(40レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・剣(500)

8.外観1(髪):銀髪

9.外観2(体型等):やや筋肉質

10.性癖:-

 

【ジュネ】

1.性別:女

2.種族:エルフ

3.地位(前身):聖騎士女兵

4.年齢:50

5.レベル、能力

 ・戦士(30レベル)

 ・軍師(10レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・剣(300)

8.外観1(髪):銀髪

9.外観2(体型等):エルフ族にしては小柄

10.性癖:-

 

【グロリナ】

1.性別:女

2.種族:エルフ

3.地位(前身):聖騎士女兵

4.年齢:30

5.レベル、能力

 ・戦士(30レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・剣(500)

8.外観1(髪):銀髪

9.外観2(体型等):-

10.性癖:-

 

【ナギト】

1.性別:女

2.種族:エルフ

3.地位(前身):聖騎士女兵

4.年齢:30

5.レベル、能力

 ・戦士(30レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・剣(500)

8.外観1(髪):黒髪

9.外観2(体型等):-

10.性癖:-

 

【ブラム】

1.性別:女

2.種族:エルフ

3.地位(前身):聖騎士女兵

4.年齢:28

5.レベル、能力

 ・戦士(40レベル)

 ・弓術

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・剣(500)

8.外観1(髪):銀髪

9.外観2(体型等):-

10.性癖:-

 

 

⑬その他

 

【ミリア=トミア】(偽テレーズと同行中)

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):子爵家(没落)令嬢

4.年齢:13

5.レベル、能力

 ・戦士(5レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・剣(250)

8.外観1(髪):茶髪

9.外観2(体型等):小柄

10.性癖:-

 

【ケイト】(偽テレーズと同行中)

1.性別:女

2.種族:人間

3.地位(前身):エリザベスの元侍女

4.年齢:18

5.レベル、能力

 ・戦士(2レベル)

 ・侍女(10レベル)

6.冒険者レベル:なし

7.得物(攻撃力)

 ・剣(200)

8.外観1(髪):栗髪、ミディアム

9.外観2(体型等):普通

10.性癖:-



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 第2話   人生劇場~交渉を待ちながら
576 新しい能力


*

 

 

“ロウ=ボルグ・サヴァエルヴ・サタルス(田中一郎)

   エルフ族の英雄

   冒険者Sシーラ(パーティ長)

   ハロンドール王国子爵

  人間族(外来人)、男

  年齢36歳

  ジョブ

   クロノス

   淫魔師(レベル210)↑[限界突破]

   戦士(レベル10)↑

  生命力:200↑↑

  攻撃力

   30(素手)

  支配女[71]

  〇冒険者パーティ員(9)

   ・エリカ[魔道戦士]

   ・コゼ[アサシン]

   ・シャングリア[女騎士]

   ・マーズ[女闘士]

   ・ミウ[見習い巫女]

   ・イット[獣人戦士]

   ・スクルド[魔道遣い]

   ・イライジャ[一時加入、クエスト依頼者]

   ・ユイナ[一時加入、魔道技師]

  〇ハロンドール王室関係(5)

   ・イザベラ=ハロンドール[ハロンドール王太女]

   ・アネルザ[ハロンドール正王妃]

   ・アン=ハロンドール[元王女]

   ・シャーラ=ポルト[王太女護衛長]

   ・ノヴァ[アンの恋人]

  〇エルフ・ナタル王国関係(4)

   ・ガドニエル=ナタル((つがい))[エルフ族女王]

   ・ラザニエル=ナタル[副女王]

   ・ブルイネン=ブリュー[女王親衛隊長]

   ・アルオウィン[女王直属諜報員] 

  〇神殿関係(2)

   ・ベルズ=ブロア[神殿筆頭巫女]

   ・ウルズ

  〇タリオ公国関係(2)

   ・ビビアン[諜報員]

   ・ノルズ[諜報員]

  〇冒険者ギルド(4)

   ・ミランダ[ドワフの女戦士]

   ・ラン[ギルド職員]

   ・ゼノビア[Bランク冒険者]

   ・シズ[Bランク冒険者]

  〇大陸交易商(1)

   ・マア[女豪商]

  〇王国女官団(10)

   ・ヴァージニア[女官長]

   ・トリア=アンジュー[男爵家令嬢]

   ・ノルエル[商家の娘]

   ・オタビア=カロー[子爵家令嬢]

   ・ダリア[カロー家家人の娘]

   ・クアッタ=ゼノン[子爵家令嬢]

   ・ユニク=ユルエル[子爵家令嬢]

   ・セクト=セレブ[男爵家令嬢]

   ・デセル[商家の娘]

   ・モロッコ=テンブル[騎士爵の娘]

  〇クロノス聖騎士隊(30)

   ・ドルアノア[聖騎士小隊長]

   ・エルミア[聖騎士小隊長]

   ・ジェネ[聖騎士女兵]

   ・グロリナ[聖騎士女兵]

   ・ナギト[聖騎士女兵]

   ・ブラム[聖騎士弓手]

     他24名

  〇支配眷属(5)

   ・クグルス[魔妖精]

   ・シルキー[屋敷妖精]

   ・サキ[妖魔将軍]

   ・ピカロ[サキュバス]

   ・チャルタ[サキュバス]

  特殊能力

   淫魔力

   魔眼

   ユグドラの癒し

   亜空間収納

   粘性体術

   仮想空間術

   性感帯移動↑

   五感操作↑

  使徒(2/6)

   イット[勇者]

   ラザニエル=ナタル[魔女]”

 

 *

 

 

「うーん」

 

 一郎は腕組みをして唸った。

 ハロンドール王国への帰還を前にして、改めて自分のステータスを覗いたところ、随分と派手なことになっていたのだ。

 まあ、身に覚えがないとは言えないが……。

 

「どうしたんですか、ご主人様? 溜め息なんて珍しいですね?」

 

「わたしにできることがあれば、なんでもおっしゃってくださいね。スクルドは、ご主人様の奴隷ですので」

 

 すると、さっきから一郎の身体の両側にいたコゼとスクルドが一郎の両脇にしがみついてきた。

 ふたりとも、薄物一枚でほとんど裸に近いような恰好である。

 髪も乱れていて、薄っすらと汗もかいており、顔は赤くなって息もちょっとあがっている。

 たったいままで、このふたりに性の相手をしてもらっていたところなのだ。

 いまは、ちょっと一息を付いているという状況である。

 

 ここは、水晶宮の中でも、ガドニエルにあてがわれている一郎の部屋だ。

 パリスとの対決が終わってから、しばらく水晶宮に滞在していたが、それまであてがわれていたのは、ここではなかった。

 最高級ではあるものの、水晶宮の中では客室にあたる場所であり、水晶宮ではガドニエルなどのいる王族の居室側とは反対側になる。

 しかし、あの英雄式典が終わった直後に案内されたのが、ここだったのだ。

 つまりは、水晶宮の奥側になるガドニエルのプライベート空間になる場所であり、そこに新たな一郎の部屋が準備されていたのである。

 

 英雄式典では、世界中に配信される魔道通信で、女王のガドニエルの恋人を宣言したのだが、それに応じるように、ガドニエルの居室の隣に一郎の新たな部屋が作られていたということだ。

 いや、隣というよりは、女王の寝室とは鍵のない壁の扉で繋がっていて、完全に女王の夫の待遇である。

 ガドニエルは、一郎の態度に関わらず、最初からそのつもりだったみたいであり、式典での一郎の行動がそれを後押ししたみたいになった感じだ。

 水晶宮に反対する者もなく、こういうことになったということだ。

 

 だが、そのガドニエルは、いまはいない。

 まだ昼間なので当然なのだが、副女王と呼ぶ者も多くなったアスカ、すなわち、ラザニエルとともに公務ということだった。

 もっとも、パリスに繋がっていたことで身分を剥奪されて更迭されたカサンドラという太守夫人に代わり、事実上の施政責任者のラザニエルはともかく、ガドニエルが公務というのは珍しいことなのだ。

 

 なにしろ、一郎と出会ってから、ほとんどの時間を一郎と一緒に過ごしていて、ガドニエルが女王業務をしているのにまったく接したことがない。

 エルフ族だけではなく、他種族を含めたすべての者の尊敬と憧憬を集めているガドニエルは、一郎にぞっこんなマゾっ気の強い雌犬様なのだ。

 ただ、よくわからないが、昨日の英雄式典の後始末で、どうしてもガドニエルが出なければ収まらないようなごたごたがあったらしい。

 

 そして、エリカとシャングリアとイライジャもいない。

 実は、この三人は、いま国境沿いに展開して一郎を待ち構えているというシャングリアの実家のモーリア男爵軍と接触するために、ひと足先に水晶宮を出立していったのである。

 今朝のことだ。

 

 スクルドの情報によれば、サキの手配によって一郎の身柄を拘束すべく、サキの部下だというジャスランという女妖魔が待ち構えているということだった。

 だから、ガドニエルがつけてくれた一郎の「クロノス親衛隊」を加えた全員で強引に突破することも考えたのだが、イライジャの働きによって、出発ぎりぎりになって、国境に展開している一隊の指揮をしているモーリア卿に連絡をとることができたのだ。

 

 魔道通信によるものだが、モーリア卿はシャングリアの保護者である男爵家の当主だ。無駄な騒動を起こす必要がなければ、それがいいに決まっている。

 それで、話し合いをするために、ひと足先にシャングリアたちに出発してもらったというわけだ。

 そして、シャングリアは当然ながら、さらにエリカとイライジャに同行してもらった。

 さらに、親衛隊からのふたりのエルフ族に加えてアルオウィンも一緒だ。

 アルオウィンは、ガドニエルの親書も預かっていて、モーリア卿と交渉するのは、一郎たちを無条件で国境を通過させることだ。

 

 シャングリアは、大叔父は自分には甘いから問題ないと太鼓判を押していて、また、アルオゥインは、恩のある一郎に命じられた初仕事だとして、随分と気合も入っているみたいだった。

 スクルドが言及したジャスランという女妖魔のことは気になるが、まあ、彼女たちなら問題はないだろう。

 

 最初は、一郎も一緒に行くことを考えた。

 だが、それはみんなから反対された。

 敵対する可能性のある勢力と会うのに、一郎がのこのこと向かうべきではないというのだ。

 みんなの言葉によれば、エルフ族女王であるガドニエルの恋人を宣言した一郎は、すでに小者ではないそうだ。

 あまりにも、全員が強く主張するので、さすがに一郎も忠告に従うことにした。

 

 そして、一番の当事者に近いスクルドなのだが、スクルドがモーリア家との話し合いに向かうことは、イライジャが反対した。

 モーリア隊の展開について、一番情報を握っているのはスクルドなのだが、話を聞く限りにおいて、そのジャスランとスクルドは、かなりの諍いを起こしている。

 スクルドが姿を見せれば、まとまる話し合いも、まとまらないというのがイライジャの判断だ。

 一郎も当然と考え、スクルドは一郎と大人しく待機となった。

 本人は、悪びれる様子もなく、こうやって一郎に貼りついている。

 

 とにかく、そういうわけで、シャングリアやエリカが戻るまで、数日間はこのまま待機することになると思う。

 ハロンドールの国境から、ここまで半月ほどの旅だったが、「女王の道」とかいう移動術を連ねて長距離跳躍できる魔道設備があるらしく、一日もかからずに、向こうまで辿りつくはずだ。

 早ければ、明日の朝にはシャングリアやエリカも戻って来るかもしれない。

 一郎の出発は、その後ということになるだろう。

 

 出発が遅れ自由時間が得られたことで、ミウとマーズとイットは、エルフ族の街に買い物に出かけた。

 折角だから、物見遊山をしたいということだった。

 これまでずっとエルフ族の都で逃げ隠れる生活だったが、ガドニエルの「親政」の開始により、他種族もかなり安全になったことで、観光をしたいと思ったみたいだ。

 何気に仲のいいあの三人は、なにか買いたいものがあるらしく、今日は朝から出掛けていった。

 

 そういうことで、いま一郎のところにいるのは、コゼとスクルドとユイナの三人ということだ。

 だから、一郎は淫気の充電という名目で、この三人を相手に朝から愉しんでいる。

 親衛隊の連中も呼べば応じるが、エリカたちが戻ればすぐに出立なので、ブルイネン以下、その準備もしている。

 一郎の退屈凌ぎの相手をさせて、邪魔をするのは申し訳がない。

 

 もっとも、一郎のステータスがあがったことで、性欲を満たしたいという言い訳だけではなく、実際に、一郎はかなりの人数との性愛を繰り返す必要がある。

 一日でも女を空けると、たちまちに、身体の脱力を伴う飢餓感のようなものが襲う気がするのだ。

 食べても食べても満腹にならない飢餓の呪いを受けているような感じであり、一郎は常に女たちと愛し合うことが必要のようなのだ。

 

 一度、呼び出した魔妖精のクグルスも、数日くらいで倒れることはないが、パリスとの決戦の前に起きた淫気切れのようなことを起こさないためには、絶対に女を絶やすなと言っていた。

 一郎のレベルがあがったことも察したみたいで、レベルがあがればあがるほど、多くの女を抱かなければならないとも主張している。

 まあ、それを大義名分に、こうやって、飽きもせず、朝から女たちを抱いて愉しんでいるということだ。

 

 コゼも、スクルドも、ユイナも一郎にひと抱きされて、いまは四人でまどろんでいるところである。

 ユイナについては、数回気をやれば満足したみたいで、いまはちょっとだけ離れて横になっている。

 一方で、コゼとスクルドは、何度も絶頂をして、精を注いだところでしばらく動けなくなった。しかし、それでも一郎の隣から離れない。

 

 それにしても、ステータスだ。

 正直にいって、自分のステータスなど、普段は気にしてないのだが、改めて観察すると、いつの間にかとんでもないことになっている。

 

 我ながら慎みのないことで、支配女が七十人を超えているが、それはともかく、淫魔師としてのレベルがいつの間にか、“210”になっていて、よくはわからないが天井知らずの状態だ。

 支配女を増やせば増やすほどに、また、その女の能力や地位が高ければ高いほどに、淫魔師としてのレベルがあがるということはわかっていたので、エルフ族の女王姉妹を加えたのが理由と思う。ガドニエルが大盤振る舞いで指名した“聖騎士”三十人もいるし……。

 

 また、生命力も桁あがりで、“200”となっている。

 これについては、ガドニエルも口にしていたが、エルフ族の女王との“(つがい)の誓い”が原因だろう。

 よくは知らないが、エルフ族女王のガドニエルと“(つがい)の誓い”をするということは、人間である一郎がエルフ族並みの寿命になるということらしい。

 また、気がつくと、コゼやシャングリアのような一郎の女も、生命力があがっている。

 これは、一郎と同様に、“(つがい)の誓い”の影響が、一郎の女たちにも及んでいるということのようだ。

 

 それはともかく、能力として追加になった“性感帯移動”? “五感操作”?

 なんだこれ?

 

「こいつに悩みなんてないわよ。いまのは溜め息じゃなくて、なにかくだらない悪戯でも考えているだけの唸り声よ」

 

 ユイナが声をかけてきた。

 コゼとスクルドが一郎の独り言に応じたことに対する揶揄だ。

 しかし、その一方で、コゼとスクルドのふたり以上に気怠そうだ。

 うつ伏せになって、腰から下に掛け物を被っているが、その下はなにも身に着けていない全裸だ。

 下着も、身につけることなく、その横に放ってある。

 

「そうだな。じゃあ、実験台になってくれるか、ユイナ? ちょっと来いよ」

 

 一郎は笑って声をかけた。

 すると、ユイナがぎょっとした顔になった。

 

「ひっ、な、なによ、実験台って──」

 

 ユイナが警戒したように身体に敷布を巻いて起きあがる。

 新しい能力の試しに使おうと思ったが、勘がいい娘だ。

 しかし、こういう嫌がる相手に強引に仕掛けるのがお愉しみというものだ。

お愉しみというものだ。

 一郎は身を乗りだしかけた。

 

 そのときだった。

 ふと、目の前の半透明の球体が出現した。

 伝言用の通信球という魔道だ。

 指で弾くと、ラザニエルの声が響いた。

 

「ロウ、悪いけど、ちょっと小謁見室に顔を出してくれるかい? ガドニエルの危機さ。よければ迎えに行くけどね」

 

 言葉の内容のわりには、まったく危機感のない含み笑いまでこもったようなラザニエルの口調だ。

 また、小謁見室というのは、女王であるガドニエルが謁見をする部屋のことだ。大掛かりな儀式ばった会見をする場所ではなく、親しい身内で会うような面会場のはずである。

 

「はあ? あのポンコツ女王の危機?」

 

 ユイナが不審気な声をだした。

 一郎も首を傾げる。

 

 ガドニエルの危機?

 なんだろう。



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577 エルフ族の女長老

「はあ……」

「ふう……」

 

 後ろを歩くふたりの気怠そうな息が聞こえる。

 コゼとスクルドだ。

 一郎は振り返って、口元を緩ませる。

 

「休んでていいと言っただろう。ちょっと、ガドの大叔母に会ってくるだけじゃないか」

 

「冗談じゃありません。そ、そんな相手とご主人様を護衛もなしに会わせられるわけないじゃないですか。とにかく、は、離れませんからね」

 

「そうです……。わたしもご主人様から目を離したとあっては、エリカさんに叱られますわ。ましてや、敵とお会いになるのに……」

 

 コゼとスクルドだ。

 もっとも、勇ましそうな言葉のわりには、ふたりとも足元がふらついているのがわかる。

 まあ、無理もない。

 

 ラザニエルから伝言があったとき、直前まで一郎とセックスをしていて、ひと休みのつもりでゆっくりとしていたところだった。

 一郎は女を抱くときに、どうしても相手を追い込む性癖があるようであり、どちらかというと自分が気持ちよくなるよりも、女側が快感に錯乱して我を忘れる姿に接するのが好きなようだ。

 だから、ついつい、女には無理をさせてしまう。

 それはともかく、コゼにしても、スクルドにしても、まだまだ足がふらついている状態だ。

 これが亜空間セックスであれば、精神的な疲労はともかく、体力的なものは現実側には及ぼしにくいところがあるが、ふたりとは普通に抱き合っていた。

 ふたりとも、無理についてきたが、まだまだつらそうな感じではある。

 一郎の淫魔術で回復させることも可能だが、こうやって色香をむんむんさせて、出歩く姿が可愛いので、このままにすることにした。

 

「なにが敵だい。わたしもいれば、ガドニエルもいる。万が一にも、こいつには危険なことはさせないよ」

 

 口を出したのは、一郎を迎えにきたラザニエルだ。

 向かっているのは、ガドニエルが来客と面談としているという「小謁見室」である。幾つかある女王の謁見室の中で、もっとも私的な面会に使う場所らしく、一郎はそこに向かっている。

 ガドニエルと面談をしている「来客」が一郎と会いたがっているということだからだ。

 

「じゃあ、なんでご主人様を連れていくんですか──? そっちの親戚のことなんだから、自分たちで解決すればいいんじゃないですか」

 

 コゼが不機嫌そうな口調で言った。

 

「まあ、折角の機会だ。ラザやガドの親族という相手に会っておくさ。これから長い付き合いになるかもしれないしね。それにしても、今日は、シャングリアも大叔父殿に会いに行ったし、親族面談の日なのかねえ」

 

 一郎は軽口を言った。

 実のところ、ラザニエルから伝言があったのは、女王家の親族にあたる「大伯母」という人物が一郎との面会を求めているという話だった。

 

 大伯母といっても、親の姉という意味の伯母ではなく、世代的には五代近く前のエルフ族の王の妹という女性ということだ。

 ただ、大変な女傑であり、これまでの十人以上のエルフ族の夫を持ち、愛人との間の子を含めた数は五十人を超えるのだという。

 エルフ族は寿命が長いこともあり、元来、生涯に産む子の数が少なく、数百年ほどある一生のあいだに、多くても三人程度しか生まないらしい。

 だから、五十人の子供というのは、エルフ族の高位貴族としては、とんでもない子だくさんということになるようだ。

 しかも、王家の血を持つので、血筋の息子や娘の多くがナタル森林のエルフ族の支配層の重鎮についており、さらにその孫世代、ひ孫世代まで含めると、エルフ族の高位貴族や重要な地位にある者は、ことごとく彼女の血を引いているといっていいらしい。

 つまりは、大変な大物なのだ。

 

「面倒な相手だというのは確かだけどね……。その気になれば、どうにでもなる。彼女自身が権力を持っているわけでもないし、元老院に席があるわけでもないしね。政権に関係のある地位から退いてから数百年は経っている。まあ、追い返してもいいんだけど、彼女が突然に訪問してきたのさ。一族の大長老だし、わたしもガドニエルも無碍にはできない」

 

 ラザニエルがくすくすと笑った。

 一郎は、自分の横で屈託なく笑う彼女に、改めて可笑しみのようなものを感じた。

 そもそも、一郎がこの世界に「召喚」という手段でやってきたとき、一郎はアスカだったラザニエルによって奴隷にされて酷い扱いを受けた。そして、アスカからエリカを連れて逃亡し、不倶戴天の敵同士のようになり、なぜか、いまは男女の関係になって、しかも、一郎が上位の関係で、ラザニエルは一郎の性奴隷である。

 考えてみたら、不思議なものだ。

 

「だけど、それはご主人様に関係ない話じゃないですか」

 

 コゼが不満そうに言った。

 

「まあ、そうかもしれないけど、さっきも言ったけど、面倒な相手であること確かでね。元老院に席のある者の半分は、彼女の血を受け継いでいたりするのさ。あれに反対されれば、これまで落ち着きかけていたものがひっくり返らないとも限らない。なにせ、影響力があるからね」

 

「落ち着いていたものというのは、ご主人様とガドさんの関係のことですか?」

 

 スクルドだ。

 

「まあ、そういうことだね」

 

「でも、元老院は、ご主人様とガドさんについては反対されてないのでは?」

 

「反対はしてないさ。そもそも、未婚の女王が誰を恋人にしようが、元老院といえども反対なんかできないさ」

 

「あら、女王陛下が誰を恋人にしようがそれは自由ということですか?」

 

「まあね。人間族の王室では婚姻前の貞操を守ることが大事とは聞くけど、そんなのは寿命の短い人間族だけの慣習さ。こいつが人間族であることには、眉を(ひそ)める者もいるだろうけど、あれだけのことをしてくれた英雄だし、ガドニエルが一時的な恋をすることに、目くじらなどたてるわけもないよ」

 

 ラザニエルが言った。

 

「一時的? あの女王様は、そんな感じじゃないんじゃないですか? “(つがい)の誓い”とかやってたし」

 

 コゼが再び口を挟んだ。

 

「さすがに、番の誓いのことは元老院には報告してない。時期尚早さ。そんなことを報告すれば、まとまるものもまとまらない。わたしとしては、もはや、ガドニエルとこいつの関係を応援するつもりではいるけど、ゆっくりと時間をかけて既成事実化していくのが賢明だと思っている。すでに、“(つがい)の誓い”を結んでいて、女王の伴侶がこいつ以外にあり得ない状況になっているなんて、表に出れば、それは大変なことにはなると思うね」

 

「エルフ族の方々は、ご主人様をガドさんのお相手として、お認めになったんじゃないですか?」

 

 スクルドが言った。

 

「だから、恋人としては認めているということさ。でも、さすがに女王の伴侶としては別問題になるね。だから、ガドニエルは、こいつと結婚するとまでは、(つがい)や婚姻のことは、公然とは口にしてないようには厳しく言っていたんだ。時間をかけて根回ししてやるから、ちょっとは自重しろってね。だけど、なかなか……」

 

 スクルドの言葉に、横を歩くラザニエルが軽く息を吐く。

 パリスが死んだ後の混乱の中、一郎はパリスに支配されていたエルフ女たちの「治療」のために、三日かけて全員を抱いて淫魔術の支配に置いた。彼女たちの肉体だけでなく、毀れた心を元に戻すために必要だったのだ。

 ただ、女王に仕えるくらいの女性たちなので、エルフ族の社会の中ではかなりの高位階級に属する女性たちだったようだ。

 彼女たちが実家に働きかけ、今回の一郎の「英雄認定」に結びついたとは耳にしている。

 ただ、確かに、一郎とガドニエルの仲は公然の愛人関係というものであり、別段、エルフ族の元老院を代表するエルフ族社会が一郎をガドニエル女王の夫と認めたわけでもない。

 

 一方で、ガドニエルが、一郎と“(つがい)の誓い”をしてしまい、すでに、一郎との関係が既成事実となってはいるのは事実だ。一郎もエルフ族にとっての「番の誓い」というものが、どれだけ重要なものであるかというのは、ブルイネンやエリカが教えてくれたことを受け入れるしかないが、少なくとも、ガドニエルがやったように、路傍の石でも拾うように、気楽に行ってはいいというものではないというのは理解している。

 その事実については、ラザニエルも、当面は絶対に隠せと厳命しているとも聞いている。

 当のガドニエル女王は、隠すつもりがないみたいだが、彼女が突っ走るのを、物事にはタイミングというものがあると、懸命にとめているのがラザニエルなのだ。

 ラザニエルは、人間族の一郎がエルフ族女王の夫と認められるように、時間をかけて元老院工作をするということは約束をしてもらっている。

 一郎としては、表向きの肩書など気にはしていないが、まあ、任せているというのが本音だ。

 

「あっ、もしかして、その大叔母という人に、ガドがご主人様と“(つがい)”だとか口にしたんですか?」

 

 コゼが言った。

 

「ご明察。本当に、あいつは嫌になるよ。しばらく黙っていろという言葉が理解できないのかねえ。わたしは別に難しいことも言っていないし、無理も強要してないつもりだけどね。こいつと愛し合うのはいい──。反対してない。だけど、すでに、(つがい)を誓ったと公にするのは待て──。なんで、そんな簡単なことが守れないのかねえ……」

 

 ラザニエルが深く嘆息した。

 一郎はやっと状況が呑み込みかけてきて、思わず頬を綻ばせた。

 

「つまり、それでガドさんの危機というわけですか?」

 

 すると、スクルドが口を挟む。

 

「まあね。先日の英雄式典の映像のことで大叔母が訪ねてきて、世間話をするうちに、あいつが余計なことをぼろぼろと喋って、ややこしいことになったんだ。女王を退位しろとまで迫っている。ガドニエルのことを、後先考えない、ろくでなしとまで罵っている。まあ、困ったものさ」

 

「退位ですか?」

 

「ああ」

 

「だけど、退位していいなんて、ガドは喜びそうですね」

 

 コゼだ

 

「それが一番困っていることさ。大叔母に女王をやめろと怒鳴られて、ガドニエルが“はい、喜んで”と答えたものさ。あいつ、馬鹿なのかい」

 

 ラザニエルが吐き捨てた。

 一郎は吹き出した。

 

「そもそも、人間族とは違って、エルフ族は代々少子型だ。先王も、先々王の係累はほとんどなかった。簡単に王位を替われる者などない。大叔母だって、ただ喚いているだけで、本気で女王をやめろと迫っているわけじゃないんだ。まあ、そういう性格なのさ」

 

 さらに、ラザニエルが言った。

 

「新しい女王なら、ラザがいるだろう」

 

 一郎は笑いながら言った。

 

「冗談じゃない。一度、闇落ちしたわたしが、女王なんてあり得ないね」

 

「そんなの表に出てない?」

 

「とにかく、ごめんだよ。だから、お前を連れていくことにしたのさ。向こうもそれを望んでいるしね。一度、会わせろってさ。最初は無視しようかと思ったけど思い直したんだ。最初にも言ったけど、権力はないけど、元老院だけでなく、エルフ族の高位貴族の中に、かなりの影響力を持っている。支配しておいて損はない」

 

「支配ねえ……」

 

 一郎は肩をすくめた。

 

「エルフ族の中でも大変な長命だけど、枯れた外観はしてないよ。先祖返り種だと言われているけど、確かなことはわたしたちも知らない。ただ、歳のわりには綺麗だとは思うよ。エルフ族だしねえ。もっとも、どうして、大叔母がエルフ族の中でも、ひと際長い寿命を持っているのかは謎さ」

 

「まあ、会ってみようか。だけど、会った瞬間に、女王を寝取った人間族だと言って、殺されはしないよねえ?」

 

 一郎は半分冗談で、半分本気で言った。

 

「そこまでの魔道力はないはずさ。それに、ガドもいれば、わたしもいる。後ろのふたりもいる。そんな場所で無体はしないさ。そもそも、大叔母はあまり、魔道が得意じゃないしね」

 

「魔道が得意じゃない? エルフ族の王族に連なる者ですのに?」

 

 口を挟んだのはスクルドだ。

 ラザニエルがお道化るように両手をあげる。

 エルフ族の王族だから、魔道力が高いのが当たり前なのかは知らないけど、スクルドは、大叔母と呼ばれるエルフ族の女性が、魔道が得意ではないというのが不思議そうな口調だ。

 

「大叔母の魔道能力は、すべて見た目の歳をとらないことに使われていると言われているね。実際に、いくらエルフ族とはいえ、三百年も経てば、さすがに老いが外見に出る。だけど、あの大叔母は、少なくとも八百年は生きていると言われているからね」

 

「八百歳?」

 

 一郎は驚いて言った。

 もっとも、エルフ族の寿命の相場というのは承知してないが……。

 

「とにかく、人払いもしているし、防音の魔道もかけている。さくっと犯してしまいな。それで万事解決だ。抵抗しても、わたしらが四人がかりで押えつけてやるよ」

 

 ラザニエルが一郎を見て白い歯を見せる。

 

「それは、犯罪だろう」

 

 一郎は苦笑してしまった。

 

 やがて、やっと大叔母が待っているという場所についた。

 部屋の前には、エルフ族の親衛隊の女兵が十名ほどで警備をしており、一郎の顔を見ると、一斉にぽっと顔を赤らめて笑顔になる。

 一郎は小さく手を振った。

 

「お前たち、しっかりと仕事しな」

 

 ラザニエルが呆れたように言うと、親衛隊の女兵たちが焦ったように真顔になる。

 部屋に入る。

 しかし、目の前に薄い膜のようなものがあり、部屋の中は見えない。

 だが、ラザニエルについて、そこを通り抜けると、急に視界が広がった。

 すると、ソファに向かい合って腰掛けるガドニエルと、もうひとりのエルフ族の女性が見えた。

 一郎たちが入ってくると、エルフ族の女性がこっちを振り返った。

 

 確かに若いな──。

 ガドニエルの前にいる女性が、「大叔母」とラザニエルが呼んでいる人物なのだろう。

 千年近くも生きている女性とは思えない。

 さすがに少女のようにとは言えないが、一郎の価値観では、四十前後の品のいい女性という感じだ。

 これが、エルフ族の高位階級に影響を大きな持っている長老格の女性か……。

 もう少し、老人姿を予想していたので、ちょっと意外だった。

 確かに、十分に抱けるか……。

 

「そなたがエルフ族の英雄の人間殿か? それほどの大人物には見えんがのう……」

 

 エルフ族の女性が蔑むような表情になった。

 だが、その顔がすぐに困惑したような顔に変化する。

 そして、顔を険しくして、首を傾げた。

 

「ええ、そうです──。ロウ様です。わたしのご主人様なのですわ。素晴らしいお方なのです──」

 

 一方で、エルフ族の女性と向かい合う場所に座っているガドニエルがぱっと破顔した。

 満面の笑みを一郎に向けてくる。

 

「はいはい、もう惚気は聞き飽きたよ。それにしても、本当にこの男が?」

 

 エルフ女性が一度、ガドニエルを振り返ってから大きく嘆息して、一郎に再び視線を向ける。

 だが、やはり怪訝そうな顔になる。

 

 しかし、一方で一郎もまた、困惑してしまっていた。

 目の前の大叔母という女性のステータスだ。

 

 

 

“ケイラ=ハイエル(田中享子)

  エルフ王族(日本人)

 エルフ族(転生者)、女

 年齢850歳(20歳)

 ジョブ

  魔道遣い(レベル4)

  招魂士(レベル50)

 生命力:200

 攻撃力:50(素手)

 魔道力:1000

 経験人数:男***、女**

 淫乱レベル:A

 快感値:200

 能力

  招魂術”

 

 

 

 随分とおかしなステータスだと思った。

 年齢は、八百歳超えと二十歳が重なっているし、招魂術という得体の知れないジョブや能力がある。

 なによりも、田中享子(きょうこ)

 日本人の名前?

 一郎は、動顛してしまった。

 

「どうしましたか、ご主人様?」

 

「ちょっと、お顔の色が……」

 

 コゼとスクルドが不審そうに、一郎の顔を覗き込むのがわかった。

 だが、目の前の大叔母、ケイラ=ハイエルというエルフ女性もまた、唖然とした顔になっている。

 

「えっ、人間族って言っていたのに……。あの映像じゃわかんなかったけど、本当に黒髪? しかも、まるで日本人みたいな……」

 

 ケイラがほとんど呟くように言った。

 だが、一郎は聞き逃さなかった。

 

「日本人? そう言った?」

 

 一郎は思わず声をあげた。

 

「ちょ、ちょっと待って……。まさか……」

 

 すると、突然にケイラが声をあげた。

 

「……ねえ、ご主人様……。さっきから、なにを喋っているんですか? いまのは、どこの言葉ですか?」

 

「そうだよ。いきなり、なんだい? どうしたのさ、大叔母も、ロウも……」

 

 そのとき、コゼ、さらに、ラザニエルが困惑した口調で言った。

 それで気がついたが、どうやら、一郎は無意識に、元の世界の言葉で語っていたみたいだ。

 これまで、言葉については気にしたことがなかったが、召喚術でこの世界に呼ばれたときから、なぜか、最初からこの世界の言語で喋っていた。召喚術に付属する能力向上のひとつらしく、だから、言語を意識したことなどなかったので、一郎はたったいま、二年ぶりに、自分が日本語を喋ったことに気がつかなかったのだ。

 

「ど、どういうこと……? なんで……?」

 

 ガドニエルやラザニエルの大叔母こと、ケイラだ。

 しかし、口にしているのは日本語だし、まるで口調も雰囲気も変化した。

 

「ねえ、まさか……。い、一郎お兄ちゃん──?」

 

 ケイラが一郎の顔を覗き込むようにしながら、大声を発した。

 やはり、日本語だ。

 

 しかも、“一郎お兄ちゃん”──?

 

 この世界でも、前の世界でも、一郎のことをそう呼んだのは、ただひとりの人物しかいない……。

 

 伯父さんのところの……。

 

 だけど、あり得ない……。

 絶対に……。

 だが……。

 

「悪いけど、ふたりきりにしてくれないか?」

 

 一郎はみんなに言った。

 とりあえず、こちらの世界の言語で……。



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578 二十年ぶりの再会

「はああ……。だけど、まさか、あのポンコツ女王の恋人というのが、一郎お兄ちゃんだなんてねえ……」

 

 目の前のエルフ女性が大きく嘆息した。

 一郎としては、八百年も生きたエルフ族の女長老に、“お兄ちゃん”だと呼ばれるのは複雑な気持ちだ。

 

 しかし、招魂術というのは、異世界の死に瀕する魂を呼び寄せるという術らしい。

 一郎だって、ラザニエルの魔道により、元の世界から、この異世界に召喚された。

 だったら、死んだ異世界の人間の魂だけを「招魂」して、身体との中に取り入れるということも、あり得ない話ではないのだろう。

 偶然にも出会った外来人が知人同士だというのは、できすぎているとは思うが……。

 

 事実、目の前の女長老は、招魂術は、召喚術とともに古代には技術としては普通に存在していた高位魔道のひとつだと説明している。

 ただし、古代魔道の多くは、現代では禁忌の魔道として、使用することは無論、研究することさえ禁じられている。それらの古代魔道を記した書物は、ナタル森林王国やローム帝国において、この千年以上前に焚書になっていて、一応は失われた魔道ということになっているそうだ。

 だが、何事にも例外はあり、ラザニエルもそうだが、目の前のケイラ=ハイエルというエルフ王家の女性も、隠されていた禁忌の魔道の書物を見つけて、召喚術や招魂術を遣えるようになったのだそうだ。

 そういえば、あのユイナも、育ての親である祖父の蔵書から偶然に禁忌の魔導書を見つけて、魔道術を極めたということだ。

 おそらく、この世界でも、禁忌とはいっても、実態としては完全に隠されてはいないに違いない。

 

 それはともかく、ケイラ=ハイエルというエルフ王族に連なる女性は、異世界から生命を失おうとしている魂を「招魂術」によって呼び寄せ、それらを数十年から百年ごと程度に自分に取り込むことで、若さを含めた生命力を保持してきた女性らしい。

 これが、八百年以上も若さを保っているケイラ=ハイエルの秘密だったのだ。

 

 つまりは、年齢とともに失われる「生命力」を異世界から呼び寄せた若くして死んでいく魂を取り込むことにより、自分の中の生命力を補充するのである。

 これを数百年も繰り返してきたというわけだ。

 だから、ケイラ=ハイエルには、田中享子を含めた多くの異世界の女性の魂が混ざっているのだそうだ。

 その中でも、田中享子は、もっとも新しく追加された異世界の人格らしい。

 

「……とにかく、いま、目の前にいるエルフ女性の中にいるのは、ケイラ=ハイエルというガドの大叔母というのではなく、俺の知っている田中享子(きょうこ)、つまり、あの享ちゃんということ?」

 

 一郎は訊ねた。

 田中享子という名前をステータスの一部に持つ不思議なエルフ王族とふたりきりになるために選んだ「仮想空間」の中である。

 真っ白い空間に、現実世界にあったソファだけがあるという不思議な場所だ。

 一郎が想像で作りあげた場所であり、エルフ族の女王であるガドニエルを支配したときのレベルアップによってできるようになった新たな能力のひとつだ。

 もともとは、王都にいる妖魔将軍のサキの固有スキルなのだが、なぜか、一郎もできるようになった。

 仮想空間に連れ込んでいるあいだは、その女の意識や記憶も操作できるので、時々、女たちを連れ込んで“イメクラごっこ”をして遊んだりしている。

 

 一郎がケイラとふたりきりになりたいと主張すると、コゼやラザニエルをはじめ全員が反対し、それに対する代案として提案したのが、この仮想空間だ。

 ここはいわば、一郎の思考の中にある空間であり、一郎が絶対的強者だ。

 万が一、ケイラ=ハイエルというエルフ女性が一郎に手を出そうとしても、一郎は簡単に対抗できるので、危険などない。

 それならばということで、全員が了承した。

 しかも、亜空間術と同様に、仮想空間の中では時間の経過も一郎の意のままに操作できるので、一郎とケイラが仮想空間に移動した直後の時間に戻ることもできる。

 

 ただし、サキとは異なり、一郎の場合は、仮想空間に連れ込む相手を淫魔術で支配する必要がある。

 それが、淫魔師としての一郎の能力の制限だ。

 しかし、田中享子の名をステータスの中に持っているケイラというエルフ女性は、一郎の申し出に躊躇う様子もなく応じた。淫魔術に取り込む要件は、ほんの一部でもいいから、一郎の体液を身体に入れることだと説明すると、躊躇することなく、一郎との口づけを受けて、一郎の唾液を飲んだのだ。

 そして、この空間にふたりきりでやってきたということだ。

 

「どっちということはないのよ。ケイラ=ハイエルというエルフ女性でもあるし、田中享子という招魂術によりこっちにやってきた、一郎お兄ちゃんの従妹という人格でもあるのよ」

 

「うーん、そうなのか?」

 

「うまく言えないけど、こうやって一郎お兄ちゃんと話すときには、田中享子の人格が強くなり、そうでないときには、ケイラ=ハイエルという八百歳を超えるエルフ族の女長老の意識が強くなるわね。どっちも同じわたしよ」

 

 ケイラ、あるいは、享子が首を捻りながら言った。

 自分でもよく分かっていないという感じだ。

 

「二つの人格が都合よく表にでるということ?」

 

「人格が交代するというよりは、混ざっていると言っていいと思う。ケイラ=ハイエルには、二十人以上のこれまでに異世界から呼び寄せた魂や記憶が混ざっているのよ。この身体はケイラであって、田中享子でもあるわ。ほかの人格は完全に溶け込んでるけどね」

 

 ケイラはくすくすと笑った。

 その仕草や笑い方は、エルフ族の女長老としてのそれではない。一郎が知っている死んだ田中享子そのもののような気がする。

 完全にはまだ十分に消化できた気はしないが、間違いなく、このエルフ族の大長老には、一郎が知っている「少女」の人格が宿っている。

 そして、ケイラ=ハイエルという人格もまた、ちゃんと存在をしているのだ。

 だから、八百年を生きているエルフ女長老の記憶も、受け継いでいるということみたいだ。

 

「溶け込むのか? 享ちゃんもいつかは?」

 

「あと五、六十年も経てば完全に……。本来の田中享子という魂に宿る生命力が尽きればかしら」

 

 そういうものらしい。

 

「だけど、不思議だね。まさか、享ちゃんと再会できるなんてなあ……。しかも、齢八百歳以上のエルフ王族のひとりで、エルフ族世界を牛耳る女長老だなんて、不思議な気持ちだ」

 

 一郎は感慨深く言った。

 しかし、ケイラが噴き出す。

 

「それはわたしのセリフだわ。まさか、エルフ族の歴史で人間族で最初に英雄認定を受けて、しかも、ガドニエルだけじゃなく、戻ってきたラザニエル、親衛隊長のブルイネン、あの鉄女のアルオウィン、それだけじゃなく、水晶宮のエルフ族の女たちを次々に垂らし込んでいる淫魔男が、あの一郎お兄ちゃんだなんて」

 

 ケイラは愉しそうに笑い続ける。

 ただ、最初とは異なり、敵意のようなものは消滅しているし、屈託もなさそうだ。

 まあ、敵意があるなら、支配されるとわかっていながら、一郎と口づけはしないだろう。

 とにかく、目の前のエルフ族の女長老は、一郎が前世での“お兄ちゃん”だと認識した瞬間、一切の敵意も警戒心も消し去った。

 いまは、信頼さえも寄せる感じだ。

 

 但し、女長老のケイラ=ハイエルとしては、目の前のエルフ女性は、一郎は淫魔師という特別な存在であることを見抜いていた。

 だからこそ、英雄式典の映像に接して、エルフ世界の危険を感じて、乗り込んできたということのようだ。

 しかしながら、ガドニエルがよりにもよって、一郎と(つがい)の誓いをしたのだと惚気(のろけ)るものだから、危機感のないガドニエルに腹が立ち、さっさと退位しろと怒鳴ったみたいだ。

 いずれにしても、いまの女長老は、完全に一郎の知っている田中享子のような気がする。そして、完全に心を解放させている。

 

「だけど、あれから二十年……。享ちゃんもここにいたということなんだな……。そして、二年前に俺がこの世界に召喚された。多分、偶然ということではないんだろうね……」

 

「……かもしれないわ。召喚術も招魂術も、異世界との交流術だけど、次元を越えた魔道ということでは共通よ。一度繋がれば、その異世界は繋がりやすい異世界として接続が残る。もしかしたら、一郎お兄ちゃんが呼び寄せられたのは、二十年前にあたしが招魂されたのと関係もあるかもしれない。なにせ、お兄ちゃんとわたしは、血が繋がっているから、異界から触れやすい魂の血として繋がってしまった可能性もある……。だとしたら、あのときのわたしの選択がお兄ちゃんを巻き込んだのかも……」

 

 ケイラはちょっと消沈した。

 だが、一郎は首を横に振る。

 

「つまらない半生だったし、ここに呼ばれたことにはまったく後悔はない。おかげでいい人生を送っている。ラザにも感謝しているよ」

 

 かつて存在をしていたアスカこと、ラザニエルと、一郎との確執については、さっき説明した。

 さすがに、戻ってきたラザニエルが、あのアスカであったことは知らなかったらしく、ケイラはびっくりしていた。

 ただ、不審感のようなものは生まれていない気がする。

 一郎が「前世」における従兄であることを認識して、無条件に一郎を受け入れる気持ちになったのかもしれない。

 

 いずれにしても、仮想空間の中であったことは、現実世界に戻るときに記憶操作をすることができる。

 問題があれば決してしまえばいいので、いざとなれば、アスカのことを語ったことをなかったことにすればいい。

 

「……だけど、二十年か……。だけど、一郎お兄ちゃんは変わらないね。すぐにわかったわ。まさかとは思ったけど」

 

「享ちゃんは変わったな。すぐにわかったけどね。でも、俺もまさかとは思った。俺の中では、享ちゃんは死んだ人だし……」

 

 一郎は言った。

 

「だけど、どうしてわかったの? 一郎お兄ちゃんはおじさんになったけど、面影は十分にあるわ。だけど、わたしは魂と記憶だけのことなのに」

 

「まあ、いろいろさ。勘がよくてね」

 

 一郎はそれだけを言った。

 魔眼のことは、ほとんど誰にも教えてない。ここでもお茶を濁した。

 目の前にエルフ女性はちょっとだけきょとんとしたが、すぐにくすりと笑った。

 

「まあいいか。とにかく、再会したんだし」

 

 ケイラ、あるいは、享子は微笑んだ。

 

 二十年前……。

 

 すなわち、田中享子という少女が病で死んだのは、一郎が世話になっていた伯父夫婦のところを出て、寮のある高校に暮らし始めた頃になる。

 目の前のエルフ女長老の身体の魂の一部として宿っている田中享子は、その伯父夫婦の次女だった。

 

 彼女が回復する見込めのない病に倒れたのは十歳のときであり、彼女が病院でなくなったのが十二歳だ……。

 両親の死後に引き取られた伯父夫婦の世話になるのをやめて、ひとりで生きている手段を模索したのは、この享子が倒れたのが理由のひとつだ。

 回復を願う高額の治療費を賄うことには伯父夫婦も苦労していて、一郎は両親の遺した財産を渡して、一郎自身は奨学金を受けて寮生活をすることを選んだのだ。

 しかし、結局、治療のかいもなく、享子は十二歳で死んでしまった。

 一郎の記憶に残っている享子は、病院の寝台でやせ細って苦しそうな少女姿である。

 

 だが、その生命が身体から離れようとするとき、異世界のケイラ=ハイエルの招魂術により、享子はこの世界に呼ばれたのだそうだ。

 そして、このまま天昇するか、それとも、ケイラ=ハイエルというエルフ女性の一部となって生きるかの選択を出されたのだという。

 享子は、ケイラの一部に取り込むことを選び、彼女はケイラに生命力を差し出す代わりに、ケイラの肉体の中で生きる余生を得たのだそうだ。そして、それから二十年という歳月が過ぎたということだ。

 

「ねえ、わたしが死んでからどうなったの? お父さんとお母さんはまだ元気だった? お姉ちゃんは?」

 

「しばらくは伯父さんも伯母さんも悲しんでいた。もちろん、涼子さんも……。しばらくは三人ともほとんど家を出ない暮らしだった気がする。だけど、生きないといけないしね……。やがて立ち直った。伯父さんと伯母さんの最近の趣味は山登りだったよ。日本百名山を制覇するとかいって、休みになったら出掛けていた。涼子さんは結婚をして、北海道にいる。会ったことはないけど、子供も三人いるらしい」

 

 涼子というのは享子の姉だ。

 もっとも、伯父家族とは、一郎が高校で寮生活を始めるようになってから、ずっと疎遠で、実はそんなに詳しく彼らのことを知っているわけじゃない。

 一郎も三十代(なか)ばまで生きることに必死だった。世話になった伯父家族を顧みる余裕はなかった。

 しかし、余分な話はいいだろう。噂的に耳にしただけとはいえ、喋ったことは事実のはずだし、嘘ではないはずだ。

 彼らは普通に暮らしている……と思う。

 一郎の言葉に、享子も安心したみたいだ。

 

「よかった……。それだけが心残りだったのよね……。みんなが元気で……」

 

 ケイラの顔の享子が微笑んだ。

 しかし、すぐに表情を変化させて、一郎の顔を凝視してきた。

 

「だけど、お姉ちゃんはてっきり、一郎お兄ちゃんと結婚するのかと思った。でも、いまの話だと、そうじゃなかったのね」

 

「涼子さんと結婚? まさか」

 

 一郎はびっくりした。

 当時、享子は一郎よりも四歳下の十二歳、姉の涼子は二歳下の十四歳だ。

 当時、小学生の享子はもちろん、凉子だって恋愛対象として考えたことなどない。

 一郎はそう言った。

 しかし、目の前のエルフ女性が首を横に振る。

 

「一郎お兄ちゃんはそうかもね。でも、少なくともお姉ちゃんは一郎お兄ちゃんが好きだったと思うわ……」

 

 ケイラである享子がくすくすと笑う。

 一郎は面食らった。

 

「いやいやいや、そんな素振りなんてまったく……。そもそも、あのとき以来、ほとんど会ってないんだ。涼子さんからそんな話をされたなんてこともない。素振りもだ。断言する」

 

「だったら、わたしが死んでしまったからかも……。恋愛なんて気がなくなったのかなあ。だとしたら、やっぱり、わたしが死んで申しわけなかったか……」

 

 彼女が大きく息を吐いた。

 一郎は苦笑した。

 

「とにかく、いまの旦那さんと幸せに暮らしている。さっきも言ったけど、涼子さんには三人も子供がいるんだ」

 

「ふうん……。まあいいか……。だけど、だったら、わたしの初恋も、一郎お兄ちゃんだったと言ったら、驚く?」

 

「えっ?」

 

 一郎はちょっとたじろいだ。

 

「ねえ、わたしとセックスしない、一郎お兄ちゃん?」

 

 すると、いきなり彼女がそう言った。



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579 プレイバック・PART2

「ねえ、わたしとセックスしない、一郎お兄ちゃん?」

 

 突然にケイラ=ハイエルが言った。

 一郎は面食らってしまった。

 

「いきなりだなあ」

 

 一郎は思わず言った。

 すると、ケイラが噴き出した。

 

「なによ。初心(うぶ)な男の子みたいに。水晶宮のエルフ女を女王ごと、ごっそりと垂らし込んだ淫魔師様でしょうに」

 

 ケイラがけらけらと笑い続ける。

 一郎も苦笑してしまった。

 

「怖気づくわけじゃないけど、(きょう)ちゃんだしねえ。俺にとっては従妹だし……」

 

 一郎は言った。

 すると、今度はケイラが苦笑顔になった。

 

「まさか、断られるとは思わなかったわ。これでも現役のつもりだけどね。ガドニエルやラザニエルのように若くはないけど、みんなの生命力をもらっているから、まだまだ現役のつもりよ……」

 

 ケイラが誘うように、椅子の上で身体を崩した。

 ちょっとした動作だが、エルフ族の女長老らしい貫禄が消えて、妖艶なエルフ女性の色香が溢れる感じになる。

 さすがは、八百年も生きているエルフ族の女は違う。

 ほんの少しの仕草だけで、色々な女を演じることができるのだと感心した。

 

「もちろん、享ちゃんも、ケイラ=ハイエルという女性も十分に魅力的だ。だけど、俺の精の危険も知っているだろう? 俺の精は抱いた女を支配する。唾液程度であれば、一時的な魅了ですむけど、愛し合ったりすればそうはいかない。二度と心が離れなくなる。怖くはないのか?」

 

「それこそ、なにを今更よ。わたし・わたしたちケイラは、あなたを受け入れると決めたわ。田中享子はあなたを信頼しているし、信頼したいと思っている。それは故郷である世界を捨てさせて、ケイラ=ハイエルに魂を一体化させることを選んでくれたことに対するお礼でもあるし、義務でもある」

 

「享ちゃんが望むから、俺を受け入れてくれるということ?」

 

「何度も言っているけど、すでに田中享子という女性は、ケイラ=ハイエルの一部なのよ。まだ完全には溶け切ってはいないけど、ケイラ=ハイエルは二十人以上の異世界の女性が溶けて混ざった人格の統合体……。享子という人格もその一部。彼女が望むことは、わたしたちが望むことであり、ケイラ=ハイエルの望みだわ」

 

「聞いていて混乱するよ」

 

「だったら、受け入れなさい。さすがに八百年も生きていれば、男とセックスするたびにいちいち恥じらいもしないわ。まあ、愉しくて気持ちのいい運動の一種という感じかしら。いずれにしても、もう、わたしはあなたを拒絶しない。拒絶しない以上、絶対的に受け入れる。そうなると、淫魔師だというあなたに、ケイラ=ハイエルは大変に興味があるわ。どんな感じなのかとね」

 

「俺に興味? 本当に?」

 

「ええ……。実をいうと、ケイラ=ハイエルというエルフ族の女長老と言われる女は、結構好色なのよ。さもなければ、何十人も子供を産むほどに、たくさんの男にセックスを求めないわ。もっとも、無理強いはしないわ。わたしがエルフ族の女の中でもとんでもないお婆ちゃんであることは確かだし」

 

 ケイラが笑った。

 一郎は軽く肩をすくめる仕草をしてみせた。

 

「これは悪かったよ。恥をかかせるつもりも、あなたを魅力的と思わないわけでもないんだ。だけど、享ちゃんは大切な妹のようなものだったし……」

 

「あなたにとってはね……。だけど、田中享子の人生にとっては、生涯に唯一愛した初恋の男だわ。成就しなかった恋だったけど……」

 

「恋か……」

 

 享子は自分に恋をしてくれていたのか……。

 召喚される前の田中一郎は、女を抱いたことさえない貧乏男だったけど、そうやって、好きになってくれていた女性がいたということだけで、頑張って生きていたことが報われたみたいな気持ちになった。

 

「そうよ。あなたが大好きだったの。病院のベッドであなたが来てくれるのをいつも楽しみにしていたわ」

 

「そうか……。悪かった……。あなたが俺に恋をしてくれているなんて気がつかなかった。まあ、さえない男だったし、比べる対象がなかっただけだったろうけど」

 

「比べる相手がなかったのは本当ね。ところで、御託(ごたく)はもういいんじゃない。抱くの? それとも、抱かないの? わたしを支配することは、決して損にはならないと思うわ。これでも、高位階級のエルフ族たちの弱みややましい話は、握りまくっているわよ。あなたがガドニエルの王配として認められるように、エルフ族をまとめてあげるわ。八百歳の女長老の名はだてじゃないのよ」

 

「いや、代償なんて求めないよ。ケイラ=ハイエルという女性も、俺の思い出の中にいる享ちゃんも十分すぎるほどに素晴らしい女性だと思う。ありがとう……」

 

 一郎は、自分とケイラを隔てているテーブルの上に、花瓶に生けられている一輪の淡い黄色の薔薇の一種の花を出した。

 淫魔師レベルがあがったことで、新たに加わったらしい“性感帯移動”という能力を使う。一瞬前には、どういう能力ということさえわからなかったが、一郎がこの能力を使ってみようと考えた瞬間に、この新しい能力に、完全に習熟していた。

 

「あら、花?」

 

「うん、モッコウバラという花だ。俺たちの世界の花……。花言葉は初恋……。そして、“あなたが俺には必要です”……」

 

「ロマンチックなこと……」

 

 ケイラが微笑んだ。

 一郎は花を手に取り、ケイラの身体に魔眼を当てて、性感帯の赤いもやを見た。

 身体全体がもやで薄い赤色で染まっていて、すでに欲情しかけていることがわかる。

 

 股間、胸……脇や内腿。

 耳……。

 当たり前の場所に濃い性感帯もある。

 あるいは意外な場所にも……。

 

 一郎は、股間の性感帯全体の赤いもやを目の前の花に移動させた。

 これで、ケイラの性感帯は、一郎が持っている花に移動してきたことになる。

 一郎はモッコウバラの花の縁を指ですっと触った。

 

「ひっ──。えっ?」

 

 ケイラが身体をびくりとさせて、股間に両手を当てた。

 しかし、すぐに違和感を覚えたのだろう。

 赤くなった顔の表情を強張らせた。

 

「股間に感覚がなくなったことに気がついた? すでに、あなたの身体は俺の思いのままだ。ほら、こんな風に……」

 

 持っている花の花びらをゆっくりと揉みほぐす。

 そして、口元にもっていくと、舌で小刻みに花びらを弾く。

 

「ああ──、こ、これ、いいっ、な、なにこれ──?」

 

 ケイラが喉をあげて喘いだ。

 そして、股間に両手を挟んでぎゅっと内腿で締めつけるような仕草をする。

 

「八百歳のエルフ様は敏感だね」

 

 さらに舌を花全体にねっとりと這わせながら、指で刺激する。

 それだけじゃなく、ケイラの全身の赤いもやを花側に移動させてしまう。この状態で花に刺激を受けると、全身の性感帯を一斉に刺激されるのと同じことになるはずだ。

 一郎はさらに舌と指をねちっこく動かした。

 

「ああ──、だ、だめええ」

 

 ケイラが椅子の上で身体をのけぞらせた。

 舌を花の中心にもっていく。

 ここは子宮の入口の最奥に繋げている。普通であれば、そんな奥を外から刺激されるということなどない。

 だが、いまの状態であれば、身体中の性感帯をそこに集中させられて、常識ではありえない快感を股間の奥に打ち込まれることになる。

 一郎は花の中心を舌で強弱をつけて、揉み転がす。

 

「ああっ、ああ──っ」

 

 ケイラの全身が優美に捩られ、脚から力が緩んでスカートに包まれた股が開く。

 

 茎はクリトリス……。

 しかも、下腹部の内側に隠されている奥側の部分の感覚まで茎に移動させてしまう。

 手で軽く、しかし、素早く何度も茎を擦ってやる。

 

「いぐううっ」

 

 ケイラの身体が大きく打ち震えて、膝が痙攣するようにがくがくと動いた。

 絶頂したのだ。

 魔眼のステータスにも、それがはっきりと出ている。

 

「どうしたのかな? ちょっと花を触っていただけだけどね」

 

 一郎は自分の顔から花を離してやった。

 だが、軽く花を宙に動かしてやる。

 花びらが揺れて動く……。

 

「ああんっ、う、動かさないでええ──。す、すごいいい──。ま、参ったからああ」

 

 性感帯は花に移動させたままだ。

 だから、花が動くと、快感が脳に直撃するというわけだ。

 ケイラが悶絶するような声を出す。

 一郎は笑いながら、花を花瓶に戻してやる。同時に性感帯をケイラの身体側に復帰させた。

 ケイラはがっくりとなった。

 

「お愉しみはこれからだよ。まだ始まってもいないけどね」

 

 一郎は立ちあがると、ケイラのいる場所に移動した。

 まだ肩で息をしているケイラの身体をひょいと持ちあげて横抱きにすると、そのまま、たったいままでケイラが座っていたソファに座り直した。

 達したばかりのケイラのいい香りが鼻を刺激する。

 

「はあ、はあ、はあ……。さ、さすがに淫魔師様ね……。こ、このわたしが、あんな風に一瞬で圧倒されるなんて……。所詮は寿命の短い人間族って、見くびっていたわ」

 

「すでに、ガドと(つがい)の誓いを結んでいるんで、寿命はエルフ族と同じになっているらしいけどね」

 

「そうだったわね」

 

 ケイラは一郎に抱かれたまま頷いた。

 汗で前髪が張り付いている。

 とても、色っぽい。

 

「ねえ、どうせ抱くなら、最初は、まだ個体として生きていた田中享子という女の子に、思い出を贈ってあげたいんだけど、だめかなあ?」

 

「思い出?」

 

 ケイラは訝しむ表情になって、軽く首を横に動かした。

 

「俺にとって、向こうの世界にいた時期は、自分が惨めになるような思い出しかなかった。だけど、享子という可愛かった女の子が実は俺に恋をしてくれていたということだけで、俺の記憶に花が咲いたような感じになったんだ。だから、享ちゃんにも同じものを贈りたくてね。仮想現実だけど……」

 

「あんなんで嬉しくなったの? 齢八百超えのエルフお婆ちゃんは笑うわよ」

 

 ケイラが微笑んだ。

 

「ケイラの中に溶け込んでいる享ちゃんも?」

 

「そっちは嬉しいかもね。だから、ケイラ=ハイエルも嬉しいと感じるわ。わたし・わたしたちは同じなのよ」

 

「なら、よかった……。では、仮想現実(バーチャル・リアリティ)の世界にどうぞ……」

 

 一郎はお道化た口調で言った。

 ケイラがきょとんとした顔になった。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 べたべたにべただが、夏休みを利用してやってきた海辺のホテルで、わたしは大好きな一郎お兄ちゃんに、初めてをもらってもらおうと決めていた。

 

 もちろん、親はわたしがお兄ちゃんとふたりきりで、海のある観光地に旅行をしに来たとは知らない。

 女友達たちと旅行をしにきたということになっている。

 一応は、友達たちには、口裏を合わしてくれるようには頼んでいるが、その代償ははやりのイチゴパフェを彼女たちに御馳走することと、ひと夏の冒険の思い出を友達たちに包み隠すことなく報告することだ。

 正直、まだ高校一年生のわたしに、三人分のパフェの支払いはつらいが、それもこれも、大好きなお兄ちゃんとの思い出を作るためだ。仕方ない──。

 わたしは、これまでため込んだお年玉の全部を、このお兄ちゃんとの旅行と、友達への賄賂に使うことにした。

 後悔はない──。

 

 一郎お兄ちゃんこと、田中一郎さんは、わたしの従兄であり、十年くらい前から一緒に暮らしていた四歳上のお兄ちゃんのような人だ。

 わたしが幼稚園のとき、お兄ちゃんの両親が事故で死んでしまって、施設に預けられるくらいならと、わたしの親がお兄ちゃんを引き取ったのだ。

 お父さん、お母さん、グッジョブ──。

 

 とにかく優しい人であり、突然にやって来た男の兄弟に、わたしは徹底的につきまとった。

 わたしは、なにを言っても怒らず、どんな我儘でも付き合ってくれ、絵本でも、ままごとでも、公園遊びでも付き合ってくれる一郎お兄ちゃんがあっという間に大好きになった。

 わたしの初恋だ──。

 

 お兄ちゃんは本当に優しかった。

 そして、素敵な人だった。

 わたしは、幼稚園の卒園記念に書く“しょうらいのゆめ”という欄に、大きく“おにいちゃんのおよめさん”と書いた。

 

 わたしの中では、最初から将来の旦那さんと決まっていたお兄ちゃんだが、その恋がついに成熟したのは、わたしが大病を患って、長い入院をすることになったときだ。

 身体がだんだん動かなくなり、ついには死んでしまうという病気にかかったわたしは、数箇月に三回も入院しては退院するということを繰り返し、三度目の入院のときには、お医者さんからは、“もう退院することはできない”とお父さんとお母さんが言われたらしい。

 そのときには知らなかったが、あとから教えてくれた。

 元気になったいまでは、お医者さんの絶望的な宣告も、笑って語れる思い出のひとつだ。

 なにしろ、わたしはお医者さんも絶望した病気から、復活した奇跡の少女なのだ──。

 

 そんなことはともかく、わたしがお兄ちゃんに告白したのは、病院で三度目の入院をしているときだ。

 毎日やって来てくれていたお兄ちゃんに、わたしは勇気を出し、元気になったらお嫁さんにして欲しいと頼んだ。

 お兄ちゃんは、嬉しそうに笑って、元気になったらねと言って、わたしに触れるだけのキスをしてくれた。

 もしかしたら、治らない病に侵されているわたしを可哀想に思って、告白を受け入れてくれたかもしれないが、そうだとしたら、わたしは病気になってよかったと思う。

 なにしろ、お兄ちゃんがわたしを受け入れてくたのだ。

 わたしは天にも昇る気持ちになった。

 あっ……。不治の病なのに、天に昇る気持ちというのは縁起が悪いかな?

 

 それはともかく、お兄ちゃんのキスがよかったのか、それからわたしは、奇跡の快復をして、病から全快してしまった。

 二度と退院できないと言われた病院からも、その月のうちに退院することができてしまい、しかも、あれから一度も病気は再発していない。

 定期的に行っている診断でも、常に異常なしだ。

 まさに、お兄ちゃんとの愛の奇跡である。

 

 わたしとお兄ちゃんが恋人になったことで悔しがったのは、お姉ちゃんだ。

 涼子お姉ちゃんは、わたしよりもふたつ上の実の姉妹であるが、実はお姉ちゃんも一郎お兄ちゃんが好きだったのだ。

 だけど、姉妹といえども、恋は別だ。

 友情よりも愛情──。

 ましてや、姉妹愛など、一郎お兄ちゃんとわたしとの愛と比べれば、とるに足らないものだ。

 そもそも、お姉ちゃんは、いつまで経ってもお姉ちゃんだけど、一郎お兄ちゃんは、もし別れてしまったら、ただの他人だ。どちらを優先すべきかなど、考えるまでもない。お兄ちゃんだ──。

 もちろん、わたしは、この幸運を手離すつもりはなく、絶対に別れるつもりはない──。

 

 小学生だったわたしは当然として、当時中学生だった一郎お兄ちゃんも、異性と付き合うのはお互いが初めてだった。

 だから、最初から知っているふりはしないですんだし、わからないことはわからないとリラックスできた。

 一郎お兄ちゃんは、性急にがつがつするタイプではなかったから、それは安心できた。

 ただ、ちょっと物足りなく考えたりすることもあった。

 でも、お兄ちゃんは中学生のうちは、やめておこうと言っていた。

 その代わり、わたしが甘えると、いつも大人のキスをしてくれた。

 

 とにかく、一郎お兄ちゃんとは、もう四年の仲になる。

 病院でしてくれた優しいキスは、いまでは大人のキスに変っている。

 だけど、まだ大人の経験はまだだ。

 

 でも、高校一年生になって初めての夏休み──。

 この夏休みをひと夏の経験にしようと決心していた。

 だから、お兄ちゃんに頼んで、ふたりきりの旅行につれてきてもらったのだ。

 

 一緒に暮らしていたお兄ちゃんも、大学生になってからは、ひとり暮らしを始めている。

 寂しかったが、遠くではなかったので、遊びに行っては、料理をしたり掃除をしたりして、奥さん気分を味わった。

 そういう意味では、離れて暮らすのも悪くないかもしれない。

 ひと夏の経験だって、お兄ちゃんが家を出ているから、親を誤魔化(ごまか)せることだ。

 一緒に暮らしていたら、さすがに同時に外に泊まれば、一緒に行ったんだとわかってしまう。

 

「料理美味しかった。花火もきれいだった」

 

 午前中にホテルに到着して、荷物だけを預かってもらい、そのまま海に出た。

 お兄ちゃんと愉しく過ごし、ホテルにチェックイン──。

 小さな部屋だが可愛い造りであり、なによりも、ベッドがひとつ──。

 それを見て、ちょっと赤くなってしまったが、気がついたら、お兄ちゃんの顔も赤くなっていた。

 わたしが抱きつくと、お兄ちゃんは、いつもの大人のキスをしてくれた。

 

 着替えて食事──。

 そして、ホテルのサービスのひとつである毎夜の花火──。

 お兄ちゃんとホテルの中庭でベンチに座って観た。

 ずっとお兄ちゃんは、わたしの腰を抱き寄せてくれた。

 とてもどきどきした。

 

 そして、いま……。

 わたしたちは、寝台の前に並んで立っている。

 

「できるだけ、優しくする……。そして、頑張って、気持ちよくする。だから、享ちゃんを愛させてくれ……」

 

 一郎お兄ちゃんがわたしをダブルベッドに腰掛けさせながら言った。

 

「わたしも……、一郎お兄ちゃんを愛させて」

 

 そして、わたしは言った。



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580 ひと夏の経験~女子高生時代

 どれくらいの時間が経っただろうか……。

 わたしの身体の両横に膝をついている一郎お兄ちゃんの愛撫が続いている。

 

 初めてと初めてのはずなのに、一郎お兄ちゃんはとても落ち着いているように思えた。

 そして、粘っこく、すっごく丁寧にわたしの身体の隅々を舌と指で愛撫してほぐしてくれていく。

 まだ、腰のショーツだけは残っているが、汗と愛液の染みでぐしょぐしょに透けていて、わたしの秘部を隠す役目はすでに果たしていないだろう。

 

 とにかく、一郎お兄ちゃんは上手だった。

 そして、一生懸命にわたしの身体と緊張を解してくれ続けた。

 大好きな一郎お兄ちゃんに愛されている……。

 

 それだけで、なにをされても、気持ちがいい。

 わたしはひたすらに翻弄された。

 ただ目をつぶって、必死に一郎お兄ちゃんの背中に抱きつくことがやっとだった。

 次々に繰り返して襲ってくる気持ちのいい大波に、我を忘れていった。

 

「はああん──」

 

 声を我慢できない。

 足指を舐められ、付け根まで舌を這わされ、しかも、ちょっとでもわたしが反応すると、一郎お兄ちゃんは、そこに集中するように舌を動かし、口づけをして刺激する。

 自分の声とは信じられないような甘い声が口から迸る。

 お兄ちゃんに呆れられないかと、恥ずかしい。

 

「享ちゃん……、仮想現実だけど、この人生は俺がもらうよ。次の人生も……」

 

 一郎お兄ちゃんがよくわからないことを言って、わたしの耳元に囁いた。

 でも、人生をもらう?

 もしかして、プロポーズ?

 わたしは驚いて、目を見開いた。

 

「享ちゃん、大好きだよ。俺を好きになってくれて、ありがとう」

 

 しかし、股間を下着越しに愛撫されて わたしの思考は飛ぶ。

 一郎お兄ちゃんがわたしに口づけをしてきた。

 舌で口の中のあちこちを舐めまわされる。

 

「ん、んんん、あああ……、んあああ……」

 

 口の中が溶ける──。

 なにかが股間から脳天に向かってせりあがってきた。

 気持ちいい――。

 息ができなくて……。そして、快感に我慢できなくて……、気が遠くなりそうにさえなる。

 

「可愛いね、享ちゃん……。この乳首も、小さくて可愛らしいし」

 

 一郎の口がわたしの小さな乳首に移って、乳首を舌で転がされた。

 

「い、言わないでよう」

 

 乳首が小さいのは、自分でも気になっているところであり、恥ずかしい。

 抗議しようとしたが、同時に股間の敏感な場所をぎゅっと指で押される。

 すごいものが襲ってきた。

 

「んふううううっ」

 

 身体が勝手に反り返る。

 わたしは覆いかぶさってきた一郎お兄ちゃんの背中にしがみついた。

 

「恥ずかしがらないで、声を出して……。そっちの方が気持ちいいから。一緒に気持ちよくなろう──」

 

 一郎お兄ちゃんの言葉が魔法のように頭に響き渡る。

 そうか、声を出した方がいいのか……。

 ならば、声を出さないと──。

 わたしは必死につぐもうとしていた口を開いた。

 

「ああああ、き、気持ちいいよおお──、一郎お兄ちゃんん──」

 

 股間が大きく痙攣しする。

 なにが起きたのかわからなかったが、一瞬頭が真っ白になり、全身が宙に浮かんだような衝撃に襲われた。

 やがて、わたしは寝台の上で脱力していた。

 

「はあ、はあ、はあ……、い、一郎……お、お兄ちゃん……?」

 

 眼を開くと、わたしの腰の上に跪いている一郎お兄ちゃんが優しげな笑みを浮かべて、わたしを見下ろしていた。

 一郎お兄ちゃんは、まだトランクスをはいていたが、その股間がびっくりするくらいに膨らんでいる。

 そのお兄ちゃんの指がかかり、わたしの腰のショーツ引きおろしていく。

 

「一度、いったしね……。十分解せって、本に書いてあったけど、そろそろいいと思う……」

 

「本に書いてあった?」

 

「読んだんだ……。俺だって初めてだし、享ちゃんを上手にもらえるように、勉強したんだよ」

 

 薄明りの中に、一郎お兄ちゃんの笑顔が浮かぶ。

 本当に初めて?

 すごすぎて、とても信じられないけど……。

 

「じゃあ、享ちゃんをもらうね」

 

 一郎お兄ちゃんが改めて、わたしの身体を抱き起こす。

 

「う、うん、もらって……」

 

 いよいよ始まるのだ。

 わたしは小さく頷いた。

 

「……きれいだよ……」

 

 あっという間に下着が足首から抜かれる。

 反射的に両膝に力を入れそうになったが、脚と脚のあいだには、一郎お兄ちゃんの身体がある。脚は閉じれない。

 見られている……。

 わたしは恥ずかしさに手で顔を覆ってしまう。

 

 すると、がさがさと音がした。

 なんだろうと思ったから、顔から手を離して、一郎お兄ちゃんを見た。

 

「わっ、おっきいい」

 

 思わず声をあげていた。

 一郎お兄ちゃんがやっていたのは、股間で大きくなっている男の人の性器に、ゴムを被せる作業だ。

 それはともかく、思ったよりも大きいと思った。

 あれを入れるの?

 わたしは絶句しそうになる。

 

「普通だよ。さあ、力を抜いて……」

 

 一郎お兄ちゃんが苦笑しながら、わたしの両肢を抱えあげる。 

 

「や、やだっ」

 

 たまらずに、わたしは小さな悲鳴をあげてしまった。

 なにもかもさらけ出して、一郎お兄ちゃんに見せるには、あまりも恥ずかしい格好だ。

 

「痛いのは一瞬だけだから……」

 

 一郎お兄ちゃんの股間にあるおっきなものの先が、股間に当たったのがわかった。

 全身に緊張が走る。

 

「力……入れないで……」

 

 先端だけを当てたまま、一郎お兄ちゃんの指が股間にすっと伸びる。

 クリトリスをくちゅくちゅと優しくくすぐられた。

 

「あああああっ、あっ、あっ、あああ……」

 

 またもや、鮮烈な衝撃が五体を駆け抜ける。

 一郎お兄ちゃんの魔法のような指……。

 なにもかも、気持ちいい……。

 意思とは無関係の拒むことのできない感覚──。

 

「ま、任せて……」

 

 そのとき、一郎お兄ちゃんがぐっと腰を前に押し出したのがわかった。

 

「あぐううう」

 

 激痛が走った。

 しかし、気がついたときには、一郎お兄ちゃんの勃起した性器の全部が奥の一番深いところまで押し込まれていた。

 あっという間だ。

 本当に痛いのは一緒だった。

 すぐに痛みが疼痛に変わり、じんじんというなんとも言えない疼きに変化していく。

 

「ああ、気持ちいいよ、享ちゃん──」

 

 一郎お兄ちゃんは、しばらくじっとしていたが、やがて、二、三回だけ抽挿した。

 そして、すぐに射精したみたいだった。

 

「お、終わったの……?」

 

 すっと腰から性器を抜かれた。

 最初のときは、とにかく痛いとだけ聞いていたので、思ったよりも痛くなくて、びっくりした。

 それだけじゃなく、気持ちよかったかも……。

 まあ、まだまだ、股は痛いけど……。

 だけど、そんなでもないと思う。

 もしかして、お兄ちゃんは我慢して手加減してくれた?

 

「今夜はこれで終わり……。初めては大変だし、今日は寝ながら話しをしよう。だけど、数日したら、またするよ。そのときには、もっと気持ちよくなれるから」

 

 一郎お兄ちゃんがわたしの横にごろりと一度転がった。

 気になって見たら、股間の性器はまだまだ大きいし、ぱんぱんに膨れている。また、すでに先っぽのゴムはなくなっていた。

 寝台の下にある小さなくずかごに、一郎お兄ちゃんが縛ったゴムをぽいと放るのが見えた。

 

「じゅ、十分に、い、いまも……き、気持ちよかったよ……。でも、お兄ちゃんはまだ足りないんじゃ……」

 

「そんなことないよ。それよりも、享ちゃんは、どうだった?」

 

「すごかった……」

 

 わたしは顔を横に向けて、一郎お兄ちゃんに言った。

 だけど、やっぱり、多分、物足りなかったんじゃないだろうか。

 お兄ちゃんがわたしの負担を考えて、手加減をしてくれたのはわかる。

 すると、一郎お兄ちゃんの顔が顔に覆いかぶさって来て、また、唇を塞がれた。

 舌が口の中に入ってきて、歯茎の裏や舌の裏を舐められる。

 びりびりと電撃のような快感が走る。

 

 ああ、これが快感というものなんだ。

 わたしはそれを自覚した。

 気持ちいい……。

 一郎お兄ちゃんとのセックスは気持ちいい。とても、とても気持ちいい……。

 

「享ちゃんの初めてをもらえて嬉しかった。ありがとう……。もちろん、俺も気持ちよかった」

 

 一郎お兄ちゃんが唇を離して言った。

 本当に優しい……。

 わたしは、ぼーっと一郎お兄ちゃんを見上げてしまった。

 

「身体を拭くものを持ってくる……。そのままでいいよ……」

 

 一郎お兄ちゃんが寝台からおりる。

 わたしは、心からの愛おしみを持って、その姿を視線で追った。

 

 それにしても、本当に、一郎お兄ちゃんは、これが初めて?

 あまりにも、セックスが上手でそれだけがちょっと不思議に思った。まるで、セックスの神様みたいだったけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一郎お兄ちゃんの命令でわたしは、高校の制服で朝のラッシュアワーの時間帯に、近所の駅から発信する電車に乗り込んだ。

 年末のクリスマス・イブの朝である。

 

 年の瀬になると、わたしが通っている高校は、わたしたち三年生については、通常授業が終わって、希望者だけの補講期間に入った。

 わたしは、すでに十一月に大学の推薦合格の通知をもらっていたので、通学の必要もなかった。だけど、今日はわざわざ制服まで着込んで電車に乗る。

 一郎お兄ちゃんにお願いされたからだ。

 

 つまりは、これは、一郎お兄ちゃんへのクリスマス・プレゼントなのだ。

 高校一年生の夏に最初の愛を交わしたわたしたちだが、それから順調な交際を続けている。

 処女を失った夜は、とてもとても優しかったお兄ちゃんだが、実のところ、一郎お兄ちゃんは、とっても好色だった。

 そして、結構、激しい。

 

 とにかく、最初の日以降は、ずっと三日と開けない間隔で、一郎お兄ちゃんと愛し合う日々が続いている。

 わたしは、お兄ちゃんが大好きなので、求められれば断らなかったし、わたしだって、お兄ちゃんと愛し合うのが好きだ。

 一郎お兄ちゃんが望むなら、どんなことでもした。

 なんでもいうことをきいた。

 わたしの身体がお兄ちゃんに染まり、セックスの快感を覚えさせられるまでに、それ程の時間はかからなかった。

 

 お兄ちゃんに気絶させられるまで抱かれるのは日常茶飯事になり、信じられないくらいに、自分の身体が淫らになっていくのもわかった。

 お兄ちゃんと一緒にたくさんのエッチなことをした。

 

 いまでは、一週間のうちの三日は、一郎お兄ちゃんのアパートに泊まっているほどであり、家族も公認の仲だ。

 もちろん、わたしと一郎お兄ちゃんがすでに身体の関係があることは、お父さんもお母さんも知っている。

 お母さんなど、避妊だけはしっかりとしなさいとだけ言ってくる。

 涼子お姉ちゃんだけが、ただれた女子高生だと呆れた口調で言うが、多分、お姉ちゃんはやきもちを焼いているのだと思う。

 いけないことをしてる娘で結構――。

 ともかく、わたしたちはラブラブだ。

 

 大学四年生になった一郎お兄ちゃんは、無事に就職も決まり、わたしの両親には、すでにわたしとの結婚を申し込んで了承されてもいた。

 一応は話し合いで、結婚式と同棲はわたしが大学を卒業してからとしているが、一郎お兄ちゃんは籍だけは早く入れたがっている。

 それについては、これからの話し合いになるだろう。

 

 それはともかく、一郎お兄ちゃんのエッチは、とても好色で激しいだけではなく、ちょっと変態的なところもあった。

 SMが好きなのだ。

 最初の頃は、普通に愛し合っていたが、やがて、お兄ちゃんはわたしを縛ったり、ちょっとエッチな道具を使って苛めたりすることをしたがるようになった。

 

 わたしも駄目とは言わなかったし、ちょっと……いや、かなり興味もあったから、一郎お兄ちゃんにはなんでも従った。

 お兄ちゃんが望むなら、なにをされてもいいと言ったし、お兄ちゃんとのセックスは、だんだんと過激な方向になっていっている気もする。

 でも、問題はない。

 お兄ちゃんが好きなことは、わたしも好きだ。

 だから、一郎お兄ちゃんがする「調教」を喜んで受け入れた。

 最近では、愛し合うときは「ソフトSM」のようなやり方をするのが当たり前のような感じだ。

 そうやって、二年以上がすぎ、わたしが三年生になる頃には、わたしはすっかりとお兄ちゃんに、しつけられてしまっていた。

 

 そして、今日だ。

 クリスマスが近くなり、プレゼントのことを考えていたわたしに、一郎お兄ちゃんが電車の中で「痴漢ごっこ」をさせて欲しいと言ってきたのだ。

 

 これまでに、一郎お兄ちゃんとは、いっぱい破廉恥なことはたくさんやったけど、実は全部、家の中のことであり、外でそういうことをしたことがなかった。

 だけど、わたしは、「いや」とは言うことはできなかった。

 一郎お兄ちゃんの命令には、逆らえないし、逆らう気にならない。

 なによりも、外でいやらしいことをされるということに恐怖を覚えながらも、わたしも身体の内側にかっと熱いものが込みあげさせていた。

 お兄ちゃんも好色だけど、やっぱり、一郎お兄ちゃんの色に染まったわたしも、とても好色なのだ。

 

 とにかく、今日はその約束の日だ。

 ちょうどクリスマスイブの日──。

 

 駅のホームで、一度一郎お兄ちゃんと別れて別々に電車に乗る。

 手に持っているのは、空っぽの通学バッグ──。

 電車に乗ると、わたしは鞄を腰の前に置いたまま反対側の扉の位置まで進み、身体の前側を閉じている扉に押しつけるように立った。

 また、スカートは、これもお兄ちゃんの命令で、思い切り腰で織り込んで短くしている。

 

 いまのことろ、一郎お兄ちゃんがどこにいるのかわからない。そばにいるとは思うが、今日は「痴漢プレイ」なので、知らないふりをしないとならないのだ。姿を探すためにきょろきょろしてもいけない。

 言いつけに背いたら、罰として恥ずかしいことをすることになっている。

 本当は、それもぞくぞくするんだけど……。

 

 そして、わたしをなによりも緊張させているのは、鞄を持つ手に嵌められている「指錠」だ。

 実は、わたしの両手の親指の付け根には、指輪のような金具が嵌まっていて、それが短い鎖で、通学バッグの手摺りに繋がっているのである。

 だから、わたしは、両手を鞄から離せないし、手を後ろや横に移動させることもできないのだ。

 

 電車の中は大変な混雑だった。普段は電車など使わないわたしは、本物の朝のラッシュに圧倒されていた。

 電車が揺れても、ほとんど身体が動かない。右から左から、後ろからと、人に圧迫される。

 話には聞いていたが、普段は自転車通学のわたしは、あまりの窮屈さにたじたじになってしまった。

 

「おっと」

 

 そのときだった

 揺れを利用するように、ぎゅっと後ろから身体を密着されている「男」が、わたしの身体の前に手を差し込んできた。そして、わたしの胸を制服の上からぎゅっと一度握ったのだ。

 

「あっ」

 

 しかも、次いで、もう一方の手を後ろからスカートの中に入れて、下着越しにお尻を握ってきた。

 

「んくっ」

 

 思わず声をあげかけ、わたしは必死に口をつぐんで、顔を伏せた。

 身体を触られたことで声を出してしまったので、周りの乗客に気がつかれたのではないかと恥ずかしくなったのだ。

 

 ただ、始まった愛撫は間違いなく、一郎お兄ちゃんのものだ。

 「痴漢ごっこ」では、他人のふりをするために、一緒には乗り込まなかったし、しかも、開かない扉側に身体の前側を密着させ、他の人に背を向ける位置になったので、わたしは後ろに誰がいるのか知ることができなかったのだ。

 一郎お兄ちゃんが来てくれるとは信じていたものの、「痴漢」がお兄ちゃんだったことには、心から安堵した。

 

「わっ」

 

 しかし、少しのあいだ後ろからスカートの中で下半身を悪戯していたお兄ちゃんの指が、いきなり下着の横を持ってずりさげた。

 びっくりして、わたしは腰を捩った。

 だが、手が使えないわたしから、下着を脱がすなんて簡単であり、わたしの下着は、信じられないことに、スカートの裾のぎりぎりのところまでずりさげられた。

 外気が神経を逆なでするように股間に触れてくる。

 

「……じっとしてるんだぞ……。だけど、もう濡れ濡れだな……」

 

 一郎お兄ちゃんのからかう口調のささやき声……。

 すると、ぬるりとしたクリームのようなものが股間に塗りつけられるのがわかった。

 

「あっ、んふっ、んんっ」

 

 懸命に声を我慢する。

 だけど、クリトリスやヴャギナに容赦のない一郎お兄ちゃんの指の愛撫……。

 気持ちよくて、身体が震える。

 足から力が抜ける……。

 

「とりあえず準備は終わりだ」

 

 すると、唐突に悪戯が終わって、下着が腰に戻された。

 

「んんっ」

 

 しかし、ちょうどクリトリスにあたる部分に異物が……。

 もしかして、ローター?

 ローターは、お兄ちゃんの部屋で受ける「調教」で何度も使われたことがあるので知っている。

 

「じゃあ、しばらく休憩だよ……」

 

 一郎お兄ちゃんが再び小さな声でささやいた。

 手がスカートから抜ける。

 ほっとしたが、これで終わるとは思えない。

 こういうクリームは、幾度が使われたことがあるので、とても嫌な予感がした。

 

 やがて、「それ」がやって来た。

 痒い――。

 猛烈な痒みが股間に襲いかかってきて、わたしは歯を喰い縛るとともに、電車の中で乗客に密着されている身体を硬直させた。



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581 愛に走って~入籍・女子大生

「う、うう……」

 

 わたしは、前手に持つ鞄を股間に押しつけるようにしながら、満員電車の中で内腿を擦り合わせた。そして、小さな足踏みを繰り返す。

 痒いのだ。

 背後に貼りついているはずの一郎お兄ちゃんが触ってくれるまで、じっとしていようと思うのだが、股間の痒みが四肢にまで伝わり、じわじわとわたしを追い詰める。

 

「……お……が……い……」

 

 わたしは知らず、呟いていた

 それなりの時間が経っている。

 停車した駅も五個を超えた。

 もう、わたしが我慢できないのは、一郎お兄ちゃんもわかっているはずだ。

 多分、わたしが苦しむのを愉しんでいるのだと思うけど、すでに限界だった。

 わたしは、お兄ちゃんに哀願することにした。

 背中越しだけど、お兄ちゃんとわたしは、ぴったりと密着しているから、呟くような声でお兄ちゃんの耳には届くはずだ。

 また、電車の喧噪は会話を消してくれると思う。

 

「悪い子だな。堪え性がなくて……」

 

 頭の上からお兄ちゃんの笑うような声がした。

 次の瞬間、下着に入れられて股間に密着していたローターが動き出した。

 

「んくっ」

 

 わたしは身体を強張らせた。

 しかし、痒い場所を振動で刺激される快感は、頭に突き抜けるくらいの気持ちよさだ。

 あまりもの衝撃に我を忘れそうになる。

 だけど、すぐに、ここが満員電車の中だということを思い出す。

 お兄ちゃんは真後ろだけど、ほかにもたくさんの他人に囲まれている状況だ。

 声は耐えないと……。

 

「う、うう……くく……」

 

 振動がとまらない。

 周りの視線を感じながら、わたしは耳元まで真っ赤に上気するのを感じつつ、懸命に唇を噛んだ。

 とにかく、鞄を力一杯に股間に押しつける。

 そして、振動がとまる。

 

「ふう……」

 

 わたしは脱力しそうになった。

 すると、お兄ちゃんの膝がすっとわたしの脚と脚のあいだに強引に入ってきた。

 ぎょっとする。

 これで、もう脚を閉じることはできない。

 

「もう一度だ」

 

 お兄ちゃんの声……。

 次の刹那、またもや股間に振動──。

 

「おっ、ぐっ」

 

 必死に声を呑み込んだが、首は天井を仰ぐように動いていた。

 咥えられる振動の刺激は、掻痒感を癒してくれるだけじゃない。お兄ちゃんに躾けられたわたしの身体がわたしの淫らな欲望を四肢の隅まで呼び起こす。

 だが、振動のスイッチが切断された。

 

 そうやってしばらくのあいだ、何度となく、ローター振動と停止が繰り返された。

 刺激を受けるときも衝撃だが、それを待つあいだも、焦燥と期待で頭がおかしくなりそうだった。

 とにかく、わたしは翻弄され続けた。

 

「しばらく、お預けだ……」

 

 電車がカーブにさしかかって騒音がきしむのを利用して、お兄ちゃんが耳元にささやく。

 言葉のとおりに、しばらくのあいだ、なにもされない時間が続いた。

 満員電車の中で痴態を晒す恐怖はないが、一度、癒されることを覚えた掻痒感は、与えられる刺激を狂い求めてしまう。

 触って欲しい……。

 ローターを動かして欲しい……。

 

 痒い……。

 痒い……。

 

 だが、脚のあいだの一郎お兄ちゃんの脚が今度は、腿をすり合わせることさえ、わたしを阻む。

 歯を噛みしめて俯いている顔からぽたぽたと汗が胸元に滴るのがわかった。

 

 そうやって幾度か目かの駅を発車した後、電車は次のターミナル駅に向かい始めた。

 そこでは、大勢の乗客が入れ替わるはずだ。

 

「次で降りる」

 

 一郎お兄ちゃんに声をかけられた。

 

「あっ、はい……」

 

 そして、電車がターミナル駅に停まった。

 人の動きに合わせて、わたしは出口の扉に向かう。一度もこっち側は開かなかったが、今度も開く扉のホーム側は反対側だ。

 わたしは、人の動きに合わせて、出口に向かった。

 

 しかし、その瞬間だった。

 これまでとは比べものにならないくらいの強い振動が股間に襲い掛かった。

 

「あくううっ」

 

 悲鳴のような声をあげて、全身を硬直させてしまった。

 しかも、その場でくの字に身体を折り曲げて、跪きそうになる。

 何事かと周囲の客が注目するのがわかった。

 その身体をがっしりと両脇から支えられる。

 

「大丈夫か? 気分が悪いのか?」

 

 一郎お兄ちゃんだ。

 わざとらしく声をかけてきたお兄ちゃんを涙目で振り返ると、意地悪のお兄ちゃんがにやにやと笑って、わたしを見ていた。

 

「だ、大丈夫……じゃない」

 

 わたしは、お兄ちゃんを睨みつける。

 

「そうか。ならホームで休むか」

 

「う、うん……」

 

 そのまま抱えられるように、ホームに連れ出される。

 だが、振動はそのままだ。

 

「ほら、座れ」

 

 くすくすと笑いながら、一郎お兄ちゃんがホームのベンチにわたしを座らせた。

 やっと、ローターの振動が切断される。

 

「ひ、ひどいよ、一郎お兄ちゃん」

 

 わたしは頬を膨らませた。

 

「そう言うなよ。とてもいやらしてく、可愛かったぞ……。これは、お詫びの印だ」

 

 お兄ちゃんは指錠の鍵を外して、わたしの両手を自由にすると、鞄から小さな箱を取り出した。

 小さなリボンのついている可愛らしい箱だ。

 

「なあに?」

 

「メリークリスマス」

 

 お兄ちゃんがベンチに座って、ぴったりと横に来た。

 箱の包みを開くと、桃色のケースが出てきて、その蓋を開けると、ふたつの指輪が出ていた。

 わたしはびっくりした。

 両方の指輪には、小さいけど四角くて赤い石が嵌め込まれている。

 

「えっ、指輪?」

 

「来月の享ちゃんの誕生日に合わせたガーネットだ。ねえ、籍だけは入れよう。お義父さんとお義母さんには、やっと許可はもらった。一緒に暮らすのは、享ちゃんが大学を卒業してからになるけど、享ちゃんを誰にも渡したくないんだ。俺にも約束が欲しい」

 

 一郎お兄ちゃんが言った。

 

「ええ? つまり、これは結婚指輪?」

 

「結婚しよう、享ちゃん。断ったら、もっとひどい調教をするよ」

 

 一郎お兄ちゃんが赤い顔をして照れたように言った。

 わたしは吹き出してしまった。

 

「じゃあ、プロポーズを受けたら、もう遊んでくれないの?」

 

「そのときは、もっと過激な調教をする。もう俺の享ちゃんだしね」

 

 一郎お兄ちゃんが笑った。

 わたしも一緒に笑う。

 

「……お受けします」

 

 そして、小さく頷いた。

 一郎お兄ちゃんが箱の中から小さい方の指輪を取り出して、わたしの左手の薬指に嵌める。

 次いで、お兄ちゃんが左手を出したので、もうひとつの指輪をお兄ちゃんの薬指に嵌めた。

 わたしたちの指に同じ石の指輪が光る。

 

「あ、ありがとう、お兄ちゃん。だけど、これって、お兄ちゃんの分はわたしが準備するんじゃないの?」

 

「細かいことを気にするな。結婚すれば、家計も一緒になるんだ。これからは、享ちゃんの学費もお小遣いも、お義父さんたちじゃなくて、俺があげるよ」

 

「お、お兄ちゃん、ありがとう……。だけど、痒いいいっ」

 

 我慢していたが、やっぱりもう限界――。

 薬を塗られた股が痒すぎる――。

 わたしは、両足を擦り合わせながら、悲鳴をあげた。

 お兄ちゃんが意地悪く笑った、ポケットに手を入れる。

 すると、いきなり股間のローターが振動を開始した。

 

「んんんっ、んぐううう」

 

 わたしは股間を押えて、身体を前に曲げた。

 

「近くのホテルを予約してる。行こう。今夜は帰らないと連絡もしているから、しっかりと朝まで付き合ってもらうよ。部屋に着替えも準備している」

 

 お兄ちゃんがわたしの手をとって無理矢理に立ちあがらせた。

 だけど、ローターのスイッチをとめてくれない。

 やっぱり、お兄ちゃんはとても意地悪だ。そして、変態に違いない。

 まあ、わたしもしっかりと変態の欲望に染まっているから仕方ないが……。

 

 

 

 

 こうして、わたしは高校の卒業を待たずして人妻になった。

 

 年が明けた登校日には、友人たちから左手の指輪について質問責めに合ったのは言うまでもない。

 

 幸いだったのは、お兄ちゃんと結婚しても苗字は同じ“田中”だったことだろう。

 これで、苗字が変わりでもしたら、もっと大変なことになったのは違いなかったからだ。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおっ、ああっ」

 

 一郎お兄ちゃんの怒張がわたしのお尻にめり込み始めたのがわかった。

 股間には、すでにバイブが突き挿さっていて、それが淫らで狂おしい刺激をわたしに与えているが、小さな器官に打ち込まれようとしているお兄ちゃんの生身の肉棒は、なににも増して強烈にわたしの欲望をそそってくる。

 

 お兄ちゃんが本格的に、わたしのアナルの調教を開始してから三年──。

 浣腸プレイから始まるお兄ちゃんによる、わたしのお尻開発は、あの高校三年生で籍を入れた日の記念日から開始された。

 

 あれから、三年──。

 いまでは、お兄ちゃんのお尻を犯されるのが、大好物になっていた。

 

 なによりも、妊娠の危険がない。

 一応、ピルも飲んでいるし、危険日は避けているのだが、生身の精を子宮に注ぐことは、どうしても妊娠のリスクが生まれる。

 

 まあ、妊娠したらしたで、お兄ちゃんとの子供だし問題はないのだが、お兄ちゃんと話し合って、子供はわたしが大学を卒業してからと決めている。

 いまは、大学三年なので、妊娠解禁はあと二年だ。

 それからは、自然に任せることになっている。

 

 わたしの勘だが、これだけ毎日のように子宮にお兄ちゃんの精を注がれれているのだから、解禁後はあっという間に子供もできるような気はする。

 

「いやらしい身体だ。日に日にきれいになる。学校で男に声をかけられないか心配だよ」

 

 お兄ちゃんがアナルにゆっくりと怒張を挿し入れながら、背中から声をかける。

 ふたりで暮らしているアパートの部屋にあるベッドの上だ。

 今日のわたしは、お兄ちゃんに縄掛けされ、後手縛りの恰好でお兄ちゃんにお尻を犯されていた。

 

 お兄ちゃんに可愛がられるようになって六年……。

 籍を入れて三年──。

 

 すでに、女としての本能に目覚めきっているわたしは、今日ももう自分の淫らな身体をコントロールできなくなっていた。

 

「お、お兄ちゃん以外の……お、男なんて……、あ、ああっ」

 

 お兄ちゃんが縄がかかっている乳房を揉みながら、アナルに深く深く怒張を挿し入れていく。

 だんだんと深く肉棒が貫くにつれて、前に挿し入れてあるバイブがお兄ちゃんの亀頭の先に皮一枚で擦れるようになり、狂おしいほどの嘉悦が全身にみなぎる。

 

 大学を卒業してすでに社会人のお兄ちゃんに対して、わたしはまだ大学生だ。

 だから、お兄ちゃんはいつも、わたしが若い男の子に言い寄られないかと心配するような言葉を使う。

 わたしからすれば、これだけお兄ちゃんに調教されてしまっているし、ほかの男の子なんて考えれないのだが、お兄ちゃんはちょっと心配らしい。

 一度だって合コンも男女サークルにも参加してないわたしだし、男の子なんて、あり得ないんだけど……。そもそも、人妻だし……。

 まあ、声をかけてくる男子は少なくはないのは確かだけど……。

 

 いずれにしても、わたしとお兄ちゃんは、一年前からついに同居を開始した。

 入籍のときの約束では、籍を入れても、同棲はわたしの大学卒業を待ってからということになっていたが、一週間のうち、五日か、六日、ときには全部の日に、お兄ちゃんの部屋に宿泊するようになってくると、ついに、親が呆れて、さっさと家を出ていけと言ってきた。

 まあ、そんなわけで、いまはこうやって、毎日のようにお兄ちゃんに可愛がられる日が続いている。

 

「あああ……」

 

 お兄ちゃんの怒張がついに、お尻を深々と貫いた。

 今度は静かに抜かれていく。

 わたしは淫らな声をあげてしまう。

 

「いやらしい声だな。ほら、ご褒美だ」

 

 お兄ちゃんが胸を持つ手を離して、前に嵌まっているバイブのスイッチを入れたのがわかった。

 静止していたバイブが頭を回しながら、蠕動運動を開始する。

 

「ふおおおっ、だめえええ」

 

 わたしは背中をのけぞらせた。

 

「いやらしい先生だ。一度達しておくか?」

 

 お兄ちゃんが手を乳房からわたしの股間に移動したのがわかった。

 バイブが嵌まっている上側のクリトリスを押して、振動しているバイブに押しつけるようにする。

 

「んふううううっ」

 

 衝撃にわたしは全身を痙攣させた。

 あっという間に絶頂してしまったのだ。

 

「今度はお尻でもいくんだ、先生──」

 

 お兄ちゃんが少しアナルを犯している怒張のストロークを早めた。

 達したばかりの身体に、新しい快楽の大波が襲い掛かる。

 

「だめえええ、んくうううっ」

 

 わたしはあまりの気持ちよさに、一瞬意識が飛びそうになった。

 また、お兄ちゃんがわたしを“先生”と呼ぶのは、わたしが通っているのが、教育学部だからだ。

 そこで、中学の国語の先生になるために勉強をしている。

 つまりは、わたしがこうやって快感に耽っているときに、いちいち“先生”と呼ぶのは、我に返らせることで、意識をお兄ちゃんの与える快感のほかに向けようとするお兄ちゃんの意地悪なのだ。

 本当に、お兄ちゃんは意地悪だ。

 

「先生になったら、最初の参観日には必ずこっそりと行くよ。バイブ付きの貞操帯を嵌めさせて、女教師をいたぶるのが俺の夢だ。夢をかなえてくれてありがとう」

 

 お兄ちゃんが笑いながらアナルを犯し続ける。

 わたしは抗うことのできない嘉悦と欲情のうねりの中で、ひたすらに悶え続けた。

 だけど、先生になって、授業中にそんなことをされるなんて、冗談じゃない。

 

 しかし、そうは思ったけど、もしかしたら、お兄ちゃんに命令をされたら、わたしはそれに従うような気もする。

 多分、もうお兄ちゃんには逆らえない。

 それが、どんな破廉恥で破滅的なことでも、わたしは一郎お兄ちゃんに与えられる被虐の快感から逃げられないに違いない。

 

「勝手にいくのは禁止だ。しばらく我慢しろ」

 

 お兄ちゃんがまたもや意地悪な命令をする。

 前の穴と後ろの穴から咥えられる猛烈な快感は、わたしの全身を席巻している。

 我慢するなんて無理だ。

 

「む、無理いい、いかせてええっ」

 

 わたしは哀願した。

 生身のストロークに加えられる、前からの玩具による翻弄──。

 だけど、達してはいけないという命令だから、懸命に耐える。

 

 でも、無理──。

 我慢できない──。

 

 次の崩壊はそこまできている。

 

「わかった、いけ──」

 

 お兄ちゃんがお尻を犯しながら声を放つ。

 

「いぐううう」

 

 悲鳴とともに襲い掛かった嘉悦に身を投じた。

 二度目の爆発だ。

 衝撃のすさまじさに、一段と高い絶頂に昇り詰めた。

 

「んくっ、くうっ」

 

 すると、お兄ちゃんの絶息するような声……。

 お兄ちゃんもまた、欲望の迸りをわたしのお尻の中に放ったのだ。

 

 嬉しい……。

 

 お兄ちゃんと一緒にいけて嬉しい……。

 

 わたしは、落ちてくる兆しのない快感の昇天の中に意識を飛ばした。



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582 夢先案内人~女教師ふたり

「隣、いいですか、田中先輩? ひとりですか?」

 

 忘年会としての二十人ほどの教師の酒盛りの隅でひとりでチューハイを舐めていたわたしに声をかけてきたのは、丹羽(にわ)祥子(しょうこ)だった。

 目鼻立ちが派手で可愛らしく、また、性格もてきぱきとしていて、とても人気がある一年目の英語教師だ。

 今日の飲み会でも、ずっと男性教師たちに絡まれ、それでいて、深入りするほどには一箇所で長くならないように巧みに動き、居酒屋の席の幾つかの輪を転々と動くということをしていた。

 別段、見張っていたわけではないが、彼女の男に媚びを売るような甲高い物言いが響くので、ついつい暇にあかせて意識してしまったのだ。

 その丹羽先生がジョッキに入れた生ビールを持って立っている。

 それなりに飲んだのだろう。

 ちょっと顔が赤い。

 

「もちろんよ、どうぞ」

 

 わたしは応じたが、そのときにはすでに丹羽先生は、適当に座布団を引っ張って来て横に座っていた。

 この手の宴会のときには、隅でひとりで静かに酒を飲むというのが大抵のわたしの定番だ。

 別に孤独を気取っているわけではないが、教師仲間の中では、わたしの存在は地雷のように扱われているのを知っている。

 わたしも無理に打ち解けようとはしていないので、誰にも積極的に話しかけないし、付き合いもしない。

 人嫌いではないのだが、わたしとしても、女教師はともかく、酔った男教師にべたべたとされるのが気持ち悪いので都合がいいくらいだ。

 

 そもそも、いつもそうなのだが、教師というのは、忙しい忙しいと全員が主張するわりには、ものすごくこの手の宴会が多い。

 歓迎会だ──。団結会だ──。なにかの行事の打ち上げだ。忘年会だ。送別会だというように、月の二、三回は教師同士の宴会をしているのではないだろうか。

 しかも、とても騒がしい。

 

 わたしは大学のコンパというものには、結局一度も参加しなかったが、教師たちの酒飲みの集まりのときのノリを一郎お兄ちゃんに説明したところ、大学生のコンパのときのノリとまるで一緒だそうだ。

 多分、先生というのは、学校からそのまま学校に戻るので、どうしても学生気分が捨てきれないのかもしれないねと笑っていた。

 

 それはともかく、そういう喧噪が嫌いなのと、わたし自身がやらかした幾つかのことで、わたしは学校では浮いている。

 仕事に関することはきちんと接してもらえるし、授業などのことで困ることはないが、まるで腫れ物に触るような感じで、私的な会話をしようとする者はほとんどいない。

 しかし、今日は珍しく声をかけられた。

 

「やっと、話ができますね。ずっと話したいなあって思ってたんですけど、なかなか離れられなくて。新入りだから、一応、全員にお酌しないといけないし……。あっ、ごめんなさい。先輩に嫌味を言っているじゃないですよ。本当はしたくないんです。キャバ嬢じゃあるまいし、なんで女がお酌なんだって思うんですけど……。まあ、先輩みたいに勇気ないし……」

 

 彼女が謝るような口調で言った。

 

「勇気?」

 

「ええ、聞きましたよう。一年目の最初の歓迎会で、男教師にお酌はしないって宣言したんですよねえ。すっごいです」

 

 彼女が目をきらきらさせている。

 鼻につくようなわざとらしい舌足らずの物言いは不快だけど、どうやら、本気でそう思っているみたいだ。

 このところ、わたしに宴席で話しかける者には、ほとんどが嫌味や悪意のようなものが混ざっている。だから、久しぶりに向けられる純粋な好意らしきものに、わたしはちょっとくすぐったさを覚えてしまった。

 

「宣言って、ほどじゃないけど、主人に叱られるので、そういうことはしませんって、言っただけよ」

 

 あれは、いまは三年目の教師になるわたしが新任教師だった歓迎会のときだったと思う。

 正直にいえば、お兄ちゃん以外の人とお酒を飲みにいっても大して愉しくはないし、お兄ちゃん可愛がってもらえる時間を無駄に潰しているような気もするから、宴会そのものが嫌なのだが、お兄ちゃんがそれも社会人としての仕事の一部だと諭すので、こうやって、宴会は断らないで参加することにしている。

 だけど、そうだとしても、酔った男性教師たちに、身体を触られたり、下品な言葉をかけられりするのは不快で仕方がない。

 

 そう思うと、わたしはどうやら、淫乱女ではないということになる。

 いや、すっかり淫乱なのだが、それは一郎お兄ちゃん限定だ。

 同じからかいでも、お兄ちゃんに言われれば、ぞくぞくするような興奮を覚えるし、お兄ちゃんにどこを触られても、わたしはあっという間に雌の顔になる。

 まあ、お兄ちゃんに依存しきっている気もするが、わたしは、十二歳でお兄ちゃんの恋人にしてもらってからずっと、お兄ちゃんに夢中だ。

 とにかく、ほかの男の人なんて、気持ち悪くて仕方がない。

 

 それはともかく、だから、嫌だと言っただけだ。

 すると、周りの全員が白けた感じになっただけでなく、翌日に学年主任と教頭に呼ばれて、輪を乱すような言葉や態度はよくないと説教された。

 だったら、宴会でお酌をするのは職務命令ですかと切り返したら、向こうも嫌な顔をしていた。

 それが最初のぶつかりだった。

 

「嫉妬深い旦那様に怒られるって言ったんですよね。あたしもそういう人がいれば、同じことが言えるんですけどねえ……。いいですよねえ……。あっ、それと、セクハラ退治の話……。あれも聞きました。先輩、かっこいいですう」

 

「その結果、こうやって誰も話しかけないけどね」

 

 わたしは手元のチューハイで口を湿らせた。

 セクハラ退治というのは、わたしが職場で浮くことを決定的にした事件であり、やはり、新任一年目のことだった。

 宴席におけるお酌拒否のあと、わたしへの風当たりは強くなった。

 なにかと因縁のような嫌味を言われたり、明らかにほかの人よりも厳しい態度で教育指導を受けるようになったのだ。

 わたしは頑張った。

 新人が指導を受けるのは当然だし、それをもって不当とは考えなかった。そもそも、正当な指摘に対して、不満を口にするつもりはないし、自分だけ厳しいと思うことでも、いつかは必ず、自分の糧になると歯を喰いしばった。

 

 だが、そんな時期に、わたしにやたらに構う体育教師がいたのだ。

 本人は、教員室の中でほかの教師たちの輪に入ることのできないわたしをコミュニケーションに誘うためのアプローチだと主張していたが、なにかと話しかけてきては、肩や頭に触ったり、ときにはお尻をぽんと手で叩いたりする。時には、胸に近い場所を触ったりもしてきた。

 わたしは、それが嫌で嫌で仕方がなかった。

 だから、そう告げたのだが、いまもそうだが、当時の学校にはわたしの味方はまったくいなかった。

 むしろ、宴会でお酌を拒否する協調性に欠陥のある女とされていたのである。

 その体育教師が生徒に人気のある明るいキャラクターだったこともあり、些細なことでまたもや大騒ぎする問題児のように扱われた。

 

 わたしは腹が立ち、一週間ほど教員室におけるその体育教師の態度を隠し撮りすると、教育委員会内にあるセクハラ対応部署に、証拠とともに送りつけた。もちろん、わたしの訴えに対する教頭たちの反応の音声録音も付けてだ。

 その結果、体育教師は謹慎処分になり、しばらくのあいだ、異動のうえに、特別な指導教育を受けることになった。校長と教頭も減給を喰らった。

 

 わたしについては、被害者保護制度により、被害を訴えたことで不利益を与えることは禁止されているので、それだけの騒ぎを起こすことになったが、職場における扱いは同じだ。

 ただ、一年目で二度も、そんなことを起こしたわたしは、三年目のいまになっても、すっかり「地雷」扱いというわけだ。

 

「だけど、本当は感謝している女先生も多いみたいですよう。空気を読んで、先輩に接してこないけど、結構、ここって、昔はセクハラって、かなりあったみたいですしい」

 

「そうなの?」

 

「ええ──。みんな、こっそりとは教えてくれるんです。まあ、だから、全員が敵じゃないってことでえ……」

 

 彼女がくすくすと笑った。

 わたしは、ありがとうとだけ言った。

 

「まあ、あたしは知りませんけど、それで異動になった体育教師って、結構いい男だったそうじゃないですかあ。それについては残念がってはいましたね。狙っている女も少なくなかったみたいだし……」

 

「あれを?」

 

 わたしは首を傾げた。

 あの体育教師のことはよく覚えているが、いい男だったという記憶はない。

 面倒で失礼な奴という印象だけだ。

 

「ええ──。だって、セクハラって、いい男がやっても、普通はセクハラにはならないんですよう。逆に中年男が同じことをすれば、すぐに訴えられますけどね。その先生も、それをわかっているから、先輩に手を出してたと思いますよ。先輩がさっさとセクハラ委員会に訴えたのは、そいつも驚いたもしれませんね。いい男だったですかあ?」

 

「全然」

 

 わたしは首を横に振った。

 彼女がけらけらと笑った、

 

「やっぱり、先輩って、旦那さんひと筋ですよねえ。学生結婚って聞きましたけど、なにをされている人なんですかあ?」

 

 学生結婚というよりは、籍を入れたのが高校生だったときなので、高校生結婚ということになるのだろうか。

 まあ、余計なことなので口にはしないが……。

 

「学習教材を作成したり、全国に学習塾を展開している会社よ」

 

 一郎お兄ちゃんが務めている大手企業の名を告げた。

 彼女は大きく目を見開いた。

 

「わっ、あたしたちのような学校にも教材を卸している超大手じゃないですかあ。ある意味、ライバルなのかもう。いまの子って、ほとんど受験勉強については、あたしたちじゃなくて、そういう塾に頼りますものね……。あっ、もしかして、この前、先輩が提案した補講指導案って、旦那さんから情報をもらったりしてますう?」

 

「参考にできる情報は頼めばもらえるし、相談に乗ってもらったりはするわ」

 

 わたしの持っている教科は二年生と三年生の国語になるが、授業というのは基本的には学習要綱に従って教えるものであるものの、ただ決まった通りに教えればいいというものでもない。

 それぞれの教師の工夫もあるし、わかりやすくするために、教材やプリントを追加して使用したりもする。

 この学校では、定期的にその工夫を発表する会議があり、幾度かわたしも発表した。

 普段の人間関係が悪いので、なにかと厳しい課題を付与されたりしているが、わたしは、一郎お兄ちゃんの助けもあって、ほとんどをそつなくこなしている。

 

 なにせ、わたしたち教師もプロのつもりだが、お金をとって子供たちに学習知識を習得させ、しかも、確実な結果を残して、ライバル会社と競わなければならないという民間の学習会社は、プロ中のプロということになるのではないだろうか。

 一郎お兄ちゃんは、わたしが受ける課題について、惜しげもなく、会社のデータや教育ノウハウを活用してくれて、わたしを助けてくれる。

 なにしろ、お兄ちゃんの仕事のことはあまり話をしないが、まだ三十前にして、すでにお兄ちゃんは、会社の重要なポストにつき、たくさんの大きな成果をあげているエリートらしいのだ。

 その能力をすべて、わたしの仕事に対しても使ってくれる。

 ありがたくて仕方がないが、「ご主人様」として当然だと笑ってくれる。

 とにかく、わたしがいま、学校で過ごしていけるのも、ちゃんと教育の中で結果を残しているからであり、それはお兄ちゃんのおかげなのである。

 

「うわっ、羨ましい。偶然に旦那さんが、そういう仕事を手伝ってくれるような職務についているっていいですよねえ」

 

「まあ……」

 

 もっとも、実は一郎お兄ちゃんが、教師になったわたしと繋がるような会社に入ったのは、偶然ではないのだ。

 お兄ちゃんがいまの職務を選んだのは、わたしが教育学部を目指したからであり、その逆ではない。

 民間で教育に携わるような大手であれば、わたしを助けられるだろうし、万が一、教師をやめたくなっても、塾の講師としての就職の受け皿を準備してやると言ってくれている。

 実際、最近では、学生になにかを教えるということはやりたいと思っているけど、それは学校という場所じゃなくてもいいかなあと思ったりする。

 それが塾のような場所でも、十分にやりがいを見つけらるとは確信している。

 お兄ちゃんは、人に物を教える仕事をしたいと言うわたしのために、いまの大手学習企業で立場を確保しておいてやると言ってくれているのだ。

 本当に優しい。

 

「いい旦那さんですよねえ」

 

 彼女がわたしの左手の薬指を見ながら言った。

 そこには、高校三年生のクリスマスイブに送ってくれたガーネットの指輪がある。

 あの駅のホームでもらってから、これはいつもわたしの指に嵌まっている。

 

「ところで、実は先輩に感謝することがあるんです。本当に助かりました。でも、先輩の武勇伝って尽きませんよねえ」

 

 すると、彼女が急に取り澄ました表情になった。

 

「武勇伝って?」

 

「二年の悪ガキたち五人ですよ。あいつら、ほんっとに、面倒だったから。集団で怖いし……」

 

 彼女がさらに口を開いて告げた名前は、先日の授業の後に話しかけられた五人組の二年の男子生徒のことだった。

 中学生二年の男子ともなれば、性のことに俄然興味が湧きだす頃だ。

 しかも、その表現が直接的で、わたしや目の前の丹羽先生のような若い女教師に、性的な言動や、ときには胸やお尻に軽い接触をしてきたりする。

 初心(うぶ)っぽいのが可愛らしいなあとは思ったりするが、標的にされる若い女教師たちにとっては、確かに恐怖の対象かもしれない。

 そういえば、その五人とわたしも、接触があったりした。

 

「先輩が対処してくれてから、あの五人組が大人しくなったらしくて。あたしも新米だから、舐められちゃって苦労してたんですう」

 

「そうなの? だけど、そもそも、対処したってわけじゃないけど」

 

 わたしは言った。

 確かに、あればそんなものじゃなかった。

 多分、あれは、手頃なターゲットとなる若い女教師を見つけて遊ぶゲームというものだろう。

 わたしがすでに結婚をして七年になることはかなり知られているはずだが、その五人は認識はなかったみたいだ。

 おそらく、左手の薬指の指輪の意味も知らなかったのだと思う。

 授業の終わりに、わたしのところに寄ってくると、質問があると囲んできて、突然に、「先生って、オナニーって、週に何回くらいするの? 女にも性欲があるって本当ですか」と訊ねてきたのだ。

 

『女にも性欲があるのは当たり前でしょう。自慰は基本的にはしないわね』

 

 子供を相手に恥ずかしがる感性は、残念ながら持っていなかったので、わたしははっきりと答えた。

 すると、なぜか、五人が爆笑した。

 

『ええ──。オナニーしないと我慢できるわけないじゃん。俺なんか、毎日してるぜ』

 

『性欲あるんなら、オナニーはするでしょう。先生、正直に言ってよ』

 

 すると、連中が笑いながら大声ではしゃいだ。

 そのときには、すでにだんだんと面倒くさくなってきていた。

 それに、こういう男の子たちは、毎年のように現れる。性に興味があるというのもあるが、そもそも、若い女教師が自分たちの言葉に反応して、恥ずかしがったりするのが愉しいだの。

 だから、わたしはいつも正直に淡々と対応することにしている。

 そっちの方が、こういう連中はつまらなくて、次にやって来なくなるのだ。

 

『大事な旦那さんがいるから、自分ではしないわ。目の前でやれって、命令されればするけど、そういうプレイのときだけね』

 

『え? プレイ?』

 

 すると、なぜか急に男の子たちが顔を赤くしたのだ。

 わたしは嘆息した。

 そして、立ち去ろうとすると、さらに一緒にいたほかの男の子に呼びとめられた。

 

『じゃ、じゃあ、初体験はいつ? どんな風にしたんですか?』

 

『高一のときね。その一年前から準備していて、わたしの方から迫ったかな』

 

 わたしは言った。

 そして、ふと考えた。

 いや、自分から迫ったわけじゃないか……。一緒に泊まった海辺のホテルで処女を奪ってもらったんだった。

 しかし、なぜか、頭の隅に自分から「わたしとセックスしない?」と迫った記憶もある。それだけじゃなくて、「男とセックスするたびにいちいち恥じらいもしないわ。まあ、愉しくて気持ちのいい運動の一種という感じかしら」とまで言った気が……。

 だが、そんなことを喋るわけもないから、多分、記憶違いか?

 まあいいか。

 

『旦那さんよりも、俺としようぜ。きっと満足させてやるよ。俺の方がでかいからな』

 

 ひとりが腰を突き出して、自分の股間をひけらかすような仕草をした。

 わたしは吹き出してしまった。

 

『大きさなんて、女の気持ちよさに関係ないのよ。それに、わたしの旦那さんは、毎日わたしとセックスをしてくれて、いつも気絶するまで抱いてくれるわ。残念だけど、経験もないあなたが、わたしの旦那さんよりも上手というのはあり得ないわ。ごめんね。わたしは旦那さんで満足しきっているの』

 

 わたしは言った。

 さらに、男の子たちが経験くらいたくさんあると真っ赤な顔になったので、だったら、ちゃんと避妊はしているのかと、こっちから詰問した。

 避妊は相手の女のために絶対にやらなければならないし、そもそも、大勢というが不特定多数とすればするほど、性病の危険も出てくる。

 性病になったまま、女の相手をするのは、こんな失礼なことはないし、一度病院にいけとまで諭した。

 すると、やっと男の子たちが立ち去ってくれた。

 ただ、それだけのことだった。

 

「先輩が連中をやり込めてくれたから、あれから、ずっと彼らが大人しんです。本当に感謝ですよう」

 

 彼女が笑った。

 

「やり込めた気はないんだけどね」

 

 わたしは苦笑した。

 すると、横の彼女がなぜか、すっとさらに距離を詰めてきた。

 ほとんど密着しているほどだ。

 

「……さて、本題です……。ねえ、先輩、さっきの話で、あれ……本当ですか……? 先輩の旦那さんに毎日抱かれてるって……。しかも、気絶するまでって……」

 

 彼女がほとんどささやくような声で言った。

 

「ああ、本当……、んくっ」

 

 しかし、応じようとしたとき、突然に股間に嵌まっている貞操帯の張形が振動を開始した。

 どこか遠くにいる一郎お兄ちゃんだ。

 携帯電話用の電波を使って、お兄ちゃんはわたしの股間に嵌まっている張形を自由に振動させることができる。

 毎日、わたしが学校に出かける前に、張形付きの貞操帯を嵌めるのがわたしたちの日課だ。

 当然、鍵はお兄ちゃんしか持ってない。

 小さい方は貞操帯にある小さな穴からできるが、大きいのはできない。

 泊りがけの出張がたまにあるが、そのときには大きい方を出せない苦しさに、七転八倒しなければならないが、これも調教だと思えば、つらいということなどはない。

 

「どうしたんですか?」

 

 横の丹羽先生が驚いている。

 わたしはしばらく歯を噛みしめたまま、なんでもないと首を横に振った。

 しばらくすると、振動がやむ。

 わたしは脱力した。

 こうやって、四六時中、張形の振動に怯えなければならないわたしだが、お兄ちゃんはわたしが困るような時間帯には、あまり悪戯はしてこない。

 やったとしても、ほんの短い時間だ。

 わたしの行動予定は、かなり詳しいものをお兄ちゃんに渡しているので、それで、わたしが破滅するようなことにならないように判断しているのだと思う。

 優しいのだ。

 

「な、なんでもない……。とにかく、さっきのは嘘じゃないわ……。お兄ちゃんは、すごいから……」

 

「お兄ちゃん?」

 

 彼女が面食らった。

 人前ではそう呼ばないが、貞操帯で悪戯をされたばかりで、余裕がなかったので、つい頭に思い浮かべている言葉を使ってしまったようだ。

 まあ、問題はないが……。

 

「……まあいいか……。でも、いいですよねえ。気絶するまでって、本当ですかあ? はったりじゃなくって? あたしって、一度もセックスでいったことないんですよう。経験だけは二十人以上とあるけどう……。まあ、気持ちはいいですけどね」

 

「えええ?」

 

 今度はわたしがびっくりした。

 セックスで達したことがない?

 いや、だいたい、女が達しないセックスなんてあるのだろうか?

 我を忘れるような調教の末のセックスしかしたことがないので、彼女の物言いには驚いてしまった。そもそも、二十人以上とセックスしたのに、達したことがない?

 

「わたしも、先輩みたいに、気絶するようなセックスしてみたいですう……。実を言いますとね、ここの先生たちとも、ふたりほどやったんですう。だけど、駄目でしたね。あっという間に終わっちゃって……。あーあ、あたしも、先輩みたいに気持ちのいい、夢のようなセックスしたいですう」

 

 彼女がくすくすと笑った。

 ふたりとやった?

 誰と誰なのかを訊ねる気にはならなかったが、可愛い感じだけど、結構、やっているみたいだ。

 いずれにしても、やっぱり、そこそこ酔っているのだろう。だが、正気を失っているというわけでもないだろうし……。

 だったら、いいかなと思った。それに、お兄ちゃんなら、彼女でもなんとかしてくれるような気がした。

 

「定期的な検診はしてる? 性病とか」

 

「性病? 大丈夫ですよう──。先輩って、固いんだか、進んでいるのか……。まあ、問題ありません。検診には行ったばかりです。ピルも処方してもらってますし。そのついでに、いつも診てもらってますから」

 

 彼女が笑って、ぐびぐびと自分のビールを飲んだ。

 わたしは決心した。

 少し以前から、そういう機会を作ってもいいと、お兄ちゃんに言われていたのだ。つまりは、わたしたちのプレイに、セックスフレンドを参加させることについてである。

 そもそも、お兄ちゃんがかなりの絶倫だということには、さすがに気がついている。

 中学生のときから、お兄ちゃんひと筋のわたしだけど、毎日のように精を放ち、しかも、一日に六回も、七回も平気で出せるというのは、かなり特別なこととは、気がついている。

 だからこそ、わたしだけというのは、申しわけないし、なんとかしなければならないとも考えていた。

 話を聞く限りにおいて、もしかしたら、彼女はうってつけではないだろうか。

 

「ねえ、だったら、お兄ちゃん……つまり、わたしの旦那さんに聞いてみようか? よければ、年末旅行に一緒に行かない。会社の厚生施設の温泉別荘を三日間貸し切っているんだって」

 

「え? 一緒に?」

 

 彼女は目を見開いた。

 そのときには、わたしは、お兄ちゃんの許可を受けるために、携帯電話を取り出していた。

 

「もともと二人でいく予定だったけど、よければ一緒に行かない? ねえ、どうする? 気絶するようなセックスしてみたいんじゃないの?」

 

「えっ、えっ? ええ?」

 

「わたしのお兄ちゃんが、夢のような快感に案内してくれるわよ。お兄ちゃんの調教を受ければ、絶対に忘れられなくなるわ」

 

 わたしは言った。

 

「調教?」

 

 彼女が面食らったようになった。

 

「痛いことはしないように頼んであげる……。でも、最後は満足させてくれると思うよ」

 

 すると、ちょっと呆けた感じった彼女が、にんまりと微笑んだ。

 

「へえ、先輩って、そんなんだったんだ。調教されてるんですか? 意外いい」

 

「それで、お兄ちゃんに、電話する? それともやめる?」

 

「お願いします」

 

 彼女が頬を染めたまま、ぺろりと自分の口の周りを舐めた。



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583 いい日旅立ち~女教師ふたり

「ごちそうさまでしたあ……。じゃあ、せめて飲み物を奢らせてください。なにがいいですかあ?」

 

 サービスエリアで朝食をとり終わると、丹羽(にわ)祥子(しょうこ)先生がぺこりとお辞儀をして、お兄ちゃんに話しかけてきた。

 冬休みを利用した温泉リゾート地への小旅行のためのドライブだ。冬晴れの気持ちのいい日であり、まさに旅行にはもってこいの朝である。

 

 忘年会で、一年目の若い女教師であるこの丹羽先生と意気投合したわたしは、予定していた一郎お兄ちゃんとの旅行に、彼女を誘うことにした。

 もちろん、この旅行がどういう意味があるものかについては説明してある。

 明るい性格だが、清純そうな外見とは裏腹に、彼女はかなり性に開放的な女性であり、わたしとお兄ちゃんの「調教」旅行についてこないかと誘うと、それほどの抵抗もなく同意した。

 

 世間的な御用納めには、まだ数日あるのだが、学校の教師という職業は、生徒が長期休暇に入れば、年次休暇は取りやすい。

 先生によっては、部活動の面倒を看ないとならなかったりするが、わたしも丹羽先生も、担当しているのは文化部であり、お互いに冬休みの活動は休止にした。一郎お兄ちゃんも、今回の旅行に合わせた休暇を以前から申請していて、問題なく取得することができたみたいだ。

 

 そして、今日がその初日であり、朝早く出たので、途中のサービスエリアで朝食を兼ねた休憩をとっていたところである。

 お金を出したのはお兄ちゃんであり、丹羽先生はそれに恐縮をしたみたいだ。

 

「じゃあ、頼もうかな。ペットボトルでお茶かなにかをお願いします。享ちゃんの分も。俺たちは先に車で待ってますから」

 

「享ちゃん? そんな風に呼ぶんですか。可愛い」

 

 丹羽先生がくすくすと笑って自動販売機コーナーに向かっていった。

 わたしたちは、彼女の後姿を見送りながら、ふたりで車に向かった。

 ワンボックスタイプの乗用車であり、トラックがひしめき合っている大型用駐車場の比較的近くに駐車している。

 学校が冬休みに入ったとはいえ、一般のサラリーマンたちが年末年始休暇に入るにはまだ少し早い。だから、まだ平日の早朝ということもあり、埋まっているのは広大な駐車場の店側の半分ほどだ。

 わたしたちの車は、あえて離れた場所に停めたみたいなので、周りに車がない場所にポツンと駐車している感じだ。

 

「どう、お兄ちゃん、彼女を調教してもらえる? 彼女って、セックスを二十人以上と経験したんだけど、一度もいったことがないって言っているの。ちょっと可哀想かなって」

 

 彼女をお兄ちゃんに会わせることを決めたのは、宴席でそんなことを会話したことがきっかけだ。

 お兄ちゃんは絶倫だ。また、実のところ、かねがね、わたしは、わたしたちとともにセックスパートナーを務めてくれそうな女を探していた。

 かといって、そのまま執着されて、お兄ちゃんに離婚とか結婚とかとを迫られても困るし、秘密を守ってもらえる保障も必要だ。

 その点、彼女は純粋にセックスに興味を持っているだけみたいだし、後腐れなさそうだ。それに、性に興味があるのに、これまで快感を極める経験に無縁だったというのも気の毒に感じた。

 だから、今回の旅行で彼女をお兄ちゃんに引きわせようと思ったのだ。

 

「確かに、感じにくいタイプではあるみたいだね。それに、多分、彼女は普通のセックスじゃあ、燃えあがるまでに時間がかかる性質なんだと思うよ。まあ、雰囲気作りからじっくりと時間をかければ、身体も心もほぐれると思う。任せてもらっていいよ」

 

 一郎お兄ちゃんが微笑んだ。

 

「よかった」

 

 わたしはお兄ちゃんの言葉にほっとした。

 一郎お兄ちゃんが任せろというのであれば、絶対に問題ない。

 実のところ、お兄ちゃんは不思議な人なのだ。

 セックスについては、わたししか知らないはずなのに、まるで何十人もの女の人と相手をしたことがあるみたいに熟練した空気を漂わせる。

 それに、人を見抜くのが上手い。

 誰が、どんな技術や能力を持っているのかということがひと目でわかるらしく、それを学習塾を展開する会社の仕事に生かしているみたいである。

 

 なによりも、女のことを見抜くのは神がかりであり、見知らぬ女性の職業を瞬時に言い当てたりする。

 ある夜など、ホテルのバーで一緒にすごしているとき、店内にいる見知らぬ女性を示して、彼女は娼婦だと見抜いたこともある。

 しかし、きちんとしたスーツを身に着けた清楚そうなきれいな女性であり、とてもそういう商売をやっている女性には見えなかった。

 とりあえず、バーテンダーにこっそりと聞いてみると、実はそうだと、耳打ちしてくれた。

 わたしは感心した。

 

 また、居酒屋で意気投合した男女のグループと同じテーブルで飲むことになったとき、なにかの切っ掛けで、そのグループの誰と誰が性経験があるのかを言い当てる遊びになったこともあった。

 そのときには、お兄ちゃんは経験、未経験だけでなく、経験者がこれまでにセックスをした相手の数まで正答してみせたのだ。

 その男女は、まるで占い師だと驚愕していた。

 

 いずれにしても、お兄ちゃんなら絶対だ。

 お兄ちゃんがセックスが上手なのは信じているし、極めたことのない丹羽先生でも、お兄ちゃんなら幸せな気持ちにしてくれると思う。

 旅行が終わる頃には、彼女もすっかりと満足しているだろうし、性格が合うのは確認しているので、もしかしたら、末永くわたしたちのパートナとして仲良くできるかもしれない。

 

「ところで、調教の開始だ。スカートをまくって、俺に見せるんだ」

 

 車の位置までやって来ると、横スライド式の後部シートを開いてから、突然にお兄ちゃんが言った。

 どきりとした。

 ここに到着するまでは、わたしはお兄ちゃんの横の助手席に座り、丹羽先生だけが中間シートに座っていたのだ。

 だから、なぜ、後ろを開けるのかと思ったが、どうやら、ここからプレイを始めるらしい。

 そして、この目的のために、周りにほかの車がない場所を選んで駐車したのかと思った。

 

「早くしろ。丹羽先生が戻って来るぞ」

 

 お兄ちゃんがくすくすと笑った。

 どうやら、もう意地悪モードに入っているみたいだ。

 こうなってしまうと、どう言っても、お兄ちゃんは許してくれないし、逆らえば、もっと恥ずかしいことをされる。

 それに、わたしはお兄ちゃんのものであり、そもそも、お兄ちゃんの命令に逆らうという発想がわたしにはない。

 

 わたしは意を決して、お兄ちゃんに車側に立ってもらい、身体をお兄ちゃんと車に向けるようにした。

 こうすれば、後ろからは見えないだろう。

 コートを脱いで車に入れると、両手でブラウスの下のスカートの裾を持ち、すっと持ちあげた。

 

「もう、濡れたのか?」

 

 お兄ちゃんがわたしの股間を眺めて笑った。

 やっぱり、お兄ちゃんは意地悪だ。

 羞恥でかっと身体が熱くなる。

 

「お、お兄ちゃんが……わたしを調教するって言ったから……。あっという間に……」

 

 スカートをあげたまま、わたしは俯いて言った。

 いつもは、お兄ちゃんによって、ディルド付きの貞操帯で封印されているわたしの股間だけど、今日は外している。

 その代わり、お兄ちゃんの命令でノーパンだ。

 すでに完全脱毛をして、一本の陰毛のないわたしの股間は、自分でもわかるくらいに、どっぷりと濡れていた。

 なんの愛撫もなくても、お兄ちゃんにいやらしい言葉をかけられるだけで、こうなってしまうのだ。

 わたしは、お兄ちゃんの奴隷だ。

 

「静かにするんだぞ」

 

 お兄ちゃんがオーバーのポケットから、一本のチューブを出す。

 それを指先にとって、わたしの股間にすり込んできた。

 

「ひっ」

 

 ひんやりとした感覚に、わたしは身体を竦ませた。

 だが、いやらしいお兄ちゃんの指が股間全体に動き、さらにスカートの後ろ側まで伸ばして、お尻の中にまで塗り込んでくる。

 そのあいだ、何度もチューブから薬剤を指に塗り足した。

 

「もういい。スカートから手を離して、後ろを向け」

 

 お兄ちゃんはポケットから、いつも使う指錠を取りだすと、背を向けさせたわたしに、両手を背中側に回させて、右親指と左親指の付け根を接触させて、それに指錠を嵌めてしまった。

 これで、お兄ちゃんに指錠を外してもらうまで、わたしはなにもできない。

 

「これで準備は終わりだ。さあ、乗るんだ」

 

 わたしは、後ろ手のまま中間シートに押し込められた。

 さらに、お兄ちゃんが手を伸ばして、シートベルトをかける。

 

「お待たせしましたあ」

 

 丹羽先生が元気な声とともに、ペットボトルを抱えて小走りで来たのは、その直後だった。

 

「あれ、先輩も今度は後ろですかあ?」

 

 シートに座らされているわたしに向かって、丹羽先生がペットボトルを差し出す。

 しかし、受け取ることのできないわたしは、困ってしまった。

 

「調教を開始したところなんだ。ドリンクホルダーに差しておいてくれますか」

 

 すでに運転席に座っているお兄ちゃんが事もなげに言った。

 

「えっ、調教?」

 

 丹羽先生が半身を車に入れたまま絶句したのがわかった。

 そして、顔に驚愕の色が浮かんで、真っ赤になる。

 しかし、すぐに口元に笑みが浮かんで、ぺろりと口の周りを舐めた。

 

「へええ……。先輩って、そんな顔になるんですねえ……。学校では氷鉄の女って呼ばれているのに……。ふふふ……」

 

 くすくすと笑った。

 そして、反対側から、隣のシートに乗り込んできた。

 

「氷鉄の女?」

 

 一郎お兄ちゃんが首をこっちに向けながら首を傾げた。

 

「ええ、誰にもなびかず、誰にもこびず、いつも飄々としていて……。仕事はできるけど、周りとは打ち解けないし、上司の先生でも、児童に対しても、いつも毅然としていて……。だけど、こんな風になるんですねえ……」

 

 丹羽先生が愉しそうに微笑みながら、わたしの顔をじろじろと覗き込んでくる。

 興味津々という感じだ。

 しかし、早くも、さっき塗られたクリームが効きだし、尋常じゃない火照りと疼きが股間とお尻に発生していた。

 いつもそうだが、お兄ちゃんが使う媚薬は、慣れるということもないし、じっとしていられないほどの掻痒感に襲われてしまう。

 わたしは歯を喰いしばって、太腿を擦り合わせるようにした。

 

「丹羽先生、俺の飲み物を……」

 

 お兄ちゃんが後ろに手を伸ばした。

 三本のペットボトル抱えたままだった丹羽先生が慌てて、横にペットボトルを置き、そのうちの一本を持って、お兄ちゃんに手を伸ばす。

 だが、お兄ちゃんが丹羽先生の手首を掴んで、ぐっと自分に引き寄せた。

 

「きゃっ」

 

 手を引っ張られた丹羽先生は、まだシートベルトをしていなかったので、運転席側に身体を倒れ込ませたかたちになった。

 その丹羽先生の身体を受けとめるとともに、後頭部に手をやったお兄ちゃんが、さらに丹羽先生の顔を引き寄せて、いきなりキスをした。

 

「んんっ」

 

 ちょっとびっくりして抵抗しかけた丹羽先生だったが、すぐに脱力してお兄ちゃんに身体を預けるようになる。

 しばらくのあいだ、お兄ちゃんは丹羽先生の口の中をむさぼっていた。

 多分、お兄ちゃんの舌で、口の中の気持ちのいい場所を刺激されまくっているのだと思う。

 とにかく、お兄ちゃんの口づけは、途方もなく気持ちいいのだ。

 わたしだけじゃないと思う。

 その証拠に、口づけを続けられる丹羽先生が、だんだんと脱力していき、鼻息が甘くなっていく。

 

 しばらくして、お兄ちゃんが手を離したときには、丹羽先生は完全にぐったりとして、シートに倒れ込むようにした。

 眼はとろんとして、口の端からは涎がつっと出ている。

 だが、丹羽先生は、呆然としているだけで、それをぬぐう様子もない。

 

「な、な、なにいまの……? いまの……キスですかあ……。こ、こんなのは初めて……」

 

 丹羽先生はまだ呆けている。

 

「さあ、丹羽先生も、スカートの中のショーツとストッキングを脱いでもらおうかな。そして、ショーツはこっちに渡すんです」

 

「は、はい……」

 

 お兄ちゃんの言葉に、丹羽先生はまるで操られているかのように、スカートに両手を入れた。

 そして、腰を浮かせて、ストッキングとともに下着を腰から脱ぐと、あっという間に足首からそれを抜いて、お兄ちゃんに渡した。

 お兄ちゃんは、一瞥して、ストッキングだけを助手席にぽんと丸めて投げ、下着だけを手に取った。

 

「出発だ」

 

 お兄ちゃんの言葉に、ぼうっとしていた感じの丹羽先生が慌てて、シートベルトをつけた。

 車が発進する。

 すると、お兄ちゃんがなぜか全部の窓を開けた。

 そして、ちょうどゴミを回収していた清掃員が歩いていた場所に近づいた。車を横につける。

 

「すまないけど、そっちの左の娘がはいていた下着だ。処分してくれるか」

 

 たったいままで丹羽先生がはいていた下着を窓から清掃員に向かって放る。

 

「ひっ、そ、そんなああ」

 

 丹羽先生が悲鳴をあげた。

 だが、そのときには、車は再発進をしている。

 

「別荘についたら、享ちゃんも、丹羽先生も、すべての衣類を俺に預けてもらう。三日間、身に着けるものは、俺が手渡すものだけだ。基本的には素っ裸ですごしてもらうよ」

 

 一郎お兄ちゃんが笑った。

 丹羽先生が圧倒されたみたいに大人しくなり、切なそうに甘い息を吐いた。

 

 

 *

 

 

 車は、高速道路から自動車道に抜けるジャンクションを越えて、いよいよ目的地に近づく海岸道になった。

 しかし、わたしは股間を襲う激しい痒みに限界を迎えてしまっていた。

 一生懸命に、太腿の付け根に力を入れるが、もちろん、そんなもので癒せる痒みではない。

 

 もう我慢できない。

 わたしは意を決して、喰いしばっていた口を開いた。

 

「お、お願い、お兄ちゃん──」

 

 前側の運転席にいるお兄ちゃんに哀願した。

 

「なにをお願いしているんだ?」

 

 お兄ちゃんの口調には、はぐらかすような揶揄の響きがある。

 わたしの身悶えの音を愉しんでいるのだろう。

 本当に意地悪だ。

 

「か、痒いよう……。痒い──。さっき薬を塗られたところが痒いの──。一度、車をとめてえ──」

 

 叫んだ。

 

「えっ、痒い?」

 

 すると、横の丹羽先生がぎょとしたようにこっちを見た。

 あのお兄ちゃんとの口づけからずっと、丹羽先生は呆けたようになっていたのだ。

 

「残念だけど、到着するまで停車のつもりはない。横の丹羽先生に頼むんだね。丹羽先生、享ちゃんのお願いをきいてやってください」

 

 お兄ちゃんが運転したまま言った。

 丹羽先生は唖然としている。

 だが、とてもじゃないが、もう耐えられない。

 わたしは、指錠をされている両手をぐっと握りしめつつ、剥き出しの太腿を擦りわせた。

 本当に、お兄ちゃんは意地悪だ。

 わたしは、丹羽先生に向かって、小さく「お願い」と呟いた。

 これは、お兄ちゃんの調教だ。

 多分、わたしが頼むということをしないと、お兄ちゃんは許さない。

 

「えっ? ええ?」

 

 丹羽先生は呆気にとられている。

 しかし、だんだんと顔が真っ赤になり、なぜか口元から笑みがこぼれだすような感じになる。

 

「もしかして、さっき言った調教って……?」

 

「享ちゃんの股間に、たっぷりと掻痒剤を塗りこめたんだ。しかも、両手を後ろ手に拘束している。気が向いたら、股を慰めてやってくれ。もちろん、そのまま放置してもいい。任せるよ」

 

 お兄ちゃんが前を向いたまま、喉の奥でくくくと笑うのが聞こえた。

 やっぱり、今日も意地悪だ。

 わたしは、涙目で丹羽先生に視線を向けた。

 

「うわっ、だめよう、これ……。か、可愛いいっ。あの先輩がこんな風に女の顔になるの? これは学校のみんなには見せられないわあ」

 

 丹羽先生が我に返ったようになる。

 そして、にんまりと微笑んだ。

 わたしは、嫌な予感がした。

 

「丹羽先生、あなたも、俺たちと馬鹿になるつもりで、今回の旅に来たんですよね。だったら、命令に従ってもらいますよ。まずは、享ちゃんを苛めてください。これは命令です」

 

「は、はい……。も、もちろん、命令には従います。その覚悟できたんですから……。先輩にも言い含められてたし……。だけど、思ったよりも、愉しいかもう……。ねえ、先輩、あたしにお願いしてみますう? 苦しそうですよねえ」

 

 なにか危険そうな火が灯ったみたいだ。

 丹羽先生が皺を寄せてずり上がっているわたしのスカートの裾に手を置いて、すっと太腿に向かって手を伸ばした。

 

「ああっ」

 

 撫でられた瞬間は、つい本能のまま股をきつく締めた。

 しかし、すぐに力を緩める。

 すでに、我慢の限界は越えていた。

 

「どうしますう、先輩? 触って欲しいですかあ?」

 

 ゆっくりと丹羽先生の手が太腿の付け根に近づてくる。

 だが、付け根のすぐそばまでやって来た後は、ぎりぎりのところを撫で揉むだけで、一向に奥に伸びてこない。

 

「お、お願いよ、丹羽先生。もっと奥を触って──」

 

 恥ずかしい言葉をわたしは口にした。

 また、ほとんど無意識に、太腿を大きく開いた。丹羽先生が触りやすいようにだ。

 

「ええ、どうしようかなあ……。こんな感じですかあ」

 

 丹羽先生の指先がぐっと股間の丘を強く撫でた。

 

「うああっ、ああっ」

 

 わたしは甘い声をあげてしまった。

 だが、あっという間に手が離れてしまい、刺激は寸断されてしまう。

 

「いやあ、だめえ、離れないでえ」

 

 泣き声をあげる。

 すると、丹羽先生の嬉しそうな笑いが響く。

 

「すっごい濡れてますね、先輩……。ああ、だけど、あたしも濡れてるかもう。なんか、下着を脱がされて、変になった感じい。セックスしてないのに、しているときみたいに、なんだか熱いしい」

 

「丹羽先生も、けっこうエムだよね。俺にはすぐにわかったけど」

 

 お兄ちゃんだ。

 丹羽先生が視線を前に向ける。

 

「そ、そうですかあ……。先輩を苛めるのが愉しいからエスと思いますよう。それに、あんまり、そんなこと、言われたことありませんしい」

 

「間違いないね。そうやって、享ちゃんを苛めていて、まるで自分がやられているみたいな感じてるんだよ。別荘に着いたら、今度は丹羽先生が苛められる番だよ。それとも、やっぱり苛める方がやりたい?」

 

「うーん、どっちでしょう? 先輩に意地悪するのも病みつきになりそうだしい」

 

 丹羽先生が喉で笑いながら、しきりに自分の唇の周りを舐めている。

 だが、それどころじゃない。

 中途半端な刺激のために、股間は狂いそうに痒い。

 

「ね、ねえ、丹羽先生、意地悪しないで──。擦って──。擦ってよう」

 

 わたしは悲鳴をあげた。

 

「そんなに、あそこをいじられたいですかあ?」

 

 再び、丹羽先生の手が太腿に伸びる。

 もう我慢の限界になっているわたしは、またもやぎりぎりのところでとまってしまった丹羽先生の手を太腿でしっかり挟むと、ぐっと股間を前に出すようにして、自分から丹羽先生の手に股を擦りつけた。

 

「きゃっ、可愛いい、先輩──。しかも、いやらしい──」

 

 丹羽先生がそのまま指を曲げて、くりくりとわたしの股間を掻くように動かす。

 

「ひんっ」

 

 わたしは後ろ手の身体を弓なりにするようにして、突き抜ける快感に声をあげた。

 だが、またもや、手が離れていく。

 

「ああん、意地悪しないでったらあ──」

 

 大きな声をあげた。

 

「あらあら、相当頭にきてますね、先輩」

 

「意外に責め役も上手のようだ。ぎりぎりのところまで押しあげては下げる。それを繰り返すといい。もっと可愛い享ちゃんの姿が見れる」

 

「やってみます、先輩の旦那様……。だけど、あたしもおかしくなりそうですう。なんか、あたしまで苦しくって……」

 

「先の愉しみだよ。この旅で後悔はさせないよ。享ちゃんの選んだお客さんだしね」

 

「ありがとうございます。とてもいい旅行になりそうです。先輩が可愛いし」

 

 丹羽先生の手が戻る。

 しかし、相変わらず、股間の表面を撫でるだけの愛撫だ。

 むしろ、痒みを誘発するような触り方に、わたしは泣き声をあげて何度も腰を突きあげてしまった。

 だが、そのたびに、丹羽先生の手が逃げて、どうしても強い刺激を与えてくれない。

 

 そして、やっと丹羽先生が力を入れて、頂きを撫でてくれ始めたのは、驚くべきことに、一時間近くもずっと悪戯され続けてからだった。

 しかし、そのときには、すぐに、目的の別荘の前に到着してしまった。

 

「到着だ。そのまま、ふたりは奥の寝室に向かってくれ。荷物は俺が運んでおくよ。とりあえず、享ちゃんをなんとかしないと本当に狂ってしまうね。丹羽先生は享ちゃんを頼む」

 

 玄関の前に車を停めると、一郎お兄ちゃんが言った。

 そして、会社の別荘の鍵を丹羽先生に渡している。

 

「わかりました、旦那様……。さあ、先輩、おりますよ」

 

 シーツベルトを外されて、丹羽先生に腕を取られる。

 気が狂うような焦燥感と掻痒感の中で、わたしはふらつく足に必死に力を入れて、車から降り立った。



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584 謝肉祭~女教師ふたり

「いくうっ、いくううっ、いくうう」

 

 わたしは、意識した派手な声を出しながら、上に乗っている一郎お兄ちゃんの身体に両脚を巻きつけるようにした。

 すると、ぎゅっと子宮に近いところがお兄ちゃんの怒張の先端で圧迫されて、まるで稲妻に打たれたかのような電撃がやってきた。

 すでに、お尻で二回、前で三回の絶頂をしているが、おそらく六回目の絶倒もあっという間だろう。

 もう、身体が快感に爆発するのをどうすることもできない。

 

 そして、わたしの身体に覆いかぶさっているお兄ちゃんは、わたしの股間に怒張を深々と貫かせて、緩やかに腰を動かしている。

 だが、一打一打が強烈な衝撃だ。

 何気なく怒張を動かしているだけに感じるのに、お兄ちゃんが触るところ、亀頭が擦る場所、舌が這う箇所のすべてが泣くほどに気持ちいい。

 わたしは、またもや快感の頂点に昇り詰めさせかける。

 

 冬休みを利用してやってきた一郎お兄ちゃんの会社の厚生施設の別荘である。

 ここに到着するまでの車の中で、媚薬に爛れた身体を散々に焦らし抜かれて狂いそうになっていたわたしは、ほとんどとるものもとりあえず、お兄ちゃんとともに寝台にあがり、犯してもらっていた。

 掻痒剤で追い詰められていた身体に加えられるお兄ちゃんの愛撫と抽送の快感は、意識さえ飛ばしてしまうような途轍もない快美感の連続だった。

 わたしはすでに息も絶え絶えになっている。

 

「……うう……はああ……」

 

 一方で、すぐ横からは、切なそうな吐息がずっと聞こえ続けていた。

 今回の旅行で、セックスパートナーとして同行してもらった同じ学校の英語教師の丹羽(にわ)祥子(しょうこ)先生だ。

 彼女とは、この別荘への旅行のあいだ、わたしと一緒にお兄ちゃんの「調教」を受けることに同意してもらっており、早速全裸になっている。

 そして、いまは、わたしをお兄ちゃんが抱くのをすぐそばで見学することを命じられていた。

 ひとり用の寝台に三人も乗っているので、丹羽先生はほとんど密着する状態でわたしたちが愛し合うのを見学していることになる。

 わたしは、すっかりと欲情した気配の丹羽先生の妖しげな息の音を耳にしながら、お兄ちゃんに命じられて、普段以上に激しく声を出して、お兄ちゃんから与えられる淫情をむさぼっていた。

 

「ああ、凄いい……。先輩と旦那様、凄いいい……」

 

 やがて、恭子ちゃんが感極まったように言った。

 

「次は君の番になるからね、丹羽先生……。だから、オナニーは禁止ですからね」

 

 お兄ちゃんがわたしの上で腰を動かしながらくすくすと笑った。

 

「ああ……、だって、これじゃあ、なにもできないもの……」

 

 すると、丹羽先生の追い詰められたような声がした。

 わたしは、この部屋に連れてこられてから、服を脱ぐために指錠を外してもらい、そのまま拘束されずに、寝台の上でお兄ちゃんに抱かれているが、逆に丹羽先生は、ここで全裸になってから、お兄ちゃんに首輪を嵌められ、その首輪についている手錠で両手首を拘束されてしまっているのだ。

 だから、丹羽先生は首の横から手を動かすことができない状態だ。

 

 ちらりと見ると、そんな恰好でもじもじと内腿を擦るようにして正座をしている丹羽先生の股間の陰毛は、ねっとりと体液で濡れて光っていた。

 セックスでは感じにくい方だと口にしていた丹羽先生だったが、どうやら、お兄ちゃんの作る倒錯の性愛の雰囲気に、すっかりと当てられてしまったらしい。

 これなら、彼女が、お兄ちゃんに抱かれる番になったら、彼女が欲する絶頂の頂点を幾度も味わってもらえるに違いない。

 わたしは安心した。

 

「余所見をするなんて、いけない奥さんだな」

 

 お兄ちゃんの腰の動きが速くなる。

 途端に快感の暴発が次々に発生して、あっという間にまたもや絶頂する。

 手を伸ばして、お兄ちゃんの背中を両手で力一杯に抱きしめる。

 

「ああっ、あふううっ、いぐうううっ、ひうううう」

 

 がくがくと身体が痙攣して、わたしは絶息してしまった。

 

「ほら、享ちゃん、しっかりと呑み込め」

 

 同時に、お兄ちゃんの剛直が膣の中でぐいと拡がるのがわかった。

 熱い精が子宮の奥に迸るのを感じる。

 

「ああ、もうだめええ──」

 

 わたしは脱力して、意識を飛翔させていく。

 頭が真っ白になった。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああっ、いやあああっ」

 

 けたたましい声で目が覚めた。

 まどろみから意識を取り戻すると、寝台のすぐそばに置かれたメッシュチェアに座らせられている自分に気がついた。

 その椅子の背もたれにもたれかけされて、眠っていたようだ。

 

 この別荘にやってきてすぐに、お兄ちゃんに抱いてもらったが、立て続けに六回ほど絶頂を極めさせられ、最後に精を注がれたときに、意識を失ったらしい。

 そして、そのまま、横の椅子に移動させられて、いまのいままで寝ていたみたいだ。

 身体に薄いタオルケットがかけられている。

 

 背を起こそうとして、両手が首の横にあり、そこから動かないことに気がついた。

 これは、わたしが抱かれているあいだ、丹羽先生が嵌められていた手錠付きの首輪だと思った。

 意識を失った後で、丹羽先生からわたしに、お兄ちゃんが装着し替えたのだろう。

 視線を向けると、丹羽先生は両手を大の字に拡げて四隅にある革紐で、さっきの寝台に拘束されていていた。

 

「ああ、やめないでえ」

 

 その丹羽先生の口から再び大きな悲鳴が迸った。

 

「おお、目が覚めたか、享ちゃん? しばらく休憩しててもいいぞ。丹羽先生については、じっくりと時間をかけて料理するしね」

 

 寝台の向こう側に立って、仰向けに拘束している丹羽先生に覆いかぶさるようにしていた一郎お兄ちゃんが顔をあげた。

 ふと見ると、手に筆を持っている。

 どうやら、その筆で丹羽先生の局部を責めていたようだ。

 

 あれは、つらい……。

 

 丹羽先生の切羽詰まった声の理由に納得した。

 いずれにしても、わたしは、改めて身体に力を入れて、身体を捻り起きそうとした。

 

「丹羽先生……ねえ……、あっ、いやっ」

 

 その瞬間、衝撃が股間に走って、今度はわたしが絶叫した。

 なにが起きたのかわからなかったが、わたしが大きく身悶えしたために、身体にかけられていたタオルケットがばさりと床に落ちる。

 すると、わたしの股間に仕掛けられていた奇妙な淫具が露わになった。

 わたしは目を見張るとともに、思わず顔を引きつらせていた。

 

 いつの間にか股間に嵌まっていたのは、クリトリスの付け根を締めつける小さな銀色の輪っかだった。それが極細の鎖で股間に装着されていたのだ。

 鎖の一本は股間を潜って、亀裂と尻たぶを締めつけており、ほかの二本は腰の両側に拡がって、中心を通った鎖と腰の後ろでとめられているみたいだ。

 

「ああ、こ、こんなの、きついい」

 

 身体が失神状態から復活するに従い、急に切なさを供った痺れが下腹部を締めつけてきて、わたしは思わず首を激しく横に振っていた。

 

「享ちゃんも、これは初めてだったね。クリトリス・リングという淫具だよ。ふたりのために準備したんだ。ふたりを順番に相手をしないとならないから、待っているあいだの退屈しのぎだ。最初は辛いだろうけど、これも調教だ」

 

 お兄ちゃんが笑った。

 退屈しのぎなど冗談じゃない。

 すでに、身体がぼうっとなって熱くなってきた。

 締めつけられているリングによりクリトリスが甘く切ない痺れが込みあがるだけじゃなく、ちょっとでも身じろぎをすると、三方向に引っ張られているリングが容赦なく動いて、さらにリングがクリトリスを堅めあげる。

 あっという間に妖しい痺れに連続に襲い掛かられて、わたしはすぐに進退窮まってしまった。

 

「ああ、せめて細い鎖だけでも外してよ、お兄ちゃん」

 

 わたしは身体を震わせた。

 

「せっかく準備をしたんだ。簡単に外すわけないだろう。とにかく、我慢だよ、享ちゃん」

 

 お兄ちゃんが意地悪く笑った。

 そして、もう無視するように、丹羽先生に向き直る。

 一郎お兄ちゃんは、筆を一度寝台の横に持ってきている台車の上にある小瓶に差すと、今度は二本の指をすっと左右に裂かれている丹羽先生の股間に突き入れていく。

 

「うふうううっ、い、いいいいっ」

 

 たちまちに丹羽先生が身体を弓なりにして奇声をあげた。

 お兄ちゃんは身体を屈めて、丹羽先生の豊かな乳房に顔をつけて、ちゅうちゅうと音を立てて乳首を吸い始めた。

 

「んひいいいっ」

 

 丹羽先生は目を見開いて、がくがくと身体を痙攣させ始めた。

 一度もセックスで絶頂したことがないと彼女は言っていたが、見る限り、すでに絶頂近くまで追い上げられている感じである。

 おそらく、このまま続ければ、あっという間に昇天してしまうに違いない。

 

「ほら、またキスですよ、丹羽先生。こっち向いてください」

 

 お兄ちゃんが丹羽先生の胸から口を離した。

 そのあいだも、指は卑猥な音を響かせつつ、丹羽先生の股間で抽送を続けている。

 おそらく、それなりに長い時間、ああやって丹羽先生はなぶられ続けているのだろう。

 丹羽先生の全身は真っ赤に火照っていて、おびただしいほどの汗が全身を濡らしている。

 

「ああ、旦那様……、んんっ……」

 

 丹羽先生は躊躇う様子もなく、酔った感じでお兄ちゃんとぴったりと唇を重ねた。

 しばらく、ねちゃねちゃというふたりの唾液と舌が重なる水音が続く。股間でお兄ちゃんの指が丹羽先生の体液をなぶる音も……。

 あれは相当の量が垂れ流れている……。

 また、お兄ちゃんのもう一方の手が丹羽先生の胸に動き、甘く揉み解していく。

 

「んんんんっ、ああああっ」

 

 丹羽先生の身体の震えが大きくなり、急に怯えたように丹羽先生が口を離した。

 さらに、痙攣が大きくなる。

 

「うぐうううっ」

 

 丹羽先生の身体がこれ以上ないというくらいに反り返った。

 

「また、お預けですよ、先生」

 

 しかし、お兄ちゃんがさっと丹羽先生の胸と股間から手を離す。

 わたしは呆気にとられた。

 異常なほどに、丹羽先生が興奮していると思ったけど、おそらく、お兄ちゃんはずっとこれをやっているに違いない。

 

「いやあ、もうやめないでください──。お願いしますうう」

 

 丹羽先生が泣くような声をあげた。

 わたしも、お兄ちゃんの焦らし責めは何十回と受けたことがあるが、あれは辛い。とにかく、焦らし責めのときのお兄ちゃんの愛撫は、本当にぎりぎりとのところで寸止めされるのだ。

 まさに絶頂の一瞬前まで追い詰められては、快感をさげられ、そして、引きあげられる……。

 恐ろしい性の地獄だ。

 お兄ちゃんは、これをひと晩中だって続け、気絶しても強引に覚醒させて、さらに寸止め責めを繰り返したりする。

 わたしは、そのときの辛さを思い起こしてしまって、身震いしてしまった。

 

「あああ、もういやああ」

 

 そして、またもや、丹羽先生が狂ったように絶叫した。

 どのくらい気を失っていたのかわからないが、あの丹羽先生の頭への血ののぼり方を見ると、相当に寸止めを繰り返されているのだと思う。

 

「じゃあ、また筆にしましょう、先生。今度も、しっかり掻痒剤をたっぷり溶かした液剤を塗ってある。たっぷりと泣くといいですよ。心の底から、俺に犯されたくなったときに精を放ってあげますね」

 

 お兄ちゃんが再び筆を手に取った。

 あれには、掻痒剤まで塗ってあったのかと思った。

 さすがのわたしも、お兄ちゃんの責めの凄さに、ぞっとしてしまった。

 

「ああっ、もう意地悪しないでくださいい」

 

 寝台に拘束されている丹羽先生が本当に号泣し始めた。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 気絶していた丹羽先生が、やっと寝台の上で身じろぎした。どうやら、やっと意識を戻したみたいだ。

 わたしは、びくりと身体を硬直させてしまった。

 とにかく、まずは、声をかけて注意しようと思った。

 だが、その前に、丹羽先生は大きく寝返りのような動きをしてしまった。

 

「いたあああっ」

「いぎいいいい、だめええ、動いちゃだめええ」

 

 次の瞬間、ふたり揃って絶叫していた。

 なにしろ、わたしと丹羽先生は、ふたり揃って寝台に向かい合わせに横向きに寝かされて、くっつき合う左右の乳首の根元をそれぞれに束ねて、堅い糸で縛られていたのである。

 しかも、首に首輪を嵌められて、それも短い鎖で繋げられていた。

 つまりは、寝かされていたわたしたちは、身体をぴったりと密着させられて、離れられないようにされていたのである。

 それなのに、覚醒をした丹羽先生が、それを知らずに動いたために、ふたりの乳首に激痛が走ったというわけだ。

 

 さらに、ふたりとも手錠をかけられている。

 それも、わたしの両腕は、前にいる丹羽先生の背中の向こう側で手錠をかけられていて、丹羽先生の両手もまた、わたしの背中側で手錠を装着してあるのだ。

 わたしたちは、完全に抱き合った格好で、拘束されているというわけだ。

 

「ひいっ、なに、なに、なに? なんですか、これ? ああ、先輩……。どうして……?」

 

 丹羽先生が顔を引きつらせてつつも、唖然としている。

 どうして、こんなことになったのかわからないのだろう。

 わたしは、丹羽先生が寸止め責めを繰り返された末に、お兄ちゃんに犯されて、壮絶に絶頂をして意識を失ったのだと説明した。

 そして、その後、こういう状態をお兄ちゃんに強要されたのだとも……。

 

 丹羽先生は、少しのあいだ呆けていたが、すぐにぱっと顔を赤らめて、愉しそうな表情になった。

 ところで、わたしも丹羽先生も、完全な素っ裸である。

 汗と体液だけはお兄ちゃんが拭いてくれているが、わたしもずっと股間のリングに悩まされているので、股間がじっとりと濡れているのを感じる。

 おそらく、眠っていた丹羽先生も同じような感じだろう。

 

「先輩、あたし、絶頂したんですね──。しかも、あんなにすごいの……。本当に絶頂で気絶するって、あるんですねえ。驚きです」

 

 ほとんど顔を密着している丹羽先生が嬉しそうに言った。

 この別荘にやって来る前、これまでの性行為で、一度も達したことがないと語った丹羽先生だったが、お兄ちゃんのあの責めにあっては、やっぱり、その頑なだった快楽の門を開かされてしまったみたいだ。

 だが、随分と嬉しそうな表情になっているのを見ると、屈託なく語っていたが、実はそれは彼女の悩みだったのかもしれない。

 とにかく、目の前の彼女は、脱力した感じで安堵の表情を浮かべている。

 

「よ、よかったわ……。とにかく、こ、こんな具合になっているから、お兄ちゃんが戻るまでじっとしているしかないわ。ちょっと、これだと起きるのも大変だし……」

 

 わたしは言った。

 すると、丹羽先生もやっと、首輪の鎖と、お互いの乳首と乳首を糸で括りつけられていることをはっきりと認識したみたいだ。

 ちょっとびっくりしたみたいになった。

 

「うわっ、あれが調教なんですねえ……。あんなに泣いて恥ずかしいけど、旦那様には感謝です。気持ちよかったです。来てよかった……」

 

 丹羽先生が屈託のない笑みを浮かべている。

 わたしは苦笑した。

 

「まだまだ、終わりじゃないわよ。むしろ、始まったばかり……。まだ、一日目なんだから……」

 

 わたしは言った。

 丹羽先生は、ちょっとはにかんだような顔になったが、やがて、眉をひそめた。

 そして、困惑したようにおかしな鼻息を始める。

 

「せ、先輩、な、なにか変です……。あ、あのう、お股が……」

 

 丹羽先生は腰をもじつかせだした。

 しかし、彼女が身悶えすると、密着されて括りつけられている乳首も動いて、わたしと丹羽先生は同時に声をあげてしまった。

 

「う、動いたら……だめ……。ああ……。あ、あなたの股間にも、クリトリス・リングが嵌まっているのよ。あなたが気絶した後で、お兄ちゃんが装着したの」

 

「クリトリス・リングって……。先輩が装着されていたやつですかあ──。あれがあ──?」

 

 丹羽先生の顔が真っ赤になった。

 

「……じっとしているしか、ないってことね……。そのうち、お兄ちゃんも戻ると思うし……」

 

 わたしは言った。

 プレイを始めたときには、まだまだ明るかった外も、窓は夕暮れの薄暗さに変っている。

 昼食も抜いてしまったので、空腹も感じていた。

 

「あ、あのう……。それで、旦那様は……?」

 

 丹羽先生が横向きのまま、向かい合うわたしに訊ねた。

 

「夕食の支度をしているわ。準備ができたら、戻って来ると言っていたけど……」

 

 ここに置き去りにされてから、すでに三時間は経っている気がする。

 随分と戻って来ない。

 お兄ちゃんのことだから、こうやって放置するのも、プレイの一環かもしれないが……。

 

「そ、そうなんですか……。でも、先輩、あたし、ちょっと、おしっこが……」

 

 すると、丹羽先生が困ったように嘆息した。

 実のところ、少し前からわたしを悩ましていたのも、その尿意だ。

 なにしろ、昼前にここに到着してからずっとトイレに行かせてもらっていないし、部屋を暖かくしているとはいえ、毛布もかけずに、裸でいたから身体も少し冷えている。

 丹羽先生よりも、早く起きていたわたしは、ずっと尿意に苦しんでいたのである。

 

「わ、わたしもなの……。でも、これじゃあ、どうしたら……」

 

「そ、そうですよねえ……。これも、調教……なんでしょうか……」

 

「さあ……」

 

 わたしも困惑してしまっている。

 そのときだった。

 急に部屋の明かりが灯されて、扉の外からお兄ちゃんが入ってきた。

 わたしはほっとした。

 

「お姫様たちはお目覚めだな? 風呂が沸いているぞ。ここは温泉から湯を引いていて、しかも、それなりの大きな湯船だ。三人くらい一度に入れる。行くぞ」

 

 お兄ちゃんが寝台にやって来た。

 わたしと丹羽先生の両腕を持って、無造作に引き起こす。

 

「ああっ、痛い」

 

「ま、待って──」

 

 ふたりで悲鳴をあげた。

 だが、容赦なく寝台からおろされる。

 そして、身動きすると、乳首も引っ張られるし、股間のクリトリス・リングも股間を苛む。

 わたしたちは、思わず狼狽の声をあげた。

 

「ちゃんと歩いてこないと、風呂に入る前に、ふたりのお尻にイチヂク浣腸をするぞ。いや、そっちの方がやる気が出るか?」

 

 お兄ちゃんが笑った。

 わたしはぎょっとした。

 お兄ちゃんは、やると言ったら、必ずする。

 ぞっとしてしまった。

 

「そ、そんな……。丹羽先生、行きましょう」

 

「はい、先輩」

 

 丹羽先生も顔を蒼くしている。

 わたしたちは、おっかなびっくりの感じで、よちよちと抱き合ったまま横歩きで進んだ。

 お兄ちゃんの開いた扉から廊下に出ていく。

 

「あ、あのう、お兄ちゃん……。わ、わたしも、丹羽先生も、そのう……おしっこが……」

 

 わたしは、丹羽先生とともによちよちと歩きながら言った。

 とにかく、股間のクリトリス・リングがつらい。

 一歩ごとに強烈な衝撃に襲い掛かられる。

 これを尿意に耐えて進むのは、かなりきつい……。

 

「小便は後でさせてやるよ。とにかく、来るんだ」

 

 お兄ちゃんは、あっけらかんと言った。

 「そんなあ」と小さな悲鳴をあげたのは、丹羽先生だった。

 しばらくして、やっと浴場に着いた。

 この別荘が平屋で階段などがなかったのはよかったと思った。

 

 浴室の前にある脱衣所で、お兄ちゃんは、あっという間に裸になった。

 お兄ちゃんの股間は、完全に勃起していて、それを見て、わたしも丹羽先生も顔を赤くしてしまった。

 

 そして、浴室に入る。

 浴室はバスルームというものではなく、完全に風呂場だった。

 黒いタイル張りのモダンな造りであり、湯船には縁がなく、流し場と同じ高さと広さになっている。

 その流し場も、湯船も、十人は同時に使えるのではないかと思うほどに大きい。

 湯船には獅子の口から出る湯が流れ続けていて、足に当たる湯はぬるめだが、温かくて気持ちよかった。

 

 

「さあ、入ろう。俺たちしかいないし、問題ない。ぬるくしている。掛け湯もいらん」

 

 お兄ちゃんに押しやられて、支えられるように湯に入る。

 全身が温まる。

 緊張が取れていくのがわかった。

 

「さて、結構、休ませたから、そろそろ大丈夫だろう。のぼせにくいようにぬるめにしておいたから、まずはふたりに、気をやってもらおうか。先に達した方は、温泉の湯で浣腸だ。おしっこを漏らしてもな。この洗い場で大便をしたくなかったら、相手よりも遅くいくんだな」

 

 わたしはびっくりした。

 そして、確かに洗い場に、そのための細い管が準備されていることに気がついた。ホースの片側は、器具で蛇口に繋がっている。

 ぞっとした。

 

「ああっ」

 

「あっ、旦那様──」

 

 湯の中でお兄ちゃんが、わたしとのお尻側から指を伸ばして、後ろ側から肉穴に指を押し込んでくる。

 装着されたままのクリトリス・リングが大きく揺れて、衝撃も走る。

 わたしたちは、悲鳴をあげた。

 

 密着している丹羽先生の身体がぶるぶると震えている。

 彼女もまた、お兄ちゃんに責められているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い三日間の調教旅行は、まだまだ始まったばかりのようだ……。






 *


 この「ふたり教師」の挿話は、いくらでも妄想が進みますが、切りもないので、次話では、さらに彼女の人生の時間を進めることにします。


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585 ささやかな欲望~人妻講師

「では、次の問題に進みましょう。新しい画面が送信されたら、ディスプレイをペンでタッチしてください……。ただし、七番さんと十一番さんと十五番さんは、いまの問題の補備問題を送信します。それを解き直してみましょう……」

 

 わたしは、手元の端末を操作して、前の問題に解答することができなかった生徒の端末に、あらかじめ準備している補備問題を送信した。

 そして、ほかの生徒には、新しい問題を送信する。

 すると、正面にいる二十人の中学三年生の塾生たちが一斉に、与えられている端末を操作を始めるのがわかった。

 それを確認すると、さらに手元の送信端末を動かして、口元のマイクから流れる声が補備の三人のヘッドフォンだけに流れるようにする。

 

「……七番さん、十一番さん、十五番さんは解答が終わったら、ノートをカメラ台に置いて、信号を押してね。時間は十分以内です……。やり方ですが、それぞれの文章の“どうした”の部分に印しをつけてみましょう。そして、“人物”に当たる言葉にも丸を付けて、一番意味の通る人物が主語だと思ってください。ただし、古文の場合は、同一人物が違う言葉で表現されている場合もあります。それに注意して文章を追ってください。では、はじめ──」

 

 次いで、今度は音声を逆に、ほかの生徒のヘッドフォンに繋げる。

 

「……次の問題を送ってます。今度も制限時間は十分です。先ほどと同じように、誰が主語なのかに注意して文書を追ってみましょう。ただ、同一人物でも表現が違う場合もあります。ほかに、主語そのものが省略されている場合もあります……。まずは、なにも参照せずに、解いてください。解答はカメラ台に……。わからない単語は、とりあえず、画面に印しだけをつけておきましょう。その印しを判断して、必要により、その単語の現代語の訳が送信されます。では、はじめてください」

 

 すでに、画面の問題を開始している生徒もいたようだが、わたしの合図でほとんどの者が解答を開始したみたいだ。

 静かな時間が流れだす。

 しわぶきすらもほとんどない。

 二十人の生徒は、まったく無言で真剣に問題に取り組んでいる。

 

 いまやっているのは、この学習塾の中でも、高校受験を対象とした最上級クラスの講座だ。

 わたしは、国語を中心とした講師として、この学習塾で働いているのだ。

 

 最近の学習塾の傾向は、とかく個人指導をうたうところが多いが、お兄ちゃんが総合責任者になっているこの塾のやり方は、競争意識の取入れと、デジタル機器を取り入れた教育管理だ。

 また、講師の養成にも力を入れていて、わたしがやっているような講義も、徹底的にマニュアル管理されていて、講師用の端末の画面には、AIを活用した指導基準が投影されるようになっており、それに従えば、こういう通常の講義では水準以上の教育ができるようになっている。

 つまりは、講師の能力により、教育の質に大きな差ができにくいようにという、お兄ちゃんの考えみたいだ。

 

 ただ、わたしのように、学校の教諭経験などがあり、教育技術が高いと判断されている講師については、教育のやり方については自由度も保証される。教育がマニュアル管理されすぎると、やりがいを失う講師もいるからだ。講義用のデーターを改良することが許可されるのだ。

 ただ、講師についてもランク付けがあって、上から、S級、A級、B級、C級、そして、新入りのD級ということになっており、講義のやり方に自由を許されるのは、B級以上となる。

 しかも、成績評価が徹底されており、受け持ちの生徒の成績があがれば、査定もあがって給与などに反映されるものの、逆に成績が振るわないと、容赦なくランクを落とされて、自由裁量権も失う。

 

 わたしも、お兄ちゃんの妻であっても、ランク付けに忖度などなく、先日やっとS級ランクをもらったばかりだ。

 もっとも、元中学教諭ということで、入社時のランクは、通常の新人のDではなく、Bランクではあった。

 ただし、これはわたしだけの特権ではなく、教育経験に応じて、下級ランクを免除されることになっていて、わたしは五年以上の教師の実務経験が評価されて、Bランク保障を受けただけのことだ。

 

「ふう……」

 

 とりあえずの指示を出して、わたしは教卓の向かう椅子の背もたれに身体を預けるようにして、ひと息ついた。

 忙しくなるのは、最初の生徒が問題を解き終わるであろう七、八分後くらいであり、それまではちょっと余裕がある。

 教卓の正面のテーブル部分には、各生徒が動かしているタブレット端末の画面が二十分割になって映っている。

 また、左右には大きなディスプレイがあり、それぞれ撮影されている各生徒の姿とカメラ台に乗っている生徒のノートの映像がやはり二十分割で投影されている。

 問題文や参考資料は、タブレット表示なのだが、生徒が解くのは、自分の筆記具とノートになる。それは、実際の受験が肉筆なので、端末操作に慣れ過ぎて、筆記具で解答する癖を失ってしまう弊害を回避するための処置だそうだ。

 これも、お兄ちゃんの考えらしい。

 

 そのときだった。

 内ポケットに入れているスマホが振動した。

 全講師が勤務中に持たされているものであり、講義についての指導事項や業務連絡などは、その端末を通じて発信されるのだ。

 わたしは、端末を出して画面に視線をやった。

 

 

 “その場でスカートを脱げ”

 

 

 そこには、そう表示されていた。

 びっくりして顔をあげると、一生懸命に問題を解いている児童たちの背後になる教場の後ろの壁に、いつの間にか、スーツ姿の一郎お兄ちゃんが立っていた。

 腕組みをして微笑んでいるが、目だけは厳しい視線をこっちに向けている。

 お兄ちゃんは、この新しいタイプの学習塾の経営責任者なので、ああやって、各講師の講義を視察に来るのは頻繁なのだが、わたしが講師のときには、大抵はこうやって、卑猥な命令を出して、わたしに意地悪をする。

 

 ああ……、調教が始まるんだ。

 

 わたしは緊張で動機が激しくなるとともに、じゅんと股間が熱く濡れるのを感じた。

 お兄ちゃんに躾けられると、いつでも、どこでも、わたしの身体は火照り、どうしようもなく淫靡になってしまう。

 それは、結婚をして十五年以上が経ち、子供もふたり生まれて、母にもなったいまでも変わらない。

 

 教育学部を卒業として最初に配置された中学校から次の中学校に異動になったのは、五年目の春のときだ。

 しかし、その年に最初の子供である娘を妊娠して産休に入り、復帰して二年が経って二度目の子である息子を妊娠したのを契機に、わたしは二度目の産休をとることなく、中学教師を退職することにした。

 三十歳のときだ。

 

 その頃、お兄ちゃんは務めている大手学習塾の最年少の重役になっていて、いま管理しているこの新システムの学習塾の経営責任者に抜擢され、その大手企業の子会社扱いではあるが、その経営責任者になった。

 社長だけは、本社から年代の高い人物が送られてきたが、名目だけであり、事実上の新しい会社の運営者は、お兄ちゃんになったのだ。

 わたしは、お兄ちゃんが会社の重役に近いポストだとは認識していたが、近いどころか、重役そのものであり、しかも、そんな大きなビジネスを任されるほどに重要な人物とは知らなかったから驚いてしまった。

 だけど、お兄ちゃんは、約束だから、わたしの再就職の場所を作っただけだと笑い、子育てに余裕ができたら、いつでもおいでと言ってくれた。

 だから、三年前から、わたしも、お兄ちゃんの経営するこの学習塾の講師として雇われている。

 年齢は三十五歳になり、ふたりの子供は六歳と四歳になった。ふたりとも保育園に預けているが、上の娘は来年には小学校に入る。

 

 お兄ちゃんが任された塾は、成績向上に関し、ほかの老舗の学習塾と比べて特出する結果を残し、いまや同じやり方で首都圏を中心に大きな十個の教室を抱えるようになった。

 ただ、お兄ちゃんは、ほかの教室については、やり方だけを伝えて、完全に人に任せていて、お兄ちゃん自身は、わたしのいるこの最初の教室だけを直接に管理している。

 

 お兄ちゃんに言わせれば、あくまでも、わたしのために基盤を作っただけであり、責任が大きくなって、わたしと接する時間が減れば、本末転倒なのだそうだ。

 本社も、もっとお兄ちゃんには、大きなことを任せたいみたいだけど、お兄ちゃんは、わたしとの時間を減らす出世は断固として拒絶し、強要するとやめるとまでごねているので、お兄ちゃんの希望に沿っているのだという。

 本当なのかとは思うけど、お兄ちゃんではなく、会社のほかの人が本当だと告げるので真実なのだろう。

 

 いずれにしても、お兄ちゃんの命令だ。

 従わなければならない。

 わたしの前には教卓があり、ましてや、問題を解くためにタブレットに向かっている生徒たちは、こっちなど見ていない。

 わたしは、ひそかにスカートのファスナーを引き下ろす。

 そして、かすかに上体を屈めて、足首からスカートを抜きとった。

 

 結婚して以来、ずっと一郎お兄ちゃんから下半身は管理されていた。

 まともに下着を身に着けることを許されることはほとんどなく、ディルド付きの貞操帯を装着されるか、あるいは、ノーパンであるかがほとんどだ。

 今日は、ノーパンの日だった。

 しかも、スカートは腿を半分以上隠すものは許してもらえない。

 

 もう、三十五歳なのに、生脚のミニスカートは恥ずかしいのだが、実のところ、わたしは、まだ二十代前半にしか見えないらしく、会社の中では“魔性の女”と呼ばれている。

 そして、美肌を保つコツをしつこく訊ねられるのだが、特別なことをしていないので答えようもない。

 ただ、相変わらず、毎日お兄ちゃんに、調教されて抱かれているのが特別なのかもしれないが……。

 

 そういえば、あの丹羽祥子、すなわち、祥ちゃんも同じようなことを言っている。

 彼女は、わたしがまだ最初の中学校の教諭だったとき、わたしたちのセックス・パートナーを二年ほどしてくれたが、驚くことに、突然に同僚の男性教諭と結婚して、そのときにわたしたちの関係を一度解消した。

 だが、三年後に離婚して、教諭までやめてしまった。

 

 それはともかく、その祥ちゃんが主張するには、お兄ちゃんとの関係を断った、三年のあいだに肌の衰えのようなものを実感したのだそうだ。

 肌の衰えとはいっても、当時は彼女も二十代であり、そんな年齢ではないと思うが、祥ちゃんはお兄ちゃんに抱かれていた期間は、十代の肌を保っていて、結婚した瞬間に、年相応になったという。

 だが、離婚して、再びわたしたちのセックス・パートナーに戻ると、本人曰く、ぴちぴちの十代の肌を取り戻したと言っている、

 確かに、いまだ外見を若作りしている祥ちゃんは、知らないと二十代どころか、高校生に間違われたりする。

 わたしに言わせれば、本物の魔性の女は、彼女に違いなかった。

 

 いずれにしても、わたしは講義に合わせてスーツ姿だった。

 上半身が正装姿で、下半身が丸裸など、こんなに恥ずかしい恰好はない。

 こんな破廉恥な格好をしているのかと考えると、大きな罪悪感が膨れあがるとともに、子宮の奥がかっと熱くなる気がする。

 気がつくと、興奮で身体が少し震えてもいた。

 すると、再びスマホが振動で動いた。

 

 

 “そこでオナニーしろ。制限時間は五分だ”

 

 

 スマホに再び文字が……。

 あまりもの羞恥に頭が白くなりかける。

 しかし、命令に従わないという選択肢はない。

 とにかく、右手は端末に置いて、操作をしている素振りをしながら、左手を股間にもっていく。

 恥毛など一本もない股間の亀裂に指をくい込ませる。

 スマホの画面が変わった。

 

 “4.59”

 

 画面の左隅に数字が表示されて、目まぐるしく数字が動き出す。また、なぜか教卓の内側そのものが真っ白く光った。ライトが点灯したのだ。

 また、スマホの画面の数字は、タイムリミットということだろう。

 すでに、“4.40”になった。どんどんと、数字がさがる。

 そして、スマホについては、白かった背景が変わって、肌色のものが映った。

 ぼんやりとしていた画面がはっきりとなる。

 

「ひっ」

 

 思わず大きな声を出した。

 幾人かの生徒が、顔をあげてこっちを見た。児童はヘッドフォンをしているので、耳栓をしているのと同じなのに、余程に大きな声だったのかもしれない。

 とにかく、慌てて平静を装う。わたしの声に前を見た児童も、すぐに手元のタブレットに意識を戻した。

 だが、画面に映ったのは、紛れもなく、正面と上からと下側から撮影されているわたしの下半身に間違いなかった。

 しっかりと股間にめり込んでいるわたしの指まで映っている。

 気がつかなかったが、この教卓には隠しカメラが設置されているに違いない。それが画面に映っている。

 

 顔をあげた。

 お兄ちゃんが笑いを耐えるような顔でこっちを見て、手に持っているスマホをこっちに向けた。

 顔がひきつる。

 遠目だからはっきりとはわからないが、多分同じものが映っている。

 わたしは口だけで、“やめて”と言った。

 しかし、お兄ちゃんはにやにやするだけだ。

 本当に意地悪だ……。

 

 わたしは、諦めて指を動かし始める。

 すでに内側はねっとりと濡れていた。

 お兄ちゃんに、破廉恥な意地悪をされると、わたしはいつもどうしようもなく濡れてしまう。そんな風に躾けられているのだ。

 

 恥ずかしい……。

 とにかく、急いで指を動かす……。

 淫靡な水音が鳴り出す。

 そんなには時間はない。

 間に合わせなければ……。

 

 

 “3.30”

 

 

 倒錯の快感がせりあがる。

 前側の児童に、その音が聞こえるのではないかという恐怖が走る。

 だが、気持ちいい……。

 そして、死にそうなくらいに恥ずかしい……。

 

 

 “2.50”

 

 

 喘ぎ声が出そうになるのを耐える……。

 信じられないくらいに興奮する。

 わたしは、かすかな息を小刻みに吐きながら、身体の芯から沸き起こる陶酔に身を任せる。

 興奮する。

 身体の芯に甘い陶酔がうねる。

 

 

 “1.55”

 

 

 ちょっと焦りが込みあがる。

 緊張が快感を邪魔する。

 意識して、指を激しく動かす。一番感じる場所を探して、そこに集中する。

 大きな愉悦が込みあがってくる。

 

 

 “1.20”

 

 

 お兄ちゃんのことを考える。

 これは、お兄ちゃんの手だと思う。お兄ちゃんが愛撫をしてるのだ。

 

 お兄ちゃん……。

 お兄ちゃん……。

 お兄ちゃん……。

 

 そして、いきなり、激しいものがきた。

 そして、ついに、びくびくと身体を震わせながら絶頂をした。

 わたしは、画面に目をやった。

 

 

 “0.44”

 

 

 数字はとまっている。

 ほっとした。

 よかった……。

 一郎お兄ちゃんの言いつけを守れたのだ。

 

 すると、教卓の内側の光が消滅して、スマホの画面が切り替わった。

 いままでの動画でなく、静止画だ。

 呆けたようなわたしの顔写真であり、どうやら達した瞬間のわたしの顔のようだ。どこに隠しカメラがあるのかわからないが、顔についても撮影されていたらしい。

 

 わたしはお兄ちゃんを睨んだ。

 お兄ちゃんが口だけで“よくやった”と伝えてくる。

 本当にお兄ちゃんは意地悪でエッチだ。

 

 すると、スマホの画面がまたもや震えた。

 メールだ。

 操作をすると、そのままの恰好で講義を続け、次の問題のときにも、自慰をするようにというお兄ちゃんの指示が伝わってきた。

 わたしは、絶句してしまった。

 

 結局、あれから四回同じことをして、一時間の講義の中で五回も達してしまった。

 

 スカートをはくのを許してもらったのは、ほとんど講義が終わる直前のことだった。

 そのときには、お兄ちゃんは教場から立ち去っていた。

 すると、最後にメールが入った。

 お兄ちゃんからだと思ったが、送ってきたのは、自宅にいるはずの祥ちゃんだった。

 

 

 “先輩のオナニー姿は可愛かったですよ。ご馳走さまです。子供たちは元気です”

 

 

 伝言にはそうあった。

 子供たちというのは、わたしたちの子供のことだ。

 実をいうと、祥ちゃんが離婚をしてセックス・パートナーに戻ったとき、三人で話し合って、家政婦として祥ちゃんも、わたしたちの家に一緒に住むことになったのだ。

 三年の結婚生活のあいだに、子供を授からなかった彼女は、こうやってわたしたちが働いている時間も、子供たちの面倒を看てくれている。

 いまでは、子供たちも、祥ちゃんのことを“しょうママ”と呼んで、二番目の母親扱いだ。

 いや、むしろ、ずっと一緒にいる祥ちゃんの方にこそ、懐いているかもしれない。

 それだけは、釈然としないが……。

 

 いずれにしても、どうやら、あの画面をお兄ちゃんは、彼女にも流していたみたいだ。

 恥ずかしさで、かっと身体が熱くなった。

 

 わたしは、講師用に部屋に戻ろうとした。

 さすがに、足がふらつく。

 すると、またもた、連絡用のスマホにメールが入った。

 

 

 “役員室に来い。享ちゃんのいやらしい姿で興奮した。抜いてもらわないと仕事にならん。奉仕しに来い。”

 

 

 今度こそ、お兄ちゃんからのメールだった。

 奉仕というのは、フェラチオのことだ。

 ファラチオについては、最近の一郎お兄ちゃんのマイブームであり、妊娠しているあいだに徹底的に鍛えられたが、最近になって、よくお兄ちゃんの部屋である役員室で奉仕を強要されるようになった。

 

 だが、お兄ちゃんの役員室は、ひっきりなしに指示を受けにくるスタッフが出入りし、あるいは電話も結構かかってくる。

 多分、今日も、お兄ちゃんの座る机の下に隠れて、人前のいる部屋の中で、口で奉仕することを命じられるのだと思う。

 

 この前なんか、わざと役員室で会議を実施して、会議の声を聞きながら、わたしはお兄ちゃんの股間を一心に舐め続けることをさせられた。

 しかも、わたしの股間に淫具を埋め込んでである。

 会議のあいだ、お兄ちゃんの机の下で奉仕をするわたしの股間をお兄ちゃんは、遠隔操作で淫具を動かしたり、とめたりを執拗に繰り返した。

 わたしは、必死に声が出るのを我慢しなければならなかったが、あれはつらかった。

 

 今日は、どんなことをさせられるのだろう……?

 わたしは、ぞくぞくするような甘美感と危険な期待を心に覚えながら、役員室の方向に歩みを変えた。



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586 赤い絆~淫ら妻たち

「着いたぞ、享ちゃん」

 

 助手席でぼうっとしていて、一郎お兄ちゃんに声をかけられてはっとした。

 顔を上げると、いつの間にか自宅の車庫に到着していたようだ。

 

 だが、無理もないはずだ。

 勤務先の学習塾から自宅までお兄ちゃんの運転する車に乗ってきたのだが、お兄ちゃんに装着された淫具によって、ひっきりなしにわたしの身体を苛なまれ、さすがに到着する頃には、すっかりと息も絶え絶えになってしまったのだ。

 しかも、お兄ちゃんの長年の調教によって、すっかりと敏感になっているわたしは、三十分ほどの移動のあいだに、二度も気をやってしまい、すでに頭が朦朧としてしまっている。

 

 今日の責め具は、クリトリスに装着された吸引式のクリバイブである。

 小さなものだが、お兄ちゃんの持っている操作具で吸引しながら激しく振動をするという責め具だ。

 それをさらに縄瘤を作られた股縄で上から押えられるようにされている。しかも、縄瘤には、たっぷりと媚薬を塗るという念の入れようだ。

 

 それを仕掛けられたわたしは、講師室で待っているあいだだけで、すっかりとできあがり、お兄ちゃんが迎えに来る頃には、頭が朦朧とするほどに追い詰められてしまっていた。

 そして、一郎お兄ちゃんの専用の塾の教室長用の更衣室に連れ込まれると、そこでさらに仕掛けを加えられて、こうやって自宅まで一緒に戻ったのだ。

 淫らな疼きに耐えられなくなっていて、許されている膝上丈の春用の薄いコートの下には、股間から伝っている樹液が足首の近くまで垂れ流れているほどにできあがっていた。

 

「ね、ねえ、お兄ちゃん……。こ、これじゃあ歩けない……。せめて微振動をとめて……」

 

 わたしは身悶えしながら言った。

 股縄で締めつけられているクリバイブは、強くなったり弱くなったりの振動を繰り返していたけど、一度も振動をとめられていない。

 いまも続いているかすかな振動は、強い疼きを焦らすような刺激しか与えてもらえず、むしろ辛かった。

 わたしは耐えられずに、無駄と知りつつも、お兄ちゃんに哀願した。

 

「知らないねえ。家で丹羽(にわ)さんが待っているぞ。行くぞ」

 

 外から助手席側に回ってきた一郎お兄ちゃんがわたしの二の腕をとって強引に車の外に出す。

 

「ひんっ」

 

 股間が擦れて、大きな愉悦が迸る。

 慌てて口を閉じる。

 お兄ちゃんが愉しそうに笑った。

 相変わらず意地悪だ。

 わたしは、むっとして頬を膨らませてしまった。

 しかし、お兄ちゃんはやっぱり、くくくと笑うだけだった。

 

 結婚して以来、すでに銀婚式も過ぎた。高校三年生でお兄ちゃんと籍を入れたわたしも、もう四十五歳になった。

 しかし、わたしはあのときからずっと、お兄ちゃん一筋であり、お兄ちゃんの調教が大好きな性の奴隷だ。

 それはいまも全く変わらない。

 

 また、さっきお兄ちゃんが口にした“丹羽さん”というのは、わたしたち一家と一緒に暮らしている丹羽祥子ちゃんのことだ。

 もともとは、わたしと同じ中学校で英語の教諭をしていた女教師であり、縁があってずっと昔から、わたしたちのセックス・パートナーをしてもらっている。

 結婚して一時、縁が切れたが、三年で離婚して、それを切っ掛けに、わたしたちの家の住み込み家政婦になってもらっている。

 もちろん、セックス・パートナーも復活だ。

 わたしたちが、心置きなく仕事に打ち込めるのも、子供たちを含めた家庭を管理してくれている彼女のおかげだと思う。

 

 彼女が家政婦になってくれたのは、第二子の出産直後だったが、彼女を“しょうママ”と慕う子供たちも、もう高校一年生と中学二年生になり、昔ほどは手が掛からなくなった。

 お兄ちゃんの紹介で、祥ちゃんも社会人を相手にする英語講師をやったりしているが、すっかりとこの家の暮らしが気に入っているらしく、家政婦の仕事に影響するほどには仕事を入れていない。

 祥ちゃんさえその気になれば、一郎お兄ちゃんは、祥ちゃんが生活することに困らないほどの収入のある講師の仕事を斡旋できると言っているが、祥ちゃんには意思はないみたいだ。

 

 実のところ、祥ちゃんが英語講師の臨時雇いを時折受けているのは、収入のためではなく彼女の息抜きのためだ。

 いつまで経っても見た目の歳をとらない祥ちゃんのことを、祥ちゃんが担当する講座の学生になっている社会人の男性たちは、祥ちゃんを女子大生くらいに思っているらしく、祥ちゃんはそれを利用して息抜きで彼らを誘ってホテルで喰ったりしている。

 多分、そのことは、お兄ちゃんは知らないだろう。

 まあ、知っても怒ることはないとは思うが……。

 ちょっと、それを口実にお兄ちゃんの普段の調教がきつめになるくらいと思う。

 

 それはともかく、一郎お兄ちゃんは、祥ちゃんのことをずっと“丹羽さん”と呼ぶ。

 これだけ長く過ごしているのだから、もっと打ち解けた呼び方でいいと思うが、結婚して苗字が変わっていた頃も同じように呼んでいたから、すっかりと癖になっているのだろう。

 まあ、わたしも、相変わらず、“一郎お兄ちゃん”としか呼ばないので、同じようなものか。

 

「あっ、だめ……」

 

 車から降ろされて、お兄ちゃんに二の腕を掴んで歩かされたわたしは、股間に喰い込む縦縄に局部の敏感な場所を締めあげられて、前につんのめってしまった。

 わたしは、小さく呻いて、思わず顔をしかめてしまった。

 すると、横のお兄ちゃんが嬉しそうに、喉の奥で笑った。

 

「縄瘤も淫具も気に入ったみたいだな。いつまで経っても涙目が可愛いな。今日はちょっと歩いて玄関から入ろうか」

 

 お兄ちゃんがわたしの腕をとって歩かせる。

 車を駐車したガレージからは、そのまま外に出ずに自宅に入れる入り口があるのだが、一度道路に出て大回りすることで玄関に辿りつく。

 わたしがまともに歩けないことを知って、お兄ちゃんはできるだけたくさん歩かせようとしているのだろう。

 本当に意地悪だ。

 

「お、お兄ちゃんの意地悪……」

 

 わたしは足を進めながら、横のお兄ちゃんを睨んだ。

 

「その意地悪が調教というものだ。もう少し意地悪をするか?」

 

 お兄ちゃんがわたしを掴んでいる反対側の手をポケットに入れる。

 次の瞬間、クリバイブの振動が強くなった。

 

「ひんっ、やだっ」

 

 強い衝撃に、わたしは膝を崩しかけた。

 だが、お兄ちゃんは、わたしがとまるのを許さない。

 強引に歩かされる。

 ガレージのある場所から表の玄関までのことだが、わたしたちの家は近隣でも有名な豪邸だ。敷地も広く、ガレージから外回りで反対側の表玄関までは、それなりに距離もある。

 わたしは、お兄ちゃんの意地悪に耐えながら、必死に歩みを進めた。

 やがて、押し立てられるように歩かされて、やっとのこと正面の門に到着した。

 すると、クリバイブの振動がとまった。

 わたしは、がくりと脱力した。

 

「享ちゃん、行くぞ……。おっ、いつの間にか、庭のモッコウバラが綺麗に咲いたな。たまには、玄関から戻るのもいいな」

 

 そのとき、お兄ちゃんが前庭にある花壇に目をやって言った。

 花壇には様々な花があるが、モッコウバラは前庭の通路の垣根として植えてあるのだ。

 ちょうどいまの季節なので、黄色くて可愛い花が見事に咲いている。

 その花の一輪に手を伸ばして、お兄ちゃんが花びらを擦るような仕草をした。

 

「あっ」

 

 なぜか、ぶるりと身体が震えて身体が竦んだ。

 不思議なのだが、わたしはこのモッコウバラという花が嫌いではないものの、実はちょっと苦手だ。

 一郎お兄ちゃんがこの花に触るのに接するるたびに、得体の知れない疼きが股間に走る気がするのだ。

 なにか昔に、モッコウバラのあるところで、強烈なことをされて、それがトラウマのようになっているのかと想像をしているが、どんなに考えてもそんな記憶はない。

 いずれにしても、お兄ちゃんがその花を触ると、身体がぞくぞくする。

 わたしはぎゅっと太腿を引き締めてしまった。

 

「くくく……」

 

 するとお兄ちゃんがまた笑った。

 意地悪な笑いだ。

 わたしは、子宮がきゅんとなってしまった。

 

「ただいま、丹羽さん」

 

「も、戻ったわ、祥ちゃん……」

 

 玄関に着くと、お兄ちゃんがチャイムを鳴らし、インターホンに向かって、わたしたちは声をかけた。

 今日と明日は、たまたま子供たちは、ふたりして学校の春の宿泊研修で外泊している。

 家にいるのは、祥ちゃんだけのはずだ。

 間もなく玄関の中で人の気配がして、ロックを外す音がした。

 お兄ちゃんが玄関を開ける。

 

「お帰りなさいませ、旦那様。そして、享ちゃん」

 

 祥ちゃんが玄関で、ふざけたように、三つ指を付いた正座姿でわたしたちを出迎えた。

 

「わっ、祥ちゃん……」

 

 わたしは呆気にとられてしまった。

 祥ちゃんは、ほとんど裸だった。

 ただ、全裸にピンクのエプロンだけを身に着けている。しかも、エプロンも大きなものではなく、祥ちゃんの大きな乳房の半分も隠しておらず、身体を屈めると彼女の桃色の乳首が見えている。

 股間は正座することで完全に恥毛が外に出ているほどだ。

 

「どうです、旦那様? みっちゃんたちがいないから、冒険しました。食事になさいますか? お風呂ですか? それとも、わたしたち?」

 

 祥ちゃんが立ちあがって、愉しそうに笑みを浮かべながらくるりと回った。

 やっぱり布部分が小さい。立っても祥ちゃんの股間のぎりぎりしか隠してない。そして、後ろは完全に生尻だ。

 また、みっちゃんたちというのは、わたしたちの子供のことだ。

 祥ちゃんのお道化(どけ)に、お兄ちゃんが愉しそうに笑う。

 

「風呂は最後かな。だが、まずは食事にしよう。でも、それはいいなあ。ありがとう。とってもエッチだよ、丹羽さん」

 

 お兄ちゃんが靴を脱ぎながら、鞄を祥ちゃんに渡す。

 すると、祥ちゃんも嬉しそうに笑った。

 

「この前、素敵なものをもらいましたので、お礼です」

 

 祥ちゃんが荷物を受け取って、左手の薬指をかざした。

 そこには、わたしたちが付けているのと同じ、赤いガーネットの指輪がある。

 祥ちゃんが家政婦として一緒に暮らし始めた十五年の記念に、わたしたちが話し合って、祥ちゃんに贈ったものだ。

 お兄ちゃんが学生時代に購ったわたしたちの結婚指輪と同じなので、石も小さいし、それほど高額なものではない。

 いまのお兄ちゃんとわたしなら、もっと高額な贈り物も準備できたのだが、同じ石こそ、わたしたちの気持ちが入っていると思って、祥ちゃんとわたしたちの絆の証として、わたしたちの結婚指輪と完全に同質のものを準備したのだ。

 祥ちゃんは、珍しくも神妙な表情になり、涙を流して喜んでいた。

 

「これは是非とも、享ちゃんにも裸エプロンになってもらわないとならないな。もしかして、もう一枚あるか?」

 

「もちろんです。享ちゃんには、もっと小さくて、真っ赤なものを準備してあります」

 

 お兄ちゃんのいやらしい問い掛けに、祥ちゃんが愉快そうに応じる。

 確かに、玄関の靴箱の台に赤い布が置いてあった。

 祥ちゃんがそれを拡げる。

 

 小さい──。

 思ったのは、それだ。

 わたしは祥ちゃんよりも少し背が高いが、赤いエプロンについては、どう見ても祥ちゃんが身に着けているものよりも小さい。

 わたしは、顔が真っ赤になるのを感じた。

 

「可愛い、享ちゃん。顔を真っ赤にしちゃって……。あれっ? でも、なんか変……。袖に腕がないのね」

 

 やっと祥ちゃんがわたしの不自然さに気がついたみたいだ。

 お兄ちゃんが手を伸ばして、わたしからコートを脱がせる。

 すると、お兄ちゃんに仕掛けられたわたしの恰好が露わになる。

 

「うわっ、縄掛けに全裸コート? 享ちゃんもやるじゃないの。その格好で帰って来たの?」

 

 祥ちゃんがわざとらしく陽気な声を出す。

 恥ずかしさに、かっと身体が熱くなる。

 祥ちゃんの言葉のとおり、コートの下は素っ裸だった。両腕も縄で後手縛りにされて、全身を亀甲縛りにされて、その状態でクリバイブと股縄を装着されていたのだ。

 車に乗ってからはともかく、学習塾の教室長からこの状態で連れ出されたときには、あまりの羞恥に、気が遠くなりそうなくらいだった。

 そして、車に到着したらしたで、クリバイブを作動させられたり、とめたりされて、散々に弄ばれた。

 お兄ちゃんは、本当に意地悪だ。

 

「お、お兄ちゃんの意地悪よ――」

 

 わたしは声をあげた。

 すると、なぜかお兄ちゃんと祥ちゃんが同時に噴き出した。

 やな感じだ。

 

「ところで、享ちゃん、またテレビ局から電話があったわよ。なんとか話をしたいって」

 

 祥ちゃんが、腕が使えないわたしに、赤いエプロンをかけながら言った。

 本当に布が小さい。

 完全に乳首が見えている。股間だってぎりぎり隠れるか、隠れないかというほどだ。

 恥ずかしい……。

 

 それはともかく、テレビ局というのは、知人の誰かが面白がってなにかに投稿したらしい有名な番組の「年齢ギャップ当て」というコーナー関連だ。

 実年齢と見た目がかけ離れている人を登場させて愉しむという企画らしく、わたしたちのことを知っている誰かが、なにかに投稿をしたようなのだ。

 わたしと祥ちゃんのことであり、四十を超えているのに、二十代に見える女性ということで番組に出ないかと、先日交渉してきた。

 学習塾の方に関係者が面会に訪れてきて、一度だけ話を聞いたのだ。

 興味なかったので断ったが……。

 また、同じようなことが祥ちゃんにもあったらしい。

 祥ちゃんも断ったようだが、どこで調べたのか、先日、自宅の電話に連絡してきた。改めて断ったが、またかかってきたらしい。

 

「知らないよ。もう、わたしは電話に出ないから」

 

 結構しつこくて、気味が悪い。

 お兄ちゃんが横から「だったら、もう連絡してこないようにしておいてやる」と言ってくれた。

 どうするのかは知らないけど、お兄ちゃんがそう言うなら、もう安心だろう。

 わたしはほっとした。

 

 夕食の支度は、ほとんどできあがっていて、お兄ちゃんの命令で、わたしが温め直しと盛りつけをすることになった。

 そのあいだ、お兄ちゃんは、ダイニングテーブルに座って、祥ちゃんを味わっていた。

 お兄ちゃんが座る椅子の前に、祥ちゃんを正座させて、口で奉仕をさせたのである

 

 わたしについては、台所に向かって調理の仕上げをしたが、お兄ちゃんが普通に家事をさせてくれるわけもなく、幾度もクリバイブのスイッチを入れたり、切断されたりされて、そのたびによがり声をあげさせられた。

 お兄ちゃんは、テーブルに食前酒のシャンパンを準備して、それを飲みながら、わたしたちの痴態を愉しんだみたいだ。

 

 やがて、お兄ちゃんは祥ちゃんを立ちあがらせて、自分の膝の上に引き寄せて、怒張に祥ちゃんの股間を貫かせた。

 そのとき、わたしは思わずふたりを凝視していたのだが、わたしの視線に気がついたお兄ちゃんがまたもやクリバイブのスイッチを入れたりした。

 わたしは淫靡な刺激に耐えながら、必死に食事の支度を続け、やっと準備が整ったときには、お兄ちゃんに犯されていた祥ちゃんが気をやって、お兄ちゃんに精を注がれていた。

 

 祥ちゃんが終わると、わたしの番になった。

 お兄ちゃんにわたしが呼ばれ、同じ格好でお兄ちゃんに抱かれた。

 わたしはあっという間に達してしまい、お兄ちゃんに精を注いでもらうまでに、三度も絶頂した。

 

 その後は三人で食事だ。

 結局、テーブルでなく、広間に移動して床に座って食べることにして、祥ちゃんとふたりで、食事や飲み物を運び直した。

 そして、お兄ちゃんを挟んで三人で食事を始める。

 

 意地悪なお兄ちゃんは、わたしと祥ちゃんに後ろ手錠を嵌め、わたしたちに手を使わさせずに、代わる代わるに給餌をするように、わたしたちの口に食べ物や飲み物を運んだりした。

 それどころか、だんだんと酔いが進んだところで、お兄ちゃんの命令で、お互いに租借したものを口移しで食べさせ合うということまでやった。

 思ったよりも興奮したし、愉しかった。

 

 食事のあと、わたしと祥ちゃんはその場で、またもやお兄ちゃんに抱いてもらって、精を注がれた。

 わたしも、祥ちゃんもしばらく動けないくらいに、ぐったりとなった。

 

 片づけはお兄ちゃんがしてくれて、三人で地下室に移動した。

 この家の地下には十人ほどが座れるホームシアターの設備があるのだが、子供たちも知らないと思うが、そのシアター室には隠し扉があり、そこからわたしたちの秘密のプレイルームに入れるのだ。

 部屋には、お兄ちゃんが集めた各種の責め具があり、わたしたちはそこで色々なことをさせられる。

 

 この日にやらされたのは、トレーニング器具を使った運動責めというのものだった。

 わたしは、後手縛りに縄掛けされ直して、穴あきのボールギャグを嵌められ、ランニングマシーンを走らされた。

 クリバイブを装着されたままだ。

 

 お兄ちゃんは、乗馬鞭を持ち、ちょっとでもわたしが速度を落とすと、容赦なくお尻を叩いた。

 痛みよりも叩かれたショックでわたしは懸命に駆け続けた。

 しかし、クリバイブを操作されながらの駆け足など、大変な体力が必要であり、あっという間にわたしは全身が汗びっしょりになって、足元がふらついてきた。

 それでも、お兄ちゃんは許してくれず、いつまでもマシーンの上を走らされた。

 

 一方で祥ちゃんは、やはりトレーニングマシーンの自転車漕ぎをさせられた。

 祥ちゃんについては、電撃を伝えることができる金属製のバイブを挿入されて、その状態で後手縛りで自転車漕ぎをしたのである。

 お兄ちゃんは、電撃バイブのコードを自転車のマシーンに接続して、一定の速度以下になると自動的に電撃が流れるようにして、祥ちゃんに運動を強要した。

 しかも、祥ちゃんが自転車か転げ落ちることができないように、たくさんのベルトで祥ちゃんの下半身を自転車に固定もしていた。

 祥ちゃんは、恐怖に顔を歪めつつ、何度か電撃を股間に浴びて獣のような悲鳴をあげたりしながら、懸命に脚漕ぎを継続した。

 

 先にへたり込んだのはわたしだった。

 お兄ちゃんは、わたしを床に横たえると、祥ちゃんを開放して拘束を解き、わたしを祥ちゃんに責めさせた。

 祥ちゃんのクンニで、わたしは何度も絶頂し、失神寸前になったところをお兄ちゃんに犯された。

 

 祥ちゃんについては、その後でお兄ちゃんに激しく犯されたみたいだ。

 しかし、わたしは完全に気を失っていたから、祥ちゃんがどんな風に抱かれたのかはわからない。

 

 ただ、翌朝の朝食については、お兄ちゃんが準備してくれていた。

 わたしも祥ちゃんもまったく起きれなかったのだ。

 

 たまたま仕事のない日だったわたしが目を覚ましたのは、すでにかなり太陽が高くなってからであり、祥ちゃんも同じくらいに目を覚ました。

 わたしと祥ちゃんは、お兄ちゃんの置手紙に目を通し、お兄ちゃんの作った朝食を一緒に口にして、夕方はどんな風にお兄ちゃんを出迎えようかと話し合ったりした。



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587 さよならの向こう側~妖精坂の魔女

 いつもは存在していることも気がつかない空調機の音が今日に限って、はっきりと聞こえている。

 また、真夏の暑さが室内に入り込んでしまわないようにぴったりと閉じている窓の外のセミの声さえも、今日は随分と気になった。

 ただ、実際には喋っているのは、目の前のお医者さんだけであり、ほかには喧噪もない静かなものだ。

 

 わたしは、黙ってお医者さんの言葉に耳を傾けている。

 部屋にいるのは、お医者さんとわたしと一郎お兄ちゃんであり、ほかの人は看護師さえも遠ざけられていた。

 病気に関するお医者さんの淡々とした説明が続いている。

 

 隣に座っている一郎お兄ちゃんが手を伸ばして、わたしの手をそっと握ってくれた。

 わたしが大きな動揺をしてないかと心配しているのだろう。

 やっぱり、優しいのだ。

 わたしは、静かにお兄ちゃんの手を握り返した。

 

「……昔はこのようなことは、まずはご家族からお話をして、ご本人にどのようにお伝えするかは、ご家族に委ねたりしたものなのですよ。しかし、いまはあえて、ご本人にも正確な情報をお伝えして、そのうえで治療方針を決めるのです。どのような生き方をするかは、ご本人のものですから……」

 

 お医者さんは言った。

 彼の顔にはどんな感情も読み取れなかった。微笑んでもおらず、そうかといって、苛立つ感じでもなく、すべての感情を注意深く消しているという感じだ。

 多分、そういうことも、彼のような仕事には必要な能力なのだろう。

 彼の顔には年齢に応じた皺がたくさん刻まれており、患者に死期を告げるときの感情のコントロールも、長年の経験で得てきたものであろうに違いない。

 

「……今回は検査入院でしたが、今後は治療のための入院ということになります。一度退院なさってから、再入院ということでも構いません。おそらく長くなりますから、いまのうちにご旅行など、やりたいことをされるのもいいでしょう。しかし、一箇月以内には入院してください」

 

 お医者さんはさらに言った。

 

「それで、享ちゃん……いえ、妻は、入院をして治療をすれば、どのくらい生きられるのでしょうか?」

 

 話が始まってからひと言も喋らずに押し黙っていた一郎お兄ちゃんがお医者さんに訊ねた。

 すると、初めてお医者さんがちょっとが困ったような顔になったと思った。だが、すぐに、つくろった能面にそれが隠される。

 

「総合的な治療をした場合の三年後に生存できる可能性は、二十五パーセントというところです。五年後ともなると十パーセントになりますが……。しかし、延命治療のあいだに、この病気に関する治療法が発見され、もしかしたら改善が見込める可能性が生まれるかもしれません。希望はお捨てにならないでください」

 

「……では、入院治療を拒否した場合は?」

 

 わたしは訊ねた。

 

「一年後に生存している可能性は、一パーセント以下です……。しかし、あなたはまだお若いでしょう。ここはしっかりと治療をして……」

 

「いえ、わたしは、もう、それなりの年齢ですよ。この前還暦を迎えてお祝いをしてもらったお婆ちゃんです。もちろん、生きるのに飽きたような年齢ではありませんが……」

 

 わたしは、お医者さんの言葉を遮って笑った。

 

「還暦ねえ……。確かにカルテにはそうなってますね。しかし、私はいまでも疑ってます。とても信じられませんよ」

 

 お医者さんが首を傾げながら、カルテを覗き込んだ。

 わたしと祥ちゃんが年齢を教えると、決まって相手がとるのが、びっくり仰天するか、あるいは、いまのお医者さんのように全く信じないかだ。

 六十歳になったのに、顔にも身体にも皺ひとつなく、肌もしっかりと若いし、体形の衰えもない。

 何十年も、あまりにも変わらない若いままの見た目に、いつの間にか、わたしと祥ちゃんは、近隣でも有名な人物になってしまった。

 

 それに比べれば、お兄ちゃんの顔には年齢相応の老いがちゃんとある。

 だから、わたしたちのことを昔から知る者以外は、わたしがお兄ちゃんの妻であり、祥ちゃんがセックス・パートナーであるなんて、誰も信じない。

 一郎お兄ちゃんの娘どころか、孫だと間違われるくらいだ。

 実の娘など、わたしよりも見た目が若いなんて信じられないと文句を言っている。

 ただ、わたしも一郎お兄ちゃんも、むかしは走っていたようなときでも、いまはゆっくりと歩く。

 見た目以外の部分は、やはり歳はとっているのだ。 

 

 なんでもない場所で急に何度も転ぶようになり、また、手に力が入らず、なぜか字が書けなくなり、料理もすることができなくなったのは、少し前からだった。

 わたしは、祥ちゃんと一郎お兄ちゃんに相談して、病院につれていってもらった。

 すると、日帰り診療のつもりだったのに、その日のうちに検査入院をすることが決まった。

 

 そして、一週間──。

 いま、その検査の結果をお兄ちゃんと一緒に聞いているところである。

 祥ちゃんはいない。

 

 今日はたまたま、臨機で受けている英語講座の講師の仕事が入っているので、祥ちゃんはそっちに行った。

 だが、お兄ちゃんは知らないが、実はその講師の仕事の後で、祥ちゃんは生徒のひとりの若い社会人とデートをすることになっているのだ。

 おそらく、祥ちゃんは、その男性とホテルに行くと思うので、戻るのは夜になるはずだ。

 同じ相手とは二度寝ることはないが、祥ちゃんも五十八歳なのに、女子大生のふりをして、若い男性とセックスをするのだから、まあ、祥ちゃんも大抵のものだと思う。

 

 それはともかく、検査の結果としてお医者さんに告げられたのは、もう忘れてしまっていた小学生のときにかかった大病の名だった。

 あのとき、わたしは、同じように検査入院から始まる治療のための入院を二度繰り返した。そして、検査入院を含めた三度目の入院のときには、わたしの両親は、わたしはもう退院することはできず、一年以上生きることはないと宣言されたらしい。

 

 だが、絶望の中でわたしはお兄ちゃんに告白をし、お兄ちゃんがわたしを受け入れてくれた。

 すると、奇跡のように病気が完全回復して、一箇月もしないうちに退院となった。

 あれ以来、ずっと再発などなかったのだが、それが六十のいまになって、再び同じ病気にかかったようだ。

 

 いずれにしても、あれから、その病気について調べてみたりした。

 だから、わたしはその病気には、いまだに治療法などなく、回復など見込めないこともわかっている。

 あのときは、まさに奇跡だったのだ。

 死んでもおかしくなかったのに、お兄ちゃんに愛してもらって、残りの時間をもらった。

 本来であれば、存在するはずのない人生だ。

 そう思うと、治る見込みのない病気を告げられても、そんなに悲しいとは感じなかった。

 

「さすがは、妖精坂の魔女さんですね」

 

 お医者さんがカルテの住所と名前を改めて見ながら、呟くように言った。

 

 “妖精坂の魔女”──。

 

 わたしと祥ちゃんが、いつの間にか、そんなあだ名をつけられていたことは、しばらく前に知った。

 妖精坂というのは、わたしたちの家がある地域の通称であり、十年ほどまえに、すぐ近くに「妖精美術館」というのができたので、誰彼となくそう呼ぶようになったみたいだ。

 そして、わたしたちは、その妖精坂に住む、年齢をとることのない“魔女”なのだそうだ。

 

「その物言いは好きではありません。妻は魔女なんかじゃないですから」

 

 ちょっとむっとした声で一郎お兄ちゃんが言った。

 わたしはくすりと笑ってしまった。

 

「あっ、そうですよね。そう……。あっ、失礼しました。失言でした」

 

 お医者さんが小さく頭をさげた。

 わたしは、握っているお兄ちゃんの手にちょっとだけ力を入れる。

 一郎お兄ちゃんは、それで冷静を取り戻したみたいだ。

 「こちらこそ失礼」と言って、お兄ちゃんもお医者さんに頭をさげた。

 

「しかし、是非とも、その若さの秘密についても調べてみたいですねえ。できれば、次の入院のあいだに、データーとかを取らせてはいただけませんか?」

 

 お医者さんが冗談とも本気ともつかない顔で笑って言った。

 だが、わたしは、首を横に振った。

 

「入院はしません。延命治療も必要ありません。最期は家で迎えたいと思います。治療をすると、コードとかをいっぱい繋げられて、食べ物もちゃんと口にできなくなって、みっともなくなりますよね。わたしは、お兄ちゃんに醜くなったわたしを見せたくない」

 

 はっきりと言った。

 本心だった。

 

 わたしは、小学校のときに病院にいて、流動食に変わってどんどんと痩せていき、病み衰えたときの自分の姿を記憶している。

 あれをお兄ちゃんに見せるなんて冗談じゃない。

 そんなのは嫌だ──。

 

「い、いや、享ちゃん、俺はどんな享ちゃんでも……」

 

 お兄ちゃんが横から口を挟もうとした。

 しかし、わたしはそれを遮った。

 

「お願い、お兄ちゃん──。わたしを家から追い出さないで。お兄ちゃんや祥ちゃんと最後まで暮らしたいの──。迷惑かけるかもしれないけど。お願い──」

 

 わたしはお兄ちゃんに向かって頭をさげた。

 お兄ちゃんが手を離して、その代わりに、わたしの肩に手をやって、すっと抱き寄せた。

 

「……わかった。それが享ちゃんの選択なら……」

 

 お兄ちゃんは言った。

 そして、お兄ちゃんはお医者さんに向き直る。

 

「妻の選択です。病院での延命治療はしません。家でできる治療を教えてください。それと、家には、丹羽祥子さんという住み込みで家事を手伝ってくれる女性がいるのですが、彼女にも介護の方法などを教えてください。どこかを紹介していただければ」

 

「わかりました。それがそちらの選択であれば……。だが、残念ですねえ。私は是非とも、奥様の若さの秘密を知りたかったのですよ。六十歳でその外見は絶対にありえませんから。いまだに、年齢を偽っているとしか思えない……」

 

 お医者さんが笑った。

 わたしは口を開いた。

 

「調べるまでもありません。わたしたちの若さの秘密ははっきりとしてます」

 

「秘密とは?」

 

 お医者さんがきょとんとなった。

 

「お兄ちゃん……、いえ、夫に愛してもらうことです。わたしも祥ちゃんも、毎日毎晩、夫に愛してもらってます。精を注いでもらっています。だから、若いのですよ」

 

 わたしは笑い声をあげた。

 お医者さんが面食らったような顔になった。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寝台に横たわっているわたしの思考は、ゆっくりと消えつつあった。

 病院で死期を宣告されたあの日から、わたしは四箇月を生きている。

 暑かった夏も終わり、秋が過ぎ、世間はクリスマスムードを向かえていた。

 

 そういえば、お兄ちゃんに駅でプロポーズされたのは、クリスマス・イブだったことを思い出した。

 あのときのお兄ちゃんは意地悪だった。

 わたしを満員電車に乗せ、電車の中で掻痒剤を塗って、淫具で弄んで苦しめたのだ。

 本当に、本当に意地悪だった……。

 でも、その後で結婚を申し込んでくれて、真っ赤なガーネットの指輪をくれた。

 その指輪は、いまでもわたしの左手の薬指にある。

 わたしの生涯の宝物だ。

 

「享ちゃん──」

 

「お母さん──」

 

「お母さん」

 

「お婆ちゃん」

 

「お婆ちゃん――」

 

 自宅の寝台の周りにはたくさんの人が集まっている。

 その彼ら、彼女たちが、代わる代わるわたしのことを呼んでいた。

 いまのは、祥ちゃんと子供や孫たちだろう。

 

 祥ちゃんはもう泣いているみたいだ。

 四箇月前に病院で聞いた診断の結果を伝えたときには、祥ちゃんは絶句し、そして、号泣した。

 だが、その翌日からはけろりとしたように、再び陽気で元気な祥ちゃんに戻った。

 だから、祥ちゃんが泣いているのは、あれから初めてのことだ。

 

 そして、子供たち……。

 一郎お兄ちゃんには、子供たちには、ぎりぎりまで知らせないでいて欲しいと頼んだ。

 伝えても仕方がないし、すでに親からは巣立って、家族もいる子供たちだ。あまり、心配も迷惑もかけなくないと思ったのだ。

 でも、お兄ちゃんは、一箇月前には、ふたりに知らせたみたいだ。

 血相を変えた様子で、子供たちが旦那さんや奥さん、孫とともにやってきたことを思い出す。

 

「享子──」

 

「し、しっかりせい……」

 

 ああ、この声はお母さんとお父さんだと思う。

 ふたりともかなりの歳だが、まだまだ元気だ。お父さんとお母さんよりも早く死ぬのは申し訳ないとは思うけど、考え方によっては、小学生のときにはお医者さんに絶望を伝えられたわたしだ。

 あれからの人生は、奇跡の貰い物のようなものだ。だから、許して欲しい。

 

「……享ちゃん、涼子さんが来てくれたよ。わかるか?」

 

 お兄ちゃんだ。

 泣いているような声……。

 

 お兄ちゃんは、ずっと手を握ってくれている。

 わたしは、お兄ちゃんを感じながら、もう一度目を開いた。

 なにもかも、ぼんやりとしていたが、悲しそうな顔をしたお姉ちゃんがいた。

 すっかりとお婆ちゃんになっている。

 

 北海道で暮らしているが、わざわざ来てくれたのだろう。家族は一緒ではないみたいなので、ひとりで来たのだろうか。

 あまり遠出もしたことのないお姉ちゃんのはずだけど、ちゃんと飛行機に乗れたのかなと思った。

 

「享ちゃん、しっかりしてよ」

 

 その涼子お姉ちゃんが寝台に寄って来て声をかけてきた。

 わたしは返事の代わりに、小さく頷いた。

 

 そして、視線をお兄ちゃんに向ける。

 

 お兄ちゃん……。

 お兄ちゃん……。

 お兄ちゃん……。

 

 大好きなお兄ちゃん……。

 わたしのすべて……。

 

 お兄ちゃん……。

 

 わたしを愛してくれてありがとう……。

 好きになってくれて、ありがとう……。

 

 毎日のように抱いてくれてありがとう。

 いっぱいいっぱい調教して、たくさんたくさん気持ちよくしてくれてありがとう……。

 

 もう舌は動かず、言葉にすることはできない。

 だけど、気持ちだけを握ってくれているお兄ちゃんの手に伝える……。

 

 お兄ちゃん……。

 

 四箇月前の病院での死期の宣告からも、お兄ちゃんは毎日愛してくれた。

 激しいものはなくなったけど、ちゃんと調教だってしてくれた。

 さすがに、この一箇月については、セックスはなかったけど、セックスの代わりに、身体中を撫でてくれたし、たくさんの口づけもくれた。

 

 とても、幸せだった……。

 

「……享ちゃん、俺が伝えたことを覚えているか? 約束だよ……。さよならだけど、さよならじゃない。また、会おう。だから、もしも、ケイラという女性に呼び掛けられたら、彼女の言葉に従ってね……」

 

 お兄ちゃんが耳元に口を寄せてささやいた。

 わたしは頷いたものの、実のところ、なんのことだかわかっていない。

 それを伝えられたのは、半月前のことだ。

 お兄ちゃんが深刻な表情でわたしに寄って来て、もしかしたら、最期のときに、ケイラ=ハイエルという女性が、わたしに呼び掛けるかもしれないから、そのときには、頷いて欲しいと言うのだ。

 わたしは、ケイラ=ハイエルというのは、誰かと訊ねたが、お兄ちゃんは、自分にもよくわからないと言った。

 どうにも判然としない。

 

 だけど、まあいい……。

 お兄ちゃんの命令だ。

 わたしは、お兄ちゃんの言葉には、どんな言葉にも逆らわない……。逆らえない。

 お兄ちゃんは絶対だ。

 お兄ちゃんがそうしろと言うなら、そうするだけだ。

 

「……お……に、……ち……」

 

 わたしは最後に、お兄ちゃんに呼び掛けようとした。

 しかし、残念なことに、ちゃんとした言葉にならない。

 だけど、わたしがお兄ちゃんに呼び掛けたのがわかったのだろう。お兄ちゃんが優しい笑みを浮かべて頷いたのがわかった。

 

 お兄ちゃんのほかにも、部屋にはたくさんの人がいるが、だんだんと、ただのぼんやりとした影にしか見えなくなってきた……。

 誰が誰ともわからない。

 しかし、お兄ちゃんだけが、ゆっくりと濃くなっていくもやの背景の中にくっきりと浮かんでいる。

 

 わたしは、お兄ちゃんを見つめた。 

 薄れていく最後の記憶をお兄ちゃんの姿にしたかった。

 そのお兄ちゃんの姿も薄れていき、わたしの思念も静かに消えていった。

 

 しかし、一瞬、突然に再びお兄ちゃんの姿がはっきりと見えた。

 

 そして、お兄ちゃんと出会ってから、愛してもらった様々なことが記憶に蘇った。

 

 よかった……。

 あのとき、死ななくてよかった……。

 お兄ちゃんとの時間を手に入れることができてよかった。

 

「お兄ちゃん」

 

 わたしは、もう一度、うつろいゆくお兄ちゃんの姿に向かってささやいた。

 だが、それはもうか細く吐いた息の音にしかならなかったと思う。

 

 お兄ちゃん……。

 わたしを愛してくれてありがとう……。

 何百回、何千回、何万回でも繰り返したい。

 

 わたしを愛してくれてありがとう、お兄ちゃん――。

 わたしに、お兄ちゃんを愛させてくれてありがとう――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛してる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お兄ちゃん……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さようなら……。



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588 二度目の恋(セカンド・ラブ)妖精(エルフ)族の魔女

「きゃああああ」

 

 わたしは悲鳴をあげていた。

 突然にたくさんの「記憶」が頭に入り込んできて、訳がわからなくなってしまったのだ。

 だが、それは一瞬のことだ。

 すぐに、冷静さを回復できた。

 

 いや、落ち着きを取り戻せたのは、懐かしい匂いとぬくもりに包まれていたからだろう。

 わたしは、椅子に座るお兄ちゃんに横抱きにされていた。

 

「……()()()()()()、享ちゃん?」

 

 声がした。

 視線をあげると、すぐそばに、一郎お兄ちゃんの顔がある。

 

 若い……。

 最初に思ったのはそれだ。

 

 最後に心に焼きつけたときのお兄ちゃんの顔は、もう六十をすぎて、男性としての渋みと貫禄を備えた年齢相応の姿だったが、いまのお兄ちゃんは、まだ三十代(なか)ばだろう。

 まだまだ、若いという年齢の頃だ。すでに、圧倒されそうな頼もしさはそのままのような気もするが……。

 

「わ、若いのね、お兄ちゃん?」

 

 思わず言った。

 すると、お兄ちゃんがくすくすと笑った。

 

「享ちゃんは、もっと変わったな。年齢も八百歳超えか? まあ、見た目の若さは相変わらずだけどね」

 

 お兄ちゃんが言った。

 わたしは、自分の身体に目をやる。

 そして、やっと思考が整ってくる。

 すぐに、記憶も蘇った。

 いまのわたしは、エルフ族王家の女長老……。多くの人格が集まった魂の集合体で……。

 

 いや、それよりも、わたしはお兄ちゃんと、前世でお兄ちゃんと結婚して……。

 たくさんたくさん愛されて……。

 いっぱいいっぱい調教されて……。

 最期には、みんなに看取られながら死んだ……。

 そうだった……。

 

 その後、ケイラ=ハイエルという女性に話しかけられた。

 あれが、死後の世界だったのか、それとも、死の直前のことだったのかは、わからない。

 だけど、そのケイラ=ハイエルという異世界の女性だと名乗る人物は、死後の世界に向かうのではなく、そのケイラという女性の中に入り、すでに招魂している他の女性たちとともに、一緒に生きていかないかと誘ってきたのだ。

 わたしは、死の直前にお兄ちゃんが、ケイラという女性が話しかけてきたら、それに従って欲しいと言われていたことを思い出した。

 わたしは、頷いた。

 

 否も応もない。

 お兄ちゃんの命令だ。

 それは絶対なのだ。

 

 こうして、わたしはケイラ=ハイエルという女性の一部になった。

 この女性は、エルフ族の王族の女性であり、いまの女王であるガドニエルのずっと前の世代の女性になるらしい。すでに表立った立場から身を引いていて、権威のある役職などにはついていないが、一族に影響のある「大叔母」、あるいは「女長老」として、エルフ族の社会では大変な影響力を持っている人物だった。

 ある意味、ガドニエル女王そのものよりも、エルフ族の社会の中で力を持っているといっても過言ではない。

 

 そもそも、長命のエルフ族とはいえ、八百歳という年齢が異例なのだ。

 しかも、見た目の若さを保ったまま……。

 長く、ケイラ=ハイエルの若さは、エルフ族の中でも謎のひとつでもあった。

 

 だが、その秘密が招魂術なのだ。

 ケイラ=ハイエルというエルフ族の女長老は、こうやって異世界から生命力を余らせて死ぬ魂を受け入れることで、ずっと生命力を保ってきたのである。

 ただし、魂を奪うとか、生命力を不当に搾取するという性質のものではない。あくまで、お互いの合意のもとに融合するのであり、異世界から招魂された魂も、新しい母体のケイラ=ハイエルの中できちんと生きている。

 そういう意味では、ケイラ=ハイエルはたくさんの魂の融合体であり、純粋なケイラ=ハイエルは既に存在しないといっていいだろう。

 

 ともかく、こうして、わたしはケイラ=ハイエルになった。

 もっとも、正確には、まだ完全には溶け込んではおらず、ケイラ=ハイエルの一部になりつつも、田中享子という人格を保持しているという状態だ。

 だが、これも、ゆっくりとした時間の中で、もともとのケイラ=ハイエルという人物の中に溶け込んでいく。

 そうやって、これまでに招魂された女性たちも、完全にケイラ=ハイエルになっていたのだ。

 

 そして、あれから、もう二十年くらい経っている……。

 わたしは、なぜか、大事な大事なお兄ちゃんと暮らした前世のことを、いまのいままで忘れていて、たったいま思い出したのだ。

 どうして、忘れていたのかさえ、わからない。

 

 いや、あれほどの充実した幸せの日々を、なぜ思い出さないでいられたのは不明だ。理由などまったくわからないが、なぜかわたしは、ケイラ=ハイエルに招魂されたのが、十二歳の自分だと思い込んでいて、その後のお兄ちゃんとの人生のことをこれっぽっちも、なかったとこにしていたみたいだ。

 わたしは、そのことに愕然としかけた。

 

 そして、ふといま思ったが、改めて認識すると、いまのわたしは、融合されたケイラ=ハイエルの人格よりも、田中享子という意識の方がどちらかというと強い気もする。

 これもまた、理由も不明であるものの、もしかしたら、それがわたしが記憶を取り戻した要因なのだろうか?

 いや、そんなことはいい。

 それよりも、お兄ちゃんだ。

 

「お、お兄ちゃん、わたし、ごめんなさい……。わ、わからないけど、いまのいままで忘れていて……」

 

 わたしは呆然としつつしながら言った。

 こんなことは許されないことだ。

 わたしが、お兄ちゃんのことを忘れてしまっていたなんて……。

 そして、いまのいままで、お兄ちゃんのことを大切な人であるが、幼いころの小さな恋心の中程度の男のようにしか、見なしていたのである。

 まあ、それなりに敬意は示したし、ガドニエルの伴侶として、とりあえず受け入れるつもりではいたが、本来のあるべき姿のわたしの態度としては、随分と冷たい態度だった気も……。

 

「享ちゃんの困った顔は久しぶりだな。俺が好きな顔だ。だが、再会してすぐに俺のことを思い出さなかったのは残念だ。お仕置きだな」

 

 はっとした。

 やっぱり、お兄ちゃんは怒っているに違いない。

 だけど、お兄ちゃんがわたしをお仕置きすると言った──。

 わたしは、その言葉だけで、股間がじゅんと熱くなるのを感じた。

 

「もう感じたのか。さすがは、淫乱妻どのだ。さあ、お仕置きのときはどうするんだ? いつまでも服を着てていいのか?」

 

「わ、わたしをまだ、妻だと呼んでくれるの?」

 

「妻だろう。左手を見てみろ」

 

 お兄ちゃんが笑った。

 自分の薬指を見る。

 高校三年生のときにプロポーズされたときにもらったガーネットの結婚指輪……。前世では、ただの一度もそのとき以降外さなかった。

 それがある。

 わたしは眼を見張った。

 

「享ちゃんにいまの立場あるように、俺にもいまの立場がある。だから、同じ関係というわけにはいかないが、享ちゃんと俺の絆には変わりない。享ちゃんはすでに妻だ」

 

 かっと身体が熱くなる。

 嬉しい。

 

 嬉しい……。

 嬉しい──。

 

 お兄ちゃんの妻──。

 わたしは、まだお兄ちゃんの妻……。

 

「わたしの持っている全力を使って、お兄ちゃんを幸せにするよ。ガドニエルとの結婚だってすぐに認めさせてあげる。あらゆるものを使って、お兄ちゃんを助けるわ」

 

 わたしは胸を叩いた。

 前世では、ずっとお兄ちゃんに助けられていたばかりだった。わたしはお兄ちゃんに頼ってばかりで、なにひとつ恩を返せなかったけど、このケイラ=ハイエルならお兄ちゃんに少しは役に立てる。

 それが嬉しい。もちろん、わたしであるケイラ=ハイエルも喜んでいる。

 いずれにしても、わたしも、ケイラ=ハイエルも、狂おしいほどの歓喜に包まれている。

 

 だって、ここにわたしがいて、お兄ちゃんがいる。

 わたしは、この世界でもまた、お兄ちゃんと恋ができる。

 愛することができる。

 二度目の恋――。

 二度目の愛――。

 いまのお兄ちゃんには、ガドニエルだけじゃなく、たくさんの恋人がいることは知っているが、わたしだって、お兄ちゃんをまた好きになることが許されるのだ。

 なんて、素晴らしいのだろう。

 

「享ちゃんは享ちゃんであればいいよ。ケイラ=ハイエルでもなんでもいい。再会してあの時間の思い出を共有できただけで、すでに幸せだ。改めて、これからの関係を作っていこう」

 

「うん──」

 

 わたしは大きく頷いた。

 そして、ふと気になったことがあった。

 

「……そういえば、わたしが死んでからどうなったの? 祥ちゃんは? それよりも、お兄ちゃんはどうして?」

 

 訊ねた。

 だが、訊ねた直後に、お兄ちゃんは、ラザニエルの魔道によって召喚されて、この世界にやって来たのだったということを思い出した。

 ガドニエルの姉であり、随分と長いあいだ行方不明になっていたラザニエルだが、実のところ、彼女こそ、あの希代の闇魔女として悪名を轟かせていたルルドの森のアスカだったことをわたしは知っていた。そのアスカと名乗っていたラザニエルがお兄ちゃんをここに呼び寄せたのだ。

 

 それは偶然だったのかもしれないが、もしかしたら、そうでないのかもしれない。

 一度、異世界との繋がりが特定の魂にできると、その近似の魂がこっちの世界に繋がりやすくなる。

 わたしが先にこっちに来ていたので、あるいは、わたしと魂が結びついてたお兄ちゃんが、アスカに呼ばれてしまったのかもしれない。

 

 いずれにしても、ラザニエルがアスカだったことは、いまのエルフ族の中では、ほとんど知られていないことだ。

 ガドニエルもラザニエルも秘密にしているみたいだが、ケイラ=ハイエルの情報網を舐めてはならない。

 わたし、ケイラ=ハイエルは、特別の情報網を使って、それを知った。

 そして、その秘密をもって、ガドニエルたちを脅そうさえと思っていた。ガドニエルが恋狂いした人間族の男から、場合によっては、ガドニエルを離そうと考えてもいた。

 一族のためだ。

 しかし、その相手がお兄ちゃんだったから、その考えは捨てたが……。

 

「……思い出したわ……。お兄ちゃんはアスカ、いえ、ラザニエルに召喚されたのよね……。でも、若い……」

 

「異世界を越えた影響かもな。それと、祥子は元気だよ。少なくとも俺が死ぬときには……」

 

「お兄ちゃんは死んだの?」

 

「しばらくして病気でね。そして、ラザニエルに呼ばれた」

 

 そうだったろうか……?

 なんか、記憶と違うような……。

 まあいいか。

 お兄ちゃんがそう言うなら、そうなのだろう。

 お兄ちゃんの言葉は絶対だ。

 それは、いまも前世も変わらない。

 

「あれ? そういえば、いま、お兄ちゃんは祥ちゃんのことを“祥子”って呼んだ?」

 

 わたしが生きていたとき、お兄ちゃんはずっと祥ちゃんのことを苗字の“丹羽さん”で呼んでいた。

 だから、なんとなく違和感があった。

 

「実は、あれから結婚したんだ……。そのう、祥子に財産を遺したくて……。結婚しないと遺せないしね……。子供たちも賛成してくれたし……」

 

 兄ちゃんがちょっと、ばつが悪るそうに言った。

 もしかしたら、お兄ちゃんはわたしがやきもちでも焼くと思ったのか?

 とんでもない──。

 大賛成だ──。

 お兄ちゃんと祥ちゃんが結婚──。

 わたしもお祝いしたかった──。

 

「いえ、よかった。嬉しいよ。お兄ちゃん。本当によかった」

 

 わたしは言った。

 すると、お兄ちゃんがわたしをすとんとおろして、床に立たせた

 

「それよりも、随分と離れていたから、しっかりと躾を忘れたみたいだな。俺はさっき裸になれと言ったはずだ。いつまで服を着ている──」

 

 お兄ちゃんがちょっとだけ大きな声をあげた。

 

「あっ、はい──。ごめんなさい──」

 

 わたしは慌てて、身にまとっていた服を脱ぎ始めた。

 すると、お兄ちゃんが右手を伸ばして、テーブルの上の一輪のモッコウバラを手に取った。

 

 あれは――。

 さっき、お兄ちゃんが使った不思議な術……。

 そういえば、なぜか、あの花をお兄ちゃんが触ると、わたしの身体が反応してしまい、信じられないくらいに呆気なく昇天させられて……。

 

「早くしろ。さもないと罰を追加するぞ」

 

 お兄ちゃんが笑いながら、指でばらの花をいじくった。

 

「ひんっ」

 

 その瞬間、股間から突き抜けるような快感が迸った。わたしは腰が抜けそうになり、膝を落としかけた。

 まさに、お兄ちゃんが愛撫する指の刺激に間違いない。

 あれだけ、何十年もお兄ちゃんにしつけられた快感は、ちゃんと身体が覚えていた。

 

「ちゃんと、立て。さっさと脱げ」

 

 今後は、お兄ちゃんは、ぴんと指で茎を弾いた。

 

「ひぎいっ」

 

 次はクリトリスを叩かれた衝撃が股間を貫く。しかも、下腹部の奥の深い部分を叩かれた感じだ。

 強い力ではなかったと思うが、身体の内側から与えられるクリトリスへの刺激は凄まじかった。

 わたしは、あまりもの衝撃に、股間を両手で押さえて絶叫してしまった。

 

「二十数えるあいだに全裸にならないと、この花に電撃を流す。多分、七転八倒すると思うぞ。あっ、魔道は禁止な。自分の手で脱ぐんだ」

 

 お兄ちゃんが笑って、宙から取り出すようにして、一本の指揮棒のようなものを取り出す。

 そして、わたしに見せつけるようにして、棒の手元を指で押すような仕草をした。

 すると、棒の先でバチンと大きな音がして、一瞬だけ火花のようなものが飛んだと思った。

 

 もしかして、あれは電撃鞭?

 そして、あの電撃鞭を花に当てたら、花に加わった電撃が股間に襲いかかるの?

 ぞっとした。

 

「ほらほら、十九……十八……十七……」

 

 お兄ちゃんが数をかぞえだす。

 しかし、エルフ族の高位貴族の女の服は簡単に着脱できるようにできていない。わたしだって、ケイラ=ハイエルになってから、ひとりで服を着たことも、脱いだこともない。

 それなのに、たった二十のあいだに全裸になれるわけがない。

 

「ま、待って、お兄ちゃん――。脱ぐ――。脱ぐから、かぞえるのは待って――」

 

 わたしは、必死に手足を動かしながら、お兄ちゃんに哀願した。

 しかし、お兄ちゃんは返事の代わりに、にこにこしながら、数をかぞえ続ける。

 とにかく、わたしは、引きちぎるように、身につけているものを外し続けた。

 

「……もう時間がないぞ。一発目はどこに打ち込んで欲しい? やっぱり、クリトリスは王道か? まあ、強さは手加減してやるよ……。さて、十二……十一……」

 

 お兄ちゃんが花と電撃鞭を左右の手に持って、愉しそうに数字を数える。

 わたしは必死にドレスの留め具や紐を外していく。

 とても間に合いそうにない。

 わたしは泣きそうになった。

 

 それにしても、やっぱり、お兄ちゃんは意地悪だ。

 

 本当に本当に意地悪だ。

 

 意地悪で、意地悪で、意地悪だ――。






 *

 山◯百恵シリーズの次は、中◯明希?
 とっとと締めるつもりでしたが、執筆時間として確保できた一時間半で打った範囲で投稿してます。まとめる時間はありませんでした。時間がないと、締めるのはきついです。
 従って、もうちょっと続きます。


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589 飾りじゃないのよ調教は

「ふぎゅうううう」

 

 わたしは、あまりの衝撃にその場に崩れ落ちてしまった。

 お兄ちゃんが本当に、手に持っている花に電撃鞭を打ったのだ。打ったのは茎の部分で、ちょっと鞭先と距離をとって掠らせる感じで電撃を流したみたいだが、わたしの股間には、ものすごい衝撃になって、襲い掛かった。

 わたしは、肩先からやっとのこと片腕を引き抜いているだけだったが、その格好でひっくり返った。

 

「寝ている暇はないぞ、享ちゃん。また、二十をかぞえる。それまでに間に合わなければ、今度はどうしようかなあ? 尿道にしてみるか? 尿道はクリトリスの芯に近いからね。ちょっと尋常じゃいられないと思うぞ」

 

「お、お兄ちゃん、このドレスって、簡単には脱げないのよ──。ひ、ひとりじゃあ、脱ぐことができないようになっているの」

 

 わたしは、しゃがみ込んだまま必死に言った。

 もちろん、そのあいだも、強引に服から身体を抜こうとしているのだが、背中の後ろの部分が完全に紐で閉じているし、留め具で固定もしてある。そこには手が届かないし、届いても背中に手をやって外せるような簡単なものじゃない。

 

「ほら、これを貸してやる。どこでも切断すればいい。さて、二十……十九……」

 

「ま、待って──」

 

 お兄ちゃんがまたもや宙からなにかを出した。

 それをわたしの足元に放ってきた。

 一本のはさみだ。

 

 それにしても、魔道遣いでもないはずのお兄ちゃんは不思議なことをする。

 さっきからのこれは、収納術のようだが、かなりの高位魔道になるはずだ。

 考えてみれば、そもそも、ここは、このテーブルと椅子しかない空間だ。つまりは、魔道で作った人工の世界だということだ。

 お兄ちゃんがなにかの能力で準備したものだろう。

 おそらく、とんでもない能力だ。

 

 あのときの雰囲気から、ガドニエルやラザニエルが魔道を遣った感じはしなかった。

 だとしたら、お兄ちゃんは、この異世界にやってきて、どれだけの能力を身に着けたのか……。

 淫魔師としての能力に目覚めたというのは、ケイラ=ハイエルの情報には引っ掛かっていたが、淫魔師というのは、女を快楽で支配し、奴隷として使役する能力のはずだ。

 言ってみれば、それだけしかない。

 支配を跳ね返せる魔道具は準備してきて、魔道具にしてアンクレットをしていた。だが、それが効果があったのか、なかったのかもわからない。

 しかし、あんなこともできるとは、聞いていない。

 

「待たないよ。享ちゃんには、俺の奴隷妻だったことを、しっかりと身体で思い出してもらわないとならないからね……。十六……十五……」

 

「お、覚えているよ。わたしは、お兄ちゃんの奴隷妻なんだから──」

 

 はさみを持つ。

 胸元に刃を差し込んで、じょきじょきと下に向かって切断していく。

 ほっとした。

 これなら、服を脱げる。

 

「だが、さすがにエルフの女長老様に着てもらうような衣装はないからね。服を切断してしまえば、ガドたちのところに戻るときには、裸で行くしかないな……。十三、十二……」

 

 お兄ちゃんが笑う。

 やっぱり、意地悪だ。

 

 とりあえず、忌々しいドレスが身体から外れた。

 次はコルセット……。

 

 これは完全に紐が背中だから、はさみで断ち切るしかない。

 だが、ボーンが堅い。しかも、しっかりと身体に密着しすぎて、うまく刃が通せない。

 どんどんと、お兄ちゃんのかぞえる数字が小さくなる。

 

「き、切れない。切れないよ、お兄ちゃん」

 

 わたしは泣き言を言った。

 やっと刃が入ったが、布の部分は切れるが型枠のために入っている筋のボーンを切ることができない。

 

「……四……三……」

 

 だが、お兄ちゃんは、花と電撃鞭を手にして、椅子に座ったまま、かぞえるのをやめない。

 やっと、下着とコルセットになったが、それ以上、なにもできない。

 

「い、いま、脱いでる。脱いでるから」

 

 わたしは必死に言った。

 

「これに懲りたら、そんなに脱ぎにくい服を今後は着ないことだ。俺の女は、全員、そんな不調法なことはしないぞ」

 

「ご、ごめんなさい。もうしないから、お兄ちゃん──。だから、許して──」

 

「だめだ。ゼロ──」

 

 手元からはさみが消滅した。

 呆気にとられたが、次の瞬間、股間にものすごい衝撃が襲い掛かった。

 

「ひごおおおおおっ」

 

 わたしは、獣のような絶叫とともに、股間を両手で押えて悶絶する。

 なにが起きたのか、認識することもできなかったが、すぐに、お兄ちゃんが花に電撃を流したのだろうと確信した。

 あまりの激痛に、わたしは倒れたまま脱力していた。

 気がつくと、股が温かい。

 股間からおしっこが垂れ続けているのだということに気がついた。

 

「痛かったか? だが、これで、享ちゃんも、ケイラ=ハイエルも、俺の奴隷妻だったということを身体の底から思い出しただろう?」

 

 気がつくと、お兄ちゃんがすぐそばに立っている。

 もう、花も電撃棒も持っていない。

 わたしは、倒れたまま、涙目でお兄ちゃんを見あげた。

 

「わ、わたしは、お兄ちゃんの奴隷だよ。いまも、昔も……」

 

「そうだな。魔道を遣って脱いでいい。許してやる」

 

 お兄ちゃんが言った。

 また、やっと、おしっこがとまって、身体の力も戻ってきた。

 わたしは、半身だけをあげて、上体だけ起きあがらせる。

 失禁のために、股間はびしょびしょだ。

 もっとも、お兄ちゃんの久しぶりの調教で、すっかりと股間が濡れているので、もう下着の役に立ってないくらいに、股間は布から透けていたが……。

 

「陰毛があるな」

 

 はっとした。

 

「剃る──。すぐに永久脱毛する。二度と生えないようにするよ、お兄ちゃん」

 

 お兄ちゃんの女である証として、高校生のときから、股間の毛は毎日剃っていたが、永久脱毛処置をしたのは大学生のときだ。それ以来、わたしの股間には、一本の毛もなかった。

 お兄ちゃんは、無毛の股が好きなのだ。

 

 そういえば、祥ちゃんが離婚して、住み込みの家政婦として家にやって来たとき、お兄ちゃんは、祥ちゃんにも剃毛することを命じた。

 そのときには、セックスパートナーの復活の記念として、お風呂場で祥ちゃんをM字に縛り、石鹸ではなく祥ちゃんの愛液で濡らしながら、ふたりがかりで祥ちゃんの毛を剃った。

 あのときの祥ちゃんの顔は可愛かった。

 そんなことをふと思い出した。

 

「まあいい。とにかく、魔道を遣ってみろ。仮にもエルフの女長老だ。それなりの魔道知識はあるんだろう? 風魔道でいいんじゃないか? それを小さく圧縮して、風の刃にする感じで切断してみるといい」

 

 お兄ちゃんが言った。

 わたしは、首を横に振った。

 

「……わたし……、ケイラ=ハイエルは、魔道はうまく遣えないの。せいぜい、魔道具を使うくらいで……」

 

 エルフ族の王族の血を持ち、魔道に長けるエルフ族のもっとも高貴な血を持つ一族のひとりでありながら、生まれながらにして、ケイラ=ハイエルは魔道能力が低く、低級魔道を辛うじて遣えるくらいでしかなく、実際的な意味では魔道を遣えない。

 だから、魔道が必要な実生活においては、常に補助具としての魔道具を使っていた。

 それは、原点となる元々のケイラ=ハイエルの劣等感でもあったが、その劣等感が禁忌の魔道研究への強い動機になり、そして、異世界との接触の成功と招魂術の取得に繋がったのである。

 しかし、お兄ちゃんが首を横に振った。

 

「いつから、俺の命令に逆らったり、俺の言葉が信じられなくなった? やっぱり、もっと調教が必要か? 躾が終わるまで、その指輪を返してもらおうかな」

 

「い、いやよ──」

 

 指輪を返す?

 冗談ではない。

 恐怖が全身を襲う。

 

 そんなことは絶対にいやだ。

 これは、わたしのものだ。

 わたしの一部だ。

 

 必死に指輪を手で押える。

 すると、お兄ちゃんがしゃがみ込んで、わたしの肩をそっと片手で抱いた。

 優しい手……。

 

 それで気がついたが、いつの間にか、垂れ流れていたおしっこがどこにもなくなっている。べっとりと濡れている下着はそのままだが、床に落ちた部分は消滅していた。

 お兄ちゃんの仕業かな?

 やっぱり、不思議だ。

 

「ごめんよ、享ちゃん。これは意地悪すぎたな。だけど、俺を信じろ。もう魔道がかなり上達しているはずだ。俺の調教はだてじゃない。あんなに長く愛し合ったんだ。たくさんの精も注いだ。俺の精は女の持っている力を向上させる。もう、享ちゃんは高位魔道遣いだよ……」

 

 お兄ちゃんが微笑みを浮かべた。

 信じる……。

 お兄ちゃんの言葉なら、わたしは信じる。

 嘘でも信じる。

 

「や、やってみる……」

 

 わたしは、お兄ちゃんに言われたままに、風魔道を遣おうとした。

 初級術の手前の基本術だけはやっているので、魔道の遣い方だけはわかっていた。

 だが、次の瞬間、自分でも驚いた。

 あるはずのない魔力が全身に漲り、頭で思ったように魔力が動いたのだ。また、指先をコルセットに当てたら、簡単に魔道がそこに集中する感覚を作れた。

 魔力を流す。

 呆気ないくらいに、簡単にコルセットが身体の前で真っ二つに裂けた。

 

「ええ──?」

 

 思わず声をあげる。

 自分でも目を見張った。

 

「ほら、俺の調教を受けてよかっただろう? 俺は、俺の女を泣かせもするし、苦しませもする変態だけど、女の力を向上させる力もある。淫魔師の能力は飾りじゃないのさ」

 

 お兄ちゃんが笑った、

 女の能力を向上させる?

 そんなことができるとは知らなかった。

 

 だが、それが本当なら、淫魔師というのはずごい。わたしだけじゃなく、世界中の女がお兄ちゃんの精を求めてかしずくだろう。

 わたしは、びっくりしてしまった。

 

「だけど秘密な。俺の女の一部は知っているけど、あまり拡げないでくれ。これが世間に知れれば、異常に面倒なことになりそうだ」

 

「も、もちろんよ」

 

 わたしは懸命に首を縦に振る。

 お兄ちゃんはにっこりと笑った。

 

「さて、じゃあ、女長老様はいつになったら、俺の命令に従ってくれるのかな。まだ、一枚残っているぞ」

 

 わたしは肝を冷やした。

 確かに、まだコルセットの破片と腰の下着が残っている。

 急いでそれを取り外して、やっと生まれたままの裸になる。

 

「四つん這いになれ」

 

「は、はい」

 

 お兄ちゃんの命令に、急いで四つん這いの恰好になる。

 だが、身体が震えた。

 

 お兄ちゃんに犯される。

 命令される。

 

 改めて、それがこんなにも嬉しいことなのだと思った。

 

 紛れもない、お兄ちゃんの調教……。

 お兄ちゃんの躾……。

 

 わたしは目頭が熱くなるのがわかった。

 

「前戯がいらないくらいに、もうびっしょりだな。電撃でいじめられて興奮したのか?」

 

 お兄ちゃんがお尻の側に回ってきた笑った。

 

「お兄ちゃんだからだよ。わたしは、お兄ちゃんに苛められると興奮するの──。だけど、お兄ちゃんにだけだよ」

 

「そうだったな……」

 

 お兄ちゃんが言った。

 そして、振り返って気がついたが、お兄ちゃんはいつの間に素っ裸になっていた。いつの間に……と思った。

 また、お兄ちゃんの股間には、隆々と怒張が勃起している。

 わたしは、かっと身体の芯が熱くなるのを感じた。

 

 お兄ちゃんが跪き、後ろから覆いかぶさるようにして、わたしの乳房に手を伸ばしてくる。

 両手でふたつの乳房が揉みしだかれる。

 

「あううっ」

 

 あまりの気持ちよさに、わたしは悲鳴のような声をあげてしまった。

 強烈な歓喜が全身を貫く。

 胸が溶けそうなくらいに気持ちいい。

 やっぱり、お兄ちゃんの愛撫はすごい──。

 ものすごい──。

 

 そして、思い出した。

 お兄ちゃんの手は、昔から魔法のようだった。たった、ひと撫でされただけでも、とんでもない快感の波が襲い掛かり、揉まれたり、連続で指で擦られたりしようものなら、たちまちに絶頂の高みに押しあげられた。

 お兄ちゃんとのセックスは、いつもそんな感じだった。

 それを身体で思い出す。

 

「ほああっ、あああ、ほあああ、き、気持ちいい──。気持ちいいよおお、お兄ちゃん──」

 

 わたしは背を反らせながら叫んだ。

 ただ胸を揉まれているだけだ。

 それなのに、早くもわたしは、快楽の頂点に達しようとしていた。

 

「いまも、昔も変わらないな……。相変わらず、感じやすい身体だね、享ちゃん」

 

「ああ、そ、そうよ。お兄ちゃんの奴隷だもの──。ね、ねえ、来て。もう我慢できない。犯して──」

 

「仰せのままに、長老……」

 

 お兄ちゃんがお道化(どけ)た口調で笑った。

 次の瞬間、熱い怒張の先端がお尻の下から伸びてきて、わたしの股を擦ってきた。

 

「くふううっ」

 

 一瞬の興奮のうねりがわたしを包む。

 すぐに、お兄ちゃんの肉棒が身体に入ってきた。

 突き抜けるような快感──。

 深々と突き刺さる。

 ついに、どんと子宮の入口がお兄ちゃんの股間に圧迫された。

 

「ふああああっ」

 

 わたしは、一気に絶頂に駆け昇った。

 

「おっと、そうは簡単じゃないぞ」

 

 しかし、お兄ちゃんはすっと怒張を抜いてしまった。

 ぎりぎりのところで、快感が寸止めされる。

 そして、ちょっと先端を入れ直しただけで、またもやとまり、再び胸を柔らかく揉んできた。

 

「ああ、あああっ、だめええ、お兄ちゃん、意地悪しないでえ──」

 

 わたしは泣き叫んだ。

 凄まじいほどの嘉悦が全身を駆け巡る。

 おっぱいだって、死ぬほどに気持ちいい。

 

 だが、お兄ちゃんはわたしがいきそうになると、愛撫をやめて快感を逸らせてしまう。

 股間だって、先っぽを入れただけで、なかなかに奥に突っ込んでくれない。

 やっぱり、意地悪だ。

 お兄ちゃんは、とても意地悪だ。

 

 そうやって、しばらくのあいだ弄ばれた。

 そのあいだに、やっともう一度奥まで股間にお兄ちゃんの性器を突っ込んでもらったが、今度はなかなか動いてくれない。

 その代わりに、胸を刺激され、クリトリスを揉まれ、お尻も指で愛撫された。

 しかし、全部が中途半端のままだ。

 

 快感だけはどんどんとせりあがり、それでいて、最後の一打だけを焦らし、だが、あがったぎりぎりの絶頂感がさがってくることもない。

 

 そんな交合が続いた。

 わたしは、気が狂いそうになった。

 

「ううう、もう、お願い、お兄ちゃん──」

 

 わたしは甘えるように、耐えきれずに腰を揺らした。

 

「上手にキスができたら、お預けをやめてやろう」

 

 お兄ちゃんがわたしの股間に怒張を貫かせたまま、わたしを起きあがらせて、自分が胡坐に座り直す。

 わたしは、股間を犯されたまま、お兄ちゃんの膝に抱かれた格好になった。

 

「ひいいい」

 

 だが、ちょっと動くだけでも、股間が擦れて大きな愉悦に襲い掛かられる。

 しかし、またしても絶頂できない。

 お兄ちゃんは、わたしが欲しいものをぎりぎりでくれなかった。

 

「ほら、奥さん」

 

 お兄ちゃんの口が近づく。

 わたしは、夢中になって、お兄ちゃんの唇に自分の唇を密着させた。

 

 “奥さん”……。

 

 冗談めかした口調だったが、お兄ちゃんがそう呼んでくれたことが嬉しい。

 ただ、嬉しい。

 

 お兄ちゃんの舌を吸う。唾液をそそる。

 なにもかも、気持ちがいい。

 わたしは、しばらくのあいだ、お兄ちゃんの口の中を舌で舐めまわし続けた。

 

「合格だ」

 

 お兄ちゃんがわたしから顔を離して、再びさっきの後背位の体勢になる。

 もう、力が入らないので、わたしは腕を折りたたんで、そこに顔をつけて、お尻を高くあげた格好にした。

 すると、お兄ちゃんがわたしのお尻を持って、激しく律動を開始した。

 

「いぐううっ」

 

 あっという間だった。

 わたしは最初の絶頂をした。

 

 だが、お兄ちゃんはやめる気配はない。

 やっぱり、お兄ちゃんだ。

 

 わたしは、さらに早くなる抽送に、エルフ族王族としての慎みも高貴さも消え去ってくのを感じた。

 わたしは、お兄ちゃんの前世の妻の“田中享子”でもあるが、八百年以上を生きたエルフ族の女長老の“ケイラ=ハイエル”でもある。

 しかし、田中享子だけでなく、まだ完全に同化しきっていないケイラ=ハイエルの部分もまた、お兄ちゃんの与える快感に、完全に屈しようとしているのがわかった。

 

「いぐうう、いぐうう、お兄ちゃん、まだいくうううっ」

 

 わたしは絶叫した。

 二度目の絶頂は苛烈だった。

 四肢はもちろん、指先から頭のてっぺんまで、身体がばらばらになるような鋭い快感だった。

 

「まだだぞ……。次は……許可なく……いくな。死に物狂いで我慢しろ」

 

 お兄ちゃんが律動を続けたまま言った。

 それどころか、逆に速度をあげて、股間を突きまわす。

 一打一打が、全身が溶けるように気持ちいい。

 とにかく、お兄ちゃんの意地悪な命令に、懸命に歯を喰いしばる。

 

「んんんっ、んぐううっ、んんんん──」

 

 いきそうなるのを必死に堪える。

 だが、無理だ。

 お兄ちゃんの快感を我慢なんかできない。

 

「お、お兄ちゃん、無理いいいい──」

 

 わたしは叫んで、三度目の飛翔をした。

 目の前が真っ白になり、わたしはがくがくと全身を痙攣させて、信じられないようなオルガニズムに昇り詰めた。

 

「仕方……ないな……。じゃあ……、そのまま……気絶して……いい」

 

 お兄ちゃんが腰を前後に動かしながら、優し気な口調で言った。

 わたしは、我慢していたものを解放した。

 すでに絶頂している状態に、さらに快感が重なる。

 

「お兄ちゃああーん」

 

 あまりの気持ちよさに、一気に津波のような絶頂感が弾ける。

 わたしは、薄くなっていく意識に、そのまま身を委ねることにした。

 

「うっ、締め付けるなあ……」

 

 お兄ちゃんの力むような声……。

 

 そして、最後に知覚したのは、お兄ちゃんが熱い欲望をわたしの奥深くに注ぎ込む感覚だ。

 やっと……。

 

 わたしは、心からの幸福感とともに、完全に意識を失った。



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590 嘘か、誠か?



【ケイラ=ハイエル(田中享子)の支配前のステータス】

“ケイラ=ハイエル(田中享子)
  エルフ王族(日本人)
 エルフ族(転生者)、女
 年齢850歳(20歳)
 ジョブ
  魔道遣い(レベル4)
  招魂士(レベル50)
 生命力:200
 攻撃力:50(素手)
 魔道力:1000
 経験人数:男***、女**
 淫乱レベル:A
 快感値:200
 能力
  招魂術”


 *




 一郎は、裸のまま、気を失ってしまった享子、あるいは、ケイラの横に座り直して胡坐をかいた。

 彼女は、満足しきった表情で静かに寝息をかいている。

 ただ、顔も身体も、汗と涙と涎と鼻水、そして、男女の淫液でべったりと濡れている。

 しかし、それでも彼女は、可愛い……。

 また、愛おしい……。

 

 この世界とは異なるが、彼女とは、別の世界で一生というべき時間を夫婦として過ごしたのだ。

 愛情を感じないわけがない……。

 

 だが、あれは果たして、この仮想空間の中で実際に経験したことなのだろうか……?

 あるいは、経験したと思っているだけの、まったくの作り事なのだろうか……?

 実のところ、一郎自身にも、いまだに判別がつかない。

 

 あのとき……。

 

 ケイラ=ハイエルの中で、あの幼くして病気で死んだ従妹の田中享子の魂と記憶が同化しているとわかったとき、一郎の心に浮かんだのは、単純な憐憫の感情だった。

 一郎の記憶にあった彼女は、病院の寝台に横たわり、たくさんのコードを繋がれて痩せ細っている可哀想な少女の姿だった。

 あの頃の一郎は、両親の遺産の大半を伯父さんたちに譲り、自分は奨学金を使って寮のある実業高校に所属するようになった頃だ。すでに同居は解消していたものの、余裕があれば、できるだけ彼女の見舞いには行くようにはしていた。

 伯父さん夫婦は、保険の利かない高額治療に望みを託して、ひたすらに彼女の快復に一縷の望みを賭けていたものの、その金策に精一杯であり、あまり、頻繁には彼女のところには行けていないようだった。

 

 そのためか、一郎が行くと、享子はいつもひとりぼっちで病院に横たわってて、寂しそうにしていたと思う。

 だから、特に一郎が行くと、本当に嬉しそうに笑ってくれたのをよく覚えている。

 しかし、呆気なく彼女は死に、それ以上の話もない。

 それ以降、なんとなく、伯父さんたち家族とも疎遠になってしまったので、一郎と田中享子という薄倖の少女の縁は、それで切れた。

 それだけの物語だ。

 

 彼女が一郎に恋をしてくれていたことは知らなかったが、招魂術によってケイラ=ハイエルの中に入った享子から、当時、彼女が一郎が好きだったということを教えられたとき、一郎はあの可哀想な田中享子という少女に、どうしても恋を成熟させて幸せだった人生の記憶を与えてあげたくなった。

 現実にはそんなこと不可能だが、仮想空間ならそれができるのだ──。

 

 偽物には違いないが、幸せな記憶を与えてあげることができる。それは、不幸せだった現実よりも、ずっと望ましいはずだ。

 そう思った。

 

 だから、一郎は、仮想空間の中に、もしも、享子が生き延びたとしたら、送ったかもしれない世界を準備した。

 まったくの気紛れだった。

 

 だが、そのとき、一郎は、一郎自身もまた、享子が望むであろう存在として仮想現実の中に入り込ませることにした。

 彼女が恋をしていたのは、あのときの一郎らしいので、一郎本人もまた、実際に本物の存在として仮想現実の中で生きることで、彼女がもっとも望むことを与えてあげられると考えた。

 彼女に与える偽物の記憶は、できるだけ本物に近いものにしたいと考えたのだ。

 それは、一郎なりの誠意だった。

 

 しかし、その結果、一郎はこっち側の繋がりをほとんど断ち切ってしまい、一郎自身が作りあげた世界の中に、ほとんど純粋に参加してしまうことになった。

 一郎は、自分自身で、一郎をあのときの彼女が一番望んだ存在に変えてしまい、病身の彼女に恋心を抱いているという設定だけでなく、あの頃の一郎そのものになったのだ。

 その結果、こっちの世界のことなど、ほぼ完全に忘れてしまった……。

 

 一郎がこっちのことを思い出したのは、仮想空間で享子と人生をすごし、やがて彼女が死に、さらに十年ほどの時間がすぎて、向こうの世界の一郎が死を迎えたときだ。

 そのときまで、なにもかも完全に忘れていたのである。

 本当に、一郎と享子は夫婦としての長い長い時間をすごし、そして、なによりも、一郎が仮想現実の中で何十年もの歳月を過ごしてしまった。

 

 いや……。

 

 もしかしたら、あるいは、実際にはそれほどの時間が過ぎておらず、ただ多くの時間をすごしたと一郎が思い込んでしまっているだけかもしれない。

 だが、現実の話として、すでに一郎には、享子と夫婦になり、さらに祥子という女性とともに暮らした時間と記憶の実感がある。

 子供たちも生まれ、そして、育ち、孫にも恵まれ、享子だけでなく一郎自身も幸せな人生を終えた。

 

 そんな一生だった。

 幸せだった……。

 

 そして、その結果、大きな変化が生じている。

 

 

 

“田中享子(ケイラ=ハイエル)

   外来人(エルフ王族)

  エルフ族(転生者)、女

  年齢80歳(850歳)

  ジョブ

   教師(レベル15)

   魔道遣い(レベル30)

   招魂士(レベル50)

  生命力:200

  攻撃力:50(素手)

  魔道力:1000

  経験人数:男1(***)、女1(***)

  淫乱レベル:A

  快感値:200

  能力

   招魂術

  状態

   淫魔師の恩恵”

 

 

 

 これが、いまのケイラ=ハイエル、いや、享子のステータスだ。

 

 仮想空間に入り込む前と比べて、ケイラ=ハイエルの存在と、田中享子としての存在が逆転してしまっている。

 ケイラ=ハイエルが消滅したわけではないが、ステータスのベースが享子に変わり、たとえば、前には、経験人数などは、ケイラ=ハイエルというエルフ族の女長老の性経験が反映されていたはずなのに、いまは、享子としての……しかも、あの仮想空間で暮らした享子としての経験人数が表示されて、ケイラ=ハイエルのものは併記されるという感じだ。

 また、教師という能力もある。

 これは、仮想空間の中で享子がずっと教職、あるいは塾の講師職についていたからだろう。

 それでいて、ケイラ=ハイエルに対しても、魔道遣いの能力があがるなどの淫魔師の恩恵が発生している。

 いずれにしても、実際には起きていないはずの人生経験が、現実のステータスに影響を及ぼしているのだ。

 一郎は驚いていた。

 

 また、一郎を唖然とさせているのは、一郎自身のこともある。

 

 

 

“ロウ=ボルグ・サヴァエルヴ・サタルス(田中一郎)

   エルフ族の英雄

   冒険者(シーラ)(パーティ長)

   ハロンドール王国子爵

  人間族(外来人)、男

  年齢36歳

  ジョブ

   クロノス

   淫魔師(レベル230)[限界突破]↑

   戦士(レベル10)

   治政力(レベル70)↑

   交易(レベル50)↑

  生命力:200

  攻撃力

   30(素手)

  支配女[73]

  〇冒険者パーティ員(9)

   ・エリカ[魔道戦士]

   ・コゼ[アサシン]

   ・シャングリア[女騎士]

   ・マーズ[女闘士]

   ・ミウ[見習い巫女]

   ・イット[獣人戦士]

   ・スクルド[魔道遣い]

   ・イライジャ[一時加入、クエスト依頼者]

   ・ユイナ[一時加入、魔道技師]

  〇ハロンドール王室関係(5)

   ・イザベラ=ハロンドール[ハロンドール王太女]

   ・アネルザ[ハロンドール正王妃]

   ・アン=ハロンドール[元王女]

   ・シャーラ=ポルト[王太女護衛長]

   ・ノヴァ[アンの恋人]

  〇エルフ・ナタル王国関係(5)↑

   ・ガドニエル=ナタル((つがい))[エルフ族女王]

   ・ラザニエル=ナタル[副女王]

   ・ブルイネン=ブリュー[女王親衛隊長]

   ・アルオウィン[女王直属諜報員] 

   ・田中享子(ケイラ=ハイエル)[女長老]↑

  〇神殿関係(2)

   ・ベルズ=ブロア[神殿筆頭巫女]

   ・ウルズ

  〇タリオ公国関係(2)

   ・ビビアン[諜報員]

   ・ノルズ[諜報員]

  〇冒険者ギルド(4)

   ・ミランダ[ドワフの女戦士]

   ・ラン[ギルド職員]

   ・ゼノビア[Bランク冒険者]

   ・シズ[Bランク冒険者]

  〇大陸交易商(1)

   ・マア[女豪商]

  〇王国女官団(10)

   ・ヴァージニア[女官長]

   ・トリア=アンジュー[男爵家令嬢]

   ・ノルエル[商家の娘]

   ・オタビア=カロー[子爵家令嬢]

   ・ダリア[カロー家家人の娘]

   ・クアッタ=ゼノン[子爵家令嬢]

   ・ユニク=ユルエル[子爵家令嬢]

   ・セクト=セレブ[男爵家令嬢]

   ・デセル[商家の娘]

   ・モロッコ=テンブル[騎士爵の娘]

  〇クロノス聖騎士隊(30)

   ・ドルアノア[聖騎士小隊長]

   ・エルミア[聖騎士小隊長]

   ・ジェネ[聖騎士女兵]

   ・グロリナ[聖騎士女兵]

   ・ナギト[聖騎士女兵]

   ・ブラム[聖騎士弓手]

     他24名

  〇支配眷属(5)

   ・クグルス[魔妖精]

   ・シルキー[屋敷妖精]

   ・サキ[妖魔将軍]

   ・ピカロ[サキュバス]

   ・チャルタ[サキュバス]

  〇その他(1)

   ・祥子↑

  特殊能力

   淫魔力

   魔眼

   ユグドラの癒し

   亜空間収納

   粘性体術

   仮想空間術

   性感帯移動

   五感操作

  使徒(2/6)

   イット[勇者]

   ラザニエル=ナタル[魔女]

  伴侶(1)

   田中享子↑”

 

 

 

 まずは、能力に“交易”と“治政力”が増えている。

 仮想空間の世界の中で、一郎は享子を支えるために、児童学習を専門とする企業に就職した。別段に、児童学習に興味があったわけではないが、享子が中学教諭になりたいという夢を抱いており、そのためになんらかの助けになると考えたからである。

 寮があるというだけで選択をした高校卒業の学歴だった本来の人生とは異なり、それなりの大学を卒業して、しかも、大学の成績もきちんとしていた一郎は、無事に自分が選んだ第一希望の会社に就職することができた。

 あの頃は、享子と婚姻して、しっかりとした生活力を得ることを強く考えていて、ものすごくほっとしたのを覚えている。

 そして、一郎は、その会社の中で、一郎が持っている能力、すなわち、魔眼の能力を駆使して出世した。

 

 魔眼保持者は、特別な勘の良さを持つ。

 なによりも、その特別に勘がいいという能力は、随分と自分の仕事に役立った。

 こっちの世界のことを認識していないのに、魔眼や淫魔力の能力のことを受け入れていたというのは、いまにして考えると不可思議ではあるが、仮想空間の中の一郎は違和感は覚えてなかった。

 ともかく、一郎は任された仕事にことごとく成果をあげ、あるいは、成功すると「勘」が働いた企画を自分から立ちあげ、たちまちに重要な次々に仕事を任されるようになり、気がつくと、企業の中でも最年少の取締役にまでなっていた。

 まだ、三十歳前の時期だ。

 

 その立場の中で部下を扱うようになり、まだまだ新しかったAI機器を活用した学習塾を子会社として立ちあげ、事実上のその責任者になった。

 ここでも、一郎の能力は駆使されて、成果のあがる教育手法や教材を次々に取り入れ、あるいは、開発させ、一郎は一躍成功者となった。

 わざと本来の立場を隠していて、影武者のような表向きの上司などを作っていたので、仮想空間の中の享子は、ついぞ、一郎の本来の仕事を知ることはなかったと思う。

 しかし、実は、一郎は子会社の収益が本社を上回り、最後には下克上をして、一郎の会社が親会社となって、本社を買収するということにまでなったほどに立身出世した大物企業家だった。

 また、一郎は、それらの全経営の責任者だった。

 もっとも、肩書は、本社の「専務」ということにしていたが……。

 

 一郎が役職を隠すことにこだわったのは、あまり出世していると、享子の「調教」の邪魔になるからだ。

 享子には、彼女が属する学習塾の教室長くらいに思っていて欲しかったし、だからこそ、気楽に、調教遊びをするような気の置けない関係を保ってこれたのだと考えている。

 もっとも、享子は気にしなかったかもしれない。

 

 前世……といっていいか、わからないが、一郎の妻だった彼女は、一郎に対する依存性の高い女性であり、ほとんど一郎の言葉を疑うことはしなかったし、一郎のすることをすべて受け入れた。

 もしかしたら、一郎が大変に立場の高い人間だということを知っても、なにも気にせずに、彼女は彼女のまま、一郎の与える痴情と愛情だけにどっぷりと浸かって、幸せのまま過ごしたかもしれない。

 だが、一郎は彼女に、大成功した企業家の妻としての世間付き合いなどをさせたくなかったし、彼女が望む、一介の「先生」でいさせたかった。

 そのためには、一郎が高すぎる立場になることは邪魔だった。だから、最後まで表に出さなかったのだ。

 享子には、一切の苦労をさせずに生きさせる──。

 それこそが、一郎がやりたかったことだ。

 

 そして、一郎のもうひとつの顔が、株を転売しては収益を確保するデイトレーダーとしての立場だ。

 享子に一切の苦労をさせないために、財力はいくらでも欲しかったが、手っ取り早く金を稼ぐために始めたのが、ネットを活用する株の売買だ。

 自分の好きな時間を使うだけなので、享子たちとすごす時間を削がないで済むし、なによりも好きなことをしながらの片手間でいい。

 極論すれば、享子や祥子を調教しながらでも、手元のタブレットがあれば、十分に取引ができる。

 実際にそうしていたし、一郎は、タブレットの傍らで享子たちの股間に嵌めた淫具で色責めにかけながら、同じタブレットの半分では、数億という金を動かしてもいた。

 

 これについても、魔眼保持者である一郎の能力は役立ち、収益のあがると考えた株を買い、値がさがると勘が動いたものを売るということを繰り返しただけで、とんでもない利益を得るこができた。

 これについても、享子は一郎がかなりの大富豪であることに、気がついてなかったみたいだ。

 まあ、享子らしいといえば、それまでだが……。

 

 一方で、あの祥子は一郎が超一流の立場の人間であり、享子との性生活を保つという理由だけのために、一郎が企業家や富豪であるということを隠していることに気がついていた。

 祥子は祥子で、愉快な性格をしていて、一郎がどんな立場でも態度を変えなかった。

 それが気に入っていたところではあるが……。

 

 それにしても、一郎は不思議でしかない。

 仮想空間で作った「偽物」の世界なのだから、丹羽祥子……最後には、田中祥子となったあの女性もまた、架空の存在だ。

 だが、一郎には、確かに彼女が実在していたという感覚が残っている。

 そして、なによりも、支配女性の中に“祥子”という名が……。

 これは、どう言う意味を持つのか…?

 それに、一郎には、享子が病死したあと、祥子と婚姻をして十年足らずに歳月をすごしたという記憶まで残っている。

 本当に、あの日々は仮想空間で作ってしまった架空の時間だったのだろうか?

 それとも、一郎の隠されているなんらかの秘めた能力が、本当に一郎や享子に、別の人生というものを作ってしまったのか……?

 さらに、一郎のステータスには、「伴侶」という項目ができて、そこに、享子の名があり、籍を入れたと記憶している祥子の名はない。

 まあ、祥子そのものが、一郎とはまったく接触したことがない、架空の女性なのだから、当然といえば、当然なのだが……。

 

 わからない……。

 

 いずれにしても、あの架空であるはずの一郎と享子のもうひとつの人生のことが、いまのステータスに反映されて、影響を及ぼしている。

 享子には、長く続けていた教師の能力が現出し、魔眼で知れる性体験数などには、現実の数字ではなく、架空のはずの享子の人生が反映されている。

 ケイラ=ハイエルではなく享子としてのステータスには、享子の経験は、男が“1”、女が“1”になっているが、男というのが一郎であり、女というのが祥子であるのは間違いないだろう。

 そうなると、丹羽祥子は実在したということになってしまうのだが……。

 

 また、一郎についても、“治政力”、“交易”の能力は、仮想空間における企業家、あるいは、デイトレーダーとしての能力が反映したものだ。

 そうであれば、あるいは、この仮想空間の能力には、まだまだ別の遣い方があるということか……。

 そして、なんとなく思ったのは、仮想空間とはいえ、一郎の元の社会における超一流の経営能力や流通管理能力は、こっちの世界の能力に換算すると、あれくらいのレベルになるのかという思いだ。

 

 まあいい……。

 一郎はそれ以上考えるのはやめた。

 

 いまあることを受け入れることに決めよう。

 すでに、一郎のステータスには、目の前のエルフ女性になっている享子を“伴侶”として数えている。

 ならば、彼女は一郎の妻なのだ。

 

 それにしても、彼女はまだ気がついてないかもしれないが、ケイラ=ハイエルとしての外観に関しても、一郎の支配による影響がすでに出ている。

 支配前は、人生経験豊富なやり手の女性という感じであり、美人で妖艶ではあったが「若い」という感じはなかった。

 ただ、いまのケイラ=ハイエルの外見は、ちょっと痩せ、また顔にも幼さが浮き出た感じに変わっていて、「若さ」をとても感じさせる。

 もしかしたら、仕草や話し方が田中享子そのものなので、一郎が仮想空間のときの記憶に引っ張られるのかもしれないが、最初に対面をしたときとは異なり、目の前のケイラ=ハイエルには、かなり享子を感じてしまう。

 

「さて、どうするかな……」

 

 いまだに寝息をかいているケイラ、すなわち、享子を一郎は見た。

 現実空間に戻るのだが、まあ、紹介がてらだ。

 ちょっと悪戯を加えて、向こうで待っているみんなを驚かせてやるか……。

 

 一郎は、享子の首に、首輪を出現させる。

 首輪には、手錠が装着されていて、それに両手首を繋げてしまう。

 

「う、うう……」

 

 刺激を受けたことで反応はあったが、まだ目を覚まさない。

 ならばと思って、今度は一本の極太の黒マジックを仮想空間の能力で出現させる。この世界にはないものだが、仮想空間の力なら、一郎の空想力によって実現できる。

 簡単に、右手に出すことができた。

 それを使って、享子であるケイラ=ハイエルの白い肌に、マジックで字を書く。

 この世界に召喚されたばかりの頃は、この言葉の言語は話しはできたが、書くことも読むこともできなかった。

 さすがに、二年以上の歳月が立ち、そこそこの読み書きはできる。

 一郎は、この世界の共通語の文字で、彼女の身体に大きく“淫乱妻”と書いた。さらに、“セックスが大好き”とも……。

 

 これは卑猥だ。

 一郎はちょっと愉しくなってきた。

 さらに、太腿に“調教済みまんこ”と書いて、矢印を股間に向けて書く。さらに、“ロウ=サタルスの肉便器”……、さらに“雌犬の敏感乳”とも……。

 裸体のあちこちに、思いつくままに落書きしていく。

 

「う、うう……」

 

 反応で小さな声は口にするが、まだ目を覚まさない。

 身体を半身にして、尻たぶの一方に“アナル調教終了”と書き足す。

 こんなに動かしているのに、まだ起きない。

 どれだけ、深く寝入っているのかと笑ってしまった。

 

「じゃあ、これで起きるか?」

 

 一郎は自分の股間を手に持って勃起させた。

 享子の顔に向かせながら、怒張を擦る。

 淫魔師の一郎にとっては、射精をするのも、我慢するのも自由自在だ。

 享子の顔に向かって射精をする。

 しかも、鼻の穴に向かって……。

 

「んあっ、なっ、なに、なあっ、ああっ」

 

 鼻が一瞬塞がれて、息が苦しくなった享子がもがきだした。



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591 国境からの帰還者

「んあっ、なっ、なに、なあっ、ああっ」

 

 鼻が一瞬塞がれて、息が苦しくなった享子がもがきだし、そして、やっと目を覚ます。

 だが、拘束に阻まれて、手首を首から動かせないでいて慌てている。

 一方で、一郎は、その享子が混乱している姿を眺めながら、自分の服を出現させて、身に着けていった。

 そして、享子がやっと完全に意識を取り戻す。

 

「きゃあああ、な、なにこれ──。これなんなの──? もしかして、お兄ちゃん?」

 

 まだ、床にお尻をつけたままだが、自分の身体に書かれているたくさんの卑猥な文字に、享子は仰天して悲鳴をあげた。

 一郎は大笑いしてしまった。

 そして、一郎自身は完全に服を整え、あられもない姿のうえに、あり得ないような恥辱的な仕打ちに全身を真っ赤に染めている享子の首輪に、仮想空間術で取り出した鎖を繋げた。

 

「さあ、みんなのところに戻るぞ、享ちゃん」

 

 一郎は首輪の鎖を引っ張って強引に立たせる。

 享子はあまりの羞恥に、うまく頭が働かないみたいだ。「ひっ、ひっ」と声を出すだけで、言葉らしいことをなかなか喋らない。

 だが、一郎が仮想空間の外に出ようとしているのを悟ったのか、すぐに焦ったような顔になって口を開いた。

 

「ま、待って、お兄ちゃん──。こ、こんな格好じゃあ、戻れない──。そ、それに、この変な落書きって……」

 

「戻れないことはないだろう。それに、俺は言ったはずだぞ。服を破ったら、裸で帰るしかないってね。服を切断してぼろ切れに変えたのは享ちゃんだ」

 

「そんな問題じゃあ……」

 

 必死に拒絶しようとしている享子だが、一郎は享子の股間からかなりの量の愛液があっという間に噴き出て、すでに膝近くまで伝い垂れていることに気がついていた。

 仮想空間の中でやった数十年の調教は、しっかりと彼女の身体に染みついてしまっているたみたいだ。

 口では色々と言うが、享子は一郎のこういう恥辱的な責めが大好きなのだ。いや、頭では拒否するが、身体は淫らに反応するように何十年もかけて調教した。

 それが、享子という女だ。

 

 一郎は、仮想空間を脱して、現実空間に戻った。

 仮想空間の中でどんなに時間が経っても、元の時間と空間に戻ることができる。一郎は、仮想空間の中に転移直後の小面談室に帰ることを念じた。

 

「あら、お帰りなさい、ご主人様……。お早い、お帰りで……。ええっ?」

 

 戻ったとき、目の前にいたのはスクルドだった。

 スクルドは、全員分のお茶を入れようとしていたみたいで、部屋の隅でその作業をしていた。

 一郎が転移の場所を部屋の隅にしようと考えたので、すぐそばになったのだ。

 また、ほかの女……ガドニエル、ラザニエル、コゼは部屋の中央側のソファに腰掛けている。

 

「ええっ、ええっ、ええっ」

 

 スクルドは目を丸くしている。

 また、向こうにいる女たちも、驚きの声を出した。

 

「きゃあああ、見ないでください──」

 

 享子が悲鳴をあげてしゃがみ込もうとした。

 だが、一郎がそれを許さない。

 しっかりと首輪についた鎖を握って、それを阻む。

 すると、享子は身体を曲げて、全身を隠そうとした。

 

「じっとしてろ、命令だ──」

 

 一郎はちょっと強く一喝した。

 享子が驚いたように身体をびくりとさせ、次いで、抵抗の力を抜いた。

 やっと、素直に身体を前に向ける。

 

「うう……。お兄ちゃんの意地悪……」

 

 享子が顔を俯かせたまま、恨めしそうに言った。

 だが、実はさらに欲情している。

 一郎は淫魔術でそれを見抜いていた。

 さすがは、一郎が躾けたマゾ女だ。

 それにしても、物言いも完全に享子の口調だ。女長老としてのケイラ=ハイエルだったら、さっきの悲鳴ももっと違う感じだったと思う。

 

「ええ、大叔母様──?」

 

「ふっ、しっかりと調教して戻るとは持ってたけど、こりゃあ……」

 

「ご主人様……」

 

 ガドニエル、ラザニエル、コゼも寄って来て、一郎たちを囲む。

 享子がますます恥ずかしそうにした。

 

「ほら、改めて自己紹介しろ、享ちゃん。俺のなんだ?」

 

 一郎は強く言った。

 享子が真っ赤な顔をあげる。

 

「お、お兄ちゃん……いえ、前世でロウ様の妻だった田中享子……、いまは、ケイラ=ハイエルです……」

 

 享子は言った。

 ケイラ=ハイエルという女長老の中に、田中享子という一郎の従妹の魂が入っていることは、仮想空間に入る前に全員に説明した。

 だから、それについては、誰も驚いてはいない。

 しかし、一郎は、ぴしゃりと享子の尻たぶを叩いた。

 

「きゃっ」

 

「俺のことは“お兄ちゃん”でいい。それよりも、ただの妻か? それとも、また躾け直さないとだめか──?」

 

「ああ、ごめんなさい、お兄ちゃん……。お兄ちゃんの奴隷妻の享子、そして、ケイラ=ハイエルです」

 

 享子が言った。

 周りを囲む女たちが絶句している。

 

「ま、まあまあ、ケイラ様ではなく、享子さんになったのですね。よろしくお願いします。スクルドですわ。改めて紹介させていただきます。ご主人様の雌犬淫乱魔道師です」

 

 スクルドがにこにこして言った。

 雌犬淫乱魔道師か……。

 まあいいか……。

 

「コゼです……。あのう……、前世の妻って?」

 

 コゼがきょとんとしている。

 一郎の昔のことは、コゼにも、エリカにも語っているので、結婚などしていないはずだということを覚えているのだろう。

 コゼは不思議そうな顔になっている。

 

「前世の妻だ。察しろ」

 

 一郎はそれだけを言った。

 なんとなく怪訝そうな表情ながらも、コゼが頷いた。

 

「それにしても、悪趣味な……。仮にも、エルフ族の女長老なんだけどねえ……。お前、ここまでしろとは……」

 

 ラザニエルが享子の全身の身体にある落書きや、まだ顔に残っている一郎の精液をしげしげと眺めて言った。

 すると、享子がラザニエルに視線を向ける。

 急に、しっかりとした強い視線になっている。

 

「ラザニエル──。わたしは、ケイラ=ハイエルでもあるけど、ここにいるお兄ちゃんの奴隷妻だった田中享子でもあるわ。お兄ちゃんの批判は許さない。ましてや、“お前”呼びなど──。ラザニエルこそ、わきまえなさい──。お兄ちゃんに救ってもらったんでしょう──」

 

「えっ?」

 

 ケイラを庇う言葉を使ったラザニエルだったが、逆に、当人のケイラ、つまり、享子に叱咤されて、戸惑っている。

 一郎は思わず小さく笑った。

 それにしても、享子は享子なのだが、やはり、ケイラ=ハイエルでもあるのだと思った。

 いまの叱咤の口調や強い態度は、“田中享子”ではなく、紛れもなくケイラ=ハイエルだった。教師をしていた時代の享子も、ほかの者には態度も強かったようだが、少なくとも、一郎はこういう享子は見たことはない。

 だから、ケイラの方だろう。

 

「とにかく、わたしは、このお兄ちゃん……ロウ=サタルスという人物を受け入れました。全面的に協力しましょう。ガドニエルとの結婚について、エルフ王族だけでなく、エルフ族の高位貴族の者たちの意見をまとめ上げてあげます。任せなさい」

 

 さらに享子がケイラ=ハイエルとしての言葉を言った。

 ラザニエルは、圧倒された感じで、「よろしく頼む」と口にする。それにしても、全裸で首輪手錠で拘束された姿で、さらに、全身に落書きを悪戯をされた状態で告げる言葉ではないだろう。

 折角のエルフ女長老としての貫禄が台無しだ。

 そう考えると、一郎はちょっとおかしくなった。

 

 そのとき、何気なく、がさごそと物音がしたので、そっちに視線を向けた。

 すると、ちょっと離れて距離をとったらしいガドニエルが、なぜか服を脱ぎ始めている。

 一郎は面食らった。

 

「わっ、なに?」

 

「なにしてるんだい、ガド?」

 

 気がついたコゼとラザニエルも驚いたみたいだ。

 

「だ、だって、大叔母様だけ、羨ましいですわ。わ、わたしも辱めてください。その身体に字を書いて……。それ、ご主人様ですよね? ぜひ、お願いします──」

 

 ガドニエルが羨ましそうな表情で頬を染めて叫んだ

 一郎は唖然としたが、一郎の横でぱちんと手を叩く音がした。

 

「まあ、それは面白いですね。やりましょう」

 

 スクルドだ。

 今度はスクルドも嬉々とした声をあげた。

 一郎は呆れてしまった。

 

 とにかく、訳のわからない反応をしたガドニエルとスクルドをとめる。

 そのとき、不意にラザニエルとガドニエルのあいだに球体が出現した。

 

「伝言球……? しかも、最重要の緊急案件?」

 

 ラザニエルが訝しんだ口調で言った

 伝言球というのは、魔道遣いたちが通信連絡に使う魔道であり、シャボン玉のような球体を通信をした相手に言葉を込めて転送で送るというものだ。

 ラザニエルが球体を指で突く。

 すると、透明の玉が弾けて“声”が発生した。

 

 

“ハロンドール王国の国境に向かっていた護衛隊のふたりが帰還しました。いまは危険なので、処置が終わるまでは処置室に収容させました。映像を出します”

 

 

 声は言った。

 エルフ王宮を警備する女王直属の親衛隊の女のひとりの声だ。

 国境に向かっていた護衛隊のふたりというのは、国境で一郎の帰還を待ち受けて捕獲するという任を帯びたという、シャングリアの大叔父と交渉に行かせたエリカたちと同行をしたエルフ族の女兵のことだろう。

 

 強引に突破することも考えたが、スクルドからの情報により、待ち受けているのが、シャングリアの大叔父というモーリア男爵と傭兵団だとわかり、とりあえず、シャングリアを連れて交渉に行かせてもらうことにした。

 冒険者ギルドを使って、その連絡をつけたのはイライジャだ。

 シャングリアと同行したのは、イライジャとエリカとアルオウィンであり、さらに、親衛隊の女兵ふたりにも一緒に行ってもらった。

 移動には、エルフ族王家だけが密かに管理している移動術の転送施設を使わせてもらったので、それを辿って進めば、一日程度で国境まで辿りつく。ふたりの女兵が同行したのも、ガドニエルの提供した移動術設備の操作に、どうしても彼女たちが必要だったからだ。

 戻って来るには、早いなとは思ったけど、時間的には不自然ではない。

 

 だが、なぜ、女兵の帰還について報告があったのだろう?

 戻ったなら、ガドニエルやラザニエルには、アルオウィンから、一郎には、イライジャたちから説明しに来るはずだが、身の回りの世話役のつもりで同行させた女兵の帰還として報告があがったのはなぜだろう?

 しかも、いま、危険であると言ったか?

 

「とにかく、映像を出せ。あっ、こっちの映像は繋げるな。いま、魔道を送る」

 

 ラザニエルが手に水晶玉のような球体を出現させて、それに向かって叫んだ。

 あれも、通信設備なのだろう。

 

“出します”

 

 再び通信球が出現して、今度は誰も触れることなく声を発した。

 宙に映像が出る。

 

「……どうかしたの、お兄ちゃん?」

 

 享子が小さな声で言った。

 一郎は簡単に事情を説明した。

 ……とはいっても、なにが起きているのか、一郎にも見当はつかない。

 

「えっ?」

「あれ?」

「なに?」

 

 全員から一斉に声が出た。

 映像に現れたのは、あちこちが焦げたり千切れたりしたぼろぼろの軍服ふたりの姿だった。

 ふたりとも、疲労した様子で床にしゃがみ込んでいる。

 大きな怪我はしていないみたいだが、小さな傷は顔や腕など、見える部分にはいくつかある。もしかしたら、見えない場所だともっとあるのかもしれない。

 

「どうしたんだ?」

 

 一郎も声をあげた。

 

「な、なにが起きたのか、あたしたちもわからなくて……」

 

「あたしたちは、アルオウィン様たちから引き離されて、交渉が終わるまで待機していたのですけど、突然に大勢の人間の傭兵たちに殴られて……」

 

 ふたりが語り始めた。

 それによれば、シャングリアやエリカとはじめとする一行は、無事に国境に辿りついて、国境沿いの森林内に一隊を展開させていたモーリア男爵軍との接触に成功したようだ。

 そして、シャングリアとモーリア男爵が面談して、お互いの話し合いになったということだった。

 ただ、女兵のふたりについては、話し合いには参加せず、随行ということで準備された天幕で待たされたらしい。

 その後、それなりの時間が経ち、突然に天幕に傭兵たちが雪崩れ込んできて、いきなり女兵たちを殴りだしたという。

 

「殴りだしたって……。抵抗しなかったのか?」

 

 一郎は横から訊ねた。

 女兵にはすぎないが、一郎の護衛隊には、全員に一郎の精を注いでいる。淫魔師の恩恵によって、全員が一騎当千の戦力のはずだ。

 傭兵程度にやられるわけがない。

 

「し、しようとしたんですけど、アルオウィン様が傭兵たちと一緒にいて、あたしたちに抵抗するなって……」

 

「本当に、わけがわからなくて……」

 

 一郎の言葉にふたりが泣くような声を出した。

 

「アルオウィンが? なんで?」

 

 ガドニエルが呆気にとられている。

 ラザニエルも首を傾げた。

 

 確かにおかしい……。

 向こうでなにが起こったのだ……?

 

「それと、これを……。そして、ジャスランという向こうの傭兵隊長のような女性から伝言も……」

 

「ジャスラン?」

 

 声をあげたのはスクルドだ。

 一郎は、その名前が、スクルドがこっちにやって来るとき、最初に同行していたが、ちょっともめて、国境で別れたというサキの部下の雌妖であることを思い出した。

 ただ、人間族の外観らしく、スクルドと一緒にいたときも、人間族で通したとも言っていた。

 ただ、そのスクルドの言う“ちょっとした揉め事”というのは詳しくは聞いていない。

 何度か訊ねたが、その都度はぐらさかされて、そのままだ。

 

 映像の中に、ふたりが横に置いていたものが動かされて、画像の中に現われた。

 それは、何枚かの女性の服だった。

 

「ちょ、ちょっと、それって──」

 

 コゼの声だ。

 一郎も、それが、ここを出発するときに、エリカとシャングリアとイライジャが身に着けていたものであることがわかった。

 しかも、下着まである。

 一郎が彼女たちに好んではかせている、「紐パン」というやつだ。胸当てまであった。

 それが三人分ある。

 つまりは、その三人のはいていたものということか……?

 

「伝言とはなんだ?」

 

 ラザニエルが声をあげた。

 すると、女兵のうちのひとりが口を開く。

 

「……そのう……、スクルド殿が向こうに来いと……。ひとりで……。さもなくば、スクルド殿の仲間の女の命はないと……」

 

 そのとき、一郎は初めて、ふたりの首に奇妙なものがあることに気がついた。

 細い肌色の首輪だ。

 色が目立たないので気づくのに時間がかかったが、それなりに太い。

 一郎も、プレイで首輪は使うが、あれには見覚えはない。

 

「お前たち、もしかして、それは炸裂環か?」

 

 ラザニエルが映像に向かって言った。

 一郎は、それはなんだと、横の享子に訊ねた。

 すると、魔道具であり、なんらかの仕掛けによって爆発するようになっている首輪だという。

 犯罪者や捕虜などに使うものだということだった。

 一郎は、やっと、そのふたりが直接に報告するのではなく、映像で報告をさせることになった理由がわかった。

 

「まあまあ、ジャスランったら、まだまだ、お仕置きが足りなかったのですね。これは、困りましたねえ……」

 

 スクルドが横で笑い出した。

 だが、その表情は実は真剣だ。にこにこと笑っている顔の裏には、スクルドのいつにない焦りのようなものが隠れていることに、一郎が気がついた。

 

「あんた……黙ってたけど、なにやってきたのよ? 随分と怒らせているみたいだけど」

 

 コゼがスクルドに言った。

 すると、スクルドが顔に満面の笑みを浮かべた。

 

「まったく問題はありません。責任をもって片付けてきます。エルフ王家とは別に、わたしもまた、移動術の仕掛けを作ってきたんです。向こうまでひとっ跳びですわ」

 

 スクルドが胸を叩いた。

 

「待て──」

 

 一郎は叫んだが、そのときにはもう遅かった。

 スクルドの姿は、一瞬にして消滅していた。

 おそらく、連続移動術とやらで、国境に向かったのだろう。

 一郎は舌打ちした。

 

「ちっ、出動準備だ。ガド、支度しろ。コゼもだ。ラザ、護衛隊の全員に出動を発してくれ。準備でき次第に出る……。享ちゃん、悪いけどちょっと片付けてくる。また、そのうちに、来るから」

 

 一郎は一気に言った。

 同時に、享子の身体からおかしな落書きや首輪を消滅させる。

 淫魔術だ。

 

 女たちが動き出した。

 

 

 

 

(第3部・第2話『交渉を待ちながら』終わり、第3話に続く)



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 第3話   復讐するは我にあり
592 待ち受けていた罠


「よく来たわね、エリカ。気分はどう?」

 

「最悪よ」

 

 エリカは不機嫌さを隠すことなく、ジャスランに言った。

 身につけているのは、まるで下着のような股間と乳房を隠すだけの革製の具足だ。こんな格好で人前に引き出されて、気分などいいわけがない。

 

 連れてこられたのは、五十人ほどのモーリア隊の傭兵が集まる大天幕であり、エリカをここまで連行してきた兵によれば、いつもは兵たちが食事をする場所なのだそうだ。

 ここは、モーリア男爵家がハロンドールの国境を越えたナタル森林に展開をさせている一隊の集結地である。

 エリカたちは、ここに監禁されているのだ。

 

「シャングリアは生きてるの?」

 

「彼女も含めて、全員が生きてるわ。女兵のふたりは返したけどね。スクルドへの伝言を持たせないといけないし……。あんたらを殺すのは、スクルドを捕らえてからよ。せいぜい、残酷に殺してやるわね……。スクルドへの見せしめよ。もちろん、スクルドは最後に殺すわ。あいつが大好きなご主人様を殺させてから、自殺させるつもりよ」

 

 ジャスランが憎々しげにエリカに言った。

 エリカは心の中で舌打ちした。

 

 ここにいるジャスランが準備していた罠にかかり、このモーリア隊に捕らわれてから、丸一日が過ぎている。

 油断といえばそれまでだが、そもそも、エリカたちには彼女たちと敵対する理由がなかった。

 だから、あんなに卑劣な罠が準備されているなど、思いもよらなかったのだ。

 

 エリカたちの役割は、ロウの身柄を確保するために密かに展開をしているという情報だったモーリア隊を説得して、エルフの女兵隊とともにハロンドール国内に戻るロウを無条件に通過させるように約束させることだった。

 彼らを手配したのは、いまや、ハロンドールの王都で、国王を監禁して王宮に閉じこもっているという妖魔のサキであり、どういう拗れ方なのか理解不明なのだが、いまや、国王の名によってロウは手配犯になっており、しかも、サキとアネルザが対立して、ロウの身柄の確保競争のようになっているそうなのだ。

 このモーリア隊は、サキ側の手配でロウの身柄を確保するために国境越えのナタル森林に派遣されている一隊ということだ。

 

 そういう事情は、スクルドから教えられていたので理解はしていた。

 しかし、サキが手配に使ったモーリア隊は、シャングリアの実家であり、シャングリアを連れていけば、わざわざ強引に突破しなくても、話し合いで通過させてくれるのではないかという期待もあった。

 そもそも、サキそのものが、ロウを通じてだが、エリカたちの仲間だ。

 敵対する必要など皆無なのだ。

 

 そして、そんな思惑もあり、とりあえずは、モーリア隊には交渉で臨むことになった。

 実際に、イライジャが冒険者ギルドを利用し、モーリア男爵にわたりを作り、魔道通信で交渉をやったようだ。

 

 そして、男爵からは、あっさりと、本当にシャングリアがこっちに同行しているのであれば、王家の命令ではあるが、ロウを捕縛するということはしないという返事を受けることができた。

 後で考えると、それは完全な罠だったのだが……。

 

 それで、エリカは、当人のシャングリア、交渉をしたイライジャ、さらに、移動にエルフ王家の移動術の設備を使うことになったので、その隠し場所を知って運用もできるアルオウィンの四人でロウたちに先行をして、モーリア隊と接触を図ることになったの。

 先遣隊ともいえるエリカたちには、「クロノス親衛隊」と通称することになったエルフ族の女兵ふたりがさらに同行した。女兵とはいえども、ロウの性支配を受けて能力が桁あがりになっている強兵であり、これだけで十分な戦力のはずだった。

 わずか、二百ほどの傭兵程度には、不覚をとるという予想もしていなかった。

 だから、油断したのだ。

 

 事前の交渉によって、話し合いの場所として設定した森林内の一角には、十人ほどの部下を連れたモーリア男爵自身が待っていて、にこやかな表情でエリカやシャングリアたちを待ち受けていた。

 最初の直接交渉も順調に進み、男爵はシャングリアが健勝であることを喜ぶとともに、こちらの要求を全面的に受け入れ、すぐに隊を引きあげさせようと約束をしてくれた。

 ほっとした。

 

 そして、さらに詳しく内容を詰めるために、このままモーリア隊の本隊に合流するということになり、その日はモーリア隊で宿営場所も提供するということになった。

 このときには、誰もモーリア男爵に疑いは持ってなかった。

 

 ただ、到着したモーリア隊の様子が、スクルドから事前に耳にしていたのとは違うなとは、ちょっと思った。

 スクルドからは、モーリア隊には、姿を隠すための魔道を込めた指輪を全員分準備して渡していて、森の中に隠蔽して隠れるように、彼らが展開をしているだろうと聞いていた。

 だが、実際に到着したモーリア隊は、油断なく警戒をしているが、ちっとも隠れてはおらず、堂々と森林内に陣を作っていた。

 しかも、陣内の中央には、ここのような天幕をたくさん作っていて、隠すことなく堂々と宿営をしていたのだ。

 違和感があったが、スクルドの言葉には明らかになにかを隠しているようなおかしな部分もあったので、なにかの情報違いだろうとは思った。

 

 そして、護衛隊のふたりを天幕に残して、細部の交渉をするために案内をされた別の会議用天幕の中で、突然に爆発の洗礼を受けた。

 なにが起きたかわからなかったが、もうすぐ男爵が戻ると言われて待たされた天幕が、そこにいた案内役の複数の傭兵とともに、大爆発を起こしたのだ。

 いや、その傭兵たちそのものが、爆薬を大量に腹に入れた生きた兵器だったのだ。

 咄嗟に魔道の壁を展開して防いだが、衝撃までは免れなかった。

 また、無論、エリカたちを囲んでいた傭兵については、全員が爆発によって即死していた。

 

 そして、倒れて動けないエリカたちのところに、傭兵を率いたジャスランが現れた。

 彼女を見たのは、それが初めてだった。

 スクルドからジャスランの存在は耳にしていたが、サキの部下だと教えられていただけで、怒らせたというニュアンスであり、あそこまで恨みを抱かれているとは聞いてない。

 もしも、知っていたら、もっと警戒しただろう。

 

 なにしろ、あのスクルドは、なにかというと「問題はない」とにこにこと微笑んで言うので、なら大したことはないだろうと錯覚をしたみたいだ。

 情報を隠したスクルドには、怒りを覚えたが、いずれにしても、ジャスランがスクルドに対して、殺したいほどの恨みを抱いているというのは、後で知ったことだ。

 

 ただ、このときには、女傭兵の恰好をした彼女について、ほかの女兵同様に、ただの傭兵だと思っていた。

 二百人の傭兵の中には、女も大勢混ざっており、女傭兵は珍しくなかったのだ。

 しかし、集まってきた兵たちに対し、倒れているエリカたちに容赦なく電撃棒で繰り返して攻撃するように命じるのに接して、少なくともリーダー格なのだろうとは考えた。

 

 そして、現われたモーリア男爵を顎で使うようにして、シャングリアについては、支配が効かないので抵抗できないように手足の骨を折れと指示したのにはびっくりした。

 

 そして、彼女がジャスランなのだろうと予測した。

 黒と赤のまだらの特徴のある髪をしていた若い女であり、明らかに憎悪の視線をエリカたちに向けていた。

 それはともかく、驚いたのは、モーリア男爵が躊躇なく、頭を打って動けないシャングリアを拘束させて、本当に手足の骨を折るように部下に命じたことだ。

 

 エリカは叫んだが、ほかの者同様に、強い電撃をエリカもまた浴びせ続けられていて、まともに抗議の声さえ叫ぶことはできなかった。

 そのうちに、魔道封じの効果のある拘束具を装着されて、自由を奪われるとともに、エリカ、イライジャ、アルオウィンについては、ひとりひとり、ジャスランから爆風を受けて身体から流れる血を採集された。

 それがどういう意味があるのか知ったのは、あとでジャスラン自身から、スクルドに恨みがあり、スクルドの仲間は誰も彼も、最終的には殺してやるのだという彼女の決意を聞かされたときだ。

 

 とにかく、その後、エリカは隠して準備してあった檻車の中に閉じ込められ、シャングリアを含めて、ほかの仲間とも引き離されて監禁された。

 

 檻車の前に、ジャスラン自身が現われ、エリカにスクルドへの恨みを滔々と喋ったのは、監禁されてから少し経ってからだ。

 エリカは、魔道封じの腕輪はされていたが、実のところ、檻車に入れられるときに、拘束は解かれていた。

 

 そのときには驚いたが、そのときのジャスランは檻車の鍵を開いて、エリカに外に出るように言ったのだ。

 訝しんだが、魔道を封じたくらいで油断したなら、それに乗じるだけだ。

 檻車を出たところで、ジャスランに飛びかかろうとしたが、ジャスランに「その場で伏せろ」と口にされると、エリカの身体は突然に自由を失って、地面にひれ伏してしまった。

 エリカは驚愕した。

 

 そして、ジャスランは、「洗脳球」がしっかりと効果を発揮しているという意味の言葉を口にすると、次々にエリカの行動を縛るような言葉をぶつけ、エリカがまったくジャスランに逆らうことができないようにしたのだ。

 このときに教えられたのが、洗脳球の効果だ。

 

 それは、ジャスランが持っている強力な支配系の魔道具であり、血を使って洗脳球と魔道遣いの魔道波を結びつけることにより、本来は頭から発信させるはずの首から下の身体への指示を、洗脳球を持つ者からの指示にすり替えることができるというものなのだそうだ。

 そのとき、エリカは、ジャスランが透明の水晶玉のようなものをずっと握って、エリカに言葉をかけ続けていることに気がついた。

 

 そんな支配具があるのかと愕然としたが、エリカが自由を奪われたのは確かだ。

 ジャスランが次に命令をしたのは、エリカが身につけているものをすべて脱ぐことであり、エリカの身体はジャスランに逆らうこともできずに、勝手に服を脱いでしまった。

 下着まで脱いで全裸になったときには、あまりの屈辱ではらわたが煮え返りそうになった。

 

 いずれにしても、以前に、ロウの支配をすでに受けている以上、ほかの者の支配に陥ることはないと言われていたので、自分が呆気なく自由を奪われて、ジャスランの支配に入ったことには、驚くしかない。

 だが、どうしていいかわからなかった。

 ジャスランは立ち去り、そのまま檻車に戻れと言われて、いままでずっとその中にいた。

 今度は鍵はかけられず、見張りさえいなかったが、ジャスランの言葉に逆らえなくされたらしいエリカの身体は、逃亡するという行動はとることができなかった。

 

 そのまま、丸一日……。

 水も食べ物も与えられることなく、時間が過ぎた。

 

 そして、少し前に、ジャスランが檻車に現れて、いま身につけている下着のような具足だけを渡して、あとで部下が迎えに来たら同行しろと告げたのだ。

 

 約一ノス後……。

 

 エリカは言われたとおりに、ジャスランが寄越した傭兵に連れられて、この大食堂の天幕にやって来たというわけだ。

 

「……それよりも、思ったよりも元気そうね。喉が渇いたでしょう。水よ」

 

 ジャスランが座っている場所の前で立たされたエリカに、彼女が言った。

 そして、持っていた水を履物を脱いだ自分の片側の素足にかけた。

 

「なっ」

 

 エリカは意味がわからなくて顔をしかめたが、次にかけられた言葉に愕然とした。

 

「舐めなさい。それがお前の水よ……。あんたって、ロウ=ボルグの一番奴隷なんだってね。だったら、一番屈辱的な目に遭わせてやろうと思ってね。だって、あのスクルドが慕っているロウの一番の愛人なら、スクルドの代わりよ。あれが来るまで、わたしの玩具、いえ、生け贄になりなさい」

 

 ジャスランが言って、宙からあの透明の球体を取りだして握った。

 

「うわっ」

 

 エリカの身体は勝手にジャスランに跪き、その濡れた足に舌を這わせだした。



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593 恨み骨髄に達して




【お断り】
 本回と次回には、SMの領域を多少?越える残酷シーンがあります。


 *




「くっ」

 

 エリカははらわたが煮え返る思いをしながら、ジャスランの足を舐め続けた。

 ロウに支配されていることによる護りを無効にする支配具というのが信じられないが、現にエリカは、ジャスランが手に握っている「洗脳球」という支配具によって操られ、ジャスランの言葉に従い、彼女が自分の足に落とした水を舐め取るという作業を延々とやらされている。

 

 いや、これは操りによる支配とは違うかもしれない。

 エリカの頭は、まったく操られていない。

 操られているのは、首から下の身体の部分だ。

 ジャスランの言葉の通り、あの洗脳球は、ジャスランの言葉をエリカの脳からの指示として肉体に伝える道具なのだと思う。

 だから、ロウの護りが無力化されているのだ。

 なにしろ、ロウに守られているエリカの「心」の部分には、まったく影響を与えてない。

 影響を受けているのは、身体の部分だけだ。

 それにしても、魔力を持つ存在限定とはいえ、こんなに危険な魔道具が存在するとは……。

 

「うまいじゃないのよ。ご主人様に仕込まれているのかい? ほら、今度はここよ。お舐め」

 

 ジャスランが座っている自分の椅子の脚のあいだに、新しい水を垂らした。

 一瞬だけ、顔をあげる。

 すると、ジャスランの顔には酷薄な笑みが浮かんでおり、相変わらず手に水晶玉のような洗脳球を握っている。

 

「うくっ」

 

 ぐんと首が引っ張られるように、顔が床に貼りついた。

 顔が床にくっついて、舌が勝手に床の水を舐め始める。

 

「ふふふ、みっともないエルフの姿だねえ。だけど、美人は得だねえ。お前が尻をあげて床を舐める姿を人間族の男たちが見て欲情しているよ。もっと見せつけてやりな。膝を曲げずに伸ばすんだ」

 

「な、なにを──」

 

 抗議の声を出そうと思ったが、顔が床についたまま、ぐいと膝が伸びて、極端に身体を曲げ倒した前屈の姿勢になる。

 こんな下着同然の格好で、こんな破廉恥な姿を晒させられるなど……。

 おおという喚声があちこちから起こって、エリカは屈辱で身体が真っ赤になるのがわかった。

 

「いやらしい恰好じゃないかい、エリカ。私の性奴隷になるかい? だったら、事が終わるまで檻車に閉じこもっていることを許すけどね」

 

「ふ、ふざけんじゃ……。わ、わたしの……、ご、ご主人様はロウ様だけよ……」

 

 エリカは床を舐めながら吐き捨てた。

 

「ははは、まあいいさ。とにかく、お前の任務は、そのご主人様を殺すことだからね。いまから命じておく。必ず殺すんだ。スクルドのいる前でね」

 

 すると、ジャスランの笑い声が響いた。

 エリカは鼻白んだ。

 だが、これはなんとかしないとならないだろう。

 あの「洗脳球」がある限り、エリカの手足は、ロウを殺すために動くに違いない。それをエリカの頭は阻止できない。

 すでに自死も、ジャスランに抵抗することも、檻車の位置で、この洗脳球を使って禁止された。いまのところ、それを打ち破る有効な方法を思いつかない。

 床を舐めているエリカの背中に冷たい汗が流れる。

 

「お待たせしました、ジャスラン様」

 

 そのときだった。

 誰かが近づき、ジャスランとエリカのいるテーブルの横に立つのがわかった。

 声からすると年配の男風であり、身につけている靴とズボンから、傭兵ではなく男爵軍の正規軍人ではないかと思うが、エリカの視線では、それ以上はわからない。

 

「おう、準備できたのかい。じゃあ、座っていい、エリカ。お前の食事だよ」

 

 ジャスランの言葉により、エリカは窮屈な姿勢からやっと解放された。

 与えられた屈辱にかっと血が昇るのを自覚しながら、エリカはジャスランを睨みつけた。一方で、エリカの身体については、大人しくジャスランが指さした向かいの席に座っている。

 

「あっ、男爵」

 

 そこにいたのは、モーリア男爵だった。

 まるで給仕をするように、テーブルの横で皿を持って立っている。

 

「男爵、シャングリアをどうしたんです? あなたの養女ですよね。先代の男爵の愛娘ですよ。あんなことをするなんて──」

 

 エリカはモーリア男爵に向かって怒鳴った。

 最初にジャスランに捕らえられたとき、モーリア男爵はジャスランに指示されて、何の躊躇もなく、シャングリアの手足の骨を部下に折るように命じていた。

 それから、そのままどこかに連れていったが、国王の命令によって、ジャスランに従うように指示されているのか知らないが、一族の女であるシャングリアをそんな目に遭わせるというのが信じられないでいた。

 ましてや、モーリア男爵とシャングリアは、親娘の血は繋がっていないが、先代の男爵が早世しなかったら、このモーリア家はシャングリアが婿をとって継いでいた、あるいは、そもそもシャングリアが男だったら、シャングリアこそ、モーリア男爵だったのだという事情についても、エリカも耳にしていた。

 だから、そのことを訴えたのだ。

 

「エリカの前に置きなさい、男爵」

 

「わかりました」

 

 しかし、男爵はエリカの声などまったく聞こえていないかのように、エリカの座るテーブルの前に、皿に載った料理を置いた。

 エリカは、やっと男爵の様子が不自然であることに気がついた。

 

「男爵を操っているの?」

 

 ジャスランを見る。

 すると、くすくすと彼女が笑った。

 

「あいつがいいものを残していったからね。潜伏に役立つ魔道を刻んだ指輪を全員に配る手配をして去っていったんだけど、私は、私の命令に従うだけの物を考えない人形のような状態にする魔道陣に変更してやったのさ。お前たちと親しく交渉しろというような命令を与えておけば、ちゃんと会話はできただろう? しかし、普通の状態では無理だよ。お前の言葉なんか耳に入らない」

 

 あいつが残していった……?

 スクルドのことだと思ったが、なんらかの支配具を男爵たちにさせているのか? 洗脳球とは違うみたいだけど……。

 まあ、洗脳球は、魔道を遣える者にしか効かないと言っていたから、男爵たちや大部分の人間族には効かないのだろうが……。

 エルフ族とは異なり、人間族では魔道が遣えるのは少数だ。

 

 そして、エリカは男爵の指のひとつに、大き目の飾りのついた緑色の指輪があることに気がついた。

 周囲を見渡すと、少なくとも視界に入る全員が同じ指輪をしている。

 あれを使って、このモーリア隊の全部を支配しているのか?

 やっと、なぜ男爵たちが、このジャスランに召し使いのように従っているのか理解した。

 

 だが、だったら、これもまた、スクルドが遠因?

 エリカは、さらにスクルドに対して腹が立ってきた。

 

「とにかく、口にするといい。戦ってもらわないとならないから、戦士たちには飢えさせはしないよ。あの黒エルフは戦場に出すほどの能力はないようだし、死なない程度に弱らせるつもりだから、食い物なんて与えないけどね」

 

 イライジャのことだと思った。

 生きてはいるのだ。

 

「イライジャやアルオウィン、シャングリアは無事なんでしょうねえ。なにかしたら、承知しないわよ」

 

 エリカは怒鳴った。

 すると、ジャスランが大笑いした。

 

「どう承知しないんだい、エリカ? いまここで、自分の首を死ぬまで締めるように命令してやろうか? 首を絞めて死ぬのはみっともないよ。鼻水も涎も小便も、ときには、糞だって垂れ流しながら死ぬんだからねえ」

 

 ジャスランが笑いながら言った。

 エリカは歯噛みした。

 

「それよりも、シャングリアだったら、もうすぐ会えるさ。今日の催しの準主役だしね」

 

「催しの準主役?」

 

 エリカは訝しんだ。

 そして、そう言えば、この大天幕に集まっている傭兵たちの全身が正面に作られているステージのような台に身体を向けるように座っていることに気がついた。

 ほとんどが酒のようなものを前に置いているが、食事はしていない。

 別に食事のために、彼らはここにいるわけではないのだ。

 

 また、エリカとジャスランの座るテーブルは、大天幕のほぼ中央にある。エリカの椅子も、ジャスランの椅子も、ステージに身体を向けるように配置されていた。

 また、ここだけは、周囲のテーブルと距離が置かれていて、ぽっかりと開いている空間にぽつんとテーブルがある感じだが……。

 

「シャングリアの出演の支度はできている、男爵?」

 

「い、いつでも……」

 

 男爵が優雅にお辞儀をした。

 改めて観察すると、明らかに態度がおかしい。どうして、最初に会ったときに気がつかなかったのだ。

 森の中で最初に対面したときに、男爵たちの異常さを発見していれば、この雌妖の支配に陥らなくてすんだのに……。

 

「じゃあ、食べなさい、エリカ。お前のために準備した食事よ。精がつくように特別に調理させたのよ。食べ終われば、シャングリアに会わせるわ」

 

 拒否しても仕方がないだろう。

 毒が入っているとしても、ジャスランは簡単に、エリカにこれを食べさせることができる。

 それに、ジャスランは、エリカたちにロウと戦わせて、同士討ちをさせたいという考えがあるみたいだ。殺しはしないはずだ。

 エリカは、とりあえず、目の前の皿に注目した。

 

「な、なによ、これ──」

 

 声をあげた。

 皿に載っているのは、どう見ても、人間の男根としか見えないものだった。茹でた肉の腸詰めのかと考えたが、かたちがペニスにしか見えない。

 エリカの当惑にジャスランが満足そうに笑った。

 

「お食べ。お前のものだよ」

 

 ジャスランの声には、酷薄そうな響きがった。

 

「……こ、これはなによ……」

 

「見ての通り、ペニス料理よ。香草で味をつけて、柔らかく煮させたわ。私はとても味見をする気になれなかったけど、料理を命令した男は結構いけると言っていたわね」

 

 喉の奥に苦いものが込みあがった気がした。

 なんとか平静を保ちながら、さらに訊ねる。

 

「もちろん……動物のものよね……。それとも、魔物……?」

 

 気がつくと声がかすれていた。

 ジャスランがわざとらしく、驚いたように目を見開く。だが、頬には明らかに愉悦が浮かんでいる。

 

「もちろん、人間族の男に決まっているでしょう。この隊の料理人は、これを作るために、部下ふたりを処分しないとならなかったのよ。彼らの死を無駄にしないために、食べないとだめよ、エリカ」

 

 吐き気を催して、エリカは下を向いた。

 顔から血が引くのがわかった。

 

「む、無理……」

 

 エリカは下を向いたまま首を横に振った。

 だめだ……。

 吐きそうだ……。

 

「食べるのよ、エリカ……」

 

 ジャスランが身じろぎした。

 慌てて顔をあげると、手に洗脳球を握っている。

 エリカは顔から血が引くのがわかった。

 

「や、やめて──。命令しないで──」

 

 声をあげた。

 そのとき、ずっと横に立っていた男爵がジャスランに向き直った。

 

「そ、そのことですが……無暗に部下を殺すのはやめてもらいたい。部下はあなたの玩具ではないのだ……」

 

 顔が真っ赤になって、身体が震えている。

 信じられないくらいに汗が全身から滴っている。

 

「へーえ、洗脳の魔道陣を刻み直した指輪の支配から逃れられるの? 気力を振り絞って、理性を取り戻したのね。案外に人間族もやるわね」

 

 ジャスランが感心したように微笑んだ。

 だが、相変わらず、その笑みは冷たい。

 

「男爵、しっかりして──。自分を取り戻して──」

 

 エリカは声をあげた。

 

「だけど無駄よ。強く魔道を込め直すわ」

 

 ジャスランが自分の指にある指輪に反対側の手を置いた。

 大量の魔力が注がれるのがわかった。

 すると、男爵の顔から表情が消滅して、能面のような顔になった。

 

「なにか、言いたいことがあるの、男爵?」

 

 ジャスランがモーリア男爵に視線を向けた。

 

「ありません、ジャスラン様」

 

 今度はまったく感情のこもっていない、抑揚のない口調だ。

 エリカはがっかりした。

 

「いいわ。食事がいやなら、その気にさせるだけね。強引に洗脳球で命令してもいいけど、自分で食べさせるわ。そこに座ってなさい……。男爵、見世物を出しなさい」

 

 ジャスランの言葉に、男爵が一礼をして立ち去っていく。

 なにが始まるのだろうと思ったが、しばらくすると、大天幕の天井から吊るしてある照明が落とされた。

 周囲の傭兵たちの酔った声が鎮まる。

 

 次の瞬間、正面のステージ台が明るくなり、裸の女が天幕の外から縄で引きずられて連れ込まれた。

 

「シャ、シャングリア──」

 

 エリカは立ちあがった。

 それは、哀れな姿のシャングリアだった。

 

「座りなさい──。命令よ。指示なく口を開いてもだめ。お前は黙って、見世物を見てなさい」

 

 ジャスランが洗脳球を握ったまま言った。

 エリカの身体がすとんと椅子に座り直す。

 

 全裸のシャングリアは、脚の骨を折られて歩けず、両手首に縄をかけられて、三人ほどの男たちに引きずられるようにして、台上に連れてこられた。

 いつの間にか、ステージには太い柱があり、シャングリアはそこに立たされて、革紐で柱に固定されていく。

 そして、シャングリアには、足首から首まで二十本ほどの革紐がかかり、柱に背もたれしたまま、まったく身動きできないようにされてしまった。

 また、シャングリアの手足は紫色に変色していて、拘束されてない両腕はだらりと垂れるだけでほとんど動いていない。

 それだけではなくて、シャングリアの全身のあちこちには、殴られたり蹴られたりしたような痣がある。

 

 また、それで気がついたが、シャングリアの裸身には、たくさんの白いどろりとした液体のようなものがついている。髪の毛にも……。

 あれは、まさか……。

 

「シャングリア、思ったよりも元気そうね。モーリアの兵に輪姦させようと思ったけど、お前たちの身体にはおかしな護りがあるらしく、残念ながら性器も淫具もつっこめなかったと報告があがっているわ。だから、精液をかけまくれと指示し直したんだけど、やっぱり、それくらいじゃあ、めげないわね」

 

「ふ、ふん……。あ、あれくらい……。ぬるいさ。ロウの調教の方が……堪える……」

 

 ジャスランがテーブルから、ステージのシャングリアに呼び掛け、シャングリアが返した。

 やっぱり、あれは男の精液なのかと、エリかは思った。

 輪姦させようとしたが果たせなかったというのは、ロウがエリカたちに施した、淫魔術による護りのことだろう。

 エリカたちの身体には、ロウの紋様が刻まれていて、ロウ、あるいは、ロウに支配された仲間以外との性行為を受けつけないようになっている。

 それについては、ジャスランも手が出せなかったのだと思った。

 

「ああ、エリカ……。い、生きて……たか……。よかった……」

 

 シャングリアがエリカを認めて笑った。

 しかし、その笑みも苦しそうだ。

 エリカも言葉を返したかったが、ジャスランの洗脳球の影響で口を開けない。

 

「ま、また、操りかい……。卑劣なことが好きだね、ジャスラン」

 

 シャングリアがジャスランを睨んで言った。

 すると、ジャスランが鼻を鳴らした。

 

「それだけ、恨み骨髄に達してんだよ。恨むなら、お前の仲間のスクルドを恨むんだね。始めな──」

 

 ジャスランの言葉でステージの横に待機していたモーリア隊の兵らしき者が動き出す。

 シャングリアが立たされている柱に、さらに横木が取り付けられて、シャングリアの両手が真横に伸ばすように伸ばされ、さらにたくさんの革紐で拘束されていく。

 

「う、うう……」

 

 折られた腕を動かされるのは激痛らしく、シャングリアが大きな呻き声をあげた。

 シャングリアの両腕が真横に伸ばすように固定された。

 そして、最後にシャングリアの右腕の手首、肘上、最後に肩の近くに、肌色の輪っかが装着される。

 

 なんだろう、あれ?

 

「さて、シャングリア、見世物の始まりだ。まずは手首だ……。実は、ここにいるエリカが食事をするのを拒むんだよ。だから、その気になるように、手首をふっとばさせておくれ。それでも、エリカが食べないなら、次は肘、最後に肩から下を飛ばす。それが終われば、反対側さ……。ああ、ちゃんと治療師は準備しているから問題ないよ。あっという間に止血してしまうからね」

 

 ジャスランが言った。

 言っている言葉の意味が理解できなかったが、ジャスランがぱちんと指を鳴らした。

 次の瞬間、肌色の環を巻かれたシャングリアの右手首がどんと音を立てて、吹っ飛んだ。

 

「あがあああああっ」

 

 シャングリアが絶叫した。 



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594 愚劣で醜悪で好色な(ショー)(その1)

「あがああああっ、があああっ、うがあああっ」

 

 ステージの上で直柱と横材に裸体を拘束されているシャングリアが絶叫し続ける。

 だが、そのシャングリアの右手首から先はなくなっている。

 血と肉が辺りに飛び散っているが、それはあっという間になくなった。あらかじめ、そういう結界魔道がかかっていたのかもしれない。

 エリカから見ても、目の前のジャスランはかなりの高位魔道の遣い手だと思う。

 

「うるさいねえ。ボールギャグで口を塞いでおしまい。人間女の悲鳴なんて、耳障りだよ」

 

 ジャスランが椅子に座ったまま、手をさっと振った。

 すると、ステージの隅にいた兵たちが三人ほど出てきて、シャングリアに寄っていき、革紐のついているこぶし大の革の球体をシャングリアの口に突っ込んだ。そのまま、シャングリアに強引に下を向かせて、彼女の頭の後ろに固く結んでしまう。

 

 また、いつの間にか、シャングリアの後方には、人間族の女がふたりほど立って、シャングリアの手首の治療を魔道で開始していた。

 すでに、血は流れていないし、切断面には肉が包んでいる。

 しかし、手首から先には、なにも存在していない。

 

「んんっ、んんんっ」

 

 シャングリアはがくがくと震えながら、必死に首を左右に振っている。

 あの気の強いシャングリアが恐怖に怯えているのだ。

 エリカは、自分自身が傷つけられたのように、目の前の女に対する怒りが込みあがる。

 

「さて、次は肘かね。どうせ、すぐには食べ終わらないさ。いまのうちに、左手にも準備しておくか……。それと脚もかねえ。最後は首だけど、それまでには食べ終えておくれよ。いくら、治療術があっても、さすがに首を切断してしまえば、元には戻せないだろうからねえ」

 

 ジャスランが酷薄に笑った。

 そして、ステージに合図のような仕草をした。

 すると、さっきの兵たちが再び陰から出てきて、新しい肌色の環をシャングリアの左腕と脚の付け根に巻いていく。

 あれは、「炸裂環」だろう。いまのでわかった。

 魔道を込めて爆発させる魔道具であり、それを身体に巻き付けさせて、作動をさせているのだ。

 エリカは、あまりの口惜しさにぎりぎりと歯を鳴らした。

 すると、口の中に血の味が湧いた。

 

「おやおや、口を強く噛み過ぎたのかい、エリカ? “おあずけ”したままだったからねえ。悪かったよ。口を開いていい。お食べ」

 

 ジャスランが洗脳球を握って言った。

 途端に、封じられていた口の拘束がなくなって自由になる。

 

「も、もう……やめさせて……。た、食べるから……」

 

 エリカは吐き気に耐えて皿を見る。

 ナイフやフォークのような食器は準備されていない。

 

「……手で食べてちょうだい。その先っぽの割れている亀頭から口に入れるといいわあ。みんな見ているから、それなりに気分をつけてくれる?」

 

 ジャスランが喉の奥から込みあがるような笑いをする。

 かっとなった。

 

「ふ、ふざけるんじゃないわよ──」

 

 さすがに冗談じゃないと思って、エリカはテーブルをどんと叩いて怒鳴った。

 すると、ジャスランが指をぱちんと叩いた。

 

「んぐううううう」

 

 口枷越しのシャングリアのくぐもった絶叫が響き、シャングリアの右肘がどんと飛んで、肉の塊になった腕半分が床に弾け飛ぶ。

 

「やめてええ──」

 

 エリカは泣き叫んだ。

 なにも考えるな。

 必死に自分に言い聞かす。

 

 見るな。

 身体を動かせ。

 

 そして、皿の中の醜悪なものに向かう。

 決心して、手を伸ばす。

 切断されたペニスを掴んだ。

 そのまま自分の口の中に入れる。

 

「んふうっ」

 

 胃から苦いものが一気に込みあがる。

 だが、その苦みごと噛み千切った肉を強引に喉の奥に押し込む。

 

「ははは、いいわああ。美味しい? 汁も全部飲むのよ。少しでも食べるのをやめたら、指を鳴らすからね」

 

 ジャスランが大笑いした。

 エリカは、とにかく一心不乱に食べ続ける。

 しかし、どうしても吐き気が込みあがる。

 

「んげっ、だめ……」

 

 もどしそうになり、思わず手で口を押えた。

 

「あらあら、大変そうねえ」

 

 ジャスランがまたもや指を鳴らす。

 シャングリアの残っていた右の二の腕が爆発してなくなる。

 

「んんんんっ」

 

 エリカは口を押えて、懸命に口の中のものを飲み込んだ。

 ジャスランに向かって首を横に振る。

 

 食べてる──。

 ちゃんと食べているのだ──。

 

「次は左腕よ……。何度も言わせないでね。食べるのをやめたら、炸裂環を順番に作動させる……。今度は左腕を手首から……。その次は脚の付け根……。最後は首よ。あの人間族の女は、洗脳球で操れないからいらないの。あんたと違って、ロウを殺す役には立たないから、最初はすぐに殺そうと思ったんだけどね……」

 

 ジャスランが不機嫌そうに吐き捨てた。

 とにかく、エリカは懸命に食べ続けた。

 最後に皿を両手に持ち、口をつけて汁を飲む。

 やっとのこと、皿を空にした。

 

「お、終わったわ……。シャ、シャングリアを開放して……」

 

 エリカは口の周りを手で拭きながら言った。

 腹の中がむかむかする。

 いや、かっと熱くなるような……。

 

「な、なに?」

 

 すぐに身体の異常さに気がついた。

 全身が燃えるように熱くなる。

 身体から力が抜け、一斉に汗が全身から噴き出してきた。

 股間に異常な感覚が込みあがって、膣から愛液が滴りだすのが自分でもわかる。

 また、乳首が痛いくらいにがちがちに尖ってきた。乳房の疼きもすさまじく、膨らみの裾野から先端にかけて、どくどくとなにかが流れ出しているようにびりびりと響く。

 

「ペニスの姿煮を食べて、身体が熱くなった? まあ、汁には超強力な媚薬を溶け込ませさせたから、そっちかもね。なにせ、巨大な家畜を繁殖させるときに使う性興奮剤だそうよ。エルフ族にも効くのねえ」

 

 ジャスランが高笑いした。

 

「くっ」

 

 エリカは自分の手で胸を抱くようにして、椅子に座ったまま身体を縮めた。

 気を抜くと、人前であるにもかかわらず、膣も乳房も、思い切り自分で愛撫したくなる。

 その衝動をエリカは脂汗を流しながら必死に我慢した。

 

「さあ、ステージにあがりなさい、エリカ。いよいよ主役の出番よ」

 

 すると、ジャスランが言った。

 エリカは顔をあげた。

 

「しゅ、主役?」

 

「言ったでしょう? ロウの一番奴隷だというあんたは、スクルドがやって来るまでの私の生贄よ。たっぷりと恥をかかしてあげるわ……。洗脳球は使わない……。自分の足で行きなさい。それとも、私に指を鳴らさせたいの?」

 

 ジャスランが指を鳴らす仕草をする。

 

「や、やめて──」

 

 慌てて、エリカは立ちあがった。

 しかし、媚薬の効果が高すぎて、ぐらりと足が崩れそうになった。

 ジャスランが容赦なく、指を鳴らす。

 

「んぐうううう」

 

 今度はシャングリアの左手首が爆発でなくなった。

 治療はすぐに始まるが、シャングリアはぼろぼろと涙をこぼしている。

 

「ひ、卑怯者……。わ、忘れないからね……」

 

 エリカは、口惜し涙に視界を滲ませながら、ジャスランを睨んだ。

 そして、シャングリアのいるステージに向かう。

 台上にあがって気がついたが、シャングリを拘束している柱の下には、薄い板の台座があって、それが車輪で動くようになっていた。

 エリカが台上にあがると、シャングリアが柱ごと、ステージの隅に移動させられていく。

 

「シャングリア、しっかり……」

 

 エリカはそれしか言えなかった。

 革の口枷に顔半分を包まれているシャングリアが嗚咽をしながら数度頷く。

 あの気丈なシャングリアがここまで追い詰められている姿に、改めてエリカは身につまされる気持ちになるとともに、ジャスランへの憎悪がまたしても噴きあがる。

 

「両手は首の後ろだよ」

 

 ジャスランの声が近くでした。

 気がつくと、いつの間にか、ジャスランはステージの真ん前までテーブルごと移動させていた。

 手にエリカの洗脳球を握っているのは変わらないが、反対の手には酒が入っていると思うグラスを握っている。

 いままで観察する限り、ジャスランはエリカになにかを行動を起こさせるときには、必ず、あの洗脳球とやらを握っている気がする。

 半面、「何かをやらせない」ときには、洗脳球を使って一度命令するだけで、改めて洗脳球を握る必要もないみたいな感じだ。

 しかし、それがわかったところで、いまのエリカには打つ手はない。

 

 エリカは両手を頭の後ろで組む。

 すると、ジャスランがグラスから手を離して、手をあげて合図をした。

 ぞろぞろと前側のテーブルから、五人ほどの傭兵男たちがあがってくる。彼らは、準備されていたらしい白い指揮棒のようなものをひとりひとり手渡されている。

 棒の長さは、人の腕の長さほどあるだろうか。

 

「な、なによ?」

 

 その白い棒を持っている傭兵たちに取り囲まれてしまい、エリカは戸惑った。

 どの男たちにも、好色の色が浮かんでいる。そして、退廃的で淫靡な雰囲気だ。彼らは操られてはいるのだろうが、その好色さは本物だろう。

 エリカは、思わず生理的な嫌悪を覚えてしまった。

 

「その棒より近づかないわ。だって、群がりすぎて、ショーが見えなくなっても興醒めだしね」

 

「な、なにするつもりよ……?」

 

 エリカは手を頭の後ろに置いたまま、ジャスランを睨みつける。

 

「さあね……。じゃあ、お前の性経験でも、訊ねようかねえ。これまでに、まんこを男に貫かれたのは何人だい?」

 

「なんで、そんなことに答えないとならないのよ」

 

 ステージの下から質問をしたジャスランに、エリカはむっとして応じた。

 

「物覚えの悪いエルフねえ。エルフ族っていうのは、そんなに馬鹿なの?」

 

 ジャスランがわざとらしい呆れたという表情で指を構える。

 はっとして、慌てて口を開く。

 

「ひ、ひとりよ──。ロウ様だけよ──」

 

 絶叫した。

 なにが可笑しいのか、どっと笑い声が大天幕に響く。

 

「じゃあ、女は? まんこを擦り合った相手の回数は?」

 

 にやにやしながら、ジャスランが言った。

 指は構えたままだ。

 必死に考える。

 

 イライジャ……シズ……アスカ様……。コゼともやらされたか……。シャングリアも……。多分、スクルドも……。

 

 すると、どんと音が鳴って、ステージの隅のシャングリアが絶叫した。

 左腕も肘からなくなり、すぐに治療が開始された。

 

「こ、答えないんじゃないのよ──。考えていたの。かぞえてたのよ──」

 

 エリカは声をあげた。

 

「数えないと、わからないのかい?」

 

 ジャスランはきょとんとしている。

 

「そうよ。少なくとも六人……。もしかしたら、もっとかも……」

 

 仲間の女同士で絡み合うなど、ロウの命令で結構ある。いちいち、覚えていられない。

 

「もっと慎み深いのかと思ってたよ。そりゃあ、すまなかったねえ」

 

 ジャスランが笑い続ける。

 むっとしたが、そのとき、背後からお尻の付け根を棒で突くようにされた。しかも、棒の先端がぶるぶると震えながら蠕動運動をしている。

 

「なに?」

 

 思わず、手を離して棒を手で追い払った。

 またもやどんと音が鳴り、ついに、シャングリアの両腕が付け根からなくなった状態になった。

 

「いやあああ──。もうやめてよおお。傷つけるなら、わたしを傷つけなさいよお──」

 

 エリカは泣き叫んだ。

 すると、ジャスランの酷薄な声が響きだす。

 

「その人間族は殺してもいいんだ。ロウを殺す役には立たないしね……。だけど、お前には、ロウを殺すという使い道がある。お前は殺さないよ」

 

「ロウ様を殺してどうするのよ──。サキが怒り狂うわよ。ロウ様はサキの恋人なのよ──」

 

 叫んだ。

 すると、初めてジャスランがちょっと困った感じになった。

 

「そ、それは……」

 

 本当に困っている。

 もしかして、なにも考えてなかった?

 エリカは、さらに口を開いた。

 

「わ、わたしたちだって、サキの友人よ。こんなことをして、サキはあなたを殺すわよ」

 

「う、うるさい──。サキ様を呼び捨てにするな。サキ様が人間族を恋人にしたり、仲間にするわけがない。現に、王都では仲がよさそうだった人間族と大喧嘩していた。もう、人間族との遊びは終わったのだ。サキ様は妖魔将軍なのだぞ」

 

「そのサキの恋人がロウ様なのよ──」

 

「それ以上、喋るな──。あいつの首の炸裂環を作動させるぞ──」

 

 ジャスランが金切り声をあげた。

 エリカは押し黙った。

 

 ロウを殺すということが、サキの命令に逆らうというのは、実際にはジャスランにも自覚はあるのだろう。

 しかし、それでも、スクルドへの恨みが頭に刻み込まれて、正気を失っている感じなのに違いない。

 

 いずれにしても、冷静に説得できるような感じでもない。

 追い詰めたら、一切の思考を捨てて、誰も彼も皆殺しにしかねない気がする。

 仕方なく、エリカはこの場での説得は諦めた。

 

「ふっ、それよりも、腕がなくなってしまったじゃないかい。次は脚の番だから、シャングリアの尻に台座を付けて座らせてやりな。脚がなくなったら、さすがに立ってられないだろうしね」

 

 ジャスランの指示でステージの兵たちが動き出す。

 一度シャングリアの腰から下の革紐が解かれて、直柱に小さな板が設置された。それにシャングリアが座らされ、腰と腿と足首をもう一度直柱に拘束されていく。

 

「それよりも、ショーの続きだよ。お前はじっとしてるんだ。足を動かしたら、炸裂環を作動させる……。それと、絶頂してもだめだ。お前がみっともなく達したら、シャングリアの脚は片足ずつなくなるからね」

 

 ジャスランが言った。

 達したら?

 エリカは唖然とした。

 しかし、それを合図にするように、再び周囲の男たちが棒をエリカに近づけてくる。

 ただし、今度は五本が一度に──。

 

「ひっ」

 

 エリカは手を頭の後ろに置いたまま身をすくめた。

 この媚薬に追い詰められている身体をこんなにもたくさんの振動棒で刺激されたら……。

 自分は感じにくい方だとは思っているが、ずっとロウに調教されていて、多少は刺激に弱くなっているという自覚はある。

 もしも、絶頂してしまったら、今度はシャングリアが……。

 

「わっ」

 

 そのとき、小さい革の下着の具足の両裾に、同時に棒が左右から差し込まれた。

 二本の棒が協力するように、革の下着のような具足を足首側にさげていく。

 

「ちょ、ちょっと──」

 

 腕で追い払いたいのを必死で我慢して、身体を捩じって避けようとするとともに、両腿をしっかりと閉じて、脱がせないようにしようとした。

 だが、股間の付け根を狙うように、棒が前から押しつけられる。

 別の棒が乳房にも……。

 

「うはあっ」

 

 凄まじい快感を全身のあちこちから送り込まれて、エリカは、その場で身体を跳ねあげるようにのけぞらせてしまった。

 股間から力が抜けて、革の下着がさっと膝まで引き落とされた。

 

「ご開帳だ」

 

「いけっ」

 

 男たちが笑いながら、守るものがなくなった股間に一斉に棒を伸ばす。

 前後左右のあちこちから……。

 

「ああっ、やめええっ」

 

 衝撃にエリカは膝を突きそうになってしまった。

 媚薬に侵されている身体に受ける刺激は、全身が千切れるかと思うほどに気持ちよかった。

 がくがくと全身が震えた。

 

「随分と感じやすい身体だねえ。その調子じゃあ、シャングリアの両脚がなくなるのも、あっという間だろうさ。三度目の絶頂は、首の炸裂環だからね」

 

 ジャスランが大笑いしたのが聞こえた。

 エリカは必死に歯を喰い縛って、快感に耐える。

 

「あっ、はああっ」

 

 だが、だめだ。

 

 備えようと思っても、どこに備えればいいのかわからない。

 

 股間だけでなく、首筋、耳、脇の下。腰、太腿まで振動する棒の先端を当てられる。

 そのたびに、エリカはよがり狂ってしまい、股間から恥ずかしい樹液を噴きだせてしまった。

 

 いつの間にか、革の下着のような具足は、足首から無理矢理に抜かれて横に置かれ、乳房を包む胸当ては、乳房の外に出されてしまった。ふたつの乳房も剥き出しだ。

 その胸にも棒が左右から襲う。

 

「あああっ、いやああっ、はううううっ」

 

 エリカは、強烈な媚薬の疼きとそれを刺激する棒に狂いそうになりながら、懸命に脂汗に光る裸体を振るわせ続けた。

 必死に顔を振る。

 絶頂は近い。

 自分でもそれがわかった。

 

「ふぐううう」

 

 また、クリトリスに……。

 懸命に腰を逃がそうとする。

 別の棒がぐりぐりと後ろから股間を抉る。

 腿をぎゅっと閉じて、棒が侵入するのを防ぐ。

 そして、腰を振って、執拗に襲うクリトリスへの棒も避け続けた。

 

「足を開くんだよ。そして、動かすな。拒否すれば指を鳴らすからね」

 

 ジャスランが笑いながら言うのが聞こえた。

 エリカはがくがくと身体を揺すりながら、哀願の顔をジャスランに向ける。

 ジャスランは、満足そうに微笑みながら、グラスの酒をすすっている。

 エリカの視線に気がついたのか、さっと指を鳴らす仕草をした。

 

「だめええっ」

 

 エリカは、急いで足を肩幅に開いた。

 今度こそ、無防備になったクリトリス、さらにヴァギナ目掛けて、五本ほどの振動する棒が前後から襲い掛かる。

 棒は先端が振動するだけでなく、自在に先側の角度も変えられるようになっているみたいだ。

 股の下に侵入した棒が先端を上に向けるように曲がる。

 股間をこじ開けるように、下から膣を押し上げてきた。

 

「ああああっ」

 

 瞬時に絶頂感が込みあがった。

 身体をがくがくと震わせる。

 耐えようと、またもや、血が出るほどに懸命に歯を喰いしばった。

 

「なんだ、これ? 急に固くなって入らねえぞ」

 

「尻の穴もだ」

 

 男たちは不満そうに言っているが、前後両方の入り口を振動で刺激され、あっという間にエリカは絶頂に追い込まれた。



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595 愚劣で醜悪で好色な(ショー)(その2)

「終わりよ」

 

 まさに絶頂しようとする瞬間、突然にジャスランの声が響いた。

 

「えっ?」

 

 男たちの操っていた白い棒はエリカの身体から引かれたが、昇天の一歩手前で絶頂を取りあげられたエリカは、一瞬だけきょとんとしてしまった。

 そして、我に返り、醜態をさらしていたことを思い起こして、羞恥に包まれる。

 だが、下手に刺激をされたことで、全身を苛む媚薬による沸騰しそうな疼きが蘇り、エリカはぎりぎりと歯ぎしりをした。

 

「おやおや、友達の脚よりも、快感を取りあげられた方が残念そうじゃないかい。やっぱり、エルフ族というのは、魔族とは違って好色にできているようさ」

 

 ステージの下のテーブルの前にいるジャスランが揶揄するように笑う。

 エリカは頭の後ろに置いている手をぐっと握る。

 じっとしていても、脚が震えるほどの全身の疼きだった。

 なにもされていないのに、肩幅に開いているエリカの股間からは、つっつっと愛液が内腿を滴り落ちている。

 また、気がついたが、いつの間にか、ジャスランのいるテーブルには、一個の砂時計が乗っている。砂は下に落ちきっていた。

 

「準備した砂時計が短すぎたかもねえ。たったの五タルノスじゃあ不満だったかい?」

 

 ジャスランが笑い続ける。

 五タルノス(*)計か……。[*1タルノス=1分]

 くそう……。

 馬鹿にして……。

 

「も、もう……いいでしょう……。い、いくらでも、わたしは辱めてもいいから……シャングリアは休ませて……」

 

 エリカは肩で息をしながら言った。

 男たちからいたぶられた時間は、ほんの短い時間だっただろう。しかし、エリカにとっては、地獄のような苦悶の時間だった。

 あの快感地獄で受けた刺激から絶頂を耐える時間は、エリカから途方もなく体力を奪ってもいる。

 

「そうはいかないさ。さあ、お代わりだよ。次も同じだ。時間はたったの砂時計一回分だ。そのあいだ、絶頂を耐え抜いてごらん、エリカ」

 

 ジャスランの合図で、まだステージに残っていた五人の傭兵男たちは、残念そうにステージからおりていく。

 代わりにあがってきたのは、五人の女傭兵の人間族たちだ。

 女傭兵といっても、筋肉質の女から、見た目は町女のようにほっそりとしている者までさまざまだ。年齢は三十歳を下回る者はなさそうだ。

 今度は、男たちのような棒は持っていない。

 

「このエルフは、男たちの前戯じゃあ、物足りないそうさ。お前たちで可愛がってやりな。砂時計のあいだに絶頂させるんだ。できなければ、全員を傭兵用の性奴に落とすからね。ここには女傭兵はいても、女娼婦はいないみたいだ。こいつらにやらせようと思ったけど、残念ながら得体の知れない術がかかっていて、男の珍棒は受け付けなくてね」

 

 ジャスランの言葉に、女たちがぎょっとなったのがわかった。

 エリカも唖然とした。

 

「……さて、エリカ、お友達の脚を守るために、死ぬ気で頑張るんだよ。絶頂すれば指を鳴らして吹っ飛ばす。じゃあ、始め──」

 

 ジャスランがテーブルの上にある砂時計をひっくり返す。

 

「い、いくわよ。性奴なんて冗談じゃない。男は二百人もいるんだ。それをあたいたちだけなんて、毀れちまうよ──」

 

「エルフ族なんて、どいつもこいつも気取っていて、いけ好かない。好色の化けの皮を剥いでやろうぜ」

 

 リーダー格らしき女の最初の掛け声とともに、女たちが一斉に寄ってきた。

 全身に十個の手が向かってきて、一斉に愛撫が始まる。

 

「うくっ、うううっ、うう……」

 

 エリカは必死で歯を喰いしばる。

 さっきの男たちによる愛撫とは、また違った刺激だ。

 男たちは、振動する玩具のついた棒越しとはいえ、自分の欲望をぶつけてくるような強引な感じのいたぶりだった。

 だが、今度は違う。

 あくまでも、エリカの性感を刺激するための愛撫だった。もっと乱暴なら耐えやすいが、女たちの手はどこまでも優しくて、丁寧だった。

 

「ひぐううっ」

 

 そして、女たちのひとりが陰核に強烈な刺激を送ってきて、一気にエリカは忘我の頂点に昇りそうになる。とにかく、懸命に耐える。

 だが、左右の乳房にふたりがかりで別々の刺激を送られて、身体の芯を貫くような快感が迸る。

 しかし、そっちに気を取られると、またしてもクリトリスが無防備になり、絶頂寸前に追い込まれる。

 

「ああっ、はぎいいいっ」

 

 とにかく絶叫して我慢する。

 しかし、こんなのはきつい。これほどに強い媚薬に苛まれて、五人がかりの刺激に耐えるなど無理だ──。

 砂時計を見る。

 まだ半分──。

 エリカは、血が出るほどに歯を噛みしめる。

 

「し、しぶといわ──。それに、穴が入らない。お尻も肉で固くなってガードされている。どうなってんの?」

 

 女たちのひとりが焦ったように言った。

 エリカたちの身体は、ロウによって、ロウやロウに支配されている女以外の者からの、股間やアナルへの責めを受けつけないようになっている。

 見えない貞操帯ということだ。

 そのことには、助けられている。

 

「そうだ。耳よ──。エルフ族は感覚が鋭くて、耳も敏感よ」

 

 別の女がそう言って、胸をさすりながら、耳に舌を這わせてきた。

 一瞬、ぞくっとなって、全身を襲う快感が一気に拡大した気がした。

 

「こっちもよ」

 

 すると反対側も……。

 エリカは思わず、首を振ってよけようとした。

 しかし、がっしりと手で頭を押えられて首を捻るのを封じられる。

 

「効いているわ。もう少しよ──」

 

「こっちも舌でいきましょう。あたいに任せてくれない」

 

 女がエリカの前に跪いて、クリトリスに舌を這わせてきた。

 

「あああああっ」

 

 懸命に股間にガードを集中する。

 しかし、そうすると、胸が無防備に……。

 乳首への愛撫が左右とも、舌に代わった。

 片側の耳から舌がなくなり、すぐに尻たぶを両手で拡げられて、お尻の穴の周りを舐められる。舌は入ってこないが、アナルの入り口をねっとりと舐められる。

 

「ああっ、だめええええ」

 

 さすがに全身で五箇所同時の舌責めに、エリカは目がくらむような陶酔感に襲われていった。

 しかも、舌だけでなく、十本の手も全身を這いまわっているのだ。

 五体のあちこちから、爆発するような甘美感が繰り返し襲い続ける。

 エリカは、脚を拡げて立ったまま、裸身を狂ったように捻らせる。

 

 無理──。

 もう、無理──。

 

 あと、どのくらいか──?

 砂時計は、すでに落ちきりかけている。

 

「うふふ……」

 

 そのときだった。

 酒を舐めたグラスをテーブルに戻そうとしたジャスランが、こつんと砂時計にグラスを当てて横に倒した。

 エリカははっとした。

 

「あら、倒しちゃったわ」

 

 わざとらしく言いながら、ジャスランが砂時計を縦にする。

 しかし、落ちきっていた状態ではなく、砂が集まっている方を上にして……。

 

「ず、ずるい──。ひ、卑怯よ──」

 

 エリカは絶叫した。

 ジャスランが大笑いする。

 

「なにを文句言われているのか、わからないねえ」

 

 ジャスランが笑い続ける。

 しかし、これ以上耐えるのは不可能だった。

 媚薬の爛れている裸体への強烈な刺激は、全身の官能という官能を狂ったように呼び起こす。

 さすがに、絶頂は間近だ。

 耐えなければとは思うのだが、エリカはすでに追い詰められている。

 ただただ、皮一枚でとどまっているだけである。

 

「んぎいっ、痛い──」

 

 すると、クリトリスを舌で責めていた女が、急にエリカの肉芽に根元に歯を立ててきた。甘噛みであり、強いものではなかったが、愛撫とは違う刺激に、エリカは全身を硬直させてしまう。

 

「いまよ──」

 

 そして、その女が一瞬口を離して合図する。

 女たちの舌が一斉に刺激を強くする。

 

「あぐうううっ、んふうううっ」

 

 身体ががくがくと痙攣をして、エリカはついに絶頂してしまった。

 すると、どんという音が横で鳴った。

 そして、革の口枷で口を封鎖されているシャングリアのくぐもった悲鳴──。

 

 安堵の息をする女たちが離れて視界が開く。はっとして、視線を向けると、シャングリアの右足が付けねから落ちていた。

 すでに、治療師による止血と爆発傷の封鎖が始まっている。

 

「あああっ、そんなああ」

 

 エリカはぼろぼろと涙を流して絶叫した。

 

「ちょっとくらい我慢できないなんて、友達がいのないエルフだねえ。呆れたものさ」

 

 ジャスランが笑っている。

 エリカは、涙で歪む視界でジャスランを睨んだ。

 

「お、お前を……ゆ、許さない……。ぜ、絶対に……絶対に殺してやる……」

 

 誰かをこれほどまで憎いと思ったことは初めてだと思った。あのパリスだって、ここまで憎悪を膨れあげはしなかった。

 

「そうかい。じゃあ、次の見世物だ。今度は簡単だよ。手を離していいから、いまから渡す透明の筒に、お前の愛液を充満させな。制限時間はやっぱり砂時計一回分だ。友達の脚を守るよりも、快楽を極めることを選ぶほどに好色なお前だ。わけもないことだろう?」

 

 ジャスランがそう言うと、ステージの横からひとりの傭兵が出てきて、エリカに小さな円筒状の筒を手渡した。

 エリカはそれを受け取りつつ、とにかく、手で胸と股間を隠す。

 脚を閉じれば、シャングリアに装着している炸裂環を作動させると言われているが、身体を隠すなという命令は取り消された。

 問題はないはずだ。

 

「こ、これを……?」

 

 改めて、渡されたものを見る。

 長さは人差し指の二倍くらいだろう。円筒状の筒の太さも、やはり人差し指一本分くらいというところだ。

 これに、愛液を満たせって?

 

「見たことはあるかい? 錬金術で使う“試験管”という試薬を入れたりする容器だ。ちょうどいいから使うことにしたよ」

 

 ジャスランが言った。

 錬金術?

 確か、得体の知れない実験を繰り返したり、怪しげな鉱物や植物を集めたり、不可思議な器具を作ったりして、とにかく、未知の魔道や魔道具を作り出すということを目的する研究術のことだ。

 しかし、その多くは世捨て人のように閉じこもっている者が多いので、実際には、あまり、彼らの研究が表に出ることはない。

 

 だが、ドワフ族の一部では、その錬金術が拡まっているとは耳にしたことがある。

 ミランダのように、町に出てきて人里で暮らすようにドワフ族ではなく、旧態依然として、山中に作った地下部落で生活をしている”山ドワフ”と称される者たちでの話だ。

 だが、ジャスランは、その錬金術をするのか?

 もしかして、「洗脳球」というような魔道具は、それにより作られたもの?

 

「じゃあ、始めな。エルフ女のオナニーショーだ。ただし、いくら愛撫しても、絶頂はするんじゃないよ。お友達の脚はもう一本だから、次は首だよ。後がなくなるよ」

 

 ジャスランが酷薄に言った。

 またもや、怒りでかっと血が昇る。

 畜生……。

 相変わらず、ジャスランの左手には、エリカの身体を制御している「洗脳球」が握られていて……。

 あれさえ、手から離れれば、何とかなるかもしれないのに……。

 

「始め──」

 

 ジャスランがグラスを持っていた手を離して、砂時計を返す。

 砂が落ち始める。

 

「くそうっ」

 

 エリカは悪態をついて、股間に試験管の縁を当てる。

 ただでさえ、強烈な媚薬のために、内腿どころか足首まで、ねちょねちょと愛液は滴っているのだ。

 縁を股間に当てるだけで、試験管の中には、愛液が溜まり始める。

 開いている片手で乳房を持った。

 爛れるように疼きていた乳房をきゅっきゅっと揉む。

 

「自慰をはじめたぜ──」

 

「いやらしいぜ」

 

「おうおう、やるもんだぜ」

 

 大天幕内の傭兵たちが歓声をあげるとともに、一斉に野次を飛ばしだした。

 エリカは、彼らの声に一瞬だけ、表情を歪めそうになったが、すぐに彼らのことは頭から消すことに決めた。

 やらなければ、シャングリアが殺されてしまうのだ。

 だったら、ちょっとくらい恥をかくなど、なんでもない。

 

「ああっ」

 

 没頭すると決めたら、胸から響き渡る大きな快感に、エリカは甘い声をあげてしまった。

 気持ちいい……。

 全身を襲っているただれるような媚薬による欲情は、官能という官能を呼び起こしている。

 しかも、一度達したことで、エリカの身体はさらに敏感になっていた。

 あっという間に、すさまじい快感がエリカを貫く。

 

「ううっ、ああっ」

 

 揉みあげるほどに、峻烈な快感の嵐が駆けあがる。

 エリカはがくがくと身体を震わせた。

 

「そんな悠長にやっていいのかい、好色エルフ?」

 

 ジャスランの声……。

 視線を向けると、砂時計がすでに半分近くなっていた。

 一方で、試験管の中の愛液は、まだ四分の一もない。

 

「くっ」

 

 手を胸ではなく、股間に持っていく。

 試験管を膣から離さないように注意しながら、クリトリスに指をあてる。

 

「あううっ」

 

 悲鳴のような声をあげてしまうとともに、エリカは身体を弓なりにのけぞらせてしまった。

 胸への刺激とは比べものにならない快美感が四肢を貫く。

 

「ああっ、だめええ」

 

 気持ちよすぎて我を忘れそうになる。

 傭兵男たちの視線を感じつつ、エリカは欲望のまま下腹の内側にも、指を挿入した。入り口の近くのざらざらした部分を強く内側から押すように愛撫した。

 いつもロウは、ここを怒張の先で押し揉むように動かしてくれる。

 そんなときは、いつもエリカは途方もない快感に飛翔されられる。それを思い出す。

 

「あああ、はあああっ」

 

 ロウのことを頭によぎらせた瞬間、一気に絶頂が襲ってきた。

 慌てて、指を抜いて股間からも離す。

 

「あくうっ」

 

 ぎりぎりのところで快感を寸止めできた。

 ほっとする。

 試験管には、すでに半分をずっと超えた愛液が溜まっている。

 砂時計は、残り四分の一……。

 

「いまのは危なかったんじゃないかい? だけど、自分でなら、穴に指が入れられるのかい? もしかして、仲間内では膣に入れ合いはできるということ? そういえば、仲間の女同士でもたくさん経験があると言ってたっけ……」

 

 ジャスランがぶつぶつと言っているのが耳に入ってきた。

 気にしない。

 

 もう少しだ……。

 早く……。

 

 エリカは再び股間に手を持っていく。

 愛撫を再開する。

 鎮まりかけた快感が一気に膨れあがる。

 

「あっ、はうっ、ああっ」

 

 呼吸をするように甘い声が断続して出る。

 一瞬、砂時計を見る。

 どんどんと砂が上の部分からなくなる。

 間に合わない──。

 

 エリカは膣に入れる指を二本にした。

 これはロウの指……。

 そう考える……。

 快感が大きくなる。

 

「はああっ、気持ちいい、ああ、ロウ様あああ」

 

 大きく身体がのけぞった。

 そのまま指を抽送させる。

 

「んぐうううっ」

 

 噴きだす愛液による淫らな水音をさせながら、猛烈に指を出し入れした。

 さっきよりも、遥かに芳烈な絶頂のうねりが襲い掛かってきた

 指を離す。

 

「くうう……」

 

 寸止め……。

 やめると、途方もない欲情が身体をさらに激しく燃えあがらせる。

 苦しい。

 疼きが苦しい。

 一度上げて確認したら、たまりにたまった愛液は、もうすぐ縁に届きそうになっていた。

 すぐに試験管を股間に戻す。

 愛撫を再開する。

 

「そうやって、狂うまで寸止めを自分でやりな。ほら、砂がなくなるよ」

 

 ジャスランが揶揄の声をあげた。

 エリカは砂時計に視線を向ける。

 確かに、もうちょっとしかない。

 慌てて、手を股間に戻す。

 

「んふうっ、んふううっ」

 

 指の抽送を再開すると、たちまちに大きな快感が蘇る。

 エリカは恥ずかしい声をあげて、全身を震わせた。

 

「終わりだ──」

 

 そして、ついに砂時計が落ちきった。

 エリカは脱力する感じに襲われつつ、手を股間から離す。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 エリカは肩で息をしながら、ジャスランに向かって試験管を示した。

 しっかりと縁まで愛液が満たされている。

 

「さすがに、人前で自慰をするような恥知らずだけあるさ。好色さは人一倍だねえ」

 

 ジャスランが立ちあがる。

 そして、ゆっくりとステージにあがってきた。

 エリカは注意深くそれを見守った。

 左手に握っている「洗脳球」……。

 あれさえ、離させれば……。

 しかし、エリカは洗脳球によって、ジャスランに攻撃するように身体を動かすことを制御させられてしまっている。

 どうしても、体当たりのようなことをすることができない。

 

「試験管をそのまま出しな」

 

 ジャスランがエリカに、愛液入りの試験管を真っ直ぐに差し出させた。

 すると、ジャスランが試験管に洗脳球を持ってない手をかざす。

 風のような小さな魔道が起きて、ジャスランの手のひらに赤い線が入ったと思った。

 その線が開いて、血が滴り落ちた。

 試験管にジャスランの血が混ざり、濁った赤い色になる。

 

「飲みな」

 

 ジャスランが言った。

 ちょっと躊躇ったが、さっきのペニスの姿煮に比べればどうということはない。

 エリカは試験管を口につけて、試験管の中のものを一気に飲み干した。

 ジャスランがにやりと微笑んだ気がした。

 

「さて、次の趣向はどうしようかねえ。女同士で乳繰り合わせようか」

 

 ジャスランが陽気な口調で言って、ステージ横の係員のような傭兵を呼んだ。

 何事かを指示をして、突然にシャングリアに向かって手を向ける。

 ばんと音がして、シャングリアを拘束していた革紐が直柱から全部切断される。

 

「んぐっ」

 

 すでに両手が付け根からなく、脚も片足だけになったシャングリアが地面に落ちた。

 

「シャングリア──」

 

 エリカは叫んだ。

 そのシャングリアが魔道で、ぐんとエリカの前まで跳んできた。

 

「んふううっ」

 

 頭を打ち付けられたらしいシャングリアが口枷の下から呻き声をあげた。

 

「ふふふ、じゃあ、次は、お前がシャングリアを犯すんだ。今度は時間以内にシャングリアを絶頂させな。さもないと、シャングリアの脚はなくなるからね」

 

 ジャスランがシャングリアに近づくと、宙から小瓶のようなものを取り出し、シャングリアの股間に傾けた。

 半透明の液体がシャングリアの股間に注がれる。

 

「ふふふ、これは拷問用だけど、普通は原液じゃ使わないからね。まったく薄めていないで直接に股間を濡らしたりしたら、この私でもどうなるのかわからないさ。もしも、狂ったら悪いね」

 

 ジャスランが笑った。

 すると、シャングリアが突然と大きく目を見開いたかと思うと、狂ったように片足をばたつかせて、身体を揺さぶりだした。

 折れている脚をあんなに動かすほどのシャングリアの苦悶に、エリカは驚いた。

 

「んんんんっ、んんんんっ、んぐうううう」

 

 シャングリアの激しい苦悶の声は続いている。

 そのシャングリアの全身はたちまちに真っ赤になり、脂汗まで流れ出した。

 

「強烈な痒み液さ。私からの贈り物だよ。前戯の手間が省けるだろう。さて、やりな、エリカ」

 

 ジャスランがステージからおりていく。

 また、いつの間にか、エリカの周りにふたりの男が出てきていて、エリカの口になにかを挿入してきた。

 

「んんっ」

 

 完全に口に入れられる前にちらりと見れたが、それは革を固めた男根のディルドだ。

 それが口いっぱいに挿入されたのだとわかった。そして、そのディルドの根元には口を覆う革がついていて、ディルドが口から出せないように、エリカの顔半分がそれで包まれて、顔の後ろで留められる。

 また、その革の口覆いの外側にも、黒い革で固めたディルドが外に出ている。

 エリカは、口からペニスを生やしたような恰好になってしまった。

 

「その口につけてやったペニスでシャングリアを犯しな。さて、今度は絶頂させるんだ。五タルノスで間に合うかねえ」

 

 テーブルに戻ったジャスランが、砂時計を返すのがわかった。

 仕方ない……。

 エリカは、シャングリアに向き合う。

 

「んんんんっ、んんんんっ、んんんんっ」

 

 掻痒液とか言っていたが、余程に痒いのだろう。

 シャングリアは地面でのたうち回っている。

 

「んんっ、んんんっ」

 

 とにかく、落ち着かせようとして、エリカはシャングリアに声をかけつつ、彼女の横に跪く。

 シャングリアもエリカの存在に気がついたのか、涙目で大きく数回頷くような仕草をした。

 そして、エリカに向かって股を向けてきた。

 

「んんっ」

 

 エリカも頷く。

 顔を近づけて、口の前のディルドをシャングリアの膣に一気に挿入した。

 

「んんんんっ」

 

 シャングリアが腕大きくのない身体をのけぞらせた。

 傭兵たちが大喜びの声をあげる。

 エリカは屈辱に耐えながら、口の前のディルドでシャングリアを犯し続けた。

 

「んふうううっ」

 

 一本脚のシャングリアが地面でよがる。

 エリカの顔がシャングリアが噴きこぼす愛液まみれになっていく。

 

 そのときだった……。

 突然に身体になにかが襲った。

 

 そして、エリカはずっと襲われ続けていた身体の小さな硬直感が消滅していることに気がついた。

 シャングリアからディルドを抜く。

 

「んぐっ」

 

 シャングリアが悶え苦しむような仕草をしたが、それよりもジャスランだ。

 どうなった──?

 

 すると、大天幕内が騒然となっている。

 ジャスランが椅子から転げ落ちて、すぐそばに洗脳球が転がっていた。

 もしかして、転がっているのは、エリカの身体を縛っていた洗脳球か?

 やっぱり、それから手離したから、エリカの身体が自由を取り戻した?

 

「お痛はいけませんよ、ジャスランさん。随分と勝手なことをしてますね。これはお仕置きをしないと、わたしがご主人様に叱られてしまいます……。それと、エリカさん、シャングリアさん、すぐに片づけますから……。ああ…。多分、半分はわたしのせいですね。申し訳ありません」

 

 天幕の入口にいたのは、肩で息をしているスクルドだった。

 まるで走ってきたような感じだ。

 実際に、どこかから、走ってきたのだろう。

 ロウのところにいたはずだが、移動術で転移してきたか?

 しかも、もしかして、ひとりで来た? そんな雰囲気だが……。

 

 それはともかく、半分は自分のせいって言った?

 半分だと──。

 

「ス、スクルドおおおおお──」

 

 一方で、地面にお尻をつけていたジャスランが半身を起こして絶叫した。

 地面に転がっているものとは違う別の洗脳球を手に持っている。

 エリカは、はっとした。



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596 飛んで火にいる……魔道遣い

「スクルドおおおおお──」

 

 ジャスランが咆哮のような声をあげる。

 エリカは、考えるよりも先に動いていた。

 比較的そばにいて、さっきからエリカたちを卑猥な見世物にする手助けをしていた係員の傭兵男に飛びかかり、腰の剣を抜く。

 

「うわっ、なにを──、ふごおおっ」

 

 邪魔しようとしたので、股間を蹴りあげて悶絶させた。

 視線を向ける。

 

 ステージの下のジャスランに対して、スクルドはこの大天幕の入り口側だ。

 また、この天幕には、五十人ほどの男女の傭兵が集められていたが、彼らはいきなり始まった騒乱に、呆気にとられて、ほとんど動いていない。

 

「スクルド、そこにひれ伏せえええ──」

 

 ジャスランが洗脳球をかざしたまま絶叫した。

 しかし、スクルドもなにかを感づいたのだろう。その一瞬前に、大きく目を見開いたかと思うと、突如として姿を消滅させた。

 移動術だろう──。

 

「くそうっ、どこに行った──」

 

 ジャスランが立ちあがって、スクルドを探すような素振りをしている。

 つまりは、さっきの言葉だけでは、まだスクルドの支配には至っていないのだろう。

 

 だが、エリカもやられたが、一度、洗脳球を突きつけられて命令をされると、それで逆らうことができなくなる。

 どんなことでも、洗脳球を通して命令されたことは身体が実行させられるし、逆に、禁じられたことについては一切、行動することができない。

 それは意思とは無関係であり、手足や肉体だけが洗脳球に従ってしまうのだ。

 怖ろしい肉体支配具なのだ。

 

 しかし、それを手元から離してしまうと、効力がなくなるのに違いない。

 いまのエリカは、自由を取り戻している。

 ジャスランは、おそらく、スクルドを刻んでいると思う洗脳球を握って、懸命にスクルドを探す仕草はしているが、地面に転がっているエリカの洗脳球には、意識は向けていない。

 

 それにしても、これはとれないか?

 エリカの口には、革の口覆いが装着されており、口の中には男根のディルドが突っ込まれていて、口覆いの外側にもディルドが装着されている。

 たったいままで、それでシャングリアを犯させられていたので、ねっとりとシャングリアの愛液で濡れていた。

 外そうと思ったが、顔の後ろで金具のようなもので何箇所も固定されていて、簡単にはいなかい。

 また、足首にあるアンクレットを見た。

 これは魔道封じであり、あの檻車に入れられるときに嵌められたものだ。

 ちょっと見たが、金属であり、これも簡単には切断できないだろう。

 

 仕方ない──。

 そのままだ。

 エリカは飛び出した。

 

「なに──?」

 

 ジャスランが気がついた。

 こっちを向く。

 

「エリカあああ──」

 

 ジャスランが叫ぼうとする。

 そのときには、エリカはもうジャスランの目の前だ。

 剣をジャスランに向かって叩きつける。

 だが、ジャスランが腕を出すとともに、咄嗟に真後ろに跳躍した。

 

「んがあああ」

 

 ジャスランは洗脳球を握って離さない右腕でエリカの剣を受けとめて弾いた。まるで金属の塊に叩きつけたような感触に驚いたが、すぐに身体強化魔道だろうと悟った。

 滅多には接することはないが、まれに、身体を金属のように固くする魔道を遣う者があると耳にはしたことがある。

 

「く、糞ったれが、いいから……うわっ」

 

 なにかを喋ろうとしているみたいだが、それはさせない。

 さらに、距離を詰める。

 身体が金属のように固いならば、金属として切断するだけだ。

 剣を構えて跳躍する。

 

「ほごおおっ」

 

 そのとき、いきなり、ジャスランがこっちに向かって跳ね飛ばされてきた。

 たったいままでジャスランがいた場所の真後ろにスクルドが立っている。

 移動術で再出現したのだろう。

 両手を掌底打ちのように構えているので、至近距離で背中から衝撃波でも叩きつけたいに違いない。

 エリカは、体勢を完全に崩しているジャスランの首に剣を叩きつける。

 

「あがああっ」

 

 ジャスランはまたも腕で避けたが、今度はわずかだが傷をつけることができた。また、その衝撃でジャスランが持っていた洗脳球を取り落とす。

 

「あっ、しまった──」

 

 ジャスランが身体を伸ばして、手を伸ばす。

 だが、エリカはすかさず、球体を蹴り飛ばした。

 

「貴様あああ──」

 

 洗脳球を握り直そうとしていたジャスランは、跪いている状態だった。憎悪の表情でこっちを見る。

 しかし、怒っているのはこっちだ。

 エリカは、ジャスランの喉を目掛けて、剣を力の限り叩きつけた。

 

「んごっ、がああっ」

 

 またもや金属のような音──。

 ジャスランの首には、赤い線が走っただけで、エリカの剣技をもってしても切断できなかった。

 これは、魔道じゃないと殺せないか──。

 エリカはジャスランの顔を蹴り飛ばしてひっくり返す。

 

「あがっ、げほっ、がっ」

 

 ジャスランが喉を押さえて、仰向けに倒れた。

 

「操り具を使った支配術のようですね。ジャスランの言葉を封じましょう。それで命令はできませんわ」

 

 スクルドがそう言って、ジャスランに魔道を放つ。

 ジャスランの口が固く閉まった。ジャスランが目を見張っている。

 

 なにを甘っちょろいことを……と思ったが、いまだにエリカの口には、屈辱的な口覆いをされたままだ。言葉を発せない。

 いずれにしても、殺せるときに殺さないと、なにを仕掛けているかわからない。

 エリカは、親指で首を斬り裂く真似をして、すぐに息の根をとめろと、スクルドにエリカの考えを発する。

 

「……でも、可愛い顔をしてますもの……。調教はご主人様にお任せしましょうよ。せめてもの、お詫びですから……。ふふふ……」

 

 スクルドがくすくすと笑いながら、ジャスランにさらに魔道を放つ。

 ジャスランの手足がひとつになり、集まった四肢に魔道の輪っかが出現した。

 

「んんんんんっ」

 

 ジャスランがすごい形相をして暴れているが、スクルドがさらに魔道を放つと、重い枷でもつけられたように、拘束された四肢の部分が動かなくなった。

 見えない重りを増加する魔道か?

 

「多分、二日……、もしかしたら、一日半ほどで、ご主人様たちはこっちに来られるでしょうか……。ひとりでやって来たわたしと違い、ご主人様はあのエルフ族の護衛隊を率いてこられるでしょうし、いくら移動術でも、集団移動するには、どうしても、それくらいの時間が必要でしょうしね」

 

 スクルドがにこにこしながら言った。

 次の瞬間、エリカの口を覆っていた革覆いの留め具が頭の後ろで外れた。

 スクルドだろう。

 エリカは、忌々しい淫具を口から取り去って放り投げる。

 

 周囲を見渡す。

 天幕に集まっていた五十人ほどの傭兵は、誰も彼も呆然とした感じになり、どうしていいかわからない雰囲気でこっちを見守っている。

 しかし、操られている表情に変化はない。

 おそらく、まだジャスランの支配下にあるのだろう。

 エリカは舌打ちした。

 

「どいつもこいつも、とりあえず、じっとしてなさい──。こいつはもう無力よ。逆らえば、皆殺しにするわよ──」

 

 叫んだ。

 傭兵たちがぎょっとしたように硬直するのがわかった。また、思い出して、両手で裸体を隠す。

 

「あらあら、皆殺しは物騒では?」

 

 スクルドがくすくすと笑った。

 エリカはかっとなった。

 

「なに言ってんのよ。それよりも、シャングリアを──」

 

 シャングリアは、まだステージでもがいていた。

 スクルドが両手を向ける。

 

「ああ、そうでした……。シャングリアさんは、とりあえず、痒み剤の毒消しと体力増加の快復術だけはかけますね……。申し訳ありません。さすがに、切断された手足の復活までは、わたしではできないのです……。ガドさんか、ミウならできるのでしょうが……。あら、骨も折れているのですね。それは治します……」

 

 スクルドがステージでもがいていたシャングリアに向かって、魔道を放った。

 暴れていたシャングリアが脱力して静かになったのがわかった。

 エリカはほっとした。

 

「……ガドが、手足の復活だってできるほどの光魔道を遣うことができるのは知っているけど、ミウにもできるの?」

 

 パリスの部下だったダルカンによって、イムドリス宮を占拠されたとき、あのアルオウィンは、手足を切断されて惨い拷問を受け続けていた。

 それを復活させたのはガドニエルだ。

 しかし、ミウにもそれができるのか?

 

「あの子の素質は素晴らしいですわ。水晶宮にいるあいだ、ガドさんにも魔道を師事を受けていたようですけど、上級魔道をあっという間に修得してしまうのです。わたしも驚いてしまいました。多分、覚えさせさえすれば、どんな魔道でも再現できそうな気がしますわ」

 

 スクルドがにこにこしながら言った。

 エリカは、ミウが水晶宮でも魔道の勉強をしていたことは知らなかったので感心してしまった。

 だが、我に返った。

 そんなことよりも、こいつだ。

 

「それよりも、ジャスランにとどめを刺しなさい。わたしの剣じゃ、こいつの肉体強化魔道を受け付けないのよ」

 

 エリカはスクルドに怒鳴った。

 

「あらあら、でも、ご主人様へのお土産にいいと思いませんか? 結構、感じやすくて素晴らしい身体をしてますのよ」

 

 スクルドがくすくすと笑った。

 こいつはなにを言っているのだと腹がたった。

 しかし、いまの物言いによれば、もしかして、スクルドはこのジャスランに性的な悪戯でもしたのか?

 それを恨みに思ったジャスランが、ここで復讐を企てた?

 エリカは唖然となりかけた。

 

「いいから、殺しなさい。こいつが、ここで何人の人間族を残酷に殺したと思ってんのよ。ロウ様がこんな女を相手にするわけはないでしょう」

 

「そうですか……。では、お土産を準備する以外に、どんな風に、ご主人様にお詫びをすればいのか……」

 

 スクルドが悲しそうな顔になった。

 この女はと呆れた……。

 

 そのときだった。

 

 エリカははっとしてしまった。

 地面に四肢を束ねられて動けなくなっているジャスランの腕から流れる血が、いつの間にか、スクルドの足元に伸びて、魔道紋様をかたち作っていたのだ。 

 あれは、魔道を逆転する紋様──。

 まずい──。

 

「スクルド、足元──」

 

 エリカは叫んだ。

 スクルドがやっとそれに気がついて、ぎょっとした表情になる。

 

「きゃあああああ」

 

 だが、次の瞬間、スクルドの悲鳴がとどろき、その場にひっくり返った。

 スクルドの魔力が一気に紋様に吸収されて、ジャスランに入ったのがわかった。

 

「スクルド──」

 

 エリカは叫んで、剣を構え直す。

 しかし、そのときには、ジャスランの魔道の拘束が解けて、その場に立ちあがっていた。

 エリカは飛びかかろうとした。

 

「エリカ──。スクルドの両腕を切断しな──」

 

 ジャスランが叫んだ。

 すると、あの身体の硬直感が復活して、エリカの身体が勝手にスクルドに向き直った。

 

「ひっ、に、逃げて、スクルド──」

 

 エリカは恐怖に包まれて声をあげた。

 スクルドもうずくまったまま、目を見張っている。

 そして、そのスクルドは、とっさに手で身体を守るように動いた。

 エリカの剣は、スクルドの両腕を二の腕の真ん中の部分でものの見事に真っ二つにしてしまった。

 

「あがああああっ」

 

 スクルドが両手から血しぶきを出しながら、仰向けに倒れた。

 

「あああ、スクルドおおお」

 

 エリカは泣き叫んだ。

 

「その場に四つん這いに伏せよ」

 

 ジャスランの声──。

 エリカの手足は、またしても、エリカの意思と無関係に動いて、地面に四つん這いになる。

 だが、どうして……?

 

 ジャスランは、洗脳球を手放したはずだ……。

 低くなった視線で探すと、二つの洗脳球は、テーブルの脚にとめられて、いまだに地面に転がっていた。

 しかし、ジャスランが歩いていき、それらを回収してしまう。

 

「治療師──。すぐに来い。止血と傷口の治療をしなさい──。回復術もかけるのよ。急げ──。死なせはしないよ」

 

 ジャスランが叫んだ。

 シャングリアの手足を炸裂環で切断していたときに働いていたふたりの治療師が全速力でやってくる。

 そして、スクルドの治療を始めた。

 あっという間にスクルドの手足からの出血がとまる。

 ジャスランが、まだ倒れているスクルドの足首に近づき、エリカが嵌められているのと同じ魔道封じを装着してしまった。

 

「手がなくなっても魔道を遣うには問題はないよね。だが、お前のご主人様のロウを殺す道具として使うつもりだから、足は残してやるわ。魔道もロウがやって来る直前には封印も解いてやる。その代わり、そのエリカと協力して、必ず、ロウを死体にして、ここに連れてきな」

 

 ジャスランの言葉にスクルドが驚いている。

 そのスクルドの首をジャスランが掴んだ。

 片手でスクルドを持ちあげる。

 

「ご、ご主人様を……? んんっ、んぐうっ、ぐ、ぐるしい……」

 

 首を締めあげられて、スクルドの顔があっという間に白くなる。

 身体も痙攣をはじまる。

 

「ふふふ、やっと捕らえたよ、スクルド……。さっきの話によれば、ロウがここに来るまで、一日半か……。時間がないわねえ……。残念だが、エリカへのお仕置きは、すべての始末が終わってからね。まずは、お前よ、スクルド……」

 

「あぎいっ」

 

 ジャスランがスクルドの身体を地面に叩き落した。

 腕のないスクルドは、頭を守る手段もなく、頭を打ってしまったみたいだ。

 

「ああ、スクルド──」

 

 声をあげた。

 しかし、ジャスランに「動くな」と命令されてしまい、身体が硬直されてしまう。見ると、すでに、スクルドとエリカを刻んだと考えられる二個の洗脳球がない。ずっと亜空間から物を出したり、収納したりを送り返していたので、亜空間にでもしまったのかもしれない。

 だが、洗脳球を使うには、必ず、手に持った状態でないとならなかったはずだ。

 それとも、違っていたのか?

 さらに、あのとき、ジャスランは、洗脳球なしにエリカの身体を操ってみせた。そして、スクルドの腕を切断させられたのだ。

 なぜ……?

 

「どうして、さっき身体が操られたのか不思議そうね、エリカ。まあ、教えてやるわ。私の本当の能力は血紋使いよ。お前の体液に血紋を刻んで飲ませてやったでしょう。だから、すでに、お前の身体は洗脳球で支配されているのと同じ状態になっているのよ。もはや、逃げられないからね」

 

 ジャスランが喉の奥で笑った。

 あのときか……。

 

 ステージの上の破廉恥な見世物で、全員の前で自慰をさせらて、試験管に自分の愛液を集めて飲まされた。

 そのときに、ジャスランが自分の血を混ぜたのだが、そういう意味があったのか……。

 エリカは愕然とした。

 

「ち、血紋使い……?」

 

 スクルドが身体を捩じるようにして、なんとか上半身を起こして、呻くように呟いた。

 

「そういうことね。エリカが言ったとおりだったわね。次には、さっさと、息の根をとめることよ。私が血紋を刻むいとまを与える前にね」

 

 ジャスランが大笑いした。

 エリカとスクルドが話し込んで油断したとき、ジャスランは自分の腕から流れる血で、血の魔道紋を地面に刻んで、スクルドから魔力を抜いてしまったのだ。

 不覚だった……。

 

「さあて、エリカ……。お前にさっきの復讐をしたいところだが、まずはこの人間族の魔道遣いをいたぶらなければならないから、いまは見逃すよ。シャングリアを抱えて、檻車に戻りな。次の指示があるまで、檻車でじっとしてるのよ」

 

 ジャスランが言った。

 すると、エリカの身体は勝手に動き出す。

 歩いているのは、まだステージにいるシャングリアのいる方向だ。

 

「いやあああ」

 

 そのとき、背中からスクルドの悲鳴が聞こえてきた。

 

 服がびりびりに破られるような音と、肉を叩くような音とともに……。



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597 真っ赤な水と鼻の穴

「はあ、はあ、はあ……」

 

 ジャスランが特別に設置させた拷問用の天幕の中では、激しく肩で息をするスクルドの苦痛の声が続いている。

 もっとも、かなり弱々しくなっていた。

 

 なにしろ、ジャスランの力で乗馬鞭を三百発は喰らわせたのだ。

 そして、三度死にかけた。

 もっとも、最初は鞭でなく殴打だったが……。

 

 だが、それだと十発も殴らないうちに、内臓も骨もぐしゃぐしゃになって死にかけたので、慌てて治療術をかけさせて、鞭打ちに変えた。

 おかげで、こいつが瀕死状態から回復するまでに、一ノスもかけてしまった。

 まったく忌々しいくらいに弱い身体だ。

 

 一度回復させたあとは、殴打から鞭打ちに変更し、さらに死なないように注意して拷問したつもりだった。

 治療術もあまり重ねると、時間もかかるようになるし、なによりも術が効かなくなるのだ。

 こんな人間族の女など、いくら死んでもいいのだが、こいつにはまだまだ死なせる前に絶望を味わってもらわないとならないし、殺すのは、こいつが心から慕っているという人間族の男を殺させてからだ。

 それから、およそ考えられる限りに残酷に殺すつもりである。

 従って、しばらくは自重だ。

 あまりにも、早く殺しては愉しみもなくなるというものだ。

 

 しかし、結局、興奮するあまり、鞭でもやり過ぎたみたいであり、百発を越えたところで反応がなくなったので、再び治療術師を呼んで調べさせたら、またもや死にかけていた。

 確かに、全身が真っ赤になるくらいに血だらけになったし、逆さ吊りの頭の下にはバケツで五杯も六杯もこぼしたくらいのスクルドの血で溢れていた。

 そして、結局、回復させてから休憩を一ノス──。

 

 三度目こそ、かなり加減したつもりであり、せいぜい皮膚が破れるくらいの勢いにしたつもりだったが、三百発でさっきと同じ状態になり、三度目の瀕死からの治療になった。

 モーリアという人間族の男爵が集めた治療師であり、人間族にしてはかなりの能力のようだが、三度連続の重ね掛けでは、一度目と二度目とは異なって、鞭打ちの皮膚の破れがなくなっただけで、蚯蚓腫れまでは消えなかった。

 治療師が、これ以上の連続治療は、術の効果がなくなるので、すぐに拷問をやめるべきと言ったので、蹴り飛ばして追い出した。

 

「仕方ない。鞭打ちは終わりよ。回復させて意識は戻ったでしょう──? いい加減に目を開けなさい」

 

 ジャスランは、逆さ吊りであり、ジャスランの腰の位置ほどの高さにあるスクルドの顔に、魔道で作った水流をぶっかけた。

 

「くわっ、くはっ、ああっ、はぷっ、く、くわっ、んはああっ」

 

 すぐに終わろうと思ったが、水流をかけられているあいだ、息ができなくて苦しむスクルドの姿が愉しくて、ジャスランはしばらく続けた。

 最初に比べれば、苦しみ方も弱々しかったが、それは体力が尽きかけているからだろう。

 スクルドはもがき続ける。

 ジャスランは、満足感とともに水をとめた。

 ずぶ濡れのスクルドが薄っすらと目を開く。

 

「み、水は……もう、十分ですわ……。た、たくさん……頂きました……」

 

 すると、か細い声だが、スクルドがジャスランを見上げて言った。

 しかし、その顔には、薄っすらと微笑みさえも浮かんでいる。

 かっと、ジャスランの頭に血が昇る。

 

 生意気な……。

 めらめらとスクルドに対する殺意が込みあがる。

 だが、ぐっと拳を握ってそれに耐える。

 まだ、早い──。

 一瞬で間違いなく殺せるが、まだ早い……。

 

「ふ、ふふ……、ど、どうしたのですか……。わ、わたしは……ま、まだ、生きてますよ。三度目では、も、もう治療術も……こ、効果が、な、なくなってきていたし……こ、今度こそ……死ぬと……お、思いましたけどね……」

 

 そして、スクルドがにこにこと微笑む。

 わざとらしい挑発だとわかっているが、さすがにこんな風に馬鹿にされると、ジャスランも我慢できない。

 ジャスランは、スクルドを逆さ吊りにしている足首に手をかけた。

 スクルドを吊っているのは、太い二本の直材に繋げた一本の横材なのだが、スクルドの足を拘束しているのは縄ではない。

 左右一本ずつの太い鉄杭だ。

 それで足首を横材に貫かせているのだ。

 すでに止血治療は終わっているので、血は滲んでいるだけになっているが、激痛はそのままのはずだ。

 ジャスランは、突き出ている鉄杭を持つと、ぐりぐりと揺すったやった。

 

「はがああああっ」

 

 スクルドが虫の息だったのが嘘のように大きな悲鳴をあげる。

 

「おう、元気ではないか。それなら、まだまだ私の拷問を受けれるな」

 

 ジャスランは手を離して笑った。

 

「いえ、も、もうお腹いっぱいで……。よければ、そろそろ……終わりにして欲しいですわ……。これなら……ご、ご主人様の責めの……方が……すごくて……。物足りませんわ……」

 

 スクルドが水と脂汗と、涙か涎か、とにかく、わけのわからないものが集まって濡れている顔でにこにこと微笑む。

 またもや、頭に血が昇る。

 

「く、くそう……。その減らず口だけは気に入らないねえ……」

 

 ジャスランは呻くように言った。

 この女の魂胆はわかっている。

 最初に瀕死になったとき、ロウという男を殺させるくらいなら、死ぬべきだということを口走ったのだ。

 もちろん、スクルドが意識して口にしたことではなく、虫の息になっている状況でついつい、心の中のことを外に出してしまったという感じだった。

 つまりは、スクルドはジャスランを怒らせて殺させ、自分がロウを殺す道具になるのを防ごうと考えているということだ。

 なにしろ、それが自殺を禁止されているスクルドの唯一のそれが抵抗手段なのだ。

 それもあって、ジャスランは我に返って、殴打とするのをやめたのだった。

 

 いずれにしても、スクルドはまだ殺さない。

 ロウという男を殺させるまではと、考えている。

 とにかく、ジャスランがスクルドに対して、ロウを殺させるつもりだと言ったことで、スクルドはすっかりとその前に死ぬ気になっているのは確かだろう。

 さもなければ、ここまで拷問をしている真っ最中に、ジャスランを小馬鹿にしたような言葉を吐くわけがない。

 

 もちろん、自殺は禁じた手段は洗脳球だ。

 とにかく、このスクルドに洗脳球が効果があってよかった。

 かなりの高位魔道遣いにも効くことはわかっていたが、スクルドについてはさすがに五分五分というところだった。

 とにかく、これで、どうにでもなる。

 できれば、エリカのように、ジャスランの血を飲ませて身体に血紋を刻んでしまいたいが、おそらく、スクルドでは効果がないだろう。

 だから、絶対に、スクルドの洗脳球は奪われないようにしないと……。

 エリカとスクルドに襲撃されたとき、その可能性もあるのかと肝を冷やしてしまった。

 

「じゃあ、こんなのはどうかしら? あんたのでか乳に飾りをつけてあげるわ」

 

 ジャスランは亜空間から、一本の串を出した。

 それなりに長く、針のように細くはなく、大きな釘ほどの太さがある。

 スクルドにそれを見せると、さすがにぎょっとしたように、スクルドが目を見開いた。

 ジャスランはスクルドの片側の巨乳を鷲掴みにした。

 

「ひぎゃあああっ」

 

 スクルドが絶叫する。

 ジャスランがその串をスクルドの乳房に突き刺したからだ。

 そして、串は左の乳房の乳首よりもちょっと低い位置に突き立ち、さらに力を入れると、右側の乳房を貫いて、反対側から先端が顔をだした。

 

「あ、あああああ」

 

 スクルドががくがくと身体を痙攣させて、股間からじょろじょろとおしっこが飛び出し始める。

 失禁したのだ。

 すかさず、串から手を離して洗脳球を出して手に握る。

 

「小便は禁止する。私が許可をするまで全力で尿道口をつぼめなさい」

 

 ジャスランは笑いながら言った。

 本来は頭で制御するはずの身体をジャスランの言葉で乗っ取るのが洗脳球の力だ。無意識の自然現象だって制御可能である。

 物理的に筋肉や骨の力で不可能なことはできないが、大抵のことは支配できる。

 スクルドの股間から迸っていた小便がぴたりととまる。

 

「くっ、ううっ」

 

 初めてスクルドが追い詰められたような顔になった。

 だが、これでスクルドは、ジャスランがするまで失禁することでもできない。

 面白くなってきた。

 

「口を閉じなさい。さっき、水のことを言っていたわね。遠慮しないで、たくさん飲みなさい。お前のための特性の水を準備することを思いついたわ」

 

 ジャスランは洗脳球を握りしめたまま言った。

 スクルドの口が洗脳球の影響で閉じられるとともに、顔がぎょっとした表情になる。

 なにをされるかわからないのだろう。

 スクルドの顔に、やっと恐怖のようなものが浮かび出したことで、ジャスランは満足した。

 また、途中で失禁をとめてやったことも、つらそうだ。

 スクルドの頬からは、さっきまでのような余裕の笑みはなくなっていた。

 

 ジャスランは天幕の外にいさせている人間族の男の兵を呼んだ。

 兵は、スクルドの裸体にちょっと相好を崩したが、乳房を貫いている串を見て、かなり引きつっていた。

 ジャスランが指示をすると、駆け足で天幕の外に出て行く。

 

「ちょっと待つのよ」

 

 ジャスランは洗脳球を亜空間に収納すると、代わりに大きなヤカンを出現させる。人の頭がすっぽりと入る程の大きさだ。

 それに、半分ほど水を魔道で注いでいく。

 その光景をしっかりとスクルド見せてやる。

 スクルドは、眉間に皺を寄せて顔を引きつらせた。

 

「持ってきました、ジャスラン様」

 

 さっきの兵が大きな麻袋を担いでやってきた。

 袋を地面に置かせて、兵を外に出す。

 中味は真っ赤な唐辛子だ。

 それをひと掴み、ふた掴みと手で握って、大量にヤカンに入れていく。

 三掴み目を放り込んだところで、ヤカンの中の水と唐辛子を高速で掻き回す。

 

「んんっ、んんんっ」

 

 やっと何をされるのか、わかってきたのだろう。

 スクルドが首を横に振って、怖がりだした。

 だが、口を閉じさせているので言葉は発せない。しかし、十分に恐怖しているのはわかる。

 ジャスランは、やっと溜飲がさがってきた。

 

「さあ、いい具合にできあがったさ。まずは股で味見をしてもらうか。クリトリスに塗ってやるよ」

 

 ヤカンの中は完全に唐辛子が水に溶けきって、真っ赤な粘性の汁状になっていた。

 それを指ですくって、スクルドの無防備なクリトリスに塗りつけていく。

 しかも、しっかり皮まで剥きながらだ。

 何度も何度も、汁を指に塗り足しながら、股間を抉ってやる。

 

「んぐうううううっ、んぎいいいいいっ」

 

 スクルドがものすごい勢いで逆さ吊りの身体を揺さぶりだした。

 これは壮絶に効きそうだ。

 

「はははは、さっきの余裕はどうしたんだい? 世の中には耐えきれないこともあることがわかったかい。殉教者のような顔をしていたけどねえ……。さて本番だ。動くんじゃない。ぴたりと身体をとめるんだ。命令だよ」

 

 もう一度洗脳球を出して命令する。

 スクルドの身体が静止する。

 しかし、苦しいのだろう。

 顔は真っ赤になって凄い形相だ。

 股間も真っ赤に腫れて、まるで別の生き物のようにうごめている。

 ただ、股間からは、小便とは違う体液が滲みだしてきてもいた。

 大したマゾだと思った。

 それにしても、股間やアナルになにも挿入できないのだけは残念だ。もしも、なにかを挿入できたなら、この辛子汁を膣に注ぎ、肛門にも大量に浣腸してやったのに……。

 

「さあ、たっぷりと飲みな。お代わりも、いくらでも作ってやるからね」

 

 ジャスランは亜空間から、大き目の漏斗(ろうと)を取りだす。

 身体を静止させられている逆さ吊りのスクルドの鼻の穴の片側に漏斗の管の部分を差す。

 そして、無造作に漏斗の拡がっている部分から、真っ赤な色の辛子汁を注いでいく。

 

「んぐううう、んぐうううう」

 

 スクルドが獣のような呻き声を出した。

 だが、身体だけはぴたりと静止したままだ。さすがは、洗脳球の力だろう。もしも、洗脳球によって身体を操っていなければ、足の杭を引き千切ってでも暴れ続けたかもしれない。

 それくらいの凄い形相だった。

 

「どんどんと飲みな。さもないと、息ができなくて窒息するよ」

 

 ジャスランは漏斗を魔道で固定しつつ、片手でヤカンから辛子汁を注ぎ、亜空間から粘土を指の先半分ほど出す。それで、スクルドの片側の鼻の穴を塞いでしまった。

 さっきから、いくらかの辛子汁が逆流をして、そっちから外に逃げていたのた。

 

 口を塞がれ、片側の鼻の穴を塞がれたスクルドの身体は、息が苦しくなって勝手に鼻で必死の呼吸をする。

 洗脳球でとめてないので、それは自然現象だ。

 しかし、そっちには漏斗で注がれ続けている辛子汁がある。

 だから、それを鼻で吸い続けて、喉奥に押し込むしかない。

 

 あまりもの苦しさにスクルドが号泣を始める。

 それでも、身体が全く動かないのが愉快だ。

 

 大きなヤカンの辛子汁がやっとなくなったところで、口の開放をしてやる。

 だが、片方の鼻の穴に突っ込んで宙に固定している漏斗はそのままだ。塞いでいる鼻の穴もだ。

 

「んげええっ、んがあああっ、あああ、も、もう許じでええ、お、おねがいじまずううう」

 

 やっとスクルドが泣きじゃくって哀願を始めた。

 これだ──。

 この姿が見たかったのだ。

 

「ああ、いま追加を作っているからね、ちょっと待っておくれ」

 

 ジャスランはいつの間にか鼻歌を奏でていた。

 二杯目の辛子汁をたっぷりと作り、再びスクルドの口を閉じさせる。

 そして、二杯目を注ぐ。

 スクルドが開かない口で悲鳴を絶叫した。

 

 辛子汁を鼻の穴から注ぐのをやめたのは、三杯目を終ったときだ。

 スクルドの腹は、妊婦のようにふっくらと膨らんでいる。

 

「しばらく休憩だ。これはおまけだよ」

 

 ジャスランは、シャングリアにも使った猛烈な痒み液の原液をスクルドの股間にひと瓶全部をぶっかけた。

 そして、スクルドの首に鎖付きの首輪をつけると、足首の杭を引き抜いて地面に落とす。

 しかし、口の封印はそのままだ。

 せっかく、たっぷりと飲み込ませた辛子汁だ。

 嘔吐で戻させるわけにはいかない。

 

「んぐううう、んんんん、んぎゅうううう」

 

 スクルドがのたうち回っている。

 腕のない手がばたばたと肩の部分で踊っているのが面白い。

 

「ちょっと飯を食ってくるよ。それまで待ってなさい。戻ってきたら、陣内を散歩でもしようか」

 

 ジャスランは、太い木杭を魔道で出して、地面にぶっ差すと、スクルドの首についている首輪の鎖を巻きつける。

 そして、思い出して、スクルドの乳房に突き刺している鉄串の両端を捻って円状にし、そこに、それぞれ大きな鉄球を金具でぶらさげた。

 

「んふううっ」

 

 泣きじゃくっているスクルドの乳房が地面から離れられなくなって、地面に押しつけられた状態になる。

 

「休憩のあいだ、その状態で這い動けるようになっておきな。動くことができないなら、鼻の穴から、また辛子汁のお代わりをご馳走してやるよ」

 

 ジャスランの言葉に、泣いているスクルドが懸命に首を横に振った。

 心からの満足とともに、ジャスランはいったん天幕を後にした。



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598 寝返ったエルフ女

 ジャスランは上機嫌で、自室にしている大天幕に戻ってきた。

 ついに、スクルドを捕らえたのだ。

 あの生意気な人間族の女が泣いて、ジャスランに哀願した。

 ジャスランの自尊心は、大いに満足した。

 

 ここは、天幕とはいっても、ジャスランの魔道で亜空間に繋げている特別空間であり、空間の外からここに関与することはできない場所になる。

 いわば、この人間族の陣地の中に作った絶対の隠れ処(かくれが)というところだ。亜空間術は、血紋術とともに、ジャスランのもっとも得意な術であり、おそらく、妖魔将軍のサキでもここは破れないと思っている。

 

「ああ、お帰りなさい、ジャスラン様」

 

 すると、天幕の中央にあるソファに横になっていたアルオウィンが、ジャスランの姿を見て破顔した。

 エルフ族特有の美しい裸身に薄物一枚をまとっているだけの扇情的な格好だが、その首には、ジャスランが装着した金属の首輪が嵌まっている。また、首輪には鎖が繋がっていて、地面に差している鉄杭に鎖の反対側を固定していた。

 一応は、念のために、アルオウィンに刻んでいる洗脳球によって、首輪にも鎖にも触るなと命令しているので、こいつはソファーから離れることはできない。

 無論、一切の抵抗も、ジャスランに攻撃するような行動も禁止していた。

 まあ、そんなことはしなくても、実際には問題なさそうだが……。

 

「腹ごしらえよ。おお、お前も少しは食べたのね?」

 

 拘束はしているが、このアルオウィンを飢えさせるつもりは毛頭ないので、飲み物のほかに、瑞々しい果物などを手の届く場所に置いている。

 それなりになくなっているので、口にしたのだろう。

 

「ありがとうございます。さあ、ジャスラン様も……」

 

 アルオウィンが媚びを売るように、果物の皿を差しだす。

 

「ああ」

 

 ジャスランは、アルオウィンが座っているソファに身体を沈めて、皿の果物をとってそのまま齧りついた。

 アルオウィンが柔和に微笑んで、ジャスランを見つめている。

 肌もほとんど接するほどだ。

 その視線がくすぐったい。

 ジャスランも思わず、笑みを誘われる。

 

 このアルオウィンは、エルフ族の王女ガドニエルに直属する部下なのだが、ロウが淫魔術によってガドニエルに洗脳魔術をかけられてしまって以来、ロウに従う素振りをしながら、虎視眈々と、その状況を奪回する機会を伺っていたのだそうだ。

 そして、今回、ジャスランが洗脳球で、アルオウィンとともに、エリカ、シャングリア、イライジャというもともとのロウの女たちを無力化したことで、これこそ、絶好の機会と考え、ジャスランに協力するから、エルフ族の危機を救って欲しいと自ら訴えてきたのだ。

 

 そんなことは、俄かには信じられなかったが、アルオウィンの話に耳を傾けているうちに、彼女の本気は伝わってきた。

 エルフ族はエルフ族で蔑むべき種族なのだが、確かに、森エルフ族というのは、実に選民意識の強い種族だ。

 特に、短命で好戦的な人間族を下等に見る傾向がある。

 ジャスランは大の人間族嫌いを自負しているが、エリカのような町エルフではない、森エルフが人間族と一緒に共同しているというのは、ジャスランにも違和感があった。

 

 ところが、ジャスランの耳にも入ってきていたが、その森エルフ族の象徴ともいえるガドニエル女王は、あのロウに恋心を抱き、あろうことか世界通信という女王の広域魔道によって、英雄式典という催しの最中に、人間族のロウとエルフ族の女王の口づけの光景が配信されてしまったのだという。

 このハロンドール王国の国境沿いのナタル森林の一角にあるこの陣営にいたジャスランは、その世界通信というのは直接見てはいないが、この男爵隊に食料などを定期的に運んでくる男爵が雇っている人足などを通じて、その情報には接していた。

 

 それについて深くは考えてはいなかったが、アルオウィンによれば、彼女のような由緒正しいエルフ族にとっては、エルフ族の女王が人間族になびくなど、信じられない暴挙であり、なんとかして正しい状況に戻そうと画策を続けていたのだという。

 だが、肝心のガドニエル女王をロウが洗脳により確保しているので、いまのところ、状況を打開する方法が見つからなかったのだという。

 しかも、ロウは、ガドニエルを卑怯な方法で言いなりして、ガドニエルを人質状態にしたまま、エルフ族の女兵を奴隷兵にしてハロンドールに戻ることになってしまった。

 アルオウィンもどうしていいかわからなかったが、たまたま、先行隊として派遣され、ジャスランがロウを無力化する方法を準備していたことを知り、是非とも協力したいと申し出てきたのだ。

 

 もしも、本当であれば、ロウに関する情報に乏しいジャスランとしても都合がいい。

 そもそも、洗脳球による身体支配は、実のところ信じられないくらいに魔力を消費する。

 ジャスランが持っている洗脳球は五個だが、おそらく、その全部を同時に使用する魔力をジャスランは持っていない。現在は四個を消費しているので、随分と無理をしている状況だ。

 また、支配をしても、逃亡をしないように行動を封じるのではなく、なにかの行動を能動的にやらせようと思ったら、洗脳球を手で握りしめる状態にしておく必要もある。

 おそらく、スクルドやエリカに、ロウを襲撃させる際には、この結界空間に閉じこもってここに座り、極力魔力を消費しないようにしながら、あいつらに行動を起こさせることになると思う。

 だから、アルオウィンが自らの意思でジャスランに協力するのであれば、その分、魔力を節用できるから、ジャスランにとっても有利になる。

  

 だから、試すことにした。

 もともと、スクルドへの伝言を持たせてロウのところに戻すつもりだったエルフ族の女兵の処置を任せてみたのだ。

 すると、アルオウィンは、あのふたりはエルフ族のくせに自らロウになびいた恥知らずであり、だから、今回の先発隊に選ばれたのだとジャスランに説明すると、ジャスランから傭兵たちを借りて、手酷く殴らせたのである。

 しかも、自ら兵を連れていき、女兵のふたりには、一切の抵抗を禁止すると命令も与えていた。

 それで半死半生にすると、首に炸裂環まで嵌めて追い出した。

 伝言を持っていかないと、爆死するように調整をしてである。

 

 ジャスランは、それらに隠れて接していたが、アルオウィンの徹底ぶりに感心してしまった。

 あれだけ、味方のはずの女兵に惨く接することができるのだから、アルオウィンがロウを憎いを考えているのは真実なのだろうと思った。

 

「かなり魔力を使いましたのね……。さあ、そこにお座りになってください。補充したしますわ、ふふ……」

 

「魔力の補充か……? それを口実にお前が愉しみたいだけではないの?」

 

 ジャスランは、二個目の果物を口にしながら笑った。

 洗脳球を操っているという行為のために、かなりの魔力を消費しているジャスランに対して、エルフ族の秘法としての魔力の補充法を教えると媚びを売るように言ってきたのは、アルオウィンからだ。

 エルフ族の女兵を手酷く扱ったことで、ジャスランはアルオウィンを少し信頼する気持ちを抱きかけていたが、アルオウィンはジャスランが魔力を大量消費しているという事実に気がつき、向こうから魔力快復手段を申し出てきた。

 

 それは、なんだと訊ねたら、性愛によって魔力を回復するという。つまりは、アルオウィンがジャスランを性的に気持ちよくすることで、淫気と呼ばれる魔力と同等のものが身体に充満して、比較的簡単に魔力が回復できるのだそうだ。

 つまりは、ジャスランが性的に興奮していい気持になることで、魔力が早く回復できるのだという。

 エルフ族の中では種族の秘密として比較的知られている手段であり、人間族でも神殿界などでは、神官同士の同性愛などを秘法として奨励しているという。

 

 馬鹿なことをと思ったが、エルフ族を慰み者にして愉しむのは、そもそも、最初からジャスランはやろうとしていたことだし、やってみろと応じた。

 おかしなことをすれば、洗脳球を使ってで殺せばいいし、本当に魔力回復に通じるなら、いまのジャスランには、なにをおいてもありがたい。

 とにかく、洗脳球は魔力消費が激しいのである。

 

 そして、やらせて見たところ、本当に効果があった。

 驚いてしまった。

 エルフ族の中では、これを「好色術」といい、エルフ族の中でも女王に近い高位階級にあるアルオウィンは、お互いに性愛を高め合う行為を秘法として習ったということだった。

 その通り、かなりの性技でもあった。

 

「その通りかもしれません……。これまでエルフ族の中だけで生きてきましたが、魔族というのは素晴らしいのですね。逞しいし、強いし、魔力は高いし……。いにしえのエルフ族が魔族を恐れて、ナタルの森から遠ざけたのがわかる気もします。魔族がナタルの森に残っていれば、支配族になったのは魔族に違いありませんもの……。さすがに、ジャスラン様……。魔族の中の魔族……」

 

「まあね……」

 

 ジャスランは嬉しくなった。

 身体の半分に人間族の血が混じっていることは、ジャスランにとって恥辱でしかなく、大きな劣等感だった。魔族の仲間の中でも、人間族との相の子のジャスランは、事あれば差別され、そのたびに群を抜く魔力の強さで相手を圧倒して、強い者こそ正しいという魔族の中で、いまの地位を確保したのだ。

 ジャスランは、自分こそ魔族の中の魔族のつもりだ。

 だが、魔族の中では、いまでもジャスランを片輪者としか見なさない者もいる。

 そんなジャスランを、アルオウィンは、魔族の中の魔族と言ってくれる。

 当然だと、ジャスランの心が満足する。

 

「ご奉仕いたします」

 

 アルオウィンは薄物を自分から剥ぎ取って、素っ裸になった。

 どうやら、アルオウィンはすでに興奮しているようだ。その乳首はぴんと勃起して固くなっている。

 そのアルオウィンが、ジャスランの具足を外し、上衣を拡げてきながら、口づけを迫った。舌が口に中に入ってきて、ジャスランの気持ちのいい場所を舐めまわしてくる。

 快感が沸き起こり、アルオウィンの甘くて柔らかい舌が粘っこく動いて、ジャスランの身体をかっと熱くさせてきた。

 

「おっ、おお、き、気持ちいいな……」

 

「わ、わたしも……。む、胸を舐めさせてください。ジャスラン様のような強い人に奉仕できるなんて幸せ……」

 

 アルオウィンがいつの間にか剥き出しにされていたジャスランの乳房に吸いついてきた。

 

「ほおっ」

 

 ジャスランは背をそらせながら、胸をアルオウィンに押しつけるようにしてしまった。

 この舌技の上手なエルフ族は、毎回あっという間に、ジャスランから快感を湧き起こす。

 そして、快感に束の間の忘我を味わってから我に返れば、確かに魔力が回復しているのだ。

 確かに秘法だろう。

 

 そんな秘密を惜しげもなくジャスランに教えるということは、アルオウィンがジャスランに本気で寝返ろうとしている確たる証拠だろう。

 そもそも、これにより、ジャスランは、実際に魔力を回復している。もしも、アルオウィンがなにかを企んでいるなら、ジャスランに利することを教えると思えない。

 

「ああ、見てください、ジャスラン様──。ジャスラン様にご奉仕できて、こんなにアルオウィンはこんなにも欲情しています。あああっ」

 

 アルオウィンがジャスランの手を自分の股間に導いてむせび泣くような声をあげた。

 彼女自身は、なんの愛撫も受けていないのに、アルオウィンの股間はびっしょりと濡れていた。

 強い者に焦がれるというアルオウィンの感情が本物であることは、このことでもわかる。

 

「さあ、ジャスラン様も服を脱いでください──」

 

 アルオウィンがジャスランの胸を刺激しながら、興奮の声をあげる。

 

「わ、わかった……。ああ……」

 

 ジャスランははだけられていた上位を脱ぎ捨てると、ズボンを下着ごと足首から抜いた。

 すぐに、アルオウィンがジャスランの股間に顔を移動させて、ジャスランの敏感な場所に口づけをしてきた。

 

「ほあああっ」

 

 強烈な快美感が下腹部に走る。

 

「ふふふ、こんなのはどうですか……?」

 

 アルオウィンがジャスランの顔を見上げて、今度は焦らすように内腿に舌責めの場所をずらす。

 切ないような焦燥感がせりあがる。

 

「ううっ」

 

 ジャスランはアルオウィンの顔を内腿を挟むようにして、身体を悶えさせる。

 

「ああ、ジャスラン様、魔力をお使いになったのは、どうしてですか……。ま、また洗脳球をお使いに?」

 

「くっ、そこで喋るな、くく……」

 

 股間にぴったりと口が接している状態でアルオウィンに話しかけられ、息がくすぐったくてジャスランは思わず笑ってしまった。

 

「あら、ごめんなさい。これでお許しを……」

 

 アルオウィンがお道化たように、ジャスランのクリトリスをぺろりと舐める。

 

「くふうっ」

 

 ジャスランは再び身体を大きくそり返してしまった。

 

「ところで、もしかして、洗脳球の支配をお増やしに?」

 

 アルオウィンが舌でジャスランの股間を舐めまわす。

 快感が脳天に貫く──。

 

「くほおおっ、そ、そうだ──。ス、スクルドが……、ああああっ」

 

 ジャスランは渦巻く情欲に腰をうねらせた。

 

「えっ、スクルドを──」

 

 すると、不意にアルオウィンが驚いたように顔をあげた。

 その口調があまりに驚いたものだったので、ジャスランはちょっとびっくりした。

 

「あっ、すみません、ジャスラン様。ちょっと、ジャスラン様が心配だったので……。大丈夫だったのですか?」

 

 顔をあげたついでのように、アルオウィンは今度は身体をさらにずらし、ジャスランの足に顔を持ってきた。

 ジャスランは、服は脱いだがまだ履物ははいたままだった。

 それを手で脱がせて、足の指の汚れを舌で拭うように舌を動かしてくる。

 

「おっ、おおっ」

 

 こんな場所で快感が走るなんて驚きだが、気持ちがいい。

 ジャスランは甘い声をあげてしまった。

 

「そ、それで……スクルドは殺してませんよねえ……。あいつは、大切な切り札です……。ロウを捕らえるための……。絶対に殺さないようにしてください……。エリカも……シャングリアも……。もちろん、イライジャも……」

 

 アルオウィンが足の指をしゃぶりながら囁くように言った。

 

「わ、わかってるよ……」

 

 ジャスランは言ったが、感情に任せて、実際には殺しそうになったことは言わなかった。

 こういう性愛の最中だったと思いが、アルオウィンがあの連中の使い道を解いてきたのは、前回か、それとも前々回だったか……。

 そのときには、アルオウィンを信用してもいい気持ちに傾きかけていたので、耳を向けたが、まあ、成程とは納得した。

 

 まず言われたのは、スクルドを捕らえるためには、エリカとシャングリアを人質として確保することが重要であり、まずはふたりを殺してはならないということだ。ジャスランは、人質はひとりでも十分でないかと言ったが、人質としての価値はロウに対してもあるので、絶対に生かしておいた方がいいとアルオウィンに諭された。

 生かしておいて、いたぶればいいとも。

 まあ、それもそうかとは思った。

 ロウを確保する前に、スクルドたちを殺すことには確かに大きな意味はない。

 洗脳球で支配している以上、いくらでも使い道はできる。

 ジャスランはわかったと頷いたと思う。

 結果的に、スクルドを捕らえるのに、エリカたちを人質として使うことはなかったが、とりあえず、ロウを捕らえるときに役立つのであれば、生かしておくつもりだ。

 感情に任せてスクルドを殺しそうにはなったけど、まあ、なんとかぎりぎりで自制した。

 

「よかった……」

 

 十本の指を舐め終わったアルオウィンが舌を這わせながら、またもや顔を股間に持ってくる。

 そして、顔を再びジャスランの股間に密着させると、舌をジャスランの股間に押し入らせてきた。

 

「んあああああっ」

 

 凄まじい快感に、ジャスランは声をあげてしまった。

 まるで身体に肉が溶けていくような気持ちよさだ。

 しばらくのあいだ、アルオウィンはジャスランの膣の中で舌を動かし続けた。

 大きな愉悦が込みあがり、ジャスランはアルオウィンの頭を掴むようにして、がくがくと腰を震わせた。

 

「くうううっ」

 

 峻烈な快感に、ジャスランは一気に快感を飛翔させていた。

 大きなオルガニズムが全身に行きわたり、ジャスランは絶頂した。

 だが、アルオウィンは信じられないことに、ジャスランが達したというのに、舌責めをやめようとしない。

 両手でがっしりとジャスランの腰を抱くようにして、さらに激しく舌を膣の中で暴れさせる。

 

「くほおおっ」

 

 ジャスランはさらに声をあげた。

 アルオウィンの指がジャスランのアナルの中に入ってきたのだ。うねうねと指が動き、さっきの絶頂を上回る快感が飛翔する。

 

「はううううっ、ほおおおっ」

 

 ジャスランはしゃくりあげるような声をあげて、二度目の絶頂をした。

 しばし、脱力した。

 すると、アルオウィンが上からジャスランに抱きついてきた。

 

「ふふふ、ジャスラン様、素敵でした……。ご褒美をいただいても……?」

 

 アルオウィンが上目遣いでジャスランを見る。

 

「わかった……」

 

 ジャスランは笑って、アルオウィンを抱きしめて、ソファの上で身体の上下を逆転させる。

 手でアルオウィンの股間を愛撫する。

 

「んはあああっ」

 

 アルオウィンの股間は信じられないくらいにびっしょりだった。

 ちょっと刺激するだけで、簡単にアルオウィンは達してしまった。

 

「あああ、いぐうううっ」

 

 アルオウィンが果てた。

 ぐったりと脱力するアルオウィンに対して、ジャスランもまた、まだ身体のだるさが残っている。

 そのままアルオウィンに被さるように、身体を横たわらせる。

 

 しかし、かなり魔力は回復をしている。

 ジャスランは満足していた。

 これで、またスクルドをいたぶりに戻れる。

 

「ねえ、ジャスラン様、ロウは殺さないで、洗脳球で支配しましょうよ……。そうすれば、サキ様というお方も満足されるのでは? ロウを殺すよりもずっといいと思いませんか。わたしに秘策がありますし……」

 

「秘策?」

 

「ええ」

 

 アルオウィンが頷き、そして、耳元でそれをささやいてきた。



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599 エルフ女の陰謀

「秘策?」

 

 ジャスランは、身体の下から裸体を密着させて、ジャスランに抱きついているアルウィンに耳を傾けた。

 秘策とはなんだろう?

 すると、アルオウィンは、小狡そうな笑みを浮かべ、ジャスランの耳元に口を寄せてきた。

 

「ロウの秘密を知っています……」

 

「秘密って?」

 

 ジャスランは身体を起こした。

 すると、アルオウィンも起きあがり、果物や飲み物などを置いている台から乾いた布をとり、ジャスランの身体の汗を拭き始める。

 

「先ほども言いましたが、ロウを洗脳球で支配してしまいましょう。サキ様というお方に対しても、それで申し開きが立つのでは?」

 

 アルオウィンがジャスランの裸体をかいがいしく拭きながら言った。

 なぜ、サキのことを知っているのだと一瞬思ったが、すぐに、ジャスラン自身がアルオウィンとの女同士の情交の中で喋ったのだということを思い出した。

 色々と訊き上手な女であり、ついつい口が滑って、色々なことを語ってしまった気もする。

 

 洗脳球の支配は、実は大量の魔力消費が弱点であることも言ったし、スクルドとエリカをロウの一隊にぶつけるときには、座ったままできるだけ魔力を消費しないようにして、彼女たちの目を通じた「遠目」という術で、監視しようと考えていることも話した。

 さらに、遠目のときには、近くが無防備になるので、この亜空間の隠れ処に座っているつもりだとかも……。

 

 だから、サキのことも、ジャスランはある程度は語ったのだろう。

 そもそも、ここに来たのは、妖魔将軍のサキの命令であり、サキはあろうことか人間族のロウを慕っていて、いまは恋人のように接している。

 従って、実際には、ジャスランがロウをスクルドに殺させてしまえば、おそらく、烈火のごとくジャスランのことを怒りまくるはずなのだ。

 できるだけそのことを忘れようとはしているのだが、つい思い出してしまうと、我に返ったように心配になってしまう。

 スクルドとエリカには、ロウを殺せと洗脳球で命令をし終わっているが、実際には、どうしようかなとは、ちょっと思っていた。

 

「まあ、サキ様はロウを殺すよりは、支配して渡す方が歓ぶとは思うけど……」

 

 ジャスランはアルオウィンが身体を拭くのを制して、散らばっている自分の服を身につけだす。アルオウィンが布を置いて、それを手伝い始める。

 本当に気が利く女だ。

 その健気さには、思わず微笑んでしまう。

 

「もちろん、喜びますよ……。ああ、そうだ――。もしかしたら、サキ様というお方も、ロウの魅了術にかかっているのかも――。そうであれば、それを解いたジャスラン様の大手柄です。ロウをスクルドによって殺させるのは、そのときでもいいのでは? サキ様から受ける褒美として、それを願えばいいですよ」

 

「なるほどねえ……。だが、本当に、サキ様が洗脳されているのか? 妖魔将軍ほどのお方よ。一介の人間族が魅了術などかけられるの……? まあ、そうだとすれば、辻褄は合うけど……」

 

 ジャスランは、妖魔将軍のサキが……そもそも、サキではなく、リンネ様なのだが、ある時突然に、人間族の男から新しい名をもらったので、今度からそう呼べと宣言され、従わない者は八つ裂きにすると脅されているので仕方なく、そう呼んでいるのだが……、ロウに従うことが愉快でなくて仕方がなかった。

 どうして、あんな人間族を優遇するのだろうとは思っていたが、ロウに魅了術をかけられているということであれば、納得はできることだ。

 

「ロウがエルフ女王のガドニエル様に魅了術をかけてしまえるのですよ。妖魔将軍と呼ばれるお方でも、油断してしまったのですね……。お可哀そうに……。ならば、ジャスラン様が動かれるべきです」

 

「私か? ああ、もちろん、ロウは殺すけど……」

 

「殺してはなりません。洗脳球で支配するのです。ロウは魔術遣いですから、洗脳球であれば支配できます。もっとも、魅了術しか遣えないどうしようもない男ですけど。それでも、魅了術だけはすごいのです」

 

「ならば、むしろ殺せばいいのでは?」

 

 ジャスランは言った。

 とりあえず、具足もつけ終わり、ジャスランはソファに背もたれる体勢になる。アルオウィンはいまだに素裸のままだ。

 その乳房を押しつけるように、ジャスランにしだれかかってくる。

 性愛の対象が男ではなく、女であるジャスランは、おかげでまたおかしな気分になるのだが、それを知ってか知らずか、アルオウィンは媚びを売るような潤んだ眼をこっちに向けている。

 

「まさか。ロウの魅了術は特別なのです。殺して魅了術が解けるようなら、わたしたち善良な由緒正しいエルフ族が手をこまねくわけがありません。ロウを殺せば、そのまま魅了術が定着してしまい、ガドニエル様も、サキ様も、おそらく、ロウに心を奪われたままになってしまいます」

 

「死んで術が持続するなどあり得るの? もしかして、呪術?」

 

 どんな術であれ、かけた者が死ねば魔道は解ける。例外は呪術だろう。しかし、呪術には代償が必要だし、大抵は術者の生命を代償に求める。だから、効果があっても、あまり手を出す者はいない。

 

「もしかして、魂の術で、命の欠片をどこかに隠しているのかも……。だったら、なおさら支配して、それを吐かせないと」

 

「命の欠片ねえ……」

 

 それは耳にしたことがある。

 さすがにジャスランも、その術は遣えないものの、魔族の一部には、そういう高位魔道が知られていて、それで身を守る者もいると耳にする。

 確か、自分の命の一部を他人の身体に隠しておき、本体が死んだときに、一部を預けている身体を乗っ取って生き返るという術だと思う。

 魔道の区分としては、闇魔道に属するはずだ。まあ、考えてみれば、魅了術も闇魔道か……。

 

「洗脳球で支配して、命の欠片の場所を吐かせましょう。洗脳球では身体は支配できても、心は支配できませんが、それこそ、人質を使えばいいでしょう。ロウは一応は女を大切にしますから、彼女たちの命を代償にすれば、吐かせられますね。やっぱり、生かしておいてよかったです……。さすがはジャスラン様」

 

 なにがさすがなのわからないが、褒められれば嬉しくはないことはない。

 そうか……。生かしておいてよかったのか……。

 

「だが、洗脳球で支配できる? あれは、血紋術が必要よ。私が直接にかけないとならない。スクルドとエリカに攻撃をさせるが、私自身はここにいるつもりよ」

 

「スクルドとエリカに、戦わせることはやめましょう。それよりも、ロウたちがやってきたら向こうに返すのです。それがチャンスです。ロウは魅了で操っているとはいえ、自分の女には優しいですから、絶対に、戻った彼女たちを自分で訊問をしようとします」

 

「戦わずして返すですって──? それはだめよ──。スクルドには、自分の仲間を裏切らせる汚辱を味わわせるのよ──」

 

 ジャスランは怒鳴った。

 それは絶対だ。

 あのスクルドには、あらゆる汚辱と侮辱を与えてやる。自分の仲間を裏切らせるのもそのひとつだ。

 

「ならば、戦わせましょう。裏切らせて、自分たちの仲間にやられさせればいいのです。攻撃しても致命傷を与えないことを命令して、ロウたちに一方的に攻撃させるのです。そっちの方が屈辱でしょう」

 

「それはいいかもね。味方に痛めつけらるのね。まあ、あいつらに活躍させるよりはいいねえ」

 

 ジャスランは味方に冷酷に痛めつけられるスクルドの姿を想像して、ちょっと溜飲がさがった。

 

「では、それでいきましょう。スクルドとエリカには、味方を攻撃させる。でも、致命傷は与えないことを命令して、やられさせる。そして、捕らえさせます。捕らえれば、ロウは必ず自分自身で彼女たちを訊問します」

 

「わかった。そして、どうするの?」

 

「スクルドたちに、口の中に昏睡薬を忍び込ませるのです。ふたりとも、ロウのお気に入りです。ふたりが口づけを迫れば、ロウは受け入れます。訊問の最中でも……。ロウは好色ですから……。それが最大の弱点なんです。女に甘くて……。その役目はスクルドがいいでしょうね。スクルドの得意技ですよ。ジャスラン様も仕掛けられたのでしょう?」

 

 アルオウィンがちょっと笑った。

 先日、スクルドに不覚をとったとき、あいつに突然に口づけをされ、身体が弛緩する媚薬を飲まされて失敗したことを思い出した。

 あのときのことを思い出すと、腹が煮え返る。

 どうやら、自分はそんなことまで、アルオウィンに寝物語で語ったらしい。

 

「……スクルドにロウを昏倒させ、エリカに刃物で脅させればいいのです。それで、ロウの女たちは手が出せません。そして、スクルドにこっちに転送術で連れてこさせればいい。ロウの身柄さえ確保すれば、あとはやりたいことができます。とにかく、スクルドとエリカを向こうに返すことです」

 

 さらにアルオウィンが言った。

 

「うーん、殺させるよりも、そっちがいいのかあ……」

 

 ジャスランは腕組みをした。

 しかし、殺すとサキの魅了が解けないというのであれば、迂闊に殺すわけにもいかないし……。

 

「考えることは、わたしにお任せを……。それよりも、ジャスラン様は、スクルドにはどんな仕返しをなされるのですか? でも、くれぐれも殺さないでくださいね。そして、スクルドには戦わせる必要もあるので、五体満足ではいさせてください」

 

「五体満足か……」

 

 ちょっと困った。

 すでに、スクルドの両手は切断してしまった。シャングリアに至っては、残っているのは、脚一本だけだ。

 それを白状すると、アルオウィンが眼を大きく見開いた。

 

「そ、そんな……。も、もう傷つけてはいけません。策戦が台無しになります。どうか、もう……。ジャスラン様の手柄をあげてもらうことが難しくなってしまいます」

 

 アルオウィンが懇願するように言った。

 そんなにも、ジャスランの手柄を大切にしてくれるとは、感じ入ってしまった。エルフ族のくせに、なかなかに可愛い女だと思った。

 

「お前、なかなか、可愛い女ね。事が終わったら、私の飼い猫になる?」

 

「ほ、本当ですか──。嬉しい──。お慕いしています、ジャスラン様。わたしは、ジャスラン様のようなお強い人には会ったことはありません。心からお慕いしています」

 

 アルオウィンが心の底から嬉しそうに笑って、ジャスランに抱きついてきた。

 ジャスランは、アルオウィンを抱いて頭を撫ぜる。

 すると、さらに、アルオウィンがジャスランの頬に自分の頬をすり寄せて甘えてきた。

 本当に可愛い女だ。

 存外にエルフ族というのも、可愛らしいのだと思った。

 

「……ところで、ロウを洗脳球で支配するとなれば、ジャスラン様の魔力が問題ですね。少し節約しましょう。いまはわたしを含めて四個を使ってますので、一個減らしましょうよ。そうすれば、ロウを支配する余裕ができます」

 

「一個減らすのか? つまりは、お前の支配を解くということね?」

 

 ジャスランは笑った。

 まあ、それもいいだろう。

 しかし、アルオウィンは、首を横に振った。

 

「そこまで、わたしを信用なさるのは嬉しいですけど、減らすというのはイライジャです。彼女はもう無力でしょう。洗脳球を使うのは無駄に違いありません」

 

「あいつか……」

 

 もう半分忘れていたと言っていい。

 アルオウィン同様に、この亜空間の隠れ処に収容しているが、地上部分に置いているアルオウィンに対して、イライジャはここの地下に拷問で弱らせながら監禁している。

 エリカやシャングリアとは異なり、武芸には秀でないし、魔道も大したことはない。

 その魔道も、アンクレットの魔道封じで封印しているので、魔道も遣えない。

 まあ、どうでもいい存在であることは間違いない。

 

「じゃあ、処分するか?」

 

 ジャスランは言ったが、アルオウィンは、慌てたように首を横に振った。

 

「ロウに命の欠片の場所を自白させる切り札です。それはお待ちください。とにかく、考えるのはお任せを。全身全力で、ジャスラン様のお役に立つ策を考えますので」

 

 アルオウィンが必死な口調で言った。

 ジャスランはあまりにも、真剣な表情なので笑ってしまった。

 

「わかった。わかった。だが、自分自身の開放を願わないとはねえ。ますます、お前を信用できる気持ちになったよ」

 

「わたしは、ジャスラン様に支配されるのが嬉しいのです。けして、支配を解かないでくださいね。できれば一生……」

 

 アルオウィンが口づけをしてもらいたさそうに、ジャスランに口を寄せてきた。

 ジャスランはアルオウィンに唇を重ねる。

 身体を離すと、アルオウィンが愛おしげにジャスランを見つめてきた。

 やっぱり、可愛い女だ。

 

「ちょっと、イライジャを見てくる。そして、洗脳球も解除してくるよ」

 

 ジャスランは立ちあがった。

 そして、天幕の中を移動する。

 この天幕は四個の天幕を連接するかたちになっていて、イライジャを閉じ込めている地下への入り口にある天幕は、そのひとつだ。

 もちろん、首輪を鎖で繋いでいるアルオゥインには届かない場所になる。

 

 地下への入り口になっている地面にある蓋を開けた。

 それだけで、むっとする熱気が噴きあがってくる。

 

「こりゃあ、熱いねえ」

 

 ジャスランは苦笑しながら、階段をおりていった。

 すると、地下空洞が出現する。

 そこには、苦役用の器材があり、地面に差してある巨大な木製の車輪をそれについている横材を押して、延々と回せるという作業をさせているイライジャがそこにいた。

 全裸だ。

 

 黒い肌は信じられないくらいに汗をかいており、この熱気の中での重作業に、完全に弱っているのがわかる。

 だが、イライジャの首には、首輪がかかっていて、この木製の横材から離れられない。

 そして、イライジャに届く場所にある壁の容器には、一定数の回転をさせると、少量の水が出てくる仕掛けになっている。

 この熱気の中では水を補給しないと死ぬしかなく、だが、水は重い車輪を横材で回して、百回以上は回転させないと出てこない。

 イライジャは、疲労困憊でも車輪を押し続けるしかないということだ。

 

 それに、休憩をするとイライジャにしている首輪に電撃も流れる仕掛けだ。電撃が流れないのは、真夜中の二ノスくらいだ。

 だから、イライジャは、もう三日くらいは、あまり寝ていないはずだ。

 

「だ、誰──?」

 

 イライジャが人の気配を感じたのか、こっちに向かって声をあげた。

 だが、その眼はなにも見ていない。

 ここに監禁するときに、ジャスランが両眼を潰したからだ。

 それにしても、ここに来るのは、ジャスランだけなのに、毎回、誰だと訊ねてくる。

 面白いやつだ。

 

「私よ。他に誰がいるのよ」

 

「あ、あんたね……」

 

 イライジャが横材を押しながら舌打ちをするような仕草をした。

 ごりごりと巨大車輪が回る音が鳴り響き続ける。

 

「しっかりと押しなさい。さもないと、水は出ないからね」

 

「や、やることが……下衆(げす)なのよ……」

 

 イライジャが言った。

 そして、興味がないとでも言いたいのか、そっぽを向く。

 だが、かなり追い詰めらているようだ。

 ジャスランはほくそ笑んだ。

 

「お前の洗脳球を解くわ。だけど、お前のすることは変わらないけどね」

 

 ジャスランは洗脳球を亜空間から出して、イライジャとの結びつきを解除した。

 

「洗脳球の支配を解く?」

 

 イライジャがちょっと驚いたように言った。

 そして、完全につぶれている目をこっちに向けた。そのあいだも、横材を押して、地面の巨大車輪を回し続けている。

 

「スクルドも捕らえたよ。次はロウね。用済みになれば、お前も殺してあげるけど、その前に死なないようにね。だけど、洗脳球は解除したから、自殺したけれれば勝手に死になさい。じゃあね、イライジャ。とにかく、ここは熱すぎるよ」

 

 すでにジャスランも汗びっしょりだ。

 ジャスランは哄笑しながら、地下を後にした。

 そして、アルオウィンのいる天幕を通りかかった。

 

「あっ、ジャスラン様、汗が……」

 

 アルオウィンには、この一個の天幕くらいは、自由にできる長さの余裕を鎖につけている。

 彼女が布を持って立ちあがろうとした。

 また、アルオウィンはすでに薄物を身にまとっている。

 ジャスランは、アルオウィンを手で制した。

 

「いいよ。座っていなさい。スクルドのところに戻るわ。まだまだ、痛めつけないとね」

 

 ジャスランは布だけを受け取って汗を拭くと、天幕の出口に向かう。

 この天幕の出口から外に出れば、通常空間に繋がるが、それはジャスランだけの仕掛けなので、アルオウィンもイライジャも、ここから外に出ることはできない。

 まあ、心配はしてないが……。

 

「あのう、イライジャは?」

 

 外に出る直前にアルオウィンが訊ねてきた。

 

「まだ、生きてはいたね。そして、洗脳球は解除したさ」

 

 ジャスランの言葉に、アルオウィンが安心したような息を吐いたのが聞こえた気がした。

 

 外に出た。

 モーリア隊の陣営の喧騒に包まれた。

 すでに、ジャスランの意識は、すでにスクルドに戻っている。

 

 小便の途中で放尿を禁止し、しかも、唐辛子水を大量に飲ませて放置していきた。

 どんな風に泣いているのか愉しみだ。

 

 本当に愉しみだ。



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600 救援隊追跡の懸念

 ジャスランが天幕の外に出ていったのを確認すると、アルオウィンはすぐに立ちあがった。

 

「全く……。あいつの頭が馬鹿で助かってはいるけど……」

 

 アルオウィンの首輪に繋がっている鎖が結ばれている木杭に向かう。

 それにしても、「洗脳球」というらしいが、感情や心を支配するのではなく、身体だけを支配してしまう魔道具があるとは、アルオウィンも知らなかった。

 しかし、その魔道具に、呆気なく支配されたことについては理にはかなっている。

 

 魔道学の常識では、魔道に限らず、なんらかの能力が高い者には、支配系の魔道はかかりにくいということは知られていた。

 支配魔道といえば、いわゆる「奴隷の首輪」がそうだが、相手の心を操って、言葉に拒否できなくするという「支配術」が刻まれている。

 だが、それは魔道具にその支配術を刻んだ魔道遣いの能力に左右され、能力の高い魔道遣いが刻んだ魔道具ほど支配効果が強く、逆は弱い。

 能力の低い魔道遣いの奴隷の首輪など、いかに装着される者が屈服の意思を示そうとも、支配効果が生まれにくいのだ。

 

 また、弱い力で術を刻んだ奴隷の首輪は、首輪に術を刻んだ術者よりも上位魔道遣いが支配術を無効にする「上乗せ魔道」をかけることによって、簡単に解除できる。

 従って、現実的な効果のある「奴隷の首輪」は、高位魔道遣いが術を刻まなければならないので高価になる。

 つまりは、誰かの支配になっている者がほかの支配術にかけられるには、もともとの支配術をかけた者を圧倒的に上回る能力差が必要になるということだ。

 

 そして、アルオウィンたちは、ロウの支配にあった。

 ロウが怖ろしいほどの女に対する支配能力があることは明白だ。

 支配術にかけられるなど、本来であれば忌避すべきことなのに、その気持ちさえ失わせてしまうほどだ。

 そこまでの支配なのだ。

 だから、問題ないと思っていたのに……。

 

 ロウの支配については、その恩恵として、怖ろしいほどに女側の能力も向上するので、女にとっても実利も莫大ではあるし、そもそも、アルオウィンも、ロウの支配に陥りたくて、頼んで支配してもらったのであり、そのことには、いささかの後悔もない。

 もともと、妹ともども死んでいたか、それとも、発狂して人として終わっていた立場なので、それを救ってくれたロウには、負って負いきれない、背負(しょ)って背負いきれない恩もあれば、義理もある。

 

 ただ、そのロウによる高位能力の支配に陥っているのだから、ほかの誰かの支配に陥ってしまう可能性など、まったく考えていなかった。

 しかし、まさか、“支配術は、術を刻んだ術師の能力を大きく上回らなければ、術を上書きできない”という魔道常識を覆す魔道具が存在するとは……。

 

 肉体支配の魔道具……。

 本当に恐ろしい……。

 

 また、本当に恐ろしいのは、そこまでの魔道具を、あんな直情型の馬鹿女が持っていたということだ。

 そして、アルオウィンをはじめとして、エリカ、シャングリアという女傑まで身体を支配されてしまった。

 

 さっきの話によれば、あのスクルドというちょっと性格はおかしなところがあるが、魔道能力だけは、ずば抜けている彼女までも……。

 

 いずれにしても、口八丁手八丁でジャスランに取り入り、彼女が暴走しないようにコントロールしているが、ああいう手合いで怖いのは、もともと理性ではなく感情でしか動かないというところだ。

 理性が強い者なら、そもそも、サキとかいう妖魔将軍とやらが気に入っているロウを殺そうなどとは思わないだろう。

 そんなことをすれば、ジャスラン自身が後で殺されるのは明白だ。

 

 だが、彼女は、スクルドが憎いという理由だけで、ロウを殺そうと突っ走る。

 さっきは、なんとか彼女を説得して宥め、そうしないようにそそのかしたが、あのジャスランという女魔族であれば、気分が変われば、すぐに前言も約束も撤回し、ロウの命を狙うと思う。

 あいつの危険は、そこにある。

 アルオウィンは嘆息した。

 

「まあ、いずれにしても、頭が足りないのは助かるけどね……」

 

 アルオウィンは、すっかりと緩めている杭を埋め込んである土を両手で掘る。

 ジャスランが扱う洗脳球という身体支配具は、ジャスランの言葉を本来の心から送られた「指令」として身体が動くという仕掛けのようだ。

 だから、言葉の裏の意味など関係なく、身体側を制御するための「言葉」を一字一句正確に口にする必要があるようだ。

 

 あのジャスランが、アルオウィンに刻まれている洗脳球に告げたのは、「首輪を外してはならない。首輪の鎖を外そうとしてはならない。杭を抜いてはならない」だ。

 

 アルオゥインは、土を緩め終わると、鎖が繋がれたままの杭を土の中で叩き割った上半分を持ちあげた。

 杭を途中で折っただけた。

 首輪を外してはないし、首輪の鎖を外してもいない。杭を抜いてもいない。もしも、鎖の幅以上に離れるなという言葉を使われたら、アルオウィンにはどうにもできなかったが、彼女はそう言わなかった。

 

 邪魔にならないように、折れた半分の杭に鎖を巻きつけて薄物の裾をたくしあげて縛る。

 そして、横の台から水差しと果物をとって、天幕の奥に駆けていく。

 

 ジャスランが、いつ戻るかなど不明だが、この三日を観察する限り、洗脳球を使うことで魔力を消費すると、ここに戻って来るという感じにしているみたいだ、

 おそらく、最低二ノスは間隔が開くと思う。

 

 まあ、外がどういう状況になっているかわからないから、なんともいえないが、一ノスであれば、まあ問題のない時間ではないだろうか。

 

 四連繋いである天幕の最奥に着く。

 そこには、ジャスランが作った地下に通じる入り口がある。

 地面にある蓋を開く。

 

「くっ」

 

 ものすごい熱気があがる。

 

「こんなところに閉じ込めたままなんて、すぐに死んでしまうに決まっているでしょう。あいつの常識はどうなっているのよ」

 

 思わず悪態をついた。

 イライジャについては、殺すつもりはなく、ただ弱らせるだけのつもりだったみたいだが、それで、この仕打ちだ。

 ジャスランは、この熱気の穴にイライジャを閉じ込めて、ほとんど寝かさないで運動をさせ、それでほんの少しの水分しか与えてないのである。

 おそらく、身体の丈夫さを、魔族である自分を基準に当てはめているのだろう。

 つまりは加減がわからない馬鹿なのだ。

 だからこそ、外のことが心配だ。

 

 とりあえず、持っている水と果物を地下への蓋の横に置く。

 階段を下に進み、蓋を下から閉じてから、階段を降りていった。

 地面に差し込んである大きな車輪のようなものを横材を押して回しているイライジャがそこにいた。

 

「誰──?」

 

 人の気配を感じたイライジャが、こっちに問いかけた。

 イライジャの両眼は潰されている。

 あの冷酷な女魔族が洗脳球の命令で、イライジャ自身の指で抉らせたのだ。

 その残酷な光景を目の前で見させられたのを思い出し、ジャスランに対する憎悪が改めてふつふつと湧くのを感じた。

 

 そのジャスランに媚びを売り、性愛に誘い、甘えて肌を擦り寄るという行為は、鳥肌が立つほどの気持ち悪さではある。

 だが、アルオウィンは、任務のためならいくらでも身体くらい開く訓練も受けているし、そういうこともやってきた。

 躊躇いなどないのだが、ロウに支配されるようになっての誤算といえば、ロウとの性愛の気持ちよすぎる記憶が邪魔して、ほかの相手だと、昔のように自由自在に自分を欲情させ、股間から愛液を流してみせるというのが結構難しくなったことだろう。

 まあ、なんとかやってるが、ロウに愛される弊害といえば、それが弊害だ。

 

「わたしよ。馬鹿は外に出たわ。一ノスは休んで。上に」

 

 短く言った。

 イライジャはほっと安堵したように頷く。そして、首輪の根元近くの鎖に手を伸ばすと、すでに途中で断ち切ってあって、しっかり繋がっているように見せかけていた鎖のひとつを軽く曲げて外す。

 

 イライジャについては、アルオウィンのように、拘束を解いてはならないという「命令」は与えられなかったみたいだ。

 イライジャが言っていた。

 おそらく、イライジャなどとるに足らないと思って、大して気にかけなかったのだろう。

 

 だから、ジャスランが外に出た隙に、アルオウィンが隠し持っていた金属切断用の短い鉄斬り具をイライジャに手渡した。

 そのときには、ジャスランがいつ戻るか、まだ計算できる感じではなかったので、水を与え、果物を食べさせ、そして、工具を渡すだけにとどめた。

 工具を隠していた場所は、実はアルオウィンの尻の穴だ。

 魔道のこもった道具ではなく、ただの細くて小さい工具だが、拘束されたときには、まず間違いなく、魔道を封じられるので、むしろ魔道具でない方が使いでがある。

 

 また、ロウに施された術のうち、「見えない貞操帯」というのは、ロウとロウの女以外による局部やアナルへの侵入を防ぐというものだが、あれは実にいい。

 ロウの支配は強いので、今回のように敵に捕らわれても、隠しているのをばれないで済む。

 このロウの術については、肉体支配系に属するもののようであり、同じ肉体支配系のジャスランの洗脳球でも破れないでいるみたいだ。

 

 いずれにしても、イライジャは、渡した小さな工具で首輪の根元の鎖を切断してのけた。

 ジャスランにばれたときには、アルオウィンではなく、イライジャが尻の中に隠していたということにすると話し合っていたが、ジャスランはいまでも気がついてない。

 イライジャの拘束具そのものは、魔道などかかってない普通のものだったみたいである。

 

「下側からついていくわ。行って……」

 

 アルオウィンは、上に向かう階段の前から身体をずらして言った。

 イライジャが階段をあがるのを手伝うことはない。

 眼を潰されているイライジャに、ひとりで上にあがれるように、感覚を身体で覚えてもらうためだ。

 

「え、ええ……」

 

 イライジャの足はかなりふらつき、身体もつらそうだ。

 しかし、なんとか階段をひとりであがっている。

 アルオウィンも下からついていく。

 

 イライジャが車輪を回すのをやめると、首輪に電撃が流れるという仕掛けは、首輪から鎖を外せば、イライジャには伝わらないことはすでに確認している。

 最初に心配したのは、車輪を回さないことで、首輪に電撃が流れっ放しになることであり、また、それでイライジャが上で休んでいることに気がつかれることだ。

 しかし、それは、いまのところ杞憂だ。

 

 もう何回もこうやって、イライジャは抜け出ているが、ジャスランが気にする様子は皆無だ。首輪にも電撃は流れない。あれは、車輪に接続されている鎖に首輪が繋がっていないと効果はないみたいだ。

 

 イライジャが蓋を開けて外に出る。

 アルオウィンは、ちゃんとできることを確認して、自分も外に出る。

 今度は蓋は戻さない。

 こうやって開けることで、少しでも地下の熱気を逃がせるからだ。

 

「水と食べ物は、入り口側の天幕側にあるわ。わかるわね?」

 

 アルオウィンの言葉に、イライジャが頷く。

 しっかりと、身体を入り口側の天幕、つまりは、ジャスランがアルオウィンと戯れるときに座るソファーのある天幕側に、イライジャはちゃんと身体を向けた。

 そして、その場に座り込んだ。

 

「いいわ……。問題ないわね。渡したものは……?」

 

 アルオウィンは水差しをイライジャの手に持たせた。

 イライジャが両手で水差しを掴んでむさぼるように水を飲みだす。

 アルオウィンは、その様子を見ながら、しばらく待つ。

 

「あ、ある……。下の地面に埋めてる。い、いつでも……」

 

 渡したものというのは、鉄斬り具とは別に、イライジャになにかのときの武器として渡したものだ。

 アルオウィンは満足して頷いた。

 

「……外の様子は……?」

 

 イライジャに果物を手渡すと、イライジャが訊ねてきた。

 

「わからない……。ただ、スクルドが捕らわれたらしいわ。ジャスランの拷問を受けているみたいよ。あの感じだとスクルドを捕らえてから、まだ半日くらいかも……」

 

 時間の感覚はわからないが、エリカとシャングリアをいたぶるとアルオウィンに告げて出ていったジャスランが、戻った時間から換算して、そう考えたのだ。

 どんなに長く見積もっても、それ以上は経ってない。

 

「……なら、いまは夜?」

 

「それとも、夕方か」

 

 エリカとシャングリアをいたぶる宴を準備したとジャスランが笑って外に出たときには、あいつは、いまの時間が昼過ぎだということを言っていた。

 それを考えると、いまは夕方か、夜ということになる。

 スクルドが捕らわれて半日というのは、ジャスランが外に出て、すぐにスクルドがやってきて、捕らわれたと考えての時間だ。

 実際には、もっと短いかもしれない。

 

「スクルドはひとりで……?」

 

「そうみたいね」

 

「だったら、護衛だった彼女たちが水晶宮に戻って、その直後に、たったひとりで移動術を重ねて、こっちに来たということね……」

 

 イライジャがそう言って、持たせていた果実を口にした。

 飲むのに比べれば、食べ物を口にするのは、むしろ辛そうだ。

 それだけ、身体が弱っているのだろう。

 しかし、食べないともっと弱る。

 イライジャもそれがわかっているので、果物を口にしているのだ。

 

 また、護衛を戻した時間とスクルドがこっちに来た時間間隔を計算すると、イライジャの言うとおりだろう。

 移動術は、ひとりかふたりで跳躍するのに費やされる時間と、集団で移動してくる時間とは全く違う。

 もしも、スクルドがロウたちと一緒にやって来たとすれば、あのブルイネンの率いる護衛隊の全部も一緒だと仮定して、まだ数日はかかるはずだ。

 

 だから、すぐに出立したスクルドと、隊としてやってくるロウたちが要するに時間差を考慮し、ロウたちが到着するまでにかかる時間は、ガドニエルの持つ魔力と、水晶宮に蓄積してある魔石を総動員すると仮定して、おそらく二日程度以降か……。

 あるいは、同行する勢力を半分に減らして、さらに一日半にまで短縮するというところか……。

 

「多分……。ロウ様たちがこっちに来るのは、スクルドが半日前に来たとして、いまから一日後、もしくは、その半日後」

 

「明日の夜、もしくは、明後日の朝ということね……。なんとか、それまでに……」

 

 アルオウィンの言葉に、イライジャも頷く。

 

「ブルイネンやロウ様に情報を送りたいんだけどねえ……。その手段が……」

 

 アルオウィンも嘆息する。

 あの女魔族は、かなり隙が多いので、ちょっとおだて、甘えた素振りさえすれば、いくらでも秘密を喋る。

 あまりにも、なんでも話すので、むしろ罠なのかと疑いたくなるほどだ。

 

 それはともかく、アルオウィンは、あれを性愛を誘って、洗脳球のことや、彼女の事情などについても聞き出したが、この陣営そのものについてもちゃんと情報を確保した。

 

 そして、かなりに周到に準備された待ち受けの罠があることを知った。

 単細胞で感情的だが、こと戦いということになれば、用意周到さは違うみたいだ。

 考えてみれば、アルオウィンたちを捕らえたときの罠の張り方についても、決して単純なものではなかった。

 ジャスランは、この陣営の周りに、かなりのものを準備しているみたいだ。アルオウィンたちが、モーリア卿と調整するつもりでやってきたときは、その罠群の外側で会って、この陣内に誘導を受けて入ったのを思い出す。そういえば、かなり、複雑な動きで進んだ気もする。あれをただ進んだら、おそらく罠が発動していたのだろう。

 

 旅人も通過する森林なので、ひとりふたりで通過する分には素通りできるようにしているみたいだが、隊として入って来ようものなら、たちまちに魔道具の障害が効果を発生して、準備してある罠がいたるところで機能する仕掛けになっているようだ。

 おそらく、まともにくれば、いくらエルフ族の精鋭部隊といえども、かなりの損害を受けることは間違いないと思う。

 多分、罠のことを知らないと通過できない。

 スクルドは、たったひとりだったから、ここまで来れだだけだ。

 

 大人数はむしろ危険……。

 

 少数精鋭で潜入して、内側に入ってから戦わないと、かなり危険……。

 それを伝えたい。

 ただ、それでは、ここにいる二百人の人間族の傭兵と少人数で戦うことになるのだが……。

 

「あと一日か、二日か……」

 

 イライジャも困ったように呟いた。

 

 

 *

 

 

「だーかーらー、無理だって言ってんでしょう。頭、悪いわねえ──」

 

 ユイナが怒鳴った。

 すると、横のコゼが真っ赤になった。

 

「あんた、誰に向かって、物言ってんのよ──。その口を引き裂くわよ──」

 

「な、なによ……」

 

 さすがに、ユイナがたじろぐそうな顔になる。

 水晶宮に準備された一郎たちの部屋だ。

 

 護衛隊の女兵が傷だらけで戻り、エリカたちが捕らわれてしまったという情報がもたらされて、半日がすぎている。

 そのとき、スクルドが飛び出してしまい、仕方なく、即時の出発準備を指示した。

 あれから数ノスではあるが、さすがはブルイネンの指揮する「クロノス護衛隊」だ。もうほとんど長期遠征の支度は整ったようだ。

 あと一ノスもすれば、完全に出発の態勢が整うらしい。

 

 しかし、いまはそれについて話し合いをしていたところで、ちょっと揉めていた。

 部屋にいるのは、一郎のほか、コゼ、マーズ、ミウ、イット、ユイナというパーティメンバーと、さらにブルイネン、ガドニエルである。

 また、ラザニエルと、ケイラ=ハイエルこと享子については、早まった出発に応じるために各所を奔走してくれている。

 補給のこともあるのだ。

 ただ、そっちは任せて問題なさそうだ。

 

 とにかく、いまいるここにいる人数に、護衛隊を足した勢力で、エリカたちが捕らわれているハロンドール王国との国境沿いの森まで一気に跳躍して、さらにハロンドール王国内に帰還をする予定だ。

 現在の王国の状況は、かなり浮動はしているものの、一郎が王国内で手配されているのは、変化ないみたいだ。

 まあ、かなりの混乱状態なので、本当に捕らえる気があるかどうかわからないが、なんの備えもなく戻るつもりはない。

 護衛隊とともに帰還するのは前提事項だ。

 だが、それで、いま話し合いの真っ最中なのだ。

 

「ロウ殿、口は悪いが、移動術についてはユイナが喋った通りなのです。ひとりふたりで跳躍する場合と、集団で跳躍する場合については、まったく消費時間が異なります。もともと、単独で跳躍する仕組みになっているものを無理矢理に大人数で跳躍口を潜るのですから、時空の歪みも不安定になり、一度潜れば、それなりの時間を置かなければ再使用できなくなるのです。それに、大人数で通過するという行為そのものが、跳躍口を通過するのに時間を消費して、時間を経過した時空に繋がるのです。ひとりふたりでは一瞬でも、三十人以上となれば、駆け抜けても時間がかかるわけで……。従って、そのわずかな時空時間でも、現実時間には、それなりの超過を加えて繋がることになり……」

 

「ああ、わかった。わからないけどね……。でも、もういい。魔道講義はゆっくり聞くよ、ブルイネン。ただ、俺は急いで、スクルドを追いかける必要があると言っているだけだ。スクルドが出てからすでに半日経っている。同じ時間で進めば、時間のロスはいままでの時間だけで終わる」

 

 一郎は言った。

 魔眼保持者の天性の勘が、エリカやスクルドたちの危険を告げている。

 可能な限り早く──。

 

 それを追求したい。

 二日近くをかけて進むなど、あいつらがどうなるかわかったものじゃない。

 

「では、とりあえず、少人数で行くのはどうでしょうか、ご主人様? ひとりふたりなら、スクルドさんと同じ時間で進めるはずですわ。ブルイネンに先発要員を選ばせて先行させましょう」

 

 ガドニエルが口を挟んだ。

 一郎は首を横に振った。

 

「だめだ。少人数だとするなら俺が行く。そもそも、それじゃあ、エリカたちと同じことになるだけだろう。なんの罠かわからないんだ。危険だ。だから、俺が行くよ」

 

「あんただって、同じでしょう。非力の人間族のくせに」

 

 ユイナがせせら笑った。

 すると、コゼがユイナを威嚇するように、ユイナに向かって一歩進む。

 

「うわっ」

 

 ユイナがびっくりして後ずさった。

 

「ならば、わたしが単独では? 魔道には自信がありますわ」

 

 ガドニエルが言った。

 

「承知できません、ガドニエル様。それと、女王陛下が単独などあり得ませんが、それはロウ殿も同じです。もう、ロウ殿は一介の冒険者ではありません。エルフ王家にとっては、女王陛下に匹敵する存在です。それを忘れにならないように」

 

 ブルイネンがたしなめるように言った。

 しかし、一郎は首を横に振った。

 

「俺にしかない能力がある。向こうでどんな仕掛けがあって、どんな罠でエリカたちが捕らわれたかわからないんだ。しかし、俺なら事前に察知できる可能性が高い」

 

 自分ひとりで、なんでもできると自惚れるつもりもないし、ユイナの言うとおりに、一郎自身が非力なのもわかっている。

 だが、一郎には魔眼がある。

 危機には勘が働くし、なによりも相手のステータスを読みことで、相手に面と向かうだけでかなりの情報を読み取れる。

 敵の情報がない以上、一郎の魔眼能力ほど、必要なものはない。

 

「なら、あたしでは……」

 

「いや、あたしが……」

 

 ミウに次いで、マーズが口を挟む。

 

「それこそ、あたしを使ってください、ご主人様」

 

 さらにイットも言った。

 だが、一郎は首を横に振る。

 

「いや、俺が必要だ。情報不明であるからこそ、俺が行くべきだ。ひとりかふたり限定なら、俺がそのひとりになるのは絶対だ。スクルドが無事なら、そこに俺が到着するだけで問題ないし、スクルドが無事じゃないなら、俺の持っている情報把握の力がいる」

 

 一郎は断言した。

 

「そもそも、あんたひとりじゃあ、移動術を遣えないわよ。最低限、移動術を遣う同行者が必要よ。ガドさんか、ブルイネンさんね」

 

 ユイナがちょっと離れたままの位置から言った。

 一郎は首をすくめた。すぐ横で、ブルイネンが「ガドさんって……」と小さな声で不満そうに文句を言ったが、ユイナに聞こえるほどの声ではなかった。

 まあ、聞こえても、気にするユイナではないと思うが……。

 

「なら、ガドと腕を組んでデート気分でふたりきりで乗り込むか? ほかの者はゆっくりくればいい」

 

 一郎は軽口を言った。

 

「ま、まあ、ふたりきりで?」

 

 なにを考えているのか、ガドニエルがふたりきりという言葉だけに反応して、顔を赤らめた。

 一郎は苦笑した。

 

「そんなこと許されません──」

 

 ブルイネンが怒鳴った。

 

「そうですよ、ご主人様」

 

 すると、コゼも声をあげた。






 *


【作者より】解決策を思いついても、感想で書き込まれませんように……(笑)。


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601 豚奴隷の号泣

「さっさと歩かないかい、豚──。それに、膝が曲がっているだろう──」

 

 ジャスランは、鉄串を貫かれた乳房に重しをつけられているため、乳房を地面に擦りつけた前屈の体勢で脚を開いて歩くスクルドの尻に、なんの容赦もなく乗馬鞭を一閃した。

 

「んぎいいっ」

 

 柔らかな肌の人間族の肌など、ジャスランの力任せの鞭で簡単に破れてしまう。またもやスクルドの尻に赤い線が加わり、そこから血が垂れ始めた。

 両手がないスクルドは、肩で地面を支えるように歩いているが、バランスがとれないのか、ぐらりと身体を崩しかける。

 しかし、必死の様子で脚を踏ん張って、身体を支えた。

 そして、曲がっていた膝を真っ直ぐにする。

 

 スクルドに命じているのは、膝立ちをしたまま、乳房を地面につけて歩くという行動だ。

 洗脳球は使わない。

 使うのは鞭だ。

 辛子汁を腹いっぱいに鼻から注いで、妊婦のように腹が膨らんでいるスクルドに、小便をさせてやるから四つん這いで歩けと鞭打ちし、泣きべそをかかせながら歩かせ始めたところだ。まあ、四つん這いといっても、二の腕の半分よりも先がないので、四つん這いというよりは、肩をついて這い進む格好だが、およそ、これ程に惨めな歩き方はないかもしれない。

 

 しかも、放置前にぶっかけてやった掻痒液の影響が残っていて、爛れるほどに股が痒いのだろう。

 鞭打ちの痛みが鎮まると、すぐに腰をみっともなく震わせだす。

 愉しくて仕方がない。

 

「んぎいいじゃないよ。豚は豚のように鳴けって、言っただろう──」

 

 今度は乗馬鞭の先端を無防備なアナルに接触させる。

 これはただの乗馬鞭ではない。ジャスランの魔道を注げば、電撃棒にもなるという責め具だ。

 おかしな封印のせいで、尻は犯せないが、電撃は喰らわすことはできる。

 なにをされるかわかったスクルドは、目に見えて怯える。

 

「ゆ、許して、許してください、ぶひいっ」

 

 スクルドがアナルに密着されている鞭先から逃げようと懸命に前に這い進む。

 

「その調子よ、豚──。ほら、気合いを入れてやるさ。倒れるんじゃないよ。倒れたら、シャングリアとエリカを殺すからね」

 

 ジャスランは電撃をスクルドの尻穴に注いだ。

 

「ほごおおおっ、んごおおおっ──ぶぎいっ」

 

 スクルドが首だけを反り返らせて、獣のような悲鳴をあげた。 

 だが、最後に慌てたように、豚の鳴き声を付け足すのが面白い。

 ジャスランは大笑いしてしまった。

 また、なんとかひっくり返りはしなかったみたいだ。

 

 さっきは、無様に倒れたので、シャングリアの残っている脚の付け根に装着しっ放しだった炸裂環を作動させてやった。

 よく考えれば、スクルドの目の前でやってやればよかったが、思いつきで爆裂させたのだから仕方がない。

 また、そのときには、準備してなかったので、すぐに人間族の治療師を檻車に向かわせた。

 そういえば、アルオウィンに殺すなと言われていたのを思い出したのだ。

 

 ついでに、エリカに、これから行こうとしている場所を教えて待っているようにも伝えさせたが、こっちも気紛れだ。

 エリカはシャングリアと一緒にいるはずだからだと思っただけだ。

 洗脳球で特別には、指示に従えという命令は与えてなかったが、指示とともに、逆らえばシャングリアの残りの炸裂環、つまりは、首に巻いている炸裂環を爆発すると伝言をさせたので、エリカは来るだろう。

 おそらく、もう待っているはずだ。

 

 それはともかく、その指示を与えてからしばらくして、治療師たちがシャングリアから噴き飛んだ片足を持って戻ってきた。

 それを見せてから、スクルドの気合が入り直した感じになった。

 

 一方で、ここは陣営内の野外なので、かなりの人間族の傭兵たちが大勢外にいる。

 すでに陽は落ちて暗いが、油を使って篝火をあちこちで焚かせているので、かなり明るい。

 また、人間族の傭兵には、「見世物」を自由に見物してもいいと指示をしており、かなりの人間がスクルドの恥ずかしい行進を見守っている感じだ。

 気の毒そうに、スクルドを見るものはほぼいない。

 にやにやと眺めるか、露骨に卑猥な視線を向けるかのどちらかだ。

 

「今度は倒れなかったわね。いいわ。ご褒美よ。ちんちん──」

 

 ジャスランは一度乗馬鞭を亜空間にしまうと、今度は赤い汁の入った小瓶を出して言った。

 スクルドにたっぷりと飲ませた唐辛子汁を改めて作って、小瓶に集めたものである。

 余程に、唐辛子汁が堪えたのか、この赤い液体を見せるだけで、スクルドは怖がって震え始める。

 

「ひいっ、そ、それは、もういいです。いえ、いいです、ぶひっ」

 

 スクルドが前屈のまま、首を激しく左右に振る。

 ジャスランは、亜空間から洗脳球を出して、左手に握る。

 

「ちんちんの姿勢──。脚を曲げて左右に開いて身体を真っ直ぐにしなさい」

 

 すると、スクルドの身体がこいつの意思は無関係に動く。

 よく理解できない行動は、こうやって、いちいち言葉にしないとならないのが面倒だが、スクルドの身体は思った通りに動こうとする。

 だが、肩を使って身体を起こそうとしているが、乳房の重みが邪魔で上体をあげられないみたいだ。

 つくづく、非力な人間族だ。

 しかたなく、ジャスランは、すでに命令を告げ終わって無用になった洗脳球を亜空間にしまってから、スクルドの乳房に手を伸ばすと、重りを外して串をひっこ抜く。

 

「んぐうううっ」

 

 スクルドが激痛に身体を震わせた。

 しかし、乳房が軽くなったために、上体を起こすことができるようになったスクルドの身体は、しゃがんで両膝を開いた格好になる。

 

「いいぞ、豚さん」

 

「かわいいぜええ、お嬢さん──」

 

 傭兵男たちの酔ったような野次が飛んできた。

 酒は禁止していないので、夕食と一緒に少しは飲んだのだろう。もうそれくらいの時間だ。

 スクルドが恥辱に歯噛みするような顔になる。

 

 この余裕のない表情──。

 これだ、これ──。

 こいつのこんな顔が見たかった。

 ジャスランは、辛子汁を指にまぶすと、スクルドのクリトリスにそれをつける。

 

「んぐううっ、痛いいいいっ、いいいっ、ぶひいいっ」

 

 スクルドが絶叫して身体を暴れさせる気配になった。しかし、なんとか踏みとどまったみたいだ。

 姿勢を崩せば、シャングリアたちが殺されるかもしれないと悟っているからだろう。

 やっということを聞くようになったのだから、やっぱり、シャングリアの残っている脚を吹っ飛ばしてよかったと思う。

 ジャスランは、辛子汁を亜空間にしまい、再び乗馬鞭を出す。

 また、洗脳球もだ。

 

 洗脳球で命令したことは、洗脳球でしかやめさせられない。

 ちょっと面倒だ。

 できれば、「奴隷の首輪」のように、“命令に従え”という言葉だけで、すべての行動を律することができればいいが、そういう機能はない。あくまでも肉体支配なので、頭で理解していても、頭が指示するように肉体に伝えないとならないのだ。

 

「姿勢を崩していい。歩くのよ。豚歩きでね」

 

 それだけを言った。

 四つん這いになれとは命じない。それはスクルドの意思でさせたい。

 スクルドは“豚歩き”でわかっている。

 さっきのように、乳房をつけて、膝を立て、前屈の体勢になって肩を地面につけて歩き出す。

 ジャスランは満足した。

 

 しばらく進む。

 しかし、相変わらずに、放置すると、痒みがぶり返してスクルドはかなりつらそうになる。

 放置直前にぶっかけてやった掻痒液の影響は時間が経って、液剤が蒸発してかなり効き目は薄くなっているみたいだが、やはり痒いのは痒いのだろう。

 またもや、腰が震えたようになった。

 ジャスランはその尻を乗馬鞭で叩いた。

 

「んぐううっ、ぶひいっ」

 

 スクルドな泣き声をあげた。

 

「そろそろ、お前が小便をする場所に着くよ。そこでエリカが待っているはずさ。小便がしたいだろう?」

 

 ジャスランはスクルドをからかうように言った。

 スクルドには、洗脳球を使って、拷問で失禁しかけていたのを強引に中断させたままだ。しかも、唐辛子汁とはいえ、腹が膨れるほどに飲ませもした。

 小便がしたくてたまらないはずだ。

 だが、それをとめている。

 肉体的に制御していても、身体の苦しさはそのままだ。

 さぞ、つらいだろうと想像している。

 スクルドの苦悶を考えると嬉しくて仕方がない。

 

「も、もう許して……許して、ぶひっ。エリカさんとシャングリアさんを巻き込まないでください、ぶひっ。そ、それにもう我慢できない。これ以上は許してください」

 

 スクルドが泣くような声で言った。

 

「なんだって──?」

 

 ジャスランはスクルドの足をとめさせた。

 脚を開いた格好で膝立ちで立たせる。

 スクルドが言われた格好になる。

 乗馬鞭を股間に触れさせて、股に電撃を送る。

 

「ほごおおっ、ぶひいっ」

 

 さすがにその場にひっくり返った。

 しかし、すぐに立ち、元の膝立ちの体勢になる。洗脳球ではないので、自分の意思だ。

 ジャスランはすぐに、もう一度股間に電撃を送った。

 今度はクリトリスへの直撃だ。

 

「んごおおおっ」

 

 スクルドが倒れる。

 今度は豚の鳴きまねを加え忘れた。

 

「豚の声が抜けたね。じゃあ、シャングリアとはさよならだ」

 

 ジャスランは笑って、炸裂環を作動させようと思った。アルオウィンには、殺すなとくどいくらいに言われていたが、まあいいだろう。

 ひとりやふたり問題ない。

 

「あああ、許してください──。なんでもいくことを聞きます。奴隷になります。だから、だから――。ぶひいっ、ぶひいっ。スクルドはジャスラン様の奴隷です、ぶひっ。それだけは許してええ、ぶひいっ」

 

 すると、スクルドはジャスランの足元にひれ伏してきた。

 そのあまりの滑稽な姿に、ジャスランの気分はよくなる。

 

「そうかい、奴隷かい──。私の奴隷は股で電撃を受けるのよ。お前が電撃を股で受けさせて欲しいと言えば、シャングリアの処刑は待ってやるさ」

 

「電撃をしてください、ぶひっ。股に電撃を受けるのが大好きなスクルドです、ぶひっ」

 

 ジャスランは、地面に頭を擦りつけて懇願するスクルドの姿に大笑いした。

 

「なら、試してやるよ。ちんちん。みんなに見せるようにね」

 

 ジャスランの言葉に、今度はスクルドは洗脳球の命令なしで、言われた格好になる。

 さらに、ちょっと思いついて、ジャスランは、口上を口にしろと命じた。

 

「み、皆さま、人間豚でございます、ぶひっ。ご挨拶させていただきます、ぶひっ」

 

 スクルドが集まってきている傭兵男たちに言う。

 ジャスランは手を叩て笑ってしまった。

 

「もっと声を張りあげな──。豚は大声で叫ぶんだ。この陣営内に聞こえるような声で言いな。シャングリアの首がかかっているよ」

 

 だが、そう言ってからかった。

 

「人間豚でございますううう──、ぶひいいいいっ──。人間豚あああああ──、ぶひいいいいっ」

 

 スクルドな泣きながら大声で叫ぶ

 ジャスランは腹を抱えた。

 だが、ジャスランは、いつの間にかスクルドが嗚咽をしていることに気がついた。さっきから泣いてはいたが、嗚咽まではしていなかったのだ。

 

「じゃあ、欲しいものだ」

 

 ジャスランは股に電撃を喰らわせる。

 

「ふぎいいいっ、ぶぎいいいっ」

 

 スクルズがひっくり返るが、すぐに肩を使って起きあがり、同じ姿勢に戻る。

 すかさず、電撃を送る。

 またもや、スクルドが倒れて、起きあがる。

 その必死さが面白い。

 数回繰り返したところで、ジャスランは股間電撃をやめた。

 

「スクルド、私の前で頭をさげな」

 

 ジャスランは言った。

 すぐにスクルドが腕のない上体を曲げて、ジャスランの足元で額を地面につける。

 

「お前には笑い顔じゃなくて、泣き顔が似合うよ。もっと泣いてな、奴隷」

 

 ジャスランは全体重をかけるようにして、靴の裏でぐりぐりとスクルドの頭を踏みにじった。

 

「んくっ……ぶひっ」

 

「訊ねるけど、お前は私の奴隷になりたいんだね?」

 

「は、はい、なりたいです、ぶひっ──。だ、だから、ほかの人は……」

 

 ジャスランは一度足をあげて、勢いをつけてスクルドの頭を踏みつけた。

 

「んぎいっ、ぶひいい」

 

 ごんと大きん音がして、スクルドが昏倒しかけたような声を出す。

 ジャスランはそのまま、再び体重をスクルドの頭にかける。

 

「余計なことを喋るんじゃないよ。奴隷になりたいのか、なりたくないのか、それだけ言えばいいのよ」

 

「な、なりたいです、ぶひっ」

 

 スクルドはしゃくりあげている。

 最後の自尊心を捨てたようなスクルドの姿に、ジャスランには得体の知れない愉悦感が拡がる。

 

「わかった。奴隷にしてやるよ。お前はもう終わりだ。こうやって、大勢の人間の前で裸で這いつくばり、土下座をして、私の足に踏まれている。これから、たくさんの男の前で小便も垂れるだろう。今日はまだ準備できてないけど、明日の昼間には下剤を腹が膨れるまで飲ませて、糞も全員の前で垂れさせる。嬉しいだろう? 私の奴隷になりたいんだからね」

 

 ジャスランは笑った。

 

「は、はい、ジャスラン様──、ぶひっ」

 

 スクルドがそう言った。

 ジャスランは心から満足した。

 スクルドに再び這い歩けと命令した。

 

 しばらくすると、煌々と明かりがついている一角が出現した。

 傭兵たちも大勢集まっている。

 

 この辺りは、モーリア隊の中でも傭兵たちが集まっている界隈だ。隣接するモーリアやその部下たちの天幕を拡げている場所もあるが、ジャスランはこっちの男たちの方が下品なので、もっぱらこちら側でスクルドやエリカたちをいじめることにしている。

 

 また、その傭兵たちが集まっている中心には、素っ裸のエリカもした。

 険しい顔でこっちを睨んでいる。

 身体には、血しぶきを浴びたような姿になっていた。

 同じ檻車にいさせたので、シャングリアの残った脚が爆発して千切れたときに血を浴びたのだと思う。

 エリカ自身は怪我もないみたいだ。

 

「おや、どうしたのよ、その血は? お前の血かい?」

 

 ジャスランはわざとらしく声をかけた。

 エリカは手で胸と股間を隠したまま、ジャスランを睨みつける。

 

「し、白々しい……。あ、あんた、シャングリアの残った脚まで……」

 

「文句があるなら、スクルドに言うんだね。なかなか言うことを聞かなくてね。ほら、改めて挨拶をしな、豚──。ちんちんだよ──」

 

 スクルドの尻を乗馬鞭で叩く。

 悲鳴をあげてから、スクルドが身体を起こす。

 

「ジャ、ジャスラン様の奴隷で人間豚のスクルドよ──。よろしくお願いします、ぶひっ」

 

 スクルドが言った。

 

「ス、スクルド……」

 

 エリカが唖然となっている。

 

「ところで、ほら、エリカ──」

 

 呟いて身体を硬直させたようにしているエリカに向かって、ジャスランは亜空間から一個の革の口覆いを取り出して投げた。

 表と裏の両側に革のディルドがついているものであり、シャングリアの股間をエリカに口で犯させるために使ったものだ。

 膣もアナルも不思議な力で守られているこいつらだが、お互い同士なら問題はないことはわかっている。

 

「な、なによ、これ」

 

 エリカが顔を引きつらせる。

 

「なにって、お前の道具じゃないかい。装着の仕方はわかっているでしょう? そこらにいる男たちに手伝ってもらいな。それとも、残り一個しかない、シャングリアの炸裂環を作動して欲しいかい?」

 

 嫌味ぽっく言うと、エリカが怒りで顔を真っ赤にしながら、その口覆いを拾う。

 デゥルドを口に入れて口覆いを嵌めた。すると、面白がっている見物人の中から数名進み出て、エリカの頭の後ろで口覆いの金具をとめていく。

 エリカは口からディルドを生やしたという屈辱的な姿だ。

 本当に悔しそうな顔をしている。

 ジャスランは、エリカに近づき、亜空間から出した炸裂環をエリカの両腕の付け根に巻いた。

 さすがに、エリカがぎょっとなる。

 しかし、ジャスランは、エリカは無視して、スクルドがちんちんの姿勢でいる前に戻る。

 

「立ちな、豚奴隷──。見世物の始まりよ。洗脳球で無理矢理に中断させているお前の尿道を開放してやるわ。でも、許可なく粗相をしないこと。そして、とめろと命令すれば、すぐに小便をとめること。それができなければ、エリカの腕を切断するわね」

 

 ジャスランは言った。

 スクルドの目が大きくなった。

 

「そ、そんな、エリカさんは許して──。い、いえ、許してください、ぶひいっ」

 

「いいから、立つんだ。脚は閉じるんじゃない」

 

 ジャスランの一喝に顔色を変えた感じのスクルドが立ちあがる。

 

「もっと開け。それに、がに股よ──」

 

 怒鳴った。

 スクルドが大股開きになって、脚を横に曲げる。

 ジャスランは、洗脳球を出した。

 

「さて、じゃあ準備はいい? 終わったらエリカにお前を犯させるけど、そのときに、腕が残っているのか、それともなくなっているのかは、お前次第よ」

 

 ジャスランはそう言ってから、そういえば、エリカにはロウを殺せと命じるのだっと思い起こした。

 腕を切断したら、さすがに殺せないか……。

 いや、違う。

 アルオウィンに言われて、それはやめるのだ。

 だったら、腕がなくなってもいいのか……?

 いや、そういえば、ロウを捕らえるために、戦わせて送り込むのか?

 腕を跳ばしたら支障ありそうだな。

 まあいい。終わってから考えるか。

 

「ああ、お願い、そんなことはやめて、ぶひいっ」

 

 がに股のスクルドが悲痛な声をだした。

 ジャスランは考えるをやめた。

 とりあえず、こいつだ。

 明日まで、とことんいたぶってやる。

 

「尿道の封印を解きな」

 

 ジャスランは、洗脳球を握ったまま言った。



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602 放尿踊りと……そして……

「いっ、いいっ、いいいっ」

 

 がに股で立っているスクルドがおかしな声を出しはじめた。

 おそらく、放尿を我慢しようとしているのだろう。がに股ながらも内股に内腿を曲げ、懸命に歯を喰いしばっている。

 その喰い縛っている口から苦悶の声が漏れ出ているのだ。

 眼は涙目だし、あっという間に脂汗が裸体の肌に流れはじめている。

 

「おうおう、一応は我慢したじゃないか。私は洗脳球の縛りを解除した瞬間に、小便をおっぱじめると思ったけどねえ」

 

 ジャスランはあまりにもみっともないスクルドの姿に大笑いした。

 

「あ、ああ……。が、我慢できません……ぶひっ……。は、早く……」

 

 スクルドがすでに限界を越しているはずの尿意の苦痛に震えながら言った。

 許可なく粗相をすれば、エリカの腕を片方ずつ吹っ飛ばすと言っている。だから、スクルドは必死の様子だ。

 また、周囲の傭兵たちも、スクルドのような人間族の美女の破廉恥な見世物に大喜びだ。早く出せとか、もっと頑張れとか、無責任な揶揄をかけまくっている。

 ジャスランは愉しくなってきた。

 

「じゃあ、なにをしてもらおうかねえ……。それじゃあ、歌でもうたってもらおうか。歌い終わったら、小便を許可してやるよ。だけど、もしも、途中で洩らしたら、エリカに仕置きだからね……。ああ、そうだ。歌を歌っても、豚の鳴き声は忘れんじゃないよ」

 

 ジャスランは笑いながら言った。

 ちょっと離れているエリカが抗議するように、大きく呻くような声を出しているが、張形付きの口覆いのために、くぐもってよく聞こえない。

 ジャスランは無視した。

 

「主……主よおおお、ぶひっ、みもとに……、ち、近づかん……。く、苦痛にま、まみれても……あなたに心を……さ、ささげます、ぶひっ……。こ、この歌を……」

 

 スクルドが涙を流しつつ、旋律に乗せて言葉を吐きだした。

 よくわからないが、きれいな歌だと思った。まあ、あんな恰好で歌っても滑稽だが……。

 

「そのまま歌いな。ああ、ただ、がに股のまま、代わる代わる足踏みをするんだ。がに股踊りだ。膝を水平よりも高くあげるんだよ。低かったら、エリカの腕の炸裂環を作動させるからね……。よし、がに股踊りだ──」

 

 ジャスランは気まぐれにさらに注文を付け加えた。

 聞いていた傭兵たちは、面白がって拍手喝采だ。

 スクルドが涙目のまま、がに股で脚をあげ始める。

 

「や、闇に……石を……背に眠り、ぶひっ……。夜闇を被り……、ああ、主のもとへ……。主のもとへ……、ぶひっ」

 

 スクルドはうなじを浮き立たせるように首を曲げ、懸命に放尿を我慢しつつ、馬鹿みたいな踊りをしながら歌を歌い続ける。

 ジャスランは腹を抱えてしまった。

 やがて、歌い終わった。

 

「よし、小便していい」

 

 その言葉とほぼ同時に、しゅっと音を立てるように、スクルドの股間から尿が迸った。

 すごい勢いだ。

 ただ、色はかなり赤い。

 唐辛子汁の影響が尿にまで及んでいるのだろう。

 

「い、いたい……いい、いいっ」

 

 もしかしたら、辛子の影響で、おしっこが痛いのかスクルドが呻き声のような声をあげている。

 一方で、スクルドが放尿を開始したことで、割れんばかりの男たちの哄笑が渦巻いて、周囲が大喜びした。

 

「ああっ」

 

 スクルドの顔が汚辱に曲がる。

 ジャスランはほくそ笑んだ。

 

「じゃあ、一度停止よ。おしっこを中断するのよ。できなければ、エリカの腕を爆裂させるわ──」

 

 ジャスランは怒鳴った。

 スクルドが歯を喰いしばる仕草をしたが、堰を切ったように号泣を開始して首を横に激しく振る。

 

「ああ、できない……。と、とまりません、ぶひっ──。や、やってます。やってるんです、ぶひいいいっ」

 

 スクルドが悲痛な声を出す。

 だが、確かにおしっこはとまってない。

 中断する気配もなく、激しく迸り続けている。

 

「……仕方のない豚だねえ。じゃあ、約束だ」

 

 ジャスランは爆笑しながら言った。

 指を鳴らそうと手を前に出す。

 別に、指を鳴らさなくても念じるだけで爆裂させることはできるが、合図をする瞬間をスクルドに見せつけようと考えただけだ。

 

「ああ、やめてええええ、とめます、とめますからあああ、ぶひいっ、とめてます。とめようとしてます、ぶひい」

 

 スクルドが絶叫した。

 ジャスランは口を開く。

 

「じゃあ、待ってやる。三……二……」

 

「ひいっ、ひいいっ」

 

 スクルドが腰を前に出すように背中を逸らす。

 その必死さが愉快だ。

 エリカの腕を飛ばそうが、飛ぶまいがどうでもいいけど、あのみっともないスクルドの恰好を見れただけでもよかったと思った。

 

「一……」

 

 しかし、結局、おしっこはとまらなかった。

 そろそろ、膀胱に溜まった分が終わりそうで、緩くはなっているが……。

 

「残念だね。友達がいのない女さ。さあ、エリカ、恨むなら、スクルドを恨みな」

 

 ジャスランは指を鳴らした。

 

 だが、その瞬間、突如としてエリカの炸裂環がエリカから離れて、すごい勢いで飛ぶとジャスランの手首に密着してしまった。

 はっとしたときには、遅かった。

 すでに、炸裂環に魔道を送ってしまった後だったので、ジャスランの片側の手首が吹っ飛んでしまった。

 

「あがあああああっ、いたいいいいい、いたあああああ」

 

 ジャスランはその場に跪いた。

 飛んだのは左手首だった。

 魔力を念じて、必死に血をとめる。

 しかし、なにが起こったのだ?

 わけがわからなくて、ジャスランは辺りを見回す。

 周囲の傭兵たちも騒然となっている。

 また、もうひとつくっついていた炸裂環は、ジャスランの魔道でなんとか外れる。

 しかし、いまの瞬間、明らかに強力な魔道の横入りがあり、ジャスランの魔道が阻止された。

 

「よくもよくも、俺の女たちを弄んでくれたな……。ただで死ねると思うなよ」

 

 そのとき、傭兵たちの背中の後ろから男の声がした。

 さっと、傭兵たちが分かれて、人の道のようなものを作る。

 そこには、傭兵ではない人間族の男がいた。その横には、小柄な人間族の女と、見たこともないような美しいエルフ女もいた。

 

「ご、ご主人様ああ」

 

 スクルドが泣きながら絶叫した。

 彼女は自分が放尿して作った尿だまりの上にしゃがみ込んでしまっている。

 

「スクルド……。言いたいことも、お仕置きもあるけど、それはこの始末をつけてからだ……。とりあえず、まだ無事でよかった。その腕はこいつにやられたか……?」

 

「あ、あと、エリカさん……。シャングリアさんも……。それに、アルオウィンさんとイライジャさんはどこにいるのかわからなくて……」

 

「そうだな。アルオウィンとイライジャは俺も感知できない……」

 

 男が困ったように応じている。

 しかし、ジャスランははっとした。

 

「お、お前、どうやってここまで……」

 

 ジャスランは思わず言った。

 この陣営には、人避けの罠がびっしりと張りめぐらされていて、簡単には……。

 だが、すぐにわかった。

 そういえば、あまりにも一般の旅人が罠に引っ掛かって鬱陶しいので、数名程度の旅人なら素通りできるように結界をいじっていたんだった。

 この男たちは、だから、ここまで素通りしてきたんだろう。

 

「あんたらが作った罠はちゃんと回避してきたわ。もっとも、作動しないようにしてくれていたから助かったけどね」

 

 小柄な女が笑った。しかし、その眼は笑ってない。ジャスランに向かって、はっきりとした殺意を込めた眼をしている。

 

「コゼ様のお手伝いを頼まないとならなかったのは残念ですわ。せっかくの、ご主人様とのふたりきりのデートでしたのに」

 

 今度はエルフ美女が言った。

 

「なにがデートよ、ガド。ご主人様とふたりで、移動術の門をくぐり続けてきただけじゃないの」

 

「デートはデートですわ、コゼさん」

 

 ガドと、コゼ?

 もしかして、スクルドの仲間?

 だとすれば、こいつがロウ?

 

「さて、覚悟はできてるな、ジャリヌヌス・パセリオント・ボーレスラン」

 

 いきなりその男、つまり、ロウが言った。

 真名──?

 ジャスランは驚愕して眼を見開いた。

 

「恐怖で身体を凍りつかせろ、ジャスラン──」

 

 今度は呼び名を使った。

 しかし、そのときには、全身を恐怖が襲っていた。

 

 怖い──。

 怖い──。

 怖い──。

 怖くて、仕方がない──。

 なんだ、これ──。

 こんな恐怖は、サキ様にも……。

 

 わからない。

 怖い──。

 怖い──。

 怖い──。

 

 ジャスランはわけもわからず、その場でがくがくと震えてしまった。

 

「ああああああっ、なにをしたあああ、なにをしたああああああ」

 

 だが懸命に気力を振り絞る。

 こんな人間族に恐怖を感じるなど──。

 あり得ない──。

 絶対にありない──。

 すると、ロウだと思う男が舌打ちした。

 

「ちっ、血の半分は人間か……。つまり相の子か。真名の支配は不完全だ。ガド、魔道を封じろ──。あいつが洗脳球という魔道具でスクルドやエリカを操っている」

 

 ロウが叫んだ。

 

「はい──」

 

 目の前の空中に魔道紋──。

 ジャスランは咄嗟に魔道砲を飛ばして、それを崩す。

 魔道紋が弾ける。

 

「皆殺しにしろ──。全員かかれええ──」

 

 絶叫して、周囲の傭兵たちに操心術を飛ばす。

 傭兵たちが一斉に剣を抜いて、ロウたちに殺到した。

 

「制圧しろ──」

 

 すると、ロウが怒鳴って、ロウと傭兵たちのあいだを埋めるように、女エルフ兵の集団が出現する。

 

 亜空間術──?

 こいつも、それを?

 

 ジャスランは眼を丸くした。






 *


【作者より】
 短いですができあがった分だけ……。明日の分にしようと思いましたが、あげときます。


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603 女魔族とクロノス(おんな)

「皆殺しにしろ──。全員かかれええ──」

 

 ジャスランは、操心術を魔力で放出しながら絶叫した。

 あの男に対する得体の知れない恐怖──。

 一瞬でも気を抜くと、鳥肌の立つような恐ろしさに圧倒されそうだった。ジャスランは、それを強引に払いのけるつもりで、全員に攻撃をさせた。

 

「制圧しろ──」

 

 しかし、その男がそう叫んだ瞬間、三十人ほどの軽武装したエルフ族の女兵が目の前に出現した。

 ジャスランは目を疑った。

 突然に現われた彼女たちが、一瞬にして大勢の人間族の傭兵たちを文字通り弾き飛ばしたのだ。

 この陣内には総勢二百人以上のモーリア男爵軍の兵がいるが、ここには少なくとも百人近くの傭兵が集まっていて、それらが一斉に、あの男に向かって攻撃をしたのだ。

 ところが、エルフ族の女兵が出現した直後に、瞬時にして半分以上が打ち倒された。

 残りの半分は、まだ打ち倒されていないだけで、狼狽えたように立ち竦んでいる。ジャスランの操心術の縛りにも関わらず、男に向かって前に出ないのだ。

 エルフ族の女兵のすさまじさに、呆気にとられた感じになっている。

 

「な、なにをしているのよ──。いかないかあ──。私の前にいけええ──」

 

 ジャスランは、咄嗟に傭兵たちの集団の後ろに隠れたが、傭兵たちが逃げ始めかねない様子を示しだしたことに焦って叫んだ。

 このままでは、あの男に捕らわれる。

 

 怖い──。

 とにかく、怖い──。

 あの男が怖くて仕方がないのだ。

 

 ジャスランが改めて操心術に魔道を込めたことで、やっと傭兵たちが動き出す。迫ってきていたエルフ族たちの前に次々に入り込み、ジャスランを守るように彼女たちを阻む動きをする。

 

「ブルイネン、モーリア男爵たちを確保してくれ──。部下もなるべく殺すな。しかし、手に余るようなら殺していい。お前たちの安全が最優先だ」

 

「承知しました──。ここはわたし以下、直属の十人でいい──。ドルアノア、小隊を連れて、男爵たちの天幕を制圧しろ──。エルミアはふたり連れて、エリカ殿とスクルド殿を保護しろ──。残りはドルアノア隊につけろ──」

 

 男、すなわち、ロウの姿は見えないが、喧噪の後ろから大きな声が響き、それに銀髪のエルフ女が応じて、部下たちに指示を発する言葉を怒鳴った。

 どの女兵も驚くほどの美貌だが、その女の美しさと精悍さは群を抜く感じがある。

 服装もひとり違うし、おそらくこの女隊を指揮する将校だろう。

 

「ドルアノア──、男爵だけは、必ず生け捕りにしてくれ。それと、一番手柄の褒美は俺だ。腰が抜けるまで、ふたりっきりで可愛がってやる。縄付きでな──」

 

 すると、男のお道化たような声が聞こえた。

 その瞬間、エルフ族の女たちが一斉に嬉しそうに歓声をあげた。

 

 なんだ?

 なんだ?

 

「ず、ずるいですわ──。わたしも、そっちに行きますわ」

 

「待ちなさいって、ガド──。ご主人様から離れないのよ──。あの女の魔道を封じろって言われたんでしょう──」

 

 完全に喧噪の中なので姿は見えないが、さっきロウと一緒にいたガドとコゼと呼ばれていた女たちの声みたいだ。

 とにかく、ジャスランは操っている傭兵たちと逆行するように、後ろに後ろにと逃げる。

 早くしないと、あの男がやって来る。

 怖いのだ。

 追いつかれるのが怖い。

 

 そのとき、目の前の地面を魔道の電撃がばらばらと弾いた。

 振り返ると、傭兵の男たちが五、六人と同時に宙を舞っている。

 そして、混乱が左右に分かれて、あの女隊長が目の前に迫っていた。

 女隊長と十人ほどの集団なのだが、その十倍にも、二十倍の圧力を感じる。傭兵たちが完全に逃げ腰だ。

 ジャスランとエルフ兵たちのあいだに、なにもなくなる。

 

「底意地の悪いことをしていた女のくせに、逃げ足だけは早いわねえ。観念しなさい──」

 

 銀髪の女隊長が目の前に来た。

 ジャスランは咄嗟に、最大火力の火焔魔道を至近距離で放った。

 相手を木っ端みじんに灰にするどころか、周囲を火炎の海に巻き込むほどの魔力を込めた。

 傭兵たちも即死することになるが知ったことか──。

 

 一瞬、女隊長の顔が引きつるのがわかった。

 だが、火焔が女隊長に届く寸前に、魔道壁が現われて火焔を阻む。

 そのまま、斜め上に跳ね返されて、火焔砲は誰にも当たることなく夜空に吹き飛んだ。

 

「た、助かったわ、ミウ」

 

 女隊長がほっとしたように言った。

 ミウ?

 

 しかし、考える余裕はない。

 女隊長の剣が目の前だ。

 ジャスランは、全身を肉体強化すると、さっき手首を切断された左腕で、女隊長の剣を受けとめた。

 きんと金属音がして、剣がジャスランの腕でとまる。

 女隊長はぎょっとした表情になった。

 ジャスランは、その腹に足を叩き込んだ。

 

「ぐほおっ」

 

 蹴り飛ばした女隊長が無様に転がる。

 ジャスランは哄笑した。

 

「ざまあみな──。お前らごときに不覚をとるジャスラン様じゃないよ──」

 

 痛快な悦びに襲われて、ジャスランは高笑いした。

 その瞬間、背後に殺気を感じた。

 とっさに、振り返って左手で襲ってきたものから身を守る。

 衝撃を左手に感じて、ジャスランは地面に転がってしまった。

 気がつくと、離れた場所に左腕がある。

 肩の付け根から腕が吹き飛んでいた。

 

 ジャスランは魔道で止血をしながら振り向く。

 人間族の童女が顔色を失ったような表情をしながら、腕を前に出して震えていた。戦ったこともないような様子で震えている。

 もしかして、あの子供が魔道を打ったのか? しかも、自分の魔道でジャスランを傷つけたことに怯えている?

 そんな童女に腕を飛ばされただと──。

 かっとなった。

 ジャスランは、その童女に飛びかかった。

 

「ミウ、さがれえええ──」

 

 横から、小さなものが飛び込んできた。

 獣──?

 

 いや、獣人の娘だ。

 両手から長い爪を出して飛びかかってくる。

 ジャスランは魔道を放った。

 だが、なぜか素通りする。

 獣人娘の爪が顔に突き刺さろうとする。顔をまげて頭で受ける。

 髪がまとまって切り離れたが、肉体強化をしている肌が獣人娘の爪を頭で受けとめた。

 

「かったあいいいいっ」

 

 宙で体勢を取り直した獣人娘がジャスランの顔を膝蹴りした。

 ジャスランはまたもや弾き飛ばされた。

 

 すると、そこに斬撃──。

 さっきの女隊長だ──。

 残っている右腕で剣を受けて蹴り飛ばす。

 

「ぐはっ」

 

 女隊長が転がる。

 そこに、さっきの獣人──。

 今度は、ジャスランが蹴り飛ばされて、樹木のあいだに転がされた。

 

「くそおおっ、どいつもこいつも、許さないよおお──。死んじまいなああ」

 

 全身に魔道をまとう。

 肉体強化をさらに強靭化するとともに、電撃を身体に覆わせたのだ。ジャスランに触れた者をすべて衝撃を与える防護魔道だ。

 

「おう、ここにいたか」

 

 すると、ロウの声がした。

 恐怖で身体が凍りつく。

 真名を呼ばれてから、ずっと襲われているこの男に対する得体の知れない恐怖だ。

 慌てて声の方向を見ると、樹木のあいだを縫うようにして、ガドとコゼという女たちと一緒に、ロウがすぐ近くまでやってきている。

 一方で、樹木を通して、陣営側に視線を向けると、すでに傭兵たちの大半は倒れていて、抵抗は終わっていた。

 呻いているのが大半なので、死んではいないみたいだが、身体が痺れているのが倒れたまま動かない。

 エルフ女兵たちは、倒れている傭兵たちの中を走り回り、ちょっとでも意識がありそうな者たちに、容赦なく魔道を至近距離で叩きつけて、絶息させている。

 

「身体強化に電撃の覆いか……。だが、ここは強化できるのか?」

 

 ロウとの距離はちょっとあったが、そのロウがすっと跪いていたジャスランに手を伸ばした。

 次の瞬間、その手に黒いものが出現して火を噴く──。

 

 短銃──?

 そう思ったのは、片目をぶん殴られたような痛みと、灼けた鉄杭を眼に突っ込まれた感触に襲われてからだ。

 ジャスランは仰向けにひっくり返った。

 

 なにをされたのかわからなかったが、すぐに眼を短銃で撃たれたのだ理解した。

 ジャスランの片目の視界が消えていたのだ。

 

「ご主人様、前に出ないで──」

 

 この声はコゼか……。

 焦ったような感じだ。

 ジャスランは、起きあがって跳躍して逃げた。

 

「顔に銃弾を撃ち込んでもだめか」

 

 ロウの呆れたような声……。

 とにかく、怖い……。

 逃げないと……。

 もはや、ジャスランが考えたのはそれだけだ。

 

「逃がさないよ」

 

 しかし、目の前に、またもや獣人が現われる。

 その後ろには、ミウとかいう人間族の童女の魔道遣いも……。

 

 前には、ロウとガドとコゼ──。ロウはコゼの後ろにいて、ほかのエルフ兵たちもジャスランを囲む態勢になろうとしている。

 

「ち、近づくな──。シャングリアの首を吹っ飛ばすわよ。あいつの首は私の魔道ひとつで飛ばせるんだからね──」

 

 思い出して怒鳴った。

 

「わ、わたしがなんだって……」

 

 そのとき、声がした。

 シャングリアだ。

 布のようなものに包まれて、大きな人間族の女に抱かれている。こっちを殺すような視線で見ている。

 

「おお、マーズとシャングリアか。シャングリアは無事か……? な、なんだ、それ?」

 

 ロウがシャングリアを認めて微笑みかけたが、肉体が不自然に小さいことに気がついたのだろう。

 表情から余裕がなくなり、険しい顔になっている。

 一方で、シャングリアの首に残っているはずの炸裂環はない。

 外されたのか……。

 ジャスランは舌打ちした。

 

「ロウ様、あたしたちが行ったときには、シャングリア様はすでに手と足が……」

 

 口を開いたのは、さっき獣人娘からミウと呼ばれていた魔道遣いの童女だ。炸裂環は、余程に強い魔道を一度にぶつけないと、下手に外そうとしても、すぐに作動するようにしてあるのだが、あれは、もしかして、この娘が?

 あのガドといい、このミウといい、ジャスランの魔道を簡単に無効化するとは、なに者たちなのだ──?

 

「ただで死ねるとは思うなよ、ジャスラン……。許さないぞ……」

 

「ひいっ」

 

 ロウがすごんだ声で言った。

 途端にジャスランの身体に恐怖が走る。

 もしかしたら、あのとき、真名を口にされた影響か?

 このロウの姿や声が怖ろしくてたまらない。

 ジャスランは、思わず小さな悲鳴をあげてしまった。

 そして、気がつくと、完全に周囲を包囲されている。

 

「ガド──」

 

 ロウが叫んだ。

 

「わかっています」

 

 衝撃に包まれて、気がつくと身体の魔力が凍結されていた。

 魔道を封じられたか……。

 ジャスランはその場に跪いた。

 

「捕まえてくれ、ブルイネン」

 

 ロウが言った。

 エルフ族の女隊長が部下を連れて近づく。

 止血の魔道が解除されたため、撃たれた片目と切断されている片腕から大量の血が流れ出している。

 じりじりとエルフ女たちが寄ってくる。

 鎖のついた枷のようなものを持っているので、それで拘束するつもりだろう。

 だが、ジャスランは内心でほくそ笑んでいた。

 

 ジャズランの血は、血紋術の源だ。

 血紋を操るジャスランにとっては、自分の血は、もうひとつの魔道の力といってよく、魔術遣いが魔力で魔道を操るのとは別に、ジャスランは血紋でも魔道を発する。

 ジャスランは、気がつかれないように肩から垂れ流れる血で地面に血紋を描く。

 

「油断するんじゃないわよ──。こいつの血を見なさい──。地面に変な模様を描いているわよ──」

 

 そのとき、突然に何者かが叫んだ。

 顔をあげると、大女の後ろに隠れるようにしていた褐色エルフの娘だ。

 ブルイネンという女隊長がぎょっとした感じで身体を硬直させたが、そのときには、すでにブルイネンは、ジャスランが作った血紋の上に足を載せていた。

 魔力を吸いあげ、血紋の力でガドとかいうエルフ女に向かって、そのまま吸い取った魔力を最大出力で弾く。

 

「きゃああああ」

 

 エルフ女が吹っ飛ぶ。

 魔道封じが緩んだのを感じた。

 強引に魔力封じを跳ね飛ばす。

 

「ガド──」

 

「陛下──」

 

「ガド様──」

 

 ロウをはじめとして、エルフ女たちの何人かが叫んだ。

 魔力を吸い取られて、その場に崩れ落ちたブルイネンとやらに、さらに肩からの血を垂れ落とす。

 その血で血紋を刻み込む。

 

「ちっ、しまった」

 

 ロウが舌打ちしたのが聞こえた。

 そのときには、ジャスランは自分の腕からブルイネンの身体に自分の血を垂れ落として、完全に雁字搦めにしていた。

 

「あぐうっ」

 

 身体を極端に締めつけられて、ブルイネンが呻き声をあげる。

 しかし、ジャスランは容赦なく、血紋でブルイネンから魔力を吸い取り、さらに身体を締めつける。

 

「ブルイネン──」

 

「ブルイネン──」

 

 ロウとコゼだ。

 ほかの者も騒然としている。

 

「動くな。ちょっとでも動けば、こいつの命はないよ──」

 

 ジャスランは、蹴飛ばしてうつ伏せにしたブルイネンの首に片手をかける。

 首の骨を折るのは一瞬だ。

 周りを囲んでいるロウや女たちが身体を硬直したようにとまったのがわかった。

 

「しっかりしてよ……。大丈夫? ミウ、こっちに……」

 

 後ろの方では、さっきブルイネンの魔力を弾くことで魔力を浴びせたガドが褐色エルフ族の娘に助け起こされている。

 かなりふらふらしているが、身体に異常はないみたいだ。

 丈夫なエルフ族だと思った。

 

「あ、ありがとうございます、ユイナさん……。ミウさんも……」

 

 ガドが助け起こされ、ミウという童女魔道遣いも、駆け寄って回復術らしきものをかけている。

 

「ブルイネンを離せよ、ジャリヌヌス・パセリオント・ボーレスラン……」

 

 ロウが言った。

 途端に、心が締めつけられた感じになった。

 従わなければ……。

 まるで心臓を締めつけられるような切迫感がジャスランを襲う。

 思わず、ブルイネンの首を持つ手を緩めそうになった。

 

「いまよ、ミウ──。傷口を狙って──」

 

 叫んだのはユイナと呼ばれた褐色エルフだ。

 ガドとい女を介抱する素振りだったミウが、一転して魔道をジャスランに放った。

 

「くあっ」

 

 半身に魔道が襲い掛かり身体が凍りつく。

 氷魔道か──。

 こんなもの……。

 大したものじゃない。

 すぐに、振り払おうとしたがはっとした。

 傷口から流れている血を凍らされてとめられただけでなく、血紋まで凍らされて、血紋の中で血が動くのを停止されてしまっている。

 あの褐色エルフの娘は、どうして血紋術の弱点を知っているのだ──?

 

「くううっ」

 

 自由を取り戻したブルイネンがジャスランの足を払った。

 ジャスランは地面を転がりながら、亜空間からスクルドとエリカに刻んだままの洗脳球を出す。

 片手だが、しっかりと洗脳球を二個握る。そのまま森の奥に走る。

 ロウの女たちが追いかけてくるのがわかる。

 向かうのは、この森に作っている亜空間への入り口だ。隠れ処(かくれが)に転移するための“門”であり、新たに刻むには時間がかかるが、あらかじめ刻んでいる地点なら一瞬だ。

 幾つかあるのだが、ジャスランはまだ制圧されていないはずの場所に走った。

 

「念を込めさせてはだめよ──。あれはなにかの操り具よ──」

 

 褐色エルフの娘の声が背中から飛ぶ──。

 ジャスランは駆けながら舌打ちした。

 

「ガド──。イット──。ブルイネン──。誰でもいい──。あれを奪え──」

 

 ロウの声もする。

 だが、そのときには、ジャスランはスクルドの洗脳球に念を込め終わっていた。

 

「ロウを殺せ、スクルドおおお、エリカああああ──。私を守れええええ」

 

 魔道で森中に聞こえるほどに声を拡散させた。

 どこにいるのか知らないが、あいつらの意識があるかぎり、絶対に声は届くはずだ。

 

「いやああああ」

 

 その瞬間、突然にジャスランが逃げている後ろに、腕のないスクルドが現われた。

 移動術だろう。

 エルフ女たちや獣人娘が追いかけてきていたが、そこにスクルドの魔道波が炸裂したのがわかった。

 

「うあああ」

「きゃああああ」

「ひゃあああ」

 

 ブルイネンをはじめとするエルフ兵たちが弾き飛ばされる。

 しかし、致命傷ではないみたいだ。

 殺せと言ったのはロウだけなので、手加減したか──?

 ジャスランは駆けながら、全殺(ぜんごろ)しにしろと言えばよかったと思ったが、いまは言い直す余裕はない。

 そのまま、森の奥に走る。

 

 やっと距離が開いた。

 ジャスランはひと息をついた。

 亜空間の隠れ処に繋がる門のひとつが目の前だ。

 占拠されてしまった場所からの入り口は使えないから、この森の奥側に念のために作っておいてよかった。

 

「しゃああああ──」

 

 そのとき、猛然と獣人娘が単独で走ってくるのがわかった。

 あの獣人娘だけは、スクルドの魔道による阻止を突破したのかと思った。

 

 しかし、もう遅い。

 ジャスランは、ほくそ笑みながら亜空間の中に身を転移させた。



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604 夜の同士討ち始末

「ちっ」

 

 一郎は、ジャスランが逃亡した方向に追いかけながら、舌打ちしていた。

 まさか、逃亡を許すとは思わなかったのだ。

 だが、ついにジャスランは、一郎たちの囲みを抜けて、どこかに消えてしまったみたいだ。

 ここからは離れているが、ジャスランが樹木の幹に飛び込むようにして消滅してしまったのが辛うじて視界に入った。

 逃亡を許したのは間違いない。

 しかも、スクルドとエリカを操る洗脳球を握ったままだ。

 さらに、アルオウィンとイライジャの行方もわからない。

 困ったことになったと思った。

 

「ああ、いやああ」

 

 一方で、スクルドの悲痛な悲鳴が夜の森にとどろいている。

 ジャスランを追いかけるブルイネンたちを魔道で阻んだのは、移動術で身体を転送してきたスクルドだ。

 さっき、ジャスランが魔道で洗脳球による声を森中に拡散していたので、それを受けてしまったのだろう。

 両腕のない素っ裸のスクルドが、接近しようとするブルイネンたちエルフ隊に魔道をぶっ放しまくっている。

 

「スクルド──」

 

 一郎は大声でスクルドに怒鳴った。

 かなりの距離があるが、スクルドの視線があがり、こっちを確かめるのを確信した。

 スクルドの顔が苦悶に歪んだのがわかった。

 

「ご主人様、だめです──」

 

「ロウ様、いまは──」

 

 コゼとミウだ。

 コゼとガドニエルが一郎の直接の護衛をしてくれていたが、いまはそれにミウが加わっているかたちだった。

 

 三人とも、スクルドがジャスランから一郎を殺せと命令を受けていることを承知している。

 だから、わざわざ一郎が自分をスクルドに見つからせるように呼んだことにびっくりしたのだろう。

 しかし、泣きながら味方に攻撃をさせられているスクルドの姿を見ると、どうしてもいたたまれなくなったのだ。

 ジャスランを取り逃がしさえしなければ、スクルドはあんなことをしなくてもよかった。

 逃がしたのは、一郎の詰めの甘さでもある。

 せめて、泣きながら味方を攻撃させるようなことは、早くとめてやりたい。

 

「任せろ──。魔道を遣わせなけばいいんだろう」

 

 ブルイネン隊に魔道を放っていたスクルドが消滅したのがわかった。

 すぐに、正面にスクルドが出現する。

 魔道を放つ体勢になっていた。

 だが、一郎は、ここに来るまでに拾った一本の樹木の枝を持っている。

 スクルドの性感帯をこの木の枝に移動させてしまう。

 

「ご主人様、逃げてください──」

 

 目の前のスクルドが絶叫した。

 洗脳球というのは、身体は操っても、放つ言葉は操られないのか?

 一郎は、ジャスランのステータスには“洗脳球”という言葉はあったが、どういう効果があるのかということまではわからない。

 まあ、操り具ということまでは理解できるが……。

 

 ただ、いままでの状況から考えて、感情や心を操るのではなく、純粋に肉体の行動だけを支配してしまう道具だということは予想がついた。

 支配系の魔道は、ジョブの種類に関わらず、高位レベルの支配を低位レベルの支配系を覆せないというのは常識のはずだ。

 だから、一郎よりもレベルの低いジャスランの支配が覆っているということは、単に身体だけが操られているということではないか……。

 もっとも、ジャスランの“妖力レベル”は、“80”なので、サキに匹敵するほどの高さだが……。

 

「ミウ、前よ──」

 

 コゼが焦ったように叫ぶ。

 しかし、そのときには、すでに一郎の目の前には、ミウによる魔道壁が出現していた。

 しかし、スクルドは残像を結ぶことなく前から消えた。

 移動術の連続使用か――。

 

「後ろか──」

 

 一郎は声をあげるとともに、ほとんど無意識に身体を倒した。

 なんとなく危険を勘で感じたのだ。

 身体のすれすれを魔道の衝撃が突き抜ける。

 ミウの魔道壁は本来の前からではなく、後ろから魔道を打たれて、粉々に破壊されたみたいだ。

 

 ただ、誰にも当たっていない。

 一郎は、倒れながらスクルドの全性感帯を移している木の枝を強く擦る。

 

「んはあああっ」

 

 一郎の背後でスクルドが崩れ落ちるのがわかった。

 粘性体を飛ばして、スクルドを覆ってしまう。また、淫魔術を遣って、スクルドの魔道を凍結する。

 一郎は倒れた姿勢のまま、木の枝を擦り続ける。

 こうなってしまえば、もうスクルドは怖くない。

 

「はっ、はっ、はああっ、ご主人様、ごめんなさいいいい。ああああっ」

 

 一郎の粘性体に包まれて転がっているスクルドが全身を悶えさせて奇声をあげた。

 無理もないだろう。

 身体中の性感帯という性感帯が、この一本の細い樹木に移されているのだ。

 その枝を刺激されるということは、スクルドにとっては全身の性感帯を同時に嬲られているのを変わらないはずだ。

 すでに、一郎によって魔道も封じているし、封じられていなくても、この状態では魔道を結ぶのは不可能だろう。

 一郎は樹木を擦りながら起きあがる。

 

「んふうううっ、んぐうううっ、あり、がとうございますうううっ」

 

 スクルドがさっそく最初の絶頂をした。

 しかし、一郎が木の枝を擦るのをやめないので、スクルドはすぐに二度目の絶頂に向かって全身を痙攣させている。

 

「いい気なもんね。これだけ、人騒がせしといて……」

 

 横にいたコゼが緊張を解いた感じで、呆れたように言った。

 ガドニエルやミウ、ほかの者たちも集まってくる。

 

「こっちはいい。それよりも、ジャスランだ。ガド、ジャスランが消えた場所から、どこに跳躍したのかわかるか?」

 

「調べてみます」

 

「待ってください、あたしも行きます」

 

 ガドニエルに声をかけると、それに次いでミウもそっちに駆けていく。

 

 そのときだった。

 不意に害意を感じた。

 それがなんであるかはわかからなかったが、強い殺気を感じたのだ。

 さっきもそうだったが、もしかしたら、これこそが魔眼保持者の勘というものかもしれない。

 一郎はとっさに身体を捻っていた。

 

「あぐうううっ」

 

 どんという上から襲った衝撃を肩に受けて、一郎は地面に転がっていた。

 肩に強烈な熱を感じる。

 

「な、なんだあ……?」

 

 血が辺りに噴き出していた。

 肩を剣で上から貫かれたのだと理解したのは、次の斬撃の衝撃を目の前に受けてからだ。

 

「危ないっ」

 

 金属音がして、一郎を突き飛ばすようにして前に出て庇ったコゼの短剣によって、次の斬撃を受けとめられてきた。

 

「エリカか……」

 

 一郎は肩を押さえながら呻いた。

 油断した。

 

 スクルドとともに、エリカがジャスランに、一郎の殺害を命令されたのはわかっていたが、姿がまだ見えないので気に留めてなかった。

 エリカは、樹木の上を跳躍して、ここまでやってきていたのだろう。

 一郎が刺されたのは、真上から剣とともに落ちてきたエリカによってだ。

 もしかしたら、一郎が避けなければ、心臓に突き刺さっていたかもしれない。

 その意味では、エリカの一撃を避けるなど、一郎としては神技に近いと思った。

 自分で自分を誉めたいくらいだ。

 

「うわっ、ご主人様──」

 

「ご主人様──」

 

 離れかけていたガドニエルとミウも悲鳴をあげる。

 ほかの女たちも一斉に絶叫した。

 

「くっ、エリカ……」

 

 エリカの剣を懸命に受けるコゼの短剣の音――。

 コゼとエリカは剣と短剣を交わし続けている。

 しかし、さすがに正面からでは、コゼはエリカにかなわない。

 コゼはおされている。

 

「あぐっ」

 

 コゼが蹴り飛ばされて、向こうに転がる。

 しかし、エリカは深追いしない。

 すぐに、エリカがこっちを見た。

 どうでもいいけど、エリカは口にディルドが突き出ている革の覆いをしたままだ。

 あれは、ジャスランがエリカとスクルドをいたぶるのに装着されてたものだが、エルフ兵の親衛隊がエリカを保護してから、まだ外す余裕がなかったのだろう。 

 

「しゃあああああ──」

 

 イットだ。

 コゼに変わって一郎の前に立つ。

 

「くわっ」

 

 エリカが剣を向ける。

 そして、懸命になにかを呻いている。

 眼は涙目だし、自分ではどうしようもないのだろう。

 必死の様子で、一郎から流れている血を気にしているみたいだ。

 一郎は、素っ裸のエリカに粘性体を飛ばす。

 

 イットに阻まれて対峙した感じになっていたエリカの手首足首に粘性体が貼りついた。

 エリカがほっとした表情になったのがわかった。

 そのまま、地面に四肢を貼りつかせる。

 

「魔道を封印します」

 

 ガドニエルが戻ってくる。

 エリカに魔道封じをかけてくれた。

 一郎も淫魔術で封じようと思ったが、ガドニエルの方が一瞬早かったみたいだ。

 

「ああ、ロウ様──。すぐに手当てを……」

 

 ミウが駆け寄ってきた。

 しかし、一郎はそれを制した。

 

「問題ない。すでに傷は塞がっている。残っているのは血糊(ちのり)だけだ」

 

 一郎は言った。

 ユグドラの癒しだ。

 

 この一郎の身体には、この世界に最初にやって来たときに出会ったユグドラという女精霊からもらった身体の癒しの力がある。

 大地に接している状況である限り、即死でなければ一郎の受けた負傷をすぐに癒してくれるのだ。

 まだ痺れるような感覚は残っているが、傷そのものはすでに治っているのを感じる。

 

「まさか、上から降って来るとはね……。ご主人様、大丈夫ですか?」

 

 コゼが粘性体に拘束されているエリカに近づいて、短剣で口覆いを切断して取り去った。

 エリカの口から、大量の涎とともにディルドが引き外される。

 

 なんかいいなあ、あれ……。

 今度、女たちに使わせてみるか……。

 ちょっと、そんな不謹慎なことを思ってしまった。

 

「ああ、ロウ様ああ、ごめんなさいいい。ごめんなさいいい」

 

 エリカが号泣している。

 一郎はエリカの横に立て膝を突いてしゃがみ、無防備なエリカの股間にあるクリリングに指をかけて、指をかけて弾く。

 

「んきいいい、んふううう」

 

 エリカが全身を弓なりにして悶絶する仕草をした。

 なにも外部からの刺激のない普段は耐えられるが、ひとたび、一郎がここを刺激すれば、たちまちに性感が爆発するように、エリカの身体は調教済みだ。

 一郎に繰り返してクリリングを弾かれて、あっという間にエリカが絶頂の兆候を示しだす。

 

「ははは、いつもながらいやらしいな。エリカが俺を刺すのは二度目か。これは貸しだぞ」

 

 一郎はできるだけ軽口に聞こえるように笑いながら言った。

 ちょっとでも深刻そうな素振りをすれば、エリカのことだ。とことん、気にしてしまうだろう。

 

「は、はいいい──。どうか、わたしに罰を──、んぎいいい」

 

 クリリングをいじられているエリカががくがくと身体を震わせる。

 

「まあ、考えておくよ。スクルドもな」

 

 一郎は笑った。

 スクルドの性感帯を移動させている木の枝への刺激を再開した。

 エリカの嬌声に、スクルドの甘い声が混ざる。

 

 一方で、エリカにしろ、スクルドにしろ、淫魔術で心に触れて、心の中にある罪悪感のような感情を潰していく。

 潰しては現われ、現われては潰すということを繰り返していたが、やがて、ふたりとも心が落ち着いた感じになってきた。

 もっとも、そのあいだ、エリカについてはクリリングを弾き、スクルドについては、木の枝に集めた性感帯をしつこく刺激しているということをしていた。

 ふたりとも、なにかを思考するということなど不可能な状況になっている。

 ただ、ジャスランが施した支配術の源は、魔力とも、淫魔術とも異なるものではあるようだ。

 同じ肉体支配ということで、淫魔術で上書きできないかやってみたが、どうもうまくはいかない。

 

「いくうううっ、だめええええ」

 

「ご主人様あああ」

 

 ふたりが同時に絶頂した。

 とりあえず気絶するまで続けるつもりで、一郎はふたりへの刺激を継続する。

 

「あれあれ、よかったわね、エリカ。ご主人様が無事で……。もしも、ご主人様が死んでたら、いくらあんたでも、あたしはあんたを殺してたわよ。ご主人様の後を追う前にね」

 

 コゼが呆れたように言った。

 一郎は苦笑した。

 

「冗談だろう?」

 

「本気です」

 

 コゼはにこりともせずに言った。

 どうやら、本気のようだ。

 一郎は肩をすくめた。

 いつの間にか、周りには女たちが集まっていた。

 一郎は顔をあげた。

 

「ブルイネンは、親衛隊の把握を……。男爵たちは確保していると思うが、この陣営の支配を奪取してくれ。それと傭兵たちの全員はジャスランの支配術が刻んでいる指輪をしていた。男爵本隊も含めて、片っ端に外させろ……。それと、抵抗をした傭兵たちは念のためにどこかに集めて、拘束を……」

 

「わかりました」

 

 ブルイネンがすぐにこっちに来ているエルフ兵の部下を連れて駆け去っていく。

 

「シャングリア、随分と小さくなったな。治してやれるが、それは俺が愉しんでからだ。いまのシャングリアはぜひ一度抱いてみたい。手足のない女を抱くというのも、すごく嗜虐心が刺激されるな」

 

 また、一郎はマーズに抱かれたままのシャングリアに声をかけた。

 シャングリアを抱えているマーズが、こっちまで寄ってきていたのだ。

 

「あ、悪趣味だぞ」

 

 シャングリアが真っ赤になったのがわかった。

 よかった。

 思ったよりも、心に傷もないようで元気そうだ。

 一郎もほっとした。

 そして、そのマーズの横にいるユイナにも視線を向ける。

 

「さっきは助かったよ、ユイナ。ご褒美は抜かずの十発でいいか? いや、それとも前と後ろの五発ずつにするか」

 

 一郎は笑った。

 ユイナも真っ赤になる。

 

「な、な、な、なに言ってんの……」

 

 目に見えて狼狽えるのが面白い。

 一郎はさらにユイナを見た。

 

「……だから、知っていることを教えてくれ。血紋術ってなんだ? あいつが逃げた先について手がかりになることがあったら教えてくれ。その代わり、たっぷりと可愛がるから」

 

「そ、そんなことしなくても、お、お、教えるわよ……。血紋術というのは……」

 

 ユイナが真っ赤な顔のまま、急に狼狽えたように語りだす。まずわかったのは、血紋術というのは、自分の血液で作る血紋を相手やものに移し、自在に動かすという技らしい。

 よくわからないが、魔術遣いの波動をジャスランの血紋で乗っ取るのだそうだ。

 ほかにも、ユイナが語る内容を熱心に聞き取る。

 

「ね、ねえ、ご主人様──。それなら、わたしがわかります。多分ですけど、わかりますわ。だから、わたしにもご褒美を──。いまのところ、活躍できていませんが、それなら予想がつきます」

 

 ユイナの話が終わると、すぐに、ガドニエルがなんか必死の様子で横から割り込んできた。

 

「どこよ?」

 

 コゼだ。

 

「亜空間だと思います。この陣営に亜空間の結界を作って、そこに隠れたのだと思います。あのときの魔道の波紋は、移動術ではありませんでした。おそらく、間違いないと思いますわ」

 

 ガドニエルが勢いよく言った。

 

「それで、どうやって、その空間に行けばいいのよ」

 

 さらにコゼが言った。

 すると、ガドニエルが困った様子になる。

 

「そ、それは、亜空間術の波紋など、個人ごとに無数になりますから……。簡単には……」

 

「だったら、手柄とは言えないわね」

 

 コゼがにこりともせずに言った。

 

「そんなああ」

 

 ガドニエルががっかりした口調で言った。

 

「またいぐうう」

 

「んぐうううう」

 

 そのとき、またもやスクルドとエリカが絶頂した。

 一郎は、女たちと話しながらも、ずっとふたりを刺激し続けていたのだ。

 とりあえず、もういいか……。

 ふたりは、すでに息も絶え絶えに悶絶しかけている。

 操られているとしても、もう無力だろう。

 

 一郎は立ちあがった。

 実は、ふたりをいたぶっていて、ジャスランを追いかける方法をふと思いついたのだ。

 ユイナから教えてもらった血紋術の特徴から考えたことだけど、もしかしたら、いけるかもしれない。

 

「ジャスランを追いかけよう。ちょっと試したいことがある。もしかしたら、効果があるかもしれない」

 

 一郎は言った。



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605 亜空間を追う

「呼ばれて飛び出て、じゃじゃじゃじゃーん。クグルスだよ。やっほっ、ご主人様」

 

 一郎の眷属である魔妖精のクグルスを呼び出すと、いつものように元気な声で一郎に飛び込んできた。

 手のひら大の羽のある妖精であるが、この世界においては、小さくて空を飛ぶ妖精というのは、クグルスのように“魔妖精”と決まっていて、性的な悪戯と悪意の象徴ということになっている。

 

 もとはと言えば、一郎を陥れるためにユイナが禁忌の魔道によって亜空間から呼び出したのが始まりであり、淫魔師である一郎が簡単に支配をしてしまって、いまに至っている。

 人界においては嫌悪の対象であるが、一郎にとっては大切な仲間のひとりだ。

 また、一郎の前の世界におけるアニメのキャラクターのような登場セリフは、以前、一郎が冗談で教えたものであり、なぜか、クグルスは気にいったらしく、一郎の呼び出しに応じてこっちに姿を現すときには、いつもこの言葉を使う。

 ほかにも、一郎がクグルスに教えた言葉はいくつかあり、“すけべえ”“えっち”“エロい”などがそうだ。

 これらも、クグルスのお気に入りである。

 

 いずれにしても、こうやって呼び出したのは、ジャスランとは同じ魔族でもあるクグルスから、あの魔族についての情報を得たかったからだ。

 ここは、たったいままでジャスランと戦闘をしていた男爵隊の陣営のある夜の森である。

 周りにいるのは、いつもの三人娘のほかに、マーズ、イット、ミウ、スクルド、そして、ガドニエルとユイナだ。

 もちろん、全員がクグルスの存在を認めている。

 

 ただし、エリカとスクルドについては、一郎の粘性体に包まれて完全に拘束しているし、しつこい性的悪戯によって半分失神状態だ。

 また、四肢を切断されているシャングリアについては、布に包まれてマーズに抱きかかえられている。

 

 とにかく、亜空間に逃亡してしまったジャスランを追わなければならない。

 いまだに、エリカとスクルドを支配する洗脳球を握ったままであるし、アルオウィンとイライジャの位置を一郎が淫魔術で探知できないことを考えると、おそらく、その逃げ込んだ先の亜空間に、そのふたりも監禁されているのだと思う。

 なんとしても、捕まえなければならないのだ。

 

「わっ、なにこれ、どういう状況? おっ、エリカとでか乳女は、ご主人様に可愛がってもらったのか? すごい淫気だなあ。そっちの格闘娘が抱いているのは、シャングリアか? なんで手足がないんだ? ご主人様がやったの? まあ、そういうのも好きでしょう」

 

 クグルスがそこら辺を飛び回りながら、一郎に向かってまくしたてる。

 一郎は苦笑した。

 

「いいから、こいつの話を聞きなさいよ。こいつに調べろって頼まれたことは、ちゃんとやったの?」

 

 口を挟んだのはユイナだ。

 ただし、ちょっと苦手意識を持っているらしく、マーズの陰に隠れた感じになっている。

 クグルスとの確執の発端になった褐色エルフの里の騒動のときには、結局、クグルスから悪戯されて身体を乗っ取られて、浣腸されたうえに里の中を破廉恥な格好で歩きまわされたし、久しぶりに再会した狭間の森では、最初はユイナがクグルスを徹底的に苛めるということがあったが、最終的には一郎に摑まったユイナに、クグルスはたっぷりと仕返しをしている。

 

「おう、尻娘か──。いつも尻穴はきれいにしてるか? ご主人様がその気になったときに、手入れが足りなかったら、ご主人様に嫌われるからな。よければ、ぼくが点検してやるぞ」

 

 クグルスが笑った。

 ユイナが怒りでかっと顔を真っ赤にするのがわかったが、一郎はあいだに入ってとめる。

 

「クグルス、ジャスランのことだ。改めてわかったことがあれば教えてくれ。エリカもスクルドもまだ支配されたままだし、女たちふたりがジャスランの亜空間に捕らわれたままなんだ。そいつは血紋術というものを遣うらしい」

 

 ここに向かって水晶宮を出立するにあたり、少しでも情報を集めようと、一度クグルスを呼び出して、ジャスランという魔族について知っていることはないかと訊ねていた。

 残念ながら、クグルスも情報を持っていなかったが、調べておいてくれるということになっていたのだ。

 

「ジャスラン? ああ、あれねえ──」

 

 クグルスは声をあげた。

 

「あれじゃないわよ。茶化すばかりでなくて、なにかわかったの?」

 

 コゼも口を挟む。

 

「ちゃんと調べたよ、ご主人様。ジャスランは、狂い女のジャスランといって、とんでもない女らしいぞ。血紋術の遣い手だ」

 

「狂い女だと……。まあ、そんな感じだったがな」

 

 不貞腐れるように言ったのはシャングリアだ。

 まあ、今回におけるジャスランからの一番の犠牲者だろう。

 

「あいつは半魔だからな。人間族の男との相の子だ。魔族の中では、純潔じゃないというのは蔑みの対象だけど、ジャスランは人間嫌いだからね。だから、人間の血が混じっていることをちょっとでも馬鹿にしようものなら、とんでもない仕返しをするらしい。例えば、そいつのことを汚された血が混じっていると小馬鹿にした女魔族がいてね……。ジャスランは怒って、そいつを滅茶苦茶に殴りつけて動けなくしただけじゃなく、さらに、岩に擦りつけて顔を削り取ったんだって……。ほかにも……」

 

「ああ、待て、待て、具体例はいいよ。ジャスランの狂女ぶりは、エリカたちもひどい目に遭ってわかった。血紋術について教えてくれないか?」

 

 一郎はとまらなくなりそうだったクグルスを阻んで、訊ね直した。

 

「血紋術? ああ、そうだね。それそれ」

 

 クグルスは、一郎の目の前に浮かんだまま、小さな首を数度頷かせる。

 

「ユイナからは、血紋術というのは、自分の血を媒体にして魔道効果を作る術だということは教えられた。つまりは、血を妖力の源として使うということだとね」

 

 一郎は言った。

 

「そういうことだね。ジャスランは、自分の血を離しても、それと繋がりを持てるんだ。そして、その血を通じて、力を飛ばして魔道を操るんだ。魔族の中でも珍しいみたいだよ。魔力とも違う。淫気とも違う。そのジャスランにとっては、力の源が自分の血なんだって」

 

「つまりは、あいつは自分の本体と離れていても、自分の血に支配を及ぼせるという理解でいいか?」

 

 一郎は言った。

 血紋術についての説明は、さっきユイナに教えてもらったばかりだ。

 つまりは、ジャスランの血は、ジャスランの本体そのものに繋がっている。そうであれば、その血があれば、逆にそれを辿って、本体を追いかけることも可能ということではないだろうかと思った。

 つまり、ジャスランの血が本体と結びつきを保っているとしたら、残っている血を辿って、淫魔術を本体に及ぼせる可能性を考えたのだ。

 

「そういうことだね。あいつにとっては、自分の血が命と一緒なんだ。ねえ、ご主人様、もしかして、そのジャスランを殺そうとしている?」

 

 クグルスが言った。

 一郎は、スクルドとエリカに視線を送って、ふたりが答えを発せる状態じゃないことを確認して、マーズに抱かれているシャングリアに目をやる。

 

「どうだ、シャングリア? 殺そうとしているか?」

 

「当たり前だ、ロウ」

 

 シャングリアは憤慨したように言った。

 一郎は頷いた。

 

「そうだな。殺そうとしているな」

 

「だったら、ジャスランの命の源は、ジャスランの血そのものだからね。血を全部蒸発させるような殺し方をしないと死なないよ。魔族というのは、ほかの人族のようにひ弱じゃないからね。とりわけ、ジャスランみたいに強い魔族じゃ、なおさらさ」

 

「蒸発か……。手間もかかるな……、普通に倒すのも、ここにいるみんなで総掛かりだったのになあ」

 

 一郎はちょっと驚いてしまった。

 

「そのことですけど、ご主人様。お願いですから、もうジャスランの前にはでないでください。スクルドのときも自分から正面に立つなんて、あたしは肝が冷えました」

 

 不満そうに言ってきたのはコゼだ。

 コゼはガドニエルとともに、一郎の直接の護衛を頼んでいた。それにも関わらず、一郎が積極的に前に出たりしたので、困ったのだろう。

 一郎は頭を搔いた。

 

「すまない」

 

 とりえあえず、それだけを言った。

 ただ、まだ、コゼがなにか言いたそうだったので、コゼの手を引っ張って抱きしめた。ちょっと狡いかもしれないが、まあいいだろう。

 

「わっ、ご主人様」

 

 一郎に突然に抱きしめられたコゼが困惑した感じになる。

 

「俺を守ってくれてありがとう、コゼ。エリカとコゼは俺の盾だ。これからも守ってくれ」

 

 一郎は片手で抱きしめたまま、コゼの頭をなでる。

 コゼがちょっと脱力した感じになる。

 

「……も、もちろんです……。ご主人様はあたしの命ですから……」

 

 コゼの言葉に、一郎はコゼを抱き締め直しながら頷いた。

 

「ありがとう……。そして、シャングリアやみんなは、俺の剣だな。よろしく頼むな」

 

 ほかの女を見る。

 

「もちろんです。今度こそ、逃がしません」

 

 イットだ。

 

「今度はあたしも前に出ます」

 

 マーズも言った。

 

「なに言ってんのよ。あんたが前に出たら、誰がわたしを守るのよ」

 

 すると、ユイナが不満そうに言った。

 コゼが一郎に抱かれたまま、首だけをユイナに向ける。

 

「あんたこそ、なに言ってんのよ。自分の身は自分で守りなさいよ。魔道遣いなんでしょう」

 

「わたしは、あんたらのように、戦闘向きにはできてないのよ。わたしに護衛をつけてくれないなら、危険がなくなるまで、ロウの仮想空間に隠れているわ」

 

「ロウって、呼び捨てにしないの──」

 

 コゼが怒鳴った。

 一郎はコゼをなだめるように、ぽんぽんと軽くコゼの頭を叩く。ついでに淫魔術でコゼの心に浮かんだ苛つきの線をすっと撫でて平らにする。

 途端に、コゼが落ち着いた感じになった。

 

「ねえ、ご主人様──。血ということであれば、あの魔族の血が残っておりますから。そこから、魔道の波動を読み取ることができるかも……」

 

 口を挟んだのはガドニエルだ。

 一郎は頷いた。

 

「もちろん、それはやってくれ。まあ、俺の考えていることは別のことだけどね」

 

 一郎は、コゼを離して、ミウの魔道で飛ばしたジャスランから切断した腕が残っている場所に向かった。

 果たして、そこにはジャスランの片腕が残っている。

 改めて見ると、確かにまだ腕として生きているみたいだ。

 魔眼で覗けば、切断された腕だというのに、性感帯であることを示す赤いもやが、薄くだが指の間や手首などに垣間見ることさえできる。

 切れた腕さえも、生きているのだ。

 さすがは高位魔族だろう。

 

 一郎は、ついてきた女たちを見回す。

 そして、ひとりちょっと大人し気にしているミウに目をとめた。

 魔道でジャスランの腕を飛ばして、さっきの戦いで最もジャスランを追い詰めたのはミウだ。

 だが、さっきのユイナの言い草じゃないが、戦い向きの性質ではないし、高位魔道に目覚めたことを除けば、まだまだ幼さの残る童女でしかない。

 魔獣との戦いとは違い、人と戦い、しかも、相手の腕を飛ばしてしまったということで少し怯えているみたいだ。

 そういえば、まだ、ミウは人は殺したことはないはずだ。

 

「ミウ、手伝ってくれ。そのジャスランの腕に俺の精をかける。その血に淫魔術が結べれば、俺の能力でジャスランを追えるかもしれない」

 

 一郎が考えたのは、まずはジャスランの血を淫魔術で支配し、その繋がりを通じて、亜空間に逃亡したジャスランを追いかけることである。

 やれるかどうかは知らないが、やってみて損はない。

 とにかく、可能性のあることはやることだ。

 ぼやぼやしていると、ジャスランが逃亡してしまうかもしれない。

 

「わ、わたしもジャスランの波動を追いますわ。うまくできれば、わたしもよしよしをしてくれますか?」

 

「いくらでもね。よしよしでも、まんまんでも」

 

 一郎は軽口を言った。

 

「相変わらず、えっちだねえ、ご主人様」

 

 ついてきていたクグルスが愉しそうに笑った。

 

「お、お手伝いします」

 

 一方でミウが寄ってきた。

 一郎の前に膝をついて立ち、一郎のズボンの前を外して、男根を露出させる。まだまだ幼いミウの小さな手が性器に触れて這い動くのはちょっと背徳の感じもあって興奮するかもしれない。

 

「ご、ご奉仕します」

 

 ミウが言って、一郎の男根の先っぽにまずは口づけをしてきた。

 こんなのどこで覚えてくるのか……。

 一郎はくすりと笑ってしまった。

 

 とにかく、ミウの心に触れて、そこに残っている怯えのようなものや、心の葛藤を探って鎮めていく。

 新たに沸き起こっている線は、ミウの性的興奮だろう。

 それはちょっと刺激をして活性化する。

 

 ついでに、淫魔術でミウに下腹部にも刻んでいる紋様を動かして、「二匹の蛇」を動かした。

 一郎の女たちのかなりの者には、一郎の爵位である「ボルグ家」の紋様が隠し模様で刻まれており、いつでも一郎の淫魔術で浮きあがらせられるし、自由に肌の中を動かすことができる。

 ボルグ家の紋様は「逆さ塔」と「二匹の蛇」であり、塔はヴァギナでもアナルでも貫かせて動かせるし、二匹の蛇は全身の性感帯という性感帯を自由自在に泳いで刺激できる。

 刺青のようなものなので手では防げないから、絶対に阻止できない刺激具というわけだ。

 ミウの幼い下腹部を二匹の蛇で刺激してやる。

 

「あっ、んああっ」

 

 ミウが口を離して大きく身体をのけぞらせた。

 

「ほらほら、早くいかせてくれ、さもないと、刺激をとめないぞ」

 

 一郎はすでに勃起している怒張をミウの唇に押しつけた。

 

「あっ、は、はいっ、んんんんっ」

 

 刺激に可愛らしく悶えつつ、ミウが口に性器を咥えた。

 一心不乱に一郎の性器をしゃぶり始める。

 

「上手だ……。もうちょっと強く吸ってくれ……。いいなあ……。今度は横を擦って」

 

 言われるままにミウが口を一生懸命に動かす。

 すでに、怯えは消えている。

 もう十分だろう。

 

「ミウの奉仕が気持ちいから、すぐにいけそうだ。飲まずに、その腕の傷口のところにかけてくれ。ちょっと嫌だろうけど頼む……」

 

 一郎は手でミウの頭を押さえ、腰にぴったりと押しつけるようにしながら言った。

 そのあいだも、蛇はミウのクリトリスに尾を巻きつけたり、頭を亀裂に出たり入ったりしていて、もう一匹はまだまだ平らな胸を服の下でしつこく泳いでいる。

 

「んんっ、んんんっ」

 

 ミウが軽く首を縦に振って、「わかった」という仕草をした。

 一郎は精を出すのと合わせて、ミウの身体を這う蛇を使ってさらに刺激を増幅する。

 興奮度合いのわかる赤いもやが一郎には見えるので、そこを主体に刺激してやれば、どんな女でもあっという間に昇天させることができる。

 それだけは、一郎の真骨頂だ。

 

「いくぞ」

 

 一郎はミウの口の中に精を放った。

 

「ん、んんんっ、んんんんっ」

 

 そして、同時にミウは達してしまった。

 しばらくのあいだ、ミウがぶるぶると痙攣を続ける。

 そして、脱力した。

 

「頼むぞ……」

 

 ミウの身体に軽く触れて、ジャスラン腕に押しやった。ミウがそっちに向かう。

 

「わ、わたしがお掃除を……」

 

 すかさずガドニエルが寄って来ようとする。

 しかし、コゼが割り込んで、ガドニエルよりも先に一郎の前に来た。

 

「ガドは、ジャスランの波動を追う仕事があるんでしょう……。さあ、あたしがしますね、ご主人様」

 

 コゼが残り汁の残っている一郎の性器を舌で掃除しはじめる。

 

「あん、そんなあ」

 

 ガドニエルが切なそうに腰をもじつかせた。

 一郎は笑ってしまった。

 

「いいぞ、お前ら。しっかりとすけべえになってきたなあ。特に小娘は、とってもえっちでよかったぞ。これからもご主人様に気に入られるように、立派な性奴隷として励むんだ」

 

 クグルスが宙を飛びながら言った。

 一方で、ほかの女たちは赤い顔でなんとも言えない色っぽい表情を浮かべて、内腿をもじつかせている。

 全員、ミウが一郎の性器を奉仕するのを見物していて、ちょっとあてられたのだろう。

 戦いの真っ最中だが、束の間の間隙ということだ。

 クグルスの言い草じゃないが、みんな“えっち”な女になったものだ。

 

 そのときだった。

 ミウがジャスランの千切れた片腕に残っている血に精をかけたところで、一郎ははっきりとした淫魔術の結びつきを感じた。

 まだまだ本体を完全に把握するまでにはいかないが、もしかしたら、そのまま亜空間に逃げたジャスランに淫魔術を伸ばせるかもしれない。

 

「ありがとう、コゼ」

 

 コゼの頭に軽く触れて、コゼを離させる。

 性器をズボンにしまってから、一郎は、とりあえず、新しい能力である「性感帯移動」の力で片腕にある薄い性感帯を足元にあった細い木の枝に移動させる。

 

「……さて、これで本体が感じてくれたらいいけどね。だが、どこかには繋がっている。もう少し淫気が多ければ、俺の亜空間と繋げることも可能かもしれない」

 

 一郎はそう言いながら、木の枝に移した赤いもやを増幅しつつ、手で刺激する。

 女たちが見守るように、寄ってきた。

 

 

 *

 

 

「くはっ」

 

 亜空間に跳躍したジャスランは、隠れ処(かくれが)である天幕の地面に、文字通り倒れ込んだ。

 

 やっと逃げられた。

 

 まだ心臓が激しく動いている。

 あんなに、誰かを怖いと思ったのは、生まれて初めてのことだ。

 ただ、ジャスランはこれが作られた恐怖だということはわかってきた。さもないと、あんなに弱そうな人間族の男をジャスランがこれほどに恐怖を感じるのはあり得ない。

 おそらく、真名を呼ばれたためだろう。

 真名を呼ばれたことなどないので、真名を口にされたら、魔族はその相手の支配に陥るということなど信じていなかったが、本当なのだと悟った。

 とにかく、怖かった。

 あの人間族が、恐怖で身体を凍りつかせろと口にした瞬間に、この恐怖が襲い掛かってきたのだ。

 

「ジャ、ジャスラン様、その腕は──?」

 

 悲鳴のような声をあげたのは、アルオウィンだった。

 いつも座っているソファーにはいなかった。なにをしていたのか知らないが、その横でうずくまるようにしていたみたいだ。

 ちょっと、焦ったような感じだなとは思ったが、すぐに違和感は消えた。

 アルオウィンが首に繋がっている長い鎖をジャラジャラと鳴らしながら、ジャスランを抱きかかえるようにしてきたのだ。

 ジャスランはアルオウィンに抱かれたまま、片腕のなくなった身体をソファに沈める。

 

「ね、ねえ、どうしたのですか、ジャスラン様。外で、なにがあったのですか? 治療は……」

 

 アルオウィンが心から狼狽えたようにジャスランを抱きしめてくる。

 しっかりと、ジャスランの顔を両手で持って、絶対に答えを引き出すんだという必死の顔だ。

 それだけ、心配をしてくれているのだろう。

 可愛い女だ。

 ジャスランは微笑んだ。

 

「ちょっと不覚をとっただけよ……。ち、治療は問題ない。血は魔道でとめた。なくなった腕は、まだ戻らないけどね……」

 

 切断されてしまった腕が生えるには、半年以上はかかるだろう。

 あいつら、どうしてやろう。

 ジャスランは、さっきの自分の醜態を思い出して歯噛みした。

 

「もしかして、ロウですか……?」

 

 アルオウィンが言った。

 ジャスランは頷いた。

 

「ああ……。襲撃を受けたよ……。スクルドとエリカ……。シャングリアも連れていかれた……。まあ、まだ繋がりは確保しているけどね」

 

 ジャスランは言った。

 すでに、エリカとスクルドに繋がっている洗脳球は亜空間に閉じた。

 ロウを殺せと命令をしたままなので、解除するまでロウを殺す行動をとり続けているはずだ。

 うまく殺せればいい。

 ロウが反撃して、ロウを守る女たちと同士討ちの末に、あいつらが殺されたら、殺されたでそれでもいい。

 しかし、生き残っていたら、探して連れていくことになるだろう。

 特に、スクルドにはまだまだ、仕返しをし足りない。

 

「ロウが来たんですね……」

 

 アルオウィンがジャスランを前側から抱きながら、真剣な顔で言った。

 ジャスランは頷いた。

 すると、アルオウィンが自分の首輪についた鎖を邪魔そうに揺すって、三回ほど金属音を鳴らしたと思った。

 ジャスランは首を傾げた。

 

「なに?」

 

「いえ、なにも……。それよりも、魔力が少なくなっています。補充しましょう。ご奉仕してもよろしいですか……?」

 

 アルオウィンは言った。

 確かに、魔力というよりは妖力をかなり使って、ちょっと乏しくなっている。傷ついた肉体を回復させるにも、亜空間を転移させてここから逃亡するにも、妖力の完全回復は必要だ。

 頼むか……。

 アルオウィンが教えてくれたエルフ族の「官能術」とやらが、妖力を回復させるということはもうわかっている。

 早く復活するには、魔力の回復が不可欠だ。

 

「やってちょうだい」

 

 ジャスランは言った。

 

「わかりました」

 

 アルオウィンがジャスランの具足を外し始める。

 ジャスランはされるがままにした。

 かなり脱力して疲れていた。だから、ジャスランは自分ではなにもせず、アルオウィンに任せきりにすることにした。

 それなりの時間がかかったが、アルオウィンはやっとジャスランを下着だけの恰好にさせることができた。

 

「では……」

 

 アルオウィンが跪く。

 ジャスランの下腹部から下着を脱がせて足首から取り去ると、顔をジャスランの股間にぴったりと密着させた。

 アルオウィンの舌がジャスランの股間を動き始める。

 

「お、おお、ああ……」

 

 切ない快感がぞわぞわと股間から全身に拡がっていく。

 気持ちいい……。

 思ったのはそれだ。

 

 嫌なことが消えていく。

 苛つきも、怒りも……。そして、得体の知れない恐怖も……。

 ただ、気持ちいい……。

 ジャスランはその酔いに身を沈める。

 

「あ、ああ、いいよ、アルオウィン……」

 

 身体を駆け巡る快感の痺れに、ジャスランは身体を震わせた。

 そのときだった。

 急に腕から、凄まじすぎる快感が襲い掛かってきた。

 

「んはああっ、な、なんだこれ──。うわっ、あはああっ」

 

 いきなりだったので、ジャスランは飛びあがりそうになってしまった。

 アルオウィンの与えてくれるものが静かなさざ波とすれば、たったいまやって来たのは津波のような快楽の激情だ。

 それが次々に全身にやってくる。

 なんだ、これ──?

 ジャスランは狼狽えてしまった。

 

「ど、どうしました……。ああ、こっちを見て──。目を離したら、嫌です──」

 

 アルオウィンが身体をあげてジャスランにしがみついてきた。

 ジャスランの頭を抱えあげて、唇を口に押し当てて舌を口に入れてきた。さらに両手でジャスランの頭を抱くようにして両耳に指を這わせてくる。

 ぞわぞわしてくすぐったいが、気持ちいいかもしれない。

 さすがは、エルフ族の官能術とやらだ……。

 

 しかし、それにしても、この腕からやって来る刺激はなんだ……?

 ジャスランは、この得体の知れない快楽の暴流が切断されて存在しないはずの腕からやって来ることに気がついた。

 

「ああっ、そこよ、そこ――。そのままようう」

 

 アルオウィンが興奮しているのか、わけのわからないことを叫んでは、ジャスランの口に吸いついてくる。

 可愛らしいものだ。

 

 そのときだった。

 なにかが首に刺さったと思った。

 

 針?

 

 本当に、突き刺さっている?

 

 なんだあ?

 背後から首になにかを刺されたのか?

 

「えっ?」

 

 途端に、身体が脱力していく。

 それだけじゃなく、魔力が急速に消えていく。

 いや、すべての魔道効果が一度に取り消されていく感覚が……。

 

「は、離せ、アルオウィン──」

 

 ジャスランは叫んだ。

 誰かが背後から、なにかを首に刺したのだ。その瞬間、身体がおかしくなり、全身から力と魔道が消滅させられていった──。

 

「その命令はきけないわね、ジャスラン……。洗脳球の縛りがなくなった感じがするわ。“魔族殺し”の毒薬を打たれれば、あんたでも無力になるのね。安心したわ」

 

 アルオウィンが不敵な笑みを浮かべたまま身体から離れた。

 ジャスランは目を疑った。

 どうして、アルオウィンが……?

 

 とにかく、懸命に力を振り絞って、首を後ろに向ける。

 すると、そこには、かなり衰弱している様子だが、地面の下の熱気部屋に監禁しているはずのイライジャがいた。

 手に中指程の長さの太めの針を持っている。

 あれで首を刺したのか?

 眼だって、潰しているのに?

 そもそも、どうやって、あそこから出たのだ?

 

 そして、“魔族殺し”だって──?

 もしかして、なにかの毒を塗っていた?

 

 混乱した。

 だが、どんどんと力がなくなり、あらゆる魔道が結べなくなっていく。

 亜空間にしまっていたものが次々に外に出現していく。

 さらに、この亜空間そのものが揺らぎ始めた。

 

「くっ、あ、亜空間が……」

 

 ジャスランは慌てた。

 痺れたように動かなくなってきた身体を捻ってソファーから転げ落ちさせた。

 とにかく、逃げないと……。

 考えたのはそれだけだ。

 

 なにが起きたのかは、まだ理解できない。

 しかし、思ったのは、もしも、亜空間が崩れれば、またもや、あのロウに摑まってしまう。

 そのことだ。

 

 怖い──。

 怖い──。

 怖い――。

 

 再び、激しい恐怖が襲い掛かってきた。

 逃げなければ──。

 もう、それしか考えられない。

 

「どこ行くのよ──」

 

 アルオウィンが後ろからジャスランの髪の毛を掴んだ。

 そして、顔を引きあがられて、思い切り地面に顔面を叩きつけられた。

 

「ふぎゅううっ」

 

 ジャスランは悲鳴をあげた。

 それとともに、完全に亜空間がなくなったのがわかった。

 外気の流れを肌に感じた。

 外の空間に戻ってしまった。

 愕然とした。

 

「おっ、戻ってきたか。亜空間と繋がる場所は合っていたぞ、ガド。ジャスラン様のお帰りだ」

 

 ロウの声だ。

 それだけじゃなく、ほかの女たちもいる。

 ジャスランはぞっとした。

 

「あんっ、もうちょっと時間があれば、わたしの手で亜空間に出入り口を繋げられましたのよ──」

 

 すると、あのガドがなぜか口惜しそうに叫んだのが聞こえた。

 

 

 

 

(第95話『復讐するは我にあり』終わり。第96話『処刑遊戯』に続く)



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 第4話   処刑遊戯
606 “王”の帰還




 長くなりましたので、小エピソード区切りを入れます。「ジャスラン篇」の後半となります。


 *




「申し訳ございませんでした」

 

 目の前のモーリア男爵が深々と頭をさげた。

 モーリア男爵隊の陣地の中でも、男爵自身用として準備されている天幕の中である。

 その中で一郎は、ガドニエルとともに首座の位置に並んでいる椅子に座って、立姿で謝罪の姿勢をした男爵を相対としていた。

 立ったままの相手に、座ったまま応対をするというのは、随分と尊大な態度のようで、少しばかり居心地も悪いのだが、こういうことも、これからは必要なのだろう。

 

「ロウ=ボルグ・サヴァエルヴ・サタルスとして、謝罪を受け入れます。楽にしてください、男爵」

 

 一郎は応じた。

 男爵が頭をあげる。だが、武具に包まれている姿勢は崩さない。武人上がりの男爵と耳にしているが、シャングリアの父親から引き継いだモーリア男爵家を並みの伯爵家以上の力にのし上げたのは、彼の流通の手腕だと耳にしていた。しかし、やはり、目の前の男爵は、どこからどう見ても、武骨な「武人」という感じである。

 その彼が、一郎に対して貴人に対する礼をしている。

 まあ、そうせざるを得ないように、こちらが求める対応をしているのだが……。

 

 一郎は、ブルイネンの忠告を受け入れて、ガドニエルから贈られている“ロウ=サヴァエルヴ・サタルス”として、男爵と接することにした。

 “サヴァエルヴ”というのは、エルフ族社会における上級貴族としての地位の格付けのある姓であり、ハロンドール王国内であれば、侯爵以上の格式があるのだそうだ。

 ハロンドール王国でも、一郎も一応は“子爵位”をもらっているので、爵位だけのことであれば、男爵であるモーリアよりも高いのであるが、一郎が受けている“ボルグ”の姓は、功績に応じる一代限りの貴族として使われてきたものであるらしく、それほどの権威はない。

 

 しかし、ガドニエルから受けた“サヴァエルヴ”は違う。

 一郎がこれを名乗ったときには、相手は上級貴族としての応対をしなければならないそうだ。

 それを怠れば、エルフ王族家を愚弄することになり、大変な非礼になるということである。

 エルフ族王家は、この大陸で、ローム皇帝家を凌ぐ、もっとも古い王家というだけでなく、この世界の文明技術に不可欠な魔石の唯一の生産地であるナタル森林の支配者として、大変に権威があるようだ。

 まあ、そうには見えない残念女王なのだが……。

 

 ともかく、そういうこの世界の貴族社会の慣わしについても、これからは慣れていかなければならないのだろう。

 一郎は、エルフ族女王ガドニエルの伴侶にして、ハロンドール王家の王太女イザベラの子の父になる。それにふさわしい立場を手に入れることを一郎は決めているのだから……。

 

「ありがたき」

 

 男爵が短く言った。

 すると、エルフ族の女兵がモーリアの座る椅子を持ってきて、一郎たちが座っている正面に置く。

 一郎たちの椅子がある場所は、高くはないが台が敷かれて、一段あがっているので、少し見下ろす感じだ。

 モーリアは運ばれてきた椅子に座った。

 

 もっとも、ここにある椅子も台座も、もともとすべて男爵が自分用として使っていたものだ。

 それを天幕ごと、明け渡されるというかたちで、一郎たちが使うことになったのだ。

 この貴賓用の天幕だけでなく、十連ほどの天幕が一郎をはじめとするエルフ隊のために提供をされている。

 一郎たちが乗っ取ったモーリア男爵隊の陣地内である。

 

 提供されたのは、陣内の中央部分にある男爵家の幕営であり、一郎やガドニエルが入ったことで、もともとそこにいた男爵たちは、主幕営を護衛する位置にあるその周辺天幕に移っている。

 ただ、すでに半分の勢力は男爵領に帰還をしていた。

 

 ここに残った主力は、捕らえているジャスランの「処刑」が終わり、ジャスランに拷問されていた一郎の女たちの治療が終了すれば、一郎たちとともに、そのまま男爵領に向かうことになっている。

 先行の半分は、その準備のために帰還したのだ。傭兵たちの半分もそれに同行した。

 残りの男爵たちと傭兵は、一郎たちがまだ、出立できないので、その護衛ということだ。

 

 まあ、護衛といっても、数では圧倒する彼らを三十人ほどしかいないエルフ族の女隊が制圧してしまったのだから、実際には不要なのだが、これも体裁というものらしい。

 とりあえず、現在は中央の主天幕を一郎たちがエルフ族の“クロノス親衛隊”とともに占拠し、その周りをモーリア男爵が率いるモーリア隊が囲んでいるというかたちになっている。

 

「それでよろしいですね、ガド?」

 

 一郎は隣に座っているガドニエルに軽く視線を向けた。

 これも、ブルイネンの提案だ。

 ガドニエルについては、認識阻害の魔道具で女王ではなく、ただのエルフ美女として同行させることを考えていたのだが、むしろ権威を利用すべきであり、利用して欲しいとブルイネンに言われて、一郎は考えを改めた。

 

 だから、いまのガドニエルは、“お忍び”の体裁ではあるが、エルフ族女王としての外観をそのままにしている。

 さすがに、水晶宮でいるときのような動き難そうなドレスは身につけていないが、軽装ではあるが、女王の立場を損なわないそれなりの服装だ。もっとも、スカート丈は短く、膝上まで脚は露出している。一郎が好きな短いスカートだけは譲れないと、本人が強硬に主張したのだ。

 まあ、これについては、ハロンドールの王宮でも、イザベラがそうだったので、貴婦人としての廉恥を損なうということはないだろう。

 

「ロウ殿のよろしきように」

 

 ガドニエルがまるで“女王”であるように鷹揚に頷いた。

 エルフ族の女王ガドニエルといえば、君臨が百年を超え、この大陸の君主の中では、最も古く最も権威のある王らしい。

 ましてや、これまでイムドリスという隠し宮の中に閉じこもり、一度も姿さえ示さなかった女王である。

 その女王が目の前にいるというのは、大変なことなのだ。

 モーリア男爵も、態度には表さないように努力しているのは垣間見れるが、かなり緊張しているのが伝わってくる。

 

 しかし、そのガドニエルに、一郎が普通に接し、ガドニエルもそれを当たり前にように対する──。

 このことで、一郎の権威を高めればいいというのがブルイネンの主張だ。

 一郎は受け入れることにした。

 

 モーリア男爵も、一郎がガドニエルを愛称呼びしたときには、ぎょっとした表情になった。

 ただ、ガドニエル自身がにこにこしているので、改めて一郎へ向ける表情を恐縮した様子にした。

 権威を利用するというのは、こういうことなのだな……。

 一郎は思った。

 

 それにしても、本来であれば、横のガドニエルが当たり前の姿なのだが、“狭間の森”で初めて会ったときから、ずっと一郎に対しては“ぽんこつ”だったので、こうやって、行儀良くしているガドニエルに接すると、どうしても慣れない芝居をしているようにしか見えなくて困惑してしまう。

 まあ、実際に芝居をしているのだろうが……。

 

 しかし、本当は、一郎の雌犬志望の残念女王だと教えたら、モーリアはどんな顔になるのだろう。

 ちょっと想像しておかしくなった。

 一郎は悪戯したくなり、気取っているガドニエルの股間に粘性体を飛ばして、軽くクリトリスを包んで振動してやった。

 

「んんっ」

 

 ガドニエルがびくりと身体を硬直させて、顔を真っ赤にした。

 さらに、内腿を強く締めつけるような動きをして、ぎゅっと手摺りを掴む手に力を入れている。

 しかし、“女王”らしくない態度を見せれば、三日間、一郎がガドニエルに触らないという罰だと言い渡しているので、一生懸命に我慢している。

 

 面白い──。

 

「ロウ様……」

 

 一郎が悪戯を始めたことに気がついたのだろう。

 椅子の後ろに立っているエリカがたしなめるように言葉をかけた。

 一郎の座る椅子の後ろには、武装をしているエリカとコゼが立っている。

 ガドニエルの背後にはブルイネンだ。

 また、天幕内にはエルフ族の親衛隊の中から五人ほどが連れてこられて、護衛隊として侍ってもいた。

 全員が一騎当千の女傑なので、こんな護衛は必要ないのだが、これもまた演出というわけだ。

 

 ところで、エリカについては、ジャスランに拷問を受けていた立場だったので、体調が回復するまで休んでいろと言ったのだが、一郎の警護は譲れないと涙目で訴えてきて、それでこうやって、コゼと一緒に護衛につかせた。

 すでに洗脳球も魔道で溶かしてしまっているので、その点は問題ないと考えたこともある。

 まあ、一郎としても、誰よりもこのふたりに守られるのが安心する。

 

 一方で、ジャスランに囚われていたほかの女たち、すなわち、イライジャ、シャングリア、スクルドについては、ミウたちが治療をしていて、ほかの天幕に寝かせている。

 アルオウィンについては、それほどの外傷もなく、元気にしているのだが、いまはイライジャたちについているところである。

 

 それにしても、アルオウィンとイライジャの行動については、感嘆してしまった。

 特に、アルオウィンは、言葉巧みにジャスランをおだてて、彼女の懐に取り入り、亜空間で監禁されながらも、あの狂い女が暴走しないように、ずっと活動していたのだという。

 しかも、灼熱部屋で殺されかけていたイライジャを救い、最終的には、イライジャに密かに渡した“魔族殺し”の毒薬で、ジャスランの魔道を封印して、亜空間で捕らえたのだ。

 

 魔族殺しというのは、あのアーサーのいるタリオ公国で開発されたものらしく、魔族のすべてに効果のある最強の魔道封じの毒薬なのだという。

 もともと、ノルズが持っていたものであり、アルオウィンも、ノルズから提供されたようだ。

 

 そして、イライジャもまた、ジャスランによって両眼を潰されながらも、アルオウィンに渡された魔族殺しの毒を見事にジャスランに刺すことに成功したという。

 ふたりとも洗脳球の支配状態に陥らされながら、反撃の機会を待ち、ついにジャスランを倒してみせたということだ。

 今回の最大の殊勲がアルオウィンとイライジャであることは間違いないだろう。

 

「男爵、三日ほど、ここで休息をとります。ジャスランに傷つけられた女たちを回復させるために必要な時間です。その後、男爵領でしばらくお世話になります。向こうでは、王国内がどうなっているのかについては、まずは情報を得たいと考えています」

 

「心得ております。わしも、ずっとこの森にいましたもので、情報には疎いのでが、先に戻らせた者に可能な限りの情報を集めるように指示をしております。男爵領ではそれなりの報告をさせていただきます」

 

「期待しています」

 

 一郎は頷いた。

 とりあえず、モーリア男爵とともに、男爵領に入る――。

 決めているのはそこまでだ。

 それからどうするかは、まずは情報を得てからだ。

 とにかく、現状況では、なにかを判断するには情報が少なすぎる。

 

「あ、あの……ごしゅ……いえ、ロウ殿……」

 

 そのとき、不意に横のガドニエルが小さな声をかけてきた。

 涙目だし、顔が真っ赤で、いつの間にか汗びっしょりになっている。

 忘れていたが、ずっと粘性体で股間を悪戯しっ放しだった。

 

 一郎はクリトリスの振動を緩めてやる。

 ただ、停止はしない。

 

 ガドニエルがちょっと脱力した感じになるとともに、哀願するような表情を向けた。

 なにをお願いされているのかわからないが、雌犬志願のガドニエルのことだから、実際にはこうやって苛められるのも、本心では彼女の望みには間違いないだろう。

 

「……ばれたら、三日間な……」

 

 一郎は、男爵には聞こえない声でガドニエルにささやく。

 ガドニエルがはっとした顔になったのがわかった。そんなに、一郎に触ってもらえないという罰が嫌なのだろうか。

 一郎はほくそ笑んでしまった。

 さらに、ガドニエルのスカートの内側に粘性体を送り込み、今度はアナルの中でディルドのかたちになって、蠕動運動を開始してやる。

 

「おうっ」

 

 ガドニエルが全身を突っ張らせるような仕草をした。

 

「ロウ様」

 

 今度はエリカが強くたしなめた。

 相変わらずに真面目な女だ。

 まあ、その真面目なエリカが、一郎に調教されて、雌の姿になるのが愉しいのだが……。

 

「ガド、色々あったから疲れたのかもな。もう少し待ってください」

 

 一郎は素知らぬ顔でガドニエルに声をかける。

 ただ、アナルの振動だけでなく、弱めたとはいえクリトリスの振動もそのままだ。

 ガドニエルがぎゅっと手摺りを握ったまま小さく頷く。

 いまは、声を出すこともできないのかもしれない。

 しっかりと強く口を結んだままでいる。

 

「さて、男爵、ジャスランのことですが、処刑についてはこちらでやります。お任せいただきたいと思います。あれは魔族であり、特別な殺し方をしなければ死なないのです。処刑が終われば、もちろん一報はします」

 

 一郎は言った。

 ジャスランのやったことについては、すでに男爵には説明済みだ。

 男爵たちが操られたのも、なにからなにまでジャスランのせいということにした。実際には、ヴィーネという王家から派遣された魔女に扮したスクルドが、指輪の魔具を全員に渡し、これを利用してジャスランが男爵たちに操心術を刻んだのであるが、これもまた、ジャスランが主犯ということにして、そのときには、ヴィーネことスクルドも操られていたということにしている。

 すでに、スクルドがジャスランに、惨い扱いを受けて公開で辱められたことを大勢が見ている。

 全部をジャスランのせいにしないと、ややこしいことになる。

 

「わかりました。お任せします」

 

 男爵たちにも被害を与えたジャスランなのだが、彼女の処置については、こっちに一任させてもらい、彼女を「訊問」をして得た情報を男爵家に渡すということでどうかと申し出ていた。

 男爵としても、操られていたといえども、エルフ族女王のガドニエルに攻撃したという大きな負い目がある。

 なにを言われても受け入れるしかないだろう。

 やはり、男爵は納得して頷いた。

 

「ところで、傭兵隊と男爵隊の兵の負傷の状況は、どのような様子でしょうか?」

 

 ブルイネンによって制圧させたモーリア隊だが、結局誰も殺してはいないと報告を受けている。

 わずか三十人ほどではあるが、エルフ族親衛隊とモーリア隊では、圧倒的な力の差があり、彼らを殺すことなく抵抗できなくすることが可能だったらしい。

 ただ、無傷というわけにはいかない。

 だから、訊ねたのだ。

 

「問題ありません。それについては、お礼を……。兵たちを救ってくれてありがとうございます。それと、部下たちにも、傭兵にも罪はありません。ガドニエル女王陛下に剣を向けることになったのは、一重に、わしの罪であります。わしひとりの首で、ほかの者については免罪をしていただくようにお願いします」

 

 男爵が椅子に座ったまま深く頭をさげた。

 一郎はそれを制し頭をあげさせる。

 

「男爵もくどいのですね。俺もガドも、一切を問題にするつもりはありません。公式には、モーリア家と俺たちとの騒乱などなかったことになるでしょう。俺たちはガドニエル女王ととともに、ナタルの森にやってきて、この場所で男爵たちの隊と接触して、男爵家に客として迎えられた……。まあ、そういうことでしょうか」

 

「恐縮の極みです。このご恩は幾重にも……」

 

「ならば、俺を王家には引き渡しはしないという約束をしてもらえますね?」

 

 一郎は頬に微笑みを浮かべたまま言った。

 元はといえば、この一連の騒動は、ルードルフ王が一郎を手配犯として捕縛命令を発したことから端を発している。

 モーリア男爵も、本来はそれを口実に、一郎の身柄の確保を指示されていたはずだ。

 スクルドは、男爵には王家の一派に一郎の身柄が渡る前に保護して欲しいという物言いをしたようだが、まあ、一郎を捕らえようとしていたのには変わりない。

 

「無論です。モーリア家は、ロウ殿とガドニエル女王陛下の保護を約束します。一身に変えましても」

 

「感謝します。では、そういうことでよろしいですね、ガド?」

 

 わざとガドニエルに振る。

 

「ふえっ──。あっ、も、もちろんです──。い、いえ、もちろんだ」

 

 ガドニエルがはっとしたように言った。

 本当に面白い。

 すると、またもやエリカが咳ばらいをする。

 一郎は苦笑した。

 

「……しかしながら、一連のことが終わりましたら、わしについては、けじめはつけるつもりです。わしは男爵を辞します。そして、シャングリアに男爵を譲りたい」

 

 すると、モーリア男爵が言った。

 一郎は首を傾げた。

 だが、少し考えてから、エルフ族の女兵に声をかけた。

 

「悪いが、シャングリアを呼んでくれ。マーズに連れてきてくれるように頼んでもらいたい」

 

 一郎は言った。






 *

「王の帰還」

 クロノス朝の初期におけるロウ皇帝の忠臣で名高いモーリア公爵が男爵時代に残した手記にある言葉である。
 モーリアの手記によれば、当時初対面であったロウの印象について、人当たりはいいが、醸し出す厳かな気勢のようなものがあり、一介の冒険者あがりと侮っていた心が一瞬で吹き飛んだとある。
 まさに、王の帰還という雰囲気があり、なぜか自然と頭がさがったと、当時の公爵の記録には残されている。


 ギター著『一日一頁読む歴史の言葉』より


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607 剣の誓い

「大叔父」

 

 天幕の入り口から入ってきたシャングリアがモーリア男爵に声をかけた。

 男爵が振り返る。

 しかし、マーズに抱きかかえられているシャングリアの姿にぎょっとしたのがわかった。

 シャングリアは、いつもの女騎士の姿ではなく、いかにも病床の女が身につけるような無地の貫頭衣を着ているが、四肢を切断されたままなので、スカート部分にも袖の部分にもなにもなく、布がだらりとしているのだ。

 どうやら、男爵はシャングリアがこんな目にあっていることを知らなかったみたいだ。

 

「シャ、シャングリア、その姿は──?」

 

 男爵は立ちあがって叫び、そのまま絶句している。

 

「ジャスランにやられたのだ。だが、問題ないぞ。切断された手足はすぐに復活する。そうだな、ロウ?」

 

 マーズに抱きかかえられたシャングリアがじろりと一郎を見てきた。

 一郎は苦笑した。

 実は、治療に当たっているミウには、三人の体調の治療は実施しても、スクルドとシャングリアの手足の復活のための高位光魔道による回復術は待てと伝えていた。

 しかし、唐辛子汁を腹いっぱいに飲まされて、内臓も痛めていたスクルドとは異なり、シャングリアについては身体も気力も比較的元気だった。

 施そうと思えば、夕べのうちにシャングリアの四肢を復活させることも可能だった。

 だが、一郎が待ったをかけていることをミウから聞いたのかもしれない。

 一方で、イライジャの両目はすでに復活している。

 シャングリアが、なにか物を言いたそうに、一郎を睨んでくる。

 

「もちろんだ、シャングリア。世界一の治療術を施せる術師がふたりも揃っている。それと俺もな」

 

 支配している女限定で、彼女たちの身体の治療できる一郎だが、手足の復活のような大きなことも多分できる。

 やったことはないが、できるという確信だけはある。

 

 それはさておき、一郎はマーズに手を伸ばして、シャングリアを受け取った。

 そのまま、椅子に座ったまま、シャングリアを膝に抱きかかえる。

 

「わっ、ロウ。な、なんだ、なんだ」

 

 シャングリアが戸惑った声を出して、顔を真っ赤にした。

 いつもは一郎が抱くときだって、よがりながらもそれなりに凛としているので、意外に初心(うぶ)な面もあるのだと思った。

 実家の男爵の前だというのが照れているのだろうか。

 しかし、シャングリアは、すでに一郎の女である。

 それをモーリア男爵にも、明確に示しておく必要もある。

 一郎は膝の上のシャングリアを落とさないようにぎゅっと抱きかかえた。

 

「ちょ、ちょっと、ロウ」

 

 シャングリアが居心地悪そうにしている。

 

「あらいいわね、シャングリア、ご主人様に抱っこされて」

 

 後ろからコゼが声をかけてきた。

 

「向こうの天幕では、先生の話ばかりしていたのですから、折角だし、甘えるといいですよ」

 

 珍しくもマーズがくすりと笑って軽口を言った。

 一郎は微笑んだ。

 一方で、マーズはエリカやコゼと同じように、そのまま一郎の後ろに立つ位置につく。

 

「俺の話? どんな話だ?」

 

 一郎はシャングリアの顔を覗き込むようにした。

 

「そ、そんなことをここで言えるか──。大叔父の前だぞ」

 

「つまりは、ここで言えないようなことを話していたのか?」

 

 一郎は吹き出してしまう。

 すると、周りの女たちもくすりと笑った。

 シャングリアも失言に気がついたのか、さらに顔を真っ赤にした。

 

「な、仲がいい……のですな……」

 

 シャングリアから“大叔父”と呼ばれているモーリア男爵は、呆気にとられた顔になっている。

 一郎の前では、ただの女……いや、激しいプレイが大好きのかなりの“ハードM”を示す彼女も、ほかの者の前では、男嫌いと称されるほどに尖っている女である。

 まあ、一郎たちと出会って、かなり丸くなっているが、そういうシャングリアには、ほとんど接していなかったはずの男爵は、目を丸くしている感じだ。

 

「そうですね。仲はいいです。男爵、さっきの話に関係することですが、王都のことが落ち着いたら……、俺が落ち着かせてみせますが、そのときには、シャングリアとは婚姻を結ぶつもりです。ここにいる女たちともですけど……」

 

 一郎ははっきりと言った。

 男爵は面食らった顔になっている。

 なにを驚いているのかは知らない。

 しかし、すでに男爵は、王太女のイザベラが一郎との子を宿していることを耳にしているらしいし、それでいて、エルフ族女王のガドニエルと昵懇の仲を示していたので、心の内では困惑もしていたのかもしれない。

 しかし、ガドニエルだけでなく、イザベラも呼び捨てにして結婚を宣言し、さらに、シャングリアとの婚姻話まで出されたことについては、ちょっと戸惑いの顔を浮かべている。

 

「つまり、妾に?」

 

 男爵はちょっとだけ、不満そうな顔になった。

 まあ、当然の反応かもしれない。シャングリアはモーリア一族の女であり、先代のモーリア男爵の嫡女だ。

 そんなシャングリアが、大勢の女のひとり扱いというのは、やはり気に入らないだろう。

 しかし、一郎はこの話だけは、強引に押し通すつもりである。許可を求めるつもりもない。

 ただ、そうすると宣言するのみだ。

 だが、妾だと?

 

「妾ではなく、正式の妻としますよ。イザベラも、ガドも……そして、後ろの三人とシャングリアもです。この国では重婚は認められていますから」

 

「重婚──? い、いや、女王陛下と王太女殿下と婚姻して、シャングリアも同等に?」

 

 モーリアはますます唖然としている。

 まあ、馬鹿げたことを口にしていると思えば、思えばいい。

 だが、一郎は誰に反対されようとも、絶対にそれを実現させるつもりである。あらゆる手段を使ってもだ──。

 

「ええ、すでに、ガドには婚姻を承諾してもらっています。彼女は重婚を受け入れています。そうですね、ガド?」

 

 一郎はガドニエルを見た。

 しかし、ガドニエルは、いまだに一郎の性的悪戯を受けている真っ最中であり、これまでの話を聞いていたのか、聞いていなかったのかわからない。

 声を掛けられて、びくりと顔をあげた。

 それにしても、股間の刺激に苛まれながらも快感に耐えているガドニエルは、ただでさえ神々しいほどに美しい外観に、官能的な艶っぽさが加わり、これはまたすごい。

 悪戯をしている当事者の一郎でさえ、ちょっとどきりとしてしまった。

 

「ふ、ふえっ? な、なんですか、ご主人様?」

 

 ガドニエルが半分呆けた表情で言った。

 一郎は笑いそうになってしまった。

 もう“女王”を忘れてしまったみたいだ。失敗したら三日間、一郎をお預けだと諭して、ずっと我慢をさせていたはずなのだが……。

 

「へ、陛下──。ロウ殿は、陛下とロウ殿との婚姻のことをお訊ねです」

 

 ガドニエルの後ろについているブルイネンが慌てたように言った。

 ガドニエルがはっとする。

 

「け、結婚? も、もちろんですわ──。わ、わたしは、ご主人様の(つがい)ですので──」

 

 ガドニエルが満面の笑みを浮かべて言った。

 これには、一郎も呆れるしかない。“ご主人様”と呼ぶなというのに……。しかも、(つがい)のことは黙っていろと、ラザニエルから強く言われているのではないのか──。

 出発直前には、ケイラ=ハイエルこと、享子にも注意されていたが……。

 

(つがい)?」

 

 さすがに、男爵も驚いた声をあげた。

 この感じでは、エルフ族たちにとっての(つがい)の意味についても承知しているみたいだ。

 

「その話は内密に……。ところで、ガド、三日間な……」

 

 一郎は吹き出すのを我慢しながら、まずは男爵に声をかけ、ついで、ガドニエルに小さくささやいた。

 ガドニエルが、やっとはっとした顔になる。

 

「み、三日──? いえ、そんなのは──。い、いや、ロ、ロウ殿、そのお話は、あ、後でいたしましょう。お、お願いですよ。よ、よいですね。いえ、お願いします……」

 

 ガドニエルが取り繕った表情に戻って、姿勢もただした。

 さっきまでの“ぽんこつ女王”の態度が消滅して、再び“エルフ族女王”の顔を取り戻した。

 まあ、“修正”の効果があったのかどうかは知らないが……。

 ふと見ると、モーリア男爵もぽかんとしている。

 まあいい……。

 とりあえず、ガドニエルを悪戯していた粘性体を消滅させて、ガドニエルを開放してやった。

 これ以上続けると、どんなぼろを出すかわからない。

 

「え、えええ? ご主人様──。ど、どういうことですか──。ガ、ガドは失格ですか? 駄目だったのですか──」

 

 しかし、股間へのいたぶりをやめたことで、なにを思ったのか、いきなり泣きそうな顔で立ちあがりかけた。

 これには、一郎もちょっと驚いた。

 

「へ、陛下、お座りを──」

 

 それを立ちあがる直前に、強引にブルイネンが肩を押さえて座り直させた。

 

「ガド、ちゃんとしないと、三日間だぞ……」

 

 一郎も小さな声でささやいた。

 すると、ガドニエルが明らかにほっとした顔になる。

 

「おお、ではまだ、約束は続いているということですね。それは重畳です」

 

 再びガドニエルが“女王モード”になった。

 一郎はまたもや苦笑した。

 

「繰り返しますが、色々と、くれぐれも内密に……」

 

 とりあえず、一郎は男爵に言った。

 すると、少し考える様子を示して黙った男爵だったが、すぐに顔に吹っ切れたような笑みを浮かべた。

 

「なるほど、恋の多きお方とは耳にしておりましたが、これ程とは……。いずれにしても、お祝い申しあげます……。先程申しました通り、モーリア男爵家は、ロウ殿とガドニエル女王陛下をお支持いたします。微弱過ぎて、なんの力にもならないかもしれませんが……」

 

 すると、モーリア男爵が静かに立ちあがった。

 男爵には帯剣を許していたが、その剣を鞘ごと抜いて反転させ、跪くと、一郎に向かって鞘側を差し出してきた。

 一郎は面食らった。

 

「おう、大叔父──。ロウに剣を捧げてくれるのか──」

 

 膝に抱いているシャングリアが大きな声をあげた。

 

「このユンゲル=モーリア、麒麟児のように破天荒なロウ殿に忠誠を誓いましょう。これでも、このユンゲルは、人を見る目はあるつもりです。どうか、わしの忠誠を受けてもらいたい」

 

「お、俺に?」

 

 さすがに一郎もびっくりした。

 

「わしは、商機を絶対に逃さないのが、なによりの自慢でしてね。これは、大波に乗るべきだと判断いたしました」

 

 すると、跪いている男爵が顔をあげてにやりと笑った。

 不敵な笑みだ。

 そういえば、このモーリア男爵は、辺境に近い小さな男爵家にすぎなかったモーリア家をあっという間に繁栄させ、男爵家でありながらも、二百もの傭兵団を簡単に集められるくらいの財を作った貴族だ。

 武人らしい姿からは想像がつかないが、実は大変な商売上手なのだ。

 その彼が、一郎を商機と判断した?

 

「ロウ、誓いを受けろ。武人にとっての剣の誓いは一度しかできない。大叔父は、陛下にも、まだ剣は捧げてはいないはずだ。その大叔父がロウを選んだのだ──」

 

 シャングリアが嬉しそうな声をあげている。

 しかし、一郎はいまだに困惑していた。

 

「……失礼ながら、あなたはこれから、大化けするかもしれない。それに乗っておけば、わしは大きな益を手に入れそうだ。わしはそういうものは、見逃さんのですよ。たったいま、直感が働きました」

 

 すると、男爵が一郎に向かって微笑んだ。

 

「直観ねえ……。だが、剣の誓いか……」

 

 さっきの一郎たちのやり取りの何を気に入ったのかわからないが、とにかく、男爵は一郎を認めてくれたみたいだ。

 しかし、確かにこれは大きい。

 淫魔術だけでここまできた一郎だが、この世界にやってきて、初めて淫魔術を遣わずに、味方を増やせたのだ。

 

「ロウ様、その剣を受け取って鞘を抜き、剣の腹を男爵殿の肩に当ててください。そして、なにか、お言葉を……」

 

 エリカが小さく言った。

 一郎は頷いた。

 とりあえず、シャングリアをもう一度マーズに渡してから、言われたとおりにする。

 

「モーリア殿、いえ、大叔父……。シャングリアにとって、あなたが大伯父なら、俺にとっても同じです。これから、よろしくお願いします、大叔父」

 

「命に代えても……」

 

 男爵が頭をさげた。

 一郎はモーリア男爵に剣を返した。

 男爵はもう一度、椅子に座り直す。

 

「これは素晴らしい。ロウ殿に最初に剣を捧げた武人ということだな。では、わたしからは、男爵にエルフ族の聖騎士の称号を贈りたい。もらってくれるか?」

 

 すると、ガドニエルが横から声をかけてきた。

 まだ、芝居は続けるのかと訊ねたくなったが、聖騎士だと?

 

「ブルイネン、これを卿へ……」

 

 しかし、ガドニエルは、すぐに魔道で手に宝石のついた勲章のようなものを取り出した。

 確か、一郎の親衛隊になったエルフ族たちが貰っていたものと同じだと思う。

 あれが、聖騎士の称号を与えるときに渡すものということになるのだろう。

 それはいいが、あのときといい、いまもそうだが、聖騎士の大盤振る舞いだとは思った。

 エルフ族の中では、かなりの名誉であると耳にしたが……。

 大丈夫か?

 

 だが、ブルイネンは反対する様子もない。だから、いいのだろう。

 ブルイネンは、それをガドニエルから受け取ると、ユンゲルに近づき、彼の右胸にそれを密着させた。

 どういう仕掛けなのか知らないが、聖騎士の印らしい星章っぽいものが、彼の胸にぶら下がった。

 

「おっ、これは──。お礼申しあげます」

 

 モーリア男爵が慌てたように立ちあがった。

 しかし、ガドニエルが鷹揚そうな態度でそれを制した。

 

「不要だ。ロウ殿に忠誠を誓ってくれた礼である。ロウ殿にとっての大叔父なら、わたしにとっても親族も同じ。これからはよろしく頼むぞ」

 

 ガドニエルが言った。

 こうやっていると、確かに女王である。

 なにかおかしくなった。

 

「まあいいか……。じゃあ……」

 

 一郎はシャングリアをマーズから受け取り直した。

 シャングリアがまた真っ赤になる。

 

「だ、抱っこはよい──」

 

「そう言うな。話があったんだ。しかし、そういうことであれば、まだ引退はできませんよ、大叔父」

 

 一郎は言った。

 

「引退? 大叔父、引退するつもりなのか?」

 

 シャングリアが戸惑いの声をあげた。

 

「今回のことは、わしの大きな失態だ。だから、その責任をとるかたちで、わしは男爵の地位をシャングリアに渡すつもりだったのだ。もともと、お前が引き継ぐべき爵位だったのだし、よい機会と思った。あのときには、わしにはまだ一族を黙らせる力はなかったが、いまのわしには、もう逆らう者は一族にはおらん。だから、爵位の譲渡は簡単だと思ったのだ」

 

「わたしは、男爵になどならないぞ。わたしはロウの剣だ。伴侶のひとりにもなるようだし、男爵を継ぐことはできん」

 

「そのようだな。忘れてくれ……。その代わり、お前を選んでくれたロウ殿に恩を返す。魔族に操られ、一族ごと処刑されてもおかしくはない罪を犯したわしたちを取り持ってくれたロウ殿だ。なにかできることがあれば、なんでもしよう」

 

 モーリア男爵は言った。

 一郎は頷いた。

 そして、男爵は立ちあがり、なにか必要があれば伝えて欲しいと言って頭をさげた。

 男爵が辞去した。

 すると、ガドニエルがいきなり立ちあがった。

 

「ああ、ご主人様、ガドはちゃんとやりましたよ。一生懸命に女王としてふるまいました。合格ですよね。ねえ、ご主人様」

 

 そして、文字通り、一郎の足のあいだに跪いてきた。

 

「わっ、陛下、まだです──。男爵殿は去ったばかりで……。お前たち、隠して──。それと防音の魔道をかけます」

 

 ブリイネンが慌てて、なにかの魔道をかけた。これが防音の魔道なのだろう。

 一方で、ほかの親衛隊の女兵も、一郎とガドニエルを隠すように、天幕の入り口に対して人の壁を作った。

 しかし、すでに彼女たちも、こんなガドニエルの姿に慣れっこになっており、微笑ましそうに笑っている。

 

「なにが合格よ……。不合格でしょう」

 

「まあね……」

 

 コゼとエリカだ。

 振り返ると、ふたりもまた、笑っている。

 

「えええ、そんなあ。なにが駄目だったのですか。ねえ、ご主人様──。ガドは三日間も、ご主人様に触わってもらえないのでしょうか。一生懸命に我慢しました。ガドは我慢したんです」

 

「そうだな。我慢してくれたな。ありがとう……。だけど、聖騎士なんてよかったのか?」

 

 一郎はガドニエルの頭に手を伸ばして撫でた。

 すると、ガドニエルが本当に嬉しそうな顔になった。

 

「あ、あんなものはいくらでも挙げられます。全く問題ありません」

 

 ガドニエルが元気よく言ったが、一郎はブルイネンに視線を向けた。

 

「問題がないことはありませんが、この場合は必要と判断しました。ロウ殿の野望を考慮すると、少しでもハロンドール王国の中に味方を増やすことは必要です。彼は信頼のできる人物のように感じましたし」

 

 ブルイネンが真面目な顔で言った。

 一郎は頷いた。

 

「さあて、とりあえず、男爵との面談も終わったし、ジャスランの様子を見に行くか。ブルイネン、後を頼む。ガドはついてこい」

 

「はい、ご主人様」

 

 ガドニエルが本当に愉しそうに立ちあがる。

 一郎に命令をされるのが、とことん嬉しいみたいだ。

 思わずほくそ笑んでしまう。

 一郎も立ちあがった。

 

「ま、待ってくれ、ロウ──。お、おろせ。このまま外に行くなど恥ずかしいぞ。外には、モーリア隊の連中もいるのだろう」

 

 一郎に抱かれたままのシャングリアが慌てたように言う。

 

「いや、モーリア隊は、この一隊を囲むように展開しているので、天幕周辺にはいないはずだぞ。それに、いてもいいじゃないか。俺たちが仲がいいことは、すでに男爵の公認になった。人前でいちゃいちゃしても問題ない」

 

「も、問題ないことはない──。さっきも言ったが、身内の前だと、は、恥ずかしいんだ。おろせ──。それに、早く手足を復活してくれ。ミウに訊ねたら、二ノスもあれば、失った四肢を復元できると言ったぞ」

 

「ガドなら、その四分の一の時間でいいらしいぞ。しかし、それは俺が愉しんでからだ。前から手足のない女を抱いてみたかった。抵抗する手段がないのをとことん愉しみながらね」

 

 一郎は笑いながら、抱いている手をずらして、服の上からシャングリアの胸をくすぐるようにしてやった。

 

「んはっ、や、やめろ、ロウ──。お前の物言いは悪趣味だ」

 

 シャングリアが胴体を悶えさせながら抗議した。

 しかし、天幕の外に出て、明るい日差しの下に出ると、ちょっと大人しくなる。

 

「知らなかったのか、シャングリア。俺は悪趣味なんだ。変態だしね」

 

「し、知っている……。ま、まあ、わたしも大概だしな」

 

 シャングリアが言った。

 顔が赤い。

 一郎は微笑んだ。

 

 

 *

 

 

 少し歩いて、ちょっと大きめの天幕の前にやって来た。

 同行しているのは、抱きかかえているシャングリアのほかに、ガドニエル、エリカ、コゼ、そして、マーズである。

 この天幕の中からは、なにも聞こえない。

 防音の魔道をかけてあるからだ。

 コゼがさっと前に出て、天幕の入り口になっている覆いを開けた。

 歩いて中に入ると、途端に絶叫が聞こえてきた。

 

「くそおおお、殺せえええ。もう、私を殺せええええ」

 

 声は髪の毛を束ねて天井からぶらさげられているジャスランだ。

 すでに四肢はない。もちろん、素っ裸だ。

 頭と胴体を残して四肢は切断し、魔道を込めて準備した特別の高炉(こうろ)のような大壺を使って、魔道で昨夜のうちに蒸発させた。

 血どころか、骨の破片も残っていない。

 ミウが吹き飛ばした片腕も、拾ってきて高炉に放り込んでいる。

 それはともかく、怒鳴っているジャスランだが、一郎に接すると、明らかにその表情に怯えが浮かんだのがわかった。

 不完全ではあるか、真名の支配によって、ジャスランには一郎に対する恐怖感を作り出している。

 それに囚われているのだろう。

 

「おう、まだまだ元気だなあ、ジャスラン。しかし、お愉しみはこれからだぞ。処刑執行は三日後くらいだ。それまでは生かしておいてやるから、せいぜい、俺たちを愉しませてくれ。あとでスクルドも来るだろうしね」

 

 一郎はシャングリアをマーズに預け返す。

 天幕の中にいたのは、イットとユイナだ。一応は見張りということだ。

 ほかの者については、養生のための天幕で身体を休ませている。

 

「まったく、うるさいったら……。ちゃんと魔族殺しの毒薬を大量に飲ませておいたわ。きちんと複製できているかどうかまではわからないけど、もしも、複製に成功していたら、すでにこいつの血は魔族殺しで染まりきっているわ。血の全部を入れ替えるくらいしないと、二度と魔道は遣えないわね」

 

 ユイナだ。

 彼女に頼んでいたのは、アルオウィンが持っていた“魔族殺し”を複製して、ジャスランに大量投与することだった。

 成分と調合要領がわかり、必要な材料があれば、ユイナでもできないことはないと言ったからだ。

 幸いにも、ノルズはアルオウィンに、毒薬に関する知っている限りのことを伝えており、材料についても、一度エルフ族の女兵のひとりを移動術のゲートを利用して水晶宮に返し、取りに行ってもらった。

 夜中だったが、水晶宮に残っていた享子が対応してくれたみたいだ。

 女兵は朝までに戻ってきて、今朝からはユイナがここで魔族殺しの複製を作り続けては、イットやマーズと協力して、無理矢理に口から飲ませ、尻からも注入して、徹底的に魔族殺しの毒薬に肉体を漬け込んだかたちにした。

 一郎は、ジャスランのステータスを確かめた。

 ちゃんと魔族殺しに染まり切っている。

 これなら、たとえ、逃げおおせる可能性があっても、二度と魔道は遣えないだろう。

 

「いや、ちゃんと機能している。ご苦労さん」

 

 一郎はユイナに声をかけた。

 天幕の隅にイットとともにソファに座っているユイナは、軽く肩をすくめた。

 

「じゃあ、ちょっと寝るわね。別に拷問に付き合う必要はないんでしょう?」

 

 ユイナが立ちあがった。

 

「ああ、イットもいいぞ。ここにいてもいいけどな」

 

 一郎は声をかけた。

 イットはちょっと迷ったみたいにしていたが、ミウたちの様子を見ると言って、天幕を出ていった。

 

 一郎は改めてジャスランの前に立った。

 ほかの女たちは、それぞれにソファに座り込む。

 食べ物も飲み物も揃っているし、それぞれに休息するような態勢だ。

 全員が長くなることを承知している。

 これから、三日間、ジャスランは一郎たちの拷問を受けることになる。

 長丁場なのだ。

 

「さて、お前には、ひとつだけ白状して欲しいことがある。まずは、それを訊ねるが、その前に抵抗を封じるための最後の仕掛けをするぞ。愉しませるつもりはないから、まあ、期待はするな」

 

 一郎はコゼにジャスランを天井から吊っている鎖を緩めるように指示した。

 

「どうぞ」

 

 コゼが操作具を動かす。

 勢いよくジャスランが地面に叩きつけられた、

 

「あぐうっ、く、くそう──。こ、殺せええええ、殺せよおおおお」

 

 頭と肩と腰を思い切り地面に当てたジャスランが再び喚きだした。

 

「心配しなくても、何十回も殺してやる。そして、何度でも生き返らせてやる。そこにいるガドは、光魔道の遣い手だ。息の根がとまっても、お前の魔族特性を利用して、血がありさえすれば、復活できるらしいね」

 

 一郎は言った。

 最終的には高炉に放り込んで、すべてを消滅させることで処刑するが、それまではたっぷりと償いをしてもらう。

 一郎も今回のことについては、怒り心頭にきているのだ。

 

 しかし、その前にだ……。

 一郎は、ジャスランの胴体を引き寄せた。

 

「な、なにをするんだ、人間──。ち、近寄るなあああ」

 

 ジャスランが喚いた。

 しかし、どうしても怯えが走るのか、顔が引きつり、身体がちょっと震えている。

 

「大したことはしない。お前が大嫌いな人間族の性器をお前の股間に突っ込むだけだ」

 

 一郎は片手でジャスランの裸体を押さえつつ、残った片手でズボンと下着を膝までおろして。股間を露出する。

 

「ひ、ひいいっ、や、やめろおおお」

 

 ジャスランが気がついて絶叫した。

 だが、一郎は股間を勃起させると、まったく前戯なしに、ジャスランの股間に怒張を思い切り突っ込ませた。

 

「ひぎいいいいい」

 

 ジャスランが金切り声をあげた。



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608 死ぬまでにやりたい十のこと


 ジャスランへのお仕置きをどうしようかと迷いましたけど、結局、こっちの路線で……。

 *




「ひぎいいいいい」

 

 ジャスランは絶叫した。

 まるで股間を引き裂かれたかのような激痛だった。

 必死に身体を捩じってそれを拒もうとするが、魔族殺しだという得体の知れない薬剤をたっぷりと身体に入れられてから、まったく身体に力が入らないのだ。

 そもそも、付け根から手足を切断されてしまった状況では、抵抗の手段が存在しない。

 魔道も同じだ。

 魔力が凍りついたように動かないし、魔道も結べる感じがしない。

 それは、血紋術も同様だ。

 ありとあらゆる抵抗の方法が失われてしまっている。

 こんなことは、生まれてから初めてだ。

 

 しかも、怖い──。

 怖くて仕方がない。

 必死に声をあげて、恐怖に心が縛りつかないようにしているのだが、ともすれば、ジャスランは込みあがる巨大な畏怖心のようなものに取り込まれそうになるのだ。

 

「ああ、やめろおおっ、やめてくれえ──」

 

 ジャスランは股間の激痛よりも、自分という存在が全く別のものに変えられそうな恐ろしさに悲鳴をあげた。

 

 なにものも畏れず──。

 とらわれず──。

 本能のようなものに従って行動し──。

 自分を蔑むもののすべてを憎み──。

 どんなものでも、自分の力でねじ伏せる。

 それが、ジャスランのはずだ。

 

 憎む──。

 戦う──。

 ねじ伏せる──。

 もしも、それで殺されても、なんの不満もない。

 いや、むしろ、死ぬために生きているといってもいい。

 

 誰にも従わない──。

 どんな相手にでもだ──。

 しかし、いまは怖い。

 押し潰されそうな心が怖い。

 屈服しそうな自分が怖い。

 

 サキには表向きには従ったが、それは向こうの力がジャスランよりも上だったからであり、心の底から服従したわけではない。

 いつの日か機会さえあれば、寝首さえもかいてやるつもりだった。

 サキは、そんなジャスランを受け入れ、いつでもかかってこいと尊大に返すくらいの大様さはあったので、だったら、しばらく仕えてやってもいいかと思っただけだ。

 

 だが、この人間族がジャスランにやろうとしていることは、まったくそういうこととは次元が違うことだ。

 こいつは、ジャスランになにかをして、ジャスランをジャスランでなくそうとしている──。

 

 いやだ──。

 いやだ──。

 なによりも、それは嫌だ──。

 ジャスランがジャスランでなくなるくらいなら、殺された方がましなんだ──。

 

「いやだああああ」

 

 ジャスランはまたしても、絶叫した。

 ロウの律動は続いている。

 いつの間にか痛みは小さくなっていた。

 しかし、それにより困惑が襲ってもいた。

 身体の芯から沸き起こるような激情にジャスランは戸惑い始めている。

 なんだこれ──?

 この痺れるような大きな疼きはなんだ?

 なんなんだ、これは──?

 

「生まれて初めて味わう男の性器はどうだ、ジャスラン? 思ったよりも悪くなかったか?」

 

 ロウがジャスランの股間を性器で抽送しながら、からかうように言った。

 ジャスランはかっとなった。

 

「ふ、ふざけるな──。も、もういい、抜けえええ──。やめろおおっ、あっ、あああっ」

 

 悪態を突こうと思って、自分でも信じられないような甘えるような鼻声が自分の口から迸って驚愕した。

 ジャスランは慌てて口を閉ざす。

 しかし、得体の知れない激情は次から次へと肉体の内側から沸き起こっては全身に拡散していく。

 気持ちいい──。

 怖い──。

 気持ちよさが怖い──。

 

「もういやああ、頼む──。殺してくれ──。怖い──。怖いいい──」

 

 ジャスランは泣き叫んだ。

 自分の身体が変わろうとしているのが怖ろしい──。

 心が作り変えられようとしているのが怖い──。

 嫌だ──。

 嫌なのだ──。

 

「ご主人様、いま、こいつが初めてって、言いましたか?」

 

 離れた場所から声がした。

 すぐにはわからなかったが、確か、コゼと呼ばれていたロウにずっとついていた小さな女だろう。

 

「ああ、こいつは正真正銘に生娘だ。意外だろうけどね」

 

 ロウがジャスランを犯しながら言った。

 当然だ──。

 魔族であろうとも、ジャスランにそんな目を向けてきたものは八つ裂きにしてきた。

 どんな相手であろうとも、ジャスランの子宮に精を注ぐのを許すつもりなどなかった。

 よく、女が子を産もうとするのは、生まれるときから与えられている本能のひとつと言われたこともあったが、ジャスランはそうは思わなかった。

 ジャスランは、人間族に奴隷として見世物にされていた魔族女が人間族に犯されて生まれた子だ。

 そんな子を作ることが本能であるならば、ジャスランは神でさえ呪ってやると思った。

 生まれない方がよかったと思う子供だって大勢いるのだ──。

 

 人間族に復讐をして、そして、死ぬために生きていた──。

 サキに従った素振りをしたことだって、魔族の世界の中で居場所を作るために仕方なくしたことだ。本当は、誰にも従うつもりなどなかった。

 従いたくもなかった。

 

 だが、いま……。

 いま、ジャスランは、この人間族の男の得体の知れない能力によって、支配されそうになっている──。

 いやだああ──。

 

「ふっ、心配するな。お前を支配することはない……。ちゃんと、お前はお前のまま処刑してやる──。ただ、快感か苦痛かによって、お前が勝手に屈服したら知らんけどな」

 

 そのとき、ロウがまるでジャスランの心を読んだかのように言った。

 一方で、ロウの怒張はジャスランの膣を突き続けている。

 いまや、耐えようとしても、ジャスランの全身は火のような欲望が燃え拡がっている。

 さすがに、ジャスランも、これが女の快感と呼ばれているものだということは理解するしかない。

 愛撫らしい愛撫もない。

 ただ、股間を乱暴に突かれているだけだ。

 それなのに、ジャスランは生まれてはじめての性の快感というものに追い詰められていた。

 

「あ、ああああっ、や、やめろおおお──。あああああ」

 

 ジャスランは声をあげた。

 込みあがる……。

 激情が沸き起こり、それが全身を席巻して、脳天を貫く。

 

「締めつけるなあ。さすがは身体の丈夫な魔族だ……。もう痛みを脱したか……。そういえば、俺が銃弾を撃ち込んだ左目はもう回復しかけているな……。つくづく、魔族というのは丈夫なんだな。それとも、お前が特別なのか……?」

 

 ロウがジャスランの股間を激しく突きながら言った。

 はっとした。

 そういえば、確かに、左目はもう少しは見えるようになっている。意識していなかったが確かに回復もしている。

 だったら、もしかしたら、切断された手足だって、時間はかかるが、いつか復活させることもできるかも……。

 こいつらに復讐をするのを諦めなくてもいいのか……?

 少しばかりの希望が湧く。

 

「んはあああっ」

 

 だが、そのときどんと気持ちのいい場所を強く怒張で押されて、快感が迸った。

 

「気持ちよかったか? こんなのはどうだ?」

 

「ひあああっ」

 

 さらに、ロウに子宮を揺さぶられるほどに強く抽送されて、またもやなにも考えられなくなる。

 口惜しい……。

 人間族などに……。

 しかし、気持ちいい……。

 これが快感というものか……。

 

「……だが、これ以上はご褒美になるしな……。心はいらんが、身体は支配させてもらう。二度と悪さができんようにね……」

 

 ロウの怒張の先端がジャスランの子宮の深い部分をぐいぐいと押しつけた感じがした。

 その瞬間、なにかが爆発した。

 いや、しそうになった。

 ジャスランは存在しないはずの脚を跳ねあげ、胴体だけの身体を限界まで弓なりにした。

 

「んふうううう、うあああああ」

 

 全身ががくがくと震えて、ジャスランは飛翔していた。

 いや、実際には天幕の中の地面の上の布で、人間族の男に犯されているだけなのだが、身体の芯から激しく噴きあがる甘美な陶酔のうねりに、ジャスランは忘我の世界に取り込まれていきそうになっている。

 

「んはあああっ、え、ええっ?」

 

 いや、その刹那だった。

 突如として気持ちよかったものが消滅して、ジャスランは現実に引き落とされた。

 

 違う……。

 そうではない……。

 

 完全ではないが、まだ快感は続いている。

 ただ、さっきまで到達しようとしていた快感の向こう側から、一気に転落して引き落とされていた。

 ジャスランが飛翔しようとしていた高みは、いつの間にかずっと上にある。

 そんな感じだ。

 

「……どうした? 俺に絶頂させて欲しかったのか? 哀願すれば、死ぬ前に一度くらいいかせてやってもいいぞ」

 

 ロウが笑った。

 我に返ってかっとした。

 

「ふ、ふざける……くあっ、あああっ」

 

 しかし、怒鳴ろうとすると、律動を強くされて喋れなくされる。

 口惜しい――。

 こんな、人間族ごときに――。

 そして、股間の中でロウの怒張が膨らんだが感覚がやってきて、子宮に熱いものが迸る感覚が襲った。

 精を放たれたのだ──。

 

 屈辱よりも憤怒が全身を支配した。

 だが、いきなり心臓をわし掴みされるような切迫感がやってきて、怒りなど吹っ飛んだ。

 ジャスランは自分の顔が引きつるのがわかった。

 

「ひ、ひいいいいっ」

 

 今度こそ、ジャスランは絶叫していた。

 本物の恐怖だ──。

 絶対に逆らってはならないものに逆らった──。

 そんな激情に襲われた。

 

 ジャスランは慌てて、ロウから身体を離れさせた。

 ロウはジャスランの腰を両手で押えて犯していたのだが、精を放ち終わったときには、手を離していたので、簡単にジャスランはロウから怒張を抜くことができた。

 抜いた瞬間、かなりの体液がジャスランの股間から出たのがわかった。

 ロウのものか、それともジャスラン自身のか?

 とにかく、ジャスランは必死に芋虫のように身体を捻って、ロウから離れた。

 

「お疲れさまでした、ご主人様。お掃除しますね……」

 

 すると、さっきのコゼが甘えるような声を出しながら、ロウの股間の前に跪き、大きな口を開いてロウの怒張を咥えるのが視界に入った。

 いつの間にと唖然とした。

 

「わっ、は、早いですわ、コゼさん」

 

 すると、こっちもまた、いつの間にか、すぐそばにいたガドというエルフ美女が残念そうな声を発したのが聞こえた。

 この天幕に連れ込まれて四肢を切断されるとき、ほかの女たちが、この“ガド”と呼ばれている女が、エルフ族女王のガドニエルだというようなことを仄めかしていたが、本当だろうか?

 エルフ族の女王のガドニエルといえば、何十年間も亜空間に築いたイムドリスという隠し宮に閉じこもって、姿さえ見せることのない絶世の美女という噂のはずだが……。

 まあ、絶世の美女には違いないのだが……。

 

「素早さで、コゼを出し抜くのは難しいぞ、女王」

 

「まあ、そうね……。わたしは、ロウ様を取り合う競争でコゼとは張り合わないようにしてるわ。張り合わなくても、後で必ずお相手をしてくれるし……」

 

「でも、動きに無駄がなくて勉強になります。さっきまで一緒に座っていたのに、動いたという気配さえ感じませんでした」

 

 シャングリア、エリカ、そして、人間族の大女だ。大女は四肢のないシャングリアを抱くようにしており、エリカはその横に座っている。

 それにしても、ほんの昨夜までは、シャングリアについても、エリカについても、絶望に追い詰められて号泣するくらいに追い詰めてやっていたのに、いまはこうやって立場が逆転している。

 呑気そうに会話をしているこの連中に接すると、恥辱に苛まれてしまう。

 

「そ、そうなのですか?」

 

 呆けた声を出したのは、ガドだ。

 この女に接すれば接するほどに、頭の悪そうな印象しかない。こいつが女王だというのは、絶対に言葉のあやか、あるいは、なにかの冗談だと思う。

 シャングリアは、女王と呼んだようだが……。

 

「まあ、そうだな……。さて、じゃあ、今度は調教の時間だ、ジャスラン。覚悟はいいか?」

 

 ロウがコゼの頭をぽんと軽く叩いた。

 すると、こっちが唖然とするほどに甘えきった表情のコゼがロウから離れた。

 しかし、立ちあがって振り返り、こっちを見たコゼは、一転してジャスランを憎々し気に睨む顔をこっちに向けている。

 同じ人物なのかと訝しむほどの豹変だ。

 

「ところで、ご主人様、ジャスランの足から出ているものなんですか?」

 

 すると、コゼが言った。

 足から出ているもの?

 なんのことかわからなかったが、ふと見ると、ジャスランの切断されている両方の脚の付け根の部分に、先端が円状になっている白い突起が出現しているのだ。

 

「うわっ、なんだこれは──」

 

 ジャスランは唖然とした。

 

「こいつの身体を繋げてぶらさげて吊るすための金具変わりだ。骨を復元して伸ばしながら、形を成形したんだ」

 

 ロウが事もなげに言った。

 しかし、ジャスランは目を丸くするしかなかった。

 そんなものは、たったいままでなかった──。

 少なくとも性交の最中にはなったと思う。

 ロウがジャスランから離れた瞬間に、こうなったとしか……。

 

「えっ、つまりはこれは、ジャスランの骨ということですか?」

 

 コゼがそう言いながら、操作具のようなもので天井から二本の鎖をおろしてくる。

 この天幕はかなりの大きさであり、ジャスランを吊るす器機が天井部分に設置してある。

 さっきも髪の毛を束ねて吊るす鎖が天井からおりていた。

 

 コゼが二本の鎖をジャスランの脚の付け根にできている丸い円状の部分に金具を嵌めて繋ぐ。

 そのまま、逆さ吊りに引きあげられていく。

 

「うわっ」

 

 胴体に次いで、頭が宙に浮かんだ。

 ジャスランは、脚の付け根の突起を使って、大きく股を拡げるように、逆さに宙吊りにされてしまった。

 もっとも、拡げられる脚はもう存在はしていないが……。

 

「うぐっ、は、離せ……」

 

 ジャスランは呻いた。

 だが、ジャスランの身体はどんどんと引きあげられ、やっと、立っているコゼやロウの胸の位置に股間があがったところで鎖の引きあげがとまった。

 

「へえ、エリカやスクルドに性的な公開苛めをしたってくらいなのに、ご主人様が初めてというのは信じられなかったけど、本当だったのね……」

 

「そうなのですね……。確かに血が混じってますね」

 

 揶揄すよう口調でジャスランの股間をの覗き込むようにして言ったのはコゼ、そして、いつの間にかそばに寄ってきているガドだ。

 犯されたばかりの股間を見られる屈辱に、ジャスランはまたもや憤怒に襲われた。

 

「く、くそおお──。も、もういいだろう──。殺せよおお──。いい加減にしろおお」

 

 ジャスランは絶叫した。

 

「あんた、そればっかりね。頭の悪さが出ているわよ」

 

 コゼが呆れた感じで馬鹿にする。

 ジャスランは歯噛みした。

 絶対に殺してやると思った。

 どうやって殺していいかわからないが、こいつは許さない。

 

「面白いな。さっきまで死にたいような感情に襲われているかと思ったら、いまは心が怒りで充満している……。本当に気分屋なんだなあ」

 

「ひいっ」

 

 ロウが話しかけてきた。

 しかし、その瞬間にロウを意識してしまい、またもや全身を恐怖に席巻されてしまった。

 

「ご主人様、この白い金具のようにジャスランの脚の付け根の切断部から出ているものが、彼女の骨というのは本当でしょうか……? こんな複雑な回復術は、わたしにも……」

 

 ガドだ。

 こいつもまた、ジャスランの股間を覗き込むようにしているのだが、ロウが施した得体の知れない施術にびっくりしたみたいだ。

 

「まあ、練習だ。やれるんじゃないかと思ってやってみたら、あっという間だった。これなら、俺が責任をもって、新しい手足を贈ってやれるからな。愉しみにしてろよ、シャングリア」

 

 ロウが笑った。

 

「なんでもいい──。早く回復をしてくれ、ロウ──」

 

 すると、大女に抱かれてソファーにいるシャングリアから抗議するような声が戻ってきたのが聞こえた。

 しかし、ロウは笑うばかりだ。

 その余裕ありそうなやりとりが気に入らない。

 

「お前を三日後に処刑するまでには、色々と趣向を凝らして苛め抜いてやるから、愉しみにしておけ。お前に泣きべそをかかせるための遊びは、少なくとも十個は準備してる」

 

 すると、ロウが言った。

 

「うわっ」

 

 意味もわからなかった。

 しかし、とにかく、ロウに話しかけられるたびに、恐怖が襲う。

 すぐに我に返るのだが、それが口惜しい。

 

「……さて、じゃあ、まずはひとつ目だ……。人間族の男に小便をかけられて死ぬという屈辱を与えてやろう」

 

 しかし、ロウが宙から白くて薄い布のようなものを取り出して、不意に屈んでジャスランの顔に被せて包む。

 

「んふっ」

 

 困惑した。

 絹……?

 おそらく、薄い絹の布だと思う。

 どうして、そんなことをするのか意味不明だが、ジャスランは鼻と口をぴったりと絹布を当てられて顔を包まれた。

 外れないように顔の後ろで布を縛られ、さらに上から、顔の上下に縄のようなものをかけられる。

 

「ほら、俺の小便に溺れて死ね」

 

 布越しにじょろじょろと生ぬるい液体がかかり始めた。

 それがロウの放尿だと悟ったのは、強い悪臭を感じたからだ。

 怒りがジャスランの全身を覆ったが、次の瞬間、それどころではなくなった。

 放尿という水分に触れた顔の布がぴったりと鼻と口を塞ぎ、これまではかすかにできた息ができなくなったのだ。

 

「んがっ、んああああああ」

 

 悲鳴をあげたが、それは大して大きな声にはならなかった。

 息ができないことが、ジャスンランが大きな悲鳴をあげることを妨げたのだ。そのあいだも、まだロウの放尿らしきものはかけられ続ける。

 やっとそれが終わったと思ったときには、完全にジャスランの顔の布はたっぷりと水分を吸ったまま、ジャスランの鼻の穴と口を塞いでいた。

 

「んはあっ、はっ、はああ」

 

 ジャスランは必死で息をしようともがいた。

 だが、どうしても濡れた布がそれを妨げる。

 

「暴れ出したな。しかし、苦しくても死ねないのだろう……? だが、死ねなくても、死の恐怖はしっかりと身体に刻まれる……。お前に与える十の罰のうち、最初のひとつは、死の恐怖だ。たっぷりと味わって束の間の死を味わえ」

 

 ロウの声がした。

 だが、それよりも息だ。

 ほどなく、身体が激しく痙攣をはじめたのがわかった。

 

「んんんっ、んんんんっ、んんっ」

 

 必死に顔の布をむしり取ろうとしたが、よく考えればその手はすでにないことを思い出した。

 頭が沸騰したように熱くなった。

 またしても悲鳴をあげかけたが、今度は声が出なかった。

 

「かっ、はっ、かはっ……」

 

 舌が口いっぱいに拡がる。

 意識がだんだんと灰色に包まれていく。

 身体の痙攣がさらに激しくなったと思った。

 温かいものが全身に流れたと思った。

 

「失禁したな……。魔族というのは丈夫なんだろう? 死ぬまでにどれだけ苦しめば息がとまるんだ?」

 

 これ以上ないというほどの冷たいロウの声がした。

 苦しい──。

 

 怖い──。

 息が……。

 

 これが死……。

 

 死ぬということ……。

 

 かなり長いあいだジャスランは、その絶望的な苦悶の中でもがき続けた……。

 

 しかし、意識は突如に切断された。

 

 それでなにもなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はっとした。

 

 ジャスランは、突然に明るいものに包まれた。

 視界が不自然だったが、どうやら逆さ吊りになっているからだということを悟った。

 急速に記憶が蘇る。

 味わった絶望的な苦しさも……。

 

「はがっ、がっ」

 

 叫ぼうと思ったが、口になにかを嵌められていた。

 顔の布はなくなっていたが、その代わりの球体のようなものを口に入れられて、頭の後ろで外れないように固定されているのだ。

 

「案外に蘇生まで早かったな。もっと時間がかかるものかと思ったぞ、ガド?」

 

 ロウの声──。

 今度は背中側にいるみたいだ。

 逆さ吊りの視界には、三人ほどの人間の脚がある。

 おそらく、ロウとガドとコゼだろう。コゼだけは前側で、残りのふたりは背中だ。

 三人の位置は、そのままなのような気がする。

 もしかしたら、あの“死”から、本当にそれ程の時間は経っていないのだろうか……。

 

「完全な死ではないのですから、肉体が死んでも蘇生のための光魔道をかければ、あっという間ですわ、ご主人様」

 

 ガドの嬉しそうな声がした。

 どうでもいいかが、どうして、このエルフ女はいつもこんな能天気な話し方をするのだろう。

 

「まあ、頼むぞ、ガド……。拷問の手伝いなど、女王陛下にさせるようなことじゃないけど、こいつに罰を与えるためには、ガドの蘇生の力が必要だ。その代わり、次はガドから最初に相手する……。ジャスランへの罰の二つ目には、今度は時間もかかるしな……。だから、それまでの時間潰しが必要だ。そのあいだに、みんなを抱かしてもらっていいか? 実はすでに、かなりの淫気を使ってしまってな。補充も必要なんだ」

 

 ロウが笑った。

 すると、「んんん」と嬉しそうな奇声をだしながら、顔の下のガドの脚がいきなりばたばたと数回足踏みをした。

 

「も、もちろんですわ、ご主人様──。ご褒美などなくても、ガドはご主人様のために何でもします。あっ、だけど、ご褒美があれば、嬉しいです」

 

 そして、ガドが嬉々とした口調で声をあげる。

 

「だ、だったら、次はあたしに──。あたしもご主人様のために何でもします。こんな魔族いくらでも残酷に殺してみせます。なんでも言いつけてください」

 

 すると、コゼが焦ったように声をあげた。

 ロウがまたもや声をあげて笑う。

 

「わかっているよ。言っておくが、お前たちもだからな。向こうの連中は連中で、後で抱きに行くが、ここで相手をしてもらうぞ」

 

 ロウが声をあげた。

 どうやら、ソファに座っている女たちに声をかけたみたいだ。

 

「そ、それはいいけすけど、ロウ様も、昨夜から全く休んでないのではないですか?  大丈夫ですか?」

 

 エリカの声だ。

 

「問題ない」

 

 ロウが言った。

 そのとき、突然に股間になにかをかけられた。

 いきなりでびっくりしたが、その独特の臭気に覚えがあった。

 ジャスランははっとした。

 

「その感じだと、なにを股ぐらにかけられたのかわかったのか? お前が亜空間にしまっていたものだ。これをスクルドにかけて、いたぶったらしいじゃないか。同じ苦しみを味わってもらうぞ。死ぬまでに、お前にやりたいことの二つ目は、痒み放置責めだ。多分、うるさいだろうから、ボールギャグを事前に装着してやったんだ。たっぷりと愉しんでくれ」

 

 ロウが言った。

 そのときには、猛烈な痒みが股間に襲い掛かってきていた。

 

 痒い──。

 痒いなんてものじゃない──。

 痒いいいい──。

 

「んがああああ」

 

 ジャスランは口に嵌められているボールギャグらしきもの越しに絶叫した。



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609 甘い性愛と意趣返しの放置

「あ、ああ、ああっ」

 

 一郎は、ガドニエルの敏感な乳頭部やクリトリスを弄ぶように、両手で代わる代わる刺激しながら、どんどんと追い詰めていった。

 天幕の地面に拡げた一枚布の上で、粗末といえば、これ程の粗末な場所はないと思うが、ガドニエルは、一郎が服を脱げと命じれば、まったく躊躇する様子もなく、自ら服を脱いで全裸になった。

 そして、嬉々として一郎の縄を受け入れ、いまは後手縛りに加えて、乳房の上下を縄で絞り出すように縛られている。

 両脚は膝を曲げて胸に密着させるM字縛りだ。

 その状態で布に仰向けに転がして、一郎はガドニエルを思う存分に全身を愛撫し続けていた。

 

「んぐうう、ほぐううう」

 

 一方で、すぐ後ろで吠えるように喚いているのは、逆さ吊りにし、強力な掻痒剤を股間に濡らされたことで、狂ったように暴れているジャスランだ。

 余程に痒いのか、全身を真っ赤にして、脂汗を滝のように流しながら、手足のない身体を必死に芋虫のようにうごめかしている。

 

 また、ジャスランに施しているのは、ジャスランが持っていた痒み液だけじゃない。

 一郎の淫魔術で全身が沸騰するほどに、性の疼きを与えている。

 その証拠にちらりと見ると、ジャスランの股間からは、淫汁が垂れ流れ続けていて、逆さになっている乳房に落ち、先端の乳首からぽたぽたと地面に垂れ続けている。

 なにも愛撫はしていないのに、あそこまで蜜が垂れるなど、異常な状態に違いない。

 

 だからだろう。

 ジャスランの鼻息は怖ろしいほど荒く、目も真っ赤に充血して涙まで流している。

 ボールギャグに阻まれている吠え声もかなり激しい。

 

 一郎としては、気が散るくらいの大きな呻き声なのだが、ガドニエルは全く気にならないようだ。

 それどころか、ほかの女たちの存在も認識していないかのように、一郎の「調教」に没頭している。

 心の底から本当に、一郎にこんな風に抱かれるのが好きなのだと伝わってくる。

 すでに、ガドニエルの肌は溶けるくらいに敏感になっていて、どこをどう触っても、全身に大きな興奮の疼きが駆け巡っているのを一郎は知っている。

 

「ああ、気持ちいいです、ご主人さまあああ」

 

 ガドニエルが艶めかしい嬌声をあげても悶え続ける。

 その慎みのない姿には、エルフ族女王の威厳もなにもないが、この貪欲なまでに一郎の嗜虐的な性交を愉しむ姿が、おそらく、ガドニエルの素なのだろう。

 こんな風になにも考えず、すべてを男に頼り切り、ただただ無邪気なだけの女であるのが、本来のガドニエルの姿なのだろうと思う。

 だが、色々あって女王を演じる必要があり、彼女も頑張っていたに違いない。

 しかし、一郎という彼女が望む相手が現われたことで、なにもかも、弾けてしまったのだろう。

 

 ブルイネンに言わせれば、一郎に会う前のガドニエルはもう少しちゃんとしていたみたいだが、一郎に会ってからは、人が変わったように、一郎のことだけしか考えなくなったようであり、かなり慣れたものの、いまだに困惑しているようだ。

 しかし、一郎としては、いまのガドニエルこそ、可愛いし、望ましいように思う。

 彼女が一郎に心から頼りたいと思うのであれば、頼らせてあげて、彼女の心の重みのようなものをなくしてあげたいとも考えたりする。

 

 また、そのブルイネンも、最近のガドニエルの暴走には、焦ったり、呆れたりしながらも、実は、以前よりも、ガドニエルに親しみや愛おしさを覚えているみたいだ。

 親衛隊の女たちも、一郎が現われたことで、ぐっと距離が近くなったガドニエルを好ましく考えているのを一郎は知っている。

 一郎は淫魔術によって、女たちの感情が読めてしまうので、みんながガドニエルを助けてあげたいと微笑ましく見ているのがわかってしまうのだ。

 

「本当にガドはいやらしいな。偉そうに女王をしているお前が、こんな風に乱れるのが愉しいから、これからも外では頼むぞ。この大陸でもっとも古い王の王配という立場を利用させてもらうつもりなんだ」

 

 一郎はM字に拘束して股間もアナルも無防備に曝け出しているガドニエルの股間に指を這わせる。

 

「ひやああ、ひゃあああ──。な、なんでもします、ご主人様。ガドはなんでもしますし、どんなものでもご主人様に贈ります──。んはあああ」

 

 ガドニエルが緊縛された身体を大きく跳ねさせる。

 一郎がひくひくと震えているクリトリスを押したのだ。

 

「あまり、なんでもなんて、言うもんじゃないと思うけどね……」

 

 一郎は苦笑しながら、一瞬にして、身につけているものを亜空間に収容して全裸になると、べちょべちょに濡れている膣に怒張の先端を当てる。

 ガドニエルの膣の中は信じられなくらいに熱くなっていた。

 そのまま割れ目に押し入れる。

 

「んっ、んんん」

 

 怒張が敏感な脾肉をかき分けるように進むと、ガドニエルが大股開きの身体を震わせて、またもや艶めかしい声をあげる。

 しかし、奥までは進まない。

 その代わりに、秘裂の天井部分をゆっくりと擦る。

 いわゆる、“Gスポット”だ。

 この場所は、女によって場所も違うし発達度も異なる。

 だが、一郎にとっては、それは問題ない。

 淫魔師の能力で女の性感帯は、文字通りに目で見るように明らかだし、レベルが限界突破してからは、どんな場所でも性感帯を集中させて、身体の最も敏感な場所に変えることもできる。

 こんな風に……。

 

 一郎はもともとのガドニエルのGスポットだった場所に、ガドニエルの身体の性感帯を密集させ、ぐいと怒張の先で押すように動かした。

 

「ああ、いぐうううっ、あああっ、あふううう」

 

 ガドニエルが激しく痙攣をして、瞬時に悶絶してしまった。

 

「もう、達したのか? 今度は我慢しろよ。さもないと、やっぱりおあずけの刑にするぞ」

 

 一郎は意地悪く笑った。

 もっとも、その気はないし、ガドニエルが望めば、こうやっていくらでも抱くつもりなのだが、ガドニエルはなによりも、“おあずけ”というのを嫌がる。

 一生懸命に我慢する姿が可愛いので、ついつい、意地悪を言いたくなるのだ。

 

「ああ、そんなああ。我慢します。ガドは我慢しますからあ」

 

 ガドニエルが必死の表情で言った。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「じゃあ、やってみるか」

 

 耐えるなど無理なことはわかっている。

 一郎は、性感帯を密集させた状態のまま、ぐっともう一度Gスポットを怒張で押す。

 

「んぐうう、ひぐううう、んぎゅううう」

 

 ガドニエルが懸命の形相で歯を喰いしばって、首を横に振る。

 しかし、耐えられたのは少しだけだ。

 結局、全身をぶるぶると震わせて、達してしまった。

 

「い、いってません──。いってません、ご主人様──。だから、おあずけだけは──」

 

 ガドニエルが涙目を浮かべて泣きそうな顔で言った。

 一郎は吹き出しそうになるのを耐える。

 

「嘘つきはもっと罰が重くなるぞ」

 

 一郎はわざと冷たい口調で言った。

 すると、ガドニエルの目が大きく見開いた。

 

「ああ、ごめんなさい。嘘つきました。いきました。本当はいきました」

 

 ガドニエルがぼろぼろと涙を流しながら言った。

 それで限界だった。

 一郎は吹き出してしまった。

 

「ご、ご主人様……?」

 

 急に一郎が笑い出したので、ちょっとガドニエルがきょとんとした。

 

「嘘つきは俺だな。我慢できなければ罰なんて、嘘だ。こんなに可愛いガドを可愛がらないわけはないだろう。ほら、キスだ。キスを上手にできたら、ご褒美をやろう」

 

 一郎はぐっと怒張を奥に押し込むと、同時に性感帯の密集をそれに沿って子宮の奥に移動していく。

 ガドニエルからすれば、最も強い性感帯を強く刺激されたまま、膣の奥側を貫かれた感じだろう。

 あっという間に三回目の絶頂をしてしまった。

 

「ああ、あひいいっ、ああああ」

 

 ガドニエルががくがくと痙攣する。

 一郎は腰だけで律動しながら、嬌声をあげるガドニエルの口を唇で塞ぐ。

 

「んんんっ、んあああああっ」

 

 すぐにガドニエルの舌が一郎の口の中に入ってきて、あちこちを舐め始める。

 一郎に言われたとおりに、一生懸命に口づけをしているのだろう。

 可愛い女王様だ。

 一郎はガドニエルの性感帯を新たに舌に集中させてやる。

 もちろん、膣奥の性感帯の密集はそのままだ。

 支配している女の身体など、自由自在に操れる。性感を倍にも三倍にも増幅するなんて、一郎には造作もないことだ。

 

「んああああ、んふううう」

 

 舌で一郎の口の中をむさぼっていたガドニエルは、またもや悶絶した。

 当然だろう。

 性感帯を舌先に集めたことで、ガドニエルの舌先は、クリトリスよりも敏感な場所になったのだ。

 そこで一郎の舌を自ら舐めるということは、クリトリスを自分で一郎の舌に擦りつけるのと同じようなものだ。

 数度達して、敏感になっているガドニエルにとっては、十分以上の刺激だったみたいだ。

 

「ああああっ、だめえええ、ごめんなさいい──」

 

 急にガドニエルが口を離して謝りだしたので、どうしたのかわからなかったが、下腹部が急に温かくなり、接合しているガドニエルの下腹部から尿が噴き出して、それが一郎の腰を濡らしていることがわかった。

 どうやら、連続絶頂が効きすぎて、失禁したみたいだ。

 これは、いきなりやり過ぎたな。

 

「堪え性のない女王様だな。じゃあ、許してやるよ」

 

 一郎は律動を激しくして、絶頂しているガドニエルに、さらに絶頂を与えてやる。

 

「いぐううう、ご主人様、いぎまずうううう」

 

 縛られている身体をこれ以上ないというほどに弓なりにして、ガドニエルがまたもや絶頂した。

 そして、急に脱力をしてしまう。

 

「失禁に、失神か……。忙しいことだな」

 

 一郎は笑って、ガドニエルの股間から怒張を抜いた。

 まだガドニエルの放尿は続けていたが、しばらくするとやっととまる。

 

「ご主人様、次はあたしです」

 

 すぐにコゼが飛び込んでくる。

 手には布を持っていて、すぐに濡れた一郎の下半身をかいがいしく拭き始める。

 本当に素早い。

 おそらく、一郎のことを一瞬洩らさずに、見続けているのだろう。

 一郎は、コゼを世話を受けながら、ソファに座っているエリカたちに声をかけた。

 

「悪いけど、女王様の世話を頼むよ、エリカ、マーズ」

 

「あっ、はい」

 

「はい。シャングリア様、ちょっと置かせてください」

 

 呆けたようにこっちを見ていたエリカたちが慌てたように立ちあがる。

 エリカが放尿まみれになったガドニエルの身体を拭きつつ、マーズが緊縛のままガドニエルを抱えあげる。

 まだ、失神状態であり、ガドニエルはぐったりとなっている。

 

「縄は解かなくていいぞ。失禁をした罰だ。そのままにしておけ。毛布でも被せてやってくれ」

 

 一郎は言うと、エリカが「はい」と言って、マーズが横長のソファのひとつを使ってガドニエルをM字縛りのまま横たえる。

 エリカが毛布を掛けるのを横目にして、一郎は地面のシートを亜空間術で新しいものを入れ替えてしまう。

 

「ご主人様、よろしくお願いします」

 

 コゼが抱きついてくるのをそのまま肩を抱くようにして、ジャスランの前に導いた。

 

「さて、気分はどうだ、ジャスラン? そろそろ、謝りたくなったか? 謝るなら、痒み責めをやめてやってもいいぞ」

 

 一郎は逆さ吊りで暴れまわっているジャスランの前に、コゼとともに立った。

 もちろん、ボールギャグをされているジャスランは、言葉を発せないので、謝りたくても謝れない。

 一郎としては、ただ意地悪を口にしているだけだ。

 

「ふごおおおっ、うごおおおお」

 

 ジャスランが大きな声で喚いた。

 さすがに、なにを叫んだのはまではわからない。

 だが、真っ赤に充血している股間は、まるで別の生き物のように収縮の動きを繰り返し、ぴゅっぴゅっと小さな潮吹きをして蜜を出している。

 淫魔術で性感を限界まで高められているので、いわゆる風が吹いても感じてしまう状態なのだ。

 放置されていても、これだけ疼きを昂ぶらされているということだ。

 すごい光景だと思う。

 

「ふふふ、ご主人様、こいつは謝る気なんかありませんよ。多分、苛められたりないんですよ」

 

 コゼが媚びを売るように言った。

 一郎も頷き、亜空間から一本の筆を出す。

 淫魔術を込めている特別な筆であり、肌に塗ると強烈な掻痒剤が滲むようになっている。ジャスランが持っていた痒み液にも、勝るとも劣らない効き目のはずだ。

 そもそも、一郎の淫魔術の込め具合により、いくらでも痒みの効果を拡大できる。

 

「じゃあ、コゼ、こいつが謝るまで塗ってやれ。とりあえずはクリトリスでいいだろう」

 

 一郎は手を伸ばして、真っ赤に充血して膨らんでいるジャスランの肉芽の皮をすっと剥いてやる。

 

「んごおおおおお」

 

 ジャスランが獣のような声をあげて胴体をのたうたせた。

 しかも、まとまった蜜が男の射精のように飛びあがったのだ。

 これには驚いた。

 

「んぐうう、んぐうっ、んぐううううう、ぐうううう」

 

 そして、懸命になにかを叫んで首を縦に振っているところを見ると、さすがにこの苦しさから逃れるために、謝罪の言葉を言おうとしているのかもしれない。

 まあ、気分屋なのはわかっているので、どんなに強気なことを叫んでも、追い詰めてやれば、屈服の言葉を吐くのは早いと思っていた。

 しかし、おそらく、こいつは性根から謝るということはない。

 屈服も、憤怒も、直情的でそこには、なにも計算などない。

 感情のままの女だと思う。

 一郎としては、ジャスランを屈服させて謝らせる気も、後悔させる気もない。

 ただ、女たちが受けた口惜しさや怒りを、代わりにぶつけてやるだけだ。

 

「ほら、コゼ」

 

 一郎はすぐに手を離して、コゼに筆を渡す。

 

「ほら、ジャスラン、謝りなさい」

 

 コゼが筆ですっとジャスランのクリトリスの正面を掃き、さらにくるくると周りをくすぐる。

 筆が通った後をねっとりと掻痒剤が残って、汗に溶けて肌に染み入っていくのがわかる。

 一郎はジャスランの肉芽の感度を数倍にあげてやった。

 当然に、痒みも数倍に跳ねあがるはずだ。

 

「んぎいいいいい、ふぎいいいい」

 

 ジャスランが胴体を激しく揺らして、苦悶の声をあげた。

 そして、ぼろぼろと涙をこぼし始める。

 同時に、またもや、まとまった蜜が亀裂から噴き出す。

 しかも、コゼが筆を動かすたびに、二度、三度と続けて……。

 まるでポンプみたいだと思った。

 

「ロウ様、わたしにも仕返しさせてください」

 

 すると、エリカもやって来た。

 険しい顔をして、ジャスランを睨んでいる。

 エリカも、このジャスランには口惜しい思いをさせられたのだ。

 目の前で仲間を痛めつけられただけでなく、洗脳球で操られて味方を攻撃させられて、スクルドの腕を切断させられ、一郎にも攻撃させられた。

 その心の痛みは一郎の持っている支配能力で小さくしてやったが、そのときの壮絶な記憶は当たり前に残っている。

 

「おう、やれやれ。エリカは尻穴に塗ってやれ」

 

 一郎は筆を渡す。

 しかも、ジャスランの身体を淫魔術で操り、尻の穴の周りの皮膚を外側に拡げて、戻らないように固めてやった。

 エリカがその穴に、渡された筆で掻痒剤を塗っていく。

 

「んごおおお、んぐうううう」

 

 ジャスランが懸命になにかを叫んで身体を振る。

 

「そういえば、ジャスラン……。スクルドには、鼻の穴から唐辛子汁を飲ませたんだってな。同じことをしてやろう。ただ、俺の場合は唐辛子汁じゃなくて、痒み液だけどな」

 

 一郎は股間とアナルをコゼとエリカに任せて、屈みこんでジャスランの髪の毛を掴んで顔を固定する。

 泣いているジャスランが顔を引きつらせるのがわかる。

 本来であれば、四肢がなくても、顔だけで一郎を吹っ飛ばすくらいの頭突きの危険もあるが、すでに全身をかなり弛緩させているし、淫魔術で支配しているので問題ない。

 むしろ、抵抗できないように、一時的に首の筋肉を固くして動けなくする。

 亜空間で漏斗(ろうと)を出して、片側の鼻に差す。

 そして、もう一度ジャスランが持っていた痒み液を出して、上から漏斗で流し込む。

 

「ふぐううう、ふぎゅううう」

 

 ジャスランが大暴れする気配を示した。

 すかさず、淫魔術で全身を人形のように弛緩する。

 ジャスランがぴたりと動かなくなる。

 

「いい顔だな。ちゃんと両方に注いでやるからな」

 

 鼻の穴から逆流するくらいまで注ぐと、今度は粘性の油剤を出して、鼻の穴に詰めて埋めてしまう。これも掻痒剤だ。

 さらに、漏斗はもうひとつの鼻の穴に付け替えて、同じように液剤を注ぎ込む。

 

「ふぎゅううううう」

 

 ジャスランが泣き出した。

 泣くのも、怒るのも激しくてすごい……。

 一郎はちょっと感心した。

 もうひとりの穴も油剤で塞いで立ちあがる。

 

「さて、残念ながら、ジャスランは謝るつもりはないみたいだ……。さて、じゃあ、折角だからふたり一度に抱かせてもらっていいか?」

 

 一郎はコゼとエリカを引き寄せて、地面の上の布の上に導く。

 

「もちろんです、ご主人様──。ねえ、エリカ」

 

「ええ」

 

 コゼとエリカが抱きついてきた。

 一郎はふたりと順番に口づけをする。

 逆さ吊りのジャスランがボールギャグ越しに喚いているが、一郎はこのまま痒み責めで気絶するまで放置するつもりだ。

 もっとも、魔族というのは体力も人間族とは桁違いに強いらしいので、どんなに苦しくてもなかなか意識を失うということは難しいとは聞く。

 そのときには、ジャスランにとっては、かなりつらい時間になることだろう。

 

 一郎はジャスランのことを一時的に頭から消去し、口づけをしながら、三人で跪く姿勢に導いた。

 そして、ふたりの下半身から衣服を亜空間に収容して、下着だけにする。

 さらに、その股間にそれぞれ片手を伸ばして、布越しに愛撫をしてやる。

 

「んああっ」

 

「あん、ロウ様──」

 

 ふたりが同時にびくりと身体を揺らして、一郎の左右からしがみついてきた。



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610 白光の女戦士

「くううっ、も、もうだめだああ、ロウ──」

 

 胡坐に座っているロウの上で性器だけを貫かれているシャングリアが、四肢のない汗まみれの身体を弓なりにした。

 シャングリアが絶頂しかけているはわかっている。

 しかし、一郎は、ぎりぎりのところまで、胴体と頭だけのシャングリアを責めたててから、またもや、絶頂の一瞬前にぴたりと動きをとめてしまったのだ。

 

「ああ、またあああ、ま、まだ続くのか、ロウ──」

 

 さすがのシャングリアも泣き叫び出した。

 しかし、いつもは凛としているシャングリアが乱れるのが愉しい。

 だから、ついつい意地悪をしてしまう。

 もちろん、ただ意地悪をしているだけではなく、一郎側にも、シャングリア側にも、淫気を溜めに溜めないとならないからやっているのだが、まあ、意識の半分以上は、シャングリアの乱れ方が愉しいので、しつこく寸止めを繰り返しているというところだ。

 

 ジャスランを痒み責めにして放置している間隙に、順番に女たちを抱いている逢瀬の最中である。

 いまは、シャングリアを抱いているところだ。

 

 痒み責めをしながら逆さ吊りをして放置しているジャスランの前で、女たちを順番に抱いているのだが、始めてからそれなりの時間が経っている。

 いまは、最後になってしまった感があるが、四肢のないままのシャングリアを抱いているところだ。

 また、シャングリアを最後にしたのは、一応は理由がある。

 

 とにかく、ここに来るまでに、まずはガドニエルを抱き、次いで、エリカとコゼをふたり同時に抱き、さらに、マーズには四つん這いになってもらい後背位で犯させてもらった。

 その次にシャングリアにしようかと思ったが、最初に抱いて失神したガドニエルが意識を取り戻したので、緊縛したままもう一度抱いた。

 さらに、コゼがきたので、コゼをもう一度抱き潰し、また、エリカ、マーズと抱き、三度目のコゼを抱いて、やっとシャングリアの番となった。

 

 四人ともかなりできあがっていて、薄物一枚こそ身につけているが、あられもない格好で、ソファでぐったりとしている。

 まあ、十分に満足してくれたことだけは確かだろう。

 ガドニエルも緊縛は解いたが、もう一度とは強請ってこなかった。

 さすがに、コゼもだ。

 

 一方で全身の感度をあげるだけあげて逆さ吊りで放置していたジャスランは、狂ったようにもがいていたが、やがて次第に大人しくなり、ガドニエルを二度目に抱く頃には動かなくなった。

 意識を失ったのだ。さすがに全身の水分が抜け落ちるくらいに脂汗を流していたので、脱水症状というところだろう。

 いまは、とりあえず、床におろして横たわらせているが、まだ動く気配はない。

 もっとも、気絶したところで、痒み責めの効果が消えたわけでは全くないので、意識さえ戻れば、また発狂したように暴れるに違いない。

 とりあえず、シャングリアと愉しんだあとは、強引に覚醒させるつもりだ。

 まだまだ、「十大地獄巡り」は、三番目にもなっていない。

 

「おう、続くぞ。苦しければ苦しいほど、それを突き抜けたときの快感はすごいぞ。シャングリアなら、まだ頑張れるだろう?」

 

 一郎はうそぶいた。

 さっきから、シャングリアを絶頂寸前に追い込んでは、ぎりぎりで焦らすということを二十回は繰り返している。

 一郎にかかれば、沸騰するほどの快感を与えて、一瞬に昇天させるということも容易いので、それをしては寸止めでとめるということをひたすらに繰り返しているのだ。

 

 シャングリアにしてみれば、これだけ短い時間であげたりさげられたりすれば、常軌を失ったようになってしまうのは当然だ。

 だが、さすがはシャングリアであり、まだぎりぎりで気丈を保っている。

 しかし、かなり追い詰められているのは確かであり、感情を暴発させた感じで涙を滴らせており、声もひきつっている。

 

 それにしても、四肢のない女を抱くというのは、かなり興奮をする。

 シャングリアは鍛えているだけあり、均整のとれた美しい裸身をしているのだが、四肢が付け根から喪失していることで、その美しさがむしろ際立っている気もするのだ。

 なによりも、なにをされても一斉の抵抗が不可能という状況が、一郎を興奮させる。

 

「はあ、はあ、はあ……、が、頑張れるけど……。い、いや、もういい……。思う存分に調教してくれ……」

 

 シャングリアが諦めたように首を一郎に肩に預けるようにしてきた。

 すでに全身は汗びっしょりで上気して真っ赤だ。

 その全身を一郎の腕の中で、艶めかしく悶えさせている。

 

「よく言った。それでこそ、シャングリアだ」

 

 シャングリアとはずっと繋がったままなのだが、一郎はシャングリアの腰を両手で持ち、膣に怒張を埋めたまま上下に胴体を動かした。

 

「んあっ、ほっ、んはああっ」

 

 怒張が動くたびに、シャングリアの膣の気持ちのいい場所を強く押し動くようにして、最奥に当たる瞬間に、快感のつぼのような場所に怒張の先を押しつけるように胴体を強めに落とす。

 それを繰り返す。

 シャングリアはあっという間に、またもや絶頂に向かって快感を跳ねあげさせた。

 

「うぐううっ、あああ――。ロ、ロウ、このまま、このままいきたいい。まだかあああ」

 

 シャングリアが胴体を弓なりに反らせて絶頂しそうになる。

 そして、頂上近くに押しあげられているのを自覚して、唯一自由になる首を狂おしく揺さぶる。

 

「まだまだ――。舌を吸ってやろう。舌を出せ」

 

 一郎は上下に激しく動いているシャングリアの顔に口を近づける。

 たっぷりと脂汗で濡れているシャングリアが無我夢中の感じで、一郎に口にぴったりと唇を押し当ててきた。

 

「んはあ、んあああ、ああ」

 

 シャングリアが涎を垂らしながら、一郎の舌に舌を絡める。

 そして、急に口を離して。腰をぶるぶると震わせて、甘い嬌声をあげた。

 だが、まだ一郎は許さない。

 半分はからかいの気持ちもあり、またしても、寸前でぴたりと腰の動きをとめてしまった。

 

「おあずけだ」

 

「ああ、ひどいぞおお」

 

 シャングリアがまたしても泣き声をあげた。

 それからも、しばらくシャングリアを責めたてた。

 まだまだ、淫気がいる……。

 

 しばらくしたところで、また始める。

 だが、やり方にも慣れさせないために、その都度、責め方も変化をさせる。

 激しい興奮が続くだけ続くように長く責めたてたあげくに、頂上をきわめかかると、だんだんと責めを緩くしてとめたり、そうかと思ったら、爆発するような急激に性感を高めさせ、やはりぎりぎりで寸止めしたりする。

 それでいて、休むときには、アナルを優しく愛撫したりして、性感をどんどんと昂ぶらせ、痺れるような疼きだけは残す……。

 

 あと一歩というところから火のような昂ぶりを緩やかに下降させ、頃合いをみて、また激しく責める。

 とにかく、しつこくこれを繰り返すのだ。

 どんどんとシャングリアが乱れていくのが、本当に愉しい……。

 シャングリアの中の淫気も膨れあがるだけ、膨れあがっている。

 

 そして、今度も……。

 またしても、九合目から残りひと息というところで、シャングリアの責めるのをやめてしまう。

 

「ああ、まだなのかああっ」

 

 ついにシャングリアが絶叫した。

 快楽の淵に引き上げては下げるという責めに、シャングリアも髪を振り乱して、我を忘れたようになっている。

 

「悪かったな。今度こそ、絶頂させてやるよ……。苛めた代わりに、十分に淫気も溜まった。みんなのおかげでもあるけどね」

 

 一郎は胡坐による対面座位の状態からシャングリアを横たえる。

 そして、正常位の体勢になると、本格的な律動を開始した。

 

「はああ、ああああっ」

 

 たちまちにシャングリアが絶頂に駆け昇った。

 そして、あっという間に快感を極めた。

 今度はとめなかった。

 その代わり、ありったけの淫気をシャングリアに注ぎ込む。

 シャングリアの身体が真っ白に光り出すのがわかった。

 それに気がついたエリカやガドニエルたちが、驚いたように声をあげたのが聞こえた。

 

「くほおおおっ、おおおおお」

 

 一方で、シャングリアは自分が光り輝いているのはわかってないだろう。

 シャングリアは雄叫びのような声をあげて、全身を激しく痙攣させる。

 一郎は、そのシャングリアの中に精を放った。

 いまだに、シャングリアは白く光っているが、その身体には四肢が戻っている。

 

「え、ええっ、えええ?」

 

「わ、わ、わああっ」

 

「うわっ、シャングリア」

 

「す、すごいですわ、ご主人様──」

 

 コゼ、マーズ、エリカ、ガドニエルがそれぞれに叫んだ。

 シャングリアには、四肢が戻った。

 だが、いまだに絶叫の途中にあるシャングリアだけは、それに気がついていない。

 

「ほら、俺に抱きつけ。脚で俺の胴体を巻きつけてみろ」

 

 一郎は腰を動かしながら笑った。

 いまだに、長い絶頂のさなかにあるシャングリアは、考えることもできずに、言われるままに、復活したばかりの手足を動かす。

 

「わ、わかった──。ああ、とまらないいい。いいいいっ、また、いぐうううう」

 

 シャングリアの両肢が一郎の腰に巻きついて、ぐっと腰がシャングリアに向かって押したような感じになった。

 同時に、強い力でシャングリアに抱きしめられる。

 

「んぐうううううっ」

 

 そして、シャングリアが脱力した。

 失神状態になったのだ。

 一郎はシャングリアの上からどいて、身体を起こした。

 見下ろすシャングリアには、きちんと手足が復活しているだけでなく、復活したばかりではあるが、機能も問題ないみたいだ。

 さっき締めつけられた腕も脚も、かなりの力だった。

 

「す、素晴らしいです──。こんなに一瞬で……。これ程の回復術など信じられません」

 

 ガドニエルが興奮したように言った。

 遅れて、エリカたち三人も寄ってくる。

 四人とも、一郎が渡した薄物一枚の恰好だ。いわゆる、“キャミソール”というやつである。

 一郎の亜空間には、女たちの着替えも大量に準備されていて、その中から渡したものだ。

 ガドニエルは“白”、エリカは“赤”、コゼは“黄色”、マーズには“黒”のものを渡した。色は気分である。

 シャングリアのためには青色を出して、エリカに渡した。

 

「やっぱりできたな。ただ、実際には義手に義足なんだ。いわゆる、普通の回復術の魔道で手足をもとに戻したわけじゃない。ジャスランが肉体強化で肌を強化して戦っていただろう? 同じようなことができるようにした義手と義足だ。シャングリアへの贈り物だ」

 

 一郎は言った。

 すると、女たちが目を丸くしている。

 

「義手に義足……ですか? つなぎ目なんか、見えませんけど……」

 

 四人とも気を失ったまま胸を上下させているシャングリアの裸体を覗き込み、代表するようにエリカが言った。

 

「本物のように動き、本物としてシャングリアも動かせる。見た目には誰が見ても本物だ。多分、普通の魔道では鑑定もできない。だが、義手なんだ。シャングリアが戦いのモードに入れば、筋肉だって強化して、平常の十倍は力が出る」

 

 一郎は断言した。

 普段からではなく、戦うときだけ怪力が出るようにしたのは、そうしないと不便だろうし、そもそも一郎が危険だ。

 もしも、普段からの怪力を許したら、さっきので一郎の骨は砕けてた。

 とにかく、あとは、シャングリアが新しい“義手と義足”をどれだけ使いこなすかだ。そればかりは、練習してもらうしかない。

 

 本当のことを言えば、別に義手・義足ではなくても、普通に回復術を淫魔術で再現できた。だが、それだと、身体強化した手足はできないので、義手として復活させたのだ。

 義手・義足だといっても、シャングリアの意思で動かせるという点では、本物の手足と同じだ。

 まあ、簡単に復活させるのではなく、義手・義足にしたのは、もうひとつの理由があるのだが、それはいいだろう。

 あとのお愉しみだ。

 だって、四肢のない女を抱くという「遊び」をこの一回で終わらせるわけがない……。

 一郎は内心でほくそ笑んだ。

 

「それよりも、シャングリアを起こしたら、ジャスランを覚醒させるぞ。十大地獄巡りは、今日は四番目までの予定なんだ。起こして三番目といこう」

 

 一郎は亜空間術で自分が身につけるための下着と服を出した。

 身体の汗を拭く布もだ。

 すぐに女たちがそれをひったくり、争って一郎の世話をやき始めた。



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611 拷問訊問

 一郎は、失神しているジャスランを目覚めさせる前に、ジャスランに嵌めているボールギャグを取り外して、別の開口具を装着させた。

 とりあえず、普通に喋れるが、横の留め具を操作すると、口を大きく開いたまま固定されて、口が閉じられなくなるという器具だ。

 それをジャスランの顎部分に嵌めて、顔の後ろに固定してしまう。

 

「コゼ、吊り上げてくれ。質問タイムだ」

 

「たいむ?」

 

 すると、ガドニエルが首を傾げた。

 一郎の話す言葉は、この世界にやって来たときの影響なのか、自動的に頭の中で翻訳されて、口から出てくるのだが、時々、翻訳されずにそのままの音で出ることがある。

 “タイム”という言葉は、きちんと訳されなかったみたいだ。

 

「質問を始めるということだ。ちょっと、こいつに聞きたいことがあるんだ」

 

 一郎は言った。

 

「あげますね」

 

 コゼが台に置かれていた操作具を使って、ジャスランの両脚の付け根に繋がったままの鎖を天井方向に引き上げる。

 がらがらと音を立てて、四肢のないジャスランの裸体があがっていく。

 一郎の施した淫魔術による性感の沸騰と、掻痒剤の大量塗布によって、意識のないジャスランの身体は相変わらずにひくひくと動いて、股間はだらだらと性汁を垂れ流していた。

 一郎は今度は、ジャスランの顔が一郎の顔ほどの高さにくるくらいまであげさせた。

 

「さて、お姫様のお目覚めの時間だ」

 

 一郎はうそぶくと、淫魔術でジャスランを覚醒させる。

 びくりと身体が震えたジャスランが目を開く。

 

「うあ? な、なんだ……? なに?」

 

 すぐには状況がわからないみたいだ。

 ぼんやりとした感じで、逆さに身体を吊られたまま首だけを動かしてきょろきょろと周囲を見回している。

 だが、一郎の顔を認めた瞬間、びくりと身体を震わせて、顔をひきつらせた。

 真名の支配と淫魔術の支配の両方によって、ジャスランには一郎に対する恐怖の感情を植えつけている。

 だから、一郎を見た瞬間、恐怖で怯えるような態度をとるのだ。

 

 この女魔族は、極端なくらいに感情的で、ある意味、獣のようなものだ。

 恐怖でなければ、誰かに従ったり、屈したりはしない。

 いや、屈したとしても、その恐怖が消滅すれば、すぐに本能のまま逆らったり、歯向かったりする。

 理性や理屈などない。

 一郎としても、別段、この女を完全服従させる気持ちもないし、死ぬ前にエリカたちに心からの謝罪をさせるつもりもない。

 ただ、一郎が望むあいだ、一時的でいいので屈服させたいだけだ。

 そのためには、徹底的な恐怖を与えるだけで十分である。

 

「う、くっ、か、痒い。あああ、痒いいい、ひいいいい。痒いいいいい」

 

 そして、ジャスランが暴れ始めた。

 意識に次いで、肉体も覚醒したのだろう。

 すると、耐えることなど不可能の痒みと疼きが襲い掛かるわけであり、ジャスランはすでに真っ赤だった身体をさらに真っ赤にして、ものすごい勢いで吊るされた身体を前後左右にもがかせだす。

 少し鼻声なのは、鼻の穴にも油性の掻痒剤を塗りこめているからであり、ジャスランは奇声をあげて顔も激しく振っている。

 

「うがああああ、痒いいいいい。謝るうううう。すびませんでしたあああ。殺してえええ。お願いだから、もうころじでええええ」

 

 ジャスランが絶叫した。

 随分と安い謝罪だが、いまこの瞬間だけは、本気で謝ってはいると思う。

 ただ、苦しさが消滅すれば、いまの気持ちなどなくなるだけだ。

 すでに、淫魔術で支配をしている一郎には、この魔族の性根がわかりやすいくらいにわかってしまう。

 およそ、一緒になにかをするという関係には向かない相手である。

 サキもよくこんなのを部下にしているものだ。

 魔眼で見たところ、サキとジャスランには、魔道的な支配関係はないみたいだ。

 真名という手段でも、サキについては従属関係はなかった。ジャスランは、サキにさえも真名は隠していたのだと思う。

 

「謝ってもらう必要はない。お前の余命は三日間だ。そのあいだ、苦しむだけ苦しんでもらう。犯した罰に相応しいようにね。逆らった相手が悪かったと思え」

 

 一郎は、ジャスランの顎に嵌めている開口具を動かして、口を大きく開かせた。

 そして、亜空間に準備していた「水鉄砲」を取りだす。

 これ自体は、ただの玩具だ。

 しかし、こういうものも責め具に使えるのではないかと思って、旅の途中で見つけたときに幾つかまとまって贖ってしまっていた。

 なにかに使うのはこれが初めてだ。

 

「なにするんですか?」

 

 そばにいたコゼが訊ねてきた。

 また、性交の後の余韻で気怠そうにソファに座っていた他の女たちも寄ってきた。

 どの女も、一郎が与えた“キャミソール”を身につけている。ほかには下着も渡していないし、薄い生地からは彼女たちのきれいな裸身が透けて見えている。また、太腿の付け根近くしかない丈から出ている生脚も色っぽい。

 また、手を出したくなってきたが、なんとか自重する。

 

「水遊びだ。ただ、中に入っているのは、ただの水じゃない。ユイナに調合させた特別な薬液だ」

 

 一郎は寄ってきた女たちに、水鉄砲を見せながら、開いているジャスランの口の中に水鉄砲の先を突っ込む。

 

「あがががが、はががあああ」

 

 なにをされるのかわからない恐怖でジャスランが顔を暴れさせる。

 

「大人しくしてなさいよ」

 

 エリカがジャスランの髪の毛に手を伸ばして顔を固定させた。

 

「まずは、右の奥歯で試すか?」

 

 一郎は水鉄砲に入っている薬液をぴゅっぴゅっと右奥の下の歯の表面にかける。

 ユイナに調合させたのは、歯を溶かす強力な薬液であり、あっという間に歯を溶かして神経まで溶かし尽くすというものを頼んで作ってもらった。

 試験をするのは今回が初めてだが、まあ、あいつの性格はともかく、彼女のこの手の技術には一目も二目も信頼を置いているつもりだ。

 きっと口にした性能の通りの効果があるのだろう。

 そのとおり、本当にすぐに薬液をかけた歯が溶け始めた。

 歯を痛めつけられる拷問が、この世でもっとも痛い拷問だと耳にしたことがある。

 神経が脳に近い分だけ、どんな強者でも耐えらえるものじゃないらしい。

 

「しばらく、痒みを忘れられるぞ」

 

 一郎はエリカに合図して顔の固定を外させる。

 口からも水鉄砲を抜く。

 

「あがあああああ、がああああああ、はがあああああ」

 

 ものすごい形相でジャスランが暴れ出す。

 さっきまでもすごかったが、いまはもっとすごい。

 ぶらさげている二本の鎖を引き千切らんばかりの勢いだ。

 

「これは、さすがに……えげつないですねえ……」

 

 エリカも顔をしかめている。

 

「まあ、いい仕打ちだろう」

 

 すると、その横にいたシャングリアがまだまだ腹を立てたような様子で言った。

 一郎の淫魔術で四肢も復活して、すらりとした彼女の肉体も元通りだ。

 薄物一枚の彼女の裸体は、相変わらず美しくて、姿も凛としている。

 しかし、さっきの四肢のない姿も弱っぽくて、官能を刺激した。

 また、遊ぶとしよう。

 

「があああああ、うぎゃああああ」

 

 ジャスランがぼろぼろと涙をこぼしながら暴れ続ける。

 開口している口の中を覗き込むと、薬液をかけた二本の歯はすでになくなり、いまは歯茎の下の神経を溶かす段階に入っているみたいだ。

 さすがはユイナだと思った。

 一郎が求めた通りの効果のものを作ってくれている。

 歯が溶けきる時間も、こんなものだろう。

 一郎は、歯が溶けきって、ちょっと暴れ方が小さくなったところで、開口具を操作して、再び喋れるようにした。

 

「ゆ、許して……。ゆるじて……。もう殺して……。ごめんなさい……。あやばります……。ころじてください……」

 

 ジャスランが涙と鼻水と涎にまみれたすごい顔で言った。

 

「謝罪なんか、どうでもいい。お前に聞きたいことはひとつだ。サキと連絡する方法を言え。俺をここで見つけたら、王都にいるサキに連絡をすることになっていたはずだ。その方法を口にしろ」

 

 一郎は言った。

 すると、ジャスランが呆けた顔になった。

 

「サ、サキ様と連絡してどうするのよ……?」

 

 ジャスランが言った。

 一郎は手を伸ばして、開口具を操作して口を開かせる。

 

「うがあっ、言う、言うううう──。あがあああああ」

 

 ジャスランが必死の様子で叫んだが、口が大きく開いて、言葉を紡げなくなる。

 

「今度は前歯にしようか。四番目の刑は、傭兵たちに引き渡してひと晩輪姦させる予定だしな。噛み切る歯がなければ、連中も口を使うだろう。なにせ、まだ傭兵は百人は残っている。順番にやっても、後ろの穴だけじゃあ、朝までに十分にいきわたらないかもしれないしね」

 

 一郎はジャスランの前側の上下の歯の三本ずつ、あわせて六本の歯に薬液をかける。

 歯が溶けていき、ジャスランの口の中から歯が消えていく。

 

「ふぎゃあああああ、あぎゃあああああ」

 

 再びジャスランが号泣しながら暴れ出す。

 しかも、逆さ吊りにしている股間からぴゅっと放尿が迸りだした。

 

「ガド、こういうことが苦手なら、目を背けていろ……。いや、こっち来い」

 

 ほかの女たちは、なんだかんだと女戦士でもあるので、ある程度強靭な心を持っている。

 あまり気持ちはよくはないだろうが、まあ、一郎のすることを平静に見守っている。

 ただ、ガドニエルについては、拷問を目の当たりにするのは初めてなのだろう。

 さっきの掻痒剤責めは、プレイの続きのようなものなので平然としていたが、完全な拷問になったいまでは、ちょっと顔を蒼くして、身体を震わせていた。

 一郎はそれに気がついて、ガドニエルを呼び寄せた。

 

「は、はい……」

 

 一郎に呼ばれて嬉しそうな顔をしたガドニエルを一郎の胸に顔を付けるようにして抱きつかせる。

 

「見るな。こうしてろ……」

 

 片手でガドニエルを抱きしめながら言う。

 

「あっ、はいっ、ご主人様」

 

 ガドニエルが心の底からの安堵感のこもった声で元気よく言った。

 こうなると、ガドニエルはもう一郎のことしか考えなくなる。

 淫魔術で覗いても、さっきまであった不安や恐れのようなものは、ガドニエルの心から消滅していた。

 

「あら、いいわね、役得」

 

「ほんと」

 

 コゼとエリカが微笑ましそうに笑った。

 

「マーズ、お前も抱きしめてやろうか?」

 

 一郎はガドニエルの次に怯えた感じのあるマーズに声をかけた。

 女闘士で殺し合いにも慣れているはずだが、こういう拷問には耐性がないのかもしれない。

 それにまだ十六歳だ。

 彼女の心にも脅えがある。

 

「い、いえ……。せ、先生の抱っこは好きですけど、いまは大丈夫です」

 

 しかし、気丈に彼女は首を横に振った。

 一郎は頷いた。

 それにしても、それに比べれば、うちの三人娘は心がしっかりしている。惨い拷問の前でも、心を動かさない。

 淫魔術で覗いても、ジャスランに対するはっきりとした怒りが持続されたままだ。

 

「があああああ、ぐがあああああ」

 

 ジャスランが号泣を続ける。

 すでに前歯の六本はなくなった。

 一郎は開口部を再び解いて、会話ができるようにする。

 

「お前に質問をする権利なんてない。ただ、訊かれたことに答えるだけだ。まだまだ歯はたくさんあるからな。歯が残っているうちに素直になるといいな」

 

「……い、言います……。な、なんでも……。喋る……。喋る……」

 

 ジャスランがぶるぶると震えながら言った。

 一郎は溜め息をついた。

 

「余計なことを喋るなと言っただろう。それとも、もう二、三本歯を溶かせば、俺の質問を思い出すか?」

 

 手をジャスランの顎の開口具の操作具に伸ばす。

 ジャスランの顔を引きつるのがわかった。

 

「ラ、ラポルタから連絡が来る──。彼女にロウ……あなたが現われたら報告するうう──」

 

 ジャスランが絶叫した。

 

「ラポルタ?」

 

 一郎は首を傾げた。

 ラポルタというのは、確か王都に現れたという女伯爵のことのはずだ。

 

 しかし、重ねて訊ねたら、どうも別人らしい。

 ラポルタというのは、サキの眷属の筆頭のような女魔族のことであり、たまたま名が一緒というよりは、本当の名を使うのを嫌って、その都度、別の呼び名を周りに使ってもらうようだ。

 今回は、サキが呼び出したとき、その女伯爵と同じ姓で名乗ったみたいだ。

 だから、サキもそう呼んでいるし、ジャスランもそう呼んでいるみたいだ。

 魔族は真名を知られると操られるので、どんなに親しくても真名を名乗らないのは普通のようだが、普通の呼び名まで隠すのは耳にしない。

 まあ、一郎も魔族に詳しいわけではないが、随分と用心深い女なのだろう。

 

「まあいい。じゃあ、そのラポルタでいい。呼び出す方法を言え。サキと話がある」

 

 とにかく、王宮に閉じこもっているというサキに話をしないと始まらない。

 スクルドの話によれば、そもそも、サキがピカロとチャルタを使って、王都の軍と辺境候の軍を支配して、一郎を旗頭にして内戦を起こそうとしているということだった。

 そのサキを説得という名の叱責をすれば、この騒動の大半は片付く。

 だが、そのサキと連絡がとれない。

 

 そもそも、ガドニエルやラザニエルの支配する水晶宮は、各王国の王宮とは即時の連絡ができる魔道の通信具で結ばれているらしい。

 だから、一郎の英雄認定の映像が魔道通信で大陸中に流れたとき、サキ側から接触があるかと期待したが、まったくなかったのだ。

 どうして、連絡がないのかわからないが、サキは一郎の身柄を確保して、内乱とやらの旗頭にしたいはずである。

 一郎の居場所がわかったのだから、すぐ連絡を取ってきそうなものだと思った。

 

 しかし、ない──。

 

 それどころか、こっちから連絡をしようとしても、ハロンドールの王宮側は向こうに人がいないかのように反応もない。

 スクルドに言わせれば、ミランダたちと仲違いしているサキは、宮殿を閉鎖して、そこに閉じこもっているというが、一郎にまで接触を遮断するのは、サキの性質から少し奇妙なことのように思っていた。

 まあ、強引にここでジャスランに一郎を誘拐させて、一郎の意思に関係なく、辺境候軍に連れていこうと思っていて、それで向こうからは連絡しないのかもしれないが、だったら、ここで連絡が取ればいいと考えていたのだ。

 

 また、ミランダたちとも連絡の方法はない。

 そっちについては、ミランダが冒険者ギルドを追い出されて、文字通りに地下に隠れていることは知っているので、その手段がないことは承知している。

 そういう意味では、ノールの離宮にいるイザベラたちとの連絡手段がないのは同じだ。

 向こうとすぐに魔道通信で接触できる可能性があるのは、王宮にいるサキだけなのだ。

 

「ラ、ラポルタにはこっちからは連絡できない……。て、定期連絡のときに、変化があれば教えることになっていて……。で、でも次の連絡がいつなのかも、不明で……」

 

 ジャスランが涙を流しながら言った。

 歯を溶かす痛みの名残りが小さくなると、痒みがぶり返すのか、身体を悶えさせだす。

 忙しいことだ。

 それはともかく、一郎の身柄の確保など、サキの立場からすれば、なによりも重要な情報のはずだ。

 それを報告することになってないなど、あり得るものか……。

 一郎は開口具の操作具に手を伸ばす。

 

「本当よおおお──。こっちからは連絡がとれないのおおお──。向こうから──。向こうから、連絡ための鳥が飛んでくるうう。それしか連絡とれないのおおお──。ラポルタからは絶対にこっちから連絡するなと言われていてええええ」

 

 一郎が操作具に手をかけたところで、ジャスランが泣きながら言った。

 

「どう思う? 変だと思わないか? なんで、サキたちとこいつが連絡とれないようになってんだ? ジャスラン側からの自由な報告を嫌う理由があるのか?」

 

 一郎はエリカたちを見た。

 こういう手合いの話については、エリカたちもあまり役に立たないことはわかっている。

 しかし、一郎の腕の中で何も考えずに一郎に甘えているガドニエルは、おそらく話も聞いてないだろう。

 本来は、女王であるガドニエルの方がなにかの意見を持っていてもいいのだが……。

 それはともかく、一郎の言葉でやっと、一郎の疑念を共感してくれだしたのか、四人が首を傾げだす。

 

「でも、嘘を言っているようには……」

 

「そうですねえ……」

 

 エリカが応じ、次いでマーズが頷いた。

 シャングリアとコゼは、首を傾げたままでなにも言わない。

 まあいいか……。

 アルオウィンやイライジャにも意見を聞こう。

 

「とりあえず、もう二本か三本、歯を溶かすか。なにか思い出すかもしれないしね」

 

 一郎は操作具を動かして、ジャスランの口を開けさせる。

 淫魔術で覗いても、ジャスランが嘘を言っている感情は発見できない。

 しかし、念のためだ。

 

「信じてえええ──。ほんどうよおおおお、あがあががが、がああああああ」

 

 ジャスランが涙を流しながら再び吠えた。






 *

【作者注】
 サキの眷属の“ラポルタ”について
・初出(名前のみ)(321)
・ラポルタによるチャルタたちへの指示シーン(334)
・公爵家への襲撃の実働指揮(390)
・サキのよるラポルタの評価(399)
・サキが奴隷宮に集めた令嬢管理などの関与(402)

 ……などのシーン(他にもあります。)に登場している妖魔です。括弧内の数字は話数


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612 三人娘たち

「ああ、殺して……。もう殺して……」

 

 逆さ吊りをしたジャスランの動きが鈍くなり、三度目の失禁をしたところで、一郎はジャスランへの「訊問」を諦めた。

 結局、大したことはわからなかった。

 

 整理をすると、サキが乗っ取っているハロンドールの王都ハロルドの王宮は、完全に情報遮断の状況であり、向こうからも外部と接触しないし、外部からの情報も完全遮断であるようだ。

 それはかなり徹底していて、ジャスランもこちらから報告をすることは禁止されており、遠い王都との接触は、向こう側から不定期に送られてくる「伝書鳩」のような魔道生物に伝言を送るのだそうだ。

 ジャスランは、それを「鳥」と呼んでいる。

 

 もっとも、その鳥の来着も頻繁ではなく、最初の頃、二度ほど来ただけで、それからは随分と来てないみたいだ。

 それは、ガドニエルとラザニエルによって、一郎がエルフ族王家から「英雄認定」を受ける映像が大陸中に流れて、一郎たちの居場所を向こうが把握してからも同様みたいだ。

 一郎からすれば、一郎をマルエダ辺境候が集めた叛乱軍の旗頭にして、一郎を国王にさせたいと考えているサキの思惑から類推すると、とても奇妙なことのように思えた。

 

 まあ、魔族というものは、およそ、権謀術数には無縁の思考をしていて、サキも同様だから、あまり工作めいたことが得手でないのはわかっている。

 しかし、いくらなんでも、一郎の居場所を積極的に把握しようとしないなど、やっていることが乱暴で雑過ぎる気はする。

 これでは、むしろ、サキが一郎に興味を持っていないかのようだ。

 だからこそ、一郎を捕らえよと、サキに厳命されているはずのジャスランも、ここでスクルドへの復讐心の余波として、一郎を殺しても、最終的にはサキも納得するだろうと思ってしまったのだろう。

 

 ほかにわかったのは、ジャスランが直接やりとりをしていたサキ側の相手は、ラポルタというサキの第一の眷属だということだ。

 ラポルタという眷属のことを喋らせたが、こっちも大したことはわからなかった。

 

 ジャスランの物言いによれば、魔族には珍しく、人間族のように「狡いこと」を考えるのが得意で、実際的にサキが占拠している王宮管理をしているのは、サキではなく、そのラポルタのようだ。

 こちらからの情報も、ラポルタを通じて行う。

 そして、ジャスランがこっちから積極的に情報を送るなと言われたのも、二度目の「鳥」によってであり、サキの名を使ってはいたが、実際にはラポルタからの指示だったみたいだ。

 

「ラポルタねえ……」

 

 一郎は呟いた。

 まあいいか……。

 ちょっと気になるが、これ以上のことは、ジャスランに訊問しても出てこないだろう。

 あと、向こうのことを知っているのはスクルドだが、彼女もまた、大して情報を持ってない気がする。

 今回のジャスラン騒動の発端はスクルドなのだが、スクルドはジャスランとの確執を隠していたというよりは、ほとんど気に留めてなかったのだと思う。

 王宮の事情に関する情報も同じだろう。

 

 スクルドからは、ほとんどなにも教えられていないが、あれは、多分、王宮のことなんて興味がなかったのだ。

 一郎も気がついていたが、実にスクルドは、思考のほとんどを一郎に関することだけに割き、そのほかのことの一切を余技として頭から排除してしまう傾向がある。

 だから、あっさりと、神殿長をやめて、一郎のところに押しかけるという乱暴をやってしまうのだ。

 それだけ一途なのは嬉しくないことはないが、まあ、彼女の欠点には違いない。

 

 それはともかく、ジャスランとの訊問の中で、一郎は興味深いことを知った。

 サキが一郎のためだと言って、やらかした事件のことだ。

 これについては、スクルドは意図的に隠していたのだろう。

 ここに来る前の一時期、サキとともに王宮に隠れていたらしいスクルドは、“それ”について知らないわけがない。

 まあ、折檻ものだな……。

 

「あ、ああ……、か、痒いいいいい。いぎいいいい」

 

 歯を溶かす痛みが消えていくと、全身に塗布した掻痒剤の影響により、怖ろしい痒みが蘇るらしく、すぐにジャスランが泣きながら暴れ出した。

 

「今度は痒みか? 忙しいことだな、ジャスラン」

 

 一郎は亜空間から一本鞭を取り出す。

 扱いが難しいので使ったことはあまりないが、これもSMの定番だ。

 一郎にとっては、エロに属することなので、技術的なことは淫魔術がサポートしてくれると思う。

 そう考えると、この世界にやって来たときに与えられた淫魔師の能力というのは、本当にありがたいものだ。

 いまにしてみれば、ラザニエルには感謝しかない。

 一郎はジャスランに鞭を放ち、それはジャスランの腰の後ろから腹にかけてに絡みついた。

 

「ふぎゃああああ」

 

 絶叫が天幕内に響き渡る。

 この天幕は、ガドニエルの魔道で外部への音漏れは遮断しているし、外からの出入りも一時的に封印している。

 だから、外に漏れることはないが、ジャスランの悲鳴はかなり大きい。

 本当に感情的な性質なのだろう。

 怒るときも極端だが、一度くじけると、意気地のなさも極端だ。

 一郎が垣間見たスクルドを苛めていたときの底意地の悪さは、まったく消失して、いまは恥も外聞もなく泣き叫んで、一郎に哀願を乞うてくる。

 

「どうする、ジャスラン? もっと痛みつけて欲しいか? それとも、もっと放置されたいか? どっちでもいいぞ」

 

 一郎は言った。

 だが、そのときはっとした。

 一郎の鞭打ちにより、ジャスランの肌が切れて、血が肌に滲んだのだ。

 身体が強化され、鞭どころか剣の刃も受け付けなかったジャスランの身体だが、一郎が一切の能力を封印したことで、肉体強化の能力も消えてしまったのだろう。

 いずれにしても、血はよくない。

 一郎はすぐさま、淫魔術でジャスランの血を止血した。

 

「ロウ、待て」

 

 そのときだった。

 一郎のジャスランへの訊問を任せきるような感じで、ソファに座っていたシャングリアが不意に立ちあがって声をかけてきた。

 ソファに座っているのはほかの女も同じであり、それは一郎が自分だけでいいと指示したからだが、シャングリアだけでなく、エリカとコゼも立ちあがった。

 どうでもいいが、三人を含めて、薄いキャミソール一枚だ。

 何度も思うが、本当に手を出したくなる。

 召喚前に比べれば、信じられないくらいに好色で、性癖に貪欲になっているが、これもまた、淫魔師に覚醒してしまったのが原因なのだろう。

 それはともかく、一郎は鞭を亜空間にしまいながら、シャングリアたちに振り返った。

 

「なんだ? 残酷だから、もうやめてやれという意見はきかないぞ。こいつには、お前たちにやられたことは、全部倍返しにすると決めている」

 

 一郎は言った。

 しかし、シャングリアが首を横に振る。

 

「そんなこと言うか。ロウがやりたいなら存分にすればいい。いや、こいつにはそうすべきだ。だが、これは“ぷれい”ではないのだろう? 拷問だ。だから、そんなことは、わたしたちに任せろ」

 

「任せろ?」

 

 一郎は少し呆気にとられた。

 すると、シャングリアだけでなく、エリカとコゼも寄ってきた。

 

「わたしたちがやります。ロウ様がいつものように、愉しんでジャスランを苛めているなら、見ていようと思いましたが、なんか苦しそうです。代わりましょう。なにかやりたければ、わたしたちに言ってください。わたしたちがロウ様の手になります」

 

「そうですよ、ご主人様。もちろん、ご主人様が手を出したければ、どんどんとやってください。でも、あまりやりたくないなら、拷問も処刑もあたしたちがやりますね」

 

 エリカとコゼだ。

 一郎は驚いた。

 

 実のところ、プレイとしての嗜虐ではなく、拷問としての拷問をするというのが、こんなに気の重いこととは思ってなかった。

 ジャスランの歯を溶かすという拷問をしながら、かなりの精神的な疲労も感じるようになってきていた。

 だからこそ、女たちを離して、ソファで休むように指示していたのだ。こんなのは一郎だけでいい。

 

「俺ではなく、お前たちがか?」

 

 一郎は三人を見た。

 

「そうだ。拷問というのは、される方は当然だが、する側も心が削れると耳にしたことがある。ロウは優しいからな。拷問など向かん」

 

 シャングリアが言った。

 一郎は噴き出してしまった。

 

「お前らを嗜虐責めにして、こいつを同じように痒み責めにして放置したり、鞭打ったりする俺が優しいだって? そんなことを言うのはお前だけじゃないか、シャングリア? お前の土手に火をつけたことがあったのを忘れたのか?」

 

 一郎は笑いながら言った。

 しかし、シャングリアは恥ずかしそうに顔を赤くしただけだった。

 ところで、こうやって会話をしているが、実際にはそのすぐ横ではジャスランが「痒い、痒い」と悲鳴をうるさくあげながら、全身を暴れさせている。

 だから、まだソファにいるマーズとガドニエルには、一郎たちの会話はよく聞こえないだろう。

 ちらりと目をやると、気にするようにこっちを見ている。

 

「あ、あれは……わたしの中でも、一、二を争う気持ちよさだった。ああいうことをしたければ、いくらでもわたしが受けよう……。いや、受けさせて欲しい……。でも、ジャスランを拷問するのは、あまりやりたがっているとは思えないのだ……」

 

 シャングリアが言った。

 そして、エリカがすっと前に出て、一郎の手を取る。

 

「とにかく、随分とお疲れにみえます。しばらく交代しますから、どうか、向こうに……」

 

 エリカが一郎をソファ側に軽く押し出した。

 コゼも手を伸ばして、後押しする。

 

「どうか、お休みを、ご主人様……。ガドやマーズと休んでください。でも、ぷれいをしたくなったら、いくらでもあたしたちがやりますね。ご主人様なら、どんなに残酷なことでも、どんなに痛いことでも、あたしにはご褒美です……。だけど、こんな馬鹿女に、ご主人様、手ずからの責めなんてもったいないです」

 

 コゼだ。

 一郎は苦笑するしかなかった。

 いつものプレイとは違い、愉しくないし、ちょっときついかなあと思っていたのが、三人には見透かされてしまったみたいだ。

 一郎は頷いた。

 

「わかった。任せる。こいつに対する三番目の刑だ。奴隷の首輪を有効化させる。意思に反して操られる苦しみを与える。さっきも言ったが、エリカやシャングリアたちがやられたことは、全て倍返しだ」

 

「わかった。首輪を渡すがいい。鞭ももらおう」

 

 シャングリアが手を出した。

 一郎は、亜空間から奴隷の首輪を渡す。

 奴隷の首輪というのは、ただ装着すれば操りの機能を発揮するというものではなく、最初の装着については、心からの屈服が必要となる。

 一度、隷属効果の機能が発揮してしまえば、「命令」により従属の相手を変えることは自由気儘なのだが、最初に一回がそれなりに大変なのだ。

 従って、最初の装着は、通常、拷問が前提となる。

 口だけ服従しても、隷属機能は発揮せず、心の底からの屈服が必要だからだ。

 当然に、気丈な者であればあるほど、隷属させるまでに時間がかかることにもなる。

 このジャスランはどうだろうか……?

 

「任せろ」

 

 シャングリアが首輪を受けとった。

 これは、水晶宮でラザニエルがら受け取った「隷属の首輪」の魔具だ。

 隷属を解除するには、術者の能力を上回る魔道の能力が必要になる。アスカこと、ラザニエルが施した隷属魔道だ。

 いったん、これに隷属されれば、事実上、解除するのは不可能になると思う。

 

「じゃあ、任せる。その前に、こいつに淫魔術を注いでおく。いくら傷つけても、血がでないように身体を強化する。ただし、痛みは三杯増しだ」

 

 一郎はジャスランに近づいて、吊りを少し下げて、逆さ吊りのジャスランの顔が一郎の腰くらいの位置にした。

 ズボンから性器を出す。

 そして、ジャスランに装着したままの開口具を動かして、口を開けさせる。

 

「ひいいいっ、許して……あがあああああ」

 

 口を開かされれば、またもや歯を溶かされると思っているジャスランが号泣し始めた。

 本当に、一郎たち全員を相手に戦って見せたときの姿は微塵もない。

 

「心配するな。今度は歯は溶かさん。しかし、逆らえば、わからんけどな」

 

 逆さ吊りのジャスランが必死の様子で首を上下に動かす。

 そして、一郎が口に押しつけた怒張を自ら喰いついた。

 

「しっかり飲み干せ。少しでも口に残ったら罰だぞ」

 

 一郎は律動させることなく、すぐにジャスランの口の中に射精した。淫魔師の一郎だからできることだ。

 射精をするのも、我慢するのも自由自在なのだ。

 怒張を抜きつつ、開口具を操作して、ジャスランの口を自由にする。

 ジャスランは一心不乱に一郎の精を飲んだ。

 これなら、隷属効果を発揮するのに、造作はないと思う。

 

 改めてジャスランに一郎の淫魔術が注がれたのがわかる。

 再びジャスランに肉体変化の術を施す。

 ジャスランの身体が白く光り出す。

 

「ほう……」

 

「へえ」

 

「まあ」

 

 見守っていた三人娘が声をあげた。

 白い光はすぐに消えたが、なくなったときには、付け根からなくなっていたジャスランの四肢が少しだけ復活して伸びた姿に変化した。

 伸びたといっても、腕は二の腕の三分の一ほど復活しただけで、振り回しても危険ではない。また、脚の部分は腕と同じ長さほど伸びただけだ。そして、丸い突起状になっていた骨の露出部分は、形を変形させて、小さいが獣の(ひづめ)のように変わらせた。もちろん、蹄の足側には穴が開いていて、いまの宙吊りのための鎖の金具はそこに嵌まったままだ。

 四肢を少し復活させたのは、四つん這いで歩けるようにさせるためだ。

 

 ジャスランは、スクルドを豚呼ばわりして、傭兵たちの前を豚の鳴きまねをして歩かせていた。

 だから、同じようにさせるつもりだ。

 だが、脚の切断面に対して、蹄の部分は少し小さくなっている。だから、なかなか四つん這いでも安定しないだろう。

 そして、伸ばした腕と脚の部分の長さは短い。

 四つん這いで歩いても、乳房を引きずる感じになると思う。

 こいつに相応しい姿だ。

 

「じゃあ、頼む」

 

 一郎は三人に乗馬鞭を渡した。

 

「さっきの鉄砲もくれますか?」

 

 すると、エリカが言った。

 鉄砲というのは、ジャスランの歯を溶かすのに使っていた水鉄砲のことみたいだ。

 言われたとおりに、ユイナ合成の薬液入りの水鉄砲を亜空間から出して手渡す。

 

「だったら、あたしは、あれください。や、ま、い、も」

 

 コゼだ。

 意味ありげに笑っている。

 

「山芋?」

 

 一郎は笑ってしまった。

 とにかく、亜空間にしまっている山芋を出す。

 食べ物としてではなく、嗜虐具として保管していた。コゼは、こんなものまで一郎が亜空間にしまっているのを知っていたようである。

 

「さて、じゃあ、これからの責めは、わたしたちよ。ジャスラン、覚悟はいいわね」

 

 エリカがいきなり、ジャスランの横っ面を膝蹴りした。

 これには、一郎も驚いた。

 

「ふべええっ」

 

 ジャスランの逆さ吊りの身体が大きく揺れた。

 しかし、一郎がさっき施した術が効果を及ぼして、血が出るようなことはなく、殴った部分にできた痣もすぐに回復している。

 

「ひげえええ、痛いいいいい、いぎいいいいい」

 

 だが、痛みは三杯増しだ。

 ジャスランは身体を悶えさせるような仕草をしながら泣き出した。

 

「なに、人みたいに泣いてんのよ。犬は“わんわん”よ──。犬みたいに鳴きなさい」

 

 エリカがジャスランの逆さ吊りを引きあげさせると、顎に嵌まっている口枷を外してから、今度は平手をぶちかました。

 

「ひびいいいっ、ふげええええ」

 

 一郎から見ても、ぞっとするほどの容赦のない平手だ。

 ジャスランの身体が再び大きく揺れる。

 

「いちいち、鬱陶しいわねえ。コゼ、こいつが揺れないようにしてよ」

 

「わかった」

 

 コゼがジャスランの髪の毛を掴んで縄で結び、地面に杭を刺して、それに繋げようとしはじめた。

 結構、すごいな……。

 一郎は肩をすくめつつ、ソファに向かう。

 

「あっ、あたしも加わります」

 

 すると、やっとマーズが責め手を交代したことをに気がついたのだろう。

 慌てたように立ちあがった。

 

「無用よ。あんたの武芸は拷問なんて仕事には向かないのよ。戻りなさい、マーズ」

 

 しかし、エリカが一蹴して、マーズをとめた。

 マーズは途中で立ち止まった。

 

「そうね。こういう汚れ仕事はあたしたちに任せなさい」

 

 コゼも杭を打ちつけながら笑いかけている。

 

「ロウの世話を頼む。ガドとな」

 

 シャングリアも言った。

 一郎は、マーズを肩にやってソファに戻す。

 

「そういうことだ……。じゃあ、世話を頼むか……。実はさっきの肉体改造は、結構、淫気を使うんだ。補充を手伝ってくれると嬉しいな」

 

 一郎はマーズとともに、ソファに座りながら言った。

 ちょっとうとうとしていた感じだったガドニエルが、ぱっと目を開いて、一郎にしがみついてきた。

 

「も、もちろんですわ、ご主人様。なにをしましょう? なにをすればいいですか? ガドは何でもしますから。どうか、どうか、命令を」

 

 ガドニエルが目をきらきらさせながら言った。

 本当にガドニエルは、一郎の命令が欲しいみたいだ。

 一郎は内心で笑ってしまう。

 

「じゃあ、とりあえず、口で奉仕してもらうか。マーズも一緒にな」

 

 一郎は言って、亜空間術で自分の下半身からズボンと下着を収納する。

 下半身が露わになり、性器が露出した。

 

「わかりました──。やりますわよ、マーズさん」

 

 ガドニエルが元気よく言って、一郎の脚のあいだに跪く。

 いつも思うが、エルフ族の女王にフェラチオをさせるなど、この世界が始まって以来、一郎が最初ではないだろうか……。

 それとも、女神を支配したという伝承のクロノスは、エルフ族の女神のアルティスに、こんな風に性奉仕をさせたりしたのだろうか……。

 

「あっ、はい……」

 

 そして、マーズが慌てたように大きな身体をうずくまらせて、ガドニエルとともに一郎の股間の前に入ってきた。



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613 わんわん物語(その1)

「どうする? 交代で責めて、誰がこいつを堕とすか勝負する?」

 

 声をかけたのは人間族の小娘だ。ジャスランの頭の下側で、ジャスランの髪を束ねて縄で縛り、床に貫いた杭に結び付ける作業をしている。

 すると、ジャスランの目線の前側にいるエリカが口を開いた。

 

「勝負なんていいわよ。まあ、順番に責めるのはいいけど……」

 

「とにかく、まずは、わたしからいくぞ。こいつには、随分と苛められたから、鞭打ちくらいでは、腹癒せの足しにもならないけどな」

 

 エリカに次いで、応じたのはシャングリアだ。

 しかし、ジャスランは我に返っていた。

 あの男が近くから消えた途端に、かすみが取れたように恐怖心がなくなったのだ。

 やっぱり、あの男は得体の知れない技を使う。

 そうでなければ、ジャスランともあろうものが、人間族ごときに泣いて憐れみを乞うなどということがあり得るわけがないのだ。

 怒りがかっと蘇ってくる。

 

 いずれにしても、あいつが離れたことで、圧倒的な恐怖も消えたし、自分を取り戻すこともできた。

 そして、考えてしまうと、ジャスランともあろうものが、一介の人間族に晒してしまった失態で怒りで身体が熱くなる。

 とにかく、そのロウは背中側だ。

 視界にも入らない。

 女を抱いているよう気配もあるが、ジャスランの視界に入らないなら怖ろしくない。

 

「ほう、こいつ、また反抗的な目になったぞ」

 

「つくづく、羨ましい性格しているわね。心がめげるということがないのかしら」

 

「頭が悪いから、感情が持続しないのよ。怒るのも、泣くのも、屈服するのも一時的……。動物と一緒ね。低能の……」

 

 シャングリア、エリカ、そして、名前はよくわからない小娘が逆さ吊りになっているジャスランを囲んで代わる代わる好き勝手なことを喋っている。

 ジャスランは歯噛みした。

 

 絶対に殺してやる……。

 いまは捕らわれてしまったが、ジャスランは自分の不死身性には自信がある。血の一滴が残っている限り、いつか逆転の目は残る。

 そして、いつか復讐を……。

 

 しかし、それにしても、なんという身体の痒みだ……。

 そして、頭がおかしくなるほどの疼きも……。

 股間が……。

 お尻が痒い……。

 

「ああ、あああああっ、か、痒いいい。ひぎいいいい」

 

 ジャスランは絶叫してしまった。

 

「……ふっ……。じゃあ、とにかくやるか。ロウにばかり、手間をかけさせたら申しわけないしな」

 

 正面になる位置にシャングリアが回ってくる。

 その手には、乗馬鞭を持っていた。

 しかし、ジャスランはその鞭よりも、シャングリアが“ロウ”という名を口にした途端に、全身が震えるほどの恐怖が蘇ってしまったことに、自分でも驚いてしまった。

 

「ひいい、ロウ……。ひいいい、許してええ、いやあああ」

 

 絶叫していた。

 あんな男を怖がりたくはない──。

 しかし、恐怖はどうにもならないのだ。

 怖い……。

 怖い……。

 あいつが怖い……。

 怖くて仕方がない……。

 ジャスランは震え続けてしまう。

 

「これは驚いたな。一瞬にしてまるで別人だ。やっぱり、ロウにはなにをしてもかなわないか」

 

 目の前のシャングリアが自嘲気味に笑ったのがわかる。

 だが、やはり、“ロウ”の名は耳にするだけで心が潰れそうになる。

 ジャスランは、自分の眼からぼろぼろと涙が落ちていくのがわかった。

 

「ロウ様のお出ましは不要よ。とにかく、首輪をつけるわね」

 

 エリカがシャングリアが鞭を持っている手の反対の手に持っていた首輪をとった。

 はっとした。

 そういえば、奴隷の首輪だとか口にしていた。

 こいつらは、ジャスランに奴隷の首輪を結ぼうとしているのだった。

 やっと、記憶が繋がってきた。

 

「うわっ、じょ、冗談じゃない。ぜ、絶対に許さないよ──」

 

 ジャスランは怒鳴った。

 しかし、逆さ吊りの身体には手も足もなく、抵抗など不可能だ。しかも、さっき髪の毛を束ねて縄をかけられ、床の杭に縄で結ばれてしまったため、首さえも動かない。

 エリカは簡単にジャスランに首輪を嵌めてしまった。

 

「泣いたり、怒ったり、本当に忙しいわねえ……。ちょっと羨ましくなったかもしれないわ。あれだけロウ様に拷問されて、まだ正気を保てるのね」

 

「頭が悪いだけよ」

 

 エリカに次いで口を開いたのは小娘だ。

 くそう……。

 口惜しい……。

 しかし、身体が……。

 

「とりあえず、口のきき方から教えるか。犬の鳴き声は“わんわん”だ、ジャスラン。言葉の終わりには、必ず“わんわん”とつけろ」

 

 シャングリアが乗馬鞭でジャスランの腹を横殴りにした。

 

「ぎゃおおお」

 

 絶叫が口から迸った。

 身体が大きく揺れたが、上下に繋がっている鎖と縄がジャスランを引き戻す。

 しかし、考えらないようなものすごい衝撃だった。ジャスランは戦慄した。

 

「おっ、なんだ? 随分と力が入るぞ。どうしたんだ?」

 

 一方で目の前のシャングリアが驚いた顔になっている。

 いずれにしても、この自分が人間族に叩かれて、悲鳴をあげるなど、絶対に容認することなどできない。

 怒りが込みあがる。

 

「怒れば怒るほど、それとも、戦う心に変われば、腕も脚も普段の十倍も、二十倍も力が出る。試して慣れていくといいぞ」

 

 少し遠くから聞こえたのはロウの声だ。

 背中側からだが、その瞬間にジャスランは怖くなって、改めて悲鳴をあげてしまった。

 

「なるほど、それがロウの贈ってくれた義手と義足というわけか」

 

 シャングリアが二発目の鞭を股ぐらの近くに放った。

 

「うぎいいいっ」

 

 身体が反り返る。

 だが、いま気がついたのだが、鞭打たれた瞬間、その一瞬だけは全身をむしばむ痒みと疼きが消滅していきもする。

 その高揚感は圧倒的だ。

 

「う、ぐううう……」

 

 しかし、すぐに痒みが戻って来る。

 そして、一度でも痒みが癒えると、それが戻ったときの苦しみは、倍にも三倍にも感じるということもわかった。

 ジャスランは全身を悶えさせてしまった。

 

「なんか、悦んでるか? これじゃあ、拷問にならないか?」

 

 シャングリアが苦笑している。

 その顔に、ジャスランの中には、すぐに怒りが戻った。

 

「そうかもね。まだ、“わんわん”も言わないしね。むしろ、放っておいた方が“わんわん”と言いそうよ」

 

 後ろで笑ったのは、小娘だ。

 悪態を返そうと思ったが、次の瞬間、お尻の穴を背後から指で刺激される感触が襲い掛かった。

 

「ひうううう、や、やめろおおお」

 

 声をひきつらせた。

 鞭打ちとは次元の違う屈辱だ。

 しかし、気持ちがいい。

 あっという間に、快感がお尻から全身を貫き、ジャスランは絶頂しそうになった。

 それが血を吐くほどに口惜しい。

 

「あっ、そう? 気持ちよさそうだけどね」

 

 小娘が笑いながら指を離した。

 だが、逃げていく快感に我を忘れて、それを追いかけそうになり、ジャスランは必死で自分がおかしな言葉を吐きそうになるのを耐える。

 

「鞭と飴のどっちで首輪を受け入れるかな……? まだ、“わんわん”と言わないか?」

 

 シャングリアが振りあげた鞭をシャングリアの股間の頂点に叩きつけた。

 

「ほごおおお」

 

 ジャスランは絶叫した。

 股間をまともに打ち抜かれる激痛は、それだけで気が遠くなるかと思ったが、同時に痒みと疼きが一瞬にして消滅する快感でもある。

 わけがわからなくなって、ジャスランはただただ声をあげるしかなかった。

 

「“わんわん”だ、ジャスラン──」

 

 シャングリアの鞭が、股間の寸分違わぬ場所を貫く。

 

「ひぐううう、おわああああ」

 

 最も敏感な股間の突起を再び思い切り叩かれて、ジャスランはまたもや絶叫した。

 しかも、少し甘い声で混ざっている。

 屈辱なのだが、やはり、快感が上回る。

 もっと欲しい──。

 

「わんわんだと言っているだろう」

 

 シャングリアの鞭が今度は腕を切断されている肩の部分に炸裂した。

 激痛には違いないが、今度は痒みと疼きが消える快感に関係のない衝撃だ。

 ジャスランは身体をくねらせてしまった。

 

「ああ、さ、さっきのだ──。股を打ってくれ。股だよおお」

 

 思わず声をあげた。

 

「えええ?」

 

 すると、面食らったようなシャングリアの声が聞こえてきた。

 

「だめね、エリカと交代しなさい、シャングリア」

 

 哄笑はさっきの小娘だ。

 シャングリアは肩をすくめて、乗馬鞭を引きあげて正面の場所からどいた。

 

「ま、待ってよ。鞭だよ。鞭を打ってくれ。打てったらあああ」

 

 自分でもなにを喋っているのかわからなくなってきた。

 しかし、あの痛みがなければ、狂いそうな痒みが戻るのだ。

 ジャスランはただ本能の赴くままに叫んでいた。

 

「ロウ様と同じことするしかないのは不満だけど……。コゼ、頭を押さえて」

 

 今度はエリカが前にきた。

 頭が後ろから両手で握られる。

 そうか……。

 後ろの人間族の小娘は、“コゼ”か……。

 しかし、思念はそこまでだ。

 エリカが持っている水鉄砲が顔に接近してきたのだ。

 あの水鉄砲の恐ろしさは、身体が覚えてしまっている。水鉄砲から飛び出す液体に歯を溶かされる痛みは、この世のものとは思えないような苦しみだった。

 心からの発狂を望むような……。

 

「ひいいいいっ、やめてええ」

 

 ジャスランは懸命に口をつぐむ。

 今度は、あのおかしな金具は顎に嵌められていない。

 強引に口を開けさせられることはない。

 

「ロウ様の拷問の恐怖は身についているのね。じゃあ、“わんわん”くらいは言えるんじゃない」

 

 すると、エリカはジャスランの一方の目を指で強引にこじ開けた。

 そこに、水鉄砲の先を向けてくる。

 ぎょっとした。

 

「わ、わっ、なにを」

 

 しかし、すぐに液剤が眼に飛びかかり、瞬時に片目から光が消滅する。

 脳天を直撃するほどの激痛も……。

 

「うぎゃあああああ、なにをするうううう」

 

 ジャスランは絶叫して身体を暴れさせた。

 縄で束ねている髪がぶちぶちとまとまって千切れるのを感じた。それくらい、強い暴れ方なのだ。

 

「もっと慎みなさいよ、ジャスラン。頭の一部が禿げになったわよ」

 

 背中側のコゼが、しゃがみ込むと、緩くなった髪を縛り直すのがわかった。

 

「イライジャには、自分の指で目玉をほじらせたんでしょう? それよりはましじゃないの」

 

 エリカが無表情のまま、反対側の目に指をかける。

 ぐいと目を強引に開かされて、水鉄砲を向けられる。

 

「いやああ、やめろおおお」

 

 ジャスランは絶叫した。

 

「物覚えの悪い犬ねえ……」

 

 エリカがわざとらしく嘆息する。

 

「わ、わんわん、わんわん」

 

 慌てて叫ぶ。

 犬と言われて、“わんわん”と鳴けと言われたのを思い出したのだ。

 しかし、さらに水鉄砲の先が目玉に近づけられる。

 ジャスランは怖くて身体が凍りつきそうになった。

 

「ひいいいっ」

 

 悲鳴をあげた。

 必死に頭を振って水鉄砲の先から目を逃がそうとした。

 だが、コゼがしっかりと頭を後ろから押えていて、逃げられない。

 

「……わんわんでしょう? やっぱり、物覚えが悪いようね」

 

 液剤が眼にかかる。

 凄まじい痛みとともに、一切の光がなくなった。

 

「うぎゃああああ、ぐがあああああ」

 

 ジャスランは暴れまくった。

 

「次は鼻の穴から入れるわよ。顔の裏側から脳みそを溶かされたいかしら? その次は耳、いくらでも穴はあるのよ」

 

「まんこも、尻の穴もね」

 

 エリカの声とコゼの声だ。

 しかし、ジャスランはしばらくのあいだ、ただただ悲鳴しかあげられないでいた。

 

「どうするの? 返事は──?」

 

 鼻の穴になにかが押しつけられた。

 恐怖で身体ががくがくと震えた。

 

「ひいい、許してええ、わんわん、わんわん」

 

 叫んだ。

 すると、鼻の穴から異物が離れる。

 心の底からほっとした。

 

「心が回復するのも早いけど、屈服するのも早いな」

 

 呆れたような口調で言ったのはシャングリアだろう。

 ジャスランはむっとした。

 

「な、なんだとう、お前──」

 

 思わず怒鳴ったが、鼻の穴にぐいと固いものの押しつけられる。

 

「ひいい、ご、ごめんなさいいいい、わんわん、わんわん」

 

 エリカの水鉄砲だと悟って、ジャスランは泣き叫んでしまった。

 

「まったく、こいつには呆れるわねえ。本当にロウ様って、よくこんなのを躾けたわねえ」

 

「ご主人様だけは、まだ怖いみたいだものねえ」

 

 エリカとコゼの声だ。

 

「近くにいるとき限定だけどな。すぐにそれも忘れて、牙を剥く」

 

「もう牙もないけどね。もう、二、三本、歯を溶かす、エリカ?」

 

 今度はシャングリアとコゼだ。

 だが、また、歯を溶かされるだと?

 ジャスランは震えあがった。

 “ロウ”の名を聞かされたことでも、ジャスランに肌が粟立つ。

 

「もう、やめてえ、わんわん」

 

 泣きながら言った。

 

「ほら、奴隷の誓いをしないさい、犬──。犬の鳴き声を忘れるんじゃないわよ」

 

 鼻の穴から水鉄砲がどけられて、そのまま口の中に水鉄砲だと思うものを突っ込まれた。

 

「んびいいい」

 

 びっくりして舌で押し戻そうとするが、すでに前歯は溶かされているし、うまく外に排除できない。

 ジャスランは震えあがった。

 

「三つ数えるわ──。わたしに向かって奴隷の誓いをしなさい。心の底から念じるのよ。さもないと、水を出すわ。いくらやっても、死なないものね。死ぬ以上の苦しみが待っているわよ……。三……、二──」

 

「ひ、ひひゃう──。はんはん、はんはん──」

 

 水鉄砲を口の中に入れられたままだと喋れなかったが、懸命に言った。

 すると、なにかが頭を鷲掴みするような感覚が襲い掛かった。

 はっとしたときには、もう隷属の魔道が全身を縛りつけているのが自分でもわかった。

 

「おっ? もしかして、首輪が刻まれたか?」

 

 シャングリアだ。

 

「思ったよりも呆気なかったわねえ」

 

「本質的に意気地がないのよ」

 

 エリカとコゼだ。

 だが、コゼはともかく、今度はさっきまで感じなかった、エリカに対する怖さと畏怖心のようなものが全身を支配する。

 隷属の効果だと悟ったが、自分ではどうしようもない。

 

「まあいいわ。とにかく、ご褒美よ……。皮を抜いてあげたからね。きっと痒いわよ」

 

 コゼの声がしたと思ったら、異物が股間に当てられる。

 皮を剥いた?

 もしかして、さっき口にしてた山芋のこと?

 

「ほわあっ」

 

 ずんと滑り込むようにして、股間に太くて大きいものが挿入されてきた。

 全身をすくみあげそうになったが、痒みが癒えていく気持ちよさは、全身が蕩けんばかりだった。

 ジャスランは愉悦に我を忘れそうになった。

 しかも、疼きに疼いていた性感も発散し、もっと大きな快美感になって全身に拡がりわたる。

 膣の奥底からジャスラン自身の果汁が噴き出るのがわかる。

 

「ひおおお、うう、あああああっ」

 

 そして、貫かれただけじゃなく、抽送が開始される。

 泣くほどに気持ちいい。

 ジャスランは悲鳴のような嬌声を迸らせた。

 

「まだ、躾ができてないようね。お預けよ、犬」

 

 すっと山芋が出ていく。

 

「ああ、やめないでええ」

 

 快感と掻痒感の切迫感に、ジャスランはそう叫ばずにはいられなかった。

 

「もう忘れたの、犬」

 

 だが、山芋はさっと抜けてしまう。

 残ったのは、なまじ解消されただけに、さらに拡大した猛烈な掻痒感だ。

 ジャスランは、ただれそうに痒い股間を懸命に揺すった。

 そして、はっとして口を開く。

 

「わんわん、わんわん」

 

「はい、よくできました、犬」

 

 コゼが笑いながら、再び股間に山芋を挿入してきた。

 火のような掻痒感が消滅する。

 ジャスランは痺れるような快感に、今度は愉悦の震えをした。

 

「しばらく挿入しておいてあげるわ。必死に締めつけて痒みを癒すといいわよ。言っていくけど、勝手に落としたら罰よ、犬」

 

 ぎりぎりまで山芋を膣に押し込まれる。

 痛みよりも、気持ちよさが強い。

 ジャスランは身体をのけぞらせた。

 

「返事しないか──」

 

 シャングリアの怒鳴り後とともに、乳房に鞭が飛んできた。

 

「ひぎいいいい」

 

 乳首が千切れるかと思う激痛に、ジャスランは身体をうねらせた。

 だが、その反動でつるりと山芋が抜けそうになる。

 

「うわっ」

 

 ジャスランは必死に山芋を股間で締めつける。

 

「あら、上手」

 

「器用ねえ」

 

 エリカとコゼが嘲笑の声を出した。

 その態度にかっとなる。

 

「まったく動物そのものだな」

 

 するとシャングリアの小馬鹿にしたような笑い声もした。

 

「まあまあ、シャングリア、犬には躾けよ。よくやったらご褒美……。駄目だったら罰……。ほら、ご褒美よ、わんわんちゃん」

 

 コゼの声がして、今度はお尻に山芋らしきものが当てられた。

 掻痒剤を塗られてから、一度指でいじられた以外は、ほとんど刺激されずに、鞭打ちでも放っておかれた場所だ。

 ジャスランは知らず、ぶるぶると震えてしまった。

 しかし、いくらなんでも、人間族の女に尻を犯されるなど、恥辱的すぎる。

 

「うわああ」

 

 ジャスランは腰を揺らして山芋を拒んだ。

 

「行儀の悪い犬ねえ。欲しくないならいいのよ」

 

 コゼが擦りつけていた山芋をすっと引き離した。

 

「いやあ、だめええ──。な、なにしているのよおお」

 

 刺激が消えた瞬間に、火のような掻痒感が蘇る。

 しかも、前側の穴では挿入された山芋をぐいぐいと搾って、痒みがちょっとだけいえる快感をむさぼりまくっているのだ。

 一度でも刺激を受けてしまうと、もうそれがなくなることには耐えられるものじゃない。

 

「どっちなの、犬? 尻に山芋を挿して欲しいの? 欲しくないの? 犬として答えなさい」

 

「ああ、欲しい……。欲しいよおお、わんわん」

 

「よくできました」

 

 山芋がお尻深くに力強く入ってくる。

 ジャスランは、快感に雄叫びをあげた。






 *

 もう少し続きます……。


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614 わんわん物語(その2)

「ほら、気に入った、わんちゃん? 特別に太いのを入れてやったわよ」

 

 コゼが揶揄うような声をかけてくる。

 しかし、ジャスランはそれどころではない。

 逆さ吊りのまま、ジャスランは圧倒的な嘉悦に全身を震わせてしまっている。

 コゼがお尻に挿入した山芋をゆっくりと抽送しているのだ。

 口もきけないくらいの快感が背筋を駆け抜け、脳天に突き刺さっていく。

 

「なんか、すごいなあ……」

 

「責めに回ると、コゼって、しつこいのよねえ……。わたしも何度コゼに泣かされたか……」

 

「まあ、ロウと一緒に、えげつなく責めるしなあ……」

 

「あんたは、そういうものが好きでしょう?」

 

「まあな……。だけど、エリカもだろう」

 

「そういえば、コゼとロウ様から、ふたりして痒み剤を塗られて、気絶するまで放っておかれたことはあったわねえ」

 

「あれはすごかったな」

 

 シャングリアとエリカが呆れたような口調で会話をして、最後にくすくすと笑い合っていた。

 しかし、ジャスランの頭には入ってこない。

 

「ほら、犬、乳首を立ててんじゃないわよ。ごめんなさいしなさい」

 

「ひびいいっ」

 

 いきなり乳首を指で弾かれた。

 大した痛みではなかったが、むしろ、貫いた快感にジャスランはわけもわからずに、奇声をあげてしまった。

 痒みに爛れている状況では、痛みさえも泣くほどに気持ちいい。

 

「わんわんを忘れたわね……。はい、終わりよ」

 

 いきなり前側の山芋を掴まれて抜かれそうになる。

 びっくりしてジャスランは必死で締めつけるとともに、口を開く。

 

「うわっ、や、やめてよお──。抜かないで、わんわん」

 

「山芋が好きなの、わんちゃん?」

 

 コゼがほとんど抜きかけていた山芋を再び挿入していく。

 

「うほおお、き、気持ちいいよう──、わんわん──」

 

 たちまちに大きな快感のうねりが全身を揉み抜いていく。

 

「わんわんが言えたなら、ご褒美よ、犬」

 

 コゼが前側の山芋から手を離す気配がした。

 “ご褒美”だと言ったのにと愕然としかけると、再び、お尻に挿さっている山芋が出入りを開始する。

 

「おほおおっ、わんわん──」

 

 ジャスランは声をあげた。

 

「こっちも欲しいでしょう?」

 

 すると、お尻側の山芋が深く挿し込まれ直して、前側の山芋の抽送が始まった。

 

「ひおおおおっ、わんわん、わんわん」

 

 あまりの気持ちよさに、ジャスランは嘉悦の声を放っていた。

 そのあいだも、コゼは山芋で入り口を丸く撫でたかと思うと、クリトリスをいじり、挿入してくれたかと思うと、奥側を擦るように回し動かしたりと、焦らすように責めあげてきた。

 コゼによる山芋の動きひとつひとつがあまりにも気持ちよくて、ジャスランはしばらくのあいだ、あられもない声をあげ続けた。

 

「かなりいい犬になったわよ、エリカ。じゃあ、おろしてやろうか」

 

「そうね」

 

 コゼがなにかをエリカに語りかけたと思ったが、そのときにはジャスランは気も遠くなりかけていたので、ふたりの会話がよく理解できなかった。

 しかし、床に向かって髪を束ねて引っ張られていた縄の感覚が消滅したなと思ったら、次には不意に天井からの鎖が緩んだ。

 

「うわっ」

 

 ジャスランは身体を思い切り天幕の地面に打ちつけた。

 そして、その衝撃で二本の山芋が外に飛び出していく。

 

「あっ、そんなああ、あああああっ」

 

 ジャスランは地面に落とされて絶叫した。

 苛酷な苦しみが襲ってきたのだ。

 コゼによって癒されていた股間とお尻の痒みが、一瞬にして復活し、しかも、もっと拡大してぶり返した。

 だが、考えてみれば当然であり、そういえば、コゼは股間やお尻のあちこちに塗りたくるように山芋の汁を塗っていた。

 敏感な場所にしつこく塗られた山芋の汁が怖ろしい痒みを加えて、ジャスランを責めてくるのは当たり前だった。

 しかも、これまでは逆さ吊りの苦しみと痛みがあったが、それがなくなってしまうと、これほどまでに痒かったのかと、ジャスランは恐れおののいてしまった。

 

「ああ、入れてええ──。戻してよおお」

 

 ジャスランは泣き声をあげた。

 すると、いきなり腹を蹴り飛ばされた。

 

「ほげええええ──。がはっ、げほっ、げほっ」

 

 眼を潰されて視界がないので、備えることができないジャスランはまともに蹴りを腹に受けてしまいしばらく息ができなかった。

 しかし、同時に痛みのあいだ、痒みが忘れられて気持ちよくもあった。

 だが、やはり、痛みがなくなると、痒みの苦しさが戻ってくる。

 

「四つん這いだ、犬──。ロウに手足を戻してもらったんだろう。這え──」

 

 上から怒鳴ったのはシャングリアだった。

 もしかして、蹴り飛ばしたのもシャングリアだったのだろうか。

 

「命令するわ。こいつの隷属は、わたしに結ばれているし……」

 

 エリカの声だ。

 しかし、コゼの気配がして、ジャスランは腹を上にするように身体をひっくり返らされた。

 

「まあまあ、それじゃあ、面白くないわよ。自分で歩かせなきゃ。糸と紐をつけてあげましょうよ。犬には紐よ」

 

 糸と紐?

 なにを言っているのだと思ったが、次の瞬間、股間にコゼの手らしきものが伸びて、ジャスランのクリトリスをいじり出した。

 

「ひあっ、あはっ、ああっ、あううう」

 

 迸って嘉悦にジャスランは、雄叫びをあげた。

 

「ちょっとじっとしてなさいよ──。ねえ、エリカとシャングリア、押さえててよ」

 

 コゼがクリトリスを触りながら言った。

 しかし、冗談じゃない──。

 とてもじゃないが、我慢できない。

 触ってもらっているあいだは、痒みが小さくなり、脳天を直撃するほどの快感も暴発するのだ。

 ジャスランはほんの短い手足をばたばたと動かして、身体を弓なりにしていた。

 その身体を上下で押さえつけられる。

 

「なにをするのだ? おう、そういうことか……」

 

「相変わらず、えげつないことを考えるわねえ」

 

 シャングリアとエリカが笑った。

 しかし、ジャスランだけは自分がなにをされているのがわからない。

 えげつないとはなんだ──?

 そして、いきなりクリトリスの根元がぎゅっと絞られた。

 

「ひぐううっ」

 

 その激痛にジャスランは奇声をあげた。

 

「……こうやって、このクリトリスの根元を搾った糸を乳房のあいだを通して、首輪の前側の金具に通すのよ……。そして、紐と繋げる……」

 

 コゼがなにか言いながら、首に嵌められている首輪で作業をした。

 わけがわからないが、くいくいと糸が引っ張られるたびに、クリトリスに針でも刺すような激痛が走る。

 だが、それも快感だ。

 ジャスランは身体を暴れさせた。

 

「準備できたわ。じゃあ、エリカ、命令して四つん這いにさせて」

 

「四つん這いになりなさい、犬──。次に命令するまで、すべての人間の命令に無条件に従いなさい。一切の抵抗をせず、なにをされても受け入れなさい。自殺すること、自ら傷つけることを絶対的に禁止する。血紋術も禁止よ。もしも血が流れたとしても、これからは瞬時にその流れた血との接続を断ちなさい。命令よ──」

 

 エリカに矢継ぎばやに“命令”されてしまった。

 ジャスランは歯噛みした。

 特に、血紋術を封印されてしまったことに愕然とした。

 

 ジャスランは、それに賭けていたのだ。

 あの男はジャスランの血が流れないように、なにかの術をかけたみたいだったが、これだけ鞭打ったり、蹴られたりすれば、なにかのはずみで出血するということがある。

 ジャスランは、それに生命を注いで、命を繋ぐということもできるのだ。

 しかし、さっきの隷属の魔道による命令により、出血したとしても、血紋術で繋がることを禁止されてしまった。

 隷属をされるなど初めてだったのでわからなかったが、隷属の魔道をかけられると、無意識の血紋術さえも禁止されるとは知らなかった。

 これで、どうやら、これ以降にジャスランが出血したりしても、それは血紋術による命の繋がりには結びつかない。

 ただの出血で終わってしまう……。

 逃げられない……。

 

「う、うう……」

 

 とにかく、ジャスランは仰向けだった身体を捻って、腹ばいに変わる。

 四つん這いになれという命令だからだ。

 ジャスランの意思ではなく、隷属魔道によって勝手にジャスランの身体が動いているのだ。

 

 本当に奴隷の首輪が効果を発揮している……。

 改めてそれを認識したとき、ジャスランは絶望的な衝撃を感じてしまった。

 

「ほら、歩きなさい──。散歩の練習よ」

 

 エリカの声……。

 そして、四つん這いになったところで、首輪の前側の環に通っているらしい紐か糸のようなものを引っ張られた。その糸はクリトリスの根元に結んだ糸に繋がっていて、激痛が迸った。

 

「ひぐううう、やめろおおお」

 

 ジャスランは懸命に脚と手を動かしながら悲鳴をあげた。

 最初に根元から切断された手足はほんの少し復活されていたが、その長さは地面すれすれでしかない。

 乳房は地面に引きずった状態だし、なによりも足側に小さな(ひづめ)のようなものが切断部にあり、それがバランスをとりにくいのだ。

 じっと立つ体勢を保つのも大変だと感じたが、それなのに、いきなり歩かされて、ジャスランはすぐに転びそうになってしまった。

 

「言葉の終わりには、わんわんでしょう──」

 

 エリカだと思う紐の引っ張り手がぐいと力を入れて糸を引っ張った。

 

「あがあああ」

 

 強い衝撃を覚えて、ジャスランは激痛の衝撃でひっくり返ってしまった。

 

「“わんわん”だと言ってるでしょう」

 

 尻穴を電撃が直撃した。

 

「ふごおおおおお、わんわん、わんわん──」

 

 その衝撃にジャスランは悲鳴をあげるとともに、慌てて“わんわん”と叫んだ。

 しかし、気持ちいい。

 痒み液や山芋による激しい掻痒感は持続しているのだ。

 糸でクリトリスを引っ張られる痛みも、電撃の衝撃も、苦悶ではあるが、同時に痒みが消失する嘉悦でもあった。

 

「なんか悦んでいるみたいだけど、まあいいか……。しばらく歩く練習よ。代わるわ、エリカ」

 

 コゼの声だ。

 そして、引っ張り手が交代したみたいだ。

 紐がくいと引っ張られて動き出す。

 

 ジャスランは慌てて手足を動かして進んだ。

 クリトリスを糸で結ばれている以上、隷属の魔道をかけられてるか否かに関わらず、それをしない選択肢はない。

 懸命に短い手足を動かす。

 コゼは、この大きめの天幕を回るように動いているみたいだ。

 

 視界がないので、糸が引っ張られる方向に身体を動かすしかなく、ジャスランは何度もクリトリスをぐいと引かれる苦痛を味わわなければならなかった。

 しかし、悲鳴をあげるときに、“わんわん”と付け加えなければ、エリカだと思う電撃か、シャングリアだと思う鞭が容赦なく身体を襲った。

 

 慣れない四つん這い歩行のこともあり、何周もしていないだろうというのに、ジャスランの息はあがってきていた。

 とにかく、四つん這いで歩くということがこんなにも体力を削り取るとは知らなかった。

 

「い、いつまで……、わんわん……?」

 

 やがて、さすがにジャスランは問わずにはいられなかった。

 おそらく、かなりの時間をただただ糸を引っ張れて歩くという行為に費やされている。

 いつの間にか、ジャスランは汗びっしょりになっている自分に気がついていた。

 

 しかし返事はない。

 ただ、強く糸を引かれただけだ。

 ジャスランは悲鳴をあげた。

 

 さらに少なくとも十周は歩かされたと思う。

 これまでずっと円運動だと思っていたが、不意に方向が変わったなと感じた。

 そして、コゼとエリカとシャングリア以外の人の気配を肌に感じた。

 

「んくううう、ううううう」

 

 耳にいきなり女のくぐもった声が入っていた。

 

「ははは……、だめだな、ガド。声を我慢できないと、絶頂はお預けだと言っただろう。次もお預けだ。ほら、マーズと交代だ。マーズはもう何度も声を我慢できているぞ」

 

「ああ、だって、我慢できないんです。だ、だめなガドですけど、どうかもう少し調教を……。それと、そろそろ絶頂させてください」

 

「だったら、我慢するんだな。ほら、交代しろ──。交代だ、マーズ」

 

 続いてぴしゃりと女の尻を叩く音が……。

 

「あんっ、ご主人様ああ……」

 

 そして、甘えるような女の声……。

 さらに、繋がっている男女が離れるようなびちゃびちゃという水音も……。

 なにをしているのだろうと思いかけたが、あのロウの声であり、ロウがすぐそばにいると自覚した瞬間に、ジャスランは全身を恐怖に包まれてしまった。

 

「ひあああっ、ご、ごめんなさいいい、わんわん、わんわん」

 

 勝手に自分の口が謝罪の言葉を喋り、その場に腹ばいにうずくまってしまった。

 恐怖で身体が凍りついたようになったのだ。

 

「いい具体に仕上がったか、エリカ?」

 

 ロウが笑いながら言った。

 

「まあ、コゼが頑張りましたし……」

 

 エリカだ。

 

「ご褒美くださいね、ご主人様」

 

 コゼは媚びを売るような口調だ。

 どうでもいいが、本当にこの小娘は、ロウに対してだけは態度を豹変させる。

 

「後でな、コゼ」

 

「約束ですよ」

 

「わかったよ。じゃあ、マーズ、来い。お前は頑張ったから精をやろう。何度も声をあげずに絶頂できたしな。俺の精は受ければ受けるほど、強くなるぞ」

 

「はい、先生」

 

 すると、女がロウに覆いかぶさるような物音がした。

 なにをどうしているのかわからなかったが、目の前でセックスをしているのか?

 

「んんっ、くっ、くふうう……」

 

 か細い息の音がして、ぺたんぺたんという肉と肉が擦れるような気配が続く。声はないが、かなり女の息は荒い。

 マーズというのは、やたらに筋肉のあった身体の大きな人間族の少女だろう。

 ロウはソファに座っていたと思うので、もしかして、座っているロウに前から抱きついてセックスをしているのか?

 なんとなく、そんな感じだ。

 

「いけっ」

 

 ロウが声をだした。

 

「んんんっ」

 

 マーズの息むような声……。

 そして、大きく絶息するような音も……。

 

「ほら、ガド。いまのが見本だ。また夜に試してやろう」

 

「あん、それまでお預けですかあ……」

 

 ガドと呼ばれた女が甘えるような口調で声をあげた。

 続いてロウの笑い声もする。

 

「じゃあ、ジャスランだな……」

 

 すると、ロウがやっとジャスランに声をかけた。

 

「ひうっ」

 

 その瞬間、またしても恐怖が身体に走る。

 ジャスランは震えあがってしまった。

 

「ロウ様、ジャスランには隷属の首輪を刻み終わってます。すべての人間に従うようにも命令をしました」

 

「わかった、エリカ。ありがとう……。さて、ジャスラン」

 

「ひっ、は、はいっ……。あっ、わんわん」

 

 恐怖で反射的に返事をして、すぐに“わんわん”と付け加える。

 とにかく、このロウにだけは、もはや、逆らう気持ちも、憎悪の感情も出てこない。

 ただただ、怖い──。

 それだけだ……。

 

「そろそろ、セックスがしたいか? そんなに腰をくねらせているけど」

 

 ロウが笑った。

 自分の腰が動いているのだと、そのとき悟った。

 股間もお尻も火がつくほどに痒い。

 それを癒してもらいたいとは強く思っている。

 しかし、もしかして、ロウが犯してくれるのか?

 自分でもわけのわからない嘉悦が身体に迸ったのがわかった。

 

 こんな人間族に犯されるのは屈辱そのものであり、死に勝る苦悶のはずだ。

 それは認識しているが、それとは別に、目の前にいるらしいロウに犯されることを渇望している自分もいる。

 

 頭の中に、だいぶ前に一度口から飲み干した精の味が蘇ってきた。

 恥辱そのものだったが、一方であれほどの甘美なものは味わったことはなかったと思った。

 もしかして、目の前でやっていたらしいセックスをジャスランにもしてくれるのか?

 ジャスランの本能がそれを欲しいと思った。

 

「セ、セックス……したい……」

 

 ジャスランは声をあげた。

 すると、ロウが笑ったような気がした。

 

 

 *

 

 

「セ、セックス……したい……」

 

 目の前で手足の短い犬のように腹ばいになっているジャスランが言った。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

 エリカとコゼとシャングリアによるいたぶりにより、かなりの「牙」を野獣のようなジャスランから抜くことができたみたいだ。

 もっとも、このジャスランの本質は、持続しないその場その場の直情的な感情だ。

 いまは屈服した感じになっているが、ほかの感情があれば、すぐにそれを忘れてしまう動物的な移り気の性質である。

 

 もしも、違う状況で出会えば、調教のしがいのある面白い素材かもしれないと感じたが、シャングリアやエリカをあんな惨い目に遭わせたジャスランを一郎は許すつもりはない。

 セックスをしたいと言わせたのは、三番目の刑罰の仕上げとしてであり、四番目の刑罰の始まりとして確認しただけだ。

 別にセックスをするのが一郎とは言っていない。

 

 ただ、ジャスランにそう口にさせるのは簡単だった。

 すでに淫魔術で結びついているジャスランの頭に、ロウの精液に対する乾きのような激しい中毒のような衝動を発生させればいい。

 理性の強い者なら、それでも自分を抑制できるが、この動物のように直情的なジャスランには、およそ我慢するということなどできない。

 だから、簡単に憎悪の対象であるはずの、一郎とセックスをしたいと口走ってしまうのだ。

 

 とにかく、三番目の奴隷の首輪の罰に対して、四番目は傭兵たちによる明日の朝までの輪姦だ。

 人間族嫌いのジャスランにとっては、人間族の男に犯されて腰を振るのは屈辱だろうと思う。

 痒みはいずれは癒えるが、沸騰するような性の疼きは、一郎が解除しない限りにそのままだ。

 どんなに嫌がっても、いまのジャスランは男に犯されれば快感から逃げられない。

 明日の朝に我に返れば、さぞや恥辱が甦ることだろう。

 

「わかった。じゃあ、思う存分にセックスさせてやろう……。ガド、傭兵隊長を言球で呼んでくれ……。それと、天幕の結界も解除な」

 

 言球というのは、伝言用の魔道通信だ。

 伝言を伝えたい者に透明の球体を飛ばして声を飛ばすという魔道である。

 魔道に長けているエルフ族の王宮である水晶宮では、日常的にその言球が飛び交っていた。

 

「はい、ご主人様」

 

 ガドニエルが嬉しそうに魔道で言玉を出す。どんなことでも、ガドニエルは一郎から命令を与えられることを喜ぶ。

 言球を出したガドニエルは、傭兵隊長にこの天幕に来るようにという伝言を入れ始める。

 

「マーズ、気分は悪いと思うが、ジャスランと傭兵たちの見張りを頼む。見ているだけでいい。間違って怪我をさせないようにさせてくれ。後でイットも向かわせる。大変だとは思うけど、夜にはさらに交代も送るから、みんなで明日の朝までジャスランを監督してくれ」

 

 一郎は亜空間からマーズの服と下着、そして、身体を拭く布を出して渡す。

 

「あっ、はい。わかりました、先生」

 

 マーズが急いでそれを身につけ始めた。

 また、一郎だけはガウンのようなものを出して、素早く身体に身につける。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、ロウ様。ここに傭兵隊長を呼ぶんですか? わたしたちの服は──?」

 

 エリカが声をあげた。

 それはそうだろう。

 ジャスランが全裸なのは当然として、エリカたちもまた身体の透けるキャミソール姿であり、しかも、下着も身につけていない。

 エリカだけでなく、ほかの女もびっくりしている。

 気にしてないのは、嬉々として魔道を込めているガドニエルだけだろう。

 

「恥ずかしければ、俺にしがみついて、入り口に背を向けていろ」

 

 一郎は意地悪く言った。

 

「ええ?」

 

 一郎の意地悪な物言いに目を丸くして一瞬硬直したのはエリカだ。

 一方で、一番早く動いたのはコゼだった。

 

「これよろしく、エリカ──。一番──」

 

 コゼはいままで持っていたジャスランの首輪を通してクリトリスの根元に繋がっている紐をエリカに渡すと、真っ先に一郎を正面から抱きつく位置を確保した。

 

「い、意地が悪いぞ──。エリカ、ジャスランの紐を頼む──」

 

 シャングリアも一郎に抱きついて身体を隠す態勢を作る。

 

「な、なんで──。ちょ、ちょっと待って、ガド──。言玉を飛ばさないでえ──」

 

 エリカが怒鳴ったが、そのときにはガドニエルはすでに言玉を発信してしまっていた。

 一郎はガドニエルを呼び寄せて、一郎に抱きつかせる。

 

「うわっ、そんな、ま、待って──」

 

 一方で、ジャスランの紐を放り出すわけにはいかないエリカは、完全に慌てている。

 全身を真っ赤にして、紐を握りつつ、手で胸や股間を隠している。

 やっぱり、エリカには羞恥責めが似合う。

 恥ずかしがる姿が一郎の好色を刺激する。

 

 また、マーズは服を身につけ終わった。

 これで、服を整えたマーズのほかは、ソファに座る一郎に三人のあられもない姿の女が天幕の入り口に背を向けてしがみつき、その前でジャスランの首の紐を持つ半裸のエリカだけが立つという状態になった。

 そこに、天幕の外から傭兵隊長の声がした。

 

「入ってください」

 

 一郎はあわてふためくエリカを無視して、返事をした。

 

「ひっ」

 

 エリカが短い声をあげた。

 一方で、ジャスランについては、状況を理解していないのか、なんとなく呆けている。

 

「エリカ、マーズに主人の権限を移して紐を渡せ──」

 

 一郎はエリカに声をかけた。

 エリカが慌てて、“主人”譲渡の宣言をジャスランにするとともに、紐をマーズに渡す。

 

 また、天幕に入ってきた傭兵隊長は三人の部下を同行させていた。

 隊長を含めた四人の傭兵が、一郎の周りにいる裸同然の女たちに一瞬驚き、続いて相好を崩したのがわかった。

 

「ロ、ロウ様の意地悪──」

 

 エリカが叫んで一郎にしがみついて身体を隠す。

 一郎は笑ってしまった。

 

「隊長、明日の朝までジャスランを預けます。まだ百人ほど残っていると思うから、こいつを輪姦してくれ。怪我だけはさせないように……。封じてはあるけど、こいつは血を流せば、それに命を繋ぐ能力を持っているんだ。そして、殺すなら殺していいけど、ただし、その時点で輪姦は終わりです……。それと、俺の女たちに監督をさせるから、彼女たちがなにかを言えば、それに従うように」

 

 一郎は言った。

 傭兵隊長と部下は、最初は怪訝な表情になったが、すぐになにを言われたのか理解したらしく、手足のなくなったジャスランを見て、にやりと微笑んだ。

 

「ほう、これを明日の朝まで? 好きにしていいと? 本当ですか、英雄様?」

 

 英雄様というのは、一郎のことだ。

 傭兵隊と男爵隊を制圧したのはブルイネンたちだが、彼女たちがなにを言ったのかわからないが、すっかりと彼らが一郎たちに降参してから、なぜか彼らが一郎のことを“英雄様”と呼ぶようになっていたのだ。

 なんと呼ぼうと気にするつもりはないから放っているが、“英雄様”というのは、揶揄されているのか、そうでないのか、微妙な感じだ。

 

「思う存分、いたぶってくれ。手足だけでなく、前歯も抜いてある。すでに、隷属の首輪で、誰の言葉でも従うように命令しているので、逆らうことでもできないはずだ。身体も丈夫だから、百人を一晩中相手にするくらいじゃ息もとまらないと思うよ」

 

「ありがたき……。じゃあ、受け取ります」

 

 傭兵隊長が頭をさげた。

 やっとジャスランは、自分が彼らに引き渡されるということを理解したみたいだ。

 事前に予告さえもしていたと思ったが、認識はなかったのだろう。

 急に顔を蒼ざめさせた。

 

「ま、待ってくれ──。いや、待ってください──。こいつらに私を渡すなど……」

 

 ジャスランが抗議した。

 だが、顔を引きつらせながらも、腰は激しい痒みと疼きのために動きまくっている。

 なんだか滑稽で面白い。

 

「わんわんじゃないのか、ジャスラン」

 

 紐を持っていたマーズが力一杯に紐を引っ張って、ジャスランの股間に激痛を与えたのがわかった。

 

「ひぐうううっ、わんわん、わんわん」

 

 ジャスランが絶叫した。

 

「ほう、愉快な仕掛けですね、奥方。どうか、それを受け取らせてください」

 

 傭兵隊長がマーズに手を伸ばした。

 

「お、奥方?」

 

 マーズは紐を渡しつつも、“奥方”と呼ばれて驚くとともに、照れたのか、顔を真っ赤にしている。

 ブルイネンは、一郎や一郎の女たちについて、傭兵たちにどういう紹介をしたのだろうと思った。

 まあ、騒動が収まって王都に戻れば、三人娘にマーズにイット、さらにガドニエルに加えて、一郎の子を妊娠したイザベラたちとは結婚するつもりなので間違いではないが……。

 

 そして、傭兵たちとマーズがジャスランを連れて出ていく。

 エリカが顔をあげた。

 

「ひ、ひどいですよ、ロウ様──」

 

 まだ顔を真っ赤にしている。

 

「ははは、だけど可愛かったぞ。ほら、みんなの服だ」

 

 一郎は亜空間から女たちの服を出してやった。



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615 一番奴隷の叱責

 ジャスランをひとまず傭兵たちに引き渡してから、一郎が向かったのは、ジャスランに身体を痛めつけられた女たち、つまりは、イライジャとスクルドとアルオウィンが養生している天幕だ。

 

 一郎たちがモーリア男爵からあてがわれた天幕は、大き目の天幕が十張ほどであるが、そのうちの六張をブルイネンたち親衛隊が使用し、残りはさっきの天幕が一郎用、これから向かう天幕を養生用として使うほか、残り二つを女たちに分けて使ってもらうことにした。

 とはいっても、いつもそうなのだが、夜になると女たちは一郎の天幕に集まって寝る傾向があるので、天幕をあてがっても使わない女たちは多そうだ。

 一郎が把握している限り、自分の天幕に戻ったのはユイナだけであり、さっきの天幕にいなかった残りの女たちは、こっちの養生用とした天幕に集まっているはずだ。

 

 また、一郎たちが宿営している天幕は、モーリア隊の中心にあり、モーリア男爵隊と彼が雇った傭兵たちによって囲まれているが、この場所そのものについては、呼ばれない限り立ち入らないように、男爵が全員に申し渡した。

 従って、一郎たちが歩くほかには、人の気配を近くに感じない。

 辛うじて、遠くの樹木の外側から、男爵の兵や傭兵たちが夕餉を支度する声が聞こえてくるだけだ。

 あの遠くの喧噪の中に、傭兵隊長に連れていかれたジャスランも混じっているのだろう。

 

 一郎が養生用の天幕に向かうと言うと、当然のように、三人娘とガドニエルもついてきた。

 ガドニエルなど、性交の余韻で足元がふらついていたので、そのまま休んでいろと言ったが、断固として一緒に来るときかなかった。

 本来であれば、エルフ族の親衛隊に世話をされるべき女王なのだが、それらを断わり、逆に一郎に家人のようにかしずいてくる。

 まあ、可愛いものだ。

 

 周囲はすでに夕方の薄暗さを迎えていた。

 夜のジャスランとの対決に続き、昼間のうちに男爵との交渉を終え、さらに、ジャスランへのお仕置きを長々とやって、いまはもう夕方になっていた。

 その時間のあいだに、モーリア男爵は、すでに隊を半分に縮小し、国境内の自領に向かわせていた。

 一郎の求めに応じて、王国内の情報を集めるためだ。

 

 ジャスランに操られて、ずっとこの森に入りっぱなしだった男爵は、国境の内側であるハロンドール国内のことを全く掴んでいなかったのである。

 男爵が知っている最後の情報は、アネルザの実家であるマルエダ辺境候が近隣の貴族軍を集める傍ら、一郎の身を確保すれば、すぐさまに辺境候に知らせて、必ず一郎を合流させて欲しいという要求を受けたことだそうだ。

 十中八九、辺境候がチャルタとピカロに操られた影響だと思う。

 さもないと、一介の冒険者上がりの下級貴族でしかない一郎の身柄を辺境候が欲しがるわけがない。

 

「入るよ」

 

 一郎は女たちとともに、養生用天幕に入った。

 一郎たち用の四個の天幕については、他人が勝手に出入りできないように、各天幕には施錠としての結界をガドニエルに作らせてはいるが、一郎たちについては問題ない。

 出入口になっている覆いを開いて中に入る。

 内側は、一郎の亜空間収納で運んでいた簡易寝台が五個ほど並んで、さらにさっきの天幕同様にソファが並べられている。

 食べ物、飲み物、無論、病人が口にできるような柔らかいものもふんだんに揃えて置いていた。

 ここに集まっていた女たちも、それなりに口にしたようである。

 ちょっと安心した。

 

「ロウ様──」

 

「ご主人様──」

 

 最初に気がついたのは、ソファに腰掛けていたミウとイットだ。

 アルオウィン、イライジャ、スクルドについては、寝台に横になっていた。もっとも、三人とも、もうかなり回復していると思う。

 ガドニエルほどではないが、ミウもすでに、かなりの治療術の遣い手だ。

 横になっていはいたが、三人ともすでに元気になっているように思えた。念のためのステータスを覗くが問題はなさそうだ。

 まあ、アルオウィンはジャスランにうまく立ち回って、ほとんど身体の故障はなかったから、そもそも元気だ。

 衰弱していたのは、失明と合わせ、熱気の中で幾日か不眠に近い強制労働を強いられたイライジャと、唐辛子汁で内臓まで痛めつけられたスクルドなのだが、なんとか回復したようだ。

 

 もっとも、スクルドの両腕だけはまだない。

 これはジャスランの操りによってエリカが切断したものだが、一郎の指示によって、ミウには回復を許可しなかった。

 まあ、シャングリア同様に、スクルドの両腕も一郎が生やすつもりだ。

 ただ、しっかりと腕のないスクルドを愉しんでからだが……。

 

「あっ、ご主人様、こ、今回のことはわたしのせいで……」

 

 そのとき、横になっていたスクルドが起きあがって、寝台の上で正座をして頭を深々と寝台につける仕草をした。

 どうやら、今回の騒動の原因の一端が自分にあり、しかも、ジャスランと揉めたことを下手に秘密にしようとしたことから、ジャスランの罠に迂闊に嵌まることになったという自覚はあるようだ。

 それはいいが、気になったのは、スクルドが一郎の後ろにいるエリカやシャングリアに、まったく声を掛けようとしていないことだ。

 一郎は嘆息した。

 

 スクルドにはこういうところがある。

 一郎を一途に慕ってくれるのは嬉しいのだが、そもそも、そのスクルドの性格が今回の騒動を呼んだといっていい。

 おそらく、スクルドは、今回のことを隠したというよりは、端から興味がなかったのだろう。

 だから、忘れていたというよりは、ジャスランの憎悪など気にも留めてなかったのだと思う。

 そして、いまもそれが出ている。

 

 しかし、本来であれば、一郎に謝罪するよりも先に、スクルドは迷惑をかけたほかの女たちに謝らなければならないはずだ。

 エリカにもそうだし、シャングリアにもそうだ。

 特に、シャングリアなど、ジャスランの炸裂環により寸刻みで両腕と両脚を爆破して千切られるという恐怖を受けた。

 一郎がマーズに指示して、シャングリアを連れ出したのは、ここからではなく、一郎たちがさっきまでいた天幕からだ

 男爵たちとの交渉があったので、念のためにマーズとシャングリアについては、そっちで待っていてもらっていたのである。

 だから、実はジャスンランを捕らえてから、スクルドとシャングリアが顔を合わせるのは、一郎と同様に、これが初めてのはずなのだ。

 

「アルオウィン、今回のことはありがとう。アルオウィンのおかげで全員の命が助かったと思う」

 

 一郎はわざと声をかけてきたスクルドを無視して、気配で起きたらしいアルオウィンに声をかけた。

 

「あっ、いえ……」

 

 アルオウィンが顔を赤らめる。

 ガドニエルにはすぎた部下であるアルオウィンは、パリスとダルカンから救ってくれたのを恩に思ったのか、自ら一郎を訪ねて性奴隷になりにきた。

 しかも、かなりのおしゃれをして……。

 当初は、一郎はそんなに真面目にならなくてもいいと断ったのだが、そうではなくて、一郎の女のひとりになりたいのだと、土下座せんばかりにお願いされてしまった。

 結局、一郎はアルオウィンを受け入れ、いまは、一郎の女のひとりだ。

 あのノルズもそうだが、この百戦錬磨の女諜報員も、一郎の前では初心(うぶ)な態度をとるのがいじらしく思う。

 

「あのう、ご主人様……」

 

 一郎が移動したために背中側になっているスクルドが再び声をかけてきた。

 だが、一郎はまたしても無視した。

 

 もちろん、あとでしっかりと慰めるが、一郎としても罰を与えないと、ほかの女の手前、むしろ歪なしこりを残すことになる。

 もっとも、罰とはいっても、少しばかり意地悪に無視することくらいしか思いつかない。

 いつもの「調教」だと、そもそも、あれ自体が本来は「罰」のようなものなのではあるが、一郎としては、自分の性癖を剥き出しにした愛し方であり、心情としては罰ではなく、心からの愛情表現のつもりだ。

 誰がなんと言おうと……。

 だから、本気で罰を与えるときとは、混在したくはないという気もある。

 

 まあ、どうするか……。

 とにかく、とことん無視してみるか……。

 一郎は、イライジャに視線を向ける。

 

「見えるようになったか? 具合はどうだ、イライジャ」

 

 イライジャは、一郎がわざとスクルドを無視しているのがわかったのだろう。口元でくすりと笑ったのがわかった。

 

「問題ないわ……。だけど、まだ身体もだるいわね。ミウによれば、かなり酷かったみたいね。だから、今夜は手を出さないでね」

 

「残念だ……。だったら、今回の功労賞セックスは、アルオウィンだけにするか。アルオウィン、後でいいな。たまにはふたりきりだ」

 

 一郎は軽口を言った。

 

「は、はいっ」

 

 アルオウィンが顔を真っ赤にした。

 一郎はちょっと笑ってしまった。

 

「あのう……」

 

 そのとき、またもやスクルドの声がした。

 今度はかなり涙声になっている。

 結構、無視が効いているのか?

 一郎は思った。

 

「ふ、ふたりきり──。ア、アルオウィン、ちょっとその権利を……」

 

「こんなときに、女王権力を使わないのよ、ガド──。慎みなさい。大して活躍できなかったんだから」

 

「活躍しましたわ、コゼさん。わたしなりに……」

 

「はいはい」

 

 ガドニエルとコゼが軽口を言い合った。

 それにしても、人見知りの強いコゼが、このガドニエルとはあっという間に仲良くなったものだと思った。

 まあ、それも、ガドニエルの魅力なのだろう。

 

「ロウ様、イットをマーズのところに送るんですよね」

 

 そのとき、エリカが不意に声をかけてきた。

 

「ああ、そうだった。イット、頼みがある……」

 

 一郎は簡単にイットに説明した。

 ジャスランには、一郎たちに対する復讐の見返りに、十の難行として、いまは四番目の輪姦をさせているということ……。

 そして、傭兵たちが暴発しないように、一応の見張りをする必要があるが、いまはマーズが行っていて、一緒に見張りをして欲しいと説明した。

 これは夜通しの仕事になるということも付け加える。

 

「了解しました」

 

 イットはすぐに立ちあがった。

 

「待って、ミウも一緒に行って。後でわたしが代わるから……。魔道を遣う者が必要になるかも……」

 

 すると、エリカが横から口を挟む。

 魔道遣いがいた方がいいことについては、確かにもっともだと思ったが、夜通しの仕事にミウを巻き込むつもりがなかったために、ちょっと一郎は躊躇した。

 しかし、なんとなく、エリカの口調に断固としたものがある気がして、一郎はそのままにさせた。

 イットとミウが天幕を後にする。

 すると、つかつかとスクルドの座る寝台に歩いていったエリカが、スクルドの胸倉を掴んで力いっぱいに平手打ちをした。

 

「あびいっ」

 

 容赦のない打擲だった。

 吹っ飛ばされたスクルドは、腕がないので庇うこともできずに、そのまま寝台の下に転げ落ちた。

 そのスクルドをエリカは片手で掴んで引き起こし、再び平手打ちにする。

 

「ひぶうっ」

 

 今度は寝台に飛ばされたスクルドが寝具の上に横倒しになる。

 

「いい加減にしなさいよ、スクルド──。あんた、ロウ様に謝るのはいいけど、シャングリアにひと言もないというのはどういう了見よ──。そもそも、ここで待っているあいだ、イライジャやアルオウィンに謝ったんでしょうねえ──。あんたが、ジャスランとのことを黙ってなければ、彼女たちはあんなことにはならなかったのよ──」

 

 ものすごい剣幕だ。

 そして、一郎は、エリカがこのために、イットだけでなくミウも天幕から追い出したのだと悟った。

 ミウにとってスクルドは魔道の師匠だ。

 その彼女の前で、スクルドを叱り飛ばしたくはなかったのだろう。

 

「あっ」

 

 寝台に倒れていたスクルドがやっとはっとした顔になった。

 その顔には、エリカの平手による痣で赤くなっている。

 スクルドは慌てたように、シャングリアやイライジャたちに向かって、寝台の上で頭をさげる。

 

「シャングリアさん、どうか……」

 

 スクルドが頭をさげたが、そのスクルドの襟首を後ろから掴んで、エリカが地面に放り捨てた。

 

「きゃああああ」

 

 スクルドがひっくり返る。

 しかも、丈の短くない貫頭衣が捲れて、スクルドの白いお尻が露わになった。

 一郎は不謹慎ながらも、ちょっと欲情しそうになった。

 それにしても、すごい剣幕だ。

 怒ったときのエリカは、こんなに怖いのかと、一郎は改めて認識してしまった。

 

「高いところから、謝るってなによ──。地面におりなさい──」

 

 エリカが怒鳴った。

 あまりのエリカの激怒に、いつもの人を食ったような天真爛漫さは影をひそみ、スクルドも顔を蒼くしている。

 そして、スクルドが姿勢を整え直して、その場に正座をして頭をさげる。

 

「ま、まずはシャングリアさん……。申し訳ありません。全部わたしが悪いんです……」

 

 スクルドが申し訳なさそうに言った。

 本質的には優しいし、思いやりもあるスクルドだ。ただ、一郎が絡むと、どうにもほかのことがみえなくなるだけのことなのだ。

 いまのスクルドは、本気で謝っている。

 

「いや、待ってくれ、スクルド──。頭をあげてくれ。謝ってもらうことはなにもない。わたしがジャスランに囚われて、ひどい目に遭ったのは、戦士としてのわたしの失敗だ。むしろ、わたしの不面目のせいで人質になってしまって、スクルドにも迷惑をかけた。すまなかった。もちろん、エリカにも申し訳なかった」

 

 すると、シャングリアがスクルドと同じように、地面に膝をつけて深々と頭をさげる。

 いわゆる、“土下座ポーズ”だ。

 これには、一郎も驚いた。

 

「そ、そんな……」

 

 逆に謝られてしまい、スクルドは戸惑っている。

 

「とにかく、お互いだから、謝らなくてもいい……。頭をあげるがいい。さもないと、わたしも、頭をあげられない」

 

「シャングリアさん……」

 

 スクルドが頭をあげた。彼女は呆気にとられた顔になっている。

 しかし、すぐにはっとしたように、今度はイライジャに身体を向けた。

 

「ふふふ、そう言われると、わたしもスクルドさんに謝ってもらうわけにはいかないわね。もともと、わたしの不手際が原因だものね。男爵が操られると気がつかずに、交渉に応じてしまったのはわたしの判断よ……。みなさん、ごめんなさい。だけど、エリカ、寝台から引きずり落とすのは堪忍よ。まだ身体がだるいのよ……」

 

 イライジャがその場で頭をさげた。

 軽口は、周りを和ませるためだろう。

 

「そ、そんなことしないわよ、イライジャ」

 

 エリカが赤くなっている。

 

「あっ、だったら……」

 

 スクルドは、今度はアルオウィンの寝台に向かって向き直る。

 だが、スクルドが言葉を発する前に、アルオウィンもまた、先に口を開く。

 

「もちろん、わたしの失敗でもあるわね。プロの諜報員として、あんなにあからさまな罠に嵌まるなんて恥ずかしいわ……。みんなとの最初の仕事だから、絶対に成功させたかったんだけどね……。みなさん、申しわけありません……」

 

 アルオウィンも頭をさげた。

 一郎はぱんと手を叩いた。

 

「じゃあ、これで手打ちとしよう。いずれにしても、俺たちは家族だ。いちいち失敗したことを謝り合うのはやめよう。失敗にはな──」

 

 一郎は大きな声で言った。

 頭をさげ合っていた女たちが頭をあげる。

 

「あ、あのう、でも……」

 

 スクルドは戸惑っている。

 しかし、一郎はスクルドに近づいて、短くなった腕に手をやってその場に立たせる。

 

「終わりだと言っただろう。失敗については謝罪もなしだ。今回のことについてはこれで終わりにしよう。今回のことについてはね……。さっきは無視して悪かったな。今回の一件に対する罰のつもりだったが、エリカが叱ってくれたんで、もうなしだ」

 

 一郎は“今回”という言葉に力を込めて言った。

 しかし、スクルドにはなにも伝わらなかったようだ。

 

「ご、ご主人様……」

 

 スクルドは眼に涙を浮かべている。

 

「いいえ、まだです──」

 

 そのとき、エリカが横から強い口調で口を挟んだ。

 

「エリカ、もういいじゃないのよ。ご主人様も手打ちって言ってるんだから」

 

 たしなめの言葉を言ったのはコゼだ。

 しかし、エリカは首を横に振った。

 

「そうじゃないの──。まだ、わたしの謝罪がまだよ。スクルド、操られていたとはいえ、あなたの腕を切断したのはわたしよ。腕がまだないから、わたしの顔でも身体でもどこでも思い切り蹴りなさい。そのために本気で平手をしたのよ。あなたが蹴ってくれなければ、わたしはあなたと元の仲に戻れない。お願い、わたしを蹴りなさい。魔道でもいいわ。好きにして──。ごめんなさい、スクルド──」

 

 エリカがスクルドの足元に土下座をした。

 

「エ、エリカさん?」

 

 スクルドはびっくりしている。

 一方で、一郎はちょっと笑ってしまった。

 だが、どこまでも律儀な性格なのだろう。

 エリカらしい……。

 

「……言われたとおりにしてやれ、スクルド……。確かに、エリカとしては、お前に叱られないと気が済まないだろう。なにも思うことがないなら、むしろ、エリカを打ってやれ。電撃でいい」

 

 一郎は躊躇しているスクルドに言った。

 スクルドは、少し迷ったようになっていたが、すぐに意を決したように小さく頷いた。

 そして、うずくまっているエリカに電撃を放った。

 

「うぎゃああああ、ひぎいいいいいい」

 

 土下座をしていたエリカがその場で身体をのけぞらせて絶叫した。

 しかし、すぐに電撃はやんだみたいだ。

 エリカが脱力する。

 

「よし──。じゃあ、今回の件は、これで全員が恨みっこなしだぞ。誰も何も悪くない。悪いのはジャスランだ。もう、スクルドにも文句を言うな……。さて、じゃあ、スクルドには改めて訊ねたいことがある。まずは、ここに正座してもらおうか」

 

 一郎はそう言って、亜空間から“拷問用”の特殊な台を出した。

 この世界には畳はないが、畳み半分くらいの大きさであり、周囲を金属で囲んだ枠で、床の部分には三本の細い金属の丸い管を横に並べてある。

 つまりは、そこに正座をすると、正座をした膝や脛に管が喰い込んで、痛みが走るようになっているというものだ。また、台の周囲には、金属の縦棒があり、それが天井方向に膝下くらいの高さまで突き出ている。

 

「えっ?」

 

 スクルドがちょっと戸惑ったのがわかった。

 しかし、一郎は容赦なく、収納術でスクルドから貫頭衣を奪って全裸にする。

 

「きゃっ」

 

 いきなり裸にされ、スクルドは本能的に裸体を隠そうとする仕草をする。しかし、腕がないので、片脚を少し曲げて股間を隠すような恰好になった。

 

「早くしろ、スクルド。一度で命令をきけないのか?」

 

 わざと冷たく言った。

 

「い、いえ、もちろん、ご命令には……」

 

 スクルドが腕のない裸身を金属管の上に正座させる。

 座ると痛みが走るのか、ちょっとだけ、スクルドが顔をしかめた。

 

「あ、あのう……。手打ちじゃなかったんですか……? これはスクルドの罰ですか?」

 

 エリカが心配そうに口を挟む。

 だが、一郎は首を横に振る。

 

「もちろん、今回のことは終わりだ。一切の罰も改めて与えるつもりもないし、そもそも、全責任は俺にある。ジャスランの件で、スクルドに罰なんて与えるつもりはない」

 

「だったら……」

 

 なおも口を挟もうとするエリカを制して、一郎は亜空間から大きな石の板を出した。

 しかも、スクルドに座らせている金属台の真上にちょうど嵌まるように出現させる。石の板にはかなりの厚みがあり、台の周囲からのところどころから突き出ている縦棒に嵌まるようになっているので、金属台の上から落ちることはない。

 そして、石の板と金属台のあいだには、スクルドの脚があり、凄まじい重さをスクルドの正座の脚に加えたはずだ。

 

「あっ、ぐうううっ」

 

 さすがにスクルドが呻き声をあげた。

 だが、一郎は二枚目の石の板をさらに出した。

 

「ああああああっ」

 

 全身を真っ赤にしたスクルドが途端に、脂汗を身体中から放出し始める。

 一郎は構わず、その石の板の上に無造作に腰掛けた。

 

「あがああああ」

 

 スクルドが全身をのけぞらせて悲鳴をあげた。

 だが、一郎は倒れかけるスクルドの首に鎖付きの首輪を出現させると、スクルドが上体を倒せないように、鎖でぐっと首を引き寄せる。

 

「ロウ様?」

 

「ご主人様?」

 

「えっ、ロウ?」

 

 さすがに三人娘がびっくりして声を出す。

 ほかの女たちもいきなりの一郎の蛮行に驚いている。

 しかし、一郎はそれを制する。

 

「スクルド、ジャスランの件は終わりだと言ったけど、別件は違う……。お前、俺に隠していたことがあるんじゃないか? ジャスランが訊問のときに口にしてたんだけど、王都で変わったことしたんだってなあ。園遊会で令嬢を集めたとか……。さて、詳しく語ってもらおうか」

 

 一郎は言って、わざと腰掛けている石の板に体重をかけて大きく揺らしてやった。

 もちろん、これは本気の罰ではない。

 それにかこつけた「調教」遊びだ。

 まあ、本気の罰がただの「無視」で、本気でない罰は「石抱きの拷問」とは、やっぱり一郎も随分と歪なのかもしれないが……。

 

「ひぐううう」

 

 そして、さすがに、スクルドも顔を引きつらせて、苦悶の悲鳴をあげた。



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616 横は懲罰、縦も懲罰

「ロ、ロウ様──?」

 

 いきなり手酷い拷問をやり始めた一郎に、エリカが目を丸くした。ほかの女たちも、びっくりしている。

 しかし、一郎のすることだから、強引にとめるということまではしない。

 

「コゼ、これを台の前側に繋いでくれ」

 

 一郎は、二枚もの石の板を正座をしている腿の上に乗せられ、さらに一郎に体重をかけられているスクルドにしている首輪に繋がる鎖をコゼに手渡した。

 台の前側部分に、金具があり、そこに鎖が繋げられるのだ。

 

「あっ、はい」

 

 さすがにコゼもたじろぐ感じだ。

 しかし、コゼは一郎から受け取った鎖を言われたとおりに繋ぐ。一郎は同時に、淫魔術でスクルドの魔道を一時的に封印した。

 これで、スクルドは前屈みの姿勢を崩すことはできない。

 また、スクルドは胸が大きいので、前屈みにさせると、重ねて置かれた石板に二つの乳房を載せたみたいになった。

 なかなかに風情のある光景だ。

 

「あ、あの……、え、園遊会に……ついては……」

 

 スクルドが歯を喰いしばるような感じになりながらも、必死に口を開く。

 観念して喋るつもりなのだろう。

 

 とにかく、一郎がやった訊問のときに、ジャスランが口を滑らせたのは、サキが一郎の後宮にするのだと称して、王都にいる貴族令嬢を集めて、奴隷調教をしているという話だ。

 ジャスランは、別にそのことを語ろうとしていたわけじゃないが、王都でサキと一緒にいる“ラポルタ”という眷属について知っていることを全部語れと強要したときに、“園遊会事件”のことを口にしたのだ。

 

 つまりは、その園遊会で集めた人間族の貴族娘の実質的な管理も、そのラポルタというサキの眷属がやっているとジャスランは言ったのである。

 だが、一郎は、貴族令嬢を集めて調教をしているという話に驚愕して、耳を疑った。

 しかし、どうも本当らしかった。

 

 さらに、話を詳しくさせると、どうにも、スクルドがこれに関与していた気配もある。

 少なくとも、スクルドはその園遊会で集められている王宮から、ジャスランとともに出立しているみたいだ。

 知らなかったわけがない。

 どうして、これまで一郎に、それを教えなかったのか知らないが、まあ、ジャスランのときと同様に、所詮は余事として気にしてなかったのかもしれない。

 それとも、一郎がそういうことを嫌って怒ると気がついて口をつぐむことにしたか?

 まあ、しでかしたことについては、怒っているが……。

 

「園遊会って、なに?」

 

 イライジャが口を挟んできた。

 やっと、一郎の訊問に対して、スクルドの反応が不自然であることに感づいたのだろう。

 

「園遊会とはなんのことよ、スクルド?」

 

 エリカも口を挟んだ。

 一郎がジャスランにこれを訊問していたときには、エリカたちは一時的に離れていた。

 だから、現段階でこれを承知しているのは一郎だけなのだ。

 

「そ、それは……、あぐうううっ」

 

 スクルドが喋ろうとした。

 しかし、一郎はわざと腰を揺すって、石の板を動かす。

 スクルドは苦悶の声をあげて、言葉を中断させてしまった。

 

「まだ、語るのは早いぞ。シャングリア、あの燭台を持って来てくれ」

 

 天幕の隅には、金属製の蝋燭立てがある。

 左右に伸びた細い板の上の左右に四本ずつ、合計で八本もの太い蝋燭が並んでいた。

 これについてはモーリア男爵がもともと置いていたものであり、天幕とともにそのまま使わせてもらっていた。

 

「これか?」

 

 シャングリアが怪訝そうな表情ながらもそれを持ってくる。

 

「ありがとう」

 

 一郎はそれを受け取ると、燭台の脚の部分と蝋受けの下の皿を取り外して、細い板と火のついた蝋燭(ろうそく)だけにする。

 そして、板をスクルドの口に近づけた。

 

「ほら、口を開け、スクルド……。俺がああいうことを嫌っているということを、ガドとノルズが親衛隊でやろうとしていたことを叱ったと耳にして知っていただろう? どうして言わなかった? いや、まだ喋るな……。いいから、これを咥えていろ。話はしばらくしてから訊ねてやろう」

 

 強引にスクルドに燭台の板を咥えさせる。

 

「う、ううっ」

 

 スクルドが呻き声をあげる。

 細い板だが、口だけで咥えるには、燭台はそれなりに重い。

 蝋燭も八本もあるので、かなりバランスもとりにくいはずだ。もちろん、火がついているのでかなり熱いと思う。

 そして、ちょっとでも傾いてしまうと、容赦なく垂蝋が肌に落ちる仕掛けだ。

 

「さあて、困った元神殿長様には、後ろと前の穴に贈りものをしてやろう。女淫玉といって、これを入れられると、そこが疼いて疼いて仕方がなくなる。とりあえず、後ろからだな」

 

 一郎は亜空間から子供のこぶし大の女淫玉という淫具を出す。

 特別な微振動と波動を発して、女の性感を強烈に刺激するという淫具である。

 

「いいか、スクルド」

 

 一郎は一度亜空間に収容して、淫魔術を遣ってスクルドのお尻の中に再出現させる。

 

「うぐううっ」

 

 スクルドがびくりと動く。

 その動きで八本の蝋燭から大量の(ろう)の滴がスクルドの肩、胸元、乳房に注ぎ落ちた。

 

「んぎいいいっ、んぐうううう」

 

 スクルドが熱さに悶える。

 だが、その動きでまたもや熱い蝋が垂れ落ちる。

 

「んふうううう」

 

 スクルドが燭台を咥えたまま大きな呻き声をあげる。

 だが、今度は動かなかった。

 熱くても顔を動かすと、蝋が落ちてくるということを学んだのだろう。

 

「いい子だ。離さないのは偉いぞ。ちゃんと最後まで耐えたら不問にしてもいい。それとも、こんな意地悪をされて、嫌になったのなら、口から離して嫌だと叫べ。淫魔術の縛りを解いて開放してやる」

 

 一郎の意地悪な物言いに、スクルドが衝撃を受けた顔になるとともに、必死に燭台を噛む口に力を入れたのがわかった。

 

「あ、あのう……、スクルドはなにをしたんですか?」

 

 押し黙ったみたいになっていた女たちを代表するように、エリカが口を挟んできた。

 いまや、寝台にいたイライジャやアルオウィンを含めて、全身が一郎とスクルドの周りに集まってきている。

 

「スクルドというよりは、サキだな……。まあ、いまのところ、情報源がジャスランだけだから、スクルドにも訊ねないとならないけどね」

 

 一郎は、二個目の女淫玉を出すと、さっきと同じように、今度は膣の深い場所で子宮のすぐ近くに、女淫玉を転送させた。

 

「んひっ」

 

 スクルドが顔が仰け反って傾いた。

 大量の蝋がまたもや、スクルドの大きな乳房を中心として落ちていく。

 

「んぐううううう」

 

 スクルドが痙攣をしたように身体を震わせる。

 もはや、スクルドの身体は真っ赤であり、脂汗でびっしょりだ。

 これは、石抱きの苦しさだけじゃない。

 身体の狂おしいばかりの性の疼きのせいでもある。

 

 前後の穴に入っている女淫玉は、早くもスクルドをかなり追い詰めているのだ。

 一郎はそれを知っている。

 ステータスを読んでも、なにも刺激しないのに、あっという間に“快感値”は“30”を下回り、いまでもどんどんと数字を減らしている。

 快感値が“30”というのは、すでに挿入可能なくらいに濡れているということであり、これが“0”になれば絶頂状態ということになるのだが、放っておいても、それに近いくらいまではいきそうだ。

 余程にこの女淫玉は効果があるみたいだ。

 

 能力があがって淫具作りにも、抜群の力を発揮するようになったクグルスの試作品であり、超微振動で特別な波動を発して、女の肉体を内側から激しく疼かせる効果があるとクグルスは言っていた。

 あいつの言葉そのものを使えば、性を知らない童女でも、寝たきりになった老女でもたちまちに喘がせる淫具だと称していたので、すっかりと一郎に調教された熟れた身体のスクルドにはつらいだろう。

 その証拠に、スクルドの乳首は、ぴんと勃起して、よく見ると先端から薄っすらだが乳液のようなものまで滲ませている。

 

 一郎は、今度は亜空間から一本の羽根を出した。

 長めの柄がついていて、一郎が座ってる場所から十分にスクルドの肌をくすぐることができるくらいの長さになっている。

 それで、スクルドの乳首をくすぐってやるつもりだ。

 いまのスクルドには、鞭よりもこっちが効くと思う。

 

「さて、スクルド、質問だ。首を横に振るか、縦にするかで答えろ。いいな」

 

 一郎は意地悪く言った。

 この状態で首を振れば、熱い蝋がスクルドの柔肌を襲う。ましてや横など言語道断だろう。

 だが、スクルドも答えないという選択肢は存在しないことはわかっていると思う。

 

「返事は──?」

 

 一郎はスクルドの乳首をさわさわと羽根でくすぐってやる。

 しかも、くすぐると同時に、淫魔術で乳首の感度を十倍にした。さらに絶頂するときに、男の射精のように乳液が飛び出すようにもしてやる。

 単なる思い付きだが、ちょっと面白かと思ったのだ。

 

「んぐううう」

 

 羽根の刺激に、スクルドが眼を見開いて、頭を横に振った。

 ほとんど無意識だろう。

 その瞬間、ぼたぼたと一斉に蝋が落ちる。

 

「うぐうう」

 

 汗びっしょりの顔が苦悶に歪む。

 

「おっ、逆らうのか? じゃあ、ここでスクルドは解散ということでいいな」

 

 一郎は意地悪く言った。

 スクルドが涙目になる。

 

「んんっ、んんんっ……、んぐうううう──」

 

 今度は必死の形相で首を横に振った。

 すると、蝋が肌にまたもや大量に落ちる。

 スクルドが呻いた。

 

「じゃあ、答えるな?」

 

 スクルドが首を縦に動かす。

 またもや、熱い蝋がぼたぼたとスクルドの乳房に落ちる。

 

「んぐうううっ」

 

 スクルドの顔が苦悶に歪む。

 

「いいだろう、じゃあ、園遊会のことだ。サキは俺への贈り物にすると称して、王都の貴族令嬢を大量に集めて、王宮で性奴隷調教をしている……。そのことに間違いないか?」

 

「んっ、んんっ」

 

 スクルドが今度は首を縦にゆっくりと動した。

 激しく動かすと、蝋が垂れるので、そうしているのだろう。

 だが、それを許すほど、一郎も優しくはない。

 一郎は体重をかけている石板に座り直した素振りをして、石板を揺らす。

 

「ふぐううう」

 

 座っているだけで脛と膝に喰い込む金属管がスクルドに激痛を走らせたはずだ。

 スクルドが大きな呻き声をあげた。

 それとともに、蝋がまたもやスクルドの肌に垂れ落ちる。

 

「蝋がついているな。落としてやるよ」

 

 一郎は羽根を持ち返ると、柄の方を先にして、スクルドの乳首の周りについている蝋をこそぎ落とす。

 優しさでしているわけじゃない。

 落ちた蝋の上に新しい蝋が落ちても、熱さの衝撃は少なくなる。新鮮な熱い蝋が苛むように、古い蝋を落としたのだ。

 ついでに、さらにスクルドの乳房全体の感度を十倍にもして、全体をクリトリス並みに敏感な場所に変える。

 乳首など、肉芽そのものよりも敏感にした。

 そこを棒で擦る。

 

「うううううっ、んぐうう」

 

 スクルドは身体を弓なりにして、絶頂してしまった。

 その瞬間、両方の乳首からぴゅっと乳液が男の射精のように飛び出てきた。

 蝋が大量に落ちたが、今度はそれはスクルドは気にしなかった。

 絶頂感が熱さの苦しみを上回ったのだろう。

 

「わっ、な、なに──」

 

「どうした──?」

 

 びっくりして声を出したのはコゼとシャングリアだ。

 

「ロウ、あんたねえ……」

 

 一方でイライジャはちょっと呆れたような口調で口を挟んだ。また、その横のアルオウィンは、ちょっと顔をひきつらせている。

 一郎は苦笑した。

 

「ま、待って、スクルド、いまのどういう意味? 令嬢を集めたって、本当に? サキはそんなことしたの? ミランダとか、ベルズも知っているの?」

 

 エリカについては、ちょっと気色ばんだ感じで怒鳴った。

 

「ああ、そういえば、そんなことをご主人様が言ったわね」

 

 コゼだ。

 やっと、一郎が質問をした内容に意識が向かったのだろう。

 

「訊いてみるか? スクルド、これにミランダたちは関与しているか?」

 

 一郎は言った。

 スクルドが首を横に振る。

 かなり息が荒く、身体もつらそうだ。

 

「ううう」

 

 首を動かすと蝋が垂れて、またもやスクルド苦悶の声をあげる。

 

「だが、スクルドは知っていたな? 少なくとも、サキに反対をしなかった。もしかして、サキとミランダたちが仲違いしたとか言っていたが、直接の原因はこれじゃないのか?」

 

 一郎の質問に、スクルドが首を縦に振った。

 またもや大量の蝋が落ちる。

 

「ううううっ」

 

 スクルドが呻く。

 もうかなり意識が朦朧としている感じだ。

 涙だけでなく、鼻水も涎もすごい。

 

「ま、まあ、呆れた──。あんた、それを黙っていたの?」

 

 エリカが声をあげる。

 

「そういうことだな……」

 

 一郎は再び羽根でスクルドの乳房と乳首を刺激してやる。

 すでに性感帯のもやは、赤を通り越して、赤黒くなっているが、その中でも特に充血している場所を中心にくすぐる。

 あっという間に、スクルドが絶頂に向かって、快感を飛翔させたのがわかる。

 

「うああああっ、んはああああ」

 

 スクルドが二度目の絶頂をした。

 同時に乳首から乳液が飛び出す。

 それとともに、ついに燭台を口から離してしまった。まあ、そろそろ限界だとは思っていた。

 魔道遣いとしては一流以上だが、魔道なしで体力などない。

 二度も絶頂すれば力も抜けるだろう。

 

「おう、ついに落としたな」

 

 一郎は、できるだけ怒ったような口調になるように冷たく言った。

 もっとも、実際には大して腹も立てていないし、スクルドをこのことで叱るつもりはない。

 王都の事件を意図的に黙っていたことは気に入らないが、まあ、もう諦めた。

 こういうことも含めてスクルドなのだろう。

 しかし、これは絶好の機会だから存分に遊ばせてもらおう。

 

 そもそも、王都のことは、ここで詳細を知っても、どうしようもないから、スクルドから得られる情報など正直どうでもいい。

 それよりも、これはプレイの一環だ。

 しかし、そう告げてしまうと緊張感がなくなるので、スクルドには追い出すぞと追い詰めているだけだ。

 

 もちろん、王都に戻れば、サキをはじめ関係者には、たっぷりとお仕置きをする。

 しかし、いまは本当は聞いても仕方がない。

 やれることがないからだ。

 対応できるとすれば、まずはサキとの連絡手段の確保が必要なのだが、それについては、スクルドは隠してないことは確信している。

 

「ああ、ごめんなさいいい。捨てては嫌ですすう。許してくださいいい。うわああああっ」

 

 スクルドが喘ぎながら泣き出した。

 一郎がそんなことを仄めかしたので、当然に本気にしたのだろう。童女のような号泣だ

 しかし、ついでだから、とことん責めることにした。

 

「とにかく、知っていることを喋ろ。今度隠すと、本気で叱るぞ──」

 

 一郎の言葉に、スクルドが慌てたように、嗚咽しながら喋りだす。一郎とともに、ほかの女たちも聞き入る態勢になる。

 

 そして、スクルドが語り終えた。

 おおよそのことは、一郎がジャスランの言葉から類推した通りだった。

 やっぱり、ミランダたちをサキの直接の分裂の原因は、その園遊会とやらで集めた令嬢たちの仕打ちの件でのことのようだ。

 そして、さらに聞けば、令嬢たちだけではなく、令嬢たちの母親も含めて、かなりの人数を集めたようだ。

 しかも、赤色組とか、黄色組とか、青色組とかに区分して、徹底した性調教をしているみたいだ。

 一郎も、さすがにそれには頭も痛くなってきた。

 王都の貴族秩序はすでに崩壊だろう。

 この始末をどうしたものにするのか、ちょっと一郎にも、現段階で成案はない。

 

 いずれにしても、スクルドは令嬢たちを集めることや、彼女たちの調教に積極的には加わってもない。

 ただし、反対もしてない。

 静観したという立場みたいだ。

 また、話の端々には、どうも、これについて、一郎が喜ぶだろうと思っていた気配もある。

 おそらく、サキもまた、令嬢たちの性奴隷集団という贈り物を一郎が喜ぶと考えているのは間違いないだろう。

 悪気はないのだ。

 まあ、いい具合にとってやれば、そういうことだ。

 

「ま、まあ、呆れた、スクルド──。あんた、仮にも神殿長だったんでしょう──?」

 

 エリカが再び怒鳴った。

 

「も、申しわけありません──」

 

 スクルドが泣きながら言った。

 

「申し訳ありませんじゃないわよ。最初はロウ様もひどいと思ったけど、相応の罰じゃないのよ。反省しなさい──」

 

 エリカがスクルドを叱った。

 一郎は苦笑してしまった。

 とにかく、スクルドの上にある石板と脚の下の台を亜空間に収納する。さらに、燭台もだ。

 あれは、立派な責め具だった。もらっておくことにしよう。また、ほかの女にも使ってもいいかもしれない。

 スクルドの首には鎖付きの首輪だけ残っているが、ほかはすべてなくなった。

 

「あ、ああ……」

 

 汗まみれのスクルドがへなへなと崩れ落ちる。

 一郎は、スクルドに近づき、亜空間から出した革の貞操帯を出してスクルドの股間を封印することにした。

 スクルドの股間は可哀想なくらいに、愛液で溢れかえっていたが、構わずそのまま貞操帯をしてしまう。

 

「スクルド、罰を言い渡す。ここを出発する明後日(あさって)まで腕は戻さない。しかも、首輪をしたまま薄物一枚でどこにでも引きまわす。男爵には、お前に落ち度があり、奴隷に落としたと説明する。三日間の雌犬奴隷の刑だ」

 

 一郎は宣言した。

 

「えっ」

 

「ええ?」

 

「なに?」

 

 反応したのは、エリカ、コゼ、シャングリアの「三人娘」だ。

 ちょっと呆気にとられている。

 いや、ちょっと微妙な表情だ。そんなのは罰じゃないと言いたそうな顔をしている気もする。

 まあ、罰のつもりではないしな……。

 一郎は微笑んだ。

 

「魔道は返す。洗浄術で身体をきれいにするといい。だが、貞操帯はなにをしても外れないから覚悟しろ。とりあえず、少なくとも明日の朝までそのままだ。寝れるなら、寝ろ。寝れたらだけどな……」

 

 一郎はさらに、意地悪く言った。

 まあ、まず寝れないだろう。それほどの疼きのはずだ。しかも、この貞操帯は特別で、外からの刺激の一切を排除する。スクルドはひと晩のたうち回るだろう。

 このくらいは、エリカの言い草ではないが、相応だろう。明日の朝にはたっぷりと犯してやるつもりではいる。

 

 スクルドが身体を起こして、地面の上に正座に直る。

 その内腿は震え、すでに愛液が貞操帯の隙間から滲み出はじめている。すでにかなりつらいはずだ。

 

「いつ外すかはしらん。雌犬奴隷だからな。俺の都合で外す。多分、犯したくなったら外すだろうな。もしも、小便や大便がしたければ、そのときまで我慢しろ。雌犬奴隷には、糞尿も自由はない」

 

「は、はい……」

 

 スクルドは俯いたまま従順な態度をしているが、淫魔術で心に触れると、かなり興奮しているし、悦んでいる。

 大したエムである。

 

「……あらあら、もしかして、雌犬さんの世話は、ロウが自ら? 幼いころ、孤児施設で犬を飼っていたことがあるけど、結構大変よ。食事の世話に、糞便の世話……。身体を洗ったり……」

 

 イライジャだ。

 完全に面白がっている口調だ。

 一郎が罰のつもりではなく、それを口実にスクルドで遊ぶつもり満々であることに完全に気がついているのだろう。

 とにかく、一郎は大きく頷いた。

 

「もちろん、俺がやってやる。小便も大便も俺の目の前だ。尻の穴もちゃんと洗ってやる。俺が直接に指でな」

 

 一郎は笑った。

 スクルドが顔をあげる。

 

「あっ、は、はい……。よろしくお願いします、ご主人様……」

 

 一生懸命に隠そうとしているが、スクルドの顔には隠せない笑みが消えては浮かび、浮かんでは隠れるということを繰り返している。

 一郎は噴きだしそうになった。

 

「人騒がせのわりには、とんだご褒美ね」

 

 コゼがやれやれという口調で言った。

 ほかの者も同じような感想を抱いたみたいだ。スクルドのことを心配そうにはしてない。むしろ、羨ましそうな顔になっている。

 やぱり、一郎がしつけた「(エム)女」たちだ。

 雌犬連れ回しは、むしろご褒美か?

 

 ただ、唯一、アルオウィンだけは複雑そうな表情になっている。アルオウィンだけは、そんなに調教めいたことはしていない。せいぜい、「ソフトSM」の領域を越えない程度だ。

 それに、スクルドがかなりの“マゾ”であり、そもそも、スクルドがナタル森林まで、一郎の雌犬にしてくれと追いかけてきたという事情もよくは知らない。

 だから、少し過激だと感じているのかもしれない。

 まあ、アルオウィンについても、うちの女たちと遜色ない感情を抱くほどに、少しずつ躾けていくことにしよう。

 

 そのときだった。

 ずっと黙って見守っていたかと思ったガドニエルが、なぜか、一郎の前にずいと出てきた。

 

「んっ、なんだ?」

 

 一郎はガドニエルに視線を向けた。

 しかし、そのガドニエルの顔は真っ赤だ。

 そして、まるで尿意でも我慢するように、内腿をもじもじとさせている。

 

「じ、実はわたしも、ご主人様に告白することがあります……。そ、それは、とてもとても、大切なことを黙っていて……」

 

 すると、ガドニエルがそう言った。



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617 夜の女巡り(その1)

「じ、実はわたしも、ご主人様に告白することがあります……。そ、それは、とてもとても、大切なことを黙っていて……」

 

 突然にガドニエルが妙なことを言い出したと思った。

 とりあえず、一郎は視線を向ける。

 だが、ガドニエルの顔が赤い。

 しかも、しきりに唾を呑み込んだり、内腿をそわそわと揉み合わせるような仕草をしている。ちらりちらりと、一郎に首輪をかけられて正座しているスクルドに目をやったりしていることから考えると、どうやら、自分も同じように扱われたいのだろう。

 しかし、さすがにガドニエルを雌犬として引き回すのは問題がある。

 スクルドは、神殿長としては王都で死んだことになっているのでどうにでもなるが、ガドニエルはそうはいかない。エルフ族の女王なのだ。

 この世界で最も権威のある王族のひとりなのである。

 まあ、「欺騙リング」などの魔道具もあるが、絶対にガドニエルの場合は、ぼろを出しそうな気がする。

 

「大切なことって、なによ、ガド?」

 

 すると、エリカが不審そうな顔で口を挟んだ。

 

「そ、それは、とても大切なことで……。だから、わたしもご主人様に罰を受けるべきかと……」

 

「だから、その大切なことってなによ?」

 

「で、ですから、エリカさん……。大切なことなのですよ」

 

 ガドニエルが慌てたように言った。

 

「呆れた。ご主人様の相手をしてもらいたいのはわかるけど、せめて、嘘つくなら、中身考えてから口にしたらどうなの」

 

 すると、コゼも横から口を挟んで鼻で笑う

 

「う、嘘などとは……」

 

 ガドニエルが慌てた感じになる。

 一郎は笑いそうになった。

 

「へえ、嘘じゃないのね? いまのスクルドとのやり取りは聞いていたでしょう? ご主人様は嘘は嫌いよ。嘘なんてついたら、ご主人様はガドを嫌いになるかもね」

 

 明らかにコゼはからかいの口調だ。

 しかし、ガドニエルがびっくりしたように目を大きく見開く。

 

「い、いえ──。ご主人様、いまのはなんでも……。わ、わたしは嘘なんて……。いえ、嘘……とは違うんですけど……。嘘というか……、嘘じゃないというか……。そ、それは……」

 

 急にガドニエルがしどろもどろになる。

 一郎は今度こそ、噴きだしそうになった。

 

「まあ、ガドはエルフ族の女王だからな。当然に、俺に言えない王家の秘密もあろうだろう。王家の秘密は、さすがに俺にも、おいそれとは言えないさ。そういうことだろう?」

 

 とりあえず、助け舟を出してやった。

 すると、ガドニエルがはっとした顔になる。

 

「はい、ご主人様──。あっ、でも、王家の秘密くらい、いくらでもお教えしますわ。ご主人様に隠し事などしませんもの──。ええ、それはもう、喜んで……」

 

 ガドニエルが急に満面の笑みを浮かべる。

 

「へ、陛下──」

 

 さすがに慌てたように声をあげたのは、アルオウィンだ。

 だが、ガドニエルが眉をひそめて、そのアルオウィンを睨む。

 

「なんですか、アルオウィン──。ご主人様に隠し事などあろうはずもありません。ご主人様がお知りになりたいことは、なんにせよ、お教えして問題ありません」

 

 ガドニエルが厳しい口調で言い放った。

 ほかの者には遠慮気味なところもあるが、アルオウィンとブルイネンについては、態度だけは毅然としている。

 まあ、中身は大概だが……。

 

「だったら、結局なにを秘密にしてたのよ」

 

 コゼが言い放って、全員がどっと笑った。

 ガドニエルがどうして笑われたのかわからないような感じで首を傾げた。

 

「知らなかったわね……。わたしたちの女王がこんな愉快な人だったなんてね……」

 

 するとイライジャが微笑みながらぽつりと言った。

 

「はっきりと、ぽんこつって、言いなさいよ」

 

 コゼが鼻で笑う。

 

「コゼ、口を慎みなさい──」

 

 すると、エリカがぴしゃりと言った。

 

「まあまあ、そういう無邪気なところがあるガドが好きだぞ。今夜はちょっと先約があるけど、明日以降にたっぷりと遊ぼう。ぽんこつ女王でも、なんでも、俺たちの愛すべき女王様だ」

 

 一郎は笑った。

 

「ま、まあ──。だったら、ガドはぽんこつで十分ですわ。ご主人様、ありがとうございます」

 

 ガドニエルが嬉しそうに言った。

 再び、全員が笑った。

 だが、ガドニエルは、やはり、なぜ笑われるのかわからないみたいで、きょとんとしている。

 一郎は微笑んだ。

 

「さて……」

 

 とりあえず、一度落ち着いたところで、一郎はスクルドを見る。

 ずっと貞操帯だけの姿で地面に座ったままだったが、ふと見ると、貞操帯からはかなりの愛液が染み出ていて、大変なことになっている。

 また、身体も火照り切って真っ赤であり、汗びっしょりだ。

 かなり、息も荒い。

 身体の汗は、さっきの石抱きのときにかいたものかもしれないが、見ている限り、こうやってじっとしているあいだも、次々に新しい汗が出ている。すべて、股間とアナルに押し込んでいる「女淫玉」のせいだろう。

 さすがに、これは苦しそうだ。

 

 一郎は、亜空間から水筒を出す。

 それで自分の口いっぱいに水を含ませると、スクルドの首の首輪に繋がっている鎖を掴んで、スクルドの顔を引っ張りあげる。

 

「んぐっ、あっ、ご主人様、ああっ──」

 

 スクルドが苦しそうに喘いだ。

 一郎は腕のないスクルドの身体を抱きしめるようにして、口移しに水を飲ませる。

 

「んんっ、んんっ、んんんっ」

 

 スクルドの口に水を流し込む。

 さすがにこれだけ汗をかけば喉が渇いてたのだろう。

 スクルドはむさぼるように、一郎が口で与える水を飲んでいく。

 

「もういっぱいだ」

 

 口の中の水がなくなると、一郎は再び水筒から水を含んで口移しに水を与える。

 スクルドはそれを飲み干していく。

 同じことを四回やった。

 

「……スクルド、今日はこれで終わりだ。明日、気が向いたら雌犬の様子を見に来るかもしれん。もしかしたら、来ないかもしれない。とにかく、ほかの者に迷惑をかけるな」

 

 鎖を引っ張って、天幕の一番隅の簡易寝台に連れていく。

 そこに横たわらせると、上から毛布をかけて、首輪の鎖を寝台の脚に括りつける。

 

「もう寝ろ──。眠れるかどうかは知らんけどな」

 

 一郎は意地悪く言った。

 まあ、眠れるわけがないだろう。

 それだけの激しい性の疼きのはずなのだ。

 明日の朝には、それは解決してやるつもりだが、ひと晩くらいの放置は一連のことについての相応の罰だろう。まあ、エリカの言い草じゃないが……。

 それに、いつも飄々としているスクルドがとことん追い詰められている姿が見たい。

 ちょっと愉しみでもある……。

 

「は、はい……。あ、あのう……。ご主人様、今回のことは……」

 

「もういいよ。だが、今夜は少しきついぞ。頑張れ」

 

「あっ、はい……」

 

 スクルドが虚ろな表情で小さく頷く。

 だが、口元には笑みが浮かんでいる。

 一郎の調教を受けて、悦んでいるのだろう。淫魔術で覗く感情でもそんな感じだ。

 そして、ふと振り返ると、全員が赤い顔をして一郎たちを見ていた。

 ちょっと羨ましそうな顔をしている者もいる。

 しかし、一郎が視線を向けると、はっとした感じになる。

 

「さ、さあ、じゃあ、そろそろ休むわよ。ところで、ジャスランの見張りをマーズとイットとミウに行かせているから、とりあえず、ミウとはわたしが交代するわ。コゼは、夜中になったら、マーズとイットと交代して──。ほかの者は明日の朝まで休息──。それでいいわね?」

 

 エリカがぱんと手を叩いて全員に言った。

 

「わかったわ」

 

 すぐに返事をしたのはコゼだ。

 すると、シャングリアが口を挟む。

 

「わたしも、もう大丈夫だ。寝ずの番でもいいぞ」

 

「あんたはせめてひと晩くらいは休息しなさい、シャングリア。ほかの者もよ。今夜の寝ずの番は、わたしがするわ。ミウはすぐに戻すわね。ちょっと彼女の年齢じゃあ、立ち合いだけとはいえ、負担だろうし……」

 

 エリカは首を横に振った。

 

「でも、そうしたら、エリカがひと晩の見張りになるわね……。魔道遣いとしての交代は、わたしが受けるわ。わたしがあなたと夜中に交代するわよ」

 

 アルオウィンだ。

 だが、エリカはちらりと一郎を見てから、微笑んだ。

 

「それは無理ね……。だって、ロウ様のお相手するんじゃない。多分、夜中なんて、起きれないわよ」

 

 よくわかっている一番奴隷だ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「そういうことだ。アルオウィン、じゃあ、約束通りにご褒美セックスだ」

 

 一郎は、アルオウィンに近づくと、彼女の身体を横抱きにした。

 

「きゃっ、あっ、そんな……。ああっ」

 

 いわゆるお姫様抱っこというやつだ。

 アルオウィンは一郎の腕の中で真っ赤になった。

 

「エリカ、悪いがジャスランについては頼む。俺も朝までには一度顔を出す」

 

「いえ、ロウ様はゆっくりしてください。見張りなどという仕事はわたしたちの仕事です」

 

 エリカははっきりと言った。

 

「あっ、わたしも見張りを……。魔道遣いですし……」

 

 ガドニエルが口を挟んできた。

 

「まさか、エルフ族の女王陛下が、魔族の輪姦処刑などに付き合うわけにはいかないだろう。ここはエリカに任せておけ」

 

 一郎は言った。



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618 夜の女巡り(その2・殊勲一位)

 アルオウィンは、ロウに横抱きにされたまま夜のしじまを移動して、ロウの天幕としてあてがわれているらしい天幕にやってきた。

 さっきまでみんなでいた天幕と同じくらいに広く、また、アルオウィンたちが使っていた簡易寝台ではなく、普通の大きな寝台があってソファがあった。

 だが、それ以外にはあまりものは置かれておらず、中央部分は広くなっている。

 しかし、ふと見ると、地面には杭が何本か打たれたり、あるいは天井部分に鎖を引っ張る器械が設置されたりしている。

 よく見れば、人の体液の痕のようなものが地面にたくさん拡がっている。

 

「ここで、ジャスランを拷問していた。もしかして、ここで愛し合うのは気持ちが悪い?」

 

 アルオウィンの視線を誤解したのだろう。

 ロウが心配そうに言った。

 アルオウィンは慌てて首を横に振った。

 

「い、いいえ、まさか……。それよりも、わたし、重くないですか」

 

 ロウはアルオウィンをここまで横抱きのまま連れてきたのだ。

 こういう風に女扱いされることなど、滅多に……いや、一度もなかったアルオウィンは、どう振る舞っていいかわからず、どぎまぎしている。

 

「これも成長だと思う。最初にこの世界にやって来たときには、とてもとても、人を抱きあげるなんてできなかったし、そもそもナタルの森の道を歩くのも必死だった。あの頃に比べれば、身体も強くなったし、よく動ける。自分の成長を感じるね。アルオウィンなんて、軽い軽い」

 

 ロウが屈託のない笑みを浮かべる。

 アルオウィンは思わずもらい笑みを浮かべてしまった。

 不思議な人だと思う。

 ちっとも威張ったところがなく、自分は女に守られているだけの能力なしだというのが口癖の彼だが、どうみても、彼に関係する女側の方がロウを頼っている。

 エリカ、コゼ、シャングリア、ブルイネン、スクルド……、ほかにもたくさんの一騎当千の女傑たちが、彼に従い、彼の指示を待って行動し、判断を彼に委ねている。

 そして、彼は間違いなく、その信頼に値する結果を残している。

 彼は紛れもなく、英雄であり、大物だ。

 

 また、多くの女を周りに置いて、のべつ幕なしに違う女を抱き、ブルイネンに手を出し、ガドニエル女王を虜にして、戻ってきた女王の姉、ラザニエルまで愛人にしている。

 天性の女たらしというのは、彼のことだろう。

 アルオウィンの気性からすれば、彼のような男は嫌悪こそすれ、慕うなどあり得ないはずだ。

 しかし、どうしようもなく惹きつけられる。女たちは、誰も彼も彼に引き寄せられる。

 それがロウという人物だ。

 

 ブルイネンを仲介に、それこそ土下座するように、アルオウィンも女のひとりに加えてくれと懇願した日のことをアルオウィンはまったく後悔していない。

 それどころか、あの決断をした自分を自分で褒めてやりたくらいだ。

 

 聞けば、アルオウィンたちが水晶宮を先行した後、あのケイラ=ハイエルが水晶宮にやって来て、彼女もまた虜にしたのだそうだ。

 とても信じられないが、ブルイネンによれば、気難しく、ひと癖もふた癖もある女傑物の彼女が召使いのようにロウにまとわりついて、世話をやこうとしていたという。

 複数の男を侍らすことはあっても、男に媚びを売るというのは、あのケイラ=ハイエルには想像できない。

 どんな魔道を遣ったのだろうと思う。

 隙があるようで、実はケイラ=ハイエルは、自分を操るような魔道にはしっかりと防護していて、国宝級の魔道防護具で身を固めたはずである。

 だが、ブルイネンによれば、絶対に彼女の態度は、魔道などの操りによるものではないという。おそらく、心からロウを慕っていることに間違いないと言っていた。

 

 そうだとすれば、やはり、天性の女たらしだろう。

 まあ、間違いない。

 なにしろ、このアルオウィンがロウの前に出ると、まるで少女のように胸をときめかしてしまうのだから……。

 

「今回のことはありがとう。誰も死ななかったのは、アルオウィンのおかげだ。こんなことで礼になるとは思えないけど、これくらいしか取り柄がないものでね」

 

 ロウが寝台にアルオウィンを横たえた。

 その瞬間、身につけていた貫頭衣が消滅して、アルオウィンは生まれたままの姿になってしまった。下着さえもなくなっている。

 相かわらず、凄まじい術を遣う人だ。

 収納術は高位魔道師であれば誰でも遣うが、他人の身につけている衣類や装具を収納できる術師は、どんなに世界が広くても彼だけではないのだろうかと思う。

 それくらい難しいし、魔道学的には不可能であるはずなのだ。あらかじめ、術紋を刻んでしまっているような衣類をまとっているなら別だが……。

 これひとつとっても、ロウがほかに取り柄がないと自嘲するのはあり得ない。

 

「と、とんでもないです……。よ、よろしくお願いします」

 

 アルオウィンは、本能的に自分の胸を隠すように手で自分の身体を抱くような恰好をしていた。

 しかし、すぐに我に返っておかしくなった。

 自分が当たり前の女のような反応をしたことが意外だったのだ。

 アルオウィンのような諜報の人間にとっては、自分の身体でさえ、任務を達成するための武器だ。自分がエルフ族としても美しい方に入る自分の外面を知っているし、それを十二分に使って、さまざまなことをやってきた。

 相手が男であろうと、女であろうと、自由自在に身体を濡れさせることができるし、アルオウィンにとっては、性愛というのは仕事の一部であり、必要であればいくらでも身体を開く。

 それに感情はない。

 しかし、ロウは、そんなアルオウィンに、忘れてしまった感情を取り戻させてくれる。

 ひとりの女に戻してくれるのだ。

 それがありがたいし、嬉しい……。

 

「こちらこそ……」

 

 ロウが服のままアルオウィンに覆いかぶさり、唇を重ねてきた。

 

「んんっ、あっ、んんああ……」

 

 舌が唾液とともに口の中に入ってきた。

 瞬時に、官能という官能が全身から呼び起こされる感じになる。

 そして、身体が痺れるように脱力して、狂おしいまでの欲情に見舞われてきた。

 やっぱり、すごい……。

 性で主導権をとることには、役目上、自信もあるのだが、ロウにかかっては童女も同然だ。

 

 でも、それがいい……。

 

 男に征服され、圧倒される。

 そのことをこれ程の歓喜とともに快感を覚える日が来るとは思わなかった。

 ガドニエル女王が夢中になるのもわかる気もする。

 女王と同じ男を愛するということについては、少しだけ恐縮してしまうところもあるが、もはや、アルオウィンは、ロウなしでは生きれないだろう。

 まだまだ、一緒に過ごしたのは短い時間ではあるが、自分がそれだけ彼を不可欠と思い始めているのは自覚している。

 

「はむっ……んんん……」

 

 しばらくのあいだ、昂ぶった息とともに、ロウの舌をむさぼった。

 驚くほどの快感が口の中から身体樹に駆け巡っていく。

 たかが、口づけだ。

 しかし、いつもそうだが、とんでもない口づけだ。

 芳烈な快感のうねりが、女の悦びでアルオウィンを満たしてくれる。

 

「舌を出すんだ」

 

 ロウが一度わずかに口を離して言った。

 

「は、はい……」

 

 気がつくと、精一杯に舌を出している自分がいる。

 ロウの命令に従うのは、心地よい媚香に身を委ねるような不思議な快感にアルオウィンをいざなってくる。

 命令されて嬉しい。

 そんな自分が不思議でたまらない。

 本当にロウは特別だ……。

 

「いい子だよ……」

 

 ロウが顔の前で微笑んだ。

 アルオウィンは激しく心臓が鼓動するのを感じてしまう。

 ロウが舌先でアルオウィンの舌の裏側をするするとなぞりあげてきた。

 

「はあっ」

 

 それだけで鋭い感覚が身体を駆け抜けていった。

 しかも、連続で……。

 さらに、アルオウィンの舌全体をロウの舌が舐めまわす。

 

「口はそのままだ……。舌もね……」

 

 ロウがくすくすと笑って、ちょんと顎を軽く突いたと思った。

 次の瞬間、アルオウィンの口は大きく開いたまま閉じれなくなった。舌も動かない。

 

「んあっ」

 

 困惑する。

 だが、顎を持たれたまま、ロウの舌がアルオウィンの舌と口の中を動きまわる。

 響き渡る喜悦のあまりもの大きさに、アルオウィンは我を忘れそうになる。

 息があがった。

 どうしようもなく、なにもされていない股間が疼きまくる。

 

 いや、胸も……。

 全身が苦しい……。

 気持ちいい……。

 口づけだけで達しそうだ……。

 これが口づけと呼んでいいすればだが……。

 なにしろ、こんなに情熱的で官能的な口づけなどあり得ない。まさにセックスそのものである。

 

「あっ、ああっ、あああああっ」

 

 アルオウィンは下からロウの身体を抱きしめていた。

 まだ、前戯……。

 いや、前戯にも入ってないだろう。

 なにしろ、ロウは服さえも脱いでないのだ。

 しかし、それもいい……。

 アルオウィンは、早くもオルガニズムに達しようとしていた。

 強烈で暴流するような快美感がロウが触れる口から身体中に流れ込んでいく。

 閉じられなくなった口から涎が垂れる。

 それをロウが一滴、一滴と舐め取っていく。

 ぞくぞくするような愉悦の痺れが走る。

 

「ふふ、今回の功労者様は、本番よりも、口づけがお好みか?」

 

 だが、絶頂すると思った寸前でロウが小さく笑って口から舌を離れさせる。すると、途端に口が自由になる。

 

「ああ、ロウ様、待って──」

 

 アルオウィンは、ロウの頭をかき抱くようにして引き戻していた。

 今度はアルオウィンの方からロウの唇に吸いつく。

 ほとんど無我夢中だった。

 アルオウィンは喉の奥で呻きながら、舌と舌を擦りわせてしゃぶりまくる。

 

「んああっ」

 

 アルオウィンは大きく身体をのけぞらせてしまった。

 ロウが片手でアルオウィンの胸を捏ねあげだし、さらに濡れきった股間をくすぐるように指を這わせだしたのである。

 電撃のような凄まじい快感がそこから迸る。

 しかし、あまりにも強烈すぎる──。

 アルオウィンは一気に絶頂に駆けあがった。

 

「んはああっ」

 

 絡め合っていた舌をしゃぶらせ合いながら、昇天してしまった。

 力いっぱいにロウを服越しに抱きしめる。

 

「ああああ、ああっ」

 

 また、絶頂しながらも、アルオウィンはさらに舌をロウの口の奥に滑り込ませ、胸や股間をロウの手に擦りつけるように裸体をくねらせ続けていた。

 

 やがてゆっくりと興奮が落ち着いてくる。

 アルオウィンはやっとロウを抱きしめていた手を離した。

 服を着たままだったロウの服はアルオウィンの体液ですっかりと汚れていた。

 

「す、すみません……。わたしったら、夢中になって……」

 

 慌てて洗浄術でロウの服を綺麗にする。

 

「いや、脱がなかった俺が悪い」

 

 ロウは笑っている。

 そして、服を脱ぐような仕草をした。

 しかし、ロウは女の服同様に、一瞬にして収納術で自分の服も亜空間に収容して脱いでしまうはずだ。

 アルオウィンははっとした。

 

「あっ、ま、待って……。脱がないでください」

 

 思わず言った。

 しかし、すぐに後悔した。

 ……というよりも、どうして、脱がないでくれと口走ってしまったのか、自分でもよくわからない。

 

「えっ? 服を着たままがいいの?」

 

 ロウがきょとんとした顔になる。

 アルオウィンは顔を赤らめてしまった。

 

「わ、わかりません……。で、でも、そうかも……しれません……」

 

 仕方なく言った。

 本当にそう思ったのだ。

 これまでのロウとの交合については、いつも裸で抱き合っていたと思う。

 しかし、ロウはほかの女と抱き合うときには、自分が服を着ていたり、あるいは、女側も服を着ていたりと様々だ。

 あんな風に羽目を外した感じで、ロウに扱われたいと思った。

 その象徴が服を着たままにロウに犯されることだ。

 

 考えてみれば、アルオウィンは、ロウに愛されるときには、あまり拘束をされないことが多い。

 せいぜい、手錠で手首を縛ったりとその程度だ。

 しかし、ロウの性癖が女を拘束して抱く嗜虐癖だというのは認識している。

 拘束どころか、淫具や掻痒剤で苦しめたり、ときには鞭打ったり、打擲したりという行為を通じて、ロウは興奮をするらしい。

 

 さっきだって、スクルドには懲罰めいたことを口にしていたが、石抱きと蝋燭でいためつけながら、アルオウィンはしっかりと欲情しているスクルドに気がついていたし、ロウもまた股間を固くしていたことを見ていた。

 アルオウィンならずとも、ほかの女も気がついてたと思う。

 だからこそ、ロウをあんな風に欲情させたスクルドのことが少し羨ましく思ってしまったのを思い出す。

 

 だが、ロウはいまのところ、アルオウィンをあんな風には扱わない。

 おそらく、パリスに囚われて手足のない状態にされ、ダルカンに玩具のように扱われたアルオウィンを(おもんばか)っているのだろうというのは気がついている

 しかし、アルオウィンも、ロウに乱暴に扱われたい。

 彼に欲情の丈をぶつけて欲しい。

 また、それがアルオウィンを興奮させる気がする。

 なにしろ、ただ服を着ているロウに抱かれたというだけで、あんなに興奮したのだから……。

 

「ロウ様……。わたしを苛めて……、もっと苛めてください。縛って……、いためつけて……、侮辱して……。そんな風に扱われたいです」

 

 アルオウィンは言った。

 ロウがアルオウィンに気を使って抱いているのだとすれば、それは嫌だ。

 まるでまだアルオウィンが“お客さん”のようではないか。

 すると、ロウがにっこりと微笑んだ。

 だが、その笑みがぞくぞくするほどの圧倒的な迫力があり、なによりもすごみがあった。

 アルオウィンは、一瞬だけだが、さっきの自分の言葉を後悔しそうになった。

 

「なるほど……。お姫様は苛められるのがお好みか?」

 

 そして、ロウがくすくすと笑った。

 

「えっ、きゃああ」

 

 次の瞬間、アルオウィンは身体をひっくり返され、背中に両腕を回されて縄で腕を束ねて縛られていた。

 なにをどうされたのかもわからない。

 他人にここまで不覚をとったということもない。

 そのまま身体を上体を起こされて、二の腕に縄が回り、乳房の上下に縄が通って、縛られた背中側の腕が胴体に密着された状態になる。

 さらに首の横にも縄が通過して乳房に巻いた縄に対して縦に縄が加わる。

 ここまであっという間だ。

 さすがに、アルオウィンもびっくりした。

 

「後悔しないことだね……」

 

 ロウが笑いながら、さらに二本の縄を足して、アルオウィンの胴体をひし形に縄で編みあげていく。

 そして、股間に縄がかかり、ぐっと絞られた。

 

「あっ、そこは──」

 

 アルオウィンは思わず、首を横に振った。

 気がつかなかったが、股間を通った縄には縄瘤が作ってあり、アルオウィンの敏感な三箇所をしっかりと刺激してきたのである。

 

「完成だ。動けば動くほど、もがけばもがくほど、縄が締まって股間を刺激する特殊な縄掛けだ。これをされると、どんな縄抜けの上手な女も縄から脱出できない……。まあ、イライジャの受け売りだけどね……」

 

 イライジャ……?

 ああ、そういえば、あの色の黒いエルフ族は、実は百合癖があり、とても縄掛けが上手だとエリカがこっそりと教えてくれたことがあったっけ……。

 まあ、色々な女傑がロウのところに集まっていることは知っているが……。

 

「まずは、性奴隷の挨拶だ。舐めろ──」

 

 ロウが寝台の頭側の背もたれに身体を預けて、アルオウィンにどんと足を向けてきた。

 服は着ていたが、足だけはすでに素足だったのだ。

 アルオウィンはロウの足元に顔を埋めた。

 

「くっ」

 

 しかし、その瞬間、縄瘤が股間を刺激してきて、アルオウィンはびくりと身体を震わせてしまった。

 

「ひぎいっ」

 

 だが、いきなり乳首になにかに噛みつかれたような激痛が走った。

 アルオウィンは驚いて、身体を跳ねあげた。

 

「くあっ」

 

 しかし、その激しい動きでまたもや、股間を縄瘤が苛む。

 

「な、なんですか、これ──。あっ、これは──」

 

 びっくりした。

 激痛だと思った両方の乳首には、二匹の蛇の刺青のようなものが浮かびあがって、牙で乳首を噛みついていたのだ。

 これは、エリカたちのような昔からのロウの性奴隷たちに、隠し彫りのように刻まれている不思議な紋様だと思った。

 図柄は、ロウがハロンドールでもらった「ボルグ家」の紋章であり、それがロウの不思議な術によって、快感を覚えると浮かびあがるだけでなく、刺青の蛇が自由自在に肌の上を泳ぎ、身体を刺激したりするのである。

 それがアルオウィンの身体に浮かんでいる。

 よく見れば、縄を施された股間にも、その紋章の一部である逆さ塔がある。

 

「こ、これって……。くわあっ」

 

 股間に痛みが走った。

 見ると、蛇の一匹がアルオウィンのクリトリスに噛みついている。

 

「俺の性奴隷の刻印だ。ようこそ。俺たちファミリーに」

 

 ロウがお道化た感じで言った。

 しかし、“ファミリー”という言葉に、アルオウィンは金縛りにあったような感動に包まれてしまった。

 認められた。

 ロウの女のひとりとして……。

 心からの悦びが身体を貫く。

 

「ああ、ありがとうございます。ご奉仕します」

 

 アルオウィンはロウの足の指に舌を這わせた。

 一歩、一本と丁寧にしゃぶって、べとべとに唾液で濡らしていく。

 そのあいだも、縄がぎりぎりと股間を刺激し、全身を刺青の蛇が動き回って、アルオウィンを愛撫する。

 アルオウィンは喘ぎ声をあげつつ、一心不乱に舌をロウの足の指を舐め続けた。

 指と指のあいだにも丁寧に舌を動かし、垢を舐め取っていく。

 

「俺の足の垢はうまいか?」

 

 ロウが意地悪く訊ねてきた。

 美味しいわけがないと思う。

 だが、なぜか酔うほどに美味しい……。

 しかも、興奮する。

 

「ああ、お、美味しいです、ご主人様……」

 

 自然にロウのことを“ご主人様”と呼んでしまった。

 だが、“ご主人様”と呼びたがるガドニエルの気持ちがわかった気がした。

 ロウのことをそう呼んだ途端に、身体が震えるような快感が身体を走ったのだ。

 誰かに仕える嬉しさ──。

 アルオウィンの主人は、ガドニエルなのだが、彼女にも感じたことのない隷属の悦びをロウに覚える。

 

「合格だ、お姫様……。次はここだ……。口で出せ、アルオウィン……。命令だ」

 

 ロウが指を指したのは、ズボンに包まれている股間だった。

 しかし、その部分は大きく膨らんでいる。

 アルオウィンは、知らず口に溜まった唾液を呑み込んでいた。

 

「はい」

 

 アルオウィンは身体をずらして、ロウの股間に顔を接近させた。

 そんなちょっとした仕草でも、縄瘤はアルオウィンの股間を責め悩ませてくる。

 

「くっ、あっ、そこはだめです。あひいっ」

 

 アルオウィンは身体をのけぞらせた。

 いつの間にか足に回っていらしい刺青の蛇が舌でぺろぺろと足の裏を舐め始めたのだ。

 

「く、くすぐったい──。あんっ、ああっ」

 

 寝具に足の裏を擦りつけるようにしたが、くすっぐたさの感覚には変化はない。“蛇”の舌が足の裏を舐め続ける。

 だが、それで動くと、すぐに緊縛の縄瘤がアルオウィンを追い詰める。

 アルオウィンはくすぐったさと気もよさの入り混じった刺激に悲鳴をあげた。

 

「命令に従えないのか?」

 

 ロウが手を伸ばして、アルオウィンの乳首をぎゅっと抓った。

 ただ痛いだけはずなのに、アルオウィンが感じたのは狂おしいくらいの痛みの快感だった。

 

「んくうううっ」

 

 アルオウィンはぶるぶると身体を震わせた。

 

「俺の女になるということは、痛みも恥辱もすべてを快感に変えてしまう変態になるということだ。後悔してきたか?」

 

「まさか……」

 

 ロウの揶揄のような言葉に、アルオウィンは必死に気を保って、ロウのズボンに口をつける。

 歯と舌でズボンの留め具を外し、口で下着ごと咥えて、足首に向かってさげていく。

 ロウがお尻を浮かばせるようにしてくれて、なんとか性器を外にだすことができた。

 それを口で頬張る。

 すると、口の中で一段と勃起が膨らみを増した。

 

「んあっ、んん、んんんっ」

 

 自分でも信じられないような甘い声が出る。

 気持ちがいい……。

 男の性器を舐めることがこんなに興奮するとは知らなかった。

 両手の自由を奪われて、口で奉仕する。

 信じられないが、それはアルオウィンにたとえようのない甘美感をもたらしている。

 いくらでも舐めていられると思った。

 

 アルオウィンは、夢中になって幹を舐め、先端に唾液をまぶして舌を這わせ、きゅきゅと口全体でしごきを入れた。

 ロウから滲み出る精液の香りがアルオウィンを沸騰させるような快感に導きもする。

 いつの間にか自分の腰がうねうねと動いていることにも気がついた。

 そのたびに、ずんずんという縄瘤の刺激がアルオウィンに襲い掛かる。

 

「よし、じゃあ、一回目だ」

 

 ロウがアルオウィンを抱き寄せると、寝台にアルオウィンを膝を立たせてうつ伏せにした。

 ズボンは自分で膝まで下げたみたいだが、服はそのままだ。

 さっき強請(ねだ)ったことを忠実にやってくれているのだなと思った。

 アルオウィンは嬉しくなった。

 

「いくぞ」

 

 股間の縄が解ける。

 すると、ぽたぽたぽたと蜜が寝具に流れ落ちた。

 

「洪水だな……」

 

 ロウが笑ったと思った。

 かっと羞恥が襲う。

 しかし、ロウの怒張がお尻の下から滑り込んできて、すべての思念が吹き飛ぶ。

 

「んあああっ、くあっ」

 

 ずんと怒張の先が膣の中に挿入してくる。

 脳天を貫くような快感があるアルオウィンに襲い掛かる。

 

「あああ、あああああ」

 

 電撃に撃たれたかのようにアルオウィンの裸身が痙攣した。

 すでに一度昇り詰め、そして、縄と蛇の刺青の刺激で幾度も昇天ぎりぎりのところまで昂ぶらされては鎮まるということを繰り返らされていたアルオウィンは、たちまちに絶頂に向かって快感を飛翔させていた。

 

「ああ、ロウ様──、あああ、ご主人様ああ、あああああ」

 

 抽送が始まる。

 肉襞を突き破られるたびに、激しい快感が襲う。

 アルオウィンはロウの怒張を受け入れたまま、全身でよがり泣いた。

 あっという間にエクスタシーの波がアルオウィンを呑み込む。

 

「くあああ、んはああ、いくう、いきますううっ」

 

「いって、いい……。それに、合わせて、精を、放って、やる」

 

 ロウが腰を動かしながら言った。

 アルオウィンは強烈なうねりに身を任せた。

 全身が突っ張り、アルオウィンは喉をのけぞらせて断末魔のような声をあげていた。

 縛られて抱かれることがこんなに気持ちいいとは知らなかった──。

 

「くぐうううっ」

 

 アルオウィンは奇声をあげてながら、ついに絶頂した。

 すると、子宮のすぐ近くでロウの熱い精が迸るのをはっきりと感じた。

 ロウがゆっくりと怒張を抜いていく。

 しかし、あがりきった快感はなかなかさがってこない。

 アルオウィンは、夢心地のような快感に包まれたまま脱力した。

 

「はあ、はあ、はあ……、あ、ありがとうございました……」

 

 ロウから完全に怒張を抜かれたところで、アルオウィンは息も絶え絶えに言った。

 こんなに深い性愛は初めてだ……。

 すっかりと精魂尽きた感じなっている。

 ロウに抱かれるのは神がかり的に気持ちいいとは思っていたが、今夜は極めつけだ。

 縛られて抱かれるのがこんなに気持ちいいなら、やっぱり、これからもそうされたいな……。

 アルオウィンは思った。

 

 しかし、不意に身体が天井を向いて仰向けになり、両脚が大きく寝台の上で開かされた格好になった。

 首に鎖付きの首輪もかかり、それは寝台の頭方向に繋げられる。

 

「ええ──?」

 

 驚愕したが、いつの間にか両足首に縄がかかっていて、それが大きく寝台の隅に引っ張られたのだ。

 アルオウィンは、寝台に磔にされて動けなくなった。

 

「なにを終わったような言葉を使っている。まだ、前戯の途中だ。夜はまだまだだぞ」

 

「えっ、前戯?」

 

 アルオウィンは訝しんだが、ロウが手に持っているものを見て、目を丸くした。

 それは二本の筆だった。

 しかも、その筆は頭部分だけを前後左右にぶるぶると振動して動いている。なにかの魔道具みたいだ。

 つまり淫具だ。

 

「ひっ、なにを──」

 

 アルオウィンは絶句した。

 まさか、あれで身体を……?

 だが、それ以上考えられなかった。

 ロウの持つ筆が同時に乳首を襲ってきたのだ。しかも、刺青の蛇が再び足の裏にも……。

 

「いやああ、んはあああ……、えっ、ああっ」

 

 アルオウィンは悲鳴をあげた。

 しかし、眼が不意に塞がれた。

 目隠しをされたというわけじゃないが、急に見えなくなったのだ。

 アルオウィンは、動顛してした。

 すると、ロウのくすくすという笑い声が聞こえた。

 

「人というものは五感のどれかを制限されると、その分、残っている感覚が鋭敏になるらしいね。まずは視覚の封鎖だ。その次は聴覚の封鎖といこう。嗅覚と味覚は残すけど、その代わり、呼吸が半分しかできなくするかな……。最後には、さらにその半分の息……。多分、体験したことのない世界に行けると思うよ」

 

 ロウが愉しそうに笑いながら、横腹をすっと筆で擦る。

 

「ひあああああっ」

 

 そして、耳……。

 次は内腿──。

 さらに、脇の下に蛇が……。

 

「くああっ、はあ、はううううっ」

 

 まったく、予想のできない責めに、アルオウィンはたちまちに追い詰められてしまった。

 そして、まだまだ夜は長いということを今こそはっきりと自覚して、ぞっとした。



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619 夜の女巡り(その3・殊勲二位)


【作者より】

 ストーリーが渋滞している感がありますが、ゴールデンウィークということでご容認ください。
 なお、先日、プライベートのことを思わず書き込んでしまい失礼しました。問題ありませんので、ご安心ください。


 *




 アルオウィンを文字通り抱き潰したのは、夜もまだ深いとはいえない時間にすぎなかった。

 白目を剥いて動けなくなった彼女を全裸のまま大きな白い布に包み、療養用とした元の天幕ではなく、ふたつある女たち用の天幕のひとつに運ぶことにした。

 入った天幕の中には、ガドニエルとコゼとユイナが眠っていたが、その横の空いている簡易寝台にアルオウィンを置いて、そこにあった毛布をかける。

 アルオウィンは、最後まで目を覚まさなかった。

 

 改めて天幕を覗く。

 天井には、明かり取りのための網になっている一部があるのだが、今夜は三個の月が出ているので、それなりに明るい月明りが中を照らしている。

 召喚される前の一郎の時間感覚では、まだまだ働いている時間だが、野外露営の状況では、陽が落ちれば明かり用の油の無駄だし、必要のない限りはすぐに寝てしまう。

 一郎の女たちも、すでに寝入っているみたいだ。

 そう思ったが、横たわったまま眼を開いているコゼと視線が合ってしまった。

 コゼに近づく。

 

「ご主人様、ご飯食べましたか?」

 

 顔を近づけた一郎に、コゼが囁くように言った。

 一郎は頷いた。

 

「アルオウィンを愉しみながら食べたよ。ありがとう……」

 

 コゼに口づけをする。

 深いものではなく、軽くついばむようなキスだ。

 コゼが嬉しそうに手を伸ばして、一郎の頭をかき抱いた。

 

「起きてたのか?」

 

「熟睡してました。でも、ご主人様の匂いがしたので、目が覚めました」

 

 コゼがお道化たように言った。

 

「匂い?」

 

「えっちな匂い。ご主人様の匂いですよ」

 

 コゼはくすくすと笑う。

 “エッチ”な匂いか……。

 エッチというのは、一郎の元の世界の言葉のうち、この世界の言語に自動翻訳されなかった単語であり、“好色”の意味だとクグルスに教えたら、そのクグルスがほかの女たちに使って、時折、女たちもこうやって真似したりする。

 それにしても、匂いか……。

 まあ、嘘だろう。

 だが、コゼにしろ、シャングリアにしろ、エリカにしろ、百戦錬磨の女戦士だ。人の気配には敏感であり、一郎が入ってきたことで、眠りから覚醒したのだろうと思う。

 

「コゼは夜半から、見張り交代だったな。じゃあ、手は出せないな」

 

「あたしはいつでもいいですよ。ご主人様が最優先です」

 

 コゼは笑った。

 だが、いつものように抱きついてきたりはしない。

 コゼがいかなければ、ジャスランの輪姦を見届けているはずの、マーズかイットが交代をして休むことができない。

 その辺りはわかっているのだろう。

 口ではそう言っているが、しっかりとわきまえているみたいだ。

 

 また、見張りというのは、ジャスランへの「十大地獄」のうち四番目の傭兵百人による輪姦の見届けのことだ。

 勝手に犯させてもいいのだが、万が一にも、逃亡を許すような隙を与えても困る。だから、女たちに監視をしてもらっている。

 エリカが手配をして、いまは、エリカと、それにマーズとイットのどちらかが見張りの当番のはずである。

 最初は、スクルドへのお説教の場から離すために、ミウに向かってもらったが、さすがに十一歳で残酷な輪姦をずっと見させるのは、ミウに毒だ。

 スクルドのことが落ち着いたところで、早々にエリカが交代をしに行ったところまでは確認した。

 また、エリカが行ったことで、マーズとイットのうち、おそらくひとりは返したと思う。

 別段に、危険に備えるための見張りではない。

 それは、男爵隊が請け負っている。

 ただ、ジャスランへの刑罰を監視するための見張りなのだ。魔道遣いと戦士の二人組で十分だ。

 エリカの指図によれば、コゼは夜半からの当番だったはずなので、前半夜に仮眠をして後半夜に起きるのだと思う。

 

「……朝近くになったら、見張りの様子を見に行くよ。つまらない仕事だが頼むな」

 

 もう一度キスをする。

 今度は深い口づけだ。

 ねっとりと、コゼの口の中にある性感帯を舌で舐め回す。

 しばらくのあいだ、コゼを堪能した。

 

「す、すごいキス……。あたし、ご主人様に出逢えてよかったです。生きていてよかった……」

 

 口を離すとコゼがにっこりと微笑んだ。

 なにか声を掛けようと思ったが、ふと見ると、すでに寝息をかいていた。

 起きるのも、寝入るのも一瞬なのだと思った。さすがは、アサシンである。

 

「さて、まだ、ちょっと物足りないな。これを拾っていくか……」

 

 一郎は横を見て、簡易寝台に丸まっているユイナに目をやった。

 女たちの中では早々に離脱をして、夕方前から休んでいたはずだ。起こしても問題ないだろう。

 それに、明日の一日は、この森でジャスランへの刑罰を続けるだけだ。午前中でも午後でも、休み続けて問題ない。

 一郎はユイナが被っていた毛布を剥がして、ひょいと横抱きにして持ちあげた。

 だが、ふと思って、粘性体を飛ばして足首と手首をそれそれにまとめて拘束してしまう。

 さらに、口の上にも粘性体を飛ばして、薄っすらと表面に貼りつける。

 

「んんっ、んんんっ?」

 

 さすがに起きてしまったユイナが一郎の腕の中でもがきだしたが、身体が自由にならないことに困惑したみたいになった。

 次いで、一郎を認めて口を開きかけ、開けることのできない口に当惑する。

 

「静かにな……。ガドたちが起きるだろう。お前を夜這いに来たんだ。相手をしろ」

 

 一郎は収納術でユイナが身につけている衣類を下着を含めて全部を亜空間に収納してしまう。

 横抱きにしているユイナが生まれたままの姿になった。

 

「んんんっ」

 

 びっくりしたユイナが一郎の腕の中で身体を縮めるような恰好をする。

 なにしろ、すでに外だ。

 ユイナもびっくりしている。

 一郎は、ユイナの口の上の粘性体を除去した。

 

「ぷはっ、な、なによ──」

 

 ユイナが怒鳴った。

 

「そんな大きな声を出していいのか? 遠くに喧噪が聞こえるだろう。ジャスランを輪姦しているから、傭兵たちのほとんどはまだ起きているだろうな。気が立っているから、裸のお前なんて見たら、襲い掛かってくるかもしれないぞ」

 

 一郎は軽口を言った。

 傭兵たちの天幕は、モーリア男爵の計らいで、中央部分の一郎たちの天幕を取り囲むように配置され、少し距離をとるように設置されている。

 だが、傭兵隊長には、夜通しジャスランを犯し続けてくれと頼んでいるので、夜になって、その賑やかな声がこちらまで届くようになっていた。

 ユイナがびくりと身体をすくめた。

 

「な、なに言ってんのよ──。あんた、守ってくれるんでしょうねえ」

 

「さあな。お前を生贄にして、すっ飛んで逃げようかな」

 

 一郎は笑った。

 そして、さっきまでアルオウィンを抱いていた一郎用の天幕に着く。そのまま中に入る。

 ユイナを寝台におろして、すぐに天井の器具を操作して、束ねている手首を上から落ちてきた鎖に枷をつけて繋ぐ。

 寝台にお尻をつけたまま、両腕を真っ直ぐに伸ばすくらいの位置に引きあげて鎖をとめた。

 手首と足首の粘性体も除去する。

 

「なによ──。あたし、寝てたのよ──」

 

「別にいいだろう。俺が抱きたいんだ。奴隷はご主人様の勝手気儘な気分で、好き放題に扱わるものだろう?」

 

 一郎はうそぶいた。

 ユイナが真っ赤になった。

 さっきまでの天幕とは異なり、この天幕には、油入りの燭台を二個も使って、かなり煌々と内部を照らしている。

 ユイナの表情まではっきりと見える。

 

「あ、あたしは奴隷じゃないわよ──。英雄認定のときに恩赦してもらったんだから──。そもそも、これ、いつになったら外してくれるのよ──」

 

 ユイナが言及したのは、ユイナの首に嵌めさせている首輪のことだ。

 いや、首輪というよりは、チョーカーだろう。

 しかし、いわゆる「奴隷の首輪」に似せた色と形状にしていて、よく見れば、本物の奴隷の首輪ほど太くないし、デザインもアクセサリー風にしているので、奴隷の首輪ではないのだなとはわかるようにはなっている。

 だが、本物と同じ色なうえに、奴隷の首輪にある紋様そっくりの模様もあるし、首の前側には本物より小さいが丸い輪っかも付属している。

 逆に、ちらりとだけだと、ユイナが「奴隷」だと見紛うかもしれない。

 そういうものを水晶宮から出るときに装着させたのだ。

 

「恩赦で奴隷解放したのはガドだろう。だが、お前を奴隷として見受けするために、借金もしてきたしな。悪いが開放はしてやれん。一生のそのままだ」

 

 借金というのは、アネルザのことだ。

 別に一郎の借金ではないが、ユイナという「優秀」な魔道遣いを奴隷として連れてくるということを担保として、イライジャがアネルザにまとまった金額を借りている。

 まあ、すでに、そういう状況でもないだろうが、からかうと面白いから、そういうことにしておく。

 

「か、金ってなによ──。結局、あたしの競売はなかったんだから、使ってないでしょう。返せばいいじゃない」

 

「なんで、俺が返すんだ。お前の借金だぞ。そもそも、その首輪を羨ましがる者もいるんだ。ミウもそうだろう……。それにスクルド……。ガドもしたいって言っていたぞ」

 

「あいつらは頭がおかしいのよ──」

 

 ユイナが怒鳴った。

 一郎は声をあげて笑った。

 そして、寝台に完全にあがってしまうと、両腕を吊り上げられているユイナを抱きしめて、唇を口で塞ぐ。

 舌の挿入をユイナは拒まなかった。

 それどころか、積極的に舌を絡めてくる。

 しばらくのあいだ、口づけを交わす。

 

「んふっ、はっ、はうっ」

 

 始まってしまえば、ユイナは積極的になった。

 苦し気な息遣いながらも、ユイナは込みあがった性の昂ぶりをぶつけるように、顔全体を傾けて、一郎の舌と唾液を吸いあげ、夢中になったみたいにしゃぶりまわす。

 唇を離すと、ユイナは呆然とした表情を浮かべたみたいになっていた。

 

「それよりも、今回はありがとう。第一の殊勲賞はジャスランの暴走をとめていたアルオゥインだけど、それに匹敵する功績はユイナだと思っているよ。ジャスランの血紋術のことを見抜いて要所で指摘してくれたし、怖いのにジャスランとの戦いのときには、必要により前にも出てくれた。魔族殺しの調合のこともね……。ありがとう」

 

 一郎は軽く頭をさげた。

 すると、ユイナが顔を真っ赤にした。

 

「ま、まあね──。し、知っていることは教えるし、協力するわよ。あんたの奴隷なんだしね」

 

 顔を赤らめたまま、ユイナはぷいと視線を外した。

 面白いな……。

 たったいま、奴隷じゃないと怒鳴ったばかりなのに……。

 

 一郎はユイナの後ろに移動して、ユイナの腰を胡坐の上に抱くように座り直した。また、座り直す瞬間に自分の服を亜空間に収納して全裸になる。

 ユイナは勃起している一郎の股間の上に跨るような恰好になった。

 

「ひあっ」

 

 ユイナがそれに気がついて、たじろいだような声を出す。

 ちょっと面白い……。

 

 一郎は、ユイナの小さめの乳房を両手で軽く握りしめた。

 揉んではいない。ただ、持っただけだ。

 だが、ユイナはびくりと身体を震わせて、目に見えて動揺した仕草をした。

 

「ああ、ま、待ってよ──」

 

「なにを待つんだ? ユイナは俺の奴隷だ。対外的には奴隷身分じゃないが、ユイナの命を助けた俺は、その報酬としてユイナを奴隷にした。奴隷であるお前の胸は俺のものだ。叩いたり、傷つけたりしているわけじゃないし、俺の乳房をどうしようと、俺の勝手だ」

 

「そ、そりゃあ、そうだけど……」

 

 ユイナが身体をくねらせながら言った。

 そりゃあ、そうなんだ……。

 一郎はおかしくなった。

 

「あ、あれ? もしかして、二人きり?」

 

「今頃、気がついたのか? ふたりだぞ」

 

 一郎は言ったが、もしかして、ユイナと二人だけになったのは初めてではないかと思い出した。

 そもそも、淫魔師として、常に大量の淫気を補充する必要がるらしい一郎は、平素の営みでも複数の女を同時に抱くことが多い。

 さっきのアルオウィンのときのように、ひとりだけを相手にすると、短い時間で抱き潰してしまうことも多いからだ。

 女たちも慣れっこになり、一郎には複数人数で相手をするのが当たり前になっていたが、考えてみれば、それは異常なことなのだろう。

 ユイナの言い草じゃないが、ふたりきりというのは珍しい気もする。

 

「そ、そう、ふたりきりなのね……。な、なんでもないわよ」

 

 ユイナが急に小さな声で言った。

 だが、ユイナのステータスにある“快感度”が急に数字を落下させ、“55”から“35”になった。

 “30”になれば、挿入可能なくらいに濡れているという指標なので、口づけをして胸に触っただけにしては、さがりすぎだろう。

 実際には、かなりユイナも興奮しているということだ。

 また、性欲上昇を観察できる全身に浮かぶ一郎だけに見える赤いもやも、いきなり数を増すとともに、あちこちが濃くなっている。

 もしかして、二人きりなのがユイナは嬉しいのか?

 一郎はゆっくりと胸を揉み始めた。

 

「あっ、あんっ」

 

 露わな反応と声がユイナから迸った。

 しばらく胸をいじってから、一郎は片側に手をユイナの括れているウエストから脚に向かって這わせる。

 そうしながら、ユイナの両手を吊っている鎖を少し引きあげた。

 あの鎖は、女たちにも動かせるように魔道を刻んだ操作盤があるが、そもそも、一郎の淫魔術でも動かせる。

 魔道と淫魔術は実に相性がいいのだ。

 ユイナが膝立ちになる状態まで、ユイナを引きあげる。

 脚のあいだには胡坐に座っている一郎の身体があるので、ユイナは大きく股を開いている格好になったかたちだ。

 一郎の手は、胸を揉みつつ、片側は脚からお尻の丸みに移動した。

 

「あ、ああっ、くううっ」

 

 ユイナの下肢ががくがくと震えだす。

 次いで、胸を刺激していた手を腹を通過して股間に動かしたのだ。

 触れたら火傷するかと思うほどに、ユイナの前の狭間は熱くなっていた。

 しかも、すでに果汁はおびただしく亀裂から溢れている。

 お尻に触れていた手を割れ目の上に移動し、ユイナの尻側の割れ目をこちょこちょとくすぐるように上から下に動かした。

 

「んああああっ、あああっ」

 

 ユイナが身体をのけぞらせて喘いだ。

 彼女のステータスにある“快感度”は、もう“10”を切ろうとしている。ひと桁というのは、ほとんど絶頂寸前の状態ということだ。

 一郎が赤いもやに沿って手を動かしているということもあるが、まだ前戯もはじまったばかりなのにすごいなと思う。

 

 しばらくのあいだ、ユイナの全身を両方の手で舐めまわすように動かした。

 もちろん、触るのは特に濃い性感帯の赤いもやが中心だ。しかし、赤いもやでなくても、一郎が触れば、すぐにそこに赤いもやが新しく発生して、色が濃くなっていく。

 じっとりと、ユイナを後ろから責め続ける。

 

「うああっ、やああっ、だめえええ」

 

 ユイナが悶え続ける。

 気がつくと、ユイナはびっしょりと汗をかいていて、全身は火照り切って真っ赤だ。しかも、痙攣したように身体は震え続けている。

 一郎は前側の手をまたもや、股間に動かし、ねっとりと熱い膣の中に指を二本潜り込ませた。

 

「んはあああっ」

 

 ユイナが絶叫した。

 “快感値”が一気に“3”になったが、指を挿入しただけで動かさずに、少し放置する。

 すると、徐々に数字が増えて、“10”まであがる。

 しかし、それ以上待っても、数字は上昇しない。蜜はまだまだ増え続けている。

 一郎は、指を出し入れを開始する。

 だが、数字があがりすぎないように、ゆっくりとだ。

 もっとも、膣の中だって、一郎は赤いもやを感じることができる。濃い部分だけを指で強めに押し動かしていく。

 

「ああ、くふううっ」

 

 だが、動かした途端に激しく反応する。

 数字はまたもや“3”……。いや、“2”になった……。

 一度、指をとめる。

 

「ああ、なにやってんのよおお。意地悪しないでええ」

 

 ユイナが身体を震わせながら声をあげた。

 

「意地悪なのか?」

 

 一郎はくすくすと笑った。

 そして、反対の指でお尻の穴を揉むようにいじった。

 

「ひううっ」

 

 ユイナががくがくと両膝を痙攣させて、脱力しそうになる。

 しかし、一郎はすぐにアヌスから指を離す。

 数字は“1”──。

 危なかったな……。

 一郎はほくそ笑んだ。

 少し数字があがったところで、再び同じことをする。つまり、前側に指を入れたまま、後ろ側だけを動かすのだ。

 またもや“1”に近づく。

 

「ああああ、んくううう」

 

 ユイナは背中を弓なりにして身体を震わせた。今度もぎりぎりで指をとめる。

 達してはいない。

 まあ、ぎりぎりのもどかしいところをいったりきたりしているというところだ。

 しかし、もう限界っぽいかもしれない。

 おそらく、この状態では、前でも後ろでも、怒張を挿入した瞬間に絶頂しそうだ。

 一郎は後ろからユイナの耳元に囁いた。

 

「ユイナ、最初はどっちがいい?」

 

 だが、ユイナは荒い息をするだけで、返事をしない。

 一郎はもう一度、同じ質問をした。

 

「えっ?」

 

 やっと、ユイナが肩越しに振り返る。

 

「どっちにすると訊いたけど?」

 

「どっちって……、なにがよ?」

 

「俺の性器を挿入するのは、そのべちょべちょに濡れているまんこか、それとも、感度抜群のお尻かと訊いているんだ」

 

 一郎は笑った。

 ユイナが真っ赤になる。

 

「す、好きな方にしなさいよ──」

 

 さすがに怒ったようにユイナが怒鳴った。

 一郎は声をあげて笑った。

 

「いやいや、ユイナがどっちが好きか知りたくってね。まあ、教えなよ。ずっと指がよければ別だけどね」

 

 一郎は前とともに、後ろの穴にも指を深く挿入した。

 もちろん、後ろを責める指には、指の表面に潤滑油を浮かべている。初期の頃からできた淫魔師としての能力だ。

 

「んはああああっ」

 

 ユイナが甲高い声をあげた。

 しかし、絶頂はできない。

 今度は淫魔術で寸止め状態にした。

 快感はどこまでもあがるけど、絶頂だけはできなくしてしまう。

 女にとっては、これがかなりきつい責めだということは、すでに一郎も熟知している。

 

「ああ、いやあ、はああ、だめえええ、いやああああ」

 

 翻弄されるユイナが悲鳴をあげ続ける。

 がくがくと身体の震えもとまらなくなった。

 ほとんど絶頂をしているが、最後の昇天だけが寸止めされている格好だ。

 いいかえれば、絶頂のぎりぎりをずっと継続している状況ということである。

 

「いやいやいや、ああ、ゆ、許してえええ、んくううううっ」

 

 ユイナの反応が常軌を逸した感じになった。

 だが、容赦せずに責め続けた。

 そして、少し長めにユイナの苦悶を堪能してから、一郎はやっと前後の穴からやっと指を抜いた。

 

「もう一度、訊こうか? 指か? それとも、前で達したいか? 後ろか? 答えないと、ずっといまのを続けるぞ。いきたくてもいけないのは辛いだろう?」

 

 一郎はからかった。

 

「はあ、はあ、はあ……、こ、この……鬼畜……」

 

 ユイナが脱力して言った。

 いまのユイナの“快感値”は“0”と“1”のあいだ……。その状態がずっと継続している。これはつらいだろう。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「まだ、決まらないか? じゃあ、決まるまで指だ」

 

 一郎はまたもや、指を前後に挿入して、膣とアナルの内側の性感帯を刺激しまくる。

 ユイナが悲鳴をあげた。

 

「こ、答えるううう──。後ろおおお──。後ろを犯してええ──」

 

 すぐにユイナが絶叫した。

 一郎は笑いながら指を抜いて、鎖を緩めてユイナの上体を前方向に倒す。

 

「力を抜けよ」

 

 膝を立てたままうつ伏せになったユイナの小さな菊座に怒張の先をあてがい、体重を加えるようにして奥に打ち沈めていった。

 もちろん、怒張の表面には潤滑油をまぶしている。

 潤滑油には、お互いの性器をお尻の穴を清潔に保つ効果もあるが、おそらく、ユイナは普段からお尻の穴はきれいにしてるだろう。

 口は悪いが、実際にはほかの女同様に、一郎に犯されたがっていて、ずっと以前に言いつけたお尻の洗浄をずっと続けているのを一郎は承知していた。

 

「ひうううう、いぐうううう」

 

 挿入を果たしたところで、一郎は淫魔術による寸止めを解除した。

 すると、あっという間にユイナは達してしまい、さらに、二度目の絶頂に向かいだす。

 だが、まだ挿入しただけだ。

 ちょっとばかり、前戯で意地悪をしすぎたかもしれない。

 まあいい……。

 

「まだまだ、夜は長いぞ。そもそも、お愉しみはこれからだ」

 

 一郎はうそぶきながら、ユイナのお尻に挿し入れている怒張の抽送をゆっくりと開始した。

 

「ひいいいっ」

 

 手枷を吊っている鎖にしがみつくようにしたユイナが激しくお尻を動かした。



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620 夜の女巡り(その4・殊勲三位)

「あごおおお、んぐうううっ」

 

 ジャスランの悲鳴が夜闇に響き続けている。もっとも、そろそろ夜も明けるだろう。そんな時間のはずだ。

 エリカはたまたまあった大きな石を椅子代わりにして、それを見守っていた。

 

 だが、ここからではジャスランの姿は見えない。

 見えるのは、蟻のようにジャスランに群がっている男たちの後ろ姿だ。

 一応はほとんどがズボンをはいているが、中には性交のときに脱いだまま下半身を剥き出しにしている男たちの一群もいる。

 エリカはうんざりした気持ちでそれに視線を送っていた。

 

 なにしろ、エリカは目の前の醜悪な光景をひと晩中ずっと見守っているのだ。

 多くの種族の中で、ひと際身体が丈夫なエルフ族なので、ひと晩、ふた晩くらいは、寝なくても問題はないのだが、身体よりも気力がめげそうだ。

 

「まだまだ、元気ねえ、あいつ……。だけど、人間族ならとっくの昔に心臓がとまっているだろうにねえ……。何回絶頂するんだろう。もう軽くニ百回は超えたんじゃない」

 

 ちょっと離れた場所で、石ではなく大きな樹木を背もたれにして地面に座っているコゼがあくび混じり言った。

 

「もっとよ……。もしかして、その三倍は達しているかも……。わたしが見張り始めたときから、あの頻度だったわよ。魔族というのは、ほかの種族とはかけ離れて丈夫だしね。あいつは相の子だけど、その魔族の中でも強い個体みたいだし、あの感じなら、明日の朝までかけても死ねないんじゃないの」

 

 エリカは言った。

 夜半過ぎにマーズと見張りを交代をしたコゼとは異なり、エリカは始まりの段階をミウに託しただけで、ずっとこうやって、輪姦されるジャスランを見守っている。

 瀕死になってもガドニエルが覚醒できるのだが、ロウは傭兵隊長に、輪姦の刑については、ジャスランの息の根が一度とまったら終わりだと伝えていた。

 だから、傭兵隊長も、叩いたり蹴ったり、あるいは、首を絞めたりという乱暴はさせてないものの、あまりもの連続絶頂の繰り返しの様子に、エリカとしては、もしかしたら、夜半には身体の死を迎えるのではないかと思っていた。

 なにしろ、ロウは人間嫌いのジャスランへの罰として、沸騰するくらいにジャスランの性感をあげ切ってから、傭兵隊長に引き渡したみたいなのだ。

 おかげで、ジャスランは嫌悪しているはずの人間族の男たちに犯されては、嫌々ながらも絶頂するということを果てしなく繰り返している。

 可哀想とは思わないが、あそこまでいくと多少は憐れみを感じる。

 ロウもある意味、冷酷な仕打ちをしたものだ。

 

 それはともかく、エリカの予想とは異なり、ジャスランはいまだに気丈さを持ち続けている。

 体力が続いているというだけではなく、まだ気力も十分みたいだ。

 男たちが交代するときや、絶頂と絶頂のあいだになれば、人間族の男たちへの悪態をしたりしている。

 大したものだとは思う。

 

 一方で、傭兵たちからすれば、それだけ自分たちを嫌っているジャスランが、一度犯しさえすれば、すぐに連続絶頂を繰り返して女の反応をするので、むしろ、愉しくて仕方がないみたいだ。

 もう朝になろうとしているにもかかわらず、まだまだ、男たちは愉しそうにジャスランを囲んでいる。

 

 そのときだった。

 突然に、首に冷たいものを感じた。

 驚いて手をやると、首に金属のチョーカーのようなものが嵌まっている。

 振り返ると、そこにロウがいた。

 エリカはびっくりした。

 いつの間に……?

 

「ロ、ロウ様?」

 

 その一郎がエリカを後ろから抱くように、エリカの座っている石に座った。エリカは、ロウに抱えられて、ロウの脚に挟まれて石に座った感じになった。

 

「えっ、ロウ様って?」

 

 コゼがこっちを見る。

 しかし、すぐに嘆息して視線を前に戻した。

 

「なんだ、名前を呼んだだけ? そういえば、ご主人様は朝近くなったら、こっちに顔を出すかもって言ってたわよ。もしかしたら、来るくれるかもね」

 

 コゼが言った。

 エリカは驚いた。

 ロウはここにいる。エリカに視線を向けたなら、ロウの姿が入らないのはおかしい。ましてや、コゼは超一流のアサシンでもある。

 人の気配には敏感だ。

 

「……ガドに作らせた『欺騙リング』という魔道具を装着している……。俺の姿も声も気配も、他人にはわからない。ぎりぎり位相空間に存在をずらしているということらしい。エリカに嵌めたのも似たようなものだ。小さな声ならコゼには聞こえない。もっとも、嬌声のような大きな喘ぎ声は別だぞ。それはしっかりと漏れ出るように調整している」

 

 ロウが耳元でささやくように言った。

 

「あんっ」

 

 また、おかしなものをと思ったが、背後からロウに抱きすくめるようにされ、しかも、服の上からだが胸をくすぐるように触れられて、思わず声をあげてしまった。

 

「大声をあげるなって言うのに……」

 

 ロウがくすくすと笑いながら、服越しながらも、ロウの手が乳首に嵌まっている乳首ピアスを揺するように触る。

 

「んああっ」

 

 エリカは悲鳴をあげてしまった。

 しかも、思ったよりも自分の声は大きかった。

 エリカは身体を弾かせそうになった。

 

「えっ?」

 

 コゼが再びこっちを見る気配がした。

 だが、それどころじゃない。

 いつの間にか、足の裏が地面に貼りつき、両手の手のひらも石の表面に貼りついていた。スカートもである。

 ロウの粘性体だ。

 エリカは唖然とした。

 

「な、なんです……? ひいいっ」

 

 エリカは背中を振り返って一郎に困惑に視線を向ける。

 しかし、次の瞬間、顔が引きつりそうになった。

 いきなり、猛烈な尿意が込みあがったのだ。

 ロウの悪戯に決まっている。

 だが、途端に漏れそうになり、エリカは慌てて尿道にぐっと力を入れた。

 

「えっ、なによ、エリカ? いきなり声を出したりして……」

 

 コゼが訝しむ口調で言った。

 背中でロウがくすくすと笑った。

 

「気をつけろよ。俺の姿は見えないけど、エリカの姿はコゼにも、傭兵どもに見えるからな。それと、大きな声は聞こえると言っただろう? 声は我慢して出さない方がいいぞ。コゼはともかく、傭兵たちもこの距離なら耳には入るだろう。許可なく漏らしたら、スカートをまくって、エリカの放尿姿を公開するからな」

 

 ロウが愉しそうに、耳元で小さくささやいた。

 エリカはぐっと歯を噛みしめて、激しい尿意を我慢する。

 

「あ、悪趣味です……」

 

 エリカは小さな声で言った。

 

「それが俺だ……。それよりもコゼを誤魔化せよ。俺がいることがコゼにばれたら、スカートをまくって、さらに尿意を倍にする」

 

 ロウが言葉を終えると同時に、スカートの下の下着が消滅した。ロウの術だろう。

 股間に外気を感じたことで、エリカはさらに顔が引きつりかけた。もしかしたら、本当にここで放尿姿を晒させられるかもしれない。

 こっちには注目しておらず、ちょっとは距離があるとはいえ、傭兵たちとエリカたちとは、視線を遮るものはなにもないのだ。

 冗談じゃない。

 エリカは必死で内腿を閉じて力を入れる。

 

「な、なんでも……ないわよ。ちょ、ちょっと虫がいて……。も、もう大丈夫……」

 

 エリカはとりあえず言った。

 そのあいだにも、どんどんと尿意が大きくなっていく。

 あっという間に脂汗のようなものが全身に流れ出す。

 

「虫?……。なにか変ねえ……」

 

 コゼが訝しむ感じで首を捻った。

 本当にロウの気配を感じないのだろう思った。

 しかし、それ以上はなにも言ってこない。コゼの視線は元に戻った。

 とりあえず、エリカはほっとした。

 

「よかったな……。だけど、声は出すなよ。声を出したら、スカート捲って、あの連中が注目するような大声を俺が出す。まあ、コゼもいるから、性欲を暴発させた男たちがやってきても、追い払えるだろうさ。そういえば、あの集団の近くに男が四人ほど転がっていたな。死んでるのは生きているのかわからなかったが、下半身丸出しの男が四人倒れているのはどういうわけだ?」

 

 一郎が訊ねた。

 実は、前半夜のうちに小さなある騒動があり、その四人は瀕死になった状態で傭兵隊長の指示でどこかに運ばれていた。

 どこに連れられて行ったのかは知らないし、興味もなかったが、ロウはそれをここに来るまでの途中で見たのだろう。

 それはともかく、その言葉から判断して、傭兵隊長は特に治療もせずに、あれらをそこら辺に放り投げさせたのだと思った。

 

「ひ、ひとりは……ジャ、ジャスランの口に中に性器を深く入れ過ぎて、奥歯で噛み千切られて……。残りの三人は、わたしとマーズが……」

 

 エリカは必死に尿意を耐えながら説明した。

 なにがあったかと言うと、その四人のうちのひとりは、“あれ”をジャスランに噛み千切られたのだ。

 ロウが前歯を溶かして引き渡したのだが、面白がった傭兵のひとりがジャスランの口の中を蹂躙するように性器を入れて動かしまくったのだ。それで噛み千切られたというわけである。

 エリカからすれば、馬鹿としか言いようがない。

 残りの三人は、ジャスランを犯し続けている最中に、興奮した傭兵たちの数名がエリカたちを襲おうとしたのである。

 すでに、ミウとイットは天幕に帰還させて、エリカとマーズで見張りをしていたが、下半身を丸出しにして眼を血走らせて襲い掛かった三人をマーズとふたりで瞬殺した。

 ただ叩きのめすだけでなく、剥き出しの睾丸を蹴りあげて玉を潰してやった。

 

 それまでは、隙あらばこっちも襲おうという感じだった傭兵たちが、一瞬にして顔を蒼ざめて、近寄るどころか視線も向けなくなった。

 傭兵隊長が平謝りで謝罪したが、あれからかなり経つ。

 いまだに起きあがってないのだとすれば、もしかしたら、死んだのかもしれない。

 まあ、そうだとしても、エリカにはまったく悔いはない。

 同じことをしてきたら、今度は潰すどころか、性器を斬り捨ててやろうと思っている。

 

「なにい……」

 

 ロウがむっとした表情になった。

 エリカたちが襲われたと知って、怒ったみたいだ。

 

「そ、それよりも、も、もう堪忍してください……」

 

 エリカは限界に迫ってきた排尿感を必死に耐えた。

 とても耐えられないような尿意なのだ。

 本当に、ロウは意地悪だ。

 

「そう言うなよ。今夜はジャスランのことで殊勲賞の女を順番に回ってるんだ。一番はアルオウィン、二番はユイナ……。イライジャが辞退したんで、エリカのところに来たということだ。ジャスランを相手によく頑張ってくれた……。それに、スクルドのことにも気を配ってくれてありがとう……」

 

 ロウが後ろから言った。

 殊勲賞?

 どうでもいいけど、ロウはちゃんと休んだのだろうか?

 エルフ族とは異なり、人間族のロウには、一日のうちに一定時間の睡眠が必要なはずだ。

 昨夜はジャスランとの戦いがあり、引き続き訊問のようなことをしていたので、ずっと眠っていないはずだが……。

 

「ロ、ロウ様は休んだんですか……?」

 

 エリカは小声で言った。

 それにしても、尿意が……。

 エリカは懸命に内腿を震わせながら耐える。

 

「心配ない。ちゃんと寝たよ。アルオウィンもユイナも、そんなには長くもたなくてね。しっかりと寝てからこっちに来たんだ。この後でスクルドのところにもいく。ちょっと覗いたが、さすがに苦しんでいたな。防音術が刻んでいるボールギャグを嵌めてきたけどね」

 

 防音術が刻んであるボールギャグというのが、なんなのかわからないが、ガドニエルあたりに作らせたのかもしれない。

 それはいいが、スクルドは昨夜の謝罪のあと、ロウから股間の前後に女淫玉とかいう淫具を挿入されて貞操帯で封印されていた。

 あの時点でかなりきつそうだったので、あれからひと晩がすぎたいまは、七転八倒する感じになっているかもしれない。

 ロウも、嗜虐のときには容赦ないので、まあ頑張ってもらうしかないが……。

 

「それよりも、エリカもそろそろ放尿してしまえ……。仕方ない。声は出さないよ。スカートをめくるだけだ。多分、コゼにしかわからない」

 

「い、いやです──」

 

 エリカは声をあげた。

 

「そう言うな……」

 

 ロウがエリカのスカートの中に手を入れた。

 ぎょっとした

 ロウがクリピアスを掴んだのだ。

 しかも、引っ張り動かされる。

 

「あっ、駄目ですうう」

 

「すごい濡れているな……。さすがは、恥ずかければ恥ずかしいほど、濡れてしまうエリカだ。すっかりとびしょびしょだぞ」

 

 激しくピアスを刺激された。

 一気に脱力するとともに、強烈な快感の疼きが股間から爆発する。

 そうなるようにロウが術を加えているのだ。

 普段はなんでもないようになっているが、ロウが触ると、乳首ピアスもクリピアスも、瞬時に快感の暴流が発生してしまう。

 

「うくううっ、くうううううっ」

 

 エリカはあっという間に絶頂してしまった。

 そして、股間からしゅっと音を立てるように放尿が迸った。

 ロウがエリカの身体を押し、前にエリカを倒す。

 

「んはああっ」

 

 エリカは悲鳴をあげた。

 放尿が続くエリカの股間に、後ろからロウが怒張を貫かせたのだ。

 すでに達して脱力しかけていたエリカだったが、激しい戦慄とともに、さらに絶頂感に襲われる。

 身体ががくがくと揺れ、そこら中におしっこが飛びまくる。

 

「いやああああ」

 

「ええ、えええ、ええええ?」

 

 コゼが立ちあがって、こっちを驚愕の表情で見ているのがわかった。

 自分がどう映っているのかわからない。

 一郎の姿が見えないから、いきなりエリカが放尿しながら前倒しになり、スカートを捲りあげて、身体を悶えさせた感じになっているのだろうか……。

 とにかく、コゼはともかく、ちょっと離れている傭兵たちにばれないように、エリカは懸命に声を我慢した。

 だが、ロウは、いまだに放尿が続いているエリカの股間を犯しながら、クリピアスまで刺激するのだ。

 

「ひいっ、ひいいっ、ひいいいっ」

 

 エリカは悶え狂った。

 ロウの容赦のない怒張の抽送──。

 エリカはあまりの衝撃に、わけがわからなくなった。

 またもや、快感が頂上に向かってせりあがっていく。

 

「いやああ、ロウ様あああ」

 

 そして、エリカは、おしっこをまき散らしながら、またもや、その場で絶頂してしまった。

 

「エ、エリカ?」

 

 コゼが目を丸くしている。

 だが、はっとしたように、すぐにエリカと傭兵たちのあいだに立つようにして、エリカの姿を隠した。

 エリカの股間の中にロウが射精をするのを感じた。

 その瞬間、エリカの手足を貼りつかせていた粘性体が消滅した。

 エリカは精魂尽きた感じになり、その場の地面に四つん這いになってしまった。

 気がつくと、ロウの気配を感じなくなった。

 手を首にやる。

 やっぱり、首にあった金属のチョーカーがなかった。

 ロウに嵌められていた魔道具は外されたので、気配を感じることができなくなったのだろう。

 

 一方で、やっと放尿がとまった。

 エリカは、絶頂をさせられて放尿を開始したところでロウから犯され、それが終わる前に二度目の絶頂をしてしまい、さらに精を放たれたのだ。

 あまりもの急激な性感の爆発で完全に疲労困憊の状況になった。

 

 後ろを振り返っても、ロウはいない。

 どこにいるかもわからない。

 一切の気配がない。

 

 ただ、さっきまで座っていた石の上に、数枚の布と新しいスカートが置いてあった。

 エリカのスカートは、まき散らした放尿でびしょびしょになっている。

 その替わりということだろう。

 しかし、よく見れば、置いてあるのは、エリカの替えのスカートだけじゃなく、コゼの半ズボンもある。

 エリカは首を傾げた。

 

「ど、どうしたのよ、エリカ? ロウ様って叫ばなかった? もしかして、ご主人様がいるの?」

 

 コゼが眉をひそめている。

 しかし、さすがに勘づいたみたいだ。

 だから、咄嗟にエリカの醜態を隠してくれたのだろう。

 

「な、なにって……」

 

 エリカはどう説明したものかと考えた。

 だが、頭が働かない。

 息も苦しくて、ちょっとすぐに喋れそうにもなかった。

 

「えっ?」

 

 しかし、次の瞬間、コゼが不意に声をあげた。

 そして、急に真っ赤な顔になって、立ったまま悶えだす。

 

「あっ……そ、そんな……ああ、だ、だめです、ご主人様……。ああっ」

 

 艶めかしく身体をくねらせ出したコゼだが、エリカにはコゼ以外の姿は見えない。

 ただ、いつの間にか、首に細い銀色のチョーカーが嵌まっている。

 あれが、さっきまでエリカがされていたものだろう。

 どうやら、ロウは次の悪戯の標的をコゼに向けたみたいだ。

 

「ああっ、いやああ──」

 

 すると、コゼが両手で股間を押えて悲鳴をあげた。

 もしかして、コゼも……?

 エリカは、地面についていた手を離して、やっと上体を起こした。

 絶頂の余韻は続いていたが、なんとか立ちあがる。

 スカートも下半身もびしょびしょで、ちょっと気持ちが悪い。ロウもエリカの放尿を浴びて濡れているのではないだろうか。

 少し心配になった。

 

「んんんっ、んんんん」

 

 突然にコゼの悶えが大きくなる。

 しかも、なにかに押さえられえているかのように、コゼの口が閉じていて、そこからよがり声のような呻きが迸った。

 しかも、コゼの顔が真っ赤だ。

 やがて、突如としてコゼの痙攣が速くなる。

 

「コゼ? うわっ」

 

 コゼのはいている半ズボンの股間の部分が、みるみるうちに大きな丸い濡れを作った。

 しかも、かなりの水量の液体がコゼの内腿を伝って地面に垂れ流れだす。

 失禁だ──。

 

 コゼもまた、ロウの悪戯の洗礼を受けたのだと思った。

 すると、そのコゼの半ズボンがすっと消滅した。

 コゼが横の樹木に向き、両手を樹木につけた前屈みになる。

 

「あっ、あっ、ご、ご主人、さ、さま、ああっ、あん、あんっ」

 

 そのコゼの腰が激しく前後しはじめる。

 しかも、いまだにコゼの股間からは放尿が続いている。

 

「ま、待って──」

 

 エリカは慌てて、コゼの痴態を隠すために、コゼと傭兵たちの集まりのあいだに身体を躍らせた。



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621 三日地獄巡り・二日目

「ほげええええ」

 

 森の中にジャスランの絶叫が響き渡っている。

 周りには、昨夜からずっとジャスランへの刑罰に関わっている傭兵たちが集まっていて、一郎はその一角にテーブルクロス付きのテーブルと椅子を運ばせ、少し離れた場所から、女たちの幾人かと、刑罰執行を監視する態勢をとっていた。

 

 ジャスランへの刑は、二日目の夕方を迎えている。

 一日目については、一郎が直接に、報復としての三個の苦悶を与えたが、四個目の輪姦の刑を行った昨夜からは刑執行の主体は大勢の傭兵たちに変わっていた。

 つまり、一郎の役目はジャスランに拷問を施すことではなく、刑罰の要領を傭兵たちへ指示することになったのだ。

 いまもそれが続いている。

 

 どうしてそうなったのかというと、四個目の輪姦でジャスランの凌辱にすっかりと味をしめた傭兵たちが、是非とも自分たちも直接にジャスランに復讐したいと言ってきたのだ。

 ジャスランというどんなに凌辱しても心も折れないし、決して死ぬことのない対象を性的にいたぶるのが愉しくて仕方がなくなったのだろうと想像しているが、一応は傭兵隊長は、操られて一郎たちと戦った自分たちもジャスランの被害者であり、是非とも報復に参加したいという大義名分を準備してきた。

 一郎はそれを許し、いまも続いているというわけだ。

 

 いまは、七個目の刑の準備だ。

 三個目の刑罰のときにジャスランに刻んだ隷属の魔道の主人は、一時的に傭兵隊長に移していたが、その傭兵隊長の「命令」で地面に置いた木製の台でジャスランに舌を出させ、たったいま、大きな釘がジャスランの舌の真ん中に打ち抜かれたところである。

 

 もっとも、血は出ない。

 封印しているとはいえ、血紋術の遣い手のジャスランには、出血を伴う刑罰は危険だ。

 どんな方法で生命を繋いで、逃亡するかわからない。

 ジャスランが苦しがって、釘の刺さった舌を引き抜いても、舌が裂けるだけで血は流れないようになっている。

 そんな風にガドニエルに魔道をかけさせているのだ。

 

 傭兵たちには、離れている一郎たちから、ジャスランの姿が見えるように、前を遮らないようにさせているが、ジャスランは号泣しながら悲鳴をあげている。

 あの悲痛な姿が、時間が経ってほとぼりが過ぎれば、うって変わって剥き出しの憎悪を周りにぶつけてくるのだから、なかなかに心が強い女魔族だと思う。

 だから、傭兵たちも面白がっているのだろう。

 

「んがああああ、んげええええ」

 

 太い釘を打っている舌に、さらに釘が打ちつけられている。

 それだけでなく、金属の細い杭を両肩と腿に打たれようとしていた。あれは指示していないので、傭兵たちの責めの追加だろう。

 あれで血が流れると、さすがに鼻白む光景かもしれないが、どうやっても血は出ないので、凄惨な状況でも少しは耐えやすい気がする。

 

 いずれにしても、こうなってしまえば、傭兵たちに刑の執行役を変わってよかったと思う。

 昨日の状況では、一郎の女たちに与えたジャスランの仕打ちに、怒り心頭に達していたので、およそ考えられないくらいに残酷に殺してやるつもりだったが、ひと晩がすぎてしまうと、憎悪も長続きしない気持ちになってきた。

 さっさと殺して、もう始末をつけたくなったが、傭兵たちが代わってくれたので、予定通りに「十大地獄巡り」を継続することにしている。

 

 そういう意味では、一郎も随分とこの世界に染まって、冷酷になったつもりだったが、まだまだだと思う。

 女を嗜虐して愉しむくせに、単純な拷問は嫌いみたいだ。

 ジャスランに対する仕打ちを眺めても、まったく性欲は湧いてこない。

 いまは、責任者として立会はしているものの、ジャスランの悲鳴は聞こえても、喋る言葉は聞こえないくらいに、このテーブルの距離も離している。

 

 それはともかく、いまテーブルクロスをかけられているこのテーブルに同席している女たちは、ガドニエルとシャングリアとコゼとエリカだ。

 それに、「雌犬」が一匹……。

 ほかの女については、天幕で休んでもらっている。

 

 ……というよりは、ほかの女たちについては、合間合間に抱いているうちに、抱き潰れてしまったのだ。

 特に、昨夜のうちにひとりずつ抱いたアルオウィンとユイナについては、前半夜に抱いただけなのだが、さっき覗いたけど、いまだに足腰が立たなくて怠そうにしていた。

 最近では仮想空間の中で、しかも複数人同時に抱くことが多く、まともに現実空間で、さらに、一対一で相手をしてもらったのは久しぶりだった。

 しかし、一郎の本気を集中的にぶつけると、あれだけダメージがあるのだと、改めて知ってしまった。

 気をつけようと思った。

 

 とにかく、ジャスランを捕らえて挨拶代わりの窒息責め、痒み責め放置、歯を溶かして拷問訊問、奴隷の首輪の装着のための拷問……。

 そのうち、訊問については十大地獄には数えなかったので、昼間のあいだに三個の刑の執行──。

 次いで、四個目の刑としての人間族の傭兵たちによるひと晩がかりの輪姦……。

 その前半夜のあいだにアルオウィンとユイナを抱き潰した……。

 これが一日目だ。

 

 そして、二日目の今日については、まずは明け方に、輪姦の見張りをしていたエリカとコゼに失禁プレイの悪戯を仕掛けて抱き、その足で一度、ブルイネンのところに向かって、数名ずつ仮想空間に連れ込んで、親衛隊たちの全員を順番に抱かせてもらった。

 彼女たちも、ジャスラン戦のときには活躍してもらった功労者だ。

 そのご褒美だ。

 一郎ごときが抱きにいくのが嬉しいというのは恐縮するが、彼女たちがそれで心から喜んでくれるので、しっかりと相手をした。

 それに、一郎としても定期的に大量の淫気を吸入する必要があるという、切実な都合もあるし……。

 ともかく、こっちについては、仮想空間の力で現実時間を使わないようにしたので、ブルイネンを含めた三十一人の全員に精を放った割には、実際の時間経過はほとんどないし、親衛隊たちに体力的な影響もあまり残らなかった。

 

 次いで、天幕に戻り、女淫玉を挿入放置されて、狂いそうになっていたスクルドの相手をした。

 すなわち、発狂しそうなほどの性の疼き地獄から彼女を開放し、さらに目の前で小便と大便をさせたのだ。

 犯しただけでなく、放尿と糞便をわざと目の前でさせ、さらに、お尻の穴を指で洗ってやったときには、すっかりとスクルドも甘え切ってしまったみたいになった。

 その後、スクルドを改めて、たっぷりと犯した。

 

 スクルドが一度失神してしまう頃には、やっと完全に夜が明けたので、輪姦を終了させるためにジャスランを受け取りに行った。

 そのときに傭兵隊長からジャスランの刑執行を手伝いたいと申し出があったのだ。

 そして、彼らに任せることにしたというわけだ。

 だから、そのまま五番目の刑の執行となった。

 

 五番目の刑は、ジャスランに電撃の魔道を浴びせることが可能な張形付きの貞操帯を嵌めての運動責めにしたが、それは一郎たちではなく、傭兵たちに委ねることになった。

 すなわち、口で咥えることのできる球体を放り投げ、犬のように口で取りに行かせるのだ。

 しかも、ジャスランがその仕打ちに怒って行動を拒否したら、操作盤を押しさえすれば、いくらでも強い電撃が張形から流れるという仕掛けである。

 

 気の強いジャスランのことだから、電撃くらいでは言うことを従わないことも予想したが、案外に意気地がなくて、見学していると数回電撃を股間に流されただけで、必死に球体を追うようになっていた。

 ただ、輪姦から開放されて、休むことも許されずにさせられる運動責めだったので、それはそれはつらそうだった。

 

 だが、汗みどろになりながらも、球体を追い掛け、張形を振動されたり、わざと口で咥え難い場所に球体を投げられたりして、電撃を浴びせられるジャスランの姿に、一郎も満足した。

 その場はしばらく傭兵たちに任せ、五番目の刑の見張りについては、ミウとイットとマーズの“童少女トリオ”を呼んで託した。

 これが今日の午前中の半日だ。

 

 その半日のあいだに、シャングリアを抱き、エリカとコゼをまた抱き、イライジャを抱き、ガドニエルを抱き、またスクルドに悪戯をして、もう一度、シャングリアとエリカとコゼを抱くという感じで、ひたすらに女たちを代わる代わるに抱きまくった。

 陽が中天に達する頃には、運動責めを終えたジャスランを檻に入れて、マーズたち三人が戻ってきたので、その三人も抱いた。

 すると、気がつくと、女たちの全員が動かなくなってしまっていた。

 仕方なく、ブルイネンを呼び出して一時的に一郎の護衛を代わってもらい、六番目の刑執行の監督を一郎と一緒にする役目を親衛隊に頼んだ。

 

 六番目は、ジャスランを樹木の枝に宙吊りにしての延々に続けるくすぐり責めだ。

 ジャスランの全身を淫魔術で、極限まで敏感にさせ、傭兵たちに四方八方から羽根でくすぐらせたのだ。

 全身からあらゆる体液を垂れ流しながら、憐れみを乞いながら、ひたすらに笑い狂うジャスランは、まさに残酷なショーだった。

 

 もっとも、こっちについては、一郎の性欲も刺激された。

 だから、刑罰を見物しながら、ブルイネンとふたりの護衛を交代で仮想空間で抱くということをした。

 仮想空間ですることは、現実空間の時間経過をほとんどなしにできるので、そういうこともできる。

 だが、仮想空間での性交も、女たちの疲労はかなり軽減できるものの、まったくなくなるわけじゃない。それに、時間が関係なくなると、ついつい、一郎の責めもしつこくなってしまう。

 三巡もすると、ブルイネンたちも動かなくなった。

 その後は、少しばかり自重した。

 

 そして、いまが七番目の刑執行というわけだ。

 天幕に戻ると、三人娘についてだけは復活していたので、一郎の護衛として同行してもらい、ついでにガドニエルとスクルドを強引に連行してきて、いまに至っているというわけだ。

 

「ふう……」

 

 ガドニエルが気怠そうに大きく息を吐いた。しかも、まだ身体がつらそうで、椅子の背もたれに身体を預けるような体勢をしている。

 一郎は苦笑した。

 

「しっかりしろよ、ガド。外ではしっかりと女王をやってもらう約束だ……。傭兵たちも見ているぞ。エルフ族の女王なんて存在がそばにいるなんて珍しいからなあ」

 

 一郎はガドニエルに声をかけた。

 

「あ……はい、ご主人様……」

 

 ガドニエルが背筋を伸ばす。

 だが、まだまだ一郎に犯された性の余韻に浸って、ちょっと気疲れしたようなガドニエルは、ぱっと見ると妖艶すぎて怖いくらいだ。

 まあ、一郎の女たちは、ガドニエルに限らず、全員が美人、美少女であり、男の性欲を刺激する色香を発揮する。

 最年少のミウでさえ、最近は色っぽくなってきた。

 こうやって、距離を置いて座っているだけで、傭兵たちもちらちらとこっちを見ているのがわかる。

 やはり、注目を集めるのだ。

 

「やっぱり、女王は休ませてやったらどうだ? しばらくは蘇生が必要なことはないのだろう?」

 

「そうね。魔道については、ガドやミウほどではありませんが、ある程度は、わたしでも対処できますよ。それに……」

 

 横から声をかけてきたのは、シャングリアとエリカだ。

 そして、エリカは声をかけたあとで、ちらりとテーブルクロスの下に視線を送った。

 また、三人娘については護衛として来てもらったが、ガドニエルと一郎と同じテーブルについてもらっている。

 コゼも含めて、大き目の丸テーブルを囲んでいる態勢だ。

 配席は、ジャスランに向かう正面にガドニエルと一郎。

 一郎のすぐ右はいまは空席で、さらに右にコゼ。

 ガドニエルの左にエリカとシャングリアというかたちである。

 一郎のすぐ右隣が空席なのは理由がある……。

 

「そうだな……。蘇生が必要になってくるのは、この後の八番目の刑だしな。それまでガドは休んでいるか……。シャングリア、ガドを天幕に送っていって……」

 

「いえ──。大丈夫です。問題ありません。自分にもう一度、魔道かけますね」

 

 ガドニエルが慌てたように顔を引き締めて、なにかの魔道をかける仕草をした。

 ちょっとガドニエルが元気を取り戻す。

 おそらく、体力増進の魔道でも自分にかけたのだろう。

 

「そろそろ、始まるみたいですよ」

 

 そのとき、コゼが声をかけた。

 一郎は視線を前に向ける。

 地面の上の木製の台座に、舌とともに切断されている四肢の付け根を打ち付けられているジャスランの近くに、大きな樽が運ばれてきたところだった。

 樽の中身はわかっている。

 唐辛子汁だ。

 それをこれから、ジャスランの尻に注ぎ込むのだ。

 これが、七番目の刑なのだ。

 

 もともと、地面を這うようなくらいの長さしかない手足のジャスランに抵抗など不可能だが、舌を釘で床の台に打たれてしまっては、さらに身動きはできないだろう。

 傭兵隊長には、その状態でジャスランに唐辛子浣腸を施して、激しく振動をする魔道具のアナル栓としての張形で肛門を封印し、少なくとも一ノスは唐辛子で苦しめてから排泄をさせるように言っている。

 その通りにするはずだ。

 

「ひべえええええ、んべええええ」

 

 ジャスランの泣き叫ぶ声が響く。

 おそらく、傭兵たちがジャスランに、これからなにをされるのかを説明したのだろう。

 一郎が渡した大きな浣腸具には、順番に真っ赤な唐辛子の液汁が吸引されていき、傭兵たちがこれ見よがしに、ジャスランの視界内に持っていき、ジャスランに見せている。

 また、昨日のエリカたちにやらせた拷問のときに、エリカが眼を潰したジャスランだったが、今日の午前中には薄っすらとだが視界も回復してきたようだ。

 つくづく、魔族というのは丈夫な種族なのだと、改めて知った。

 そういえば、あのパリスについても、完全に殺すのは手間をかけたのを思い出す。

 

 それははともかく、傭兵たちが持っている巨大浣腸具は五本だ。

 それを使って、途中の排泄を許さずに、樽いっぱいの唐辛子汁をジャスランに注入するのだ。

 あれだけ尻に注げば、臨月の妊婦ほどにも腹は大きくなるだろう。

 同じようなことをスクルドにもしたのだから、この刑罰はジャスランに与える“地獄巡り”には絶対に入れようと思っていた。

 

「へげええええっ、んべえええええ」

 

 ジャスランがひたすらに泣き叫んでいる。

 しかし、傭兵たちが笑いながら、杭を打たれている手足の短いジャスランを寄ってたかってさらに押さえ、ジャスランの尻に、まずは最初の浣腸が注ぎ込まれ始めた。

 ジャスランが舌が千切れるのを厭わないほどに暴れだしたが、一本目の唐辛子汁はジャスランの尻に注ぎ込まれていく。

 

「へぎゃああああああ──」

 

 凄まじいジャスランの絶叫が響いた。

 ジャスランの身体を押さえる傭兵の数が増える。

 一本目の途中だが、一度抜かれて、先に尻にアナル栓代わりの張形をぶち込むことにしたようだ。

 あの張形にも特殊な仕掛けがしてあり、底の部分に管を繋げば、それを嵌めたままでも薬液を尻穴に注入できる。

 さらに、張形には振動させる機能があり、腹が大きく膨れるほどの唐辛子汁をジャスランの腸内に注いだら、一ノスは注いだ唐辛子汁を撹拌(かくはん)させることになっていた。

 ジャスランは狂ったように暴れるだろうが、舌を釘で台に打たれているので、ほとんど動くこともできないと思う。

 それとも、舌を引き千切るだろうか……。

 

「ほら、もう奉仕はいいぞ。こっちに座って見ろ。お前がやられた仕返しだ。少しは溜飲がさがるといいんだけどね」

 

 一郎はテーブルクロスの下に繋がっている鎖を軽く引っ張った。

 実は、一郎の股のあいだには、スクルドがいて、ずっとテーブルクロスの下でフェラチオをさせていたのだ。

 

「んんっ、はい……」

 

 スクルドにさせている首輪には、一郎が手に持っている鎖が繋がっている。一郎が鎖を引いたので、ちょっとえずいたみたいだ。

 のそのそとスクルドがテーブルの下を這い起きてくる。

 

「口がべとべとだな。こっち来い」

 

 スクルドの顔を寄せさせる。

 王都でやった園遊会のことを一郎に黙っていた罰として、スクルドには両腕の復活を許していない。

 明日の昼前には出立する予定なので、それまでは、雌犬の刑ということにしている。

 両腕がなくて、なにもできないスクルドは、顔を拭くという単純な行為さえ、すべての世話を受けなければいけない。

 これがスクルドへの罰だ。

 もっとも、すでに魔道は復活させたので、その気になれば、手がなくても魔道である程度のことはできるだろう。

 しかし、こうやって、スクルドの世話をやくことを一郎も愉しんでいるのだ。

 

「はい」

 

 スクルドの顔が寄る。

 一郎は亜空間から布を出して、スクルドの口の周りの涎や、一郎の精液の残滓を拭きあげる。

 スクルドは恥ずかしそうにしている。

 

「や、やっぱり、それは罰じゃないだろう。ご褒美だ──」

 

「そうですよ。ご主人様、優しすぎますって」

 

 ほぼ同時に声をあげたのは、シャングリアとコゼだ。

 

「なにをおっしゃいます。まったく問題ありませんよ。大丈夫です。これはわたしの罰なのですから」

 

 すると、スクルドが朗らかそうに言った。

 スクルド節もだいぶ戻ってきた。

 一郎は思わず笑いそうになった。

 

「なにが問題ないのよ。まったくわかんないわよ」

 

 コゼがさらに言った。

 一郎は、スクルドの首輪に繋がっている鎖をわざと股間を通して後ろにやった。そして、ぐいと持ちあげるように鎖を背中側で引く。

 

「ひんっ、あん、ご主人様──」

 

 スクルドに身につけさせているのは、召喚される前の一郎の世界で“スモック”と呼ばれていた幼稚園の童女が外遊びのときに着るような丈の短い服だ。

 しかも、下着を与えてないので、スモックの裾が捲くれるだけでなく、鎖が股間に喰い込んだはずだ。

 スクルドが身悶えるような仕草をする。

 

「俺にこんなことをされるんだぞ。しかも、遠目だが傭兵たちにも見られている。しっかりとした罰だろう?」

 

 一郎は言った。

 確かに、傭兵たちの一部は、ジャスランだけでなく、こっちにも視線を送っている。一郎はスクルドへの悪戯を自重してないので、ジャスラン同様にスクルドのことも注目を浴びだしている。

 もっとも、ここでは、スクルドは“ヴェーネ”と名乗っていたみたいだが……。

 

「ば、罰じゃありませんわ。どうぞ、わたしも雌犬として扱いください。スクルドさんと同じ格好もいたします」

 

 すると、勢いこむ感じでガドニエルが言った。

 

「だから、だめだと言っているだろう。ガドはエルフ族の女王の芝居をしてくれ。ガドの権威を借りて、俺も地位をあげるつもりなんだから」

 

 一郎は笑った。

 

「芝居じゃなくて、本当の女王なんだけどな」

 

 すると、シャングリアが軽口を挟んだ。

 

「でも、ガドには芝居が必要なのよ。ほら、真っ直ぐして……」

 

 エリカも言った。

 

「ご主人様、あれ……」

 

 そのとき、コゼが急に真面目な口調でささやいてきた。

 コゼが視線を促すので、そっちを見ると、モーリア男爵がこっちにやってきていた。家人をふたりほど連れている。

 男爵とは、ジャスランを捕らえた直後に、ガドニエルとともに挨拶をして以来だ。

 

「ちょうどいい……。スクルド、男爵に挨拶してもらうぞ。これも罰の一環だ」

 

「は、はい」

 

 スクルドがちょっと緊張した感じで頷いた。

 とりあえず、スクルドには椅子には座らせずにその場に立たせた。首輪の鎖は一郎が持ったままだ。

 男爵がやって来た。

 エリカ、シャングリア、コゼが立ちあがる。

 しかし、ガドニエルと一郎は座ったままだ。

 男爵の挨拶を受ける。

 

「女王陛下に御挨拶申しあげます。ロウ閣下にも……」

 

 モーリア男爵が頭をさげた。

 一郎に、剣の誓いをしてから、モーリアは一郎のことを“閣下”と呼ぶ。

 なんだか、こそばゆいのだが……。

 

「うむ、大義だ」

 

 ガドニエルが短く言った。

 なぜか、ガドニエルが女王らしい物言いをすると、噴き出しそうになる。こっちが本来なのだが……。

 

「おう、ところで、シャングリア……。よかった。直ったのだな」

 

 そして、シャングリアを認めて破顔した。

 昨日は、四肢を切断された状態のシャングリアだったので、ちゃんと復活したシャングリアの姿に、モーリア男爵も嬉しそうな顔になる。

 

「ああ、ロウの魔道でな」

 

 シャングリアが微笑むのが横目に見えた。

 

「ロウ閣下の……? 女王陛下ではなくて?」

 

 しかし、光魔道の遣い手のガドニエルではなく、一郎の魔道だと言われて、モーリア男爵も戸惑っている。

 一郎のことは、女扱いが上手だとは思っているだろうが、当然に淫魔術のことは知らない。

 だから、一郎の術だと言われても、理解できないに違いない。

 

「ところで、男爵、彼女を覚えていますか?」

 

 一郎は、話題を変える感じで、背中側で持っているスクルドの首輪の鎖を再び軽く引いた。

 まだ、しっかりと股間に喰い込んだままだった鎖がスクルドのスモックの下で股間を擦る。

 

「ひんっ」

 

 スクルドが身体をぐいと伸ばすようにした。

 

「え? あっ、これは、ヴェーネ殿?」

 

 モーリアが驚いた声を出した。

 実は、昨日はスクルドと男爵は会わせなかったので、スクルドが“ヴェーネ”と名乗って、最初に男爵と会ってから、再会するのは初めてのはずだ。

 一郎は、昨日については、ジャスランと一緒にやってきたヴェーネがスクルドと同一人物とは、あえて教えなかった。

 スクルドがジャスランに晒し者にされたときには、多くの兵が見ているものの、ほとんど傭兵たちであり、男爵家の家人や兵たち側ではなかったはずだ。

 だから、男爵としては、あのときに会った“ヴェーネ”とジャスランに拷問を受けた“スクルド”が同じ女性だと認識していなかったと思う。

 

 しかし、あのやらかしについても、けじめをつけさせないとならないだろう。

 すでに、モーリア男爵は、自分たちが操られたのは、ヴェーネが配った魔道具の指輪を通してだと承知している。だから、現段階では、あの“ヴェーネ”もジャスランの仲間だろうと思っているかもしれない。

 それを正さないとならない。

 モーリア男爵とスクルドを永遠に会わせないわけにはいかないのだ。

 いつかは、一郎の連れているスクルドが、あのヴェーネだとばれる。

 

「俺の女のひとりでスクルドと言います。ジャスランが男爵たちに手を出したときには、ジャスランに操られて、ヴェーネと名乗って近づいたと思いますが、あれはジャスランの仕組んだことです。スクルドはジャスランに操作されていたんです。でも、男爵をジャスランとともに陥れた罪は罪……。だから、こうやって、罰としてに奴隷身分に落としました。これをもって、彼女を許してください」

 

「男爵様には、申しわけありませんでした」

 

 一郎の言葉に合わせて、スクルドも深く頭をさげる。

 モーリア男爵は困惑している。

 ジャスランとともにやって来て、モーリア隊を操り状態にした“ヴェーネ”のことは、モーリアは敵認定していたかもしれない。

 だから、いきなり、ここで、実は一郎の女だと紹介され、さらに、奴隷にしたと告げたことで、頭の中の情報処理が追いつかなくなった感じになったのだろう。

 

 モーリア男爵の目はかなり混乱した感じで泳いでいる。

 それに、いまのスクルドは生脚を剥き出しにして、かなりきわどい姿だ。

 煽情的なスクルドの恰好にも、ひどく落ち着かない様子である。

 

「そ、そうですか……。し、しかし、あのヴェーネ殿が閣下の女性のひとり?」

 

「本名はスクルドです。ヴェーネとはジャスランが与えた偽名です。とにかく、ジャスランは憎い相手です。俺の女を傭兵たちの前で晒し者にした挙句、こうやって奴隷に落とさざるを得ないことをしたんですからね。両腕を切断されて唐辛子汁の拷問を受けた魔道遣いのことは聞いていませんか?」

 

 一郎は言った。

 

「ああ、あの……」

 

 男爵が頷いた。

 

「その魔道遣いが彼女です。ジャスランは俺の女を操って、男爵たちを陥れただけでなく、見世物にしたんですよ」

 

 一郎は言った。

 やっと、男爵がスクルドに同情的な顔になった。

 

「ならば、彼女も被害者ではないですか……。罪というのであれば、やはり、ジャスランひとりでしょう。彼女に罪はありません」

 

 モーリア男爵がはっきりと言った。

 一郎はわざとらしく膝を打つ。

 

「おう、許してもらえますか。よかったな、スクルド。ならば、奴隷落ちは許してやる」

 

 一郎はスクルドの首輪に手を伸ばした。

 だが、スクルドはすっとそれを避ける仕草をした。

 

「あっ、いえ、このままでも……。わたしは、ご主人様の奴隷で十分で、なんの問題もありませんし……」

 

「いいから、大人しくしなさい」

 

 エリカが横からぴしゃりと言った。

 明日の出立までの予定だったが、まあ潮時だろう。モーリア男爵がなにをしにやって来たかは知らないが、たまたま、話がうまくついたので、スクルドとの奴隷遊びは、ここまでにすることに決めた。

 一郎はスクルドの首から首輪を外してテーブルの上に置く。

 

「あん」

 

 首輪がなくなると、スクルドがちょっと残念そうな表情になった。

 一郎は笑ってしまった。

 そして、改めてモーリア男爵を見る。

 

「ところで、男爵はどうしてここに? ジャスランへの刑罰を見にこられましか? いまは、七個目の刑を執行中でしてね……」

 

 一郎はジャスランに視線をやった。

 号泣しているジャスランには、やっと二本目の浣腸器を施されだしたところのようだ。さらに、三本目を持っている傭兵が後ろに控えている。

 

「い、いや、わしは、ああいうのはちょっと……。実は、先に返した者から緊急の報告が……」

 

「緊急?」

 

 一郎は視線をモーリア男爵に戻す。

 明日には、ナタルの森に隣接している男爵領に一緒に入る予定の一郎たちだったが、モーリア男爵は、その一郎たちを迎える準備のために、傭兵と直属の兵の半分の勢力を何人かの家人とともに、昨日のうちに領に戻していた。

 どうやら、その家人がなにかの伝言を(たずさ)えて、ここに戻ったみたいだ。

 

「実は辺境候の使者が接触をしてきたそうなのです。男爵領で待ち受けていたようですね。辺境候から閣下への書状を預かってきました」

 

 モーリア男爵が一郎に向かって、紙の書状を出しだした。

 辺境候こと、アネルザの実父のクレオン=マルエダは、サキの手配で一郎を旗頭にして叛乱を起こすべく、ピカロとチャルタによる操り状態にあるはずだ。

 書状というのは、おそらく、それを促すものだろう。

 モーリア男爵によれば、男爵隊が森に入る直前には、一郎の身柄を確保したら、速やかに辺境候領に引き渡して欲しいと依頼もあったようだし、その内容だと思った。

 また、向こうには、サキと繋がっているピカロとチャルタもいるのだから、ナタルの森から帰る一郎がモーリア男爵隊と接触する可能性が高いことも認識しているのだろう。

 だから、男爵領で待ち受けていたに違いない。

 一方で、書状の内容を男爵に訊ねたが、封印されたこの書状を預かっただけで、知らされてないという。

 

 それはいいが、一郎はちょっと困ってしまった。

 実のところ、一郎は話し言葉は問題ないが、書いてある文字については、まだ不慣れである。

 全く読めないということはないが、貴族が書くような形式ばった手紙を読み下す自信はない。

 しかし、一郎が文字も読めないとばれれば、これから成りあがろうとしている王侯貴族社会では、極めて不都合かもしれない。

 

「あっ、わたしがお受け取りします」

 

 エリカが機転を利かせて、差し出されている書状を横から受け取りに来た。

 一郎はほっとした。

 

「要約して内容を教えてくれ」

 

 一郎は言った。

 エリカが書状の封蝋を切って、中の手紙を開く。

 だが、しばらく文書に目をやっていたエリカの表情が急に一変した。

 

「ロウ様、大変です──。ピカロとチャルタが辺境候領で処刑されます」

 

「処刑?」

 

 一郎はびっくりした。



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622 地獄で乾杯・三日目

 三日目の朝がやって来た。

 

 夜が明けたところで、傭兵隊長が九個目の刑罰を終えたジャスランを連れてきた。

 傭兵隊長に連れてこられたジャスランは、十人ほど一緒にやって来た傭兵たちに囲まれて、四つん這いで歩いてきている。

 傭兵たちのほかには、昨夜の後半夜の見張りとして監督をしたシャングリアとエリカが最後尾で歩いているが、ほかの女たちは、一郎たちと一緒に、天幕の前で待っていた。

 これから始まるのは、ジャスランに対する十個目の刑罰、すなわち、最後の「処刑」だ。

 

 ジャスランを抹殺するための「高炉」は、すでに天幕の前に設置してある。

 この中に放り込んで魔道を加えれば、血も肉も骨も溶け去り、すべてが熱と煙になって消滅する。

 灰さえも残らない。

 十番地獄巡りの一日目の最初に、ジャスランから切断した四肢は、これで溶かしきっていた。これからやるのは、ジャスランに残っている胴体と頭を放り込んで処分するということだ。

 

 ジャスランの手足が短くなっているので、ジャスランは、ふたつの乳房を引きずりながら進んでいる。

 すでに体力は尽きたという感じだ。

 しかし、よちよちとぎこちなく歩くジャスランだったが、まだ気力は失っていない。

 面白がって、木の枝などで後ろからや横から局部などを突いて悪戯を繰り返す傭兵たちに、唸るような声を出して、威嚇をしたりしている。

 もっとも、それ以上の抵抗はしないし、木の枝を避けるということもしない。

 

 できないのだ。

 おそらく、傭兵隊長に与えた「奴隷の首輪」に刻んでいる隷属魔道の「主人」としての権限で一切の抵抗を禁じられているのだと思う。

 これが、九番目の刑なのだ。

 

 つまり、ジャスランに与えた十個の刑罰のうち、九番目は、三番目に刻んだ隷属魔道の効果により、意に添わぬ行動を無理矢理にやらされるという懲罰だ。

 これもまた、ジャスランがエリカたちにやったことであり、一郎は、ジャスランに与える十個の地獄の中にそれを含めることを決めていた

 そして、昨夜同様に、ひと晩を傭兵たちに委ねてジャスランを自由に扱わさせた。

 

 九つ目の刑罰でなにをされ、なにをさせられたのかは、一郎も詳しくは知らない。

 輪姦もしたと思うが、それだけでなく、裸踊りや自慰行動、ありとあらゆる尊厳を失わせる行為をさせてくれと隊長に頼んだので、それなりのことはやらされたはずだ。

 ただ、ああやって、傭兵たちに剥き出しの憎悪を向けて、怒っているところを見ると、まだまだ、気力は萎えてないみたいだ。

 一郎は安心した。

 殺すのであれば、生気を失い、心が毀れてしまったジャスランを殺すよりは、まともな状態のジャスランを処刑したい。

 

 いずれにしても、これでジャスランへの報復のために準備した十個の地獄は終わりだ。

 一番地獄は、挨拶代わりの小便窒息死──。

 二番地獄は、痒み放置──。

 歯を溶かす拷問訊問を挟んで、三番地獄は、拷問の末の「奴隷の首輪」による奴隷化──。

 四番地獄は、傭兵百人による輪姦──。

 五番地獄は、電撃魔道の流せる張形付き貞操帯をはかせての半日の運動責め──。

 六番地獄は、やはり半日近くのくすぐり責め──。

 七番地獄は、唐辛子大量浣腸──。

 八番地獄は、その唐辛子浣腸で排泄した汚物を樽にとっておき、それに顔を浸けて糞便で溺死──。

 そして、九番地獄が、隷属の首輪の効果による“命令”を使ったひと晩のあいだの徹底的な屈辱の付与だ。

 最後が、もうすぐ執行をする高炉による処刑である。

 殺して血が少しでも残っていれば覚醒できるジャスランだが、準備している高炉を使えば、血も肉も骨も残らない。

 真実の死がジャスランに待っている。

 

「終わりましたぜ、英雄様。実に愉しかった。もう処分しちまうのが惜しいくらいでさあ」

 

 傭兵隊長が一郎に媚びを売るように笑いかけてきた。

 だが、顔が赤いし、息も酒臭い。

 どうやら、酒を飲んでいたようだ。ふと見ると、一緒に来ている傭兵たちの全員が酒による赤ら顔である。

 酒盛りの中で、ジャスランを色々といたぶっていたのだろう。

 そんな感じだ

 ジャスランの「処刑」後、すぐにここを出立予定の一郎たちや男爵本隊とは異なり、傭兵たちはさらに一泊して、この森に展開した陣地を全部撤収して離脱することになっているみたいだ。

 男爵がそう言っていた。

 だから、まだのんびりしてるのだろう。

 

 だが、それはいいが、どうにも、酔っ払いというのは苦手だ。

 一郎自身は、前の世界でも、この世界でも、酔うほどに飲むことはないが、前の世界でも付き合い酒というのは苦手だった。

 どうも、一郎が平素から大人しそうに思えるのか、よく酔った相手に絡まれた。

 特に思い出すのは、教育関係ということで、学校の先生たちと飲むときだ。企業同士の宴会ではありえないような乱れ方をする教師もいて、閉口したことも、二度や三度じゃない。

 そして、はっとした。

 いや、違う……。

 一郎の前の世界の職業は、教育関係企業じゃない。人材派遣会社を掛け持ちで登録して休みもなく働いていた貧乏社会人だ。

 どうにも、あの享子との仮想空間における一生分の生活以来、一郎の記憶は混乱がちだ。

 

「そりゃあ、どうも……。じゃあ、あとはこっちでやりますから、お引き取りを……。奴隷の主人の移管をしましょう」

 

 一郎は言った。

 すると、傭兵隊長がわざとらしく、大きく手を拡げて赤ら顔を横に振る。

 

「おいおいおい、そりゃあないぜ。こうなったら、こいつの最期を見届けるぜ。なにしろ、こいつとはまんこどころか、尻の穴の皺まで見物した仲なんだ。尻の舐め合いも夕べはしたしな。仲良しなんだ。一緒にいさせてくださいよ」

 

 傭兵隊長が馴れ馴れしく、一郎の肩を掴むような仕草をしてきた。

 どうも、うさん臭くて避ける。

 すると、さっと一郎と傭兵隊長のあいだに、コゼが入り込んできた。

 

「おっ、なんだい、きれいな姉ちゃん」

 

 隊長がにやにやと目の前に立つコゼを見た。

 これは、かなり酔ってるな……。

 一郎はうんざりした。

 

「ご主人様は、ジャスランの隷属の譲渡をお望みよ。さっさとしなさい……。そして、帰るのよ」

 

 コゼが冷たい口調で言った。

 一郎には甘えた態度でしか接しないコゼだが、他人にはとことんぞっとするほどの冷酷な態度で接する。

 しかし、隊長には通じないみたいだ。

 コゼが小柄なこともあるし、舐めたような態度を崩さない。

 酒の入っているほかの傭兵たちも同じような感じで、にやついている。

 

「だけど、いまは、俺がジャスランの主人だぜ。俺が譲渡しない限り、隷属の主人は俺のままだぜえ。いいじゃないですか。立ち合わせてくれ……。おぐうっ」

 

 隊長がその場に崩れ落ちた。

 コゼが至近距離から、思い切り隊長の腹を殴ったのだ。

 そして、倒れた隊長の手をコゼがさらに無造作に踏んだのがわかった。

 

「はぎゃあああああ」

 

 隊長が地面に手を付けたまま絶叫した。

 視線をやると、隊長の右の親指があり得ない方向に曲がって、コゼに踏みつけられている。

 あれは、骨折どころか関節も砕けているだろう。多分、剣は持てない。

 まあ、一昨夜、エリカたちに襲いかかった阿呆もそうだが、高額のポーションを使えば治りはするだろう。

 そういえば、一郎は周りに無尽蔵に治療術を遣う者ばかりいるので、そんな感覚はなかったが、治療術を遣える魔道遣いは数が少なくて貴重であり、治療をするポーションもかなり高いらしい。

 そんな貴重な魔道遣いが三人も、四人もいて一郎を助けてくれるのだから、ありがたいことだ。

 

「酔いが醒めた? さっさと譲渡しなさい」

 

 コゼが隊長の手を踏んだまま言った。

 

「じょ、譲渡するうう。いがああああ、隷属を英雄様に移動するうう。ジャスラン、お前の主人は英雄様だああ。命令だあああ」

 

 隊長が泣き叫んだ。

 周りにいた傭兵たちも、一気に酔いが醒めた顔で顔を蒼くしている。

 一方で、いまの隊長の叫びによって、しっかりと奴隷の主人の権限が一郎に移動した感覚がやってきた。

 

「連れていきなさい」

 

 コゼが隊長の顎を蹴り飛ばした。

 軽く蹴った感じだったが、仰向けになった隊長は泡を噴いて失神していた。

 

「容赦ないな」

 

 一郎はくすりと笑った。

 慌てたように、傭兵たちが抱えて去っていく。

 

「手加減しましたよ。殺しませんでしたし」

 

 コゼが振り返る。

 さっきの騒動が嘘のように、満面の笑みだ。

 

「そうか。とにかく、ありがとう」

 

 一郎は、手を伸ばしてコゼの頭を撫でた。

 コゼが嬉しそうに笑った。

 

「コゼ、よくやったわ」

 

「偉いぞ。あいつら、ちょっと調子に乗った感じでな……。鼻につく感じだった」

 

 エリカとシャングリアだ。

 ふたりは、傭兵たちがジャスランを責める見張りとして、後半夜一緒だった。もしかしたら、不快なこともあったのだろうか。

 まあ、そうだとすれば、我慢するようなふたりではないので、容赦なくぶちのめしていると思う。前の夜も、ジャスランの輪姦で興奮して襲ってきた傭兵を半殺しにしたということだし……。

 どうでもいいが、傭兵というのは、半分は盗賊も同然というし、規律などこんな感じなのだろう。

 

「罪滅ぼしにお役に立ちたかったのに、残念ですわ。あいだに入る暇がありませんでした」

 

 ちょっと悔しそうに口を挟んだのはスクルドだ。

 昨日までは、切断されてしまった両腕を復活させずに、首輪をつけて連れ回したりしたが、今日はすでにちゃんと両手を戻して、魔道遣いらしい黒衣のマントを身につけている。

 いまも、一郎の護衛魔道師然として横にいたのだが、同じように横にいたコゼに、一郎を守る役を先取りされた気分なのだろう。

 

「さて、じゃあ、処刑執行をするか……。ジャスラン、これで終わりだ。次はそれほどは苦しませない。すぐに終わる。その高炉に放り込んで、あっという間だ。なにも残らない」

 

 一郎は地面に這うように四つん這いになっているジャスランを見た。

 ジャスランは、一郎の淫魔術の影響なのか、一郎が声をかけると、びくりと身体を竦ませる感じになった。

 しかし、すぐに平静を取り戻す感じになる。

 大したものだ。

 淫魔術で恐怖を縛っているので心は一郎への畏怖に捉われているはずだが、気丈に表情を繕ってみせたみたいだ。

 

「……へへ、好きにするといいわよ……。それと、さっきはすっきりしたね。初めて、あんたに感謝したくなったよ」

 

 ジャスランが顔をあげて微笑んだ。

 さっきというのは、コゼが傭兵隊長をぶちのめしたことのことを言っているのだろう。

 

「そうか……。なにか言い残すことはあるか、ジャスラン? お前が俺の女に手を出しさえしなけりゃあ、もっと優しく扱ったんだけどね」

 

 一郎は言った。

 そして、スクルドとマーズに視線を送る。

 スクルドは高炉に魔道を注ぐ役目。マーズはジャスランの身体を高炉に入れる役目だ。ふたりには、あからじめそれを頼んでいた。

 

「また、遊ぼうよ。今度はもっと愉しいことを考えておいてやるよ、スクルド、エリカ……」

 

 ジャスランがうそぶいた。

 

「じゃあな、ジャスラン……。お前が無事に地獄(インフェルヌ)に辿りつけるように祈ってる」

 

「あんたらが来るのを待っているよ。そのときには、乾杯でもしようや」

 

 ジャスランが高笑いした。

 一郎はマーズに向かって頷く。

 

「大人しくするんだ」

 

 マーズがジャスランに近づいて、髪の毛を掴んで持ちあげた。

 

「もう、ここまできたら、観念してるさ」

 

 髪の毛で宙吊りにされて、ジャスランが高炉に運ばれる。

 高炉の大きさは樽ほどであり、手足を切断しているジャスランであれば、すっぽりと入り込める。

 ジャスランが頭を上にして高炉に入れいられた。

 

「陛下たちが到着しました、ロウ様」

 

 一郎に寄ってきたアルオウィンが声をかけた。

 

「時間通りだな」

 

 一郎は微笑んだ。

 やって来たのは、男爵たちとブルイネン率いるエルフ隊だ。

 エルフ隊は、全員が徒歩だが、中心に大きくはないが馬車がある。男爵に準備をしてもらったガドニエルのための馬車である。

 ここにやって来るときには、とにかく、ここに急行したので、女王用の馬車や騎乗する馬などを準備する余裕もなかった。

 だが、これから男爵領に入るということになれば、何事にも「演出」は必要であり、ガドニエルと一郎だけは、馬車で移動することになっている。

 さすがに、エルフ族女王が徒歩による男爵領入りでは恰好がつかない。

 一郎たちが使っている幌馬車は亜空間にあるが、あれは女王の乗り物としてはあんまりだろう。

 ともかく、それで男爵が準備してくれたのは四人乗りの馬車だ。近づく馬車を遠目で見ると、外装は豪華だ。エルフ王家の紋章も刻まれている。エルフ隊が急遽刻んだのだろう。

 

 これから、ジャスランの処刑が終われば、すぐに出発の予定であり、一郎はエリカにも馬車に同乗してもらうつもりである。アルオウィンもだ。

 また、スクルドとコゼは、一郎の亜空間に隠れてもらう。予想外の万が一のことが起きた場合の対処のためである。

 ほかは、歩きということになる。

 人間族とは異なり、魔道戦に長けているエルフ族は、将校でも騎乗はしないそうだが、シャングリアは本来は女騎士だ。

 彼女の馬については、男爵領で調達の予定である。

 

 とにかく、男爵領に到着したら、まずは戦うための編成を整えることにしている。

 理由は、おそらく、すぐにでも辺境候のところに赴く可能性が高いからだ。

 辺境候の使者からの書簡が届けられたのは、昨日のことだ。

 

 アネルザの実家であるマルエダ辺境候が一郎がここにいると認識して、男爵家まで持ってきたものであり、文書そのものは直接に辺境候が記したものではなく、辺境候領から特別な魔道手段で文章の内容のみ送ってきたものを、ここに待機していた使者が代筆したという性質のものだった。

 だから、絶対に本物とは限らないが、辺境候からのものに間違いないらしい。

 男爵の家人によれば、男爵領の屋敷に現われた辺境候の使者は、間違いなく辺境候の部下だったと報告を受けているということだ。

 

 しかし、その文書の内容が驚くべきものだった。

 一郎は、これまでにスクルドからもたらされた情報から、王都の王宮を占拠しているサキは、一郎をして、王都のいるルードルフ王への叛乱の旗印に仕立てあげ、その叛乱に勝たせることで、一郎を新しい王にしようと考えているのだと把握していた。

 それ自体は、かなり荒唐無稽なのだが、サキのような魔族の思考など、単純なものらしい。

 目の前で高炉に入れられているジャスランもそうだった。

 

 いずれにしても、マルエダ辺境候からの一郎への伝言は、一郎が予想していたような、一郎を旗頭として叛乱への参加を促すという内容とは全く違っていた。

 概ね、以下のような内容だった。

 

 “辺境候において、ピカロとチャルタと名乗る魔族をふたり捕らえた。彼女たちは辺境候軍を妖力によって操ろうとした極悪人であり、処刑が決まっている。

 ただ、彼女たちは、自分たちの主人は、エルフ族女王から英雄認定を受けたロウ=ボルグだと主張している。

 なんらかの手段で連絡をしてもらいたい。

 いずれにしても、二人の処刑は半月後の予定だ”──というものだ。

 

 とにかく、まったく予想外過ぎて、どう対応すべきか判断がつかない。

 ただ、辺境候からの文書の日付が、五日前であり、半月後の死刑執行ということであれば、残りは十日ということだ。

 スクルドがハロンドール中に整備した移動術のゲートは、辺境候領の近くまでは到達しておらず、陸路では王国内経由では十日では辿りつかない。

 まあ、向こうに迅速に到着する手段が皆無というわけじゃないが、とにかく、なにかを判断するには、情報が少なすぎる。

 男爵家に着けば、辺境候からの使者に会うこともできるであろうし、男爵が集めてくれた王国情勢の情報も入るだろう。

 それから判断した方がいいと考えて、すぐには動かないことを決めた。

 王都に速やかに帰還するつもりだったが、もしかしたら、それは危険かもしれない。よく見極めなければ……。

 

 ただ、場合によっては、この勢力で辺境候軍に突入し、捕らえられているというふたりを強引に奪回することも視野には入っている。

 それにしても、王都のサキは、どう考えているのか──?

 ピカロたちが捕らえられたというのは、そもそも本当か? 本当だと仮定して、サキ側が動かないのはなぜか? 任務に失敗したピカロとチャルタは助けるに値しないと考えているのか? それとも、動いているのか?

 “サキ”が一郎を裏切らないことは絶対的に確信しているが、“サキ側”は味方か? それとも、敵か……?

 まったく、わからない……。

 

 男爵の五十人ほどの本隊に続き、エルフ隊が真ん中の馬車とともに着いた。

 馬車の馭者はイライジャとイットだ。モーリア男爵は別に馭者をつけようとしたが断った。色々と都合もあるし、一郎は他人を周りに寄せ付けたくない。

 馭者台のイライジャとイットが軽く手を振った。隊全体の先頭のブルイネンもだ。

 一郎も手を振る。

 

 すると、ほかのエルフ隊たちも、一斉に一郎に向かって手を振ってきた。

 それにも応じると、きゃあという黄色い声がみんなからあがる。

 まるで、前の世界のアイドルになった気分だなと一郎は手を振りながら苦笑した。

 

「ロウ閣下、お待たせしました」

 

 エルフ隊と一緒にやって来たモーリア男爵は直属の部下とともに、親衛隊たちに先行する態勢で来たが、到着すると騎乗だった男爵がひらりと馬からおりた。

 一郎は、さっきの傭兵隊長とのいざこざを耳に入れとこうかと思ったが、とりあえずやめた。

 それは後でもいい……。

 

 次いで、エルフ隊が到着した。

 

「ごしゅじ……いえ、ロウさ……、いえ、ロウ殿、お待たせしましたあ」

 

 すぐに馬車の扉が開いてガドニエルがおりてくる。

 女王には似つかわしくなく、一郎に向かって駆けよって来るが、まあ、あれくらいは仕方ないだろう。

 ただ、ブルイネンが慌てたように、ガドニエルを引き留めて、走るなと言うようなことをささやいているのが見えた。

 

「では、処刑を執行します、ガド……。そして、男爵」

 

 男爵とガドニエルがそばに来たところで、一郎は言った。

 ふたりが頷く。

 儀式めいたことはしない。

 ただ、高炉を作動するだけだ。

 

「マーズ、スクルド、頼む」

 

 一郎は言った。

 

「はい、先生」

 

「わかりました」

 

 マーズがまだ頭だけを出していたジャスランを高炉の中に押し込める。

 

「また、会おうぜええ」

 

 すると、高炉の中からジャスランの声がした。

 負け惜しみだろう。

 マーズが蓋をする。

 ジャスランの声が途切れる。

 

「では、魔道を注ぎます」

 

 スクルドが言った。

 ぶーんと音がして、それがしばらく続く。

 そして、一分ほど……、こっちの時間単位で一タルザンほどが経つ。

 

「蓋を開けます……」

 

 スクルドが前に出る。

 ジャスランの死を確認するためだ。

 蓋を開けると、桃色の煙が大量に出たが、それで終わりだ。

 

「処分されています」

 

 スクルドが一郎に言った。さらにエリカも確認しにいく。

 彼女たちも、一郎に向かって頷いた。

 

「わかった」

 

 一郎は言った。

 

「やれやれ、やっと終わったわね」

 

 さっきまで、ミウと一緒に隅にいたと思ったが、いつの間に寄ってきたのか、一郎の隣でユイナが呟くように言った。

 確かにそうだなと思った。

 

「じゃあ、出発しよう」

 

 一郎は声をかけた。

 女たちが一斉に動き出した。






 *

 30話以上にもなった『ジャスラン編』は、もう一話です。



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623 私は犬になりたい

「そりゃあ、女王様だろう。決まってんじゃねえか。あの美貌、身体、神々しさ……。まさに世界一の美女だぜ。まったく、俺たちも運がいいぜ。なにしろ、百年近くも隠し宮に閉じこもっていて、実際に姿を見た者は滅多にいねえというエルフ族の女王様をあんなに間近で拝ませてもらったんだ」

 

「女王様なんて、あんまり身分が違っていて、珍棒もおっ勃つ気がしねえよ。俺はもっと身近でいいや。エリカとかいうエルフ女とかいいじゃねえかあ。スカートも短くて、お色気まんまんでよお。それに、いつも英雄様の近くにいて優しそうだし」

 

 エインに次いで、ビスが言った。

 すると、シーズが口を開く。

 

「なにが優しそうだよ。俺はあのエリカ嬢が“楽団”のドッキーとアスロの睾丸を蹴り潰したのを目の前で見たぜ。ものすげえ、おっかなかったぞ。そもそも、エリカ嬢のどこが身近なんだよ。十分に神々しいくらいきれいな嬢ちゃんだったじゃねえか」

 

「馬鹿たれ。普通の女なんか、英雄様の周りにはいねえよ。そんなこと言ったら、誰も彼も、しがねえ傭兵稼業の俺たちにゃあ高根の花だ。だけど、憧れるくらいはいいじゃねえか」

 

 ビスが言った。

 すると、エインとシーズが笑いだしてしまった。

 ビスは笑われてむっとしているが、横で三人の話を聞いていただけだったデズも苦笑してしまった。

 

 ナタルの森である。

 もっとも、エルフ族の里が点在しているエルフ族の支配域とは離れている外縁部であり、ハロンドール王国の国境のすぐ近くだ。

 デスの所属する傭兵隊である“野生のガチョウ(ワイルドギース)団”がモーリア男爵の雇用に応じて参加した仕事であり、代表傭兵団を“血の楽団(ブラッディオーケストラ)”が務めて、全部で四個の傭兵集団が集まって、一箇月ほどをこの森で過ごしていた。

 

 魔族女が絡んで色々あったが、英雄様たちと一回だけ戦ったほかには、戦らしい戦もなく、ひたすら森の中に逗留するだけの楽な仕事だった。

 そもそも、魔族女に操られて戦ったときのことは、記憶が曖昧でよく覚えてないのだ。従って、あの戦闘も、その前のことも、頭の中はぼんやりとしている。

 まあ、結局、死んだやつはいなかったし、モーリア男爵家は、飛ぶ鳥を落とす勢いのある金回りのいい貴族様であり、今回の仕事も大人しく森の中で待機しているのがほとんだったにしては、実入りもよかった。

 待機のあいだの食事もそれなりだったし、酒もふんだんに提供があった。

 おそらく、デスの経験でも、一、二を争う“おいしい”仕事だったと思う。

 

 だが、明日で終わりだ。

 すでに、英雄様たちを始め、男爵隊の本隊の連中も、数名を除いて、森を立ち去っており、傭兵団については、ここに残っている天幕などを片付け、明日にやってくる男爵家の荷馬車に積み込むまでが契約となっている。

 もっとも、男爵家では、集めていた傭兵団との契約の延長を考えているとは耳にしている。

 

 どうなっているのかわからないが、遠い王都では王様が狂ったという噂であり、有名な美人神殿長をはじめ大勢の貴人たちが処刑されたり、貴族夫人や令嬢が王宮に連れ込まれて奴隷にされたりしているらしい。

 それで、王国内の貴族が一斉に反発して、国内が急に不穏になり、三公国に接する西部ではあの辺境候が王家に叛乱するための兵を集めまくっているというし、南部では農民あがりの盗賊団の叛乱が起きて、大きな貴族領が丸々占拠されたりしているそうだ。

 

 男爵様がどう動こうとしているかは知らないが、モーリア男爵家といえば、代々知られている武門の家である。

 先祖を辿れば、傭兵団の首領が爵位と領地をもらって男爵を名乗るようになった貴族であり、戦ともなれば、自領の軍よりも大きな勢力の傭兵を集めて参加するのが伝統だ。

 どこの戦に参加するつもりなのかは知らないが、傭兵団を据え置きたいということは、なにかしらの意思もあるのだろう。

 

 ただ、新しい契約は、急に揉めだしているとも聞いている。

 話によると、代表傭兵団だった血の楽団(ブラッディオーケストラ)”の連中が、英雄様たちと騒動を起こしたらしく、それを後で聞いた男爵が“楽団”の連中については、新しい契約から排除すると息巻いているらしい。

 どうなるのかわからないが、まあ、その辺りは、隊長とか副隊長がほかの傭兵団とも話し合って考えるのだろう。

 デスのような下っ端は、ただ言われたとおりに戦場で働くだけだ。

 

 しかしながら、今回のことでは、なにかにつけて、楽団の連中がおいしいところだけを独占していた。だから、あいつらに苛ついてもいた。

 例えば、夕べの最後のジャスランとの夜については、楽団だけでやったらしいし、英雄様たちとの戦いの直前に、大食堂天幕でジャスランが人質にしていた英雄様の女を使って、卑猥な宴をしたらしいが、それも楽団の者しか入れなかった。

 デスたちは、そんなことがあったのを後で知っただけで、人質になっていた英雄様の女というのが、誰のことかということさえ知らない。

 あいつらは狡いのだ。

 一昨日の夜の輪姦だって、英雄様が全部の傭兵に参加させろと言わなかったら、自分たちだけで独占したと思う。

 事実、昨日一日のジャスランへの一連の刑罰は、楽団だけが関与して、ほかの三個の傭兵隊は加わってない。

 だから、血の楽団(ブラッディオーケストラ)には、ちょっと鬱憤が溜まっていた。男爵様からあいつらだけ契約を切られるなら、デスたち下っ端は大歓迎だ。

 

「おう、ずっと黙ってるけど、デス、お前の好みは誰だよ? エリカ嬢か? シャングリア様なんてのもよかったな。貴族様らしいが、颯爽と歩いてて格好いいしなあ。それとも、ブルイネン隊長?」

 

「いやいや、デスは可愛いのが好きなんじゃねえか? コゼって女とか、イットという獣人娘じゃねえか。あんまり外に出てこなかったけど、ユイナとかいう黒い肌のエルフも可愛い系だな」

 

 エインが声をデスにかけてきて、さらにビスが言った。

 デスはどう言おうかと迷った。デスの好みの女はいるが、絶対にからかわれると思ったからだ。

 それよりは、別の適当な女の名を出すか……。

 しかし、迷っていたら、三人はすぐにほかの女の話をしだした。

 黒肌エルフの姐さん系のイライジャ、筋肉美少女のマーズ、エルフ兵の女の名も出た。

 さらに、英雄様のそばをちょろちょろしているミウという童女の話題になる。デスは知らなかったが、あの子はあんなに幼いのに、かなりの魔道遣いだということだ。無詠唱で高位魔道を遣ってたという話だ。

 

「……ええ、嘘だろう。ありゃあ、多分、十歳? それとも、九歳? まあ、そんなもんだろう。そりゃあ、将来は美人になりそうな感じだけど、将来の話だぜ」

 

 シーズが首を横に振る。エインがそのミウも英雄様の女のひとりだろうと言ったからだ。

 しかし、デスはあり得ると思った。

 横から口を開く。

 

「いや、俺は見ましたよ。そのミウちゃんは、英雄様と大人の口づけしてました。英雄様は、なにかのご褒美とか言ってましたけど……。ミウちゃんは、顔をとろんとさせて、女の顔してましたし……」

 

 観察力が鋭く、耳も目もいいのが、デスの取り柄である。デスはなにかの作業のときに、たまたま、そんな光景を遠目で見たのだ。

 

「本当かあ、デス? かああ、英雄様もすげえなあ」

 

 シーズが素っ頓狂な声をあげた。

 

「えっ、でも、それは浮気なんじゃ?」

 

 ビスだ。

 

「浮気? なにがだ?」

 

 エインが首を傾げた。デスもビスがなにを言っているのか理解できなかった。

 そして、すぐにビスの誤解がわかった。

 ビスは、英雄様は女王様の王配になるので、周りの女たちは、ものすごく仲がよさそうだけど、上司と部下の関係だと思っていたようだ。

 デスも含めて、周囲の女はほとんど、英雄様と男と女の関係だと説明すると、ビスはびっくりしていた。

 

「そもそも、最初のときに、ブルイネン隊長が、みんな英雄様の妻になる人だから、粗相をするなって全員に説明してたじゃねえかよ。なに聞いてたんだよ」

 

 エインがげらげら笑う。

 

「俺はそのとき、のされて倒れてたんだ。聞いてねえよ。だけど、本当か? みんな、英雄様の女?」

 

 ビスが顔を赤くして言った。

 すると、誰かが、そばに足をとめた。

 

「おう、お前ら、なにを楽しそうに話してんだ?」

 

 通りかかったのは、デスたちの傭兵隊で補給の長をしているファルコだ。

 “野生のガチョウ(ワイルドギース)団”隊長の弟であり、幹部のひとりだ。

 

「英雄様の部下の女の話ですよ。どの女が好みっかってね」

 

「けっ、人の女の話をしてもしょうがねえじゃねえかい。全部、英雄様の女だぞ」

 

 ファルコが首をすくめた。

 

「だけど、英雄様は女王の連れ合いなんでしょう? 目の前でいちゃいちゃしているところ見ましたぜ」

 

 ビスだ。まだ半信半疑らしい。

 すると、ファルコが大笑いした。

 

「それがどうした。俺は、女王様だけじゃなくて、ほかの女全員といちゃいちゃしているところ見たぜ。英雄様用の天幕の中で、女王様だけじゃなくて、女たち五、六人に薄物一枚着させて抱きつかせていたのを見たんだ。あれ見たときには、本当に俺も英雄になりてえと思ったものさ」

 

「裸に薄物一枚? もしかして、あのエリカ嬢もですか?」

 

 ビスが眼を大きく見開いた。

 

「おう、ビス、お前はエリカさん狙いだったのか。諦めな。エリカさんもいたぜ。楽団の隊長さんと一緒に俺が入ったときには、ひとりだけ出遅れた感じで立っててな。“ロウ様の意地わるう”とか言いながら、可愛らしく抱きついてたぜ。薄物越しだが、おっぱいもきれいだったぞ、ビス」

 

「くうううっ、俺は英雄様じゃなくていい──。そのときのファルコさんになりたかったあ」

 

 ビスが叫んだ。

 全員が大笑いした。

 

「まあ、元気だせや、ビス。気前のいい男爵様が酒まで置いていってくれた。しかも、楽団の連中が酒飲んでやらかしやがったんで、男爵様が怒って、酒の差し入れを楽団にはしなかったんだ。それで、あっちに向かう分の酒も回ってきたぜ。倍は飲めるぞ」

 

「そいつはすげえや」

 

 エインが口笛を吹いた。エインは酒好きなのだ。

 

「楽団の連中が英雄様と騒ぎを起こしたって聞きましたが?」

 

 デスは言った。

 

「おう、さすがはデスだ。耳が早いな。女魔族のことがあったろう? 夕べは楽団の連中だけで独占しやがったんだけど、英雄様に引き渡すときに、まだ酒に酔っていた楽団の隊長が英雄様に絡んで、コゼっていう人間族の女にのされたって話さ。後でそれを聞いた男爵様が激怒してるってことらしい。まあ、残ってる男爵家の者からの又聞きだけどな」

 

「楽団の隊長って、狂戦士ベルセルさんじゃないですか? 女にのされたんですか?」

 

 シーズが横から訊ねた。

 

「のされただけじゃねえよ。瞬殺だ。しかも、右手の親指をへし折られたらしいぜ。楽団のところの治療士が俺のところに、薬草を譲って欲しいってやってもきた」

 

「へえ、ベルセルさんが女にねえ……。コゼって、あのかわいい顔したちっこい女ですよね」

 

 エインだ。

 

「かわいい顔してても、怖い女だということだ。やっぱり英雄様の女だぜ」

 

 ファルコが言った。

 全員が笑いながら頷いた。

 

「まあいいや……。お前ら、誰か暇なら食事の支度を手伝えや。その代わり、酒を余分に回してやる」

 

 すると、ファルコが言った。

 

「あっ、俺、行きますよ」

 

 デスは手をあげた。

 

「俺もだ。酒をくれるんなら喜んで」

 

 エインも膝を叩いて立ちあがる。

 

「よし、お前らふたりに頼む。ウサギをさばいてくれ。五羽も罠にかかってな。今夜はウサギ鍋にしようかと思ってんだ」

 

「ウサギですか?」

 

 ファルコとエインが歩き出したので、デスもついていく。

 だが、ウサギといえば、デスは思い出したことがあった。

 

「ウサギって、赤黒の毛のやつは、罠の中にはいませんでしたか? この辺をうろうろしているウサギで肉を喰らうウサギなんですよ」

 

 デスは前を歩く

 ウサギは本来草食である。

 しかし、デスが目撃をしたそのウサギは、肉のようなものを食べていた。赤と黒の毛並みの珍しい個体であり、最初は魔物かと思ったが、毛並み以外は普通だった。

 だから、あまりにも珍しいから覚えていたのだ。

 

「肉を喰うウサギ? そんなウサギなんかいねえだろう」

 

 エインが歩きながら振り返って言った。

 だが、ファルコは首を横に振る。

 

「いや、うちの故郷には、たくさん野ウサギがいる集落だったから知ってんだが、ウサギは草だけを喰うと思われているけど、実は小さな動物の肉は喰うぜ。しかし、赤黒の毛並みのウサギなんてのは見たことはねえ。今日の獲物の中にもいなかったな」

 

「そうですか」

 

 デスはなんとなくほっとした。

 あのウサギが罠には嵌まらなかったことがわかったからだ。

 別にウサギに思い入れはないが、赤毛と黒毛のまだらの毛並みといえば、英雄様が処刑したと耳にしたジャスランという魔族を思い出すからだ。

 

 英雄様たちには酷いことしたらしいし、デスたちも操られて戦わされたりしたが、正直にいって、それはなんとも思わない。

 だが、デスの記憶に残るのは、一昨日(おととい)の夜に、みんなで犯したジャスランの身体だ。

 

 英雄様の与えた罰として手足を短くして抵抗できなくされていたが、とにかく、いい身体だった。

 人数が多かったので二回しかデスには回ってこなかったが、なんといっても、あそこの締まりはいいし、身体が敏感で、いくらでもいきまくる。

 それでいて、気の強さは変わらず、絶頂を繰り返しながら、その合間で犯している男に対して悪態をつくのだ。

 そのちぐはぐさがよかった。

 

 昨夜は、楽団の連中が独占したので、デスもジャスランにはありつけなかったが、あのウサギの毛並みが、ジャスランを思い起こさせたのだ。

 だから、あの変な毛並みのウサギが無事でよかったと思った。

 

「じゃあ、頼むぜ。血抜きは終わってる。毛皮は使うからな。ちゃんと剥がしてくれよ」

 

 ファルコが傭兵隊の厨房所の前で言った。

 確かに、樹木の枝と枝に張った紐にぶら下げられているウサギは、どれも茶色い毛並みだった。

 ジャスランの髪にそっくりな赤と黒のまだら毛などいない。

 デスは、早速、一羽目に手を伸ばした。

 

 

 *

 

 

 犬だな……。

 

 犬……。

 

 山犬がいい……。

 

 ウサギであるジャスランは、森の中を駆けながら思った。

 

 人間族の山猟師には、普通に山犬を食べる習慣がある者も多いからだ。山犬なら人族の口に入る可能性が高い。

 それが人間族だとしても、いまはそれを受け入れる気持ちでいっぱいだ。

 サキの目にとまり、異界にある魔族の里に居場所をもらう前の一時期は、ジャスランも人間族の世界を放浪していた。

 だから、多少は彼らの習慣には知識がある。

 なんといっても、人間族は数が多い。人の海の中に紛れやすい。力を取り戻すには時間もかかる。それまでは、サキからも、ロウからも見つからないようにしないとならないのだ。

 

 このウサギの中の血に混じっているジャスランを山犬が食べれば、ジャスランの命は山犬の命を乗っ取って繋がり、さらにその山犬を猟師や猟師の家族が食せば、ジャスランは血紋術で、その人間を乗っ取ることができる。

 そうすれば、あの連中に対する復讐の線もどこかに見つけることができるというものだ……。

 

 しかし、運がよかった……。

 

 あのロウという男の得体の知れない術に捉えられて、一切の魔道を封じられ、さらに複数の手段で血紋術を使えなくされたときには、絶望したものだ。

 なにしろ、あの状態でうまく血を使って復活ができたとしても、ジャスランの血に、ロウのなんらかの術式が刻まれていることには変わりない。

 ロウの支配に陥っているジャスランが復活するだけだった。

 

 だが、あの高炉という処刑具で本体が生命をなくしたとき、ジャスランの命が宿ったのは、まだ、ロウに一切の支配をされていないときのジャスランの左手首から先の一部だった。

 爆裂で残っていた親指の先の中にあった血だ。

 ジャスランは、その血に復活をしたのだ。

 

 ジャスラン自身も忘れていたが、ロウたちに捕らわれる直前に、ジャスランは、エリカを人質にして、スクルドを見世物にして、あいつへの復讐を愉しんでいた。

 そのとき、エリカの身体を爆裂させようとしたのだが、その炸裂環が急にジャスランの手首に飛び移ってきて、ジャスランは左手首から先を吹き飛ばされてしまったのだ。

 そのときの肉片と血が草むらの中に残っていた。

 あの死の直後に気がついてみると、ジャスランはその肉片に残った血の中に復活していたというわけだ。

 ……本当に運がよかった。

 

 ロウに捕らわれた後、ロウからはスクルドたちにやった行為の報復として、最初に四肢を切断されたが、あの四肢ではどのみちだめだった。

 あれは、ロウに支配されてしまった身体の一部だ。

 そこから復活しても、ロウに支配されている状態に変わりはない。

 

 あれに比べれば、ジャスランが復活した肉片と血は、なんの支配もされていない血と肉だった。

 それどころか、唯一、洗脳球ではなく、ジャスランの血を飲ませて、血紋術を刻んでいたエリカの支配も、この血は握ったままだったのだ。

 ほかの三人の支配は、洗脳球を通してだったので洗脳球を破壊されてしまえば、支配の手段はないが、血で支配を刻んだエリカだけは、まだ肉体支配の繋がりが持続している。

 

 本当に運がいい……。

 

 ジャスランが復活した親指の肉片の一部に残っていた血がついた草をウサギが食べ……。

 

 すぐに、そのウサギを操って、残っていた親指の肉と血を食べさせた。

 

 ウサギの罠があったので、それにわざとかかって、傭兵たちの中に復活することも考えたが、ジャスランを犯しまくった傭兵たちは復讐の対象であり、あの中の誰かに復活するなど冗談じゃないと考えた。

 だから、あの連中の陣地から離れることにしたのだ。 

 

 さて、どうやって復讐してやろうか……。

 

 ジャスランは、ウサギの身体で森の中を走りながら考えた。

 まあ、とりあえず、力を戻すことだろうが……。

 

 まずは、山犬に……。

 

 次いで、猟師に……。

 

 だが、猟師に食べられるために捕らわれるのは、ここから遠くにすることにしよう。しばらくは、山犬として動き、あの連中から完全に離れたところで、適当な猟師に捕らわれることにしようか……。

 

 そして……。

 

 すると、走っている先に、お誂え向きの山犬の群れがあった。

 ジャスランは、彼らに向かって突進した。

 山犬に食べられるために……。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かあしゃん、もう、たべていい? ちょっとらけだよ。あいみよ。あいみ……」

 

 五歳になる娘のホリーが一生懸命に強請っているのが聞こえた。

 ダンは、山小屋の中で罠の整備をしながら、微笑ましくその会話を聞いていた。

 “あいみ”というのは、“味見”のことだ。

 

 味見というのは、料理をする者がその料理の味を調えるためにするものだが、娘のホリーは、料理の途中のつまみ食いのことを“味見”と覚えてしまったみたいだ。

 しかも、うまく、味見と発音できなくて、“あいみ”という。

 女房は、なんだかんだと、ホリーにつまみ食いをさせるのだろう。

 台所から聞こえる母娘の会話に耳を傾けながら思った。

 

 ダンは、カロリック公国の北側の山の中を拠点とする山猟師である。家族は三人であり、妻と娘とともに、この山小屋で暮らしていた。

 都市部の方では、戦が続いているらしいが、いまのところ、こっちの山の方は平和である。

 タリオ公国のランスロットという若い将軍が略奪と暴力をしながら、カロリック公国の公都に向かって侵略を続けていて、その影響で食材があちこちで不足をしており、獣の肉などは、普段の三倍くらいの高値で卸すことができる。

 

 だが、昨日罠で捕らえた山犬については、都市の肉屋には卸さずに、家族のためにとっておくことにした。

 町の噂によれば、おそらく公国は、タリオに征服をされてしまうだろうということだった。

 そうなれば、このカロリックはどうなるかわからない。

 ランスロットというタリオの将軍は、戦上手のようだが、随分と残酷な人らしい。住民などが逆らえば、その町の領主家族などを皆殺して、さらに町を焼き払ったりということをするかもしれないそうだ。

 事実、国境近くの町では、タリオに戦わずして降伏したところは、町を安堵してもらったが、抵抗したところは、女子供まで含めて虐殺されてしまったという。

 怖い将軍らしい。

 

 とにかく、そういう状況なので、捕れた肉も、下手に金に換えるよりは、現物として保管しておく方がいいと女房と話し合った。

 幸いにも保管用の塩には備蓄があるので、保管のために加工することは問題ない。

 だから、少しだけ夕食として家族で食べ、残りは塩で加工して保管することにした。

 その山犬鍋を今夜、向こうで料理しているというわけだ。

 

「ぎゃああああああ」

 

 そのときだった。

 けたたましい女房の悲鳴が聞こえた。

 びっくりして、ダンは台所に駆けつけた。

 

「どうした──? あっ」

 

 びっくりした。

 台所では首を包丁で切断されて、女房が血だまりの中で死んでいた。

 その横には、血のついた包丁を持っているホリー……。

 ダンは唖然とした。

 

「この童女の身体は、このジャスランがもらう。お前らは、邪魔だから死ね。万が一にも、私の復活を洩らされたら困るしな」

 

 ホリーが飛びかかってきた。

 最期に見たのは、ほとんど表情を変えずに、包丁をダンの喉に振るう娘のホリーの姿だった。

 ホリーの髪は、なぜか赤と黒のまだら色に変化していた。

 

「んがああっ」

 

 五歳の娘とは思えない素早い動きに、ダンは避けることもできずに首を切断されてしまった。

 

 

 

 

(第4話『処刑遊戯』終わり)






 *


【作者注】

 ジャスランが復活した肉片とは、『602 放尿踊りと……そして……』の中で、炸裂環で飛ばした左手首から先の一部のことです。
 また、彼女の台詞のどこかに、「I'll be back」と入れたかったのですが、結局断念しました(笑)。


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 第5話   混沌の王国情勢
624 男爵邸にて




【作者より】

 セックスシーンから始まりますが、一応は状況整理回のつもりです。


 *




「ほら、遠慮せずに、もっとぴったりとくっつきなよ、イライジャ」

 

 全裸の一郎は、寝台の上に胡座に座ったまま、やはり全裸のイライジャの官能味のある双臀に片手をかけ、もう一方の手でイライジャの背中の中程で軽く縛り合わせている手首を掴んで、ぐいと自分に向かって引き込むように寄せた。

 一郎の怒張は、イライジャの股間に深々と挿入したままである。

 イライジャは、一郎の腰を大きく跨ぐかたちで、対面座位の体位で一郎を受けていたが、身体を動かされたことで、膣の中を一郎の性器で大きく揺すられる感じになった。

 

「くあっ、あんっ」

 

 イライジャが両手を緊縛された裸体を大きく弓なりにして喘ぐ。

 一郎は、顔をイライジャの片側の乳房に移動させて、彼女の乳首を口に含んで舌で跳ねた。

 同時に、腰を上下に動かしてイライジャの腰を一郎の腰の上で激しく上下させる。

 しかし、無造作に動かしているようでも、舌先は確実にイライジャの乳首の性感帯を最大限に感じるように刺激しているし、イライジャの膣に埋まっている男根の先は、一郎だけに感じる赤いもやを押し揉むように圧迫している。

 イライジャのステータスの中の「快感度」が一気に数字を削った。

 

「ああ、いいいいっ、いいわああ、ロウ──」

 

 イライジャが悦の声を遠慮なく張りあげた。

 そして、激しく身体を痙攣させて、背骨が折れるのかと思うほどに全身をのけ反らせる。

 その動きのために、口に含んでいた乳房が離れてしまった。

 

「いつでもいっていいよ、イライジャ」

 

 一郎は腰を揺すりながら言った。

 すでに、イライジャはこの体勢のまま二度達している。

 イライジャの狂態からすれば、ステータスを観察するまでもなく、三度目の絶頂に向かって、あっという間に駆けのぼるのは明白だ。

 

 ハロンドール王国の南西部の一角であるモーリア男爵領にある屋敷の敷地内の別宅である。

 ナタルの森を出て半日かからずに、このモーリア家の屋敷に到達した一郎たちは、モーリア男爵の配慮で、この別宅を丸々一棟占拠することになった。

 最初は、モーリア男爵は、本宅を一郎たちに解放し、自分たちが別宅に移動することを考えていたようだが、それは事前に一郎が断った。

 召使いなども不要であり、ただ寝泊まりのできる家屋だけで提供してもらえればよく、特別な接待も必要でなく、むしろ困ると言いきったのだ。

 

 対外的には、エルフ女王のガドニエルは、いまでもエルフ族の王宮である水晶宮にいることになっている。いまは、完全なお忍びであるので、一切の世話は不要だし、もてなしのようなものも困るし、断固として辞退すると固辞した。

 また、食事の支度、部屋の掃除、入浴などの準備など、なにからなにまで自分たちですると説明した。むしろ、女王の安全を確保するためなので、了解して欲しいと納得させた。

 

 もっとも、それは言い訳であり、一郎はこんな風に、のべつ幕なしに女たちを抱くことを必要とする。

 それが一郎が淫魔師として、淫魔術を駆使する代償であり、他人がいては、それが難しくなるのだ。

 男爵も、一郎が断固として拒絶し、ガドニエルも同様のことを言い添えたので、最終的には、この二階建ての別宅を一郎たち用として引き渡すということになった。

 

 いずれにしても、モーリア男爵の屋敷は大きい。

 祖先が傭兵あがりということで、爵位は低いままのようだが、武力でも財力でも、王国内の並の伯爵家よりも格段に上であり、領地の広さと豊かさ、屋敷の大きさも、常識的な男爵のような下級貴族のそれではないらしい。

 一郎も、事前にそう知らされていたが、この男爵邸に到着して、改めてそれを認識した。

 

 すでに、この男爵邸の敷地内に着いて数ノスが経っており、ほかの女たちは、ここに宿営をする準備を分担して行っていると思う。

 ただ、清掃は行き届いていたし、必要な物はほとんど揃っていた。

 準備するといっても、部屋割りをして、最小限の荷を運び入れるだけだ。

 部屋割りは、一階部分は、警備を兼ねて、ブルイネン以下の親衛隊が分宿し、二階部分を一郎たちが使うこととした。

 そして、ここは、一郎がもらい受けることにした部屋で、大勢が集まって話し合いなどができるような大きな執務室のような場所の一部であり、この部屋そのものは、大部屋に連接している仮眠室のような場所だ。

 

 当初、女たちに別宅の準備を任せる一方で、一郎はこのイライジャとともに、男爵邸の本宅で、モーリア男爵がこれまでに集めた王国情勢についての情報提供を受けた。

 ……とはいっても、ずっとジャスランに操られてナタル森林の外縁部にいた男爵も、そんなには情報は握ってない。

 一郎が求めたので、家人を先に帰して、可能な限りの王国情勢の情報を集めてくれたのだ。

 しかし、せいぜい一日か二日のことであるので、集めた内容にも限りがある。隠されている内容などなく、世間で知られている噂程度を集めた程度に過ぎないそうだ。

 ただ、それても、ほとんど情報のなかった一郎にとっては、かなり有益な情報ではあった。

 

 その情報提供を本宅で受けたのが、一郎とここにいるイライジャだ。

 一郎は、そのあと、別宅に戻ってきて、そのままイライジャをここに連れ込んだ。

 

 そして、洗面台と着替えの場所と一個の寝台があるだけのここで、一郎は、イライジャだけをまずは抱き始めた。

 まあ、抱くのが目的ではなく、この男爵から受けた情報について話し合いをするためにひとりだけ呼んだのだが、とりあえず抱いてしまったのは、まあ、一郎の癖のようなものだ。

 

 しかし、イライジャも嫌がらなかったし、服も自分で脱いだ。

 一郎が亜空間から縄を出すと、苦笑するような表情ながらも、やはり、自分で両手を背中に組んで一郎を背を向けた。

 そして、愛を交わしているということだ。

 

「あああ、も、もう勘弁してよおお。許してえええ」

 

 一度目の絶頂でも、二度目の絶頂でも、一郎は攻撃をとめずに、イライジャを責め続けた。

 そして、三度目の絶頂に向かっているイライジャは、黒い肌を汗みどろにして、ついに悲鳴をあげた。

 

「わかったよ。今度は合わせる。そろそろ、ほかの女たちも、部屋の外に集まっているだろうしね」

 

 一郎は腰の動きを激しくしながら言った。

 部屋割りはしてあるのだが、いつものことだが、狭くても、広くても、女たちは一郎の部屋に集まってくる傾向にある。

 寝台さえも使わないし、夜は一郎に抱き潰されて、そのまま毛布を被って寝るだけということも珍しくない。

 

 各人があてがわれた部屋の準備もそこそこに、この仮眠室の外側の大部屋に、そろそろ集結していることは間違いない。

 ガドニエル用の部屋だって、二階の奥側に貴賓室があったので、そこを割り当てているがおそらく使用しないと思う。

 あの女王様は、水晶宮を出てからの三日間で、天幕の中で一郎の女たちの中に混じって、一緒に食事をしたり、夜にもなれば、一郎に気紛れに愛されつつ、寝るときには雑魚寝のようにほかの女たちと休むという生活が心の底から気に入っているようであり、断言してもいいが、一郎が強要しない限り、あてがわれたひとり部屋には入らないだろう。

 侍女も召使いもいない生活など、生まれて初めてのはずだが、思いのほか、ガドニエルはそれが愉しくて仕方がないみたいだ。

 

「ああ、いくううっ」

 

 イライジャの身体がさらに大きく痙攣して、三度目の絶頂をした。

 一郎はイライジャを抱きしめながら、イライジャの子宮に向かって精を放つ。

 イライジャががくりと脱力した。

 

「はあ、はあ、はあ……、も、もう終わりよね……。こ、これ以上されると、立てなくなる……。立てないだけならいいけど、起きてられなくなるのよ……。こ、困るわ……。あ、あなたが一回だけじゃ、満足できないのは知っているけど……」

 

 イライジャは、胡座に座っている一郎に、顔と身体を預けるようなかたちで息も絶え絶えに言った。

 確かに、一度の射精じゃあ、一郎も満足にはほど遠い。

 だから、まだイライジャに挿入したままの男根をもう一度堅くしてやった。

 大きくするのも、萎えさせるのも自由自在なのだ。

 それどころか、射精だって意のままにできる。

 

「ひいっ、許してったらあ──。わ、わたしは、あなたのほかの女性みたいに、限界まで搾り取られるのに慣れてないのよお」

 

 イライジャがまたもや、悲鳴をあげた。

 一郎は笑いながら、イライジャの縄を亜空間に収容して拘束を解き、イライジャから男根を抜いて横たえてやる。

 イライジャが目に見えてほっとした顔になった。

 一郎はイライジャの狼狽える姿に思わず笑ってしまいながら、イライジャの腰に手を触れて、身体の洗浄をしてあげた。

 イライジャの黒くて美しい肌にあった汗や体液が消滅して、一瞬にして清潔になる。

 

「あ、あなた、そんなこともできるの?」

 

 だが、イライジャが目を丸くした。

 そういえば、こういう日常魔道のようなことは、あまり淫魔術では使ったことはない。

 身の回りには、ミウやスクルドや、この旅では世界最高の魔道遣いの評判があるガドニエルまでついている。エリカも日常魔道は自在に扱うし、世話をやきたがる。

 だから、披露する機会がなかったが、支配している女限定ではあるが、性行為のあとに、女の身体を洗浄をしてあげることは、かなり以前からできた。もちろん、自分自身についてもだ。

 男女の営みに関することであれば、細かいところまで万能の能力なのである。

 ほかにも、支配女の身体を治療したり、美容に類する処置は好きなようにできる。ちょっとした「整形」のようなことも、いまはできるようになった。

 だから、一郎が支配している女は、誰も彼も、美人で美少女になる。

 

 若さだって自在だ。

 老いというのは、顔の皺や筋肉の衰えによる目鼻の緩みから生じる見た目の現象だ。一郎はそれを「美容」という観点で、衰えを消滅させることができるので、見た目の若さを保持させることも可能なのだ。

 イザベラ女官団を束ねる女官長のヴァージニアやタリオ公国のアーサーの妨害で本国のタリオに呼び戻されてしまったマアにやった措置がそれにあたる。

 王妃にアネルザにも施した。

 

 一郎の支配を受け入れてくれた女たちに、一郎の能力を駆使した美貌を与えるのは、一郎からの恩返しのようなものである。

 その結果、必然的に、一郎の女たちが全員が美女になるのだが、美女を集めているという気持ちはなく、一郎と愛を交わし続けることで、必然的に美女に変わるということなのである。

 

「できるのさ……。女性に奉仕することに、とことん特化している能力なんだ。洗浄だけじゃないよ。完璧なまでに、身体の健康と美貌を整えてあげることもできる。俺の支配を許容してくれるお礼だね」

 

 すると、イライジャが溜息をついた。

 

「お礼ねえ……。美貌の付与、能力の向上、そして、尋常じゃない性の快感……。あなたから離れられなくなるみんなの気持ちがよくわかるわ。確かに離れられないわね。わたしもそうなってきているし……」

 

「離れるつもりがあったとは知らなかったな。そうなの?」

 

 一郎は驚いて言った。

 

「離れるつもりなんてないわね。むしろ、あなたに抱かれて、別れを許容できる女がいるとも思えないわね……。だけど、わたしは、ユイナを助けてくれることを依頼しているクエストの依頼人で、そのために同行しているんだしね。すべてが終わって、王都に戻ってクエストが完了すれば、一応の関係は切れるじゃないの? それとも、ずっと一緒にいていいの?」

 

「そんな風に考えているとは思わなかったね。イライジャもすでに俺たちの家族だ。ついでに、ユイナもね」

 

「やった――。だったら、ずっと一緒にいるわ。これからもよろしくね、ご主人様」

 

 イライジャが横になったまま白い歯を見せた。

 一郎はその隣にごろりと横になる。

 

「ところで、話があるんだ」

 

 一郎はイライジャの横になったまま言った。

 

「そうでしょうね。ここに、わたしだけ呼び出されたときには、そうだと思ったんだけど、いきなり抱きだすから……」

 

 イライジャが軽く笑う。

 

「なんでかな? 俺としても、話をするつもりだったんだけど、二人きりになったらイライジャを犯したくなった。だめな癖だな」

 

「だったら、女冥利につきるわね……。それで話って、なに?」

 

 イライジャが言った。

 口調から軽口のようなものが消えて、真面目な感じになっている。

 

「まずは、王都のことかな……」

 

 一郎は身体を起こして、亜空間から自分の服とイライジャの服を出す。

 イライジャも身体を起こそうとしたが、力が入らないらしく、すぐに断念した。

 一郎は、服を着ながら、イライジャの裸身に毛布をかけてやる。

 

「ほ、本当にセックスが上手ね……。ちょっとだけ、このままでいい? すぐに起きるから……」

 

「遠慮なくゆっくりしてもらっていいよ……。ところで、サキのことだ。どう思う?」

 

「サキねえ……。彼女は、王宮にあなたが国王の寵姫として忍び込ませていた女魔族であり、あなたの女のひとりという認識でいいのね?」

 

 イライジャに対しては、サキについてや、一郎の女たちのかなりのことについて深く説明している。彼女がなかなかに情報処理が巧みで、状況整理力も深いということ知っているからだ。

 一郎としては、自分自身の考えを整理するのにも、イライジャのことを便利に考えている。

 

「俺のことを想って、俺のために騒動を引き起こして、その結果、この国を大混乱に陥らせている女のひとりだね」

 

 一郎は軽口を言った。

 王都情勢については、スクルドからも大きなところを聞いていたが、現段階では、モーリア男爵経由の話でも、その情報に齟齬はない。

 ただ、対外的には、王都のすべての混乱は、すべて国王のルードルフがやったということになっているということが、一郎たちの認識と異なるくらいだ。

 

 すなわち、南方地域に領土を持つ女伯爵のテレーズという女がルードルフ王に仕える女官長として入ってきた……。

 そこから一連の騒動は端を発している。

 あるいは、一郎が王都を出立した後に、王太女のイザベラと王女のアンのふたりが妊娠していることが発覚したことか……。

 とにかく、それをきっかけに、ルードルフ王が激怒し、王都を出ていた一郎に捕縛命令を出した……。

 それに抗議した王妃のアネルザが捕らわれ、逆に激怒したアネルザが、寵姫として王宮に入り込んでいるサキ、さらに、ミランダとスクルドを巻き込んで、ルードルフ王を失脚させる陰謀を企てた……。

 まあ、それが始まりということだ。

 

 もっと過激ではないやり方もあっただろうと言いたくなるが、やってしまったことは仕方がない。

 一郎としても、自分を想ってくれてのことなのだとは、理解している。一郎が危害を加えられそうになったら、国に叛乱を起こしてでも、一郎を守ろうとするなど、それくらいに愛されているのだと考えるべきなのだろう……。

 いずれにしても、あのアネルザだったら、それくらいやりそうな気はする。

 アネルザは、ずっと以前から、ルードルフの治世力のなさには、嫌気がさしていたのだ。今度こそ愛想が尽きたという気持ちなのだろう。

 

 しかし、男爵から情報提供を受けた、その後の王都混乱の流れは、改めてそれを教えられると、その混沌の拡がりに唖然とするほどだ。

 まずは、王都住民に対する突然の重税の連発と、商業ギルドと自由流通会議の両方の追放による王都の物不足の発生による王都住民の生活困窮──。

 そして、王太女イザベラのノールの離宮への追放─

 王都内貴族の粛正の開始……。

 王族である二大公爵家の突然の処刑と取り潰し──。

 スクルドの偽装死の混乱は、ちょっと置いとく……。

 

 これについては、とてもアネルザたちが結託してさせたとは思えない。

 もしも、全部が彼女たちの思惑だとすれば、逆さ磔の拷問懲罰ものだが、人死を伴う陰謀など彼女たちの性質には合わない。

 

 アネルザたちがルードルフの失脚のために、どこまで騒動を拡大しようとしたのかはわからないが、なんとなくだが、アネルザたちの行動を利用して、ほかの誰かが、さらに陰謀を上乗せしたのではないかと思う。

 そうだとすれば、南部出身の女伯爵とかいうテレーズか……。

 あるいは、別の誰かか?

 

 いずれにしても、王都どころか、王国中に拡がっている混乱は、表向きにはすべてルードルフが引き起こしたことになっているということがすごい。

 アネルザの名も、寵姫サキの名前も出ていない。

 外に出ているのは、ルードルフと新しい寵姫のテレーズであり、諸悪の根源のようになっている。

 アネルザの手配なのか、そうでないのかは知らないが、これにより、地方中の貴族たちが一斉に離反して、国王を打倒するために兵が続々とマルエダ辺境候のところに集まっている。

 

 もはや、この騒動がどんなかたちで終わっても、ルードルフ王が治世を続けるということはあり得ないだろう。

 そういう意味では、アネルザたちの最初の企ては、成功したといえるが……。

 

 それはともかく、一郎が訝しんでいるのは、サキが一郎の後宮の性奴隷集めだとして、王都の貴族令嬢たちを集めたことを切っ掛けとして、仲違いをした後のサキのことだ。

 園遊会事件だかなんだか知らないが、サキのような魔族には、人族の常識が通用しないことは知っている。

 おそらく、それ自体はサキが本気で企てたのだろう。

 お仕置きものではあるが、まあ、サキなりには、これもまた、一郎のためなのだろう。もっとも、情状酌量の余地はあるとは思うが、思い切り尻でも叩かねばならないことには変わりはない。

 ただ、王宮を占拠したあとのサキが、実にサキらしくない気がするのだ。

 

「あなたがずっと言っていたこと? サキさんという女魔族があなたに接触をしようとしないことを言っている?」

 

 イライジャが言った。

 一郎は頷いた。

 

「話を聞く限りにおいて、アネルザもそうだが、アネルザたちと仲違いしたサキもまた、とにかく、俺という人物に、向こうよりも早く接触したいはずなんだ。だけど、サキは、そのために国境付近に送り込んだはずのジャスランに、ほとんど連絡もしてない。それどころか、ジャスランが王都に連絡をすることも禁止した」

 

「あなたなんか、どうでもいいという感じよね」

 

 イライジャが言った。

 

「そうだ。そういう態度が、ジャスランが俺なんか、殺しても問題ないという考えにさせられた。まあ、それについては、ジャスランの暴走気のある性質にもよるんだろうけど、サキがもっとジャスランと連絡を取り合っていたら、ジャスランは違う態度になったと思うんだよね」

 

「そうかしら?」

 

 イライジャは首をかしげた。

 しかし、これについては、淫魔術を使ってジャスランの心に何度も触れている一郎の感覚が正しいと思う。

 単細胞で直情的だったけど、あのジャスランは主を裏切るような性格じゃなかった。

 ジャスランが一郎たちに対して過激な行動に出たのは、ひとつはスクルドが怒らせたからだが、もうひとつは、送り出したあとのサキの態度だと思う。

 少なくとも、送り出した後は、サキはジャスランをまったく放り投げたままだった。

 もともとのサキの人選ミスといえばそれまでだが、ジャスランの性格を考えると、もっとしっかりと手綱を握っておくべきだったろう。

 

「まあ、とにかく、サキはどうして、俺と接触をしようとしないのだろうかと思ってね。ピカロとチャルタのこともそうだ。サキはマルエダ辺境候に集めさせる軍を俺に率いらせて、王国軍に勝たせることにより、それで俺を王にしようとしているんだろう? それ自体は荒唐無稽だと思うけど、ピカロとチャルタが失敗したというのが事実とすれば、サキからすれば計画の前提さえ崩れている。だけど、男爵が把握してくれた限りにおいては、それに対して王都が動いている気配はない。少なくとも表向きは……」

 

 辺境候からの使者については、明日改めて面談することになっている。

 モーリア男爵は、これを整えてくれていた。

 使者がどこまで、辺境候とのことを把握しているかわからないが、少なくとも、使者の態度に接すれば、向こうがまだピカロたちの操り状態になっているのか、それとも、やはり、本当にふたりが捕らわれていて処刑寸前なのかの判断ができるかもしれない。

 

「あなたとしては、ある程度の結論が出ているんじゃないの?」

 

 イライジャが微笑んだ。

 

「……そうだね。多分王都……もっといえば、王宮内では、俺たちがまだ知らない、なにかが起こっていると思う。そして、それはいまだに終わってない」

 

「サキさんの行動は不自然……。王都でなにか危険なことが起きているかもしれない……。そういうことね」

 

「直感に近いけどね。だけど、俺の勘は当たる。いまは、それがなにかがわからないのがもどかしいだけどね……」

 

 一郎は肩をすくめた。

 すでに服を整え終わっている。

 一郎は寝台の上から降りて、そばにある椅子に移動した。

 イライジャがやっと身体を起こして、一郎が置いた彼女の衣服を身につけ始める。

 

「整理すると、わたしたちには、三つの行動の選択肢があるわ。ひとつは、あなたが危険だと感じている王都に向かい、王宮に乗り込むこと……。多分、あなたが乗り込みさえすれば、解決しそうな気はするわね。少なくとも、大きなところは片付きそう……」

 

「なるほど、じゃあ、残りのふたつは?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「二つ目は、辺境候のところね……。ただし、お勧めはしないわ。サキさんが送り込んだピカロとチャルタという眷属は、あの書簡によれば、あなたが首謀者だと自白しているんでしょう。辺境候の思惑はわからないけど、あなたがそこにいけば、旗頭として祀りあげてくれるどころか、普通に陰謀の張本人として捕縛するわね。まあ、自分から死刑台にあがるようなものかしら。これは避けるべきね。少なくとも、そっちに行くとすれば情報をとるべきよ」

 

「ただ、時間はない。ピカロとチャルタは処刑される。あと十日を切っている。俺たちが王都に向かえば、確実に、そのふたりは助けられない」

 

「そうかもね」

 

 イライジャは言った。

 

「残りのひとつは?」

 

「なにもしないことよ。あなたは、国王でもなければ、大臣でもない。現段階では王太女の恋人で、王妃の愛人で、王女たちを孕ませた女たらしだけど、王国に責任のある立場じゃないわ。責任を感じる権利すらない」

 

「ひどい言われようだねえ。事実だけど……」

 

 一郎は苦笑した。

 

「あなたの子供を妊娠しているふたりがノールの離宮にいるなら、これ幸いじゃないのかしら。彼女たちを保護して、ハロンドール国内の騒動が終わるまで、もう一度水晶宮に戻れば? ガドもラザニエル様も、喜んであなたたちを守ってくれるわ。ハロンドール王国が混乱するならさせればいい。あなたがなにかを欲しいとしても、全てを見極めてから乗り込めばいい。そのときには王太女と次々代の王を握ってるのよ。いくらでもやりようがある。わたしにからすれば、これが最適解ね」

 

「最適解か……」

 

 一郎は頷いた。

 

「……それで、あなたの結論は?」

 

 イライジャが一郎に身体を向けた。

 彼女もまた、やっと服を整えている。

 

「うん、それなんだけね……。イライジャとは、ここで別れようと思う……。つまりは……」

 

 一郎は言った。

 イライジャが眼を大きく見開いた。

 そのとき、扉を外から叩く音がした。

 

「はい──。いいぞ」

 

 一郎が声をかけると、扉が開いて、エリカが顔を出した。

 

「どうかしたか?」

 

「はい、実は、ノルズがここに……」

 

「ノルズ?」

 

 一郎はびっくりした。

 ノルズについては、あのパリスとの決戦のあと、少しのあいだ水晶宮で養生していたのだが、一郎やラザニエルがとめるのも振り切って、タリオがやっているカロリック侵攻の情勢を把握するために、水晶宮を出立していた。

 一郎としては、二重諜者をやろうとしているノルズを守るために、あまり危険なことをさせたくなくて、できるだけ危険がないと思った正面の情報をノルズに求めたのだが、どうしてここに?

 すると、エリカの後ろからノルズが入ってきた。

 

「ロ、ロウ様に申しあげたいことがあって、やってきました。アスカ……いえ、ラザに移動門のゲートを解放してもらいました――。お、お時間を少しいただいてよろしいでしょうか──」

 

 ノルズが直立不動になる。

 

「もっと、普通にしたら、ノルズ。さっきまでみたいに」

 

 ノルズの後ろで、エリカが呆れた感じで嘆息する。

 

「あ、あたしは、普通だよ、エリカ――」

 

 ノルズがちっとも普通ではない態度で、そう言った。



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625 サタルスの掟一号

「エリカ、扉を閉めてくれ」

 

 一郎はエリカに言った。

 すると、エリカが扉を閉めてから、なにかの魔道を扉に向かってかけるような仕草をする。

 

「なにかした?」

 

 一郎は椅子に座ったまま言った。

 そのあいだに、ノルズが目の前まできたので、手で向かい側の椅子に座るように合図した。

 だが、ノルズは緊張した感じで直立不動の姿勢をとったままだ。

 一郎は小さく溜息をついた。

 よくわからないが、このノルズは再会以来、ずっとこんな感じで頑な態度のままだ。最初はこれはこれで面白いかったけど、さすがに、そろそろもう少し砕けて欲しいと思う。

 ましてや、このノルズのように、一郎と一郎以外の者への態度がここまで違うと、いつまでも壁が外れないようで寂しさも感じてしまう。

 

「防音の魔道を……。簡単なものですけど」

 

 エリカが言った。

 

「イライジャやノルズとの話をみんなに秘密にするつもりはないよ。ただ、考えを整理したくて、イライジャだけを呼んだだけなんだ。男爵から話を聞いたことや、これからノルズから聞く話はみんなにも後で教えるつもりだし……」

 

「い、いえ、そういうことじゃないんです……」

 

 すると、エリカがなぜか、顔を赤くした。

 それで、一郎はすぐにぴんときた。

 

「もしかして、この小部屋の外の大部屋に、結構、みんな集まっている?」

 

「ブルイネン隊を除いて、全員います」

 

 どうやら、部屋割りをしたにも関わらず、やっぱり全員が一郎の部屋に集まってしまったみたいだ。

 一郎はくすりと笑った。

 

「なに、なに、どういうこと?」

 

 寝台の縁に腰掛けた体勢のイライジャが怪訝な顔になった。

 すると、エリカが口を開く。

 

「イライジャ、気をつけた方がいいわよ。まあ、今更、気にしないかもしれないけど……。ここの扉は薄いのよね……。防音の魔道は内側からしか、かけられないから……」

 

「まあ」

 

 イライジャも顔を赤くした。

 つまりは、扉の外の大部屋にみんな集まっていて、一郎とイライジャが愛し合うときの声を外の女たちにずっと聞かれていたということだろう。

 もしかしたら、うちの女たちは、みんな一郎の薫陶(くんとう)よろしく性欲が高いので、扉に張りつくように、聞き耳を立てていたのかもしれない。

 それで、エリカがここに入ってくるなり、防音の魔道をかけたということだろう。

 

「まあいいや、ノルズ、どうでもいいけど、もう少し楽にしてくれたら嬉しいかな」

 

 一郎は目の前で、いまだに緊張した態度のままのノルズに声をかけた。

 

「は、はい──。楽にします──」

 

 ノルズはそう言うが、ちっとも楽な感じじゃない。

 一郎はくすりと笑った。

 そして、ちょっと悪戯することにした。

 とにかく、このノルズは、一郎のことを聖人君子かなにかだと勘違いしているような気がする。一郎という存在がノルズの中ですごく神聖化されているのではないだろうか……。

 だが、一郎など、ただの嗜虐好きの好色変態男だ。

 ちょっと、とことん揶揄(から)かって、ノルズの中にある一郎像というのを崩しておいた方がいいだろう。いつまでも、堅苦しい態度をとられ続けるのは、一郎の方がむず痒いし……。

 一郎は、ノルズが嫌だと言うまで、遊ぶことに決めた。

 怒りだすかもしれないが、それならそれでもいい……。

 

「わかったよ。じゃあ、話を聞こうかな。ただし、俺に仕えている諜者の報告は下半身をすっぽんぽんになってするんだ。このロウ=サタルスの掟だ」

 

 一郎は言った。

 

「なっ」

 

 すると、ノルズが真っ赤になった。

 

「ふふ……、ロウ、わたしは外に出ているわね。彼女の報告というのは、後で教えてくれればいいわ」

 

 すると、イライジャが立ちあがった。

 一郎は肩をすくめた。

 

「緊急の報告だそうだよ。一緒に聞いておいた方がいいんじゃないか?」

 

「あなたが真面目に受けるつもりならね……。ところで、さっきの話だけど、わたしはここであなたと別れるということだったけど……」

 

「状況によってね。イライジャとミウ、そして、ユイナ……。マーズにイット……。この要員は、場合によっては、ここで別れて王都に向かってもらおうかと……」

 

「えっ、王都?」

 

 声を出したのはエリカだ。

 エリカは、いまだに扉のところに立ったままだったのだ。

 

「ああ、そういうこと……。あなたは決めたのね……。だけど、その人選はどうなのかしら? マーズもイットも最高戦力よ。あなたがそう決めたなら、ふたりは役に立つわ」

 

 イライジャが言った。

 どうやら、一郎の意図を説明なしに理解してくれたみたいだ。

 一郎は首を横に振った。

 

「戦力ということなら、ミウもそうだよ。ジャスラン戦のときに、誰よりも最初にジャスランに一矢酬いたのは、ミウの魔道だった。もちろん、ユイナもイライジャも戦力外なんて欠片も思ってないね。だけど、(いくさ)ということになれば、年齢制限だ。十八歳未満の未成年は参加禁止だ。戦争なんていうのは、大人だけのお祭りだよ」

 

 一郎はうそぶいた。

 しかし、一郎が考えたのは、ミウやユイナのことだ。

 たとえば、パリスのときもジャスランのときも、ミウは戦ったし、もちろん、実力だけなら大戦力だ。

 だが、やはり一郎はどうしても前の世界の価値観にとらわれるのか、まだ十分な年齢ではない者を戦争に参加させるのは抵抗がある。

 戦になれば、相手は悪人ではなく、善人の首をはね飛ばす覚悟がいる。躊躇すれば、自分だけでなく味方も死ぬ。

 そんなところに、ミウを連れていきたくない。

 つまりは、一郎は場合によっては、辺境候軍を蹴散らしてでも、囚われているふたりを助ける決心をしていた。

 まあ、一郎に戦争で人を殺す覚悟があるかと問われれば、一度も戦ったことのない自分としても返答には困るが……。

 

 一方で、マーズとイットを外すのは、ミウの仲良しということもあるが、王都に一部を帰すなら、最大戦力を戻す必要はある。それに、殺しに慣れているとはいえ、あのふたりも十六歳でしかない。

 

「人間族は十五歳で成人じゃないの? エルフ族は一人前扱いされるのはかなり年齢がいってからだけど、子供扱いでなくなるのは十四歳よ」

 

「俺の前の世界では、成年は十八歳だった。とにかく、十八歳未満は連れて帰ってくれ。それに、もしかしたら、王都の方が危険かもしれない……。いずれにしても、まだ決断したわけじゃない。ノルズの話を聞いて、明日には辺境候の使者とも会う。それからの決断だ」

 

 一郎は微笑んだ。

 

「わかった」

 

 イライジャが手を振って、部屋から出て行った。

 扉が閉じる。

 一郎は、目の前のノルズに視線を戻した。

 

「おっ、まだズボンをはいていたのか、ノルズ。早く脱げよ。報告するんだろう? それと、報告のときには軽く足を開いたままね」

 

 一郎は亜空間から長い柄のついた羽根を取り出した。

 これでなにをされるか、わかっただろう。

 ノルズがちょっと顔を引きつった感じになったのがわかった。

 彼女が(エム)っ気よりも、(エス)っ気が強いことは知っている。神学校時代には、スクルドやベルズをウルズと一緒に、性的に嗜虐調教をしていたのは、一郎も教えてもらっていた。

 高位魔道遣いを目指す「秘法」だそうであり、魔力を高めるために、神学校では少年少女時代から性的な倒錯行為に耽ることを奨励、あるいは、強要されるらしい。

 その仕組みはわかっていないらしいが、好色であれば好色であるほどに、魔道力があがることはわかっていて、神殿界では昔から、才能がありそうな子女を神学校に集めては、そういうことをやらせていたみたいだ。

 嘘のような話だが本当らしい。

 

 しかも、異性間だと、結婚だとか妊娠だとかの話にもなりかねないので、その秘法という名の性修行は、必ず同性間でやるのだそうだ。

 一郎も是非とも、機会があれば、「教師」として神学校に行ってみたいと思ってしまった。

 

 それはさておき、ノルズだ。

 一郎の破廉恥な要求に、かなり戸惑っている。

 面白い……。

 

「ノルズ、ロウ様はふざけているだけよ……。嫌なら、嫌だと言いなさい」

 

 エリカが後ろから溜息混じりに言った。

 さすがは、そろそろ付き合いも長くなるエリカだ。ふざけるときの一郎のことをよくわかっている。

 

「なにを言ってんだい、エリカ──。ロウ様の言葉に嫌なことなんかあるものか──。ロウ様はいつでもあたしたちのことを考えてくれてるんだ──。ガドとあたしが親衛隊のことで暴走したときも叱ってくれたし、スクルズとのことだって……。そして、ロウ様の言葉に従えば、なにもかも、うまくいんだ──。知ったようなこと言うんじゃないよ──」

 

 ノルズがエリカに向かい振り返って怒鳴った。

 相変わらず、一郎以外が相手のときには、かなりの迫力だ。

 だが、てっぺんから間違っている。

 やっぱり、ノルズは一郎のことをあまりにも神聖化しているようだ。

 だが、それはそれで、面白いかも……。

 だったら、とことん遊んでやろう……。

 ノルズが怒るまで……。

 怒っても、一郎に殴りかかってくることはないだろう……。

 十分にとりなせる……。

 

「じゃあ、早く脱ぐんだ、ノルズ。サタルスの掟の第一号だ。女諜者は俺の前では、下半身を裸になって報告をする」

 

「わ、わかりました……」

 

 ノルズがズボンの腰に手をかけた。

 エリカがまたもや、盛大な溜息をつく。

 

「じゃあ、ロウ様、わたしも出てます」

 

「いてもいいぞ……。俺に仕える諜者の報告のときには、一番奴隷は諜者を悪戯してもいいことにしよう。サタルスの掟二号だ」

 

 一郎は笑った。

 

「えっ?」

 

 エリカが困惑した表情になる。だが、真面目なようでも、実はエリカは百合好きだ。もともとは、アスカこと、ラザニエルの「ねこ」だったし、その前の少女時代は、さっきのイライジャの「ねこ」だった。

 女同士の百合には、エリカは興味あるのだ。しかも、可愛いもの好きで……。

 

「別にいいぞ。女諜者は、報告のときには、猫耳の飾りをつけさせることにするか? サタルスの掟三号だ」

 

「そ、そうですか……?」

 

 明らかにエリカが興味ありそうな表情になった。

 しかし、ズボンを脱いで下着だけになっていたノルズがさっとエリカに向かって振り返る。

 その表情はわからない。

 だが、ノルズがエリカにまっすぐに顔を向けた途端に、エリカの顔色が変わった。

 そして、ぶるりと震えるのがわかった。

 

「や、やっぱり、わたしは、部屋の外に……」

 

 エリカがそう言って、一郎の返事を待たずに、扉の外に出ていく。

 ノルズが顔を戻した。

 しかし、一郎に向ける表情には、さっきと大きな変化はない。

 一郎は苦笑した。

 まあいいか……。

 

 そして、そんなやりとりをしているあいだに、ノルズが下着も脱いで、肩幅に脚を開く。

 ノルズは、女物ではなく、男物の服を着ていて、上は開襟の麻色シャツだ。

 下を脱がしたので、辛うじて上のシャツの裾が股間にかかるくらいである。

 陰毛はない。

 ちらちらと裾の下から股間が覗いているが、すでにしっかりと濡れていた。

 一郎は、長い柄のついた羽根で椅子に腰掛けたまま、ノルズの内腿をすっと掃く。

 

「くっ」

 

 ノルズが反射的に手で股間を隠そうとする。

 

「動くな──。サタルスの掟四号だ。報告のときには、指示なく手は動かさない。手は体側につけてろ」

 

「は、はい……」

 

 前に移動させかけていた手をノルズが横に戻して、ぐっと拳を握る。

 だが、一郎が垣間見えるステータスでは、ノルズがすでに欲情をしているのがわかり、「快感値」はかなりさがっている。

 すでに、“25”だ。

 まあ、あれくらいに、べちょべちょに濡れているのだから、そんなものなのだろう。

 

「じゃあ、教えてくれ。報告はなんだ?」

 

 一郎は羽根でノルズの股間のぎりぎりのところを左右に行ったり来たりしながら言った。

 もちろん、性感帯の赤いもやを追うように刺激している。これをすると、どんな女でもあっという間にできあがる。

 ノルズの脚が小刻みに震え出した。

 

「い、いくつかあります……。ま、まずは、ロウ様に……処刑命令が……。ハ、ハロンドールの王宮が……、全土に……。うっ、くっ」

 

 ノルズが言った。

 処刑命令? 例の捕縛命令のことか?

 一郎は、とりあえず羽根を引いた。

 

「例のルードルフ王が発したという捕縛命令か? 俺が出立してすぐに出たやつだろう?」

 

 イザベラとアンの妊娠発覚を切っ掛けに、ルードルフ王がアネルザの反対を押し切って発したという一郎に対する捕縛命令だ。

 それを切っ掛けに、アネルザが大激怒して、国王ルードルフの失脚工作を開始した。

 一連の騒動の皮切りだ。

 

「ち、違います──。そ、それは有名無実になってたんですけど、あ、改めて、で、出たんです。おそらく、この男爵家にも、一両日中には届くでしょう。それも、捕縛命令ではなく、処刑命令です。すべての領主や地方軍に対して、ロウ様を発見次第に処刑するように命令が出ます。冒険者ギルドにも、ロウ様の暗殺クエストがかけられました」

 

 ノルズが言った。

 一郎は唖然とした。

 

「はああ?」

 

 なぜ、いまさら?

 しかも、王宮の新たな命令?

 王宮を支配しているのは、サキのはずだが……。

 

「そ、それと、マルエダ辺境候は王国から独立します。“ハロンドール列州同盟”を名乗って、独立を準備しています。後ろ盾は、タリオ公国のアーサーです」

 

 ノルズは言った。

 独立だと?

 一郎は少し動顛したが、すぐに冷静さを取り戻す。

 すると、好色も取り戻す。

 

「詳しく話せ……」

 

 羽根をノルズに戻して、シャツを羽根で持ちあげるようにして、クリトリスの上を掃いた。

 

「あん、あああっ」

 

 ノルズががくりと膝を割った。

 

「真っ直ぐにしろよ。それよりも、続きだ……」

 

 一郎は羽根をとめずに言う。

 ノルズは涙目になって一瞬、歯を食いしばるような仕草をする。

 

「ア、アーサーが……へ、辺境候に……せ、接近して……新しい国の……即時承認と……資金援助……と……流通援助……。だ、代償は、ロウ様の身柄……。あっ、くっ……。お、お願いします……。は、羽根を、す、少しだけ……と、とめて……、ああっ」

 

「いいから、喋るんだ。ちゃ、ちゃんと聞いてる」

 

 一郎は羽根を動かし続ける。

 

「は、はい……、うっ、くうううっ」

 

 ノルズががくりと腰を落とした。

 しかし、すぐに語りはじめた。






 *


 指導者に求められる資質は次の五つである。
 幸運、知性、説得力、自己制御の能力、持続する意志。
 ロウ=サタルスという人物は、このすべてを持っていたと伝えられている。

 シーノ=ナミ著『サタルス朝の物語・Ⅳ~大公以前』より


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626 女諜者の悶々報告

「で、ですから、アーサーが……、ああっ、ロ、ロウ様……」

 

 ノルズは、両手を必死に身体の横で握りしめて、懸命に一郎に対して自分が知り得た情報を教えてくれようとするが、一郎は一郎ですっかりと、この気が強いが、一郎に対してだけは従順な女諜者を悪戯するのが愉しくなっていた。

 

「聞いているよ、ノルズ。それで、アーサーがどうしたって?」

 

 一郎は相槌を打ちながら、淫魔術で全身の性感帯を一時的にノルズの股の付け根の一箇所に集めて、そこを少し強めに刷毛でくすぐってやる。

 新たな能力である「性感帯移動」だ。

 いま、やったみたいに、身体中の性感帯を集められて刺激を受けると、ノルズは全身の性感帯という性感帯を同時に刺激された感じになり、しかも、性感帯が集まることで、その部分が極限までに敏感になるというわけだ。

 ノルズからすれば、脳天を突き抜けるくらいの快感の衝撃のはずだ。

 

「ひあああっ、んはあああっ」

 

 ノルズが艶めかしい声をあげて、その場に座り込んでしまった。

 

「ロウ=サタルスの掟一号だぞ。ノルズは報告するときには、姿勢を崩さない。いや、これは二号か……?」

 

 まあ、口から出任せだから、どうでもいい。

 しかし、健気に一郎の卑猥な命令に従おうとするノルズは可愛い。

 脱力した感じで立ちあがるノルズの膝裏を刷毛を伸ばしてくすぐる。もちろん、一瞬だけだが、そこに性感帯を集中する。

 ノルズからすれば、どうしてそんなに感じるわけがない場所で、快楽が沸騰してしまうのがわからないだろう。

 

「んはああっ」

 

 膝ががくりと折れて、またもや、ノルズがその場に崩れ落ちる。

 床にしゃがみ込んだノルズは、がくがくと痙攣をしていた。軽く達したのだ。

 一郎は亜空間に長柄付きの羽根を収納する。

 

「しょうがないやつだなあ。じゃあ、俺の首に両手でしがみつけ。それなら座り込まなくてすむだろう?」

 

 一郎は言った。

 どこまで悪戯をすれば怒りだすかと考えていたが、そんな感じにならなさそうだ。それはそれでもいい。

 だったら、ノルズが一郎に甘えるように仕向けよう。

 

「は、はい……」

 

 下半身になにも身にまとっていないノルズがよろよろと立ちあがって、一郎の前に来た。

 どろりとした愛液が内腿に垂れ流れ、股間が糸まで引いている。

 女の香りもすごい。

 

「お、おそれ入ります……」

 

 ノルズが遠慮した感じで、一郎の首に両手を回して抱きつく感じになる。

 顔と顔が頬で触れ合う感じだ。

 椅子には手すりがないので、邪魔するものもなく、かなり密着できる。

 ただ、椅子に座っている一郎に対して、ノルズは立っているので、ノルズはどうしても中腰で腰を引いた感じになる。

 

「もっと前だ」

 

 一郎はぐいと抱き寄せて、ノルズを引っ張った。

 ノルズが一郎の片脚を跨いだ体勢になり、ノルズの顔は一郎の背中側に大きく移動し、完全にノルズが一郎に抱きつく感じになる。

 

「わっ、ロウ様」

 

 ノルズが目に見えて狼狽を示した。

 やっぱり、甘えるのは苦手みたいだ。

 一郎はすっかり勃起しているクリトリスを指で挟んでこりこりと動かす。

 

「んあああっ、あああああっ」

 

 ノルズが喘ぎ声をあげて脱力して、一郎にしがみつく。

 

「これはどうだ?」

 

 今度はびしょびしょの亀裂に指を挿入して、Gスポットをぐいと押してやる。一郎にかかれば、その快感の突起を探し当てることなど、一瞬のことだ。

 

「ああっ、ひううっ、くああああっ」

 

 ノルズが艶めかしく喘いで、身体を反り返られせた。

 そのままいかせるのも簡単だが、まあ、しばらくは絶頂の寸前までのところで愉しんでもらおう。

 一郎は指をずらして、ほかの膣襞の部分に刺激の場所を変える。

 だが、いまのノルズには、それでも十分だったみたいだ。

 一郎に抱きついたまま、ノルズは四肢を震わせて悲鳴をあげた。

 

「ああ、ロウ様、こ、これでは喋れません──」

 

 そして、ノルズが叫んだ。

 一郎は思わずにやついてしまった。

 

「それを喋らせるのが調教というものだ。いいから報告しろ。ただし、いくなよ。必死に我慢しろ。命令だ」

 

 一郎は指でねっとりとノルズの膣の中を抽挿して愛撫する。

 

「ああ、そんなああ、ああああっ」

 

 すっかりと敏感になっているのだろう。

 ノルズは一郎に抱きついたまま喘ぐ。

 

「とりあえず、もう一度、俺に対する処刑命令のことだ。詳しく話せ」

 

 一郎はノルズの女の部分を弄びながら言った。

 

「は、はいっ、ああ、くうううっ」

 

 しかし、ノルズは一郎の指が動くたびに、がくがくと小さな痙攣をして嬌声をあげる。

 だが、すぐに喋り始めた。

 喘ぎ声混じりのたどたどしい報告だったが、とにかく、一郎は概ねのことを理解はした。

 

 とにかく、それについて整理をすると、ハロンドールの王宮が、改めて一郎に対して処刑命令を発したということだ。

 まだ、ここまで届いてはいないが、あらゆる手段で王国内の全貴族や地方軍を含めた全軍に発信されたようだ。

 すでに、王宮については多くの地方貴族が見限り始めているので、どこまで効力があるがかわからないが、手配は手配だ。

 また、前回同様に理由は告げられていない。ただし、捕縛無用ということになっていて、見つけ次第に殺していいということだそうだ。

 王宮からの全土への命令に加えて、冒険者ギルドにも暗殺クエストもかかったそうだ。

 しかも、その対象は、一郎だけでなく、エリカ、コゼ、シャングリアも対象のようだ。

 いまの冒険者ギルドは、ミランダから手を離れていて、王宮に牛耳られているのは知っているので、やはり、そっちも王宮が手を下したのは間違いない。

 こっちは、少し厄介かもしれない。

 クエスト賞金がかけられたのであれば、金を目当てに、襲撃しようとする命知らずの冒険者はいるかもしれない。

 

 とにかく、一郎の勘のとおり、やはり、王宮を動かしているのはサキとは思えない。

 これがほかの者なら、なにかの思惑があるのだろうかと推察もあり得るが、魔族であるサキはおよそ権謀術数とは無縁だ。

 魔族であるサキが、王国全土に一郎たちの処刑命令をかけるというのは、文字通りに、一郎たちを殺したいと考えているということだ。

 だが、サキが一郎たちを殺したいと考えるわけがない。

 そもそも、万が一、そう考えたとしたら、サキは直接に殺しにくるだろう。

 つまりは、やっていることがまったくサキらしくない。

 

「はあ、はあ、はあ……、お、お願いします……。も、もう、意地悪しないで……」

 

 ノルズが悶えながら言った。

 報告のあいだ、ずっとこうやって、股間を刺激されているのだ。

 それだけのことを話すにも、かなりの時間がかかっている。

 すでに、息も絶え絶えだ。

 

「やっとわかったか? 俺はノルズに意地悪してるんだ。ノルズには、俺に甘えて欲しいからね」

 

 一郎は軽口のような口調で言った。

 だが、本心だ。

 この目の前の女諜者は、他人に甘えるのが苦手だ。

 どんな相手にも心を突っ張らせて、なかなか心を開かない。

 それが、ノルズという女なのだろうが、一郎はそろそろ自分にも打ち解けてもらいたい。

 

「あ、甘えて……?」

 

 ノルズがきょとんとした感じで言った。

 一郎は股間に入っている指を少し激しくした。

 一気にノルズが絶頂の波に飲み込まれるのがわかる。

 

「ああっ、だ、だめええっ、ああああああっ」

 

 ノルズが激しく痙攣して、身体を弓なりにそらす。

 一郎の胸に接している服越しの乳房が激しく波打つのがわかる。

 

「いくなと、言っただろう──。ノルズ、いくな──。命令だ──」

 

 一郎は意地悪く言った。

 一方で、股間を抽挿していた指に加えて、さらに親指をクリトリスにも伸ばして、ぐっと押し揉む感じにした。

 

「んぐうううっ、ゆ、許してくださいいいい」

 

 ノルズが大きく身体を震わせながら、懸命に歯を食いしばる仕草をした。

 一郎が命じたとおりに、絶頂を我慢しようとしているのだろう。

 だが、耐えたのは少しだけだ。

 そして、痙攣が二度、三度と続いたかと思うと、ノルズの身体から力が抜けていった。

 達したのだ。

 一郎はノルズの中から指を抜く。

 

「命令に背いたな」

 

 一郎は意地悪く言う。

 

「あ、ああ……、申し訳ありません」

 

 ノルズが意気消沈した口調で言い、一郎から離れようとした。

 しかし、一郎は手でぐっとノルズを抱いて、離れるのを阻止する。

 

「ロ、ロウ様?」

 

 ノルズが一郎の肩の上で顔をあげたのがわかった。

 

「なにを離れようとしている。命令に従えないのは罰だろう。それに、まだ報告はまだのはずだ。報告の最中は動くな。ロウ=サタルスの掟だ」

 

 一郎は笑った。

 ノルズがちょっとだけきょとんとした様子だったが、少し時間が経ってから、やっとくすりと笑った。

 

「笑ったね、ノルズ」

 

「あっ、す、すみません……」

 

「謝る必要はないよ。笑って欲しかったからね」

 

 一郎は収納術で自分の身体から一瞬にして服を消滅させて、全裸になる。

 実に便利な能力だ。

 ノルズの腰を抱えあげて、勃起している自分の腰の上にノルズの腰を乗せあげた。

 一郎の怒張の先がノルズの秘裂に当たる。

 

「あん、ああっ」

 

 ノルズが身をよじらせた。

 だが、一郎は腰を抱えている手をさっと離した。

 ノルズの腰が一郎の腰にどんと沈む。

 

「くあああっ」

 

 ノルズが身体を激しく悶えさせて、大きな嬌声をあげる。

 そして、がくがくと痙攣した。

 ただ落ちただけでなく、しっかりと亀頭の先でノルズの膣の中の赤いもやを擦り揉みあげてやったのだ。

 いまのだけでも、悶絶寸前の快感だったはずだ。

 身体を震わせたノルズがぎゅっと一郎にしがみつく。

 

「ほら、話せ。報告は終わりじゃないだろう?」

 

 一郎は繋がっているノルズの腰を揺らして、刺激を与えていく。

 ゆっくりとした動きだが、それでもいまのノルズには十分以上の刺激みたいだ。

 ノルズの身体はさらに燃えているように熱くなり、快楽に呑み込まれていく。

 

「ああ、ああああ、あああ」

 

 ノルズがさらに乱れる。

 

「報告だ──」

 

 一郎はノルズのお尻に指を突っ込んだ。

 

「きひいいっ」

 

 ノルズが一郎の上で身体を跳びあがらせる。

 

「報告だよ」

 

 お尻の中で指をかぎ状に曲げて刺激する。

 

「いぐううっ、んぐうううっ」

 

 ノルズががくがくと揺れる。

 しかし、今度は絶頂ぎりぎりのところで寸止めをした。

 ノルズが奇声をあげて、またもや一郎にしがみつく仕草をした。

 

「くううっ、あああ」

 

 寸止めをしてやると、ノルズが切なそうに身体を震わせた。

 

「ロ、ロウ様……、あ、あまり、意地悪は……」

 

 ノルズが小刻みに身体を震わせながら、顔をあげて一郎に視線を向ける。

 すでに涙目だ。

 気の強いノルズが一郎だけに見せる表情に、一郎も興奮してきた。

 だが、そろそろ話を聞かないとだ……。

 まだまだ、愉しめるし……。

 一郎は、ノルズに話を促した。

 ノルズが荒い息をしながら語り出す。

 

 次の報告は、タリオ公国のアーサーの動き……。

 タリオ公国は、一郎がナタル森林でパリスの陰謀を破り、それにローム皇帝家が関係をしていたと水晶宮が世界通信で発表したことを利用して、カロリック公国への侵攻を開始していたが、その動きの陰で、実はハロンドール王国にも手を出していたということだった。

 アーサーがやっているのは、ローム三公国と国境を接しているマルエダ辺境候への工作であり、辺境候にハロンドールの西部地方の領主を束ねさせて、そのまま王国から離反させようとしているということらしい。

 辺境候の思惑はともかく、王国の西部域の領主たちは、王国からの分離独立に意欲的であり、辺境候に独立の宣言を迫っていて、おそらく、近日中にそうなる動きだということだ。

 新しい国の名前まで決まっていて、「ハロンドール列州同盟」の名で各領主の自治を基本とした合議国家になる予定という。

 列州同盟の長は合議によって定め、初代総督としてマルエダ辺境候が推されているということだった。

 

「ヘ、辺境候の……ど、独立と同時に……アーサーは、新国家の承認を……」

 

 ノルズが肩で息をしながら言う。

 報告のあいだ、大きな刺激は中断してやっているが、快感が下がらない程度にはずっと愛撫を加えてはいる。

 すでにノルズの身体の震えはとまらなくなっている状況だ。

 

「もしかして、そのまま、自分の国に併合してしまうつもりか?」

 

 アーサーが野心家であることは、一度の出会いで十分に認識している。

 突然のカロリック侵攻だったが、実際には十分に準備してあったのだろう。水晶宮にいたあいだの情報でも、あのランスロットという善良そうだった童貞将軍が破竹の勢いで、カロリックとの国境を越えて、公都に進軍を続けている情報には接している。

 もともと、三公国の宗主である皇帝家の小さな直轄領はタリオ公国内にあったのだが、あのガドニエルの世界通信の直後に、その皇帝家がカロリック公国に庇護を求めて、国境を越えていったそうだ。その追跡を口実に、タリオ軍が一気に国境を越えたということになったということだ。

 十中八九、タリオ側の自作自演だが、カロリック公国の若い女大公のロクサーヌが皇帝家の保護を発表したという話であり、いまのところ、世間の批判はカロリック公国側にあるみたいだ。

 

 しかし、その一方で、ハロンドールに手を出すのは、侵攻のあいだ、ハロンドールの介入を防ぐためだとは思うが、場合によっては、併合も視野に入れているかもしれない。

 いや、アーサーが後ろ盾になった領主同盟の新国家など、向こうの状況が落ち着けば、ひとりひとりとタリオ公国のアーサーに取り込まれて、気がつけば、ほとんどがタリオ側に寝返っているという状況ができあがるだろう。

 おそらく、アーサーはそれくらいは、簡単にやる。

 

「あいつ、鬱陶しいなあ……」

 

 一郎はつぶやいた。

 あいつが将来的にはハロンドールに手を出しそうな気配があることには気づいていた。

 だから、アンやイザベラに手を出して、ハロンドールに食いつく大義名分を得たかったのだろう……。

 まあ、それについては、アーサーの目の前でイザベラやアンといちゃついてやって、一郎が阻止してやったが……。

 しかし、そうであるなら、もしかしたら、いまの王都の状況もまた、アーサーが糸を引いている可能性もあるのか?

 一郎はそれを訊ねてみた。

 だが、ノルズは首を横に振る。

 

「……はあ、はあ……い、一時期、ハロンドールの……王都に多くのタリオの間者がいたことは事実……。で、でも、大部分が……粛正されて、いまはほとんど……いない……。いまは、南部地区に……集中しているみたいで……」

 

 ノルズが言った。

 南部地区というと、ドピィという男がクロイツ侯爵という大貴族の領土を乗っ取る叛乱を起こしている場所だ。

 侯爵領の全土から軍隊を追い出し、貴族や役人を皆殺しにしてやりたい放題らしい。

 これもまた、近傍の王軍の地方軍も、王都の混乱もあり、なにも手を打ってないという。

 だが、そこにアーサーが……?

 そういえば、王都でルードルフ王とともに、希代の悪女ということになっているテレーズ女伯爵のラポルタ領も、その南部地区だ。

 

「と、ところで、そ、そのアーサーですが……、み、未確認ですけど……。へ、辺境候に取り引きを……」

 

 ノルズが言った。

 

「取り引き?」

 

「ロウ様の身柄を……引き渡せと……。ど、独立の承認と引き換えに……」

 

「俺をか?」

 

 一郎はびっくりした。

 アーサーが一郎に手を出す理由などなにもないだろう。

 あるとすれば、あの茶会の一件くらいだが、もしかして、あいつはあれを根に持っているのか?

 あいつが、一郎の身柄を欲しがるなど、それくらいしか考えられない。

 

「と、とにかく、危険です……。だ、だから、ロ、ロウ様、お気をつけて……」

 

 ノルズは言った。

 一郎は頷いた。

 

 ノルズは、一郎が狙われるという情報に接して、とにかく急いでそれを知らせにきてくれたのだろう。

 聞けば、ナタル森林中に張り巡らせている移動術の施設を利用して、それをラザニエルに動かしてもらって、連続跳躍でここまできたようだ。

 ありがたい女だ。

 

「わかった。ありがとう……。じゃあ、話は終わりだな」

 

「は、はい」

 

 ノルズが頷く。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「じゃあ、ご褒美の時間だ。お仕置きとご褒美が同じなのは悪いけどね」

 

 一郎はノルズを対面座位で挿入したまま、本格的に律動を開始した。

 

「ひあああっ、あああっ、ああああああ」

 

 ノルズが一郎を抱きしめる。

 ずっと焦らし続けた感じだった分、かなり激しくよがる。

 

「いくときにはいくと言うんだ──。サタルスの掟四号だ」

 

 一郎は笑いながら、一気に怒張をノルズの子宮に突きあげた。

 ノルズが力一杯に一郎にしがみついてがくがくと痙攣する。

 こっちの息がとまるかと思うくらいに力が強い。

 

「いぐうううい」

 

 ノルズが激しく腰を震わせて絶頂した。

 一郎はそれに合わせて精を放つ。

 

「くはああっ」

 

 しばらく息を詰めた感じになっていたノルズだったが、がくりと脱力して一郎に身体を預けてきた。

 

「まだまだだぞ、ノルズ。お愉しみはこれからだ」

 

 だが、一郎はノルズがまだ着ていた上半身の服を亜空間に収納して全裸にさせると、ノルズを横抱きにして抱えあげた。

 

「えっ? うわあっ」

 

 ノルズが悲鳴をあげ、腕を回している一郎の首にしがみつく。

 一郎はそのままノルズの裸身を寝台に横たえた。

 

「エリカを返さない方がよかったんじゃないか? いまだかつて、俺をひとりで相手をしてくれた女は、誰も彼も、一日以上突っ伏していたぞ」

 

 一郎はうそぶいて、ノルズの四肢を寝台に広げさせて、粘性体で拘束してしまう。

 

「ひっ、ロウ様」

 

 ノルズが目を白黒させている。

 しかし、一郎はかまわずに、ノルズの股間に指を挿入する。

 同時に、ノルズの膀胱に水分を溜めて、尿意を与えてやった。

 

「ひぐううっ、ロ、ロウ様ああ」

 

 ノルズが悲鳴をあげた。

 

「これが俺だ、ノルズ……。おしっこを漏らさずにセックスできたら許してやる。だが、漏らしてしまったら、次はうんちの排泄感に耐えてセックスしてもらうぞ」

 

 一郎はノルズを愛撫しながら笑った。

 

「ひいいっ」

 

 ノルズが顔を引きつらせた。



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627 辺境候の使者

 二階の小窓から通りを覗いていると、馬車がこの建物の前にとまり、馬車の中から転がるように若い娘が降りてくるのが見えた。

 

 すでに、街には灯がともっていて、それがこの男爵領の豊かさを示している。

 そもそも、街の幹線通りとはいえ、夜になれば道路に明かりがともるなど、街そのものにかなりの豊かさがないとあり得ない。

 しかも、ここはただの男爵領だ。

 本来であれば、男爵領など農村に毛が生えた程度どころか、農村そのもののはずだ。

 だが、さすがは、一大の英傑の誉れの高いいまのモーリア男爵が治める領都だろう。街の中心部は、まさに王国内の地方都市並に規模も大きく賑やかだ。

 

 これほどの力を持つ貴族を、いまだに男爵という下級貴族扱いしているというのが、この国の弊害なのだろう。

 シモンは思った。

 

 モーリア男爵家は、もともとは傭兵長の家柄である。それが戦で手柄をたて、報償としてこの辺境の領土をもらったのだ。

 もう百年近くも前のことであるのだが、この国の多くの貴族は、モーリア家のような下級貴族を平民に近いといって蔑む傾向にある。

 だが、実際には、この領都の豊かさが示すように、ずっと彼らの方が豊かで、爵位と実際の力が逆転していることも珍しくない。

 それに、おてんば嬢として王都でも有名な女騎士のシャングリア=モーリアの両親の死に伴って、遠縁の縁者として代を継いだユンケル=モーリアは、地方軍人あがりとは思えないほどに、流通に明るく商売の才能がある。

 それがこの夜の明るい男爵領の街並みに表れていた。

 

 シモンは手元の紅茶を飲みながら、カーテンの隙間から下の通りに視線をやる。

 小さな馬車から出てきたのは、クリスチナだ。

 シモンの婚約者であり、相変わらず宝石のように、外見はきらびやかで美しい。

 もちろん、顔や身体の美貌だけではなく、美しいドレスや身にまとっている装飾具は、彼女の魅力をさらに引き出している。

 しかも、あれはシモンが与えたものではなく、自分自身の財で飾りたてたものなのだ。

 なにしろ、クリスチナは(アルファ)ランク冒険者であり、彼女自身がすでに財産家だ。

 男に貢がれる女ではなく、自分の足で立つ女なのだ。

 

 そして、クリスチナは西部域でも有数の伯爵家の令嬢でもある。

 しっかりとした嫡男もいる伯爵家の、すでに婚姻をしているふたりの姉がいる三番目の娘だ。

 だが、まったく貴族令嬢らしくなく、お転婆がすぎて、家出同然に冒険者になったという珍しい経歴の女だ。

 シモンがクリスチナと出逢ったのは、その冒険者としてだったが、あるときに実は貴族令嬢であり、しかも、伯爵家令嬢と知って、手を回して婚約者にした。

 

 シモンは、立場上、どうしても結婚をする必要があったが、決まった相手と生涯をともにするつもりはまったくなく、できれば生涯を独身ですごすことを望んでいた。

 そういう意味では、クリスチナもまた、男と結婚を望むような女でもないし、シモン同様に、ひとりの男と生涯をすごすタイプではない。

 だから、シモンは、クリスチナの実家に婚約を申し込むとともに、クリスチナに契約を持ちかけた。

 

 お互いの性生活に深く関与せず、相手に愛情も求めない──。

 婚姻をしたら、子供を作ってもらう必要はあるが、最低、男ひとりを産めば、好きにしていい。

 また、婚約時代と結婚時代を通じて、冒険者としての所定の雇い賃を支払うし、これは、婚姻という名のクエストであると……。

 ただし、シモン以外の子種を宿したら、その場合は伯爵家には多額の賠償金を支払ってもらう……。

 そういう細かい取り決めを記載した契約書案をクリスチナに渡して、婚約を申し込んだ。

 

 それに接したクリスチナは、一瞬、きょとんとしたが、次いで大笑いして、お互いの生活を縛らないことと、クリスチナが冒険者を続けることを条件に、シモンの提案に応じた。

 それが半年前であり、結婚は一年後と決めた。

 だから、シモンとクリスチナは、いまは婚約者同士ということだ。

 

 最初に出てきた若い娘が地面に屈む。

 すると、その背中を台にして、クリスチナが馬車から降りてきた。

 若い娘が跪いたまま顔をあげた。

 その表情には、クリスチナに対する恍惚とした感情が浮かんでいた。

 シモンは思わず笑ってしまった。

 

 どこで拾ってきた娘なのか知らないが、なかなかに娘は美形だった。だが、服装や動作に粗野さがあり、おそらく平民なのだろう。

 ただ、身なりは清潔そうであり、髪型もきちんとしている。上は女物だが、下は男物風のズボンで、旅をしているような服装だ。

 このモーリア男爵領には、かなりの商人が入って、活発な商取引をしているのは知っている。もしかしたら、この男爵領に取り引きのためには入ってきた交易商なのだろうかと思った。

 男爵が税や処遇などの面で、商人への優遇措置をしているので多くの商人が集まるのだ。

 ナタル森林のエルフ族との交易も盛んらしく、この男爵領はナタル森林に続く良好な道路もある。

 だから、あのロウ=ボルグも、この男爵領からナタル森林を往復したのだ。

 

 いや、よく見れば、娘は腰に短剣をぶらさげていた。

 もしかして、クリスチナと同じ女冒険者か?

 だが、まだ若いだろう。

 娘の年齢は、二十歳にもなっていないと思う。

 クリスチナも、まだ二十四歳なので、大して歳は変わらないはずだが、クリスチナと娘とでは、まるで貫禄が違い、大人と子供という感じがする。

 

 そして、見ていると、クリスチナが娘に鎖のついた首輪を放り投げた。

 すると、可愛らしい娘がためらいなく首輪を拾い上げて、自分の首に填めていく。

 シモンは吹き出した。

 クリスチナが娘の首輪に繋がっている鎖を持って、この建物内に入っていくのがわかった。その娘は四つん這いでクリスチナについて行く。

 シモンが窓から見えたのは、そこまでだ。

 座っていた椅子を窓の方向から、部屋の扉の方向に変える。

 

 しばらくすると、扉の鍵が外から開いて、クリスチナが入ってきた。例の娘も一緒である。

 四つん這いであるが……。

 

「あら、戻ってたの? シモン殿?」

 

 クリスチナが興味なさそうに呟いた。

 この女は、自分の足で立つ女だけあり、シモンが付き合ったほかの女と違って、男に媚びを売るような振る舞いをしない。

 それは、相手は、このシモン=マルエダであってもだ。

 シモンはそれが気に入っていた。

 

 一方で、それまで陶酔しきった表情で四つん這いでつきてきた娘は、さすがに表情を強張らせて、クリスチナの陰に隠れようとした。

 

「勝手に動くんじゃないわよ、ソフィア」

 

「ひぎゃん」

 

 娘がその場に崩れ落ちた。

 おそらく、クリスチナが手に持っている鎖を通じて、娘の首輪に電撃を流したのだ。

 剣の腕でも、魔道の腕でも超一流なのだ。

 女ひとりのソロ冒険者で(アルファ)クラスはだてじゃない。

 

「その娘は?」

 

「この街のギルドで偶然に見つけた昔馴染みよ。雌犬になれば、一晩付き合ってやるって言ったらついてきたの。今日は、お愉しみのつもりだったんだけど、あなたもここに泊まるの? 通っていた高級娼婦はどうしたのよ」

 

 クリスチナは悪びれる様子もなく答えた。

 シモンは苦笑した。

 一応は婚約者のクリスチナだが、性には自由奔放であり、およそ、ひとりの相手にとらわれることはない。

 シモンに遠慮してか、シモンと一緒にいるときには、女しか相手はしないが、シモンがいないところでは別に男とも寝るし、それを隠しもしない。まあ、避妊薬はしっかりと服用しているようだが……。

 シモンも気にしないし、クリスチナも気にしない。

 そういう関係だ。

 

「それよりも仕事だ。男爵からやっと連絡が入った。明日、例の冒険者と会う。男爵家で午後だ」

 

「あら、やっと仕事? 活気があって、なかなかに面白い街だったけど、じゃあ、これで終わりね……。ねえ、お前、今度どこかの街で会ったら、まだ抱いてあげるわ。これを持って行きなさい」

 

 クリスチナは、娘の首輪についている鎖を外して、腰に吊っている魔道の収納袋から皮袋を取り出して娘に投げた。

 中身はまとまった金貨かなにかだろう。

 手切れ金ということに違いない。

 

「……ソフィア、これでお別れよ。今夜はもう帰りなさい」

 

「そ、そんなあ、お姉様──」

 

 娘はすがりつくような表情でクリスチナを見あげた。

 顔を蒼くして、涙目になっている。

 

「なによ、それじゃあ不足なの?」

 

「お、お金なら、あたしが貢ぎます。今夜はあたしと付き合ってくれるって言ってくださって、本当に愉しみだったんです。お願いです。どうか、このまま連れて行ってください。お姉様と一緒に、どこまでも行きますから」

 

「だけど、これでも、わたしも仕事なのよ。この辺境候の次男坊様の婚約者を演じるのがね」

 

「辺境候の次男坊様?」

 

 ソフィアという名らしい冒険者の娘が驚いた声をあげた。

 

「マルエダ辺境候の次男で、この国の王妃の弟よ。シモン=マルエダ……。あら、教えちゃ、まずかったかしら?」

 

 クリスチナがはっとした表情になる。

 

「構わないけどね……。俺の正体を教えるのも、彼女が君と一緒に連れて行くのもね。ただし、一緒に連れて行くなら、俺とも寝てもらうよ。俺とクリスチナがセックスをするときだけどね。まあ、いい気分転換になるし」

 

「そう言ってるけど、どうする、ソフィア? あんたが構わないなら、一緒にいてもいいわ。わたしの婚約者とのセックスを受け入れるのが条件よ。あと、仕事の邪魔をしないこと」

 

「も、もしも、それに応じたら、お姉様はあたしを愛してくれますか?」

 

 娘が四つん這いの姿勢のまま言った。

 すると、クリスチナが爆笑した。

 

「わたしが誰かを愛することはないわね。この辺境候とこの御曹司さえ愛さないのよ。わたしには、生まれたときから、そういう感情がないのね。でも、あんたを抱くかって意味なら、お前がどこかに行くまでは、専属の子猫にしてもいいわ……。この人はねえ、これでも、わたしと結婚したら、辺境候から伯爵籍をもらう予定なのよ。だから、わたしは伯爵夫人……。伯爵夫人の愛人の猫よ。どうする?」

 

「なります──。よろしくお願いします。お仕事の邪魔はしません。辺境候の息子様との性交も受け入れます」

 

 ソフィアは涙まで浮かべて、嬉しそうに言った。

 シモンは笑った。

 

「まるで、俺に抱かれるのが、なにかの罰みたいだなあ。まあいいや。明日は、例のロウ=ボルグに会う……。親父殿からは、しっかりと見定めて来いとは言われている。その話をしたい」

 

「わかったわ……。そのロウは、冒険者としては、久しぶりに認定された(シーラ)ランクになるから、わたしも一度、会ってみたいと思っていたのよね……。もっとも、ミランダをセックスで寝取って、S級になったんだって、もっぱらの噂だけどね」

 

「そうなのか?」

 

 シモンは言った。

 ロウ=ボルグについては、一応のことは調べたが、わかったのは実に周囲に女が多いということだ。

 しかも、一流の女傑がロウの周りに集まる傾向がある。

 姉のアネルザもそうだ。

 王都と辺境候領とでは距離があるので、噂話の伝わり方にも限りがあるが、辺境候家の長子である姉のアネルザを愛人にして、さらに、王太女のイザベラもまた、あのロウの恋人だという。

 本当だろうか……。

 

 そもそも、三十歳のシモンよりも、十六歳も上のアネルザは、王妃でありながら、男娼や奴隷を集めて、奴隷宮と称されていた性奴隷施設を王宮に持っていたくらいの女だ。

 王太女は知らないが、あの姉のアネルザが、一介の冒険者あがりの平民を愛人としてのめり込むというのが想像できない。

 自分の奴隷宮に収めるならともかく……。

 

 しかし、実際には、姉のアネルザの後押しもあり、冒険者のロウは、ルードルフ王から子爵の爵位をもらっている。

 移民したばかりの平民がもらう爵位としては最高位だろう。

 確かに、シモンの父親ならずとも、何者なのだろうと思う。

 

「ロウそのものには、Sランクの能力はないと思うわ。少なくとも、ギルドの記録に接する限りにおいては、そう判断せざるを得ないわね。彼は女に貢がせるタイプだと思う。わたしが思うに偽者ね……。ところで、ソフィア、服を脱ぎなさい。一タルノス以内よ。話のあいだ、椅子として使ってあげるわ」

 

 クリスチナが言った。

 すると、ソフィアが身体を起こして、必死に身につけているものを剥ぎ始める。

 一タルノスというと、ややこしい作りの多い女の服を脱ぐには、かなりぎりぎりだろう。

 ソフィアは、ほとんど剥ぎ取るように、服を脱いでいく。

 やがて、素っ裸になった。

 元の四つん這いになったソフィアの背中に、クリスチナが尻をどんと落とす。

 

「うっ」

 

 ソフィアは少し呻き声を出して、苦しそうな表情をしたが、可愛い顔をしていても、さすがは冒険者なのだろう。

 クリスチナの身体をしっかりと支えている。

 

「だが、女に支えられるのも才能だろうさ。なにせ、ハロンドールの王太女の恋人だと噂が聞こえたと思えば、次は、エルフ族の女王の愛人になったという話だ。男爵からの話だと、その女王をお忍びの旅で連れてきているということだ。まあ、さすがに嘘だろうけどね」

 

 シモンは笑った。

 ロウがナタルの森で起こったローム皇帝家の陰謀を打ち破り、英雄認定を受けたということはもちろん知っている。

 エルフ女王家のあれだけの世界的魔道通信があったのだ。

 いまや、知らない者も少ないだろ。

 まあ、うらやましいことだ。

 運がいいだけだとは思うけど……。

 

「女の手柄を盗むような男はくずよ。あなたのいいところは、ちゃんと自分の野心を自分の力でかなえようとしているところね。だから、わたしはあなたとの契約に応じたのよ」

 

 クリスチナが言った。

 シモンの野心というのは、シモンよりも二歳上で、マルエダ辺境候の地位を継ぐことになっている兄のレオにとって代わり、いずれは、シモンが辺境候になることだ。

 あるいは、この王国から離脱した西域の列州同盟の「国王」になることか?

 とにかく、ただ最初に生まれた男子であるというだけで、いまの地位にいる兄よりも、シモンの方が能力があり、後を継ぐのは相応しいに決まっている。

 

 だが、残念ながら、いまのいままでは、それを発揮する機会はなかった。

 しかし、やっと乱世がやってきた。

 シモンはこの機会をものにするつもりだ。

 

 父親の辺境候の命令で、ロウ=ボルグと接触するというつまらない仕事を負うことになったが、だが、やりようによっては、絶好の機会ではないかと思っている。

 少なくとも、名前があがっている女たちの人脈がすごい。

 ロウが無能だとしても、女たちの有能さは本物そうだし、ロウをうまく使えば、シオンはその人脈を利用できる。

 時間をかけて、女の心を奪っていってもいいし、女たちもシオンのような本物の上級貴族の愛人のひとりになるなら、そっちが幸せに決まっている。

 考えるまでもない。

 

 つまりは、クリスチナとは異なり、シモンは女に守られながら功績をあげる男をシモンは無能だとは思っていない。

 それはそれで、それなりの能力だろう。

 大いに利用価値がある。

 もちろん、同じ立場なら、シモンの方がうまく力を使うとは思うが……。

 いずれにしても、明日ロウを見極めてからだ。

 

 あの王宮から、発見次第に処刑せよという死刑判決が出そうなことは耳にしていた。

 これは、シオンの父親ならずとも、シオンもまた、逆にロウに興味を抱く理由になった。

 なにしろ、いまは貝のように沈黙しているハロンドールの王宮が唯一、処刑を発表した男になるからだ。

 叛乱を起こしかけているシオンの父のマルエダ辺境候でもなく、南部で農民一揆を起こしたドピィとかいう男でもない。

 突然に、王宮がなんでもない下級貴族を見つけ次第に処刑だと発表したのだ。

 誰だって、逆に、そのロウは何者で、どれだけの力があるのだろうと勘繰る。

 しかも、あのエルフ女王の英雄宣言もあり……。

 まあ、なにかの茶番だろうと、シオンは断定しているが……。

 

「まあいい。とにかく、明日にはそのロウに会う。どんな男か見極めるさ。もしも、才能のある男なら、俺の部下にしてやってもいい」

 

「わたしが寝とっていい? その代わりに、女側については、あなたが好きにすれば? ああいう女に尽くさせている男が嫌いなのよね。わたしにのめり込ませて、女を捨てさせて、その後に振ってやるの。いいでしょう?」

 

「好きにしろ。女は弱点らしいぞ。お前にのめり込まないわけないな」

 

 シモンは言った。

 ロウがクリスチナに手を出せば、それはそれで愉快かもしれない。

 婚約者に手を出したことを問い詰めて、一生飼い殺しをしてもいい。

 そして、立ちあがる。

 

「とにかく、その話は後だ。そろそろ寝台に行くぞ。ちょっと精を抜いてくれ。色々と考えたい」

 

「わかったわ……。じゃあ、おいで、猫ちゃん」

 

 クリスチナがソフィアの背中からおりた。

 そきて、娘の首輪の鎖を引っ張って、寝室に向かって歩き始める。

 娘は陰部をシモンに丸出しにしながら、恍惚と酔ったような顔で、四つん這いでクリスチナについていく。

 シオンは、にやつきながら、彼女たちの後ろから歩いていった。



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628 水晶宮との遠距離会議

『女魔族の話は、アルオウィンから概略を聞いたよ。災難だったみたいだねえ……。まあ、魔族というのは、憎むのも、愛するのも一途なものさ。表面では友情を繕うけど、実際には憎悪しているとか、本当は好きなのに、ついつい意地悪をするとか、そういう複雑なものはないんだ。だから、付き合い方さえ間違わなければ、いい連中なんだけどねえ……』

 

 映像のラザニエルが声をあげて笑った。

 魔道通信で繋げているラザニエルの姿は、煙の中に浮かんでぼんやりとしていてゆらゆらと揺れている。

 辛うじて輪郭がおぼろげになっているだけで、はっきりとした姿は映っていない。ガドニエルとラザニエルが両方にいるのだから、ちゃんとした映像を繋ぐこともできるらしいが、それには大量の魔道が必要だし、それをする必要はない。ただ、話をしたいだけなのだ。

 だから、声はしっかりと聞き取れているが、こっちから見えるラザニエルはただのぼんやりとした陰という状態だ。

 まあ、向こうに映っている一郎の顔も同様だろう。

 

「とにかく大変だったよ、ラザ」

 

 一郎は頬を緩めた。

 男爵邸で借りている別宅内のうち、書斎のような場所である。

 一郎にあてがってもらった大部屋でないのは、やっぱり一郎のところに夕べは全員集合になり、いつものように、一郎は一切の節操をすることなく、明らかに一郎に相手をしてもらいたがっている女を次々に抱きまくった。

 

 その結果、夜が明けて朝になっても、まだ死屍累々という感じの女たちのあられもない姿が大部屋には転がっているという状況だ。

 なんとなく、あそこからは水晶宮と通信をするには気が引けて、ガドニエルだけを連れて、この書斎と水晶宮側を魔道通信で繋いでもらったというわけだ。

 こっちの男爵別邸の書斎側には一郎とガドニエルがいて、向こうの水晶宮側の太守執務室には、ラザニエルがいるという状況である。

 

 また、ラザニエルが魔族について詳しいのは、アスカ時代に、パリスを通じて大勢の魔族と接触があったからだろう。

 そういう意味では、ルルドの森の中にあったアスカ城に二年ほどいたエリカも、そこそこ魔族や魔物の性格や生態に詳しい。

 

『とにかく、いまのところ、お前もガドニエルも無事ということで確認したよ。ところで、アルオウィンとノルズから受けたんだけど、そっちの状況はどうなんだい? 本当にお前たちに処刑命令が?』

 

「確認中だよ。ただ、ここのモーリア男爵は信頼のおける人物だ。王家から俺への捕縛隊が来ても引き渡すようなことはない。王家の軍であっても、身体を張って阻止してくれると思う」

 

『まあ、簡単にお前たちが捕まるとは考えてないよ。お前の女は、みんな強いしね。そこにいる魔道馬鹿もうまく使いな。それこそ、お前の命令なら山でも吹っ飛ばしてくれるさ』

 

 ラザニエル側から笑ったような声がした。

 ハロンドール王宮から一郎に対する処刑命令のことや、一郎の女……に加えるかは微妙なところだが、眷属であるピカロとチャルタのことを水晶宮に伝えてもらったのは、昨日のうちに水晶宮に、移動術の設備で戻っていったアルオウィンとノルズだ。

 

 ノルズは一日くらい泊まっていけというのを振り切って一度水晶宮に帰るといって出ていった。あれだけ抱き潰したつもりだったが、夜になれば回復したみたいだから、大したものだ。

 アルオウィンはもともと、先発したエリカたちを移動術設備で送るために一緒に来たのであり、本来すぐに戻る予定だったのだ。

 だが、折角なので、男爵邸で得た情報と一郎の伝言を水晶宮に持っていってもらった。

 その報告が水晶宮に着いたのだと思うが、さっそく話したいと、ラザニエルから連絡がきたということだ。

 

「もちろんですわ。ご主人様。どの山でも吹っ飛ばしますわ」

 

 ガドが飛びついてきた。

 というよりは、もともと横長のソファに並んで座っていたのだが、こういう映像型の魔道通信はひとりの映像しか結ばない。

 だから、あっちにはガドニエルの姿は入っていなかったと思うが、ガドニエルが一郎の膝に乗ってきたことで、初めて向こうのラザニエルにガドニエルが見えたと思う。

 すると、白いもやの中にいるラザニエルが溜息をついたみたい見える。

 

『愉しそうでいいねえ、ガドニエル……。もしかして、ロウに抱きついたかい? こっちは、お前の不在を隠すために、色々と面倒だというのに……。そういえば、そっちではお忍びとはいえ、ガドニエルがハロンドール王国内にいることを大っぴらにしているようだねえ。話と違うんじゃないかい、ロウ?』

 

 ラザニエルが苦笑しているような口調で言った。

 一郎は頭を掻くしかなかった。

 確かに、ガドニエルは連れていくが、魔道具で外観を変えて、ただのエルフ女として連れていくという話をしていた。

 もともと、イムドリス宮という隠し宮に閉じこもって、ほとんど他人と会わなかったガドニエルなので、政務としてはいてもいなくてもどうでもいい存在だし、いまは、王宮に復帰したラザニエルが「太守」として存在しているので、女王のガドニエルがいてもいなくても、まったく政務には問題はないという状況だ。

 

 だから、ガドニエルを連れていくことに合意させたが、さすがに女王が国境を越えて出歩いているというのは問題があるので、ガドニエルの身分だけは隠すということになっていたのだ。

 しかし、すでに男爵と会うときに、その約束を反故にしているし、今日の午後に会うことになっている辺境候の使者にも、あえてガドニエルの名を使わせてもらっている。

 エルフ族女王のガドニエルというのは、やはり、かなりの権威であり、その存在だけで、一郎たちの安全に役立っている。

 一郎単独ならともかく、ガドニエルと一緒にいる一郎を狙うことは、エルフ族の王宮と敵対することを意味するからだ。

 さすがに、それをしようとする権威者は、ハロンドールにもほとんどいないだろう。

 それを理解したので、水晶宮には悪いが、ガドニエルの存在を明かしたのだ。

 

「悪いね、ラザ。迷惑をかける」

 

『まあいいけどね……。ただ、一応は対面的には、こっちにいることにさせてもらうよ。問い合わせがあっても、知らぬ存ぜぬでいくからね』

 

「感謝するよ」

 

 一郎は笑った。

 そして、一郎の上に横抱きになっているガドニエルを向かい合うかたちに抱え直して、耳元に口を寄せる。

 

「……気づかれるなよ」

 

 一郎自身の下半身から衣類を消し、ガドニエルに一郎を正面から跨がせて、スカートの中に股間を入れる。

 向こうに映っているのは、ただのぼんやりとした煙の中の映像だ。

 ガドニエルが声を我慢できれば、ばれることはないだろう。

 

「あっ」

 

 ガドニエルが声を出しそうになり、慌てて自分の口を手で押さえた。

 一郎が向き合ったガドニエルの股間に怒張を当てたのだ。前戯などなくても、一郎に抱きついてきた時点で、ガドニエルが濡れていることは知っていた。

 ガドニエルが一郎の勃起している男根の衝撃に、身体を大きく反らせるような仕草をする。

 

「くっ、はっ、うう……」

 

「聞こえるぞ……。ばれたら、ガドの順番は今夜は最後な……。今日は親衛隊も回るしなあ……。ガドの番まであるかなあ……?」

 

 わざと耳元で意地悪く言う。

 ガドニエルが「お預け」という罰を一番嫌がることを知っている。だから、こう言うと、ガドニエルは一生懸命に我慢しようとするのだ。

 その姿が可愛くて健気だから、つい意地悪をしたくなる。

 一郎は、わざと激しく抽挿をする。

 

「うっ、あっ、はっ」

 

 必死に耐えるような感じだが、残念ながら声は抑え切れていない。

 ガドニエルの口からは声が出ている。

 

『あれっ、突然、声が聞こえなくなったよ。ガドニエル、どうかしたかい?』

 

 すると、向こう側のラザニエルから不審そうな声がした。

 どうやら、ガドニエルはばれたくなくて、とっさに声を切断したみたいだ。

 

「……こら、声を繋げろ。話できないだろう……」

 

 一郎はガドニエルを犯しながら言った。

 

「は、はいいいっ、いいいっ」

 

 ガドニエルが一郎の胸に顔をくっつけて、一郎が身につけている服を噛んだ。

 一郎はそのまま腰を動かして、ガドニエルを追い詰めていく。ばれたらばれたでいい……。

 それもまた愉しいかもしれない。

 許してやる口実で、さらにガドニエルをからかえるからだ。

 

『んっ、どうかしたかい?』

 

 ラザニエルの声がした。

 ちょっと、こっちの様子がおかしいことに、さすがに気がついたのだろう。

 

「……それよりも、アルオウィンに託した伝言はどうだ? 協力してくれるか?」

 

 一郎がアルオウィンを通じて持ち返ってもらった水晶宮への依頼とは、エルフ族が各国に輸出しているクリスタル石による経済統制が可能かどうかの打診だ。

 クリスタル石というのは、魔石、あるいは、魔道石とも呼ばれて、この大陸になくてはならないエネルギー源だそうだ。

 魔道が浸透しているこの世界では、ありとあらゆるものに魔道を使っている。

 日常生活のちょっとしたことでも、魔道石を使った魔道具があり、例えば、貴族以上の階級ともなれば、厨房や照明などに魔石を使った魔道具を屋敷内で使うのは常識であり、上水や下水も魔道具に頼っている。

 ところが、エルフ族とは異なり、人間族は魔道を使える者が圧倒的に少ない。

 だから、それを補完してくれるのが、クリスタル石ということだ。

 しかし、良質のクリスタル石、つまりは、魔石はなぜかナタル森林でしか生産できないのだ。

 従って、各国が必要としているクリスタル石は、いまはエルフ族が独占状態ということだ。

 これを利用しない手はないと思った。

 

『それなんだけどねえ……』

 

 しかし、煙の向こうのラザニエルは、気乗りのしない口調で返事をしてきた。

 

「難しいか?」

 

 一郎はがドニエルをねちっこく犯しながら言った。

 ガドニエルが身体を震わせながら、一郎にしがみついて必死に声を耐えている。

 だが、すでに絶頂に近づいているのはわかる。

 ガドニエルの身体が大きくわなないた。

 

『わかって欲しいんだけど、確かに、お前のいうとおりに、それぞれのエルフの里で作っているクリスタル石については、水晶宮で厳密に管理して売り先を統制している。ただし、どの国やどの勢力に対しても、基本的に平等に渡すことにしていて、それは、エルフ族を守る安全保障でもあるのさ……。考えて欲しいんだけど、もしも、うちがどこかに偏った輸出をしたりすれば、それを口実にエルフ族への侵略を正当化させるかもしれないし、そもそも、人間族の国に比べて、大きな産業のないナタル森林にとっては、三公国やハロンドールからの自由交易は、エルフ族の生活になくてはならないもので……』

 

 一方で、向こう側のラザニエルが言い訳めいた言葉を紡ぎ始めた。

 つまりは、クリスタル貿易で、各国の経済外交を仕掛けようという、一郎の提案はあまり歓迎されないということなのだろう。

 まあ、色々と問題もあるのはわかっているが……。

 しかし、急に水晶宮を結んでいる画像が揺れた。

 誰かが割り込んできた感じだ。

 

『どきなさい、ラザニエル──。お兄ちゃんの指示よ。やれと言われたら、やるのよ──。その問題をどう解決するかは、わたしたちが考える。それでいいの──。お兄ちゃん、なんでも言って。お兄ちゃんの望むとおりにしてあげるから』

 

 ラザニエルに変わって言葉を送ってきたのは、ケイラ=ハイエルこと、享ちゃんだった。

 どうやら、一緒にいたようだ。

 

『いや、そういうわけにも……』

 

『うるさわいねえ。ルルドの森を瘴気で充満して魔物を増やしまくった希代の暗黒魔女がなにを常識ぶったことを言っているのよ。あのお兄ちゃんのお願いなのよ。従わなくてどうするのよ。輸出制限でもなんでも、かけるのよ──。それで、お兄ちゃん、どこの正面のクリスタルの移動を停止したいの? なんでもするよ──』

 

 享ちゃんが頑とした口調で言った。

 相変わらず、あの仮想空間後は、人が変わったように一郎に対して、盲目的に従おうとしてくれるケイラだ。

 だが、それはそれでちょっと困るかもしれない。

 一郎も、この世界の国家関係や外交交渉に精通しているわけじゃない。

 ただ、経済統制による締め付けということが可能かどうかを打診しただけだ。

 もしも、カードの一枚として使えれば、かなり有効に交渉を進めることができると思った程度なのだ。

 まともな常識の通じる相手である限り、クリスタル石の輸出制限は、国の繁栄の息の根をとめる行為に等しいはずだ。

 タリオ公国でも、ハロンドール列州同盟でも……。

 

『お、大伯母、それは──』

 

 ラザニエルの声──。

 享ちゃんの勢いで、あのラザニエルが圧倒され気味だ。

 面白い……。

 

「ふぐううう」

 

 そのとき悲鳴のような声をあげて、ガドニエルが達した。

 話しているあいだ、ずっと制限した律動を続けていたが、ついに我慢できなくなったようだ。

 たっぷりと欲情しきった動作で、ガドニエルが身体を痙攣させて絶頂した。

 一郎もそれに合わせて精を放つ。

 

『えっ?』

『ええ──?』

 

 向こうではラザニエルと享ちゃんの呆気にとられたような声が放たれた。

 さすがに気がついたか……。

 

「……とにかく、クリスタル石の輸出統制の強化と、その統制を女王の強い権限下に置くことで、エルフ族の王宮をまとめてくれないか。とりあえず、輸出先に何らかの制限をかけたり、理由もなく交易数を減少させたり、偏らせたりすることは問題があるということは理解した。だから、すぐにはしない。だけど、女王の強固な統制下に置くまでは、すぐにしてもらいたい……。享ちゃんの持っているエルフ族への政治力に期待してもいいか?」

 

 一郎はぐったりと脱力してしまったガドニエルを抱き抱えながら言った。

 

『それこそ、わたしの仕事ね──。任せておいて、お兄ちゃん──』

 

 一郎に指示を受けるのが、本当に嬉しそうな口調で享ちゃんが言った。

 

『なあ、大伯母……』

 

 向こうでは、ラザニエルの困惑する声……。

 しかし、ケイラ=ハイエルこと、享ちゃんが一蹴する。

 

『うるさいってばあ――。いいから、やり方を考えるのよ、ラザニエル。あんたがアスカだったことを言いまくるわよ。とにかく、お兄ちゃんの敵は、わたしの敵なの。いいわね――』






 *


【クリスタル戦略】

 ……ロウ=サタルスの英雄認定に引き続き、ナタル森林のエルフ族女王家は、柔らかではあるが、ロウ=サタルスに反意の強い勢力に対するクリスタル石の輸出制限措置を含む交易戦略を打ち出した。

 これによって、従来からのクリスタル石の価格が高騰して大陸内の流通に大きな衝撃を与えるとともに、それまで安価なナタル森林産のクリスタル石に依存していた人間族の各国は一気に社会停滞の危険に陥りかける。
 必然的に、ロウ=サタルスの存在は、いやがうえにも各国の勢力者にとっても重要なものになっていった。

 そして……。



 ボルティモア著『万世大辞典』より
(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。


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629 御曹司と英雄殿(その1)

 モーリア男爵には、特に緊張した様子もなかった。

 シモンがいた男爵領の街の旅館には、夕べ遅くに、王宮から発したロウの処刑命令が正式に届いたという知らせが辺境候の領地から来ていた。

 辺境候のところに届いたということは、男爵のところににもそれは来ているはずだ。

 だが、モーリア男爵には、王都のお尋ね者を匿っているという気負いのようなものは感じない。

 ただの自然体だ。

 もっとも、いまの王宮など、この二箇月ほどの王都での蛮行によって、その権威は地に落ちている。王宮がなにを言っていたところで、それを諾々と受け入れる諸侯は少ないだろう。

 

 そもそも、ロウの捕縛命令は二度目であり、一度目は捕縛というよりは、身柄を確保せよという指示であり、おそらく、これから会うロウがナタル森林に入ったくらいの時期だろう。

 そのときには、恋多き有能な冒険者として、ロウは王都では有名な人物のひとりだったかもしれないが、王国全体としては無名に近かった。

 

 しかし、あれから二箇月……。

 

 そのロウは、エルフ族の王宮にかけられた悪意ある陰謀を阻止した立役者として、エルフ族の女王ガドニエルから英雄認定を受け、しかも、その英雄式典において、女王ガドニエルと熱い口づけをした映像が女王の魔道で大陸中に公開されていて、いまや、知らぬ者が少ないくらいの有名人になっている。

 

 つまりは、あの排他的で異種族を見下す傾向のあるエルフ族の最高地位にある女王が、人間族であり、しかも、爵位としては下級貴族でしかない、一介の冒険者を恋人として選んだということで、そのことに大勢の者が驚いたのだ。

 そして、シモンに言わせれば、さらに意外なのは、エルフ族の王宮がその女王の恋を受け入れているようだということだ。

 少なくとも、あの式典後、怒り狂った女王の部下たちから、ロウが殺されたり、投獄されたりしたということは耳にしない。

 それどころか、このモーリア男爵によれば、ロウの帰還に際して、女王のガドニエル自身がお忍びで随行しているだけでなく、甲斐甲斐しくロウに奴婢のように仕えているという。

 

 本当だろうか……。

 まあ、いくらなんでも、なにかの嘘だとは確信しているが……。

 

 シモンがいるのは、モーリア男爵邸の客間だ。

 辺境候の使者として、しばらくのあいだモーリア領に滞在していたシモンの役割は、ロウ=ボルグ……、いまは、エルフ族の王家から、エルフ族にとっての由緒ある“サタルス”姓を贈られて、ロウ=ボルグ・サタルスとなった彼と会い、シモンの父親である辺境候のクレオン=マルエダの伝言を渡すことにある。

 つまりは、ただの書簡の運搬者にすぎないが、シモンはこの会合に大きな興味を注いでいた。

 

 ロウ=サタルスというのは、どういう男なのか?

 ただの女たらしか……。

 

 それとも、シモンの姉のアネルザ、王太女のイザベラ、さらに、エルフ女王のガドニエルという名だたる女たちが、次々にロウに与するなにかがあるのか……。

 

 もしも、役に立つ男なのであれば、おそらく、これから訪れるであろう「乱世」の中でシモンが成りあがるために、部下のひとりにしたい。

 少なくとも、ロウに集まっている部下の女たちを是非とも、シモンの配下に加えたい。

 なにしろ、ロウに集まっている女は、ハロンドールやエルフ族の女施政者たちばかりでなく、話半分に聞いても一騎当千の強者たちだ。

 

 欲しい……。

 とにかく、欲しい……。

 

 ロウという男を始末してでも、女たちはシモンの手元に欲しい。

 考えているは、それだ。

 

「遅いわねえ……。わたしたちを待たせるとは、いささか礼を失しているのではないの。さっさと、呼んできなさいよ、男爵」

 

 不満そうに言ったのは、シモンの隣に腰掛けているクリスチナだ。

 ほかに五人の部下が護衛として同行しているが、彼らはシモンが腰掛けているソファの後ろに立っている。

 クリスチナは、立場上は彼らと同様に、シモンを守る護衛のひとりではあるが、同時にシモンの婚約者でもあるので、モーリア男爵も席を準備してくれたのだ。

 だが、伯爵令嬢ではあるものの、自分の力で立つ(アルファ)ランクの冒険者でもあり気が強い。

 それで苛立っているのであろう。

 

 もともと、クリスチナは、ロウの噂を事前に聞いて、女の手柄を奪ってのし上がったろくでなしだと断じている。

 だから、ロウのことを面白くなく感じているみたいだ。

 ロウのことを寝取って、自分に恋をさせ、そのうえで派手に捨ててやると息巻いている。

 男を手玉にとることにかけては、我が婚約者ながらクリスチナはなかなかのものだ。彼女に惑わない男はないだろう。

 ロウがクリスチナにしてやられるのであれば、それはそれでいい。それだけの器量しかないということだ。

 まあ、好きにさせるつもりではある……。

 

「恋の多い御仁でありますからなあ。大勢の女性がいて、なかなかに大変なようですな。まあ、約束の刻限にはまだあります」

 

「どういう意味よ──? まさか、わたしたちを待たせて、女とやっているってこと──?」

 

 クリスチナがむっとした口調で言った。

 だが、モーリア男爵はにこにこするだけで答えない。

 もしかして、その通りなのか?

 シモンは呆気にとられた。

 

「ところで、お茶のおかわりはいかがですか? エルフ女王家からの土産をもらいましてなあ……。色々ありますから飲み比べられてください」

 

 すると、男爵がにこやかに言って、侍女に合図をする。

 目の前の茶が新しいものに入れ替えられて、湯気の立った茶が目の前に置かれた。それだけでなく、さっと部屋の外から家人がやってきて、菓子を入れ替えた。

 透明の水のような固形物に包まれた菓子であり、固形物の中には花に似せたなにかが入っている。

 さっきから準備される菓子は、それだけで、ひとつひとつが贅を尽くしたものとわかるが、こういうものを準備できるのも、モーリア男爵家の豊かさなのだろうか……。

 出される茶も、いずれも美味であり、辺境暮らしのシモンには驚くほどにうまいと感じるものばかりだ。

 

 いずれにしても、食えぬ男だ。

 シモンはモーリア男爵について思った。

 クリスチナのような若い女から、面と向かって悪し様に罵られれば、少しはむっとしていい。

 しかも、モーリア家といえば武門の家──。

 ましてや、ユンケル=モーリア自身も、先代の男爵から地位を預かる前は、地方軍の生粋の武人だったはずだ。

 だが、商売に堪能で、ユンケルの代になるや、あっという間に領土を繁栄させて、並の伯爵領以上に、領土や人民を豊かにした。

 なかなかのやり手なのだ。

 それが、クリスチナの扱いに表れている。

 

「な、なにこれ? これが、お菓子なの? 揺れているわ。かたちも綺麗だし……」

 

 運ばれてきた新しい菓子にクリスチナが驚いている。

 およそ、普通の女のような反応をすることがないクリスチナだが、それでも、かわいいものや美しいものには、女の反応がでるようだ。

 目を見張っている。

 確かに、シモンも見たことのない菓子だと思った。

 

「“ぜりい”という菓子だそうです。ロウ閣下が我が屋の厨房係に、材料とともにレシピを渡されて、シモン殿たちに食べていただくように準備させたものです。一日のことだったので、うまくできるか心配だったのですが、なんとかできあがりました。試食もしましたが、かなりのものですよ。どうぞ」

 

 モーリア男爵がにこやかに言った。

 こういうところは、男爵というよりは商人のように感じる。

 だが、ロウがレシピを渡して準備させた?

 意外な話に、シモンは驚いた。

 

「冷えているわね。魔道で冷やしているのね……。へえ、なるほど美味だわ。さっきのお菓子もおいしかったけど、こっちもいいわねえ」

 

 途端にクリスチナが上機嫌になった。

 これには、シモンも苦笑するしかない。

 

「先ほどの菓子も、ロウ殿が簡単にできる菓子として、渡されたレシピから作ったものです。なにやら以前に菓子を作る場所で働いたことがあるとかで……」

 

「へえ、冒険者の前は菓子職人だったの? 本当ならすごいじゃない。そのまま、菓子職人をすれば、よかったのに」

 

「当家で売り出す許可をもらいましたので、街で売り出すつもりです。ほかにも“ぷりん”という菓子も教わりまして、そっちの方は、まだ作成には至っていないのですが、それも、そのぜりいと同様に柔らかな食べ物のようですぞ」

 

「面白そうね。それができるまで、ここにいようかしら」

 

 すっかりと、苛立ちが消えたらしいクリスチナが笑いながら言った。

 シモンは軽く肩をすくめて、自分もぜりいを食べてみた。

 確かに珍しい食感だ。

 甘過ぎもせず、男のシモンにも美味しいと感じる。また、いま気づいたが、菓子の中心にある花のように見えたのは、果物みたいだ。それを極小に切り、幾つかの果物を組み合わせて、花に似せているのだとわかった。

 なかなかに手が込んでいる。

 こんな風に果物を飾り付けるというやり方は、シモンもはじめて接する。

 これを売り出せば、モーリアならずとも、財になりそうな予感がした。

 本当に、これをロウが?

 

「すごいじゃない。美味しいわ。少し見直したわねえ」

 

 何事にも自分の本能に正直なクリスチナも、感嘆したようだ。

 しばらくすると、モーリア家の家人がやってきて、モーリア男爵に耳打ちをした。

 男爵が顔をあげて、シモンに視線を向ける。

 

「お待たせしました。準備ができたようです」

 

 そして、モーリア男爵が言った。

 ロウがこっちの本宅に来たのだろう。

 彼らが昨日から男爵邸の別宅に滞在しているというのは知っている。

 

「どこの国の菓子かしら。聞き出さないと……」

 

 クリスチナが立ちあがりながら言った。

 いつの間にか、ロウに対する悪い先入観は消え、彼女の興味は、ロウが教えたという珍しい菓子に移っているみたいだ。

 シモンは吹き出しそうになった。

 

 案内されたのは、中くらいの大きさの部屋である。

 豪華な調度品などがある部屋であり、大きなテーブルがあり、向こう側に中背中肉の黒髪の男が座っていた。その隣には黄金の髪をしたエルフ女性だ。

 そして、座っているふたりの後ろには、四人の女が立っている。

 そのうちのひとりがシャングリア=モーリアであり、この男爵家の令嬢でもある。もっとも、ユンケル=モーリアとは血の繋がりは薄く、シャングリアは先代の男爵のひとり娘だったのだが、武人の家であるモーリア男爵家の爵位は男でなければならないという一族の総意によって、シャングリアは当主になれなかったのだ。そのときのシャングリアがまだ幼かったという事情もある。

 しかし、成長したシャングリアは、王都に出ていき、女騎士となった。しかも、その武辺はそこらの男騎士を遙かにまさるという。

 モーリア家としては、シャングリアを一族に留め置きたい気持ちがあるのではないかと思うが、彼女はロウにぞっこんであり、愛人のひとりに自分で頼み込んでなったのだという。

 これもまた、王都では知らぬ者のいないほどの艶話らしい。

 

 そのシャングリアのほかに、小柄な人間族の女と、座っているエルフ女性に勝るとも劣らない美貌のエルフ女がいる。

 事前に集めた情報によれば、彼女たちがコゼとエリカのはずだ。

 ロウと組んでいる女冒険者であり、彼女たちもまた、かなり有名である。

 

 そして、もうひとり……。

 あれ……?

 まさか……?

 いや……。

 

「シモン殿ですね……。ロウと申します」

 

 そのとき、ロウが立ちあがり、柔和な笑みを浮かべた。

 ロウの隣のエルフ女は立たない。

 それはいいのだが、後ろに護衛然としているもうひとりの青い髪の人間族の女性は……。

 

「シ、シモン=マルエダだ……。ところで、そちらは、もしかして……」

 

 挨拶もそこそこに、シモンはロウの後ろの青い髪の女性に見入ってしまった。

 シモンも、回数は多くないが、父の辺境候の名代として、幾度も王都には赴いたことはある。

 だから、有名だった王都神殿の三巫女の顔くらいは、よく覚えている。

 シモンの記憶が確かなら、髪型と髪の色は違うが、そこにいるのは、王都の第三神殿長のスクルズではないだろうか……。

 だが、王都でルードルフ王に処刑されたという話であり……。

 まさか、ここにいるはずは……。

 

「スクルドのことですか? 俺が飼っている奴隷女ですよ。まあ、お気になさらずに」

 

 ロウがにこにこと微笑んで言った。

 

「ご主人様の奴隷女です」

 

 すると、そのスクルドが満面の笑みを浮かべて言った。



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630 御曹司と英雄殿(その2)

「スクルド?」

 

 思わずシモンは繰り返した。

 これだけ似ている女を他人のそら似と言い切るわりには、名前が“スクルズ”ならず、“スクルド”と名乗るのは、さすがに馬鹿にしているのかと思った。

 だが、どういうこと?

 シモンは唖然とした。

 

 王都においてルードルフ王がやった一連の蛮行で伝え聞いているもののうち、悪評の声がもっとも大きいものが、民衆の人気が高かった第三神殿のスクルズの処刑だ。

 あの愚王は、好色の度合いがついに振り切れたのか、第三神殿の若き神殿長のスクルズを王宮に呼び出し、妾になるか、ここで処刑されるのがいいかと迫り、スクルズは王の目の前で毒杯を呷ってみせたという。

 

 シモン自身は、それに接したわけではないが、王都ではその情景が「映録球」に記録されて、王都中に出回っているという。しかも、毒を飲んで自殺したスクルズの死骸を国王は、全裸で磔にして晒し、そのため、怒り狂った民衆が暴動を起こして、王宮を囲みそうになったとまで聞いていた。

 

 また、さすがに、これは本当のこととは信じられないが、その磔になっていたスクルズは、暴動を起こそうとしていた民衆の目の前で天空神によって上天され、怒り狂っていた民衆の心を鎮めたそうである。

 王都から伝えられる「聖女」スクルズの話は、西の辺境においても神の奇跡として、激情とともに王都からやってきた者たちによって広められている。

 さらに、耳にしているところによれば、「聖女スクルズの昇天」は、さすがに王都では避けられているが、王都周辺の都市において、早くも演劇などがあちこちで上演されているようだ。

 

 シモンは、それほどまでに民衆を驚かせたらしい「スクルドの昇天」について、是非とも調べてみたいとも考えていた。

 いまは、その余裕がないが、いずれ落ち着いたらと……。

 それほどに、不思議な話だった。

 

 だが、そのスクルズが目の前に……?

 まあ、スクルドとは名乗り、別人と称しているが……。

 

「ちっとも納得してないわよ、スクルド……。髪の色と髪型が変われば、あんただと気づかれないって言ったじゃないのよ。仮面被るか、なんとかリングをつけて、顔を認識できないようにした方がよかったんじゃないの」

 

「まあ、そう言わないでください、コゼさん。問題ありませんよ」

 

 スクルドという奴隷女だと名乗ったスクルズが言った。

 横で最初に、スクルズに不平のような言葉をささやいたのはコゼだ。

 ロウについて、シモンは自らの能力の限りを尽くして調べさせたが、おそらくコゼは逃亡奴隷だ。

 二年ほど前に、こことは違うナタル森林との出入り口である国境監視所のあるドロボークの城郭でマニエルという商人が惨殺されるという事件が起こっている。

 そして、それに関する後日の捜査で発覚したのは、マニエルの裏家業を手伝っていたアサシン女が惨殺の夜からいなくなっているということだ。

 マニエルがあがなった童女奴隷であり、マニエルはその少女に徹底的な暗殺術を仕込んで、自分に敵対する相手やその家族を暗殺させていたようなのである。

 その悪徳商人マニエルの懐刀のような少女だ。

 しかし、一方でその奴隷アサシンをマニエルは自分の部下たちに犯させるのを許し、その男たちから、女アサシンは「厠女」として数年にもわたり陵辱され続けていたのである。

 

 王軍の調査そのものは、それ以上はなされていないが、誰がどう考えても、その女アサシンがなんらかの方法でマニエルからの隷属から解放され、マニエルが女奴隷から復讐をされたと考えるべきだろう。

 そして、シモンは、ほかの様々な情報から、その逃亡した女アサシンこそが、コゼではないかと考えている。

 だとすれば、あのマニエル殺害事件に、ロウは関与していたということにもなるが……。

 いずれにしても、何十人もの男たちの全員がほぼ一撃で殺されるという凄まじい事件だ。

 とんでもない腕のはずだ。

 

 しかし、目の前のコゼには、そんなアサシンとしての陰のようなものは見えない。むしろ、陽気そうで無邪気そうな女だと思った。

 いまも、スクルズにかけた口調は、詰ったというよりは、揶揄(からか)ったという感じだった。

 

「あんたの“問題ない”は聞き飽きたわよ。もう信用しないから……」

 

 ぶっきらぼうに言ったのはエリカだ。

 ロウとともに、(シーラ)ランクに認定されている女冒険者であり、美女だと耳にしていたが、なるほど美しい。

 もっとも、コゼもシャングリアも、もちろん、スクルズも大した美女だ。

 もちろん、ロウの横に座っている女も……。

 女……。

 

 いや、この魔力は……?

 もしかして?

 

 シモンは動揺してきた。

 男爵からは、ロウと一緒にいるのは、エルフ族女王のガドニエル本人だとは言われていた。ロウに惚れ込んだ女王が、片時もロウから離れたくなくて、お忍びでハロンドール王国への帰還についてきたのだと……。

 

 あり得る話ではなく、なにかの目的のために、女王に扮するエルフ女を連れてきているのだと確信はしていたが……。

 しかし、すさまじい魔力だ……。

 シモンも、多少なりとも魔道は遣うので、面した魔力の高さや、魔道遣いとしての格はすぐにわかる。

 これはすごい……。

 

 上級魔道遣いというレベルではない……。

 神レベル……。

 シモンは、知らず身体が怯えで震えてしまっていた。

 

 そして、おそらく本物だ……。

 

 あれだけの魔道力……。

 それを持つ偽者を連れてくる方が難しい。多分、本物のガドニエル女王……。

 世界最高の魔道遣い……。

 

「あら、ガドさん、魔力が漏れてますわよ。お相手の方が怖がられてますわ」

 

 自称スクルドの女がにこやかに言った。言葉の内容のわりには緊張感のない口調と態度だ。

 

「もちろん、わかってやっておりますわ。なにしろ、ご主人様の敵でおられるのですよね。もしも、不審なことをすれば、今度こそ、コゼさんよりも早く退治するのです。ガドもご主人様に褒められたいですし」

 

「馬鹿ねえ。殺気なんて出すのは二流よ。殺気を制御して、にこにこ喋りながらさくっと喉を切り裂くのが本物なのよ」

 

 コゼが笑った。

 もしかして、シモンたちを殺すことを話しているのか?

 そして、コゼについては、わざと挑発するようなことを口にして、出方を探っている?

 シモンは、無邪気そうな物言いに混ぜているコゼの危険にやっと気がついてぞっとした。

 

 そして、気持ちも変わった。

 ここに来る直前までは、どうにかしてシモンは、ロウを部下にするか、できればロウが集めた女部下たちをシモンが奪えないかと考えていた。

 しかし、こうやって面と向かってみると、シモンの手に収められるような女たちではない気もしてきた。

 もちろん、そういう傑物たちをうまく遣うのが、一流の人間の器というものだろうが、こうやって目の前で相対してみると、自分には手に余るという気持ちが強くなった。

 そういう勘がきくのも、シモンの取り柄である。

 ここは欲張らないことも必要かもしれない。

 シモンはとっさに頭を切り替えた。

 

 しかし、おそらく本物のアサシンだと思うコゼ……。

 そして、やはり、本物だと思うガドニエル女王……。

 大陸でも数名でしかいないソロで(シーラ)ランクの冒険者のエリカ……。もっとも、(シーラ)ランクについては、隣のクリスチナは、ミランダというギルド長をたらし込んだ結果だと言っていたが……。

 もちろん、女騎士シャングリアも王都で名の知られた女傑である。

 

 いずれにしても、これだけの女を従えているロウというのは何者だ?

 根拠もなく侮っていた自分を心の中で叱咤し、シモンは謙虚に彼に接することに決めた。

 すると、向かい合っているロウがくすくすと笑いだした。

 

「お前ら、お喋りだなあ。交渉にもなんにもならないじゃないか。いきなり殺気の話なんてするやつがあるものか。シモン殿が戸惑っているじゃないか」

 

 ロウが言った。

 すると、女たちがしゅんとなった感じで大人しくなった。

 これにも驚いた。

 だが、そのロウが不意に、鋭い視線をシモンに向けてきた。

 

「……女たちには勝手に動かないことを命じましょう。だから、そっちも迂闊に手を出さないことですね。魔道封じに、痺れ剤の針に、致死性の毒のついた短矢。暗器もたくさん揃っている。操り術のたぐいを封じる宝具は全員装着ですか……。そっちの左の護衛殿は火のついた短銃も隠してますね。うまく隠しているつもりでも、その膨らみと火薬の香りでどうしてもばれますよ。なによりも、コゼの言い草じゃないけど、殺気がみなぎりすぎている。もしかして、辺境候の使者ではなく、俺を捕らえるか、殺すつもりで来ましたか?」

 

 ロウが微笑みを浮かべたまま言った。

 シモンは驚いてしまった。

 慌てて振り返る。

 護衛たちが慌てている。シモンも護衛たちがどれだけの武器を隠しているのかまでは承知していなかったが、どうやら、この感じだと完全に言い当てられてしまったみたいだ。

 改めて驚いた。

 

 本当にロウは何者なのだ?

 唖然とした。

 女たちの誰かが、なにかの術で見破って教えて感じはなかったが……。

 もしかして、ロウの周りの女はすごいが、ロウ自身は大したことはないという事前情報が誤っていた?

 確かに、シモンもそう思いかけてはいるが……。

 シモンは嘆息した。

 

「気を悪くしないでくれ、ロウ殿。彼らは護衛だ。自分たちの任務を全うしようとしているだけで他意はない。彼らの仕事は俺を護ることにあるのでね」

 

「そうですか。では、そういうことで……。あなたたちが不用心なことをしなければ、俺の女たちも動かないでしょう。彼女たちもまた、俺を護ろうとしているだけなんです」

 

 ロウが言った。

 すると、ずっと見守っていたモーリア男爵が咳払いをした。

 

「とにかく、座りましょうか」

 

 男爵が言った。

 これまでずっとお互いに、最初の挨拶のために立ったままだったのだ。

 シモンは示された席に座り、ロウもそれに倣う。

 だが、驚いたことにモーリア男爵は立ったままだ。しかも、ロウの護衛のように、後ろに侍っているロウの女たちとともに、ロウを護るような位置についた。

 

「男爵、腰掛けください。話が進みませんよ」

 

 ロウが苦笑している。

 

「まさか……。閣下に剣を授けながら同席など……。それに、このユンケルは、強さではエリカ殿たちには及びませんが、閣下に危害を加えられるのであれば、盾くらいにはなれましょう。どうかこのままで……」

 

「シモン殿は、もうなにもしませんよ。そうですね?」

 

 ロウが苦笑したままシモンを見る。

 シモンは頷く。

 それにしても、いまモーリア男爵は、ロウに剣を捧げたと言ったか?

 それとも、聞き間違い?

 

「もちろんだ。クリスチナ、護衛をさげさせろ」

 

 とにかく、シモンは隣の婚約者に言った。

 護衛を束ねているのは、このクリスチナなのだ。

 クリスチナが目を険しくした。

 

「はあ、なに言ってんのよ、シモン殿──。あんたもわかってるんでしょう。こいつらは、かなりの手練れよ。わたしひとりじゃあ、あんたを守れないわ──」

 

 クリスチナが怒鳴った。

 だが、シモンは首を横に振った。

 

「クリスチナこそ、わからないのか? 護衛たちがいようがいまいが、ロウ殿は俺を殺そうと思えば殺せる。そうだろう?」

 

 シモンはクリスチナを見て、さらに、ロウに視線を向けた。

 

「さあ、どうでしょう? ただ、俺になにかがあれば、容赦はしないでしょうね。俺には過ぎた女たちです……。それと護衛をさげる必要はありませんよ。俺については、一緒にいてくれる女たちから離れることはありませんし。お好きなようになさってください」

 

 ロウが言った。

 堂々としている。

 これは絶対に自分は安全だという余裕だと思う。

 確かに、それくらいの圧倒的な力の差がシモンの護衛と、ロウの後ろの女たちにはある。

 クリスチナもお互いの力量の違いはわかったのだろう。

 小さな舌打ちをした。

 

「いいわ。さがりなさい」

 

 クリスチナが護衛たちをさがらせた。

 シモンは頷いた。

 護衛たちをさげさせたのは、ロウたちに対して、こちらに悪意はないということを示す必要があったのと同時に、まだ会ったばかりだが、シモンは目の前のロウという人間を不思議にも気に入りかけていたからだ。

 最初に殺気をぶつけ合ったのが、シモンの護衛が先なのか、ロウの女たちが先なのかは知らない。

 だが、その中でひとり泰然としているロウは、随分と図太い心をしているみたいに思えた。

 それが単なる見栄なのかわからないが、シモンはこういう懐の大きそうな男が嫌いではない。

 シモンは口を開いた。

 

「腹を割って話したい」

 

「わかりました」

 

 ロウがにこやかに頷く。

 その笑顔もいいな。

 シモンは思わず、口元が綻ぶのを感じた。

 

「ロウ殿、最初に言っておく。我らは、あなたたちに手を出すつもりはない。ただ話をしたいとは思っている。これは、俺の父である辺境候のクレオン=マルエダの意思である」

 

「話……ですか?」

 

「そのとおりだ。ロウ=ボルグ殿……いや、ロウ=サタルス殿、辺境候に会いに来られたい。辺境候が……いや、父がそれを望んでいるのだ」

 

「辺境候が?」

 

 ロウが少し驚いている。

 シモンはにやりと笑った。

 

「いや、辺境候ではなく、父がだよ、ロウ殿……。そして、ロウ殿がそれを約束すれば、ロウ殿の女だと称しているピカロとチャルタのふたりの魔族の処刑は延期される。ロウ殿は着くまでは……」

 

「もしも、断ったら? なにしろ、俺の女たちは、俺が辺境候のところに赴くことに反対をしているでね。のこのこと辺境候の軍に俺が行けば、捕まりにいくようなものだと……」

 

「まあ、懸念はもっともだと思う。しかし、我らがすでに王家を見限っていることは耳に入っているのだろう? ハロンドール列州同盟……。俺たちは王家に叛乱を起こすことに決めた。だから、あなたに手を出すことはない。その理由もない」

 

「よくわからないですね」

 

 ロウは言った。

 シモンは肩をすくめた。

 

「我らも愚かじゃない。ピカロとチャルタと名乗るふたりの魔族は、確かに辺境候をはじめとして主立つ重鎮を操っていた。それは大罪だ。しかし、調査の結果、ふたりを送り込んだのは、王家そのものだということもわかっている。捕らえているふたりを即刻処刑してもよかったが、ロウ殿の名を出したので、父が待ったをかけたのだ。父はロウ殿に前から会いたがっていたしね。もしかしたら、ふたりを捕らえていれば、ロウ殿がやってきてくれるかもしれないと考えたみたいだ」

 

「俺に会いたがっていたと? なぜです?」

 

「さあね。あの姉のアネルザを躾けたという男を一度見たかったんじゃないか」

 

 シモンは笑った。

 マルエダ家の長子である現王妃のアネルザは、弟のシモンが見ても、気が強いだけの愚物だった。王があれなので、比較問題として、王の代わりに政務を執るアネルザが多少は評価される面もあったが、シモンにしてみれば、好色のルードルフ王に当て付けて、王妃専用の奴隷宮を作るなど、馬鹿げた蛮行としか考えられなかった。

 

 ただ、そのアネルザが突然に奴隷宮を解散させ、さらに政務の評判もよくなり、王妃を見直す声が高くなってきたのだ。

 キシダイン事件の頃であり、父親の辺境候は表向きには無関心を決め込みながらも、かなりアネルザのことを気にしていたのを感じていた。

 そして、その裏にいたのがこのロウだったのだ。王妃が一介の冒険者を愛人にしているという評判にシモンは鼻白んだが、そういえば、父親はむしろ当時、上機嫌だった気もする。

 いまのいままで忘れていたが、もしかして、父の辺境候は、あのときから、姉のアネルザを変えたと考えられるロウに興味を抱いていた?

 それはともかく、当のロウは困惑した表情をしたままだ。

 

「まあいい。とにかく、俺が命じられているのはここまでだ。来るのか、来ないのかの返事が欲しい。来ないのであれば、それでも構わない。俺が辺境候に魔道通信で、その返事を送る。ふたりの処刑は即刻実行されるだろう」

 

 シモンは言った。

 すると、ロウが嘆息した。

 

「なぜ、俺が関与してないと考えているのです? そのふたりは確かに俺の女のひとりです。ふたりも、そう口にしたはずですけど?」

 

「俺たちは愚かじゃないと言ったはずだ。ふたりが送られてきた時期に、すでにロウ殿たちは王都にはいなかった。そういう罠を仕掛けたのは王宮だ。それは間違いないのだ。さらに、ロウ殿たちは、その王宮から処刑命令を与えられた。だから、ロウ殿があれを仕組んだというのは辻褄が合わない。どういういきさつがあるのかわからないが、少なくとも、ロウ殿たちは今回のことの主犯とは考えられない。あなたたちを殺せば、王宮は喜ぶのだろう。そのための罠だとさえ思っている」

 

「もうひとつ、教えてください……。実はこれが不思議だったんですけど、どうやってふたりの操りを見破ったんですか? 性格はともかく、あれでなかなかに実力はあった者たちだと思っていたもので……。もしも、彼女たちを見破った方法を秘密にしたいなら、別にいいですが」

 

「いや、秘密は秘密だが、ロウ殿は話してもいい。父からはそう伝えられてるしね……。実は、当の王宮から情報のたれ込みがあったのだ。二人の魔族が入り込んでいるとね。首謀者はロウ=ボルグであり、二人の魔族とともに、ロウを処刑すべしという命令が来たのだ。魔族殺しという魔族を無力化する秘薬まで送りつけてきた」

 

「王宮から?」

 

 ロウが声をあげた。

 心の底から驚いてるようだ。

 

「えっ、どういうことだ?」

 

「サ……いえ、王宮がピカロたちを売ったということ?」

 

 シャングリアとエリカだ。

 ほかの女たちもわけがわからないという表情をしている。

 

「しかし、調査をしたら、辺境候たちは確かに操られていた。しかし、同時にに魔族を送り込んできたのは、その王宮だともわかった。それが、今度は一転して、魔族の情報を漏らして、ロウ殿を捕らえて殺せと命じてきたということだ。我らが馬鹿でないと言ったのはこのことだよ……。さて、こっちは随分と腹を割って話したぞ。返事が聞きたい。辺境候領に来てくれるのか。それとも、否か」

 

 シモンは言った。

 

「ねえ、ちょっと待ってよ」

 

 すると、クリスチナが口を挟んだ。



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631 安全保障の条件

「ねえ、ちょっと待ってよ」

 

 すると、クリスチナが口を挟んだ。

 シモンは、横を見た。

 すると、隣に座っている婚約者が、ロウを見つつ、まるで獲物を見つけて舌なめずりをする肉食獣のような表情をしていた。

 シモンは、内心で舌打ちした。

 

 クリスチナのことは、シモンはなんでもわかると思っている。

 おそらく、この尊大で、凶暴で、好色な(アルファ)ランク冒険者の肩書きを持つ伯爵令嬢は、どうやら、ロウのことを気に入ってしまったようだ。

 

 このロウは、魅力的な人物だ。

 先入観で、女に守られているだけの男だと理由なく蔑む気持ちのあったシモンも、こうやって面と向かってみると、ロウの器量に惹かれ始めている気がする。

 一瞬で、シモンの護衛の隠していた武器を見破った能力といい、これだけの女たちを牛耳っている支配の力といい、驚くほどである。

 

 なるほど、女たらしには違いないのだろうが、これだけ突き抜けていれば、超一流だ。

 目の前にいる女傑たちは、ロウのためなら、命など平気で盾にしそうだ。

 そんな目をしている。

 人を見る目だけは、シモンは間違ったことはないつもりだ。

 

 エルフ族の女王から、英雄認定をされるだけの器量のようだ。

 だが、それはともかく、確かに女たらしであるのは、間違いなさそうだ……。

 どうやら、クロスチナもまた、ロウに大きな興味を抱いた感じだし…。

 

 そのくらいのことは、顔をみればわかる。

 だが、欲しいと思えば、物狂いしたかと思うほどに、しつこくなるのがクリスチナの悪い癖だ。

 シモンとしては、すでにロウと争う気持ちがなくなっていたので、少し困ってしまった。

 

「いや、クリスチナ、待て」

 

 とりあえず、シモンは口を挟んだ。

 しかし、クリスチナは、シモンの制止を邪魔そうに、軽く片手を振った。

 

「ねえ、あなた、このシモンの部下になりなさいよ」

 

 そして、クリスチナが言った。

 確かに、直前までそんな話はしていたが……。

 シモンは溜息をついた。

 

「ご主人様を部下に? へえ……」

 

 唸るようにささやいたのは、ロウの後ろのコゼだ。

 ほかの女の表情も一瞬にして険しくなる。

 そして、さっきのガドニエルだけでなく、スクルドの魔力も一気に部屋の中に拡がった。

 女たちが怒っている──。

 シモンは、背に冷たいものを感じてしまった。

 

「な、なによ──。ロウだって、庇護が必要でしょう。王宮から処刑命令が出ているんでしょう。だけど、シモン殿だったら、彼がいる限り、手は出させないようにしてくれるわ。辺境候のところだって、確かに辺境候様もシモン殿も、ロウには手を出すつもりはないけど、列州同盟だって一枚岩じゃないのよ」

 

 クリスチナがたじろいだ感じで言った。

 傍若無人の彼女だが、さすがにこれだけの殺気を一度にぶつけられて、少しびびった口調になっている。

 

「ご主人様、敵ですね──。敵ですよね。よいですか? いいですよね──?」

 

 ガドニエルが興奮したように言った。

 シモンはいまにも魔道を放ちそうな彼女の態度に仰天してしまったが、一方でちょっと訝しんでしまった。

 ご主人様──?

 

「女王、女王モードが切れているぞ」

 

 笑ったような口調で声をかけたのは、シャングリアだ。

 どうでもいいが、シモンが集めたロウの女たちの情報の中で、このシャングリアの印象も事前に認識していたものとは少し異なる。

 事前の調査のシャングリアは、以下のようなものだ。

 このシャングリアは生来の男嫌いであり、しかも、性格も尖りまくっていて、誰彼となく敵対し、平地に波瀾(はらん)を起こすような女だと……。

 それが能力のわりには、王軍騎士団の中における出世を妨げているのだと……。

 

 だが、目の前のシャングリアは、落ち着いていて、どことなく風格のようなものもあり、なによりも毅然とした頼もしさを感じる。

 凛としていて格好はいいし、いまも物言いに優しさがある。

 シモンは、事前調査のシャングリアと、目の前のシャングリアとの差に戸惑っていた。

 人を見る目の勘だけはいいのだ。

 

 それはともかく、目の前の女たちだ。

 本気で攻撃をしてくる?

 シモンはぞっとした。

 

「やめないか、お前ら──。ガド、打つなよ。魔力も引っ込めろ」

 

 ロウが笑って言った。

 女たちの殺気が消滅する。

 シモンはほっとした。

 

「クリスチナ、その話はもうなしだ」

 

 シモンは言った。

 しかし、クリスチナはむっとした顔になる。

 

「なんでよ──。わたしが手を出していいって、言ったじゃないのよ。それもなしなの──」

 

 そして、不機嫌そうに言った。

 シモンは焦った。

 

「手を出す?」

 

「ロウ様に?」

 

「ああ?」

 

 シャングリア、エリカ、コゼが一斉に反応した。

 だが、今度は怒っているという感じではない。むしろ、驚いているという表情だ。これは意外な反応だった。

 

「な、なによ──。文句あるの? わたしは、ロウに言ってんのよ。黙っていなさい──。まあいいわ。シモン殿が条件に関する話はなしだというなら、それでもいいけど、わたしについては、そうはいかないわね……」

 

「おい、クリスチナ……」

 

 やっと、シモンはクリスチナがなにを言い出そうとしているのかを理解した。

 そういえば、ロウを追い詰める幾つかの案のうち、そういう打ち合わせもあった。

 つまりは、ロウに安全を保証する代わりに、ロウがシモンの部下となることを求め、クリスチナは、ロウがクリスチナとのセックスの相手をすることを持ち出すという話だ。

 ほかにも、幾つかの案があったが、シモンがいきなり、ロウとの駆け引きをやめて、辺境候の要求をそのまま伝えたので、当然にクリスチナの要求も持ち出しができなくなった。

 それを不満にしたみたいだ。

 

「辺境候領を訪れるときの安全の保証をする代わりに、わたしと寝なさい。一対一でね。ほかの女の邪魔はなし。それをしたら、わたしたちは辺境候領でのあんたらの安全を提供するわ」

 

 クリスチナが毅然として言った。

 すると、いきなりロウが笑いだしてしまった。

 

「ああ? なにを笑ってるの……」

 

 クリスチナの顔が怒りで真っ赤になる。

 すると、ロウがすぐに笑いを引っ込めた。

 

「これは、すみません……。ちょっと意外だったんで……」

 

 ロウが言った。

 

「へえ、あんた、ご主人様に抱かれたいの?」

 

 すると、コゼが言った。

 クリスチナがぐっと背筋を伸ばしたみたいに、前側に身を乗り出すのがわかった。

 

「抱かれたいんじゃないわ。抱いてあげようというのよ……。まあ、ひと晩だけでいいわ。わたしのやり方は激しいけどね……。だけど、最後には満足させるのは約束してあげるわ。まあ、ちょっとばかり、痛いことととか、恥ずかしいこともさせられかもしれないけど、そういう抱き方もあるのよ。色々と教えてあげるわ。いいいでしょう。最後には入れさせてあげるし」

 

 クリスチナが言った。

 唖然として横を見ると、すでに目の前のロウをしつこく「調教」するのを想像して、興奮しているみたいだ。

 ぺろりと口の周りを舌で舐めたりしている。

 

「つまりは、俺を調教してくれるってことですか?」

 

 ロウが面白いことを聞いたという顔をしている。

 だが、興味は抱いたみたいだ。

 しかし、シモンは、その余裕のありそうなロウの態度に内心でちょっと笑った。

 

 おそらく、これだけの女を集めるのだから、性には自信はあるのだろうが、このクリスチナの相手をすれば、それは木っ端みじんに砕けると思う。

 シモンを相手にするときには、クリスチナはそういう抱き方はしないが、この女の嗜虐が火をついたときには、かなり手に負えなくなる。

 夕べだって、クリスチナが連れてきたソフィアという女冒険者は、クリスチナに半死半生の目に遭わされて、午後のいまになっても、まだ寝台に突っ伏している。

 もっとも、クリスチナのさっきの言葉のとおりに、大いに性的な満足はしていたが……。

 

「調教? あら、そんな言葉も知っているのねえ。そうね。もしかしたら、そういうこともするかもしれないわね。まあ、今夜ひと晩だけよ。わたしの相手をひとりでしなさい。そうすれば、シモン殿は安全を……」

 

「わかりました。夜とはいいませんよ。いまからでもいいですよ」

 

 ロウがクリスチナの言葉に被せるように自信たっぷりに言った。

 シモンはくすりと笑った。

 だが、とりあえず、ひと言は告げておこうと思った。

 明日の朝に面倒なことになったら困る。

 

 しかし、まあ問題はないだろう。

 なんだかんだで、このクリスチナとひと晩寝れば、ロウの男としての矜恃もプライドもずたずたになっていると思うが、まあ、それでも、クリスチナに怒って、交渉の決裂ということにはならないのは確信している。

 クリスチナの言葉のとおりに、ロウがこれまでに味わったことのないような性的満足を味わうのは間違いないからだ。

 クリスチナはそれだけの女だ。

 

「ロウ殿、一応は言っておくが、クリスチナは剣技だけでなく、格闘術も達人だ。あんたも、有名な冒険者だとは思うが、クリスチナは強い……。もしも、男の力で対抗できると考えているなら……」

 

「いや、俺は女たちに守られているだけの男ですよ。武術はからきしです……」

 

「まあ、そんな感じだな」

 

 シモンも、このロウに武術の心得がないことはわかる。それくらいは身のこなしや体つきでわかるのだ。

 しかし、まったく戦えないというともないだろう。

 それは、単に戦い方が違うだけで、このロウもそれなりの修羅場も潜っている。

 これもまた、なんとなくわかる。

 

「決まりね。あんたたち、邪魔しないのよ。ロウのとりきめよ。悪く思わないでね……。ああ、前もって言っとくけど、わたしは、男を奪うような趣味もないし、ロウが言い寄っても相手にはしないから大丈夫よ。あんたらから奪わないから……。だから嫉妬しないでよね……。もっとも、最初はそれも考えていたけどね」

 

 クリスチナが嬉しそうに言った。

 ロウがクリスチナの相手を受け入れたので、はやくも興奮しているみたいだ。

 

「嫉妬なんてしないわよ……。まあ、頑張ってとしか……」

 

 エリカがぼそりと言った。

 

「そうね。朝までもつといいわね」

 

「そうだな。頑張れ」

 

「そうですね」

 

 ほかの女たちも頷いている。

 

「ええっと、敵ではなくなったということですか? そうなのですか?」

 

 ガドニエル女王だけが、戸惑っている。

 どうでもいいが、だんだんとこの女王が本物であるかどうかの疑念が湧いてきた。

 いや、もしも、偽者なら、こんなに偽者っぽくふるまわないか……。

 

「まあ、それはともかく、シモン殿──」

 

 すると、ロウがシモンを見た。

 

「ん?」

 

「三日後に辺境候領に行きます。辺境候殿にお伝えください」

 

「おお、来てくれるか。父も喜ぶな」

 

「愉しみにしています。よろしくお願いします」

 

 ロウが座ったまま頭をさげた。

 

「よかった──。だが、ロウ閣下の安全の保証はお願いしますぞ」

 

 ずっと黙っていた男爵が言った。

 シモンも頷いた。

 

「シモン=マルエダの名において……。天空神に誓ってロウ殿たちの安全は保証しよう」

 

 シモンは言った。

 

「いえ、それはロウが約束を果たしてからよ──。じゃあ、行きましょうか。朝まであんたの身柄を借りるわ。さあ、覚悟しなさい。その代わりに、最後には天国に連れて行ってあげるわね」

 

 クリスチナがぱんと手を叩いた。

 

「いや、夕食までで十分でしょう。それ以上だと、気の毒だし」

 

 するとロウが言った。

 クリスチナがむっとしたのがわかった。

 

「へえ、いい度胸じゃないのよ……。わたしはセックスのときには、あんたが何者でも手加減しないからね。あんまり生意気なこと喋ると、もしかして毀しちゃうかもしれないわよ」

 

「愉しみですね」

 

 ロウが笑い声をあげた。



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632 危険な情事(その1)

 案内をされた客間にひとりで入ると、シモンはとりあえず、部屋にあったソファに身を沈めた。

 革も上等だし、柔らかさも抜群だ。

 この椅子ひとつをとっても、腕のいい職人が作った高価なものだというのがわかる。ほかにも、部屋にある調度品は豪華で品のいいものだったし、やはり男爵家とはいえ、モーリア家は裕福なのだと改めて感じた。

 

 ここは、先ほどまでロウたちとの会合をしていた男爵家の本邸ではなく、ロウたちが寝泊まりをしているという敷地内の別邸だ。

 成り行き……というよりは、クリスチナの強引な要求で、ロウがクリスチナの情事の相手をするということになり、とりあえずの話が終わったところで、シモンとクリスチナについては、待機をさせていた五人の護衛とともに、ロウたちに連れられて、この別邸にやってきたのだ。

 一方で、モーリア男爵については、向こうの本邸の表扉で丁重な見送りを受け、こっちには来なかった。

 

 そして、すでに、クリスチナはいない。

 ロウとともに、どこかの部屋に消えていった。

 クリスチナは、「調教」のときに使う道具が入っている収納術が刻んである魔道の腰袋をしっかりと持っていたので、おそらく、今頃はすでに、クリスチナの激しい責めがロウに炸裂しているのだと思う。

 まあ、そういう世界もあるということも、ロウにはいい勉強だろう。

 それとも、ロウもあれだけの女を従わせているくらいだから、かなりの性技の持ち主で、もしかしたら、クリスチナといい勝負をするのだろうか?

 

 いやいやいや……。

 

 あのクリスチナことだ。

 セックスの状態に陥るまでに、徹底的にロウを痛めつけるだろうし、とてもじゃないがロウの性の技を駆使する状況にはならないと思う。

 まあ、ロウがどうなって戻るのか、ちょっと愉しみな気はする。

 とりあえず、シモンは、ロウには自分の婚約者ではあるが、好きなように扱って構わないとは告げておいた。

 

 いずれにしても、クリスチナはやる気満々のようだった。

 ふたりでどこかの部屋に進む前に、ロウが口づけを要求し、クリスチナにしては珍しく、いつもの暴力的な手段で主導権を握ろうとすることなく、すぐに応じて、しかも、興奮した様子で接吻を交わしていたのだ。

 また、見ているとお互いに舌を舐め合う行為においては、性愛については百戦錬磨のはずのクリスチナの方が押されているように感じた。

 もっとも、希代の女たらしだというロウといえども、クリスチナの本格的な責めが始まれば、ひたすら屈服して泣くしかないのは確信している。

 

 ところで、この別宅に到着したところで、護衛たちについては別邸を守っていたエルフ族の女兵たちにいったん引き留められている。

 シモンについてのみは、二階に案内をされて、この客室に連れてこられたということだ。そのときに、クリスチナとロウが口づけを交わしてから、どこかに行ったのだ。

 ロウの女たちもまた、どこかに散っていった。

 

 いずれにしても、今日の会合は儲けものだったと思う。

 ロウという男があれほどの男とは思わなかった。

 会う前には、役に立つようなら部下にできるか、あるいは、評判のいい女たちをシモンの部下に引き抜けないかと考えていたが、下手なことをしなくてよかったと、いまは心から思っている。

 根拠などないが、多分、あれは、いずれは大きなことを成し遂げる気はする。

 いや、すでにエルフ族の女王から英雄認定を受け、大きなことを成し遂げているのか……。

 また、一緒にいた女たちの能力も、忠誠心も間違いなく本物だ。

 ああいうものを敵にしてはならない……。

 

 シモンは、そういう勘が働くことについては、自分は一流だと思っている。

 夕べ、クリスチナが連れてきたソフィアだって、ただの気儘で同行を許したわけじゃない。

 そのソフィアは、まだ(ブラボー)クラスだということだが、クリスチナには劣るだろうが、それなりの手練れだと思う。しかも、クリスチナに対する忠誠心は本物中の本物だ。

 仕込めば、クリスチナだけでなく、シモンのためにも、喜んで命を投げ出す最高の「道具」になる。

 命を惜しまない部下ほど、使い勝手のいいものはない。

 そういう意味では、ロウは一流だ。

 ロウと一緒にいた女たちは、ロウのためなら命を賭けると思う。そんな目をしていた。

 そんな部下を大勢持っている相手には、絶対に敵対してはならない──。

 これはシモンの心からの矜恃である。

 そのとき、扉にノックの音がした。

 

「なんだ?」

 

 返事をすると、エルフの女兵ふたりを連れたエルフ族の女がいた。肩に触れるほどの長さに揃えた栗色の髪をした女であり、服装からしてエルフ族軍の高級将校だと思った。

 シモンは立ちあがろうとしたが、そのエルフ族の女将校にそれを制された。

 

「どうか、そのままで……。今回の護衛隊の指揮官をしているブルイネンです。ご挨拶ととともに、女王陛下からの贈答品をお持ちしましたので、お受け取り願いたい」

 

「ブルイネン殿?」

 

 素早く頭を巡らし、シモンは、その名前が伝え聞いているエルフ族女王に仕える親衛隊長の名前だということを思い出した。

 女王ガドニエルそのものが、長年にわたって隠し宮に身を置いて外には出ていないので、当然に親衛隊長のブルイネンの風貌も伝わってはいないが、目の前のブルイネンを名乗るエルフ族の女性は、本物に間違いないとシモンに感じさせるなにかがあった。

 シモンは、身を引き締めた。

 

「これは、わざわざ恐縮です……。シモン=マルエダ子爵です。お初にお目にかかります」

 

 シモンも立ちあがった。

 “子爵”というのは、辺境候家とは離れてひとりで活動することが多いシモンが、自分でやっている商売で得た財を使って買い取った幾つかの爵位のひとつである。

 シモンとしては、自分で爵位を持っているということは、辺境候の七光りではないという主張のようなものだ。

 それはともかく、女王からの贈り物と言ったか?

 

「いや、座ってください、シモン()

 

 ブルイネンがさらに言った。

 そして、結局、お互いに座るということで決着がつき、シモンの向かい側にブルイネンが腰掛けた。

 ブルイネンが連れてきたエルフ女兵は、部屋の壁際に立つ体勢になる。

 そして、いま気がついたが、ブルイネンも含めて、ふたりの女兵は武器のようなものは持っていない。まあ、見える範囲ということだが……。

 

「それと、最初に伝えておきますが、このふたりは置いていきます。侍女としてお使いください。ここにはそういう者はおりませんので……。ただ、彼女たちは兵ですので、本物の侍女のようには気も回らないし、世話をする技量もありません。ただ、簡単な身の回りのお世話くらいは問題ないかと……」

 

 ブルイネンが言った。

 確かに、この別邸には、召使いや侍女のようなことをしている者たちの姿は感じなかった。

 だが、シモンは首を横に振った。

 

「いや、必要ない。一緒に連れてきた護衛を呼んできてください。俺の世話はあいつらができる」

 

 高級貴族出身には違いないが、別段にシモンも侍女がいなければ、服も着替えられないというような上等な人間ではない。

 冒険者でもあるクリスチナと一緒にいるのだから、これでもなんでもひとりでできるし、侍女などいなくても問題などない。

 

「彼らはお帰りになりました。明日の朝に戻ってくるとのことです。このふたりは、あなたの護衛も兼ねております。どうぞご存分になんでもお命じください」

 

 ブルイネンが事もなげに言った。

 シモンは驚いてしまった。

 あの護衛たちがシモンを置いて戻るなどあり得ない。ましてや、シモンの承諾なしにだ。

 

「……なにかしたのか?」

 

 シモンはブルイネンを睨んだ。

 

「特に問題のあることはなにも……。ただ、ちょっと説得しただけです。明日の朝に戻られたときには、何事もなく、()に戻ると思います。ご心配なく、それまでは、責任をもって、おふた方をお守りますので、このふたりの目の届くところからは、お離れになりませんように」

 

 ブルイネンが表情も変えずに言った。

 シモンは嘆息した。

 おそらく、なにかの操り術かなにかを遣ったのだろう。

 エルフ族は、人間族よりも魔道に長けている。

 あの護衛たちも、その手の魔道封じをしっかりと持っていたはずだが、それでも抵抗のできない術をかけられたのだと思う。

 そして、侍女だの護衛だのとは言いつつも、要はシモンの見張りということだろう。もしも、シモンやクリスチナが不用意なことをすれば、容赦なく彼女たちも、シモンたちを処断できるということだ。

 つまりは、人質ということであろう。

 

「もしかして、あの女王様か、ロウの指示?」

 

 シモンは丁寧な言葉を使うのをやめた。

 

「女王陛下も、ロウ殿も人がいいので、あまり人を疑うということはしません……。まあ、ご本人たちの能力も傑出しておられるので、どうしてもそうなるのでしょうね。でも、仕えるわたしたちは、その分も身を引き締めなければなりません。ご理解ください」

 

 ブルイネンが座ったまま頭をさげた。

 態度も慇懃だし、勝手に護衛を帰してしまったことを謝罪しつつも、理解してくれと言うだけだ。

 シモンが怒るということを全く気にもしていないのはわかる。

 なかなか、最近ではこういう態度をとられることもなくなってきたので、ある意味新鮮だ。

 だが、ここで腹を立てても、シモンには分が悪いことは確かだ。

 シモンの個人的な腕では、目の前のブルイネンひとりだって太刀打ちはできないだろう。

 

「わかったよ。怖いお姉ちゃんたちに見張られて、ひと晩過ごせっていうなら、そうするさ。ところで、彼女たちにはなんでも言いつけていいってことだけど、それは夜の相手も入るのか?」

 

 シモンは軽口を言って、壁際の女たちに片眼をつぶってみせた。ついでに、たっぷりの男の色気を乗せる。

 どうせ、クリスチナは、ロウの情事にひと晩をかけると思うし、それまで待つということになれば、確実に今夜は暇だ。

 

 だが、エルフ女兵たちは、完全に無反応だ。

 エルフ族が他種族に排他的なのは知っているが、人間族の女に対しては、かなりもてる方なので、ここまで反応がないとちょっと自信をなくす。

 

「彼女たちは、ロウ殿の女です。それに強いですよ。おかしなことをすれば、両手の骨を砕くだけじゃすみませんよ。また、大抵の魔道や薬剤には耐性がありますが、もしも、そんなものを使えば、連れの人間族の女性も含めて、命の保証はしません」

 

「おいおいおい、冗談だろう。そこまでして、女を抱かなけりゃならないくらいに、女の縁のない男じゃないぞ。だが、彼女たちも、彼の女だとは知らなかった。だったら、どの女性がロウの女なのか教えてもらえるとありがたいな。厳しそうな隊長さんも、お互いが納得ずくの話なら、俺の首を引き抜いたりはしないんだろう?」

 

 シモンはにやりと笑った。

 すでに、猫を被るのはやめた。

 実のところ、こういうぶっきらぼうな話し方がシモンの素に近い。

 辺境候家は軍を率いる家だ。普通の貴族の家とは異なり、一般の兵と会話をする機会はかなり多い。

 シモンも、将としての一応の軍略は学んでいるものの、長兄のレオとは異なり、シモンは兵と交わるのが好きだったので、子供の頃から頻繁に兵と一緒に訓練を受けたり、彼らに稽古をつけてもらったりしていた。

 そうやっているうちに、いつの間にか態度も言葉も荒くなってしまったのだ。

 だから、クリスチナのような女がシモンには居心地がいいのである。

 

「それについては、見極める必要はありません。この別邸にいる女は、すべてロウ殿の女です。女兵を含めて例外はありません」

 

 ブルイネンが事もなげに言った。

 女兵を含めてとは言ったが、別邸に入るときに建物を警護していた女兵は十数人はいただろう。警護は交代でしていると思うので、倍はいると思うが、全員がロウの女?

 この真面目そうなブルイネンは、冗談を口にする感じではないが……。

 

「例外がないってのは、あなたもそうかい?」

 

 なんとなく訊ねた。

 

「もちろんです」

 

 すると、シモンがたじろぐほどの満面の笑みをブルイネンが浮かべた。

 

 その後、やっとガドニエル女王の贈答品の話題になった。

 渡されたのは目録であり、明日にこの別邸を出るときに、実際の品物を渡されるということだった。

 しかも、エルフ族の魔道で織り込んだ収納術のこもった袋の入れ物に入れてである。クリスチナも持っているが、かなりの容積を亜空間に確保して、重さも容積も感じないのに、いくらでも物資を収納して運搬できるというものだ。

 軍行動では、いくらあっても足りるということはない貴重な魔道収納具であり、市場に出回ることのなく、それひとつでひと財産だ。

 クリスチナもダンジョン化された古代王朝時代の遺跡の探索で偶然に見つけたものだと言っていたし、いくらシモンがねだっても絶対に譲ってくれない。

 それくらいの貴重品だ。

 しかも、目録の中身は、大量の大型魔道石をはじめとして、貴重な魔道具や宝石など、驚くほどの大判振る舞いという感じだった。

 

「これは、いくらなんでも……」

 

 シモンは唸ってしまった。

 たかが使者が気軽にもらっていいようなものじゃない。しかも、目録によれば、辺境候家ではなく、シモン個人に与えられることになっている。

 シモンも驚いてしまった。

 

「問題ありません。女王陛下のご指示ですのね……。ですが、もしもよろしければ、夕食のときにでも、ロウ殿がいる前でお礼の言葉を口にしてもらえませんでしょうか。陛下はただ、ロウ殿に褒められたいだけなのです……」

 

 すると、初めてブルイネンの表情が少し動いた気がした。

 しかも、どことなく、疲労感のようなものが浮き出ている。

 なんとなくだが、我が儘な上官に振り回される部下という感じだ。

 だが、シモンはいまだに、あのガドニエル女王が本物なのかどうかを怪しむ気持ちが消えないでいた。

 あの話し合いのときの魔道力といい、これだけの財の目録といい、とてもじゃないが偽者が準備できるようなものではないのはわかっているが……。

 それはともかく、シモンはふと気になったことがあった。

 

「……それについてはやぶさかではないけど、おそらく、ロウ……ロウ殿は、夕食には戻れないだろうな。クリスチナの愛し方は特別でね。おそらく、ふたりは朝まで戻ってこないよ」

 

「いえ、ロウ殿には、あなた方ふたりが夕食に参加するので、ひとり分の席を余計に準備するようにと伝えられています」

 

「ふたり増えるから、ひとり分の席を増やす?」

 

 おかしな物言いだと思った。

 すると、ブルイネンの顔がまたもや笑みが浮かんだ。

 どうでもいいけど、凛として引き締まっているときの彼女も美しいが、こうやって微笑むときには、こっちがたじろぐほどの可愛らしい表情になる。

 さっきの話によれば、あのロウは、あのときにいた女たちだけでなく、目の前のブルイネンも抱いているということだろう。

 他人の女を奪ったりする趣味はないが、さすがに嫉妬も抱きたくなる。

 うらやましいことだ。

 

「わたしたちのロウ殿も、あなたの婚約者殿に負けず劣らずに、変わった抱き方をされる人ですから……。それはともかく、あなた方は随分と変わった関係なのですね。自分の婚約者が他の男と愛し合うのが平気などと……。あっ、いえ、これは失言でした……。申し訳ありません」

 

 ブルイネンが恐縮したような口調になる。

 さらに、頭をさげようとしたので、シモンはそれを制した。

 

「よく言われるね。だが、俺もクリスチナも、ほかの相手を抱きながらも、お互いに尊重をし合っている。まあ、そういう関係だと納得してもらうしかないね」

 

 シモンは笑った。

 

「そうですか……。でしたら、夕食の際には驚きにはなりませんように……。ロウ殿のやることについて、わたしは予想がつきますが、夕食に同席するのは、すべて身内ですので……」

 

 すると、ブルイネンが微笑んだまま、意味ありげに言った。

 

 

 *

 

 

 ロウと一緒に「寝室」だという部屋に行こうと思ったら、人間族の童女と獣人少女のふたり連れと出くわした。

 ふたりが壁に避けて廊下を開けたが、ロウはそのまま通り過ぎることなく、ふたりの頭に手をやって、なにかを耳元でささやきかけていた。

 クリスチナには聞き取れなかったが、ふたりが真っ赤になり、しかも、人間族の童女がはにかむように嬉しそうな表情をした。

 

「さっきは、あの子たちになんて言ったの?」

 

 再び歩きだしてからクリスチナは訊ねた。

 すると、ロウが振り返ってにやりと微笑んだ。

 

「特別なことはなにも……。今日の夜は一緒に入浴をしようと言っただけですよ。あの子たちには、俺たちが辺境候領に行くときには、別行動をさせる予定でしてね。その分、しっかりとかわいがってあげないと」

 

「な、なんですってえ──」

 

 かっとなった。

 さっきから夕食前に、クリスチナとの性愛を終わらせるとうそぶくのも気に入らないが、それはともかく、彼女たちは年端もいかない童女ではないかと思ったのだ。

 クリスチナも性愛にかけては、好色で見境のない方だから、他人の性癖にどうこういうつもりはないが、心も身体も成長しきっていない童女を奴隷にして弄ぶような変態は大嫌いだ。

 あれだけの女たちが慕うのだから、きっとそれなりの男なのだろうと、ロウに対しては、ちょっといい印象を持ち始めていたので、大いに失望してしまった。

 

「まさか、隷属させてるんじゃないでしょうねえ」

 

 クリスチナは怒鳴った。

 もしも、そうなら、殺さないまでも、しばらく性器が使い物にならないくらいには、痛めつけてやろうと思ったのだ。

 場合によっては、彼女たちを助けてあげたいと思う。

 他人のものであっても、意に沿わぬ立場にいる弱い立場の女の存在をクリスチナは許さない。

 話によっては、ロウへの性愛の最中に、彼女たちの隷属を解いてしまおうと思った。

 すると、なぜかロウがくすくすと笑った。

 

「奴隷身分なのかという質問であれば違いますよ……。それに言っておきますけど、あのふたりはあなたよりも、余程に強いですよ。まともに戦えば、いくらあなたでも、数瞬も立っていられない」

 

「はあ? 冗談を言ってんの?」

 

「本当のことです……。ところで、着きましたよ」

 

 ロウがそう言って、ひとつの部屋の前にやってきて扉を開いた。

 中は小さな書斎だった。

 クリスチナは首を傾げた。

 

「どういうこと? ここでふたりで本でも読もうというのかい? 悪いけど、あんたを犯しにきたんだけどね。狭いところがいいならそれもいいけど、わたしはあんたを引き回して、廊下に連れ出すかもしれないよ……。いや、それも面白いかねえ?」

 

 クリスチナは言った。

 だが、ロウに促されて部屋に入った瞬間、書斎だと思っていた部屋が、さっきの会議場くらい大きな場所になった。

 しかも、正面の壁には棚があり、ちらりと見ただけでさまざまな責め具が置いてあった。大小の各種の鞭も別の壁に吊っている。さらに、天井からは魔道の遠隔操作具付きの鎖まで吊り下げられている。

 しかも、四本もだ。

 天井にはレールのようなものがあるから、あの操作具でどういう位置にも動かせそうだ。

 拷問部屋……いや、嗜虐部屋というところだろう。

 この屋敷にこんな場所が?

 クリスチナは呆気にとられた。

 しかも、一瞬前まで、小さな書斎だと思った気がしたが……。

 

「クリスチナさんは、こういう場所がいいんじゃないかと思って準備しましたよ。いかがですか?」

 

 ロウが言った。

 そして、扉が背中側で閉じられる音がした。

 クリスチナは鼻を鳴らした。

 

「そうだね。こういう場所が望みかもね……。ところで、こういう部屋があるということは、やっぱりさっきの童女や獣人娘も、こういうところで弄んでいるということだよねえ?」

 

「否定はしませんけどね……。それが俺の愛し方ですし……。クリスチナさんは気に入りませんか?」

 

「ああ、そうだね。年端のいかない童女とか、獣人だからといって隷属をさせていたぶるような男は、どいつもこいつも糞っ垂れさ。そんな男は吐き気がするほど、気に入らないね」

 

 クリスチナは、目の前のロウに火の出るような平手を喰らわした。

 

「ふぶうっ」

 

 ロウがその場に崩れ落ちた。

 

「なにぐずぐずしてんのよ──。さっさとその場で服を脱ぎなさい。全部よ──」

 

 クリスチナは、収納術のこもっている腰袋から乗馬鞭を出した。

 調教のときに愛用をしているクリスチナの道具だ。

 この鞭ひとつで、相手の皮膚をすっぱりと切断することもできるし、逆に傷も残さないのに、大の男が泣き叫ぶような激痛を与えることも自在にできる。

 

「えっ、ここで、すぐに?」

 

 倒れたロウが上体を起こしかけながら言った。

 クリスチナは、そのロウの肩を蹴り飛ばして仰向けにひっくり返し、鞭でズボンの両端を二閃して腰紐ごと引き裂く。

 さらに、ロウのズボンを掴んで強引に引き裂いて剥がした。

 

「すぐにだよ、糞ったれが──」

 

 クリスチナは下着だけになったロウの股間に足を乗せて、じわじわと体重をかけていった。

 

「いがあああ」

 

 ロウが苦悶の声をあげる。

 

「ほらほら、まだ両手は自由だろう? 上を脱ぐんだよ。さもないと、このまま金玉を踏み潰すよ」

 

 クリスチナは、股間を踏んでいる足をどけようともがくロウの手を鞭で払いながら、じわじわと股間を踏みつける靴に力を込めていった。

 

「わ、わかったああ、あああっ」

 

 ロウが情けない声をあげて、もがくように上半身の服を脱ぎ出す。

 クリスチナは、その惨めな姿に哄笑した。

 そのときだった。

 いきなり、ロウを踏みつけていた足が宙に浮いたのだ。

 

「うわっ、なに?」

 

 クリスチナは狼狽えた。

 驚くことに、ロウの股間を踏んでいた片脚の足首に革枷が装着されていて、だんだんとそれが天井に向かって引っ張りあげられているのだ。

 いつの間に、そんなものを足首に取り付けられたのか、全く気がつかなかったので、クリスチナは仰天してしまった。

 そのあいだも、どんどんと、クリスチナの足首は天井に引きあがっていく。

 

「驚いたなあ……。まあ、こういうのも少しは受け入れるのもいいけど、夕食前に戻る約束だしね……。ああ、そうそう。服だったね。まあ、それが望みなら、先に脱ぐさ」

 

 ロウが笑いながら立ちあがり、服を脱ぎ出す。

 それはともかく、クリスチナの片脚はすでに頭よりも高くなり、さらにあがったところで、体勢を保てなくなり、クリスチナはひっくり返った。

 

「うわっ」

 

 とっさに頭を守ろうとして、鞭を放り投げて床に両手をつく。

 だが、すでに頭が浮かぶほどに身体を宙吊りにされていて、頭は打たないですんだ。

 しかし、その代わり、逆さ吊りになっているために、スカートが垂れ落ちてくる。

 クリスチナは、咄嗟に手で裾を押さえた。

 

「さて、服を脱がないと、鞭で打つんだっけ? じゃあ、俺もそうしようかな。心配しなくても、傷は残さないよ。その代わり、とても痛いと思うけどね」

 

 いつの間にか、下着一枚になっていたロウが、クリスチナが落とした乗馬鞭を拾って、クリスチナがスカートを押さえている手の甲に、鞭を一閃させた。

 

「んぎいいいい」

 

 信じられないような激痛が打たれた手から迸り、クリスチナはスカートから手を離してしまった。



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633 危険な情事(その2)

「んぎいいいっ」

 

 ロウは軽く手の甲を一閃しただけのように思えたけど、信じられないような激痛がクリスチナの手に迸った。

 これでも、ソロの(アルファ)クラスの冒険者として、数多くの修羅場をくぐり抜けているし、死ぬような目に遭ったのも、一度や二度じゃない。

 そのクリスチナが思わず、泣き叫ぶような激痛だった。

 

「鞭が当たる瞬間に、その場所に全身の神経を集中させた。痛みも快感も何十倍になって、脳天に響くだろう?」

 

 ロウがそう言った。

 意味はわからない。

 そして、さらに、スカートが垂れさがったことで丸出しになった尻に鞭を振ってきた。

 

「ひぎゃああああ」

 

 想像したこともない痛みが襲いかかり、クリスチナは逆さ吊りの身体を反り返らせた。

 衝撃も大きいが、屈辱もすさまじかった。

 このクリスチナともあろうものが、男に逆さ吊りにされて、泣き声をあげるなど……。

 

「ほら、さっきの元気はどうしたんだ? ちゃんとスカートを押さえて、脚を閉じてないと、次は股ぐらを打つよ、クリスチナさん」

 

 いま気がついたが、クリスチナの身体は吊られている一本の鎖を基点に、ゆっくりと回転をしていた。

 後ろを打たれたときには、背後に立っている位置だったロウが、今度は前側になっている。

 そのロウが鞭を大きく振りかぶった。

 戦慄が襲う。

 手を打たれ、尻を叩かれただけであの痛みだ。

 股間を打たれるなど、冗談じゃない──。

 

「や、やめなよ──、ひいいっ」

 

 自由な手をロウに向かって伸ばすとともに、さがっていた片脚を鎖で吊られている脚側に引きあげる。同時にもう一方の片手で垂れ下がっているスカートをあげて股を隠す。

 

「そうそう、そうやって、脚を隠しているあいだは、股を打つのは勘弁してあげるよ。だから、しっかりと脚をあげるんだ」

 

 ロウが笑いながらクリスチナの腕を避けつつ、鞭をおろす。

 ほっとしたが、回転させられ、ロウに背を向けたところで再び尻を打たれた。

 前側にしか手を置いてないので、そっちは薄い下着一枚だ。

 

「いぎゃああああ、いやだってんでしょう。くそおおおおっ」

 

 クリスチナは身体を踊らせながら絶叫した。

 

「いい声だよ、クリスチナさん。ご褒美だ」

 

 ロウが寄ってくると、すっと脚の付け根のところに指を這わせてきた。

 

「んはあああっ」

 

 なんでもないくらいの刺激のはずなのに、いきなり頭が真っ白になるような快感の衝撃が訪れて、クリスチナはびくんと身体を跳ねあがらせてしまった。

 なんだ、いまのは?

 クリスチナは唖然とした。

 

「ははは、ほらね。痛みだけでなく、快感も数倍だ。ちょっと触っただけですごいだろう? 俺の指や鞭が当たる場所に全神経を集めているからね。どんな場所でも最大の性感帯にできるぞ。こことか……」

 

 やっぱり、なにを言っているのは意味がわからない。

 ただ、このロウが得体の知れない術でクリスチナの身体を操っているようだということはわかる。

 さもないと、痛みであっても快感であっても、こんなにクリスチナを追い込むことはあり得ない。

 だが、ロウがスカートを押さえている腕をすっと撫ぜて、その衝撃で頭が一瞬にして白くなる。

 

「ひゃはあああ、あああ」

 

 まるで電撃でも打たれたような快感の刺激が走り、クリスチナは悶絶しかけた。

 

「女っぽい声になった。どうやら、いつもは調教する側のようだけど、たまには、される側もいいだろう?」

 

 ロウがクリスチナの胸に向かって手を伸ばした。

 

「こ、このうっ」

 

 クリスチナはその隙を逃さず、ロウの腕を掴もうとした。

 足枷が嵌まっているのは、片脚の足首だけで、片脚も両手も自由なのだ。

 

「おっと」

 

 だが、今度も簡単に避けられた。

 それだけでなく、一瞬にして手錠を両手首にかけられてしまう。

 クリスチナは目を見張った。

 なにしろ、クリスチナともあろうものが、ロウが手錠を取り出したことさえわからなかったのだ。

 

「ほら、スカートから手を離しちゃだめだろう。脚もさがってきたぞ」

 

 ロウが鞭を振りあげ、上から下に振りおろして、下着の中心に乗馬鞭を炸裂させた。

 

「はぎゃあああああ」

 

 クリスチナはあまりもの激痛に全身を脱力させてしまった。

 あげていた片脚はさがり、水平に折れ曲がる。

 

「股を隠さないと、鞭だと言っただろう?」

 

 ロウが再び鞭を振りあげる。

 恐怖が襲う。

 必死に手錠のかかった手でスカートをあげた。だが、さがった片脚はどうしても力が入らずにあげることができない。

 そのあいだに身体が回転がして、ロウに背を向けた体勢になる。

 

「もう降参か? 案外にだらしないね。もう少し粘るかと思ったよ」

 

 ロウが馬鹿にしたように言って、鞭を尻に振ってきた。

 

「んぎいいいい」

 

 股は打たれなかったが、お尻だってかなりの激痛だ。

 あまりの屈辱に、ぎりぎりと歯を喰いしばった。

 とにかく、こういう状況になったのが信じられない。男に小馬鹿にされ、嘲笑の対象になっているということに、クリスチナの全身が怒りで熱くなる。

 そして、くるくると回転をして、ロウに正対する位置に戻る。

 だが、今度は短い鎖と留め具について鉄球をロウが持っていた。

 それを手錠のあいだの鎖に繋げられた。

 

「うわっ」

 

 たった数発だが、その重さを支えられるような体力は削ぎ落とされていた。

 重さに耐えられなくて、がくんと両手がさがり、スカートが垂れ落ちる。

 

「また、股ぐらにいくぞ。今度は痛みを倍だ」

 

 ロウが鞭を股間に放った。

 

「あぎゃあああああ」

 

 クリスチナは絶叫した。

 一瞬頭が真っ白になり、気がつくと温かいものが身体にあたっていた。それが自分自身の失禁だということに気がつくのに、少しの時間がかかった。

 

「感度数十倍の鞭打ちは、さすがに応えるか? 腕を上げてスカートを戻せ。もう一度いくぞ」

 

 ロウが笑って鞭をあげるのが見えた。

 そのときには、回転で視界が後ろ側になる。

 とにかく、冗談じゃない。

 クリスチナは必死で鉄球のついた手をあげて、スカートをあげる。

 

「そうだ。スカートがあがっているあいだ、それとも、脚があがっているあいだはほかの場所にしてやる。だが、力尽きたら股だぞ」

 

 ロウが鞭で胴体を横から叩く。

 

「うぐうう、ひいいいっ」

 

 クリスチナは状態を捻った。

 

「次だ」

 

 今度はまた尻──。

 

「いぎいいい」

 

 身体が脱力する。

 腕がさがりかける。

 

「股にいくぞ」

 

 ロウが笑ったのが聞こえた。

 

「ひいっ」

 

 懸命に腕をあげる。

 だが、これが限界だということがわかる。

 今度さがったら、もう腕をあげられない。

 鉄球でロウをぶん殴ってやろうかとも考えるが、とてもじゃないが、そんな力はない。こうやって重さに逆らってあげることで精一杯だ。

 それももういくらももたない。

 

「ち、ちくしょおお──。おろせええ、おろしてよおお──」

 

 クリスチナは再び絶叫した。

 憤怒で身体が覆われる。

 こんなことを受け入れられない──。

 クリスチナともあろうものが、非力そうな男になすすべなく鞭で叩かれ、嘲笑されているのだ。

 回転してロウに視線が合う。

 クリスチナはロウを睨みつけた。

 大抵の男など、この眼光だけで、クリスチナにひれ伏す。

 しかし、ロウが愉しそうに笑っているだけだ。

 それが口惜しい……。

 

「股を叩かれたいのか? 腕がまた、おちているぞ」

 

 ロウが鞭を股間に振るう。

 

「いやああ、やめてええ」

 

 女っぽい声が自分の口から迸ったのが信じられなかったが、クリスチナはそれどころじゃなかった。

 とにかく、股を打たれたくなくて、懸命に腕をあげる。

 だが、できない。

 

「ひぎゃああああ」

 

 またもや股を打たれて白目を剥きかける。

 両手は完全にさがり、床に鉄球がついて、両手は床に伸ばした体勢になった。

 

「や、やめてええ、やめてって言っているじゃないのよおお」

 

 クリスチナは悲鳴をあげた。

 股そのものではないが、すぐ近くに鞭が炸裂する。

 

「そうだな。じゃあ、重りと手錠を外してやるから、服を脱げ。そうすれば、鞭打ちをやめてやろう。君が俺にやらせようとしたことだ」

 

 ロウが言った。

 すると、どうやったのかわからないが、手錠ががちゃりと音を立てて外れた。

 

「えっ?」

 

 ロウは魔道遣い?

 そうとしか思えなかった。

 手を触れずに、手錠を外すなど、そうとしか信じられない。

 だが、さっきからのことを考えれば、間違いないだろう。

 そして、はっとした。

 クリスチナは、いまのいままで、自分が魔道でこの状況を脱出することを考えもしてなかったことに気がついたのだ。

 武技だけでなく、魔道でもクリスチナは超一流を自負している。だからこそ、ソロの(アルファ)ランク冒険者の地位を保っているのだ。

 

「あれ?」

 

 しかし、なんの魔道も放てなかった。

 魔道など存在しないかのように、魔道の手応えがない。

 

「この空間では、クリスチナは魔道を遣えないよ。ところで、もう言わないよ。鞭打ちをやめて欲しければ、服を脱ぐんだ。足もおろしてやるよ」

 

 だが、この空間?

 おかしな言い回しを……。

 しかし、鞭がクリスチナに炸裂して、思考が吹き飛ぶ。

 

「いぎゃあああ、な、なんだよおお、くそおおお──」

 

 重しのなくなった手を両手の前にやった。

 だが、もちろん、服を脱げなどという命令に応じるつもりはない。

 男に屈服して、クリスチナが自ら服を脱ぐなどという恥辱に耐えられるわけがない。

 

「んぎゃああ」

 

 だが、ロウの容赦のない鞭打ちが襲う。

 それからは、ロウはなにも語りかけなかった。

 ただ、回転を続けるクリスチナの全身のあちこちに鞭を打つだけだ。

 股だけじゃないが、忘れたように股に加わる鞭は、なによりも恐怖だった。重りがなくなったことで一度は股を隠したが、十発を超えたところでクリスチナは、再び腕をあげられくなった。

 

 おそらく、二十発をすぎると、クリスチナはもうなにも考えられなくなる。

 

 三十発──。

 回転をしながら四方八方から鞭打ちされる。

 

 四十発──。

 

 五十発──。

 

「うがうっ、うぐううっ、むぐうう……、脱ぐううう──。脱ぐから、やめてええ」

 

 ついに、クリスチナは叫んだ。

 そして、重い腕をあげて、服を脱いでいく。

 しかし、そのあいだも鞭は炸裂し続ける。

 上体の服も、スカートも外し落とした。

 胸当てと下着だけになる。

 

「な、なった──。裸になった――。脱いだよおおお」

 

 クリスチナは叫んだ。

 

「それでか?」

 

 だが、返事は連続の鞭だ。

 しかも、ロウは腕や肘、さらに手の甲も鞭打ちをして意地悪をする。

 

「ああ、許してえええ、脱ぐよおお」

 

 さらに重くなった腕で胸巻きも外す。

 乳房が露わになった。

 

「ほう、形はいいけど、案外に小さいな。乳首は綺麗だし、綺麗な身体じゃないか……。まあ、俺の精を受ければ、もっと綺麗になるぞ……。とにかく、よく頑張ったな」

 

 ロウが鞭をおろして言った。

 すると、回転がとまって、鎖が引きあがる。

 ロウの腹くらいまで頭があがる。

 揶揄うような口調とともに、ロウが手をクリスチナの乳房に伸ばす。

 

「ひんんっ、んふうう、は、早く、お、おろしてええ、いいいいっ」

 

 乳首をくりくりとこねられると、大きな快感の渦が巻き起こる。

 たったそれだけの刺激なのに、これまでに味わったことのもないような法悦の境地にクリスチナを突き入れる。

 

「そうだね。約束だから、足をおろしてあげるよ」

 

 ロウが言った。

 だが、足首を吊っている鎖が緩んだのは、ロウが再びクリスチナの両手首に手錠を填めてからだ。

 そして、一度おろされて、手錠に天井からの鎖を付け替えられる。

 今度は両手を真っ直ぐに伸ばし状態に身体を引きあげられて立たされた。

 さらに、足首には、肩幅ほどの金属の棒が挟まった足枷を両足首に嵌められてしまった。

 

「こ、この、ふ、ふざけないでよ──。いい加減に外しなさいよ──」

 

 クリスチナは猛然と抗議した。

 宙には浮いてないものの、つま先立ちほどには身体を引きあげられている。

 しかも、今度は脚も閉じられない。

 

「まさか、あれで終わりのはずがないだろう? まだ、調教は始まってないぞ。さっきのは挨拶のようなものだ。セックスもしてないじゃないか」

 

 ロウが笑って、クリスチナに残っていた下着に手をかけた。

 刃物でも隠していたのか、クリスチナの下着は両端を切断されて、布切れになって床におちていく。

 

「く、くそおおお──。こ、こんなことして覚悟しな──。わ、わたしは忘れないからね──。お、犯すなら、もう犯しなよ──。その代わりに、あとで殺してやるから──」

 

 クリスチナは叫んだ。

 だが、ロウはそれを無視して、部屋の棚のところに向かう。

 しばらくして、台車に小さめの壺を載せて持ってきた。ロウが壺の蓋を開けると、つんとした刺激臭が漂ってきた。

 

「月並みの手だし、調教としては古くさいけど、まあそれだけ効果があるしね。君のような気の強い女性を落とすには、一番有効な方法でね……」

 

 ロウが壺に指を入れて中から油剤をすくい、クリスチナの乳房に塗りたくし始める。

 

「うわっ、や、やめろおお──。な、なに塗ってんのよおお──。うわあっ」

 

 全身を揺すって抗議するが、ロウは黙々の作業のように油剤をクリスチナの身体に塗り続ける。

 股間とお尻にも、油剤を塗り込められていく。、

 

「ああっ、んふううっ、ああああああ」

 

 口惜しいけど、ロウの指が触ったところに、大きな快感が迸る。

 クリスチナは甘い声とともに、身体を悶えさせてしまった。

 そして、ロウが油剤を膣の奥や菊座の中の深いところまで塗り入れていく。

 

「さて、クリスチナさんが泣きべそをかき始めるまで、どのくらいかな?」

 

 ロウが股間から手を離したときには、早くも恐ろしい刺激が襲ってきていた。

 

 痒みだ──。

 

 クリスチナは愕然とした。

 まさか、この自分が痒み責めにあわされるなど……。

 

「あああ、痒いいいい──。ひいいいい──。ひ、卑怯よおおお──。痒いいいい」

 

 クリスチナはやがて絶叫した。

 意識すると、どんどんと痒みは拡大する。

 収まることなく、痒み数瞬ごとに拡大していく。

 

「あああああ、痒いいいい。ああああああ」

 

 クリスチナは泣き叫んだ。



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634 危険な情事(その3)

「うっ、ううっ、か、痒い……。痒いよお」

 

「君もこうやって相手を落としていくんだろう? これが調教だよ。どうして欲しいか。ちゃんと口にするんだ。そうすれば、愉しませてあげるよ。それなりにね」

 

 ロウが言った。

 クリスチナは、歯を喰いしばった。

 こんな責めに屈するなど、クリスチナのプライドが許さない。

 とにかく必死で拘束された乳房を揺すり、髪が振り乱れるほどに頭を動かす。

 だが、痒みは、意識をすると収まることなく、どこまでも増長していく気がする。

 

「う、ううう……。ず、ずるいわよ、こんなの──」

 

 すでに全身から汗が噴き出している。

 どんなに歯を喰いしばっても、どうにもならないむず痒さだ。

 

「時間はたっぷりある。しばらく苦しむのもいいし、もしかしたら、失神するまで頑張ってもいい。クリスチナさんの好みにいくらでもつきあうよ」

 

 ロウが指でクリスチナの顎をしゃくりあげた。

 口惜しい……。

 クリスチナは、身体を左右に振ってロウの手を顎から払いのける。

 しかし、ロウは余裕綽々で微笑んでいるだけだ。

 拘束されている四肢の枷は外れるとも思えない。

 しかも、股を開いて拘束されているので、内腿を擦り合わせることさえできないのだ。

 

「も、揉んで……」

 

「どこをだ?」

 

 ロウが顔を覗き込むようにする。

 

「む、胸よ──」

 

 かっとなって鎖を握りしめた。

 こうやって話しているあいだにも、じんじんと痛みのような痒みは乳首を中心に張りつけ続けている。

 

「胸ねえ……。こんな感でいいか?」

 

 ロウが横の台にある壺から新たな油剤をすくってたっぷりと手にのせる。

 ふざけるなと叫びかけたが、背後にまわったロウが左右に乳房を握りしめてきた。

 

「あ、ああああっ」

 

 あまりもの快感に、クリスチナは理性という理性が吹き飛んだ気がした。

 クリスチナは身体を悶えさせて、湧きあがった快感に身をゆだねさせようとした。

 だが、ロウの愛撫はあまりにもゆっくりすぎた。気持ちいいのだが、それでいて新しい焦燥感を引き起こしもする。

 だが、確実にクリスチナの快感の場所を刺激もしていく。

 クリスチナは、上体を無意識に揺すっていた。

 

「も、もっと──」

 

 声を引きつらせて叫んだ。

 

「もっと、なに?」

 

 ロウがじわじわと表面だけをさするように乳房の上の手を動かす。

 

「つ、強くして──。もっと力強く──」

 

「どこを?」

 

 ロウがとぼけた口調で訊ね返す。

 見え透いたやり方に、逆上しかける。

 クリスチナ自身も、もう何十人もの男女を調教してきたのだ。こうやって、追い詰めるのが相手の手というのはわかる。

 だから、これで感情を揺さぶってしまうのは、ロウの思うつぼなのだ。

 答えたくない──。

 だが、どうしてもロウに応じなければならない、目の前の現実がある。

 

「胸を……」

 

「胸を揉んで──、もっともっと強く──」

 

「こうか?」

 

 ロウの指が少しだけ強く乳房を握り締める。

 二度、三度──。

 閃光のような愉悦が裸身に響き渡る。

 

「あ、あああっ、あはあああ──。もっと、もっと強く揉んで──。揉んでよおお」

 

 まだ足りない──。

 揉まれれば揉まれるほどに、強い刺激を求めて、乳房が掻痒感が暴れ狂う。

 もう、躊躇(ためら)う気にはなれない。

 

「こうか?」

 

 さらに指が喰い込む。

 脳天を貫く快感──。

 これほどの甘美感をこれまでに味わったことはないと思うほどの気持ちよさ……。

 しかし、次の愛撫がもっと気持ちよくて、人生最高の快感がロウの手によって、数瞬ごとに塗る変わる。

 拘束されて愛されるのは初めての経験であり、屈辱は尋常じゃないのだが、それを遙かに凌駕する快感だ。

 

「いやらしい女王様には、もっといやらしい触り方がいいんじゃないか?」

 

 ロウが一転して容赦のない揉み方をしてきた。

 しかも、乳首を指ではさんで、ぎゅうぎゅうと刺激してくれる。

 すさまじい快感のうねりに、クリスチナは震えさせた。

 

「ああ、ああああっ、おおお、ああああっ」

 

 両手を天井から吊られた状態でクリスチナは全身をもだえさせた。

 気持ちがいい──。

 最高だ──。

 すごい──。

 

 しかし、乳房と乳首の快感が癒やされていくと、掻痒感に放って置かれている股間の痒みが我慢できないものになっていく。

 刺激を受けられないので、苦しさは深刻さはすでに極限だ。

 

「か、痒いのよ──。か、痒いいいい──。ね、ねえ、痒いのよおお」

 

 クリスチナは泣き声をあげた。

 ロウが胸を揉みながら背中で笑う。

 

「わかっているよ、だから、もみもみしているだろう? クリスチナさんが頼んだ通りにね」

 

 どこまでもこっちを怒らせる男だ。

 クリスチナは歯噛みした。

 

「こ、股間よ──。ま、股を……」

 

「そんな言い方じゃだめだな。もっといやらしい言い方をしろ、クリスチナ」

 

 ロウが乳房から手を離す。

 すると、たちまちに胸の痒みも戻ってくる。

 

「ああ、離さないでよおおお。もっとよおお――」

 

 思わず絶叫した。

 

「ははは、だけど、俺の手はふたつしかないからねえ。ちょっと待ってな」

 

 ロウが離れていく。

 

「わああ、どこに行くのよ──。も、戻りなさい──。戻るのよお──。揉んで──。おっぱいを揉んで──。そして、おまんこ──。おまんこも刺激して──。お願い──。行かないでええ」

 

 ロウが消えたのはクリスチナの背中方向だったので、視界からロウが消えて、クリスチナは愕然とするほどの恐怖に襲われてしまった。

 こんな状態で放置されたら、間違いなく狂う。

 だが、ロウがすぐに戻ってきた。

 クリスチナはほっとしたが、ロウは二本の張形を手に持っていた。かなり太い。そして、なぜか表面にはねらねらとした油剤のようなものであふれている。

 ロウが一本を台に置き、もう一本をクリスチナの股に近づける。 

 

「女王様用の痒み棒だ。張形の中には強烈な油剤がたっぷり入っていて、締め付ければ締め付けるほどに、痒み液と油剤の掻痒剤が染み出るというものだ。特別な仕掛けで痒み液は無限に転送で充填される。これを入れてやろう」

 

「えっ、嘘でしょう──」

 

 クリスチナは耳を疑った。

 この状況でさらに、痒み剤を足すなど冗談じゃない。

 しかし、その特殊張形の先端が股間の亀裂に当たる瞬間の快感は、全身が蕩けるかと思うほどだった。

 クリスチナは、気がつくと、それを受け入れるために力を抜き、眼を閉じていた。

 ぬるりと張形の先端が膣に入ってくる。

 

「んほおおおお」

 

 口から奇声が迸る。

 張形の先がクリスチナの気持ちのいい場所を抉り入ったのだ。

 あっという間に絶頂感が襲いかかる。

 痒みが癒やされる安堵感とともに、一気に荒れ狂うほどの性感の痺れがクリスチナの身体の芯を貫いてきた。

 しかし、絶頂寸前にすっと張形を静止される。

 かっとなったクリスチナが抗議しようと思うと、すぐに挿入が再開して、クリスチナは我を忘れるほどの快感に酔いしれさせられる。

 そして、抽挿が開始する。

 

「ああ、おお、ほおお、あああ、ほお」

 

 相変わらず、絶頂寸前でとめるということは続けられるが、それでも緩やかな張形の出入りは続く。

 両手を上に吊られている身体が痺れるほどの愉悦にクリスチナは恍惚となっていった。

 自尊心などどうでもいいと思った。

 この快感があるなら……。

 

 これまでのどのセックスよりも、充実した快感だった。しかも、こんなにも深くて、すごいのは想像もしたことはない。

 しかも、まだ絶頂すらしてないのだ。 

 

 だが、またしても、張形の気持ちよさが快感であればあるほど、さらに取り残されている場所がクリスチナを追い詰めていく。

 お尻だ──。

 お尻が痒い──。

 

「そ、その一本でお、お尻もしてえええ──」

 

 クリスチナはそう叫ばずにはいられなかった。

 眼下の台には、もう一本の特殊張形が置かれたままなのだ。

 

「アナルを掘られたいのか? 口にすればしてやるけどね」

 

 躊躇ったのは一瞬だけだ。

 すぐにクリスチナは口を開いた。

 

「ア、アナルを掘って──。掘ってくださいい」

 

 無意識に丁寧な言葉が出たことには驚いたが、ロウが片手で前の穴を張形で刺激してくるとそれは吹き飛んだ。

 そして、さらにロウは、もう一方の手を台に伸ばして張形をとり、ただれそうな熱さのお尻の穴に、張形の先端を当ててきた。

 

「あああ、挿して──。挿してくださいいい」

 

 絶叫した。

 特殊張形の痒み剤を潤滑油にして、ずぶずぶと張形がお尻の穴に突き挿さってくる。

 クリスチナは、痒みを癒やそうとお尻を振って、張形の先端にアナルを押し動かす。

 

「じっとしてるんだ。さもないと、お預けだ」

 

 ロウがアナルから張形を離すとともに、前側の張形からも手を離した。膣に張形が深々と挿さった状態でロウが離れる。

 

「あうううひ、卑怯よおお──。とめないでったらああ」

 

 クリスチナは泣き叫んだ。

 

「命令に従えないなら、なにもなしだ」

 

 ロウがそばの椅子に座ってしまう。

 そんなところに椅子などなかったはずだと思うが、それ以上のことは考えられない。

 全身の痒みがクリスチナを襲う。

 

「な、なにしてるのよお──。だめよ。もっとして──。ねえ、もっとしてください。お願いよおお」

 

「だったら、命令に従うか? “よし”というまでじっとしてるんだ。それと俺に従え──。最後には気絶するほどの快感をやる。だが、その代わりに、いまのことのときには、俺の命令に従うんだ。誓え──」

 

「うう……、ち、誓います……。め、命令に従うから、お尻と股間の痒みをなんとかしてええっ。いえ、してくださいいい」

 

 クリスチアは言った。

 ロウが立ちあがる。

 股間の張形はそのままだが、お尻に張形が再び当てられる。

 力強く、アナルに張形が押し入ってくる。

 

「前の張形は落とすなよ。落としたら、お仕置きだ」

 

 ロウが笑った。

 クリスチナは必死で股間を締めつけた。

 膣の中の痒みが倍増した。

 

「ひいいい」

 

 クリスチナは身体をのけぞらせた。

 そのあいだも、お尻の張形は深く深く入っていく。

 生まれて初めて味わう一撃は、大きな愉悦となって全身に押し寄せる。

 

 なんだ、この快感は──。

 

 クリスチナは圧倒された。

 これまでのセックスの気持ちよさとは桁違いの快感が、クリスチナの肉という肉を煮燃えあがらせる。

 息苦しいほどの快感──。

 それをクリスチナは味わっている。

 

「さあ、奥まで入ったぞ。じゃあ、しっかり腰を振って痒みを癒やせ……。そうだな。そのまま腰を振って自慰をしろ。うまく絶頂できたらご褒美だ。だが、もしも、途中で落としたら、罰を与えるからな」

 

 ロウが椅子に座り直した。

 すると、足の枷がなぜか消滅していた。

 しかし、余分なことは考えられない。

 

「よし――。はじめ――」

 

「あああ、いいいい──」

 

 クリスチナは前後の張形を股間とお尻で締め付けながら、絶頂をするために懸命に腰を前後左右に動かし始めた。



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635 危険な情事(その4)

「うあああ、ああああ」

 

 クリスチナはなにも考えられずに腰を激しく振り続けた。

 前後に深く挿入されている二本の張形は、どういう仕掛けになっているのかわからないのだが、クリスチナが腰を振ると膣とアナルの中で鎌首を動かすように蠕動のような動きをする。

 しかも、クリスチナが気持ちがいいと思う場所を最高の強さで刺激をしてくれるのだ。

 あまりにも気持ちよくて、クリスチナが我を忘れるのはあっという間だった。

 

「女王様の腰振り自慰の姿はいいねえ……。浅ましさが最高だよ」

 

 ロウが嘲笑するように言った。

 わざとクリスチナを侮辱するような物言いをしているというのはわかる。

 だが、なにも考えられない。

 張形が股間とお尻の中で動くときの喜悦は、苛烈で頭が溶けるかと思うくらいに奥深い。

 素晴らしい快感だと思った。

 また、同時に、どんどんと自分が追い詰められていくのがわかる。

 刺激が足りないのだ──。

 確かに激しく腰を振っているあいだは、とてつもなく気持ちいい。激しい掻痒感も忘れられる。

 しかし、抽挿もなしに引き起こせる快感には限界がある。

 張形から湧き出す快感で昇り詰めることを許されぬまま、とめどもなく快感が裸身に膨れあがっていく。

 

「君はいいねえ。こうやって遠慮なくプレイできる久しぶりの素材だよ。もっと悪口を言っていいかい? 君も気持ちよさそうだし、マゾに慣れてきたんじゃないか」

 

 “ぷれい”という意味はわからなかったが、雰囲気は理解できる。

 だが、そのロウによってなにかを後ろ側から肩にかけられてはっとした。

 ワイン?

 赤い液体が肩から乳房にかけて注ぎ落ちていた。

 

「な、なにを……」

 

「いいから、気にしなくていい……。しっかりと腰を振ってるんだ」

 

 ロウが前に回り込んできて、濡れ落ちた赤いワインの汁を追うように舌を舐め動かす。その舌がクリスチナの乳首に当たった瞬間、すさまじい愉悦が全身を席巻した。

 

「うあっ──。ひやあああっ」

 

 あまりの衝撃に腰が抜けそうになった。

 しかも、激しく動いたためにロウを弾き飛ばすみたいになったとともに、股間に打ち入れられていた二本の張形がぼとんぼとんと床に落ちていった。

 

「おやおや、根性があると思ったけど残念だねえ」

 

 ロウが少し離れた場所にあるソファに座り込んだ。

 なにもない床だけの部屋のはずであり、そんなものがあっただろうかと疑念に感じたが、苛酷な現実が始まったことでクリスチナの思念は吹き飛んだ。

 張形がなくなったことで、満たされることがなかったままの欲情の火と重なり合って、狂うような痒みが全身を駆け巡ってきたのだ。

 

「ああ、な、なにを座ってんのよおお──。か、痒いいのよおお。痒いったらああ──」

 

 クリスチナは絶叫した。

 そういえば、床に落ちた二本の張形は振れば振るほど表面から痒み液を染み出させると教えられた気がする。

 それをあれだけ振れば、かなりの痒み液を股間とアナルの内部にまき散らしたことになるのかもしれない。

 とにかく、もはや一瞬も捨て置けない緊急事態だ。

 

「腰を振って絶頂しろと命じたはずだ。だが、できなかった。そして、張形を落とせば罰だとも伝えていた。だから、罰だ」

 

「ず、ずるいわよおお──。こ、こんなのないわああ」

 

 クリスチナが激しく身体を動かした。

 もう我慢の限界だ。

 

「これが調教だ。屈服すればいい。そうすれば最高の快感を与えてあげるよ。罰を受けたいと言ってごらん?」

 

 ロウが余裕たっぷりに微笑んだ。

 クリスチナは歯噛みした。

 掻痒感は切羽詰まっている。

 この場だけでも屈服するしかないことはわかっている。

 だが、口だけであろうとも、このクリスチナともあろうものが、男に許しを乞うような物言いをすることには耐えられないのだ。

 

「……時間はたっぷりある。いつまでも待つこともできる……。まあ、だけど、屈服しやすいように、クリトリスの感度をあげてあげよう。痒みが数倍になるはずだ」

 

 ロウの言葉が終わるとともに、なぜかクリトリスがさらに熱くなり、股間の痒みが増大した。

 クリスチナは全身をのけぞらせていた。

 

「ひいいいいっ、な、なにしたのよおおお──。あああ、痒いいいい──。許してええ──。な、なんでもするわああ──。だから、もう許してえええ」

 

 クリスチナは泣き叫んだ。

 

「罰を与えてくださいと言うんだ」

 

「ひ、卑怯者おおお」

 

「だったら、そうやっていつまでも腰を振るんだね」

 

 ロウが笑った。

 

「くううう……。わ、わかったわよおお。罰を与えなさいよおお」

 

「聞き間違いか? 俺に命令するつもりか? 今度はお尻の奥の痒みを倍増してやるぞ」

 

 次の瞬間、狂うような痒みがお尻の奥で発生する。

 方法はわからないが、ロウがクリスチナの身体を操っているのは確かだ。

 こんなの我慢できない――。

 

「罰を与えてくださいいい」

 

 クリスチナはついに言った。

 さすがに、これ以上耐えるのは限界だった。

 とにかく痒いのだ。

 

 すると、ロウが立ちあがった。

 そして、後ろから最初にされていた膝枷を嵌められる。

 肩幅ほどの長さの金属の棒の両端に枷が付いている拘束具であり、それを両膝に嵌められたのだ。

 次いで、ロウはクリスチナの首に首輪をかけた。さらに、両手を吊っている鎖を緩め、首輪の後ろにあるらしい金具に手枷を繋げている短い鎖を繋げ直す。

 

 首の後ろに繋ぎ直されたとはいえ、やっと天井から自由になったことで、クリスチナはロウに体当たりをしてやろうとした。

 しかし、なぜかその感情が一瞬にして消滅する。

 

「じゃあ、お望みの罰だぞ。しばらく、運動してもらおう」

 

 ロウがさらに二つの枷を取り出すと、クリスチナの両足首にそれぞれ嵌め、それぞれの反対側を枷を左右の腿に装着した。

 クリスチナは、腿と足首を繋げられてしまい、脚を広げてしゃがみ込んだ体勢から立てなくなってしまった。

 

「さあ、散歩の時間だよ、クリスチナ」

 

 再び天井の鎖をおろしたロウは鎖の先端をクリスチナが嵌められている首輪に繋ぐ。

 

「な、なにするんだ──、ほがっ、あがっ」

 

 抗議しようと思ったが、口に丸いものを咥えさせられる。

 球体に小さな穴を開けたボールギャグだとわかったのは、球体についている革紐を顔の後ろに縛られてしまったからだ。

 

「ちょっときついかもしれないけど、ソロで(アルファ)ランクの冒険者だから、体力も問題ないはずだ」

 

 首輪の鎖が動き始める。

 天井についているレールによって、首輪の鎖が引かれていく。

 

「んあっ、んああっ」

 

 首輪が喰い込んできて、慌ててクリスチナはしゃがんだ姿勢のまま脚を前に出した。

 そのまま、しゃがみ歩きをする。

 容赦なく首輪が鎖で引っ張られる。

 

 クリスチナは、この状況が信じられないでいた。

 あまりもの恥辱だ。

 首輪を上に引かれているので身体を真っ直ぐにしなければならないが、脚を曲げた状態で拘束されているので立つこともできない。

 そして、膝のあいだには金属の棒があり、股を閉じることもできず、しかも素っ裸だ。

 クリスチナは、よちよちと脚を動かして懸命に交互に脚を出すしかない。

 

「ああっ、あがっ」

 

 懸命に文句を言おうと思ったが、それさえもボールギャグで阻まれている。

 クリスチナに行動を選ぶ自由はない。

 首輪の鎖に引っ張られて、身体を動かすだけだ。

 

 窮屈な格好なので、あっという間に汗が噴き出してきた。

 身体に疲労を感じてくる。

 

 ロウが部屋の真ん中のソファに座り直した。

 クリスチナは、その周りを大きく回るように部屋をしゃがみ歩きで進み続ける。

 それにしても、この姿勢で歩かされることがこんなにも重労働とは思いもしなかった。

 

 それでなくても、全身はすでに疲労困憊なのだ。

 なによりも股間とアナルの痒み……。

 

 狂う……。

 

 あまりにも心と身体を追い詰められて、もしかしてこのまま自分は狂ってし舞うのではないかとさえ思った。

 だが、異常なほどに官能も昂ぶってもいて、すさまじい緊張感のようなものが全身を性感とととに貫かれもしていた。

 

 苦しい……。

 

 痒い……。

 

 つらい……。

 

 しかし、その苦悶と恥辱の中にクリスチナは、輝きのような快感を見いだしかけてもいた。

 恥辱と苦悶の中にある魂を揺さぶるような快感……。

 

 こんな激情のような愛し合いもあったのか……。

 クリスチナは認めたくはなかったが、ロウから与えられる屈辱に、快楽を覚えだしている自分に気がついていた。

 

 だが、いやだ……。

 

 認めたくない……。

 

 この被虐が気持ちいいなどと……。

 

 未知の扉……。

 

 クリスチナは必死に脚を動かしながら、涎をまき散らしつつ、ぎりぎりとボールギャグを噛み続けた。

 

 そして、十周──。

 

 まだ許されない。

 すでに全身は汗にまみれていた。

 そのあいだ、ロウが口を開かない。

 ただ、にやにやと重労働を続けるクリスチナを眺めるだけだ。

 

 いや、見ることもしてないかもしれない。

 視線に入ってきたときだけちらりと眼を向けるだけで、それ以外はクリスチナを無視したような態度だ。

 

「うがっ、んぐう」

 

 十五周を超えたとき、クリスチナはも鎖の引っ張る速度で進めなくなってしまった。

 鎖で少し引きずられるかたちになり、クリスチナが苦悶の声をあげたところで、鎖がとまった。

 ロウが近づいてボールギャグを外される。

 

「もう降参か? まあいい……。一度だけ訊いてやろう。俺に犯されたいか? ちゃんと頼むことができたら犯してやろう。しかし、いやなら、さらに二十周だ。奴隷らしく、犯されたいと言ってみな」

 

 かっとなった。

 だが、同時にぞっとする。

 さらに二十周など無理に決まっている。

 

「ひ、卑怯者……」

 

「なにをされたいか言うんだ、奴隷」

 

 ロウがクリスチナの髪を掴んで顔を上に引きあげた。

 クリスチナは歯を喰いしばった。

 

「お、犯して……ください……」

 

 だが、クリスチナは言っていた。

 悔しさに歯を噛みしめた。

 

「いいだろう……」

 

 ロウが鎖を緩めてクリスチナの身体を前に倒す。

 そして、高くあがった尻側からロウが怒張を股間を貫かせてきた。

 

「あっ、んはああああ」

 

 次の瞬間、クリスチナは心の底からの快楽の愉悦の声をあげた。






 *

 いつもよりも短めですが……。

 さて、先週末から一週間ほど実家に戻っておりました。
 二年ほど戻っていなかったのですが、父親が随分と老いていることに驚いてしまいました。ただ、相変わらずに口だけは達者でした。

 今回に限らず、一定期間更新のできない場合は「活動報告」にあげておきます。それがない場合は、単に続きを書きあぐねているとお思いください。


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636 雌犬と御曹司


 色々と途中経過をすっ飛ばしていますが、前話から本話のあいだの話は、ご想像にお任せしますることにします。
 少し多忙で、なかなか投稿する余裕がありませんでした。今日は週末に休日がなかったので、代わりの休暇をもらっています。

 *




「なかなか壮健ですね」

 

 案内をされたテーブルの席につくと、シモンは思わず言った。

 夕食は一緒にということで、ロウたちが食事をする席に招待を受けたかたちだが、そのロウはいない。

 シモンの婚約者のクリスチナとともに、この屋敷の別室で愛し合っているのである。

 当然に、ロウの席はシモンの向かい側に準備されているようだが、まだ空席になっていた。

 その代わりに、ロウの女たちが横長のテーブルに揃っている。

 

 シモンもそうだが、クリスチナもまたお互いの性には関与しない約束になっており、婚約者という関係であろうとも、クリスチナが誰と寝ようと気にしないし、クリスチナもまたシモンが誰となにしようと気にしない。

 ただ、婚約のときにかわした契約を守ってもらえればそれでいいのだ。

 クリスチナとはそういう関係だ。

 

 そして、クリスチナは、ロウが多くの女を囲っているという状況が気に入らないと口にして、半ば強引にロウを閨に誘っていった。

 そして、いまに至っている。

 あれから半日ほど過ぎており、夕食までには戻るとロウは豪語していたが、果たしてどうなっているのか……。

 

 とにかく、興に乗ったときのクリスチナの激しさと過激さはよく知っている。

 相手が辺境候家の客人として遇するということが決まったロウといえども、それにクリスチナが遠慮するとも思えない。

 今頃は、ロウがどんな目に遭っているが想像して余りある。

 夕食には戻ると口にしたロウに対して、クリスチナは、明日の朝までかけてたっぷりとロウを調教すると言っていたので、十中八九、ロウとクリスチナが夕食会に参加するとも思えない。

 そして、案の定、テーブルに準備されたロウの席は空席になっていた。

 もっとも、ロウの女たちは、夕食には戻るとロウが口にしたことで、この食事会にロウが現れると思っている。

 シモンは何度もあり得ないと説明しているのであるが……。

 

「壮観とは?」

 

 食前酒を優雅に口にしながら、エルフ族女王のガドニエルがシモンに視線を向ける。その仕草も見事と言うほどに美しい。

 さすがのシモンも嘆息してしまう。

 そのガドニエルの席は空席になっているロウの席の隣であり、シモンと向かい合う席だ

 また、空席の反対の隣には、エリカというやはりエルフ族の美女が座っている。

 事前調査によれば、エリカはロウの冒険者仲間であり、もっとも古い愛人ということだった。話によれば、ロウはことさらエリカを大切にしていて、一介の冒険者であるにすぎないエリカのことを別格的に扱っているということだ。

 それがこの席次にも現れている。

 

 ただ、そのエリカとロウの情報も、二年前からのことからしか集まらなかった。

 エリカにしても、ロウにしても、エルフ族の小さな里に現れる以前のことは情報をとることはできなかったのだ。

 しかし、ハロンドール王国の王都に新米冒険者として移住すると、あっという間に、ロウという男は世に出てきた。

 一応は隠されているが、王国でイザベラ王女と王太子の地位を争っていたキシダイン卿を失脚させ、その過程の中で、王女イザベラ、シモンの姉であるアネルザなど、王都で地位のある多くの女性たちを虜にして、いつの間にか陰で権力を握るキーマンのような立場を手に入れてしまった。

 シモンも、ロウと面と向かって会うまでは、ロウのことを疑問視していたが、おそらく、彼は本物だ。

 女の力を利用してのし上がったという印象を持っていたが、会うことであれだけ突き抜けていれば、女たらしという能力であろうとも、一流の男ではないかと思い直した。

 しかし、実際には何者なのだろう……?

 

 それはともかく、食前酒を口にしながら優雅に微笑むガドニエルは、さすがは女王という貫禄も感じる。

 また、平服という指定であり、ガドニエルもシモン同様に軽い服装なのだが、彼女の美しさの前には、そんな平服も可憐な衣装に見える。

 いや、ガドニエルだけでなく、テーブルについている女性たちは、誰も彼も美しく可憐だ。

 もっとも、これだけ女性たちだけに囲まれる食事というのは、シモンも経験はない。だから、それを“壮健”という言葉で表現したのだ。

 

「全員が美しい女性たちばかりだということですよ、女王陛下」

 

 シモンは食前酒のワインで口を濡らした。

 

「なるほど、そうか」

 

 一方で、ガドニエルは微笑むこともなく、つまらなそうにそれだけを言った。

 ロウが同席しているときとの雰囲気の違いがすごいなと思った。

 これには、シモンも苦笑してしまった。

 

「もうすぐ、コゼたちが食事を運んでくるはずだ。ワインのお代わりはどうだ? わたしには酒の味はわからないが、ロウの一番妻のケイラがロウのために、ゲートを使って、わざわざ移送してきた最高級のものらしいぞ」

 

 隣に席を取っているシャングリアが声をかけてきた。

 この夕食会には給仕のような者はいない。

 目の前の食前酒もそれぞれ手酌で注いでいた。

 シモンだけは客人扱いで、いま話しかけたシャングリアが注いででくれたが、ほかの女たちも誰かに注がれるわけでなく、勝手に自分で器に注いでいる。

 そして、酒を飲む者と果実水のようなものを飲む者と半々くらいである。

 

 それはともかく、一番妻──?

 

「もらおう。だが、いま、一番妻と言ったか?」

 

 シモンはワインの瓶をシモンに向かって傾けてきたシャングリアに、グラスを向けて訊ねた

 ロウがまだ未婚のはずだ。

 

 目の前の女王ガドニエルと婚姻を前提とした間柄という噂だが、愛人関係であるのは確かだが、婚姻の約束になるかまではわからない。

 エルフ族女王がただの人間族と婚姻関係を結ぶわけはないが、ふたりに接していると、それもあるのかとも思ってしまう。

 まあ、目の前のガドニエルがロウに接するときの態度を見ると、女王の方がぞっこんだというのは間違いなさそうだが……。

 

 そして、まだ公開はされていないが、ハロンドール王太女のイザベラがロウの子を宿しているという情報もシモンは掴んでいる。

 あっちにしても、王太女ほどの王族が地位のない冒険者あがりの子爵と婚姻をするなどありえないが、エルフ族女王から英雄認定を受けたということで、王配という線もあるのだろう。

 どうせ、これから世は荒れる。

 爵位などよりも、実力がものを言う時代であることは確かそうだし……。

 

 ともかく、ロウの婚姻ということであれば、このふたりの名が最初に出てくるのかと思ったが、すでに婚姻をしている?

 しかも、ケイラとは誰だ?

 

「自称よ。自称妻」

 

 皮肉っぽく言ったのは、ユイナというエルフ娘だ。

 ユイナはシャングリアの向こう側に座っている。

 いま、このテーブルについているのは、エルフ族女王のガドニエル、そして、エルフ族のエリカ、ユイナ、親衛隊長のブルイネンもいる。そして、男爵家令嬢にして女騎士のシャングリア、スクルドと名乗っている王都で処刑されたことになっているスクルズだ。

 イライジャという肌の黒いエルフ女性もいる。

 また、料理を準備していて、すぐに料理を持ってやって来ると聞いているのが、人間族のコゼ、元女闘士のマーズ、獣人娘のイット、そして、童女魔道遣いのミウだそうだ。彼女たちの席もこのテーブルに準備されている。

 

「あら、自称ということはありませんわ。享さまは、ちゃんとご主人様にいただいた結婚指輪をお持ちでしたわ。ご主人様もはっきりと妻だと話しておりましたし」

 

 口を挟んだのはスクルドことスクルズだ。

 スクルドの席はシモンの左横である。

 やはり、すでに妻を名乗らせている女がいたのだと思った。

 しかし、まだシモンの情報には入ってきていない。

 “キョウ”と呼ばれ、さらに“ケイラ”という名の女……。

 考えたが、シモンには思いつかない。

 ケイラといえば、エルフ王族の重鎮のひとりであるケイラ=ハイエルだが……。

 

「知らないわよ。前世で妻だったって、なにさ。わけがわかんない」

 

 ユイナが不機嫌そうに言った。

 前世──?

 シモンは首を傾げた。

 

「ふたりとも、余計なことを喋るな」

 

 そのとき、ブルイネンがぴしゃりと言った。

 ブルイネンは、ガドニエルの横の席にいる。

 

「はい、お待ちどう様でしたああ」

 

 そのとき、元気な声がした。

 顔を向けると、台車の載せた食事をミウをはじめとした数名の女性が運び入れてきたところだった。

 大皿の持った魚料理、肉料理、果物に菓子……。

 かなり、豪華だ。

 美味しそうな香りもしている。

 最初に声をかけてきたのは、童女魔道遣いのミウだ。

 

「さあ、どうぞ──。イットとマーズもお願い」

 

 ミウが声をかけると、ミウを含めた三人がテーブルに並べ出す。

 スクルドが立ちあがって、それを手伝いだした。

 すぐに大皿の料理がずらりとテーブルに並んだ。

 

「ミウ、コゼは?」

 

 エリカが声をかけた。

 そういえば、いつもロウにくっついている小柄の女がいない。

 

「すぐに来ます。ロウ様が戻ったので、ロウ様を案内してきます」

 

 ミウが空いている椅子に座りながら言った。

 マーズとイットも席に着く。

 しかし、ロウが戻った?

 

 随分早いな……。

 シモンが思ったのはそれだ。

 すると、ミウたちが食事を運んできた側とは反対側になる扉が開いた。

 

「ご主人様と雌犬様もお戻りよ」

 

 入ってきたのはコゼだ。

 くすくすと笑いながら扉を大きく開く。

 すると、ロウが入ってきた。

 

「あっ」

 

 次の瞬間、シモンは大きな声をあげてしまった。

 ロウに続いてクリスチナが入ってきたのだが、クリスチナは腰に黒い革の下着を身につけている以外は完全に裸だったのだ。

 しかも、四つん這いであり、クリスチナの首輪には犬に装着するような首輪があり、それには鎖が繋がっていて、その鎖をロウが引っ張りながら入ってきたのだ。

 

 あのクリスチナが──?

 シモンは目を疑った。

 あのクリスチナをこんな風にしてしまうなど、ロウはどんな魔法を使ったのだ?

 

「クリスチナ、婚約者に挨拶だ。言われた通りにしろ。逆らえば調教のやり直しだ。また鞭打ちから始めるぞ」

 

 部屋に入ったところで立ちどまったロウが微笑んだまま、後ろを四つん這いでついているクリスチナに言った。

 

「ああ……。そ、それは……。シ、シモン殿……。い、いえ、シモン様……。わ、わたしはご覧のとおりに、ロウ殿の雌犬になりました……。で、でも、これからはシモン殿の雌犬として引き渡されます……。どうか、ご指導のほど、よろしくお願いします」

 

 クリスチナがはっきりと宣言をした。

 シモンは唖然とした。



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637 女王様の躾



 ご無沙汰してました。間隔が開いてしまいすみません。
 短いですがリハビリ代わりに投稿します。感覚を取り戻したら、話を進めますが、それまで漫然とした感じになるかもしれません。ご了承ください。




「わ、わたしはご覧のとおりに、ロウ殿の雌犬になりました……。で、でも、これからはシモン殿の雌犬として引き渡されます……。どうか、ご指導のほど、よろしくお願いします……」

 

 裸体に革の貞操帯だけを身につけた破廉恥な格好で、クリスチナははっきりと言った。

 おそらく、彼女の首輪に繋がっている鎖を握っているロウが言わせた言葉だろう。

 とにかく、シモンは驚くしかなかった。

 クリスチナのような気の強い女が、わずか数時間でこうやって屈伏してしまうということなど、とてもじゃないが信じられるようなことじゃない。

 

「シモン殿、彼女は返しますよ。躾けてありますから、いいように過ごしてあげてください。そして、いま、聞いたとおりです。彼女もそれを望んでますから、調教を引き継いでください。それとも、まだ、俺たちが躾を続けますか? 余興としてね」

 

 ロウがクリスチナの首から鎖を外す。

 そのとき、シモンはクリスチナがぶるりと身体を震わせたのがわかった。

 シモンは目を見張った。

 クリスチナが興奮をしていることに気がついたのだ。

 美しい顔の鼻孔を膨らまして、少しばかり頬を赤らめ、そして、喉が渇いたかときのようにちょっとだけ口を開いて舌先を覗かせる……。

 それがクリスチナが性的に興奮したときの癖なのだ。

 

 ただし、これまでシモンが知っていたクリスチナは、自分が性奴として扱っている男や女を嗜虐するときに、あんな表情をしていた。

 しかし、いまは自分が同じ仕打ちをされることでも、そのときと同じように興奮しているのだとわかった。

 これでも婚約者として何度も性愛を交わしたことがあるシモンには、確かめるまでもなく、クリスチナの股間が興奮でびっしょり濡れているのだろうということを確信した。

 つまりは、クリスチナがあんな風に扱われることを悦び、おそらく屈辱であろうこの仕打ちに欲情しているということだ。

 なんということだろう……。

 

 いずれにしても、大したものだ。

 さすがは、天下の女たらしだとシモンが評価したロウだけある。

 どんな魔法を使ったのだろうか?

 シモンは舌を巻くとともに、ちょっと興味がわいた。

 あのクリスチナがどれだけ乱れるのか、ちょっと見物してみたい気がしてきたのだ。

 本当にクリスチナが屈服したのか?

 あのクリスチナが与えるのではなく、与えられる恥辱や被虐で興奮する?

 大いに興味がある。

 

 

「余興ねえ……。だったら、お願いしようかな。そのときには、ロウ殿自らがクリスチナの調教を?」

 

 シモンは言った。

 すると、ロウがくすくすと笑った。

 

「いや、余興だから、俺の女にさせましょう。そっちの方がクリスチナには屈辱でしょうし……。イライジャ、頼むよ。何をしてもいい。命令には逆らわないように諭してある。手を焼くなら、これを使うといい。貞操帯に電撃が流れるようになっている」

 

 ロウがズボンのポケットから手のひらに隠せるような黒い操作具のようなものを取り出して、テーブルの端に座っていたイライジャに手渡した。

 イライジャというのは、黒い肌のエルフ女だ。

 情報によれば、今回ロウがナタル森林にやってくるきっかけとなったクエストを依頼した女ということだが、詳しいひととなりはまだわかってない。

 この屋敷でも大人しい印象であり、それほど目立つ感じではなかった。

 まあ、ロウによく細かいことを相談されているという感じはある。

 参謀的な側近役というところか?

 

「な、なに言ってんのよ──。あ、あなたやシモン殿ならともかく、どうして、違う女になんか……」

 

 だが、四つん這いのままのクリスチナが顔を真っ赤にして怒鳴った。

 その口調はいつもの気の強いクリスチナだ。

 シモンはくすりと笑ってしまった。

 安心したということもある。

 まるで洗脳でもされたようなクリスチナの態度が少しばかり不気味だったのだ。

 

 そのときだった。

 ロウがクリスチナに向かって口を開いた。

 

「いいのか? また、あれをされたいか? 今度は一日や二日じゃ終わらないぞ」

 

 ロウがくすくすと笑う。

 一日や二日?

 まるで、何日もかけて、クリスチナを調教していたような物言いだ。

 しかし、ロウとクリスチナが二人きりでこもったのは、ここにやってきてから、この夕食会までの数ノスにすぎない。

 しかも、“あれ”とはなんだろう?

 だが、クリスチナは一瞬にして顔を蒼くした。

 

「わ、わかったわよ──。こ、この夕食会だけだからね。し、従うわよ」

 

 さらに慌てたように言った。

 シモンは驚いた。

 

「あら、従うの? まあ、あんまり人前でこういうことをするのは趣味じゃないけど、ロウには恩もあるしね。余興程度でいいのね」

 

 すると、イライジャという黒エルフの女が立ちあがった。

 シモンはほうと思った。

 口の端に嗜虐的な笑みを浮かべている。しかも、余裕たっぷりな感じで、クリスチナを見下ろしながら歩いていて、なかなか堂に入った感じだったのだ。

 真面目で大人しそうな外観だったので、こんな一面を持った女性だったのかと思った。

 やはり、ロウの周りにいる女はどうにも興味深い。

 

「ご主人様、“あれ”とはなんですか?」

 

「そうですね。なんでしょう……。き、興味深いですわ……」

 

 スクルド、次いで、ガドニエルが言った。

 ふたりとも顔を赤らめて、完全の女の顔になっている。ガドニエルなど、ついさっきまで女王然として、つんと慎ましい感じだったので、すごい違いだと思った。

 

「なんでもいいでしょう、あんたら……。ところで、ご主人様、こっちに……。ほら、ミウ、真ん中の席が空いているわよ」

 

 そのとき、席につこうとしたロウを後ろから、コゼという女がロウの腕を引っ張って、端に空いている席に誘導しようとした。

 一方で、真ん中に座れと呼びかけられたミウが目を見開いている。

 

「ちょ、ちょっと、コゼ──」

 

「そんな──」

 

 焦ったように声を出したのは、エリカとガドニエルだ。

 しかし、そのときには、ロウは強引にコゼから端の席に引っ張りこまれてしまっていた。

 ロウも苦笑しながら、そのまま座ってしまった。

 すると、コゼが隣の椅子をロウにぴったりと密着するようにくっつけて自分も着席した。

 

「ず、ずるいです、コゼ姉さん」

 

 ミウと呼ばれた童女魔道遣いが、ロウの隣の席に駆け寄って、コゼと同じように椅子を移動させて座る。

 そこはたったいままでイライジャが座っていた場所だったところだ。

 

「あんたら、いい加減にしなさいよ。一応、真ん中の席はホスト席と決まっているのよ。ロウの役目よ」

 

 ユイナが呆れた感じで言った。

 

「まあいいさ。そんなかしこまった食事じゃない。シモン殿も気にしないでしょう? マーズかイットが座るといい」

 

 ロウだ。

 テーブルに運んできた皿を配っていたのがそのふたりであり、マーズとは大柄の闘士少女で、イットとは獣人だ。

 このふたりのどちらがが主人席に?

 

 ふたりとも奴隷あがりだったはずだ。

 ましてや、イットなど獣人でもある。

 シモンも、そういうことにこだわる方ではないので、確かに気にしないが、本来であればあり得ない配席だろう。

 まあ、気にするかと問われれば、シモンは気にしないが……。

 

「えっ?」

 

「あたしたちですか?」

 

 イットとマーズは困惑している。

 すると、エリカが口を開いた。

 

「仕方ないわねえ……。じゃあ、イットはこっち。マーズはそっちに座りなさい」

 

 指示をしたのはエリカだ。

 困惑した様子だったが、食事を配り終わったイットがロウのために空けていたシモンの正面の席に座れ。

 エルフ族といえば、選民意識が強くて、人間族はもちろん、獣人を蔑む傾向があるというが、エリカにはもちろん、エルフ族女王のガドニエルも、イットを軽く扱う感じはない。

 当惑しているイットに笑みを向けている。

 

「たまにはいいでしょう。こういう機会もだんだんと多くなるかもしれないし。あなたも、王都に戻れば、ロウ様と婚姻を結ぶんだから」

 

 エリカがイットに声をかけた。

 

「で、でも、あたしがいいんでしょうか……?」

 

 イットも困った感じだ。

 

「いぎいいいいっ」

 

 そのときだった。

 突然にけたたましい悲鳴が聞こえたので視線をやると、クリスチナが股間を押さえて、のたうち回っている光景が眼に映った。

 クリスチナの前に立っているのは、さっきロウからクリスチナを躾ける余興をしろと言われていたイライジャである。

 ふと見ると、手にロウから渡された操作具を持っている。

 そういえば、あれでクリスチナに嵌めている貞操帯に電撃を流せると言っていたか?

 つまりは、いま、クリスチナの股間に電撃を流したのか?

 

「ふふふ、もう一度訊ねるわね? わたしの指導を受けたいのね、クリスチナさん?」

 

 イライジャという女は笑っている。

 こういうことに随分と手馴れている感じである。

 聞いてはいなかったが、イライジャがクリスチナになにかを喋り、それにクリスチナが反抗したというところか?

 

「な、なによ──」

 

 クリスチナが股間を両手で押さえたまま、顔だけあげてイライジャを睨みつけ?。

 

「クリスチナ……」

 

 そのとき、ロウが声をあげた。

 ロウは両側から、コゼとミウから給餌を受けながら食事をしている。

 一方で、クリスチナはさっきと同じで、ロウに声をかけられただけでびくりとなって、大人しくなってしまった。

 本当に、たった数ノスのあいだで、なにをどうされたら、あのクリスチナがここまで大人しくなるのだろう?

 シモンは改めて不思議に思った。

 

「クリスチナ、もう一度鍛え直す必要があるか? イライジャになにを言えばいいんだ?」

 

 そして、さらにロウが言った。

 すると、クリスチナが我に返った感じになる。

 

「くっ……。わ、わかったわよ……。あ、あの、ど、どうぞ、ご、ご指導をお願いします、イライジャさん」

 

「わかったわ。じゃあ、まずはあんたの身体を調べてあげるわね。立ちなさい、犬」

った

 イライジャがクリスチナの前に脚を開いて立つ。

 

「い、犬?」

 

 クリスチナが目を見開いた。

 

「もちろん、あなたが犬であることはわかっているわ。みんな服を着ている場所に、ひとりだけ裸でやってきたんだしね。犬になってないわけないもの……。だけど、生意気そうな顔をしているから、もしかしたら、少しばかりは、人間だと思っているかもしれないから、一応検査するのよ。立ちなさい──」

 

 イライジャが言った。

 クリスチナは一瞬、歯を喰いしばった感じになったが、ちょっと顔をあげてロウの視線を感じた様子になって、諦めたように立ちあがる。

 本当に、こんなクリスチナなど見たことがない。

 シモンは心の底からびっくりしてしまっている。

 すると、イライジャがすっとクリスチナの乳房に手を伸ばした。

 

「な、なによ──」

 

 クリスチナの手がイライジャの手を払いのけた。

 

「あら、逆らうの、犬?」

 

 イライジャがクリスチナの腕を掴んだ。

 しかも、ぐいとそのクリスチナの片腕を背中側に捩って、クリスチナの身体を強引に床に向かって屈ませる。

 

「うわっ、なによ──」

 

 クリスチナがもう一方の手を振り回す。

 だが、その腕も簡単に掴んで、イライジャは簡単にクリスチナを押さえ込んでしまったのだ。

 しかも、両腕とも背中に捻りあげている。

 

「ええっ?」

 

 シモンは信じられなかった。

 クリスチナがロウになにかをされて従順にふるまわされているのは理解してきたが、いまは、本当に抵抗しようとしたと思う。

 それを呆気なく、イライジャという女は押さえ込んでしまった。

 

「ふぎいいい」

 

 そして、クリスチナ絶叫した。

 イライジャがクリスチナの背中に足を載せて固め、再びあの操作具で貞操帯に電撃を注いだみたいだ。

 クリスチナの身体が激しく跳ねあがり、次いで脱力した。

 

「ふふふ、普通ならかなわないかもしれないけど、ロウ特性のディルドを前後に挿入されているんでしょう? そんな状態じゃあ、このわたしでもあなたに勝てるわ。大人しく躾けられなさい」

 

 イライジャが言った。

 シモンは呆然とした。



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638 御曹司と女王様

「うう、く、あっ、ああ……」

 

 クリスチナは直立不動のまま、イライジャという女の愛撫を受けていた。

 最初は隠すつもりだったが、すでに胸元の苦しい動悸も、身体を襲う痙攣も隠すことはできない。

 

 わからない……。

 逆らおうとすればできるし、貞操帯の内側にある二本のディルドがクリスチナの自由を少しばかり奪っているといっても、この目の前の女程度の女を叩きのめすことなど、造作もないはずなのだ。

 だが、どうしてもその気にはならないのだ。

 いや、むしろ、この女に侮辱的に扱われれば扱われるほど、身体の力が失われて、抵抗の気力が失われてしまう。

 どうして、そんな風に考えてしまうのかわからないが、どうしてもそうなってしまうのである。

 いずれにしても、クリスチナは、このイライジャという女にどうしても逆らうこともできないし、抵抗するという感情そのものを一時的に削ぎ取られている感じになっている。

 

「ふふふ、こんな風に惨めに虐められるのがよく似合うわね。わたしにはわかるわ。あんたは、やっぱり犬の素質があったのよ。それをロウに引き出してもらったのね」

 

 イライジャは、ねちねちと侮蔑的な言葉をささやきながら、クリスチナの後ろからひたすらに乳房を愛撫していた。

 クリスチナは、両手を体側に付けたまま、それを無抵抗に受ける。

 そんな時間が随分と続いていた。

 かなりの時間がすぎているのは、クリスチナの足下にたまっているかなりの汗の水たまりが物語っている。

 とにかく、クリスチナの身体はすっかりと充血して汗びっしょりになっていた。

 

「な、なに言ってんのよ……。わ、わたしが……い、犬とか……。こ、殺しちゃうわよ……。い、いまは、そういう遊びよ……。そういう決まりだから……そ、そうしているだけよ……」

 

 この食事会が終わるまで、“犬”として過ごす……。

 それがロウから言いつけられていることだった。

 だが、どうして、そういうことになっているのか、実はクリスチナにはさっぱりとわからないでいた。

 覚えていないのだ。

 記憶にあるのは、数ノス前に、テーブルで食事をしているロウとともにセックスをするつもりでふたりきりになった。

 しかし、いつものように、ロウをしっかりと躾けて調教してやろうと思ったのに、思わぬ逆襲に遭い、今日はクリスチナの方がロウに躾けられることになった。

 まあ、それはいい。

 滅多にそういうことなどないが、ときにはそういうこともある。

 責める方が好きなクリスチナであり、自分が主導権をとらない性交などやったことはないが、機会さえあれば責められる側になってもいいとは、心の奥底では考えていたからだ。

 

 ところが、それから先が漫然としている。

 拘束をされて、得体の知れない掻痒剤を塗られて追い詰められた気はするものの、なにをされ、なにをしたのか、どうしても思い出すとができない。

 数ノスのことだったはずなのに、数日のことのような気もするし、そもそも場所はどこだったのか?

 調教部屋のような大きな場所だったはずなのだが、はっとして気がついたのは、小さな書庫のような部屋だった。

 本当にわからない。

 

 だが、なによりもわからないのは、素裸に二本にディルド付きの革の貞操帯だけの姿で、ロウとシモンとロウの女たちが集まっている食事会に参加することを了承して、しかも、そこで余興としての“犬”として過ごすことを抵抗なく了承してしまったクリスチナ自身だ。

 そんなことあり得ないし、なによりも、ほかの者が服を着ているのに、自分だけそんな破廉恥な格好で参加するなど、激しいクリスチナの気性で耐えられるわけがない。

 強引に連れ出されれば、怒り狂うどころか、あまりの恥辱に間違いなく発狂さえすると思う。

 ところが、ロウに言い渡されると、反感を覚えながらも、拒否の言葉さえも口にせずに、ロウに首輪をされることを受け入れ、言われるまま四つん這いになって、鎖で引き歩くことさえした。

 なぜ、ロウに命令をされると、そうなってしまうのか、まったくクリスチナにはわかたない。

 それどころか、いまは、最初こそ、抵抗の意思が合った気はするが、ロウがイライジャという女の躾を受けろと言い渡されると、今度はその女の言いなりになっている自分がいる。

 これは、本当のことなのか?

 クリスチナは、こうやって責められながら呆然とする気持ちだった。

 

「あら、そうなの? だったら、しっかりと犬を演じてね。みんなのことなら、気にしなくていいのよ。こういうことには慣れているから」

 

 イライジャがクリスチナの乳房を揉みしだきながら言った。

 その言葉でいやでも、自分の置かれている立場を思い出す。食事をしながら、こっちを見ている者もいるし、逆にまったく興味のないように視線を向けない者もいる。

 どっちにしても、クリスチナには屈辱だ。

 どうして、こんなことを受け入れないとならないのか……。

 一番、視線をしっかりと向けているのは、ちょうど正面の位置にいるシモンだろう。ほかに、スクルドという女やブルイネンというエルフ女は比較的しっかりとこっちを見ている。

 逆に、まったく見ていないのは、ロウの横にいるコゼという女やミウという童女だ。イットという獣人少女も完全に背を向けたままだ。

 ほかの者はちらちらと視線を向けたり、向けなかったりというところか……。

 

「そ、それよりも、いつまで胸ばっかり……。い、いい加減に……」

 

 おそらく、胸ばかり揉まれて、半ノスは過ぎていると思う。

 胸だけ責められて、これだけ追い詰められた感じがあるのは、股間にある異物の違和感が大きいからだ。

 クリスチナは、食事会に参加する直前に、ロウに施されて二本のディルドを股間とアナルに押し入れられているのだ。

 しかも、いまさらながら気がついてきたのは、奇妙なむず痒さが襲ってきていることだ。

 おそらく、なにかの媚薬を塗られているに決まっている。

 この数日間の調教で、ロウの扱う掻痒剤のえげつなさは、身にしみている。この痒み責めの末に、クリスチナはロウの言葉に逆らえない人形にしっかりと躾けられてしまったのであるから……。

 いや、数日間?

 そんなはずがない。

 ロウと書庫にこもったのは、せいぜい半日のことであり……。

 

「ふくううっ」

 

 そのときだった、

 突然に股間に埋め込まれていたディルドが震動を開始したのである。

 

「うう、くううっ」

 

 大きな声を出してしまったために、テーブルにいた全員がこっちに視線を向けてきた。

 視線を感じて、クリスチナは耳たぶまで上気してしまった顔をしかめて、禁止されているにもかかわらず、思わず下腹部を両手で押さえてしまった。

 がくりと両膝が折れる。

 

「手は身体の横って言ったでしょう、クリスチナさん」

 

 イライジャが笑うように言った。

 乳房を揉んでいた手を伸ばして示した手には、ロウから渡された貞操帯のディルドの操作具が握られていた。

 電撃だけでなく、こんなこともできるのかと悟った。

 

「や、やめてっ」

 

「これが犬の躾よ。しっかりと立ちなさい」

 

 股間の震動がとまった。

 クリスチナは脱力しそうになるのに耐えて、身体を真っ直ぐにする。

 やはり、なぜか、この食事会については、一切の命令に逆らってはないらないという衝動が襲う。

 

「おほっ」

 

 ところが次の刹那、今度は菊座を貫くディルドが激しく動き出した。

 

「だ、だめええっ」

 

 クリスチナは天井を仰ぐように全身を硬直させてから、その場にうずくまってしまった。

 一瞬にして大きな絶頂感が貫いて、この場で気をやってしまったのである。

 

「あらあら、まだまだ躾ができてない犬ね。立ちなさい」

 

 震動がとまったが、クリスチナはすぐには立てないでいた。

 すっかりと息があがってしまっているし、なによりも腰に力が入らない。

 すると、いきなり電撃が股間で炸裂した。

 

「ふぎゃあああああ」

 

 クリスチナは絶叫して悶絶し、その場にひっくり返った。

 

「立つのよ、犬」

 

 イライジャが冷たく言った。

 

「ええ、イライジャさんって、こんな性格なの?」

 

 声をあげたのは、ユイナだ。

 こっちを見て目を丸くしている。

 

「こんなのよ──。あたしも、エリカも、このイライジャには何度も、泣かされたんだから──」

 

 すると、ずっとロウに構っていたコゼがなぜか真っ赤な顔になって口を挟んだ。

 

「まあ、そのくらいでいいかな、イライジャ。じゃあ、その操作具をシモンさんに渡してやってくれ。婚約者をお返ししますよ。しっかりと、マゾに仕上がってますから、後はよろしくお願いします」

 

 ロウが笑いながら言った。

 

「あら、もういいの? じゃあ、これで終わりだそうです。ご苦労様でした、クリスチナさん。立てますか」

 

 イライジャが一転して口調を丁寧にして、手を差し出した。

 クリスチナは呆然としてしまった。

 

「……いや、今度は俺が預かろう。今夜はこれで失礼しますよ。明日の朝、辺境侯領のことをは詳しく話しましょう」

 

 シモンだ。

 気がつくと、食事のテーブルを立って、こっちにやってきていた。

 イライジャと交替するように、クリスチナのそばに立つ。イライジャはテーブルに戻る前に、貞操帯の操作具をシモンに渡していた。

 すると、シモンが床に落ちていた鎖をクリスチナの首輪にかけ直した。

 

「えっ、シモン殿?」

 

 驚いてクリスチナはシモンを見上げた。

 

「いつものように強い君もいいけど、今夜のように従順な君もいいな。久しぶりに興奮してきたよ。続きは寝室だ。ついてくるといい。犬のように歩きながらね……。その貞操帯を外す鍵はもらっている。だけど、それを外すのは、今度は俺の躾を受けてからだ。俺の婚約者なのに、他人の躾ばかりでは我慢できないからね」

 

 シモンが興奮した口調で言った。

 クリスチナはちょとだけ驚いたが、すぐにぞくぞくするような性的衝動に襲われて、頬をほころばせてしまった。

 

「どうか、躾けてください、ご主人様」

 

 クリスチナははっきりと口にして、四つん這いの姿勢になった。

 

 

 

 

(第5話『混沌の王国情勢』終わり)






 *


 中途半端ですが、とりあえず、本エピソードは終了です。次話は少しロウたちから離れて、少しだけカロリック国に舞台を移します。



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 第6話   女伯爵の行方【カロリック公国】
639 廃墟に来たふたり




 シズとゼノビアを覚えていますでしょうか?
 『329 王都の不穏と特別依頼クエスト』以来の再登場です。





「本当に、ひどくやられているわね、お姉様」

 

 シズは、腰に剣をさげ、荷物を背負った格好で城郭を出ていく方向に歩きながら言った。

 いや、城郭だった場所だったというべきかもしれない。

 カロリックの公都に近いシャロンという城郭だ。

 だが、建物の多くは焼け落ちており、あちらこちらには、建物のあった場所に瓦礫を利用して作った小屋のようなものが点在しているという情景だ。

 完全な廃墟の様相である。

 

 ゼノビアによれば、カロリック公国を征服したタリオ軍の指示によるものらしく、城郭への攻撃と略奪から三日ほどがすぎているという。

 しかし、十日ほど前に、公都に立ち寄る前に通り過ぎたときには立派な街だったのに、数日ぶりに戻ってきたいまでは、焼けた瓦礫だらけの街に変わっていた。

 

 人の死骸もたくさんあった。

 二十、三十とあちらこちらにまとまって転がっている。

 この城郭を守備していたなんとかという侯爵軍の兵の死体も多いが、女子供の屍体も多い。

 その中には明らかに陵辱してから殺したと思う女の死体も少なくなく、性器に棒を突っ込んでから身体を焼いたような若い女の死骸も幾つかあった。

 下半身だけが裸の幼い男の子も屍体も見た。

 そっちは焼けていなかったものの、そのために殺されたときに尻を犯されたとわかる痕跡を逆に見つけることになってしまった。

 とにかく、あちらこちらに酷い惨状が点在している。

 

「カロリックを暫定統治しているランスロットという若い将軍の命令らしいわね。ここの侯爵は、征服軍のタリオ軍に対して叛乱を企てたのよ。叛乱は未然に防がれたけど、報復はされたわ。これがそうね。まあ見せしめよ……。死体の埋葬も禁止されているらしいわ。この城郭の人たちは叛乱者が支配していた街の住民だから……」

 

 横を一緒に歩いているゼノビアも不快そうに顔をしかめている。

 ゼノビアはもともと傭兵あがりの冒険者であり、こういう戦場跡は見慣れていると思う。しかし、そのゼノビアが気味悪そうにしていた。

 また、シズも元来は冒険者ではあるが、何回か傭兵に加わって小さな戦闘に参加をしたことがある。

 だから、戦場跡を見るのが初めてというわけではないのだが、目の前のシャロンの街は、これまでに接したどの戦場よりも残酷な惨状だった。

 

 徹底的な破壊と殺戮が行われたのは明白であり、間違いなく抵抗力を奪った後に、街全体に対して略奪と凌辱をしたのだろう。

 死んでいる市民はほとんどが武器らしきものは持っていなかった。

 兵も同じだ。

 だから、シズは降伏した兵の武装解除をしてから、処刑したのではないかと思っている。兵たちの死骸もそんな感じだったのだ。

 

「つまり、領主が逆らったから、関係のない民衆を残酷に殺したということ? だけど、こんなことってある? 面白がって殺したのが丸わかりじゃないの。きっと、こんな蛮行をしたタリオ軍への憎しみが起きると思うわ」

 

 シズは憤慨して言った。

 すると、ゼノビアが歩きながら首を横に振った。

 

「ああ、違うのよ。略奪をしたのは、タリオ軍じゃないわ。タリオ軍に一番最初に投降したビンセット伯爵というカロリックの将軍よ。いえ、いまは侯爵だったかしら……」

 

「えっ? どういうことなの、お姉様?」

 

「だから、カロリック公国を暫定統治しているランスロットという若い将軍の命令らしいけど、これをしたのは、カロリックのビンセット将軍なのよ。だから同胞ね。実のところ、ランスロット将軍の名は表には出てないわ。この街の人たちはタリオ軍に襲撃されたと思ってないわ」

 

「えっ、そうなの?」

 

「タリオ軍が裏にあると教えたのは、あたしの握った情報によるものよ。民衆に耳を傾けたらわかるけど、彼らの怨嗟の対象は、タリオ軍ではなく、そのビンセント卿よ。それと獣人ね」

 

「獣人?」

 

 意外な言葉を聞いたと思った。

 一般に獣人族の地位は、どの土地でも、ほかの種族に比して低いのだが、このカロリックは、特に獣人差別が支配的な土地柄だ。

 だから、獣人が虐げられているという印象はあるが、恨みの対象だというのはぴんとこない。

 

「ビンセント卿は、こういう襲撃の先鋒に獣人隊をとりこんでいるのよ。獣人たちはずっと差別されてきて、あちこちで虐待されていたからね。こういう機会を与えれば、人間族には容赦ないわ」

 

「じゃあ、これは獣人隊がしたことなの?」

 

 シズは驚いた。

 

「全部ではないと思うけど、先頭には彼らがいるので、獣人隊の印象は強いようね。あたしが聞き込んだだけでも、人々の恨みはビンセント卿と獣人族に集まっていたわ。一時期は征服者のランスロット将軍への怨嗟の声が強かったけど、いまは専ら獣人隊ね。虐げられていた獣人を支配層に取り込んだのはランスロット将軍みたいだけど、計算してやっているなら、随分とうまいことを考えたと思うわね」

 

「そんなあ……。うまいことって、こんな残酷なことが? しかも、ランスロットという若いタリオの将軍は、自分の手を汚さずに、降伏をしたカロリック公国の者や獣人をうまく使って、タリオの統治に反対する者を容赦なく取り締まっているということなんでしょう?」

 

 電撃のように始まったタリオ公国によるカロリック侵攻だったが、すでに十日ほど前についに、カロリックの公都が落城して、カロリック公国はすでにタリオ公国に降伏をしてしまっていた。

 しかし、それでもまだタリオの支配に抵抗している勢力もいて、彼らに対する討伐はまだ南側の地域を中心に続いているという状況だった。

 そもそも、十日前に行われたカロリック公都侵攻の際には、女大公のロクサーヌが逃亡していて、彼女の身柄がまだタリオ軍に渡っていないのである。

 だから、大公府としては降伏に合意したものの、肝心の女大公が逃亡したままなので、侵略が完了したのかどうか、微妙な感じらしい。

 だから、公国全体がまだまだ、戦争の真っ最中という感じのままなのだ。

 

 もっとも、実のところ、ほとんどのことについては、シズには興味はない。

 ただ、こんな酷い(いくさ)など、早く終わって欲しいと願うばかりのことだ。

 

「そういうことね」

 

 ゼノビアは頷いた。

 

「なんて卑怯な男なのよ、そのランスロット将軍って……」

 

 シズは憤慨して言った。

 すると、横を歩いているゼノビアが苦笑のような表情を浮かべたのがわかった。

 

「だってタリオ公国は征服者よ。支配を確かにするためには、どうやったって、最初は容赦のない処置がいるのよ。それを自分たちでするわけじゃなく、この国の貴族を取り込んでやらせて、さらにその実行部隊に、この国で差別されていた獣人族を使うなんてうまいやり方よ」

 

 ゼノビアは言った。

 しかし、シズはゼノビアがこの惨状に理解をしたような物言いをしたことが信じられなかった。

 

「こんなことをした者の味方をするの?」

 

 シズはびっくりした。

 すると、ゼノビアが横からがばりとシズの肩を抱き寄せて、身体を密着させてきた。

 

「可愛いシズ、あたしだって、この惨い状況に納得しているわけじゃないのよ。ただ、ランスロットという将軍は、真面目な優等生的な性質だと聞いていたけど、征服者の立場に回ったら、本当に容赦ないのだなあと思っただけよ……」

 

 ゼノビアが肩に回した手をシズの乳房に動かして、服の上からぎゅっと胸を揉んできた。

 

「あん、お姉様――」

 

 思わず甘い声を出してしまい、シズは恥ずかしくて身体が熱くなるのを感じた。

 ゼノビアが笑いながら、シズを解放した。

 

「もう、お姉様ったら」

 

 シズは自分の胸を抱くようにしながら、ゼノビアに向かって頬を膨らませた。

 

「ふふふ、それよりも、クエストのことよ。シズも知ってるとおり、ここ廃墟の聞き込みでは有力な情報には当たらなかったわ。別の街に移動するわよ」

 

 ゼノビアがさらに笑い声をあげた。

 シズは頷いた。

 

 シズとゼノビアがカロリック公国にやってきたのは、ハロンドール王国の冒険者ギルドによる指名クエスト、つまりは、あのミランダから命令された特別指令のためである。

 すなわち、ハロンドールの南部地域に自領を持つ女伯爵のテレーズ=ラポルタとそのひとり娘の令嬢を探すというクエストであり、その行方を追っているうちに、このカロリック公国にやってくることになったのである。

 

 女伯爵のテレーズ=ラポルタといえば、ハロンドールの王都にるルードルフ王付きの女官長としてやってきてから、短い期間で国王をそそのかして悪政に導いた悪女だ。

 いまや大混乱になっているらしいハロンドールの騒乱の元凶のような女である。

 ところが、そのテレーズは実は偽者であり、本物の女伯爵と令嬢は実は行方不明になっているというのがミランダの話だった。

 

 半信半疑だったが、ラポルタ領に向かって調べたところ、確かに、本物の女伯爵らしき人物が領地から密かに連れ出されて、どこかに向かった形跡があったのだ。

 つまり、ミランダの言葉のとおり、誘拐されて奴隷として売られたらしいその人物が存在しており、しかも、彼女たちは本当に女伯爵と令嬢のようだったのだ。確かだと考えるに値する証拠も見つけた。

 それから、ゼノビアとともに彼女たちの行方を追って進むうちに、カロリック公国にやってきて、運悪くこうやって、タリオ軍によるカロリック侵攻に巻き込まれてしまったということだ。

 

 それはともかく、このカロリックに入ってから、ゼノビアは本物の女伯爵を追いかけるための情報集めだけではなく、タリオ公国とカロリック公国の戦いについての情報を積極的に集めるということをしていた。

 だから、街の噂だけでないタリオ軍やカロリック政府の内情のようなことにかなり精通しているようなのだ。

 どういう伝手があるのか知らないが、大公府内の情報を集める手段があるらしく、カロリックに入ってからは、冒険者ギルドをはじめとして、酒場などでも情報屋らしき人物と幾度も接触をしているのに接した。

 それは、本物のテレーズ探しに役に立つというよりは、ゼノビア自身の好奇心によるもののように感じてはいるが……。

 

「まあ、ここで手掛かりがなかったわけじゃないけどね。後で教えるわ。いずれにしても、この街には女伯爵と令嬢はいないわ。それだけは確かよ」

 

「えっ、情報が?」

 

 シズは街の外に向かって歩きながら、ゼノビアを見た。

 聞き込みは二手に分かれてやったが、有力な情報にゼノビアが触れていたのは知らなかったのだ。

 

「ええ、とにかく、後でね……。どっちにしたって、女伯爵が売られた娼館がここにあるというのは偽情報だったわ。やっぱり、ほかの情報に向かうことになるわね」

 

 ここにやってきたのは、女公爵が秘密裏に売り飛ばされた場末の娼館がこの街にあるという情報を掴んだからだ。

 テレーズ親娘が売られた先というのは幾つかの候補があり、このシャロンはそのひとつだった。

 しかし、こうやってやってくると、売られたどころか、街そのものが残っていなかった。娼館のあった場所に向かい生き残っている者に食料と交換で話を聞いたが、どうやら、ハロンドールから連れてこられた人物はいないみたいだった。

 ただ、いまの話によれば、ゼノビアはゼノビアで、なにかの有力な情報を掴んだらしいが……。

 

「わかった、お姉様……。だったら、早くこの嫌な場所から抜けましょうよ……。だけど、このクエストって、報奨金もらえるのよねえ……? ハロンドールの王都って、かなり混乱しているみたいだけど……」

 

 シズは嘆息した。

 ハロンドールから離れているシズたちだったが、ハロンドール王都の混乱は耳に入ってくる。

 情報も錯綜しており、どこまで本当かもわからないのだが、あの美人で無邪気そうだった神殿長のスクルズがルードルフ王によって処刑され、それをきっかけに王都では大規模な暴動が起きかけたという。

 しかも、それこそ眉唾物だが、スクルズが暴徒たちの目の前で天空神に召還されたといい、王都では彼女こそ、天空神の御使(みつ)いだったのだと信仰のようなものまで拡がりつつあるという。

 しかし、あの外面はいい淫乱巫女の内実を知っているだけに、シズも、スクルズ御使い説には眉をひそめたくなる。

 まあ、処刑されたのは可哀想だとは思うが……。

 

 さらに、王都内の貴族夫人や令嬢が王宮に集められ、それを王が凌辱していて、その映像が毎日のように王都に流れているとか、王国の南部では大規模な賊徒の叛乱があり、大きな侯爵領が賊徒の支配に陥ったままだとか、信じられないことばかりだ。

 

 とにかく、大混乱だということだけはわかる。

 しかし、こっちの冒険者ギルドを通じてミランダと連絡を取りたいと思っても、シズたちが出立するときにはすでに地下に隠れていたミランダには魔道通信を繋げる方法が見つからない。

 本当にどうなっているのか……。

 

「まあ、それについては、ただ働きにならないように祈るばかりね。最悪、女伯爵を救出するんだから、伯爵自身が礼金は出すでしょうし」

 

「でも、奴隷の首輪をされて、一介の性奴隷として売られてるんでしょう? 見つけたのが本物のだとしても、とって変わられているんだったら、なにもかも失っているかもしれないわ……」

 

 シズは言った。

 すると、ゼノビアが考え込む感じになり、しばらくしてから困ったように溜息をついた。

 

「……最悪は、ロウ殿に礼金を肩代わりしてもらうわ。ミランダはロウ殿の女なんだし、ロウ殿が元気で生きていることもわかったしね。エルフ女王の恋人としてね……」

 

 ゼノビアが言った。

 ロウの居場所がナタル森林内のエルフ族の都だとわかり、しかも、エルフ女王のガドニエルを恋人にしたとわかったのは、数日前のことだ。

 女王の魔道で大陸中に流れた英雄式典の映像をシズとゼノビアもこっちの冒険者ギルドの中で視聴したのだ。

 知らないあいだに、向こうでとんでもない陰謀に巻き込まれていたということにも驚いたが、あのガドニエル女王が世界中の者たちに姿を現し、しかも、人間族のロウに映像の中で堂々と口付けを交わしたのには、自分の頭の方がおかしくなったのかと思った。

 しかし、事実なのだ。

 いまや、ロウ=ボルグというシズたちを犯したあいつは、大陸で最も有名な人間族かもしれない。

 

「ロウさんに、早く会いたい気もするね……」

 

 シズはなんとなく言った。

 あんなに怖い目に遭わされたロウだったが、しばらく会えないでいると、妙にロウが懐かしい。

 会いたい。

 身体の奥底がなんとなく落ち着かないのだ。

 どうしてこんな気持ちになるのか、自分でも理解できないが、いまはとてつもなくロウがいとおしい気さえする。

 身体が疼くのである。

 

 ロウたちがハロンドールの王都を出ていって以来、ずっと身体の奥底にある芯のような場所がぶすぶすと焼けるような、あるいは子宮の奥が痛むような心地の悪い疼きが続いていた。

 ずっと、この気持ちの悪さの正体がわからなかったが、あのときロウの映像を見たことで、シズはロウに犯されたあのセックスを求めているのだと悟ってしまった。

 

 その日の夜、ゼノビアに隠れて、ロウのことを考えながら自慰をした。

 ゼノビアとの情交と勝るとも劣らない快感に襲われた。

 心はともかく、身体については、悔しいけどロウに凌辱されたあのセックスが忘れられないのだとわかってしまったのだ。

 

 すると、突然に、再びぐいとゼノビアからいきなり抱きしめられた。

 

「きゃっ、お姉様──」

 

 シズは戸惑って声をあげた。

 

「ひどいわねえ。あたしという恋人がいるのに、あいつのことを想うなんてね。こんな裏切りを受けるなんて寂しいわ」

 

 ゼノビアが、シズを抱き締めながら、拗ねたような口調で言った。

 シズははっとした。

 

「ち、違うの、お姉様――。も、もちろん、お姉様が一番なの。ほ、本当よお」

 

「うーん、じゃあ、二番はロウ殿なのね。この浮気者めえ――」

 

 ゼノビアの憤慨したみたいな言葉で、シズは自分の失言に気がついた。



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640 お熱いのがお好き?

「ち、違うの、お姉様――。も、もちろん、お姉様が一番なの。ほ、本当よお」

 

「うーん、じゃあ、二番はロウ殿なのね。この浮気者めえ――」

 

「あっ、そ、そうじゃなくて……」

 

「わかってる。わかってる。あいつの精を求めて身体が熱いんでしょう? 気がついてるわよ……。きっと得体の知れない力があいつの精にはあるのよ。むかつくけど……。でも、その正直さは可愛いわ。ういやつ、ういやつ」

 

 ゼノビアは笑いながら、シズを物陰に連れて行ってしまった。

 略奪が終わってまだ数日も経っていないというのもあるのか、ほとんどの住民は呆けたようにところどころに集まってじっとしているだけだ。

 だから、街の全体的に動く者があまりいなくて、通行人という者がほとんどいない。従って、物陰に隠れてしまえば、誰かの視線にさらされる気配が消滅してしまうのだ。

 それがわかっているのだろう。

 シズを物陰に押し込むと、ゼノビアは、昼間だというのに大胆にも、シズの背中を瓦礫の柱に押しつけて、手をスカートの中に入れて、下着に手をかけてきた。

 

「ま、待って、お姉様、ここはいやよ。あちこちに死んだ人だっているのよ」

 

 シズは頬を強張らせた。

 いくらなんでも、こんなところで破廉恥なことはできない。

 

「だけど、シズの心にあたし以外が巣食っているというのは嬉しいことじゃないわ。シズはあたしのものだしね。だから、考えたんだけど、これは荒療治が必要なのかなあって……。たって、シズにとって、いまのところ、ロウ殿が唯一の男でしょう? それが余計にシズの心を縛ってるのよ。だって、女って、最初の男は忘れられないっていうわ」

 

「あたしの最初はお姉様よ……。男なんて数には入れないわよ。だけど、いま、荒療治って言った?」

 

「まあね……。いいから力を抜きなさい。あんたがこういうことが好きなのはわかってるのよ。それとも逆らうの?」

 

 ゼノビアがぐいぐいと迫ってくる。

 シズは焦ってきた。

 

「ねえ、お姉様、こ、こんなところでやめましょうよ。どんなことをされてもいいけど、ここは危ないわ。みんな殺気立っている、襲われたりしたら……」

 

「つべこべ言うと、あんたを全裸にして素っ裸で歩かせるわよ。そんな者もここでは珍しくないんだから」

 

 ゼノビアがシズのスカートの中で下着を掴んだ。

 確かに、略奪から生き残った者には、服さえも失い裸に近い者も少なくない。

 だけど、こんな野外で裸にされるなど……。

 

「ま、待ってったら……」

 

 シズは、スカートの中で下着を握っているゼノビアの腕を掴んだ。

 

「手をは、な、し、な、さ、い」

 

 ゼノビアがシズに向かって微笑みかけてきた。

 しかし、ゼノビアの目が笑ってないことに気がつき、シズは困惑してしまった。

 

 あるいは、この惨たらしい情景の中で、シズとは違う意味で、ゼノビアも冷静ではいられないのかもしれない。

 あちこちから漂う死臭や人間の肉が焼けた臭いには、シズだって頭がおかしくなりそうだ。

 この廃墟にある異常な雰囲気がゼノビアを変にしている気もする。

 

 とにかく、シズを襲うゼノビアの眼は血走っていて、異常なほどに興奮していた。

 こんな風になったら、もうゼノビアはとめられないと思った。

 いずれにしても、シズはすっかりとゼノビアの言いなりになるように、心も身体も調教されている。

 迫られてしまえば、どんなことでも逆らうことなどできない。

 シズは抵抗をやめることにした。

 ゼノビアの腕から手を離す。

 すると、立ったまま、するすると下着を足首までおろされてしまった。

 

「あっ」

 

 シズは小さな声をあげた。

 脚のあいだに、強引にゼノビアの片脚を割り込まされたのだ。

 これでシズは脚を閉じることができなくなった。

 

「手を後ろで組みなさい。いやらしいシズのおまんこをあたしに見せるのよ」

 

 ゼノビアが耳元でささやいた。

 仕方なく、シズは両手を背中で組んだ。

 すると、スカートを腰の上までたくし上げられた。

 

「あんっ、やっ、お姉様──」

 

 股間に触れた外気のひんやりとした感触に、シズは思わず身体を捻って股を隠そうした。だが、ゼノビアは片腕でしっかりとシズの腕を掴んで、それを許さない。

 

「なんだかんだ言って、しっかりと濡れているじゃないのよ。この淫乱女──」

 

 ゼノビアが目を充血させて、合わせ目に指をなぞりあげてきた。

 

「うっ、くううっ」

 

 シズは息を弾ませてしまった。

 ゼノビアの言葉のとおり、ここでゼノビアに襲われた瞬間に、シズは激しく股間を濡らしてしまっていた。

 そうなるように、躾けられてしまっているのだ。

 

「ほら、舌を出して。いいと言うまで出したままよ」

 

 ゼノビアの命令により、シズは口から舌を出した。

 すると、その舌をゼノビアの口が包む。

 一方で、股間ではゼノビアの指が挿入されて本格的な愛撫が開始された。淫らな音が口と股間で鳴り出し、それとともに激しい快感の波が全身を襲い始める。

 

「んはっ、ああ、お、おねえしゃま……」

 

 シズはゼノビアと激しく舌を絡ませながら、口づけの合間に声を出した。

 気持ちいい……。

 肉の悦びが全身を席巻する。

 

「おふっ、んんんんっ」

 

「淫乱なまんこねえ。しかも、火傷するかと思うほど熱い。やっぱり、こんな風に辱しめられるのが好きなんじゃない。とにかく、ロウなんて、シズの頭から追い出してあげるわ。シズはあたしのものなんだから……。ほら、いくのよ」

 

 股間に挿入している指が二本になるとともに、親指でクリトリスを軽く押し揉むように動かされた。

 

「んくううううっ」

 

 衝撃が股間から脳天を貫き、シズは身体を震わせて軽く達してしまった。

 

「いやらしいわねえ。ここをどこだと思っているのよ──。こんなところで絶頂? 信じられない──」

 

 しかし、ゼノビアの責めは終わらない。

 愛撫を続けながら、いったん口を離したゼノビアがシズを口汚く罵った。

 大好きなゼノビアに罵倒され、大きな被虐の興奮がシズを襲う。

 

「ああ、お姉様、そんなこと言わないで……。あっ、あああっ」

 

 股間の愛撫は続いている。

 あっという間に二度目の波が襲ってきた。

 

「今度は我慢しなさい。許可なく達したら罰だからね」

 

 ゼノビアが笑った。

 だが、指による愛撫が激しくなる。

 これでもかというくらいに、しつこくクリトリスを責められる。

 

「うぐううっ──。無理いいいいい」

 

 シズは絶叫した。

 快感の旋律が砲弾のように脳天を突き抜ける。

 必死に耐えたが、それをあざ笑うかのように、衝撃が追い打ちする。

 

「いぐうううう」

 

 シズは呆気なく昇天した。

 ゼノビアがシズの股間から手を抜くと、支えのなくなったシズはその場にしゃがみ込んでしまった。

 腰が抜けたみたいになったのだ。

 

「はしたないわねえ。少しくらい我慢できないの。許可なく達したら罰だと言ったでしょう」

 

 ゼノビアが呆れた声を出す。

 

「ご、ごめんなさい、お姉様……」

 

 シズは意気消沈して言った。

 すると、ゼノビアがシズを抱くようにしながらしゃがみ込んだ。

 なんだろうと思ったら、背中越しに手錠をかけられてしまった。シズの両手は最初のゼノビアの言いつけに従って、いまだに背中で組んだままだったのだ。

 しかも、瓦礫の柱があり、それに両手首を拘束するようにされてしまった。

 シズはびっくりした。

 

「ど、どうして、お姉様──。離れられないわ──。どうしたの? 外してよ」

 

 両手を揺すったが、しっかりと立っている柱に手錠をかけられたので、シズは動けなくなってしまった。

 それだけでなく、ゼノビアは足首にも手錠をかけてしまう。

 さらに、目隠しも施された。

 

「罰だと言ったでしょう。まあ、ここなら誰も来ないわよ。夕方までここにいなさい。あたしはもう少し聞き込みをしているからね。誰にも見つからないようにしてるのよ。ふふふ……。それと、剣も荷物も預かっておくわ。しばらく愉しんでね」

 

 ゼノビアがそう言って、さっと荷と剣をシズから剥ぎ取る。   

 続いて、ゼノビアが遠ざかっていく気配がした。

 シズは驚愕した。

 

「待って──。置いていかないで、お姉様──。怖いわ。嘘でしょう──」

 

 声をあげた。

 しかし、ゼノビアは本当にどこかに行ってしまった。

 それは気配でわかった。

 シズは動顛してしまった。

 こんなところに拘束されて、しかも目隠しをして放置されてしまったのだ。

 ゼノビアを呼び戻そうと思ったが、急に怖くなって声を出せなくなった。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらいの時間が経っただろうか……?

 

 誰かが近づいてくる気配がして、シズははっとした。

 ゼノビアか──?

 しかし、足音は複数だ。

 シズはすくみあがった。

 

「ほう、本当だな。こんなところに、エルフのべっぴんが落ちているぜ。しかも、拘束されてんのか?」

 

「上玉だろう? こりゃあ、金になるに決まっている。さっきあんたが言った女衒に伝手があるんだろう。売り飛ばそうぜ。だが、見つけたのは俺だ。しっかりと分け前はもらうぜ」

 

「ああ、わかったよ。だが、その前に味見しようぜ。こんなべっぴんは滅多にいないしな」

 

 シズはびっくりした。

 ゼノビアではない。

 しかも、人売りだ。

 シズをどこかに連れて行って売ろうとしているのだ。

 

「やめとけ。見ていたいが、この女の連れがいる。こういう遊びをするような仲らしいが、さしずめ放置責めというところのようだぜ。だから、すぐに戻ってくる可能性がある。それよりも早く連れてくんだ」

 

「連れ? だったら、そいつもついでに……」

 

「馬鹿野郎──。隙のなさそうな女冒険者だったぜ。俺たちの腕じゃあ、反撃されて殺されて終わりだ」

 

 目の前の男たちが言った。

 シズは絶叫して、助けを呼ぼうとした。

 

「おっと、静かにしな」

 

 しかし、拘束され、目隠しまでされていては抵抗も不可能だ。

 あっという間に、鼻と口を布で押さえられてしまった。

 

「んぐっ」

 

 強い刺激臭を感じたと思った。

 そして、その途端にシズは意識を失ってしまった。



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641 囚われの女冒険者

「ううう、くそう……」

 

 シズは天井からぶら下がっている鎖によって、後手に縛られた縄尻を吊られて立たされた格好で小さく悪態をついた。

 ここがどういう場所なのかわからない。

 ただ、石牢のような場所だと知れるだけだ。

 

 四周を石壁に囲まれていて、出入り口は正面の壁にあるが、人間がしゃがんでやっと通り抜けられるほどの高さの鉄格子の扉であり、頑丈そうな鍵が鉄格子の向こう側に嵌まっているのが覗いている。

 その鉄格子の向こうにやはり、石畳の廊下のような場所であるみたいであり、雰囲気からはどこかの地下牢を思わせた。

 しかし、その廊下からの燭台の明かりが辛うじてここを薄暗く照らしているが、あまりにも暗くてよくはわからない。

 また、話し声のような声もするが、それはシズが監禁されているこの場所とは、かなり遠い場所から聞こえている。残念ながら話し声の内容までは聞き取れない。

 そういう場所に、シズは一糸まとわぬ素っ裸で、縄で後手に縛られて、天井から吊されて立たされているのだ。

 

 どうしてこういうことになったのか、まだうまく理解できない。

 本物のテレーズ=ラポルタ女公爵母娘を探すというクエストによって、ゼノビアとともにカロリック公国にやってきた。

 そして、廃墟となったシャロンの城郭を歩いている最中に、そのゼノビアから放置責めを仕掛けられ、拘束のうえ目隠しをされて置いてけぼりにされたのだ。

 そのときに、すぐに得体の知れない男たちに見つかり、そのままさらわれてしまったというわけだ。

 

 記憶にあるのはここまでだ。

 あのとき、あっという間に、薬のようなものを嗅がされて意識を失い、気がつくとここに監禁されていた。

 武器どころか、下着さえも剥ぎ取られて完全な素っ裸になっていた。

 気がついたときには、いまの状態で天井から後手縛りの縄を吊られて立たされていたということである。

 

 意識を戻してから視界に入った者はいない。

 シズは、ひとりだけで放置をされていたのである。

 廊下から聞こえる話し声の男たちに対して、大声を出して状況を探る手がかりを得ることも考えたが、この拘束が解けない以上、それが得策とは思わなかった。

 それよりも、このまま意識を失った振りをして、誰かがやってくるのを大人しく待ち、逃亡の機会を狙う方がいいのではないかと思い、こうやってずっとじっとしたまま上体を倒したままでいる。

 いずれにしても、ずっと後手の縄を解こうとしているが、しっかりと関節を極めて縛ってあり、どんなに時間をかけようとも、解ける感じはしなかった。

 つまりは、シズを縛った相手は、それなりの玄人ではないかと思う。

 

 それにしても、あまりにも不自然なことだらけだ。

 ゼノビアが「嗜虐責め」の一環として、隠微な仕掛けをしてシズを放置したり、あるいは、人目のある場所でシズを辱めること自体は珍しいことではない。

 シズとゼノビアは、女同士で性交をするような関係であるが、かなりの嗜虐癖のゼノビアがシズを苛め抜いていたぶるという関係でもあり、そのゼノビアに徹底的に躾けられたシズは、いまや、完全な被虐の性癖に染まらされてしまっている。

 

 ゼノビアにあんなことをされるのは、ふたりの日常なのだ。

 だが、それでいて、こういう危険に遭遇したのは初めてのことだ。

 その点、ゼノビアはしっかりとしているのだ。

 どんなことをされても、ゼノビアは、必ずシズを守るという信頼はある。だから、シズは、「百合責め」のときのゼノビアに完全に身を委ねるのだ。

 

 しかし、シズは捕らわれてしまった。

 だからこそ、ゼノビアがシズを放置して立ち去った直後に不審人物が現れてシズを誘拐したのは、とても奇妙なことのように思える。

 もしかしたら、ゼノビアが裏でなにかの糸を引いているのではないか……。

 そんな気がした。

 

 そもそも、ゼノビアはおかしなことを喋っていた……。

 シズがロウのことに未練があるようなことを口走ったことで、荒療治が必要だとか……。

 

 そのときだった。

 突然に牢の外から男の笑い声がしたのだ。

 はっとして、顔をあげそうになったけど、シズは我慢した。考えていたとおりに、まだ意識を失っている演技をすることにしたのだ。

 

「おや、まだ意識がねえのか? そろそろ起きてもいいころなんだけどな」

 

 シズは薄眼で、正面の低い鉄格子に視線を向ける。

 そこには、見覚えのない男がこっちを覗いていた。

 しかも、ふたりいる。

 

 自分の格好を思い出してはっとした。

 だが、耐える……。

 すると、金属音がして鉄格子が開いた。

 若い男がふたり、四つん這いになって入ってきた。

 燭台を持っている。

 部屋の中は明るくなったが、シズは脱力したまましっかりと目を閉じた。

 

「だが、いい身体しているよなあ。さすがはエルフだぜ。あんな新入り野郎だけにいい思いをさせるなんざ、もったいねえぜ」

 

「まったくだ。まあ、どうせ娼婦に仕上げれば、何十人、何百人と客を取らされて壊れるんだし、まだべっぴんのうちに味わっとこうぜ。耳に挟んだけど、エルフだけど、魔道は遣えねえそうだ。だから、魔道封じさえも必要なかったみたいだ。心配ねえ。ばれねえよ」

 

「へえ、だったら、いくらでもやり放題じゃねえかい」

 

 ふたりが下品な笑い声をあげて、シズの前後に立つのがわかった。

 シズは、ふたりがずっと廊下の遠くから聞こえていた話し声を同一人物だと悟った。もしかしたら、このふたりは見張りであり、シズがここに監禁されていることを知っていて、話しをしているうちに、シズを悪戯しにやってきたのかもしれない。

 いや、そうだろう。

 シズは目を開いて身体を起こした。

 

「舐めるんじゃないわよ、ちんぴら──。あたしに指一本でも触れたら容赦しないからね」

 

 咄嗟に啖呵を切る。

 目を開いて見ると、目の前の男は随分と若い気がした。

 むしろ、少年といっていい。

 しかし、まともな仕事をしている者じゃないことは一瞬でわかった。

 目の前の少年だけじゃなく、後ろからもはっとするような息遣いが聞こえた。だが、それもまた、すぐに笑い声に変わった。

 その声も若い。大人になりかけの少年というところだ。

 

「こりゃあ、驚いた。起きていたのかい。まあ、だったら都合がいいぜ。意識のねえ女を犯しても面白くねえしな」

 

「せいぜい泣き叫びな。どうせ、大声はりあげたところで、どこにも聞こえねえ、地下牢だしな」

 

「聞こえたとしても、クルチザン教会のど真ん中だ。お前を犯しに来る男が増えるだけだ」

 

 少年たちが代わる代わる嘲笑する。

 よく喋る男たちだと思ったが、おかげでシズが置かれている事情が飲み込めてきた。

 “クルチザン教会”というのは、言葉のとおりの宗教施設ではない。奴隷専門の大娼館の店の名前であり、テレーズ=ラポルタ女伯爵が女奴隷として売り飛ばされた先かもしれない場所として、ゼノビアとともに候補にあげていた相手である。

 しかし、クルチザンの経営する店は、カロリック公国内だけで二十は超え、さらに表には出せない女を娼婦として抱かせる闇娼館もあるという噂であり、シズたちもまだ十分に情報を集めきっていない状態だったのだ。

 

 そのクルチザンに連れて行かれた?

 やはり、これは偶然ではない気もした。

 いずれにしても、そのクルチザンの地下牢?

 つまりは、クルチザンの闇娼館の施設にさらわれたのか?

 とにかく、もっと情報を……。

 

「クルチザン教会の闇娼館ということ? あの廃墟のシャロンにそんなものがあったの?」

 

「シャロン? あの獣人どもが襲った城郭か? ああ、そういえば、こいつはそっから運ばれてきたんだったな。いや、ここはファンゴルンだ」

 

「ファンゴルン?」

 

 ファンゴルンというのは、カロリック公国の公都だ。

 シズは、シャロンから公都まで運ばれたということか……。

 

「とにかく、たまんねえぜ。いい生えっぷりだ。ちょっと薄目だけどな」

 

 正面の少年がシズの太腿の付け根にすっと手を伸ばした。

 

「なにすんのよ──」

 

 かっと頭に血が昇ったシズは、片脚で正面の少年の脚を払った。

 犯されることくらいは承知で、このお喋りなふたりからもっと情報を搾り取ろうとおも考えていたのだが、陰毛のことを言われて激情が込みあがってしまったのだ。 

 ハロンドールでゼノビアとともに、ロウたちに囚われたとき、ロウたちに手を出そうとしたお仕置きとして、ゼノビアと並べて陰毛を剃りあげられた。

 あれから、やっと生えてきたのだが、少年たちが陰毛に話題を触れたことで、あのときの恥辱と恐怖が沸き起こった。

 そして、それが一瞬後に激怒に変化したのである。

 

「うわっ」

 

 正面の少年がひっくり返る。

 そのまま急所を踏み潰す。

 

「んごおおおおっ」

 

 倒れた少年が七転八倒する。

 

「あっ、なにしやがる、こいつ──」

 

 後ろ側の少年がナイフを抜いた気配がした。

 シズは後ろ蹴りでそいつの横っ腹を跳ね飛ばす。

 

「ぐあっ」

 

 二人目も蹴り飛ばされて、床に倒れる。

 

「く、くそう、よくも……」

 

 しかし、そいつはすぐに起きあがった。

 手に持ったままの刃物をシズに向ける。

 

「このシズ様を見くびるんじゃないわよ──。それ以上、近づいてごらん。あんたも、金玉蹴とばすわよ──」

 

 もしかしたら、ゼノビアの仕組んだことじゃないかという考えはすっ飛んだ。

 いまは、激しい怒りがシズを覆っている。

 

「股ぐらを丸出しで、手も縛られて、よくも盾突けるなあ。覚悟はしてんだろうなあ」

 

「やれるものなら、やってごらんなさい──」

 

 さっきの口ぶりなら、シズはこのクルチザンの闇娼館で娼婦として店に出させるつもりのはずだ。

 だったら、刃物で傷などつけるわけがないが、目の前の少年の眼は血走っている。

 なにをするかわからない……。

 そもそも、そんな知恵の回る者たちには思えない。

 

「ちょっとくらい傷つけても、治療術で回復できるさ。丸裸で縛られて抵抗できるならしてみな。寸刻みにしてやるからな──」

 

 脅かすつもりだとは思うが、少年が刃物をシズの胸近くに、さっと振った。

 シズは天井から吊られている身体を回転して避ける。

 また、刃物を出してくる。

 再び、身体を回して避ける。

 すると、少年が笑い出した。

 

「へへへ、小さい胸でよかったな。小さいから刃物が当たらねえぜ」

 

 必死に刃物を避けるシズの姿が面白かったのだろう。

 少年が下品に笑った。

 シズはまたもや、かっとなった。

 

「余計なお世話よおお──。小さいのもいいって、言われたんだから──」

 

 脅すつもりで深く足を踏み入れてきた少年に向かって、再び蹴りを繰り出す。

 膝を蹴り割るつもりで、蹴り込む。

 

「んがああああ」

 

 刃物を持っていた少年がその場に倒れる。

 シズは刃物を握る手を力の限り踏む。

 指の数本が折れる感触が足の裏に伝わってきた。

 しかし、一瞬、我に返った。

 小さいのがいいと言われた……?

 それを言ったのは、ロウじゃなかったか……。

 さんざんに、シズを犯しながら、ロウはシズが女として美しいとも、可愛いとも言った。

 拘束されて惨めに犯されたが、そのときだけは嬉しかった……。

 

 えっ、嬉しかった?

 シズは自分の思考に当惑した。

 

「いてえええっ、ち、畜生──。殺してやる──」

 

 腕を押さえて起き上がろうとしたところをシズは顎を蹴りあげて、ふっとばした。

 後ろに倒れたそいつが石壁に頭を打って静かになる。

 

 そのときだった。

 廊下がばたばたとして、数名の男たちがやってくる気配がした。

 そのまま、新たに誰かが入ってくる。

 腰をかがめて、新たに石牢に誰かが入ってきた。だが、まだ外に幾人がいる気配がある。

 

「やれやれ、この女が縛られてよかったなあ、お前ら……。いま頃、素っ裸で縛られた女に殺されていたところだぜ。だけど、俺は言ったはずだぜ。そいつは、(ブラボー)ランクの冒険者だとな」

 

 入ってきた男が石牢の中の光景を眺めて、呆れたように言った。

 無精ひげの肌の黒い筋肉質の男だ。

 もちろん、見覚えはない。格好な冒険者風であり、腰に年季の入った短剣を吊っている。

 だが、声に聞き覚えがある感じはした。

 もしかしたら、あのとき、薬で気絶させられるときにいた男のひとり?

 

「や、やまかしい、新入り──。お、お前だけがいい思いするなんて、許されることじゃねえんだよ」

 

 顎を蹴られた少年が蹴られた場所を手で押さえながら怒鳴った。

 また、最初に睾丸を蹴りあげて倒した若い少年も、やっと身体を起こす。

 

「それで、のされれば世話ないんだよ。ばーか」

 

 無精ひげが吐き捨てた。

 すると、シズに蹴り飛ばされた最初のふたりが顔を真っ赤にして怒ったのがわかった。

 

「なんだと、ジョン──」

 

 少年のひとりが喚いた。

 そのとき、外から二人目が入ってきた。

 身なりがいい。髪も整髪剤で調えており、おそらく幹部クラスだとわかる。

 

「てめえら、勝手なことをしたな。しかも、商品を刃物で傷つけようとしたんだな……」

 

 新たに入ってきた男が少年ふたりを睨みつけた。

 すると、腹を立てていたふたりが顔を蒼くした。

 

「い、いえ……、そ、そんなわけじゃ」

 

「俺たちは別に……」

 

 ふたりの少年が顔色を悪くしたまま首を横に振る。

 

「おい、外に連れ出して殺せ。見張りも満足にできない糞ったれたちだ」

 

 幹部らしき男が外に向かって怒鳴る。

 ふたりが泣き出した。

 

「そんな、ブレイドの兄貴──、許してください──」

 

「ちょ、ちょっと味見するつもりで……。も、もう二度としませんから」

 

 男はブレイドというらしい。

 明らかに、かなりの権力を握ってるのがわかる。

 ブレイドに足にすがるように若い男ふたりがすり寄った。

 

「触るんじゃねえ──」

 

 大きな風が発生して、ふたりが壁に背中を叩きつけられた。

 魔道遣いか──。

 シズは目を見張った。

 しかも、無詠唱だ。

 威力もある。

 シズは魔道は遣えないものの、こいつがかなりの上級魔道遣いだということはわかる。

 

「外に連れ出せ」

 

 ブレイドが再び怒鳴ると、廊下からさらに数名が入ってきた。

 すでに気絶しているふたりを引きずりだしていく。

 

「さて、ジョン、ボスに大言を吐いた限りは、やることはやれよ。時間は半日だ。それでこの女を奴隷にできなければ、お前もいまのふたりと同じ目にあわせる」

 

「十分ですよ、ブレイドさん。これでも玄人の調教師ですよ。小娘ひとりにそれほどはかかりませんって」

 

 調教師?

 ジョンと呼ばれた無精ひげの男がにやにやと笑みを浮かべて近づく。

 シズは再び膝を蹴りあげた。

 

「おっと、お転婆だな」

 

 だが、簡単に膝を抱えられてしまった。

 シズは目を丸くした。

 

「ちょ、ちょっと離して──」

 

 シズはもがいた。

 だが、びくともしない。

 

「さて、こうなったら、足技は使えないだろう? 見ててください。ブレイドさん、これから、じゃじゃ馬馴らしにかかりますから」

 

 ジョンがシズの片脚を抱えたまま、顔だけをブレイドに向けた。

 

「ちょ、ちょっと──」

 

 シズは足を振り払おうとするが、まるで岩にでも挟まっているかのように足が動かせない。

 さすがに片足で立っている状態では、男を蹴りとばすこともできない。

 一方で、ブレイドは腕を組んで、壁に背をつけて見学の構えだ。気がつくと、牢の中の人間は入れ代わり、シズのほかには、このジョンとブレイドだけになっている。

 

「ほらよ。女を屈伏させるには、昔から色責めと決まっている。お前みたいな女も、調教師の俺にかかれば、すぐに屈伏するさ」

 

 すると、ジョンが空いている手で腰の後ろからなにかを取り出して、シズの首に嵌める。

 がちゃりと音がした。

 首輪?

 もしかして……。

 

「奴隷の首輪だ……。知っているとは思うが、最初に奴隷化するときには、ただ隷属の首輪を嵌めるだけじゃだめだ。心の底からの屈服が必要だ。さて、じゃあ、屈服してもらうぞ」

 

 ジョンが片手でシズの足を抱えたまま、片手をシズの太股に持ってきてくすぐるように手で撫ぜ始める。

 

「ひんっ」

 

 シズは身体を反り返らせた。

 ジョンと名乗る男に内腿を触られた瞬間、まるで稲妻にでも打たれたかと思うような快感の疼きが走ったのだ。

 

「随分と敏感だな。これは墜ちるのも早いかもな」

 

 ジョンの指がつっつっと指が股間のぎりぎりとのところを愛撫する。

 

「くっ」

 

 またもや、快感が走る。

 これは──。

 シズは歯を喰いしばった。

 まるでシズの身体を知り抜いているような的確な愛撫だ。

 

「ブレイドさん、まずは気をやらせます。それで脱力させます。そうしたら、本格的に料理します」

 

「好きにしてくれ。ボスの言いつけだ。半日はお前の好きなとおりにさせろと言われている。まあ情報提供料としての見返りだ。それに、いい調教師ならいくらでも雇いたいしな。これは試験でもある」

 

「わかってます。よろしくお願いします。俺の技をお見せしますから……」

 

「お手並み拝見だな……」

 

 ブレイドが壁に背をつけたままくすりと笑った。

 そのあいだにも、ジョンの指がシズの股間を無防備に動き回る。

 指の腹でくすぐり、揉み、強く弱くクリトリスを弾くようにする。

 

「ああっ」

 

 耐えられずに悲鳴に似た声を張りあげてしまう。

 すると、ジョンはすっと口をシズの耳に持ってきて嵌め始めた。

 

「や、やめてええ」

 

 シズは顔を揺さぶって叫んだ。

 淫らな陶酔が全身を席巻してきている。

 それほどの強い愛撫ではない。

 だが、ひとつひとつの動作が確実にシズの弱い場所を狙ってくるのだ。

 

「……そのまま、大きな声で悶えるのよ……。あいつにあたしの声が聞こえないようにね、シズ……」

 

 そのとき、耳を追いかけるように舐めながら、ジョンがささやいた。

 

「えっ?」

 

 シズは目を見開いた。

 そのとき、ぎゅっとクリトリスを強めに抓られた。

 

「んひいいい」

 

 シズは絶叫した。

 

「どうだい、お嬢さん? 男を蹴りとばすよりも、ずっと気持ちがいいだろう?……」

 

 ジョンが大きな口調で喋り、次いで、またもや耳を舐めてくる。

 そして、「あたしよ……。それよりも、声を出して」とささやいてきた。

 

 もしかして、ゼノビアお姉様──?

 シズは驚いた。

 そして、口を開く。

 

「あああっ」

 

 シズは部屋に響き渡るような嬌声をあげた。

 

「いい感じに仕上がってきてますよ。見ててください、ブレイドさん」

 

 ジョン……いや、ジョンと名乗る男に化けたゼノビアが愛撫の手を激しくする。

 

「うふううう」

 

 シズは絶叫した。



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642 嘘つきの女

「あっ、あっ」

 

 ジョン、いや、男に変身しているゼノビアに膝をかかえらたまま股間を愛撫されているシズは、すっかりと脱力して忘我状態になっていた。

 股間を抉る指は二本から三本になっていて、シズの熱く熟した股間の内側に激しく刺激を送り込んでくる。

 だが、シズの頭は混乱しかない。

 

 どうして、ここにゼノビアがいて、しかも、可憐なゼノビアとは似ても似つかない無精ひげの男なんかに化けているのか……?

 なぜ、シズをこのクルチザンの闇娼館の組織に捕らえさせ、雇われ調教師を名乗って組織内に潜伏しているのか……?

 そもそも、ここでなにをしているのか……?

 だが、こうやって愛撫を続けられた状態では、なにも考えることもできない。

 シズは、ただただ熱っぽく喘ぎを繰り返し、甘い嬌声を漏らし続けるだけだ。

 しかし、改めて認識すると、シズを責める指は、ゼノビアのものに間違いない。すっかりと身体で覚えさせられているシズの身体が、それを確信させている。

 外観は変化していても、シズを翻弄させる手管は、ゼノビアに間違いなかった。

 

「ほら、じゃじゃ馬、恥ずかしがらずに思いを遂げな。そうすれば、本格的に調教に入るからな」

 

 ジョンという男の姿のゼノビアが指の抽挿に加えて、舌でシズの乳房を舐めはじめる。

 知っているゼノビアの舌がシズの小さめの乳房を這い回り、乳首を強く繰り返し弾く。

 

「ああっ、だ、だめえええ」

 

 がくがくと身体が震える。

 すっかりとシズの快感の場所を覚えきっているゼノビアだ。シズから絶頂を引き出すなど造作もない。

 あっという間に、シズはのっぴきならない状態に追い詰められてしまった。

 だが、それがわかっているのか、すっと刺激を小さくして、ゼノビアは絶頂寸前の状況から一度八合目くらいまで落としてしまう。

 しかし、すぐに間髪容れずに九合目以上に引き上げられて、また落とされる。

 短い時間でそれを何度も繰り返された。

 

「ああっ、だめええ、もう許してええ」

 

 シズは絶叫した。

 

「ほう、口だけじゃないようだな……。さすがはヴィトー様が認めた調教師だけある……」

 

 そのとき、耳に別の男の声が入っていた。なんとなくだが、揶揄いの響きがある気がした。

 忘れていたが、この牢にいるのはゼノビアとシズだけでなく、ブレイドという闇娼館の幹部らしき男が同席していることを思いだした。

 一瞬だけ顔をあげると、石牢の壁に背もたれ、腕組みをしてこっちを観察している。

 淫らに快感に乱れる姿を凝視されていると思うと、一瞬だけシズは鼻白むような気持ちになった。

 しかし、すぐにねっとりとしたゼノビアの愛撫で思念が吹き飛ぶ。

 

「いやあ、ああっ、あああっ」

 

 またもや崩壊直前まで一気に快感をもちあげられ、シズは全身をそりかえらせて悶えた。

 

「お転婆冒険者のあんたじゃあ、一度や二度、気をやらされただけじゃあ、隷属の首輪を刻むほどの屈服はしないだろうさ。だけど、この後もたくさんのお愉しみが待ってる。やめて欲しければ、心の底からの奴隷の誓いをしな。そうすれば快感地獄から解放できる」

 

 ゼノビアが指で膣の入り口付近にある内側の膨らみをぐいと揉み動かした。しかも、空いている指で肉芽も刺激される。

 さらに、一度離した乳首を口に含み直して舌で転がされもした。

 

「ううっ、んくうううっ」

 

 こんなの耐えられない──。

 一瞬で、目がくらんだかと思うような衝撃が走り、限界まで喉をあげた。

 腰から背中に鋭い快感が貫き、太腿が激しい発作を起こす。

 

「あああっ」

 

 シズはついに絶頂を極めた。

 そして、衝きあげるものを一気にはじき出すようにがくがくと素裸の身体を震わせた。

 やっと抱えられていた脚が解放され、ゼノビアが身体を離す。

 しかし、まだ絶頂の途中だったシズは、力を入れることもできずに全身をがくり垂れさせる。

 

 すると、足首に冷たい感触がして、小さな金属音が鳴ったと思った。

 慌てて視線を向けると、男に変身しているゼノビアがしゃがみ込み、金属の足枷をシズに嵌めたところだった。

 足枷には鎖がついていて、気がつかなかったが石牢の壁の端にある金具に繋がっている。

 いつの間に足枷が牢に入れられたのかわからなかった。

 だが、そのときには反対の足首にも同じような鎖付きの足枷が嵌められてしまっていた。

 

 ゼノビアが鎖の長さを調整して、シズの脚を大きく開く状態に固定する。さらに、後手縛りの縄尻に繋がっている鎖を引きあげた。

 どうやら、どの鎖も自在に長さを調整できるようだ。

 シズは脱力して下がっていた上体を強引に真っ直ぐに伸ばされてしまった。

 

「ずっと、そこで見張っているんですか、ブレイドさん。隷属の首輪を刻むの期限は明日の朝までですよね。そんなにはかかりませんけど、もうしばらくはかかりますよ。この気の強い女冒険者の心を本当に折るんですから」

 

 ジョンの姿のゼノビアがブレイドに向かって振り返る。

 それとともに、ゼノビアが男の声で、牢の外の廊下に向かって声をかけた。すると、鉄格子が開いて二個の木箱が差し入れられる。

 ゼノビアがそのうちの一個を開いた。

 

 中から小壺を取り出して、シズの背後に回ってくる。

 横を通り過ぎるときに小壺の中身が見えてぎょっとした。

 肌に塗るとすぐに恐ろしいほどの痒みが走る掻痒効果のある油剤だ。それを使おうとしている。

 ゼノビアのすることとはいえ、シズはぞっとした。

 

「こいつとふたりきりにしろと言っているのか?」

 

 ブレイドだ。

 無表情でゼノビアが化けたジョンを睨むようにしてい

 

「そうですね……。廊下に見張りを置くらいなら問題ありませんけど、女を堕とすときには一対一になるのが、俺のやり方なんで」

 

「わかった……。だが、大言壮語に見合う成果はあげろ。明日はヴィトー様が直々にお越しになる日だ。そのときに、この女のお披露目式をする。現役の(ブラボー)ランクの性奴隷など、この店の目玉になるだろう。美人だしな。だから、間に合わなければ、お前の身体を切り刻んで、カルタ河の魚の餌にしてやる」

 

 ブレイドが凄みを聞かせた声で言った。

 カルタ河というのは、このカロリック公国を南北に走る河であり、公都ファンゴルンも貫いているカロリック人には馴染みの河である。

 

「肝に銘じます」

 

 シズの後ろに立っているゼノビアが男の声で戯けたような口調で言ったのが聞こえた。

 ブレイドが石牢の外に出ていく。

 廊下でブレイドが誰かに話している気配があったが、それも立ち去っていく足音がした。

 牢内が束の間、静かになる。

 

「さあて、この薬は特性でな。これを愉しい場所深くに塗り込んでやるよ。女冒険者様がどんな風に泣くのか見物だな。痒くて痒くて、気が狂いそうになると思うけど、繰り返せば、それもやみつきになる」

 

 ゼノビアの指がシズのお尻の穴を微妙にまさぐり、粘っこいものを塗りたくり始める。

 

「ひんっ」

 

 シズは思わず声をあげてしまった。

 

「……その調子で声を出して、シズ……。外に見張りがいるから……。声を出し続けててね……。とにかく、事前に説明できなくて悪かったわ……。計画では潜入はもう少し調べてからと思ったんだけど……」

 

 一瞬だけシズの耳元に口を近づけたゼノビアがシズにささやいた。

 はっとしたが、すぐにゼノビアの口がシズから離れる。

 だが、それで気がついた。

 さっきブレイドという男はどっかに去った感じだが、言われてみれば、まだ石牢の外には誰がいる気配がある。

 ゼノビアの言葉のとおり、まだここを見張っているのだろう。

 だが、とにかく、やっとふたりだけになる状況ができて、ゼノビアはシズにこの状況の説明をしてくれるつもりなのだろう。

 とにかく、怪しまれないように、廊下の見張りに聞こえるように声をださないと……。

 

「いやあ、そこは触らないで、この悪党──」

 

 シズは声を出した。

 すると、シズのお尻の穴の深い部分に、油剤を塗り広げようとしていてたゼノビアが小さく笑った。

 

「……やっぱり、事前に話しておかなかったのは正解のようね。あんたの芝居は下手すぎるわ。いいから、痒い痒いって喚いていて……。それなら演技はいらないでしょう。実際に痒いんんだし……」

 

 ゼノビアが再び耳元に口を近づけて、ほんの小さな声でささやく。

 演技が上手ではないというのは、以前からゼノビアに揶揄われていたことでもある。だから、クエストなどで情報集めが必要なときには、ゼノビアが前に出ることが多い。シズだと、相手に警戒を解かせるようなうまい演技をすることができずに、相手からうまく口を開かせることに失敗することが多いからだ。

 シズ自身も、シズの下手な演技でだませるのは、直情的な真っ正直な性質の幼なじみのエリカくらいだと思っている。

 だから、今回のクエストでも、情報集めは専らゼノビアがやっていた。

 

「そらよ。後ろの穴にたっぷりと油剤を詰め込んでやったぞ。今度は前だ。愉しんでくれ」

 

 ゼノビアが大きめの声で言った。

 廊下の見張りに聞かせるためだろう。

 また、ゼノビアの指がシズのやっと生え伸びた陰毛を撫でつけるようにしながら、ゆっくりと肉襞をくつろいで、油剤をじわじわと塗っていく。

 妖しい甘美感がシズの全身に拡がっていく。

 

「ああっ、あああっ」

 

 シズは吠えるように大声をあげた。

 薬剤を塗られた場所が溶けるように熱くなり、そこが指で刺激されることで、またしても全身が快感に包まれたのだ。

 しかし、その気持ちよさが痒みに苦しさに変化するのにいくらの時間もかからなかった。

 

「痒い──、痒いわ──」

 

 シズは悲鳴をあげた。

 演技でもなんでもない、心からの声だった。

 あっという間に、シズを錯乱状態にするほどの痒みが前後の穴から襲ってきたのである。

 

「ははは、そうかい、痒いかい、あんた。あんたの名はシズだったな。しばらく、そうやって尻と腰を振っているいい。奴隷の誓いをしたくなったら、大声で叫ぶといいぞ。それが心からの屈服だったら、すぐに隷属の魔道がお前に刻まれるさ」

 

 ゼノビアが男の声で言った。

 それととともに、シズの後ろ側から前に回ってくる。

 だが、なにもしない。

 シズを見張るように腕組みをしてじっと見ているだけだ。

 しかし、一瞬ごとに、どんどんと痒みが増大していく。

 

「いいいいいっ、痒いいいいっ」

 

 シズは狂乱した。

 

「……その調子よ……。だけど、奴隷の誓いは、しばらく待ってね……。とにかく、奴隷の誓いをさせ終わったら、あのブレイドに引き渡されるわ……。明日にはクルチザン教会の首領をしているヴィトーがたまたまやってくるみたいだけど、そのときに輪姦されると思うわ……。連中はそうやって、捕らえた女の心を折って、隷属だけじゃなく心まで砕くらしいわ。とにかく、隷属されないと闇娼館には入れないから、最終的にはあたしに屈服してよね……。でも、まだ話が終わるまでだめよ……」

 

 シズの悲鳴に隠すように、ゼノビアがシズの耳元でささやき続ける。

 だが、正直、シズもゼノビアの言葉に、大人しく耳を傾ける状態ではない。耐えられない痒みが急速に込みあがる。

 全身の肉が千切れるような痒いみだ。

 しかも、無数の虫が這うような快楽の疼きも襲っている。

 シズは髪を左右に激しく揺すり、悲鳴をあげ続けた。

 

「……いいわねえ……。シズの悲鳴が大きくて、わたしの声を隠してくれそうね……。もっと泣き叫んで……」

 

 ゼノビアが一度離れて、すぐに戻る。

 戻ったときには、絵筆の刷毛を手に持っていた。

 それで、陰毛を柔らかくくすぐり始める。

 

「あああっ、いやああ、もっと、ひと思いにやってええ──、ああああ」

 

 シズは大きく身体をのけぞらせて叫んだ。

 

「だったら、隷属の誓いをしな──」

 

 ゼノビアが男の声で笑いながら、刷毛を動かす。

 しかし、一瞬後に、耳元で「まだ誓わないでよ」とささやき返す。シズは痒い痒いと泣きじゃくった。

 一方で、ゼノビアは少しずつ、シズに対して小声で状況を説明をしていってくれた。

 

 それによれば、やはり、これはすべてゼノビアの計略なのだそうだ。

 今回のクエストに際して、シズよりも多くの情報に接していたゼノビアは、本物のテレーズ母娘が奴隷として売り飛ばされた先として、カロリック公国内に多くの店を抱えているだけでなく、表に出せない女を抱かせる闇娼館まで経営しているという噂の“クルチザン教会”が怪しいとは思っていたのだそうだ。

 それで、まだシズには言っていなかったが、ミランダから密かに渡されていた変身リングという魔道具を使って、「調教師のジョン」という架空の男を作り出し、クルチザン教会の組織に近づく工作をしていたのだそうだ。

 そして、いよいよ、テレーズ母娘がクルチザンの闇娼館で監禁されているという確証を抱かせる情報に接して、クルチザンの闇娼館に潜入する決心をしたということのようだ。

 つまりは、シズはクルチザンに接触する「餌」にされたということである。

 

「……ごめんね、シズ……。でも、あのシャロンで放置攻めにしたとき、そのままここにさらわせる予定ではなかったのよ……。ちゃんと説明してからと……。だけど、ジョンに変身して、シズを怯えさせようと思ってたら、本当に偶然にブレイドと会ってね……。それで、とっさに計略を実行に移して、シズをここに誘拐させたのよ……。あたしが調教師として、シズを躾ける係になる代償にしてね……」

 

 ゼノビアが耳元でささやき続ける。

 そのあいだも、シズは全身を蝕むような痒みに狂わされて、悲鳴をあげ続けている。

 相手がゼノビアだから、もう屈服の言葉を口にしてしまいそうだ。すでに心も屈服している。

 しかし、それはゼノビアから禁止されてもいる。

 

「ああ、痒いいい──」

 

 “お姉さま”と口にしそうになるのを必死に耐える。

 

「……それに、これはあたしたちには、いい試練かもしれないしね。あたしたちは、男を知らなすぎるのよ……。だから、あんな男のことが忘れられなくなってしまっているのよ……。もっと大勢と……。もっと汚れれば……。そうすれば、あたしもシズも、あいつのことなんて忘れられて……」

 

 ゼノビアが刷毛を操りながらシズにささやく。

 だから、痒みが肉芯にまで貫き、腰を激しく動かしてしまう。

 つらい……。

 痒い──。

 苦しい……。

 

「ああ、許してえええ──。解いて──。縄を解いてえええ──」

 

 シズはまたもや絶叫した。

 

「そうそう……。演技が上手よ……。それでね……」

 

 演技などではない──。

 シズは思わず言い返しそうになったが、なんとかそれを耐える。

 

 とにかく、痒みに狂っている股間とお尻の穴を代わる代わる刷毛でくすぐられながら、ゼノビアが説明したことは、まずは、クルチザンの闇娼館に潜入するための策は、前から計略を考えいたということだ。

 そして、シズを性奴隷に仕立てて組織に捕らえさせ、ゼノビアも男の調教師として同時に潜る込む工作を、ちょっと前から進めていたこということだ……。

 だが、クルチザン教会に接触していたものの、シャロンの廃墟でそれをすることは考えておらず、まったくの偶然であるというものだった。

 

 いずれにしても、このままうまくシズは闇奴隷の娼婦として、地下娼館に潜り込めそうなので、なんとか、そこでテレーズ母娘を見つけて欲しいと言われた。見つけてくれれば、とにかく娼館で騒動を起こせとも……。

 そうすれば、なんとか脱出させると……。

 

「……あんたには悪いけど……。多分、尊厳を失うような目に遭わされるわ……。だけど、ちゃんと、あたしも最後にはあなたに償うから……」

 

 ゼノビアが申し訳なさそうな口調で言う。

 シズは「痒い、痒い」と泣きながら、顔だけは激しく縦に振る、

 目的はわかった。

 これが必要だということも理解した。

 危険だが、おそらく、これ以外にテレーズ女伯爵を見つけるために有益な手段はないのだろう。

 だったら、なんでも受け入れる……。

 ゼノビアに陥れられるのであれば、本当に性奴隷として売りとばされても構いはしない。

 汚れろというなら汚れる。

 男に抱かれろと命令するなら、いやだけどそうする。

 シズはゼノビアの性奴隷だからだ。

 

 さらに説明されたことによれば、驚いたことに、さっきのブレイドというのは、この闇娼館を仕切っている首領なのだそうだ。

 クルチザン教会そのものは、ヴィトーという男が頭領なのだが、傘下のクルチザン組織のうち、カロリックの公都にある闇娼館については、あのブレイドが責任者だということだった。

 

「……ふふふ、いい子ね……。ところで、この変身リング……。結構すごいのよ……。見た目だけが変わるだけじゃなく、本当に姿が変化するの……。つまりは、あたしの股間に、男のものが立派にあるってこと……。シズを犯すこともできるのよ……」

 

 ゼノビアが一度壁に向かい、石壁の一部に触れる。

 すると、足首に繋がっている鎖が緩んで、開脚されている脚に余裕ができる。

 

「こらっ、そんなに腰を使いたいなら使わしてやるよ。だけど、奴隷の誓いが先だ」

 

 ささやき声から一転して、比較的大きな声だ。

 外の見張りに聞かせているのだということがわかる。

 

「……もう、いいわよ……。いつでも屈服しても……。それとも、もっと苦しみたければ、黙ってれば……」

 

 ゼノビアが耳元で言って、刷毛を床に捨てると、自分のズボンを脱ぐ。

 紛れもない男の性器がそこにそそり勃っている。

 ゼノビアの身体ではないが、男に変身しているゼノビアに犯されるのだと思うと、身体の血が沸騰するかと思うような興奮が起きる。

 

「ああ、誓います──。奴隷になることを誓ううううう──。だから、痒みを──」

 

 シズは絶叫した。

 その瞬間、全身になにかが貫いた。

 同時に、目の前にいるジョンという男にやつしているゼノビアに対する得体の知れない恐怖心も発生した。

 隷属が刻まれたのだと悟った。

 

「ちょっとあっさり過ぎるかな……。まあいい。ご褒美よ……」

 

 ゼノビアはシズの後ろに回ってくると、後手縛りの縄を吊っている鎖も緩めて、シズの身体を大きく前に曲げさせた。

 そして、なんの前戯もなく、いきなりアナルに男根を突っ込んできた。

 

「んふうううっ、はああああっ」

 

 男根に菊座を一撃されて、シズは大きな嬌声をあげていた。

 準備なしに尻を貫かれて痛みもあるが、それでも油剤の潤滑のおかげで、あっさりとシズのお尻はゼノビアに生えている男根を受けれていく。

 奥に奥にと肉棒が進むにつれて、余りもの気持ちよさに、シズはがくがくと身体を震わせた。

 

「おほっ、これいい──。やみつきになりそ──」

 

 一方でゼノビアの興奮の声も聞こえた。

 ゼノビアもまた快感を覚えいるのが、肌や息遣いを通してわかる。

 シズはそのことでも興奮した。

 一気に快感がせりあがる。

 

「んぐうううう」

 

 シズが絶頂したのは、ゼノビアがシズのアナルに抽挿を開始して、三回目くらいのときだった。

 

「あへええ、出るううう」

 

 そのとき、ゼノビアもまた、快感に身体を震わせて、シズのお尻の中で射精したのがはっきりとわかった。

 

 

 *

 

 

 ブレイドは、闇娼館の地下牢の一角に作っているブレイド専用の部屋で、ソファにくつろぎながら、耳に入ってくる地下牢の会話に意識を向けていた。

 聞いているのは、あのシズという冒険者の調教を任せている“ジョン”という男と、そのシズが交わしている会話だ。

 あの部屋には特殊な仕掛けがあり、こうやってブレイドの魔力を地下牢の風に流すと、どんなに小さな声でも、ブレイドの耳に伝わり聞こえてくる仕掛けになっているのだ。

 

 それによれば、あのジョン……いや、シズという冒険者の相棒のゼノビアという女は、シズを隷属させることに成功したようだ。

 あとは、その隷属を取りあげて、シズの主人をゼノビアから、ブレイドに刻み直させるだけでいい。

 隷属の首輪は、最初こそ、心の屈服が必要で隷属化に手間が必要だが、一度隷属をさせれば、隷属の譲渡は、奴隷が認識できる言葉を耳に聞かせるだけでいい。

 言の葉に載せるだけで、簡単に奴隷の譲渡が完了するのである。

 いや、意思が通じさえすれば、文字でも、手振りであろうとも命令は通じてしまう。

 簡単なものだ。

 

 おかしな女二人組がハロンドール王国から流れてきた貴族女の行方を捜しているということには、かなり早い段階で情報を掴んでいた。

 いつもなら、放っておくか、あるいは、鬱陶しくなれば、部下を派遣して処分させるのだが、捜索をしているのが美貌の女冒険者たちだと報告があり、考えを改めた。

 捕らえて闇娼婦として売り物にしようかと思ったのだ。

 

 あえて女冒険者に接触させるように送り込んだ部下からの情報により、密かに顔を確認しにいけば、ふたりともかなりの美貌だった。

 あれだけの器量で、しかも、有能な冒険者だけあり身体も鍛えてあり、気性も荒いようだ。

 それを金を出せば、言いなりにして好きなように扱えるとなれば、かなりの好事家が集まると目算した。

 小柄な方は、実はハーフエルフで魔道はないらしいが、見た目はエルフ族だし、エルフ族の娼婦としてしまえば、さらに付加価値がつく。

 ブレイドは、ふたりを捕らえることを決心した。

 

 すると、こちらから罠を張る必要もなく、向こうから“シズ”という女冒険者を売りとばすから、調教師として雇えと接触してきた。

 そのジョンと名乗ったひげ面の男がゼノビアという美女だというのは承知しており、向こうの言い分を全面的に飲むかたちで、連中の思惑に乗ってやることにした。

 いまは、計略がうまくいっていると、ふたりでほくそ笑んでいることだろう。

 安心させるように、クルチザン教会の首領のヴィトーと“ジョン”との顔合わせまで仕組んでいやった。

 だが、本来であれば、クリチザン教会の頂点であるヴィトーに、新米の調教師ごときが面談できるわけがないのだ。

 ただ、ヴィトーもシズとゼノビアの姿絵を気に入り、客に出す前に味見をさせるという条件に、顔合わせの茶番に応じてくれたのだ。

 その条件となっているふたりの“お披露目”が明日だということになっている。

 ばかな女たちだ。

 ブレイドは、テーブルに手を伸ばして煙管を口にして、煙を吸い込む。

 

「ふう……」

 

 煙を吐いた。

 やはり、煙管はいいな……。

 組織の運営、奴隷たちの飼育、大ボスとの関係に疲労している心を癒やしてくれる。

 三公国のうち、退廃と堕落の国と称されているデセオ公国産のものなのだが、ブレイドはこれを気に入り、日に三度は必ず、煙管を吸って心身を癒やすことを習慣にしている。

 

 耳の中には、ゼノビアに責められているシズが後ろの穴に次いで、前も犯されだしたのがわかる声が聞こだしてきた。

 ブレイドは、その隠微な声を聞きながら、煙管の煙を再び大きく鼻から吸い込んだ。





 *

【作者注】

①ジョブの内容に関わらず、隷属を刻む術者のレベルが、隷属化しようとする者のレベルを下回る場合は、術を刻むことは困難である(絶対ではない。屈服の度合いが大きければ、レベル差があっても隷属が刻まれる場合もある)。

②原則として、すでに隷属している者を別の隷属にかけることは、隷属が反発するためにできない。ただし、新たに隷属させる者がかなりの高位術者であり、かかっている隷属をかけた術者とのレベル差がある場合は、かかっていた隷属を解消して、新たな隷属をかけることはできる。

③シズたちを隷属されたとき(最後に精を注いだとき)のロウのレベルは、“100”に近く、事実上、ロウが隷属させた女を新たに隷属させることは不可能である。

④③の例外は、隷属を刻む者もまた、ロウに隷属されている場合であり、その場合は、ロウの性奴隷間の隷属関係が妨げられることはない。

⑤④の場合に、ロウの隷属化にある女が隷属支配した別のロウの女に対して、「他者の命令に従え」と命令した場合は、隷属によって行動を支配しているのは、あくまでも、ロウの支配下の女の「命令」によるものであるのだから、当然ながら、命令をされた者は、他者の命令に従ってしまうことになる。


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643 お披露目会の罠

 あの地下牢でシズと朝まで過ごしたゼノビアは、朝になって姿を現したブレイドに、シズに隷属がかかっていることを報告した。

 ブレイドは鑑定術を遣えるのか、しばしのあいだ、シズを凝視するような仕草をしたがやがて、満足そうに頷いた。

 すると、シズの首輪に鎖を繋いで連れてくるようにゼノビアに伝えてきた。

 

 このときのシズは、すでに隷属が刻んであるこということを言い訳に拘束を解いて、横にさせて休ませていた。実際に、ひと晩に近い時間を責め続けられて、さすがにシズも疲労困憊しているし、シズがこれから遭わされる仕打ちを考えると、ある程度の休息は必要だ。

 さもなければ、本当に折れてしまう可能性もある。

 

 一方で、普段ではあり得ない、男の身体でシズを侵し続けたゼノビアも、かなり疲れ果ててはいた。

 だが、熟練の調教師という触れ込みである以上、余裕のある姿勢を崩すこともできず、床に背もたれて休むだけにしていた。

 もちろん、ゼノビアは、ギルドから借りている変身リングで、ジョンという薄汚れた男に扮したままである。

 

「わかりました、ブレイドさん……。おい、いい加減に起きろ、シズ──」

 

 ゼノビアは、わざと乱暴に足でシズの身体を蹴り動かす。

 シズがまどろみから覚醒して眼を開けたが、石牢の中にジョンという男に化けているゼノビアだけでなく、ブレイドもいることに気がつき、はっとしたように裸体を腕で隠す。

 

「命令だ。左手首を背中で掴め」

 

 ゼノビアは素早く命令する。

 すぐにシズの手が背中に回って固定される。

 ゼノビアは、調教具が詰まっている箱から鎖を出して、ゼノビアの首に嵌まっている隷属の首輪にその鎖を繋いだ。

 次いで、背中で組ませた両手首を前に出させ、金具の付いた革枷をそれぞれに嵌めさせる。いまは拘束されていないが、枷と枷を金具で接続したり、首輪の前後にある金具に鎖で繋ぐことができる。

 この闇娼館で働く性奴隷の全員に装着されているものであり、隷属の首輪のほかに、娼館からの逃亡を防ぐ魔道が刻まれていると教えられている。

 それを嵌めたのだ。

 シズの足首にも同じものを装着する。

 

「娼館に移動する。ついてこい」

 

 ブレイドが背を屈めて、低い出入り口から廊下に出た。シズを引っ張っているゼノビアも出る。

 廊下には十人ほどのブレイドの部下が待っていた。

 

「ど、どこに……?」

 

 歩き始めると、さすがにシズが不安そうに言った。

 身体を隠すなという命令は取り消したので、両手で胸を股間を隠して歩いている。シズを囲んだ男たちがぶしつけな視線を向け続けるので、羞恥と恥辱に顔を可愛らしい顔を歪めている。

 

「娼館に行く。お前のお披露目会があるらしい。そこでこのブレイドさんが準備した男娼に抱かれることになるようだ。それが終われば、客をとる場所に移動する。ほかの娼婦とともに、そこで男に奉仕することになる。ほかの娼婦とも仲良くするんだな。お前はここのクルチザン教会の闇娼館の性奴隷になったんだ……。そうですよね、ブレイドさん?」

 

 ゼノビアは言った。

 このことについては、すでにシズには夕べのうちに説明を刻み込んでいる。

 シズもわかっている思う。

 ただ、周りの者の手前、一応質問をぶつけているだけだろう。

 

 すなわち、これはシズにクルチザン教会の闇娼館に潜入させるための計略なのだ。今回のクエストは、ハロンドール王国内から連れ出されたラポルタ=テレーズ女伯爵の母娘を見つけ出して救い出すことであり、彼女たちがこのクルチザン教会の闇娼館に売りとばされたようだということは、高い確証をしている。

 しかし、かなりガードが高く、どうしても、性奴隷となって潜入する以外の手段で内部には入れそうになかった。

 それで、シズには悪いが、性奴隷になってもらって、わざと連中に引き渡す計略を組んだのだ。

 

 シズには、心の中で何十回も謝り倒している。

 もちろん、シズの苦しみに見合う罰も、ゼノビアは受けるつもりである。しかし、いまは、あえて調教師であり、シズをクルチザンに売り飛ばす男として、娼館に入り込むことにした。

 

「その通りだ。だが、まずはヴィトー様が味見をするだろう。(ブラボー)クラスほどの女冒険者を闇奴隷として捕らえたとあって、ヴィトー様は大きく興味を持ってな。しっかりと奉仕しろ」

 

 ブレイドが無表情のまま言った。

 シズが歯を喰いしばるような表情になる。

 ゼノビアは、もう一度、心の中でシズに謝った。

 

 しばらく地下牢を進むと、家具などがまったくない部屋に着いた。ただ、部屋の真ん中に魔道陣が刻んである。

 魔道陣に乗るように言われたので、シズの首輪を引いて進む。一緒に来たのはブレイドだけだ。ほかの護衛らしき者は部屋の壁で待機するような態勢をとった。

 

 すぐに、腹がねじれるような感触が襲う。

 びっくりした。

 「移動術」だ。

 

 どうやら、さっきの魔道陣は移動術の文様だったのだ。しかし、移動術の魔道陣など、設置にも保持にもかなりの魔道と手間がかかる。動力となるクリスタル石もそれなりのものになるだろう。

 こんなものがあるというのは、やはり、クルチザンという組織が巨大な実力を持っているということがわかる。

 

 さっきとは違う場所に転送された。 

 一転して豪華な雰囲気を感じさせる広い部屋だった。

 部屋の半分は地下牢から跳躍した部屋にあったものと同じ魔道陣が床に刻んであり、向こう半分には大小の座り心地のよさそうな椅子が並べてあって、酒を口にさせるような設備も整っている。壁紙も、壁に掛かる美術品も、品のいいものだし、ここは闇娼館にやってくる客を迎える部屋だろうと思った。

 

 クルチザンの闇娼館の場所は秘密のベールに包まれていて、ゼノビアの調査でも場所がどこなのか全く情報を得ることはできなかった。

 幾つかある噂のひとつには、闇娼館は通常の入り口などない地下にあり、出入りは魔道による手段でしかできないというものもあった。

 どうやら、それが正解かもしれない。

 ここが闇娼館だとすれば、そんな感じだ。

 

 だから、果たしてここが、さっきまでいたカロリック公国の公都の郊外にあったクルチザン組織のあじとのひとつの近くなのか、あるいは、公都とは離れている別の場所なのかもわからない。

 いずれにしても、ここから逃亡するには、移動術のような手段によらなければ不可能になっているのだろう。

 闇娼館から逃亡した娼婦という話はないし、魔道でしか出入りできないのであれば、娼婦の逃亡も不可能ということなのだろう。

 

「ご苦労様です」

 

「お疲れ様でございます」

 

 部屋には地下牢のときとは異なる貴族に仕える召使いのような出で立ちの男女が十人ほど集まって待っていた。彼らの半分以上は美しい女だ。

 彼らが一斉にブレイドに向かって頭をさげる。

 

「ヴィトー様は、一ノスほどで来られるという連絡が……」

 

 待っていた者の中から一番身なりのいい執事風の男がブレイドに近づいて、ささやいた。

 中肉中背の柔和な顔をした四十過ぎの人間族の男だ。

 執事風であるが、彼がかなりの武芸の持ち主であることは、ひと目でわかる。

 

「一ノス? 随分と早いな」

 

「有能な女冒険者を陵辱できると耳にして、愉しみにしておられるようです」

 

 苦笑したブレイドに、その男が口元をあげて応じた。

 ゼノビアはふたりに見えないように、シズに目線だけで謝った。シズは「問題ない」とまばたきで伝えてきた。

 まばたきを持って意思を疎通するのは、ゼノビアとシズのあいだで決めている伝達手段だ。

 まばたきの回数や間隔、そのときの口の開きで言葉を伝えるのだが、一応はかなりの言葉を伝達できる。

 ゼノビアも「ごめん。耐えて」という言葉をまばたきでシズに伝えた。

 

 とにかく、闇娼館に捕らわれている奴隷娼婦に接するには、娼婦としてさらわれて混じるしかないのだ。

 だが、そのためには、ある程度の仕打ちを受けなければ、娼館の奥の部分には入ることができない。

 シズがやらされようとしている娼館幹部たちによる輪姦もそうだ。また、客の相手をするまでのあいだに、一定の調教のようなことを受けて躾けられるのか、それとも、そのまま客をとらされるようになるのかもわからない。

 シズには申し訳ないが、テレーズ母娘と接触して居場所を確認できるまでは、それらのことに耐えてもらわなければならない。

 

「よし、ジョン、こいつ……シズだったな。シズを世話女たちに渡せ。支度をさせる。隷属の刻みを使って、女たちに絶対服従を命じろ」

 

 ブレイドがゼノビアに振り向いた。

 

「い、いえ、シズの調教係は俺……ですよね。俺が同行して躾けます。これも調教の一環ですし……」

 

 ブレイドにシズという女冒険者を無償で引き渡す条件としたのは、ジョンという調教師をしばらくは、シズの専属にすることだった。

 ジョンという調教師は、シズをギルドで見かけて横恋慕していて、本来であれば手の届かない(ブラボー)ランクの女冒険者を、クルチザンの力を借りて捕らえて犯したいのだという設定にした。

 ブレイドの上司であるヴィトーという首領にも顔通しを受け、そのとき、了承してもらいもした。

 だめで元々だったが、シズの貞操と尊厳を犠牲にするとはいえ、ゼノビアが横についていれるようだと安堵もしていた。

 

「ただの女の支度だ。それは女に任せろ」

 

 ブレイドが鼻で笑う仕草をする。

 仕方がない……。

 

 ゼノビアは、寄ってきた女たちのひとりにシズの首輪に繋がっている鎖を渡すと、シズに向かって口を開く。

 

「……彼女たちに絶対服従。彼女たちの言葉を俺の言葉と思って、一切逆らうな。自殺、自傷、他者を傷つける一切を禁止する。いいな──」

 

 ゼノビアは、シズの眼を見ながら言った。

 シズがぶるりとかすかに震えて、服従の首輪による隷属魔道を使った「命令」が浸透する仕草をした。

 そのとき、ブレイドがにやりと笑った気がした。

 シズが女たちに連行されて、どこかに連れ去られる。

 

「ヴィトー様の前でのお披露目式には同行してもらうぞ、ジョン」

 

「もちろんです」

 

 ゼノビアは頷いた。

 

「別室で食事を準備させている。夕べからほとんど食べてないだろう」

 

 ブレイドが言い、部屋に残っていた者に合図を送る。

 すると、女ふたりと男ひとりがゼノビアの前に来た。

 

「こっちだ」

 

 男が言い、女ふたりが後ろに立つ。

 彼らの案内で部屋を出た。

 廊下に出る。

 

 奥の奥という感じのところまで、かなりの距離を歩いた気がした。廊下は入り組んでいて、しかも、同じ装飾品や絵画があちこちに飾られており、道を覚えにくい工夫になっている

 すると、ひんやりとした部屋に着いた。

 真ん中に椅子とテーブルがあり、そこに簡単な食事がすでに準備されてあった。

 

「上着と武器を預かる。ヴィトー様の前では、こちらで準備した服に着替えてもらう。下着から靴も全部だ」

 

「服を?」

 

 驚いて言った。

 随分と用心深いことだと思ったが、逆らっても仕方がない。

 とりあえず、頷いておいた。

 ヴィトーというクルチザンの首領が非常に用心深いことは認識しているのだ。

 先日、ブレイドの仲介で会ったときにも、徹底的な身体検査ともとに、同じように向こうが準備した服に着替えてから面会となったことを思い出した。

 本当に徹底しているようだ。

 

 上着と腰にさしていた短剣を男に渡す。

 男はそれを受け取ると、お披露目会の開始までここで待っているように告げて去っていく。

 残った女ふたりが給仕の位置についた。

 

「給仕されるような身分じゃねえよ。放っておいてくれ。勝手にするよ」

 

 ゼノビアは男口調で女たちに笑いかけた。

 だが、女たちはひと言も喋らないし、身じろぎさえもしなかった。ただ、ゼノビアの両側で給仕の態勢をとったままだ。

 ゼノビアは肩をすくめてから、大人しく食事を始めた。

 

 食事が終わる。

 すると、妙に尿意を覚えてきた。

 シズについては、地下牢の中での調教にかこつけて放尿をさせておいたが、ゼノビアについては一度も地下牢から出ていないこともあり、見張りもいたことから、半日以上も用を足していない。

 直接ここに来たし、有無を言わせずにここまで連れてこられた感もあり、用を足す機会がなかった。

 意識すると、急激に尿意を感じてくる。

 

「わ、悪いな……。ちょっと厠に行きてえ。案内してくれるか?」

 

 迎えが来るまで待つように言われたが、あっという間に尿意が抜き差しならないものになってきていた。

 ゼノビアは女に向かって言った。

 

「わかりました。では、まずはお着替えください。その後すぐに厠にご案内します。着替えなしに、この部屋の外に出ることはできませんので……。用心のためです。そのように命じられています」

 

 すると、女のひとりが応じた。

 ゼノビアはわざと大袈裟に苦笑いした。

 

「おいおい、漏れちまうぜ。先に厠に行かせてくれ。すぐに終わるからよ。それとも、ここでしていいか?」

 

 わざと粗野な言葉遣いで笑う。

 

「ご随意に」

 

 女が無表情で言った。

 まるでとりつく島がないという様子だ。

 しかし、まさか、本当にここでおしっこをするわけにはいかない。

 ゼノビアは嘆息した。

 

「わかったよ。じゃあ、着替えさせてくれ。だから、すぐに厠な」

 

 ゼノビアはひそかに腿を締めつけながら言った。

 なぜか、どんどんと尿意が高まってくる。

 まるで、飲み食いしたものの中に利尿剤でも入っていた感じだ。

 いや、まさか……?

 

「こちらです」

 

 部屋の壁のひとつにあった扉の前に連れて行かれた。

 扉の向こうに小さな部屋があり、床にかごがある。

 

「裸になって、そこに全部入れてください。着替えの服は交換にお渡しします」

 

 ゼノビアが入ると、そう言って扉を閉められ、向こうから鍵をかけられた。

 

「お、おい、ふざけんなよ──。着替えるから服を寄越せよ──」

 

 驚いて扉に向かって怒鳴る。

 しかし、扉の向こうからは、先に服を脱いでから着替えを渡せと命じられているの一点張りだ。

 ゼノビアは嘆息した。

 

 仕方がない。

 ゼノビアは、いさぎよく上から下まで全部を脱いで、すっぽんぽんになると身につけていたものを全てをかごに放り込む。

 

「脱いだぜ」

 

 扉に向かって叫ぶ。

 

「では、前にお進みください。着替えはその向こうです」

 

 扉の外から女の声が返る。

 

「向こう?」

 

 ゼノビアは首を傾げて、入ってきた扉の反対側を見た。すると、ただの壁だと思っていた場所が開いて、赤い布が敷いてある更衣室のような場所がその奥に出現した。

 確かに、かごに入った衣類が隅に準備されている。

 

「行けばいいのか? だけど、厠はどうなるんだい──」

 

 ゼノビアは次の部屋に進んだ。

 途端に、はらわたがねじれる感触が襲う。

 移動術?

 

 はっとしたが、そのときには周囲が変わっていた。

 跳躍させられた先は、大勢の人間が床の絨毯に直接に座って酒盛りをしている大きな広間だった。

 

 広間の真ん中では、丸い寝台があり、その上で小太りの男が後ろ手に縛り上げた小さな女をうつ伏せにして、尻だけをあげさせて犯していた。

 犯している男は、ヴィトーだ。

 ブレイドを仲介に一度会っていた。

 また、ヴィトーが犯しているのはシズだった。

 ヴィトーはシズを後ろから貫き、シズの尻たぶを片手で持ってしっかりと押さえ込み、怒張を尻の下からシズの股間に貫いて反復運動をしている。もう一方の手はシズの背中で縛り合わせた手首を掴んで、ぐっと自分の方に引き寄せたり、また離したりして、局部の摩擦を愉しんでいる様子だった。

 ゼノビアはぎょっとした。

 

「あっ、これは──」

 

 そして、さらに驚いた。

 ゼノビアはシズが犯されている寝台の横に設置された丸く囲まれた狭い鉄格子の中にいたのだ。鉄格子は天井から床に向かって貫いており、広さはやっと人ひとりが立てるくらいだ。

 もちろん、かごにあった着替えなどない。それは元の場所に置いたままにされ、身ひとつでゼノビアは跳躍させられたみたいだ。

 罠──?

 そのとき、風のようなものが床から天井に向かって吹き上がった。

 

「きゃああああ」

 

 身体が脱力して、その場にしゃがみ込んでしまった。

 しかし、鉄格子が狭いので膝をついてしゃがむと、お尻が鉄格子にくい込むくらいになる。

 また、ゼノビアは変身が解けて、自分が女の身体に戻っていることを知った。

 

「うわっ」

 

 慌てて裸体を手で隠す。

 

「……これが変身具か? 貴重そうな魔道具だな。もらっておくぞ」

 

 腕が外から捕まれた。

 鉄格子の外に出るには間隔が狭いが、腕くらいは容易に入れるくらいには、鉄格子の間隔があるのだ。

 腕を掴んだのは、ブレイドだった。

 抵抗するまもなく、手首を握られて、指から指輪が抜き取られてしまった。

 

「な、なにすんのよお──」

 

 取り返そうと魔道を放とうとしたが、自分の身体から魔道が抜き取られてしまっているのがわかった。

 さっきの風だ。

 一瞬にして、魔道遣いから魔道を抜く仕掛けがあったようだ。

 魔力を抜かれたために、変身が解けてしまったのだとわかった。

 ゼノビアは舌打ちした。

 

「魔道封じを刻む」

 

 ブレイドが鉄格子の外から声を出したのが聞こえた。

 そのときには、ブレイドはゼノビアの手を離している。

 

「くっ」

 

 腹に魔道の文様が刻まれた。

 

「ははは、ブレイドは一流の道遣いだ。(ブラボー)ランクというが、その程度の魔道能力では、その魔道封じを無効にはできんぞ」

 

 ヴィトーだ。

 シズを犯しながら大笑いしている。

 どうやら、最初から、ゼノビアの工作などばれていたようだ。

 

「ああっ、あああっ、んはああああっ」

 

 そのとき、シズが全身を震わせて絶頂の仕草をした。

 しかし、様子がおかしい。

 ゼノビアに反応しないし、全身の汗もおびただしい。なによりも、反応が激しすぎる気がする。

 

「シ、シズになにかしたの──?」

 

 ゼノビアは鉄格子の中から叫んだ。

 

「全身が狂うような強い媚薬を飲ませた。男が欲しくてたまらなくなる薬だ。ここで全員の相手をしてもらわないとならないしな。ところで腕を出せ」

 

 ブレイドが言って、再び鉄格子から手を伸ばす。

 

「な、なにを──」

 

 慌てて手を引く。

 しかし、周囲に男たちが群がっていて、鉄格子のあいだから一斉に手が入ってきた。

 さすがのゼノビアも、この状態では抵抗できない。

 いまは、魔力が抜かれて、魔道も使えないのだ。

 

 おそらく、この小さな檻の床には、移動術の転送先とする文様とともに、魔力を抜く魔道陣があると思う。

 ついに、外から片側の手首を掴まれて手錠をかけられた。手錠の反対側が鉄格子にかかる。

 激しく抵抗したが、結局、もう一方の腕も同じようにされた。

 鉄格子にかかった手錠に天井からの鎖がかかり、引き上げられる。

 ゼノビアは檻の中で手をあげて立たされてしまった。

 

「なにするのよお──。離せ──、離せよおお──」

 

 ゼノビアは絶叫した。

 

「いきがいいな……。ところで、そろそろ小便がしたいのではないか? まずは余興だ。(ブラボー)ランクの女冒険者の立小便でも披露してもらおう」

 

 ブレイドが檻の外から言った。

 檻に集まっていた周囲の男たちがどっと笑った。

 

「おっ、始めるか? じゃあ、こっちも一度終わるか……。おい、シズ、命令だ。やってくる男たちの命令を聞け。前の穴と、後ろの穴、口も使って全員に奉仕しろ」

 

 ヴィトーが腰を揺すって、シズの股間に精を放つ仕草をした。

 すぐに、シズを離して立ちあがる。

 すると、さっきシズを連れて行った女と同じ者がヴィトーに集まり、身体を拭いたり、服を整え出したり始める。

 

 ヴィトーが、さっきシズに隷属の命令を使った感じになったのは、さっきの女たちに服従をしろとゼノビアがシズに伝えた命令を利用し、さらに女たちからヴィトーへの服従も指示を与えられたということだろう。

 一度刻んだ隷属の魔道は、言葉によって簡単に命令が与えられるので、命令権の譲渡と解放により、あっという間に複数の命令に従う奴隷に成り果てさせられてしまう。

 その機能を使ったのだ。

 

「三人ずつあがれ」

 

 ブレイドが言った。

 歓声があがり、寝台のシズに男が三人群がる。

 やはり、シズの様子がおかしい。

 顔は呆けていて、目つきが定まっていない。

 

「や、やめなさい──。媚薬なんて――。なんてものを使うのよ──」

 

 ゼノビアは叫んだ。

 

「心配ない、冒険者……。ゼノビアだったか? 飛んで火に入るなんとやらだが、最初に言っておく。シズの隷属権限は、現段階ではお前にあるが、それを俺に譲渡しろ。そして、お前もまた服従の誓いをしろ。心からな」

 

 ブレイドが言って、檻の外からゼノビアに、奴隷の首輪を首に嵌める。

 はっとする。

 これで、ゼノビアがブレイドに屈服の感情を抱けば、その瞬間に、ゼノビアもまたブレイドの奴隷に成り下がってしまう。

 

「そ、そんなことするわけでしょう──」

 

 ゼノビアは叫んだ。

 一方で、吊り上げられている手首の手錠を揺すってみるが、とても外れそうにない感じだ。

 

「ならば、抵抗してみるか? 現段階でシズの命令権はお前にある。逆らえとでも命令すればいい。俺の部下たちも、多少の抵抗がある方がやりがいがあるだろうしな。俺たちはどっちでもいい。逆らい続けて奴隷にされるも、大人しく奴隷になるも同じことだしな」

 

 ブレイドは言った。

 ゼノビアは歯噛みした。

 その通りだろう。

 

 ここで抵抗の言葉を告げても、大きな意味はない気はする。あの状態のシズが抵抗できるとも思えない。

 しかし……。

 

「シズ──。命令を解く──。すべての命令を解くわ──。気をしっかりと持ちなさい。命令よ──」

 

 ゼノビアは怒鳴った。

 シズが一瞬だけ顔をあげた。

 やっとゼノビアを認めたようだ。

 隷属の命令は、言葉で与えられた命令を身体がなんとしても実行しようする。気をしっかりと持てと命じられたので、シズの精神が媚薬に抵抗をしようと努力し、それで束の間正気に戻ったのだ。

 

「ああ、お姉様ああ──」

 

 シズが泣き叫んだ。

 しかし、そのシズに男たちが四方八方から愛撫を始めると、たちまちによがり来るって理性を失った感じになった。

 

「ほう、そういうやり方もあるのか……。まあ、好きにするさ。どうせ、お前は、最後にはシズの隷属を俺に譲渡することになる。やり方はいくらでもある……。それよりも、その腹の文様は魔道を封じるだけじゃない。娼婦になるお前の身体をある程度操ることができる。こんな風にな……」

 

 檻の外のブレイドがそう言うと、ただでさえ切迫していた尿意が倍増した。

 

「ひっ」

 

 ゼノビアは内腿を密着させて、股間を引き締めた。

 

「おっ、いよいよ、始まるか?」

 

 服を着てきたヴィトーがやって来た。

 

「これなどいかがですか、ヴィトー様?」

 

 一転しておもねるような表情になったブレイドがどこからか準備した長い柄のついた羽根毛のついたものを手渡す。

 それを受け取ったヴィトーは、相好を崩してゼノビアの入っている鉄格子のすぐ前まで来ると、羽根毛のついたその棒を差し込んで、無防備なゼノビアの脇の一方をくすぐりだした。

 

「きゃあっ」

 

 ゼノビアは避けようとしたができない。

 くすぐられると、力が抜けて、一気に尿意が暴発しそうになる。

 懸命に股間に力を入れる。

 

「ほれほれ、簡単に粗相をするでないぞ。しっかり耐えてみよ。ほら、ほら……。これはどうじゃ? これは?」

 

 笑いながら脇の下や脇腹などをくすぐってくる。

 

「いやああ、やめろおおお」

 

 ゼノビアは悲鳴をあげた。



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644 奴隷娼婦の誓い(その1)

「ふ、ふざけるなあ──、や、やめろおお」

 

 ゼノビアは絶叫した。

 だが、切迫している尿意に襲われている裸体のあちこちを檻の外から差し入れられる柄の先にある刷毛でくすぐられ、ゼノビアは完全に追い詰められていた。

 いまや、ゼノビアをまさぐるくすぐりは、ヴィトー本人から、そのヴィトーに許可された五名ほどの男に変わっていた。

 狭い鉄格子の中では逃げ場はないし、両手首をそれぞれに引き上げられて、脇を隠すこともできない。

 

 右に身体をくねらせれば左から、左に避ければ右──。

 前からも後ろからも襲いかかる刷毛の責めに、ゼノビアは必死になって逃げまどった。

 

「ははは、早く始めんか──。この後、面白い遊びが待っおるそうだ。(ブラボー)ランクの女冒険者を玩具にできるとわかって、若い者も張り切っておる。なにはともあれ、出すものを出してすっきりせい」

 

 しばらくゼノビアをいたぶっていたヴィトーは、いまは檻の前であぐらを掻いて、部下の注ぐ酒をちびりちびりと飲みながら、ゼノビアの苦悶の姿を見物する態勢に変わっている。

 

「もういいだろう。檻はあげてやれ。こうなったら、魔道遣いでも逃げられないだろう」

 

 移動術によって、直接にこの「お披露目会」の広間に設置した狭い鉄格子のかごに転送される罠に嵌められたゼノビアだが、確かに、自由だけでなく、魔道まで封じられてはどうしようもない。

 また、このゼノビアの腹には、ブレイドから打たれた魔道封じの文様が刻まれている。それで安心しているのだろう。

 

 ヴィトーの言葉を受けたブレイドが合図をすると、やっとゼノビアをくすぐっていた刷毛が一斉に引かれ、囲っていた鉄格子の檻がゆっくりと引きあげられていった。

 上を見ると、鉄格子が天井の穴に消えていっている。

 そういう仕掛けになっていたようだ。

 しかし、腕をつり上げていた手錠と鎖はそのまま天井の別の金具に引っかかっていて、拘束はそのままだ。

 そのとき、不意に右の足首になにかを感じた。

 慌てて下を見ると、足首に縄がかかっていた。

 

「うわっ、やめろおお」

 

 気がついたときには、ゼノビアの片脚に縄をかけた者たちは、ゼノビアの蹴りの範囲から離脱していた後だった。

 そして、その縄尻が天井に作られている別の金具の輪に伸ばされ、この輪を通って、さらに縄尻が床側におとされる。

 数名の男たちがそれを持って、引き下げにかかる。

 当然に、足首にかかった縄が上昇して、ゼノビアの片足がゆっくりと持ちあがる。

 

「いやああ、やめえええ」

 

 ゼノビアは絶叫した。

 しかし、どうしようもない。

 ゼノビアの片脚が大きく引き上げられて、片脚で床に立っている状態になってしまった。

 もちろん、羞恥の場所は下から見上げる態勢のヴィトーたちにさらけ出す格好だ。

 

「ち、ちくしょう――。お、お前ら許さないからな」

 

「どう許さないんだ? さて、おい、そろそろ、限界だろう。厠を準備してやれ」

 

 ヴィトーが笑いながら言った。

 もしかしたら、厠に連れて行ってくれるのかと期待したのは一瞬だ。

 すぐに、股間の真下に金属の桶が差し入れたれてきた。

 この中にしろということだろう。

 ゼノビアは鼻白んだ。

 

「さあ、厠も準備してやった。そろそろ始めろ。見たとおり、色々と準備してやっている。今日のお披露目会では、気の強い女冒険者の心を完全に折るために、そのブレイドが特別な趣向を準備しているとあってな。わしも愉しみにしておるのだ。そうだな、ブレイド?」

 

「もちろんです」

 

 ブレイドが部下に頷く。

 すると、広間に得体の知れない道具が運び込まれていく。

 木の板でできた首と手首を固定するはり付け台──。

 三角木馬──。

 人間が数名入れるような透明の巨大な水槽──。

 なんに使うのかわからないが、それらが全部ゼノビアたちへの責め具であることは確かだろう。

 ゼノビアは自分の顔色が変わるのを感じた。

 

 そのとき、ぱしりと人間の肌を叩く音と、女の泣き声がした。

 目を向けると、シズだった。

 シズは、少し離れた寝台で男たちからの輪姦を受けていて、シズの身体が見えないくらいになっていたが、なんとか隙間から、垣間見えた。

 後手に縛られているシズは、うつ伏せで尻をあげさせられ、後ろから犯されているようだったが、どうやら前側にいる男から頬を叩かれたみたいだ。

 

「やめろお──。シズに乱暴するんじゃないよ──」

 

 ゼノビアは怒鳴った。

 ブレイドが「どうした」と声をかける。

 

「へ、へい、こいつが嫌がって口を開かねえんで、思わず……」

 

「商品を傷つけるな。口枷を嵌めさせろ。馬鹿が──」

 

 恐縮する男をブレイドがしかめ面で叱った。

 シズの口を閉じないようにする開口具が、シズに嵌めさせられる。

 

「い、いい加減に、シズを許してやってよ――」

 

 ゼノビアは泣き叫んだ。

 

「言っておくが、シズはお前が奴隷の権限を俺に譲渡するまで輪姦を続ける。頭の線が切れて壊れる前に、俺に奴隷の譲渡を誓うのだな。譲渡すれば、シズは休ませてやる。ただし、お前については、どってにしても、このお披露目会を終わりまで務めてもらうぞ」

 

 片脚を吊りあげられ、完全に自由を奪われているゼノビアにブレイドが近づいて言った。

 ゼノビア歯をを喰いしばる。

 相手を舐め、うっかりと詰めの甘いやり方でクルチザン組織に潜入しようとしたつけがこれだ。

 うまく相手の懐に潜入できたと思ったが、全部が罠だったとは不覚だ。

 しかし、シズには、ゼノビアを主人とする奴隷の刻みをすでにしているものの、それについてだけは、絶対に他人に渡すわけにはいかない。

 すれば終わりなのだ。

 ゼノビアは口をつぐんだ。

 

「まあいい。どうせ、お前も奴隷の誓いをする。そうすれば、隷属の力で譲渡させればいい」

 

 ブレイドがゼノビアの顎を掴んでくいとあげた。

 ゼノビアの首にもまた、奴隷の首輪が嵌まっている。

 しかし、まだ有効にはなっておらず、現段階では「主人」はいない。

 だが、装着したのはブレイドなので、ゼノビアの心が折れて、服従の心が一定量染まれば、それでブレイドを「主人」とする隷属の刻みができあがる。

 そうなってしまえば、もう逃亡の手段はない。

 また、ブレイドの言葉のとおりに、シズの譲渡もさせられてしまうだろう。

 冗談じゃない──。

 ゼノビアは唾をブレイドの顔に飛ばしてやった。

 

「お、おととい来な──」

 

「じゃじゃ馬だな」

 

 ブレイドは怒る様子なく、懐からハンカチを取り出して唾を拭った。

 

「なかなかのものだな、ブレイド。心を折れさせることができるか? それとも、あれの骨でも一本ずつ折っていくか? 治療術を遣える魔道遣いもおるだろう。店に出す前に治せばいい」

 

 すると、しゃがんでいるヴィトーがブレイドに声をかけた。

 シズの骨を折っていく──?

 ぞっとした。

 

「や、やめろおお。ご、拷問ならあたしにしな──。あたしがシズの主人なんだ──。あたしを堕とせば、シズはあんたらのものだろう──。だから、あたしを責めればいいだろうがあ」

 

 叫んだ。

 すると目の前のブレイドがにやりと笑った。

 

「もちろんだ。世の中には耐えられない屈辱もあるのだということを覚えておくとよい。特にお前のような気の強い女にはな。それよりも、しっかりと的を狙って垂れ流せよ。もしも、床を汚したら、シズに打っている媚薬を倍に追加する。あの女の心臓がとまっても知らんぞ」

 

 ブレイドが離れた。

 そのとき、股のあいだ金桶を軽く蹴って、少し前側に移動させた。

 はっとした。

 

「ま、待って──。シズに媚薬を追加って──。それはやめてよ」

 

 叫んだ。

 ただでさえおかしいシズの状態だ。余程に強い媚薬を打たれたと言うのはゼノビアにもわかる。

 それなのに、さらに媚薬を追加するだと──?

 男たちに輪姦されて、狂ったように泣き吠えているシズの痴態に目をやってぞっとした。

 

「ならば、しっかりと狙え」

 

 ブレイドが離れながら言い捨てる。

 片脚立ちで尿意の苦痛に襲われているゼノビアの周りに、男たちが群がりなおす。

 ゼノビアは恥辱と憤怒でかっと身体が熱くなるのがわかった。

 いずれにしても、尿意はもう限界だった。

 頭の芯まで苦悶で痺れそうだ。

 だが、あんなに前におしっこを飛ばすなどできるわけがない。

 

「なかなか、小便をせんのう……。おい、もう一度くすぐってやれ」

 

 ヴィトーが声をかけた。

 一度、中断していたくすぐりが再開される。

 一斉に柄が伸びて、再び、ゼノビアの裸体をくすぐり始める。

 

「ああ、いやあああ──。だ、だったら、せめて金桶を股の下に……。桶を下に戻しててえええ」

 

 ゼノビアは叫んだ。

 桶の外に小便を漏らせば、シズに媚薬を追加すると言われているのだ。せめて、それは阻止しないと──。

 もっとも、この連中が約束を守る保障はないが……。

 

 しかし、刷毛のひとつが無防備なゼノビアの股間を狙い、クリトリスを探して動き回ったとき、ついに限界が崩壊した。

 耐えに耐えていた尿意はゼノビアの意思とは関係なく、堰を切ってしまった。

 股間から尿が飛び出す。

 

「おう、やったな──」

 

 ヴィトーが手を叩いた。

 

「ああ」

 

 ゼノビアは恥辱に身体をのけぞらすようにしていた。

 しゅっと音を立てるように激しく飛び出した尿は、勢いのいい放水となって排泄していっている。

 周りが割れんばかりの嘲笑となった。

 もちろん、前になど飛ばせず、ゼノビアの放尿は真下の床に向かって、あちこちに飛び散っていく。

 

 男たちの哄笑と卑猥な揶揄の中で、ゼノビアはしばらくのあいだ呆然と放尿を続けた。

 やがて、やっと放尿がとまる。

 ゼノビアはがくりと身体を脱力させてしまった。

 

「やれやれ、容器にしろと命じたのに、ほとんどが床ではないか。どうしてくれるんだ?」

 

 ブレイドがやってきて、ゼノビアの尻たぶをぴしゃりと叩いた。

 あまりの屈辱に血が凍る気がした。

 こいつは、ゼノビアを羞恥と屈辱の限界に追い込み、それで屈服の心をゼノビアの中に満たさせようとしているのだろう。

 ゼノビアはなにも言えずに、ひたすらに歯を喰いしばるだけだった。

 あまりに強く咬みすぎたのか、口の中で血の味がした。

 

「約束だ……。おい、シズを連れてこい──」

 

 ブレイドが叫んだ。

 はっとする。

 しばらくすると、シズが両側から引きずられるように連れてこられる。

 全身におびただしく精液をかけられた凄まじい姿だ。

 だが、やっぱり、目つきと表情がおかしい。

 輪姦の疲労もあるが、かなり媚薬で朦朧としているみたいだ。

 この状態のシズに媚薬を足せば、本当に死んでしまうかもしれない。そうでなくとも、取り返しの付かない損傷を頭に……。

 ゼノビアに恐怖が走る。

 

「シ、シズ──。この男たちに絶対服従──。けして逆らってはいけない。自殺も自傷も禁止──。いいわね──。シズ、命令よ──。この組織の男たちに絶対服従しなさい──。命令――」

 

 ゼノビアは連れてこられたシズに向かって絶叫した。

 そして、ブレイドを見る。

 

「こ、これでいいでしょう──。シズはこれで命令には逆らえないよ──。ただし、あたしが生きている限りね──。さあ、これで許して──」

 

 ゼノビアは金切り声をあげた。

 奴隷の譲渡とは異なり、ゼノビアを「主人」としたまま、ブレイドたちへの隷属を強要する命令するだが、これでも、シズが組織の隷属状態になるのは同じだ。

 ゼノビアはブレイドを睨んだ。

 すると、ブレイドが鼻で笑った。

 

「取り引きでも持ちかけようとでもいうのか? そんな立場でないということがわかっていらんようだな……。だが、いいだろう。だったら、シズの代わりにお前が薬を受けろ、それでシズは今日は休まてやる」

 

 ブレイドの言葉にゼノビアは大きく頷いた。

 

「わ、わかった──。あたしが受ける。だから、シズを許して」

 

「いいだろう……。おい──」

 

 ゼノビアの言葉に頷いたブレイドが部下たちに頷く。

 あらかじめ指示をしていたのか、ブレイドの声がかかると、すぐに部下が三人ほどやってきた。

 だが、彼らが持っているのは、なにかの薬液を入れたポンプ式の管のようなものだった。

 まさか、あれは……。

 ゼノビアは目を疑った。

 

「どうやら、これを知っているようだな。ならば話は早い。お前に打つのは媚薬ではなく浣腸だ。シズを助けたければ、お前が浣腸を受けることだ。さて、どっちでもいい。シズに媚薬を足すか……。それとも、浣腸を受けるか? どっちにする?」

 

 ブレイドの言葉に、ヴィトーをはじめとした周りの男たちが一斉に大笑いした。



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645 奴隷娼婦の誓い(その2)

「な、なにが、浣腸だ──。ふざけんんあああ──。そんなことしたら、お前ら全員、殺してやるからなあ──」

 

 ゼノビアは怒鳴りあげた。

 そして、吊り上げられている両手と片脚を必死に動かす。

 だが、両腕を吊っている鎖ががちゃがちゃと鳴るだけだ。

 片脚も大きく引き上げられた片脚立ちだし、魔力も消えている。

 鉄格子はなくなったが、足の下の床にはゼノビアの魔力を消失させる魔道紋が刻まれているのだ。

 一時的なものかもしれないが、いまは完全に魔力を喪失されている状態だ。

 なにもできない。

 

「どうやって殺すんだ、おい? 身体は拘束され、魔道もブレイドの魔力封じの文様で封印されている。ああ、そうか。ブレイドが浣腸とか言っておったから、糞を垂れて、その臭いで殺すつもりか。そりゃあ、たまらんのう」

 

 拘束されているゼノビアの正面で胡座を掻いて酒を飲んでいるヴィトーが大笑いした。

 ゼノビアは歯噛みした。

 

「そうか。じゃあ、シズに媚薬を足すとするか、おい──」

 

 ブレイドが近くに跪かされているシズに視線を向ける。

 シズは後手縛りの身体を五、六人の男から抑えられていたが、そのシズに小さな管のついた針を持った男が寄る。

 シズの二の腕に針を刺す。管を操作して、薬液のようなものをシズの体内に入れている。

 

「んがああああ、ああああああ──」

 

 シズが獣のような声をあげて絶叫した。

 身体が一瞬にして真っ赤になり、シズは目を血走らせ、涙と涎、さらに全身から夥しい汗を一斉に噴き出させた。

 

「シズ──」

 

 ゼノビアは悲鳴をあげた。

 シズは暴れ回ろうとしている。

 それを男たちが寄ってたかって押さえつける。

 やがて、まるで糸でも切れたかのようにシズが脱力する。

 ふと見ると、シズの股間からじょろじょろと水液が流れ出している。

 失禁したのだ。

 

「つくづくお漏らしの好きな冒険者たちだのう──」

 

 ヴィトーが手を叩いて笑い、周囲の男たちも追従して喝采する。

 

「準備した浣腸は三本だからな。シズには残り二本を足せ──」

 

 ブレイドが事もなげに言った。

 ゼノビアは耳を疑った。

 あの状態のシズに、さらに二本だと──?

 そんなことしたら、本当は死んでしまう。

 ゼノビアに恐怖が走る──。

 

「やめええええ──。わ、わかった──。あたしが受ける──。残り二本の媚薬は、あたしに刺しな──」

 

 慌てて叫ぶ。

 だが、横にいるブレイドはせせら笑っただけだ。

 

「お前が受けるのは浣腸だと言ったはずだがな。自分から浣腸してくれと頼むなら、シズの薬剤を注入する代わりに、お前の尻穴に薬液を入れてやる。どうするのだ?」

 

 ブレイドが独特の抑揚のない口調で言った。

 ゼノビアは拘束されている拳をぐっと握る。

 こんな状態で浣腸などされれば、その結果どうなるかなどわかりきっている。こいつらは、それをゼノビアが屈服して、服従を誓わせる材料にしたいだけだ。

 だが……。

 

「なんだ。断るのか……。よし、シズに薬液を足せ」

 

 ブレイドが言った。

 ゼノビアは慌てて口を開く。

 

「待って──。浣腸を受ける──。受けるから……、これ以上はシズを……」

 

 がくりと首を項垂れさせる。

 

「浣腸をしてもらいたいのだな、ゼノビア? だったら、そう言え──。お願いしますとな」

 

 ブレイドだ。

 どこまでも、ゼノビアの心を抉ろうとする。

 はらわたが煮えるのをぐっと我慢する。

 

「お、お願いします……。浣腸を……してください……。だから、シズを許して……」

 

「いいだろう」

 

 ブレイドが声をかけ、ゼノビアの後ろで待機していた男のひとりがお尻の穴になにかを差し込んだ。

 一気に生暖かい液体が腹の中に入ってくる。

 

「ああ、い、痛い──」

 

「我慢するんだな。まだまだ、本番はこれからだぜ」

 

 ゼノビアに薬液を注入している男が揶揄いの声を出す。

 しばらくして、やっとのこと管が空っぽになったのか、男が離れてお尻の穴から管が抜かれた。

 だが、すぐに二本目を注入される。

 それも終わり、三本目──。

 やっとのこと、それが終わる。

 

「一度、拘束を解く。両手を背中で組め。もしも、暴れたら、シズに……」

 

「わ、わかってるよ──。逆らわないよ──。その代わり、約束を守りな──。今日は、シズにはもう手を出さないと誓え──」

 

 ゼノビアはすでに耐えられないものになっている腹の痛いを我慢しながら言った。

 あっという間に、恐ろしいほどの便意が襲ってきている。

 ふと見ると、下腹部がふっくらと膨れている。かなりの薬液を注入されたのだ。

 

「わかった。誓おう」

 

 ブレイドが言った。

 ゼノビアはわかったと示す代わりに、大きく頷いた。

 

「脚を開いて、跪け」

 

 両手首の手錠と片足首を結んでいた縄がやっと外される。

 ゼノビアは崩れ落ちてしまった。

 男たちが一斉に寄ってくる。

 力を抜いて逆らわなかった。

 両腕を背中に回させられて、水平に密着した両腕を革帯でしっかりと固定された。さらに、肩幅より長い金属の棒を挟んでいる棒の両端にある革枷を両膝の上に装着される。

 これで、ゼノビアは両手を封じられて、しかも、股を閉じることができなくされてしまった。

 

「いいだろう。じゃあ、シズを(まわ)せ。その寝台でさっきの続きをしろ。徹底的に輪姦して、男なしでいられない色情狂にしてやれ。多少、頭の線が切れても構わん」

 

 すると、ブレイドが言った。

 わっと歓声があがり、シズが連れていかる。

 ゼノビアは唖然とした。

 

「ま、待ってよ──。約束が違うよ──」

 

「約束か? ありゃあ、嘘だ」

 

 すると、ずっと無表情だったブレイドが馬鹿にしたように、ゼノビアに向かって舌を出した。

 ゼノビアはかっとなった。

 ブレイドの道化た態度に、ヴィトーをはじめとした男たちが爆笑した。

 

「ち、ちくしょう──」

 

 暴れ回ろうと思ったが、寄ってたかって押さえつけられる。

 そもそも、両腕も膝も枷を嵌められて固定されているのだ。

 なにもできずに、押さえられる。

 それどころか、嵌まっている奴隷の首輪の前側の金具に鎖を繋がれて、膝と膝のあいだに嵌まっている棒の真ん中に、その鎖で首を繋がれてしまった。

 鎖がそれなりに短いので、前傾姿勢から崩せなくなる。

 床についている両膝と首に、鉄球の重りが装着された。

 肩を押されて跪かされる。すると首も引っ張られて、ゼノビアは尻を大きく天井に突き出したような格好になってしまう。

 

「くそったれがああ」

 

 ゼノビアは高尻の体勢で喚いた。

 一方で、シズの正体をなくしたような嬌声も響き渡り始める。

 再び、シズの輪姦が始まったのだ。

 

「さて、お前も娼婦としての訓練だ。しばらく、愉しめ」

 

 ブレイドがゼノビアの前にしゃがみ込んできた。

 ぎょっとした。

 男根とそっくり同じディルドだ。しかし、魔道を帯びている気配がある。また、ディルドの付け根には四本の革紐があった。

 

「や、やめえええ」

 

 それを口に押し込もうとしたので必死に抵抗した。

 だが、ほかの男たちからも頭を押さえられ、さらに鼻も摘ままれて強引を開かされる。

 ディルドが喉の近くまで突き刺さる。

 嗚咽が込みあがって、涙が目ににじむ。

 すぐに四本の革紐で頭の後ろで完全に固定された。

 大きく口を開いた状態で、いくら顎に力を入れても歯を噛み合わせることができない。

 すると、ブレイドが魔道を込める仕草をした。

 口の中でディルドが蠕動運動を開始する。

 

「ううっ」

 

 ゼノビアは呻き声をあげた。

 そのあいだも、口の中のディルドが、まるで本物の男根のように伸縮を繰り返して喉を刺激していく。

 

「んごっ、んんっ、んぐうっ」

 

 ゼノビアは嗚咽を繰り返した。

 一方で、いよいよ便意が本格的になってきていた。

 後ろ手の拳を握ったり、閉じたりして、それを耐えようとする。

 しかし、いつまで我慢すればいいのか。

 どうすればいいのか……。

 次第に、便意がどうしようもないものに切迫していく。

 ゼノビアの苦悶を愉しむように、ヴィトーをはじめとする男たちがゼノビアを囲むように、床に座って酒盛りの態勢を取り直した。

 ブレイドもまた、その輪の中に入って座り込む。

 

「んごおおおお」

 

 ゼノビアはディルドに塞がれている喉を必死に鳴らして抗議した。

 しばらくのあいだ、ゼノビアはそのまま放置された。

 一瞬一瞬が嫌というほどに長く感じる。

 

「ほう、股ぐらで涎を流し始めたな。こりゃあ、驚いた。(ブラボー)ランクの魔道遣いの冒険者殿はマゾだったか?」

 

 しばらく時間が経ってから、ちょうど後ろからゼノビアの股を覗く位置にいるヴィトーが不意に言った。

 股が涎って……もしかして、濡れているということ……?

 そんなわけあるか──。

 あり得ない──。

 

「ほう、マゾですか……。ほう、なるほど」

 

 ヴィトーの隣にいるブレイドの声──。

 股を後ろから見られる視線に、ゼノビアの全身に屈辱が走る。

 

「どれ、確かめてやるかのう」

 

 ヴィトーが立ちあがる気配がした。

 確かめる……?

 次の瞬間、指が後ろ側から伸びて、亀裂をいじりはじめた。

 

「むむむむっ」

 

 全身をおののかせた。

 便意が迫っている状態で股間をいじくられるのだ。

 ゼノビアは全身の肌が粟立つのを感じた。

 

「こりゃあ、どろどろじゃのう。どれ……」

 

 後ろ側でヴィトーがなにかの仕草をする気配がした。

 そして、尻越しに生身の男根がゼノビアの秘肉にあてがわれた。

 

「あぐっ、ぐっ、ぐううっ」

 

 まさかと思った。

 口の中で隠微に動くディルドを噛みしめながら、ゼノビアは喉の奥で呻いた。

 信じられなかった。

 だが、ヴィトーは本気だ。

 この状況でずぶずぶと怒張を埋め込んできたのだ。

 

「むぐううううう」

 

 ゼノビアは必死で肛門に力を入れた。

 抽挿が始まる。

 アナルに全神経を集中する。とにかく、お尻に力を入れる。

 

「くおっ、こりゃあ、締めつけおるわい。さすがに、股にも力がある。あっという間に抜かれそうじゃ」

 

 ヴィトーがゼノビアを犯しながら笑い声をあげた。

 一方で、ゼノビアは早くも絶頂の気配に襲われていた。全神経がお尻の穴に集中しているので、まったく股間に襲う快感を防御できないのだ。

 あっという間に昇り詰めそうになる。

 しかし、その瞬間に崩壊しそうで、ゼノビアはそれに恐怖した。

 

「んぐっ、むむっ、んぐうっ」

 

 容赦のない抽挿が続く。

 ゼノビアは懸命にアナルに力を入れる。

 強大な波が襲ったが、なんとか堰きとめる。

 

 漏れる──。

 すでに危険な状態だ。

 ゼノビアはもうなにも考えられなかった。

 便意の限界に襲われている身体を犯され、口の中には蠕動と伸縮を繰り返すディルド……。そして、満座の中で痴態をさらされてる屈辱……。

 そういったものの全部が、ゼノビアの身体を愉悦で溶かしていく。

 

「おぐうううっ」

 

 泣きたくなるような嗜虐の快感がゼノビアの全身を震わせた。

 そのとき、ヴィトーがゼノビアの中で射精をするのがわかった。

 やっと、股間からヴィトーが出て行く。

 

「んごおお──」

 

 ゼノビアは吠えた。

 排便を漏らさなかったのが奇跡のようなものだ。

 腸を襲う便意はもう抑えきれないものになっている。

 もうもたない……。

 いまも必死に肛門の筋肉を締め付けているが、一瞬でも緩めたら、その瞬間に崩壊する。

 ゼノビアは脂汗を流しながら、必死にそれを訴えた。

 

 だが信じられないことに、ヴィトーが終わると、次にはブレイドがゼノビアを犯し始めた。

 さすがに、ゼノビアは泣き呻いた。

 

「んぐううう」

 

 ゼノビアは犯されながら吠えた。

 視界が滲み、ゼノビアは自分がぼろぼろと涙を流しているのがわかった。

 やがて、やっとのこと、ブレイドも射精をした。

 どうやら、ゼノビアが股間を締め付けているので、あっという間に達するみたいだ。そんなことを怒張を抜きながらブレイドが言っていた。

 

 厠に……。

 

 訴えたいが、口の中のディルドがそれを阻んでいる。

 恐ろしいことに、三人目がやって来た。

 三人目は比較的簡単に終わった。

 しかし、もう限界だ。

 急激に便意が高まり、頭に閃光が走った感じになった。 

 

 早く──。

 早く──。

 

 しかし、ゼノビアはこのまま排便を噴き出させてしまうだろう。

 絶望感に襲われる。

 

「ゼノビア、厠に連れていってももらいたいか?」

 

 そのとき、前側に回ってきていたブレイドがゼノビアの顔を覗き込むようにして言った。

 ゼノビアは必死に頭を縦に振る。

 すると、頭の後ろの革紐が解かれて、口からディルドが引き出された。

 ゼノビアは大量の涎とともに、それを吐き出す。

 

「けほっ、げほっ、げほっ……、も、もう許して……、か、厠に……」

 

 ゼノビアは全身を震わせながら言った。

 声を出すだけでも必死だ。

 決壊はそこまできている。

 

「隷属を誓え……。そうすれば、厠に行かせてやる」

 

 ブレイドが冷たく言った。

 それはできない……。

 同意すれば、終わり……。

 それはわかる。

 ゼノビアの隷属が成立すれば、いまは辛うじて、ゼノビアを「主人」として保っているシズの隷属は、簡単にブレイドたちに譲渡させられる。

 そうすれば、もしかしたら、シズとゼノビアは離される可能性もある。

 いや、絶対にそうなるだろう。

 

「なら、もう少し苦しめ……。おい、浣腸を追加しろ──」

 

 ブレイドが声をあげた。

 無理だ……。

 ゼノビアに絶望が走る。

 ごめん、シズ……。

 

「く、屈服する……。ど、奴隷になります……。だから、厠に……」

 

 魔道が全身を包むのがわかった。

 隷属が刻まれるのだ。

 だが、次の瞬間、急に身体の中に大きな衝撃が走った感じになった。

 大きな音が鳴る。

 なにが起こったかわからなかったが、首の圧迫感がなくなり、気がつくと首にあった奴隷の首輪がばらばらに砕けて外れていた。

 ゼノビアはびっくりした。

 

「な、なにが起こった──。おい、いまのはどうして──?」

 

 ブレイドが初めて狼狽えた声をあげた。



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646 奴隷娼婦の誓い(その3)

 奴隷の首輪が砕けた?

 ゼノビアは激しい便意に襲われながらも、そのことに呆然とした。

 そんなことがあるのか?

 だが、さっきの一瞬、ゼノビアは確かに心が折れそうになり、屈服したと思う。それで、首に嵌められている「奴隷の首輪」のよって、隷属魔道が全身を包みかけたのだ。

 しかし、その結果、首輪が砕けたということは、隷属に対して大きな反発がゼノビアによって起きたということになるが……。

 

「おい、ブレイド、なんで首輪が砕けたんじゃ?」

 

 後ろ側のヴィトーが不思議そうな口調で言った。

 

「さて……」

 

 目の前のブレイドも首を傾げている。

 しかし、そんなことよりも、ゼノビアは切羽詰まった状態になっている。

 もう、便意は少しも我慢できない。

 

「お、お願いだよ……。か、厠に……」

 

 ゼノビアは目の前のブレイドに訴えた。

 だが、ブレイドは考え込むような表情のままだ。

 

「……普通では考えられませんが……。しかし、あり得るとすれば、すでにこいつが誰かの隷属となっている場合か……? それなら、隷属が反発して首輪が壊れるということも……。しかも、この奴隷の首輪に刻まれている道術を遙かに上回る高位魔道遣いの奴隷か……?」

 

 ブレイドがぶつぶつと言った。

 ゼノビアが誰かの奴隷?

 馬鹿げたことだと思ったが、あのロウ=ボルグのことが頭によぎる。あの男の奴隷になった記憶はないが、あの男が不思議な術を使うことも確かだ。

 およそ、一流の女たちが、一見だけでは大した取り柄のなさそうな男にかしずいている。

 シズとゼノビアが最初に襲ったエリカだけでなく、ハロンドールの王都冒険者ギルドを牛耳っているあのミランダや、高位魔道遣いで名高かった神殿のスクルズ、それどころか王妃、王女までもが、ロウを慕って集まっていた。

 あんなことあり得ないと思ったが、ロウに不思議な呪術があるとすれば、納得できるところもある。

 そもそも、妙な魅力があいつにあることは確かだ。

 あんな目に遭わされたのに、心の底ではゼノビア自身も、あいつを悪く思ってないし……。

 しかし、すでにロウに隷属されているって……?

 いや、だが……。

 あいつに犯されてから、異常なほどに魔道の能力もあがったし、武術も信じられないくらいに向上もしている。

 シズも同じようなことを口走っていて、首を傾げていたし……、もしかしたら……。

 

「おい、お前は、すでに誰かの奴隷なのか?」

 

 ブレイドが言った。

 

「し、知るものかい──。そ、それよりも、厠に行かせて──」

 

 ゼノビアは怒鳴った。

 

「さてなあ……。聞こえないな……。それとも、口を割る気になったか?」

 

 ブレイドがにやりと微笑む。

 ゼノビアの引きつった口調に、ゼノビアの陥っている窮状が限界であることを悟ったのだろう。

 少なくとも、ゼノビアは、自分では隷属を受け入れるくらいには、追い詰められてるのだ。

 

「し、知らない──。わからない。奴隷だなんて、そんなことあり得るものか──。く、首輪もしてなっただろう──。と、とにかく、早く……」

 

「そうか? だが、高位魔道遣いにかけられた呪術であれば、首輪なしに隷属になっているのも珍しいことじゃない。紋様奴隷というがな……。身体のどこかに魔道紋があるのかも……。徹底的に調べていいが、欺騙もかかっていれば、それも見えんし……。まあ、ゆっくりとお前が思い出すのを待つか……」

 

 ブレイドが笑った。

 ゼノビアは歯を喰いしばった。

 

「ま、待って、それよりも厠に……」

 

「いくらでも無駄口を叩くがいい。誰の奴隷であるか思い出したら、厠に行かせてやろう」

 

 ブレイドが冷たく言った。

 おそらく、ブレイドはゼノビアの窮状をわかっていない。だからこそ、こんな暢気なことを言っているのだろう……。

 いや、むしろ、理解しているからこそ、追い詰めているのか……。

 

「おい、ブレイド、つまりは、これには隷属はかからんということか?」

 

 そのとき、ヴィトーが不満そうに言った。

 高尻のうつ伏せの姿勢を崩していないゼノビアには、ヴィトーの顔は見えない。ヴィトーはゼノビアの尻側に座っているのだ。

 

「おそらく……。だから、隷属の魔道同士が反発して、奴隷の首輪が壊れたのだと思います。こいつを隷属にかけた道術遣いを上回る能力の術士の作成した奴隷の首輪であれば、隷属を刻めるかと思いますが、このゼノビアの主人がこいつを紋様奴隷に仕立てるくらいの能力を持っているとすれば、普通の奴隷の首輪では、隷属は不可能でしょうね」

 

「ならばどうする?」

 

「どうもしません。隷属はさせなくても、客は取らせることはできます。ただ、調教に時間をかける必要があるだけです。同じことです」

 

「そうか……」

 

 ヴィトーがほっとした口調で言った。

 

「そういえば、俺の鑑定術では、こいつも、あのシズも判別を拒否する部分がありました。おそらく、こいつを隷属した者は、欺騙術も同時にかけたのでしょうね。相当の魔道遣いかもしれません。吐かせます」

 

 すると、そのブレイドがゼノビアの後ろ側に移動して、視界から消える。

 次の瞬間、衝撃が走った。

 ブレイドの指をゼノビアのクリトリスを人差し指を親指で挟んでゆっくり捏ね回しだしたのだ。

 

「ううっ、んひいいっ」

 

 ゼノビアはみをよじりかける。

 快感の衝撃はすさまじいものだった。

 だが、いまはそこに一切の意識を向けるわけには許されない。

 愛撫を避ける行動もだめだ。

 そんなわずかな動きでも、必死に締めている肛門が緩んでしまいそうだ。

 

「お前のおまんこは、随分と簡単に濡れるな。もしかしたら、お前を隷属した者に調教を受けたか? 身体が敏感だ」

 

 ブレイドがクリトリスを刺激しながら言った。

 

「い、いやああ、やめええ──。い、言う──。言う──。ロウ──、ロウ=ボルグ──。あたしのご主人様は、ロウ=ボルグ──。ロウ殿──。ハロンドールの呪術師──。エルフ族の英雄殿だよ──。やめてええ──」

 

 ゼノビアは鋭く声を放った。

 誤魔化すことも、嘘をつくこともできなかった。それだけの余裕がまったくなかったのだ。

 だが、もしも、ブレイドが口にしたように、ゼノビアが誰かの隷属をされているとすれば、それはロウ=ボルグしかない。

 そして、そう考えると、なにもかもしっくりくるとことがある。

 ゼノビアもシズも、あのときにロウになにかの呪術をかけられて、隷属されてしまったのではないか……。

 いや、そうに違いない。

 ロウに仕えている女たちにも、首輪も紋様もなかったが、彼女たちはしっかりとロウにしっかりと服従していた。それどころか、奴隷だとはっきりと口にする者もいた。

 

「ロウ=ボルグ? あの?」

 

 ブレイドが驚いたよう指を離す。

 とりあえず、愛撫から逃れることができて安堵する。

 しかし、崩壊寸前の状況であることは変わらない。

 

「そ、そうだよ……。だ、だから、て、手を出したら、こ、怖いよ──。あ、あんたらをご主人様は許さない──。絶対にだ。さあ、あたしらを解放しろおお」

 

 崩壊は目前だ。

 ゼノビアとシズが捕らわれたからといって、ロウたちが救出に来ることは万に一つもないが、そういえば、ロウはエルフ族の英雄だった。

 その魔道映像が大陸中に流れたのだ。

 もしかしたら、そのロウの権威を信じて、こいつらがなにかを躊躇するかもしれない。

 

「ほほう、あの英雄の女奴隷ということか……? 馬鹿を言うな。まあいい。ゆっくりと聞き出せ、ブレイド。どの道、隷属できないのであれば、このゼノビアについては、手間をかけて調教をしてからでないと店には出せんのだろう」

 

 ヴィトーが笑った。

 

「わかりました……。しかし、シズは間接的とはいえ、こいつの命令によって、服従状態にあります。あれは英雄の女として、いくらか付加価値をつけて売り出しましょう。さっそく客をとらせます」

 

 ブレイドが応じる。

 

「お、お前、あほうかい──。ほ、本当だよ。あたしたちはロウ殿の女だああ」

 

 ゼノビアは叫んだ。

 だが、まったく信じている気配はない。

 しかし、彼らの話に耳を傾けていると、ずっと悲痛な声で輪姦を受け続けているシズについては、ここから離そうということになったみたいだ。

 当初は、ゼノビアにシズを隷属させて、そのゼノビアをこいつらが隷属状態にすることで、シズの隷属を乗っ取るつもりだったが、ゼノビアの隷属が難しくなった以上、ゼノビアがシズに施した連中への命令を取り消される前に、ゼノビアから引き離すべきだとなったようだ。

 よくわからないが、シズがこの場から解放されるのなら、それだけは嬉しい。

 

「だが、このゼノビアがシズに隷属をかけたときには、反発はせんかったなあ。シズには隷属はかかったのではなかったか?」

 

 ブレイドがシズをこの広間から連れ出して、娼婦部屋に移動させるように指示したとき、ヴィトーが思い出したように言った。

 

「同じ主人に隷属されている奴隷同士の隷属は反発しないのです。同じ奴隷同士の隷属関係は簡単に成り立つのです」

 

「そういうものか」

 

 ブレイドの説明にヴィトーが納得したように応じた。

 

「ああ、もう限界だよおお──。は、早く厠に……」

 

 ゼノビアは何十度目の哀願をした。

 

「そうだな。そろそろさすがに限界か……。ならば、厠に連れて行ってやる。だが、その前にもう一本、浣腸を受けろ」

 

 ブレイドが言った。

 ゼノビアは鼻白んだ。

 

「こ、これ以上は無理……。もうだめだよお──」

 

「なにを言っておる。だったら、いつまでもそこで尻を振っていろ。だが、もしも、漏らしたら、シズを連れ戻して、お前の尻から出たものを全部、舌で掃除させる。それでもいいなら、垂れ流すがいい」

 

 ブレイドがせせら笑った

 ゼノビアは押し黙るしかなかった。

 ブレイドが合図する、

 すぐに再び浣腸器の管がゼノビアの尻穴に挿さる。

 すぐに薬液が注入されていく。

 

「ああ、あああ、ああ」

 

 ゼノビアは脂汗まみれの身体を震わせて、涙目でブレイドを見た。

 もう本当に限界だ。

 すがるような視線を向ける。

 

「ははは、いい顔になったな、マゾの雌の顔だ。お前を奴隷にして調教したのが、本当に、あの英雄殿なのかは知らんが、お前ほどの気の強い女をマゾに仕上げたのだから、その能力は本物だな」

 

 ブレイドがにやりと笑った。

 本当に自分は、ロウにマゾに躾けられているのだろうか……。

 確かに、ロウに与えられた性交の快感も、懲罰として受けた調教の日々も、ゼノビアの奥底で甘美な快感の日々として記憶されているのは確かだが……。

 

「立たせろ。厠まで連れていく」

 

 男たちがゼノビアを立たせた。

 首に新しい首輪がかかる。ただ今度は奴隷の首輪ではなく、普通の首輪みたいだ。その首輪に鎖が繋げられた。

 

「来い──」

 

 首輪についた鎖が引かれる。

 だが、両膝に嵌まっている膝枷には、金属の棒があいだに繋げられていて、ゼノビアはみっともないがに股でしか歩けない。

 しかも、崩壊寸前の便意に襲われている状況では、歩みの一歩一歩が恐怖だ。

 ゼノビアはそれでも必死になって歩いた。

 男たちが周りを揶揄いながらついてくる。

 

 しかし、いくらも歩かないうちに、ブレイドは歩みをとめた。

 目の前には、最初に運ばれた大きな透明の水槽だ。中には水が入っている。

 ふと見ると、水槽の上にあがれるように階段がついている。

 ゼノビアは呆気にとられた。

 

「着いたぞ。ここがお前の厠だ」

 

 ブレイドの言葉に周囲の男たちが爆笑した。

 

「いやよおお──。じょ、冗談じゃないったらああ──」

 

 絶叫した。

 しかし、男たちから強引に階段を昇らされる。

 上まであがると、水槽の中に突き落とされた。

 

「きゃああああ」

 

 頭まで水に沈む。

 だが、真っ直ぐに立てば、なんとか首から上は水の上になる高さだ。

 

「か、厠に……」

 

 ゼノビアは必死に訴えたが、後手に拘束されているゼノビアには水槽から逃げる方法などない。

 水槽の周りに、男たちが見物の態勢をとる。

 ゼノビアは、羞恥と屈辱で血が凍る気がした。

 

「あああ、いやあああっ」

 

 やがて、耐え続けたゼノビアの肛門がついに決壊した。

 透明の水があっという間に茶色く汚れる。

 

「ああ、ああああ――」

 

 すさまじい勢いで糞便が水の中に拡がっていく。最初は茶色い水流だったが、次第に固形物が混ざってもいく。

 さすがのゼノビアも、号泣してしまった。

 

「おうおう、汚いのう……。美人の大便だが、いつ見ても汚いものは汚いのう……。ところで、どうだゼノビア、すっきりしたか?」

 

 いつの間にか、ゼノビアの排便姿を目の前から見物する位置で、水槽の前に立っていたヴィトーが大笑いした。

 人間として、もっとも恥ずかしい姿を晒した惨めさに、ゼノビアもただただ泣くしなかった。

 しばらくしてから、嗚咽に続けるゼノビアが水の外に引きあげられる。

 

 その後、水の外で身体を男たちによって綺麗にされたゼノビアは、再び酒盛りをする男たちの真ん中に連れて行かれた。

 

 そして、掻痒剤を股間と尻穴、乳首に塗られてしばらく放置される。

 男たちは発狂するような痒みに泣き叫ぶゼノビアをひたすらに揶揄した。

 

 そして、数名ずつの筆責めによる寸止め責め──。

 ゼノビアは、尊厳という尊厳を完全に削ぎ落とされた。

 

 次いで木馬責め──。

 尻穴に山芋を挿入され、惨めな哀願を大声で叫ばされた。

 

 それが終わると、魔道のかかった淫具による連続絶頂責め──。

 失禁するまで絶頂を繰り返させられた。

 

 そして、最後にはシズが受けた媚薬を身体に注入されて、数名ずつの輪姦──。

 

 

 

 

 ゼノビアが解放されたのは夜が訪れて、翌朝がやってきたときのことだった……。



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647 憂さ晴らし用娼婦(その1)

「今度はどんな客なの?」

 

 シズは闇娼館の廊下を歩きながら、シズの前を歩く「世話女」のローヌに訊ねた。

 世話女というのは、言葉の通り、この闇娼館に囚われている女たちの世話をする女であり、客をとるとき以外は個室に監禁されている娼婦たちの生活の面倒の一切を看る役割の女たちだ。

 つまり、食事を運び、衣類の洗濯をし、部屋にある便壺の交換などをするのだ。頼めば、生活必需品などをどこかから持ってくてくれる。娼婦の身体の手入れや、必要により治療などもする

 さらに、こうやって客をあてがわれるときには、女たちの部屋にやって来て、客室まで連れ出す役割もしている。

 

「マクリーヌ兄弟というお方々です。多分、商人だと思います……。あのう……。昔、エルフ族に小馬鹿にされたことがあって、エルフ族を苛めたいという申し出だそうで……。申し訳ありません、シズ様……」

 

「別にあんたのせいじゃないでしょう。つまり、また、憂さ晴らしとしてあてがわれるのね」

 

 シズはローヌの後ろを進みながら苦笑した。

 これから客をとるシズだが、身につけているのはまったくの裸身に、袖のない一枚のローブという格好だ。他には首にある「奴隷の首輪」と、四肢の手首足首にある革枷である。

 いまのところ、拘束はされていないが、「命令」により逃亡は禁止されているし、前を歩く世話女の指示に従うようにも「命令」を受けているので、シズにはなんの自由もない。

 

 ここで客をとるようになって三日になる。

 三日のあいだにシズが客をとったのは六組だ。相手がひとりのときもあるし、今日のようにふたりということもあった。

 共通するのは、誰も彼も、エルフ族が嫌いということだ。

 シズは、エルフ族と人間族のハーフだが、見た目はエルフ族なので、この娼館の連中はシズをエルフ族の令嬢ということで触れ込んでいるようだ。

 

 エルフ族と宣伝することはともかく、シズのような孤児あがりの女冒険者を「貴族令嬢」というのは無理があると思うが、別に貴族としての振るまいを要求されるわけでもないし、もともと、エルフ族には人間族の貴族のようなややこしいマナーなどはない。人間族は階級意識が高い者が多いが、エルフ族はもともと狩猟民族なので、身分的な階級差が薄いのだ。

 貴族といっても、エルフ族社会では、そんなに生活に変わりがないので、シズのような者でも、十分に「エルフ族の貴族令嬢」で通用するのだそうだ。

 もっとも、こんな闇娼館でわざわざエルフ族を苛めにくるような男たちだ。シズが本物のエルフ族の貴族令嬢であろうが、そうでなかろうがどうでもいいのだろう。

 

「で、でも、申し訳ありません。あっ、こっちです」

 

 ローヌが頭をさげた。

 彼女がどんな表情をしているのかは見えない。ローヌは顔と頭の半分が焼けていて、醜い火傷があるので、ここの男たちの指示で顔を隠しているのだ。

 娼婦部屋にいるときには布を外しているので、シズは布の下の顔を知っている。

 確かに醜い顔だった。

 髪の毛も半分近くがなくなって、火傷の痕に覆われている。酷いものだ。

 

 タリオ軍がカロリックを征服した今回の戦いの戦場になった都市で、焼け出された住民に対する戦場狩りで捕らえられたらしいが、戦闘に巻き込まれて魔道の火炎で顔を焼かれ、死にかけていたところを一緒にいた女とともに連れてこられたらしい。

 だから、シズ同様に、この娼館に来て間もないようだ。

 

 彼女の話によれば、もともと、この闇商館で客をとらせるために連れてこられたらしく、ローヌを連れてきた男たちは、顔の治療さえすれば客を取らせることができると判断したという。

 顔は焼けているが、ローヌはまだ十代の少女であり、身体も綺麗だ。残っている顔半分を見れば、焼けていなければ美少女だということもわかる。年齢的にも十五、六だろう。十分に客をとれる身体はしている。

 

 ところが、火炎には呪術がかかっていたらしく、治療術でも戻せないとわかって、娼婦ではなく世話女として使われるようになったということらしい。

 ちなみに、ローヌと一緒にいた女は獣人族の女戦士らしいが、ここで闇娼婦として働かされているようだ。

 

 ローヌも、シズのような娼婦と同様に女奴隷だ。

 しかし、客の相手をする以外にはなにもしなくてもいいシズたちとは異なり、世話女は朝から晩まで働かされて、食事も粗末である。

 まあ、どっちがより不幸なのかは知らないが……。

 

 ともかく、娼婦のシズたちは、客以外に暴力を振るわれることはないが、世話女たちは、男衆たちに鞭打たれたり、殴られたりすることも、日常茶飯事のようだ。

 だから、ローヌには、いつも新しい傷がある。

 また、客はとらない世話女だが、男衆たちの性の対象にはなるらしく、犯されたような裂傷が女陰や肛門にあったりもした。

 

 鞭打ちなどを好む客もいるので、シズには回復用の高級治療薬があてがわれていて、ローヌにはこっそりとそれを使わせてもいる。

 恐縮して遠慮するローヌだが、シズはなかば強引に彼女の治療をしてやっている。

 それだけでなく、シズ用の食事は栄養もあって、量も十分なので、それをローヌにこっそりと分けたりしている。

 ローヌはお仕置きされると拒むが、黙っていればわからないと、これも強引に食べさせている。

 

 やはり、世話女に与えられてる食事では、若いローヌには十分でないのか、食べるとなれば、ローヌはおいしそうに食べ物にむしゃぶりついていた。

 そんな経緯もあり、まだ三日だが、ローヌもかなりシズに懐いてきた。

 

 シズがローヌを大切にしているのは、もちろん思惑がある。

 なにしろ、首にある「奴隷の首輪」によって、隷属の魔道の支配下にあるシズには、この娼館内を動き回る一切の自由がないのだ。部屋は狭い個室で、ほかの娼婦と遭う機会もほとんどない。

 こうやって、個室から客室に移動するときに、運がよければすれ違うだけであり、向こうも世話女を連れており、会話をする機会も皆無である。

 

 だから、世話女だ。

 世話女は労働もするし、娼館を管理している男たちとも会話をするので、個室と客室の往復以外を「禁止」されている娼婦に比べれば、遙かに自由である。

 だから、治療をしたり、食事を分けたりして恩を売り、ローヌに娼館内を探ってもらっているのだ。

 

 もちろん、ローヌが必要もなくうろうろしていることがばれれば、とんでもない折檻を与えられることはわかっているが、昨日、一緒に捕らわれた仲間の居場所を知りたいと頼んだら、ローヌは自分のできる範囲で探してみると、快く応じてくれた。

 

 ローヌに頼んだのは、もちろんゼノビアのことである。

 あの「お披露目会」のときの記憶は半分以上、飛んでいるので、シズもよく覚えていないが、シズ同様にゼノビアも捕らえられて、一緒にいたぶられたのは、辛うじて記憶していた。

 あれから三日……。

 ゼノビアにはまったく遭っていない。

 居場所もわからない。

 

 しかし、激しく輪姦されているあいだに、連中がしゃべっていたことを懸命に思い出す限りでは、確か、ここの連中はゼノビアを奴隷の首輪で、娼館を仕切っているブレイドに隷属させようとしたが、なぜか果たせず、そして、ゼノビアを「主人」とする隷属にかかっているシズをブレイドに譲渡させようとしたが、それもできずに終わっていた気がする。

 媚薬で正体を失わされていたが、シズは連中に輪姦されながらも、見聞きしたことを記憶に残す理性を保っていたのである。

 

 あれから、ゼノビアには遭っていないものの、その記憶が正しければ、シズはまだゼノビアの隷属にあるということと思う。

 しかし、現段階では確かめる手段はない。

 ゼノビアが「ここの男たちに絶対服従。決して逆らうな」と命令をしたので、その命令によって、シズには男たちの命令に逆らえなくなっていると思うのだが、実際に隷属の根源が誰なのか、区別がつかない状態なのである。

 

 確かに、命令は効いており、シズはこの娼館で客をとることや、世話女の案内なしに移動をしないこと、男衆や世話女の指示に従うことなどを改めて命令されたことで、まったく自由を失ってしまっていて、それで「命令」が有効になっているのはわかる。

 だから、シズの記憶のとおり、シズがゼノビアの隷属効果で奴隷状態にあるのであれば、それが有効なのは、ゼノビアがまだ生きているという証にはなる。

 もしも、ゼノビアが殺されていれば、その時点でシズを縛っているゼノビアの「命令」や「隷属」は消失し、それを根源としてシズの自由を奪っている男衆の「命令」も消えるはずだからだ。  

 ただし、すでにシズの隷属がブレイドに譲渡されていたら、それもなんの保障にはならない。

 もっとも、奴隷の譲渡は、対象の奴隷であるシズを前にしなければ不可能だ。シズに対して、「主人が譲渡になる」と命令し、シズがそれを認識してはじめて、譲渡になるからだ。

 シズはまだ、主人の譲渡を認識させられていない。

 だから、ゼノビアはどこかで生きていると信じてる―。

 

 しかし、ローヌによれば、シズと同時期にやってきた女で、ゼノビアにあたる女はいないそうだ。

 娼婦用のどの個室にも、それらしい女性は見当たらないという。

 

 これからも探し続けると言ってくれているが、シズはお願いするしかない。

 また、シズがこの娼館にやってきた本来の対象……。

 すなわち、テレーズ=ラポルタ女伯爵たちについても、情報を探ってもらっている。

 これについては、それらしい女が、この闇娼館のもう一層下にいるそうだ。

 ローヌには、無理のない範囲で容貌や名前を探って欲しいとお願いをしていた。 

 

「こちらになります、シズ様。終わればお迎えに参ります。それ以外は部屋をお出にならないように……。命令です……。すみません」

 

 客室らしき部屋の前につくと、ローヌがまた謝った。

 この女はいつも謝ってばかりだ。

 いま謝ったのは、シズに「命令」をかけて、勝手に部屋を出るなと指示したからだろう。男衆の指示に従うように「命令」を受けているシズだが、その男衆から「世話女」の命令にも逆らうなと命令を受けている。

 だから、いまのローヌの言葉は、しっかりとシズの自由を奪うのである。

 ローヌはそれを恐縮しているのだ。

 シズはまたもや苦笑してしまう。

 

「謝るなって言っているでしょう……。で、どうするの? 裸? このまま?」

 

 客の要求によって、どんな格好で入るのか違ってくる。

 この三日のあいだ、シズを買った客の全員が、エルフ族への憂さ晴らしとして買ったので、まともな格好で客室に入ったことはない。

 数回すれ違ったほかの娼婦が比較的綺麗な格好をしていたことに対して、シズはいつものように、このローブだけを与えられたことから、今日も破廉恥な格好で来ることを要求されているのだろうなということはわかる、

 

「ローブはここで……。それと腕は背中に……。自分でお外しにならないように……。それとお客様には暴力禁止、絶対服従です……。命令です……。ごめんなさい」

 

 ローヌがまた謝った。

 思わず噴き出してしまう。

 客への暴力禁止や服従については、男衆の「命令」をかけられているシズだが、世話女もまた、客室の前で、改めて「命令」の重ね掛けをするように言い渡されているようだ。

 ローヌは毎回同じように「命令」する。

 そして、シズの世話女のローヌという少女は、何度言っても、シズに「命令」をするたびに謝罪をする。

 

「はい、どうぞ」

 

 シズはローブを脱いで裸になると、ローヌに手渡した。

 さらに、両手首を自分で背中に回して、革枷についている金具と金具を合わせて捻り、自分で拘束してしまう。

 こうやって拘束については自分でできるが、外すのは鍵がないとできない。

 その鍵はすでに客に渡されているはずだ。

 

「お待たせしました。シズ=タレン令嬢です」

 

 ローヌが客室をノックし、返事を待って扉を軽く開いて中に声をかけた。

 タレンというのは、エルフ族の中級貴族出身という触れ込みのシズに与えられている偽物の姓である。

 

 ローヌが客室の扉を開ける。

 シズは頭をさげたまま、直接に顔を見ないように部屋に入った。ローヌについては、部屋には入らず、外から扉を閉める。

 背中でがちゃりと扉の鍵が閉まる音が聞こえた。

 

「シズでございます、よろしくお願いします」

 

 後ろ手のまま、両膝をついて頭を床につける。

 これが指示されている作法だ。

 最初のとき、気にせずに、許可なく直接顔を見たら、それを口実に客に折檻を受け、さらに男衆に懲罰を与えられた。

 娼婦に手を出さない男衆だが、懲罰は別だ。

 懲罰のことは思い出したくもない。

 どうせ、客にはいたぶられるのだが、男衆からは避けたい。

 

「おう、来たか。確かに生意気そうなエルフ族だ。なあ兄貴」

 

「ああそうだな。確かに生意気なエルフ女だぜ。面を見せろ。立ってこっちに来い」

 

 頭をあげていいということだったので、シズは頭をあげて立つ。

 商人のマクリーヌ兄弟だとローヌから教えられたが、確かに顔立ちが似ていて、兄弟だろう。

 年齢は三十代なかばか?

 ふたりとも同じような小太りの人間族の男だ。

 

 また、今回の客室はかなり広い。そして、寝台はない。あるのは家具と椅子だ。壁には責め具のようなものが幾つか並んでいる。

 ローヌによれば、寝台のある普通の客室がほとんどだが、シズはそういった場所ではなく、毎回、こういう部屋に連れてこられる。

 これもまた、シズを望む客が、現段階ではエルフ族を苛めることを望む客ばかりだからだそうだ。

 

 まともに抱くのではなく、できるだけエルフ族を惨めに抱きたいので、あえて寝台が準備されていないらしい。

 シズも、これまでの客には、床の上や椅子の上、あるいは天井から吊られたままだとか、さまざまな体勢で犯されてきた。

 

「まずは生意気なエルフ女には、媚薬汁のたぷっりと染みた股縄をしてもらうぞ」

 

「それをして、いいと言うまで走れ。いいな」

 

 ひとりが表面に汁が染みている黒い縄を取り出し、もうひとりが部屋の真ん中にあった小さな絨毯のようなものに魔道をかけた。彼が魔道遣いという感じではなく、誰でも扱えるように、あらかじめ準備されている魔道具の気配だ。

 すると、その絨毯が床に置かれたまま、図柄だけが一方向に動き出した。

 

「股縄をしてあれに乗れ。絨毯の表面が動くので、絨毯から出ないように走り続けるのだ。“命令”だ」

 

 ひとりが言った。

 あれに乗って走り続ける?

 

 一見して、かなりの速度で図柄が動いているが、あの速度に逆らうように走るということか?

 かなりの全力疾走になると思うが……。

 シズは目を見張った。



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648 憂さ晴らし用娼婦(その2)

「はあ、はあ、はあ……、も、もう……ゆ、許して……はあ、はあ、はあ……」

 

 シズは、床に敷かれた魔道の布の上を懸命に走り続けている。

 「奴隷の首輪」によって強要されている「命令」なので、シズの意思に関わらず、シズの身体は、後ろに後ろに向かって、表面を動かしている魔道の絨毯の上に身体を保持すべく、駆け続けているのだ。

 

 しかし、冒険者として鍛えてあるとはいえ、両腕が拘束されて使えないので、かなり窮屈な体勢だ。

 シズは、背中側で両腕を水平に組まされた状態をしっかりと縄で緊縛され、「後手縛り」に拘束され直されていた。

 また、なによりも股間に喰い込まされている媚薬液染みの股縄を施されているとあっては、満足に走ることなど不可能だった。

 股縄には、局部を苛み続ける縄瘤まで作られているのだ。

 

 しかも、マクリーヌ兄弟に渡されているこの魔道の絨毯は、彼らの持っている遠隔器具で絨毯の表面が移動する速度を調整できるらしく、最初は比較的ゆっくりとした速度だったのが、三ノス(※約二時間半)ほどが過ぎているいまでは、シズが全力疾走しなければならないほどの速さに変わっていた。

 シズは汗みどろの身体を懸命に動かしている。

 

 もしも、隷属による強要がなければ、あまりにも苛酷なこの運動など、とても耐えられず、とうの昔に、シズは絨毯の上から転げ落ちてしまっていただろう。

 しかし、隷属の魔道は、一度「命令」されれば、シズの意思に関わらず、絶対に身体を限界まで動かす。

 だから、シズは息も絶え絶えになっても、拘束されている全身から大量の汗をまき散らしながら走り続けるしかない。

 

「兄貴、生意気な雌エルフが、また弱音を吐き出したぞ」

 

「そうだな。まだまだ、尻に電撃鞭が欲しいんじゃないか?」

 

「いや、尻じゃあ、気合いが不足するんじゃないか、兄貴。今度は前の穴に電撃を叩き込むのはどうだ? 雌エルフには“避けるな”と命令してやればいい」

 

「どうだろうなあ」

 

 シズが汗まみれで走る姿を椅子に座って見物しているマクリーヌ兄弟が揶揄するように笑った。

 ぞっとした。

 股間に電撃など冗談だろう……。

 しかし、“命令”と告げられれば、シズはただ、それを受け入れるしかない。

 汗まみれの身体に、別の汗が混じる。

 

 彼らは、このシズの苛酷な運動を見物しながら、果実酒をちびちびと酒を飲んでいるのだ。

 しかも、時折気紛れのように、「エルフ女への気合い入れ」と称して、指し棒のような電撃鞭を使って、シズの身体に電撃を送り込む。

 これまでに十回以上も電撃の衝撃を受けた。

 そのうちの二度だけは耐えたが、ほかの全部については、布から転げ落ちてしまった。

 

 ただ、「命令」されているので、シズの身体はすぐに起きあがって、再び絨毯に飛び乗って駆け足運動に復帰したが……。

 しかし、一度運動をやめてから、瞬時に全力疾走に戻るというのは、シズが思う以上に筋力を使う。

 これを繰り返して、休息なしに走り続けるのは、さすがにもう限界だった。

 

「はあ、はあ、はあ……、お、お願い……します……。も、もう……、あ、ああっ、また、ああ……はっ、はっ、はあっ」

 

 懸命に哀訴の言葉を吐こうとしているのだが、うまく声を紡げない。

 しかし、もう限界だ……。汗と疲労で視界はぼやけてきたし、意識も朦朧としてきた。激しい吐き気にも襲われている。

 だが、「命令」を解除してもらわなければ、シズの身体は四肢の筋力がずたずたに切断しようとも、意識が残っている限り、運動を継続するだろう。

 

 なによりも、股間に喰い込む股縄がつらい──。

 連中に仕掛けられた股縄には、いやらしくシズの股間やお尻の穴を強く刺激する縄瘤が三個作られていて、それがシズの体力を激しく削ぎ落としてもいる。

 この縄瘤のために、すでに二度気をやっている。

 そのときは、さすがに動く絨毯の上から転げ落ちた。

 だが、絶頂の余韻に浸ることも許されず、すぐにシズの身体は「命令」によって駆け足に復帰する。

 絶頂で脱力しているのに、身体だけは強引に動かされる。

 これによって、シズの体力は完全に消失させられた。

 もう、彼らに逆らう気力もない。

 

 そして、いまも、瘤の刺激で股間が刺激されすぎて、三度目の気をやりそうだ。

 これだけ股縄のまま運動をすれば、縄に染みていた媚薬は完全にシズの股間に染み通っている。 

 そのうえに、すでに二度の絶頂でシズの身体は限界まで敏感になっていた。

 

「ははは、みっともない雌エルフめ──。走りながら気をするがいい」

 

「そうだな。命令にしてやろう。走りながら腰を動かして、もう一度絶頂するのだ、エルフ女。命令だ」

 

 そんな無茶な……とは思ったが、「命令」を与えられてしまった。

 “命令”という単語が引き金になって、隷属の効果が発生する仕組みである。

 シズの身体は、ばらばらになるかと思うような駆け足運動をしながら、快感を上昇すべく、その場で淫らに腰を動かしだした。

 

「ああっ、あっ、ああっ、ああああっ」

 

 縄瘤をこれでもかと思うほどに股間が擦り動かして、一気に快感が上昇する。

 あっという間に快感が弾けた。

 

「んぐうううっ、きゃあああ」

 

 一瞬にして頭が白くなり、シズは走りながらの三度目の絶頂をしていた。

 それで体勢を崩して、またもや後ろにひっくり返った。

 

「よし、運動の命令を解除する」

 

 マクリーヌ兄弟のひとりが笑いながら言った。

 

「奉仕しろ。精を出させるんだ。その後でおまえの臭いまんこに、俺のちんぽを入れてやる」

 

 尻をついてひっくり返っているシズに、兄弟のひとりが言った。多分、兄貴の方だろう。

 「命令」ではないので、シズの身体は勝手には動かない。

 シズは、全身がいうことを効かずに、立つことができないでいた。

 それだけ、これまでの「運動責め」が苛酷だったのだ。

 とにかく、息が苦しい。

 こんなにも汗をかけば、喉もからからだ。シズのいる場所があっという間に、水たまりみたいになっていく。

 

「立てないなら、もう一度走るように、小生意気な雌エルフに命令してやろうじゃないか、兄貴」

 

「そうだな。もう三ノス続けるか。通常の三倍の金を払って、このエルフ女の時間は、明日の朝まで借り切っている。その全部を運動させてもいい。気合いの入らないエルフ女には、やはり駆け足が似合うだろうさ」

 

 ぞっとした。

 もう一度、あれをさせられるなんて冗談じゃない。

 こいつらに犯された方がましだ。

 とにかく精を吐かせれば、男など大人しくなる。

 やるしかない……。

 

「はっ、はあ、はあ……、や、や、やります……」

 

 シズは必死になって身体を起こす。

 だが、膝が笑って立てない。

 とにかく、後手縛りの身体を揺すって、肩と膝で這い進む。

 

「しっかり、立たんか、雌エルフ──。兄貴のちんぽをしゃぶるんだ──」

 

 そのとき、もうひとりのマクリーヌ兄弟──弟が立ちあがり、這い進んでいたシズの脇腹を鋭い振りで蹴りあげた。

 

「んごおおおっ」

 

 シズの身体は大きく浮きあがり、床に落ちる。それだけ威力のある蹴りだった。

 

「立たんか、奴隷エルフ──」

 

 さらに脇腹を五回、六回と蹴られる。

 しかし、隷属の魔道は、彼らが“命令”という言葉を使ったときに、効果を発生する仕組みになっている。

 まだ、“命令”と言葉を足されてないので、隷属魔道はかからない。勝手に身体が動くことはない。

 とにかく、シズは懸命に立とうとした。

 

「んぐうっ」

 

 再び蹴りが身体の下から加えられて、それが鳩尾(みぞおち)に喰い込んだ。

 

「んぐうっ、じゃねえだよ──。立てと言っているだろう──」

 

 弟がシズの後頭部を踏み潰した。

 

「あぎいいっ」

 

 顎を思い切り床に叩きつけられた。

 骨が折れなかったのは、シズの身体が冒険者として鍛えあげられていたからだろう。だが激しい眩暈(めまい)とともに、口の中で鉄の味がした。口の中を切ったかもしれない。

 もう「命令」して欲しい……。

 隷属の魔道による「命令」であれば、シズの身体はどんなに疲労困憊でも、勝手に動く。

 だが、股間に奉仕しろというのも、立てというのも、まだ「命令」として与えられていないので、シズの意思でそうするしかない……。

 

「ぐずめ──」

 

 なんとか立ちあがろうと頭を起こしたところを、再び思い切り後頭部を床に踏みつけられる。

 

「んぶうっ」

 

 またもや顔を床に打ちつける。

 

「早く顔をあげろ──。お前らは生意気なんだよ、雌エルフ──。もたもたするな──。馬鹿にしやがって──」

 

 頭の上に男の靴が乗る。

 ぐりぐりと力一杯に頭を踏みつけられる。

 こいつらが昔、エルフ族にどんな扱いを受けたかなど知らない。だが、その恨みつらみをシズにぶつけられるなど理不尽だ。

 

「どっちにするんだ、雌エルフ? もう一度駆け足か? それとも奉仕か?」

 

 椅子に座ったままの兄が笑って言った。

 それでやっと、弟がシズから離れてくれた。

 シズはふらふらになりながらも、やっとのこと立ちあがる。

 

「ご、ご奉仕します」

 

 シズはよろめきながらも、兄の座っている椅子に向かって歩いた。

 マクリーヌ兄の脚のあいだに跪く。

 兄がズボンから男根を露出させた。

 まだ半勃ちの股間を口に咥える。

 

 もっとも、男の奉仕するやり方など、あまり知らない。ロウに一時的に捕らわれたときに、解放の条件としてやらされたことがあるくらいだ。

 とにかく、そのときのことを思い出して、舌先で先端を舐めさするようにする。

 

 あのとき、なんと言われただろうか……?

 舌先で強く吸い上げたり、少しずつ唾液をつけながら、舌の先っぽで先側の膨らんでいる部分を強弱をつけて刺激しろとか言われたっけ……。

 そして、ときどき幹の部分を口全体で刺激する……。

 男が快感を覚えたのがわかったら、喉まで呑み込んで遮二無二に吸いあげるとか……。

 

 いまとなっては、ロウに調教されて、犯されたときが懐かしい気がする。

 同じことをしているのに、あのときには酔うような情欲が身体の奥底から込みあがっていたのを思い出すが、いまはおぞましい嫌悪しかない。

 早く終われ──。

 シズは必死になって舌を動かした。

 

「おうおう、まだまだ下手くそだが、一応はやり方を知っておるのだな。しばらく吸っておれ、エルフ女」

 

 マクリーヌ兄が満更でもない口調で言った。

 多少は快感を覚えているのだろう。

 すでにしっかりと勃起しているし、シズの口の中で男根が膨らみを増しだしてもいる。男根の先端からにじみ出る精液の量が多くなってきたことからもそれがわかる。

 

 だが、さっきまで息も切れるような運動をしていたのだ。

 その息を整えることも許されずに、口で奉仕するのはつらい。

 それに、とにかく、喉が渇いて……。

 水が飲みたい……。

 シズは必死に鼻で息をしながら、マクリーヌ兄の怒張を舐め続けた。

 

 だが、しばらくすると、別の苦悶がシズを襲ってきた。

 股間を締めあげている股縄だ。

 媚薬がどっぷりと染みているこの縄は、気がつくとどうしようもなく、シズの身体を熱く疼かせ、燃えあがらせていた。

 股間やお尻の奥まで染みこんでしまった媚薬は、シズの身体の芯まで疼くような甘い痒みを生じさせていたのである。

 意識をすると、もう我慢できない。

 シズは身体を小刻みに震わせてしまっていた。

 

「おう、雌エルフ、また汗をかき出したな。運動で火照っていたが、いまはさらに身体も真っ赤だぞ。どうかしたか?」

 

 マクリーヌ弟が揶揄するように言った。

 

「んふっ、んんっ、んふっ」

 

 シズは甘い鼻息を出してしまうのをとめることができなかった。

 すでに股間からはかなりの量の愛液が垂れ流れているのがわかる。股縄をされているにもかかわらず、内腿にはそれでもあふれ出る樹液がびっしょりと濡れ流れてるのを感じる。

 

「このエルフ女は随分と気分を出しているようだ。命令もせんのに、自分で股間を擦りだしたぞ」

 

 そのとき、シズの奉仕を受けているマクリーヌ兄が嘲笑の声を出す。

 どうやら、シズは内腿をしきりに擦り合わせるような仕草をしていたらしい。慌ててそれをやめる。

 

「やめることはあるまい、エルフ女。そんなにこの媚薬染みの股縄はつらいか?」

 

 マクリーヌ兄がシズの髪を掴んで、股間から顔を離させる。

 さらに髪を後ろに引っ張られて、顔を無理矢理にあげさせられた。

 

「はあ、はあ、はあ……、つ、つらいです……。か、痒くて……。お願いします。外してください……。はあ、はあ、はあ……」

 

 シズは言った。

 疲労困憊のうえに、股間の痒みと疼き……。

 もう、どうにかなってしまいそうだ。

 

「ならば、俺の精を早く口で搾り取ることだな」

 

 マクリーヌ兄が笑って、シズの髪を離す。

 

「そうだな。だが、兄貴、不甲斐ないようなら、もう一度、布の上を走らせようじゃないか。そうすれば、この馬鹿エルフも、気合いを入れ直すと思うぜ」

 

「そうだな。不甲斐ないようなら、運動からやり直させるか」

 

 マクリーヌ兄弟が笑い合った。

 冗談じゃない──。

 シズは自ら、目の前のマクリーヌ兄の怒張を咥え込んだ。

 再び、舌を動かして、男の男根を舐め回す。

 

「もっと必死でせんか──。それとも、運動をまたしたいか?」

 

 マクリーヌ兄がシズの頭に手をやり、自分の股間に向かって押さえつけるように力を入れる。

 とにかく、あの苛酷な運動責めだけはいやだ。

 シズは必死に舌を動かし続ける。

 

 それにしても、股間とお尻が痒い──。

 狂いそうだ──。

 なにも考えない──。

 どにかく、早く終わりたい──。

 

 そういえば、ロウは武芸の技を性技にも使えと言っていたか……?

 相手の気を読むことを性技に応用するのだ。

 なぜか、こうやって惨めに嗜虐されると、しきりにロウのことを思い出す。

 

 会いたい──。

 ロウに会いたい──。

 ゼノビアはどこにいるのだろう──。

 生きているのか……。

 ロウにも会いたい……。 

 

 しばらく必死に奉仕をしていると、男が快感を大きくしていくのが、気を読むことでわかる。

 シズは一気呵成に舌と口の刺激を激しくさせた。

 さらに、気を読む──。

 男が快感を拡大させた刺激と場所を覚え込み、そこに奉仕を集中する──。

 

「おおっ、これは──」

 

 マクリーヌ兄が急に息詰まった声を出した。

 シズの両肩を持って、ぶるぶると震える。

 シズはとり憑かれたように、遮二無二、顔と舌を動かす。ロウに教えられたことをなぞるように……。

 ロウにしていると思って……。

 

「ううっ」

 

 ついに男が射精をした。

 口の中に汚臭が拡がる。

 

「口を離すんじゃねえぞ、雌エルフ──。兄貴の精を口から出してみやがれ。もう一度走らせてやる。しっかりと吸え──。一滴残らず、兄貴のものを呑み込むんだ」

 

 マクリーヌ弟が横から口を出す。

 シズは、反吐を出しそうになるのを我慢して、マクリーヌ兄がしたたらせたものを受け入れた。

 懸命に飲みくだす。

 やがて、なんとか全部を喉の奥に押し込むことに成功した。

 

「はあ、はあ、はあ……。お、終わりました……。な、股縄を……。あ、あとできれば、水を……」

 

 シズは哀願した。

 もう、疼きも痒みも、正気を失わせるほどに、シズを追い詰めている。

 また、喉の渇きも限界だった。

 かなりの運動をして汗だくになのに、いまだに水を飲んでいない。一度口の中を洗いたくもある。

 

「なにを言っておる。まだ、俺の弟が残っておるだろうが。次は弟の一物をしゃぶり抜け。それが終わったら、俺たちふたりが明日の朝までお前を抱く。覚悟していくことだな」

 

「そうだな。エルフ嫌いの俺たちは、明日の朝まで借り切っているお前に、水も飯も与えるつもりはないぞ……。だが、それでは可哀想だから、水分だけはやろう。俺の精を絞った後で、小便を飲ませてやる。だから、しっかりと奉仕しろ。早く水分をとりたければな」

 

 マクリーヌ弟がけらげらと笑った。

 シズは鼻白んだ。






 もう少し続けましょう(作者)。


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649 憂さ晴らし用娼婦(その3)

「くあああっ、んああああっ」

 

 シズは、マクリーヌ兄弟の兄に組み伏せられて、またもや気をやった。

 だが、股間に貫かれているマクリーヌ兄の怒張は衰えることなく、激しい律動を続けている。

 絶頂の余韻など許されずに、再び身体は燃えあがっていく。

 

「ああ、ゆ、許して……、もう休ませて……」

 

 シズは息も絶え絶えに言った。

 もう、いまがどういう状況なのか、頭を働かせることもできない。

 シズの世話女のローヌによれば、この闇娼館は完全な地下に位置しているらしく、一切の窓がない。だから、正確な時間などわからないのだが、マクリーヌ兄弟の相手を開始したのが、昼過ぎだと仮定すれば、いまは真夜中くらいではないかと思う。

 シズは、かなりの長い時間、両腕を緊縛されたまま、ふたり掛かりの性交の相手をさせられていた。

 意識はもうろうとなり、身体は痺れきっている。

 

「また、気を失いそうになっているのか、エルフ女? 気つけ薬を嗅がしてやろう……。おい、頼むぜ」

 

 マクリーヌ兄が上からシズを犯しながら言った。

 「気つけ薬」というのは、意識を失ったり、眠ってしまった者を強制的に覚醒させる魔道薬の液剤であり、その液剤が染み込んだ布を鼻に当てられて、そのつんとする刺激臭を嗅がされると、どんなに朦朧となっていても、強制的に意識が戻ってしまうのだ。

 だが、副作用があり、意識が強制覚醒される代償に、シズの全身の性感帯が沸騰するほどに活性化してしまうことになっている。

 これを何度もやられて、シズの全身は身体中がクリトリスにでもなったかのように、鋭敏になってしまっていた。

 おかげで、敏感すぎる身体を愛撫されて、もう何十回気をやったのかわからない。

 

「ああ、そ、それはもう勘弁して……。く、薬は使わないで──」

 

 シズは必死に言った。

 

「だったら、必死に意識を保っているのだな」

 

 マクリーヌ兄が笑いながら腰を振る。

 シズはマクリーヌ兄の手管に(あお)られながら、無意識のうちに腰を振り合い、お互いの汗まみれの身体を絡ませ合った。

 

「ああ、いぐううう」

 

 しばらく獣のようなまぐ合いを続けてから、またしてもシズは絶頂をした。

 しかし、今度はそれに合わせるように、マクリーヌ兄が精を放ってくれた。

 

「さて、じゃあ交替だ」

 

「よし、それなら、次も雌エルフに上になってもらうか。それとも、やって欲しい体位があるか?」

 

 疲れ切り、声すらも満足煮出せない状態で床に投げ出されたシズをマクリーヌ弟が抱き起こして、シズを仰向けになる自分の上に誘導していく。

 こんな風に、もう何ノスも、徹底的な性のいたぶりを続けられている。

 兄に裸身を組み伏せられて犯されていたかと思うと、いつの間にか、緊縛されている身体を弟の身体に乗せあげられ、数回絶頂すれば、また交替するという感じだ。体位もその都度変わる。

 意識が保てなくなれば、気つけ薬で強制覚醒されて、その結果身体がさらに敏感になる。

 これの繰り返しだ。

 

「お、お願いします……。ちょ、ちょっとだけでいいので休憩を……。そ、それがだめなら、せめて水を一杯……」

 

 シズは泣き声をあげた。

 長い運動責めから始まった今日の「仕事」だが、エルフ嫌いの彼らは、とことんシズを苛め抜きたいらしく、昼過ぎから始まった調教行為のあいだ、ほとんどシズに水を飲ませてくれない。

 それがシズの疲労を限界まで引きあげている。

 それなのに、気絶さえも、こいつらは許さないのである。

 

「さあてなあ。まだ小便は出ねえなあ。兄貴は出るか?」

 

「いや、このエルフ女に強請(ねだ)られて、数ノス前に、小便したばかりだしなあ」

 

 マクリーヌ兄弟が揃って大笑いした。

 あまりもの喉の渇きで、シズが水を強請ったとき、こいつらは水の代わりに、シズの口に男根を突っ込んで小便を飲ませるのである。

 それでも、喉の渇きに耐えられなくて、シズはその小尿を飲んだ。

 これが四回──。

 ひとり二回ずつの飲尿……。

 この長い調教のあいだに、シズが口にした水分はそれだけなのだ。

 

「ああっ、お願いよおお──。普通の水を飲ませて──」

 

 シズは絶叫した。

 しかし、ふたりはせせら笑うだけだ。

 

「いいから、俺の上に跨がって、俺の珍棒を股間で咥えるんだ。命令だ」

 

 マクリーヌ弟が笑いながら言った。

 「命令」をされてしまった。

 シズの身体は、強引にシズを仰向けに寝そべっているマクリーヌ弟の上に裸体を導く。

 

「ああ……」

 

 シズはくたくたの身体をマクリーヌ弟に跨がらせて、そそり勃っている怒張に股間を沈めていく。

 一方で、さっきシズに精を放った兄については、おそらく精力増強剤だと思うものを口にしている。

 連中はそうやって、交替しながら、自分たちについては休息と薬で精を回復させる一方で、シズには休憩を許さずに、ずっと性交の相手を強いているというわけだ。

 おかげで、シズは疲労困憊の最悪の状態だ。

 

「うっ、うくううっ」

 

 マクリーヌ弟の肉棒がしっかりと体内に入った。

 シズは歯を喰いしばって呻いた。

 

「動け──。うんと淫らに、自分が気持ちよくなるように動くんだ。命令だ」

 

 シズの身体が上下に動き始める。

 

「あ、ああっ」

 

 たちまちに激しい疼きが沸き起こり、シズの身体の中で快感がまたもや引きあがっていく。

 身体が真っ赤になり、汗がしたたり落ちるのがわかる。

 とにかく、シズは必死なって、股間でマクリーヌ弟の怒張を咥えて悶え動かす。意思ではない。身体が強制的に動くのだ。

 「命令」で勝手にシズの身体がやっていることであり、シズはただ耐えるだけしかできない。

 

「ああ、またああっ」

 

 そして、またもや絶頂してしまう。

 身体ががくがくと震えて、全身が弓なりになる。

 それでも、自ら快感をむさぼることを強要されているので、シズの股間は快感をさらに搾り取るために動き続ける。

 あがりきった快感が下がることを許されずに、さらに上昇する。

 

「ひいいいいっ」

 

 シズは二度続けて絶頂してしまった。

 その瞬間、股間からなにか温かいものが吹き出したのを感じだ。

 

「ははは、この雌エルフは、気をやり過ぎて、やりながら潮を噴き出しやがったぜ、兄貴──。おい、もういい、命令を解除する。次はまた兄貴の相手だ」

 

 マクリーヌ弟が下からシズを突き倒した。

 シズは股を広げたまま、床に仰向けにひっくり返ってしまった。

 

「じゃあ、次は後ろからといくか……。おい、エルフ女、俺に向かって尻を向けろ」

 

 胡座に座っていたマクリーヌ兄が言った。

 まだ、やるのかと思ったが、拒否は許されないだろう。

 それに、自分の意思で動いた方が、まだ「命令」で強引に身体を動かされるよりも苦しくないのは、いまでのわかった。

 シズは、身体の節々が痛いのを我慢して、中腰になってマクリーヌ兄にお尻を向ける。

 双臀の下からマクリーヌ兄の怒張がシズの股間を探して動いてくる。

 

 いや、違う……。

 シズははっとした。

 マクリーヌ兄が狙っているのは、シズの股間ではなく、お尻の穴のそのものだ。兄の怒張の先端がシズのアナルに接触する。

 

「いやあ、いくらなんでも、いやあああ」

 

 シズは暴れた。

 

「抵抗するな、命令だ──」

 

 すかさず、マクリーヌ兄に「命令」されてしまう。

 シズの身体はぴたりと静止する。

 

「ああ、いやああ、入らない──。そんなところには入らないわよおお──」

 

 絶叫した。

 だが、後ろから肩を押さえられて、マクリーヌ兄に乗りかかられ、男根がお尻にゆっくりと入ってくるのがわかる。

 おそらく、潤滑油を塗っているのだろう。

 ぬるぬるとする感触も伝わってくる。

 

「こりゃあ、驚いた。洗浄用の魔道の油剤を兼ねた潤滑油を塗っているんだが、こいつの尻は男を受け入れやがるぜ。エルフ女というのは、尻穴も得意かい。尻が切れてもいいという許可はとっていたんだがな」

 

 マクリーヌ兄がちょっと驚いたような口調で言った。

 いまの口ぶりによれば、ここの娼館はシズがアナルセックスで尻が傷つくのを容認していたのだろう。魔道の込められた治療剤も充実しているし、この闇娼館は大抵の行為を受け入れている。

 しかし、シズのお尻は、いきなりのアナルへの挿入に耐えようとしているということのようだ。

 アナルなど、ロウに捕らわれたときに、少しだけ調教されただけだが、まさか、いまでもそこで受け入れ可能になっているとは知らなかった。

 お尻の穴に男根がだんだんと深く埋まっていくのがわかる。

 シズは動くこともできず息を吐いた。

 すると、マクリーヌ兄の指が股間の前側にまわってきて、クリトリスを揉みあげだした。

 

「いいいい……」

 

 そして、喉を鳴らして、沸き起こる快感に耐える。

 

「やっぱり、エルフ族はこの世で一番に下等な種族だぜ。尻を犯されて感じてやがる。いきなり、尻を犯したのに珍棒を受け入れてやがるぜ」

 

 マクリーヌ兄がげらげらと笑う。

 そのあいだも、肉棒がシズのお尻に埋まっていく。

 やがて、完全に貫かれたのがわかった。

 すると、身体を下から抱えられて、アナルの怒張が埋まったまま、身体を仰向けにひっくり返す方向に身体を動かされる。

 

「きゃああ、あああっ、やめてえええ」

 

 深々とお尻で兄の肉棒を呑み込んだ身体が大きく揺れた。

 シズは悲鳴をあげた。

 しかし、そのまま完全に仰向けになった。

 シズの身体の下は、アナルを犯したままのマクリーヌ兄だ。

 

「お尻の好きな雌エルフにはお仕置きだ……。いや、ご褒美でしかないか」

 

 今度は仰向けになっているシズに上からマクリーヌ弟が被さってくる。

 女の穴に向かって怒張を狙ってくる。

 シズは目を疑った。

 

「んぐううう」

 

 しかし、あっという間に、前も貫かれる。

 ついに上下でお尻と女陰を同時に貫かれてしまった。

 

「愉しんでくれ、馬鹿エルフ──」

 

「そうだな。エルフ女をこうやって、兄弟で一緒に犯せるなんざ、あのときの溜飲がさがったな」

 

 ふたりが笑いながら、連携するように腰を動かしはじめる。 

 あまりの衝撃に、シズは髪を乱して、大きな声をあげてしまった。

 

「いやあああ」

 

 シズは泣きじゃくった。

 今度は快感よりも、お尻の穴を痛みがまさっている。シズは苦悶に呻いた。

 しばらくすると、ふたりがほぼ同時に前後に精を放った。

 シズはふたりから再び床に放り投げられた。

 

「うう、もう許して……。休ませて……」

 

 シズは息も絶え絶え言った。

 もう耐えられない。

 身体はへとへとだし、疲労困憊で全身が綿のようだ。

 少しも、身体に力が入らない……。

 

「そうだな。そろそろ、休むか、兄貴。さすがに疲れたぜ。明日の朝になっても、数ノスはこいつの時間を買っているから、続きは朝にしようぜ。それでこの雌エルフへの仕返しは終わりにしようぜ」

 

「そうするか。さすがに眠いしな……。憎いエルフ女への憂さ晴らしは、朝まで中断するか」

 

 マクリーヌ兄弟が言った。

 なにが憂さ晴らしだと思った。

 確かに、エルフ族は選民的であり、ほかの種族を見下す傾向がある。だから、こいつらも、なにかのときに、エルフ族から屈辱的な仕打ちでも受けたのだろう。

 しかし、それをシズにぶつけられても……。

 ましてや、シズはエルフ族ではなく、ハーフエルフだし……。

 

 まあいい。

 それでも、やっと休ませてもらえるなら……。

 せめて、水を一杯飲みたいが、寝かせてもらえるだけでもいい……。

 シズは、このまま意識を失わせようとした。

 

 しかし、そのときだった。

 気がつくと、マクリーヌ兄弟が、ふたりしてシズの上から見下ろすように覗き込んでいることに気がついた。

 はっとしたが、身体を押さえられて、さっきまで男根が埋まっていたアナルになにかを挿入されていく。

 

「うわあああ、なによおお──。なにすんのよお」

 

 悲鳴をあげた。

 だが、激しく抵抗しようとすると、またもや「命令」を告げられて、その自由を奪われてしまう。

 シズのお尻に、張形のようなものを埋められてしまった。

 それにも潤滑油が塗ってあったのだろう。あっという間に、淫具のようなもので、お尻を深々と貫かれてしまった。

 

「最初にした媚薬の染みた縄だ。もう一度股縄をしてやろう。ずっと媚薬の液剤に浸けていたから、さっきの数倍は媚薬が染みているはずだ。俺たちが休んでいるあいだ、雌エルフには退屈をさせたくないからな」

 

 ぎょっとした。

 どこから持ってきたのか、最初に施された黒い媚薬漬けの縄を目の前に差し出された。今度も縄瘤が作ってある。

 それをマクリーヌ弟が持っている。

 

「な、なによお──。や、休ませてくれるって……」

 

 シズは抗議した。

 だが、ふたりが大笑いした。

 

「休むのは俺たちだ。生意気なエルフ女に仕返しをするために、俺たちは大金を払って、丸一日に近い時間を買い切ったんだ。そのあいだ、お前が休めるわけないだろう。朝になったら、もう一度尻を犯す。そのあいだ、しっかりとこの魔道具の淫具で鍛えておけ」

 

 マクリーヌ兄が笑う。

 すると、お尻の中で張形がゆっくりと動き出してきた。

 

「ひいいっ、動いている──。動いているわあ──。な、なによお──。怖い──、怖いわ──。とめてええ」

 

 お尻の中にある張形らしきものが、さらにお尻を突き破るように伸び始めたのだ。魔道具だといっていたが、まるでお尻に密着したように抜ける感じもなく、先端だけが奥に奥にへと長さを伸ばしている。

 しかも、前端が振動するとともに、張形全体が蠕動運動を開始した。

 

「ひいいい」

 

 シズが身体をのけぞらした。

 

「これを挿入しているあいだ、さまざまな動きをしながら張形がお前の尻への刺激を続ける。強弱も振動の種類も、その時間の長さも、お前が予期できないように変えながらな……。しっかりと愉しめ、エルフ女」

 

「股縄をしたら、後手縛りの縄に鎖を繋げて立たせてやる。俺たちが寝ても、朝まで休むんじゃないぞ」

 

「まあ、もしも、気を失えば、それを感知して、尻穴の張形に電撃が流れる仕掛けにもなっている。これひとつで、小さな家が建つほどに金のかかった魔道の淫具だ。お前のために製作させたものだ。礼はいらんぞ」

 

 マクリーヌ兄弟が代わる代わるシズを揶揄して、からかう。

 そのあいだも、お尻の淫具はシズを追い詰めてる。

 シズは悲鳴をあげ続けた。

 だが、またしても、「命令」で抵抗を封じられて股縄を施される。

 そして、後手縛りの縄に天井からの鎖を繋げられて、身体を吊りげられる。シズはくたくたの身体をつま先立ちにされてしまった。

 

「さて、じゃあ、しばらく休憩だ」

 

「お休み、雌エルフ」

 

 シズの口に穴付きのボールギャグを無理矢理に嵌めると、ふたりがソファに向かいそれぞれに横になる。

 あっという間に、ふたりとも寝息をかき始める。

 シズは放置された。

 

「んんんっ、んんんっ」

 

 すると、お尻の運動パターンが変化した。

 信じられないくらいに激しく振動を開始する。

 シズは拘束されている身体をがくがくと震わせて、つま先立ちの裸身を悶えさせた。






 とりあえず、シズの受難はここまで……。
 マクリーヌ兄弟の再登場の予定は、いまのところありません。しかし、要望が高ければ、シズに仕返しをさせることも考えます(笑)。


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650 闇娼館の女たち

 身体を引き起こされた。

 シズは眼を開けた。

 

 視界に入ったのは世話女のローヌだ。

 世話女とはいっても、十九歳のシズよりも年下の少女だ。だが、顔の半分に呪術の火炎に焼かれた痕があって娼婦はしていない。

 そして、シズの個室部屋にいるとき以外は、布で顔を隠している。

 いまも、顔を隠しているから直接には表情は読めないものの、抱きあげているシズを見下ろしているローヌは、とても悲しそうな様子に見える。

 

「大丈夫ですか……。すみません……。水です。お飲みになりますか?」

 

 シズは床の上に正座をしているローヌに、膝枕をされているようだ。

 皮袋の水筒をローヌがシズの顔の前に差し出した。

 

「の、飲むうう──」

 

 シズはローヌが差し出した水筒をもぎ取ろうとした。

 だが、身体が動かない。

 あまりの疲労困憊で手足が動かないのだ。

 

「お待ちください……。どうぞ、シズ様……」

 

 ローヌがシズを抱え直して、水筒を口に咥えさせてくれた。

 シズは流れてきた水をむさぼるように飲んだ。

 おいしい……。

 

「んんっ、んんっ、んんっ」

 

 ずっと飲ませてもらえなかった水分が、身体に染み通る。水を飲みながら、後手に縛られていた縄が横に落ちているのを見た。

 あのマクリーヌ兄弟が解いたとは思えないので、ローヌがここに来てから解いてくれたのだろう。

 さらに見ると、忌々しい媚薬染みの黒い縄も放り投げてあった。

 あっちは、最後に兄弟に犯されまくるときに外されたのを記憶している。

 あれでずっと股縄を施されて、疼きと痒みで気が狂いそうになるまで追い詰められた。

 思い出すと、屈辱と口惜しさが込みあがってくる。

 また、まだ股間などに痒みが残っていることを認識してしまった。

 痒い……。

 それにまだ身体が熱い……。

 シズは水を飲みながら、顔をしかめてしまった。

 

「大丈夫ですか? あのう、部屋に食事を準備しています。お湯も……」

 

 あっという間に革の水筒が空になり、それを離しながら、ローヌが申し訳なさそうに言った。

 この世話女の少女は、いつも謝ってばかりだ。

 シズは苦笑した。

 

「だ、大丈夫じゃないわね……。身体が千切れそうに痛い……。それと、まだ股もお尻も痒いの……。連中に媚薬汁の染みた股縄で苛められてたからね……。なによりも、身体を洗いたいわ。前も、後ろも、口からも連中の臭い精液を浴びせるように飲まされたし……」

 

 シズは自嘲気味に笑った。

 あいつら、今度外で会うことがあったら、絶対に仕返しをしてやると思った。エルフ族への恨みかなんか知らないけど、やりたい放題にやって……。

 

「ご、ごめんなさい」

 

 ローヌが悲しそうな口調で謝罪の言葉を口にする。

 

「だからあ……、なんで、あんたが謝るのよ……」

 

 シズは呆れて言った。

 

「だ、だって、わたしは、こうやって逃げていますから……」

 

「逃げている?」

 

 シズはなにを言っているのかわからずに首を傾げた。

 

「まあいいわ……。避妊薬は……ある……?」

 

 シズは訊ねた。

 調教をされる前も飲んでいたが、一応はいまも飲んでいた方がいいだろう。あれだけの精を子宮にも注ぎ続けられたのだ。

 念のためということもある。

 万が一にも連中の子を孕むなど冗談じゃない。

 

「あります。どうぞ」

 

 ローヌからサビナ薬を差し出された。

 それを受け取ろうと思ったが、やはり、腕を上げることもできなかった。

 とりあえず、シズはそれを口に中に入れてもらい、唾液で溶かして飲んだ。サビナ薬は、サビナ草と呼ばれる雑草に近い薬草で調合する絶対的な避妊薬であり、妊娠したくない男女が当たり前に飲んでいるものだ。

 それはともかく、身体が疲れ切っている。

 

「はあ、はあ、はあ……。とにかく、迎えに来てくれたのね……。ありがとう……」

 

 少し落ち着いてきた。

 シズがいるのは、マクリーヌ兄弟にずっといたぶられていた部屋である。

 彼らはすでに立ち去ったみたいだが、シズはここで放り投げられるように置き捨てられていたのだろう。

 それを世話女として出迎えにきたローヌに、起こされたということのようだ。

 服は着ていない。まだ全裸のままだ。シズが身につけているのは、首輪と四肢の革枷だけである。

 

「あのう……、それでコンシェル様から、伝言を受けています。次の仕事は夜からです……。それまでに身体を回復させろと……。すみません……」

 

 すると、ローヌが申し訳なさそうに言った。

 

「よ、夜から……?」

 

 さすがに、シズも鼻白む。

 ほとんど一昼夜、寝ることどころか、水もなしに責められ続けて、指一本動かないほどに疲労困憊なのだ。

 これを夜までに回復させろと……?

 

 どうせ、あのコンシェルが、またエルフ族嫌いの客を予約で仕込んだのだろう。

 「コンシェル」というのは、男衆の頂点に位置する者であり、闇娼館の女たちを仕切る役割の男である。商品である娼婦を含む階層の娼館施設の全部の管理をそのコンシェルが行っていて、階層ごとに分割している各層ごとの経営を任されているようだ。

 当然に娼婦たちに客を配分するのもコンシェルの役割である。

 

 この闇娼館は、複数の地下層が分離されている形式であり、その層ごとに、娼婦の管理や客のとらせ方が違っていて、それか売りになっているらしい。

 例えば、ここの層は、女の新鮮さを目玉にしていて、シズのような新しい女を性技も仕込まずに客の相手をさせる。

 だから、しばらくすると、性技を覚えさせられて、別の層に移されるという。

 

 これが一層下になると、ショー形式の見世物を主体にする娼館らしい。こっちは芸事をするので、しっかりと仕込まれた女しか入れない。まあ、芸といっても、躍りや楽器だけでなく、膣で卵を割るとか馬鹿げた技も入るようだが……。

 

 着飾った女が普通に客の相手をする層もあって、まあ色々だということだ。

 娼婦側の女が男を虐めるタイプの層もあるそうだ。本当かどうかは知らないが……。

 

 だから、各層ごとに管理者のコンシェルがいて、その複数のコンシェルの上にいるのが、総責任者のブレイドということだ。

 また、さらに上が、他にもある各地の娼館全部、すなわち、“クルチザン教会”の頂点のヴィトー総帥ということになる。

 いずれにしても、シズが所属しているこの層のコンシェルは、この状態のシズに、夜の仕事をあてがうつもりのようだ。

 

「とにかく、部屋に戻りましょう、シズ様。少しでも、お食事をして睡眠を……」

 

「そうね……」

 

 ローヌの言うとおりだ。

 いまが昼近くとすれば、夜の客取りまでそれほど時間があるわけではない。

 そのあいだに、睡眠と食事を少しでもとらないと、さすがに夜も、同じことをされれば死んでしまう。

 

 それにしても、夜も、まさか、あのマクリーヌ兄弟じゃないでしょうねえ?

 今夜も挨拶したときに、マクリーヌ兄弟がいたらどうしよう……。

 金だけはたくさん持っている雰囲気だったし……。

 ちょっと想像しただけで、シズはうんざりしてしまった。

 シズは、裸身をローヌが持ってきたローブで包んでもらい、ローヌの肩を借りて立ちあがろうとした。

 

「きゃああ」

 

「くっ」

 

 しかし、身体を預けるようにして、シズはローヌを巻き込んで、その場に倒れ込んでしまった。

 ローヌの力では、シズを支えきれなかったのだ。

 

「……も、申し訳ありません……。いま、男衆の方を……」

 

「それは、やめて──」

 

 シズは慌てて言った。

 男衆というのは、この闇娼館で働いている男たちのことだが、この層では普段は、男衆たちは娼婦たちの前にあまり出てこない。

 コンシェルがそう指示しているようだ。

 しかし、実際には娼婦たちと客の「行為」をこっそりと監視し、客と娼婦のあいだで起きる面倒事の解決などの仕事をしている。

 だが、奴隷身分の娼婦たちに対する「命令権」も、女たちに刻んでいる隷属の魔道を活用して与えられており、なにか隙をみせれば、すぐに理由をつけて、身体に手を出したり、懲罰の理由を作っていたぶってきたりする。

 

 シズのような娼婦は商品なので、男衆が勝手に手を出すのは厳禁とされているのだが、連中はすぐにそれをするのだ。

 この三日で、シズは十分にそれがわかった。

 それに、なにをされても、隷属魔道を掛けられているシズには、抵抗することなどできず、泣き寝入りするしかない。

 足腰が立たないことで、部屋に運んでもらうようなことをしてもらい、連中に借りを作れば、きっと後でそれに対する見返りという名の「遊び」を要求されるに決まっている。

 シズはすでに男衆の「遊び」の洗礼を受けているので、もう男衆には関わりたくない。初日のことを思い出しただけで、ぞっとする。

 

「お、男衆は呼ばないで……。じ、自分で戻るわ……」

 

 シズは、なんとか立ちあがろうとした。

 だが、やはり腰が砕けて立てない。もう少し立てば回復するかもしれないが、やはり、無理そうだ。

 

「ちょ、ちょっとお待ちください、シズ様」

 

 すると、ローヌが部屋を走り出ていった。

 どこに行くのかと思ったが、すぐに戻ってくる。

 しかも、童女と一緒だった。人間族の子供であり、十二、三歳というところだろう。服装から察して、おそらく、ローヌ同様の世話女と思う。

 

「シズ様、世話女仲間のミリアちゃんです。ルカリナの世話女の担当をしている子で……。お願い、ミリアちゃん、手伝って……」

 

 どうやら、ローヌはひとりではシズを運べないと判断して、手伝う者を連れてきてくれたみたいだ。

 だが子供だ。

 この年齢では客を取ることはできないと判断されて、世話女として働いているのだろうか。

 また、“ルカリナ”というのは、シズたちが戦場跡でここの闇娼館の奴隷狩りで捕らわれたとき、一緒に捕まった獣人の女戦士のことだ。ローヌとルカリナは、連れだって別の都市に避難しようと旅をしていたらしいが、運悪く、クルチザン教会の奴隷狩りに遭難したようだ。

 そういう経緯も、シズはローヌから聞いていた。

 

 とにかく、ふたりは一緒に捕まったが、ルカリナという獣人女は、シズ同様に奴隷化されて闇娼婦をして働かされることになり、醜く火傷をしてしまっているローヌは、世話女として働くことになったそうだ。

 そのルカリナの世話女がこのミリアという童女のようだ。

 

「うわあ……、お姉さん、大丈夫ですかあ? こっちにも掴まって……」

 

 ミリアがローヌの反対側に行き、シズを支える。

 ふたりがかりで抱えられて、なんとか立たせてもらう。

 

「……ごめんなさい、ミリアちゃん……。助けてくれて……。どうしても、ひとりじゃ支えきれなくて……」

 

 ふたりに抱えてもらい、ゆっくりとだが歩くことができた。

 すると、シズの身体越しに、ローヌがミリアという童女に謝罪の言葉を口にした。

 

「お互い様ですよ……。それに、ローヌさんには、わたしの連れのケイトのことも面倒看てもらっているし……」

 

 ミリアが応じた。

 ケイトというのは、ローヌがシズのほかに担当している奴隷娼婦のことである。

 シズ自身は会ったことはないのだが、シズはなんでも語ってくれるので、ローヌが知った娼館のことは、全て話してもらって、シズの頭に入れている。

 ローヌによれば、ケイトというのは、生真面目そうな人間族の十六歳の少女だと言っていた。

 やはり、最近になって闇娼館に連れてこられた新入りの娼婦だそうだ。新入りはまずはこの層にあてがわれることが多いのだ。

 

 それはともかく、いまの話によれば、ローヌのもうひとりの担当のケイトは、目の前のミリアの知り合いみたいだ。

 そして、ローヌの連れのルカリナという獣人族の世話女をミリアというこの童女がしていて、ミリアの連れのケイトという娼婦の世話女をローヌがやっているということのようだ。

 まあ、世話女の担当娼婦など、コンシェルが勝手に決めるのだから、知り合いかどうかなど斟酌しないのだろう。

 それとも、あえて、知り合い同士では組ませないようにしているのだろうか。

 

「あ、あんたとケイトさんも……奴隷狩りで?」

 

 シズは訊ねた。

 すると、ミリアはそうだと答えた。

 ただ、借金や犯罪理由で奴隷にされるのではなく、なんでもない女たちを誘拐して、強引に性奴隷にするなど、どこの土地でもご法度だ。

 だから、闇奴隷なのだろうが……。

 

「だけど、ありがとう……。男衆に声を掛けることも考えたんだけど……」

 

 ローヌがさらに言った。

 

「それはやめた方がいいですよ。わたしがルカリナ様を運んでもらうときに、手伝ってもらったら、わたしは連中の珍棒を三人もしゃぶらされましたから……。それだけでなく、ルカリナ様もやられて、可哀想なことになってしまって……。とにかく、代償になにをさせられるかわかりませんよ……」

 

 ミリアが思い出すような口調で憎々しげに言った。

 だが、シズはその内容に驚いた。

 ミリアはどう見ても、まだ大人の身体になっていない童女だ。だから、娼婦にはなっていないはずだ。

 それなのに、男衆はそのミリアに手を出したのか?

 シズは驚いて訊ねた。

 すると、ミリアが首を横に振った。

 

「……手は出してない範疇だそうです。犯してないんですから。それはこの娼館と奴隷契約をするときに魔道契約しましたし……。わたしが十五歳になるまで、わたしの貞操は守られます。魔道契約が破棄されない限り、この娼館の男衆はわたしに手は出せません。だけど、口の奉仕は契約の外らしいですね……。二年後のための練習だと言っては、男どもは、なにかにつけ、わたしにそれを強要するんです。反吐が出ます」

 

 ミリアが言った。

 そんなことになっているのかと、シズも唖然とした。

 すると、ミリアがシズに向かって、心配そうな視線を向けた。

 

「……だけど、大変ですね、お姉さん……。エルフ族への憂さ晴らし専門の娼婦として客をとらされているんですよね……。うちのルカリナ様も同じように折檻娼婦をやらされているから、わかります……」

 

 ローヌとともに、シズを抱えて歩かせてくれているミリアが心配そうに声を掛けてきた。

 いまは、なんとか少しずつ部屋に向かって、廊下を進んでいる。

 

「えっ、ルカリナも折檻娼婦──?」

 

 すると、ローヌが驚いたように声をあげた。

 よくわからないが、「折檻娼婦」というのは、シズのようなやり方で、客の嗜虐めいた責めを受けることを特に強要されている娼婦のことのようだ。

 美しく長命でもあるエルフ族は選民的で、他種族を蔑む傾向があり、実はエルフ族を毛嫌いしている者は人間族を中心に多い。

 その憂さを受け入れる奴隷娼婦として、シズはこの三日間をすごさせられていた。

 どうやら、このミリアの受け持ちの娼婦で、ローヌの知り合いの獣人戦士のルカリナも、シズ同様のことをさせられているらしい。

 そして、ローヌはそのことを初めて知った感じだ。

 

「えっ、知らなかったのですか、ローヌさん? まあ……ですけど、ルカリナ様も獣人族ですし、このところの獣人隊のおかげで、獣人族に恨みを持つ者も多いんですよ……。獣人族ということで、コンシェルもかなりのことをすることを許可していますし、毎日、大変なことになっていて……」

 

「え……、ど、どうしよう……、どうしたら、いいのでしょう……。どうしたら……」

 

 ローヌは目に見えて狼狽えだした。

 

「あ、あたしを部屋に置いたら、ルカリナという獣人女と会ってきたら? あたしはいいよ……」

 

 シズは声を掛けた。

 ローヌがあまりにも動揺している感じだったからだ。

 

「い、いえ、こんな状態のシズ様を放っておくわけには……」

 

 ローヌは首を横に振った。

 

「あっ、だけど、ルカリナ様と話をしてないなら、ローヌさんも話だけでも聞いてあげたら……。ルカリナ様って、お客様は仕方ないけど、男衆にも目の敵にされてるんです。獣人族だから……」

 

「えっ、ええ?」

 

 ローヌが大きく動揺したのがわかった。

 だが、もともと獣人族に差別的なのが、カロリックという土地の気風だ。

 そして、征服将軍のランスロットの施策で、タリオ軍の統治に批判的な者たちを取り締まるのに、ランスロットは獣人たちを軍として組織した「獣人隊」を使っているのだ。

 獣人たちも、これまで自分達を蔑んできた人間族たちを取り締まると役目ということで、容赦なくあちこちで暴れているらしい。

 これが、さらにカロリックの人間族たちの獣人族嫌いに拍車をかけているようだ。

 それを思い出した。まあ、ゼノビアの受け売りだが……。

 だったら、確かに、獣人族女の奴隷娼婦など、その風当たりは強烈かもしれない。

 

「ルカリナ様は昨夜の深夜あがりで、いまはお部屋です。だけど、ルカリナ様も今日の夕方から仕事が入ってます。わたしの担当のもうひとりの方は、今日は昼過ぎまでお客様がついてるんです。それまでなら、シズ様のお世話を交代できます。よければ……」

 

 ミリアが言った。

 すると、ローヌが今度は頷いた。

 

「シズ様の身体の手入れが終わったら、少しだけお願いできますか? ルカリナのところに行ってきます」

 

「わかりました」

 

 ミリアが言った。

 そして、しばらく歩いて、やっとのことシズがあてがわれている個室に着いた。なんとか男衆とすれ違わなかったのはよかった。

 シズは一度寝台に横たえられた。

 

「シズ様、つらいとは思いますが、まずは湯に行きましょう。身体を洗わないと……。ミリアちゃん、もうちょっとだけ、お願いします。シズ様を浴室まで運ぶのを手伝ってもらえますか」

 

「いいわ」

 

 ミリアが頷くと、ローヌがすぐにこの娼婦用の個室に設置されている浴室に飛んでいった。

 浴室とはいっても、単に湯を溜められる大きな容器と、水を溜めて湯を沸かすことのできる魔道設備があるだけの狭い場所なのだが、それでも各娼婦の部屋に身体の洗浄場があるなど破格の扱いだろう。

 なんだかんだで、この闇娼館における、商品である娼婦の待遇は悪いものじゃない。

 シズがこうやって痛めつけられているのは、折檻を売り物にする娼婦としての役割を与えられているからのようであり、そうでない女たちは、概ね高級娼婦のような扱いを受けていることは知っている。

 

「お待たせしました、シズ様……。では、ミリアちゃん……」

 

 ローヌがすぐに戻ってきた。

 シズは再びふたりに抱えられて、寝台から立ちあがらせてもらう。

 本音を言えば、このまま寝台で横になって寝たいが、まだ媚薬の影響が残っている。それをぬぐってもらわなければ、おそらく満足に休息することもできないだろう。

 

「ありがとうございました、ミリアちゃん」

 

 浴室に到着して、たらいのような湯舟に入れられた。

 ローヌがミリアを促して浴室の外に出す。

 そして、ローヌがシズの身体を洗いだす。

 気持ちいい。

 疲労が湯に溶けていくようだ。

 

「……そういえば、シズ様に頼まれていたこと……。少しわかりました。あの一層下にいるハロンドールの貴族夫人という触れ込みの娼婦の方ですが……、名前はラポルタというそうです。テレーズ=ラポルタ……。本物の女伯爵という売り込みで、娘の女性の方とともに破廉恥なショーに毎晩出演させられているということのようです」

 

 すると、すぐに、ローヌが小さな声で言った。

 ローヌには、ゼノビアの居場所のこととともに、テレーズ=ラポルタ女伯爵の存在を探ってもらっていたのだ。

 この娼館で娼婦にさせられてすぐに、一層下にそれらしい母娘奴隷がいることはわかった。もともと、ゼノビアがこの闇商館に潜入しようとしたのは、それらしい闇娼婦がここにいるという噂を得たからだった。

 だが、彼女たちが、本当にシズたちが捜索クエストを受けた対象の女伯爵なのかどうかまでは、事前にはわからなかったのだ。

 

 どうやら、ローヌはシズがマクリーヌ兄弟の相手をしているあいだに、それを探ってくれていたようだ。

 もう間違いない。

 テレーズ=ラポルタ母娘は、この闇娼館の中にいる。一層下のふたりがラボルタ女伯爵母娘だ。

 

「あ、ありがとう……。や、やったわ……。これで……な、なんとか……。あとはゼノビアね……。ね、ねえ、それでゼノビアのことは……?」

 

 テレーズ=ラポルタ女伯爵の存在がわかったことは、この三日間で一番の朗報だ。

 これで、あとはゼノビアの居場所さえわかれば……。

 

「申し訳ありません……。そっちはまだ……。すみません……」

 

「だ、だから、謝ることじゃ……。一層下のことなんて情報を集めるのにも苦労したんでしょう……。テレーズ=ラポルタのことを調べてくれて、ありがとう……」

 

 シズは言った。

 そのときだった。

 

「えっ、ちょ、ちょっと待って──。どうして、あなたたちも、ラポルタ伯爵様たちを探しているの? どういうこと──?」

 

 ミリアが仰天した口調とともに浴室に入ってきた。どうやら、会話が聞こえる位置にまだいたらしい。

 ミリアは心の底から驚いている表情だ。

 油断して、会話を聞かれたのは、シズとしたことが失敗だ。それだけ、疲労していたのだろうが、言い訳にもならない。シズは内心で舌打ちした。

 しかし、いまは、それよりもミリアが口走った内容だ。

 

「どういうことって……どういうこと……? いま、“あなたたちも”って言った? “も”ということは、あなたも、ハロンドールの女伯爵を探しているの?」

 

「はい、命令で潜入して……。あっ、これって、言っちゃだめなやつだ……。どうしよう……。ターナ様に叱られちゃう──。うわっ、ターナ様の名前を出しちゃった。どうしよう。また折檻されちゃう――」

 

 ミリアが狼狽えた感じになった。

 シズはびっくりしてしまった。






【作者より】

 ミリア、ケイト……。
 初出ではありません。


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651 女冒険者拷問

「んぐうううっ、ふぐうううっ」

 

 頭を下にして宙吊りになっているゼノビアが必死になって、口をつぐんでいる。

 情けない悲鳴をもうあげたくないのだろう。

 しかし、無理だ。

 その口からは耐えることのできない苦痛の呻き声が、またもや漏れだしてきた。

 

 もちろん、ゼノビアは全裸だ。

 その身体のあちこちには、鞭や棒で打った傷や、火傷の痕がある。今日の拷問でできたものだけではなく、治療せずにずっと残っているものもある。

 致命傷以外は、弱らせるために、あえて治療してないので、まあ、傷だらけといっていい。

 

 今日の拷問においては、両腕は背中で束ねて胴体に密着させていて、両足首に革枷をつけて少し股を開かせて天井から吊っている。

 ゼノビアの頭は床に落ちており、髪が床を掃く感じだ。

 もうこの状態でそれなりの時間が経っているので、かなりの疲労困憊の状態である。しかし、意識と気力はしっかりしている。

 

 ブレイドは部屋の隅に準備させた食事をしながら、ふたりの若い衆たちに仕置きをさせているゼノビアの姿に目をやった。

 そのゼノビアの乳房にひとりの若い衆が電撃棒を当て、もうひとりは下腹部の陰毛のある場所に、やはり電撃棒を押し当てている。

 

 娼婦を折檻するときに使うものだが、主目的は脅しのためであり、実際に使うことは少ない。

 なにしろ、威力が強いのだ。

 一瞬当てるだけで、全身が引き千切られると錯覚するほどの激痛が流れる。しかも、あまりにも強い電撃のために、やり方を間違うと電撃棒を触れさせている部分が火傷のようになって、傷痕が残ってしまうのだ。

 それは娼婦としては価値を低めることになる。

 従って、実際には使わずに、脅して恐怖に染まらせるために使わせることが多い。

 

 だが、このゼノビアに対しては容赦なく使用させている。

 若い衆も使い慣れていないようであり、やはりゼノビアの身体から離すことなく、ずっと密着するように置いている。

 そのため、ゼノビアの肌が焦げる匂いとともに、陰毛が熱で焼け匂いまで漂ってきた。

 電撃棒の表面も、すでに真っ赤になっている。

 

 ブレイドは指導しようと思ったがやめた。 

 どうせ、今日は徹底的に痛めつけることに決めている。最終的には、高額の治療薬を駆使すれば、傷ひとつない状態に戻すことができるのだから、今日についてはやり過ぎくらいでちょうどいい。

 さすがに手足をもぎ取るまでしてしまっては戻せないが、全身を火傷させた程度であれば、最後には無傷の状態に戻せる。

 問題はない。

 

「んごおおおっ、がはっ、あがあああっ」

 

 ついにゼノビアは雄叫びのような声をあげて。後手に拘束されている逆さ吊りの全身を突っ張らせた。

 同時にじょろじょろと股間から小便も流れ出す。

 失禁により噴出したゼノビアの尿が下腹部に当てている電撃棒に当たり、じゅうという音もした。

 

 若い衆たちがやっと電撃棒を離す。

 案の定、その場所は焼けただれて肌が焦げ、表面の皮膚が破けて血が流れ出していた。

 

「ははは、今度は応えただろうが、娼婦め。生意気を言いやがると、今度はおまんこに棒を突っ込むぜ」

 

「それとも尻の穴かな」

 

 拷問をさせている若い衆ふたりがげらげらと笑う。

 その眼は血走っていて、かなりの興奮状態というのがわかる。

 どうやら、若い女に拷問をするという行為で、少し頭が飛んでいるみたいだ。

 だから、ああやって、あっさりと傷をつけてしまうのだろう。

 やはり、ブレイドは、一応の注意をしておくことにした。

 

「性器そのものを毀すな。尻穴もだ。最終的にはそいつに稼がせる商売道具になる。肌を焦がすくらいならいいが、身体の一部を抉るのもだめだ。切断するのもな。回復薬で戻せなくなる」

 

 ブレイドは口の中のものを咀嚼し終わると言った。

 部屋の中央でゼノビアの相手をさせているふたりが、我に返ったように身体を真っ直ぐにした。

 

「は、はい、ブレイド様」

 

「すみません」

 

 ふたりがブレイドに向かって頭をさげた。

 ブレイドは首を横に振った。

 

「叱っているわけじゃない。いまのところはな……。その女が生半可なことじゃあ屈服しないのはわかっている。痛めつけるのも想定内だ。いいから好きなようにしろ。お前たちがそいつの首輪の隷属を刻むことができたら報奨金を出す。特賞レベルだ」

 

 特賞というのは、部下たちの士気を鼓舞するために、ブレイドが功績に対して臨時に支給する報償金の額のことだ。

 功績の度合いに応じて、三級、二級、一級、特級と額を変えており、特級ならば半年以上は酒代に困らないだろう。

 ふたりが歓声をあげた。

 

「よし、やるぜ──」

 

「そうと決まったら、容赦しねえ──。せいぜい苦しんでもらうぜ、ゼノビア」

 

 ふたりがゼノビアに向き直る。

 

「けっ、そ、そんなもんでかい……? だったら、腹に刻まれている紋様のところが痒くて仕方ないんだ。そこも黒焦げにしてくれるかい?」

 

 逆さ吊りのゼノビアがせせら笑った。

 ブレイドは苦笑した。

 大した女だ。

 

 拷問を続けて三日……。

 

 さすがに、ブレイドも疲れてきたが、このゼノビアには三日間、一睡もさせずに、様々な拷問をしてきた。

 徹底的な鞭打ち、爪剥ぎ、痒み拷問、くすぐり責め、寸止め、連続絶頂責め……。

 考える限りのことをやったが、いまだに音をあげる気配がない。

 

 すでに体力などないはずだし、なによりも眠らせていない。

 そろそろ、意識は保っていても、思考することができない朦朧状態になってもいいだのだが、なかなかにしぶとい。

 いまもゼノビアの首には「奴隷の首輪」をさせているが、それが効果を生んで、ゼノビアに隷属が刻まれることはない。

 ブレイドも、かなり焦れてきている。

 

「言いやがったな。じゃあ、やってやるよ。その代わり、今度は声を出すんじゃねえぞ。お前の望みでやってやるんだからな」

 

「もしも、声を出したら、宙吊りの身体をさげるぜ。意味はわかるな」

 

 ふたりは、大きな水桶を逆さ吊りのゼノビアの真下に持ってきた。

 どうやら、本気でゼノビアを堕とす気になったみたいだ。

 ブレイドは見守ることにした。

 

 まあ、もしかしたら、これで奴隷の刻みに成功する可能性もある。

 眠らせていないので、気力も底をついているはずだし、深く屈服してくれれば、これまでのように、あっさりと奴隷の首輪が割れて外れてしまうということにならないかもしれない。

 何度も首輪が割れて失敗するのは、すでに高位魔道遣いに隷属されているからと考えていたのだが、そうでない可能性もでてきたのだ。

 屈服の度合いの問題なのかもしれない。

 

 実のところ、ゼノビアが墜ちないとはいっても、実は何度も屈服はしていた。

 奴隷の首輪をさせているのだが、この三日間でそれが割れるということが三回あったのだ。首輪が割れるのは、ゼノビアに刻まれかかった隷属魔道がなにかに反発するからだと考えられるが、少なくとも、ゼノビアの心自体は屈服したのだろう。しかし、なにかの理由により、それか発動しなかったということだ。

 

 首輪が割れると理由については、ゼノビアがもともと隷属されているか、あるいは、ゼノビアの魔道遣いとしての能力が高くて、首輪の隷属を仕掛けた術者の能力がそれに比して低い場合であるはずだと考えていた。

 だから、ブレイドはかなりの大金をはたいて、カロリックの公都で手に入れることができる最高レベルの「奴隷の首輪」を準備させた。

 手を回して、教会の高位魔道遣いに隷属を刻ませたものであり、常識的な隷属であれば、これを上回ることなどないはずだった。

 

 しかし、とっておきの首輪をあっさりと壊されてしまった。

 ゼノビアの中にある何かが、それすらも弾いたのだ。

 だが、現実的な話として、手に入れてきたのは、三公国でもっとも高位の神官の施した魔道の首輪なのだ。それを上回る術者などあり得るのだろうか?

 しかも、こいつは、それがエルフ女王から英雄認定を受けたロウ=ボルグだという。

 一応調べさせたが、ロウ=ボルグは魔道遣いではない。

 だから、もしかしたら前提が違うのかもしれないと考えている。なにかを隠していると思うのだが、なかなかゼノビアもしぶとく、それを白状しない。

 とにかく、ブレイドは困ってしまっている。

 

 このままでは、ゼノビアが持っているシズの隷属をブレイドに譲渡させられないし、ゼノビアそのものを店に出すことができないのだ。

 魔道を封じているとはいっても、こいつは危険すぎる。

 洗脳のようなやり方で、支配できればいいのだが、やはり、隷属の魔道が安全だ。

 

 だから、やり方を模索するつもりで、いまは、元通りに通常の「奴隷の首輪」を嵌めさせている。

 ゼノビアの屈服の度合いが進めば、それでも隷属が刻まれる場合もあるとも考えた。

 まあだめで元々だ。

 何度も繰り返していけば、なにが問題なのか、やり方もわかってくるだろう。なにかを自白するかもしれない。

 

「んぐううう、ふぐううう」

 

 ゼノビアの大きな呻き声が聞こえた。

 若い衆のひとりがゼノビアの下腹部近くの場所に、電撃棒を押しつけているのだ。電撃棒の表面は真っ赤になり、ゼノビアの肌もその部分が赤黒く焦げだしている。

 

 だが、はっとした。

 あの場所は……。

 

 ゼノビアに刻んでいる魔道封じの紋様をブレイドが刻んだ場所なのだ。

 そこを傷つければ、万が一において、紋様が無効になる場合がある。魔道紋様を使ってゼノビアに魔道をかけているのだから、紋様が傷ついて壊れれば、当然に魔道も無効になる。

 

「おい、ちょっと、待て──」

 

 ブレイドは叫ぼうとした。

 そのときだった。逆さ吊りのゼノビアと目が合ったと思った。

 

「ああ、やめてええっ、やめるのよおおお」

 

 ゼノビアが絶叫した。

 その瞬間、急に意識が朦朧となった。

 そして、なにをしようとしていたのかを忘れてしまった。

 

「ははは、声を出しやがったぜ。しかも、やめてときたもんだ」

 

「じゃあ、約束だ。そろそろ、水も飲みたいだろう。飯は食わせねえが、水は飲み放題だ。たっぷりと飲みな」

 

 若い衆がげらげらと笑うのが聞こえた。

 そうか……。

 このゼノビアを拷問している最中だったのだ。

 そうだった。

 

 若い衆が壁に向かって、ゼノビアを逆さ吊りしている鎖をさげていく。

 

「うわっ、いやっ、やめええ、んんんんっ」

 

 ゼノビアは抵抗しようとしたが、両腕を背中で畳むように革帯で束ねて拘束され、両足を天井から吊られている身では、なにもできない。

 水桶の中にゼノビアの顔が完全に浸かり、首まで水の中に潜った。

 

「んんんん、んんんん」

 

 ゼノビアが身体を暴れさせているが、木桶は小さいので、身体を起こそうと思っても縁にあたって頭をあげることはできないだろう。よく見たら、桶もしっかりと床に簡単な金具でとめている。

 暴れてひっくり返らないようにしているようだ。

 

 しばらくすると、ゼノビアの暴れ方が小さくなる。

 裸体が痙攣のような動きをしていたが、それもなくなった。

 若い衆がやっと壁の操作具でゼノビアの身体を引きあげる。

 

「ぷはっ、はあっ、はっ、はっ、はっ」

 

 ずぶ濡れのゼノビアが盛大に息をしている。

 その滑稽な姿にブレイドは噴き出した。

 

「もういっちょだ。今度は倍の時間にしてやる」

 

 だが、すぐにゼノビアの頭がさげられていく。

 

「いやああ、もういやああ」

 

 ゼノビアが絶叫した。

 しかし、その顔が桶の中の水に沈み、声も聞こえなくなる。

 逆さ吊りのゼノビアがまたもや暴れるが、さっきよりも動きは小さい。一回目で体力を失ったのだろう。

 びくびくと痙攣が続き、それもなくなる。

 少し待って、ゼノビアが引きあげられる。

 今度はかなり朦朧としている。息遣いも小さい。

 

 死にかけたか?

 まあ、死んだとしても、その直後であれば蘇生もできるが……。

 

 ゼノビアの全身からは、電撃棒で焼け破れた肌から血が滴り落ちてもいる。

 腹の紋様の場所もかなり黒焦げだ。

 

 なにか気になることがあった気がしたが、ブレイドはなぜかそれ以上の思考をすることができなかった。



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652 折檻奴隷と貴族女たち

 この日、シズを買ったのは、カロリックの三人の貴族女たちだった。

 実際に貴族と名乗ったわけではいが、三人の醸し出す雰囲気からそう判断した。

 三人のうち、中心となる女は“ネット夫人”とほかのふたりから呼ばれていた人間族の五十女だ。

 それに対して、ほかのふたりは、まだ三十くらいだろう。そのネットの取り巻きという感じだ。

 

 もっとも、実際には、三人とも目の周りだけを覆うアイマスクをしていて、はっきりとしたことがわかるわけじゃない。年齢も顔半分だけからの推量である。

 まあ、こいつらが何者だろうと、シズは興味ないが……。

 

「……ほほほ、面白いものですね、ネット夫人。獣人の折檻娼婦が空いていなかったのは残念ですけど、エルフ族の痴態も愉快ですわ。いつも気取っているのが疎ましかったけど、こうやって哀れに泣き声をあげるのは面白いです」

 

「本当に……。もうすっかりと、わたしたちに屈服しましたね。完全に大人しくなって……。今度はなにをさせましょうか」

 

 ネット夫人という年増女へのご機嫌取りの口調で、取り巻き女たちふたりがネットに話しかける。

 だが、シズはそれどころじゃなかった。

 

 この三人の前に最初に挨拶をするや、すぐに四つん這いにされ、三人を順番に上に乗せて部屋の中を延々と歩かされたのだ。

 そして、へとへとになったところを、宙吊りにされて、媚薬を塗った張形で徹底的にいたぶられ、さらに全身を鞭打たれた。

 やっと宙吊りから解放されたら、今度は床舐めだ。

 連中が面白がって床にぶちまけた食べ物や飲み物を舌で舐めとるのだ。

 相手が男であれば、最終的には犯して終わるのだが、女が相手であれば、そうはいかない。こいつらは、いつまでもシズに屈辱を与えるだけの行為をやり続けた。

 そして、たったいままで、床に四肢を拡げて拘束され、かなりの長いあいだ、筆や刷毛で責められ続けていた。

 しかも、責めの時間が長いのに、達することができたことは一度もない。ぎりぎりのところを見計らって、必ず決まったように寸止めで中断するのだ。追い詰められるシズの反応が愉しいからだろう。

 屈辱的で破廉恥なことをさせられ続け、シズももう、体力も気力も尽き果てている。

 いまは、後手縛りに拘束され直して、床に転がされていることろである。

 

 しかし、どんなことを命じられても、シズは逆らえない。

 男衆からも、ここにシズを案内してきたローヌからも、客への絶対服従を命じられている。

 一応の「主人」はゼノビアなのだが、そのゼノビアから、男衆への絶対服従を命じられている。

 だから、男衆の言葉には逆らえないのだ。

 男衆からは、シズの世話女のローヌの“命令”にも逆らうなと言われているので、客への服従については、二重の命令がシズに効いている状態というわけだ。

 

「今度は縄歩きはどうかしら。むかし、イットという獣人の童女奴隷にさせたことがあったんだけど、まあ、結構愉しめますわ」

 

 ネットが言った。

 縄歩きとはなんだと思ったが、おそらく碌でもないことではあるのだろう。

 シズは、床の上に横たわって身体を休めながら、彼女たちの会話をぼんやりと聞いていた。

 

 もう四日目になる。

 いまだに、ゼノビアの居場所はわからない。

 

 シズたちのクエストの目的だったテレーズ=ラポルタ女伯爵母娘については、すでに一層下の闇娼婦として捕らわれているということは確認していた。

 だが、肝心のゼノビアの状況がわからないのでは、動きようもない。

 シズとしては、本当はクエストなどどうでもよく、ゼノビアだけなのだ。ゼノビアを助け出す手段が見つからない限り、動くつもりはない。

 しかし、そのゼノビアの行方は、杳として知れない。

 シズは、どうしていいかわからず、途方に暮れかけていた。

 

 ところで、シズたちと同じように、ラポルタ女伯爵を追って潜入していたらしい、ミリアという少女とは、昨日から会っていない。

 あのときに、あの娘が口走ったことから察すると、あのミリアは、ターナという「主人」に命じられて、ケイトという闇娼婦になっている娘とともに、わざとここに捕らわれたみたいだ。

 そして、ケイトという娘はここで客をとりながら、また、ミリアは世話女として働きながら、ラポルタ女伯爵を探していたみたいだ。

 

 目的もやり方も、まったくシズたちと同じであり、もしかしたら、共同できるのではないかと思った。

 だが、あのとき、“ターナ様”という名前を口走ったしまうことで蒼くなったミリアは、そのまま逃げ去ってしまったのだ。

 しかし、シズは自由に動くことを禁止されているので、追いかけることはできなかった。ローヌが追いかけてくれたが、ミリアは、いまだに接触を拒んでいるという。

 ローヌによれば、余程にターナという「主人」を怖がっているみたいだったということだった。

 もやもやするが、いまのところ、それっきりだ。

 

「まあ、獣人奴隷を? ネット様がお飼いになられてたんですか?」

 

 ひとりがちょっとだけ顔を歪めたのがわかった。

 どうでもいいけど、この三人は、もともと獣人女を折檻できると耳にして、それでこの闇娼館を訪れたみたいだ。

 獣人の折檻女というのは、シズ自身はまだ会ったことはないが、ローヌと一緒にこの娼館の奴隷狩りに捕らわれたというルカリナという女戦士のことだろう。

 しかし、そのルカリナには先約があり、それでシズを購入したみたいだ。

 目的のものがないなら、帰ればいいのに……。迷惑な話だ……。

 

「いえ、トルドイという贔屓の商人の奴隷だったんだけどね……。トルドイが死んでしまって、後継者が奴隷商人に売って処分されたのよ……。だから、手を回して買いとろうとしたんだけど、残念ながら、知らない隊商の男に先に買われてしまったらしくて……。まだ子供だったけど結構丈夫で、なによりも、いつもは取り澄ましているんだけど、折檻がつらいと、それが急に泣きべそをかいたり、口惜しそうな顔をして顔を歪めるの……。それがよかったわあ」

 

「まあ、だったら、わたしも情報を当たってみますわ。奴隷商人には、何人か伝手があるです。もしかしたら、また売りに出されているかもしれませんし」

 

「わたくしも、できる限り……」

 

 取り巻きふたりが言った。

 ネットがぽんと手を打つ。

 

「そうね。そのときは一緒に遊びましょう。獣人なら苛め殺しても構わないし。多分、もう十五歳か、十六歳くらいになっていると思うわ。もう童女じゃないわね。ガロイン族だっと思う。もっとも、爪を出すのは、隷属魔道で禁止していたみたいだけど……。そうそう、魔道が効かないって特徴もあったわ。わたしも探しているんだけど、見つからなくて」

 

「お任せください。それだけ情報があれば……」

 

「わたくしも頑張りますから」

 

「ありがとう」

 

 三人がけらけらと笑った。

 なんなのだろう

 こいつら……。

 シズは呆れた。

 

 そして、しばらくすると、部屋に中央で壁と壁を繋ぐように金具を使って、太い縄をぴんと張られた。

 ネットの指示である。

 しかも、あちこちに縄瘤が作ってある。

 それがシズの視界の中で作られた。

 縄は真横に部屋を横切っていて、シズが跨げばつま先立ちでも、股間が喰い込む高さだ、

 シズは嫌な予感がした。

 

「さあ、休憩は終わりよ。これを跨ぎなさい、ほほほ」

 

 ネットの言葉に、シズは顔が引きつるのがわかった。

 

「も、もう、いいんじゃないですか……。か、勘弁してくれても……」

 

 シズは無駄だと知っていても、思わず拒絶してしまった。

 もう身体がくたくたなのだ。

 

「怯えてるのね。いい気味……。お前のようなエルフ女が怯えているのは気持ちがいいわあ」

 

 取り巻き女のひとりが言った。

 エルフ族ではなく、ハーフエルフなのだが、それを口にするのは禁止されている。もっとも、それを口にできたところで、こいつらの仕打ちが優しくなるとも思えないが……。

 

「いいから、跨がるのよ……。それと、特別に強烈な痒み油を縄瘤に塗ってあげるわ。お前が泣き叫ぶようにね」

 

 ネットがさらに指示して、小瓶を出してふたりの取り巻きに渡し、シズに見せつけるようにさせてから、縄瘤のひとつひとつに丹念に塗らせていく、

 

「これ、とっても痒そうですねえ、ネット様」

 

「本当……。縄瘤に塗っていくだけで、わたしも痒くなりそうですわ」

 

 ふたりが作業をしながら笑った。

 

「ええ、痒いわ。これはこの店のものじゃないのよ。屋敷で調合させた特別製……。さっき、口にした、イットという獣人童女にも塗ってあげたことがあるわ。あの小生意気なイットも、これだけはいつも号泣したわ」

 

 ネットが笑った。

 シズはぞっとした。

 

「……ほら、準備できたわよ。縄を跨ぎなさい……。命令よ」

 

 ネットが言った。

 “命令”と口にされたら、もう終わりだ。

 逆らうことができないように、奴隷の首輪で呪術を刻まれているのだ。

 シズの身体は勝手に起きあがり、縄を跨ぐために片脚をあげる。

 両手には後手に縄をかけられており、身体が脱力していることもあったので、バランスを崩し掛けたが、そのまま縄に跨がってしまった。

 

「あっ、くっ、ううっ」

 

 淫靡な刺激が襲いかかる。

 これまでの嗜虐で、かなり股間が熱くなっていた。

 使われてきた媚薬の影響も残っている。

 異様で巨大な疼きが襲い、シズは慌ててつま先立ちになった。

 それでも、縄が股間に喰い込み、思わず顔をしかめてしまう。

 

「もう気分を出しているの、エルフ? 乳首も勃てちゃって……」

 

 取り巻きの女のひとりがシズの胸を狙って手を伸ばし、愛撫をしてきた。

 もうひとりは、わざと縄を前後に動かして、シズの股間に喰い込んでいる縄の刺激を強くする。

 

「あっ、や、やめてええっ」

 

 シズは悲鳴をあげた。

 

「そのままいたぶるのも愉快だけど、せっかくですからこの雌を歩かせましょう、皆さん」

 

 すると、ネットが声を掛けてきた。

 ふたりが笑いながら手を引く。

 

「そうですね。歩かせながらも、悪戯はできますしね」

 

「そうですわ、ネット夫人――。縄の向こうに辿り着くのが遅かったら、浣腸をするというのはどうでしょうか。そうすれば、このエルフも縄歩きに励むかと」

 

「まあ、それは面白そうね。ちょうど、そこに砂時計があるわ……。“命令”で歩かせようと思ったけど、そっちの方が愉快ね」

 

 ネットがけらけらと笑った。

 そして、シズに向き合う。

 

「じゃあ、わかったわね、エルフ。この砂時計が落ちきる前に、向こうの壁に行くのよ。間に合わなければ、尻に浣腸をするわ。すると、二回目は浣腸を受けて、縄歩きをしなければならなくなるけど、それがいやなら、頑張って歩きなさい」

 

 シズは自分の顔が蒼くなるのがわかった。

 だが、やるかない。

 覚悟を決める。

 

「ほら、はじめ」

 

 取り巻き女のひとりがテーブルの砂時計をひっくり返す。砂時計はシズの視界に入るように置かれている。砂が落ち出す。

 部屋の隅から隅に行くだけなのだ。なにもなければ一瞬で辿り着く。だが、いまのシズには遙かな先に思える。

 

「くっ、あっ、ああっ」

 

 後ろ手に縛られた上体を屈めながらゆっくりと前に進む。

 ざらざらとした縄の表面がシズの股間を抉る。

 気持ち悪さに、シズは身体を震わせてしまった。

 

「そろそろ、最初の瘤ね」

 

 ネットたちが両側から、シズの苦悶に眼を細めて見入っている。

 それでも進まなければ……。

 シズは頑張って、つま先立ちで歩き続ける。

 やがて、最初の縄瘤にさしかかった。

 ついに、縄瘤が股間に完全に当たる。

 

「くうっ」

 

 シズは身体を固くして立ちどまってしまった。

 結び目がぐりぐりとクリトリスを抉るのだ。

 とても、前に進めない。

 

「そんなに浣腸を受けたいの? それとも、もう浣腸する? そうすれば、気合いも入るんじゃない」

 

「それはいいですわ、ネット様。そのときは、時間までに辿り着いたら、お不浄をさせることにしましょう」

 

「面白わねえ、それ」

 

 女たちが笑い続ける。

 シズは顔が引きつるのがわかった。

 

「あ、歩くうう──。歩くからああ」

 

 声をあげた。

 気持ち悪さに耐えて、さらに進む。

 それで気がついたが、すでに砂時計は半分だ。

 それなのに、まだ最初の縄瘤……。

 しかし、縄瘤は全部で十個以上もある。

 

 歩みを速める。

 

 痒み油をねっとりと塗られている縄瘤が股間に喰い込み……、抉り……、秘所に潜り込む……。そして、後ろに向かう。

 

「ひいっ、ひいいいい」

 

 声が流れた。

 精一杯につま先立ちをするが、これまでのいたぶりで完全に敏感になっているシズの局部を縄瘤がいやらしく刺激する。

 

「ああっ、許してえっ」

 

 思わず泣き声をあげた。

 

「もう砂は半分ね。そろそろ、浣腸の準備をしてくれる。少しでいいわ。ちょっとずつ注入して、我慢させるから」

 

 ネット夫人が声を掛けた。

 取り巻き女たちが部屋の隅に向かう。

 この部屋には、女をいたぶるためのあらゆる器具や道具、材料が揃えてある。浣腸の液剤や道具もそのひとつだ。

 

 シズはさらに足を進めた。

 ぼやぼやはできない。

 こいつらは、本当に浣腸をして縄歩きをさせるだろう。

 そんなのは嫌だ──。

 

「うう、ああ、あっ、あっ、あああっ」

 

 だが、速度を速めれば、いやでも股間を抉る刺激が強くなる。

 

 やっと半分……。

 砂は残り三分の一……。

 

 だが、新しい苦痛が襲ってきた。

 結び目に塗られていた痒み油の効き目が効果を表したのだ。

 疼痛にも似た強烈な痒みが襲いかかってきた。

 

「うく、くうっ」

 

 太腿が痙攣するのがわかった。

 

「痒み油が効いてきたわね。いい気持ちなの、エルフ?」

 

 ネットが笑いながら、シズの乳房を指でいたぶりだす。

 シズは悲鳴をあげた。

 

「ああ。痒いいい。もう痒いいいい」

 

 シズは泣き声をあげ続けた。

 それでも進む。

 

 縄瘤に当たる。

 そこでよがり声をあげてしまう。

 

 なんとか耐えて進んでも、すぐに次の縄瘤がやってくる。

 シズはつま先立ちの身体を踏ん張りながら、懸命に前を進んだ。

 

 だが、結局のところ、かなりの距離が残ったところで、砂時計の砂は落ちきってしまった。

 ネットと取り巻きが大喜びをする。

 

「じゃあ、浣腸をするわ。一切の抵抗をしないこと。いいわね。命令よ」

 

 身体を“命令”でとめられる。

 一度縄が床に落とされた。

 取り巻きたちがやってきて、シズのアナルに浣腸器の先端を挿して、液剤を注入していく。

 ぐるぐると気持ち悪い音が下腹部で鳴り出す。

 

「ああ……」

 

 浣腸器が抜かれたときには、すでに便意が襲っていた。

 しかし、容赦なく縄が再び張られてから、再び“命令”で跨がらされて、股間に縄を喰い込まされた。身体は再び、元の場所に戻されている。

 

「さあ、やり直しよ。ところで、あんたが進んだ縄瘤って、随分と光っているわね」

 

「これは、痒み油ではありませんよ、ネット様。多分、女の汁……」

 

「やっぱり、エルフ女というのは淫乱ね──。では進みなさい。今度も砂時計が落ちるまでに向こうに辿りつくこと──。できなければ、何度でもやり直しよ。成功するまで終わらせないし、失敗するたびに浣腸液を足すわ」

 

 ネットが言った。

 泣き声が喉から噴きあがった。



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653 顔を隠す女(その1)

 シズはくたくただった。

 体力も気力もだ。

 

 やっと荒縄の「縄渡り」から解放されたのは、すでに八回もの浣腸を受けてからであり、縄瘤を進みながら何度も気をやってしまっていた。

 浣腸で膨れあがった腹から、汚物をまき散らさなかったのが奇跡なくらいだ。

 排便は許されたが、それはあの三人が見ている前だった。部屋の真ん中で木桶にさせられたのである。

 そして、ディルドでお尻を代わる代わる犯された。

 これで満足したのか、ネットという貴族女たちは、コンシェルを呼び出して、部屋を立ち去ってくれた。

 コンシェルというのは、闇娼館のこの層の支配人であり、客とのやり取りや娼婦の管理、さらに働いている男衆の取りまとめをしている男である。いわば、この層全部の責任者だ。

 

 いまは、コンシェルも、彼が連れてきた男衆もおらず、シズと、客が帰ったと連絡を受けて迎えに来たシズの世話女のローヌだけだ。

 そのローヌは、いま客たちの去った部屋の片付けをしており、シズはそれを待っているところというわけだ。

 縄の拘束も解かれているし、身体を包む袖のないローブで裸身を覆っている。シズはそのローブで身体を包んで部屋の隅にうずくまっている。

 いつもであれば、ローヌはシズを個室に戻してから、ひとり戻って客室の片付けをするらしいが、今日については、先に始末してくれとシズが頼み込んだのだ。

 

「終わりました、シズ様……。やっぱり、あとの掃除は、シズ様にお休みになっていただいてから……」

 

 ローヌが戻ってきた。

 彼女がやっていたのは、シズが糞便をさせられた木桶の中身の片付けだ。それだけは、すぐに始末してくれとシズが頼んだのだ。

 シズは頷いて、立ちあがる。

 いつもそうだが、客の相手をさせられた直後は、身体がだるい。

 媚薬の影響も残りまくっているし、なによりも、体力と気力が根こそぎ削られてしまったような気怠さに襲われる。

 

 いつまでこれを続ければいいのか……。

 しかし、この生活にも次第に慣れ始めている。そういう自分の心の変化にも、シズは気がついており、そのことに不安と小さな恐怖を感じだしていた。

 

「ありがとう、行くわ」

 

 シズは立ちあがった。

 今日は、昨日の午前中まで相手をしたマクリーヌ兄弟のときのような死ぬような疲労感はなく、なんとか自分で歩き戻ることができそうだ。

 それでも、ローヌはシズに肩を貸すように、シズを抱え持った。

 シズは、ローヌに半身を支えてもらいながら、廊下に出る。

 

 そのときだった。

 大きな喧噪が聞こえたのだ。

 シズは声の方向に意識を向けた。

 

 獣人の娼婦……。

 折檻娼婦……。

 客……。

 追加料金……?

 

 そんな言葉が聞こえる。

 はっとした。

 さっきのネット夫人たちだ。

 どうやら、あの三人が廊下で騒ぎを起こしているみたいだ。

 なにかあっただろうか……?

 

「えっ、ルカリナ?」

 

 すると、横でローヌが声をあげた。

 そうか……。

 獣人の娼婦といえば、ローヌとともに、この闇娼館の奴隷狩りで捕らえられたという獣人戦士だ。シズ同様に、折檻奴隷と言っていたっけ……。

 ローヌとそのルカリナは、もともと二人連れの旅をしていて、それで戦火からから逃れようと移動をしているうちに、運悪く、ここの連中に捕らわれたという話だった……。

 

「行くわよ」

 

 シズは喧噪の方向に足を向けた。

 

「あっ、でも……」

 

 しかし、ローヌはちょっとだけ、戸惑った態度を示した。

 シズを個室に戻すのが最優先だとも思ったのかもしれない。

 だが、シズは迷わなかった。

 怠い自分の身体に心の中で叱咤し、騒ぎの現場に向かった。

 今度はローヌも逆らわなかった。

 そのままふたりで向かう。

 

 果たして、そこには、獅子を思わせるような筋肉質の背の高い獣人族と、昨日、シズを部屋に運ぶのを手伝ってくれたミリアがいた。

 あの獣人女がローヌの連れだったルカリナだろう。

 シズと同じような袖のないローブを身につけている。その下は裸っぽい。

 ルカリナは、銀色の髪がくせ毛とともに波打っていて、雄獅子を思わせた。だが、女だ。

 ローブの隙間からは、彼女の豊満が乳房がちらちらと垣間見えている。

 

「だ、か、ら、このルカリナはあがりなんです。お客様はとりません。お帰りください──。邪魔です」

 

 ルカリナの前に立ち、三人の客たちに怒鳴っているのはミリアだ。

 小さな童女のミリアが、大きな獣人女のルカリナを庇っているのは、なんとなく滑稽な感じだが、シズたち娼婦は客には絶対服従の命令を受けているので、なにもできないのだから仕方がないのだろう。

 だが、おそらくルカリナだと思う獣人女は、とても怯えたように顔を必死に隠すような仕草をしている。

 逆らえない客から、せめて身を守るようにするのは当然なのだが、シズにはルカリナが顔を見られたくなくて、必死になっているように感じだ。

 あそこまで顔を隠すのは、なにかあるのだろうか?

 少しだけだが、不思議に思った。

 

 いずれにしても、どうやら、あのネット夫人たちは、獣人の折檻娼婦であるルカリナに、相手をしろと詰め寄っているみたいだ。

 そういえば、彼女たちは、もともと獣人のルカリナをあがないにきたが、ルカリナが空いていないので、シズを買ったと言っていた。

 そして、帰り際に、客の相手が終わって個室に戻る途中のルカリナを偶然に見つけて、いまのような騒ぎになっているのだろう。

 それにしても、男衆がいない。

 客とはいえ、案内もなしに、客が自由に娼館をうろつくことを許されていたのは、とても違和感があった。

 男衆はどうしたのだろう?

 

「待って、これはどういう騒ぎなんですか?」

 

 シズは割って入った。

 ネット夫人たちは新たな乱入者にちょっとだけ戸惑った感じになったが、相手がシズだとわかって、すぐに蔑むような表情に戻る。

 

「あらあら、誰かと思えば、さっきのエルフじゃないのよ。あんたはもういいのよ。排便までする姿を見せられたら、もう可愛がる気にはならないの。どっか行きなさい」

 

 ネットが犬でも追い払うように手を振る。

 排便姿を晒すことになったのは、こいつらがシズに浣腸をして厠に行くことを許さなかったからだ。

 その屈辱と怒りが込みあがる。

 

「とにかく、お帰りください。それよりも、ご案内はどうしたのでしょうか? どうして、お客様たちだけなのですか」

 

 シズは言った。

 いまはミリアとともに、ルカリナという獣人女を庇うように立っている。

 一方で、ローヌがルカリナに抱きついている。なにかひと言ふた言、素早く会話をしたみたいだが、ローヌが感極まって泣き出してしまってもいる。

 そういえば、昨日、話に行くとかいっていたけど、ミリアが逃亡してしまったから、それも果たせなかったのだろう。

 久しぶりの再会というわけだろうか。

 

「案内はいないわ。随分と顔色が悪そうで、何回も厠に行っていたけど、戻らないから勝手に帰ろうとしたのよ。だけど、運がいいわあ。獣人の折檻娼婦を見つけられるなんてね。だから、相手をしなさい。料金は払うと言っているでしょう。早く、客室に案内しなさい、お前」

 

 ネットがミリアに言った。

 すると、ミリアが憤慨したように大きく両手を横に拡げた。

 

「ルカリナは、お客様の相手が終わったばかりです。お求めになられるなら、明日以降、改めておいでください。いまはだめです」

 

 ミリアが怒鳴った。

 

「さっきから、うるさいわねえ、ネット夫人に向かって──」

 

 すると、ネット夫人とともにいた取り巻き女がいきなり、ミリアの頬をひっぱたいた。

 

「きゃああ」

 

 ミリアがシズの反対側に飛ばされる。

 

「ミリア──」

 

 ルカリナたちに詰め寄ろうとしたネットたちのあいだに、とっさにシズは身体を割り込ませた。

 

「お前も邪魔するのかい──。いいから、どきなさい。汚らわしい娼婦は勝手に自慰でもしてなさいよ。邪魔をするんじゃないの、命令よ──」

 

 ネット夫人が苛ついて金切り声をあげた。

 だが、“命令”という単語に、シズの身体が反応してしまう。

 シズの手がローブのあいだに勝手に入って、股間をいじりだしたのだ。

 

「あっ、やめっ、ああっ」

 

 シズは女の反応をしてしまった。

 一瞬だけネット夫人たちは、呆けたようになった。

 だが、すぐににんまりと微笑む。

 

「へえ、もしかして、まだ“命令”に反応するの? じゃあ、命令してあげるわ。この獣人女を拘束して、客室に鎖で繋げなさい。自慰はやめていいわ。命令よ」

 

 ネット夫人が言った。

 シズの身体は、“命令”に従いルカリナを捕らえるために、向き直ってしまった。

 

「こ、この場から逃げて──」

 

 シズは絶叫した。

 そのとき、横からなにかが当たる。

 ミリアだ。

 シズに体当たりしてきたのだ。

 

「ルカリナ、とにかくここは逃げてお部屋に──。ローヌさん、ルカリナを……」

 

 ミリアがシズを羽交い締めしながら叫んだ。

 ルカリナを捕らえよとは命令されているが、ミリアを排除しろとは命令されていない。

 だから、シズの身体はルカリナを捕まえようと手は伸ばしているが、ミリアを排除しようとしない。だから、ミリアに抱えられたことで、ルカリナを捕まえることは免れてた。

 ローヌがルカリナの手を引っ張って、この場から脱しようとする。

 

「獣人は動くな。わたくしたちは客よ。とまりなさい──」

 

 そのとき、取り巻きが叫んだ。

 すると、ルカリナの身体がぴたりと静止してしまった。

 

「ああ、ルカリナ──」

 

 ローヌが悲鳴をあげた。

 

「ああ、なんでだ……」

 

 一方でルカリナは口惜しそうな顔をしている。

 やはりだ。

 シズ同様に、このルカリナもこの闇娼館の娼婦なので、客には服従するように、あらかじめ“命令”をかけられている。

 ネットの取り巻きが客だと叫んだので、その命令が有効になってしまったのだ。

 

「なんの騒ぎだ──。お前ら、全員じっとしろ。直立不動──。身体は真っ直ぐに手は横──。命令だ──」

 

 そのときだった。

 不意に男の声がした。

 男衆たちだ。

 ふたりいる。

 やっと騒動に気がついてやってきたのだ。

 だが、随分と顔色が悪い。

 蒼白くなっていて、なにか苦しそうだ。

 それはともかく、客の命令よりも、男衆の命令が優先する。これも奴隷の首輪を通じて与えられている刻みだ。

 

 ミリアと取っ組み合う感じになっていたシズの身体が、言われた通りに真っ直ぐになる。

 また、ミリアも同じだ。

 客への服従の暗示はかけられていない世話女だが、男衆には別だ。絶対に逆らわないように奴隷として暗示を掛けられている。

 ミリアもシズと同じように身体を真っ直ぐにした。

 もちろん、ローヌとルカリナもだ。

 四人でその場でぴんと背を伸ばして立つ状態で動けなくなってしまった。

 

「どうしたんですか? ご案内の者は?」

 

 男衆のひとりがネット夫人たちに声を掛ける。

 

「知らないわね。待っているあいだに、厠に行くと言って、それっきりよ。それよりも、この獣人女を買うわ。いまから半日──。料金は倍払う。それと、あんたたちにも、特別に酒代をね……。どうかしら?」

 

 ネット夫人が言って、持っていた鞄からなにかを出した。

 金貨だ。

 それを一枚ずつ渡している。

 男衆が相好を崩した。

 

「ルカリナは、客相手が終わったばかりなんですが、まあいいでしょう。おい、ミリア、ルカリナを連れていけ。五番の部屋でいい……。残りは解散だ。シズとローヌは行け」

 

 男衆が言った。

 別の指示を与えられたので、金縛りからは解除された。

 一方で、横のミリアが口惜しそうな表情になるのがわかった。

 

「そ、そんな……。ルカリナはお客様の折檻でくたくたで……。コ、コンシェル様を……。コンシェル様に訊いてください。続けてなんて、ルカリナが壊れてしまいます」

 

 それでも、ミリアが声をあげる。

 

「やかましい──」

 

 男衆が苛ついたように、ミリアに向かって蹴りを飛ばす。

 シズは、またもや身体をミリアの前に入れた。

 

「んぐうっ」

 

 刃向かうことはできないが、このくらいのことなら抵抗も可能だ。

 ミリアの代わりに蹴り飛ばされたシズは壁に飛んだ。また、蹴り飛ばされながらも、身体を捻ってミリアにぶつかることは避ける。

 壁にぶつかって頭を打ちつけた。

 まともにぶつかりすぎて、一瞬、頭が白くなりかける。

 

「ああ、シズ様──」

 

 ローヌだ。

 彼女に駆け寄られて抱えられる。

 

「ああ、そんな」

 

 ミリアも来た。

 

「ちっ」

 

 一方でシズを蹴り飛ばすかたちになった男衆が舌打ちをした。

 しかし、改めて見ると、やはり、どこか具合が悪そうだ。もうひとりの男衆も元気がない。

 

「いいから、ルカリナは客室に行け──。命令だ。ほかの三人は懲罰だぞ。特にミリアだ──。もう二年縛りの特権はきかねえぞ。なにしろ懲罰だからな──」

 

 もうひとりの男衆が言った。

 二年縛りというのがなにかは知らないが、そういえば、二年間については、ミリアには客の相手をさせないという魔道契約をしたとか口にしていた。

 そのことだろうか?

 

「ねえ、待って、とまって──。その獣人の顔を見せて──」

 

 そのとき、ネット夫人が叫んだ。

 男衆が“命令”でルカリナを留める。

 どうしたのだろう?

 

「もしかして、大公様付きの護衛戦士じゃないの? いま行方不明になっているロクサーヌ様についていた……。いや、間違いない。なんでここに?」

 

 そして、悲鳴をあげるように叫んだ。

 大公ロクサーヌ付きの護衛戦士?

 シズは呆気にとられた。

 ロクサーヌ大公といえば、タリオ公国がカロリックを征服したときに行方不明になってしまった少女大公であり、その身柄を捕らえようと、タリオ軍だけでなく、タリオの息のかかった新しいカロリック傀儡政権も大きな賞金をかけていた。

 しかし、いまだに捕らえられたという話は耳にしない。

 その大公の護衛戦士がルカリナ?

 そういえば、そんな身体をしているが……。

 だが、ルカリナがそうだとすれば、まさか……。

 

 シズはローヌに振り返った。

 彼女は醜い火傷の傷のために、ずっと顔を隠しているが……。

 

「ち、違う──。そんな者で、ない──」

 

 ルカリナが言った。

 

「いや、間違いないわ。大公の護衛戦士よ……。こいつがここにいるなら、あの女大公もどこかにいるわね。お前が大公のそばから離れるわけないもの……。もしかして……」

 

 ネット夫人が言った。

 そして、彼女もまた、ローヌを見た。

 

「ねえ、お前、ちょっと布をはぐってよ」

 

 ネット夫人が言った。

 すると、明らかにローヌが怯えたようになった。

 また、ルカリナがそのローヌを庇うように、ローヌの前に立つ。

 

「ま、待って。違う──。人違い」

 

「なにが違うのよ──。いいから、おどき──。こいつの布を剥ぐのよ──」

 

 ネット夫人が叫んだ。

 

 そのときだった……。



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654 顔を隠す女(その2)

 そのときだった。

 

 廊下の燭台が大きく揺れた。

 外からの光のない地下層だ。燭台の光がなければ真っ暗なため、廊下のあちこちには多くの燭台が置いてあるのだが、それが一斉に揺れたのだ 。

 しかし、風なんて吹いていない。

 いや、揺れただけでなく、全部が同時に消えてしまった。

 一瞬にして、真っ暗になる。

 

 さすがのシズも混乱したが、続いて、どさどさと人が倒れる大きな音が連続して起こったと思った。

 すると、光が戻る。

 

 そばに、燭台を持った見知らぬ若い娘が立っていた。その女が手に持っていた燭台に火をつけたのだ。

 肌も露わに、乳房と腰回りだけを隠した煽情的な格好をしていて、一見してシズと同じ娼婦だとわかる。

 しかし、顔はわからない。

 もともと、娼婦同士の交流などなく、シズも顔を知る娼婦などひとりもいない。

 

 廊下のほかの燭台は火が消えたままなので、夜闇の中でぼんやりと光が灯る感じだ。

 まだ、暗すぎて周囲がよく見えない。

 だが、足元に、ふたりの男衆とネット夫人たち三人が転がっているのを見つけた。泡を噴いて身体を震わせていた。よくよく見れば、全員が四肢の関節を外されてしまっている。しかも、顎まで外されて、わけのわからない呻き声をあげている。

 シズは驚いた。

 

 また、ほかの女たちは無事だ。ミリア、ローヌ、ルカリナがさっきと同じ場所に立っているのはわかった。ただルカリナについては、ローヌを庇うように、注意深く警戒をしている。

 ただ、三人とも、なにかをされたような気配はない。

 

「まあ、ケイトね」

 

 ミリアが嬉しそうに声をあげた。

 ケイト?

 ああ、ミリアと一緒に、この娼館に潜入したという娼婦だ。彼女がそうなのかと思った。

 栗色の髪をした可愛らしい女だ。十七、八歳くらいだろう。

 

「はい、ミリア様……。安心しました。お元気ですね?」

 

「まあね。あんたも大丈夫だった?」

 

「まあ、なんとか……。色々と勉強になったというか……」

 

 ケイトと呼ばれた娼婦は困ったような笑みを浮かべている。

 やっぱりふたりは親しそうだが、どちらかといえば、幼いミリアの方が立場が上な感じだ。

 すると、不意に闇の中に人の気配がしたと思った。

 

「なにやってんのよ──。こいつらは、あんたらを言葉で“命令”できるからね。だから、顎まで外してやったのよ。意味のある言葉で身体を制御させられる前に、布でもなんでも口に突っ込みなさいよ。そうでなければ、首でも絞めて、全員殺しなさい。どっちでもいいわよ」

 

 声は暗闇の中から聞こえた。

 シズは、そこに人がいると思わなかったので、びっくりした。

 慌てて、身を守る体勢をとる。

 すると、声がした方向から笑い声がした。

 目を凝らすと、やっとそこにぼんやりと人影が見えてきた。

 上から下まで、黒い装束に身を包んだ女だ。しかし、顔に仮面をつけている。

 

「ねえ、こいつらに、なにをしたの?」

 

 シズは思わず言った。

 五人を闇の中で倒したのは、この仮面の女に間違いない。ケイトなど、ほとんど武芸の心得えはないだろう。

 一方で、よくよく見れば、とにかく、床に倒れている連中の様子は異常だ。

 全員が恐怖そのものに囚われたように、顔を真っ青にしてがくがくと震えている。しかも、全員が失禁していた。

 これは、関節を外されたことだけでない気がする。

 

「見たとおりよ。関節を外してやったのよ。無力化するために、心の中の恐怖を一度に増幅してやったけどね。まあ、関節は戻せても、毀れた心は戻せないかもね。お礼はいいわよ。修行の終ったミリアたちを連れ戻すついでだから」

 

 仮面の女が言った。

 

「修行?」

 

「ついでにね。こういうことも、性奴隷としての教育の一環なのよ」

 

 仮面の女が笑った。

 なにを言ってるのだろう。ふたりは性奴隷?

 まあいいか。

 

「それで、心を毀すとは? ちょっと、変なんだけど?」

 

 五人はなにか見えないものに怯え続けているように感じる。

 

「まあいいじゃない。それにしても、なにをしたかわからないなんてエルフ族のくせに、夜目が効かないの? (ブラボー)クラスの冒険者だといっていたけど、隙だらけじゃないのよ」

 

 すると、仮面の女が揶揄するように言った。

 シズは自分の顔が赤くなるのを感じた。

 エルフ族の見た目をしているが、シズには本来のエルフ族に備わっているべきなんの力もない。

 夜目は効かないし、身体の丈夫さや持久力だって、純血のエルフ族とは程遠い。魔道の力もない。見た目以外は、ただの人間族なのだ。

 エルフ族だと言われるたびに、何度、見た目が人間族だったらよかったと思ったかしれない。

 

「ハーフ・エルフよ……。エルフ族の力はないわ」

 

 シズは仮面の女に言った。

 すると、その女が肩をすくめるのがわかった。

 いまは、やっとその女を知覚することができてきた。闇の中に隠れていただけでなく、おそらく、ずっと気配を消していたのであろう。

 だから、わからなかったのだ。

 それにしても、あの一瞬で五人もの男女の関節を外してしまう技など、大した腕である。

 

「あっ、そうなの……。まあ、だけど隙だらけだったのは確かね……。ほら、ケイト、ミリア、こいつらの口を塞ぎなさい」

 

 仮面の女がミリアたちに声をかける。ふたりがすぐに動きだした。

 

「わかりました。ほら、これ使って、ケイト」

 

 ミリアがそばにあった荷から、掃除用だろうと思う布切れを何枚か出して、ケイトに渡したのがわかった。

 倒れている者の口の布を詰めろという仮面の女の指示を実行しようというのだろう。

 ふたりが動き出す。布をびりびりと破って、倒れている者たちの口の中に突っ込んでは、上から縄で縛って猿ぐつわをしていく。縄も持っていたみたいだ。

 

「わ、わたしも……」

 

 ローヌも動き出そうとした。

 しかし、ルカリナが腕を伸ばして、それを阻む。

 

「動く……だめです、ローヌ様。彼女が何者か……わからない」

 

 ルカリナだ。

 あまり上手には言葉が喋れないみたいだ。

 用心深く、仮面の女を睨んでいる。

 

「あら、ご挨拶ねえ。助けてあげたのに。まあ、どっちでもいいけど。ここに潜入したのは、テレーズ母娘を助け出すのが目的だしね。そっちはもう助け出して、詰所に隠れさせているわ。あとはみんなで外に出るだけし」

 

 仮面の女が笑いながら言った。

 すでに、テレーズ=ラポルタ母娘を救出した?

 もしかして、詰所というのは、コンシェルや男衆のいる部屋のことか?

 あそこには、護衛のような者たちも含めて、二十人以上の男がいるはずだが……。

 だが、はっとした。

 そういえば、さっきここに男衆がやってきたとき、異常なほどに顔色が悪かった。もしかして、男衆の口にする飲み物かなにかに細工でもしたのだろうか。

 

「テレーズって?」

 

 ルカリナは首を傾げている。

 当然だが、誰のことだがわからないみたいだ。

 

「だけど、さっきの話によれば、もしかして、その布のお嬢さんは、ロクサーヌ大公なの? どうしてこんなところにいるのか知らないけど、もののついでだし、外に出るだけなら、一緒に連れていくわよ。その奴隷の首輪もなんとかしてあげるわよ」

 

 仮面の女が言った。

 首輪をなんとかできる──?

 シズは、仮面の女に詰め寄る──。

 

「い、いまの本当──? 連れていって──。お願いよ。なんでもするわ。あと、連れがどこかに監禁されているの──。お願い──。いえ、お願いします──。助けてください──。お願いします──」

 

 シズはその場に土下座した。

 恥も外聞もない。

 そんなことはどうでもよかった。

 ここから助けくれるなら、なにをしてもいい。

 シズは必死に頭を床に擦りつけた。

 

「あらあら、必死ねえ。だけど、助けてくれるなら、なんでもするなんて、簡単に言わない方がいいわよ。それで、どれだけあたしが苦労したか……」

 

 仮面の女が呆れたように言った。

 

「終わりました──。それと、私からもお願いします、ターナー様。シズさんはさっき、わたしを助けようとしてくれました。わたしの代わりに蹴られもしたのです。一緒に連れていってあげてください」

 

 すると、ミリアが言った。

 ふと見ると、倒れている全員の口に猿ぐつわを付け終わっている。

 一方で、仮面の女が盛大な溜息をついた。

 

「……ミリア、お前、迂闊にあたしの名を口にするなって、何度言えば覚えるのかしら? 戻ったら折檻よ。最初の調教からやりなおしだからね」

 

 やはり、仮面の女は、ミリアが口にしてたターナーのようだ。

 

「ええ、そんなあ……。言いつけ通りに頑張りましたわ。気持ち悪かったけど、たくさんの男の性器も舐めました。ターナー様の命令に従って、こんな苦役に耐えましたのに」

 

 ミリアががっかりした声を出した。

 

「あたしの性奴隷があたしの命令に従うのは当たり前でしょう。それに、男を覚えるのは、苦役じゃないわよ。修行だと諭したでしょう。いまのうちに、男のろくでなし度を覚えれば、うっかりと男にのぼせあがって失敗しなくて済むのよ。ケイトなんて、この十日で、股だけじゃなくて、口でも尻でも男を受け入れられるようになったそうよ。それに比べれば、お前はまだ口だけなんでしょう。とにかく、脱出したら折檻よ」

 

 仮面の女が言った。

 

「えええ……でも……」

 

「でも、じゃないわよ」

 

 ターナーがぴしゃりと言った。

 しかし、シズとしては、それどころじゃない。

 もしかしたら、これが千載一遇どころか、唯一の脱出の機会かもしれないのだ。 

 

「ね、ねえ、お願いします。この奴隷の首輪をなんとかしてください。このとおりです」

 

 シズは再びターナーという女に向かって土下座をした。

 よくわからないが、このターナーは、この首輪をなんとかする手段があるようだ。

 どうにかして、首輪だけでもなんとかしてくれたら……。

 

「ふうん……。なんとかして欲しいの、ええっと、シズだっけ? まあ、(ブラボー)ランクだというし、役には立つだろうからいいかな。多分、あんたの連れって、この闇娼館を仕切っているブレイドの部屋にいるわ。ブレイドの部屋は……」

 

 ターナーが闇娼館の総支配者のブレイドのいる場所を教えてくれた。

 やっぱり、この闇娼館は完全な地下にあり、ゼノビアとブレイドは、その地上に近い場所にいるみたいだ。シズは目を輝かせた。

 

「あ、ありがとう」

 

 床に手を付いたまま言った。

 これで、ゼノビアを助けられる。

 

「あんたらは? あたしはどうでもいいのよ。さっきも言ったけど、ここに潜入したのは、女伯爵母娘を助け出すためなの。あたし自身が隷属の呪術を掛けられていた時期とはいえ、ここに放り捨てたのはあたしだし、そのままじゃあ、目覚めも悪いしね」

 

 ターナーが言った。

 このターナーが女伯爵母娘をここに捨てた?

 本当?

 しかも、いまの言葉によれば、このターナーもまた、誰かの奴隷だった物言いだが……。

 シズはびっくりした。

 

「連れていってください。ここはいい隠れ場所かと思っていましたが、ルカリナがつらい目に遭っているとは知りませんでした。ここを出ます」

 

 すると、ローヌが決断したように、きっぱりと言った。

 仮面をつけているターナーがローヌを見る。

 

「ふうん、やっぱり、みんなが捜している大公閣下なの? まさか、闇娼婦に紛れているなんてねえ……。もしかしたら、わざと奴隷狩りに捕らえられた?」

 

「わざとではありませんしたが、いい隠れ場所と考えたのは事実です。でも、逃げます。連れていってください。どうか、わたしたちの首輪を……」

 

 やっぱり、行方不明になっているロクサーヌなのだと思った。

 そりゃあ、探してもわからないはずだ。

 こんな闇娼館の世話女に紛れているなど……。

 

「わかったわ。じゃあ、あんたら、あたしに奴隷の誓いをしなさい」

 

 ターナーが言った。

 

「えっ?」

 

「え?」

 

 シズとローヌから絶句の声が同時に漏れる。

 目の前のターナーの奴隷になる?

 どうして?

 すると、ターナーがけらけらと笑った。

 

「なに迷ってんのよ。これでも、隷属魔道は知っているわ。そして、あんたらの首には奴隷の首輪がある。普通は無理だけど、あたしの力なら強引に上書きして、奴隷の主人を書き換えることができるわ。それくらいにあたしの能力が強いしね。助け出す代わりに、あたしに隷属しなさい。そうしたら、助けてあげるわ。あんたら、強そうだから欲しいわね。そういう点ではミリアもケイトも役に立たないしね」

 

 ターナーが笑う。

 

「一瞬にして、五人を制圧するような女がまだ、強い部下を必要なのですか?」

 

 シズは思わず言った。

 

「あたしは、そんなに強くないわよ。まあ、相手を無力化できたのは秘密があるのよ。一応の時間をかけてたし、十分に術を施す時間があったのよ。まあ、奴隷になれば教えてあげるわ」

 

 仮面越しだが、ターナーが笑ったのがわかった。

 なんとなくだが、随分と陽気で明るい性質みたいだと感じた。

 いずれにしても、ここの娼館から救い出す代わりに、今度はこの仮面女の奴隷になれと……?

 しかし、迷いはない。

 シズは、自分の直感を信じることにした。

 いや、信じたい。

 ゼノビアを助けるためだ――。

 

「わ、わかった……。いえ、わかりました。隷属魔道を掛けてください」

 

 シズの言葉に、ターナーが頷いた。

 

「あんたらは? 大公様はついでたけど、獣人が奴隷になってくれるのはいいわね」

 

 ターナーがローヌたちを見る。

 

「必要、ない」

 

 そのとき、ルカリナが自分の首の首輪に両手を持っていき、強引に引き千切るようにして、首輪を毀し外してしまった。

 なんという馬鹿力だと思ったが、それよりも奴隷の首輪を奴隷自らが壊せるなんて、聞いたことはない。

 シズは唖然とした。

 

「ええっ? 実は、隷属には掛かっていなかったってこと? どうやって、ここの連中を誤魔化せたの? 驚きねえ。あんた、魔道遣い?」

 

「固有能力で……。あ、あたし、普通の魔道、遣えない。で、でも、かかってない、魔道、かかってるように、見せかける、できる。大抵の、魔道遣い、見抜けない」

 

 言葉がたどたどしくて、聞き取りにくかったが、つまりは、このルカリナには獣人族としての特殊能力で、実際には掛かっていない魔道をかかっているように見せかけることだけはできるようだ。

 それで、隷属魔道を掛けられる前に、かかったように見せかけて誤魔化したということ?

 そんなことができるのか?

 シズは首を傾げた。

 

 だが、ルカリナはローヌの首にある首輪にも手を伸ばして、力で壊してしまった。

 もしも、隷属がかかっていたら、あんな風に壊し外すことはできない。

 壊す前に首輪が締まって、奴隷になっているものを殺してしまうのだ。それができるということは、隷属魔道を刻むことには成功していなかったってことだ……。

 

「ほっ、これは驚いたわね」

 

 ターナーが呆れたという声を出した。

 そして、シズを見る。

 

「まさか、あんたも実は奴隷の首輪は効いてないという落ち?」

 

「いいえ、隷属を誓います。受け入れます。だから、どうか助けてください」

 

 シズは言った。

 心からそう思った。

 ターナーが仮面をつけている顔を頷かせるのがわかった。

 

「お前から申し出たお前の支配を受け入れるわ。お前はあたしの奴隷よ──」

 

 ターナーが満足そうに言った。

 その瞬間だった。

 ぱりんと音がして、なぜか首輪が弾き飛んでしまったのだ。

 シズは驚いた。

 

「あんたも? なんで隷属が反発し合ったの? こんな通常レベルの隷属の首輪くらい、あたしの魔道で簡単に上書きできるはずなのに──。あのブレイドは、あたしの魔道を弾かせるような術者じゃいのよ──」

 

 ターナーは叫んだ。

 なにがどうなっているか知らない。

 しかし、シズにとっては、奴隷の首輪が外れたという、その事実だけが重要だった。

 

「だったら、さっきのあれは、やっぱりなしよ──。でも、感謝するわ。命と縁があったら、恩を返すから──」

 

 シズはその場を飛び出した。

 向かうのは、ゼノビアのいる場所だ。

 階段のある場所は見当はついている。

 そこに駆けだす。

 

 後ろからターナーたちの叫び声がしたが、シズは完全に無視した。



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655 女奴隷の逆襲(その1)

「うああっ、あああっ」

 

 ゼノビアが大きな声を出した。

 ブレイドの指示で、ゼノビアのクリトリスの根元に巻きつけた堅糸を天井に向かって、引きあげさせたのだ。

 だが、ゼノビアの四肢の手首と足首は、大きく四肢を拡げた体勢で、床に打たせた四本の金具に縄で拘束しており、ゼノビアは逃げることも、もがくこともできない。

 そのまま、糸の上昇ととに、ゼノビアは身体を大きく弓なりにしたかたちで、腰だけを浮きあがらせる格好になった。

 

 ブレイドの合図で、糸の上昇がとまる。

 しかし、当然ながら、ゼノビアの腰はあがったままだ。少しでも力を緩めると、クリトリスに激痛が走り、悶絶するような衝撃が加わるのだから、ゼノビアはこれで気絶することさえ許されないということだ。

 早くもゼノビアは、絶叫ともつかぬ声を張りあげ、全身から水でも浴びたような脂汗を流し始めた。

 

「ゼノビア、なんでこんなことをしているかわかるか? 俺はもうお前に奴隷の首輪を結ぶことは諦めている。だから、これは拷問のための拷問だ。それとも、お前の仲間を俺に譲渡するがいい。そうすれば、こんなことは終わらせる。その気になったら首を縦に振れ」

 

 ブレイドは背の低い木椅子を持ってこさせて、ゼノビアの横に座った。

 もちろん、ゼノビアの首が縦に振られることはない。こんなことで屈服するくらいなら、とっくに墜ちている。

 ブレイドは、手を伸ばして、糸に手を掛けてぐいと横に動かす。

 

「んごおおおっ」

 

 ゼノビアは絶叫して、さらに腰をあげた。

 

「ははは、つらいか。お前たち、痒み液を塗ってやれ。筆でな。この女をのたうち回らせろ」

 

 今日もふたりの男衆を呼んでいる。

 この五日、昼も夜も朝もなしに、延々とこのゼノビアを責め続けている。さすがに、ブレイドも疲れてきたし、手伝いの人間がいる。

 ゼノビアもろくな治療もしてないので、あちこちに傷が残っていてぼろぼろだ。

 

 そもそも、五日ともなると、ブレイドも、ずっとつきっきりというわけにはいかず、責めのあいだに食事と仮眠を入れるようにしているし、ほかの仕事もある。

 だから、そのための男衆だ。

 

 こうやって、ブレイドを手伝わせるし、ブレイドがいないあいだに、この男衆たちにゼノビアを責めさせている。

 従って、ゼノビアは、もう五日間、まともに眠ってない。

 眠るといえば、苛酷な拷問で気絶をして、それを無理矢理に覚醒させられるまでの短い時間だけだろう。

 そろそろ、限界のはずだし、心の底からの屈服はしてもいいはずだ。

 

 だが、ゼノビアはいまだに、シズという仲間にかけている隷属をブレイドに譲渡することには同意しない。

 睡眠を与えてないので、すでにかなり朦朧としていて、まともに思考などできないはずなのに、それだけは頑なに拒否する。

 大した女である。

 

「ははは、前に担当したやつから話には耳にしていたが、随分と大きなクリだぜ」

 

「苛めがいがあるな」

 

 ひとりは股のあいだ、もうひとりは、ブレイドが座っている反対側に胡座をかき、それぞれに手に持った小瓶の液剤に筆を浸して、ゼノビアの浮きあがってぴんと伸びているクリトリスに痒み液を塗り始める。

 そのあいだも、ブレイドは何度も何度も糸を動かして、ゼノビアに奇声をあげさせていた。

 

 ゼノビアのクリトリスは、皮を切除して敏感な部分を常に剥き出しになるような処置をしてやった。

 昨日のことだ。

 聞き分けのない娼婦に懲罰として実施するものだが、これにより、ゼノビアのクリトリスは、平常の四倍くらいの大きさになり、しかも、昨日くらいからクリトリスを集中的に責めの場所として使っているので、この二日でかなりクリトリスが大きくなった。

 

 こんなクリトリスになってしまえば、もうゼノビアの冒険者としての生活は終わりだ。

 高位魔道の治療術で元に戻せば別だが、さもなければ、もう下着もつけることもできないし、布がこすれてまともに歩くことも難しいと思う。

 まあ、いい娼婦になるだろう。

 気は強いし、かなりの責めにも耐えられるから、折檻奴隷として売り出せば、この美貌もあるし、なかなかの商品になることは間違いない。

 

「ああああ、もう、殺してええ」

 

 ゼノビアが絶叫した。

 ブレイドは情けないゼノビアの姿に笑いだしてしまった。

 また、ゼノビアの股間から、まるで尿でも漏らしたように、愛液が床にしたたり出している。

 これも昨日くらいからの変化だ。

 ゼノビアは、こういう責めで明らかに激しく女の反応を示すようになってきているのだ。

 これもまた、娼婦としてはいい傾向だ。

 

 だから、早く店に出したいのだが、奴隷の首輪を装着せずに、客の相手をさせたことがなく、ブレイドも躊躇している。

 せめて、もう少し素直になったなら、どうせ魔道も封じているし、完全に拘束をしてしまえば犯すことも問題はない。

 実際に、男衆たちには、交替の前には思う存分にゼノビアを犯させている。

 シズも折檻奴隷として、素直に励むようになっていると報告を受けているし、客づきもいいようだ。

 このゼノビアは、それ以上の人気娼婦になると思うのだが……。 

 

「殺しはせん。お前はここで娼婦になるのだからな。もうお前の仲間のシズは、客をとっているのだぞ。お前ばかりが狡いとは思わんのか? もう諦めろ。シズを譲渡しろ。どうせ同じなのだ」

 

 ブレイドは言った。

 そのあいだも、男衆たちがゼノビアの股間に筆を這い回らせている。筆が動くたびに、ゼノビアは腰を激しく動かしてしまい、その結果、激痛で悲鳴をあげると言うことを繰り返す。

 ブレイドは手をあげて、筆を一度引きあげさせる。

 ゼノビアは、腰を弓なりにあげたまま、ほっとしたように身体を静止させたが、それは束の間だ。

 すぐに苦しそうに腰を震わせ出した。

 

 痒みだ。

 即効性の強力なものなので、すぐに猛烈な痒みがゼノビアのクリトリスを襲っている。

 腰をとめておくことなどできるわけがない。

 

「あああ、痒いいいい──。お願いよう──。もう殺しなさいいい」

 

 ゼノビアが発狂したような声を出した。

 

「わかった、わかった。死にたいのだな。しかし、その分、お前の連れが苛酷な目に遭う。シズには折檻奴隷として、お前の分も客を取るように指示しているしな。だが、お前が死ねば、ずっと倍の客を取り続けなければならないということだ……。まあいい。殺してやろう」

 

 ブレイドは男衆に指示して、ゼノビアの顔に絹の布を被させた。

 そして、水をかけさせる。

 

「んごっ、んぶうう」

 

 ゼノビアの口のところの布が生き物のように動く。

 だが、息は吸えない。

 入ってくるのは水分だけのはずだ。

 こうやって、死の恐怖を何度も味わわせる。

 すると、もう死ぬことが怖くなって、自殺などできない。

 

 実際に、ゼノビアは殺してくれとはいうが、舌を噛み切って死のうとすることもない。

 まあ、舌を切断したくらいでは、死ぬことなどさせはしないが……。

 

「苦しいだろう、ゼノビア? これが死だ。このまま布を乗せたままにすれば死ねる。それとも、息を吸うのを自分でやめればいい。そうすれば、いまのお前でも死ねるぞ」

 

 ブレイドはゼノビアを観察しながら言った。

 ゼノビアはしばらく痙攣のような震えをしていたが、それも小さくなり、やがてとまった。

 一方で、糸で吊りあげられた腰だけが動いているのが滑稽だ。

 ブレイドは布を取らせる。

 

「ぷはあっ、はあっ、はっ、はっ、はっ」

 

 ゼノビアが盛大に息をする。

 ブレイドは笑った。

 

「どうした? せっかく死にかけたのだぞ。それなのに、そんなに息ができるのが嬉しいのか?」

 

 ブレイドは笑いながら、手で合図する。

 濡れた絹布が再びゼノビアの顔に乗せられる。

 

「んぷうっ、んぐううっ」

 

 またもや、ゼノビアが苦しそうに呻いた。

 相変わらず、股間からは淫汁がしたたり続ける。いや、その量も増えている。

 やはり、感じている。

 ゼノビアは、こんな責めに欲情をしてしまうくらいになっているのだ。やはり、早く店に出したいものだ。

 

 布を外させる。

 ゼノビアが盛大に息を吸う。

 しかし、すぐに布を被せ直してしまう。

 

 同じことを五度やった。

 それで、やっと布を完全にどかさせる。

 

「まだ、死にたいか? いくらでも付き合ってやるぞ。死の一歩手前までならいくらでも繰り返す。もっとやって欲しければそう言え。間違って死ねるかもしれん」

 

 ブレイドは嘲笑した。

 もちろん、ゼノビアは頷かない。

 それどころか、明らかな恐怖が顔に浮かんでいる。

 もうゼノビアは殺してくれとは言わないだろう。

 ブレイドには確信があった。

 

「ううっ、うっ、も、もう、許して……。ああっ、あっ」

 

 ゼノビアがまた腰を振り始めた。

 痒いのだろう。

 

 なにもしなてくも地獄──。

 なにかをされても地獄──。

 

 しかも、この状態では気絶することも許されない。

 もうゼノビアは五日も寝てないのだ。

 

 今日の一日で、ゼノビアを堕とす──。

 そう決めていた。

 

「ああああ、あああああっ」

 

 ゼノビアが奇声を出し始めた。

 すると、じろじょろと小便が漏れ出てきた。

 かなり、ゼノビアを追い詰めている。

 ブレイドは満足した。

 

「はあ、はあ、はあ、わ、わかった。ゆ、譲る……。シズを譲渡する……。だから、糸を外して……。眠らせて……」

 

 ついにゼノビアが言った。

 

「わかった。言玉(ことだま)を出す。それに声を入れろ」

 

 シズの譲渡には、シズに向かって、「主人」を譲渡するという言葉をいまの奴隷主、つまり、ゼノビアが声を掛ける必要がある。

 だが、本人が面と向かう必要はない。

 声だけでいいのだ。

 シズがゼノビアの言葉だと知覚すればいいだけだ。

 言玉は、声を入れ込んで運ぶという初級魔道だ。

 ブレイドはさっそく、言玉を出そうとした。

 しかし、ゼノビアの眼がしっかりと閉じられているのを見て、首を傾げた。

 

「どうした? シズを譲渡するのだろう? そうすれば、責めはやめるし、食事も与えてやろう。清潔なベッドも準備する。しばらくゆっくりと休むがいい……。シズを譲渡するな──?」

 

 ブレイドは言った。

 しかし、ゼノビアは首を動かさない。

 なにかに耐えるように、しっかりと目も口も閉じている。そして、首が小刻みに横に動いている。

 ゼノビアが心の中で大きな葛藤と戦っているのがわかった。

 

「……そうか。聞き間違いか……」

 

 ブレイドは手を伸ばして、指をゼノビアの股間に挿入した。

 ゼノビアの股間の中は火傷をするかと思うほどに熱い。そして、濡れている。

 指を前後に動かす。

 

「いぎいいいっ、いやあああ」

 

 ゼノビアの腰が大きく揺れる。

 そのたびに、糸でクリトリスが刺激されて、ゼノビアがけたたましい悲鳴をあげる。

 

「シズを譲渡するな? そうすれば、拷問は終わりだ。寝かせてやる。頷け──」

 

 ブレイドは指を動かしながら言った。

 

「いやああ、シズはあたしのよおおお──。誰にも渡さないいいいい──」

 

 ゼノビアは狂ったように絶叫した。

 

「そうか、ならば、もっと苦しめ」

 

 ブレイドはシズの膣の入り口付近の中にある小さな膨らみをを強く押した。

 ここも随分と発達してきた。

 そこを揉み押してやる。

 

「あひいいいいっ──いぎいいいいい」

 

 ゼノビアがあっという間に絶頂して股間から潮を噴き出させた。同時に腰を大きく動かしてしまい、激痛に悲鳴をあげもする。

 

「昇天したり、悲鳴あげたり、忙しいことだな、ゼノビア」

 

 ブレイドは指を抜く。

 男衆に合図する。

 

「痒み液を塗り足せ。クリだけじゃない。股間も尻の穴にも濡れ。お前たちも指を使っていい。もっと苦しませろ」

 

「へへへ、じゃあ、覚悟しろよ」

 

「早く、ブレイドさんに屈服することだ。いや、しねえ方がいいかな。こうやって、お前で遊べるしな」

 

 ふたりがすぐさま指に液剤を浸して、同時にゼノビアに股間に手を延ばす。

 

「あああ、もういやあああ」

 

 ゼノビアが号泣しはじめた。

 ブレイドは、その情けない姿に笑い声をあげてしまった。

 

 そのとき大きな音がしたと思った。

 振り返る。

 だが、そのときには、後ろから首を羽交い締めにされていた。

 

「なっ」

 

 なにが起きたのか自覚することもできなかった。

 ごんと音がして、自分の骨が折れるのがわかった。

 最後に知覚したのは、怒りの形相を浮かべて、ブレイドの首をあさっての方向にねじ曲げたシズの姿だった。

 

 目の前が真っ暗になり、なにも考えることができなくなった……。



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656 女奴隷の逆襲(その2)

 人が少ない──。

 駆けながらシズが思ったのは、それだ。

 

 ターナーと呼ばれていた仮面の女が、男衆が口にするものに細工をしたのは事実なのだろう。

 それで、誰も彼も蒼白い顔をしているのだと思った。

 階段を駆けあがり、一番上の地下層まで辿り着くのに、それほどの時間はかからなかった。

 ターナーに教えられたブレイドの居場所を探す。

 

 ふたりの男が扉の前にいる。

 シズは物陰に隠れながらそれを観察した。

 

 あそこだ。

 間違いない──。

 シズは確信した。

 

 そのとき、かすかだが女の悲鳴が聞こえた。

 はっとした。

 ゼノビアの声――。

 

 シズはあたしのものよ──。

 

 聞こえた。

 ゼノビアがそう泣き叫んでいるのだ。

 胸が熱くなった。

 

 気がついたら、飛び出していた。

 身体にまとっていた袖のないローブは脱ぎ捨てる。

 邪魔だ──。

 シズは素っ裸で跳躍した。

 

 やはり、男たちの顔色が悪い。そのせいか注意力も散漫のようだ。

 シズが近づくまで、ふたりとも気がつかなかった。

 

 間近になってやっと、突然に襲いかかった裸体の女に驚いたのか、仰天した顔になる。

 シズは、ひとりのこめかみを肘で打ち、もうひとりの眉間に拳をたたきつけた。

 ほとんど同時だ。

 

 やはり、身体が動く。

 シズは、以前ロウに犯されてから、異常なくらいに自分の身体の調子がいいことにずっと気がついている。

 いまもそうだ。

 こんな体術、以前にはできなかった。

 だが、いまはやろうと思うとできる。

 

 ふたりが崩れ落ちた。

 殺すつもりで急所に打擲を叩き込んだが、死んだのかどうかはわからない。

 

 扉を勢いよく開く。

 中を確かめようとも思わなかった。

 躊躇わない。

 だって、ゼノビアの泣き声が聞こえたのだ。

 

 果たして、ゼノビアがいた。

 床に四肢を拡げて拘束され、局部を糸で吊られて裸体を弓なりにされている。だが、身体中が傷だらけだ。

 火傷のような痕もあちこちにあり、それらが治療もされることなく、そのままになっている。

 そして、泣き叫んでいた。

 頭に血が昇る。

 

 部屋に男は三人──。

 ふたりはゼノビアの局部に手を伸ばしていて、残りのひとりはこちらに背を向けるように、小さな木椅子に座っている。

 あれが、ブレイドだ。

 

 そのブレイドがゆっくりと振り向く。

 身体が動いていた。

 ブレイドの首を両手で抱え込む。

 力の限りねじ切った。

 

 ごんと音がして、首の骨が折れる感触が伝わる。

 ブレイドが脱力した。

 

「うわっ」

 

「なんだ──」

 

 男ふたりが立ちあがる。

 だが、そのときにはシズは手近な男の腰から短剣を引き抜いていた。

 手前の男の腹に短剣を刺す。

 

「うごっ」

 

 男が倒れる。

 短剣はそのままで、もうひとりに飛びかかる。

 力の限りに睾丸を蹴りあげた。

 

「んぐおおおおおお」

 

 足先にぐしゃりという感触が伝わった。

 そいつは、絶叫とともに白目を剥いて倒れていった。

 

「お姉様──」

 

 シズはひとりの男の腹に刺さっている短剣を引き抜いた。

 血が噴き出したので、男の身体を蹴り飛ばして遠くにやる。

 ゼノビアの局部を吊っている糸に剣を一閃した。

 

「くっ」

 

 ゼノビアが絶息するような音を口から吐くとともに、身体を床に脱力させた。

 

「ああ、お姉様、大丈夫──?」

 

 シズは泣きながら、ゼノビアの四肢を縛っている縄を次々に切断していく。

 自由になったゼノビアを抱きしめる。

 

「こんなになって、お姉様──。死なないで、お姉様──。しっかりして」

 

 ゼノビアを抱きしめ呼びかけるが反応がない。

 しかし、ゆっくりと眼が開かれだした。

 

「シ、シズ?」

 

 ゼノビアが信じられないものを見たという顔をした。

 

「シズなの……? 本当?」

 

 小さな声だがゼノビアがシズの名前を呼んだ。

 それだけで、シズは感極まった。

 そのゼノビアの眼が大きく見開かれた。

 次の瞬間、シズは強い力でゼノビアに突き飛ばされていた。

 

「あぎゃああああ」

 

 ゼノビアが絶叫した。

 ブレイドだ。

 よろめきながらも、棒のようなものをゼノビアの胸に突きつけている。

 

 電撃棒──?

 

 拷問用の魔道具だ。

 先から強い電撃を発生するものであり、シズも懲罰と称して、一度それでいたぶられたことがある。

 

 娼婦の身体に傷つけることはないが、電撃で激痛を与えることができるので、男衆が娼婦に懲罰をするときに使っていた。

 シズは、それを局部に何度も当てられて、男衆に服従する言葉とともに、自分が愚かだということを連中が満足するまで繰り返し絶叫させられたのた。

 一瞬にして、あの屈辱を思い起こしたが、ゼノビアに当てられている電撃棒は、じゅうという音を出して、ゼノビアの肌を焼いている。

 どこまでの高出力にしているのだ──。

 

 だが、なぜ──?

 ブレイドの首の骨は確かに折った。

 生き返った?

 

 いずれにしても、ブレイドはシズの背中に電撃棒を突きつけようと思ったのだろう。

 ゼノビアがシズを跳ね飛ばしたので、ゼノビアがそれを当てられることになったのだ。

 

「うがあああ」

 

 だが、次の瞬間、ブレイドの腕が燃えあがった。

 びっくりしたが、ゼノビアだ。

 ゼノビアが魔道を放ったのだ。

 

 どうやって?

 ゼノビアは魔道を封じられていなかったのか?

 

 とにかく、考えるよりも先に動いた。

 放り出してあった短剣を床から拾い、腕が燃えて床で暴れているブレイドの首に押し込む。

 首が胴体と分離して、今度こそ絶命する。

 

「ああ、お姉様──」

 

 シズは、剣を投げて、ゼノビアを再び抱きしめた。

 乳房のひとつが真っ黒焦げになっている。

 泣きながら、崩れそうなゼノビアを支えた。

 

「シ、シズ……お、覚えいておいて……。ゆ、有能な魔道士は……、命を守る魔道具を……隠していることが多い……。完全に息の根をとめるまでは……油断しないのよ……」

 

 ゼノビアの眼が開いて、口元がにんまりと微笑んだ。

 よかった──。

 生きている──。

 シズは安堵した。

 

「ああ、わかった。わかりました、お姉様、肝に銘じます──。ありがとう──。ああ、お姉様」

 

 シズは泣きじゃくった。

 自分に魔道が遣えればいい。

 いま、ゼノビアを治療してあげたい。

 心から思ったが、シズは治療薬どころか、なにも持っていない素っ裸だ。

 ゼノビアを抱きしめることしかできない。

 

「だけど、どうして魔道が?」

 

 シズは不思議に思って訊ねた。

 すると、シズ脳での中のゼノビアが不適に微笑んだ。

 

「……は、腹に……魔道封じの紋様を打たれたけどね……。連中が繰り返し……肌を焼いたり、鞭で引き裂いたりするので……魔道封じが弱くなってたのよ……。だけど、隠してたの……。ブレイドにも……魔道をそのことから意識をそらせる魔道を掛けたりして……」

 

 ゼノビアが言った。

 びっくりして、ゼノビアの示す下腹部の紋様というものに視線をやったが、確かに紋様のあちこちが傷で切断されているように見えた。

 魔道のことはわからないが、それために、完全ではないが無効になっていたということか?

 そうだとすれば、疑念が走る。

 

「だ、だったら、どうして逃げなかったの、お姉様?」

 

 不思議に思ったのはそれである。

 魔道が復活していたのであれば、逃亡すればよかったのではないだろうか……?

 

「そ、そこまでの隙はなかったしね……。あのブレイドがほとんどつきっきりで……。それに、あんたが助けに来ると……信じてたわ……。もともと、あんたが汚れるのに……あたしだけ、きれいでいるつもりはなかったのよ……。あたしも一緒に汚れるつもりだった……」

 

 ゼノビアは笑った。

 シズはゼノビアをさらに力強く抱きしめた。

 

 そのときだった。

 人の気配がして、慌てて振り向いた。

 しかし、そこにいたのは、仮面の女のターナーだった。

 

 扉のところから、こっちを見ている。

 右手に血の付いた剣を持っているので、どこかで斬り合いでもしたのだろう。

 

「呆れた冒険者さんだねえ。なにも持たずに飛び出すなんてねえ。まあ、だけど、うまく仲間を助け出したみたいだね。ブレイドは、そこそこの魔道遣いだったんだよ。それを簡単にやっつけるなんて、あんたは思ったよりも、すごい戦士だったんだね」

 

 ターナーが笑った。

 そして、剣を持っている手とは反対側に持っていた大きな布をこっちに放った。

 ゼノビアを一度離してそれを受け取ると、身体を包むほどの大きな布だった。どこかから手に入れてきてくれたのだろう。

 

「シズ、逃げるよ。客層で仕掛けていた煙り玉をあちこちで作動させた。こんな地下層で火事でもあれば、全員死ぬしかない。実際には煙だけなんで問題ないんだけど、いまは大騒ぎになっている。いまなら、問題なく逃げられる。大公たちは、ミリアとケイトに誘導させて先に行かせたわ。残りはあんたらだけよ」

 

「助けに来てくれたの?」

 

 シズは驚いて言った。

 すると、ターナーは肩をすくめた。

 

「もともと、ブレイドは殺すつもりだったんだ。ここの娼婦は誰も彼もが、ブレイドを“主人”とする隷属を結んでいる。だから、こいつさえ殺せば、娼婦の隷属は消滅するんだよ。その点でもいまは大騒ぎだろうさ。いずれにしても、こいつを殺さないと、あたしのミリアとケイト、さらに、あの女伯爵たちも自由にならないしね」

 

 ターナーが再び笑い声をあげた。

 何者かは、いまだにわからないが、信用してもいいのかもしれない。

 シズは思った。

 

「だ、誰、こいつ……? しかも、大公って……? それと……女伯爵って、ラポルタ女伯爵のこと?」

 

 ゼノビアは怪しむような口調で言った。

 シズはターナーから受け取った布でゼノビアを包みながら、ゼノビアに微笑みかける。

 

「後で話すわ、お姉様……。もっとも、あたしもよくわからないんだけど……。だけど、敵じゃないわ。とりあえず、いまは。あたしも助けられたの……」

 

 シズは言った。

 ゼノビアはまだ不審そうだ。

 しかし、いまは逃げることだ。

 ゼノビアを抱え立たせて、背中に掴まらせる。

 

「ついてきなさい。ゼノビアだっけ? あんたもつらいだろうけど、いまは我慢して。隠れ処に治療薬もある。それと、シズ――。もうひと踏ん張りよ」

 

「わかった」

 

 シズは頷いた。

 廊下に出る。

 

 確かに、視界を塞ぐほどじゃないが煙がたちこめている。

 あちらこちらから叫び声も聞こえる。

 廊下の燭台はところどころが消えていて、走れないほどじゃないが薄暗い。

 騒然とした気配が伝わってくる。

 

「こっちよ」

 

 ターナーの声がする方向に、ゼノビアを負ぶったまま走る。

 導かれるまま走る。

 しばらくすると、突き当たりになった。

 だが、ターナーが壁の一部に触れると、そこに隠し扉が現れた。

 

 通り抜ける。

 すると、先に明るい光が漏れる場所が見えた。

 その近くには、三人の男たちが床に倒れている。

 

 シズたちがそこに辿り着くと、剣を持ったミリアがいた。

 

「驚いたわねえ。これはミリアが倒したの?」

 

 ターナーがミリアに話しかけた。

 

「はい……といいたいところですけど、ふたりはルカリナさんが。でも、ひとりはわたしです」

 

「あっ、そう。それで、ほかの者は?」

 

「ルカリナさんが守りながら転送先で待っています。大公様と女伯爵さんたちも一緒です。女伯爵さんたちは、ここを出たくないと随分と騒いでましたが」

 

「あいつら、まだそんなことを言ってんのかい。もう一度引っぱたいてやる……。まあ、もっとも、その原因を作ったあたしには、怒鳴る権利はないのかもしれないけど……」

 

 ターナーが困った口調で言った。

 女伯爵たちというのは、テレーズ=ラポルタ母娘のことだろう。

 もともと、ターナーたちは、シズたち同様に、その女伯爵母娘を助け出すために、この闇娼館に潜入していたのだ。

 

 しかし、逃げたくないと言っている?

 どういうこと?

 

 いずれにしても、ほかの者は、先にここから転送して逃げたみたいだ。

 目を向けると、この場所には移動術も紋様が床に刻まれている床がある。ここから外に出られるということだろう。

 

「ねえ、ターナー様……。だから、さっき言っていたわたしの懲罰はなしにしてくださいよ。わたしは頑張りましたわ」

 

 ミリアが言った。

 そういえば、調教のやり直しだとかなんとかと、ターナーがミリアに言っていたのを思い出した。

 

「だめええ。まあ、だけど、三日間にしてあげるわ。また、前後のディルドを挿入して貞操帯をしてすごしなさい。可愛がってあげるわね」

 

 ターナーが笑った。

 

「そんなあ。あれ、つらいんです。また三日間、厠なしですか?」

 

 すると、ミリアが泣きそうな顔になった。

 

「小さい方は許してあげるわ。あたしが気が向いたときわね。だけど、大きい方は我慢するのね。だって、塞がっているんですもの」

 

 ターナーはけらけらと笑った。

 

「……なに、これ?」

 

 ゼノビアがシズの背中で呆れたという声を出す。

 まあ、シズも同意だ。

 

「いいのよ。ミリアとケイトは、あたしの大切な性奴隷なのさ。あんたらにとって、それぞれがそうであるようにね。ほら、転送紋の上に行って──。作動させるわよ」

 

 全員で転送紋に載る。

 ぶんと音がして、移動術独特の腹が捻れる感覚が襲ってきた。



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657 仮面女の依頼(その1)

「ロウ=ボルグ……。いや、あんたらがボルグ殿の知り合いなんてねえ」

 

 仮面の女のターナーが驚いたように声をあげた。

 カロリック郊外の農村の中にある廃屋だ。

 

 シズたち九人は、ターナーたちの案内でこの場所に来ていた。

 この農村は、シズが最初に誘拐された廃墟となったシャロンの城郭付近に近い位置にあるらしい。

 そして、ここにいる九人というのは、シズとゼノビア、仮面の女のターナーとその連れのミリアとケイト、闇娼館で知り合った逃亡中のロクサーヌ女大公ことローヌ、そして、ローヌの護衛騎士だと判明した獣人戦士のルカリナ、さらにテレーズ=ラポルタ女伯爵とその令嬢である。

 

 救出した女伯爵のテレーズ=ラポルタとその令嬢には、闇娼館を脱走した後で、移動術の転送先で初めて合流したが、随分と大人しくて、不安そうにおどおどしていた。

 さらに、なぜか逃亡するのを嫌がり、もう闇娼館に戻して欲しいとターナーに言い寄り、頬を引っ叩かれていた。

 しかも、叩かれるとふたりとも、なぜかうっとりとターナーにすがるような眼になり、布に包んだ裸身を悶えさせるような仕草をした。

 横にいたシズは、少々鼻白んだ。

 

 それはともかく、この農村は、タリオ軍がカロリックを征服したあとに、タリオ軍に叛乱を起こそうとしたシャロンの領主域に属する地域であり、カロリック新政府によるシャロン攻撃において、ここも軍の略奪を受け、ほとんどの者が殺されるか、奴隷として連れて行かれてしまったみたいだ。

 つまりは、村としては、もう滅んでしまっている場所とのことだ。

 

 だから、そこにあった家を勝手に借りて、一時的にシズたちが休むことにしたというわけである。

 この場所を準備していたのもターナーであり、闇娼館の地下から転送装置で公都の地上に出ると、すぐにターナーが準備していた移動術の「魔道紙」で公都の外に出た。

 

 「魔道紙」というのは、あらかじめ特定の魔道を刻んだ羊皮紙であり、それに魔力を注ぐと、その魔道が発動するというものだ。

 例えば、移動術のような高等魔道は、通常の魔道遣いでも術を刻むことはできないので、それができる高位魔道遣いが、ほかの者でも術を発動できるように紋様を刻むというものである。

 当然に高価であり、移動術ほどの魔道紙ともなれば、信じられないくらいの値段のはずだ。

 しかし、ターナーは、大して惜しむ様子もなく、それを逃亡の手段として提供してくれた。

 とにかく、そのおかげで、シズたちは闇娼館から追われることなく、ここまで逃亡することができたというわけだ。

 今回については、なにからなにまで、ターナーという不思議な女に世話になったという感じである。

 

「知り合い……というのは間違いないねえ……。もしかしたら、なにかの術で支配されているのかも……。まあ、この前、気がついたんだけど」

 

 ゼノビアだ。

 救出したときには、全身が傷だらけで、しかも、股間に媚薬を塗られていたりして、苦悶に苛まれていたゼノビアだったが、これについてもターナーの手持ちの薬剤で治療してもらうとともに、この廃屋に隠していたらしい治療薬とやはり治療用の「魔道紙」で完全回復をしてもらった。

 

 だが、ゼノビアもシズも、あの闇娼館でなにもかも奪われてしまったので、謝礼として差し出すなにも持っていない。

 なにしろ、まさに身ひとつの全裸で闇娼館から逃亡してきたのだ。

 しかも、(ブラボー)冒険者としての証である首飾りでさえも失ってしまっている。

 ギルドで再発行はできるが、再発行には高額の代金がかかるし、シズたちは今はハロンドールの王都ギルドの所属になっているので、原則的には、そこにいかないと再発行ができない。

 まったく無名の別人としてなら、冒険者試験を受けて、新登録ということもできるだろうが、とにかく、痛い出費と手間になってしまった。絶対にミランダには補填させたい。

 

 いずれにしても、冒険者証明がないことには、ハロンドールに戻るにも国境越えが大変だ。

 どうしようかと考えていたら、ターナーが乗りかかった縁なのであり、少しであれば、当面の路銀と国境越えに必要な偽手形を提供してくれると言ってくれた。

 

 あまりにも、申し訳ないので、ハロンドールの冒険者ギルドに戻れば返礼もできると話し、いま、シズとゼノビアの身の上について説明していたのだ。

 

 ここまで世話になったのだから、ある程度のことを正直に伝えようと、もともと、シズたちがハロンドール王都の冒険者ギルドのミランダからの特別クエストでラポルタ女伯爵の救出に訪れたのだと語ったところ、シズたちがミランダと親しいことにターナーが食いつき、話の流れでロウのことになったのだ。

 すると、ターナーの口調が一変し、謝礼金などいらないので、そのうちにロウを紹介して欲しいと言ってきたのである。

 

 また、いまこの部屋にいるのは、仮面の女のターナーとシズとゼノビアだけだ。

 椅子などないので、床の上に三人で直接座り、部屋の真ん中にある囲炉裏を囲んでいる。

 ほかの者は別室だ。

 こっちの事情と向こうの事情をすりあわせようと言うことになり、ターナーがほかの者には席を外してもらいたいと告げたのだ。

 ロクサーヌ大公とルカリナ、女伯爵母娘はそれに素直に従った。ケイトとミリアも彼女たちの世話と、とりあえずの食事の支度のために、ここからはいなくなっている。

 

 それにしても、ここにいる集まりの中で、もっとも不可思議な存在がロクサーヌ女大公だと判明したローヌだ。

 どうやら、隷属されていないのに、あえて闇娼館に囚われているふりをして隠れていたようだし、大公ほどの地位にあった者が唯々諾々と世話女のようなことをしていたというのが信じられない。

 それに結構、献身的で、シズにも本当に尽くしてくれた。

 彼女が本当に、女大公?

 シズにはいまだに信じられない。

 まあ、この後で、彼女たちとは改めて話をすることになっているが……。

 

「知り合いというよりは、性奴隷かい? 彼は周りの女を次から次へと性奴隷にして支配に置いてしまうんだろう。さっきのミランダといい、ほかにも、ハロンドールの王太女、国王の正妃、王宮の侍女や女騎士、まあ大変なものらしいじゃないかい。しかも、今度はエルフ王国の幻の女王ときたものだ。まあ、すごいねえ」

 

 ターナーが大笑いした。

 

「ロウ様を知っているの?」

 

 シズは訊ねた。

 

「ロウ……“様”?」

 

 すると、横でゼノビアが呟いた。

 はっとしたが、ターナーがすぐに口を開いて、シズは呼び方を取り消す切っ掛けを失ってしまった。

 だが、自然とそう呼んでしまったのだ。

 そもそも、ゼノビアだって、前は呼び捨てだったのに、いつの間にか“ロウ殿”と呼んでいる。

 お互い様のことだ。

 

「いや、全く知らない。会ったこともない。だが、よく知っている。なにせ、そのロウの女たちとは、敵として戦ってきたからね。あんたらがロウの性奴隷というなら、手打ちを取り持ってくれたらありがたいさ。それをしてくれたら、いくらでも路銀を融通するし、ハロンドールに戻るために必要なものを手配するよ」

 

「わかった。あたしたちに任せときな」

 

 すると、ゼノビアが二つ返事で応じた。

 シズはびっくりしてしまった。

 

「ちょ、ちょっとゼノビア……」

 

 シズは慌ててゼノビアに声を掛けた。

 ロウの女たちといえば、ロウにいつもついている三人娘に、ミランダ、王妃に王女、国王の寵姫なんてのもいた。スクルズは死んだが、ベルズという女巫女も、ロウの女である。

 つまりは、誰も彼もが一騎当千の女傑たちであり、その女傑たちに守られているロウたちに手を出そうとして、シズとゼノビアは手痛いしっぺ返しを喰らったのだ。

 だから、向こうは敵とは思っていても、仲間には見なしてないだろう。

 敵でなければ、玩具だ。

 ロウにはさんざんに苛められてしまっている。

 普通に話ができるのは、エリカくらいで……。

 

「いいから、シズ──。とにかく、なんでもするわよ、ターナー。だけど、ハロンドールに戻ってからのことになるね。そのためには、あたしたちが安全に早く戻れるために、色々と融通して欲しいわ。もちろん、恩を受けた分は必ず返す」

 

 どうやら、ゼノビアはロウに紹介するという空手形を使って、帰りの路銀を十分にせしめるつもりになったみたいだ。

 まあ、確かに、そうでもしなければ、身ひとつしかないシズたちにはなにもできないが……。

 いまは、やっと農村女の格好だが衣服をもらってきているが、これもまた、ターナーが持っていたものであり、それがなければ、下着さえもシズたちは持っていなかったのだ。

 

「なるほど、ありがたいねえ。実は、ロウ殿に頼みたいことがあるのさ。もう諦めていたんだけど、ロウ殿が絶対に取り出しは不可能なはずの魔石をアスカという魔女から取り出したということを耳にしてね……」

 

 すると、ターナーは、おもむろに仮面を外した。

 そこには、別室にいるテレーズ=ラポルタとうり二つの顔が現れた。

 シズはびっくりしてしまった。 

 

「そして、それとは別に、あたしも全ての女を虜にするロウ殿に興味もあってね。一度、セックスもしてみたいんだよ。これについても、とりもって欲しいね」

 

 テレーズ=ラポルタそっくりの女がくすくすと笑った。

 シズは絶句した。






 *

【作者より】

 よく(その1)、(その2)とか題名についているものは、本来は一話にする予定だったものを執筆の途中で中断して、とりあえず投降したというものです。

 予定よりも分量が多くなったために切った場合もありますし、平日に投降する場合は、早朝に打ち込んで、とりあえず出勤の時間になったら投降するというスタイルのため、要は「できあがり分」ということで投降しているというものです。
(時間的に推敲する余裕がないので、一応一度だけ見直して修正して出してます。後でゆっくりと直そうは思っているのですが(言い訳)……。いつも、誤字指摘してくれる方々には、本当に感謝しています。)

 つまりは、私が感想返しや後書きなどで、「あと二話かな」と呟いた場合は、(その1)や(その2)で繋がる部分は、何話使っていても「一話」で数えています。
 よろしくお願いします。
 


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658 仮面女の依頼(その2)

「はいい?」

 

 シズは驚いた。

 そして、唖然とした。

 

 もう仮面を被り直したが、目の前のターナーと名乗る女の顔は、シズたちのクエスト対象者だったテレーズ=ラポルタ女伯爵そのものであり、まったく同じだったのだ。

 そういえば、身体つきも同じだ。

 

 テレーズ=ラポルタ女伯爵といえば、ハロンドール国王のルードルフ王を(ねや)で操り、贅沢するために大増税を断行して王都の市民を困窮させ、さらにスクルズを殺したり、二公爵一家を廃絶したりして王民の憎悪と恐怖を拡大させ、さらに、王都の貴族令嬢たちを集めて人質にするなど、王都を大混乱に導いている大悪女だ。

 ミランダからは、そのテレーズ=ラポルタは偽者であり、本物のテレーズ=ラポルタ女伯爵は罠に陥って行方不明であると説明され、いなくなった本物の女伯爵を捜索して、救出して連れ帰れというクエストを申し渡されていた。

 ギルド指名クエストであり、シズたちに拒否権はなく、すぐに調査のための旅を開始したが、正直、半信半疑だった。

 

 そもそも誰が信じられるだろうか。

 王宮の女官長として入る予定だった女伯爵を娘の令嬢ごとさらい、それに入れ替わって王宮で国王を虜にし、贅を尽くして悪政を極めるなど絵空事だ。

 そんなことが可能なら、ハロンドール王国の王宮の警備は隙だらけということであり、あまりにもお粗末すぎる。

 

 だが、本当だった。

 王国の南部地域に属するラポルタ領を調査すると、確かに、高貴な身分の女性たちが誘拐され、このカロリック公国に連れ去られた痕跡が存在していた。

 そして、それを追跡して、カロリック公国の公都にある闇娼館に辿り着くと、本当にその娼館に女伯爵たちが存在したのである。

 

 ところが、いまここに、本物のラポルタ女伯爵に瓜二つの女がいる。

 さらに、ターナーが快活に説明するところによれば、目の前にいるターナーこそが、ハロンドールの王宮でルードルフ王をたらし込んで国政を大混乱に導いたテレーズ=ラポルタなのだという。

 とてもじゃないが、シズには信じられることではなかった。

 

「だ、だって、どういうことなのさ? あんたが偽者の女伯爵をやっていたって……。だけど、王都のテレーズ=ラポルタはいなくなっていないわよ」

 

 ゼノビアだ。

 シズ同様に驚いている。

 しかし、シズもそうだが、ゼノビアもまた、目の前の仮面女のターナーの言葉が嘘を言っているように思えなくなっているに違いない。

 そもそも、こんな馬鹿げた嘘を吐く必要などない。

 

「それは知らないわね。あたしの悪名をサキが利用したがったんじゃないの。そういえば、そんなことを口走ってたしね」

 

 ターナーが笑った。

 仮面のために表情は見えないが、随分と愉しんでいるみたいに思った。

 さっきから随分とよく笑うし、陽気だ。

 だから、どうしても、王都中の憎悪を集めている希代の悪女のようには思えないのだ。

 

「サキ?」

 

 ゼノビアが不審な表情になる。

 

「あら、サキを知らないの? 国王の寵姫よ。そして、ロウ殿の女のひとりね」

 

 ターナーが笑った。

 国王の寵姫がロウの女?

 そんな馬鹿なとは思ったが、考えてみれば、王妃も王太女も、その侍女や護衛長などまでロウの女なのだ。

 みんなハロンドールからナタル森林に向けてロウが出発するときには、見送りにきていた。

 寵姫くらいロウの女でも不自然ではないか……。

 

「わかったわ……。とにかく、話を戻すわね……。あたしたちに路銀を融通してくれるし、国境越えの手段も整えてくれる。その代償は、ロウ殿にあんたを紹介する口利きをすること……。それでいいのね?」

 

 ゼノビアが言った。

 だが、シズは不安だ。

 

 あのロウは、あれでなかなか自分の女たちを大切にしている。だからこそ、女たちもロウを慕っていた。

 もしも、このターナーが王都を混沌に陥らせたテレーズ=ラポルタなら、ロウが許すとは思えないのだ。

 それどころか、そのターナーに与したとなれば、シズたちもまたロウの憎悪の対象にならないだろうか……。

 とにかく、シズはもうロウに敵対して、怖い思いをするのは嫌なのだ。

 

「ね、ねえ、ゼノビア……。無理よ……。ロウ様は許さないわ。彼女があの王都の悪女なら、きっとロウ様は怒る……。間違いないわ……。王都の貴族令嬢を集めて陵辱したり、あのスクルズを死に追いやったり……。ロウ様は自分の女に手を出した者を許さないの……」

 

 シズは思わず両手で自分の身体を抱いた。

 エリカに手を出しただけで、あんなにロウはシズたちに怒りを示したのだ。

 あの女神殿長は、とてもロウと親しそうだった。

 そして、ロウも可愛がっていた。

 だから、その死に関与した偽のテレーズ=ラポルタ、すなわち、ターナーをロウは許さないに違いない。

 こんな女に関われば、ロウの怒りがまたシズたちを襲ってくる。

 怖い……。

 

「黙って、シズ──」

 

 ゼノビアがシズを睨んだ。

 シズはびくりと身体をすくめた。

 多分、ゼノビアはとりあえず、仮面女のターナーを適当に言い含めてでも、ハロンドールに戻る路銀を手に入れたいのだろう。

 だから、シズに黙れと言っているのだ。

 でも、シズはロウを敵に回すようなことをするのが怖いのだ。

 しかし、そのとき、ターナーが笑い声をあげた。

 

「スクルズって、あのおかしな女巫女のことでしょう? 死んでないわよ。そもそも、貴族令嬢を集めて、ロウ殿に贈る後宮を作ろうとしたのは、そのスクルズとサキよ。少なくとも、あたしは、ロウ殿の女には手を出したつもりはないわね……そりゃあ、あのサキはちょっとばかり揶揄ってやったけど……。だけど、許容範囲じゃない」

 

 ターナーげけらけらと笑い続ける。

 だが、スクルズが死んでいない?

 本当?

 

「死んでない?」

 

「ええ、そう」

 

 ターナーがシズが思わず洩らした疑念に、笑って応じる。

 

「よくわからないけど、ロウ殿とあんたとの仲を取り持てばいいのね。わかった。任しておいて。これでも、ロウ殿とあたしたちは親しいのよ」

 

 ゼノビアがどんと自分の胸を叩く。

 

「セックスもね。あらゆる女を虜にする性の技も味わいたいわあ」

 

 ターナーが冗談めかして言った。

 

「わかった──。セックスだね。任しときな」

 

 ゼノビアがにっこり微笑む。

 シズは溜息をついてしまった。

 絶対にゼノビアは、なにもするつもりはないと思う。

 とにかく、王都に辿り着きさえすればいいぐらいにしか考えていないに違いない。

 

「まあいいや……。路銀は貸すし、必要なものを準備してあげる……。もちろん、証文も手形も切らないわ。だけど、このあたしを虚仮(こけ)にしようとは思わないことね。あたしは馬鹿にされることは嫌いなの。何年かかっても、それに見合う仕返しはするわよ」

 

 すると、ターナーが笑うのやめて、ゼノビアを睨むような仕草をした。仮面のせいで表情はわからないが、大きな殺気が伝わってきた。

 シズはびくりとなった。

 

「ま、任して」

 

 ゼノビアもちょっと言葉を詰まらせた感じになったが、はっきりと頷く。

 もういい……。

 あとは野となれの気分だ。

 

「じゃあ、よろしく頼むわ……。言っておくけど、王都でやったことだって、あたしの本意じゃないのよ……。奴隷の刻みをされて、逆らえなくされて悪事をさせられたんだから……。あたしだって、やりたくて、あの女伯爵を誘拐させたり、ルードルフを操ったわけじゃないの……。ロウ殿には、そう言ってよね。絶対よ」

 

 強気の態度だったターナーが殺気を消して、一転して弱音のような物言いをして嘆息した。

 しかし、シズは、なんとなくだが、ターナーの口調に、ロウに対する執着や慕情のようなものが垣間見えてしまったのだ。

 ロウとは会ったことはないと言っていたが、考えてみれば、このターナーはさっきから、ロウにずっとこだわっているような気がする。

 そもそも、こうやって会話をしていたとき、シズたちがロウを知っていると口にすると、急にとても嬉しそうな態度になった。

 どうして、このターナーはロウにこだわるのだろうと思った。

 

「随分とロウ殿にこだわるんだねえ」

 

 ゼノビアが言った。

 シズを同じような感想を持ったのだろう。

 

「まあ、詳しく調べたことで、取り除くことのできないはずの魔石を入れられて姿を変えさせられたあたしを、なんとかしてくれるかも知れないというのがわかったというのもあるけど、調べれば調べるほど、似ているのよねえ……」

 

 ターナーがくすりと笑った。

 仮面のためによくわからないが、ターナーがとても照れている感じに思えて、シズはちょっと驚いた。

 いや、よく見れば、仮面や髪の外にある首や耳が真っ赤だ。

 

「あのう……。似ているって?」

 

 シズは口を挟んだ。

 

「あたしがとても大切に想っている人の旦那さんさ……。あたしの旦那さんでもあるけどね。つまりは夫だね」

 

 ターナーが笑った。

 

「あんた結婚しているのかい?」

 

 ゼノビアが驚いたような口調で言った。

 シズも、このターナーには、家庭というものが似合わないと思った。

 

「いや、してないね。前世の話さ」

 

「前世?」

 

 ゼノビアが怪訝な顔になっている。

 前世って、もしかして、このターナーは前世持ち?

 

 滅多にはいないが、時折、前世の記憶を持って生まれてくる者というのは、一定数いる。

 どうしてそうなるのかはわからないが、自分の生まれる前の人生の記憶を持ち、それがある日突然に、なにかの切っ掛けに頭に蘇ってしまうらしい。

 まあ、だからなんだというわけでもないが、魔道で調べれば、真実を言っているかどうかは、比較的簡単に判明し、前世持ちの存在は一応は証明されているようだ。

 このターナーが前世持ち?

 

「前世に結婚していた夫と似ているのさ。調べるほど調べるほどね。女たらしで、とってももてたんだけど、奥さんに一途でいい男だったねえ……。まあ、あたしはふたりの愛人だったんだけど」

 

「その愛人で、夫だった人に似ているってこと?」

 

「顔がね……。調べて得た性格も……。あたしが王宮に潜り込むときに与えられたのは、そのロウを陥れる工作をすることだった。だから、徹底的に調べまくったけど、調べれば調べるほどに、懐かしい感じに襲われてねえ……。人相書きを見たときは腰が抜けそうになったさ。あたしの記憶にある旦那さんにそっくりだったからねえ」

 

 ターナーが声を出して笑った。

 だが、すぐに、我に返ったように咳払いする。

 

「これはあたしとしたことが喋りすぎたね……。とにかく、あんたらのことは任せときな。路銀も融通するけど、人を紹介するよ。一度、公都に戻ることになるけど、セイレーンと名乗る女商人がいる。あんたらが、本当にロウに親しいなら、彼女を訪ねるといい。貸しがあるから、あたしの名前で会えると思うけど、そのときにロウ殿の名を出せば、力になってくれるはずだ」

 

「セイレーン?」

 

「性の王女(レーン)っていう意味らしいよ。とにかく、変わった女さ。あの女豪商のマアの部下だ。表向きはね」

 

 ターナーが意味ありげに言った。

 マアは知っている。

 彼女ともまだ面識はないが、大陸の流通を牛耳る女である。彼女もロウの女だという。しかも、マア側がぞっこんだとか……。もっとも、女豪商のマアといえば、はっきり言って“お婆ちゃん”だ。ロウも守備範囲の広いものだ。

 そのマアの息のかかった商人?

 ならば、確かに力になってくれるかも。

 

 そして、その味方になってくれるはずだという女商人との接触の仕方について教えられ、次いで、本物のラポルタ母娘と、ロクサーヌ女大公の扱いについて話し合うということになった。

 ターナーが魔道で声を送り、ミリアとケイトに四人を連れてくるように伝える。

 

 しばらくして、六人が部屋に入ってくる。

 すなわち、ローヌ、ルカリナ、ラポルタ女伯爵母娘、ミリアとケイトだ。

 ミリアとケイトを除く四人が、ターナーに促されて、シズたちと同じように囲炉裏を囲むように腰をおろした。

 六人とも農婦風だが、まともに服を着ている。

 

 だが、ローヌの顔を見て驚いた。

 闇娼館では酷い火傷の痕を布で隠していたローヌだったが、いまは布を被っておらず、しかも火傷などなく綺麗な顔だ。

 

「やっぱり、傷は偽物だったんだね? 娼婦をして客を取らされることがないようにかい?」

 

 ターナーがローヌに視線を送る。

 

「ルカリナの能力で……。呪術がかかって治療術でも治せないように見せかけてもらっていて……。ごめんなさい、シズ様。だましていて……。ケイト様も……」

 

 ローヌが頭をさげた。

 

「いえ、謝るようなことでも……」

 

「は、はい……」

 

 シズに次いでケイトも困ったように応じる。

 ふたりとも、闇娼館では、ローヌに世話女として面倒を見てもらっていた。だけど、そのローヌが本当は逃亡中で賞金付きで手配されているロクサーヌ大公だとは、いまでも信じがたい。

 とても、低姿勢だし……。

 

 それはともかく、ミリアもそうだが、このケイトも顔が赤いし、仕草もおどおどしている感じだ。

 実は、この廃屋に到着するや、否や、ふたりとも調教と称されて、ターナーによって、スカートに包まれている股間にディルド付きの貞操帯を装着されてしまったのだ。

 そのために、ふたりともとてもぎこちないし、顔が赤い。

 いまでも、切なそうにもじもじと腰を動かしている。

 だが、そのまま、掃除や料理をしろとターナーに命令されていた。

 まあしかし、ふたりとも満更でもなさそうであり、そんな破廉恥なことをされても、ふたりにはターナーに理不尽なことをされているという切羽詰まった感じはない。

 とても、仲がよさそうな様子だ。

 

「大したものだねえ、その獣人娘の能力も……。闇娼館の魔道遣いや、検査器具を出し抜くなんてねえ……。それで、どうしたいか、決心はついたかい?」

 

 ターナーが言った。

 すると、ローヌが頷いた。

 

「どうか、ハロンドール王国に亡命させてください。力を貸してください。お願いします──」

 

 ローヌが頭をさげた。

 ルカリナも一緒に頭をさげている。

 

「わかった……と言いたいところだけど、面倒見てもらっていいかい? さっきのセイレーンを頼ってみてくれないかい。彼女なら、きっと問題なく処置してくれるだろうさ」

 

 ターナーがゼノビアに視線を送った。

 

「え? あたしらが?」

 

 ゼノビアは驚いている。

 

「護衛クエストとして受けなよ。もっとも、こいつらは無一文だから、出世払いということになるんだろうけどね」

 

 ターナーが笑った。

 すると、ルカリナが口を開く。

 

「あっ、いえ……。路銀、ある。奴隷狩りに……捕まる前、隠した。シャロンの城郭にも……。公都にも……。穴を掘って……」

 

 相変わらずに物言いがたどたどしいが、どうやら金は持っているみたいだ。やはり、あの娼館には、追っ手を誤魔化すために、自ら捕らわれたのだと思う。

 

「あ、あのう、わ、わたくしたちは、やはり、娼婦に……。もう戻れません。どうか、わたくしたちは捨て置いてください……」

 

 すると、不意にラポルタ女伯爵が言った。

 

「まだ、そんなこと言ってんのかい──」

 

 ターナーが激怒して、女伯爵の頬を引っ叩く。

 

「きゃあああ」

 

「ああ、お母様──」

 

 ひっくり返った女伯爵に娘が泣き声とともに抱きついた。



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659 仮面女の依頼(その3)

「きゃあああ」

 

 ラポルタ女伯爵が激怒したターナーに頬を引っ叩かれた。

 すさまじい平手に、女伯爵は脚を開いて後ろの床にひっくり返る感じになる。

 身につけているのは、シズと同じような、農作業をしやすい膝上丈の農婦用の装束だったので、股を開いて倒れたとき、スカートがまくれあがって白い腿が露わになった。

 

「お母様」

 

 娘の令嬢が女伯爵に抱きつく。

 とにかく、ターナーは大変な剣幕だ。

 まあ、苦労して娼館から助け出したのに、娼館に戻りたいなどと繰り返し泣かれれば、腹も立つのはわかる気もするが……。

 

 それはともかくとして、シズは女伯爵の様子が不自然なことにも気がついた。

 小刻みに身体を震わせて息遣いも荒い。

 よく見ると、まるで風邪でもひいたように顔も赤い。

 叩かれたためというのではなさそうだ。

 

「どうかしたのかい?」

 

 ターナーも気がついたみたいだ。

 我に返ったように、心配そうな雰囲気になる。

 

「す、少し前から発作が……」

 

 令嬢が女伯爵を抱きかかえながら言った。

 女伯爵は令嬢の腕の中で、苦しそうに両手で股間を押さえている。まるで自慰でもするような感じだ。

 なんだろう、あれ……?

 

「発作って?」

 

 ゼノビアだ。

 やはり、首を傾げている。

 

「あっ、まさか──」

 

 だが、ターナーはなにかに気がついたみたいだ。

 女伯爵に飛びかかる。

 そして、令嬢を払いのけて、女伯爵のスカートに手を掛けた。腰の横の留め具を外して、スカートを脱がしてしまう。

 女伯爵は抵抗しなかった。

 苦しそうに赤い顔をして悶えるだけだ。

 

「これは──」

 

 ターナーが絶句した。

 シズたちもそうだが、女伯爵が身につけている農婦風の服はターナーから与えてもらったもので、下着のたぐいはなかった。

 だから、当然にスカートを脱がしてしまえば、その下は剥き出しの下半身だ。

 そして、シズも驚いた。

 女伯爵の下腹部が露わになると、そこには無毛になっている股間の亀裂の上側に、小さいが真っ赤ななにかの紋様が浮かびあがっていたのだ。

 その紋様は、まるで生き物のように、淡い赤光を放っている。

 

「淫紋かい」

 

 ターナーが声をあげた。

 

「淫紋?」

 

 シズは呆気にとられた。

 淫紋というのは、耳にしたことはあるが、接するのは初めてだ。

 つまりは、定期的に淫情の発作を起こす呪術の紋だ。一度発作を起こすと、男の精を受けないと発作は収まらないとも耳にしたことがある。

 そうやって、娼婦を逃げられないようにするのだ。

 どうやら、女伯爵はあの闇娼館で淫紋を刻まれていたみたいだ。

 

「ちっ、こりゃあ、あたしとしたことが見落としていたよ。だけど、大丈夫だよ。あたしには無理だけど、ちゃんとした解呪ができる者に看てもらえば、淫紋は外せるはずだ。任しときな。ビビアンに解呪屋を探させるから」

 

 ターナーが焦ったように言った。

 

「ビビアン?」

 

 シズは声を挟んだ。

 

「ああ、さっきのセイレーンのことさ。本名はビビアンって言って、マア商会に属するの女商人というのは仮の姿なのさ。実はタリオの間者だよ……。とはいっても、間者が仮の姿なのか、マアの部下になっているのが仮の姿なのかは知らないけどね……。とにかく、ロウ殿の名を出せば、あんたらの味方になる。心配ない」

 

 聞き捨てならないことをターナーが言ったと思った。

 頼れと言われたセイレーンという女商人は、実はタリオの間者?

 どういうこと?

 

「お母様、お楽にします……。手を後ろにして……。お母様は縛られているの……。ほら、男の人に辱められるのよ。股を開いて……。命令よ。さあ、従いなさい」

 

 そのとき、令嬢が呼吸を荒くしている女伯爵に声を掛けた。

 すると、女伯爵は急にほっとしたような表情になり、身体を横たえて立て膝になり、大きく股を開いた。

 淫紋の発作に襲われている股間は、すでに真っ赤に充血していて、どろどろに蜜を噴き出していた。

 また、クリトリスが大きい。

 子供の親指の先ほどもあるだろうか。

 それが触りもしないのにぴくぴくと動いている。

 これも淫紋の影響か?

 

「ああ、お母様、わたしでは足りないでしょうけど我慢してください……。お母様が気絶するまで、いつまでも舐めますから」

 

 令嬢がうずくまり、女伯爵の股間に顔を埋めて、舌で女伯爵の股間を舐め始めた。

 

「ああっ、ひいいっ」

 

 女伯爵が股間を突きあげるようにして悶える。

 令嬢は腰を激しく動かし始める女伯爵の腰を抱えるようにして、懸命に舌を動かす。

 呆気にとられて見ていたら、しばらくして、女伯爵は痙攣のように身体を震わせだした。

 

「あああっ、いぐううう」

 

 そして、絶頂した。

 身体が弓なりになり、しばらく全身を突っ張らせていたが、がくりと脱力する。

 しかし、すぐに身体を抱えるように丸くして震えだした。

 

「あ、ありがとう、マリー……」

 

 女伯爵が自分の身体を抱えながら弱々しく言った。やっと少しは正気になった感じだ。

 まだ、横になったままである。

 マリーというのは、令嬢の名前だ。

 

「だ、大丈夫……ではなさそうだね……」

 

 ターナーも心配そうに言った。

 

「女の絶頂をすれば、少しは収まります。自慰はだめなんです。自慰ではまったく感じなくて……。他人がしないとだめなんです。でも、結局は男の精を受けないと発作はなくなりません」

 

「そうやって、男なしでいられない身体にするということかい」

 

 ターナーが舌打ちする。

 

「発作は、いつ、どの感覚でやってくるかわからないし……。男の人がそばにいなければ、これを繰り返して苦しむしかありません……。気絶してしまえば、目が覚めたときには、なくなりはしますけど……。快感で気絶するのも簡単ではありません」

 

 令嬢のマリーが言った。

 マリーがいまだに淫情の発作に震える女伯爵を膝の上に抱きかかえ直した。

 

「もしかして、お前にも淫紋が?」

 

 ターナーがマリーに訊ねた。

 

「あります。淫紋の発作は自分の愛撫では収まることはありませんので、お母様と同じ檻に裸で入れられて、淫紋の発作を起こした身体をお互いに慰め合うことを強要されました。それが最初の調教です」

 

 マリーがなにもかも諦めたような息を吐いた。

 そのあいだも、女伯爵の苦しそうな息遣いは続いている。

 

「こ、こんな身体では……。お、お願いでございます、ターナー様。どうか、わたくしを娼館に戻してください。でも、マリーが望むなら、マリーだけは、どうか王国に戻って幸せな結婚を……」

 

「いいえ、お母様、わたしだって同じよ。もう戻れない。戻りたくない。こうやって自由になっても、日の光がまぶしいだけだし、あの娼館が懐かしいわ」

 

「ああ、マリー……。ま、また苦しい」

 

「わかった……。だけど、お母様、わたしの発作のときはお願いね。また焦らして苦しめちゃいやよ」

 

「ふふふ……。どうしようかしら……。あなたの悶える顔も可愛いし……。また、意地悪しちゃうかも」

 

 女伯爵がくすくすと笑った。

 なんだ、これ?

 シズは唖然とした。

 

「ま、待ちな──。話はまだだ。とにかく、あんたらがこんなになったのは、あたしのせいだし、あたしだって、隷属で悪事を強要されてたんだと言い訳はしない。淫紋は絶対に解呪する。あんたの顔で悪事の限りも尽くしたんで、こんなものも用意している。これで顔と姿を変えて生きるといい。新しい身分も立場も、金だって、あたしが責任をもって準備する」

 

 ターナーが懐からなにかを取り出した。

 指輪だ。

 魔道具のように思える。

 

「もしかして、変身のリングかい?」

 

 ゼノビアが言った。

 変身のリング──?

 全く別人の姿になれるという?

 だが、これもまた大変に高額の魔道具のはずだ。しかし、そういえば、ゼノビアもそれで調教師男になりすまして活動もしていたから、手に入れることができないということはないのだろう。

 

「ふたつある。これで新しい人生を送れる」

 

 ターナーが言った。

 だが、マリーに抱えられている女伯爵が泣くような顔になった。

 

「あ、あなたには、もうなにも思っていません。もしも、償いのようなことを考えているなら、それは必要ないのです……。わたくしは、わたくしの意思であそこに戻りたい。正直にいうと、男の人が恋しいの。犯して欲しい──。鞭打って欲しい──。そうすれば、なにもかも吹っ飛んで忘れて、幸せな気持ちになれて……」

 

「ああ、お母様、わたしも同じ……。わたしが我が儘で悪い娘だっから、こんなことになって、お母様を巻き込んで……。でも、わたしも同じよ……。わたしも知らなかったわ。わたしの中にあんな魔性の血があるなんて……、ふふふ」 

 

 またもや、ふたりがお互いだけの世界に入ったみたいになった。

 しかし、ふたりが心の底から娼館からの逃亡を望んでいないというのは、なんとなくわかってきた。

 無理矢理に助け出されたのは、ふたりにとって不本意なことだったのだ。

 あんな場所だが、ふたりにとっては幸せを感じる「家」になりかけていたのかもしれない。

 

「ああ、わかったよ──。そんなに言うなら、ハロンドールに連れ帰るのはやめる。お望み通りに娼館に叩き込んでやる。だけど、あそこはだめだ。もっとちゃんとした高級娼館に売る。あんたらは本物の貴族だから気品も備わっている。そして、それなりの美貌だ。しかも淫乱となれば、客はいくらでもつく。それで手を打ちな」

 

 ターナーが諦めたように言った。

 

「お、男の人には酷い目に遭わされたいのです。鞭打たれたり、叩かれたり、罵られたり……」

 

 女伯爵がうっとりとした声で言った。

 

「お望みのところを探してやるよ」

 

 ターナーが嘆息する。

 

「ちょ、ちょっと待っておくれよ。そんなのないさ──。彼女たちを連れ帰らないと、あたしたちのクエストが──」

 

 そのとき、ゼノビアが大きな声をあげた。

 確かにそうだ。

 

「そっちは諦めな、ゼノビア。もともと、あたしが助けたんだ。あんたらは潜入に失敗して捕まっていただけじゃないかい──。とにかく、こいつらの売り先はしっかりと伝える。それで泣いときな」

 

「そんなあ……。あれだけやって、ただ働きかい──。しかも、指名クエストだから失敗の罰金も……。冒険者登録の首飾りまでなくして……」

 

 ゼノビアががっかりした声を出す。

 すると、ターナーが笑った。

 

「こいつらからふんだくりなよ。落ちぶれたとはいっても、大公様だ。その護衛クエストともなれば、いくらでも支払うさ。なあ?」

 

 ターナーがローヌとルカリナを見る。

 

「よろしくお願いします」

 

 ずっと黙って見守っていたローヌが横の獣人戦士とともに頭をさげた。

 

「そうとなったら、このターナー様が面倒みてやるさ。ケイト、ミリア、責め具を持ってきな。この女伯爵を気絶するほどに犯してやる。男の精は無理だけど、男と同じように犯せる腰につけるディルドもある。発作が消えるまで面倒みるよ。食事は抱き合いながらだ」

 

 ターナーが立ちあがった。

 そして、服を脱ぎ始めた。

 シズは唖然とした。

 

「えっ、いまから……なの?」

 

 シズは言った。

 

「発作だしね。仕方ないだろう。それとも、あんたらも混じるかい?」

 

 ターナーが仮面の奥で笑った感じになった。

 

「わ、わかりました。一式持ってきます……。さあ、ケイト」

 

「あっ、はい、ミリア様」

 

 いつの間にか部屋の隅で座っていたふたりが立ちあがる。

 そのとき、ふたりが同時にがくんと膝を折った。

 

「あんっ」

 

「いやっ」

 

 ふたりとも上体を前に折った感じになり、股間を押さえている。

 おそらく、股間に装着されているディルドを魔道で振動させられたのだろう。

 

「お前たちふたりも調教するからね。覚悟しな……」

 

 ふたりが股間を押さえたまま部屋を出て行く。

 しかし、ふたりとも、なんとなく嬉そうな表情をしていたような……。

 

「さて、あんたらはどうする? これから、女伯爵様とご令嬢様のご調教だ。参加したければ、一緒にいてもいいけどね」

 

 そして、ターナーがまずはローヌたちを見た。

 すると、ローヌが慌てたように首を振ったのがわかった。

 

「い、いえ、わたしたちは別室で休ませてもらおうと……。さあ、ルカリナ」

 

 ローヌが必死の様子で拒否した。

 ターナーが笑い声をあげる。

 

「厨房に食事の支度をしているはずさ。勝手にやっておくれ」

 

 そして、部屋を出て行くふたりに声をかけた。

 

「あんたらは?」

 

 今度はシズとゼノビアに声を掛けてきた。

 

「いや、あたしらも別室に行くよ。ただ、ちょっとばかり、こっちも声が大きいかもしれないけどね……。薄い壁の廃屋だ。気にしないでくれよ。お互いに無干渉といこう」

 

 ゼノビアがシズの手首をがっしりと掴んで背中側に捻った。

 しかも、いつの間に持っていたのか縄束を出して、シズを後ろ手に縛り始める。

 

「ちょ、ちょっと、お姉様──」

 

 されるがままにしながら、シズは困惑して抗議した。

 そのあいだにも、背中に回させられた両腕に縄がかかっていく。さらに縄が胴体にくくりつけられ、服の上から乳房の前後に縄が食い込んだ。

 

「くっ」

 

 シズは息を漏らした。

 

「黙りな、シズ。さんざんっぱら、男に犯されたんだろう? 全部、上書きしてあげるよ。そして、あたしにも上書きしておくれ。今夜はあたしたちも、気絶するまで愛し合おうよ。そんな気分さ」

 

「お姉様……」

 

 あっという間に上体を縛られて縄尻を取られて立ちあがらされる。

 まあいいか。

 これから、大好きなゼノビアにまた抱いてもらえるのだ。確かにそんな気持ちではある。

 シズはうっとりと、ゼノビアの胸にしだれかかった。






 *

 次はマクリーヌ兄弟への復讐回の予定です。


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660 ある悪徳兄弟の末路(その1)

 《黄金館の子羊亭》は、公都ファンゴルン商人街の雑居地区にある。

 店は一階建ての完全会員制だ。

 店には地下があり、その地下については、さらに特別な客しか入ることのできないことになっている。

 ルイージ=マクリーヌが店を訪れると、店の主人が自ら応対に現れて、当然に地下に誘導をしてくれた。

 

「来たよ、クハ。兄貴は?」

 

 ルイージは主人に声を掛ける。

 クハというのは店の主人の名だ。

 ドワフ族であり、この小躯種族は才能のある職人気質が多いのが特色なのだが、この男の特技は料理だ。

 ドワフ族特有の小柄で童顔の外観から、人間族の十二、三歳の少年にか見えないが、れっきとした大人であり、確か、もう七十は超えているはずだ。

 その外観を気にして、ドワフ族の男にはひげを蓄える者が多いが、クハは生やしていない。

 そのため、顔のいいクハは、見目麗しい美少年にしか思えず、わかっているルイージでさえ、いつも戸惑ってしまう。

 

 本来は料理人であるクハも、いまは自ら厨房に立つことはなく、経営にまわっている。だが、年に一度、特別会員だけに、クハの料理がふるまわれることになっていて、まさに絶品だ。

 マリオとルイージのマクリーヌ兄弟も、五年前から特別会員の一員として、その宴に参加できる資格を持つようになっていた。

 これも、隣国の大公であるアーサー公のおかげだ。

 

 あの若き英雄殿は、実に、戦の好きな男であり、大公位継承者としては末端の立場であったにも関わらず、敵対する勢力を数々の戦いで退け、ついにはタリオの英雄とも称される独裁的な大公になってしまった。

 

 マクリーヌ商会は、以前から武器を中心とした商売をしていたのだが、「ペテロの塩」と呼ばれる錬金の生成に関わる魔道技法に長けていたことから贔屓にされ、隣国であるにも関わらず、まだマクリーヌ商会がまだ小さい時代から、アーサーたちとは密接に商売をさせてもらっていた。

 

 「ペテロの塩」というのは、木炭や硫黄とともに、火薬の生成に不可欠なものであり、自分の戦に鉄砲という武器を使用するために、アーサーたちはマクリーヌ商会の技術を必要としたのである。

 それはともかく、なぜ、ペテロの塩というのかは知らない。

 一般的には、マクリーヌ家の祖先に外来人の血が混じっていて、その外来人が生成法を伝え、彼の名がペテロであったからとも伝わっているが、実際のところそれは違う。

 マクリーヌ家に伝わっている古い文書によれば、その祖先にあたる外来人はペテロではないのだ。

 最初から祖先は、これを「ペテロの塩」と呼んでいて、なぜそうなのかは、一切記されていない。

 まあ、どうでもいいが……。

 

 とにかく、アーサー陣営の贔屓を受ける以前の当時には、威力はあるが発射速度が限定されるとして、弓に比して鉄砲はあまり戦争向きではないとされていた。

 だから、鉄砲も特定の冒険者くらいしか需要がなく、当然に鉄砲に必要な火薬についても、生成の面倒さのわりには、それほどの需要もなく、儲けに結びつくようなものではなかった。

 しかし、鉄砲で武装したアーサーの軍がタリオ公国内で圧倒的な勝利を次々に収めると、マクリーヌ商会が持っているペテロの塩の技術は、瞬く間に時代の最先端になったのである。

 おかげでマクリーヌ商会は、いまや時代の寵児といっていい。

 

 その関係から、今回のタリオ公国によるカロリック征服においても、当然に、すぐにマクリーヌ商会はタリオ軍の保護下になった。

 戦争に必要なさまざまな物資の調達の発注も次々に回され、マクリーヌ商会は、まさに我が世の春を迎えている。

 

「たったいま到着されまして、すでに地下の個室にお入りになられています。素敵なお連れ様とご一緒でした」

 

 クハがルイージを案内して歩きながら、意味ありげに言った。

 ルイージは思わず相好を崩してしまった。

 兄であるマリオが誰を同行させているのかわかっているからだ。

 

 そして、通されたのは、地下の中でも最も奥になる個室だ。

 円卓があり、その席についているのは、兄のマリオだけだ。

 マリオが連れてきた若い令嬢は、マリオの横で泣きそうな顔で立ったまま震えている。

 

「まだ始まったばかりか、兄貴?」

 

「そうだな。いま、服を脱ぐように命令をしたところだ。なかなか、言うことをきかない」

 

 マリオが笑った。

 ルイージもマリオの横の席に腰掛ける。

 給仕がいて、ルイージの椅子をひいてくれた。

 

 個室にいる給仕は三人だ。いずれも人間族の男であり、口は堅い。

 この個室でいつも行われていることを口外することはない。

 その三人は、前にも同じようなことをするときに立会させており、クハには今日も、この三人に給仕をさせるように頼んでいた。

 

「兄貴に命令されたのだろう。さっさと服を脱げ」

 

 ルイージは冷たく言った。

 令嬢がびくりと身体を震わせたのがわかった。

 

 この令嬢の年齢は十六だ。

 まだ少女である。

 古そうな衣装だが小綺麗な格好をしており、実は下級だが百年以上も続く名家の娘だ。

 しかし、この数年のカロリック公国内の不穏な情勢で家の財産を持ち崩し、さらにタリオ軍がカロリックに侵攻したことで、持っていた商売の利権を一度に失って大きな借金を抱えてしまっていた。

 

 まあ、もちろん、その背景の裏には、ルイージたちマクリーヌ商会の手引きがあるのだが、とにかく、この令嬢の家はいきなり抱えてしまった大きな借金で、にっちもさっちも行かない状況なのである。

 

 これに声をかけたのがマクリーヌ商会だ。

 そして、借金の一部を肩代わりする代わりに、令嬢のひとりに兄弟を「接待」することを求めたというわけだ。

 

 こいつらの家で、どんな話し合いが行われて、なにを言い含められて、この令嬢がここにひとりだけで来たのかまでは知らない。

 そもそも、この少女の家が借金を作ったのは、マクリーヌ商会が動いたからだ。

 ある程度公然と動いたから、ちょっと調べれば、この少女の下級貴族の父親も、今回はマクリーヌ商会の罠に嵌まったということは、すぐにそれがわかっただろう。

 

 だが、それでも、父親はマクリーヌ商会の軍門にくだった。

 一家が離散しないためにはそれしかないからだ。

 また、少なくとも、この令嬢の父親は、マクリーヌ兄弟が命じる「接待」で、目の前の娘がなにを求められるかわかっていたはずだ。

 わかっていて、この娘をここに送り込んだ。

 つまりは、そういうことなのだ。

 

「家の借金を肩代わりする代わりに、父親に俺たちを接待するように命じられたのではないのか? 接待ができないなら帰るがいいさ。だが家がどうなっても知らんがな。明日には大勢の借金取りが屋敷に殺到するのではないか」

 

「そうだな。俺たちの商会が親切で集めてやった手形は、接待を拒否した腹いせにできるだけたちの悪い金貸しに回してやろう。確か、妹がふたりいたな。いい性奴隷になるのではないか」

 

 ルイージに続いて、マリオも少女に言った。

 

「そういえば、贔屓にしている娼館で、二、三日前にぼや騒ぎがあったな。そのときに、かなりの娼婦に逃げられたそうだ。だから、新しい娼婦を探しているそうだ。よければ、口をきいてやってもいい」

 

 ルイージはさらに言った。

 ぼや騒ぎのあった娼館というのは、“クルチザン教会”という名のカロリックでも有名な大娼館商会であり、そのもっとも大きな闇娼館のことだ。

 このところ、ルイージたちも、その娼館の会員になっていたのだが、火事騒ぎがあり、それで大勢の娼婦が逃げてしまったという。

 いや、火事はともかく、その騒動の真っ最中に、闇娼館の主人のブレイドという男が殺されてしまったらしいのだ。

 

 その娼館では、闇娼館に集めていた娼婦奴隷は、全員がブレイドを「主人」とする隷属を結ばせており、ブレイドが死んだ瞬間に、その隷属が一度に解除されてしまったそうだ。

 それで、騒動に合わせて大脱走があったという。闇娼館では普通では抱けない気の強い女を多数集めていたのも、娼婦の脱走に繋がったみたいだ。

 なかば反乱のようになり、日頃娼婦を虐げていた多くの男衆もたくさんぶち殺されたみたいだ。

 問い合わせてみたら、先日遊びにいって、兄弟で気に入ったシズという女冒険者の折檻奴隷も逃亡していた。

 実に残念だ。

 

「ああ、い、妹はまだ十二歳と十歳です。娼婦など──」

 

 少女が泣き出した。

 

「ただの娼婦ではない。娼婦奴隷だ。借金を払えんのは犯罪だからな。犯罪奴隷として売られるのだ。当然だが、妹だけではなく、お前もだ。それに、お前の母親も有名な美女だ。母娘で稼げば寿命が尽きる前には借金もなくなるのではないか」

 

 マリオが笑った。

 少女の泣き声が大きくなる。

 この令嬢もそうだが、母親も有名な美女である。

 だからこそ、罠をかけて一家を借金まみれにしてやったのだ。

 

 いずれにしても、この令嬢はここで味わい、次いで夫人も、このマクリーヌ兄弟で調教してやろうと決めていた。

 最終的には三姉妹もろとも夫人とともに、性奴隷として売り払うことになると思うが、いま、この娘にそれを告げる必要はないだろう。

 自分が犠牲になれば、家族が助かると思わせておけばいい。

 

 そのとき、テーブルの上に置かれているグラスに給仕が飲み物を注いだ。

 ルイージは、グラスに注がれた高級の葡萄酒の香りを愉しんでから口に注いだ。

 

 実に美味しい──。

 なによりも、無垢な少女が絶望に泣く声は美酒の最高の引き立てだ。

 さらに前菜が運ばれてきた。一度、部屋の外に出ていた給仕が料理を運び込んできて、ルイージたちの前に置いたのだ。

 幾つかの前菜のうち、皿の上の薄肉をフォークで口に運ぶ。

 この店にしては珍しくも辛口の調味料で味付けをしてあった。クハにしては変わった味付けだなとちょっと思った。

 だが、旨い。

 

 しかし、マリオは気に入らなかったみたいだ。

 給仕に指示して、料理を取り替えさせている。

 慌てたように給仕が出ていく。

 

「せ、せめて、どこか寝室で……。か、覚悟は決めております……。でも、こんなところでは……」

 

 少女が嗚咽しながら言った。

 すると、マリオが肩をすくめた。

 

「同じことを言わせるな。ここで脱げ──。さもなければ、一家は奴隷落ちだ」

 

「兄貴を怒らせない方がいいぞ。だが、どうしても嫌なら、ここから逃げればいい。明日には借金取りが屋敷に押しかけて、とりあえず、お前の妹たちを連れていくだろうな。さらに、次の朝になる前に、妹たちは男の味を覚えさせられるだろう」

 

「あるいは鞭の味かな」

 

「両方だろうさ、兄貴」

 

 ふたりで笑い合った。

 少女が慟哭する。

 

 だが、服も脱ぎ始めた。

 せめても防御なのか、兄弟には背を向けた。

 それでもいい。

 時間はたっぷりある。

 

 令嬢が頭から服を脱ぎ取る。

 貴族令嬢の服はひとりでは着脱できないものもあるそうだが、この娘が身につけてきたものはそうではない。

 兄弟に抱かれることはわかっていたのだろう。

 まさか、食事処で給仕たちの前で犯されるとは思わなかっただろうが……。

 

 娘が下着姿になった。

 胸当てに手がかかったが、その指はやはり震えていた。

 

 一方で、先ほどマリオがさげさせた皿の代わりの前菜を給仕が運んできた。

 今度は満足したらしく、マリオがそれを口にして、不満は言わなかった。

 だが、裸体にさせられる部屋に、給仕たちが当たり前に出入りをするのは、想像も絶する羞恥と恥辱に違いない。

 給仕たちが部屋を出入りするために扉が開くたび、少女はびくびくと身体を震わせる。

 

「もたもたするな。妹がどうなってもいいのか? 全裸だ──。全裸になれ」

 

 ルイージは酒と肴を口にしながら言った。

 

「は、はい……。すぐに……」

 

 一方で、少女はびくりとなった。

 胸にあてていた布がなくなる。

 少女はいまだに嗚咽している。そして、指は滑稽なくらいに震えている。

 その手が腰の小さな下着にかかる。

 しかし、震えが大きくなり、どうしても指が動かないみたいだ。

 

「兄貴、仕方がない。とめておいた手形を金貸しの連中に回そう。さっきも言ったが、とびきりに性質の悪い連中に心当たりがある」

 

「そうだな。仕方ない」

 

 ルイージはわざと立ちあがる素振りを見せた。

 マリオもそれに合わせて立つ真似をする。

 

「ああ──。お待ちを──。お待ちください──」

 

 少女が慌てたように叫んだ。

 そして、一気に下着を腰からさげて、足首から抜く。

 

「脱ぎました──。脱ぎましたから──」

 

 少女が全裸の身体を両手で隠しながら、こっちに向かって前屈みにの格好になり、声をあげる。

 ルイージとマリオは、目配せをして席に座り直した。

 

「なら、見せよ。身体を隠すな。両手を身体の横に置け」

 

 ルイージは言った。

 少女が諦めたように、裸身を真っ直ぐにして、手を体側に移動させた。

 小振りだが形のいい乳房と、髪の毛と同じ栗毛の陰毛が露わになる。

 

「日焼けはしているがいい身体だな。生娘か?」

 

「は、はい……」

 

 マリオの問いかけに、少女が消え入るような声で頷いた。

 

「生娘だと? 婚約者がいただろう。まだ抱き合ってなかったのか? 確か、幼なじみだったな」

 

 ルイージはわざと声を掛けた。

 この少女に仲のいい婚約者がいることを知っていた。

 だから、意図的に婚約者の話題を振ったのだ。

 

 一家を追い込むために、色々と調べあげた。

 少女の婚約者は、働き者で有能な商人の青年らしく、将来も有望されている人材みたいだ。

 あと十年もすれば、この令嬢の家が抱えた程度の借金くらい肩代わりできたかもしれないが、残念ながらまだ若すぎて、そんな力はない。

 

 実のところ、この令嬢の家には、息のかかった者を入り込ませていたので、こいつの婚約者が目の前の令嬢に駆け落ちを誘ったのも報告を受けていた。

 結局、令嬢は家族を守るために、少女が拒否したから実現しなかったが、もしもそうしていたら、婚約者ごとさらわせるつもりだった。

 この令嬢の前で、婚約者の少年の尻を犯させるのも愉快だったかもしれない。

 それはそれで面白かっただろう。

 

「ああ、もう、彼とはお別れしたんです──。ああ、どうか、それを言わないで──」

 

 少女は号泣しはじめた。

 その哀れな姿に、ルイージは笑ってしまった。

 

「まあいい。ならば、お前も腹が空いただろう。食事を分けてやろう」

 

 ルイージは、グラスの酒に口をつけてから前菜の肉を口の中に運ぶ。そして、しばらく、咀嚼をしてから、空いている空の皿をテーブルから取り、口の中のものを皿に吐いた。

 唾液混じりの咀嚼中の食べ物が載った皿を床に置く。

 素裸で立つ少女が涙を流しつつも唖然とした。

 

「まずは食べよ。四つん這いでな。手は使うな」

 

 ルイージの言葉で、少女がわっと声をあげて泣く。

 そのとき、ルイージは、いつの間にか、兄のマリオが眠ったように椅子に座ったまま脱力していることに気がついた。

 

「兄貴?」

 

 声を掛ける。

 しかし、ぴくりともしない。

 どうしたのだ、急に?

 ルイージは訝しんだ。

 

 驚いて手を伸ばそうとした。

 だが、なぜか身体が動かない。

 それどころか、休息に眠気が襲ってきた。

 

「な、なんだ?」

 

 ルイージは声をあげた。

 慌てた。

 そして、はっとした。

 

 いつの間にか、給仕たちがいなくなっていたのだ。

 いや、いるのだが、三人いたのがふたりになっている。だが、そのふたりとも見知らぬ顔なのだ。いつもの顔じゃない。

 いつの間に……?

 そのうちのひとりがルイージのそばにやってきた。

 

「効き目が強いと、片側が騒ぐと思ったから遅効性の薬にしたけど、相変わらず、やっていることが下衆(げす)ねえ……。心に咎めるものなく、あんたらを殺せるわ……。ねえ、あんた、もう大丈夫よ。服を着なさい。その代わり、ここで見たものは他言無用よ」

 

 その給仕が言った。

 いや、給仕ではない。

 そう思い込んでいただけで、いつの間にか入れ替わっていた女だ。

 

 しかも、その顔は……。

  

「シ、シズか……」

 

「ご名答。久しぶりね……。いや、そんなに経ってないか」

 

 給仕の男に変装していたシズがルイージの身体を押す。

 身体は完全に脱力していて、支えることもできずに、ルイージは頭と肩から床に落ちた。

 

「あんたは、急いで服を着て外に出なさい。安宿でも、婚約者のところでも逃げ込むのよ──。家には戻らない──。いいわね。そして、今夜のことは忘れなさい」

 

 別の給仕も近寄ってきて、少女に言った。

 少女は唖然としている。

 あっちも女だ──。

 

 その女も、マリオを床におとして服を脱がせ始めている。

 一方で、ルイージについているシズも、ルイージから服を剥がせだした。

 

「な、な……か……かはっ……」

 

 悲鳴をあげようと思うが声が出ない。

 それどころか、急速に意識も消えようとしていた。

 ルイージは焦った。

 

 そこに、さらに別の誰かが部屋に入ってきたのがわかった。

 女だ。続いてふたりの男……。

 

 セイレーン?

 

 その女は、マクリーヌ商会同様に、最近になって頭角を現した商会の女会頭だ。

 あのマア商会の支店的な商会であるが、商会の会頭が大変な美女に交代したことから、マクリーヌたちの業界でも話題になっていた。

 

 しかし、なぜ、そのセイレーンがここに?

 服装からして、客としてこの店にやってきていた雰囲気であるが……。

 

 だが、そのセイレーンがつれていたふたりの男の顔に視線があたり愕然とした。

 そのふたりは、ルイージとマリオと瓜二つの顔をしていたのだ。

 

「あんたらはこいつらの服に着替えて、そこに座りなさい」

 

 セイレーンがその男たちに言った。

 シズともうひとりの女がルイージたち脱がせる服や装飾具が次々に渡されて、そいつらが身につけていく。

 いずれも、この手のことに手慣れた感じだ。

 

 そして、だんだんと意識が消えていく。

 ルイージは、意識を完全に失っていく中で、下着姿になったマリオが大きな袋に身体を入れられていくのを見た。

 

 気がつくと、ルイージの目の前にも大きな袋が……。

 

 そして、なにもわからなくなった。



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661 ある悪徳兄弟の末路(その2)

「おえええええ」

 

 ローヌが何回目かの嘔吐をした。

 

「ローヌ様──」

 

 後ろの茂みに駆け寄っていったローヌの身体を獣人の女戦士のルカリナが支える。

 胃液を吐くローヌの背を心配そうにさすっている。

 

「大丈夫、ローヌ……? ねえ、もういいんじゃないですか、セイレーンさん?」

 

 さすがにシズは、セイレーン……本来の名前はビビアンというらしいが……彼女をたしなめた。

 一応、呼び掛けは“セイレーン”と呼ぶようにしている。

 ビビアンは、あの仮面女のターナーが紹介してくれた相手であり、今回シズたちを助けてくれる人物だ。

 

 カロリック公国の公都ファンゴルンから、いくらか離れた山の中である。

 人の近づく道とはかなり離れている場所であり、しかも、いまは真夜中だ。わざわざこんな辺鄙な場所を選んだのであり、しかも、こんな時間だ。万が一にも、偶然に誰かに、この状況を見られるということなどない。

 そこで、マクリーヌ兄弟への拷問が続いていた。

 

「だめよ。この大公様をハロンドールに逃がす代償は、こいつらの始末を最初から最後まで見守ることだって言ったでしょう。そうじゃなければ助けないわ。あんたらについては、ロウ殿の関係者だから無条件で助けるけど、この大公様を助ける義理はないもの」

 

 セイレーン、すなわちビビアンが面白くなさそうな顔で言った。

 シズは嘆息した。

 

「だけどねえ……」

 

 今日は四個の月が出ているので、樹木に空が隠れているにもかかわらず、十分にお互いの顔が見えるほどの明るさがある。

 目の前で行われている光景に耐えられずに何回も嘔吐しているローヌの顔色がすでに真っ白なのがわかるのだ。

 

「い、いえ……、だ、大丈夫です……」

 

 ローヌがルカリナと一緒に戻ってくる。

 そして、健気にビビアンとシズのあいだに立つ。

 拷問の場所はいくらも距離はない。ローヌはさっきから続いているマクリーヌ兄弟への凄惨な拷問の光景と血の匂いにあてられて、何度も嘔吐しているのである。

 

 実は、このビビアンがシズたちだけでなく、さらにカロリックへの亡命を求めている少女大公のロクサーヌを助ける条件として出したのが、目の前でやっているマクリーヌ兄弟への拷問に立会することだったのだ。

 

「そもそも、あたしはタリオの諜報員なのよ。そのタリオ軍が目の色変えて追いかけてる女大公を勝手に逃亡させたとあっては、あたしが処刑されるわ。やばい橋渡るんだから、この人にもやばい案件に立会してもらうわよ。そもそも、こいつは気に入らないの。カロリックがこんなになっているのに、自分の命の可愛さで逃げ回っているんだものね」

 

 ビビアンが鼻を鳴らす。

 このビビアンは、ローヌが大公としての義務を捨てて、ずっと逃亡していることをなじり続けているのである。

 

 しかし、シズは政治的なことについては縁もないし、国主としてあるべき行動などということにも興味もない。

 本当は大公という大変な身分にも関わらず、ローヌが実に優しい性格だということをシズはよく知っているし、誰に対しても親切で、人当たりがいい本当に優しい少女だとわかっている。

 このちっとも大公らしくないローヌのことが、シズは気に入っていた。

 施政家としてどうかは知らないが、人としては好人物だ。

 シズにとっては、それで十分だ。

 

 だが、ビビアンによれば、大公としては最低だそうだ。

 タリオ軍がカロリックを征服しようとして国境から軍を入れたとき、カロリック国内には裏切り者が続出して、さらにその騒乱に乗じてあちこちの獣人族が騒乱を起こすなどということが頻発し、大変な状況になった。

 そんなときに、このロクサーヌは、自分がやるべきことを捨てて、身ひとつで逃亡することを選んだのだ。

 その結果、混乱に拍車がかかり、カロリック国内では大勢の者が死んだし、捕縛もされる結果になったという。

 

 ローヌひとりのせいではないが、ビビアンに言わせれば、大公であるロクサーヌがいなくなったことで、事実上のカロリック公国の滅亡が早まったのは事実なのだそうだ。

 ビビアンはそれが気に入らないという。

 

 ビビアンの主張はこうだ。

 ロクサーヌという施政者が、大貴族たちの傀儡にすぎず、まったく権力を持っていなかったとはいっても、国が滅びるときの施政者は、その国と運命をともにするのが当然だ。

 それにも関わらず、このロクサーヌは、タリオ軍に捕らわれれば処刑されることがわかってるので、公都の騒乱に乗じて、護衛獣人戦士のルカリナだけを連れて逃げてしまった。

 ビビアンにいわせれば、義務から逃げた呆れた大公なのだそうだ。

 

 それを糾弾されたとき、ローヌはしょげ返りながらも、処刑されるとわかって、大公宮に留まるのはとても怖かったと話した。

 これまでロクサーヌのことなど、なにひとつ話を聞いてくれなかった貴族たちが、タリオ軍が近づくことで、ロクサーヌに全責任を被せ、なんとかしろとか、早く指示を下せと怒鳴りまくるのが理不尽に感じて仕方なかったとも言った。

 だから、逃亡したと──。

 

 だって、死ぬのは怖い──。

 

 ローヌは泣いて謝りながらも、はっきりと言った。

 ビビアンは、本当に呆れていた。

 

 しかし、シズはローヌがとても正直な少女なのだと思い、むしろ好印象だった。

 誰だって、死ぬのは嫌に決まっている。

 

 だから、大公だからとか、王だからといって、死ぬべきときに潔く死ぬべきだいうのは、シズはよくわからない価値観だ。

 みんなにも、国民にも悪いけど、死ぬのが怖いから逃亡しているというローヌの心情が、実にわかりやすくて、とても納得できる。

 

「は、はい……。最後まで見ます……。だから、どうか、わたしとルカリナを助けてください。お願いします」

 

 ローヌがビビアンに頭をさげる。

 すると、またもや、ビビアンがローヌを軽蔑したように嘆息した。

 

「わかったけど、ショーも話が違うじゃないのよ……。ロウ殿の愛人をハロンドールに逃がす協力というから引き受けたのに、賞金かけられて手配されているロクサーヌ大公を匿うなんて……。何度も言うけど、あたし、本当はタリオの間者なのよ……」

 

 ビビアンがぶつぶつと独り言のように呟く。

 セイレーンこと、ビビアンは、ロウの女のひとりである女豪商マアの子飼いの女部下である美人商人という触れ込みだったが、それは表向きの看板であり、実は、タリオ公国のカロリック征服のために送り込まれていたタリオの間者だという。

 しかも、そのタリオの諜報員ということさえも真実の立場ではなく、本当はタリオを裏切って二重間者のようなことをしているロウの女のひとりだという。

 そんな人間をロウが使っているということなど知らなかったから、シズも驚いてしまった。

 

 とにかく、そのセイレーンが女商人として看板を出している商会をシズとゼノビアが訪ねていくと、すでにターナーから話が通じていたらしく、すぐに奥に連れて行かれて、詳しい話をした。

 

 また、ターナーに言われていたので、セイレーンには、シズとゼノビアがロウの愛人のひとりだと口にしたのだが、どうやら知っていたらしく、親しそうな口調でハロンドールへの帰還の面倒を見てくれることを約束してくれた。

 こんなに簡単に請け負ってくれていいのかと思うくらいに拍子抜けするほどの気楽さだった。

 シズも、ロウの持っている人脈にちょっとびっくりしてしまった。

 

 そして、詳しい事情を説明しているあいだに、シズとゼノビアがカロリック公都の闇娼館に数日間捕らわれていたという話をした。

 ビビアンは思いのほか陽気な女であり、折檻娼婦としてシズが受けた仕打ちをなにかの笑い話のように愉しく聞いていたのだが、その中でマクリーヌ兄弟の話題になったときに、ちょっと表情が変わった。

 どうやら、その兄弟はマア商会と敵対する商売仇のような立場らしく、しかも、有名な悪党であり、その兄弟の悪徳は業界内で鳴り響いているようだ。

 ところが、タリオ公国のアーサーと昔から昵懇だったこともあり、なかなかの影響力を持っていて、それを笠に着て好き放題していらしい。

 また、戦人(いくさびと)としてのアーサーを支える火薬生成に関わる技術を抱えていて、しばらく前から、マアという女豪商がそのマクリーヌ兄弟の商会を狙っていたのだという。ビビアンはその実行の尖兵のような立場なのだ。

 

「お姉様、そろそろ代わろうか?」

 

 シズは、ゼノビアに声をかけた。

 少し離れた場所には、四肢の骨を折って転がしているマクリーヌ兄弟がいて、いま、兄の方を拷問しているのがゼノビアなのだ。

 ここにいるのは、食事処から誘拐して、ここに連れてきたマクリーヌ兄弟のほかには、シズとゼノビア、ローヌことロクサーヌ少女大公と護衛のルカリナ、そして、ビビアンと彼女が連れてきた十人ほどの部下である。

 部下は全員が若く、男もいれば、女もいる。

 彼らは、タリオでもマアでもなく、純粋にビビアンに奴隷の誓いをしていて、絶対に裏切らないという。

 話をきけば、全員が孤児であり、路上で餓死するところだったのをビビアンが引き取って育てたのだそうだ。

 いまは、全員が自ら望んでビビアンを主人とする奴隷の誓いを交わしているとのことである。

 

 また、仮面女のターナーはいない。

 彼女については、シズたちをビビアンに引き渡してから、本物のテレーズ=ラポルタ女伯爵たちを連れて、どこかに立ち去ってしまった。

 ビビアンに仲介するだけでなく、まとまった路銀までも融通してくれた。

 なんだかんだといい人物だった。

 

「ショーって? ターナーのこと?」

 

 拷問をしているゼノビアのところに向かおうとして、ふと、シズはビビアンの呟きで疑念に感じたことを訊ねた。

 

「ああ、そうよ。“ターナー=ショー”──。あいつの名前ね」

 

 ビビアンが言った。

 

「へえ、あいつ、家名持ちなの。前世持ちだとか言っていたけど、お貴族様でもあるのね」

 

 すると、ゼノビアがシズと交替するために、こっちに歩いてきながら言った。

 どうやら、ゼノビアもこっちの会話に耳を傾けていたみたいだ。

 

「どちらかというと、ターナーが家名だそうよ。ショーが呼び名。だけど、貴族じゃなくて庶民らしいわ……。それはともかく、あいつって、タリオに与していたときには、そりゃあ、根暗で陰湿な性格だったのよ。まあ、奴隷にされているのは知っていたけど、奴隷から脱してタリオの諜報員から抜けたら、本当によく喋るようになったし、陽気な女になったわね。もっと早くから仲良くしておけばよかった」

 

 ビビアンがちょっと思い出したように言った。

 ここにはいないターナーだが、このビビアンもターナーも、お互いにタリオの諜報員という肩書きを持っていたふたりだそうだ。

 ビビアンはその諜報員の立場のまま、ロウに情報を売る二重間者のようなことをしているのに対して、ターナーはタリオの諜報組織から抜けてしまった存在であると教えられた。

 

 タリオの組織に属しているあいだは、ほとんど話したことはなかったみたいだが、ターナーがタリオの諜報組織から抜けてしばらくして、セイレーンと名乗る大商人にやつしていたビビアンを訪ねてきたらしい。

 訝しむビビアンだったが、ターナーはビビアンが実はタリオを裏切っていることを知っていて、自分も同じ立場だと語ったようだ。

 

 また、なによりもふたりが仲良くなったのは、どういう経緯でそうなったのか理解できないものの、ターナーとビビアンが百合の技で競った性愛勝負だそうだ。

 その結果、ビビアンが負けたという。

 どうやら、ターナーが口にしていた、ビビアンに貸しがあるというのは、その百合勝負のことのようだ。

 

「あいつが根暗で陰気ねえ……。想像はできないわね。それに、ターナーという家名があるのに貴族じゃないって?」

 

 ゼノビアがビビアンに言っている。

 横にいるシズもそれは疑念に思った。

 名乗りの前側が家名であろうと、後ろ側が家名であろうと、家名がある時点で貴族だ。

 家名というのは、貴族しかないものなのだ。

 ターナーという家名がある時点で、彼女は庶民出身ではない。

 

「よくわからないけど、前世のときの名前だそうよ。前世の世界では、庶民でも家名があったと言っていたわ」

 

「へえ」

 

 ゼノビアが応じている。

 彼女が前世持ちだというのは、シズたちも彼女自身から教えられたが、ビビアンもまた知っていたようだ。

 

「これも、どうでもいい話だけど、ターナーというのは大切な名とか言っていたわ。死ぬほど好きだった前世の愛人と一緒の名なんだってよ。閨でそれを語るときには、あいつは可愛い女の顔になっていたわよ」

 

「あら、似合わない」

 

 ゼノビアがくすりと笑った。

 

「そうよね。まあ、だけど、その前世の愛人が死ぬほど好きだったみたいね。彼の奥さんのことも……。だから、夢でもいいから、もう一度ふたりと話せたら、命と交換してもいいなんて呟いてたわよ」

 

「らしくなわいねえ……」

 

 ゼノビアは声を出して笑った。

 シズはその会話を背にして、マクリーヌ兄弟のところに向かった。

 さっきまでゼノビアが拷問をしていたのは兄の方だ。

 

「ううう……」

 

 その夜闇の中に、マクリーヌ兄弟の呻き声が響く。

 だが、それ程は大きな声ではない。

 シズやゼノビアたちが徹底的に拷問をして、完全に体力を削いでしまっているからだ。

 しかも、抵抗できないように手足の骨を何箇所も砕いている。それだけでなく、金属の棒を使って腹の内蔵を破壊してやった。

 従って、こいつらは悲鳴をあげたくても、大きな声すらも出せない状況だ。だが、はっきりとした言葉は発することはできる。

 そんなぎりぎりのところに追い詰めているのだ。

 

「シズ、そろそろいいわよ──。もう処置してもいい。あんたに任せるわ」

 

 すると、後ろからビビアンに大きな声をかけられた。

 このふたりを捕らえてずっと訊問していたのは、このふたりがやっていた悪事を含めた商売のことだ。

 特に「ペテロの塩」の錬金法のことである。

 

 「ペテロの塩」というのは、どうやら火薬の製法に欠かせない特殊技術らしく、ビビアンはマアと組み、マクリーヌ商会を通じて、タリオ国のアーサーが半独占をしているその技術をロウのために、横取りすることを狙っているらしい。

 それで、この一件を機会に、しばらく兄弟の偽者をマクリーヌ商会に送り込み、数ヶ月ほどをかけて、すべてを乗っ取ってしまおうしているらしい。

 

 とんでもないことを考えるものだと思ったが、だから、偽者と入れ替わってることがばれないように、色々なことをふたりから聞き出しているということだ。

 本当はもっと時間をかけて情報を集める予定だったが、シズたちが今回の話を持ってきたことで、乗っ取りの予定を早めたそうだ。

 

「さて、次は、またあたしよ……。ねえ、ほかに話したいことはある?」

 

 シズは呻き声をあげている兄貴に向かってしゃがみ込んだ。

 すでに、視力はない。

 最初の方の時点で、小枝で何度も両眼を突いて視力は潰していた。また、手の指は全部切断してなくなっている。

 ゼノビアは二の腕を裂いて、骨を削ったみたいだ。

 蒼白い腕の骨が表に出ている。

 それでいて、出血は大したことはない。

 出血死しないように、肩の下をきつく縛っている。

 

「ゆ、ゆ、許して……くれ……。も、もう……全部……はなした……。な、なんでも……」

 

「あっ、そう」

 

 シズは一度立ちあがってマクリーヌ兄の身体を蹴り飛ばした。

 ふたりの横には大きな穴がそれぞれに掘ってある。

 その中に蹴り入れたのだ。

 

「こっちはいいわ。次は弟の方への最後の質問に入るわ」

 

 シズは、ゼノビアとビビアンに声をかけた。

 すると、ビビアンの指示を受けたビビアンの部下たちがショベルを持って寄ってきて、次々に穴に土を入れ始める。

 

「……や、やめてくれ……。ま、まだ……生きてる……」

 

 すると弟が苦しそうな声で言った。

 こっちについても拷問を続けているが、まだ訊問はあまりしていない。

 先に兄貴から手をつけていたのだ。

 だから、まだ、さっきの兄ほどには痛めつけてない。

 まだ目も潰してないし、爪は剥がしたが指は全部残っている。

 

「知っていることを話しなさい。そうすれば、楽に殺してあげる。そばにいて見てたでしょう。あんたの兄貴は、喋るのに時間をかけさせた。だから、苦しむように殺しているのよ。だけど、進んで喋って手間をかけさせないなら、一瞬で殺してあげるわ」

 

 シズは脅した。

 すると、マクリーヌ弟が泣き出して失禁をした。

 

 そして、色々なことを喋りだした。

 次から次へと……。

 

 あまりにも語り出したので、ビビアンとゼノビアも寄ってきた。

 ローヌとルカリナについては、いまもちょっと離れた場所から近寄らなかったが……。

 

 弟についても、もう聞き出すことはないと判断したのは、夜明け前だった。

 シズは小刀で心臓を刺し、約束通りに一瞬で絶命させてから、穴に放り込んだ。

 

「さて、終わったわね」

 

 弟を埋めた穴を完全に埋め終わったときには、白々と夜が明けかけていた。

 ビビアンが何事もなかったかのような明るい口調だ。

 そして、十人連れてきている部下のうちのふたりを呼んだ。

  

「……彼らが案内するわ。このまま公国を去るといい。準備しているのは荷を運ぶ船よ。必要なものは船に積んでいる。船に隠れて川を下ったあとで、安全なところで岸につけるわ。そこからは自分たちでよろしく。任せて。全く問題なく国境を超えられるわ。そこの大公様もね」

 

「感謝するわ」

 

 ビビアンの言葉にゼノビアが頭をさげる。もちろん、シズもだ。

 すると、慌てたように、横でローヌも頭をさげた。

 

 とにかく、やっとハロンドールへ帰還だ――。

 

 

 

 

(第6話『女伯爵の行方』終わり)






 *

 明日から長崎に行きます。再投稿は一週間後先になると思います。『嗜虐西遊記』はすでに日数分の予約投稿をしているので、定時投稿ができます。
 よろしくお願いします。


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 第7話   朝のご乱交
662 浴場乱交の情景(その1)


「そうですわ……。もっと、泡をおたてください、女王様。それでご主人様の大切なところを隅々までお洗いするのです……。あっ、そうそう……。もっと頑張って……。ふふふ、お上手ですわ……。あっ、マーズさんは、もっとお乳首に気を集めるとよろしいです。感覚をそこに集中するのです」

 

 ナタル森林からハロンドール王国との国境を越えたモーリア男爵領の屋敷の敷地内にある別宅である。

 マルエダ辺境候からの使者──王妃アネルザの二番目の弟になるシモン=マルエダと会合した翌朝であり、まだ今日は顔を見ていないが、シモンと彼の婚約者のクリスチナも同じ建物に泊まっている。

 一郎たちについては、遅めの朝食を終えたところだ。

 

 そして、別宅に備え付けてくれたらしい大浴場に、一郎は女たちとともにきていた。

 その大浴場の洗い場の木椅子に一郎は腰掛け、前からマーズ、後ろからガドニエルというかたちで、ふたりの乳房を使った身体洗い奉仕を受けているところだ。

 しかも、その教え役をスクルドがしているのである。

 元ハロンドール王都の有名女神殿長が、エルフ族の女王と、これもまた王都で有名な女闘奴のマーズに、一郎の元の世界における「ソープ嬢」のサービスを教えるというのは、なかなかにあり得ない状況のような気がする。

 もちろん、ほかの女たちも大勢が浴場に集まってきていた。

 

 今日から数えて三日目の朝になったら、一郎はひとまず一行を分離して、すぐに王都に帰還して王宮の混乱の状況を把握する組と、辺境候領に赴いて叛乱の旗揚げを宣言しているクレオン=マルエダ辺境候に対処する組に分かれて行動することを決めている。

 王都組については、ミウ、マーズ、イット、イライジャ、ユイナを予定していて、とにかく、ミランダたちと合流するとともに、一郎たち主力もすぐに向かうから、王都で情報を集めてくれと頼んでいる。

 

 一方で、一郎たち主力ともいえる親衛隊を含む集団については、辺境候領で捕らわれているピカロとチャルタの引き取りと、叛乱の鎮静のために動くことになる。

 どういう経緯で、そういうことになったのかの詳細は不明であるものの、サキが辺境候軍を操るために送り込んだらしいふたりのサキュバスは、その存在が発覚して囚われているということだ。

 

 あのふたりが囚われたなど考えにくいにだが、どうやら、それは王宮からの密告によるらしい。

 しかし、納得がいかない。

 そもそも、サキュバスたちを送り込んだのは、その王宮を支配しているサキであるはずだからだ。

 その王宮側がピカロとチャルタの辺境侯への潜入の情報をばらすというのはどういうことなのだろう?

 

 ただ、マルエダ辺境候は、そのサキュバスたちに対する処刑宣告をしつつも、その対処を話し合うために、一郎との面談を希望しているらしい。

 使者であるシモン=マルエダがそう言っている。

 これもまた、辺境候の狙いがまったく不明なのだが、一郎としては向かうしかない。

 

 いずれにしても、その辺境候領への出立は二日後の朝に決めていた。

 だから、今日はまだ、このモーリア男爵が準備してくれた別宅で、女たちとゆっくりとすごす時間というわけだ。

 

 ただ、遊ぶために時間を無駄にしているわけではなく、辺境候領に向かう方法として、一郎は、一度ナタル森林側に戻り、通称“女王の道”を称する移動術設備を使って、瞬間移動の連続で辺境候領に向かうことを考えている。

 

 二日というのは、女王の道の設備を、このモーリア男爵領に接する森から、辺境候領に近い森に接続し直すための時間ということだ。

 これについては、水晶宮にいるラザニエルと、享子の記憶を持つケイラ=ハイエルが全力で取り組んでくれている。

 これをもしも陸路で向かうとなれば、とてもじゃないが数日で辿り着くなど不可能なのだ。

 一郎たちとしては待つしかなく、待つしかないなら、心の充実をはかりたいというだけの話である。

 

 一方で、モーリア男爵は、一郎たちを屋敷内の別宅に迎えるとなったとき、わずか数日の余地しかなかったのに、準備し得る最高のおもてなしを整えてくれた。

 例えば、お忍びとはいえ、エルフ族の女王であるガドニエルという最高の賓客がいるにもかかわらず、一郎の要望のとおりに本屋敷ではなく、わずらわしさのない別宅を滞在場所と決めてくれたことだ。

 しかも、部外者については最小限の接触に留めて置いてくれている。召使いのような者たちも排除してくれ、一郎たちだけにしてくれているのも、最高の心遣いだ。

 これが並の貴族なら、一郎はともかく、エルフ族の女王に少しでも近づこうと、嬉しくもない歓迎漬けにさせられるところだろう。

 

 おもてなしについては、この大浴場もそうだ。

 おそらく、一郎が温泉好き、風呂好きということを調べたのだと思うが、たった二日くらいしか準備期間がなかったはずなのに、こうやって大きな湯舟の大風呂を準備もしてくれた。

 もともと、それほど大きくなかった浴室を魔道師を駆使して集めまくって改装してくれたらしい。

 男爵として、爵位こそ下級だが、財力にしても、集められる兵力にしても、かなりの力量を持っているという定評のあるモーリア家の力を垣間見た感じだ。

 それはともかく、おかげで、こうやって、朝から大きな湯舟と広々とした洗い場で女たちといちゃいちゃできるというわけだ。

 

 一郎が朝風呂に行くと告げ、同行したい女はいないかと声をかけると、ほぼ全員が手をあげた。

 朝風呂に向かうということは、一郎の場合はその言葉のとおりのことだけではなく、朝からの乱交を伴うことについては、全員がわかっている。

 しかも、かなりの確率で一郎は一緒に風呂に入る女を縄で縛ってしまう。

 そっちが愉しいからだ。

 

 結局、ついてきた女は、シャングリアを除くいつもの三人娘エリカ、コゼ、さらに、ミウ、マーズ、イットの新しいパーティメンバー、さらに、イライジャとユイナ、そして、ガドニエルと押しかけ魔道遣いのスクルドだ。

 つまりいないのは、モーリア家との連絡で抜けているシャングリアと、やはり一郎たちの世話のための家事を含めた警護業務のについている親衛隊を指揮しているブルイネン、そして、親衛隊の女兵たちである。

 

 さらに、一郎に同行した女たちのうち、ミウ、イット、マーズ、コゼ、ガドニエルについては、縄で後手縛りにして両手の自由を完全に封じた。

 これに対して、特に拘束をしていないのは、スクルド、イライジャ、エリカ、ユイナだ。

 そうやって分けたのも、何度も主張するが、そっちの方が面白そうだからだ。

  

「こ、こうですか……、あっ、ああっ」

 

 一郎の背中側にいるガドニエルが一郎の背中に乳房を擦りつけて悶え声を出す。

 スクルドが教え役になり、後ろからガドニエル、前からマーズが乳房に泡をつけて、一郎の肌を洗っているのだ。

 鍛えているマーズはともかく、ガドニエルについてはすでに汗びっしょりであり、ちょっとつらそうだ。

 だが、愉しそうでもある。

 

 そもそも、どうしてこうなったのかの詳細は知らないものの、いつものように湯船や洗い場で女たちを代わる代わる抱いていた一郎に対して、この三人が寄ってきて、乳房奉仕の練習をさせて欲しいと申し出てきたのだ。

 順番を待っているあいだに、どうやら、スクルドが前にそういうことをして一郎に愉しんでもらったと世間話のように語ったのが切っ掛けのようだ。

 

 スクルドは、スクルズと名乗っていた神殿長時代のほとんどを一郎の屋敷に入り浸っており、一郎はそれこそありとあらゆる痴態をエリカたち三人娘とともにさせた。

 確かに、乳房洗いもやらせたこともある。

 しかも、感度十倍にして、股間や胸を使って一郎を洗わせるなど、好き勝手したものだ。

 だが、目の前の彼女たちの会話に耳をやっていると、スクルドにとっては、それがなにかの武勇伝のように記憶しているらしい。

 とにかく、スクルドの話に多いに興味を抱いたガドニエルがやってみたいと声をあげるとともに、たまたま、隣にいたマーズが誘われて、いまの状況となったということみたいだ。

 

「しゅ、集中するといっても……。そ、そんなことしたら……ち、力が抜けて……」

 

 前側でがに股の体勢で膝を折り、一郎の胸に乳房を懸命に擦りつけているマーズが息を荒くしながら言った。

 背中側では、同じような体勢のがドニエルが一郎の背中を胸で擦っているのだから、前後に女の肉に挟まれていることで、一郎も実に興奮している。

 マーズ側にある一郎の股間は、完全な勃起状態だ。

 

「ふふふ、頑張りなさい。マーズ……。そいつの言葉の通り、ご主人様は女が感じれば感じるほど悦んでくれるのよ……。だけど、やっぱり淫乱巫女ねえ。ご主人様のことをわかっているじゃないの」

 

 湯船側からこっちを見物しているコゼがにこにこしながら言った。

 一郎たちの横に立っているスクルドがにこにこと微笑む。

 

「もちろんですわ。もう巫女ではありませんけど……。ご主人様のお教えをコゼさんたちに次いで体得しているのはわたしですので、これから一緒に暮らすことになるガド様にも、マーズさんにも、知っていることはすべてお教えします。みんなで愉しくすごしましょう」

 

「みんなじゃなく、あんたが愉しいんじゃないの? でも、ご主人様、王都への先発組を編成するなら、この不良巫女こそ、先に向かうべきなんじゃないですか? だって、こいつが責任者なのに……」

 

 スクルドに対して、またもやコゼが揶揄うように言った。

 王都の混乱が一郎の不在時に起こしたサキ、アネルザ、スクルド、ミランダの四人が発端となったルードルフ王の退位工作というのは、すでに承知している。

 それがテレーズ=ラポルタという女伯爵の悪業と、さらに、サキの暴走などの色々な要因が重なって、いまは王都が秩序を失うほどの大混乱となっているのだ。

 しかも、これについては、タリオ公国のアーサー大公の裏工作も絡んでいる可能性もある。

 そこに、南部地方の賊徒の叛乱などが重なって発生しており、王国全体が、かなりの騒乱状態といえる。

 

 一介の冒険者であり、爵位をもらったとはいえ子爵にすぎない一郎としては、そのそも、そういう国政に絡む理由もなければ、権利もないのだが、すべての騒乱の原因が一郎の女たちに繋がっているとなれば、関わないわけにはいかないだろう。

 

 こうなったら、一郎の女たちの力を借りて、この騒乱を落ち着かせるために力を尽くすつもりである。

 だから、もともと可能な限りに早く、王都に戻るつもりだった。

 なんとなくだが、ほとんどの騒乱は、一郎が王宮の乗り込んで、サキの暴走をとめれば終わるような気もする。

 

 だが、国境を越えてモーリア領に入ったところで辺境候の使者であるシモンと接し、一郎自身がすぐに辺境候領に向かう必要があると決心した。

 従って、一郎の伝言を持たせて、一部の女たちだけでも、先に王都に戻らせることを決めたというわけだ。

 

 その王都組については、まずはイライジャ──。

 情報処理能力も高く、状況が混迷していても至当な判断もできる。

 これに、イットとマーズという戦闘能力のあるふたりをつける。これで旅の安全は図れるだろう。

 そして、ミウとユイナ――。

 一郎たち主力は、これから辺境候領に向かうことになる。

 シモンによれば、即座に殺される可能性は低いようだが、すでに反乱軍を編成している軍のまっただ中に行くのだ。

 危険である。

 王都への移動と帰還も危険ではあるが、辺境候領に乗り込むよりは安全と判断した。

 そのために、ミウとユイナは辺境侯領土には連れていかないと決断をした。

 従って、一郎と一緒に行くのは、戦いに慣れている者だけだ。

 

 それはいいのだが、そのメンバー分けが決まったとき、スクルドが王都先行組に入らなかったことについて、何人かは不満の声があったのである。

 王都の状況を誰よりも承知しているのがスクルドなのだから、誰が先行帰還組になるのであろうと、スクルドがそれに入らないのはおかしいというのだ。

 まあ、それもひとつの意見だろう。

 しかし、当のスクルドは、せっかく遙々と王都を抜けて一郎と合流したのに、限られた時間であろうとも、一郎から離れるのは嫌のようだ。

 だから、誰かがそれに触れようとするたびに、必死に話題を混ぜ返そうとする。

 

「まあ、そんなこと言わずに、コゼさん。こうやって、ご主人様をお喜びさせるために、全身全霊を尽くしますわ。頑張りますから」

 

「誰が残り組になっても全員が頑張るわよ。もちろん、あんたがいなくても、あたしたちがいるから問題ないわ」

 

「そんなことありませんわ……。それよりも、ご奉仕です。さあさあ、おふたりとも頑張りましょう。もっと自分の性感を呼び起こすようにするといいですわ。コゼさんも言いましたが、ご主人様はそっちがお喜びになられるのです」

 

 懸命に一郎の前後で、「泡踊り」をしているガドニエルとマーズに、スクルドが向き直った。

 スクルドに限らず、一郎と別れる組になるのは、誰もが喜ばない。

 ミウなど大いに不満そうだったが、やっと、なんとか納得させたのだ。

 当然にスクルドもそうであり、誰かがスクルドも王都の先行帰還組に入れるべきだというと、いまのように、話を逸らすような行動や発言を繰り返すのだ。

 一郎はくすりと笑ってしまった。

 

「まあそうだな。ほら、マーズ……」

 

 一郎は腕をマーズの股間に乗せるように下からあてがった。

 

「股洗いだ──。ガドも来い。ふたりで股間で俺の腕を洗え」

 

 さらに、体勢を直して、ガドニエルの股間も腕に跨がらせる。

 両手を左右に伸ばして、左右からその腕にふたりの股間を乗せさせるかたちだ。

 

「は、はい」

 

「わ、わかりました、先生──」

 

 ふたりが股で腕を擦り始める。

 すぐにふたりがよがりだす。

 

「ね、ねえ、ロウ様、あたしたちも、ご奉仕させてもらっていいですか? 練習です」

 

 すると、そこにミウがやってきた。

 イットも一緒だ。

 

「おう、来い。じゃあ、舐めてもらおうかな」

 

 マーズが一郎の前から横に移動したことで、一郎の股間が空いた感じになった。

 それで、すぐにミウとイットが寄ってきたということだ。

 まあ、イットはミウに誘われたのであろうが……。

 

「やった──。行きましょう、イット」

 

「う、うん……」

 

 これで緊縛組は全員が集まった感じになった。

 少女ふたりが一郎の股間の前にしゃがむ。

 さっそく奉仕が始まった。

 一郎は左右から怒張への舌舐めを愉しみながら、顔をしかめて腕を擦るガドニエルとマーズの股間の感度を急上昇してやる。

 

「ああっ」

 

「うくうっ」

 

 すると、ふたりが同時にがくりとがに股の膝を割って悲鳴をあげた。






 *

 オリンピックですねえ。
 長崎出張から戻りましたが、最終日の金曜日が野外勤務だったので、軽い熱中症でダウンしてしまいました(笑)。
 長崎も暑かったです。


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663 浴場乱交の情景(その2)

「か、痒いいい──、あ、あんた、いい加減にしなさいよおお。痒いいいい」

 

 コゼが緊縛されている裸体をのたうたせて絶叫した。

 

「ははは、だったら、早くわたしを気持ちよくさせなさいよ。しっかりと奉仕してね」

 

「ふ、ふざけるんじゃないのよおお──。そ、そんなディルドを舐めて、気持ちよくさせらさせるわけないでしょう。冗談じゃないわああ」

 

 コゼが真っ赤な顔をして怒鳴った。

 

「だったら、いつまでも腰を振ってれば? あいつの許可を受けてんだからね。文句ならあれに言うのね」

 

 そのコゼに対して、股間にディルドの突き出ている革の下着を装着しているユイナが優越感たっぷりに笑った。

 

「あれって、言うなああ──」

 

 コゼ=ユイナ組の情景だ。

 

 一郎がやらせているものであり、朝から大浴場で集団情事を始めた一郎は、全員を一回り犯すと、たまたま緊縛組と非拘束組に分かれていたことから、拘束をしていない女が誰でもいいので、拘束をしている相手を悪戯するように申し渡したのだ。

 

 縄で後手縛りをして浴室に入ることを選択したのは、ミウ、イット、マーズ、コゼ、ガドニエルの五人であり、それに対して、拘束せずに浴室に入ることを選んだのは、イライジャ、ユイナ、エリカ、スクルドの四人だった。

 シャングリアとブルイネンはいない。ふたりともこの朝の乱交にはたまたま用事があって加わってないのだ。

 

 女同士の責め合いというのも、一郎たちの中では珍しいことではない。

 百合責めを見学するのも、一郎が好きだからだ。

 以前は抵抗のあった反応を示していたような者も、いざやらせてみると、女同士の絡みでかなり赤裸々な姿を見せたりする。

 そういう女たちの隠れている性癖に接するのも、乱交遊びの愉しみだ。

 

 今日の一郎の呼び掛けには、真っ先にユイナがコゼを責めることに手をあげ、次いでエリカがイットを選んだ。

 ガドニエルとマーズは、相変わらずスクルドが性技を教えるという口実でまとめて相手をしている。そこにイライジャも笑いながら加わった。

 普段は真面目だが、こういう性愛では羽目を外すことも好きなイライジャだ。

 エルフ族の女王様を調教するのもいいわねえと大胆なことを口にしながら、そっちの集まりに向かった。

 まあ、ちょっとだけだが、普段のたがが外れるように、心を淫魔術で操りもしてはいる。

 もっとも、ほんの少しだ。

 とにかく、いま女たちについては、三個の集まりができている。

 残るミウは一郎が引き受けることにした。

 

 拘束組に拒否権はない。

 しかも、コゼが最初に全力で拒否したので、全員に対して逃げられないように、膝と膝を棒で挟む足枷を嵌めさせたのだ。

 伸縮可能であり、肩幅ほどの長さから、限界まで大きく脚を広げさせることも可能となる拘束具だ。

 もっとも、一郎が相手をすることに決まったミウは嬉しそうだ。

 なんだかんだで、心の底から慕ってくれるこの童女を可愛がるのは愉しいことだ。

 

 とにかく、一郎はそれらを横目で見ながら、淫乱童女魔女のミウの小さな膣を犯していた。

 ミウの身体はおそらく同世代の少女と比べても、まだまだ未成熟で幼さが残る感じだ。

 しかし、一郎の淫魔術に染められ、毎日のように一郎の精を受け続けているこの童女は、性器の部分だけは十分に成熟している女性であるし、また肉体の感度も敏感だ。

 この世界の高位魔術使いは、例外なく淫乱な気がするが、このミウも例外ではない。

 

「あ、あああっ、いきますうう」

 

 ミウが緊縛された裸体をがくがくと浴場の洗い場で震わせて身体を弓なりにした。

 多分、これで三回連続で達したと思う。

 ただでさえ狭いミウの膣がぎゅっと締まって、一郎の怒張を締めつける。

 

 正常位の体勢でミウに律動を続けていた一郎だったが、怒張を抜いて汗まみれのミウの身体を引き起こした。

 嵌まっていたものが抜けたときに、ミウの膣からまとまった愛液が小尿のように飛び出た。

 ミウが三度達するあいだ、一度も抜かなかったのだ。

 そのあいだに溜まっていたミウの愛液が一気に飛び出したというわけだ。

 一郎は童女の淫らな身体にほくそ笑んでしまった。

 

「ミウ、いつまでも犯されるだけじゃだめだ。達するのはいいけど、俺を悦ばせるのも覚えないとな。すこしずつ教えてやろう。次はミウが上になるんだ。犯されるんじゃなく、俺を犯すんだ。できるか?」

 

 一郎はミウの膝にも装着していた膝枷を外した。

 次いで、広い洗い場の一角に寝そべると、汗でぬるぬるしているミウの裸体を一郎の腰の上に、一郎を跨ぐ格好で押し立てた。

 

「あっ、は、はい──。あ、ありがとうございます──」

 

 怒張を抜かれたミウは、ちょっとだけ呆けていたが、一郎が調教開始を告げると、心の底から嬉しそうに破顔した。

 慌てたように小さな身体で一郎に跨がろうとする。

 だが、すでに三度も連続絶頂しており、腰に力が入らなかったのか、その場に崩れ落ちてしまった。

 一郎はわざとしかめ面をする。

 

「なんだ? 拒否するのか? どうやら、いつも俺の調教を受けたいとか、性技を早く覚えたいと言うのは口だけだったみたいだな」

 

 もちろん、ミウがすでに腰砕けになっているのはわかっている。

 だが、こういう意地悪を言うのも、“プレイ”の一環のようなつもりだった。しかし、素直はミウは、一郎の物言いに泣きそうな顔になってしまった。

 いや、すでに涙目だ。

 一郎は逆に慌ててしまった。

 

「おい、ミウ……」

 

「ま、待ってください、ロウ様──」

 

 ミウが悲鳴のような叫びをあげるとともに、ミウの身体に魔力が充満するのがわかった。

 なにをしたのかわからなかったが、どうやら、自分の身体に回復術をかけたみたいだと知った。

 脱力していた感じだったミウの身体が力を取り戻すのがわかった。

 

「ご、ごめんなさい、ロウ様──。しっかり調教を受けますので、見捨てないでください。お願いします──」

 

 ミウが悲痛な口調で言った。

 大きく股を拡げて、勃起している一郎の股間に自分の股間を合わせる。

 そして、体重をかけるように、一気に腰を沈めた。

 

「いぎいいい」

 

 ミウの全身がのけぞる。

 快感半分、強引に膣に大きな一郎の怒張を受け入れたことで痛みが半分というところだろう。

 

「あっ、ああっ、あっ」

 

 すぐにそのミウが一郎の怒張を股間で咥えたまま動き始めた。

 しかも、しっかりと一郎の怒張を膣で締めつけている。

 

「あら、頑張っているわね。ミウちゃん、お尻に力を入れるといいわよ。すると、自然と前側が締まるから」

 

 すると、イライジャが横からミウに声をかけてきた。

 イライジャはスクルドとともに、ガドニエルとマーズの相手をしており、彼女たちの相手のガドニエルとマーズは、後手縛りの身体を天井から鎖で吊られて立たされ、膝のあいだに嵌まっている棒に向かって上半身を倒すように首縄をかけられて前屈みの体勢にさせられている。

 

 その状態で、ふたりはイライジャとスクルドによって、ボール状の淫具が連なったアナルビーズをお尻に挿入され、玉をひねり出しては、押し込まれるという調教を受けているのだ。

 しかも、スクルドもイライジャも、あれで責めに回るとかなりしつこい。

 淫具はなんでも使い放題ということにして、浴場の一角に山積みにした。しかも、一郎の元の世界にあったもので、淫魔術で再現して復活させたものも多く準備した。

 

 すると、イライジャは、ふたりの股間に電極パッドの調教具を貼り付けた。魔道を込めると、軽い電撃がパッドに流れるという仕掛けのものだ。

 それをクリトリスに貼って、ふたりにお尻から玉を出したり入れたりすることを強要したのである。

 できないと股間に電撃だ。

 魔道で電撃など簡単に無効化できるガドニエルも、一郎が責め側の調教を受け入れろと申し渡しているので、悲鳴をあげて泣き叫ぶがイライジャたちの責めを拒否する気配はない。

 一郎は女たちの淫らな姿に、すっかりと興奮をしている。

 

「あっ、は、はい──」

 

 イライジャの言葉にミウが賢明にお尻に力を入れたのがわかった。

 ぎゅっと膣が締まったのだ。

 

「あ、ああっ」

 

 だが、当然にそれはミウを追い詰める行為にもなる。

 すっかりと敏感になったミウが再びがくがくと身体を震わせる。

 

「さすがは、わたしたちのリーダーね」

 

 すると、今度はユイナが嬉しそうに声をかけてきた。

 ユイナは跪かせているコゼに、自分の股間に装着しているディルドを口で奉仕させている。

 

「リーダー?」

 

 一郎はミウによる騎乗位の奉仕を受けながらユイナに視線を向けた。

 

「新参組のリーダーよ。そいつは、わたしたちのリーダーなの。あんたを悦ばせる新参者の会ね」

 

 ユイナが笑った。

 そういえば、そんな集まりを企画したとか耳した気がする。 

 

「それよりも、ちっとも気持ちよくないわねえ。もっとしっかりと舌を動かして、音とたててしゃぶってよ。これをあいつの一物と思ってね」

 

 ユイナは両手を腰にあてがって、コゼにでディルド奉仕をさせていたコゼがコゼの後頭部に手を伸ばして、ディルドを喉深くで咥え込ませる仕草をした。

 

「おぐっ、ふごおおっ」

 

 いきなり根元までユイナが股間に嵌めているディルドを押し込まれたコゼが思い切りえずく。

 ユイナが一郎が抵抗できなくしたコゼの股間にたっぷりの掻痒剤を塗ったのは見ていた。

 コゼが苦しそうに股間を動かしていることで、コゼがその激しい痒みにも苦しんでいるのがわかる。

 

「えほっ、えほっ──。い、いい加減にしなさいよ──。こ、この痒みをなんとかしてよおお」

 

 コゼはディルドを口から吐き出して叫んだ。

 

「文句なら、あいつに言えって、言っているじゃないのよ。女同士で責め合いをしろなんて気紛れを思いついたのは、あいつなんだから……。ほら、ところで、頑張らないと掻痒剤を塗り足すわよ……。いえ、塗り足すわ。ねえ、こいつの身体を粘性体で床に密着させてよ」

 

 ユイナが一郎に顔を向けた。

 一郎はコゼの身体の下に粘性体を飛ばして、身動きできないようにする。

 

「いやああ、ご主人様ああ」

 

 コゼが泣き声をあげた。

 

「ひいっ、んひいいい」

 

 一方で腰の上の童女が汗まみれの身体を弓なりにして、一郎の上で絶頂をした。

 

「休み暇はないぞ、ミウ──。動くのをやめるな」

 

 一郎はちょっと意地悪を言った。

 

「は、はいいい」

 

 すると、絶頂の余韻に一瞬浸りかけたミウが再び腰を激しく動かし始めた。



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664 浴場乱交の情景(その3)

「す、すごいいい……すごいいい──、はうううう」

 

 後手に縄掛けをしているミウの裸身が一郎の腰の上でがくんがくんと跳ねあがった。

 またもや、達したのだ。

 

「んぐううう、いぎまじだああ、ご主人様あああ」

 

 そして、汗みどろの身体を激しく震わせて感極まったように叫ぶ。

 かなりの乱れ方だ。

 まあ、無理もない。

 すでに、正常位に近い体勢で三回、その後でこうやって、騎乗位にさせて五回達している。

 こんなにも連続で達して、それでもまだ一郎と性交を続けるのはミウにしては、初めてかもしれない。

 一郎がやらせていることなのだが、ミウはすでに限界を越えていると思う。

 しかし、これが一郎の愛し方なのだ。

 

 モーリア男爵に借りている別宅にある大浴場だ。

 二日目の朝を迎え、成り行きではじまった朝の乱交が続いている。

 一郎は女たちを一回り犯してから、全員に軽い催眠のようなものをかけ、いつもよりも淫行に積極的になるように暗示をかけて、女同士で責め合うように仕向けた。

 つまりは、一郎とともに大浴場に入ってきた女は九人であり、そのうちのミウ、イット、マーズ、コゼ、ガドニエルの五人が縄で後手縛りをしていたのだが、それに対して、拘束せずに浴室に入ることを選んだイライジャ、ユイナ、エリカ、スクルドの四人に責め手をさせたのだ。

 すると、四個のグループがすぐにできあがり、いま、まさに乱交の真っ最中というわけだ。

 

 そのうちのひとつが、ミウと一郎が一対一で相手をしているここであり、一郎は自分は仰向けに寝転がり、ミウに一郎に騎乗位で跨がらせ、自ら一郎の男根を刺激して一郎に射精させろと命じている。

 だからミウは一郎を気持ちさせようと、懸命に一郎の上で腰を振っているということだ。しかし、すでにたじたじでもある。

 

 十二歳だが、ミウは同年代の少女よりも小柄で、一郎の感覚では、十歳くらいの童女にしか見えない。胸もほとんど膨らんでないし、身体もまだまだ子供の体型だ。

 そのミウが一郎の怒張を小さな膣で受け入れ、淫らに腰を振るなど、なかなかの背徳感のある光景だ。それを一郎がさせているのだと考えると、一郎の嗜虐欲が刺激される。

 

「ああ、気持ちいいぞ、ミウ。頑張れ、もっとだ」

 

「は、はいいいっ」

 

 一郎の言葉でミウが膣をぎゅっと締めつけたのがわかった。

 しかし、そうすると、ミウの快感が増幅するようにしている。

 身体を痙攣させていたミウが拘束されている裸体を一郎の上で突っ張らせた。

 

「まだ、いぐううう、ご主人様ああ」

 

 ただでさえ狭いミウの膣がミウ自身が絶頂しそうになったことで、またもやぎゅっと狭くなり一郎の一物をこれでもかと締めつける。

 はっきりいって気持ちいい。

 このまま射精したくなったが、可愛いと、とことん意地悪をしたくなるのが一郎の性分だ。

 一郎は射精を耐えた。

 淫魔師としての能力を使えば、射精するも、我慢するも一郎の思いのままだ。

 一郎は下からミウの腰骨を支えて、ミウが落ちないようにした。

 一方でこれだけ締め付ければ、ミウが受け入れる快感はかなりのはずだ。

 

「だめだ。いくな。我慢しろ――」

 

 一郎は意地悪を言った。

 それでいて、ミウの気持ちのいい場所に怒張の先が当たるように調整する。

 

「ひいいっ、ひいいいっ、ひいいいっ」

 

 ミウががくがくと全身を震わせた。

 

「まだまだだ――。今日はミウが俺に奉仕するんだ。いくら気持ちよくなってもいいけど、俺をまんこだけで気持ちよくするんだろう。頑張れ──。それとも、今日はもう降参か?」

 

 一郎は自ら腰を上下させているミウに笑いかけた。

 すると、ミウは激しく首を左右に振った。

 

「い、いやああ、ご主人様、ミウをもっと苛めてください。も、もっと、もっともっと、調教されたいです。だ、だけど、まだ、いぐううう」

 

 一郎の上でミウがまたもや跳ねあがった。

 達しそうなのはわかっている。もう歯止めのない状況だ。しかし、それを耐えさせるのが調教でもある。一郎は許可を出さなかった。

 すると、ミウの身体で魔道が弾けたのがわかった。

 回復術だ。

 さっきから繰り返す連続絶頂で失神しそうになるたびに、こうやって自分自身に魔道を掛けて体力の回復を図っているが、今度はその回復術で絶頂を我慢する体力を戻したみたいだ。

 そんなことできるのかしらないが、実際に、これでなんとか粘ったみたいだ。ミウの“快感値”は、まだぎりぎりでとまっている。

 しかし、それでも、ミウの体力ではすでに限界を越しているだろう。

 なかなかに健気だ。

 だから、一郎もとことん苛めたくなる。

 

 まだ、十二歳の童女に、一郎の本気の相手をさせてもいいのかという気持ちもないではないが、まあ、よく考えれば、いずれは、このミウも一郎と正式に縁を結んで婚姻という手続きをしようと決めている。

 つまりは一郎の女だ。

 だったら、どう扱ってもいいはずだ。

 一郎好みの淫乱な女に育てあげるのもいいかもしれない。

 それにしても、一郎の知る限り、この世界の高位魔道遣いは例外なく淫乱だ。ミウもかなりのものである。

 

「よく言った。それでこそ、俺のミウだ。だったら、調教の段階をあげていいな。ちょっとつらいけど、快感袋の調教を受けるか?」

 

「ご、ご主人様のミウ──? あ、ありがとうございます──、んぐうううっ」

 

 なにが嬉しかったのか、必死に絶頂を我慢して身体を硬直させていたミウが、一郎の言葉だけで、再びがくがくと全身を震わせて絶頂してしまった。

 これには一郎も驚いた。

 

「お、おい、ミウ」

 

 そのままミウが脱力して、一郎の向かって上体を突っ伏させる。

 驚いて一郎はミウの裸身を支えた。

 

「ああっ、も、申し訳ありません、ご主人様──。い、いっちゃいましたああ」

 

 すぐにミウの身体が白く光ったようになり、脱力していた身体が力を取り戻す。

 またもや回復術だ。

 まだまだやる気みたいだ。

 

 なかなかの根性だと思った。

 それはともかく、さっきからミウは一郎のことを“ご主人様”と呼んでいる。普段は“ロウ様”と呼びかけてくるが、こうやって興奮すると、“ご主人様”呼びをする。

 どうでもいいけど……。

 

「ふふふ、いいわねえ、ミウ。頑張ってるじゃないのよ」

 

 すると、少し離れた横でコゼの相手をしているユイナが声をかけてきた。

 ユイナがやっているのは、拘束して身動きできなくしているコゼを痒み剤でとことん苛め抜くという責めだ。

 ユイナとコゼはあまり仲が良くないので、こういうときには容赦ない。

 痒み剤を塗って、自分の股間に装着したディルドに奉仕をして口で気持ちよくさせろという理不尽な命令を与えて、いまだにコゼに口による奉仕を強要している。

 腰につけただけの普通のディルドなので、いくらコゼが舌を使っても、ユイナの身体を気持ちよくさせるなど無理なのはわかっている。

 後で仕返しをされるとわかっているのに、ユイナも根性が座っていると思った。

 

「あ、あんた、い、いい加減にしてよおお。ああああっ、もう許してよおおお」

 

 ユイナの腰のディルドから口を離したコゼが泣き叫んだ。

 責められ側の全員には、後手縛りの縄掛けだけでなく、脚が閉じられないように、肩幅ほどの棒をあいだに入れいてる膝枷を装着させている。

 また、コゼについては、それだけでなく、一郎の意地悪で粘性体で四つん這いの体勢から立てないようにもしていた。

 だから、痒み剤をユイナにたっぷりと股間に塗られたらしいコゼは、脚を開いてお尻を突きあげた体勢で激しく腰を動かし続けている。

 

「ふふふ……、なに言ってんのよ。だったら早く気持ちよくさせないさいよ、コゼ。これをこいつの性器だと思って舐めるのよ。わたしが満足したら、その痒い股を刺激してあげるわ」

 

 ユイナがディルドでコゼの頬を軽く叩くように動かした。

 コゼが涙目でユイナを下から睨んだ。

 

「あ、あんた……、あ、あとで酷いからね……」

 

「はいはい。だけど、いまはこいつの命令で、わたしがあんたのご主人様なのよ。ほらほら、痒み液を足すわよ。重ね塗りをするたびに痒みが増えるのよね。わたしも、こいつに調教されているからわかるわあ」

 

 ユイナの言葉で、すでに何度も重ねる塗りをされているらしいコゼが顔を引きつらせたのがわかった。

 

「わ、わかった──。奉仕する──。奉仕するってばああ」

 

 コゼが慌てたように叫んだ。

 そして、目の前のディルドを咥え込む。

 

 こういうときには、一郎が助けないのはコゼもわかっているのだろう。だから、コゼも一郎に救いを求めるような態度はとらなかった。

 一郎は横でふたりの状況を眺めてほくそ笑んでしまった。

 

 ミウの相手がひと段落したら、まずはこのふたりのじゃれ合いに参加するか……。

 一郎は思った。

 

 そして、このふたりだけでなく、大浴場にはほかにふたつのグループができている。

 もう少し離れた場所では、イライジャとスクルドがふたりがかりで、天井から身体を吊っているガドニエルとマーズに、アナル調教を続けていた。

 また、浴場の中では、イットを横抱きにしているエリカがイットの身体をまさぐり続けて、繰り返し繰り返し、よがらせている。

 

 一郎の淫魔術で半催眠にしているので、責め手側も責められ側も、全員が欲望を剥き出しになっている状況だ。

 あとで完全に正気に戻れば、自分たちの痴態を思い出して、羞恥にのたうつかもしれない。それはそれで、愉しみでもある。

 

「ご主人様、もっとミウを苛めてください。あたし、ご主人様に苛められたいです──」

 

 ちょっと一郎の上で休んでいたミウがやっと再び動き出した。

 ねちゃねちゃと股間と股間が結合している場所が淫らな水音を立て出す。

 

「ああっ」

 

 しかし、動けばすっかりと一郎の調教で鋭敏になっているミウの膣は快感を拾ってしまう。

 ミウが顎をあげるような格好をして全身をまたもや突っ張らせる。

 

「よく言った、ミウ。だったら、さっき口にした“快感袋”の調教だ」

 

「は、はいっ、か、かいかん、ふ、ふくろをお願いします──、あああっ」

 

 “快感袋”の調教をいうのがなんのことなのかはわかってないと思うが、健気なミウは、それを訊ねることなく応諾した。

 まあ、考えることもできないだろう。

 一郎もミウの責めをただなにもせずに受けているだけじゃない。一郎が動かないように見えて、一郎はミウの膣が上下するごとに、ちゃんとミウの気持ちのいい場所が確実に亀頭の先端が抉るように怒張を調整しているのだ。

 だから、ひと擦りするたびに、ミウは電撃を浴びたように快感に反応しているというわけだ。

 

「よし、よく言った。じゃあ、快感袋の調教だ……。だが、その前に精を出すぞ。しっかりと呑み込め。しっかりと締めつけて子宮で受けとめるんだ」

 

 一郎は下から手を伸ばしてミウのアナルに指を一本挿し込んだ。

 体液まみれになっているミウの股間は、お尻側まで汁が拡がっていて、新たな潤滑油など不要だ。

 一郎は淫魔術でミウのお尻の中をクリトリス並に敏感にした。

 

「んひいいいっ、いぎいいい」

 

 ミウがまたもや、がくがくと全身を震わせる。

 

「尻の中の指を締めつけろっ」

 

 一郎は叫ぶをとともに、ミウの腰を片手で掴んだまま上下に動かす。

 

「は、はいいいいっ」

 

 ミウのお尻がぐっと締まった。

 同時に膣も締まる。

 

「んひいいいっ」

 

 ミウが感極まったのがわかった。

 

「だ、出すぞ」

 

 一郎は射精した。

 かなりの量の精液が二射、三射とミウの中に注がれていくのがわかる。

 

「あああああっ」

 

 ミウもまた、がくがくと身体を痙攣させた。

 一郎はすかさず、ミウの絶頂感覚を淫魔術で静止させてしまった。

 これが“快感袋”だ。

 

「ああっ、あっ、な、なにっ、な、なんですか、これ──? ああああ」

 

 一郎は結合部から怒張を抜いて、ミウを身体の上からおろして横たわらせた。

 だが、ミウは床の上に仰向けになって激しくもがき続けている。

 無理もない。

 一郎がやったのは、ミウが絶頂寸前のぎりぎりの状態のときに、絶頂感覚をとめてしまうということだ。

 つまりは、ミウは絶頂寸前の快感が弾ける寸前で固定されてしまったというわけだ。

 本来なら一瞬で通り過ぎはずの快感の臨界点が、一郎が解除するまでずっと続くということである。

 ミウはのたうち回っている。

 

「究極の寸止めだぞ。絶頂寸前の状態のまま、俺の愛撫を受けるということだ。これが快感袋の調教だ」

 

 一郎は胡座をかいて、ミウを横抱きにした。

 足を開かせて指を股間に挿入し、いわゆるGスポットを押し揉んでやる。

 外観は子供だが、毎日のように一郎の精を受けているミウの性器は大人の女のように発達しているし、しっかりと一郎を受け入れもする。

 それでいて、股間そのものの外観は童女のそれのままでもある。

 

「い、いひいっ、いいっ」

 

 ミウがあっという間に絶頂の仕草をした。

 しかし、絶頂をとめられているので達することはできない。

 ただ、快感が足されるだけである。

 

「ひいいっ、ひいいっ、ひいいい」

 

 ミウが一郎の身体の上で奇声をあげ始めた。

 いまだに、一郎はミウのGスポットを責め続けているのだ。

 一郎にかかれば、指一本で連続絶頂させるなど簡単なのだが、それをされながら、絶頂だけはできない。ミウがいよいよ暴れだす。

 

「この状態で俺に犯される。これが快感袋の調教だ」

 

 一郎はうそぶくと、さらにGスッポトで二回、クリトリスで三回、さらに指を奥に差し込んでボルチオまで刺激した。

 絶頂十回分は溜まっただろう。

 

「ひぎいいいい」

 

 ミウはすでに意味のある言葉は発せなくなっている。

 ただただ、身体をがくがくと痙攣させている。それがずっと続いている。

 

「犯すぞ」

 

 一郎はミウを仰向けにすると、正常位で犯し始めた。

 

「ああああっ、あがあああ」

 

 あっという間にミウは口から泡のようなものを噴き出して白目を剥きだしかけた。

 だが、この状態では失神もできないのだ。

 エリカたちに、同じことを何度もしているからわかる。

 一郎は容赦なく、ミウを責めた。

 

「ひがああああ」

 

 ミウがおかしな悲鳴を出し始めた。

 一郎はおもむろに精を放った。

 同時に、静止していた絶頂感を解き放つ。

 

「んぎゃああああ、あああああああっ、ああああああっ」

 

 溜まっていた十回以上の絶頂が同時に襲ってきたミウがこれでもかという感じで暴れ回る。

 一郎は上からがっしりとミウの裸身を掴み押さえつつ、どくどくとミウに二度目の精を放ち続けた。

 ミウが全身から体液という体液を流しながら悶絶する。

 一郎が身体を離したときには、脱力してがばりと開いた股からじょろじょろと放尿が流れ続けている状態だった。

 

「容赦ないわねえ……。だけど、いまミウになにしたの? ねえ、こいつにも同じことしてよ」

 

 今度こそ完全に失神しているミウを横目にして、ユイナが声をかけてきた。

 一郎は亜空間から掛け物を出すと、ミウの裸身にかける。

 温かい浴場の洗い場とはいえ、裸のまま放置して風邪でもひいてはいけない。

 

「いいだろう。同じことだな、ユイナ」

 

 一郎はうそぶくと、いまだにコゼにディルドを舐めさせていたぶっていたユイナに後ろから抱きついた。

 

「わっ、なに? 」

 

 ぎょっとしたユイナだったが、一郎は、抱きついた瞬間に粘性体を飛ばして、ユイナの両腕を背中に引っ張って粘性体で固定している。

 同時に膝にも粘性体を放って、跪かせてから床に密着させた。

 さらに、とんとユイナの身体を突いて肩を床につけさせる。やはり、粘性体で固定する。

 これで、ユイナはお尻を高くあげて床に肩を密着させて突っ伏す体勢だ。

 その状態で粘性体で完全固定だ。

 

「な、なにすんのよおおお。は、外して……。外しなさいよおお」

 

「遠慮するな、ユイナ、攻守交代だ……。コゼ、ユイナはミウと同じようにされるのが望みだそうだ」

 

 一郎は笑いながら、ユイナの拘束を淫魔術で外してしまう。

 コゼから膝枷が外れ、粘性体で切断された縄がぱらりと落ちる。

 

「こ、こいつううっ、お、同じ目にあわせてやるからねえええ。あああっ、だ、だけど、その前に痒いいいい」

 

 身体をの自由を取り戻したコゼが真っ赤な顔でユイナに飛びかかりかけたが、すぐにその場にうずくまるって自慰を始めた。

 余程に痒かったのだろう。

 

「あ、あんた、なにすんのよおお──。わ、わたしが言ったのは、コゼを同じ責めにしてくれってことよおお」

 

 ユイナが引きつった声で叫んだ。

 

「だから、遠慮するなって、ユイナ……」

 

「遠慮ってなによおお、ばかあああっ」

 

 ユイナが顔を真っ赤にして叫んだ。

 一郎は吹き出した。

 

「ところで、コゼは来い。自慰なんてするくらいなら、俺に甘えろ。犯してやろう」

 

 一郎はコゼを呼び寄せた。

 

「はいっ」

 

 コゼがすぐに飛びかかってきた。

 一郎はコゼを座ったまま受け入れると、対面座位の体勢でコゼの股間に勃起したままの男根を埋め込んだ

 

「ああああっ、き、気持ちいいですううう」

 

 さっそくコゼが最初の絶頂をする。

 一郎はコゼをしっかりと抱きしめた。

 コゼもまた、一郎をがっしりと抱え込むようにしてくる。

 

「ユイナ、ちょっと待ってくれよ……。しばらくは、これで愉しんでいてくれ」

 

 一方で一郎は、横のユイナの股間の内側に淫魔術の感覚を伸ばすと、“スキーン腺”という場所を探り当てた。

 男でいう“前立腺”のような場所であり、ここを刺激すれば女を強制的に絶頂させることができるのだが、子宮や尿道に近い部分であり、本来は外から刺激するなど困難だ。

 

 しかし、一郎になら淫魔術でなんでもできる。

 女の身体についてのそこまでの知識など、一郎にはないはずなのに、淫魔師としての能力が限界突破してしまうと、なぜかそういう知識も一郎に浮かびあがってくるのだ。

 だが、実際に試すのは、このユイナが初めてではある。

 一郎は淫魔術で念じて、ユイナの体内にあるスキーン腺の場所を薄い粘性体で包んでしまうと、その場所全体に快感を送り込みながら蠕動運動を与えた。

 

「ふぎゃああああっ、なによおおおおお」

 

 次の瞬間、ユイナの股間からまとまった尿のようなものが噴き出した。

 それとともに、がくがくと絶頂もしている。

 

「ほう、ここを刺激すると強制的に潮を吹くのか? じゃあ、もう一度だ」

 

 一郎はさらにユイナに腰の中のスキーン腺を刺激しつづける。

 

「ひいいいっ、や、やめてえええ──」

 

 ユイナが絶叫した。

 またもや潮を股間から噴き出して絶頂する。

 

「あああっ、ご主人様ああ」

 

 一方でコゼもまた、一郎に腰をぶつけるように激しく動かしながらに二度目の絶頂をした。

 淫魔術で探れば、股間だけでなく、お尻の穴にもたっぷりと掻痒剤が塗られていたのがわかる。

 一郎は怒張でコゼを受け入れながら、指をコゼのお尻にも挿してやる。

 

「あはあああっ」

 

 コゼが一郎に抱きつきながら身体を跳ねさせた。

 そして、がくがくと絶頂した。

 こっちも激しい。

 

「もうやめてえええ」

 

 また横ではユイナが三度、四度と連続で潮吹きをして奇声をあげている。いまだ、スキーン腺の刺激が継続しているのだ。

 一郎は、その可哀想な姿に接して思わずにんまりとしてしまう。

 

 まだまだ、乱交は始まったばかりである。



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665 女王様のお目覚め(その1)

「ね、ねえ、鎖を解いてよ、シモン殿」

 

 クリスチナは両手を天井から吊り上げている鎖を引っ張ってみた。

 だが、腕の付け根と革枷が装着されている手首に痛みが走るだけでびくともしない。

 

 夕べから泊まっているモーリア男爵の屋敷の敷地内にある別宅だった。そこであてがわれた客室だ。

 寝室とリビングが扉を挟んで繋がっている場所であり、クリスチナはリビング側の部屋の真ん中にあるテーブルの前の椅子に座らされ、目の前の朝食と向き合っていた。

 だが、両手については天井の金具に繋がっている鎖から伸びている革枷の手錠を手首に嵌められていて、両手を束ねて頭側に大きく伸ばした状態で固定されてしまっている。

 

 服は着ておらず下着だ。

 下着といっても、乳房については、邪魔にならないように胸を締めつける冒険者用の胸巻きではなく、へそまでの丈もない薄物を一枚肩からかけているだけであり、下については両脇を紐で結んで留める隠す部分が乏しい小さな下着だ。

 ほかに着るものは与えられなかった。

 

 クリスチナのものではなく、この別宅に一緒に泊まっているロウの女たちが身につけるものを借りてきたようだ。

 一応は新品だった。

 エルフ女王家に伝わる特別な素材らしく、信じられないくらいに肌触りが気持ちいいのだが、とにかく布が薄い。

 布地を通して乳房も桃色の乳首もはっきりと見えているし、陰毛だって透けている。

 横にいるシモンがすでに正装を終わらせているだけに、自分だけがこんな扇情的な格好でいるのは恥ずかしかった。

 

「どうしたんだい、クリスチナ? まだ、皿に食事が残っているよ。せめて、スープは飲み干した方がいい。ほら」

 

 すでに自分の朝食を終わらせているシモンが甘い声でスプーンにすくった温かいスープを口元に運んでくる。

 さっきから続いている朝食だ。

 しかし、自分の腕が使えないクリスチナは、こうやって、シモンからテーブルの上の食事を口元に運んでもらいながら食べるしかなく、シモンの介護による食事を続けているのである。

 これもまた、恥ずかしい。

 それに食事よりも切羽詰まったものが、クリスチナを追い詰めてもいた。

 

「だ、だから、食事はもいいわ。それよりも、そろそろ鎖を解いてよ」

 

 クリスチナは言った。

 そのあいだも知らず、露出している太腿は椅子の上で擦り合わせるように動いている。

 切羽詰まっているのは尿意だった。

 朝起きたときから、まだ厠に行っていない。

 こういう状態になるまで頭が回っていなかったということもあり、用足しをするのを忘れていた。

 また、その機会も与えられなかった。

 起き抜けからずっとクリスチナは拘束状態にあり、自分で勝手に動くことをまだ許されていないのだ。

 厠に行くためには、シモンに頼まなければならない状況だったが、さすがにそれを口にするのははばかられた。

 だから、我慢をしていたが、シモンがクリスチナの拘束をいつまでも解く気配もないので、いよいよ状況が切迫してしまったというわけだ。

 意識してしまうと、どうにもならなかった。

 おしっこがしたいのだ──。

 

「問題ないよ、俺のクリスチナ……。着替えも食事も必要なことは全部俺がやってあげよう。君は貴族女性なのに、侍女を使って身支度をすることもないから、こうやって他人の世話をされるのも新鮮だろう」

 

 シモンが柔和な笑みを浮かべながら言った。

 そして、口元にスープを持ってくる。

 仕方なく、それを呑み込む。

 確かに貴族女よりは、女冒険者としての生活が長いクリスチナには、侍女などに世話をされて身支度をするという習慣がない。

 なんでも自分でするのだ。

 身につけるものだって、ひとりで着れないものはなにひとつない。

 化粧だって、自分でする。

 冒険者として野宿することも珍しくないので、鏡のようなものがなくても簡単な化粧ならお手の物だ。

 

 だが、年に数回は実家の屋敷に戻ったりするので、そのときにはちゃんと侍女たちの世話にもなる。

 しかし、どうでもいいけど、こうやって男に世話をしてもらうなど論外だろう。

 ところが、シモンは存外に器用なたちらしく、クリスチナを拘束したまま、クリスチナの洗面も、髪の手入れも、軽い化粧支度だって上手にしてくれた。

 そして、いまの朝食ということだ。

 

「そ、そりゃあ、新鮮だけど……。で、でも、もういいのよ。それよりも、わたしの服はどこに隠したのよ」

 

 与えられた恥ずかしいこの下着を大人しく身につけたのは、なによりもほかに着るものがなかったからだ。

 クリスチナは、着替えの一式を鞄に入れて、寝台の下に置いていた。普通の貴族令嬢なら、鞄から出して皺を伸ばすために衣装棚にでもかけるのだろうが、冒険者のクリスチナにはそんな習慣はない。

 しかし、その着替えを詰めている鞄はなくなっていて、仕方なく与えられた下着だけをとりあえず身につけたのである。

 

「服はあとで着せてあげるよ。俺がね。着るものも持ってくる。でも、いまは食事だ」

 

 シモンが今度はパンを千切って、クリスチナな口に寄せた。とにかく、シモンは上機嫌だ。

 クリスチナは首を横に振った。

 

「ねえ、こういうのが好きなら、また相手をするから……。だけど、ちょっと外してよ。もういいでしょう」

 

「だめだよ、俺のクリスチナ。拘束されて雌犬になった君は、とても愛らしくて可愛かった。だから、しばらくのあいだ、君を雌犬として扱うことに決めたんだ。雌犬といっても、俺のやり方はひたすら可愛がることだけどね……。君はなにもしなくていい」

 

「なにもしなくても、いいっていっても……」

 

 クリスチナにいま襲っている困惑は尿意だ。

 それは代わりにしてもらうということにはならない。

 クリスチナは腿をしっかりと締めつけた。

 一方で、シモンは機嫌よく、口を開き続ける。

 

「……ロウ殿たちの出立は明日だから、もう一日ここに泊まる。そのあいだの世話は全部俺がするよ。例えば、鼻が痒くて掻きたいと思ったら、そう言えばいい。俺が君の手に代わりに鼻を掻いてあげるさ」

 

 シモンがパンの欠片を皿に戻して、クリスチナの鼻を掻く仕草をした。

 

「や、やめてっ、いまは鼻はいいのよ──」

 

 クリスチナは顔を横に避けて思わず言った。

 大きく身じろぎしたので、手首の手錠に繋がっている鎖がじゃりんと音を立てる。

 シモンが笑い声をあげた。

 

「だったら、せめてスープだ。君は朝が苦手だから、朝食はあまりとらないかもしれないけど、このスープは絶品だよ。栄養もあるらしい。エルフ族の女兵が作ったらしいけど、なかなかにおいしかったよ」

 

「お、おいしいのは認めるけど……」

 

 クリスチナは困ってしまった。

 夕べは、拘束をされて雌犬ごっこをして、このシモンを相手にとんでもない痴態をさらしてしまった。

 どうして、あそこまで興奮したのかわからないほどだ。

 自分のやったことを思い出すと、いまでも身悶えするような羞恥が込みあがる。

 とにかく、ロウの相手をして、被虐的な性愛などをして、その後でロウの女たちの前で、ロウの女を相手に躾けられるという遊戯をやったことで、頭も身体もおかしくなってしまっていたのだろう。

 

 あの後、シモンに首輪を装着されて、この客室に連れて来られ、拘束をされて淫具や媚薬なども受け入れ、文字通り気絶するまで愛された。

 醜態には間違いないが、その代わりに、クリスチナとしても、異常なほどに燃えあがった。

 おそらく、解放されたのは夜中をすぎていただろう。

 久しぶりに冷静さを失うほどに愛し合い、シモンもクリスチナもかつてないほどに、お互いをむさぼり合った。

 クリスチナは死んだように眠った。

 

 それはいいのだが、目が覚めたときには、右の足首に足枷が嵌まり、それが鎖で寝台に繋がっていて、寝台から離れられないようになっていたのだ。

 また、身につけているものはなく、完全な全裸だった。

 シモンはすでに起きていて、身につけるものとして寝台の横に、この下着だけが畳んで置いてあったのだ。

 シモンの仕業なのは間違いなかった。

 夕べはあんなことをしたのだから、シモンはまだ続きのつもりなのだろう。

 まあ、なんだかんだとクリスチナも愉しんだし、いつになくクリスチナが甘えたのが、シモンも嬉しかったみたいだ。

 だから、まだ続きをしたいのだと思うが、クリスチナも困ってしまった。

 

 とりあえず、シモンを呼んだが、どうやら寝室側にも隣室にもいないらしく人の気配はなかった。この別宅には召し使いのような者はいないことはわかっているので、シモンがいなければ、呼んでも誰も来ることはない。

 足首の枷も外れそうになく、クリスチナは寝台から降りられなかった。

 仕方なく、いま身につけている下着だけを身につけ、シモンが戻ってくるのを待ったのだ。

 

 すると、台車に洗面道具を乗せて運んできたシモンが上機嫌でやってきて、クリスチナの身支度を始めたのだ。

 シモンはクリスチナよりもずっと早起きをしたらしく、完全に身支度を終わっていて、朝食も食べたと言っていた。

 そのときに、両手首に革枷の手錠を嵌められたのだ。足首の拘束を外してもらったのは、両手を拘束してからだ。

 

 いやも、応もない。

 気がついたときにはがちゃりと嵌められていたという感じであり、抵抗の余裕もなかった。

 次いで、いまのように、天井から伸びている鎖に両手首を吊られて、シモンの世話を受け始めたということだ。

 

 身支度が終わったら、ここに移動しての朝食だ。

 手首の手錠から鎖は外されたが、それは、こっちの部屋に移動して、こちら側にある鎖に繋げ直されるあいだだけのことだ。

 クリスチナは、ずっと朝から拘束状態である。

 厠に向かう暇も与えられていない。

 

「と、とにかく食事はいいわ、シモン殿。だから、一度鎖を外してくれない。やっぱり先に服を着たいわ。確か、ロウ殿のところに行くんでしょう。辺境候様のところに到着してからのことを話すために……」

 

「いや、急がなくてもいいさ。さっき確かめたけど、みんなで大浴場にいるらしい。面談は昼前になると思う。昼食を一緒にと誘われているよ」

 

「お風呂……?」

 

 朝からみんなで入浴?

 そういえば、ロウという男は、大の入浴好きで、ここのモーリア男爵がロウの歓心を買うために、金にものをいわせて、この別宅に大浴場を三日で設置したという話だったか……。

 

 それはともかく、シモンとクリスチナの役割は、ロウという男を見極めて、シモンの父親であるマルエダ辺境候のもとに連れてくるべき人材かどうかを判断することになっている。

 ロウという男が役に立つと思えば、辺境候軍のところに向かうように促すということになっていたのだ。

 そのための餌が辺境侯軍で捕らえているサキュバスのふたりである。

 ロウの女たちらしい彼女たちふたりを辺境候軍で監禁しているのだ。おかしな操り術で辺境候軍を乗っ取ろうとした罪であるそうだ。

 

 問答無用で処刑されなかったのは、彼女たちがサキュバスであると密告したのが、ほかならぬ王宮からだとわかったからと耳にしている。

 半ば公然と叛旗を掲げている辺境侯軍は王都の敵であるはずなのに、その敵の辺境侯軍を利する情報を王宮が与えるわけがなく、マルエダ辺境候側で彼女たちの処刑をむしろためらったということらしい。

 さらに、彼女たちが口に出したのが、自分たちの「主人」だというロウ=ボルグの名だったのだ。

 それで、処刑は一時的に保留になっている状況という。

 

 シモンの父親の辺境侯は、かねてからロウのことを気にしていたようであり、この機会に、自分たちの陣営に引き込むことを考えたみたいだ。

 それもあり、彼女たちを利用できるとも思ったみたいだ。

 

 もっとも、実はロウを相手にすることには反対も多かったようだ。

 そもそも、ロウという男など、辺境侯側で名前が売れていたわけでもない。

 むしろ、まったくの無名だ。

 最初に、サキュバスたちがロウの名を出したとき、それは誰なのだという状況だったみたいだ。

 ただひとり、辺境侯自身のみが、ロウの名に注目しただけだと聞いている。

 

 ロウというどこの馬の骨かわからぬ人材を引き込むことに対する反対派の筆頭が辺境侯の嫡男のレオだ。レオは魔族の女など火焙りにする気満々だった。なにしろ、操られていた辺境侯軍の男の中に、レオも入っていたのだ。

 しかし、あのエルフ族女王によるロウの英雄宣言がすぐにあり、話が変わった。

 ロウの後ろに、エルフ族女王家があるということがわかり、陣営としてロウに急に注目を向けることになったようだ。

 それ以前の急遽の調査による評価は、冒険者あがりの女扱いが上手いという噂の王都にいる成り上がりの小貴族という情報しか入っていなかったらしい。

 シモンの父親のクレオン=マルエダ候だけが、シモンの姉のアネルザ王妃を通じて、少し以前からロウに意識を向けていたというだけだったのである。

 

 一方で、あまり全体のことに関与していないクリスチナにしても、話を聞いたときには、ロウという人物について、なにもりもサキュバスと関係しているとに対して、驚きしかなった。

 そもそも魔族の存在がいまの世界では禁忌であり、魔族を見つければ問答無用で殺さなければいけないことになっている。

 だが、とにかく、あの魔族の女たちの言葉を信じれば、ロウは以前から魔族の女とも交流があり、相手がサキュバスであろうと女は大切にする性質みたいだ。

 だから、辺境候軍のところにやってくれば、彼女たちを引き渡すと告げれば、ロウは王都に戻るよりも先に、辺境候軍に来るはずだと辺境侯クレオンが言い出したという。

 なによりも、ロウを試したいという辺境侯自身からの強い意見があり、結局のところ、とりあえず、人となりを観察してみるかという結論になったそうだ。

 そして、ここに来てわかったが、実際にそうだった。

 ロウはサキュバスたちが自分の女であることも、あっさりと認めた。

 

 そういった紆余曲折があって、ロウへの対応を決めるためにも、先にシモンがロウと会って人物を見極め、辺境侯の陣営に情報を送るということになったというわけである。

 

 ともかく、いまや王都にある王家に対して、マルエダ辺境候の陣営は、それに叛乱を起こす立場だ。

 ロウの持っている人材がそれなりのものであるならば、王都に戻す前に、辺境候軍の側に組み入れるべきというのは一利あるのかもしれない。

 まあ、昨日の昨日まで、クリスチナは、ロウのことにも、王都と辺境侯軍の対立にも興味はなかった。

 クリスチナがこれに関与しているのは、ただただ、シモンが関係しているからだ。

 シモンは、レオに成り代わって、辺境候の後継者に指名されたいという野望も持っていて、それで父親の辺境侯が一目置いているらしいロウに、陣営内の誰よりも先に会うことを望んだということはあるみたいだ。

 

 とにかく、シモンとクリスチナの表向きといえる役目は、ロウを見極めて、辺境候軍に情報を送ることである。

 最初は、ロウという冒険者あがりの下級貴族の能力を疑問視していた感じのシモンだが、ひと目で感じるところがあったのだろう。

 敵とするとも、味方に引き入れるとも決めていなかったロウのことを、いまでは是非とも自分たちの陣営に加えるべきと考えているみたいだ。

 むしろ、自分がロウの陣営に入ってもいいという雰囲気すらある。

 それは、ロウが女扱いが上手いという浮ついた理由だけではないのだろう。

 

 ロウの周りにいる女たち……。

 あのエルフ族女王が下女のようにかしずいている一点だけでも、確かに、ロウを取り込む理由になる。

 また、すでに、モーリア男爵はロウに味方することを決めたようだし、ロウを受け入れれば、このモーリア家も引き入れられることになる。

 モーリア男爵は、爵位こそ最下級に近いが、傭兵団を率いており、財力についても並の伯爵家よりもずっとあり、王家と対立しようとしている辺境候の立場としては、是非とも味方にしたい貴族家のひとつだったのだ。

 

 それはともかく、ロウたちが辺境候軍に向かうのは、明日ということになっている。

 普通に移動すれば数日どころか、数十日もかかる路程になるが、ロウたちはエルフ族女王家の魔道設備を使用するらしく、ナタル森林を経由して、一日で到着するみたいだ。

 すでに、その旨は、特殊な魔道通信でシモンから辺境侯軍には送ったみたいだ。

 しかし、本来はそれで、シモンとクリスチナの役目は終わりであり、クリスチナとシモンがロウたちの出立まで行動をともにする必要はない。

 辺境候軍への移動には、シモンもクリスチナも同行はしないことになっている。

 だから、シモンの仕事は、それで終わりなのであり、本当はもうこの別宅を離れて問題はないはずなのだ。

 だが、シモンは明日の出立には、ロウを見送ることを決めたようだ。

 そんなことを夕べ喋っていた。

 シモンの様子を観察すれば、余程にロウのことが気に入ったのだろうということがわかる。

 

 見送りするだけでなく、シモンが同行しない分、辺境候軍の陣営について、ロウに情報を渡すとも言っていた。

 それが今日のはずだ。

 辺境候軍には、シモンの兄のレオという男がいる。

 このレオがクリスチナの目から見ても、なかなかの曲者であり、事前に彼のことを伝えようと考えているみたいだ。

 わざわざ、レオに注意しろと伝えようと思っているという一点からも、シモンがロウのことを気に入ったのだということがわかる。

 

 とにかく、そんなことよりも、いまはこの尿意のことだ。

 おしっこがしたい──。

 もう漏れそうだ。

 

「食事はした方がいいよ、俺のクリスチナ。さっきから足をもじもじさせているけど、朝から用を足してないからね。多分、おしっこがしたいんじゃないのかい?」

 

 すると、シモンがくすくすと笑った。

 クリスチナはかっと顔が熱くなった。

 

「あ、あんた、気がついて……」

 

「もちろん、気がついていたよ。君がさっきから尿意に襲われて、そわそわしていることもね。気の強い君が厠に行きたいということを口にするのを恥ずかしがっているのは、とても新鮮で可愛かった」

 

 シモンが笑った。

 クリスチナは、ますます自分の顔が赤くなるのがわかった。

 

「だ、だったら鎖を外して──。もう、漏れそうなのよ──」

 

 クリスチナは声をあげた。

 シモンがけらけらと笑った。

 

「だから、早くスープを飲み干せと、さっきから言っているじゃないか、俺のクリスチナ……。君のおしっこの便器はこの皿だよ。だけど、まだスープが入っている。おしっこがしたければ、さっさと全部を飲むんだね。そうすれば、この皿におしっこをさせてあげよう」

 

 シモンが言った。

 クリスチアは唖然とした。

 

「ば、ばかを言わないでよ──。こんなものに、おしっこをしろと言ってんの──」

 

 クリスチナはかっとなって怒鳴った。

 

「だったら、いつまでも我慢しているといいよ、俺のクリスチナ。もっとも、万が一、お漏らしをしたら、ちょっときつい罰を与えるよ。俺はそっちの方が愉しいから、それでもいいけどね」

 

 シモンが声をあげて笑った。

 クリスチナは驚いて目を見開いてしまった。



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666 女王様のお目覚め(その2)

「い、いい加減にしてよ──。か、厠に行かせてったら──」

 

 クリスチナはいよいよ切羽詰まってしまって声をあげた。

 すでに、尿意はのっぴきならないものにまでなっていた。クリスチナはぐっと奥歯を噛み、太腿を締めつけて尿意を耐え続ける。

 

 だが、椅子を横に移動して、クリスチナの朝食の給餌をするシモンは、にこにこと微笑むだけだ。

 さすがに、かっと頭に血が昇る気がした。

 だが、同時に下腹部の芯に切ないような疼きも起きているのもわかった。それがなんであるのかは、クリスチナにはわからなかったが……。

 

「わかっているよ、俺のクリスチナ。早くスープを口にするといい。何度も同じことを繰り返させないで欲しいね。それとも、わざと折檻をされたくて、我が儘を言うのかな?」

 

 シモンは笑いながら言った。

 クリアスチナは歯噛みした。

 この男はどうしても、クリスチナをとことん苛めると決めたみたいだ。おそらく、夕べ、クリスチナが柄にもなく、このシモンに甘えまくったのが気に入ったのだろう。

 クリスチナにしても、どうして、あんな風に自分がなってしまったのかわからないのだが、シモンもクリスチナも、かつてないほどに性愛に燃えあがったのは確かだ。

 

 だが、起き抜けに与えられているこの悪ふざけは冗談でない――。

 確かに、夕べは拘束されて、苛められながら愛されるというのも悪くはないとは思ったが、排泄姿まで晒させられるなど正気とは思えない。

 

「だ、だから、解くのよ。鎖を外して──」

 

 クリスチナは両手を吊っている鎖を揺すった。

 当然ながら、手首の革枷も、それに繋がっている天井からの鎖もびくともしない。じゃらじゃらと音が鳴るだけである。

 

「なるほど、余程に俺の前でおしっこをするのが嫌なんだね。だけど、調教というのは、君が心の底から嫌だと思っていることを受け入れさせるのが調教だそうだ。師匠がそう言っていた」

 

 シモンが少しおどけた口調で言った。

 

「師匠?」

 

「ロウ殿のことさ。今朝挨拶に行ったときに、少し話す機会があってね。調教のことを色々と教授してもらったんだ。心配ないよ。君の心も身体もすっかりと作り替えてあげるからね」

 

 朝、ロウに会った?

 もしかしたら、この悪戯もロウの教授とやら?

 いずれにしても、このシモンが他人を「師匠」などと呼ぶのは余程にロウに心酔したみたいだ。

 クリスチナは少し驚いた。

 

「とにかく、心で嫌がっていることを、君は無理矢理にやらされるんだよ。それに逆らうことができなくなる。それが調教らしい。ほら、スープだ。飲むんだよ、俺のクリスチナ」

 

 シモンがスープをクリスチナの口の前に運んでくる。

 だめだ……。

 なにを言っても、シモンがクリスチナの訴えに応じる感じがしない。

 仕方なく、口を開いてスープを飲む。

 とにかく、食事が終わるまでは許さないつもりなのだろう。

 だったら、飲む干すしかない。

 クリスチナは、限界に近くなってきた尿意に耐えながら、シモンがすくって与えるスープを飲み続けた。

 

 しかし、あまりに尿意が大きくて味などしない。

 一方で、だんだんと身体は熱くなるし、肌には脂汗のようなものまでにじんできた。

 それだけでなく、性感が甘いざわめくような異常な感覚も襲う気がしてきた……。

 じわじわと身体が内側からあぶられるみたいに……。

 

「はあ、はあ、はあ……。お、おかしいわ……。ね、ねえ、このスープ、変なもの入ってないわよね……?」

 

 そのときには皿には、ほとんどスープは残っていない状態だった。

 だが、やっとクリスチナは、ちょっとおかしいなと思ってきた。

 身体の火照りはともかく、あまりにも尿意が迫るのが速い気がしたのだ。

 

「スープかい? 身体に影響するものは入ってないよ。ただの利尿剤だ。君の可愛い姿が見たくてね。ごめんね、俺のクリスチナ」

 

 シモンは笑った。

 クリスチナは唖然とした。

 

「り、利尿剤──。ひ、卑怯よ──」

 

「なにが卑怯なものか? さあ、食事は終わりだ。おしっこをするのを許そう。だけど、さっきも言ったけど、漏らしたら罰だからね。それは皿の外に出してもだめだよ」

 

 シモンがクリスチナが座っていた椅子を強引に引いて、クリスチナから取りあげた。

 転びそうになるのを足を踏ん張らせて耐える。

 立ちあがったために鎖がやや緩み、手枷が嵌まっている手首は頭の位置までさがった。

 だが、それだけだ。

 ほんの少し屈むことができるくらいしかできない。

 

 すると、シモンがクリスチナの足のあいだに、さっきの皿を差し入れて床に置いた。

 クリスチナびっくりした。

 

「な、なにやってんのよ──。まさか、立ったまましろって、言ってないわよねえ──」

 

 クリスチナは引きつった声をあげた。

 

「大丈夫だよ、俺のクリスチナ。ちゃんと後始末はしてあげるから。だけど、しっかりと狙うんだよ。皿はそんなには深くないから、できるだけ少しずつ出した方がいいね。罰が嫌なら頑張るんだ」

 

「ふ、ふざけないでったらあ──」

 

 クリスチナは怒鳴った。

 

「だから、問題ないんだって、俺のクリスチナ……。明日の朝まで、なにもかも俺が面倒を看てあげるからね。食事だけでなく、排尿、排便、着替えも、化粧もすべてを俺に任せるがいいよ」

 

「は、排便? すべて――?」

 

「うん、俺たちは夫婦になるんだ。昨日の君は可愛かった。いままでよりも、ずっといい関係が結べそうさ。これからは、俺も心を入れ替えて、君の夫として相応しく面倒見のいい男になるつもりだ。さあ、準備がよければ声をかけてくれ。下着を外してあげるから」

 

 シモンがテーブルの上の食事を横の車輪付きの台車にどけていく。

 テーブルの上になにもなくなると、シモンは自分の座っていた椅子を少し移動させて腰掛けて、クリスチナを斜め前から観察する態勢になった。

 クリスチナは、歯を噛みしめた。

 本当に漏れそうだ。

 腰の震えまでもとまらなくなってきている。

 

「ね、ねえ、こんなこと嫌だったらあ──。外して、外してよおお」

 

 クリスチナは絶叫した。

 しかし、シモンはくすくすと愉しそうに笑い声をあげた。

 

「俺のクリスチナ、君が本当に嫌なことはしないさ。だけど、気がついていないのかもしれないけど、君の下着はすっかりと濡れているよ。見てごらんよ。君は嫌がっていもりなのかもしれないけど、股間はすっかりと濡れているじゃないか。乳首だって、しっかりと勃っている。君は苛められるのが好きな身体になってしまったのさ」

 

 はっとした。

 そして、目を股間にまとっている小さな下着に落とす。

 はかされている下着は生地が薄い白い色のものであり、確かにその股間の部分に丸い分泌液の染みができていた。

 そういえば、さっきから身体が熱い感覚も襲っている。

 まさか……。

 

「ね、ねえ、スープに媚薬も入れていた? いえ、そうなんでしょう──」

 

 クリスチナは怒鳴った

 シモンは首を横に振る。

 

「君を追い詰めるために利尿剤は入れたけど、誓って媚薬は入れていない。さっきも言ったとおり、君は昨日の一日で、すっかりと苛められると感じる性質になってしまったのさ……。いや、そうじゃないね。前からそうだった。だけど、その本性を引き出されてしまったんだ。こうやって意地悪をされることで身体が反応してしまうのが、君の本当の姿でもあったのさ」

 

「そんなことないわよ──」

 

「そうかな。じゃあ、試してみるかい? なんの愛撫もしていないのに、俺を受け入れることがほどに股間が濡れてしまったのは、どういうことなのかな?」

 

 シモンが手元から小さな操作具のようなものを取り出した。

 鎖が緩まって、クリスチナは両手をさげることができるようになった。

 どうやら、天井と繋がっている鎖は、魔石が嵌まってる魔道具のようだ。シモンは魔道遣いではないが、魔石付きの魔道具を自在に扱えるくらいの魔道の力は持っている。

 

 そして、シモンが立ちあがる。

 ついで、クリスチナの背後に回り込み、肩口に唇を押し当ててきた。

 

「あんっ」

 

 くすぐったさに甘い声が出た。

 シモンは唇を首から耳に向かって這わせながら、片手で胸覆いの下から手を入れてクリスチナの乳房を掴み、もう一方の手で下着の頂きをくりくりと撫で回してきた。

 

「ふううっ、ひんっ」

 

 クリスチナはぶるりと身体を震わせて呼吸を乱した。

 同時に必死に股間を締めつける。

 おしっこが堰を切って飛び出そうになったのだ。

 

「漏らしたら、罰だからね……」

 

 シモンは胸の表面を愛撫しながら、耳近くに唇を這わせてくる。

 下着の横の紐にも手をかけた。下着を外そうとしているようだ。

 

「ううっ、や、やめてっ、ち、力が抜ける──」

 

 クリスチナの身体を知り尽くしているシモンだ。

 的確にクリスチナの弱点を突いてくる。

 シモンの唇が耳の付け根から耳たぶ、そして、縁を舐めて、舌先が耳に入ってきた。 

 

「ひ、ひいいっ」

 

 クリスチナは歯を喰いしばった。

 一瞬でも気を抜けば、あっという間に放尿しそうなのだ。

 その代わりに、シモンの愛撫に一切抵抗することができない。

 

 シモンがクリスチナから下着を取り去る。

 すると、首を押さえられて上体を曲げられ、上半身をテーブルに押しつけられた。

 

「おしっこを漏らしたら、浣腸をして立ったまま排便をさせるよ。それが嫌なら、一生懸命におしっこを我慢するんだ」

 

 シモンが片手でクリスチナの身体を押さえつけたまま、片手で自分のズボンを外そうとしたのがわかった。

 それはともかく、浣腸──?

 クリスチナはぞっとした。

 

「脚を開け──」

 

 シモンが大きな声をあげた。

 知らず、クリスチナは股を開いていた。

 自分でも、なぜ抵抗しないのか不思議だったが、シモンに怒鳴られると、まるで操られているみたいに、クリスチナの身体は逆らう意思を失ってしまっていた。

 

 シモンがクリスチナの尻たぶに、腰を押しつけてきた。

 太腿のあいだに滑り込んできたシモンの怒張の先端がクリスチナの股間に当たるのがわかる。

 そのまま、ずぶずぶとヴァギナの中に怒張が押し入ってくる。

 クリスチナが思うよりもずっと多くの果汁がそこから溢れていたみたいだ。

 まったく拒むことなく、シモンの男根がクリスチナの中に貫かれた。それどころか、むしろ貪るように、粘膜がシモンを引き入れていく。

 

「いやああ、だめええええ」

 

 クリスチナは拘束されている手首で思わず鎖を握った。

 身体の芯まで溶かすような愉悦が背筋を突き抜けたのだ。

 だが、いまのクリスチナには恐怖でしかない。

 少しでも気を抜けば、おしっこを漏らしてしまう──。

 

「漏らしたら、浣腸だぞ」

 

 シモンは笑いながら背後から激しく抽送を開始した。

 

「あぐううううっ」

 

 クリスチナは悲鳴のような声をあげた。



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667 浴場乱交の情景(その4)

「い、いぐうう、いぎぞううう、ごしゅじんざまああ」

 

「また、いきそうなのか、コゼ? もう、何回目だ?」

 

 小柄な身体を一郎の胡座に抱き込まれた体勢のコゼが、完全に身体を預けるかたちで膝に乗り、対面座位で深々と一郎の怒張を呑み込ませている。

 

「あ、ああ、あああ」

 

 そして、歯を喰いしばり、もう十数回になろうとしている絶頂に向かって快感を飛翔させた。

 緊縛はしていないが、すでに朦朧としていて、手足には脱力している状態だ。それでも、なにかにすがるように一郎の背中に喰い込ませてくる爪には力が入っている。

 

「え、遠慮なく極めていいぞ。つ、次に達したら、少しだけ、休憩だ」

 

 一郎はコゼを犯しながら声をかけると、ちょっと腰の位置をずらして、コゼの子宮近くにある性感帯に怒張の先端が届くように、コゼの上半身を真っ直ぐになるように引き起こす。

 そして、おもむろにコゼの尻たぶを軽く持ちあげ、腰を突き落とすようにさっと離した。

 

「はうううっ、いぐうう」

 

 コゼの喘ぎ声がひときわ甲高くなり、腰のあたりを小刻みに痙攣させた。

 またもや女の悦びを極めたのだ。

 

「本当に、コゼは淫乱な身体になったな。さあ、しっかりと呑み込むんだ」

 

 一郎は長い痙攣を続けるコゼに精を放った。

 そのあいだも、コゼが一郎にしがみつくように震えていたが、やがて、ずるずると一郎の身体から滑り落ちるように横に倒れかけた。

 どうやら、意識を失ったらしい。

 一郎はコゼの身体を横たえると、亜空間から薄物をかけてやった。

 

 これ以上は無理だろう。

 次の女は誰にしようと思ったが、たったいま倒れたコゼ横で小さな寝息をかいているユイナに目が入る。

 そういえば、コゼとユイナを交代交代に抱いていたのだが、ユイナが早々と失神してしまったので、しばらくのあいだ、コゼだけを集中して抱く感じになっていたのだった。

 それで、コゼがひとりで一郎の相手をすることになり、十数回の連続絶頂を繰り返して、たったいま意識を失ってしまったところというわけだ。

 

 ユイナについては、粘性体で床に身体を接着させていたので、うつ伏せでお尻だけを大きくあげた格好で、四肢も顔も床にくっついた格好で固まっている。

 その格好で寝息をかいているのだ。

 器用なことだ。

 ちょっとばかり、悪戯をしたくなってきた。

 一郎は、移動しかけていた身体を留めて、ユイナのお尻側に身体をしゃがませた。

 

 朝から続けている大浴場での淫行である。

 女同士の責め合いをさせつつ、一郎が彼女たちに逐次に交わるという感じで乱交を続けているのだが、最初にミウを抱き潰し、ついで、コゼとユイナの相手をしていた。

 だが、ちょっとやり過ぎたらしく、ふたりとも意識を失ってしまったということだ。

 しかし、女たちの状態にわりには、まだまだ、一郎の怒張は元気だ。

 実際のところ、それほどの精は放っていない。

 まあ、女たちは十倍は達していると思うが……。

 

 また、女たちの嬌声は、まだまだ浴場内に響き渡っていて、エリカとイットのグループと、イライジャ、スクルド、ガドニエル、マーズのグループが女同士の淫交を継続している。

 まだまだ佳境だ。

 繰り返している乱交に、全員の眼もなにかに酔ったようになっている。

 こういうばか騒ぎも悪くないな……。

 

 一郎はそんなことを思いながら、淫魔術でユイナの腰に意識をやり、さんざんにもてあそんだスキーン腺に淫気を繋げる。

 そして、粘性体を体内に飛ばし、一気に強震動の蠕動運動をする。

 

「んひいいっ、なによおおお、ふぎゅうううう」

 

 突然の刺激に、ユイナが覚醒して奇声をあげて身体を激しく痙攣させた。

 そして、股間のあいだからおしっこのような潮を噴き出させる。

 

「もう、やめでえええ」

 

 ユイナが泣き声をあげて絶叫をした。

 一郎は吹き出した。

 

「コゼが寝てしまったんでな。もう一度相手をしてくれ、ユイナ。そういえば、今日は、まだお尻を相手にしてなかったよな。尻を犯す前に、ほかの女のところにいったんじゃ申し訳ない。ほら」

 

 一郎は人差し指の表面に潤滑油を淫魔術でまぶすと、ユイナのアヌスに滑り込ませていく。

 

「いっ、いやあ。もう、もう十分──。十分よおお。んひいいい」

 

 ユイナが暴れ出す。

 しかし、身体は床に密着していて、高尻の体勢を崩すことなどできない。

 そもそも、もう一郎の指は付け根まで潜り込んだ。

 

「遠慮するな。ユイナがさっさと失神したから、コゼがひとりで引き受けたんだぞ。かわりばんこに犯すつもりだったのにな」

 

 一郎は、指をユイナの尻穴の中で鈎状に曲げて、性感帯のある赤いもやの場所を刺激してやる。

 

「あっ、あああっ、や、やあああ──。わ、だが、わたじは、ほ、ほかの女のような体力馬鹿とは違うのよおお。わたしはもう十分だったらあ」

 

「そう言うなよ。ミウみたいに、体力回復の魔道でも遣ったらどうだ? ほらほら」

 

 指の抽挿を開始する。

 指を出し入れするたびに、ユイナががくがくと絶頂のような反応を繰り返す。

 

「ああ、もう、いやああ──。あほおおおお」

 

 おそらく、もう体力の限界なのだろう。

 コゼとユイナはお互いに掻痒剤を塗り合って悪戯しあい、それで体力を使い合ったうえに、一郎の相手をすることになったのだ。

 ユイナはさっさと脱落したが、コゼはその分な長く相手をして、前を犯し、後ろを犯し、また、前を犯しと言うことを繰り返した。

 しかし、そういえば、ユイナはまだ後ろは悪戯していない。

 コゼとユイナの比べじゃないが、ふたりとも一郎が躾けたアナルの弱さでは双璧だ。

 お尻への挨拶なしに、ユイナを去るわけにはいかないだろう。

 

「そう嫌がられると、しつこく苛めたくなるな。とにかく、観念しろ。それとも、またスキーン腺を同時にいじってやろうか?」

 

 一郎はユイナの尻たぶを両手で持つと、自分の肉棒をユイナのアヌスにあてがう。

 

「あれはいやあ、はうううっ、んふうう」

 

 ユイナが大声をあげたが、一郎の怒張がゆっくりとお尻に沈むと、その声が甘いものに変わる。

 

「すっかりと俺の性器のかたちを覚えてくれたみたいだな。もう完全に入ったぞ」

 

 一郎の怒張が完全にユイナの腸内に吸い込まれた。

 すぐに、ゆっくりとしたペースで律動を開始する。

 

「ひいいっ、ひいいいい、んはあああ」

 

 ユイナの叫びも激しくなっていく。

 だが、その声は苦痛というよりは快感によるものだとわかる。

 しばらく続けると、ユイナは完全に愉悦にのみ込まれてしまっ

 

「あああ、いぐううう、いちゃうううう」

 

 そして、絶頂した。

 

「相変わらず敏感だなあ。そんなに感じてくれると、嬉しくなるな」

 

「ああ、ひいいっ、あああ、あああ、ああああああ」

 

 ユイナは首を横に振るような仕草をしながら、ただただ喘ぎ続けた。

 やがて、アナルで二度目の絶頂をした。

 

「気持ちいいぞ、ユイナ。ひと足先に王都に向かってもらうけど、向こうの女たちと喧嘩するなよ」

 

 一郎は笑いながら、少し腰を激しくさせる。

 二度目の絶頂から、すぐに三度目の絶頂に向かうユイナがまたもや、大きな悲鳴をあげる。

 今度は、一郎はそれに合わせて精を放った。

 

「あ、あ、ああ、ああああ」

 

 粘性の高い精液を腸に感じたのだろう。

 ユイナは快感を大きく飛翔させ、がっくりと脂汗まみれの身体を瓦解させた。

 今度こそ、失神だ。

 

 性器を抜いた一郎は、ユイナをコゼを寝かせている掛け布の下に押しやった。

 コゼとユイナが全裸で密着した体勢で寝息をかきだす。

 

「さて、次はと……」

 

 一郎は視線を動かした。

 ちょっと離れた洗い場の一角では、緊縛したまま四つん這いになっているガドニエルとマーズがお尻にアナルビーズを入れて、引っ張り合いをさせられていた。

 責める側になれば、イライジャもスクルドも、結構容赦ないしな……。

 

 あられもない声をあげる四人を眺め、次いで、湯船に視線を移す。

 そっちでは、湯船の反対側の縁で、エリカがイットを膝に抱き、尻尾の付け根を愛撫して、イットに嬌声をあげさえていた。

 獣人族の女にとって、尻尾の付け根はクリトリスに匹敵する性感帯でもある。

 さすがのイットも、すでにぐったりとしている。

 一郎はそっちに向かうことにした。

 

「エリカ、俺も混ぜてくれよ」

 

 湯船の中に入り、エリカたちに向かう。

 

「えっ、ロウ様も? も、もちろんです」

 

 エリカが顔をあげて、嬉しそうに顔を赤らめた。

 そして、イットの尻尾の付け根を乱暴に愛撫した。

 

「ひんんんっ、エ、エリカ姉様、やああああ」

 

 イットがエリカの膝の上でがくがくと身体を痙攣させる。

 

「ロウ様が可愛がってくれるそうよ。ほら、挨拶よ──」

 

 エリカが尻尾を擦り続ける。

 

「きひいいっ、もう、もう、そこは許してくださいい、エリカ姉様ああ。ご、ご主人さまああ、か、かわいがって、くださいいいい」

 

 イットが奇声をあげた。

 一郎はふたりの横に到着すると、イットを抱くエリカごとふたりを抱きしめる。

 

 そして、まずはエリカに口づけした。

 すぐにエリカが舌を一郎の舌に絡ませてきた。

 一郎は激しく舌を舐めかえす。

 

 まだまだ、乱交は始まったばかりだ。



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668 御曹司の忠告(その1)



 色々と途中ですが、少し話を進めます。
 乱交については、ニーズがあれば、付け足します。






「ロウ、水晶宮のケイラから届け物が来たぞ……。おっ、なんだ、これ?」

 

 一郎たちがいるモーリア男爵の別宅の中で一番広い部屋を一郎用の客室としてあてがわれているが、一郎がソファに腰をおろしてしばしの休息をしていると、シャングリアがトレイに載せてなにかを運んできた。

 しかし、そのシャングリアが部屋の中を眺め見て、呆れたような声を出す。

 

 無理もない。

 部屋の中には一郎のほかに、いままで一緒に大浴場に行っていた女たちもいるのだが、全員がまともに座らず、床やソファーなどに突っ伏して気怠そうに横たわっているのだ。

 ちょっと浴場で一郎がはしゃぎすぎたらしく、全員が抱き潰されて、横になっている。

 しかも、全員が乳房と股間を隠す下着だけの半裸だ。

 女たち同士で責め合ったというのもあるが、最終的には一郎が全員に精を注いだ。一郎が精を注ぐということは、相手をする女は文字通り気絶寸前までよがり狂わされるということであり、その結果、まるで野戦病院のような状況ができあがったというわけだ。

 

 ここまで連れてくるのも大変だった。

 脱がせるのは、一郎の淫魔術で一瞬で女から衣類を剥ぎ取れるのだが、着せるのは普通にやらないといけない。

 まったく動かなくなった九人の女を亜空間にいったん連れ込み、ここまで運んで出し、ひとりひとり身体を拭いて髪を乾かさせ、下着を着せたのである。

 かなり大変だった。

 

 そして、九人の女の全員に、後ろ手に革の手錠を嵌めさせてたのだが、それは愛嬌のようなものだ。

 まだ、昼前だ。

 今日はまだまだ長い。

 これからも抱くしかわいがる。

 しかし、浴場の乱交に参加せず、男爵家の本宅側にいるモーリア男爵とこれからのことを話し合ってもらっていたシャングリアは、この状態を見て驚いたというわけだ。

 

「ちょっとはしゃぎすぎてな。それよりも、ケイラということは、享ちゃんからか?」

 

 ケイラ=ハイエルこと、エルフ王族の「大長老」と言われるエルフ族の女王族のケイラは、多くの外来人の魂を融合させている人格の集合体なのだが、その意識のひとりだった一郎のいとこの享子と仮想の一生を送って戻ってくると、なぜか集合体の中心が元々のケイラ=ハイエルではなく、仮想空間の中で仮の一生をすごした「田中享子」になってしまったのだ。

 あれから、姿は女長老のケイラ=ハイエルだが、中身は一郎の前世の妻の享子になっている。

 まあ、前世とはいっても、仮想空間の話なのだが……。

 ともかく、ケイラ=ハイエルというのは、一郎と前世の妻だったという「記憶」を持っている田中享子だ。

 だが、その享子から届け物?

 

「チョコレートの菓子だぞ。だが、見たことのない菓子だ。チョコレートパイだといっていた。しかし、最重要の特別緊急扱いで移動門を使って送ってきたものだから、ブルイネンが不満をもらしていたな。こんなものを送るためにエルフ王族の最高権限を使うなとな」

 

 シャングリアが一郎の前にやって来て、両手に抱えているトレイを見せるために身体を屈めた。

 なるほど、チョコレートパイだ。

 仮想空間の中で、一生分の享子との人生を送った一郎だったが、享子は菓子作りも趣味で、時折こんな風に菓子を作っては、一郎に食べさせてくれていた。

 このチョコレートパイも、一緒に暮らしていた子供たちや祥子と一緒に、みんなでよく食べたものだ。

 享子の人格になったケイラは、それを思い出したのだろう。

 だから、さっそく作って、ここまで送ってくれたということだ。

 可愛い女だ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「チョコレート……ぱいですか? なんでしょう、それは……?」

 

「お菓子?」

 

 一郎の足下にうずくまっていたガドニエルとミウは身体を起こして顔をあげた。

 手錠を後手に嵌められているので、動くのが不自由そうだが、膝立ちで一郎の足下ににじり寄ってくる。

 

 女たちは、失神から目が覚めた女もいるが、まだ失神状態の女もいる。

 一郎の足下にいるのが、いまのガドニエルとミウであり、長椅子に横たわって一郎の膝を枕にして横になっているのがコゼだ。この三人は一度は目を覚まして、一郎の近くの場所を確保して、それで再び寝た三人である。

 ほかの女は、床に適当に寝かせているが、一度も目を覚ましておらず、いまも半覚醒の状態だ。

 一郎は淫魔術で一斉に股間に舌で舐め挙げるような刺激を送りつけてやった。

 

「ひんっ」

 

「きゃっ」

 

「あん」

 

 あちこちで女たちの可愛らしい声が沸き起こった。

 そして、自分の状態に気がついて、困惑の表情を示し出す。

 

「あれ? 下着……」

 

「手錠? なんでえ?」

 

「あら、これはどうしたことでしょう……」

 

 エリカ、ユイナ、スクルドだ。

 ほかの女たちも、戸惑っている感じだ。

 

「みんな浴場で気を失ってしまったんだ。ここまで大変だったぞ。ところで、水晶宮から特別緊急品だそうだ。チョコレートパイだ。享ちゃんの菓子は絶品だよ。食べるといい。シャングリア、床に置いてくれ」

 

 一郎はシャングリアに声を掛けた。

 シャングリアが言われたとおりに、一郎の足下にトレイを置こうとする。

 だが、腰を屈めてこっちに背を向けたシャングリアのスカートに、一郎はさっと手を差し込んだ。

 

「ひん、なんだあ?」

 

 下着越しに股間を愛撫する。

 一郎と一緒に暮らすようになってから、シャングリアは短いスカートしか身につけない。

 だから、簡単に手を差し込める。

 そういえば、モーリア家にいた頃のシャングリアは、女らしい格好を嫌悪して男の格好だけをしていたらしく、女性らしい短いスカートのシャングリアの格好に、男爵も家人たちも驚いていたっけ……。

 

「わっ、ロ、ロウ──」

 

 シャングリアがびくりと身体を起こしかけた。

 

「おっと、動くなよ。命令だ……。今日はシャングリアの相手はまだだったからな。些細な朝の挨拶だ」

 

 一郎はシャングリアの股間を擦り続ける。

 淫魔術を使うまでもなく、シャングリアの弱点は知り尽くしている。しかも、ちょっと乱暴な愛撫がシャングリアのお好みだ。

 あっという間に濡れてきたシャングリアの股間をさらに探って、クリトリスを乱暴にぎゅっと押し揉む。

 

「ひぐうっ、いたっ、ロ、ロウ──」

 

 動くなという命令で、こちらに背を向けて中腰のままのシャングリアが大きく身体を震わせた。

 両手で持っているトレイががたりと揺れたのがわかった。

 

「そのままだ。トレイを落とすなよ」

 

 一郎は愛撫を続ける。

 下着をずらして膣に指を挿入する。

 十分に濡れていて、簡単に一郎の指を受け入れた。

 少し激しめに抽送する……。

 

「ひいっ、ひっ、や、やめて……。あ、ああっ、はああっ」

 

 ひと際大きな嬌声をシャングリアが放った。

 シャングリアが絶頂に向かって、快感を一気に駆けあがらせているのは、魔眼で確認しているのでわかっている。

 

 “快感値 25……”

 

 “15”

 

 “……10”

 

 どんどんと数値が低くなる。

 すでに下着も股間もびしょびしょだ。

 

「んぐうううっ」

 

 そして、ついに、あられもなく叫び、シャングリアはその場で絶頂ししてまった。

 膝を割って崩れ落ちそうになるのを一郎は立ちあがって、後ろから支える。

 そのまま、静かに腰をおろさせる。

 

「おはよう、シャングリア。これが俺の挨拶でな」

 

 一郎は床に座り込んで、肩で息をしているシャングリアに笑って声を掛けた。

 

「こ、こんな挨拶、いらん──。それに、もう昼近くだ」

 

 シャングリアが真っ赤な顔を一郎に向けた。

 一郎は声をあげて笑ってしまった。

 

「相変わらず、見境ないわねえ」

 

 ちょっと離れた場所にいるユイナが揶揄するような声をかけてきた。

 

「性分でね」

 

「ロウ様、あのう、この手錠は……」

 

 すると、エリカが声をかけてきた。

 多分、外せと言いたいのだろう。

 

「浴場からここまで、俺に手間を掛けさせた罰だ。今日一日、全員はその手錠のまま暮らしてもらうぞ。その代わりに、なにかして欲しいことがあれば俺に言え。おしっこしたいとか、うんちをしたいとか、顔が痒いとかな。なにもかも世話をしてやる」

 

 一郎は笑いながら言った。

 女たち全員の顔が真っ赤になる。

 

「そんな──」

 

「悪趣味よ、あんた──」

 

「ちょ、ちょっとロウ、せめて、厠には……」

 

 文句を言ったのは、エリカ、ユイナ、イライジャだ。

 ほかの女たちは、眼を大きくしてまごついた顔になる。

 

「それよりも集まれ。享ちゃんからの贈り物だ。口にしてみろ。多分、おいしいぞ」

 

 一郎の呼び掛けに女たちが後手のまま立ちあがって集まってくる。全員がシャングリアが床に置いたトレイを中心に、一郎のいるソファーの前に集合した。

 

「これはなんですか? チョコレート? でも、チョコレートって、こんなになるんですか?」

 

 ガドニエルだ。

 

「これは初めて見るわねえ……」

 

 イライジャも感嘆の声を出す。

 そういえば、一郎もこの世界にやってきて二年以上になるが、チョコレートをこんな風に加工して作られた菓子は見たことがない気がした。

 王宮に遊びに行ったときや、マアの屋敷で出してもらった菓子にチョコレートがあった気がしたが、塊を小さく割っただけのものだったと思う。

 確かに、一度もこんな風に菓子の材料として用いたものは目にしてない。

 もしかしたら、まだこの世界にはないものだろうか?

 ちょっと思った。

 

「いいから食べろよ。順番にな」

 

 食べろと言われても、後手の手錠を掛けられているので、床に置いている菓子を口で迎えにいって食べるしかない。

 全員が困惑している。

 

「ミウ、食べさせてくれ……。そして、次は、エリカ、まずは一番奴隷様からだ。どうぞ」

 

 一郎は声を掛けた。

 ミウがはっとしたように頷き、だが嬉しそうに口でチュコレートパイに噛みついた。

 すでに一口サイズに切り分けられているので、摘まんで食べるのにちょうどいい大きさだ。

 パイ生地の表面も、よく見れば薔薇の花も模様で見た目よく飾りつけしている。

 さすがは享子だろう。

 

「んんっ」

 

 菓子を咥えているミウが膝立ちで口を寄せてきた。

 一郎は上体を屈めて、ミウを抱き寄せるように、それを口で迎えにいく。

 だが、唇をあわせると、舌で菓子をミウの口に中に押し込み、そのままミウに咀嚼させた。

 ミウの口の中で崩した菓子を半分だけ、一郎の口に中に戻していく。

 

「んんっ、んっ、んんんっ」

 

 舌の刺激が気持ちいいのか、ミウが悶え声を出す。

 まだ童女だが、性感については、すでにひとりの女だ。

 一郎はしばらくのあいだ、ミウとの口づけとミウの唾液混じりの菓子を堪能してから、ミウをやっと離した。

 一方で、ちょっとこっちを凝視する感じだった女たちだが、すぐに菓子に視線を戻す。

 一郎の命令のとおりに、まずはエリカが口で菓子を口にした。

 そして、順番に食べ始める。

 

「んっ、おいしい──」

 

「すごいわ」

 

「これが菓子ですか……」

 

 エリカ、イライジャ、そして、イットが感動した声を出した。

 それを合図にするように、全員が菓子を交代で口で取り始める。

 

「ご主人様、次はあたしから食べてください」

 

 横に座っていたコゼが一郎に甘えるようにくっついてきた。

 

「おう、頼む」

 

 一郎が返事をすると、コゼが嬉しそうにソファーからおりていく。

 

「あ、あたしも、その次に、もう一度……」

 

 ちょっと呆けた感じだったミウが一郎にすがるような視線を向ける。

 一郎は笑い出しそうになったが、「頼むよ」と応じた。

 ミウも、トレイに向かった。

 

 一郎はそのあいだに、シャングリアに手を伸ばした。

 シャングリアは、いまだに、絶頂の余韻に浸って荒い息をしているままだったのだ。

 そのシャングリアに亜空間から手錠を出して、後手に拘束してしまう。

 がちゃりと音がして、シャングリアが我に返った感じになった。

 

「わっ、ロウ──。ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

 シャングリアが慌てている。

 一郎はにんまりとしてしまった。

 

「待たないぞ。みんな下着姿なんだ。シャングリアもそうしてもらう」

 

 亜空間術で、シャングリアの身につけているスカートを収納してしまう。

 シャングリアが上半身はシャツだが、下半身は下着だけの破廉恥な格好になる。

 

「わっ、だめだ──。ブルイネンから伝言を預かっているんだ。シモン殿がロウに面会をしたがっているそうだ。辺境候のところに到着してからのことで伝えたいことがあるとか……。陣営に入るための割り符も渡すとか言っていて」

 

 そういえば、この別宅内で今朝、まさたまたま会ったときに、そんなことを言っていた。

 思い出した。

 

「ああ、問題ないぞ。ガド、言玉(ことだま)をブルイネンに送ってくれ。シモン殿にこっちまでいつでも来てくれと伝言を頼む」

 

 一郎はガドニエルに言った。

 お菓子を口にしていたガドニエルがそれを喉に押しながら、大きく数回頷く。

 

「ま、待って、ここにシモン殿を──? ガド、言玉を送っちゃだめええ──」

 

 エリカが絶叫した。

 だが、そのときには、ガドニエルが言玉を放ち終わってしまっていた。

 

「ね、ねえ、ここにシモン殿を呼ぶの──?」

 

「ロウ、スカートを返してくれ。こんな格好じゃ……」

 

 イライジャとシャングリアも声をあげた。

 ほかの女たちも、身体を硬直させている。

 

「気にするな。裸じゃないんだ……。それよりも、コゼ、ほら……」

 

「あっ、はい……」

 

 トレイの前にいたコゼが一郎に声を掛けられて、慌てて動き出す。一郎に口移しで菓子を運ぶために、半分を咥えてこっちに戻ってくる。

 すぐにミウも同じようにしてきた。

 

「あっ、ガドも……。ガドからもお願いします」

 

「おう、どんどん来い」

 

 ガドニエルがうらやましそうにこっちを見たので、一郎はそう言った。

 すると、ガドニエルがトレイに向かう。

 

「んんっ」

 

 一方でコゼが菓子を咥えて寄ってくる。

 さっきのミウと同じように、コゼを抱き寄せて口づけをしながら、口の中で菓子を分け合って食べる。

 コゼが脱力したみたいになるとともに、舌を絡ませてきた。

 しばらくのあいだ、舌と舌を愛撫し合う。

 後ろには、すでにミウがパイを咥えて待っている。

 

 すると、トレイ側ですっと小さなパイの一切れが宙に浮くのが見えた。

 それがスクルドの口の中に入る。

 魔道だ。

 それを咥えて、スクルドもやってきた。

 

「あら、狡いですわ、スクルド様──。わたしがご主人様の許可をもらったのに……」

 

 追い抜かれたかたちのガドニエルがそれに気がついて声をあげた。

 しかし、スクルドは素知らぬ感じで、ミウの後ろに並んでしまう。

 一郎はコゼと口づけをしながら噴き出しそうになった。

 

「ありがとう、コゼ。おいしかったぞ」

 

 一郎はコゼから手を離した。

 

「はああ、ご主人様……」

 

 コゼが気怠そうに、さらに脱力した。

 

「ちょ、ちょっと、みんな、ここにシモン殿が来るのよ。ねえ──」

 

 エリカだけは、ひとり慌てたように下着姿でまごまごしている。

 

「諦めなさいよ、エリカさん……。こいつはこういうやつなのよ」

 

 ユイナが言った。

 そして、そのユイナも女たちをかき分けて、トレイから小さなパイの切れ端を口にしにいく。

 

「ロウ殿、失礼します……。シモン殿とクリスチナ殿です……。ええええっ──」

 

 一方で、部屋にシモンたちを誘導して、近衛兵姿のブルイネンがふたりとともに入ってきた。

 だが、部屋の状況に声をあげた。

 後ろのシモンも目を丸くしているのがわかった。

 

「ああ、シモン殿、どうぞ……。ちょっと取り込み中ですけどね」

 

 一郎は笑いながらシモンに声を掛けると、待っていたミウを抱きしめて、菓子ごとミウの唇に口づけをした。



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669 御曹司の忠告(その2)

「うわっ」

 

「へえ……」

 

 部屋に入ってきたクリスチナとシモンが一郎の部屋の状況を見て、唖然とした表情になるのがわかった。

 だが、シモンはこの世界にやって来て初めてできた「嗜虐友達」のようなものだ。

 女を分け合うことはないが、羞恥責めに利用するくらいのことはしてもいいだろう。

 夕べは、成り行きとはいえ、シモンの婚約者のクリスチナを抱かせてもらったし、今朝にシモンと話したときには、随分と一郎に対する物腰も柔らかくなり、一郎に心酔している様子さえ見せた。

 だから、なんとなく、シモンとは気心知れた感じだ。

 

「ロ、ロウ殿──。そ、それに女王陛下も──」

 

 そして、ふたりを案内してきたブルイネンは、部屋の「惨状」に唖然とした感じである。

 なにしろ、ガドニエルを含めた十人もの女たちの全員が下着姿になっていて、しかも後手に拘束されているのだ。しかも、口で床に置いているお菓子を「犬食い」しているし、一郎には童女のミウなどが口移しでその菓子を食べさせたりしているのである。

 何事だと思うだろう。

 

「やあ、シモン殿にクリスチナ殿、どうぞ、こっちに。遠慮することありません……。それに、ブルイネンも加わって行けよ……。ありがとう、ミウ。おいしかった」

 

 一郎はミウの口を堪能すると、ミウから顔を話して、部屋の入り口のところで呆然と立っているシモンやブルイネンたちに声を掛けた。

 また、ミウの口の周りに、チュコレートが残っていたので、それを舐めとってやる。

 ミウは胸を巻く下着ではなく家族の子供用のシミーズだ。しかし、十一歳の童女のミウはうっとりと女の顔になり、一郎に甘えるように身体をしなだれてきた。

 

「さあ、ミウは交代だ。次はふたりだ。スクルドとガドは一緒にソファーにあがって来い」

 

 一郎が声を掛けた。

 すると、口に菓子を咥えたスクルドとガドニエルが嬉しそうに膝で近寄ってきて、後手のままソファーにあがり、一郎の両隣にやってくる。

 

「わ、わたしは、まだ任務がありますから──。で、では……」

 

 一方でブルイネンは、真っ赤な顔をして、慌てて立ち去ってしまった。

 一郎はそれを横目で確認しつつ、苦笑した。

 まあいい……。

 

 ブルイネンを含めた親衛隊の連中については、必ず夜に仮想空間に連れ込んで抱くということをしている。

 仮想空間であれば、時間の経過をほとんど考えなくて抱いて、大勢の女たちをじっくりと順番に抱いて愛することができる。

 ただ、仮想空間といえども、やはり、こちらに戻ったときにかなりの疲労感が残るらしく、夜間警護勤務などの場合は、どうしても支障があるらしい。

 体力的な疲労感は仮想空間から出るときに解消できるはずなのだが、さすがに抱き潰されるくらいまでされてしまうと、精神的疲労が肉体にも影響が出るようだ。

 一郎も淫魔師レベルが限界突破してからは、手加減しようとしても、与える快感が増幅される感じになり、どうしても女を抱き潰してしまう。

 まあ、なんだかんだで、一郎も自分が精を放つよりも、女たちが快感によがり狂うのを眺めているのが興奮するというのもあるのだが……。

 

 ともかく、そんなわけで、最近は親衛隊については半分ずつ抱くことにしている。

 家事だけでなく夜間警備にについて負担が大きい新鋭隊の彼女たちなので、夜に非番の者たちだけど仮想空間に連れ込むことしているのだ。

 ブルイネンの相手をするのも、そのときの方が多いが、今夜はたっぷりと苛めてやることにしよう。

 いま、逃げた罰だ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「んんっ」

 

「んふん」

 

 そして、スクルドとガドニエルが乳房を両側から一郎の肩に押しつけるようにして、口に咥えている菓子を一郎の口に寄せてくる。

 一郎はまずは、スクルドの菓子を食べて、スクルドとの口づけを堪能し、次いでガドニエルともキスをしながら菓子をお互いの口の中を行き来させつつ、半分ずつ食べた。

 それととともに、両側に腰に回している手をお尻側から前に伸ばして、ふたりの股間を下着越しに愛撫を続ける。

 

「ああ……」

 

「あっ、ご、ご主人……さ、ま……、ああ……」

 

 このふたりは、一郎から人前でいたぶられても嫌がらない。

 口から食べ物がなくなったふたりが、一郎の悪戯に身体を悶えくねらせて甘い声を出す。しかし、ふたりとも、シモンの視線があっても、避けて逃げるということはしない。

 

「おう、やっぱり師匠ですね。流石ですよ」

 

 すると、まだ入り口のところで立っていたシモンがなぜか嬉しそうな声をあげた。

 この男は、昨日はかなり一郎に上からの態度で喋っていたのだが、ひと晩経って朝に少し話したときには、この口調になっていた。

 ちょっと面食らうのだが、昨日の晩餐のあとでクリスチナを抱いて、そのときのクリスチナの従順な態度が余程にお気に召したようだ。

 朝の会話では、クリスチナが可愛い、可愛いと連呼もしていたし……。

 

 また、そのときに、どんな風に女を躾けたらいいのかを問われたので、躾けるという言葉は適切ではなく、むしろ奉仕するつもりで愛せばいいと意見を言った。その愛する手段が嗜虐を伴う「プレイ」なだけだ。

 「プレイ」という単語も気に入ったらしく、やたらに感嘆していた。

 さらに、一郎が亜空間に持っている性具の幾つかを譲渡したら、それからずっと「師匠」呼ばわりだ。

 普通に語ってくれと言っても、直す気配はいまのところない。

 それはともかく、なにが流石なのだろう。

 ただ、女を拘束して悪戯しているだけだ。

 

「ああっ」

 

「んくうううっ」

 

 スクルドとガドニエルのよがり声が激しくなる。

 魔眼で確認するまでもなく、もう絶頂してしまうだろう。

 下着越しの股間はすでにびしょびしょだ。

 一郎はふたりの下着の中に指を差し入れて、ゆっくりと股間を愛撫した。

 クリトリスをくすぐるようにしながら、蜜を吐き続ける膣の中に人差し指を差し入れる。そして、花唇に指を抽挿しながら、ふたりの気持ちのいい場所を魔眼で確認しながら刺激してやる。

 

「ああ、ご主人様──」

 

「ああああっ」

 

 ふたりが同時に身体を弓なりにして、胸を再び一郎に押しつけるようにしてくる。

 

「だめだ──。我慢だ。許可なくいくなよ──」

 

 一郎は愛撫を続けながら意地悪を言った。

 

「は、は、はいいいっ」

 

「んぐううう」

 

 ふたりが歯を喰いしばったのがわかった。

 一郎の戯れ言を受けて、耐えようとしているのだ。

 一郎はほくそ笑みつつ、膣の中のGスポットを押し揉むとともに、指をバイブレーターのように振動させる。

 ふたりの「快感値」が一気に飛翔して、“0”に接近する。

 

「う、うううっ、くくうううっ」

 

「あぎゅううう」

 

 ふたりが奇声を出し始めた。

 とりあえず、“1”でとまった。

 しかし、もう限界だろう。

 一郎は淫魔術で粘性体を飛ばして、男根の形状で固めてふたりのアナルに発生させる。

 それを蠕動運動をさせた。

 

「だめえええ」

 

「んくううう、あっはあああ」

 

 ふたりがまったく同時に、ついに弾けた。

 我慢した分、快感も大きかったらしく、かなり大きなよがり声をあげてしまった。

 スクルドについては、潮まで吹いて、下着を思い切り濡らしてしまっている。

 

「言いつけを守れなかったな。罰だ。ふたりで俺の足を舐めてもらおう。シモン殿たちがいるが、手を抜くなよ」

 

 一郎は言った。

 シモンたちは靴を履いているが、一郎たちは浴場からあがってそのままなので、全員が素足である。

 

「は、はい」

 

「ご主人様……」

 

 深い絶頂で脱力しているふたりが気怠そうに身体を動かして、ソファーをおりていく。

 特に抵抗することもなく、ふたりは身体を屈めて、一郎の足の指を舐め出す。

 一郎は、シモンに視線を向け直した。

 

「申し訳ありません。どうぞ、お座りください。ご覧のように取り込んでいますので、座ったままで失礼しますね」

 

 シモンに笑顔を向ける。

 破廉恥で失礼な態度だが、一応は計算のうちだ。

 エルフ女王のガドニエルを奴婢(ぬひ)のように扱ってみせて、一郎に力があることをシモンに示しているのだ。

 シモンがマルエダ辺境候家の耳目として、一郎を見聞にやってきたのはわかっている。

 なんの力もない一郎だが、せめて、女傑たちを自在に扱えることを示して、これから始めることになるだろうマルエダ家との交渉を優位にする努力をしなければならない。

 辺境候の陣営に捕らわれて処刑待ちだというチャルタとピカロを助けないとならないのだ。

 男らしくないが、虎の威を借りるのも有効だろう。

 

 スクルドについても、ばらしてはないが、王都第三神殿の女神殿長だったスクルズだと、シモンも見抜いている気配だ。

 スクルズといえば、王都一の魔道遣いの定評もあった女魔女でもある。

 それをこれだけ支配していると見せれば、一郎を無碍には扱うことはできないはずだ。

 

 それはともかく、ほかの女たちは、大人しく一郎たちを見守る感じになっている。もう邪魔をしてはいけないと思っているのか、争って一郎にお菓子を運んできていたミウやコゼも距離をとって退いた感じになった。

 半分以上は、下着姿を晒しているのが恥ずかしそうではあるが……。

 その中で、他人の眼を気にしていないスクルドとガドニエルの足舐めだけが続いている。

 

「いやいや、師匠の女性たちばかりにそんな格好をさせるわけにはいきませんね。クリスチナにも同じ格好をさせましょう。クリスチナ、スカートを脱ぐんだ」

 

 シモンがクリスチナの腰を抱くようにして自分に引き寄せた。

 そして、腰に回した手でクリスチナのスカートの腰の留め具を外そうとした。

 今日のクリスチナは貴族女性のそれではなく、女冒険者らしい服装であり、上下が別々の服装をしていて、スカートは激しい脚の運動を阻害しない短いものだ。

 そのスカートだけをシモンは脱がそうとしているようだ。

 

「ちょ、ちょっと、シモン殿──。ま、待ってよ──。わ、わたしのスカートの下は……」

 

 クリスチナが狼狽えた声を出す。

 それで気がついたが、クリスチナの両手は背中側で組んだままだ。

 魔眼で覗く……。

 

 

 

 “クリスチナ=バートン

   伯爵家令嬢

   (アルファ)ランク冒険者

  人間族(女)

  年齢:24歳

  ジョブ

   戦士(レベル15)

   魔道遣い(レベル10)

   調教師(レベル3)

  生命力:50

  攻撃力:10↓(指縛り・後手)

  魔道力:40

  経験人数:男15、女14

  淫乱レベル:A

  快感値:100→20↓

  状態

   ディルド付き貞操帯装着による弱体化”

 

 

 

 改めてステータスを見ると、それなりに性経験は豊富のようだ。

 “調教師”という面白いジョブもある。

 それはともかく、どうも抵抗の様子がおかしいと思ったら、シモンはクリスチナを指縛りで後手拘束してきたのだとわかった。

 また、貞操帯も装着させてきたみたいだ。

 そういえば、今朝、シモンに譲渡した性具の中にも貞操帯はあったし、晩餐からシモンの部屋にクリスチナを返すときにも、貞操帯を到着させっぱなしにしていた。

 そのどちらかを嵌めさせて、ここに連れてきたみたいだ。

 シモンの言い草じゃないが、この気の強い「女王様」への「(しつけ)」はかなり進んでいるようだ。

 そして、昨日は一郎はクリスチナを犯したし、何度も精を注いだ。その割には、ステータスの向上もないし、なにかの能力の付与もない。

 やはり、「淫魔師の恩恵」は一郎が性支配を望まない限り、しないのだと改めてわかる。

 

「いや、いいお手本でした。さあ、クリスチナ、君は床だ」

 

 シモンがクリスチナのスカートを床に落とす。

 クリスチナの股間に喰い込んでいる革の貞操帯が露わになる。

 

「あっ、いやっ」

 

 クリスチナが片足を曲げて股間を隠そうとした。

 しかし、喰い込んでいる貞操帯が細いので陰毛まで見えている。

 それも恥ずかしいのだろう。

 

「しばらく、これで遊んでいるといいよ」

 

 すると、シモンが上着の懐に手を入れてなにかの操作をした。

 おそらく、貞操帯のディルドを遠隔で動かす魔道器具を作動させたのだろう。

 

「ほうっ」

 

 クリスチナが身体を伸び上がらせて、全身を弓なりにした。

 あの感じだと、動かされたのはアナル側のディルドなのだろう。

 

「と、とめてっ、だ、だめえっ、あっ、あっ」

 

 

 

 “クリスチナ=バートン

  …………

  …………

  快感値:15↓↓

  …………

  状態

   ディルド付き貞操帯装着による弱体化(アナル作動)”

 

 

 一気に快感値がさがる。

 お尻の快感で欲情を大きくしたのが観察できる。

 

「師匠殿に言われたとおり、排便をさせながら股間を愛撫して絶頂をさせてみました。それでかなり従順度があがりましたよ……。流石に師匠ですよ」

 

 シモンが一郎の前に腰掛けながら、ささやくように言った。

 そういえば、そんな「プレイ」もあると今朝に教えたっけ……。

 さっそく実行したようだ。

 

「師匠ねえ……」

 

 一郎はすっかりと打ち解けた感じのシモンに苦笑してしまった。

 また、クリスチナはお尻のディルドを動かされて、かなりつらそうだが、それでも身体をふらつかせつつ、こっちにやってきて、シモンの足下にしゃがみ込んだ。

 確かに、あの気の強い女王様の調教は、たったひと晩でかなり進んでいるみたいだ。

 まあ、もともと、相手を嗜虐する性癖があったクリスチナだ。

 嗜虐癖というのは、被虐癖の裏返しでもある。

 一郎が露わにしてやった被虐癖がいまは完全に表側になっているのだとわかる。

 

「さて、ところで、辺境候の陣営のことです。最初に言っておきます。俺の父親の辺境候はともかく、俺の兄のレオは、あなたを認めることはないと思います。命を狙う可能性もあります」

 

 すると、シモンが急に真面目な顔になって語り出した。

 

「あっ、ちょっと待ってください」

 

 一郎はそれを留め、全員に集まるように声を掛けた。






 本日より出張で家を離れます。帰宅は来月の予定なので投降再開は、それ以降となります。


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670 御曹司の忠告(その3)

「ちょ、ちょっと、待ってよ──。いま、聞き捨てならないことを言わなかった? ロウ様の命を狙う? あなた、昨日はロウ様の安全の保障はするって言ったじゃないのよ──」

 

 シモンが不穏なことを口走ったことで、怒鳴り声をあげたのはエリカだ。

 また、ほかの者も怪訝な表情になる。

 下着姿で後手に手錠で拘束をして遊んだりしていたので、注意も散漫になって一郎とシモンの会話には耳を傾けていなかった者がほとんどだったみたいだが、いまのエリカの大声で、やっと全員がシモンの言葉に注目したようだ。

 そんな感じだ。

 

「えっ、命を?」

 

「シモン殿、それは聞き捨てなりませんね」

 

 一郎の足の指を一心不乱に舐めていたスクルドとガドニエルが同時に顔を上げた。

 ほかの者も一郎が呼びかけたこともあり、急に真面目になって、こっちに集まってきた。

 一郎は改めて、全員を呼び寄せた。スクルズとガドニエルも足舐めも解放する。

 女たちが集まる。

 後手に手錠をかけられた下着姿だが……。

 

「ひんっ、くうっ」

 

 そのとき、シモンの横にいて、さっきシモンによってスカートを奪われて貞操帯姿になっているクリスチナが急に甘い声を出して悶えた。

 貞操帯の内側にあるディルドが振動を開始したのだと思う。

 昨日まで「女王様」だったクリスチナだが、すっかりと女の顔だ。後ろなのか、前なのかわからないが、与えられる振動を受けて、股間に喰い込んでいる貞操帯の脇からにじみ出させている愛汁も、むき出しの内腿をすり寄せながら腰を動かす姿も、完全にマゾ女そのものだ。

 完全に被虐酔いのようになっている。

 

「ちょっと、静かにしなさいよ、クリスチナ──。大事な話なのよ」

 

 エリカが不機嫌そうに大きな声をあげた。

 一郎のこととなれば、途端に余裕がなくなるのがエリカという女である。一郎はくすりと笑ってしまった。

 

「そ、そんなこと……い、言われても……。あっ、ああっ」

 

 クリスチナが真っ赤な顔を天井に向けるようにして歯を喰い縛っている。その口から漏れる苦悶も声はかなり色っぽい。

 そして、がくりと脱力した。

 振動を止めてもらえたのだろう。

 

「おぐうっ」

 

 だが、すぐに全身を硬直させたように伸びあがらせた。

 シモンが間髪入れずに、振動を再開したのだろう。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「なかなかですよ、シモン殿。朝も教えたように、振動を続けすぎてはいけません。いつ動かされるのかわからない怯えで追い詰めつつ、忘れた頃に振動を与えて、決して慣れさせないようにします。小さな振動を繰り返して翻弄したりするんです」

 

「なるほど」

 

「また、逆にずっと振動を与えず放置して苦しめるという方法もあります。大事なのは性欲さえも管理されているのだということを徹底的に身体に覚えさせるということです」

 

「わかりました。勉強になります、師匠」

 

 一郎の言葉にシモンが嬉しそうに頷く。

 そして、上衣の内側に手を入れた。魔道具である貞操帯の操作具で停止させたみたいだ。

 クリスチナが再び脱力する。

 

「へ、変なことを教えないでよ、ロウ殿……」

 

 クリスチナが涙目で一郎を睨んできた。

 

「こらっ、クリスチナ──。失礼だぞ。罰が欲しいのか?」

 

 シモンがクリスチナを叱る。しかし、その顔には愉しそうな笑みが浮かんでいる。本気で怒っているわけではないのは明白だ。

 

「ひっ」

 

 だが、クリスチナは明らかに怯えた表情になった。

 あの気の強かった「女王様」がこんなにも従順になるのだからすごい。

 また、なんだかんだで、クリスチナは拒否していない。すっかりとシモンからの理不尽な「調教」を受け入れている。

 シモンではなくても、確かにのめり込みたくなるに違いない。

 

「ちょっといい加減に──」

 

 そのとき、エリカが不満そうに膝立ちで立ち上がった。

 シモンとクリスチナに詰め寄るような勢いだ。

 辺境候軍の話を中断して、好色なことばかりを続けているのが苛ついたのだろう。しかし、一緒に話をしている一郎ではなく、クリスチナとシモンにだけ文句を言おうとするのは、一郎に絶対的な身びいきをしてくれるエリカらしいと思った。

 一郎は手を伸ばして、そのエリカを抱え込んで対面に抱きあげる。

 

「まあ、落ち着けよ、エリカ。ほら……」

 

 そして、ソファに座っている一郎の腰を両脚で挟むような格好にさせて、腰と腰を密着させた。

 さらに、亜空間からさっと一枚の毛布を出して、一郎とエリカの下半身に被せて包み込む。次いで、毛布の下で一郎のズボンを下着ごとおろして、勃起した男根を露出させた。

 エリカの下着を横にずらして、怒張の先で秘裂に触れる。

 

「えっ、な、なにを……。うわっ、こ、こんなところで、やめてください。ちょ、ちょっと、ひいいっ」

 

 一郎がエリカの股間を触れると、すでに十分に濡れていることがわかった。

 特に愛撫もしていないが、下着姿でいさせられて、身体が反応していたのだろう。

 口ではいやがるが、エリカの身体は羞恥責めには反応してしてしまう。

 そんなようにしつけたのだ。

 

 一郎は、そのまま怒張を突き入れていく。

 毛布で隠しているとはいえ、シモンの視線の前である。エリカはこういう風に人前で恥ずかしいことをされることを激しく嫌う。

 しかし、それでいて、羞恥責めには激しく肉体を反応させるのだから、実に愉しい性格だ。

 

「いやああっ、や、やめてください、ロウ様――。ひいいいいっ」

 

 エリカが暴れようとする。

 だが、そのときには、すでにしっかりと深いところまでエリカの中に、一郎の一物が貫いてしまっている。そもそも、後手に手錠をしている状態では、さすがに抵抗も難しい。

 暴れれば自然に快感を自ら貪ることにもなる。

 エリカが慌てた感じで腰を静止させた。

 だが、そうはいかせない。

 一郎が軽く腰を動かしてやると、エリカは可哀想なくらいに大きく反応した。

 

「あふううっ」

 

 エリカが全身をのけぞらして、甘い声をあげる。

 一郎はエリカの身体を抱きしめつつ、挿入している一郎の怒張の表面に、猛烈な痒みを引き起こす油剤を発生させた。

 もちろん、一郎の身体には影響はない。一郎が支配している女の肌にだけ影響のある特別製だ。

 こういうことは、ただ念じるだけで好きなように操れる。

 

「恥ずかしければ、じっとしていることだね。そうすれば、変な声を出さなくて済む。だけど、我慢できなくなれば、好きなように腰を振るといい」

 

 エリカの耳元でささやいてやった。

 即効性なので、油剤に触れた膣の中に猛烈な痒みが発生したのがわかったのだろう。

 エリカが「むむっ」と呻いて、歯を喰い縛る仕草をした。

 

「また、エリカばかり……」

 

 近くにいたコゼがぷっと頬を膨らませる。

 ほかの女たちも興味津々に距離をさらに詰めてくる。

 

「うっ、こ、これは……。ロ、ロウ様……。あっ、うくっ……」

 

 一郎の上に乗っているエリカが腰をもじもじと動かし出す。

 痒いのだろう。

 とてもじゃないが我慢できるようなものでもないし、一郎が精を注がない限り、痒みは拡大こそすれ、消滅することはないようにしている。

 最終的には、エリカは一郎に精を注いでくれと強請るしかない。

 だが、シモンという他人がいるので、懸命に我慢しているみたいだ。

 やっぱり、嗜虐仲間ができてよかった。

 シモンと違い、自分の女を他人に調教させる性癖はないが、こうやって一緒に調教すれば、「プレイ」に幅が拡がる。

 

「なんだか、急に可愛い顔になったわね。なにかしたの、ロウ?」

 

 イライジャが笑いながら訊ねてきた。

 もともと、エリカは少女時代にイライジャの「ねこ」だったこともある。真面目そうなイライジャだが、羽目を外すときにはしっかりと砕けて、一郎とともに女を責める手伝いもしてくれる。

 だから、一郎がただ毛布の下でエリカを犯しているだけじゃないことに気がついたのだろう。

 

「男には効かないが、女にはよく効く掻痒剤を股間にまぶした。腰を振れば恥ずかしい反応をするから、エリカは一生懸命に我慢しているということさ」

 

 一郎は再び腰を大きく動かしてやった。

 

「あっ、あいいっ」

 

 エリカが甘い響きの峻烈な悲鳴を迸らせた。

 

「まあ」

 

「へえ……」

 

 スクルドとシャングリアがなぜか感嘆するような声を発した。ほかの女も顔をますます赤くして、見守るような表情になる。

 

「エ、エリカさん……。うらやましいです……」

 

 ガドニエルがぼそりとつぶやくのが聞こえた。

 一郎は苦笑した。

 

「それで、こいつが命を狙われるかもって、どういうことなんですか?」

 

 すると、ユイナが侮蔑するような視線を一郎に向けてから、シモンに向かって口を挟んだ。

 ほかの女もはっとした感じになる。

 

「おう、そうでした……。師匠、父の辺境候は、姉が師匠の保護を求めてきたこともあり、おそらく、師匠には手を出さないと思います。父は一度約束したことを絶対に破りません。そういう男です。父がどういう思惑なのかは、俺でも判断できませんが、姉のアネルザが身柄の保護を託してきた師匠の命を父自身が奪うようなことはないと思います。だからこそ、兄のレオは危険なのです」

 

「えっ、アネルザが? ……あっ、いや、王妃殿下が俺の保護を辺境候に求めた?」

 

 思わず、いつものように呼び捨てにしてしまったが、仮にも王妃を呼び捨てはまずいだろう。慌てて言い直す。

 しかし、シモンはにやりと笑った。

 

「呼び捨てでいいですよ、師匠。あなたと姉の関係は知っています。父もね……。とにかく、父は姉に借りがあるんです。その姉が今回の事態に際して、借りを返して、師匠の助けになってくれと父に連絡を送ってきたんです。だから、父はあなたを保護します。これだけは断言します」

 

 シモンが言った。

 

「王妃殿への借りとはなんだ?」

 

 すると、シャングリアが口を挟んだ。

 シモンがシャングリアを見る。

 

「随分と昔の約束だそうだ。王妃としてルードルフに嫁いでくれと、父は姉に頭をさげたのだよ。それが父の姉への借りだ。姉はあの気性だし、ルードルフ国王は当時から軟弱者で有名だった。姉は王家に入ることを望まなかったのだ。しかし、当時は王家と辺境候の結びつきが強いことを貴族たちに見せつける必要があった。なにしろ、前々王陛下が死病に倒れたからね。ルードルフ王では後ろ盾くらいないと、再び内乱が起きるのも必至の状況だったようだし」

 

 シモンが茶化したように肩をすくめる。

 王国の歴史など、ほとんど関心がなく、なにも知らないでいた一郎だったが、さすがに最近になり、やっとそういうことも頭に入れるようにしていた。

 

 それで知ったのだが、安定している大国のように思っていたハロンドール王国だが、それはこの数十年のことでしかなく、前々王エンゲル王の治世の時代には、多くの有力貴族が王家によって次々に討伐されるという混乱の時期があったそうだ。

 王家を中心とした絶対的な権力の集中体制を作ろうと、ルードルフ王の祖父となる前々王エンゲルが理由をつけては、王家に楯突く力を持つ大貴族を粛正していったのだそうだ。

 

 いま、ハロンドール王国に、これといった大きな貴族家がないのは、当時のエンゲル王によって、有力大貴族が次々に潰されてしまっていたかららしい。

 その例外が、辺境候ことマルエダ家であり、ローム三公国との国境を守る位置にある領土を保有するマルエダ家には、さすがにエンゲル王は手を出さなかった。

 一方で、ほかの大貴族たちは、国王による粛正を恐れて、暴発する中、マルエダ辺境候だけは、どんなときでも王家に忠実でもあった。

 当時から、アネルザの父のクレオン=マルエダは「律儀者」で通っており、クレオンが健在である限り、エンゲル王もマルエダ家が王家に背く可能性を考えなかったという話のようだ。

 

「ほう、王妃殿下がルードルフ王に嫁ぐのは、辺境候への貸しということか? つまりは、王妃殿下にとっては望まない婚姻だったと」

 

 シャングリアが笑った。

 男爵家出身だが、そういう貴族家同士や権力争いのことについて、意外にシャングリアは精通している。

 鞭で喜ぶ男勝りのマゾ娘でもあるくせに、さすがの貴族娘だ。また、そのギャップが面白く感じる。

 

「そうだな。姉は自分が英雄の妻になるものと信じ込んでいたからね。まあ、俺がまだ幼い時代の話なので、実際に見聞きしたことじゃないけどな」

 

 シモンが言った。

 一郎は、ずっと前に、アネルザが少女時代に、占い師からアネルザが英雄の妻になると予言を受けたことがあると話してくれたことがあることを思い出した。

 確か、「英雄王の妻になり、母になる」という予言だったと思う。

 なにかのときに、一郎とアネルザが酒を飲み交わしていたときに、そんなことを笑いながらアネルザが口走っていた。

 

 だが、辺境候家と王家の結びつきは、当時は絶対に必要なことだったそうだ。

 エンゲル王はあまりにも性急に大貴族の粛正を進めすぎた。

 しかし、自分の死期が急に迫ったことで、自分がいなくなれば、その反動で一斉に王家に貴族たちが反乱を起こす可能性に気がついたのだろう。

 また、一郎の目から見ても、施政者としてのルードルフは腑抜けだ。

 武門の家であるマルエダ家の大きな後ろ盾くらいなければ、ルードルフでは王国が治まらないことは明白だったと思う。

 だから、アネルザとルードルフの婚姻が慌てて進められて、王国における一応の盤石の態勢が作られたのだ。

 当時は「辺境伯」だったマルエダ家が「辺境候」になったのも、このときだと聞いている。

 もっとも、アネルザとシモンは姉弟とはいえ、十四歳も違う。アネルザが王家に嫁ぐとき、シモンは幼児だったはずだ。

 

「つまりは、望まない婚姻を娘に押しつけた辺境候は、それをずっと王妃殿下に気に病んでいて、それで今回、ご主人様を助けて欲しいと王妃殿下が頼んだときに、辺境候が動いたということなのですか?」

 

 スクルドだ。

 シモンが頷いた。

 

「実の娘との約束でさえ、数十年経っても守る。父というのはそういう男なのだ。だからこそ、マルエダ家は、前王の粛正の対象にならなかった。その父がロウ殿のことは引き受けると口にしたということだ。父のことは信用していい」

 

 シモンが断言した。

 

「辺境候についてはロウを認めている。だけど、あなたのお兄様のレオという方はそうではない……。そういうことなのですね?」

 

 イライジャが口を挟んだ。

 

「ああ……。そして、いま辺境候の軍営に集まっている貴族軍の総指揮をとっているのは、父ではなく、兄のレオなのだ。父とは異なり、兄は野心家であり、律儀者の父とは真反対の性格だ。ついこの間まで無名に近かったロウ殿であれば、兄はロウ殿を危険に思わなかったかもしれない。父が保護を表明したとしてもね。だけど、ロウ殿はいまや英雄だ。そのあなたが列州同盟に加わるということになれば、兄はロウ殿を邪魔に考えるだろう。兄は単純な男だ。だから、ロウ殿に危害を加えようとするかもしれない。だから、気をつけてください」

 

 シモンが一郎に視線を向けてきた。

 列州同盟というのは、辺境候を中心として集まっている王家への叛乱軍のことのようだ。

 それにしても、一郎にはその叛乱軍とやらに加わるつもりはまったくないのだが、もしかして、シモンの兄のレオという人物からは、一郎が危険視されているのだろうか?

 一郎は嘆息した。

 

「ご主人様に手を出させることなどさせませんわ。ご主人様、ガドにお任せください」

 

 ガドニエルが憤慨したように言った。

 話を聞いていたのか、聞いていなかったのかは知らないが、一郎が危険というとだけには反応したみたいだ。

 

「頼りにしているよ」

 

 一郎は笑った。

 いずれにしても、危険があっても辺境候軍の軍営には一郎は行かなければならない。

 さもなければ、ピカロとチャルタのふたりは、辺境候軍を操ろうとした罪で処刑されてしまうのだ。

 彼女たちは助けないとならない。

 

「あ、あのう、やっぱりあたしも同行させてください。ご主人様の盾にも剣にもなります。お願いします」

 

「あたしもお供します。誰であろうと、先生の身体に剣など触れさせませんから」

 

 すると、イット、そして、マーズが真剣な顔で口を挟んだ。

 このふたりにミウ、そして、イライジャとユイナについては、ここで一郎たちとは分かれて、ひと足先に王都に向かってもらうことに決めていた。

 しかし、一郎が危険かもしれないと知って、心配してくれたようだ。

 

「あたしもロウ様を守ります」

 

 ミウもまた声をあげた。

 

「ちょ、ちょっと冗談じゃないわよ。わたしとイライジャさんだけで、旅をさせるつもり? そんなの認めないわ──。こいつにはたくさん女がついているでしょう。大丈夫よ──」

 

 ユイナが叫んだ。

 一郎は微笑んだ。

 

「ユイナの言うとおりだ。俺はともかく、これだけの女傑たちと一緒に辺境候軍の軍営に乗り込むんだ。それに、王都についても気になるんだ。俺の懸念を少しでも早くミランダたちに知らせたい。それが必要な気がするんだ。勘だけどね」

 

 懸念というのは、サキのことだ。

 そもそも、辺境候軍を操りに行ったピカロとチャルタが魔族であることがばれて、辺境候軍の虜囚になったのは、王宮からの密告が辺境候軍にあったからだという。

 しかし、スクルドの話によれば、現段階で王宮を支配しているのはサキだ。そのサキがそんなことをするわけがない。

 

 いや、そのことを知りもしないのかもしれない。

 どうにも不自然だ。

 もしかして、サキもまた、情報を遮断された危険な状況にある可能性もあるのだ。

 その可能性も考慮して、ミランダたちには動き直して欲しい……。

 

 一郎もまた、辺境候軍に赴いて、サキュバスたちを助けてから、すぐに王都に向かう……。

 

 これを早く伝える必要がある気がするのだ。

 根拠のない勘だが、なぜか、二手に分かれることがどうしても必要な気がしてならない。

 一郎はイットやマーズやミウに、もう一度説得した。

 彼女たちは納得してくれた。

 

「ああ、もう我慢できないいい──。助けてえええ──」

 

 そのときだった。

 一郎に股間を貫かれたまま、ずっと耐えていたエリカが悲鳴とともに、激しく腰を振り始めた。

 一郎はエリカを振り落とさないようにエリカを抱え込み直す。

 それくらい、激しい腰の動きだった。

 

「おっ、頑張れよ。俺から精を搾り取るんだ。そうすれば、痒みは収まる」

 

 一郎は笑った。

 だが、一郎から精を出させようと思えば、それまでにエリカは何回も達しないとならないだろう。

 もしかして、十数回も……。

 

 まあ、射精するも、しないも、一郎の思いのままなのだ。

 何度も連続絶頂しながらも、それでも痒みに耐えられなくて、腰を振り続けるエリカの姿は見ものだろう。

 いつものように、一郎の嗜虐欲が大いに刺激されてしまっている。

 

「痒み責めを加えた羞恥責めですね。さすがは師匠です。追い詰め方が勉強になります」

 

 すると、シモンが嬉しそうに口を挟んできた。

 一郎はエリカとの性交を続けながら、シモンに顔を向ける。

 

「クリスチナ殿に装着している貞操帯が俺が与えたものなら、ちょっとした仕掛けがある。実はディルドの内側が空洞になっていてね。その中に貞操帯の外から液剤を注入できるんだ。液剤を入れて振動をさせれば、ディルドの表面から液剤が徐々ににじみ出る。よければ、痒み液を渡すが?」

 

「おお、そんな仕掛けが──」

 

 シモンが喜声をあげた。

 そして、ずっと大人しくしていたクリスチナをいきなり抱き寄せる。

 

「クリスチナ、調教の段階をあげるぞ。貞操帯のディルドに痒み液を注入してやろう。こっちに来るんだ……。さあ、師匠、痒み液を貸してください」

 

「ひいっ──。ロウ殿、彼におかしなことを教えないでよおお」

 

 クリスチナが悲鳴をあげた。

 しかし、嫌がりながらも、クリスチナが満更でもない表情をしていることに、一郎は気がついている。

 「女王様」として、多くの男女を性的に支配しているらしいクリスチナだが、“S”は同時に“M”の証でもある。

 反対の性質ではない。

 

 一郎は亜空間から、ディルドへの注入用の液剤の容器を出すと、シモンに手渡した。

 クリスチナが抵抗の素振りを示したが、シモンが一喝すると大人しくなってしまった。

 やっぱり、“M”だ。

 一郎は嬌声をあけて悶え狂うエリカを抱きながら、「師匠」としてシモンによるクリスチナへの「調教」を見守る態勢になった。

 

 

 

 

(第7話『朝のご乱心』終わり、第8話『辺境候家の陣営』に続く)






 *

 出張から家に戻ると、なぜかパソコンが不稼働になってました。修理するよりも購入を選び、週末はパソコンの設定に明け暮れておりました。


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 第8話   辺境候家の軍営
671 もうひとりの御曹司


 国王に叛旗を掲げた辺境候軍の陣営に作られている一軒の高級娼館である。

 すでに夜のとばりはおりていた。

 レオナルドは、寝台に全裸でうつ伏せになり、ひとりの娼婦のからマッサージを受けていた。

 名はジーン。

 まだ幼い三人の弟と妹を養うために、十四歳で娼婦になった女であり、まだ娼婦になってから二年と少しだという。もともとは、もっと下級の娼館で男を相手にしていたが、偶然にレオナルドに抱かれ、それ以来レオナルドが気に入って専用の女としていた。

 このジーンが高級娼館で働くことになったのは、レオナルドが最初で出会った娼館から引き抜かせたからだ。

 本当は身請けして妾にしようとしたが、ジーンはなぜか娼婦と客という関係にこだわって、それを拒否した。

 だから、高級娼館に身柄を移させるとともに、レオナルド以外の男が抱くことのないうように、まとまった金を定期的に、その娼館に入れている。

 この二年、レオナルドはこのジーンしか女を抱いていない。

 

 部屋には心地よい温風が流れており、壁にある「音楽絵」からは、ゆったりとしたチェンバロの演奏が奏でられている。

 いずれも、魔石が埋め込まれている魔道具であり、それぞれ庶民の家が一軒買えるほどの値段がするだろう。

 辺境候の嫡男であるレオナルドほどの男が通う高級娼館だからこそ、備え付けられているものだ。

 

 もっとも、ここは本物の娼館ではなく、一箇月以上も続いている滞陣の場所である辺境候領内の演習場の隅に作られた臨時の娼館である。

 レオナルドの姉であり、マルエダ家の嫡女である王妃アネルザが王によって、王都で捕縛されたという報を受け、父親のクレオンが反国王の決起文をばらまいたことで、この辺境候領には王家に抗議することに賛同する周辺貴族たちの軍が続々と集まっている。

 最初は、驚愕と困惑で受けとめられた辺境候家の叛旗だったが、国王ルードルフの蛮行の噂が次々に流れるに従って、この叛乱軍にはせ参じる諸侯の軍が増えていっている。

 それは、王都で暮らす諸侯の妻女が王宮に集められ、国王の陵辱を受けているという話が伝わり、叛乱に加わることを決意した諸侯の数の勢いに拍車がかかった。

 

 その数はいまや五千を超え、この領都郊外の演習場には、各領主の軍や陣借りをする傭兵隊たちの天幕が所狭しと設置されている。

 その集まった諸侯たちの陣営の中に、男を性の快感で操るサキュバスがふたり混じっていたことがわかり、一時騒然となったが、とりあえず、そのサキュバスも捕らえることに成功し、いよいよ、王都に向かって進軍する準備も整いつつある。

 もはや、陣営の場所になっている演習場も、大規模な村の規模だ。

 

 すると、当然ながら、その集まっている兵を目当てに、臨時の屋台や出店なども次々に並ぶことになる。

 普段はなにもない演習場が、現在ではかなりの喧噪だ。

 この娼館も、そんな風に集まってきたもののひとつだ。

 兵を相手にする安い娼館もあるが、ここは高級将校を狙いとする高級娼館である。建屋も布の天幕ではなく、しっかりとした木製の簡易建築物になっている。

 そして、このジーンは、体調を崩した父親の辺境候に代わって、全軍の総指揮をとることになり、陣営から離れることができなくなったレオナルドが無理に呼び寄せたものだ。

 それでこの高級娼館も陣営の中に出店を構えることになったというわけだ。

 

 それにしても、面白くない……。

 

 レオナルドは口の中で毒づいた。

 モーリア男爵領に赴いている弟のシモンからの魔道通信は届いていた。

 それによれば、例の「英雄殿」は随分な人物ということだった。連れている女たちも一流であるし、ロウ=ボルグ自身がそれなりの人物であると、シモンはロウを絶賛する報告を辺境候である父親のクレオンにしてきたのである。

 驚くべきことに、人を統べるに才ある者という評価まで、シモンはこっちに送ってきた

 あの人を喰ったようなところがあり、他人を見下す癖のあるシモンがあそこまで他人を褒めるのは珍しいことだ。

 滞陣のあいだに、突然に病床に伏すことになった父も満足そうだった。

 

 よくわからないが、あの父は昔からレオナルドの姉のアネルザだけを身贔屓するところがあり、その姉が手紙で人物を絶賛してきたロウという男に非常に興味を抱いているのだ。

 もともと、この蜂起も、ルードルフ王に手配書を出されたロウを助けて欲しいと手紙をアネルザが送ってきたところから始まっている。

 ロウというのは、驚くべきことに、あのアネルザが惚れ抜いているという愛人なのだそうだ。それだけで、父のクレオンはロウという人物を買っているらしい。

 あのサキュバスのふたりを辺境候軍の陣営に送り込んだと思われるロウを問答無用で処刑するのではなく、とりあえず話を聞き、それによっては、あの魔族を引き渡してもよいと発言するほどに……。

 それだけでなく、そのロウがナタル森林のガドニエル女王から英雄認定を受けた魔道映像が拡散されると、いっそのこと、この叛乱軍の旗頭に、そのロウを据えようかとまで口にし始めた。

 とんでもないことである。

 

 まったく馬鹿馬鹿しい……。

 ついこの間まで、流浪人だった冒険者ごときが人を支配する才覚などあるわけがない。

 生まれながらの貴族でもない下賤の者だ──。

 人を支配し、目的のために苦役させるというのは、貴族という身分と教育を受けた者にしかできないことなのだ。

 

 父も老いた──。

 「律儀者」という評判だけで事実上の王国筆頭貴族となっただけで、積極的に他人と争うことを望まなかった父親だけに、現実というものを理解していないといえばそれまでなのだが……。

 前王の死後に混乱に乗じて、無能王のルードルフにとってかわって、王になることもできたのに、一介の辺境貴族として、三公国やエルニア王国から国境を守ることだけを選んだ小心者……。

 それが、レオナルドの父親であるクレオン=マルエダという男だ。

 

「もういい、口を吸え」

 

 ジーンが足指の一本ずつを丹念にほぐし終わるのを待ち、レオナルドは声をかけた。

 

「はい、レオ」

 

 馴染みの娼婦……ジーンは肌が透けて見える薄物一枚をまとっていたが、仰向けに体勢を変えたレオナルドに跨がるように身体を横たわらせて、唇を重ね合わせてきた。

 また、この女にだけは、レオナルドを“レオ”という愛称で呼ぶことを許している。

 このジーンを除けば、レオナルドを“レオ”と呼ぶのは父親と姉弟だけである。ほかの者がそう呼べば、即座に首が落ちることになるだろう。

 

「あふうっ」

 

 自ら重ねた舌の刺激で快感を昂ぶらせてしまったらしいジーンが甘い声をあげた。

 その滑らかな舌をレオナルドは、自分の舌で絡めとり、喉の奥に引きずり込むようにして吸いあげる。

 ジーンが艶めかしく身体をくねらせながら、色っぽい吐息をした。

 レオナルドは、舌でレオナルドの口の中を愛撫するジーンの股間に仰向けのまま手を伸ばした。

 ジーンの薄物の下には下着はない。ほかに身につけているのは、髪留めのほかには手首と足首につけている宝石で飾られた腕輪と足輪のみだ。

 これも、レオナルドがジーンに贈ったものだ。ジーンには価値はわからないかもしれないが、この四個の装飾品をあがなうのに、下級貴族の一年間ほどの収入に匹敵する金を使った。

 ジーンの薄物の裾は太腿の付け根ほどしかない。容易に股間に手が触れた。

 

「あうっ、ああ、レオ──」

 

 身体の上にいるジーンが弾けるように、身体を突っ張らせる。

 ジーンの股間は、これ以上ないほどに濡れていた。

 

「前戯もなしに濡れたか? 淫乱な娼婦だ。いつものようにしろ」

 

 レオナルドは仰向けのまま笑った。

 

「は、はい……。いつものように……」

 

 ジーンがレオナルドの身体を跨いで膝立ちになる。

 そして、薄物を脱いで全裸になると、自ら両手を背中に回した。手首につけている腕輪を重ね捻ってつなぎ合わせてしまう。

 拘束して女を抱く方が興奮するレオナルドが、ジーン専用に作らせた腕飾りだ。外観は美しい装飾具なのだが、いまのように重ね合わせて捻ると接合部が密着して離れなくなる。

 足首のアンクレットにも同じ機能がある。

 

「どうだ、これで犯されたいか?」

 

 レオナルドは身体を起こしてジーンの髪を掴み、ジーンの上体を押し倒すようにして、自分の股間にジーンの顔をくっつけた。

 すでに勃起している一物でジーンの頬を叩く。

 ジーンはそれだけで、甘美感に酔ったような表情になった。

 

「ああ、しゃぶらせてください、レオ……」

 

「わかった。犯してやろう。どこを犯して欲しい?」

 

 レオナルドはジーンの整っている顔を男根で叩いては突っつき、あるいは、根元の睾丸で擦り回してやる。

 ジーンが物欲しそうに舌でレオナルドの性器を追い回してくるが、髪を掴んだまま、ぎりぎりで離してしまう。

 ジーンがもどかしそうに身体をくねらせつつ、泣きそうな顔になる。

 いつもの遊びのようなものであるが、ジーンが心の底からレオナルドを欲しがっているは確かだ。

 大勢の娼婦の中から、もう二年もこのジーンだけを選んで独占しているのは、この女が本当に淫乱で、しかも、マゾだからだ。

 粗暴に扱えば扱うほど、このジーンは快感を昂ぶらせる。

 それは、決して娼婦特有の客を悦ばせるための演技ではない。

 心の底からレオナルドを欲しがり、心の底から快楽に溺れる……。

 相性がいいのだ。

 

「ああ、口を……。レオ……、どうか、口を犯して……。乱暴に……。は、早く……」

 

 ジーンが物欲しそうに、レオナルドの勃起した股間を眼で追いながら言った。

 レオナルドは、鼻を亀頭の先端でしゃくってやる。

 ジーンがごくりと唾液を飲み込んだのがわかった。

 

「わかった。口だな。だが、口だけでいいのか?」

 

「い、いえ、あ、あそこも……。お、おまんこも……。おまんこを犯してくださいっ」

 

「わかった。口を開け」

 

 レオナルドの言葉が終わると同時に、ジーンが大きく口を開く。

 しかし、怒張がジーンの口の中に入る寸前でとめてしまう。レオナルドの手は、まだジーンの髪を掴んだままだ。

 

「許可なく口を閉じるなよ。もしも、勝手なことをすれば、次はお前を呼びださん。ほかの女にする。いいな──」

 

 レオナルドは上体を窮屈に折り曲げられているジーンの顔を固定したまま笑う。

 赤らんでいたジーンの顔が蒼くなるのがわかった。

 眼と口を大きく開いたままひきつった表情で硬直させている。

 レオナルドは、思わず、にやりと微笑んでしまった。もちろん、女を変えるなど本気ではない。ただの戯れ言だ。

 しかし、レオナルドの言葉に恐怖して、懸命に命令に従おうとするジーンの態度に嗜虐心が刺激される。

 しばらく、そのままにさせていると、ジーンの口元から涎が垂れ始めた。それでも、ジーンはまるで「待て」を言いつけられた雌犬のように口を開いたまま静止している。

 

「よし……、まずは、口を犯してやろう……。だが、俺の一物はお前を愉しませるものじゃない。俺が愉しむためのものだ……。そうだろう?」

 

 レオナルドは、ようやくジーンの口の中に怒張を押し込んだ。

 

「んごっ」

 

 怒張の先端がジーンの喉を大きく突いたのか、ジーンが苦しそうな呻き声をあげる。

 レオナルドは、ジーンの髪の毛を深く掴み直すと、乱暴に口の中で律動を開始した。

 

「あごっ、んごっ、ごっ」

 

 ジーンが苦しそうに涙を流しながら悲鳴のような声をあげる。

 レオナルドは角度を変化させながら、繰り返しジーンの喉をずんずんと連打した。

 

「はああっ」

 

 ジーンが我を忘れたようにレオナルド怒張に舌を絡ませ始めた。

 レオナルドは口腔から男根を引き抜くと、ジーンを力任せに、胡座をかいた膝に上体を乗せる体勢に変える。

 

「愉しむなと言っただろう──」

 

 そして、尻たぶを引っぱたいた。

 

「あうううっ、も、申し訳ありません──」

 

 ジーンの尻に真っ赤な手の痕がつく。

 もちろん、手加減はしている。

 巨漢のレオナルドが思いきりジーンの柔らかい肌を叩けば、一発で尻はしばらく腫れあがる。

 まあ、それも面白いかもしれないが……。

 

「何度も言わせるな。愉しむのはお俺だけだ。許可なくいくことは許さんぞ。いきそうになったら言え。達する前にな──。腰も動かすんじゃない。お前はただの肉性具だ」

 

 ジーンの股間は濡れきっている。

 レオナルドは、ジーンをさらに回転させて尻を向かせて高尻の格好にすると、後ろから股間を貫いた。

 

「あふうっ、はああっ」

 

 ジーンの口からしゃくりあげるような声が迸った。

 レオナルドは、口を犯していたときよりもさらに激しくジーンの股間を陵辱する。

 

「あっ、ああっ、あっ、あああっ」

 

 後ろから股間を犯されるジーンは、完全に性感を燃えあがらせている。

 そして、十回も突けば、ジーンは腰を身悶えさせながら、身体をがくがくと震わせだした。

 ジーンが達しそうなのは明らかだ。

 

「ああ、い、いきそうですうっ」

 

 ジーンが引きつった声で叫んだ。

 レオナルドは、ジーンの股間から怒張を引き抜く。

 

「もう一度口だ。口を開けろ」

 

 ジーンの身体を半回転させ、再び口の中に怒張を突っ込む。

 さっきと同じように、髪の毛を掴んで顔を前後させて、繰り返し喉を突く。ジーンは苦しそうにえずくのだが、やがて興奮して舌を使い始める。

 すぐさま抜いて、またもや、尻を向かせて股間を突く。

 だが、ジーンがいきそうだと申告したところで、律動を中断して口に戻る。

 

 同じことを五回ほど繰り返した。

 ジーンが狂乱して泣き出した。

 

「ああ、もう許してください──。狂ってしまいます──。最後までいかせてください──」

 

 ジーンが叫んだ。

 交互に繰り返した口と膣への陵辱で、ジーンが限界まで性欲と快感を燃えあがらせているのはわかる。

 しかし、絶頂寸前になったところで、その都度、中断させているので、寸止めの連続で、いまだに一度も昇天してないのだ。

 レオナルドは、怒張を股間から口に移動させる途中だったが、髪を掴んで顔をレオナルドに向かせる。

 

「どうした、ジーン? 今夜は肉性具だと申し渡したはずだぞ。このやり方が気に入らないなら、もうやめだ」

 

 するとジーンが慌てて顔を横に振る。

 

「ああ、そんな。続けてください──。お願いです」

 

「わかった。続けてやろう。だが、俺はこのやり方がすっかりと気に入ってしまった。あと三回は繰り返す。三回寸止めをして、口とおまんこを犯したら、最後まで突いてやる」

 

「ああ、そんな……」

 

 ジーンが悲痛そうな表情になる。

 もう身体が燃えあがりきってつらいのだろう。

 レオナルドはほくそ笑んだ。

 

「気に入らないか? なら十回だ」

 

「うう……、お許しを……。も、もうつらいの、レオ……」

 

「だったら、十五回だ。嬉しいだろう?」

 

 レオナルドは笑い声をあげた。

 

「う、嬉しい……です。で、でも、もういじめないで……」

 

「じゃあ、二十回だ」

 

「ああ、もう好きにしてください──」

 

「ほら、口を開け──」

 

 レオナルドは悠々と怒張をジーンの口に中に押し入れていく。

 興奮して舌を使いそうになるジーンからすぐに男根を抜く。

 身体を回転させて、股間を後ろから突く。

 だが、ジーンがいきそうと申告したところでやめてしまう。

 ジーンの快感が少しさがるまで、口を犯す。

 

「あうっ、あぐっ、はごおっ」

 

 何度も繰り返し喉を突かれて、ジーンが涙と涎を流して呻く。

 すでにすっかりと理性をなくした感じだ。

 レオナルドは、またもや股間に怒張を移す。

 

「はあっ、あうっ、はああっ」

 

 打ち込まれるたびにジーンは泣くような声を放った。

 あっという間に絶頂の兆しを示す。

 

「ああ、いおぐうう、いぐううう」

 

 ジーンが懸命に奇声をあげる。だが、完全に躾ているので、許可なく達するようなことはしない。必ず、絶頂の寸前でレオナルドにそれを教える。

 だが、何度も絶頂の寸前で快感をひきあげられては、性感だけを昂らされて、ジーンはすっかりと追い詰められている。レオナルドはその狂乱の姿に満足しつつ、十数回目となる寸止めをして、股間を引き抜く。

 

「ああああっ」

 

 ジーンが切なそうに腰を大きく悶えさせた。

 またもや、口だ。

 

 しばらく繰り返した。

 

 どのくらい続けただろうか……。

 優に二十回は同じことを繰り返したと判断したところで、レオナルドはジーンをまたもや後ろから犯す体勢に戻る。

 もうジーンは身体を支える力を持ってない。

 だらりと脱力するジーンの裸体を腰で支えて乱暴に犯す。

 

「ああっ、ああっ、あっ、いぐう、もう、いぎまずうう」

 

 ジーンが完全に号泣しながら叫んだ。

 だが、今度はレオナルドはやめなかった。ジーンの絶頂の波にたたみ込むようにさらに律動の速度をあげてやる。

 

「よし、お預けは終わりだ。いっていいぞ」

 

「あああっ」

 

 全身を激しくのたうたせてジーンが凄まじい勢いで絶頂した。

 我慢させられていた分、その絶頂は激しかった。

 レオナルドはだめ押しを加えるように、怒張で子宮を突きまくる。

 

「ほおおおっ、あごおおお」

 

 すぐさまジーンが二度目の絶頂を連続でした。

 絶頂に達しながらも、ジーンは激しい腰の振りをやめない。

 

「あああ、もっと、もっとよ、レオ──。あたしを毀して──。犯し殺してえええ」

 

 ジーンが全身をがくがくと痙攣させながら叫んだ。

 三度目の絶頂だ。

 しかも、連続で……。

 

「ああ、毀してやろう──」

 

 レオナルドは呻き声をともに、噴水のように噴き出す精をジーンの子宮に放った。

 だくだくと終わることがないかのように、ジーンの(はら)の中にそれはしばらくのあいだ注がれ続けた。



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672 醜き暗殺者

「ああっ、あっあああ、あっ、はあああっ」

 

 すでに意識朦朧(もうろう)となっているジーンは、またもや全身を痙攣させて絶頂した。

 レオナルドは、おそらく三度目になる精をジーンの子宮に放つ。

 ぎゅうぎゅうとレオナルドの怒張を締めつけていたジーンだったが、やがて、全身が完全に脱力した。

 完全に満足したレオナルドがジーンから男根を抜いたときには、ジーンは完全に失神をしていた。

 ジーンの失神はすでに四度目になるので、さすがに、もう朝まで起きることはないと思う。

 

 とりあえず、彼女の身体を拘束をしていた腕輪と足輪の留め具を外してやる。

 これは拘束するときには自分でもできるが、外すのは他人でなければできない特殊な仕掛けになっているのである。

 最初は単純な後手拘束だけだったが、ジーンが最初に失神したときに、右足首と右手首、左足首と左手首という組み合わせで拘束をし直していた。

 だから、ジーンは大きく開いた脚を閉じることもできずに、ずっとレオナルドから与えられる交合を受けとめなければならなかったというわけだ。

 そのとき、レオナルドは部屋の中に違和感を覚えた。

 

「テータスか?」

 

 ジーンの身体を真っ直ぐにして、掛布で裸体を覆ったところで、レオナルドは、部屋の中に気配を感じて声をかけた。

 おそらく、ずっと控えていたのだろう。

 だが、情事が終わったことで、レオナルドにもわかるように気配を示したということだと思う。

 相変わらず、気に入らない男だ……。

 わざわざ閨房に現れるのは、この男なりの嫌がらせに違いない。

 

「そうです……」

 

 部屋の隅に小躯の男が跪いていた。

 気配を消すのをやめたことで、寝台の横の薄い照明に照らされている顔がはっきりと見える。

 テータスの顔は、おぞましいほどに醜い。

 生まれつきらしく、顔の半分がただれたような赤黒いできもので覆われており、鼻は欠けていて呼吸をする穴しかない。髪はやはり半分が薄毛で、残りの半分で顔を隠しているが全部は隠されていない。

 

 このような神にも見放されたような先天性の醜男だが、れっきとした貴族家の出身らしい。

 もっとも、このような生まれつきの外観のために、成人になる前に放逐されて貴族籍は抜かれている。生まれついてほとんどの時間を最低限の世話のみを与えられて、地下に隠されていたというが、これほどに醜い子供を殺しもせずに生き続けられるものを与えたというのは、親の慈悲というものだろう。

 それとも、魔道遣いとしての能力もあったので、生き延びたというのもあるかもしれない。

 本人は、親にはほとんど見捨てられて生きていたとは言っていた。

 テータスというのも親から与えられた名ではなく、レオナルドがこの男を飼うようになって与えた呼び名だ。“テータス”、つまり、「骸骨」という意味の古語であり、見た目の姿からそう名付けた。

 

 しかし、諜者としても暗殺者としても超一流だ。

 そうでなければ、このように醜すぎる男を部下としては選ばなかった。

 だが、この見た目の醜さのために、こいつは他人の視線に触れるのを極端に嫌がるので、影の者として使うのに都合がよかったのだ。

 だから、辺境侯家としてではなく、レオナルド個人として雇っている。

 とにかく、レオナルドは、このテータスの顔を視界に入れてしまい苛つきで鼻を鳴らした。

 

「俺の前に出るときには顔を隠せと言ったはずだろう」

 

 レオナルドは舌打ちともに言った。

 テータスが無言で顔の半分を覆う仮面をつける。柔らかい材質ものであり、テータスはそれを上衣の内隠しに入れられるようになっているのだ。

 いつも思うのだが、レオナルドがいつも顔を隠せと言うのに、気配の察知の邪魔になるのだという理由で、顔覆いをつけたがらない。

 もしかしたら、レオナルドに対するひそかな嫌がらせではないのかとまで思う。

 それくらい、テータスの醜い外観は、レオナルドにとって不快なのだ。

 

「申し訳ありませんね、若様。仮面をすると周りの気配を読めなくなるのですよ」

 

 テータスはいつもと同じように言い訳をした。

 口調には感情が入っておらず、また、顔同様に喉も生まれつきおかしいらしく雑音が混ざったように聞き苦しい。

 レオナルドは不快感に耐えた。

 ただ、腕は確かなのだ。

 金を払えば、絶対に裏切ることもない。

 それは確信している。

 これまでに五人ほどの将軍や領主を事故に見せかけて殺させていた。ただの一度も失敗ことはない。

 暗殺業については、レオナルドと知り合う前からやっているらしく、殺した人間の数は両手両足ではとても足りないと言っていた。

 

「まあいい……。それで? わざわざ、(ねや)までやってきたんだ。なにがある。報告しろ」

 

 この男に命じていたのは、ロウ=ボルグという男に関する情報を集めることだ。それで、しばらく辺境候領から離れて、ロウが現れたというモーリア領の近くまで赴いており、いま戻ったというところなのだろう。

 あんな化け物のような外見でも、魔道の腕は高く、『縮地』という特殊な技を使う。

 だから、異常な速度で移動もできるのだ。

 父親のクレオンも、弟のシモンもそれなりに情報収集しているが、レオナルドはあまり父親も弟も信頼していない。

 レオナルドとして信頼のできる情報が欲しかった。

 

「多分、ご興味がおありと思いましてね。まあ、面白い話を得ました……」

 

 テータスが自嘲気味に笑った。

 この男を使い出して五年になるが、いまでも、この笑いに慣れることはない。

 

「あなたの弟君は、ロウの弟子になったそうですよ」

 

「弟子?」

 

「師匠と呼んでいるそうです。随分と気に入ったんでしょう。あのひねくれ坊やには珍しい」

 

「師匠だと? なんの?」

 

 血のつながっている弟のシモンだが、あの男が分不相応にも、辺境候の後継を狙っているのは知っている。

 ひねくれ坊やというのは、言い得て妙な物言いだ。型破りな性質であることを気取っていて、おかしな女冒険者と婚約し、お互いに自由恋愛などといって愛人を作り合うという関係を続けている。

 性格は高慢。自分が頭がいいと思っているので、基本的に他人を見下す傾向がある。

 外面はいいが、内面は胡散臭いというのが弟のシモンだ。

 だが、そのシモンが会ったばかりの男を師匠と呼んで慕っているというのは意外だ。相手は冒険者あがりの成り上がりだろうに……。

 

「そこまでは……。ただ、随分と心服しているという話ですね。モーリア男爵邸であてがわれている別宅では、ロウと女たちがつくろぐ部屋に入り浸って、まるで臣下のように行動をしているという話です」

 

「シモンがか? そもそも、シモンとロウの対面のことがどうしてわかる。お前がいくら特殊な技で移動できるといっても、シモンがロウと会ったのは昨日のことのはずだ。お前がいまここにいるということは、少なくとも三日前にはモーリア領を出たはずだ。それなのに、なぜ、昨日や今日のことがわかる?」

 

「ちゃんと手下を残してますよ。それに、ロウはエルフ族の女王であるガドニエルの力を使って、移動術で一隊を率いて、明後日にはここに到着します。それまでに情報が欲しいと思って、わざわざ戻ったんですがね」

 

 テータスは小馬鹿にするように笑った。

 やはり、この男はいちいち腹がたつ。

 この男が何人の手下を使っているのかは知らない。ただ、それなりの人間を揃えているということだけは確かだ。

 

「わかった。とにかく、俺が欲しいのは、ロウという男の情報だ。どんな男なのか。まあ、そういうものだ」

 

 レオナルドは言った。

 すると、テータスはかすかに浮かんでいた笑みを口元から消した。

 ロウ=ボルグ……。

 何の気紛れで、父であるクレオンが反国王の旗頭としてロウを候補にしているのかわからないが、これまでなんの関係もなかった冒険者をここに集まっている叛乱軍の頭領にするなどあり得るわけがない……。

 

「ロウという男を気に入らないという顔をしてますね、若様。だけど、俺は辺境候様は慧眼だと思いますよ。お館様は結構いいところに目をつけなさった。誰も思いつかなかったが、確かに、この叛乱軍の旗頭にロウを担ぐというのは“あり”ですね」

 

 テータスがレオナルドの考えていることを見透かすように言った。

 レオナルドはかっとなった。

 

「馬鹿げたことを言うな──。ルードルフの兇行を糾弾するために掲げた貴族連合の叛旗だぞ。それを本物の貴族でもない男に担がせるなどあり得ん話だ。父は老いた──。急の病で床についておるしな──。まともな考えができんのだ──」

 

 怒鳴りあげた。

 そのため、横で眠っているジーンが大声に反応して身じろぎをした。

 レオナルドは怒声をこらえて、寝台の横の台からガウンを取ってはおる。内扉を挟んでひとつながりの隣室に移動して、ソファに腰をおろした。

 ついてきたテータスに、向かい側のソファを顎で示す。

 テータスが向かい側に腰掛けた。

 顔を見ると不快なので、視線が合わないように、レオナルドは横を見る。

 

「大切になさってますねえ。羨ましいことだ。もう二年ですか? ちゃんとしたお妾にはなさらないので?」

 

 テータスが軽口のようなことを言った。

 余計なお世話だと思ったし、ほかの者が同じことを口にしたら、間違いなく首を刎ねていた。しかし、なぜか、このテータスに面と向かうと、どうしても話し込んでしまう。これほどに、嫌いなのに関わらずだ。それが不思議だ。

 

「あれが望まんのだ。身分を気にしてな」

 

 レオナルドは吐き捨てた。

 そして、いまもそうだと思った。

 どうして、自分はこのテータスにジーンとのことなど話したのだろう?

 我ながら内心で首を傾げてしまった。

 

「そうですか……。まあ、女など俺には縁のない話ですがね……。それよりも、ロウのことです。噂は本当でしたね。エルフ族の女王のガドニエルはナタル森林の奥の水晶宮にはいませんよ。ロウと一緒にいます。あの美女がまるで奴碑のように嬉々としてロウにべったりなのは、傭兵にやつして、この眼で確かめました」

 

「なにい?」

 

 レオナルドは思わず声をあげた。

 あの大陸中を驚愕させた魔道通信によるロウの英雄認定式典の映像において、エルフ族の女王ガドニエルが一介の人間族のロウと愛人関係にあることは明らかになった。

 それだけでも信じられないことなのだが、次いで流れてきたのは、ロウの王国への帰還にあたり、女王がお忍びで同行しているという噂だった。

 それは諜報の情報として入ってきていた。

 

 ガドニエル女王といえば、長命族の種族の女王として即位期間も長く、この大陸にあるどの王よりも高い権威と格式を持っている。

 それが居城である水晶宮を空にして、のこのこと外国に入るなど常識外れだ。

 シモンからの魔道通信でも、ロウに同行するガドニエル女王の存在のことに触れていたが、レオナルドをはじめとして、重鎮たちのほとんどは半信半疑だった。

 しかし、奴碑のようにだと……?

 

「確かですね。あれは、ロウのためならなんでもする雌犬ですよ。だから、申しあげました。早々からロウに目をつけていたお館様は慧眼ですと……。ロウを旗頭にすれば、全エルフ族が後ろにつきますね。それと、明日は水晶宮から、お館様宛に親書が届きますよ。差出人の署名は副女王のラザニエルと王族ケイラ=ハイエルの連名になるはずです」

 

「水晶宮から親書? なぜ?」

 

 さらに驚いた。

 すると、テータスが鼻で笑う仕草をした。

 かっとなったが、またしても、ぎりぎりで怒りが鎮まる。

 そんなレオナルドの内心の葛藤に気がついていないのか、テータスは平然と口を開く。

 

「それはもちろん女王の訪問を告げるためでしょう。それに英雄殿のことも……。お忍びの移動とはいっても女王が動くんです。こちらに事前に連絡しないわけにはいかないでしょう。明日にはラザニエルとケイラ=ハイエルの連名の親書が間違いなく届くので、ここも大騒ぎになるでしょうね」

 

 テータスが喉の奥で笑った。

 だが、そもそも、副女王のラザニエルと王族ケイラ=ハイエルの連名だと?

 ラザニエルとは、百年ほど前に姿を消したとされていたいまの女王のガドニエルの実姉であり、今回のエルフ女王国の危機に際し国に戻ったという事実上の水晶宮の支配者だ。

 あの国は、ずっと女王そのものではなく、水晶宮の支配者が事実上の権力を握っていた。

 また、ケイラ=ハイエルというのは、エルフ王族の長老的な女であり、多くの王族に対する強力な影響力がある。

 あのふたりは、むしろ、ガドニエル女王そのものよりも、エルフ女王国の権力を握っているといっていい。

 そのふたりの連名の親書が来るということになれば、ロウの保護に関しては、権威はあっても、権力のないガドニエル女王の気紛れではなく、エルフ女王国が一枚岩になっているということにもなるのか?

 

「明日だと? なぜ、まだ届いていない親書のことをお前がわかる。俺は知らないぞ」

 

 ここに集まっている叛乱軍の総帥は父のクレオンだが、軍の総指揮はレオナルドがとっている。

 レオナルドにしか集まらない情報があっても、自分に来ない集まらない情報などない。

 

「だから、親書の到着は明日なんですよ。あなたにロウのことを調べろと命じられたんですから、ロウのところだけでなく、ロウがいた水晶宮にも手下は手配して、情報を糸で繋げてあります。まあ、水晶宮も護りが堅いんで、得られる情報には限りがありますけどね。しかし、親書のことは確かですよ」

 

「親書か。まずいな……」

 

 レオナルドは呻いた。

 エルフ族の王宮から正式に、ガドニエル女王と女王から英雄認定を受けたロウの訪問が先触れとして届くのは、レオナルドとしては面白いことではない。

 これで、それなりの対応をしなければならなくなる。

 知らないということで、門前払いというわけにはいかない。

 親書が来れば、その後で現れたガドニエルとロウを軍営内に迎え入れるしかない。

 英雄認定を受けたロウとエルフ族の女王──。

 確かに、これを担ぐことができれば、この辺境候領に集まっている貴族連合は、ただの叛乱軍ではなくなる。

 テータスがさっき言ったことには、一理ある。

 

 ロウなどどうでもいいが、ロウを受け入れることでエルフ族女王がついてくるなら、この叛乱軍とエルフ族が同盟というかたちにもできるのか……。

 確かに、“あり”か……。

 少なくとも、父親はそう考えるだろう。もしかしたら、集まっているほかの領主たちの幾らかも……。

 レオナルドは、苦虫を噛んだような気持ちになった。

 

 そういう話であるなら、名目だけとはいえ、ロウを旗頭にするというのは、合理的な利点がある。

 しかし、レオナルドは、たとえ名目であろうとも、冒険者上がりの男を軍の長として推戴するつもりはない。

 これは感情の問題だ。

 

 そもそも、いまだに王国や王都の行く末のことを気にしている父親とは異なり、レオナルドが考えているのは、辺境候領を中心とした王国西側の「分離独立」だ。

 新しい国名も決めていて、「ハロンドール列州同盟」だ。

 これを後押ししてくれるのは、国境の向こう側のタリオ公国のアーサー大公だ。ハロンドール王国の西側領域の独立宣言とともに、タリオ国が新国家を承認する手筈にもなっている。

 新国家の態勢作りに必要な流通や資金支援も、タリオがしてくれる約束までをレオナルドは取り付けていた。

 

 ここに集まっている軍をどういう方向に持っていくのか……。

 王都で起こっているルードルフ王の兇行を鎮めるために軍を王都に向かわせるのか……。

 あるいは、王国そのものを見限り、この機会を利用して、この西部域を新国家として独立させ、ハロンドール王国と袂を分かつのか……。

 いまだに、ここに集まっている領主たちでもめているのは、このふたつの行動方針のうち、どちらを目指すのかということだ。

 レオナルド自身は独立派である。

 父親は反対しているが、集まっている領主たちの多くの根回しは終わりつつあり、早晩に意思決定は成立するだろう。

 運のいいことに、父親が病で倒れたために、発言力が低下もしてくれた。

 いまさら、エルフ女王国や英雄などに、引っかき回されたくない。

 ロウもエルフ族女王も迎えたくない……。

 

「エルフ族たちは、列州同盟の独立を認めると思うか?」

 

 レオナルドは訊ねた。

 

「ロウ次第でしょうね」

 

「ロウ次第?」

 

「ロウは完全に水晶宮を牛耳っていますよ。女王ガドニエルだけでなく、さっきのラザニエルや女長老のケイラ=ハイエルも、ロウの言いなりらしいです。女王だけでなく、さっきのふたりまで、ロウが愛人にしたのは、水晶宮の公然の秘密らしいですね」

 

 テータスが笑った。

 相変わらず、レオナルドを不快にさせる笑いだ。

 しかし、ロウがエルフ族の総本山の水晶宮を牛耳ったなど本当か?

 大きな貢献をしたのは確かなのだろうが、部外者で余所者だ。エルフ族ですらない。

 あり得ない……。

 しかし、こいつはいままでに間違った情報を持ってきたことがない……。

 ロウ次第でエルフ女王国の対応が決まるだと?

 

「なら、ロウはどう動く……? あっ、いや、あんな男の考えなどどうでもいいか……」

 

 レオナルドは言い直そうとした。

 しかし、テータスはすぐに口を開いた。

 

「それは反対するでしょう。あのイザベラ王太女もまた、ロウの愛人なんですから。自分の恋人の不利益になることをロウが認めるわけもない」

 

 レオナルドは、テータスの答えが不満で鼻を鳴らした。

 しかし、そういえば、そうだ。

 この王国の王太女のイザベラ姫が妊娠しているというのは不確かな情報として入っていた。

 その種がロウ=ボルグらしいとも……。

 ガドニエルにイザベラ姫……。姉のアネルザさえ、ロウを溺愛しているようだし、まったく、どんな男なのだ?

 

「まあいい。それで、ロウという男につけいる隙はあるのか?」

 

 レオナルドは訊ねた。

 列州同盟の阻害になるということであるなら排除するだけだ。

 この醜男を使い、わざわざ閨まで来ることまでの厚遇を許しているのは、こういうときのためだといっていい。

 

「ロウは多くの女傑たちに守られています。女王ガドニエルがぞっこんでべったりとくっついているだけでなく、ほかにも魔道遣いや女剣士たちの大勢で周囲を固めているんです。女たちのロウに対する思慕は異常なほどで、彼女たちはロウを守るためなら、進んで命を差し出すでしょう。何者かはわからないが、スクルドというガドニエルに匹敵する女魔道士までいます。ロウに手を出すのは不可能でしょう」

 

 テータスは言った。

 レオナルドは再び舌打ちした。

 

「聞きたい答えじゃないな。手を出すのが不可能だというのであれば、お前が無能であるということだ。なんのために、お前を飼っているのか、もう一度思い出すことだな、化け物が」

 

 レオナルドは侮蔑を込めた口調で言った。

 この男が“化け物”と呼ばれると異常に腹を立てることを知っている。

 いまも、レオナルドの一言で顔色が変わり、表情が消滅した。

 

「お、俺を侮辱するんですか……」

 

 しばらく間が開き、テータスが声を震わせた。

 レオナルドは嘲笑った。

 

「化け物を化け物と言って何が悪い。それとも、お前は自分が人とでも思っているのか? それよりも、ロウを事故に見せかけて殺せ。方法は考えろ。お前が無能でないことを証明しろ」

 

 レオナルドは吐き捨てた。

 いずれにしても、ロウもエルフ女王国も不要だ。

 列州同盟としての独立は、タリオ公国の後押しで実現する。王国の正常化にこだわり、独立に反対しているのは、いまや父親くらいのものだ。

 だが、根回しの終わった領主の中にも、いまだにタリオ公国と結びつくことに懸念を抱く者もいる。エルフ族の同盟という新しいカードが出てくれば、また、話が白紙近くまで戻るかもしれない。

 

 ロウは排除する──。

 レオナルドはそう決めた。

 

「だいたい、ロウを殺してどうするんですか? さっきも言いましたが、ロウに手を出せば、エルフ女王国が敵に回るでしょうよ」

 

「そんなことは、お前が考えることじゃない」

 

 レオナルドは言った。

 それについても、ロウの英雄認定の情報が流れたことで、実はタリオ公国のアーサー大公とは意見を交わしている。

 もともと、エルフ女王国はとても閉鎖的な国だ。

 今回、女王がナタル森林の外に出るというのは、実に数百年ぶりのことでもあるくらいだ。

 だから、一時的に関係が悪化するとしても、あの閉鎖国家がハロンドールにまで軍を進めるということもない。

 せいぜい流通の一部に制限をかけるくらいだろう。

 それをすれば、逆にこちらがナタル森林側に軍を送る大義名分を得ることにもなる。

 

 ナタル森林で独占している魔石の産出は、危険を賭して軍を送って確保するだけの大きな値打ちがある。そもそも、いまや魔石は、大陸中の各地域の文明を支えるためになくてはならないものである。

 それを女王国のみで独占するというのは、あまりにも不当で異状なことなのだ。

 

 様々な魔道具を動かすのに必要な魔石は、なぜかナタル森林のみでしか作ることができない。

 エルフ女王族の高い権威を支えているのは、この魔石の独占が理由にもなっている。

 だが一方で、そのナタル森林をエルフ女王国のみで支配するというのは、この大陸にずっと根付いている不文律である。

 しかし、未来永劫に続く国家がないように、未来永劫に破られない約束事も存在しない。

 タリオ公国のアーサーとは、非公式の場ではあり、連中の間者を通じてではあるが、タリオ公国とともに、ナタル森林に領土拡張の軍を入れるということも視野に含めた話し合いもしている。

 

「とにかく、ここにやってきたロウを殺せと?」

 

 しばらく間を開けた後でテータスが静かな口調で言った。

 

「そうだ」

 

 レオナルドはきっぱりと言った。

 そして、一度席を立ち、部屋の隅から白金貨が十枚ほど入っている革袋を取り出し戻り、テータスの前に置く。

 白金貨というのは一般には流通していないほどの高額硬貨であり、白金貨十枚があれば、王都に大邸宅を一軒建てることもできるだろう。

 テータスがちらりと袋を見た。

 しかし、中身を確かめるような仕草はしない。

 再び、やや間があった。

 

「……ロウの弱点は女に弱いことです……。例の女魔族は、若様が管理しているんですよね?」

 

 やがて、テータスが言った。

 女魔族というのは、この辺境軍に巣くっていたピカロとチャルタと名乗っているふたりのサキュバスのことだろう。

 彼女たちは、辺境候軍に集まってくる領主たちと次々に関係を結んでは「魅了」の術で支配を拡げて、この軍を乗っ取ろうとしていた。

 レオナルドや父親のクレオンにはまだ手は出されてなかったが、王宮からの垂れ込みの情報がなかったら、どうなっていたかわからない。

 

 いまは、タリオ公国の間者を通じて得た「魔族殺し」という薬草で無力化し、隷属の首輪を嵌めて、厳重に監禁拘束している。

 レオナルドとしては、すぐに処刑するべきと考えていたが、あのふたりが自分たちがロウの女であることを仄めかしたために、処刑をやめてまだ生かしている。

 レオナルドとしては、それも気に入らないのだが、父親のクレオンは、あの二人の存在もまた、ロウとのなんらかの取引に使いたいみたいだ。

 しかし、そのサキュバスたちを?

 

「特殊な地下牢を作って監禁させている。それがどうしたんだ?」

 

「確か、隷属をかけていると聞いていますけど、それも確かですか?」

 

「魔族殺しという香を焚き込めた小さな檻に入れている。拘束して、立ち入る者も制限してな。なにしろ、連中は魅了の術を使う。それで男を支配するのだ」

 

「俺は魅了にはかかりません。そのふたりの支配を俺に譲ってください。ロウを殺すとすれば、それしかありません。ロウは女には強いが、逆に弱い。自分の女を全面的に護りもするし、身も委ねる。それこそが、彼の弱点です。そいつらがロウの暗殺に使えるかどうかも、俺で判断してみます」

 

 テータスが言った。

 つまりは、ロウの暗殺に、あのサキュバスを使うということか……。

 レオナルドは頷いた。

 

「いいだろう」

 

 レオナルドは魔道で言玉を出した。

 声を記録し、好きなところで破裂させて声を再現するという魔道だ。よく、連絡通信に使用する。

 その言玉に、あのサキュバスたちの隷属をテータスに移すという言葉を記録して渡す。

 隷属の譲渡は、隷属を支配している者が被隷属者にそれを告げることで成立する。それは直接に伝えなくても、言玉のような手段で声だけを聞かせてもいい。

 

「必ずロウを殺してみせます。しかし、その後のことは知りませんから。念のため」

 

 テータスが言玉を受け取りながら言った。

 嫌な物言いだと思った。

 

 しかし、レオナルドが気がつくと、目の前からテータスの姿が消滅していた。

 いつの間にか、テーブルの上の白金貨の革袋もなくなっていた。



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673 サキュバスと醜男(しこお)(その1)

 地下の廊下に光はない。

 壁の燭台さえも一切が排除されている。

 

 テータスは、燭台を持って地下牢の廊下を進んでいた。

 同行するのは、三人の奴隷兵だ。

 三人は、数種類の魔術封じの護符を張った衣類を身につけていて、さらに、二重三重にも「魅了術」にかからないように暗示をかけているのだそうだ。

 基本的には、この三人の奴隷兵が捕らえているふたりのサキュバスの管理を実施している。

 それ以外の者については、サキュバスに接触することは禁止されているらしい。

 

 命じているのは、辺境候の嫡男のレオナルドだ。

 この奴隷兵たちは、それぞれが屈強な身体をしている奴隷戦士なのだが、相手がサキュバスだということもあり、レオナルドは三人から性欲を失わせるために、去勢までしたという。

 

 ここは、もともと重営倉として使われていたものらしく、それを改造したものだそうだ。

 廊下のあちこちには、魔力の流れを封じる護符や魔道を無効化する魔石具などがところ狭しと張り巡らせているのもわかった。

 移動術による出入りを阻止する紋様も廊下全体に刻まれている。

 テータスも魔道遣いの端くれでもあったが、この地下牢においては、どんな高位魔道遣いも術を発揮できないのだろうなというのは想像できた。

 おそらく、王宮の施設でさえ、これほどに厳重で魔道封じを施した場所はないに違いない。

 さすがは、辺境候家だ。

 サキュバスという魔族を監禁するために、完璧な牢獄を作りあげたというところか……。

 営牢は左右に三部屋ずつあったが、人の気配がするのは奥のひと部屋だけだ。

 

「ここだな」

 

 最奥の営牢の前に着いた。

 重厚そうな鉄の扉には、鉄格子の填まった小さな覗き窓があり、燭台で光を差し込むと、素裸の少女がふたりいるのが見えた。

 両腕を背中に折り曲げられており、鉄枷で後手に拘束されて床に横たわっている。

 背中の鉄枷は、天井から吊られている鎖に繋がっているが、いまは鎖は緩められていて、ふたりとも石畳の床にうつ伏せで丸くなって横たわっている。

 眠っているのか、ふたりとも動かない。

 しかし、光を差し込まれたのがわかったのか、ふたりの身体が軽く身じろぎした。

 だが、脱力している身体が起きあがることはなかった。

 

 また、中から異臭を感じた。

 大蒜(にんにく)の匂いだ。テータスは、この香りが「魔族殺し」という名の薬香の香の匂いであることを知っていた。タリオ公国がいにしえの秘法の復活に成功した魔族の能力を封じる薬香である。

 人間族には無害であり、せいぜい大蒜の臭みを感じる程度だが、魔族にとっては、魔道を完全に封じて能力を失わせる毒草だ。しかも、この臭みをまったくの無臭に感じるのだそうだ。

 この香もまた、レオナルドが指示をして牢内に設置しているものだ。

 

 魔族殺しの毒草は、神話時代に近い古い技術のものであり、魔族の大部分を封印して異界に封じたあの「冥王戦争」の後、人間族に協力的だった魔族たちもまた、結局はこの世界から追放を受けてこの現世界から追放されてしまったが、そのときに魔族たちを罠に嵌めるために使われたのが、この魔族封じの毒草だという。

 これを使って、高い能力を持つ魔族たちの個体も次々に無能力化され、鑑定術で真名を暴かれて、次々に人間族の隷属に落ちていった。

 あまり世間に知られてはいない神話の話だ。

 子供の頃に、親に監禁されていた地下の一角には、エルフ族や人間族が魔族をはじめとする異種族を追い出しながら、それぞれに国を作っていた時代のことが書かれている古文書が多数あった。

 テータスはそれらを読むことで多くの知識を得たものだった。

 

 また、ふたりの首に隷属の首輪が喰い込んでいるのも見えた。いまは、レオナルドを「主人」として奴隷の刻みが行われているはずだ。

 これもまた、魔族殺しの毒草で無力化してから、隷属の誓いをこのふたりにさせたという。

 

「開けろ」

 

 レオナルドは奴隷兵に指示した。

 奴隷兵のひとりが腰に吊っている鍵を使って扉を開く。

 テータスは中に入っていき、壁にある窪みに、手に持っていた燭台を置いた。

 中に入って気がついたが、ふたりの顔が届く場所に、深皿に入れてある水と、米と汁が混ぜた食べ物らしきものが入った椀を載せている盆がある。

 しかし、皿の水も、椀の食事も口にした形跡はない。

 

 また、廊下には徹底的に刻まれていた魔道封じがこの部屋そのものにはない。

 おそらく、このサキュバスたちの逃亡を防ぐために、魔道具の拘束具や拷問具を使ったりするので、この牢内までを魔道封じをすると困るからだと思う。

 つまりは、この営倉は全体を魔道封じの結界があり、この内側のこの牢舎だけは、魔道具を使えるようにしているようだ。

 見ると、やはりサキュバスを拘束している鉄枷は明らかに魔道具だ。

 尋常な手段では外すことはできないし、刻んである紋様が見えるが、このふたりの筋肉を十分の一以下にもしていると思う。

 

「な、なに……? もう、二日経った? ご、拷問の時間……かい……?」

 

「も、もう歯を折るのは勘弁して……欲しいね……。こ、これでも、ぼ、ぼくたちは……女だからね……。顔は堪忍さ……」

 

 顔をあげたふたりがテータスや奴隷兵に視線を向けて、へらへらと笑った。

 拷問?

 それで気がついたが、ふたりとも下の前歯にあたる部分が三本ほどなくなっていた。

 また、腕にも脚にも浅黒い痣があり、ふたりとも両方のすねが本来はあり得ない場所で曲がっている。

 強引にへし折られて、そのままにされている感じだ。

 

「拷問をしているのか?」

 

 テータスは奴隷兵を振り返る。魔族とはいえ、少女の外見のふたりの惨い姿に思わず眉間にしわが寄るのがわかった。

 

「ご主人様の指示です。抵抗の意思も自殺の意思もなくなるように、徹底的に痛めつけろと……。手足の骨を砕いたのですが、二日もすれば治ってしまうんです。ですから、拷問を定期的に繰り返しています……」

 

 奴隷兵のひとりが小さな声で言った。

 さっき鉄扉の鍵を開けた男であり、三人のうちのリーダー的存在みたいだ。

 テータスは鼻を鳴らした。

 魔族は人間族に比して、異常なほどに回復力があるが、このふたりはかなり丈夫な性質みたいだ。

 

 テータスはふたりに近寄り、裸体を観察する。

 傷つけられているのは全身であり、ふたりとも手足の骨を砕かれているだけでなく、身体のあちこちに、殴られたり蹴られたりされたような痣があった。

 そして、後手に拘束されている手については、十本とも爪が剥がされていて、血が固まったようになっている。

 足の爪についてはまともそうだ。

 

「食事を喰えと命じたはずだぞ。今度来るまでに、椀の中身がなくなっていなければ、折檻すると伝えたはずだよな。足の爪は残っているぞ。手と同じように、木串を突き刺して剥いでやろうか」

 

 すると、無言でいた奴隷兵のひとりがサキュバスに向かって言った。

 その口調には明らかな敵意があった。

 振り返ると、三人とも顔に残虐さがにじみ出ていた。

 そういえば、去勢により性欲を失わされた男は、性格が残酷になり、凶暴さが顕著になると耳にしたことがあるが、あるいはその影響もあるのかもしれない。

 しかし、奴隷の立場でありながら、テータスが横にいるのに、承諾もなく勝手にサキュバスたちに怒鳴るとは……。

 テータスは小さく舌打ちした。

 

「少し黙れ……」

 

 テータスは小さく言った。

 

「いえ、ご主人様に命じられているんです──。弱らせて殺さないようにとね──。しかし、こいつらは、一度も水も食事も口にしなくて……」

 

 一度も──?

 びっくりした。

 テータス自身は、ロウ=ボルグの情報を得るために傭兵にやつしてここを離れていたが、耳にしている話によれば、このサキュバスたちが囚われてから、少なくとも十日は経っているはずだ。

 そのあいだ、食事はともかく、水も飲んでない……?

 あり得るのか?

 このふたりは、かなり衰弱しているが、拷問で受けた傷や痣はともかく、痩せ衰えている印象はない……。

 

「な、何度……言えば……わかるのかなあ……。ぼくたちの食事は淫気……なんだよ」

 

「食べ物も……水も……おれたちにはいらない……」

 

「犯してよ……。そ、それだけじゃあ……、に、逃げられやしないんだから……。お腹いっぱいになるだけで……。で、でも……このままじゃあ、本当に死ぬ……。人間族の口にする水も食べ物も、ぼくらには意味ないんだ……」

 

「そ、そうだね……。あ、あんたの……珍棒をしゃぶらせてくれたら……。そ、それでいいんだ……」

 

「ぼ、ぼくたちの……性技は……す、すごいよ……。そ、それに、こんな風に……女を……捕らえたら……大抵は……犯すんじゃないの」

 

「お、おれたちを犯しなよ……。ほら……」

 

 サキュバスたちが力のない笑いをしながら、そのうちのひとりが横たわっていた身体を仰向けにして、股を大きく開いた。

 驚いたのは、その股間が真っ赤に充血して、たっぷりの愛液で濡れていたことだ。

 テータスは目を見張った。

 同時に、知らず生唾を飲み込んでいた。

 

「うぎいいいっ」

 

 しかし、次の瞬間、挑発的に股を開いたサキュバスが蹴り飛ばされて、壁に向かって吹っ飛んだ。

 激怒した奴隷兵のひとりがテータスの横を突っ切って、サキュバスを蹴り飛ばしたのだ。

 こいつらはまだ去勢されたばかりだ。

 それなのに、あんな風に性的な挑発をされれば、激怒もするか……。

 しかも、性器を去勢されたのに、それを舐めさせてくれなんて……。

 サキュバスが男を誘うのは当然だが、いまみたいな挑発をしたりするから、余計に奴隷兵たちはサキュバスを痛めつけたのだろう。

 

「うわっ、チャルタ──」

 

 蹴られなかった側のサキュバスが蹴られたサキュバスの名を呼んで悲鳴をあげた。

 そういえば、“ぼく”という一人称を使うのが「ピカロ」で、“おれ”という一人称が「チャルタ」だと思い出した。

 そのピカロにも、ほかのふたりの奴隷兵が暴力を向ける気配を示す。

 

「やめんかあ──」

 

 テータスは怒鳴りあげた。

 奴隷兵たちが我に返ったように静止する。

 

「お前たちは地下牢の外に行け。そこで見張りをしろ。誰も通すな。その許可はレオナルド様から得ている。ここは俺ひとりでいい」

 

 テータスは声をあげた。

 奴隷兵たちは戸惑った表情になる。

 

「し、しかし、ご主人様には、危険だから、絶対にひとりになるなとも……。こいつは危険です。魅了で男を操ります……。それで多くの領主様たちがこいつらに支配されて……」

 

 だが、奴隷兵のひとりが遠慮がちに言った。

 レオナルドからも、サキュバスの管理を譲り受けることになった後で、操りの危険について、警告を届けられてもいた。

 

「心配ない。俺には魅了は効かん。それに、隷属の準備も整っている」

 

 テータスは奴隷兵のひとりに抱えさせていた木箱を置かせると、中から容器に入った言玉を手で取り出した。

 この営牢内では言玉は使用できるが、営倉全体に刻まれている魔道封じの結界があるので、外から言玉を寄せられない。だから、事前に現出してから、荷に混ぜて持ってきたのだ。

 言玉を弾く。

 すると、営牢内にレオナルドの声で、隷属の支配を目の前のテータスに譲るとふたりに告げられる。

 サキュバスたちの視線がはじめて、テータスに集中する。

 

「へえ……。あの大きなお坊ちゃまから、あんたに“ご主人様”が移ったの?」

 

「だ、だったら、よろしくね、仮面の旦那さん、へへ……」

 

 ふたりがテータスを見定めるような視線を送りながらへらへらと笑った。

 いま、テータスは自分の醜い顔を隠すために仮面をしていた。

 だから、“仮面の旦那”なのだろう。

 

「テータスだ。俺に逆らうことを禁止する。命令には絶対服従。自殺、自傷、俺に危害を加える可能性のある一切のことを禁止する。俺に嘘をつくことを禁止する。それと……」

 

 テータスは、隷属が結ばれたときに必要な最初の基本的な厳守項目を列挙していく。

 これがなければ、隷属したとはいえ、奴隷に危害を加えられることもあるし、勝手に死んでしまうこともある。

 「奴隷の首輪」というのは、自動的に主人への攻撃を禁止するという性質のものではなく、あくまでも命令を実行させるための魔道具だ。

 だから、最初に自殺防止や危害防止などの原則的なことを一々命じておく必要がある。

 

「あ、あのう……俺たちへの隷属も……」

 

 奴隷兵がおずおずと言った。

 彼らは、レオナルドにより、サキュバスたちが服従するように、命令を刻んでもらっていたのだろう。

 しかし、それについても、隷属の主人がレオナルドからテータスに交代したことで、新たに刻み直す必要がある。

 

「まだいたのか。早く行け──。外で見張りだ。ここは俺だけでいい」

 

 テータスはきっぱりと言った。

 そして、奴隷兵のひとりから牢の鍵を受け取る。

 三人が営牢の外に出て行く。

 彼らの足音が聞こえなくなったところで、テータスが改めてふたりを見た。

 

「サキュバスというのは、もっと絶世の美女の姿をしているのかと思ったがな。お前らのような子供のサキュバスもいるんだな」

 

 テータスはなんとなく笑った。

 ふたりは乳房が大きいこと以外は、身体つきがほっそりとしていて少女体型なのだ。

 “ぼく”と呼称するピカロは髪の毛が薄緑色、もうひとりは“おれ”と自分を呼び、髪は薄桃色だ。

 しかし、それを除けば、ふたりの外観はよく似ていた。

 

「子供……? へへ……。こ、これでも……あ、あんたよりも年上だよ……」

 

「に、人間族の少女姿なのは、こっちの方が人間族の男には受けるからさ……。それとも……力さえ戻れば、あんた好みの女の姿になってやるよ……」

 

 ふたりが言った。

 

「そうか?」

 

 テータスはサキュバスたちの言葉を聞き流し、壁にある操作具を動かした。

 ふたりの後手の鉄枷に繋がっている鎖が天井に向かって引きあがり、ふたりの身体が引きあげられていく。

 テータスはふたりが完全に立ちあがったところで、鎖の引きあげを止めた。

 奴隷兵たちが置いていった木箱から、膝枷を取り出す。膝に嵌める枷と枷のあいだが棒状になっていて、伸縮を変えることができる。

 ふたりのサキュバスは、両手の倍ほどの距離で離れて立っていたが、テータスはふたりの抵抗を「命令」で封じて、膝枷を嵌めていく。

 棒の長さはかなりの大股開きに調整した。

 そのため、ふたりは爪先立ちのような感じになった。

 だが、折られている脚で立たされるのは辛そうだ。ふたりとも苦痛を顔に浮かべている。

 

「な、なになに? ぼく、期待しちゃっていいのかなあ?」

 

「こういうのも、おれたち大丈夫だよ……。はあ、はあ……。い、いまのご主人様って、かなり嗜虐的なんだよねえ。まあ、それがいいんだけど……」

 

 しかし、苦悶の表情をすぐに隠して、サキュバスたちが笑う。

 テータスはそれを無視して、木箱からさらに準備していたものを取り出した。

 薬液とそれを体内に注入する針だ。

 「注射」という道具であり、本来は医療用の道具だ。

 通常は薬は口、または尻から体内に投与するが、この注射という道具は針が先についた小さな容器に液薬を入れ、針を肌に突き刺して、直接に血に薬剤を混ぜるのだ。

 薬液の効果は、口から投与する数十倍になるし、効き始めも注入した直後だ。

 テータスは、準備していた強力な媚薬を「注射針」に繋がっている小さな容器に入れる。

 それを持って、片側のサキュバスに近づく。

 薄桃色の髪の少女の外観のサキュバス──“おれっ子”のチャルタか……。

 

「な、なに? なにを刺すのさ──? 毒?」

 

 さすがに不安そうにチャルタが顔を引きつらせた。

 ピカロも、さっきまでの余裕が消えて、顔に恐怖を浮かべてている。

 

「毒ではない。ただの媚薬だ。発狂するほどに強力のな……。あの奴隷兵たちのような無粋な拷問は俺はしない……。それに、サキュバスを殴ったり、蹴ったりしても、大して拷問にはならん。お前らは人間族では想像もできないくらいに丈夫に作られている……。お前らを苦しませるのは、快感がありながら、それを発散させることができず、身体に溜められることだ。外からの淫気はいくらでも吸入できるが、自分自身の淫気は一度、外に出さないと吸入できない。快感があるのに、取り出せない。これこそが、お前らサキュバスを狂わせる最大の拷問だ」

 

 テータスは淡々とした口調で言いながら、チャルタの二の腕に注射を刺して、薬液を注入する。

 チャルタの顔に怪訝そうな感情が浮かぶのがわかった。

 だが、即座に眼が見開かれた。

 あっという間に全身が真っ赤になり、チャルタの全身から汗が落ち出す。

 人間に使えば、瞬時に狂死するほどに濃密な媚薬だ。

 

「う、うああああ、な、なにいい──。なにこれ──。ひ、ひやああああ」

 

 チャルタが暴れだした。

 必死になった脚をばたつかせようとしている。

 だが、膝枷が邪魔になり、内腿を擦り合わせることもできない。そのために、膝枷をさせたのだ。

 

「チャ、チャルタ、大丈夫──? お、お前、なにすんだよ──。ぼくたちサキュバスに媚薬責めって、そんなの効きやしないよ──。そ、それよりも、いいことしよう。ねえ、ぼくの眼を見て──。ねえ──」

 

 横で立たされているピカロが声をあげた。

 かまわずに、テータスはさらに薬液を注射に足すと、チャルタの二つの乳首、そして、膣の近くに注射を差して、薬液を体内に入れる。

 

「んひいいいい──」

 

 チャルタが奇声をあげた。

 ものすごい勢いで暴れ出す。

 

「チャルタああああ──」」

 

 ピカロが絶叫した。

 チャルタが尋常な状態でないことがわかったのだろう。

 

「仕上げはこれだ。外部からの刺激の一切を遮断する貞操帯……。さっきの媚薬と刺激遮断……。これまでに捕らえたサキュバスやインキュバスたちは、大抵はこれで正気を失った。完全に発狂するのに、二日もすれば十分だろう」

 

 テータスは木箱から魔道のこもった貞操帯を取り出す。

 小さな魔石が填まっていて、一切の刺激を遮断する。これを嵌められば、狂うような疼きが発散できずに、サキュバスの頭は毀れてしまって正気を完全に失う。

 快楽に強いといわれるサキュバスだが、実は発散できない快感には異常に弱い。

 あまり知られていないが、これこそがサキュバスの最大の弱点だ。

 テータスは、暴れ回って鎖をじゃらじゃらと鳴らすチャルタの股間を貞操帯で封印した。

 

「さて、次はお前だ。ピカロだったな。まずは頭を破壊する。その後で都合のいい記憶を埋め込んで洗脳する……。まあ、それだけの作業だ」

 

 テータスは再び注射に媚薬を入れる。

 それを持って、今度はピカロに近づく。

 

「うわっ、ま、待って──。話し合いしようよ──。屈服する。そんなことしなくても、屈服するよ──。ぼ、ぼくたちになにをさせたいのさ──。せ、洗脳って、ぼくたちになにかをさせたいから洗脳するんだよねえ──? わざわざ、そんなことしなくても、奴隷の首輪があるんだから、命令でなんでもさせたらいいじゃないかあ──。そもそも、なんでサキュバスの扱いをそんなによく知っているのさああ──。か、仮面さん、あんた、何者──?」

 

 ピカロが近づく注射から必死に身体を避けようとしながら言った。また、一方で必死にテータスと視線を合わせようとする。

 サキュバスは交合もそうだが、視線を合わせることでも、魅了を相手にかける。

 魔道は封じているはずだが、それでも一縷の望みに託して、テータスを相手に魅了をかけようとしているのだろう。

 テータスは必死な様子のピカロに嘲笑を向けた。

 

「むかし、異界からさまよい入ってくる魔族狩りの仕事をしたことがあってな。お前らの生態には詳しいんだ。扱いにも捕獲要領にも熟達している。特にサキュバスや魔妖精というのは、人界に巣くうことが多いから、もう何十匹と捕獲しては、退治してきた。それとさっきから、俺を魅了しようとしているようだが、俺には魅了は効かん。ほかの操り術もな」

 

 テータスは身につけている上着とシャツを脱いだ。

 営牢内が熱かったというにもあるが、これから屈服をさせようとしているサキュバスたちに、なにをやっても無駄だということを悟らせるためでもある。

 ありとあらゆる希望を破壊していく。

 人間であろうと、魔族であろうと、その先にあるのが心の死なのだ。

 そして、それが本当の拷問であり、洗脳だ。

 テータスの上半身が露わになる。

 そこには魅了をはじめとするあらゆる術封じの紋様を肌に刻んでいるが、ピカロにも、それがわかったはずだ。

 

「な、なんだよ、それ──? そ、そんなにたくさんの術封じの呪術の紋様を刻んで……。あ、あんた、人間だよねえ。そんなことしたら、死んじゃうよ。そんなことしたら、寿命が短くなるんだよ。人間みたいな短命の生命体がそんなことしたら、どんどんと命が削られて……」

 

 ピカロが焦ったような早口で言った。

 

「ほう……。お前こそ、サキュバスのくせに、この魔道防護の呪術の代償を知っているのか」

 

 テータスは少しばかり感心した。

 この肌に刻む紋様は、確かに呪術の一種であり、魅了術をはじめとしてどんな操り術の類いを防護する代わりに、本人の持っているいる生命力、つまり、寿命を代償として消耗させていく。

 これもまた、あの監禁されていた幼少時代の古文書から見つけた技術であり、たかがサキュバスがそれを知っているとは思わなかった。

 

「すぐにやめなよ。短命な人間にはそれは合わないんだ。ぼ、ぼくに任せて──。すぐに消してあげる──。隷属魔道で命令しなよ。あっという間に消してあげるから。そのままにしてたら、本当に寿命が消えちゃうよ」

 

 ピカロが声をあげた。

 一方で、チャルタは横で狂ったように拘束された裸体を暴れ続させ続けている。

 それはともかく、テータスは、ピカロが言った“人間”という物言いに、思わず吹き出してしまった。

 

「人間だと──? 俺を人間だと言った者はいないな。実の母親でさえ、俺には触らなかった。気味の悪い化け物だと言ってな……。命などどうでもいい。俺にとっては大して惜しむものじゃない」

 

 テータスは笑いながら、顔から仮面を外す。

 ただれたように変色した顔半分が露わになったはずだ。

 この顔こそが呪われた顔だ。それに比べれば、寿命を削る身体の紋様など、呪術でもなんでもない。

 ピカロの顔が驚愕に染まるのが見えた。

 

「どうだ? この顔は生まれつきだ。これでも、俺を人間だと言うのか? それとも、俺と口づけをするか? サキュバスなら顔が崩れている俺とでも、口づけくらいはできるだろう。俺を愛することができるなら、お前らを助けてやってもいいぞ」

 

 テータスは顔をピカロに近寄らせながら爆笑した。

 どんな女でも……横にいるチャルタのように、媚薬で狂わせたとしても、このテータスの顔を目の当たりにしたら、恐怖に顔を歪めた。

 悲鳴をあげ、逃げようと暴れ回った。

 テータスは、生まれてから一度も、誰かに抱きしめてもらったり、愛されたりされた経験などない。

 ましてや、このテータスの顔に口づけなど……。

 サキュバスといえども女には違いない。

 この顔をしているテータスと本当に微笑みながら口づけができるなら、テータスは何を代償にしてやってもいいと思った。

 

「愛されたことがないなら、ぼくが愛してあげるよ──。だから、自分が化け物なんて、そんな寂しいこと言っちゃだめだよ──」

 

 ちょっと驚いた感じだったピカロが急に動いて、目の前まで近寄らせていたテータスに顔を伸ばして口づけをした。

 テータスは仰天してしまった。

 

 しかも、首を伸ばしているピカロの顔の目は開かれていて、しっかりとテータスの醜い顔を目の前で視界に入れている。

 さらに見ると、そのピカロの眼は満面の笑みをたたえているように見えて……。



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674 サキュバスと醜男(しこお)(その2)

 頭が真っ白になった。

 

 目の前のピカロと名乗るサキュバスは、なんの躊躇いを見せる様子もなく、テータスが突き出した顔に首を伸ばすと、唇を重ね合わせてきたのだ。

 呆然として動けなかったテータスの口の中に、ピカロの舌がゆっくりと入ってくる。

 生まれてはじめて味わう他人の舌の感触は、とても艶めかしくて気持ちがよかった。

 衝撃がテータスの身体を硬直させる。

 

「んあっ、ぼ、ぼくは気にしない……。あんたはいい人さ……。ぼくにはわかる……。んんっ、ああっ、んあ……。だって、さっき、あいつらがぼくたちを殴ろうとしたとき守ってくれた……。やさしかった……。かっこいいし……」

 

 ピカロがテータスの口に舌を出入りさせながらささやく。

 全身の血が沸騰した。

 恐ろしいほどの欲情──。

 それが心の奥底から込みあがるのがわかる。

 ピカロがテータスの口の中をしゃぶりまわし、さらに粘っこく責めあげてくる。

 なによりも、テータスが生まれてからただの一度ももらったことのない言葉……。

 身体が震えた……。

 

「あ、ああ……」

 

 自分の口から、しゃくりあがるような声が漏れる。

 ピカロの舌がしつこいくらいにテータスの口の中を舐め回し続ける。

 これほどに気味の悪い姿をしているテータスと口づけを?

 ありえない……。

 

 だが、目の前のピカロは、いつまでも飽きることがないように、テータスとの口づけを続けている。

 テータスを嘲るような様子は微塵もない。

 まるで恋人に接するように夢中の口づけの仕草だ。

 しかも、ピカロの眼はしっかりと開かれていて、口づけを交わしながら、テータスの醜悪な顔を目の前で凝視している。

 そのピカロの顔にはまったくの嫌悪の感情はない。

 まるで、愛おしい恋人のようにテータスを見つめていて……。

 テータスは知らず、股間に血が集まるのを感じた。

 

 性欲は強い方じゃない──。

 いや、女と情を交わすことなど、とうの昔に諦め切っていたので、性欲というものすら頭から消し去っていた。

 どんな大金を積んでも、娼婦ですらテータスと交わることは嫌悪したのだ。

 仮面をしなければ、人扱いさえもされなかった。

 それなのに、テータスの素顔を見ながら口づけができる女がいるとは……。

 実の母親でさえ、恐怖したテータスのこの醜い顔を……。

 

「も、もっと、愛し……合おうよ……。あ、脚を外して……。腕の鎖も……。どうせ隷属の首輪があるし……。手枷は……外さなくても……いいからさあ……。ねえ、届かないよ……。舌を……、舌を出して……。おしゃぶりしよう……。ねえ……」

 

 ピカロが賢明に首を伸ばしながら熱っぽくささやく。

 頭がぼうっとなる。

 まるで脳に隠れていた官能の激情を舌だけで目覚めさせられてしまったような、狂おしいまでの欲情で全身が包まれる。

 口づけのあいだ、ピカロは目を開けていた。

 テータスの醜悪な顔から視線を逸らしていない。

 ピカロとテータスの視線が合う。

 快感の大きな深みに、ずぶずぶと意識が吸い込まれるような……。

 

「し、舌出して……」

 

 ピカロが昂ぶった溜息とともに言った。

 テータスは我を忘れて、唇を重ね合わせる。

 ピカロが柔らかい口をつき合わせ、そのまま傾げるように顔を擦りつけてくる。

 このテータスの顔に……。

 テータスは信じられなかった。

 ピカロの舌がまたもや入ってくる。

 テータスの舌に絡みつき、口の中を這い回る。

 

 まるで恋人にむしゃぶりつくような口づけだ。

 テータスの頭の中には、これこそ、サキュバスの呪術だと叫ぶ自分の心の声が響いていたが、それよりも与えられる快感がテータスから我を忘れさせてくれる。

 ピカロから離れるべきだ──。

 テータスに残っている理性がそれを心に告げる。

 

 ピカロは後手の手枷を天井か吊られ、膝枷で爪先立ちになっている。

 テータスが顔を離しさえすれば、口づけを続けることはできないのだ。

 ピカロと口づけを交わしているのは、テータスの意思だ。

 離れればいい……。

 

 だが、できない──。

 こんなに情熱的にテータスに口づけをしてくれる女はいなかった。

 あり得ないと思っていた。

 しかし、いる。

 

 多分、これは嘘だ。

 偽物の愛だろう。

 

 だが、テータスは嘘でもよかった。

 

 嘘でいい。

 

 嘘でも信じてみせる──。

 

「あっ、と、届かないよ……。も、もどかしくって……。ね、ねえ、足枷と腕の鎖を外して……。それだけでいいから……」

 

 ピカロがまたもや一瞬だけ口を離してささやいた。

 しかし、すぐに濃厚なテータスとの口づけに戻る。

 多分、これは性の魅了だ。

 テータスもそれには気がついている。

 だが、嘘でもいいのだ──。

 もしも、ピカロがテータスに愛をささやいてくれさえすれば……。

 

「ま、待ってくれ……」

 

 テータスはやっとのこと顔を引いた。

 うずくまり、まずはピカロの膝から枷を外す。

 次いで、ピカロの背後に回って、後手に拘束している天井からの鎖を留め具をひねって、ピカロから取り外した。

 

「ああ、ありがとう──。あんたは、なにもしなくていいよ。ぼくが全部する……。こんなに濃いい淫気……。す、すごいっ……。すてきだよ……」

 

 両脚と天井の鎖から自由になったピカロがその場に跪き、口でテータスのズボンの上のところを咥え込んだ。

 驚いたことに、口と舌だけで器用にズボンの留め具を外して、あっという間にずり下げる。

 テータスの下着の中の性器は完全に大きくなっていた。

 その布越しに、ピカロが口で咥えてきた。

 

「うわっ、なにっ」

 

 思わず声をあげてしまった。

 なにしろ、こんな風に女から奉仕を受けたことなどない。

 テータスにとって、女と交わるというのは、仮面をつけたまま、薬で意識を朦朧とさせている女に潤滑油を塗って、性器を挿入して精を放つという行為でしかない。

 それでさえ、テータスの素顔を知っている者は相手をしてくれなかった。

 女と言葉を交わしながら、愛を交わすなど、テータスにとっては想像の外だ。

 

「んぐううううっ、ひぎいいいいっ、だ、だずげでえええ──」

 

 そのとき、ものすごい絶叫が耳に入ってきた。

 これまで、あまりのことに脳が停止したようになっていたから、聞こえてなかったが、媚薬を打ち込んで股間を貞操帯で封印をしたまま放置していたもうひとりのサキュバス──チャルタだ。

 鎖を揺らし、脚を暴れさせて叫んでいる。

 強力な媚薬のために全身は真っ赤で、おびただしい汗をかいていて、顔は涙と鼻水と汗でぐしょぐしょだ。

 

「うるさいよ、チャルタ──。これは、ぼくのえも……。いや、恋人なんだから──。ねえ、猿ぐつわしちゃって。気が散るよねえ。ごめん」

 

 ピカロが口を離すと、一度チャルタを不満そうに睨みつけたのがわかった。次いで、テータスを振り返って言った。

 

「えっ、いいのか?」

 

 思わず言った。

 一度頭を破壊して、その後で都合のいい「記憶」を植えつけて、いいなりにするという作業のつもりであり、テータスには彼女を解放するつもりはなかったものの、さすがに常軌を逸したような狂乱に、てっきりピカロはチャルタを助けてくれと頼むと思ったのだ。

 

「いいの、いいの。それよりも早く」

 

「ピ、ピカロおおおお──」

 

 チャルタが涙を流しながら、汗びっしょりの真っ赤な顔で絶叫した。

 

「うるさいったら──。テータスさんの気が散るじゃないか……」

 

 ピカロが立ちあがって、いきなりチャルタの乳房を咥え込んだ。

 そして、舐めはじめる。

 呆気にとられかけたが、テータスは、言われたとおりに木箱から言葉を封じるものを持ってくるために動くことにした。

 なぜか、あまりものを考えられない感じがしていたが、気にしないことにする。足首にさがっていたズボンはその場で脱いだ。

 木箱からボールギャグを取り出す。

 魔道具であり、これを口に咥えさせると、一切の声を封じることができるというものだ。

 

「んぐうううっ、いぐうううっ」

 

 ピカロに乳首を舐められているチャルタが拘束されている身体を突っ張らせて、千切れんばかりに髪を振り乱した。

 絶頂するのか──?

 そして、はっとした。

 思わず、言われるままにしていたが、快感を発散させるわけにはいなかい。洗脳作業の途中だ。

 

「はい、終わり──。勝手に絶頂させて、テータスさんを裏切れないからね。チャルタは、ぼくとテータスさんの愛のおこぼれの淫気で我慢してね」

 

 しかし、まさにチャルタが絶頂しようとする寸前でピカロが舌をチャルタの胸から離してしまったのだ。

 テータスは唖然とした。

 

「いやああ、なにすんのよおおっ」

 

 ぎりぎりで絶頂を寸止めされたチャルタが血がのぼったように絶叫した。

 だが、ピカロはけらけらと笑うだけだ。

 そして、硬直した感じになっていたテータスに、ピカロが振り向く。

 

「早く猿ぐつわしちゃってくださいよ。それと続きを……」

 

 ピカロがはにかんだような笑顔を向けた。

 とりあえず、テータスは持ってきた魔道具のボールギャグを強引にチャルタに咥えさせて、頭の後ろで固定してしまう。

 チャルタが涙を流しながら、なにかを訴えたが、魔道具のボールギャグのために、息が漏れる音さえ消音されてしまう。

 

「ぼくの相棒がごめんね。もう気にしなくていいよ……。ところで、ぼくがテータスさんに口づけができれば、ぼくがテータスさんを愛せること信じるって言ったよね。次はなにをしたら信じる? さっきも言ったけど、ぼくはテータスさんが好きになりそうさ。さっき、あのぼくたちを痛めつけた人間男たちから、助けてくれたものね」

 

 ピカロが心から愉しそうに言った。ずっとそうだが、ピカロの眼は全くテータスの顔を恐怖していないし、ひと欠片の嫌悪もない。

 まるで吸い込まれそうな優しいピカロの瞳だなと、テータスは思った。

 

「ほ、本当に俺を愛してくれるのか?」

 

 馬鹿げた質問だと思ったが、テータスは訊ねていた。

 こいつは、サキュバスだ──。

 性交は食事と同等であり、人を愛する心とは無縁だ。

 さっき、テータスは自分に口づけができれば、サキュバスたちを助けてやると言ったから、こいつはこう言っているだけだ。

 テータスの理性の部分は、それを知っている。

 サキュバスが人間族に本当に愛をささやくことなどあり得ないし、こいつがテータスに笑顔を向けるのは、自分たちが助かりたいためであり、それ以外の思惑ではない。

 

 だが、信じたい──。

 これまでの人生で、テータスに口づけなどしてくれた者はいなかったのだ。

 ましてや、愛を交わせるものなど……。

 

 嘘でもいいのだ。

 

 嘘で……。

 

「もちろんだよ、テータスさん──。ぼくは、あんたが大好きさ」

 

 後手拘束のまま、ピカロが白い歯をテータスに向ける。

 テータスは自分の眼から、涙が流れるのがわかった。






 とりあえず、できあがり分だけ投稿します。


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675 真実と嘘

「ふくううっ」

 

 お尻側にいるテータスが、ピカロの濡れた入り口から、粘膜を押し拡げながら、怒張を一気に突き進んでくる。

 ピカロは身体を小刻みにわななかせて背中を反らせた。

 

 監禁されている牢獄で始まったテータスという顔の崩れた男との性愛だ。

 何度も体位を変えながら、もうかなりの時間を続けており、いまはテータスを後ろから受け入れる「後背位」の体勢だ。

 

 すなわち、ピカロは、後手の拘束のまま両膝を立てて頭を床につけた高尻の姿勢でテータスを受け入れている。

 もう、すでにテータスは五回もピカロに精を放っており、いまは六回目になる。

 人間族の男としては、かなりの絶倫の方だと思うが、まだまだ衰える気配はない。

 

「ああっ、また、いくうっ、いくよおお」

 

 ピカロは、再び絶頂に達しかけていた。

 サキュバスとして、どんなタイプの女にもなれるのだが、いまは性愛に無垢であるが、身体は敏感な女という風の設定にしている。

 最初の二回目くらいまでは、テータスが明らかに性に不慣れであったので、こっちが性に熟達している女になって主導権を発揮し、テータスとの相手をしていた。だが、三回目からは、慣れてきたのか巧みな責めもするようになったし、激情に近い積極性でピカロをなぶろうと変化するのがわかった。

 だから、それに見合うように、こっちも受け身に変えたのだ。

 

 熟練したサキュバスというのは、単に性技巧を発揮して、男から精をむさぼるだけではない。それは、むしろ下級淫魔だ。

 上級淫魔になればなるほど、相手の好みの女になって、男の相手をすることができる。

 演技するのではなく、本当にそうなるのだ。

 身体だけじゃなく、性愛の最中においては、心から相手を愛する。

 それは「偽物」の愛ではない。

 交合のあいだだけとはいえ、本気で相手を愛する。

 それが本物のサキュバスだ。

 愛のある性交であればあるほど、濃い淫気が発生する。

 だから、いまはピカロは、テータスがもっとも好むであろう女に、心の底からなりきっている。

 

「お、俺もだ……」

 

 テータスが後ろから律動しながら、片手を乳房を揉みあげてきた。

 

「あはああっ」

 

 すでに何度も絶頂しており、全身はあり得ないほどに快感が昂ぶっている。

 いまこの瞬間のピカロは、テータスの愛を全身で受けとめる「恋人」なのだ

 ピカロはがくがくと身体を震わせた。

 大きな絶頂感が高揚するのがわかる。

 それに応じるように、テータスは股間を貫く怒張の速度を早め、乳首を捻り、残っている手でピカロのクリトリスを弾くように刺激してきた。

 

「あううっ、あつううっ」

 

 ピカロは一気に快感を飛翔させた。

 この男はただの一度のセックスで、どんどんと性技がうまくなる。

 おそらく、ピカロを責めながら、その反応のひとつひとつを的確に観察して、どんな風にすれば女を追い詰めることができるのかを見極めているのだと思う。

 身体を三種類の快感が絡み合って襲いかかる。

 欲情しきったピカロに、またもやオルガニズムが襲ってきた。

 

「いぐうう」

 

 ピカロは絶頂した。

 それとともに、テータスがピカロの子宮に六度目の熱い精を迸らせるのを感じた。

 

 

 *

 

 

 性交の余韻の気だるさに包まれながら、ピカロはうつ伏せに横たわっていた。

 テータスが、そのピカロの背中側の両手を水平にして後手に拘束している鉄枷に、改めて天井から伸びている鎖を繋いだ。

 

「へ、へへ……。き、気持ちよかったよ……。あ、あんた、すごいね……。だけど、また拘束するの? ぼくは、もうあんたの恋人のつもりだけどね……」

 

 ピカロは首を動かして、テータスを見あげる。

 いつの間にか、テータスはズボンをはき直しており、顔の半分に仮面を付け直していた。

 

「鎖は緩めておいてやる。お前については、しばらく自由にしていい」

 

 テータスが静かに言った。

 どうやら、牢の外に出て行く気配だ。

 

「自由って言ったってねえ……。ね、ねえ、もう終わり? もっと愛し合おうよ。今度は、チャルタも混ぜてやるってのはどうさ?」

 

 ピカロは横で天井から立ち位で吊され、激しく暴れているチャルタをちらりと見た。

 貞操帯が喰い込んでいる裸体からはおびただしい汗が垂れ落ちていて、チャルタが尋常な状態でないというのは明らかだ。

 余程に強力な媚薬を投与されたのだろう。

 

 サキュバスといえども、女には変わらない。

 媚薬で興奮させられたまま放置されるのが地獄の苦しみであることは、人族の女と同じである。

 チャルタは、かなりの苦悶の状態であるのだろう。

 消音機能のある魔石入りの魔道具であるボールギャグをしているので静かなものだが、真っ赤な顔で号泣していて、その苦痛の激しさがその姿からも物語っている。

 

「何人もの女を抱きたいとは思わない。生涯にひとりでいい。俺を愛すると口にしてくれる女が生涯でただひとりいればいいんだ。それは手に入った……。ほかには、なにもいらない……」

 

 テータスは言った。

 ピカロは横たわったまま、軽く首をすくめた。

 生涯にひとりの相手しか愛さないという決め事にしている人族は一定数いることは知っている。

 男でも女でもだ。

 

 ピカロには理解しようもないが、そういえば、ロウの女たちは、もうロウしか相手をしないと決めているようだし、そう決めたのなら、ピカロはそれにとやかく言うつもりはない。

 チャルタを抱いてくれれば、彼女も解放されるかと思ったんだが、テータスにその気がないというのなら仕方ない。

 チャルタが、足をばんばんと床を踏みならして、ピカロになにかを訴えてようとしているようだが、ピカロは無視して顔を反対側に向けた。

 思ったよりも、テータスは絶倫で、ここまでピカロを愉しませてくれるとは思わなかった。

 淫気もたくさん喰らって満腹だし、ちょっと自由にしていいと言ったので、ひと眠りしようとも思ったのだ。

 

 そのとき、一度牢の隅に向かったテータスが戻ってきたので、顔を向けた。

 テータスは、革の貞操帯を持っていた。内側に二本のディルドがついているものであり、チャルタが嵌められているのと同じようなものだが、股間に喰い込む部分はずっと細くなっている。

 

「これをしてもらう。俺の恋人になるのだから、ほかの男との性交はさせない。貞操帯の隅に、特殊な金属線が入っている。魔道も跳ね返すし、どんな刃でも切断できない……。俺にしか外せない。お前はもう俺のものだ」

 

「えっ、ほかの男と性交できないの──?」

 

 抵抗するつもりはなかったから、自分で立ちあがって股を開き、貞操帯を受け入れる体勢になったが、ほかの男との性交禁止というのは困る。

 こいつが望むなら、恋人になってもいいと思ったのは本当だが、ピカロにとって、それは承知できない。

 

「ね、ねえ、それは無理だよ。ぼくはサキュバスだからね。性交は食事と同じだよ。同じ淫魔でも魔妖精たちは、他人の性愛を見るだけで腹が膨れるけど、ぼくたちのようなサキュバスは、自分でしないと淫気を集められないんだ」

 

 ピカロは説明した。

 そのあいだに、テータスは二本のディルドを股間とアナルに挿入して、貞操帯を嵌めてしまった。

 後ろ側で金属音がして、ぎゅっと貞操帯が股間に喰い込むのを感じた。

 股を見下ろすと、確かに、股間の帯の部分の両脇になにかの金属線が差し込んでいる極細の溝があり、そこに金属線が入っている。

 

「一日に五回精を注ぐ。毎日だ。だから、俺のものになれ。いや、そうする。お前が嫌がろうともな……。それに、せいぜい、俺の寿命は残り十年もないだろう。この身体の刻んでいる魔道返しの紋様の呪術が俺の生命力を奪い続けるからな。そうすれば解放する。十年だ──。俺が死ねば解放する。頼む──」

 

 テータスが言った。

 

「ええええ?」

 

 ピカロは困ってしまった。

 この男は結構絶倫だったし、愛が深いのか、かなりの濃い淫気だった。もしも、本当に十年間、毎日、さっきと同じ量の淫気をくれるなら、それについての不満はないが、サキやロウがそれを許すだろうか……?

 

「ちょっと、回答できないよ。いろいろと相談もしないといけないし。うーん」

 

 ピカロは床に腰を下ろしながら、どうしようかと首を捻った。

 腰をおろすとき、ずんと股間とアナルにディルドが喰い込み、むずむずと新しい疼きをピカロに呼び覚ました。

 

「相談はしていい……。だが、お前はもう俺のものだ。俺の顔を見ても、嫌悪も恐怖も感じないのだろう? そんな女がこの世にまだいるとは思わなかった。絶対に離さん」

 

「そうは言ってもねえ。ぼく、怒られちゃうよ」

 

 ピカロはそれだけを言った。

 すると、テータスがチャルタの前に行き、ボールギャグと貞操帯に手をかざした。

 すると、次の瞬間、ぱんと音がして、チャルタから両方が外れて、床に落下した。

 

「いひいいいいっ、お、おれも犯じでよおおお──。舐めるうう──。あんたの顔を舐めるうう。おれもいくらでも奉仕するよおおおお」

 

 たちまちに、チャルタの絶叫が牢内に響きわたる。

 ずっと貞操帯を嵌めたままにして放置して、チャルタの頭を毀すとか言っていたけど、それはやめたのだろうか?

 

「話し合いならしていい。だが、俺との約束を破るというなら、今度は容赦しない」

 

 話し合い?

 

 もしかしたら、話し合いの相手がチャルタだと思った?

 しかし、ピカロが気にしているのは、サキであり、ロウだ。

 よくはわからないけど、サキはピカロたちを裏切って、ここの人間族に、ピカロたちを売り渡したという話だ。

 だったら、もう裏切りもなにもないかもしれないけど、サキはロウの愛人なので、ピカロがテータスの本当の専属の恋人になると口にしたら、首をねじ切られる気がする。

 それは怖い。

 

 また、ロウから与えられる淫気と快感は桁違いだし、あれがもらえなくなるのはどう考えても惜しい。

 しかし、テータスに恋人になるって言ったしなあ……。

 

 そんなことを考えているうちに、テータスがそのまま牢を出て行った。

 扉の外でがちゃんと鍵の閉まる音がした。

 

「ああああ、あほおおおおっ、なんとかしてえええ。あほピカロおおお」

 

 ふたりきりになるとチャルタが絶叫した。

 

「あ、あほってなんだよ──。ちょっと困ってるんだよ。話は聞いていたよね。どうしたらいいと思う? あいつの恋人になるって約束したんだけど、恋人っていうのは、どうやら、あいつしか性交しないことみたいなんだよ。そんなの無理だよねえ?」

 

「いいから、助けてよおお──。舐めてええ──。股を舐めてえええ」

 

 チャルタが泣きながら絶叫した。

 ピカロは首を一度すくめてから、おもむろにチャルタの大股開きの股間に、顔を埋めさせた。

 

 

 *

 

 

 テータスは、一度地下牢の外まで行き、寝具と机と椅子をピカロたちを監禁している牢から離れている牢に運ばせる手配をした。

 一日に五回──。

 それだけの精を毎日、ピカロに与える。

 その代わり、もうピカロは離さない。

 

 これについては、ピカロの意思は関係ない。誰がなんと言おうとそうする。

 テータスは決めていた。

 

 もしも、それを阻害するのがロウ=ボルグになるのであれば、テータスはロウを殺す。

 あるいは、辺境候クレオンやレオナルドがやっぱりピカロを処刑すると決め、テータスから奪おうとするとなれば、そのふたりも殺す。

 テータスは、それについて、なんの躊躇いの気持ちも浮かばなかった。

 

 いずれにしても、レオナルドに命じられたロウの暗殺の任務は、テータスにとって、大いに意味のある行為に変化していた。

 レオナルドに調査を命じられたときから、ロウ=ボルグという人物について、精緻な調査を続けている。

 レオナルドに提供したのは、集めた情報の十分の一にも足りないが、テータスはこれまでの調査から、ロウという人物を暗殺するのは容易なことじゃないことと認識している。

 レオナルドがロウを軽視し、簡単に始末できると思っている気配があるが、もしも、ロウに牙を向ければ、引き裂かれるのはレオナルドやテータスの方だ。

 いままで、ロウに手を出して、生き残った者はいない。

 

 例えば、あのキシダイン卿──。

 辺境までは正しい情報は入ってきておらず、王家が隠しているから公然とはされていないが、キシダイン失脚の原因となったあのダドリー峡谷で二百人以上のキシダインの私兵を全滅させたのは、おそらくロウたちだ。

 しかも、それを数名の人数だけでやったらしいのだ。

 それだけの実力があるということだ。

 ましてや、今回は、さらにエルフ族の精鋭の女兵隊と一緒に来るのだ。

 これに守られているロウに手が出せるわけなどない……。

 

 それに、これまでに集めたロウについての情報を整理すると、もしかしたら、ロウはなんらかの「鑑定術」のようなものを扱えるのではないだろうかと考えが浮かんだ。

 ロウ自体は、魔道遣いではないとされているが、目の前の相手の正体や隠している武器を見破る能力がロウにあるとしないと、説明のできない事象がいくつかある。

 ロウはそれを隠しているのではないだろうか……。

 それがテータスが想像していることだ。

 いずれにしても、ロウに手を出すのは、極めて難しいということには変わらない。

 

 だが、やる──。

 そうでなければ、ピカロは手に入らない。

 レオナルドに命じられたからではない──。

 

 あのピカロがロウの女であろうというのは確かだ。

 ならば、ピカロはともかく、ロウはピカロをテータスに譲ることを承知しないと思う。

 これもまた、これまでの調査で、ロウが自分の女に大変に執着することがわかっている。

 あれだけ、たくさんの女がいるくせに、自分の女が他者に向かうことを異常に嫌うのだ。

 

 だから、ロウを処分する──。

 そうでなければ、ピカロの心が手に入らないのであれば、そうする──。

 

 問題はどうやって、ロウに武器を持って近づくかだ。

 ピカロとチャルタの頭を洗脳して、テータスのいいなりになる人形に仕立てて、ロウを暗殺する道具にするつもりだったが、それはやめた。

 ピカロはテータスを愛すると言ってくれた。

 そのピカロの心を毀すわけにはいかないのだ。

 

 ロウに武器を持って近づくこと──。

 鑑定術をロウが使うとすれば、それが問題だ。

 

 その手段……。

 さて……。

 

 一方で、テータスの耳の中の魔道具は、営牢に残してきたピカロとチャルタの会話の声が向こうに隠し仕掛けた魔道具を通じて、入ってきている。

 これによれば、ピカロや媚薬に追い詰められているチャルタを助けるために、口で奉仕をはじめたみたいだ。

 さっきから、チャルタの激しいよがり声が耳の魔道具から聞こえ続けていた。

 ふたりがどんなこと話すのか……。

 テータスはそれを注意深く監視している。

 

 いずれにしても、ピカロはテータスものだ。

 もしも、ピカロが告げたテータスへの愛が嘘なら……。

 

 いや、嘘でも構わない……。

 そのときには、どんな手段を使っても、その嘘をテータスの考える「真実」に変えてしまうまでだ。

 

 ロウというピカロの「主人」を殺してでも……。



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676 円卓の会議(その2)【タリオ公国】



 『409 円卓の会議』を『409 円卓の会議(その1)』と題名を変更しています。

 *




 うまくいっているものと、うまくいっていないものがある。

 

 時流を待つというのが、アーサーは嫌いだった。

 時代のうねりは、アーサーが自ら呼び起こすものであり、他人が作る“(とき)”などというものは、それだけで不快感を覚える。

 

 アーサーは、タリオ公国の公都アナクレオンにいた。

 確かに、時代の変化が、この大陸を包み込むのは感じていた。その半分はアーサーが起こしたものであるものの、ほかの半分はアーサーの予想の外にあるか、あるいは、手を離れてしまっているものだ。

 アーサーは、それが気に入らない。

 ともかく、今日は定例の円卓会議の日だ。ただ、ハロンドールの辺境侯工作関連で、急遽の情報も入っていた。

 今日がたまたま、円卓会議の日で丁度よかった。

 

「円卓会議のメンバーもかなり様変わりしたな」

 

 会議の場所に着くと、アーサーは、席のひとつに座りながら笑った。

 円卓の会議には上座も下座もない。上下関係のない自由な討論の場──。それが円卓の会議だ。アーサー自身もいつも違う場所に腰掛けることにしていた。

 表側としての政事の組織には、形式的な礼式や煩雑な手続きが必要だが、ここにおいては、全員が立場の差を無視して自由に語り、意見を交わすものとしている。円卓会議は、アーサーの個人的な参謀の集まりという立場でしかなく、政庁側の組織には属していない。

 だが、実質的には、この円卓会議こそが、タリオの意思決定機関だ。ここで決められたものは、アーサーの意思そのものになり、表側の政庁や議会はそれを実現するための実行機関にすぎない。

 

「ランスロット殿は、しばらくしたら戻るでしょう。カロリックの制圧も大きなところは終わったようですから。タゴネットは流通のことで忙しいようです。あちこちを飛び回っていて、今回も報告だけを送ってきています」

 

 応じたのは、以前からの円卓のメンバーのひとりであるガラハッドだ。

 ほかにも、三人ほどの新しいメンバーがいるが、まだまだ円卓の数を連ねるには経験が足りない。いまも、すぐに口を開いたガラハッドとは異なり、明らかにアーサーを前にして緊張し、縮こまっているのがわかる。

 前回もそうだったが、おそらく、今回の会議でも、こいつらはろくに喋ることなく、ここでの時間を過ごすのかもしれない。

 アーサーは、ガラハッド以外の三人を眺めて、ひそかに嘆息した。

 なにも喋らないのであれば、それはいないのと同じだ。

 それをわかっていないのであれば、次の円卓にはこいつらの席は円卓にはない。

 

 いずれにしても、アーサーがタリオ公国の大公となる前に作った最初の円卓会議からの要員のうち、いまここにいるのは、アーサーとガラハッドだけだ。

 最初からのメンバーには、ほかに、アーサーの親友であり腹心のランスロット、さらに、タゴネット、マーリン、そして、ビビアンという者たちが席を連ねていた。

 

 ここにいるガラハッドは、主に謀略を担任している。

 長く目の上の瘤のようなものだったローム帝国の老人たちを暴走させて、瓦解に追い込んだのは、タゴネットの仕事だ。

 ローム皇帝家は、随分と前から実質的な権限を失っていたが、タリオ、カロリック、デセオの三公国は形式的には、ローム皇帝家に主従を誓う属国であった。

 だが、ローム皇帝家は、自分たちの欲望を得るためだめの目的で、冥王復活の陰謀という人族全体に対する裏切りを企てたことで、すでに討伐され、その残党も見つけ次第に処刑することになっている。

 早晩、タリオ公国も、「タリオ王国」を名乗ることになると思うが、名目だけだったとはいえ、やっとあの老人たちの家臣の立場から脱却できたのだと思うと、実に清々とした気分だ。

 

 元のメンバーのうち、マーリンは長くハロンドール工作をしていた魔道遣いだった。

 だが、ハロンドール王国の乗っ取り工作の最中に、なにかの失敗をしたようであり、先日、その死を確認している。

 

 ランスロットは、皇帝家を匿ったということになっているカロリック公国の討伐軍の指揮をさせており、今日の会議にはいない。

 ただ、実質的なカロリック全土の征服は終了している。

 いまは、まだタリオの支配をよしとしない領主の叛乱を逐次に抑えているという状況だ。

 頻繁に報告も入っているが、ランスロットには珍しく、かなり過激で残酷な行動を繰り返しているみたいだ。

 ただ、おかげで、アーサーが想定していたよりも、随分と早くカロリック制圧は終了しつつある。

 

 惜しむらくは、結局のところ、意図的にカロリック側に逃亡をさせたローム皇帝のロムルス二世を取り逃がしたことであるが、まあ、あの老人ひとりが生き残ったところで、路傍に転がる老人の死骸がどこかにできるだけだ。

 

 ランスロットについては、概ねの軍行動が落ち着いたところで、カロリック側にランスロットの交代要員を送って帰国させることになると思う。

 親友の殊勲に対しては、大々的な祝賀会も準備してやろう。

 あの真面目すぎる親友のひとり立ちの場ともいえる今回のカロリック侵攻について、どういう心境の変化で、ランスロットが冷酷で残虐な征服者をきどることにしたのか、飲みながら問いただしてみたい。

 いまから楽しみである。

 

 そして、タゴネット──。

 流通担当であり、彼の頭から発想された「自由流通」をタリオ公国内に押し広げた立役者である。

 タリオ公国が領域的には小国でありながら、国力としては大国ハロンドール王国に勝るとも劣らない立場にしてくれたのは、流通改革を大成功させたタゴネットの力である。

 ただ、今回の騒乱の最中に、タリオ公国を発展させた自由流通系の商会のいくつかが、いきなり拠点をハロンドール側に移すということが発生し、現在はその処置に追われている。

 タリオとしては、大きな痛手であるものの、国家としての縛りを局限し、商人たちの自己意思による自由な流通を保障するというのが、自由流通制度の名目なので、表立っては商会の移転を強制的に阻止することはできない。

 だから、タゴネットはこれの解決のために、いまも煩瑣な労力を続けているというわけである。

 

 しかし、状況は芳しくないようだ。

 移設していったのは、マアという女がまとめていた“マア商会”と呼ばれる商会群であり、マアの息のかかっていたらしい幾つのかの商会を含んでいる。

 だが、いまのハロンドールの混乱の状況で、商家として旨味がないであろう向こうに、どうして、わざわざ拠点を変えたのか、その理由がわからない。

 自由流通については、タリオ公国側に拠点を持っておく方が確実に商売はうまくいくはずであり、いまだに商業ギルドの排他的な流通支配の残り香が残っているハロンドールでは、自由流通の商会の活動は、かなりの労力を要するはずなのだ。

 

 いずれにしても、死んだマーリンの工作で大混乱していた、ハロンドール王都の物流は、大きな商会が次々に移ったことで、秩序を取り戻しつつある。

 狂乱した王都の物価のために、いまにも暴動が起きる寸前だった向こうの王都も、以前の状況よりは、混沌も持ち直した感はある。

 アーサーとしては、愉快なことでなない。

 

 もっとも、あのルードルフ王は、相変わらずとち狂ったままであり、アーサーも先日会ったスクルズというおかしな美人神官を処刑したり、王都に滞在していた諸侯の妻や令嬢を王宮に連行して、監禁陵辱を続けたりと、まさに狂人の行動である。

 しかも、王宮にいまでも閉じこもり、一切の外部との接触を断ったままという。

 アーサーも、王国と公国間で結んでいる外交用の魔道通信で接触を試みようとしているが、一切の返事はない。

 ハロンドール王宮の混乱は、アーサーの望むものではあるものの、それが自分が動かしているものではないというのが、些か、アーサーには不満ではある。

 

 ほかにいたビビアンという女──。

 初期の円卓のメンバーではあったものの、タリオ公国をアーサーが手に入れるあいだにおいては役に立っていたから円卓のメンバーにしていたが、用済みになったので、ひとりの工作員に格下げをして要員からは外した。

 アーサーは、基本的に女の能力というのを信頼しておらず、しかも、あのビビアンは、男であれば誰でも閨に誘うような淫女だ。

 ずっと前から気に入らなかったのだ。

 

 さらに、新たに円卓に加えた者にトリスタンという男がいるが、彼については、ハロンドールの南部騒乱の工作をさせていて、やはり、今日の会議には参加はしていないでいた。

 

「カロリックについては、皇帝もそうだが、名ばかりの女大公だったロクサーヌは、相変わらず行方不明のままか?」

 

 アーサーは訊ねた。

 

「向こうにいるランスロット殿と連携をして捜索をさせていますが、いまのところ、有力な情報はありません」

 

 ガラハッドが渋い表情になる。

 人族全部を裏切った悪辣な皇帝を匿おうとした悪女として派手に処刑し、カロリック公国をタリオ公国が征服した大義名分を喧伝したかったのだが、あの小娘は公都がランスロットによって占領される直前に、どうやら身ひとつで姿をくらましたようなのだ。

 現段階で、その潜伏場所は特定できていない。

 仮にも大公であった者が、その責任も立場も捨てて、ひとりで逃げるというのは、アーサーには信じられないが、それが事実だ。

 アーサーは肩をすくめた。

 

「タリオによるカロリック統治を気に入らない向こうの諸侯の誰かが、裏で匿っている可能性は?」

 

「それは否めません。ただ、ロクサーヌの悪評は、国を見捨てて逃亡した無責任さとともに、我が儘で、派手好きで、人を人とも思わぬ行為を大公時代に繰り返していたと宣伝しています。カロリックの民衆に、“悪女ロクサーヌ”のイメージを浸透させる工作が成功しつつあるので、いまさらロクサーヌが姿を表したところで、タリオへの反意の旗頭にはなり得ないと思います」

 

 ガラハッドの言葉にアーサーは頷いた。

 

「わかった。ロクサーヌについては、もう賞金をかけたまま放置でいい。例の冒険者ギルドにもクエストをかけておけ。生死は問わず身柄を連行しろとな。ロクサーヌについては、もうそれだけでいい。それよりも、今後のカロリックの統治だな。タリオ公国に、このまま併合してしまうのは、やはり、悪手か?」

 

「まだまだ、あの国は落ち着かないでしょう。これからも混乱が続きます。ランスロット殿は、獣人隊を編成させて、その連中の人間族への恨みを利用して、タリオに逆らう者たちを容赦なく殺害させてます。ただ、ランスロット殿とも魔道通信で意見を交換していますが、いずれ、その獣人隊に対する憎悪もカロリック内で爆発すると思います。正式の併合については、そのときの混乱を鎮めた後でもいいかと」

 

「あの国を乱しに乱し、膿という膿を洗い流してから、改めて乗り込むタリオによって、秩序を敷くということか……」

 

 アーサーは言った。

 ランスロットがタリオ軍への反抗を抑えるために、もともと、奴隷的身分だった獣人族を引きあげて権力を与え、これまで獣人を虐げていた人間族を取り締まる尖兵として使っていると聞いたときには、アーサーは不信感を覚えたものだ。

 はっきりとは言ったことはないが、実はアーサーは、獣人族が嫌いだ。

 体毛が多く、尻尾を持った動物もどきなど、人族の一員とは到底思えない。連中は天空神クロノスから追放されたモスの末裔であり、生まれながらにして、人族の奴隷であるべき立場なのだ。

 カロリックは、タリオ公国内に比して、かなりの差別的な施策を獣人族たちに敷いていたが、差別施策そのものについては、アーサーは不快感はない。タリオ公国内で同じ政策をとらなかったのは、進みすぎる獣人差別政策をとると、国内の不安定さを作ることにもなり、アーサーの大望の阻害になりかねないからだ。

 いずれ大望が成就し、人族の獣人追放に問題がなくなった暁には、人族の中に獣人が入らないということは正式に表明するつもりだ。

 

 だからこそ、獣人に権力を与えるというランスロットのやり方には驚いたものの、その理由を説明されて納得した。

 ランスロットは、その獣人たちをカロリック把握の“生け贄”にするつもりなのだ。

 大義名分を作ったとはいえ、他国に征服されたことで、カロリック公国内には、まだまだ、それに対する不平不満が残っている。

 ランスロットは、その恨みつらみをタリオ側ではなく、獣人たちに向けさせるように仕向け、タリオによる支配に反抗する勢力を獣人たちに徹底的に討伐させた後、その獣人たちへの暴発をカロリック人に起こさせて、タリオによる支配を完成させる目論見ということだった。

 うまいことを考えるものだと思った。

 あの真面目なランスロットには、似つかわしくない悪辣なやり方だが、今回のことで、ランスロットもひと皮剥けたということかもしれない。

 

「いずれカロリックはもう一度暴発します。向こうの連中の獣人嫌いは、長く時間をかけて浸透しているものです。自分たちの上に獣人が存在するなど、許せることでないはすです。そのときに、獣人たちとカロリック人は、派手に共倒れすることになるでしょう。タリオに完全に併合するのは、その後が潮時だと思います」

 

「わかった。カロリック併合の方向性はそれでいい。それまでは傀儡を立てて、大公として名乗らせるか。タリオに完全併合するときには処分することになるがな」

 

「ランスロット殿と適当な人物を探しています。次の会議には報告できるかと」

 

「では、その傀儡が大公に就任するのを待って、ランスロットたちは一度引き下げるか。向こうに残る隊と要員の選定も進めておけ」

 

「御意に。表向きには新大公に暫定治政を譲りますが、治政顧問、軍事顧問というかたちで実質的には、タリオがカロリックの支配を継続することになります」

 

「わかった」

 

 アーサーはもう一度頷いた。

 そして、内心で今回の話題には出ていないデセオ公国について思った。

 もうひとつの公国であるデセオは、地形的に山脈を越えた場所にあることもあり、タリオ、カロリックの二公国とは昔から、距離を置く関係にある。

 享楽と退廃を国是とする不可思議な国であり、いまのデセオ大公は、イザヤという女大公である。

 

 一説によると、デセオ公国の大公になるのは、血筋や政治的な能力よりも、性技の巧みさが必要なのだと言われるが本当だろうか?

 デセオという土地では、なによりも政敵を性の勝負で圧倒することが慣習であり、性に巧みであることが、人を支配するカリスマに通じることになるのだという。

 まったく馬鹿げた話だが、国営施設としての娼館もあり、行政府の中の外交職の中には、性接待の職務が正式にあるという。

 大公をはじめとする主要貴族は、男女を問わず、青年期に娼館で性修行をする慣例もあるということであり、アーサーにとってはデセオの仕来たりには、まったく理解の外だ。

 

 一連の情報は阿呆げた噂の範疇なのだが、政治的な繋がりも、流通関係も、デセオとは希薄なので、いま少し向こうの情報はわからない。

 カロリック侵攻に際しても、アーサーの名でイザヤに親書を送ったが、デセオは強者に与し、タリオの行動を支持するという簡単な返書が戻っただけだ。

 カロリック侵攻についても、皇帝追放についても、デセオ公国はただただ決まったことに従うということだった。

 いまは、それで問題がないので、ひとまずそれで置いてはいる。

 

「さて……」

 

 次いで、アーサーは新しい円卓会議のメンバーのうちのひとりに視線を向ける。

 こいつには、ハロンドールのうち、辺境候正面の工作を担任させることにしていたのだ。

 

「ハロンドールの辺境候の叛乱軍の状況について報告しろ。なにか変化があったんだろう──?」

 

 アーサーは言った。

 

「は、はい」

 

 そいつは明らかに緊張している仕草をした。

 アーサーは、再び溜息をついた。

 やはり、新しい要員たちには、どうしても積極性というものを感じない。この円卓会議は、どんなことでも徹底的に話し合い、タリオとしての方向性を決定する場なのにだ。

 国、いや、この大陸を動かすのがこの円卓会議である。

 アーサーの言葉をただ待つだけの態度では、円卓会議のメンバーは務まらない。

 

「エルフ族の女王ガドニエル陛下が辺境軍を訪問するという親書が正式に、向こうの水晶宮から辺境候軍に届いたということです。今朝方、緊急報告で辺境候軍に潜伏させている間者から魔道通信で、報告が届きました」

 

 そいつが応じる。

 改めてその情報に接し、アーサーは苦虫を噛みつぶしたような気分になる。

 

 エルフ族の女王ガドニエルが世に出たというのは、アーサーにとっては朗報でもあった。

 アーサーには、ガドニエルをアーサーの妻とする野心があったのだ。

 カロリックを併合し、デセオもタリオには反抗しないという約束を得たいま、アーサーは、名実的にも新しいローム皇帝にもっとも近い存在である。

 かつて、エルフ族の女王とローム皇帝が形式婚で夫婦としての誓いをしたという古い歴史もあり、アーサーはガドニエルをアーサーの正妻候補にしており、その候補になる立場を得たということだ。

 第二候補は、ハロンドールの次期女王であるイザベラだ。

 

 とにかく、ガドニエルは長く隠し宮に閉じこもり、ほとんど表に出てこなかったエルフ族の女王なので、形式婚であっても打診すらできないでいたのだが、表に出たとあれば、打診も可能になる。

 

 ところが、驚くことに、世に出たといっても、あのロウ=ボルグの愛人として、世に出たというのだ。英雄式典がガドニエル女王がロウ=ボルグと口づけする光景が女王の魔道で世に拡散させられてもいた。

 なぜ、あいつがとも思った。

 なにしろ、ロウといえば、少し前にアーサーがイザベラとの婚姻工作の第一歩として、あのキシダインと離縁したハロンドールの王女アンに接触しようとした矢先に現れて、アーサーに恥をかかせた相手なのだ。

 

 結局、それで一度は、イザベラを正妻にする工作は頓挫するかたちになっていたが、さらに、イザベラがロウの子を身ごもったとい不確定情報も入ってきて、アーサーは面目を失っている状況である。

 とにかく、第二妃としてハロンドール王国から娶ったエルザを帰し、価値の下がったイザベラを、名目だけはアーサーの妻とする調整をさせようとしたが、そのエルザも向こうに行ったきり連絡もしてこない。

 アーサーに惚れ抜いているエルザが、アーサーから離れようとするわけがないので、なにか理由があるのだろうが、やはり、アーサーとしては自分の思うとおりに物事が動かないというのは面白くない。

 

 いずれにしても、あのときに、イザベラを正妻として迎えようとした工作を邪魔したのは、そのときにはほぼ無名だったロウだ。

 それが、今回のガドニエルについても、邪魔者として現れた。

 アーサーとしては愉快でないこと、このうえない。

 

「その報告そのものは俺も受けている。それで? 新しい情報は?」

 

 アーサーは訊ねた。

 

「それが第一報で……」

 

「追加で求めた情報は? なにか指示したことは?」

 

「い、いまのところは……。ここで指示を受けたことを向こうに送ろうかと」

 

 そいつが赤い顔になって俯く。

 アーサーは三度(みたび)、嘆息した。だが、すぐに口を開いた。

 

「女王は、例の英雄殿と一緒に辺境候軍を訪問するのだな?」

 

 アーサーは事前に受けていた報告を思い出して確認した。

 “英雄殿”と呼んだのは、もちろん、ロウ=ボルグのことだ。

 アーサーが接した報告によれば、エルフ王国の親書は、副女王ラザニエルと、エルフ王族長老のケイラ=ハイエルの連名になっており、その中身は、女王ガドニエルと、恋人のロウ=ボルグが非公式に辺境候の軍営を訪問するので、よしなにしてくれという内容らしい。

 

 女王の恋人か……。

 

 アーサーが一端を仕掛させたといってもいい皇帝家によるエルフ女王家への工作に際して、そのロウ=ボルグがエルフ族の窮地を救ったということでロウは英雄認定を受けた。

 アーサーとしては、まんまとあのロウに、漁夫の利を持って行かれた気持ちであり、やはり面白くない。

 

「もういい──。いずれにしても、女王とロウの辺境候軍への訪問は明日だ。病に陥らせているクレオンを動かせ──。あれは、ロウに協力的態度だったはずだが、魔道で操ってロウの処断を指示させろ。嫡男の馬鹿息子は、すでにタリオに引き込んでいるし、そもそも、ロウに反感を抱いていると間者からの報告もあった。クレオンさえ動かせば、あそこはタリオに落ちたも同然だ」

 

 タリオを含む三公国との国境を守る立場にあるハロンドール王国の辺境候のクレオンのところには、ずっと以前からかなりの間者を潜入させていた。

 王都でルードルフの兇行が始まったことで、あの律儀者で通っていた辺境候が叛旗を掲げたのは、こっちの工作ではなく、むしろ驚いたが、それ以降のことについては、その間者たちが大いに活躍していた。

 間者たちを通じて、クレオンの息子のレオナルドを引き込み、ハロンドールからの分離独立をささやくとともに、辺境候の寄り子的な周辺領主たちも納得させて、いまのところ、あのハロンドールから辺境候を中心とする西側領域は、新しい国として独立する気配だ。

 また、あのレオナルドという嫡男がなぜか、ロウに反感を持っているというのは、レオナルドにくっつけているジーンとという女間者からの連絡だ。

 アーサーが直接動かしている諜報組織の一員であり、心の優しい娼婦にやつして、うまくレオナルドにとりいった。

 笑えることに、あの嫡男は、ジーンという女間者と関係を持ってからは、他の女は抱かないそうだ。

 まったく、呆れた阿呆だ。

 

 とにかく、結果的に独立が失敗したとしても、ハロンドールが内乱で弱体することは、アーサーの思うところである。

 あのレオナルドのお坊ちゃんには、せいぜい、派手に踊って欲しいところである。

 ところが、肝心の辺境候のクレオンが、叛旗を揚げたものの、実は周辺領主たちを抑えることに専念して、なかなか行動を起こさない。

 あまつさえ、英雄認定を受けたロウ=ボルグを叛乱軍の旗頭にしようとしているという情報も入り、アーサーは工作員に命じて、クレオンに毒を盛って、病に仕立てあげた。

 これにより、辺境候のところに集まっている諸侯軍の総指揮権は、嫡男レオナルドに移っている状況だ。

 クレオンについては、少しずつ弱らせて、怪しまれないように殺してしまうつもりだったが、今回のガドニエルとロウの訪問という報告に接し、アーサーは方針を変更することに決めた。

 

 なんとなくだが、ロウ=ボルグという男は、これからもアーサーの大望の邪魔になり続ける気がするのだ。

 いま、多少の無理をしてでも、排除しておくことが、なによりも得策のように思えてきた。

 アーサーの勘にしかすぎないが、いまのうちに、ロウを殺しておかなければ、もしかしたら、数年後には、ロウがアーサーの前に、もっと大きな立場で立ちはだかるような気がする。

 

「クレオン辺境候を?」

 

 指示を受ける男がアーサーの言葉に面食らった顔をする。

 

「ロウを辺境候に殺させろ。エルフ族の隊ごと皆殺しにするんだ。ただし、ガドニエルだけは手をつけるな。魔道を封じさせすれば、あの女王も大したことはできるまい。虐殺劇の悪名は辺境候に被せればいい」

 

 これが失敗しても、エルフ王家と対立するのは、ハロンドールの辺境侯たちであり、タリオではない。逆に、ロウが死んだ後でうまく立ち回れば、エルフ王家とタリオの関係を深められる可能性もある。

 アーサーとしては、単純すぎる策だが、単純だからこそ、予想の外かもしれない。

 

 アーサーはにやりと微笑むと、さらに指示を出すために言葉を継いだ。



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677 英雄包囲網

「だめに決まっているだろう、大叔母──。いや、キョウ」

 

 目の前のラザニエルが呆れたように言った。

 ケイラ、つまり、享子(きょうこ)は、かっとなった。

 水晶宮の副女王の執務室である。

 すでに、享子がやってきた時点でラザニエルが人払いをしていて、享子とラザニエルのふたりだけになっている。

 享子は、ラザニエルが執務に使っている机の前にある椅子に腰掛けた。

 部屋の中には応接用のソファもあるが、何度もこうやって押しかけているうちに、このラザニエルは面倒がって、腰をあげなくなったのだ。

 

 ラザニエルの前には、読みかけの書類がいくつか置いてあり、しかも、ラザニエルは、エルフ王族の長老であるケイラ=ハイエルがやってきたというのに、面倒くさそうに、まだ書類を手に持ったままだ。

 お兄ちゃんの危機だというのに、その緊張感のない態度に苛立つ。

 

「なにがだめなのよ。お前のところにも、情報は入っているでしょう、ラザニエル? ノルズとかいう小娘からの情報によれば、辺境候とやらの後ろには、タリオ公国の青二才がいて、不穏な情勢ということじゃないのよ。そもそも、国境を越えるときには、魔族女の襲撃もあったのよ。こんなことなら、親衛隊三十名なんて少人数で送り出すんじゃなかったわ──。いますぐに、水晶軍の常備全軍を出動させなさい。これは長老としての命令よ」

 

 享子は声をあげた。

 だが、ラザニエルはうんざりしたように、嘆息しただけだ。

 とりあえず、手に持っていた書類を横に置いて、享子と向き合う態勢にだけはなったが……。

 

「水晶軍の全部を出動させたら、こっちの守りはどうするだい? そもそも、まだパリスが拡めた瘴気溜まりが幾らもあって、水晶宮軍の半分は、そこから湧き出す魔物討伐と特異点の破壊で出回っている。ほかに回す余力なんかあるものかい」

 

 ラザニエルはばっさりと言った。

 そして、それで話は終わりとばかりに、一度横に置いた書類を手に取ろうとする。

 享子は、手を伸ばして、それを押し留めた。

 

「いいから、水晶軍の出動準備をしなさい。だったら、その半分でいいわ。それでも二千はいるでしょう。水晶宮の守りは、ガドの女王権限で、貴族領主から予備騎士招集をしたらいいじゃないのよ」

 

「滅茶苦茶言うんじゃないよ、キョウ。そんなことができるものかい。予備騎士招集なんて、戦時じゃないだから……」

 

「戦時よ──。もしも、万が一、お兄ちゃんになにかあったら、どうするのよ──。水晶軍の全軍が無理なら、半分のさらに半分でもいい。すぐに、お兄ちゃんのところに派遣して」

 

 辺境候軍に不穏な動きあり──。

 

 その情報は、お兄ちゃんの愛人のひとりであり、タリオ公国の間者になりすまして活動しているノルズという女から入ってきていた。

 そして、今日も辺境軍におかしな動きがあると秘密報告がやってきていたのだ。

 

 よくはわからないが、お兄ちゃんについては、向こうでちゃんと待遇をするように、目の前のラザニエルとケイラ=ハイエルの連名で辺境候軍の軍営に親書を送った。

 そうしたところ、それがタリオ公国を逆に刺激したらしく、もしかしたら、お兄ちゃんを排除しようという行動をとるかもしれないというノルズという女からの緊急の情報だった

 享子は仰天して、慌てて、ここにやってきたのだ。

 

 いずれにしても、ハロンドールの王都に帰るはずのお兄ちゃんが、王都に戻る前にハロンドールの辺境候が反国王の軍を集めている軍営に向かうことになったのは、お兄ちゃんの愛人のひとりであるサキュバスたちの身柄を受け取りにいくためらしい。

 これもまた詳しいことはわからないのだが、そのサキュバスとやらは、その辺境候軍の軍営でなにかをやらかしたらしく、お兄ちゃんが迎えにいかないと、そのまま処刑されることになっているのだということだった。

 それを知ったお兄ちゃんは、急遽、行き先を変更して、その辺境候軍の軍営に向かうことになったようだ。

 サキュバスを愛人にするなんて、お兄ちゃんはやっぱりすごいと思ったが、ラザニエルは自分もアスカと名乗って、たくさんの魔族を侍らせていたわりには、お兄ちゃんが魔族と繋がりがあるということに仰天していた。

 

 それはともかく、そんな経緯で、お兄ちゃんがハロンドールの辺境候軍の軍営に行くことになったのだが、それは危険かもしれないと、そのノルズから秘密通信が寄せられたのである。

 お兄ちゃんにも知らせたが、大して気にしていないみたいで、予定通りに、明日には移動術のゲート施設経由で、ハロンドールの西部地区にある辺境候軍に行くと返事があった。

 エルフ王族用の移動術のゲートは、ナタル森林内にしかないが、ハロンドール王国の辺境候領というのはナタル森林に接しており、早朝にゲートを利用して、ナタルの森経由で移動すれば、昼過ぎにはその軍営に到着できるのだ。

 

 とにかく、危険があっても、お兄ちゃんがそこに行くというのであれば、享子としてはそれを全力で支えるだけだ。

 だから、万が一のために、水晶軍の派遣準備をしろと言いに来たのだが、このラザニエルは、話を聞こうとしない。

 

「本当に、キョウになりきっているねえ……。頼むから、大叔母の記憶を紐解いて、人間族と事を構えたときの(いにしえ)のエルフ王の歴史を思い出しておくれよ……。まあいい……。じゃあ、大叔母じゃなくて、キョウのつもりで話すよ……。何度も言うけど、人間族とは戦争はしたくない。魔道だけで勝てるなら、とっくの昔にエルフ族は人間族の作ったローム帝国を征服していたさ。しかし、人間族はエルフ族に比べて、遙かに魔道遣いの人数がいない代わりに、魔具作りや機械兵器の技術力がある。人口だって、長命のエルフ族は圧倒的に人間族に比べて少ない。人間族と争うことになれば、エルフ族もただですまない。水晶軍を出すだって? 馬鹿なことを言い出さないでおくれよ」

 

 ラザニエルが言った。

 享子はむっとした。

 

「ケイラ=ハイエルの記憶を紐解けって言うなら、あんたこそ、アスカだったときのことを思い出したらいいんじゃないの? いつから、希代の悪役魔女が、常識家になってんのよ。お兄ちゃんに逆らう者たちなんて、エルフ族の大魔道で土地ごと焼け野原にしてやればいいのよ」

 

 享子は息巻いた。

 

「ア、アスカの名を出すんじゃないよ、キョウ──。だから、こうやって、罪滅ぼしに、一生懸命に働いているじゃないかい。とにかく、軍は出さないよ。ロウには、ブルイネン以下の三十名の親衛隊がいる。なによりも、人間兵器のガドニエルがいるんだよ。滅多なことじゃ、やられやしないさ」

 

「暢気なこと言うんじゃないわよ──。そもそも、いつも思うけど、ラザニエルはお兄ちゃんに対する愛が足りないじゃないの──? あんたを救ってくれたのはお兄ちゃんなのよ」

 

「わかっているけど、それとこれとは……」

 

「わかってるんだったら、水晶軍を出動させなさいよ──。そもそも、お兄ちゃんが言っていた、クリスタルの交易戦略だって、まともにやらないし……。お兄ちゃんに逆らう相手には、クリスタルを売らないって脅せば、タリオでもハロンドールでも、お兄ちゃんの言いなりになるしかないじゃないのよ」

 

 クリスタル戦略というのは、お兄ちゃんが遠距離から言ってきたものであり、人間族の社会に浸透している魔具の動力として欠かせないクリスタル石をさまざまな交渉事を有利にするための材料にしようというものだ。

 お兄ちゃんから提案されたのが、数日前であるということもあるが、いまのところ、このラザニエルが部下などに、検討すら命じる気配はない。

 

「お兄ちゃんにじゃないよ……。エルフ女王国に逆らう相手だよ……。とにかく、そうは言ってもねえ……。クリスタル戦略は、いまのエルフ女王国の安全保障のかなめなんだ。エルフ族は、人間族の社会になくてはならないクリスタルを売る。クリスタルがなければ、人間族のいまの社会は成り立たないからねえ……。そして、どの国とも友好を結ぶ。ハロンドールとも、タリオとも、デセオとも、あのほぼ鎖国しているエルニアだってね。だから、どこかの国がクリスタルを独占しようとナタル森林を侵略しようとしても、ほかの国が邪魔をしてくれる。ナタル森林が特定の国に特定の国に侵略されると、その国にクリスタルを独占されて、言いなりにならざるを得なくなるからね。それがエルフ族の安全保障だ」

 

「子供に教えるように説明するんじゃないわよ。わたしを誰だと思っているの? ケイラ=ハイエルよ──。あんたが生まれる前から、エルフ族の長老と呼ばれているのよ」

 

「だったら、子供のようなことを言うんじゃないよ。クリスタルが手に入らなくなったら、どの社会も百年以上は社会形態が後退する。だから、もしも、クリスタルの流通をこっちから切ったら、必ず、実力で確保しようとしてくるさ。人間族にとっては、それだけ大事なんだ。戦争になる──」

 

「だ、か、ら、そういうことは、お兄ちゃんが考えるのよ。わたしたちは、お兄ちゃんの言うとおりにしてればいいのよ。お兄ちゃんが間違ったことを言うわけがないわ。だって、お兄ちゃんなんだから──」

 

「話にならないね」

 

「それはこっちの台詞(セリフ)よ──」

 

 享子は怒鳴った。

 お兄ちゃんは絶対だ。

 なにからなにまで、言われたとおりにしていれば間違いないし、お兄ちゃんは本当に頼りになるのだ。

 どうして、ラザニエルには、それがわからないのだろう──?

 享子は、腹が立ってきた。

 

「……ところで、キョウ……。ロウから伝言が入ってたよ……。この前のぜりいとかいう菓子はおいしかったってよ……。チョコレートを使った変わった菓子もね……。ほかにも食べたいとか……」

 

 ラザニエルが不意に言った。

 お兄ちゃんが享子が送ったお菓子を気に入った?

 しかも、また食べたい?

 嬉しい。

 嬉しい──。

 ただ、嬉しい──。

 

「本当──? だったら、また、作って送ることにするわ。お兄ちゃんも祥ちゃんも、昔からわたしの作るお菓子が好きだったのよね。できあがり次第に送るから、ゲートの準備をしておいてね──」

 

 こうしてはいられない。

 まだまだ、お兄ちゃんに食べて欲しいものはある。

 なにしろ、前世でお兄ちゃんと死に別れて、ケイラ=ハイエルの意識に混ざってから、長い長い時間が経っている。

 そんなにも長い時間、お兄ちゃんと離れていたのだ。

 やってあげたいこと、してあげたいこと、とにかく、目白押しだ。

 

 享子はさっそく菓子作りのために、厨房に向かうことにした。

 部屋を出るとき、部屋の中に残るラザニエルがほっとしたように溜息をついたような気がした。

 

 

 *

 

 

「ほう……。ロウの暗殺の指示を取り消すのですか?」

 

 テータスは、例の去勢した戦闘奴隷たちを通じて、自分を呼び出したレオナルドに言った。

 夜である。

 珍しくも、呼び出す場所が例のジーンという娼婦のいる高級娼館ではなく、軍の集まっている軍営内に建てられている指揮官用の建屋だった。

 天幕のようなものではなく、しっかりと作られた木製の一軒家だ。

 いや、一軒家というよりは屋敷である。

 総指揮官のレオナルドの使う個室だけで三部屋あり、ほかに執務室、家人や護衛隊の部屋まであって、さらに周囲を辺境候家の兵が寝泊まりする天幕が囲んでいる。

 

 ただ、兵も護衛も家人も、テータスとは関係はない。テータスはあくまでも、レオナルドに個人的に雇われている者だからだ。

 だから、呼び出したとはいえ、レオナルドは周囲の警護を緩めるわけではないし、テータスが護衛などに見咎められれば容赦なく、そいつらはテータスを斬るだろう。

 また、テータスもわざわざ警護を緩めてもらうことは必要としない。

 

 つまりは、厳重なレオナルドの周りの警護をかいくぐって、近くに来れなければ、レオナルドから命令を受けることができないということだ。

 だからこそ、この化け物のような見た目のテータスに、レオナルドは高い金を払うのだ。

 まあ、そういう関係である。

 

「ああ、そうだ。父の意見が変わったのだ。明日、ロウが来たら軍で囲んで、ロウを処断する。そういうことになった」

 

 レオナルドは嬉しそうだ。

 テータスは、その経緯を耳にしていたので、レオナルドから出されていた暗殺指令が取り消されるだろうということは知っていた。

 前回のときにもらった白金貨入りの革袋に注意を促す。

 命令が取り消されるのは予想がついていたので、入室してテーブルの上の目立たない場所に置いていたものである。

 レオナルドは、気がついていなかったので、テータスに視線で合図されて、初めてテーブルの上の革袋に気がつき、驚いたような顔をした。

 

「そうですか……。しかし、殺せますか? ロウには腕利きの女傑がついていますよ。ガドニエル女王も、恋人に剣を向けられれば、容赦なく、あなた方ごとこの演習場を吹き飛ばすでしょう。彼女にはその力がある。そして、あなた方の剣はロウには届かない」

 

 テータスは笑った。

 笑うつもりはなかったが、思わず感情が出てしまったのだ。

 感情をさらけ出すなどテータスらしくはないが、ずっとあの地下牢に入り浸って、ピカロとの幸せな愛の時間に浸っている。

 ついつい感情が緩んでしまったみたいだ。

 

 レオナルドがむっとした表情になる。

 テータスは失敗だったと笑みを隠すとともに、軽い魅了術をレオナルドにかけた。

 

 このプライドだけは高い男がテータスのような“化け物”を諜報として雇うのは、この相手の感情を鎮める術をテータスが持っているからだ。

 もともと、レオナルドはテータスを人間扱いをしていないが、こいつの残虐性がテータスに向けられるたびにテータスは、魅了術で感情を動かしているのだ。

 操りというほどではないが、怒りや蔑みの感情くらいは小さくすることができる。

 いつものとおりに、レオナルドの激怒がすっと小さくなった。

 

「俺では無理だと言っているのか? エルフ族というのが人間族よりも遙かに魔道に長けた種族なのは確かだが、世に中には魔道を封じる方法というのが幾らもあるのだ。タリオの若造からは、“魔素火粒剤”を大量にもらっている。魔道戦に頼るエルフ族など、それで一網打尽だ」

 

 レオナルドの機嫌が戻る。

 “タリオの若造”というのは、おそらく、タリオ大公のアーサーのことだろう。レオナルドは、アーサーと組んで、自分がこの辺境地域の王になる野望を実現するつもりだと思うが、あのアーサーからしてみれば、レオナルドなど歯牙にもかけない小者だろう。

 

 このレオナルドは、知っているだろうか?

 

 自分の軍営がタリオの間者だらけのことを……。

 

 滞陣中に病に倒れたという父親の辺境候のクレオンは、実は、その間者に毒を盛られ続けているだけだということを……。

 

 そして、レオナルドが自分の命同様に大切にしている恋人のジーンは、元々、タリオの女間者だということを……。

 

 まあ、テータスには関係ないので、いちいち教えはしないが……。

 

 また、“魔素火粒剤”というのは、戦場において、魔道遣いの能力を無効化するための特殊な粉剤だ。

 確か、同じような効果を持つ昔からの粉剤をさらに戦場で使いやすいように、タリオ公国で再開発されたと耳にする。

 タリオの最新鋭の対魔道攻撃用の障害粒子だ。

 

 テータスも存在だけは知っていた。

 なるほど、あれかと思った。

 それなら、エルフ族の女王でも圧倒できるかも……。

 

「わかりました。では、身を引きます……。しかし、もしも、失敗したら、そのときには、俺が仕留めましょう。どうしても、ロウには死んでもらわないとならないので」

 

 テータスは言った。

 今日は一日中抱いていたが、結局のところ、ピカロはテータスだけの女になるということには承諾しなかった。

 ピカロは、あのロウの眷属でもあり、離れるのは無理だと言うのだ。

 ただ、一日五回の性交をしてくれるのであれば、喜んでテータスのものにはなると笑った。

 

 あのテータスに向けた笑顔は「本物」だ。

 ピカロは、テータスを愛してくれると口にした。しかし、それは、ロウが生きていては無理だということだ。

 ピカロがテータスを愛してくれているに関わらずだ。

 つまりは、ロウが死ななければ、ピカロは眷属とやらから外れることはできないのだろうと、テータスは解釈した。

 だから、ロウは殺す。

 そして、ピカロをテータスだけの女にしてしまう。

 

「まあ、そのときはな」

 

 レオナルドが言った。

 

「そのときには、あなたの部下を十人ほどお貸しください。ピカロとチャルタをロウに引き渡します。そのときに、ふたりが逃亡しないように囲むのを手伝ってもらいたいのです」

 

 ピカロとチャルタは洗脳はしなかったが、隷属の首輪はしている。逃亡の危険はないのだが、テータスはそれを頼んだ。

 実のところ、テータスが考えているのは、いかにして、ロウの目の前まで武器を運んでいくかだ。

 

 テータスの勘が正しければ、ロウの武器は周りを囲む女傑たちだけではなく、相対する者の能力や隠し持つ武器を見抜く、なんらかの“神の眼”ではないかと思う。

 ロウについて調査をした限りにおいて、そうではないかと思っている。

 

 そうであれば、ロウを殺すためには、どうやって、ロウに怪しまれることなく、武器を運ぶのかということが問題になる。

 レオナルドにつけてもらう者たちは、そのために使うのだ。

 

「その必要はないが、そのときは頼むか。成功すれば、この報酬はやる」

 

 レオナルドがテーブルに置いたままの白金貨の袋に視線を向けて言った。

 テータスは、レオナルドがその一瞬にテータスから目を離したのを狙って、気配を消滅させて部屋の中の闇に姿を消した。

 

 

 

 

(第100話『辺境侯家の軍営』終わり、第101話『辺境侯家の御曹司』に続く)



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 第9話   辺境侯家の御曹司
678 辺境候軍の襲撃


 エルフ族の親衛隊は、マルエダ辺境候領を堂々と進軍している。

 ブルイネン率いる一郎の親衛隊三十名と一郎たち六名は、領都の市街地を抜けて、いまは、叛乱軍として諸侯軍が集結している郊外の演習場に向かって歩いていた。

 ちょうど演習場を見下ろす丘にあがったので、眼下に演習場が望めるようになった。

 草原のような場所に、ちらほらと幕舎が張っているのが見える。

 

 一見すると漠然と幕舎が並んでいるだけみたいだが、よく見ると全体が陣構えのようになっているように感じた。一郎は軍の指揮は素人だが、しっかりとした軍営だと思える。

 また、あちこちには、(のぼり)のような旗も立っていて、旗には紋章のような図柄が描かれている。

 ここに集まっているハロンドールの西部域に所属する各諸侯たちの旗だろう。ここから見えるだけでも二十種類以上あるから、大小はあると思うが、少なくともそれだけの貴族家が反王家の檄に接して集まったということなのだろう。

 この辺境候域からは遠い王都だが、ルードルフの蛮行は、希代の悪王として王家の評判を落とすだけ落としているみたいだ。

 一郎としては、その半分以上は、自分の女たちの謀略に理由があるのだと思うと、少しばかり心苦しい気がする。

 

「先触れが戻ってきました。辺境候軍の総指揮官のレオナルド殿から、そのまま中央まで進軍してくれという指示とのことです」

 

 ブルイネンが前方から駆けてきて報告してきた。

 先触れというのは、一郎たちのいるエルフ隊主力から離れて先に進み、前方の状況を警戒したり、あるいは主力隊が接近していることを先にある施設や関係者などに教える役割のものだ。

 人間族の隊の場合は、先触れは騎馬で行うが、エルフ族たちは伝統的に、軍行動で馬はあまり使わないそうだ。もともと、馬を使いにくい森の民だからだろう。

 

 その代わり、彼ら彼女らは「縮地」という特殊な魔道を遣う。

 移動術に似ているが、移動術はあらかじめ準備して刻んでいる移動術用の紋様と紋様のあいだを魔道で結んで一瞬で移動するという魔道であるのに対して、縮地は視界にある遠方と現在地を結んで瞬間的に跳躍する魔道だそうだ。

 また、移動術は周囲の者も一緒に移動できるが、縮地は術者のみ、あるいは術者にぴったりと密着している者くらいしか移動できないという違いもある。

 

 いずれにしても、移動術も縮地も、高い魔道能力を有する高位魔道遣いにしかできないので、当然に先触れを行える者は、エルフ兵の中でも一騎当千に近い熟練の高級将校クラスが行うことになるそうだ。

 これが人間族の軍の場合は、先触れの役は、比較的若い騎士が務めるとシャングリアが言っていたので、そんなところにも、エルフ族と人間族の文化の違いがあるようだ。

 ちなみに、一郎の性支配を受け入れることで、能力が爆上がりした親衛隊たちは、全員が「縮地術」を遣えるようになったそうだ。

 

「わかった。頼む」

 

 一郎はブルイネンに応じた。

 本来は、女王であるガドニエルが応じるべきなのかもしれないが、ブルイネンは普通に一郎の顔を見て報告してくるから、自然と一郎が応じることになる。

 まあ、そのガドニエルは、一郎のちょっとした悪戯の真っ最中で、少しばかり取り込んでいる状況でもあるし……。

 

 一郎、エリカ、コゼ、シャングリア、ガドニエル、スクルドの六人は三十人のエルフ隊に完全に囲まれるように進んでいた。

 全体を指揮するブルイネンは前だ。

 シモンから受け取った陣内に入る通行用の割り符と、シモンからの手紙はブルイネンが派遣した先触れに、辺境候軍の軍営まで持って行かせた。

 いまのところ、無事に軍営内に入れてもらえるようだ。

 

 三日ほど滞在したモーリア男爵家を出立したのは、今日の早朝である。

 出発の際には、モーリア男爵、シモン、クリスチナからは丁寧な見送りを受けるとともに、男爵からは改めて一郎に対する忠節の言葉を受けた。少し心がくすぐったく感じた。

 さらにそのときに、王都組にした、イライジャ、ミウ、マーズ、イット、ユイナとも別れた。

 

 その後、モーリア男爵領からナタル森林に一度戻り、エルフ族たちが「女王の道」と称している王族だけに許される(いにしえ)からの移動術の「ゲート」を使って一気に跳躍したのだが、集団で移動術をする際にどうしても生じる「時差」により、ナタル森林の辺境候領に近い場所に到着したときには、三ノスほどの時間が過ぎていた。

 移動のすべては、ガドニエルも含めて徒歩だ。モーリア邸からナタル森林の距離も、三日のあいだにスクルドが作った移動術の新しい結界で一気に跳躍した。

 イライジャたちも、王都までは可能な限りは、スクルドが他人の金で密かに作りまくった移動術施設で進むはずである。

 

 また、ガドニエルは、女王なので、本当は徒歩ということはあり得ないのだが、当の本人が気にしてないのと、集団移動術の場合は、馬車のように長さがあるものだと、移動術の結界を通り抜けるのに時間を要し、移動術の結界の通過に使用する時間が長ければ長いほどに、生じる時差が拡大して、さらに数ノスも過ぎた時刻に到着することになるのだ。

 だから、馬車は断念してもらった。

 ガドニエルの服装も、歩きやすい軽装である。

 まあ、ガドニエルが着れば、どんな服装でも女王としての絢爛な衣装にしが見えなくなるが……。

 

 そして、一郎たちは、その後、森の境界を抜け、改めて国境を越えて、ハロンドール王国側の辺境候領に入り、領都の市街地を抜け、ようやく演習場近くまでやってきた。

 太陽が中天にあるので、正午に近い時間だろう。

 また、領都の市街地を通ってきたときには、珍しいエルフ族の隊列ということで、すぐに人だかりができはじめて、市街地を抜けるときには大勢の見物人の中を通り抜けるかたちになった。

 集まっている人の声を拾ったところによれば、「あんな美しい軍は見たことがない」とか、「神々しいくらいに美しい」とか、「格好いい」とか、そういう溜息混じりの感嘆の声ばかりだった。

 

 まあ、ガドニエルを含めて、一郎の周りにいる女たちは、確かに全員が絶世の美女だし、親衛隊の面々もまた、ただでさえ美形で知られるエルフ族が一郎の精を受けて、さらに美しくも可愛くもなっている。

 これが赤揃えに金縁の見事な具足で揃えているのだ。

 一郎自身も、確かに神々の軍と見物人が溜息をつくのもわかる気がする。

 この中心に、自分が混じっているのが恐縮するほどだ。

 それはともかく、辺境候軍の総指揮官がレオナルドというのが気になった。

 

「総指揮官は、辺境候自身じゃないんだなあ?」

 

 ブルイネンが戻った後で、一郎は首を傾げて、独り言のように呟いた。

 すると、すぐ前を進んでいたシャングリアが歩きながら振り返ってきた。

 

「男爵家で集めた情報によれば、辺境候のクレオン閣下は具合が悪いようだ。重篤とは聞かないが、横になっているそうだ。それで、いま一時的に総指揮官を嫡男のレオナルド殿が代行しているという話のようだな」

 

 シャングリアが説明した。

 

「レオナルド殿か」

 

 ここに来る前のシモンからの情報によれば、辺境候家の嫡男のレオナルドは、一郎の存在を面白く思っていないところがあり、端から一郎の命を狙ってくるということだった。

 アネルザの実父であり辺境候のクレオンがいれば問題はないが、レオナルドには気をつけろと忠告を受けていたのだ。

 そのレオナルドが軍の指揮権を持っているのか……。

 

「よし、そろそろ軍営に着く。遊びはやめだ。よく頑張ったな、ガド。そして、ありがとう。かなり、淫気を補充できたよ」

 

 一郎は自分の指に絡ませていた釣り糸を引いてきゅっと絞りあげた。

 実は、その糸は、一郎のすぐ後ろを歩くガドニエルの服の下に繋がっていて、彼女の乳首と股間のクリトリスの根元に結ばれているのだ。そして、その釣り糸が首の部分から外に出て、ガドニエルにさせているチョーカーについている丸い金具を通して、一郎の指に結ばれているという仕掛けである。

 一郎は、それを時折引っ張ったり、淫魔術で振動させたりして、ずっとここまで悪戯をしながらガドニエルを歩かせてきたのである。

 別に一郎がガドニエルを指名したわけではなく、ただ行軍をするのはつまらないので、誰か悪戯の相手をしろと口にしたら、この女王様が勢いよく手を上げて立候補したというわけだ。

 

「あんっ、あっ」

 

 一郎の後ろでガドニエルが艶めかしい声で悶えるのが聞こえた。

 面白いので、切断する前にもう一度ぎゅっと引っ張る。

 

「ひっ、あくっ」

 

 ガドニエルがよろめいて一郎の背中にどんとぶつかった。

 そのまま、一郎に抱きつくようにしてくる。

 

「も、もう、お許しを……。ひ、ひと思いに犯してください、ご主人様ああ」

 

 ガドニエルが一郎に後ろから抱きつきながら、甘えた声で言った。

 

「ここでか? 夜まで我慢してくれ。その代わりに、ガドを一番に可愛がるから……。それよりも、そろそろ軍営らしい。回復術で身体を戻すんだ」

 

 一郎は淫魔術で糸だけを亜空間で収納してしまう。

 これで、ガドニエルを苦悶させていた糸がなくなる。ガドニエルが一郎の真横に移動してがっしりと腕を組んでいた。

 

「い、いえ、か、回復しませんわ……。ご主人様からもらった疼きはそのままにしておきます。だから、夜はたくさん可愛がってくださいましね」

 

 ガドニエルが赤ら顔のまま、歩きながら一郎にしがみついてくる。

 ふと見ると、ガドニエルの膝上のスカートの裾から出ている脚には、一郎の悪戯によって、股から滴った愛液がつっと流れていた。

 一郎はにんまりとしてしまった。

 

「それで、どうですか? 淫気は溜まりましたか?」

 

 すると、反対側の腕にコゼがしがみついてくる。

 一郎は左にガドニエル、右にコゼを腕を組んで歩くかたちになった。

 また、淫気が溜まるというのは、以前、パリスの対決のときに、一郎の淫気切れが起きて、戦いの真っ最中に倒れかけたことがあったことから、戦いが予想される直前には、むしろ淫気を溜めるために補充したいと一郎が頼んだことを真に受けている言葉だ。

 一郎としては、退屈しのぎの悪戯の言い訳でしかなかったが、あのときのことを知っているみんなは、一郎の予想以上に心配して、是非やれと言いつのってきた。

 真面目なエリカでさえも反対しなかった。

 悪戯の対象は、勢いが群を抜いていたガドニエルになったが……。

 

「では、次はわたしがご主人様のお調教を受けるというのはどうでしょうか? コゼさん、ちょっと、そこをおどきなってください」

 

 スクルドがにこにこしながら寄ってくる。

 王都で処刑されて死んだことになっているスクルドことスクルズは、紺のベールで顔を隠している。服も魔道遣いらしい同じ色の紺のローブだ。

 ただ、ローブの丈だけは太腿の半分くらいまでしかなく、しっかりと脚を出していた。

 一郎が短いスカートが好きなので、ここにいる全員とも脚を出した服装をしてくれている。

 さすがに親衛隊は、戦闘モードでズボンではあるが。

 

「おどきにならないわよ、スクルド。しっかりと周りに気を配ってなさい。もう敵陣よ」

 

 コゼがぴしゃりと言った。

 ベール越しだが、スクルドが不満そうに顔をしかめるのがわかった。

 

 そんなことをしているうちに、軍営の中に入った。門衛のような場所もあったが、そのまま素通りになる。

 途中の門衛で二騎の騎馬が前にやってきて、先導のように進んだ。ただし、特に挨拶のようなものはなく、いきなり前にやってきて、ついてこいとばかりに進み出しただけだ。

 なんか、おかしな感じであり、ブルイネンも困惑しているのが、ここからでも伝わってきた。

 

 中央に向かって進むにつれ、市街地を抜けてきたときのように、見物人のような兵が多くなっていく。

 そのまま、各隊が次々に集まってくる場所を抜け、やがて両側に高い木の壁のある調練場のような場所に到着した。

 前面には、整然と整列しているある程度大きな一隊がある。

 徒歩兵だけでなく、騎馬も多く混じっている。

 全員が武器を持ち、具足を身につけていた。

 歓迎の隊にしては、なにか物々しい。

 すると、ずっと先導していた二騎の騎馬がいきなり速度を増して、前にいる一軍の中に消えていった。

 やはり、おかしな感じだ。

 

 ずっと右腕に抱きついたままだったコゼがさっと離れて、無言で一郎の前に立つ。

 さらに、前をエリカ、シャングリアが前方を守るように立ち、スクルドは一郎の後ろに回る。

 

「あれ?」

 

 一瞬で連携した防備の態勢をとった周りに対して、ガドニエルだけが出遅れた感じになり、一郎の左腕を掴んだまま、彼女が少し狼狽えた小さな声を出す。

 

「用心しろ、ガド。しかし、気を抜くな。とても変な感じだ」

 

 一郎はガドニエルだけでなく、ほかの者にも聞き取れる声で言った。

 周りを囲む親衛隊たちも聞こえたのだろう。

 彼女たちもまた気を引き締めた感じになるのがわかる。

 

「女王陛下の御前である──。不敬であろう──。下馬をせよ──」

 

 前側にいるブルイネンの大音響が響いた。

 すると、前に並ぶ一隊から五騎ほどの騎馬が進み出てきた。

 中心にいるのはひと際大きな体軀の偉丈夫の騎士だ。具足は身につけているが顔は隠していない。

 一郎は魔眼で読み取れる距離になったとき、中心の大きな騎士のステータスを読む。

 

 

 

 “レオナルド=マルエダ

   マルエダ家の嫡男

   辺境候軍の指揮官

  人間族、男

  年齢 32歳

  ……

  ……   

  その他

   魔素火粒剤(袋)を所持”

 

 

 

 あれが、シモンが“レオ”と呼んでいたレオナルドか……。

 なかなかに周囲を威圧しそうな戦士だと思った。

 しかし、ステータスで見る限り、騎士としての実力は、シャングリアに遙かに劣る。

 シャングリアと戦えば、一瞬で勝負がつくくらいのレベル差だ。

 レオナルドが弱そうというよりは、一郎によって能力のあがったシャングリアが強すぎるのだろうが……。

 

「女王陛下、別にもてなしの天幕を準備しております。ご案内しますのでそちらにどうぞ……。ほかの者はこのままだ」

 

 すると、レオナルドが大きな声でこっちに叫んだ。

 どうでもいいが、まだ馬に乗ったままだ。

 レオナルドだけでなく、横の騎士たちもである。

 そのまま、騎馬でゆっくりと揃って近づいてくる。

 

「聞こえんのか──。ガドニエル女王陛下の前だ──。お主ら、全員、下馬をせよ──。それとも、ハロンドールの辺境の戦士たちは礼儀も知らぬ野蛮人か──」

 

 再び、ブルイネンが叫んだ。

 そして、手をあげる。

 親衛隊の全員がさっと剣を抜いて武器を構える。

 魔道を放つ態勢を取る者もいる。

 

 寄ってきていたレオナルドたちがやっと停止した。

 距離は五十メートルくらいか? こっちの単位では、“半マイス”という単位になるが……。

 

「どういうことですかな? 武器を構えるとは? それは我々に対する敵対行為ととっても?」

 

 レオナルドが馬上のまま笑った。

 そして、手を上げる。

 すると、向こうも全将兵が武器を出す。

 

「エリカ、後ろ……」

 

 コゼが鋭く言った。

 

「わかっている。全員、ロウ様を守るのよ」

 

 エリカが言った。

 そのエリカもシャングリアも、すでに剣を抜いている。

 さっきのコゼの言葉で、一郎はいつの間にか、背後を遮られるように、別の隊に並ばれているのがわかった。

 一郎たちの全員は、レオナルドたち辺境軍にすっかりと包囲をされた態勢だ。

 

「歓迎されているとは思えないな……」

 

 シャングリアが剣を抜いたまま笑った。

 横でエリカが小さく頷くのがわかった。

 

「もう一度、言う──。武器を引け──。我らは、友好的に人間族の辺境候に挨拶に来たのだ。シモン殿から受け取った割り符と手紙も到着したはず。繰り返すが、無礼である。ここにおられるのは、エルフ女王国の女王陛下の……」

 

 ブルイネンの三度(みたび)の叫びだが、レオナルドたちが聞く様子はない。

 明らかに敵対の態度だ。

 だが、随分と挑発的でもある。

 敵対するのであれば、なぜ、さっさと寄ってこないのだろう?

 これだけの人数差なのだ。しかし、向こうは、まるでこっちが動くのを待っているとしかと思える。

 

 そして、一郎は、さっきレオナルドからステータスを読んだとき、“魔素火粒剤”という見知らぬ言葉があったのを思い出した。

 「袋」とあったが、見ると確かに、レオナルドは腰に布の袋をさげている。

 いや、レオナルドだけでなく、ほかの四騎も、並んでいる兵たちの多くの者も同じような袋を腰にぶらげている。

 さらに見れば、地面のあちこちに、同じような袋がばらまくように捨て置かれている。

 一郎は首を傾げた。

 

「お待ちくださいね。とりあえず、結界で守りますわ」

 

 ガドニエルが元気よく言った。

 いつもそうだが、ガドニエルは、とにかく、一郎の役に立つのが嬉しそうだ

 それはともかく、一郎は袋が気になって口を開いた。

 

「ところで、魔素火粒剤ってなんだ?」

 

「魔素火粒剤? あっ、いかん、ガド、魔道を遣うな──」

 

 すると、シャングリアが突然に絶叫した。

 次の瞬間、大音響とともにガドニエルの正面で大爆発が起こった。



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679 混乱、退却、潜入

「ガド──」

 

 とっさに一郎は、ガドニエルにしがみついて、ガドニエルを爆風から守ろうとした。

 なにしろ、ガドニエルの目の前で突如として、大爆発が起こったのだ。

 一郎はガドニエルごと爆風で吹き飛ばされた。

 背中に激痛が走る。

 そのまま、ガドニエルごと地面に叩きつけられる

 

「ロウ──」

 

「ロウ様──」

 

 シャングリアとエリカの絶叫が聞こえた。

 倒れたまま、顔をあげる。

 全身が焼けるように熱い。

 見ると、自分の腕と抱きしめているガドニエルが血だらけだ。ガドニエルに意識はない。

 ガドニエルは顔と上半身が爆風で焼けて血だらけだ。服もぼろぼろだ。

 一郎の傷は腕と背中だろう。

 しかし、みるみるうちに腕の傷は塞がってきている。

 「ユグドラの癒やし」だ。

 かつて、この世界に召喚されたばかりの頃に、ルルドの森で出会ったユグドラという女精から授かった特殊能力だ。どんなに瀕死の負傷をしても、大地に触れている限り、すぐに傷を癒やしてくれるというものだ。

 これまで、そんなに使うことはなかったが、いまは役に立ってくれた。

 

「俺は大丈夫だ──。みんな──」

 

 状況を確認する──。

 どうやら爆発に巻き込まれたのは、一郎とガドニエルのほかには、コゼとスクルドのようだ。ふたりもまた横に転がっている。だが、このふたりは飛ばされただけで目立った外傷はない。すでに、起きあがろうとしている。

 エリカとシャングリアは無事だ。

 

「ロウ殿と陛下を救え──。全員、盾になれ──」

 

 ブルイネンが離れた場所で絶叫したのが聞こえた。

 そして、前からレオナルドを先頭にしている隊が喚声をあげて殺到してきている。

 

「まずい──」

 

 一郎はとっさに粘性体を地面に這わせて、前からの隊を足止めしようとした。

 次の瞬間、大音響が起きて、一郎は気がつくと宙に浮いていた。

 訳がわからなかったが、再び足もとで爆発が起きたのは確かだ。

 目の前が暗くなり、地面に頭を叩きつけられたのがわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロウ様、しっかり──」

 

 抱き起こされた。

 エリカの声──。

 はっとした。

 凄まじい怒声と剣戟の響きが耳に入る。

 周囲のあちこちで戦いが起きている。

 四方八方を辺境候軍に囲まれていて、それを親衛隊の女兵たちが阻止しているのだ。

 親衛隊たちは、小さな全周の防御陣を作り、その中央に一郎とエリカとコゼがいる。また、まだ倒れたままのガドニエルがいて、それをスクルドが介抱をしているという状況だ。

 一郎は身体を起こした。

 

「あっ、まだ、立ちあがっては……」

 

 エリカが驚いて一郎を支える。

 しかし、一郎はそれを振りほどいた。

 

「傷は塞がっている。ユグドラの癒やしだ──。それよりも、俺はどのくらい気を失っていたんだ、エリカ?」

 

「ほんのちょっとです」

 

「ご主人様、本当に大丈夫ですか──? 血だらけですよ──」

 

 コゼだ。

 短剣を二本抜いていて、両方に持っている。すでに、その両方に血がついており、コゼも返り血らしきものを浴びている。

 

「コゼ、ロウ様から離れないでよ──」

 

 エリカが外側の辺境候軍の兵と親衛隊たちが戦っている囲みに向かって駆けた。

 跳躍して、そのまま囲みの騒乱の外側に飛び込む。

 ばたばたと囲みの外側で兵たちが倒れ出すが、エリカの姿が辺境候軍の兵たちの海の中に消えてしまう。

 

「エリカ──」

 

 一郎は驚いて絶叫した。

 とっさに、亜空間から短銃を取り出して手に持つ。一郎の亜空間には、いつでも取り出せる短銃が火がついたまま、百丁は収納してある。

 しかし、その直後、しまったと思った。

 

 さっき、一郎が粘性体を出そうとして、目の前で爆発が起こった。また、ガドニエルが最初に魔道を発しようとしたときにも、爆破が起こった。

 おそらく、この付近に充満しているのは、魔道を起こそうとすると、それに反応して爆破するなにかの粒子なのだろう。

 あの“魔素火粒剤”というのがそうなのだと思う。

 レオナルドは、だから、先にこっちが魔道を発して爆風に巻き込まれて、混乱するのを待ち構えていたのだ。

 だが、いま一郎は亜空間から、短銃を出してしまった。

 

「あれっ?」

 

 だが、一郎の手の中には、火のついた短銃が握られている。

 同じように淫気を代償とする術なのだが、粘性体は火粒剤に反応して、収用術は反応しない?

 まあいい……。

 考えるのは、後だ──。

 

 そのときだった。

 レオナルドの慌てたような大声が耳に入ってきた。

 どうやら、戦闘を開始した隊を止めようとしているみたいだ。女王を傷つけるなとも絶叫している。ところが、この混乱の中で隊をまとめることができないようだ。

 レオナルドがこの戦闘を引き起こしたというよりは、諸兵たちが勝手に襲撃を開始したということ?

 そんな感じだ。

 

 とにかく、いまは親衛隊の女たちが死に物狂いで全周で防御をして、戦闘を続けている。

 いまのところ、親衛隊たちが圧倒しているが、なにしろ数が違う。

 しかも、背中側からも戦っている味方越しに投石や剣を投げられたりして、それで傷つき始めてもいる。

 いまに、どこかが崩れそうだ。

 

 一郎は、後ろ側を見た。

 いまの状況で、前も後ろもないが、この調練場に入ってきた方向とは逆の方向だ。

 

「ブルイネン──。こっちだ──。全員をこっちに向けろ──。全力でここを離脱する──。この調練場から出るんだ──」

 

 一郎は短銃を持ったまま、後方に向かう。

 

「ご主人様、外側に近づかないで──」

 

 コゼが慌てたように叫ぶ。

 

「コゼとスクルドは、ガドを頼む。連れてくるんだ──」

 

 ガドニエルは、まだ火傷を負った状態で、スクルドの膝に抱かれて横たわっている状態だ。

 それだけを言って、亜空間から毛布を一枚出して、スクルドとガドニエルのいる方向に放った。

 やっぱり、大丈夫だ。

 収用術だけは、魔素火粒剤とやらは反応しない。

 エリカなどの自分の女と異空間に閉じこもる亜空間術までいくとわからないが、ただ物を取り出す、通常の収用術までは問題ないみたいだ。

 

 一郎は、剣戟を斬り結んでいる親衛隊たちの一角に接近すると、彼女たちのあいだを狙って、短銃を撃ち放った。

 弾が当たった兵が悲鳴とともに崩れ落ちる。

 そのときには、次の短銃が手の中にある。

 続いて撃つ──。

 また、敵兵が倒れる。

 同じことを瞬く間に五回続ける。

 さすがに、その方向の敵兵がひるんで数が減る。

 

「いけええ、突撃いいい──」

 

 ブルイネンが背中側で叫んだのがわかった。

 

「ロウ様──」

 

「ロウ──」

 

 そのとき、横方向から二騎の騎馬が敵兵を踏み潰して、一郎たちのいる中央に入ってきた。

 エリカとシャングリアだ。

 ふたりとも、返り血なのか自分の血なのかわからないが血だらけだ。

 しかし、敵から馬を奪ってきたみたいだ。

 

「ガドを──」

 

 一郎は、スクルドとコゼが抱え起こしたガドニエルの身体をとりあえずシャングリアの乗る馬の背にあげた。

 

「コゼとロウ様は、馬のあいだに入って──。スクルドも──」

 

 エリカが自分の乗る馬をシャングリアの操る馬に並べ、一郎たちは左右を馬に挟まれて守られる態勢になった。

 

「行くわよ──。コゼ、ブルイネン──。前に──」

 

 エリカが必死の口調で叫んで馬を進ませはじめる。

 シャングリアの馬も並んで進み出す。

 一郎たちはそれに併せて走る。

 馬上のエリカもシャングリアも剣を必死に振り回して、近寄る敵を蹴散らしている。

 ブルイネン以下の親衛隊も必死に切り進んで併走する。

 

「どきなさい──。どいつもこいつも、喉をかっ斬るわよ──」

 

 コゼが二頭の馬の前に出た。

 跳ねあがり、次々に短剣で前の前に出てくる敵兵を斬り、騎馬の脚を断つ。

 

「ロウ殿──、陛下は──?」

 

 突き進んでいるあいだに、ブルイネンが馬のあいだに飛び込んできた。

 いつの間にか親衛隊の全員で二頭の馬を守るように集まって進む態勢になっている。

 

「意識がないが無事だ──」

 

 一郎は走りながら言った。

 ブルイネンのほっとしたような息が伝わってきた。

 

 しばらく戦いながら進む。

 すると、不意に勢いが増した。

 囲みを突破したようだ。

 一郎の視界に入る限り、進む方向に敵がいない。

 

 一瞬だけ振り返る。

 かなり距離があるがレオナルドが必死に味方をまとめようとしているのが見えた。

 途中でも、攻撃をやめさせるようなことを叫んでいたが、もしかしたら、この状況はレオナルドとしても不本意だった?

 とにかく、襲撃の勢いが弱くなり、このまま進めば演習場の外に離脱できるかもしれない。

 一郎は決心した。

 

「エリカ、親衛隊の人間と騎馬を交代しろ。シャングリアとスクルドはそのまま親衛隊と一緒に行け。スクルドは演習場の外に出たら、ガドの傷を回復させてやれ。多分、演習場の外に出れば、魔道が遣える」

 

 一郎は言いながら、亜空間から三個の首輪を出した。

 ひとつを自分に嵌めるとともに、コゼとエリカに投げ渡す。

 そのあいだも、一郎たちは走り続けている。

 しかし、まだ諸侯の兵たちはいるだろう。

 ただ、このまままとまっていけば、突破もできると思う。

 

「どうするのですか?」

 

 横でスクルドが声をあげた。

 シャングリアやブルイネンも、一郎に意識を集めてくる。

 エリカとコゼも、困惑した様子ながらも、渡された首輪を自分で首に嵌めている。

 

「この首輪は、前に羞恥責めをしたときに使った認識阻害の首輪だ。そのときの馬鹿な悪戯が役に立ちそうだ。このまま、俺たち三人は離脱する。みんなは、外に逃げてくれ。魔道が遣える場所にまで逃げ込めば、あいつらは追ってこれない。多分、ガドを最初に負傷させてしまったのは、向こうの計算外なのだと思う。向こうが混乱しているうちに、突破してくれ」

 

 一郎は駆けながらにやりと笑った。

 

「これは、羞恥責めのときのですか? それで、どうするんです?」

 

 エリカがひらりと馬から飛び降りてきた。

 すぐさま、親衛隊の女兵が走りながら乗り変わる。

 

「まだ混乱の状況だ。これに乗じて、ピカロとチャルタを探し出して連れ出す。あいつらさえ取り戻せば、ここに用はない。さよならだ」

 

 一郎は言った。

 すると、進む方向にまた別の一隊が現れようとしているのがわかった。

 馬止めのようなものを出して、阻止しようとしている。

 

「ロウたちは残るということか──?」

 

 シャングリアだ。

 困惑した表情だ。

 しかし、説得する暇はない。

 

「頼むぞ。魔素火粒剤に注意しろよ。陣を張っているところは、それがまき散らしてあると思っていい」

 

 一郎は集団から飛び出して、その場に伏せた。

 慌てたように、エリカとコゼも続く。

 そのまま、地面に倒れてブルイネンたちを見送る。

 彼女たちの動揺は伝わってきたが、とりあえず、一郎の言葉の通りに動いてくれた。ブルイネンたちは、そのまま離脱を阻止しようとする新しい隊に向かって進んでいく。

 一郎たち三人が残るかたちになった。

 

「ロウ様……?」

 

「ご主人様?」

 

 エリカとコゼも困惑している。

 そのあいだも、ブルイネンたちは遠くなり、やがて、再び剣戟の響きが伝わってきた。

 一郎は身体を起こした。

 エリカとコゼも上半身を起こす。

 

「さて、じゃあ、行こう。声や気配を殺して進めば、仲間以外は俺たちの姿が認識できない。いつぞやの羞恥責めで実験済みだ。あのときのように、声を我慢して進めばいい」

 

 周りに兵たちはいない。

 視界の遠くでは、ブルイネンたちが現れた陣に飛び込んでいるのが見えていて、そこにはいるが、かなり距離がある。

 突破してきた調練場とも離れているので、草原の真ん中に一郎たち三人だけがいる感じだ。

 一郎はすっとふたりのお尻の下に手を伸ばして撫でた。

 

「ひっ」

 

「あんっ」

 

 エリカとコゼがびくりと腰を跳ねあげた。

 

「声を出すなと言うのに」

 

 一郎は笑った。



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680 魔素(まそ)火粒(かりゅう)剤の謎

 一郎たちは、隠蔽物のなにもない草原のような場所から、とりあえず、演習場内の中で樹木が密生している場所に移動した。

 移動しているあいだに、ブルイネンたちが突破した方向を何度か確認したが、無事に二回目の囲みを通り抜けたようだ。

 捕らえられたり、倒れたりしている親衛隊員もいないようだし、ひとまずは安心した。あとはなんとか演習場の外に離脱してくれることを祈るしかない。

 

「とりあえず、認識阻害といえども、声を出すと解除されてしまうからな。ここなら声は響かないし、最悪、気配を悟られても姿は見えにくい。防音の魔道をかけてもらいたいところだけど、この演習場のどの地域に、さっきの“魔素火粒剤”とやらをばらまかれているかわからない。できるだけ近くに寄ってくれ」

 

 一郎は声をかけた。

 エリカとコゼがほとんど密着するように近づく。

 

「ところで、大きな怪我はないか、ふたりとも?」

 

 一郎はエリカとコゼの身体を探った。

 ふたりとも、小さな傷はいくつかあるが、大きなものはないようであり、ほっとした。

 ただ、服は返り血で血だらけし、あちこちが斬られたり破れたりしている。具足で身を固めていた親衛隊に対して、一郎もエリカたちも平服だ。

 一郎も二度の爆風で服はぼろぼろになっている。

 「ユグドラの癒やし」がなければ、身体も同じようにぼろぼろだっただろう。

 

 一郎は、収納術でエリカとコゼのための着替えを出す。自分の分もだ。

 それにしても、一郎にしても、みんなにしても、お忍びの訪問だからと、礼装に近いものじゃなくて、冒険者スタイルの平服でよかった。

 おかげで動きやすくて、なんとか離脱することもできたと思う。

 

「こ、これを着るんですか、ロウ様?」

 

 渡されたものを見て、エリカが顔を赤くして声をあげた。

 

「しっ、大きな声を出さないのよ、エリカ。……ああ、なるほど、動きやすそうですね……。ちょっといやらしいですけど……」

 

 コゼが鋭くエリカをたしなめてから、自分に渡された着替えを眺めて、くすりと笑った。

 渡したのは、前の世界におけるレオタードのようなものであり、身につけると魔道がかかって、ぴったりと身体に薄布が密着するようになっているものだ。これもまた、ずっと以前に屋敷で遊んだときの使ったものだ。

 収納術で空間の奥底にしまってあったのだが、いましている認識阻害の首輪もそうだが、思わぬところで役に立った。

 これなら動きやすいだろう。

 ただし、非常に生地が薄くて、女が身につけると、乳首や股間のかたちまでくっきりと現れるほどに密着する。それでいて、動きは阻害しないし、そこらの具足よりも防護性がある。

 なにしろ、この服には、外部からの刺激遮断の機能があるのだ。

 

 本来の使い方は、媚薬を塗ってこれを着せ、七転八倒させるためのものである。一度着ると自分では脱げない機能もついていて、媚薬などを塗って放置されると、刺激が遮断されているとわかっていても自慰の格好をせずにいられない。しかし、刺激はない。

 まあ、そんな姿を愉しむためのものだ。

 棒で突いても、鞭で叩いても、まったく内側の身体には刺激が伝わらないのだから、考えようによっては、具足としてはかなりの防護性があるといえるだろう。

 

「わかっている思うけど、素肌に直接に身につけてくれよ。そういう風になっているんだ。素肌以外のものがあると、反発して身体が入らない仕組みになっている」

 

 刺激遮断服については一郎のアイデアだが、このレオタードみたいな服に魔道紋を刻ませたのは、スクルドだ。

 スクルズとして神殿に所属していたスクルドは、なにかというと、一郎たちの屋敷に移動術でやってきては入り浸っていて、よくこういう性具を作らせた。

 考えてみれば、王都でも有名な美貌神官に、繰り返し、自分も試される性具を作らせていたのだから、あれもまた、羞恥責めのようなものだったかもしれない。

 まあ、当人は、結構、愉しんで作っていたように見えたが……。

 

「な、なんでですか──。今日はぷれいじゃないから関係ないじゃないですか。は、恥ずかしいです」

 

 エリカが服を脱ぎながら抗議する。

 

「諦めなさいよ。そういうものだって、いま、言われたでしょう。それに、裸みたいな服だけど、見つからない限り見られることはないわ。ご主人様以外には」

 

 すると、コゼが呆れた口調で諭すように口を挟む。

 コゼはすでに下着を脱ぎかけており、白くて丸いお尻がぷっくりと露わになった。

 

「それが恥ずかしいのよ──」

 

 エリカはまだ不満そうだが、それでも素裸になって、渡したレオタードもどきの特殊服を身につけていく。

 

「それにしても、やっぱりこれも赤色なんですね。ご主人様は赤が好きですよねえ」

 

 コゼも裸になっている。

 一郎はエリカとコゼの身体を確かめながら、さっきの戦闘でついた小さな傷を淫魔術で治療していく。一郎は魔道遣いの施す「治療術」は遣えないが、支配している女に限り、身体をいじれる。当然に傷ついた肌の治療もできる。

 治療するときに、まだ術を施したときに、魔素火粒剤が反応するんじゃないかと一瞬迷ったが、多分大丈夫だろうと踏んだ。

 根拠はないが勘だ。

 そして、そのとおり、ふたりの肌はいつものような傷のない美しい肌になる。魔素火粒剤の反応もなかった。

 

「あら、ありがとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

 気がついたのだろう。二人が礼を言った。

 ふたりの治療が終わったところで、一郎もぼろぼろだった服を取り去って同じものを収納術で出して身につける。

 ただし、こっちは開発途中のものであり、性能が中途半端の失敗作だ。刺激遮断までは施しているが、身体の線が浮き出るような機能は未完成だ。色も赤ではなく、黒色である。

 まあ、男の身体の線が出ても面白くもないので、これで十分だろう。

 

「そういえば、俺が赤が好きだと言ったか? そうなのか?」

 

 コゼが言ったことを思い出しながら、一郎は言った。

 この服の合わせ目は前側にある。しかし、ファスナーを閉じるように、指で合わせ目を下から上になぞると、合わせ目が消滅して全身に密着する。

 果たして、そのようになった。

 エリカとコゼも身につけ終わった。

 ふたりとも、裸同然であり、恥ずかしそうに、手で前を隠している。

 

「違うのですか? だって、ご主人様は黒色ですけど、こっちは赤ですよね。ご主人様が赤色が好きだって話だから、ガドも親衛隊の具足の色を赤で揃えたんですよ」

 

 コゼがちょっと驚いた感じで言った。

 

「えっ、ロウ様って、赤が好きな色じゃないんですか? だって、前にさせられたときの(ふんどし)とかも赤だったし……。これも赤色ですよね……。縄も赤いものを使うときも少なくないし……。てっきり……」

 

 エリカだ。顔を真っ赤にしている。

 どうやら、拡めたのはエリカみたいだが、褌といえば赤色だろうし、レオタードもなんとなくイメージで赤と思っただけだ。縄の色も赤紐というのは、エリカたちのような白肌には映えるのだ。

 だから、赤が多かったかもしれないが、それで赤色が好きだと思ったのだろう。

 コゼの物言いに、一郎は逆に首を傾げた。

 赤が嫌いな色というわけではないが、好きということもない。一郎が赤色が好きだということになっているのか?

 

「いや、そうだな。赤が好きかな。お前たちが可愛くなるしね」

 

 しかし、そういうことにしておくか。

 ふたりの顔がさらに赤くなった。

 着替えが終わったところで、三人で小さく固まってしゃがむ。

 脱ぎ捨てた服は収納術でしまう。

 やっぱり、収納術は大丈夫なのか……。

 

「それで、どうやってピカロとチャルタを見つけるんですか?」

 

 エリカが訊ねた。

 この演習場はかなりの広さだろう。一郎たちも不慣れどころか、まったく地理を把握していないし、そもそも、ここにいるのかどうかもわからない。

 

「そうねえ……。軍営内で捕らえられたという話だったから、そのままここにいる可能性もあるけど、あえて、どこかに護送されているかもしれないわねえ」

 

 コゼも言った。

 しかし、一郎は首を横に振った。

 

「いや、ふたりはここにいると思う。シモン殿の話によれば、もともと、クレオン殿は、俺がここに来れば、ピカロとチャルタを引き渡すことを考えていたんだ。それがどうして、急にこんなことになったのかはわからないけどね。とにかく、この軍営内にいると考えるべきだろう」

 

「そうですねえ……。では、歩き回って探すしかありませんね……。ご主人様は、近くまで接近すれば、ピカロとチャルタの位置を感じることができますか?」

 

 コゼだ。

 一郎は首を横に振るしかなかった。

 

「わからない。その場になれば、わかるかもしれないし、わからないかもしれない。勘が働く場合もあるし、働かない場合もある。わかることを願うしかない」

 

「なら、まずは中心側に進んでみましょう、ご主人様。クレオン辺境候か、レオナルドのいる本部に潜入できれば、ピカロやチャルタのことをうまく口にするかもしれません。あるいは、知っていそうなものを捕まえて拷問するとか……」

 

「まあ、その線で行こうか」

 

「エリカには、なにか考えはある?」

 

 コゼがエリカに話を振った。

 

「こ、このまま人のいる場所に行くんなら、せめて腰を布で隠させてください。こ、こんなの恥ずかしすぎます」

 

 エリカが縮こまってしゃがんだまま真っ赤な顔で言った。必死になって手で隠しているが、一郎が渡した布は肌に完全に密着して、まるで透明の赤い膜は貼りついているだけみたいに見える。

 手のあいだからこぼれている乳首も臍のかたちもくっきりとなっている。

 

「人のいる場所っていっても、潜入するだけなのよ。余計なものを身につけて、身体から落としたりしたら、認識阻害が崩れるのよ。武器もご主人様の収容術でしまってもらうからね。我慢しなさい」

 

 コゼがぴしゃりとエリカに言った。

 エリカが恨めしそうにコゼを見る。

 

「あ、あんたまで……。恥ずかしくないの──? これ、ほとんど裸じゃないのよ──」

 

「恥ずかしいけど、ご主人様の言うとおりに、これはすごく合理的よ。動きやすいし、そのうえで打撃や斬撃を受けつけないなら、こんなに優れた潜入服はないわよ」

 

「うう……」

 

 エリカが上目遣いに不満そうな顔をしたが、それ以上は文句は言わなかった。

 一郎は吹き出してしまった。

 

「それにしても、魔道を放とうとすると爆発する粉末など、とんでもないがあるものだな」

 

 そして、一郎は何気なく言った。

 だが、考えてみれば、そういうものがあるから、この世界も魔道だけがすべてを凌駕するという状況になってないのだろう。

 

 一郎がこの世界にやってきてからの知識によれば、ほとんどの個体が魔道遣いで産まれるエルフ族やドワフ族に対して、人間族は五人にひとりくらいしか魔道遣いは産まれないという。しかも、人間族の場合はほとんどが、魔道力は持っていても、魔道具が扱える程度のものであり、魔道遣いと称することができる者となるとさらに少ないみたいだ。

 魔道として発動するくらいの魔道力になると、五十人にひとりくらいになるようだ。

 考えてみれば、魔道があることが王位継承の条件とされるハロンドール王室でも、ルードルフの三人の娘のうち、魔道を帯びているのは、イザベラひとりのはずだ。

 

 しかも、数の少ない人間族の魔道遣いは、人間族の国がローム帝国しかなかった時代からの慣例で、幼少から時代から神殿で囲って英才教育をする傾向が残っているので、俗世に残る人間族の魔道遣いは希少だという。

 それだけの魔道遣いの数の違いがあれば、考えてみれば、人間族の国など、エルフ族やドワフ族に圧倒されてしかるべきだろう。

 しかし、実際には、この大陸では、ハロンドール王国、ローム三公国、エルニア王国という人間族の国家が幅を利かせ、エルフ族は人族の発祥の地とはいえ、ある意味「僻地」といえるナタル森林に閉じ込められており、ドワフ族など、エルニア王国よりも北側の大草原地帯の一部に、いくつかの集落を持っているにすぎないという。

 魔道の能力に乏しい人間族が、いまのように、この大陸の中心になる歴史の結果を残したのは、種族としての人口の多さと相まって、エルフ族たちの魔道を凌駕できる戦争の力があるのだと思った。 

 

「これについては、わたしの失敗でもありますわ。どうか、お仕置きをしてください」

 

 すると、不意に背中側から話しかけられた。

 びっくりして振り返ると、そこにいたのはスクルドだ。

 爆風に巻き込まれたときの焦げや汚れなどはあるが、身につけていた紺のローブとベールのままの服装だ。

 それはともかく、どうしてここに?

 一郎は唖然とした。

 

「あんた、どうしてここにいるのよ……。というよりは、どうやって来たのよ。ブルイネンたちと一緒に逃げたはずでしょう?」

 

 コゼが言った。

 

「魔道で追ってきましたわ。移動術とは違いますが、瞬間的に目に見えている場所に移動できる“縮地”という魔道です。それで追いかけてきました」

 

 ベール越しだがスクルドはいつものにこにことした満面の笑顔だ。しかし、一郎もエリカもコゼも、これがスクルドがなにかを誤魔化すときの笑顔だとわかっている。

 もう長い付き合いになりかけているのだ。

 

「縮地って……。魔道に反応して、周囲を爆破に巻き込んだらどうするつもりなのよ──。しかも、ガドの治療は?」

 

 エリカだ。

 

「ガドさんの治療はしましたわ。そもそも、治療術は、魔素火粒剤には引っかかりません。収納術もです……。それに、ちゃんと皆さんと同じように、認識阻害の首輪をしてきました。問題ありませんわ」

 

 スクルドがしゃがみ込んで一郎たちの輪に割り入ってくる。

 まあ、大抵の性具は、スクルドか、魔妖精のクグルスに作らせた。スクルドに作らせたものは、当然にスクルドも、収納術でしまっていたのだろう。

 

「あっ、それと、ブルイネンさんたちも、ガドさんも、もちろん、シャングリアさんも、演習場を離脱しました。軽傷者はおりますが、大きな負傷はありません。演習場近傍の森林に入って、ガドさんが結界を刻んで隠れています。追っ手はかかってますが、結界で阻まれて入ってこれません。もう大丈夫です。問題ありません」

 

 さらに、スクルドが一郎に向かって言った。

 

「ガドも復活したのね?」

 

「はい、エリカさん」

 

 スクルドがしっかりと頷く。

 これについては、一郎もほっとした。

 ならば、もうシャングリアもいるし、ブルイネンもいる。

 あとは、侵入するために残った一郎たちを隠すために、結界の外にやってきている辺境候軍には、うまく対応してくれるだろう。

 一郎たちとしては、レオナルドたちがそっちに気を取られている隙に、なんとか、ピカロとチャルタを見つけ出して身柄を確保するだけだ。

 

「だけど、不用意に魔道で追ってきたりして、魔素火粒剤とやらが反応したらどうするつもりだったのよ。この演習場には、あちこちに、あれが散布されているはずよ。たまたま、ここまで来るのに反応しなかったんだろうけど」

 

 エリカが不満そうに言った。

 だが、スクルドは首を横に振る。

 

「いえ、まさに、わたしが最初に謝罪したのが、そのことについてです。わたしは、ある程度の広域にわたって、探知魔道を扱うことができます。それを最初に使っていれば、魔素火粒剤の存在も、事前に警告できました。申し訳ありませんでした」

 

 スクルドがベールを剥ぐって頭をさげた。

 一応は神妙な表情になっている。

 まあ、探知魔道のことはともかく、魔素火粒剤なんて罠があることは、一郎も予想外だった。

 そもそも、レオナルドのステータスを読むことで、一郎は先に魔素火粒剤の存在はわかっていた。

 だが、それがどんなものか知らなかったために、女たちに警告を出し損ねた。

 一番の責任は、一郎自身にあると思っている。

 それはともかく、探知魔道で魔素火粒剤を調べられるのか?

 

「探知魔道で、魔素火粒剤の粉剤の有無を調べられるということか?」

 

「はい、ご主人様。この林の中に皆様がおられるのも、その探知魔道で追ってきました。ご主人様に支配されている波動を帯びている限り、認識阻害は無効ですから……。もちろん、この周辺に魔素火粒剤が散布されていないことも確かめてから術を結びました」

 

 スクルドが再び満面の笑みに戻る。

 おそらく、スクルドは勝手に追いかけてきたことについて、一郎に咎められると思っているのだろう。

 スクルドは都合が悪くなれば、笑顔が強くなる。

 一郎はちょっと苦笑したくなった。

 まあ、それよりもだ……。

 

「いや、そうじゃなくて……。あの魔素火粒剤とやらは、魔道を使うと、それに反応して爆破するんだろう? 探知魔道も、魔道だろうに。それなのに、爆破はしたりしないのか?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「ああ、そういうことですか。魔素火粒剤というのは、実は魔道全部に反応するのではなく、正確には“魔道陣”に反応するのです。多くの魔道は、術者が魔道陣を空中などに刻み、そこに魔力と呼ばれる“魔素”を注ぐことで術が発生します。宙に浮かんだ魔道陣に魔素火粒剤が集中するとともに、急激な熱を発生させて爆発する仕組みになっているのです。わたしは軍事のことは専門ではありませんので、この程度の説明しかできませんが……」

 

「魔道陣? ああ、そういうことなの」

 

 エリカが納得いった口調で頷いた。

 一郎にはさっぱりとわからないが。

 

「探知魔道を使っても、魔素火粒剤は爆破しないの?」

 

 コゼが口を挟んだ。

 一郎もそれがよくわからなかった。

 さっきの現象について、ガドニエルと一郎が術を遣おうとしたときに、散布されていた粉末が爆発したのだろうというのは、なんとなく想像がつく。

 ガドニエルは、自分の身体を中心として周囲を結界に包もうとして、目の前で爆破を呼んでしまったし、一郎は足もとに粘性体を出そうとして、足もとが爆発した。

 

「探知魔道も魔道陣を作りますが、その場所は術者の頭の中であり、眼球であり、耳介になります。魔道陣を作っても、魔素火粒剤には接触はしないので、爆破することはありません。そういう意味では、収納術も同様です。収納術の魔道陣は、作り出す亜空間の出入り口になりますので、やはり、散布されている魔素火粒剤には触れないのです」

 

 スクルドが説明した。

 まだ、わかったとはいえないが、つまりは、空中に魔道陣を作って術を発揮するような魔道は使用不能になるが、そうでない魔道は問題ないということのようだ。

 

「どんな魔道は大丈夫なの?」

 

 コゼがさらに訊ねた。

 

「ほとんどは使用不能になるようです。しかし、先ほど説明したように、身体強化系の魔道は魔道陣が肉体の外に出ないので反応を免れます。探知魔道はその部類です。収納魔道もですね。魔道剣などの武器は、周りに魔道陣を自動的に描くので魔素火粒剤が反応する場合があるようです。逆に具足などについては、魔道陣が具足内に留まるので問題ないそうですけど……。まあ、これについては、シャングリアさんの受け売りです」

 

「しかし、俺は魔道陣なんか刻まないぞ。だが、粘性体を放とうとしたら爆発したぞ」

 

 思い出しながら言った。

 一郎は、淫魔師であり、魔道遣いだ。

 魔道陣などまったくわからない。

 

「いえ、ご主人様は、術をお遣いになるときに、魔道陣を作っておられますよ」

 

 すると、スクルドがきょとんとした表情になった。

 

「そうですね。魔道陣が出現してます。ものすごく、素早く発生して、瞬時に術を刻むのでわかりにくいですけど」

 

 エリカも言った。

 

「そうなのか?」

 

「そうですね……」

 

 コゼまで言った。

 そうかのか……。

 

 これまで、淫魔師の一郎がどうやって、魔道のような現象を発生させているのか、考えたこともなかったけど、本当に魔道遣いと同じように術を発揮していたのか……。

 淫魔師というのは、なんなのだろう?

 うーん……。

 

 いずれにしても、そうであっても、魔眼については問題ないのだろう。さっきのスクルドの言葉によれば、身体強化系であるはずだし、そもそも、あのとき、レオナルドのステータスを読んだときに、魔素火粒剤の爆破はなかった。

 

「亜空間術はどうなんだろう? みんなや俺が亜空間に入るときだ」

 

 収納術は問題ないことは確認済みだが、一郎や女が亜空間に入る術はどうなのだろう。

 

「移動術のように、人の周りに魔道陣が発生してます。魔素火粒剤の中で術を刻めば、陣の中心の者が爆破すると思います」

 

 スクルドがあっさりと言った。

 一郎はぞっとした。

 そうなったら、確実に死んでしまうだろう。同じ収納術もどきでも、身につけている衣類を剥ぎ取る術も控えた方がよさそうだ。

 間違って爆破したりしたら怖い。

 

「よければ、広域探知の魔道もお教えしますわ。おそらく、ご主人様は、知られている高位魔道遣いに勝るとも劣らない術をお遣いになれるようになると思います」

 

 スクルドが相変わらずの満面の笑みのままで言った。

 

「まあ、少なくとも広域探知魔道は頼むよ……。好色なことに結びつけてもらえれば、すぐに修得できる気がするよ」

 

「お任せください、ご主人様」

 

 スクルドが嬉しそうに言った。

 

「まあいいわ。いずれにしても、あんたが来たおかげで、ピカロたちを探しやすくなったことは確かね。あんたを探知器代わりにすれば、闇雲にこの軍営内を歩き回るよりもいいかも」

 

 コゼが言った。

 

「もちろんです。頑張ります」

 

 スクルドが嬉しそうに言った。

 

「それにしても、とんでもないことするわねえ。しかも、エルフ族の女王を最初に爆発で負傷させるなんて──。本当に許せません」

 

 そのとき、エリカが憤慨したように言った。

 

「いや、レオナルドとしては、まさか、いの一番のガドが魔道を放つとは思わなかったんだろうと思うぞ。あの魔素火粒剤は、術者のみにしかほとんど被害を及ぼさないから、親衛隊の中から最初の犠牲者が出るはずだったんだろう。それで混乱を起こして、俺たちを捕らえるとともに、女王の保護を理由に身柄を抑えてしまう目論見だったかもしれない。しかし、最初にガドが大けがをしたんで、混乱してしまったのだろう。まあ、想像だけどな。しかし、そうだとすれば、悪いが、ガドにも感謝だ。おかげで襲撃が大混乱して、俺たちが脱走に成功できたともいえる」

 

 一郎はうそぶいた。

 

「でも、ガドも、いつも張り切りすぎて失敗しますよね……。終わったら、優しくしてあげてください」

 

 さらにエリカが言った。

 

「へえ、なんか、まるで、一番奴隷みたいなことを言うじゃないのよ。ほかの女のことを気にするなんて」

 

「わたしは一番奴隷よ──」

 

 コゼのからかいに、エリカが反応して声をあげた。

 一郎はちょっと笑ってしまった。

 

「ところで、この魔素火粒剤というのは、本来はもっと隔離された室内のような場所でしか効果がないものだったみたいです。今回使われたような野外で、しかも、広域で散布するのは、新しい技術みたいです、短い時間ですが、シャングリアさんと意見を交換して、そのように言っていましたわ。この辺境候軍では、新しい軍事技術の開発に成功したみたいですね」

 

 今度はスクルドが口を挟む。

 

「あるいは、ほかのどこかの国かもな……」

 

 一郎は肩をすくめた。

 そして、スクルドに視線を送る。

 

「とにかく、じゃあ、スクルドも同行だ。だが、その格好は駄目だな。とにかく、認識阻害はするが、幽霊になったわけじゃない。その長いローブになにかを引っ掛けて物音をさせてもらっては困る。その服は脱いでもらうぞ」

 

 一郎はにやりと笑った。

 

「まあ、それでそんな色っぽい格好なのですね。わかりましたわ」

 

 スクルドが立ちあがって服を脱ぎはじめる。

 

「だが、この特殊な装束は、残念ながら三人分しかない。スクルドは全裸で歩いてもらうからな」

 

「えっ、わ、わたしだけ裸ですか? ま、まあ……、あっちも全裸みたいな格好ですけど……。だ、だけど裸で……? で、でも……。しかし、ご命令なら……」

 

 スクルドがローブやベールを取り去る途中で硬直して、顔を真っ赤にする。

 一郎は笑い声をあげた。

 

「嘘だよ。この服は刺激遮断の魔道が施してあり、強固な魔道効果のある具足のようなものだ。着ていろ」

 

 一郎は収納術でさらにレオタードもどきを取り出して、スクルドに手渡した。






 いいネーミングを思いつかなくて、ゼッ○ル粒子とでもしようかと思いましたが、やめました。
 つまりは、“魔素火粒剤”とは、火力ではなく、魔道陣に魔力を集めようとしたら爆発して術者を傷つける特殊粉末の設定です。


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681 御曹司の後悔

 レオナルドは、大きな悔悟の中にいた。

 

 演習場の外に抜けた林を正面とした谷地の前である。

 そこに、ガドニエル女王を含むエルフ族たちが引きこもっているのだ。

 レオナルドは、配下の隊を使って、目の前の林の前を囲むように展開させているが、それ以上はどうにもできないでいる。

 なにしろ、林の中に逃げ込んだロウを含むエルフ族たちは、中から結界を張って林に閉じこもり、籠城のようなかたちで封鎖してしまったのだ。

 

 林の中にいるのは、四十名にも満たない少人数のエルフ族だ。

 しかし、林の中から魔道を遣って厚い結界で完全に遮断をして、レオナルドたちを寄せ付けなくしてしまったのである。

 結界もこちらから魔道で破らせようとしているが、辺境候軍にいる魔道士では刃が立たず、もはやどうにもならない状況だ。

 

 魔素火粒剤はまだ準備してあるが、あれは、発動しようとする魔道を封じることはできるが、すでに発動してしまった魔道を取り消す効果はない。

 しかも、結界の内側からは、風魔道も発動しており、林側からこっちの陣営側に吹く比較的強い風が継続している。

 この状態では、魔素火粒剤を撒いても、魔道が封印されるのはこちら側の陣であり、向こう側に魔素火粒剤を届かせることができない。

 

 残る正面は上しかないが、林の両側は深い峡谷になっていて、急峻で高い崖の壁になっている。

 すでに一隊を登らせているが、かなり険しい道なので、おそらく、半日以上はかかると思う。しかも、大きな人数は進めない。

 実際、いま山道をあがっているのは、十数名の少人数のみだ。

 

「まずは、女王陛下の負傷を治療させてもらいたい──。こちらから、治療師を送る──。それを受けれてもらいたい──」

 

 結界の壁を前にして、こちらからの呼び掛けが続いている。

 ガドニエル女王の治療を申し込んでいるのだ。

 しかし、ずっとやっているが、まるで反応はない。

 まさか、死んだということはないだろうが、あのとき、レオナルドの視界の目の前で、魔素火粒剤による爆発をまともに浴びて、ガドニエル女王が大けがをして倒れるのをはっきりと見た。

 どういう状況になっているのかわからず、レオナルドとしては、ただただ臍を噛む思いを続けるしかなかった。

 

 林に張り巡らされている結界は、まるで力場のカーテンのようなものであり、一切の侵入を阻むどころか、こちらか内側を覗くこともできない。

 だから、向こうの状況がわからないのだ。

 しかし、最後に突破された隊からの報告によれば、エルフ族たちがガドニエル女王とともにこの林に逃げ込んだのは間違いなく、追撃をかけたが、あっという間に、この狭い峡谷内に結界を刻まれて、逃げ込まれてしまったということだった。

 レオナルドが本隊とともに、ここに到着したときには、先に到着した隊が結界を前に展開をして、レオナルドの指示を待っているという状況だった。

 その後、いまのように呼び掛けをしているが、内側のエルフ族たちから反応が戻ってくることはない。

 

 それにしても、女王を瀕死かもしれない負傷をさせるなど、どうしてこんなことになってしまったのか……。

 

 レオナルドも馬鹿ではない。

 女王はただ身柄を拘束するだけのつもりであり、その身を直接傷つけるなど考えもしなかった。

 そんなことをすれば、クリスタル石の唯一の産地であるとともに、人類発祥の地を支配している大陸最古の王朝として、もっとも権威を持っているとされるエルフ女王国を敵に回すことになる。

 いや、タリオ公国と手を組んでいることから、最悪はそれでもいいと思ったが、あんなかたちで騒乱を起こす予定はまったくなかったのだ。

 これでは、この辺境候軍が、エルフ族王朝により、「人族の敵」認定をされかねない。

 あのローヌ皇帝家のように……。

 

 エルフ族王朝に勝るとも劣らない古い王朝の残滓であるローヌ皇帝家は、盟王復活を目論んだ陰謀を企てたとして、先般、エルフ女王の名で、「人族の敵」宣言をされた。

 その結果、タリオ公国がそれを大義名分として討伐をして、たった数日で、人間族でもっとも古い王朝は滅亡してしまった。いまや、最後の皇帝は、まるで犯罪者のように大陸中に手配されており、その身柄には生死不問で高額賞金がかけられているという状況だ。

 タリオ公国と組んでいる辺境候軍については、そんなことにはならないと思うが、予期しない結果になったことで、レオナルドもやっと恐ろしさを感じてきた。

 

 あの調練場に魔素火粒剤がばらまいてあることは、最初に魔道を放った者が爆発に巻き込まれることですぐに発覚する。

 ガドニエルというエルフ族の女王が世界一の魔道遣いであることは認識していたが、魔素火粒剤が充満してある場所では魔道など遣えないと悟るだろう。

 そうなれば、当代一の魔道遣いである女王といえども、ただの無力な女にすぎない。

 そして、最初に自隊の中で爆発が起これば、エルフ族たちは大混乱をするはずであり、その混乱の中でガドニエル女王の身柄を確保し、残りのエルフ族は捕らえるか、殺すかする予定でもあった。

 ロウについては仲間の女ごと処分するつもりだったが、これも全員があの結界の内側に逃げ込まれてしまった。

 

 どうしたものか……。

 

 とにかく、ガドニエル女王の身柄を確保することだ。

 負傷については、魔道に長けているエルフ族のことなので、すでに治療術で回復していると思うが、それもガドニエル女王が死んではいないというのが前提だ。

 あの爆風とその後の混乱の中で、残念ながら、それは確認することができなかった。

 

 それにしても、レオナルドはこれまで調練については経験は数多くあるが、実際の戦場となると、これがはじめての経験だった。

 相手はわずか三十名ほどの一隊なので、(いくさ)とも呼べないかもしれないが、爆発が起きたとき、気が動転してしまったレオナルドが「女王を捕らえよ」と命令したことが、あんなに無秩序を呼び起こすとは思いもしなかった。

 エルフ族たちが頑強に抵抗し、あっという間にこっちに死傷者が出たことで、指揮にあった諸兵が興奮状態にも陥ってしまった。

 それからは、慌てたレオナルドが幾ら叫んでも、兵はとまらず、レオナルドはエルフ族たちが包囲を突破して逃亡するまで、部下たちの指揮を取り戻すことはできなかったのだ。

 そういえば、一度手放した兵は、簡単に把握できないと、父親のクレオンに教えられたことがあったが、そのときにはあまり深く考えてなかったが、目の前の味方の血を前にして、あんなにも無秩序状態になるとは……。

 

 いずれにしても、このままじゃまずい。

 ガドニエル女王の確保もできていないし、殺そうと考えていたロウについても、あの厳重な結界の中だ。

 このまま数日もすぎさせてしまえば、エルフ女王国がどういう反応をするか……。

 女王の遭難を各勢力に訴えて救援を呼びかけられてしまったりすれば、辺境候軍はちょっと困った状況になる。それくらいはわかる。

 だから、せめて女王を確保して、人質状態にできれば、エルフ族の本国も迂闊な動きはできないのだが……。

 この状況では……。

 

 レオナルドはどうにもならない結界を前にして、大きな後悔の中にいた。

 

 

 *

 

 

「はああっ?」

 

 報告を受けたとき、思わず声をあげてしまった。

 ハロンドールの辺境候軍が、今日騒動を起こすことはもちろん知っていた。

 タリオの諜報員として、円卓からの指示でそうけしかけたのだ。

 

 ロウ=ボルグを始末させること──。

 

 それが今回の指示であり、すべてに優先せよとも言ってきていた。

 エルフ女王国の女王が、あのロウ=ボルグとお忍びで同行しているというのは、半ば公然の秘密として情報が入ってきていた。

 しかも、今回は女王国の最高行政府である水晶宮からの親書まで届いており、お忍びとしながらも、ほとんど公式の訪問に近かったのだ。

 これを襲撃させるなど、一歩間違えば、大陸を揺るがす大騒動になると思ったが、中央からの指示であるなら仕方がない。

 

 あの頭の軽いレオナルドがロウに危機感を抱くようには、以前から仕向けていた。

 レオナルドの部下として辺境候軍に潜り込んでいるタリオ公国の手の者が父親のクレオンがロウをレオナルドの地位にすげ替えようとしていると仄めかさせていたのだ。

 直情型のあの坊やは、それで頭に血がのぼり、さらに、毒を飲ませて弱らせ続けていた辺境候のクレオンを操り、ロウを殺せと伝えさせると、嬉々として、ロウの襲撃を実行した。

 ロウを守っているのは、エルフ族の女兵だというのもわかっていたので、ハロンドールの田舎組織が魔道戦に対抗できるように、タリオの最新の軍事技術である“魔素火粒剤”も大量に与えた。これも、タリオによる協力の証として、辺境候軍に少し前から供与していたものである。

 そこまではよかった。

 

 しかし、ロウと一緒にいた女王のガドニエルごと、レオナルドが襲撃をするとは思わなかった。

 当然に、まずは策を使ってロウとガドニエルを引き離し、それからロウたちを襲撃して、襲うか、殺すかすると思ったのだ。

 ロウがガドニエルの新しい愛人なので、ロウを殺せば、女王は泣き狂い、女王国として報復をするだろうが、報復の相手はハロンドールの辺境候軍とハロンドール王国になる。

 タリオとしては、ハロンドール王国が弱まるだけのことであり、なんの痛痒もない。

 

 そして、大公のアーサーは、どうやら、ロウ=ボルグに密やかな対抗意識を抱いているようであり、ロウを始末することで、アーサーの溜飲もさがるらしかった。

 国策として、アーサーがガドニエル女王と婚姻を結ぶことを狙っているのもわかっていたので、襲撃事件のあと、何食わぬ顔でタリオの手の者が女王に恩を売り、傷心の女王の心に食い込む策も考えていた。

 もっとも、これはかなり危うい策であるので、実行するかどうかは迷っていた。

 レオナルドによるエルフ族の一隊の襲撃の裏に、タリオ公国が絡んでいるなどということは、万が一にも知られるわけにはいかないからだ。

 

 ところが、ひとつ狂うとすべてが狂うというが、今回は狂いすぎだ。

 レオナルドは、女王とともにやってきたロウ=ボルグをエルフ族の一隊ごと襲撃し、最初に女王を大けがをさせたという。

 生死はわからないが、おそらく、命に別状はないということのようだ。それはもっと都合が悪かった。

 女王自身を傷つけるなど考えられないが、いっそのこと死んでいれば、いくらでも工作のやりようがある。

 だが、生きているとなれば、もう誤魔化しようもない。

 女王への襲撃事件は、完全に表に出た。

 

 あの国は極めて保守的であり、好んで軍を外に出すということはしない。

 しかし、女王が襲撃されたということであれば、どうだろうか?

 エルフ族は数が少ないので、軍をナタル森林の外に出すほどの力はないと思うが、女王の影響力は大きい。

 万が一、女王国の敵宣言をされてしまえば、かなり、外交的に危うい立場に追い込まれる。

 この辺境候軍のことなどどうでもいい。

 しかし、その裏にタリオがいることが発覚してしまったら……。

 

「だけど、どうしようもないねえ。ロウを殺し損ね、女王に大けがをさせ、結局、逃亡を許したのかい──。それで、あのお坊ちゃんはどうしようとしてるんだい?」

 

 報告をしてきた部下に怒鳴った。

 

「囲みを脱走したエルフ族の隊を追撃して、自分の隊に囲ませてます。だが、エルフ族は峡谷のあいだに逃げ込んで、強固な結界を張って完全に籠城しているような状況らしいです。にらみ合いの最中で……」

 

「女王国への処置は?」

 

「まだ、これといって……。とにかく、女王の身柄を確保しようと躍起になっています」

 

「ロウは?」

 

「やはり無事のようです。もっとも重傷なのがガドニエル女王のようで、ほかのエルフ族も含めて、捕らえられたり殺されたりされたものはいません。むしろ、辺境候軍側にかなりの死傷が出てます」

 

「辺境候軍も数千はいただろうに……。たった、三十名ほどのエルフ族の隊に傷も負わせられないのかい? しかも、魔素火粒剤で魔道を封じていたのだろうに」

 

 思わず、悪態をついた。

 状況はよくない。

 ロウを殺せてさえいればよかった……。

 そうなれば、女王はナタル森林に戻るだろうし、悲しみに耽る女王にタリオの名で救助して恩を売って、ナタル森林の帰路に同行する。

 そういうシナリオもあり得た。

 

 ところが、レオナルドがいきなり女王を負傷させたことで話が変わってきた。女王もロウも生きていて、追い詰められている。

 その状況であれば、女王国は女王を救出するために軍を出すだろう。あるいは、なんらかの救助隊を派遣する。

 それとも、各勢力に援護を求めるかだ。

 女王国は、いまの社会に不可欠な魔石の唯一の産出国でもあり、影響は大きい。

 

 いずれにしても、この辺境候軍は、泥船だ。

 その泥船にタリオ公国は喰い込みすぎている。

 ほとんど同盟に近いくらいに、人や物を供与している。

 

「どうします、姉御?」

 

 部下が指示を仰いできた。

 一度大きく息を吐く。

 そして、部下を見た。

 

「レオナルドは切り捨てる。この辺境候軍に、タリオが協力していたという痕跡をすべて消滅させな。万が一ことを考えて、タリオの関与を知っている者もすべて始末するんだ。潜っている間者はそのままにするけど、あえて顔を割らせている者は引き上げを」

 

「わかりました」

 

 部下が頷いた。

 タリオの関与を知っている者を殺すとなれば、せっかくの秘密同盟関係を破棄することになるが仕方がない。

 優先すべきは、タリオの関与をなかったことにすることだ。

 どうせ、円卓もこの辺境候軍に大したことを期待していなかったろう。

 円卓からの指示を受けてから動くべきかもしれないが、あっちとこっちとでは温度差もあるし、時間的なこともある。

 最終的には、どういうかたちであれ、辺境候側軍は女王側と和解するしかないだろうが、その中でタリオの関与も知られると、女王国の恨みをタリオも負うことになる。

 いまのうちに、証拠を消滅させるべきだと判断した。

 

「とにかく、動くんだ。円卓にはあたしから報告する」

 

「承知しました。ところで、クレオンとレオナルドについては?」

 

 部下がさらに言った。

 タリオが関与しているということを最も知っているのはレオナルドだ。エルフ族と和解したあと、あの馬鹿がべらべらと余計なことを喋らないとも限らない。

 いや、喋るだろう。

 そういう能無しだ。

 操るには都合がよかったが、一緒になにかをするには、使えなさすぎる。

 

 そして、クレオン──。

 毒で弱らせて、今回はクレオンの意識を混濁させ、魔毒で操り、クレオンからの指示として、ロウの襲撃を指示させたが、意思に反して襲撃指示をさせたという記憶は残っているだろう。

 いずれにせよ、早晩死亡させて、レオナルドに辺境候の地位を継がせる予定であったが、こっちも証拠の隠滅といくか……。

 

「クレオンはすぐに始末。そして、毒を盛らせ続けていた辺境候家の主治医は殺しな。レオナルドについては、あたしが片付けるよ」

 

 そして、報告者にそう指示をした。



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682 辺境候の危機(その1)

 クレオンの息遣いは、明らかに切迫したものだった。そして、おかしな呻き声をずっと繰り返している。

 ジェシーは、寝台に横たわるクレオンの汗を拭きながら、クレオンに言葉をかけた。

 

「伯父様、しっかりなさってください。ジェシーはここにおります」

 

 だが、クレオンは、相変わらず聞き取りにくい言葉を口にするだけだ。

 しかし、なんとなくだが、しきりに「やめよ、やめよ」と喋っているような気がした。

 ほとんど言葉になっていないが、やっとジェシーはそれに気がついてきた。

 また、表情は苦しそうで、必死にジェシーになにかを訴えったい感じにも思える。

 

「伯父様、なにをやめるというのですか?」

 

 ジェシーはもう一度声をかけた。

 すると、クレオンの眼が大きく開いた。

 ただ、憔悴しきっている。

 あの闊達で陽気な伯父が、ここまで弱っているのを目の当たりにすると、ジェシーは心が締めつけられた。

 

「ジェシー様、お館様にはお休みになっていただきましょう。お話はかえってご負担になります。それに、ジェシー様の方がお疲れのようです。一度横になられては?」

 

「そうですね。しばらく、わたくしたちがついております。お休みをなさってください」

 

 ふたりの侍女だ。

 ジェシーとともに、クレオンの看護にあたっている者であり、この演習場に諸候軍を集め出してすぐに病に陥ったクレオンを看護するために屋敷から呼んだ女たちらしい。

 ジェシーは首を横に振った。

 

「いえ、伯父様についています。あなたたちこそ、交代で休みなさい」

 

 ジェシーはきっぱりと言った。

 それに、クレオンがなにかを喋ろうとしているのが気になる。ジェシーはクレオンの口元に耳を寄せるようにした。

 

「ジェシー様、お館様はお疲れです。お薬を飲んでいただきます。少しお離れを……」

 

 だが、侍女がそれを邪魔するように身体を入れてきた。

 少し無礼だと思ったが、ジェシーはとりあえず我慢した。クレオンの屋敷からやってきた侍女だし、彼女たちなりに、クレオンの容体が心配なのだろうと思うからだ。

 しかし、ジェシーはクレオンの姪であり、クレオンの弟伯爵を父に持つ令嬢である。それを手で強引に阻むなど、かなりの不敬行為だ。

 ジェシーは、内心でむっとした。

 それに、やはりクレオンはなにかを言いたそうだ。

 ジェシーはそれがすごく気になっているのだ。

 

「いいえ、おどきなさい。伯父様はなにかを訴えている感じです。あるいは辺境候軍の指図に関することかもしれません。あなたたちこそ、離れなさい」

 

 ジェシーはきっぱりと言った。

 クレオンがなにかを訴えようとしているのであれば、いま、辺境候軍の軍営を訪問をしているというエルフ女王たちに対する処置のことだろう。

 あれは、やっぱり絶対におかしいのだ。

 ジェシーは、もう一度、クレオンの口に顔を近づけようとした。

 だが、またもや、侍女たちに阻まれた。

 

「では、お薬の後で……。先に飲んでいただきます。その後でも」

 

 むっとしたジェシーに、侍女のひとりが焦るように言った。

 ジェシーは嘆息した。

 

「わかったわ」

 

 仕方なく、寝台から離れる。

 部屋の壁にある椅子まで向かい、とりあえず腰をおろした。

 

 座ると、自分の疲労が自覚できた。

 確かに、疲れているのだろう。なにしろ、夕べ、急に容体が悪化したクレオンの看護のためにずっと起きていた。

 女騎士でもあるし、若さもあり、一晩や二晩は寝なくても問題はないが、やはり、疲れていることには変わりない。

 椅子に腰掛けながら、ジェシーは侍女たちがクレオンに、お抱え医師が処方した薬をぬるくした白湯に溶かすのをぼんやりと見た。

 

 ジェシーは、この辺境候クレオンの弟の娘である。つまりは、クレオンの姪だ。

 父親は、辺境候家の保有する飛び地の管理者であり、クレオンが辺境候とは別に持っている伯爵位を借りている一代領主だ。

 ジェシーはそのひとり娘になる。

 ジェシーの父が亡くなれば、爵位も領地も辺境候家に返納することになっていることもあり、女騎士としてひとり立ちをしている。

 

 今回の辺境候クレオンの国王糾弾の決起に際しては、父親とともに兵を連れて参陣した。

 ところが、クレオンが急に病に倒れたので、その看護のためにクレオンにつくことになって、ここにいるというわけである。

 

 それはともかく、この演習場で病に陥ったとはいえ、身体に力が入らなくなって寝台についていただけだったクレオンが、ここまで病を悪化させたのは昨日のことだ。

 昨日までは気持ちだけは元気であり、横になりながらも、この部屋に家人や部下を呼んでは必要な指図をずっと続けていた。

 ところが、昨日の夕方に容体が突如として悪化し、一度錯乱状態に陥った。

 そのときは、ジェシーは別室で休んでいたのだが、それを知らされて、慌ててここに飛びこんだ。

 そして、それから、ここにずっといる。

 伯父のクレオンが心配で、食事もとってないので、確かに疲れているかもしれない。

 

 だが、ふと思った。

 そういえば、あのときも、部屋の中に目の前の侍女たちがいて、入ってきたジェシーをなぜか阻もうとしたのだった。

 強引に部屋に入ったが、クレオンの横には医師がすでに来ていて、興奮状態のクレオンになにかをささやきながら、飲み薬を口に注いでいる最中だった。

 すると、クレオンは一瞬静かになり、そして、いきなり身体を起こして、レオナルドを呼べと叫び出したのだ。

 ジェシーは、素人ながらも、クレオンの表情と態度を不自然に思った。

 なにしろ、異常なほどに陽気になったクレオンが、とまることなく、べらべらと喋り続けたからだ。

 クレオンは陽気ではあるが、あんなに喋る男ではない。それが息をするように、ずっと周りに喋り続けていた。

 

 また、その内容にも驚いた。

 その翌日、つまり、今日やってくるというエルフ族の女王の一隊を襲撃して、一緒に同行しているロウ=ボルグを殺せと話しているのだ。

 ロウ=ボルグというのは、王都では冒険者にして、功績により国王ルードルフから一代限りの子爵位をもらった新興貴族であり、実はジェシーの従姉にあたるアネルザの愛人だ。

 

 アネルザは従姉とはいえ、まだ二十歳にもなっていないジェシーとは、歳もかなり離れているので、ジェシーにとっては叔母という感じだ。

 王妃アネルザの愛人というのは、大して驚くことではない。

 王妃ではあるが恋多き女性であり、ロウの話が辺境まで王都の噂として届いたときには、あの気の強い従姉が新しい愛人を作ったのだなあというくらいの感想だった。

 

 しかし、それからいろいろなことが起こった。

 王都でその王妃アネルザが捕縛されて、貴人専用の囚人塔に監禁されたという話がやってきて、さらに、王都の混乱と国王ルードルフの蛮行が次々に情報としてもたらされた。

 やがて、辺境候クレオンが国王打倒の決起を呼び掛け……。

 

 そして、ロウ=ボルグだ。

 

 王都の異変では話に上らなかったロウが、ついこの前、エルフ族の英雄として、大陸中に名前が轟く事態が起きたのだ。

 エルフ女王国で謀略があり、それをロウが救ったという。

 ロウ=ボルグはエルフ族の女王ガドニエルから英雄認定を受けて、しかも、その式典のときに、女王のロウが口づけをする映像が魔道通信で全大陸に流れたりした。

 ジェシーは、他人事ながらも、あの気性の荒いアネルザの愛人のはずのロウがまったく別の女──エルフ族の女王と恋人になるというのは、アネルザが怒りまくるではないかと心配になったりした。

 

 そんな話があったところで、少しずつ王都のことも情報がさらに入ってきたりして、王太女イザベラが王都を離れて離宮に移っていて、実は妊娠しているのだという話がやはり噂として伝わってきた。

 しかも、その子種はロウ=ボルグだとか……。

 なんという男だろうと思ったりしたが……。

 

 そのロウがガドニエルとともに、辺境候軍の軍営を訪問するという話が持ちがったのは、わずか数日前のことだ。

 そして、昨日の朝にはエルフ女王家から、クレオンのところに親書まで届き、そのときには、クレオンは上機嫌であり、ロウに会えるということに随分と愉しみにしている様子だった。

 ジェシーからすれば、まるで女の敵のような節操なしの男に思えるのだが、クレオンは別の感想を持っているみたいだった。

 半分は冗談混じりながらも、自分は病で軍の指揮ができないので、英雄でもあるロウに辺境候軍の指揮を任せてもいいなどと口にしたりしていた。

 

 そのクレオンが急にやってくるロウを襲撃して殺せと、ジェシーの従兄のレオナルドを呼びつけて命令したのが、あの錯乱の直後なのだ。

 レオナルドは喜び勇んだ様子でこの部屋から出て行ったが、その後、クレオンの容体が再び悪化した。

 まったく起きることも、喋ることもなくなり、昏睡が続いた。

 

 それが一晩……。

 

 いまは、やっとうわ言のような感じだが、なにかを喋る感じにはなった。

 それがなにかということがジェシーは気になるのだが、侍女たちに邪魔されてしまった。

 

 そのときだった。

 扉が外からノックされて、医師がやってきたと告げられた。

 ジェシーが返事をすると、いつものお抱え医師がやってきた。

 個人的な面識はないのだが、ずっと辺境候家に仕えている医師らしく、ジェシーがクレオンの看護につくようになってからは、頻繁に会っている。

 クレオンの病気は、魔道では癒やせないということで、投薬をずっと煎じてくれている。

 名前はコットンである。歳はクレオンよりも少し若く五十歳くらいだ。

 扉が閉められ、コットンが持っていた鞄を侍女が受けとる。

 

「コットン先生、伯父様が……」

 

 ジェシーは立ちあがって、クレオンの容体を説明しようと思ったが、医師から手で阻まれた。

 そして、医師はジェシーの顔を覗き込むようにする。 

 

「わかっています。お館様がお楽になれる薬を準備します。しかし、ジェシー様も随分と顔色が悪い。飲み薬を準備しましょうか」

 

 すると、コットン医師が言った。

 ジェシーの返事を待たずに、侍女が部屋の隅の机に置いた鞄から飲み薬を取り出して持ってくる。

 

「い、いえ、わたしは特に……」

 

「いやお飲みください。ただの疲労回復薬です。魔道で回復するのはよくないですが、服薬ならむしろ身体が丈夫になります。とにかく、お飲みください。ポーションです」

 

「はあ……」

 

 半ば、強引に押しつけられるように渡された小瓶を手に取った。

 一瞬迷ったが、まあ、疲れているのは確かだ。

 これからクレオンの看護も長丁場になる予感もあるし、一度疲労を回復しておくのも悪くない……。

 ジェシーは小瓶の瓶をひと息で飲み干した。

 

 その瞬間だった。

 

 いきなり、身体の血が沸騰したみたいに熱くなった。

 全身から汗が噴き出す。

 慌てて立ちあがろうとしたが、ジェシーは腰が抜けたみたいになり、椅子から崩れ落ちてしまった。

 

「おやおや、特性の薬が効いたようですね。やっぱり、あなたは処女でしたか。よかった、よかった。処女にしか効果のない媚薬ですから」

 

 コットン医師がジェシーを上から覗き込みながら、蛇のような視線でジェシーを見た。

 その顔にはこれまでに接したことのない卑猥な色がある。

 ジェシーは動転した。

 

「あっ、かっ……」

 

 一服盛られたのだとわかったが、身体が動かない。舌も痺れている。

 

「これから遠くに行きますからねえ。その旅にあなたを連れて行こうと思うのですよ。私は最初にあなたを見たときから気になっていたんです。ひと目惚れです」

 

 コットンがジェシーに手を伸ばす。

 ひと目惚れ?

 お前は何歳だと怒鳴りそうになったが、そのコットンの手がジェシーのスカートを掴んだことではっとした。

 ジェシーは騎士服ではなく、看護のために普通の令嬢の服装をしていたが、コットンがジェシーが身につけていたスカートをまくりはじめる。

 

「やっ、め……」

 

 しかし、やっぱり声が出ない。

 手で阻もうとするが、完全に脱力してそれもできない。

 ジェシーは焦るとともに、怒りで頭が沸騰した。

 なんだ、こいつ──。

 

「コットンさん、そんな暇はないでしょう──。なんで痺れ薬なんて……。ジェシーはここで始末するんじゃなかったの? 看護疲れに見せかけて殺すんでしょう?」

 

 侍女だ。

 さっきとはまったく口調が違う。

 ジェシーを殺す──?

 どういうこと?

 ジェシーは唖然とした。

 

「殺すなんてもったいない。ジェシーはもらいますよ。昔から気の強い女騎士を調教して育てるのが夢でしてね。お館様を殺すという大罪を犯すんです。これくらいの報酬がないとやってられない」

 

 コットンが侍女を向いて笑った。

 だが、手はとまっているが、コットンはジェシーのスカートを持ったままだ。

 いまは、ジェシーのスカートは太腿の半分くらいまでまくり上げられている。

 

「いいから、先にこっちを始末しなさい──」

 

 もうひとりの侍女が苛ついた口調で怒鳴った。



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683 辺境候の危機(その2)

「いいから、先にこっちを始末しなさい──」

 

 侍女のひとりが不機嫌そうに怒鳴りあげた。

 その剣幕にもびっくりしたが、ジェシーは内容にも驚愕した。

 

 始末──?

 殺すということ──?

 

 言葉を失うとともに、ジェシーはたったいま、目の前のコットンがこれから、クレオンを殺すという大罪を犯すと口にしたことを思い出した。

 もしかして、この辺境候家の主治医は、クレオンを裏切っているのか? コットンの父親の代から、ずっとマルエダ家に仕えているはずだが?

 しかも、辺境侯家から連れてきているはずの侍女たちまで?

 

「いやいやいや、そうはいかん。この女は連れていく。それが私の条件だ。いいから、夜のうちに持ち込んだ箱と台車があるだろう。それを出せ」

 

 コットンが侍女たちに振り向いて言った。

 持ち込んだ箱と台車というのがなんのことかわからない。

 だが、侍女のひとりがぶつぶつとなにかを口にしながら、奥間の方に入っていき、すぐに台車に乗せた木箱をジェシーたちのところに運んできた。

 すると、コットンが箱の蓋を開けて、中からなにかを取り出した。

 手のひらを広げたほどの大きさの金属の缶だ。

 それはともかく、やっとコットンがスカートから手を離したので、ジェシーは腿まで捲れあがったスカートの裾を元に戻そうとした。

 しかし、手には全く力が入らない。

 また、やはり、舌が痺れきってしまって、声が出せない。

 

「多分、箱から出してあげられるまでに、一日以上はかかると思います。それまでのおむつ代わりです。特別の細工を施した粘性生物ですよ。少し気持ち悪いかもしれませんが、おしっこも大きいものもちゃんと食べてくれます。それに、箱の中は防音結界もきざんでありますので、悲鳴はあげ放題です。いくらでも騒いでください」

 

 コットンが缶の蓋を開けて、なにかものを自分の手の上に乗せた。

 ぎょっとした。

 ぶよぶよとした青色の粘性体だ。

 気味の悪い蠕動運動を続けている。

 ジェシーは目を見張った。

 生き物なのか──?

 だが、コットンが再びジェシーのスカートをまくり、仰天することに、このおかしな粘性物をジェシーの股間に近づけてきた。

 

「なっ、がっ、あがっ」

 

 必死に抵抗しようとしたが、あっという間に下着を露わにされた。

 しかも、下着の中に、その粘性物を入れられてしまった。

 

「ひっ、くっ」

 

 ジェシーは慌てて、それを出そうとしたが、すぐに腕を背中に回されてしまい、紐できつく縛られてしまった。それだけでなく、両脚を揃えて膝を束ねられ、その紐を首に回されて、首と膝を密着させられる。さらに足首も縛られた。

 あっという間だ。

 ジェシーは、なにもできない口惜しさに歯噛みした。

 しかも、下着に入れられた粘性体が気持ち悪い。

 股間に向かって動き回り、股間とお尻の穴に張りついて、ぶるぶると動きだしたのだ。

 しかも、さっき飲まされたポーションの影響で、身体が熱くおかしな疼きが全身に走り回っている。

 さらに、心なしか、いままで味わったことのない掻痒感が身体の奥底からじわじわと湧き出してきた気がした。

 

「くあっ、ああっ」

 

 そして、突然に異変が襲いかかって、ジェシーはもがいた。

 股間とお尻が内側から燃えだした感じになったのだ。

 

「いい加減にしなさい──。こっちが先よ」

 

 侍女が怒鳴りつけた。

 コットンがやっとジェシーから視線を離す。

 

「やれやれ、気の短い諜者さんたちだ。仮にもあんたらのいままでの主人だろうに。早く殺せなどと、主人殺しの罪悪感はないのですか?」

 

 くすくすと笑って、治療具を入れている鞄に向かっていく。

 

「あんたに言われたくはないわね。報酬の金に目がくらんで、長年報酬を受けていた辺境候を裏切るあんたにはね」

 

 もうひとりの侍女が呆れたように言った。

 

「金だけじゃありません。金と色ですよ。このジェシー様と婚姻させて欲しいと、伯爵様には一度お願いしてみたんですけどね。相手にもされませんでしたよ」

 

 婚姻の打診をした?

 このコットンが?

 そもそも、ジェシーは面識すらないが……。

 いや、もしかして会ったことがあるか?

 そんな気もした。

 

「当たり前でしょう。伯爵家のお嬢様なのよ。しかも、いくつ歳が離れているのよ」

 

 侍女がせせら笑った。

 

「だけど、ひと目惚れでしね。ジェシー様は記憶してないと思いますが、辺境候家のパーティや会合などの場で、何度かお目にかかっているんですよ。まあ、相手にされないこともわかったので、それでさらうことにしたんです。決して、金だけで目がくらんだと言わないでいただきたい。私は純粋な動機で、お館様を裏切るのです」

 

「はいはい、じゃあ、早くしなさい」

 

 侍女がクレオンの口の中に、漏斗を差し込む。

 クレオンは抵抗しようという気配を示したが、もうひとりの侍女ががっしりとっクレオンの顎を押さえてしまう。

 ジェシーは小さく縛られて床に転がされたままだが、視線はそっちに向けることができているので、クレオンが殺されそうになっているのをまさに目の当たりにしてた。

 

「いやいや、それは使いません。この注射で直接に血に毒を入れます。その方が効き目は早いですし、数瞬で死に至ります」

 

 コットンは小さな管の先端に針がついているものを持っている。

 それをクレオンの首に近づけた。

 ジェシーは目を丸くした。

 

「があっ、ああっ、かっ」

 

 必死に叫ぶ。

 だが、口から出るのは、息が漏れるような小さな音だけだ。

 

「待って──。扉が開いている」

 

 そのとき、侍女のひとりがはっとしたように声をあげた。

 確かに、廊下との扉が開いている。

 だが、しまっていたはずだ。

 

「なんで? 念のための魔道で施錠して、防音処置もしていたのよ。どうして……。きゃああ」

 

 なぜか、いきなり侍女が叫んで、床にひっくり返った。

 

「うわっ」

 

 コットンが持っていた注射とかいうものも、弾き飛ばされたみたいに飛ぶ。そのコットンもうずくまる。

 

「その場に座れ。おかしな魔道も遣おうとするな。動けば殺す」

 

 クレオンが横たわる寝台の横に、突然に身体にぴったりと密着した黒い服を身につけている黒髪の男が現れた。

 歳は三十歳くらいだろうか。

 手に黒いものを持っている。

 騎士でもあるジェシーは、すぐにそれが短銃を呼ばれる武器であることを悟った。

 しかも、火がついていて、いつでも弾を発射できる状態だ。

 男は侍女たちとコットンに銃を向けている。

 

「な、なに、お前──。どうして?」

 

 まだ突き飛ばされていなかったもうひとりの侍女が男に向かって叫んだ。

 しかし、その侍女も見えない誰かに突き飛ばされるように、ひっくり返る。

 

「座れと言われたら、座るのよ──」

 

 今度は女が宙から出現した。

 エルフ女だ。

 金色の髪をした大変な美女だ。だが、なぜか肌が完全に透けている破廉恥な赤い服を着ている。

 いや、服というよりは、赤い膜だ。

 ジェシーは、見ていて、こっちが恥ずかしくなった。

 

「ロ、ロウ様、ふ、服をください──。もういいですよね。認識阻害は崩れましたから」

 

 現れたエルフ女が必死の口調で言った。

 ロウ?

 もしかして、ロウ=ボルグ?

 ジェシーは耳を疑った。

 

「ははは、その格好も素晴らしいけど、まあ、確かに、俺以外の眼を愉しませることはないよな。しかも、下衆医者にはね」

 

 その男が宙からものを出現させるように、服を手の上に取り出す。

 エルフ女に放る。

 女用の簡単な貫頭衣だ。

 エルフ女が慌てたように、それを身につけて裸を隠す。

 さらに、男は服を出した。

 なにもない場所にそれを次々に放り投げる。

 すると、そこに小柄な人間族の可愛らしい女性が現れ、もう一方の場所には、青色の髪をした清楚そうな女性が姿を現した。

 さらに、男が手に短剣と細剣を出す。

 それをエルフ女と小柄な女性に手渡した。

 この間、ずっと銃を侍女ふたりと、コットンに向けたままだ。

 

「それにしても、ピカロとチャルタの居場所を探っていて、とんでもない場面に出くわしたな。お前たちふたりは、タリオの間者か? あっ、返事はいい。俺に隠し事は通用しない。まあ、後でゆっくりと、あの手この手で訊問してやろう」

 

 ロウが笑いながら銃を宙に消滅させる。

 タリオの間者?

 その瞬間、侍女たちはびくりと跳ねあがりかけたが、エルフ女と小柄の女ふたりに殴られて床に倒れた。

 

「そのふたりは裸にしろ。いろいろなものを持っている。その服そのものが武器だ。魔道片を裏地にたくさん仕込んでいる」

 

 魔道片?

 あらかじめ魔道陣を刻んだ紙片や布片のことであり、それに魔力を込めれば魔道が発動するというものだ。

 それを持っている?

 侍女ふたりがぎょっとしている。

 

「すでに無効化してありますわ。問題ありません。でも、服を脱がせるのは協力しますね。布が当たっていると、その場所の肌がどんどんと熱くなりますよ。火傷して肌をただれさせたくなければ、一枚残らず服を脱いでくださいね」

 

 青髪の女がにこにこと微笑みながら言った。

 彼女はどうやら魔道遣いらしい。

 だが、顔は優しげだが、言っている内容はえげつない。

 唖然としていると、侍女ふたりが絶叫した。

 そして、狂ったように服を脱ぎはじめる。

 ジェシーは、呆然となった。

 

「スクルドは、クレオン殿を看てくれ。全身が毒で染まっている。俺はこっちのお嬢さんの毒を抜くかな。痺れ薬と媚薬だ。変な生物はもらっとくか。面白そうだから、後でユイナにでも研究させよう。それともクグルスかな? さて、エリカとコゼは、その物騒な三人を縛ってくれ」

 

 男が言った。

 ユイナとかクグルスとかいうのはわからない。しかし、スクルドというのは、青い髪の女魔道遣いのことのようだ。

 そして、エリカにコゼ?

 

「わかりましたわ」

 

 スクルドがクレオンに向かう。エリカとコゼと呼ばれたふたりも、ロウの指示に頷いた。

 一方で、クレオンは、必死になにかを喋ろうとして、スクルドがそれを優しげになだめるような仕草をした。

 その表情は慈愛が込められた天女のようでもあると思った。

 一方で、侍女たちは絶叫しながら、懸命に服を脱いでいる。すでに下着状態で、それも剥ぎ取るように脱いだ。

 そんなえげつない魔道をかけたのと同一人物とは思えない。

 

「エリカ、箱の横に紐があったわ。これで全員、縛ってしまいましょう」

 

「わかった」

 

 エリカと呼ばれたのは、エルフ女の方だ。

 だとすれば、やはり、この男はロウ=ボルグか?

 ロウというのが、エリカとコゼ、さらにシャングリアという美女たちと組んだ冒険者でもあるというのは、ジェシーも事前の知識で知っていた。

 また、ロウの相棒がエリカという美貌のエルフ女性という情報も持っている。

 そうであれば、小柄な女性はコゼに違いない。

 

「わ、私は、た、ただの主治医で……。しかも、お前たちは何者……」

 

 コットンが騒ぎだした。

 だが、エリカが細剣の柄で、コットンの顔を思い切り殴りつけた。

 

「うるさいわよ──。許可なく喋ると、ぶん殴るわよ──。裸みたいな格好で歩かされて、気が立ってるんだから」

 

 そのエリカが怒鳴った。

 そして、ぐったりとなったコットンを縛りはじめる。

 

「さっきの膜みたいな服で歩いたくらいで股間を濡らすから、ご主人様に揶揄(からか)われるのよ。八つ当たりはやめなさいよ」

 

 コゼがけらけらと笑った。

 

「あんたもうるさい──」

 

 エリカが顔を真っ赤にして怒鳴った。

 だが、いま、なんて……?

 ものすごく、恥ずかしいことをふたりが喋ったような気がしたが……。

 それはともかく、そのコゼもまた、服を脱いで全裸になった侍女ふたりを縛りだした。侍女たちは意気消沈したようにぐったりとなっている。

 

「ぎゃああああ」

「うぎゃあああ、熱いいいい」

 

 しかし、縛られはじめた侍女たちが絶叫して暴れ出す。

 

「あら、忘れてました。魔道を解除します。紐が当たっても、服として感知しません。もう熱くなりません。大人しく縛られてくださいね」

 

 クレオンのところにいるスクルドがにこにこして顔をあげた。

 解除の魔道とやらをかけたのか、侍女たちが大人しくなる。

 だが、ふたりとも、すでに抵抗の気力はなさそうだ。コゼによる拘束を大人しく受けている。

 コゼはふたりの両手を後手に縛り、足首も束ねて、そのまま床に座るようにさせた。

 

「ところで、スクルド、この部屋は大丈夫? 防音をかけ直した?」

 

 エリカだ。

 すでに、コットンも侍女同様に、手首と足首を縛られて、床に座らされている。

 

「問題ありませんわ、エリカさん。どんな方法であっても、扉は開きません。もちろん、防音もしました」

 

 それで気がついたが、いつの間にか廊下に面する扉がしまっている。

 さっきは、いつの間にか開いていたから、おそらく、魔道的な手段で姿を消して、この部屋に入ってきたのだろう。

 だが、どうして……?

 しかし、それ以上、ジェシーの思念はそれで終わった。

 ロウ=ボルグが目の前に来たからだ。

 

「さて、こっちは俺の管轄だな。すでに結構辛いだろう? かなり強い媚薬みたいだしな」

 

 ロウがしゃがんで手をかざす。

 すると、一瞬にしてジェシーを縛っていた紐が消滅して拘束が溶けた。下着の中の卑猥な生命体もなくなる。

 

「スクルドにさせてもいいけど、取り込んでいるし、これについては、俺の方が確かだし、完全だ。まあ、誘拐されるところを助けた駄賃だと思って、我慢しろ」

 

 ロウがジェシーを抱きあげる。

 そして、いきなり口づけをしてきた。

 

「んっ、んんっ」

 

 拒否しようとしたが、強引に舌が口の中に入ってきた。また大量の唾液が注がれて、ロウによって口の中でジェシー自身の唾液と撹拌される。

 

 なにこれ……?

 男と口づけをするなど初めてだが、激しい羞恥を覚えるとともに、快感が全身を突き抜けた。

 気持ちいい……。

 恥ずかしい声が出そうになる。

 身体が痺れて、込みあがる甘美感に全身が震えた。

 

 怖い……。

 なにこれ……?

 なによ、これ──。

 

 ロウの口づけが続いている。

 気がつくと、無意識のうちに身体をくねらせている自分に気がついた。

 股間が熱い……。

 胸も……。

 

 びりびりと股間や乳首から電撃でも流れているみたいだった。

 離れなければ……。

 

 ジェシーもそう思うのだが、ジェシー自身がそれを拒んでいる。

 ロウの舌が口の中を動き続ける。

 

 しかし、まるで口の中が性器そのものにでもなったみたいだ。ジェシーは股間を愛撫したことも、されたこともないが、それくらいに気持ちがよかった。

 頭の中が火花が散る。

 

 どうでもいい。

 ジェシーは口の中にあるロウの舌にふるいついた。

 

「あっ、あはっ、んんんっ」

 

 大きな悶え声が漏れ出た。

 それで気がついたが、全身の力が戻っている。激しい股間の掻痒感も消滅していた。

 その代わりに、爪先から頭のてっぺんまでに貫く大きな性の疼きが襲いかかってきた。

 ジェシーは理性を総動員して、ロウの身体を突き放す。

 そして、思い切り、ロウの頬を平手打ちした。

 

「いてっ、怖いなあ。毒を抜いてあげたのに」

 

 ロウが笑った。

 その頬は赤くなっていた。

 確かにコットンに飲まされた媚薬の影響はなくなっている。

 身体も大丈夫だ。

 

「そ、それはありがとうございます……。だ、だけど、あんなに長い口づけ……。そ、それに、い、い、い、いやらしいし……」

 

 ジェシーは声をあげた。

 

「それは悪かった。あんたが可愛いからついね……。だけど、俺の唾液は解毒効果がある。さっきも言ったが、救援の駄賃だ。報酬としては高くないはずだ」

 

 ロウが笑いながら言った。

 しかし、ジェシーはまだ動揺の中にいる。心臓も痛いくらいに動悸している。

 

「た、叩いてごめんなさい……。で、でも……」

 

 なにを言っていいかわからない。

 そもそも、口づけというのは、あんなに気持ちのいいものなのか?

 ジェシーは、呆然とする感じに陥っている。

 

「ご主人様、辺境候様は、魔道の治療術で、ほぼ完全に毒は抜けると思います。そんなに込み入った魔毒ではありません。治療術をかけますか?」

 

 すると、スクルドが言った。

 顔をあげると、そのスクルドにしても、エリカやコゼにしても、ロウがジェシーに口づけをしたことはもちろん、ジェシーがロウの顔を引っ叩いたことについても、まったく動じた感じはない。

 しかし、はっとした。

 魔道で治療──?

 

「あっ、伯父様は魔道による治療はむしろ体調が悪化するんです。そういう体質で……」

 

 ジェシーは口を挟んだ。

 だが、スクルドはくすくすと笑った。

 

「それは嘘ですね。わたしが見たところ、そんなことはないと思います。もちろん、わたしは医師ではありませんが……。でも、もしも、その医師様にそう言われていたのであれば、騙されてたのでは?」

 

 スクルドだ。

 そう言われてみれば、ジェシーも、魔道による治療はむしろよくないと、侍女やコットンに言われていたから、そう思い込んだのだ。

 クレオン自身も口にしてから、疑いもしなかったけど……。

 自分の愚かさに呆気にとられてしまった。

 

「治療してくれ、スクルド。クレオン殿がせめて、しっかりと意思を取り戻して、言葉をしゃべれるほどに……」

 

 ロウが言った。

 

「普通に動けるほどに治療できます。毒で脱力されていただけのようですから。もちろん、しばらく動いていなかったのであれば、身体は弱っていると思いますが……」

 

 スクルドがクレオンに手をかざす。

 白い光が拡がった。

 ロウが立ちあがって寄っていくのにあわせて、ジェシーはしゃがみ込んでいた身体を起こして、クレオンにところに向かう。

 クレオンの顔に血色が戻った。

 虚ろだった表情がしっかりとしたものになる。

 

「……ロ、ロウ殿か……。初めて会う……。いい男だな。そして、助けられた……」

 

 すると、クレオンがゆっくりと言った。

 ジェシーはクレオンの手を両手でがっしりと掴む。

 

「お、伯父様、よかったあ──」

 

 声をあげる。

 本当に毒が抜けたのだ──。

 いや、そもそも、病だと思っていたが、毒だったのだ──。

 ジェシーは自分の心に歓喜が満ち溢れるのがわかった。

 

「ジェシー……。お前にも苦労かけた。ロウ殿、ジェシーについてもお礼を……。心から感謝する」

 

 クレオンが身体を起こそうとしたので、慌ててジェシーはクレオンの背中を抱えた。

 寝台の上でクレオンは上体を起こした格好になる。

 ジェシーはその背中を支えている。

 

「お初にお目にかかります、クレオン殿。いろいろと話もありますが、まずは、いまの状況を解決したい……。あなたの編成した辺境候軍が、いまや、女王に大けがを負わせ、さらに、エルフ女王と女王を守る一隊を包囲して攻撃を継続しています。それをとめてください」

 

 ロウが言った。

 クレオンははっとした表情になる。

 

「そ、そうか──。わしが昨日、おかしな魔毒を飲まされて……。い、いかん、わしらがエルフ族の女王に手をかけるなど……。取り返しのつかないことを──」

 

 クレオンが絶望の色を顔に浮かべたのがわかった。

 だが、すぐに気力を奮い起こした感じになる。

 

「ジェシー、重鎮たちを呼べ──。軍の参謀たちも──。とにかく、すぐにだ。レオナルドにも命令を──。攻撃を中止──。ただちに、軍を引くのだ──。中止、中止、中止──。すぐに、攻撃を中止だ──」

 

 クレオンが絶叫した。

 ジェシーは慌てて、部屋を駆け出ようとした。

 

「ロウ様、大変です──」

 

 そのとき、エリカの悲鳴が突然に部屋に轟いた。

 

「あっ、こっちも──」

 

 そして、コゼも叫んだ。



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684 辺境候と英雄公

「ロウ様、大変です──」

 

 エリカの悲鳴が突然に部屋に響き、一郎は振り返った。

 

「あっ、こっちも──」

 

 だが、コゼも叫んだ。

 一郎ははっとした。

 女ふたりと男の医師が絶息している。すでに顔は土気色であり、全身を痙攣させてもがいている。そして、見ているあいだに、その震えも小さくなり、いまはまったく動かなくなった。

 

「死の呪文か──。スクルド──」

 

 叫んだ。

 敵に屈服したり、口にしてはならない言葉を吐いたりするなど、一定の条件を満たしたときに、全身に毒が回り、即死に至らせる魔道だ。

 呪術といっていいだろう。

 一郎が死の呪文を目の当たりにするのは、二度目だと思う。

 最初はノルズであり、一郎は瀕死の彼女と性交することで、ノルズを死から救った。あと一回は、ユイナを受け取りに褐色エルフの里に赴いたときに、ピエールという魔族に身体を乗っ取られていた童女のメイを助けたときだ。

 いずれも、パリス絡みだったが、その死の呪文をタリオの間者にも、施されているのか?

 ふたりの侍女が辺境候家の侍女でありながら、実はタリオの諜者であることは、ステータスを読んだときにわかっていた。医師は違う。しかし、侍女たちに買収されて、辺境候を裏切ったのは、さっきの会話から明らかだ。

 もしかして、屈服したことで呪術が発動したか? それとも、自殺? 医師はともかく、ふたりの侍女は間者として捕らえられれば、自殺するように訓練でも受けていたか? あるいは、それに連動して、医師にも呪術が発動するようになっていたとか……。

 いずれにしても、三人とも、その死の呪文が発動している。

 

「だめです──。解呪の術を跳ね返されます」

 

 スクルドが焦った表情で首を横に振る。

 一郎は舌打ちした。

 

「ちっ、ここでか?」

 

 三人全部は無理だ。男にも一郎の能力は効果はない。

 だったら、ふたりの侍女のうちのひとり……。

 女たちは、さっき素っ裸にして、エリカとコゼに紐で縛って床に転がしてもらっていた。

 犯して精を注ぐのはわけもない。

 一郎は、ふたりの侍女のうちのひとりに駆け寄った。ステータスで観察する限り、年齢は変わりないが、こっちの方が諜者のレベルも、戦士レベルももうひとりよりも高い。もうひとりにはない“毒遣い”というジョブもある。

 諜者としては、こっちが長だろう。

 タリオの間者であることは、白状させないとならない。

 辺境候とその姪のジェシーとかいう娘の前で、堂々と性行為をするのは気が進まないが、ほかに手段はなさそうだ。

 そして、三人のうち、残りのふたりは諦めるしかない。

 

「生き残ったら、これがタリオの陰謀であることの生き証人になってもらうぞ」

 

 一郎は侍女のひとりに手をかけて仰向けに倒し、その脚の間に身体を跪かせた。

 

「ご主人様、危ない──」

 

 だが、次の瞬間、コゼが叫ぶとともに、目の前でコゼの握る短剣が一閃した。

 血が噴き出し、侍女の右手首が斬り飛ばされていた。

 驚いて眼を見張ると、切断されて転がった手首には、しっかりと針が握られていた。

 一郎は呆気にとられてしまった。

 そして、瞬時に自分の迂闊さに気がついた。

 最初にステータスを読んだとき、ふたりの侍女が魔道片をはじめとして、いくつかの暗器を隠しているのは見抜いていた。だから、エリカたちに、ふたりの侍女を素っ裸にするように指示したのだ。

 しかし、その後でステータスを読み直して、ちゃんと武装解除されていることを確認するのを怠った。

 一郎の失敗だ。

 

「ロウ様、大丈夫ですか──」

 

 エリカが悲鳴をあげた。エリカはクレオンの寝台を挟んで反対側だ。エリカの横には、医師のコットンがいるが、すでに事切れている感じだ。

 

「あ、ああ……。コゼが助けてくれたからな」

 

 一郎はエリカに、大丈夫というように両手を見せた。

 

「申し訳ありません、ご主人様……。目の前で縄抜けをされたのに、気がつきませんでした」

 

 コゼが意気消沈している。

 

「い、いや、助かったよ……」

 

 おそらく、持っていたのは毒針だろう。あのスクルドの魔道で暴れていたときに咄嗟に隠したのか? それとも、身体のどこかに隠していた?

 しかも、コゼに縛られたのに、そのコゼに気がつかれずに、縄抜けまでするとは……。

 おそらく、諜者としてはかなりの実力者だったのだろう。

 コゼがいなければ、毒針に刺されていた……。

 一郎はすっかりと肝が冷えてしまった。

 そして、そのあいだに、目の前の女をはじめとして、残りのふたりも完全に死んだ。

 念のためにステータスを読もうとしたが、なんの情報も得られなかった。

 死人のステータスを魔眼では読むことはできない。

 

「い、いまのは──?」

 

 寝台の上の辺境候のクレオンも唖然としている。

 

「いまとなっては証拠もないかもしれませんが、あなたの侍女たちは、タリオが送り込んだ間者でした。その医師も買収されていたのでしょう……。もう、気がついていると思いますが、あなたは、ずっと毒を盛られていたというわけです」

 

 一郎は言った。

 

「タリオだと?」

 

 クレオンの眉間に皺が寄る。

 信じたのか、信じなかったのかはわからない。ただ、少なくとも自分たちが大きな陰謀に巻き込まれていたということくらいは悟っただろう。

 

「ご主人様、身体の汚れをとります……」

 

 スクルドが近づいて、一郎の身体に手をかざした。

 目の前でコゼが侍女の手首を切断していたので、返り血が身体に飛んでいたのだが、一瞬にして綺麗になる。洗浄魔道だ。そういえば、旅のあいだは、よくミウに施してもらっていた。

 身体についた血の匂いも消える。

 

「もしも、そのとおりなのだとすれば、わしは天下の愚か者だな。これほどの近くに諜者を忍び込まされて気がつかぬとは……。夕べの失態も……」

 

 クレオンが呻くように言った。

 随分とがっくりとなっている。

 一郎の眼には、クレオンが一瞬にして、大きく老け込んだようにも感じた。

 

「あ、あ、ああ」

 

 すると、変な声がしたので、視線を向けた。

 ジェシーだ。

 さっきの騒動で驚いたのか、部屋から出ようとした態勢のまま扉の近くで座り込んでしまっていたようだが、いまは腰が抜けたみたいになっているみたいだ。

 一郎はくすり笑ってしまった。

 

「騎士さんなのに、人の死を見るのは初めてか? 俺を殺そうとしから、俺の仲間が助けてくれたんだ。それとも、それに不満とか?」

 

 一郎は声をかけた。

 すると、ジェシーがはっとしたように、首を横に振る。

 

「ま、まさか不満なんて……。でも、どうして、わたしが騎士だと? わたしのこともご存じなのですか?」

 

 ジェシーがしゃがみ込んだまま訊ねてきた。

 確かに、いまのジェシーは普通の貴族令嬢風の服装だ。剣すら帯びてない。外観では騎士だとわかるはずはないか……。

 しかし、一郎は単にステータスを読んだだけだ。

 このジェシーは、寝台の辺境候の姪にして、伯爵家の令嬢とある。しかも、辺境候軍の女騎士だ。

 そして、騎士レベルは“2”とあり、まったく高くない。

 だから、騎士としては新米なのだろうと、高をくくっただけのことである。

 

「知らないが、なんとなく身のこなしでわかったよ。だけど、まだまだ、騎士としては精進が不足かな。それでも、努力しているのもよくわかる。君の普段の頑張りも、君の身体を見てわかるんだ」

 

 一郎はうそぶいた。

 身のこなしなんかで実力がわかるわけがない。エリカやコゼなどは、相手のなんでもない仕種ひとつで、隠れいている実力も見抜くみたいだが……。

 彼女が騎士として努力しているかどうかなど知りようもないが、なんとなく真面目そうだし、そう言っただけである。

 

「あ、ありがとうございます……。頑張ります」

 

 すると、なぜかジェシーが顔を赤らめた。

 一郎はちょっと首を傾げてしまった。

 

「……そ、それと、さっきは引っ叩いて申し訳ありまでんでした」

 

 そして、ジェシーがその場で小さく頭をさげた。

 

「さっきも謝ってもらったよ。それに、解毒のためとはいえ、君みたいな可愛い女性の唇を奪ったんだ。叩かれて当然だ」

 

 一郎は笑った。

 

「か、可愛い?」

 

 なぜか、ジェシーがさらに顔を赤くした。

 

「ロウ様、こうなってしまっては、この場はどうしようもありません。それよりも、ガドたちを……」

 

 そのとき、エリカが口を挟んだ。

 一郎は頷いた。

 そうだった。

 もともと、ピカロとチャルタの身柄を確保するための情報を得るために、ここに忍び込んだのだが、辺境候のクレオンに恩を売ることができ、それで処刑を中止してふたりを引き渡してくれる交渉ができるのであれば、それでいい。

 

「クレオン殿、さっきも言いましたが、直ちにガドニエル女王への攻撃の中止を……。いまなら、間に合います。女王には……いや、ガドには俺から取りなしてもいい……。俺が仲介すれば、彼女も、ナタル森林の水晶宮も、このことを不問にさせることもできると思います。だけど、ガドも、水晶宮の者たちも、俺には過ぎた女たちばかりでして……。俺やガドが命を狙われたなんて知ったら、怒り狂って、エルフの軍隊を報復で差し向けるかも……。クリスタル石なんで、瞬時に交易中止にするでしょうし……」

 

 一郎は言った。

 軍隊を向けたり、クリスタル石の交易中止などの報復まではしないかもしれないが、まあ、ここははったりだ。

 これを回避するためなら、サキュバスふたりの開放など簡単に応じるだろう。もともと、引き渡しの意思もあったみたいだし。

 とにかく、一郎がそれなりにエルフ王宮に影響力を持っていることを示すために、ガドニエルを“ガド”と呼ばせてもらう。

 実際、ガドは一郎の指示にためらうこともないと思うし、ラザニエルはともかく、ケイラ=ハイエルの中に入っている享ちゃんも、一郎のためなら何でもしてくれる気がする。

 駄目だと言っても、ちょっとばかり戻って、ラザニエルと享ちゃんの身体に言い聞かせればいい。

 

「頼む、ロウ殿。エルフ女王国と事を構えるなど、辺境候家の本意ではないのだ」

 

 クレオンが真剣な顔でそう言い、寝台を降りようとした。

 驚いたジェシーが慌てて立ちあがり、クレオンに駆け寄る。

 

「伯父様、起きあがっては──」

 

「いや、さっきのを見ただろう。家人も部下も、誰を信じていいのかわからん──。レオナルドにはわし自らが行く──。とにかく、早く女王陛下への攻撃を中止させねば……」

 

 クレオンがジェシーの肩を借りて、寝台からおりようとした。

 

「ちょっと伯父様……」

 

 ジェシーは戸惑っている。

 だが、強引に起きあがろうとするクレオンに手は貸している。

 

「大丈夫ですか?」

 

 一郎も声をかけた。

 スクルドの魔道による治療があったとはいえ、たったいままで死の一歩手前まで衰弱していたのだ。

 まあ、確かに、辺境候自ら向かってくれれば、間違いもないと思うが……。

 

「問題ない。必ず軍はとめる。その代わり、女王陛下への取りなしは頼みたい。この通りだ」

 

 寝台に寝ていた態勢から、寝台に座る姿勢になっていたクレオンが一郎に向かって頭をさげた。

 

「お任せください。辺境候のことも、レオナルド殿のことも、いまなら悪いようにはしません」

 

 一郎はきっぱりと言った。

 すると、クレオンが心なしかほっとした表情になる。

 

「もちろん、レオナルドには責任をとらせる。わし自身についてもだ……。だが、いま、わしらが同時にいなくなっては、ここに集まっている軍が瓦解する。しばし……、しばしだけ時間が欲しい。それも取りなしを……」

 

「承知しました。お任せください」

 

 一郎は、請け負った。

 女王が攻撃をされて、怪我まで負わされて、それを不問にする交渉など、ガドはいいが、水晶宮は納得もしないだろうとは思う。

 まあ、それは享ちゃんに任せよう。

 大丈夫だろう。

 

「ありがたい……それと厚かましいが、レオナルドのところまで向かうのに護衛も頼みたい。護衛の騎士は連れていくが、さっきのことを考えると、紛れているかもしれない諜者が邪魔をする可能性もある」

 

「それも承知しました……。だが、俺たちを信じていいのですか? たったいま、ここにやってきた部外者ですよ」

 

 一郎は言った。

 すると、クレオンは白い歯を見せた。

 

「娘のアネルザから、そなたのことはよく聞いている。手紙でだがな……。娘は、そなたのことを“これぞ英雄”、まさに“英雄公”だと以前から伝えてきていた……。あれはできのいい娘ではないが、人を見る眼だけはある。だから、信用する……。それとわしが不甲斐ないせいで、アネルザやイザベラ王女、なによりも、孫のアンには、あのキシダインなどのことで苦労をかけたが、それを救ってくれたことも承知している。ずっと感謝していたのだ。だから、わしがロウ殿のことを信用するのは当然なのだ」

 

 クレオンが言った。

 

「アネルザが俺のことを……? あっ、いや、王妃殿下が」

 

 思わず呼び捨ててしまい、慌てて言い直す。

 クレオンが大きな声で笑い声をあげた。闊達そうな笑い声であり、この豪快そうな笑いは、王都のいるアネルザを思い起こさせた。

 親娘なのだなあと、改めて思った。

 

「アネルザで構わない。ロウ殿と娘のあいだのことも重々知っている。娘が世話になっている。わしの見る目のなさで、女としての幸せを与えられなかったが、ロウ殿に出会ってからは、それも変わったようだ。評判の悪かった王妃としての評価も激変してよくなった。これもまた、ロウ殿のおかげなのだろうな」

 

 クレオンが笑いながら言った。

 アネルザは、一郎が思うよりも随分と、一郎についてクレオンに知らせていたみたいだ。

 

「ロウ様、急ぎましょう」

 

 エリカが声をかけた。

 

「そうだった」

 

 クレオンが頷く。

 そして、ジェシーに掴まるように立ちあがる。

 すると、クレオンの反対側にスクルドがやってきて、身体を支える役割に加わった。

 

「弱まっている脚に力が入るように魔道をかけますか? ですが、強引に筋肉を使役するので、魔道が切れると、その後二、三日は筋肉痛がつらいかもしれません」

 

 スクルドがクレオンに言った。

 

「やってください、魔道遣い殿……」

 

 クレオンの言葉を受けて、スクルドが魔道をかけたのがわかった。

 やっとクレオンが自力で立ちあがる。

 しかし、スクルドの顔を改めて覗き込むようにして、首を傾げた。

 

「はて、どこかで……」

 

「他人のそら似です」

 

 だが、スクルドがはっきりとクレオンの言葉を遮った。

 

「あんたねえ……。まだなにも言われてないのに、そら似はないでしょう。誰のそら似なのよ」

 

 コゼが呆れたように言った。

 

「誰のそら似でもありませんわ。わたしはスクルド──。ご主人様にぞっこんの雌犬魔導師です。それはもう、間違いありません。それでまったく問題ありません」

 

「雌犬って、あんたねえ……。あんたにしても、ガドにしても、雌犬って、人前で口にするのはやめなさい」

 

 エリカがぴしゃりと言った。

 ふと見ると、クレオンも、ジェシーも呆気にとられていた。

 一郎は苦笑した。



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685 ロウ親衛隊vs辺境侯軍

「レオナルド様、攻撃しましょう。このままでは埒もあきません。ロウは目の前の峡谷の中にいるのです。相手はわずか四十名足らず。しかも、女──。飛び込んでしまえば、もう一度、魔素火粒剤で魔道も封じ込めます。どうにでもなります」

 

 リスターが言った。

 こいつはこの軍営ではじめて、レオナルドの手元に置くことにした部下のひとりである。

 辺境候家の者ではないが、ワーレン子爵家というマルエダ家の昔からの寄子の家の紹介で手元に置くことにした男だ。

 当初は、陣借りをさせてやり、見込みがあれば使ってやって欲しいということだったが、少し語ってみて、軍学に明るいということを知り、すぐにレオナルドの軍師代わりに使ってみることにした。いまは、副官のように近くに侍ることを許可している。

 

 そのリスターがレオナルドに真剣な表情で言い(つの)ってきた。

 峡谷の入口に張り巡らされているエルフ族たちの魔道結界を前にした陣だ。レオナルドたちは、峡谷の前で辺境候家の隊を展開させており、いまは、狭い峡谷の前面で、三重にエルフ族の女兵たちを取り囲んでいた。

 

「馬鹿なことを言うな。エルフ族の女王だぞ。それとまともに剣を構えるなど、一介の辺境候家にとっては、事が重大すぎる。そもそも、女王は、混乱に乗じ捕らえて保護するだけのつもりだったのだ。まさか、女王自身が最初に魔道を発するとは……」

 

 レオナルドは吐き捨てた。

 まったく、どうしてこんなことになったのか……。

 だが、考えてみれば、そういうことも予測して案を練るべきだったのだ。しかし、レオナルドは、女王は一隊の後方に安全に守られた状態でいるものと思い込んでしまっていた。

 最初に魔道をエルフ族が放ち、それで魔素火粒剤の引火に巻き込まれて混乱することで、簡単に全員を捕らえられるはずだったのだ。

 誰が、エルフ族女王がいの一番に魔道を放つなどと思うものか。おかげで、むしろこっちが混乱してしまった。

 

「そうですな。そもそも、ロウを襲撃するなら、まずは、女王とロウを引き離すべきでした。それなのに、エルフ隊や女王ごとロウを襲撃するなど、下策中の下策でしょうね。ロウとその仲間だけであれば、どうにでもなりました。もちろん、エルフ隊ごとロウを襲撃したというのは、エルフたちの国と(いくさ)を起こすつもりでなされたのでしょうが」

 

 リスターの皮肉っぽい言い草に、レオナルドは苦虫を噛みつぶしたような気分になる。

 軍師だと、レオナルドがこいつに口にしたわりには、今日の襲撃に際しては、レオナルドは目の前のリスターになんの相談もしなかった。

 いや、相談など必要と考えなかった。

 ロウを殺すか、捕まえる手段があり、その実行を父親である辺境候が許可した。

 あとは、レオナルドはなにも考えなかった。

 リスターは、他家ということもあり、四六時中、レオナルドのそばにいるわけではない。

 

 もちろん、いれば相談もしただろう。

 だが、昨日から今日にかけては、たまたまリスターは所用で子爵家の陣に戻っていた。

 レオナルドとしても、女王の親衛隊への罠を成功させるために、ぎりぎりまで自隊への指示を待って、行動を秘匿した。

 それだけのことだが、リスターとしては、事前に知らされなかったことが不満なのだろう。

 

「単独で戦などせん。するなら……」

 

 するなら、タリオ公国と共同戦線になる──。

 

 つい、そう口にしかけて、一瞬躊躇した。タリオとの秘密同盟のことについては、くれぐれも他言無用と念を押されているのである。

 父親のクレオンにすら知らせておらず、レオナルドと数名の側近が認識しているにすぎない。

 

「お待ちください、レオナルド様──。その先は──」

 

 しかし、リスターが慌てたように、手でレオナルドの言葉を制する仕草をした。

 まるで、レオナルドが言いかけた言葉を承知している感じであり、少しだけ困惑してしまった。

 

「我らは攻撃できるのです。捕らえて人質にしようとすることもできましょう。なにせ、偽者ですから……」

 

「なにを言っておる? あれは間違いなく本物だ。少し垣間見(かいまみ)えただけだが、噂通りの気が遠くなるほどの美貌と色香であった。しかも、目の前の結界を見よ。あれほどに重厚な結界など、女王でなければ刻めまい。そもそも、水晶宮とやらからは正式の親書も届いており……」

 

「いいえ、偽者です。だが、もしも、本物と断定しておられるなら、エルフ国の女王に大けがをさせるなど、大変な失態です。エルフ族の王宮はこの辺境候家に報復するでしょう。ただし、もしも、偽者を捕らえた後で、本物とわかったら、少なくとも、本物の女王がこの軍営に留まっておるあいだは、なにもできません。とにかく、我々は、こうなってしまっては、遮二無二、女王の偽者を捕らえなければならないのです」

 

 リスターがレオナルドの言葉を途中で遮って、きっぱりと言った。

 

「リスター?」

 

 レオナルドは困惑した。

 だが、リスターが首を小さく横に振る。

 

「偽者なのです……。偽者でなければならんのです──」

 

 リスターがもう一度言った。

 そして、レオナルドは、こいつが言いたいことがやっとわかってきた。

 つまりは、なんとしても、女王の身柄を抑えるべきと主張しているのだ。

 本物であろうと、偽者と断じて、強引に身柄を確保してしまえということか……。

 

 確かに、こうなってしまっては、女王を捕らえて軍営に人質にでもしないと、エルフ族の報復の対象になってしまう。

 だから、いまは、相手は偽者と思えということか……。

 捕らえた後で、偽者と思っていたと主張すればいいとも……。

 無論、嘘だが、嘘も百回繰り返せば、本当になるともいう。

 こうなったら、女王を人質に……。

 

「わかった──。だが、攻撃といっても、この分厚い結界の膜だ。矢弓も、魔道も通しはせぬ。向こう側さえも見えんのだ。どうしようもあるまい」

 

 レオナルドは言った。

 すると、リスターは首を横に振った。

 

「魔道の結界は、魔道は跳ね返しますが、完全に人や物を阻むわけではありません。ただ、力場を操作して、結界の壁を通り抜けるまでの人や物の速度を恐ろしく鈍重にするということ……。矢弓や槍はそれで完全に阻まれますが、意思を持った人であれば、時間はかかっても進み続けられます。そして、最後には突破できる……」

 

「それはそうかもしれないが、結界の中を突き進むなど、水の中を歩き進むのも同じ。相手の弓矢の的になるだけだ。多分、連中の結界は内側からはなにも妨げないようになっておると思うぞ」

 

 魔道結界のことについては、もちろんレオナルドも知っている。

 石や土のような物理的な壁とは異なり、魔道による結界の壁とは、強い力場の壁になる。

 通り抜けようとして抜けられないことはないかもしれない。

 しかし、操作された強い力場を貫き進むことになり、結界の内側にいる者からすれば、極めてゆっくりと外から人が進んでくるみたいに見える。

 また、通り抜ける者にとっても、すさまじいほどの筋肉を使用することになるので、かなりの疲労困憊になってしまう。

 だから、事実上は、通り抜けられない壁なのだ。

 

「相手はたった四十名の女たちです──。魔道鏡板の大楯を百枚準備させました。数で突っ込ませましょう。例えば、一枚につき十人が隠れ、全部で千人が突っ込んだとします。半分が死んでも、五百は残る。五百もいれば、三十人余りのエルフ族など圧倒できます。内側に潜れば、魔素火粒剤でエルフ族も封印します」

 

 魔道鏡板というのは、戦において、魔道遣いを要する敵から身を守るために、向こうから発射された魔道攻撃をそのまま跳ね返すことができる対魔道攻撃用の楯である。

 軍であれば、どこにでもあるものであり、もちろん辺境候軍でも多数保有している。

 それを運ばせてきたのだろう。

 

「しかし、それでエルフ族の結界の内側からの魔道は跳ね返せても、弓矢や槍は素通りだ。魔道鏡板は構造上、物理攻撃には弱い。さっきも言ったが、結界の重力場の中ではまるで時間がとまっているようになるのだ。見た感じでは、向こうが見えないほどの分厚い結界だ。壁を抜けるまでにほとんどが死ぬ」

 

「死ねばいいでしょう。ほとんど死ぬということは、幾らかは残るということです。女王、いえ、その偽者を人質にしなければ、我ら列州同盟に後はないのです──。ご決断を、レオナルド様」

 

 リスターが断固とした口調で言った。

 “列州同盟”というのは、レオナルドの構想として、このハロンドール王国から辺境候家を首班とする諸侯が独立国として分離することを考えており、そのときに名乗る予定の国名だ。

 それはともかく、レオナルドは思わず唸った。

 理屈は通っている。

 しかし、わずか数十名のエルフ族の女兵を相手に、大量の味方が死ぬ作戦だ。

 だが、レオナルドが逡巡したのは、長い時間ではなかった。

 

「わかった。各隊長を集めて指示をしろ。兵には魔素火粒剤の袋を持たせ、穴を開けて流砂を撒きながら進ませろ。通り抜けたときに死骸になっていたとしても、壁の向こうに辿り着けば、魔素火粒剤が流れる。結界に穴が開いても、新しく結界を刻み直せない」

 

「承知しました」

 

 リスターが離れていく。

 だが、すぐに各隊長級の者が集まってきた。

 レオナルドにより結界を抜けて攻撃せよという命令には戸惑った表情を見せたが、拒否する者はなかった。

 ここにいるのは、すべて辺境候軍の兵だ。これがまだ気心の知れないほかの諸侯軍の隊であれば違ったかもしれないが、辺境候軍の将兵の忠誠心も精強さも高い。

 厳しい命令であっても、拒否する者などいるわけもない。

 指示のあいだに、リスターの手配で各隊には、魔道鏡板が交付されてもいて、準備が整い次第に、すぐにはじめることになった。

 

 レオナルドは馬上になり、前方に近い後方から,各隊の動きを見守る態勢になっている。

 隣には、やはり騎馬になったリスターがいる。

 

「始まりました」

 

 リスターが言った。

 その言葉の通り、まずは三隊が突っ込む。約百人ずつの三隊だ。

 正面に魔道鏡板の大楯を並べ、その後ろから密集隊形の百人隊が方形陣形で駆けていく。

 

 同時に左右側と正面──。

 結界の壁にぶつかる。

 

 全速力で駆けていた百人隊の兵たちが途端にゆっくりとなり、陣形がほぐれて離れはじめる。

 力場のせいで、いつものような動きができなくて、前後左右の兵と動きを合わせられないで陣形を組めないのだ。

 

 雷が落ちるような大きな音が連発で起こった──。

 なにが起きているかは、ここからでははっきりとはわからない。

 しかし、おそらく、魔道による内側からの攻撃だろう。

 だが、魔道鏡板を前面に立てて進んでいるので、攻撃魔道はそのまま跳ね返したはずだ。

 

 各隊が押している。

 ゆっくりとだが、確実に前に進んでいる。

 いけるか──?

 

「順調です……。しかし、すぐにあれは全滅します……。第二段を向かわせます。敵に息をさせないほどに進み続けるしかありません」

 

 リスターが言った。

 そして、手で物見櫓(ものみやぐら)にいる兵に合図をした。

 櫓はここに隊を展開させたときに組み立てさせたものであり、持ち運んで短い時間で組み立てることができるように細工をされたものだ。

 その櫓にいる兵が赤旗を振った。

 続く百人隊の三個組が進み出す。

 また、リスターの予想通りに、最初の三百人は結界の壁の途中でほぼ倒れたようだ。

 薄っすらとだが、結界の力場の中で矢が刺さって、ことごとく倒れているのが見える。

 

「第二段がぶつかります──」

 

 続く三百人がぶつかる。

 今度は最初に倒れた味方の兵を弓矢の楯にして這い進むことができるはずだ。今度こそ……。

 そして、第二段が結界にぶつかる。

 途端に、動きが鈍重になるのがわかる。

 

「いけるか?」

 

「どうでしょう……。幾らかは壁の向こうに行けるかもしれません……。しかし、勝負は次でしょう」

 

 リスターが櫓に合図をさせる。

 第三段の三百人が方形陣形を組んで進みだす。

 まだ、第二段の進みはとまってない。

 しかし、その後ろに第三段がついて、先を進む第二段の兵を押すように進んでいく。

 

「力場が弱まってます……。しかし、結界は張り直しがありません。魔素火粒剤が内側に到達しているんです」

 

 リスターが言った。

 レオナルドは魔道力はそれほどでもないので、力場が弱まっているのかどうかはわからない。

 しかし、そう言われれば、全く見えなかった力場の向こう側がだんだんと透けてきている。

 

「おう──」

 

 レオナルドは思わず声をあげた。

 結界の向こう側の戦いの光景が視界に入ってきたのだ。

 次々に倒されているが、エルフ族の女兵と味方の兵が戦っていた。しかし、圧倒的にエルフ族の女兵が強い。

 結界を突き抜けて疲労の限界にあるせいもあるのかもしれないが、女兵たちの剣のひと振り、ひと振りで、一度にふたり、三人と斬り倒されていく。

 女兵ひとりにつき、少なくとも十人が群がっているが、それでもエルフ族の女兵たちが動きが鈍くなる気配すらない。

 だが、第三段の兵たちが壁の向こうに辿り着きだす。

 

 エルフ族たちで戦っている正面は、わずか三十人程度──。

 その間隙に、味方の兵がどっと割り入ったのがわかった。

 

「行けます──」

 

 リスターの声に喜色の響きが混じる。

 櫓に向かって、手をあげた。

 赤い旗が振られる。

 

 第四段だ──。

 兵はこれで終わりだ。

 辺境候軍のもともとの自隊兵はこれでほぼ出し尽くした。

 

 そのとき、結界の向こう側から騎馬が一騎飛び出してきた。

 白銀の長い髪をした女だ──。

 (かぶと)は被ってない。

 こちらの第二段集団、第三段集団を断ち割って、突破してくる。

 しかも、まっしぐらにこっちに駆けてきた。

 槍先に剣の刃がついているような長い剣を持っている。

 それでこちらの兵を斬り払いながら進んできた。

 みるみるうちに、目前にまで迫る──。

 

「気の毒な攻撃を味方にさせながら、お前らは高みの見物かあああ──」

 

 やってくる。

 レオナルドは恐怖した。

 

 間違いなく斬られる──。

 本能がそれを教えてくれた。

 

 気がつくと、レオナルドはリスターも護衛の兵も置き去りにして、ただ一騎で全力で馬を後ろに駆けさせていた。

 

「女、待てええ──」

 

 背中側で遠くになったリスターが狼狽える声が聞こえた。 

 

「邪魔ああああ──」

 

 悲鳴があがった。

 駆けながら振り返ると、リスターの首が宙を飛んでいた。

 あの女の騎馬は、すでにリスターの横を過ぎ去っていた。レオナルドの護衛たちも、圧倒されて置き去りだ。

 

 仰天したレオナルドは、思い切り馬の腹を足で蹴る。

 しかし、追ってくる騎馬の音がどんどん大きくなる。

 

「だ、誰か、助けよ──。俺を助けるんだああ」

 

 レオナルドは馬で駆けながら叫んだ。

 だが、味方は誰もいない。

 

 そのときだった。

 離れている正面側に二騎の騎馬とそれを囲む人の集団の姿が出現した。

 ちょっと距離があるが、現れたのが何者なのかはすぐにわかった。

 騎馬は父親のクレオン──。そして、従妹のジェシーだ。

 そして、その護衛たち……。

 

 また、見知らぬ男とそれを囲む女たちもいる。クレオンとジェシー以外は全員が徒歩だ。

 しかし、彼らは歩いてきたわけではなさそうだ。

 まるで、宙から溶け出すように出現したように見えた。 

 

「シャングリア、とまれ──。レオナルド殿を殺すな──」

 

 すると、クレオンの横にいる徒歩の男が怒鳴った。

 

「おう、ロウか──。無事なのか──」

 

 すぐ後ろで、女の声がした。

 振り返る。

 

 ぎょっとした。

 さっきの女騎士だ。すでにすぐ後ろにいる──。

 

 騎馬のままで馬をとめているが、武器は手に持ったままであり、全身に返り血を帯びている。槍のような剣も血でべっとりと汚れていた。

 ただ、構えは解いていて、レオナルドに興味を失ったように、男の方に嬉しそうな笑みを浮かべている。

 

 とにかく、レオナルドは、自分の全身にどっと冷たい汗が流れるのがわかった。

 あの男の声がなければ、あと数瞬で死んでいただろう。

 

 だが、ロウだと?

 

 さっき声をあげたのがロウなのか?

 名は承知しているが、顔はよく知らなかった。

 あいつがそうか……。

 しかし、なぜ、父のクレオンと一緒にいるのか?

 そもそも、エルフ族たちと一緒に峡谷のあいだにいるのでは──?

 

「武器を引けええ──。直ちに戦いをやめよ──」

 

 クレオンが大きな声で一喝した。

 それとともに、クレオンの横の随行兵が軍ラッパを吹奏する。辺境候軍で軍行動の停止を命じるラッパ音であり、それが周囲に響き渡る。

 

「クレオン様、もう一度、ご命令を……。魔道で拡散させますわ」

 

 女の声がした。

 クレオンに話しかけたのは、顔をベールで隠した女だ。そういえば、最初にぶつかったとき、顔を隠した女もエルフ族たちの中に混ざっていた。

 そして、再び、クレオンの命令が戦場に響く。

 今度は魔道で拡散された。

 振り返ると、ずっと離れてしまったが、エルフ隊たちと辺境候軍の各隊が戦闘を停止し始めたのが見えた。

 クレオンの声を辺境候の将兵が聞き間違うはずもない。

 そのクレオンが戦闘の中止を命令したことで、兵たちは直ちに戦うのをやめたようだ。

 

 それにしても、なぜここにクレオンがいるのだ?

 看病をしていたジェシーもいるということは、間違いなくクレオンなのだろうが、夕べ話したときには、寝台から起きることもできないほど衰弱していた。

 いまは元気そうに見えるが……。

 わけがわからない……。

 そのクレオンがレオナルドに視線を向ける。

 

「レオナルド、お前を捕縛する……。大人しくせよ」

 

 そして、突然にクレオンが声をあげた。

 また、その声でクレオンの周りの護衛たちがレオナルドにゆっくりと向かってきた。

 

「ま、待ってくれ、父上──。なぜ、捕縛を……」

 

 どうして──?

 まさかとは思うが、エルフ族と戦端を開いたからか?

 だが、これは夕べ、病床にあったクレオンの指示を受けてそうしたのだ。まあ、確かに、命令されたのは、ロウの誅殺であって、女王たちと戦うことではなかったが、そのロウと女王は一緒にいたのである。

 やり口はまずかったが、叱られるならともかく、捕縛とはなんだ──?

 

「黙れ──。お前は私的な理由で辺境候軍を勝手に動かし、あまつさえ、女王陛下を負傷させた。これは断じて許すことなどできん。お前は辺境候を潰すつもりか──」

 

 クレオンが怒鳴った。

 私的な理由で勝手に……?

 それはまあ……、個人的な感情もあって、ロウを始末しようとしたことは確かだ。だが、勝手に軍を動かしたと言われては不本意でしかない。

 ロウを誅殺せよと、夕べ寝台にレオナルドを呼んで命じたのは、ほかならぬクレオン自身だ。

 

 しかし、すぐにレオナルドは悟った。

 なるほど、父は辺境候家を守るために、レオナルドを生け贄にしようとしているのか……。

 

 レオナルドは最悪の状況になりかけた事態を解決しようと、女王を人質にしようして隊を突撃させたが、クレオンは、それではなく、すべての責任をレオナルドひとりに押しつけて、マルエダ家の安泰を図ろうとしているということか?

 クレオンとロウが一緒にいることを考えると、もしかして、なにかの密談でもあったか?

 

 とにかく、レオナルドは自分を見捨てたクレオンにがっかりしてしまった。

 クレオンの護衛たちがレオナルドに縄をかけ始めたが、レオナルドはまったく抵抗をしなかった。



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686 老将の悔恨と念願

 いつの間にか、白髪が奇異ではない年齢になっていた。顔にもしっかりと老齢による年輪が刻まれている。

 

 辺境候として、この国の国境を守ることが任務であり、長くこの地で国を守ってきた。しかし、実は異国との戦の経験はほとんどない。

 その脅威がなかったのだ。

 

 辺境候領の西側には、かつてローム帝国と呼ばれていた国があるが、いまは三公国に分裂をしており、これまでの話にはなるが、ハロンドール王国に侵略をするほどの力はなかった。

 ローム帝国がハロンドール王国の宗主国であった時代の父祖は、ハロンドール王国が属国であることをやめたことで送られた報復の帝国軍から幾度となくこの地を守り抜き、王国の独立に命をかけたが、それもいまは昔だ。

 王都にある王軍に次ぐ軍事力を辺境候家とその周辺諸侯で保持している現状において、ハロンドール側からローム側に攻めることはできても、逆はなかった。

 それが実情だったのだ。

 

 また、西側の旧ローム帝国に対して、北にはエルニア王国と呼ばれる国がある。ハロンドール同様に、かつてはローム帝国の属国であった国だが、いまは完全な独立国だ。

 ただ、宗教的指導者が国王であり、ハロンドール王国とも、旧ローム帝国の三公国とも外交を断ち、事実上の鎖国状態だ。

 あの国が国の外のことに興味があるとは思えず、侵略行為を起こす可能性があるとも思えない。

 

 もっとも、数年前にタリオ公国の大公となったアーサーという男が世に出てきたときは、そのぬるま湯のような状況も長くないかもしれないとは思った。

 調べさせところ、アーサーという男はかなりの野心家であり、彼の野望はかつてのローム帝国の版図を復活することに留まらず、ハロンドール王国、エルニア、そして、エルフ女王国にまで拡がっているということがわかったのだ。

 まあ、絵空事だとは思ったが、あの若者は、タリオの成長を妨げていた旧ローム帝国時代からの因習を見事な政治的手腕と強引な軍事行動で排除して国を急成長させ、あっという間にハロンドール一国に匹敵するほどの富を国にもたらした。

 

 そして、今回のカロリック併合だ。

 まだ、表向きの手続きはされていないが、カロリック大公だったロクサーヌ少女公は国を捨てて逃亡中であり、カロリックの重鎮貴族たちは、すでにことごとく、侵略をしたタリオ公国に服従を誓った。

 事実上の併合だ。

 さらに、山脈を隔てているデセオ公国がタリオの支配に同意すれば、あのアーサーの野望の第一弾は完成する。

 そして、デセオは、タリオを受け入れるだろう。

 

 あのデセオ公国もまた、独特の気風を持つ国であり、住んでいる者たちそのものの性質が富や権力に関心がない。享楽と放埒を旨とする国風であり、デセオは、領土欲や権力的な野心とは無縁である。

 三公国の中で唯一、形式だけでなく、表向きにもローム帝国の支配を受け入れ続けていた。

 アーサーが最後の皇帝を放逐したいま、デセオの宗主国は消滅してしまったが、あのデセオ公国はこれまでいた皇帝の立場に、タリオ公国のアーサーがついても、なにも気にせずに、そのまま支配を受け入れるだろう。

 あれは、そういう国なのだ。

 

 だからこそ、クレオンは、あのタリオの若者の次の矛先がハロンドールであると確信をしていた。

 父祖のように国を守って戦うという名誉を手に入れる機会を与えられるものだと思っていた。

 国策として、意図的に国境守備を担う軍事力を辺境候以外の周辺諸侯にも分裂させている現状であるが、その諸侯を辺境候クレオンを中心としてまとめきることで、いざとなれば、国力としていつでも合一できる準備を整えているつもりだった。

 

 しかし、その実態は、いつの間にか、あのアーサーの間者を多数侵入させられ、虫食いのように辺境候軍をはじめとして、各諸侯の勢力が荒らされている状態だった。

 クレオン自身がそのタリオの間者に暗殺されかける寸前だった。

 屋敷に長く仕えている侍女たちがタリオが送り込んだ間者であり、暗殺者だったのだ。

 彼女たちは、もう五年も屋敷で仕えていた。

 つまりは、もう五年も前に、タリオのアーサーによって、家人の中に潜入させられていたということになるのだろうか。

 五年も前といえば、まだタリオが流通で急成長をする時期よりも前であり、アーサーのタリオ公国における大公としての地盤が盤石ではなかった頃だ。

 そんな前から……。

 

 また、そういう状況は、辺境候家だけでなく、諸侯軍の中も同様だった。

 調べさせたところ、今朝まではいたのに、現在、不可思議な失踪をしている者たちが少なくない数あるようだ。

 もしかして、今日の昼間、レオナルドがエルフ族女王に戦端を開いたことで、巻き添いになるのを避けるために、一斉に間者が抜けた?

 まだ、昼間に対して、夕方のことなので、いなくなった者たちが本当にいなくなったのかどうかさえもわからない。

 ただ、現段階で、タリオの勢力が辺境候軍の軍営に紛れ込んでいたという確かな証拠は、人の消滅とともに消えている。

 いまは調査中だ。

 

 さらに、嫡男のレオナルドそのものがタリオの軍門に陥っていた。

 エルフ女王の護衛隊に攻撃をした責任者として、とりあえず、レオナルドについては、地下牢に監禁させたが、そこに送り込んだあと、すぐにクレオンはレオナルドに会いに行った。すると、レオナルドは、タリオの諜者を通じてアーサーと秘密の協定を結んでいて、そもそも、エルフ女王への攻撃やロウを捕獲しようとする企てが、そのタリオの諜者にそそのかされたことで実行したということを白状した。

 

 クレオンは愕然とした。

 タリオのアーサーというのは、敵対すべき相手であり、与する相手ではない。

 それがわからないとは……。

 

 しかも、よくよく聞けば、タリオ公国との密約などというものは、諜者を通じた口約束であり、書面一枚、魔道誓約一個も存在しない。タリオの諜者であるという証拠すらない。

 レオナルドによれば、相手がそう名乗ったから、信じただけというのだ。

 クレオンは、レオナルドがタリオと協同していたということ以上に、その愚かさにがっかりした。

 今回のことがどういう結果になろうとも、レオナルドは辺境候の後継者にすることはできない。

 クレオンは、これから始まるエルフ女王家との会合の結果いかんに関わらず、レオナルドを見捨てることを決めていた。

 

 それにしても……。

 

 自分は老いたのだろうか……。

 今回の体たらくの過去を顧みて、そう思った。

 国のために戦う……。そして、死ぬというのがクレオンの夢だった……。

 命をハロンドールのために削り、それでやっと父祖と並んで、同じ土に埋まって眠ることができる。

 その機会を得たい。

 ずっと、そう思っていた。

 

 しかし、あのとき……。

 もしも、偶然にロウがクレオンを暗殺しようとした侍女たちを阻止してくれなかったら……。

 とてもじゃないが、恥ずかしくて、天界で待っている父祖たちの宴に侍ることなどできなかった。

 考えると、ぞっとする。

 

 辺境候として、この地でなにもせずに、ただただ存在すること──。

 それがこの国からクレオンが求められ続けたことだった。

 

 クレオンが父の急死によって、若く辺境候の地位についたとき、このハロンドール王国は、兇暴王エンゲルの時代だった。

 エンゲル王は、現在のルードルフ王の祖父にあたり、このハロンドールの地は、エンゲル王によって強引に推し進められる中央集権施策の中で、粛正に次ぐ粛正──、そして、それに抵抗する諸侯によって起こされる内乱と、その討伐がひたすら繰り返されるという、とにかく、国が荒れた時代であった。

 自分に少しでも反感を持つ諸侯をどんどん切り捨てては、理由をつけて粛正したエンゲル王が、唯一手をつけなかったのが、この辺境候家だった。

 それは、代々のマルエダ家がずっと王家の忠実な楯であり続けていたということとともに、クレオンが一早く、エンゲル王への絶対の忠誠を誓ったからだろう。無論、国境を守る立場にある辺境域の勢力ということもある。

 とにかく、エンゲル王の激しすぎる治政に、反乱を起こす諸侯は少なくなかった。

 クレオンは、エンゲル王の求めのまま、鎮圧の軍を出して、王軍とともに内乱の諸侯を鎮圧していった。

 

 そういう態度が評価されたのだろう。

 各諸侯が力を削られる中、辺境候家のマルエダ家だけは、エンゲル王は手をつけなかった。

 せいぜい、囲っていた国境守備軍の勢力の半分を辺境候家の諸侯の指揮下に入れるようにして、力の分散を図らせただけだ。

 ただ、マルエダ家のように広大な領土を持つわけでもない各諸侯においては、維持経費が膨大な常備軍を保持するだけの財源がなく、諸侯側に移った常備軍の維持費のかなりを辺境候家がそのまま負担することにもなった。

 エンゲル王としては、それでマルエダ家の力を削いだつもりだったかもしれないが、むしろこの辺境の地におけるマルエダ家の地位はあがった。

 なにしろ、国境に騒乱があるときには、諸候軍の指揮権を与えられており、軍の維持のための財政的な基盤で、周辺諸侯の懐をマルエダ家が握るのである。

 ハロンドールの西方域における事実上の小国王の誕生だ。

 家臣が力を持つことを嫌うエンゲル王としては、失政だったと思う。

 

 だが、もしもエンゲル王があのまま長生きをすれば、危なかったかもしれない。

 出過ぎた釘は、罪はなくても、罪を作って討伐するのがエンゲル王だ。国境を守らせるという役割があったとしても、エンゲル王はいずれ、クレオンに手をつけたかもしれない。

 しかし、エンゲル王は早世した。

 魔道でも回復の見込みのない突然の死病に倒れたのだ。

 

 自分の死により、王家の力が弱まるのをエンゲル王は恐れた。

 なにしろ、その時点で、多すぎて国政の邪魔でしかなかった王族をエンゲルは憎み、自分の係累以外の王族のことごとくを誅殺するか追放してしまっていたのだ。

 王族など、自分と自分に極めて近い親族程度で十分と考えたようだ。

 だが、あまりにもやりすぎて、王家の力を削ぎすぎてしまったということだ。

 エンゲル王は自分さえ生きていれば、余分な王家の一族など不要と思っただろうが、エンゲル自身の早すぎる寿命は、彼の計算をすっかりと狂わせてしまったのだ。

 

 そのため、エンゲル王は、まだ独身だった孫のルードルフとクレオン家が縁づくことを求めてきた。

 ルードルフは、エンゲル王の嫡男にして、王太子のロタールの唯一の息子であり、次々代の王と決まっていた。

 王家にとって、次の王に決まっているロタール王子については問題はなかった。しかし、当時十五歳だったルードルフは、この時点ですでに王としての資質を問われていたほどの無能の評判だったのだ。

 エンゲルの息子のロタールについては、エンゲル王に鍛えあげられるとともに、堅実な政策思想、実直な性質、そして、果断すぎる父王の行き過ぎを度々に換言していたことで各諸侯から慕われもしていた

 だが、その優秀な王太子のロタールの唯一の失敗作がルードルフと言われていた。

 エンゲル王は、次の治政のロタールと、さらに次の世代のルードルフの後ろ盾になることを願い、クレオンに対して、クレオンの娘のアネルザとルードルフを娶せることを求めたのだ。

 

 ただ、ルードルフは、その当時から女狂いの政治嫌いの無能という評判が大きく、クレオンとしても、嫡女のアネルザをそのルードルフの妃とすることは躊躇した。

 しかし、応じるしかなかった。

 せいぜい、国王になっても、アネルザ以外の女を側妃にしないこと──。約束を破った場合は、マルエダ家は王家の後ろ盾から手を引くという誓約を書かせるくらいしかできなかった。

 そして、エンゲル王が崩御した。

 だが、王国として誤算だったのは、王位を継いだロタール王がわずか二年の治政で病没したことだった。

 なんの準備のないまま、無能と呼ばれたルードルフが国王になった。

 

 そして、あれから三十三年──。

 

 ルードルフは、世間の期待を裏切らず無能王であり続けた。

 ただし、祖父のエンゲル王が王家に取って変わる可能性のある諸侯をすべて粛正し尽くしていたおかげか、内乱だけは起きなかった。

 まあ、つい最近までの過去のことになったが……。

 ただ、平和ではあったろう。

 なにも変化しない三十年──。

 これがルードルフのこれまでの治政の評価だ。

 

 だが、一切の改革を放棄することで社会成長は停滞し、国力は低下した。新しい人材は活用される機会を与えられず、有能な者がタリオなどの他国に流出して社会活力は衰退した。

 その間に、いつの間にか三公国が力をつけ、タリオなどという公国がハロンドール王国の後塵ではなく、肩を並べるほどにもなった。

 ルードルフは、アネルザのほかに妃は持たないという約束だけは守ったが、アンという実子をアネルザと作った後は、女としての一切の関心をアネルザに示さなくなった。

 妻としてのアネルザをないがしろにし、大勢の奴隷女を後宮に集め、しかも、自分の仕事をアネルザに押しつけて、ルードルフ自身は後宮に入り浸るだけの昼行灯に徹した。

 

 気性の荒い娘のアネルザは、そんなルードルフに対して荒れに荒れ、自らも奴隷宮を作ったりするという暴挙を振るったりした。

 さすがに、クレオンは諫めたが、親の小言を受け入れるような娘ではなく、王妃アネルザの評判は、アネルザの荒い気性とともに、ルードルフ同様に低下していった。

 クレオンは、そんな王都のことを、遠い辺境候領から見守るしかなかった。

 

 戦うことしかできず、政治的な駆け引きも苦手であり、王都との関係が希薄なクレオンには、なにもできることはなかったのだ。

 それに、エンゲル王の激しすぎる時代に疲れていた諸侯は、ルードルフのなにもしない治世に安堵もしていた。意外にも、ルードルフのことを受け入れる諸侯は少なくなかったのだ。

 ルードルフは、権力を望む者には、職務と併せて喜んで自分の権限を手渡したので、好色である以外は、部下にとっては、実に仕えやすい王だったようだ。

 いや、大して物狂いもせず、軍事行動もしなければ、新しい離宮を作ることもない。だから、国政は潤う。そして、余った王宮の富は、権力欲のないルードルフから家臣たちは奪い放題だった。

 これでは、クレオンとともに、王宮改革の必要性に同意する諸侯が集まらないのも当然だ。

 

 また、贅には興味を抱くこともない。ルードルフが望むのは、女を抱くことによって得られる快楽だけだ。

 賄として求めるものも、美しい奴隷女程度であったのだから、むしろありがたい王でもあった。

 ある意味、ルードルフの治世は、王都に集まっている一部の諸侯たちにとって、とても望ましい安心できる時代でもあったのだ。

 

 しかし、キシダイン卿という男が現れた──。

 

 彼は、エンゲル王によって粛正されていなくなった王族の生き残りともいえる人物であり、政治的手腕に優れ、しっかりとした財政基盤、さらには、見た目の美貌と爽やかさと相まって、世に出るや否や、ほとんど瞬時に王都の寵児となった。

 血筋として問題なかったこともあり、クレオンにとっては実の孫になるアネルザの実子の王女アンの夫にもなった。

 アネルザもまた、自分の娘のアンをキシダインに託したかったのだろう。

 アンは、同じ歳の王女のエルザ姫とともに魔道力が皆無であり、王位継承権がなかったのだ。だから、アネルザはアンを守るために、キシダインという男をアンの夫にしたのだと思う。

 

 ルードルフには、イザベラという三女の王位後継者がいたが、無能王の評判のルードルフの血を引くイザベラの人気は高くなく、アンの夫となったことで、王位継承の資格を得たキシダイン卿に対し、彼にこそ王位を継いで欲しいという声も大きくなった。

 そもそも、王家でありながら、魔道をまったく持たない子供というのは稀有の存在だ。魔道を遣えない者は珍しくもないが、王家の魔道具をまったく使えないほどに魔道力が皆無であるという例はあまりない。

 それもあり、アンにしても、エルザにしても、そもそも、本当にルードルフの種なのかという声は密かにあったみたいだ。

 そんなこともあり、アネルザは、アンを幸せにしてくれる存在として、キシダインに期待したのだろう。アネルザは、次代の王として、第三王女イザベラではなく、アンの夫のキシダインを支持し、イザベラを目の敵にした。

 いまとなっては、完全な間違いだったとしかいえないが……。

 

 クレオンとしては、アネルザの血が繋がっているアンも孫だが、イザベラ、あるいは、いまはタリオのアーサーのところに政略で嫁いでいったエルザもまた、実の孫のつもりだった。

 だから、王都の王位継承者の混乱は、クレオンとしては複雑な思いだった。

 なによりも、ルードルフの無能がその混乱を大きくした。

 あの馬鹿は、王位継承のことで王都が荒れていることを認識しながら、自分の後継をキシダインにするのか、イザベラにするのか決めることを放棄したのだ。

 クレオンは呆れたものだった。

 

 いや、罪は自分も同じだ。

 王都の状況に不満を抱きながらも、自分で動くわけでもなく、情報を積極的に集めようとすることさえしなかった。

 なにもせずに、ただこの辺境で静観をしていただけだった。

 だから、まさか、キシダインに嫁いだアンが、実はキシダインの屋敷に監禁され、奴隷以下の生活を強いられているなど、夢にも思わなかった。

 それがあからさまになったときには、血が沸騰するほどに激怒した。

 もっとも、クレオンが知ったのは、すべて解決して、アンが過酷な生活から解放されて、神殿に保護されてからだったが……。

 

 ロウ──。

 

 それが、実の孫のアン、ひいては、娘のアネルザ、さらにイザベラをも救ってくれた救世主とも呼べる男だ。

 彼が世に出てきたことで、すべてが変わった。

 ロウがキシダインを失脚させ、彼の悪行を世間にあからさまにしたことで、これまで隠れていたクレオンの娘や孫たちの不幸が全て解決したのである。

 

 まず、これについても知らなかったのだが、イザベラはキシダインによって、度重なる暗殺の危機に瀕していたのだ。だが、その恐怖から解消されて、正式に王太女になった。

 アンはキシダインの監禁から解放されて、ロウに心を救われた。その経緯も、クレオンはアネルザからの手紙でしっかりと把握している。

 そして、王政は、王太女イザベラとともに奴隷宮を解散したアネルザが担うようになり、ふたりの評判は急激に高くなった。

 国政も改革の兆しをみせるようになり、王太女の侍女たちを王女の側近として登用して若い力を国政に使ったり、タリオから自由流通を取り入れることで王都の物価がさがり、さらに、異国の商品が大量に市場に出てきて消費が拡大したりと、王都には新たな時代が訪れそうな、そんな民衆の仄かな期待がやっと生まれはじめた。

 それなのに、あの馬鹿はついに……。

 

 それはともかく、ずっと疎遠だったアネルザは、なにかあればロウのことを頼むと、頻繁に手紙を送ってくれるようになり、親娘の仲が戻るきっかけもまた、ロウが作ってくれることになった。

 クレオンは嬉しかった。

 

 アネルザは、ロウと男女の関係であることは手紙には直接には書いてこなかったが、調べれば公然の秘密として、王都では常識のようだった。

 それに、送って寄越すアネルザの手紙からは、アネルザがロウを男して慕っていることが言外に明白でもあった。

 これまでのような奴隷宮ではなく、王妃の堂々の本気の浮気は、クレオンも諫めるべきかと思ったが、それよりも、手紙から読み取れるアネルザの幸せそうな雰囲気、そして、どんどんとあがるアネルザの王妃としての評判に、クレオンはロウを認めることにした。

 そもそも、王都における評判を拾う限り、ロウを愛人にしたアネルザの評価は、むしろ急上昇していたのだ。

 

 そのアネルザは、手紙のたびにロウを褒め、あれこそ“英雄”だと、生き生きと書いて寄越した。ロウやその仲間たちと触れ合うことが、なによりもの人生の幸せだとも書いてきた。

 一時期は憎しみあった感じもあるイザベラ王太女との関係も良好のようだ。まあ、アネルザだけでなく、実は、イザベラ、さらに、アンともロウは男女の関係だと噂で聞いたときには、仰天はしたが……。

 まあ、それも受け入れた。

 いずれにしても、王都にいるクレオンの娘と孫の不幸を消滅させてくれたのが、ロウという存在であることは明白だ。

 クレオンは、一度、ロウに会いたいと思っていた。

 

 とにかく、クレオンは今回のルードルフの蛮行に失望しきった。

 新しい女に入れあげ、あんなに尽くしたアネルザを捕縛して監獄塔に監禁して閉じ込めるなど、その知らせには、耳を疑ったほどだ。

 監獄塔から送られたアネルザからの助けを求める手紙に激怒し、ルードルフを見限ることに決め、反乱の旗を掲げた。

 まあ、実際には、王都に叛乱軍を進軍させるまでのことをするつもりはなく、目的の半分は王軍を除けば王国内の最大の軍事力である辺境域の諸候軍が勝手に暴走しないために、あえて軍を集めたということだ。

 残りの半分の理由はタリオ対応である。

 王都の混沌と合わせるように、国境の向こうのタリオ公国の軍事行動の兆しがあった。

 クレオンは、そのタリオへの牽制の意味としても、辺境域の諸候軍を集結させたのである。

 まあ、もしも、ルードルフがこのまま王位にしがみつき、退位に応じないようならわからないが……。

 

 その諸候軍の領主や軍指揮官の多くが、サキュバスによって魅了術にかけられていたのは驚いたが、まあ、実態としては実害はなかった。クレオンやレオナルドのところには、あのサキュバスは近づかなかったし、実際にサキュバスたちがなにかをやったということもなかった。

 結果的に、あのふたりがやったのは、大勢の領主、将軍と性交して、ほかのことに手が着かないほどに、快楽に溺れさせた程度である。

 あのサキュバスたちが、自分たちの「主人」は、ロウだと「自白」したことについては、さすがに唖然としてしまったが……。

 

 とにかく、今回、やっとそのロウと会えた──。

 ナタル森林に赴いて、エルフ王家の危機を救ったことで、女王のガドニエルから英雄認定を受けて、その女王の恋人にもなったロウ──。

 そのロウがやってくるだけではなく、気がつくと、いつの間にか陥っていたマルエダ家の危機、そして、クレオンの命も救ってくれていた。

 思った通りに、なかなかにいい男だった。

 まだ会ったばかりだが、あれは、ひとかどの人物だと思う。

 娘のアネルザは、我が儘で悋気で愚かだったが、人を見る目だけは持っていた。ルードルフと婚姻する際には、最後の最後までそれを忌避していた。

 ロウは、そのアネルザが絶賛した男だ。

 まだ、わからないが、アネルザの賞賛の通りの男だと思う。

 これぞ、英雄か……。 

 

 だから、もういいのではないか……。

 

 この国を守った父祖たちを並ぶことのできる栄誉を得たい──。

 これだけがクレオンの望みだったが、実際には悔悟だけの人生だった。

 せいぜい、エンゲル王の猟犬として内乱の中で同胞の諸侯たちと戦っただけだ。

 それでは、とても国を守った父祖たちの場に参加することはかなわないだろう。

 

 子育てついても失敗した。

 アネルザはともかく、後継者として目していたレオナルドは、クレオンの想像以上に無能だった。

 シモン……。

 頭がよく、優秀であることはわかっているが、とにかく変わり者で、あれは辺境候家を引っ張っていけるのだろうか……。

 そもそも、この家を継ぐつもりがあるのか?

 まあ、そうしてもらうほかないが……。

 

 いずれにしても、集めさせた諸候軍であるが、それをタリオに巣喰われていたとあっては、解散するしかないかもしれない。

 各諸侯には帰還してもらい、もう一度、自軍の引き締めをしてもらう。

 タリオの息のかかりすぎている諸侯軍が動くことはむしろ危険だ。

 

 無論、辺境候家の自軍もそうだ。

 今回のレオナルドの暴走で、すでに半分以上の勢力を失っている。戦闘の時間が短かったのと、戦闘中止の直後にこれまで戦ってきたエルフ族たちから逆に治療術を受けたことにより、戦死こそ全体の一割に留まったが、三分の一は後遺症が残りそうであり、今後は兵としての役割を果たすことはできないだろうと報告を受けている。

 それほどの戦いだったのだ。

 これに対して、相手のエルフ族の女兵たちは、戦闘中の傷こそあったが、いまは治療術で完全回復しているそうだ。

 もちろん、死者などない。

 結界という力場の壁があったとはいえ、なんという力量差なのだろう。エルフ族がそんなに白兵戦で強靱とは、一度も耳にしたことはなかったのだが……。

 

 いずれにしても、もういいだろう……。

 ロウという男の背中に、エルフ族の王家がしっかりとついていることは、今回改めてわかった。

 王都の混乱については、いまや、どうしようもない状況であるが、ロウならうまくまとめてくれるかもしれない。

 エルフ女王家と事を起こしたとあっては、それを償うたためには、レオナルドはもちろん、クレオンの首をも必要だろう。

 辺境候家と軍のことは、シモンに託すしかないが、そのシモンの後ろ盾をロウに頼むのはどうだろうか。

 いや、頼むべきだろう。

 引き受けてもらえるかどうかはわからないが、ロウはアネルザの愛人でもあり、この辺境候家はアネルザの実家だ。

 だから、クレオンが死んだ後のことについて、誠意を示して頼めば……。

 

「お館様、そろそろ、会合の時間です」

 

 思念を扉の向こうから声をかけてきた家人によって遮られた。

 昼間に起こした騒動について、改めて女王側と会同を開くことになっており、その刻限がやってきたのだ。

 もともとは、明日だったが、これよりも先に、急遽ではあるが、一度準備会合を先にしたいとロウから申し出があったのだ。

 

 とにかく、クレオンはすでに覚悟を決めている。

 レオナルドとともに、クレオンの命──。

 なんとしても、それで終わりにしてもらおう。

 真摯にロウに頭をさげれば、それで……。

 

 クレオンは扉の向こうの家人に声をかけてから、おもむろに立ちあがった。






 いま、気がつきましたが、エンゲル凶暴王をルードルフの“父”としている箇所と、“祖父”としている箇所が入り混じっているようです。
 “祖父”の設定が正しく、間違っている箇所は修正したいのですが、記憶にある部分しか修正していません。ほかにも設定誤りの場所があれば、発見次第に直します。
 ご了承ください。


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687 死闘終わって…



 前話よりも、少し時系が戻っていると思ってください。前話は夜でしたが、この場面は、それよりも早い夕方の時系になっています。




「ご主人様、お疲れ様でした」

 

 エリカたちが待っている大部屋に戻ろうとしたところで、一緒にいたコゼがにこにこしながら言った。

 一郎は苦笑した。

 

「お疲れといっても、隣の部屋から戻るだけだけどね」

 

「でも、お疲れ様でした」

 

 コゼが笑った。

 クレオンが一郎たちに宿舎として与えてくれた一般兵士用の木製の兵舎の廊下である。

 兵舎は全体が木製の長細い平屋の建物であり、大きな四個の部屋に分かれている。

 一郎とコゼは、自分たちの部屋以外の残りの三部屋を順番に回ってきたところであり、いまやっと、今夜一郎たちが休む場所である部屋に戻ったところだ。

 この兵舎は、本来であれば、各部屋に三階立ての寝台を敷き詰めて、最大二百人は寝れるそうだ。

 その建物の一棟を一郎たちは、休息用として丸ごと借り受けているのだ。

 早めの夕食はすでに終わっている。

 あとは休むだけだ。 

 

 実のところ、辺境候のクレオンは、最初は、ここではなく、自分が寝泊まりをしている陣営内の建物を一郎やガドに明け渡して、自分はほかの場所に寝ようとした。

 だが、それは一郎たちが拒否した。

 

 一応は和解したとはいえ、エルフ族たちと辺境候軍の諸兵とは、今日の昼間に一戦して殺し合った立場である。

 一郎たちには問題はないが、向こう側は百人は死んでいる。負傷した者ともなると、その十倍では効かない。

 クレオンが寝泊まりをしていた建物は、ほかの辺境候軍の天幕にも、諸侯の幕舎にも近すぎる。

 だから、万が一にも、間違いがあってはならない。

 そんな理由をつけて、借り受けることにしたのが、この兵士用の平屋の兵舎だ。

 

 もともと、この建物を使っていた者や、少なくとも顔がわかるほどの近傍にある天幕については、昼間のうちに撤去してもらい、夕方に入ったときには、この隊舎周辺一帯からは、一切の辺境候軍の将兵がいない状況にしてくれていた。

 また、エルフ女王の宿泊用に、兵士用の隊舎をあてがうことについて、辺境候のクレオンがかなり恐縮していたが、そこは強引に押し切った。

 

 どうせ、どんなに豪華な部屋であろうと、ガドも含めて、一郎を中心に雑魚寝になるだけだし、必要な家具類は一郎も亜空間に収納しているし、スクルドもガドも魔道で格納している。

 どうにでもなるのだ。

 それよりも、一郎が女たちと愛し合うのを邪魔されない環境が欲しかった。

 

 その点では、周囲から辺境候の将兵を離してくれたこの環境が絶好だ。

 まあ、最悪、なにもない草地の真ん中でも十分ではあった。

 一郎の亜空間には、ナタル森林に移動してくるときに使った幌馬車が丸々入っている。

 さすがに馬は亜空間には入れていないので、移動に使うことはできないが、寝泊まりについては問題ない。

 あるいは大天幕だ。二十人は軽く入れる簡単に組み立てられる天幕も亜空間にはある。

 それを草地に出し、親衛隊の女たちには周りで簡易天幕で宿営してもらい、一郎たちは馬車か大天幕の中で寝てもいい。

 それよりも広く、壁も屋根もあるこの隊舎は、十分過ぎる環境だ。

 

「待たせたな、みんな」

 

 一郎は、護衛代わりにと、強引にへばりついていたコゼとともに、一郎たちにあてがわれている大部屋に入った。

 部屋割りは、四個のうち真ん中のひとつが一郎と女たち、すなわち、ガド、エリカ、コゼ、シャングリア、スクルドの六人。ほかの三部屋がブルイネン以下の親衛隊の部屋だ。そこにブルイネン以下の親衛隊たちが分かれて休んでいたのである。

 最初は、辺境候クレオンに対する体面もあり、四個のうちのひとつをガド専用にして、その隣を五人で使おうとしたが、ガドが涙目になって拒否したので、やっぱり一緒にした。

 まあ、実際、クレオンがここに来ることもないだろう。

 

 明日に予定している会合は、クレオンの使用している建物にある会議室で行うことになっている。会合の際には、一郎たちから出向くことにして、ここには誰も近寄らないことを約束してもらった。

 いずれにしても、明日の話し合いで、これからのことを話し合う。

 レオナルドが結果的に女王を襲撃したことへの後始末についてもだ。

 ピカロとチャルタの引き渡しのことも、そのときの話し合いによることになるだろう。

 

 あれから、ここで囚われているサキュバスたちの身柄引き取りをすぐにごり押しすることも考えたが、結局やめた。

 強く出れば、クレオンは承知しそうだったが、そんなことをしなくても、絶対に返すとクレオンは個人的に約束してくれた。

 もっとも、引き渡しの際には、すでに魔族とわかっているふたりをそのまま自由にさせるわけにはいかず、一郎に渡すときには、捕獲した魔族の囚人奴隷を一郎に移管するという体裁をとりたいようだ。

 まあ、この世界における魔族の存在がタブー視されていることは認識しているので、ピカロたちの扱いについては、あまり注文をつけずに、向こうの都合に合わせることにした。

 そもそも、この辺境候軍を乗っ取ろうとしたなど、あいつらがやろうとしたことについては、一郎も呆れてもいるし、ちょっと怒っている。

 一郎が引き取るまでは、一囚人として、多少は手酷く扱っていいと、クレオンには言っておいた。

 

 とにかく、すでに夕方だが、これまでやっていたのは、戦った親衛隊たちの身体の点検だ。

 あの辺境候軍との激戦のあとで、女兵たちはスクルドとガドによる治療術を受けて傷をすべて治してもらっていたが、それはそれ、これはこれである。

 親衛隊については、女兵のひとりひとりが一郎の女だ。

 だから、傷など残っていないかどうかをちゃんと点検する必要がある。もしも、かすり傷のひとつでもあれば、一郎の淫魔術で完璧な肌に治しもした。

 それをずっとしていたのだ。

 

 もちろん、点検のためにはひとりひとり全裸にしたし、裸になった自分の女を前にしてなにもしない一郎ではない。

 きっちりと、ブルイネンを含めた三十一人に精を注いだ。ひとりの例外もない。

 全員を完全に満足させた。

 

 ただし、全員を抱いたというのに、仮想空間に連れ込んだので、空間の外のこちら側では二ノス程度しか経っていない。そうなるように調整したのだ。

 だが、一郎の体内感覚では丸一日以上をかけている。

 一郎の身体については、まったく疲労が残らないようにしたので眠気すらないが、女たちについては、今夜はあえて、性交のあとの余韻のままにしたままこっちに戻した。

 いつもは、性交による疲労などを消し去ってからこっちに戻す。一郎と抱き合ってからも、彼女たちには見張りなどの任務が交代であるからだ。

 だが、今日のように激戦をした後の夜くらいはしっかりと休んで欲しいものだ。

 だから、今日だけはよく眠れるように抱き潰したというわけだ。もっとも、実は手加減をしなければ、仮想空間であろうとも、抱き潰すまですると、ある程度の疲労感は残ってしまうのだ。三十人以上の女をひとりで抱いて、手加減しなければならないというのは、我ながら自分の絶倫に呆れるが、それがこの世界における一郎だ。

 

 とにかく、これについては、ブルイネンも了解した。

 最後に全部の部屋を見てきたが、いまは、あてがわれている大部屋で、みんなにこにこしながら、満足そうに毛布にくるまって休んでいる。

 もちろん、ブルイネンも含めてである。

 

「あっ、ロウ様、お疲れ様です」

 

「ご主人様」

 

「ご主人様──」

 

「ロウ──」

 

 エリカ、スクルド、ガド、シャングリアと一斉に寄ってくる。

 だが、それをコゼが追い払う仕草をする。

 

「こらこら、あんたたち、ちょっと離れなさい。ご主人様はひと仕事終わられたのよ。雌猫みたいに盛るんじゃないわよ」

 

 コゼが一郎を冗談っぽい大袈裟な仕草で護衛するような動作をしつつ、大部屋の真ん中にある脚のない寝台に誘導する。

 亜空間に収容している寝台のひとつであり、とにかく広くて、十人は軽く一緒に寝れる。

 この寝台で毎夜、一緒にいる女と愛を交わすのを、一郎たちの旅の日常にするつもりだ。少なくとも、昨日までいたモーリア卿の別宅ではそうした。

 ほかにも、大部屋には絨毯をしきつめ、ソファを並べ、調度品や軽い執務ができるようなテーブルや椅子、茶器セットも完備されている。

 コゼととももに、ほかの部屋に向かう直前には、ここはなにもないがらんとした空間でしかなかったので、一郎たちが女兵たちのあいだを回っているうちに、エリカたちが準備してくれたのだろう。

 

 一郎は寝台の真ん中で胡座に座る。

 コゼがちょこんと一郎の膝の上に乗ってきた。コゼこそ、まるで猫みたいだ。一郎は笑った。

 ほかの女たちも集まってくる。

 すると、スクルドが四つん這いの格好でコゼに接近して、コゼの身体の匂いを嗅ぐような仕草をする。

 

「くんくん……、ご主人様の精の匂いがしますね。コゼさんも抱いてもらったんですね」

 

 スクルドがくすりと笑った。

 

「な、なによ、あんた犬なの? どうして匂いなんか、わかるのよ?」

 

「わかるんです。わたしは、ご主人様の雌犬ですから。ご主人様の匂いはなんでもわかります」

 

 スクルドがにこにこ微笑みながら言う。

 

「なんですって──。また抜け駆け? ロウ様は戦った親衛隊たちの慰労で先にそっちに回るっておっしゃったのよ──。それにあんたが混じるってどういうことよ──」

 

 すると、エリカが強い剣幕でコゼに叱りつけてきた。

 コゼが一郎にわざとらしくぎゅっと抱きついて、怖がるような格好をする。もちろんエリカへの当てつけだ。

 

「なによ? そんなに真剣に怒鳴ること? ブルイネンも含めて、三十一回も仮想空間とこっちを出入りされたご主人様に、そのうちの二回か、三回同行させてもらっただけじゃないの。もちろん、そのときの女兵の許可はとったわよ」

 

「そういうことじゃないのよ。順番というものがあると言っているのよ。今日は慰労の意味の順番なのよ。最初は戦った親衛隊──。次はガド、そして、シャングリア。わたしとあんたとスクルドはその後よ」

 

「だ、か、ら、そんなに真剣に怒鳴ること?」

 

 コゼが呆れたように言った。

 まあ、確かにそんなに叱りつけることでもないかもしれない。一郎も少しだけ吹き出してしまった。

 

「まあ、わたしが最初でよろしいのですか、エリカさん?」

 

 すると、ガドが喜色を溢れさせる口調で言った。

 

「まあ、ある意味、今日の一番の功労賞ともいえるし……。身体を張って、あっちに借りを作らせたというか……。多分、おかげで明日の話し合いも有利になるだろうしね……」

 

 エリカが言った。

 さすがに、エリカも一郎と一緒にいたので、よくわかっている。

 あのレオナルドが愚かにも、エルフ女王のガドニエルを襲撃して、大きな負傷を負わせた。

 成り行きというところもあるが、一国の女王を傷つけたとあっては、これは国家問題だ。

 本来であれば、辺境候とはいえ、たかが一介の一貴族では対応できない。必ず、国と国との処置の話し合いになる。

 確かに、エリカの言い草じゃないが、大きな借りを作らせたことで、向こうとはいい話し合いができるだろう。

 

 こっちの目的は、ピカロとチャルタの身柄を引き渡してもらうことのみだが、親書という筋を通して訪問してきたエルフ女王を襲撃して負傷させたことが公になれば、辺境候家の評判は地に落ちる。

 この辺境候家は、ルードルフ王の悪行を弾劾するために、ここに軍を集めたのであるが、エルフ女王を理由もなく攻撃したなどというのは、ルードルフ王の悪行も飛ぶくらいの醜聞になるようだ。

 エルフ族の女王というのは、それだけ国家間でも権威のある存在らしい。

 

 もちろん、あまりクレオンを追い詰めることまではしないつもりだ。どうやら、あのタリオのアーサーが後ろにいる気配でもあるし……。

 国際的な醜聞というのであれば、クレオンではなく、あのアーサーが受けるべきだ。

 だから、クレオンには、レオナルドがタリオ公国にそそのかされたという証言と証拠を発見するように、すでに頼んでいる。

 

「まあ、そうなのですね。だったら、あのときの爆発の火傷もご主人様のお役に立つのですか? やっと恩をお返しできます。嬉しいです」

 

 ガドニエルだ。

 コゼを膝に乗せている一郎の腕を掴んでぎゅっと胸を押しつけるようにしていた。

 

「まあそうだな。だったら、ロウにたっぷりと可愛がってもらうといい。わたしの分をあげてもいいぞ。今日のガドは頑張ったしな。あの峡谷であいつらの攻撃を守り抜けたのも、間違いなくガドの結界術のおかげだ」

 

 シャングリアが横から言った。

 

「そうなのですか。ありがとうございます、シャングリアさん」

 

「そういうわけだから、ロウ。ガドを最初に可愛がってくれ。間違いなく、今日の功労賞だ」

 

 シャングリアが笑った。

 

「そうだな。ガドは一番の功労賞だ。しかし、ガドの負傷は、本来はハロンドールという一国が謝罪するほどの向こうの失態なんだけど、それは明日の話し合いでご破算にさせてくれ。その埋め合わせはするから。頼む」

 

 一郎はガドに向かって言った。

 

「まあ、よくわかりませんが、万事、ご主人様にお任せしますわ。ハロンドールですね。承知しました」

 

 ガドが嬉しそうに頷いた。

 

「それなら、どくわ。ほら、ガド」

 

 コゼが一郎の前から場所を空ける。

 ガドがすぐに横抱きのかたちで、一郎の前に滑り込む。

 

「よかったですね、ガドさん……。では、ご主人様、その次は、わたしということで……」

 

 スクルドだ。

 

「あんたは最後よ──。本当は峡谷組に入るはずなのに、勝手についてきたくせに」

 

「まあ、エリカさん。わたしがいたから、クレオンさんの毒をすぐに癒やせたのですよ。わたしもご褒美が欲しいです」

 

「確かにそうか。だけど、ちゃんと全員を順番に相手をしてもらう。話し合いは明日だし、それまでは十分に時間はある。それよりも、たった五人で俺の相手ができるのか? モーリア邸では十人がかりだったくせに」

 

 一郎は笑った。

 

「も、もちろん、頑張ります」

 

 すると、エリカが全員を代表するように大きく頷いた。一郎は笑った。

 

「じゃあ、さっそく、ガドだ。来い」

 

 一郎は一度ガドを膝からおろしてから、まずは、収納術で一瞬にして自分が下着一枚になる。一方で、ガドを除いた女たちがそれぞれに寝台の隅に移動していった。

 

「ああ、ご主人様……」

 

 ガドが顔を赤らめながら、服を脱いでいく。

 本来の女王としての、服を脱いだり着たりするのに他人の手が必要な面倒な衣装は身につけていない。上半身も下半身も簡単な留め具や紐を緩めれば脱衣ができるような簡単なものだ。

 あっという間に、ガドは胸当ても外した腰の小さな下着一枚になる。

 下着は白の紐パンだ。

 一郎の女たちは、一郎の命令によって、全員が脱ぎやすく、脱がせやすい「紐パン」を装着させているのだ。

 この世界にはなかったものだが、一郎が作らせた。

 マアにも身につけさせたが、マアはこれは商売になると意気込み、生地を工夫したり、色を変えたりと、貴族用のおしゃれな下着として売り出したみたいだ。

 確か、それなりに儲けていると閨で教えられた気がする。

 

「両手は背中だ」

 

 一郎の言葉で、ガドがすぐに一郎に背を向けて、両手を腰の括れのところで水平に重ねた。

 一郎はガドの両腕に縄をかけ、括れではなく胸の上くらいになるまで引きあげた。

 

「あんっ」

 

 ガドが甘い吐息をつく。

 一郎は縄を強めに胸の上下に巻いていき、しっかりと腕を上体に緊縛した。

 さらに縄を出す。

 ガドを仰向けにさせて、左右の両脚をそれぞれに畳ませ、伸ばすことができないように膝の上下で縛り合わせる。最後に両脚が閉じれないように縄尻を背中側に結んでしまう。

 M字開脚縛りの完了だ。

 

「さて、女王様の身体の点検といくか」

 

 一郎は股間を隠すことができなくなったガドの股間から下着を取り払った。

 むっとするような女の匂いが拡がる。

 ガドの股間はすでにびっしょりと濡れていた。

 

「もうぐっしょりだな。縛っただけで、まだ、なんの愛撫もしてないんだぞ」

 

 一郎は笑った。

 

「ああ、ガドはいやらしいんです。ご主人様に抱いてもらえると考えるだけで、こうなるんです。ご主人様、ご褒美をお願いします」

 

 ガドが切なそうに緊縛されている裸体を悶えさせた。

 

「いいだろう。まずは一発だ。前戯もしないぞ。そして、俺が達するまで我慢して見せろ」

 

「は、はいっ」

 

 ガドがはっとしたように、歯を喰い縛る仕草をする。

 もちろん、淫乱なガドが一郎との性交で絶頂を我慢できるなどとは思ってない。ただ、この世界でもっとも美しいとも称されている絶世の美女のガドが懸命に一郎の愛撫を耐える仕草が可愛いからそう言うだけである。

 一郎は下着を脱ぐと、すでに直立している怒張をガドの股間に突き立てた。

 

「ああっ、あっ」

 

 ガドが震えを帯びた声とともに、思い切り背中を反らせた。

 これは駄目だろう。

 おそらく、あっという間に達するに違いない。

 一郎は早速、律動を開始した。

 そして、ガドの膣の中にある性感帯の赤いもやをこれでもかと強く擦る。

 一打一打と、ガドのステータスの“快感値”が小さくなっていく。

 

「ひいっ、ああっ、だめええっ、が、我慢──。我慢んんん」

 

 ガドが奇声のような声をあげて、口を必死につぐもうとする。

 しかし、たった五回の律動で、ガドは最初の絶頂をしてしまった。

 

「ああああっ、あああっ、も、申し訳ありませんんん、んぐううう」

 

 ガドががくがくと身体を痙攣させる。

 

「仕方ないなあ……。じゃあ、次こそ頑張れ」

 

 一郎は苦笑しながら、さらに律動を再開する。

 

「はっ、はいいいっ、んくううう」

 

 ガドが可愛らしい奇声をあげる。

 

 そのときだった。

 部屋の外から声がした。

 ブルイネンだ。さっき抱き潰したはずだがなと、ちょっと思った。

 なにかあったか?

 その思念のあいだも、まだ律動は続けている。

 

「なに、ブルイネン……? あんたひとりならいいわよ……。そっと開けてね……」

 

 エリカが返答した。

 ブルイネンがほんの少し扉を開いて、申し訳なさそうに入ってくるのが横目で見えた。

 寝台の上で一郎とガドがセックスをしていることを認めたが、その困った表情のまま寝台に近づいてくる。ただし、顔は真っ赤だ。

 そのあいだも、一郎はガドを犯し続けて、よがらせていたのだが、どうやら、一郎かガドに用事があるとわかったので律動を中断した。

 

「んきゅううう、あはあっ、ま、また、だめでしたああ、ご主人様ああ」

 

 ちょうどガドが二度目の絶頂をしたときだった。

 

「あ、あの、申し訳ありません、陛下……、ロウ殿も……。そのう……水晶宮から緊急通信です……。最高級の優先順位がついています……。副女王様からです」

 

 ブルイネンが寝台の横で言った。

 

「ラザから?」

 

 一郎はブルイネンの視線を向けた。

 

「えっ、あっ、な、なに? なんですか……?」

 

 一方でガドは、やっとブルイネンの存在に気がついたみたいだ。

 ただし、短い時間で絶頂を続けたせいで、呆けた表情ではある。

 

「緊急通信?」

 

 エリカが怪訝そうな口調で声をかける。

 

「あ、はい。こんなときにすみません……。なにを置いてもすぐにと、ラザニエル様からロウ様との魔道会話を求められてます。よくわかりませんが、とても重要な案件のようです」

 

 ブルイネンが言った。

 一郎は肩をすくめた。

 

「わかった。頼む。ただし、向こうに姿が映るなら、胸から上だけな」

 

 一郎は笑った。

 律動はやめたが、いまだにガドの中に一郎の怒張が突き挿さったままなのである。

 

「は、はい」

 

 ブルイネンが真っ赤な顔になったまま、魔道を唱え出す。

 一郎の前に白い煙が出現した。

 その煙がだんだんとかたちになり、くっきりとはいかないが、はっきりとラザニエルだとわかるほどに顔と上半身のかたちを作りあげる。

 ほかの女たちも、煙の前に集まってきた。

 ブルイネンも来る。

 

「ガドはそのままだ。ちゃんと声を我慢しろよ」

 

 一郎は仰向けのガドの股間に挿さったままの怒張を軽く動かす。ただし、しっかりと赤いもやの濃い場所を擦っている。

 

「あん」

 

 ガドがたまらずよがり声をあげる。

 だが、はっとしたようにすぐに口をつぐむ。

 可愛い女王様だ。

 

「ああ、ロウかい……?」

 

 一方で、煙の中のラザニエルの像が口を開いて声をかけてきた。

 

「ああ、そっちから見えないかもしれないが、取り込み中でね。なにか用事か?」

 

 一郎は笑った。

 すると、煙のラザニエルが急にがばりと頭をさげた。

 

「ロウ、すまない──」

 

 そして、突然に謝ってきた。

 一郎は面食らってしまった。



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688 副女王の困惑

「ロウ、すまない──」

 

 煙でかたどられているラザニエルの身体がふたつに折れ曲がる。

 一郎は呆気にとられてしまった。

 

「あのう……、副王陛下、どうされたんでしょうか?」

 

 全員の疑念を代表するように、横からブルイネンが口を挟む。

 

「ケイラ=ハイエルだよ」

 

 すると、向こう側から返事が返ってきた。煙のようなかたちでも、ラザニエルが苦虫でも噛みつぶしたような表情をしているのがわかる。

 

「享ちゃんがどうかしたのか?」

 

 一郎は訊ねた。

 ケイラ=ハイエルとは、エルフ族の王族の中でも、最古参となる女性であり、“長老”の名をもらっている人物なのだが、一郎にとっては、前の世界の従妹であり、仮想空間の中で妻として一生をすごした「前世妻」だ。

 もともとは、ケイラ=ハイエルというのは、本来のエルフ族王族の人格に加えて、異界から集めた十数人の人格の集合体らしいのだが、一郎がその中の享子を抱いて、仮想空間の中で妻にしたら、なぜか、ケイラ=ハイエルの人格は裏に隠れてしまい、一郎の従妹妻である“田中享子”の人格が表になってしまった。

 おそらく、一郎が淫魔術を注いだことで、享子の人格の強さが本来の人格を含めたほかの人格を圧倒してしまったために、そうなったのだと予想しているが、よくはわからない。

 それはともかく、なにがあったのだろう?

 

「昼過ぎに、そっちから辺境候の嫡男とやらの暴走で、お前やガドニエルが襲撃されたと情報を送ってきただろう?」

 

「俺というよりは、主にガドだけどね。それで?」

 

 遠く離れている一郎たちと水晶宮側だが、ガドかブルイネンが使えるエルフ族用の魔道を使えば、こうやって気軽に連絡を取り合うことができる。一郎の感覚では、“テレビ電話”のようなものだ。

 今日の昼間のことについては、あれからすぐにその顛末を水晶宮に送った。

 いずれ、襲撃のことは伝わるだろうけど、くれぐれも大袈裟なことになって欲しくなかったからだ。

 

 一国の女王、しかも、この大陸でもっとも権威のあるというエルフ族の女王を襲撃して、大けがを負わせたというのは大変な事件だが、おそらく、裏で糸を引いていたのはタリオ公国であり、この辺境候のクレオンも当事者のレオナルドも、操られて動いたに過ぎない。

 ここはちょっと、水晶宮側としては怒りを抑えてくれと、ラザニエルに頼んだのだ。

 ラザニエルは、あまりにも弱腰だと、これからの他国との外交にも差し支えるからと迷っていたが、最終的な落とし所は一郎に任せると伝えてきた。

 一郎はほっとした。

 だが、それがどうかしたのだろうか?

 

「お前たちが襲撃を受けたという事実をあの長老が知ってだねえ……。怒り狂って飛び出してしまったんだ。水晶宮の精鋭を五百人連れていったよ。あいつ、わたしの許可なく、長老権限だとかいって、将軍のひとりを勝手に動かしたんだ。しかも、緊急出動でね。気がついたときには、移動門のゲートをくぐり抜けられたあとだった。すまない」

 

 ラザニエルが言った。

 享ちゃんが来る?

 当惑したが、疑問も感じた。

 

「つまり、享ちゃんが水晶軍の一隊を連れて、こっちに乗り込んでくるということ? しかも、すでにゲートを潜っている?」

 

「ああ、武装した五百人の人数だ。知っているとおり、移動門というのは、大人数で潜れば潜るほど、目的地に到着したときの時差が生じる。そっちに近い森林内のゲートに着くのは、明日の早朝だろうね。すまないけど、到着次第にわたしに連絡するように伝えておくれ。それと暴走もとめて欲しい」

 

 ラザニエルが大きく息を吐いた。

 一郎は、その弱っている様子がなにか面白くて笑ってしまった。

 

「すっかりと真面目になったんだね、ラザも。わかったよ。こっちに着いたら、享ちゃんはお尻ペンペンして送り返すよ。まあだけど、今日の明日で、水晶軍を送り込むのはいいだろうね。明日の会合のときのいい恫喝になる。あっちの辺境候軍の総帥のクレオン殿はすっかりと謝罪と恭順の態度を示しているけど、あっちもたくさんの諸侯たちの集合体で、一枚岩というわけでもないしねえ。たった一日で正規の水晶軍が到着するのはいい脅しだ」

 

 一郎は言った。

 

「脅しで済めばいいけどねえ……。あれは、水晶宮の宝物庫から宝珠を持っていったからね。戦闘のときに、エルフ族側の魔道を封じる魔素火粒剤とか、魔道反射板の楯の情報があったろう。それで、対抗の手段がいるとか言ってね。それについても、勝手に宝物庫を開かせたんだ。宝珠がなくなって、手紙と報告だけが後から来た……。参ったよ……。長老だといっても水晶宮では部外者だ。ケイラの脅迫に屈して、宝物庫を開いた責任者は懲罰拷問の最中だけどね……」

 

 向こうのラザニエルが舌打ちしたのが聞こえた。

 ラザニエルの拷問か……。

 ああやって、真面目に政務をしている姿からは想像できないが、もともとは、ルルドの森に君臨する希代の悪魔女として、魔族や魔物を集めて周辺一帯を魑魅魍魎の世界に変えたアスカである。

 一郎も彼女に召喚されたのであり、召喚直後は、アスカと当時はアスカの愛人だったエリカに手酷い拷問も受けたものだ。

 その元アスカのラザニエルの拷問なのだから、それはこっぴどくやっているのだろう。

 責任者というのが、男なのか、女なのかは知らないが、ちょっと気の毒と思ってしまった。

 

「勝手にと言っているけど、享ちゃん……ケイラ=ハイエルという長老は、女王家の宝物庫を開かせたり、水晶軍の出動を命じたりする権限もあるのかい?」

 

 一郎は訊ねた。

 さっきから疑念に思うのはそれだ。

 一郎は、ケイラ=ハイエルという女長老は、王族の重鎮ではあるが、水晶宮としての組織には所属しておらず、無役であると認識していた。

 それなのに、副女王を兼ねて水晶宮の太守でもあるラザニエルに黙って軍の出動などをさせられるのか?

 

「権限なんてあるわけないだろう。しかし、あいつは、重鎮になっている子や孫がたくさんいて影響力だけはすごいんだ。加えて、元老院貴族たちの弱みなんかもたくさん握っていて、脅迫の材料には事欠かない。なくても作ってしまう。耳目や手足として動く組織もたくさん抱えているしね」

 

「組織?」

 

「そういう闇集団の女帝なんだよ……。お前には、そういう面は見せないかもしれないけど、ケイラ=ハイエルというのは、そういう怖い一面もあるんだ。いや、その一面こそが、本当のケイラ=ハイエルなんだ」

 

 ラザニエルが言った。

 闇組織を抱えている?

 全く知らなかった。

 しかし、あの無邪気で真っ正直で、一郎のどんな理不尽な調教に逆らうこともない享ちゃんが、闇組織の女帝など、似合わないことこの上ない。

 

「あの……、口を挟んで申し訳ありません。さっき、宝珠と言われましたけど、もしかして、三種の神器のことを言われているのですか?」

 

 ブルイネンだ。

 三種の神器?

 

「三種の神器って?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「確かに三種の神器だよ……。あれが持っていったのは。お前らが受けた魔道封じの技術に対抗するためには必要だと置き手紙があったよ……。ロウ、三種の神器というのは、エルフ族王家の持つ兵器のひとつと思ってくれ。“紅蓮(ぐれん)”、“毘藍(がらん)”、“壊劫(えこう)”と名づけていて、一個で人間族の都市くらい軽く滅亡させることができる宝珠具だ。まあ、エルフ族に人間族が攻めてこないための威嚇のための兵器だね。こっちがそれを持っていれば、人間族も迂闊にナタルの森林に、軍を入り込めさせられないだろう?」

 

 一郎の元の世界における「核爆弾」のようなものかと思った。

 

「それを使うと、魔素火粒剤のようなものは無効になる?」

 

「話を聞く限りにおいては、魔素火粒剤とやらは、魔道を発動するときに発生する魔道陣に反応する粉塵なのだろう? 宝珠が発動するときにも陣は発生するけど、宝珠が爆発すれば、宝珠の効果も発動する。もともと、爆発させて使うものなんだ」

 

「それで、長老様は、どれを持ち出されたのですか?」

 

 ブルイネンが言った。

 ものすごく真剣な表情になっている。

 それだけ、恐ろしい兵器なのだろう。

 

「全部だよ……」

 

 ラザニエルが言った。

 

「ぜ、全部──?」

 

 ブルイネンが声をあげた。

 その顔が引きつっている。

 とにかく、とんでもない状況になりかけているということはわかりかけてきた。

 

「それで、その宝珠とやらは、どういう効果があるのですか、アス……いえ、ラザ様?」

 

 エリカが一郎の前に顔を出してきて、向こうのラザニエルに訊ねた。

 

「うーん、“紅蓮”は煉獄の炎でかたちあるものを全て焼き尽くす。“毘藍”は風暴と水流だ。“壊劫”は一瞬にして周囲の大気を無にして、それが一日間続く。生きとし生けるものは呼吸ができなくなり全滅する。さっきも言ったけど、一個で人間族の大都市でも完全に滅亡する。効力範囲はそのくらいさ」

 

 一郎は驚いた。

 本当にこっちの世界版の核爆弾だ。

 

「そんな宝珠は、どの国もあるのか?」

 

「まさか……」

 

 一郎の質問に、ラザニエルが首を横に振る。

 

「……歴代のエルフ族の王族が何十年もかけて魔道を注ぎ込んだものだそうだ。魔道に疎い人間族には、作りようもないものだ。エルフ族王家だって、その三個しか保有していない。まあ、使用を前提としたものでないから、存在するだけで事足りたからね」

 

「なるほど」

 

 とりあえず、ほっとした。

 そんなものがあちこちにあるなら、国同士の戦争ともなれば、お互いにその核爆弾もどきを使い合うのかと思った。

 

「とにかく、あいつは怒っていたからねえ……。ずっと水晶軍のそっちへの出動はとめていたんだけど、結局、そのせいでお前……、“お兄ちゃんが傷ついたあ……”とか、涙目で怒って飛び出していった。それで、どうするのかと思ったら、気がついたら軍と宝珠を勝手に持ち出されたんだ。あの剣幕なら、行きがけの駄賃に、宝珠を一個使って、報復だとかいって、お前と合流する前に、人間族の都市を破壊することだって考えられる。すまないけど、なんとかしておくれ」

 

 ラザニエルが言った。

 

「行き掛けの駄賃で人間族の都市を破壊する? 冗談だろう? まさか、享ちゃんはそんなことしないよ」

 

 一郎は笑った。

 

「お前の享ちゃんは、そんなことをす、る、ん、だ、よ……。もういい。それで、ガドニエルはいるかい? 姿が見えないけど、ガドニエルなら宝珠の発動をとめられると思う。あれは魔道だけは桁外れだからね。ところで、ガドニエルは?」

 

 ラザニエルが言った。

 一郎はくすりと笑った。

 

「さて……、話を聞いていたかなあ……? ガド、ラザが呼んでいるぞ」

 

 この話のあいだ、一郎はずっとガドと繋がったままだった。

 ガドは一郎の下半身側で仰向けになっている。

 一郎は挿入している怒張を一度抜いて、ぐっと奥まで再び押し入れた。

 

「ひいん──、が、我慢してます──。ご主人様、ガドはちゃんと我慢してますわ──」

 

 ガドが緊縛されている身体を大きくのけぞらせて言った。

 だが、顔も身体も真っ赤だ。

 ずっと挿入されっぱなしで、かなりの脂汗をかいており、すっかりとガドが追い詰められているのがわかった。

 ステータスを確かめたら“快感値”が“5”から“3”のあいだをいったりきたりしている。その数字は絶頂寸前の数字だ。その状態でずっと保持されてしまっていたのなら、かなりつらいはずだ。

 

「これは、間違いなく話は聞いてないわね」

 

 コゼが横から言った。

 

「まあ、無理はないがな」

 

 シャングリアだ。

 一郎はまたもや苦笑した。

 

「はああ? いまのは、ガドニエルの声かい? まさか、なにかしているのかい?」

 

 向こうのラザニエルが怪訝そうな声をあげた。

 

「取り込み中だと言っただろう……。まあ、なにをしてるよ……。とにかく、事情はわかった。享ちゃんのことは引き受ける。こっちに任せてくれ」

 

「そうかい。じゃあ、頼むよ。ケイラに人間族の都市なんて破壊された日には、全部の人間族の国が連合で報復で宣戦布告してくることだってあるかもしれない。あいつは、お前絡みだと頭おかしいんだよ。とにかく、よろしくしておくれ」

 

「ああ、任せろ」

 

 一郎の言葉に、ラザニエルがほっとした表情になるのがわかった。

 その後、いい機会なので、クレオンとの話し合いに必要なことについて、ふたつほど簡単な打ち合わせをした。

 

「……こんなところかねえ……。とにかく、悪いけどケイラの暴走を頼むよ。それと、改めて、お前たちに怪我がなくてよかった」

 

「親衛隊の女たちが頑張ってくれたからね。千人を超える人間族の屈強な男の戦士とまともに戦うどころか、三十人で圧倒したんだ」

 

「そうだったね。わたしも信じられないよ。魔道戦ならともかく、頼みの魔道を封じられるなんてね……。それなのに集団戦の白兵戦で勝つとは……。人間族というのは、とにかく集団戦には長ける種族のはずだけどねえ」

 

「俺の自慢の親衛隊だからな。毎日、精を注いでいる。彼女たちは、俺に抱かれれば抱かれるほど強くなる」

 

 一郎は笑った。

 

「ところで、ケイラのことについては、ああ言ったけど、もしも、ガドニエルかお前に、万が一のことがあれば、ケイラに任せはしない。わたしが人間族を滅ぼしにいくよ」

 

「怖いねえ」

 

「本気さ」

 

「わかってるよ……。ありがとう、ラザ。じゃあな」

 

 一郎はブルイネンに合図して、通信を切らせる。

 そして、スクルドを見た。

 

「スクルド、あっちのナタル森林側のゲート場所まで、こっちからスクルドの魔道で一瞬で跳べるよな?」

 

「はい、問題ありません。向こうには移動術のための魔道陣を残してきましたし、あとはこっち側に刻むだけです。いつでも跳躍できます」

 

「だったら、享ちゃんを迎えにいくのは明日の朝でいいな。しかし、こうなったら、享ちゃんが到着する前に、クレオン殿との話し合いを終わらせておく方がいいか。一緒に参加すると、引っ掻き回されるかもしれないし……。ブルイネン、悪いけど、至急、クレオン殿に連絡をしてくれるか? 会合は明日の午前中の予定だったけど、水晶宮から代表が来るので、その前に、こっちだけで準備会合をしたいとね。今日の夜だ。時刻はいつでもいい」

 

「了解です。すぐに調整します」

 

 ブルイネンが出て行った。

 一郎は周りの女たちを見回す。

 

「というわけだ。すまないけど、予定変更だ」

 

 一郎の言葉に女たちが頷いた。

 コゼ以外は、すでに寝着に近い服装だったので、それぞれに支度を開始する。

 一郎は、身体の下のガドにやっと意識を向ける。

 

「ガド、そういう状況なので事情が変わった。これからクレオン殿と会合だ。ガドにも参加してもらうからな……。ただ、その前に……」

 

 一郎はガドの腰に手をやって、律動を再開した。

 

「あうっ、あうううっ」

 

 ガドが身体を震わせはじめる。

 そして、その身体がすぐに硬直したように伸びた。

 

「いぐううっ、ご、ごめんなさいいい──。が、我慢できません──。いぐううう」

 

 その言いつけ、まだ、続いていたのか……。

 

「いくらでも絶頂していい……。そうだ。クレオン殿との会合のときまでに、たっぷりと精を注いでやるからな。下着ははかせないけど、しっかりと股を締めて、俺の精が漏れないようにしろよ。ほらっ」

 

 一郎はそう言って、さっそく一度目の精を注いだ。

 

「んぐうううう」

 

 すると、またもやガドが激しい仕草で絶頂をして果てた。

 

 

 

 

(第9話『辺境候家の御曹司』終わり、第10話『辺境候軍の総帥』に続く)






 一般的な現実世界の尺度では、五百人は1~2個中隊程度であり、将軍の指揮は不自然かもしれませんが、エルフ族の常備軍(水晶軍)の動員数は、人間族の国よりも遥かに少ない設定なので、そんなものと思ってください。
 その意味では、ブルイネンは本来は、女王親衛隊の数百人を率いるので、エルフ族の女将軍クラスである設定です。


 なお、申し訳ありませんが、本日より仕事で週末まで出張です。従って、投稿再開は週末以降になると思います。(いまのところ来週も平日は出張です。宣言も解除されて、早速、北海道に、九州にと全国移動です(笑))


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 第10話  辺境候軍の総帥
689 辺境候軍の下剋上


「お館様、そろそろ、会合の時間です」

 

 扉の外から声をかけてきたのは、家宰のサーマクだ。

 クレオンは、思念から脱却して気を引き締めた。いずれにしても、これからが本番だ。この会合の如何により、この辺境候域の運命も変わると思っている。

 嫡男であるレオナルドの暴走、また、なによりも、クレオン自身が不甲斐なくもタリオの間者の手に落ちて一時期とはいえ、完全な操り状態になって容認してしまった、女王とロウへの攻撃だが、なんとしても穏便に解決しなければならない。

 タリオにいいように扱われた犬として、王国の守り人の歴史あるこのマルエダ家を終わらせるわけにはいかないのだ。

 それこそ、父祖に申し訳ない。

 

「伯父様、お身体は?」

 

 サーマクと一緒にいたのは、姪のジェシーだ。

 容体の悪いクレオンの看病をずっとつきっきりでしてくれたのは彼女である。弟のメンゲル伯爵の次女であり、この辺境候領の支配する国境軍に属する女騎士でもある。だが、この軍営に諸候軍を集め始めた時期からは、クレオンが病に倒れたために一時的に軍陣から抜けて、クレオンの気の回りの世話をしてくれていた。

 まあ、実際には病ではなくて、タリオの間者だった侍女たちが盛った毒だったのだが……。

 

「心配ない。あのスクルド殿の治療術ですっかりと解毒されている。ただ弱っていた足腰を強引に強化してもらっているので、術が解ければ数日は筋肉痛で苦しいらしいがな」

 

 クレオンは白い歯を見せた。

 もともと、辺境候として、生涯のほとんどは軍とともにあった。頑強に鍛えているので、病と思っていた毒さえ抜ければ、どうということもない。

 

「申し訳ありません」

 

 ジェシーが頭をさげた。

 クレオンは会合の場所に向かって廊下を歩き出しながら首を横に振る。

 

「謝るなと伝えたはずだがな、ジェシー。とにかく、完璧な治療術だ。完全に完治しているのが自分でもわかる。あと二十年は生きられるだろう」

 

 クレオンはわざと陽気に笑った。

 しかし、クレオンがあと二十年生きられるかどうかは、これからの話し合いによってだ。

 一方で、侍女たちがクレオンに毒を盛り続けて弱らせていたことに対し、すぐ横でクレオンを看病していたにも関わらず、まったく気がつかなかったことをジェシーは恥じていた。

 スクルドの治療によってクレオンが元気を取り戻し、あれが毒のせいだったと判明してからは、ずっとそのことを謝り続けた。だが、ジェシーのせいではないし、そもそも、あの侍女たちはマルエダ家の家人だ。なによりも、役割上、毒の扱いにも精通しているはずのクレオン自体が味でも匂いでも、まったく気がつかなかったのだ。

 経験の乏しいジェシーにわかるわけがない。

 

 それにしても、あのスクルド……。

 

 王都には頻繁に行ったことがあるわけではないが、あの女神殿長のスクルズに間違いないと思う。クレオンは、ハロンドール国内における史上もっとも若い女性神殿長、なによりも、王都国民に絶大に人気があって慕われていたスクルズの神殿長就任式に参加しているのだ。

 多分、間違いない。

 それがどうして、ここに?

 

 しかも、ルードルフの一連の蛮行の中で、王都の民が王を見限ることを決定的にしたのが、スクルズの処刑だという。

 クレオン自身は確認していないが、スクルズが王宮に呼び出されて陵辱されかかる光景と、嫌なら毒杯を飲めとルードルフに迫られ、スクルズが毒杯を飲み干す姿が、魔道具による映像記録によって、王都中に流れたのだそうだ。それどころか、複製をされて王都から持ち出され、王都を中心にかなりに拡がっているみたいだ。

 毒杯を呷ったスクルズにルードルフが激怒し、スクルズの死骸を全裸にして王都の広場に磔にして晒したときには、大暴動まで起きたという。

 眉唾だが、スクルズの魂を天空神が迎えてきて昇天したというが……。

 

 だが、なぜ、あそこに?

 しかも、ロウと一緒に……。

 名前も“スクルド”?

 さっぱりわからない……。

 

「いえ、そのことではなくて、父のことで……」

 

 すると、ジェシーが申し訳なさそうに言った。

 

「コンクッドがどうした?」

 

 コンクッド=ヨーク……。クレオンの実弟にして、ジェシーの父親だ。クレオンが辺境候の地位を継ぐのに併せて、マルエダ家が支配するもっとも大きな飛び地と、辺境候のほかに持っている幾つかの爵位のうち、「ヨーク伯爵家」を渡して独立をさせた。

 もっとも、それは一応はコンクッドの死に伴って、領地も爵位もマルエダ辺境候家に返還してもらう約束だ。

 しかし、そのコンクッドがどうしたのだ?

 

「ヨーク伯爵様は、対応がとれないために会同には参加できないという連絡がありました」

 

 すると、家宰のサーマクが口を挟んだ。

 

「欠席ということか?」

 

 ヨーク伯爵家は、クレオンの実弟というだけでなく、マルエダ家以外に五家ある辺境域の領主群の中で筆頭の地位にある。

 今回は、マルエダ家のみならず、辺境候域全体の将来やクレオンの檄で集まった叛乱軍の趨勢にも関わることなので、女王家側との会合に際しては、一応中心五家には同席するように声をかけた。

 檄で集まっている諸侯は十数家を数えるが、中心となっているのは平素、国境守備の常備軍を分割して管理しているマルエダ家を含めて六家なので、この六家がまとまれば、ほかから集まっている諸侯はどんな結論であろうとも従うだろう。逆に、この六家が分裂すると、非常に面倒だ。

 だから、声をかけた。

 女王家がやってくるのは、まだ一ノスくらい後だが、その前に、六家で話し合うために、早く集まってもらうように指示をした。

 しかし、筆頭のヨーク家が参加しない?

 

「申し訳ありません」

 

 ジェシーが半泣きの顔で頭をさげる。

 

「ほかに、コンクッドから伝言は?」

 

 クレオンはサーマクに訊ねた。

 

「所用で参加できないと」

 

「所用とはなんだ。我々の運命が決まる会同よりも大切な用事か? まあいい。参加しないのであれば、意見をいう資格はない。どのような結論であろうとも、飲み込んでもらう」

 

 クレオンは吐き捨てた。

 確かに、もともと明日の会同だったものが、女王家側からの申し出により、準備会同が急遽今夜になった。

 予定が急なのは認めるが、参加できないということはないだろうに。

 

「圧力がかかったのでしょうね」

 

 すると、サーマクが言った。

 

「圧力?」

 

 クレオンは足をとめて、首を傾げた。

 会同の場所は司令部側にあるので、クレオンの生活の場である場所とは渡り廊下で繋がっていた。いまは、その渡り廊下の真ん中だ。

 

「ほかの四家からでしょう。コンクッド殿はお館様の弟君です。実の兄に最後通牒を向けることなどできなかったのでしょう。ならば、欠席しろと詰め寄られたのではないかと」

 

「最後通牒とはなんだ──? 辺境五家がわしに盾突くというのか?」

 

 さすがに不快になり、クレオンは声に怒気を込めてしまった。

 確かに、形のうえでは対等に王家に忠誠を誓い、国境常備軍を分割して管理する五家ではあるが、実質上はマルエダ家を「寄親」とする寄子の家たちだ。

 平素訓練から各領主軍の指揮権をマルエダ家が持ち、その軍の維持費も辺境候家が負担している。

 その五家がクレオンに逆らうだと──?

 クレオンは思わず声をあげそうになっていた。

 

「お館様をお迎えにくる直前に、マルエダ家を除く五家筆頭が集まったという情報が入ってきました。我々には知らされずにです。そして、ヨーク家の会同欠席の連絡です。そこでなにかが話し合われ、その結果を受けて、ヨーク家が不参加となったのでしょうね」

 

 サーマクが不本意そうに言った。

 クレオンは唸った。

 そして、口を開く。

 

「そうか……。今回のわしらの失態を受けてか……」

 

「しかも、レオナルド殿の指揮で本軍は大きなダメージを受けています。ほんの数瞬の戦闘で百人以上が戦死し、現時点で動ける勢力は五分の一にもなりません。最終的には、それなりには復帰すると思われますが、それでも後遺症によって、三分の一は引退となるのは間違いありません」

 

「本家に力がなくなったのを見越して、それにとって代わろうということか。さしずめ、中心はリィナ女史か。あの女狐め」

 

 クレオンは舌打ちした。

 今日の戦闘でエルフ族軍に大きな痛手を受けた辺境候軍だったが、その大部分はマルエダ家の本家軍だ。

 一方で、そのほかの領主軍は、女王討伐には直接に関わっておらず、ほとんど無傷である。

 レオナルドが他家との調整を面倒がって、本家だけの軍を動かしたのが原因であるが、そのために大きな損害が発生した現状において、一時的に力の差の逆転が生じている。

 その隙をリィナがついてきたのだ。

 

 また、そのリィナというのは、辺境六家では、マルエダ家に次いで大きな領域を持つワイズ伯爵家の女領主だ。

 クレオンよりも十五歳ほど下であり、クレオンが家督を継いでエンゲル王に従って内乱の鎮圧に明け暮れていた頃は幼女にすぎなかった。だが、成長とともに才媛ぶりを発揮し、父親に認められて、三人の兄がいながら二十代で伯爵家の家督を継いだ。

 いまはすっかりと中年となり、体型も小太りとなって若い頃の面影はないが、才女ぶりは健在であり、領土経営にかけてはクレオンを遙かに凌ぎ、軍事力や動員力こそ、マルエダ家の半分にも満たないが、経済力についてはそんなに遜色はない。

 ルードルフ王がひとりしか妃を持たなかったため、この十数年のハロンドール王国内の貴族家では、実力のある家でも正式の妻はひとりであることが主流だが、あのリィナは正式に三人の夫を持っていて、子供も十人産んでいる。

 子育てに失敗した感のあるクレオンとは異なり、リィナの子供たちは、いずれも有能の評判が高く、そのうちの五人がワイズ家軍に入っている。

 

 前々から、この辺境候家にとって代わって、下剋上を狙っていることは知っていて、ついに、今回の機会を狙って動いてきたのかと思った。

 今回の騒動の背景で、タリオの間者が動いていたのは明らかのようなので、これもまた、その謀略の一環であることは否めないが、いずれにしても、いまそれをやられるのはあまりにも面倒だ。

 

「だから、私は以前から言っていましたよ。あの女領主は危険だから、理由をつけて排除すべきとね」

 

 サーマクは言った。

 クレオンは不快さを忘れて苦笑した。

 このサーマクは口が悪い。しかも、あまり搦め手という手段を使わない。いまも、気心が知れているとはいえ、他家の娘であるジェシーの前でありながら、平気でリィナ=ワイズを暗殺でもすべきと口にするくらいだ。

 まあ、これもまた、クレオンがサーマクを信頼する理由のひとつでもあるが……。

 わかりやすいのだ。

 

「同じ辺境六家の領主を理由もなく排除などできんよ。しかも、リィナはわしの娘のアネルザとも変わらぬ歳なのだぞ」

 

「すっかりと中年の女ですけどね……。おっと、私はアネルザお嬢様を貶めているわけではありません。お嬢様は相変わらずの可愛らしいお方です」

 

「二十年も顔を見てないだろうが……。まあ、確かに、アネルザは、まだまだ若い外観ではあったがな。あの女史とは違う」

 

 クレオンが王妃となったアネルザを最後に見たのはこのあいだであり、あのスクルズの神殿長就任式の式典のときだ。

 もともと、サーマクはアネルザの母であり、クレオンの最初の妻だった女が連れてきた家人だった。最初の妻は、アネルザを産んだことで、貴族の娘として義理は果たしたと口にして、愛人と暮らしたいので離縁をしてくれと言われたので、金を渡してその愛人の男とともにローム三公国に逃がしてやった。いまはどうしているか知らない。

 なお、レオナルドとシモンの母親は、二度目の妻になる。家臣の娘だったが、残念ながらシモンを産んだ後で、女にしかならない病で死んでしまった。

 

 それはともかく、サーマクは最初の妻に仕える従者だった。だが、その有能さを惜しんだクレオンが自分の家人として抜擢した。そんな経緯もあるので、サーマクがアネルザに抱く感情は娘を見るような特別なものがあるようだが、王妃となったいまでは、父親のクレオンでさえ、滅多に会うことも難しく、辺境候家の一介の家宰ではずっと会う機会もなかったはずだ。

 だから、サーマクのアネルザに対する記憶は、嫁入り直前の十代後半でとまっているのだと思うが、そういえば、思い出してみると、式典のときに会ったアネルザは、二十代を彷彿させるほどの肌の美しさであり、皺なども消えていた気がする。

 

「そうでしょう。お嬢様は素晴らしいのです」

 

 サーマクがにこにこと微笑む。

 搦め手を好まないということ以外は、なかなかに冷徹で優秀な男なのだが、唯一の欠点は、アネルザを心酔しきっていることである。

 あれは、性格もきつくて我が儘であり、王妃としても不人気であり、かなり問題があったが、サーマクはそれを信じなかった。

 悪いのはすべてルードルフ王であり、王妃の悪評はすべてが国王の無能に起因すると公然と言い放っていた。

 ここが辺境候領という王都から離れた場所だったために、問題にもなりようもなかったが、その口の悪さは、国王に対する不敬罪が問われてもおかしくはないくらいだった。

 だから、ロウという愛人の噂が立ち、アネルザの評判が高まりはじめると、そのロウのことを無条件に受け入れて、心から喜んでいた。

 

 そして、アネルザがルードルフ王に捕縛されたという情報には、クレオン以上に怒って涙を流していたし、昨夜、クレオンが錯乱させられ、ロウを処断しろとレオナルドに告げたときには、必死の口調でそれを諫めていたのをかすかに記憶している。

 とにかく、アネルザが絶対なのだ。

 それは、アネルザの愛人だというロウに対しても同じであり、サーマクはロウがアネルザの想い人だという一点でロウを認めている。

 それは、ロウがガドニエル女王の恋人であるという事実を前にしても変わらぬようだ。

 サーマクは、クレオンの知らない部分でアネルザと書簡のやりとりもしているようであり、ロウが女たらしであることを知っていて、それでも、アネルザが認めているという理由で、ロウを受け入れているようである。

 

「いずれにしても、次に機会があれば、サーマクの忠告を考慮することにする」

 

 クレオンはそれだけを言って、会議の場所である部屋に向かった。

 部屋には対面になる形で、テーブルと椅子が配席されており、入口側の椅子には辺境候家側の領主たちが並んでいた。すなわち、ワイズ家を含む四家である。弟のコンクッドが座るはずだったヨーク家の椅子には誰も座っていない。

 クレオンは、辺境候家側の筆頭席に腰掛けた。

 向かい側の女王側の席には誰もいない。

 彼女たちがくるのは、まだ一ノスほど先である。

 

「辺境候殿、お身体の具合が悪かったと伺っていますわ。嫡男殿に軍の指揮を変わってももらわないほどにねえ。だから、話し合っておりましたのよ。とんでもないことをやらかしたご嫡男殿が地下牢に入っているいまとなっては、全体を指揮をする者がおりませんわ。だから、軍の指揮を総括する者を決めねばならないとね」

 

 クレオンが席に着くや否や、すぐにリィナが言った。

 このリィナを含めて、四人の領主たちはクレオンを立ちあがって迎えるという行為をしなかった。

 つまりは、そういうことなのだろう。

 

「この辺境候軍の統一指揮権は、マルエダ家当主にある。これは王家によって与えられている権利だ」

 

 クレオンは言った。

 すると、リィナはいきなり大笑いした。

 

「これは、クレオン殿としたことが耄碌されたのでは? 王家に叛旗を掲げて集まっている反乱軍の総帥を決めるのに、王家から与えられている内容を理由になさるのですか? 我らは王家に反乱の旗を掲げた者たち。その総帥は、全員の意見を持って決めるべきですわ」

 

 クレオンはさすがにむっとした。

 

「王家に対する反乱ではない。現王ルードルフの兇行を糾弾して、退位を迫るのが我らの決起の目的だ。やむを得ないときには軍としての行動を起こすこともやぶさかではないが、まずは王宮に要望する。軍事行動はそれからだ」

 

「それはレオナルド殿の物言いと異なりますわね。レオナルド殿は、わたしたちが王国から分離独立する。列州同盟という新しい国名も決まっておりましたのよ。そもそも、ここに集結している軍は、いまは集まっているというだけで、王都への進軍の準備などしておりません。それにも関わらず、場合によっては王都に進軍すると? まあ、あなたはずっと床につかれておられたので、詳しい現状は承知はされていないとは思いますけどね」

 

「レオナルドがなにを言っていたのかは知らんが、それは無効だ。そもそも、そなたの言い草じゃないが、レオナルドはすでに地下牢だ。軍の指揮権は解いた。指揮権を解かれた者の言い草を根拠の理由とするのか?」

 

「レオナルド殿の物言いではなく、わたしたちの総意のことを申しているのですよ。そもそも、ルードルフ王の兇行に対する檄を受けてわたしたちは集まっています。その行動の方向性の話など、クレオン殿からはなにも聞いておりませんわ。聞いていたのはレオナルド殿の言葉です」

 

「明確な指図をしていなかったのは申し訳ないと思っている。だが、わしの考えはいま告げたとおりだ。この辺境候軍は、その総意としてルードルフ王に退位を要求する。それがなされない場合は、王都に向けて軍を動かす。だが、その目的はあくまでもルードルフの退位だ。おそらく、戦にはなるまいよ。ルードルフは退位する」

 

「あなたのお考えはそうなのですね。拝聴いたしました。しかし、この状況では、その言葉にはなんの価値もありません。自裁なさいませ。エルフ女王家もそう要求するでしょう。そうでなくても、それを講話条件にすべきです。なにしろ、今回の粗末な状況を引き起こしたのはマルエダ家です。女王に剣を向けたのもマルエダ家──。損害を受けたのもマルエダ家──。まさかとは思いますが、わたしたちをなんのために集めたのですか? まさか、マルエダ家が起こした失態に関する責任をわたしたちもとれと?」

 

 リィナが軽蔑しきった口調で言った。

 クレオンは背後からかすかな歯ぎしりの音が聞こえて、少し振り返った。

 家宰のサーマクだ。

 顔を真っ赤にして怒っている。

 だが、クレオンはおかげで少し冷静さを取り戻すことができた。辺境候として、これほどに無礼な言葉を突きつけられたことはないが、確かにエルフ女王家に理由もなく攻撃をするという愚行を起こしたのは、クレオンとレオナルドだ。

 そのことで、この軍営に集まっている者の全家に悪評が拡がるのであれば、不満も文句もあるだろう。

 

「責任はマルエダ家にある。それは間違いない。しかし、エルフ女王国との話し合いはこれからのことだ。わしらは、その会合を前にして、空中分裂するわけにはいかん。会合は一ノス後だ。いや、もう半ノス後か……」

 

「同意です。わたしたちは空中分解するわけには参りません。それをあなたが言ってくれて助かりました。女王を攻撃するなど蛮行を起こしたのはマルエダ家ですが、エルフ族側からすれば、ここに集まっているすべての軍営の愚行だとみなすでしょう。あなた方マルエダ家のせいで──」

 

 リィナの口調は、いまやほとんど喧嘩腰になっていた。

 

「わ、わかっている。だから、わしらはいまこそ、一体となってこの危難を……」

 

「わたしたちの危難ではなく、本来はマルエダ家の危難です。あのエルフ女王を……可憐にして、大陸の中にある人族の王朝の中でもっとも古く、もっとも権威のある女王家の当主に、あなた方は攻撃をしたのです。一体全体、どんな小児病的な理由があるかは存じませんがね」

 

 リィナは辛辣に言った。

 クレオンは追い詰められてたじたじになっていた。

 だが、弟のコンクッドが今回の会合に欠席をした背景も理解した。クレオンが彼女たちに合流する直前に、彼らは五人で話し合いをしていた。そのときに、このリィナが中心となって、クレオンへの弾劾を決めたのだろう。

 コンクッドは対抗できなかったに違いない。

 だから、せめてもの意思表示として、リィナたちと横並びでクレオンの弾劾に加わるよりはと、集まりに欠席する決断をしたのだと思う。

 コンクッドは、その集まりに関する情報をクレオンに知らせることはできなかった。その暇もなかった。家宰のサーマクでさえ、そういう集まりがあったことを知ったのは、ついさっきのようだし……。

 

「つ、つまり、わしに辺境候軍の総帥の立場から降りろと?」

 

「放り出されるよりも前にね」

 

 リィナが冷たく言った。

 

「わしを放り出すだと?」

 

「ええ、いずれにしても同じでしょう。女王家との話し合いのためには、レオナルド殿とクレオン殿の命……。少なくとも、それは最低必要です。女王家の報復がほかの諸侯たちの領土、領民にまで向くことは避けねばならないのです──。いずれにしても、時間はありません。今夜の事前会合においては、あなたがわたしたちの代表の席に座ることは認めます。しかし、話はわたしがします。一切の口を開きませんように通告します。そして、その後で、わたしたちのことを話し合いましょう。本会同は明日ですので、ひと晩の時間があります。次の総帥を誰にするかの話し合いをするには十分だと思います」

 

「それは、リィナ……いや、ワイズ伯爵殿だけの意見か? わしは、ずっと黙っているほかの三人からも意見を聞きたいのだがね」

 

「わたしの意見は、すでにわたしたち全員の意見です。ここにはいないヨーク伯爵殿からも同意を得ています。あなたの弟君がここにいないのが、その証明です」

 

 クレオンはぐっと拳を握りしめた。

 

「それがわしへの最後通牒ということか……」

 

「最後通牒でも、警告でもありませんよ。繰り返しますが、わたしたちの総意をお伝えしているだけです」

 

 リィナは冷たく言った。



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690 辺境候側との会合

「それがわしへの最後通牒ということか……」

 

 クレオンはぐっと拳を握りしめた。

 

「最後通牒でも、警告でもありませんよ。繰り返しますが、わたしたちの総意をお伝えしているだけです。妥協の余地も望みもありません。女王家の話し合いの内容に関わらず、マルエダ家からはここに集まっている諸候軍の指揮権を取りあげます。マルエダ家としての存続は認めましょう。シモン殿でしたっけ……。あの風変わりなお坊ちゃまのもとで、お家の再興を図るといいでしょう。もちろん、いまと同じ版図というわけにはいきませんでしょうけどね……。なにしろ、マルエダ家がなくなろうと、わたしたち列州同盟が独立しようと、あるいは、王国が存続しようとも、この地を守る常備軍は必要です。その維持のための経費的な基盤は、各領主が保持をしなければなりません」

 

 リィナが冷めた口調で言った。

 クレオンは唖然とした。

 このリィナは、クレオンを全軍を総括する地位からおろすだけではなく、領土まで奪おうとしているのか──?

 

「ば、馬鹿な──」

 

 クレオンは思わず机を叩いた。

 

「素直に勧告に従ってもらえれば、わたし……いえ、わたしたちは、女王家との話し合いにおいて、せめてもの名誉ある花道をクレオン殿に準備できるように努力することを約束します。あなたのこれまでの功績と領域全体への奉仕をわたしは認めています。大人しく従っていただければ、マルエダ家の可哀想な将兵たちは、これ以上の負傷を受けないですみます。エルフ軍とのあれだけの死闘……。このうえに、まだ戦えというのは、可哀想ですわ」

 

 リィナがにっこりと笑った。

 クレオンは奥歯をぐっと噛みしめて激情を我慢した。

 レオナルドの無謀な突撃により、いま現在のマルエダ家の本軍は、ほとんど動くことはできない。再建にも少なくとも半年はかかる。

 それを見越した軍事的な脅迫だ──。

 本来であれば、マルエダ家の本軍は、各領主軍の全部を集めたよりも数が大きい。

 領主たちが集まったところで叛旗を掲げられるなどありえなかったのに……。

 

「応じていただけますわね、クレオン殿。そうすれば、せめて、引退ですむように女王家と話し合います。場合によっては、隠居のための土地くらいは、我がワイズ領内に準備します」

 

 リィナが言った。

 自裁──。それを免れても、領土を割譲させたうえでの領主の引退……。そのときには、自領における隠居を認めずに、ワイズ領内での余生……。おそらく、新たにマルエダ家を継ぐシモンに対する人質の意味もあるに違いない。

 この女狐め……。

 

 だが、いまのマルエダ家の軍の状況では……。

 クレオンはなんとか状況を覆すことができないかと考えて、もう一度、リィナ以外の者たちを見た。

 しかし、その表情から、もはやリィナが完全に彼らを牛耳っていることを悟った。

 がっくりと項垂れるしかなかった。

 

 そのときだった。

 伝令が現れて、女王一行が会同の場所にやってきたことが知らされた。

 

「案内をして参ります」

 

 家宰のサーマクが駆け出ていく。

 クレオンをはじめとして、五家の領主たちは、立ちあがって、女王を迎える態勢をとる。

 

 そして、扉が改めて開いた。

 家宰が案内とともに、まずは十人ほどのエルフ族の女兵が雪崩れ込むように入ってきた。指揮は美しい女隊長だ。

 名は確かブルイネン……。

 次いで女王──。

 エスコートをしているのはロウである。

 さらに、エリカ、コゼ、シャングリアとかいうロウの仲間たち……。最後に、あのスクルド。

 

 そして、驚いたことに、クレオンの横の向こう側の代表席となる場所に腰掛けたのはロウだ。

 代表席は、クレオンの席のすぐ隣であり、それ以降の序列の席が向かい合う形式になっている。

 女王であるガドニエルは、特に気にすることもなく、ロウの隣の次級席に腰掛けた。

 初めて見るが大変な美貌だ。髪の毛の一本一本までも精錬されていて美しい。しかし、なぜか顔が赤い。

 まるで欲情をしているかのように全体的に妖艶であり、特に目がうつろだ。

 しかも、席につくまでに切なそうに数回も吐息をした。そのひとつひとつがとにかく扇情的だったのだ。

 これには、クレオンだけでなく、リィナを含めた全員が少し面喰らったと思う。

 

「あれ? そちら側の代表はクレオン殿ではなく……、そっちのリィナ=ワイズ伯爵殿……なのですか?」

 

 一方で、最初に全体を見たロウが座るや否や、驚いたように言った。

 これには、クレオンもびっくりした。

 リィナたちに突きあげられて、クレオンが総帥の立場からおろされたのはたったいまだ。しかも、まだ正式ではなく、この準備会合の話し合いを受けた後における夜中の会合のことになるはずだ。

 それなのに、どうして、総帥の交代劇のことをロウが知っていた?

 

 もしかしたら、ここになにかを傍受するような魔道具を仕掛けれている?

 だが、そんなはずはない……。

 タリオの間者が潜入していたのがわかったので、とにかく徹底的な魔道探知と魔道具の捜索は行った。この会場における確認も徹底した。

 なんらかの方法による傍受は不可能のはずだし、この場所からは誰も外に出ていなかったので、さっきの話し合いの内容をロウが知る方法はなかったはずだ。

 家宰のサーマクが案内に出た直前に語ったかもしれないが、そんなことをする理由はない。そんな雰囲気でもなかった。

 ロウが代表のことを口にしたのは、この部屋に入ってきて、なにかを探るように全体を見てからだ。

 なにを見た?

 

「まだ、クレオン=マルエダ殿がわたしたちの代表です。いまのところは……。ただ、明日の朝には変わっているかもしれません。それだけのマルエダ家の失態です。それと、女王陛下におかれましては、今回のマルエダ家の失態に際して、同じ軍営に属する者として伏して謝罪を申しあげます。マルエダ辺境候家の蛮行には、わたしたち領主同盟も憤懣激怒するところであります。同じ軍営の一員として、心からの謝罪、並びに、お見舞い申しあげます」

 

 クレオンが対応するよりも早く応じたのはリィナだ。

 

「なるほど、マルエダ家の失態か……。それで突きあげを……? だけど、それは困ったなあ……。クレオン殿と事前に約束したこともあるしなあ……。そうかあ、代表の交代かあ……」

 

 ロウがまるでひとり言のように言った。

 これまでのあいだ、エルフ族側で口を開いたのは、ロウただひとりだ。

 ガドニエル女王はまだひと言も喋っていない。

 全員がまだ立ったままであり、ガドニエル女王も同様である。まだロウの左腕に手を置き、エスコートの態勢をしている。

 

「うんっ」

 

 そのとき、突然にガドニエル女王がびくりと身体を震わせて変な声を出した。

 まるで、嬌声のような艶めかしいと誤解されるような声と、淫らささえ感じさせる仕草だ。

 クレオンも唖然とした。

 どうしたのだろう?

 

「ガド……、静かにな……」

 

 すると、ロウが横のガドニエルに視線を向けて微笑んだ。

 そのとき、ガドニエル女王がうっとりとロウを見て、痴態を示すような仕草をした。

 これにもまた驚いたが、続く女王の小さな声に、もっとびっくりしてしまった。

 なにしろ、多分、聞き間違いだとは思うが、ガドニエル女王はロウに向かって“はい、ご主人様”と言ったように聞こえのだ。

 しかし、本当はなんと言った?

 それにしても、“ガド”?

 噂以上に、ロウとガドニエル女王が親密だということはわかる。

 

「し、失礼ですが、英雄殿のことをなんとお呼びすれば?」

 

 すると、リィナが動揺したように訊ねた。

 おそらく、リィナは、エルフ族側の代表は女王のガドニエルだと信じ切っていただろう。女王自らが交渉の発言をすることはないとしても、同行したということは、かたちとしては女王が最初に声を放ち、それから相互の挨拶、詳細な話し合いというようなことを想定していたと思う。

 

 しかし、これまでの状況では、エルフ女王家の代表をロウが仕切っているようにしか見えない。

 クレオンはある程度、ロウとガドニエルの関係も教えられていたが、それでもかなりまごつく。

 ましてや、リィナは態度にこそ、あまり出さないが、かなり困惑をしていると思う。

 

「ロウ殿は、先般の英雄式典において、エルフ王家からサタルスの姓を受けられております。エルフ族国にとって姓というのは、人間族の国における爵位と同様であって、サタルス姓を人間族の貴族爵位に当てはめると、“大公”に匹敵するものです。従って、“サタルス公”、“ロウ公”、あるいは“英雄公”とお呼びするのが適切かと……」

 

 すると、ガドニエル女王にもっとも近い場所にいる女親衛隊長が言った。にこりとも笑わずに無表情で立っていて、まるで置物のようだと思ったが、喋ると凜として美しい。

 いや、彼女に限らず、全員が大変な美女だ。

 ところで、どうでもいいが、向こう側で椅子のある位置に立ったのは、ロウと女王だけだ。

 ほかは親衛隊にしろ、ロウの仲間にしろ、二人の背後か周りに立ち、こちらを見張る態勢だ。

 

 それにしても、“大公”相当か……。

 そんな爵位を贈られているとまでは知らなかった。シモンからの情報にも入っていなかった。

 英雄式典の映像が魔道で流れているから、サタルス姓の授与はわかっていたが、それほどの権威とは……。

 

「では、英雄公殿、こちらの軍営の代表が変わりましても、もしも、クレオン殿と交わしている約定があるなら、それが口約束であっても、わたしたちはそれを尊重するとお約束しましょう。それで、それは、どのようなものでしょうか?」

 

 リィナは言った。

 彼女もまた、向こうの交渉役の主体がロウであることを悟ったのだろう。

 いまや完全に、女王ではなく、ロウに意識の主体を向けている。

 

「そうですねえ……。だが、ここでは……。あっ、とりあえず座りましょうか……。それで、ワイズ伯がよければ、その事前の内容について別室で語りたいのですが……。いえ、ほんのちょっとです。小さな砂時計が落ちきるほどの時間です。ほかの方はここでお待ちを……。スクルド、皆さんにお茶でも……」

 

 ロウが言った。

 とりあえず、全員が座った。

 すると、いまはベールで顔を隠しているスクルドが、小さく頷いて両手を前にかざした。

 強い光のようなものが机の上に発生して、光がなくなったときには、温かいお茶とお茶受けのお菓子が皿に載せて出現していた。

 おそらく、収納術の類いの魔道だとは思うが、何気なくやっているが大変な術である。

 

「別室で……ですか?」

 

 リィナは戸惑っている。

 

「すぐに終わります。危害は加えないとお約束します。ここでは伝えられない約束事があるんです。それを受けてもらえなければ、こちらとしては、そちら側の代表の交代を認めるわけにはいきません」

 

 ロウがにこにこと微笑んだ。

 だが、内容は辛辣だ。

 こっちの交渉の代表を誰にするかなど、女王側が口を出すことなどできるはずもない。

 しかし、いまロウは認めるとか、認めないとか口にした。

 さすがに、リィナもちょっとむっとしている。

 

 しかし、ロウが口にしている事前の約束事というのは、おそらく、例の魔族女ふたりのことだろう。

 この返還をロウはしつこく要求していた。

 クレオンも約束し、これについてはほとんど話が終わっていた。だが、ついさっきリィナに総帥の座から引き落とされたので、これについてリィナに伝えることはできなかったし、もともと、ほかの諸侯には、サキュバスの存在があったことは秘密にしていた。

 一応は家人たちには箝口令を敷いたが、見張りを含めて多くの者が関わっているし、すでに情報が漏れている可能性もあるが、まだそれが伝わっていなければ、リィナにはなんのことかわからないかもしれない。

 そして、眉をひそめて、リィナはきょとんとしている。

 だが、すぐに顔を引き締めた。

 

「いえ、それが条件というのであれば伺います。別室ですね。護衛は同行しても?」

 

「ふたりきりがいいのですが……、まあ、そうはいきませんか……。まあ、いいでしょう。その代わりに護衛はひとりにしてください……。でも、あなたはお強いでしょう。護衛など不要では? とにかく、俺もひとりは護衛を同行させます。スクルド、来い」

 

「はい」

 

 スクルドが明るく返事をした。

 リィナがクレオンに断ってから、隅に侍っていたジェニーに伝言を頼んだみたいだ。別室で待つワイズ家の護衛に指示を伝えてもらったに違いない。

 一方で家宰のサーマクも出て行く。

 ふたりが話し合うという別室を準備するためだ。

 

「……彼女は強いのですか……? スクルド、ロウ様を頼むわよ」

 

 エリカだ。

 

「お任せください。問題ありませんわ」

 

 ベール越しだが、にこにことスクルドが微笑んでいるのがわかる。

 それにしても、どうして、ロウはリィナが強いと判断したのだろう? リィナはすでに中年だ。体型ももう膨よかだし、彼女は自分の武芸の心得があることは隠している。

 しかし、あれでもリィナは、この国境を守る常備軍の一部を預かる女領主のひとりなのだ。

 実は、若い頃には相当の鍛錬をしてきており、それなりの実力を持っていた。最近のことは知らないが、そんなには腕は衰えていないと思う。

 

 しばらくすると、家宰とジェニーが戻ってきた。

 向かいの部屋に準備が整ったようだ。

 

「それでは行ってくるよ、みんな……。ガド、わかっているな?」

 

 場所が近いので、ロウの言葉が聞こえるのだが、ほかの者には聞こえないくらいの口調だ。

 ロウは愉しそうに微笑んでいる。

 次の瞬間、ずっと俯いている感じだったガドニエル女王がびくりと身体を動かして、小さな悲鳴のような声をあげた。

 またもや、なんだ?

 そもそも、このガドニエル女王は、この会合そのものに、なんの興味も払ってない感じだ……。

 クレオンは首を傾げるしかなかった。

 

「遊んでるなあ」

 

「まあ、可愛いしね」

 

「羨ましいですわ」

 

 それぞれシャングリア、コゼ、スクルドである。お互いに会話をするだけの抑えた声量だ。

 

「一番の新参者で修行中だしな。それに実に愉しい玩具(おもちゃ)だ」

 

 すると、ロウがぼそりと言って動き出す。

 ますます、クレオンは首を傾げた。

 

「それでは、お願いします、ワイズ伯殿」

 

 一方で、ロウはリィナのところに着くと、お道化たようにエスコートの腕を出した。

 困惑した反応をしたリィナだったが、なにも言わずにロウの腕に右手を乗せる。

 冒険者上がりの成り上がり貴族だと耳にしていたが、なかなかどうして、エスコートの仕草はちゃんと形に嵌まっている。

 クレオンは感心した。

 

 そして、ふたりが部屋を出て行った。

 

「うくっ」

 

 しかし、次の瞬間、ガドニエル女王が急に股間を押さえる感じで身体を曲げる。

 すぐに真っ直ぐになったが、やはり顔は赤い。

 心なしが全身がかすかに震えている。

 

「もう、ロウ様ったら……。出て行くついでに……」

 

 すると、エリカがいなくなったロウをたしなめるように息を吐く。

 

「まあ、余計なことを口にするからだな。ロウになにをしてもいいと言えば、本当になんでもする。だが、本当にいやなら、ちゃんと言うことだ。ロウは優しいから許してくれる。多分な……」

 

 シャングリアだ。

 ガドニエル女王に語ったみたいだ。

 なんのことだ?

 本当に小さな声の会話であり、席の近いクレオンだけにしか聞こえない。ほかの者たちには耳に入ってないだろう。

 

「い、いえ……。こ、これが“ちょうきょう”ですし……。が、我慢です。我慢……」

 

 俯いている女王は歯を喰い縛るようにしている。

 しかし、さすがに様子がおかしい──。

 いつの間にか、ガドニエル女王は汗びっしょりだ。

 息を吐くたびに、小鼻を開きはじめている感じだし、クレオンだけでなく、こちら側の残っている三人の領主も怪訝な表情になっている。

 一方で護衛を含めて、エルフ族側はまったく気にしていない。

 それにしても、“ちょうきょう”?

 まさか、調教?

 

「お待ちどうさま。有意義な話し合いができました。では、話し合いと行きましょう」

 

 だが、扉が開いて、ロウとリィナが戻ってきた。

 本当にすぐだ。

 ほんの少しの時間だ。

 クレオンはさっき出された紅茶を飲み干す時間もなかった。

 いや、ガドニエル女王の異変が気になって、紅茶にはひと口も手がつかなかった。

 

 

「えっ?」

 

「あれ?」

 

「伯爵?」

 

 どれが誰の言葉だったかわからない。

 しかし、ほぼ同時に声があがった。こちら側の三人の領主だ。

 出て行ったときと同じようにロウのエスコートの態勢で帰ってきたリィナとロウだったのだが、その様相がなぜかすっかりと変わっていたのだ。

 ついさっきまでの余所余所しい態度が完全に消え失せており、リィナがロウの腕をしっかりと掴んで、しかも半身を預けるようにしだれかかっている。

 しかも、まるで恋人でもあるかのようにうっとりとロウを見つめているように思えた。

 さらに、心なしか……いや、かなり顔も赤い。真っ赤だ。

 そして、色っぽいような……。

 

 それに、なによりも……。

 もしかして、若返ってないか? しかも、辺境域の才媛と称されていた時代の名残りが戻ったような……。

 なぜ?

 とにかく、クレオンは驚いてしまった。ほかの領主たちも唖然としている。

 

「ああ、予想どおりだな」

 

 するとシャングリアがロウに声をかけた。

 

「まあな」

 

 すると、ロウが仲間たちにそう言って笑った。



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691 女王調教──会同を前にして



 一郎側の視点となります。

 *



「陛下、ロウ殿、そろそろ……。ええっ?」

 

 急遽準備してもらった会合の刻限なのだろう。

 ブルイネンが部屋に入ってきた。だが、部屋の入口のところで、驚いたように声をあげて、そのまま硬直してしまった。

 

「ああ、時間か?」

 

 しかし、一郎は素知らぬ体裁をとって、入口のところで部屋の中を凝視しているブルイネンに声をかけた。

 今日の一郎は、冒険者風の出で立ちでなく、ハロンドール王国貴族然とした服装だ。正装というほどではないが、粗末なものではない。

 生地もデザインも一流のものであり、首回りや袖、襟には小さいが宝石を使った男性用の装飾具につけている。

 ずっと前に、マアから一式贈られたものであり、あまり身につけることはなく、亜空間に収納しっぱなしにしていたが、今日はこれを着ることにした。

 ガドニエルの権威を借りて、交渉役を務めるつもりだ。

 ならば、いつものような冒険者然としか格好ではなく、それなりの身支度が必要だと思っただけだ。

 

「あ、あのう、陛下は、ど、どうして……?」

 

 ブルイネンが戸惑ったように言った。

 一郎も、その反応に思わず、ほくそ笑んでしまう。

 すっかりと親衛隊長としての正装を整えているブルイネンだったが、彼女がびっくりしている原因は、部屋の真ん中で背もたれのない木椅子に腰掛けているガドニエルだ。

 女王としては簡素にはなるのだろうが、女王としての威厳を損なわない程度に服装を整えてさせている。しかし、彼女は椅子に座った状態ではあるが、両手首を手枷でひとつに束ね、天井から伸びている鎖に吊して真っ直ぐに伸ばさせる格好をさせているのだ。

 しかも、さらに目隠しと口に咥えさせたボールギャグである。

 ボールギャグには、穴が開いているので、飲み込むことのできないガドニエルの涎が顎と首元に垂れ続けていた。

 

 そして、ガドニエルの艶めかしい脚と脚の動き……。

 しきりに足踏みでもするようにせわしなく脚を動かしながら、スカートの中の太腿を擦り合わせ、さらに腰をもじつかせている。

 ほかの女たちは、いつもの服装に整えて、周りで静観しているだけなので、余計にガドニエルの痴態が目立つ。

 だから、面喰らっているのだろう。

 

「目下、調教の真っ最中でね。言っておくが、今回は強制じゃないぞ。ガドがなにをしてもいいと言ったから、遠慮なくしただけだ。それに股間に栓をするのも、彼女の望みなんだ」

 

 一郎はうそぶいた。

 そして、ソファから立ちあがって、ガドに寄っていく。

 

「こ、股間に栓?」

 

 ブルイネンが顔を真っ赤にした。

 生真面目な優等生タイプであるブルイネンは、一郎の女ではあるが、羽目を外すような変態的な調教はブルイネン自身にはまだしていない。だからかもしれないが、一郎たちにいつも侍っている割には、明け透けな性行為や乱交、一郎好みの調教行為には、まだまだ慣れることができないらしく、いまのように、それを目の当たりにすると動揺や緊張を隠せなくなる。

 さっきも、一度、事前会同の段取りが着いたと伝えにきたときには、一郎とガドの性愛の真っ最中だったのだが、ほうほうの(てい)の様子で逃げるように立ち去っていった。

 そのうちに、しっかりとこのブルイネンも、一郎の色に染める機会を作ろうと思った。

 

「まあ、ガドの望みといえば、そうなのかな?」

 

「わたしには、逆らえない選択をつきつけたようにしか見えなかったがな。罰として丸一日のお預けがいいか、すぐに調教を受けるのがいいかと問えば、ガドは調教を選択するに決まっている」

 

 コゼとシャングリアだ。

 一郎は聞こえないふりをして、ガドの顔から目隠しと口枷を外す。

 

「ガド、ブルイネンが来たぞ。会同の時間だ……。さて、最後の選択だぞ。本当にこのまま行くか? それとも、栓を抜くか? 少なくとも辛いのは半減するぞ」

 

「い、いえ、このまま……。慎みのないだめガドの股です。また、ご主人様の精を洗い出してしまいます。しっかりと栓をお願いします。そ、それに苦しいのは罰ですから……。しっかりと調教をお願いします。なんでもしていいですからあ」

 

「いい子だ。それでこそ、俺のガドだな」

 

 一郎は笑って、舌でガドの口から垂れている涎を顎や首から舐めとってやる。

 

「ああ、ご主人様ああ……」

 

 ガドが感極まったように、両手を吊りあげられている身体を艶めかしくくねらせた。

 

「あ、あのう……、陛下に罰って……。なにかあったのでしょうか?」

 

 ブルイネンがおずおずという感じで訊ねてきた。

 

「まあ、あったというか……。あんたがさっき来たとき、ロウ様とガドが愛し合ってたでしょう。あれって、ロウ様がガドに精をいっぱい注いでやるから、すぐに始まる会同のときに、その精をしっかりと股間に溜めて会同に参加しろっておっしゃってから始まってたんだけど……」

 

 困ったような口調で応じたのはエリカだ。

 エリカもまた真面目な性格だし、クレオンたちとの会同を前にして羽目を外すようなことを開始した一郎をそれとなく(たしな)めはしていた。

 半分は諦めた感じであり、それほどに積極的ではなかった感はあるが……。

 

「せ、精を溜めて?」

 

「それを洗い流しちゃたのよ。最後の最後に何回目かの精を注がれたときに、潮を吹いちゃってね」

 

 コゼが横から口を挟んでけらけらと笑った。

 一郎は女たちの会話に耳を傾けつつ、ガドの手首から手枷を収納術で消滅させる。

 

「ああん、あっ、ああっ」

 

 すぐに、ガドは自由になった両手で装束の上から股間を激しく愛撫をする仕草をはじめた。

 まあ無理もないだろう。

 あのとき、潮吹きで一郎が注いだ数発分の精液を一緒に出し、ガドは完全に意気消沈してしまった雰囲気になってしまった。

 だから、一郎は、罰として新しい調教を受けるのがいいか、丸一日の放置がいいかと訊ねたのだ。

 ガドが放置を選択するわけがないとは思ったが、一郎の言葉にガドは目を輝かせて何度も大きく頷いた。「次こそ、汚名挽回をします」と宣言しながら。

 それで施したのが、いま装着させているいつもの貞操帯だ。股間とアナルに挿入するディルドが内側にあり、クリトリスを苛む小枝のような突起もしっかりとある。

 一郎はそれに掻痒性のある媚薬を塗ってやった。

 しかも、貞操帯は外からの刺激を遮断する特別製だ。これもまたいつものやつである。効き目が本格的になるいままで、ずっと拘束もしていたので、かなり辛いのだろう。

 刺激がないと痛感したはずなのに、いまでもずっと両手で服の上から股間を擦っている。

 

「ほら、我慢だ、ガド」

 

 一郎はその両手を片手でまとめて掴んで股間から離させる。

 

「あっ、ご主人様ああ。か、痒いです。と、とっても……」

 

 ガドが涙目になって、一郎を見つめてきた。

 

「会同の場所に入れば、ディルドが動き出す。それで耐えるんだ。ただし、無制御設定にするから、いつ、どう動くかわからないぞ。うっかりと声を出して、女王の威厳を損なわないようにするんだ。命令だ」

 

 一郎は言った。

 

「は、はいっ、ガドは頑張ります」

 

 辛そうな顔をしていたガドは、一郎の言葉に満面の笑みをして数回頷く。

 可愛い女王様だ。

 一郎は思わずにんまりしてしまった。

 

「ああ、今日はガドさんがずっと可愛がってもらって羨ましいですわ。わたしもご主人様の調教をいつでもお待ちしますわ。どんなことでも、なんでも耐えてみせますから……。いえ、耐えきれないかもしれませんけど……」

 

 スクルドが一郎とガドのところに寄ってくる。

 今日はしっかりと顔を隠すベールをかけさせている。一応は認識阻害の首輪もつけさせたので、これ以上はスクルドの正体がばれることはないはずだ。

 だが、今日の昼間は、成り行きとはいえ、クレオンの前に素顔を晒してしまった。

 クレオン自身はなにも言わなかったが、ずっとスクルドに奇異の視線を向けていた。あれは王都で殺されて死んだはずのスクルズだと完全に気がついている顔だった。

 それは、まだモーリア男爵領のいるはずのシモンも同様だ。

 認識阻害の首輪は、顔を記憶に結びつけたり、記憶に留めるのを妨害する効果はあるが、すでに顔と名が一致している状況では効果はない。

 だから、ふたりがスクルズという女神官がまだ生きていると言いふらせば、認識阻害の首輪自体が意味のないものになるのだが、まあ、そのときはそのときか。

 当人自体が、別段に無理をして隠そうとしている雰囲気もない。

 神殿には戻るつもりはないようだが、ばれること自体はどうでもいいという様子である。

 前に“身ばれ”したら、魔道で記憶を消せるのかと訊ねたこともあるが、闇魔道系は得手ではないので、ひとりかふたり程度の簡単な記憶操作ができるくらいと言っていた。しかも、なにかのきっかけで取り戻せるくらいの記憶操作でしかないらしい。あまり役には立ちませんねと、あっけらかんとしていた。

 

「そのときはな。しかし、今日はだめだ。ガドがこんな感じだから、魔道対応はスクルドの役目だ。よろしく頼むよ」

 

 一郎は言った。

 スクルドがにっこりと微笑む。

 

「わかりました。お任せください。だけど、ご調教のことはよろしくお願いします。いつでもお待ちしてますので……。でも、ガドさん、今日は頑張りましょうね。きっと頑張れば、ご主人様のご褒美がありますわ」

 

「ああ、ありがとうございます、スクルドさん」

 

 声をかけて、手を伸ばしてきたスクルドの手をしっかりとガドが握り返した。

 なんだか悲壮な感じだ。一郎はなんだか吹き出しそうになってしまった。

 仕掛けた一郎が思うことではないが……。

 

「あ、あのロウ殿……、この感じでは陛下は……。準備会同とはいえ、辺境候軍側との正式会同です。陛下はこちら側の代表であって、じっと座っていればいいというわけでも……」

 

 ブルイネンが遠慮がちに一郎に声をかけてきた。

 

「なに言ってんのよ。じっと座っていればいいに決まっているじゃないのよ。ガドが隣にいさえすれば、ご主人様が仕切ってお喋りになっても、なにもあっちも言わないわよ。今夜と明日のガドの役目は、じっと座っていることよ」

 

 コゼだ。

 

「そうだな。黙っていて、ほとんど喋らなければ、ガドは本当に気品と威厳のある女王にしか見えない。喋ると、途端にポンコツになるのが可愛いんだけどな」

 

 シャングリアも笑って言った。

 

「ポ、ポンコツって」

 

 ブルイネンが絶句している。

 

「ポンコツじゃないのよ。だから、あんたらも長くイムドリスとかいう隠し宮にガドを隠してたんでしょう。それをパリスに狙われたけど」

 

「そ、そんな、コゼ殿。隠し宮については……。そのう、女王陛下には、俗事には惑わされずに、大所高所から全体を見守ってもらうというか……」

 

「だったら一緒よ。ガドには大所高所から、ご主人様が相手と交渉するのを見守ってもらうといいわ。ご主人様の調教を受けながらね」

 

「まあそうだな。ガドもそれが嬉しそうだし。ガドは水晶宮にいたときよりも、この旅のあいだの方がずっと幸せそうだ。あれを見てみろ、締まりのない表情を」

 

 シャングリアが笑っている。

 一郎はずっとそれを聞きながら、ガドと接しているのだが、ガドは自分について話されている会話にまったく意識を向けていないみたいだ。

 これほどまでに、周りに意識がないのも、ある意味すごいし、さすがはガドだとも思った。

 

「よし、とにかく準備はできた。乗り込むぞ──。ところで、今夜は全員が朝まで完全休息のつもりだったがすまなかったな。俺たちが動くとなれば、護衛も動かなければならないのだろう?」

 

 一郎はブルイネンに声をかけた。

 ブルイネンは軽く首を横に振った。

 

「全く問題ありません。任務ですから。すでに九人が会場となる建物の前に先行しています。この人数でスクルド殿の移動術で跳躍をし、向こうで親衛隊と合流して、それから案内を受けて会議の部屋に入る手筈になっております。それよりも、ロウ殿のお耳に入れたいことが……」

 

 ブルイネンがそう前置きして語り出す。

 口にしたのは、向こうの辺境候軍側の軍営のことだ。

 明日の朝には、水晶宮からケイラ=ハイエルこと、享ちゃんが五百人の魔道師団を率いてここに乗り込んでくることがわかったので、急遽、これから、その前に方向性のすり合わせだけでも決定しておきたくて、先行会同を実施することにしたのだが、それを調整するついでに、ブルイネンは、マルエダ家以外のほかの諸侯の動向も確認したのだそうだ。

 それによりわかったのは、この辺境候軍の主力となっておる主要六家のうち、マルエダ家を除いた五家が密かに会同を開いているという事実だった。

 ブルイネンはそれを教えてくれたのだ。

 辺境候軍の軍営がマルエダ家の一枚岩でないことには一郎はすぐに気がつき、昼間のうちに、そのうちにほかの家のこともそれとなく探ってくれとブルイネンに頼んでいた。

 

 ただ、そんなに重要ではないとも伝えてもいた。

 この軍営からピカロとチャルタを回収しさえすれば、すぐに離脱するつもりだからだ。ここを出立すれば、すぐにスクルド版の移動術のゲートで短い時間で王都に帰還できる。

 そうすれば、王宮に乗り込んで、サキの首根っこを押さえて、一連の騒動は終わりだ。

 叛旗を翻している辺境候軍のことはそれからでもいい。

 

 いずれにしても、ブルイネンはそれを心に留めていたようだ。今夜は朝まで休息のつもりだったから親衛隊員には別段の指示はしなかったが、それが覆ったことにより、マルエダ家以外の主要五家の動きを同時に調べさせたようだ。

 そしたら、彼らの会同のことがすぐにわかったみたいだ。

 

「マルエダ家を除く、主要五家の会同か……。そのことをクレオン側は?」

 

 一郎は訊ねた。

 この状況でマルエダ家を除く五家が秘密に会同を開いているとなれば、マルエダ家を引き下ろす話し合いに決まっている。

 今回のことで、マルエダ家は権威を失墜しているだけでなく、軍事力そのものをかなり損耗している。

 レオナルドの引き起こした馬鹿げた突撃で、著しく戦力を失ったのだ。地力があるのですぐに整備もできるとは思うが、いまは狙い時だ。確認してわかったが、一郎やガドたちを包囲して攻撃したのは、軍営のうちでもマルエダ家の本軍が主体だそうだ。

 ほかの諸候軍はほぼ無傷なのだ。

 一郎がクレオンの立場なら、まず、その隙を突いて、マルエダ家がほかの五家に追い落とされることを心配する。その大義名分は十分すぎるほどにある。

 そして、王家の権威が健在なら、王家と結びつきの強いマルエダ家を寄子側が追い落とすなどあり得ないが、ここの一帯の領主たちが王国から離反する状況ともなれば、あり得てくるのだ。

 

「知っている感じではなかったですね。急遽の会同のことを調整したときには、五家が集まるかどうかはわからないけど、参加できるところについては参加させたいという調整でしたし」

 

 ブルイネンが応じた。

 一郎は首をすくめた。

 いまは一郎の精の力による能力向上により治政力も抜群のアネルザだったが、一郎と出会う前は治政の能力はそれほどでなかった。だが、政治力は最初からすごかった。キシダイン事件の直前の王都情勢において、血筋が完全なイザベラが孤立し、王宮がほぼキシダイン派で固まっていたのは、キシダイン自身というよりは、アネルザの影響が大きかった。

 だから、一郎がアネルザをイザベラ側に寝返らせてからは、キシダインに情報が入らなくなり、簡単にキシダインを孤立化できた。

 アネルザの影響力が王宮内でそれだけ大きかったのだ。

 

 それに比べれば、クレオンは実直で律儀者の評判ではあるが、政治力に長けているという風評はない。むしろ、不足しているという評判みたいだ。

 まだほとんど接していないのでわからないが、あのアネルザの父親にしては、クレオンは、周りの状況には疎いのかもしれない。

 一郎でも考える他家の離散に考慮してないとなれば、あのアネルザの父親にしては、随分と残念だと思う。

 こう言っては可哀想かもしれないが、だからこそ、タリオのアーサーなんかにしてやられるのだろう……。

 

「なんか面倒になりそうだなあ。もしかして、享ちゃんに脅してもらった方が、素直に、ピカロたちを取り戻せるかもしれないなあ」

 

 一郎は苦笑した。

 とにかく、一郎の目的は、ここで監禁されているピカロとチャルタを取り戻すことだけなのだ。

 こうなることがわかっていれば、無理してでも昼間のうちに身柄だけでも確保しておくべきだった。

 ここで向こう側の代表が変われば、これまでの約束など完全に覆る可能性がある。この世界においては、魔族というのは異界に完全に追放したことになっていて、存在を絶対的に認めない。こっち側に出現すれば、問答無用で殺戮するか、完全に隷属して酷使することになっているらしく、穏便な対応というものがあり得ないのだそうだ。

 

「や、やめてください。冗談でもそんな。長老様は三種の神器をお持ちになっているのですよ」

 

 ブルイネンが驚いた口調で言った。

 

「冗談じゃないけどねえ。神器とやらの宝珠で脅迫すれば、誰であろうと文句を言わないだろう?」

 

 一郎は微笑んでみせた。

 

「とんでもありません。絶対にお願いします」

 

 ブルイネンが必死の口調で言った。



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692 狙われた女簒奪者

 とにかく、会同の場所に向かうことになった。

 ガドについては、どうしても動きがぎこちないので、エスコートの態勢で支えてやる。

 こちらでは、貴族とそうでないものについては、喋り方や日常の起居動作そのものが異なるようだ。それがマナーの違いなどとして身分差に繋がるみたいだが、前の世界で人材派遣会社を掛け持ちして、様々な職業についたことのある一郎としてはなんでもない。

 結婚式場で牧師だってやったこともあるし、新郎の代役というのも一度だけしたことがある。そもそも、享ちゃんや祥ちゃんとすごした仮想空間の一生では、セレブと称されるいわゆる上流階級に属していた。そのときの所作も完全に身についている。

 

「ブルイネン隊がいるので、わたしとコゼはロウ様の後ろにつくわ。シャングリアはガド側を見ていて。スクルドは最後尾から全般よ……」

 

 到着と同時にエリカが素早くほかの女たちに指示する。

 ブルイネンが事前に派遣していた九人の親衛隊員も集まり、あっという間に完全な護衛の態勢が整う。

 頼もしい限りだ。

 一郎たちが態勢をとったのは、辺境候軍の軍営司令部となっている大きな平屋の前だ。

 衛兵のようなものが立っていて、移動術で出現した一郎たちに驚くとともに、すぐに建物内にひとりが走っていった。

 

 すぐに身なりのいい男が現れた。

 男はサーマクと名乗り、マルエダ家の家宰だと自己紹介をした。昼間は会わなかったから初対面だ。

 雰囲気からして、かなりクレオンに近い部下のような気がする。

 彼の案内で建物内に入り、廊下を進む。

 ブルイネン以下の親衛隊は少し前を先行だ。一郎とガドは家宰のすぐ後を進み、次いで、エリカ、コゼ、シャングリア、スクルドという順で歩いている。

 事前の調整ということらしく、親衛隊を含めて女戦士たちは外から見える武器は持っていない。

 だが、すぐに取り出せものは隠している。

 エリカの細剣、シャングリアの剣も、一郎が瞬時に取り出して渡すことが可能だ。

 

「んっ、んんっ」

 

 途中で横を歩いているガドが我慢できなくなったみたいに声を呻かせて、身体を突っ張らせた。

 会同の建物内に入ったことで、さっそく貞操帯の内側のどれかの淫具が動きだし、痒みと疼きでただれたようになっている股間かアナルを刺激されたに違いない。

 この感じだと膣のディルドか?

 「無制御設定」、つまりは「ランダムモード」になっているから、ガドに挿入している三個の淫具、すなわち、股間とアナルとクリトリスのどれが、どのくらいの、どんな動きをするのかは、一郎でさえもわからない。

 もちろん、淫魔術で即座に制御もできるので、ガドが大失敗しそうになったら、制御してやるが、まあぎりぎりまで放置だ。

 一郎もそれが愉しい。

 

 会議室と思われる場所の前に到達する。

 部屋の前には、衛兵のような者たちがいて警護をしていた。武器を持っている。

 向こう側は武器を持って廊下に侍り、こちら側は武器なしで室内で警護する。それが取り決めだ。

 魔素火粒剤はなし──。それも約束事だ。

 一瞬立ちどまる。

 スクルドを振り返る。

 

「わかる限りにおいて、問題ありませんわ」

 

 スクルドが頷く。

 魔素火粒剤、その他、魔道封じのような仕掛けはないみたいだ。

 クレオンは約束を守ったらしい。

 こっちは、武器を隠し持たせてはいるが……。

 一郎も魔眼でさっと全員のステータスを走り読む。

 気になるような武器や道具の所持者なし――。

 “タリオの間者”に類する表示なし――。

 

「エルフ族女王、ガドニエル陛下でございます」

 

 すぐにブルイネン以下の親衛隊十名が室内に入り込み、家宰だと自己紹介したサーマクが室内に声をかけた。

 ガドとともに部屋に入る。

 素早く、全員のステータスを確認した。

 

 まずはクレオン──。

 驚いたことに、ステータスに入る肩書きに“元ハロンドール西方国境守備隊総帥”とある。

 「元」だって?

 

 ほかの四人──。こちらも“タリオの間者”のような表示がステータスに現出する者はいない。

 まあ、領主たちだしな……。

 気になるステータスのひとりがいた──。

 

 

 

“リィナ=ワイズ

   ワイズ家女伯爵

   ハロンドール西方国境守備隊総帥

  人間族、女

  年齢50歳

  ジョブ

   施政者(レベル20)

   戦士(レベル12)

  生命力:45

  攻撃力:15(素手)

  魔道力:10

  経験人数:男15

  淫乱レベル:A

  快感値:150

  能力

   交渉術

  所持

   鑑定の指輪

   守りの首飾り

  家族

   夫3、子10”

 

 

 

 ワイズ家女伯爵か……。ほかの三家は大したことはない。領主らしいが能力も凡庸だ。

 しかし、クレオンも含めて、このリィナ=ワイズだけが能力が突出している。

 施政者というジョブは“20”レベルであり、彼女が統治者として優れていることを示している。

 また、交渉術という能力まで出現しており、これは彼女が高い政治力を保持する証拠か……。

 それにしても、“夫3”……。そういうのは初めて見たな……。

 所持しているのは、身を守る手段のための魔道具だろう。

 

 付け焼き刃でシャングリアに教えてもらった貴族情勢を思い起こす。

 マルエダ家を中心とするハロンドールの西方域の主要貴族は六家──。このうち、マルエダ家はこの六家に分裂している「常備軍」と称される国境守備隊の指揮権を持ち、このワイズ家はマルエダ家を寄親とする寄子の関係になるはずだが……。

 しかし、すでに、ステータスに現れているところを見ると、クレオンはもう指揮権を奪われたか?

 だが、早すぎだろう……。なにしろ、可能性はあると思ったが、その下剋上は、いまの王国からのこの地の領主群の離反がある程度前提だ。

 思い切りがよすぎるだろうに……。

 一郎はかまをかけることにした。

 

「あれ? そちら側の代表はクレオン殿ではなく……、そっちのリィナ=ワイズ伯爵殿……なのですか?」

 

 惚けた口調で訊ねた。

 

「まだ、クレオン=マルエダ殿がわたしたちの代表です。いまのところは……。ただ、明日の朝には変わっているかもしれません。それだけのマルエダ家の失態です。それと、女王陛下におかれましては、今回のマルエダ家の失態に際して、同じ軍営に属する者として伏して謝罪を申しあげます。マルエダ辺境候家の蛮行には、わたしたち領主同盟も憤懣激怒するところであります。同じ軍営の一員として、心からの謝罪、並びに、お見舞い申しあげます」

 

 あまり間髪入れずに、そのリィナ=ワイズが応じた。

 クレオンは赤い顔をして黙ったままだ。

 これは、早速、取って代わられたか……。

 面倒だな……。

 一瞬、思った。

 なにしろ、クレオンが交渉の代表でなくなるということは、ピカロとチャルタのことは、この女伯爵と一から調整し直しだ。

 だが、捕らえている魔族女を無条件で返せなどという交渉が成立するか?

 

「なるほど、マルエダ家の失態か……。それで突きあげを……? だけど、それは困ったなあ……。クレオン殿と事前に約束したこともあるしなあ……。そうかあ、代表の交代かあ……」

 

 そう発言して様子を観察する。

 このリィナ=ワイズが密かに、ピカロたちのことを聞いていれば、一郎としては交渉の相手がクレオンであろうと、リィナであろうともどちらでもいい。

 アネルザの実家が没落するのは、アネルザは残念がるかもしれないが、一郎が王都に戻れば、アネルザはイザベラごと権威を復活してみせる。

 すでに、アネルザの力は、実家の権威を必要としていないところにある。

 一方で、リィナは、一郎が口にした「約束」というものがぴんとこないみたいだ。きょとんとした表情である。

 

 やっぱり、聞いてはいないか……。

 そのときだった。

 

「うんっ」

 

 まだお互いに立ったままだったが、横のガドが一瞬がくりと膝を折りかけた。

 またもや、ディルドが動いたのだろう。

 

「ガド……、静かにな……」

 

 一郎はガドだけに聞こえる程度の声でささやいた。

 

「は、はい、ご主人様──」

 

 だが、思ったよりも大きな声でガドの返事があり、一郎もさすがに慌てた。

 しかし、ガドは気にする様子もなく、すぐに背筋を伸ばし、真っ赤な顔ながらも表情を一生懸命に繕った。

 まあ、頑張っているだろう。

 

 だが、“ご主人様”って……。

 もしかして、我慢しろとは言ったが、調教されていることをばれるなとは言わなかった……?

 半分、呆れながら、懸命に記憶を思い起こしてみる。

 

 それはともかく、領主たちの反応はどうかと思って視線をやったが、彼らにはガドの言葉に動揺する感じはない。

 隣のクレオンだけが、ちょっと不審な表情だ。

 ガドの声量はそれなりだったので、聞こえなかったということはないはずだが……。

 

 すると、スクルドがかすかに、一郎の前のテーブルを指さした気がした。

 視線を向ける。

 すると、文字が書いてあった。この世界にやってきて二年。完全ではないが、一郎もある程度の読み書きはできる。

 

 

“ガドとご主人様の周りに、咄嗟に軽い防音術をかけました。一定量以下の声量のふたりの声は周りには聞こえにくくなっています。ただし、隣のクレオン殿は距離が近いので、術の効果が限定的です。でも、これ以上に効果の拡大をすると、普通のおふたりの声も周囲に聞こえなくなってしまいます……”

 

 

 そう書いてあった。

 一郎は“了解”という気持ちを込めて、スクルドに振り向き、微笑み頷く。

 机の上の文字がすっと消滅するのが横目に映った。

 

 しかし、ある程度であれば、防音効果が効くなら、もしかして、かなりのところまでガドを追い詰めても大丈夫か?

 一郎は横でびくびくと身体を震わせているガドに視線をやりながら、内心でほくそ笑んだ。

 

 だが、そのとき思った。

 

 そうか……。

 調教か……。

 

 改めてリィナ=ワイズという女性を見た。

 

 見た目は明らかな中年の女性である……。

 頭髪にはわずかに白髪が混じっている。身体には心地よく肉がついているようだ。

 ただ、服のセンスは一郎にはよくわからないものの、十分に精錬されていると思った。しかし、女性らしい飾りのようなものは皆無ではある。ほとんど目立たない首飾りは、“守りの首飾り”とかいう防衛具だろう。

 一方で化粧もしっかりとされているし、頬のえくぼは彼女に若い外観を与えてはいる。

 もっとも、全体的には、歳をとっているという印象は否めない。それを防ごうと努力している感じはない。

 おそらく、苦労もしてきたのだろう。

 顔の皺は深く、肌も荒れている。それが彼女を年齢を感じさせるのか……。

 

 しかし、“あり”といえば、ありだな。

 

 もしかして、このままクレオンを総帥とやらから引きずりおろして、リィナを総帥に仕立て上げた方がいい?

 そうするか……。

 一郎は、股間に血がたぎるのを感じた。

 

「し、失礼ですが、英雄殿のことをなんとお呼びすれば?」

 

 すると、リィナが訊ねてきた。

 一郎がじっと視線を向けているのに気がついたのだろう。

 リィナ=ワイズは、ちょっと動揺したように言葉を詰まらせている。一郎は頬に笑みが浮かぶのを感じた。

 

 やっぱり、この中年の女性を淫魔術で支配する……。

 それがもっともうまくいく……。

 一郎は決断してしまった。

 

 そして、決断してしまえば、実行するだけだ。

 獲物に狙いを定めた肉食獣の心境である。

 一郎は、目の前の女性を強引に犯す方法を即座に十以上は考えついた。

 

 一方で一郎の背中にいるエリカやコゼも、一郎の考えていることを悟ったみたいだ。背中越しだが、ふたりがクレオンではなく、リィナに注目をして視線を配りだしているのがわかった。かすかに、彼女に身体を向けたのだ。

 

「ロウ殿は、先般の英雄式典において、エルフ王家からサタルスの姓を受けられております。エルフ族国にとって姓というのは、人間族の国における爵位と同様であって、サタルス姓を人間族の貴族爵位に当てはめると、“大公”に匹敵するものです。従って、“サタルス公”、“ロウ公”、あるいは“英雄公”とお呼びするのが適切かと……」

 

 応じたのはブルイネンだ。

 実のところ、これは事前にブルイネンに頼んでいたことだ。

 実際には、エルフ族の貴族制度は、極めて曖昧なものであり、人間族側の社会のように厳密すぎる階級社会ではないらしい。長命なので、階級区分も家ではなく本人に属する。だから、余計に曖昧なのだそうだ。

 せいぜい、王族、上級貴族、下級貴族、一般庶民の区分けであり、一郎が名誉貴族として元老院の議席を与えられたので、サタルス姓が上級貴族であることは確かなのだが、人間族のように、それをさらに細分化する爵位区分はないのだという。

 

 だが、ガドの代わりに会同を仕切るとなると、どうしても、人間族側が一郎の貴族的な地位を気にするのは間違いない。

 ハロンドールでもらっている爵位は“子爵”なので、会同に集まっている領主たちに比べて、あまり高くないということもある。

 なにしろ、シャングリアが少し言っていたが、もう廃れかけている習慣だが、人間族側では、かつては、地位の低い者から高い者に話しかけてはならないとか、どうしても会話が必要なときには、話しかける権威を有する爵位を持つ者に紹介をしてもらう必要があるとかの非常に面倒で馬鹿馬鹿しい仕来りまであったようだ。

 

 それで、ブルイネンと事前に打ち合わせたときに相談したら、ならば“大公”相当ということにしておきましょうと笑っていた。

 一郎が大公とは行き過ぎじゃないかと言ったところ、人間族では、かつてローム帝国に女皇帝がついたとき、女王の王配に一代限りの“大公”という爵位を付与した例があったといい、一郎の立場なら問題はないと言っていた。

 それに、明確に“大公”とは言わず、「大公相当」とか、「大公のようなもの」と口にすると笑っていた。

 そのとおり、いまも「大公に匹敵する」と表現をした。

 いつものように、真面目な顔で……。

 

 すると、リィナを含む全員が動揺したような表情をした。

 思った通りだ。

 やっぱり、人間族は爵位に弱い。

 一郎は内心でほくそ笑んだ。

 

「では、英雄公殿、こちらの軍営の代表が変わりましても、もしも、クレオン殿と交わしている約定があるなら、それが口約束であっても、わたしたちはそれを尊重するとお約束しましょう。それで、それは、どのようなものでしょうか?」

 

 しかし、リィナはすぐに冷静さを持ち直して訊ねてきた。

 また、やっと彼女は、会話の相手の主体に、ガドではなく、一郎を選んできた。

 一郎は満足した。

 

「そうですねえ……。だが、ここでは……。あっ、とりあえず座りましょうか……。それで、ワイズ伯がよければ、その事前の内容について別室で語りたいのですが……。いえ、ほんのちょっとです。小さな砂時計が落ちきるほどの時間です。ほかの方はここでお待ちを……。スクルド、皆さんにお茶でも……」

 

 一郎の言葉に全員が座る。

 ただし、こっち側で座るのは、一郎とガドのみだ。

 ほかの者は全員が一郎たちの後ろに立っている。

 すぐに、スクルドが魔道で温かいお茶と菓子を出現させる。

 すると、再び一郎の前の机に文字が出現した。

 

 

“女伯爵様だけのお茶とお菓子に強力な媚薬を入れました。問題ありません。魔道探知にも鑑定術にもかかりません”

 

 

 一郎はほくそ笑んだ。



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693 女簒奪者と淫魔師

 リィナ=ワイズ女伯爵の飲み物だけに、媚薬を入れているスクルドからの伝言……。

 どうやら、スクルドもまた、一郎があの女史に狙いを定めたことに気がついているみたいだ。

 手を軽く文字の上で動かす。

 すると、文字が消滅した。

 

 一方で、横にいるクレオンについては、一郎よりもむしろガドのことが気になるみたいだ。

 さっきからちらちらと視線を送っている。

 いや、クレオンだけではなく、ほかの領主たちもガドに注目しているみたいだ。

 横目で見ると、淫具と戦って、必死に我慢しているガドは、信じられないくらいに淫靡で妖艶だ。確かに男なら意識を持っていかれるかな。

 一郎は思った。

 

「別室で……ですか?」

 

 リィナは、別室で話したいという一郎の言葉にちょっと戸惑っている。

 一郎は目の前の紅茶に手を伸ばし、ひと口飲んでからほかの全員にも勧める仕草をする。

 横のクレオンは全く動かないが、ほかの者は出された紅茶に手を伸ばす。ただ、リィナだけは、左の手の指輪を目の前のお茶にかざす動作をした。

 さっきの「鑑定の指輪」か……。

 それで、鑑定をしたみたいだ。

 だが、リィナはすぐにカップに手を伸ばして、お茶を口にした。

 残念ながら、スクルドの仕掛けた罠には、リィナの道具は役に立たなかったみたいである。

 

「すぐに終わります。危害は加えないとお約束します。ここでは伝えられない約束事があるんです。それを受けてもらえなければ、こちらとしては、そちら側の代表の交代を認めるわけにはいきません」

 

 一郎はリィナは口にした紅茶を飲み干すのを待って言った。

 さすがに、リィナはむっとした顔になる。なにしろ、辺境候軍側の陣営の代表を誰にするかなどということをこちら側が口を挟む権利はないのだ。

 

 だが、一郎はにっこりと微笑んだ。

 すると、リィナの表情が変わった。一瞬きょとんとして、眉をひそめた感じになる。

 一郎の主張する言外の意味がわかったのだろう。

 話を聞かなければ代表の交代を認めないというのは、逆にいえば、話を聞きさえすれば認めるということだ。

 

 リィナとしては、エルフ族側の承認など必要ないかもしれないが、あれば望ましいだろう。

 下剋上により軍営の総帥の地位を横取りしたリィナとしては、自分がエルフ族王家との対立を収めたという功績は箔として欲しいはずだ。

 それに、このリィナがそれなりの政治力があるなら、ハロンドール王国内としては、冒険者で一代子爵でしかない一郎であっても、アネルザやイザベラと昵懇で、そこそこの影響力をいまの王宮に持っているという情報を握っているかもしれない。

 王国とこの西方域群の関係が最終的にどうなるか未知数ながら、リィナがこの統帥権の簒奪を王家に認めさせるカードに一郎が使えると思ってくれれば……。

 

「なるほど……」

 

 リィナが絞るような声で言った。

 そして、一郎を試すような視線に変わった。

 エルフ族王家との話し合いで一郎が出てきたといっても、所詮は部外者だ。少なくとも、現時点で一郎の言葉など口約束にもならない。だが、これだけ女王と昵懇なのを見せつけているのだから、試す価値はあると思ってくれたか?

 また、王家と一郎の関係認識についても、リィナがある程度知っていれば、確認したいと考えるのは間違いないのだ。

 

 一方で、横のクレオンを見る。

 一郎とリィナの様子の変化に気を配る感じはない。また、リィナから話し合いの主導権を奪おうという雰囲気もない。

 やはり、あまりこういう交渉に慣れている人物ではないのだろう。

 

「いえ、それが条件というのであれば伺います。別室ですね。護衛は同行しても?」

 

 リィナが乗ってきた。

 一郎はにやりと微笑んだ。

 気がついていないと思うが、リィナの顔はかなりほてってきており、首や顔に汗をかき始めている。

 どれだけ強力な媚薬を仕込んだのか知らないが、ひと口だけであれだけの効き目とは大丈夫か?

 一郎はちらりとスクルドを見た。

 スクルドがちょっと小首を傾げて、一郎に微笑む。

 

「ふたりきりがいいのですが……、まあ、そうはいきませんか……。まあ、いいでしょう。その代わりに護衛はひとりにしてください……。でも、あなたはお強いでしょう。護衛など不要では? とにかく、俺もひとりは護衛を同行させます。スクルド、来い」

 

 視線をリィナに戻してから護衛への合意を交わし、再び、スクルドに声をかける。

 スクルドが「はい」と返事をして頷いた。

 

 そして、すぐに別室で一郎とリィナが話し合いを先にする算段となる。

 クレオンの家宰のサーマクと、あのジェシーが出て行く。準備をしに行ったのだ。

 やがて、準備が整ったという知らせを持って、サーマクとジェシーが戻ってきた。

 

「それでは行ってくるよ、みんな……。ガド、わかっているな?」

 

 立ちあがりつつ、一郎はガドに声をかけ、「無制御設定」を一時的に解除して、クリトリスに当たっている部位を“最強設定”で振動させた。

 

「うあっ、くくっ」

 

 立ちあがったままガドを横目で見ると、ガドは耳たぶまで真っ赤にして、両手で下腹部を押さえている。

 しかも、喰い縛っている歯のあいだからは、さすがに苦悶の声が洩れた。

 スクルドの防音術が多少は効果があるといっても、それでも大きい。

 それだけの甘美感なのに違いない。 

 一郎は、次いで、ガドに与えている振動をクリトリスに対するものから、アナルに変える。

 すなわち、アナルの中のディルドを“強設定”で作動した。律動と蠕動の両方の動きを同時にである。

 

「おっ」

 

 今度はガドは声を飲み込んだ。

 しかし、天を仰ぐように全身を硬くした。

 そして、すぐに姿勢を戻した。だが、振動は続いており、懸命に耐えている。

 

「遊んでるなあ」

 

「まあ、可愛いしね」

 

「羨ましいですわ」

 

 シャングリア、コゼ、スクルドだ。全員が一郎の淫靡な悪戯にはもう慣れているのか、自分が対象でなければ、大して反応はしない。

 三人ともちょっとのんびりとした口調だ。

 

「一番の新参者で修行中だしな。それに実に愉しい玩具(おもちゃ)だ」

 

 一郎はうそぶきつつ、ガドに与えている刺激を切断した。まだ、スクルドの防音の効果の範疇だ。一郎の声はクレオンくらいしか。届いていないはずだ。

 一方で、ガドが脱力するのがわかった。

 

「それでは、お願いします、ワイズ伯殿」

 

 リィナの前に立ち、エスコートの体勢で腕を差し出す。

 彼女はすぐに立ちあがろうとしたが、一瞬腰が抜けたみたいにすとんと座り直した。

 さっきのスクルドの媚薬だ。

 だが、すぐに立って、一郎の腕をとった。

 首をかすかに傾げている。身体の異常さの理由がわからないのだろう。

 また、それもちょっとした仕草だったので、一郎以外には、単にリィナが戸惑ったようにしか見えなかったかもしれない。

 

 ふたりで部屋を出る。スクルドが続く。

 部屋の外に出る直前に、ガドの貞操帯を“連続設定”にする。三箇所の刺激が強力だが短い時間で一箇所ずつ入れ替わる「連続刺激モード」だ。

 ガドが股間を押さえて身体を曲げるのが、背中越しでもわかった。

 

「こちらで、よろしいでしょうか?」

 

 家宰のサーマクだ。

 彼が準備したのは、ほんの目の前の部屋だった。ちょっとした小部屋であり、覗くとリィナの護衛らしき男がすでに部屋の中で立っていた。

 

「三人が入ったら、扉を完全に閉めてください」

 

 一郎はサーマクに声をかけてから、リィナを室内に促そうとした。スクルドはすぐ後ろだ。

 

「待って」

 

 しかし、リィナは一郎の腕から手を離して小部屋の直前で立ち止まると、サーマクの隣にいるジェニーに視線を向けた。会議室から出る前に、リィナはこのジェシーに声をかけていた。

 

「頼んだものはあったかしら、お嬢さん?」

 

「あっ、はい、ここに」

 

 ジェシーが持っていたものをリィナに手渡した。

 砂時計だ。

 「三タルノス計」と呼ばれているものであり、一郎の前の世界の時間に換算すると「約三分」の時間を計れるものである。

 リィナはそれをひっくり返して、砂を落とさせて始めてから、ジェシーに戻す。

 

「この砂が落ちきったら、一度扉を開けて中を確かめて。どんな返事が戻ろうとも、必ず一度開くのよ。いい──?」

 

「わ、わかりました」

 

 ジェシーが戸惑った感じながらも、しっかりと砂時計を両手に抱える。

 室内には向かい合うソファがある。

 リィナは、すでに護衛がいる側に腰掛け、一郎は反対側に座る。スクルドは一郎の後ろで、向こうの護衛と向かい合うように立つ。

 部屋の扉が外側から閉じられた。

 

「さっきのは問題ないでしょう? 砂時計が落ちきるまでに終わるとおっしゃったのは英雄公ですから」

 

 リィナが一郎を試すように微笑む。

 一郎は肩をすくめた。

 

「もちろん、問題はありませんよ。約束通りに、砂時計が落ちきる前に終わりますから。それとざっくばらんでいきましょう。時間がもったいない」

 

「そう。時間がないのね……。じゃあ、ざっくばらんでいいわ。あなたとハロンドール王家の関係は? エルフ族の女王陛下は本当にあなたの恋人? わざとらしく女王といちゃつくのは自分の権威を見せつけたいから? まあ、いいけどね……。噂通りに両方に影響力があるなら、ある程度の要求は全部飲むわ。だから、わたしを新しい統帥者と認めて」

 

 乗ってきた――。

 一郎はほくそ笑んだ。

 それに、かなり気も強そうだ。

 いいねえ……。

 

「両方に抜群の影響力を持ってますよ。ガドにも、姫様にも」

 

「姫様?」

 

 リィナが怪訝そうな表情になる。

 

「イザベラ殿下のことですよ。王都に戻れば、あのルードルフ王はなんであろうと王都から放り出します。新女王はイザベラです。そして、彼女が孕んでいる子供の父親は俺です」

 

「なるほど……」

 

 リィナは考える仕草になった。

 そんなに驚いた感じはない。やはり、それなりに一郎についても情報を持っていたか……。

 我ながら生意気だが、この人は結構使えるかも……。

 クレオンよりもずっといい……。少なくとも、タリオの間者にしてやられるへまなどはしない感じだ。

 

「俺の持っている影響力を使って、あなたの簒奪を両方に認めさせます。その代わりに、あなたは俺のものになってもらいますよ。それが俺の要求です……」

 

「えっ? 俺のなんて?」

 

「スクルド――」

 

 一郎は、リィナの言葉を無視して、軽く片手をあげた。

 

「了解です。お任せください」

 

 途端に向こうの護衛が音を立てて尻餅をついた。

 スクルドの魔道で眠ったのだ。

 さすがに、ぎょっとしたようにリィナが立ちあがろうとした。

 しかし、そのときには、一郎が発生させた粘性体がリィナの四肢も背中も椅子に密着させている。

 リィナの顔色が変わった。

 

「ど、どういうこと──? ちょっと誰かああああ──」

 

 リィナが金切り声をあげた。

 

「無駄です。この部屋は完全に防音の結界で包みました。いくら悲鳴をあげても、部屋の外には、ご主人様とあなたがひそひそ声で会話をしているようにしか聞こえませんわ。もちろん、部屋に魔道がかかっていることも、外の方々にはわかりません」

 

 スクルドだ。

 リィナがぎょっとしている。

 だが、すぐに不敵に微笑んだ。

 

「あら……。そういうこと……。だけど、どうするつもりなの──。もしかして、拷問、洗脳? 隷属の魔道? そんなことをしても無駄よ──。わたしは拷問には屈しないし、洗脳にはかからない。わたしは魔道で誰かに支配されることを心から拒否するからね。その顔を隠している魔道遣いがどんな闇魔道師でも、強引に洗脳しようとすれば心が毀れるわ。隷属にしようとしても不可能よ。隷属にしろ、洗脳にしろ、そんなものにかけられたような兆候があれば、ありとあらゆるもので探知して調べるように指示をしているわ。しかも、時間は残り二タルノスくらいじゃないの? あの娘が持っている砂時計の砂が落ちきれば、彼女は扉を開くわ。開かなければ、わたしの護衛の全員が突入する。つまり、そういうことよ──」

 

 リィナが早口で言った。

 強気の口調だが、彼女の恐怖がその表情から一郎にも伝わってくる。

 一郎は立ちあがると、リィナの顎を摘まんで、顔を上にあげさせる。

 その唇に顔を接近させる。

 リィナの目が大きく見開く。

 

「な、なにしようとしているのよ──。ちょ、ちょっと正気──?」

 

 リィナが悲鳴をあげた。

 だが、無駄だ。

 一郎は強引に口づけをした。舌をねじ込んで唾液を送り込む。リィナは必死に顔を振って逃げようとするが、一郎の舌はリィナの口の中の赤いもやを的確に擦り回す。

 さらにあいている片手でスカートの中に手を差し込んで股間に触れる。

 

「んんんっ、んんんんっ」

 

 リィナが暴れ回る。

 しかし、粘性体を次々に飛ばして身体を雁字絡めにしてしまう。

 年齢は重ねているが、経験も豊かで快感には弱いみたいだ。

 ちょっと赤いもやを愛撫しただけで、リィナの全身は脱力して力を失った。もともと、スクルドの媚薬が全身に回っていたというのもある。

 一郎が最初に手を触れたときには、すでにかなり下着が濡れていたのだ。

 ここまで、一タルノス──。

 残りは一タルノス。だが、唾液を注ぎ込んだことで、完全に淫魔術が浸透した。

 すでに試合終了(チェックメイト)だ──。

 口を離す。

 

「ふはああっ、はあ、はあ、はあ……。な、なにを……。な、なにをするのよ……」

 

 リィナはすでに肩で息をしている。

 だが、冷徹な簒奪者の姿は影に隠れ、すでに女の顔になっている。

 

「話し合いをするのさ。そう説明したはずだ。あなたが欲しいものを可能な限り準備するよ。要求するのは統帥権の簒奪をあちこちに認めさせることだけ? ほかに欲しいものは? この辺境候軍の総帥の地位? 王国から独立してその新国王としての地位? 施政者としてのさらなる能力? それとも若さ? あるいは、気の遠くなるような快感の極みとか……。もしかして、それらの全部?」

 

 一郎はくすくすと笑った。

 まだ、一郎の手はリィナのスカートに入ったままだ。

 淫魔術が結びついているので、リィナの感情が完璧に入ってきた。リィナは完全に怯えている……。

 得体の知れない一郎の能力に……。

 すでに引き出さされてしまった欲情と喜悦に……。

 激しい自分自身の劣情に……。 

 

 そして、期待もしている。

 自分が女として犯されようとしているというこの状況に……。

 

「ま、ま、まさかとは思うけど、わたしを犯そうとしているんじゃないでしょうねえ。それで、わたしが支配できると──?」

 

「そうか──。それもいいかもね。そんなつもりはなかったけど、俺があんたを犯して、それであんたが屈するかどうかやってみようか。面白そうだ」

 

 一郎は言った。

 そして、会話をしながら、リィナの心の中にある性欲の糸を鷲掴みにする。どうやら彼女は昔から気が強くて、相手を屈服させるような性交が好きみたいだ。だが、嗜虐欲と被虐欲は裏表だ。未発達だが被虐をされて悦ぶ感性を最大限に活性化する……。

 すると、リィナの身体が劇的に変化した。

 全身の毛穴から一斉に汗が噴き出し、下着越しにさわさわと触れている股間からどっと愛液が溢れかえった。

 リィナの欲望が被虐の感性に置き換わったので、拘束されて犯されかかっているという状況に肉体が反応したのである。

 

「あっ、ちょ、ちょっと──。い、いい加減にして──。は、離しなさい。もうすぐ、三タルノスよ──。犯せるわけないでしょう。さっきの娘が来る──。わたしの護衛たちも押し入るわ──」

 

「もう残り半タルノスくらいかな。それだけあれば十分だよ」

 

 一郎はゆっくりとリィナの服を脱がせ始める。一気に脱衣させることも可能だが、じわじわと追い詰めることが、いまのリィナには効果的だ。

 全身に張りついている粘性体を移動させつつ、上衣側から服を取り去っていく。

 

「や、やめてええっ──。ば、馬鹿なの、あんた──。半タルノスって……。冗談じゃないわ、この早漏──」

 

 リィナが絶叫した。

 上半身については完全に胸ははだけている。布のようなもので乳房を巻いているがそれは面倒なので収納術で一気に取り去る。

 乳房が露わになる。

 なかなかに豊かな胸だ。

 

「早漏ねえ……。まあ、あっという間に終わらせてあげてもいいけど、それじゃあ、面白くないし折角だからゲームをしよう。百回ゲームだ」

 

 一郎は笑った。

 粘性体を巧みに使って、脚を開かせて椅子に固定したまま、スカートだけを完全にまくりあげる。

 下着が外気に触れて、むっとするような女の匂いが股間から拡がった。包む面積は大きく、お世辞にも色っぽいとはいえないが、厚地の下着の布地が白なので、股間から溢れる淫汁で大きな丸い染みがはっきりと見えている。

 

「ひゃ、百回って──。か、隠して──。わ、わかった。とりあえず、わかったから……。あの娘が扉を開けたら、うまく返事をする──。今度はしばらく顔を出さないように言う──。だから、身体を隠して。こ、こんなところを見られたら、あんたも、わたしも破滅なのよ──。ちょ、ちょっと、あんた──。この馬鹿をとめなさいよ──」

 

 リィナが叫んだ。

 そして、一瞬後、ぎょっと様子を示す。

 スクルドなどいないことに気がついたのだ。

 やっと、スクルドの存在を思い出して、スクルドに訴えようとしたみたいだが、実は、あの口づけの直後から、すぐに仮想空間に引っ張り込んでいた。

 いくらこっちで時間をかけようとも、あの時間から一タルノス後に戻るだけだ。

 砂時計が落ちきって、ジェシーが部屋に入ってきたときには、すべてが終わっている。

 

「えっ? あれ?」

 

 慌てて首を曲げて、背もたれの後ろを覗き込んでいる。もちろん、眠り込んでいる護衛もいない。

 向こう側では、スクルドがうまくやっていると思う。記憶操作に関することは闇魔道であり、不得手だとは言っていたが、ひとりくらいの簡単な記憶操作は可能だと言っていた。

 だから、あの護衛には、うまく意識のないあいだの記憶を繋げてもらって、小部屋でなにもなかったと認識してもらう必要がある。

 

「やっと気がついた? 見てごらん。扉もないだろう。俺はいくらでも時間をかけるよ。あんたが完全に屈服するまでね……。その代わりに、さっき言ったことは、可能な限り実現する。辺境候軍の総帥の地位……。王国から独立しての新国王としての地位……。施政者としてのさらなる能力の飛躍……。それとも若さ……。あるいは、気の遠くなるような快感の極みとかね……。あとで選択させてあげるよ。俺の権限外のことも多いけど協力はする。明日にやってくるエルフ王族の長老への説得も努力する──。だから、百回ゲームのあいだに、じっくりと考えるといい」

 

 一郎は笑った。

 リィナはもはや、完全に恐怖していた。

 だが、被虐の性癖に変えられたリィナは、その恐怖心でさえ快感だ。愛撫もなしに、彼女がどんどんと欲情しているのがありありとわかる。

 

「ひゃ、百回ゲーム……?」

 

「そうだね。最初にするのは、百回のぎりぎりの寸止め──。この寸止めのあいだに、“もうやめて”と言わなければ、あなたの勝ち。開放してあげよう……。だけど、その言葉を口にしてしまったら負けだ。次は百回連続の絶頂が待っている。そして、やっぱり“やめて”と口にしてしまえば、再び、百回の寸止めだ……。百回寸止めと百回絶頂。それをひたすらに繰り返す。ゲームのあいだは気絶もできない……では、始めようか」

 

 一郎はリィナの股間から下着を消滅させた。

 すでに股間は真っ赤になって膣口が開いている。淫汁は溢れかえり、内腿までべっとりだ。

 スクルドの媚薬と一郎の淫魔術の影響である。

 陰毛は濃い目。股間はまだまだ若々しい。

 

「ひいっ、なんで――」

 

 リィナは顔を引きつらせた。



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694 百回ゲーム?

「やめでええ、いぐううう。屈服するううう――。するからあああっ、やめでえええ」

 

 リィナはまたしても、悶絶した。

 いや、またしても悶絶しようとした。

 

 だが、無情にも、この悪魔のような男は、ま、た、し、て、も、リィナからぎりぎりで絶頂を取りあげたのだ。

 なにがどうなっているのか、さっぱりとわからない。

 自分の身体もそうだが、この状況もだ。

 

 わかるのは、自分がいつの間にか、完全に素っ裸にされていて、おかしな座椅子に座らされているということである。

 いや、それもわからない。

 

 座っていたのは、ひとり用のソファであったはずだ。それが不思議な粘性体に全身を包まれ、四肢と胴体をソファに貼り付けられてしまった。

 いまは、ソファではあるものの、背もたれは寝椅子のように倒れており、両足の部分は脚の部位がせり上がっている。しかも、リィナの足首を首よりも高い位置まで引き上がっており、さらに、大きく股を開かされていた。

 

 そして、腰を乗せる部分からは中心部が消滅し、双臀部をそれぞれに乗せている状態だ。そんな椅子に腰を乗せ、脚を拡げて高くあげさせられているので、局部もアナルも目の前のロウにさらけ出しているというとんでもない格好なのである。

 

 ただのソファがいつの間にこんな破廉恥な椅子に変わったのかの自覚はリィナにはない。

 繰りかえされる凄まじい快感の飛翔と寸止めによる極限からの落下を繰り返されて、頭も肉体も狂いそうなのだ。

 すでに意識も朦朧としている。

 

 そもそも、服だって、結局どうやって脱がされたのかもわからない。切られたり、引き千切られたということは断じてない。

 ただ、じわじわと衣服と下着を剥がされ、肌を露出される辱めを味わわされ、その羞恥も考えられなくなるような峻烈な愛撫に我を忘れさせられ、そうしたいるうちに、知らぬ間に服が消えて、拘束されていた椅子も変換していたという感じであった。

 

 そして、このロウが始めた「百回ゲーム」だ。

 そんな馬鹿げたことを言い出し、このロウはリィナに愛撫をし、服を一枚一枚脱がせつつ、リィナに極限の快感を与え続けたのだ。

 ロウから強要される快楽は、これまでのどんな男からも味わったことのないようなものであり、ロウが触れる場所のすべてから稲妻のような電流が駆け巡った。

 

 乳房も、乳首も、もちろん、股間も、お尻の穴も…。

 とにかく、あらゆる場所を触られ、舐められる。

 いや、そんな当たり前の場所だけでなく、ロウが触れれば、手の指先や足先、膝の裏、二の腕や脇の横など、どんな場所であっても、これまでリィナが考えもしなかった快楽のつぼになった。

 まさに悪魔の手管だった。

 

 そして、これだけの快感なのに、怖ろしいことにリィナはただの一度も極めさせてもらっていないのである。

 ぎりぎりなんてものじゃない。

 絶頂の途中で寸止めをして、無理矢理に奈落に引き落とされる。

 そんな感じだ。

 本当に性の地獄だ。

 

「無駄だ。あんたは俺の許可なく、いけない……。絶対にね」

 

 ロウがくすくと笑いながら、リィナのお尻から指を抜いた。

 いまやられていたのは、お尻の穴から快感を強引に引き出されるということだ。そこが快感の場所だというのはこれまでの男との経験でわかっていたが、ここまで気持ちのいい場所だということは知らなかった。

 しかし、またしても絶頂の真っ最中にどん底に落とされてしまった。

 リィナは、もはや恥も外聞もなく泣き叫んだ。

 

「もう、許しでええ。言った。言ったわ。何度も言った。あんたに屈服する。屈服するから──。やめて、やめて、やめて。とにかく、もう解放しでええ」

 

 あまりにも追い詰められて、舌さえもうまく回らない。

 とにかく、もういやだ。

 これ以上苦しめられるなら、なにもしないで欲しい。

 屈服の「キーワード」は、「もうやめて」の単語だったはずだ。すでにリィナは十回は、いや、その倍も言っている。

 

「もういいのか、リィナ? 百回の寸止めに耐えれば、解放なんだよ。まだ、三十二回だ。残り六十八回。たったそれだけ我慢すれば、あなたは自由だよ」

 

 ロウが笑いながら言った。

 なにを言っているのか、頭が回らない。

 こんなことリィナは初めてだ。

 

 男に屈服する──。

 

 自分よりも無能な男が上に立っているのが我慢ならず、ありとあらゆる男たちを排除してきた。

 

 最初は兄たち……。

 

 次は父――。

 

 軍の関係者……。

 領内の有力者たち……。

 

 リィナから力を奪おうとする分限者や資産家……。

 

 女であるリィナの支配を喜ばず、あわよくば足を引っ張って、とって変わろうとする無能な男たち――。

 とにかく、あらゆる男たちをだ――。

 

 それこそ、男に屈するなど、それは身震いするほど忌避してきたことのはずだが、いまは屈服したい。

 もう許して欲しい。

 リィナは、心の底から思っている。

 

 そもそも、そもそも約束は三タルノスだ。

 その時間がすぎているのは間違いないが、もうなにもリィナには考えられない。部屋にいたはずの護衛や顔をベールで隠した女魔道遣いがどうしたのかということも……。

 

「むりよおお。無理いい」

 

 とにかく、許されたい。

 思っているのはそれだけだ。

 

「わかったよ、リィナ。まあ、これ以上は拷問になるしね……。じゃあ、約束通りに今度は百回絶頂だ」

 

 なにがこれ以上は拷問だ……だ。

 すでに拷問だ。

 そもそも、いつの間にか、“リィナ”と呼び捨てにして……。

 しかし、リィナはふと思った。

 

 “百回絶頂”?

 

 そして、はっとした。

 もしかして、屈服をもって、終わりじゃない──?

 次の始まり?

 そういえば、そんな話だったような……。

 

「いくよ、リィナ。一回目だ」

 

 ロウが愉しそうに笑いながら怒張をリィナの股間に近づけてきた。

 いつの間にか、全裸になっている。これまで、ロウはリィナにあれだけの性の地獄を味わわせながら、服さえも脱いでいなかったのだ。

 それが一瞬にして、裸になっていた。

 しかも、リィナを横たえさせている寝椅子状のソファは、たったいままでロウが愛撫しやすいような高さだったのに、少しさがってロウが挿入しやすい高さになっている。

 しかも、ちょっと腰を浮かせるように全体が回転して……。

 

「ああっ、だめえええっ、あああ、ああああ」

 

 ロウの肉棒が挿入を開始した。

 すっかりと燃えあがっていたリィナの身体は、新しい快楽の愛液を迸らせながら、やってきた侵入者を受け入れる。

 

 すごい──。

 

 すごいものなんてものじゃない。

 

 男に犯されるのが、こんなに気持ちのいいものとは思わなかった。

 リィナにとって、これまでの性愛というのは、男を征服するための行為であり、あるいは、自分の野望を実現するために必要な実子を作るための作業でしかなかった。

 夫たちと愛し合うことは、それなりに快感もあったと思っていたが、いまロウに引き起こされているものは、そんなものとは次元が違った。

 

 身体の奥底から途轍もないものを引きずり出される。

 熱いロウの怒張がリィナの膣の内襞をこさぎまくり、子宮の入り口が押された。

 それにより、子宮が震え、全身に快感が駆け巡る。

 

 このまま──。

 

 このまま喜悦の頂点に達したい──。

 

 リィナは心の奥底からそれを渇望した。

 

 女としての本能だった。

 

「このまま、このままいがぜてええ、いぎたいいい」

 

 リィナは恥も外聞もなく号泣していた。

 なんで泣いているのかもわからない。

 感情が制御できないのだ。

 

 涙も、涎も、鼻水さえも出ていると思う。

 全身も汗まみれだ。

 

 しかし、そんなリィナをロウは蔑む感じさえもない。

 すでに年齢を重ね、若い頃の美しさなど身から消え去らせているリィナを本当に嬉しそうに犯している。

 それはわかる。

 

 この男はリィナを陵辱するのを愉しんでいるのだ。

 

 幼い頃から人の心の機微を読むのが得手だったリィナには、ロウがリィナの身体を心から満足感とともに犯しているのを感じてしまうのだ。

 こんな枯れた女を……。

 ひとりの女として。

 

 だから、憎むことができない。

 いまさら惜しむ貞操ではないし、自由を奪われ、女としていたぶられるのは恥辱ではあるが、それを快感が上回っている。

 

 いや、この恥辱と屈辱こそが快感に繋がっている。

 いまのいままで、自分自身にそんな性癖があるとは知らなかったが、リィナはロウに拘束されて犯されることで激しい快感に襲われている。

 しかし、リィナは、それをどこか望ましいこととさえ感じつつあった。

 

「いくといい。今度は意地悪はなしだ。最初はリィナに合わせて精を放つよ。一緒に気持ちよくなろう」

 

 ロウが本格的な律動を開始した。

 

「ああっ、ああっ、ひんっ、あああ──」

 

 とまらない。

 とめたくない。

 

 自分の意思ではどうにもならない快感──。

 

 寸止めにしても、絶頂にしても、手足のひとつでさえ自由にならず、他人からすべてを押しつけられる快感──。

 

 いや、このロウに強制される快感──。

 

 会ったばかりの男なのに──。

 引きつけられる──。

 心がロウに引っ張り込まれる──。

 リィナはそれを心から求めてしまっている。

 

「俺の、女に、なれ、リィナ──」

 

 ロウがさらに律動を速めた。

 熱くただれきっている膣壁と子宮がうねり、掻き回され、擦られて、リィナは快感のあまり意識まで飛びそうになった。

 

「なるううう──。あなたの女になるううう──。だから、いがぜてええ」

 

 自分でもなにを口走っているのかわからない。

 そして、ついに、リィナは絶頂していた。

 快感が弾け飛び、粘性体で絞られている乳房が大きく揺れるのがわかった。

 

「いけ──。リィナ、これでお前は俺の女だ──」

 

 ロウの腰がぐいぐいと上下に動く。

 膣の中でロウの怒張が膨らみ、その先端から、まるで熱湯かとさえ思った精の塊が噴き出るのがわかった。

 

「ああっ、あひいいいっ、ひいいいっ」

 

 リィナはまたしても絶頂していた。

 絶頂をしながら、さらに絶頂する──。

 

 そんな経験など生まれて初めてであり、リィナは本物の快感というのを味わっていた。

 

「リィナ、これでお前は俺の女だ。だが、それに見合うものは贈る。若さも──。いまを上回る頭の回転のよさも……。求めるなら権力も……。だが、お前はこれで俺の女になる。性奴隷だ」

 

 ロウが腰をとめて言った。

 ただし、膣にはロウの一物が挿入したままではある。

 射精したばかりだというのに、縮まる気配はない。それどころか、いまも膨らんでいるような……。

 

 それはともかく、この男に犯されて、リィナは圧倒的な充実感と恍惚感に浸っていた。

 そしてまた、彼も喜んでいる。

 不可思議な安堵感に包まれていた。

 

「わ、わかった……。あ、あなたの……奴隷に……なるわ」

 

 リィナは息も絶え絶えに言った。

 操られている言葉でも、洗脳でもない。

 リィナは、いま心からの誓いとして、いまそれを言ってしまった。

 

 ロウが満面の笑みを浮かべた。

 嬉しそうな顔だ。

 この男はこんな中年の女を征服して、そんなに愉しいのだろうか。

 なんだか、おかしな笑いが込みあがってきた。

 

「わかった。ようこそ、俺のファミリーに……。じゃあ、続けようか」

 

 ロウが笑うとともに、再び律動を開始した。

 リィナはびっくりした。

 

「な、なにっ、なにいっ、なによお。お、終わった。屈服した。奴隷になる。誓ったわ──。やめてええ、ああっ、あああっ、ああああ」

 

 またもや快感が無理矢理にせりあげられる。

 リィナはのたうち回りそうになった。

 

「なにを言ってるんだ。残り九十八回──。それが終われば、百回の寸止め。そして、百回絶頂だ。最低三周りはしてもらうぞ。最初に言ったとおり、失神はなしだ」

 

 これをまだ九十八回──?

 いや、それからも、まだ──?

 

 ありえない──。

 リィナは心から恐怖した。






 セカンドパソコンとして、「コスパ」たるものを買ってみました。
 旅先のホテルで使ってみています。
 使い勝手は慣れていないので打ち込みがゆっくりになりますが、スマホよりはましで、これからは多少は投降の間隙が減らせるかもしれません。
 しかし、打ち込み速度が家のパソコンの半分もいかないですね。
 だから、少し短めです。


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695 (ねや)で得た地位

「本来であれば、百回寸止めと百回絶頂を三周りは予定していたんだぞ。それを寸止めは三十二回、絶頂は十回で終わりでなんて、ひと回りにもなりはしない。だらしないなあ」

 

「じょ、冗談……言わないで……。し、心臓が……破けそう……。ゆ、指一本……動かない。し、死にそうよ」

 

 リィナは息も絶え絶えに言った。

 脳の皮膜が灼かれ、身体がばらばらになった気分だ。

 この男との悪意の塊のような性交は終わった。

 やっと解放してもらえたのだ。

 

 「百回ゲーム」などと馬鹿げたこと口にしたこの男だが、それが大袈裟でも冗談でもなさそうだと感じたのは、たて続けの連続絶頂が七回を超したときだ。

 リィナが知っている男女の営みといのは、女の身体を使って男が精を放つという単純にして、それに至るまでの一連の行為のことをいい、女が達するというのは、目的でも手段でもなく、行為のあいだに発生するかもしれない事象にすぎないものだった。

 リィナはそれが不満で、夫たちにはリィナが絶頂する可能性を高めるために、簡単に精を放たないことを要求したりしたし、ときには男根の付け根を絞って精を放ちにくくさせたうえで、リィナを愛しさせたりした。

 とにかく、リィナは男側が性愛の主体になるという現状に満足ならなかったのだ。

 だから、可能な限りリィナに尽くし、満足させ、それまで精を放たないことを求めた。

 

 男たちからすれば、面倒だったかもしれないし、女のリィナに主導権をとられることに我慢ならなかったかもしれないが、十分な手当は夫たちに支払っていたし、理不尽なことを夫たちに強要したという気持ちはない。

 そもそも、夫たちに性交を求めたのは、四十歳までのことであり、それから十年は三人の夫たちに身体を求めたりしていないし、当然ながら夫たちからも求められなかった。

 いまや、夫たちはそれぞれに若い愛人を囲っているし、それはリィナが与えている手当によるものだ。

 求めたものに値するものは十分に渡しているのである。

 

 しかし、ロウとの性愛は、とにかく、リィナがこれまでに経験をしたこととは根本が異なっていた。

 なにが愉しいのか、最初の寸止め──。

 あの行為に、ロウ自身の快感はなかっただろう。

 リィナにとっては、寸止めという恥辱と性の苦悶であり、快感とするのは抵抗はあるものの、ロウがやっていたのは、ひたすらにリィナを愛撫し、昂ぶらせ、快楽の高みに昇らせるということだ。

 ロウが射精するわけでもないので、男としての性的欲求が満足されるわけではない。

 ただ、リィナだけがよがり狂い、与えられない快楽の極みを求めて焦がれ暴れさせられただけだ。

 ロウは、リィナが我を忘れている姿に接するのが心から愉しそうだった。

 

 そして、次の連続絶頂──。

 リィナは、十回目の絶頂のときに泣きながら本気の哀願として、もうやめてくれと迫ったが、この間にロウが射精したのは、最初と最後の二回だけだ。

 それも、本当はもっと精を放ちたいのだけれども、リィナの身体が受け入れない状況なので、仕方なく終わらせたという感じだった。

 やられている最中においては、まさに拷問だと思ったが、こうやって解放されてから考えると、ロウは決して自分本位ではなかった。

 それどころか、徹頭徹尾、リィナに尽くしていたように思う。

 いまにして思うと、おそらくリィナは、三人の夫たちにこういうことを求めていた気がする。

 夫として尽くす代償として金を払い、求めていたのは多分、こういうことだったのだろう。

 しかし、ロウはリィナをいたぶり、愛し、悶え苦しむのを見るのが心から愉しそうだった。

 確かにロウはリィナに精を放ったが、どう考えてもそれが目的だったとは思えない。

 多分、ロウはまだ満足していない。

 だが、リィナが心の底から拒絶しそうになったので、精を放って終わりにした。そういう感じだった。

 

 もっとも、ロウはとことん無慈悲だった。

 リィナを追い詰め、泣き叫ばせ、リィナの尊厳という尊厳を性の暴力で踏みにじった。

 ただ、その無慈悲さが、リィナを貫く愉悦を十倍にも、二十倍にも膨れさせたのも事実であった。

 

 いずれにしても、このロウとの性交の味を覚えさせられてしまったいまとなっては、二度とこの味から逃れられなくなり、この男を一生忘れられなくなったのは確かだ。

 おそらく、リィナは、もうロウなしでは満足できない。

 この男は、ただの気紛れとしてこの中年の女を抱いたのかもしれないが、それにより二度と消し去ることを許さない欲情の渇望を植えつけた。

 残酷なことに──。

 

「動けないことはないはずさ。この仮想空間では、俺にすべてを支配される。身体の疲労は回復させたはずだ。そのままにさせてあげたいところだけど、クレオン殿たちがお茶を飲み終える前には戻らないとね」

 

 ロウが笑った。

 そのロウはすでに服装を整えて、元の貴族然とした品のいい格好に戻っている。

 これに比べれば、リィナはまだ全裸であり、背もたれが座椅子状に倒れているソファに身体を横たえたままだ。

 一応は、変態的な開脚も、全身の拘束もなくなっている。

 しかし、動きたくなかった。

 いつの間にか、全身を濡らしていた体液からも綺麗になっている。身につけていた衣服も横にある。

 よくはわからないが、これもロウの魔道なのだろう。

 本人は、魔道遣いであることを否定しているが……。

 

 だが、とてもじゃないがまだ立てない。

 身体ではなく、心が疲弊しきっているのだ。

 そして、決して、なくして欲しくない心地よい余韻と脱力感に包まれていた。

 

「戻らないとって……。本当この空間では時間がたたず、あのとき、あなたがわたしに最初に口づけをした時間に戻るの?」

 

「そういうことだ。嘘はついていないぞ。あの部屋には三タルノスで戻る。約束するよ」

 

 ロウがくすくすと笑った。

 リィナは大きく嘆息した。

 とにかく、ゆっくりと身体を起こして、横の台に置かれている自分の服を身につけ始める。

 ここがロウの特殊能力で作った空間であり、この世界ではまるで時間がたたず、あるいは、何時間、何日、何年すぎようとも、ロウが思うままの時間経過をした時間帯に戻れるのだということは、少し前に教えられた。

 信じられないことだが、そもそも、いまの空間そのものがあり得ないことであり、まあ、真実なのだろう。

 なにしろ、辺境候軍の司令部施設の建物内の小部屋のはずなのに、気がつくと壁も天井も消え失せ、リィナが横たわるソファもどきの椅子と服が置かれているだけの真っ白い空間になっている。

 

 時間と空間を自在に操る──。 

 

 まさに闇魔道に属するものなのだが……。

 

「あなたって、本当に魔道遣いじゃないの?」

 

「違うね。さっきも言ったけど。少なくとも俺にその自覚はない」

 

「じゃあ、そういうことと思うことにするわ……」

 

 リィナは嘆息した。

 

 こんな途方もない上級魔道を展開しておいて、魔道遣いでないと主張するのはどうなのだろうとは思うが、まあ、本人がそういうのであれば、そうなのだろう。

 どうせ、リィナには歯が立つような相手ではないというのは確かなのだ。

 リィナは、この男に勝とうとか、仕返しをしようとかいう気持ちは全くなくなった。

 だから、どうでもいい。

 この男の秘密を暴いても、それでどうしようという感情も沸かないので、まあ、なんでもいいかという気持ちだ。

 しかし、ただ、どうしても、このロウに訊きたいことがあった。

 

「あの女王陛下……、そして、王都の王太女殿下は、あなたと愛し合った犠牲者というわけね?」

 

 訊ねた。

 

 エルフ族女王──。

 

 ハロンドール王太女イザベラ──。

 

 そして、王妃アネルザ──。

 

 本来であれば、一介の男など、口をきくことも許されない一流の女たちだ。

 だが、リィナにはわかる。

 合意によるものか、あるいは、陵辱によるものかは知らないが、おそらく、彼女たちもまた、たったいま、リィナが味わったものと同じものを味わってしまってしまったのだ。

 

 だから、離れられなくなった。

 

 だから、この男に支配されることを望んだ。

 

 だから、ロウ=ボルグという男を受け入れ、彼を失うことを極度に恐れ、そして、尽くそうとしていている。

 

 リィナにもわかる。

 もしも、このロウがこれからもリィナを愛してくれると約束し、自分の女のひとりと保障するのであれば、リィナもなにもかも差し出すだろう。

 まあ、リィナについては、そんなものなど望むべくもないが……。

 

「犠牲者とはひどいねえ。まあ、家族さ。ファミリィだよ」

 

「“ふぁみりい”というのは、家族という意味? 面白い表現ね」

 

 リィナは思わず笑ってしまった。

 その三人を家族だと言ってのけるのは、世界広しといえども、このロウだけだろう。

 あり得ない……。

 

 いや……。

 だが、あり得るのか?

 

 彼女たちもまた、それを味わってしまったからだ。

 そして、離れられなくなり、支配された。

 支配されることを望んだ。

 

 そうなのだろう。

 女であるリィナにはわかる。

 

 このロウは本物だ。

 

 ならば……。

 

 つまりは、この男に乗ることこそ、勝ち組だ。

 こういうことの勘は、リィナは外さないつもりだ。

 ロウ=ボルグ、いや、ロウ=ボルグ・サタルスという男を絶対に離してはならない。

 リィナの女として本能が……、子宮がそれを教えてくれる。

 

 理屈などない。

 だが、この偶然の機会を逃がしてはならないのだ。

 リィナは、服を着ようしていた手をとめて、ロウの眼を見つめた。とりあえず、ほぼ服は着終わっている。後は髪を整え、着こなしを直す程度だ。

 

「ねえ、本当にこんな歳とったわたしをあなたの奴隷にしてくれるの? いえ、して──。なんでもするわ。その代わり……」

 

 リィナは、その代わりに手当を出すと言いかけてやめた。

 そんなもので、この男を買えるわけがない。エルフ族の女王、この国の王妃、王太女がいるのだ。この男が求めれば、なんでも差し出すだろう。リィナが差し出すことのできる程度で満足させられるとは到底思えない。

 そもそも、根拠はないが、この男の物欲は低い気がする。だいたい、欲しいものがあれば、勝手に回りの女が差し出しそうだ。

 

 だったら、なにを……?

 若くもない。

 地位といっても、ただの地方領主だ。

 なにを差し出せば、この男はリィナを必要に値すると見なすか?

 リィナの価値はなんだ?

 

「すでに性奴隷だ。だが、その代わりか……。とりあえずの要求は、俺の女の返還かな。クラウス殿とは、ある女ふたりの身柄を引き渡すということ話がついている。それに口を出さないで欲しい」

 

 すろと、ロウがにこやかに言った。

 

「女ふたりって、あの魔族娘のこと? レオナルド殿が捕らえているふたりでしょう。文句はないし、もともと、わたしに損も得もない。もちろん、承知よ」

 

 レオナルドが軍営に潜入していたサキュバスをふたりを捕らえているらしいという情報は、もちろん掴んでいた。

 ワイズ家の陣営には被害はなかったが、幾人かの諸侯は身体の関係を結んで魅了にかけられたとも聞いている。

 レオナルドは怒り狂って処刑すると息巻いていたようだが、リィナはそんなことがあったのかと思った程度だ。

 異空間に追放した魔族の末裔がこちらに紛れ込むことは珍しいことではない。かなりの高位魔族でもない限り対応も可能だし、サキュバスは比較的現れやすい魔族でもあるので、大袈裟には捉えていなかった。

 

「おっ、話が早いな。ついでに、ほかの諸侯たちについても抑えてくれな。クレオン殿よりも、あんたの方が余程に諸侯の手綱を握ってそうだ」

 

「まあ、それくらいの影響力はあるわね。問題ないわ」

 

 あのクレオンは、そういうことには疎いので、近傍の諸侯連中が裏切らないような処置はなにもしていないが、リィナは逆にあらゆることをして、諸侯の中に自分の言いなりになる確固たる派閥を作りあげていた。

 だからこそ、総帥の座の乗っ取りなどが成功したのだ。

 マルエダ家以外の四家には、すべてリィナの子か、ワイズ家の親族が婚姻により結びついている。

 リィナが伯爵を継いでからは、農作物から得られる税を安定させることよりも、流通を盛んにすることを重視した施策を行ってきた。いまは、領土の広いマルエダ家とは農村からの税収は当然かなわないものの、商売によって得られる富はそれを補って余りある。

 リィナは、その富を周辺諸侯に還元することで、深い関係を維持してきた。

 クレオンやレオナルドなど、そういうことに疎いので、出し抜くのは造作なかった。

 とにかく、ロウの言葉のとおり、魔族娘の二人程度のことなら問題ない。裏調整の必要もない。リィナが意思表示すれば、ほかの諸侯はリィナの顔を読んで、勝手に賛成してくれる。

 それくらいは、牛耳っている。

 

「なるほど……。やはり、この辺境候軍全体の手綱は、あなたに握ってもらう方が都合がよさそうだ。クレオン家には悪いけど、あそこにはタリオの手が入り過ぎている。エルフ族王家は、今回の代償としてナタルの森に接するハロンドール軍の総帥の地位から、マルエダ家がおりることを要求する。ハロンドール王家の新しい女王のイザベラは、それを承認する。これでどうかな?」

 

 ロウの物言いに、リィナは噴き出してしまった。

 

「まるで、あなたが両国の王であるかのような口ぶりね。だけど、ありがたいわ。そうしてくれれば、心からの感謝をする。あなたは約束を守ってくれそうだし」

 

「別に、俺が王でもなんでもないから、いま約束できるのは、“善処する”という言葉だけだ。だけど、俺の言葉には重みがあるぞ。俺が善処するというのは、本当に善処するということだ」

 

「頼もしいわね。それでわたしはなにをすればいいの? 感謝だけでいいということはないのでしょう?」

 

 リィナは今度は声をあげて、笑ってしまった。

 

「ひとつ目の条件は置いておこう。二つ目の条件は、辺境候軍をしっかりとまとめること。そして、タリオのかかっている息を可能な限り排除することだ」

 

「それは、条件なんかには入らないわね。当然のことだもの。わたしのワイズ領軍も、すでに徹底的な洗濯を開始させているわ。レオナルド殿のみならず、諸侯の中にも、タリオと握手していたものがいそうよ。そういうところは、圧力をかけてでも当主の交代も断行させる。だけど、それは、あなたのためじゃないわ。わたしがこれから握るわたしの軍のためよ」

 

 リィナはきっぱりと言った。

 これについては、迂闊なことながら、地下牢に収容されているレオナルドがタリオ公国の諜者にそそのかされたと自白したという情報に接するまで、この軍営全体にかなりのタリオ公国の諜者が入っているということは気がつかなかった。

 ワイズ家は、重鎮クラスには身元調査もしっかりとさせているし、手など伸ばせなかったと信じたいが、まだわからない。ただ、リィナ自身には、そういうものの接触がなかったのは確かだ。

 だが、ほかの諸侯には、少なからずタリオからの息がかけられかけたみたいだ。

 それが前提の「列州同盟」だったのだ。

 

「おお、頼もしいねえ。とにかく、あの国の大公は女を軽視する傾向がある。だから、女への工作には手を抜くところもあるようだ。従って、女のあんたが総帥になることで、それだけでいくらでも出し抜ける。よろしく頼むよ」

 

 ロウが微笑んだ。

 だめだ……。

 年甲斐もないが、この笑顔には負けそうだ。リィナは、この笑顔を向けられ、あの汚辱と苦役に満ちた快感の歓喜が再び与えられるのであれば、なんでもしそうである。

 リィナには予感がある。

 自分はこれから、ずっと官能の飢餓感に襲われ続けるに違いない。

 このロウとの性交を求めて……。

 

「条件とやらは、それで終わり? さっきのを飲めば、わたしがこの辺境候域の総帥となることの根回しをしてくれるの?」

 

「条件は四個だ。三つ目は王家への叛旗はさげてもらう。とりあえず、クレオン殿が集めた諸侯たちは自領に返すこと。糾弾すべきはルードルフ王個人であって、王家ではない。女王イザベラを認めてもらおう」

 

「当然ね。新女王イザベラ陛下が誕生すれば、この西方域の諸侯はどこよりも最初に新女王を支持するわ。その代わりに、新女王陛下と新王太后殿下、特にアネルザ様には話を付けて欲しいわ。マルエダ家から総帥の座を簒奪したのは野心からじゃないの。事態を抑えられないマルエダ家に代わって、混乱を収めるためにやむを得ず、やったことなの」

 

 もちろん、本心は野心以外のなにものでもない。

 女伯爵になる前から、リィナはクレオンにとって変わることを考えていたのだ。手ぐすねを引いてこんな機会を待っていた。

 そして、勝手に失敗して、総帥の座から転げ落ちる隙を作ってくれた。

 リィナがこんな好機を逃すわけがない。

 

「善処するよ」

 

 ロウが笑った。

 リィナも思わず微笑んだ。やっぱり、この笑顔に引き込まれる。

 

「王家とアネルザ様との落とし所は任せるわ。ただ、わたしを騙さないということを信じるわ。あなたの善処に期待する」

 

「俺は自分の女を裏切らないよ。女たちも俺を裏切れないしね。そうだろう?」

 

「もちろんね。それで、四番目の条件は?」

 

「これは、三つ目の条件を成就させるために必要なことだ。マルエダ家は存続させる。力も奪わない」

 

 これには、リィナは困った。

 マルエダ家を陥れたはいいが、マルエダ家とワイズ家では領地の大きさや動員できる領民の数が違う。つまり、養える兵の数が違うのだ。

 いまは、レオナルドの阿呆が兵力を減らして、マルエダ本軍の兵員が大きく減っているが、時間が経てばマルエダ軍は回復し、再び兵力が増す。

 それが一年後か、二年後かわからないが、マルエダ家の兵力が復活してしまえば、ワイズ家はマルエダ家を支配下に置けない。

 だから、いま、強引にでもマルエダ家の力を削ぐ必要がある。

 

「それは……どうかしら……。マルエダ家が大きいままでは……」

 

 ロウの要求はすべて飲みたい。

 従いたい。

 しかし、いま、マルエダ家を追い込まなければ、この地はほかの領域に比して豊かで大きすぎるのだ。

 すると、ロウがくすくすと笑った。

 

「領土が大きくてなんの問題があるんだ? 問題は国境警備の常備軍が主要六家に分散していることじゃないか。さっき、諸侯軍は戻せと言ったけど、常備軍はそのままでいい。もともと、軍というのは一枚岩であるべきものだ。それを一地方領主に力を集めたくないという王家の意向で、六家に分散させていると聞いたよ。だけど、それこそが歪だ。国境警備の常備軍はそのまま。そして、ワイズ家はその統一指揮権を得ればいい。しかし、常備軍の維持負担金は、領土域に応じて分担させる。その線でまとめられないか?」

 

「常備軍の全部を根こそぎワイズ家が奪うの?」

 

 驚いた。

 

「奪うというのは語弊がある。共同管理だ。ただ、共同管理のうえで、指揮官をワイズ家が出すだけだ。どの家から統一指揮官を出すかについては、せめて話し合いの形式くらいはしなよ」

 

 ロウが笑った。

 理屈が通っいてる。いまは国境を越えたロームが不穏だ。もともと、軍を集める大義名分があるし、必要性もあった。

 このまま統一状態を常態に……。

 

 もともと、統一状態こそが望ましい状況なのだ。

 その指揮官は話し合いで決める──。

 これでいい。

 

 マルエダ家から指揮官は出せない。

 出そうとしても蹴り飛ばす理由はある。

 

 一方で、リィナの子供は優秀だ。

 十人のうち、五人が領軍にいるが、おそらく誰でも統一指揮をこなせる。

 マルエダ家から領土をとりあげるなどということよりも物騒でないし、聞こえもいい。

 

「なるほどねえ……。だけど、あなたって、ますますわからない男ねえ。わたしの情報では、人たらし……、というよりは女たらしというのはあったけど、治世力や軍隊管理に精通しているということなんてなかったわよ」

 

 リィナは言った。

 

「なぜかな。いざとなれば、知恵も沸くし、頭も回る。まあ、勘がいいんだろうね」

 

「そういうのを勘とは言わないのよ」

 

 リィナは呆れた。

 

「ワイズ家がこれからやりやすくなるように手助けもしよう。王都が落ち着けばすぐに、マア商会の会頭を紹介するよ。この地域一帯を流通の力で支配しろ。流通統制をして事実上の王になるんだ。ワイズ家を中心とする経済圏を作り、ワイズ家とともに地域全部を繁栄させる。しかし、従わない地域は、その繁栄をとめてしまう。それでワイズ家に逆らうものは消滅する。領主はともかく、その下の領民はワイズ家による支配を歓迎するだろうさ」

 

「そんな施政のやり方は聞いたことはない。まるで商人が国や領土を支配するような……」

 

「金権政治制度という。発想程度だが、あんたならこれを現実にできるだろう?」

 

「そ、そうね……」

 

 リィナは頷いた。

 ロウに言われたことを考える。

 なぜか、いつもの数倍はリィナ自身の頭がまわる。ロウに言われたやり方の利点、欠点、欠点の対処法、発想だというものを現実の制度にするためのやり方などが次々に閃き、それに応じて頭も整理される。

 なにこれ?

 リィナは、突然に活性化した自分の思考に驚いてもいた。

 

「だ、だけど、マア商会のマア会頭って……」

 

 この大陸でもっとも有名な豪商だ。

 あのマアの商会が進出してくれるのであれば、ワイズ家はもちろん、この地域の流通は急激に発展するだろう。

 それだけの力を持っている女性だ。

 

「俺の女だ」

 

 ロウが白い歯を見せた。

 

「俺の女って……」

 

 確か、年齢は六十を軽く超えていたはずだ。六十五? それを俺の女?

 

「おマアと呼んでいる。可愛い女だぞ。気前もよくて、この服もおマアの贈り物だ」

 

 そりゃあ、貢ぐだろう。

 六十五歳にもなって、ロウのような性技の達人に可愛がられるのだ。リィナだって、同じ立場なら、稼ぎまくってロウに貢ぐ。

 目の前にいるのは、それだけの男だ。

 だが、想像以上の人脈だ。

 やっぱり、ロウを逃がしてならない。

 

「あなたの言うとおりにするわ。すべてね。だから、言って。わたしはなにをすればいいの? こんな中年の女なんて、あなたのような男の眼中にはないでしょう? どうして、俺の女なんて言ってくれたの? どうして、性奴隷になれという嬉しい言葉を告げてくれたの? わたしを女に戻してくれたあなたに捧げるものを持ってないわたしは、なにをあなたに与えればいいのかしら?」

 

「嬉しいと言ってくれて嬉しいねえ。まさに、最初にとばした一番目の条件だ。性奴隷の役目なんて、ひとつしかないだろう。さて、服を着たところで、もう一回戦だ。だらしのないガドは、俺の精を股間に注いだまま会議に出ろと命じたのに失敗して、ディルド挿入の罰則中だ。あんたはどうかな?」

 

 ロウに掴まれた。

 身体を反転させられて、上半身をソファにうつ伏せにされ、ロウにお尻を向けさせられる。

 スカートをまくられた。

 次いで、下着を剥がされる。

 あっという間だ。

 

「アナルに二発、前に二発だ。クレオン殿のところには、俺の精を入れたまま戻るんだ。下着は返さない。さっき途中だったけど、アナルは処女だろう?」

 

 ロウが後ろ側でズボンを脱ぐ気配がした。

 突然に再開した性愛に、リィナは戸惑った。

 しかも、アナル──?

 

「も、もちろん、け、経験はないけど、いきなり──?」

 

「誰だって最初はある。心配するな。それと、さっき自分のことを中年の女だと言ったが、それは間違っているぞ。性奴隷の肉体支配の術の応用で肌の張りを戻し、皺も染みも根こそぎ治療した。余分な皮下脂肪も散らしておいた。後で“カモフラージュ具”のチョーカーの魔道具をやろう。マアにもさせているもので、完全とはいえないが、突然の若返りを誤魔化せる」

 

 ロウの言葉が終わるとともに、面していたソファの背もたれが消滅して、目の前に大きな鏡が出現した。

 

「ええっ、えええええええ」

 

 リィナは絶叫した。

 そこに映っていたのは、紛れもなく若い頃に美しいともてはやされたいた時代のリィナだ。鏡の向こうのリィナも、仰天している表情だ。リィナの動きに従って、向こうも動く。

 

 どういうこと──?

 なにこれ?

 若返りの魔道?

 禁忌の術では?

 いや、そもそも、そんな魔道があるのか?

 リィナは大混乱した。

 

 しかし、思念はそこまでだ。

 

 ずんという衝撃とともに、リィナのアナルに衝撃が走り、巨大な傘が菊座に侵入してきた。

 不思議なことに、痛みなどない。

 なにかの潤滑油が怒張にまぶしてある。

 とにかく。あるのは快感だけだ。

 

「おっ、おおおおっ」

 

 リィナは雄叫びのような嬌声を放ってしまった。

 また、鏡の中の若いリィナは口を開け、しまりもなく、だらしなく、そして、とても気持ちよさそうな顔をしていた。






 *


【列州同盟】

 サタルス帝が皇帝として諸王国の女王たちの上に君臨することになったとき、旧ハロンドール域の北西方域が独立した統治区分として分離されたが、その地域に名づけられた国家の名称。
 幾つかの州からなる合衆国家形態であり、その中心はワイズ州である。ほかに、マルエダ州、ヨーク州などがある。
 (中略)
 ……初代同盟統領のリィナ=ワイズ(細部は【リィナ=ワイズ】の項を参照)は、前半生は三人の夫の配偶者として過ごしたが、後半生は夫たちと離縁して、ロウ=サタルスの愛人のひとりとして過ごした。
 このことから、彼女には「閨で掴んだ地位」という揶揄がずっとつきまとったが、リィナ自身は生涯、それを誇りと喜びをもって受け取ったと言われている。


 ボルティモア著『万世大辞典』より
 (ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。


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696 事件は会議室ではなく現場で

「あら、お帰りなさいませ。そろそろ、三タルノスですわ」

 

 一郎がリィナを連れて、現実側に戻ると、スクルドがいつもの満面の笑顔とともに待っていた。

 部屋の隅には、護衛が座り込んだまま眠っている。

 

「つ、つまり、まだ三タルノスじゃないってことね……」

 

 腰を抱くように身体を支えてあげているリィナが自嘲気味に笑った。元の通りにリィナをソファに座らせる。一郎もまた、向かい側に腰掛けた。

 動いているあいだ、リィナは不自然に股間を締めつけるような仕草をしていた。膣とアナルに注いだ精を出すなと命じているからだろう。

 もちろん、下着は与えていない。

 一郎はほくそ笑んでしまった。

 

「随分とお綺麗になられましたね、リィナさん」

 

 スクルドが笑った。

 

「わかるのか?」

 

 リィナの首には、変化している外観をカモフラージュする魔道具のチョーカーをさせている。

 余人には、年齢相応の皺のある中年の女性に見えているはずなのだ。

 

「はい。でも、魔道具は作動しておりますわ。多分、もっとお若いのですよね。でも、隠しきれてません。わたしが作ったものですが、ご主人様の淫魔術の力がまたあがったので、効き目が足りなくなっていると思います。調整が必要かもしれません」

 

「まあいいさ。目の錯覚とでも、勝手に思ってくれる」

 

 ロウは肩をすくめた。

 一郎自身には、カモフラージュ効果はないので、リィナは若くて美しい女性に見える。だから、ほかの者には、いまどういう風に見えているのかわからない。

 だが、まあいいだろう。

 

「淫魔術って?」

 

 向かい側のリィナが怪訝な表情になる。

 

「そのうちに説明するよ……。それよりも、スクルド、護衛を起こしてくれ。ジェシーが顔を出す刻限だ」

 

「わかりました。すでに記憶は調整しています」

 

 スクルドの言葉が終わると同時に、リィナのソファの背後で護衛がおもむろに立ちあがった。

 ちょっとぼんやりとした表情だったが、スクルドが軽く手を打つと、すぐに引き締まった顔になる。

 すると、扉の外からジェシーの声がした。

 返事をすると、扉が開く。

 

「あのう、三タルノスです」

 

 ジェシーの胸には、リィナが渡した砂時計がある。砂は完全に落ち切っていた。

 

「長い三タルノスだったわ」

 

 すると、リィナが小さな笑いをした。

 

「人生の変わる三タルノスか?」

 

「間違いないわね」

 

 一郎とリィナはお互いに軽口を交わす。

 

「ず、随分と仲良くなられて……。あっ、失礼しました」

 

 思わず出てしまったらしい自分の言葉に、ジェシーが慌てて謝罪して頭をさげる。

 

「そうね。仲良くなったわ……。愛人契約をしたのよ。今夜から、わたしも彼の女よ。あなたもお願いしたら? 彼は本物よ」

 

 すると、リィナがはっきりと言った。

 一郎は苦笑した。

 

「えっ、愛人──?」

 

 ジェシーの声だ。びっくりしたみたいであり、声が裏返っている。

 振り返ると、ジェシーは動顛したように、顔を真っ赤にしていた。

 可愛らしくて、初心(うぶ)な反応だ。

 また、一郎の視線では正面になるリィナの護衛は首を傾げている。当然ながら、彼にはそんな話を一郎たちがしたという記憶はないだろう。不思議がっている表情だ。

 

「行きましょうか。悪いけど腕に掴まらせて頂けるかしら、愛人様? 最後の一回……、いえ、四回のおかげで腰に力が入らないのよ」

 

 リィナがお道化た口調で言って、座ったまま腕を差し出す。

 一郎は立ちあがって、エスコートの格好をとり、リィナの腕をとって立ちあがらせる。

 最後の四発はちゃんと手加減した。だから、回復は省略した。回復させると、膣内の精を我慢して出さないことが楽になり、面白くないからだ。

 しかし、リィナは立て続けの四発はまったく手加減とは言わず、むしろ、暴力的だと文句を言った。

 そうだろうか?

 うちの女たちはもっと過酷な回数を毎夜こなすが……。

 

 それにしても、もともと自信家のような感じだったが、一郎が見た目の若さをリィナに取り戻させたことで、さらに元気になった感じだ。それに陽気で明るい。

 辛辣な部分もあるが、明るく軽口を言うのも、本来の彼女なのかもしれない。

 一方で、立ちあがるときも注意深くしっかりと股間を締めているのがわかる。

 口はざっくばらんだが、調教はしっかりと甘んじて受けている。

 いい感じだ。

 一郎はにんまりとしてしまった。

 

 部屋を出る。

 会議室は真向かいだ。

 そこに入る直前に、スクルドがリィナの背中に顔を接近させて、すっと息を吸い込む仕草をした。

 

「な、なに、魔道遣いさん? 匂うの?」

 

 小声だが、リィナは焦って動顛している。

 リィナの股間にはたっぷりと一郎が精を注ぎ、拭き取らせもさせてない。

 スクルズの行為に顔を赤くした。

 

「はい、わたしには匂います……。ご主人様のいい香りです。くらくらしそうですわ」

 

「スクルドの言葉は気にしなくていい。うちのファミリーでも、一、二を争う好色者だ」

 

 一郎は笑った。

 そして、会議室側に入る。

 

 一郎たちに視線が集まり、特に、リィナの顔を見て、クレオンをはじめとする領主たちが唖然としているのがわかる。

 やっぱり、カモフラージュ効果が薄いのかもしれない。

 まあいい。

 騒ぎ出さないことを考えると許容範囲なのだろう。

 このまま押し通す。

 

「ああ、予想どおりだな」

 

 待っていた女たちの中で、まずはシャングリアが声をかけてきた。

 

「まあな」

 

 一郎は微笑んだ。

 リィナを席に着かせる。

 一郎も座る。

 

「んんっ、んんんっ」

 

 甘い鼻声が耳に入ってくる。

 ガドだ。

 短い時間でクリトリス、ヴァギナ、アナルを交互に刺激する「連続モード」にしていた。

 顔は真っ赤だし、全身に脂汗をかいている。

 しかし、ステータスを覗くと、一度も昇天はできなかったようだ。

 一郎は、貞操帯の刺激を停止させてやった。

 ガドが一気に脱力する。

 すると、一郎に向かって、顔をあげた。

 欲情しきった雌の顔であり、眼に涙を溜め、うるうるした瞳で一郎を見つめてくる。

 一生懸命に頑張ったのだろう。

 多分、誉めて欲しいに違いない。

 

「ガド、頑張ったな。ところで、小部屋でワイズ伯と合意に至ったことがある。エルフ王家として受け入れて欲しい。つまりは……」

 

「あっ、は、はい。わかりました。承知します」

 

 ガドが肩で小さく息をしながら言った。

 我慢するなんて、苦手なガドだ。

 だから、頑張りすぎて、朦朧とまでしている感じだ。

 それはいいのだが、まだ一郎は先を喋ってない。一郎も苦笑してしまう。

 また、それはともかく、領主たちの前でガドにぞんざいな物言いをしているのは、意図的なものだ。

 これからの話し合いで、完全に一郎が主導権を得るには、まずは一郎がエルフ王家に強い影響力があることを見せつける必要がある。

 

「へ、陛下、まだ、ロウ殿は内容をおっしゃられてませんが……」

 

 見かねてブルイネンがガドに後ろから声をかけた。

 

「ま、まあ、なにを言うのです、ブルイネン――。ごしゅじ……いえ、ロウ様……、ロウ殿のご申し出なのですよ。承知するに決まっているじゃありませんか。なにを言うのです――」

 

 ガドがちょっと憤慨したように言う。

 

「相変わらずのポンコツ女王ね」

 

「ロウ、喋らせない方がいいぞ」

 

 コゼとシャングリアだ。

 

「やめなさい、あんたたち」

 

 すると、エリカがぴしゃりとふたりの軽口を叱る。

 だが、一郎もそれもそうかと思った。

 ガドはやっぱり黙って座ってもらえればいいか。ただ、ガドの権威だけは貸してもらおう。

 

「そうか、ガド。ならば条件は一緒に聞いてくれ。それと納得してくれて感謝する。ご褒美だ」

 

 一郎は横のガドに手を伸ばして上半身を引き寄せると、いきなり口づけをした。

 周囲が騒然となる。

 だが、気にしない。

 ガドも気にしてない。

 侵入してきた一郎の舌を一心不乱に舐め返してくる。

 

「えっ、ええ」

 

「なんと」

 

「わっ」

 

 クレオンをはじめとする領主たちの驚愕の声が耳に入ってくる。

 構わず、一郎はガドとの口づけを堪能した。

 そして、ガドから顔と手を離す。

 座り直したガドは、とろんとした表情で満足そうに一郎だけを見つめてくる。

 相変わらず、周囲の声も視線も気にしていない。

 ひたすらに一郎だけを嬉しそうに見ている、まるで子供のような無邪気な目だ。

 

「あ、ありがとう……ございます、ご主人様……」

 

 ガドがうっとりとした表情のまま、一郎に向かって呟く。

 

「ガド、女王様の仮面が外れてるわよ」

 

「いや、いまのはロウが悪いな」

 

 また、コゼとシャングリアが茶化すように言った。

 

「やめなさいって、言ってるでしょう、あんたら」

 

 再び、エリカが声をあげた。

 クレオンをはじめ、居並ぶ領主たちは唖然とした顔だ。リィナはちょっと驚いた感じだが、納得した様子でもある。

 一方で、親衛隊の連中はいつものことなので、平然としている。

 ブルイネンだけが、困ったような顔だ。

 

「さて、話を始めましょう。エルフ王国側の代表の名代は、俺が務めます。明日にはエルフ本国から一個魔道師団と女長老ケイラ=ハイエルが到着しますが、あなた方への報復行為は慎むようになんとか説得します。俺はエルフ族王家そのものではないので、最終的な決定権はありませんが、見たとおりにかなりの影響力はありますよ」

 

 一郎は領主たちに微笑みかけた。

 

「あっ、いえ、別に、ごしゅ、ロウ様が決定していただいて……」

 

 ガドがはっとしたように口を挟んできた。

 一郎は一瞬だけ、クリトリスに当たっている部位を強く振動させる。

 

「んふっ」

 

 ガドが股間を服の上から押さえて上体を折り曲げた。

 

「へ、陛下、しっかり。また、負傷した場所が痛んだのですね」

 

 ブルイネンが慌てて、ガドの身体を支える。そのときには、貞操帯の振動はとめている。

 ブルイネンがガドの背中を支えつつ、一郎を睨んできた。

 これ以上はやめとくか。

 一郎はもう悪戯は自重することにした。

 

「報復……ですと?」

 

 一方で、クレオンが怪訝そうに言った。 

 

「やってくるエルフ本軍は、上級魔道の使い手の数百人のみならず、人間族の都市ひとつを丸ごと破壊できる武器も携行しているようです。お互いの幸せのために、なんとかこの準備会合で双方が納得し合える結論を得たいものですね」

 

「と、都市を破壊――?」

 

 クレオンが真っ青になった。

 享ちゃんについては、明日の朝、お尻をぺんぺんするが、折角来るんだし、しっかりと脅しの材料には使わせてもらう。

 

「いや、心配はいりません。この準備会合で合意に至れば、エルフ王国側としては、今回の報復行為はとりません。もっとも、マルエダ家に対するなんらかの賠償は求めます……。しかし、なによりも欲しいのは、今後、同じことが起こらないという確実な保証です」

 

 一郎がそう言うと、すぐにリィナが口を開く。

 

「まったくもって、その通り――。わたしらは、あのような蛮行が起きぬ再発防止策をエルフ王家にお示しして、それで誠意を伝えねばならん」

 

 さっきまでの快感に蕩けたような女の顔はなくなり、毅然とした政治家の顔になっている。

 リィナが続ける。

 

「……いい機会だから、現在の国境守備軍の保持態勢を見直しましょう。そもそも、本来はひとつにまとまるべき軍が、王家の都合で六領主に分けられるなど正しいかたちなのかしら? 各領主に分断されているから、無能な嫡男に大軍か集まるなんて怖いことが起きるのです。今後は国境軍は統一。総指揮官は、わたしたちが合意によって選んだ相応しい者を任命することにしましょう。もちろん、その指揮官に対する統制権は、この六領主の合議によって発動することにもします」

 

「なるほど、それなら、しっかりとした指揮官に率いられるのだから、今回のような間違いは起きませんね」

 

 一郎はわざと大きく頷く。

 そして、会同はリィナの独壇場になった。

 

 今回のマルエダ家本軍の暴走の繰り返し防止という名の各領主からの軍権とりあげと統一。軍管理のための経費の分担などの必要事項が次々にリィナから提案され、合意に至っていく。

 統一軍の暫定指揮官として、現在、ワイズ家軍を率いているリィナの息子が選ばれるまでも、あっという間だった。

 

 クレオンはほとんどなにも発せず、本当の自領軍以外を取りあげられたうえに、もっとも高額な維持費負担を押しつけられる結果となった。

 アネルザに嫌みを言われるかな?

 ちょっと、一郎は苦笑を浮かべてしまった。

 

「……こんなところかしら。さて、あとはマルエダ家の処置だけね。いまのは西方域六家全体のことであり、マルエダ家の処置ではないわ。クレオン殿は当主としてどう考えているのかしら?」

 

 リィナがクレオンに視線を向けた。

 すでに、クレオンはたっぷりの汗をかいている。

 可哀想だが、レオナルドには死んでもらうしかない。クレオンも引退だ。

 これは最低条件だ。

 それくらいなければ、さすがにラザニエルも困るだろう。

 

「レオナルドは処刑。わしは自裁する」

 

 クレオンが言った。

 一郎は口を挟むことにした。

 

「王都のこともあります。凶行を起こしているルードルフ王がいまだに王都にいることを考えると、ここの混乱は最小限にしたい。……レオナルド殿は、処刑ではなく、自裁でいいでしょう。それでエルフ王家は納得します。マルエダ家の当主には、シモン殿を呼び戻して、彼に……。クレオン殿は当主からおりるが、この六家集団の相談役としての地位につくということでどうでしょう? まだ王都のことは片付いていません。クレオン殿の力がまだ必要です」

 

「そうね。わたしからもお願いするわ。あなたが檄で集めた反ルードルフの集団よ。最後まで面倒を見てちょうだい」

 

 リィナも言った。

 

「この老いぼれの無能者に、まだ機会を?」

 

「あなたを無能とは思ってないわ。ただ、ちょっとつけこまれただけよ。本当の敵は別にいるんでしょう? 円卓の騎士を気取っている謀略好きの坊やとか」

 

 リィナが言った。

 タリオ公国のアーサーのことだ。

 この場でタリオの関与を断定してしまうか?

 いまのところ、証拠らしい証拠は、レオナルドの証言くらいだが……。それも、耳にしたところ、物証らしきものはないようだ。うっかりと糾弾して、もしも覆されたら、あの色男はその報復を口実になにかを堂々と仕掛けてこないだろうか。

 いまのハロンドールはがたがただ。たとえ、向こうに否があっても、侵略を受ける状況は避けたい。

 あの色男への仕返しは、こちらの態勢がとれる状況でやりたい。

 一郎はリィナを制するかどうかを迷った。

 

 そのときだった。

 突然に部屋の外から、マルエダ家の家人らしき者が慌てたように入ってきた。

 彼が家宰のサーマクになにかをささやき、そのサーマクの顔色が変わる。

 

「お館様――」

 

 サーマクがクレオンに駆け寄り、やはり、なにかをささやく。

 

「レオナルドが――? まさか――」

 

 すると、クレオンが絶句した感じになる。

 なにかあったようだ。

 

「それと……」

 

 さらに、サーマクがクレオンに耳打ちした。

 今度は、思い切りしかめっ面になる。

 

「どうしたの、クレオン殿? なにか凶事?」

 

 リィナが鋭くクレオンを睨む。

 

「ふたつのうちのひとつは……。いや、ふたつとも凶事か……」

 

「なに? 言いなさい――」

 

 リィナが怒鳴る。

 一枚被っていた礼節の皮を消してしまったようだ。

 

「ひとつは身内のことだ。レオナルドが地下牢から逃亡した。すまん――。家人の中に手引きした者がいたらしい。すぐに捕らえる」

 

 クレオンが唸るように言った。

 

「逃げた――? 冗談じゃないわ。レオナルド殿の処断は、エルフ王家に対する謝罪の表れよ。それを逃がすなんて――。マルエダ家だけの失態で、どこまでエルフ王家とわたしたちの関係を危うくするのよ――」

 

 リィナが声をあげた。

 

「わかっている。必ずすぐに捕らえる――。女王陛下、ロウ殿、これは我が子可愛さに逃亡をさせたわけじゃない。信じてくれ」

 

「信じますよ。ところで、もうひとつの報告とは?」

 

 ガドをちらりと見たが、一郎を見ているだけで、そもそも話に参加してないみたいだから、勝手に一郎が応じた。

 しかし、なぜか、もうひとつの凶事とやらが気になる。

 理由はないが勘だ。

 なにかの訃報?

 いや、そこまでいかなかいが、心がざわめく。

 

「王国の南方で、ドピィと名乗る賊徒が侯爵領を占拠していたが、それを討伐しようとした南方の王軍が大敗したそうだ。それで、新たに王軍がその討伐に派遣されたらしいが……」

 

 クレオンが言った。

 その南部域の賊徒の反乱については多少は耳にしていた。もっとも、そんなには情報は集めているわけではない。

 一万にもなる大きな規模の賊徒が、ある侯爵家の領都を占領して略奪と陵辱の限りを尽くしているという内容だった。

 あの地域はもともと、キシダインの権力基盤であり、一郎とマアとで徹底的にその流通を潰した。

 だから、一気に失業者が溢れ、領地の経済を回復させようと、各領主が増税したりし、そのことが民衆の不満を誘発したりして、情勢は最悪の状況だった。一郎もそれは知っていた。

 それらが大きな民衆反乱を許した下地になったのだろう。

 あのときは、それが一番のやり方と思ったが、それによる南域で暮らす民衆の疲弊は一郎の責任だ。

 

「いま、入ったばかりで不確定情報だが……。国王の命令による王軍討伐軍の指揮官は、王太女殿下イザベラ様とか……」

 

 イザベラ……?

 なんで――?

 

「姫様を?」

 

「どうして?」

 

「えっ、姫様は身重じゃないのか?」

 

 コゼ、エリカ、シャングリアが声をあげる。

 

「これはあり得ません、イザベラさんは妊婦です。しかも、あの馬鹿王の命令だなんて――」

 

 スクルドも珍しく余裕のない口調で怒鳴った。

 

「……とにかく、情報を集めよう……」

 

 一郎は静かに言った。

 

 だが、妊娠しているイザベラに、王宮が出兵を命じただと?

 もしも、それが事実なら……。

 まさか、サキが関与しているとは思わないが……。しかし、万が一、そうなら……。

 一郎はめらめらと腹が煮えかえるのを感じた。






 ※

 小題名は、かの一世を風靡したテレビドラマから。
 もう、若い人は知らないかもしれませんね。


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697 御曹司と娼婦妻―別れの酒【地図有】

【大陸地図】

【挿絵表示】


 「10 人里を越えて」に添付していた地図を若干修正しています。
 ストーリーの展開により、その都度追記していく予定です。
 (2021.10.17)

 *



 天空神に(なぞら)えられるクロノス神は絶倫で知られている。

 だから、五人の妻以外に多くの愛人を持っていたとされる。愛人の筆頭が魔族の守り神であるインドラだ。

 だが、五人の妻も大切にしていて、夜には必ず妻たちのところに戻り、彼女たちを抱くという。

 五人の妻というのは、すなわち、正妻メティス、人間族の女神へラティス、エルフ族の女神アルティス、ドワフ族の女神ミネルバ、多淫にして諸族の女神であるテルメスだ。六人目の妻だった獣人族の女神のモズは入らない。モズは正妻のメティスを嫉妬して殺し、天空界を追放されてしまったからだ。

 いずれにしても、夜になると五人の妻の中から、クロノスは女神の全員か、幾人かを抱く。愛された女神は、クロノスの精を受けて光り輝き、それが月になって空に浮かぶのだという。

 月のない夜は滅多になく、だから、今夜もクロノスは妻たちを抱いているのだと言われたりする。

 

 今夜の月はひとつだ。

 複数妻を抱くのが当たり前のクロノスにしては珍しい。

 だが、おかげで陣営からのレオナルドの逃避行を助けてくれている。

 

「あれは、アルティスの月か?」

 

 レオナルドは、領都に向かう夜道を手引きしてくれているふたりの男に向かって言った。

 名前は知らない。

 ただ、“黒”と“赤”と呼んでくれということだった。それぞれの髪の色である。

 いま、三人が進んでいるのは、辺境候軍の軍営になっている演習場から領都に向かう道だ。ただし、主街道ではなく、その脇街道ともいえる小さな道である。

 馬車どころか、荷車はもちろん、馬も進めないと思われるような小さな道であり、滅多に使う者もなくなっているらしく、道は荒れ放題だ。

 ほとんど、獣道と見紛うような経路をレオナルドたちは進んでいた。

 

「あれは、インドラですね。アルティスが単独で輝くことは滅多にありませんし」

 

 “黒”が応じた。

 黒と赤がどういう立場の者であるかは告げられなかったが、ふたりがタリオの間者であることは確かだろう。

 最終的な目的地が、タリオ公国だと教えたからだ。

 地下牢にタリオの間者が現れたことにはびっくりしたが、考えてみれば当然だろう。

 タリオ公国のアーサー大公からしてみれば、辺境候軍の総大将の地位を失ったとはいえ、レオナルドの武辺を手放すのは惜しいはずだ。

 だから、こうやって助けるのに違いない。

 まあ、受けた恩の分は働いてやるつもりではある。

 

 とにかく、このふたりは、レオナルドが収容されていた地下牢に、まるで闇から溶けるように現れ、見事な手並みで見張りを瞬殺して、レオナルドを脱走させてくれたのだ。 

 地下牢の出入り口ではなく、脱走のための隠し経路も準備されていて、レオナルドはそこから、地上に出ることができた。

 そして、演習場内の警備の間隙を縫って、なんとか外に脱走し、いまは領都に向かっているということである。

 

「そうか。エルフ族がやってきた夜だからな。その夜がひとつ月なのだから、てっきり、アルティスだと思ったが、そうでないのか」

 

 レオナルドは笑った。

 しかし、同行のふたりは、なぜ笑うのかわからないという雰囲気で、ただ黙って歩みを進めるだけだった。

 しらけられると、レオナルドもどうして面白いと思ったのかわからなくなる。だから、笑うのをやめて、しばらくは黙々と歩いた。

 

「だが、領都でしばらく隠れるというのはなぜだ? 俺には間違いなく追っ手がかかるぞ。追っ手が追いつく前に遠くに行った方がいいと思うのだがな。お前たちは、馬くらい準備できないのか?」

 

 また、しばらく進んだところで、レオナルドは聞いてみた。前を歩くのが“赤”であり、後ろが“黒”だ。そうやって、三人で縦になって進んでいる。

 いまは、やっと藪のような場所を抜けたところだ。

 それで、歩きながら話す余裕ができたのだ。

 ふと見ると、領都の城壁の灯りが見えてきていた。

 

「しばらくは、領都の人の海に隠れていただきます。隠れ家も準備をしています。そこで、一箇月か、二箇月……。そこまですごせば、追っ手も解散されましょう。国境を越えるのは、それからがよろしかろうと……」

 

「それに、レオ様の風体に似せた者を、馬で東に向かって駆けさせております。うまくいけば、そいつが追っ手を引き寄せてくれます」

 

 黒と赤が言った。

 

「じゃあ、魔道は? 高位魔道使いを雇えば、移動術とかいうもので、瞬時に遠くに行けるのではないか? 実際、エルフ族たちはそうやって、たった一日で遠いモーリア領からここまでやってきたらしいぞ」

 

「まさか、そんな高位魔道使いをどうやって……。それに、魔道というものは、必ず痕跡が残ります。あなたを追ってくるのは、人間族の軍だけではなく、エルフ族たちもだということをお忘れなく。魔道を遣って逃亡すれば、必ず、エルフ族たちに追われます」

 

 さらに赤が説明する。

 レオナルドは声をあげて笑った。

 

「そういうものか──。わかった。万事、お前らに任せた方がいいようだな。とにかく、俺の要求はただひとつだ。俺の愛人がいる。さっきも言ったがジニーだ。そのジニーを連れて、タリオに向かう。それが俺がお前らに寝返る条件だ」

 

 このふたりが地下牢に現れ、レオナルドの脱走を手引きしようとしたとき、レオナルドが最初にこのふたりに告げたのは、ジニーと一緒に逃げるという言葉だ。

 すると、すでに手配をしていたらしく、レオナルドが準備した娼館からジニーを抜けさせ、レオナルドが隠れる予定の領都内の家に移っているという。

 レオナルドは、ふたりの仕事の早さに驚いてしまった。

 

 しかも、あのジニーが娼館を出るということを承知したということにもびっくりした。

 なにしろ、レオナルドは、ジニーを身請けして、妾として囲おうとずっと思っていたのだ。妾とはいうが、妻をほかに持つ予定はないので、事実上の妻だ。

 だが、ジニーはレオナルドとの身分差を気にして、決して身請けには応じなかった。

 だから、レオナルドは、ジニーを長期にわたって貸し切りにして、ジニー専用の屋敷を与えて、それを娼館とした。

 ジニーは、自分を娼婦と思っているかもしれないが、事実上は、すでにレオナルドに囲われる愛人である。

 しかし、今回、あのかたくなだったジニーがあっさりと、娼婦をやめて逃げることを承知したことは意外だった。

 

「大丈夫です。あの娼婦は、隠れ家となっている家に先行してます。すでに……」

 

 最後まで言わせなかった。

 レオナルドは、ジニーを娼婦だと言った“黒”を腕でぶちのめした。

 

「ふげえっ」

 

 黒が吹っ飛ぶ。

 

「わっ、なにをするんだ──」

 

 赤が身構えて叫んだ。

 

「なにをするかじゃねえ──。ジニーは娼婦じゃない。あいつがそう言ったとしても、ジニーを娼婦と言っていいのは、あいつ自身と俺だけだ。誰であろうと、ジニーを娼婦呼ばわりした者はぶちのめす。知らなかったのか──」

 

 レオナルドは怒鳴った。

 黒が不満そうだが、殴られた頬を押さえて立ちあがる。

 そして、ちょっと、レオナルドを睨むような表情をしていたが、赤に背中をなだめられるような仕草をされると、不承不承という感じで頭をさげた。

 

「……も、申し訳ありません」

 

「わかればいい」

 

 レオナルドは言った。

 それから、しばらく進むとやっと本街道と合流する場所に出た。

 領都近郊の田畑が拡がる場所である。

 さらに進むと領都の城壁がすぐ目の前に見える位置まで来た。

 

 領都は、国境を守るための軍城を兼ねているので、城壁も高くしっかりと門も閉ざされている。

 ただし、領都の前には、城郭に入ることのできない貧乏人たちが作る集落がある。

 いわゆる貧民地帯だ。

 城壁内に住むと安全である代わりに、税もかかる。満足に税を払えない者は、ああいった場所に集まって暮らしたりする。禁止はしているが、追い払っても、すぐにいつの間にか戻ってくるので、いまは放っている。

 すると、ふたりは、城壁には向かわず、その貧民地帯に入っていく。

 

「おい、領都に入らないのか? そっちは貧民地帯だぞ」

 

 レオナルドは言った。

 

「お静かに。この先の一軒家でジニー……殿がお待ちです。番兵に小遣いを渡せば、潜る門を抜けさせてもらえるかもしれませんが、あなたの風体は目立ちます。だから、今夜は城門の中には入りません。十日もすれば、藁を積んだ荷馬車を準備させます。その中にレオナルド様は隠れていただきます。そのとき以降は、もう少しいい場所を準備します」

 

「俺に荷馬車に乗れというのか。しかも、藁の中だと──」

 

 レオナルドは不満を覚えた。

 

「どうか、お願いします。ただ、最低十日はこの貧民地帯で過ごしていただきます。人に紛れるのは、むしろ、こっちがいいのです」

 

 赤が立ち止まって頭をさげた。

 レオナルドは舌打ちした。

 

「仕方ないな」

 

 レオナルドは、男たちについて進んだ。

 実のところ、城壁の外の貧民地帯に入るのは初めてだ。思ったよりも、しっかりとした作りの建物が多いようだ。

 宿らしきものや、酒場まである。

 まだ、真夜中という時間でもないので、人通りも多い。

 もしかしたら、領都内よりも、こっちの方が賑わってるかもしれないと思った。

 レオナルドはフードで顔を隠しているが、そういう格好の者も珍しくない。

 しかも、誰もレオナルドたちのことを気にしていない。

 なるほど、ここなら人に紛れることも難しくないかもしれないと思った。

 

「あの辻を曲がったところに家が……」

 

 赤が言った。

 その通りに歩くと、木製の一軒家が並ぶ場所があり、その並びの中の一軒の平屋の小さな家に案内された。

 赤が戸を合図のように規則的に叩くと、内側から戸が開かれた。

 出てきたのは、ジニーだ。

 いつもの娼婦のような格好ではなく、どこにでもいるような町娘の格好をしていた。

 扉を開いてレオナルドの姿を確信すると、ほっとしたように破顔して、レオナルドの首にしがみついてきた。

 

「おっと、話は中で……。レオ様、どうか中に……。ジニーさん……ジニー殿も……」

 

 赤が促して、全員で家の中に入る。

 家だといっても、入口があり、すぐに広間のような場所になった。なぜか、その部屋の隅には寝台がある。しかし部屋の反対側には、テーブルと椅子もある。

 奥には厨房のような場所が見えていたがとても狭い。

 レオナルドは、ここがどういう場所かわからず困惑した。

 

「ここは寝室か? それとも居間か?」

 

 レオナルドは首を傾げた。

 すると、ジニーがレオナルドの当惑を見抜いたようにくすくすと笑った。

 

「レオ様、この辺りの界隈は大抵こういった感じです。寝室も、居間も、子供部屋も、夫婦の部屋も全部一緒なんです。家族で一部屋ですね。二部屋もあれば、かなり上等な家になります」

 

「驚いた。だったら、夫婦の営みのときはどうするのだ? 貧乏人というのは家族の前でするのか?」

 

「どうしても部屋を割りたいときには衝立を使います……。それよりも、どうぞ、こちらに……。料理など久しぶりですが、温かいものを準備しておきました」

 

 そして、レオナルドを誘導して、テーブルの前の椅子に誘導する。

 赤と黒がついてきて、ふたりの前に立つ。

 

「……それでは俺たちはこれで……。ジニー殿、食料がなくなる頃にまた来ます。合図はさっきの通りで。それ以外は絶対に開けないように……。レオ様については絶対に外には出ないでください。どうしても、外に出る必要があれば、ジニー殿に言いつけてください。俺たちの連絡方法もジニー殿に伝えています」

 

 喋ったのは“赤”だ。

 “黒”は一歩引いた感じで立っている。さっき殴ったところが、灯りの下で見ると、少し腫れていた。

 

「わかった。頼むぞ」

 

「はい」

 

 ふたりが出て行った。

 レオナルドは、すぐにジニーを抱き寄せた。

 

「あっ、レオ様、食事を……」

 

「後だ──。だが、よく決心してくれた。嬉しいぞ。何度口説いても、娼館から出ることを承知しなかったお前が、俺と一緒に逃げることを選んでくれるとはな」

 

 ジニーを身体の前に抱えあげる。

 そのまま寝台まで連れていき横たわらせる。

 

「庶民の暮らしも悪くないな。食事の場所から、寝台に着くまでに数歩でいい。浴室は別の部屋か?」

 

「浴室などというものはありません。裏に小さな庭があり、そこに井戸があるので、そこで身体を洗います。厠も庭の隅に覆いがあって、そこで用を足します」

 

「なんと──。身体を洗うのも、厠も外の庭だと──。あいつら、手を抜いて、俺とジニーをそんな場所に連れてきたのか──。もうひとりの赤毛も殴っておけばよかった」

 

「まあ、こんないい場所はありませんよ。庭に井戸があるんですから。このおかげで、外を出歩くのが最小限ですみます。それよりも、お怪我はないのですか? 戦をされたのでしょう。地下牢にも捕らわれたとお聞きしたのですが」

 

「おい、戦もしたがな。惨敗だった。多くの兵を死なせて、怪我をさせた。それで、父上に捕縛されて、おそらく処刑されるはずだった。だが、こうやって、助けてくれる者もいたようだ。しかも、ジニーとも再会できた」

 

「処刑などと……。恐ろしい」

 

 レオナルドの下で仰向けになっているジニーが身体を震わせた。

 

「まあ、下手を打ったからな。俺も戦人(いくさびと)であるし、負けて死ぬのは当たり前だ。だが、死にたいわけでもないしな。おそらく、タリオに向かうことになるだろう。そこで将軍になると思う。お前も一緒に行くぞ。今度こそ、だめとは言わさん。お前は将軍の妻だ」

 

 だが、ジニーは首を横に振った。

 

「もしも、レオ様が将軍におなりになりましたら、このジニーはまた娼婦に戻ります。でも、レオ様が何者でもおなりではないあいだは、一生懸命にお世話します。それでお許しください」

 

「驚いたな──。ジニーを妻にするには、将軍になってはならんのか。だったら、別にどうでもいい。このまま、なんでもないレオでいてもいいぞ」

 

「だったら、ジニーはいつまでも、レオ様のおそばにおります。でも、レオ様は立派なお方。きっと、いつかは世に戻ると思います。どうか、そのときは、ジニーのことはお見捨てください」

 

「うーん、強情だなあ……。これは困った──。まあいい。話は後だ」

 

 レオナルドは笑いながら、ジニーの服に手をかけた。

 だが、脱がせ方がわからない。

 この二年、ジニーしか抱かなかったから、普通の女の服など触ったことすらない。

 その前も、レオナルドが相手をしたことがある女は娼婦のみだ。二回と同じ女を抱いたこともないが、娼婦が身につけているものなど、紐を解けば全裸になるか、最初から裸かだ。どの娼婦もまったく同じである。

 

「レオ様、あなたの唾を飲ませてください。そして、わたしの唾も……。そうしていただければ、ちゃんと自分で服を脱ぎます。それで、いつものように、わたしを辱めてください。縄も手枷も、あの娼館にあって持ってこれそうなものは運んできました。寝台の下です」

 

「自分で自分が拘束されるものを運んできたか。なんという破廉恥な女だ。これは懲らしめねばならんな。肉人形のくせに生意気だ」

 

「はい。生意気な肉人形です……。だから、どうか、レオの唾液をください」

 

 ジニーがくすくすと笑った。

 また、この女がレオナルドのことを“レオ”と呼び捨てにするときには、淫欲に襲われたときだ。

 ジニーは閨で興奮すると、レオナルドのことを呼び捨てにする。本当はいつでも呼び捨てにしていいのだが、普段はしない。

 ジニーの中にある頑なな壁が壊れるのは、閨の営みのときだけなのだ。

 

「いや、唾液はやろう。しかし、服の脱がせ方くらいは教えてくれ。お前の夫になれるのは、なんでもないレオのあいだだけなのであれば、このままなんでもないレオでいよう。だったら、多少はなんでもできないとな」

 

 レオナルドは言った。

 身体の下のジニーの目が大きく見開いた。

 

「まあ、あのおふたりは、レオ様をどこかに連れていきたくて、助けようとしているのでは? きっと、なんでもないレオ様であることは許されませんわ」

 

「どうして、あいつらの許しを得る必要がある。あいつらは勝手に俺を助けただけだ。恩義はあるが、恩義の返し方は俺が決める。どうしようと俺の勝手だ。俺の望みは惚れたお前の夫になることだ」

 

「困りましたねえ」

 

「困らん──」

 

 レオナルドはジニーの唇に口を押しつけた。

 すぐに、ジニーの舌がレオナルドの口の中に押し込まれてきた。

 唾液が流れ込んでくる。

 いつも飲むジニーの唾液だが、今夜は違った味がする気がした。

 

 すると、不意にジニーの身体に力が入り、レオナルドの身体を押しどけた。

 今度はジニーの顔がレオナルドよりも上になっている。レオナルドが押し避けられた格好のまま、寝台で仰向けになっているからだ。

 ジニーは笑っている。

 レオナルドは、ジニーをもう一度抱き寄せようとして、身体に全く力が入らないことに気がついた。

 

「な、なんだ、なにをやった、ジニー ──」

 

 レオナルドは当惑して声をあげた。

 すると、もう一度、ジニーが上から身体を屈めて、唇を重ねてきた。今度もジニーから舌を入れてきて、唾液を注がれる。

 やはり、味がする……。

 そうか……。唾液か……。

 

「毒か……。唾に毒を……?」

 

 レオナルドは悟った。

 毒を飲まされたのだ。

 唾液の毒を……?

 

「そうね。もはや、吐いても無駄よ、レオ。あなたは死ぬわ。あなたに生きていられると困るのよ。生きているとなんでも喋るでしょう? あなたが誰にそそのかされて、女王を襲ったのかとか……」

 

 ジニーは寝台の上に正座で座っていて、すぐレオナルドの横だ。

 レオナルドはジニーを抱き寄せようと思ったが、手が動かなかった。

 足もだ。

 わずかに首を動かせるだけか……。

 しかも、それももうすぐ、動かなくなる気がする。

 

「そうか……。お前も諜者だったのか……。だが、お前は大丈夫なのか? 唾液に毒を混ぜても……」

 

「わたしは大丈夫よ。中和剤を飲んでいるし、幼い頃から大抵の毒には耐性を作っている。だけど、あなたは無駄よ。ここには中和剤もないし、毒はすでに全身に回っている。あなたは死ぬわ」

 

「そうか……。死ぬか……。だが、お前は生きるのだな……」

 

 結局、死ぬのか……。

 囚人として処刑されるのかと思っていたが、どうやら、諜者に騙されて殺されるというのが、レオナルドの死に様だったようだ。

 

「哀れね、レオ。あなたに同情するわ。あなたはお馬鹿だったけど、ジニーという娼婦には優しかった。あなたのような大領主の御曹司が、一介の娼婦に惚れるなんて冗談かと思ったけど、あなたが本気でジニーに惚れてくれたのはずっと感じていた。だから、残念よ。もっと、賢ければ長生きできたでしょうに……」

 

「どうかな……。やっと悟ったが、どうやら、俺はとんでもない愚か者だったようだ。実は自分ではもっと賢いと思っていたんだがな」

 

 レオナルドはジニーに微笑みかけた。

 すると、ジニーが当惑した顔になる。

 

「な、なんで、笑っているのよ──。わ、わたしはあんたを裏切ったのよ。あんたの心を利用して、惚れさせて──。そして、用済みになったと思ったから殺した。もっと憎みなさい。罵りなさいよ──。身体は動かないだろうけど、息がとまるまではちょっとあるはずよ──」

 

 なぜか、ジニーが悲しそうな顔になっている。

 レオナルドはそれが面白かった。

 結構、表情も性格も豊かなのだと思った。だったら、もっと早く、こういう一面を知ればよかった……。

 

「罵らん……。負けて死ぬのは仕方がない……。それに、お前は惚れた女だ。その女に殺されるなら……、まあ、悪くない」

 

 レオナルドは言った。

 いつに間にか、あまり声がでなくなってきた。

 いまも、普通に喋ったつもりだったが、出てきたのはささやくような小声だ。

 

「女に殺されて悪くないって……。やっぱりばかだね、あんたは。だから、娼婦なんかに本気で惚れるんだよ……」

 

「娼婦に……惚れたんじゃない……。生涯に……一度の恋と……決めた……女が……娼婦だった……だけだ……。それが……間者でも……同じだ……。い、一度……惚れた女を……俺は……嫌いには……ならん。お前が……俺を騙したとしても……」

 

 眠い──。

 急に眠くなってきた。

 これが死なのだと思った。

 死とは、眠りと同じなのだな……。

 レオナルドは思った。

 

 

 *

 

 

 指笛を二度吹くと、部下が家に入ってきた。

 ふたりでひとつの棺桶を担いでいる。

 

「終わりましたか、姉御?」

 

 いま使っている部下は、たまたまふたりとも、“ジョニー”という名なので、それぞれの髪の毛をとり、ジニーは“ジョニー(レッド)”と“ジョニー(ブラック)”と呼んでいた。

 最初に話しかけてきたのは、“ジョニー赤”の方だ。

 

「思ったよりも大人しく死んでいったよ。もっと騒がしく死ぬのかと思ったけど、なんか穏やかそうに死んていって……。ちょっとびっくりだね。ところで、そっちはいいのが見つかったかい?」

 

「ちょうどいいところに、行き倒れの若い娘の死骸がありましてね。おかげで無益な殺生をしなくてすみました」

 

 ジョニー黒だ。

 ジニーは苦笑した。

 

「いまさら、無益な殺生を気にするのかい。お互いに罪深いことを重ねてきたろうに……。まあいい。出しな……。あっ、いや、寝台じゃない。まずは、床に布を敷いて、その上に横にするんだ。好いた恋人同士が覚悟の上で心中するんだから、身体くらいは綺麗に洗ってから毒を仰ぐだろうし、死化粧もしなくっちゃ。とりあえず、横にして裸にしな──。身体を拭いたら、わたしの服を着せるんだ」

 

 ジニーは指示をしてから、その場で自分の服を脱いでいく。これを娘の死体に着せるのだ。夕方のうちに、この服装で近くをうろうろしている。同じ服の女が家で死ねば、同じ女と思うはずだ。

 ふたりに指示したのは、ジニーの姿に似ている適当な若い娘の死体を捜してくることだ。

 うまい具合に見つからないときには──まあ、大抵は見つからないのだが──そのときには、手頃な者を見つけて死骸に変える。今日はうまく、最初から死体のものが見つかったらしいが……。

 

「わっ、あ、姉御、ちょ、ちょっと、下着は隅っこででも、脱いだ方が……」

 

 次々に服を脱いでいると、“ジョニー赤”と一緒に棺桶から若い娘の死体を床に置こうとしていた“ジョニー黒”が驚いたように言った。

 ジニーはすでに、腰の下着に手をかけて膝までさげていたが、その格好で、思わず吹き出してしまった。

 

「女の裸も見たことのない、童貞かい──。いいから、さっさとしな。化粧はわたしがするから、身体はきれいに水で拭きあげるんだよ」

 

 ジニーは怒鳴った。

 そして、下着を脱いだ服の上に置いて、部屋を横切って、隠していた着替えを取りに行く。

 その場で身につける。

 準備していたのは、どこにでもいるような女冒険者の服だ。

 

 辺境候領への潜入任務が終わったわけじゃないので、この土地から去るわけじゃないが、一度、ジニーという娼婦には死なせることにした。

 惚れ合ったマルエダ家の嫡男のレオナルドと心中というかたちでだ。

 地下牢から逃げ出したレオナルドが、ずっと惚れていた娼婦のところに落ち延び、そして、一緒に死ぬ──。

 まあ、いかにもありそうな話であり、疑う者もないだろう。

 

 辺境候家の嫡男というのは、情報をとるのも、言葉でうまく操るのもいい相手だったが、どうせ、この男は処刑されるだろうし、もう使いものにはならない。

 それよりも、タリオの間者と接していたということをべらべらと喋ったという情報もあり、やっぱり死なせることにした。

 見つけてきた行き倒れの娘の死体は、ジニーの代わりだ。

 ジニーについては、しばらくは、流れてきた女冒険者として、この界隈に住み着き、また、新しい情報入手先を探すことになる。

 

「身体を拭くのと着替えは半ノスだ。それ以上も時間もかけないし、それくらいの時間はかけて熱心にやりな」

 

 着替え終わったジニーは、ふたりに声をかけてから、荷から隠していた酒瓶を出して、テーブルにつく。

 瓶のまま口に入れる。

 

「おっ、姉御、仕事の途中で酒なんて珍しいですねえ。やっぱり、二年も情婦としてすごしたんだ。情も移りましたか?」

 

 ジョニー赤が娘の身体を水布で拭きながら軽口を言った。

 

「ぬかすんじゃないよ──。まあ、否定はしないけどね……。これでも女だからね。面と向かって惚れたとか言われれば、ちょっとは心も傾くよ……。まあ、別れの酒さ。せめてもね……。多分二度と会わない。あたしが死んでも、あたしは地獄。あの人は天空さ」

 

 ジニーはぐびぐびと酒を飲んだ。

 

「あっ、俺──。俺、姉御に惚れてます。真剣です──。行き先が地獄でも問題ありません。一緒に行きます――」

 

 すると、“ジョニー黒”が急に顔をあげて言った。

 ジニーは吹き出した。

 

「あたしは童貞は願い下げだよ。せめて、童貞を失ってきな」

 

「お、俺は童貞じゃないっすよ」

 

 “ジョニー黒”が不満そうに言った。

 ジニーも“ジョニー赤”も大笑いしてしまった。

 

 

 

 

(第10話『辺境候軍の総帥』終わり、第11話『辺境候軍の暗殺者』に続く」)



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 第11話  辺境候軍の暗殺者
698 女淫魔(サキュバス)と暗殺者


「今度は、四つん這いになれ、ピカロ」

 

 テータスはピカロの耳元でささやいた。

 ふたりのサキュバスを監禁している地下牢である。テータスは相変わらず、ここに入り浸っていた。

 

「ふふふ、すごいねえ、旦那さん──。まったく絶倫じゃないかい。まだできるんだねえ……。じゃあ、こんな感じでいい?」

 

 ピカロが四肢を折って、床で四つん這いになると、テータスに白い尻を突き出すようにする。

 しかも、全裸の身体を妖艶にくねらせて、テータスを誘うように真っ赤に充血している陰部をこっちに晒す。

 もう十発以上もテータスが射精している。ピカロの陰部はテータスの精で汚れきり、さらにピカロ自身の興奮の淫汁が混じり合っており、これ以上ないほどにぐちょぐちょだ。

 匂いもすごい。

 だから、興奮する──。

 このピカロをテータスの精で汚しきる──。

 テータスは、再びピカロの裸体に手を伸ばした。

 

 ピカロは、すでに拘束はしていない。

 彼女がテータスに愛を誓い、逃げないと誓ったからだ。一応は、「奴隷の首輪」の前側の金具に鎖を繋いで施錠し、その反対側の先端を地下牢の床の中心に作った金具に繋げている。

 鎖は牢を自由に動き回るのに十分な長さがあるので、牢の中であれば、不自由はないはずだ。

 それどころか、テータスと性愛に耽っている最中に鎖でもなんでも使って、テータスを襲撃することもできる。

 しかし、ピカロはそんなことはしない。

 これこそが、ピカロがテータスを愛している証拠ではないか。

 

「ああ、それでいい、俺のピカロ……」

 

 テータスは両手をピカロの胸にやって、強くもみしだきながら、尻の下から怒張を濡れきったピカロの中に突きたてた。

 ずぶずぶとテータスの勃起しきった一物がピカロの中にめり込んでいく。

 

「ほおおっ、いいいっ、ああ、気持ちいいよう、旦那さん、あああっ」

 

 ピカロが背中を弓なりにして大きく喘いだ。

 火傷するかと思うほどに、ピカロの膣の中は熱かった。

 テータスはピカロの乳房を揉み、指で挟んで乳首を転がすようにしながら、股間の一物を激しくピカロの体内で律動させる。

 

「ああっ、いくうう、旦那さん、いぐうう」

 

 ピカロが全身をがくがくと震わせて絶頂した。

 ずっと愛し合い続けているので、ピカロの身体も敏感になっているのだろう。テータスの与えるほんのちょっとの刺激であっという間に達してしまう。あるいは、それもテータスを悦ばすための、サキュバスならではの性技のひとつだろうか。

 まあ、どっちでもいい……。

 テータスはただただピカロと愛し合う快感をむさぼる。

 ピカロの絶頂とともに、テータスの怒張から精を搾り取るように、ぎゅっと膣が引き締まって動いた。

 膣が根元から波のように先端に向かって蠕動運動をする。

 

「おおっ」

 

 テータスも快感で声をあげてしまった。

 ピカロの子宮に向かって精を放つ。

 本当に気持ちいい。

 テータスは最後の最後まで味わうように、ピカロの中に精を放ち続けた。

 

「ああ、やっぱり、気持ちいいよ、旦那さん。口づけしよう」

 

 ピカロが四つん這いのまま顔を振り返らせる。その顔には満面の笑みがあった。

 体内の官能のすべてが引きずり出されたような快感の余韻に浸っていたテータスに、新たな歓喜が沸き起こる。

 これまでの人生の中で、この醜いテータスの顔に口づけをしてくれる女などいなかった。

 それなのに、このピカロは自ら望んで、テータスと口づけをしてくれようとしている。

 あんなに笑みを浮かべて。

 この笑みが偽物なんてことは、あり得ない……。

 いや、たとえ偽物でも、テータスの愛で本物にしてみせる。

 

「愛している、ピカロ……」

 

 テータスは顔を伸ばして、ピカロが薄っすらと開いている唇に口を重ねた。ピカロは笑ったような眼で、誰もがおぞましいと口にする醜いテータスの顔をしっかりと見ながら、すぐに舌を差し入れてきた。

 五体に衝撃が走る。

 貫いたままだった怒張が再び膨らみを増すのがわかった。

 

 口を離す。

 テータスは再び律動を始める。

 

「ああ、気持ちいい──。旦那さん、愛してる──。ぼくも愛しているよおお。あああっ」

 

 ピカロが感極まったように叫んだ。

 その言葉に、テータスの興奮が爆発する。

 電撃のような快美感に見舞われた。

 またもや、テータスは射精をしていた。

 

「あっ、ああああ──」

 

 それに合わせるように、ピカロが絶頂をした。

 だが、終わらない。

 心の歓喜は続いている。

 射精をしても、まだテータスの一物は勃起したままだ。

 テータスは、さらに激しくピカロの股間に腰を打ちつけた。

 まるで、毀れたかのように、テータスはひたすらにピカロの身体をむさぼる。

 

 これが、この二日間でテータスがここでやっていることだった。

 この二日間のほとんどの時間を、テータスはこの地下牢でずっと過ごしていた。

 外に出たのは三度だけだ。しかも、できるだけ短時間で終わらせた。

 

 一度目は、テータスの飼い主であるレオナルドから、ロウ=ボルグの暗殺の指令を取り消されたときである。

 ただ、テータスの中では、すでにロウを殺すことは決めている。

 このピカロが、ロウが自分の主人であり、どうしても、テータスのものになれないと言ってきかないのだ。

 だったら、そのロウを殺すしかない。

 

 ピカロがテータスを愛してくれているのはわかっているので、ピカロからすれば、ロウが生きている限り、テータスと結婚できない何らかの事情があるのだろう。

 だったら、殺すしかない──。

 テータスはそう決めた。

 ピカロを諦めるという選択はない。

 そのときは、テータスは迷いなく自分の死を選ぶ。

 

 あと二回の地下牢からの外出は、ロウを殺すための準備だ。

 まずは、レオナルドがサキュバスの見張りのためにつけていた三人の去勢された奴隷戦士を、テータスの手のものと入れ替えた。

 三人ともぶち殺して、すでに土の下であり、連れてきた手の者を死んだ三人によく似た姿に変装させ、この地下牢の見張りをさせている。

 レオナルドは、サキュバスたちに余人が近づくのを嫌って、無許可でこの地下牢に近づくのを全員に禁止していたので、いまのところ、奴隷戦士たちが入れ替わっているのに気がついた者はいない。

 まあ、いちいち、奴隷の顔を覚えている者もいないだろう

 

 一度、サキュバスたちの様子を確認するために、領主のクレオンの直属の部下が直接、地下牢の入口までやってきたらしいが、部下たちによれば、まったく怪しまれることはなかったらしい。

 テータス自身は、ここでピカロとの交合に耽っていたので対応していないが、そのクレオンの部下という男は、特にサキュバスの姿を見ることを強要はしてこなかったみたいだ。

 しっかりと地下牢に監禁してあり、特に怪我も病気もなく元気だと教えられると満足して戻ったらしい。

 ただ、サキュバスの扱いについては、くれぐれも丁重にしろと伝言を残したということだった。サキュバスたち用の豪華な食事も運ばせたらしい。

 部下に許可したので、その食事は部下たちが片付けたと思うが……。

 

 レオナルドは、二日に一度、サキュバスたちの手足の骨を折るという拷問をさせていたみたいだが、どうやらサキュバスの待遇が変わったのだと悟った。

 テータスは怪訝な気持ちになった。

 そもそも、レオナルドではなく、領主のクレオンが指示をさせたというのが気になった。

 あのクレオンは、侍女に扮しているタリオの女間者に毒を盛られ続けていて虫の息であり、しかも、これまで、まったくサキュバスの管理にまったく口を出していなかったはずなのだ。

 少し気になって、外に出て調べることにした。

 これが三度目の外出だ。

 

 それでわかったのは、驚いたことに、あのレオナルドは女王とともにやってきたロウを攻撃しようとして自軍を動かし、ロウではなくエルフ族の女王に大けがをさせてしまったということだった。

 馬鹿じゃないかと思ったが、そのときにエルフ軍の女兵たちをさらに攻撃し、追い詰められなかっただけでなく、自軍に大打撃を与えてしまったのだそうだ。

 それで、レオナルドは、捕らわれて、こことは違う別の地下牢に監禁されてしまったのだそうだ。

 つくづく阿呆だと思った。

 

 それはともかく、そんなことになったのなら、マルエダ家は慌てて、エルフ族との関係修復を図ろうとするはずだと思った。

 エルフ族たちは、クリスタル石と呼ばれる魔石を作ることのできる唯一の場所であるナタル森林を押さえている。

 そうでなくても、あのローム大帝国を凌ぐ歴史をもつ国ということで、ロームにあるティタン教会に勝るとも劣らぬ権威もある。

 あそこと喧嘩しても、百害あって一利もない。

 

 一方で、当主のクレオンだが、レオナルドの起こした争乱のあいだに、ロウによって助けられていた。

 潜入してきたロウが侍女たちがクレオンに盛ろうとした毒を見抜き、彼女たちを捕らえたうえに、クレオンを治療術で完全に治していたのだ。

 

 いずれにしても、こうなれば、当主のクレオンは、レオナルドの責任を追及して処刑してでも、エルフ族王家に謝罪するに違いない。

 そして、当然のことながら、このピカロは、ロウに引き渡される。命を助けてくれた恩義もあるのだ。

 もともと、ロウはこのサキュバスふたりの身柄を受け取りに、ここに来たのである。

 

 案の定、テータスが少し調べただけで、すでにクレオンとロウとのあいだで、明日の朝に、ピカロたちを引き渡すことの密約が終わっていた。

 テータスは、引き渡しのときに、もともとレオナルドと話が終わっていた渡し方で、ふたりの身柄がロウに渡されるようになんとか処置して、ここに戻った。

 入れ替わった見張りの奴隷役の手の者についても、奴隷の主人がレオナルドからほかの者に移るように処置するとも思ったので、それもうまく誤魔化せるように魔道具を準備して、三人に渡した。

 さっき確認したが、夕方過ぎに、三人の「主人」は地下牢に収容されているレオナルドから家宰のサーマクとやらに移行されたようだ。

 この地下牢の前まで、部下が伝えにきた。

 実際には隷属魔道は移動してないが、魔道具のおかげで、うまく処置できたらしい。

 

 とにかく、すべては明日だ──。

 テータスは、もうピカロなしの人生というものを考えられない。

 

 そして、狂ったようなテータスの律動は続いている。

 得体の知れぬ芳烈な快感がテータスの背筋を駈けあがり、脳天に打ち響く。

 女に愛されるということが、これほどの快楽を与えるものであることをテータスは知らなかった。

 危うく、この歓喜を知らぬまま死ぬところだった。

 この歓喜を抱いたまま死ねるなら、テータスは心から喜んで命を差し出すだろう。

 

「ああ、ああっ、ピカロ──。お、俺はもう、お前なしで、いられない──。俺の──、俺のものになれ──」

 

 テータスは激しくピカロを後ろから突きながら叫んだ。

 まるで熱にうなされているかのようだった。

 

「も、もう、あんたの、ものだよ──。ああ、ああ、気持ちいい──。気持ちいい。好きだよ──。あんたって、いっぱいぼくのことを愛してくれるから、好きいいい──」

 

 ピカロが嬌声とともに言った。

 たまらない──。

 テータスはピカロに抱きつくと、挿入したままピカロの身体を反転させて、正常位の体勢にした。

 すぐに律動を再開して、口づけをする。

 ピカロの耳にしゃぶりつき、顎を吸い、唇を舐め、舌を絡めとった。

 なにをしても、ピカロはにこやかにテータスを受け入れた。

 実の母親でさえも嫌悪して、恐怖した、このテータスの顔を──。

 

「ああ、あんたが好きだから、泣かないで──。泣かないでよ──。いっぱい、いっぱい、愛しているから──。ねえ、泣かないで──」

 

 ピカロがテータスの背に両手を伸ばして抱きしめてきた。

 テータスは、それで自分が涙を流しているのだということを悟った。

 

「俺を愛してくれると言うのか、ピカロ──。愛しているのか──」

 

「愛しているよ。しっかりと、あんたのことが好きだよ──、おおお、また、いくうう──。いぐううう」

 

 ピカロがまたもや身体を弓なりにして、歓喜に身体を震わせた。

 テータスの体内にも、恐ろしいほどの絶頂感が襲いかかる。

 

「おおっ」

 

 テータスは、もう何回目なのかも見当もつかない精を、ピカロの子宮に注ぎ込んだ。

 

 

 *

 

 

 テータスは、疲れ切った身体を壁にもたれさせた。

 床に尻をつけて、だらしなく足を伸ばしているテータスの股間では、ピカロの顔がしきりに動いている。

 もう、十数発は連続で射精した。

 

 どう考えても、これ以上、射精することはできない。

 それに、もうすでに夜もかなり更けた。

 この牢には時間がわかるものはなにもないが、おそらく夜半はすぎている。

 これ以上の射精は、絶対に明日に響く。

 明日に影響が残る行為は、これ以上は自重しなければならない。

 

 だが、ピカロが「掃除フェラ」だと口にして開始した奉仕により、テータスの股間はまたもや大きくなろうとしている。

 どうやら、どんなに疲労をしても、そして、精を出しても、テータスは、このピカロに限定ではあるが、無尽蔵に精を出せるようだ。

 しかし、さすがにテータスは、今夜はこれで終わりにすることにした。

 

「もういい……。ありがとう、ピカロ」

 

 股間にあるピカロの顔を軽く叩く。

 ピカロが顔をあげた。

 

「だけど、また、大きくなったよ……。ねえ、最後の一回だけでいいから、ぼくの相棒にもお情けくれないかなあ……。ずっとあれから、あの貞操帯をしたままで、淫気が吸えなくて、かなり弱っているんだよねえ……。ほら、食べ頃だよ」

 

 ピカロがこの牢の隅に胡座に縛って転がしているもうひとりのサキュバスを指さした。

 チャルタという名前のサキュバスだ。

 最初は、鎖で吊って立たせていたのだが、場所を取って邪魔なので、いまは鎖ではなく、縄を使って脚は胡座に組ませて縛り、両手を後手に縛って、さらに首の後ろに縄を伸ばして顔を胡座の脚に密着するように上体を倒させて雁字搦めにしている。

 かなり窮屈な拘束であり、魔族の体力を奪うには丁度いいのだ。

 もちろん、縄も魔族用の特別なものであり、どんなに怪力の魔族でも魔力の元である魔素などを吸い込み、力が発揮できないようになっている。

 

 それはともかく、口で奉仕したことにより、テータスの一物が勃起したのを確認したピカロが、全身を折りたたまれたようになっているチャルタに近づき、身体をひっくり返して、こっちに股間が見えるようにした。

 刺激遮断の貞操帯が喰い込んだチャルタの股間は、針金の入った貞操帯の縁でも防げなかった淫液が溢れ出ていて、尻の下だった床が、まるで放尿でもしたようになっていた。

 

「ほら、どうにでもしてちょうだいって格好じゃないかい、旦那さん。こいつも、貞操帯外して犯してやってよ。ぼくたちは人族と性交して身体に力を溜めるんだけど、もうかなり弱ってんだよ。どうせ、これだけ弱らされて、魔道も封じられれば、ぼくたちは旦那さんに逆らえはしないからさあ」

 

 ピカロが胡座縛りで開脚しているチャルタの股間の貞操帯のぎりぎりのところを指で愛撫した。

 

「んふううっ、んぐううう」

 

 顔を床に向かって潰されている感じになっているチャルタが涙を流して、なにかを叫んだ。

 しかし、チャルタの口には口が膨れるくらいに渇いた布を押し込み、その上から内側に突起がある革製の猿ぐつわを嵌めさせている。

 かなり叫んでも、小さな声程度しか洩れないようになっている。

 いまも、ちょっと呻いている程度の声でしかない。

 

「……俺はピカロだけでいい。ほかの女に精を放つくらいなら、ピカロの中に出したい……。しかし、いずれにしても、今夜は終わりだ……。それよりも、こっちに来い、ピカロ」

 

 テータスはそう言って、荷が集めてある木箱に向かった。

 とりあえず、ズボンを身につける。

 

「ごめんよお、チャルタ。だめだってよ。じゃあね」

 

 ピカロがチャルタの顔に軽く手を振ってこっちに来る。

 

「んぐううっ、むふうううっ」

 

 チャルタが涙を流して、吠え声を発しているが、もうピカロはチャルタには構わず、素直にこっちに寄ってきた。

 テータスは、ピカロを自分の前に立たせて足を開かせる。

 そして、ずっと外していたディルド付きの貞操帯を取り出す。ヴァギナとアナルにディルドを挿入しつつ、ピカロにそれを嵌めていく。

 ピカロは抵抗はしなかった。

 だが、とても嫌そうなしかめっ面になる。

 

「んっ、あっ……。ね、ねえ、これしなきゃ駄目なの? これって、ただの刺激遮断の貞操帯じゃないよねえ。ぼくたちがあれだけ、横でセックスしているのに、あのチャルタがあんなに弱ってんだから、きっと淫気を吸えないようになってんじゃない?」

 

 ピカロが言った。

 テータスはにっこりと微笑んだ。

 

「やっぱり、わかったか? これはサキュバス用の捕獲具でもあるからな。これで股間を封印すれば、淫気も発散できず、逆に吸収もできない。お前らのような淫魔族にとっては、とんでもない拷問具かもしれんな。悪く思うな。お前といえども、できるだけ弱らせねばならん。魔族と人間族とでは、身体の力も魔力もまったく違うからな。人間族が魔族を従わせるには、道具を使って、力を発揮できないようにするしかないんだ」

 

 テータスは、ピカロにテータス側に背中を向かせると、貞操帯を股間に締めつけて、お尻の上で施錠してしまう。

 

「あんっ──。や、やっぱり? 酷いよお。ぼく、旦那さんの言うことをきいているじゃないか」

 

 ピカロが振り返って、ちょっと拗ねたような顔を見せる。

 

「まあ、そう言うな。これはどうしても必要なんだ。それに、ピカロも俺を騙していることがあるだろう? 腕は背中だ……」

 

 ピカロが腰の括れの後ろで両腕を水平にする。

 テータスは革枷でそれを離せないようにする。さらに足首にも鎖付きの足枷を嵌めた。鎖は肩幅よりも狭いので、ゆっくりは歩けるが走れはしない。

 

「くっ、うわっ、なにこれ──。ち、力が抜けるよ、この枷──」

 

 ピカロががくりと膝を割った。

 その通り、この腕枷と足枷は、魔族が嫌う特別な金属の粉が編み込んであり、すべての魔族の筋力を奪い尽くす効果がある。

 これもまた、魔族捕獲用の魔道具だ。

 

「念のためだ。それよりも、さっきの返事は?」

 

 テータスは胡座に座り直すと、拘束したピカロを横抱きにして、膝の上に乗せた。

 

「さっきの返事?」

 

「俺を騙していることだ」

 

 テータスはにやりと笑った。

 

「騙していることって……。そんなのなにも……。ぼくはちゃんと、旦那さんを愛したし……」

 

 ピカロが首を傾げた。

 だが、テータスは首を横に振った。

 

「首輪だ。その奴隷の首輪……。それは実は効いてないだろう? ずっと、隷属されているふりをしていただけだ」

 

 テータスが指摘すると、膝の上のピカロが目を丸くした。

 

「驚いた──。いつ気がついたの? ちゃんと騙している自信はあったのに」

 

 ピカロが言った。

 テータスは嘆息した。

 

「やっぱりか……。気がついていたわけじゃない。だが、性交のあいだ、奴隷の首輪で隷属しているわりには不自然なときがあった。絶対に命令に逆らわないようにしているわりには、わりと自由に動いていたしな」

 

 テータスは笑った。

 

「そうか……。旦那さんが結構、絶倫で淫気もおいしかったんで、夢中になったしなあ……。まあ、騙したというよりは、黙っていたというのが本当だけど、嘘ついてごめんね」

 

 ピカロがテータスに横抱きにされたまま頭をさげた。

 

「いやいい。俺もお前に黙っていることもあるしな……。おあいこだ。だが、これは嘘じゃない。俺はお前を愛した。もう離さない。ピカロもそれは忘れるな」

 

 すると、ピカロが大きく頷いた。

 

「うん、わかった。ぼくも旦那さんを愛しているよ……。だけど、旦那さんのものだけになることはできない。ずっと言っているけど、ぼくたちは、ロウというご主人様のものなんだ。でも、ご主人様が許せば、旦那さんのこともずっと愛するからね。それは嘘じゃない」

 

「もしかして、隷属の魔道が効かないのも、そのせいか?」

 

 テータスは訊ねた。

 奴隷の首輪が効力を及ぼさない場合で、もっとも多いのは、すでに誰かの奴隷になっている場合だ。

 しかも、すでにかけられている隷属魔道が、装着しようとしている「奴隷の首輪」よりもずっと高位魔道の場合は、新たな隷属は無効だ。

 低位魔道士の魔道で、高位魔道士の魔道を打ち消すことは不可能なのだ。

 つまりは、ピカロたちに奴隷の魔道が効かなかったのは、すでに誰かの奴隷であるからだと思った。

 特に、魔族の場合は、首輪や紋様による隷属のほかに、「魔名」による支配という手段があるので、誰かに隷属しているかどうかがわかりにくかったりもするのだ。

 おそらく、主人は……。

 

「まあね。ぼくたちの本当の主人は、ご主人様、ロウ様なんだ。ぼくたちは、ロウ様のしもべなんだ」

 

 ピカロははっきりと言った。

 そういうことか……。

 つまりは、やっぱり、ロウが死なない限り、ピカロはテータスだけのものにすることはできない。

 逆にいえば、ロウさえ死ねば……。

 そのとき、牢の扉が規則的な合図で叩かれた。

 

「待っててくれ」

 

 テータスはピカロを床におろして、自分だけ扉に向かう。

 すぐに外に出て鍵を閉める。

 果たして、廊下には部下がいた。見張りの奴隷に扮させている男のひとりだ。

 

「どうした?」

 

「すみません。こんな夜中に……。ここの領主から伝言です……」

 

 部下が口を開く。

 それによれば、明日の暁のあとすぐに、サキュバスの引き渡しが行うことになったということだ。

 もともと、もう少し時間が経って、しっかりと陽が昇ってからの予定だったが、なにかの都合で、ロウが早々の引き渡しを求めたそうだ。

 

「早々の引き渡しか……」

 

 テータスは気に入らなかった。

 ピカロを受け取るのが当然の自分の権利だと考えているみたいで面白くなかった。

 だが、ピカロはもうテータスのものだ。

 ピカロも、テータスを愛してくれている。ロウに隷属しているので、テータスのものになれないだけで、ロウさえ死ねば、ピカロはテータスのものになってくれるのだ……。

 ピカロもそれを望んでいる。

 あんなに、愛し合っているのだ──。

 

「それと……」

 

 すると、さらに部下が言葉を継いだ。

 驚いたことに、レオナルドが死んだそうだ。一度、地下牢から逃亡し、娼婦の情婦と心中をしているところをたったいま発見されたらしい。

 いまは、状況確認のために、マルエダ家の陣営でかなりの騒ぎだという。

 

「情婦と心中?」

 

 テータスは首を傾げた。

 情婦というのは、あの娼婦のジーンだろう。

 だが、あれはレオナルドに近づいたタリオの間者だ。間違っても、男と心中をするような女じゃない。

 多分、口封じで殺されたのだろうなと思ったが、まあ、どうでもいい。

 いい雇い主だったが、もうテータスには関係ない。

 

「わかった。行っていい。魔族たちの引き渡しについては、手筈通りに……」

 

 テータスはそれだけを言った。

 部下が頷いて、外に出て行く。

 

「明日か……。いや、もう今日だな」

 

 テータスは呟くと、愛するピカロの待つ牢に戻るために、牢の扉を解錠した。



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699 もしかして、怒ってる?

 ケイラは、「ゲート」と呼ばれるエランドシティの郊外にある転送装置の前にいた。

 真っ白い二本の柱であり、高さは人の背丈の三倍はある。また、柱の側面には緻密な魔道紋がびっしりと書き込まれていた。

 そして、刻まれている紋様の線はさっきまで黒色だったが、いまは青白く光り輝いていた。

 すると、アーネストが声をかけてきた。

 

「長老殿、魔道力の注ぎ込みと、ゲートに転送先を入力する作業が終わりましたよ」

 

 アーネストは、水晶軍の第三将軍だ。

 人間族であれば、三十歳になるか、ならないかくらいの年代にしか見えないと思うが、実際には八十歳に近い。

 ただ、高位エルフ族であればあるほど、見た目の年齢はわかりにくい。

 アーネストは、特に老いが身体に出ない体質らしく、どう見ても若き貴公子だ。そして、ケイラから見ても、かなりの美男子である。

 まあ、お兄ちゃんの方がずっと魅力的な風貌ではあるが。

 

「では、すぐに行くわ。出発してちょうだい」

 

 ケイラの言葉にアーネストがさっと手を振った。

 すると、五百人の第三魔道師団と呼ばれる部隊が順に二本の柱のあいだを、一列になって通り始める。

 ケイラはアーネストとともに、柱の真横に近い場所にいるが、通り過ぎる戦士たちが、二本の柱のあいだのところで風に溶けるように消滅していっているように見えていた。

 エルフ兵たちはほとんど間隔を開けないように通り過ぎていく。

 

 やがて、百人ほどすぎたところで、まずは、五台ほどの馬車が列に加わった。

 それもまた、柱の横で消えてしまう。

 

 アーネストが五百人の魔道戦士とともに持ってきたのは、全部で十台の馬車だ。

 「馬車」と行っても、人間族のいう馬車とは異なり、それを曳く馬はいない。魔石を組み込んで、魔道によって動いているのだ。だから、車輪のついた台車の上に大きな箱形の入れ物だけの状態だ。

 享子としてのケイラの記憶だと、小型のコンテナ車が牽引車なしで動いているような感じだ。

 

 あの十台の箱形の「馬車」に食料とか武器とか、五百人の戦士の生活に必要な物資が満載しているそうである。

 だが、あの馬車があるために、転送に要する時間がかなりかかってしまう。

 それがケイラには不満ではあった。

 ただ、なにもなしに、身ひとつで五百人の戦士を遠征させるわけにはいかないとアーネストが言い張った。だったら、収納術で分散して運べとも言ったがそれも否定された。

 あの十台の「馬車」は、戦うときには臨時の防護壁にもなるらしく、常用装備だという。

 ケイラは、仕方なく認めることにした。

 まあ、アーネストの物言いも、もっともだとは思った。どうせ、軍事のことは素人だ。それに、ごねることで出発に時間がかかっても困るのだ。ぼやぼやしていると、ラザニエルに気がつかれてしまうだろう。

 

「到着する時刻は、全部が同じ時刻になるように調整してあります。現地到着時刻は一日半後の早朝です」

 

「まったく、どうしようもないわねえ。同時に通過する人間や物資を積んだ馬車の隊列が長くなれば長くなるほど、時差が拡大するなんて。どうして、あんたたちは、これをもっと使い勝手のいいように改良しようとしなかったの? これもまた、百年も隠し宮に閉じこもっていたガドニエルの怠慢のひとつね」

 

 エルフ族の支配するナタルの森に張り巡らされている転送装置は、通称「女王の道」と称される。エルフ王が男性だった頃は、「王の道」だ

 使用するには女王の許可が必要であり、その管理も女王である。だから、この装置の欠陥は、当然、女王の怠慢ということになる。

 実は、この転送装置は、三代前のエルフ族の王が設置させたものであり、もう五百年前のものだ。

 確か、そのときからまったく改良されていないはずである。

 

 時差というのは、こうやって集団でゲートを抜けるときには、どうしても連続の時間がかかるのだが、その通過時間が長ければ長いほど、到着する時刻が後になるのだ。

 いま通り抜けている五百人の魔道師団がゲートを潜ると、その向こうは、人間族の辺境候領に近い森側のゲートになるが、それは一日半後というわけだ。

 それに対して、少人数で短い時間で抜けると、その時差が生じない。

 だったら、少人数通過を連続ですればいいと最初は思ったが、一度ゲートを発動させると、魔道を込め直すのに、最低一日の時間が必要なのだそうだ。

 一刻も早く、お兄ちゃんのところにいって、無事を確かめたいのに、まったく使えない──。

 

 まあ、それはともかく、とにかく、この全員を早くゲートを潜り抜けさせることだ。いまこうしているあいだも、あの小うるさいラザニエルが気がついて、とめられるかもしれない。

 いや、とめるだろう。

 なにしろ、王家の宝物庫から、あの三種の神器を持ってきた。

 だけど、人間族に対抗するには、あれくらいの強力な兵器がどうしても必要なのだ。

 

「女王ではなく、我らの怠慢でしょう。申し訳ありません。転送に時差が生じるのは当然という思い込みで、それを改善する必要性をまったく感じておりませんでした。お許しを、長老」

 

 アーネストが頭をさげる。

 その仕草も優雅だ。

 享子の意識が強いケイラには、わざとらしく思えてうっとうしいが、アーネストがいちいち気取った感じの所作をするのは、癖のようなものだ。

 ケイラは軽く肩をすくめた。

 

「すべてのものを自然のままに……。あるものをそのまま使っても、使い勝手を工夫して改良したり、さらに発展させて新しいものを生み出そうとしない……。これはエルフ族の欠陥ね。だから、短命で、うようよと数がいるだけの人間族に、いろいろなことで抜かれるのよ。ケルビンの頃なんて、エルフ族の王といえば、人間族の国を圧倒する王の中の王だったのよ。人間族なんて、エルフ族の機嫌を損なわないように、びくびくと暮らしていたのだから。あんなに生意気にはびこりはしてなかったわ」

 

 ケイラは言った。

 

「改革王ケルビン陛下の治世ですね。歴史で学びました」

 

 ケイラもその王のことは覚えている。エルフ族にしては珍しく改革主義者であって、水晶宮という行政機関や、それを取り巻くエランド・シティという都市を建設させたのもその彼だった。

 それまでは、国王といっても、小さな神殿に住む神官長のようなものであり、森に拡がるエルフ族の里に対して、なんの権限も持っていなかったのだ。

 これを改革したのが、改革王と呼ばれたケルビンだった。

 人間族に渡すクリスタル石の流通統制も、ケルビンが開始したことだ。

 

 あの当時は、人間族の国は、ローム帝国ひとつであり、ハロンドールやエルニアなど、ただの植民地域にすぎなかった。

 魔道でも、魔道技術でも、エルフ族が圧倒していたから、ローム帝国も、ケルビン王には一目も、二目もおいてかしずくような態度で接していたものだ。

 だが、あれから、人間族は国をどんどんと発展させ、魔道技術でも、魔道ではない機械技術でも、新しいものを次々に開発していき、人間族の数も圧倒的に増えた。ローム帝国は解体されたが、支配域は格段に増えてもいる。

 それに比べれば、エルフ族の世界はなにも変わらない。ケイラの記憶でも、五百年前といまと、エルフ社会はなにも変化がない。

 

 ケルビンは、人間族のような都市をたくさん建設して、それを機能的に繋げる構想を遺言で遺したが、ケルビンを継いだ次代の王は、隠し宮であるイムドリス宮を次元の狭間に建設した以外は、なにもしなかった。

 さらに次代の王の世代のラザニエルとガドニエルなど、女王の器だったラザニエルは、男を作って失踪してしまうし、どう考えても女王などには向かない妹のガドニエルなどは、父親の作った隠し宮に閉じこもって、すべての政務を部下に丸投げしてしまう始末だ、エルフ族の凋落は、あの親娘にあるような気がケイラはする。

 その結果、技術力や軍事力で人間族に追い抜かれてしまい、戻ってきたラザニエルのように、人間族の戦力を気にして、エルフ族が軍を動かしたりするのをためらったりしなければならない弱腰にならざるを得なくなった。

 誇りあるエルフ族のなんという凋落だろう。

 

「歴史じゃないわ。ほんのちょっとの過去よ。たった二世代前じゃないのよ。その二世代前のケルビンの時代は、人間族がエルフ族の機嫌を損なわないようにかしずいていたのに、いまは、ラザニエルなんて、人間族が過激な反応をするのを怖がって、ガドニエルやお兄ちゃんが大けがをしたというのに、報復のエルフ軍を出動させることさえ怖がるのよ」

 

 ケイラは吐き捨てた。

 

「おや? この第三師団の出動は、副王陛下の認可のもとではなかったのですか?」

 

 アーネストが含み笑いのような笑顔で言った。

 ケイラは、しまったと思った。

 このアーネストについては、大臣のひとりを脅迫して作らせた偽の命令書と、ゲート使用に必要な王族の護符を無断拝借して、たまたま魔獣退治に遠征する予定だった第三師団を強引にここにつれてきたのだった。

 ついでに、王家の宝珠の武器も持ってきた。

 あの集団行動に長ける人間族の軍に対抗するには、人間族の世界を一瞬にして焼け野原にできる「神器」が必要なのだ。

 

 この魔道師団と神器──。

 

 お兄ちゃんを傷つけた者は、誰であろうとただではおかない。

 かつては、お兄ちゃんに甘えて頼るだけの、何の力もない女でしかなかったが、ケイラとなったいまは違うのだ。

 こうやって、魔道師団だって動かせるし、神器だって持ち出せる。

 お兄ちゃんの敵は、全エルフ族の敵だ。

 

「も、もちろん、認可を受けているわ」

 

 ケイラは言った。

 黙って、魔道師団を連れ出したことで、ラザニエルは絶対に文句を言ってくるとは思うが、そのときには、すでにケイラと魔道師団はお兄ちゃんのもとにいる。

 あっちにはガドニエルがいるから、あの馬鹿をたきつけて、新しい命令を出し直させればいい。

 大けがをしたとはいうが、この世で最強の白魔道──治療術を使うガドニエルだ。

 死にはしないだろう。

 お兄ちゃんを守るために必要だとそそのかせば、絶対に魔道師団に命令を付与する。

 わからずやで、お兄ちゃんの恩よりもエルフ族を優先するラザニエルとは違う。

 

「ところで、そろそろ、我々も……」

 

 アーネストが声をかけた。

 全体の五分の四ほどがゲートを抜けた。

 十台の馬なし馬車も全部が進み終わり、「三種の神器」を積んだ特別馬車も過ぎた。

 ケイラが頷くと、アーネストとケイラの周りを護衛兵が囲む。

 彼らとともにゲートを通過した。

 

 一瞬にして景色が変わった。

 朝もやの立ち込める森の中だ。

 周囲は少し開けていて、こっち側のゲートである二本の白い柱が樹木のあいだに立っている。

 

 すでに先に通過した隊が整列をしている。ケイラたちが着いたのは、整列している隊の前方側だ。

 編成の部隊単位ごとに、微妙に転送位置が変化するように、アーネストが調整をすると言っていた。

 アーネストとケイラたちは、司令部なので、各隊の先頭になる位置になったということだ。

 

 だが、その少し離れた場所に、数名の集団がいた。

 小さな天幕が張ってある。

 その前に装飾のある椅子に座ったガドニエル、なによりも、お兄ちゃんがいた。お兄ちゃんの愛人の娘たちも一緒だ。顔を覆いで隠している変な女もいる。

 向こうは六人いるが、そのうち座っているのはガドニエルだけで、お兄ちゃんも含めて、ほかはガドニエルを囲むように立っていた。

 護衛はいない。

 アーネストの率いる魔道師団とお兄ちゃんたちが対面をしているようなかたちだ。

 

「お兄ちゃん、大丈夫なの──? けがは? ちゃんと治してもらったの──?」

 

 ケイラは駆け寄りながら声をあげた。

 見た限り、大丈夫そうだ。

 しかし、お兄ちゃんが立っているのに、ガドニエルが座っているとはなんということだろう。

 ここは、長老として叱らなければと思った。

 

「享ちゃん、おはようと言いたいところだけど、まあ、よくもこんな大袈裟なことを……」

 

 お兄ちゃんは微笑んでいた。

 ケイラは、お兄ちゃんに抱きついた。

 

「ああっ、お兄ちゃん、心配したのよ──。だって、ラザニエルがお兄ちゃんがけがをしたって。本当に、心配で心配で、心配で……」

 

 ケイラはお兄ちゃんを抱きしめながら言った。

 すると、お兄ちゃんがケイラを抱きしめ返してくれ、頭に優しく手を乗せる。

 心の底からの幸福感がケイラを包んだ。

 

「これは、これは……。英雄公が、両陛下のみならず、長老様のお心を掴んだという噂は本当だったのですね……。陛下、命令により、アーネスト=ヘイミング第三魔道師団長、部下とともに参上いたしました」

 

 いつの間にか、アーネストも横に来ていて、座っているガドニエルの前で右手を胸の前につける敬礼をしていた。

 

「た、大儀です」

 

 ガドニエルが少し気怠そうに言った。

 まったく……。

 あまり喋らなければ、どこからどう見ても、神秘的でさえある威厳に満ちた女王なのに、実は、女王になど向かない頭が空っぽの馬鹿女だ。

 いまは、多分、お兄ちゃんに、ひたすらに甘えるだけに夢中でしかなく、お兄ちゃんにどうやって尽くそうかだなんて、考えもしてないだろう。

 ここは、強く教育しないと……。

 

「ガドニエル、負傷はなんともないようね。なによりだわ。でも、人間族ごときにしてやられるだなんて。女王として恥を知りなさい。しかも、お兄ちゃんにけがまで負わせて」

 

「お、大伯母様、それについては、不甲斐なくて……」

 

「黙りなさい――。そもそも、どうして、お兄ちゃんを立たせて、お前が座っているのよ──。お兄ちゃんは、昨日負傷したのでしょう? 気を使って、お前が椅子を譲らなければならないでしょう──」

 

 ケイラはお兄ちゃんに抱きついたまま怒鳴った。

 

「えっ、でも……ごしゅじ……、いえ、ロウ殿が……そうしろって……」

 

「そうしろって言われても、気を使うのが、あなたの立場じゃなくて――?」

 

 ケイラは怒鳴った。

 

「滅茶苦茶ねえ……。ガドは女王なんだから、ガドが立って、ご主人様が座っているのはいくら何でも変じゃない?」

 

「それに、昨日のけがならガドの方が大けがだったぞ、長老殿。まあ、いまのガドは夕べ、ロウに可愛がられすぎて、腰がまだ抜けているんだけどな」

 

 横から口を挟んだのは、確か、お兄ちゃんの愛人のうちのコゼとシャングリアだ。

 

「あんたたち、ちょっと口をつぐんで」

 

 エルフ族の娘、エリカがぴしゃりと口を挟む。

 

「享ちゃん、それはいい。それよりもだ……」

 

 お兄ちゃんがケイラがガドニエルに詰め寄るのを制する。

 そして、顎を掴まれて、ケイラの顔をお兄ちゃんに向かって真っ直ぐに向けられる。

 

「いろいろと話があるけど、まずは、享ちゃんだな。さすがに、ここで全員の前で、お尻をはぐられて尻を叩くのは勘弁してやろう。一応は天幕を準備させた。その中に入れ。お尻ぺんぺんだ」

 

 お兄ちゃんがケイラから手を離しながらささやいた。

 誰にも聞こえないような声だったが、お兄ちゃんの口調には、どことなく怒りの響きがある気がした。

 

 お尻ぺんぺん──?

 

「もしかして、お兄ちゃん、怒っているの?」

 

 ケイラは首を傾げた。

 

「とってもな」

 

 お兄ちゃんの言葉が終わるとともに、お尻の中になにかが出現した。

 突然のことであり、ケイラにはなにがなんだかわからなかった。

 しかも、それがいきなり蠕動運動で動き出したのだ。

 それだけでなく、一瞬にして、全身の感覚が鋭敏になり、身体が熱くなる、汗がどっと噴き出した。

 

「はうっ」

 

 ケイラはお尻を押さえて、その場にうずくまってしまった。

 お尻の中に出現した棒のようななにかが、激しく動き続ける。

 脳天まで突き抜けるような衝撃だ。腰に力が入らない、

 それだけでなく、なんだか痒いような……。

 

 いや、とっても痒い――。

 しかも、どんどんとお尻の中の痒みが拡大する。

 

「どうやら、移動術酔いのようだ。エリカ、スクルド。長老殿を天幕の中に運んでくれ……。アーネスト殿、ほんのちょっとお待ちください。すぐに終わりますので……。それと、あなた方がゲートを通過しているあいだに、水晶宮から新たな命令が届いています。本物の命令が。封印されていて、あなたとガドが揃わないと開かないようになっているようです」

 

 お兄ちゃんがアーネストに声をかけた。

 それとともに、エリカとスクルドがケイラの両腕を抱えて、強引にケイラを立たせる。

 

「おお、本物の命令ですか? それはよかった。副王陛下は過激ですから……。きっと長老殿に強要されたと言っても、言い訳は通用しないと思っておりましたので」

 

「もしかして、これが、享ちゃん……、いや、長老殿の茶番であることはご存じでしたか?」

 

「ええ……。しかし、陛下と英雄公殿の危機ともなれば、偽物の命令と承知していても、行くべきだと思いました。特に、英雄公には、ヘイミング家として恩義がありますので」

 

「恩義?」

 

「はい、しかし、その話は後ほど……」

 

 アーネストがお兄ちゃんに軽く頭をさげた。

 

「そうですね。じゃあ、長老殿、いくぞ」

 

 お兄ちゃんが促して、エリカとスクルドに支えられて、前を進むお兄ちゃんの後ろから天幕に連行される。

 そのあいだも、お尻の振動は続いている。

 また、目が眩むほどの快感と、猛烈なむず痒さだ。

 

「お、お兄ちゃん、こ、これはやめて──。特に、みんなの前では……」

 

 ケイラは小さな声で訴えた。

 

「ほう……。やっぱり、享ちゃんには調教のやり直しが必要なんだな。性奴隷妻のくせに、俺の罰を拒否するなんてね」

 

 一瞬だけ、お兄ちゃんが振り返った。

 ケイラはぞっとした。

 お兄ちゃんは微笑んでいるけど、実はとても怒っていることに、いま気がついたのだ。

 

「あら、本当にお怒りですのね」

 

「本当だわ……」

 

 横のスクルドとエリカが言った。

 お兄ちゃんの本当の怒り──?

 ケイラは頭を大きな岩で殴られたような衝撃を受けた。



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700 前世妻への体罰懲罰

「エリカとスクルドは、外で見張ってくれ」

 

 天幕の入口のところで、ケイラの腕をお兄ちゃんが摑んだ。その瞬間、お尻の中で動いていた異物の感覚が消滅した。しかし、猛烈な痒みは残っているし、全身が沸騰するような疼きはそのままだ。

 明らかに異常だ。

 両脇を支えていたエリカとスクルドが手を離したので、その場に腰を落としそうになったが、強引にお兄ちゃんに引きずられるように、天幕の中に放り込まれた。

 

 天幕の中には、ほとんどなにもない。

 ただ、天井に天幕の布の屋根を支える金属環の梁があり、天幕の中心から鎖で革の手錠がぶら下がっていた。

 それだけだ。ほかにはなにもないがらんどうだ。

 床にも敷布もなく、ただの土である。

 

「あ、あのう、お手柔らかに、ロウ様……」

 

 エリカというエルフ娘が天幕の入口から顔を出して声をかけてきた。スクルドという顔を隠した女もいる。

 

「手加減はできないな。人間族の都市を魔道の宝珠で消滅させようとしたり、報復として、魔道師団で蹂躙させようとしたやんちゃな奴隷妻には、ちょっと厳しいお仕置きが必要だ」

 

 お兄ちゃんがケイラの腕を引っ張って、片手に手枷を嵌める。反対側もだ。

 ケイラは天幕の天井から、両手を引っ張られて立たされる格好になる。鎖の長さは革枷の手錠を嵌められている手首が顔の位置になるくらいだ。

 

「防音の魔道をかけますね、ご主人様」

 

 顔をベールで隠していたスクルドが布をあげながら言った。ケイラはやっと、スクルドというのが、お兄ちゃんにこの世界で再会したときに、女魔族の脅迫に接して、ひとりで魔道ですっ飛んでいったあの女魔道遣いだという記憶に結びついた。

 

「不要だ。これは、享ちゃんへの罰だからな。ガドにも言っておいてくれ。天幕から、エルフ族の長老様の悲鳴が聞こえても、それは調教だから、なんの問題もないってね」

 

 お兄ちゃんだ。

 やっぱり、怒っている。

 ケイラはぞっとした。

 お兄ちゃんがケイラに怒りを向けているというだけで、足が小刻みに震えてきた。

 お尻の中が猛烈に痒いのだが、それさえも、どうでもよく感じてくるほどだ。

 

「やっぱり、お手柔らかに……」

 

 エリカが言って、スクルドとともに天幕の布の入口を閉じた。

 お兄ちゃんと二人きりになる。

 

「さて」

 

 お兄ちゃんが立っているケイラの真ん前に立つ。

 そして、手を伸ばして、腰に触れる。

 次の瞬間、ケイラの腰から下のスカート部分と内側のシュミーズが消滅して、腰の下着と脚だけになる。上衣もシュミーズも上半身部分と繋がる貫頭式なのだが、腰の括れの位置ですっぱりと切断されたようになくなってしまったのだ。

 ケイラはびっくりした。

 

「天幕から出るときには、脚を隠すものは渡してやろう、享ちゃん。だけど、俺が怒っているということはわかるな?」

 

 お兄ちゃんが下着越しにケイラのお尻をするすると撫でる。

 ケイラが身につけているのは、「紐パン」というものだ。お兄ちゃんがナタル森林を出ているガドニエルや親衛隊への補給のための転送ゲートの物流を逆に使って、水晶宮までケイラあてに送ってきたものである。

 あのとき、お兄ちゃんは、ナタル森林とハロンドールの国境付近での女魔族の兇行の報に接して、すぐに出発したので、ケイラとはゆっくりと会話をするいとまもなかったのだが、紐パンはお兄ちゃんの女たちの全員がしているものであり、ラザニエルも、一度戻ってきたアルオウィンも身につけているものだった。

 ケイラにも十枚ほど送ってきたが、ケイラはすぐにこれまでに持っていたすべての下着を処分させて、それだけにした。

 ただ、前世の世界の紐パン同様に、ものすごく生地が薄くて、隠している股間の部分もほんの少しだ。

 そのお尻をお兄ちゃんがいやらしく撫で回してくる。

 

「あんっ、お、お兄ちゃん」

 

 ケイラはぶるりと身体を震わせた。

 触られたことで、襲っているお尻の中の異常な痒さがよみがえってしまったのだ。

 じんじんと痛みにも錯覚する痒みだ。

 とても我慢できない。

 

「返事は──」

 

 思い切りお尻を平手で叩かれた。

 

「あううっ」

 

 ケイラは目を見開いて声を張りあげていた。

 前世でもたくさんの調教をお兄ちゃんから受けたが、叩いたり、鞭で打たれたりするような調教は受けたことがなかったのだ。

 想像を超える衝撃がお尻に襲いかかった。

 だが、叩かれた瞬間に、痒みもどこかに消滅した。それに気持ちよさを覚えてしまって、ケイラはちょっと狼狽えた感じになった。

 

「脚を開いて、お尻を出せ──」

 

 二発目が飛んできた。

 お兄ちゃんが力の限り打擲した容赦のない一撃だとわかる。

 骨まで打ち響き、ケイラの抗う気持ちを完全に粉砕してしまった。

 

「あぎいっ──、は、はい、お兄ちゃん──」

 

 慌てて脚を開く。さらに、腰を後ろに出すようにする。

 すると、今度はすっと指が前側に伸びて、股間の亀裂を下から布越しに撫でるようにしてきた。

 

「ひんっ、ああっ」

 

 さすがに、大きくよがり声をあげてしまった。

 

「勝手によがるな──」

 

 すると、両腕が強引に顔の横からどけられて、頬にびんたが飛んできた。

 

「んぎいいい」

 

 ケイラは吹っ飛びかけたが、鎖に阻まれて身体が引き戻される。

 砕けかけている腰に懸命に力を入れて、元の体勢に戻る。お兄ちゃんが前に回ってきて、ケイラの頬を掴んだ。

 優しい手だった。

 叩かれた頬の痛みと熱さがすっと消滅した。

 

「痛かったか? 嫌だったら、調教はやめてもいい……。いや、やっぱりやめない。享ちゃんは俺の奥さんだ。俺から離れることも、俺の調教を拒否することも許さない」

 

「ね、ねえ、お兄ちゃん、怒ってるの?」

 

 ケイラはおずおずと訊ねた。

 

「怒ってるな。だが、同じくらい愉しんでる。会いたかったぞ、享ちゃん」

 

 お兄ちゃんが優しい口調で言った。

 いつものお兄ちゃんだった。

 優しくて、いやらしくて、意地悪で……。享子、すなわち、ケイラの大好きなお兄ちゃんだ。

 ほっとした。

 怒ってるけど、捨てられるわけでも、見捨てられるわけでもないのだ。

 心の底からの安堵感に包まれる。

 なんだかよくわからない感情が吹き出して、ケイラは泣き出してしまった。

 あっという間に涙がぼろぼろと落ちる。

 気がつくと、大きな声を出して嗚咽していた。

 

「うえっ、うええっ、うええええん、うえええええ──」

 

 号泣になった。

 お兄ちゃんがケイラを抱きしめて胸に抱えた。

 口づけをされる。

 お兄ちゃんの舌が口に中に入ってくる。

 気持ちのいい場所を舌で愛撫される。

 

 お兄ちゃんのキス──。

 頭が真っ白になる。

 

 なにも考えられない。

 ケイラは、泣きながらお兄ちゃんの唾液をむさぼり、舌を吸い、手錠をかけられている手でお兄ちゃんの襟近くを掴んで引き寄せる。

 お兄ちゃんの匂いを嗅ぐ。

 

 お兄ちゃん──。

 お兄ちゃん──。

 お兄ちゃん──。

 

 お兄ちゃんがさらにぎゅっと抱きしめてくれる。

 心の中のもやもやや、息苦しいような憤りがなにもかもなくなっていく。

 

 エルフ族としての高い誇りと、人間族への憤り──。

 お兄ちゃんを傷つけられた激怒の感情──。

 人間族の繁栄に対するエルフ族長老としての焦りや、エルフ王家のふがいなさへの焦燥も──。

 

 そういうものがお兄ちゃんとの口づけとともに消えていく。

 

 お兄ちゃんを感じ──。

 お兄ちゃんを愛し──。

 お兄ちゃんを抱き──。

 お兄ちゃんとともに生きる。

 それを思い出した。

 

 お兄ちゃんを信じて……。

 頼って……。

 ただ、ひたすらに、お兄ちゃんをだけを見つめて──。

 探して……。

 それだけでいいのだ。

 心がお兄ちゃんに、満たされていく。

 

「涙がとまったか、享ちゃん?」

 

 お兄ちゃんが顔を離した。まだ、頬に手を置いたままである。お兄ちゃんの顔はケイラの顔のすぐ前にあった。

 微笑んでいた。

 ほっとする笑顔だ。

 

「うう……。お兄ちゃん、ごめんなさい……」

 

 心から素直に言った。

 多分、やり過ぎたのだろう。

 人間族なんて、粉々に粉砕してやればいいと、強引に魔道師団を引き抜き、三種の神器まで持ち出してきたが、こうやって心が落ち着くと、ちょっとだけだが、とんでもないことをしたという気もしてきた。

 

「そうだな。俺のためかもしれないけど、たくさんの人に迷惑をかけた。ラザは後始末に大変だそうだ。三種の神器とやらは、すぐに返すぞ。ただ、事情が変わって、魔道師団はありがたい。ラザは、俺がエルフ王家とイムドリスを救ってくれた謝礼として、一個魔道師団を俺につけて、王国南部に派遣する許可をしてくれた。後でハロンドール王国から援軍派遣の要請を受け直すという条件でね……。とにかく、これについては感謝する」

 

「事情が変わった? なにかあったの、お兄ちゃん?」

 

 ケイラは怪訝に思った。

 王国南部とはなんだろう?

 援軍派遣?

 

「それはいい。後で説明する……。それよりも、調教だ。やり過ぎたことを理解したなら、俺の懲罰を受けてもらう。いいな、享ちゃん」

 

「は、はい。お兄ちゃんの罰をお願いします」

 

 ケイラは言った。

 悪いことをして、お兄ちゃんの罰を受ける──。

 怖いと思うべきはずなのに、ケイラは心の底からの悦びを覚えていた。

 

 お兄ちゃんというご主人様に、なにもかも支配される……。

 忘れていた久しぶりの感覚であり、それがこれほどの嬉しさだったことをケイラは思い出していた。

 いや、初めて感じたのか……?

 ケイラの中に入って、二十年……。享子としては、お兄ちゃんのいない人生の空虚さに耐えられずに忘れようとしていた感覚だっがたが、ケイラとしては味わったのとのない感覚だろう。

 いずれにしても、心が震えるほどの安堵感と悦びだ。

 「ご主人様」とは、こういうものだったのだ。

 

「いい覚悟だ」

 

 お兄ちゃんの手が頬から離れて、今度は眼の横に触れた。

 突然に視界が消えた。

 布で目隠しをされたとわかったのは、頭の後ろで目隠しの布をしっかりと結わえられてからだ。

 

「あっ、お兄ちゃん」

 

 恐怖が襲って、思わず声をあげた。

 

「んぎいっ」

 

 すると、お尻に衝撃が走り、激痛が襲った。

 またもや、お尻を平手で思い切り叩かれたのだ。

 しかも、なぜか、急に尿意が沸き起こった。尿意はどんどん大きくなる。あっという間に、我慢できないくらいのものになった。

 

「あっ、あの……、お、お兄ちゃん、な、なんか、おしっこが……」

 

「言っておくが、おしっこを勝手に漏らしたら、さらに罰を増やすからな、享ちゃん。さて、お転婆な奴隷妻の罰は、何回のお尻ぺんぺんがいいだろうな? ところで、お尻を出さないか」

 

 慌てて、上体を曲げてお尻を突き出す。

 お兄ちゃんがケイラの後ろ側に動く気配がした。だが、目隠しをされているので、いつ叩かれるのかわからないで怖い。

 自然と脚が震えた。

 また、忘れかけてきたお尻の痒みも戻る。さらに尿意が苦しい。

 

「何発の罰が欲しいと訊いてるだろう──」

 

 お尻が叩かれる。

 

「はぎいっ、打って──。お兄ちゃんの気が済むまで打ってください──」

 

「いい覚悟だ。じゃあ、十発だ」

 

 すぐにお尻が叩かれ出す。

 覚悟はしていても、お兄ちゃんの力の限りの打擲は烈しかった。

 

「んんっ」

 

 悲鳴をあげてしまう。

 すると、衝撃が頬を襲った。

 

「はびいっ」

 

 崩れかける身体をケイラは懸命に支えた。

 

「お尻を叩かれたら、数をかぞえるんだ。それが奴隷の決まりだ」

 

 お兄ちゃんが頬に触れる。

 びくりとなってしまったが、すっと痛みが遠のく。

 さっきもそうだが、どうやら、なにかの術で痛みを取り除いているのだと悟った。

 しかし、思考することをお兄ちゃんは許してくれない。

 途端に、お尻に衝撃──。

 

「いちいいいっ」

 

 ケイラは慌てて声をあげた。

 

 そして、二発目──。

 

「にいいっ」

 

 間髪入れずに、三発目──。

 

「さんんん」

 

 打擲が続く。

 なにも考えられない。ただただ。必死で数をかぞえる。

 

 四発──。

 五発──。

 六発──。

 

 乾いた音が小気味よく響き渡る。

 ケイラは、一生懸命に数を口に出す。

 気を抜けば、数を忘れて、悲鳴だけを叫びそうなのだ。それくらいの衝撃だ。

 

 七発──。

 八発──。

 九発──。

 

「きゅうううう」

 

 気がつくと、またケイラは涙を流していた。

 だが、気持ちよくもある。

 痛みがお尻に走ると、痒みが癒やされて気持ちいい。

 それが快感になって、わけがわからなくなる。

 涙が流れているのは、感情が混乱しているからだ。

 

 そのとき、腰の紐が解かれて、下着が股間からすっと抜かれた。

 股間にお兄ちゃんの指が触れる。

 

「ひんっ、うあっ、あああっ」

 

 相変わらずの信じられないようなお兄ちゃんの愛撫の気持ちよさだ。

 思わず、膀胱を緩めそうになり、ケイラは慌てて力を入れる。

 

「勝手に失禁も許さんと言ったが、勝手によがるのも許さんぞ──。やり直しだ。二十発にする。それに、なんで、こんなにびしょびしょなんだ、享ちゃん? 叩かれるのが気持ちいいのか?」

 

 お兄ちゃんがケイラの股間を触りながら笑った。

 やっぱり、お兄ちゃんは意地悪だ。

 意地悪で、だけど、優しくて、頼もしくて……。

 そして、気持ちいい……。

 触られるのも……。叩かれるのも……。罵られるのも……。

 なにもかも、気持ちよくって……。

 

「う、うん、気持ちいいの、お兄ちゃん──。あ、あと、おしっこさせて……。も、洩れちゃう……」

 

 ケイラは哀願した。

 

「おしっこは罰の後だな。さあ、二十発だ。途中で声をあげると、数が増えるぞ」

 

 お兄ちゃんがお尻への打擲を再開する。

 

「いちいいいいいっ」

 

 ケイラは叫んだ。

 次は、二回目──。

 来た。

 衝撃がお尻から全身に響く。

 

「にいいっ」

 

 三回目──。

 

「さああんんん」

 

 すると、すっと股間に指の愛撫が襲った。

 

「ひいいっ、ふわああっ」

 

 ケイラは身体を突っ張らせた。

 

「やり直し──。残り二十三回──」

 

 お兄ちゃんがまたもや、お尻を叩きだした。

 

「いちいいい」

 

 ケイラは涙をぼろぼろと流しながら、数を唱えた。

 

 そして、同じことを何度も繰り返した。

 いつか愛撫がきて、邪魔をされるとわかっていても、お兄ちゃんの指が襲うと、ケイラは必ずよがり狂ってしまった。

 やっと、打擲から開放されたのは、愛撫なしに五十回連続でお尻を打たれたときだと思う。

 

「まだ、罰は終わらないぞ、享ちゃん。だけど、今度は感じていい……」

 

 お兄ちゃんが突き出ているケイラのお尻を両手で持つ。

 はっとした。

 お兄ちゃんは、いつの間にかズボンも下着も脱いでいたみたいだ。

 屹立した怒張がケイラの腰を後ろから突いていた。前側ではなく、痒みが襲っているアナルの方だったが……。

 次の刹那、めりりとお兄ちゃんの熱い肉棒の先端が打ち込まれてきた。

 気がついたが、あんなに打たれたのに、お尻は痛くない。熱があってほわほわするが、頬を叩かれた後に、お兄ちゃんに顔を叩かれたときと同じだ。

 激痛が引いている。

 それはともかく、お兄ちゃんがケイラのアナルにゆっくりと怒張を沈めてくる。

 

「んんっ、ふわっ」

 

 そして、お尻を犯されることも、想像していた痛みなどない。

 それよりも、とてつもなく気持ちがいい。

 すると、今度は抜かれていく。

 びりびりと痺れるような快感が襲いかかる。

 

「ああん、お、お兄ちゃん――」

 

 ケイラの口から甘い声が迸る。

 我慢しろって命令されたけど、こんなの我慢できない。

 今度は、ずんと突いてくる。

 

「はわあっ」

 

 またもや、おかしな声をあげてしまう。

 お兄ちゃんの怒張の表面には、潤滑油のようなものが塗ってあるようだ。それが肌に溶けるように浸透していくみたいだった。

 ケイラは次第に、絶頂感に追い込まれていった。

 なんといっても、悶絶しそうな痒みがお兄ちゃんの怒張の侵入によって、どんどんと消えていくのである。

 これは気持ちよすぎる──。

 ケイラから全身の力が抜けていく。

 

 だが、はっとした。

 おしっこが──。

 しかし、出ない──。

 明らかに、股間を緩めたはずなのに、破裂しそう膀胱のまま、放尿が出ないでいる。

 

「あっ、なにこれ──。あんっ」

 

 ケイラはもがいた。

 

「おしっこもとめておいた。今度はしたくても、できない苦痛を味わってくれ。それと絶頂は我慢だぞ。もしも、絶頂したら、次の罰だ」

 

 お兄ちゃんが男根を出したり、入れたりして、少しずつお尻の奥に押し込んでくる。

 さらに、服の上から乳房を揉み回してもきた。

 

「はんっ、ああっ、はああっ」

 

 たちまちに地鳴りのような快感のうねりが襲ってくる。

 ケイラは耐えようとしたが、それがすぐに崩れた。

 お兄ちゃんの怒張がお尻の一番深いところに届く。そして、快感の場所を逆方向に抉りながら、怒張が抜かれる。

 すべての掻痒感が消えていき、ケイラから解放感が引き出される。

 途轍もないものがやってきた。

 頭が白くなる。

 全身ががくがくと震えた。

 

「だ、だめえええ、いぐうううう」

 

 ケイラは絶頂していた。

 

「またもや、罰の追加だな」

 

 お兄ちゃんが笑った。

 そして、先端まで抜けかけていた男根が再びずんずんと潜り始める。

 

「んひいいい」

 

 ケイラはエクスタシーの旋律に身体を弓なりにして震えつつ、新しい絶頂感に襲われて、裸体を大きくくねらせてしまった。



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701 女長老への羞恥懲罰

 お兄ちゃんによるアナルセックスが続いている。

 

「ああ、お、おかしく、なっちゃううう──。ひぐううっ」

 

 ケイラは両手首に嵌まっている手錠を吊っている鎖をガチャガチャと鳴らしながら、もう何度目かわからない絶頂に身体をがくがくと震わせた。

 泣きたくなるほどの快感だ。

 もう立っていることも難しい。

 それに、破裂しそうな尿意が苦しいのだ。

 どうやら、お兄ちゃんがなにかの術で尿道に栓でもしたのかもしれないけど、猛烈な尿意があって、我慢しているわけでもないのに、おしっこが出ていかない。

 こんなの苦しすぎる。

 ケイラは、頭がおかしくなりそうだ。

 

「いくらでもおかしくなればいい。ほら、こっちもだ」

 

 お兄ちゃんが後ろからケイラの腰を掴んで支えつつ、アナルを犯しながら、さらに片手を股間に動かしてきた。

 次の瞬間、股間に太くて温かいものが出現した。

 それが不可思議な蠕動とともに律動してくる。

 

「ああ、なにいいっ、ひいいっ、だめえええ」

 

 ケイラは絶叫した。

 前に現れたものは、まさに、堅く勃起したお兄ちゃんの一物そのものだった。

 後ろからお兄ちゃんに犯されながら、前側からもお兄ちゃんに襲われている錯覚が起きる。いや、目隠して一切の視界を奪われているので、本当にそうではないかとさえ思った。

 前後にお兄ちゃんを受け、達したばかりだというのに、ケイラは再び快感を飛翔させた。

 

「ああっ、ああああっ、また、いぐううう」

 

 なにも考えることができなくなり、ケイラは絶頂した。

 すると、お兄ちゃんが気持ちよさそうな声をあげた。

 

「後ろから犯しながら、前からも犯せるなんて芸当ができるのは、淫魔師になってよかったな。しかも、享ちゃんがおしっこを我慢しているから、前をぐいぐい締めつけてくれて気持ちいいよ」

 

 お兄ちゃんが嬉しそうに腰をお尻側で激しく振る。

 一方で、前に埋まっているなにかも律動のような刺激は続いている。

 ただの刺激ではない。

 お兄ちゃん特有の、あの信じられないような気持ちのいい律動だ。股間の中の快感のつぼを的確に狙って、抉り突いてくる、あのお兄ちゃんの肉棒だ。

 

 それを前後同時に──。

 

 連続で三回目の絶頂感が襲う。

 一回目が終わらずに、二回目がきて、それも終わらないのに三回目だ。

 津波のような快感に、ケイラはただ身を任せて激しく悶え続けるのみだった。

 お兄ちゃんが気持ちよくなってくれるのは嬉しいが、ケイラはもう限界を超えていた。

 

「享ちゃん、いくぞ──」

 

 後ろと前の両方でお兄ちゃんの一物が大きくなったのがわかった。

 次の瞬間、熱い精がケイラの中で迸るのを感じだ。

 やはり、後ろと前の両方だ。

 

「ああ、いぐううう」

 

 もっとも大きな絶頂感がおそいかかった。

 手錠が繋がっている鎖を引き千切らんばかりに身体を突っ張らせ、激しく昇り詰めた。

 全身が脱力する。

 本当に立っていられない。

 

「おっと」

 

 お兄ちゃんががっしりと後ろから腰に手を回してケイラを支える。

 しばらく痙攣のような震えは続いていたが、やがて、それがとまる。

 お兄ちゃんの怒張が抜けて、身体をその場にしゃがまさせられた。

 足の下は地面のはずだったのに、柔らかい絨毯のようなものが座り込んだケイラの下にあった。

 そして、ふと気がつくと、両手首の拘束もなくなっていた。

 

「随分とよがっていたな、享ちゃん。これじゃあ、罰だか、ご褒美だかわからないな」

 

 お兄ちゃんがくすくすと笑いながら目隠しを外す。

 すると、お兄ちゃんの性器が眼前に突きつけられた。

 

「掃除フェラだ。享ちゃんのお尻の中に入っていたものだ。しっかりと舐めるんだ」

 

 お兄ちゃんの男根は、まだまだ逞しく屹立している。

 たったいま、ケイラの体内にあったものだというのがわかるとおり、ねっとりと濡れていて、湯気までたっていた。

 

「は、はい……」

 

 なにも考えなかった。

 言われるままに口をいっぱいに開いて、先っぽの亀頭の部分から体液を舐め取っていく。

 生臭いが、お兄ちゃんの匂いだと思うと、なによりも愛おしい香りに思えた。

 しばらくのあいだ、一心不乱にお兄ちゃんの怒張を舐めあげ、吸い取り、舌でお兄ちゃんのちんぽをひたすらに揉みあげる。

 

「享ちゃんの舌が気持ちいいから出したくなった。全部、飲むんだぞ」

 

 突然にお兄ちゃんがそう言い、頭の後ろを手で押さえられた。

 そして、お兄ちゃんの腰がぶるぶると揺れる。

 口の中で肉棒が膨らみ、熱い粘液が放たれた。

 お兄ちゃんの精液──。

 ケイラは、一滴残らず飲み干そうと、懸命に喉の奥に呑み込んでいく。

 

「よし、じゃあ、外に戻ろぞ、享ちゃん」

 

 そして、お兄ちゃんがケイラから身体を離すとともに言った。

 次いで、腰の上に薄い布が落とされる。

 綺麗な虹色に染まっている一枚の薄布だ。こんな綺麗な柄の布地など、この世界では初めて見た。

 

「パレオのように巻くといい。いやなら、そのままでいいけどね」

 

 お兄ちゃんが意地悪く笑った。

 はっとする。

 頭が朦朧としていたので、半分忘れていたが、ケイラは腰の括れから下の衣服をすっぱりと切断されて、なにもかも剥き出しになっていたのだ。

 

 慌てて、立ちあがって、腰に布を巻こうとするのだが、腰が抜けたみたいになって、力が入らない。

 それでも、お兄ちゃんに立たせてもらい、なんとか布を腰に巻く。上半身がエルフ女性としての正装に近く、下半身がパレオなど、破廉恥極まりないように思えるが、もはや、そんな体裁を思考することもできない。

 

 しかし、腰の横で布を結ぶと、思ったよりも丈が短く、内腿の半分くらいしか隠れない。

 いや、これは、まずい――。

 

 ちょっと、あんまりだ。仮にも、ケイラは女長老でもあるのだ。みんなの前でこの格好では……。

 それに、ケイラには、もっと切実な困惑も襲っている。

 

「あ、あの、お兄ちゃん、こんな格好でみんなの前には……。それに、おしっこが……」

 

 もう膀胱は破裂しそうだった。

 お兄ちゃんの術でおしっこの穴を塞がれているのだとは思うが、ちょっとでも力を緩めれば、放尿をしてしまいそうで、ケイラは懸命に股に力を込めて我慢していた。

 

「それは後だ――。さっき、勝手に達した罰があると言ったはずだ。これがそうだよ」

 

 しかし、お兄ちゃんが容赦なく、ケイラの腕を掴む。

 そのまま、ぐいぐいと引っ張れられて、天幕の外に連れて行かれる。

 

「うわっ、お兄ちゃん、ま、待って」

 

「待たないよ……。それと。おしっこの栓は外に出たところで消滅させてやろう。みんなの前でお漏らししたくなければ、全力で耐えるといい」

 

 耳を疑った。

 だが、お兄ちゃんは本当にケイラをそのまま天幕の外に出してしまった。

 

「あら、享さま?」

 

「えっ、なんで、そんな格好で?」

 

 天幕の外には、さっきのスクルドとエリカがいたが、下半身に布一枚だけを巻いて出てきたケイラにびっくりしている。

 しかし、ケイラはそれどころじゃなかった。

 恐ろしいほどの尿意が襲いかかってきたのだ。

 それでも、一瞬にして失禁しなかったのは、エルフ族の女長老としてのケイラの意思の力だった。

 

「お、お兄ちゃん、ほ、本当に、だめええっ」

 

 お兄ちゃんは、座っているガドニエルやアーネストたちがいる位置までケイラを連れていこうと、腕を引っ張り続けていたが、そこまでの半分くらいの距離のところで、ケイラは両脚を突っ張らせた。

 あと、一歩でも歩けば、確実に耐えきれなくなると思ったからだ。

 五百人のエルフ族の戦士たちがいる。

 その全部の視線がいまのケイラに集まっている気がした。

 

「ああっ」

 

 ケイラはその場にしゃがみ込んだ。

 

「立つんだ、享ちゃん。罰だと言っただろう──」

 

 だが、お兄ちゃんが腕を引っ張って強引に立たせる。

 しかも、もう一方の手で、パレオの結び目を握っていた。

 頭が真っ白になる。

 無理矢理にに立ちあがらされて、よろけるように両膝を踏ん張った刹那、股間で崩壊がはじまった。

 音を立てて、股間から放尿が噴き出る。

 激しい奔流となって、両脚に尿が降り注いでいく。

 

「ああっ」

 

 こんな大勢のエルフ族たちの前で、立ったまま失禁をする──。

 いま起こっていることが信じられないた。

 しかし、衝撃はそれだけじゃなかった。

 お兄ちゃんが、パレオを解いてケイラの下半身を露わにしてしまったのだ。

 

「いやああ、お兄ちゃん──」

 

 ケイラは絶叫した。

 だが、おしっこは迸り続けていて、それを隠すこともできない。

 座り込みたくても、お兄ちゃんが腕を掴んでそれを阻んでいる。

 

「あら、まあ」

 

「ロウ様、それはやりすぎです──」

 

 スクルドのとぼけた声と、エリカの焦ったような声がすぐ後ろでした。あのふたりは、ケイラとお兄ちゃんの後ろをついてきていたのだろう。

 しかし、そんなことはもうどうでもいいと思った。

 

「いいんだ──。これが調教だ──。そして、この享ちゃんは、俺の調教を否定しない。そうだな──?」

 

 お兄ちゃんが言った。

 だけど、もうなにも考えられない。

 ケイラは、尿意が解消される途方もない解放感と突き抜けるような喜悦に見舞われ、恍惚となってしまっていた。

 

 そして、再び頭が真っ白になる……。

 

 本当に、なにも考えられない……。

 

 だけど、ケイラは改めて確信した。

 

 やっぱり、お兄ちゃんは意地悪だ。

 

 意地悪で……好色で……。

 

 そして、やっぱり……、大好きで……。

 

 真っ白い世界がさらに拡がる……。

 気が遠くなり……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、はっとした。

 ケイラは天幕の中にいた。

 地面に敷かれた小さな絨毯の上にしゃがみ込んでいる。

 

「えっ、どういうこと?」

 

 びっくりして自分の身体や服を触って探る。

 腰の括れの部分ですっぱりと切断されていたはずの服は、なんともなっていない。

 ちゃんとしたままだ。

 スカートの上から下着も探ってみるが、どうやら、ちゃんとはいているみたいだった。

 

 なにが起こったのだ?

 ケイラは唖然とした。

 

「まあ、罰は罰だけど、長老としての尊厳を奪ってしまうわけにもいかないしな」

 

 お兄ちゃんの声──。

 すぐ横に立っている。

 見上げると、いつもの優しくて意地悪な微笑みをしていた。

 なにが起きたのだろう?

 ケイラはわけがわからなかった。

 

「どうした、享ちゃん? 本当に、全員の前で、放尿をして晒し者になりたかったか? 満更でもなさそうな顔をしていたけどね」

 

 お兄ちゃんが意地悪く笑った。

 

「な、なんなの、いまの……? 白昼夢……?」

 

「まあ、そんなものだ。もうおしっこはいいだろう? そら、いくぞ。享ちゃん」

 

 お兄ちゃんがケイラを立たせる。

 今度は優しく助け起こすような手つきだ。

 そして、さっきまで腰が抜けたように脱力していたのも、かなり回復している。

 

 どうして?

 

「ほら、長老さま、腕をとるといい。みんなのところに戻って、これからの話をしよう」

 

 お兄ちゃんがケイラにエスコートのかたちで腕を掴ませる。

 

「ね、ねえ、どうなって……」

 

「いいんだ。享ちゃんの罰は終わりだ。だから、どうでもいいだろう? そうじゃないのか」

 

 お兄ちゃんがケイラを天幕の外に向かわせながら言った。

 疑念は全く解消されないが、まあいいか……。

 お兄ちゃんがどうでもいいというのだから、どうでもいいのだろう。

 ケイラは、気にするのをやめた。

 

 天幕の外に出る。

 だが、今度こそ、本当のこと?

 

「早かったですね、ご主人様」

 

「終わったのですか?」

 

 天幕の外にいたスクルドとエリカだ。スクルドは顔をベールで隠している。

 だが、早かった?

 全員の前の放尿の白昼夢はともかく、お尻を犯されていたのは、決して短い時間ではなかったと思うが……。

 

「ああ、終わった。享ちゃんも反省しているそうだ。そうだな?」

 

「あっ、は、はい、お兄ちゃん」

 

 お兄ちゃんに問いかけられて慌てて言った。

 そのまま、お兄ちゃんにエスコートされて、ガドニエルのいる場所まで戻る。

 魔道師団長のアーネストがお兄ちゃんに向かって、優雅な敬礼の動作をした。

 

「英雄公、たったいま、副王陛下からのご命令を確認しました……。いかようにもご命令を……。私の受けた命令は、これより先は英雄公の下知に従うべしということです……。それと、神器については、速やかに水晶宮に戻します。それもまた、命令に含まれておりました。申し訳ありませんが、長老殿、そのように実行いたします」

 

 アーネストがケイラに向かって頭をさげた。

 

「えっ、あ、ああ……、わかったわ……。だけど、ラザニエルからの新たな命令というのは、お兄ちゃんの命令に従うということ? そうなの、ガドニエル?」

 

 よくわからないが、そういえば、事情が変わったとか、お兄ちゃんが口にしていたような……。

 ケイラは、ガドニエルに視線を向ける。

 

「いいえ、断固としてお断りです。誰が、なんと言おうともです。お姉様の命令なんて、関係ありませんわ。わたしが女王なのです。わたしに命令できる者などあるはずもありません──。あっ、もちろん、ご主人様は別ですわ……。それと、一番奴隷のエリカ様も」

 

 ガドニエルが憤慨したように言った。

 

「どうかしたの?」

 

 いつにないガドニエルの強い口調に、ケイラは首を傾げた。

 

「ラザ殿の命令に、ガドはここの一件が終われば、一度水晶宮に戻ってこいというのがあったのだ。次は正真正銘の戦場だしな。まあ、さすがに、ガドと一緒にというわけにはいかないのかもしれない。だけど、ガドは怒っていてな」

 

 横から口を挟んだのは、シャングリアという人間族の女騎士だ。

 ちょっと、ガドニエルのことを揶揄うような口調でもある。

 

「えっ、そうなの? ガドとはここでお別れ?」

 

 エリカだ。

 

「まあ、そうみたいね」

 

 コゼという人間族の小柄な娘がくすくすと笑った。

 

「別れません──。ご主人様と一緒に戦場に行きます──。今度こそ、お役に立ってみせますから――」

 

 ガドニエルがはっきりと言った。

 それはともかく、次は正真正銘の戦場──?

 

「ねえ、どういうこと、お兄ちゃん──? 次は戦場って?」

 

「うん……。まあ、詳しいことは、とりあえず、辺境候軍の軍営で話すよ。とはいっても、情報を集めさせているが、まだ、なにもわからない。いずれにしても、全員でまずは、軍営に戻ろう。そこで、とりあえず、ピカロとチャルタという魔族娘の身柄を受け取る。次いで、辺境候軍の軍営における本会同だ。だが、もしかしたら、それが終われば、全力の大移動になるだろう──」

 

「大移動?」

 

「ああ、享ちゃん。まずは、全員の全力でモーリア男爵域までゲートで戻る。それ以降は、集団で移動術を駆使できる転送施設はないから、少人数だけでも、魔道で突き進む。アーネスト殿には、できるだけ早く、ハロンドールの南部域まで移動する方法を考えてもらいたい。ブルイネン以下の親衛隊にも検討をさせている」

 

「ハロンドールの南部域に? そこが戦場?」

 

 ケイラは眉をひそめた。

 

「ああ、だが、とにかく、話は後にしよう。とりあえず、俺たちは早朝一番に、実は辺境侯の軍営で捕らわれている女囚ふたりを引き取ることになっていてな。すぐに戻らないとならないんだ。享ちゃんは俺たちと一緒に来るか? それとも、アーネストたちとともに、後で来るか?」

 

「もちろん、お兄ちゃんと一緒よ。だから、説明して」

 

 ケイラは改めて、お兄ちゃんの腕をがっしりと掴んだ。



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702 女王の聖断と女魔族引き渡し

「つまりは、お兄ちゃんの子供を妊娠しているハロンドールの王太女が戦場に向かわされたということ? そのドピィとかいう賊徒の鎮圧のために?」

 

 享ちゃんが言った。

 辺境候軍の軍営のある演習場地区の外れに準備された平屋の建物の中だ。

 クレオンから、ここでピカロとチャルタと引き渡したいという要求のあった場所であり、軽く五十人は入れるようなだだっ広い屋根付きの地積である。

 足もとは床ではなく地面であり、四周には大きな柱があって、高い屋根を支えている構造だ。

 「屋内錬兵場」と呼ばれるところらしく、雨で地面がぬかるんでいても個人調練ができるように作られているものらしい。

 

 ここを引き渡しの場所として指定したのは、おそらく、軍営のほかの領主軍が展開している地域から、かなり隔たっているからだろう。

 マルエダ家としては、捕獲していた女魔族(サキュバス)を一郎に引き渡すという行為は、できるだけこっそりとしたいようだ。

 まあ、この世界における魔族の存在の御法度は承知しているので、それは一郎としてもありがたいものだった。

 

「不確定情報だけどね。ただ、夕べから朝までのあいだに、姫様……、あっ、イザベラ王太女のことなんだけど、彼女が王国水軍で南方に向かったというのは確かだということまでは、複数の情報で確認できた。とにかく、合流しようと思っている。だから、エルフ軍の魔道師団はありがたい」

 

 一郎は言った。

 座っているのは、この大道場に準備されている横長のソファである。一郎を真ん中にして、ガドと享ちゃんが左右に座っている。

 マルエダ家の家宰のサーマクという老人に案内を受けたこの大道場の中心にあったものであり、さらにその周りにいくつかの椅子も並んでいた。横の椅子には、エリカたちが腰掛けていた。

 また、ブルイネンとともに事前にいた親衛隊もいる。

 ブルイネンたちは、ここで合流したのであり、十人が大道場の外にいて、五人が一郎たちの周りにいる。ブルイネンは一郎たちのソファの真後ろだ。

 十五人というのは、親衛隊たちの半分の勢力になるが、残りの半分は出立準備である。

 つまりは、一郎とガドニエル、さらに、享ちゃんがソファに座っていて、エリカ、シャングリア、コゼ、そして、スクルドがソファ近くの椅子に腰掛けているという態勢で、マルエダ家のサーマクという老人がチャルタとピカロをここに連れてきてくれるのを待っているというわけだ。

 

 辺境候領からの出立については、イザベラたちの動向に関する情報の集まり具合にはなるが、場合によっては夜を徹してでも、移動を開始する意思もある。

 とりあえずは、スクルドが設置した移動術の「小ゲート」の端末が近くにあるモーリア男爵の領域付近まで戻りたい。

 そこからは、直轄領を横切る中央街道に沿って、スクルドが王都まで繋がる移動術のルートを作っているのだ。

 数十人単位の集団では使えないのが難点だが、冒険者パーティ程度の数名のグループなら、本来は強行軍でも一箇月近くかかるルートを数日程度で移動できる。親衛隊については、いつもの手段で一郎が同行可能であるし、そういう進み方になるだろう。

 南部域に向かうには、その中央道の途中から、山街道を越えて行くことになるが、これまで検討しているところでは、それが最短の前進要領になる。

 

「わたし、絶対についていきますから──。お姉様のご命令になんか従いません。それはもう絶対です」

 

 ガドニエルだ。

 かなり憤慨している様子なのは、ハロンドールにおける異変の情報に接し、一郎がラザニエルに、享ちゃんが連れてきている魔道師団をそのまま借り受けたいと頼み込んだことで、ラザニエルは急遽、それに応じる命令書を副女王の名で送ってきたのだが、それに女王ガドニエルの水晶宮の帰還を指示してきたのである。

 まあ、副女王としては当然だろう。

 一郎たちの行き先が、急遽本物の戦場になったのである。

 エルフ族の女王をそんなところに向かわせられないというのは、考えてみれば当たり前だ。

 

「まあ、ガドの魔道は戦力として惜しいけど、よく考えれば、魔道馬鹿は、もうひとり好色神官がいるからいいかもね。ガドの分も、ご主人様にあたしたちが可愛がってもらうから、女王様は森の国に帰りなさい。それよりも、あの副王の機嫌を損ねて、魔道師団の派遣を取り消されたりしたら問題だわ」

 

 コゼだ。

 揶揄(からか)い半分、本気半分といったところだろう。

 

「あら、わたしは、もう神官ではありませんのよ、コゼさん。もちろん、ご主人様に可愛がられるのは、それはもう喜んでお引き受けいたします。ご主人様、お気紛れでも、お悪戯でも、なんでも構いません。スクルドは、いつ、どんなことでも、いかなる破廉恥な要求でも、よろこんで引き受けますわ」

 

 コゼのさらに横の椅子に座っているスクルドが満面の笑みを浮かべて言った。

 

「あんたが頑張るのは、魔道でしょう」

 

 コゼが笑っている。

 一方で、一郎の横にいるガドはふるふると首を横に振る。がっしりと一郎の腕にすがりついてきた。

 

「ご主人様、わたし、戻りたくありません。絶対にお役に立ちます──。お願いですので、わたしも連れて行ってください。水晶宮のことも、ナタルの森のことも、あんなのは、お姉様に任せておけばいいのですわ」

 

「ガドニエル──。あんたは、仮にも女王でしょう──。統治の責任をよりにもよって、“あんなの”とはなんですか──。まさか、その調子で外で喋っているじゃないでしょうねえ。エルフ族王家の恥をまき散らしているようなら、ラザニエルの言葉は待ちません。わたしがあなたを連れ戻ります」

 

 すると、享ちゃんがぴしゃりとガドを叱った。

 これは、ケイラ=ハイエルのモードだろう。

 一郎は苦笑してしまう。

 

「ま、まあ、大叔母様。い、いまは、ただ身内だけ席なので、甘えているだけのことですわ。わたしも、ちゃんと余所の者のいる場所ではきちんとしています。女王として恥ずかしくない振る舞いを忘れることなく……」

 

「黙りなさい。あなたには訊ねません──。ブルイネン、それでどうなの? この愚か者は、ちゃんと女王としての振る舞いをしているの? どうも、さっきから、それが心配になってきたのだけど?」

 

 享ちゃんが後ろを振り返って、立っているブルイネンを睨む。

 ブルイネンは、ちょっと困った表情になる。

 

「へ、陛下は……、そのう……、時折、無邪気になられますが……。まあ……時折はきちんと……。あっ、いえ、静かに座っておられるだけで、まさに女王の威厳と荘厳さをお持ちというか……」

 

 ブルイネンだ。

 見ると、奇妙な汗を額にかいている。

 ブルイネンは真面目すぎて嘘をつけないところがあるので、どうしても、ガドがちゃんとしていると口にできないのかもしれない。

 

「確かに、静かに座っている分には、これ以上もないほどに、立派な女王ではあるな。ただ、口を開くと、すぐに残念なところが表に出るだけで……。なあ、エリカ?」

 

 シャングリアが横から口を挟んで笑った。

 

「エルフ族としてのあなたの意見は、エリカ? このガドニエルは、ちゃんと女王なのかしら?」

 

 すると、享ちゃんがエリカを睨んだ。

 エリカがちょっとたじろいだ感じになった。

 

「わ、わたしに振らないでよ、シャングリア……。まあ、ガドは……ガドだと思います……。わたしたちの女王陛下が、こんなに親しみやすいお方というのは知りませんでしたが……。ロウ様もガドには気安く接することができるみたいで、よくお愉しみになっておられるようなので、わたしは、いてもらった方が……。それに、ガドの魔道は戦力です」

 

「つまりは、ちっとも、ちゃんとしてないということね……」

 

 享ちゃんが大きく溜息をついた。

 

「まあ、ちゃんとしていますって、大叔母様──。それよりも、ブルイネン、あなたもなんですか──。わたしはちゃんとしていますよ。たとえ、ご主人様に甘えさせていただいても、女王としての立場を忘れたことなど一度だってありませんわ──。そういうことですので、大叔母様は安心してお帰りください。お姉様にもよしなにお伝えを……。わたしは、もう少し、ご主人様のところにおります」

 

「なんで、わたしがお兄ちゃんから離れないとならないのよ。一緒に向かうに決まっているでしょう。エルフ王家の女長老として各国にばらまいている諜報ギルドの全部をお兄ちゃんに提供するわ──。お兄ちゃん、なんでも言って? なにを調べたい? 王国の南方のことは、すぐに情報集めを指示する。三日もあれば、魔道通信で逐次に情報も入ってくると思うわ。ほかには? 王太女の周り? あとハロンドールの王宮のこと?」

 

 今度は享ちゃんが一郎の腕をがっしりと掴んだ。

 だが、そういえば、昨日、ラザと話したとき、この享ちゃんは、ケイラ=ハイエルとして、幾つもの情報機関や諜報機関を握っている裏社会の怖い女傑だと言っていたことを思い出した。

 無邪気で甘えん坊の享ちゃんからは想像もできないけど、ケイラ=ハイエルとして、エルフ貴族のみならず、ほかの人間族の国のことも手を回して、エルフ王家を陰から支えてきたのかもしれない。

 しかし、いまのことは本当か?

 あのアーサーという色男が、なかなかのやり手であり、この辺境候域を始め、あちこちに間者をばらまいて、情報収集をはじめとして、ときには準軍事工作や極秘工作をさせているということも察してきた。

 世に出ると決心した一郎が、これから国同士のいざこざや、さまざまな権力闘争に絡まないとならなくなるのは必至だろう。

 だとしたら、一郎も、あのタリオに匹敵する大規模な情報収集の手段を持ちたいものだ。

 もしかして、それを享ちゃんが持っている?

 

「本当か、享ちゃん? 俺を助けてくれるのか?」

 

 一郎は、掴まれていたガドの手をそっと離し、享ちゃんの手をがっしりと両手で握り直した。

 

「えっ? わたし、お兄ちゃんを助けられるの──? お兄ちゃんはわたしを頼ってくれるの? もちろんよ、お兄ちゃん。なんでもあげる。どんなことでもするわ」

 

 享ちゃんが顔に歓喜を浮かべて、目を見開いた。

 なぜか、感動したみたいに、眼に涙まで浮かべている。

 

「ご、ご主人様、わたしも諜報組織なら、女王の耳目をもっております。アルオウィンにいえば、なんでも調査をしてきますし……」

 

 反対側からガドが必死の口調でとりすがってくる。

 

「それは、アルオウィンの力よ。横取りするんじゃないわ」

 

 コゼが口を挟んで笑う。

 単に揶揄っているだけなのが一郎たちにはわかるのだが、ガドは目に見えてショックを受けた表情になっている。

 一郎は、片手を再びガドに戻して、肩を抱き寄せる。

 

「あん、ご主人様」

 

 一郎の胸に顔を押しつけられたガドが一気に脱力して、一郎にしがみついてくる。

 

「ガドも俺には必要だ。これからも助けてくれ。必ず、みんなでガドのことも守るから、一緒に来てくれ。なあ、享ちゃん、ラザには取りなしを頼むよ。ガドも一緒に連れていく。向かうのは戦場だ。俺をはじめとして、女たちの安全のために、ガドにも頼りたい。女王ではあるが、俺の未来妻だ。イザベラと同じだ。だから、ガドが向かう理由はある」

 

 一郎は享ちゃんに言った。

 

「仕方ないわねえ……」

 

 享ちゃんが苦笑した。

 

「大叔母様、ありがとうございます──」

 

 ガドが一郎に抱きついたまま、顔だけ享ちゃんに向けて言った。

 

「……ところで、さっきの話だけど、お兄ちゃん、わたしはお兄ちゃんの役に立つのね? わたしの組織はお兄ちゃんの役に立つ? だったら、ケイラ=ハイエルの全部をあげる。わたしのものは、お兄ちゃんのものよ」

 

「ありがたいね」

 

 一郎は微笑んだ。

 

「なら、わたし、頑張るわ。パリス事件では、わたしが王家を見限りかけていたこともあり、後手に回って役に立てなかった組織だけど、改めて機能化して鍛えあげる。だったら、任せて、お兄ちゃん」

 

「ありがとう。力を貸してくれ、享ちゃん」

 

 一郎は心から言った。

 すると、享ちゃんがちょっと考え込むような仕草になる。

 

「……だったら、わたしは、ガドニエルとともに、一度、水晶宮に戻ろうかしら……。いえ、戻るわ――。そして、ガドニエル、あんたの力が必要よ。一緒に水晶宮に……」

 

 そして、享ちゃんがなにかを決心したみたいに言った。

 ガドががばりと、一郎の胸から顔をあげる。

 

「な、な、なんでですか、大叔母様──。さっき、お姉様に、わたしのご主人様への同行をとりなしてくれるって、おっしゃったじゃないですか──」

 

 気色ばむ勢いでガドが声をあげる。

 

「すぐにって言っているじゃないわよ。だけど、イムドリスよ──。あれは、秘密があるのよ。その使い方によっては……」

 

「いや、いや、いや──。なんの理由があっても、ご主人様から離れることはありません。これは絶対です。誰が、なんと言おうとも、女王としての聖断です」

 

「女王の聖断を安売りするんじゃないわ。とにかく、あんたは、お兄ちゃんに甘えるだけじゃなく、お兄ちゃんのためになのができるかを考えて……」

 

「いやったら、いやです、大叔母様──」

 

 まるで、駄々っ子のようなガドの剣幕に、一郎も笑ってしまった。

 そのときだった。

 

「ロウ殿、陛下──」

 

 ブルイネンが声をかけた。

 この大道場の入口がちょっと騒がしくなっている。

 扉が開いた。

 現れたのは、マルエダ家の家宰のサーマクだ。昨日までの状況であれば、この場にクレオンがいるはずだったのだが、領都郊外のあばら家で情婦とともに自殺したとされているレオナルドの処置のことで、クレオンも追われている。

 十中八九、タリオの間者に口封じで殺されたのだと思うが、いまのところそれを裏付けるものはないようだ。

 いずれにしても、クレオンからは、立会できなくて申し訳ないという伝言を一郎は受け取っていた。

 

「女王陛下、英雄公殿、並びに、エルフ王家長老様──。主人、クレオンに代わりご挨拶申しあげます……」

 

 サーマクが入口のところで深々と頭をさげ、貴賓に対する礼をとる。

 後ろには、十数名の集団が続いているみたいだ。

 まだ人影に隠れて見えないが、あの集団の中にピカロとチャルタがいるのだろうか?

 

「御託はいい。そなたは、一介の家宰であろうが。英雄公とエルフ族の女王に対等に挨拶などおこがましいわ。さっさと要件を済ませて、いね──」

 

 すると、享ちゃんとは思えないような辛辣な言葉が彼女から飛び出した。

 享ちゃんではなく、女長老のケイラ=ハイエルとしての態度なのだろうが、一郎は、一郎に対する態度とは違いすぎて、ちょっとおかしくなってしまった。

 

「わ、わかりました。では、女囚の魔族ふたりを英雄公への贈答品として、お引き渡し致します。さあ……」

 

 サーマクが後ろに声をかける。

 魔族の存在は御法度なので、表向きには一郎にふたりを返すことはできず、今回は、獲物として捕らえた魔族奴隷を一郎に贈り物として手渡すという体裁をとることになっている。

 一郎としても、勝手に行動して、この辺境候軍を操ろうとしたピカロとチャルタには、ひと言も二言も、文句があるので、囚人同然に扱ってくれと告げていた。

 まずは、このサキュバスふたりにお仕置きだ。

 王都で騒動を起こしたアネルザやサキへのお仕置きの前菜のようなものだが……。

 

 そして、集団が入ってきた。

 黒い袖のないマントで首から下を包まれているピカロとチャルタが入ってきた。ふたりとも首輪があり、その首輪にそれぞれ四本の細い鎖があり、それを兵が四人で握っている。

 その周りには、前にふたり、後ろに三人、横にふたりずつの合計九人のマルエダ家の戦士らしき男たちがいた。

 ガドたちの前に出るということで剣は帯びてないが、白い棒を全員が持っている。

 魔眼でさっと探る。

 「電撃棒」とあった。

 つまりは、ピカロとチャルタに備えるための武器ということだ。

 いずれにしても、全員がマルエダ家の奴隷だった。主人は、一緒にやってくる家宰のサーマクになっている。

 

 一方で、ピカロとチャルタは随分と元気がない。

 なにかを言いたそうに、こっちに視線を向けているが、口には両側に細い鎖のついた黒い球体が押し込まれていて、両側の鎖が顔の後ろでとめられているみたいだ。

 

「んんんっ」

 

「んんっ」

 

 ふたりが一郎の存在に気がついた。

 チャルタは眼に涙を浮かべて、ピカロはちょっと微笑むみたいな感じで、ぞれぞれに一郎になにかを訴えるように視線を向けてくる。

 彼女たちのステータスも読む。

 

 

 

 

“チャルタ

   サキュバス(一郎のしもべ)

  魔族、女

  年齢**歳

  ジョブ

   淫魔(レベル50)

  生命力:100/1000↓

  攻撃力:1/700↓(魔族殺しの縄と枷で拘束)

  魔道力:2500(淫気封じの貞操帯で凍結中)

   ──

   ──”

 

 

“ピカロ

   サキュバス(一郎のしもべ)

  魔族、女

  年齢**歳

  ジョブ

   淫魔(レベル50)

  生命力:900/1000↓

  攻撃力:15/700↓(魔族殺しの縄と枷で拘束)

  魔道力:2500(淫気封じの貞操帯で凍結中)

   ──

   ──”

 

 

 

 どうやら、あの黒マントの下では、魔道封じの道具で拘束されているらしい。それにしても、随分とチャルタでピカロで、弱り方に差があるのだと思った。チャルタなど生命力が落ちきり、かなり衰弱しているのがわかる。

 それにしても、“淫気封じの貞操帯”──?

 なんだ、それ?

 

 さらに行列が続く。

 最後尾は大きめな四角い編みかごを持ったふたりの男だ。

 おそらく、チャルタたちの荷物なのだろう。

 なにが入っているのかわからないが、かなりの高さがあり、それを担いでいる奴隷男たちらしき者の顔まで隠れているほどだ。

 

「お収めください、英雄公殿」

 

 全員が一郎たちの前まできた。

 チャルタとピカロの首輪から各四本の鎖が離される。

 同時にふたり同時にぱさりと、マントが剥がされて落ちた。どうやら、首輪の鎖と留め具が一体化になっていたみたいだ。

 

「まあ」

 

「あら」

 

「な、なに?」

 

 一郎の周りの女たちが声をあげた。

 マントのはがされたチャルタとピカロは、貞操帯だけを身につけた素っ裸だったのだ。

 足首には短い鎖で繋がった足枷が嵌まっていて、それぞれに後手に縄で拘束され、さらにそれを胴体を鎖で巻き付けられていた。

 あれが、魔道封じの縄と鎖なのだろう。

 それにしても、一郎はちょっと不快に思った。

 女囚扱いをしてもいいとは言ったが、こいつらも一郎の女たちのひとりだ。一郎が自分でするならともかく、他人の手で辱められるのは、愉しいものではない。

 

「サーマク殿、女囚や奴隷といえども、尊厳を無視したやり方は好かんな。俺の贈り物にするなら、こいつらの裸を関係のない者たちにまで見せたくはない」

 

 一郎は贈答品の女魔族の奴隷という設定の範囲で、サーマクに文句を言った。

 

「えっ、これは失礼を……。しかし、このことは、英雄公のご指示では?」

 

「俺の指示?」

 

 明らかに狼狽えた様子のサーマクに、一郎は首を傾げた。

 そのときだった。

 最後尾で編みかごを持っていた小男が顔を俯かせたまま、ピカロのすぐ横にまで来ていた。

 

 なんで、こんなところに……?

 

「んんんんっ」

 

 そのとき、ピカロが球体を咥えさせられた口から大きな呻き声のような叫びを迸らせた。

 小男がピカロの貞操帯に手を伸ばす。

 次いで、貞操帯の縁からしゅっと長い針金を刺し抜いた。

 

「魔素火粒剤です──。拡がってます──」

 

 スクルドが絶叫した。

 魔素火粒剤──?

 しまった──。

 編みかごだ──。

 小男が持っていた編みかごの蓋が開いている。

 そこから、魔素火粒剤が放出されたのだと悟った。

 

 そして、そのときには、小男がピカロの貞操帯から抜いた針金が、まるで一本の金属棒のようになり、一郎の胸に伸びてきていた。

 

 刺客──?

 

 目が合う──。

 

 顔の崩れた男だ──。

 

 

“テータス”

“針金(猛毒)”

“暗殺者”──。

“レベル60”──。

“魅了封じの呪術(生命力代償)──”

“肉体強化の呪術(生命力代償)──”

“魔道反射の呪術(生命力代償)──”

“瞬速の呪術(生命力代償)──”

“耳目強化の呪術(生命力代償)──”

“毒操りの呪術(生命力代償)──”

 

 咄嗟にステータスを読もうとして、頭の中に無秩序に情報が光が激しく瞬くように浮かぶ。

 一瞬だったので、頭に整理できないのだ。

 とにかく、なんだ、これ──?

 呪術のオンパレードだ──。

 

 だが、はっとした。

 テータスの持つ針金は、真っ直ぐに一郎の心臓に槍のように向かっている──。

 

 そして、その針金の先が、まさに一郎の身体に突き刺さる──。



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703 英雄公殺し

 すべてはうまくいっていた。

 しかし、機会は一度だ。

 

 テータスは、荷を運ぶ奴隷になりすまし、最後尾から大きなかごを持って続いていた。

 その前側には、ピカロたちをロウに引き渡すための行列がある。

 ちょっと仰々しいが、こうなるように仕掛けているのはテータスによるものである。

 

 これは、ひとつの賭けだ。

 テータスの読みが正しければ、ロウの率いる集団の中でもっとも脅威なのは、ロウの女たちの魔道でもなく、あるいは、女戦士たちの武辺でもなく、おそらく、ロウ自身の咄嗟の読みと瞬間的な判断力の高さであると思う。

 テータスの集めたロウに関する情報という情報を分析して、そう結論した。

 

 これは想像でしかないが、多分、ロウは極めて精密な「鑑定術」のような術の使い手なのではないかと思う。

 ロウは、それで瞬時に状況を把握し、的確な指示を女たちに送る。

 これがロウたちの強さの秘密なのだ。

 テータスは、ある程度、そう確信している。

 

 だったら、英雄公こと、ロウの暗殺に成功するには、そのロウの読みをさせないようにするしかない。

 だから、テータスはこの集団の中で、もっとも目立たない存在になりすますことにした。

 荷を運ぶ一介の奴隷だ。

 

 そして、頭に巻く布で半分禿げている頭を隠し、布の端を垂らして半面を隠している。

 それでも、あまりにも目立ちすぎるテータスの顔だったが、ロウたちからの視界では大きなかごで顔を隠しているはずだ。本当は肌色の仮面でもすれば、いいのかもしれないが、醜すぎる顔でも、これを仮面で隠すと周囲の気配が読みにくくなるので、それはできない。変身術でも同様だ。暗殺者としては致命的なので、顔を隠すこともできないのだ。

 とにかく、周囲については、肌に刻んでいる呪術を遣った「魅了術」により、テータスのことを気にしないようにさせた。

 ピカロたちを連れていく一行は、ゆっくりとロウたちに近づいているが、いまのところ、ロウに大きな動きはない。

 うまくいっている……。

 

 とにかく、ロウの気を削ぐことなのだ──。

 だから、テータスは、ロウが警戒を寄せるであろう「撒き餌」を集団に散りばめた。それで、テータスへの警戒をさせないようにしているのだ。

 つまりは、屈強そうな奴隷戦士たち──。これに電撃鞭を持たせて、周囲を歩かせる。

 マルエダ家と女王側の取り決めで、女王の近くで辺境侯軍の兵には武装をさせないことになっているが、電撃棒は立派な武器だ。

 ロウは、武器らしきものを携行した周囲の奴隷戦士たちに、まずは鑑定術を向けるだろう。

 全部で九人──。

 それなりに時間がかかる。

 まずは、それがひとつ──。

 

 次に、サキュバスのふたり──。

 これも餌に使う──。

 

 チャルタというサキュバスはもちろん、ピカロについても、可能な限り弱らせた。特に、もうひとりのチャルタについては、徹底的だ。

 ピカロは、散々に愛してしまって弱らせることはできなかったが、少なくともチャルタというサキュバスについては、その力の源である「淫気」を封印して、人間族でいえば、瀕死に近い状態にまでしている。

 ロウは、自分の女をかなり大切にする性分だという……。

 弱っている自分の女魔族に接すれば、必ず、弱っている理由を探ろうとする──。

 当然に、そっちに気を取られているあいだは、テータスに気が及ばない……。

 これでふたつ……。

 

 案の定、ロウは、ピカロとチャルタに、一瞬目をやり、そして、怪訝そうに顔をしかめた。

 テータスは、やはり、ロウは鑑定術もどきを使っているのだと確信した。

 

「んんんっ」

 

「んんっ」

 

 先頭のピカロとチャルタが、なにかをロウに向かって叫ぶ。

 おそらく、警告をしているのだろう。

 ピカロはもちろん、チャルタもまた、テータスがこの場でロウに対する暗殺を企ているのを知っている。

 彼女たちの目の前で、テータスの肌に呪術の紋章を刻んだのだ。

 

 これまで刻んでいた「魅了封じの呪術」「魔道反射の呪術」に加えて、新しく刻んだのは、「肉体強化の呪術」、「瞬速の呪術」、「耳目強化の呪術」、そして、

「毒操りの呪術」だ。

 呪術の代償は、すべて、テータスの寿命である。

 これで、残っていた寿命は、十年ほどから二年ほどに縮まった。

 

 だが、後悔はない──。

 もしも、ピカロをテータスのものにできるのであれば、寿命など不要だ。ピカロを愛せる時間が二年ももらえるなら、これにまさる喜びなどないのだ──。

 

「お収めください、英雄公殿」

 

 マルエダ家の家宰のサーマクがロウたちの前に進み、立ち止まっている一行の最前列で頭をさげる。

 テータスは、じっとロウたちを観察している。

 いまのところ、ロウがテータスに意識を向ける気配はない。

 ゆっくりと気配を殺して進み出る。

 周囲の者さえ、テータスがかごを持ったまま前に進んだことに気がつかない。

 

 そして、最後の仕掛け──。

 サーマクの合図でピカロたちの首輪に繋げていた鎖が首輪から離れる。

 同時に、ふたりの裸体を隠していたマントがばさりと地面に落ちる。

 両手を後手に拘束し、魔道封じの金属破片の編み込んでいる縄と鎖まで裸体に巻き付けているふたりは、筋力が落ちきっていて、なんの抵抗もできない。

 当然に、貞操帯だけを身につけただけのサキュバスの裸体が露わになる。

 

「まあ」

 

「あら」

 

「な、なに?」

 

 ロウの周囲の女たちがそれぞれに声をあげた。

 一郎は、明らかにむっとしている。

 その表情に、怒りの色が浮かぶのがテータスにはわかった。

 

「サーマク殿、女囚や奴隷といえども、尊厳を無視したやり方は好かんな。俺の贈り物にするなら、こいつらの裸を関係のない者たちにまで見せたくはない」

 

 そして、ロウが言った。

 その視線は真っ直ぐにサーマクを見ている。

 テータスは、持っていたかごをおろして蓋を開く。

 かごの中には、魔素火粒剤を充満させていて、蓋を開けるとともに周囲にばらまかれるようになっている。

 

「えっ、これは失礼を……。しかし、このことは、英雄公のご指示では?」

 

 ロウに不平を言われたサーマクが戸惑っている。

 それはそうだろう。

 テータスは、手を回して、サキュバスには衣類を身につけさせずに、身ひとつで引き渡せという偽物のロウの指示をサーマクに渡していたのである。

 だから、サーマクは、ここでサキュバスの裸体を晒すのは、ロウの指示と信じているのだ。

 本当に指示があろうとも、本来であれば、相手の女を引き渡すのに、裸体を周囲に晒して辱めるなどあり得るはずもないが、このふたりはサキュバスだ。

 サーマクも、不自然とは考えなかったのだろう。

 

「俺の指示?」

 

 ロウは首を傾げている。

 完全にロウの意識は、サーマクとピカロたちに向いている。

 テータスは、すでにピカロの真後ろについている。

 一緒に来たマルエダ家の家臣や奴隷たちは、テータスの「魅了術」が効いているので、テータスの動きにはまったく気がつけない。

 

 テータスはピカロの股間に手を伸ばして、貞操帯の縁に嵌まっている金属の糸を持った。簡単に抜けるようにしていたのだ。

 

「んんんんっ」

 

 ピカロが気がついて、声をあげようとするが、気にしない。

 もう、目標は目の前だ──。

 

 武器を持って、このロウに接近することはできないとは思っていた。

 だが、これは武器ではない。

 本物の貞操帯の部品の一部だ。金属の糸が縁にあり、指などを差し入れたりできないようにするものだ。

 武器でないものを鑑定術で、武器としてそれが使用される以前に、これを武器と認識するのは不可能だ。

 

 それを抜く──。

 気を込めると、真っ直ぐの金属の細長い針のようになる。

 

「魔素火粒剤です──。拡がってます──」

 

 顔をベールで隠している女魔道遣いだ。

 だが、あっちも、テータスの動きには気がついていない。いや、どの女もテータスの動きに注目していない。

 テータスは、針金の先に猛毒を込める。

 生命力を代償に身体に刻んだ毒操りの呪術だ──。この呪術は、魔道紋を作らず、魔素火粒剤には引っ掛からない。そのための生命力の代償だ。

 一瞬にして死に至るほどの毒を先端に込める。

 

 ロウの心臓に向かって突き刺す──。

 

 ロウが気がついた。

 目を見開いている。

 しかし、もう遅い──。

 

 テータスの持つ針の槍が、まさにロウの心臓に突き刺さる──。

 

「ご主人様あああ──」

 

 だが、目の前に人──。

 突如として、針先とロウの身体のあいだに、なにかが割り込んだ。

 

「あぐうう」

 

 そいつが倒れる──。

 針が女の手に突き刺さっている。

 

「コゼ──」

 

 ロウがひっくり返りながら絶叫した。

 倒したのは、そのコゼだ。

 コゼがロウを片手で突き飛ばすとともに、自らの手で毒針を受けたのだ。

 

「ちっ」

 

 すでに針は折れている。

 テータスは、金属の糸から手を離す。

 周囲は騒然となっているが、まだ、誰も驚いただけで動いていない。

 テータスは、倒れているコゼの腰から短剣を抜くとともに、毒操りの呪術でコゼから毒を逆流させる。

 このまま放っておけば、数瞬後に死に至るが、目標以外は殺したくはない。それは、暗殺者としてのテータスの矜持だ。

 すでに息がとまって死にかけていたコゼが息をするのをかすかに確認した。

 

「コゼ──」

 

 ロウがコゼに寄ってくる。無防備だ。必死の形相だが、ロウは自分を庇ったコゼにしか意識を向けていない。

 テータスは、コゼから奪った短剣でロウに斬りかかる──。

 今度こそ──。

 

「ロウ様、動かないでええ──」

 

 そこに剣──。

 とっさに短剣で受ける。

 エリカというエルフ女だ。

 

 ロウとテータスの間に入ってきた。テータスは、「瞬速の呪術」で動きを俊敏化しているのに、それでもエリカは速い。

 エリカの猛撃で短剣を弾かれそうになったが、身体を回転させて、うまく力を散らせる。

 咄嗟に自分の被服を裂いて、仕掛けていた煙薬を炸裂させた。

 周囲一帯が煙りに包まれ、視界が著しく阻まれる。

 耳目強化の呪術で、気配を研ぎ澄ませる。

 

 ロウ──。

 

 いた──。

 

 倒れているコゼを横抱きにしている。なにかの術をかけているみたいだ。

 三度目の正直──。

 

 煙で視界のなくなった大道場を真っ直ぐにロウに向かって駆ける。

 

「そこかああ」

 

 斬撃──。

 身体を斬られる──。

 胴を斜めに真っ二つにされたかと思うような衝撃が襲ったが、肉体強化の呪術のおかげか、転がるだけですんだ。

 女騎士のシャングリアか──?

 

 胸から腹にかけて、血が噴き出す。

 さすがに斬り傷までは仕方ないか──。

 本来は、身体がふたつになるくらいの斬撃が斬り傷で終わるなら御の字だ。

 

 上衣を脱ぎ捨てて、地面に叩きつける──。

 さらに周囲が煙りでいっぱいになる。

 普通の人族では、完全に視界が遮られるほどの煙幕だ。

 

「そこか……」

 

 背中側でロウの声──。

 はっとする。

 振り返って、短刀を向けようとしたが、頭に衝撃を喰らって、その場にひっくり返った。

 

「鉄砲の弾を弾くのか──?」

 

 ロウの驚いた声──。

 頭からおびただしいほどの血が流れるのがわかった。

 テータスは立ちあがる。

 

 どうする──?

 

 テータスの耳目には、はっきりと周囲の状況を感じることができる。

 

「陛下と長老様を守れ──。魔道は遣うな──。外側に行け──。壁に穴を開けろ──。煙を出すんだ──」

 

 あれはブルイネンという親衛隊の女隊長か……。

 テータスは、彼女が守れと言った女王やその横の女たちを見る。そっちに飛び込んで、毒操りで瀕死を負わせるか?

 そうすれば、少なくともロウたちに混乱を起こせる。

 女たちを守ることを、テータスを攻撃することに優先すると思う。その隙に──。

 だが、やめた──。

 別に、ロウの女たちに恨みがあるわけでも、殺したいわけでもない。

 殺すのはロウだけだ。

 

 そのとき、横に殺気──。

 対応が一瞬遅れた──。

 短剣で受けとめようとして、肘から先を剣で切断された。

 

「ちくしょう──」

 

 相手を蹴り飛ばす。

 エリカだった──。

 

 テータスはうずくまっているサキュバスに目をやる。

 なにも考えない──。

 ピカロに向かって駆ける。

 

「そっちだ──」

 

 またもやシャングリア──。

 いや、もうひとりいる。

 女隊長のブルイネンか──?

 

 テータスは転がった。

 激痛が右の胴と左足を襲う。

 

 転がる。

 そして、立って――。また、走る。

 

 ピカロ──。

 

 もう少し……。

 

「んんんっ」

 

 うずくまっているピカロがこっちを見た。

 テータスは、まだ残っている片腕で担ぐ──。

 

 誰にも渡さない──。

 

 俺のものだ──。

 

「うおおおおおお」

 

 雄叫びをあげた。

 ピカロを肩に担ぐ──。

 

 駆ける──。

 

 逃げるんだ──。

 ピカロを連れて──。

 

「逃がすなあ」

 

「あっちだああ」

 

 エルフ族の女兵たちの叫びが追いかけてくる。

 剣が襲うのを背中で受けて、ピカロが傷つくのを防ぐ。

 痛みが走ったから、また肌を切断されたのだろう。肉体強化をしているので、致命傷にはならない。

 体当たりで突き飛ばし、近くにいた者を蹴った。

 そのまま、外に飛び出す。

 

「外だあああ」

 

「こっちに来る。逃がすなああ」

 

 大道場の外と内側で叫び──。

 テータスはピカロを担いで明るい場所に出た。

 ちょっと離れた大きな石に、移動術の護符を仕掛けていた。

 ここまでは、まだ魔素火粒剤は来ていないはずだ。

 

 懸命に駆ける

 

「んんんん、んんんん」

 

 肩に担いでいるピカロが悲しそうになにかを叫んでいる。

 しかし、逃げようとはしていない。

 だから、なんとかいまのテータスにも安定して担いでいられる。

 

「あっちだ──」

 

 エルフの女兵の叫び──。

 足に矢が突き刺さる。

 テータスは転がりかける。だが、ピカロを傷つけたくなくて、なんとか踏ん張る。

 地面を蹴って跳躍した。

 移動術を仕込んでいる護符がある石は目の前だ。

 

「あぐっ」

 

 また、矢──。

 今度は横腹に真っ直ぐに刺さった。

 テータスは、またもや、倒れ込みかけた。

 それでも、石は目の前──。

 石の下の護符に魔道を注ぐ。

 

 エルフ兵たちが殺到する気配がした。

 だが、身体が捻られる感覚──。

 風景が変わる。

 

 喧噪が消滅する。

 一緒に来たエルフ族たちはいない。

 テータスとピカロは一瞬早く、移動術の護符で逃亡に成功していた。

 

 辺境候領内の山中の中だ。

 小川のせせらぎが聞こえる山の中の川のほとりである。

 テータスは、最後の力を振り絞って、拘束されているピカロを地面にそっと横たえると、自分はその場にどっと倒れ込んだ。



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704 生か、死か。それが問題だ

 耳元で声がした。

 

「起きなよ、旦那さん……。ねえ……、このままじゃ、死んじゃうよ」

 

 ピカロだった。

 テータスの視界には、樹木と樹木の隙間から見える空があったが、その空を背景にピカロがいた。

 ピカロは素裸だ。

 首輪が嵌まっていて、両腕は背中で畳んで縄で縛られ、さらに胴体を魔族封じの金属で編んだ鎖で雁字搦(がんじがら)めに拘束されている。

 テータスがやったことであり、ピカロの美しい乳房が縄と鎖で引き絞られて、とても扇情的だと思った。

 そのピカロが悲しそうに、テータスを見下ろしている。

 口に嵌めさせていたボールギャグはない。どうやったか知らないが、自力で外したみたいだ。

 テータスは、下からピカロに視線を向ける。

 

「負けたよ……。ロウを殺して、お前を手に入れたかったが……失敗した……。いや、失敗じゃないか……。こうやって、お前を手に入れた。死ぬまで……お前を……離す……ものか……。やっと……手に入れた……俺を愛して……くれる……女だ……」

 

 テータスは言った。

 驚くほどに声に力が入らない。

 とりあえず、残っている魔道力を駆使して、切断されている右腕を止血する。だが、できたのはそこまでだ。それで、テータスの魔道力は限界になってしまった。

 

 おそらく、もうすぐ死ぬのだろう。

 右肘の先はなく、胴体だけでなく頭をやられ、脚も斬られている。矢は腿と脇腹に刺さっているのがわかるが、脇腹の矢はおそらく致命傷だ。内蔵まで届いている。

 普通に治療しても、まず、助からない。生半可な治療術でも難しい。

 テータスには、確信がある。

 

 だから、テータスの勝ちだ──。

 ロウは殺せなかったが、テータスの望みは、死ぬまでのあいだ、ピカロをテータスのだけのものにすることだった。

 その望みは叶う……。

 つまりは、勝ちだ。

 

 それにしても、暗殺に失敗するとは……。

 まさか、あそこで身を呈してロウを庇う女がいるなんて……。すべてをロウに絞って企てた策だったが、テータスは、ロウの女たちがあそこまで献身的に命を張ることを想定していなかった。

 完全なテータスの失敗だ。

 

「死なないよ、旦那さんは……。ぼくのしもべになりなよ……。そうしたら、旦那さんを助けられる。サキュバスはねえ……。しもべの心を支配する代わりに、その身体を丈夫にもするし、能力もあげることだってできるんだ。魅了で支配する代償だね」

 

「それは……知らなかったな。支配して終わりじゃないのか……。だったら、もっと喧伝するがいい……。能力があがるなど……。それが拡まれば、お前らは、そんなに嫌われなくてすむ……」

 

 本当なのかどうかは知らない。

 だが、ピカロはテータスには嘘はつかないだろう。

 だから、真実なのに違いない。

 

 魔族の中で、サキュバスのような淫魔族は、もっとも頻繁に人族の世界に入り込む種族と知られている。人族の淫気が食料なので、どうしても食糧の狩場として、人族を必要とするのだ。

 特に、サキュバスやインキュバスは、見た目が人間族とそっくりであることから、人間族の中に紛れ込んでも、まず発見しにくい。だから、人間族の群れの中には、必ず、淫魔族が混ざっているとも言われたりする。

 

 だから、嫌われる。

 テータスが魔族狩りの仕事を生業としていた時期には、サキュバス狩りやインキュバス狩りは、よく引き受けたものだ。

 いや、魔族狩りの仕事の大半は、サキュバス・インキュバス狩りともいえる。ほかの魔族は、それほどに人族の世界に交わったりしない。

 しかし、いまのいままで、魅了術で支配した相手の能力をあげることができるとは知らなかった。

 それが世間に知られれば、逆に、サキュバスやインキュバスの支配を望む人間も出てくるのではないかとさえ思った。

 

「大した能力の向上じゃないからね。身体が丈夫になるといっても、ちょっと風邪をひきにくくなるとか、能力向上だって、たとえば、全力で百回剣が振れる者が、百二十回くらい触れるようになるとか……。まあ、そんなものさ。大抵は、ぼくたちのおかげじゃなく、自分自身のおかげだと思うよ」

 

 ピカロが白い歯を見せた。

 透き通るような笑顔だ。

 このテータスに向けられる笑顔を頭に刻みながら死にたい……。テータスは思った。

 生まれてから一度も、こんな笑顔をテータスに向ける者はいなかった。実の親さえも、テータスの顔に恐怖し、視線を背けた。ましてや、普通の異性など……。サキュバスだって、テータスに興味を持った者はない。

 こんなに笑いかけてくれ、普通に語ってくれる相手は、ピカロだけだ。

 唯一無二なのだ。

 

「相手に尽くしているのに、理不尽だな……」

 

「尽くしているわけじゃないさ。魅了をした相手は、ぼくたちの餌だからね。餌はできるだけ丈夫にして、能力もあげて長生きをさせる。そのために、そうするんだ。何度もいうけど、ぼくたちにとっては、人族とのセックスは食事であり、支配する人族は、食事を提供してくれる畠のようなものなんだ」

 

「畠か……」

 

 テータスは苦笑してしまう。

 まあ、畠でもいいか……。

 愛とは、ピカロがテータスをどう想うのかということではない。

 死に瀕して悟った気もするが、女がテータスを愛してくれることを求めたり、忌避することを憎むよりも、そもそも、まずは、テータスがピカロをどう想うのかということが大事だったのだろう。

 テータスは、ピカロを愛している。

 そして、ピカロはテータスを愛してくれていると言ってくれた。

 それがすべてだ。 

 これだけでいいのだ。

 

「それよりも魅了だよ。身体に刻んでいる魅了封じの禁忌の術をちょっと開放してよ。ぼくを受け入れて……。それで旦那さんを助けられる。ぼくは、ご主人様のおかげで、能力が桁上がりしてるから、かなりの上級能力保持者だよ。旦那さんが、ぼくのしもべになれば、ぼくは旦那さんを多分治療できる」

 

「治療か……」

 

 助けてどうするのだと問いかけようとしたがやめた。おそらく、ピカロは純粋に、テータスを助けようとしてくれているのだろう。

 だが、テータスは、このまま死にたかった。

 いまなら、ピカロを手に入れたまま死ねる。

 跳躍してきた魔道片には細工をしてきたので、すぐには追ってはこれないだろうが、エルフ族たちは、あらゆる種族の中で、魔族に匹敵して、魔道をよく操る種族である。

 その女王もいるのだ。

 時間はかかるかもしれないけど、きっと追いかけてくる。

 

 そうすれば、ピカロは取り返される。

 できれば、その前に死にたいものだ。

 そもそも、禁忌である生命力代償の呪術を全身に刻んだ。残っているテータスの寿命は、二年というところだ。

 わずか二年の生を得るために、ピカロを手に入れたまま死ぬという幸福を手放すことは考えられない。

 まあ、どうせ、追いかけてきたロウたちがテータスを殺すことは間違いないだろうが……。

 

「お前のご主人様って、ロウ……だろう? ピカロの能力を……向上……させたのか?」

 

 だから、別のことを訊ねた。

 ロウが支配することで、魔族であるピカロたちの能力を向上させる?

 本当の話なのか?

 

「ご主人様は、淫魔師だからね。ぼくたちの支配者さ。当たり前だよ。ご主人様に支配された女は、全員が能力があがるのさ」

 

 ピカロがけらけらと笑った。

 だが、テータスはびっくりした。

 しかし、合点がいったことがある。

 実は、ロウのことを調べに調べて、疑問が残っていたのは、ロウに支配された気配さえある周囲の女たちのことだ。

 あれだけの女を周りに集めながら、嫉妬もさせず、全員から心より慕われている。今回のことだって、あのコゼが命を張って庇わなければ、確実にテータスはロウ殺しに成功していた。

 針がロウの心臓に届きさえすれば、ロウは即死だったのだ。エルフ女王がいたとしても、即死を回復させる治療術など存在しない。

 自分の命を顧みずに、ロウを助けようと考える女がいたことが、テータスの想定外だったのである。

 

 ただ、それについては、特殊な魅了を使うとか、あるいは、本当に男として、能力の高い異性を引きつけるなにかがあるとか、そんなこともあるのかもしれない。

 ただ、テータスが疑問に感じたのは、ロウに出会う前と、出会った後の女たちの能力の差だ。

 

 ちょっと調べただけでも、シャングリア、ベルズ、スクルズ、エリカといった女性たちは、ロウに会う前と、後では周囲に発揮する能力が違いすぎている。

 王都で処刑されたとされているスクルズは、さっきのベールで顔を隠していたスクルドと名乗っている女魔道遣いだろうが、特に、彼女が大陸一の魔道遣いと称されるようになったのは、ロウと懇意になって以降である。

 

 エリカだって、あれだけの美貌と魔道と剣技であれば、もっと早くから有名であってもいいのに、冒険者として名が出たのは、ロウとパーティを組んでからだ。

 シャングリアもそうだし、ベルズもそうだ。

 

 ほかにも、女豪商のマア──。

 あの老女も、ロウが女にしたという噂があるみたいだが、その時期からそんなに時間も経ってないのに、マア商会はあっという間に、十倍も二十倍も売り上げを伸ばして、いまや大陸で有数の大商会だ。もともと、有名な豪商だったというのはあるが、あまりにも業績が飛躍的に伸びすぎている。

 枚挙に暇がない。

 

 なにがあったのかと、誰だって勘ぐりたくなるくらいだ。

 なによりも、あのエルフ女兵たち──。

 彼女たちはすごすぎる。

 エルフ族が魔道で圧倒するのはわかるが、集団白兵戦で人間族の強靭な戦士を圧倒するなどあり得ることじゃない。エルフ族がもともとは狩猟民族で身体の強さが人間族よりも優れているとしてもだ。あの細い身体で、レオナルドの兵を次々に倒したということだったが、あまりにも常識外れの強さだ。

 

「そうか……。それがロウの秘密か……。あり得ないけど……本当なのだろうな……」

 

 女を支配して、能力を向上させる。

 すごい能力だ。

 テータスは思わず笑みをこぼした。

 すると、ピカロが笑った。

 

「あり得ないことなんてないよ……。そもそも、あんたらの……、いや、ぼくたちの神様も同じ能力じゃないか」

 

「神様?」

 

 同じ能力って?

 

「クロノスだよ。女神を支配し、女神を使って世界を治める。能力だって向上させた。ぼくたちのご主人様と一緒だよ」

 

 ピカロが微笑んだ。

 クロノスだと──?

 だが、言われてみれば、そうだ。伝承によれば、クロノスは女神を支配して妻にし、その女神妻たちに世界を治める力を与え、彼女たちを通じて世界を治めた。確かに伝承のとおりだ。

 

「……まあ、クロノスは、最後には女神に嫌われちゃうけどね。だけど、ぼくたちはご主人様を嫌わないよ……。さあ、それよりも、ぼくを受け入れて──。旦那さんの生命力は、もう尽きようとしている。時間がない──」

 

 ピカロがちょっと顔を曇らせた。

 だが、いま、聞き捨てならないことを口にしたような……?

 

「クロノス神が女神たちに嫌われたって……?」

 

「そうだよ。有名な……。あれっ、あ、そうか──。人族には、そっちの話は伝わってないのか」

 

 ピカロはあっけらかんとしている。

 

「ピ、ピカロ、教えろ……。なんのことだ。どんな伝承があるんだ……。どうして、女神たちは、クロノス神を嫌ったのだ……」

 

 そんな方法があるなら、テータスは知りたい。

 だったら、もしかしたら、ピカロの心を手に入れる方法があるかもしれないということではないのか……?

 ロウからピカロの心が離れるなら、本当にテータスは、ピカロを手に入れることができるのかも……。

 

「教えてあげるよ。だけど、ぼくのしもべになったらね」

 

 ピカロが悪戯っ子のように笑った。

 しかし、テータスは首を横に振った。

 

「……ピカロ……、俺は……このまま……死にたい……。お前を手に入れたまま……。まだ、お前は俺のものなんだろう……? だけど、もうすぐ、ロウたちが追ってくる……。そのときは、お前は俺から離れるのだろう……? だったら、このままで……」

 

「そ、そんなああ」

 

 すると、ピカロが心の底から驚いたような顔になり、その顔が蒼ざめた。そして、驚いたことに、いきなりぼろぼろと涙をこぼし始めたのだ。

 これには、テータスも驚愕した。

 

「そんなこと、言わないでよ。あんたが死んだら悲しいよ……。あんなに悲しい色の魂が、また悲しいまま死ぬなんて、可哀想だよ。せっかく、ぼくとたくさん愛し合って、ちょっとすてきな魂になったのにさあ……」

 

 ピカロが涙を流しながら言った。

 

「魂の色?」

 

 そんなものあるのかと思ったが、まあ、ピカロが言うのだからあるのだろう。

 悲しい色か……。

 だが、そんなことよりも、テータスはピカロの涙を見たくないと思った。セックスでいじめて泣かせるのは愉しいが、本物の涙は、いやなものだと感じだ。

 テータスは嘆息した。

 

「や、やめろ……。泣かないでくれ、ピカロ……。俺は……お前が……泣くのが……いやな……ようだ……」

 

「だったら、ぼくのしもべに……」

 

 ピカロがさらに涙をこぼす。

 テータスは、もう一度嘆息した。

 

「わかったよ……、ピカロ……。お前のしもべにしてくれ……。だから、泣かないでくれ……。お前の涙は……俺の願いが叶わないことよりも……嫌だな……」

 

 テータスは残っている左手を上に伸ばして、ピカロの眼から涙を拭った。

 

「旦那さんの願いって?」

 

「ピカロに愛されて死ぬことだ……」

 

「もう愛してるよ」

 

「そうか……」

 

 テータスは微笑んだ。

 身体に刻まれている魅了封じと魔道封じを解く。

 すると、それがピカロにわかったのだろう。ピカロから、なにかの術が入り込むのがはっきりとわかった。

 身体の中に不可思議な温かいものが入ってきたのだ。

 なにがが変化したという心地はないが、おそらく、テータスは魅了されたのだろう。

 ピカロの顔が一瞬、真顔に変わる。もうピカロの涙はとまっていた。

 

「受け入れてくれてありがとう、旦那さん……。いや、もう、しもべだね」

 

 すると、ピカロがにやりと微笑んだ。

 テータスは、その笑みがなぜか、肉食獣が獲物を前にしたときの表情に感じてしまって、ちょっとぞっとしてしまった。



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705 しもべちゃんと旦那さん

「受け入れてくれてありがとう、旦那さん……。いや、もう、しもべだね」

 

 ピカロが心から嬉しそうに笑った。

 しもべか……。

 テータスは、自分が苦笑するのがわかった。

 

 だが、しもべでもいい……。

 それも思った。

 テータスが求めるものは、ただひとつだ……。それさえ、あればいい……。

 

「ピカロは……、自分のしもべを……愛してくれるのか……?」

 

「もう愛しているよ。たくさん愛したじゃないか。これからも愛するところさ……。さあ、しもべちゃん、淫気封じの貞操帯と魔道封じの鎖や枷を外してよ。これがあったら、愛することはできない……。命令だよ……」

 

 ピカロの言葉が終わるや否や、テータスは、ピカロの身体に装着している鎖と枷と貞操帯の鍵を解錠していた。

 これらについては普通の鍵などなく、テータスの魔道でなければ解錠できなくしていた。

 それはともかく、テータスは、考えるよりも早くピカロの言葉に従ってしまった自分自身にびっくりしていた。

 これがサキュバスに支配されるということなのかと思った。

 

「驚いたな……。これが支配されるということか……」

 

「そういうことだね。ねえ、命令したら、縄も外せる?」

 

 ピカロは枷が開いた足首から蹴るようにして、足枷を蹴り投げた。鎖も身体を振って外してしまう。

 だが、ピカロの上体にはまだ、後手に縄で緊縛をしている。これは魔道ではなく、しっかりと結び止めをしているのだ。

 だから、これは手で解かなければならない。あるいは、引き千切るか、切断するかだ。

 しかし、普通の縄ならサキュバスであれば、引きち千切ることも可能かもしれないが、これにもまた、魔族の力を弱める金属の砕片が縄目に編み込んである。ピカロには力が入らないのだろう。

 

「む、無理だな……。細かい……指の動きは……もう、できない……。しかし、貞操帯を引っ張ることくらいならできるぞ。俺に近づいてくれ……」

 

 貞操帯は解錠はしているので腰周りの部分は完全に緩んでいるが、ディルドが前と後ろに挿入されているので、落ちずに股間に残っている。

 

「ふふふ、それは自分でできるよ、旦那さん」

 

「ははは、旦那さんに戻ったか?」

 

「旦那さんでも、しもべでもいいじゃないか」

 

「そうだな……。さあ、こっちに……。俺がしたいんだ……」

 

 テータスは、左手を上に伸ばす。

 ピカロが、仰向けになっているテータスの身体に跨がるようにしてくる。テータスは、貞操帯に縁に指をかけて、なんとかディルドを引っ張り抜く。

 

「あうんっ」

 

 昨日の深夜から、もう何ノスもピカロの股間を貫いていたディルドだ。

 テータスが引き抜くとともに、おびただしい愛液が噴き出てきた。いまのテータスには全力を使わなければ、貞操帯を抜くことができなかったが、頑張って身体の横に投げ捨てる。その貞操帯のディルドも、貞操帯の内側の革もすっかりとぬるぬるで、ピカロの体臭のいい香りが周囲を圧倒するくらいに拡がった。

 

「こりゃあ、とてつもなくびっしょりだな……、ピカロ……。淫乱すぎるぜ……」

 

 テータスは笑った。

 

「当たり前だよ。淫乱じゃないサキュバスなんて、サキュバスじゃないさ」

 

「それもそうか……」

 

 テータスは手をおろした。

 すでに、かなりの血が抜けている。

 頭は朦朧とするし、意識を保つのもやっとだ。

 しかし、テータスは、なんとかピカロと愛し合う行為を最期の記憶にしたいと気力を振り絞る。

 ピカロがちょっと身体をずらして、緊縛されている上半身を倒し、テータスのズボンの前側の留め具を口で咥えた。

 すると、ピカロは口だけでズボンをうまくずらして前を外し、さらに下着を咥えおろして、テータスから男根を外に取り出した。

 

「き、器用だな……」

 

「しもべちゃんは、寝てていいよ。全部、ぼくがやってあげるからね」

 

 ピカロが顔をテータスの股間に埋めた。

 勃起していない男根をピカロが舐め始める。

 

「おっ、おおっ」

 

 すごい……。

 性器全体が溶かされるのかと思うほどに気持ちがいい。びっくりすることに、この瀕死の状態にも関わらず、あっという間に勃起したのがわかった。

 しばらくのあいだ、ピカロは一心不乱にテータスの一物を舐め回してきた。

 腰が痺れるような快感が波のように次々に襲う。

 甘い感覚が腰を包む。

 

「おおっ、いく……。いきそうだ……」

 

 テータスは音をあげてしまった。

 込みあがる……。

 テータスはぶるりと身体を震わせた。

 

「ふふふ、まだだよ、ぼくのしもべちゃん……。まだだからね……」

 

 しかし、まさに射精の一歩手前のところで、ピカロがテータスから口を離した。

 また、しもべに戻ったのだなと思って、ちょっとおかしくなった。

 ピカロは身体をずらして、勃起しているテータスの股間に自分の股間を重なるようにしてくる。

 そのまま膝を左右に開いて腰を沈め、テータスの股間に跨がってきた。

 騎乗位という体位だ。

 ピカロが自分の秘裂でテータスの怒張を包んでしまった。そして、ピカロが腰を捻り動かし始める。

 

「ああっ、あっ、き、気持ちいい──。だ、旦那さん、気持ちいいよお」

 

 硬く勃起しているテータスの男根は、完全にピカロの中に挿入されている。そのピカロが腰を淫らに振って、テータスに刺激を送り込んでくる。

 ピカロの体内はぬるぬるで心地よく、膣全体が蠕動運動をするように動いて、とてつもなく気持ちがいい。

 

「あああっ、旦那さん、いいよおお。ぼく、気持ちいい。おいしい淫気──。ぐっときちゃううう」

 

「おおっ」

 

 テータスもたまらず喘いだが、ピカロはそれよりも早く、感極まったように甲高い声をあげると、天を仰ぐように全身を突っ張らせた。

 

 そして、さらにピカロの腰の動きが激しくなる。

 今度は、先にテータスが声をあげた。

 

「おおっ、ピカロおおお、愛している──。愛している、おっ、おっ、おっ」

 

「ぼくもだよおお──。旦那さん、愛してるよおお──。あああっ、いぐううっ、旦那さん、いくううっ、もう、いっちゃううう──。いくよおお、ぼくうう」

 

 ピカロが男根を股間で咥えたまま激しく腰を振って、大きく喘ぐ。

 そのピカロの興奮が、テータスの身体を熱くする。

 テータスの全身は、堪らないほど熱くなった。

 

 さらに、ピカロが腰を振る。

 テータスの男根が膣肉でぎゅっと搾られる。

 一気に快感がやってきた。

 身体がばらばらになるかと思うほどの強烈な快楽の大波だ。

 

「おおおっ」

 

 テータスは射精してしまった。

 

「ふわああああ、ああああ」

 

 一方でピカロもまた、テータスに合わせるように果てた。

 緊縛された身体を揺らして、がくがくと身体を震わせている。

 

 しばらく、お互いに脱力し合った。

 やがて、ピカロが先に身体を起こす。

 一方で、テータスの一物は、いまだにピカロの中に入ったままだったが、その股間はずっと勃起したままである。

 

「ふふふ、さすがは、ぼくのしもべちゃんだね……。人間族にしては絶倫だよ……。それに、セックスの相性も、結構抜群だよねえ。とにかく、濃い淫気をありがとう……。ところで、力が戻ったよ。これで、なんとか縄を千切れそうだね……」

 

 その言葉が終わるとともに、ピカロの身体から縄がばらばらに千切れて落ちた。これには驚いた。

 魔族の筋力を脱力させる特殊な金属が編み込んでいるのである。それが切れたということは、その魔族殺しを上回る魔力をピカロが込めることができたということだ。

 相当の魔力が必要なはずなのだ。

 

「これは、抜くよ……」

 

 ピカロが手を伸ばして、ずっとテータスに刺さったままだった、脚と横腹の矢を無造作に抜く。

 まったく痛くない。

 それどころか、内臓まで傷ついていると思った腹の矢傷は、まるでそんなもの存在しなかったかのように、なにも感じない。

 

「まだ、動けないかい、旦那さん?」

 

 ピカロがテータスの血だらけの裸体を撫でるようにしてきた。

 それで気がついたが、いつの間にか傷が塞がっている。血もとまっていた。失いそうだったはずの意識も、いまははっきりとしている。それどころか、全身を染めていた血糊や血飛沫も消えていた。

 これには驚いた。

 

「こ、これは……?」

 

 自分の両手をあげて、視線を向ける。

 右肘から先はないものの、いつの間にか肉が盛りあがった感じになって切断部が塞がっている。

 左手は動く。

 指もだ。

 まったく問題ない。

 

「旦那さんは、ぼくのしもべにしたからね……。ぼくがもっと能力が高ければ、腕だって元に戻せたかもしれないけど、これで我慢してよね。その代わり、ぼくがなんでもしてあげるよ。旦那さんは、ただ寝ていればいいのさ。愛し合うときには、ぼくが動いてあげるから」

 

 ピカロが笑った。

 テータスは、上体を起こした。

 

「おっ、あんっ、動いちゃ感じちゃうよ」

 

 ピカロが愉しそうに笑って悶える。テータスの怒張はピカロの膣の中だ。動くと擦れて感じるみたいだ。

 ピカロを片手で抱き寄せて口づけをする。

 いつものように、ピカロはこんなにも醜いテータスの顔を嫌がらない。それどころか、しっかりと目を見開いて、舌を絡めてくる。

 しばらくのあいだ、テータスとピカロは、お互いの唾液と舌をむさぼり続けた。

 

「ああ、気持ちいいねえ、旦那さん。まだまだ、愛し合えるよねえ?」

 

 口を離すと、ピカロが笑った。

 テータスは大きく頷いた。

 

「そうだな……。だが、時間切れのようだ。おりてくれるか?」

 

 ピカロが怪訝な顔になったが、テータスの言葉に従い、テータスから離れる。テータスは片手で下着とズボンを引きあげた。

 次の瞬間、目の前の空間が揺れて、複数の人間たちが宙から生まれるように現れた。

 

 まず視界に入ったのは、剣を抜いているエリカとシャングリアだ。その後ろに、短銃を構えたロウがいる。

 さらに後ろに、顔をベールで隠している女魔道遣い──スクルド──。

 全員が険しい表情でテータスを睨んでいる。

 すごい殺気だ。

 

 さらに、周囲でも空間の揺れ──。

 ブルイネンという女隊長とともに、数名単位でエルフ女兵たちがテータスたちの背後に出現してきた。

 三名ずつ三組──。

 ブルイネンを含めて十名だ。

 最後に、チャルタも現れた。チャルタは黒いマントに身を包んでいる。すでに拘束は解かれたようだ。貞操帯を外しているかどうかはわからないが、おそらく、外しているのだろう。

 チャルタからは、魔道のようなものをちゃんと感じる。

 つまりは、テータスは、ロウをはじめとして、ロウの仲間の女たち、さらに、サキュバスのチャルタ、そして、十人の親衛隊に囲まれたということだ。

 あの場に、親衛隊は全部で十五人だったはずなので、残りの五名の親衛隊は残してきたのだろう。

 コゼもいない。

 女王と、その女王と一緒にいた“長老”とサーマクが呼んでいた女エルフも姿は見えない。

 

「さて、思ったよりも元気そうだし、血もとまっているのは驚きだけど、抵抗しないと決めたなら、楽に死なせてやる。ただ、ピカロを返さず、さらに暴れるなら、せいぜい、苦しんで死んでもらう。俺はどっちでもいいけどね」

 

 ロウが短銃をテータスの眉間に真っ直ぐに向けながら言った。

 なかなかの面構えだ。

 しっかりとした殺気を充満させて、テータスに銃を向けている。

 改めて、これほどの男だったのだなと思った。

 

「だったら、一発で仕留めな、英雄。すでに肉体強化の術は解いてるぜ。今度はちゃんと頭の中心まで、その銃弾を受けとめてやるよ──。それと、ピカロは返さねえ。こいつは、俺の女にした。返して欲しければ、俺を殺すんだな」

 

 テータスは言った。

 

「俺の女だと──?」

 

 ロウが銃を向けたまま、不快そうな顔をした。

 自分の女を奪われたり、手を出されたりするのを、このロウは異常に嫌う。情報のとおりだと思った。

 

「ご主人様、術を解除しているのは、本当のようです……。さっきの戦いのときに、その男から出ていた禍々しい魔力が消滅しています」

 

 ロウに向かってささやいたのは、スクルドだ。

 

「ピカロ、そこから離れなさい……」

 

 エリカがこっちに剣を構えたまま言った。

 

「うわああ、待って、待って、待って──。待ってよ、ご主人様──。この人を殺さないでよ──。ぼくのしもべちゃんなんだ。もう支配した──。支配したんだよ──。もう、問題ないんだから──。殺さないでよおお」

 

 そのとき、ピカロが血相を変えた感じで、素裸のまま両手を広げて、テータスとロウたちのあいだに立ちはだかった。

 

「しもべ……? んん? なるほど、それで、そのテータスこと、アダム=ビアスは回復しているのか? 確かに、ピカロの支配が完了しているな……」

 

 ロウがちょっとだけ、テータスに睨むような視線を向けてから、ちょっと意外そうな表情になってから言った。

 やっぱり、鑑定術のようなものを使うのだと確信した。

 そもそも、アダム=ビアスなどという本名のことを、誰も知るわけがないのだ。

 

「アダム=ビアス? あんた、そんな名前だったの?」

 

 ピカロが顔だけ振り返らせて、きょとんとした顔を向ける。

 

「いいや。俺はテータスだ。そんな名の男はいねえよ。生まれついてのこの顔だからな。俺の親は、俺のことはいないものだとして扱って、一切の記録を残してない。だから、俺はテータスだ。つまり、骸骨だ」

 

 テータスは、ロウの顔を真っ直ぐに見て言った。

 そして、自分の眉間に指をさす。

 

「いいか、英雄。ここだ。ここ──。しっかりと狙いな。さもないと、俺は何度でも、あんたを狙う。殺し屋の矜持にかけてな」

 

 テータスは笑った。

 もう、すっかりと満足だ。

 ロウがここにやってきたとき、ピカロはすぐにロウのところに向かい、テータスに嘲笑と侮蔑の視線を向けるかもしれないと思っていた。

 心の底から信じていたつもりだったが、どこかでそう思い込んでいた。

 しかし、いま、ピカロは、ロウの前に手を広げて、テータスを庇おうとしてくれている。

 これで十分だった。

 生まれてきたことをずっと呪ってきたが、いまこそ、言える──。

 

 生まれてきてよかった──と。

 

「ピカロ、とにかく離れなさい。邪魔よ──」

 

 エリカがもう一度言った。

 だが、ピカロがいようがいるまいが、ロウがひと言、声をかけさせすれば、周囲の女たちは一斉に、テータスを攻撃するだろう。

 背後のエルフ族の女兵たちの数名は弓矢を向けている。

 その弓の方向を考慮すると、あれはテータスに致命傷を向けるためでなく、身体を地面に縫いつけるために矢を狙っていそうだ。

 そのときは、せいぜい苦しめられてから死ぬことになるのだろう。

 まあ、どっちでもいいが……。

 

「待って、本当に待ってたらああ──。ねえ、ご主人様──。二年──。いや、この人、弱ってるから、二年ももうもたない。多分、一年か、一年半──。この人は、もうそれだけしか生きていけないんだ。生命力代償の呪術は、どんな魔道でも逆転できないから……。だから、ぼく、そのあいだだけ、このしもべちゃんと一緒にいるよ。ねえ、いいでしょう、ご主人様?」

 

 すると、ピカロが叫んだ。

 テータスは仰天してしまった。

 

「こいつと一緒に行く?」

 

 ロウだ。

 信じられないという顔をしている。

 テータスにだって、信じられない。

 ピカロはなにを言っているのだ──?

 

「だって、たった二年足らずじゃない。ご主人様のところには、また来るよ。だけど、いまは、このしもべちゃんのそばにいてやりたいと思う。だって、可哀想だし……」

 

 ピカロが言った。

 

「はあ、なに言ってんだよ、ピカロ──。あんた、もしかして、この化け物のような人間族に絆されたの?」

 

 チャルタが声をあげた。

 次の瞬間、ピカロの手から、人の顔ほどの球体が出現して、ものすごい勢いでチャルタに向かって飛んでいった。



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706 クロノスの選択

「だって、たった二年足らずじゃない。ご主人様のところには、また来るよ。だけど、いまは、このしもべのそばにいてやりたいと思う。だって、可哀想だし……」

 

 ピカロが言った。

 一郎は仰天した。

 すでに一郎の眷属であるはずのピカロが、一郎から離れて、この知らない男について行くと言ったのか?

 全く信じられない。

 周囲の女たちも、ちょっと驚いている。

 

「はあ、なに言ってんのよ、ピカロ──。あんた、もしかして、この化け物のような人間族に絆されたの?」

 

 そのとき、チャルタが声をあげた。

 すると、明らかにむっとしているピカロの手から、人の顔ほどの球体が出現して、ものすごい勢いでチャルタに向かって飛んできた。

 

「ロウ様──」

 

 エリカが叫んで、ロウの前に立つ。

 球体がチャルタの直前で弾けて、水しぶきが散らばる。とっさに魔道壁を出現して球体が身体にぶつかるのを避けたのは、チャルタ自身の魔道のようだ。

 一方で、ピカロが飛ばしたのは、単なる水の塊だったみたいだ。

 チャルタに、けがをさせるようなものではない。

 

「うわっ、なにすんだよ、ピカロ──」

 

 チャルタが叫ぶ。

 

「うるさい──。この人を化け物って、言うな──。誰かがそれをこの人に口にするたびに、この人は傷ついている。傷ついていない素振りをしながらも、この人の心は血を流している。そんなことを言うんじゃない──」

 

 ピカロが怒鳴り返した。

 

「待ちなさい、ピカロ──。あんた、ロウ様と別れて、この人と一緒に行くと言っているの? 本当にそう言ってんの?」

 

 エリカだ。

 心の底からびっくりしている。

 すると、突然に、ピカロがけらけらと笑い出した。

 

「まさかああ──。そんなことあるわけないよ。眷属というのは、主人とは離れられないのさ。魂が結びつくからね。だけど、この人って、可哀想なんだよ。それに、ばかでさあ……。ご主人様を仕留めるために、やめろってとめたのに、生命力を代償にした呪術の紋様を肉体に刻みまくってさあ……。もう何年も寿命が残ってないんだよ。だから、すぐに死んじゃうんだ……。だから、ちょっとだけ、一緒にいてあげようかなあって……」

 

 ピカロはあっけらかんと言った。

 一郎は苦笑した。

 まるで、ちょっと数日間、遊びに行ってくるというような口調だ。

 実際に、そんな気持ちなのだろう。

 魔族の寿命は長い。

 このピカロも、おそらく、もう百年近くは生きているみたいだ。魔族は、魔力が強いほど長生きするらしいので、一郎に支配されることで魔力があがった彼女たちの寿命が尽きるのは、まだまだ数百年の先なのかもしれない。

 とにかく、時間に関する感覚は、人間族たちとはまるで異なるに違いない。

 

 それに、テータスの寿命がほとんど残っていないというのは本当だろう。

 ステータスを改めて読むと、生命力が著しく低下している。テータスは上半身が裸だが、その肌にはさっきの戦闘でついた傷跡が走っているとともに、赤黒い入れ墨のような模様が無数についている。一郎は、前世の世界の“タトゥ”を連想したが、あれがピカロがいま主張した呪術の紋様なのだろう。一郎の読むステータスには“生命力代償の呪術”とたくさん表現されている。

 そして、片腕を失って、テータスの攻撃力も完全に低下している。

 もう危険はないかもしれない。

 

 まあ、仕方ないか……。

 

 魔族というのは、本能的な種族だという。

 感情に素直で友誼や愛情を大切にする。理性よりも勘や感情に頼るのだ。ピカロは、感情でこのテータスとやらを選んだのだろう。

 しかし、自分がふられたような気持ちなのは、少しだけ悔しくもあるが……。

 一郎は溜息をついた。

 だが、一郎には、確認しておかなければならないことがあった。

 

「テータス……。お前がコゼをあの針金の鉄線で刺したとき、一瞬で死に至るほどの猛毒を塗っていると思った。だが、俺がコゼを助けようとしたときには、すでにほとんどの毒が抜けていた。あれは、お前がやったのか?」

 

 一郎はテータスに銃を向けたまま言った。

 

「……コゼを狙ったわけじゃない。狙ったのはあんただ……。だから、とっさに毒を逆流させて抜いた……。あの女はどうなった?」

 

「問題ない。ただ一応は安静にさせてきた」

 

「そうか……」

 

 テータスは明らかにほっとした表情になった。

 殺し屋だが、本当は心の優しい男なのかもしれない。だからこそ、ピカロが慕ってしまったのだろう……。

 

「つまりは、やっぱり、あれは毒針だったんだな。もしも、俺に刺さっていたら、俺は死んでいたか?」

 

「間違いなくな。俺の失敗は、お前を命を捨てて庇う女がいるということを計算にいれなかったことだ。多分、あのコゼは、あれが毒針であることに気がついたのだと思うぞ。そんな必死の顔だった」

 

「コゼもそんなこと言ってたよ。俺が死ななかったことを喜んでいた……」

 

「俺が言うことじゃないが、大切にしてやれ。自分の命を犠牲にして、男を庇う女がいるなんて、羨ましいことだぜ」

 

「お前にもいるだろう。ピカロは命を捨てて、お前を守っているぞ。本当なら、眷属のくせに、俺を殺そうとした相手を庇うなんて、うんとお仕置きしてもいいくらいだ」

 

 一郎は笑った。

 

「ロウ?」

 

 テータスは怪訝な顔になった。

 だが、それにしても酷い顔だ。

 これが生まれついてのものだとしたら、苦労もしたに違いない。

 可哀想な魂の色か……。

 一郎にはわからないが、ピカロはこいつから、そういうことを感じとったのだろう。

 同情もまた、愛情か……。

 

「……とにかく、だったら、お前を自由にしても、俺の女を狙うことはないな」

 

 一郎は銃を亜空間に収納して消した。

 

「お、おい」

 

 テータスは困惑の表情を浮かべた。

 おそらく、一郎が殺気を消したのを感じたのだろう。

 

「ロウ……?」

 

「ロウ様?」

 

 シャングリアとエリカだ。

 背中越しだが、一郎が銃をしまったのを気配で悟ったみたいだ。かすかに後ろに視線をやってきた。

 

「よいのですか?」

 

 一郎の後ろに立っているスクルドが言った。

 

「仕方ないだろう。ピカロはこいつと行きたいそうだ」

 

 一郎は亜空間から身体を隠すマントを取り出して、ピカロに放った。

 

「わおっ、ご主人様、感謝するよ」

 

 ピカロがマントで裸体を隠しながら破顔した。

 

「いつでも戻ってこい。別にお前を開放するわけじゃない。お前は俺の眷属だ。俺が死ぬまで永遠にな」

 

「ありがとう、ご主人様」

 

 ピカロが満面の笑みを浮かべた。

 

「待ってください、ロウ様。こいつは、ロウ様を殺そうとした暗殺者です。許せません。それに、やっぱり危険です。あの殺人の能力は超一流です」

 

 そのとき、エリカが口を挟んできた。

 

「いや、いや、いや、問題ないよ──。この人はもう大丈夫なんだ──。ぼくが保障する。誰も傷つけさせない。ご主人様もみんなもね。ぼくのしもべちゃんだ。絶対にそんなことをさせないったら。命令が効いている。この人もぼくを受け入れた。完全に支配してるったら」

 

 ピカロだ。

 その必死の口調が面白い。

 

「おい、どういうつもりだ? まさか、俺を許そうというんじゃないだろうな? 俺はお前を殺そうとした暗殺者だぞ──」

 

 テータスが声をあげた。

 その表情には、完全な困惑がある。

 

「ピカロに感謝しろ。それと、ピカロはサキュバスだ。こいつらにとっては、人族とのセックスは食事と一緒だ。だから、浮気じゃないぞ。お前は嫉妬深そうだが、大丈夫か? まあ、嫉妬深いのは俺も一緒だが」

 

 一郎は声をあげて笑った。

 すると、テータスが唖然とした顔になった。

 

「だけど、ご主人様は、嫉妬深くて狂人のクロノスとは違うよ。ぼくを行かせてくれたからね。ありがとう」

 

 ピカロが言った。

 

「クロノスって?」

 

 エリカが剣を鞘に収めながら訊ねた。

 

「昔々の話だよ。クロノスと女神たちの神話の話さ。人族と魔族とでは伝わっているものが違うけど、獣人の女神のモズを追放したことに怒ったへラティスたちが、森を出ようとしたとき、クロノスはそれに腹を立てて、女神たちを監禁して徹底的に折檻したのさ。それが女神たちがクロノスを見限るきっかけになったということだよ。だけど、ぼくのご主人様は、やっぱり大物だ。度量がある」

 

 ピカロが言った。

 どうやら、この世界の神話のことらしい。クロノスが嫉妬深くて、女神を監禁した?

 面白そうな話だが、まあ、いまはいいか。

 

「そんなのじゃないさ。数年で戻るというから行かせてやるだけだ。ずっといなくなるというなら、行かせない。お前を監禁して、セックス漬けにして、どこにもいけなくしてやった」

 

「わおっ、それも悪くないね。だけど、いまは、この人でいいや。ご主人様にはかなわないけど、このしもべちゃんも絶倫なんだ。淫気も豊富でおいしいし」

 

 ピカロが笑った。

 

「ね、ねえ、本当に行くの、ピカロ? 本当に?」

 

 チャルタが驚いた口調で言った。

 

「しばらく、このしもべちゃんと遊んでくるよ。じゃあね、チャルタ」

 

 ピカロがあっけらかんと言った。

 

「お、おい、答えろ。どうしてなんだ? どうしてだ? なぜ、俺を始末しない。なんでだ。どうして、俺に優しくするんだ──。なんでだ──」

 

 そのとき、テータスが叫んだ。

 

「お前に優しくした覚えはない。ただ、ピカロが頼むから許しただけだ。残っている人生、ピカロを大切にしろ……。スクルド、ブルイネン、みんな、撤収だ」

 

 一郎は女たちに声をかけた。

 

「わかりました……。攻撃態勢を解除──。撤収──」

 

 ブルイネンが親衛隊たちに命令を発した。

 

 

 *

 

 

「死ぬだと? 人間族の短命な命になんの価値がある。くだらぬことを唱えるよりも、もっとましなことを口にするがいい」

 

 ケイラ=ハイエルこと、享ちゃんだ。

 辺境候軍との和睦を話し合う会同である。

 時刻は正午を少し過ぎたところであり、場所は夕べと同じである。相手側は六領主と称するマルエダ家、ワイズ家などの当主だ。昨日と異なるのは、夕べはいなかったクレオンの弟のヨーク家の当主がいることだろう。

 一郎たちも、ほぼ参加者は一緒だが、こちら側の席の代表のようなかたちで、享ちゃんが一郎の横に座っている。

 また、軍営に到着したアーネスト将軍もいる。

 ただ、アーネストは、特段に発言するつもりもないようであり、にこにこと微笑みながら、優雅そうに紅茶を飲んでいるだけだ。いまも、二杯目を所望していた。

 

 とにかく、ずっと主導的に喋っているのは、享ちゃんだ。

 そして、いまも、昨日のレオナルドの兇行に引き続き、サキュバスたちの引き渡しの場面で、今日も再び、一郎とガドを危難に陥らせた責任をとって、クレオンが自分の命をもってあがなうと発言したことで、激怒して声をあげたということだ。

 

 まあ、享ちゃんには、夕べの会同の結論については話している。

 ワイズ家のリィナが辺境候軍の総帥の地位を継ぐことになり、今後は彼女を優遇することで、リィナがこの一帯を完全に支配できるように押し立てたいと説明した。

 もちろん、リィナが一郎の女になったことも言っている。

 

 享ちゃんは喜んでくれ、リィナが辺境候域一帯を牛耳ることが、一郎が間接的にこの地域を抑えることになるなら、喜んで協力すると約束した。

 だから、いまは、徹底的にマルエダ家を会同で叩くつもりなのだろう。

 一郎としては、アネルザの実家でもあるし、できれば、お手柔らかにしてやって欲しいという気持ちなのだが……。

 

「し、しかし、それでは……」

 

 自分の自裁で度重なることになった失態をあがなおうとしたことを一蹴されて、クレオンはすっかりと汗をかいてしまっている。

 一郎は肩をすくめた。

 

「夕べの会合での結論に変更の気持ちはありません。クレオン殿は爵位をシモン殿に譲渡。リィナの相談役ということで、彼女を支えてやってください」

 

 一郎は口を挟んだ。

 

「おお、心優しい英雄公に感謝するがいい、人間──。そして、リィナとやら、しっかりと、こいつを監督せよ。エルフ王家は、そこにいるリィナが今後の監督をするという条件で和議に応じよう。人間族の支払えるはした金の賠償金もいらん。ただし、要求はさっきの説明のとおりだ」

 

「英雄公の要求があれば、軍事力の提供をする……、ということですね。辺境侯軍と英雄公との誓約として、これを結ぶということと……」

 

 リィナだ。

 

「おう、そうじゃ。その条件を飲むなら、この一帯へのクリスタル石の割り当ての増加と価格の引き下げをしよう。ただし、約束を(たが)えれば、ただちにクリスタル石の流通を停止する。内容は、正規の誓約として世間にも好評もする。これで、どうだ?」

 

「わ、わたしどもに異議はありません。感謝します」

 

 リィナが半分戸惑った感じで言った。

 さっきの内容については、実は、この会同に先立つ事前の顔合わせのときに、リィナも承知していることだ。

 いまは、そのときに話し合ったことをほかの領主たちを前にするこの会同の場で正式に決めようとしているだけである。

 つまりは、この会同は「出来レース」でしかない。

 

 ただ、リィナが困惑している態度なのは、さっきの仲間内での面談のときには、享ちゃんはいつもの一郎に甘えた感じの優しい感じだったのに、いま目の前のケイラ=ハイエルというエルフ族の女長老としては、あまりにも強い態度なので、そのギャップに驚いているのだ。

 

 いずれにしても、辺境候軍が一郎個人への将来の軍事協力を約束し、これに対して、クリスタル石の流通という枷を嵌める──。

 これが今回の落としどころだ。

 

 いますぐに軍事行動を約束するものではないので、辺境候側も特段の出費があるわけじゃない。

 それで、クリスタル石の割り当て増加と価格の低下をしてもらえる。当面的には、辺境候軍側には損はない。

 ただし、今後のことを考えれば、大きな問題も孕んでいる。

 

 一郎は一国の代表でもなんでもなく、ただのエルフ族の客人のようなものだ。ハロンドール王家についても、現時点でなにかの立場を持っているわけじゃない。ただの一代子爵だ。

 その一郎と、辺境候軍というハロンドール貴族集団が対等に条約のようなものを結び、しかも、要求による軍事行動を約束にするというのは、この辺境候域の六当主が一郎を相手に封建するようなものだ。

 常識であれば、ハロンドール王家としては認めるわけもない。

 反逆にも等しい。

 

 しかし、一郎と享ちゃんとリィナは、話し合いにより、それで押し切ることにした。

 だからこその、クリスタル石の優遇措置だ。

 あらゆる魔道具の動力でもあり、いまの人間族社会に不可欠のクリスタル石は、どの地域にとっても、社会を成り立たせるための重要な資源である。

 これが安く手に入るようになるのだから、ほかの当主たちも、今回の話し合いの結果を受け入れたくなるだろう。

 それだけ、クリスタル石の流通の優遇というのは、恩恵が大きいのだ。

 

 もっとも、実はこれも罠だ。

 これから、この辺境候域に入るクリスタル石は、リィナに支配させる商会を通じてしか取引させないことも、これから決めることになっている。

 つまりは、この一帯の六大当主をはじめとする周辺諸侯は、クリスタル石の流通という首輪をリィナにかけられてしまうということだ。

 また、そのリィナの商会も、マア商会の進出により、その傘下に入れてしまう。

 これで、リィナの首輪も、一郎が握ってしまうということだ。

 マアの了承はまだ受けていないが、一郎の頼みをマアが拒否するとも思えない。

 まあ、リィナについては、すでに一郎が淫魔術で支配している。そんな首輪がなくても、リィナは一郎を裏切れないことには変わりはないが……。

 

「おう、では、そのような方向で進めるか。では、細かいことは事務方の話し合いに任せるとしよう……。では、そのように決まりました。女王陛下、よろしいでしょうか?」

 

 享ちゃんがガドに視線を向ける。

 ガドは、事前に「大義である」「承知した」「それはどうであろう」の三言以外は喋るなと、享ちゃんに散々に念を押さえれている。

 いずれにしても、ガドはにこにこだ。

 享ちゃんが水晶宮に緊急通信の魔道でラザを説得して、当面はもう少しガドが一郎と行動を共にすることを承知させたからだ。

 

 それはともかく、一郎は淫魔術で、ガドのクリトリスに刺激を送る。

 乳首への刺激が、一番目の「大義である」──。

 クリトリスは、「承知した」──。

 膣そのものへの刺激は、「それはどうであろう」──。

 それぞれ、その合図ということになっている。

 

「ひんっ、しょ、承知した──」

 

 ガドが一瞬びくりとしたが、すぐに表情を取り繕って、女王らしい威厳ある態度になって、そう応じた。

 一郎は思わずにんまりとした。

 

「では、女王も仰せだ。これをもって、手打ちとしよう」

 

 享ちゃんが高らかに宣言し、向こうの領主側がほっとしたように拍手をした。

 一郎はすかさず、ガドの乳首に弱い電撃を送る。

 

「くっ、た、大義である」

 

 ガドが叫んだ。

 拍手が大きくなる。

 これ、面白いな……。

 一郎は愉しくなってきた。

 

 いずれにしても、この会議が終われば出発だ。

 とりあえずは、一郎たちが出立して、まずはモーリア領に戻る。長距離移動のゲートは、一日経たないと再利用できるようにならないので、アーネストたち魔道師団は、それを待ってということになる。

 享ちゃんは、逐次に集まるであろう情報を一郎に伝えるために、一郎たちと同行することになった。

 

 また、南部域やイザベラたちについての情報集めは、水晶宮にも連絡して、アルオウィンの組織や、ノルズにも連絡をした。新しい情報があれば、すべて、享ちゃんの持っている組織に集約されることになっている。

 その情報によって行動も変えるが、基本的には、一郎は親衛隊だけを連れて、イザベラに早く合流したいと思っている。

 妊婦のイザベラを戦場に送るなど、どういう思惑や経緯なのかはわからないが……。

 

 そして、魔道師団はその後追いだ。

 一郎たちは、モーリア領から先も、今度はスクルドが事前に作っていたハロンドール国内の中央街道を呼ばれる経路沿いに建設したゲートを利用できるが、アーネストたち魔道師団はこれは使用できない。

 ナタルの森内にあるゲートとは異なり、スクルドが建設したのは、大人数の跳躍には対応していないのだ。

 

 だから、一郎たちは移動術の跳躍で進むが、アーネストたちはそこから進むにしても、「縮地」と呼ばれる魔道でということになる。

 通常の手段で移動するよりは遙かに速いが、移動術による瞬間跳躍に比べればずっと遅い。

 また、五百人の隊ということになれば、改めて補給路も確保する必要があり、それはモーリア家が援助してくれる手筈になりそうだが、それでもアーネストたちの出発が可能になるのは、数日はかかる見込みだ。

 

「あん、ご主人様……」

 

 やっと会同が終わったことで、ガドが甘えた声を出して、一郎にすり寄る仕草をしてきた。

 

「まだ、終わってないわよ、ガド――」

 

 すかさず、後ろに立っていたエリカがガドに声をかけてきた。

 

「相変わらずねえ……」

 

 エリカたちとともに、一郎の背後に立っているコゼだ。無理をするなと言ったが、一郎の護衛は譲れないと、ここについてきた。すっかりと快復して、いまは緊張を解いたガドに笑っている。

 

「全くだ」

 

 コゼの横のシャングリアも笑ってる。

 一郎は、ガドのアナルに今度は一郎の男根を抽送するよう刺激を送る。

 これは、喋るのをやめて、姿勢を真っ直ぐにしろという合図になっている。

 

「おっ──」

 

 ガドが瞬時に背筋を伸ばした。

 一郎は吹き出しそうになった。

 

 

 

 

(第11話『辺境候軍の暗殺者』終わり)





 *

 次話からは、一度、一郎たちの視点を離れて、ドピィの状況について語る予定です。よろしくお願いします。


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 第12話  怒りの道化師【南域】
707 道化師と侯爵夫人



 南域のクロイツ侯爵領を占領中のドピィ率いる道化師(ピエロ)軍の視点となります。

 *




「侯爵夫人、前に出ろ」

 

 朝議と称している賊徒幹部との話し合いの場から、部屋に戻ってきたルーベンが酷薄な口調で言った。

 シャロンは、この部屋の真ん中に作られている大型の檻の中にいたが、微睡(まどろ)みから目を覚まして、のそのそと身体を起こした。

 そして、縮こませていた裸体を起こし、小さな檻を四つん這いで這い出て、ルーベンの待っている前に向かう。

 さっきまで、キーネが部屋にいて、シャロンを見張っていたはずだが、いつの間にかひとりになっていたようだ。

 

 キーネというのは、このルーベンの連れてきた世話人の老婆であり、最初の数日間は、このルーベンとふたりきりだったが、このルーベンもかなり忙しいらしく、シャロンにつきっきりというわけにはいかない。

 そこで連れてきたのがキーネであり、彼女がルーベンがいないあいだのシャロンと見張りと世話をするというわけだ。

 孫家族を貴族に殺された経歴を持っていて、かなり、シャロンには冷たく接する。とにかく、シャロンがこの半月に接したことのある人間は、そのふたりだけだ。

 

 ルーベンは、いつものように乗馬鞭を持って部屋の真ん中に立っている。

 シャロンは、ゆっくりとした歩みで、のそのそとルーベンの待つ位置に身体を進ませる。

 わざとやっているわけではない。

 ルーベンに装着されている手首と足首の革枷のために、全く力が入らないのだ。

 拘束はされていないのだが、四肢の枷には特殊な魔道が刻まれているらしく、こうやって四つん這いで進む分には、最小限度の必要な筋力が働くが、二本足で歩こうとすると、完全に脱力して身体が動かなくなる。

 それだけでなく、人間らしいなにかの行動をしようとしても、手が脱力してなにもできなくなるのだ。

 シャロンを「犬化」するために、かなりの高額な値と腕のいい魔道具技師を使って、作らせたのだと話していた。

 

 いずれにしても、シャロンは、そのために、食事であろうと、着替えであろうと、糞尿であろうと、なにひとつ自分ではできない。このルーベンかキーネの世話を受けるしかないうということだ。

 それが、この半月のあいだに、ルーベンに強いられている生活なのだ。

 しかし、キーネにはともかく、ルーベンの前で糞便をするなど、あまりにも恥ずかしすぎる。

 だが、ルーベンはそれをシャロンに強要するのだ。

 目の前で桶に小便をさせ、大便をさせる。その後始末までルーベンがするのである。

 最初は拒否したが、そのときには、無理矢理に浣腸をされて、丸一日、尻に詰め物をされた末に、目の前で垂れ流させられた。

 詰め物も、強烈な便意を我慢させられるのも、シャロンには辛すぎた。

 あれ以来、ルーベンの命令には逆らわないようにした。

 唯一のひとつを別にして……。

 

「こっちに尻を向けろ、雌犬」

 

 ルーベンが言った。

 この領都への侵略で、シャロンがルーベンの虜囚になってから、ルーベンは、シャロンのことを“侯爵夫人”か、“雌犬”としか呼ばない。

 おそらく、まだシャロンのこと憎悪しているのだろう。

 ルーベンは、この半月のあいだに、この反乱はルーベンを裏切ったシャロンに復讐をするために起こしたのだという趣旨のことを数回口にした。

 まさか、本当ではないとは思うが、もしも、そうであれば、シャロンはその激情と執念に感激する気持ちを捨てることができない。

 憎悪であろうとも、そこまでシャロンのことを想ってくれるというのは、女として嬉しい。

 

 ましてや、それがルーベンなのだ。

 シャロンは、たとえクロイツ侯爵夫人になっても、一度として、ルーベンとの子供の頃からの約束を忘れたことはなかった。

 むしろ、幸せだった頃のルーベンとの思い出は、シャロンの心の拠り所であった。

 

 侯爵との愛はなかった。

 召使いは、それがわかっているので、シャロンには最小限の世話しかしない。なにかを頼んでも、侯爵を通じてくださいと言われるだけだ。

 やがて、子ができないとわかると、邪魔者のように別棟に押し込まれた。

 侯爵夫人とは名ばかりの慎ましい生活──。

 三度の食事だけは提供されたが、召使いはそれを運ぶだけで、あてがわれている召使いは、すぐにいなくなる。

 シャロンは、身支度や掃除なども、全部ひとりでやらなければならなかった。

 まるで、牢獄のようだとさえ感じた。

 寂しい気持ちになるたびに、ルーベンのことを思い出した。

 誰かに愛されたことがあることだけをシャロンは心の支えにした。

 しかし、それはシャロンが選んだことだった。

 

 あのときは仕方なかったし、過去に戻ったとしても、シャロンは同じ選択をしただろう。

 領民と家族を守るために、ルーベンを裏切ったのだと言われれば、その通りだとは思う。

 ルーベンの怒りは当然だ。

 だが、シャロンは自分が間違った選択をしたとは思っていない。

 

 しかし、あれから十年だ。

 本当に、このルーベンは、それほどの歳月のあいだ、憎しみとはいえ、シャロンのことを考え続けてくれたのだろうか……?

 それについては、キーネもあることを言っていた。

 道化師(ピエロ)軍という大盗賊団の総帥であるルーベンを慕う女は賊徒に属する女たちの中に大勢いたが、これまでほとんど誰もそばに寄せなかったらしい。

 だから、ずっと女嫌いだと思われていたようだ。

 唯一の例外は、ほんの最近に側仕えにしていたスージーという女魔導師だそうだ。だが、彼女もあっという間にいなくなったという。しかも、男女の関係の気配は皆無だったと、キーネは言った。

 それが、この領都を占領して以来、人変わりしたように、シャロンに執着しているのに接して、みんな驚愕しているそうなのだ。

 

 本当に……?

 だが、本当にそうであれば、シャロンは……。

 

 しかし、四つん這いの体勢で見上げるルーベンからは、シャロンをいまだに想ってくれているような表情は感じない。

 ひたすらに、シャロンを憎悪しているような冷たい視線でしかない。

 

「わ、わかったわ、ルーベン……」

 

 シャロンは、ルーベンに尻を向けながら言った。

 膝は真っ直ぐにして、脚を開き、股間とアナルが完全に見えるようにルーベンに向ける──。

 そうしろと強要されている。

 逆らえば、折檻を受ける──。

 シャロンは従うしかない……。

 

「その名で呼ぶなと言っているだろうが──」

 

 乗馬鞭が尻たぶに炸裂した。

 

「あぐうううっ」

 

 激痛が走り、シャロンは絶叫して、身体を崩しそうになる。

 だが、耐える──。

 これは、贖罪なのだ。

 十年前に、このルーベンを裏切ったシャロンに対する……。

 さらに、鞭──。

 

「いひいいっ」

 

 シャロンは叫んだ。

 すべてのことに従っているシャロンだったが、唯一逆らっているのが、ルーベンのことを昔と同じように話しかけ、名前を呼ぶことだ。

 ルーベンは、シャロンがルーベンの名を呼ぶたびに、手酷く鞭を打つ。

 だが、これだけは妥協できない。

 シャロンは、たとえ、殺されても、ルーベンの名を呼ぶことだけはやめないつもりだ。

 これこそが、いまだにシャロンがルーベンに従っていない唯一のことだ。

 

「雌犬がああ──」

 

 ルーベンの力任せの尻への鞭打ちが続く。

 シャロンは耐え続けた。

 だが、鞭打ちが二十発を超えたところで、シャロンは力尽きて、膝を崩して横倒しになってしまった。

 もともと、魔道具の腕輪と足輪で筋力を弱められている。

 そんなには、長く姿勢を保っていられないのだ。

 

「淫売め、思い知ったか──」

 

 息を切らせている感じのルーベンが乗馬鞭を投げ捨てて言った。

 そして、部屋の隅に向かっていく。

 戻ってきたときには、台車になにかを乗せて運んできていた。胡座に座り、汗びっしょりになっているシャロンを膝の上にうつ伏せに横抱きした。

 

「尻に薬を塗ってやろう。そのあとで折檻の続きだ、侯爵夫人。それとも、俺をルーベンと呼ぶのをやめるか?」

 

 塗り薬が塗られ始める。

 温かな感触が尻たぶを包む。

 これもまた、かなり高価な魔道薬なのだと思う。これを塗るとどんなに酷い鞭打ちでも、瞬時に回復をするのだ。

 シャロンは、ルーベンの手が気持ちよくて、あえぎ声が出そうになるのを必死に歯を喰い縛って我慢した。

 

「い、いいえ、もっと折檻して、ルーベン……。あなたの気が済むように……。それとも、わたしを殺してもいいのよ」

 

 シャロンはルーベンに薬を塗ってもらいながら言った。

 本心だった。

 もう殺されてもいい。

 幸せとはいえない十年の侯爵夫人生活だったが、もう終わった。守るべきものはもうなくなったし、侯爵も殺されたらしい。

 ルーベンにも再会することができた。

 シャロンは、もう満足していた。

 

「殺しはせん……。俺が死んだから解放はしてやる。それからは、好きなようにすればいい。財も残してやる……」

 

 ルーベンが手をシャロンのお尻の上に載せたまま言った。

 盗賊団の首領であるルーベンは、かなりの金額の財をある場所に隠しているのだという。

 こうやって二人きりの時に、何度かそれを耳打ちされた。誰にも言うなと念を押されたうえで……。

 そして、そのたびに、シャロンは同じ答えを繰り返している。

 

「財なんていらないわ……。あなたが死ぬときには、わたしも殺して……。それが望みよ」

 

 シャロンは言った。

 もう貴族女としては、シャロンの価値はない。たとえ、救出されたとしても、賊徒に監禁されて犯された女としての嘲笑と蔑みの生活が待っているだけだろう。

 それに、シャロンはルーベンに手をかけられて死にたかった。

 この男がこうやって、シャロンに示す執着──。

 それを向けられている今、彼に殺されれば、どんなにシャロンは幸せを感じるのだろうか……。

 

「まあいい……。だが、記憶には留めておけ。それよりも、雌犬、俺に生意気な言葉を使うのはまだやめんのか?」

 

 ルーベンの手が尻の上からすっと動いて、股間のあいだに向かった。

 

「ひんっ」

 

 敏感な場所に指を触れられて、シャロンは身体を跳ねあげかけてしまった。筋力が弱まっているので、そんなには大きな動きにはならないが……。

 

「や、やめない……。も、もっと、せ、折檻して、ル、ルーベン……。くっ、くううっ」

 

 ルーベンの指が亀裂を撫でるように動く。

 快感が迸り、シャロンはびくんびくんと身体を反応させてしまう。

 

「強情だな、シャロンは……。昔から、そうだった……」

 

 ルーベンが笑った。

 シャロンを目の前にして笑うなど初めてだ。

 しかも、いま、シャロンの名を……。

 シャロンはびっくりした。

 

「ルーベン、いま……?」

 

 顔を見ようとして、首を捻ろうとした。

 しかし、次の瞬間、お尻を平手打ちされて、その衝撃にシャロンは身体を跳ねさせた。

 

「あううっ」

 

「もっと折檻としてとか言いながら、それはお前のためだろう。この愛汁を見てみろ。鞭打ちでこんなに濡らしやがって──。このマゾ女め──」

 

 ルーベンが手をシャロンの股間に戻して、乱暴に指で擦った。

 

「いたいっ」

 

 痛かったが、同時に気持ちよくもある。

 この半月のルーベンとの生活は、シャロンの身体をすっかりと、嗜虐に悦ぶ「雌犬」に変えてしまっていたのだ。

 鞭を打たれて痛めつけられ、犬のように四つん這いで歩き、服を着ることも許されず、糞便すらも他人の前でさせられる恥辱──。

 そんな屈辱や苦痛、そして、羞恥が、気がつくといつの間にか、シャロンを興奮させるようになっていた。

 そして、そんな浅ましい姿を自覚することで、さらにシャロンは股間がびっしょりと濡れるのをどうすることもできなかった。

 

「ほら、これだ──」

 

 ルーベンが指についたシャロンの愛液をシャロンの顔になすりつける。

 

「いやあっ、やめてよ、ルーベン──。濡れているのはわかっているわよ。わたし、興奮しているもの──」

 

 仕方なく叫んだ。

 すると、またもや、ルーベンは笑い声をあげた。

 シャロンは呆気にとられた。

 今日は、何度、ルーベンはシャロンを驚かせるのだろう?

 笑い声をあげるなど、まるで昔に戻ったみたいだ。

 だが、思念が妨げられる。

 身体を乱暴に動かされて、ルーベンに向かって高尻をされるような体勢をさせられたのだ。

 

「えっ、ルーベン?」

 

 いきなりだったので、心の準備ができてなかった。

 毎日のようにシャロンを犯すルーベンだったが、いつもはもっと折檻をして、徹底的にシャロンに苦痛や辱めを与えてから犯すのだ。

 

「姿勢を崩すなよ。今日からしばらく、ここを離れる。もしも、姿勢を崩せば罰として、媚薬をたっぷりと塗ったディルドを挿入して貞操帯をする。いい子だったら、ディルドなしの貞操帯にしてやってもいい。いずれにしても、貞操帯はするがな」

 

 ルーベンが笑いながら言った。また、ズボンを脱いでいるような気配もある。

 だが、しばらくルーベンがここを離れる?

 しかし、それ以上、なにも考えられなかった。

 ルーベンの怒張が後ろから股間に迫ってきて、秘裂に触れたと思ったら、強引に股間を押し張ってきたのだ。

 

「むうううっ」

 

 押し入れられるちょっとの痛さと、それを上回る圧倒的な快感に、シャロンは大きく背中を反り返らせた。



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708 侯爵夫人への置き土産【地図有】

【クロイツ侯爵領地図】

【挿絵表示】


 ストーリーの展開により、修正する可能性があります。

 *



「ううう……、も、もう、やめて……」

 

 シャロンは息も絶え絶えに言った。

 ルーベンとの愛の行為は続いている。

 もう、かなりの長い時間になる。

 

 シャロンを高尻の姿勢にして、後ろから一度──。

 次いで、正常位の体勢で二度……。

 

 立て続けに三度精を放ったルーベンは、それで終わるのかと思ったら、驚いたことにシャロンの全身を舌で舐め回し始めたのだ。

 それこそ、手の指から始まって腕全体、次いで足の指から内腿……。もちろん、その間隙を縫うように数え切れないほどの深い口づけもされたし、乳房も舐め尽くされた。

 

 首筋から顎にかけて……。

 

 背中から尻たぶ……。

 

 脇の下や、臍の中まで舐められた。

 

 髪の毛さえもだ。

 

 おそらく、股間を除くすべての身体にルーベンの唾液を塗られていったと思う。

 そのしつこさと執拗さは、異常なほどだった。

 

 そして、いまは股間に顔を埋めている。

 精を放たれた股を拭うこともなしに、ルーベンに顔をつけられるのは、さすがにシャロンも抵抗したが、ルーベンはシャロンの右手首を右足首、左手首と左足首の枷をそれぞれに接続してしまうと、シャロンが大股に開いたまま動けないようにしてしまった。

 シャロンの四肢の手首と足首につけられている魔道の革枷は、シャロンの筋力を奪うだけでなく、簡単にほかの枷と接続できるようになっているのである。

 

 それはともかく、あれだけの舌による刺激を与えられて、ずっと股間だけは放置されていたシャロンの身体は、すでに全身の痙攣が収まらないくらいまで追いつめられていたのだ。

 その状態で、ついに股間へのルーベンの舌責めを受けたシャロンは、あっという間に連続で絶頂してしまっていた。

 

 だが、ルーベンの舌舐めは終わらない。

 

「ひああっ、だ、だめええ、や、やめてええ。き、気持ちよすぎるのおお──。だめになるうう。あああっ、また、いくううっ、いくううっ」

 

 そして、またもや、クリトリスを舌先で転がされて、シャロンは気をやってしまった。

 

「ははは、淫売な雌犬め──。また、気をやりやがったか」

 

 ルーベンが顔をあげて笑う。

 吹き出したシャロンの蜜を顔に受けて、ルーベンの顔も酷いことになっている。

 だが、それよりも、シャロンはルーベンが笑ったということに、いまだに驚愕の思いだ。

 ずっと不機嫌そうに怒っていたルーベンだったが、今日はとにかく、よく笑う。

 しかし、シャロンはそれが嬉しくもあった。

 

「あ、当たり前よお。こ、こんなにしつこくして……。だ、だけど、も、もう許してよ、ルーベン──。身体がくたくたなのよ」

 

 シャロンは口を尖らせた。

 

「さあ、どうかな。まだ、舐めていない場所がひとつあるからな」

 

 ルーベンがシャロンの股間に顔を埋め直してきた。

 驚いたことに、腰をちょっと持ちあげ、シャロンの尻たぶを手で押し開ける感じにすると、排泄のための場所に、舌先をこじ入れるようにしてきた。

 これには、シャロンも衝撃を受けた。

 

「いやああ、ルーベン──。そこはいやよお。汚いわ。そこだけはやめてええっ」

 

 シャロンは悶え泣いた。

 あまりにも恥ずかしすぎるのに加えて、股間に刺激を受けたとき以上の快感が沸き起こったからだ。

 

「なにを言う。俺の前で何度も糞まで垂れただろうが。その尻まで洗ってやっている俺に、いまさら恥ずかしいもないだろうに」

 

「ばか、ばか、ばか──。恥ずかしいわよ。あれだって、死にそうなくらいに恥ずかしいのよ。ルーベン、やめてええ──。ひいいいっ」

 

 シャロンは我を忘れて声をあげた。

 だが、ルーベンは面白がるように、さらにお尻への舌の刺激を強くする。

 シャロンは、思わず声をあげて、全身を突っ張らせてしまった。

 

「だが、気持ちよさそうだぞ、シャロン……。あっ、いや、侯爵夫人」

 

「えっ?」

 

 いま、慌てたように言い直したが、いま、“シャロン”と呼んだ?

 そういえば、今朝も一度、これまで絶対に口にしなかったシャロンの名を口にしたような気が……。

 

 しかし、それ以上のことを考えることはできなかった。

 ルーベンがやっと顔を離してくれたと思った刹那、すぐに指がアナルに侵入してきたのだ。

 しかも、あっという間に付け根まで入れられて、奥の部分をくすぐるように指先を動かされる。

 

「いひいいっ、やああああ」

 

 シャロンは身体を弓なりにしてしまった。

 

「何回も気をやったからな。ここもかなり緩くなっている……。だが、まだ足りないな。媚薬を塗ってやろう、シャロン」

 

 また、シャロンと……。

 だが、指が抜かれる。

 挿入されるときも気持ちいいが、指が出ていくときはもっと快感が走る。

 シャロンは、がくがくと身体を痙攣させて、昇天しそうになってしまった。

 

「淫乱な女だ。俺の女にふさわしいな──」

 

 ルーベンが立ちあがる。

 俺の女?

 いま、そう言った?

 

 ルーベンはすぐに戻って、再びシャロンの開脚させられている股のあいだに座り込み、再び指をアナルに挿入してきた。

 今度は、なにかの油剤が指にたっぷりとまぶされていた。

 それを内襞がぱっくりと開かされるのではないかと思うほどに揉み塗られていく。

 何度も、何度も……。

 ルーベンの指がアナルを出たり、入ったりして……。

 

「うう……、あああ……」

 

 甘い声が口から出るのをとめられない。

 しかし、気持ちいい……。

 そして、じんじんとお尻が疼いてもきて……。

 

「そろそろ、尻が疼き出しただろう、シャロン?」

 

 また、名前を……。

 感動が全身に走る。

 

「うふううううっ」

 

 訳のわからない衝撃が全身を貫き、シャロンはまたもや絶頂をしていた。

 

「おいおい……。尻の感度がよすぎるだろう」

 

 ルーベンが呆れたように指をお尻から抜く。

 

「ああ、だ、だって……」

 

 全身が脱力してしまって、シャロンは荒い息をしながら言い訳をしようとした。

 なにしろ、いまは、お尻の刺激で達したのではないのだ。

 不意に、ルーベンがシャロンの名を呼んだり、あるいは“俺の女”と言ってくれたりしたから、感極まってしまったのだ。

 だが、そんなことを教えても、どうしようもないだろう。

 シャロンは、余計なことを口走るのを思い留まった。

 

「まあいい。ほら、口づけだ……」

 

 身体が抱き起こされて、顔にルーベンの口を近づけられる。

 シャロンは、唇をさしのべた。

 

「ふるいつきたくなるぜ、淫売め」

 

 口の中にルーベンの舌が入ってくる。

 気持ちがいい。

 しばらくのあいだ、ルーベンの舌を堪能する。

 

「さて、そろそろいいだろう。媚薬でほぐれたはずだ」

 

 ルーベンがシャロンの身体を裏返してうつ伏せにする。

 すぐに両手で尻たぶを割るようにされた。

 もう、なにをされようとしているかはわかっている。

 

「こ、こわいわ、ルーベン……」

 

 お尻を犯されるなど初めてだ。

 シャロンは、身震いしてしまった。

 

「腹から力を抜け。抵抗しても痛いだけだ。大きく息をしろ」

 

 言われたとおりにする。

 シャロンは深呼吸をするように息を吸う。

 そして、次に息を吐いたときに、ルーベンの怒張がシャロンのアナルに押し入ってきた。

 

「うう……、くあっ」

 

 シャロンは首を強くしなわせて、白い歯を剥く。

 

「息を吐け──」

 

「い、いたいっ」

 

「息を吐けと言ってるだろうが──」

 

 じわじわとルーベンの男根がお尻の中に割り入ってくる。

 シャロンは大きく息を吐いた。

 

 すっとルーベンの怒張が奥の奥まで侵入してくる。

 そして、完全に貫かれた。

 

「全部、入ったぞ」

 

「ううう……、くああっ」

 

 抽送が開始した。

 

「あああっ、だめえええっ」

 

 快感の衝撃がシャロンを貫き、またもや、絶頂をしてしまう。

 

 もう、だめ……。

 

 こんなにも、短い時間で繰り返し気をやってしまい、もうシャロンは意識を保つのもやっとだ。

 

「まだ、失神するなよ。俺がまだ達してない。俺がお前の尻穴に精を注げば、今朝はこれで終わってやる」

 

 ルーベンがシャロンのアナルをゆっくりと犯しながら言った。

 だが、またもや快感の矢が込みあがる。

 

 今度は波が大きい。

 本当に、身体がばかみたいに敏感になってしまったみたいだ。

 こんなにも、感じるなんて……。

 

「あああ、また、いぐううっ、また、いきそうよう、ルーベン──」

 

 シャロンは感極まって声をあげた。

 

「ちょっとくらい我慢しろ」

 

「で、できないいいいっ」

 

 シャロンは懸命に意識を保とうと努力した。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 はっとした。

 シャロンは目を覚ました。

 もしかして、気絶していた?

 

 しかし、そうなのだろう。

 お尻を犯されていて、途中でわけがわからなくなったことしか記憶にない。

 そして、シャロンは、椅子に背もたれるように眠っていたらしい。だが、この部屋にこんなものはなかった。

 さらに、見回すと、部屋の中が一変している。

 ずっと入らされていた檻が消え、その代わりに、この椅子やテーブル……。さらに寝台もある。

 それは部屋の中心に集まるように置かれていて、シャロンは寝台の横に置かれた椅子に座らされていたのだ。

 

「あれっ? どうして?」

 

 そして、驚いた。

 腕が動いたのだ。

 

 なにしろ、ずっと魔道具の枷で脱力させられていて、まるで他人の手足のように自由にならないでいた。

 だが、力が入る。

 

 しかも、驚いたことに、シャロンは、薄い生地の寝着であるが、膝上までの一枚の肌着を身につけていた。

 裸体になにかをまとうなど、この半月なかったことだ。

 さらに気がついたが、四肢に嵌まっていた魔道具の枷が外されていた。

 さらに、なんだか身体も清潔になっている気が……。

 もしかして、全部、ルーベンが?

 

「起きたか、シャロン。お前、寝過ぎだろう。三ノスも寝ていたぞ」

 

 後ろからルーベンの声がした。

 

「ルーベン……、うくっ」

 

 振り返ろうとして、お尻に衝撃を感じて、シャロンは身体を突っ張らせた。

 なにかの異物がアナル深くに挿入されているのだ。

 慌てて股間を見る。

 薄い肌着越しに、股間に革の貞操帯が嵌まっているのがわかった。

 異物の正体はこれだ。

 

 どうやら、貞操帯の内側で、お尻の穴だけにディルドのようなものを挿入させられているのだと思う。

 また、気がついたが、右の足首だけには、いままでとは別の枷が嵌まっていて、それに繋がった長い鎖が寝台の足もとに接続されている。

 

「こ、これはどういうこと……?」

 

 シャロンは椅子の前にやってきたルーベンに視線を向けた。

 ルーベンは、車輪のついたトレイに載せた食事を運んできていたみたいだ。それをシャロンの腰掛けている椅子の前に置く。

 湯気のたったおいしそうなスープ、柔らかそうな白パン、数種類の果物、薄く香草とともに焼いた豚肉、三種類ほどの飲み物──。

 それらがシャロンの前に拡がる。

 

「わっ」

 

 思わず唾を飲み込んだ。

 ずっと、犬同然に扱われて、食事といえば皿に盛った汁をかけた米料理に野菜と肉の屑が混ざっていたものばかりだったのだ。

 それをルーベンの手ずから食べさせられるか、犬食いするかだった。

 こんなに人間らしい食事は久しぶりだ。

 

「両手を手すりに置け」

 

 持ち運びのできる簡易な椅子を持ってきて、シャロンの椅子のそばに腰かけたルーベンが言った。

 言われたとおりにすると、椅子の手すりからぶるりと震えて、腕自体が手すりの中に吸い込まれてしまった。

 この椅子も魔道具なのだ。

 だが、こんな仕掛けなんて、聞いたことがない。かなり高価なものではないだろうか。

 

「あれだけ、絶頂し続けたんだ。腹も減っただろう。なにがいい? まずは飲み物か? 牛乳と薄い果実水と温かい蜂蜜湯だ。どれがいい?」

 

「果実水を……」

 

 自分で食べると言っても多分、無駄なのだろう。

 ルーベンが取っ手付きのグラスを手に取り、シャロンの口に持ってくる。

 口を差し出すようにして、それを受け、傾いたグラスから流れ込んできたものを喉に入れていく。

 かなり喉が乾いていたみたいだ。

 シャロンの身体に染み渡るように入ってきた。

 

「次は?」

 

「……パンをスープに浸したものを……」

 

 シャロンは言った。

 だが、そのとき、シャロンは身体の中でなにかが起き始めているのがわかった。

 じわじわと浸食されるような痒みがお尻の穴に拡がってきたのである。

 おそらく、挿入されているディルドが原因だと悟った。

 多分、そのディルドに痒みをわき起こさせるような媚薬が塗られているのだ。

 

「ほら、シャロン」

 

 ルーベンがにやにやしながら、千切ったパンをスープに浸したものを口元に持ってくる。

 しかし、シャロンは首を横に振った。

 

「ああっ、か、痒い。ね、ねえ、痒いわ──」

 

 シャロンは訴えた。

 

「まだ、その痒さは序の口だ。一日もすれば、耐えがたいものになる。しかし、俺が戻るのは三日後だ……。早くてな……。もしかしたら、もっとかかるかもしれん。いずれにしても、それまでは貞操帯は外さんから慣れることだ。魔道薬を使っているから痒みが収まることはないが、尻の穴のディルドを振動する合言葉を後で教えてやる。いくらでも尻穴で自慰をするがいい」

 

 ルーベンが酷薄に笑った。

 三日──?

 もしかしたら、もっと──?

 

 冗談じゃないと思った。

 こんなの耐えられない。

 しかも、まだ痒みが大きくなるって?

 シャロンは耳を疑った。

 

「み、三日って……。どこに?」

 

 シャロンは歯を喰い縛りながら言った。

 痒いのだ。

 本当に痒い──。

 しかも、だんだんと痒みが大きくなる。

 知らず、シャロンはお尻を椅子の座面に擦りつけるように懸命に動かしていた。

 

「ちょっとした(いくさ)だ。ついに、南方王軍が重い腰をあげて出動してな。すでにユンデの城郭とガヤの街も連中に奪い返されてしまった。しかも、この領都に進軍中だ。俺としてはどうでもよかったが、部下たちに泣きつかれて戦場に出ることにした」

 

「せ、戦場に──?」

 

 シャロンはびっくりした。

 なんでもないことのように言っているが、王軍が出動してきた?

 冗談じゃない――。

 あの王軍と正面から戦うなど、ルーベンが死んでしまうじゃないか――。

 また、ユンデというのは、領都の北西に位置する中規模の城郭であり、このクロイツ領内で最初に大きな民衆の反乱が起きた場所だ。

 ガヤというのは、ユンデに近い北側の港町である。

 

「そ、そんな……。逃げるのよ、ルーベン――。戦うなんてだめよ。逃げなさい――」

 

 シャロンは声をあげた。

 しかし、ルーベンはなんでもないような顔をしている。

 その表情には悲痛なものはない。

 

「向こうの勢力は八千。だが、二個の城郭に軍を割いているので、こっちに向かっているのは六千ほどだな。それを五百ほどの騎兵を連れて追い払ってくる。こっちから出動して手頃な地形で迎え撃つのに一日、あいつらを蹴散らすのに一日、戻るのに一日。だから、三日だ。“犬化の枷”は外してやったから、ある程度のことは自分できるな? 貞操帯を嵌めても小便はできる。まあ、大便は無理だが、それは我慢しろ、たったの三日だ」

 

 ルーベンが笑った。

 六千の王軍に対して、五百……。

 これは、自殺だ。

 シャロンは直感した。

 抗議しようとしたが、ルーベンがシャロンの口の中にパンを押し込んでくる。

 それで言葉を塞がれる。

 仕方なくシャロンはそれを咀嚼しつつも、どんどんと拡大する痒みに音をあげてしまった。

 もう、なにも考えられない。

 

「ああ、痒いいい。ルーベン、許してよおお。ああああ」

 

 シャロンは身体をがたがたと揺する。

 しかし、椅子は全く動かない。かなりの重さがあるようだ。それとも、魔道で床に張りついているのか?

 

「仕方ないなあ。じゃあ、合言葉を教えてやる。“けつの穴が痒い。オナニーしたい”だ。それを大声で絶叫すればしばらく振動する。小さな声じゃだめだぞ。張るような大声だ。そういう魔道をかけている」

 

 ルーベンがにやにやしながら言った。

 なんという嫌がらせだろう。

 シャロンはお尻を揺すりながら鼻白んだ。

 

 だが、一方で、どうして、ルーベンはこんなにも機嫌がいいのだろうとも思った。

 考えてみれば、毎朝、必ずすることになっているお尻への鞭打ちはあったものの、それ以降はずっとこれまでにないくらいに優しかった。

 ずっと執拗に呼ばなかったシャロンの名も呼んだし、今日はルーベンが笑うのを何度も何度も見ている。

 

 いまも笑っている。

 ちょっと……、いや、かなり意地の悪い笑いだが……。

 

「……それと言い忘れていたが、俺とお前は夫婦になったぞ。ベルフ伯爵が結婚許可書を送ってきた。身代金を支払うから、お前を解放しろとしつこかったから、結婚許可書を送れば、命は保障してやると回答したんだ。そうしたら、本当に送ってきた」

 

 ルーベンはトレイの下側から一個の羊皮紙を取り出して広げた。

 王家の印はないから実際には効力はないものの、ベルフ伯爵の印は押してある。簡易なものではあるが、確かにシャロンとルーベンの結婚証明書の体裁にはなっている。

 もっとも、ルーベンではなく、“ドピィ”と夫の名が書かれているが……。

 また、ベルフ伯爵というのは、シャロンの実の父親だ。

 もう十年も会っていない。

 

「まあ、茶番だが、これで十年前に戻ったことにはなるか? 俺のことを囚人鉱夫として追放したルーベンだとは思ってないようだがな」

 

 ルーベンが笑った。

 父がルーベンを囚人鉱夫として追放した?

 もしかして、ルーベンがシャロンを駆け落ちに誘ったあの夜の後のことだろうか?

 父親にはルーベンを許してやってくれと、泣いて頼んだのだが、それなのに、ルーベンは囚人になっていた?

 

 全く知らなかった……。

 だが、とにかく、ルーベンの上機嫌の原因は、この結婚許可書のようだ。

 

 しかし、もうシャロンの我慢はそれまでだ。

 なんでもいい──。

 とにかく、お尻が痒いのだ。

 

「ああああ――。け、けつの穴が痒い。オナニーしたい──」

 

 力の限り絶叫した。

 すると、お尻の中のデォルドがおもむろ動き出し、やがて、激しい振動になった。

 

「おほおおっ」

 

 シャロンはがくがくと身体を震わせながら、全身を弓なりにした。

 横でルーベンが大笑いした。



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709 道化師軍の遊撃隊

 情報は逐次に入っている。

 

 南王軍は、賊徒である道化師(ピエロ)軍が巣くっている領都のクロイランドに対して、二方向から向かっているようだ。

 領都から見て右側の西方向のユンデの街から二千、そして、左側の北方向のガヤの港町から向かうのが四千だ。

 両方とも騎兵が混ざっている。

 ドピィたち賊徒が領都の城壁を利用してたてこもることを見越して、ユンデ側からの部隊は攻城兵器も運んでいるようである。だから、その動きは遅い。

 また、「南王軍」というのは、南方国王直轄軍のことである。

 王国は、王都にいる近衛軍や騎士団などの王軍のほかに、地方領主貴族のいる西域と南域に対して地方王軍を直轄領に展開させており、そのうちの南域側を「南王軍」と呼ぶのだ。

 それが、今回のドピィたちによるクロイツ侯爵領の占領に対して、ついに出動してきたというわけだ。

 

 そして、領都を密かに出撃したドピィたちの出撃隊は、主力と思われるガヤから向かう南王軍の方向に出動してきてた。

 いまは、領都に向かう街道上の狭い峡谷の上に潜伏しているところである。

 以前から目をつけて準備していた場所であり、ここを通過するときには、どうしても狭い隘路を一列に近い態勢で通過しなければならない。

 そういう場所を上から見る山側に、いまドピィたちは騎馬とともに隠れているということだ。

 

「いつでも出動できますよ、頭領」

 

 ユーレックである。

 女魔道士のスージーを手放してから、そばに置いている少年である。利発で腕がたち、目端が利いていて従者として重宝していた。あまり人を寄せつけたくないドピィとしては、どうしても、こういう者をあいだに置いて、部下たちに指図をしたいので、そういうことにはうってつけだ。

 だから、便利にいつも横にいさせている。

 

 ただし、こいつはタリオの間者だ。

 重税を支払えなかったために、母親と姉を奴隷として連れて行かれ、その母と姉が奴隷商で折檻死をして、これを苦にした父親が自殺をしたという経歴をドピィに教えたが、実は母も姉も生きている。

 母も姉も、タリオの諜者に買われていて、向こうで人質になっているのだ。ただ、父親が自殺をしたのは本当である。

 とにかく、ユーレックがタリオの間者として役割を果たしている限り、母親と姉にはいい暮らしをさせるという約束になっているらしく、それで半年前に道化師団に潜り込んできていた。

 

 能力は高いから、平の賊徒からすぐに幹部級になり、今回、スージーを開放したことで、ドピィの世話を専管する従者役が必要となって、このクロイツ領侵攻からそばに置くことにした。

 間者ではあるが、能力は高い。うまく使えばいいと思ったのだ。

 

 童顔で可愛らしい顔をしており、明るい性格を表に出していることで、誰にでも好かれていて、この賊徒団の重鎮役の者たちからも可愛がられている。

 ドピィにも、ちょっとぞんざいな口の利き方をするが、これも許しているので、本人はかなりドピィに喰い込んでいると思っているだろう。

 まあ、どうでもいいことだが……。

 

 そして、さらに、どうでもいいことは、ユーレックの母と姉の本当の状況だ。

 ユーレックは、きちんとしたところに預けられていて、人間らしい生活を送っていると思い込んでいるが、タリオの諜者は詰めの甘いところがあったらしく、ふたりとも媚薬で狂わされて、男であれば、すぐに身体を差し出す雌犬に落ちている。すでに気が触れているが、娼婦として扱う分には問題ない。

 そんな存在になっている。

 

 ふたりとも、一般の農民にしては美貌だったのが不幸だったのだろう。

 ちょっと調べさせたところによれば、父親が不当な税を要求されたのも、最初から母と姉が狙いだったきらいがある。

 そもそも、奴隷商に売られ、次いでタリオが手を出す前に、最初の高位役人のところで散々に犯されており、奴隷商に渡されるときには、すでに頭がおかしくなっていたみたいだ。

 まあ、特に、ユーレックに、そのことを教える気もないが……。

 

「戦闘部隊はそのまま待機──。工作隊は合図をしたら岩を落とせ。そして、出撃だ。すべて、俺の下知に従えと伝えておけ」

 

 ドピィがそう伝えると、すぐにユーレックが走って行く。

 それを確認しつつ、ドピィは、再び眼下の谷地を見下ろす。

 すでに、多くの王軍が通過をしている。そろそろ野戦隊が通り終わり、最後の輜重隊と輸卒、あるいは、軍とよく行動を共にする娼婦や商売人などを乗せた馬車が見えてきてもいい頃だ。

 ドピィはそれを待っていた。

 だが、眼下の谷地は道幅が狭く、なかなか速度が出せず、最後列がここに差し掛かるのはもう少しかかるのかもしれない。

 

「伝達終わりました。工作隊はここから布を振れば、瞬時に対応できます。騎馬も同じです」

 

 ユーレックがにこやかな顔で戻ってきて言った。

 この表情と屈託のなさそうな微笑み──。

 その柔和な外見と親しげな人柄に接すれば、誰もこいつが間者などとは思わないだろう。

 まあ、所詮は賊徒だ。

 間者くらいじゃないと、本当に優秀な人材は集まらない。

 しつこく間者を送り込んで送るタリオには感謝だ。

 ドピィは、ありがたく使わせてもらっている。

 

「わかった」

 

 ドピィは頷いた。

 それにしても……と、ドピィは思った。

 領都に近づく主要街道でありながら、急に狭くなり、両側に峡谷がある難所──。

 ドピィが向こうの指揮官であれば、間違いなく主力がここを通過する前に、峡谷の上に偵察を向かわせる。

 しかし、南王軍の斥候は、眼下の谷地は通り過ぎていったが、潜伏していた峡谷の上のドピィたちのことは調べようともしなかった。

 もっとも、もし偵察隊が現れたとしても、第二、第三の策も準備はしてあった。ただ、ドピィとしては、もっとも呆気ない結果になったということだ。

 もしかして、賊徒というのは、王軍の到着を大人しく待つものであり、迎え撃つ策などというのは用いないと思い込んでいるのだろうか?

 首を傾げたくなる。

 

「ところで、頭領、ありがとうございます。みんな、言ってます。やっぱり、頭領は機会を待っていたんだと。決して、民をお見捨てにはならないと」

 

 すると、ユーレックが言った。

 ドピィは怪訝に思った。

 

「なんのことだ?」

 

「出動のことです。ユンデとガヤが落ちたとき、頭領はまったく動こうとなさいませんでした。もしかしたら、俺たちの大望をお忘れになったのかとまで噂になっていましたが、俺はそんなことはないと信じていましたよ。だから、お礼を言います。ありがとうございます」

 

 ユーレックが頭をさげた。

 ドピィはますます混乱した。

 まったく意味がわからない。

 そして、そもそも「大望」とはなんだと問いかけようとして、すぐに、この賊徒の者をまとめるためにでっち上げた「戯言(たわごと)」のことだと思い出した。

 一応は、ドピィは、この叛乱を、国王や貴族たちを倒して、民衆だけの国を作るのだということを大義名分にしていた。

 そんなことは欠片も思ってないし、賊徒が国を作るなど、まず成功するとも考えてはないが、そういえば、ずっとそう唱えてきたので、いまや一万にもなった賊徒やその家族たちは、それを信じ切っているのだということを思い起こした。

 

「ユンデやガヤのことで、俺が動かなかったから、疑心暗鬼になっていたのか?」

 

 ユンデとガヤというのは、このクロイツ侯爵領内にある街であり、いずれも、ドピィが領都を占領したあとで民衆の蜂起があり、それぞれの城郭から役人や分限者を殺すか、追い出すかして、道化師団が使っている深紅の無地の旗を掲げていた。

 それが南王軍が入ってきて、ふたつの街とも賊徒から開放されていたのだ。

 まあ、新しく支配側になった民衆代表とやらも、大概の人物たちであり、統治らしい統治もできず、混乱していたところに王軍が現れ、それで、ほぼ無血開城になったみたいだ。

 いまは、報復の民衆代表たちやその家族の処刑が祭りのように続いているらしい。

 

 確かに、ドピィはそれを知らされても、まったく動かなかった。

 どうやら、これが賊徒たちの疑心を呼んでいたということのようだ。

 あまり賊徒連中の心情のことまでは気にもしていなかったが、まあ事実なのだろう。

 

「しかし、やっぱり間違いでした。頭領が女に溺れて、大望を忘れることなどないと、俺は信じていましたから──」

 

 ユーレックが眼をきらきらさせて言った。

 これには、ドピィは苦笑するしかなかった。

 南王軍がクロイツ領内に入り込んでも動かなかったのは、間違いなく、ドピィがシャロンに溺れていたからだ。

 そもそも、それこそが、ドピィがこの叛乱を起こした目的であり、大望などというのは、人を集めるための手段であり、餌であり、嘘っぱちだ。

 

 だいたい、ユンデにしても、ガヤにしても、ドピィが領都を占領した後で、勝手に蜂起して役人や分限者を叩きだして、自分たちで自治を始めただけであり、ドピィ側からなにかの示唆をした記憶はない。

 まあ、ユンデについては、蜂起のときの撒き餌として、領軍を引きつけるのに利用したが、最終的にあそこを叛乱のまま置こうとしたわけではない。

 

 ドピィの目的は、あくまでもシャロンだけだ。

 

 シャロンがいたから、領都を襲撃して占領した。

 

 もしも、シャロンが王都にいたら、ドピィはシャロンを取り戻すために、王都を占領しただろう。

 そのための手段を死に物狂いで整えたはずだ。何十年かかろうとも……。

 

 だから、ユンデであろうと、ガヤであろうと知ったことではない。

 今回出動しているのも、あの連中が領都に向かってきたからだ。

 シャロンを手に入れれば、それでどうなってもいいとは思っていたが、こうやって手に入れてみると、まだまだシャロンとの時間が欲しい。

 

 それにしても、出て行くときのシャロンの姿は、まさに見物だった。

 絶対に収まることのない魔道の痒み棒を尻の穴に入れてやり、それを貞操帯で封印してきたから、ドピィが出て行く一日目にして、すでに七転八倒していた。

 まだまだ、可愛さの残るあの顔で、卑猥な言葉を大声で叫び、自分の尻穴へのディルドの振動を求めるのは圧巻の光景でもあった。

 

 財のために幼い頃からの愛を捨て、侯爵夫人になるのを選んだような女であり、ルーベンと名乗っていたドピィを容赦なく、鉱山囚人に落としたくらいの性根なので、演技なのだとはわかっているが、あの女がルーベンと昔のように親しげに話しかけてくると、どうしても情を感じてしまう。

 いまだって、さっさとこれを片付けて早くあの女の調教の続きをしたくてたまらない。

 口惜しいが、確かにドピィは、シャロンに溺れている。

 

 しかし、ドピィの目算では、どんなに早くても十日はかかるだろう。

 それを三日で帰ると言ってきたから、三日が過ぎてからは、ドピィの帰りを一日千秋の思いで待つようになるに違いない。

 だから、おそらく、当面の南王軍を撤退させて、領都に戻った頃には、間違いなく、シャロンは堕ちている。

 今度こそ、洗脳してドピィのものにしてやる。

 これが、ドピィ自身ではなく、単なる快楽のためであろうが、ドピィでなければ生きていけないようにしつけ、残っている人生をドピィだけのことを考え続けるようにさせてやるのだ。

 ドピィは、そんなに長い時間が過ぎないうちに、賊徒として無残に処刑されると思うが、救出されたシャロンには、調教されて熱く疼く肉体が残されるということだ。

 身体が疼くたびに、ドピィのことを思い出すといい。

 もしもそうなってくれれば、これこそがドピィの復讐だ。

 

 しかも、あのシャロンの実の父親のベルフ伯爵は、ドピィが手紙で脅すと、王印もなく、貴族の婚姻としては効果のない喰わせものではあるものの、伯爵印を押した結婚許可証を送ってきてもいた。

 ドピィは大いに満足していた。

 

「よいお顔になられています。やっぱり、頭領だ」

 

 なにを勘違いしたのか知らないが、シャロンのことを考えていたドピィを評して、ユーレックがそんなことを言った。

 睨みつけると、興奮したようにユーレックは顔を赤らめていた。

 ドピィは肩をすくめた。

 

 そして、眼下を見下ろすと、やっと南王軍の主力の野戦軍が隘路を通過し終わったところだった。

 遠くに視線をやると、ずっと遅れて輜重隊がこっちに向かってきていた。

 まだ、峡谷の入口にも入っていない。

 足が遅いのでかなりの間隔が開いてしまったのだろう。

 輜重隊の警護をないがしろにするとは、馬鹿な指揮官だと思った。

 

「よし、工作隊は岩を落とせ──。そして、騎兵隊は出動──。目標はあの輜重隊。兵糧を燃やし尽くせ。男も女も殺せ──。破壊し尽くすんだ──」

 

 ドピィは合図をさせた。

 峡谷の隘路に、南王軍の戦闘隊と後方の輜重隊を割くように大岩が次々に落下していく。

 

「行くぞ──」

 

 ドピィは馬に乗って駆け始めた。





 *

 切りも悪いですが、今日は用事があるので、これで投稿させてもらいます。続きは明日……。


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710 道化師軍と南王軍

 峡谷の真ん中に岩が落ち続けている。

 一番狭くなったところだ。

 

 ドピィは、それを確認しながら、斜面を騎馬に駆けおろさせた。ちょっと見ただけではわからないように細工をしているが、馬で駆けおりることができる隠し道だ。だが、ドピィ以外の者が先頭になって進めば、簡単に罠にはまって道を阻まれるような特殊な仕掛けをしている。

 この狭い峡谷のような全領土内の地形の知識にしろ、こうやってそこら辺中に仕掛けている罠付きの隠し道にしろ、道化師(ピエロ)団の大賊徒団とともにドピィが十年かけて準備をしてきたものの一部だ。

 

 なにしろ、十年だ──。

 

 本格的にクロイツ領への侵攻を決めてからでさえ、数年の準備時間があった。

 あのタリオの諜者たちの接触で、その準備が加速されたのは事実だが、ドピィはいずれは、この領内を賊徒で席巻するのは決めていたのだから、盗賊団の育成と併せて、この領内に時折やってきては、ずっと手をかけ続けていたのだ。

 つまりは、数年という時間をかけ、ドピィを裏切ったシャロンと、シャロンを奪っていったクロイツ侯爵に復讐するために、この領域中を調べ回り、必要な準備を整えたということだ。

 

 賊徒団を作ることに加え、数年をかけて、このクロイツ領を歩き回り、あるいは、調べ回って、こういう場所を準備してきた。ほかにもあちこちに協力者を作り続けるなど、考えられることはずっとやってきていた。

 戦いに利用できる地形の知識だけでも、おそらくドピィは死んだクロイツ候よりも遙かに、この領域のことに詳しいだろう。

 それだけの自信はある。

 恨みを抱き続けて、いつか、シャロンとその夫の侯爵に復讐を果たすことだけを誓って、およそ、考えられる限りの準備をドピィは、このクロイツ領に注ぎ続けたのだ。

 

 あっという間に、斜面を駆けおりた。

 一度、後ろを確かめる。

 ドピィの進んだところ以外に騎馬を進めてしまうと、たちまちに罠にかかることを徹底していたが、見た範囲ではあるが、失敗して離脱した者はいないようだ。

 

「散会──。手筈通りに動け──」

 

 ドピィは合図を出した。

 罠のある経路のあいだを通り抜けていた。

 五百の騎馬が瞬時に五個に分かれて、全体を包囲する用に動く。

 

 輜重隊の率いる王軍の馬車群の前に着く。

 前方に巨石が落ちて、前を進んでいた主力である戦闘部隊と分断されてしまったことで、右往左往しているだけだ。

 警備の兵も百人ほどいるが、五百騎が束になって襲撃してきたのに接しても、ほとんど陣形らしい陣形も組んでいない。

 どうやら、戦いに慣れていない将校をこっちに回してしまったみたいだ。不用意な隘路への侵入もそうだが、向こうの指揮官は無能のようだし、全体の練度も低い。王都の本軍とは異なり、地方王軍となれば、出世競争の左遷先だったり、罪を犯した王兵の処罰代わりの地方送りだったりもするとも耳にする。

 そういう相手のようであり、ドピィにとっては運がよかった。

 

 五隊ほどに分かれたもののうち、ドピィに直接についてくる騎馬は百騎ほどだ。全部、ひとかたまりになって突き進んでいる。

 この百騎を含めて、全部がドピィが徹底的に鍛え、馬術にしても、武技にしても、そこらの王軍の将兵に勝るとも劣らぬ技量にまで育て尽くした精鋭たちだ。

 一万に近い賊徒団のうち、戦闘要員といえるのはその半分くらいであるが、騎馬までできるとなれば、数は少ない。

 

 賊徒など、もともとただ食いっぱぐれて集まっただけの烏合の衆に近いものでしかないのだ。

 もちろん、集まった者たちには、でまかせの「大望」をささやき、夢を語り、戦う意味を教え込んでいる。士気だけは高い。

 特にドピィの道化師団のところに集まった者たちは、たまたまこの一、二年の南域の貴族領主たちによる民衆への扱いが酷かったこともあり、貴族やその周辺商人などへの恨みが拡大している。

 そういう彼らの怒りは、賊徒としての士気を高め、強靭さを向上している。

 しかし、どんなに士気が高くても、戦う技術となれば、話は違う。

 賊徒団の構成員は、もともとが食いっぱぐれた農民なのだ。いくら鍛えても高が知れている。

 

 しかし、こいつらは別だ。

 

 それこそ、十年のうちの最後の三年くらいをかけて徹底的に鍛えあげた。

 しかも、命をなんとも思ってない。

 ほとんどが元奴隷であり、また、家族や恋人、妻や子を虐げられてた過去があり、その彼らの多くにドピィは恩を売り、家族を救い出し、尊厳を失って慟哭するしかなかった立場に光を与えてやったりしたのだ。

 だから、彼らのほとんどは、そんなドピィに感謝し、恩を返すためなら、命も厭わぬと心から誓っている。

 そういう者を集めて、徹底的に調練をした。

 

 厳しすぎる調練で命を失った者も少なくない。

 死んだ者たちは、恩を受けたのに不甲斐なくて申し訳ないと、泣きながら死んでいったものだ。

 それが七百人はいる。

 ここに連れてきたのは五百だが、彼らさえいれば、ドピィはどんな戦いでも勝ってみせる自信はある。

 

「攻撃用意、銃構え──」

 

 ドピィは合図した。そして、騎馬を走らせながら、両手を離して、馬の腹のベルトから銃を抜いて構える。

 慌てたように武器を構え出す王軍の将兵に銃を向ける。

 後ろでも同じように銃を構えているはずだ。

 馬腹を蹴り、さらに速度を増したところで、方向を斜めにして、輜重を守る防護隊に並行に近い態勢を作る。

 王兵の放つ矢がやっと飛んでくるが、これだけの速度で進む騎馬に当たりはしない。

 

「撃てええ──」

 

 銃をぶっ放す。

 狙うのは騎馬に乗っている騎兵だ。まずは、そういう者から狙うように厳命している。

 騎馬に乗るのは指揮官だ──。それらは、貴族だ。

 指揮官がやられれば、軍は混乱する。

 どんなに強い隊でも、頭をやられれば弱くなる。

 

 ドピィが狙った騎兵が馬から転げ落ちたのを確認した。それを待っていたかのように、あられのように銃声が鳴り響く。

 ほぼ一瞬にして騎兵はいなくなり、さらに歩兵でも屈強そうな者や具足の立派な者から最初に倒れていく。

 そういう者を狙えと徹底しているのだ。

 

「殺せ──。殺し尽くせ──。逃げる者は追うな──。ただし、逃げない者は、兵であろうと、女であろうと全員を殺し尽くせ──」

 

 銃をしまうと、今度は槍に持ち替える。

 最初の銃以外は、好きな得物に持ち替えることになっている。ドピィは槍でも剣でも使いこなせるが、馬に乗って使うのは槍が便利だ。

 

 この正面を含めて、賊徒の騎馬隊による襲撃が始まった。

 すでに勝敗は決したようなものだ。

 すぐに、ところどころで王兵の潰走が始まった。

 まだ、戦っている正面もあるが、向こうにまとまりはない。各個にやられていっている。

 やがて、虐殺に近い状態になり、あちこちで王軍の兵は殺されだす。

 こうなれば、早い。

 ドピィ自身も十人ほどを殺したが、いまは静観をしている感じだ。

 部下たちがあちこちで敵兵を突き殺すか、撃ち殺すかしている。

 

「よし──。油を撒いて、火を放て──」

 

 ドピィは頃合いを見て、次の合図を出す。

 部下たちが王軍の輜重馬車に次々に準備していた油瓶を投げて、火を放つ。

 これこそが今回の襲撃の目的だ。

 大軍になればなるほど、兵糧は大切だ。焼かれてなくなれば、どんな大軍でも撤退するしかなくなる。

 

「呆気ないですね」

 

 ユーレックが声をかけてきた。

 

「そうだな。だが、まだ第一段だ。兵糧を失えば、新たに送らせるか、現地調達するかだ。まだまだ、数日は同じようなことを続けると思え」

 

 ドピィは言った。

 岩を崩した隘路の方向を見ているのだが、いまだに向こう側から王軍がやってくる気配がない。

 潰された岩をどかすのに苦労しているのだろうか。

 やっぱり、向こうの指揮官は戦を知らないようだ。

 ドピィは、輜重の馬車群が完全に燃え続けているのを確認して、撤退の指示を出した。

 

 

 *

 

 

 三日が過ぎた。

 

 ドピィは、いまだに騎馬隊を率いてクロイツ領内を駆け回っていた。

 

 この三日のあいだに、最初にやったガヤ方面からの主力の引っ張っている最初の輜重隊への襲撃にはじまり、次いで、ユンデ方面から向かっている二千の側に行き、移動中のところを奇襲して、いくつかの攻城兵器の車輪部分を破壊してやった。

 

 攻城兵器は大きくて鈍重だ。

 しかも、足が遅いので、全体の最後部を進むことが多い。

 だから、狙いやすい。

 

 そして、事前に地面に仕掛けていた爆薬を破壊して台車の部分を爆破してやった。

 とにかく、それで、ユンデ方面からの王軍の行軍も遅くなる。攻城兵器の足回りを修理するまで、とりあえず足止めができるだろう。 

 混乱したところを、前回と同様に輜重隊だけを襲撃して、兵糧を燃やしてやった。

 それが二日目だ。

 

 すると、ガヤの港町から再補給の輜重隊が出立したという情報に接したので、これを長駆して騎馬隊で向かい、輜重隊の守備隊を蹴散らして、その補給物資も燃やしてやった。

 これで、三日だ。

 

 シャロンに約束した帰還の時間はすぎたが、ドピィの見積もりではまだまだかかる。

 これからの時間がシャロンを本当に堕とすための時間になる。

 尻に痒み棒を打ち込んで、三日で帰る宣言したドピィが戻らないとなれば、シャロンは、ドピィの帰りを狂ったように待ち望むようになる。

 そうなれば、もう調教は成功したようなものだ。

 ドピィは、今頃どうしているかとシャロンのことを思って、ほくそ笑んでしまった。

 世話女のキーネには、最小限の接触以外は、誰もシャロンに接するなとも命令している。

 シャロンは、ただただ、ドピィから助けられるのを待ち望むしかなく、いないドピィのことしか、頭では考えられなくなるはずだ。

 これでシャロンを完全に堕としてやる。

 

 そして、待っていたものが発生したのは四日目だった。

 主力のガヤ方面からの四千の方が周辺の農村から兵糧の徴発を始めたのである。

 領都のクロイランドまで一日という距離のところであり、いったん前進をやめた彼らが各隊に分かれて、あちこちの農村に向かい強引に農民たちが備蓄しているものを奪いだしたのだ。

 

 当然である。

 全体の兵糧を引っ張ってきていた輜重隊は、その食料ごとドピィたちが全部焼き払っている。

 すぐに出立した再補給の流通も蹴散らして燃やした。

 そうなれば、当座のものとして持っていたものを食べてしまえば、周りから調達するしかない。

 手っ取り早いのは、農村から臨時徴発することだ。

 つまりは、略奪だ。

 

 ドピィは、それを待っていた。

 

 たが、これはドピィの手の上で踊っているということであり、実はこれに対する仕掛けをしていた。

 そのためにこのクロイツ侯爵領を乗っ取ってから、ドピィがシャロンを犯す以外にしていたことがもうひとつある。

 クロイツ領の近傍から始めて、その周辺の農村の代表者たちに会うことだ。

 数名の護衛しか連れずに、移動術の護符を使用して行っていたことであり、あまり部下たちにも教えてないので、重鎮たちには、ドピィがずっとシャロンのところに閉じこもっていたと考えていたと思う。そうなるのも無理はない。

 まあ、秘密主義はドピィの癖だが、今回のついては、仕掛けようしているものが稚拙であり、情報が漏れてしまえば、なんの効果もないものになるので、どうしてもそうする必要があったのだ。

 

 それは、シャロンとの時間をもっと長くしたいと思い出したときから始めた。

 農村の代表者たちを回って、「大望」について語り回ったのだ。

 どんなことを語れば、人の心に訴えるのかということは知っている。

 適当なことを言うわけではない。

 民衆の魂に訴えるような言葉を切実に訴えるのだ。

 彼らの怒りを呼び起こすのである。

 そして、死を厭わずに貴族たちと戦うことが至上なのだと信じさせるのだ。

 

 ドピィの言葉は、人を集める道具だ。

 十人の代表者たちに語れば、それはその百倍の信奉者を集められたし、いくつかの農村がまとまってドピィに従うようになれば、それは燎原に拡がる風のように、領域の中を席巻していった。

 しかも、ドピィは自分たちで作ったものは、自分たちのものだと訴えて、道化師団の統治における農村の無税を約束している。ドピィはこの賊徒で領域を支配できるのも長くて半年だと思っていた。

 そもそも、まともに統治をする気もないので、税などなくていい。半年間の賊徒の糧食など、領都内にある侯爵家の財や倉庫だけで十分に賄える。

 

 だから、領都の外にあるいくつかの侯爵の食料庫は開放して、あちこちにばら撒いて、わかりやすい人気取りもした。

 だいたい、領都の外の侯爵家の収税用の倉庫などは、おそらくやってくるだろう討伐軍に兵領として奪われる可能性が大きかったので、さっさと空にしておく必要もあったのだ。

 

 そうやって、撒いておいた仕掛けに、王軍が引っ掛かった。

 持ってきていた兵糧を失った南王軍の集団は、絶対に周辺農村から略奪的な徴発をやると思った。

 だから、ドピィは、農村を訪問しては、密かに叛乱に加われと農民たちを説得し、さらに、備蓄糧食を奪われるときに、毒を混ぜることを指示したのだ。

 

 遅効性であり、猛毒だと簡単な検査で発見されるので毒性は弱くした。

 しかし、武器を振るって戦うことは難しいくらいには効き目がある。そういう毒だ。

 その毒を配りまくった。

 それだけじゃなく、王軍への陣中見舞いだとして、同じ毒を仕込んだ酒樽なども渡せとも言っている。

 果たして、どのくらいの効果があるか……。

 奪った兵糧や酒を夕食に口にしたとすれば、翌朝が効き目のピークになるはずなのだが。

 

「ユーレック、全員に伝えろ──。明日の朝、集結している王軍を攻撃する」

 

 前のときもそうだったが、ドピィは数百の騎馬が隠れられるような拠点をこの領都中に作っている。

 無論、簡単には見つからないところにだ。

 ドピィは、明日早朝の拠点出発と、王軍への攻撃を伝達した。

 少しずつ領都側にも戻ってきていて、この拠点は、かなり領都に近い場所だ。南王軍としても、兵糧不足のまま、領都を攻撃するわけにもいかず、その一日前に停止して、糧食集めとなったのだろう。

 南王軍の集結地域までも、騎馬なら一ノスくらいだ。

 

 翌朝、斥候を出した。

 南王軍の主力は、魚鱗の陣を組んだまま動きはないみたいだ。多くの兵に覇気がなく、下痢をしているものが膨大な数になっているという。

 ドピィは、すぐに出発させた。

 

 しばらく進むと、敵陣が見下ろせる丘に着く。

 ここもまた、隠し拠点のひとつだ。知ってないと、樹木は草で頂上は錯雑しすぎていて、徒歩であってものぼれない。

 だが、隠しているだけであり、実は草も樹木も簡単に横に倒れる仕掛けになっていて、王軍の陣地側にも一気に駆けおりることもできる。

 

 王軍の陣を改めて見る。

 確かに魚鱗の陣──。

 しかし、明らかにひとりひとりの兵が弱っている。

 ドピィは全員を集めた。

 

「みんな聞け──」

 

 ドピィは整列した賊徒団の騎兵たちの前を駆けながら大声を発する。

 

「──これから南王軍を襲撃する。俺たちは五百──。向こうは四千──。だが、心配するな。勝たせてやる──。俺たち農民や元奴隷の虐げられた者たちの戦いぶりを見せてやれ──。死に物狂いで戦え──。ただし、指揮を見落とすな──。行くぞ──。大望のために──」

 

 ドピィが槍を上にあげると、五百騎が一斉に大望のためにと叫んだ。

 馬腹を蹴る──。

 五百が塊になって駆ける。

 今日も先頭はドピィだ──。

 

 もう余計なことは考えない。

 毒で弱らせても、相手は四千──

 常識外の兵力差だ──。

 

 ぶつかる──。

 

 槍の柄でなぎ倒しながら先頭で駆ける。

 あっという間に敵陣が乱れる。

 そして、突き抜ける。

 

 すぐに反転する。

 再び突っ込む──。

 

 敵も慌てている。

 だが、覇気がない。

 

 そのまま五回続けた。

 敵は完全にばらばらだ。すでに逃亡を開始する兵も出てきた。

 

 やがて、乱戦になった。

 ドピィは、三名ひと組で戦うことを徹底していた。ふたりは槍や剣で戦い、もうひとりは必ず銃を持つのだ。

 そして、ちょっとでも抵抗があれば、銃で殺す──。

 銃手を攻撃しようとすれば、槍や剣の者は守るというものだ。ドピィは、これを三位一体攻撃と名付けていた。

 やがて、敵全体が潰走し始める。

 

「ひとりでも多く殺せ──」

 

 逃げ出す王軍の兵を前に、ドピィは叫んだ。

 これだけ勝っても敵は大軍だ。

 どこかでまとまられてしまえば、また攻撃してくるに決まっている。

 

 追撃は酸鼻を極めたが、ドピィは一ノス追わせて、撤収を指示した。

 戦いの場になった原野と追撃の経路沿いには、おびただしい死骸が続いていた。 

 

「これは終わりじゃないぞ。まだまだ、大望のための戦いは続く。しかし、今日は、十分な大勝利だ。よくやった、君たち――」

 

 ドピィは言った。

 主力の四千が潰走したとなれば、別の経路から来ている二千は後退していく可能性が高い。

 そうでないとしても、また改めて蹴散らすだけだ。

 

 ドピィは全員に、移動と集結、そして、食事を命じた。

 さらに、領都にも伝令を出す。

 この大勝利を市民にも伝達し、あちこちに喧伝するのだ。

 領都内で道化師団に協力する者たちは、さらに拡大するに違いない。

 

 移動したところに、近傍の農村から荷車がやってきた。

 兵糧とまぐさ、数頭の猪もいる。酒まであるようだ。これには、毒はないだろう。

 ドピィは、持っていたものから、十分な代金を運んできた農村の者たちに手渡した。彼らは、代金をもらえると考えてなかったみたいで、仕切りに恐縮していた。

 すぐに、料理が始まる。

 ドピィは一杯を制限をして、酒も許すことにした。

 

「すばらしい勝利でした」

 

 ユーレックが興奮している顔で言った。

 この少年に限らず、どの顔にも感情の昂ぶりが観察できた。

 確かに、圧倒的な王軍に対して、ほとんど被害もないような大勝利だ。気が昂ぶって当然だ。

 しばらくすると、猪も吊されて焼かれだす。

 大鍋で内蔵も煮られている。

 ドピィも少しばかり、酒を口にした。

 あちこちで焚き火を囲んで食事になった。

 

 やがて、料理が半分くらいになったとき、領都に出した伝令が戻ってきた。

 カリュートという道化師団の軍事責任者も一緒だ。

 本来であれば、この五百騎の中に入ってもいい立場だが、領都の防備を空にするわけにもいかないので、防衛責任者として残ってもらっていた。

 こっちの主力は潰走させたし、あっち側の二千も、まだ領都にやってくる距離ではないことは確かだが、どうして、領都の防備の責任者がここに?

 ドピィは怪訝に思った。

 

「どうした、カリュート? まさか領都が落城したわけじゃあるまい?」

 

 冗談めかして言ったが、理由なく領都を離れたなら折檻ものだ。

 だが、物の重大さがわからないカリュートじゃない。多分、なにかがあったのだろう。

 

「い、いや、領都そのものは無事です……。だけど……。いや、頭領、申し訳ありません──」

 

 すると、カリュートは騎馬から転がるように降りると、ドピィの足もとでいきなり土下座をした。

 

「カリュート?」

 

「頭領、ごめんなさい──。領都そのものは無事です──。でも、拠点にしていた侯爵家の屋敷に、冒険者のパーティが潜入したんです。それで、侯爵夫人を連れて行かれてしまいました──」

 

 カリュートが泣くような声で言った。

 ドピィは一瞬、唖然とするとともに、次いで、ものすごい激怒の感情が沸き起こった。

 

 

 

 

 

(第12話『怒りの道化師』終わり、第13話に続く)





 *

 次話からは、さらに時間を遡り、王都の女たち、イザベラ及びサキの正面を語ります。そして、本話の時間の後の時程に繋げる予定です。


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 第13話  女狩りの陰謀【王都】
711 抹殺命令




 久しぶりに、物語の舞台を王都に移します。
 主人公側の時系としては、ロウが水晶宮を出発した直後の頃となります。状況説明も兼ねています。
 しかし、王都の場面を最後に書いてから、もう一年以上になるんですねえ……。


 *




「ロウ殿と連絡がついたって──?」

 

 血相を変えた様子で、ミランダの執務室に入ってきたのはマアだ。

 本当の見た目を誤魔化(ごまか)す首のリングは外していて、三十歳前後の美女の姿になっていた。

 もっとも、実は、よく知られている六十歳相応の年配の女性の見た目が偽者で、こっちの若い女の姿が本物ではある。

 

 ロウがあの得体の知れない自分の女を自由自在にできる能力を使って、マアの姿を若返らせてしまったのだ。

 それによって、天下一の女豪商人として名高いマアがロウが絶対の信者になってしまった。

 まあ、無理はないとは思うが……。

 

 マアが若い姿でいるのは、その方が目立たないからだ。女豪商にして、大商会の会頭である老女マアの姿は、世間に知られすぎている。しかし、それに比べれば、若返ったマアの姿は誰にも知られておらず、動きやすいみたいだ。

 それで、この王都に戻ってきてからは、若い姿でいる方が多くなった。

 ミランダもやっと見慣れてきたところだ。マアは、よく若い男に声をかけられると笑っているが……。

 

「いや、連絡がついたわけじゃないよ。ある程度の正確な状況がわかっただけさ、おマア。だけど、やっと、ロウのいる水晶宮とやらに冒険者を連絡要員として派遣できたんだけど、すでに出立した後らしい。王国に向かっている。親衛隊三十名が同行しているそうさ……」

 

 ミランダは説明した。

 第三神殿の庭の地下に作っている隠れ家である。もともとは、スクルドが準備したものであり、大きな事務室のような場所と、いくつかの小部屋になっている。一度、冒険者ギルドで捕縛され、アネルザとともに監獄塔に入れられ、そこを出てからのミランダの居場所はずっとここだ。

 いまは、本来の冒険者ギルドは閉鎖状態にあり、連絡のつく冒険者との接触を試みながら、ここを仮設のギルド本部として機能させようと努力しているところだ。

 なにしろ、本当の冒険者ギルドは、国王命令で新ギルド長が寵姫“サキ”になり、いまだに王軍の警備兵が常置している状況なのだ。

 

 それはともかく、つい先日、二度目のエルフ女王のガドニエルの魔道によって、ロウが女王から英雄の称号を授かる映像が全大陸に伝えられていた。エルフ女王国から供給される魔石を使った魔道通信設備を保有している施設では、どこであろうと、その映像を視聴できたのだ。

 ここにもあるので、みんなで見たが、式典の最中にロウとガドニエル女王が口づけをしたときには度肝を抜かれた。

 なによりも、向こうの式典側の誰もが、それを止め立てしようとしなかったことにも……。

 もしかしたら、女王くらいたらし込むかもしれないとは思ったが、本当にするとは……。

 つくづく、女という女をことごとく魅了してしまう好色男だ。

 ここまでくれば、もはや、“女の敵”という言葉がぴったりの気もするが……。

 

 とにかく、ミランダは、エランド・シティというエルフ族の城である水晶宮が位置するナタル森林の奥地に対し、なんとかロウと接触をしようと、向こうの冒険者ギルドに緊急クエスト扱いでロウとの接触を試みた。

 それがやっと繋がったのだが、残念ながらロウたちはすでに出立した後だった。

 ハロンドール王国との国境付近でなにかあったらしく、慌ただしく出発したらしい。

 わかったのは、それだけだ。

 ミランダは説明した。

 マアが嘆息した。

 

「ところで、親衛隊が同行と言ったかねえ。女王の親衛隊がロウ殿の警護をするのかい?」

 

「いや、よくわからないけど、女王じゃなく、“英雄公”の親衛隊ということらしい」

 

「英雄公?」

 

「ロウのことだね」

 

 ミランダはくすくすと笑った。

 すると、マアが息を吐く。

 

「そうかい。やっと居場所がわかったのにねえ……。だけど、戻ってはくるんだね。こっちに向かっているというのは嬉しいことだよ」

 

 マアが部屋の中にあるソファに腰をおろす。

 ミランダは、机上の魔道具でマリーに、お茶を準備するように連絡した。

 マリーはもともと、冒険者ギルドで受付をしていた下級魔道遣いであり、十数人ほどいたギルド職員の中で、こっちに合流してもらったふたりのうちのひとりだ。

 もうひとりの合流者はランであり、ランはロウの愛人のひとりになったことで、事務処理能力や行政処理能力が爆発的に開花して、いまはミランダの欠くことのできない片腕にまで急成長している。

 そのふたりとミランダで、この臨時のギルドを運営していた。

 

「向かった国境がモーリア男爵領ということまではわかっているから、今度はそっちにも、冒険者を向かわせようと思っている。だけど、緊急通信が届くギルド支部も限られていてねえ……。どうしても、連絡に時間差が生じるのさ」

 

 ミランダは机の前から、マアに向かい合うソファに移動した。

 

「金のことは心配いらないよ。ロウ殿のおかげで、わたしの資産は百倍じゃあ、効かないからねえ。桁外れの報酬でつり上げておくれ。とにかく、一刻も早く、ロウ殿と連絡をとろうよ」

 

「やっているさ。クエスト報酬については、あんたが頼りさ。なにせ、なにもかも、ギルド本部ごと奪われた一文無しだからね」

 

 ミランダは笑った。

 すると、部屋にノックがあり、紅茶の準備を整えたマリーが入ってきた。

 

「おマア様、お帰りなさい。モートレット様は一緒じゃないんですか?」

 

 マリーがミランダとマアの前にお茶を準備しながら訊ねた。

 モートレットは、マアがタリオから戻ってくるときに連れてきた男装の麗人の娘だ。

 無口であまり自分から喋る方じゃない性質みたいだが、なにか素性にいわくがある感じだ。ただ、モートレット本人もだが、マアもそれについては黙っている。

 だから、ミランダも詮索はしていない。

 だが、そういえば、一緒ではないのだろうか?

 外に出るときには護衛として同行したのは確かだし、いつもは必ずマアの横にいる。

 

「モートレットは借りている部屋の寝台に倒れ込んでしまったよ。女の格好というのが疲れたみたいでね」

 

 マアはくすくすと笑った。

 男装しかしたことがないというモートレットに、女の格好もするように、マアが言い渡したのは知っている。マアの護衛である以上、どんな場所に行くかはわからない。状況によっては、男装では都合が悪く、身分のある令嬢姿の方が都合のいいときもある。だから、女の姿も訓練しろと命じたようだ。

 

 しかし、今日、マアが外出するときに、モートレットが女の格好をして出たとは知らなかった。

 なにしろ、実際に女の服を着せてみたら、あれだけの美人なのに、まるで男が女装しているようにしか見えなかったのだ。

 おそらく、男っぽい所作が原因だ。

 ベルズが女らしい仕草や姿勢などについて、特訓を施していたが……。

 

「まあさいさ。ところで、マリーも座りなよ。ランも呼んで休憩にするかい」

 

 ミランダは言った。

 温かいお茶がミランダとマアの前に置かれる。

 

「はい。あっ、でも、ランはなにか重要な情報が入ったらしくて、そっちに対応してます。すぐにこっちに来ると思いますが」

 

 マリーが応じる。

 

「重要な情報?」

 

 マアが小首を傾げる。

 

「王宮の通達らしいですよ。たったいまのことなんですけど。ランは顔色を変えてました。それは本当かと、何度も通報者に念を押してました」

 

「なんだろうねえ……?」

 

 ミランダも言った。

 ランが血相を変えるというのは、あまりあることじゃない。もともと、ただの女給にすぎなかったランだが、ロウの精を受けたことで、頭の働きもそうだが、一本筋の入った度胸のようなものも備わったみたいになっていた。

 だからこそのミランダの片腕なのだ。

 

 ちょっと、ランのところに行こうかとも思ったが、思い直して任せることにした。

 ランのことだから、可能な限りの状況を整理して、すぐにこっちにくるだろう。

 その代わり、隣室にいるエルザに声をかけた。

 この国の第二王女であり、ハロンドールのアーサー大公の妃として嫁いでいた彼女だが、いまはマアとともに、密かにこっちに戻ってきていた。

 よくわからないのだが、アーサーに離縁されたと言っており、二度と向こうには帰らないとも言っている。

 国と国との婚姻など、簡単に解消できるものじゃないし、実際にはどうなっているかわからないが、少なくとも、ここに来るときには、侍女ひとりさえも連れてなかった。

 本当に、マアとエルザとモートレットだけの女三人でやって来たのだ。

 

 エルザはすぐにやってきた。

 

「疲れたああ……。やっと寝てくれたのよ。あのウルズちゃん……。もう、参ったわ……」

 

 エルザが愚痴をこぼしながらソファに座る。

 ウルズというのは、幼児返りしてしまった元第一神殿の筆頭巫女だ。ただ、さすがに知能と反応が幼女では神殿巫女は務まらず、スクルズとベルズが預かるかたちで面倒を看ていた。

 スクルズがいなくなってしまったので、いまはベルズがずっと世話をしているが、そのベルズも今日は外に出ているので、エルザが看ていたのだ。

 

「今日は、王女様が世話なのかね?」

 

 マアが口を挟む。

 

「ベルズに頼まれてね。“エルザまま”と慕ってくれるのはいいんだけど、本当の幼女じゃないから、力強いし、重いし、むしろ、わたしよりも身体大きいし……。それでぎゅうぎゅうと抱きついたり、振り回してきたり……。そうかと思ったら、まんまん、まんまんって……」

 

 エルザがうんざりしきった顔になっている。

 

「それは大変だったね。それでどうしたのさ。まんまんしてやったのかい?」

 

 ミランダは笑った。

 “まんまん”というのは、あの好色男が教え込んだことであり、つまりは、セックスだ。

 ただ、女同士なので、気持ちのいいことをして欲しいというおねだりである。

 

「冗談じゃないわよ。そもそも、幼児返りなら、それでもいいけど、なんてことを教えてるのよ。身体は大人だけど、頭は子供なのよ」

 

 エルザは憤慨している。

 ミランダは肩をすくめた。

 

「教えたのは、ここにはいないロウだね。王都に戻ってきたら紹介するから、文句を言っておくれ。もっとも、取り込まれないように気をつけるんだね。なにせ、エルフ女王までたらし込んだらしいしね」

 

 ミランダは軽口を言った。

 

「アネルザ様にも、そのロウ殿の女にしてもらえって、言われているけどね」

 

 エルザも苦笑を浮かべた。

 そのときだった。

 部屋の外から慌ただしく誰かが駆けてくる気配がした。

 多分、ランなのだろう。

 

「ミランダ様、大変です──」

 

 案の定、ランだった。

 なにかの紙を持っている。貼り紙を剥がしてきたという感じだ。

 

「ラン、あたしのことを“ミランダ様”って呼んだら、返事しないって言っただろう」

 

 ミランダは、常日頃から、誰であろうとミランダのことを呼び捨てにすることを要求していた。

 ところが、このランは、興奮するとそれを忘れて“ミランダ様”と呼ぶ。もう何度も注意しているのだが……。

 

「それどころじゃありません。抹殺命令です。ロウ様の抹殺命令が出たんです。国王命令です──」

 

 ランだ。

 

「なにをそんなに慌てているの? そのロウという男の手配書は前から出ているんでしょう。そもそも、それであんたらは、おかしな計略をアネルザ様と始めたんでしょうに」

 

 エルザが横から言った。

 確かに、そうだ。

 今回の大騒動の発端は、あのルードルフ王がロウの手配書を全土に発信したことから端を発している。

 いまはノールの離宮にいる王太女のイザベラと、キシダインと離縁したアン王女のふたりがロウの子を同時に身ごもったのだ。

 それで怒った王がロウの捕縛指示を出し、それを取り消させようとしたアネルザが計略し、わざと自分を捕縛させて、ルードルフの悪名を拡大させて、王を失脚させようとしたということだ。

 

 まあ、そのはずだったのだが、いまでは随分と、おかしな状況になってしまってはいる……。

 なぜか、あの監獄塔で姉妹の杯を交わして、謀略を誓ったアネルザ、スクルド、ミランダ、サキの四人は、いまはばらばらになってしまったのだ。

 

 アネルザはイザベラとともにノールの離宮──。

 スクルドは、自分を死んだことにして、ロウを迎えに行くと国境に向かい、それ以降、音沙汰なしの行方知れず──。

 ミランダはここにいるが、サキなど、テレーズという希代の悪女の女官と組んで王宮でやりたい放題をして、いまや、ミランダやアネルザと絶縁状態だ。なにをしているのかもわからないし、なにを考えているのかも知らない。とにかく、王宮を完全閉鎖して、閉じこもり状態であり、こっちからの連絡は無視したままだ。

 

「いえ、それとは違います。あれは捕縛指示でした。今度のは抹殺です。見つけ次第に殺すように命令されています。また、確認しましたが、その命令書と同時に、地方ギルドに、高額クエストがかけられてました。やっぱり、ロウ様の暗殺です。それが一斉に……」

 

「なんだって──?」

 

 ミランダは声をあげた。

 捕縛じゃなくて、抹殺──?

 しばらく沈黙していた王宮が新しい指示ということか?

 だが、王宮を支配しているのは、サキのはずだ。

 まさか、サキがロウの死刑指示を国王に出させたと?

 しかし、いまや、ロウはエルフ女王による英雄宣言を受けているのだ……。

 英雄公だ。

 そのロウに、暗殺指示を出すとなれば、そのエルフ国との敵対行為にもなりかねない。

 

「まさか……。あいつ、なにを考えているんだい……?」

 

 ミランダは困惑した。

 

「しかも、それだけじゃないんです」

 

 ランが泣きそうな顔で持っていた紙を差し出した。

 どうやら、辻書のようだ。それをどこからか剥がしてきたものみたいだ。「辻書」というのは王都内の道路の要所の辻に貼られる王宮からの連絡であり、その内容は千差万別だ。

 ランが渡したのは、その辻書であり、手配書だ。

 ロウの死刑宣言が書かれている。

 しかし、ミランダはびっくりした。

 それに、ミランダとベルズの名も入っているのだ。

 

「あれえ? あたしたちもかい?」

 

 驚いた。

 ロウ、ミランダ、ベルズと並べて、見つけ次第に処刑と記述されている。高額の報奨金もある。

 

 そのときだった。

 部屋の一部の空間が揺れ出した。

 “移動術”の兆候だ。

 果たして、顔にフードを被ったベルズが出現した。

 

「ちょうどよかった、ベルズ。あたしと、あんたの手配書が……」

 

 ミランダは説明しようとした。

 だが、ベルズはそれを制した。

 

「知っている。ロウ殿もなのだろう。わたしも、それを確かめた。だけど、そんなことよりも大変だよ。わたしもいま、知ったんだけど、夕べのうちに、ロウ殿が暮らしている幽霊屋敷が王軍の襲撃を受けたみたいだ。慌てて、移動術で見てきたんだけど本当だった。しかも、火をつけられている。屋敷全体が燃え尽きて、ただの焼け野原になっていたよ」

 

 ベルズが言った。

 ミランダは唖然とした。



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712 隠れ家からの脱出(その1)

「幽霊屋敷が焼け野原? そんな馬鹿な、あそこには、屋敷妖精のシルキーがいるんだよ──。シルキーは、屋敷のこととなれば、ほぼ無敵に魔道を使うんだ。滅多なことなんてあるものか」

 

 ミランダは声をあげた。

 屋敷妖精というのは、屋敷に住み着き、屋敷の管理や家事に関わるすべてをやってくれる妖精のことであり、ロウたちが生活をしていた屋敷にいたものだ。

 もちろん、屋敷の警備もする。

 

 高位魔道者にしか懐かないという性質もあり、権力や隷属魔道のようなもので支配できるものではなく、また、数も少ないとされ、屋敷妖精など滅多に存在を見かけるものではないが、なぜか、ロウはシルキーとブラニーというふたりの屋敷妖精を事実上支配していて、シルキーはもともとロウたちが屋敷にしていた通称“幽霊屋敷”、もうひとりのブラニーは、小屋敷とみんなで呼んでいる王都の城壁内の平屋敷だ。

 それはともかく、あの幽霊屋敷が王軍の襲撃をすでに受けたとはどういうことだろう──?

 

「だが、確かな事実だ。わたしは、この目で見てきた。すでに焼け焦げの残骸だけになっている場所を大勢の王軍の兵が一生懸命に探していたさ」

 

 ベルズが憮然とした表情で、空いているソファに座り込む。

 ランもマリーも唖然としている。一方で、マアは険しい顔になり、エルザは怪訝そうに眉をひそめている。

 

「あのう……、本当に?」

 

 しばしの沈黙があり、ランがそれを最初に破った。

 ベルズが頷いた。

 

「大勢の兵が外から戻るのを王都で目撃してね……。彼らが幽霊屋敷とか、さらに、わたしやミランダの名を口にしていたのだ。それで、ちょっと気になって、魔道で跳躍して向かったら、まだ残っている兵が焼け跡でなにかを探していたということだよ」

 

 ベルズが説明した。

 どうやら、本当のことらしい……。

 だが、考えてみれば当然なのかもしれない。もともと、ロウは国王が手配して捕縛指示を出していた。今回は抹殺指示に切り替わったみたいだが、ロウを探すなら、一応はまずは軍が向かうべき場所だ。

 ただ、捜索対象のいない屋敷を問答無用で焼き払うなど……。

 

「もしかして、お前やミランダを探して、ロウ殿の屋敷に軍が向かったということかい?」

 

 マアだ。

 

「そのようです、おマア様……。魔道で姿を隠し、風の魔道で、焼け焦げになっている屋敷のあった場所を探す兵の会話を集めましたが、彼らが口にしていたことを総合すれば、軍があそこを囲んだのは、夕べの夜のことであり、目的はわたしとミランダの行方の捜索のようです。ただ、屋敷妖精のシルキーが軍の立ち入りを拒んだのので、囲んで焼き払ったということみたいです」

 

 ベルズが意気消沈した様子で言った。

 

「そんな……。どうして、そんなことに……?」

 

 ミランダは唖然として呟いた。

 すると、ベルズが顔をあげて、ミランダに向かって首を横に振る。

 

「わからんが、兵たちは親衛隊長の命令と言っていたね」

 

「親衛隊長? 親衛隊長とはサキだよ」

 

 ミランダは言った。

 そもそも、親衛隊長という役職は、本来は、ハロンドール軍には存在しない。エルフ国などで“親衛隊”と呼ぶ役割をするのは、ハロンドール王国では“近衛兵”だ。

 ただ、近衛兵を魔道で把握してしまったサキが、国王に直属する軍責任者の意味で、そういう役職を新たに作り出したというのは耳にしている。

 つまりは、サキが王軍を支配するために、王宮には存在しない役職を作ったのが“親衛隊長”なのだ。

 

 また、サキたちは、王宮から王軍を掌握するために、王家の宝庫にある操心具の宝物を総動員しているみたいだ。

 これは、マアやミランダが王宮内に忍び込ませた手の者からの情報で掴んだものだ。だからこそ、王都の貴族子女を集めて奴隷宮を作ったり、貴族の妻女を国王が犯す映像が毎日のように“映録球”という記録具で流出するということがあっても、王軍が行動を起こさないのだ。

 あれだけのことをすれば、国王といえども、王軍が糾弾のために動いてもいい。

 しかし、実際には、あらゆる高位貴族が国王を見限っている状態の中で、王軍だけが大人しく王家のために忠実に行動している。

 その絡繰りは、王家の宝物具である操り具にあるのだ。

 ただ、それをなんとかしようにも、潜り込ませていた手の者や冒険者とは連絡がつかなくなっている。彼らもまた、どうなっているのか不明だ。

 

「サキだろうとなんだろうと、あの魔族女は、ついに、ロウ殿の屋敷を襲撃させたということなのだろうさ。所詮は魔族ということさ」

 

 ベルズが吐き捨てた。

 すると、ランが口を開いた。

 

「あの、それはおかしいのではないかと……?」

 

 遠慮がちにランが言った。

 

「おかしいとは?」

 

 エルザが横から訊ねる。

 

「サキ様のことはあまり知らないのですが、確か、ミランダ様……ミランダも、それに、ここにスクルズ様がおられた頃も、サキ様というお方は、この場所を知っておられるという話をしていたような……。もしも、サキ様がベルズ様とミランダを探すなら、一目散にここにくるのでは?」

 

「つまり、どういうことだと思うんだい、ラン?」

 

 ミランダも口を挟む。確かに、そうだ。サキはこの場所を知っている。ミランダたちを探すために、ほかの場所を襲撃するのは不自然だ。

 

「ベルズ様が耳にしたことや、実際に起きていることを、仮に全部事実だとすれば、サキ様の名をかたっている王宮内の何者かが、お二人が隠れている可能性がある場所をひとつずつ探しているのでは……?」

 

「サキの名をかたっている誰か?」

 

 ベルズが怪訝そうな表情になる。

 

「ねえ、ちょっと待ちなさいよ。それが、サキという魔族だとか、その偽者とかどうでもいいわよ──。だったら、虱潰しにあんたらを探すとして、そのロウの屋敷のほかには、どんな場所があるのよ──?」

 

 エルザが眉間に皺を寄せる。

 

「そりゃあ、まずは第二神殿……。そして、ロウもベルズもあたしも、よく出入りしていたのがわかっているこの第三神殿……。王都の小屋敷は注意深くロウとの関係は隠していたからわからないけど、あとはそこくらいか……。ほかに、おマアの商会ある場所とか……」

 

 ミランダは口にした。

 

「ば、馬鹿ねえ──。だったら、危機感持ちなさいよ。第三神殿ってここじゃないのよ。ぼやぼやしてていいの?」

 

 エルザの言葉にはっとした。

 確かにそうだ──。

 

「ウルズを起こす。念のためにここを出よう。とりあえず、小屋敷に――。あそこなら、どこよりも安全だ。場所がばれているとしても、そこなら、ブラニーが守ってくれる」

 

 ベルズが立ちあがった。

 隣室に駆けていく。

 

「ここから逃げるのかい? あたしの隠し宿もいくつかあるけどね。そっちでも、とりあえずの安全は確保できると思うよ」

 

 マアが言った。

 ミランダは、当然の荷物を準備するために机に向かいつつ、首だけを向ける。

 

「いや、一度、その小屋敷に向かおう。そこには、そこの屋敷妖精のブラニーがいる。屋敷を焼かれてしまったシルキーのことも気になるしね。彼女たちはお互いに連携を持っていた。なにかを知っているかもしれない」

 

 ミランダの机の周りには、ギルドの書類やギルドの通信具などが散らばっている。それを魔道具の鞄にどんどんと入れ始める。

 

「おマア様──」

 

 そのとき、この大部屋と外に向かう入口側の扉が勢いよく開いた。

 マアの護衛のモートレットだ。

 今日は女の格好で外出したと言っていたが、すでに男装になっていた。剣もさげている。

 それはともかく、一緒に、第三神殿の神殿長代理を連れている。

 もともと、スクルズが神殿長だったときに、副神殿長だった五十男であり、ミランダたちがこの神殿の庭園の地下に隠れていることを知っている数少ない人間のひとりだ。

 しかし、秘密が発覚するのをおそれて、彼は滅多にここには来なかった。それなのに、こんな明るい昼間にここにやってきたのだ。

 

「神殿長代理、どうしたのですか?」

 

 マリーが応じた。

 

「緊急事態だそうだ。この神殿に王家の軍が入ったみたいだ。わたしたちを探している。特に、ミランダとベルズ殿だが……。とにかく、わたしは出口にいる。全員、逃げる準備を」

 

 モートレットがそれだけ言って、部屋の外に出る。

 地下から地上にあがる階段の出入り口のところに向かったのだろう。

 魔道で出るならともかく、それ以外の手段で外に出るのは、庭に繋がる隠し階段で庭にあがるしかない。

 

「神殿に王家の軍が来たのだと?」

 

 ベルズが隣の部屋から戻ってきた。

 自分と同じようなフード付きのマントで身体を覆ったウルズと手を繋いでいる。

 

「うーん……、べーまま……まだ、眠いの……」

 

 ウルズは不機嫌そうだ。

 

「おう、すまんな……。だけど、お出掛けだ。また、引っ越しだ。ここに悪いやつが来ているそうでな」

 

「わるいやつ?」

 

「ぱぱが戻ってくるのを邪魔しようとしている者たちだ。だから、逃げるぞ、ウルズ」

 

「えええ──。ウルズ、ぱぱにあいたい。ぱぱ、はやく、もどってくればいい。じゃまするの、きらい」

 

「そうだな。ままもだ。だから、大人しく言うことをきいてくれ……。ところで、神殿長代理、いまの話は誠なのだな?」

 

 ベルズが神殿長代理を見る。

 

「ええ、それと、噂によると、第二神殿にも王兵が向かったようです。そんな噂が飛び込んできて、真実を確認しようと思ったら、ここを王兵が襲撃しようとしたというわけでして」

 

「いま、その連中は?」

 

 ミランダは訊ねた。

 とりあえず、最小限度の荷は集めた。なによりも大切なのは、ギルドのデータと通信具だ。ほかのものはなんとでもなる。

 

「神殿内を家捜ししています」

 

「王家が神殿に兵を入れるなど……。各国にある神殿は、タリオに位置する大神殿に属し、権力とは一線を画して、王権の不可侵を認められているというのに……」

 

 ベルズが憤慨した口調で言った。

 

「この第三神殿は、スクルズ様のことで、兇王の監視対象にありましたからね。だが、第二神殿まで軍が入るとは驚きです。これは、大神殿の教皇猊下に報告して、しかるべき対処をしてもらわねばなりません。場合によっては、ルードルフ王の破門宣言も……。だが、それは後のことです。とにかく、早くお逃げを……」

 

 神殿長代理が部屋を出ていく。

 

「ちっ、とんだことになったね。小屋敷に向かうなら、スクルズの私室にまだある“移動ポッド”がいいんだけど、無理だろうねえ」

 

 ミランダは舌打ちした。

 移動ポッドというのは、あのロウが王都にいる女たちを夜這いしまくるために、作らせた瞬間移動の設備だ。

 ミランダは頑なに拒否したが、スクルズなど一番最初に取り付けたし、イザベラのいる王宮とも、ロウは繋げてたっけ……。

 スクルドなど、それを助けるために、本来は絶対に解いてはいけない王宮内の魔道防止の封印を勝手に外したりしていたか……。

 不意に、ミランダはそんなことを思い出した。

 

「わたしの魔道で向かおう」

 

 ベルズが言った。

 そして、魔道をかける仕草をした。

 その瞬間だった──。

 

「ふがああああっ」

 

「ひぎゃあああ」

 

 ベルズとウルズがその場にひっくり返る。

 ミランダはびっくりした。

 

「どうしたんだい──?」

 

 ベルズとウルズに駆け寄る。

 

「しっかりして」

 

「ベルズ様」

 

「ウルズちゃん──」

 

 エルザたちも寄ってくる。ランやマリーもだ。

 

「逆結界だ──。移動術を封印されている。しかも、いま、それに探知されてしまった気がする……。まずいな……」

 

 ベルズが身体を起こしながら、焦った感じで言った。

 

「とにかく、外に──」

 

 ランが声をあげる。

 全員で階段のある場所に走る。

 そこには、モートレットがいるはずだ。

 

「まずい──。この上の庭に王兵どもが殺到してきた。すでに囲まれている」

 

 すると、階段の上の場所にいたモートレットが、外に繋がる蓋になっている階段の上の部分を慌てたように閉じて叫んだ。

 

「やっぱり……。さっきの移動術を探知されたか……。しまったな……」

 

 ベルズがウルズの手をしっかりと握ったまま、口惜しそうに歯噛みした。



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713 隠れ家からの脱出(その2)

「外はどういう状況なんだい、モートレット?」

 

 ミランダは訊ねた。

 モートレットは、階段の一番上に張りつくようにしている。そこが蓋のようになっていて、そこを開けると、神殿の裏庭にある一本樹の横の地面に出入り口ができるのだ。

 

「足音から判断して、うろうろしているという感じ。ここそのものは、見つかってない……と思う」

 

 モートレットが天井に顔をつけて、上の足音に耳を澄ませるような体勢で言った。

 

「わたしの魔道を探知したんで、こっちに集まってきたんだろうね。すまない、みんな」

 

 ベルズが頭をさげる。

 ミランダは、首を横に振る。

 

「ベルズのせいじゃないさ。だけど、こうなったら、遮二無二突破するしかないね」

 

 ミランダは肩に提げていた魔道の鞄から、二本の斧を取り出す。普通の雑のう程度の大きさであり、重さも感じないが、内側が亜空間に繋がっていて、大きな木箱十個ほどは簡単に収納できる。

 また、準備したのは、大斧と呼ばれる武器であり、背の低いミランダが持てば、自分の身体よりも高くなるのだが、冒険者時代からのミランダの得意武器だ。

 人間族の力では、このうちの一本を両手で操るのも大変だろうが、ミランダはそれを左右の手で二本扱う。

 特に、ロウに愛されるようになってからは、全身の力が二倍にも三倍にもなった感じになり、さらに強くなった気もする。

 外にいるのが、百人であろうと、二百であろうと蹴散らしてやる。

 

「行こうか。とにかく、塊になって進むよ。目的地は小屋敷だ。ばらばらになっても、各人でそこを目指しておくれ」

 

 ミランダは声をかけた。

 

「いえ、待ってください」

 

 しかし、ランが口を挟んだ。

 ミランダだけでなく、全員の視線がランに集まる。

 

「無理です。あたしもマリーも、荒事にはまったくの素人です。エルザ様も、おマア様も……。ましてや、ウルズちゃんもいます。これだけの足手まといを連れて、おふたりとモートレット様だけで、外を突破できると思えません」

 

 そして、ランが言った。

 ランの声は落ち着いたものだった。

 ミランダは感嘆する思いだ。この娘は、ついこのあいだまで、王都の下町で働くただの女給だったのだ。それが男に騙されて性奴隷として売り飛ばされ、娼婦として働いていたような弱い娘だったのだ。

 しかし、いまは、こうやって語る姿もなんだか頼もしい。

 

 ロウの精は女を変え、能力を向上させる。

 ミランダ自身も、その恩恵で、若い時代よりもずっと強くなっている。だが、このランについては、変わりすぎだ。いい意味で、まるで別人である。

 また、ランの言うことももっともだ。

 戦闘のできないランたちが足手まといであることは確かだ。幼児返りしているウルズなど、力は大人並みにあっても、動きは幼児並みだ。おそらく、長く走ることはできないだろう。

 しかも、身体は成人女性なので、抱えて走ることも難しい。それができるのは、怪力のミランダくらいだが、それではミランダが戦えない。

 

「じゃあ、どうするんだい?」

 

 マアが口を挟んだ。

 

「ミランダ様、いえ、ミランダとベルズ様だけで行ってください。おふたりだけなら、外に王軍の兵の一団がいるとしても、突破は難しくないでしょう。ほかのあたしたちは、別に出ましょう」

 

「お前たちを置いておけと──? そんなことはできないよ、ラン。とにかく、全員で一緒に来るんだ。絶対に守ってみせる」

 

 驚いて、ミランダは声をあげた。

 

「違います。違うんです──。あたしが言っているのは、おふたりを囮にするということです。まず、おふたりで外に出て、できるだけ王兵を引きつけてください。追われているのがおふたりだけなら、必ず、王兵はおふたりを追いかけるでしょう。そうすれば、裏庭からは人はいなくなります。あたしたちは、巫女服を着てこっそりと脱出します」

 

 ランが慌てたように言った。

 ミランダは、口を閉じた。

 そして、ランが口にしたことを考えた。

 

 確かに、そうだ。

 そっちの方が走れないウルズを抱えて王兵の囲みを突破するよりも、脱出に成功する確率が高いかもしれない。

 

「そっちの策がよさそうね。最悪、わたしたちは捕らわれるでしょうけど、抹殺命令が出ているのは、あんたらだけみたいだから、殺されることはないでしょうし……。それに、この国の王女でもあるわたしを害するなんて、あり得ないわ。まあ、王宮に巣くっているという魔族様がどう考えているのかは、わからないというのはあるけど……」

 

 エルザがちょっと明るい声で言った。

 彼女もまた、肝は据わっている。さすがは、王女というところだろう。

 

「じゃあ、それでいこう……。モートレット、それでいいかい? みんなを守っておくれ」

 

 ベルズだ。

 

「もちろんです」

 

 モートレットが階段の上から降りてきながら、しっかりと頷く。

 ミランダは入れ替わるように階段をあがり、耳を天井部分の蓋に張りつかせた。

 

 上の地面の足音の気配がわかる。

 足音は遠くなったり、近くなったりしている。

 ベルズの魔道を探知してこっちに来たのだろうが、地下の隠れ家まで特定したわけじゃないようだ。

 しかし、この辺りを大勢で探っている気配ではある。

 

「準備はいいかい、ベルズ? 真上の足音がちょっと遠くなったら出るよ。そうしたら強行突破だ。あたしたちの役目はできるだけ敵を引きつけることだからね」

 

「わかった……。だけど、敵ねえ」

 

 ベルズは苦笑している。

 彼女はもともとは、この国の貴族令嬢であり、代々、神殿に巫女か神官を出す家柄であることから、幼い頃に神殿に入り、その後、魔道遣いとして、神殿で鍛えられた。

 だが、実家と縁が切れているわけでもないので、その自分が王兵を敵としているのが、なんとなくおかしみを感じたのかもしれない。

 

「あたしが先頭を行く。離れないでついてきておくれ、ベルズ」

 

 ミランダはさらに言った。

 

「わかった。だが、ちょっと待ってくれ……。ウルズ、すぐに会いに行く。泣いたり、騒いだりしたらだめだぞ。そうしたら、二度とぱぱに会えなくなるからな」

 

 ベルズがウルズに振り向く。

 

「どっかいくの、べーまま?」

 

 ウルズは泣きべそをかくような顔になっていた。

 ベルズがそっとウルズの頭に手を乗せる。

 

「ちょっとだけ仕事だ……。エルザままの言うことを聞いて、みんなと、ここから出るんだ」

 

 ベルズは、ウルズを安心させるように微笑んでいた。

 どうでもいいが、まるで本当の母親のような慈しみをベルズからは感じる。実際には、頭ひとつ、ウルズの方が背が高いのだが……。

 なんだか、ちょっと面白い。

 

「エルザままって……。ウルズちゃんの面倒は、わたしなの?」

 

 エルザだ。

 

「よく懐いておるのでな……。よろしくお願いします、王女殿下」

 

 ベルズが笑った。

 

「では、あたしはみんなの巫女服を準備します」

 

 マリーが先に奥に行く。

 さらに、ランが促して、ほかの者も奥に戻っていく。

 巫女服に着替えて逃げる準備をするのだろう。

 それに、ミランダたちが飛び出せば、ちょっとくらいは、ここを兵が探すかもしれない。

 奥に隠れていれば、それだけ、まだ人がいることに気がつかれない可能性が高まる。

 とにかく、情報が正確なら、王兵が探しているのは、ミランダとベルズだけなのだ。

 

「待たせたな、ミランダ」

 

 ベルズが階段をあがってきて、ぴったりとミランダの背に身体をつける。

 ミランダも外に意識を集中した。

 

 耳から感じる王兵の足音の振動が遠くなる。

 一本樹の付近からは離れたみたいだ。ただ、庭そのものには、まだ大勢いる。

 

 ミランダは、天井を斧の頭で頭ひとつ分だけ開いた。

 頭をだけを外に出す。

 

 間近には王兵はいない。

 だが、この庭だけで三十人というところか……?

 

 ミランダは、できるだけ気配を殺して、地上に出た。

 樹木の陰に身を寄せる。ベルズも外に出たのがわかった。

 

 まだ、こっちに気がついた王兵はいない。

 すっと息をのむ。

 

「かつての伝説の(シーラ)ランクは、だてじゃないよ──。手加減なんか苦手だからね──。死にたいやつだけ、近づいておいで──」

 

 叫んだ。

 

「あまり他人に魔道を向けたことはないけどね……。だけど、第二神殿の筆頭巫女のベルズだ。やれば、強いよ」

 

 後ろのベルズも啖呵を切った。

 そして、地上に電撃の線が八方に走るのがわかった。

 

「いたぞ──」

 

「あっちだ──」

 

 大騒ぎになる。

 だが、そこにベルズの放った電撃が到達して、付近の王兵が一斉に悲鳴をあげて倒れた。

 

「行くよ──」

 

 ミランダは駆け出す。

 ここには、三十どころじゃない。五十人はいる。

 それに、騒ぎに気がつき、神殿の建物側からも、わらわらと王兵が出てくる。

 あっという間に、庭が王兵で埋まる。

 

 ミランダはとりあえず、集団に向かって突進した。

 自分たちの役割は、引きつけるだけ王兵を引きつけることだ。それでランやマアやエルザたちの逃亡がやりやすくなる。

 

 両手の大斧を振り回す。

 両側と前にいる王兵が次々に倒れる。

 

 前に道があっという間に開けた。

 そこに、ベルズの魔道で小石が浮きあがり、次の瞬間、炸裂するように両端に飛ぶ。

 悲鳴をあげて周囲の兵がさらに倒れる。

 

「こんなもんかい──。これなら、あたしが管理している冒険者の方がずっと強いね──」

 

 ミランダは突進していった。

 なんとか前に出て阻もうとする者も出てくるが、それは飛び出して打ち倒す。

 後ろからもミランダたちを捕らえようと、王兵が襲うが、それはベルズの風魔道や電撃魔道を次々に喰らって倒れていく。

 

 そのまま神殿に入る。

 真っ直ぐに、神殿の表口から外に出るつもりだ。

 

 わらわらと王兵が出てくる。

 遠くだが、神殿の神官や巫女たちが顔を出して、心配そうな視線も向けているのがわかった。

 とにかく、近づく敵をどんとんとなぎ倒していく。

 

「このまま、外に出よう、ミランダ──。外に出れば問題ない。移動術で逃げれる」

 

 ベルズが後ろから駆けながら叫ぶ。

 そのあいだにも、ベルズの魔道は周囲に炸裂している。ミランダの二本の斧もだ。

 

 どんどんと王兵は集まってくるが、いまのところ相手にもならない。

 キシダイン事件のときに、みんなとダドリー峡谷でキシダインの集めた傭兵たちと戦ったときにも思ったが、身体が本当に軽い。

 あの好色男の女になって、よかったと思った。

 ただ、あの好色にかけては節操のないことと、常軌を逸した性技のうまさと長さには閉口物ではあるが……。

 ミランダは、ここにはいない色男の顔を思い浮かべて苦笑する。

 そこに新手が来た──。

 

「とにかく、どきな──。ミランダ様のお通りだよ──」

 

 殺到してきた兵の一団をまとめて跳ね飛ばした。

 あっという間に神殿を抜けて、神殿の表側の庭に出た。

 

 そこには、軍馬車が横に置かれて、ミランダたちの行く手を阻むようにしてあった。

 五十人ほどの王兵が武器を持って構えている。

 そして、馬車の陰から一斉に弓が──。

 

「させないよ──」

 

 ベルズが魔道で突風を起こす。

 襲ってきた矢が風で全部阻止される。

 

 さらに、すぐさま大きな火の玉が連発で馬車に飛んだ。

 派手な音とともに馬車が吹き飛び、馬車は全部粉々になった。

 周囲の兵の中には火だるまになっている者もいる。

 

「あーあ、これで、わたしも、あいつと仲間入りか。不殺の誓いを破ったかもね」

 

 ベルズが鼻で笑うような音をさせながら、自嘲気味っぽい物言いで言った。

 不殺の誓いというのは、神殿に所属する魔道遣いの全員が誓わせられる掟らしい。その身につけた魔道で他人を殺さないということだ。

 

「あいつって?」

 

 ミランダは燃えあがっている馬車の残骸を走り抜けながら言った。

 

「あの不肖の親友のスクルズさ──」

 

 ベルズが笑った。

 駆け抜けるときに、ベルズは大量の水を発生させて、残骸や倒れている王兵を押し流す。

 火だるまになっていた王兵も、それで火は消えたみたいだ。

 

「まあ、大丈夫さ。多分、死んでない。あたしも手加減してたし」

 

「そういうことにしておくかな」

 

 突破した。

 神殿の門を抜ける。

 

 もう王兵はいない。

 外には何事かと集まっていた野次馬が大勢いた。

 提げていた魔道の鞄の中に斧を消して、その中に紛れ込む。

 

 後ろからベルズがミランダの腕を浮かんだのがわかった。

 すると、すぐに身体が捻れる感覚が襲った。



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714 屋敷妖精と秘密の家

 王都内の小屋敷には、すぐには向かわずに、ミランダはベルズとともに、さんざんに王都の城郭内を駆け回ってから入った。

 第三神殿をふたりで派手に脱出してからは、ベルズの移動術でわざと第三神殿や第二神殿の近くに跳躍しては、そこで王兵をあおってから、再びベルズの魔道で姿を消すということをひたすらに繰り返した。

 

 やはり、この捕り物騒動がミランダとベルズだけを捕縛するためにあったというのは確かなようであり、ミランダたちがすでに外にいるとわかると、第三神殿だけでなく、第二神殿の中に入り込んでいた王兵の集団も、慌てたようにわらわらと飛び出してきた。

 とにかく、これだけ連中を引きつければ、まだ第三神殿の中にいるマアたちも、安全に脱出できたと思う。

 かなりの時間が過ぎており、もう夕方も近い。

 

「もういいだろう、ベルズ。そろそろ、小屋敷に向かおうか」

 

 ミランダは声をかけた。

 王都の街辻の一角だ。

 

 跳躍して逃げてきたところなので、王兵の姿はない。

 ミランダたちがあちこちに跳躍しては、動き回っている王兵を刺激してやったので、王都のあちこちを王兵の集団が走り回っているが、とりあえず、ここの周りにはいまはいない。

 

「そうだな。みんなが無事だといいのだが」

 

 ベルズが促して、人気のない路地に誘う。ミランダはついていく。

 

「それにしても、ランの言ったことはどうなのだろうねえ……」

 

 ミランダはぽつりと言った。

 

「ランの言ったこと?」

 

「王宮でわたしたちを捕縛させようとしたり、ロウの抹殺命令を出した者がサキではなく、ほかの者じゃないかということさ」

 

「知らん。だが、魔族であることには変わりないのだろう。王宮を魔族に巣くわせるとは、お前たちも、とんでもないことを容認したものだな」

 

 ベルズの口調は辛辣だった。

 まあ、その通りなので、ミランダもなにも言い返せない。

 

 そろそろ、五箇月前になるが、アネルザ、サキ、スクルズ、ミランダが四人組を作り、義姉妹の誓いを実施して、ロウのためのそれぞれの役割を定めた。

 ロウの捕縛指示を出したルードルフを失脚させるためだ。

 アネルザは貴族を動かそうとし、サキは王宮に入って、ルードルフに悪行を重ねさせ、ミランダとスクルズは世論工作をするというのが、それぞれの役割だった。

 

 それが、あれよあれよというまに、事態はミランダたちの制御を失い、アネルザの実家のマルエダ家は、周囲諸侯を集めて、反国王の旗を掲げて戦争準備をしているみたいだし、スクルズの暴走で王都では大暴動が起こりかけ、サキは貴族の妻女や令嬢を集めて奴隷宮のようなものを勝手に作り始めた。

 そして、それを糾弾したら、激怒して王宮に籠城だ。

 いまや、眷属たちを呼び寄せて、王宮を支配して好き勝手している始末である。

 

 ミランダも、もうどうしていいのかわからない。

 自分のせいではないと言いたいのだが、事を起こした一員でもあるので、もはや項垂れるしかない。

 

「まあいい。とにかく、過ぎたことはよいが……。いずれにしても、事態を把握しなければな。みんなで、王宮内を探る方法を考えよう。話はそれからだ。しかし、その前に、まずは安全を確保することだ」

 

 路地に入ったところで、ベルズが立ち止まる。

 すると、ふたりの足もとに、移動術の魔道紋が拡がった。

 次の瞬間には、まったく別の場所に転移していた。目の前には、なにもない空き地がある。

 

「あれ、ここは?」

 

「ここが小屋敷だ。ブラニーの魔道で屋敷が見えないようにしてある」

 

 ベルズとミランダが空き地の前に行くと、空間が揺れて平屋の屋敷が出現した。

 ミランダたちを迎え入れるような感じで、入口の扉が勝手に開く。

 

「おかえりなさいませ、ベルズ様……。お久しぶりです、ミランダ様」

 

 屋敷妖精のブラニーがにこにこと出迎える。

 人間族の童女にしか見えないが、もう何百年も生きている妖精なのだ。人間族の高位魔道遣いの屋敷に仕えるのをなによりも嬉しさに感じる本能を持っていて、契約が成立すると屋敷管理にかけては、無類の能力を発揮するという存在だ。

 この小屋敷の主人はスクルズで、シルキー側はロウだ。ただ、ブラニーは、もともとはロウに惹かれてここに来たらしく、魔道遣いでないロウが屋敷妖精と契約が成立した理由は謎だ。

 まあ、あの男のことは、まだまだ、わからないことばかりだ。

 

「おう、ブラニー、大義だな。ところで、みんなは来たか?」

 

 ベルズだ。

 

「ウルズちゃんをはじめとした、マア様、エルザ様、モートレット様、ラン様にマリー様ですよね。しばらく前におみえになりました。いまは、シルキーの屋敷の方に向かわれましたよ」

 

 ブラニーが微笑んだまま言った。

 

「シルキーも、屋敷も、無事なのかい──?」

 

 ミランダは声をあげた。

 ロウの屋敷が王兵に焼き払われたと、ベルズから教えられていたので、ずっと心配していたのだ。

 よかった──。

 あの場所は、もはや、ミランダにとっても大切な場所だ。

 

「昨日の夜のことですよね。シルキーも王兵に囲まれてしまって、面倒になったようですね。そのまま籠城してもよかったけど、火を放たれたので、そのまま燃えてしまう幻影を使ったと言っておりました」

 

「幻影だと? あれがか? まったくわからなかったぞ」

 

 ベルズは驚いている。

 焼け跡を王兵が調べていたと言ったのはベルズだ。ベルズは高位魔道遣いでもあるし、自分にわからない幻影術というものにびっくりしたのかもしれない。

 

「そうですね。わたくしたち屋敷妖精は、自分の家を守るためなら、なんでもできますから」

 

 ブラニーの顔は、相変わらず微笑みを帯びている。

 

「とにかく、行ってみよう」

 

 ミランダは言った。

 ブラニーの管理しているこの小屋敷と、シルキーの管理しているロウの幽霊屋敷とは、「移動ポッド」とロウたちが呼んでいる跳躍設備で、ほとんどひと繋がりの屋敷のようになっている。

 自在に移動できるのだ。

 

「わかりました。ご案内します。でも、シルキーのところばかりに集まって、わたくしめは少し寂しいですわ。折角のお帰りと、お客様でしたのに」

 

 ブラニーがちょっとだけ寂しそう雰囲気になる。

 すると、ベルズが歩きながら口を開いた。

 

「いや、しばらくは両屋敷に滞在すると思うが、少なくとも、わたしとウルズは、こっちに寝泊まりをする。夜には戻るので、就寝の準備を頼む」

 

「まあ、嬉しいですわ。張り切ってご準備いたします。是非、朝食も召しあがってください」

 

 ブラニーの口調には、明らかな喜びの響きがあった。

 屋敷妖精として、居住者の世話をできるというのは嬉しいのだろう。つくづく不思議な習性を持った妖精だ。

 

 移動ポッドのある部屋に着く。

 そこから、壁にある大きな鏡を通り抜けて、反対側に出る。

 幽霊屋敷の大広間だ。

 久しぶりなので、懐かしささえ感じる。

 

 ここで、散々にロウにいたぶられたこともあったなあ……。

 ちょっとそれを思い出して、子宮の奥がぎゅんと疼いた感じになり、慌ててミランダはおかしな邪念を振り払った。

 

「いらっしゃいませ、ミランダ様、ベルズ様」

 

 シルキーだ。

 まったく変わりない。

 よかった……。

 

「シルキー、心配したよ──」

 

 ミランダはシルキーを抱きしめた。

 

「あれくらい問題ありません。いまでも、庭をうろうろしていて、嫌なものですけど、下手に追っ払うよりも、好きなだけ幻影の中で捜索をさせてやれば、そっちの方がよいと思って、自由にさせてます」

 

 シルキーは言った。

 

「つまりは、まだ、屋敷の外には王兵がいるということか?」

 

 ベルズが眉間に皺を寄せる。

 

「そうですね。ただ、結界で保護しているので、この屋敷そのものには、近づけません。近づいたと思っても、ちょっとだけ向きを変えて、追い払われているだけです。わたしくめの作った屋敷の焼け跡の幻影をいまだに、捜索しているようです。でも、大分、減りました」

 

「そのうち、諦めるだろう。だが、あの屋敷の焼け跡の情景は、そなたの幻影だったのだな?」

 

 ベルズが溜息をついた。

 自分に見破れなかった幻影術というのが、やはり、ちょっと驚きみたいだ。

 

「そのとおりです。いずれにしても、まだ外におりますので、庭には出ない方がよいと思います。でも、屋敷の中であれば、なんの問題もありません。ところで、先にお越しの皆様は、当面ここに滞在していただけると言っておりましたが、おふたりはいかがいたしますか。ずっと旦那様たちが、ご不在だったので寂しい思いをしておりましたのですが」

 

「みんなも、ここにいるのだな? いまは、どこに? ああ、もちろん、しばらく逗留させてもらえばありがたい。ただ、わたしとウルズは、ブラニーの方で休もうと思っているが」

 

 ベルズだ。

 

「まあ、それはブラニーも喜ぶでしょう。わたくしめと同じように、お寂しく感じていたみたいですので……。皆様は地下に向かわれました。大浴場にお入りです。ご案内しましょうか?」

 

 シルキーが言った。

 大浴場とは、あのロウの自慢の設備であり、もともと幽霊が住み着いていた屋敷なのだが、大浴場があるということで、一も二もなく、この屋敷が気に入って、ロウは自分たちのものにした。

 

 そういえば、その大浴場でも、ロウに遊ばれた。

 拘束されて入浴させられ、ロウに裸体をさわれらまくり、息も絶え絶えになったところを体力の限界まで犯されたのは、両手両足ではきかないだろう。

 

 そして、ミランダははっとなった。

 やはり、自分はおかしい。

 

 どうにも、きっかけがあると、淫らなことばかり考える。ロウが出立して、しばらくしてからずっとそうだ。

 身体が火照ったようになり、眠れないときさえあるのだ。

 自慰などしたことなどなかったのに、このところは、ロウにいじめられたことを思い出しながら、自慰で性欲を発散させないと、満足に眠れないということさえ続いていた。

 

「そうだな。頼む」

 

 ベルズは言った。

 シルキーが軽く両手をあげる。

 身体を温かい風が包み、気がつくと、浴場の脱衣場にいた。

 

「お着替えはご準備いたします。それとも、不要でしょうか? もしかして、いつものように、お裸でお過ごしになられますか」

 

 シルキーが言った。

 

「着替えはいるよ──。馬鹿なことを言わないでおくれ」

 

 ミランダは慌てて言った。

 

「いつものように、裸?」

 

 ベルズが怪訝そうな顔になる。

 

「あ、あいつが、いつもそんなことするんだよ。一緒に大浴場に入ると、着替えを隠してしまうんだ。拘束を解いてくれないから、抵抗できないし……。あっ、いや、なんでも……」

 

 言い訳しようとして、くだらないことまで口走ったことに気がついたミランダは、はっとして口をつぐむ。

 すると、ベルズが吹き出した。

 

「愉しそうなことをしていたのだな。だから、スクルズも入り浸りだったのか」

 

 そして、笑った。

 ミランダはかっと身体が赤くなるのを感じた。

 浴場側から愉しそうな声が聞こえたので、服のままそっちに向かう。

 

「べーまま──。ミランダちゃん──」

 

 浴場の湯気の中には、みんながいた。湯に浸かっている者もいれば、寝椅子に横になって飲み物を飲んでいる者もいる。

 そして、洗い場のところでは、ウルズが人形のようなものを出してもらって遊んでいたみたいだが、ベルズとミランダの姿を見て、裸んぼうで駆け寄ってくる。

 

「おう、無事だな、ウルズ。みんなもな」

 

 ベルズがウルズを抱きしめながら、ほっとしたように笑った。

 どうでもいいが、湯も拭わずにウルズが抱きついたので、ベルズの服はびしょびしょだ。

 ただ、ベルズは嫌がる様子もない……。

 本当に、母親が娘を慈しむような姿である。

 

「ミランダ、これは快適すぎるわあ。王宮よりもいいわねえ……。屋敷妖精も親切で万能だし、しばらく、ここにいることに決めたところよ。あの屋敷妖精がいれば、ここよりも安全な場所もないしね。あのシルキーちゃんも歓迎するって言っているし」

 

 エルザだ。

 湯に身体を横たえるようにしていて、本当に寛いでいる。

 あんまり無防備に喜んでいるので、ミランダも、思わず笑ってしまった。

 

「ここで過ごして、ロウ殿がいないのは変な感じだが、確かにここはいい拠点だ。王兵にも万全なことがわかったし、あの移動ポッドとやらを使えば、王都側にもあっという間に行ける。ここを新しい拠点にするのは賛成だな。ただ、シルキー殿は、女性でないと入れられないとは言っているけどね」

 

 マアだ。

 マアについては寝椅子に横たわっている。

 もちろん、全裸である。

 その横にはモートレットがいる。やはり、寝椅子に横になっている。

 しかし、こうやって裸体を眺めると女である。本当に、男装の令嬢など、あの好色男が喜びそうな対象だなと、ちょっと思った。

 

「モートレットも、ご苦労だったね」

 

 ミランダは声をかけた。

 

「別に……。ただ、巫女の服を着て、歩いて出ただけです」

 

 モートレットがぶっきらぼうに応じる。

 

「でも、臨時ギルドはここでは開設できませんね」

 

 すると、ランが声をかけてきた。マリーとともに、湯に下半身だけを浸けている。

 

「うーん、あたしも、ここで暮らしたいけど、家族もいるしなあ……。どうしよう……」

 

 マリーは唸っている。

 家族といっても、マリーは複数の愛人がいて、それぞれのところに全部で三人の子供を持っている。つまりは、かなりのやり手の女なのだ。

 

「マリーも念のために数日は隠れてな。王兵がどこまで捜索の範囲を拡げるかわからない。むしろ、お前が子どもたちに接触すれば、かえって、彼らが危険かもしれないし」

 

 ミランダは忠告した。

 

「そうですね……。そうします」

 

 マリーが大きく息を吐きながら頷く。

 

「まあ、わたしの手の者を使って、旦那たちには、しっかりと気を配っておくよ。ところで、あんたらは服のまま入るのかい?」

 

 マアが笑いながら、声をかけてきた。

 

「うんうん――、べーままもミランダちゃんも、いっしょにはいろう。ほらほら」

 

 ウルズがベルズのスカートを大きくまくる。

 

「わっ、は、はぐるな、ウルズ。待てというのに──」

 

 力だけは強いので、ベルズも強引にウルズに迫られたらたじたじだ。

 珍しくも、ベルズの狼狽えた様子に、ミランダも思わず吹き出してしまった。

 

 

 

 

(第13話『女狩りの陰謀』終わり、第14話『王太女の出陣』に続く)



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 第14話  王太女の出陣【離宮】
715 副王都の会合【マイム】


「我々は、いつまで話し合っておらねばならんのだ、宰相閣下? いや、元宰相閣下だな」

 

 不機嫌そうな物言いをしたのは、広大な国王直轄領と呼ばれる地域のうち、比較的中央街道に近い国王直轄領を代官として治める伯爵のひとりだった。

 宰相であるフォックスに対する発言としては、まったく無礼千万な口調ではあるが、この「善良なる王都貴族の会」においては、最近はこのような無礼な発言を公然とする者が多くなっている。

 フォックスとしては苛立たしいことだ。

 

「やめよ。今日の会合は、ある商会からの軍資金の提供の申し出があり、それを受けるかどうかの話し合いだ」

 

 フォックスは、できるだけ腹立たしさを表に出さないことに気を配りながら発言した。

 王都に隣接する姉妹城郭とも称することが多いマイムの街である。

 フォックスは、あの昼行灯のはずのルードルフ王がおかしくなり、王族の公爵二家を例とする有力貴族の粛清の開始に接し、一族として、いち早くの王都から脱出したが、それ以来、活動の拠点をこのマイムにしていた。

 マイムは、王都に隣接する姉妹都市ともいえる城郭であり、王都ハロルドに対し副王都とも称する。

 

 西域部や南域部の諸侯のように、自領のある貴族はそこに帰還して、とりあえずは一族やその資財を守るという態勢もできるし、あるいは、王都直轄領を代官として管理する役割のある「領地なし貴族」も、同じようにして身を守ることができる。代官といっても、ルードルフの治世になってからは世襲扱いなので、ほとんど自領と変わりはない。

 しかし、実はハロンドール王国には、そういう治める土地のない高位貴族が大勢いる。

 エンゲル公の過激な政断で数多くの貴族家が領土を国王直轄領に没収され、爵位に応じた役職を王宮にもらい、その報酬によって生活の糧を得るという立場に落ちいてたのだ。

 

 そういう「領地なし貴族」は高位貴族といえども自領もなく、今回の国王の蛮行によって役職を奪われ、王都を脱出せざるを得ない状況になってしまうと、そもそも、住む場所さえないというのが現状だ。

 フォックスは、そういう困窮する王都貴族たちの受け皿として、王都隣接のマイムの街に、この「善良なる王都貴族の会」を立ちあげたというわけだ。

 兇王ルードルフを糾弾するとともに、生活の糧を渡し、さらに最終的には、王都秩序を回復させて、あるべき姿に王都、ひいては、王国を戻すことを目的としていた。

 幸いなことに、フォックス家は宰相をしていたこともあり、莫大な蓄財がある。

 困窮しようとしている王都貴族に恩を売り、フォックスの望む王国に戻すための尖兵たちにしようと思っていた。

 すると、王都を脱したものの、領土を持つ貴族とは異なって、王都以外に生活の場所のない貴族たちは、フォックスの呼び掛けに、多くが参集してきた。

 一時期は、このマイムの城郭が、逃げ出した王都貴族であふれかえったものだ。

 フォックスは、彼らに私財を分け与えたが、当然のことながら、財を貸与する見返りとして、それぞれの家がフォックスに忠誠を誓うことを求めた。

 

 しかし、それが面白くなかったのかもしれない。

 もともとは、五十以上の貴族が集まっていたこの会合であり、出席を伯爵以上の爵位を持つか、王宮で重要な官位にある者に限定したほどだったが、わずか一箇月ほどで、王都貴族で参加を望む者の全員に許しても席が埋まらなくなっていた。

 いま見ると、この会合の場にも三十の席があるが、今日は五分の一は空席になっている。

 

 つまりは、王都から始まっている急速な流通回復の影響だ。

 一時は流通が停滞して物価が高騰し、さらに重税がかけられたことで、大暴動さえ起きかけていた王都であるが、いまは、なぜか物流が再開して社会秩序が復活しようとしている。

 特に、この一箇月で状況がかなり変わった。

 王都をはじめとして、この周辺一帯の中小都市に、たくさんの大商会が入り込んできて、この国内に基盤を持つ事業主を求めだし、そっちに大勢が向かってしまったのだ。

 その場所は様々だ。

 とにかく、下級王都貴族を中心としたかなりの王都貴族たちが、マイムの城郭からも離散し始めたのだ。

 生活のための財を手に入れる手段が別に生まれたことで、かなりの貴族がそっちに勢力の大半を移してしまったということだ。

 

 いずれにしても、その流通復活の流れに乗ろうと、自家の運営する、あるいは、息のかかっている商家などを立ちあげて、その富の拡大の恩恵に乗ろうと必死なのだ。

 フォックスが開催した「善良なる王都貴族の会」の目指すものが、ルードルフによって強制解散させられた商業ギルドの復活や二代前のエンゲル王の治世時代に廃止された上級貴族の特権回復だと知れると、下級貴族グループを中心に、一斉にこの会の不参加者が発生してしまった。

 

 彼らの言い分によれば、現在の流通の急激な復活の中心となっているのが、マア商会と呼ばれるタリオ公国から拡がっている自由流通の流れなのだ。

 マア商会が呼びかけて、ローム地方の大手商会が続々とハロンドールに進出することで、流通の爆発的回復が起こっているのである。

 フォックスとしては、商業ギルドの権益を維持復活したいのであり、無秩序に自由流通を認めるのは望ましくなかった。

 だから、懸念を表明した。

 すると、この会からの離反者が一斉に出てしまったのだ。

 まったく苛立たしい。

 

 とにかく、風が変わったのは、王都とは離れたノールの離宮から王太女布告が流れて、上乗せで追加していた重税分の撤廃が決まったことからだ。

 また、同じく王太女布告が出され、王国裁判が停止状態にあることに対する臨時措置としての各町役の簡易裁判権が渡されることによって、荒れかけていた治安も急速回復をしている。

 

 もともと、冒険者ギルドがあったことで、それが王都警備の治安維持機構の代替えになっていた。

 軍に訴えるよりも、ギルドにクエストをかけることによって、悪事を働いた者たちはたちまちに冒険者ギルドに取り締まられてしまうというわけだ。

 やり手のギルドマスターのミランダが、目を光らせていたことで、冒険者ギルドは、悪事には加担しないし、善人は料金を代替えしてでも守ったりする。

 そのミランダは王軍に捕縛されて、ギルドは機能停止状態になるはずだが、いつの間にか、そのミランダも脱走したらしく、いまだに冒険者ギルドは健在だ。

 

 そもそも、例の自由流通を保証して、ハロンドール王国内の外国商会の参加を次々に認めているのも王太女布告なのである。

 短いあいだで、王太女の人気は拡大している。

 王家の悪行を喧伝し、王家に代わる権力を握ることを考えているフォックスとしては、王都の流通回復も、治安の復活も望ましいことではなかった。

 

「金を出してくれる商会は受け入れればいいでしょう。それよりも、私は王都の状況を宰相殿がどうしようとしているのかを知りたい。ここには、王宮に妻や娘を連れて行かれて、兇王に尊厳を辱められている者が大勢だ。私もそうだ。妻だけでなく、娘ふたりも連れて行かれている。妻が兇王に陵辱される光景は、映録球という魔道具で王都中に流れたそうだ。娘が三角木馬とかいう拷問具で苦しめられている姿も……。金の話はいい──。知りたいのは、いつ、どういう行動をするのかということだ。そして、どうやって、妻子を助けてくれるのだということだ──」

 

 その伯爵が怒鳴った。

 フォックスは、やっとその男がサンドベール伯という名だと思い出した。美貌の妻と年頃のふたりの娘がいたが、あの王宮に閉じこもっている好色者のルードルフ王が性の相手を集めた「園遊会事件」でそのまま監禁されてしまっているのだ。

 ほかにも、サンドベール伯のような立場の者は大勢いる。

 いまも、フォックスを糾弾するように、こっちを憎々しげに睨みつけている。

 

「よせ、サンドベール伯。貴殿の悲しみの怒りも、私は十分に承知している。だが、国王を糾弾するために事を起こすにも、まずは軍が必要であり、そして、軍資金が必要だ。いまは、まず軍資金の話をしたい。ある商会が大規模な軍資金の提供を申し出てくれている。しかし、その条件に、この会合への参加を望んでいる。その議決をしたい」

 

「それは後にしてください。それよりも、王宮の話だ。私のところには、国王命とともに離縁状が送られてきた。手続き上は、すでに離縁が成立している。娘たちとの縁もだ。腹立たしいことにな──。そんな立場の者は、ここにはほかにもいる。我々はいつまで待っておらねばならんのだ──。金の話はいい。行動の話をしましょう──」

 

 サンドベール伯の言葉に、「そうだ、そうだ」と掛け声をあげる者が半分近くいた。フォックスとしては、思い通りにならない状況に苛々してきた。

 王宮の宰相府にいた状況であれば、フォックスの思い通りにならないものなどほとんどなかった。

 国王などいないに等しく、大抵のことは宰相のフォックスが望むように財政だって動かしていた。

 確かに、国王の代わりに政務を行う王妃や、王太女として女官を使って政務を開始した王太女の働きは、フォックスが権限を独占することの妨げではあったが、それでもうまくやってきた。

 

 だが、ルードルフがおかしくなったことに気がついたフォックスは、誰よりも早く、王都から一族と財を脱出させていた。

 すると、宰相が王都から最初に逃げ出したという評判があがり、この会合を開くと、少なくない者たちがそれを辛辣に批判したりもした。

 ただ、王都離反組の貴族は、家族を支える当座の資金がない。フォックスはそういう者に生活費を渡すことで恩を売ったので、フォックスへの風当たりは、そんなに大きなものではなかった。

 しかし、いまは、状況がどんどんと変化している。

 サンドベール伯のように、フォックスを攻撃的に接する者までいる。

 恩知らずの者たちが……。

 

「それは後だと言ったぞ、サンドベール伯」

 

「いや、軍資金はいい。それは決起のために使うものだ。だから、我々は、まずは、我々がどうするかを決めねばならんのだ──。辺境侯の叛乱に参加するのか──。あるいは、独自の叛乱を起こすのかだ。これは私だけの意見ではありません。少なくとも、ここにいる中の十人の賛同を集めている。これを、私だけの意見と考えて欲しくない」

 

「十人だろうと、ひとりの意見だろうと、聞かないとは言ってない。ただ、順番だと言っているだけだ。まずは目の前のことだ」

 

 フォックスは苛立たしく言った。

 それに、このサンドベール伯たちがなにを要求しているのかはわかっている。

 彼らは、すでに決起を起こしている辺境候軍に、合流すべきだと考えているみたいだ。

 王都から遠い彼らを王都に呼び込み、国王を捕らえる。

 その基盤作りをこの貴族たちで行って、準備と調整を急速に整えるのだそうだ。

 

 しかし、それはフォックスにとっては望ましいことではない。

 下手をすれば、あの辺境候が新しい王になる可能性まである。もしも、新たな王朝が成立するのであれば、それはフォックス家でなければならないのだ。

 いま、この話題を出せば、勢いで押し切られるかもしれないので、話し合いの主導を彼に握られたくないのである。

 

「まあ、待て、フォックス卿。サンドベール伯は貴殿の申し出に反対しているわけではない。任せると言っているのだ。ほかの者も同意だろう。だから、それでよいではないか。では、次だ……。我々の行動の方向性だ。それの意見をとろう」

 

 すると、これまで話を見守っていた感じだったナゼル侯が口を挟んできた。

 爵位の高さなら、フォックスと同列であり、そのために、この会同ではフォックスの隣に座っていた。

 だが、ずっとあまり会同で発言することはなかったのだが、いまこのタイミングでの彼の言葉は、フォックスには望ましいものではない。

 フォックスが望むのは、当面については日和見をすることだ。

 そして、これからの動向に応じ、優位であり、フォックスを高く買ってくれるものにつくのだ。それが最適解だと思いはじめてもいる。

 

「おう、ナゼル卿の主張のとおりです。では、我々は、辺境候軍に合流することを提案する」

 

 サンドベール伯が発言し、十人以上の参会者が賛成の声をあげた。

 フォックスは苦虫を噛みつぶしたような気分になる。だから、この話題をしたくなかったのだ。

 

「前から意見が出ていた王都内の王軍の中から、我らの賛同者を集めるのはどうなのだろう?」

 

 しかし、別の者も言った。

 これは、もともと、フォックスが最初に考えていたことだ。

 これが一番、フォックスが主導権を持って、兇王の弾劾を成功させることができる。

 王妃も王太女も、王都から離れている現状において、ルードルフを処断することができた者が新しい王国の秩序を作る者になるのは間違いない。

 ところが、こちらからの働きかけにもかかわらず、意外にも王軍や騎士団からの離反者は見つけられなかった。あの園遊会に家族を奪われている騎士家などでさえ、軍からの離反はない。

 なんらかの秘密がありそうな感じなのだが、王都から脱してきたフォックスとしては、いま少し王都そのものの情報は集まらなくなっている。

 

「働きかけはしている」

 

 フォックスとしてはそう言うしかない。

 

「王太女殿下に、お戻りになってもらうのはどうでしょう?」

 

 さらにほかの者が言った。

 それは、フォックスとしては悪くはない選択肢ではあるが、あの王太女がどれくらい、フォックスの傀儡になってくれるかだ。

 あの王太女の腹の中にいるのが、例のロウ=ボルグの子であることは、いまや公然の秘密だ。

 ただの成りあがり子爵であれば、それこそ、フォックスがいくらでも取り込みようもあったが、短い時間でロウは世に出てきて、つい最近では英雄公の認定をあの人間嫌いのエルフ族の女王から受けていた。

 

 あまつさえ、女王と口づけをする光景が魔道通信で流れたりして、かなりの影響力をエルフ社会の中に作ってきたのは明白だ。

 そのロウと王太女が組むとなれば、騒乱の後にフォックスが得られるものは、小さなものになるかもしれない。

 もっと、いい方法はないだろうか……。

 

「ひとつの選択肢ではあるな。だが、我らはもっと情勢を見極めて……。おっ? どうした、ナゼル卿?」

 

 話し合いをしているところで、不意にナゼル卿が立ち上がり、会同の場の外に出て行く気配を示したのだ。

 フォックスは、不思議に思って声をかけた。

 ナゼル卿は、隣室に繋がる部扉を開いて声をかけている。

 そこは、ここに参加している貴族たちの連れの待ち合い場所の大部屋になっているのだ。

 

「さっき決まったであろう。軍資金の提供者の会同の参加が許可されたので、彼女を呼ぶのですよ」

 

 ナゼル卿が言った。

 一瞬、意味がわからなかったが、さっきの話し合いのことだと思った。

 そういえば、多額の軍資金の提供の見返りにこの会同の参加を希望している商会を仲介してきたのは、このナゼル卿だった。

 だが、彼女?

 女なのか?

 

「人間どもの話し合いとやらは、まどろっこしくてつまらんな。意見を自由に聞くというのは実に興味深い人間族の習性だ。しかし、それは不合理だ。よいか──。意見の対立というのは、上下関係がはっきりと決まっておらんからそうなるのだ。つまりは、支配する者と、される者の関係を明確にすることだ」

 

 入ってきたのは、頭にフードを被っていてもわかる妖麗そうな女性だった。

 だが、ナゼル卿が扉を閉じて、女が被っていたフードを外したことで、フォックスはすごくびっくりした。

 

 女は、ルードルフの寵姫のサキだった──。

 なぜ、ここに?

 女官のテレーズとともに、ルードルフを監禁して好きなように王宮を動かしている稀代の悪女のひとりだ。

 

「なぜ、サキがここに──」

 

「ナゼル卿、どういうことだ──?」

 

 サキの顔を知っている数名が驚愕して、その場に立ちあがる。フォックスもそのひとりだ。

 だが、寵姫サキは、ずっと後宮にいたこともあり、それほどに顔や名を知られているわけではない。大部分はきょとんとしている。

 

「上下関係というものを教えてやろう。これを見るがよい。だが、人間族というのは不思議だな。このような便利な支配具があるというのに、宝物庫に隠しておくだけで使おうとせんのだ。これで誰であろうと、手っ取り早く操り状態にすればいいのにな」

 

 サキが宙から出すように、握り拳ほどの大きさの赤い宝珠のついているひとつの杖をかざした。

 それが赤い光を放つ。

 フォックスは、その瞬間、頭に霞がかかった感じになり、なにも考えられなくなった。

 

「このサキに忠誠を誓うがいい。人間ども──」

 

 サキが高笑いした。

 

「誓います──」

 

 フォックスは心からの喜びとともに、その場に頭をさげた。

 もちろん、ほかの者も同じように忠誠を誓っている。

 恍惚とした表情とともに……。



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716 王都からの商人【離宮】

「王都はかなり落ち着いてきておりますな。マア様からは、ロウ様のお屋敷はとても快適であるとの伝言です。残念ながら、シルキー殿は、我々男には屋敷を開放してはくれませんが……」

 

 ノールの離宮である。

 その客室でイザベラたちは、王都からやってきた商人と、ソファで向かい合っていた。

 座っているのは、イザベラのほかに、王妃アネルザと、姉のアン、アンの侍女のノヴァだが、ほかにも部屋の中には、女官団のうち、女官長のヴァージニア、侍女のうちトリアとダリアが侍っている。もちろん、イザベラの護衛長のシャーラもいる。

 そして、冗談めかした物言いで笑い声をあげた王都からの商人は、ラレンという男だ。

 

 マア商会がハロンドール王国への本格的な進出に関わる総事業における腹心的な存在らしい。

 にこやかな顔をした四十男であるが、実は凄腕の商人らしく、それどころか、マアの扱う諜者のような集団を取り仕切る闇組織の元締めのようなこともしているとのことだった。

 幾つもの裏組織にも顔が利き、マアに言わせれば、商人としても超一流だが、冒険者になっても、裏社会に生きても、一門の人物になったのは間違いないと言っていた。

 しかし、マアに心酔して商人の道を選び、いまはマアから、ハロンドール正面の数多くの商売を一手に任されるほどの商売人に成長したとのことだ。

 

 マアは、このノールの離宮にいて、なかなか外の情報を掴めないイザベラたちのために、出入り商人の体裁によって、自分に近い部下を頻繁に離宮まで送ってきている。

 そのおかげで、イザベラも一時期の完全な情報遮断状態からは、かなりの情勢把握ができるようになってきていた。

 ただ、マアがこのラレンほどの人物を派遣してきたのは三度目であり、いずれも重要な情報を運ぶタイミングで、ラレンを使ってきていた。

 

 以前の二回のうちの最初は、マアとエルザが王都に向かってから、しばらくのときであり、ふたりの尽力で荒れていた王都情勢が急速に回復し、それにより王都の人心が落ち着いてきたという報告を持ってきた。

 二度目は、つい先日であり、ロウの行方がわかり、なんとエルフ族の女王ガドニエルから英雄認定を受け、しかも、式典で女王と口づけをする映像が世界通信で流れて、一躍「時の人物」のような存在になっているという情報だった。

 エルフ族のガドニエルといえば、同じ王族といえども、高貴さも、在位の長さでも周辺の人間族の王公君主とは一線を画す存在であり、そのガドニエル女王と親睦を得てしまうのは、やはり、ロウはすごいと思う。

 ロウとガドニエル女王の口づけの映像は、世界中の魔道通信設備で視聴できたらしいが、残念ながらこの離宮にはそんなものはないので、イザベラは目にしていない。

 だから、どのくらいの親しさかはわからないが、あの神の手管ともいえる性の技で女王を魅了したのだろうか?

 まさか、エルフ女王を相手に、イザベラやアネルザにするような嗜虐癖は発揮しないとは思うが、もしかして、そうではないかと考えると、ちょっと愉しくはある。

 

 いずれにしても、ロウがやっと戻ってくるのだ。

 それを考えるたびに、イザベラの心が嬉しさでいっぱいになる。

 ロウから与えられた最高の贈り物……。

 イザベラは、膨らみの目立ってきたお腹にそっと触れる。いまははっきりと、この中に命の胎動を感じる。

 ロウは喜んでくれるだろうか……。

 そうだといいが……。

 まあ、そうでなくても、もちろん、ロウに迷惑をかけるつもりはまったくない。

 だが、できればロウにも、イザベラと同じように喜んで欲しいとは思う……。

 

 それはともかく、今回の三度目のラレンの訪問は凶事だった。

 なんと、第三神殿の地下に隠れて活動していたミランダやベルズが王軍に襲撃され、マアやエルザたちとともに脱走を強いられたというのだ。

 驚いたし、王軍が神殿を襲撃したという事実にも驚愕した。

 王都三神殿というが、実は神殿界と王権は別ものであり、すべての神殿はかつてのローム帝国、現在ではタリオ公国内にある大神殿に属する。つまりは、治外法権的な存在なのだ。

 その神殿に軍を入れるなど、後の影響を想像すると、イザベラはぞっとする。

 おそらく、父親でもあるルードルフ王の破門宣言は免れないであろう。

 これひとつとっても、イザベラが王に代わらなければならない理由ができあがった。

 

 いずれにしても、マアは、いろいろとあったが、いまは大丈夫だという意味で、このラレンを派遣してきたのであろう。

 全員の脱出は完了して、みんなでロウの幽霊屋敷に身を移したそうだ。

 あの屋敷の地下にある大浴場を堪能しながら、快適に暮らしているらしい。

 ロウがついに水晶宮を出立したという話もあり、その屋敷でロウの帰還を大人しく待つつもりだとも伝言を受けた。

 羨ましいことだ。

 

 王族として、王都や王国そのものの治政の混乱の回復の責任があるイザベラはともかく、アンやアネルザなどについては、こんな辺鄙な離宮に禁足されてさえいなければ、ロウの屋敷に送ってあげたい。

 アンもイザベラ同様に、やっと安定期と呼べる時期になってきたので、移動するのであれば、いまの時期がいいらしいのだ。

 

 だが、実際には、サキが送り込んできたスカンダという童女妖魔がイザベラたちを見張っていて、イザベラとアネルザとアン、さらに、シャーラとイザベラの女官十名については、強力な魔道でこの離宮の敷地内からまったく出られないという状況になっている。

 

 ちょっとでも脱しようと思うと、彼女の瞬間移動の魔道で強引に引き戻されしまう。

 スカンダ自身は、とても優しい性質であり、そんなことは意に沿わないのだという態度なのだが、サキとの魔道契約で逆らえないらしく、何度か脱出しようとした女官たちやシャーラを引き戻してしまうたびに、懸命に謝罪していた。

 

 いずれにしても、いまは、もうここから無理に離れようとする努力は断念している。

 スカンダの結界は、イザベラたちが外に出られないだけではなく、不審な存在や集団が離宮に近寄るのも遮断しているみたいなのだ。入ってこれるのは、イザベラたちに対して敵意のない者に限定されるらしい。スカンダは、人間族の感情も読めるみたいだ。

 だから、ここから離れようとする努力は断念しようという結論になった。

 いずれ、ロウが戻れば、王宮に閉じこもっているらしいサキをなんとかしてくれるだろうし、そのときには間違いなく、イザベラたちの禁足も開放される。 

 

「あの男ももうだめだね。救いようもない。神殿に兵を入れるなど、なにを考えているのか……」

 

 アネルザが吐き捨てるように言った。

 しかし、イザベラは、あの好色でやる気のないルードルフ王が、貴族たちを粛正し始めたり、軍をわざわざ動かして王家に敵対する者を捕縛しようとするなど、どうにも「らしくない」と思っている。

 なにか理由があるのではないだろうか?

 そんな面倒なことをする父王ではないのだ。

 もしかして、操られている?

 

 そう思わないでもなかったが、まあ、そうだとしても、王である以上、操られた時点で罪だ。

 そもそも、歴代の王に代々引き継がれているあらゆる操り魔道や暗殺手段を反射する「王家の守り」の宝珠というものがある。ハロンドールの王はそれにより、絶対的にその身を守っているのだ。

 しかし、その話題を先日、アネルザに出したとき、妙な汗をかいた感じになったので、もしかしたら、イザベラには言わないが、アネルザはこれについてなにかをしたのかもしれない。

 

 根拠はないただ勘だ。

 だが、突然にルードルフ王の性格が人代わりしたみたいになったというのは、操られているというのが、もっとも納得がいく。

 もしかしたら、ルードルフ王から王家の宝珠を盗んだか?

 アネルザがそんな事に手を出すとすれば、十中八九、ロウが絡んでいるのは間違いない。

 だから、イザベラは、これについても、あまり追求はしないことにした。

 

「まあ、王都のことは静観だな。エルザ姉様とおマア殿のおかげで、一応の落ち着きは見せている。あの園遊会事件で集められた貴族の妻女や子女たちの監禁については、なんとかしたいが」

 

 イザベルは嘆息した。

 これについても驚愕したが、ルードルフ王の命令で集められた王都居住の貴族夫人や令嬢たちは、連日、王に犯され、あるいは、調教という名の性的な嗜虐を受け続けており、それを記録した「映録球」が王都には出回っているのだという。

 高位貴族の夫人や令嬢の破廉恥映像の流出については、そもそも、誰がなんのために行っているのかもわからないが、そのようなことをしている国王の威厳を最底辺以下にまで落としているのみならず、好色的な娯楽として、王都内では一種の流行のようなものにもなっているという。

 

 イザベラとしては、直ちにやめさせたいが、これもまた、離宮に監禁されている状態のイザベラにはどうしようもない。

 アネルザに相談しても、向こうにいるミランダたちも打つ手はないのだと言っていた。

 いまの王宮は、サキと眷属の部下たちが、集めた貴族夫人や令嬢ごと、国王を人質にとって立てこもっているといっていい状況らしく、そもそも、サキに接触できないのだそうだ。

 

「王太女殿下のご懸念については、必ず、王都にお伝えします」

 

 ラレンはそう応じるに留まった。

 

「だけど、急に王都の人心が落ち着いてきたというのは嬉しいことだが、ちょっと不思議ではあるね。確かに、流通が回復して物価が落ち着き、生活が安定してきたことは人の心の不安を静かにするだろうけどねえ……。でも、それだけで、スクルズが磔処刑になったり、さっきの破廉恥映像が出回っているという政情不安が落ち着くかい? わたしには、その王都市民の静かさが不気味なんだけどねえ」

 

 アネルザが半分冗談めかして言った。

 だが、それはイザベラも、同じように思っていた。

 一時期は暴動寸前まで……、いや、実際に暴動になっていたほどに不穏だった王都情勢が、どうして急に落ち着いたのだろう?

 物価の安定が一因とは認めるが、あまりにも劇的すぎはしないだろうか? まだ、王都の混沌はなにも解決していないのだ。

 

 それはともかく、スクルズの失踪というのも驚きだ。

 王都で起こったスクルズの処刑騒動の情報そのものに、イザベラたちには遅れて接したが、結果だけ聞けば、馬鹿みたいな話だ。

 ロウと一緒のときには、あの敬虔そうな美貌の女神官長が羽目を外す傾向があったのはわかっていたが、まさか、ロウを追いかけるために、自分の死を演出するとは、なんという人騒がせな女だろう。

 

「そうですなあ……。あっ、だけど、もしかしたら、あの聖典朗読も王都の者の心が落ち着いてきた理由のひとつかもしれませんね。最近、あの破廉恥映像の映録球に混じって、なにかの本の朗読が入り込むようになったのです。“聖典”という説明でしたが、貴族令嬢が縛られて全裸で三角木馬に乗せられたり、大勢の娘たちから筆や刷毛でくすぐられて、何度も気をやるような映像と一緒に、なにかの言葉が流れるのですよ。あっ、これは、あまりにも赤裸々でしたか? 失礼を」

 

 ラレンが気がついて恐縮したように頭をさげた。

 ここでの情報提供に関わることについては、いかなることでも言葉を飾らずに告げてくれと頼んでいるし、一切の無礼講を約束している。

 だが、あまりにも露骨な表現で、イザベラが気を悪くすると思ったのかもしれない。

 だが、イザベラは気にしないと告げた。

 そんなことで動転するようでは、ロウの愛人は務まらないだろう。

 

「本の朗読ですか? それが聖典ですか?」

 

 口を挟んだのはアンだ。

 このような誰かの訪問の際には、アンにも同席をお願いしているが、滅多にアンが発言することはない。

 しかし、このところ、恐ろしいくらいに勘が働くようになり、なにかの重大事に繋がるかもしれない事象に接すると、なにか心に触れるような心地がするようになったらしい。

 だから、気になっていることがあれば、必ず口を出してくれと頼んでいる。

 従って、その聖典とやらの朗読というのが、アンの勘を刺激したのだと思う。

 

「そうですね。内容は他愛のないものですよ。でも、気になるのですよ。最近では、一緒に映っている破廉恥映像ではなく、その朗読を聞きたさに人が集まっているのではないかというほどでして」

 

 ラレンが言った。

 

「もしかして、ラレンも聞いたか?」

 

「聞きました。確かに、妙に心が静かになります。そして、天道様というお方にお慕いする気持ちに溢れるのです」

 

「天道様だと?」

 

 天道様というのは、主神クロノスの別名である。

 

「ええ、その天道様の行いことを朗読しているのですよ。王都の大ラットを大量に捕らえる奇跡を起こしたとか、ある村人たちが困っている魔獣を退治したとか、山の中に湯を見つけただとか……」

 

「クロノス神のことではないのか?」

 

 アネルザが訊ねた。

 イザベラ同様に、アネルザも「天道様」というのがクロノス神だと思ったようだが、なんとなく違うようだ。

 

「偉大なる天道様ですよ。クロノスとは異なります」

 

 ラレンがきっぱりと言った。

 なんだが、クロノスを軽んじているような口調に、イザベラは違和感を覚えた。

 まあいいか……。

 

 そして、南方の叛乱のことの話題にもなった。

 相変わらず、ドピィという叛乱主が、クロイツ領という場所を占拠しているようだが、近傍で対応するはずの南部国王直轄軍は、いまのところ静観しているだけみたいだ。

 王宮からの具体的な命令もないみたいだし、これについてだけは、早急な対処が必要とイザベラも焦っている。

 ほかにいくつかの情報を入れてもらい、話もひと段落した。

 すると、ラレンが改めて姿勢をただす。

 

「では、スタンを入れても構いませんか? おふたりに贈り物をしたいと持ってきたのです。もちろん、信用のおけるものです。マア商会としてしっかりと検査もしています。ただ、スタンが自分で採集したものでして……。それに、またアン様と直接にお話をしたいとか……。ミウちゃんのことですよ」

 

 ラレンが含み笑いをするような顔になる。

 スタンというのは、マアが拾ってきた孤児であり、立派な商人にするべく、マアが徹底的に鍛えている少年だ。

 年齢は、ロウと一緒に旅に出ている見習い巫女のミウと同じであり、前二回のラレンの訪問にも、その少年はついてきていた。

 しかも、その目的は、とても微笑ましいものだった。

 スタンはミウに初恋を抱いていて、アンがミウと同じ第三神殿ですごしていたということから、ミウが気に入るものとか、好きな食べ物などの、とにかく、ミウのことを教えてもらいたいということなのだ。

 イザベラは、是非とも、その淡い初恋を応援してあげたい気持ちになっている。

 

「ああ、ミウに惚れているスタンか。また、アン姉様に、ミウの好きなものなどに関する情報を教えてもらいたいのだな。まあ、スタンの初恋のためだ。アン姉様、また有益な情報を教えてあげてくれ」

 

 イザベラは笑った。

 だが、アンがちょっと複雑そうな表情になった。






 *

 今日の昼間から、仕事で長崎に来ています。ホテルでタイプを打つ余裕があれば、少しでも投稿したいと考えています。(コスパも入手したので……)
 それにしても、ロウがいない正面になると、どうにも、エロチックな場面が挿入しにくいです。
 しばらく、比較的な真面目なシーンが続くと思いますが、何卒、よろしくお願いします。


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717 訪問者の多い一日

「あがああっ、ぐずりいいっ、ぐずりをちょうだいいい──。おねがいじまずうう」

 

 脂汗と涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに汚したスカンダが足の下で暴れている、

 逃げ足と瞬間移動の能力に特化した妖魔であり、人間族の幼女のような外観や知能の高さを感じさせない話し方からは想像し難いが、実はかなりの高位能力を持つ妖魔の範疇に入る。

 しかし、こうなったら形無しである。

 人間族から取りあげた「魔族殺し」という魔毒で一時的に能力を消失させ、さらに亜空間牢獄に監禁して、わずか一日で頭が破壊されるほどの中毒症状が出るという「黒魔(こくま)の毒」という死毒を五日にわたって、腹が膨れるほどに喰わせてやった。

 

 「黒魔の毒」というのも、「魔族殺し」と同様に、もともと人間族の開発した毒であり、服用すれば身体が蕩けるような気持ちよさが走る反面、怖ろしいほどの中毒症状が発生して、もうその毒なしには生きていられなくなるという薬らしい。

 それを無理矢理に口にねじ込んで、一日でスカンダは、完全な中毒症状に陥った。

 だが、それでも、サキとの契約を破れないと泣き喚き続けたので、「契約」よりも強固な「隷属」を結ばせ、完全に奴隷状態にしてから、さらに二日をかけて、サキとの魔道契約を破棄状態にすることに成功した。

 実際には、魔道契約など破棄できないのだが、それに相反する新たな契約を強引に結ばせ、心の中で葛藤させるのである。相反する契約行為の葛藤は、異常なほどの苦痛を伴うものだが、それを「黒魔の毒」の快感と苦痛で訳をわからなくさせた。

 「黒魔の毒」の連続服用五日目となれば、サキが見込んだスカンダといえども、もはや、ただの中毒症状に苦しむクズ妖魔になりさがる。

 薬が欲しいとのたうち回る足の下の醜い童女妖魔の姿を見て思った。

 

「ははは、人間族というのは、実に面白いものを作るなあ。大勢の人間族を大量に操る宝具とか、この黒魔の毒とかな。しかも、こんなものがあるのに、禁忌扱いにして使うのを禁止するとはねえ。だったら、なんで作ったんだろう。本当に不思議な種族だ」

 

 スカンダの背を踏む足に力を入れながら笑った。

 

「うえええん、うええええん、ぐるじいいい。ぐずりいいいっ」

 

 スカンダが泣き喚く。

 そのスカンダの前に、亜空間から取り出した黒魔毒の袋を開き、ほんのちょっとだけ粉を床にこぼす。

 

「ひゃああああっ」

 

 スカンダが足の下で奇声をあげて大暴れする。

 だが、「魔族殺し」で魔道を封じているスカンダなど、本当に力は人間族の童女並であり、まるで足の下で虫が暴れているようにしか感じない。

 

「ぐずりいっ、ぐずりいいっ」

 

 スカンダは必死に手を伸ばすが、ぎりぎりで届かない。

 そういう位置に粉をばら撒いたのだ。

 

「苦しいだろう、スカンダ? この苦しみをよく覚えろ。そして、サキ様のために動くことを考えるのだ。サキ様のご命令に従うじゃなく、どうしたら、サキ様のお心に叶うのかを考えるのだよ」

 

「ぎいてるうう。いうことぎいてたああっ。ご命令にしたがってだああ」

 

 スカンダが泣き喚く。

 苛立って、蹴り飛ばす。

 

「ふぎゃん」

 

 亜空間牢の壁にスカンダが背中から叩きつけられた。

 だが、懸命に床にこぼれている薬に向かって駆け寄る。それをまた踏みつけて、粉に指が届くのを阻止する。

 

「外見通りの低能だな──。サキ様は弱っているのだ。本来のサキ様じゃない。人間族の男に媚びを売るようなサキ様は、堕落しているのだ。だから、それをただしてあげなければならんのだよ」

 

「わがんだいいいっ。そんなのスカンダにはわがらないよお。ぐずりいい」

 

「だから、俺の言葉に従えばいい……。もう一度、言え。お前はなにをするのだ?」

 

 スカンダを踏みつけたまま言った。

 

「お、王太女さまを置き去りにするうう。嘘をついで、逃げられないようにするうう」

 

 スカンダは泣きながら叫んだ。

 

「そうだ。低能の女妖魔に複雑なことは求めん。ただ、サキ様から人間族の匂いを剥ぐことに協力しろ。このところのサキ様から漂う人間族の匂い……。本当に臭くてたまらん……。まあいい。薬だ。うまくできなければ、もう薬はやらん。禁断症状とやらで、苦しんで死ぬしかない」

 

 スカンダの身体から足をどかして、残っている黒魔の毒の粉を床に全部こぼす。

 もっとも、この黒魔の毒の中毒になれば、数箇月もすれば、内蔵がぼろぼろになって死ぬそうだ。

 だから、死毒とも呼ぶらしい。

 まあ、どうでもいい。

 人間族の場合だから、丈夫な魔族であれば、もう少し生きるかもしれないし……。

 

「ぐずりいいっ」

 

 喜びの声をあげて、床にこぼれた薬を舌で必死に舐めるスカンダには、知性のかけらもない。

 その滑稽さに笑ってしまう。

 

「ほら、追加だぞ。お前はサキ様と契約を結んで、王太女たちをあの離宮に禁足すれば、人間族の男を性交させてもらうご褒美をもらうはずだったらしいな。まったく馬鹿げている。人間族と交わるなど、魔族にとっては大いなる恥辱だ。屈辱だ──。それを褒美に使うなど、サキ様もサキ様だし、お前もお前だ──。陵辱して欲しいなら、魔族の俺が犯してやる」

 

 新しい黒魔毒の粉を露出させた自分の男根にふりかける。床を舐めていたスカンダの目の色が変わった。

 契約の報酬に性技に長けた人間族との性愛を選ぶくらいであり、スカンダのような“韋駄天族”は、本能的に好色だ。

 だから、韋駄天族の飼育には、性交を覚えさせて調教するのが効果的というのは、魔族界の一部ではよく知られている。

 だから、このスカンダを捕らえたとき、人間族の黒魔毒を使って中毒にすることとともに、性にのめり込むことも同時にやった。

 五日目だが、すでにスカンダは、この黒魔毒を併用した性交に夢中になっている。

 

「んんんんんっ」

 

 スカンダがすぐに起きあがり、黒魔毒の付着した男根を一心不乱に舐め出す。

 たちまちに、この童女妖魔の口の中で男根が勃起する。

 

「尻を捲れ、低能妖魔──。犯してやる」

 

「あいいっ、あ、ありがどうございますうう」

 

 スカンダがこっちにお尻を向けて服の裾を捲る。

 人間族の童女ほどの小さな尻が飛び出す。

 だが、女性器だけは大人の妖魔と変わらない。しかも、黒魔の毒で恍惚となっていて、その快感で欲情状態だ。

 そして、覚えたばかりの性交の期待で女性器からは愛液が滴り、男を求めて真っ赤に充血している。

 

「人間族よりも、気持ちいいはずだぞ──。サキ様も愚かだ。これよりも、人間族の粗末な珍棒がお好みとはなあ」

 

 サキのことを思い出しながら、スカンダを後ろから犯す。

 興奮する──。

 

 いつか……。

 いや、近いうちに、サキをこうやって……。

 

 そのためには、サキから人間族の味方を排除すること……。

 別に人間族を侮ってはいない。

 あいつらは、奸智に長ける。それだけは脅威だ。

 だから、注意深く、罠にかけて、サキから離さねば……。

 

 そして、昔のサキに……。

 あの強かった頃のサキに……。

 

 これは、サキを裏切っているのではない──。

 間違いをただしているのだ。

 

「いぐうう──。スカンダ、いぐうううっ」

 

 スカンダの小さな身体がまたもや弓なりになる。同時にすごい圧迫感が怒張を襲う。

 

「うおっ」

 

 まるで吸い取られるように、スカンダの膣の中に精を放ってしまった。

 

 

 *

 

 

「妊婦様の身体にいいハーブ茶です。是非、お試しください」

 

 ラレンの横に座らせたスタンが差し出したのは、可愛らしいガラス容器に入ったハーブ茶の粉だった。

 デセオ公国の工芸技術であるガラス細工は、数多く出回らないので、まだまだハロンドール国内では珍しいし高価だ。

 スタンの心使いに、イザベラは頬を綻ばせてしまった。

 

 ノールの離宮である。

 イザベラたちは、マア商会の重鎮であるラレンとの話を終え、同行してきたスタンという少年からの挨拶を受けていた。

 この少年がスクルズの愛弟子であるミウに初恋を抱き、告白しようと思っていた矢先に、ロウたちとの旅への同行が決まってしまって、今度こそ告白をしようと考えているというのは、この離宮に最初に、目の前のスタン少年がやってきたとき、スタン自身から告げられた。

 それ以来、イザベラは、このスタンの初恋を成就させてあげたい気持ちでいっぱいになった。

 なんと可愛らしくて、微笑ましいのだろう。

 

 スタンもミウも十一歳だ。イザベラが十一歳のときには、あのキシダインとの王位継承者争いが顕著になる頃であり、生き残ることだけに必死で、恋など別世界の話だったが、誰かに恋をするなど、なんて素晴らしいのだろう。

 それに、ふたりはお似合いであると思うし、スタンが有能であることは、ラレンも保証している。

 なによりも、マアがスタンの才能を見いだして鍛えているのだ。

 聞けば、このガラス細工も、スタン自身が輸入を手配したということであり、マアの許しを受けて、王国内で事業展開するらしい。

 この年齢にして、頼もしいことだ。

 まさに、ミウに相応しい。

 

 そして、やり手である。

 こうやって、第三神殿で一緒に暮らしてアンやノヴァ、さらに、イザベラにまでご機嫌伺いをするのは、どうやら外堀を埋めようとしているつもりのようだ。

 王太女に縁を結びたいから、ミウなどに接近するというのはよくあるようだが、逆というのは新しい。

 イザベラは、すっかりとこのスタンが気に入ってしまっていた。

 

「ロウがやっと水晶宮を出立したという情報は受けている。さすれば、ミウも一緒なのだろう。いまは、王都も混乱しているし、ロウたちの状況もわからん。だが、落ち着いたら、いずれ、お前たちの話の場は作ってやろう。このハーブ茶の礼だ」

 

 イザベラは笑って言った。

 

「ありがとうございます」

 

 スタンが満面の笑みを浮かべて頭をさげる。

 しかし、イザベラは、横のアンが小難しそうな表情をしていることに気がついた。そういえば、スタンがやってくると、ずっとこんな顔をしていたかもしれない。

 

「アン姉様、どうした?」

 

 イザベラは声を掛けた。

 すると、アンがスタンに視線を向けた。

 

「そのことなんだけど……。気を悪くしないでね……。多分、ミウちゃんは、ロウ様のことが大好きなのだと思うわ。スタン君の気持ちもわかるんだけど……」

 

 アンが申し訳なさそうに言った。

 イザベラは、それは知らなかったから、ちょっとびっくりした。

 しかし、スタンは明るい表情で、顔を破顔させる。

 

「ああ、そのことなら知っています。好きな子のことですからね。ミウさんを見ていればわかります。ロウ様はとても素敵な人ですからね。だけど、いつかミウさんを振り向かせてみせます。僕だって、まだ半人前ですし、いまの僕をミウさんが好きになってくれるとまで考えていません。だけど、僕がミウさんのことが好きなことは、知って欲しいのです」

 

 スタンはきっぱりと言った。

 

「そうなの……」

 

 アンはさらに困ったような表情になった。

 ラレンとスタンが辞去したあと、イザベラはアンに改めて視線を向けた。

 

「どうして、アン姉様は、そんなに難しい顔なのだ? あのスタンは、なかなかによい少年だと思うがな。アン姉様は、ミウの相手として反対か?」

 

「そういう問題じゃないわ、イザベラ。さっきの言葉のとおりよ。多分、ミウちゃんは、ご主人様が好き。憧れとかじゃないわ。女として、ご主人様を愛しているわ。わたしにはわかるの……。ねえ、ノヴァ?」

 

「はい、わたしもそう思います」

 

 ノヴァも頷く。

 どうでもいいが、いまもそうだが、ラレンやスタンがいたときにも、ふたりはずっと手を繋いでいた。

 アンの妊娠が判明したときから、このふたりは、お互いが心の伴侶であることをまったく隠さなくなった。

 考えてみれば、妊娠して女は変わるというが、もっとも変わったのは、むしろノヴァだと思う。

 少し前なら、ほかの侍女やシャーラまで立っている状況において、アンが求めたとあっても、侍女であるノヴァはこういう場所では、決して座りはしなかったろう。

 だが、今日は、当たり前のように手を繋いだままふたりでやって来て、当然のように手を繋いだままふたりで座った。

 おそらく、ノヴァの中で、アンの妊娠によって、なにかが吹っ切れたのだと思う。

 

「そうだとしても、ロウはミウには手は出さんぞ。ミウは十一だ。ロウは三十を超えていたと思うぞ。しかも、むしろ、四十に近いのでは?」

 

 イザベラは笑った。

 

「失礼ですが、姫様。これについては、アン様に同意します。ロウ殿に限って、自分に言い寄る女の年齢を気にするとは思えません。恋多きお方ですから。その度量も包容力もあります」

 

 シャーラだ。

 振り返ると、ヴァージニアやほかの侍女ふたりも頷いている。

 

「そうか?」

 

 イザベラは、首を傾げた。

 

「まあいいさ。そうだとしても、恋ができるだけ幸せさ……。それよりも、イザベラ、辺境候域の情勢だけどね……。この話の直前に辺境候域から手紙が届いた。あとで目を通しておいておくれ」

 

 アネルザが二通の手紙をイザベラに差し出す。

 差出人を見ると、アネルザの弟のレオナルドとシモンだ。イザベラは面識はないが、アネルザの異母弟たちだ。

 また、アネルザは、あまり明るい顔ではない。

 辺境候というと、いまルードルフ王の蛮行を糾弾しており、遠い辺境候域でルードルフの追放を掲げ叛旗をあげている。

 

 王都から遠いので、それほど切迫した雰囲気は伝わりにくいが、情報によれば、いわゆる辺境候軍を預かる六大領主だけでなく、続々と周辺諸侯が辺境候クレオンの檄に参集しているという。

 もともとは、アネルザの出したクレオンへの檄文が切っ掛けらしいが、アネルザは、ルードルフ王の退位要求の声を集めて欲しかったものの、内乱を求めるつもりまではなかったらしく、身内から王家への裏切りが出てしまいそうな現在の情勢に心を痛めている。

 

「状況に変化が?」

 

 イザベラは、受け取った手紙をとりあえず、ヴァージニアに渡しつつ、アネルザに訊ねた。

 

「どうやら、わたしの父親は、ロウを叛乱の旗頭に担ぎだしそうな雰囲気らしい。それで、レオにしても、シモンにしても、それに激怒していてね。シモンなど、父の命令でロウに会うらしいが、女たらしの化けの皮を剥いでやると、手紙に書いて寄越した」

 

 アネルザが話をはじめる。

 驚いたが、アネルザの説明によれば、辺境候のクレオンは、いま病に倒れているみたいだ。

 それで、参集した諸侯軍の指揮を嫡男になるレオナルドが執っているようだが、クレオンはそれをエルフ女王から英雄認定を受けたロウにさせたいという雰囲気だという。

 レオナルドからの手紙は、それに激怒している内容とのことであり、シモンからの手紙は、得体の知れない男が辺境候軍の重鎮に加わることへの不満らしい。

 いずれも、何度か書簡を交換してからの返書として送られたようだ。

 

「ロウを反乱軍の旗頭に? だが、辺境候とロウとに、これまでなにかの関係が?」

 

 イザベラは首を傾げた。

 

「関係など皆無のはずだけどねえ……。わたしの書簡くらいだ。なぜ、叛乱の旗頭にロウなのかは、さっぱりとわからない。サキが暗躍していることはわかっているけど、もしかしたら、それが関係あるかと思うくらいさ」

 

 アネルザも首を横に振る。

 

「では、ご主人様は、王都ではなく、辺境候領に?」

 

 アンだ。

 

「さあ……。シモンからの書には、モーリア男爵領に行き、これから、ロウに会うんだと書いてある。いろいろと諫めたいこともあるけど、シモンの予定通りなら、時期的に、すでにシモンは男爵領でロウたちとすでに会っている頃だね」

 

 アネルザが言った。

 ここと辺境候域とは距離がある。どうしても情報には遅延が発生する。王宮であれば、魔道による即時通信の設備もあるが、残念ながら、そんなものはここにはない。

 アネルザも、魔石を使った高速書簡でやり取りをしており、これでも異常なほどの情報伝達速度なのだ。

 

 そのときだった。

 突然に目の前の空間が揺れた。

 

 移動術で現われたのはスカンダだ。

 イザベラたちをこの離宮に禁足している童女姿の妖魔である。しかし、いつも姿を消して見張っているのはわかっていたが、姿を現すのは久しぶりな気がする。

 しかし、どうでもいいが、目の下に黒い膜がある。

 なぜか、息も荒いし、顔もなにかに怯えているように切羽詰まった表情だ。その雰囲気の異常さに、イザベラはまずは面食らった。

 

「ど、どうしたの、スカンダちゃん?」

 

 いつもは、最初に口を開くことのないアンが一番に呼びかけた。

 

「み、み、皆さんに、お、お、お別れを、い、言いにきた。スカンダは、サキ様から任務を解かれた。では、さよならです」

 

 そして、消滅した。

 もうスカンダの姿はない。

 

「なんだい、あれ?」

 

 アネルザも唖然としている。

 

「任務が解かれたって言いましたよね? つまり、ここから離れられるようになったっていうことでしょうか……?」

 

 ヴァージニアがぼそりと言った。

 

「さあなあ……。おい、スカンダ? 返事をせよ、スカンダ──」

 

 イザベラは宙に呼びかけた。

 しかし、返事もないし、スカンダが再出現する気配はない。

 そこに、部屋の外からノックがした。

 返事をすると、侍女団のひとりのオタビアだ。

 この離宮を警護しているライス将軍がやって来たらしく、宰相をしているフォックス卿が離宮まで訪問してきて、イザベラとの面会を求めているということだった。

 

「宰相が? 今日は、なんて日なんだろう──? この滅多に誰も来ないノールの離宮に、こんなにも訪問者がくるだなんてねえ」

 

 アネルザが驚き半分、戸惑い半分のような口調で声をあげた。



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718 宰相の依頼(その1)

「出陣?」

 

 イザベラは、フォックスの申し出に驚いて立ちあがりかけた。

 だが、辛うじて自重した。

 そして、無意識に下腹部に手を当てている自分に気がついた。

 これは、母親としての本能か? 腹の子を守りたいという女としての衝動がイザベラにそんな仕草をさせたのだろうか?

 イザベラは、苦笑して手を椅子の手摺りに移動させる。

 

 さっきまでラレンやスタンと会っていた客間ではない。

 小謁見の場と呼ばれる広間だ。

 王宮の謁見室に比べれば遙かに小さいが、現在では王族の流刑場所の位置づけに近いノールの離宮であるが、もともとは国王の別荘として作られている。だから、小さいが謁見用の間もあるのだ。

 イザベラは、その奥側の中央に座り、真後ろにシャーラを立たせて護衛させ、側面に廷臣代わりに十人の侍女たちを並ばせていた。

 

 ただ、アネルザもアンもいない。

 フォックスは、ふたりの侯爵とひとりの伯爵を連れてきており、最も格式の高い特使の体裁を整えてきた。フォックスの肩書きも「宰相」である。

 正式の王宮の使者としての訪問である。

 だから、王族といえども、キシダインと離縁をしただけで、王族復帰の手続きさえしていないアンには、謁見に同席する権利がない。また、国王命で捕縛され、表向きには、王都の監獄塔の最上部に収容されていることになっている王妃アネルザも姿を現すわけにはいかない。

 だから、イザベラは、王太女として、ひとりでフォックスたちと向かいあっていた。

 

 すると、跪く彼らか発せられたのが、王太女イザベラへの南部動乱への出陣要請だったのだ。

 イザベラは、思わず立ちあがりかけてしまったというわけだ。

 

「馬鹿な──。王太女殿下は、いまは大切な時期。それを……」

 

 シャーラが怒った口調で言った。

 イザベラは、片手をあげて、それを制する。

 

「これは、これは、護衛長。宰相である私と王太女殿下との会談に口を挟むとは……。驚いた護衛長がいたものよ。ご自分の職務を勘違いされているのでは?」

 

 フォックスが皮肉たっぷりに言った。

 確かに、こういう正式の謁見のかたちのときに護衛や侍女など、存在したとしても家具や調度品同様にいないものとしてみなされる。ましてや、口を開くことなど許されるものではない。

 しかし、イザベラは、シャーラがこんな男に小馬鹿にされるような物言いをされることは許せないと思った。

 

「黙れ、宰相──。シャーラは、お前らがキシダインにのぼせて、わたしをないがしろにしていた時期に、ずっとわたしを守ってくれた忠臣だ。だから、口を挟むことを許している。わたしが最も信頼する家臣だ。お前らよりも、ずっと信頼できる」

 

「わ、我々は、王太女殿下をないがしろになど……。我ら善良な貴族は、キシダインの専横をなんとかしようと……」

 

 フォックスの顔が赤くなる。

 

「なんとかしようと日和見か? そなたの得意技だったな。今回も、いち早く王都から脱したのだったな。お前たちの一族が無事で良かった。それで、ずっと日和っていたそなたが、使者とはなんだ?」

 

 イザベラは辛辣に言った。

 王都があのルードルフ王の蛮行で混沌となり、粛正のようなものを開始したとき、この男は宰相の立場でありながら、いち早く王都を脱して、自分と家族の安全を確保したのだ。

 それを知らないイザベラではない。

 

「姫様……」

 

 すると、シャーラが聞こえるか、聞こえないかくらいのかすかな声でイザベラを呼び、軽く肩に触れてきた。

 それでイザベラは、少し冷静になる。

 すぐに、かっとなるのは、イザベラの欠点だとアネルザにも言われたし、間接的だが、ロウにも指摘されていた。

 また、ロウからは、将来の女王であれば、どんな無能でも、どんな悪人であっても味方を増やせと諭されたこともある。

 大きく息を吐いて、心を落ち着けた。 

 

「言い過ぎた。だが、わたしに出陣を乞うとはなんだ? わたしは、王の命令でここにおるのだがな? そのわたしに、戦に出ろなどと、そなた、王にでもなったのか?」

 

 イザベラはフォックスを睨んだ。

 この男が持ってきたのは、王太女であるイザベラを地方王軍を含む王軍すべての指揮権を持つ総軍司令官に任命されるという命令書と、さらに、南域で起きている賊徒の叛乱に、王太女が出陣して欲しいという貴族たちの要望書だった。

 そして、イザベラに、その貴族の代表として、出陣を要望してきたのだ。

 もっとも、総軍指揮官への任命書については、あるべき箇所に国王印がない。

 貴族たちの連名の要望書はともかく、任命書については、王印のない以上、その体裁を整えただけの紙切れでしかない。

 

「この二枚が、我ら王都貴族の心でございます。我らはすでに、ルードルフ王を王と思っておりません。あれは兇人でございます」

 

 フォックスは、はっきりと言った。

 この一言だけでも、不敬罪は成立する。しかも、堂々の国王批判だ。相手が王太女であることから、冗談でも、陰口でもすまない。この場で斬られても文句は言えない。

 つまりは、それなりに覚悟しての発言ということだろう。

 

「ほう、つまりなんだ?」

 

「王命を下すことのできるのは、王ただおひとりでございます。そして、そこには、王印、あるいは、王の自署による署名で完成する任命書がございます。我ら、王都貴族一同、そして、署名のある領主貴族は、即座の王太女殿の王位継承を望むものです。軍権こそが王位の証──。どうか、お自ら軍の大権を確保し、王にお成りください──」

 

「王に?」

 

 イザベラは思わず言った。

 すると、フォックスをはじめとする随行の貴族が一斉に頭をさげた。

 イザベラは唖然とした。

 すると、フォックスがその場にひれ伏して土下座した。

 

「そして、お願いします。南域の民をお救いください、女王陛下──。さらに、王宮の兇王から可哀想な子女たちをお救いください」

 

 フォックスだけでなく、随行の貴族たちも土下座をする。

 イザベラは面食らった。






 短いですが……。出先なのでご容赦を。
 夕べは、先方と軽い宴会がありました。コロナ騒ぎ以降、初ですね(笑)。


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719 宰相の依頼(その2)

「お願いします。南域の民をお救いください、女王陛下──。さらに、王宮の兇王から可哀想な子女たちをお救いください」

 

 フォックスだけでなく、随行の貴族たちも土下座をする。

 イザベラは面食らった。

 だが、イザベラはすぐに気を取り直した。

 

「黙れ──。わたしを女王と呼ぶでないわ。それがなんで、わたしが南域の動乱に出陣することに繋がる──?」

 

 さっぱり、わからない。

 地方動乱は、地方軍に属する王国軍の任務である。

 王軍の地方軍は大きく四軍あり、アネルザの実家の辺境候領の背面になる位置にある王国西側地帯の国王直轄領を守備する「北部国王直轄軍」、南域と呼ばれる地域の諸侯領を見張るかたちで位置する「南部国王直轄軍」、南東域の国境監視任務を持つドロボークの「ドロボーク国境騎士団」、そして、このノールの離宮の少し北にあるリマという港町に水軍基地を持つ「王国水軍」である。

 南域の民というのは、ドピィとかいう賊徒が占拠しているクロイツ侯爵領のことと思うが、その賊徒対応は、まずはクロイツ侯爵、その侯爵の領軍が敗れた現状では、南部国王直轄軍の役割である。

 イザベラが全王軍の大権を握ったとしても、イザベラが出陣ということにはならない。

 ましてや、イザベラは妊娠をしている。

 

「現在、兇王は王都王軍を把握しております。その兇王から王権を奪うには、力が必要です。我ら王都貴族は、副王都マイムで人を集めましたが力がありません。力がないのです。我らはそれを自覚しました。それに対して、兇王は王軍を把握しています。忸怩(じくじ)たる思いはあっても、領土を持っていない我らだけでは、軍を起こせないのです」

 

 地面に頭をつけているフォックスの肩が揺れていた。驚いたことにフォックスは、涙を流していた。

 ほかの三人も泣いている。

 イザベラは、慌てて彼らの土下座をやめさせた。

 その場に立たせる。

 

「それで? お主らが軍を集められず、力を持っていないから、なんなのだ?」

 

 イザベラは訊ねた。

 王都貴族というのは、実は、領地を持っていない貴族の別称でもある。二代前のエンゲル王の治世において、数多くの領土貴族が粛正され、国王直轄領は膨大な広さになった。特に中央街道と呼ばれる王国の真ん中を突き抜ける地域一帯は、南から北に至って、ことごとく王領である。

 現在では、マルエダ辺境候などがいる西域と、今回ドピィの叛乱が起きた南域に貴族領が残るが、ほかの地域は幾つかの貴族領が点在するのみで、ほとんどが王領になる。

 エンゲル王が目指したのは、ハロンドール王国のすべてを国王直轄領とした中央集権の体制を作ることであり、彼の強力な施政によって、どんどんと貴族領が没収されて、王領に組み込まれたのである。

 当然に抵抗もあったが、そういう者は容赦なく軍に討伐された。あのエンゲル王の時代は、ハロンドールが内乱に明け暮れた時代と聞く。

 

 そのときに、進んでエンゲル王の施策に応じ、領土と版籍を王に引き渡した者たちには、中央における役職が与えられ、爵位に応じる年金も渡された。

 そういう彼らが“王都貴族”である。あるいは、官職を得て俸禄を得ることから“官吏貴族”、文官の象徴が法衣であることから“法衣貴族”とも呼ぶ。これに対して、軍務に就くことで俸禄を得るのが“帯剣貴族”だ。

 いずれにしても、そういう彼らは、自領がないので治めるべき民がない。当然に軍は持たない。

 かつてのキシダインも、そんな王都貴族だったが、彼は独自の資金源があり、私軍としての兵を集めていたが、そのような者はまれである。

 

「王太女殿下、我らに、王の王たるものをお示しください。さすれば、南部王軍は、王太女殿下に忠誠を尽くします。そう話をつけました。西部王軍は辺境候領が近いこともあり、立場が微妙ですが、少なくとも王太女殿下には叛旗はあげず、殿下が大権を把握すれば、従うと約束しています。水軍は殿下に従います。どうか、まずは南部に赴きください。そうすれば、まずは南部王軍、そして、水軍が殿下の配下にくだります」

 

 フォックスがさらに懐から紙を取り出す。

 

「ヴァージニア」

 

「はい」

 

 ヴァージニアに受け取らせて、中身を確認する。

 王太女であるイザベラに忠誠を誓うという南部王軍司令官の血判状だ。 

 本物かどうかは判断できないから、ダリアに手渡す。

 ロウに愛されることによって、異常なほどの記憶力を得たダリアは、あらゆる上位貴族の筆跡が頭の中の記憶にある。

 その記憶と血判状の文字の形とを照合させたのだ。

 

「本物だと思います」

 

 しばらく血判状を眺めてから、ダリアが言って、血判状をヴァージニアに返す。なぜ、一介の侍女が確認をしたのかわからないのだろう。フォックスたちは、少しだけきょとんとなっていた。

 

「……つまりは、わたしが、まずは南部王軍に向かい、そこで軍を把握して、王都に軍ととともに侵攻しろということか?」

 

 やっとわかってきた。

 

「王太女殿下が指揮する軍が兇王の退位を求めて王都に向かえば、いまはルードルフ王に従っている王都王軍や騎士団の一部は、それに呼応して、王太女殿下に内応します。ここにいる者は、夫人や令嬢を王宮に監禁されています。帯剣貴族たちの中にも、同じような者がおります。彼らは機会を待っているのです。私たちは、ここまではやりました」

 

「ここにいる者? そなたらの家族がか?」

 

 フォックスの言葉に、イザベラは同行の三人の貴族に目をやる。

 

「私の妻は、兇王に鞭打たれながら陵辱され、その光景が三度、映録球で王都市民に公開されました」

 

「私は娘です。やはり、映録球で全裸姿を晒されて、破廉恥にも股縄で自ら自慰をする姿が……。読書好きの貞節な娘だったのに……」

 

「私は妻とふたりの娘の三人です。言葉にも出せないほどの辱めを……」

 

 三人がむせび泣くような声を出す。

 

「そ、それは……すまない……。父王に代わり……謝罪を……」

 

 イザベラは頭をさげようとした。

 だが、それをフォックスが手で留めた。

 

「謝罪は必要ありません。言葉よりも行動を。先ほど、殿下は私を日和見と蔑まれましたが、日和見宰相の意地でここまでの行動はしました。しかし、ここから先は、殿下の覚悟と決断、そして、行動が必要です」

 

「わたしに、父王を糾弾する兵をあげよと言うのだな?」

 

「まだ、王宮に残っている者の中にも、王太女殿下が決起をご決断なされば、動いてくれる者がおります。兇王に怪しまれないように、明日には王太女殿下に、南部動乱の平定の大命が下る手筈になっています。いまの王は、書類にはほぼ目を通さずに署名するとのこと。間違いなく、王太女殿下への出陣命令が発令されます」

 

「それを根拠に動くのだな?」

 

「五日後には、水軍がノールに到着します。そして、クロイツ領のガヤに王太女殿下をお送りします。クロイツ領のガヤは、すでに南部王軍が奪回して、賊徒の支配から統治を取り戻しており、そこで王太女殿下に、南部王軍司令官がお目通りします。ただ、南部王軍は賊徒対応の行動中……。賊徒討伐を優先するのか、王都進軍を優先するのかは、司令官は王太女殿下に従うと申しています」

 

「まずは賊徒だ。それで南部王軍の司令官には動くように伝えよ……。いや、わたしが書を直接に送ろう」

 

「ありがたき」

 

 フォックスが頭をさげる。

 そのとき、背中にいるシャーラがイザベラになにかを言いたいような仕草を伝えてきたが、イザベラはそれを制した。

 イザベラは、すでに決断している。

 王族として、行動すべきときには、行動しなければならない。それが王族として生まれた者の務めだろう。

 妊婦であることよりも、王族であることが優先する。

 イザベラは覚悟した。

 そして、またしても、いつの間にか腹部に手を当てていた自分に気がつく。

 手を手摺りに戻す。

 

 それから、さらに細かい話をし、イザベラはライス隊の一千のうち、半分の五百を手勢として水軍に乗船させることまで決めた。

 フォックスは、明日中には発令される手筈の王太女への南部動乱討伐命令の使者に、ベルフ伯という者が同行するので、会って欲しいと頼まれた。

 すぐに記憶を呼び起こせなかったが、ベルフ伯というのは、ドピィという賊徒が占拠ししているクロイツ領の領都で人質になっているクロイツ侯爵夫人の実の父親だと思い出した。

 イザベラは、話を聞くと約束した。

 

 フォックスたちが辞去すると、すぐにシャーラとヴァージニアが詰め寄ってきた。

 

「姫様、無謀です。しかも、南方に赴いて、地方軍を把握するなど。そして、王都侵攻などと……。姫様は妊婦であられます」

 

 シャーラが真っ赤な顔をして怒鳴った。

 ヴァージニアをはじめ、ほかの侍女たちも口々に同じようなことを言った。

 だが、イザベラは首を横に振る。

 

「いや、やらねばならんことをやるだけのことだ。わたしは王太女なのでな。南部動乱の治安回復も、王都のことも、それを収めるのはわたしの仕事だ。だが、なにができるわけでもない。軍権を握っても、軍の指図ひとつできん。だが、先頭に立つことはできるぞ」

 

 イザベラは笑った。

 

「姫様のご出陣には反対です。王妃様も、アン様も、そして、もしも、ここにロウ殿がいても反対なさるはずです」

 

 さらにシャーラが言った。

 イザベラは苦笑した。

 

「ロウの名を出すな……。決心が鈍るではないか」

 

「だったら……」

 

 さらに言い募ろうとするシャーラをイザベラは手で制する。

 

「それよりも五日だ。お前たちは五日で調べあげられるだけ、フォックスたちのこと、そして、南部動乱のことを調べ尽くせ。できすぎた話をあの日和見男がどうして、あそこまで準備できたのか知りたい。本当に内応の軍人まで準備できているのか? 南部の情勢はどこまで切迫しているのか? 南部王軍司令官が王に背き、わたしに忠誠を尽くす覚悟というのは真実か? とにかく裏をとれ。できる範囲でよい」

 

「そ、それはもちろん、しかし……」

 

 まだ不満そうなシャーラをさらに制する。

 

「いずれにしても、さっきのフォックスの準備したことに、半分でも真実があれば、わたしは出る。行動するのは王族の仕事だ。底辺まで落ちている王家の評判をあげなければ、この国はなくなる」

 

 イザベラは白い歯を出した。

 全員が当惑した顔になった。

 

 

 *

 

 

「上手くいきましたな、宰相閣下」

 

「まあ、小娘ひとりあしらうのはたやすいものよ」

 

 王都に向かう馬の背に揺られながら、フォックスは笑った。

 南部動乱に出陣する覚悟をつけさせるには、もっと手こずるかもしれないと思い、あの手この手の材料を準備していたが、案外にあっさりと了承した。

 これでうまくいくだろう。

 

「ところで、肝心の南部王軍司令官には、この話は?」

 

 伯爵だ。

 

「サキ様からは、向こうの体勢も整ったとご指図があった。王太女は戦場で死ぬ。問題ない。これもすべてサキ様のために──」

 

 フォックスは右手を胸に当てる仕草をする。

 

「サキ様のために──」

 

「サキ様のために──」

 

 ほかの三人も同様の仕草で追随する。

 

 サキ様のため……。

 

 ああ、なんという素晴らしい言葉の響きだ……。

 サキへの忠誠を誓うだけで、これほどの恍惚感を味わえるとは……。

 頭の中の乱れがさらに大きくなり、サキ様のためという言葉が頭の中で反響し続けていた。

 

 

 

 

(第14話『王太女の出陣』終わり、第15話『(あるじ)のいない性奴隷たち』に続く)



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 第15話  (あるじ)のいない性奴隷たち【王都】
720 混沌の女傑たち【幽霊屋敷】


 あちこちが一気に混沌の状況を示してきた気がする。

 ミランダは、ロウの幽霊屋敷の中にもらっている私室で、集まっている情報を整理しつつ溜息をついた。

 

 まずは、離宮にいるイザベラだ。

 驚いたことに、イザベラは、身重でありながら、ノールの離宮から南方動乱に向けて出陣するというのだ。

 どうやら、今回の王都騒乱に際して、いち早く王都を脱出した王都貴族たちが焚きつけたらしい。

 

 ミランダは、慌てて単独で離宮に駆けつけたが、王太女を翻意させることはできなかった。

 アネルザやアンもまた、大反対をしていたが、イザベラの決心は固く、すでに出兵の支度はできていて、明後日には水軍の支援によって、ライス将軍以下五百の手勢を率いて出立することになっている。

 そして、まずは南方王軍とともに賊徒の乱を平定し、次いで王都に駆け上がり、王宮からルードルフ王を追い出して、すべての混乱を解決させるのだという。

 あのマイムに逃亡した“善良なる王都貴族の会”とやらが、イザベラに注進したのがその内容だったのだ。

 イザベラが地方軍を率いて王都に向かえば、王都の王軍から内応者が出る手筈まで整っているという。

 

 あまりにもできすぎているし、どうにも胡散臭(うさんくさ)い。

 だが、これで王都の混乱を解消する可能性があるなら、イザベラは身体を張るのだという。

 翻意させたいが、そもそも王都の混乱を作った当事者としては、王族としてこの異常な状態をなんとかしたいというイザベラの決断に対して、なにも言う権利もない気がして強く言えなかった。

 結局、説得は断念して、そのまま戻ってきた。

 

 むしろ、協力を依頼された。

 マイムに逃亡した宰相フォックスの持ってきた話の裏取りと、優秀な冒険者のパーティの派遣を依頼されたのだ。

 パーティの派遣というのは、つまりはクエストの依頼だ。

 離宮に赴いたときに、ベルフ伯という南方域の領土貴族と引き合わされた。

 随分と疲弊した様子であり、明らかに憔悴しきっていた。

 すぐにはわからなかったが、教えられたところによれば、ベルズ伯は、今回の南方動乱において、ドピィという賊徒主が本拠地にしている領都で人質になっている侯爵夫人の実の両親だった。

 

 そして、娘の救出を訴えられた。

 話によれば、侯爵夫人は賊徒主の慰み者になっており、服も着せてもらえず、犬のように首輪を嵌められて、毎日賊徒主に犯される生活をしているのだそうだ。

 

 侯爵夫人のシャロンには、幼い頃から好きだった婚約者がいたにも関わらず、家の存続のために、父親よりも年齢の高い侯爵の後妻として政略結婚を強いたのだという。

 家長としては後悔はしていないが、親としては、ずっと娘には申し訳なく思っていたという。

 もう政略としては使わず、残りの人生を心穏やかにすごして欲しいのだと、泣いて訴えられた。

 

 そして、クエスト代として破格の金貨を渡された。

 これひとつとっても、ベルフ伯夫妻の本気度がわかる。

 ふたりは、侯爵夫人のシャロンを救うため、身代金の支払いを申し出たりしているみたいだが、賊徒主のドピィからは、その都度辛辣な返事が戻るだけという。

 お願いだから、娘を助けてくれと、ふたりはミランダに頭をさげた。

 

 ふたりとの面談が終わったあと、ミランダはクエスト執行のパーティとして、ミランダ自身が向かうことをイザベラに言った。

 戦場に向かうイザベラの護衛にもなるし、一石二鳥だと考えたのだ。

 だが、イザベラに一蹴された。

 

 ミランダは、警察機能をしていない王都王軍の代替えとして、冒険者ギルドを使った治安維持のようなことをしており、それを抜けては困ると諭された。

 もっともなことなので、ミランダ自身が同行することはとりやめた。

 従って、いまはその人選に苦慮しているところだ。

 パーティはいくらもあるが、本当に信頼できるパーティとなれば、それほどに多くはない。

 

 すると、部屋の扉がノックされ、ベルズが入ってきた。

 部屋の中にあるソファに、ベルズが腰掛ける。

 

「ミランダ、姫様と同行して、侯爵夫人を救出するクエストには、わたしが行こう。気の利く冒険者を数名つけてくれ。クエストが終われば、そのまま姫様の護衛にもなれる」

 

 ベルズも最初にミランダが考えたのと、同じような思考を踏んだようだ。

 だが、ミランダは首を横に振った。

 

「ベルズは、冒険者登録はしていないだろう。それに、ベルズの実力は認めるけど、今回のクエストは力押しのようなクエストじゃないしね。第一、ウルズはどうするんだい。スクルズが去り、お前までいなくなれば、ウルズの幼児退行がまた進んじゃうじゃないかい?」

 

「ブラニーがいる。ウルズのことは問題ないだろう。クエストはわたしじゃだめかい?」

 

「そうだね。この難しいクエストをこなすには経験がねえ……。それに、神官として不殺の誓いをしているベルズには護衛は厳しい。幾つか候補はある。支払いのいいクエストだし、手を挙げるパーティはいるさ」

 

「いても、それは姫様の護衛はしないだろう。いいから、わたしを行かせろ。ちゃんと姫様を守る」

 

「あんたに行かせるなら、あたしが行くさ。とにかく、だめだ」

 

 ベルズならイザベラの護衛としては申し分ない。シャーラもいるが、ベルズなら、護衛としてはやり通せるだろうし、必ず役に立つ。

 だが、冒険者として未経験のベルズを人質救出という難しいクエストに派遣するのはどうだろう?

 失敗が許されないクエストだ。

 ミスは、冒険者側ではなく、人質の死に繋がる。

 冒険者ギルドを預かる者として、護衛ではなく、今回のクエストの最適任者という視点では、経験のないベルズは候補者にはならない。

 

「わかったよ……。ところで、ロウ殿のことで新しい情報が入ったって?」

 

「ああ、おマアから聞いたかい? モーリア男爵のところで、ちょっとした騒乱があったみたいさ。向こうのギルド経由の情報だよ」

 

 たまたま、ロウの最新情報が入ってきたとき、マアとエルザたちがいたので、一緒に情報に接したのだ。

 それによると、ロウを迎え討とうとジャスランという魔族が国境沿いに罠を張り、ロウたちと戦いになったのだという。

 ただ、それは無事に解決して、その後、ロウたちは辺境候領域に向かったということだ。

 それ以上の詳細は不明である。

 辺境候領は、現在、反国王の軍を集めている場所であり、ロウがなぜ、王都ではなく、そっちに向かったのかも不明だ。

 ミランダは、冒険者ギルド経由の情報網を慌てて、そっちの正面に回すように依頼をしたところである。

 

「なんでまた、わざわざ向こうに?」

 

「あたしが聞きたいよ」

 

 ミランダは肩をすくめた。

 そのとき、扉がノックされ、ランがやってきた。

 

「ミランダ、ベルズ様、急いで広間にお越しください」

 

 ランは慌てている感じだ。

 ふたりで広間に向かった。

 すると、マアとエルザとモートレットがソファに座っていて、さらに五人ほどの旅装の女が腰掛けている。

 驚いたことに、もう五箇月ほど前になるが、ロウと一緒に出立していった褐色エルフ族のイライジャだ。そして、ミウ、元闘奴隷のマーズである。

 残りのふたりの娘は知らない。

 知らない娘のうちのひとりは、褐色エルフ族の少女で、もうひとりは獣人少女だ。

 ロウやエリカたちはいないみたいだ。

 

「イライジャ、ミウ、マーズ──。戻ったのかい」

 

 ミランダは思わず大声を発した。

 

「ああ、ミランダさん。ええ、戻りました。ロウがいなくて残念でしょうけど、彼の指示で一足早く……」

 

 イライジャが苦笑気味に微笑みながら言った。

 そして、ロウについては、モーリア男爵領で別れて、いったん、マルエダ辺境候領に向かった後、それから王都にやってくる手筈になっていると、イライジャは語った。

 それは、今日入手した情報に合致した。

 とにかく、色々と聞きたいことがある。

 ミランダは、彼女たちの座るソファに急いで腰掛けた。

 

「なあんだ、このドワフ女も、あいつの奴隷なのね? それと、この真面目そうな魔道遣いもね。このおばあちゃんも性奴隷みたいだし……。ああ、こっちのタリオの王妃様は違うのね? えっ、タリオ? その王妃様がなんでここに?」

 

 すると、一番真ん中のソファに悠々と腰掛けている褐色エルフの少女が声をあげる。

 話の内容はともかく、次々に女たちの立場を言い当てるのは、鑑定術でも使っているのだろうか?

 だが、ミランダの感知能力では、このエルフ族の少女には魔道を使った感じはしなかった。

 

「そなた……、変わった術を使うな……。鑑定術のようだが……。ああ、もしかして、眼球紋か? それでほとんど術の気配がないのか?」

 

 ベルズが疑念そうな表情から、納得したような顔になる。

 眼球紋?

 なんだそれ?

 

「さあね。まあ、なんでもいいじゃない……。だけど、驚いたわねえ。最初は廃墟だと思ったけど、屋敷妖精が出現して、ここに案内するんだから……。ところで、屋敷妖精ちゃん、わたしは、あのロウの言いつけで、ここに住むことになったからよろしくね。日当たりの一番いい部屋をあてがってよね。なにせ、あたしはロウの性奴隷なんだから。ああ、それと、ほかの連中と違って、あいつと一緒ならごろ寝でいいというタイプじゃないから、寝具も一流のものを頼むわ。それと食事も気を使ってよね。まずはお手並み拝見といくわ。不満があったら遠慮なく言うから悪く思わないで。とにかく、大切に扱うのよ。なにせ、あたしはロウの性奴隷なんだから」

 

 すると、エルフ少女が屋敷妖精のシルキーに向かって言った。シルキーは、みんなの近くに静かに侍っていたのだ。

 だが、どうでもいいが、随分と厚かましい娘だなと思った。

 

「ね、ねえ、ユイナ……」

 

 すると、ミウが彼女をたしなめるように口を挟む。

 やっぱり、このエルフ少女がユイナなのだと思った。

 

「なによ、ミウ。いいじゃないのよ。屋敷妖精は、主人やその家族、客人に仕えるのが幸せなのよ。遠慮なくこき使っていいんだから。そういうものなのよ。ねえ、シルキーちゃん」

 

「もちろんでございます。遠慮なく申しつけください、ユイナ様」

 

 シルキーが満面の笑みを浮かべて言った。

 すると、マアの笑い声が部屋に響いた。

 

「これは、愉快な娘が来たのう。ユイナか。あたしはマアだ。お主らのご主人様には世話になっておる。それと、そっちは獣人のイット殿だったな。よろしくな。そして、ほかのみんなも無事に戻ってよかった」

 

 マアが笑いながら言った。

 すると、ユイナがマアを凝視した。

 

「ああ、あんたがロウが言っていた、“おマア”という人? もっと若いのかと思った。おばあちゃんじゃない」

 

 本当に遠慮のない娘だ。

 逆に感心したくなる。

 いまのマアは、見た目が年寄りに見えるカモフラージュリングを首に嵌めている。鑑定術を使っても、それはわからないらしい。

 

「見たとおり、老婆だ。ロウ殿には愛してもらっているがな」

 

 マアがにこにこしながら言った。

 

「まあ、好色にかけては、あいつも慎みなんてないしね。なら、仲良くしましょう。性奴隷同士ね」

 

 ユイナがけらけらと笑った。

 ロウたちは、この娘を助けるために、遙々とナタルの森まで行ったはずなのだが、この傍若無人な態度はなんだろう?

 そもそも、この娘が奴隷の競売にかかるので、それを落札してくれというのが、そこのイライジャが持ってきたクエストだったはずだが……。

 しかし、性奴隷だとはいうが、奴隷とは名乗ってない。それらしい隷属の首輪もないみたいだ。

 

「クエストの内容には随分と変更があったのかい?」

 

 ミランダはイライジャを見た。

 

「色々とありまして……。お話しますわ、ミランダ」

 

 イライジャが言った。

 すると、なぜか、ユイナがそれを制した。

 

「その前に、そこのミランダというドワフ女に伝えておくわ。ロウから伝えておけって頼まれたのよ。ミランダと王妃と魔族のサキは、覚悟して待ってろってよ。どんなお仕置きをされるのか愉しみにしてろって言っていたわ」

 

 ユイナが大笑いしながら言った。

 

「お、お仕置き?」

 

 思わず声が裏返りそうになった。

 

「そうよ。あの乳女なんて、両腕消滅させられて、首輪をつけて引き回されたりしてたわ。絶頂すると乳から汁が飛び出すように改造されたりね。それに、ロウから怒鳴られまくって、泣きべそかいたりもしたそうよ」

 

 ユイナが言った。

 

「乳女?」

 

 ベルズが口を挟んだ。

 

「スクルズ様のことです……。いまは、スクルド様と名乗ってますけど」

 

 すると、ミウが言った。

 

「えっ、あいつ、ロウ殿のところにいるのかい?」

 

 ベルズがちょっとびっくりしている。

 

「いるわね。ポンコツ女王とふたりで、どっちがロウのお気に入りの雌犬になれるのかって、いつも争っているわ。そもそも、たった一日で国境から王都に辿り着いたのは、あの乳女の作った移動術の設備のおかげだしね」

 

 またもやユイナだ。やはり、けらけらと笑っている。

 移動術の設備とは、スクルズが失踪直前まであちこちから資金をまきあげて、狂ったように建設していた長距離跳躍設備だろう。

 なるほど、それであっという間に着いたのだと思った。しかし、あれはベルズも確認しようとしたが、スクルズでなければ使えないように調整されていて、余人では使えなかったのだ。

 あちこちから資金提供させたくせに、私物化してしまったて……。

 ベルズは、それを思い出して、ちょっとむっとした。

 

「ポンコツ女王って?」

 

 エルザが不思議そうに口を挟む。

 

「ガドニエル女王よ。あっちが雌犬二号。乳女が一号……、あれっ、逆? どっちだっけ、イット?」

 

「ど、どっちって……。まあ、順番からすれば、スクルド様が一号で、ガド様が二号なのかと……」

 

 獣人のイットがぼそりと言った。

 どういうこと?

 ミランダは首を傾げた。

 

「いずれにしても、とにかく、よく戻ってきてくれた。知っているとおり、いまは王都も、そして、王太女殿も大変な時期でな。まずは、お互いの情報交換といこうではないか……。そして、なによりも、ミウ。魔道が随分と安定しているように感じるな。旅に出たのは正解だったようだ。少しは成長できたのだな」

 

 ベルズが全員を制するように言い、次いで、ミウににっこりと微笑んだ。

 

「はい、ベルズ様。旅に出てよかったです。それと、報告することがあります。あたしは成人を待ち、ロウ様と結婚して頂けることになりました。ロウ様が約束してくれたんです」

 

 すると、ミウがぱっと顔を輝かせた。

 

「えっ、結婚だと?」

 

 ベルズが声をあげた。

 ミランダも驚いた。

 

「あら、あんたは、すぐじゃなくて成人待ちだったの? だったら、わたしも、そのときに一緒でいいかなあ。折角だから、ミウと一緒にしてもらうわ。わたしも結婚は了承させたのよ。でも、結婚は、すぐじゃなくていいわ……。マーズも今回は見送って、わたしたちと一緒にする?」

 

 ユイナがマーズを見る。

 ミランダは目が点になる思いだ。

 一体全体、なんの話?

 ロウは一緒に旅をした女たちと結婚する約束をしたのか?

 

「そ、そう……ですね。あたしも、今回はメンバーがすごくて……。正直、それに混じるのは……。先生の妻のひとりにして頂けるのは嬉しいのですが……。できればそうしたいです」

 

 マーズがぼそぼそと言った。

 

「そうよねえ。そうしよう──。あいつって、ガドやこの国の王太女を含めた合同結婚式とか話してたけど、それには混じりたくないわよねえ。じゃあ、頼もうよ。わたしたち“新参組”はリーダーのミウと一緒に次の回よ。あっ、だけど、イットは無理か。あいつ、イットは獣人だから、絶対に含めるって言ったわ」

 

 ユイナがあっけらかんと言った。

 次って、なんだ?

 それに、合同結婚式?

 

「えっ、そうなのですか?」

 

 獣人のイットだ。ちょっと当惑顔である。

 

「へええ、結婚?」

 

「なにか、面白いことになってるのう」

 

 エルザとマアだ。こっちのふたりは半分、面白がる雰囲気だ。

 

「ちょ、ちょっと、お待ちよ。ロウはみんなと結婚式をするって、言っているのかい?」

 

 ミランダは訊ねた。

 

「ああそうよ。あっ、そうだ――。ミランダがあんたなら、女王と王太女との結婚式のときに、ミランダも混ぜるって言ってたわ。決定事項って言ってたわね。なにせ、ドワフ族だから。妻ハレムには複数の種族を混ぜたいんですって。なんか、そんなこと言ってたわ」

 

 ユイナが言った。

 

「はああ? 冗談だろう?」

 

 ミランダは声をあげた。

 

「いえ、これは……別に冗談では……」

 

「確かに、先生はそんなことを話してました」

 

 ミウとマーズが言った。

 ミランダは今度は絶句してしまった。

 

「ま、まあ、それも含めて、まずは話をしましょうか」

 

 すると、イライジャが口を挟んだ。



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721 天道教教祖の懸念【王宮】

 素肌に、短い黒スカートと袖のないベストだけを身につけている三人の令嬢たちが簡易なステージの上で妖艶な踊りをしている。

 美しい音楽の調べもあり、それもまた、令嬢たちの演奏だ。

 

 園遊会で狩り集めた貴族夫人や令嬢たちの住まいになっている王宮内の奴隷宮と呼ばれる場所である。

 もともとルードルフの性奉仕の奴隷を集めていたのが“後宮”で、アネルザが自分の奴隷を集めていたのが“奴隷宮”らしい。その奴隷宮側ということだ。

 いつものような朝のひと時である。

 

「美しいわあ……。さすがはアドリーヌ様……」

 

「エミール様もカレン様も、あんなにお色気を……」

 

「ほら、演奏なさっているカミール様たちも可愛いわ。見て。お股から、あんなにお汁が……」

 

「わたくしたちも、負けてはいられませんね。もっと鍛錬して、天道様に気に入っていただけるように、いやらしくならなければ……」

 

 今は見物側の令嬢たちも、ちょっと頭の線が切れたような感想を交わしながら、目の前の演舞に見入っている。

 そんな視線を受け、三人の令嬢たちは、淫靡に身体をくねらせ、音楽に合わせて踊り続けている。

 踊っている娘たちも、演奏の娘たちも、さらに見物の娘たちまで顔は欲情して真っ赤だし、色っぽい汗もかいている。

 この広間全体が女の香りでむんむんしていた。

 

 踊る令嬢たちは、生足を惜しげもなく剥き出しにしており、ベストの胸を覆う部分は意図的に切り込みをしていて、乳房の裾の左右の両端が布地の外に出るようになっている。

 かなりの際どい格好だ。

 このような格好は、人間族の習風であれば、娼婦でもしない破廉恥な姿のはずだ。

 ましてや、良家の貴族令嬢がするような格好ではない。

 しかし、こいつらは、立派な人間族の高位貴族の令嬢たちなのだ。

 まあ、すでに“元”がつくのかもしれないが……。

 

 だが、別段、これはサキが強要しているわけでもなければ、令嬢たちの調教担任に当たっている眷属たちがさせていることでもない。

 自分たちで考え、服装も自分たちで作り、演舞の演出も自分たちだ。

 サキは、令嬢たちの励みになるので、一度謁見してくれと頼まれ、ほかの人間族の性奴隷候補や眷属の調教係たちと混ざって、こうやって彼女たちの妖艶な舞踊を見物しているだけである。

 

「もっと脚をあげて──。腰を振って──。きっと天道様はあなた方のいやらしい姿に欲情なさるわ」

 

「でも、完全に見えてはだめよ。ちらっとよ。ぎりぎりのちらりを追求しなさい。見えそうで見えないところに、きっと天道様はおちんぽ様を大きくなさるわ──」

 

「もっと艶めかしく──。演奏班も魅せるのよ。あなた方は決して裏方ではないのよ。天道様のことを考えて演奏しなさい。そうすれば、愛の液が内腿を濡らすはずよ。演奏しながら足のあいだの床にお汁溜まりを作るくらい欲情なさい。そうすれば、天道様のお目にとまれるわよ」

 

 左右から指導の声をあげているのは、青組や黄色組に区分されているやや年配の貴族夫人の者たちだ。

 これもまた、強要しているわけじゃない。

 彼女たちは、自らの意思で、赤組令嬢たちを鍛えあげ、天道様、すなわち、ロウを悦ばせようと令嬢指導に当たっているのである。

 

 いまや、人間族の調教をさせていたはずのサキの眷属の女妖魔たちも、調教についてはすることもなく、普段はただ人間族たちが相互に調教し合っているのを見守るか、あるいは、夜の“自主練”に参加して、自分たちもまた苦痛の中の快楽を愉しもうと、人間族の女たちの責めを受けたりするくらいだ。

 

 こんなおかしなことになったのも、いつの間にか、この奴隷宮を完全に染め尽くしてしまった「天道教」をやらが原因である。

 破廉恥なことをして、天道様であるロウを悦ばせ、その快楽を追求するという教義とか言っていたが、やめさせようにも、それを考えようとすると、必ず頭に霞みがかかったようになり、なにも思考ができなくなる。

 いまでは、サキ自身まで、フラントワーズの天道教に染まってきた気がする。

 だが、それをなんとかしようなどとも、もう思わない。

 なにしろ、天道様、すなわち、ロウのことを想うだけで気持ちがいいのだ。

 

「いかがですか、サキ様? 娘たちの出し物は?」

 

 サキの隣に椅子を持ってきて令嬢たちの余興を見ていたフラントワーズがサキに声をかけてきた。

 このフラントワーズこそが、この得体の知れない信仰もどきを作りげた張本人である。もっといえば、ここにはいないスクルズもだ。

 

「すごいな。それに尽きる。いやらしいし、それでいて下品でもない。ロウは好色だが、下品なのは好かんからな」

 

「まあ、それはよいことをお聞きしました。聖典に付け加えるものが増えましたわ。天道様は淫靡は好むが、下品は好まぬと……。これは戒律の中にも含めねばなりません」

 

 フラントワーズが微笑んだ。

 その手には、いつも手放さない聖典が握られている。

 スクルズが知らずに魅了術と言魂をかけてしまった文書綴りであり、この聖典が存在し、フラントワーズがそれを朗読すると、頭に霞みがかかり、おかしな感じになるのだ。

 すなわち、間違いなくサキも影響を受けている。

 わかってはいるのだが、サキはどうしても、それを取りあげる気持ちにはなれない。

 もしかしたら、ロウも気に入るかもしれないし……。

 なぜか、そんな風に思ってしまう。

 

 いずれにしても、あの好色巫女のスクルズの馬鹿げた置き土産を使い、フラントワーズが教祖のようになって、この奴隷宮に完全に拡まったのが、ロウを奉仕するのを悦びとするのだという「天道教」だ。

 最近では、フラントワーズが令嬢の娘たちに破廉恥映像を映録球に撮影させ、それに聖典にこもった言霊を載せて、王都中に拡散させたりしているみたいだから、もしかして、この「天道教」とやらは、ゆっくりと王都にも拡がっているのかもしれない。

 ただ、サキもこのところ、ずっと王宮に閉じこもったままなので、王都がどういう状況なのか詳しく承知はしてない。

 

「なにか……すごいな、サキ様」

 

 口をぽかんと開けたまま、人間族の破廉恥舞踊を眺めていたラミダナが呟くように言った。ラミダナは妖魔側の調教係の取りまとめをさせている。

 今日は、令嬢たちが夜の「自主練」で作りあげたロウのための演舞を披露するというので、サキ以下の調教係をしている妖魔の眷属たち十数名も集まっていた。

 ラミダナならずとも、ほかの妖魔たちもびっくりだ。

 

 なにしろ、人間族とは異なり、魔族には芸術だとか音楽だとかいう文化がほぼない。

 だから、美しい音色の音楽と、幻想的とさえ感じさせる踊り──。

 それでいて、淫靡で破廉恥でもあり、局部や乳首などが見えそうで見えないように計算された美しい身体の動き――。

 全てに、圧倒されている感じだ。

 それはサキも同じである。

 

 ほかの性奴隷たちもほぼ集合だ。 

 いつもは、集団で調教をさせている広間である。

 ただし、黄色組と呼ばれる夫人たちの集団の半数は、この奴隷宮の家事全般も担っているので、その者たちはここにはいない。

 

 また、黄色組には、ほぼ停止状態の王宮行政のための事務作業も最近はさせている。

 サキにはよくわからないのだが、大臣や高級官吏などはしばらくいなくても困らないらしいが、書類だけは動かさないと、王都全体の機能が停止して大変なことになるらしい。

 サキが王宮内の奴隷宮に閉じこもって、そろそろ一箇月くらいになるかもしれないが、人間族の王都の機能を破壊して、人が暮らせないほどにすれば、ロウも怒るかもしれないので、フラントワーズの忠告に従い、黄色組の連中に官吏業務の代替えをさせている。

 はっきり言って、サキを含め、この王宮を占拠している妖魔には、人間族の業務の仕組みなどわからないので、お任せの状態だ。

 

「確かにすごいな。美しくもあり、妖艶でもある。破廉恥だし、主殿(しゅどの)は喜ぶだろう。間違いない──」

 

 サキは大きく頷いた。

 これを見れば、ロウは絶対に喜ぶ。

 サキは確信した。

 ロウが喜んだら、サキのことを褒めてくれるに違いない。

 いまから、楽しみだ。

 

 そして、演じていた令嬢たちの踊りと音楽が終わった。

 真っ先に眷属たちが拍手をし、それに遅れて人間族たちが次々に歓声をあげて手を叩く。

 サキも拍手した。

 

「アドリーヌ様、エミール様──。素晴らしかったわ。ほかの方々も。もちろん、音楽演奏も最高でした。特に、カミール様のハープがよかったわ。大きく脚が開いていて、そこから脚の内側を伝って、床まで見事に愛液の線が繋がっていたわ。本当に淫靡よ。きっと天道様もお喜びになるわ」

 

 演者たちに向かって駆けつけたのは、元公爵令嬢のエリザベスだ。サキを怒らせた当初の生意気さの影もなく、こういう芸事では一番の熟練だということで、今回の演舞の演出をしたらしい。

 いまもお互いに、演出の意見交換などをしている。

 よくわからないが、いつの間にか、すっかりと打ち解けて仲良しになっている。

 

「さあ、これは皆さんの見本です。ほかの者も、いまのような工夫をして、天道様に気に入っていただける性奴隷をめざしましょう」

 

 すると、黄色の首輪をしている人間族の夫人のひとりがぱんぱんと手を叩く。

 

「そうですね。では、今日の調教に入りましょう。いつもの三班に分かれなさい。妖魔様たち調教係の皆様は、至らぬところがあれば、わたしたち指導側を含めて、容赦のない罰と罵倒をよろしくお願いします」

 

「さあさあ、天道様のお戻りは、きっと近いと思います。それまで、淫靡さを磨くだけ磨きましょう。一班は天道様のおちんぽを見立てた木の張形を準備してます。口奉仕の鍛錬をします。二班は二組に分かれて胸いきの鍛錬です。媚薬を使っても構いません。三班は疑似性交です。二人組を作って責め合うのです。先に達した側は、懲罰が待っています。では、励みなさい──。人間の指導係は、持ち場についてください」

 

 ほかの黄色組の奴隷も声をあげた。

 今日は、黄色組からの六人ほどが「指導係」のようだ。

 調教の指示をしたのは眷属側ではなく、やはり、黄色組の夫人たちである。

 最近はいつもこうだ。

 日々の調教は眷属側ではなく、人間側がやり方を決めて勝手にする。本来の調教係の眷属は、ほぼ見守るだけだ。

 それどころか、夜の自主練とやらは、女眷属も一緒に調教を受けたりしている。

 

「ところで、サキ様……。天道様のことですが……。ううっ」

 

 立ちあがりかけたサキに、フラントワーズが話しかけようとした。だが、急に両手を股間にあてて膝を崩してしまった。

 いまは、いわば天道教の指導部にあたる数名の青組も、そして、夫人組の大部分であり、官吏業務、召使い業務、さらに赤組の調教に任じている黄色組も、普通に服を着ることは許している。

 だが、いまなお、股間と尻穴を無秩序に苛む張形付きの貞操帯の装着義務はそのままだ。

 当然に、排便も排尿も、彼女たちは決められた時刻にしかできない。あくまでも、こいつらは奴隷であり、その自覚を忘れないためだ。

 いまも突然に前側の張形が振動したのだろう。

 よく見れば、指導係として散った黄色組の夫人たちも、時折、腰を折ったり、身体を突っ張らせたりしている。それぞれに貞操帯の責め苦を受けているに違いない。

 

「どうした、フラントワーズ?」

 

 サキはにやにやしながら言った。

 すると、フラントワーズががくりと脱力する。振動がとまったのだろう。

 だが、次の振動がいつ襲うのかなど、サキにもわからない。そうやって、性奴隷根性を身につけていくのだ。

 性奴隷候補は、別に赤組だけではない。黄色組も、青組も、ロウの気が向けば犯されてもらう。

 

「そのう……。天道様のお帰りですが……。どのくらいになるのかと……。も、もちろん、わたくしたち奴隷が知るべきではないと仰せなら、このようなことを問うたことに罰をお与えください。でも、教えて構わないのであれば、ある程度の時期が知れれば、皆の調教の励みになりますし」

 

 フラントワーズが肩で息をした感じで言った。

 実は貞操帯の張形は、不規則ではあるが、絶対に寸止めになるように魔道で貞操帯に細工をしてある。

 だから、一回一回がかなり苦しいらしい。

 いまも、一度だけなのに、フラントワーズはかなり追い詰められた感じだ。

 

 それはともかく、ロウの帰還か……。

 そういえば、ロウたちの出立からかなりになるが、まだ音沙汰はないのだろうか?

 確か、ロウは褐色エルフの依頼人のクエストで、奴隷として競売になるエルフ娘の落札に行ったはずだったが、時期的には、すでに戻ってきてもいいはずだ。

 すべてを任せているラポルタには、少しでも情報があったり、なにかの異変の兆候でもあれば、直ちに教えよと命令しているから、それがないということは、状況に変化はないのだろうが……。

 しかし、そもそも、どうなっている?

 

 考えてみれば、ナタル森林から戻るロウの身柄を真っ先に把握しようと、国境に行かせたジャスランとスクルズからの定期報告も受けてない。

 まあ、これもまた、ラポルタに任せていたのだが、ラポルタもラポルタで、あいつらが無事に国境に到着したくらい、報告をサキにしていいのに……。

 

「さて、わしもうっかりしていたが、隠すつもりはない。情報があれば教える。だが、主殿(しゅどの)は、戦をして王になって戻るのだからな。知らせがあっても、王都に入るのは少し後だぞ」

 

 サキは笑って言った。

 だが、そう口に出して、ちょっとはっとした。

 その工作のために、辺境候領に行かせたチャルタとピカロからも、最後の連絡から時間が経っている。

 

 そもそも、あいつら、ちゃんと辺境候軍を把握したのか?

 なんだか、心配になってきた。

 それについても、ラポルタに任せていた。

 問題があれば、サキに言ってくるはずだが……。

 

 ラポルタは、魔族とは思えないくらいに、人間族並みに奸智に長け、しかも、何者にも見事に変身できる特殊能力があり、便利なので、面倒な人間族の相手はラポルタにお任せだ。

 最近では、いなくなったあのテレーズに変身したり、時にはルードルフ、さらに、サキへの変身も許して暗躍させているが、そういえば、ずっとなにも言ってきていない。

 ちょっと確認してみるか。

 

「そうですか……。ところで、サキ様は“英雄様”のことはお耳に?」

 

 すると、フラントワーズが言った。

 

「英雄様?」

 

「ええ、黄色組のひとりが出入りの業者から耳にしたらしいのですが……。おおっ、また──」

 

 フラントワーズが話をしかけて、今度はお尻を押さえて、ぐんと身体を伸びあがらせる。

 

「おっ、おお……」

 

 アナルで張形が暴れているのだろう。

 しばらく、フラントワーズは真っ赤な顔で震えていたが、やがて再び脱力した。

 サキは大笑いした。

 

「忙しいことだな」

 

「うう……はあ、はあ、はあ……。と、とにかく、その出入り業者の話では、王都の民衆は、エルフ女王の認定した人間族の英雄のことで話が持ちきりだとか……。ところが、その業者と話をした者によれば、その英雄様とは、天道様のことを言っているのではないかと……」

 

「エルフ族の女王が人間族を英雄認定? あいつらは大の人間族嫌いだぞ」

 

 サキは言った。

 そして、そんな話があれば、どうしてラポルタは、サキに話をしにこないのだろうかと思った。ナタル森林は、ロウたちが赴いている場所だ。

 ちょっとでも異変があれば、すぐに報告しろと命じていたのに……。

 サキは、やっとラポルタを不可解と思い始めた。

 

 だが、なんだか、またもや、頭に霞がかかったみたいになって、思考力が低下した感じになる。

 最近、いつもこうだ。

 なにかを考えようとすると、急に頭がぼうっとなる。

 

「サキ様?」

 

 すると、フラントワーズが心配そうに声をかけてきた。

 サキははっとした。

 

「おお、どうした?」

 

「いえ……そのう、大丈夫……ですか?」

 

「なにがだ? いや、あれっ、いまなんの話をしていた?」

 

 サキは訝しんだ。

 急に頭が白くなり、記憶が飛んだ感じになったみたいだ。

 

「……英雄様の話です。本当に大丈夫ですか?」

 

 フラントワーズが言った。

 そうだった。

 思い出した。

 ラポルタから、最近報告がないなということだった。

 どうもおかしい。

 今度は忘れないようにと、しっかりと頭に刻み直す。

 

「……それと、ちょっとよろしいでしょうか?」

 

 フラントワーズに改まって声をかけられる。

 一方で、いつの間にか、すでに今日の赤組令嬢の調教も開始になっていた。ずっと同じ場所にいたので、サキたちは邪魔な感じだ。

 

 サキは、フラントワーズから、彼女たちが官吏業務をしている別室の部屋に案内された。

 そこでは、五人ほどの黄色組の夫人が書類を前に業務していた。

 サキとフラントワーズの姿に接して、夫人たちが慌てて姿勢をただそうとするのを、サキは押しとどめた。

 

「サキ様、これなのですが……」

 

 すると、フラントワーズがサキを大きな机の前に座らせて、十枚ほどの書類を並べ始める。

 書類としては新しいもののようだ。

 だが、人間族の書類というのは、さすがにサキにはさっぱり意味不明だ。

 なんのために、書類をサキに見せる?

 

「なんだ、これは?」

 

 サキは、不愉快になり、訊ねた。

 

「こっちは、ノールの離宮に向かって王国水軍が移動し、さらに南域に進むための燃料をはじめとする物資の使用許可書です……。また、これは王都王軍管理を一時的に彼らに流用させるための許可書です……。こっちなどは、南部王軍への武器や物資の王都軍管理の物資の全面使用許可書です。外から流れてきたものであり、すでに許可のある事項に関する単なる手続きの書類です」

 

「ああっ? それがなんだ──?」

 

 サキはむっとして言った。

 小難しいことを言われると、考えるよりも先に怒りが沸く性質なのだ。

 どうして、フラントワーズは、サキにわけのわからない書類を説明しようとする?

 

「サキ様、ノールの離宮には、王太女殿下がおられるのでは? その王太女殿下のいるノールの離宮近くの港に、なぜ王国水軍が向かうのですか? そして、その水軍はそのまま、南域に向かうことになっていますが? また、南域で急に激しく王軍の物資が流用されております。どうしてでしょう? とても不思議な感じなのですが……」

 

 フラントワーズは怪訝そうに言った。

 サキは、やっと彼女の懸念を理解してきた。



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722 女傑たち再集合【幽霊屋敷】

「へーえ、話半分としても、ほとんど、エルフ族の国を乗っ取ったようなものじゃないの」

 

 まずは、ミランダからこれまでの王都情勢の説明を受け、次いで、イライジャはロウとの旅で起こったことをここにいる全員に語った。

 すると、ちょっと静かになってから、まずはエルザがぼそりと感想らしきものを口にした。

 このエルザは、実はタリオ公国のアーサー大公の大公妃のひとりらしく、いろいろあって、いまはタリオ公国から、ハロンドールに戻ってきたみたいだ。

 本人は、アーサーに捨てられ離縁して出戻ったと言っているが、よくよく聞けば、もっと複雑な状況らしい。

 ただ、本人的には、二度とタリオ公国に帰るつもりだけはないらしい。

 

 それはともかく、王都情勢の混沌さについては、イライジャもスクルズからも耳にはしていたので、ある程度は認識していたが、改めてロウへの捕縛命令を端とする王都情勢の混乱にはびっくりだ。

 だが、それ以上に、ミランダたちは、イライジャの語ったナタル森林における「冒険談」に驚いたようだ。

 向こうの話は、こっちにはほとんど伝わっていないらしい。

 ガドニエルが二回にわたって世界通信として大陸中に流した「ロウへの英雄宣言」と「ロウの英雄式典」の映像で、ロウ=ボルグという名が世界に拡がったが、突然に現れたエルフ女王の「恋人」というのは、百年近くも表には出なかった謎のエルフ女王の存在とともに、ある意味、神秘的な印象さえ感じさせているみたいだ。

 

「話半分ってなによ?」

 

 すると、ソファに半分寝そべるような行儀の悪さで、それぞれの話を聞いていたユイナが屋敷妖精の準備した菓子を美味しそうに口にしながら言った。

 菓子については、山苺のパイだとシルキーは説明していた。

 イライジャもちょっとだけ口にしたが、本当に美味だった。

 おいしくなければ遠慮なく文句を言うと宣言をしていたユイナは、なにも言わずに三個目を口にしているから、かなり気に入ったのだろう。

 一緒に出された紅茶も最高の味である。

 だが、どうでもいいけど、ユイナも寛ぎ過ぎなのではないだろうか。以前に、褐色エルフの里で一緒に暮らしていたときには、ここまで傍若無人ではなかった。おそらく、猫を被っていたということだろうけど、ロウと再会してからは、まるで開き直ったかのように、ユイナも好き勝手に振る舞っている。

 しかし、仮にも人間族の王女に対して、その口のきき方はないだろう。

 イライジャは嘆息した。

 

「ユイナ、あなた、もう少しちゃんとした態度を……」

 

「あっ、いいの、いいの。わたし、そういうことは気にしないから。だけど、いまだに半信半疑というのが本音ね。だけど、本当なら、ガドニエル女王の伴侶としても認められたロウ殿という人が、イザベラ様の伴侶にもなるということになるのよね。これは政略としても大きいわ。そういう縁の結び方は想像もしていなかったけど、ロウ殿という人がうまく振る舞ってくれれば、ハロンドール王国は、これまでになかった力を得るようになるかもしれないわ」

 

 エルザだ。

 ロウの女扱いのうまさを国同士の政略に結びつけて考えたことはなかったけど、ロウがハロンドール王国とエルフ女王国の両方の女王を伴侶にするということは、国家同士の結びつきということにもなるのだろう。

 ロウという男を中心とした国家同盟か……。

 いや、ロウは女を支配するのだから、実質的には、ロウがナタル国とハロンドール国の両方の実権を手に入れることになる。

 事実上の女王の上に君臨する「皇帝」だ。

 考えてみると、壮大な話だし面白いとも思ってしまった。

 

「あたしもいるさ。流通については、ロウ殿の望むとおりに、富の流れを作ってみせるよ。ロウ殿次第だけどね。だけど、そういうことなら、かつてないほどにナタル国とハロンドールの流通を強固に結びつけてもみせるよ。ロウ殿の作る新しい国の基盤はしっかりと整えるさ」

 

 すると、マアが優雅に紅茶を口にしながら笑った。

 だが、その目の奥にある真剣さのようなものに、イライジャは気がついていた。このマアに限らず、一度、ロウに関わり、その愛を受けた女は、とことんロウに尽くそうとする。

 それこそ、持っているものの全身全霊でだ。

 

 大体からして、もともとこの王国全体の混沌も、そこから始まっている。

 イザベラとアンのふたりの王女を同時に孕ませたことに国王が激怒し、ロウに捕縛命令を出したことで、それに反逆して王妃たちが結託して、この王都に混乱を起こさせたのだ。

 考えてみると、なんという影響力を持つ男なのだろう。

 

 だが、それでいて、決してロウが女たちに、自分にかしずくことを強要しているわけでもない。

 ロウ自体は極めて自然体だし、むしろ、女に尽くしている。

 基本的には女性には優しい。ただ嗜虐趣味で、かなりの好色なだけだ。

 まあ、女の抱き方については、少々……いや、かなりの過激さもある気もするが、嫌がる女はいないし、だいたいにおいて、ロウに抱かれれば、あの神の手管のような性技の巧みさの虜になる。

 

 それ以外は、いや、性でさえも、ロウは女には献身的だ。自分の快感よりも、女をよがらせ、我を忘れるほどに女を苛めるのが大好きだ。ある意味、ロウの嗜虐趣味は、完全なロウの一方的な奉仕である。

 そして、一度自分の懐に入った女については、それを全面的に援助し、ときには身体を張ってでも助けようとしてくれる。

 それでいて、イライジャなどのように、適度な距離で関係を保ちたいと女側が思えば、そんな風に接してくれる。

 実に不思議な男だ。

 

「おやまあ、呆れたわね。反逆者たちは、アネルザ王妃やスクルズたちだけなのかと思ったけど、こんなところにもいたのね。もしもロウ殿が望めば、おマアまで、この国を滅ぼそうという感じじゃないの」

 

 ベルズが苦笑のような顔を浮かべている。

 

「滅ぼすよ。ロウ殿が望めばだけどね……。一介の商売人だけど、どこまでのことができるか、見せてあげてもいいよ」

 

 マアがあっさりと言った。

 ベルズがちょっと圧倒されたような表情で首をすくめるような仕草をした。

 

「そんなことはいいよ。だけど、とにかく、ロウはエリカたちを連れて、辺境候領に向かったんだねえ……。ピカロとチャルタというのは、サキの眷属なんだろうけど、正直、できれば、すぐにこっちに帰ってきてもらいたかったよ……。ロウなら、王宮を占拠しているサキの暴走をとめられるだろうし、イザベラの出陣の前に間に合ってくれたのにねえ……。」

 

 そのとき、ミランダがぼそりと言った。

 すると、ユイナがいきなり声をあげて笑った。

 

「あいつが間に合ったらなんなのよ、ドワフ女? あいつを守るためだったかは知らないけど、勝手に騒動を起こして、その始末をつけるために、急いで戻ってきて欲しかったって? 随分とわがままなこと言っているじゃないのよ。自分たちの始末は自分たちでつけなさいよ。なんで、ロウ頼りなのよ」

 

「なっ」

 

 ユイナの乱暴な物言いに、ミランダが真っ赤になった。

 だが口は悪いが、ユイナの言うことももっとものような気がした。

 

「それに、あいつが辺境候軍に乗り込むことに決めたのは、自分の女を助けるためよ。ピカロとチャルタは、自分の女だって、はっきりとあいつは言っていたわ。だから、危険を冒して行ったのよ。あいつだって忙しいのよ──。だから、あんたらはあんたらで、やることをしなさい」

 

 さらに、ユイナが言った。

 マアがぷっと吹き出した。

 

「これは、ユイナさんの言うとおりだねえ。ミランダも、いつの間にか、ロウ殿への甘え癖がついていたようさ」

 

 そして、マアが言った。

 

「甘え癖って……。そんなつもりは……」

 

 ミランダの顔がますます赤くなる。

 

「まあ、あいつのことだから、甘えてくれれば、喜んで応じてくれるだろうけどね。エルフ女王なんて、全身全霊で甘えてるわよ。あそこまで甘えることができるのは、さすがは女王よねえ。他人が自分のために、なにかをするのが当たり前だと思ってるんだから……。本当のマゾよ。それに比べれば、さっき聞いたイザベラというこの国の王太女は甘え下手?」

 

 また、ユイナだ。

 冗談めかして言っているが、そういえば、数回会ったことのあるイザベラという王太女の少女は、生真面目そうで甘え下手という感じではあった。それを散々にロウから揶揄(からか)われていた気もする。

 

 いずれにしても、頑固そうでもあったような……。

 だから、妊婦なのに出陣するのだという結論になるのだろうか……。

 イライジャは、この国の人間でもないから、反対も賛成もする立場にはないが、なんで、軍人でもないあの王太女が南部動乱の鎮圧のために出陣するのか意味はわからない。

 説明によれば、王太女は、そのまま地方軍を率いて王都に乗り込む決心のようだが、それなら、ユイナの言い草じゃないが、ロウの帰還を待って、ロウに甘えればいいと思う。

 それで十分だ。

 だから、ユイナは王太女のことを甘え下手と表現したのだろう。

 

「なんか、すごいね、ユイナって」

 

「うん、そうだな」

 

 ミウとマーズが言った。

 

「はあ、なにが?」

 

 ユイナは怪訝そうな顔になって、四個目の菓子に手を伸ばす。

 

「確かに美味だが、そんなに食べて大丈夫か、ユイナとやら?」

 

 すると、ベルズがくすりと笑って言った。

 

「問題ないわ。あいつが戻れば、また死ぬほどに抱いてくれるじゃないのよ。十二分に運動できるわ」

 

 ユイナが菓子を食べながら、あっけらかんと言った。

 

「そうだね……。とにかく、ユイナの言うことももっともかな……。さっき言われた、ロウの忠告については、しっかりと頭に刻むよ。だけど、それよりも、切実なことさ。王太女のイザベラの出陣のことだけど、そのイザベラを通したクエストをあんたらで、受けてくれないかい、イライジャ? ロウと一緒にエルフ国の危機を救ったあんたらなら信用できる。どうか、受けておくれ」

 

 ミランダが言った。

 ロウからの忠告というのは、王宮にいるサキという魔族女性だが、もしかしたら、サキへの情報はなんらかの方法で遮断され、サキ以外の者がサキをいいように操っているのではないかというロウの勘だ。

 それを伝えたとき、ミランダたちは、思うことがあるようで、ちょっと深刻そうな顔になった。

 だが、そうであっても、いまは王宮に手出しする方法がないとも言った。

 

 また、クエストというのは、先ほどのミランダの説明の中で出た南部叛乱の中で、賊徒主の人質になっている侯爵夫人の救出してくれというやつだろう。

 依頼人は、人質の侯爵夫人の実の両親であり、イザベラが直接ギルドに仲介したようだ。

 

 ほかの四人を見る。

 イライジャ自身は、受けてもいいと思っている。

 それに、王太女のイザベラが身重をおして、出陣したとなれば、ロウはなにをさておき、そっちに駆けつけると思うのだ。

 

「そうねえ……。どうする、みんな?」

 

「面倒だけど、わたしは半分、パーティーでは居候の立場のようなものだし、イライジャさんの判断に任せるわ。いいわよ」

 

 意外にもユイナが一番に了承した。

 

「わかりました」

 

「問題ありません」

 

 マーズとイットも頷く。

 

「あっ、もちろん、あたしも大丈夫です」

 

 ミウも言った。

 

「いや、待て。ミウの魔道はまだ不安定だ。それよりも、わたしが行こう。それでいいだろう、ミランダ?」

 

 すると、ベルズが口を挟んだ。

 

「はあ? ミウの魔道が不安定? なんのこと? こいつは、あの乳女とポンコツ女王の愛弟子で、魔道馬鹿三世よ。あんたが偉い神官様かどうかは知らないけど、実力もわからない魔道遣い様よりも、ミウの方が安心よ」

 

 ユイナがきっぱりと言った。

 

「ミウが安心? そなたは魔道が安定して遣えるようになったのか?」

 

 ベルズが意外そうに、ミウに視線を向けた。

 そういえば、王都を出発前のミウは、魔道が不安定で、それをスクルズもベルズも心配をしていた。

 ロウがミウを抱くことで、完全にミウは安定し、しかも、“自由形(フリーリィ)”という魔道遣いとしては、大きな素質があることもわかり、ガドニエルが魔道を教えたりして、完全に超一流の魔道遣いとして覚醒したが、王都にいた者たちには、ミウの成長はまだ知らないのだと思い出した。

 

「は、はいっ、ベルズ様。あたしは大丈夫です――。ロウ様に抱いてもらってから、すごく魔道が遣えるようになって」

 

 ミウがきっぱりと自信たっぷりに応じた。

 

「ミウの魔道は、パーティの大戦力です。スクルド殿に勝るとも劣らない、超一流の魔道の使い手です」

 

 イライジャが受け加える。

 

「そうなのか?」

 

 ベルズが驚いたように目を見開いた。

 

「ねえ……。さっきから、ロウという男がそのミウちゃんを抱いたって言ってるけど、なにかの比喩じゃなくて、本当のこと? だとしたら、悪いけどとんでもない鬼畜男じゃないの?」

 

 エルザが言った。

 

「そうよ。鬼畜男よ、王女様。そして、わたしたちの皇帝様よ」

 

 ユイナがけらけらと笑った。



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723 魔族主従の下剋上【王宮】

 サキは、ラポルタの頬に拳を叩き込んでやった。

 ラポルタは壁に吹っ飛び、サキの左拳にはラポルタの口の中の牙が数本折れる感触が伝わっていた。

 壁に頭と胴体を打ち付けられたラポルタはぐったりとなり、次いで口から血を吐く。

 血の中には、折れた白い牙が数本混ざっていた。

 

「言い訳ができるように、殴るのは左拳にしてやったぞ。右拳で殴れば、貴様の顔面の骨は砕け散るだろうしな。さすがに顔の骨を砕かれると、喋ることができなるくなるかもしれないしのう」

 

 サキは壁にもたれたまま尻餅をついているラポルタの前に立ち、仁王立ちになる。

 ハロンドールの王宮内にある後宮の一室だ。

 

 園遊会で集めた貴族令嬢や夫人を集めているのが、もともとは王妃の居住宮である奴隷宮だとすれば、後宮は国王ルードルフの住まいだ。

 その後宮側である。

 いまは、後宮全体が監禁しているルードルフの檻といっていい。

 

 ルードルフは、後宮の一室で最小限度の食事を与えるだけで、部屋に結界をかけて監禁をしている。人間族たちではなく、眷属に命じて監視させているが、その監視役の眷属の管理もラポルタに任せていた。

 しかし、これからはそれも考えなければならないだろう。

 いずれにしても、ラポルタを訊問するのに選んだのは、ほかの眷属たちの少ない後宮側であり、この部屋は二人きりだ。

 サキの眷属たちの中でもリーダー的な地位であるラポルタに対するせめてもの慈悲である。

 

「い、いきなり……なんでしょうか……? なにか粗相をいたしましたか? でも、できれば、次からは殴るよりも前に、怒鳴るか、なにかをして欲しいですわ」

 

 ラポルタが自分の頬に手を当てながら言った。

 真っ赤に腫れていた頬が元々の白い肌を取り戻す。

 治療術だろう。

 変身術の得意なラポルタは、いまは、あのテレーズの顔と格好をしていた。

 

「まずはその忌々しい変身を解け、ラポルタ。話はそれからじゃ」

 

 サキはラポルタの頭を掴んで、顔面を壁に叩きつけてやった。

 

「ふごおっ」

 

 ラポルタがおかしな奇声をあげる。

 構わず、二度、三度と壁に力任せに顔を打ち続けた。

 五回までは数えたが、それから後は数えなかった。

 顔を壁に叩きつけるのをやめたのは、頭を抱えて吊りあげていたラポルタが完全に脱力したからだ。

 床に仰向けに放り投げる。

 ラポルタの顔からは変身が解け、平素の魔族女としての顔になったと思う。“思う”というのは、鼻も目の周りも潰れ、顔全体が血だらけでよくわからなくなっていたからだ。

 少なくとも、テレーズの顔ではなくなったので、変身が解けたのだとは思う。

 

 また、ラポルタは、完全に気絶しているようだ。

 サキはラポルタの両手を束ねて持つと、魔道で出した手枷で拘束した。

 手枷には鎖が繋がっていて、魔族の魔道を封じる紋様も刻んである。

 その鎖の先端を天井に投げて密着させた。

 今度はそれを短くしていく。

 ラポルタの両手が頭上に伸び、やがて足先が頭ひとつ分ほど床から浮きあがる。

 ちょうど、そのとき、ラポルタが呻き声とともに覚醒したのがわかった。

 

「つ、強いサキ様は……ひ、久しぶりです……。す、素敵ですわ」

 

 ラポルタが荒い息をしながら、血まみれの顔をあげた。

 サキは拳をラポルタの腹に叩き込む。

 

「えごおおっ」

 

 ラポルタが胃液のようなものを吐く。

 とりあえず、その嘔吐液とともに、顔の血を消した。

 

「勝手に喋るでないわ……。さて、わしにエルフ族どもの騒乱のことを黙っていた理由を訊こうか。それと、いろいろとおかしなことを隠れてしていたようだな。ピカロとチャルタを人間族たちに密告して捕らえさせ、ジャスランを焚きつけてわしの主殿(しゅどの)を襲わせ……。さらに、今度は王太女にちょっかいを出したか──。しかも、回りくどいやり方をしてな」

 

 サキはラポルタに向かって怒鳴った。

 青・黄・赤組に分かれている性奴隷の束ねのような存在であるフラントワーズの疑念に触れ、すぐにサキは、ずっと閉じこもっていた王宮から出て、王宮の外の状況を探った。

 すると、ずっと知らなかった外の情勢のことを知ることができた。

 サキが王宮の奴隷宮に閉じこもっていた一箇月ほどのあいだに、エルフ族の王宮では人間族の皇帝家の陰謀とやらで乗っ取り騒ぎがあり、それをロウたちが解決するということがあったのだ。

 その一件により、ロウはエルフ族の女王から英雄認定を受け、さらに百年も姿を表に姿を出さなかったガドニエル女王が姿を世間に示し、そのロウに口づけをする映像が大陸中に流されたのだそうだ。

 人間族たちは、その噂で持ちきりだった。

 

 ラポルタは、それを知っていてずっと黙っていたのだ。

 それだけでなく、しばらくのあいだ、サキが外との接触をとろうとしなかったあいだに、このラポルタは実にいろいろと暗躍をしていたこともわかった。

 辺境候のところに送り込んだサキュバスのふたりをわざと密告して人間族に捕らえさせていた。

 さらに、サキがロウを出迎える役割で国境に送ったジャスランに対しては、到着後の命令を修正して、ロウを殺せとそそのかせてもいる。これについては失敗はしていて、ほっとしたが……。

 さらに、今度は王太女だ。

 ロウの子を宿している王太女とアンの安全を図る意味もあり、サキがノールの離宮に禁足させていたイザベラを南部で起こっている戦場に送り込む企てまでやっていた。

 驚愕するとともに、激怒したサキは、それらの始末をどうにかする前に、王宮に戻り、まずはラポルタをぶん殴ったというわけだ。

 

「サ、サキ様……。は、話を……聞いて……く、ださい……。せ、説明を……させて……」

 

「おう、早くしろ──。わしの頭の血管が切れる前にな。だが、早く喋らんと、怒りすぎて、お前を殺してしまいそうだ」

 

 サキは手に電撃鞭を出す。

 まずは一打目をラポルタの首から下腹部にかけて叩きつけた。もちろん、最大出力の電撃を帯びながらだ。

 

「ふがあああ」

 

 ラポルタががくがくと身体を痙攣させながら、背中を限界まで反らせた。

 その一撃でラポルタの服が左右に千切れて、素肌が露わになる。

 続けざまに打つ。

 

 二打──。

 三打──。

 四打──。

 

 電撃鞭を打つたびにラポルタは宙吊りの身体をのたうち回らせ、そして、身につけているものは、次々に電撃で焼け焦げて弾け飛んでいく。

 やがて、ラポルタの身体に残るのは、肩から先の腕の部分だけになった。ほかの部分は完全に布がなくなり裸だ。その肌には十数個の電撃鞭の傷が残っている。

 

「いずれにしても、お前は最下層の眷属に落とす。今日から、奴隷宮にいる人間族の奴隷としてすごせ。服など与えん。それがお前の罰じゃ……。さあて、そろそろ、なんでわしに断りもなく、好き勝手をしたか喋ってもらおうか」

 

 サキは電撃鞭を消して、すでに息も絶え絶えのラポルタの前で腕組みをした。

 

「サ、サキ様……人間族は……ま、魔族の敵……。わ、わたしたちの敵……。共存するものでもなく……、友愛の対象でもない……。人間族に媚びる……サ、サキ様は堕落……。だ、だから、サキ様をただそうと……。に、人間族は……サキ様の敵……。正しい姿に……。だから、サキ様の……企てに見せ……かけて……人間族を……周りから……排除を……。そうすれば……失敗しても……人間族はサキ様を……見放す……。あるべき……姿に……」

 

「前言撤回だ。やはり死ね──。だが、一瞬で殺すような慈悲はやらんぞ。苦しんでから死ぬがよい」

 

 サキは絹の布をラポルタの顔にきつく巻きつけた。

 その顔に魔道で水を浴びせてやる。

 絹がラポルタの鼻と口に張りつくのがわかった。

 しばらく待つ。

 すると、だんだんと宙吊りのラポルタの身体が痙攣のように震えてきた。

 

「んんっ」

 

 さらに待つ。すると、今度は苦しそうに呻き声を出し始める。

 濡れている絹のラポルタの口の部分が生き物のように動きだした。

 やがて震えが激しくなり、思い切り暴れだす。

 だが、だんだんとそれも緩やかになり、そして、がくりと脱力した。

 サキは、やっと顔の布を外してやった。

 

「ぷはあっ、はっ、はっ、はっ」

 

 ラポルタが盛大に息を吸う。

 だが、すぐに再び布で顔を包む。また、水をかける。

 

 同じことを十回はした。

 十回目に布を外したところで、サキはラポルタの顔を覗き込んだ。

 

「死ぬのが苦しいのがわかったか。なぜ、勝手なことをした──? なぜ、わしに外のことを黙っていた? なぜ、わしを裏切った──?」

 

「う、裏切りなど……。わ、わたしは……サキ様の眷属……。しもべです……。せ、世界で一番……大好きな……サキ様を裏切るわけなど……」

 

「裏切りでなくてなんだ──? わしをお前は(たばか)ったのだぞ──」

 

 怒鳴りあげた。

 

「サ、サキ様……お、お願いでございます……。強いサキ様を……取り戻して……。弱さは悪……。それが……魔族の掟……。いまのサキ様は……間違っている……。お、俺の好きな……サキ様では……」

 

「俺?」

 

 ラポルタの口調が変化したと思った。

 少なくとも、サキはラポルタが自分を“俺”などと称したことを一度も聞いたことがない。

 

「人間族に媚び……。(なび)き……。支配されるような……サキ様は……サキ様ではない……。だから、俺は……。だけど……それでも、俺はサキ様が好きで……。逆らうつもりなど……。で、でも、そんな機会を与えたりして……。サキ様は……ひどい……。ひどい……。俺に裏切りの機会を与えるから……。結局、集めた人間族の令嬢や夫人だって……あんなに優しくして……。サキ様は……忘れている……。魔族とはなんだったかを……。俺たちは人族を支配するもの……。仲良くする相手ではない……」

 

「令嬢や夫人どもに優しくしている? ばかな。わしはあいつらを奴隷扱いしているのだぞ」

 

 サキは言った。

 どうでもいいが、ラポルタの様子が異常だ。

 なにかが起きようとしている……。

 それだけはわかる。

 だが、なにが……?

 

「お……、俺は……サキ様を……見ているだけで……よかった……。たとえ、人間族の女になっても……。所詮は……短い……人間族の寿命のひと時……。でも、目の前に……サキ様をものにする……手段が与えらて……。ああ、サキ様はひどい……、ひどい……ひどい……」

 

 ラポルタの身体から白い湯気のようなものが大量に湧き始める。

 そして、ぎょっとした。

 ラポルタの身体が女の身体から男の身体に変化したのだ。剥き出しの股間からは怒張がそそり立っている。

 サキは目を見張った。

 

「き、貴様、男──?」

 

 サキは驚愕した。

 

「サ、サキ様には……ばらすつもりは……ありませんでした……。なにしろ……、サキ様は、男魔族を眷属には選ばない……。だから、女魔族に変身していれば……ずっとサキ様のおそばにいられる……。ただ、そばに……いれればよかった……。ずっと……。それだけで……。高望みなど……しない……。でも、サキ様が……弱くなり……その隙を見せ……。そして、俺にも、その機会が与えられて……」

 

「機会だと? さっきから、なにを言っておる──? それよりも、お前、本当に男魔族か──。わしをずっと騙していたのか──」

 

 サキは怒鳴りあげた。

 すると、ラポルタ……いや、もはや、本当の名前すらわからない。眷属として隷属はしているが、真名までは知ってはいない。そもそも、魔族の全員が真名という枷を持っているわけでもなく、高位能力の魔族にのみ、なぜか真名というのがあるからだ。

 このラポルタは、会うたびに姿を変化させており、今回の呼び出しには“ラポルタ”と名乗ったので、そう呼んでやっただけだ。

 ラポルタとは、テレーズが化けていた女伯爵の家名であり、このラポルタも手頃なので、それを名乗っただけだと口にしていた。

 そうやって、こいつは、いつも名を変える。

 気にもしていなかったが……。

 

「サキ様……。俺に……あの人間族の闇魔道師がいなくなったとき……。タリオの間者狩りを命じたのを……覚えてますか……?」

 

 一瞬、なんのことかわからなかったが、あの闇魔道師のテレーズから真名の支配を受けていて、そのテレーズを支配しているタリオの諜者をサキが殺すことで、テレーズが縛られていた隷属を解放してやった。そのときに、このラポルタに命じて、王都内や王宮に巣くっていたタリオ公国の間者狩りを一斉にさせただが、そのときのことを言っているみたいだ。

 

「覚えているが、それがどうした──?」

 

 サキは怒鳴った。

 いや、そんなことよりも、こいつをどうしてやろうか……。

 変身の得意な魔族だが、まさか、女魔族に化けていた男魔族だったとは……。

 

「サキ様が悪いのですよ……。あいつらは……色々なものを隠し持っていましたよ……。この王宮を魔族が占拠していたのもわかっていたんでしょうね。魔族の能力を弱める魔毒……。通称“魔族殺し”……。これをたくさん持ってました……。全部、押収しましたけど……。無色……無臭……。それを口にしても、サキ様は気がつかないのですね……。そうやって、あのテレーズの支配を受けた……。呆気なく真名を読み取られるまで、魔道を弱められて……。簡単な人間族の鑑定具で真名を知られて……」

 

 ぎくりとした。

 どうやら、サキがテレーズの支配に陥ってしまったときのことを語っているようだ。

 しかし、サキは信頼をしていたラポルタに、テレーズの支配に陥っていることについて愚痴めいたことは漏らしたことはあったが、サキの失敗についてまで喋ったことはない。

 しかし、ここまで詳しく知っているということは、なんらかの方法でそれを知ったということである。

 

 どうやって……?

 いや、その手段など、どうでもいい──。

 こいつは危険だ──。

 背に冷たい汗が流れたのがわかった。

 

 まずい──。

 殺さないと──。

 

 サキは手に大鎌を出現させた。

 一瞬にして、首を切断してやる──。

 それで終わりだ──。

 

「無駄です、サキ様……。いえ、リュンネガルト・ゴーテンバウム・サキュテスト……。俺の奴隷になってください……」

 

 次の瞬間、全身に、目の前のラポルタもどきに対する隷属が駆け抜けるのがわかった。

 ぞっとした。

 だが、まだ──。

 

「俺を殺すことも傷つけることも禁ずる──。俺に逆らうな──。そして、俺の拘束を解き、俺への隷属を解放せよ──」

 

 さらに、ラポルタが早口で怒鳴った。

 サキは、魔道を放って、ラポルタの身体を吊っている両手の手枷を外していた。

 ラポルタが宙吊りから開放されて、二本の足で床に立つ。

 

「き、貴様……」

 

 サキはまるで木偶(でく)のようになった自分の身体に呆然としてしまう。

 まさか、同じ手に引っ掛かるとは……。

 いや、同じ手だからこそ、引っ掛かったのか……。

 

 このラポルタは、あのタリオの間諜狩りのときに、連中から、魔族殺しとともに、サキがテレーズの奴隷に下った方法についての知識を得たのだと思う。

 テレーズは、誰にも喋っていないとは言ってはいたが、そのテレーズも隷属されていたのだ。

 テレーズからタリオの間諜が方法を問いただす手段はいくらもあっただろう。いや、絶対にそうする。

 

 その危険に、気がつかないとは迂闊だった……。

 サキは内心で舌打ちした。

 

「サキ様は、ずっと俺に少しずつ魔族殺しを飲まされていたんです……。だから、身体の抵抗力を失って……。人間族の聖典とやらの魅了術に引っ掛かったりしましたよね。本来のサキ様なら、あんな微少の術になどかかりません。だけど、俺が弱めていたから引っ掛かっていたんです。あのまま、大人しくしてくれれば、ずっとこのまま一緒にいられたのに……。どうして、気がついてしまったんですか……」

 

「ずっと、わしを弱めていただと……?」

 

 思わず唸ったが、後悔しても遅い。

 本当に完全に同じ方法だ。

 テレーズからも、ずっと食事に毒を弱められて、低級鑑定術を受けつけるほどに魔道耐性を消滅させられてしまって、あの様になった。

 今度はラポルタか……。

 

 しかし、思い当たることもある。

 あのフラントワーズが手にしている聖典の言葉を耳にすると、頭がぼっとして、なにも考えられなくなってしまったりしていたが、それは、このラポルタが少しずつ魔族殺しで、サキを弱めていたからだったのだ……。

 

「ええそうです。だから、いまのサキ様は弱いですよ……。だから、俺なんかにしてやられるんです……。でも、俺は本当にそばにいるだけでよかったのですよ……。女魔族として、生涯、お仕えしようと……。もしも、サキ様が人間族の女になど、ならなければ……。いや、なったとしても……、サキ様を支配する方法などを知る機会を与えたりしなければ……」

 

「わ、わしをどうするつもりだ……」

 

 サキはラポルタを睨んだ。

 男の身体をしたラポルタが自由になった手首をさすりながら、サキに近づく。その股間はいまだに男根が勃起している。

 

「見てください、サキ様……。じっとして、動かずに……。見るんです……。俺がどんなにサキ様を愛しているかをお見せします……」

 

 ラポルタがサキの前に足を開いて立つ。

 その股間の怒張がさらに大きく膨らんだと思った。

 ラポルタが目を閉じる。ラポルタの両手は身体の体側につけたままだ。

 そのラポルタの腰がかすかに震えた。

 

「ああ、サキ様……、愛してます……」

 

 ラポルタが呟く。

 次の瞬間、なにも手を触れてないのに、ラポルタの股間の怒張から白濁液が飛び出した。

 それはサキに向かって放たれ、サキの足もとに落ちた。

 

「はあ、はあ、はあ……。見てくれましたか……。サキ様のことを想うだけで、射精ができるんです……。それだけ、サキ様を好きなのですよ……」

 

 ラポルタがうっとりとした表情になっていった。

 サキは鼻を鳴らした。

 

「ふん、大した芸だのう。それで人間族の街でもまわれ。よい見世物になるわ」

 

 サキは吐き捨てた。

 

「ああ、サキ様はお強いですねえ……。やっぱり、サキ様はそうでなくっちゃ。俺はサキ様のことは何でも知っていますよ。その股間には淫紋まで刻んで、あの人間族の男以外は犯せないようにしているんですよね……。知っています。俺はなんでも知っているんです……。だから、その鎌で自分の首を切断してください、リュンネガルト・ゴーテンバウム・サキュテスト──。胴体と首を切断するんです──」

 

 ラポルタが言った。

 サキの腕は、まだ手にしていた大鎌をサキ自身の首の後ろに当てた。その鎌が、力の限りに、前側に引かれた。

 

「んごっ」

 

 切断の瞬間、口から息が抜けて、大きな呻き声のような音が喉で鳴った。

 自分の首が胴体から離れ、ごとんと床に落ちるのがわかった。



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724 妖魔将軍の生首調教【王宮】

 自分の首が胴体と離れて床にごとんと落ちたがそれほどの衝撃には感じなかった。

 やがて、首だけになったサキは、ころころと床に転がり、右頬を下にしてとまった。

 だが、それだけだ。

 首だけになったサキには、顔を動かすこともできなかった。

 

 視界には、ラポルタの足だけがある

 当然だが、首と離れている胴体はまったく動かすことはできない。また、首側についても、視線を変えるために首を回すことさえできない。

 そして、視線側にないので、胴体がどうなっているかもわからない。

 とにかくわかったのは、首と胴体が離れたのに、サキが死んではいないという事実だ。

 その首がひょいと持ちあげられる。

 

「俺が魔道をかけました。心配いりませんよ。サキ様は死なせませんから……。だけど、一応は命令をしておきますね。自殺を禁じます、サキ様……。いずれにしても、あの人間族の男に淫紋を刻まれている身体は邪魔です。俺がサキ様を愛することができませんからね」

 

 ラポルタが言った。

 ぎょっとした。

 髪の毛が束ねられて、それを握って生首になったサキを上にあげられたのだ。

 そして、さっきまでラポルタを宙吊りにして拷問をしていた鎖に髪の毛を結ばれ、首だけをぶら下げられる。

 しかし、おかげで、やっと視界に部屋全体が映った。

 首と離れたサキの身体は、床にひっくり返ったまま横たわっていた。

 血は出ていない。

 これもまた、ラポルタの魔道なのだろう。

 

 そして、淫紋というのは、ロウから施されている淫魔術による「貞操帯」のようなものだ。

 ロウがサキの股間に刻んだものであり、ロウ以外の者がサキを犯そうとすると、膣であれ、尻穴であれ、その瞬間に石のように穴の部分が硬直して誰にも犯せないようになる。

 そんな仕掛けをロウに施されているのだ。

 

「ああ、サキ様、これからは俺が飼ってあげますね。とりあえず、淫紋を施されている肉体は消してしまいましょう。サキ様の新しい身体は、俺が準備してあげますから……」

 

 次の瞬間、激しい火炎が横たわっているサキの胴体を包んだ。

 拭きあげられた灼熱の炎が熱風となってサキの顔にあたり、思わず顔をしかめたが、あっという間に炎とともに、サキの胴体が消えた。

 

「な、なにをするかああ――」

 

 一瞬絶句したが、すぐに我に返って怒鳴った。

 しかし、そのときには、塵のような黒煤が残るだけだ。

 それさえも、ラポルタの腕のひと振りによってなくなる。

 サキは唖然としてしまった。

 

「き、貴様……」

 

 サキは、ラポルタを睨みつけて歯噛みした。

 だが、できるのはそれだけだ。

 真名で隷属されてしまったということもあるが、さすがのサキも胴体を消滅させられては妖力も遣えない。

 なにもできない。

 

「サキ様、そんなに歯を噛みしめては、サキ様の顔が歪んでしまいます。もちろん、歪んだサキ様のお顔も美しいですが……」

 

 男の姿のラポルタが髪の毛だけで吊られているサキの顔の前に来た。

 ぎょっとした。

 手に開口具(かいこうぐ)を持っていたのだ。

 

 魔道で出したのだろう。

 口にはめ込む部分が金属の二重リングになっており、それの両端に革紐が付いていて、後頭部でとめるようになっているものだ。

 それをサキの口の中に押し込んできた。

 抵抗しようとしたが、顎を強引にこじ開けられてリング部分を押し込まれる。

 

「あがっ、がっ」

 

 必死に舌で出そうとするが、すでにがっしりと口の中にリングが喰い込み、しかも、両脇の革紐が顔の後ろに向かって引っ張られる。

 そして、ぎゅっと絞られた。

 おそらく、魔道だろう。

 ほどけることも、緩むこともない気がする。それくらいに、がっしりと開口具がサキの顔に密着してしまった。

 

「素晴らしい……。さっきの言葉は取り消します。サキ様のお顔は、こうやって苦痛と恥辱で歪んでいるときこそが美しいようです」

 

 ラポルタがサキの首を吊っている鎖の上側を掴んだ。

 鎖が緩み、サキの顔が下にさがっていく。

 ぎくりとした。

 ラポルタの顔の高さで鎖がとまり、ラポルタがサキの頭に手をやり、自分の顔を近づけたのだ。

 

「あっ、がっ」

 

 サキは懸命に顔を背けようとした。

 だが、そんなことは不可能だった。

 首だけにされたらサキには、なにもできない。

 開口具で口を閉じれないサキに、ラポルタが口づけをする。舌が口の中に差し入れられ、唾液を注がれて、口の中を舐めまくられる。

 

「んがっ、あがっ、がっ」

 

 懸命に舌でラポルタの舌を押し避けようとするが、その舌にラポルタの舌が絡んでくる。

 おぞましくもあり、気持ちが悪い──。

 だが、どんなに顎に力を入れても、開口具はびくともしない。

 

 しばらくのあいだ、サキはラポルタによって口の中を蹂躙され続けた。

 そのあいだ、サキは必死に吐き気に耐えた。

 しかし、吐きそうだと頭が考えているだけで、実際にはサキには嘔吐さえできないのだろう。

 

 やがて、やっとサキの口からラポルタが顔を離した。

 涎がどっと開口具から垂れ落ちる。

 だが、それを拭うことさえできない。

 

「ああ、素晴らしい……。ありがとうございます。サキ様に口づけを許してもらえるなど……」

 

 許した覚えはないと怒鳴ろうとしたが、再び鎖が床に向かって落ち始めたので、ぎょっとしてしまった。

 さがっていく顔の視線を上に向ける。

 明らかにラポルタの顔は常軌を逸していた。目に狂気の色があった。

 そして、再び顔の高さが固定される。

 今度は、サキの顔がちょうど勃起し続けているラポルタの股間の真ん前に来た。

 

 まさか……。

 

「サキ様、今度は舐めてください。休ませませんよ。もう興奮してしまって、勃起がまったく萎えないんですから」

 

 ラポルタがサキの頭を両手で抱え込むなり、口の中に勃起した男根を突っ込んだ。

 すぐに、前後に揺すりながら、男根の先をサキの口に打ち付けてくる。

 

「おっ、おっ、おおっ」

 

 喉を詰まらせながら、サキはえずいた。

 首から下がないのに、えずく感覚があるのが不思議だが、とにかく、気持ち悪い。

 それだけしかない。

 しばらくのあいだ、乱暴に口の中に男根を挿入され、激しく律動される。

 

「ああ、いきます、サキ様──」

 

 あっという間に、口の中にラポルタが精を放った。

 吐き出そうとしたが、口の中からラポルタが男根を抜かない。それどころか、まだ勃起している。

 そして、さっき出された精液をその男根で喉の奥に押し込まれていく。

 

「舌を使ってください、サキ様。そうしたら、ちょっとは優しく扱ってあげますよ」

 

 ラポルタがサキの顔を前後に動かしながら言った。

 そして、第二射目──。

 

「あぐっ、おげっ」

 

 口の中に精の気持ちの悪い臭み──。

 同じことをロウにされたときには、あれだけの快美感があったのに、いまは気持ち悪さしか感じない。

 それでも、ラポルタはサキの口を蹂躙することをやめない。

 あっという間に、三射目が吐き出された。

 

 もう、やめろ──。

 

 サキは怒鳴りたかった。

 

 だが、ラポルタは狂ったように、サキの顔の陵辱を続ける。

 サキの顔は、知らぬ間に眼が潤い、鼻水と唾液が溢れるようになっていた。

 

「舌を……舌を使ってはくれないのですね、サキ様……。いいでしょう……。いくらでも出せますが、まだまだ、愉しみはありますし、次にいきましょう。このために、周到に準備したのですよ……」

 

 やっとサキの顔から、ラポルタが股間を抜いた。

 口の中は大量のラポルタの精液でどろどろになっていたが、慌ててそれを舌で口の外に出そうとする。

 だが、ラポルタは開口具になにかを差し入れた。

 

 サキは目を白黒させるしかなかった。

 口の中に突っ込まれたのは、形からして男根の張形のようなものだったらだ。

 そうやら、開口部に合わせて、栓のように使えるようだ。

 しかも、それがサキの口の中で蠕動運動を始めた。

 口の中のラポルタの大量の精液が掻き回される。

 

「んぐっ、んぐう、あぐうっ」

 

 さすがのサキも、あまりの気持ちの悪さにラポルタに哀願のような顔を向けてしまった。

 だが、首で切断されているサキは、左右に顔を振ることさえできない。

 

「サキ様、それはサキ様用の調教具です。舌を使わなかった罰ですよ。ずっと口の中で魔道で動かし続けますね。次に栓を外すときに、また、イマラチオを試してあげます。そのときに舌を使えば、栓は抜きますが、拒否すれば、何日でもそのままです。あっ、それと俺の精液は、そのまま口の中で味わい続けてもいいし、飲み込んでもいいですよ。飲み込んだ精液は、こっちの身体に転送されますから……」

 

 ラポルタが手を振った。

 すると、なにもなかった部屋の真ん中に寝台が現れ、そこに首のない若い女の身体が出現した。

 サキの顔が向いている方向に横たわっていて、一糸まとわぬ裸体だ。

 もしかして、人間族の女の死体か?

 消滅させられたサキの身体とは違う。

 

「驚きましたか? できるだけサキ様の身体に似た裸体を準備したかったのですが、それは難しかったので、手頃な人間族の若い女を殺して準備しました。まったく魔道のない人間族です。だから、サキ様の首で、この身体が動くことはありません。でも、感覚だけはたったいま繋げました。この身体を使えば、俺が与える感覚がサキ様の首に繋がるのです。あの人間族に淫紋を刻まれたサキ様と愛するために準備したのです。さあ、愛し合いましょう」

 

 ラポルタが寝台にあがり、首のない人間族の女の身体をまさぐり、無造作に乳房を荒々しく揉みたててきた。

 

「んがっ」

 

 サキは口の中を蹂躙し続ける張形に責められながら声をあげた。

 乳房を揉まれる感覚がサキの頭に伝わってきたのだ。

 

「ほう、成功ですね。それだけじゃないですよ。サキ様が感じれば、この首なしの胴体側にも汗が流れるし、股間も濡れます。サキ様の新しい身体です」

 

 男姿のラポルタが首なしの裸体の下腹部に手を移動させる。

 片手で胸を揉みながら、その股間を刺激してきた。

 

「あがっ」

 

 思わず開口具の中で声をあげてしまった。

 しかし、抵抗もできないサキに、ラポルタは首なしの身体を使って刺激を送り続ける。

 しばらく、裸体を蹂躙される感覚が襲い続ける。

 サキは、鼻から出る息に、次第に甘い響きが混ざりだすのがわかった。

 

 口惜しい……。

 口惜しい……。

 口惜しい……。

 こいつを殺す――。

 殺してやる――。

 

 やがて、ラポルタは、首なし裸体の体勢をちょっと変えて、脚を大きく開かせ、それを腰で抱え込む感じにした。

 さらに、なにかを宙から取り出すように出現させる。

 

 小さな壺だ。

 どろりとそこから油剤がその股間に注ぎ落ちる。

 ラポルタは、それを手で股間になすりつける仕草をする。

 

 くあっ──。

 

 サキは頭の中だけで身体をすくませた。

 だが、その身体はない。

 

 しかし、ひんやりとした感覚が確かに、サキの股間やお尻に襲っている。指が穴に入り込み、あの油剤を無遠慮に押し入れてくる。

 その感覚が襲う。

 

 ラポルタは執拗に、油剤を股間全体に塗り拡げた。

 膣の奥にまで入れて、指でまさぐり続ける。

 やはり、感覚を繋げられているだけで、サキの身体ではないので、さすがのロウの淫紋の貞操帯は効力を発揮しないようだ。

 しばらくのあいだ、指の蹂躙が続いた。

 

「さて、サキ様、いよいよですよ」

 

 ラポルタがやっと指を膣から抜いた。

 しかし、すぐにそそり返った怒張をサキの股間に突きたててきた。

 いや、実際にはラポルタが犯しているのは、首のない人間族の身体なのだが、サキには自分が本当に犯されている感覚しかない。

 

「んがああ」

 

 サキは口の中で暴れ続ける張形を噛み千切ろうとさえした。

 だが、なにもできない。

 熱いラポルタの怒張が油剤の滑りを借りて、サキの子宮に近い奥まで深々と侵入した。

 その感覚が襲っているということだ──。

 

 律動が開始される。

 

 視線の先にあるのは、寝台の上にいるラポルタが首なしの身体を犯している光景──。

 その感覚もはっきりと、サキの頭に伝わってくる。

 

 おぞましさと衝撃で、サキには、心が引きちぎられれるような感覚が襲っている。

 あまりもの口惜しさと怒りで、サキは開口具を嵌められている口をぎりぎりと噛んだ。

 

「ああ、サキ様と繋がっている──。あああっ、ああああっ、サキ様ああああ」

 

 やがて、がくがくとラポルタの身体が痙攣して、子宮に精が注がれるのがわかった。

 まやかしの感覚であろうと、サキにはそうとしか感じることしかできない。

 沸騰するような怒りが込みあがる。

 

「ああ、気持ちいい──。気持ちいいです、サキ様──」

 

 だが、ラポルタは目の前の身体から男根を抜くことなく、腰を振り続ける。

 そして、宙吊りにされているサキの頭にも、射精したラポルタの怒張が萎えることなく、さらに膨らみを大きくした感覚が伝わっていた。



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725 妖魔将軍への躾ー舌舐め馴致(じゅんち)【王宮】

 視界の下では、男姿のラポルタによる首のない女体への陵辱が続いている。

 そして、その女体が受けている刺激は、サキへの感覚として首だけのサキにはっきりと伝わり続ける。

 

「ああ、感激です、サキ様──。ついに、お汁を溢れさせていただけたのですね──。しかも、どんどんと沸いてくる。嬉しいですよ、サキ様──。ああ、サキ様ああ」

 

 ラポルタが感極まったように叫んで、女体に挿入している腰をびくびくと振った。

 またもや射精したのだろう。

 一体全体、何発出すのだと思った。

 猿か――。

 

 だが、感じたくはないと思っても、あれだけ股間を突かれ続ければ、さすがにサキも女の快感から避けることはできない。

 自分の身体ではないが、感覚を繋げられている以上、サキの身体に対する陵辱として頭に伝わってくるのだ。

 いくらおぞましいと思っても、耐えられない。

 この男が女体の股間から汁が湧き出ると騒いでいるのは、サキの頭が感じている快感が女体にも反応し、そこから愛液が流れ出ているのだと思う。少なくとも、首のない女体の肌全体からは、かなりの汗が噴き出ている。

 あれがサキ自身の反応かと思うと、それを見せられることもまた、大きな恥辱だった。

 

「んぐっ、ぐっ、ぐううっ」

 

 サキは口の中にも張形による蠕動運動の刺激を受けながら、襲ってきた絶頂感覚に歯噛みした。

 

「んごっ、がっ」

 

 そして、達した──。

 すると、いまだに腰を振っているラポルタがじっとこっちを見ていることに気がついた。

 

「ああ、感激ですね、サキ様──。やっと、俺で達してくれたんですね。どうですか? そろそろ、俺の一物を舌で舐める気になりましたか?」

 

 ラポルタが目の前の人形のような女体から、やっと男根を抜いた。

 ねらねらと脂光りしていて、いまだに逞しく勃起している。

 天井から伸びているサキの頭に近づき、髪の毛で縛っていた鎖から解く。そして、両手でサキの生首を掴んで股間に顔を近づけ、いきなり顔に精液をぶっかけてきた。

 

「んおっ」

 

 避けることもできずに、まともに顔に精液をかけられる。

 

「ああ、最高の気分です。サキ様が顔で俺の精を受けてくれるなんて」

 

 ラポルタが片手を伸ばして、サキの口から開口具を抜いた。口から開口具とともに抜かれた栓は、やはり、男根の先端の形をしており、サキの口の外に出されても、ぶるぶると震え、さらに蠕動をしながら、長さが伸びたり縮んだりしている。

 それを見て、改めて頭に血が昇る。

 

「ぷはっ、ふ、ふざけおって──。貴様、こんなことをしてどうなるのか、わかっておるのだろうな──」

 

 サキは叫んだ。

 すると、ラポルタが笑い出した。

 

「そんな悪態をご主人様の俺にしてどうなるのかわかっていないのは、サキ様なのではないですか? それに、首だけになっているサキ様になにができるのです。食事だって、飲み物だって、俺の世話を受けなければできないんですよ。さあ、新しいご主人様に挨拶をしてもらいましょうか」

 

 ラポルタがサキの首を寝台に運んでいきながら笑いかけてきた。

 サキは、その顔に唾を飛ばしてやった。

 最初に何発も口の中に精液を出されたまま口を封印されて、気持ち悪くて仕方なかったのだ。大半は飲み込んでしまったが、まだ残っていた精液の残りとともに、唾をかけてやる。

 

「ふふふ、ご褒美ですか? ありがとうございます、サキ様」

 

 しかし、頬についたサキの唾液を指で拭うと、ラポルタは心から嬉しそうな表情になり、それを自分の口の中に入れた。

 そして、恍惚の表情を浮かべ、ねっとりと指を舐める。

 サキは顔がひきつるのを感じた。

 

「き、気持ち悪いわ──。変態め──」

 

 サキは叫んだ。

 

「そうですか。でも、その変態がいまのサキ様のご主人様なんですよ。そうじゃないですか、リュンネガルト・ゴーテンバウム・サキュテスト様?」

 

 ラポルタがくすくすと笑った。

 本当に嬉しそうだ。

 だが、声に狂気の響きもある。目付きもおかしい。

 サキはちょっとぞっとなってしまった。

 

「わ、わしのご主人様は、ロウ殿だけだ──」

 

 とにかく、サキは言った。

 すると、すっとラポルタの顔から笑みが消えた。

 

「ま、まだ、人間族の男のことを言いますか……。いいでしょう、とことん躾をしてあげましょう。どうせ、そろそろ効いてくる頃でしょうしね」

 

「効いてくる?」

 

 サキは訝しんだ。

 

「その前に、これを着けてあげますね。首輪です。サキ様が俺の家畜になった記念です」

 

 首になにかが巻かれて、ぎゅっと締まる。

 これが首輪か?

 ただ、首輪というよりは台座という感じだ。首の下にずっりしとした重量感を感じる。

 

 次いで、ラポルタが首輪の台座のついたサキの首を寝台の上にある「首なし人形」の開脚している股間のあいだに置いた。

 ほんの鼻先くらいの距離であり、最低でも十発は注いでいるラポルタの精液がどろりとこぼれている。

 つんとその匂いが鼻につく。

 サキは顔をしかめた。

 だが、そのときになって、サキは異常な身体の火照りと甘い疼きを股間に感じてきた。つまりは、その感覚がサキの頭に襲いかかってきたということだ。

 

「な、なんじゃ?」

 

 思わず、声をあげてしまう。

 感覚だけとはいえ、ラポルタの怒張に散々に犯されたのだから、違和感は当然だが、これはもっと別のものだ。

 

 熱い──。

 そして、痒い──。

 

 はっとした。

 最初にラポルタが目の前の首なしの女体の股間に執拗に塗っていた油剤だと思った。

 おそらく、あれには痒みを沸き起こす成分が混ざっていたのだろう。しかし、ずっと犯され続けていたので気にならなかったが、いまは刺激がなくなったので、一気に痒みがサキの頭に襲いかかってきたのだ。

 

「くあっ、き、貴様──」

 

 サキは歯を喰い縛った。

 だが、そんなことで癒える痒みではない。

 

「どうしました、サキ様? 急に苦しそうなお顔になりましたね。なにかして欲しいことがあれば、俺に言ってください。もしかして、目の前の股間を舐めたいと思ったら、そう言ってください。もう少し、近づけてあげますよ」

 

 ラポルタが笑った。

 そして、またしても、あの小瓶を魔道で取り出したのがわかった。

 サキの視界に入るように、二本の指を小瓶に突っ込むと、どろりとした油剤をすくいあげて、目の前の女体の股間に近づけた。

 

「や、やめんか──。まだ、塗るつもりか──」

 

 さすがにサキは怒鳴った。

 

「もちろんですよ。サキ様が素直になるまでね」

 

 ラポルタが油剤を股間に塗り足しはじめる。

 

「あううっ、ひいいっ」

 

 衝撃に絶叫した。

 異様なまでに火照った股間をいじられた瞬間の快感は、思わず我を忘れさせるくらいの気持ちよさだった。

 だが、すぐに指は女体から離れ、再び恐ろしいほどの痒みが襲いかかる。

 

「くっ、ああっ、か、痒い……。くううっ、な、なんとかせよ──。な、なんとか……」

 

 サキはさすがに哀願してしまった。

 だが、ラポルタはサキと女体の横に胡座をかいて座り直しただけで、なにもしようとしない。

 じんじんと痛みと間違うほどの痒みが股間に──つまりは、その感覚がサキの頭に襲いかかり続ける。

 

「さあ、サキ様、今日は舌舐めの訓練をしましょう。サキ様。俺の精液は、これからはサキ様の食事と飲み物です。痒みが癒えて気持ちがいいだけじゃないですよ。空腹が癒やされます。さあ、舌を伸ばして、その股間についている俺の精液を舐めてください」

 

 首がさらに股間に近づけられた。

 舌を伸ばせば、確かにぎりぎり届く距離だ。

 だが、まさか、舐めるようなことができるわけがない。そもそも、感覚を繋げられているということは、サキが目の前の女体の股間を舐めれば、その刺激がサキのものとして、サキの頭に伝わるということだ。

 そんな醜態をラポルタに晒すわけにはいかない。

 

「くっ、うう……」

 

 しかし、絶対にそんなことをしないと思ったが、その決心は数瞬しかもたない。とんでもない股間のむず痒さだ。

 舐めれば、それが癒やされるのか……。

 くそう……。

 ぎりぎりとサキは奥歯を噛みしめる。

 

「言っておきますが。サキ様に伝わるあらゆる感覚は、俺の支配下にありますからね。とりあえず、首なし人形から伝わる感覚を十倍くらいまであげてみましょう。痒みも快感も十倍ですよ」

 

「くああっ」

 

 その瞬間、気が狂うほどの痒みが襲った。

 我慢できない──。

 サキは舌を伸ばした。

 しかし、ぎりぎりのところで、すっと首を股間から遠ざけられた。

 

「わっ、な、なにをするか──」

 

 舌を伸ばしても、届かない距離になる。

 サキは涙目になった。

 

「“よし”と言う前に舌を伸ばすからですよ。舐めるのは、俺が“よし”と言ってからです。舌遣いの馴致(じゅんち)の躾ですからね……。さあ、サキ様には、飢餓感とともに、俺の精液を食べ物だと認識する感覚を送り込みます。サキ様を家畜として躾ける第一段階です。空腹というのは、実によい躾けの材料なんです」

 

 ラポルタがわけのわからないことを喋りだす。

 だが、躾と言われて、サキはかっと頭に血が昇った。

 しかし、どうしようもない。

 

 そして、突然に恐ろしいほどの空腹が襲いかかった。

 さらに、目の前の白濁液が「食事」であるという認識も頭に発生する。ラポルタの魔道によるものだとは思ったが、それでもサキは腹が減って仕方がなかった。

 また、たったいままで臭いと思っていた精液がとてもよい匂いに感じてきてもいた。

 

「き、貴様、な、なんということを……」

 

 サキは恐ろしいほどの痒みに加えて、さらに飢えの苦しみにも襲われ絶望的になった。

 舐めたい──。

 とにかく、舐めたい──。

 なんでもいい……。

 舐めたいのだ。

 それに、痒い──。舌で擦れば、いくらかは癒されるだろう……。

 しかも、ものすごく、お腹が減って……。

 

「も、もうよいだろう──。な、舐めさせてくれ。お願いだ──」

 

 サキは叫んだ。

 すると、ラポルタがやっと首を前に持っていってくれた。

 サキは必死に舌を伸ばした。

 

「あがああっ」

 

 その瞬間、電撃が首に襲った。

 ラポルタの笑い声が響いた。

 

「“よし”と言われてからだと説明したでしょう。言われる前に舌を出すと、首輪に電撃が流れるんです。わかりましたか? ……では、“よし”──」

 

 サキは鼻白んだ。

 “よし”だと──。

 そして、我に返る──。

 さっき、こいつの言うままに、舌を伸ばそうとして……。

 

「ぐあっ、あああっ」

 

 だが、それで思念は中断した。

 またもや、電撃が首輪から流れ出したのだ。今度はびりりとするだけの弱い電撃だったが、だんだんと強くなる。

 

「“よし”と言われて舐めなくても、電撃が流れますよ、サキ様」

 

 ラポルタが話しかけてきた。

 仕方なく慌てて舌を伸ばす。

 ついに、女体の股間にサキの舌が届いた。

 

「あふうっ」

 

 サキは気持ちよさに全身をのけぞらせた。いや、その身体はないのだが、身体の感覚だけは存在するのだ。

 また、舌で味わった精液は、いままでに一度も味わったことのないような美味だった。

 舌を虜にする妖しさといっていい。

 電撃に襲われるまでもなく、サキは必死になって舌を伸ばした。

 すると、痒みが癒える快感が襲いかかり、サキによがり声をあげさせる。

 サキは甘い声をあげ続けながら、懸命に舌で女体の股間を拭い続けた。

 

 やがて、やっと飢餓感から解放された感じになる。

 もっとも、空腹感がなくなったわけではない。ただ、死ぬほどに苦しい飢餓からはちょっとだけましになったという感じだ。

 しかし、そうすると、痒みの方が苦しさを増す。

 なにしろ、舌で刺激できるのは、女体の股間の表面だけだ。

 だが、掻痒感は股間全体であり、膣の奥やアナルだって痒い──。

 

「だ、だめだ──。ラ、ラポルタ、もっと奥を……。か、痒い──」

 

 サキは泣き声をあげた。

 

「痒いですか、サキ様? でも、しばらくはそのままです。舌遣いの馴致の躾が進めば、ご褒美に犯してあげましょう。今度は精液を直接に舐めてみましょう。さあ、口を開いて……」

 

 顔を完全に女体の股間から離される。

 いや、それどころか、首なしの女体の身体が消滅してしまった。しかし、痒みは消えない。

 つまりは、ラポルタがあの女体を出現してくれなければ、サキの痒みの苦悶が続くということだ。

 サキにできることは、歯噛みだけである。首輪式の首の台座は、サキが顔を背けることも許さない。

 

「ほら、口を開いて……」

 

 だが、またもや顎に力を入れられて、口を強制的に開けさせられる。

 再びさっきの開口具が口に入れられた。

 革紐がぎゅっと締まり、完全に顔に開口具が固定されてしまった。

 

「おっ、おっ」

 

 声をあげるが、もう言葉にはならない。

 痒い──。

 とにかく、股間が痒い──。

 死にそうだ──。

 

「頑張って、舌遣いの躾を覚えれば、痒みの苦しさからは解放されますよ。今度は、直接に俺から精液を舐めるんです。舌を伸ばせば届く距離に首を置いてあげましょう。一生懸命に先っぽを刺激すれば、サキ様を愛している俺からなら、いくらでも精液が搾り取れると思いますよ」

 

 ラポルタが笑って、サキを自分の胡座のあいだに置いた。

 いまは半勃ち状態のラポルタの男根が鼻に当たる位置に顔が置かれる。

 

 とてもいい匂い……。

 舐めたい──。

 空腹は続いているのだ。

 あの美味をう一度……。

 サキは、なにも考えられなくなってきた。

 閉じられない口から涎が大量に流れるのがわかる。

 

「いい顔ですねえ。また飢餓感を与えてあげます。空腹が癒えますよ。ほら、舌を伸ばしたら、俺の精液を舐められますよ」

 

 ラポルタが笑った。

 その瞬間、またもや恐ろしいほどの飢餓感が襲いかかる。

 

「あがっ」

 

 悲鳴をあげてしまった。

 だが、目の前にいい匂いの精液──。

 舐めれば、さっきの美味が味わえる──。

 もう、なにも考えられない。

 そもそも、魔族とは本能的な種族だ。ラポルタの罠だと思っても、サキはそれに逆らえない。

 

「おごおっ」

 

 しかし、舌を伸ばそうとした瞬間に、強い電撃が首に襲いかかる。

 すると、ラポルタの笑い声──。

 

「“よし”と言う前に舌を伸ばしてはいけないと言ったじゃないですか……。“よし”──」

 

 ラポルタの声が終わるや否や、サキは舌を一生懸命に伸ばして、ラポルタの男根の先の亀裂に舌先を這わせた。

 男根はあっという間に勃起し、我を忘れさせるほどに圧倒的ないい匂いがサキに包む。

 しかも、わずかだが、精液が先端から染み出る。

 それを口に入れると、死にそうな飢餓感が少し癒えるとともに、歓喜したくなるほどの美味が口の中に拡がる。

 

 なんという美味しさ――。

 もっと味わおうと夢中になって、舌先でその怒張の先端に舌を動かし続ける。

 

「ああ、気持ちいいですよ、サキ様――」

 

 ラポルタが声をあげ、その瞬間は我に返り鼻白む。

 しかし、恐ろしいほどの飢餓がサキを襲い、もうなにも考えられなくなる。

 とにかく、目の前の精液だ――。

 だが、少し遠い。

 懸命に舌を伸ばして、やっと先っぽに届くくらいの距離にされている。

 

「一生懸命に舌を伸ばすサキ様は、本当によいお顔ですよ」

 

 ラポルタが笑い声をあげた。

 今度は怒りは沸かなかった。

 それよりも、この美味しい蜜をもっと――。

 

 やがて、じわじわと先から出てくる精液の量が多くなる。

 すると、量が多くなった分だけ、飢餓も小さくなった。

 それだけでなく、飢餓の薄れるその瞬間だけは、痒みが小さくなる。

 

 だが、それは束の間だ。

 すぐに、飢餓と痒みが再発してしまう。

 

「おおっ、おおっ」

 

 サキは奇声をあげつつ、夢中になって舌をさらに男根に向かって伸ばした。



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726 妖魔将軍への躾ー狂気の男【王宮】

 サキは、誰もいない部屋でひとり苦悶を続けていた。

 全身からは、途切れることのない峻烈な性感の刺激が続いている。だが、その身体がここに存在するわけではない。

 サキはほとんどなにも存在しない部屋の真ん中にある台の上に、首に首輪式の台座をつけられ、まるで置物のように、首から上だけの状態で置かれていた。

 そして、サキの頭に快感の刺激を送り続けている身体は、ここにはない場所にあり、あのラポルタがその身体を媚薬と魔道性具を使っていじり続けているのである。

 その性感だけが、サキの頭に送られ続けているということだ。

 

 こんな状態がもう三日も続いている。

 抵抗したいが、この状態のサキにはなにもできない。

 ただ、与えられる望まない快感を受け入れるだけだ。首から上だけのせいか、顔を動かすことさえ難しい。だから、視線も固定されて動かせない。

 もう、頭が狂いそうだ。

 

 おそらくラポルタは、その首のない女体を無数の触手のある袋状のものの中に入れているのではないかと思う。

 サキには、延々と全身を触手の先で擦り回され、性感帯という性感帯をずっとねっとりとした潤滑油とともに舐められているような感覚が送られているのだ。

 

「くあっ」

 

 そのときだった。

 全身を舐められ続ける刺激に、お尻が加わった。

 一気に性感が沸騰する。

 しかし、触手のようなものによる全身への刺激は、快感を限界まで昂ぶらせるだけだが、絶頂感覚にまでは至らない。

 いや、遠隔で与えられる刺激のすべてが、サキに最後のひと刺激を与えてはくれないのだ。

 どんなに快感がせり上がっても、ぎりぎりで留まってしまう。

 おそらく、ラポルタがそうしているのだと思うが、刺激を続けられながら絶頂だけができない苦悶もまた、サキを苦しめていた。

 

「あっ、ああっ、あああ」

 

 ラポルタのやった処置により、遠隔で繋がっている首のない身体から与えられるサキへの刺激は、本来の十倍にも増幅されている。

 触手の先がお尻の穴にずんずんと入ってくる。

 お尻の奥がぶるぶると触手によって振動させられ、狂ったような快感が送られてきた。

 

「はぎいっ、あああっ、んぐうううっ」

 

 サキは、一気に快感が上昇し、ひとりで大きな嬌声をあげてしまった。

 

 いくっ──。

 

 サキは歯を喰い縛る。

 だが、いけない──。

 十分な快感はあるのに、絶頂だけができないのだ。

 絶望のような感情がサキを包む。

 しかし、すぐになにも考えられなくなる。

 いまだに、刺激は送られ続けているのだ。

 

「ひいっ、こ、こっちもか──」

 

 サキは声をあげた。

 さらに前側の穴にも触手が入ってきた。

 それだけでなく、クリトリスを吸盤のように吸いあげられる。

 

「いぐううっ」

 

 さすがに耐えられる限界を越して、サキはまたもや悲鳴をあげた。

 しかし、やっぱりいけない──。

 

 畜生──。

 あんな小妖にいいように嬲られている自分を思うと、同じ罠に二度も陥ってしまった自分自身の愚かさに歯噛みしてしまう。

 

「ああっ、だ、だめだあっ、ああああっ」

 

 しかし、思念は続けられない。

 激しい快感の暴力がサキを襲いかかる。

 それで、なにも考えられなくなる。

 しかも、達することができないとわかっている絶頂感だ。

 まさに、性の暴力である。

 

 前後の穴を同時に責められ、またもやサキは快感の槍に貫かれる。

 だが、やはりぎりぎりで留まる。

 しかも、刺激はとまらないので、その状態がずっと続く。

 絶頂寸前のもどかしくて、我を忘れるような飛翔の瞬前の状態──。

 それが終わらない。

 頭がおかしくなりそうだ──。

 

 そのときだった。

 扉が開いた。

 サキの首は扉のある方向とは反対向きに置かれているので、振り返ることのできないサキには、侵入者を確認することはできない。

 

 だが、誰が戻ってきたのかはわかる。

 この後宮側の一室に来るのはひとりだけだ。

 園遊会で集めた夫人や令嬢がいるのは、こことは棟の異なる奴隷宮だし、サキの眷属たちは、もともと最小限しか後宮側には来ないようにしていたうえに、ラポルタが指示をして立ち入り禁止処置にしたと言っていた。

 また、唯一の後宮の住人であるルードルフについては、ずっと私室に鎖をつけて監禁したままだ。保存の効く食べものと十分な飲み物だけを与えて、ずっと放置している。魔道具で見張らせ、異常があれば知らせる仕掛けになっているので、なにも反応がないことを考えると、まだ生きてはいるのだろう。

 

「ふふふ、かなりお愉しみのようですね。相手をする余裕がなくて、あの身体を触手容器に放り込んでおいたのですが、サキ様が満足そうでよかったですよ」

 

 前側にまわってきて、視界に入り込んだのは、やっぱりラポルタだった。

 だが、姿も声もサキだ。

 こいつは、この数日間は、サキの姿に変身をして、ずっと王宮を歩き回っていると言っていた。いまもそうである。

 そのとき、ずっと苛んでいた触手の刺激が一斉になくなった。

 脱力する身体はないが、サキはほっとして気が抜けたみたいになった。もっとも、くすぶっている快感の寸止めの苦痛はそのままである。

 

「ぬ、ぬかせ……」

 

 思い切り悪態をついてやりたいが、頭にはなにも出てこない。

 すると、ラポルタが変身を解いて、男妖魔の姿に変わる。服もなくなり全裸だ。股間に怒張がそそりたっている。

 

 次の瞬間、サキに恐ろしい飢餓感が襲いかかる。

 ラポルタによる暗示だ。

 死ぬような空腹感が襲い、ラポルタの男根から出る精液をこの世のものとは思えない美味の食べ物だと思い込まされるのだ。

 口惜しくもあり、心では嫌悪したいのだが、本能には逆らえない。

 サキは、ラポルタの性器を口にしたくて堪まらなくなった。

 あそこから、あの美味しい食べ物を吸い出したい。

 口にしたい。

 

「どうですか? 精液を食べたいですか? サキ様がお願いするなら、舐めるのを許可してもいいですよ」

 

 ラポルタが笑った。

 

「くっ」

 

 サキは歯を喰い縛った。

 だが、飢餓感は絶望的に襲いかかっている。

 

 食べたい──。

 飲みたい──。

 

 ぐっと噛んだ唇がぶるぶると震えるのがわかった。

 

「どうしたんですか? 欲しくないのですか? ではやめましょう。それよりも、ご報告があります。この王宮に集まっているサキ様の眷属のことごとくは、多少は苦労しましたが、俺と支配を結び直しました。もうサキ様のお手を煩わせることはないですよ。すべて、俺にお任せください。もうサキ様の命令には従いませんし」

 

 ラポルタが腕組みをして、サキの首に近づく。

 勃起している男根はそのままで、サキの顔に先端が近づく。

 サキは生唾を飲んだ。

 腹が減っている……。

 あそこから出るものを飲めば、この飢餓の苦しさがなくなる……。

 もうちょっと……。

 あとほんの少しだけ近づけば……。

 

「聞いてますか、サキ様? サキ様の面倒事を俺が引き受けたと言っているんです」

 

「き、聞いてる……」

 

 サキは言った。

 食べたい……。

 腹が減って苦しい……。

 ほんのちょっとでもいい……。

 だが、我にも返る。

 これはまやかしだ──。

 ラポルタの忌々しい魔道の罠だ。

 だが……。

 

「それと、人間族の女たちには、生ぬるい調教ごっこはやめさせました。あるべき姿に戻して、眷属たちに躾け直させることにしましたから……。鞭ではなく、苦痛鞭を与えています。それで朝礼で二十発──。食事前に十発。寝る前にも十発を習慣です。これは義務であり、その他の懲罰も過激なものに修正してます。わずか一日で、連中から笑いが消えましたよ。いい気味です。サキ様、あれが人間族と魔族のあるべき姿なのですよ」

 

 ラポルタが言った。

 苦痛鞭というのは、単なる鞭とは異なる。

 人間族であれ、魔族であれ、苦痛を思わせる感覚を身体の芯から呼び起こすのだ。痛みとは異なるものであり、まさに「苦痛」そのものだ。

 鞭打ちの痛みであれば、いまの奴隷宮の女たちなら、おかしな信仰の助けもあり、快感に変えることができるかもしれないが、苦痛鞭はそれはできない。

 その個体にある苦痛そのものを探して、呼び起こすからだ──。

 おそらく、それをサキの姿でやったのだろう。

 

 まあ、それはどうでもいいか……。

 だが、あれはすべて、ロウへの供物である。

 それをラポルタごときが手を出すのは、怒りで腹が煮えかえる。

 

「感謝してくださいね、サキ様……。サキ様がここでなにも考えずに、俺の家畜になる環境を整えたんです」 

 

 すると、ラポルタがサキの前の前で、自分の勃起した男根を擦った。

 すぐに白濁液が飛び出し、サキの顔にかかった。

 

「あっ、ああっ」

 

 圧倒的なほどに(かぐわ)しい匂いが顔全体に拡がる。

 サキはなにも考えなかった。

 舌を伸ばして、顔にかかった精液を舐めようとした。

 

「あがあああっ」

 

 その瞬間、電撃が顔全体に走る。

 

「まだまだ、躾けが浸透してないですねえ。口にしていいのは、“よし”と声をかけられてからと言ったでしょう。罰です。“おあずけ”ですよ」

 

 ラポルタが笑いながら手を振る。

 すると、顔にかかった精液が消滅したのか、あの美味しそうな香りが一瞬でなくなってしまった。

 

「あっ、そんな──」

 

 サキは思わず叫んだ。

 すると、顎を掴まれて、台座ごとサキの顔を少し上に向かされた。

 

「そんな、なんですか? まだご自分の立場がわかってないのですか? サキ様は俺の家畜だと教えたでしょう。“待て”と言われれば待つ。“よし”と言われれば、舌を出して食べる。早く覚えてください。精液ほどではないですが、俺の唾液を飲んでも、飢えが……。いや、喉の乾きにしましょう。乾きが解消されますよ。欲しければ口を開けて……」

 

 ラポルタの口が開いた。

 そして、つっと唾液がその唇の上に乗る。

 サキは、あっという間に湧き出した自分の唾を飲んだ。

 

 あれを飲みたい──。

 ラポルタの唇にある唾液──。

 美味しそうだ──。

 いや、突然に喉が渇いてきた。

 

 違う──。

 そんなものじゃない。

 喉がからからだ──。

 死にそう……。

 そして、あの唾液こそが、喉の渇きを癒やせる素晴らしい飲み物だということにサキが気がついた。

 飲みたい……。

 

「あ、ああ、それを飲ませてくれ──。頼む」

 

 サキは言った。

 

「まだ、お高くとまっているんですか? 飲みたくてうずうずしているでしょうに……。俺はサキ様が、その口で唾と精液を飲ましてくださいと頼むまで、なにもしませんからね」

 

 ラポルタが満足そうに微笑んだ。

 しかし、なぜか、サキはそれで我に返った。

 はっとした。

 いま、自分はこいつに……。

 必死で心を整える。

 

 この飢えも、喉の渇きも偽物だ──。

 しっかりしろ──。

 自分を叱咤する。

 

「ふ、ふざけるな──。いい加減にしろ──。お前ごときに、わしが屈服すると思うのか──。わしを躾けることができるのは、後にも先にもロウ殿ひとり──。お前の躾など、主殿(しゅどの)の足もとにも及ばん偽物だ。その粗末なものをしまえ──。目障りだ──」

 

 サキは怒鳴りつけた。

 ラポルタが不機嫌そうな顔になる。

 

「……ま、まだ、人間族の男のことを言いますか……?」

 

「当たり前だ――。主殿(しゅどの)はわしのすべてだ。この妖魔将軍のわしが唯一認めた男だ――。お前などに、わしが堕ちるか――。わしの心は、すでに主殿(しゅどの)に堕ちている。ざまあみろ――」

 

 感情のままに怒鳴った。

 すると、ラポルタの顔が真っ白になり、表情が消滅した。

 だが、しばらくすると、そのラポルタが笑い出す。

 存在のしないサキの背中が冷たくなるのを感じるほどの、ぞっとするような酷薄な笑いだ。

 

「ふふふ……なるほど、まだ生ぬるいということですね。そうですね……。確かに、まずは、躾の前にサキ様を俺の家畜にふさわしいように加工するべきでした……。いや、家畜じゃない……。性具です……。なにも考えられない、俺のことだけしか考えられない性具に……。人間族の男のことなど……」

 

「ラポルタ?」

 

 口調がおかしい。

 なにか頭の線が切断されたような、おかしな口調だ。

 もしかして、サキの言葉がラポルタの心を深く抉ったか?

 だとすれば、いい気味だ。

 ちょっとだけ、心が満足した。

 

「お眼を閉じないでください、リュンネガルト・ゴーテンバウム・サキュテスト……。命令です。これから、サキ様を俺専用の性具に加工します」

 

 ラポルタが言った。

 

「加工? 性具だと?」

 

 サキは様子のおかしいラポルタを訝しんだ。そのそも言葉の意味も不明だ。

 だが、真名を使った命令には逆らえない。

 サキの眼に勝手に力が入り、まぶたが閉じられなくなる。

 すると、魔道でなにかをとりだしたラポルタがサキの片側の眼にそれをかざした。

 

 光の玉──?

 強い光を放つ小さな球体だと思ったが、次の瞬間、突然にその片目に激痛が走った。

 

「うがああああっ、なにをするかあああ」

 

 絶叫した。

 瞬時に、光を浴びせられた眼から視界が消滅したのだ。

 

「サキ様から永遠に視力を失わせます。俺の性具には、別に必要のないものですからね。そうすれば、嗅覚が研ぎ澄まされて、匂いの本能に勝てなくなりますよ。さあ、もう片方です」

 

 ラポルタが狂ったような表情を浮かべて、その球体を残っているサキの片目にも移動する。

 サキは恐怖した。

 

「や、やめよおお」

 

 だが、瞼は命令のために閉じられない。

 強い光が発生し、一瞬にしてそれが完全な闇に変化した。



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727 妖魔将軍への躾ー性具加工【王宮】

「くあっ、あっ、き、貴様……」

 

 サキは目の前にいるはずのラポルタに向かって悪態をついた。

 だが、その姿を確認することはできない。

 あの球体の光を強制的に見せられ、強い発光を感じた瞬間に、サキの眼は視力を失ってしまったのだ。

 おそらく、眼の奥で光を感じる器官を焼き焦がされたのだと思う。

 はっきりと、頭の奥でなにかが破壊される感覚が伝わってきていた。

 

「性具加工の処置は、まだまだこれからですよ。リュンネガルト・ゴーテンバウム・サキュテスト様。まだ眼を閉じてはなりません。もうすでに視力は失われているはずですが、治療術などで回復できないように、魔道的に徹底的に視力を司る場所を毀します。もう二度と、ものを見ることはないでしょう。でも、問題ありませんね。サキ様は、これから俺の性具として生きる……いえ、存在していくのですから」

 

 ラポルタがおかしな笑いをしながら、サキの顔の前でなにかをしている。

 しかし、真名を使って命令をされてしまい、サキはまたもや大きく瞼を開く。

 自分の意思ではなく勝手に身体が動くのだ。

 

「ぐあっ、あっ」

 

 さらに身体に鋭い痛み……。

 さっきラポルタが口にしたことをされたに違いない。こいつのことだから、本当に尋常な回復術では、復活できないようにしたのだろう。

 最初に焼却処置したサキの本来の身体も、あのときに使った炎は、呪術の火らしく、サキの胴体は、もうこの世からはなくなり、これもまた、絶対に復活は不可能だと何度も言われていた。

 あれだけのことを一瞬でできるのだから、サキの視力を復活不可能にする処置をこのラポルタが失敗するわけがない。

 サキは歯噛みした。

 

 だが、これでもサキは妖魔将軍の異名を持つほどの存在だ。

 呪術を跳ね返し、再び肉体を得て、逆転する望みがないわけではない。

 しかし、こうなってしまうと、それすらもかなり絶望的ではある。

 

「終わりましたよ、サキ様……。視力がなくなったので、嗅覚と触覚が鋭くなりましたよね。さらに、飢えと渇きを増幅します。我慢できなくなったら、声をかけてください。俺の精液をサキ様の口に入れてあげますね」

 

「あっ、そ、そんな……。くっ、うう……」

 

 ラポルタの言葉が終わると同時に、これまでも耐えられないほどだった飢餓感と渇感(かっかん)がさらに激増した。

 すでに耐えられる限界を超えている。

 サキは呻いた。

 

「ほら、いい匂いに感じるんじゃないですか。サキ様が俺のものになってくれて、俺はこんなに嬉しいんです。勃起がちっとも萎えませんからね。サキ様のお好きなものは、いくらでもあげられますよ」

 

 いきなり鼻の口のあいだを生暖かいもので擦られた。

 ラポルタの男根だったのだと知ったのは、気が狂うほどのいい匂いがそこから漂い、さらに擦られた鼻の下にぬるりとした感触とともに、美味しそうな汁の存在を感じたからだ。

 精液のしずくだ──。

 サキを歓喜が包む。

 ほとんどなにも考えずに、鼻の上に舌を伸ばしていた。

 

「あがああっ」

 

 だが、その瞬間、強い電撃が頭全体を貫き、サキは絶叫した。

 

「本当に物覚えが悪いサキ様ですねえ。舐めるのは“よし”の後だと何度繰り返せば覚えるのですか? まあいいでしょう。舐めていいですよ。“よし”──」

 

 ラポルタが笑った。

 口惜しいが、焼け焦げるような本能の渇望に逆らえない。

 サキは懸命に舌を伸ばして、つけられた精液を舌で拭う。

 

 おいしい──。

 涙が出るほどの歓喜が包む。

 だが、あっという間に舐め尽くし、さらなる焦燥感と精液への欲求がサキを覆い尽くす。

 

「も、もっとだ……。も、もっとおくれ……。欲しい……。お前の精液を……」

 

 サキは口にしていた。

 ラポルタの高笑いが部屋に響くのがわかった。

 

「やっとおねだりができましたね、サキ様。だけど、それは、サキ様が性具になってからです。まだ加工の途中ですからね……」

 

「ひっ」

 

 顎の下にラポルタが手を触れたのだ。

 たったそれだけのことなのだが、サキは、まるで少女のように怯えた声を出してしまった。

 

「おや、可愛らしい声を出して……。そんな弱いサキ様も新鮮ですね。さらに愛おしくなりそうです」

 

 ラポルタが言った。

 サキは慌てて口を閉じる。

 だが、がくんと口の力が抜け、下顎が落ちてしまった。

 

「な、なん……ら……?」

 

 なにをされたのだ?

 口が閉じられない……。

 驚いて力を入れようとするが、どうしても口が閉じられない。

 

「顎の筋力を弱めました。真名で禁止していますが、俺の性器を噛まれてもいやですしね……。サキ様は口も閉じれなくて、俺のちんぽを待ち望んで涎を垂れ流しながら生活をするんです。だんだんと性具に相応しくなりますね」

 

 この狂人が……。

 サキは、心の底からラポルタを憎悪した。

 だが、苦しい。

 この飢餓が……。

 喉の渇きが……。

 

「うわっ」

 

 今度は鼻の穴の入口に指を触れられる。

 またもや、サキは悲鳴をあげてしまった。

 一瞬だがつんとする痛み……。

 しかし、すぐに息が苦しくなってきた。

 

 いや、苦しい……。

 息ができない──。

 

「かっ、かはっ、ら、らりを……しら……」

 

 “なにをした──?”

 そう喋ろうとしたのだが、口がうまく動かないのでまともに喋れない。それはともかく、本当に息ができない。

 苦しい──サキは恐慌に陥った。

 

「舌を出すんです。そうすれば口で息ができます。ただ、鼻の気道は塞ぎました。嗅覚にはまったく問題ありませんが、息をするためには、常に舌を口の外に出す必要があります……」

 

「はへっ、はあ、はあ、はあ……」

 

 言われたとおりに舌を口の外に出す。

 途端に息が楽になる。

 ほっとして、舌を戻した。すると、またとてつもない息の苦しさが戻ってくる。

 サキは慌てて舌を口の外に出した。

 

「ふふふ、みっともなくてよいお顔です……。さあ、もう少しですよ……。性具加工処置は、残りひと工程……いや、ふた工程かな……」

 

 ラポルタがまた笑った。

 その響きに混じっている狂気に、サキはちょっとぞっとしてしまった。これ以上、なにをするつもりだ。

 

「うあっ、かっ、かはっ」

 

 猛烈な掻痒感が股間とアナルに襲いかかる。もちろん、サキには身体はないので、ラポルタによって、感覚だけを繋げられている首のない女体の身体から伝わってくるものに違いない。

 初日のときに、散々にいたぶられた痒み責めだ──。

 ここにはないあの女体に、ラポルタが掻痒剤のようなものを送り込ませることで、サキの頭に痒みの苦しみを送ってきたのだ。

 サキは歯を喰い縛ろうとしたが、いまはそれすらもできない。

 

 痒い──。

 防ぐことも耐えることもできない猛烈な痒みだ──。

 サキは泣きそうになった。

 そして、次の瞬間、突然に口の中が熱くなる。

 異常な火照りだ。

 

 なんだ──?

 

「さあ、完成しましたよ。サキ様の口を性器の感覚そのものにしてあげました。舌はクリトリス。口内の表面は膣穴とアナルの内側です……。ふふふ、これで、俺と直接にセックスができます。俺もやっぱりサキ様と直接に繋がりたいですしね」

 

 すると、ラポルタがサキの首をひょいと持ちあげた。

 

「ひゃっ」

 

 おかしな声が出た。

 視界もなく、なにをされても抵抗できないという恐怖がどうしても、サキに声を出させてしまう。

 耐えたいが、これもまた本能だ。

 怖さに耐えられないのだ。

 

「さあ、セックスをしましょう。しかし、今度は、あの女体を通じてではありません。サキ様の口が性器そのものになったので、本当に繋がるんです。あの女体は必要なくなりましたが、こうやって痒みで苦しめるために存在させておくことにします。俺と繋がることを四六時中考えるようにね……」

 

「うあっ」

 

 顔がラポルタの股間に持っていかれたのがわかった。

 頭を焦がすようないい香りが猛烈に襲ってきたのだ。

 

「あっ、それと、俺がいないときには、舌で口を擦って自慰をするのは許します。むしろ、してください。だけど、達することはできませんが……。そのように処置しました。サキ様が絶頂できるのは、俺と繋がるときだけです。そうやって、俺とのセックスを待ち望む心になってください」

 

 顔が動かされ、閉じられない半開きの口の中にラポルタの性器を突っ込まれた。

 香しい匂いが口に拡がる。

 飢餓と渇きが癒える──。

 

 美味しい──。

 

 叫びたくなるくらいに嬉しい──。

 

 しかし、だんだんと息が苦しくなって。

 舌が口の中に入っているからだとわかった。

 

「口を開けて、舌を出せばいいんですよ。そうしても、俺の性器を受けれることができるでしょう。頑張ってください」

 

 ラポルタがサキの頭を前後に動かし出す。

 口の中がラポルタの性器で擦られる。

 

「ふおおおっ」

 

 存在しない全身が解けるような愉悦に包まれて、サキは我を忘れた。

 痒みも癒やされ、飢えと渇きも消失していく。

 そのうえに、圧倒的に強烈な快感だ──。

 巨大な安堵感と気持ちよさがサキを貫く。

 

 また、言われるままに思い切り舌も出した。すると、確かに息も流れてくる。

 安堵感がくると、快感を受けられるようになる。

 また、舌を外に出していることで、舌全体でラポルタの性器を載せる感じになり、表面が強く擦られて一気に快感が沸騰した。

 考えてみれば、舌全体がクリトリスになったということは、その全体を刺激されれば、それだけ快感も巨大だということだ。

 もともと、官能の感覚も平素の十倍である。

 サキは一気に快感を絶頂に向けて駈けあがらせた。

 

「へべええええっ」

 

 身体はないが、がくがくと全身を震わすような感覚が襲う。

 呆気なく、達してしまった。

 

「いきましたか? すごいでしょう? これだけの快感は、性具になったことでしか味わえませんよ。これは、俺だから与えられる感覚ですよ。人間族の男なんかよりも、俺が好きだと言ってください」

 

 ラポルタがサキの顔を前後に激しく動かしながら言った。

 すぐに、二度目の絶頂──。

 

「ひれええええっ」

 

 おかしな声しか出ない。

 それがサキの惨めさを拡大する。

 一方で、わずかに残る理性が、ラポルタの物言いへの激昂を呼ぶ。

 

「わ、わりの……ふりなのら……ひゅ……ろ……ろ……らけっ」

 

 口を犯されながら、必死で声をあげる。

 

 “わしが好きなのは、主殿(しゅどの)だけ──”

 

 そう言ったつもりだが、いまの状況では言葉にならない。

 

 しかし、ラポルタには伝わったのだろう。

 勃起して太かったラポルタの怒張がしゅっと小さくなる。

 

 驚いたが、喜びがこみあがった。

 一矢報いた感じになり、笑いが込みあがる。

 ラポルタがサキを股間から離して、男根を抜く。抜いたときのラポルタの一物は確かに小さくなっていた。

 サキは噴き出した。

 

「ひや、ひゃはははは、ら、らまみみろ……。ざ、ざまは……みろ」

 

 ざまあみろ──。

 

 そう言おうとして失敗し、顎に力を入れて、二度目は少しはましになる。

 

 見えはしないが、ラポルタはかなりむっとしているようだ。

 いい気味だ──。

 

「いいでしょう……。でも、時間をかければ、サキ様から、あんな人間族の男のことなんて消えてしまうのは間違いありません……。いや、間違いないはずだ……。決まってる……。明日だ……。明日まで放っておく……。優しくしすぎたんだ……。放っておけば……」

 

「ああっ?」

 

 なにかぶつぶつと呟いてる。

 かなり常軌を逸した口調がちょっとぞっとする。

 

「あ、明日の朝、また来ます……。そ、そのときには、い、いい子になっていることを……、き、期待してます」

 

 顔が元の台座に置かれたみたいだ。

 よくわからないが、もうやめるのだろう。

 

「あぎゃっ」

 

 すると、舌の根元に痛みが走った。

 どうやら、口の外に出していた舌の根元を金具のようなもので挟まれたみたいだ。

 舌を口に戻そうとするが、金具に引っ掛かってできない。

 畜生……。

 サキは心の中で歯噛みした。

 

 そして、部屋からラポルタの気配が消える。

 ラポルタはかなり動揺していたみたいだ。おかげで、ちょっと溜飲がさがった。

 

 その満足さは、ほんの少しだ。

 すぐに股間とアナルから猛烈な痒みが湧きあがる。

 

「くっ、くくっ、うくっ」

 

 本能的に舌で口を擦ろうとした。

 擦れば痒みが多少は癒えることはわかっているのだ。

 

「りゃっ?」

 

 ところが金具に当たって、舌が口に入らない。

 なんのために、金具を舌の根元につけられたかわかり、サキは動転した。

 サキに舌による自慰も許さなくするためだったのだ――。

 

 このまま、ひと晩……。

 

 いや、ラポルタのことだから、もしかして、もっと時間をかけるかもしれない。

 あいつは、とにかくすべてに徹底していてやることが細かく、そつがない。だからこそ、腹心として、信頼して使っていたのだ。

 

 どうすれば……。

 

 いや、どうしようもないのか……。

 

 ああ、痒い──。

 

 飢えと喉の渇きも苦しみもどんどんと拡大する……。

 

 痒い……。

 痒い……。

 

 震える口で舌の根元の金具が鳴る。

 さっき悪態をつかなければよかった。

 そうすれば、少なくとも精液を飲むことができた──。飢えと渇きは癒えただろう。

 口を擦ってもらって、痒みも消えかかったのだ。

 

 あのまま続けてもらえば、どんなに気持ちがよかっただろう。

 

 後悔をサキを包む。

 サキを本当の絶望が覆っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間がただ過ぎていく。

 

 痒い──。

 

 喉も乾いている……。

 腹が減って死にそうだ……。

 

 苦しい……。

 

 苦しい……。

 

 誰か……。

 

 誰か助けて……。

 

 だが、答えるものはない。

 ひたすらに時間がすぎていく。

 

 朝はまだか……?

 ラポルタはまだ戻らないだろうか……。

 

 もしも、戻れば……。

 

「あああっ、ほおおおっ」

 

 サキは泣いていた。

 追い詰められて、狂いそうになり、いつの間にか、みっともなく泣き声をあげて、涙を流していた。

 

 とにかく、痒い──。

 痒いのだ──。

 餓えも乾きもとっくに限界を越している。

 

 もう許してくれ、

 いっそ、殺してくれ――。

 

 もう殺してくれ――。

 

「ほおおおっ」

 

 ぼろぼろと涙が台に落ちるのを感じる。

 誰か、助けてくれ──。

 

 自分では死ぬこともできない。

 

 誰でもいい──。

 助けてくれ――。殺してくれ――。

 

 まだ、朝には遠いのだろうか。

 

 そのときだった。

 

 背後ですっと扉が開く気配がしたのだ――。

 

 ラポルタか──?

 

「……ま、まさか、サキ様なのですか? いえ、そうなのですね……。ああ、お可哀想に……」

 

 すると、後ろ側で、ラポルタではない押し殺した女の声がした。

 サキは驚愕してしまった。

 さらに、敏感になっているサキの鼻に、ある匂いがつんと入ってきた……。



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728 天道様を信じて【王宮】

「……ま、まさか、サキ様なのですか? いえ、そうなのですね……。ああ、お可哀想に……」

 

 ラポルタではない若い女の声がした。

 サキは戸惑った。

 なんでここに?

 しかも、その肌からはかなりの血の匂いがしていた。おそらく、かなり傷だらけなのではないのだろうか。

 

「……舌に金具が……。お待ちください。留め具が嵌められているだけです。外れます」

 

 前側にまわってきたようだ。

 サキはやっと、部屋に入ってきた女が誰なのかわかった。

 赤組の中に所属している女騎士のベアトリーチェである。

 シャングリアと同様に王軍騎士団に所属していて、なかなかに美人で凜々しい感じがロウ好みだと思ったので、理由をつけて捕縛させ、ロウのための奴隷宮に放り込んだのだ。

 ところが、サキの女眷属のひとりが目をつけ、わざと小便をさせず、お漏らしをさせては懲罰として小尿を許さないという意地悪をしていた。

 サキが気がついて、その眷属は張り倒して異界に送り返したが、それ以来失禁癖がついてしまい、特に性的に興奮すると、すぐにお漏らしをしてしまうという特異体質になってしまった。

 これは、ロウが喜んで揶揄うだろうと嘲笑うと、ならば、この癖は絶対に直しませんとか、張り切った感じになったのを思い出した。

 しかし、そのベアトリーチェがなぜ、ここに?

 サキは困惑した。

 

「……外れました」

 

 舌の根元から金具の感触がなくなる。

 

「あっ」

 

 はっとした。

 なにも考えられない。

 口の中に舌を戻して、口の中を舐めまくる。

 地獄のような掻痒感が解消され、衝撃のような快感が走る。

 

「おあっ、おああああっ」

 

 目の前にベアトリーチャがいるのはわかっているが、サキの理性は崩壊していた。

 一心不乱に、性器化されている口を舐め回す。

 恐ろしいほどの痒みが少し解消され、また、クリトリス化されている舌でそれをやることで、さらに快感が沸騰していく。

 一気に絶頂感が襲いかかる。

 

「サ、サキ様?」

 

 ベアトリーチェの困惑したような声がした。

 だが、構わない。

 とにかく、サキは舌で口を擦り続けた。

 

「ほおおおっ」

 

 絶頂した──。

 

 いや、絶頂したと思っただけだ。

 快感の頂点はぎりぎりのところで届いていない。

 そういえば、自慰では絶頂感覚を与えられないと言っていたっけ……。

 

 サキは泣きそうになった。

 そして、息が苦しい。

 舌を口の中に戻したので、息ができないのだ。

 

「ぷはっ、はあ、はあ、はあ……」

 

 舌を出す。

 途端に息ができるようになった。

 だが、絶頂寸前のもどかしくて、ぎりぎりにくすぶっている性の苦悶はそのままだ。

 痒みもぶり返す。

 地獄のような苦悶が復活する。

 

「はあ、ああ、ひゃああ……」

 

 サキに絶望感が拡がる。

 

「あのう、サキ様……。もしかして、眼が見えないのですか……? それと、寸止めのような処置もされてます? それだけでなく、舌を出さないと息ができないとか……?」

 

 ベアトリーチェが訊ねてきた。

 ほんの聞こえるかどうかのぎりぎりのささやき声である。

 そういえば、この女騎士がいるのだと、我に返る。

 しかし、なんでここに? その疑念を思い出す。

 

 一方で、ベアトリーチェは、サキの置かれている状況を的確に見抜いていた。

 これには驚いた。よくいまのだけで見抜いたものだ。

 寸止めで苦しんでいることも、口の中を性器化されて敏感になっていることも……。 舌を出さなければならない理由まで……。

 人間族の女騎士というのは、実に様々な仕事をするらしく、剣を持って戦うのみならず、場合によっては犯罪捜査のようなこともすると耳にしたこともある。

 だから、観察力もそれなりに鍛錬されているのかもしれないが……。

 

「そ、そうら……。そうだ……。りゃが……だが、なぜ、ここに?」

 

 顎の力が極端に弱められているので、口を閉じて発音するのがかなり難しい。

 それでも、なんとか言い直しながら、サキは訊ねた。

 

「ああ、お可哀想に……。僭越ながら、わたしにさせてください。寸止めの苦しさはわかりますので……。それに、見た感じだと、口の中を敏感にされたりしているのですね。わたしがやってもいいですか? その代わりに、声をできるだけ殺してください」

 

 なにを言っているのかと思ったが、サキは一縷の望みを捨てることができなかった。

 もしかして、この苦しさを解消できるのか?

 気がついたら必死に首を縦に振り続けていた。

 もっとも、ほとんど動かない首はぴくぴくと動くだけなのだが……。

 

 そんなことをしている場合ではないと考える心もよぎるが、いまのサキには性器の痒み苦しさと、開放されない性欲の猛りの苦悶がすべてを占めてもいる。

 

「……お任せください。サキ様に天道様のご加護を……」

 

 ベアトリーチェの指だと思うものが、サキの口から出ている舌を擦りだした。さらに、口の中にも指を入れて、あちこちを強く擦り出す。

 

「ふえっ、ふっ、ああっ、らにっ、あああっ、ああっ、あああっ」

 

 異次元の戦慄に見舞われたサキは、一気に性感を沸騰させた。

 そして、あれだけ頑固に拒んでいた絶頂の壁が打ち破られ、サキは信じられないくらい呆気なく絶頂を極める。

 

「ひりゃああっ、へれえええっ」

 

 舌を出しているし、顎を緩められているのでおかしな声しか出ないが、サキはその恥辱を感じることもできずに、エクスタシーの愉悦にしばらくうち震えた。

 そして、ベアトリーチェの指の愛撫は終わらない。

 口の中の刺激の場所を変え、舌を擦る場所も変化させて、さらに快感を送ってくる。

 

「あしゃあああっ、ひゃあああっ」

 

 あっという間に二度目の絶頂をする。

 ベアトリーチェがサキへの愛撫をやめたのは、三度目の絶頂だった。 

 快感の余韻に浸りかけていたサキから、すっと指を引く。

 

「少し落ち着かれたのでは……? 申し訳ありません。まだまだ満足ではないでしょうが……」

 

 愛撫がなくなれば、痒みの苦しさも蘇る。

 それはわかっているが、ずっと放置状態のときから比べれば、かなりましだ。

 サキにも余裕ができる。

 

 それにしても、ベアトリーチェはよく見ている。

 サキの反応を見て、強引とも思えるような愛撫を開始し、落ち着いた感じになったのを見てやめたのだろう。

 ちょっと感嘆した。

 

「あ、あひが……ありが……とう……。う、うひゃい……うまいな……」

 

 サキは頑張って、口元を綻ばせた。

 状況が理解できないものの、とにかく、限界まで追い詰められていたサキを助けてくれたベアトリーチェにできる精一杯のお礼だ。

 いまのサキには、微笑みを返すくらいしか、できることはない。

 

「お褒めいただけたなら嬉しいですわ。毎晩、みんなで勉強会をしていますから……。お互いに責め合いながら、相手の様子を観察して効果的な奉仕をする訓練をし合ってるんです。天道様に抱いていただける日が来れば、できるだけ喜んでもらいたいですから……」

 

「しゅろの……ロウりょの……ロウ……殿は、奉仕するよりも……する方が好みかな……。だが、喜ぶりゃろう……。いや、そんなことはいい……。りゃせ……、なぜ、ここに……?」

 

 そうだった。

 そもそも、こいつはなんでここにいるのだ。

 

 ここは危険だ。

 いまこの瞬間に、ラポルタが駆けつけないということは、気がついてもいないし、潜入者を警告するような魔道具も設置していないということだが、ラポルタの気性なら、ベアトリーチェがサキに接触した時点で、こいつは殺されてもおかしくない。

 いや、いまも危険だ。

 すっかりと追い詰められていたから、サキもそれに気が回らなかったが、我に返ってくると、この状況に困惑してきた。

 

「フラントワーズ様や皆様のご指示で、本物のサキ様を探しに来たのです。あのサキ様が偽者であることはすぐにみんな気がつきました。だから……」

 

 あのサキ様というのは、ラポルタが変身をしたサキの姿のことだろう。

 あいつは、サキになりすまして、こいつらのような奴隷宮の人間族たちの扱いを過激な拷問調教に変えさせたと自慢気に語っていた。

 だが、どうやら、人間族たちは、それはサキではないと、すぐに気がついたということのようだ。

 しかし、だからといって、サキの捜索をしようとするのいうのは意外すぎる。

 

「そ、それれ……ここに……? ら、だが、そ、そひゃた……そなた……から、血の匂いが……」

 

 血の香り……。

 視力のないサキには、はっきりとはわからないが、目の前のベアトリーチェからは血の匂いがするのだ。もしかして、無数の傷があるのではないだろうか……。

 

「ああ、血ですか……。止まっているとは思いますが、懲罰で(とげ)の突いた鞭で五十発全身を打たれたのです。いまのわたしは半死半生で寝台に横になっていることになっているのです。ただ、実は手を抜いて打ってもらってました。眷属たちの数名も、わたしたち天道教の信心に染まってますので、あの偽のサキ様の命令にも、少しずつ逆らってくれるのです」

 

 よくわからないが、あのおかしな信仰に染まって、性奴隷候補たちと一緒に、夜の自主調教とかいうものに参加していた連中のことだろう。

 ラポルタは、サキから眷属たちの支配を横取りしたと言っていたが、まだまだ綻びもあるみたいだ。

 

「りゃが……だが……、それで、ここまで……?」

 

「おそらく、奴隷宮側ではなく、後宮側に監禁されていると思いましたから……。なにしろ、こっちは兇王の住み処ですし、もしかして、サキ様がまたもや、捕らわれたのではないかと……」

 

「わ、わしを……と、捕らえたのは、ラポルタりゃ……。わ、わしのふは……部下じゃ……」

 

「なるほど、サキ様の部下のラポルタが兇王に寝返ったのですね。わかりました。それよりも、サキ様を連れ出します。どこかに隠して……」

 

 ベアトリーチャがサキに手を伸ばした気配がした。

 

「な、ならん──。わ、わしを動かすな──。ラ、ラポルタが気づく──。必ず見つけて、お前らが皆殺しになる……。くはっ、はあ、はあ……」

 

 びっくりして、サキはそれをとめた。ちゃんと伝わるように、必死に顎に力も込めた。だから、少しはましな発音になった。

 だが、普通に話そうとすると、どうしても舌を口の中に戻さねばならず、たちまちに息苦しくなる。

 情けないが、それがいまのサキだ。

 

 そもそも、こんな状況では、助けてもらっても、助けられることはできないし、サキを奪われようとしたラポルタが怒り狂って、奴隷宮の人間たちを皆殺しにするだけの未来しか予測できない。

 

「……そ、そうですね……。無計画にサキ様を連れ出しても、確かに……。わかりました。一度、みんなに相談します。そして、なんとか、サキ様をお助けする方法を見つけて、戻ってきます」

 

「や、やめよ──。わ、わしを助けようとするな……。し、死にたいのか……。はあ、はあ、はあ……」

 

 呆れて言った。

 

「死など……。それよりも、サキ様には、なにかお知恵は? なにかお考えはありませんか? なんとかお助けしますので……」

 

 ベアトリーチェがすがるような、それでいて必死さが伝わってくる口調で言った。

 なんだか、泣きそうな声だと思った。なんで、こいつらはサキのことで、こんなに一生懸命になっているのだろうと不思議に思った。

 

 いずれにしても、とにかく、サキは考えた。

 放っておけば、こいつらは無茶をしそうだ。

 そもそも、このベアトリーチェがいまここにいるというだけでも、かなりの無茶なのだ。

 そして、思いつく……。

 サキに考えられるのは、それだけだった。

 

「お、王宮の外に連絡を……。冒険者ギルドのミランダか……神殿のベルズ……。伝言を……。“悪かった……助けてくれ”と……」

 

 いまさら、虫がいいとは思う。

 しかし、サキには、あいつらにすがるしか、もう、なにも思いつかなかった。

 

「ミランダ様とベルズ様ですね……。わたしたちの監視も一気に厳しくなりましたものの、外部との連絡は不可能ではないと思います。なんとかやってみます。でも、もしかしたら、少し時間はかかるかもしれません。とにかく、お待ちを……」

 

 ベアトリーチェが言った。

 いまの感じだと、連絡をとるというのは、かなり難しいのだろう。ラポルタがこいつらの扱いを厳しくしたと言っていたし、無理をさせて、こいつらを危険に陥らせたくはない。

 

「い、いまのは……なし……だ……。はあ、はあ……。わ、わしに考えがある……。と、とにかく、お前らは、お、大人しく……。ふうっ、はあ、はあ……」

 

「いえ、頑張ります。ミランダ様か、ベルズ様……。ほかにも、いい方法があるか、また考えます。……ですから、サキ様もお頑張りください。そして、希望を捨てないで……。きっと天道様がお守りくださります」

 

「希望か……。て、天道……様……。そうだな……。しゅろ、主殿(しゅどの)が助けてくれるか……」

 

 サキは頬を綻ばせた。

 ロウのことを思うと、今度は無理することなく微笑むことができた。

 天道様……つまり、ロウ……。

 

 ロウは、こんなざまになったサキに怒るのだろうな……。

 

 呆れて……。

 

 怒って……。

 

 叱って……。

 

 サキに罰を与えるのだろう……。

 

 いや、きっと、そうするに違いない。

 すごく意地悪な罰を……。

 

 そして、サキを泣き叫ばせて……。

 

 でも、最後には、死ぬほどに、愛してもくれるのだろう。

 

 ロウ……。

 

 ロウに会いたい……。

 

 ロウ……。

 

 助けてくれ……。

 

「ええ、天道様を信じましょう……。ところで、金具を戻します……」

 

 ベアトリーチェの言葉に対して、サキは思い切り舌を出す。舌の付け根に再びぎゅっと金具が嵌まる。

 

「……希望を……サキ様……」

 

 ベアトリーチェがささやき、すっと遠ざかる感じがした。

 やがて、外に出て行く気配がして、サキは再びひとりぼっちになった。

 

 だが、もう、それほど追い詰められてはいない。

 苦しいときや、悲しいとき、そして、絶望に陥りかけたときには、ロウのこと……天道様のことを考えればいいのだとわかったのだ。

 天道様のことを……。

 

 それにしても、なんという愚かな者たちだろう。あんなことをしたサキを助けようと考えるなど……。

 愚かで……。

 そして、とても強いのだな……。

 サキは改めて、人間族の奥深さに触れた気がした。

 

 大きく息を吸う。

 ならば、あいつらの強さに負けて溜まるか――。

 

 くそったれがああ――。

 

 自分はサキ――。

 誇り高き、妖魔将軍だ――。

 

 再び、強い痒みが襲いかかってきた。

 サキは必死になって、ロウのことを心に思い浮かべた。

 

 これはロウにされているのだと思おう。

 

 ロウの懲罰だ……。

 

 ロウに意地悪をされ……、そして、愛されているのだ……。

 

 すると、心が軽くなり、存在しない身体まで、かっと熱くなった感じになった。

 

 

 

 

(第15話『(あるじ)のいない性奴隷たち』終わり)



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 第16話  王太女と南方王国軍【南域】
729 水の上の話


「なるほど。それでどうなったのだ?」

 

 王太女のイザベラが食い入るような視線で、やや前のめりになる。

 

「すると、ロウ様はおっしゃいました──。“一度下がれ、イット──。スクルド、足元だ。起きあがる雌オークの足元に落とし穴を作れ。腰の下までの深さでいい――”。そりゃあもう、とても格好よかったです。みんな、オークのガド様の強さに右往左往したのに、ただおひとりだけ、とてもご冷静で……。とにかく、ロウ様の声を聞くと、とても落ち着くんです。それでみんな、やっと態勢を取り直すことができて……」

 

 語っているのはミウだ。

 内容は、ロウの武勇伝であり、今の話は、ガドニエル女王がオークに変身させられていたときのことであり、心まで魔獣になりかけていたガドニエルが、オークとしてロウたちを襲撃し、それをロウたちが返り討ちにして、逆に、ロウの能力でガドニエルを救った話である。

 それを身振り手振りを交えて、ミウが生き生きと話している。

 ガドニエル女王の不面目となる話なので、こうやって面白おかしく語るのはどうかと思ったが、あの女王様なら、不面目どころか、ロウとの出会いのことを世間に拡められるのは、むしろ喜ぶのではないかと思い直し、イライジャは勝手にさせている。

 話題は異なるが王太女と合流をしてから、ずっと続いている光景だ。

 

 とにかく、王太女のイザベラは、ロウの話を聞くのが大好きのようだ。また、それは、一緒にいる護衛長のシャーラや、侍女たちも一緒だ。

 みんな愉しそうに、ミウの語るロウの武勇伝に耳を傾けている。

 

「そうであろうなあ。あいつはいつも、忌々しいくらいに偉そうなのだ。そして、意地悪でなあ……。それで?」

 

「スクルド様が……、あっ、スクルズ様のことですよ……。スクルド様が魔道で地面に穴をお作りになって、そこにガド様が腿まで埋まり……。すかさず、ロウ様が“いまだあ”──って」

 

 ミウがロウの真似をして、さっと手を伸ばす。

 ちょっと口真似も入っているので、本当にロウの言葉にも聞こえなくもない。とにかく、ミウも、よくロウを観察しているのだと改めて思う。

 

 ガヤという南域のクロイツ侯爵領の北側の港町に向かう船の中である。

 イライジャは、王太女一行とともに、王太女にあてがわれている船室の中にいる。もちろん、同行のミウ、マーズ、イット、ユイナと一緒である。

 それに対して、イザベラ側は、護衛長のシャーラ、女官長のヴァージニアと、侍女のうち、トリア、ノルエル、モロッコという名の女性たちだけだ。イザベラ女官団という通称らしい王太女の侍女たちは、専任女官長を含んで全部で十人のようだが、今回の戦場行きで同行をしてきたのは、女官長と侍女三人の合わせて四人のみである。

 ほかの侍女たちも、断固としてついてこようとしたみたいだが、イザベラが拒否したらしい。

 

 ノールの離宮に残る王妃やアン王女の世話も必要だし、向かうのは戦場である。

 だから、最小限度でいいとして、女官長のほかには三人のみに限定した。それでくじ引きで決まったのが、この三人ということのようだ。

 王太女は、離宮に残る王妃たちのこともかなり気にしていて、警護をさせる部隊も離宮にいる一千名のうち、水軍に乗船させたのは半分の五百である。

 

 侍女にしても、同行戦力にしても、それでは心許ないと、イライジャたちがノールの離宮に辿り着いた出立の前夜になっても、まだ王妃のアネルザが心配していた。

 こっちはいいから、全部連れて行けとも……。

 そもそも、アネルザは、ぎりぎりまでイザベラが南域動乱のために出兵することに反対をしていて、しかし、それでも行くなら、ありったけの兵を持って行けと主張していたようだが、結局、イザベラの言うとおりになった。

 結構、頑固な王太女なのだと、イライジャは思った。

 

 まあ、侍女を制限したり、さらに、実は通いで定期的に来てもらっている女医もいるらしいが、その同行も突っぱねたみたいだが、それもこれも、この王太女の優しさから来るもののようだというのは、ちょっと接していてわかった。

 向かうのは、相手が賊徒とはいえ、戦場だ。

 だから、そこについてこさせるのは、最小限度にしたいみたいだ。

 

 だが、イライジャからすれば、無駄な優しさとしか思えなくもなく、王太女であれば、まずは自分の身とお腹の子を一番に考えるべきと、イライジャでも考えるのだが、イザベラの価値観では違うのだろう。

 とにかく、まあ、そういうことになった。

 

 いずれにしても、この船旅は二日間と聞いている。出立は昨日の早朝だったが、予定通り進めば、今日の夕方には、ガヤ港に入るらしい。

 そして、船団の司令官も兼ねている船長からは、現在のところ航路は順調だと報告を受けている。

 

 到着すれば、侯爵領の領都で人質になっているシャロン=クロイツ侯爵夫人を救出するというクエストを受けているイライジャたちは、すぐに、イザベラたちとは別れることになる。

 だが、クエストが完了して、侯爵夫人を救出できたら、再び合流して、その後は王太女の警護も実施する予定だ。

 それはミランダからも、離宮にいた王妃のアネルザからも頼まれている。

 従って、イライジャとしても、できるだけ早くクエストを終わらせて、この危なっかしい王太女のところに戻るつもりだ。

 

「それで、やっとガド様を大人しくさせることができたのです。ロウ様が粘性体の術をお遣いになって、ガド様の腕と身体を拘束して……」

 

「あのいやらしい術か……。さんざんになぶり者にされたな……。だが、本当は戦いのための術だったのだな……。おや? また、マーズが苦しそうだぞ。シャーラ、もう一度、回復術をかけてやれ」

 

 そのとき、イザベラが部屋の隅でうずくまっているマーズを見て言った。

 船酔いなのだ。

 イライジャとミウとユイナは、船に酔うということはなかったが、イットとマーズは苦手のようだった。

 特に、マーズが酷く、二日目の今日になって、かなりましになっているが、初日の昨日など、耐えきれずに嘔吐したりもしていた。

 いまも蒼い顔をしている。

 

 だが、やはり、このイザベラという王太女は、言葉がぶっきらぼうで、あまり他人の忠告を聞き入れないような頑なさがある一方で、実は心が細やかで周りをよく観察もしている。

 普通は、わざわざ同行の冒険者ごときに、気を配ったりはしないだろう。

 まあ、同じロウの愛人ということで、仲間意識を持ってくれているのだろうが……。

 今回もわざわざ、イザベラにあてがわれている広い船室に、イライジャたちを誘ってくれた。本来は、イライジャたちは、一般兵士用の男兵とともに、雑居部屋の一角に横になる場所をあてがわれていただけだったのだ。

 

「あっ、気がつきませんでした。マーズ、大丈夫?」

 

 シャーラが膝を抱えて苦しそうにしていたマーズに魔道をかけた。

 エルフ族社会では、優秀な魔道師であり、さらに武技にも長けた者を特別に“魔道戦士”と呼んで賞賛する。

 シャーラはまさに魔道戦士だ。

 王太女の護衛として剣技に優れているのみならず、回復術が扱えるくらいに魔道に堪能をしている。

 なにしろ、回復術というのは、かなりの高位魔道であり、エルフ族でもなかなか術師は少ない。

 しかも、聞いたところ、シャーラは、移動術まで遣えるみたいだ。

 まさに、魔道戦士の名に相応しい。

 

「ああ、ありがとうございます、シャーラ様……。王太女殿下もありがとうございます」

 

 マーズが頭をさげた。

 実際、かなり楽になったのだろう。ちょっと顔色もよくなっている。

 しかし、回復術というのは、根本を治すわけではないので、少し時間がたてば、また、船酔いの状態に逆戻りしてしまう。

 マーズもそれを繰り返している。

 

「イットは?」

 

 シャーラが声をかけた。

 

「あ、あたしは、もう平気です。あのう……。ありがとうございます」

 

 イットだ。

 確かに、昨日はかなり苦しそうだけど、今日はいくらかましな気はする。まあ、獣人族は身体能力も高いので、船にも慣れてきたのだろう。

 

「まあ、遠慮はせんことだ。わたしたちは、“竿姉妹”なのだからな」

 

 イザベラがけらけらと笑った。

 

「あの、以前から言おうと思っていたですが、そのお言葉は、あまり王太女殿下のようなご身分の方には相応しくありません。実は身分の低い者が使う下世話な用語なのです」

 

 女官長のヴァージニアがたしなめた。

 すると、イザベラが目を丸くした。

 

「そうなのか? だが、ロウが教えてくれた言葉なのだ。みんな仲間という意味らしい。わたしにとっては、大切な言葉だ」

 

「そ、そうなのですね」

 

 侍女のうちトリアが相槌を打つ。

 彼女のような侍女を含めて、ここにいる全員が床に敷き詰められた絨毯の上に直接か、または、イザベラのようにクッションの上に座っている。

 もともとは、王太女用の船室として、動かないように固定されたソファがあり、執務用の机まであるのだが、イザベラはそれは使わずに絨毯に腰をおろし、集まっている全員に同じようにさせた。

 これもまた、ロウが好んでしていた態勢であり、そういえば、ロウはよく女たちをそうやって自分の周りに集めていた。

 だから、ロウがいなくても、そうやって“竿姉妹”とは過ごしたいと口にしていた。

 

「どうでもいいけど、だらしないわねえ。無敵の闘戦士の名が泣くわよ」

 

 揶揄(からか)うように声をかけたのはユイナだ。

 どうでもいいが、王太女のイザベラから、遠慮なく過ごしていいと言われると、ユイナはすぐにごろりと床に横になった。

 いまもそうだ。

 あまりにも、王太女の前で失礼なのではとも思うが、気さくに接せられると、むしろ王太女が嬉しそうなので、とりあえず、イライジャは放っている。

 シャーラもヴァージニアも気を悪くしている様子もないし……。

 

「申し訳ありません。まだまだ、鍛錬が足りないようです。先生にもっと教えを乞います」

 

「なに言ってのよ──。そんなこといって、あんたとロウの鍛錬って、ただ、好色なあいつが、あんたをいたぶって遊んでいるだけじゃないのよ。セックスよ」

 

 ユイナが鼻を鳴らした。

 

「い、いえ……。た、確かに、最後には愛してもらっていますが……、先生の鍛錬は本当に効果的で……。あたしも、どんどんと強くなっているのがわかるくらいで……」

 

「ただのセックスよ──。あんたが強くなっているのは、それはあんたの努力であって、ロウのやっているのは、ただの悪戯よ。股間縛りをして、淫具で悪戯されながら戦うとか、ただの卑猥な遊びじゃないのよ」

 

「いえ、それは、あたしの集中力を高めるために……。局部への刺激を消すために、丹田に集中して気を練るのです。少しでも意識を緩めれば、たちまちに刺激に負けるので、どうしても最大限に集中するしかありません。先生のすることは、実に理にかなっています」

 

「だ、か、ら、騙されているのよ──」

 

 ユイナが笑った。

 これには、イライジャももらい笑いをしてしまった。おそらく、ユイナが正しいのだとは思うが、マーズの顔を見ると、本当にそんなことが鍛錬の手段だと信じているのだろう。

 

「これ、お前たち──。ミウの前だぞ。少しは謹め」

 

 すると、イザベラがたしなめの声をあげた。

 

「えっ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 声はイライジャだけでなく、当の本人のミウと、さらにユイナだ。イットとマーズもきょとんとしている。

 

「ミウの前って、なんですか、王太女殿下?」

 

 ちょっと間があり、ユイナが言った。

 

「いや、わたしたちのような者はいいだろう……。ここには女しかいないしな。だが、まだ、無垢なミウの前では……」

 

 すると、イザベラがちょっと困ったように言った。

 まるで、ミウが未経験と決めつけているような物言いだ。

 しかし、このミウは、ロウの女たちの中では、結構積極的で、好色度ならかなり上になるのではないかと思う。

 なんだかんだで、縛られてロウに犯されるのが大好きだと堂々と喋るし、実は夜這いのようなことも、よくしているのをイライジャは知っている。ロウは来る女を拒まないから、今回の旅で処女を失ったミウも、あっという間に、一人前の淫女に成長した。

 

 だが、はっとした。

 そうに違いない。

 

 確かに、イライジャたちは、ミウもまた、すでにロウの愛人であるなどとイザベラには説明していない。

 よくよく考えれば、ミウはまだ十一歳であるし、小柄なので同年代の少女よりも幼く見える。

 すでに、ロウは手を出しているなどとは普通は考えないだろう。

 ただ、ロウが手を出すことで、ミウが安定し、それどころか、一気に上級魔道遣いに開眼したのだが……。

 

 また、そんなことを気にするわりには、自ら“竿姉妹”とか堂々と口にしていた。さっきもちょっと思ったが、おそらく、イザベラは、“竿姉妹”の意味をわかってないと思う。

 

「えっ、むくって……?」

 

 ミウはきょとんとしている。

 意味がわからなかったみたいだ。

 すると、ユイナが横になっていた身体をがばりと起こす。見ると、面白がっている顔だ。

 イライジャは苦笑した。

 

「無垢っているのは、あんたの経験が足りないっていうことよ。そのための勉強会なんでしょう。あんたが中心の……」

 

 ユイナは言った。

 

「勉強会?」

 

 イライジャだ。

 

「ミウもわたしも、まだまだ発展途上ですから……。ミウにはたくさんの先輩がいますから頑張らないといけなくて……。ガド、いえ……ガドニエル女王とか、スクルドとか……あとはエリカとか……」

 

 ユイナはにこにこ微笑みながら、両手で魔道を出す仕草をした。しかし、それはミウには見えてはいない。

 イライジャは、ミウの「勉強会」というのが、ロウに奉仕する練習や、ロウに可愛がられるための仕草や服装、はたまた、体位やロウが「ぷれい」と称する遊びの内容の情報交換をするという、極めて破廉恥な会合というのを知っている。

 しかも、主催がミウなのだ。

 「新参者の会」とか称して、イット、マーズにさらにユイナを誘って、そんなことをしているのである。

 だが、いまのユイナの物言いでは、ミウの勉強会は、魔道の勉強会に聞こえただろう。

 ユイナはわざと勘違いをさせようとして、ガドニエルやスクルドやエリカの名を出したようだ。

 

「おう、なるほど、勉強会か。熱心だな。そうだな。ガドニエル女王陛下やスクルズ……いや、スクルドに師事しているのだったな」

 

 案の定、イザベラは勘違いした。

 ちょっと笑いそうになったが、やはり、イライジャは放っておくことにした。

 

「師事ですか……。いいえ、あのお方々は追い抜く存在であって、追随する相手ではありません。わたしは、あの先輩方たちよりも……」

 

「勝ちたいのよね」

 

 ミウの言葉に被せるように、ユイナが言った。

 相変わらず、王女に勘違いをさせて揶揄っているのだ。イライジャはくすりと笑ってしまった。

 

「そ、そうね。勝ちたい……です」

 

 ミウが断言した。

 すると、なぜか、イザベラの表情がぱっと明るくなる。

 

「おう、ならば、わたしも協力しよう。実はスタンという少年がいてな。きっとそなたに、協力してくれると思うぞ」

 

「スタン……さん、ですか? もしかして、マア様のところの?」

 

 ミウがきょとんとしている。

 イライジャも、突然に耳にしたことのない名前が出てきて戸惑った。

 

「おう、そうだ。一度、相談してみてはどうか。例えば、その手の書籍を探してもらうとか。魔道具だとかな。やはり、何事にも上達には勉強が必要だし……。よければ、わたしが間を取り持ってやろうか? まあ、この戦や王都の騒動が解決してのことになるが……」

 

「と、とんでもありません。よその人となんか──」

 

 今度は、ミウが目を丸くした。

 当然だろう。

 ミウは、勘違いをされているのをわかってないのだ。

 

「ははは、いいじゃないのよ、ミウ。だったら、わたしたちの勉強会も成果があがるわよ。面白い魔道具なら、ロウも喜んでくれるだろうし……」

 

 ユイナが笑った。

 

「えっ、ロウ様が? それなら……。で、でも、さすがに……」

 

 ミウが顔を赤くした。

 

「そんなに構えなくてもよいのではないか、ミウ。そのスタンはなあ。そなたと同じ歳で、もうおマア殿から交易の一端を任されるほどに成長しているそうだ。将来有望に間違いない。ミウの勉強に役立つものを手に入れることを手伝ってくれると思うぞ。まあ、一度、軽い気持ちで話をしてみればいいのではないか?」

 

「うーん、でも……」

 

 ミウは困惑した顔だ。

 いずれにしても、イライジャは、そろそろ誤解を解こうと考えた。

 このまま放っておいて、そのスタンという少年とミウが面会をし、ミウがいきなり性風俗の書籍のことや、卑猥な魔道具の入手について語り出したら大変だ。

 

「ミウ、殿下は魔道の話をしているのよ」

 

 イライジャは言った。

 

「そうなのですか。もちろん、魔道のことも研究してます。ユイナさんなんて、誰よりも回復が早くて、それは魔道で制御しているんです。あたしもできるようになりたいんですけど、教えてくれなくて……」

 

 ミウがそんなことを言い出した。

 多分、ロウと愛し合うときのユイナだけの術のことと思う。

 ロウは、あの暴力的な性愛で、数名がかりで相手をしても、すぐに女たちを動けなくしてしまうのだが、ユイナだけは特殊な魔道で自分の身体を回復させ、よくロウの相手を長く務めることが多い。

 禁忌の闇魔道の中にも性愛に関するものもあるらしく、その応用だとユイナは言っていたが、ミウはそれを言っていると思う。

 

「おう、そういえば、ユイナもなかなかの魔道遣いなのだったな。だが、回復術も遣うのか? それは知らなかった。このシャーラも初級だが回復術を扱う。ユイナはどのくらいの術師だ?」

 

 イザベラが言った。

 

「どのくらいもなにも、王太女殿下のいう回復術なんか遣えませんよ。それなら、ミウの方が使い手です。ミウが言っているのは、ロウの相手をするときの、セックスのことです」

 

 ユイナが大笑いした。

 

「えっ、セックス? なんの話だ、いきなり?」

 

 今度はイザベラが顔を赤くした。

 

「いきなりもなにも、さっきから、ミウはセックスの話しかしてませんよ」

 

 ユイナが笑い続ける。

 

「セックスって……。べ、勉強会と言ったではないか」

 

「だから、セックスの勉強会です。ミウが主催で、ロウに気にいられるために、どんなことをしたらあいつが喜ぶのかとか、あいつが気に入る体位や遊びの情報交換とかですよ」

 

 ユイナがついにぶっちゃけた。

 イザベラは目を白黒している。

 

「ロウって……。まさか、ミウはすでに、ロウの手がついているのか?」

 

 イザベラが驚いている。

 

「手がつくもなにも、迫ったのはミウからって聞いていますけどね。そうなのでしょう、ミウ?」

 

 ユイナだ。

 

「ええ、もちろんです。だから、一生懸命なんです。スクルド様も、ガドニエル様も、コゼ様も、すっごく積極的ですし、エリカさんは明らかに、ロウ様に気に入られていて、いつもロウ様の悪戯を仕掛けられてますし……。あたしたちも、同じようにロウ様に悪戯してもらうための勉強です──」

 

 ミウがきっぱりと言った。

 イザベラが唖然としている。

 

「ちょっとお待ちください、ミウ殿──」

 

 そのとき、ずっと黙っていた女官長のヴァージニアが突然に口を挟んだ。

 

「はい?」

 

 ミウが視線を向ける。

 

「その勉強会とやらは、具体的には、どんな内容なのですか? すごく興味深いのですけど」

 

 そして、ヴァージニアが言った。

 

「そうですね。興味あるわ」

 

「あ、あたしも……です……」

 

「わたしも――」

 

 すると、三人の侍女たちも大きく頷いた。



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730 王太女の苛立ち

「遅い──。リー=ハックは、なにを考えておるのか──。わたしをないがしろにしておるのか──」

 

 ついに、イザベラが癇癪を起こした。

 シャーラは閉口した。

 リー=ハックというのは、このクロイツ侯爵領における道化師(ピエロ)団と称する賊徒の鎮圧に出陣している南方国王直轄軍、通称“南王軍”の司令官である。

 そのリー=ハックに対するイザベラの不満は、頂点に達したみたいだ。

 

 もともと気が短くて、融通が利かない性質のイザベラだったが、その彼女が扱いやすい王族となったのは、間違いなくロウとの出会いがあってからだ。

 誰の言葉も重きを置かないイザベラだが、あのロウの言葉だけは大切にする。ロウが王たるに相応しくあれといえば、なにを置いてもそうなろうと努力し、自分で抱え込まずに信頼のできる部下に難しいことは丸投げしろと笑って言われれば、女官団と称されている侍女たちに篤い信頼を寄せる態度が顕著になり、仕事もやりやすくなった。

 我が儘王女と言われることもあるが、イザベラは素直である。

 まあ、ロウ限定というところもあるが……。

 

 だから、イザベラの癇癪らしい癇癪は久しぶりだ。

 まあ、無理もない。

 シャーラ自身も、いま置かれている状況に苛々してきている。

 

 ノールの離宮から水軍の船団に乗船して二日たち、船団はやっとガヤの港に到着した。

 同行しているとりあえずの五百の手勢を率いているライス将軍からは、リー=ハック将軍の指示があり、先に下船すると挨拶にきた。

 ライスというのは、ノールの離宮でイザベラたちの警護にずっとあたっていた王兵の一隊の指揮官であり、色々とあったが、いまは王太女のイザベラに忠誠を誓っていて、イザベラもそれなりに信頼を寄せるようになっていた。

 シャーラからすれば、軍人としての能力については心許(こころもと)ないが、忠誠については信用はできると思っている。

 

 ともかく、五百の人員は、この船だけに乗っているのではなく、四隻の輸送船に分乗してきた。ライスとしては、一度降りて、各隊を掌握するということであり、指揮官としては当然のことだ。

 イザベラもすぐに合流すると、ライスに言葉をかけ、この船内の部屋で、南王軍司令官のリー=ハックの迎えを待つことにした。

 まずは、ここでリー=ハックの出迎えを受け、それでシャーラたちはイザベラとともに、リー=ハックの案内で司令部に移動することになっていたのだ。

 

 しかし、リー=ハックどころか、南王軍のうち、話のわかる者が誰もやって来ない

 さらに、この船室の外を船にあがってきた南王軍の兵に固められ、船室からの出入りを禁止されてしまった始末なのである。

 さすがに、シャーラも文句を言ったが、命じられた南王軍の将校は、許可なく外に出すなと言われているので、大人しく待ってくれというだけだ。

 どうして、南王軍司令部の者が王太女に挨拶に来ないのかという問いにも、その将校は答えられなかった。

 ただ、王太女の警護を命じられていただけで、司令官の状況はわからないという。

 シャーラも困ってしまった。

 

 とにかく、船からおろせと要求した。

 船の外の港側には、すでにライス隊が待っているはずなのだ。

 だが、その将校はとんでもないと首を横に振った。

 それで終わりだ。

 自分の任務は、司令官がここに来るまで、王太女を守ることであり、どうかお待ちくださいということだ。

 なにかあったのかと重ねて質問したが、それを説明する許可は与えられていないと一蹴された。

 ここにいるのは、王太女だぞと言っても無駄だった。

 軍としての命令が優先すると言われただけだ。

 シャーラは、その将校とのやりとりをイザベラに報告し、とりあえず待機するということになった。

 

 だが、それから四ノスだ。

 夕方前に到着したが、すでに夜になっているだろう。

 まったく状況がわからない。

 それで、イザベラの癇癪がついに爆発したということだ。

 

「もう一度、外にいる将校に確認してきます」

 

 シャーラはイザベラに頭をさげ、船室の外に出ようとした。

 いま、この船内にいるのは、イザベラとシャーラのほかに、侍女のモロッコの三人である。

 女官長とヴァージニアと侍女のトリア、ノルエルは、時間も時間なので、王太女のための食事を確保をするために、船室の外に出て行った。それは許可をしてもらったのだ。

 また、イライジャたち冒険者も、すでにいない。

 彼女たちは、もともと、領都で賊徒たちの人質になっているというシャロン=クロイツ侯爵夫人救出のクエストのためにここに同行してきたのであり、船がガヤ港に到着するとともに、すぐに下船していった。

 できるだけ早くクエストを成功させて、ここに戻ってくるという言葉とともに……。

 危険な潜入任務であるが、ロウたちほどではないにしろ、なかなかに頼もしそうだったし、おそらくやり遂げるだろうと期待した。

 

 そのときだった。

 ヴァージニアたちが外から戻り、小さな車輪のついた台車を押して入ってきたのだ。

 パンに温かいスープ、果物や飲み物などを載せている。

 こういう食べものの提供でさえ、港に到着して最初だ。ずっと報告もなく、ただただ放置されているのだ。

 

「お待たせしました。姫様、全員一緒でよろしいでしょうか。とりあえず、食事にしましょう。お腹が満足すれば、姫様の苛つきも落ち着くと思いますわ」

 

 ヴァージニアがちょっとおどけた口調で言った。

 彼女も、さっきまでここにいたので、イザベラが怒っているのは知っている。だから、あえて冗談めかしく言ったのだろう。

 

「食事は一緒でよい。しかし、わたしは苛々はしていないぞ。ただ、こうやって、報告もなしに待たされることに不満を覚えているだけだ」

 

「そうですか。でも、食事にしましょう。司令官がのこのことやってくれば、今度は食事中だといって、部屋の外で待たせればいいのですわ。さあ、簡単なもので申し訳ありませんが奥に……」

 

 ここは、王太女用の船室としてあてがわれているふたつの部屋が繋がっている場所であり、こちら側は人を迎える客室のようになっていて、奥が王太女を含む全員の居室のようになっている。

 海を移動しているあいだは、奥側に集まって直に絨毯に座ったり横になったりしていたが、あっちはもともとは簡易寝台や仕切りのあった部屋だ。全部、取っ払ったので、向こうは大きなひと繋がりの部屋になっている。

 

「なあ、わたしは寛容であるつもりだぞ。癇癪は直せとロウに言われたのだ。だから……」

 

「わかっております。でも、どうぞ、奥に」

 

 ヴァージニアがイザベラを再び促す。

 部屋にいたモロッコを含め、侍女三人はすでに奥に向かっている。

 シャーラもイザベラたちとともに、奥に向かう。

 

 トリアたちは、こっちの大部屋で、これまでのように丸く囲むように食事を床に並べている。 

 準備といっても、スープを器に注いでパンと飲み物を配る程度の簡易なものなので、すでに終わりかけている。

 船が移動中のときまでは、イライジャたちがいたので賑やかだったが、いまは六人であり、ちょっと寂しい感じもする。

 とにかく、元気で明るい者たちだったし、ロウの話は楽しかった。

 特に、最後のミウが中心の猥談があんなに盛りあがるとは思わなかった。結局は、みんな、ロウに気に入られることに一生懸命なのだ。

 見えそうで見えない“ちらり仕草”とかを練習したりして、結局、イザベラさえもやったりした。

 シャーラは、思い出して微笑んでしまった。

 

「では、食べるか」

 

 すぐに食事になる。

 昔は王宮で毒ばかり盛られていたので、王太女とふたりで、食事を抜いたこともあるし、食べられるものを見つけて、ふたりで分け合ったりしていた。粗末ともいえる食事には、イザベラは慣れている。

 贅を尽くした食事でなくても平気なので、それはありがたいと思う。

 

「ところで、姫様、少し状況がわかりました。やっと聞き出したんです。どうやら、ガヤの街の中で朝から賊徒の襲撃があったみたいです。しかも、民の中に襲撃者が紛れているらしくて、それでここにいる地方兵がぴりぴりしているみたいです。船室の外の兵も、姫様を閉じ込めているのではなく、純粋に警護みたいです」

 

 すると、トリアが言った。

 

「どこから聞いたの、トリア?」

 

 ヴァージニアが訊ねた。

 同行していた彼女も、いまの話は初耳みたいだ。

 

「食べ物を分けてもらった船の厨房の者たちからです。丁度そこに南王軍側の兵が食材を持ち込む場面に出くわして、訊ねることができたんです。港の内外にあった王兵の食糧倉庫を焼かれて、いまあちこちから慌てて調達をしているみたいです。これしかないと、謝罪されました」

 

 トリアだ。

 

「ここで襲撃? 戦場はもっと南ではないの?」

 

 シャーラは驚いて訊ねた。

 水軍がノールを出発する直前に、こっちのクロイツ領のことは情報を集めていた。

 離宮から水軍で移動を開始するときに確認したこっちの状況については、南王軍がクロイツ領のユンデと、このガヤの城郭を賊徒たちから奪回し、さらに領都を占拠している賊徒を制圧するために、ユンデとガヤの両都市方向から「分進合撃(ぶんしんごうげき)」の態勢で軍を進めているというものだった。

 シャーラは、ならばイザベラは、このガヤで南王軍の成果を待てばよく、それほどに危険はないと判断していたところだったのだ。

 しかし、ここで襲撃が起こっただと?

 

「ここも戦場だと、彼らは言っていましたよ。もしかしたら、南王軍の人たちも、姫様が逗留するための安全な場所を探しているのかもしれません。とにかく、兵糧を集中的に襲われているみたいです。……それと、こっちはただの噂らしいですけど、領都に向かっていた主力軍の兵糧馬車が襲撃されて、焼かれてしまっただとか……」

 

 さらに、トリアが言った

 

「兵糧を? 兵もやられたのか?」

 

 イザベラが顔を曇らせた。

 

「かなり……」

 

「あ、あのう……。あ、あたしは別の男の人と話をして……。ガヤの城郭から今朝出発した補給のための隊が、今日早く、城郭から出てすぐのところで、賊徒の騎馬隊に襲われて全滅したとか……。もしかしたら、司令官もそっちの対応でいっぱいなのかも……」

 

 するとノルエルだ。

 シャーラはさらに驚いた。

 そして、後悔した。

 もっと、安全な状況だと考えていたのだ。

 だが、後方であるはずのガヤ港まで賊徒が切迫しているとなると話が違う。身重のイザベラには負担が大きすぎる。

 シャーラは、イザベラに視線を向けた。

 

「なにが言いたいのかわかるが、わたしは動かんぞ。ここで戻れば、わたしは笑い者だ。わたしを女王などと奉ってくれるものはいなくなるだろう。ここも戦場というのであれば、わたしも大人しく身を置くのみだ。だが、そういうことなら、わたしでも役立つことがありそうだな。ガヤの民衆には、わたしの顔を見せよう。王太女がここにいるということがわかれば、民衆も少しは落ち着くだろう」

 

 すると、イザベラがとんでもないことを言いはじめた。

 冗談じゃないと思った。

 

「まさか、本気じゃないですよね、姫様? いまの話を耳にして、民衆の前に顔を出すなどと――。襲撃されます」

 

 シャーラは言った。

 

「危険なのは当然だ。戦なのだからな。わたしは、物見遊山で戦場見物にきたわけでない。賊徒の叛乱でわたしができることを探しにきたのだ。戦の指揮で役に立つとは思わんが、民や兵の前に顔や姿を晒せば、彼らの士気もあがるだろう。民の鎮撫にもなる」

 

「いえ、いえ、いえ、そんなわけには……。だって、襲撃者が紛れていると、トリアが……」

 

「うるさい、シャーラ――。そういうことなら、さっそく、リー=ハックには書簡をしたためる。すぐ書くから、シャーラはそれを外の将校にことづけろ。堅い男のようだが、それくらいはしてくれるだろう。前線に立てというなら前線にも立ってもいい。身重の王太女が戦場(いくさば)に出るというだけで、多少は兵の心に影響を与えるかもしれん。リー=ハックには、わたしの役に立つ使い道を考えろと書く。こうしてはおれんな」

 

 食事の途中だったイザベラが立ちあがる。

 

「お、お待ちを……。もう少し話し合いましょう」

 

 シャーラは慌てて、イザベラを追いかけた。

 

 

 *

 

 

 ジグは、伝令の案内を受けて営牢の奥に向かった。

 リー=ハック司令官がここにいると伝えられたのだ。

 なぜここに、とは思った?

 

 なにしろ、すでに夜である。離宮からやってきた王太女一行が到着している時間なのだ。

 ジグが隊とともに、ガヤの城郭内に戻ったとき、水軍の輸送船団が港に入っているのは確認した。そのうちの一艘には、王太女旗も掲げられていた。

 王太女旗がそこにあるということは、まだ王太女が船にいるということだと思うが、立て続けに城郭内で襲撃事件があっただけに、そのまま船内に待機をしてもらっているのだろうと、ジグは考えた。

 しかし、てっきり、リー=ハックもそっちに行っているものだと思い込んでいた。

 だから、司令官が営牢にいると教えられて、ジグはかなり戸惑っていた。

 

「来たか、ジグ。まずは報告を聞こうか」

 

 案内を受けたのは、奥側が地下牢になっている営舎の一室だ。

 この地下牢から外に出る唯一の通路の出口側にあり、奥に監禁されている囚人が外に出るには、ここを通るしかない。

 そういう場所だ。

 

 それはともかく、こんな場所は司令官のいる場所ではないし、司令官の座っている机に酒瓶が置かれていて、半分以上がなくなっていた。そして、リー=ハックの前には、飲みかけのコップもあり、酒を飲んでいるのだと悟った。

 彼は、中央の王軍から左遷されてきた将軍であり、かなりの不平屋だったが、任務中に酒を飲むような性質ではなかったので、ジグは少なからず驚いていた。

 

「あの、お酒を?」

 

 思わず訊ねてしまった。

 

「飲んでるな。それよりも報告だ」

 

 リー=ハックは言った。

 

「あっ、はい。やはり、襲撃は賊徒のものだったと思われます。前線に向かうはずだった輜重隊は壊滅していました」

 

 ジグは報告した。

 このガヤから出発した輜重隊が何者かの襲撃を受けたという報告を受けたのは、午前中のことであり、ジグは副司令官として騎兵を率いて、その襲撃の一団を追跡するために出動していたのだ。

 それで、ずっと外に出ていたが、たったいま戻り、こうやって報告をしに来たということだ。

 

「だった……と思われる?」

 

「逃亡されていました。私が到着したときには、すでに襲撃が終わっていて、すべての兵糧は焼却され、警備の二百ほどの将兵は皆殺しになっていました。おそらく、連中も騎馬を使ってます。足跡を追いましたが、結局、断念せざるを得ませんでした。こっちの騎馬隊よりもずっと速く移動できるものと思われます」

 

「いま、皆殺しと言ったか? 襲撃の一報があってから、お前が出たのはそんなに長い時間ではなかったと思うが?」

 

「皆殺しです。城郭に一報してきた騎兵を除き、ひとりの生き残りもいません。非常に高い訓練をされた一団に間違いありません。そして、ほとんどの者が銃でとどめをさされています」

 

「銃か……。領都に前進している隊の兵糧車もまた、銃で襲われているんだったな」

 

「クロイツの領軍もです。賊徒だと(あなど)ってはいかん相手だと、改めてわかりました」

 

「銃で武装……。風のように速く駆け、あっという間に二百の軍を皆殺しにできる能力……。王軍の占拠している城郭内で民衆の暴動を起こせる扇動力……。特に、侮る材料は見当たらんな」

 

 リー=ハックが自嘲気味に笑った。

 かなり疲れているみたいだ。

 ジグはそう思った。

 

 目の前のリー=ハックは、もともとは中央の有能な軍人だったが、五年ほど前にキシダインという王族に嫌われて、こっちに流された司令官である。

 こういう賊徒討伐などで、地方軍はたびたび出動することもあるが、中央の王軍ともなれば、滅多なことでは出兵などない。

 少なくとも、いまのルードルフ王の治世ではそうだ。

 だから、リー=ハック自身が戦場に出るなど、初めてのはずだ。

 たかが賊徒討伐で、司令官が出なければならない事態など、滅多にあるわけじゃない。

 だから、疲れているのかもしれない。

 

「ところで、王太女殿下はどうなさったのですか?」

 

 ジグは気になって訊ねた。

 王太女のイザベラがどういう経緯で、この南王軍の戦に加わることになったのかは知らないが、王族、しかも、王太女ほどの身分の者が地方軍に来るなど大変なことだ。

 このリー=ハック司令官も、十日足らず前にその連絡に接し、ジグから見ても、リー=ハックは、再び中央に返り咲く機会だと口にして張り切っていた。

 ところが、このところは、まるで興味がなくなったように、王太女のことを口にしなくなり、いまは王太女のところではなく、こんな営牢などにいる。

 まさかとは思うが、もしかして、出迎えに行っていないのか?

 

「忘れていた。ばたばたしていたのでな。どっちにしても、船から降ろすわけにはいかない。王太女の安全を確保できる場所がない」

 

「忘れていた? まさか──」

 

 ジグは声をあげた。

 今日になって、城郭内でも兵糧庫の襲撃があったので、王太女の安全が確保しにくいというのは理解できるが、忘れていたとはどういうことなのだ?

 ジグは耳を疑った。

 

「明日には挨拶に行く。しかし、もう遅いのでな……。実は、たったいま、船で待っている殿下から書が届いたところだ。自分にできることはなんでもするそうだ。慌てて、こっちからも、謝罪と明日までは船内に留まって欲しいと伝言を送ったところでな」

 

 リー=ハックが笑った。

 ジグは唖然とした。

 いまの物言いだと、こちらから連絡したのは、王太女側から書簡が届いてからなのか?

 しかも、それを受けても、書簡を送り返しただけで、リー=ハック自身は、いまだに向こうに出向いてもいない?

 

「そんな顔をするな。こっちはこっちですることもあったのだ。女のお守りなどしておれんよ」

 

 リー=ハックは言った。

 その言い方も信じられない。

 わずか十日ほど前には、この返り咲きの機会をなんとしても掴むと、本当に張り切っていたのだ。

 賊徒討伐準備よりも、王太女のもてなしの準備にずっと手をかけていて、討伐準備を任されていたジグは呆れたほどだったのに……。

 それなのに、どうしたのだろう?

 ジグは首を捻りたくなった。

 

「そ、そんな……。では、王太女殿下は、いまだに船内に?」

 

「まあそうだな──。しかし、もういいだろう。ところで、お前も参加するか? これから美人の女の諜者を訊問するところだ。これまでは男ばかりだったが、丁度、女の訊問になったときに、戻ってくるとは運がいいな、ジグ。それとも狙ったか?」

 

 リー=ハックが急に卑猥な笑みを浮かべて微笑んだ。

 ジグは言葉を失ってしまった。



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731 賊徒密偵への拷問

 司令官のリー=ハックとともに奥の牢側に向かうと、通路に血の匂いがした。血の匂いは横の牢から強く漂っていて、ジグは眉を思わずひそめてしまった。

 ジグの不審そうな雰囲気に気がついたのか、リー=ハックが振り返る。

 

「すでに五人を訊問した。なかなか口を割らんかったし、最後は処断した。時間もないし、まだ屍体はそのままだ。見るか?」

 

 リー=ハックの口元には白い歯が見えた。

 

「いえ、あとで確認します」 

 

 南王軍として、最終的には報告書作成の義務がある。それはジグの役割になるだろう。だから、ジグは状況を確認する必要があるが、それはあとでもいい。

 しかし、拷問はともかく、すでに処断というのは、裁判もなしにここで殺したということだ。

 

「そうか? なかなかの苦悶に満ちた死に顔だぞ。口を割らせるのに苦労したが、色々とやってみて、一番に効果があったのは、“あれ”の先っぽから奥まで針金を刺して、外に出ている部分の先端を火で炙らせることだ。喋ったらやめて殺してやると言って、やっと喋らせたのだ」

 

「あれの先に針金とは?」

 

 なにをしたって?

 

「ちんぽの先だ。なかなかの苦しみ方だった。軍の施設を襲撃して焼くような連中には当然の酬いだ。だが、考えてみれば、見せしめとして公開してもよかったかもしれん」

 

 リー=ハックが大笑いした。

 ジグは鼻白んだ。

 冗談じゃない。そんなものを公開すれば、ただでさえ安定していない治安が民衆の反撥で一気に悪化するに決まっている。

 やはり、リー=ハックはおかしい。

 

 もちろん、賊徒の討伐のために必要であれば、民衆の中に入り込んでいる賊徒の密偵のような者たちを拷問することは仕方がない。

 そうやって情報を集めることもやむを得ないとは思う。

 だが、いま話したように、面白おかしく野蛮な拷問をするとは……。

 

 そもそも、ジグの知っているリー=ハックは、実に貴族的な男なのである。

 嬉々として拷問をする性質ではないし、血を見て笑うような男ではなかった。

 だが、まるで感情の抑制を失ったみたいなリー=ハックの振る舞いに、ジグはどうしても首を傾げたくなる。

 

 そして、ふと思った。

 感情が剥き出しになるというのは、操心術などをかけられている状態のときに、そうなるということを耳にしたことがあった。

 他人によって強引に、ある種の思考や感情をねじ曲げられているので、ほかの部分についても、通常であれば、本心を覆い隠している自己制御を失い、隠されている本能に近い部分の素の感情が表れやすくなるらしい。

 だが、まさかねえ……。

 ジグは、ふと浮かんだ邪推を振り払った。

 

「いずれにしても、今回の討伐は厄介だぞ」

 

 すると、リー=ハックが再び歩きだしながら言った。

 

「厄介……ですか?」

 

「ジグ、今回のドピィの叛乱がいつから始まったと思う?」

 

「えっ、いつからか……ですか? 約二箇月前に、あの賊徒が直轄領から、こっちのクロイツ領に入ったときからでしょう」

 

 なにをわかりきったことを訊ねるのかと思った。

 もともと、あの道化師(ピエロ)団と称している賊徒は、クロイツ領の西側にある南王軍の拠点である国王直轄領に巣くっていた大規模な盗賊団だったのだ。

 それが突然に、こっちのクロイツ領に雪崩れ込んで暴れ出した

 首謀者は、ドピィと名乗っていて、その正体は不明である。ドピィというのは、“愚か者”という意味の古語であり、本名でないことは明らかだ。

 

 いずれにしても、この賊徒がここまで巨大になるのを許したのは、それを放置していた南王軍の責任が大きい。

 ただ、ずっと大人しかったし、あの盗賊団がいたために、直轄領のならず者たちがそこに集まり、むしろ治安はよかったのだ。放っておけば、あちこちで悪さをする者たちを集めてくれ、しかも、自給自足をしていて、盗賊団としては顕著な活動はなかった。

 だから、必要悪のように扱われていたのだ。

 それが、あんなに残酷な暴れ方をするようになったのは、約二箇月前に直轄領からクロイツ領に流れてからのことである。

 

「少なくとも五年前だ。あるいは、もっと以前からだ」

 

 リー=ハックが言った。

 

「五年前?」

 

「訊問してわかった。ドピィという男は、そのくらい前から、このクロイツ領に出没しては、人を集めて叛乱を説き、自分の信者を集めていた」

 

「えっ、信者?」

 

「宗教のようなものだな。王国や領主への不信感を煽り、魅力的な言葉で酔わせる。不幸を自覚させ、怒りを覚えさせることで、大人しく家畜として暮らしていた民を叛乱分子に変えるのだ。それを、このクロイツ領で五年前からしていた。今回、拷問した賊徒の間者は、もっとも古い者で、五年前からドピィに心酔していたことがわかった。だが、ずっと機会を待って、領民として隠れていたのだ」

 

「本当ですか?」

 

 ジグはびっくりした。

 そんなに根深いものとは思っていなかったのだ。

 

「死ぬこともいとっていないぞ。ここで拷問死させた者たちは、全員が“大望のために”と叫びながら死んだ。だから、厄介だ。信者と表現したのは、そういうことだ」

 

「な、なるほど」

 

 ジグは唸った。

 確かに、ただの賊徒とはほど遠い。

 多くの一般の領民たちの中に賊徒の協力者が混ざっていて、それが突然に牙を剥く。

 賊徒として集まって目に見えるもののほかに、さらにそんな見えていない者たちまでいるとなれば、それは“賊徒”というよりは叛乱だ。

 実際、今日起こったことはそういうものだ。

 領都に向かう主力軍に糧食を送るために出発した輜重隊を襲撃したのは賊徒そのものだが、それに呼応するように、ガヤの街で食料倉庫を燃やしたのは、領民の中に紛れていた者たちだ。

 どこに隠れているかわからない敵……。

 確かに、これほど厄介なものはない。

 

「ジグよ。お前が思っているよりも、この戦いは面倒かもしれん。お前が出動してから、私は部下に怪しい者を六人捕らえさせてきた。私は、この中にひとりでも賊徒分子が混ざっていればいいという腹づもりだったが、結果からすれば、これまでの五人のうち、五人ともドピィの信者だった。一体全体、このクロイツ領の民の中のどれだけが賊徒なのだろう。もしかして全部か?」

 

 リー=ハックが声をあげて笑った。

 だが、ジグは空恐ろしくなってしまった。

 

「着いたぞ。六人目だ。酒場で酔客を相手に歌っていた歌い手だ。うちの将兵たちもたくさん通っていた店で歌っていて、適当にねんごろになっては情報をとっていた。俺の睨むところ、領都に進行している主力や輜重隊の情報を流したのはこいつだろう」

 

 最奥の牢に入った。

 南王軍の兵が三人いて、女は両手を束ねて天井から吊られて立たされていた。

 艶やかな裾割れのスカートを身につけていて、まさに店で歌っていたところを連行されたという感じだ。

 リー=ハックが部屋に入ると、椅子に座って、女を見張っていた兵たちが一斉に立ちあがり、リー=ハックに敬礼をする。

 

「まだ訊問はしてないな?」

 

「はい、ご命令のとおりに」

 

 三人の兵の長が応じる。

 リー=ハックが空いた椅子に腰をおろした。ジグも促されて椅子に座る。

 

「女、お前の仲間は色々と吐いてくれたぞ。もしも、矛盾することを話せば、拷問がきつくなる。それが嫌なら、なんでも正直に言うことだ」

 

 リー=ハックが酷薄な口調で言った。

 だが、ジグには、その言葉の響きの中にある明らかな喜色の響きに気がついていた。

 リー=ハックは、これから目の前の若い美女を訊問するということに、喜びを感じている。

 いや、大してそれを隠してもいない。

 にやにやと好色そうな笑みを浮かべてもいる。

 やっぱり、リー=ハックは奇妙だ。

 ジグは思った。

 

「さっきこの人たちに言いました、司令官さん。なにも知りません。そりゃあ、兵の人たちとは、お小遣いをもらって寝ましたけど、それが罪なんですか?」

 

 女は不貞腐れたように言った。

 だが、その顔は蒼く、表情は強張っている。

 歌い手というだけあり、かなりの美人だ。白い下肢が割れたスカートから露出していて、なんとも艶めかしいと思った。

 

「なぜ、私が司令官だとわかる? このガヤに入って、ほとんどこの司令部にしている屋敷から出ない私を一発で司令官と見抜くなど、すでに密偵だと自白したようなものだぞ」

 

 リー=ハックが笑った。

 すると、女がはっとした顔になる。

 どうやら、黒か……。

 ジグも断定した。

 

「まずは、そのままで叩いてみろ。訊問は少し素直さが見えてからだ」

 

 リー=ハックに声をかけられ、兵のうちふたりが腰にさげていた短い鞭を持つ。

 女の前後にまわり、ひとりが後ろから形よく盛りあがった臀部を力一杯に引っ叩いた。

 

「くうっ」

 

 身につけている服の生地が炸裂するばかりにびしりと鳴る。

 だが、女は歯を喰いしばって、必死に悲鳴を押し殺そうとした。

 前からもうひとりの兵が横殴りに腹を打つ。

 

「んぎいっ」

 

 布が破れ、臍が顔を出す。

 

「なかなか根性があるな。もっと痛めつけろ」

 

 リー=ハックが声をかける。

 ふたりの兵は代わる代わる前後から鞭打った。

 最初は我慢していた女も、次第に喰いしばった歯からむせ返るような呻き声を出すようになる。

 少しずつ服も破けて肌の露出が増え、踏ん張っている太腿が揺れてちらちらと見え隠れしたりする。

 ジグも男なので、扇情的な女の姿に口の中に溜まった唾液を呑み込んだ。

 

「はぎいいいい」

 

 そして、ついに、女が絶叫して全身を弓なりにした。

 前側から叩いていた兵が上側に振りかぶった短鞭で股間をまともに打ったのだ。

 スカートがぱっくりと裂けて、白い肌着が剥き出しになる。

 それとともに、じょろじょろと女がおしっこを垂れ流し始めた。

 

「小便を漏らしたか。濡れたものを身につけていては気持ち悪いだろう。剥ぎ取ってやれ」

 

 すると、リー=ハックが事も無げに言った。

 ジグはびっくりした。

 

「ちょ、ちょっと司令官殿──」

 

「黙っていろ──」

 

 すると、リー=ハックがジグに向かって怒鳴った。

 ジグは慌てて口をつぐむ。

 後ろ側の兵が一度、短鞭を腰に差し直して、女のスカートの中に手を入れた。

 女は放尿が終わってぐったりしていたが、はっとして身体を強張らせる。

 

「な、なによ──。こ、このけだもの──」

 

 女が絶叫した。

 そして、下着を脱がされまいと、懸命に足をばたばたと動かしだす。

 

「なるほど、けだものか……。ならば、けだものらしく訊問してやろう。素っ裸にしろ。もう鞭はいい。この女が賊徒の密偵であるのはいまので十分にわかった。ただの歌い手なら鞭打ちには耐えん。だが、先に殺した男たちと同じやり方なら、誰に雇われているか喋るかもな」

 

 リー=ハックだ。

 

「だ、誰にも、や、雇われてない……。あっ、や、やめてえええ」

 

 兵たちが前後から女の服を破り始めたのだ。

 あっという間に、衣類が女から剥ぎ取られて下着姿になった。さらに胸にまいていた布も奪われる。

 半球型の瑞々しい乳房がぶるんと現れた。

 

「どうだ、ジグ? 面白くなってきただろう。これからが見物だぞ。それとも、犯すか? 俺はこんな下賎の女など精を出す気にはなれんが、お前が望むなら、拷問の前に犯させてやろうか」

 

 リー=ハックが愉快そうに言った。

 ジグは慌てて首を横に振る。

 そして、こっちの会話が女に届かないように、リー=ハックの耳元に口を寄せた。

 

「け、結構です……。それに、司令官、こんなことは許されませんよ……」

 

 ジグはささやいた。

 

「なぜだ? 兵たちは愉しそうだぞ……。なにをしている。まだ下着が一枚残っているぞ──。それと、副長は参加せんそうだが、小便臭くていいなら三人で犯してもいいぞ」

 

 リー=ハックは笑いながら、もうひとり残っていた兵の長にも声をかけた。

 

「こりゃあ、役得だったな。ありがとうございます」

 

 そいつも、礼を言って、女密偵への陵辱に参加していった。

 ジグは戸惑った。

 これは、どう考えてもただの強姦だ。

 

 こんなことを司令官自ら許可するなら、目の前の兵たちは、こういうことをしてもいいのだと思うようになる。

 そして、必ず、街中でも狼藉をする。

 当然に、ますます軍への反感が高まり、賊徒に傾倒する者が増えるだろう。

 また、軍規は緩み、命令が行き届かなくなって、軍は弱くなる。

 ジグはそれを懸念した。

 

「し、司令官──」

 

 ジグは今度は大きな声をあげた。

 

「だまれ、ジグ──。訊問に同席させたのは、副司令官として状況を把握させるためだ。だが、私のやり方に口を出すな。黙っていろ──。しかし、どうしても耐えられなければ出ていっていい。どうせ、新しい情報など出てこん」

 

 リー=ハックから再び怒鳴りあげられる。

 ジグはそれ以上、なにも言えなくなってしまった。

 

「さあ、これも脱いでもらおうか。おうおう、小便臭えなあ」

 

 兵のひとりが最後に残った腰の下着に手をかけた。最初に脱がそうとしていたが、女が暴れたために、まだ脱がせられないでいたのだ。

 失禁のために、薄い布に女の栗色の陰毛が透けている。

 

「やあああっ」

 

 女は最後の抵抗を示すかのように、狂ったように括れた腰を捩り、鎖に繋がれた両腕をうねり回し、さらに、脚をばたつかせて必死に反撥する。

 

「おとなしくせんか」

 

 だが、三人がかりで押さえつけられて、ついに下着をおろされて、足首から抜かれる。

 女は絶望的な表情になって俯き、身動きをしなくなった。

 

「じゃあ、遠慮なくいかせてもらいます」

 

 最後に加わった兵の長が女の前に回って、自分のズボンに手をかけた。

 

「この豚野郎──。お前らは豚だああ──」

 

 その瞬間、女ががばりと顔をあげて、力任せに前の男の股間を蹴りあげた。

 

「ほごおおお」

 

 油断していた兵の長は、その場に崩れ落ちて悶絶する。

 

「うわっ」

 

「こいつ──」

 

 両側にいたふたりの兵が慌てて女の脚を押さえつける。

 

「殺せええ──。ドピィ様の戦いに参加したときから、大望のために命は捨ててるんだ。お前らはけだもので豚だああ」

 

 女が絶叫した。

 

「こいつ──」

 

 兵が女の頬を引っ叩く。

 しかし、二発目を打とうとしたとき、女が自分を平手しようとした兵の指に噛みついた。

 

「いがあああ」

 

 噛みつかれた兵が悲鳴をあげた。

 すると、リー=ハックがジグの横で大笑いした。

 

「なにをしておる。暴れられるなら脚を縛れ」

 

 リー=ハックの言葉にはっとした兵たちがどこからか持ち出した縄で女の華奢な足首をぞれぞれに縛る。

 牢の壁には囚人につけた鎖をとめる金具が幾つかあるが、兵たちは女の足首に結んだ縄を力一杯にたぐり、女の股を大きく開かせて固定した。

 流石に、女が狼狽して泣き喚いた。

 

「ち、畜生……。こうなったら、もう抵抗できねえだろう」

 

 股間を蹴られた男が股を押さえながら立ちあがった。

 怒りで顔を真っ赤にしている。

 

「待て、そう、せっつくな。なかなか、賊徒の密偵にしては根性があるではないか。面白い──。犯させてから、殺そうと思ったが、その根性を試してやろう。この香を女の股の下で焚いてやれ。百歳の老女でも淫情に悶えるという媚薬の香だ。音をあげて、兵たちの慰み者になると口にすれば、この牢でしばらく生かしておいてやろう」

 

 リー=ハックが言った。

 気がつかなかったが、牢の端には木箱があり、リー=ハックの指示で兵たちがそれを開くと、いまリー=ハックが口にしたものが入っていた。

 ほかにも色々と入っている。

 兵たちが歓声のような声を発して、香を準備して女の股の下で火をつける。

 薄白い煙が甘い匂いとともに、女の股に細くあがっていく。

 

「な、なによ、これ……。あっ、くっ、ば、ばかなことを……。こ、こんなもので、あたしが屈服するはずが……」

 

 女の裸身が真っ赤になり、その肌から汗が噴き出てきたのはあっという間だった。

 余程に強力な媚香なのだろう。

 凄まじい効き目みたいだ。

 

「それはただの試しの準備だ。お前の股が濡れれば、その箱にある金属の杭をおまんこに挿し入れる。そして、金属の杭の反対側を蝋燭の炎で炙る。股ぐらが焼けただれるまで我慢できたら、そのまま殺してやろう。しかし、熱くて我慢できなくなったら、杭を抜いて犯してくれと叫ぶんだ。そうすれば、ここで兵の慰み者として生かしてやる。同じことをして、お前の仲間の男たちは、泣きながらなんでも喋ったぞ。お前はどうかな?」

 

 リー=ハックが言った。

 ジグは唖然としてしまった。



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732 南王軍司令官の要望

 翌日の朝になってやって来るはずの南王軍司令官のリー=ハックは、船には来なかった。

 ただ、ジグという副司令官がやってきて、イザベラに深く謝罪するとともに、ガヤの城郭に安全が確保できないので、さらに船に留まって欲しいと告げてきた。

 さすがに、イザベラは腹が立ち、そのジグを怒鳴りつけた。

 イザベラとて、賊徒の占拠している南域クロイツ領まで来る以上、覚悟もあるし、決意して腹を括ったものもある。

 いつまでも情報を与えられず、安全確保を理由にないがしろにされるなど冗談ではない。

 なんでもいいから、司令官をすぐに呼んで来いと癇癪をぶちまけて、そのジグを追い返した。

 すると、一ノス後に再びジグがやってきて、どうしても司令官の手が離せないので、準備した館に先に移ってもらいたいと、大汗をかきながら言ってきた。

 

 一応は、そのときに、そのジグから状況報告は受けた。

 きちんとした報告は、それがやっと最初だ。

 それによれば、現在、ガヤから四千、ユンデの街から二千をクロイツ領の領都の向かって進軍させているそうだ。

 ただ、すでに数回の襲撃を受けており、主力側の四千は一度同行の輜重隊をやられている。そのために急遽派遣しようとした補給部隊も、途中で壊滅させられたそうだ。

 また、それに呼応するように、ガヤの街の内外にある南王軍の兵站物資を焼かれたらしい。

 昨日、トリアたちが集めた情報と合致していた。

 

 そして、ジグによれば、軍を襲撃したのは賊徒軍だが、街中にある兵站物資の集積所を焼いたのは民衆の一部らしい。

 ガヤの城郭内の一般民衆の中に賊徒の協力分子が混ざっているのは明白であり、それでイザベラたちを下船させるのを躊躇(ためら)ったということだった。

 とりあえず、イザベラは納得した。

 

 結局、イザベラは司令官と会うことなく船から下船し、港に待機したままだったライス隊五百とともに一軒の屋敷に入った。

 大きな館であり、館の周りは高い石壁になっていて、すでに南王軍の一隊が館周りの警護についていた。

 また、内部の庭園も広大であり、ライス隊五百が十分に露営できるほどはある。シャーラとライスが話し合い、ライス隊の半分を室内に入れ、残りを警護を兼ねて庭で露営させるということになったようだ。

 そして、館の外に王太女旗も掲げさせ、人心地ついた

 結局、その日も、リー=ハックはイザベラの前に顔を出さなかった。副司令官のジグもやって来ず、代わりの将校がなにか不自由はないかと訊ねにきただけだ。

 

 呆れることに、南王軍司令官のリー=ハックが挨拶に訪れたいという伝言をイザベラが受けたのは、次の日の昼前だった。

 イザベラは、広間に通させた。

 その広間を謁見室のような態勢に整えさせている。

 

 そこに入る。

 シャーラとヴァージニアも後ろから同行している。また、部屋の両脇には、警備役としてライス隊の兵が十名ほど並んでいた。

 すでにリー=ハックは広間にいて、片膝をついて頭をさげている。

 

「お久しぶりでございます、王太女殿下。何分(なにぶん)にも戦場のことであり、不調法と不作法をお許し願いたい。昨日から予想外のことが連発しておりまして、まずは殿下のご逗留の条件を整えることばかりを一心に考えていりました。無礼は幾重にもお詫びいたします」

 

 リー=ハックが片膝をつけたまま、深く頭をさげていた頭をあげた。

 しかし、イザベラは、そのリー=ハックの顔に見覚えがあった。

 

「ちょっと待て。リー=ハックというのは、フィレクのことであったか──。その節は世話になった。わたしがなんの力もない小娘であったことで、そなたにも迷惑をかけた……。いや、どうして? リー=ハックなどというから、誰のことかわからなかった。リー=フィレク軍監であろう。なぜ、名を……?」

 

「フィレクというのは、婿として入っていた伯爵家の姓でありました。いまは、あのときにフィレク家からは離縁されて籍を抜かれ、功績によって得た一代限りのハック伯を名乗っております、王太女殿下」

 

「そ、それは済まなかった……」

 

「いえ、お気になさぬように。貴族でありながら、時流を読めなかった私が愚かであったのです」

 

「お、愚かとか言うな、リー=フィレク……いや、リー=ハック卿……。そなたは、わたしを守ろうとして、筋を通そうとしてくれたのだ。あのときのことは、本当に感謝を……」

 

「心にもないことを申さないでいただきたい。いまのいままで、私のことなど忘れていましたでしょう、王太女殿下? だから、私の名を聞いても誰のことかわからなかった。あなたを守ろうとした一介の上級将校がどこに流されたのかも知らなかった。知ろうともしなかった。そもそも、興味もなかった。そうでありましょう」

 

 リー=ハックは膝をついたまま言った。

 

「司令官殿、いまの物言いは……」

 

 ヴァージニアが咎めるように口を挟む。

 

「これは失礼。謝罪します」

 

 リー=ハックが頭をさげる。

 

「い、いや、謝罪は不要だ、リー=ハック。頭をあげてくれ」

 

 イザベラは、罪悪感にうちひしがれてしまった。

 リー=フィレクこと、リー=ハックとのかつての縁は、五年前になる。

 まだ、十二歳の小娘だった頃であり、シャーラが護衛のために、イザベラに侍女として仕えるようになる直前の時期だ。

 キシダインの一派による嫌がらせや暗殺未遂が顕著になってきたときであり、宮廷のほかの侍女たちや近衛兵たちが露骨にイザベラに意地悪をしていたことを、この軍監だったリーが彼らを叱責するとともに、糾弾したのだ。

 その結果、彼はあっという間に、キシダインによって地方軍に左遷された。

 当時のイザベラには、なにもできず、忸怩たる思いだけが残った。

 考えてみれば、シャーラよりも前にイザベラを助けてくれようとした唯一の他人だったかもしれない。

 いまのいままで忘れていたが……。

 ただ、あれが原因で離縁までされていたのか……。

 

「リー=ハック、わたしは、あのときの無力に謝罪したい。そして、できればこれからは、わたしを助けてくれないか。もちろん、それに見合う地位と報酬を約束しよう」

 

 イザベラは顔をしっかりとあげて、リー=ハックに視線を向ける。

 以前にロウに言われた言葉を思い出す。

 無能でも味方を増やせ──。人材の使い道はいくらでもある。それを考えろ──。そう言ったのはロウだ。

 ましてや、リー=ハックは、誰ひとりとして味方のなかった当時のイザベラを助けようとしてくれた正義感に溢れた男だ。

 

「ありがたきこと……。忠誠を尽くします、王太女殿下」

 

 リー=ハックは静かに言った。

 イザベラはほっとした。

 

「……それにしても、お美しくなられましたな、王太女殿下……」

 

 すると、リー=ハックが急ににやりと微笑んで、真っ直ぐな視線をイザベラに向けてきた。

 だが、なんだか妙にぶしつけな視線だ。

 じろじろと、イザベラの身体を舐め回すように見るような……。しかも、脚や胸に視線が集中していないか?

 特に、ロウが好むので、イザベラのスカートは膝上丈の短さだ。こうやって座れば、太腿の半分は出るのだが、それを好色そうに見ている気が……。

 なにか、表情もいやらしいような……。

 イザベラは、ちょっと気味の悪いものを感じた。

 それとも、イザベラが自意識過剰なだけで、気のせいか?

 

「司令官閣下、そのように穴が空くほどに王太女を見るのは無礼でありましょう」

 

 横に侍っているヴァージニアが再び不快そうに言った。

 やっぱり、イザベラの気のせいではなかったのか……。

 

「それは失礼をば……」

 

 リー=ハックは、にやにやと好色そうに笑ったままだ。

 こんな男だったか?

 イザベラは、彼を自分の陣営に引き入れようとしたことをちょっと後悔しそうになった。

 まあいい……。

 それよりも、当面のことだ。

 

「ところで、リー=ハックよ。そなたは、さっき、いまの現状について事態が急変したと言ったか? いの一番に挨拶に来るはずのお前が、ここまでわたしを放り投げておくほどのことだと思うが、どういう状況であるのだ?」

 

 イザベラは、ちょっと皮肉を込めて言った。

 こいつの忠誠はともかく、昨日からのことは、文句だけは言っておかなければとは思った。

 

「左様……。事態は急変しております……。しかし、王太女殿下がここまでお美しくなられているとは知らなかった。知っておれば、すぐに顔を出しましたかな」

 

 リー=ハックがにこやかな表情ながらも、気味の悪い笑い声をあげた。

 なんだ、こいつ?

 イザベラは、ちょっとむっとした。

 

「失礼な──。殿下が美しければなんだというのだ──。そなたは、殿下を愚弄しているのか──」

 

 すると、シャーラが怒鳴りあげた。

 表向きにはシャーラは護衛長であり、ヴァージニアが専任女官長なので、こういう場ではシャーラは黙っているのが通常だ。しかし、腹に据えかねたものがあったのかもしれない。

 

「まさか。忠誠を尽くしているとともに、お慕いしております」

 

 しかし、リー=ハックは顔色も変えない。相変わらずの微笑みのままだ。

 イザベラもだんだんと苛ついてきた。

 

「もういい──。それよりも状況を報告せよ──」

 

 イザベラは吐き捨てるように言った。

 

「南王軍からこのクロイツ領に入ったのは、私以下八千──。入領とともに、賊徒に占拠されていたこのガヤとユンデの両都市を回復。それぞれに治安維持のために一千ずつを配置し、それぞれから四千と二千、合わせて六千をいまだに賊徒の勢力下にある領都に向かって進軍をさせておりました」

 

「うむ、それは聞いている」

 

「そのうちの四千の部隊が賊徒の長の率いる騎馬隊によって、壊滅させられました。今朝のことです。その対応にかかりきりになっておりました。王太女殿下のご挨拶が遅れましたのは、それが理由でございます」

 

「なに──?」

 

 びっくりした。

 賊徒の勢力は一万とは耳にしていた。だが、それは戦闘員ではない女子供や老人を含めた数であり、実質の戦闘員はかなり少ないという認識だったのだ。

 だが、四千の武装した軍を壊滅させられるほどの数があるのか?

 

「どれほどの賊徒の軍が? こっちに向かっているですか」

 

 ヴァージニアだ。

 さすがに動顛の響きを隠せていない。

 

「こっちに向かっているかどうかは不明ですな。なにしろ、賊徒の長が率いているのは、五百ほどの騎兵でありまして……。外に出て戦うのは、いまのところ、そいつらのみですが、まさに神出鬼没──。いまだに、賊徒の主力の巣くっている拠点が、領都以外のどこにあるのかさえも、掴めておりません」

 

「ちょっと待て、リー=ハック。そなたは、四千が壊滅させられたと言ったぞ。賊徒の主力にやられたのではないのか?」

 

「その五百ほどの騎兵です。領都の賊徒たちそのものには、動きはないようです。もっとも、現段階の情報ですが……。とにかく、襲撃をしたのは全員が銃で武装する極めて速い速度で移動できる騎馬隊です。しかし、敗因は単純なものではありません。毒を盛られたのです」

 

「毒?」

 

「はい、王太女殿下。このクロイツ領に入って以来、ずっと賊徒たちは、我らの糧道を集中的に狙い続けていました」

 

「ああ」

 

 イザベラは頷いた。

 それは、侍女のトリアたちが情報を集めてきたし、昨日はリー=ハックの部下のジグからある程度の詳細な報告も受けていた。

 

「それが策だったのです。兵糧に不足した前進部隊の指揮官は、領都まで一日のところで、周辺農村から徴発を実施しました。しかし、その徴発した食べ物に、遅効性の毒を盛られてしまったのです。酒などの提供も受けて、それにも……」

 

「それで弱ったところを狙われたということか」

 

 狡猾だと思った。

 ただの賊徒ではない……。

 イザベラは唸った。

 

「問題は、連中のやり口ばかりではありません。広い地域の複数の農村全体が賊徒の企てに協力をしたという事実です。現在、調べさせてはおりますが、徴発は複数の農村で行い、そのすべてで毒を盛られたようです。昨日のガヤ内の兵站物資は、一般民衆の中に賊徒が隠れていました。これがどういうことかおわかりですか?」

 

「おわかりかとは? もったいぶるな。試されるような物言いは、わたしは好かん──」

 

 イザベラは怒鳴った。

 

「これは失礼……。つまりは、多くの農村、街の住民……。その多くが敵だということです。私は昨日に六人、今朝はふたりの街の住民を訊問しました。その全員が賊徒の一味でした。すなわち、ここには大量の賊徒が紛れており、すでにここは戦場だということです」

 

「戦場か……」

 

「いかがですかな、王太女殿下? 船からお降りにならない方がよかったのでは? 安全な場所など、このクロイツ領にはありません。逃げ帰るならいまですぞ」

 

 リー=ハックが言った。

 イザベラは、かっとなった。

 

「なにを言うか──。わたしを愚弄する気か、リー=ハック──。そなたでも許さんぞ──。わたしは、ここに物見遊山できたのではないわ。ここが賊徒の巣であれば、それを王族の威信で染め直すだけのこと。わたしを見くびるな──」

 

「さすがは……。しかし、この状況では、このガヤだけでも、あやゆる場所を警戒しなければならないのも事実……。人手も惜しい……。正直に申しまして、殿下が強引に船からお降りになったことで、この館の警備に一個大隊を割いているのです」

 

「いるだけで迷惑と言いたいのか──。見くびるなと申したぞ──。一昨日に、そなたに書簡を渡したはずだ。わたしの使い道を考えろとな──。民の鎮撫でも、兵の士気の高揚でも、いくらでもわたしを使え──」

 

 イザベラは怒鳴るように言った。

 

「姫様……」

 

「姫様」

 

 ヴァージニアとシャーラが咎めるように、耳元でささやいてきた。

 イザベラは、それを手で追い払う仕草をする。

 

「わかりました……。いずれにしましても、このガヤは危険であります。実は、ガヤの街内では、軍施設への襲撃が継続しておりましてな。一度、郊外にお移り頂けませんか。ゲーレという小さな里です。二百人規模の小村であり、その安全は確保しています。まずはそこに……」

 

「リー=ハック、わたしは、見くびるなと何度も言ったぞ。わたしは安全を求めているわけではない」

 

「いいえ、私も安全のためだけに、王太女殿下をガヤの外に出そうとしているわけではありません。そこが重要拠点であるからです」

 

「重要拠点? 二百人規模の小さな里がか?」

 

「そこに、直轄領から補給を送らせ、そのゲーレに兵站拠点を急遽作ろうとしております。徴発をしても、発見し難い毒を盛られる可能性があり、それは慎重にならざるを得ません。だから、増援部隊とともに、必要な補給をそこに集積させます。そこであれば、人も少なく監視もし易いので、襲撃の可能性も極限できるからです。殿下には、ひとまず、そこにお移りいただき、軍にとって、もっとも重要な兵糧を守っていただけませんか」

 

 リー=ハックが頭をさげた。

 イザベラは、深く息を吐いた。

 

「重要な役目なのだな? 危険だからという理由で、わたしを追い払うわけではないな?」

 

「無論です。そもそも、最終的にはお戻り頂きます。この賊徒鎮圧の後には、殿下にはやるべきことがおありでしょう。もちろん、私以下の南王軍は殿下に忠誠を誓い、殿下の志に同行しますが、そのときには、南方動乱の鎮撫を殿下がなされたという功績は役に立ちます。従って、最終局面には、殿下には前に出ていただきます。しかし、ひとまずは後方に……。なにしろ、このガヤは、いまや最前線も同様……」

 

「わかった。承知した」

 

 イザベラは応じた。

 「志」と、リー=ハックが言葉を濁したのは、王都への進軍のことだ。いまや、王都の混沌は、かなり急迫していると言っていいが、イザベラはそれを終わらせるために、ここで南王軍という地方軍を把握して、王都に北進するつもりなのだ。

 そのために、ここにやってきて、まずは南方動乱を片付け、そして、王都に向かう覚悟なのである。

 リー=ハックは、それに言及し、また、それを約束してくれたのだ。

 

「では、速やかに態勢を整えます。殿下と同行の隊は、ゲーレの小村にお向かいください。ガヤからは、一ノスほどの距離になります」

 

 リー=ハックが言った。

 

 

 *

 

 

「王太女に、帰還を進めるとはな。裏切ったのかと思ったぞ、人間」

 

 司令部にしている政庁に戻る馬車の中でふたりきりになると、リョノが言った。

 リー=ハックにつけられてる見張りであり、リー=ハックが忠誠を誓ったサキから送られている部下だ。

 人間族の若い男に化けており、リー=ハックは新しい従者として侍らせているが、実は魔族である。

 

「ああいう手合いの扱いは心得ている。怒らせれば、煽動に乗りやすくなる。実際にそうなっただろう。王太女は、警備の薄い小里に向かう。これでいいのだろう? そこに、兵糧をどんどんと集積していると賊徒には喧伝する。これまでの流れからいえば、賊徒はそっちを狙うはずだ」

 

 リー=ハックは言った。

 リョノは肩を竦めた。

 

「まあな。俺がサキ様から命じられているのはそれだし、うまく賊徒が乗ってくれなければ、襲撃に見せかけて別の者が襲う。そういうことさ」

 

「それだがな、リョノ。お前たちに協力する代価の話だが、王太女を始末する前に、一度犯してやりたい。あんなに美味しそうに成長したとは思わなかった。あれは、ただ死ぬのは惜しすぎる。だから、襲撃のときに死んだ格好にして、こっそりと、さらってこい。俺が犯してから殺す」

 

「おいおい、冗談じゃねえぞ。そんな難しいことができるかよ。そもそも、賊徒たちまで操ってねえんだ」

 

「操ればいいだろう。とにかく、やれ──。さもないと、協力せんぞ。サキ様には忠誠を誓ったが、お前たちの指示に従うかは別の話だ。俺の欲求に応じないなら、俺も知らん。好きにするんだな。あるいは、サキ様がまた来るかだ。あの身体をもう一度味わわせてくれるなら、無条件で従うさ」

 

「ちえっ、操心にかかったことで、欲望が剥き出しになりやがって……。お前、もっと人間族としてお堅い性質だったろう。王女を犯すから、さらえだと? 正気か?」

 

「正気じゃないんだろう? お前らがそうしたんだ。ただ、俺の隠れていた性分がただの好色者であることは否定はせんけどな。五年前、少女だったイザベラ姫を助けようとしたのも、ただの下心だ。結局、失敗したうえに、左遷とは代償が大きかったがな」

 

 リー=ハックは大笑いした。

 

「けっ、困った人間族だぜ。まあ、努力はしてやるよ。約束はそこまでだ。だから、お前もあの王太女が死ぬように協力しろ。サキ様にはそう言われてるんだ」

 

「知らん──。俺の仕事もここまでだ。王太女を殺すのは、お前の仕事だろう。それとも、サキ様をここに連れてくるか? 新しい仕事は、もう一度サキ様と愛し合うことだ。あれは実に最高だった」

 

 リー=ハックは、サキとの逢瀬を思い出して、股間を硬くしてしまった。その結果、操られることになったが、まったく後悔はない。

 それくらい、最高の夜だった。

 

「冗談じゃねえ──。なんで、人間族にサキ様など……。俺だって、一度も叶ってないのに……。わかったよ。死ぬ前に王女だな。いいだろう」

 

「約束だ」

 

 リー=ハックは、にんまりと微笑んだ。

 

 

 

 

(第16話『王太女と南方王国軍』終わり)



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 第17話  人質救出大作戦【南域】
733 掃き溜めの美少女姉妹




 カリュート:ドピィの部下。道化師(ピエロ)団の四天王の中で、主に軍事を担当する。『569 祭りの始まり』などを参照。

 また、エピソード題名を変更して、エピソード区切りを入れています。




 領都に各地から人が入ってきた。

 ほとんどが、周辺の農民たちであり、南王軍が接近するので避難してくるのである。

 

 道化師(ピエロ)団がこのクロイツ領で侯爵軍を壊滅させて以来、各農村では、侯爵家の郎党などを追い出し、独立農民を宣言して税の支払いを拒否するという動きが頻発している。

 頭領のドピィが賊徒支配地域については「永世無税」を宣言しており、いち早く反応した農村などは、すでに道化師(ピエロ)団への加盟を集団で表明したりしていた。

 まあ、もっとも、ほとんどがまだ様子見というところだが……。

 

 とにかく、すでに賊徒入りを宣言しているような農村から、南王軍が近づいたことで、報復を恐れて家族などを領都に逃してくるのだ。

 あるいは、すでに南王軍が入り、徴発という名の略奪を受けたところもある。ここにはいない頭領のドピィがあの騎馬隊を率いて、彼らの糧食を運ぶ輜重隊を襲撃しまくっているらしく、こちらに進んでくる南王軍では、すでに兵糧の不足が始まっているようなのだ。

 そして、その地域では、賊徒狩りと称する無法な軍による蛮行も起こっている気配だ。食糧のみならず、軍が入れば、若い女を略奪の対象にするのである。

 若い女は兵の連中の性処理の対象だ。

 まあ、よくある話である。

 実際、これまで領都に保護を求めてきた者たちの中には、すでに、南王軍から性被害を受けている女たちも少なくなかった。

 

 いずれにしても、進軍してくる南王軍との戦いに備えるとともに、そういう逃散してきた農民たちを受け入れるのも、留守役を任されているカリュートの役目である。

 ただ、南王軍が接近するに従い、逃散の農民の数も多くなり、この数日は、日に百人に迫る勢いになってきた。

 だから、さすがにひとりではできず、集まってくる避難民との面談は部下に任せている。

 

 カリュートは、部下たちが、彼ら、彼女たちのひとりひとりに会って話をした結果の報告を受け、南王軍や、あるいは、ドピィが嫌うタリオなどの手の者と思われる者を弾くのだ。

 ほかにも、領都の防衛準備ですることは山のようにあるが、その敵の間者を見極める仕事だけは、カリュートは余人に任せずに、自らしている。

 理由はある。

 

「あいつらか?」

 

 カリュートは、怪しい可能性があると報告を受けた女を確認するために、彼女たちが荷運びをしている場所にやってきた。

 部下が怪しいと報告してきたのは、人間族の若い少女姉妹ふたりである。

 カリュートは、少女たちを確認した。

 明らかに抜きん出た可愛さだ。

 

「ええ、目立ちますよね。経歴も不自然です」

 

 五人、十人と連れだってやって来る者たちについては、ほぼ問題はない。ほとんどが同じ農村の者たちであり、仲間内にほかの者が入り込む余地はないからだ。

 だが、そうでない者は、基本的には、まずは見張れと命じている。その結果、怪しいと判断すれば、カリュートに報告が入る。

 ただ、あの姉妹については、面談後すぐに報告があがってきた。

 

「どんな風に、不自然なのだ?」

 

 逃散してきた女子供を受け入れる条件は、領都に攻めてくるであろう南王軍と戦うことである。

 武器を持って戦える者は、武器を与えて訓練に参加させる。武器の扱えない者、たとえば、非力な女や、子供のような者についても、矢弓や破裂弾の作成、荷物運び、罠の準備などの仕事に従事させる。

 それが条件で受け入れることにしていた。

 だから、部下が報告をしてきたふたりについても、さっそく部署が言い渡されて、城壁の上から投げ落とすための採岩などを石壁を砕いては、外壁に向かう荷馬車に乗せるという仕事に参加させていた。

 ただ、力仕事に慣れている感じはなく、働く姿は周りのほかの者に比べてぎこちない。

 

「つまりは……」

 

 部下が語り出した。

 それによれば、少女姉妹は、ほかの地区の農村出身の集団に紛れて入ってきたらしく、もともとはガヤの街の商人の娘だという。それが最初の時期の騒乱に巻き込まれて、家族と家財産を失い、南に逃げて小作人として雇ってもらおうと考えていたところで、今回の南王軍の進攻に触れ、さらにこの領都まで逃げてきたのだという。

 

「なんだ、そのとってつけたような怪しい経歴は? 商人なら商人の伝手で逃げるだろう。なんで、小作人なんだ。しかも、あんな少女だけで?」

 

 姉妹のうち、姉は成人の十六になったばかりくらいだろう。妹は子供だ。十歳くらいか?

 

「そうでしょう」

 

 報告をしている部下が笑った。

 部下は、オキュトという男であり、道化師(ピエロ)団としては、古参の方になる。ドピィが賊徒に持ち込んだ階級制度においては、上級将校だ。

 

 カリュートとオキュトは、いまは城郭の大通りに面する建物の陰から、十数人で働く現場を眺めている。

 もともと、領主の倉庫だった石造りの建物があり、それを砕いて投石用の小岩にしているのである。

 対象のふたりは、大汗をかいて小岩を城壁側に運搬する荷車に乗せ続けている。

 

「似てないな」

 

 カリュートは思った。

 ふたりとも美しい顔立ちをしており、姉も妹も肌の色が白くて艶々している。姉はすでに女として美しく、妹は可愛らしく、いずれ美人になるのは明白そうだと思った。

 だが、まずは似てない。

 

「似てませんね」

 

 オキュトも頷く。

 

「しかも、掃きだめに鶴という印象が強すぎるな。まったく、周りに馴染んでないぞ。目立つふたりだなあ」

 

「そうですね。だから、逆に、間者ではないだろうとは思っています。あんなに目立つ間者も珍しい」

 

「まあな」

 

 間者というのは、まずは人の中に溶け込むものだ。そのような人材を選ぶし、そうなるように訓練もする。

 しかし、あれは、すごく目立っている。

 一緒に働く男たちのほとんどは、汗の光る姉妹、特に姉の方をちらちらと眺めている。

 なんでもない仕草がすべて色っぽい。

 それが汗で服が身体に張りついているものだから、あれを気にしないようにするというのは、男には無理だろう。

 カリュートも、ちょっとそわそわしてきた。

 

「もう少し様子を見ますか。怪しい動きがあれば、報告します」

 

「そうだなあ……」

 

 カリュートは迷った。

 そのときだった。

 

「くううっ、疲れたああ。死ぬうう。もう無理いい」

 

 突然に姉側が運びかけていた小岩を放り投げて、その小岩に座り込んでしまったのだ。

 さらに、胸元を少し開いて、ぱたぱたとあおいで胸に風を入れる仕草を始めた。それがちょうど、こっちを正面にする体勢なので、胸が開いて汗に濡れる乳房の上側がちらちらと見える。

 しかも、スカートも短いものであり、軽く開いている膝からは、股の奥の下着が見えそうで見えなかったりする。

 

「お、お姉ちゃん」

 

 妹が呆れたように、姉に寄ってきた。

 

「うるさい──。わたしは疲れたのよ。重いし、ちょっと休憩しないと無理よ」

 

「でも……」

 

 妹は周りを気にするように、おろおろしている。

 だが、姉はもう不貞腐れたように、服の下に風を送る仕草を続けている。しかも、今度はいきなりスカートの裾をちょっとたくし上げた。

 白い太腿が露わになる。

 その瞬間に、カリュートは決心した。

 

「よし、あのふたりを訊問する。連行しろ」

 

「いや、あれは間者ではないですよ。もしかしたら、あいつらを目出たせることで、本命の間者を粉飾しているかもしれません。もう少し泳がせた方が……」

 

 オキュトが含み笑いのような表情で言った。

 こいつ……。

 

「いや、明らかにあいつらは怪しい。とりあえず、訊問をするさ。いつものように、拘束してから訊問室に運べ」

 

「また、おひとりで訊問なさるので?」

 

 オキュトがにやにやしながら言った。

 やっぱり、こいつ……。

 カリュートは嘆息した。

 

 避難民に紛れている間者狩りのうち、訊問を伴うものについては、カリュートは自ら行っていた。しかも、特に、相手が若い女のときには、見張りを部屋の外に出して、カリュートだけで「訊問」することを専らにしていた。

 オキュトたちからすれば、なにをしているかは自明のことなのだろう。

 だが、カリュートからすれば、このくらいの役得がなければ、賊徒の幹部などやってられない。

 

 頭領のドピィだって、賊徒団の司令部にしている侯爵家の屋敷の敷地内の別宅に、美人の侯爵夫人を監禁しておいしいことをしているのだ。

 カリュートたちは、その離れに近づくことは許されていないが、世話女をしているキーネという老婆によれば、ドピィが出動して出ていったいまでも、淫具を挿入したまま貞操帯で封印するということをして、アナル調教をやり続けているのだという。

 

 つまりは、頭領のドピィからして、やりたい放題なのだ。

 だったら、その直接の部下のカリュートがやってはならんという法はない。

 従って、このところ、カリュートも開き直って、愉しませてもらっている。

 若くて美味しそうな女とあれば、怪しいと理由をつけ、訊問という名の陵辱をするくらいのことは、やってもいいはずだ。

 ましてや、あいつらは明らかに怪しい。

 

「なにが言いたいんだ?」

 

「俺も参加させてください。そうすれば、カリュート様がひとりだけで、どんな訊問をなさっているか、言いふらしませんから」

 

 オキュトが言った。

 カリュートは笑ってしまった。

 

「言いふらしてもいいが、上司を脅す度胸に免じて、参加させてやろう。ただし、お前だけだ。もしも、同じようなことを言ってきた者がほかにも出てくるような面倒なことになれば、二度とお前には参加させねえ」

 

「やったね。きっちりと全員には釘差しときますよ」

 

「仕方ねえなあ」

 

 カリュートは肩を竦めた。

 

「ところで、カリュート様はどっちですか?」

 

 すると、オキュトがにやにやしてそんなことを言い出した。

 

「どっちとは?」

 

「わかっているじゃないですか。最初に犯す方ですよ。順番を決めときましょうよ。そのときになって揉めないように」

 

 オキュトが戯けた口調で言った。

 カリュートは呆れた。

 

「お前、なにか勘違いしてやしねえか。俺たちがするのは訊問だ。あの少女たちが怪しいから取り調べするんだ」

 

「わかってますよ。でも、そんな体裁いいんじゃないですか? じゃあ、俺から決めてもいいですか? 実は、俺はちっちゃい方が好みでしてね……。あんな、ちっこいのを泣くほどいじめてやりたくて……」

 

「ああっ、小さい方だあ──。ありゃあ、子供だろう。お前、変態か──」

 

 カリュートは思わず言った。

 

「それで、どうなんですか、カリュートの兄貴?」

 

「カリュート様から、兄貴呼びかよ。どこまでも調子に乗りやがって」

 

 カリュートは苦笑した。

 

「それで?」

 

「俺は、姉の方だ。当たり前だろう」

 

「じゃあ、問題なしですね。捕縛させます」

 

 オキュトが言った。

 カリュートは頷く。

 

 すると、オキュトが指笛を吹いた。

 物陰に隠れていた武装した十人ほどのオキュトの部下たちが一斉に飛び出して、その姉妹を囲む。

 

「わっ、わっ、なによ、あんたら──」

 

「きゃああ、お姉ちゃん──」

 

 姉妹が悲鳴をあげた。

 

「一応は魔道封じの魔縄を使え。ふたりを縛りあげろ──」

 

 オキュトが声をあげる。

 男たちはふたりの少女の腕を掴み、あっという間に彼女たちを後ろ手に縛りあげてしまった。



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734 美少女姉妹(姉)の恐慌

「んんんんっ」

 

 目の前の少女は、手足を大きく伸ばした状態で部屋の中心部の二本の鉄の柱に繋がる鎖つきの革枷で拘束されている。さっきから、なにかを伝えたさそうに、しきりに喋っているが、それは口の中に押し込んでいる布のために言葉にはなっていない。

 また、眼には目隠しもしている。

 つまりは、こいつは、いま顔の半分を目隠しと猿ぐつわの布で覆われている状態だ。

 しかし、それでも、この少女の可愛らしさと美しさは、まったく損なわれていない。

 いや、むしろ似合っているかもしれない。

 カリュートは、背もたれのない木椅子に腰掛けて、少女が無駄な抵抗をして暴れるのをしばらく眺め続けていた。

 

 領都の大通りでやっていた作業場から、捕縛して連れてきた避難民の少女姉妹のうちの姉の方だ。

 カリュートの役目は、避難民に紛れ込んで領都に入っている南王軍の間者を見極めることだが、あのふたりの美少女姉妹が間者である可能性はほぼないと思っていた。

 ただ、避難民の中から興味を抱いた女に難癖をつけ、訊問という名の陵辱をするのは、頭領のドピィから留守を託されているカリュートの役得のようなものだ。

 そんな愉しみでもなければ、賊徒の幹部などやっていられるわけがない。

 

 いまはこの城郭内にあるの牢舎の訊問室にカリュートとこの少女のふたりきりだ。

 姉妹を連れてきたオキュトの部下はいない。少女たちをこの訊問室に拘束させてから、部屋の外に立ち去らせていた。

 また、もうひとり同じように連れてきた妹の童女については、オキュトとの約束であるので、オキュトとともに隣の訊問室だ。

 あいつがあの童女にどんな訊問をしているのか興味もあるが、それはしばらくそれぞれを愉しんで……いや、「訊問」してから、ふたりを一緒にし、さらに遊ぶことになっている。

 

 それにしても、この姉は、考えていた以上の美少女だ。

 いや、美しいというよりは、可愛らしいという感じかもしれない。

 一方で、遠目で見たときよりも、ずっと男の色欲をそそる身体をしているとも感じた。小柄だが、身体は大人の女としての成熟をしている。

 だが、まだ十八歳にはなっていないだろう。

 おそらく、十四、十五……、いや、十六くらいか?

 そして、これは勘だが、すでに男を知っている身体と思う。

 カリュートは、女に関することでは、ほとんど勘を外したことがないという自負がある。

 

「さて、そろそろ、仕事に入るかな」

 

 カリュートは立ちあがった。

 少女には、目隠しと猿ぐつわだけでなく、すべての音を遮断させるように魔道紋を刻んだ耳栓もさせていた。

 その状態で、この営牢まで連れてこさせた。

 だから、カリュートが動いても、少女は気配を感じることができないはずだ。

 それどころか、現段階では、少女は自分がどこにいるのかも、目の前に誰がいるのかも判断できないと思う。

 

「さて、まずは味見といくか」

 

 カリュートは、少女の背中側に移動すると、少女の顎から頬にかけてを手のひらで撫ぜた。

 

「んふううっ」

 

 歯の奥で猿ぐつわの布を強く噛みしめる仕草とともに、少女が必死の様子で顔を横にそむける。

 カリュートは、構わずに少女の顔面を撫ぜ回してから、そのまま胸に手をおろして、乳房の膨らみを布の上からまさぐるように動かした。

 

「んぐううっ、んぐううう」

 

 少女が大きく拡げた状態で鎖で拘束されている手足を懸命に動かして、猛然と抗議するような大きな呻き声をあげた。

 カリュートは、それを無視して手を下腹部まで滑りおろす。

 この辺りでは見ないような短いスカートであり、膝上までの丈しかない。そういえば、妹もそんな格好をしていた。

 そして、カリュートは、最近の王都では、この少女のように短い丈のスカートが流行だと耳にした気がしたことも思い出した。

 なんでも、美貌で知られる王太女や神殿の筆頭巫女たちなどが短いスカートを流行(はや)らせ、それで王都の女性は貴族も庶民も、こぞって真似をするようになったとか……。

 

 だったら、もしかして、この姉妹は王都からやって来たのか?

 やっぱり、南域の出身ではないか?

 だが、それを隠そうとするなら、王都で流行の服装のままやってくるというのも、あまりにも愚かすぎるように思う……。

 カリュートは、スカートの上から少女の股間の頂きをしっかりとなぞりながら思った。

 

「んんっ、んんんっ、んんん」

 

 少女は手首の枷に繋がっている鎖を握りしめるようにしている。

 しばらく、少女が屈辱にもがくのを堪能してから、カリュートはやっと少女から猿ぐつわと耳栓を外した。

 

「ぷはっ、こ、この色魔──。なんのつもりよ──。と、とにかく、あんたたちは誰よ──? 目隠しも外せったら──」

 

 部屋中に響くような大声を少女が響かせた。

 

「おいおい、質問をするのはこっちの役目だぞ。さあて、なにを訊ねようかな。じゃあ、まずは初体験の相手から訊ねるか。処女じゃないよな?」

 

 カリュートは、笑った。

 

「ああっ? しょ、初体験って、なに言ってんの……。あれっ? ちょ、ちょっと待って──。ここにはわたしだけ? ミューズはどうしたのよ──? ここにはいないの──?」

 

 ミューズというのは、妹の名だ。

 少女が目隠しをしたまま顔をきょろきょろと動かしている。

 やっと音が聞こえるようになったので、懸命に気配を探っているのだろうが、妹の存在を感じないため、急に不安を覚えたようだ。

 

「妹の面倒は俺の部下が別の部屋でみている。心配するな」

 

 カリュートは、再び背後から激しく少女の胸をもみしだいた。

 

「うわあっ、め、目隠しをとって──。とってったらああ──。け、汚らわしいのよ。放せえええ」

 

 少女が暴れまくる。

 それこそ、鎖を引き千切らんばかりにだ。

 カリュートは休みなく胸を揉みながら、自分の股間の膨らみを少女の尻に押しつけるようにした。

 

「ひっ、ひいいっ、聞いてないわよ──。なんで訊問があいつとばらばらなのよお──。訊問って、淫乱男がひとりでやるんじゃないの──」

 

 少女が動顛したように叫ぶ。

 淫乱男がひとりで訊問?

 なんのことだ?

 

 しかし、カリュートはすぐにはっとした。

 このところ、カリュートはこいつと同じような美味しそうな避難民の若い少女を見つけると、こうやってひとりで訊問しては、その身体を愉しむということを繰り返していた。

 それは、今日のように複数の女が対象でも同じだ。

 たまたま、今回はオキュトが自分も加わらせてくれと強請(ねだ)ったので、ひとりひとり相手にすることになったが、もしかして、なにかを事前に調べて賊徒に身を寄せた?

 

 つまりは、こいつと隣の訊問室の妹の童女は、本当に“黒”?

 カリュートは当惑した。

 捕らえさせはしたが、この姉妹が本当に誰かの間者であるなどとは、思っていなかったのだ。

 

「こりゃあ、驚いた。本当に潜入者だとはな……。じゃあ、ちょっとは真面目に訊問するか。とりあえず、名前といくか。それと、もうひとりの童女との関係だな。本当の姉妹じゃないだろう?」

 

「さ、最初に面接をした男に言ったわよ──。わたしは、ユージナ、妹はミューズ。父母は死んだけど、商人の娘よ──。ちょ、ちょっといいかげんにして──。さ、触るなあ──」

 

「そうか、ユージナか……。なんか、本名じゃない気がするなあ……」

 

 カリュートは、片手で乳房を揉み続けたまま、もう一方の手を下におろして、短いスカートの裾の中に手を入れ、ゆっくりと内腿を撫ぜあげていった。

 

「ひうっ、やめええっ」

 

 すると、ちょっと触っただけで、こっちがびっくりするくらいに大きな悲鳴をあげて、ユージナが身体を跳ねあげた。

 あまりもの激しい反応に、カリュートは思わず呆気にとられて、手を引いてしまった。

 だが、次の瞬間、にんまりとしてしまって、また手をスカートの中に戻す。

 

「いひいっ」

 

 ユージナが引っ張られている鎖を激しく揺り動かしてもがく。

 

「へええ、これはとてもじゃないが、生娘の反応じゃねえな。しっかりと男を知っている身体だ……。まだ、年端もいかねえのに、この反応とは……。もしかして、生まれつきの淫乱の素質か?」

 

 手のひらが完全に股間に届く。

 カリュートは、指を下から股間に当てるように立て、下着の上からクリトリスをぎゅっと押してから、亀裂に沿ってお尻に向かって移動させていく。

 

「んぐううううっ、いやあああ、あ、あほおおっ──。め、目隠しをとれえええっ」

 

 ユージナが絶叫して、がくがくと身体を痙攣させるようにした。

 

「こりゃあ、驚いたな。指一本でいきそうになるのか? そりゃあ、敏感すぎるだろうよ」

 

 カリュートは笑った。

 また、カリュートは、前側よりも、むしろお尻の方が反応が激しいことに気がついた。

 これは、ただの身体じゃない。

 カリュートは確信した。

 

「……お前、誰かに調教でもされたか? どんな刺激でも感じてしまうように、身体を作りあげられたんじゃねえか?」

 

 スカートの中の指をちょっと離す。

 一方で、ユージナははっとしたように、身体をびくつかせた。

 

「な、なにを……ば、ばか、言ってんのよ。ちょ、調教って、なによ……」

 

 ユージナは白を切ったが、これだけの身体をしていて、それは通用しない。しかも、動揺しているのが丸わかりだ。

 カリュートは、下着の上からお尻の穴を探して、ぐっと押してやる。

 

「んほおおっ、や、やめええっ、目隠しを外せえええ」

 

 ユージナが限界まで腰を前に突き出して、指を避けようする。

 また、大した愛撫じゃないのに、すでにユージナは汗びっしょりだし、顔が真っ赤だ。

 すでにかなり感じてしまっているのがわかる。

 

 すると、布越しにお尻に触れている指に、下着の布に拡がってきた愛液の染みが触れた。ユージナが股間から染み出させたものだ。

 随分と汁も多いみたいだ。

 

 一体全体、この少女をここまで仕込んだのは誰なんだろう。

 カリュートは、あまりの少女の身体の反応の派手さに、むしろそっちが気になりだしてしまった。

 なにしろ、女扱いにかけては、カリュートは誰にも負けない自負がある。しかし、この気の強そうな少女をここまで仕込むというのは、それなりの調教の腕だろう。

 そもそも、カリュートはここまで敏感な女というものに接したことがない。

 この反応が、少女の生まれつきではなく、作られたものだとすれば、少女を通じて感じる見えない存在に、カリュートはなんとなく嫉妬してしまいそうになる。

 

 一方で、違和感も覚えた。

 指をぐっと押したとき、突然にお尻の穴がまるで石にでもなったように固くなったのだ。

 筋肉を締めたという感じじゃなく、本当の堅さだ。

 なんだ?

 

「まあいいか。じゃあ、訊ねてやる。誰に頼まれて、この領都に侵入した?」

 

 カリュートは手を離して言った。

 ユージナががくりと脱力したようになる。

 

「はあ、はあ、はあ……。た、頼まれたって……なに? わ、わたしたちは、保護を求めて……」

 

「やれやれ、じゃあ、ちょっと素直になるように、水浴びをしてもらおうか。随分と汗をかいたみたいだしな」

 

 カリュートは、ユージナから離れると、さっきまで座っていた木椅子を持って石壁の隅のぎりぎりまでさがった。

 次の拷問の準備のためだ。

 

 そして、懐に持っていた操作具を作動させる。

 この訊問室に仕掛けてある壁の魔道具を動かすためのものだ。

 次の刹那、左右の壁に人間の拳よりも少し大きいくらいの穴がそれぞれに三個ずつ開き、一斉に太い水流をものすごい勢いで発射した。

 

「んがあああっ」

 

 ユージナと名乗った少女の首の両側、背中に近い脇腹、腰の両方から水流が浴びせられる。

 四肢を拘束されていなければ、この少女は水圧で吹き飛んでいただろう。あっという間にユージナはびしょ濡れになり、そして、息をしようと必死で顔をもがかせた。

 水はどんどんと、床にできた排水穴に吸い込まれる。

 

「んがっ、んがっ、がっ」

 

 ユージナはほとんど恐慌に陥っている。

 小鼻をいっぱいに拡げて息を吸おうともがき、水を飲んでは吐き出すということを繰り返している。

 しばらく続けてから、ユージナの足の踏ん張りがほとんどなくなったのを見計らって、カリュートはやっと水をとめた。

 

「もともと、拷問で流れた血や糞便を洗い流すためのものだけど、これ自体が結構な拷問になるだろう?」

 

 カリュートは笑った。

 ユージナは全身をずぶ濡れにして肩で息をしている。

 また、目を覆っていた目隠しも、いつの間にか水流で吹き飛んでいた。

 ユージナが顔をあげて、カリュートを睨みつける。

 激怒している顔はむしろ可愛らしい。

 男の征服欲を刺激させる。

 カリュートは思わず笑みを浮かべた。

 

「こ、この……、ゆ、許さないわよ……」

 

 ユージナとはっきりと視線が合う。

 カリュートは噴き出した。

 

「どう許さないのかな? それよりも、その濡れた服のままじゃあ、身体に悪いだろう。とりあえず、全部脱いでしまおうか」

 

 カリュートは腰の後ろに吊っていたナイフを取り出した。

 少女に近づく。

 

「もっと眼を見たらどう? わかっていると思うけど、わたしの眼を見れば見るほど、気持ちいいし、楽になるわよ。わたしに従いたくなるんじゃない?」

 

 すると、突然にユージナが奇妙なことを言った。

 

「なにを言っている? 楽になるだと?」

 

「そうよ。わたしの眼を見れば、見るほど……」

 

 ユージナがにっこりと微笑む。

 カリュートとユージナの視線は合い続けている。

 すると、急に頭がぼんやりとした。

 

「……ねえ、服を脱がせるには、拘束を解くんじゃないの?」

 

 そして、ユージナがにんまりと微笑んだまま言った。

 はっとした。

 それもそうかと思ったのだ。

 いや、当然のことだ。

 服を脱がすのだ……。

 そのためには、拘束を解くのか……。

 だが、この枷は一応は、魔道封じの効果もあって……。

 万が一、こいつが魔道を隠している魔道遣いだったりしたら……。

 

「ほらほら、服を脱がすんでしょう? 枷を外すのよ……。眼を見て……」

 

 ユージナがカリュートの顔を覗き込むようにする。

 再び頭がぼうっとなり、言われたようにすることが正しいように思えてきた。

 とにかく、カリュートは早く、この美少女の裸を見たいのだ。

 カリュートは、ナイフを腰に戻すと、腰に吊っていた鍵を使って、ユージナの四肢の枷を外していく。

 

「くううっ、ひ、酷い目にあった……。な、なにが、あんたらなら簡単に操心をかけられるよ……。いきなり目隠しだなんて……。しかも、水って……。それにしても、ミウは無事なんでしょうねえ……」

 

 ユージナがぶつぶつ言いながら、険しい表情のまま、再びカリュートの目を覗き込むような仕草をする。

 なにかに、がっしりと頭の中をわしづかみされたような感じが襲ったが、すぐに楽になる。

 だが、なにをしようとしていたのかわからず、なぜか頭がぼんやりした。

 

「外に見張りは? この部屋そのものには防音の結界があるのね」

 

 ユージナがきょろきょろと部屋を見回しながら訊ねた。

 

「ああ、間者に仕立てた女をもてあそぶために、完全な防音の結界を刻ませているんだ。それと、見張りは立たせてはいないが、巡回はいるし、地上への出入口には牢番の詰め所もある」

 

 訊ねられたことを素直に喋る。

 そうしなければ、ならないという感情にも包まれている。

 

「面倒ねえ……。では、わたしの手首を縄で縛りなさい。軽くよ。そして、妹のところに連れていって。そっちの方が愉しいわよ」

 

 ユージナが言った。

 もうひとりの童女のいる訊問室に、ユージナを連れていく。そっちの方が愉しい……。

 頭にその言葉が刻まれる。

 

「そうだな。後ろを向け、ひひひ」

 

 びしょびしょに濡れた少女は、身体に布がぴったりと貼りつき、はっきりと身体の線がわかる。それに肌が透けていて、白い肌に……。

 あれっ?

 

「肌が黒い? 白くないぞ。あれ耳が?」

 

 妹同様に真っ白な肌だったはずなのに、いま目の前にいるユージナという少女の肌は見事な褐色肌に変わっていた。

 さらに髪に隠れていた耳は、まるでエルフ族のように少し尖っている。しかし、前に確かめたときには、ちゃんと人間族の耳に見えたはずだ。

 

「ああ? あっ、ほんとだ──。あれだけの水流だったから、肌の色を変える魔道液も、耳隠しも外れちゃったのね」

 

 ユージナが慌てたようになる。

 それはともかく、カリュートの心の中で違和感が拡大する。なにかがおかしいという気持ちになる。

 なんだ?

 

「おっと──。見たまま──。見たままよう。不思議じゃないわ……。この見た目は不思議じゃないのよ……。さあ、眼を見なさい。わたしも、操心術はそんなに熟達しているわけじゃないから、深い暗示は難しいし、心に望まない行動も考えも、とらせにくいのよねえ……。とにかく、なにか変だなと感じそうになったら、わたしの眼を見るの……。そうすれば、そのたびに暗示にかかり直すから……。そして、そうすると、とっても気持ちよくなるわよ……。」

 

 ユージナの眼を見る。

 たちまちに心が高揚して、股間が硬くなるのがわかった。

 

「あれっ、なんで股間が大きく……。ああ、そうか。気持ちがいいって言ったから、うう……」

 

 いまの言葉は聞こえにくかったが、その前の言葉ははっきりと聞き取れた。

 まずは、この少女の肌の色が変わったことは不思議じゃない……。

 次に、なにかが変だなと思ったら、ユージナの眼を見る。

 最後に、ユージナの眼を見ると、気持ちよくなる。

 全部、心に刻まれた。

 

「さあ、早く、妹のところに……」

 

 ユージナがカリュートに背中を向けて、手首を合わせた。

 カリュートは部屋の隅から縄束を手に取り、ユージナの手首を軽く縛る。

 部屋を出る。

 

 妹とオキュトのいる訊問室はすぐ隣だ。

 内側から鍵がかかっているが、鍵は共通なのでカリュートが手にしているもので開く。

 

「もう嫌です──。許してください」

 

 扉がかすかに開くと同時に、防音の結界が解けて、部屋からあの童女の悲鳴のような声が聞こえてきた。

 

「ミウ、どうしたのよ──? ねえ、縄を放して、すぐに扉を閉めなさい──」

 

 ユージナが焦ったように叫んで中に入る。

 カリュートは言われるままに縄尻を放したが、そもそも、ユージナの手首の縄そのものがすでに外れていた。

 ちょっとおかしいなという考えが頭をよぎる。

 その途端に、ユージナの眼をまた見なければならないという強迫概念に襲われる。

 

「えっ?」

 

「なんで?」

 

 しかし、こっちの訊問室の光景を目の当たりにした途端、カリュートとユージナは、同時に声をあげてしまった。



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735 美少女姉妹(妹)の困惑

「えっ?」

 

「なんで?」

 

 カリュートは、ユージナと同時に声をあげてしまった。

 中では、ユージナの妹が縛られて訊問を受けているはずで、訊問をしているのはオキュトのはずだった。

 ところが、縄で縛られて床に転がっているのはオキュトであり、その横で困った顔をして立っているのは、あの童女の方なのだ。

 さらに、オキュトは素っ裸だ。そのオキュトの服はその辺りに散らばっている。

 おかしい──。

 ユージナの眼を見ないと……。

 

「おい、ユージナ、眼を見せろ──」

 

 カリュートは怒鳴った。

 

「わおっ、あんたやるわねえ、ミウ。初級の操心術だと、相手の心に逆らっていいなりにするのは難しいのよ。だから、わたしは、うまくこいつの好色を刺激する物言いを選んで、暗示をかけているのに、あんたはいきなり、拘束しちゃったの?」

 

 しかし、ユージナは、カリュートに反応せず、妹のミューズに話しかけた。それはともかく、呼んだ名前が違うような……。

 

「おい、ユージナ、眼だ──。眼を見せろ」

 

 カリュートは怒鳴った。

 眼だ──。

 眼を見ないと──。

 目の前の光景には、腑に落ちないことだらけだ。

 

「ち、違うんです、ユイナ──。ユイナに教わったように、まずは自分で望むようになるって暗示をかけたら、なんか、縛られたいとか、足で踏まれたいとか言い始めて、自分で服を脱いじゃたんです。やめさせようとすると、操心術が解けそうになるのがわかるし……、かけ直ししようとしても、言ったとおりにしないとかけ直せなくなっちゃって……。今度は股を思い切り踏めって言うし、あたし、どうしたら……」

 

 妹が泣きそうな顔になって、ユージナに抱きついた。

 すると、ユージナが爆笑した。

 

「あんたの魔道力が強いから、こいつの隠れた性癖まで出しちゃったのね……。でも、ちょっと待って。このうるさいのを黙らせるから……。ほら、わたしの眼よ──。気持ちいいわよ。心がもっと軽くなるし……」

 

 ユージナがやっとカリュートに振り向いた。

 視線が合う。

 心の底からの安堵感が襲う。

 ああ、いい気持ちだ……。

 カリュートは、宙にも舞う気持ちになり、ズボンの下で股間から精を吐き出させた。

 

「えっ、こいつ、射精したの──? えええっ──。気持ちいいって、そんなに強く反応──? 眼を見ると、気持ちいいって暗示をかけたからって……」

 

 すると、ユージナが悲鳴をあげて、後ろに跳びさがった。

 

「おい、こらああっ、ミューズ──。俺を踏めって言っているだろう──。拷問されたいのか──」

 

 そのとき、床に縛られて寝ているオキュトが怒鳴った。

 よくわからないが、このオキュトがとても怒っているということはわかる。

 

「ね、ねえ、ユイナ、どうしたらいいですか? もう、暗示が解けそうなんですけど──」

 

「言葉の順番を間違えたんじゃないの──。最初のひと言は鍵になる言葉になって大切だから、眼を見ると心が楽になるとかいうような、暗示をかけ直しやすい言葉を選べって言ったわよねえ」

 

「ああ、間違えたかもしれません。気持ちよくなるとか、楽になるとかを最初に繰り返したかも……」

 

「だから、こいつが気持ちよくなることが、暗示を深めるキーワードになってんじゃないの? どうでもいいけど、こいつ、操心が解けかけてるわよ」

 

 ふたりが言い合いを始めた。

 なんだかわからないが、またもや、ユージナの眼を見たくなる。

 

「おい、ユージナ、もう一度、眼を見せろ──」

 

 カリュートはユージナの肩を掴む。

 

「ちくしょう──。俺を気持ちよくしねえのかよ──。ああっ、なんで、俺は床に寝てんだ?」

 

 一方で、オキュトが不機嫌そうに声をあげ、さらにきょろきょろと辺りを見回しだしている。

 だが、そんなのどうでもいい──。

 なにかが不自然なのだ。

 だから、ユージナの眼を見ないと……。

 

「おい、眼を見せろって、言っているだろう」

 

 カリュートはユージナの肩を揺り動かした。

 

「もう、うるさい──。カリュート、あんたは一度寝なさい。とっても気持ちがよくなるわ。ほらっ、眼を見て──。寝るのよ──。ミウ、あんたは、いいから、そいつの言うとおりに思い切り踏んづけるのよ──」

 

 ユージナが喚きつつも、カリュートを見た。

 視線が合うと、心からの愉悦が身体を貫くとともに、深い睡魔が襲ってきた。

 

「だ、だって、あたし、ロウ様に踏まれるなら、されたいけど、こんなの踏みたくありません──」

 

「四の五の言わずに、踏みなさい──。暗示が解けるってばあ──」

 

 激しい睡魔に身を委ねるカリュートが完全に眠る前に見たのは、半泣きになっている童女のミューズが思いきり、オキュトの生の股間を踏みつける光景だった。

 勃起していたオキュトの股間から白濁液が飛びだし、ミューズが悲鳴をあげて跳びあがるのを辛うじて認識した。

 しかし、それで完全に眠りの中に陥ってしまい、あとはなにもわからなくなった。

 

 

 *

 

 

「ああ、酷い目に遭った……。まあ、色々と想定外のこともあったけど、概ね、イライジャさんの計画通りということになるのかしら……。」

 

 ユイナはその場にぺたんと尻餅をついた。

 なんか精魂つきたという感じだ。

 連れ込まれた牢の中である。石の壁と天井と床に囲まれたかなり広めの場所であり、おそらく地下牢なのだろう。

 そこに寝ているカリュートがそれを匂わすことを言っていた。

 通路の先には、牢番の詰め所があるとも……。

 

 いずれにしても、とりあえず、この場所にはカリュートが施したらしい防音の結界もあるし、ユイナたちを陵辱しようとしていて、カリュートとオキュトは、ここを人払いしているようだ。

 当面は安全だろう。

 

 こいつらが、賊徒兵を制御できるだけの高い立場の幹部であることや、そもそも、こいつらの名前については、ユイナの眼に刻んでいる鑑定術を使って知ったことである。

 とにかく、事前に調べた噂の通り、訊問者がひとりであってよかった。そういう噂だったから、操心術で操るという手段になったけど、よく考えれば、集団で見張られている状況なら問題のある方法だった。

 まあ、その場合でも、まったく対応できないというわけではなかったが……。

 

「大丈夫ですか、ユイナ……。びしょ濡れじゃないですか。いま、乾かします」

 

 ミウもユイナの前にぺたんと座り込む。

 次の瞬間、温かい風が身体を包み、気がつくと、ユイナの濡れた服も身体も、髪までも乾いている。

 あいつにさんざんに触られて濡らしてしまった下着も、完全にきれいになっているのがわかる。

 ユイナはほっとした。

 

「便利な魔道ねえ。生活魔道って、いうんでしょう?」

 

 ユイナは笑った。

 

「ええ、生活魔道系の洗浄術です。一番最初に覚えた魔道です。ロウ様やエリカ様たちにも、気に入ってもらえて、いつも喜んでいただきました」

 

 ミウが嬉しそうに笑う。

 

「そうでしょうね。わたしには使えないけど……。でも、確かに、この魔道は露営するような旅には便利そうねえ」

 

 ユイナはしみじみと言った。

 

「えっ、だったら、教えますけど……」

 

「あのねえ……。あんたみたいに、教われば、どんな魔道でもすぐにできるようになるっていうのは、本当は常識外なのよ。普通は相性のいい系統の魔道をひとつか、ふたつくらい……。あんたは、結界魔道も、攻撃魔道も、白魔道も、空間魔道も、そして、今度は操心系の黒魔道も覚えて、いよいよ、あの魔道馬鹿たちに近づいたけど、普通は無理よ。わたしは禁忌系の古代魔道はけっこういけるけど、ほかの魔道は初級程度よ。さらに生活魔道なんて、手をつけたくないわよ」

 

「そうなんですか……。それでも、ユイナの方がすごいじゃないですか。この眼球紋という方法は素晴らしいです。魔道封じをかけられても、これは使えるだなんて」

 

「目隠しをされればだめだけどね……。それに、わたしが何年もかけて身につけた必殺の技を、たった一日で使えるようになったあんたは、どうなのよ」

 

 ユイナは自嘲気味に笑った。

 

「それはユイナが教えてくれたからです」

 

 ミウがにこにこしながら言った。

 ユイナは嘆息した。

 

「まあいいわ。それよりもこのカリュートを抑えられたのは運がよかったわね。それに、こっちは問題ないわ。操心術の暗示のキーワードをわたしの眼を見るという行動にしているから。誰かさんみたいに、欲情に忠実になることをキーワードに操心をかけるへまはしてないし……」

 

 ユイナは床に転がっている男たちをちらりと見た。

 カリュートについては、ユイナの魔道で眠らせていて、完全に寝息をかいている。

 また、ミウが股間を踏んづけたオキュトについては、余程にミウが強く踏んだらしく、泡を吹いて気絶している状態だ。

 自縛であったが、さっき魔道で結び直したので、起きあがってもとりあえず問題はない。

 

「ああ、だって、操心術をかけるときには、自分の望まない感情や行動をさせるのは難しいから、とにかく操心にかかることを気持ちがいいと思わせろって、ユイナが言ったから、そうしなくちゃと思ったんです」

 

 ミウは、ちょっとオキュトを見て、嫌悪感でいっぱいにして顔を歪める。

 なにしろ、白目を剥いているが、顔は笑っているし、なによりも仰向けになって、性器を剥き出しにしているのだ。

 ユイナも気持ち悪いと思う。

 

「その結果、こいつが自分で裸になって自縛し、ミウに身体を踏みつけろって叫んだということね」

 

 説明は受けていないが、状況からして、そんなことだろうと理解した。

 

「そうです……。失敗しました。ユイナが来てくれて助かりました。どうしていいか、わかんなくなってきて……。でも、操心が解けようとしているのはわかるし……」

 

 ミウがちょっと意気消沈したように頷く。

 

「まあね」

 

 確かに、あれは気持ち悪かった。

 

「とにかく、情報を取り出すのは、こっちのカリュートで十分よ。賊徒団の最高幹部のひとりみたいだから。侯爵夫人の情報は絶対に知っていると思う。こいつに比べれば、この変態は小者よ」

 

 ユイナは言った。

 

「もしかして、石運びの作業をしているとき、突然にユイナが服をぱたぱたしたり、スカートをまくったりしたのは、この人を見つけたからですか?」

 

「そうよ。眼球紋で刻んでいる鑑定術で、遠目から見ている幹部に気がついたからね。あれっ、もしかして、また、わたしが我が儘でぐずりだしたのかと思った?」

 

 ユイナは笑った。

 すると、ミウが顔を赤くした。

 

「す、すみません」

 

「まあ、それだけわたしの演技が上手だったということね。それにしても、あんなんで引っかかるんだから、世間の男なんてちょろいものね」

 

 ユイナはけらけらと笑った。

 いずれにしても、ユイナとミウがこうやって、わざと賊徒に捕らわれるような目立つ行動をして、実際にあえて訊問を受けるようなことをしたのは、とにかく手っ取り早く、この領都のどこかに監禁されているらしい侯爵夫人の情報をとるためだ。

 

 もちろん、ユイナはこんな危険な役目は嫌だったが、イライジャが誰かが囮になってわざと囚われ、情報をとってから、ほかの仲間を呼び込むという案を出したとき、このミウがそれは自分にしかできないと立候補したのだ。

 確かに、囮で囚われる者は、情報を聞き出すために、初級でいいので操心術が使えないとならないし、逃亡するにしても、外で待機している仲間を引き込むとしても、移動術のような魔道を使いこなせないとならない。

 魔道については天才的なこのミウは、数箇月前に魔道を覚えたとは信じられないほどに、魔道を使いこなし、すでに移動術も使えるし、縮地という技も自由自在だ。

 あのガヤの港町から、たった一日足らずで、この領都まで辿り着いたのは、ミウの縮地術で連続移動してきたからだ。

 

 確かに、ミウ自身が主張するとおり、その役目ならミウが適任だろうと、ユイナは横から聞いていて思った。

 かなり危険な任務だが、魔道さえ封じられなければ、ミウの魔道は十分な武器だ。もっとも、問題はそこなのだが、ユイナが眼球に刻んでいる眼球紋という魔道の方法は、大抵の魔道封じ手段を無視できる。それをミウが覚えればいい。

 実際、ユイナはそれにより、あのパリスさえ騙しきって、監禁されているあいだ、自分の魔道を確保し続けた。

 ユイナは、ミウに眼球に初級操心術を刻む方法を教え、ミウはあっという間にものにしてしまった。

 とにかく、まずは潜入者に、ミウがなることが決まった。

 

 だが、問題はミウと一緒に行く者だった。

 さすがに、ミウ単独というのは、誰も考えなかった。

 そもそも、前提として、囮による情報収集という方法をイライジャが選んだのは、ちょっとした調査の結果、この賊徒団の幹部が、このところ保護を願って領都にやってくる者のうち、美人とみるや、難癖をつけて監禁して、性的な悪戯をするという噂に接したからだ。

 しかも、ほかの男は連れ込まずに、ひとりで訊問するという。

 だったら、そのときに操心術にかければいいということになった。

 しかし、まだ童女のミウでは、いくら顔が可愛いとはいっても、賊徒の幹部が手を出さない可能性がある。

 そこで気絶している変態は例外的存在だ。

 囮役は、ミウ以外に必要だ。

 

 戦闘力のないミウなので、戦える者が望ましいが、獣人のイットではまず潜入そのものが成立しない。イットは魔道を受け付けないので、変装ができないからだ。

 

 同じ理由でマーズも不適格だ。

 身体が大きいので、マーズがいると、まず敵が油断をしてくれない。むしろ危険になる。

 身体の大きさを変えるほどの変身術だと、魔道を使えないマーズには無理だ。

 

 その結果、消去法で、もうひとりは、ユイナということになった。

 イライジャは、自らを考えていたみたいだが、ユイナはミウが自ら立候補した時点で、自分が同行することを決めていた。

 イライジャは、外にいて最終的な指図をしてもらう必要がある。

 囮で潜入して失敗した場合、イライジャが捕らえられてしまった側だった場合、その不測の事態に対応できる人材がいなくなる。

 

 そもそも、ユイナは、このミウが嫌いじゃない。

 まだ十二歳のくせに、随分と好色でませているし変態だ。あの乳女のスクルドや残念女王のガドと、淫乱さではいい勝負だ。

 そして、とても素直だ。

 全身全霊で、ロウのことが好きだと表していて、なんか可愛いなあと思ってしまう。

 

 そういうわけで、ミウとユイナが情報確保のために、あえて賊徒の中に入り込むことが決定した。

 ユイナの黒い肌とエルフ族特有の耳は、簡単な魔道液と耳覆いで隠すことができた。

 あとは、ミウと一緒に上手い具合に入り込み、適当に怪しまれて捕らわれることだったが、それについても、運よく、わずか数ノスで、賊徒団の最高幹部と接触することに成功した。

 

 魔道封じの枷をつけられることは予想していたが、眼球紋の操心術ですぐに外させることはできると思っていたし、実際にそうなった。

 もっとも、計算外は、目隠しをされたまま身体中を触られたことだ。

 あれは気持ち悪かったし、一時はだめかと思った。

 

「そういえば、あんたは目隠しは、すぐに外されたの?」

 

 ユイナは訊ねた。

 目隠しをされていては、いくら眼球紋でも魔道封じをされたのと同じことになる。

 ユイナはそれで苦戦したが、ミウは大丈夫だったのだろうか?

 

「あっ、はい――。こいつが、あたしの顔を舐めようとして、すぐに目隠しを外したんです。あたし、びっくりしちゃって……。それで思わず、頭突きをして……」

 

「頭突き?」

 

「はい、そして、必死に眼球紋で操心をかけたんですけど、慌ててたんで、変な言い回しになったのか、そいつがもっと俺をぶってって叫んで……。そして、あたしの拘束を外して、しかも、自分で服を脱ぎ始めちゃって……」

 

「もういいわ」

 

 ユイナは手を振って、ミウの話をやめさせた。

 

「じゃあ、とりあえず、こいつを起こすわ。ところで、その後はすぐに脱出するけど、ここから移動術は使えそう? 使えないとなれば、ちょっと面倒よ」

 

 ユイナの言葉に、ミウはちょっと周囲を探るような感じになる。ユイナが鑑定術を使った感じでは、移動術を妨げる結界のようなものは感じないが、魔道については、すでにミウが能力が高い。

 ユイナの感じないものをミウが探知できるかもしれない。

 

「大丈夫だと思います」

 

 しばらくしてから、ミウが大きく頷いた。

 

「いいわ。じゃあ、起こすわね」

 

 ユイナは、カリュートを起こすために魔道を放った。

 

「おっ、なんだ……?」

 

 カリュートは、ちょっとぼんやりした感じだったが、ユイナが眼を合わすとすぐに操心状態に戻った。

 

 必要な情報を取り出す。

 その結果、侯爵夫人は、領主の屋敷の離れに閉じ込められているということがわかった。賊徒団の頭領が気に入り、毎日性調教をしているそうだ。

 だが、その頭領は嫉妬深くもあり、部下がその離れに近づくことさえ、禁じている。

 

 また、その離れの周辺に仕掛けられている警戒設備のことをも喋らせた。

 カリュートがすべてを知っているとは限らないが、こいつが認識している分だけでも、この牢舎よりもずっと警備は厳重だ。

 少なくとも、移動術や縮地のような魔道は、反結界が刻まれていて、通用しないみたいだ。

 そうなれば、力押しで突入するしかないかもしれない……。

 まあ、情報さえ持ち返れば、あとはイライジャがなにか考えるだろう。

 

 とことん、知っていることを喋らせてから、今度は記憶を消失させる暗示をかけて、もう一度眠らせる。

 もうひとりのオキュトも、記憶を消去したいところだが、こっちについては操心をかけるキーワードが面倒なことになっているので、手をつけるのはやめた。

 ユイナとミウのことについては、逃げたとは思っても、侯爵夫人のこととは結びつけないだろう。

 いずれ結びついたとしても、そのときには、事は終わっている。

 イライジャは、情報が入手できたら、すぐにでも突入するというようなことを言っていた。

 

「どうします? いまの情報が正しいかどうか、あたしたちだけで一度確認した方がいいんじゃあ……」

 

 カリュートをもう一度眠らせると、ミウがそんなことを言い出した。

 

「馬鹿なことを言うんじゃないわよ。余計なことをして、その警戒設備に引っかかったら、せっかく掴んだ情報が木阿弥になるじゃないのよ。わたしたちだけでできるのは、ここまでよ。さっさと移動術を刻みなさい。イライジャさんのところに戻るわよ」

 

「はい、ユイナ」

 

 ミウが素直に頷く。

 すると、身体の下に移動術の紋様が出現した。



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736 突入せよ! 侯爵夫人監禁事件

 賊徒の占領しているクロイツ領の領都クロイランドである。

 この領都に南王軍が迫っているという情報があり、それに対応するための戦支度は続いているが、一方で、人の営みは続いている。

 今日は、五日に一度の市がある日だったようだが、その賑やかさは陽が落ちてからも続いていた。

 イライジャがその市を通り抜けて、宿屋に戻ったのはすっかりと陽が暮れてからだ。

 突入場所である賊徒の司令部になっている領主の屋敷の周りをぐるりと見てきたのだ。特に警戒をしている様子は確認できなかった。

 もっとも、そんなものはいくら外から見てもわからないかもしれないが……。

 

「あっ、お帰りなさい」

 

「お帰りなさい」

 

 仲間たちは、市の開かれている場所に近いその宿屋で待っていた。少し前に潜入から戻ったユイナとミウもだ。

 宿屋は、裏手が川に面しており、その川は、クロイツ領を南北に貫くオルロイ河という大きな河川に繋がっている。

 その河川を使って、北側のガヤの港町との物流の経路が確保されているのだ。

 面白いのは、北側のガヤを南王軍が奪回し、南側の領都を賊徒が占拠しているという状況でありながら、いまだに両方向の交易が確保されていることである。

 人間族の営みというのは、それだけたくましいということだろう。

 

 もっとも、イライジャが昼間に回った限りにおいては、米や野菜や肉などのすぐに食べ物となるものは、値段が高騰していた。

 この領都に一日の距離に迫っている南王軍が近傍から食料を集めまくっているらしい。それによる値段の高騰だ。

 ただ、賊徒側に与する農村が多いため、なかなか南王軍の徴発はうまくいっていないようだ。だから、半ば略奪に近いこともやり始めており、それもまた、南王軍への反撥を生んでいるという。

 そんなことも、イライジャは市に売りに来ている近傍の農民や行商人たちから教えてもらった。

 

「予定どおりに、今夜、突入するわ。(いくさ)よ――」

 

 イライジャは、四人部屋の宿屋の一室におり、そこで五人で寝泊まりしたが、それも今日で終わりだ。

 今夜、侯爵夫人が監禁されている離れの建物があるもともとの侯爵家の屋敷に突入し、そのまま領都を逃亡することにしている。

 失敗しても、賊徒たちになぶり殺しになるだろうから、いずれにしても、ここに戻ってくることはない。

 また、“戦”という言葉を使ったのは、強引な突入になり、おそらく殺し合いになるからだ。だから、あえて物騒な言葉を使った。

 

「はい」

 

「わかりました」

 

「は、はい」

 

 イット、マーズ、ミウが緊張した表情で返事をする。ユイナは言葉には出さなかったが、しっかりと頷いた。

 イライジャは、懐から出した一枚の紙を広げた。

 可能な限りにおいて情報を集めて手に入れた侯爵家の屋敷の見取り図だ。今日の一日で得られた賊徒の警備配置や警戒具などの情報がそこには書き込んである。もちろん、ユイナとミウが持ち帰ってくれた貴重な情報もだ。

 

 全員がその紙に見入る。

 そこには、屋敷の見取り図のうち、本宅と離れている離れの別宅に赤い丸をつけている。

 これこそが、さっき戻ってきたユイナとミウが持ってきた貴重な情報だ。

 いまから、突入するのは、そこだ。

 

 ただ、侯爵夫人が監禁されいる場所が本宅側ではなく、離れであるというのは意外だった。

 しかも、このふたりが持ってきた情報によれば、魔道具による警備措置はあるが、人の配備は少ないそうだ。

 賊徒の頭領のドピィという男が侯爵夫人を気に入ってしまい、監禁調教を続けるとともに、嫉妬心から見張りの部下まで遠ざけて、誰も近づけさせないのだという。

 そして、その頭領自身が上手い具合に、南王軍への対応のために城郭の外に出ており、この数日不在にしているようだ。

 そこまでは確かめられた。

 

「改めて手筈を確認するわ。この五人を二手に分けるわね。まずは、あたしとイット、そして、ユイナは真っ直ぐに裏手から離れに突入するわ。まずは周囲の照明を可能な限り消す。そして、現れるだろう警備の賊徒はただ蹴散らすだけよ。こっちは、これといって策はない。先頭はイットよ。あなたなら、魔道の警備具を大抵は弾く。頼むわね」

 

「はい」

 

 イットが頷く。

 生まれつきの魔道耐性を持ち、ほとんどの魔道攻撃を無力化する特異体質のイットだと、魔道攻撃の効果のある警備具を簡単に突破できる。

 もちろん、魔道罠にも物理的な攻撃はあるので、すべてではないが、イットの身体能力なら問題ないだろう。

 また、照明を壊すことを指示したのは、突入が獣人族とエルフ族になるからだ。夜目が効くイライジャたちとは異なり、人間族の多くは夜目の能力は低い。

 明かりが消せれば、こちらが俄然優位になる。

 

「ユイナは最終的に、侯爵夫人を確認してもらうわね。頼むわ」

 

 イライジャたちは、シャロン=クロイツ侯爵夫人の顔を知らない。だから、その確認は、ユイナの扱える鑑定術ということになる。

 

「はーい。ただし、わたしは、戦えないからね。しっかりと守ってよ、イット」

 

「うん、できる限り……」

 

 気楽そうに笑うユイナに対して、イットが大真面目な顔で頷いた。

 

「そして、マーズとミウ……」

 

 イライジャは、見取り図のうち突入経路とは反対側になる屋敷本宅の裏手になる場所を指さした。

 

「あななたちは、まずは陽動よ。こことここに、油の樽を外壁の内側に持ち込んで隠したわ。うまくすれば、火が燃えあがる。とにかく騒ぎを起こすのよ。それを待って、あたしたちは屋敷に突入するわ」

 

 イライジャが言った。

 すると、ユイナが先端に筒のようなものがついている矢を十本ほど取り出して、マーズに渡した。

 

爆裂矢(ばくれつや)というものよ。わたしが作ったの。この導火線に火をつけて矢で放てば、飛翔しながら装薬が混ざり合って、なにかに刺さったときに爆発する仕掛けになってるわ。あんた、弓はできるんでしょうねえ?」

 

「得意ではありませんが、弓を扱うことはできます」

 

 マーズがユイナからその火矢を受け取った。

 

「十分よ。とにかく、イライジャさんが持ち込ませた油の樽の近くの地面に当てなさい。爆発で火が引火すれば、油の樽が燃えあがるでしょう。十本もあれば、まるっきり当たらないということはないはずよ。高い塀越しに、ただ火矢を射るだけだしね」

 

 ユイナが揶揄うような口調で言った。

 

「頑張ります」

 

 マーズが大きな身体でぺこりと頭をさげた。

 

「イライジャさんたちが突入する場所の近くに、移動術の魔道紋は刻み終わってます」

 

 ミウが緊張した口調で言った。

 イライジャは頷く。

 

「陽動で騒ぎを起こしたあとは、ミウとマーズは、ミウの移動術で突入場所に移動。マーズはすぐにあたしたちに合流──。ミウはその場に待機して、逃亡経路の確保よ」

 

「あたしも戦力になりますよ。マーズと一緒に行きます」

 

 ミウが言った。

 だが、ユイナが横からせせら笑うような口調で口を挟む。

 

「やめてよ、ミウ。あんたが頼りなんだから、しっかりと逃げ道を確保しておいてちょうだい。わたしは、こんなところで死にたくないんだから、一緒には来ないでよ」

 

「あっ、は、はい。わかりました。しっかりと逃げ道を確保します」

 

 ミウが頷いた。

 イライジャはほっとした。

 実のところ、ミウの魔道はこの五人の最大戦力であり、今回の作戦の成功率を高めようと思ったら、ミウを突入班に組み入れることが合理的だ。

 実際、イライジャはそうするつもりだった。

 

 陽動を誰かにやってもらうつもりではいたが、それをミウには考えてはいなかった。

 しかし、ミウを突入側に加えることに反対したのは、囮になってわざと賊徒に捕らわれ、侯爵夫人の正確な居場所を探る仕事から戻った直後のユイナだった。

 ユイナは、イライジャからどういう策で突入するのかと訊ねてきて、突入班にミウを参加させようとしているイライジャの腹案を確認すると、それに反対したのだ。

 理由は、ミウがまだ十一歳であるということだった。

 

 いくら能力があっても、まだ血生臭い場所に加わるのは早い──。

 ユイナはそう言った。

 

 イライジャはそれを受け入れ、ミウをマーズとともに陽動に回し、それを果たしたあとは、退路を確保する役割を与えることにしたのである。

 いつもは、(はす)に構える態度であり、人を喰うような物言いしかしないユイナだが、実は勘がいいし、感情が豊かだ。

 そして、なんとなくだが、ユイナはとてもミウが好きなのだと思う。

 だから、そんなことをこっそりと言ってきたのだろう。

 

 ミウも、すでにロウたちとともに冒険者として活動しているので、人の死に面したことがないわけではないが、ミウが突入班に加われば、ミウもまた相手を殺すことを強いられることになる。

 確かに、それはまだミウには酷だと、イライジャも思い直した。

 

「もう一度言うわ。突入は、最初はイット、ユイナ、あたし……。タイミングはマーズとミウによる反対側の陽動による爆発が起きてから──。目的は侯爵夫人の救出──。もしも、作戦を中止する事態になれば、あたしが信号弾を飛ばす。それが出たら、策は終わり。ばらばらになってでも離脱して、あとはイザベラ姫様に合流しなさい」

 

 イライジャは言った。

 全員が頷いた。

 

「よおし、頑張るわよ。そして、あいつにご褒美をもらおう――」

 

 そのとき、ユイナがいきなり明るく掛け声を掛けた。

 

「はいっ、ロウ様に誉められたいです。ご褒美――」

 

 ミウが続く。

 

「よし、ご褒美よ――」

 

 イライジャは、笑いながら続いた。

 

「ご褒美――」

 

「ご褒美――」

 

 すると、マーズとイットもやっと緊張が解けた感じで明るい声をあげた。






【シャロン=クロイツ現象】

 監禁事件や人質事件などにおいて、被害者が犯人に好意的な感情を抱く現象のこと。
 第一帝政期直前に発生した、ハロンドール王国クロイツ領の賊徒反乱におけるシャロン=クロイツ侯爵夫人の監禁事件がその語源である。
 同事件は、賊徒主と侯爵夫人の悲恋として幾度も戯曲化されているが、帝政中期の犯罪心理学者オルソン=オルフソンがこの戯曲の題材を例にとって、多くの監禁犯罪で観察される犯人と人質間の奇妙な連帯感情を説明したことから、この用語で広く世間に知られるようになった。


  フランク=オッシュバーグ著『社会心理学事典』より


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737 突入せよ! 飛び出す獣人娘

 大音響が響いた。

 

「うわっ」

 

「なに?」

 

 音がするとわかっているイライジャとイットでさえ、驚いた声を出してしまった。そのくらいの凄まじい音だった。

 音の方向を見ると、夜闇の中に大きな火柱があがっている。

 こことは大きな屋敷を挟んだ反対側の外壁である。

 なお、イライジャとイットとユイナは、手筈通りに、正面でもなく、しかし、裏手でもない侯爵家の広い屋敷の側面になる外壁のそばの闇に隠れていた。

 

「ええ?」

 

 原因を作ったユイナからしてびっくりしている。

 ここまで振動が伝わってくるのだから、どんな爆発なのかと思う。

 

「ユイナ、ちょっと威力を高めすぎじゃないの? ミウやマーズに、なにかあったらどうするのよ」

 

 あの爆発が、宿屋でユイナがマーズに手渡した「爆裂矢(ばくれつや)」とかいう武器のせいなのは間違いない。

 今回の襲撃のために、ユイナが急遽作ったものであり、あのときの説明によれば、弓で射たときの飛翔のあいだに装薬が混じり合って、矢がなにかに刺さったときの衝撃で爆発するという説明だった……。

 だが、威力がありすぎだろう。

 

「な、なんで、あ、あれのせいなんですか──。そりゃあ、時間がなかったから実証実験はしてなかったけど、計算じゃあ、あそこまでの威力はないはずなんです。イライジャさんの準備した油樽が爆発したんじゃないですかあ?」

 

「あたしが準備した油は燃えるだけで、爆発なんかしないわよ」

 

 イライジャは呆れて言った。

 

「ええ? だけど、おっかしいなあ……。あそこの紋様をちょっと勝手に書き換えたのが駄目だったのかな……」

 

「いいから、次からは計算だけじゃなくて、実証もしなさい」

 

 イライジャが叱責すると、闇の中のユイナの顔が不満そうにむっと膨れた。

 そのときだった。

 目の前の空間が揺れて、ミウとマーズが現れた。

 移動術だ。

 

「なんで、もう来たのよ? あんたらは、反対側で陽動する役目をイライジャさんから言い付かったんじゃないの?」

 

 ユイナが開口一番に言った。

 

「いや、もう十分ですよ──。なんですか、あれ──。壁どころか、建物の一角まで吹っ飛びましたよ。死ぬところだったです」

 

 ミウが珍しくも怒りの感情を込めて怒鳴り返した。

 

「うん、すごかったな……。ミウが咄嗟に結界で守ってくれなかったら、あたしたちも破片で大けがしてたかもしれない。とにかく、すでに陽動の役目はもう果たしたと思ったのでミウに転送してもらった」

 

 マーズも苦笑している。彼女は、背中に弓と矢を紐で縛って背負っている。腰には大剣だ。

 だが、見たところ、特に負傷のようなものはしてないみたいだ。ミウが守ったのだろう。

 

「ねえ、本当に、あれは、わたしの作った魔道矢の威力? 油に引火して爆発したんじゃないの?」

 

 ユイナがミウに訊ねた。

 イライジャは、まだ言っていると思った。

 

「油ってなんですか。爆発したときに、跡形も無く失くなったんじゃないですか? とにかく、一発で、なにもかも吹っ飛んだんですよ」

 

 ミウがまた怒ったように、ユイナに言い募った。

 しかし、ユイナは悪びれた様子もなく、「ごめんねえ」と笑うだけだ。

 まあ、それはともかく、ミウもこのユイナには気安いみたいである。最近は随分と二人が遠慮のない感じで喋っているのを見る。

 まあ、いいことだ。

 

「じゃあ、予定とは違ったけど、マーズも含めて、突入するわよ──。ミウ、ここを頼むわ」

 

 イライジャは声をあげた。

 行った場所に瞬時に移動する「縮地術」とは異なり、「移動術」の場合は、原則として、転送する両方向の場所に同じ術者の紋様が刻まれている必要がある。

 だから、この場所でなければ、ほかの場所には転送できないのだ。

 結構面倒なのである。

 その代わり、障害物があれば移動が阻まれる縮地術とは異なり、まったく見えていない場所に瞬時に空間跳躍できる。

 ただし、移動術の方が魔道で追跡しやすく、縮地術は術の終了ととももに紋様が発散するので、高位魔道遣いの追跡でも引っ掛かりにくかったりする。

 いずれにしても、城郭のような場所から一瞬で逃亡するためには、移動術がもっともよい。

 だから、ミウには、この場所に待機してもらい、イライジャたちの帰還を待つように指示をしていた。

 

「はい、お気をつけて」

 

 ミウが真剣な表情で頷く。

 

「行きます……」

 

 イットが呟くようにささやく。

 次の瞬間には、イットは高い石塀の上に昇っていた。

 手でイットが合図する。

 反対側に誰もいないという合図だ。

 マーズが巨体を跳躍させ、宙で壁を一度蹴り、壁の上に乗って腹ばいになって、こっちに大きく手を伸ばした。

 イライジャは、その手に飛び上がって片手で掴んだ。

 マーズがイライジャの身体を引きあげる。

 

「ユイナ──」

 

 イライジャは声をかけた。

 まだ残っていたユイナがイライジャの足首を掴み、器用にイライジャとマーズの身体を伝って壁にあがった。

 イライジャもあげてもらい、四人全員が壁にあがる。

 確かに、周囲には誰もいない。

 反対側であれだけの騒動が起きているのだ。

 ここに巣くっている賊徒の大半は、そっちに向かったかもしれない。

 

「よし、マーズが来たなら、あたしは先に行きます──」

 

 イットが屋敷側の庭に飛び降り、駆けだした。

 マーズ、イライジャ、ユイナも、続いて、ほぼ同時に飛び降りる。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい──」

 

 ひとりで突き進むなと伝えようとしたが、すでに、イットはずっと前を駆け進んでいた。

 

 

 *

 

 

 イライジャは、マーズのあとをついて行くように駆けた。

 屋敷内は、あの爆発のためにかなり慌ただしいことになっていた。

 ただ、離れの方向に近づく集団はない。

 

「あ、あいつ、ち、ちっとも、連携なんて、考えずに、走って行っちゃって──」

 

 後ろを走っているユイナが息を切らしながら不満を言った。

 そのとおりだとイライジャは思ったが、どうしようもない。

 また、そういえば、他人と連携をして行動することが苦手なイットを、よくエリカが叱ったり、ロウがたしなめたりしていたことをやっと思い出した。

 

 樹木の茂っている間を通り抜けると、すぐに建物が見えた。

 情報のとおりだ──。

 あそこに侯爵夫人が……。

 しかし、ところどころに地面に穴が開いていたり、矢や槍が刺さっていたりする。

 全部、イットが通り抜けていったときに発動した罠だろう。

 

「伏せて──」

 

 そのとき、ユイナが突然に叫んだ。

 なにも考えずに、その場に伏せる。

 左右の空中から十数本ずつの槍が出撃するように現れて、たったいま伏せた身体の上を真横に貫く。

 

「うわっ」

 

「なに?」

 

「ひいいっ」

 

 さすがに三人で悲鳴をあげた。

 槍はそれぞれに通り抜けてなくなったが、さらに闇を切り裂くような羽音が上から近づいてきたと思った。 

 

「ちっ、そのまま小さくなって固まってください」

 

 マーズが巨体とは思えない俊敏な動作で、イライジャとユイナを跨ぐように立つ。

 続いて雨のように矢が降ってきた。

 マーズが大剣を持っていたが、それを頭上に向かって風車のように回して、ことごとく矢を払っていく。

 羽音と思ったのは、この矢の雨の罠が近づく音だったのだ。

 矢はいつまでもやまず、三人のいる地面に次々に突き刺さる。

 ただ、身体に当たる矢だけはない。

 そして、しばらくして、やっと矢がやんだ。

 

「大丈夫ですか?」

 

 マーズが立ったままイライジャたちを覗き込むようにしてくる。

 イライジャにも、ユイナにも怪我はない。しかし、マーズには左肩に二本ほどの矢が突き刺さっていた。

 

「マーズ、あんた、矢が──」

 

 立ちあがったユイナが声をあげる。

 

「あっ、問題ありません」

 

 しかし、マーズは右手を伸ばして無造作に肩から矢を引き抜く。血が噴き出す。

 

「うわっ」

 

 ユイナが悲鳴をあげた。

 

「すぐに、気力で止血します」

 

 マーズが肩を手で押さえる。

 すると、本当に血がとまった。止血って、気力でできるのか?

 

「本当に、大丈夫?」

 

 イライジャも声をかけた。

 

「問題ありません。行きましょう」

 

 マーズがにっこりと笑った。

 

「だったら、わたしが誘導するわ。庭中に罠がある。イットが突き抜けちゃったみたいだけど、罠が発動すると、警告がどこかに飛ぶようにもなっているみたいね。だから、できるだけ罠を避けて進むべきなんだけど、まあ、もう遅いかもね。あの獣人娘があちこち作動させて突っ走っているから、すぐに賊徒が駆けつけるわよ」

 

 ユイナだ。

 

「ロウじゃないけど、あとで懲罰折檻ね……。生き残れたらだけど……」

 

 イライジャは息を吐いた。

 建物までは、目と鼻の先だ。

 入口は蹴り破られており、すでにイットは中なのだろう。

 すると、屋敷の母屋の方向から十人ほどの賊徒が武器を持って走ってくるのが見えた。

 

「おっ、あそこに誰かいるぞ──」

 

「照明矢を放て──」

 

 賊徒たちが叫ぶのが聞こえてくる。

 まだ距離があるが、こっちからははっきりと見える。しかし、向こうからは、よく確認できないみたいだ。

 人間族とエルフ族の夜目の能力の差だ。

 

「行ってください。あたしが食いとめておきます」

 

 マーズが声をかけて、背中に結わえていた弓と矢を外して構えた。

 ユイナが渡していた爆裂矢だと思ったときには、すでにマーズは矢を放ち終わっていた。

 大音響がして、たったいままで賊徒たちがいた場所に巨大な火柱があがる。

 人間の肉片が飛び散る光景もそこに広がった。

 

「任せるわ」

 

 イライジャは、ユイナとともに建物の中に向かって進みはじめた。

 しかし、すぐに背中側で、さらに賊徒の増援が集まる喧噪が伝わってきた。イライジャは一度振り返る。

 そのとき、マーズが放った爆裂矢が二度目の火柱をあげた。

 新たな賊徒たちが、遠巻きに距離を置き出すのが見えた。

 一方で、絶対に夫人を連れ出させるなと叱咤する幹部らしき者の声も聞こえる。

 とにかく、イライジャは、ユイナが鑑定しながら罠を指摘するのを聞きながら、建物に入る入口に向かって足を進めた。

 

 

 *

 

 

 外にあれだけあった罠の気配は、建物の中に入るとまったくなくなった。

 感覚を研ぎ澄ませる。

 人の気配はほとんどない。

 だが、辛うじて、奥側に人がいる感じが伝わってくる。

 イットは、そっちに向かって廊下を進む。

 

「けつの穴が痒い。オナニーしたいいい──」

 

 そのとき、突然に、女性の泣くような絶叫が響き渡ってきた。

 進もうとしている建物の奥側からだ。

 

「なんだあ?」

 

 思わず、イットは声をあげてしまった。

 すると、そっちから何者かの気配が近づいてきた。

 イットは気を引き締めた。

 すると、その気配が消滅して、人だけが姿を現した。

 

「おやおや、なんだか騒がしいと思ったら、珍しいねえ。獣人族の娘かい……。いずれにしても、いまは取り込み中でね。帰っておくれ。この先では、お館様の雌犬を調教している真っ最中でね」

 

 現れたのはひとりの人間族の老婆だった。イットの姿を見て、口から息が漏れるような笑いを発している。

 潜入してきたイットを確認して、奥に向かう廊下を背にして立ち止まった。

 

 だが、イットは自分の身体にぞっとするような緊張が走るのがわかった。

 その理由はわからなかった。

 目の前にいるのは、ひ弱そうなただの老婆だ。

 次の瞬間、突然に足の下の地面が真っ白く輝いて、床が揺れた感じになった。

 

「えっ?」

 

 ちょっと違和感があったが、それだけだ。

 

「ほう、あれだけの電撃だったんだけど、魔道を跳ね返したという感じじゃなかったねえ……。もしかして、魔道を受け付けないのかい? そりゃあ、ちょっと面倒だねえ」

 

 すると、老婆が笑った。

 もしかして、いまのは魔道だったのか……。

 しかし、魔道を受け付けないイットの特異体質がそれを寄せ付けなかったのだろう。

 

「あたしに魔道は通用しない……。だから、魔道遣いは、あたしには勝てない……。逃げるんなら、逃がしてあげるから行きなよ、婆さん」

 

 イットは両手の爪を刃物にして伸ばす。

 ガロイン族としての戦闘態勢だ。

 

「やれやれ、魔道が効かないとなると、年寄りには辛いねえ……」

 

 すると、老婆が宙から二本の短剣を取り出すように両手に持った。

 収納魔道か……。

 すると、すっと老婆の身体が沈み込んだ。

 

「くっ」

 

 次の瞬間、身体がすれ違った。

 イットは自分が動いたという感覚もなかったが、立っている位置は入れ替わっていた。

 頬に痺れるような痛みがある。

 血の匂いもだ。

 

 斬られた?

 

 一方で老婆は、左腕から血を流していた。また、左手に持っていた短剣の刃は折れている。

 しかし、老婆の腕が青白く光り、それがなくなると、負傷が完全になくなっていた。

 治療術か……。

 

「驚いたねえ……。この婆さまを傷つけるどころか、武器の刃まで折ってしまえるとはねえ」

 

 老婆が右手の剣を消滅させる。

 そして、再び身体をちょっと沈めた。

 

「さすがは獣人族だねえ……。あと十年もすれば、このあたしの相手になったかもしれないね」

 

 老婆が笑った。

 

「あんた……何者?」

 

 イットは構えながら訊ねた。

 

「キーネという名のただの老婆だよ……。お館様に、奥にいる雌犬の世話と警護を任されている……。ところで、お前は誰だい? なんのために、ここに来たのさ。ここには、金目のものなんかないよ」

 

「泥棒じゃない……。クエストで……。依頼されて、シャロンさんという女の人を助けに来た」

 

 イットは言った。

 不意に、キーネが動いた。

 いや、気がついたときには目の前にいたのだ。

 

 拳──?

 

 必死に上体を極限まで反らして、殴打をかわす。

 蹴りをキーネの腹に叩き込む。だが、蹴りが届いたと思ったときには、キーネはそこにはいなかった。

 顔と腹に拳──。

 あの拳で殴られれば、内臓を毀されて動けなくなる──。

 根拠はないが、その予感が走る。

 イットは必死で全部をかわす。

 

 気がつくと、また距離が開いていた。

 再び、身体の位置が入れ替わっている。

 

「冒険者かい……。だとすれば、やっぱり、貴族の犬なんだろう? 貴族のかけた高い依頼料に目が眩んで引き受けたのかい? さしずめ、依頼者はあの雌犬の父親かねえ」

 

 キーネがくくくと笑った。

 正解だが、イットは黙っていた。

 大きく息を吐く。

 

 その瞬間、再びキーネが飛び込んでいた。

 

「ぐはっ」

 

 まともに腹に蹴りを喰らう。

 息がとまった。

 

「手に爪を出すのはガロイン族だね? だとすれば、尻尾の付け根が性感帯だったねえ。ここを掴まれると、感じずぎて動けなくなるんだっけ?」

 

「えっ?」

 

 なぜ後ろに?

 キーネの声はすぐ背中側からした。

 

 まったく気がつかなかった。

 だが、うずくまってしまったイットのズボンから出ている尾に手を伸ばされ、キーネに無造作にその付け根を掴まれてしまう。

 

「くあっ、ひんっ」

 

 身体を快感がつきぬけて、一気に脱力してしまった。

 

「おやおや、敏感な娘だねえ」

 

 キーネがイットの尾の付け根を愛撫するように動かしながら大笑いした。

 

「ひっ、ひいっ、この──」

 

 イットは身体を回転させて、キーネの淫らな手管から離れた。

 しかし、またもや、キーネが一瞬にして距離を縮めてきた。

 次の瞬間、キーネが態勢を完全に崩しているイットの身体に再び拳を打ちつけてきた。

 

 あれをまともに喰らえば死ぬ――。

 イットは懸命に身体を捻った。



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738 突入せよ! 悪しき誘拐犯たち

 空中で身体を捻って、辛うじてキーネの拳を避ける。

 

「動きだけは速いねえ。さすがは獣人族さ」

 

 だが、キーネはイットが動いた方向で待ち構えていた。

 

 顔に膝──。

 

 考えるよりも先に身体が動く。

 

 イットは爪を蹴りあげたキーネの脚の内腿に突き立てていた。

 

「ちっ」

 

 キーネが呻き声のようなものをあげる。

 しかし、キーネは体勢を崩すことなく、イットに迫る。

 

「あぶうっ」

 

 勢いが緩まることなく、イットの顎にキーネの膝蹴りが炸裂した。

 蹴り飛ばされて、イットは壁に背中と頭を叩きつけられる。

 そこに、殺気──。

 イットはほとんど無意識のうちに跳躍して、天井に飛ぶ。

 たったいまイットがいた位置の壁にキーネの拳が炸裂して穴が開く。

 

「おっ?」

 

 キーネが初めて困惑するような声を出した。

 次の瞬間、天井を蹴って上から落ちてきたイットの爪がキーネの肩口に深々と突き刺さった。

 

「ぐあっ」

 

 キーネが完全に体勢を崩す。

 床に足をつけたイットは、キーネの脚に自分の脚を搦めてキーネの身体を倒す。さらに捻って膝の関節を強引にへし曲げる。

 ごんと骨が折れる感触がはっきりと伝わる。

 

「んがあああ」

 

 キーネが絶叫した。

 イットは喉に爪を立てようと飛びかかった。

 しかし、大きな衝撃が脇腹を襲った。

 キーネの拳が腹に喰い込んでいた。

 

「ぐっ」

 

 火傷しそうなほどに熱い──。

 イットは膝を折りかけた。

 そこに、キーネが踏み込んできた。

 連続の拳──。

 全部を避けきれずに、一発だけ下腹部に喰らう。息が止まる。

 だが、イットの蹴りもキーネの脇腹に当たる。

 

 再び距離が開く。

 

 イットは大きく息を吸った。

 なんとか呼吸はできる。

 吸う──。吐く──。

 数回繰り返して、なんとか息ができることを確認した。まともに、腹を殴られたときには、息が止められたかと思ったのだ。

 

「はあ、はあ、はあ……卑劣な誘拐犯のくせに……、や、やるじゃないかい……」

 

 キーネが肩で息をしながら、血が出ている自分の肩を手で触れる。

 青白い光が灯り、あっという間に止血された。

 だが、折れている膝は治療はできないみたいだ。曲がったまま戻らない。キーネの自己治療術では止血が限界なのだろう。

 

「ゆ、誘拐犯は、お前らだろ──」

 

 イットは言い返した。

 

「そうかねえ……。あの雌犬は、ここで頭領の帰りを待ちたいってさ……。本人の意に沿わぬ連行は、誘拐じゃないのかい……」

 

「嘘ばっかり言うな──」

 

「ひひひ……、なら、確かめてみて、嘘じゃなかったら、大人しく帰るかい?」

 

「そんなわけ、あるか──」

 

「だろうね……」

 

 キーネの頬が綻んだ。

 殺気が消えて、キーネが完全な隙に包まれる。

 

 誘いだ──。

 

 わかっているけど、イットの戦闘種族としての本能が足を踏み出させていた。

 爪を立てて飛びかかる。

 

 キーネの蹴りが襲う。 

 折れている側の足だ。

 かわさずに抱え込む。

 キーネが浮きあがった。

 イットが持ちあげたのではなく、キーネ自身が身体を浮かせたのだ。

 抱えていない側のキーズの膝がイットの後頭部に衝撃を与える。

 

「ぶはっ」

 

 イットはキーネを離してしまい、上体から床に叩きつけられた。

 

「よいしょっと」

 

 キーネが上に乗ってきた。

 

「あっ」

 

 気がついたときには、怪我をしていない足を右手と首に絡められ、さらに腕を関節の逆側に曲げられた。

 

「いたああ」

 

 イットは声をあげた。

 振りほどこうとしたが、そうすると腕が肩から外れそうな激痛が走り、逃げ出せない。

 

「大人しくしな。シャロンは渡しはしないよ。あの雌犬は、頭領の花嫁だからね」

 

 キーネが空いている片手をイットのお尻に伸ばして、またもや尻尾の付け根をぐっと握る。

 

「あっ、んぐうっ、くはっ、ああっ」

 

 びりびりと電撃のような疼きが貫き、瞬時にイットは脱力してしまう。性奴隷としての十歳からの調教生活に加えて、ロウによって徹底的に性感を敏感にさせられている。

 どうしても感じてしまうのだ。

 

「ああっ、ああっ、ああっ」

 

 イットは関節を固められたまま恥ずかしくも艶めかしい声を出してしまった。

 

「ふふふ、ガロイン族の女は尻尾が弱点とはいうけれど、こりゃあ、敏感すぎるだろうに……。貴族のクエストなんかやめて、このあたしの調教を受けるというのはどうだい? 可愛がってやるよ」

 

 キーネが笑いながら、尾の付け根に加える刺激を強めつつ、じわじわと関節を曲げる。

 

「く、くそう──」

 

 必死に逃れようとするが、キーネの足と腕から抜け出せない。しかも、尻尾の付け根を刺激され続けて、力も入らないし……。

 イットは絶望的になりかけた。

 

 そのとき、突然に廊下に銃声が響いた。

 

「うがっ」

 

 不意にキーネの力が緩む。

 イットは腕を抜き、身体を起こし、爪でキーネの喉を斬り裂いた。

 

「ぐああっ」

 

 キーネが倒れる。

 イットは瞬時に蹴り飛ばそうと思ったが、さんざん尾をいじられ、その感覚が残っていて、足をとられてしまった。

 気がついたときには、キーネは跳躍して後退していた。

 キーネと距離が開く。

 

「ちっ、誘拐犯どもには、仲間がいたのかい……」

 

 キーネが荒い息をしながらこっちを睨んでいる。

 さっきまでの余裕は完全にない。

 かなりの血と喉が肩から流れている。ただ、両方とも致命傷ではない。

 また、今度は止血ができないみたいだ。

 いつまでも、血は床に滴り続けている。

 

 だが、銃声──?

 

 背中側に意識を向け、ちらりと一瞬だけ振り返る。

 イライジャとユイナだ。

 銃を撃ったのはユイナみたいだ。

 

「あんた、銃なんて持ってたの?」

 

 イライジャは剣を抜いているが、ユイナの持っている武器は、あのロウが使うような短銃だった。

 そして、驚いたように声をあげたのは、イライジャだ。

 

「持ってましたね……。収納術で火のついた短銃を五挺ほど準備してます……。おねだりして、あいつに譲ってもらったんです。一挺につき、口で一回抜くのを条件に……。あいつ、わたしのお尻に淫具で振動を与えながら、それをやらせたんですよ」

 

 ユイナが笑っている。

 だが、その内容にイットは、ここにはいないロウの淫らな悪戯のことを思い出してしまい、ちょっと子宮が熱くなってしまった。

 

「新手だけど、そっちは大したことなさそうだね──。不意さえ突かれなきゃ──」

 

 キーネが動いた。

 壁に飛び、天井を駆けて、イットをかわす。そのままイライジャとユイナの方に向かっていく。

 なにを考えているか瞬時に悟った。

 あの二人のどちらかを人質にでもしようというのだろう。

 

「待て──」

 

 イットは追った。

 視界の先ではユイナとイライジャがぎょっとした表情になっている。

 キーネをイライジャたちの距離がどんどん縮まる。

 

 だが、脚が折れているキーネは、片足を引きずっていて、それでイットはキーネに追いつくことができた。

 飛びかかって、背中から爪を胸に貫かせた。

 

「ぐああああ」

 

 キーネが胸から血を噴き出させて倒れる。

 

「どいてっ」

 

 ユイナが声をあげた。

 もうイライジャたちとは、ほとんど距離もない。

 ユイナが新しい銃を構えて、キーネの眉間に銃口を突きつけている。

 瀕死のキーネが目を見開いたのがわかった。

 

「元気のいい婆さんみたいだけど……死んでね……。あんたが収納術で持っているらしい鍵が必要みたいだし……」

 

 ユイナがそう言うとともに、銃音が響いた。

 キーネの身体から完全に力が抜けた。

 すると、その身体の横に大量に雑多な物が出現する。

 このキーネが収納術が格納していたものだろう。本人の生命が消えたので術が消滅して、一斉に外に出てしまったのだ。

 

「ふう……」

 

 そのとき、ユイナが腰を抜かしたように、その場に両膝をついた。

 

「大丈夫? 無理しなくてもよかったんじゃないの」

 

 イライジャがそのユイナの肩にそっと手を置く。

 無理とはなんだろうとは思ったが、イットははっとした。もしかしたら、ユイナは生まれて初めて人を殺したのか?

 魔道は遣うが、他人を攻撃するような魔道は駆使できないみたいだし、武術の腕はない。

 少なくとも、イットがユイナに接するようになってからも、ほとんど戦いの正面には出てない。

 だが、いまは、わざわざ前に出てきて、自らとどめを刺した。

 

「まあ、無理もしないと……。無理したがっているやつもいますし……」

 

 無理したがっている者?

 誰のことだろう?

 もしかして、ミウのこと? 最近、ふたりは仲がいいみたいだし……。

 

「だから、ロウに銃を強請ったの? でも、人殺しに慣れる必要はないと思うけどね……」

 

「慣れるつもりまではありませんよ、イライジャさん……。ところで、その鍵束は、この先の部屋と、侯爵夫人を拘束している枷の鍵のだと思います」

 

 ユイナが立ちあがりながらキーネの身体の横に出現しているたくさんの物の中から鍵を指さした。

 

「これのこと?」

 

 イライジャがそれを手に取る。

 

「ええ」

 

 ユイナが頷いた。

 

「ところで、この婆さん、何者だったの? まさか、イットがあんなに苦戦するなんて……」

 

 イライジャが眉間に皺を寄せた。

 

「さあ……。キーネと名乗ってましたけど……」

 

 イットは言った。

 

「タルハーニャよ──。わたしの鑑定ではそう出たわ。元S級冒険者ってね」

 

 すると、ユイナが口を挟んだ。

 

「S級冒険者のタルハーニャ──? まさか──。伝説級の冒険者じゃないのよ。家族を惨殺されて、それで冒険者を引退して行方不明になっていたはずの……。でも、なんで賊徒になんか与しているのよ」

 

 イライジャが仰天している。

 イットは、そのタルハーニャという冒険者のことは知らない。だが、イライジャの態度を見れば、余程に有名な冒険者だったのだろう。

 

「さあ……、さすがに、そこまでは……」

 

 ユイナが肩をすくめた。

 イライジャが嘆息した。

 

「……ところで、あんたの鑑定術って、また、能力があがってない? どうして、収納術でしまっておいたものまで鑑定できるの? これって、こいつが魔道で亜空間に収納していたものよね」

 

 イライジャが不思議そうに訊ねた。

 イットには、魔道のことはさっぱりとわからないが、イライジャの物言いによれば、それは不思議なことなのだろう。

 すると、なぜかユイナの顔が赤くなる。

 

「だ、だって、あいつの鑑定術って、ほぼ無敵になんでも読み取って、口惜しいじゃないですか。だから……」

 

「だからって……。もしかして、あんた、また眼球紋をいじったの? おかしな強化をして、失明したらどうするのよ──」

 

「失敗しても、あいつがいるから大丈夫ですよ。問題ありません。もしも、だめでも、本物の眼以上の義眼を魔道具で作ってしまいます」

 

 ユイナがけらけらと笑った。

 イットは、ふたりの会話の意味がよくわからず、首を傾げそうになった。

 

「と、とにかく、助かった、ユイナ」

 

 イットは言った。

 キーネに関節を極められたときは危なかった。

 銃で撃って、キーネをどかしてくれたのもユイナに違いない。

 

「ひとりで突っ走って、勝手に戦闘を起こして、挙げ句の果てに、やられかけるなんて、不甲斐ないわねえ。戦闘種族の名が泣くわよ」

 

 すると、ユイナが揶揄うように言った。

 イットは、かっと顔が赤くなるのを感じた。

 

「ご、ごめん……」

 

「そうね。あんたが勝手に突っ走ったおかげで大変なことになっているわ。どうやら、あんたは罠を突破するときに、警告という警告を全部作動させたらしいわよ。外じゃあ、マーズが集まってきた賊徒兵を奮闘している真っ最中よ」

 

 イライジャだ。

 イットは仰天した。

 

「ええ? そ、そんな──。す、すみません──」

 

 罠は全部避けたし、魔道系のものは受けても問題がないので、そのまま突破した。一度作動させておけば、後から追ってくる者も楽だとも思ったので、あえて、罠を作動させもした。

 警告機能のことは考えもしなかった。

 

「まったくよ。罠には、色々なものがあるのよ。例えば、最初に引っ掛かっても作動しないけど、二度目に引っ掛かると作動するとかね。わたしたちは、それに引っ掛かって、マーズが負傷したんだから」

 

 ユイナが言った。

 イットは、びっくりした。

 

「失敗です──。すぐにマーズに加勢を……」

 

 イットは慌てて駆けだそうとした。

 

「待ちなさい──」

 

 すると、ものすごい剣幕でイライジャに怒鳴られた。

 

「は、はいっ」

 

 イットは身体を強ばらせた。

 

「勝手に動くなって言ってるでしょう──。それにあんたは怪我もしてる──。いまは、マーズを信頼しなさい──。それよりも、侯爵夫人よ──。行くわよ──」

 

 イライジャが声をあげた。

 

「ふふふ、後で罰ね……。反省会は、イライジャさんの緊縛を受けて参加よ」

 

 ユイナが冗談混じりに言った。

 

「あんたもよ、ユイナ。あの爆裂矢のおかげで、全部の計画が狂ったんだから。あたしは、館の隅で発生した小火(ぼや)に紛れて潜入というかたちで参加するつもりだったんだから……。あれじゃあ、戦争じゃないのよ」

 

「ええ──。もともと、(いくさ)って言ったのは、イライジャさんじゃないですか」

 

「そうだったかしら? だけど、たまにはロウ抜きで女同士もいいでしょう? みんなで馬鹿なことしましょうよ」

 

 イライジャが笑った。

 とにかく、三人で離れの奥に向かって駆けた。

 すぐに、ひとつの部屋の前に辿り着く。

 イライジャがユイナに視線を向けた。

 

「罠のようなものはないと思います、イライジャさん……。ただ、鍵がかかってますね」

 

 ユイナが扉をちょっと凝視してから言った。

 イライジャが頷き、さっきキーネから手に入れた鍵で開ける。

 金属音がして、扉が解錠されたのがわかった。

 イライジャが扉に手をかけてから、もう一度ユイナを見た。

 

「あんたの鑑定術で室内の状況はわかる?」

 

「視界に入らないと鑑定できないんです。わたしが眼で見ないと、鑑定はできません」

 

 ユイナが言った。

 

「いいわ。開けるわね……」

 

 イライジャが扉を開く。

 室内は燭台の光があり明るかった。

 部屋の真ん中に椅子があり、その後ろに誰かが隠れているのがわかった。

 椅子の脚に鎖が繋がっていて、その鎖が椅子の後ろに伸びているのはわかる。

 

「シャロン=クロイツ夫人よ──」

 

 ユイナが叫んだ。

 イットは周囲を探る。

 椅子の後ろ以外に人の気配は感じない。

 

「よかった。侯爵夫人、あたしたちは冒険者で、あなたのお父様のご依頼で……」

 

 イライジャがほっとした口調で言った。

 だが、イットはそのとき、椅子の後ろから漂う匂いに気がついた。

 はっとした。

 

「待って──。彼女、銃を持っているわ──」

 

 そのとき、ユイナが絶叫した。

 イットが感じたものも同じだ。

 硝煙の香り──。火縄が燃える匂い──。イットが気がついたのもそれだった。

 

「銃?」

 

 イライジャが困惑した声をあげる。

 

「あなたたちは誰です──。わたしを誘拐しに来た者たちですか──? そして、キーネはどうしたのです──?」

 

 椅子の向こうから女が顔を出した。

 黒い銃を構えている。

 それを椅子の背を土台にするようにして、こっちに長い銃口を向けている。

 

「あたしたちは味方です──。落ち着いてください──。キーネは殺しました。もう大丈夫です」

 

「殺した──? この人殺し──」

 

 シャロン=クロイツ夫人が金切り声をあげるとともに、銃をイライジャに向けてぶっ放した。



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739 突入せよ! クエスト完了、しかし…

「殺した──? この人殺し──」

 

 イライジャに向かって伸びていた銃口が火を噴いた。

 

「ええ──?」

 

「きゃあああ」

 

「危ない──」

 

 イライジャは、まさか自分が撃たれると思わず棒立ちのままでいた。また、ユイナは悲鳴をあげてうずくまり、イットが立ったままのイラジャに飛びついて床に押し倒してきた。

 イライジャが立っていた後ろの扉が銃弾で穴が開く。

 

「うわっ」

 

 その弾痕を見て、イライジャは眼を丸くしてしまった。

 

「な、なによ、このあほおお──。わたしたちは助けに来たんだから──」

 

 ユイナが起きあがって、シャロンを怒鳴りつける。

 

「わ、わたしは、それを頼んでおりません」

 

 椅子の背もたれに隠れて銃を撃ったシャロンが二挺目の銃を背もたれに置いて構える。

 ぎょっとした。

 火縄についたままの銃をあらかじめ数挺準備してあるみたいだ。

 ここに監禁されていたシャロンが、そんなものを準備できるわけがないので、渡したのはあのキーネだろう。

 しかし、ここに監禁されてたシャロン夫人自身に銃を渡すとか、あり得るのか──?

 もしかして、呪術による洗脳とか、それとも、隷属の魔道──?

 

「うわっ、撃つなああ──」

 

 今度は銃口をユイナに向けている。

 どう見ても、銃の扱いなど初めての感じだが、銃など相手に銃口を向けて引き金を引くだけだ。

 しかも、この距離だ。

 外しようもない。

 

「しゃああああ──」

 

 イットが跳躍した。

 

「きゃああああ」

 

 イットがシャロン夫人を椅子の後ろから突き飛ばして、椅子の後ろから離した。

 その反動で銃が発射され、誰もいない壁に銃弾が喰い込む。

 また、シャロンは、ほとんど裸同然の薄物一枚だけを身体に身につけていた。胸を乳房の前で紐ひとつだけで結ぶ肌着であり、丈は乳房の部分しかなく、臍から下は剥き出しだ。

 ただ、股間には革の貞操帯がきつく喰い込んでいる。

 また、両手は自由だが、左足首には革枷が嵌まって、枷に繋がっている長い鎖が椅子の脚のひとつに繋がっている。

 

「イライジャさん──」

 

 イットが椅子の後ろから銃を出した。

 たったいま撃った二挺を含めて、三挺の銃があったみたいだ。残りの一挺にも火縄に火がつき、すぐに発射できる状態になっていた。

 

「こ、殺しなさい──。あなたたちのような悪党にさらわれるくらいなら、死を選びます。その銃を返して──。三挺目はわたしの自殺用です」

 

 シャロンがイットが手にしていた銃を奪おうとするように飛びかかる気配を示した。

 

「ええっ?」

 

 イットが驚いて目を丸くしている。

 

「待ちなさいって」

 

 そのとき、いつの間にか、シャロン夫人のところに来ていたユイナがシャロンの足首に繋がっている鎖の根元を踏んだ。

 

「きゃあああ」

 

 鎖が引っ張られる感じになり、シャロンが前のめりに倒れ込む。

 

「は、離して──」

 

 シャロンが今度はユイナに飛びかかる。

 だが、さすがに、たかが貴族夫人にどうにかなるユイナでもない。いくら武術の心得えがないといっても、ただの人間族の女が身体能力でエルフ族にかなうわけもなく、ユイナも簡単にシャロンをうつ伏せにして、両手を背中に捻じ曲げてしまう。

 

「いたいっ、いたああっ」

 

 シャロンが悲鳴をあげた。

 だが、それでも足をじたばた動かしての腕からの腕から脱しようとする。

 しかし、イライジャは混乱してしまった。

 どうにも、隷属で身体の行動を支配されているとか、呪術のようなもので思考をねじ曲げられているという雰囲気ではない。

 そういうときには、明らかに態度が不自然になる。

 シャロンは、どう見ても、自分の意思で行動しているか、あるいは、魔道的な方法以外で操られてるかだ。もっとも、魔道的な方法以外の操りとは思いつかないが……。

 

「ユイナ――、どうなってるの? 人質だった侯爵夫人は、彼女に間違いないの? それとも、なんらかの異常兆候は?」

 

「そんなのありません。そして、間違いなくシャロン=クロイツ夫人です――。ねえ、イット、来て──。これで拘束して。あと口枷もさせて──。こいつ舌を噛もうとしてるわ──」

 

 ユイナが膝でシャロンの背中と腕を押さえるとともに、シャロンの顎をぐっと押さえた。

 それとともに、床に革枷がふたつと穴あきのボールギャグが転がる。

 収納術でしまっておいたものを出したのだろう。

 ただ、おそらくこれらは、もともとロウが淫靡な悪戯をするときに、よく取り出して女たちに装着させるものみたいだ。そも証拠に、口枷など涎が垂れるのを阻止できないように、口に嵌まる部分の球体に穴がたくさん開いている。

 それをなぜ、ユイナが自分の収納術で格納していたのかは知らないが……。

 

「どういうこと──? もう一度、鑑定して、ユイナ──」

 

 とにかく、イライジャも暴れまくるシャロンに飛びかかる。

 イットと協力して、後手に手枷をつけて、足首にも枷を装着した。椅子と繋がっていた鎖付きの枷については、キーネから奪った鍵で簡単に外れた。

 

「何度鑑定しても、別に洗脳とか、操られているとかじゃないですよ。こいつは、自分の意思で抵抗してるんです。多分、逃げたくないんじゃないんですか」

 

 最後に、ユイナが強引にシャロンの口にボールギャグを咥えさせて、口枷を嵌める。

 

「んんんんっ」

 

 だが、シャロンはまだ暴れている。

 イライジャは困惑してしまった。

 

「逃げたくない?」

 

「多分ですけど……。だけど、どうでもいいけど、これじゃあ、連れて逃げるのも大変じゃないですか? ああ、丁度いいから、この貞操帯を使うか……。簡単な初歩魔道紋だから、書き換えは一瞬ね。ちょっとここをいじくって……」

 

 三人がかりでシャロンを押さえている状況だが、ユイナがそう言って、シャロンの股間に嵌まっている貞操帯に手を置く。

 ユイナのかざしている指が青白く光り、その光が貞操帯に移っていく。

 

「シャロン様、大人しくしてください。あたしたちは、あなたのお父様の依頼を受けて、賊徒からあなたを救出しに来た冒険者です。これはクエスト受けのときに預かったベルフ伯からの手紙です」

 

 イライジャはうつ伏せに押さえているシャロンの視界に入るように、しまっていた書簡を見せた。

 ここで見せるつもりはなかったが、もしかしたら、救援者であることを信用されていないのではないかと考えたのだ。

 ベルフ伯からの書簡には、伯爵家の家紋が使われているし、字体でわかると思った。

 また、ベルフ伯は、シャロン夫人の実の父親である。

 

「んふううう」

 

 だが、シャロンは顔でその手紙を払った。

 

「とにかく、大人しくさせてから連れ出しましょうよ。こいつの話も事情も逃げ出してからにしましょう、イライジャさん」

 

 ユイナが顔をあげた。

 

「そ、そうね」

 

 イライジャは言った。

 だが、両手両足を拘束されているにもかかわらず、シャロンは必死の抵抗を続ける。

 この状態で、屋敷の外のミウが待っているところまで突破するとなると、かなり面倒だ。

 マーズがくい止めていると思うが、この離れの外には、すでに賊徒兵が殺到しているはずなのだ。

 

「あんた、大人しくしなさい……。ところで、その貞操帯は、ずっと装着しっ放しなんでしょう。お尻に張形が入れられてますよねえ? 大人しくしないとこうですよ。うんちが溜まっているお尻の張形を動かされるのは苦しいですよう……」

 

 ユイナが言った。

 シャロンが一瞬、眼を見開いた。

 どうでもいいが、なんという言い草だろうと、イライジャは呆れた。

 

「んぐううっ」

 

 次の瞬間、シャロンが身体を突っ張らせた。

 貞操帯のお尻の部分がぶるぶると震えている。

 どうやら、さっき貞操帯に刻まれている魔道紋様を書き換えるとか口にしていたので、ユイナが制御できるようにしてしまったのだろう。

 そして、シャロンに嵌められているアナルの張形を動かしたのだとわかった。

 だが、どうでもいいけど、ロウの薫陶もあるのか、ロウの女たちは、嗜虐的な性交や淫らで好色的な変態的な行為に、あまり抵抗がなくなっている気がする。

 まあ、イライジャも人のことは言えないが……。

 

「んんっ、んんっ、んんんっ」

 

 お尻の穴を張形で刺激されるのは苦しいのだろう。

 シャロンは涙目で首を左右に振って、すがるように、なにかを必死にユイナに訴えようとしている。

 

「そんな眼をしても無駄よ、シャロンさん。これからここを飛び出しますけど、大人しくなってもらいますね」

 

 ユイナが言って、次の瞬間、シャロンの全身が硬直して、その身体が限界まで弓なりになる。

 

「んがあああああ」

 

 シャロンが穴開きのボールギャグから涎を撒き散らしながら絶叫した。

 イライジャには、ユイナがなにをしたのかわかった。

 ユイナが魔道紋を書き換えた貞操帯を使って、シャロンのお尻に電撃を流したのだ。

 発散している魔道の波長でイライジャにもそれがわかった。

 

「んぎいいいっ、んぎいいいい」

 

 しかし、長い──。

 イライジャがちょっと躊躇(ちょうちょ)しているあいだに、シャロンがぐったりと脱力した。

 気絶したみたいだ。

 

「ちょ、ちょっとユイナ……」

 

 さすがにイライジャは、ユイナをたしなめた。

 

「だって、仕方ないじゃないですか。気絶くらいさせとかないと、外は突破できませんよ。こいつをこのまま連れていくと、多分、賊徒の前で暴れだしますよ」

 

 ユイナが言った。

 イライジャは溜息をついた。それはそうかもしれないと思ったのだ。

 

「まあいいか……。とにかく、このままじゃあ、気の毒だから毛布にでも包んで運びましょう。ユイナ、毛布を出して」

 

 本当は、もしも裸のような格好だったら、ちゃんと着替えさせて連れ出すつもりだったが、そんな状況でもない。

 ユイナが出した毛布でシャロンをぐるぐる巻きにして包む。念のために毛布の上から縄もかけた。

 ユイナと協力して、ふたりで担ぎあげる。

 イライジャが前でユイナが後ろで、それぞれの肩に載せた格好だ。

 

「じゃあ、行くわよ──。イットは前を守って──。いい?」

 

「あっ、はい……。だけど、思ってたのと違いますね。あたしたちが悪者みたいで……」

 

 イットがぼそりと言った。

 

「それを言わないでよ……。とにかく、マーズと合流して強行突破よ──。出発――」

 

 イライジャが声をかけ、そして、三人で駆け出した。

 

 

 *

 

 

 マーズは、別宅の石壁を背にして戦い続けていた。

 後ろに敵が回り込めないというのは、それだけで随分と戦いやすかった。

 マーズは、不謹慎だが斬り殺した賊徒の身体を別宅の壁の前に防壁のように積んで、それで敵が射かける矢を避けるということをしている。

 目前に迫っている賊徒は、少しずつ集まってきて、いまはもう六、七十人はいるだろう。

 斬り殺した賊徒の数も同じくらいだ。あの爆裂矢によるものを含めると、その倍にもなるかもしれない。

 

 ただ、ユイナからもらった爆裂矢は、すでに残り二発である。

 一方向からだけではなく、あらゆる方向から賊徒の集団がやってきて、そのたびにマーズは爆裂矢を射て、大音響の火柱とともにそっちからの集団を地面ごと破砕した。

 それを繰り返しているうちに残り二発になった。

 マーズはその二発は残しておくことにして、爆裂矢を隠した。

 

 それで、もう、爆裂矢がなくなったと思ったのだろう。

 そうなると、あっという間に、このマーズの守る離れの出入り口に向かって賊徒たちが殺到してきた。

 

 ただ、いまはそれは少し遠巻きに戻っている。

 マーズが容赦なく接近してきた賊徒を斬り殺して、目の前に賊徒の死骸の山を築きあげてやったからだ。

 それで、いまは弓を中心とした攻撃に変わっている。

 

 そのため、マーズの身体には、もう全身に十数箇所の矢傷があり、全身は血にまみれていた。

 ただ、動きを妨げるものはない。

 致命傷となるものを避けるために、かすり傷程度で終わるものを無理に避けるのを諦めたためにできた傷ばかりだからだ。

 また、剣で斬られたものはない。

 マーズの剣の届く範囲内に近づけば、ほぼ一刀で全員を斬り殺している。

 最初に使っていた大剣はもう折れてしまってない。倒した相手から奪ったものを使っていて、いまは四本目になる。

 

「畜生、押し包むんだ──。夫人を連れて行かれてたりしてみろ──。怒り狂った頭領に全員が殺されるぞ──」

 

 賊徒たちの囲むの外側で大声で声をかけているのは、この正面を指揮している隊長だ。

 最初は組織だった感じではなかったが、あの男が到着したことで、俄然、賊徒たちがまとまりを作り出した。

 マーズの矢傷も、それからものだ。

 ただ、幸いなのは、どうやら、背後の離れの建物に入るための場所は、後ろの出入り口一箇所だけみたいだ。

 だから、ここでマーズが倒れない限り、賊徒たちは夫人の救出を防ぐために人間を建物に入れられないみたいなのだ。

 

「いけえ、いかんかあ──。ここで殺されなくても、頭領が戻れば、怒りで殺される──。行けええ」

 

 隊長が絶叫している。

 喚声をあげて四十人ほどが一斉に突っ込んできた。

 賊徒たちの死骸で作っている壁まで来られれば、それを崩されて矢を避けにくくなる。

 マーズは、あえて前に出て、集団の中に紛れた。

 混ざってしまえば、賊徒たちは矢を遣えない。

 

「うわあああ」

 

「ちくしょおおお──」

 

「くそおおお」

 

 賊徒たちが声をあげながら、剣を振ってくる。

 マーズは容赦なく剣で斬り、突き、払いのける。

 三人、四人とまとまって血を噴いて倒れる。

 

 身体はよく動く。

 以前なら、これくらい動けばもう息があがったはずだが、ロウに愛されるようになってからは、いくら動いても限界という感じはない。

 信じられないくらいに身体が軽い。

 

「来たか──。よおし、全員さがれ──」

 

 すると、隊長の声──。

 新手か──?

 すると、金属音がして、最初に地面が音を立てて弾けた。

 なんだと思う間もなく、次いで、前を塞いでいた賊徒が同時にふたり、呻き声とともに倒れた。

 

「くっ──」

 

 膝に熱を感じた。

 さらに金属音──。

 今度は地面が数箇所弾かれる。

 

 銃か──。

 

 しかも、まだ味方が残っているのに、マーズに撃ちかけている。

 マーズは跳び退いて、建物側に作っている死骸の壁の内側に身を躍らせた。

 右肩に銃弾──。

 

「あぐっ」

 

 人壁の内側に倒れ込む。

 さすがに、すぐに起きあがれない。

 しかし、銃弾は作っていた死骸の壁に阻まれて、こちら側までの貫通は阻まれている。

 マーズは、ロウとともに鍛錬した気を練って、弾痕の当たった傷痕に気を集める。痛みが薄くなり、なんとか動けるようになる。

 

「いけええ──。いまだああ」

 

 あの隊長が絶叫した。

 多くの兵が一斉に駆けてくるのがわかった。

 マーズは隠していた弓と爆裂矢を手に取り、迫ってくる集団に向かって射る。

 大音響とともに、人の集団が吹っ飛んで消滅する。

 

 続いて、もう一発──。

 

 銃が集まっている場所を確認して、そこを目がけて射た。

 再び大音響がして、阿鼻叫喚の混乱が向こう側で起きる。

 

「マーズ──」

 

 声がした。

 イットだ。

 

「うわっ」

 

「あんた、大丈夫なの──」

 

 続いて、ユイナとイライジャも来た。

 毛布に包まれた大きな蓑虫(みのむし)状のものをふたりで担いでいる。

 もしかして、あれは侯爵夫人?

 

「ああ、来ましたか……。ところで、それが人質だった夫人ですか?」

 

 訊ねた。

 多分、そうだと思ったが、念のためだ。

 

「そ、そうね……。動けるの……?」

 

 毛布に包まれている夫人を担いでいるイライジャが心配そうに訊ねてきた。

 

「いくらでも……」

 

 マーズは応じた。

 

「そう……。じゃあ、もう少し頑張って。外壁まで行けば、逆結界もなくなる。ミウの移動術で逃亡できるわ。治療もそのときまで我慢して……」

 

「大丈夫です。いくらでも戦えます」

 

 イライジャの言葉にマーズは頷いた。

 

「あたしが先頭に……。大丈夫です。今度は突っ走りません……。失敗もしません。後ろを見て進みます」

 

 イットだ。

 なんだか悲痛そうな顔をしている。

 もしかして、最初に突っ走ったから、叱られたのだろうか。

 

「ユイナ、あの爆裂矢はまだあるか? あるなら使いたい。あれはいいな。おかげで、ここを守り抜けた」

 

 マーズはユイナに声をかけた。

 

「そうでしょう──。残り一発だけなら……。でも、役に立ったのよねえ。反省会にはほど遠いでしょう? そんなの、この獣人娘だけでいいんだから──」

 

 ユイナが嬉しそうに言った。そして、彼女の足もとに新しい爆裂矢が転がる。

 毛布の夫人を担いだまま、収納術で出したのだろう。

 それはともかく、毛布に包まれている夫人らしき人物はまったく動かないけど、意識がない状態なのか?

 それに、反省会って……?

 まあいいか……。

 

「もちろんだ。あれはすごいね」

 

 マーズは言った。

 褒めると、ユイナが嬉しそうに笑った。

 とにかく、マーズは爆裂矢を手に取って、弓につがう。

 

「行って──」

 

 マーズは弓を引き絞って叫んだ。

 

「走ってください──」

 

 イットも声をあげる。

 イライジャとユイナのふたりが夫人を抱えて駆け出す。

 イットがそれを守るように、前方に近い側面を一緒に進む。

 

「あっ、逃がすなあ──。追えええ──。銃は使うな──。あの毛布が侯爵夫人だあああ」

 

 向こうは、さっきの二発の爆裂矢で混乱した状態だったが、こっちが動き出したことで、また、あの隊長がそれに気がついて、悲痛な声で絶叫したのが聞こえた。

 マーズは、その声に向かって爆裂矢を射る。

 

「うわあっ、お前ら楯になれええ──」

 

 隊長の悲鳴が聞こえた。

 それが最後だ。

 大音響がして、その付近が吹っ飛ぶ。

 当たったかどうかわからないけど、とにかく、マーズも走る。

 傷だらけの身体が引きつりそうだが、気を充実させる。

 懸命に走る。

 

「逃がすなあ──」

 

 しばらく進むと、再び賊徒が集まりだす。

 外壁に向かっているのがわかるのだろう。

 どんどんと、そっちに先回りしてくる。

 

 前を五、六人が阻んだ。

 イットがものも言わずに躍りかかり、全員を斬り殺した。

 

 さらに新しい敵──。

 それはマーズが斬った。

 

「進んで──。あたしたちが全員を斬ります──。おふたりは前に──」

 

 さらに新しい敵が来たので、マーズはそれを倒しながら叫んだ。

 そのあいだに、イットも五人ほどを血祭りにしている。

 

 やがて、外壁が見えた。

 

「ミウ──。壁を壊して──」

 

 イライジャが絶叫した。

 その壁の前に十人以上の賊徒が集まっている──。

 

「しゃああああ──」

 

 イットが飛び込む。

 マーズも斬りかかった。

 あっという間に全員を死骸に変える。

 

「皆さん、退がって──」

 

 そのとき、外壁の一角が解けるように蒸発した。

 蒸気が噴きあがった向こうには、ミウが立っていた。

 

「早く──」

 

 ミウが叫んだ。

 魔道紋が赤く光っている。

 そこに乗れということだろう。

 イライジャとユイナ、マーズもそこに乗る。

 イットは、殺到してくる賊徒を必死にくい止めている。

 

「もういい、撃てええ──。さらわれるくらいなら、全員殺せええ」

 

 あの隊長の声が遠くからする──。

 まだ生きていたみたいだ。

 

「ねえ、あの声、あのときの幹部さんでは?」

 

「そうね。カリュートだわ」

 

 ミウとユイナの会話が聞こえた。

 

「イット、来てえ――」

 

 イライジャが絶叫した。

 イットが目の前の七、八人をあっという間に倒して、こっちに合流した。

 

「跳びます──」

 

 ミウの移動術が作動する。

 はらわたが捻れるような感覚が襲い、あっという間に目の前の風景が一変した。

 

 

 

 

(第17話『人質救出大作戦』終わり)



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 第18話  女たちの失敗【温泉・南域・王都】
740 クロノスと温泉(その1)【温泉】




 本話(章)では、場面を幾度も加えつつ、一郎たちが南域に進出するまでの数日間の前段を語ります。




「ああっ、あっ、ああっ、も、もっとです──。もっと、突いてください、クロノス様──。もっと、わたしを突きまくって──」

 

 後背位で一郎に抱かれながら、羞恥も誇りもかなぐり捨てたように喘いでいるのは、「特別親衛隊」、または、「聖騎士隊」の女兵のひとりであるオメガだ。

 

 アッピア峠というハロンドールの中央街道と呼ばれる主街道から、そうは離れていない山の中の温泉である。

 そこで、特別親衛隊たちを集めて、温泉セックスの真っ最中だ。

 このアッピア峠の山中の温泉は、ハロンドールの南西側の国境と王都までの丁度半分くらいの距離の位置にある場所にあり、往路では、一箇月ほどかかった距離の半分をたった一日で到着したことになる。

 

 ここまでは、スクルドが事前に整備していたモーリア男爵の屋敷の近くの移動術のスポットから移動術でやってきていた。

 到着したのは昨日だが、今日は丸一日こうやって、ここに逗留するつもりである。

 急ぐ移動だが、情報も取らなければならないのだ。

 今日の一日はその時間にあてている。

 もっとも、結局、同行することになったケイラ=ハイエルこと、享ちゃんに丸投げしているだけだが……。

 その一日を利用して、まずは朝から女兵たちを抱き始めた。

 いまは太陽が中天の位置だ。

 

 また、「特別親衛隊」も「聖騎士隊」も大層な名称だが、エルフ女王のガドニエルに名付けによるものであり、一郎専用の護衛騎士隊ということになるらしい。

 募集をして三十人で編成しているが、その所属条件は一郎の性の相手を受け入れることであり、淫魔師レベルが桁上がりすることで、毎日のように大量の淫気が必要になっている一郎の淫気補給源になっている。

 一方で、彼女たちもまた、一郎に抱かれるようになってから、魔道も武術も能力があがりまくって、エルフ族としては最高の誉れである「魔道戦士」の条件を十分に満たしているらしい。

 このオメガに限らず、一郎の帰還に随行した三十人の特別親衛隊はひとり残らず、そうなっているそうだ。

 

 隊長のブルイネンによれば、いまは、この三十人がエルフ族の都であるエランド・シティから離れているから、この事実が拡まっていないが、やがて水晶宮に戻れば、三十人の全員の能力が桁外れに上昇していることについて隠しようもないので、それがあっという間に周知されてしまうのは、避けられないと言っている。

 そうなれば、新たなクロノス特別親衛隊の希望者が殺到するのは、明白だと言っている。

 それどころか、常識であれば女兵隊などに参加することのない名門の家門や現状で高級将校に属する者たちまで集まるかもしれないと言っている。

 いまから頭が痛いそうだ。

 

 いずれにしても、そういう意味では、このオメガに限らず、特別親衛隊のすべての女兵が、能力的に通常の上級将校の資質を満たしてしまったので、ブルイネンは、女兵たちに対しては、将校にあがることを数名に打診したのだという。

 だが、断固として拒否されたそうだ。それが特別親衛隊から離れることに繋がるなら、絶対に嫌だと全員が主張したらしい。

 いや、そもそも、ガドニエルが大盤振る舞いした「聖騎士」の称号は、本来はそれ自体が上級将校格を表すらしく、今回ガドニエルが多くの兵卒に聖騎士を贈っているので、とてもややこしいことになっているみたいだ。

 これについても、頭が痛いと言っていた。

 

 いずれにしても、ここから南域地域へは、スクルドの移動術の設備は延びてないため、エルフ族たちの能力を使った「縮地術」という魔道で移動することになる。

 縮地というのは、目視できる位置に一瞬で到着できる空間系の魔道であり、エルフ族でも相当の能力の者でなければできない術らしいが、この特別親衛隊では、いつの間にか全員ができるようになっていたらしい。

 とにかく、その術で山越えの移動になる。

 

 さすがに、移動術のように一瞬で到着するというわけにはいかず、南域と呼ばれる地域に到着するには、四日程度はかかる計算だという。

 また、一刻も早く向こうに到着したいのは山々だが、情報が不十分な状態で向かっても、そもそも、どこに向かえばいいかさえわからない。

 だから、とりあえず、今日の一日はここに留まり、辺境候領から同行することになった享ちゃんの持っている組織で南域動乱に関する情報を集めまくってもらっているというわけだ。

 だから、丸一日はここに滞在だ。

 情報こそ命である。

 

 なにしろ、この中央街道から外れて縮地で移動するようになると、情報が継続的に入手しにくくなるみたいだ。それについても、なんとかしてくれと、享ちゃんにお願いしている。

 だから、享ちゃんは、この温泉には来ていない。

 やってくるのは、多分夜になる。

 

 そのあいだ、折角だから、この温泉をみんなに愉しんでもらいたいと思って、連れて来たのだ。

 だが、温泉の広さもあり、数十人が一度というわけにはいかないので、まずは、特別親衛隊を三班に分けて、順番に亜空間から出てもらって一郎が相手をしている。

 

 いまは、その三班目だ。

 一個班が十名であり、今日は、亜空間術は使っていないので、一郎が抱きだして半日というところだ。

 それでも、一郎の性欲はまったく衰えていないので、我ながら、自分の絶倫度は無尽蔵だと思う。

 

 なお、特別親衛隊の女兵たちを交代で抱くあいだ、エリカやガドニエルなどのパーティとしての要員や特別親衛隊のほかの班の女兵たちについては、この温泉に付属する宿泊施設内で待機してもらっている。

 もともと、なにもなかった山の温泉だが、一郎たちがまだハロンドールの王都にいるときに、マアが一郎への贈り物として、宿泊施設やあずま家などを十分に整備してくれたので、立派な宿泊施設になっていた。

 そっちにも内湯を引き込んでくれているし、寝具施設や厨房も揃っている。

 不便はないはずだ。

 しかし、エリカたちのいる場所については、一郎が特別親衛隊を延々と抱く姿を魔道で映像で流しているので、もしかしたら、かなりできあがってしまっているかもしれない。

 

「ははは、すけべえなエルフだなあ。お前は、ご主人様の護衛隊の中で一番のすけべえかもしれないぞ。ご主人様、こいつは大切に飼った方がいいよ。搾り取れる淫気がすごいや」

 

 上機嫌で一郎がオメガを犯している周りを飛び回っているのは、魔妖精のクグルスである。

 人間族の街中やエルフ種族の多い水晶宮などで、出現させるわけにはいかなかったので、常に一緒にいるというわけではないが、手のひらサイズの彼女もまた、いつの間にか大所帯になった「一郎一家」の大御所である。

 

 特別親衛隊は身内同然でもあるので、全員に紹介して、いまは存在を認めてもらっている。

 エルフ族の魔族に対する嫌悪感については、人間族以上と言われるようだが、案外にあっさりとしたものだった。一郎が認めるなら、仲間として認めるという態度であり、あっという間に仲良くなった。

 それについては、サキュバスのチャルタの存在も同様であり、辺境候領を出発してから一郎たちに同行しているチャルタについても、特に悶着することもない。

 一郎は淫魔術で、支配している女たちの感情を読めるが、それで読んでも、特に混乱している感情は観察できない。安定したものだ。

 まあ、よかった……。

 

「おい、クグルス。飼うと……か、淫気を搾り取るとか……、彼女たちに失礼だろう……」

 

 一郎はオメガを後ろから犯しながら笑った。

 悪気はないのだと思うが、クグルスも言葉を選んで欲しいものだ。

 周りには、ほかのエルフ族の女兵たちもいる。彼女たちを毎日犯すのは、高位レベルの淫魔師として、淫気の収集が必要になった一郎の都合によるものであり、クグルスの物言いは正鵠を表しているところもあるだけに、一郎としては心苦しい。

 

「い、いえ、光栄です──。ああっ、あっ、そ、それに、あっ、あ、ありがとうございます、魔妖精様──。ああ、も、もう、いきます──、いぐううっ」

 

 オメガががくがくと身体を痙攣させた。

 確かに、三十人の特別親衛隊の中では、淫乱さは群を抜いているのかもしれない。なかなかに淫欲に貪欲で、さっきからいきっぷりに激しい。

 もう抱き始めてから三度は達している。しかし、女兵だけあって、体力もあるようだ。まだまだ元気だ。

 だから、ちょっと一郎も愉しみたくなる。

 

「だめだ。最後は三段いきをしてもらう。絶頂を封印して、三回分を一度に達してもらうからな」

 

 一郎はぎりぎりのところで、オメガの絶頂を封印すると、怒張を激しく律動させて、一気にスパートする。

 

「はああっ、いやあああっ、こんなの、いやああああ」

 

 絶頂が寸止めされて、オメガが正気を失ったように激しく暴れる気配を示す。

 だが、粘性体を飛ばして、あっという間にオメガを岩場に四つん這いの姿勢で四肢を貼り付ける。

 オメガはさらに狂乱した。

 構わずに、一郎は彼女のびしょびしょの股間にさらに怒張で刺激を与えていく。

 かなり興奮しているので、軽い絶頂ならひと突きごとにしている。なにしろ、一郎は淫魔術で垣間見れる彼女の膣内の強い性感帯を中心にしごいている。だが、それは数に入れない。

 あくまでも、気を失うほどの激しい絶頂三回分だ。

 

「いぐううううっ、あああああああっ、だめええええ、いかしてええっ、いかしてください、クロノス様ああ」

 

 オメガはまたもや身体を大きく震わせた。

 しかし、達してない。まだ絶頂の封印状態だ。

 

「まあ、オメガ……すごい……」

 

「あたしたちも頑張らないと……」

 

「ふわあ……」

 

 周りのエルフ族の女兵たちの声や溜め息が聞こえる。

 彼女たちは、すでに自分の番が終わっていて、いまは温泉で身体を休めている最中なのだが、さっきからこっちを喰い入るように凝視している。

 だが、どうでもいいけど、オメガをこれだけ追い詰めて抱いているのに、羨望するような言葉しか聞こえない。

 

「うわあ──。ご主人様、鬼畜うう──。もう十回は絶頂を溜めたよ。これを一度に発散するのお──? うわああ」

 

 クグルスが上機嫌に飛び回っている。

 このクグルスは、本来は魔妖精として、近くで性交をしている者たちから発散する淫気を収集するらしい。

 一郎の眷属になってからは、一郎が抱く女たちから出る淫気を一緒に吸収するのをもっぱらとしているみたいだが……。

 それに対して、同じ淫魔族でも、チャルタのようなサキュバスになると、身体の大きさ違うので、魔妖精のような淫気集めの仕方もするが、サキュバスは人間族と性交をして、もっと直接に淫気を採集する。

 実際、今回の旅でも、チャルタは同行しているものの、この温泉に到着するや、ほかの人間族と性交をするために、あっという間に近傍の宿場町に跳躍して行ってしまった。

 あの感じだと、数日戻ってこないかもしれない。

 まあ、問題ないだろう。行き先は伝えてある。そのうち、合流するに違いない。

 

 それはともかく、いまクグルスは“十回”と言ったか?

 一郎の勘定では、まだ二回なのだが、一郎が小さい絶頂と判断して数えなかったのは、クグルスによると勘定に入ってくるということだろうか。

 

「最後は正常位だ。上を向け、オメガ──」

 

 一郎は、粘性体を消滅させてから一度挿入を抜き、オメガを仰向けにすると、怒張を上から挿し直した。

 

「おおおっ、グルノズざまあああ」

 

 オメガが下から一郎に抱きついてくる。

 

 さっきからやっているように、Gスポットといわれるところをぐりぐりと擦り、膣内の赤いもやの場所を亀頭で強く擦って、子宮前のボルチオをがんがんと突く。

 そういえば、突くたびに痙攣をしているが、よく考えれば、それは普通の絶頂か……。これを数に入れたら、一郎が三回と数えるまでに、絶頂はその十倍になるのかもしれない。

 

 まあいいか……。

 

「オメガ、口づけだ。キスをしながらいくぞ──」

 

 一郎は狂乱しているオメガに声をかけて、最後に向けて律動の速度をあげる。当然に、Gスポットやボルチオを刺激される数も増す。オメガの痙攣が止まらなくなった。

 ふと見ると、白目を剥きかけている。

 一郎は気絶を防止するとともに、腰を動かしつつ、顔をオメガの口に寄せた。

 唇と唇が密着すると、オメガが一郎の舌に貪りついてきた。

 

「おおおおっ、ほおおおおっ」

 

 一郎は、オメガの中に射精するとともに、封印していた絶頂を解除する。溜めていた絶頂が一気にオメガに襲いかかったはずだ。

 オメガは奇声をあげている。

 裸体を限界まで弓なりにして、しばらく激しく震えていたかと思うと、まるで糸でも切れたみたいに脱力した。

 それとともに、じょろじょろとおしっこも始めた。

 

「気絶のうえに、失禁か……。ちょっとやりすぎたか?」

 

 一郎はオメガを解放しながら頭を掻いた。

 

「いや、満足しきっているよ。ご主人様に関わらなければ、これだけの快感をもらうことなんてないんだ。それなのに、こいつらは毎日、愉しめるんだ。そうだな、お前たち──」

 

 クグルスだ。

 “お前たち”と呼びかけたのは、ほかの女兵たちに向かってだ。

 

「も、もちろんです──」

 

「あたしたちは幸せです。これからもよろしくお願いします、クロノス様」

 

「これからもクロノス様に尽くします」

 

 湯の中で待っていた女兵たちが口々に言った。

 一度限界まで抱いた彼女たちだが、最初の方で抱いた女たちは、かなり回復している。

 そんな女たちは、また欲情している感じになったが、きりもないのでこれで終わるか……。

 

 まあ、明日もあるし、明後日もある。

 なんだかんだと、毎日、交代で抱くのだ。

 隊長のブルイネンには、任務に差し支えるので、明日からは一日につき、三分の一ずつにしてくれとは頼まれてはいるが……。

 

 しかし、どうでもいいが、特別親衛隊の者たちは、いつの間にか、一郎のことを全員が“クロノス様”と呼ぶようになってしまった。

 できれば、やめてくれと頼んだが、結局はそうなってしまったのだ。

 

「これで全員、終わりだな。じゃあ、ブルイネン、今度も頼むぞ」

 

 一郎は女兵たちの後ろ側にいるブルイネンに呼びかけた。

 いつもは、きびきびしているブルイネンだが、いまはすっかりと大人しいし、落ち着かない態度になっている。

 三班で交代でやってきた特別親衛隊に対して、ブルイネンだけは隊長として最初から最後まで立会させた。

 ただし、特に拘束をしていない女兵たちに対して、ひとりだけ縄で後手縛りに拘束させている。

 たったそれだけのことなのに、ブルイネンは借りてきた猫のように、大人しくなってしまった。

 根本的にマゾなのだ。

 

「ロウ殿……、やりますけど……。でも、やっぱり、兵たちの前では……」

 

 ブルイネンがおどおどした感じで、湯の中を歩いてやってくる。

 不満のようなことを口にしつつ、逆らわないのは、逆らっても無駄だと認識しているからだろう。

 もちろん逆らえば、一郎はみんなの前でも容赦なく、罰を与えるだろう。

 むしろ、そっちの方が愉しそうなので、できれば逆らって欲しいが、マゾ酔いしているブルイネンも可愛いので、これはこれでいい。

 しかも、やっと、逆らうような言葉を使ってくれた。

 これは、一郎へのご褒美だ。

 

「あっ、大丈夫です、隊長」

 

「そうです。存分にご奉仕してください……」

 

 女兵たちがくすくと笑う。

 また、気絶しているオメガについても、数人で回収して湯で身体を洗ったりしている。

 ブルイネンに命じたのは、いわゆる掃除フェラだ。

 何人かを抱くたびに、こうやってブルイネンを呼び出しては、股間を舐めさせている。

 しかし、ブルイネンは女兵たちの前で奉仕するのも、自分だけ縛られているのも恥ずかしそうだ。

 だが、その分、股間はぬれぬれだ。

 だから、女兵たちはひとりにつき一度しか抱いてないのに、ブルイネンだけはフェラのご褒美として、三度ほど軽く抱いている。

 

「そうか? じゃあ、こうしたらやる気になるか?」

 

 一郎は粘性体を飛ばして、ブルイネンの陰毛に包まれているクリトリスを薄く包む。

 女たちの中には、陰毛の残っている者と残っていない者がいるが、ブルイネンにはまだ陰毛はある。まあ、あくまでも“まだ”ということだが……。

 そして、包んだクリトリスを振動をさせる。

 粘性体の操りは自由自在なので、粘性体の中で皮を剥き、接触している粘性体の表面を極小の繊毛に変えて激しく擦らせる。

 

「んふうっ」

 

 ブルイネンががくりと膝を折った。

 

「お、お願いです。み、みんなの前では……、あっ、ああっ」

 

 ブルイネンが真っ赤な顔で俯きつつ、脚を痙攣させている。

 かなり効いているみたいだ。

 一郎は湯の外にいたが、湯の中に入って、ブルイネンが立っている場所までやって来る。

 

「みんなの前でいじめるから、愉しいんだろう?」

 

 一郎はブルイネンの前に来ると、陰毛を指でまさぐり、花唇の中に滑り込ませた。

 中は熱くて、たっぷりの愛液でぬるぬるだ。

 なんだかんだでブルイネンがすっかりと興奮してしまっていたのがわかる。

 

「ふふふ、やっぱり、ご主人様は鬼畜が似合うよ。すっごく興奮してるものね」

 

 クグルスが愉しそうに笑ったのが聞こえた。

 

「ひっ、ひっ、ひんっ」

 

 一方でクリトリスを刺激され、膣を指でいじられて、ブルイネンはあっという間に達しそうになっている。

 だが、ぎりぎりのところで、一郎は指を止め、クリトリスの動きを緩めた。

 しかし、絶頂はさせないが、かといって、ぎりぎりの快感からは逃げられない──。

 そんな具合に微調整して、クリトリスと指の刺激を継続させる。

 ブルイネンは目に見えてたじたじになっている。

 

「あ、あの、あたしも、これからは鬼畜でお願いします。容赦なくいじめてください。痛いのも問題ありませんし──」

 

「あっ、ずるい──。クロノス様──。あたしも痛いのは好きです。縛るのも」

 

「わたしも──」

 

 すると、息をのんだようにしていた女兵たちが思い出したように言い始めた。

 一郎は苦笑した。

 

 そういえば、女兵たちについては、そんなに嗜虐的な行為はしていないかもしれない。せいぜい、さっきのオメガのように性感を狂わせて、失神させるくらいだ。

 彼女たちもまた、全員本格的な調教をして、一郎好みのマゾに仕立てるか……・

 そんなことを一瞬で考え、「わかった。愉しみにしていろ」と応じると、女兵たちがわっと歓声をあげた。

 

「ほら、ブルイネン、振動をとめて欲しければ、俺の精を口で出すんだ」

 

 指を引き抜き、ブルイネンを湯の中に跪かせた。

 湯は浅く、湯面は立っている一郎の膝上くらいで、跪いたブルイネンの腰のところまでになる。

 

 今度はもう逆らわない。

 観念したようにブルイネンは一郎の怒張を口に含んで舐め始めた。

 

「ふふふ、ご主人様、このエルフめ……。こんなことされて感じてるよ。満更でもないんだ」

 

 クグルスが耳元でささやいてた。

 

「んんん」

 

 聞こえたのか、ブルイネンが違うというように首を横に振る。

 しかし、一郎もそれはわかっている。なにしろ、感情が読めるのだ。心の底から嫌ならやらせたりはしない。

 一方で、股間を振動で責めらながら奉仕するのは辛いのか、なかなか身が入らないみたいだ。

 一郎は、ブルイネンの頭に手をやり、逃げられないようにまずは顔を押さえた。

 

「さて、じゃあ、おまけセックスの獲得競争だ。全員で隊長を責めろ。敢闘した者はもう一度腰が抜けるまで抱く」

 

 大きな声で言った。

 周りで見守っていた女兵たちがわっと言ってブルイネンの緊縛されているとき裸体に四方八方から群がる。

 

「んんんっ、んんんっ」

 

 ブルイネンが流石に逃げようとする。

 しかし、一郎は跪くブルイネンの脚を粘性体で固めるだけでなく、ブルイネンの身体の感度を十倍にしてしまった。



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741 クロノスと温泉(その2)【温泉】

 十数本の手によって、全身の至るところを愛撫されるブルイネンの狂乱は凄かった。

 とにかく、左右から二本ずつの手が縄に上下を縛られている乳房に伸び、弾力のある乳房を揉み、乳首を転がす。脇腹や内腿、二の腕など至るところに女たちの手が這い、もちろん、股間やアナルにも容赦なく指が挿入されてブルイネンを刺激する。耳や首筋を舌で舐める者も現れた。一郎が口に咥えさせている怒張にまで、舌が左右から伸びてくる。

 どさくさに紛れて、ブルイネンではなく、一郎の男根にも舌が這い、これはこれで気持ちよかった。

 

「ははは、すごおおい。こんな淫気の集め方もあるんだね。全員が本当にすけべえだなあ。さすがは、ご主人様の親衛隊だ」

 

 クグルスは上機嫌だ。

 

「んんんんっ、んぐううっ」

 

 一方で、全身の感度を十倍にもあげられているブルイネンは、あっという間に達してしまい、余韻どころか、絶頂の痙攣が終わらないうちに、次の絶頂に襲われるという感じで、いき狂う感じだ。

 一郎はブルイネンとともに女兵たちにもみくちゃにされながら、ブルイネンの頭をがっしりと押さえて、ブルイネンが逃げるのを防ぐ。

 

「ほらほら、ブルイネン、早く俺を射精させるんだな。さもないと終わらないぞ」

 

 一郎は声をかけた。

 しかし、ブルイネンにはそんな余裕はない。

 それでも、懸命に舌を這わそうとするが、絶頂に襲われてそれが止まり、全身を突っ張らせた後、思い出したように舌が動き、だが、それも中断されるということを繰り返す。

 

「んふうううう」

 

 そして、またもや達した。

 一郎は女兵たちに声をかけてブルイネンへの愛撫をやめさせた。

 

 汗まみれで、涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃにしているブルイネンを抱えあげて、湯だまりの縁の岩に上半身を乗せる。

 ブルイネンは半ば失神している状態であり、完全に脱力していて、脚にも力が入っておらず、こちらに生尻を向け閉じることさえできない。脚の付け根からは、どろどろと愛液が流れ出ていて、いまでも新しい汁が流れている。

 いつもは凜としている美貌の女隊長であるブルイネンの、いつにないだらしない状態だ。

 

「さて、じゃあ、おまけセックスは、小隊長のララノアだな。ブルイネンの顔舐めに合わせて、俺の股間にも舌を這わせてくれたしな。気持ちよかったよ」

 

「わおっ、ありがとうございます」

 

 ララノアが嬉しそうに拳を握った。

 三十名の親衛隊は、ブルイネンが隊長で、その下に十名ずつの小隊に分かれている。小隊長は、ドリアノア、エルミア、そして、このララノアの三人だ。この最後の十人は、ララノア隊なのだ。

 ご褒美は小隊長だという宣言で、またもやわっと歓声があがる。

 まあ、これも戯れのようなものだ。みんな陽気である。

 全員が愉しそうにしている。

 

「ララノア、優しく抱かれたいか? それとも、嗜虐モードでいきたいか?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「し、嗜虐モードで……」

 

 ララノアがちょっと顔を赤らめて言った。

 絶対にそれを選ぶと思っていた。

 ここにいる全員は、一郎が嗜虐好きだと知っている。だから、一郎が愉しんでくれるようにと思って、それを選ぶし、実際にこのララノアはマゾの傾向がある。

 どんなに隠していても、一郎にはそれがわかるし、そうでなくても、縛られて犯される快感から教えて、いじめられて悦ぶマゾに仕立ててしまう。

 一郎は、ララノアの感情の線に淫魔術で触れ、痛みと恥辱の感覚線を快感の感覚線に混ぜ込んでしまう。

 たったこれだけで、いじめられて興奮するマゾ女のできあがりだ。

 

「じゃあ、嗜虐モードでいくぞ。俺に尻を向けろ。後ろから犯してやる」

 

 一郎は言った。

 

「はい、クロノス様」

 

 湯の外の岩場に一郎とともにあがったララノアが四つん這いになる。

 一郎は、しゃがみ込むと、ぱんとその尻を叩いた。

 

「きゃん」

 

 ララノアの裸体を弾く。

 一郎はさらに数発尻を容赦なく叩いた。

 ララノアは、そのたびに小さな悲鳴をあげるが、一郎は淫魔術でララノアに感情に触れている。ララノアは、一郎の尻叩きによって、マゾに火がつき、一気に興奮が高まらせているのがわかる。

 

「嗜虐モードだと言っただろう。俺に跪かせるな。立って、お前がけつを差し出すんだ。俺がぶち込みやすいようにな」

 

 わざと罵倒するような言葉を使う。

 それだけでなく、立ち上がりつつ、足の裏でララノアの腰を軽く蹴ってひっくり返す。

 

「あんっ、は、はい、クロノス様──。こ、興奮します。ありがとうございます」

 

 よろけて横倒しになったララノアが足を開いて立ちあがり、身体を前に倒して、前屈の姿勢になる。

 

「いい格好だ。姿勢を崩すなよ」

 

 一郎はララノアの股間に後ろから指を伸ばす。

 ララノアの全身はすでに欲情していて、魔眼で覗くと、感じている証左である赤いもやでいっぱいだ。

 特に股間の部分は、赤いもやが濃い。

 そこを指でなぞってやる。

 

「くふっ、んふうっ」

 

 ララノアががくりと膝を曲げそうになる。

 一郎はぱんと尻を叩いた。

 

「しっかりと立て──」

 

「あんっ、はいっ」

 

 ララノアが脚に力を入れ直し、姿勢が元に戻る。

 だが、一郎は容赦なく愛撫を強め、それだけでなく、クリトリスをぐいと捻って痛みを与えてやった。

 

「はううっ、あああっ」

 

 ララノアはがくりと膝を折り、倒れそうになる。

 一郎は指を離して、また尻を思い切り叩く。

 

「ちゃんと、立てと言っただろう──」

 

「はいいっ」

 

 ララノアが慌てたように身体に力を入れる。

 しかし、すでにララノアは欲情している。股間からは興奮の愛汁が内腿を濡らしていた。

 

 同じことしばらく続けた。

 ララノアは、愛撫されるているあいだだけでなく、叩かれたときにも甘い声をあげてよがるようになった。

 

 もういいだろう。

 一郎はララノアを後ろから抱えると、一気に怒張を彼女の股間に貫かせた。

 意図的に律動を激しくする。

 

「うああっ、だめええ」

 

 抽送を開始すると、ララノアはあっという間に達してしまった。

 崩れそうになるララノアを尻側から貫いて犯し続けたまま、片手で横尻を叩く。

 

「ちゃんと立て──」

 

「はいいっ、ひいっ、ひっ、ひいい、あああっ、あっ、ああ」

 

 ララノアがよがりながら前屈の体勢を保ち直す。

 一郎はララノアの腰を両手で押さえ、さらに激しく股間を律動させる。

 

「いぐううっ」

 

 ララノアはまたもや達した。一度目からあまり間隙がない。

 しかし、一郎は許さない。

 まったく動きを変えることなくララノアを犯す。

 二度目の絶頂に続いて三度目の絶頂がララノアを襲うのがわかった。

 もう限界だろう。

 今度の絶頂がかなり深くて大きいのは、一郎にもわかっている。

 今度はララノアの絶頂に合わせて、ララノアの子宮に精を注いだ。

 

「んふううっ、クロノス様ああああ」

 

 ララノアはがくがくと身体を痙攣させて、両膝をがくんと曲げた。

 それでも、完全に崩れることはなく、両手を岩場について、なんとか前屈の体勢を守った。

 一郎は股間を抜き、ララノアを抱きかかえて自分も座ると、胡座の上にララノアの裸身を招き入れる。

 

「頑張ったな、ララノア。気持ちよかったぞ」

 

 一転して優しく抱きしめ、さらに顔を引き寄せて口づけをした。

 ララノアが夢中になって一郎の舌に自分の舌を絡ませる。

 しばらく堪能してから口を離す。

 

「ふわああ……。あ、ありがとうございます……」

 

 ララノアはまだぼうっとした感じで呆けている。

 一郎は笑ってしまった。

 

「いじめられて、ありがとうなんて変だな。それが嬉しいなら、次はもっときついのをするぞ、もう元に戻れないくらいのマゾに仕上げる」

 

「も、もちろんです──。は、はいっ、仕上げてください──」

 

 ララノアがはっとしたように激しく首を縦に振った。

 すると、寂として見守っていた感じだった女兵たちがわっとなる。

 

「わたしもお願いします」

 

「あたしもマゾに仕上げてください」

 

「あたしもです──」

 

 全員が口々に言ってきた。

 一郎はそれをなだめて、ひとりひとり口づけをかわすと、温泉から退出させた。

 少し前に失神してしまったオメガも復活して、熱く口づけをしてから名残惜しそうに宿泊場所の建物に歩いていく。

 彼女たちがいなくなると、一郎はいまだにうつ伏せで横になっているブルイネンのところに向かった。

 

「よかったね。ご主人様。あいつら、きっといいマゾに育つぞ。いや、もうそうなっているかな」

 

 クグルスだ。

 

「そうなるといいけどね」

 

「ご主人様に愛されて、困る女なんていないよ。だから、しっかりと調教するといいよ」

 

 クグルスが小さな身体で大きく頷く。

 一郎は苦笑した。

 

「ほら、ブルイネン、掃除フェラだ。しっかりとしろ」

 

 後手縛りの縄尻を持って強引に引きあげて湯の中に連れ込み、再び跪く姿勢にする。

 ブルイネンは、まだ朦朧としていた。

 虚ろな眼で一郎を見つめてくる。

 

「はあ、はあ、はあ……。も、もう、許してください。す、すごくて……。も、もう、力が……」

 

「なに言っているのかわからないな。ほら、さっきも射精をさせることができなかったろう。終わってないぞ」

 

 一郎はまだ粘性体で薄く覆ったままだったブルイネンのクリトリスを淫魔術で激しく振動させる。

 

「んほおっ、あああっ」

 

 ブルイネンが全身をのけぞらせた。

 だが、一郎は開いたブルイネンの口に勃起させた男根を突っ込む。

 

「口を閉じろ──」

 

 ブルイネンに口をすぼめさせ、頭を前後に動かして、イラマチオをする。

 

「んっ、んんっ、んんんっ」

 

 ブルイネンが目を白黒をさせてもがいた。

 だが、興奮もしている。

 一郎はしっかりと怒張の先端で、ブルイネンの口の中に浮かぶ性感帯の赤いもやを擦りあげ続けているのだ。 

 擦ればどんどんとほかの場所も性感帯が生まれる。

 そこも擦る。

 さらに赤いもやが増え、もやの色も濃くなる。

 そこも刺激する。

 

「んん、んんんっ、んんんんっ」

 

 ブルイネンはぶるぶると身体を震わせた。絶頂しそうなのだ。

 おそらく、口で絶頂するなど初めての体験だろう。一郎が淫魔術で女の快感を目で見ることが可能なことでできる芸当だ。

 

「んぐうううっ」

 

 そして、ついに絶頂した。

 一郎はおもむろに、ブルイネンの口に向かって射精した。

 

「全部、飲めよ。隊長殿の仕事だ」

 

 一郎はブルイネンの口に怒張を咥えさせたまま言った。

 ブルイネンは必死に喉を動かして、一郎の精を飲み下している。

 

 そのときだった。

 湯の中に、移動術で出現したふたりの女が現れたのがわかった。

 ガドニエルだ。もうひとりいる。スクルドだ。

 ふたりとも全裸である。

 

「おう、やっぱりきたか。すけべえの大御所だ」

 

 クグルスが宙を飛びながら笑った。

 まあ、一郎も、そろそろ、焦れてやってくるだろうと思っていた。

 パーティメンバーたちについては、朝から女兵たちを抱くあいだ、ずっと宿泊場所側で待たせていたのだ。

 しかも、三交代で女兵たちを順番に抱く光景を魔道で部屋に投射して見せながらである。

 やっと三組目の親衛隊が終わったところで、次は彼女たちの番なので、呼ばないでも来ると思っていたのだ。

 

「ブ、ブルイネン、交代です──。交代ですわ。ご主人様、わたしにも奉仕させてくさい」

 

 ガドニエルだ。

 湯の中をばしゃばしゃと歩いてきてこっちに向かってくる。

 

「じゃあ、わたしと一緒に奉仕しましょう、ガド様」

 

 スクルドも来た。

 ふたりとも裸である。

 一郎はブルイネンを離して、二人を招き呼ぶ。

 

「まずは縛ってからだな。ふたりとも腕を背中で組んで、こっちに向けろ」

 

 一郎は亜空間術で縄束を出現させてから言った。

 

「はいっ」

 

「はい」

 

 ガドニエルとスクルドが争うように、一郎に背中を向ける。

 一郎はさっそくガドニエルから後手縛りに縄掛けをしていく。

 

「ちょっと、あんたら移動術使うなら、あたしたちも飛ばしなさいよ。なんで、それぞれひとりだけで行っちゃうのよ──」

 

 そのとき、後ろからコゼの声が聞こえた。

 振り返ると、コゼが裸で駆けてくる。

 

 その後ろをエリカとシャングリアも、手で胸と股間を隠しながら歩いてきていた。

 最初に申し渡していたので、全員が一糸まとわない全裸だ。布で隠すことを許可していないのだ。

 全裸で現れる女傑たちの姿は、なかなかの圧巻である。

 

「よし、全員並べ。縄掛けだ──。それとガドとスクルドは奉仕したいのか? させてやるよ。ほら」

 

 ガドニエルを縛り終えた一郎は、次いでスクルドの縄掛けに移った。

 しかし、意地悪く湯の中に胡座をかき、怒張を湯の中に入れてしまう。

 ガドニエルは一瞬の躊躇もなく、湯の中に顔を浸けた。

 そして、湯の中の一郎の一物を口に咥えて奉仕を開始した。



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742 尊き戦いの開始【南域】



 『710 道化師軍と南王軍』の最後の場面の続きになります。




「頭領、ごめんなさい──。領都そのものは無事です──。でも、拠点にしていた侯爵家の屋敷に、冒険者のパーティが潜入したんです。それで、侯爵夫人を連れて行かれてしまいました──」

 

 戦場までやってきたカリュートがその場に土下座した。

 カリュートというのは、道化師(ピエロ)団の四天王のひとりである重鎮であり、今回の南王軍の接近に際する騎馬隊の出動にあたっては、頭領が留守となる賊徒の拠点の領都防衛の責任者になっていた。

 ユーレックからすれば、雲の上のような存在だ。

 そのカリュートが泣くような顔で謝っている。

 ユーレックは、侯爵夫人がさらわれたというのが、とんでもない事態であるというのを悟った。

 

「さらわれただとう――。いなくなったということか──」

 

 ドピィの声は怒りで震えていた。

 ユーレックは、タリオの間者として、この頭領のそばに従者として侍ることができるようになって以来、この頭領がここまで激怒したことに接したことはない。

 あの四天王のひとりで、物資調達の責任者だったルロイが裏切ったと報告を受けたときも、ここまで怒ってはなかったと思う。

 もっとも、あの頃は、ユーレックは賊徒団では、一介の騎士見習いであり、ユーレックが頭領の近くに侍ることに成功して、会話を聞ける立場になったのは、クロノス領に入ってからのことであるが……。

 

「顔をあげろ、カリュート」

 

 ドピィが言った。

 

「は、はい……」

 

 地面に額をつけていたカリュートが顔をあげる。

 その瞬間、ドピィが腰に差していた剣を抜き、カリュートの首に剣を振るった。

 血が飛び散る。

 

「ひいいいっ」

 

 カリュートが首を押さえて、その場に尻餅をつく。

 ユーレックはどきりとしたが、大して切っていない。せいぜい、首の皮程度を切ったくらいだ。

 ユーレックは、ドピィを見た。

 肩で息をしている。

 呼吸が苦しくなるくらいに、ドピィは激怒しているのだ。

 それでも、必死に怒りを抑えたのだとわかった。

 やっぱり、この頭領はすごい……。

 ユーレックは思った。

 

 タリオ公国の諜者たちに、母親と姉を人質にされ、仕方なく間者として加わった賊徒団であるが、ドピィという頭領に接すれば接するほど、この人物に魅了されていく自分に気づいてもいた。

 策略については天才的……。

 今回も、たった五百の騎馬だけで、四千もの南王軍を追い返してしまった。別方向から二千も接近しているが、こちら側の主力の四千が退却していった現状においては、彼らもまた、一度後退するしかないだろう。 

 

 もともと、農民だった兵で作った賊徒の軍で王国軍に大勝利する……。考えただけで夢想だと思うことを本当に実現したのである。しかも、向こうの損害は計り知れないのに、こっちの損害は軽い怪我をした者が幾人かいるくらいだ。重傷者さえ出ていない。

 それだけのことをした男なのだ。

 だけど、おおらかで優しいし、厳しいことを要求はするが、兵には乱暴ではなく、むしろ大様(おおよう)だ。

 だから、全員が慕っている。

 そのドピィがこれだけ怒っている。

 ユーレックは、それだけで、ただならぬことが起きたのだということを感じた。

 

「タルハーニャ……いや、キーネはどうした──?」

 

 ドピィがカリュートに怒鳴る。

 カリュートは腰を抜かした感じで、切られた自分の首を押さえている。

 また、キーネというのは、頭領のドピィが侯爵夫人につけていた老婆だと思う。

 

「キ、キーネは殺されました……。離れの中で、死骸になっているのを見つけました」

 

 カリュートが言った。

 

「キーネが殺されただと? まさか……? 誰が……? いや、冒険者だと言ったか。何十人だ──? どのくらいの勢力が屋敷に入り込んだ──? それすら気がつかなかったのか──」

 

 ドピィの剣幕はすごい。

 

「ひっ」

 

 カリュートがまたたじろいだ感じになる。

 

「言わんかあ──」

 

 ドピィがまだ抜き身のままの剣先をカリュートの顔に突きつける。

 

「うわっ──。よ、四人──。女が四人です──。いや、移動術のできる魔道遣いがいたから五人……。五人です──」

 

「たった五人の女に、あのキーネが殺されただと……?」

 

 ドピィが呆然となった。

 そして、しばらくドピィは黙り込んだ。

 寂とした雰囲気が周囲を包む。

 さっきまでの宴会の浮かれはもうない。酒と肉に興じていた賊徒団の騎馬隊の要員も、じっとこっちを見守っている。

 

 やがて、ドピィは腰に下げている腰袋からひとつの玉を出した。

 あれは、彼が肌身離さずに持っている亜空間に繋がる魔道の革袋であり、あれにたくさんの魔道具を入れているのをユーレックは知っている。

 そこから取り出した玉をじっとドピィは見ていた。

 よくわからないが、なにかをあの玉で探している気配だ。もしかして、その侯爵夫人を?

 

 そして、しばらくすると顔をあげる。

 ドピィの顔には、大きな決断をしたような表情が浮かんでいた。

 

「カリュート、これを首に嵌めろ」

 

 ドピィがカリュートの前に、一個の首輪を放り投げた。これもまた革袋から出したものであり、輪の一端が大きく開いていて、そこから首を入れて閉じて嵌めるようになっている。見た感じ鍵穴のようなものはなく、嵌めたら外せなくなる雰囲気である。

 また、首輪の色は赤く、ちょっと太くてごつい。

 カリュートは怯えた様子だったが、逆らってドピィをこれ以上怒らせたくないのだろう。黙って、それをまだ血が流れている自分の首に嵌めた。

 魔道音のような音が響く。

 やはり、魔道による施錠みたいだ。

 

「その首輪は炸裂環だ。首輪に火薬が充満していて、俺が指を鳴らせば、お前の首は吹っ飛ぶように魔道紋が刻んである」

 

 ドピィが事も無げに言った。

 

「ひいっ」

 

 カリュートが首輪を手で押さえて真っ蒼になる。

 

「無理に外そうとしても爆発するぞ。死にたくなければ、あまり触るな」

 

 ドピィが冷笑した。

 

「うわっ」

 

 カリュートが慌てて首輪から手を離す。

 

「命を貸しておいてやろう。賊徒団主力の全軍の指揮をとって直ちに出動させろ。──。目指すのはガヤの港町だ──。弾薬はありったけだ。ただし、兵糧は三日分だけでいい。死に物狂いで進めば、ガヤに三日で辿り着く。それからの兵糧は敵のものを喰らえ──。全軍に達しろ──。ガヤだ──。ガヤに敵の親玉がいる。それを殺せば、この地に楽園がやってくる。我らが民衆の国ができる。ガヤだ──。ガヤに行け──。尊き戦いの始まりだ――。お前はその指揮をとるんだ──。そして、俺の指示に従え──。失敗すれば、その首輪が作動する。いいな──」

 

「は、はいっ──。わ、わかった。すぐに──。すぐに──」

 

 カリュートが立ちあがった。

 自分が乗ってきた騎馬に駆け寄る。

 

「いや、待て──。違う──」

 

 そのとき、ドピィが叫んだ。

 カリュートが馬に跨がろうとした姿勢のまま、ドピィに向かって振り向く。

 ふと見ると、ドピィはもう一度、さっきの玉を凝視していた。

 やはり、なにかの探知具である気配だ。

 

「賊徒団には、最初の目的地は、ゲーレだと伝えろ。ガヤの近くにある小さな村だ。そこが最初の進軍目標だ」

 

「ゲーレ? そこになにがあるんですか?」

 

 カリュートが首を傾げた。

 その態度からすると、おそらくゲーレという小村の場所を知らないのだろう。ユーレックにもわからない。

 なぜ、その小村なのだろう?

 

「言われたことをすればいいんだ──。つべこべ言うと殺すぞ──」

 

 ドピィが凄まじい剣幕で怒鳴った。

 

「うわっ──。わかりました──」

 

 カリュートが声をあげた。

 そして、馬に跨がると、あっという間に、立ち去っていった。

 ドピィは、次いで、騎馬隊の副隊長を呼んだ。ドピィに次いで、この五百の騎馬隊の指揮権がある賊徒軍の将校である。

 ドピィは、すぐに出立して、やはりガヤに近い騎馬隊用の拠点に移動するように指示した。

 この領内には、あちらこちらに賊徒の隠し拠点を無数に作っていて、今回の作戦もそこを転々としながら、あちこちを襲撃してまわったのだ。

 その中のひとつだ。

 

「……そこで俺の指示を待て。いいな──」

 

 ドピィの言葉に副隊長が頷く。だが、ちょっと怪訝そうな表情になる。

 

「わかりましたが、頭領はご一緒には行かれないので?」

 

 横にいるユーレックも、同じ疑問を抱いた。

 この大賊徒団の頭領だが、戦いのときには常に先頭に立ち、その象徴が頭領直属のこの騎馬隊なのだ。

 頭領の言葉や態度から、賊徒団が新たな蜂起をするというのは、ユーレックも理解した。

 だが、ドピィは、どうやら騎馬隊とは同行しない気配だ。

 

「おそらく、明後日……、いや、明日の夜には合流する。それまでにすることがある」

 

 ドピィは再び革袋に手をやると、一枚の紙を取り出した。

 ユーレックには、それが魔道紙と呼ばれるものだと気がついた。あらかじめ魔道を刻むとともに、魔石の破片が縫い込んである紙であり、それがあれば、魔道遣いでなくても魔道が遣えるのだ。

 そして、ユーレックは、その魔道紙が「移動術」の術が刻んであるものに違いないと思った。

 大変に貴重なものだが、ドピィはそれを大量に保有している気配であり、しかも、それを使って、たびたびどこかに出掛けては、なにかをしているみたいなのだ。

 従者としての役割を持つユーレックは、それを知っていた。

 だから、慌てて口を開く。

 

「お、俺も頭領と行きます。連れて行ってください。王国との戦いのために、俺も役に立ちたいです。俺は頭領の従者です。同行します──」

 

「お前が?」

 

 ドピィは怪訝そうに言った。

 だが、ちょっと考えたみたいになり、すぐに肩をすくめた。

 

「まあいいか。だが、今日と明日、寝る間はないぞ。あちこちを動き回る。だが、また確かに、ひとりくらいは、連れて行った方が俺も楽ではあるがな」

 

「問題ありません。一緒に行きます」

 

 ユーレックは言った。

 頭領に密着して、この頭領に関することをなんでもいいから情報をあげろと命じられてはいるが、そのために同行するのではない。

 これから、なにかが始まる。

 その期待がユーレックにはある。

 

 命をかけたなにかを……。

 一緒にいるべきだ──。

 おそらく、周りが思っている以上に、この頭領はなにかを思い詰めている。根拠はない勘だが、そんな気がするのだ。

 だから、一緒に行きたいと思ったのだ。

 なにがユーレックにできるのかわからないが、もしも、危険なことがあれば、守らないと……。

 この人は死んではならない。

 死なせてはならない人だ。

 よくはわからないが、ユーレックは心からそう思う。

 

「わかった。一緒に来い。俺の身の回りの世話をしろ」

 

 ドピィは言った。

 

「はいっ」

 

 ユーレックは、大きく頷いた。

 

 そして、すぐにドピィの準備した魔道紙が地面に出現させた魔道紋の上に乗る。

 次の瞬間、はらわたが捻れる感覚とともに風景が一変して、どこかの農村を思わせる場所に着いた。

 周囲には田畠が大きく拡がっていて、たくさんの人がそこで働いていた。

 目の前には大きな平屋の屋敷がある。

 

「ここはどこですか、ドピィ様?」

 

 ユーレックは周りを見回しながら訊ねた。

 

「ガヤに近い農村だ。まあその中でも比較的大きなところだな」

 

 ドピィは言った。

 だが、ユーレックは驚愕した。

 そんな遠くまで、一瞬で到着したかと思ったのだ。

 

「あっ、ドピィ様──」

 

 その屋敷の前にいた家人のような三十歳くらいの男が気がついて、大きな声をあげた。

 

「久しぶりだな、コンラッド。名主殿に繋いでくれ。ドピィが頼みがあってやって来たとな」

 

「わかりました」

 

 コンラッドと呼ばれた男が駆け去って行く。

 随分と親しい感じである。

 

 すぐに身なりのよさそうな老人がさっきのコンラッドとともにやって来た。数名のほかの人物と一緒である。

 すると、がっしりとこの老人がドピィの手を握った。

 

「頼みと言われましたが……」

 

「ああ、ホーマー翁。みんなの命を貸してくれ。民のための尊き戦いの日が来たんだ──」

 

 ドピィが言うと、ホーマー翁と呼ばれた老人が目を輝かせた。

 

「おお、ついに──。ドピィ様の活躍は聞いております。あの悪辣なクロイツの領主を殺し、領都を占領し、我らが出番はいつか、いつかと焦れておりました。ついに、出番が来たのですな──。我らの戦いのときが……」

 

「ああ、やって来た。この戦いに勝てば、我らの理想郷の時代がやって来る。戦いだ──。出動してくれ」

 

「もちろんです。やりましょう──。聞いたか、お前たち──。いよいよ、戦いぞ──。戦じゃ──。我らの世界を作るのだ──」

 

 ホーマー翁は涙を流し出した。

 ユーレックは、半ば唖然とした。

 目の前の光景はなんだ?

 この領内のどこかの農村だと思うが、もしかして、ドピィはそれに手を回して、すでに賊徒に引き入れている?

 

 いや、そうなのだろう──。

 

 よく考えれば、今朝の戦いのときだって、南王軍の兵糧の徴発に対して、それに毒を盛ったのは、徴発を受けた農民たちだ。

 つまりは、この領内にドピィは、移動してきた賊徒団だけでなく、ほかにももともと定着している農民たちを味方に引き入れ終わっているということか?

 すごい……。

 

「おう、ついに──」

 

「戦いだ──。尊き戦いだ──」

 

「おい、みんな──。尊き戦いのときが来たぞ──。戦だ──。戦の準備をしろ──」

 

 周りの男たちも嬉しそうな大声をあげた。

 すると、その声がどんどんと遠く拡がっていく。

 

「して、尊き戦いのときはいつですか、ドピィ殿──。行き先は──?」

 

 ホーマー翁がドピィの手を握ったまま、感激の様子のまま訊ねた。

 ドピィも手を握り返す。

 

「時はいまだ、ホーマー翁──。とりあえずの場所は、ガヤに近いゲーレという小村──。そこだ。とりあえず、出動できる者は向かって欲しい。ゲーレを占領してくれ」

 

「わかりました。ゲーレですな。数日前から王軍が兵糧を集めている様子。なるほど、そこを奪うのですな?」

 

 ホーマー翁が頷く。

 ゲーレという小村に兵糧を集めている?

 だから、ドピィはそこを攻めよといったのか?

 しかし、ドピィはちょっと意外そうに目を見開いた。

 

「王軍が兵糧を集積? ゲーレに? ……いや、なんでもない……」

 

 ドピィは驚いている。

 どう見ても、知っていて攻撃を指示した気配はない。しかし、すぐに、思い直したように、表情を装う。

 

「いかにも。なるほど……。わかりました。尊き戦いの最初は、連中の兵糧庫になりかけているゲーレ──。そこにいる農村の連中もわしらの味方ですからな。わしらが蜂起すれば、一緒に火の手をあげてくれるでしょう。あっという間に王軍を蹴散らしてみせます。数日前に王太女が入ったという話もありますが、まだ、勢力は手薄な様子。大丈夫です」

 

「王太女が?」

 

 ドピィはまたもや、怪訝そうな顔になる。

 ユーレックもちょっとびっくりした。

 王太女って、あの王都にいる?

 なんで、こんなところに?

 

「……まあいいか……。とにかく、ホーマー翁、ほかの仕切り役の農村にも声をかける。賊徒団も向かわせている。しかし、最初の火の手は農民だ──。我らの赤旗を掲げて、尊き戦いを始めよう──」

 

「おう──。ありがたき──。明日の朝には第一陣は出ます。息のかかっている周りの村にもすぐに伝令を出しましょう。尊き戦いの日がついにやってきたのですな──。わしらの国を……。わしらの……わしらによる……わしらのための国を……」

 

「おう、ホーマー翁──。民の国だ。王や貴族などいらん──。そんなものは殺してしまえ──。だが、蜂起は明後日だ。それまでは隠れてくれ。一斉蜂起は明後日だ」

 

「おう、おう──。承知、承知──。とにかく、尊き戦いが……」

 

 ドピィの言葉に、ホーマー翁は感激したように涙を流した。

 

「頼むぞ、ホーマー翁──。とりあえず、ゲーレの小村を囲んでくれ。ほかの農村からも尊き戦いに参戦してくる。俺の下知があるまで攻撃はしないでくれ。それとこれを……」

 

 ドピィが魔道の革袋から小さな包みを渡して、ホーマー翁に押しつけた。

 

「これは?」

 

「反結界という魔道の刻んである魔石だ。これをゲーレを囲んだときに、四周に埋めてくれ。これがあれば、村中の者が魔道で逃亡することも、あるいは、魔道で中に入り込むこともできなくなる。ほかの村からの隊にも同じものを渡す。この反結界でゲーレを囲んでしまうのだ。これについては、ひそかに明日にでも頼む」

 

「下知のとおりにします」

 

 ホーマー翁が頭をさげた。

 ドピィは満足そうに頷いた。

 

「よし、次に行くぞ、ユーレック」

 

 ドピィがユーレックを向く。

 そのときには、またもや移動術の魔道紙を出していた。

 地面に移動術に紋様が輝きだしたので、ユーレックは急いでそこに乗る。

 次の瞬間、まったく別の農村にいた。

 

「ここも、ガヤに近い山村だ。ここでも同じことをする。今日中に十箇所まわる。明日には、その倍はまわる。夜には騎馬隊に戻り、そいつらを率いてゲーレに向かう。ついてこれるな?」

 

「もちろんです。でも、やっぱり頭領はすごいですね」

 

「なにが?」

 

 ドピィは一瞬、不思議そうな表情になる。

 

「だって、ゲーレという村に、あの王軍の兵站基地ができるということを見込んだのでしょう。侯爵夫人のことからなにかを悟られたのだと思いますが、素晴らしい洞察力です。そして、そこを最初に攻撃するのですよね。さすがは頭領です」

 

 ユーレックは言った。

 しかし、ドピィはちょっと困ったような顔になった。

 

「おう、もしかして、そこにいるのは、ドピィ様では?」

 

 だが、そのとき、声をかけられて、ユーレックとドピィの会話は中断された。

 やはり、ここも名主の屋敷らしき前であり、そこから誰かが飛び出してきたのである。

 男の身なりはいいので、やはり名主なのだろう。家人らしき者も数名もつれている

 

「イワン、そのときがやって来た──。尊き戦いだ──。蜂起のときがきたのだ──。時は明後日──。最初の攻撃目標はゲーレだ──」

 

「ゲーレ……。ああ、あの王太女が入ったという……」

 

 やはり、王太女が入ったというのは有名なのだろう。

 向こうまでは情報が入らなかったが、こっちはガヤに近い場所だと言っていたので、情報がすでに伝わっているみたいだ。

 

「ああ、ゲーレだ。ほかの村にも声をかける。事前に渡していた武器を持って、ゲーレに向かってくれ。蜂起は明後日の朝だが、こいつはなるべく早く処置して欲しい」

 

 ドピィは、さっきの農村のときと同様に反結界の刻みのある魔石の袋を相手に押しつける。

 

「これは?」

 

「反結界の魔石だ。これを可能な限りこっそりと、ゲーレの村の四周に密かに埋めてくれ。ほかの農村にも同じことを頼んでいる。数が多ければ多いほどいい。頼む──」

 

「もちろん、ドピィ様のご命令であれば……。詳しくお聞かせください。出兵のことも……」

 

 男が袋を受け取りながら、大きく頷いた。



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743 誇り高き妖魔将軍【王宮】

「ぐああっ、んがああっ」

 

 机の上に生首を乗せた状態にあるサキは呻き声をあげた。

 股間に凄まじい激痛が走るのである。

 いや、実際には首から下の身体はないのだから、その感覚が頭を貫くだけなのだが、本物と同様の激痛の苦悶であるのは確かだ。

 

「くあああっ、ぬ、ぬるいろう──。まったくぬるひぃわ──。貴様の拷問なろ、など、ぬるひゅひる、ぬるすぎるぞ──。主殿(しゅどの)に、あ、会いたいろう。主殿なら、わしを愉しませてくくれるろに──」

 

 サキは涙目になっているのを自覚しながら、必死に悪態をついた。

 このところ、ラポルタがサキに接するたびに、繰り返しこうやって罵倒してやっている。

 ラポルタに与えられている錯覚により、ラポルタの精液に対する飢餓感も、喉の渇きも限界を遙かに超しているし、なによりも身体の疼きが尋常じゃない。

 しかし、それでも、サキは、気力を振り絞って喚き続けている。

 

 天道様……つまりは、ロウのことを考えてれば、こんな苦しみも苦しみではない。

 これはロウの与える嗜虐なのだ──。

 あいつらを見習って、そう考えるようにしたら、そのときから苦痛は苦痛でなくなった。

 

 サキが不甲斐なくも、部下に操られて、こうやって拷問を受けるなど、ロウからすれば、サキの裏切りにも等しいだろう。

 だから、罰を与えられている。

 そう思い込み続けている。

 

 すると、不思議なことに苦しさが苦しさでなくなるのだ。

 やはり、ロウはすごいな……。

 サキが見込み、そして、唯一、屈服した男だけある。

 

「ま、まだわからないようですね、サキ様……。家畜として、その口まんこを犯してくださいと言えば、すぐに気持ちよくしてあげられるんですよ。こんな苦痛じゃなくてね……」

 

 机の上に首輪式の台を装着されて置かれているサキに対して、ラポルタはその正面のソファに座り、首のない手のひらの二倍ほどの真っ白い人形を手にしている。

 いや、手にしているらしい。

 ラポルタから、視力を奪われたサキには、なにも見ることはできないのだが、そのラポルタがどんな風にサキをいたぶるのかを事細かく教えるのだ。

 だから、目の前で起きていることをだいたい理解できる。

 

 ともかく、数日前までは、人間族の女の死骸を使ってサキに与える肉体の感覚を作っていたが、いまはその白人形らしい。

 その人形に与えるあらゆる感覚がサキの頭に送られるようになっていて、いまはその人形の両脚を掴んで思い切り左右に引っ張っられている。

 だから、サキには両脚を限界以上に拡げられて、股裂きをされる苦痛が襲っているというわけだ。

 

 おそらく、いまは昼過ぎだと思うが、今日も朝から、ずっとこんな拷問が続いている。

 いつものように、すぐにサキの口を使った性行為をしないのは、あの夜以来、サキがこうやって、ラポルタを見るたびに、ロウのことを引き合いに出して、罵り続けてやっているからだ。

 

 サキとしては、この苦悶と屈辱を少しでも癒やそうとして、ロウのことを口にするようにしたのだが、思いのほか、サキが別の男のことを語るのをラポルタは気に入らないみたいだ。

 それがわかったので、サキは積極的に、ロウの名をラポルタに聞かせてやることにした。

 すると、いよいよ、ラポルタが苛立つようになり、昨日からは、サキの口を性器に変えた疑似性行為ではなく、この白人形を使った拷問を始めるようになったということだ。

 サキとしては、一矢報いたような気がして、実に小気味いい。

 

「ひょ、ひょんなこと……だ、だれひゃ……誰が……いうかっ。わ、わひぃ……わしが愛しているのは……ひゅ、主殿……らけら──」

 

 顎の力を弱められていて動かないし、舌を思い切り出さないと息が止まって苦しいので、サキの舌は、常に犬のように外に出しておらねばならず、うまく喋ることができない。

 それでも必死に、ラポルタに向かって悪態をつく。

 すると、ラポルタの顔が赤黒く染まるのがわかった。

 やはり、ロウのことを喋ると、ラポルタは怒るようだ。

 

「かははははっ、ははははは──。しゅ、主殿のひょうもん……ご、拷問が……な、なひゅかひい……懐かしいのう──。こんな子供だましじゃなく、主殿は本当にわひを……わしをくっひゅく……屈服させたぞ──」

 

 笑いながら罵る。

 そのあいだも、白人形は股を裂かれ続けているので、恐ろしいほどの激痛がサキに襲いかかっている。

 それでも、サキは必死に笑い続けた。

 顔からはおびただしい汗が流れ続けている。

 

「ならば、もっと苦しんでもらいますか……。人形のお代わりはいくらでもありますよ……。せいぜい、つ、強がってください……。サキ様は、この俺に屈服するんです……。そんな人間族なんかじゃなくてね……」

 

 サキの視界の中で、ラポルタが白人形の股を力を込めて裂き始めた。

 

「んぎゃああああっ、んぐううううう」

 

 さすがにサキは絶叫した。

 偽物の感覚であるが、ぼこりと股が外れ、さらに身体が引き千切られていく。想像を絶する痛みだ──。

 

 だが、これはラポルタなどではない──。

 ロウの嗜虐だ──。

 さすがは、ロウだ──。

 サキなど思いもつかないような残酷な嗜虐をしてくる……。

 人形を使って、その感覚をサキに送り込んで、拷問するなど──。

 

「うぎゃあああああ──」 

 

 そして、身体が真っ二つに分かれた──。

 サキはありったけの力を振り絞って吠えていた。

 すると、ラポルタが毀れた白人形を床に放り投げて、新しい白人形を出現させた、

 新しい全身の感覚が結び直される。

 ラポルタが感覚を繋ぎ直したみたいだ。

 

「死んだ気分はどうですか? さすがに、サキ様でも堪えたのでは? どうですか。口まんこで奉仕する気になりましたか?」

 

 ラポルタが燭台を手元に近づけたのがわかった。

 なにをするつもりだと疑念に思ったが、しかし、サキはそれどころではなかった。

 偽物の感覚とはいえ、身体を裂かれて死ぬ感覚は本物だ。

 

「はあ、はあ、はあ……、りゃ、りゃにを……。しゅ、主殿は……ひゅ、ひゅろい……。わ、わしの……ご、ごしゅりん……ご主人様……りゃ……」

 

 頭が働かず、また朦朧としている。

 それでも、ロウのことを考える──。

 すると、気力が戻る……。

 まだだ……。

 まだ、耐えられる……。

 いや、いくらでも……頑張れる……。

 これは……ロウの……罰……なの……だから……。

 

「まだ、その人間族の名を出しますか……。気に入らないですね……。股を蝋燭の火で炙りますね」

 

 白人形の股間が燭台の炎に炙られる。

 

「んぎゃああああ──。あぐいいいいい──。ひぐうううう──、んがあああああ──」

 

 股間が焼ける──。

 苦しいなんてものじゃない──。

 

「口まんこを犯して──。それだけを言えば、火から離してあげましょう。さあ、言うんです──。口まんこを犯してと──。どうです──。耐えられないでしょう──? 人間族の男に屈服するなど、情けない姿を見せないでください、サキ様」

 

 ラポルタが一度白人形を燭台の炎から離し、また、すぐに近づけたようだ。

 

「ぐあああああ、主殿おおおおお」

 

 サキは涙を流しながら叫んだ。

 白人形に炎が燃え移ることはないみたいだが、気を失うような炎の熱さが襲いかかってくる。

 

「しゅどの──しゅどのをおおお──。も、もっと苦しめてくりゃさいい──。しゃ、しゃきは──サキは主殿に罰っされたいいい──。もっと痛みを──。もっと、もっと、もっとりゃあああ──。ひがああああっ、主殿おおおおお──」

 

 股が炙られ続ける。

 もはや、サキは自分がなにを叫んでいるのかも自覚できない。

 ただただ、ロウのことを考える──。

 

 あの性奴隷として集めた人間族の令夫人や令嬢たちも、こうやってロウのこと……天道様のことを考えて苦痛に耐えているのだろう……。だったら、サキも同じことができる──。

 天道様のことを思えば……。

 ロウのことを考えれば──。

 

 だが、苦しい──。

 しかし、苦しくない──。

 

 快感だ──。

 これは快感だ──。

 

 ロウの与える苦痛が気持ちよくないわけはないのだ──。

 サキはロウに罰を与えられているのだ──。

 

「ひがあああああっ、あがあああああっ、主殿おおおおお──。主殿おおおおおっ」

 

 サキは叫び続けた。

 

「くそおっ──。いつまで、人間族の男のことを呼び続けるんだ──」

 

 そのとき、ラポルタが苛立ったように燭台を手で打ち払った音がした。

 いずれにしても、やっと股を焼かれる苦痛が去り、サキはひと息ついた。

 本物の身体ではないので、苦痛の原因がなくなれば、痛みなどは消え去ってしまう。

 サキはラポルタを睨んだ。

 

「りょ、りょう……どうした……。わしを……く、屈服……しゃ……させるのでは……ないのか……? わひは……わしは……まりゃ……屈服しとらんぞ……。やっはり……やっぱり、主殿……ロウ殿でないとな……」

 

 サキは笑い声をあげてやった。

 もちろん、これは空元気だ。

 ほんのちょっとでもいいので、ラポルタの心を傷つけたいのだ。

 そして、ロウの名を出せば、こいつが嫌な気分になるのはわかっているので、気力を振り絞って、ロウの名を出してやる。

 ラポルタが歯ぎしりをするのがわかった。

 

「そ、そうですか……。痛みでは屈服しませんか……。そういえば、最初の頃は、サキ様は色責めによって、屈服しかけたのですよね……。忘れていました……。好色のサキ様には、こちらが好みでしたよね。掻痒剤の壺責めといきましょう。人形を壺に入れますね。すぐに痒みが襲いますよ」

 

 だが、すぐに笑うような口調に変わる。

 ことんと、机で小壺が置かれる音がする。

 はっとした。

 つんとする刺激臭がここまで漂ってきたのだ。

 ねっとりとした油剤に腰全体が浸かる感覚が生まれる。言ったとおりのことをしたのだろう。人形の腰を壺の中に入れたのだ。

 そして、すぐに恐ろしいほどの掻痒感が襲いかかった。

 

「ううううっ」

 

 サキは存在しない身体を突っ張らせて呻いた。

 

「人形から伝わる感覚を十倍に変えました。痒いですよねえ……? どうですか、今度こそ、口まんこを犯して欲しくなったんじゃないですか? 口まんこを俺のちんぽが擦れば痒みが癒えますよ……」

 

 ラポルタがせせら笑った。

 

「ああああっ」

 

 サキは悲鳴をあげた。

 痒い──。

 痒み責めだけは、何度受けても慣れるということはない──。

 女の尊厳そのものを奪う責めだ──。

 拷問で疲労しきっている脳に、掻痒剤による刺激はあまりにも強烈だった。

 あっというまに限界がやってきたと思った。

 

 精神が苛まれる──。

 心が削られる──。

 これ以上、頑張るのは不可能だ──。

 

 しかし、思い出す──。

 痒み責めというのは、ロウが一番好きな責めだった。 

 

 これで何度も泣かされた……。

 そして、死ぬような苦しみの末に、いつもロウはそれをさらに上回る途方もなに快感を与えてくれた。

 

 それを必死に考える。

 

「しゅ、主殿は──しゅ、しゅろい──すごいいいい。か、痒くて、ひに、しにしょうだ──。主殿、サキにもっと罰をひゅれえええ──。罰をくれえええ」

 

「いい加減にやめんかああ──。お前を責めているのは俺だああああ──」

 

 すると、ラポルタが激昂したように立ちあがったと思った。

 乱暴にサキの首を片手で持つ。

 そして、怒張が近づく気配がし、すぐに、サキの口の中に思い切り突っ込んできた。

 

「ほごおっ」

 

 半日以上ものあいだ苛まれていた過酷な苦悶が、その瞬間に快感の歓喜に染め抜かれる。

 なによりも、痒みで苦しい股間の感覚が、ラポルタの怒張で口を強く擦られることで溶岩のような噴火の欲情に変わっていく。

 まさに髪の毛の一本一本まで拡がる喜悦だ。

 

「んぼおおっ」

 

 ラポルタが狂ったように、両手でサキの顔を持って、自分の怒張を咥えさせて前後する。

 容赦のない乱暴で連続の律動だ。亀頭が喉を抉り続ける。

 本物のクリトリス以上に鋭敏になっている舌が怒張に幹で擦られる。

 あっという間に、凄まじい快感が襲う──。

 

「ひべえええっ、んべえええええ」

 

 サキはラポルタに口を犯されて絶頂した。

 しかし、認めない──。

 認めるものか──。

 

 こんな快感は偽物だ──。

 たとえ、脳天の後ろを突き抜けるような絶頂に見舞われようとも、サキが屈服するのはロウにだけだ──。

 ロウだけだ──。

 

「ぐほおおお」

 

「もっと泣き喚いてください、サキ様──。いきましたね?  俺のちんぽを咥えて、情けなく達しましたね──。そして、またいきそうですか? これがサキ様を犯しているちんぽですよ──。気持ちがいいですよね。ほら、ほら、ほら……あああ、気持ちいい──。気持ちいいいいっ──」

 

 また、ラポルタもまた獣のような声を出して腰を震わせた。

 サキの口の中に精が噴出される。

 飢餓と喉の渇きが癒える──。

 

 美味しい──。美味しい──。

 涙が出るほど美味しい──。

 

「んへえええ」

 

 サキは情けない声をあげてしまった。

 しかし、認めるものか──。

 サキが認めるのは天道様……ロウだけだ──。

 

「はあ、はあ、はあ……、思い知りましたか──。みっともなく、絶頂しやがって──。これでわかったでしょう──。お前は俺の与える快感から逃げられねえんだよ──。ざ、ざまあみろ──」

 

 ラポルタがサキの髪を掴んで、自分の顔の高さまで持ちあげる。

 刺激がなくなれば、再び死ぬような痒み襲いかかる。

 いまでも、あの白人形は掻痒剤の油剤の壺に腰部分を浸けられているのだろう。

 見えないがわかる。

 

「そ、粗末な……ちんほ、ちんぽ……ひゃりゃ……じゃのう……。とても……とても……。まるでひりゃう……まるで違うわ……。ああ、はやく、主殿に犯されたいのう──」

 

 それでも、サキは大笑いしてみせる。

 

「まだ言うかあ──」

 

 ラポルタが絶叫した。

 顔の感覚が回転する。

 顔の横に激痛が走り、続いて、顔面を打った。さらに顔が床を転がる感覚……。

 ラポルタに壁に向かって顔を投げられたのだと悟った。

 つんと鼻の奥に痛みが走り、水のようなものが両方の鼻の穴から流れる。

 鼻血だ……。

 

 口の中も切っている。

 鉄のような味がした。

 

 しかし、サキはさっきまで逞しく勃起していたラポルタの男根がいまはしぼんでいるのがわかった。気配でわかるのだ。

 もしかして、サキがロウのことを口に出して、挑発を連発するので、勃起が萎えてしまったか?

 だったら、いい気味だ。

 

「言ええええ──。お前のご主人様は俺だああ。ラポルタだ──。そう言ええええ──」

 

 ラポルタが常軌を逸したように声をあげて、サキの顔を踏んづけた。

 

「しゅどののひんほ、ちんぽは、ひゅがかった……すごかったのう──。そ、それに比べて、誰かさんのは、そ、粗末なこと──。本当に、同じひょの──同じ性器かあ──」

 

 サキは顔を踏まれながらも懸命に嘲笑ってやる。

 

「あああっ、まだ、人間族のことを呼ぶのかあ──」

 

 ラポルタが狂気のような声をあげ、容赦のない力でサキの頭を蹴り飛ばした。

 

「あごおおっ」

 

 空中を顔が飛ぶ。

 今度は後頭部を壁に叩きつけられて、一瞬気が遠くなる。

 そして、跳ね返されて、ころころと床を転がったっところをまた蹴り飛ばされた。

 

 同じことをしばらくされた。

 

 やがて、朦朧となったサキを再び髪の毛を掴んでラポルタが持ちあげる。

 もはや、顔がどういう状態なのかわからない。

 だが、かなりの血が鼻と口から流れているののだけは感じる。

 

「お前は、俺の家畜だ──。そうだな、サキ──。いや、そもそも、お前はサキじゃない。リンネだ──。そう名乗っていたはずだ──。お前はリンネだ──。わかったな──」

 

 ラポルタが真っ赤な顔をして怒鳴る。

 リンネというのは、ロウと出会う前まで名乗っていた呼び名だ。真名をロウに暴かれて支配され、新しい名を付け直されることで、サキという名に変わったのだ。

 

「わ、わひは……わしは……サ、サキ……じゃ……、そ、粗ちん……男……」

 

 サキは言った。

 

「うわあああああ」

 

 すると、ラポルタが髪の毛を掴んでサキの首を振りあげる感覚が襲い、次の瞬間、思い切り床に叩きつけた。

 

「ほごおおっ」

 

 一瞬で目の前が暗くなり、それでサキはなにもわからなくなった。



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744 クロノスと温泉(その3)【温泉】

「ああ、ああっ、あああっ、もうだめだああっ」

 

 シャングリアは歯を喰い縛っているが、かちかちと鳴る口から喘ぎ声がこぼれ出ており、さらに、泣き声のような嬌声も溢れている。

 一郎は、後手縛りにしているシャングリアの上体を湯場の縁の岩場に倒させ、湯側からシャングリアの股間を犯していた。

 そのすぐそばには、砂時計があり、ゆっくりと上から下に砂を落としている。

 

 アッピア峠の温泉であり、朝から始まる一郎と女たちとの乱交は、第四回戦の様相を呈していた。

 一回戦から三回戦までは、ブルイネンを含む親衛隊たちであり、四回戦はエリカたち主力メンバーともいえる女たちである。

 すなわち、エリカ、コゼ、シャングリア、スクルド、ガドニエルである。ブルイネンも最初はいたのだが、親衛隊のときからいたこともあり、ブルイネンは、少しすぎてから理由をつけて逃げてしまった。

 まあ、一郎もお情けで逃がしてやった。

 なにしろ、四回戦は午後の半日のあいだ、ずっと続いているのだ……。

 

 周囲はすでに夕方になろうとしている。

 空は薄暗くなり、マアがこの温泉に備え付けた魔石付の行燈が柔らかな光りを灯し、女たちの裸身を魅力的に浮きあがらせていた。

 

 また、一郎がシャングリアを犯しているそばに置いているのは「五タルノス計」というものであり、一郎の前の世界の時間だと「五分計」に少し足りないくらいの時間を計測する砂時計だ。

 シャングリアに申し渡しているのは、五分のあいだに絶頂を四回以内に抑えるという勝負である。

 しかし、一郎がシャングリアを後背位で犯し始めてから、もう三回の絶頂をしている。

 残りは二回すれば、シャングリアの負け……。

 今度も、シャングリアの負けに終わりそうだ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「ほらほら、頑張れ。そもそも、お前たちはすぐに際限なく達してしまって、俺が愉しむ暇がないじゃないか。ちょっとは愉しませてくれ」

 

 一郎はわざと挑発するようなことを言いながら、怒張をシャングリアの中で律動させる。

 同じことをほかの女たちにもしているのだが、すでに今回も三回も達していて、シャングリアの股間はすっかりと敏感になっているし、そもそもシャングリアも三廻り目だ。

 最初のときにも、二廻り目のときにも、五回絶頂までに五分もたなかったシャングリアが、三廻り目にして、五分間の我慢をできるわけがない。

 しかし、懸命に快感に耐えようとする女たちに接するのが愉しいので、ずっとこれを繰り返している。

 

 三回目の終わったエリカ、コゼ、スクルド、ガドニエルについては、合計十五回以上の絶頂をしたというわけであり、湯の縁や湯の中などで、それぞれにあられもない格好で休息している。

 コゼなど、無理して四廻り目をシャングリアの三廻り目よりも先に挑戦して失神してしまい、湯の外で寝息をかいていた。

 とりあえず、寝椅子を亜空間から出して横に寝かせ、毛布をかけているが、まだ目を覚まさない。

 ほかの者たちについては意識はあるものの、半分、朦朧としている感じだ。

 

「わ、わかっている──。だ、だから、が、我慢を……。ああっ、んふううう」

 

 シャングリアは耐えているつもりだと思うが、実のところ、絶頂させるも、させないのも、一郎にかかれば自由自在だ。

 今度はぎりぎりまで粘らせて、五タルノスの寸前で五回目をさせようか……。

 一郎は方針を決定して、とりあえず、四回目をさせるために、猛然と律動を速くした。

 シャングリアに息をする暇を与えずに、膣の中の赤いもやを擦りあげ、両手で乳房を揉み、口で首筋や背中を舐めてやる。

 すべてがシャングリアの強烈な性感帯だ。

 あっという間にシャングリアは絶頂に突きあげられ、後手縛りの裸体を仰け反らせて、ひいいと喉を絞ったかと思うと、がくがくと身体を痙攣させる。

 

「あああっ、いぐううう──」

 

 シャングリアが絶頂する。

 

「四回目だな。あと一回絶頂すれば、また罰遊びだ。今度はなにをしてもらうかな?」

 

 一郎は律動をちょっと緩やかにしてシャングリアに声をかけた。

 まだ砂は半分くらいはある。

 このままの調子で犯し続ければ、シャングリアはあっという間に五回目の気をするだけだ。

 

「ああっ、許してくれ──。た、頼む──。叩いたり──抓ったりしてくれ──。そうしたら頑張れるかも──」

 

 シャングリアが悶えながら声をあげた。

 

「面白いことを言うなあ──。こうか?」

 

 一郎は摘まんでいた乳首を思い切り抓ってやった。

 

「ひいいいっ、んぎいいいいい」

 

 シャングリアが裸体を限界までそり返して、がくがくと身体を震わせた。

 そして、ぎゅうぎゅうと一郎の怒張を締めつけたかと思うと、がっくりと脱力してしまった。

 達したのだ。

 これには、一郎も苦笑するしかない。

 思惑では、もっとぎりぎりまで我慢させるつもりだったのに、激痛を与えたら逆に絶頂してしまったのだ。

 

「こらああ、女騎士──。それでも、人間族の騎士かあああ。もっとご主人様を愉しませないかあ」

 

 今日は一日中、一緒にいる魔妖精のクグルスがシャングリアを叱咤した。

 だが、今日はたっぷりと淫気を集めたこともあり、クグルスも機嫌がよさそうだ。いまも、怒っているというよりは、揶揄(からか)っている感じだ。

 とりあえず、一郎は精を放つ。

 そして、シャングリアから怒張を抜いた。

 

「くうう……。す、すまない、ロウ……。また失敗した……。す、すまん、不甲斐なくて……」

 

 シャングリアは意気消沈したみたいになっている。

 

「よおし、次は誰だあ──? お前らのご主人様は、まだまだ元気だぞお。ほら、見ろ──。まったく衰え知らずだ──」

 

 クグルスが女たちに声をかける。

 確かに、一郎の股間はまだまだ、勃起状態だ。

 だが、すぐに反応する女はもういない。

 むしろ、ぎくりとした感じで、身体をすくませたのがわかった。

 あのガドニエルとスクルドさえも、もうお腹一杯の感じだ。十分に満足したのだろう。

 一郎は思わず笑ってしまった。

 

「いや、ちょっと限界なんだろうさ。ちょっと休憩だ。それよりも、シャングリアの罰遊びだ……。シャングリア、湯の中に来い」

 

 まだ足腰がふらついているシャングリアの縄尻を掴んで、湯に戻す。

 湯はそれほど深くなく、立てば太腿くらいしかない。

 一郎は、まずはシャングリアに目隠しをした。

 

「わっ」

 

 シャングリアは裸体をすくませた。

 構わずに、一郎は、次いで脚を開かせ、亜空間からアナル用の張形を取り出す。

 

「シャングリア、罰遊びだ……。湯の中に、真っ直ぐに立てた張形を隠す。それを目隠しをしたまま探して、股間で挿入してここまで持ってくるんだ。どこにあるかは、これで誘導する」

 

 一郎は離れたところの湯の中に、亜空間術で、輪投げの杭のような台付きの木製の張形を垂直に立てて出現させるとともに、シャングリアのお尻にゆっくりとアナル張形を挿入していった。張形の表面には、淫魔術で潤滑油も出現させているので、つるりとシャングリアの尻の穴にアナル張形が埋まっていく。

 

「うあっ、こ、怖い──。め、目隠しをされると怖いんだ、ロウ──。あっ、ああっ」

 

「だから、罰遊びなんだろう、シャングリア? だけど、愉しいのはこれからだぞ」

 

 わざとゆっくりとアナル張形を沈めていく。

 三廻り目のときには後背位で前を責めたが、二廻り目のときにはアナルが中心だった。

 そのときに十分にほぐしていたので、シャングリアの尻は、十分に張形の受け入れ態勢が整っている。

 

「くっ、ううっ、あっ、んくううっ、んんんんっ」

 

 シャングリアがぷるぷると腰を強く痙攣させた。

 軽く達したみたいだ。

 まあ、ほかの女と交代しながらとはいえ、午後いっぱいかけて、十五回の絶頂だ。

 かなり、いきやすくはなっているようだ。

 

「ねえ、ねえ、ご主人様、なにをするんだ?」

 

 クグルスが興味津々に寄ってくる。

 

「まあ見てろ。シャングリア、いいか、これが“前”に進めだ」

 

 一郎は淫魔術でアナルバイブを尻の中で振動させながら伸ばしていく。

 シャングリアは、ずんぞんという衝撃を感じているはずだ。

 

「ひああああっ、なんだああ──?」

 

 シャングリアが身体をのけぞらせて声をあげる。

 一郎は今度は長さを縮めていく。

 

「これが後退だ」

 

「んひいいいっ」

 

 シャングリアが腰を引くような仕草をする。

 いちいち、動きが派手で面白い。

 

「そして、右……」

 

 お尻の中で張形の首が右に曲がり、どんどんと突く。

 

「くふっ」

 

 シャングリアががくんと膝を曲げる。

 今度は張形を左に首をもたげさせた。

 

「これは左だ」

 

「おおおっ、こ、これは、ひどいぞ、ロウ──。ああっ、あああっ」

 

「不甲斐なく連続絶頂をした罰じゃないか……。ほら、とりあえず進め。しっかりと、湯の中の張形を探して膣で咥えて来いよ」

 

 一郎はまたもや淫魔術を使って、アナル張形の先端部分を傘のように開かせた。それをゆっくりと回転させる。

 

「あはあっ、んほおおっ」

 

 シャングリアが反射的に全身を直立させた。

 全身の筋肉が硬直したのがわかる。

 一郎は愉しくなって、にんまりと微笑んだ。

 

「ふふふ、ご主人様、いい顔しているよ……。ご主人様からも淫気が溢れだした。やっぱり、すごいねえ。ご主人様の淫気は女たちの百倍は濃いからねえ……。だけど、意地悪な嗜虐しているときには、ご主人様も愉しんでいるのがわかるよ」

 

 クグルスが再び寄ってきてけらけらと笑った。

 

「あっ、わたしも、いつでも玩具になりますから……」

 

「わたしもです……」

 

 いつの間にか顔をこっちに向けていたガドニエルとスクルドがそれぞれの位置から言った。

 いまのクグルスの言葉を耳にしたようだ。

 

「ありがとう、ふたりとも。じゃあ、とっておきのときに、ふたりとも、このリモコン遊びに付き合ってもらうな」

 

 一郎は笑った。

 

「りもこん遊び?」

 

 クグルスが首を傾げている。

 

「これのことだ」

 

 一郎は、シャングリアのお尻の中で回転をしているアナルバイブを少しずつ伸ばして、傘の部分を奥に進ませて。

 

「ひああっ、あああっ、おおおっ」

 

 シャングリアの裸体が反り返る。

 それでも足が前に出ていく。

 

「ま、待ってくれ──。回転だけでも止めてくれ──。せめて、ゆっくり……。そ、それと、目隠しは許してくれ。怖いんだ──。あああっ」

 

 珍しくもシャングリアの哀願するような声だ。

 シャングリアは“目隠しプレイ”に弱いようだ。

 ならば、これからは、もっとそれをやってやらなければならない。

 

「終わらせたかったら、張形の杭を早く股で掴むんだな」

 

 一郎はうそぶき、張形の頭を右に動かす。

 

「んおおおっ」

 

 シャングリアが悲鳴をあげて、がくんと腰を落としかけ、足を右に向ける。

 すかさず、左に張形を動かす。

 

「ああっ」

 

 シャングリアが左に向きを変える。

 しばらくのあいだ、一郎はシャングリアを湯の中で、右に左に、前に、後ろにと動かしまくった。

 十分に遊んだところで、シャングリアの身体を湯の中央付近にある張形の杭の位置まで誘導する。

 

「股を拡げて屈むんだ。これが“屈め”の合図だぞ」

 

 アナルバイブの傘を前後左右の四方向に連続で傾かせる。

 

「くはっ、んはああっ」

 

 シャングリアが股間を開いてがに股になり、腰を震わせながら湯の中に入れていく。

 しばらくして、シャングリアの腰が湯に浸かった。

 湯の中には木製の張形が台で垂直に立てられて伸びていて、シャングリアの足の真下には、丁度張形がそそり勃っている。

 

「あっ」

 

 シャングリアがびくりと腰を浮かせた。

 張形の先端が膣に触れたのだろう。

 一郎は傘の回転を急速回転に変化する。

 

「うわあああっ、やめてくれえええ」

 

 シャングリアがひっくり返りそうになる。

 一郎は回転をゆっくりに戻した。

 

「なにをしている。腰を浮かすな。さっさと持ってくるんだ」

 

 一郎はわざと叱咤する。

 

「ふふふ、ご主人様、鬼畜うう……」

 

 クグルスが笑う。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「うう……。わ、わかっている……。い、いくぞ……」

 

 シャングリアが再び腰を沈めていく。

 やがて、びくりと身体を震わせたが、今度はさらに腰を沈めていく。

 

「ああ……」

 

 がに股になって腰を落としているシャングリアの裸体がびくびくと震えた。

 

「もっと深くまで膣奥に入れた方がいいな」

 

 一郎は、アナルバイブの傘が前後左右に連続で傾く速度をあげた。

 

「あうううっ、くううううっ」

 

 シャングリアの身体が激しくうねりながら、さらに低くなる。

 

「お、おおお……。こ、これ以上は……む、無理……。し、子宮に届いている……」

 

 シャングリアが苦痛に顔を歪めた。

 しかし、痛みを快感に変えてしまう度合いが激しいシャングリアだ。魔眼でステータスを覗くと、しっかりとシャングリアが興奮しているのがわかる。

 なんだかんだで、シャングリアは真性のマゾなのだ。

 

「じゃあ、持ってくるんだ。途中で落としたら、最初からやり直しだぞ」

 

 再び一郎は、右に左に、前に後ろにとシャングリアをアナルバイブの振動と傾きで誘導しつつ、またもや、湯の中を歩かせる。

 シャングリアの膣から漏れ出る白濁液が木製の張形を伝って、台になっている場所にしたたり落ちている。

 また、この台の部分があるので、どうしてもシャングリアは股を開いて歩かねばならず、その格好で膣を締めつけて、台付きの張形を落下させないようにしないとならないので、かなり辛そうだ。

 それでも、なんとかシャングリアは一郎のところまで台付き張形を膣で運んできた。

 

「よし、よくやった、シャングリア──。成功だ」

 

 一郎は膣から張形を引っこ抜いてやる。

 

「おあっ──。あっ……。はあ、はあ、はあ……。や、やったのか? そうか……やったのか……」

 

 こんな馬鹿げたことでも、勝負事のようになると、シャングリアは一生懸命になる。

 さっきは五回絶頂が耐えられなくて、歯噛みしたような顔をしていたが、今度は成功したので嬉しそうだ。

 一郎は微笑んだ。

 

「よし、シャングリア、ご褒美だ」

 

 一郎はシャングリアを再び後背位の態勢にして、上体を湯の縁にうつ伏せにした。次いで、アナルバイブを抜き、そこに一郎の一物を沈めていった。

 

「はううっ」

 

 目隠しをしたままのシャングリアが火のような息を吐いた。

 律動をする。

 ご褒美なので、意地悪はしない。

 シャングリアの快感はあっという間に襲ってきたみたいだが、一郎はそれに合わせて、射精してやった。

 

「おああああっ、あはああっ」

 

 歓喜に打ち抜かれたみたいになったシャングリアが二度、三度と激しく痙攣する。

 やがて、全身を大きく突っ張らせたかと思うと、今度は一気に脱力した。

 かなり深い絶頂をアナルでしたようだ。

 一郎は怒張を抜く。

 だが、シャングリアはぐったりしている。

 失神まではいかないみたいだが、ほとんど力が入らないみたいだ。

 とりあえず、目隠しだけは外してやった。

 

「よーし、女騎士は交代だ。もう立てないな──。次はまた、エリカだな。時間が開いたんだ。お前の番だ──」

 

 クグルスが叫んだ。

 

「あっ、う、うん……」

 

 エリカもまた、半覚醒の状態から復活していたみたいだ。

 クグルスに促されて、一郎のところに歩み寄ってきた。

 しかし、一郎はそれを制する。

 エリカが途中で立ち止まった。

 一郎は、エリカを湯の外に手招きした。

 

「いや、午後いっぱいも愉しませてもらったし、さすがに、みんなも疲れただろう。せっかくの温泉だしな。たまには、俺がみんなに奉仕しよう。まずは、一番奴隷のエリカからだ。身体を洗ってやるから、あがってこい」

 

 一郎は、亜空間で泡の出る身体用の洗い粉を出しつつ、湯の外で胡座をかく。

 そこにあがってきたエリカを抱きあげて、胡座の膝の上に、一郎と同じ方向に乗せる。

 

「あんっ」

 

 泡でいっぱいにした手でエリカの乳房を刺激した。

 あっという間に、エリカの乳首をが尖る。

 エリカの乳首には、宝石付きのピアスが嵌まっていて、一郎がそれに触れると、たちまちに大きな愉悦が走るようになっている。

 

「んくっ、ああっ」

 

 エリカがたちまちによがり狂った。

 いつもながら、実に愉しい身体だ。

 一郎は手でエリカの乳房を洗いながら思った。

 

「ま、待ってください……。は、話を……話をさせてください──。さ、さっきのことは本当でしょうか──? 教えてください。わたしたちがすぐにいきすぎるから、ロウ様が愉しめないって……」

 

 すると、よがっていたエリカが必死の感じでそれを振り払い、顔だけを一郎に向けて、そう訊ねてきた。

 一瞬、なんのことかわからなかったが、そういえば、そんなことを口走った気がした。

 

 しかし、実際にはそんなことはない。

 正直にいえば、自分が精を放つよりも、女たちが何度も絶頂する姿を眺める方が興奮するくらいだ。

 だからこそ、そういうように抱いているのだ。

 一郎が満足していないのであれば、もっとひとりよがりの性行為をしている。

 だが、エリカはちょっと、その戯言が気になったみたいだ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「いや、十分に俺も愉しんでいるけどね……。だが、もしかして、エリカは、俺をもっと満足させるように頑張ってみたいか?」

 

「そ、それが必要なら……。みんなでも、話し合います──。いつもいつも、わたしたちだけ気持ちよくしてもらって、申し訳ないし……」

 

「そうかあ?」

 

 一郎はくすりと笑った。

 まあ、エリカらしいと思ったのだ。自分たちが快感に耽るだけでなく、一郎にも気持ちよくなって欲しいというのは、実に、真面目なエリカらしい。

 そして、ふと、視線を湯に向けた。

 だが、根っからのマゾであり、奉仕してもらうのが大好きなガドニエル女王様とスクルド元神殿長様がちょっと気だるそうにこっちに視線を向けている。

 エリカと一郎の会話には、耳は傾けてなかったのだろう。まあ、聞こえていたとしても、気にするタイプではないか……。ひたすら、自分の快感に貪欲な性格だしなあ……。

 実際、エリカの言葉に反応した気配はない。一郎はちょっと笑ってしまった。とにかく、一郎に気を遣うのは、実にエリカらしい。

 ならば、ちょっと愉しませてもらおうかなと思った。

 

「だったら、俺がエリカの身体を洗い終わるまで、絶頂しないように頑張ってみろ。俺もそうしてやる。それで持久力を鍛えてはどうだ?」

 

「えっ?」

 

 ちょっとエリカはきょとんとしたが、すぐに頷いた。

 

「お、お願いします──」

 

「任せろ」

 

 一郎は手に洗い粉と湯を足して泡を作ると、いきなりエリカの股間に泡をまぶして、クリトリスとそこにあるクリピアスを手で洗う。

 

「んひいいいいっ、だめえええええ」

 

 あっという間にエリカは絶頂に向けて、身体を激しく反応させた。



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745 クロノスの情報収集(その1)【温泉】

 いきなり、クリトリスとクリピアスを泡で洗ってやると、あっという間にエリカは絶頂に向けて、身体を激しく反応させた。

 

「んくうううっ、んんんんんっ」

 

 エリカが緊縛されている上体を前に倒して、必死に身体を硬直させている。後ろから見ると、背中側に縄で結われている両手のひらが握ったり、開いたりということ繰り返しされている。

 もしかして、これで我慢しているつもりなのだろうか?

 一郎は、面白くなった。

 いずれにしても、信じられないくらいに感度がいいことと、快感に対してとことん弱いくせに生真面目で恥ずかしがり屋なのがエリカの魅力である。

 まあ、しばらく愉しませてもらおう。

 

「我慢だぞ、我慢。エリカ、頑張って、持久力のある身体を作って、俺を愉しませてくれるんだろう?」

 

 一郎はエリカの股間を洗いながら耳元でささやいた。

 突然にそんなことを言い出したのは驚いたが、まあ、エリカは直情的で思慮深い方ではない。

 一郎のつぶやきを真に受けて、そんな気持ちになったのだろう。

 

「そうだ、エリカ。我慢だ、我慢。そうすれば、ご主人様は悦ぶぞ。お前はよくわかっている」

 

 一郎がエリカをあぐらに乗せて身体を洗う周りを飛びながら、クグルスがエリカに陽気に声をかける。

 おそらく、クグルスは一郎がエリカで遊ぼうとしているのがわかっているだろう。

 どちらかというと、揶揄(からか)う感じだ。

 

「わ、わかってるわ、クグルス──。で、でも、だ、だめええっ」

 

 エリカの全身がぶるぶると震える。

 泡立てている手が右に左に、上に下にとクリピアスに当たるたびに、エリカは激しい反応をして快感をせり上げてしまっている。

 まあ、もともと感じやすいうえに、一郎がピアスに触れると、平素は堰き止めている快感が爆発することになっている。

 我慢などできるわけがない。

 しかし、せっかくのエリカの申し出だ。

 一郎は、本当にぎりぎりのところで、絶頂を寸止めにして、指を股間から離した。

 エリカが切なそうに悶えつつも、一気に脱力する。

 

「頑張ったな、エリカ。ほかの場所を洗ってやろう」

 

「はい……。はあ、はあ、はあ……」

 

 すでにエリカはぐったりとなっている。

 絶頂を免れたのは一郎がそうしたからにすぎないが、エリカからすれば、自分が耐えたからとも思っているだろう。

 この調子で頑張ってもらい、もうちょっと遊ばせてもらおう。

 

「いい子だ。しかし、みんなもそうだが、エリカも真っ白くてつるつるの肌だなあ。こんなに綺麗な肌だと、いかにも磨いているという感じで、俺も楽しい」

 

 全身に手で泡を拡げていく。

 何でもない場所であっても、素手で肌を撫でるたびに、びくんびくんとエリカの身体が跳ねるのが面白い。

 本当に敏感なのだと改めて思った。

 なにしろ、性感帯が赤く見える一郎は、今はあまり赤くない場所を探して触れているのだが、一郎が手で泡を塗ると、そこが真っ赤な性感帯のもやに染まるのだ。

 赤いもやは感じている証であり、エリカは一郎に触られると、たちまちにどこであろうとも感じてしまうみたいだ。

 これでは、快感を耐えるなど不可能だろう。 

 まあ、そこまで鋭敏な身体にしたのは一郎の手管であり、ある意味、一郎の作品ともいえるのがエリカなのだが……。

 

「あっ、ああっ、そ、それは……、ロ、ロウ様がみんなの……か、身体を……せ、世話して……くふうっ、く、くださるからっ、んふうっ」

 

 一郎の指が這いずる感覚をたちまちに官能の昂ぶりに変えてしまうエリカは、反応を抑えることができず、懸命にそれに耐えながら一郎の言葉に応じる。

 まあ、これだけ敏感な肌を一郎の手で洗われては堪らないのだろう。

 いつの間にか、エリカの身体は全身が充血して真っ赤になり、魔眼でも性感帯が全身に拡がって真っ赤になってしまった。

 

「おっ、わかっているじゃないか、エリカ。そうだ。お前たちは、ご主人様のお世話になってるんだ。だから、できるだけ、ご主人様を悦ばせるんだ」

 

 クグルスだ。

 

「わ、わかっている……。め、面倒を看てもらって……。だ、だから、ロ、ロウ様に……す、少しは……よ、悦んでもらいたくて……、ああっ、そこも、だめええ」

 

 エリカの裸体がびくんと弾く。

 一郎は手で洗う場所を別の場所に変える。

 でも、これは、どこをどう触っても感じるのだろうな……。

 一郎は微笑んだ。

 

 また、世話をしているとか、面倒を看ているとかいうのは、一郎が女たちの身体を常に淫魔術でケアしていることを示している。

 支配している女たちに限り、一郎はほぼ無制限に治療術のようなことを施せる。なにしろ、感覚を鋭敏化したり、操ったり、あるいは、筋力を失わせたりとあらゆることが可能なのだ。

 その力を使えば、肌の染みを消失させたり、皺を失わせたりすることは造作はない。淫魔力があがってからは、小さな整形のようなこともできるようになった。その力を駆使して、常に女たちの肉体を美しく健康に保っている。

 一郎の世話をしてくれる彼女たちへのせめてもの恩返しのようなものだ。

 これについても、エリカは時折、本当に嬉しいと感謝の言葉を口にする。

 一郎からすれば、自分の持ち物を大切にしているような気持ちであり、むしろ、そんな物扱いをするのは申し訳ない気もするが、女たちの全員が悦んでいるので、まあいいことなのだろう。

 

「ここを洗うぞ。我慢だぞ」

 

 一郎は笑いながら、エリカのお尻の穴に泡とともに指を挿入する。

 

「いやあっ、ああ、だめええええっ」

 

 つるりと指が根元まで入ると、エリカが全身をのけぞらすよに突っ張らせた。

 一気にエリカの快感度が“0”に近づく。

 “0”になれば絶頂だ。

 一郎は、その寸前で止めてやった。

 淫魔術によるものなので、エリカは絶頂したくても絶頂できない。

 泡の潤滑を活用して、アナルに挿入している指を二本にする。そして、その二本を交差するように激しく動かす。

 

「ここで我慢だ。我慢だぞ──。顔をこっちに向けろ。口を中を舐め洗ってやろう」

 

 一郎は声をかけながら、振り向いたエリカに口づけをした。

 絶頂を封じているのだが、エリカにはそれはわからない。ずっと絶頂に耐えているのだから、それを自分でやっていると思っているだろう。

 やはり、真面目で正直なエリカは騙されやすい。

 

「んん、んああっ、んああっ」

 

 エリカと一郎の舌が絡み合う。

 また、必死に身体に力を入れ、お尻の穴をいじられる快感にエリカは耐え続けている。

 一郎はしばらく、エリカの口を堪能してから、空いている手をもう一度股間に持っていく。

 膣に触れた指を二本挿入する。

 エリカの股間の中は熱くて、信じられないくらいに濡れていた。

 お尻に入れている二本の指とともに、薄い肉壁越しに指を押し揉んでやる。

 

「いぐうううっ」

 

 さすがにエリカは、一気に絶頂に向かって快感を飛翔させた。

 だが、さっき寸止めした淫魔術の効果が生きている。

 エリカは絶頂できない。

 

「ここで我慢だ──。我慢するんだ」

 

 一郎はさらに親指でクリピアスを激しく弾いてやる。

 淫魔術により、一郎が女の快感を寸止めすることを簡単にできることを知っているのだから、いつの間にか絶頂したくてもできないようになっていることに、いつ気がつくのだろうと思った。

 エリカはがくがくと身体を震わせて、絶頂の仕草をしている。

 しかし、いけない。

 最後の最後が寸止めされている。

 かなりの長い時間、エリカはその状態を続ける。

 

「いいぞ、エリカ、もっと頑張れええ──。頑張れば頑張るほど、ご主人様の好みの身体になるぞおお。もっと頑張るんだ──」

 

 クグルスがくすくすと笑いながら声をかける。

 こっちは、すでにわかっているみたいだ。にやにやしている。

 だが、エリカは懸命に歯を喰い縛って、首を激しく縦に何度も振る。

 

「わ、わかっている──。我慢してる──。が、頑張っている──。うぐううっ、ぐううううっ」

 

 エリカが身体を大きく痙攣させながら言った。

 どうやら、まだ自分で頑張っているつもりか……。

 一郎は前後の穴から指を抜いた。

 そして、エリカの身体を回転させて、向かい合わせにすると、勃起している男根をエリカの股間に滑り込ませた。

 

「きゃあああ、んああああああっ」

 

 そして、淫魔術の歯止めを外して絶頂を解禁した。

 腰を揺すって、怒張をエリカの中で律動させる。

 

「んふううううっ」

 

 今度は呆気なく絶頂してしまい、エリカは限界まで身体を弓なりにしたあと、一気に脱力した。

 一郎の裸身にもたれかかるようにして、顎を一郎の肩に載せてくる。

 我慢していた分、絶頂が深くて大きかったみたいだ。

 精根尽きたみたいにぐったりして、乳房を一郎の胸に押しつけて、上下させている。

 

 ここで終われば快感で終わるだろう。

 これ以上すれば、苦痛になると思う。

 どっちでもよかったが、まあ勘弁してやろう……。

 もともと、身体を洗ってやるだけの予定だったのだ。

 エリカが健気なことを口にするから、セックスになっただけである。

 一郎は律動を中止した。

 

「す、すみません……。こ、今度は、が、我慢できませんでした……。すごくて……」

 

 エリカが申し訳なさそうに言った。

 一郎はエリカを抱きしめながら笑った。

 

「いや、頑張ってくれた。十分に堪能したぞ」

 

 一郎はそばに空の桶を寄せた。そして、クグルスに声をかける。

 

「クグルス、桶に湯を満たしてくれ」

 

 一郎と女とのセックスに接して、たっぷりの淫気を堪能したクグルスは、いまはいくらでも魔道を遣えるだろう。

 魔妖精というのは、淫気で魔道を起こすのだ。

 

「あいあいさあ──」

 

 クグルスが湯を魔道で空の桶に移した。

 一郎はそれをエリカの身体にかけて泡まみれの身体を洗ってやる。

 何度か繰り返して、エリカの泡まみれの身体がきれいになる。

 

「あっ、ありがとうございます……。で、でも、ロウ様は終わってませんよね……。よ、よければ、わたしの身体を使ってください。大丈夫ですので……」

 

 荒い息をしていたエリカだったが、はっとしたように言った。

 いまだに一郎の怒張はエリカの中にあり、まだまだ逞しく勃起したままだ。

 ただ、これは淫魔師として自分の勃起を自在にできる一郎だから、意識して勃起を保ったままにしているところがあり、小さくしようとすればできる。

 それに、朝から何十人もの女を抱いているのだ。

 いま、射精しなければ我慢できないということはない。

 十分だ。

 

「いや、問題ない。愉しかったぞ。さあ、湯に入るといい……。さて、次ぎは誰を洗ってやるかな……。ガド、来るか?」

 

 一郎はエリカから怒張を抜くと、気怠そうに湯に浸かっていたガドニエルに声をかけた。

 

「あっ、はい……。で、でも……」

 

 ガドニエルがまだ怠そうに言った。まだ疲労が回復しないのだろう。

 ならば、スクルドかな……。

 一郎は、視線を移動させる。

 

「おう、ご苦労だな、エリカ……。いや、女王様でいいんじゃないか、ご主人様……。 こいつは我が儘マゾだからな。ちょっとくらいは躾けてやったらどうだ」

 

 クグルスが言った。

 また、エリカは湯の中に戻っていく。足腰がふらついていて辛そうだ。

 一方で、ガドニエルはちょっと不満そうな表情になる。

 

「わ、わたしは我が儘ではありませんわ、魔妖精さん。ご主人様に尽くしております。皆様には負けませんから──」

 

 ガドニエルがクグルスにむっとした表情で言った。

 

「そうかあ? だけど、女王陛下は、ご主人様に奉仕しようなんて思わないだろう? 自分の都合で抱いてもらって、気持ちよくしてもらいたいとは思うけどな」

 

 クグルスが揶揄うように言った。

 

「そんなことありません。わたしは、ご主人様が望めば、エルフ王国でもなんでも、すぐに差しあげるつもりです──。わたしの持っているものはすべてご主人様のものですわ──」

 

 ガドニエルが声をあげた。

 

「こらっ、ガドニエル──。お前はなんてことを口にするのよ──」

 

 そのとき、この湯場の敷地の入口側、つまり、宿泊施設側から声がした。

 振り向くと、ケイラ=ハイエル、すなわち、享ちゃんがいた。

 軽装だが、ちゃんと服を着ていて、十人ほどの親衛隊を連れている。ブルイネンも小隊長もいない。女兵クラスの者たちだ。

 彼女たちを使って、享ちゃんは食事を運んできたみたいだ。

 さまざまな食事や飲み物を載せた台車を親衛隊の女兵たちが押している。また、簡易テーブルや椅子も持って来させていて、享ちゃんの指示で湯船の外側の空いた場所に食事を準備させていく。

 

「お兄ちゃん、セックスもいいけど、食事もとってね。だけど、もう少しここで愉しむんじゃないかと思って運ばせたわ……。お前たちは準備が終わったら、行っていいわ」

 

 享ちゃんは親衛隊たちに指示をする。

 一郎も裸だし、ガドニエルをはじめ、女たちは裸で緊縛されているのだが、女兵たちも別段動じることはない。

 もはや、セックス仲間なのだ。

 午前中は、あの彼女たちのひとりひとりとたっぷりと愉しんだ。

 準備をしながら、一郎にちらちらと視線を送り、くすくすと笑ってきたりする。

 

「温泉なのに、服を着てきたのか、享ちゃん」

 

 やがて親衛隊たちがいなくなる。一郎は裸のまま湯船の外で胡座をかいていたが、そのまま享ちゃんのいるテーブルに向かって席に着いた。

 享ちゃんがその向かい側に座る。

 

「さっき着いたばかりなのよ、お兄ちゃん。そしたら、ちょうど、親衛隊が食事の仕度をしていたから、一緒に連れてきたの」

 

 享ちゃんは、南域で起きている情勢に関する情報を集めるために、今日は一日奔走してもらっていた。

 ケイラ=ハイエルとしての彼女は、諜報組織や情報組織を複数保有していて、本来はエルフ王国中心だが、それでも人間族のほかの国に対する諜報力もある程度持っているという。

 それを使って、今日の一日で可能な限りの南域情勢を集めてもらっていたのである。

 

「そうか。ありがとう……。じゃあ、食事をしながら聞こう。みんなあがって来い……。クグルス、コゼも起こしてくれ」

 

 一郎は声をかけた。

 同時に、淫魔術で全員の縄を解く。両手が自由になったみんなが腕をさすりながら、湯の外に集まってくる。

 また、コゼもクグルスに起こされ、きょろきょろして、やっと自分が失神してしまったことを悟ったみたいだ。

 一郎に謝罪しながら、一郎に促されて、テーブルにやってきた、

 

 全員が裸でそれぞれにテーブルに集まって座る。

 相変わらず、全員が我先にと一郎のそばに座りたがったが、結局、いつものように、コゼとガドニエルが両側になった。ほかの女たちは、それぞれに空いた場所の椅子に座る。

 一郎はふと気紛れを起こして、一番最後にやって来たスクルドが座ろうとした椅子を亜空間術で消滅させてしまった。

 

「あれっ?」

 

 まさに、それに座ろうとしたスクルドがきょとんとした顔を一郎に向けてきた。

 一郎はにやりと微笑んだ。

 

「いま見たとおり、椅子がひとつ足りなくなった。だが、雌犬の場所は空いている。俺の足もとだ。雌犬役はこっちに来い。四つん這いでな」

 

 一郎は亜空間術で鎖付きの犬の首輪を出現させた。

 スクルドはぱっと顔に笑みを浮かべて、その場に四つん這いになる。

 

「わっ、ご主人様──。わ、わたしも……わたしも雌犬になりますわ。どうか、お願いします」

 

 すると、ガドニエルが焦ったようにその場に立ちあがりかけた。

 

「いいから、座ってなさい、ガドニエル──」

 

 だが、享ちゃんがぴしゃりと叱る。

 

「そうだな。スクルドはロウのご指名だからな。だが、雌犬ごっこなら、わたしも、いつでもやっていいぞ」

 

「まあ、じゃあ、あたしも希望しまーす」

 

 シャングリアとコゼが言った。

 ガドニエルがちょっと不満そうな顔をした。

 

「あん、だ、だったら、わたしも。わたしもです。次は絶対にわたしにしてくださいね。絶対です」

 

 ガドニエルが声をあげた。

 

「ははは、やっぱり、女王様だな。頼み方が変だぞ。まるで、命令しているみたいだ。そもそも、さっき、ご主人様が呼んだのに、嫌がったじゃないか」

 

 クグルスが周りを飛びながら笑う。

 

「そ、そんなこと……。そんなことありませんわ。わたしは一度もご主人様に命令など……。そ、そりゃあ、さっきはちょっと、躊躇してしまいましたが、今度はちゃんと……」

 

「わかってるから……。みんな、揶揄(からか)ってるのよ。ガドはいまのままでいいの。ロウ様も、ガドが甘えてくれるのが、お気に入りなんだから」

 

 エリカだ。

 

「わ、わたしは甘えてますか? 尽くしてますわ」

 

 ガドニエルはみんなに訴えるように顔を向けるが、女たちは微妙な表情になる。

 一郎も苦笑した。

 享ちゃんは、そんなガドニエルに対して、大きく嘆息した。

 

「ああ、ご主人様、参りました」

 

 一方でスクルドが四つん這いで歩いてきて、一郎の前で顔をあげて言った。

 すでに、ちょっとうっとりと欲情している感じだ。

 一郎はまずは、スクルドの細い首に首輪をつけた。

 

「じゃあ、みんなが食事をしているあいだ、雌犬は“ちんちん”の姿勢で待機だ……これから、“雌犬ごっこ”だ。覚えているな?」

 

 雌犬ごっこはさんざんに、王都の屋敷でもやった。

 幽霊屋敷の常連だったスクルドは、三人娘同様に、雌犬ごっこの躾けが身についているはずだ。

 

「えっ? あれ?」

 

「雌犬ごっこ?」

 

「おう、あれを発動か?」

 

 エリカ、コゼ、シャングリアが揃って声をあげた。もちろん、この三人も一郎の“雌犬ごっこ”宣言の後の厳しさは熟知している。

 

「な、なんですか?」

 

 ガドニエルは首を傾げている。

 

「あっ、はいっ……。いえ、わんっ」

 

 また、もちろん、スクルドもわかっている。ちょっと、いつもの笑みが顔からなくなる。

 そして、上体をあげて、膝を曲げたまま両脚を限界まで水平に開く、両手は顔の横だ。

 これが“ちんちん”の姿勢だ。

 

「いいのがあるぞ、スクルド……、いや、わんちゃん。じゃあ、これを咥えて、待て」

 

 一郎はテーブルの大皿のひとつから“シャンヤオ”と呼ばれる食べ物を手に取る。

 この世界に存在する「山芋」のような食べ物であり、皮を剥くとやはりぬるぬるとした汁が溢れ出てきて、それが肌に触れる強い痒みを誘うものだ。

 実をいうと、偶然にこれがあるのではなく、今夜の夕食のために、必ずそれを準備するように親衛隊にはあらかじめ頼んでいた。

 もちろん、皮を剥いて女の股間に挿入できる程度の大きさに切っておくことも指示していた。

 誰を犠牲にしようかと思ったが、スクルドを選んだのはたまたまである。

 一郎は、それを手で取ると、がに股姿勢のスクルドの前に屈み、膣の中に無造作にそれを挿入していく。

 

「ひんっ、い、いえ、わんっ」

 

 スクルドがびくんと身体を反応させた。



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746 クロノスの情報収集(その2)【温泉】

「あっ、わ、わん、わんっ」

 

 一郎がスクルドの膣に、シャンヤオという強い痒み成分の汁を出す芋を挿入するあいだ、スクルドは“雌犬ごっこ”のお約束通りに、じっと我慢している。

 それに加えて、言葉は全部“わんわん”と口にしなければならない。これは嬌声もまた同じだ。

 あのシルキーの待っている幽霊屋敷で、しつこいくらいに繰り返して遊んだので、スクルドもしっかりと覚えているようだ。

 シャンヤオはちょうどいい大きさだったので、完全にスクルドの股間の中にそれが隠れてしまった。

 

「じゃあ、雌犬ごっこだ。人間の言葉をしゃべったり、命令に応じられなくなったら、いつもの罰遊びだからな。もちろん、挿入したものを勝手に外に出してもだ。滑りやすいからしっかりと咥えておけよ」

 

 一郎はスクルドの首に繋いでいる鎖を軽く引っ張る。

 姿勢を倒して、四つん這いに戻る合図だ。

 

「わんっ」

 

 スクルドが四つん這いに戻り、一郎が鎖で導くまま、テーブルの下に向かって四つん這いで這い進み、一郎の股間のあいだにしゃがむ。

 

「じゃあ、わんちゃん、なめなめだ」

 

 わざと首輪の鎖を強く引く。

 

「んぐっ、わ、わんっ」

 

 “なめなめ”というのはフェラのことだ。

 スクルドは顔を一郎の股間に埋めて、口で怒張を咥える。

 “なめなめ”とはいいつつ、奉仕の技術は一郎に徹底的に鍛えられているので、単純に舐めるだけでなく、先端への口づけから始まり、唾液をたっぷりと使った全体への舌舐め、裏筋刺激、睾丸吸い、そして、先端への吸引と手順と技術を駆使した奉仕をしてくる。

 さすがは、スクルドである。

 奉仕も実に淫らだ。

 だが、すぐに舌の動きが鈍くなる。

 それだけでなく、テーブルの下で腰がぶるぶると震えだしている。

 股間に挿入したシャンヤオの汁の痒みが襲い掛かってきたのだ。

 これからが愉しいのだ。

 

「わんちゃん、股間が気になってきたか? だが、享ちゃんとの話が終わるまでは、そのままだ。しっかりと頑張れ。失敗したら、いつもの罰だからな」

 

 一郎はテーブルの下のスクルドに声をかける。

 

「わんっ」

 

 スクルドがちょっと口を開いて、犬の声で返事をする。そして、すぐに奉仕に戻る。

 だが、声でわかるが、すでにかなり辛そうだ。

 股間が痒いのだろう。

 一郎は、ほくそ笑んでしまった。

 

「ふふふ、ご主人様は、やっぱり嗜虐のときが一番嬉しそうだね。女たちに意地悪をしているときは、すっごく淫気が濃くなるよ」

 

 クグルスが嬉しそうに言った。

 

「みんなには気の毒だけどな」

 

「いや、そうでもないさ。この巫女も……いや、元巫女だっけ、こいつも満更でもないさ。ご主人様に負けず劣らず淫気が濃いし、多くなったもの。こいつも、ご主人様にいじめられると嬉しいのさ……。ぼくも遊んでいい?」

 

「おう、いいぞ。スクルド、なにをされても奉仕を休むなよ。失敗するといつもの罰だぞ」

 

 一郎は声をかけた。

 

「わんっ」

 

 スクルドが下から返事をする。

 クグルスはなにをするのかと思ったら、空中に真っ白い鳥の羽を十枚ほど出現させた。

 それを引き連れるようにテーブルの下に持っていき、スクルドの大きな胸の周りで這わせ出した。

 

「あっ、んふうっ、いえ、わん、わん、んんん……」

 

 スクルドがびくんと身体を跳ねて、思わず口を離したが、すぐに我に返って、犬の鳴き真似でごまかし、口に咥え直す。

 だが、今度は身が入らないみたいだ。

 

「ははは、頑張れ、乳女。意地悪をすればするほど、ご主人様はお喜びになる。ほら、こっちもくすぐってやる」

 

 下を覗くと、クグルスが腰の周りや股間にも白い羽根を増やしている。

 

「んふうっ、んんんっ」

 

 さすがのスクルドもたじたじになっている。

 しかし、クグルスもわかっている。

 そういう苦しそうに悶える女の仕草が、一郎を興奮させるのだ。

 スクルドに咥えられている一郎の一物も堅さと太さを増したのがわかる。

 

「雌犬ごっこかあ……。懐かしいわあ、お兄ちゃん」

 

 すると、享ちゃんがうっとりとした表情で言った。よく見ると、顔が赤いし、腰をもじもじさせている。

 もしかして、スクルドが責められているのを目の当たりにして、自分が責められているみたいに興奮してきたのだろうか。そんな感じだ。

 ほかの女たちにも目をやる

 享ちゃん以外の女たちは、全員が全裸なので、乳房が剥き出しなのだが、全身の乳首が勃起している。顔も赤い。

 やっぱり、一郎の女たちだけある。

 被虐には弱くて、そして、淫乱だ。

 一郎も嬉しくなってくる。

 

「ああ、罰も同じだぞ、享ちゃん。かつて、享ちゃんにしたように耐えられなくて、雌犬ごっこに失敗したら、あの罰ゲームだ」

 

 一郎は笑った。

 いつの間にか目の前には、皿に大皿から切り分けた料理が載っている。どうやら、コゼが準備してくれたみたいだ。

 飲み物は炭酸入りの果実酒をもらった。

 一郎は皿の料理を“箸”で食べる。

 前の世界でいえば、西洋の中世から近世頃の風俗を思わせる社会であるが、なぜか、こんな東洋風の食事具もある。

 ハロンドールの北側にあるエルニア王国が、一郎にとっての日本を思わせる社会風俗らしい。

 ここでも普通に米食もあるし、箸文化もあり、お辞儀の習慣もあるが、すべて北からの風俗が混ざり合ったものと教えられたことがある。

 

 それはともかく、雌犬ごっこの失敗は、我慢できなくなって「降参」すれば失敗ということになっているが、別段時間制限があるわけでない。

 一郎は、スクルドが屈服するまで、フェラを強要してもいいし、ほかの理不尽な命令をさせてもいい。

 つまりは、スクルドが音を上げて、雌犬に失敗するまで、いつまでも続けられるということだ。

 一郎にとっては、ほぼ負けはなく、まず勝ちしかない遊びである。

 しかも、いまは事前に準備した“シャンヤオ芋”をスクルドの膣に挿入している。もはや、スクルドの失敗しかあり得ない遊びかもしれない。

 

 まあ一応は、唯一、雌犬側が勝つ決まりも準備している。なんでもいいので、一郎が先に射精することだ。

 だから、スクルドがフェラチオで一郎から精を出させれば一郎の敗けになって、雌犬の側がなんでも一郎にひとつ命令していいことになっている。

 しかし、いまだかつて、淫魔師の一郎の意思に反して射精させた女は存在しない。

 

「罰げいむ……、罰遊びとはなんなんですか?」

 

 ガドニエルが訊ねてきた。

 すると、横からシャングリアが口を開いた。

 

「ロウやみんなの前で、自慰をするのだ。だが、達しそうになったら、ロウに声をかけられて中断させられる。それを繰り返すのだ。結構、つらいぞ。なによりも、恥ずかしいしな」

 

「相変わらず、意地悪なのね、お兄ちゃん」

 

 享ちゃんがくすくすと笑った。

 仮想空間の話ではあるが、享ちゃんの記憶には、一郎と前世で奴隷妻として暮らした一生分の記憶がある。一郎の頭の中にもだ。

 その中で、享ちゃんや祥ちゃんとも、この雌犬ごっこでかなり遊んだ。

 享ちゃんも、それらを思い出しているのだろう。

 そんな表情だ。

 ところで、テーブルの下では、相変わらずスクルドとクグルスが性感の格闘中だ。もうかなり、スクルドが追い詰められているのがわかる。

 

「ところで、なにがわかった?」

 

 一郎は、享ちゃんに言った。

 

「そうだった……。まずは、ハロンドールの王太女ね。確かに、この王国の南域動乱の鎮圧のために出動しているわ。クロイツ領の北側の港町であるガヤという都市に、五百の手勢とともに入ってる。二日前よ」

 

 すると、享ちゃんが言った。

 一郎は溜息をついた。

 

「ガヤか。とりあえず、イザベラ姫様はそこにいるということか……」

 

 南方動乱そのもののことが一郎の頭にはない。

 ガヤというのが、領都であるクロイランドという城郭から徒歩で三日ほどの港町であるというのは知っている。

 また、そのガヤのあるクロイツ領の北半分は、西側から賊徒討伐のために進軍をした南部国王直轄軍、通称、南王軍が奪回をしたということも把握していた。昨日、モーリア男爵領を出立する直前に仕入れた情報だ。

 

「それが違うみたいなのよね……。まあ、ちょっと情報の正確性には、まだ自信はないけど、最新の情報では、そのガヤから少し西にあるゲーレという南王軍の兵站施設に移ったという話もあるの……。ただ、そのゲーレというのは、ガヤのような堅固な城壁があるわけでもないし、王太女が向かうようなところじゃないのよね……。だから、いま信憑性から確認させているわ」

 

 享ちゃんは言った。

 ガヤの城郭から、ゲーレという小村に移動した?

 しかも、そこは配備が低い?

 

「どういうことなのだ? ゲーレというのは、本当に小さな村だ。いまの話の通りで、守りには向かない場所だ。そもそも、どうして、そんなところに、戦では重要な兵站施設を作るのだ?」

 

 シャングリアだ。

 話を聞いて、首を傾げている。

 一郎も同じことを思った。

 そのゲーレという村のことは知らないが、軍人ではない一郎でも、軍が動くときの兵站の重要性はわかる。

 

 そこがシャングリアの言うとおりに、守りには向かない場所なのだとしたら、そんな場所に兵站施設をわざわざ作るのはおかしいのかもしれない。

 しかも、享ちゃんによれば、そこには配備が低いという話でもあった。

 

「なにかおかしいな……」

 

 一郎も言った。

 

「とにかく、南域にあるハロンドール内の情報組織を一個買収したわ。そこからの情報が逐次に入手できるようになれば、もっと情報の精度はあがるわ。通信用の魔石を大量に渡して、つまらない情報でも、南方動乱のことは、わたしのところに送り込む処置はした。お金もばら撒いた。だから、待ってね、お兄ちゃん。とにかく、情報を集め続けるから」

 

 享ちゃんは言った。

 一郎は頷いた。

 

「たった一日で、情報を集約する処置までしたんだ。素晴らしいよ、享ちゃん。ありがとう」

 

 一郎は微笑みかけた。

 

「う、うん……。わ、わたし、お兄ちゃんの役に立つのね……。嬉しい……。ずっと、お兄ちゃんに、色々ともらってばっかりだったから……」

 

 享ちゃんが顔を赤らめる。

 やっぱり、うちの女たちは健気だ。

 

「ところで、その賊徒団……道化師軍だっけ? どういう賊徒団なのか、わかる範囲でいいから教えてくれ」

 

 一郎は享ちゃんに言った。

 

「ああ、そうね……。頭領はドピィを名乗っているわ。でも、本名じゃないわね。どういう人物なのかは不明。謎に包まれているわ。五年ほど前に、南王軍の直轄地域に現れて、いつの間にか一万を超える大きな盗賊団を作っていたようよ。ただ、今回の騒乱以前は、自給自足で生活をしているあまり暴れない賊徒と考えられたみたい。だから、大規模な討伐もされてなかったの。それが今回、急にクロイツ領に移動して、領主を殺して領都を奪ったということみたいね」

 

「強いのですか? つまりは、姫様は危険なのですか?」

 

 エリカだ。

 

「少なくとも、クロイツ領に移動してきたからは、ほぼ無敵ね。数日前から、さっきのガヤなどから南王軍が領都に向かって進軍しているんだけど、騎馬隊を使って輜重隊を襲撃しまくっていて、随分と南王軍も苦戦しているみたい」

 

 享ちゃんがエリカの質問に応じた。

 

「輜重隊って?」

 

 コゼが首を傾げた。

 

「兵站部隊、つまり、糧食などを積んでいる荷車を率いる隊のことだ」

 

 一郎は教えた。

 

「待て。だったら、なおさら、姫様は危険ではないのか? どうして、守りの堅いガヤではなく、賊徒団がよく狙う兵站施設の守備に、姫様を向かわせるのだ?」

 

 シャングリアがまた不満を口にした。

 一郎もやはり、同じ疑念を抱いている。

 王太女が南域動乱とやらの処置のために出動するとしても、常識として主力の司令部などがある後方で待機するのが当たり前と思う。

 さっきの享ちゃんの情報が正確なら、みすみす賊徒が狙いそうな場所を作って、そこにイザベラを送り込んだような気もする。

 そんな馬鹿げたことはないから、もしかして、偽情報?

 しかし、王太女がゲーレという小村にいるなどという偽情報に、どういう意味がある?

 まったくわからない──。

 

「とにかく、情報は集めさせるわ。明日には、次の目的地にもっと情報を集まると思う。少しずつ正確なところがわかると思うわ」

 

 享ちゃんが言った。

 一郎は頷いた。

 

「いずれにしても、これで最終目的地だけは決定できた。俺たちは可能な限りに早く、姫様たちに合流することを目標にする。だから、行く先はガヤの城郭、もしくは、ゲーレ村だ」

 

「わかった。ブルイネンにも伝えるわ、お兄ちゃん」

 

 享ちゃんが言った。

 とりあえずの話はこれで終わりだ。

 全員が食事を始め出す。

 一郎は意識をテーブルの下に戻した。相変わらず、クグルスがしつこく擽りを続けている。

 

「さあて、雌犬の状況はどうかな?」

 

 一郎は足をスクルドの股に伸ばすと、股間を指でぐりぐりと押してやる。

 

「あうううっ、ふうっ、はあっ、だめええっ」

 

 スクルドがテーブルの下で身体をのけぞらして、甲高い悲鳴をあげた。

 痒みに襲われている股間を足で刺激されるのは、それだけの快感だったみたいだ。

 だが、一瞬だが、すっかりと雌犬を忘れたらしい。

 罰ゲーム決定である。

 

「ははは、失敗だな。罰だ、罰。ご主人様、こいつも罰だぞう」

 

 クグルスが羽根の悪戯をやめてテーブルの下から出てきた。

 

「失敗だな。じゃあ、もう一度“ちんちん”だ。出てこい。罰はわかっているな?」

 

 一郎は声をかける。

 スクルドがもそもそと四つん這いでテーブルの下から出てくる。

 最初と同じように、膝を曲げて横開きにして、両手を頭の横に置く姿勢になる。しかし、当初と違って、シャンヤオ芋の痒みのために、少しもじっとしていられないみたいで、腰をもじもじと動かしている。

 全身も真っ赤だし、おびただしい汗が肌から噴き出ている。

 また、股間からはかなりの愛液が垂れ出ている。随分と欲情しているようだ。

 

「じゃあ、自慰だ。ただし、俺の足を使ってもらおう。股間を擦りつけるんだ。始め──」

 

 一郎はスクルドに向かって足を伸ばして、足の指を空に向けるようにする。

 

「わんっ」

 

 スクルドが這い寄り、股間を足の指に載せる。

 そして、思い切り動かし出した。

 

「わ、わんんっ、わんっ、わんっ」

 

 雌犬ごっこのお約束は、嬌声も犬声であることだ。

 スクルドがみっともなく、犬鳴きをしながら、一郎の足の指を使った自慰を開始した。

 

「ご、ご主人様、や、やっぱり、わたしも……」

 

 すると、我慢できなくなった感じのガドニエルが声をあげた。

 

「いいぞ。じゃあ、ふたり……いや、二匹、一度に調教だ。口で取ってこい、ガド犬」

 

 一郎はシャンヤオを一個掴むと、温泉の中に投げ込んだ。

 

「わんわん──」

 

 すると、ガドニエルが嬉しそうに椅子から降りると、四つん這いで駆けだした。

 

「はああ……」

 

 享ちゃんが困ったように、頭を抱えて溜息をつく。

 

「うううっ、いいい、わん、わん、わんんんんっ」

 

 一方でスクルドが悲鳴のような声をあげて、エクスタシーの頂上に昇り詰めようとした。

 

「待て──。お預け──」

 

 一郎は号令を掛けた。

 スクルドの腰が止まり、苦悶の表情を浮かべてスクルドが“ちんちん”の格好に戻る。

 また、どぼんと水音がして、ガドニエルが湯に飛び込んだ音が聞こえた。

 

「ご主人様、鬼畜ううう──」

 

 すると、クグルスが愉しそうに空中で踊りながら歓声をあげた。



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747 王太女隊の山村入り【南域(地図有)】

【クロイツ侯爵領地図】

【挿絵表示】


 以前の投稿に、ゲーレ村が追加されています。
 ワルム砦を追加しました(2022.1.12)

 *



 ゲーレという山村は、ガヤの港町に程近い山の中にある。

 ガヤを出発し、ユンデの城郭に繋がる主街道を進むと、程なく山中に向かって離れる山道が現れる。そこを登っていくと、やがて、四方を山に囲まれた盆地のような場所に着く。

 そこがゲーレ村だ。

 

 つまりは山の中にぽつんと存在する平地のような場所である。

 小村の真ん中を谷川から通じる小川が流れていて、それを利用して田畠が作られている。ただ、半分は荒れていて、人の手が離れてかなり経っている感じだ。

 イライジャが昼間に聞いたことによれば、ここは廃れた山村であり、老人を中心として百軒ほどが残っているだけの土地だそうだ。

 風光明媚な土地といえば聞こえはいいが、ガヤの港町が近いので、人はそこに流れてしまい、ここにはあまり人が残らず、こんな感じで過疎化して寂れてしまったらしい。

 

 ただ、いまはこの場所に南王軍の兵站施設が作られて、大変な騒がしさである。

 イライジャたちが領都で侯爵夫人を救出するクエストを実行したのは一昨日の夜であり、それから、ミウの縮地という魔道を使って、ここに辿り着いたのは、丸一日が過ぎて、次の夜も終わった今日の朝方だった。すると、今日の昼間は、兵糧を運ぶ南王軍の軍兵がひっきりなしに大量の糧食や軍事物資を運び込んでは、この中心となる平屋の屋敷をはじめとする小村のあちこちに荷を運び入れたりするのに接し、実に大変な騒ぎだった。

 しかし、陽が落ちて、夜のとばりがやってくると、村に入る輜重隊もなくなり、いくらかの静かさがやって来た。

 まあ、それでも、すでにイザベラの連れてきた五百の手勢が屋敷周りに露営をしているので、いつもに比べれば遙かに賑やかだそうだ。

 さっき掴まえて訊ねた村の老人もそんなことを話していた。

 

 いずれにせよ、そうやって、今日の昼間に農夫たちと会話して改めて思ったのは、この土地における貴族領主の治政の評判の悪さだ。

 イライジャが南王軍の者ではなく、雇われた冒険者だということで口を開いてくれたが、そうでなければ会話をしてはくれなかっただろう。

 クロイツ侯爵は、侯爵家の理財の悪化を建て直すため、相当に無理な重税をかけ、払えなければ家族を借金奴隷として売らせたりしていたらしく、その恨み辛みが随分と人々の心に影を落としてしまっている。

 だからこそ、賊徒の反乱などというものが起きてしまうのだろう。そんなことを思った。

 それに、この土地で起きているドピィの反乱は、あまり農夫たちの反感を持たれてない。それが会話の端々から滲み出るのだ。

 よくよく聞けば、あの賊徒の構成員は、重税に耐えかねて逃散した農民がほとんどらしく、自分たちの仲間のようにも思っているみたいだ。

 そのことについては、イライジャも少なからず驚いた。

 

 それはともかく、イライジャは、こんなところに南王軍の兵站施設を作ったということに、甚だ疑問を覚えている。

 イライジャは軍事の専門家でもなんでもないが、兵站施設といえば、軍事物資を運び入れるのも、あるいは、運び出すにも便利な大きな街道沿いに作るのが当たり前なのではないかと思う。

 しかし、ここは街道から山道を使って登ってくる場所にあり、軍兵の出入りにはかなり不便である。

 そもそも、兵站部隊や物資を入れるような地積や建物がなく、いまは運び入れる物資を田畠の脇や田畠が荒れて使っていない土地に平積みにしているような状況だ。

 

 領都から侯爵夫人を連れて脱走し、ミウの縮地術と移動術を使いまくって、その日の夕刻までにガヤの近くまで戻ったのだが、その途中でイザベラがガヤの港町からゲーレという小村に作った兵站基地に移動したと魔道の通信具で連絡を受けたときには、そもそも驚いた。

 おかげで、昨日の夜には王太女と合流できるはずだったのに、ここで再会できたのは、領都を襲撃して丸一日以上がすぎた今日の朝のことだった。

 

 とにかく、どうして、王太女が南王軍の主力と司令部のいるガヤの港町から離れたのか、まったく理解できなかった。

 そして、ゲーレという小村がどこにあるのかあちこちに訊ね回り、やっとのこと、今朝になって到着したときには、もっと驚いた。

 とても重要な軍事施設のある場所には思えず、ただの人の少ない山村だったからだ。それでも輜重隊が集まっていたから賑やかだったが、それも陽が落ちる前に引き返してしまい、小村に残るのがイザベラの連れてきた五百の隊だけになると、急に静かになった気がした。

 いずれにしても、こんな防壁すらない場所に、わざわざ兵站施設を作るという発想がどうしてもイライジャには理解できなかった。

 

「リー=ハックからは、いずれ、隊を戻すと言ってきている。わたしたちと入れ替わるように守備隊が出て行ったのは、手違いだそうだ。それとともに防備施設の建設隊もやってくるようだ。だが、とにかく、あちこちに手が回らないので、数日はかかるかもしれないとも言ってきた。どうにも埒があかん」

 

 イザベラが苛立ったように言った。

 村の名主(なぬし)の家にあたる平屋の館である。そこに設けられた夕食の席だ。

 

 名主家族については、その家人とともに、すでに別の場所に移っていて、ここは南王軍の施設として徴発した格好になっている。

 この村にある家々にはほとんど敷地を区分する垣根すらないが、唯一ここだけは人の背丈の倍ほどの高さの石壁が囲んでいた。

 また、建物を囲む庭も広い。敷地の中に田畠さえある。

 教えられたところによれば、こんな場所でもかつて盗賊団が襲ったことがあり、その備えだという。

 もしも、盗賊団がやってくれば、このゲーレの小村の人たちは、自分の家々を捨てて、家族とともにこの名主の屋敷内に逃げ込むことになっているのだそうだ。

 それで、石壁の内側が広くなっているらしい。

 屋敷そのものも広くて、部屋も大小合わせて二十はある。これも非常のときに村人が使えるようになっているかららしい。

 とにかく、なんの備えのないゲーレ村にあって、唯一の例外がこの名主屋敷の周りの石壁の内側だということだ。

 

 とにかく、イライジャはイザベラに呼ばれて、夕食の場に同席していた。

 同じ場にいるのは、イザベラ王太女のほかに、護衛長のシャーラと女官長のヴァージニア、五百の手勢の指揮官のライス将軍、そして、イライジャである。イザベラの連れてきた三人の侍女は食事の給仕だ。

 

 ユイナ、イット、マーズ、ミウはここにはいない。

 別の部屋で、監禁している侯爵夫人を見張るとともに、いまだに外すことができない貞操帯の施錠の解除にユイナかがかかりきりになっている。

 また、ミウについては、遠い領都から、一日で五人もの人間を連れて、縮地を使ってきたのだ。さすがに疲れてしまい、今日はずっと寝てばかりだ。いまも夕食もとらずに寝てしまっていた。

 まだ十一歳の童女のミウを酷使してしまって申し訳ないとは思うが、そのおかげで、領都からこれだけ離れた場所まで、無事に移動できたのだ。

 本当にミウには感謝である。

 

「つまりは、しばらくは、我らだけでここを守備するということでしょうか?」

 

 ライス将軍が不安そうに言った。

 イライジャは、この人物を知らないが、シャーラに密かに訊ねたところ、もともと王軍に属する将軍であり、王城の護衛や儀仗のようなことはしたことがあるが、ほとんど軍事的な活動はしたことがないという。

 本来は、ノールの離宮に移ったイザベラたちを監視するために、王都から一緒にやって来たのだそうだ。

 紆余曲折があり、イザベラに忠誠を誓うことになり、今回のイザベラ出陣にあたり、護衛部隊として同行したということだ。

 確かに、軍人というよりは、舞踏会に参加するような貴族っぽく、腹は出ているし、肉体の逞しさもない。

 

 ライス隊は、とりあえず、一部をゲーレに入る山道の出入り口に配備し、残りはこの屋敷周りに露営させているそうだ。

 また、小村内に点在している軍事物資の荷については屋敷内の兵を使って巡回の処置をしたらしい。

 とてもじゃないが、五百の兵だけでは、あちこちに置いた軍事物資などに配兵はできず、それでシャーラとライスが相談して、そういうことにしたそうだ。

 シャーラもまた、ライスの五百の手勢は、兵站物資の警護ではなく、王太女の警護なのだと、かなり息巻いていた。

 

 それというのも、イザベラたちが昨日、ここにやってきたとき、もともといたゲーレの守備隊は入れ替わるように引き上げてしまったのだそうだ。

 しかも、なんの申し送りもなしにだ。

 

 どうして、そんなことになったのか、いまだに理解できないと、イザベラもシャーラも言っているが、王太女であるイザベラの激怒をものともせず、もともといた守備兵の隊長は、命令であるの一点張りで集積している物資を放置して、山を下りてガヤに向かったそうだ。

 そして、唖然とするイザベラ以下の隊だけが残されたということのようだ。 

 さっきイザベラが口にしたのは、それに対するガヤの港町の司令部にいるリー=ハックという南王軍の司令官からの回答であり、なにかの手違いということみたいだ。

 イライジャも、手違いとはなんだと首を傾げたくなる。

 

「とにかく、わたしが明日、ガヤに向かいます、姫様。なんとしても、リー=ハック司令官を見つけて、直談判してきます。話が違いすぎます」

 

 シャーラだ。

 

「そうだな……」

 

 イザベラも頷いた。

 

「姫様、あの司令官は、やはりおかしいと思います。少し調べた方がいいかと」

 

 女官長のヴァージニアだ。

 

「おかしいか?」

 

「おかしいですね」

 

 シャーラも同意した。

 どうおかしいのかは、イライジャにはわからない。そもそも、ガヤに到着したあと、イライジャたちはすぐに船を降りて、侯爵夫人を救出するクエストのために、領都にすぐに向かったので、そのあとのいざこざは関与してないし、リー=ハックという司令官そのものの顔すら見ていない。

 だが、話を聞けば聞くほど、イライジャもおかしいと思う。

 なにしろ、あれから実に丸一日以上、イザベラたちは港に着いた船の中に待機させられたのだという。

 

 ガヤの港町の治安が不穏で危険だからという理由のようだが、王太女に対する扱いとしては、考えられないほどの不敬ではないかと思う。

 しかし、人のいいイザベラは、叱咤はしたが、特に対応はしなかったようだ。挙げ句の果てに、そのガヤの治安の悪さを理由にして、このゲーレにイザベラは向かわされたみたいだ。

 だが、こんな小村で警備も難しい場所に、南王軍の一兵も置かずに、王太女隊を放置などするか?

 まったくおかしすぎる。

 

「いずれにしても、まだノールに残っている侍女たちは、ここに呼びます。戦場に連れてくる者を最小限にしたいという姫様のお気持ちはわかりますが、こうなってしまうと、兵站物資の書類の管理だけでも、わたしたちだけでは手に負えません。よろしいですね?」

 

 ヴァージニアがちょっと怒ったように言った。

 これもイライジャは預かり知らぬことだが、もともと、侍女を含めて最小限の人間できたのは、イザベラの考えだ。

 だが、それには、王妃のアネルザからして、大反対していた。そもそも、アネルザは、妊娠しているイザベラが戦場に向かうことそのものに怒っていたが、いくなら、侍女も隊も全部持って行けと息巻いていた。

 それを最小限にしたのはイザベラ自身であり、特に、侍女については、あまり戦場に連れていきたくないと、頑として首を横に振った。

 ただ、それは無駄な優しさだろう。

 イライジャもそう思う。

 そんな思いもあるので、ヴァージニアの物言いも少しきついに違いない。

 

「わかった」

 

 イザベラは渋々という感じで頷いた。

 とにかく、食事になった。

 

 簡素なものであるが、美味しいものであり、イライジャは十分に満足した。一介の冒険者が王太女などと食事を同席してもいいのかと、ちょっと思ったりもするが、同じ男を愛人に持つ女同士だ。まあ、いいのだろう。

 よく考えれば、ここにいる者は、ライス将軍を除き、ことごとく、ロウの女なのだ。

 ある意味、それも凄いことだと思ったりした。

 

 食事が終わると、慌ただしくライス将軍は戻っていった。

 隊としては動いており、その指揮もしないとならないからだ。

 夕食の皿なども片付けられ、イライジャたちの前にはお茶が出された。三人の侍女たちもイラベラに言われて、同じテーブルにつく。

 

「それで、イライジャ、侯爵夫人の様子はどうだ?」

 

 イザベラが訊ねた。

 イライジャは首を横に振った。

 

「相変わらずです。賊徒のいる場所に戻るの一点張りです。いまはユイナたちが見張ってます。自殺をしようとするのだけは、やめましたが……」

 

 イライジャは言った。

 とにかく大変だったのだ。

 領都から強引に脱走するとき、侯爵夫人を毛布に包んで、文字通り()巻きにして連れてきたが、賊徒から離れてから拘束を解くと、なぜ連れ出したのかと、泣くは喚くはの大騒ぎであり、挙げ句の果てに舌を噛んで自殺さえしようとした。

 ミウがいるので、あっという間に治療したが、あのときは焦ったものだ。

 結局、ユイナが禁忌の闇魔道で暗示をかけて、合言葉を唱えると命令が逆らえなくなるという魔道をかけて、自殺だけはできないようにした。

 結局、もう一度拘束をして連れてくるしかなく、救出というよりは、本当にこっちが誘拐したみたいだ。

 

「わからんなあ……。さらわれていた賊徒のところに戻りたいなどとは……。あのシャロン夫人は賊徒の頭領に拷問をされていたのであろう?」

 

 イラベラも首を傾げている。

 この屋敷に連れ来ているので、夕食前にイザベラも夫人と面会している。そのときも、シャロン夫人は、賊徒のいる領都に戻して欲しいと、イザベラに泣いて頼んでいた。

 イザベラも困り果てていたが……。

 

 また、イライジャからイザベラたちに、シャロン夫人の状況も報告している。

 身体のあちこちには鞭痕があり、監禁中に拷問されていた形跡があること、いまだに外れない貞操帯の内側にでは、お尻に張形が挿入されていて、張形には強い持続性のある掻痒剤が塗ってあったこと……。そのことで、おそらくシャロンは数日は満足に寝れないほどに苦悶していたはずだと説明した。

 報告をしたとき、イザベラは、かなり、それをした賊徒団の頭領のドピィという男に怒っていた。

 

 とにかく、その貞操帯には、魔道の施錠がかかっているので、ここに到着してから、ずっとユイナがその解除に取組中だ。

 とりあえず、貞操帯を取り付けたままではあるが、掻痒剤の効果については、まずはミウが魔道で除去し、治療術で痒みも消した。

 それがなければ、縮地でここまで連れてくることもできなかっただろう。

 また、溜まっていた便についても、ミウが転送術を使って、シャロンの体内から排除させた。

 これも、冷酷なことに、シャロンを監禁していたドピィという頭領は、シャロンの尻穴を張形で塞いだまま、大便を許さずに出動をしていったらしいのだ。

 イライジャは、その残酷な仕打ちに唖然としてしまった。

 ところが、シャロンは、そのドピィという頭領のところに戻ると言い張ってきかない。

 イライジャもわけがわからない。

 

「侯爵夫人は、自分は頭領の妻だと言い張っています。父親が結婚許可書を送ってきたとか……」

 

 イライジャは言った。

 それもまた、シャロンがイライジャたちに訴えたことだ。

 

「結婚許可書? ばかな──。シャロンの救出依頼のクエストは、ベルフ伯だぞ。許可などあり得ん」

 

 イザベラは一蹴した。

 ベルフ伯というのは、シャロン夫人の実の父親だ。

 

「ならば、その頭領が偽の文書を夫人に見せたということなのでしょうね」

 

 イライジャは言った。

 すると、シャーラが口を開いた。

 

「狡猾です……。魔道を用いない洗脳です……。酷い目に遭わせ続けて、ほんのちょっとの優しさを時々与える……。そうやって、心を自分たちに傾かせるのです。しばらく時間を置けば、徐々に回復するとは思いますが……」

 

「そうだな。とにかく、明日にはベルズ伯には連絡をしよう。伯夫妻は、マイムの城郭に滞在しているので、連絡が届くのに数日かかるかもしれんが……。それから、伯爵が迎えに来るだろう」

 

 イザベラだ。

 マイムの城郭というのは、王都に隣接する副王都とも称される都市である。王都でルードルフ王の蛮行が続いているので。王都貴族たちのかなりの者がそっちに避難しているらしい。

 王都の冒険者ギルドに、シャロン夫人の救出を依頼してきたベルフ伯夫妻も、そこに滞在しているようだ。いや、そもそも、シャロン救出はマイムに避難していた宰相を通したイザベラへの直談判らしく、それがミランダに伝えられ、冒険者ギルドのクエスト扱いになったものである。

 

「伯爵がここに夫人を迎えに来るまでに、なんとか夫人を落ち着かせたいですが、夫人の状況は、伯爵にもお伝えください」

 

 イライジャはイザベラに言った。

 イザベラが頷く。

 

「わかっている……。ところで、本来であれば、お前たちの仕事はこれで終わり、夫人とともに、ここを出るのが本筋なのだろうが……」

 

「いえ、残りますよ。それはミランダからも、アネルザ王妃様からも頼まれています。なによりも、ロウの子供です。微力ながら、わたしたちもその子をお守りします」

 

 イライジャは言った。

 

「この子か……」

 

 イザベラが顔を柔らかくして、自分のお腹に触れた。

 

「そうです」

 

「そうだな……。では、よろしく頼む」

 

 イザベラが神妙そうに頭をさげた。

 しばらくして、その席も解散になり、イライジャはユイナたちのいる部屋に向かった。

 

 部屋に入る。

 真ん中に寝椅子があり、そこにシャロンが両手を頭側にあげて束ねて縛り付けられている。

 脚は両側の手すりにあげられて、大股を開いてやはり縄で縛られていた。口には布を押し込んで猿ぐつわだ。

 やりたくて拘束しているのではなく、こうしないと暴れるし、ドピィという頭領のところに戻りたいと泣き喚くのだ。

 また、服はあの領都の離れから連れてきたときのままで、胸を包む薄物一枚のみだ。

 服を着せるという状況ではなかった。

 ここまで、本当に毛布でぐるぐる巻きにして連れてくるしかなかったのだ。

 

「あっ、イライジャさん」

 

「イライジャさん」

 

 イライジャが顔を出すと、マーズとイットが横になっていた身体を起こした。

 ミウはまだ毛布にくるまって寝ている。

 ユイナはいまだに寝椅子に乗って、シャロンに施されている貞操帯と格闘中だ。

 

「食事は?」

 

 イライジャは部屋を見渡して言った。

 部屋の隅に食事が運ばれているが、二食ほど残っている。ほかは食べ終わっている。

 

「あたしたちは食べました。残っているのは、ミウとユイナの分です」

 

 マーズが言った。

 

「こいつも食べましたよ。貞操帯に電撃を送って、強引に口にさせたんです。その後で、また猿ぐつわをさせました」

 

 すると、寝椅子でシャロンの股ぐらに顔を突っ込んだまま、ユイナが言った。ユイナの指は青白く光っている。

 魔道紋を書き換える魔道を使っているのだ。

 

「電撃ねえ……」

 

 イライジャはシャロンを見た。

 シャロンは涙目だ。

 

「んふううう、んんんん」

 

 イライジャの顔を見ると、シャロンがなにかを訴えてきた。

 その顔を見る限り、穏やかなことを言いたいわけでもなさそうだ。いまだに怒っているのだろう。

 イライジャは溜息をついた。

 

「どう調子は……?」

 

 イライジャはユイナに声をかけた。

 

「込み入った施錠です。書き換えは簡単だったけど、外すとなると手が込んでます……。というよりは、勝手に外そうとすると、自爆するようにできてるんです。やり方が卑劣ですよね……。でも、やっと外れそうです……」

 

 ユイナが顔をあげずに言った。

 自爆装置?

 イライジャはびっくりしたが、次の瞬間、貞操帯ががちゃんと音を立てて、留め具が解除されて緩まった。

 外れたのだ。

 

「終わりました……」

 

 ユイナが顔をあげてにっこりと微笑んだ。

 余程に集中していたのだろう。ユイナの顔にはかなりの汗が吹き出ている。

 

「おう、すごい──」

 

「よくやった、ユイナ」

 

 イットとマーズが声をあげた。

 

「ご苦労様、ユイナ」

 

 イライジャもほっとして声をかけた。

 

「じゃあ、外すわよ、夫人」

 

 ユイナが貞操帯を外して、アナル張形を引き抜いていく。

 

「んんっ、んふううっ、んんんっ」

 

 さすがにシャロンが身悶えするような仕草をする。

 やがて、完全に張形がお尻から抜かれて、貞操帯がシャロンの腰から外れた。

 シャロンの股間はこっちが恥ずかしくなるくらいに真っ赤に充血して、愛液で濡れていた。

 イライジャは、イットに言って、とりあえず、シャロンの下腹部に毛布をかけさせた。

 

「しまった──。失敗したわ──」

 

 そのとき、ユイナが貞操帯を持って、急に声をあげた。

 

「失敗?」

 

 イライジャはユイナに視線を向けた。

 

「貞操帯のこのアナル張形に魔石が嵌まってた──。これはこの貞操帯のある場所をどこかに伝える発信具よ。多分、どこかにずっとこの場所を送り続けていたと思うわ。最初にこれを外してから、こいつをここに連れ込むべきだったわ」

 

 ユイナが言った。

 

「発信具?」

 

「ええ、イライジャさん。しかも、かなり強力なもので、この領内くらいなら完全にどこでも届くくらいのものです」

 

 ユイナが手を伸ばして、シャロンの体液でねっとりと濡れているアナル張形に手を伸ばして、再び魔道紋を描く。

 すると、ぽろりと魔石の破片が外に出てきた。

 

「……これで、もう信号の発信を解除できました。でも、この場所そのものは、多分、賊徒に知られています」

 

 ユイナが言った。

 イライジャは、ユイナの肩に手をやった。

 

「まあ、どうせ、ここは南王軍の支配地域だから、大きな問題はないと思うわ。とにかく、発信具の存在については、姫様に報告してくる。いずれにしても、ご苦労様。あとは休んでちょうだい。夫人の見張りは、あたしたちでするから」

 

「じゃあ、お願いします……。とにかく、久しぶりに、疲れたああ──」

 

 ユイナが寝椅子から降りて、床に横になって手足を思い切り伸ばした。

 

 

 *

 

 

 翌朝の早朝──。

 

 手に武器を持った暴徒の大集団が屋敷を取り巻いているという知らせに、イライジャたちは叩き起こされた。






 本日(12月8日)は「対米英開戦記念日(戦時中の呼称)」です。
 本投稿でも、イザベラ隊とドピィ率いる賊徒軍の戦いが勃発しました。



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748 奴隷宮からの伝言【王都】

 ミランダは、この数日、この通称「幽霊屋敷」において、ロウからの伝言について考え続けていた。

 すなわち、一連の王宮の騒動については、単純にサキがしていることではなく、サキを使って第三者が絡んでいるのではないかという疑念だ。もしかしたら、サキは外の情報を遮断されているのではないかと……。

 

 ミランダがいるのは、屋敷の客間である。

 午後のひだまりが気持ちのいい部屋であり、屋敷妖精のシルキーが手配してくれたものだ。この部屋に限らず、屋敷のすべては快適な状態が保たれている。さすがは、屋敷妖精の管理する屋敷である。

 ほかの客間を、ベルズとウルズの部屋としても使わせてもらっている。先日、サキに送り込まれた王軍を相手に大暴れしたために、ミランダもベルズも手配状態であり、この屋敷に匿ってもらっている状況なのだ。

 これを機会に、女豪商のマアや、ノールの離宮からやって来た、本来はタリオ公妃のエルザもここを拠点にすることになった。だから、さながら、ここは、反ルードルフ王、反寵姫サキ及び反女官長テレーズの拠点のようになっている。

 

 この屋敷と、王都側にあるブラニーの管理する「小屋敷」を移動術のできる鏡の魔道器具で繋いでいて、相互に行き来しながら活動をしているのだ。ふたつの屋敷を魔道具で繋いだのは、いまは王都にはおらず、ルードルフ王に処刑されたことになっているスクルズである。そのスクルズは、名乗りをスクルドに変えて、ロウと一緒の旅を満喫しているようだ。なんだか、腹がたつが……。

 

 ともかく、そのロウからの伝言をもたらしたのは、すでに南域に向かったイライジャたちであり、それによれば、ロウは勘であるとしたものの、ナタル森林から王国に戻る途中の国境で、サキの女眷属に襲撃されたこと、辺境候軍にチャルタとピカロが捕らわれてしまったことを根拠にあげた。

 あのサキは、魔族であることから、ほかの人族とは価値観も性質も異なるところがあるが、絶対にロウに危害を加えようとしたり、仲間を陥れたりすることはないと、伝言によりロウは主張してきた。

 なによりも、やり口が狡猾だという。

 国境ではロウたちを出迎えを装って襲撃してきたし、チャルタたちに至っては、辺境候軍に対する名を伏せた密告だという。もっとも、すぐに王宮経由であることは露見したようだが……。

 およそ、サキらしくないというのが、ロウの評価だ。

 一理あると、ミランダも思った。

 

 そういう意味で改めて、王宮の周囲を探ったが、なにもわからない。王宮の内部については完全に遮断されていて、これといった情報が入らないのだ。

 そのくせ、最小限の勅令や行政処置はなされていて、王宮の内部には出入り業者も入っている。

 王宮には監禁状態の行政官の役人はいるものの、官吏貴族のかなりが逃散もしていて、機能停止してもよさそうだが、そこまではなっていない。

 誰が必要な書類などを動かしているのかもわからない。

 監禁されている令夫人や令嬢たちだという噂もあるものの、とにかく判然としない。

 

 いっそのこと、王宮に踏み込むかという迷いもある。

 だが、成算は低いし、そんなことをすれば間違いなく罪人だ。先日の王軍によるミランダ捕縛の襲撃については、いずれ冤罪も晴れると踏んでいるが、王宮なんかに押し入れば、うまく逃げおおせたところで、間違いなく手配犯となる。逆に、捕らわれれば、その場で処刑だろう。

 それがミランダを迷わせている。

 そもそも、情報がない。

 

「ミランダ様、ブラニーから、ラン様がギルドのことで、至急、お目にかかりたいと伝言でございます」

 

 この幽霊屋敷の屋敷妖精であるシルキーが現れて、ミランダに声をかけてきた。

 ランとマリーの冒険者ギルドのメンバーについては、表に出られないミランダの代わりに、マアから別の建物を借り、封鎖させられている冒険者ギルドの隠し拠点を新たに作り、ミランダの息のかかっている冒険者に連絡をして、王都の治安維持などに関わるさまざまなクエストを処理させている。

 だから、特にミランダの直接指示を必要とする案件がある場合は、まずはブラニーの小屋敷にやって来て、そこから、ここに跳躍してやってくる場合が多いのだ。

 いまも、なにか指示を仰ぎたいことがあるのだろう。

 

「お願いするわ」

 

 ミランダが応じると、部屋の中の空間が揺れて、そこにランが出現した。商人の手代らしき四十歳ほどの男も一緒である。さらに、奉公人のような若い男も一緒だ。

 

「ミランダ、王宮に出入りしている商人に直接に話を聞きたいということを言われていたので、連れてきました。彼らは、この半月、後宮に直接に食料品などを収めていたそうです」

 

 ランが言った。

 とりあえず、緊急の案件というよりは、ミランダが頼んでいた者を連れてきてくれたみたいだ。

 ここに閉じこもっているミランダは、サキが常時いる後宮に出入りしている者の話を直接に聞きたいと、ランに頼んでいたのである。

 ランは、ギルドの仕事の傍ら、それをやってくれたようだ。

 

 それにしても、ついこのあいだまでは、このランは悪徳商人に騙されて、奴隷娼婦として娼館に売られた食堂で働く娘だったのだ。

 文字さえも十分には読み書きできなかった。

 それが、ミランダが救出して引き取り、気紛れのようにロウが抱いたことで、ロウの持つ特殊能力により、彼女の能力が飛躍的に伸び、短期間の勉強で読み書きができるようになったどころか、誰よりも文書読解に精通してしまって、いまや、ミランダのような「脳筋女」とは比べものにならないほどに、過去の冒険者記録やギルド運営に必要な法規類を熟知してしまった。業務処理能力にも超一流の才能を示す。

 いまのミランダには欠かせない人材だ。

 ロウがすごいのか、もともと、ランにそういう能力の素質があったのかわからないが……。

 まあ、とにかく、後宮のことだ。

 

「そうかい。座っておくれ。話を聞きたいんだ」

 

 ミランダは座っていた机の前から、ソファに移動した。

 商人の手代らしきの男も座る。奉公人のような若者は困惑していたが、ランに促されて、ソファに座った。

 すると、そこにシルキーが登場した。

 

「どうぞ、お客様」

 

 ふたりの前にお茶とお茶受けの菓子を出す。

 

「わっ」

 

「いつの間に」

 

 突然に出現したので驚いたみたいだ。

 

「これは、わたくしめとしたことが申し訳ありません。驚かせるとは給仕失格ですね」

 

 シルキーは意気消沈した顔になる。

 そういえば、最初に見たときのシルキーは、あまり感情を表に表さない人形のような印象だったが、気がつくと随分と感情豊かになった気がする。

 時折、ロウから抱かれているのを目の前で接することもあるが、そのときには、しっかりと女の反応をしている。

 これも、やはり、ロウによる変化なのだろうか……?

 

 シルキーは、今度は歩いて部屋を出て行った。

 ランがふたりに、お茶と菓子を勧め、落ち着いたところで、まずはランが口を開いた。

 

「ミランダ、このふたりは、今日の午前中に、王宮の寵姫のサキ様に面したそうです。そのときのことをお話してください」

 

「は、はい。私らは三日に一度、小麦やら肉やら野菜などを後宮に収める仕事をしていまして……」

 

 すると、手代が語り出した。

 それによれば、ほかにも同じような業者がいるが、もともと王宮御用達として、まとまって契約をしている大商人がいて、彼らはその下請けとして、大商人の指示を受けて、定期的に物を運び入れている商人なのだそうだ。日常のものなので、彼のような手代クラスが対応しているらしい。

 若者は、荷を運ぶために、ほかの若い奉公人とともに、運搬作業をしたようだ。

 

「後宮に直納?」

 

 ミランダの知る限り、後宮からは一切の女官などは排除されている。ほかの男の官吏もだ。

 その後宮に、ルードルフ王も閉じこもっていて、国王の様子がわからないのは、そのためでもある。

 それはともかく、後宮は国王以外の男は出入り禁止であるはずだ。そこに運び入れたのか?

 

「はあ、裏口までですが……。指示を受けて、最近ではそうなってます」

 

「そうなの? 誰が受け取るの?」

 

 これには、ミランダもちょっと驚いた。

 ただの商人の手代や作業員としても、後宮敷地に男を入れるなどあり得ない。

 

「あっ、後宮というか、王妃様の後宮というか……通称、奴隷宮と言われるところで……。対応は、そのう……令夫人の方々……と思う女性たちです」

 

 手代が言った。

 「奴隷宮」というのは、以前は、あのアネルザは、好色者で女奴隷を集めては、政務もせずに後宮に入り浸っているルードルフ王に対抗して、男奴隷を集める王妃専用の後宮を持っていた。いまは閉鎖しているが、そこは「奴隷宮」と呼ばれていたのだ。

 そこに、園遊会で集められた令嬢たちが監禁されているというのは、ミランダも情報として持っていた。

 ただ、男子禁制なのは、「後宮」であろうと、「奴隷宮」であろうと同じである。

 

「どんな様子なのか説明してください」

 

 ランが声をかけた。

 

「へい、以前は、それでも元気で明るい雰囲気だったんですが、この数日は悲壮な感じで……。監視人のような女兵がいるんですが、令夫人たちのような方々を鞭打ったり、蹴りとばしたり、それと、白い棒のようなものを当てて、苦しめたり……」

 

「ちょっと待って、あなた方の前で令夫人が鞭打たれたりするの?」

 

 ミランダはびっくりした。

 白い棒のようなものというのは、なんらかの拷問具だと思うが、まさか、出入り商人の前で、令夫人や令嬢を折檻する?

 

「はい……。今回と前回のときだけですが……。特に、今回はサキ様という方がお見えになりまして、そこにいた女の方々を理由もなく、彼女たち全員を並べて、平手打ちをされて……。最後にはひとりが気絶されて、ひとりは失禁とか……」

 

 手代は悲痛そうに言った。

 ミランダは、耳を疑った。

 

「待って──。どうして、彼女がサキだとわかったの?」

 

「ほかの方がそう呼んでました。サキ様だと……」

 

 ミランダは、手代にそのサキの特徴を喋らせた。

 ロウの指示を受けて、サキが化けている人間族の女の寵姫の風貌に合致している。

 サキなのだろう……。

 

「サキ様は、とても苛立っている感じだったのでしょう?」

 

 ランが横から言った。

 事前にある程度の話を聞いているのだろう。

 

「はい……」

 

「そおっす」

 

 手代が頷き、念のために奉公人の少年にも訊ねたが、同じように頷いた。

 

「女性たちはどんな格好だったか説明してください」

 

 さらにランが言った。

 

「ほとんど裸です」

 

 手代が言った。

 

「裸?」

 

 ミランダは思わず、言葉を繰り返した。

 鞭打ちだけでなく、外の商人の前に、裸で対応させる辱めをさせているのかと驚いたのだ。

 

「そのう……、正確には裸でなくて、腰に小さな布を巻いていて、あと、布の代わりに縄を身体に巻いていたり……。いや、基本的には、全員縄をかけられてます。上半身と二の腕のところをこんな風に……」

 

 手代は両手で身体の前で、幾つかのひし形の形を作る。

 

「はあ?」

 

 ミランダは声をあげた。

 なんという破廉恥な……。

 仮にも、上級貴族の夫人や令嬢なのに……。

 また、手代が言った上半身と二の腕の縄というのは、ロウがこの屋敷で女たちを集めて「緊縛会」などということをしたことがあったが、そのときに、施したもののひとつで「亀甲縛り」と説明していたものだと思う。

 

 それにしても、あのときのロウも意地悪だった。

 ミランダも強制参加させられたが、動けば動くほど喰い込む股縄縛りをされて、全身をくすぐられたりした。

 それだけでなく、脚を畳んで縛り、みんなで競争とか……。

 最下位は浣腸とか言われて、全員で死ぬ気で広間をぐるぐる回ったのだ。

 結局、ミランダは三回目の競争で浣腸をされた。

 ロウに意地悪をされて、競争のあいだ、粘性体を変形させた柔らかなひげのようなものをつけられたのだ。

 それで満足に動けるわけもなく、最下位になった。

 まあ、結局、そうやって、全員が一度は最下位になったのだが……。

 そんなことを思い出して、かっと身体が熱くなる。

 ミランダは、慌てて、股間に生じてきた疼きのようなものを打ち払った。

 

「剥き出しの乳首のところには、鈴をぶら下げたりしてるっす……。とにかく、目の毒っす」

 

 奉公人の少年も言った。

 

「サキったら……」

 

 ミランダは呆れてしまった。

 

「サキ様が令夫人たちを平手で殴ったあとのことを説明してください」

 

 ランが言った。

 

「サキ様は、それで、奥に戻られました。気絶した女の介抱をその場にいた女の方々がして、ほかの方は俺たちから荷を受け取りました。準備でき次第にすぐに来るように言われて、帰されました」

 

「準備でき次第とは? なにか頼まれたの?」

 

 ミランダは訊ねた。最初に、三日に一度、定期的に食材を卸していると言っていた。

 準備でき次第に来いとはなんだろう?

 

「それがわかんなくて……。聞き返したんですけど、その女の人は、準備でき次第にすぐにって、繰り返しただけで……」

 

「準備でき次第にすぐ?」

 

 ミランダは首を傾げた。

 なんだか気にかかる言葉だ。

 

「もしかして、監視の女兵は、そばにいた?」

 

「ずっと張りついています。サキ様に、絶対に甘やかせるなと命令されて、とにかく、理由をつけては、女の方々に鞭打ちしてました」

 

 手代が言った。

 横の奉公人も頷いている。

 脈略もない言葉という程でもないが、横に監視がいたので、なにかを伝えようとしているとも言える。

 しかし、よくわからない。

 

「それで、あなたは、別の女性に、ほかのことを言われたのよね?」

 

 すると、ランが奉公人の少年に言った。

 

「そうっす。いつものように、ゴミを冒険者ギルドに処分させてくれと言われたっす。だけど、わけがわからなかったっす」

 

 彼は言った。

 ゴミ処分?

 冒険者ギルドは、そりゃあ、クエストをかけられれば、ゴミでもなんでも処分しにいくが、いつものように処分とはなんだ?

 もちろん、王宮のゴミを冒険者ギルドで請け負うクエストなど存在しない。

 だが、やっとミランダは、ランがここに彼らを連れてきた理由がわかった。

 なにかを伝えようとした女たちの言葉をミランダに伝えようとしたのだろう。そして、この手代たちもまた、奴隷宮の女たちが、突然に冒険者ギルドのことを口にしたので、とりえあず、冒険者ギルドの隠し拠点に来たのだろう。

 隠し拠点とはいえ、その場所はあちこちに明らかにしており、商人たちには、マアの商会を通じて、冒険者ギルドの情報を流している。

 

「そのゴミとはどれでしたっけ?」

 

 ランが口を挟む。

 

「これっす」

 

 奉公人の少年が麻袋を差し出した。彼はずっとそれを抱えていたのである。

 

「これを?」

 

 ミランダは中を覗いた。

 しかし、ただの縄束だ。

 袋から出したが、やはり、なんの変哲もない汚れた縄だ。

 ところどころに、赤黒い染みがたくさんある。ただし、なぜか青い線が縄のところどころにもつけてあった。

 しかし、伝言の紙のようなものはない。

 袋を見る。

 これもただの麻袋だ。

 裏返したが、やはり、なにもない。

 

「俺は見ていなかったんですが、介抱された女の方に結ばれていた縄をそこに押し込んだみたいです。ほかにもぐったりしている方もいて、その方々の縄も女の方が解いて、その袋に押し込んで渡していたようです」

 

 手代が言った。

 やはり、よくわからない。

 ミランダは、さらに訊ねようとした。

 だが、ランが突然にそれを制した。

 

「ありがとう。もう結構です。情報提供に感謝します。シルキーが向こうにお送りします。ただし、この事は他言無用にしてください。監禁されている女性の方々の名誉にも関わりますので」

 

 そして、いきなり話を打ち切った。

 驚いたが、ランが目でミランダになにかを訴えてきた。とりあえず、ミランダは黙ったシルキーが出現して、ふたりを転送した。

 ふたりきりになると、ミランダはランに不平をぶつけた。

 

「ラン、これは重要な伝言かもしれない。奴隷宮の女性たちがなにを伝えようとしたことは確かだと思うよ。それをなんとか聞き出さないと」

 

「いえ、間違いなく、重要な伝言です。ただ、あのふたりにも、その伝言の内容を伏せたかったんです。それで返しました。内容はもうわかってます」

 

 ランが言った。

 

「わかっている? もしかして、ほかに伝言が?」

 

「いえ、伝言はこの縄束にあります。彼女たちが監視の目を掻い潜って、あたしたち……というよりは、ミランダとベルズ様にあてた伝言です。ここに書いてありました。あたしが確認した分は、ひと束だけですが、ほかの縄もそれぞれに伝言が隠されているみたいです」

 

「ここに?」

 

 ミランダが驚いて改めて縄束を見たが、文字のようなものはない。

 ところどころの青い線が不自然ともいえるが、あとは赤黒い汚れがあるだけだ。

 

「シルキー」

 

 そのとき、ランが宙に声をかけた。

 シルキーがすぐに現れる。

 

「ブラニーから伝えられたものを準備してくれる。向こうで使ったものを……」

 

「かしこまりました」

 

 シルキーが言い終わると同時に、一本の直柱の柱が出現した。柱の太さは人間の女の腰の太さほどあるだろうか。

 

「見ててください」

 

 ランがその白い柱に縄を巻き始める。

 縄は密着すれば、柱にくっつくように細工をしているみたいだ。

 先端は青い線があり、一周するとまた青い線の場所が同じ柱の位置で重なった。

 さらに一周──。

 そのまま巻いていくと青い線がずれたので、ランはシルキーに指示して、その部分の柱の太さをほんのわずかに大きくする。

 さらに一周──。今度もちょっと柱の太さをシルキーに調整させる。

 しばらく、そうやって縄を巻いていくと、柱の形が人間の女のお尻のかたちに似てきた。

 青い線の部分は、横に巻いている縄に対して、一直線に重なっている。

 

「あっ」

 

 そのとき、ミランダは気がついて叫んだ。

 縄束になっていたときには、ただの赤黒い染みだと思っていただけのものが、ランがしたように巻くと、文字として浮かび上がったのだ。

 そして、合点した。

 これは、もともと誰かのお尻に縄を密着して巻き、そこに染みに似せて文字を書き、それを解いて縄掛けにしていたのだ。

 いま、縄に文字が浮かんでいる。

 

 

 “悪かった。助けてくれ。サキ”

 

 

 そこには、そうあった。

 ほかにも、監禁されている女たちからの伝言からと思われる文字がびっしりと書かれている。

 

「ほかの縄束も同じようにしておくれ……。いや、その前に、ベルズをここに──。大至急だ」

 

 ミランダは叫んだ。



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749 後宮潜入前夜【王都】

「面白い手を考えたものだな。監視の目の前で伝言を渡すためか」

 

 ベルズが感心したように言った。

 目の前には、シルキーが準備した三本の白い柱があり、それは女の腰の形になっていて、縄がぐるぐる巻きになっている。その縄のお尻部分に細かく文字が書かれていて、王宮におけるサキの窮状が訴えられていた。

 それによれば、サキがルードルフ王の罠に嵌まり、部下に裏切られて、首だけにされているというのだ。

 また、サキのいる場所も丁寧に書いている。

 王宮には、国王用の「後宮」と、元の王妃用の「奴隷宮」のふたつの後宮があるが、国王用の後宮の方らしい。その部屋の場所まで書いている。

 警備の状況も……。

 

 そっちには、いくらかは魔族の警戒はあるが、基本的には配備が薄いみたいだ。

 国王も後宮側らしい。

 これに対して、令夫人や令嬢が監禁されているのは、奴隷宮側みたいだ。

 こっちはかなり警備は厳重だ。ただし、警備は全員、人間族に化けた女魔族のようだ。

 

「これだけの情報があれば、王宮といえども、侵入は簡単だろうさ。これを監禁されている女たちが伝えてきたんだ」

 

 ミランダは言った。

 ロウの屋敷である通称「幽霊屋敷」だ。

 その広間である。

 ロウがいるときには、よくここに集まり、セックスをしたり、あるいは、ロウの思いつく淫らで好色な遊びに付き合わされた。

 いまは、その部屋の一角にあるソファにみんなが集まっている。女たちの伝言である縄のメッセージは、その横に準備した白い柱に巻いた縄に描かれている。

 

「これによれば、これまでずっとあんたらが元凶と主張していたサキという女魔族は、首だけの状態にされて監禁されているということね。しかも、拷問を受けて……」

 

 エルザだ。

 ハロンドールの第二王女であり、いまはタリオ第二公妃であるが、あのタリオ公のアーサーにハロンドール工作を命じられて里帰りしたのを契機に、もう戻らないと決めて、自ら行方をくらましてここにいる。

 よくわからないが、タリオ国内では、エルザはアーサーにべた惚れということになっているようであり、それでアーサーもエルザを工作員同様に、王国に送ったようだ。

 ただ、話をする限り、エルザは完全にアーサーも、タリオ公国も見限っている。

 

 それはともかく、いまここに集まっているのは、ミランダとベルズ、マアとその女護衛のモートレットだ。

 シルキーもいる。

 幼児返りしているウルズについては、こっちではなく、王都の「小屋敷」のブラニーのところで、そのブラニーが「子守り」をしてくれている。

 王都の城壁の外にあるシルキーが管理している幽霊屋敷と、王都内のブラニーが管理している小屋敷は、場所は違うのだが、いつの間にか屋敷妖精同士で移動術で結んでしまい、同じ建物内のように行き来できるようになっているのだ。

 屋敷妖精そのものは、屋敷に縛られるので移動はできないが、住民の移動は自在にしてくれた。だから、ベルズがここにいるあいだ、ウルズが慣れているブラニーが世話をしてくれているというわけだ。

 

「ロウ殿の伝言は正しかったということだね」

 

 マアだ。

 

「それでどうするの?」

 

 エルザが紅茶を口にしながら、訊ねてきた。

 

「エルザ様、新しいお茶をお入れします」

 

 シルキーが声をかけてきた。

 

「あら、頂くわ。それにしても、とっても美味しいわよ、屋敷妖精さん」

 

「恐縮です」

 

 シルキーがにこにこしながら、エルザが受け皿に戻したカップにお茶を注ぎ直す。

 

「助けにいくよ。あのサキが助けてくれというんであれば、助けにいくさ。あの女が謝るなんて珍しいんだ。助けてから、ちゃんと面と向かって謝ってもらうさ」

 

 ミランダは言った。

 それについては、すでに決めている。考えているのは、そのやり方だけだ。

 

「それにしても、随分と丁寧に書かれた情報ねえ。サキという女魔族の捕らわれいる部屋の場所や、魔族の警備の状況、わかる範囲の警備魔具まで調べてあるわねえ」

 

 エルザが改めて縄に描かれているものを眺めながら、感心した口調で言った。

 

「サキを助けること……。それそのものは簡単そうだな。奴隷宮側と違って警備も緩い。王宮そのものに入る手段も、請負業者を使えばいい。荷箱に隠れて入り込むとかだ。いずれにしても、潜入そのものは、わたしとミランダでやろう」

 

「そうだね」

 

 ベルズの言葉にミランダも応じる。

 

「ふたりだけでかい? このモートレットを連れていってはどうだい。腕は十分さ。問題ないだろう、モートレット?」

 

 マアが後ろに彫像のように立っている男装の麗人に振り返った。

 

「私は、マア様の護衛ですが、ご命令とあれば」

 

 モートレットがきっぱりと言った。

 だが、ミランダは首を横に振る。

 

「いや、あんたは、自分で言ったとおりに、おマアの護衛だろう。あたしらになにかがあれば、おマアを守るのはあんただ。それに、サキを助けるのは、同じ男を愛人に持つあたしたちのやることさ。なんだかんだで、仲間なんだ」

 

「確かにな」

 

 ベルズも頷く。

 

「なら、あたしも仲間だけどね」

 

 マアが笑って言った。

 

「当然さ。あんたには、あたしたちを王宮に送る段取りをつけてもらうさ。明日には頼むよ」

 

 ミランダは言った。

 

「明日かい? 随分とすぐじゃないかい」

 

「できないとは言わせないよ。あんたもロウの愛人なんだ。汗くらいかきな」

 

「汗でもなんでもかくけどね。だけど、もう少し裏取りでもしたらどうだい? たったひとつの情報のみで行くのかい?」

 

「裏取りしようにも、王宮内、しかも、後宮とあっては、とりあえず侵入するしか情報のとりようもない。どうせ侵入するなら、そのまま助けてくる」

 

 ミランダは言った。

 

「問題は、令夫人と令嬢たちだね」

 

 ベルズが口を挟んだ。

 

「一緒に助けよう……。ベルズ、奴隷宮を制圧すれば、そこからここに、移動術で繋げることはできるかい?」

 

「スクルズほどは熟達してないけど、半日あれば可能と思う。だけど、それだけはかかるよ。王宮に張り巡らされている結界も破らないとならないし」

 

 ベルズが応じる。

 ハロンドール王宮には、移動術による潜入を防ぐ結界が張り巡らされており、基本的には移動術で出入りはできない。

 ただし、スクルズなどは、勝手にその王宮の結界破りをして、この幽霊屋敷と、王宮内の王妃やイザベラの寝室を移動術の進入路で結んだりしていた。

 とことん、不良神官だったと思うが、とにかく、できないことはないようだ。

 スクルズの作った進出入装置はとっくに封鎖されているが、いま、ベルズも半日あれば、それを再現できると言っていれた。

 

「じゃあ、それでいこうよ、ミランダ。まずは、サキの身柄……というか、首かな。それを確保する。次いで、奴隷宮にいる魔族全員を無力化し、そこに移動術のポッドを作って、令夫人たちをここに避難させる。その方針でいいのかな」

 

 ベルズが言った。

 

「そうだね。この縄を使った情報が正しければ、後宮も奴隷宮も、通常の王軍の警備は皆無で、人間族に扮した魔族だけが警戒しているみたいだ。入れ替わってね。だから、一度、制圧してしまえば、本来の王軍の警備兵に気づかれないで済むと思う。もしも、情報に間違いがあれば、作戦を中止して引き返す。それでいいね……。それで、例のものは、おマア?」

 

 ミランダは頷くとともに、マアに視線を送る。

 頼んでいたものというのは、「魔族殺し」という魔族の能力を一時的に封印できる魔道の秘薬だ。

 もともと古代魔道にあったものを、近年、タリオ王国の研究所で再生させたものらしい。

 人間族にとっては、にんにくのような匂いがするが、魔族にとっては無色無臭で風魔道でも使って撒き散らせば、魔族だけの建物など簡単に制圧できる。

 本来は、サキとの対決のために、マアに入手を頼んでいたものだ。

 今回の潜入に役立ちそうなので、さっそく活用することにした。

 それが前提の、ふたりだけの潜入なのだ。

 

「モートレット」

 

 マアが声をかける。

 すると、彼女がテーブルにふたつの粉袋を載せた。

 

「足りるかい? あと二日あれば、この五倍は集まるよ」

 

 マアが言った。

 

「十分さ。ねえ、ベルズ」

 

「ああ、問題ない」

 

 ベルズも同意した。





 *

 また、出張中です。ホテルで打っておりますので、しばらく、ちょっと短めか投稿なしとなります。ご了承ください。


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750 嘘つきは女囚の始まり(その1)【王宮】

 王宮への侵入は呆気ないほどに簡単だった。

 

 マアの手配した出入り業者が奴隷宮に納める食料の入った荷箱のひとつに紛れ、ミランダとベルズが隠れている木箱を運び入れてもらっただけである。

 そのあいだ、ミランダもベルズもなにもしていない。ただ、じっと隠れていただけだ。

 

 ミランダとベルズは、ぞれぞれ別の木箱に隠れていて、もしも、隠れているのが発覚した場合には、その時点で隠密に忍び込むのは断念し、「魔族殺し」の粉末を風魔道で撒き散らしながら、武器を持って飛び出す手筈にしていた。

 だが、その必要もなかった。

 

 王宮に侵入するときにも、食料を積んだ荷馬車は、特に咎められることもなく、王宮内に入り込むことができたし、荷を改めるということもなかったみたいだ。少なくとも、荷箱のひとつに忍んでいるミランダが王兵の気配を感じることもなかった。

 マアは、王宮に定期的に運び入れる荷の全数点検など、このハロンドール王宮では滅多に行われないから、侵入そのものは問題ないと保証していたが、ミランダとしては、仮にも王宮への潜入であり不安ではあった。

 

 しかし、結果としては、マアの言葉のとおりであった。

 荷馬車は三台になっていたが、少なくとも、ミランダとベルズが潜んでいる荷箱を積んでいる荷馬車に王兵が点検のために入り込んでくる気配は感じなかった。

 もちろん、検査のようなことをされてもいいように、ミランダとベルズの入っている荷箱は二重底にし、肉の塊の入っている上段の下側にミランダとベルズは隠れ、さらに、重さで人間が隠れていることがわからないように、「重量軽減」の魔道陣を木箱の内側に刻んでもいたのだが、少なくとも、それは無駄に終わった。

 

 またそれは、王宮内を馬車が進んで、奴隷宮に食材が納められるときも同様だった。

 ミランダたちの荷馬車は、王宮内の敷地を横切り、手筈通りに奴隷宮のある建物内の一角の食材庫に到着したが、箱の中で耳を澄ましている限り、魔族であるらしい監視員は、作業に連れてきた令夫人たちを怒鳴りつけるばかりで、荷を運んできた請負業者に興味を寄せる気配もなかったし、荷を自ら確認しようとすることもなかった。

 

 監視人の魔族の関心は、ただただ、女囚になっている人間族の令夫人たちに向けられるばかりであり、女魔族の甲高い罵声、女の肌に炸裂する鞭の音、そして、令夫人たちの悲鳴が耳に入り続けた。

 また、隠れている木箱には、ほんの小さな覗き穴が作ってあり、密かに外を見れるようになっていて、ミランダはそこから外を確認することにした。

 

 荷を運び入れている令夫人たちは、全員が股間に革の貞操帯を嵌めただけの半裸であり、乳首に糸で鈴を吊っているという格好だった。信じがたいことながら、事前に集めた情報のとおりだった。

 そして、手首と足首には、それぞれに鎖のついた枷が嵌まり、その状態でミランダたちと一緒に運び込まれた荷を倉庫に運搬させられていた。

 

 そこにいたのは六人の令夫人たちのようだったが、ミランダでも知っているような高位貴族の夫人たちばかりであり、荷運びのような力仕事は慣れていないみたいで、全員が汗びっしょりであって、荷の重さで足もとをよろけさせたりしていた。

 だから、余計に鞭打たれたりしており、貴族女性に対する仕打ちとしては、想像以上の残酷な処置だった。

 飛び出したくなるのを我慢して、ミランダは荷運びが終わるのを待った。

 

 やがて、静かになり、しばらくすると、こんこん決められていた合図で箱が叩かれた。

 そして、蓋も外される気配がそれに続く。

 

「ベルズかい……」

 

 ミランダは、身体の上の二重底の一段目の底を押し上げて、外に出た。

 青白い魔道光が真っ暗な倉庫の中に浮かんでいて、その灯りでミランダの隠れていた箱のそばに立つベルズの姿が見えた。

 ほかには誰もいない。

 先に箱から出るのは、「鑑定術」で周囲の存在を探れるベルズからと決めていたのだが、ベルズはしっかりと確認してから、箱の外に出たみたいだ。

 どうやら、うまくいったみたいだ。

 

「……さて、ここまでは問題なかったね。計画通りでいいかい、ミランダ? もっとも、大した計画でもないけどね」

 

 ベルズが魔道で亜空間に収納していた小斧をミランダに渡しながら言った。

 本来のミランダの得物は、小柄なミランダの背丈ほどもある大斧だが、ここのような建物内では、大斧はむしろ不便だ。

 だから、小斧である。

 また、計画というのは、これからのことだ。

 

 いまは、午後が少し過ぎたくらいの時刻だが、サキを助けるために、ここから隣接する建物である後宮に向かうのは、侵入後すぐと決めていた。

 夜になるのを待つことも考えたが、夜になると侵入防止の警戒魔道具があちこちに張り巡らされるために、むしろ移動しにくくなるのだ。

 それに対して、昼間はさっきの令夫人たちのように作業をさせられる女たちや監視役の女魔族が奴隷宮に出入りすることがあるので、渡り通路などからは魔道具の警備具が解除してあるということだった。

 だから、意表をついて、この昼間のうちに潜入すると決めた。

 こんな大胆な策は、あの縄を使った伝言で、警備の女魔族の動きなどを事細かく伝えてくれたことから可能になったことである。

 

「あたしが先に行くよ。例のものを頼むよ」

 

 ミランダは低い声で言った。

 例のものというのは、マアが大量に入手してくれた「魔族殺し」の粉末を仕込んだ噴出球のことだ。

 どんぐりほどの大きさの小さな球体に、魔族にだけ効果のある能力低減薬である「魔族殺し」の粉を詰め込み、その粉を風魔道とともに撒き散らす仕掛けをしたものだ。

 これをあちこちに撒きながら進むことにしているのだ。

 魔族殺しの粉だけでなく、魔族の体質に合わせた睡眠剤も混入させているので、うまくいけば、大きな苦労もなく、この奴隷宮を制圧できるだろう。

 

「わかっているよ……」

 

 ベルズがさっそく、倉庫内に魔族殺しの噴出具を床に転がす。

 音はしないが、にんにくのような臭みが倉庫内に拡がる。これを魔族は無臭に感じるそうだから、面白い魔道薬である。

 

「さて、とりあえず、向かうのはサキが監禁されているらしい後宮だ。ただ、そこまで辿り着くまでに、なにかあれば、状況に応じて臨機応変に対応するつもりさ。何分にも情報不足でね。とにかく、なにかの異変を魔道で探ったら声をかけておくれ」

 

 ミランダはこの食料庫から奴隷宮側に進む扉に手をかけて探る。

 この食料庫は、奴隷宮のある建物の一階の端であり、ここから後宮に進むには、一度、奴隷宮のある地下側におりて、そこから通用口になっている通路を抜け、地下経由で隣の建物側に行くことになる。

 外を経由する方法もあるが、情報が正しければ、建物内側の警戒は緩く、地下通路経由がずっと安全だ。

 後宮側まで無事に辿り着ければ、もっと難しくない。

 サキのいる部屋もわかっているし、その建物にはほとんど警備もないことがわかっている。

 

「……状況に応じて臨機応変かい……。それは行き当たりばったりと言うんじゃないのかい?」

 

 ベルズが背中側で苦笑するような声を出す。

 

「言うんじゃないよ……。とにかく、誰かが接近したら、ちゃんと警告を発しておくれよ……。ところで、鍵が外から閉まっているねえ……。解錠していいかい?」

 

 ミランダも人の気配を探るのは長けているが、ベルズには鑑定魔道を放ちっ放しにしてもらうことになっている。

 ベルズの魔道力であれば、ここを占拠している魔族が近づいても、向こうよりも先にこっちが探知できるはずだ。

 

「廊下には誰もいない……と思う……。少なくとも一階には誰もいなくなった……。特に魔道がかかっている感じはないね。解錠をかけても問題ないと思う……」

 

 ベルズが背中側で言った。

 ドワフ族は、媒体を通じてしか魔道を遣えず、ミランダはいつものように指輪を遣って魔道をかけた。

 解錠の魔道で簡単に鍵が開く。

 建物側に出た。

 人の気配は皆無であり、誰もいない。

 

「行くよ……」

 

 ミランダは建物内を進んでいった。

 事前に、マアから建物の見取り図を手に入れてもらっていて、それを頭に叩き込んでいる。

 結局、一階では誰にも会うこともなく、警備具などに引っ掛かることもなかった。

 まずは地下に進む階段を見つけて、そこを降りる。

 そもそも、いわゆる「奴隷宮」というのは地下だ。一階以上は王妃宮であり、王妃アネルザの政務場所である。いまは王妃がいないので、閑散としている。

 

「……地下に、十人以上の人間族の娘……、いや、二十人以上いるね……。階段を降りてすぐの広間だ。魔族も四人ほどだ……」

 

 だが、階段を少し進んだところで、ベルズが鋭い口調で警告した。

 ミランダの耳にも、女の悲鳴のような声が聞こえている。

 階段は地下側の廊下に繋がっていて、ベルズが警告した広間というのは、その廊下から降りた左側にある場所だ。

 奴隷宮側に通じる通用口は、廊下のずっと先にあり、うまく通り抜けることができれば、ここは素通りでいい。

 どうするか……。

 

 とりあえず、ミランダは注意深く階段を降りた。

 すると、広間に通じる扉が中途半端に開いていた。

 ミランダは、そっと内側を覗いた。

 すると、室内からの声が聞こえてきた。

 

「また、お前が懲罰かい、エリザベス──。じゃあ、全員で鞭打ちだ。手を抜くんじゃないよ。万が一、手を抜けば、ここにいる全員が延長懲罰だからね──。よし、五人ずつ、開始──」

 

 ミランダの眼に入ったのは、まずは中心にいる公爵令嬢のエリザベスの姿だった。

 ルードルフ王によって粛正されたラングーン公爵家の孫娘であり、冒険者ギルドを預かる者として、王都の主要貴族を頭に入れているミランダには、すぐにそれがわかった。

 また、そのエリザベズを取り囲んでいる令嬢たちも、いずれも高位貴族の令嬢たちだ。

 そして、全員が素っ裸であり、エリザベス以外は長めの乗馬鞭を持たされていた。

 その真ん中でエリザベズが土下座をしているのだ。

 すぐ横に白い棒のような武器を持っている女が四人いる。その四人はきちんと服を着ていて、怒鳴ったのはそのうちのひとりだ。

 

「きゃあああ、んぎいいいいっ、ひぎゃあああ」

 

 ミランダの視線の中で、すぐに素っ裸の令嬢たちによるエリザベスへの鞭打ちが開始された。

 なにが行われているかをすぐに悟った。

 理由はわからないが、とにかく、この広間に集められている令嬢たちに対して、あの監視役のような女がエリザベスへの鞭打ちを命じたのだ。

 監視員が自ら鞭打つのではなく、監禁している女囚相互に叩かせることで、エリザベスの屈辱を深いものにすることを狙っているのだろう。

 ミランダは、その監視員の陰湿なやりようにかっとなった。

 また、改めて、ここに集められている令嬢や令夫人たちの過酷な状況を目の当たりにし、一刻も早く彼女たちを救出する必要を感じた。

 

「こりゃあ……」

 

 後ろから追ってきて、ミランダとともに室内を覗き込んだベルズが鼻白むような低い声を出す。

 一方で鞭打ちは続いている。

 真ん中でうずくまっているエリザベスへの鞭打ちをしている五人が次の五人に交代を命じられてもいた。

 最初の五人も、次の五人も、本当に容赦のない鞭打ちだ。

 おそらく、手を抜くことを禁止されているのだろう。

 エリザベスは、ひたすらに泣き叫んでいる。

 

「よし、次──」

 

 三組目になった。

 ここには三十人は、令嬢たちがいるだろうか……。もしかして、全員に鞭打たせるのか?

 倉庫で作業をさせられていたのは、年齢からして令夫人たちだと思うが、その年齢層はここにはいない。

 この広間で虐げられているのは、いずれも十代から二十代前半と思われる娘たちばかりである。

 その全員が交代で、同じ令嬢仲間のエリザベスを滅多打ちにしている。

 

「ミランダ──」

 

 後ろでベルズが鋭い声で名を呼ぶ。

 言いたいことはわかっている。

 

「わかっている──。魔族殺しの玉を──」

 

 令嬢たちにしても、監視役の魔族らしき女にしても、鞭打ちに夢中で、こっちには気がついていない。

 ミランダの指示により、ベルズが十個ほどの魔族殺しの噴出玉を広間に滑り込ませる。

 それでも、誰も気がつかない。

 

「気絶するんじゃないよ、エリザベス──」

 

 そのとき、女看守のひとりがひと際大きな声で怒鳴り、いったん令嬢たちの鞭打ちを中止させて持っていた白い棒をぐったりと動かなくなったエリザベスの内腿近くに無造作に当てた。

 

「ごふううう──」

 

 すると、ぐったりとなっていたエリザベスがその場で飛びあがった。

 顔がこっちに見えたが、目を見開いて苦悶の表情をしている。

 おそらく、なにかの苦痛具だろう。

 鞭打ち以上の苦痛の表情をしている。

 しかも、股間から失禁をした。

 だが、エリザベスは、そのまま気を失ったように動かなくなった。

 

「お、お待ちください──。エリザベス様は限界です。アドリーヌが残りを交代します──。どうぞ、わたしに残りをお命じください」

 

 そのとき、ひとりの娘が飛び出して叫んだ。

 

「あれは……アドリーヌ=モンベール伯嬢?」

 

 ベルズが呟くのが聞こえた。

 彼女については、ミランダも面識がある。

 少し前に、イザベラが令嬢たちを集めて流通や政務の勉強会のようなサロンを開いていたことがあり、そのときにサロンに参加していた令嬢のひとりだと思う。

 ミランダもそのサロンに顔を出したことがあるので、顔くらいは覚えていた。

 

「ふん、だったら、お前がエリザベズの小便を掃除しな。舌でね──」

 

 すると、女看守が酷薄に言った。

 

「ありがとうございます──。アドリーヌは、舌で床の掃除をします──」

 

 すぐに、そのアドリーヌがエリザベスのもらした小便を舌で舐めだす。

 

「わたしにも手伝わせてください──」

 

「わたくしも参加します──」

 

 すると、ほかの女が次々に叫んだ。

 

「お前らは、懲罰打ちの続きだ──。エリザベスの懲罰は、アドリーヌが引き受けた。今度はアドリーヌを打つんだ──。一切の手抜きをするな。これも天道様に相応しい性奴隷になるためだ――。はじめっ──」

 

 女看守が叫んだ。

 ちょっと困惑した感じで硬直した感じになった令嬢たちだが、すぐにアドリーヌを鞭打つ態勢になる。

 

「んぐうう、んぐうう──」

 

 今度は、舌で床を掃除するアドリーヌへの集団鞭打ちが始まる。



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751 嘘つきは女囚の始まり(その2)【王宮】

 始まったのは鞭の雨……。いや、豪雨をいっていい。

 とにかく、五人以上の女たちがアドリーヌという令嬢をところ構わず、繰り返し鞭打つという行為だ。

 さっきのエリザベスのときもそうだったが、取り囲む令嬢たちには、まったく手を抜くという気配もない。

 力の限り打っているのがわかる。

 

「ちっ」

 

 一緒に覗いていたベルズが横で舌打ちしたのが聞こえた。

 ミランダも、小斧を握る手に力を込めた。

 飛び込んで、中止させようと考えたのだ。

 そのときだった。

 

「わっ、グーラ様──」

 

「ラポルタ様も──」

 

「こっちもよ――」

 

 魔族の女看守たちがその場で、ばたばたと倒れだしたのだ。

 見ると、この広間にいた四人の看守の全員が倒れている。どうやら、ベルズが部屋の中に転がした「魔族殺し」と対魔族用睡眠剤の噴出具が効果を及ぼしたみたいだ。

 確かめるまでもなく、女魔族の看守たちは昏睡している。

 

「看守の方々をすぐに癒やしの風に当てなさい──。さあ、すぐに運んで──。また、今日の性修行は、これをもって中止とします。とにかく、癒やしの風に――」

 

 すると、遠くから血相を変えた様子の女の声が響いて、部屋の中が一瞬、静まりかえった。

 アドリーヌやエリザベスを鞭打ってた令嬢たちも一斉に動きをとめる。

 だが、すぐに慌ただしく動き出す。

 持っていた鞭を放って、倒れている看守たちを手分けして運び始める。

 

「さあ、エリザベズ様も……」

 

「アドリーヌ様もこちらに……」

 

 さっきまで鞭打たれていたふたりの令嬢も一緒に運ばれていく。

 たったいままでの殺伐とした雰囲気が嘘のようだ。

 まるで、決められているいつもの分担をこなしているかのように、きびきびと動き出す。

 ミランダは呆気にとられた。

 

 なによりも、残酷な仕打ちをされていた令嬢たちが、大切そうにその女看守たちを扱っているのにびっくりした。

 とにかく、雰囲気が一変したのだ。

 

 また、癒やしの風と騒いでいたものについてもわかった。

 気がつかなかったが、広間の隅に魔道陣が描かれている場所があり、そこに風の滝が落ちている場所があるのだ。

 そこに女たちが抱えられていく。

 

「あそこに張られているのは、治療術の魔道陣だねえ。魔石が嵌まっていて、あの風にあたれば、一瞬にして高位治療がなされるようになっているみたいだ……。それと、もう魔族はいない。全員睡眠状態だ」

 

 ベルズがぼそりと言った。

 ミランダも状況は理解したが、よくわからないのは、その癒やしの風とやらを当たり前のように虐げられていた令嬢たちが使っていることだ。

 まるで、たったいままでの残酷な出来事などなかったかのような感じなのだ。

 治療を施される女看守たちも大切そうに扱われている。

 

「ミランダ殿──、ベルズ殿──」

 

 大きな声がした。

 ミランダたちはずでに隠れるのをやめて、広間の入口のところで呆然と立っている状態だったのだ。

 奥側からひとりの年配の女性が近づいてくる。

 令嬢たちもミランダたちに気がついて、ちょっと驚いたような視線を向けてきた。

 

「グリムーン公爵夫人……」

 

 ベルズが声をだした。

 そして、慌てたように、収納術を使って身体を覆うマントを取り出した。

 ミランダたちのところに歩いてきたのは、しばらく前にルードルフ王によって、突然に王都広場で磔処刑となったグリムーン公の令夫人だったフラントワーズ=グリムーンだった。

 また、最初に大きな声で叫んだのも、いま、ミランダたちに声をかけたのも、彼女であることが声でわかった。

 

 それはいいのだが、彼女もまた、令嬢たちと同様に股間に革の貞操帯を嵌めただけのほぼ全裸であり、やはりふたつの乳首に鈴をぶら下げている。そして、首に嵌めているのは、青色の首輪た。

 それで気がついたが、ここにいる女たちは、三種類の色をした首輪をしているようだ。

 さっき、比較的近くで、女看守たちに虐げられていた若い令嬢たちは全員が赤いチョーカーをしていて、年配の令夫人たちと思われる女たちは、黄色と青色のチョーカーがいるみたいだ。圧倒的に数が多いのは、黄色のチョーカーだ。

 青色はやって来た公爵夫人を含めて数名程度である。

 

 百人近くはいるのではないだろうか……。

 おそらく、さらわれて人質になっている令夫人と令嬢たちのほぼ全員がここにいると思う。

 いずれにしても、好都合だった。

 見渡す限り、ここにいた魔族の女看守たちは、倒れた四人だけであり、全員がまだ睡魔の魔道により昏睡状態にあるのだ。

 

 フラントワーズが目の前に立つ。

 ベルズが差し出したマントを受け取る様子はない。

 

「いまは公爵夫人ではありません。ただのフラントワーズです……。ところで、よく来てくれました。サキ様を助けるために来てくれたのでしょう。ありがとうございます。サキ様は後宮側です。このベアトリーチェが場所を知っております。案内をさせます。さあ……」

 

 いつの間にか、大勢の人質の女たちに囲まれている状況になっていた。

 フラントワーズに促されて、ひとりの凜とした女が現れた。

 ミランダもその女を知っている。

 

 シャングリアと同じ王軍の騎士隊に所属する女騎士のベアトリーチェだ。

 やはり、貞操帯とふたつの乳首の鈴という格好だ。また、シャングリアもそうだが、女としての美しい身体をしていながら、身体も鍛えられており、腹筋もきれいに割れている。

 

「サキ様は一刻を争う状況です。わたしたちだけでは、悪王とそれに寝返ったラポルタをどうにもできないのです。でも、おふたりが来てくれたなら、状況も変わりますね」

 

 前に出てきたベアトリーチェが白い歯を見せた。

 そして、すぐにミランダたちを促すようにする。

 ミランダは当惑した。

 

「ちょ、ちょっと待っておくれ。あたしたちは、あんたらを助けに来たんだ。そのために侵入してきたんだよ。サキは助けに行くけど、逃げるのはあんたらもだよ」

 

 ミランダは言った、

 すると、集まっていた令嬢や令夫人たちが一斉に怪訝な表情に変わった。

 

「えっ?」

 

「逃げる?」

 

「どういうことですか?」

 

 令嬢たちが首を傾げている。

 どうにもおかしな感じだ。

 さっきから、思っていた反応と異なるのだ。

 そもそも、女看守たちへの対応もちょっとおかしい。

 睡眠の魔道が効いているので、治療術の風を受けても目を覚ますことはないみたいだが、そっち側では女看守たちは、令嬢たちの集団に大切そうに介抱されている。

 残酷に扱われていた相手への対応ではない。

 

「ミランダ殿、助けて欲しいとお願いをしたのは、サキ様のことです。本当に大変な状況なのです。わたしたちではありません」

 

 フラントワーズが代表するように言った。

 彼女の顔にも困惑の色がある。

 ミランダの後ろ側だったベルズがずいと前に出る。

 

「あなたたちを王宮の外に逃亡させる算段は準備している。王宮の結界を一時的に破って、外と移動術で繋ぎます。数ノスの作業にはなりますが、それまで女魔族たちを無力化させておきます。とにかく準備を……。ここに集まっているものが全部でしょうか? それとも、ほかにもいるのであれば……」

 

「その必要はありません。そう言ったはずですがね、ベルズ殿」

 

 フラントワーズがきっぱりと言った

 

「えっ、しかし……」

 

「わたしたちは、ここで天道様のご帰還を待つためにここにいます。そのために修行もしています。わたしたちに問題はなく、助けを必要とはしていません。ミランダ様とベルズ様への伝言は、サキ様を助けたいからです。わたしたちをどうかして欲しいわけではありません」

 

 フラントワーズははっきりと言った。

 ミランダは耳を疑った。

 助けを必要としていない……?

 

「ベルズ──?」

 

 ミランダはベルズに声をかけた。

 逃げたくないなどとというのはおかしい。

 間違いなく、なにかの操り術のようなものをかけられていると思ったのだ。

 すると、フラントワーズが笑いだした。

 

「別に操られているわけでも、呪術のようなもので価値感を狂わせられているわけでもありませんよ。わたしたちはわたしたちの意思でここいることを決めたのです。そもそも、逃亡しようと思えば、その手段が皆無というわけではありませんから」

 

「逃亡しようと思えば、逃げられる?」

 

 ミランダは、怪訝に思った。

 だが、確かにそうかのかもしれない。

 いま、この瞬間では、令嬢や令夫人たちを見張る者はいない。また、女看守たち四人はいまだに倒れたままだが、ほかの魔族がやってくる気配もない。

 しかし、女たちが逃げるという行為を起こす気配はない。

 

「とにかく、話は後です。サキ様のところに……」

 

 フラントワーズが言った。 

 

「そうです。早くサキ様を……。わたしたちには歯が立たない方法で監禁されているのです。どうか、サキ様を助けてください。日に日に、サキ様への拷問は酷くなっているのです。もしかしたら、殺されるかもしれません」

 

 ベアトリーチェが横から口を出した。

 

「サキが殺される?」

 

 ベルズがベアトリーチェを見る。

 

「ラポルタという男魔族の執着が凄まじいのです。いま、昨日くらいから、いまのようにわたしたちへの監視が緩くなっています。でも、実は、その分、サキ様のいられる後宮側の警備が強くなっているんです。わたしたちのところにいた監視たちも、大半は後宮側に移って、サキ様を拷問するために使われている感じなのです」

 

 ベアトリーチェが言った。

 フラントワーズも再び口を開く。

 

「とにかく、サキ様を」

 

「いや、だから……」

 

 ミランダはもう一度説得を試みようとしたが、とにかく、フラントワーズをはじめとして、女たちは自分たちは逃げないが、サキは助けて欲しいの一点張りだ。

 ベルズも説得に加わるものの、埒があく感じではない。

 

「……まあいい。ミランダ……。ここはサキの救出を優先しよう。どっちにしても、それが先なんだ」

 

 やがての果てに、ベルズが諦めたように言った。

 ミランダも同意した。

 とにかく、こっちは後だ。

 すると、フラントワーズたちが明らかにほっとした表情になる。

 

「わたしが案内します。罠の場所は調べています。どうか同行させださい」

 

 ベアトリーチェが言った。

 

「その必要はないよ。縄の伝言の内容は頭に入れている。ふたりで向かうよ」

 

 ミランダは言った。

 だが、ベアトリーチェが首を横に振る。

 

「いえ、伝言をしたときとは状況も変わってきています。後宮側の監視が厳しくなり、かなり危険になっているんです。わたしは、サキ様を連れ出すことはできないでいますが、毎晩、罠だけは調べていて道案内できます。ですが、情報なしに行くのは危険かもしれません。わたしならば、足手まといにはならないと思いますが?」

 

「まあ、だけどねえ……」

 

 ミランダは迷った。

 確かに、ベアトリーチェは女騎士だ。普通の状態であれば、足手まといになるということはないだろう。

 だが、いまもそうだが、ベアトリーチェの股間は貞操帯の隙間から愛液が垂れ出ているくらいの状況であり、かなりの疲労の気配もある。全身も火照りきっていて赤い。

 鞭打ちの痕こそないものの、この広間で淫らな仕打ちを受け続けていたようであり、かなり身体にきている感じもある。

 道案内は有用だが、大丈夫だろうか?

 

「……かなり込み入った魔道陣を刻んでいるねえ……。その貞操帯の解錠については、短時間では難しいみたいだ。道案内といっても、そのままになるけど……?」

 

 ベルズがぼそりと言った。

 

「問題ありません。サキ様をお助けしたいのです」

 

 ベアトリーチェはきっぱりと言った。

 結局、彼女の案内を受けることになった。

 

 それはともかく、気がつくと、さっきよりも大勢の貞操帯だけの女たちにすっかりと囲まれている。

 むっとするほどの女の匂いだ。

 

 むせ返るほどの汗と淫ら汁の香りであり、それが鼻にきて、頭をくらくらとさせるほどである。

 だが、そのことに、ちょっとだけ違和感を覚えた。

 しかし、すぐにこれから赴かなければならないサキを監禁されている後宮側のことで頭がいっぱいになってしまい、心に浮かびかけたことは、すぐに消滅してしまった。



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752 嘘つきは女囚の始まり(その3)【王宮】

 後宮への移動を開始した。

 先頭は案内役の女騎士のベアトリーチェであり、その後ろをミランダ、さらにベルズという順番だ。

 

 奴隷宮は、もともとの王妃宮の地下にあるのに対して、後宮は独立した二階建ての離宮と庭園からなるらしい。

 後宮と奴隷宮とは地下で繋がっているが、後宮側の地下には部屋はなく、向こう側の地下部分には、ただ階段のみの場所があるだけだけらしい。

 

「こちらです」

 

 ベアトリーチェの先導で進んでいく。

 とりあえず、彼女には裸体を覆うマントで裸身を覆ってもらった。また、乳首にぶらさがる鈴についても外している。貞操帯とは違って、魔道による施錠のようなものはされていないので、これは自分でも外すことができるみたいだ。

 ベアトリーチェは、数回はこうやって後宮側に潜入しているので、そのときには音の出る鈴は外していたようだ。

 しばらく、一本道の廊下を進むと、なんの変哲もない金属の扉にぶつかった。

 

「お待ちを……」

 

 ベアトリーチェは屈み込むと、驚いたことに、かかとの硬い皮膚の肉質部分から短い針金を取り出した。

 それを扉の鍵穴に差し込む。

 

「驚いたねえ……。そんなところに針金を?」

 

 ベルズは低い声で訊ねる。

 

「これでも女騎士ですから……。シャングリアのような派手な戦闘任務よりも、主は捜査任務や警備任務の方が畑です……。開きました」

 

 扉から金属音がして、施錠が解かれたのがわかった。

 解錠だけなら、ベルズでもミランダでも魔道で一発だが、魔道を使うと周辺一帯の魔道の波が必ず揺れることになる。

 それを探知して警備具が反応することがあるので、なるべく魔道を使わないで欲しいとベアトリーチェに事前に諭されていた。

 

 扉を潜って、さらに進んでいく。

 同じような廊下があり、しばらくすると、上に通じる階段だけの部屋が現れた。

 

「ここから上が後宮側になります。サキ様は奥側の二階におられます。ただ、迷路のようになっております。また、あちこちに罠も仕掛けられておりますので、不用意になにかにお触れにはなりませんように」

 

 ベアトリーチェが階段をあがりながら言った。

 

「わかったよ」

 

「わかった」

 

 ミランダについで、ベルズも頷く。

 階段は、そのまま二階まで続いていた。

 後宮内を進む。

 

 一方で、ベルズは通路を進みながら、例の「魔族殺し」の噴出具の小球をところどころに置きながら進んできている。

 外に出せば、魔族たちの能力を大きく削る魔道薬が自動的に噴出するだけでなく、魔族の体質にだけに適合するように合わせた睡眠剤も撒き散らされるように細工をしたものだ。

 あちこちにそれらを充満させながら進めば、それだけで魔族たちの侵入を阻止できる空間のできあがりだ。

 

 だが、再び、ぼんやりとした違和感が沸き起こって、ミランダは当惑した。

 さっきの広場でも覚えた不審感だ。

 長く冒険者としてあらゆる危機を乗り越えてきた第六感といっていいだろうか……。

 なにかを見落としているような……。

 

「サキを捕らえている魔族はラポルタという名前だったかねえ?」

 

 ミランダは内心の不審感の正体を見つけるきっかけを掴むために訊ねた。

 その情報は縄の伝言の中ではなかったが、さっき広間で教えてもらった。本来はサキの眷属の部下のようだが、サキを裏切って無力化してしまったのだという。

 その手段までは、女たちには、わからないみたいだ。

 まあ、サキほどの女魔族を監禁するのだから、相当の能力を持っているとは考えていいだろう。

 だから、できれば戦いとなる前に、魔族殺しの風を吸わせて、その能力を削いでしまいたいものだ。

 

「ええ……。もともとは、わたしたちを監視していた看守長のような存在だったのですが……」

 

 ベアトリーチェは進みながら言った。

 

「男魔族が?」

 

 ミランダは訊ねた。

 だが、サキは男魔族を眷属にはしない。サキの眷属は女魔族ばかりのはずなのだ。以前に、サキ自身がそう話していたのを覚えている。

 そもそも、サキが令嬢や令夫人を集めたのは、ロウに彼女たちを性奴隷化して提供するためだろう。

 そう口にしていた。

 にもかかわらず、男魔族を令嬢たちに見張りに使うだろうか?

 

「いえ、女魔族の姿でした。サキ様も、ずっと女だと思っていたようです。まあ、男の姿が本当の姿とも限らないみたいですが……。変身術に長けているんです」

 

 ベアトリーチェは、話に応じながら、どんどんと進んでいく。

 

「随分と複雑に進むのだな……。事前の情報とは異なるが……?」

 

 後宮の建物を歩き進む途中で、不意にベルズがベアトリーチェに訊ねたのが耳に入ってきた。

 いまのところ、人に会うことはなかった。

 魔族の警備員の気配も察知できない。その代わり、ベアトリーチェは経路を選んでいるらしく、複雑に廊下を曲がったり、空部屋を通過したりしていて迷路を進むような感じだ。

 ときどき、隠し扉のようなものまで出現する。

 ベアトリーチェは、それらを次々に手に持っている針金を使って解錠していく。

 いずれにしても、事前に縄の伝言で教えられていた経路とはまるで異なる。

 

「魔族たちの集まっている場所を避けて進んでいるんです。うくっ……。ちょ、ちょっとお待ちを……」

 

 ベアトリーチェがちょっと立ち止まり、身体を突っ張らせる仕草をした。

 彼女の股間に嵌められている貞操帯が動いているのだろう。ここに来るまでにあいだ、何度かこうやって身体を硬直させる仕草をするということを繰り返している。

 

「大丈夫……か?」

 

 ベルズが新しい魔族殺しの噴出球を転がしながら、困惑気味の口調で声をかけた。

 

「ま、まあ、大分慣れましたから……。これも天道様にお仕えするための修行です」

 

「その天道様というのは、まさかロウ殿のことではないであろうな?」

 

 ベルズはさらに声をかけた。

 

「まさか──。ロウ=ボルグ様のことに決まっているではないですか」

 

 ベアトリーチェがくすくすと笑った。すでに貞操帯の悪戯は終わったみたいだ。すぐに何でもないように歩きだす。

 ミランダはベルズに振り返る。

 ベルズは首をすくめる仕草をした。

 何度も鑑定術をしたみたいだが、別段、魔道的な操りにはかかっていないという。つまりは、ベアトリーチェをはじめ、あのフラントワーズやほかの令嬢たちのおかしな言動は、彼女たちに自由意志による態度ということらしい。

 もっとも、鑑定術も必ずしも完璧ではないということはミランダもわかっている。

 鑑定術を使うベルズよりも、ずっと高位魔道遣いが、対象を操心にかけているのを意図的に秘匿した場合は、わからないかもしれないみたいだ。

 スクルズにしても、サキにしても、ベルズよりもずっと高位の魔道を扱う。あのふたりがなんらかの呪術的なことを女たちに施していて、それを隠すように処置していれば、ベルズにも探知できないかもしれない。

 

「それにしても、まったく魔族の看守たちの気配がないねえ」

 

 再び進み出してしばらくしてから、ミランダはふとそう口に出した。

 こっち側には、もっと大勢の看守がいるという話だったのだ。少なくとも、さっきの広間では、ベアトリーチェがそう説明していた。

 だが、いまのところ、まったく看守に出会うことはない。

 まるで人の気配がない。

 

「さっきの説明のとおりです。そういう経路を進んでいますので……。次はこの部屋を通り抜けます……」

 

 ベアトリーチェが少し進んでから、またひとつの部屋の前に屈む。

 腰を落とすと、貞操帯の内側が股間を擦るのか、顔をしかめた表情になる。また、甘い吐息のようなものも出す。

 しかし、すぐに解錠の作業を開始する。

 

「大丈夫かい? 解錠は代わろうか」

 

 ミランダはベアトリーチェに声をかけた。

 本当にベアトリーチェが辛そうなのだ。雰囲気からして、ベアトリーチェたちに施されている貞操帯は、身体を動かすと性感を刺激するような仕掛けになっているのだと思う。

 マントは膝までの丈なのだが、そこから出ている膝下の脚にはベアトリーチェの股間から流れている女の蜜が足の指まで滴っている。

 むっとする女の香りと汗の匂いも漂う。

 

「い、いえ、もう開きました。入ります……」

 

 ベアトリーチェが扉を開けて内側に進んだ。

 ミランダもそろそろと部屋に入る。

 人の気配はしなかったし、ベルズにはなにかを探知すれば、すぐに口に出すように言っている。

 なにも言わないということは、ベルズの鑑定術でもなにも感知しないということだ。

 部屋の中は照明がすべて消されていて、奥まで見渡せない。

 ミランダは目を凝らした。

 この部屋は、いままで入った場所の中で一番広いみたいだ。ただ、暗すぎてなにも見えない。

 ドワフ族のミランダに見えないということは、人間族のベアトリーチェやベルズにとっては完全な闇だろう。

 後ろで、ことんとベルズが噴出球を床に落とす音が響く。

 

「暗いねえ。魔道で灯りを出すよ」

 

 ベルズがささやいた。

 ミランダは同意しかけたが、そのときミランダの耳がかすかに風の音を捉えた。

 そして、頬にも、やはり風が当たる。

 

「風?」

 

 ミランダはささやいた。

 そのとき、背後で廊下から入ってきた扉が閉じた音がした。

 廊下からの明かりが遮断され、室内はミランダの眼でも完全は闇になる。

 

「えっ? 魔道が──」

 

 すると、ベルズが焦った声をあげるのがわかった。

 

「どうしんだい?」

 

 ミランダは振り返った。

 真っ暗闇であり、すぐそばにいるというのはわかるが、ベルズの顔さえ見えない。ミランダは光源を発生させる魔道を放った。

 

 いや、放とうとした……。

 

 しかし、発動しない。

 まるで、身体の中の魔道を抜き取られたみたいに、魔道が出せない。

 

 なぜ──?

 

 考えようとするが、突然に膝の力が抜けた。

 ミランダは床に跪いていた。

 背中に戦慄が走る。

 

 罠──?

 風の音はさっきよりも強くなっている。

 

「くあっ」

 

 後ろでどさりとベルズが倒れる音もする。

 やっぱり、罠にかかったのだと悟った。

 

 だが、どうして……。

 

 その瞬間、ミランダはずっと抱いていた違和感の正体に思い当たった。

 

 匂いだ──。

 

 ベルズが小玉の噴出具を使って撒き散らしていたはずの「魔族殺し」は、最初こそ、強いにんにくに似た匂いがしていた。

 それがいつの間にか気にならなくなり、あの広間にいたときでさえ、女たちの汗や女体臭しか感じなくなっていた。

 いまもそうだ。

 ベルズは、あちこちに魔族殺しの風を撒き散らしているはずなのだが、ずっとにんにくの匂いなど嗅いでいない。

 むしろ、ベアトリーチェの女の蜜の匂いまで嗅げるほどだった。

 

 失敗した──。

 

 おそらく、魔族殺しをなんらかの方法で無効化していたに違いない。匂いが途中から消えてしまったのはそのためだ。

 しかし、そんなことに気がつかなかったというのは、なんという迂闊さだろう。

 ミランダは歯噛みした。

 

 部屋に灯りが発生する。

 それとともに、跪いていた身体を思い切り蹴り飛ばされた。

 

「あぐっ」

 

 横顔を床に打ち付けられる。

 すでに完全に身体は脱力している。

 手足を動かすこともできない。

 

「ベ、ベルズ……」

 

 ミランダは必死に貌をベルズに向ける。

 しかし、ベルズは完全に意識を失っていた。

 そのベルズに向かって、ベアトリーチェが屈み込んだ。

 首輪を施している。すぐに、それが魔道を封じるためのものだとわかった。

 さらに後手に手枷もした。

 そして、そのベアトリーチェがミランダの方にやってくる。

 

「ドワフの魔道手段は、指輪などの媒体を使うんでしたね。それをとりあげれば、あんたらは魔道は遣えないのですよね。もっとも、その怪力は魔道のようなものですけどね」

 

 ベアトリーチェがくすくすと笑いながら、ミランダの指から指輪を抜き取ってしまう。

 続いて、足で蹴られてうつ伏せにされ、ミランダも後手に手枷を嵌められた。

 

「お、お前は……」

 

 ミランダは懸命に顔を上にあげた。

 ベアトリーチェは、いつの間にかひとりの魔族男の姿に変わっていた。

 

 変身をして、入れ替わっていたのか……?

 しかし、いつ……?

 

 いや、最初からだろう……。途中で入れ替われるときなどなかった。

 考えてみれば、ベアトリーチェがミランダたちの前に出てきたときには、魔族殺しの匂いが消えかけていたかもしれない。

 おそらく、そのときには、すでにベルズの魔道が弱められていたのだと思う。

 だから、ベルズは鑑定できなかったのだろう……。

 それにしても、どうして、魔族殺しが効果がなかったのだろう。

 マアが準備したものは、偽物だったのか?

 

「その人間族の女がずっと撒き散らしていた薬が俺に効かないのが不思議ですか? おそらく、あなたたち人間族は、多分、魔族殺しとやらを使ってくると思いましたからね。だから、そのときには、その魔族殺しを人間用に変化させる魔道紋を建物中に張り巡らしていたんです。多分、あなたたちはずっと無臭に思っているかもしれませんが、俺にとっては、にんくの臭いが充満されていて、鼻が曲がりそうです。つまりは、“人間族殺し”というところです」

 

 男魔族……多分、こいつがラポルタだろう。

 ラポルタが勝ち誇ったように高笑いをしている。

 

「……に、人間族……殺し……?」

 

「魔族殺しの人間族版ということです──。いずれにしても、権謀術数に長けた人間族というが、実際には大したことはありませんね。だが、予想しなかったのですか。いつでも、魔族は人間族の卑怯な罠にかかるだけだと? でも、成分さえわかってしまえば、それの効果を逆転させるような魔道紋を準備するのは大した手間ではありませんでしたよ」

 

「そ、そんな……」

 

 ミランダは唖然とした。

 

「しかも、その“人間族殺し”をこれだけ歩き回って、嗅がせてやったんです。もうそろそろ意識を保つこともできないのではないですか? 目が覚めたら、サキ様と対面してもらいます。ちょっと調教にてこずっていましてね。でも、あなたたちの身柄が手に入ったなら、状況も変化させられるでしょう……。それよりも、人間族の女への変身はどうでしたか? 気持ち悪いのを我慢して、責められて悶える仕草までしたんですよ。なかなかの名演技だったでしょう?」

 

 ラポルタが笑い続ける。

 だが、ミランダの意識もだんだんと遠のいていき、やがて、なにもわからなくなった。

 

 

 

 

(第18話『女たちの失敗』終わり、第19話『追い詰められる女傑たち』に続く)



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 第19話  追い詰められる女傑たち【南域・王宮】
753 (あかつき)の暴動襲撃【南域】


 叩き起こされた。

 

 ヴァージニアとシャーラだった。シャーラはいつもの軍装だが、ヴァージニアについてはまだ寝着のままであり、髪も結わないままだ。ただし、身体に引っ掛ける薄いガウンは身につけている。

 また、ふたりの顔は蒼く、身体にも緊張が漲っている。

 

「どうしたのだ?」

 

「暴徒の襲撃です──。屋敷が大勢の暴徒に襲われています──」

 

 シャーラが言った。

 珍しくシャーラの口調は落ち着きを失っている感じだった。そのことでイザベラは、ただならぬ事態が発生しているということを悟った。

 

「姫様――」

 

「姫様」

 

 すぐに、三人の侍女たちも入ってきた。イザベラの具足を抱えている。

 彼女たちも寝る格好の薄着にガウンの格好だ。

 この部屋には窓がないが、おそらく早朝だろう。しかも、かなり早い時間帯だと思う。

 

「すぐにお着替えを──。食事もしてください。とにかく、お腹になにかを入れてください」

 

 ヴァージニアだ。

 具足を抱えている侍女のトリアとノルエルに対して、もうひとりのモロッコはお椀に汁物と千切ったパンを放り込んで温めたものを盆に載せてたものを持っていた。

 それをイザベラの寝台の横の台に置く。

 

「食事だと? 暴徒の襲撃と言わなかったか?」

 

 イザベラは訝しんだ。

 

「襲撃だからこそです──。完全に囲まれています。逃げられません──。しかも、シャーラさんとミウちゃんが移動術を発動しようとしましたが、波動を結べませんでした。移動術を防ぐ逆結界がかけられているようです」

 

 ヴァージニアが言った。

 

「ここと姫様を頼むわ。わたしも出る──」

 

 シャーラが部屋を飛び出していく。

 イザベラは、耳を澄ませたが、なにかの気配のようなものは感じない。

 

「なにも聞こえんが?」

 

「ミウちゃんが防御結界を屋敷の敷地内に張ってます。それで音が聞こえにくくなっています。でも、完全に屋敷の石壁の外に暴徒が殺到しているんです。すごい数です──。いま、みんなで防いでいますが、どうなるかわかりません」

 

 ヴァージニアの顔は泣きそうになっている。

 イザベラもだんだんと切迫している状況がわかってきた。

 だが、頭が回ってくると疑念も浮かぶ。

 

「待て──。暴徒が屋敷の石壁を囲んでいると言ったか? しかし、ライスたちは、その外に露営していたのだぞ。この里に入る山道に外哨も出していたはずだが?」

 

「屋敷内に入れた兵を数えても、生き残って屋敷に入れたのは百人もいないと思います。ほとんどが血だらけで、なにが起こったのかもわからないみたいです。突然に襲われたみたいで……」

 

 ヴァージニアだ。

 話をしているあいだも、侍女たちがイザベラから寝着を引き剥がし、顔を拭き、服を着替えさせていく。

 それはともかく、生き残ったのが百人に満たないとはどういう意味だ?

 イザベラが連れてきたライス将軍以下の隊の人数は、約五百なのだが……。

 

「つまりは、いま、戦っている真っ最中ということか? ライスはどうした?」

 

「ライス将軍は屋敷内に逃げられた者の中にはいません。どうなっているかもわかりません」

 

 唖然とした。

 だが、イザベラはすぐに我に返った。

 具足を装着させようとする侍女の手を払い、ヴァージニアに顔を向ける。

 

「すぐに状況が見える場所に案内せよ。まず、確認する──」

 

 イザベラは言った。

 ヴァージニアは少し迷ったみたいになったが、すぐに頷いた。

 

「こっちに……。屋根に穴を開けて、応急の物見櫓(ものみやぐら)を作っています。そこなら……」

 

 ヴァージニアが歩き出す。まだ寝着にガウンの状態である。一方でイザベラは具足こそ装着してはいないが、具足下の軍装には着替え終わっている。

 イザベラはその後を追った。三人の侍女たちもついてくる。

 部屋の外の廊下には、あちこちに傷ついた兵が横たわっていた。

 イザベラに気がつき、はっとしたように目を見開いたり、すがるような視線を向けたりしてくるが、とりあえず、そのまま歩き去る。

 すぐに、屋敷の中の大広間に着いた、。

 屋根に穴を開けたというのがよくわからなかったが、すぐに合点がいった。この大広間は屋敷の中心近くにあるのだが、その広間のど真ん中に櫓が組まれていて、平屋の屋根がぶち抜かれているのだ。

 この広間にも傷ついた兵が大勢転がっていて、むっとするほどの血の匂いが漂っている。

 

「ミウ、もう少し頑張りなさい──。魔道具の材料になる魔石だけは大量にあってよかったわ。あんたが魔道を解除しても、防御結界が存続できるよう、魔石に魔道紋を組んでるから──。三ノス──。三ノスはそのまま頑張って──」

 

 櫓の真下では、ユイナが胡座に座って、そのそばには十数個の大きめの魔石が積み上げられている。ユイナの手元は青白く光っていて、せわしなく指が手元の一個の魔石の表面を動いている。

 魔石に直接に魔道紋を刻んでいるみたいだ。

 

「ユイナ、どういう状況だ──?」

 

 イザベラはユイナに声をかけた。

 ユイナもまた、侍女たち同様に薄物の寝着にマントを引っ掛けただけの格好だ。

 

「どうもこうもないわよ。こんなことに巻き込んだロウを恨むわ……。上にはミウとイライジャ。ほかの女は外です──。こらあっ、あんたらも、血止めが済んだから、さっさと戦いに出なさいよ──。こんなところで休んでても、殺されるだけだけよ。死にたくなければ、外に出て戦うのよ──。屋敷の外壁を連中が突破したら終わりなのよ──」

 

 ユイナがイザベラを一瞥してから声をあげ、次いで、周りの負傷している兵に向かって怒鳴った。

 よく見れば、血だらけの兵の周りには、たくさんの布が転がっていて、血止め薬のような小壺が十数個散らばっている。

 だが、腕を切られている者、脚から血を流している者、頭をやられている者もいて、とても戦えるような状態には思えない。

 

「わたしの世話はよい。お前たちは、この者たちの治療に当たれ」

 

 イザベラはヴァージニアや三人の侍女に声をかけてから櫓の梯子(はしご)をあがっていく。

 背後で、妊婦のイザベラを心配するようなヴァージニアの声がしたが、イザベラは振り返ることなく、治療にあたれともう一度叫んで、そのまま櫓の上まであがった。

 

「姫様──。危ないですよ。お下がりください」

 

 櫓の上には、イライジャとミウがいた。

 ミウは魔道師がよく着るようなフード付きのマントを身につけていて、一心不乱になにかに集中するような雰囲気だ。

 すでにかなりの汗をかいていて、ミウの足もとにはミウの顔から滴ったらしい汗が水の染みを作っていた。

 イザベラに声をかけたのは、イライジャだ。

 

「構わん。状況を報告せよ」

 

 イザベラは叫んだ。

 それとともに、櫓の上から周囲を見渡す。

 夜は白々と明けてきていて、里の一帯が一望できる。確かに、この屋敷の周りをおそらく、数千の暴徒が取り囲んでいる。

 具足さえも身につけていないただの農民たちだと思う。手にしている武器も、剣や槍を持っている者もいるが大半は鋤や大鎌などの農具だ。

 しかし、数がすごい。

 四周を農民の暴徒が埋め尽くしていた。

 

 あちこちから石壁をよじ登って、こちら側に入り込むとしているのをイット、マーズ、さっき出て行ったシャーラなどがまだ戦っている兵とともに、懸命に阻止していた。

 すでにあちこちの石壁の上に暴徒がよじ登っている。だが、石壁の上については、まるで止まっているみたいにゆっくりとしか動いていない。

 ミウの結界魔道なのだろう。

 そのため、数は多いものの、なんとか下から弓矢や槍、さらに魔道などで打ち落とすことは成功していた。

 イットなどは、石壁の上を縦横無尽に駆け回り、次々に賊徒を斬り倒したりもしている。そういえば、イットだけはあらゆる魔道の影響を受けないと教えてもらったのを思い出した。だから、結界による行動制限をひとりだけ受けないに違いない。

 いずれにしても、暴徒の勢いは、まるで地面に落ちた菓子に群がる蟻のようだとイザベラは思った。

 

「ご覧の通りです。異変を知らせる報告が外の隊から次々にもたらされて、あっという間にこの通りです。ミウが結界を張ってくれなければ、即座に雪崩れ込まれていたと思います。間一髪でした」

 

 イライジャが早口で言った。

 

「イライジャさん──。もう一度、さっきのをいきます。今度はありったけの力で大きなものを出します──。その後、屋敷の周りに土魔道で堀を作ります。それで少しは楽になるはずです」

 

 ミウが声をあげた。

 さっきの──?

 

「やって──。だけど、倒れないでよ──。あんたが倒れたら、一環の終わりなんだから。だけど、こんなことをあんたにやらせて、ごめん──」

 

 イライジャが叫んだ。

 次の瞬間、屋敷の四周に突然に炎が取り囲んだ。

 暴徒たちに火が燃え移り、阿鼻叫喚の悲鳴が沸き起こる。

 すると、一気に炎が巨大な火柱となって炎の壁を作り上げた。それが暴徒に向かって外向きに拡がっていく。

 暴徒たちの悲鳴がさらに巨大になる。

 炎の津波が屋敷の周囲に拡がって消滅したときには、炎が到達した位置まで屋敷の周りに空白の地帯ができていた。

 そこには暴徒たちの黒こげの屍体だけが転がっている。

 

「うわっ」

 

 イザベラは残酷な光景に鼻白みかけた。

 いまのミウの魔道で数百人が一気に死んだだろう。しかも、いまのは戦の光景というよりは、一方的な殺戮(さつりく)だ。

 

「くっ」

 

 ミウが身体をよろけさせた。

 イザベラは慌てて、手を伸ばしてミウを支えた。

 

「こらあっ、ミウ──。考えるのは、やめなさい──。人を殺したと思わないのよ──。わたしたちを殺そうとする虫を退治したと思うのよ──。しっかりと意識を踏ん張るのよ──」

 

 ユイナが櫓の下から絶叫した。

 下からは見えないはずだが、魔道の波動かなにかで、ユイナは大きな魔道をミウが放ったことに気がついているに違いない。

 もしかしたら、大量に暴徒が死んだことも悟ったか?

 いや、そうなのだろう。

 なかなかに勘の鋭い女だから、ミウの心の衝撃にも気がついたのだろう。だからこその、いまの激励だ。

 

「う、うん……。だ、大丈夫です……」

 

 ミウがイザベラの腕を振りほどき、真っ直ぐに立ち直す。

 だが、顔が青白い。

 大きな魔道を放った影響というよりは、自分で作った残酷な光景に対する精神的な衝撃だと思う。

 イライジャが周囲に視線を送ったままミウを抱きしめた。

 

「ありがとう、ミウ──。あなたのおかげで生き延びられる。助けてくれてありがとう──。そして、まだ子供のあんたに、こんなことをさせてごめん──。これはあたしが指示したことよ。一切、なにも気に病まないで──」

 

 イライジャがミウを抱きしめて、声をあげる。

 

「だ、大丈夫です……。あたしもロウ様の女のひとりですから……。大人です……」

 

 ミウが無理に作ったような笑顔を浮かべる。

 すると、今度は屋敷の石壁の外に大きな堀が次々にできあがる。

 深さは人の背丈の三倍はあるだろうか。幅も人が跳躍できる距離ではない。

 こんなものを瞬時に作るのか?

 イザベラは、さっきの炎の津波といい、たったいまの土魔道といい、ミウの魔道能力の高さに舌を巻いてしまった。

 だが、これがあれば、どれだけの暴徒がいても寄せ付けないだろう。

 イザベラは、安堵の感情に包まれかけた。

 すでに、暴徒はかなり離れている。

 屋敷を取り囲んでいる状況に変化はないが、距離は離れており、今度は近づいてこない。

 

「あれっ?」

 

 そのとき、ミウが怪訝な声を出した。

 

「どうしたの?」

 

 まだミウを抱きしめていたイライジャがミウに訊ねた。

 

「どうかしたか?」

 

 イザベラも声をかけた。

 

「おかしいです……。魔力が……。あたしじゃなくて、周囲一帯から魔力が薄くなっているみたいな……」

 

 ミウが首を傾げている。

 周囲の魔力が薄くなっている?

 すると、櫓を駈け上がってくる音がした。

 ユイナだ。

 

「うわっ、やったわね、ミウ──。お手柄よ……。だけど、変だわ……。一気に魔力がかなり薄まったわ。これじゃあ、さっきみたいに大きな魔道を結ぶのは難しくなるわ……。どういうこと?」

 

 ユイナも不審そうに言った。

 イザベラは、最下級の魔道遣いでしかないので、辺りの魔力の濃さを感じられる能力はないが、魔力というものは日の光の下にある場所にはすべて漲っているものであり、特殊な環境下でなければ、薄くなるということはないはずだ。

 ミウやユイナの言葉が本当なのであれば、どういうことなのだろう?

 

「里全体を囲むように、魔力を封じる結界を作られかけているのよ──。こうしちゃいられないわ。こっちも魔力を保持する魔石を設置しないと……。イライジャさん、結界維持の魔石は一時中断──。魔力維持の魔石を作ります。急いで十個くらいは作るので、片っ端から屋敷周囲に埋めさせてください。さもないと、この屋敷内の敷地でも魔道が遣えなくなります。それでも、かなり制限されますけど……」

 

「わ、わかった。ユイナ、頼むわ。ミウ、この間に、下の兵たちの治療をお願い──。休ませてあげたいけど、踏ん張って──。誰か、ミウに水と食べるものを──。動きながら食べれるものを準備してあげて──」

 

 イライジャが櫓の下に向かって叫ぶ。

 ノルエルの「すぐに準備します」という声が響く。

 

「待て──。あれを見よ──」

 

 イザベラは里の外縁部に新しい集団を見つけて声をあげた。

 里の外に繋がる山道の方向であり、さっきまで取り囲んでいた農民の暴徒ではなく、明らかに軍であることが明白なまとまりだ。

 それが拡がって軍陣を作っていっている。

 

「なにあれ……。新手?」

 

 ユイナが不機嫌そうに舌打ちした。だが、そのまま櫓を降りていく。

 さっき口にしていた新しく魔道紋を刻んだ魔石を準備するのだろう。

 

「とにかく、ミウ……。下に……」

 

 イライジャがミウを(やぐら)の下に向かわせる。ミウも梯子(はしご)をおりていく。

 

「全員、いまのうちに休息を……。すぐに新手が来る──。今度は軍よ。おそらく、賊徒の正規軍よ。里全体の魔力を薄められているわ──。その処置が終われば、もう一度来るわ──。それと負傷している者は直ちに治療術を受けなさい。食べられるうちに食事も──」

 

 イライジャが下に向かって叫んだ。

 シャーラをはじめとして、戦っていた将兵たちのうちの将校たちが次々に指示を出し始めた。

 

「姫様、魔力封じが完成されると、外との通信が途絶されるかもしれません。いまのうちに、南王軍の主力をガヤからこちらに向かわせるように連絡してください」

 

 イライジャがイザベラに言った。

 

「わ、わかった」

 

 イザベラは急いで櫓をおりていった。



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754 戦場の訪問者【南域】

 見たこともないような高位魔道で数百人の農民が一瞬にして殺されたという報がもたらされたのは、ドピィが部下の賊徒軍とともに、ゲーレの山村に到着した直後だった。

 

 だが、それに対する感情の揺れはない。

 けしかけた農民たちは、もともと殺されるのが前提だ。

 さもなければ、あの屋敷の中にシャロンがいるのに、無闇に攻撃をさせたりしない。

 シャロンをあの領都からさらってのけた冒険者たちが混じっていることもわかっていたし、仮にも王太女を守る軍勢だ。人数は少ないが、おそらく精鋭であろうと思った。

 ドピィがやろうとしたのは、とりあえず、どのくらいの力量を持った連中であるのかを確認するということだ。

 ただし、念のために、農夫の集団の中には、シャロンの身柄だけを確保させるために派遣した手の者を混ぜてはおいた。

 しかし、どうやら農夫集団の先頭近くにいたために、ことごとく炎の津波に捲き込まれて焼死したようだ。

 すでに、連絡が取れなくなっている。

 

 また、ドピィは騎馬隊とともに馬上にいる。

 シャロンがいるはずのこの山村の名主屋敷は、さっき焼け野原になった場所の中心であり、それを遠巻きにしているのが生き残った農夫の暴徒たちであり、その後方の一角に、ドピィたち賊徒軍の正規軍がいる。

 いつもの賊徒騎馬隊も一緒だ。

 領都から発進させた賊徒軍主力のうちの先にガヤ周辺に到着した約一千と、自慢の騎馬隊五百という勢力だ。

 それだけの勢力をこのゲーレに連れてきたのである。

 

 騎馬隊は夜通しの疾走で今朝に到着したばかりだが、歩兵の賊徒隊については、十年のあいだに集めに集めた「移動術」を刻んだ護符を使って、先行させた者たちだ。

 全員が剣や槍のほかに、銃で武装していて、各人の背に大量の銃弾と最小限の兵糧を背負わせている。

 

 残りのありったけの賊徒軍の全軍勢は、まだガヤに向かって移動中のはずだ。

 首に炸裂環を装着させたカリュートに指揮をさせており、南王軍の主力の駐屯するガヤの港町を襲撃するように指示している。

 ただし、向こうは徒歩で向かっているので、襲撃は明日の夜以降になると思う。

 都市への攻撃が開始されれば、援軍をこちらに寄せる懸念も減るが、それよりも前に救出隊を出されるだろうから、カリュートたちがガヤを襲撃するというのは、いまでも派手に喧伝させている。

 従って、ガヤから王太女救出に避ける勢力は大きなものにはできないはずだ。

 その分、カリュートたちは南王軍に待ち受けられると思うが、あいつらもまた、ドビィがシャロンを取り戻すための生贄(いけにえ)にすぎないのだ。

 

 しかし、いかなる理由で、王太女が南王軍の主力のいるガヤではなく、このゲーレの小村に少人数でこもっているのだろう?

 そのわけは、見当もつかないが、とにかく、ドピィの興味はシャロンただひとりだ。

 逃亡したシャロンさえ取り戻すことができれば、あとはどうでもいい。

 ましてや、農民など死のうと生き残ろうと、まったく問題はない。

 ガヤを攻撃するはずの賊徒軍も、最悪全滅でも構わない。

 

「どうだ? 中にいる魔道遣いの勢力がわかるか?」

 

「強力な結界に、あれだけの巨大な火炎術……。おそらく、王軍魔道隊のエリート連中である高位魔道遣いを十人は率いているでしょうな」

 

 ドピィの質問に応じたのは、賊徒団に属する十人ほどの魔道遣いの長になる者であり、すでに六十歳の初老にさしかかっている男だ。

 もともと王宮魔道師だったらしいが、政争に敗れて奴隷落ちしていたのをドピィが救い出し、賊徒団に加えた者である。ほかの魔道遣いたちも、大なり小なり、全員がいまの王国に何らかの恨みを抱いている。

 もっとも、能力はそんなに高くはない。

 この老魔道遣いがもっとも能力が高いが、せいぜい中級魔道遣いというところだ。

 目の前の里に拡がる焦土を一瞬で作るような王宮魔道遣いとは、能力には雲泥の差がある。

 

「さすがは、王太女の連れている隊というところか。高位魔道遣いを十人とはすごいな」

 

 ドピィは笑った。

 

「頭領、農夫たちの長たちが面会を求めています。どうしますか?」

 

 声をかけたのは、ユーレックだ。

 このところ、ドピィが従者代わりに使っている少年であり、実はタリオの諜者だ。だが、いまのところ、諜者としての動きをする気配は全くない。

 

「あとだ──。ただし、指示だけは伝えておけ。賊徒軍と農夫たちの位置を入れ替えて、後ろに退げる。前に置いておくと、今度は小さな魔道に襲いかかられただけで連中は逃亡する。死を覚えた暴徒などしばらく役に立たん」

 

 さらにドピィは、さっきの火炎の届いたぎりぎりの位置に、賊徒の正規軍の方を四隊に分けて四方に陣を組むように指示を伝えた。

 四方向の陣のうち、山道のある正面に位置する隊の後方に、ドピィが直接に率いる騎馬隊五百を配置する。

 農民たちはさらにその後方だ。

 いずれにしても、あの魔道を連発されては、こちらに何倍の勢力があっても、あの屋敷に近づけない。

 まずは、魔道を無力化することだ。

 

「いま、やらせているこの一帯の魔力を無力化する処置はどのくらいかかりそうだ?」

 

 ドピィは馬からおりるとともに、水を求めた。すでにユーレックは、さっきの指示を伝えに走り去っている。

 水筒が差し出したのは別の賊徒兵だ。

 ドピィは一気に水筒の水を呷った。

 

「まもなく整います。ただ、向こうに高位魔道遣いが混ざっているなら、流れ込む魔力を減殺するだけであり、屋敷内に存在する魔力まで消すことはできません。ただ、全体量が減りますので、さっきのように、全面に防護結界を張りながら、その外側に攻撃魔道を四方に仕掛けるという離れ業はできなくなります。そこまでの魔力は集められません」

 

 老魔道遣いが応じる。

 いまやらせているのは、魔力減殺の魔石を里の四周にくまなく埋めさせるという処置だ。

 同じような処置として、移動術による逃亡を防ぐ「反結界」の魔石を埋めるのは終わっていて、この里から移動術で外に出ることはできない。つまりは、領都を冒険者に襲撃されたときのように、移動術で再びシャロンを連れ出される懸念はないということだ。

 また、外からの移動術による潜入も防止できる。

 どうせ、こちらには王軍の魔道遣いほどの能力保持者はいない。魔道を封じて、得するのはこちらだけだ。

 

「どの程度の魔道になると思う?」

 

「防護結界の効果は半減──。攻撃魔道を屋敷の外に拡げるのは困難になると思います。ただ、魔石のようなものを使って攻撃するのは、魔力減殺処置には関係ありません」

 

「なるほど。いずれにせよ、完全に向こうの魔道を封じる手立てはないということだな。なら、別のやり方で魔道を封じることも考えるか」

 

 ドピィは老魔道遣いに、魔力封印の魔石の埋設作業を速やかに終わらせるように指示してから、賊徒軍の各隊から命令受領者を集めさせた。

 すでに、ユーレックにより新たな陣形変換の指示が出ていて、各隊は動いている最中だ。

 だから、隊長ではなく、代わりに指示を受ける者に集まるように指示したのだ。どうせ、指示は単純なものだ。

 

 すぐに命令受領者が集まった。

 ドピィの指示に、各隊の参集者の全員が驚いていたが、すぐに駆け去っていく。

 農夫たちに対するあの攻撃魔道は、全員の心肝を寒からしめたと思う。

 それを防ぐ手段ということであれば、多少の汚い手も容認するはずだ。

 

 ドピィは改めて、シャロンがいるはずの屋敷の方角に目をやった。

 王太女とともに、その護衛隊が籠城している屋敷の周りは、炎の大波によって焼かれて、なにもかも焼け焦げになっている。黒い平地に屋敷だけがぽつりと浮かんでいる状態だ。

 ちょっとでも動きがあれば、すぐにわかるが、いまのところ全く動きはない。

 石壁の外に一兵でも出てくる気配すらない。

 

 やがて、四隊に分かれて屋敷を遠巻きに配陣した各隊の前面に、ドピィが指示をしたものが出現した。

 今朝の(あかつき)の襲撃のときに、外に展開していて農夫の襲撃を受け、負傷して生き残り、捕らわれて放置されていた者たちだ。ドピィたちがやって来たとき、その全員を連れてこさせ、死に瀕している者についてはとどめを刺して山の斜面に捨てさせ、生きている者は最小限の治療だけをして、拘束をして集めさせていた。

 全員で二百人くらいだが、その全員を大楯の前に両手両脚を拡げて縛り付けて、各隊の前に出させたのだ。

 具足どころか、下帯さえも剥がした素っ裸である。

 王太女の隊ということで、三十人にひとりは女兵もいたが、同じように処置している。

 つまりは、人間の楯というわけだ。

 

 この状況にすれば、向こうはこっちを攻撃するときには、魔道であっても、弓などの飛翔具であっても、生きている仲間をまずは殺すしかない。

 服を着せていない素裸なら、ちょっとした攻撃でも死にやすいから、それで多少なりとも、攻撃を躊躇(ためら)えば、攻撃魔道も使いにくいだろう。

 静かだった里の戦場が、拘束されて各隊の前面で磔にされた連中の悲鳴と呻き声、さらに、屋敷側からの罵倒と非難の声で一気に騒がしくなる。

 

 すると、再びユーリックがやって来て、意外な訪問者が現れたことを告げた。

 ユーリックは、里の外側にある木造の一軒家をドピィ用の軍営にしつらえていて、そこに待たせているという。

 ドピィは、やって来た訪問者が誰であるかを教えられ、驚いてしまった。

 しかも、突然に陣営の真ん中に現れたのだという。すでに、移動術を防止する結界は刻んでいるので、出現したとすれば、賊徒軍の陣営の警戒を潜り抜けてやって来たことになる。

 とりあえず、必要な指示をして会うことにした。

 

「頭領殿か? 驚いたな。まさか、すぐに会えるとは思わなかった。しかも、ひとりでか?」

 

 待っていたのは、若い男だった。

 具足もつけないただの平服だ。ただ、諜者のようなことを生業にしている者だとすぐに思った。

 しかも、魔道遣いだろう。

 ドピィ自身は魔道は遣えないものの、多少の魔道力はあり、目の前の相手の魔道力を見破るくらいはできる。

 目の前の男がかなりの高位魔道遣いであることくらいはわかる。

 また、こいつは、頭領のドビィの顔を知っていたようだ。ドビィの顔だけで、頭領であると断定した。

 

「俺に会いたいという話だったが違うのか? しかも、できれば二人きりでということだったが?」

 

 ドピィは部屋にひとつだけある椅子に腰掛けた。

 目の前の男は立ったままだ。こいつが座るための椅子は準備されていない。

 

「まあそうだが、まさか、会えるとは思わなかった。あんたの信頼できる部下か誰かの面談がかなって、俺が持ってきた情報が正しいということが知ってもらってから、明日にでも出直そうと思ってたんだ。まあ、とりあえず、挨拶程度の予定だった。まさか、得体の知れない俺に、すぐに会うとはな……。俺が怖くないのか?」

 

 そいつは呆気にとられた表情をしている。

 ドピィは苦笑した。

 

「それは、俺の言うことだな。ここは賊徒とはいえ、軍営のど真ん中だぞ。それなりに忍びの腕もあるようだが、あまり好き勝手に動くと死ぬぞ。もう一度、訪問するつもりなら、割り符の板を渡しておいてやろう。それがあれば、自由に軍営に入れる」

 

「そう簡単に死なねえよ。お前らがどれだけ出てきても、そこそこ戦えるんだ」

 

 男が言った。

 ドピィは肩をすくめた。

 

「それで用事はなんだ? ただ喧嘩を売りに来ただけなら特別だ。さっさと帰れ。名乗りもせずに、世間話をしたいなら、市井の井戸端にでも行くんだな。ここはそういう場所じゃないぞ。戦う者の場所だ」

 

 ドピィは手で追い払う仕草をした。

 男はむっとしている。

 

「俺を三流扱いするんじゃねえぞ。お前を特別扱いしてやってるのは俺の方だ。お前のような男の首をねじ切るのは大した手間じゃねえんだ。俺に殺されたくねえなら、ちゃんと護衛を連れていた方がいいぜ。これでも一流の技を使うんだ」

 

「じゃあ、忠告に従うよ。それで、なんの用事だ? いい加減に名前くらい名乗ってくれないか」

 

「あんたの従者だという子供には名乗ったぜ」

 

「そうか。だが、まずは挨拶をするのが礼儀だ。南方軍司令官のリー=ハック将軍の使者だというのであれば、礼は守った方がいいぞ。お前じゃなくて、お前の主人の格がさがる」

 

 ユーレックがドピィに告げたのは、南方軍司令官の使者を名乗る男が、突然に陣営のど真ん中に出現したという知らせだった。

 最初は捕らえようとしたが、瞬時に消えてしまい逃げられたという。だが、すぐに再び出現して、頭領のドピィに用事があると告げろと迫ったらしい。

 そのときに、リョノはユーレックの耳に、南王軍の使者だとささやき、リー=ハック将軍の伯爵家の紋章の入った短剣を手渡してきたという。

 ユーレックは、それで、独断だが、とりあえずこの建物に連れてきて、頭領に要件だけは伝えるとだけ告げて待たせたという。

 眉唾だが、まあ、この男の正体が本当はなんであれ、それだけの能力のある者がわざわざ軍営に忍び込んできたのであれば、なんらかの意味があってやってきたのだろう。

 ドピィは会うことに決めた。

 だが、いまのところ、なんの用事なのか見当もつかない。

 

「へっ、賊徒の頭領が礼を尽くせとは、ちゃんちゃらおかしいぜ……。まあいい。リョノだ。南方王国軍のリー=ハックの伝言を持ってきた。取引きがしたい」

 

 リョノが言った。

 

「どんな取引だ? 命を助けるから降伏でもしろというようなことなら、お前ら貴族の豚は生きる資格などないと伝えろ。お前たち王侯将相は生きていることが罪だとな。死ぬことによってしか、罪はあがなえないと言っておけ」

 

 ドピィはうそぶいた。

 

「そうか? あんたの損になることはひとつもない話だと思うけどな。まずは、シャロン=クロイツ夫人は間違いなく、あそこの屋敷の中にいるぜ。それについては、ガヤの南王軍の司令部でも確認していた」

 

 ドピィは目線を逸らした。

 その名前を聞いて心が動揺したことを見破られたくなかったのだ。

 

「そんな女のことはどうでもいい」

 

 とりあえず、それだけを言った。

 すると、リョノがくすりと鼻で笑うような音を出した。

 

「そうなのか? だが知っておいた方がいいぜ。あんたが侯爵夫人を生きて取り戻したいと考えているなら、攻撃の要領は考えた方がいい。今朝の攻撃は危なかったぜ。あのまま農民どもが雪崩れ込んでいれば、侯爵夫人などただではすまなかっただろうな。なにせ、あの屋敷の中で拘束されて、檻に閉じ込められてるんだからな」

 

「拘束?」

 

 なんでシャロンが拘束をされているのだと思った。

 しかも、檻に閉じ込められている?

 シャロンは冒険者の手を借りて、まんまとドピィの手の中から逃亡することに成功したのだ。

 そのシャロンを王太女が拘束している理由が思いつかない。

 

「あんたは、あいつらが簡単に農民の暴徒程度は跳ね返せると踏んで、あの屋敷の中にいる兵の力を測るためにあいつらをけしかけたと思うが、実際には間一髪だったんだ。あそこには、ほんのわずかの勢力しかいないからな」

 

「わずかな勢力か? あそこには十人以上の王軍の高位魔道遣いがいるはずだ。あの防護結界に、火炎の津波だ。いまは、一瞬にして作りあげた壕が俺たちの攻撃を阻んでいる。なにをもって、わずかな勢力と言っているのか知らんがな」

 

 ドピィは笑った。

 すると、リョノが意味ありげな笑みを口元に浮かべた。

 

「王軍の魔道師なんてひとりもいねえよ。子供の魔道遣いがひとりいるだけだ。ほかには、護衛長のシャーラかな。だが、あの高位魔道は多分、その童女だ。十人なんてとんでもねえよ。まあ、あれだけの威力ある魔道を見せられれば、信じられねえかもしれねえけどな」

 

 リョノが言った。

 

「はあ、魔道遣いは、童女ひとりだと? 馬鹿を言うな」

 

「そうかな? あんたらが巣くっている領都から、夫人を連れ出したのも、童女魔道遣いだったはずだぜ。その情報は入っているんだろう?」

 

 リョノがくすくすと笑う。

 ドピィは訝しんだ。

 領都からシャロンを連れ出した冒険者パーティに混じっていた魔道遣いの正体はわかってないが、童女のようだったというのは、幾つかある不確かな情報のひとつだ。

 リョノは、それが真実のように伝えてきたが、もしかして、それが本当なのか?

 本当に、あの屋敷にいる魔道遣いは、王太女の護衛長を除けば、童女ひとり? それが事実なら、こうやって慎重に仕掛けるよりも、強引に連続で攻めた方がずっといいかもしれないが……。

 だが、いまのところ、なんのために、このリョノがドピィの前に現れたのかがわからない。

 こいつが南王軍司令官の使者などという戯言については、いまのところ半信半疑というところだ。

 

「まあいい……。それで? わざわざ、南王軍司令官閣下が大事な情報を伝えにきてくれたのは、どういうわけなんだ? さっき取引きとか言っていたと思うが?」

 

 ドピィは言った。

 すると、またもや、リョノがにやりと微笑んだ。

 

「王太女の身柄を受け取りたい。無傷でだ。俺の主人の我が儘でな。それを約束してくれるなら、ガヤの南王軍から援軍は送られない。それどころか、そのことを屋敷内に立て籠もっている連中に知らせる。援軍がないということになれば、気力もくじく。ほかにも、王太女軍を追い詰める仕掛けに協力しよう」

 

 リョノが声をあげて笑った。

 ドピィは驚いた。

 

「王太女の身柄を渡すだと? どうするのだ?」

 

「野暮な質問をすんじゃねえよ。俺だって呆れてんだ。だが、お前にとっちゃあどうでもいいものを提供すると約束するだけで、お前さんの望みにぐっと近づけるんだ。悪い取引じゃねえはずだぜ。あっ、ただ、王太女については、ここで殺されたことにしてもらうぜ。まあ、その処置も俺がする。あんたらは、ただ殺さねえでいてくれればいいだけだ」

 

 リョノが言った。

 理解不能だ。

 王太女を死んだことにして、身柄だけ連れていく?

 わざわざ、それを賊徒と取引き?

 雰囲気からして、王太女だけを救出したいという気配ではない。こっそりと慰み者にでもしようというのか?

 それが本当ならば、とんでもない司令官だが……。

 

「確かに損になる取り引きではないな……。ところで、要件というのは、これで終わりか?」

 

「そうだな。返事を聞きてえな。それとも、明日に出直した方がいいか? 割り符なんていらねえぞ。これくらいの警戒を抜けてくるなんざ、どうということはねえ……。それで、どうする?」

 

「どうするという質問か。俺が言えるのは、お前の忠告に従うということくらいかな」

 

「忠告?」

 

「お前に会うときには、しっかりと護衛をつけるということだ」

 

 ドピィは手をあげた。

 すると、四方の壁のうち、横の一面とドピィの背後に待機させていた二十数挺の銃が一斉に火を噴いた。

 一瞬、リョノの顔が驚愕に歪むのがわかったが、銃弾は間違いなくリョノの全身に幾つも貫いたのを確認した。

 リョノの身体が消滅する。

 だが、血の痕が点々と床に残っている。

 

「逃げられましたか──?」

 

 射撃隊に混じっていたユーレックが部屋に飛び込んでくる。

 ほかの銃兵も雪崩込んできた。全部で二十人はいる。第二射も準備していたので、まだ銃弾を込めたままの兵もさらに十人以上だ。

 

「いや、逃げてない。魔道による移動術とは違う。ちょっとした目眩(めくら)ましをしただけだ。血の痕を追え」

 

 ドピィは血の痕を追わせた。

 果たして、瀕死の状態で倒れているリョノが家の裏の納屋にいた。

 ドピィは、火のついたままの銃を受け取って、リョノの頭に銃口を向けた。

 

「ま、待て──」

 

 リョノが両手で頭を庇うようにした。その全身からは夥しい血が流れ続けている。

 

「お前にも忠告しとこう。俺は大抵のことは信用しない。ちょっとでも胡散臭ければ取引きなどせずに、殺すことに決めている。お前のようなおしゃべりは、全く信頼も信用もできないし、そもそも、自信過剰な相手は、俺が一番嫌いなタイプだ」

 

 ドピィは引き金を引いた。眉間に穴が開き、リョノが一瞬にして死骸に変わる。

 

「連れてきている魔道師を集めろ。もしも、こいつが持ってきた情報が正しいなら、向こうにいる魔道遣いはたったのふたりだ。しかも、術を使っているのはひとりのみらしい。魔道師には術の出所がいくつあるのかしっかりと見極めさせる。もしも、本当に童女ひとりなら、向こうに交代はいない。攻め続ければ、魔道師は疲れていなくなる。そうすれば、あとは力攻めで簡単に落ちる」

 

 ドピィは集まってた者たちに声をかけた。

 もう、死骸に変わった男に対する興味は失っていた。



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755 妖魔将軍と“くり(ぼっくす)”【王宮】

 いつものように、扉が開いて、部屋にラポルタが入ってきた。

 顔は扉側を向いていないが、足音でわかる。

 だが、いつになく機嫌がよさそうだ。それもまた、足音だけでわかるようになってしまった。

 しかし、なぜ、機嫌がいいのだろう?

 

 このところ、顔を見るたびに、ロウの名を引き合いに出して、ロウに比べれば粗珍だと罵倒してやっている。

 だから、この数日は、やって来るたびに不機嫌さが倍増した感じだっただけに、ラポルタが嬉しそうにしているのが不思議だ。

 まあ、どうでもいいが……。

 

「おはようございます、サキ様。ご機嫌はいかがですか?」

 

 ラポルタがサキの正面に回ってきた。

 

「しゃ、しゃいあく……じゃな……。そ、そひん、ひゃろう……」

 

 “最悪だ……。粗珍野郎……”

 

 そう罵倒したが、やはり舌がうまく動かず、舌足らずの口調では悪態もさまにならない。

 だが、かすかにラポルタの顔が屈辱に歪むのがわかった。

 それがわかって、サキの溜飲も少しさげる。

 

 いずれにしても、この悪態の罵り合いをもって、その日の調教という名の拷問が開始されるのだ。

 しかし、この二日については、拷問にも屈しないサキの悪態のせいか、ラポルタの一物が萎え気味であり、昨日などは昼過ぎから顔を出すこともなかった。

 ただ、ラポルタの精を口にしない限り、飢えも渇きも際限なくサキを苦しめる暗示をかけられており、その苦悶は想像を絶するものである。

 しかし、かなり慣れてもきた。

 継続する苦痛というのは、存外に心に耐性ができていくものだ。

 

 また、視力は戻されている。

 もっとも、ラポルタの指鳴らしひとつで、消えてしまう限定的なものだ。このところ、視力に限らず、一度失わせて感覚を戻すことも、サキの「調教」の手段として使っているのだ。

 視力を戻すのも、むしろ、視力がないことに慣れさせないためらしい。

 

 今日のサキは、夕べから頭の髪を束ねられて天井から吊られていた。

 そして、そのサキの生首の下のテーブルには、ひと晩で夥しいほどの汗と涎が大きな水の染みを作っている。

 それは、このラポルタが昨日ここを立ち去るときに残した仕掛けのせいだ。

 サキの首が吊り下げられている下には、小指の先くらいの大きさの白い球体が小さな四角い箱に入れられており、その白い球体はラポルタにより、箱の内側にある柔らかな刷毛によって、絶えずくすぐられているのだ。

 そして、球体の感覚は、サキのクリトリスへの刺激に同調するように魔道をかけられた。

 ラポルタは、これを“くり箱”と称して立ち去っていた。

 

 つまりは、その球体がいまは存在していないサキの身体のうちのクリトリスの感覚にされており、そのためラポルタに放置されていた昨日の昼間からずっとクリトリスを刺激されて放置されている状態と同じことになっているというわけだ。

 もともと、全身の感度を際限なくあげられていることもあり、サキはこれにより、もう何十回も絶頂の感覚を頭に送られているのだ。

 しかも、さらに、サキはラポルタの男根でないと絶頂できないようにもいじくられているので、絶頂しているのに、絶頂感だけがないという苦悶を延々と受け続けていた。

 首の下に落ちている汗と涎は、その苦悶によるものだ。

 

「でも、相当にお愉しみのようじゃないですか。どうですか? 絶頂したいんじゃないですか? いまのサキ様は、私のちんぽでないと絶頂できないのですからね」

 

 ラポルタが箱の中から球体を取り出した。

 そして、サキの頭くらいの位置からテーブルに向かって、球体を落とした。

 

「ほごおおおっ」

 

 股間を鈍器で殴られたような衝撃が走り、サキは思わず悲鳴をあげた。

 いまのサキには、この球体がクリトリスだ。

 球体に与えられるすべての衝撃は、クリトリスへの攻撃同様なのである。

 しかも、球体は本物の肉体と同じくらいに弾力もあるので、何度か跳ね返って、とんとんとテーブルの床を跳ねる。

 そのたびに衝撃が加わり、サキは呻き声を吐いてしまう。

 

「いい声でお泣きですね。ほら、もう一度です」

 

 ラポルタがテーブルの上から球体を拾い、再び高い位置からテーブルに落とす。

 

「んごおおっ」

 

 再び強い激痛の衝撃にサキは悶絶の声をあげてしまう。

 

「ははは、どうですか? そろそろ、俺に屈服したくなったんじゃないですか? 俺に屈服を誓えば、もう少し優しく扱ってあげますよ」

 

「ひゃ、ひゃまれ──。ひゅ、しゅろの……しぇ、しぇめれ、なければ……わひは、くっふくらの、せんろ……」

 

 “黙れ。主殿(しゅどの)の責めでなければ、屈服などせんぞ──”

 

 どうしても、舌を出しっぱなしでなければ、息ができないようになっているので、言葉が舌っ足らずになってしまう。舌を口の中に戻して、息を我慢すれば、ある程度の発音もできるが、責め続けられたいまの状態では、それも苦しくて耐えられない。

 実は、それも屈辱だ。

 しかし、ちょっとでもそれを態度に出すと、ラポルタが喜ぶので、意地でも屈辱を外に出すものかと、サキも頑張っているのである。

 

「ま、また、その名前を出しますか……」

 

 すると、ラポルタの顔が怒りで歪んだのがわかった。

 相変わらず、サキがロウのことを口にするたびに、ラポルタは口惜しそうな表情になる。

 それで、サキの心の多少は慰められた。

 

 もっとも、怒らせれば、サキに対するラポルタの仕打ちは、さらに過激にもなる。

 夕べもクリトリスを責め続ける刺激を与えて、ひと晩以上も放置するという仕打ちを受けたのは、サキが散々に“粗珍”だとからかったためだ。

 おかげで、一睡もしていない。

 いや、もう二晩か三晩くらいは寝せてもくれてないだろう。その前も、気絶という名の微睡みを許されただけだ。

 すでに疲労も気力も限界をとっくに超えている。

 

 だが、それでもいいのだ。

 ラポルタによるサキへの過酷な責めは、サキがまだ戦っている証でもあるのだから……。

 

 それに、まだ耐えられる……。

 相手は、ラポルタではない。

 ロウの躾と思えばいい。

 それだけで、この苦しみが温かさをもったなにかに錯覚できる。

 

 ロウ……。

 

 会いたい……。

 会って、こんな惨めな状況に陥っているサキに、お仕置きして欲しい……。

 こんな生ぬるいものではなく、サキが心の底から泣き叫ぶような調教を……。

 

「……ふふ、まあいいでしょう。ところで、今朝はサキ様に参加して欲しいものがあるんですよ。一緒に行きましょう」

 

 しかし、なぜか、いつもと異なって、ラポルタが急に余裕を取り戻したように微笑んだ。

 吊り下げられていた鎖から髪が解かれて、ラポルタの腰のベルトにぶら下げられる。

 もしかして、どこかに連れて行く気か?

 こんな状態のサキを誰かに見られるのは、鼻白む思いだったが、そろそろ、そういう責めもしてくるのではないかと覚悟はしていた。

 少し前までは、この変身術に長けたラポルタは、サキの姿に変身して、サキの眷属たちに、サキとして命令を与えていたようだが、数日前に、改めてサキからラポルタを「主人」とする隷属支配を結び直したと口にしていた。

 そうなってしまえば、サキがどんな目に遭わされていようと、サキの連れてきた女眷属たちは、もう気にしない。

 いや、気にするとしても、ラポルタの命令に逆らって、サキを助けることはできない。

 そういうものなのだ。

 

「わ、わひを……ろ、ろこに……ひゅれてひく?」

 

「どこに連れていくかですか? 庭園ですよ。昨日、ちょっとしたことがありましてね。それで、人間族たちには罰を与える必要が出たのです。サキ様にも、それに立ち合っていただきたいと思いまして」

 

「ば、ばつ……?」

 

 人間族への罰だと? つまりは、令嬢や令夫人たちのことか?

 サキは訝しんだ。

 

「まあ、行けばわかります……。ところで、この球体は、くり箱に戻して、サキ様のお好きな痒み液をたっぷりとかけてから、ここに残しておこう思っています。だけど、サキ様がお願いだから許してくれと頼むなら、勘弁してあげてもいいですよ」

 

 ラポルタが腰にぶら下げているサキの眼に見えるように、テーブルに無造作に残したままだった、白い球体を箱に戻した。

 箱の内側の表面から出ていた繊毛は引っ込んでいるので、刺激が与えられることはないが、その代わりに、収納術で取り出した小瓶を球体を戻した箱に傾ける。

 サキは顔を引きつらせた。

 中身もわかっている。

 強力な痒みをたちまちにもたらす液剤だ。

 痒み責めの苦しさは、すでに味わい尽くしている。

 大抵の責めには慣れてきたとはいうものの、どうしても克服できないのが、この痒み責めなのだ。

 

「ひゅ、ひゅきに──せい──。ひゅ、ひゅろのの、へめにくらへれば、お、おひょまつ……りゃがな……」

 

 主殿の責めに比べれば、お粗末だ──。

 これは、いまのサキからの精一杯の返しだ。

 

「わかりました。好きにしましょう」

 

 小瓶が傾けられて、球体の半分ほどが液体に浸かる。

 即効性なので、すぐに痒みが股間に襲いかかる。

 そういう感覚が頭を襲うのだ。

 

「う、うう……。くっ……」

 

 サキは歯を喰い縛った。

 さっそく、痒みがやってくる……。

 

 そして、この痒みは、この部屋に戻って、ラポルタが球体を液体から出してくれるまで、ずっと続くのものだ。

 サキは、すでに息を荒げてしまった。

 

「では、行きましょう」

 

 ラポルタが歩き出す。

 しかし、サキには、だんだんとクリトリスへの擬似的な痒みが苛酷になるので、すぐに、なにも考えられなくなった。

 股間を襲う痒みは、部屋から離れても、やはり弱くなることはない。

 掻痒感と満たされない股間に疼きは、サキをどこまでも追い詰めていく。

 身体はないのに、それを責められる感覚だけが襲い続ける……。

 正直にいえば、この状態は、さすがのサキももう耐えられそうにないのだ。

 

 だから、必死にロウのことを思う。

 ロウに責められていると考える……。

 すると、ちょっとだけ心が楽になる。

 

「ふふふ、ここにくり箱に入れている球体と同じように、サキ様のクリに同調させたものがありますよ。特別に絶頂を許しましょう。二、三回ほど、みっともなく達してください。今日は私の機嫌がいいので、特別です」

 

 ラポルタが廊下や階段を進みながら、あの白球と同じものを取り出して、わざわざサキに見せてから、自分の口に入れた。

 クリトリスを舌で舐められまくる感覚がサキの頭に襲いかかる。

 

「うぬうううっ」

 

 ひと晩以上も絶頂を制限されて刺激を受け続けた挙げ句、さらに痒み液に股間を浸けられている状態からの絶頂を許される刺激には、さすがのサキも耐えられなかった。

 あっという間に、ラポルタの腰の横で醜態を晒す。

 だが、痒みに苛まれているクリトリスへの舌の刺激は続く。

 サキはたて続けに、二度目、三度目の絶頂をした。

 身体がへとへとになると、ラポルタが笑いながら口から白球を出して、再び亜空間に収納するのがわかった。

 

 くそう……。

 好き勝手しやがって……。

 サキは、泣きそうになるのを懸命に我慢した。

 だが、刺激が消えれば、またもや痒みがやってくる。

 サキには、歯を喰い縛ることしかできない。

 

「ひゅ、ひょどのの……しぇめの方が……ひゅ、ひゅごいな……、くふっ」

 

 “主殿の責めの方が凄いな。”

 

 いつものサキからのせめてもの意地悪だ。

 

「そうですか?」

 

 しかし、今度はラポルタには動揺の雰囲気はない。

 やっぱり、おかしい……。

 なにか、サキを責める新しい材料を見つけたか?

 もしかして、人間族の女に手を出すつもりか?

 だが、あの人間族の奴隷たちを材料にすれば、サキが屈すると思っているなら、それは大きな誤りだ。

 ラポルタがそんな勘違いをしているなら、その誤りは訂正していく必要がある。

 人間族など、脅しの材料にはならん――。

 

「着きましたよ、サキ様……」

 

 しばらくして、やっと庭園に着いた。

 必死に痒みの苦悶に耐えていて目を閉じていたので見ていなかったが、ラポルタに声をかけられて、サキは視線を周りに向けた。

 そして、庭園に拡がる光景に接し、サキは目を疑った。

 

「な、なんりゃ、これは──」

 

 サキは怒鳴った。



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756 死刑台の女たち【王宮】

「な、なんりゃ、これは──」

 

 ラポルタによって、奴隷宮の庭園に連れてこられたサキは、思わず大声をあげた。

 

「サ、サキ様──?」

 

「えっ、あれが、サキ様?」

 

「えええっ?」

 

 また、庭園には集められている大勢の令嬢や令夫人たちがいて、彼女たちは意気消沈したように暗い顔をしていたが、ラポルタの腰に首だけでぶら下げられているサキを見て、一斉にびっくりした声をあげた。

 サキがラポルタの裏切りによって、首だけの姿にされて能力を奪われているのは、ベアトリーチェには見られているが、全員は知らなかったのかもしれない。

 ほとんどの者が驚愕の声をあげている。

 

 しかし、サキにとっては、目の前の光景の衝撃にそれどころではない。

 そこにあったのは、大掛かりなふたつの処刑準備の光景だった。

 

 ひとつは絞首刑の仕掛けであり、木製の大きな二本の柱に渡された横木から吊られている縄で、四人の人間族の女が首を括られて、横になっているひとつの梯子の上に立たされていた。全員が腕を後手に縛られており、梯子の位置は、人の背丈ほどの高さで宙に持ちあげられている。

 首を括られているのは、フラントワーズ、ランジーナ、マリアという集めている人間族の女たちの中ではリーダー格になる三人の令夫人と、さらに、女騎士のベアトリーチェだ。

 そして、その梯子を両手を伸ばして支えているのが、膝から下を脚を開いた状態で地面に埋められているミランダだ。

 ミランダは服を着ておらず、全身に青黒い痣がある。

 

 なぜ、ここにミランダがいるのだと思ったが、それよりも、ミランダはその状態で両手をあげて梯子を支えており、ミランダが梯子から手を離したり、あるいは、梯子が傾いたりしても、その上で立たされている女たちが足を踏み外すことになり、それで、絞首刑が執行されるという状態になっているのだ。

 サキは唖然とした。

 

 それだけでなく、ミランダは口に一本の縄を咥えていて、それは地面に置かれた首切り台に跪いて拘束されているベルズの上にあるギロチンの刃に繋がっていた。

 こっちはこっちで、ミランダが口から縄を離せば、ベルズの首が切断される仕掛けである。

 

 一方で、そのベルズは首切り台に伸ばした顔を伸ばして、柱につけられた黒い球体を必死に噛んでいる。

 ミランダは当然だが、ベルズもまた全身を真っ赤にして、かなりの汗をかいている。

 ベルズもまた全裸にされているが、こちらからは、そのベルズの尻が見えていて、その腰はせわしなく震えている。

 どうやら、通常の状態でないことは確かだ。

 

 そして、その残酷な処刑装置の周りにいるのが、裸体に貞操帯だけのいつもの姿のほかの令嬢や令夫人たちだ。

 彼女たちは、その周りで立たされていて、拘束はされてはいないものの、武器を持っている女眷属に見張られている。おそらく、ちょっとでも動けば、容赦なく武器で痛めつけられることになっているに違いない。

 全員が悲痛な表情だ。

 それにしても、これはどういう状況なのだ──?

 

「サキ様にも立会してもらおうと思いましてね。この者たちは、サキ様を助けようと企てた首謀者たちです。あのドワフ女が抱えているのは、サキ様の窮状を外に連絡した者たちです。そして、サキ様を助けようと潜入して捕らえられたのが、そのミランダとベルズです。いかがですか? 夜明け過ぎからこの状態なのでですが、ミランダとベルズのどっちが先に音をあげるか、賭けなどどうです?」

 

 ラポルタが笑い声をあげた。

 サキはかっとなった。ついで、絶望に打ちひしがれた。

 一体全体、このミランダとベルズに、このラポルタはなにをしている──?

 いま、処刑だって──?

 いや、確かに処刑だ。

 

 また、いま、ミランダとベルズがサキを救うために潜入したと言ったか?

 あり得ない──。

 サキがミランダたちについた罵倒を思い出せば、こいつらが、サキを助けようとするなどするわけがないのだ。

 そりゃあ、あのとき、気の迷いで、サキの前にやって来たベアトリーチェに、ミランダたちへの謝罪と救出を求める言葉を託したが、まさか、本当に助けに来てくれるとは……。

 

 しかも、捕らわれてしまって……。

 サキのために……。

 

「な、なにをひゃれて、ひゅるのだ──?」

 

 サキは叫んだ。

 すると、ラポルタがまずは、四つん這いの格好で首切り台に拘束されているベルズの後ろに近づく。

 やはり、ベルズの腰はふるふるとせわしなく震えている。

 また、顔に恐怖の色を浮かべて、懸命に咥えさせられている球体を噛んでいた。

 

「死刑執行中ということですよ。まずは、このベルズには、ミランダの首に嵌めている炸裂環の起爆具になっている球体を噛んでもらっています。すでに起爆の魔道をかけていて、ベルズが口を開いて球体の縮みを緩めた瞬間に、あのミランダの首が爆発するということです。その状態で、サキ様のクリ球に塗ったのと同じ液剤を尻穴に塗ってやりました」

 

 ラポルタが手を伸ばして、無造作にベルズの無防備なアナルに指を伸ばして、表面をくすぐるように刺激を送る。

 

「んぐううううっ、んんんんんっ」

 

 ベルズの腰が跳ねあがるとともに、拘束を引き千切らんばかりに、身体を暴れさせる。

 それでも必死に口だけは、咥えさせられている球体を噛み続けている。

 ベルズは、やっとミランダの首に太い首輪が密着して嵌まっていることに気がついた。

 

 あれが、炸裂環か──。

 サキはぞっとした。

 

 つまりは、痒み責めに遭っているベルズが音をあげて、悲鳴のひとつでもあげた瞬間に、ミランダの首が爆発して千切れ、ミランダが抱えている梯子が落ちて、首を吊られている上の四人が絞殺されるということか……。

 なんという冷酷な仕打ちだ──。

 

「ひゃ、ひゃめよ──。ひや……いや、やめてくれ──。頼む──。やめてくれえ──」

 

 サキは哀願した。

 すると、ラポルタが満足そうに高笑いする。

 

「いいえ、折角の趣向なのです。ちゃんと説明を聞いていまいますよ。次はミランダに向かいましょう。よく見てください。ミランダの身体にたくさんの蟻が這っているのがわかりますか?」

 

 ラポルタが笑いがとまらないという様子で語り続ける。

 

「あ、蟻?」

 

 少し遠目でわからなかったが、汗びっしょりのミランダの裸体のあちこちに黒いものがたくさんうごめいている気がする。

 言われてみれば、蟻だ。

 それはミランダの身体を動き回っている。

 

「たまたま、見つけましてね。実はミランダの脚を埋めているのは、蟻塚のある場所なんですよ。さあ、向かいましょう。処刑準備の最後の仕上げをしなければなりませんしね」

 

 ラポルタが収納術で小瓶を取り出した。

 それを持ってミランダに近づく。

 

「ひゃ、ひゃめひょ──」

 

 サキは絶叫した。

 こいつがなにをしようとしているのかがわかったのだ。

 

「サキ様がそんなに追い詰められたお顔をなさるなら、手間をかけて処刑装置を作らせた価値がありましたね。ちゃんと喋れるように、舌を出さないと息ができない暗示だけは外してあげましょう」

 

 ラポルタが満足そうに言った。

 その瞬間、息苦しかったのが途端に楽になる。

 しかし、そんなことはどうでもいい。

 とにかく、やめさせないと……。

 

「待て、ラポルタ──」

 

「待ちませんよ。さあ、ミランダ、サキ様の到着です。せめて、少しは頑張ってくださいね。それとも、上の人間などどうでもよければ、どうぞ手を離して、蟻をお払いください。その方が少しは、あなたもベルズも長生きできるでしょうし」

 

 ラポルタが小瓶に指を突っ込んで、指先にたっぷりと蜂蜜をすくった。

 

「んんんっ」

 

 ミランダが必死の形相で顔を横に振った。

 それでも口から縄を離さないし、微動だにしないほどしっかりと両手をあげて梯子を支えている。

 ラポルタが少し身体を屈めて、ミランダの股間に強引に指をくり込ませる。

 

「んんっ、んんんっ」

 

 ミランダが筋肉の締まった太腿をぶるぶると震わせた。

 

「やめよっ、やめるんじゃ──」

 

 サキは叫んだ。

 だが、ラポルタは鼻歌を口ずさみながら、両手を使ってミランダの股間を押し開き、まるで土に穴でも抉るように、幾度も深く蜂蜜を塗り込めていく。あっという間に蜂蜜もミランダの膣から溢れだして、太腿をとろとろと伝わってもきた。

 

「蜂蜜には、蟻を集める匂いも混ぜていますから、すぐに群がってきますよ……。おっ、もうやって来た」

 

 すぐにミランダの股間の下の土が黒々となる。土からさらに蟻が出てきたのだ。それがものすごい勢いで、ミランダの埋められてえる膝から太腿、そして、股間に突撃していく。股間が真っ黒になる。

 

「んぐうううっ、ふぐううううっ」

 

 ミランダが涙をぼろぼろと流し始めた。

 凄まじいほどの蟻の蹂躙だ。

 

「さあ、後ろの穴も、蟻たちにご馳走をしてあげましょう」

 

 ラポルタがミランダの背後に回る。

 そして、双臀に手をかけ、新しい蜂蜜を指につけた。

 そこには、すでに十数匹もの蟻がいたが、ラポルタが蜂蜜をミランダの尻穴に塗り込めると、前側の股間と同様に、無数の黒粒が先を争うように、ミランダのお尻の穴に入っていく。

 

「んんっ、んぐうううっ」

 

 ミランダが首を横に振って号泣しはじめた。

 必死になって、腰を振ってうごめく蟻を払おうとするが、どんどんと蟻の数は増えて、もはやミランダの下半身全体が真っ黒になるほどだ。

 

「やめよっ、頼む──。もう、やめてくれえ──。い、いや、やめてください──。ラポルタ様──。なんでもする──。なんでもするから、もうやめてください。この通りだ──。わしのことなら、どうとでもするがいい。しかし、こいつらを殺すのはやめてくれ──。頼む──。お願いします──」

 

 サキは叫んだ。

 気がつくと、サキもまたぼろぼろと涙をこぼしていた。

 こんな残酷なことを、ミランダやベルス──、そして、サキを助けようとして動いた女たちが、サキのせいで受けるなど耐えられるものではない。

 サキは懸命に、ラポルタに哀願した。

 

「ほう、思ったよりも効果があるようですね。やはり意外です……。でも、いいでしょう。ならば、まずは、サキ様の口まんこで私を満足させてもらいましょうか。サキ様がいい子でいたら、その分、彼女たちの処刑を伸ばしましょう。サキ様が私を満足させる限り、処刑執行を延期しても構いません」

 

 ラポルタが腰のベルトからサキの髪を解いて、ラポルタの正面にサキの顔が向くように持ちあげる。

 

「頼む──。い、いや、お願いします──。何卒、こいつらの命を救ってくれ。その代わり、わしはお前の性奴隷、いや、性具になり尽くす。このとおりじゃ──」

 

 サキは再び哀願した。

 恥も外聞もない。

 こうしているうちにも、ベルズやミランダは力尽きるだろう。

 こいつらを死なせたくない──。

 凍りつくような口惜しさをぐっと飲み込み、一生懸命にサキはラポルタに媚びを売る言葉を続けた。

 

「ならば、その覚悟を見せてもらいましょうか。この全員の前でね。サキ様が集めた人間族の女、そして、女眷属たち──。その全員の前で、私に奉仕するサキ様の姿をみせてもらいます」

 

 ラポルタがその場に胡座に座った。

 そして、ズボンの前から怒張を出し、サキの顔をその前に持ってくる。

 

「わ、わかった。その代わり、わしがお前に屈服する限り、こいつらに手を出さんと誓ってくれ。早くミランダとベルズを開放してくれ。なんでもするから」

 

「私はなにも誓いませんよ。ただ、あなたが私に屈服して性具としての務めを果たすというなら、そのあいだは、気紛れで命を奪わないというだけのことです。早く開放させたければ、早くその口まんこで、私から精液を搾り取ることですね」

 

「わ、わかった……。い、いや、わかりました、ラポルタ様……。が、頑張るから、お願いじゃ。彼女たちを許してくれ──」

 

 サキは口を大きく開いた。

 ラポルタが自分の怒張をサキに顔に咥えさせる。

 だが、すぐに手を離された。

 バランスがとれずに、口からラポルタの性器が抜けそうになる。だが、もしも、簡単に口から抜けてしまったら、ラポルタはミランダたちを開放してくれないだろう。

 とにかく、機嫌をとること。

 少しでも、ラポルタをいい気分にさせること……。

 いまのサキにできるのは、それしかない──。

 

 サキは舌と口を懸命に動かして、ラポルタの怒張を吸い、舐め、擦った。

 周りでは、令嬢たちや令夫人、そして、元のサキの女眷属たちが驚いたようにサキを見ているのがわかるが、それもどうでもいい。

 ミランダとベルズの泣き声と苦悶の声が耳に響き続ける。

 少しでも早く彼女たちを開放してあげたくて、サキは口奉仕を続けた。

 

「んんっ、んんっ、んんんっ」

 

 サキの口の中は、ラポルタによって性器そのもの以上に感度をあげられている。

 たちまちに、快感が昂ぶり、サキの口からは荒々しい喘ぎ声が漏れ出す。

 そして、ついに頭が痺れきり、快感の頂天がサキの脳天を貫いた。

 

「ああっ、あうううっ」

 

 絶息するような呻き声とともに、サキは絶頂に達した。

 

「ああ、いい気持ちです──。精を出しますよ。一滴残らず、飲んでください。ひと滴でも残れば、女たちの処刑は中止しません……。いえ、まずは口の中に溜めてもらいましょうか。よしというまで、舌にのせたままです」

 

 口の中にラポルタの精が放たれた。

 二射、三射──。吐き気が出そうなのを耐えて、サキは舌に精を集める。

 ラポルタが性器をサキの口から抜く。

 

「さあ、全員に、サキ様が私専用の口まんこになったことを宣言してください。その口の中の精液を見せながらです」

 

 ラポルタが股間をズボンにしまい、サキの髪を掴んで全員にサキの顔が見えるように持ちあげる。

 

「わ、わひは、りゃぽりゅひゃ、ひゃまの、ふち、まんほ……れす……」

 

 口を閉じれないので、はっきりとは発言できないが、サキはラポルタに言われるままに、屈辱的な言葉を叫んだ。

 

 “わしは、ラポルタ様の口まんこです”──と。

 

 サキの首を持ちあげているラポルタが満足そうに哄笑した。

 

「いいでしょう……。人間族ども、こいつらを助けて構いません──。その後で、眷属と人間はいつもの調教に戻りなさい──。ただし、ミランダとベルズについては、処刑は見合わせますが、それなりの罰は続行します。サキ様に免じて、命まではまだ奪いませんけどね」

 

 その瞬間、ミランダの首から炸裂環が外れて地面に落ちた。

 周りに立たされていた令嬢と令夫人たちが、ミランダとベルズに群がり、彼女たちと梯子の上に立たされている女性たちを開放されるために、慌ただしく動き出した。



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757 戦いの間隙(アパーチュア)(その1)【南域】

 とにかく、なにが起きたのかを完全に把握することはイライジャにはできなかった。

 同時に苛立ってもいた。

 

 このゲーレの里に集まっている兵糧の守備兵として、イザベラとその護衛隊である五百の王軍兵が駐屯していたが、そのほとんどは、この屋敷の外側で露営していた。

 そこを大勢の農民の暴徒に蹂躙されたのだ。

 しかし、最初は暴徒の襲撃であるということさえもわからなかった。

 大混乱の中で続々と負傷した兵が屋敷内に逃げ込んできて、気がつくと圧倒的な数の暴徒に屋敷が囲まれていたということだ。

 

 とっさに、屋敷の屋根をぶち抜いて、物見櫓(ものみおやぐら)を作らせ、そこにミウを昇らせて、屋敷周りを防護結界で覆わせたが、もしも、それがなければ、今朝の時点でこの屋敷も暴徒の手に渡っていただろう。

 王太女のイザベラ以下、ここにいる全員が殺されるか、暴徒に捕らわれるかしていたに違いない。

 とにかく、間一髪だった。

 

 やがて、夜が明け、ミウの魔道もあって、なんとか押し返したが、いまこうして、その物見櫓から眺めていると、屋敷を襲撃したらしい農民の暴徒は里の外縁部にさがり、新たに陣形を組んだ軍が四方を完全に固めるかたちで展開している。

 その新たな勢力は、一千というところだろうか。

 ほかに、五百ほどの騎馬隊もいる。

 

 どうやら、あれは、この数箇月、このクロイツ領を席巻し、現在も領都を占領している道化師(ピエロ)団と自称している賊徒たちのようだ。農民たちもまた、彼らに同調して蜂起した者たちだろう。

 後ろに退がった農民たちはもっと数が多く、こうやって物見櫓から眺めているあいだにも、どんどんと数が増えている。

 もう一万にもなるのではないだろうか。

 まるで、地から湧く感じだ。

 

 とにかく、いまのところ、今度は新たにやってきた賊徒軍がミウが火炎で焼き尽くした範囲の外側で、改めて陣形を整えようとしているところだ。

 まだ、攻撃の態勢は整っていないが、すぐに再び攻撃してきそうだ。

 イライジャは、物見櫓から彼らをじっと眺めながら、そう思った。

 

 それに対し、いまミウたちが治療をしつつ、この屋敷内に入ってこれた兵の数を確かめているが、おそらく、生き残ったのは、およそ百人くらいだろう。

 ほかの四百人は、あの津波のような農民の襲撃に呑み込まれてしまったに違いない。

 とにかく、この名主屋敷は、もともと盗賊がこの山里を襲撃したときに、里の者が全員逃げ込んで籠城できるように、外壁は高く作られているし、庭も広い。屋敷の中も部屋数が多く、大勢の兵が集まるには十分な場所もある。

 だから、実は最初から五百程度の数であれば、全員が屋敷の敷地内に泊まることもできた。

 それをしなかったのは、女ばかりが寝泊まりする建物内に、男の将兵が入り込むのを王太女のイザベラ自身が嫌ったからだ。

 

 だが、それは仇になるとともに、幸運にもなった。

 仇の部分は、高い外壁の外側にほとんどが露営していたために、圧倒的な数の農民に夜明け前に襲撃をされて、大部分が損耗してしまったことだ。

 幸運の部分は、その犠牲があったために、直接に屋敷が襲撃をされるまでに、少し時間がかかったことだ。

 それにより、イライジャたちパーティーが咄嗟に対応することができたのである。

 

 それにしてもだ――。

 

 この王軍の体たらくはなんだ――。

 ユイナが下で怒鳴りつけているのも聞こえたが、屋敷に戻ってきた兵は怯えて縮こまるばかりで、半数以上は役に立たなかった。

 指揮系統を失い烏合の衆となり、やむ無く、イライジャが上から指図したのだ。

 驚くほどに頼りなかった。

 

「イライジャさん──」

 

 梯子から櫓にあがってきたのは、イットだった。

 先天的に魔道を受け付けない体質のイットは負傷を魔道で癒やせない。

 見ると、左肘のところを負傷したらしく布で縛っている。

 一方で、屋敷内に逃げ込んで来た兵については、ミウが治療術で回復させ、いまはイライジャの視線の下の屋敷の庭側にどんどんと出てきて、防護の態勢を整えようとしている。

 だが、明らかに、その兵たちには怯えが見える気がする。

 

「どうしたの、イット?」

 

「王太女殿下がお呼びです。執務室に皆さん集まっています」

 

「わかった。ここを頼むわ。なにか動きがあれば、すぐに叫んで……」

 

「了解です」

 

 イライジャは降りていった。

 櫓の下は屋敷の大広間だ。

 さっきまでは、ここに大勢の負傷兵がいたが、いまはいない。農民たちの襲撃を阻止している最中には、ここでユイナが魔石に魔道紋を刻み続け、戦いを優位にするためにの魔道具を作り続けていたが、そのユイナもいない。

 賊徒側が、この里一帯の魔力を薄める処置をしようとしているとわかり、それに対応するための魔石を屋敷の隅に埋める作業に移っているのだ。

 それだけでなく、ミウがいなくても、防護結界を維持するための魔石や、領都からクロイツ夫人を救出したときに使った「爆裂矢」の大量作成に着手もしている。

 なんだかんだで、ユイナも魔道具作りには天才的だ。

 もっとも、それもまた、ロウのおかげのような気もする。

 とにかく、ロウの女になった者は、誰も彼もが、なんらかの能力が異常なほどに急上昇して、一騎当千の女傑に変わってしまう。

 おそらく、ユイナもその恩恵を受けたに違いない。

 以前から、そういう魔道技術に長けた娘だったが、あの襲撃騒動の中で、次から次へと魔石に様々な魔道紋を刻んでいく速度は神がかり的でもあった。

 それに、このゲーレが王南軍の兵站基地になりかけていたこともあり、材料となる魔石はいくらでもここにある。

 兵隊物資の大部分は、農夫たちの襲撃で失ったが、兵糧も武器も魔石も、この屋敷内に残っているものだけでもかなりのものがあるのだ。

 

 ミウの魔道──。

 ユイナの魔石具作成技術──。

 このふたつは大きい。

 もちろん、イットとマーズの圧倒的な武辺も……。

 

 イライジャは、大広間から執務室に向かった。

 そこには、大きなテーブルが準備され、真ん中に地図があり、それを王太女のイザベラをはじめ幾人かの人間で囲んでいた。

 座っているのは、王太女のイザベラ、護衛長のシャーラ、女官長のヴァージニア、そして、五人ほどの王軍の将校だ。

 ほかには、三人の侍女が室内で働いている。

 イライジャには、イザベラの正面になる席に椅子があり、そこに座るように促された。

 

「姫様、いま、物見櫓でイットが見張りをしていますが、隊の再編成が終わったなら、すぐにそっちに兵を寄越させてください。すぐに敵が来ますよ。誰が守備隊の長をすることになったんですか?」

 

 座るとすぐに、イライジャは苛立ちを隠すことなく言った。

 そもそも、朝の襲撃における王太女の護衛隊の不甲斐なさには不満だ。

 数が圧倒的とはいえ、ほとんどなすべきことをできずに敗北し、ほとんど瞬時に護衛隊は瓦解している。

 逃げ込んだ兵を受け入れ、外壁にとりついた暴徒を追い払ったのは、ミウの魔道であり、イットとマーズの戦闘力だ。

 

 さらに、逃げ込んできた負傷兵を叱咤し、外壁の防護の指揮をしたのはイライジャだが、そもそも、イライジャは、王太女の護衛隊に対する指揮権はない。

 だが、あのとき、誰も全体を指図する者がおらず、誰もやろうとしなかったので、なし崩し的にイライジャがやっただけだ。

 一度、農民が里の外側まで撤退してからも、物見櫓で見張りをして、彼らの動向の監視をイライジャが続けたが、それは、本来、イライジャの役目ではない。

 イライジャも、ミウたちも、あくまでも、別室で監禁しているクロイツ夫人の救出クエストを請け負っている冒険者パーティでしかなく、実際には、イライジャが王兵に指図をするなんの権限もないのである。

 ところが、そのまま見張りを任せっぱなしにして、誰もやってこない。

 それでも軍なのかと、本当は怒鳴りたい気分だ。

 

「あっ、そうだったわね……」

 

 シャーラがはっとしたように反応して、軍装の将校に指示をする。すぐにその将校が部屋を出ていく。

 処置をしにいったのだろう。

 

「イライジャ殿……。その再編成のことだが、そなたに、全軍の指揮を頼みたい。残っている者はいずれも、下級将校以下の者でな……。全体の指揮ができる者はいないのだ。頼む」

 

 すると、イザベラが言った。

 イライジャは、首を横に振る。

 

「無理です。なんの信頼もない女冒険者の指揮に、王国の兵が従うわけがありません。」

 

「だが、朝の指揮は見事だった。そなたの櫓からの指図に兵も従った。それで対応できた。ミウ殿たちの力もあるが、崩壊していた兵たちが曲がりなりにも混乱を立て直せたのは、そなたが矢継ぎ早に櫓から指示してくれたおかげだ」

 

「混乱してましたので……」

 

「いまも混乱している。頼む――。下知はわたしだ。わたしが指揮を執る。責任もわたしにある。そなたは、軍師としてわたしの横にいて、なにを指示すればよいか、わたしに教えるだけでよい。シャーラもヴァージニアも軍隊の指揮の経験はない。生き残っている将校たちにも適任者はおらん。その中で今朝のそなたは十分に活躍してくれた。頼む」

 

 イザベラが頭をさげた。

 イライジャは、シャーラやヴァージニア、ほかの軍将校の顔を見たが反対の様子はない。

 イライジャは嘆息した。

 

「わかりました。軍師ということであれば……」

 

 イライジャだって、軍の指揮などやったことはない。しかし、そんなことは言っていられない。

 おそらく、イライジャがやるしかないのだろう。

 そして、おそらく、できるとも思う。確かに、今朝の戦いのとき、イライジャの頭の中には、どういう風に兵を動かせばいいのが、その閃きと判断が次々に頭に浮かび続けていた。

 これもまた、ロウに精を注がれたことによる能力開眼の恩恵に違いない。

 

「おう、引き受けてくれるか」

 

 イザベラがほっとした顔をする。

 

「でも、約束してください。引き受ける以上は、あたしの意見に従ってもらいます。軍師をしてくれと頼みながら、実際に戦いになって、あれこれ不平や命令拒否などされたくありません。それでは軍は動かせません」

 

「王太女の名において、イライジャ殿に軍師としての権限と、命令不服従者に対する処罰権限を与える」

 

 イザベラは即決した。

 イライジャは頷いた。

 

「ならば、軍師としての意見です。これより、全軍で塊となって、このゲーレの里を離脱します。走れない者、途中で動けなくなった者は捨てていきます。ここを一刻も早く離脱するんです」

 

 イライジャはきっぱりと言った。

 だが、イザベラは当惑の顔になる。

 

「だ、だが、ここは南王軍全体の兵担基地だ。ここを失うと南王軍全体が崩れることになるのではないか……」

 

 イザベラが言った。

 

「ばかですか、姫様」

 

 イライジャは遠慮のない言葉を吐いた。



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758 戦いの間隙(アパーチュア)(その2)【南域】

「ばかですか、姫様」

 

 イライジャは容赦なく言った。

 イザベラの顔が怒りで赤くなり、シャーラとヴァージニアも顔を険しくしている。

 だが、イライジャは、この際だから、ずっと思っていたことを甘ちゃんの王太女に言っておくことにした。

 一国の王太女であり、イライジャからすれば殿上人(てんじょうびと)のイザベラなので遠慮をしていたが、さすがにこの状況で“甘ちゃん”を出されると、苛立ちが我慢できない。

 

 イライジャも、普段は大人しくしているが、元はといえば自分も亡夫を事故に見せかけて殺した褐色エルフの里の里長(さとおさ)を糾弾するための抵抗組織を引っ張ってきた女だ。

 お転婆で破天荒の自覚はある。

 腹も肝も十分に据わっているつもりだ。

 軍師としての権限を与えられたことでもあるし、この際だから、この人のよすぎる王太女に言いたいことを告げることにした。

 まあ、ロウも、こういう権力者としては、素直すぎて、幼ささえ感じる王太女を可愛いと思って庇護したくなるのだろうが、これ以上、彼女の我が儘で状況を悪くしたくない。

 

「無礼であろう──。冒険者風情(ふぜい)が──」

 

 すると、まだ五人いる将校のひとりが怒鳴った。

 さっき出て行った将校もすでに戻っており、彼を含めてここには五人の将校がいるが、雰囲気からして、怒鳴ったのは、その五人の中でもっとも年長の雰囲気の将校だ。

 しかし、軍装からして下級将校だ。全員が若い。

 この五人が生き残っている護衛隊の中でもリーダー格ということなのだろう。

 イザベラも、彼らの誰にも全体の指揮は任せられないと言っていたので、五人とも、経験も実力も不足しているに違いない。

 まあ、そんなことは言っていられないが……。

 

 いずれにしても、丁度いい……。

 イライジャは、その男を生け贄にすることにした。

 

「殿下、腰の剣をお貸しください。この男は軍師であるあたしに傲慢な発言をしました。従って、この男を斬ります。さっき、申しあげたとおりです」

 

 イライジャは立ちあがった。

 その男だけでなく、イザベラまでも驚いた顔をする。

 

「い、いや、待て、イライジャ殿──」

 

「いえ、待ちません、殿下──。この男は、おそらく軍師の命令に従わないでしょう。あたしを“冒険者風情”と言いましたから──。とにかく、軍命に従わない将校は邪魔です。だから、斬ります。さあ、その剣をお貸しを──」

 

 手を伸ばして、剣を迫った……素振りをする。

 だが、大きなテーブルを挟んでいるので、そのまま渡せるわけではない。

 

「いや、だが……」

 

 イザベラが困った顔になる。

 もっとも、イライジャとしても、本当に処断するつもりまではない。

 だが、場合によっては、イライジャは本当に斬るつもりではある。

 請け負った以上、軍師として最善を尽くす。

 そのためには、イライジャの指示に不安がある将校を残しておけない。ゆっくりと信頼関係を構築する余裕はいまはない。

 

「そうね、殿下が軍師にと指名したのを見ていたのに、冒険者風情とは大変に無礼ね。処断されても仕方がないわ。処断するにしても、しないにしても、お前はまずは謝罪しなさい」

 

 シャーラが口を挟んで、さっきイライジャを罵った将校に向かって言った。

 

「も、申し訳ありません、軍師殿……」

 

 その将校が不平そうだが頭をさげる。

 とりあえず、これでいい。

 ただの芝居だが、イライジャは斬ると言い、イザベラは庇ったが、頭ごなしではなく、イライジャに気を使った物言いをした。

 これで、少なくとも、ここにいる者たちには、イライジャがそれなりの権限を与えられたということを実感できただろう。

 虎の威でもなんでもいいが、イライジャもそれなりの権威を借りないと、軍人である彼らに指示を強要することもきない。

 

「王太女殿下は、軍師であるあたしの指示に従うそうです。あなた方はどうしますか──?」

 

 イライジャは、その男だけでなく、ほかの四人にも目をやる。

 

「俺たちも軍命に従います」

 

「従います」

 

「なんでも指示をしてください」

 

 五人がイライジャに向かって頭をさげた。

 

「わかりました。ならば、あたしも謝罪します。殿下に向かって、“ばか”と申しました。撤回はしませんが、謝罪はします」

 

 イライジャは座り直して、頭をさげる。

 

「撤回はしないのね」

 

 シャーラだ。ちょっと笑っている。

 

「しません──。ねえ、殿下、このゲーレを捨ててはならない理由がなにかあるのですか?」

 

 イライジャはイザベラを見る。

 

「ここは、南王軍の兵站基地だ。リー=ハックからも、態勢がとれ次第に、すぐに援軍を出すから、もち堪えてくれと返事を受け取っている」

 

 リー=ハックというのは、胡散臭そうな南王軍の司令官だろう。イライジャたちは、ガヤで下船してから、すぐにあの港町を出て領都に向かったので直接に接していないが、ここに戻ってからの話を聞く限りにおいて、その司令官はかなりおかしい。

 

「返事というのは?」

 

「援軍の要請に対する返事です。魔道通信で送った返事です」

 

 ヴァージニアが口を挟んだ。

 今朝の攻撃をとりあえず追い返したとき、イライジャがイザベラに言ったことだ。あれからすぐに、魔道通信を送ったのだろう。

 

「態勢がとれ次第というのはどういう意味なのですか? それはいつのことなのです? そもそも、とっくに破綻しているこのゲーレの兵站基地を守ってくれと? それを真に受けているのですか? お馬鹿さんは、殿下だけでなくて、皆さんも?」

 

 イライジャは辛辣に言った。

 さすがに、シャーラもヴァージニアもむっとしている。

 

「イライジャさん、さっきから口が過ぎるのではないの?」

 

 今度は、ヴァージニアが口を挟んだ。

 

「ならば、もう一度、連絡をしてください。援軍がすでに出ているのかどうかを……。ミウを使ってください。彼女も遠距離の魔道通信の術が自在に使えます。でも、返事は予想できます。おそらく援軍は出ていません。少し時間がかかるという返事でもあるのではないでしょうか……。あるいは、返事がないか……」

 

「ヴァージニア……」

 

 イザベラがヴァージニアを見る。

 ヴァージニアが部屋を出ていった。

 

「どういうことだ?」

 

 イザベラが言った。

 

「嵌められているのです。こんな場所に兵站基地などあり得ません。そもそも、城壁もない場所に、兵站基地など守りようもないじゃありませんか。実際に守れませんでした。しかも、この王太女隊だけを残して、ほかの守備隊が引き上げる? そんな状況でここを守らないとならないなどと考えるなど、馬鹿者です」

 

「それは……」

 

 シャーラも困った顔になる。だが、思い当たることもあるみたいだ。そんな表情だ。

 彼女もまた、この状況がおかしいことには気がついていたのだろう。

 しかし、立場上、なにも言えなかったのかもしれない。シャーラは護衛長として軍人の端くれだが、もともとソロの冒険者あり、でチームで組んで仕事をしたことはほとんどないらしく、冒険者としても、護衛役としても、軍法のようなことは素人だ。

 だから、遠慮してしまったのかもしれない。

 

「なにを守るんですか。兵站物資の大部分は野積みになっていましたが、今朝の襲撃でほとんど消失しています。残っているのは、この屋敷内にあったものだけですよ。それをさらに守ってくれですと? もう一度訊ねます。いまのこのゲーレで守らなければならない価値あるものはなんですか? 兵站物資はなくなっていますよ──。では、なんなのです、殿下?」

 

 イライジャは言った。

 

「ここを守る必要はないということか?」

 

「その答えは、“いいえ”であり“はい”です。こんな馬鹿げた兵站基地など、最初から守る価値はありません。でも、答えは“いいえ”です。ここにいる者の全員が賊徒に捕らわれて、残酷に殺されようとも、守らなければならないものはあります。いわゆる、ここの戦闘におけるあたしたちの勝利条件を整理すれば、それの安全を確保すれば勝利です。ほかのものは、すべて失ってもいいものです。いいですか? あたしたちの勝利条件は、ただ唯一のものを守ることです。それを頭に置いて軍法を考えるのです」

 

「唯一のものか?」

 

「ええ、それはあなたです、姫様──。このゲーレにあるもので、なんとしても守らなければならないのは、イザベラ殿下ご自身です。そして、お腹の御子でしょう。ほかは死んでも構いません」

 

 イライジャはきっぱりと言った。

 

「ば、馬鹿なことを言うな──。わたしのために、ほかの者を犠牲すべきなど……」

 

 イザベラは真っ赤になった。

 だが、イライジャはそれを制した。

 

「馬鹿なことではありません。ほかにどう考えるのです。それが不本意なのであれば、自分の身を絶対安全な状況に置くことを考えるべきでしたね。今回のことは、よい教訓でしょう。なんの危機感もなく、こんな胡散臭い兵站基地もどきに、ほぼ単身で言われるまま乗り込むなどすべきではありませんでした。もっと言えば、あのノールの離宮で王妃様が申していた通りです。今回の軍征など参加してはいけなかったのです。殿下が危機に陥れば、周りの者が死にます。殿下を助けるために……。もしも生き残ったら、姫様を生き残らせるために犠牲になった者の数をかずえながら反省してください」

 

 イライジャははっきりと言った。

 この際だから、しっかりと告げておく必要がある。この危ういお姫様に……。

 

「わ、わたしに危機感がなかったというのか……?」

 

「その通りです。あたしは、このハロンドール国の王家や貴族間の関係などわかりませんが、殿下が死ぬことで得をする者も少なくないのではないですか? そういうことと、今回のこの状況に関係もあるのでは?」

 

「まさか、あのリー=ハックがわたしを裏切っているとでもいうのか? だが、あいつは、わたしが王宮で四面楚歌の状況のときに、唯一、わたしを守ろうとした律儀者で……」

 

「昔のことは昔です」

 

 イライジャは手を振って、イザベラの言葉を封じた。

 失礼千万なことは承知しているが……。

 

「なるほどわかりました。事象を単純化すれば、すっきりしますね。勝利条件は、姫様を守ること……。それを前提に話し合うなら、イライジャ殿が最初に言ったとおりに、全軍で姫様を守りながら、ここを脱するというのが一番の策でしょうか……」

 

 シャーラが言った。

 

「待て、シャーラ、それにイライジャ殿も……。策には反対はしない。だが、わたしの身を一番に守るというのは考えなくてよい。全員が生き残る方法を考えよ」

 

 イザベラが言った。

 イライジャは首を横に振る。

 

「殿下を一番などと申しておりません。唯一と申しあげました……。ほかは死んでもよいのです。それを忘れませんように……」

 

 イライジャはぴしゃりと言った。

 そして、全員を見回す。

 

「……まずは、残っている隊を五つに分けます。指揮はこの五人でよいですか?」

 

 イライジャは五人の将校を見た。

 全員が頷いたので、イライジャはさらに言葉を続ける。

 

「……では、それぞれ一番隊、二番隊、三番隊というように呼称します。一番隊から順にまとまって突撃──。二番隊、三番隊と続きます。前の隊が戦闘に陥っても、一切構わないこと──。あなたたちの役割は捨て石となって、殿下の逃亡する道を啓開することです。殿下にはシャーラがついてください。うちのイットとマーズも護衛に加わります。ミウもです。そして、里の外縁の外側に出たら、シャーラさんの移動術で殿下の身柄ひとつをどこかに脱してください。それで終わりです」

 

「わかった」

 

 シャーラが頷いた。

 ほかの将校もだ。目的と役割を与えられて、すっきりとした表情になっている。

 いい傾向だ。

 

「いや、だが、それでは……」

 

 イザベラひとりだけが不満そうだが、イライジャはそれを無視した。

 次いで、三人の侍女に視線を移す

 

「あなたたち三人も、殿下に同行してもらうわ。だけど、もしも、殿下が行く手を阻まれそうになったら、あなたたちの三人からひとりずつ、連中の前に飛び出して犠牲になりなさい。そのあいだに、殿下に前へ進んでもらいます。なるべく、殿下と区別できない格好をしてください。賊徒がここに留まっている目的はわかりませんが、殿下の身柄を確保することが目的の可能性もあります。その場合は、殿下をめがけて賊徒は襲撃してきます。あなたたちは、その場合、殿下の代わりに捕らわれてもらいます。そして、時間を稼ぎます」

 

 三人の顔が蒼くなるが、それでもしっかりと頷く。

 

「わ、わかりました」

 

 トリアが代表するように言った。

 

「では、三人は死ぬ順番を決めておいてください。それと王太女殿下の服に着替えてください……」

 

 イライジャの言葉に三人が頷く。

 

「待て──。囮など……。わたしはそこまでして、生きたくはない──」

 

 イザベラが激昂した声をあげた。

 しかし、イライジャは、またもや無視する。

 もう面倒だ。

 そもそも、この甘ちゃんのお姫様の説得は、イライジャの役目じゃない。

 シャーラでも、ヴァージニアでも、この後で納得させればいい。

 

 そのとき、ヴァージニアが戻ってきた。

 ガヤとの魔道通信が終わったのだろう。

 ミウも一緒にいる。

 

「おう、どうだった、ヴァージニア?」

 

 イザベラが訊ねる。

 

「それが……。通信が途絶していて……」

 

 ヴァージニアが困ったように言った。

 すると、ミウがずいと前に出てきた。

 

「いえ、確かに妨害はかかっていますが、届いていないということはないはずです。でも返事はありません。わざと受け取っていないのだと思います。それか、無視しているか……」

 

「無視している?」

 

 イザベラは唖然としている。

 しかし、イライジャは驚かなかった。

 だが、これで確信した。

 援軍はない。

 リー=ハックという南王軍の司令官は、王太女であるイザベラを見捨てるつもりなのだ。

 

「脱出は準備でき次第に、すぐに実行します」

 

 イライジャは声をあげた。

 室内の全員に緊張が走る。

 すると、天井から突然に笑い声がした。

 

「あっ、スカンダ──」

 

「スカンダ──」

 

 イザベラやシャーラが声をあげた。

 イライジャも見た。

 天井に小さな童女が浮いている。

 なんだ、あれ?

 人間族ではない──。

 咄嗟に思った。

 醸し出す魔道の気配が魔族特有のものだからだ。それを隠してもいない。

 

「けけけけ、だめだよおお。おひめさまは、ここから脱出禁止いいい。言いつけを守らないと、くすりをもらえないんだよねええ。おひめさまは、ずっとここにいてもらいますううう。他の人は出てもいいけどねええ」

 

 その童女魔族がけらけらと笑った。

 なんだ、あれ?

 それしても、なにか態度がおかしかった。

 表情も態度も常軌を逸している感じで……。

 

「なんで、スカンダちゃん──?」

 

「スカンダの縛りが、この屋敷に?」

 

 シャーラ、続いて、イザベラが悲痛な声をあげる。ヴァージニアや三人の侍女も困惑の表情だ。

 スカンダの縛り──?

 

「なんですか、それ?」

 

 イライジャは訊ねた。

 イザベラたちは唖然としている。

 イライジャは首を捻るしかなかった。

 

「おひめさまは、ここから離れられなああいいいいい。だめえええええ」

 

 スカンダとかいう女童女姿の魔族が姿を消す。

 なんだったんだ?

 

「……おそらく、わたしはここから離れられない、イライジャ殿……。ノールの離宮でもそうだったのだ……。どんな方法でも、あのスカンダを出し抜くことはできなかったのだ……」

 

 すると、イザベラが悲しそうに言った。

 そこに、イットが飛び込んできた。

 

「イライジャさん、姫様──。敵襲です」

 

 イットが叫んだ。

 

「ちょっと遅かったようね。さっきの策も、いまの話の続きも、もう一度、生き残ってからにしましょう。二番隊から五番隊は東西南北のそれぞれの壁を守りなさい。一番隊は予備よ。この屋敷内に待機──。指示は物見櫓から出します──。全隊、配置について──。イット、パーティメンバーを呼んで。全員、櫓に──」

 

 イライジャは立ちあがった。



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759 圧倒的な蹂躙【南域】

「な、なによ、あれ……」

 

 物見櫓(ものみやぐら)にあがったイライジャは、目を疑った。

 じわじわと四方の賊徒軍のうちの東側の一面の陣が屋敷に向かって距離を縮めてきており、ほかの三方向の陣はいまの場所に留まっているという状況だった。

 だが、イライジャが驚愕したのは、その迫っている賊徒軍の前面の光景だ。

 

 近づいている正面の賊徒軍の前面には、大きな楯が五枚ほど並べてあり、その大楯一枚ごとに、両手両足を拡げられている人間が張りつけられているのだ。

 死んでいると思うようにぐったりとしている者もいれば、悲鳴をあげて助けを求めている者もいる。

 男もいれば、女もいる。

 共通するのは、性器を隠すことも許されない素っ裸だということだ。しかも、手のひらと足を大楯に打たれた杭で留められている。

 

 あれは王軍の兵──?

 今朝の襲撃で敵の虜囚になっていた者たちか──?

 もしかして、あれは、こちらが大楯を攻撃するのを防ぐため?

 

 また、大楯を抱えるのに、一枚につき四人ほどが後ろから支えている。見た感じ、支えているのは朝の農民暴徒の一部みたいだ。それに対して、楯の後ろで列を作って武器を構えているのは、賊徒兵だろう。

 具足でわかる。そして、大楯の後ろには、武器を構える賊徒兵ばかりでなく、丸太を抱えている者たちもいる。

 

 とにかく、イライジャは、唖然としてしまった。

 さっきから、味方が騒がしいと思ったが、これを()の当たりしていたからか……。

 よく見ると、まだ動いてはいないほかの三面の陣の前も、同じように人間が杭で張り付けられた大楯が並んでいる。

 

「なによ、あれ……。しゅ、趣味悪いわねえ……」

 

 次々にパーティメンバーがあがってくるが、最初にあがってきたユイナが明らかに鼻白んだ感じで呟く。

 また、イライジャがあがってきたとき、イットとともに櫓で見張りをしていた二名の兵は、イライジャと入れ替わるように櫓の下におろしている。

 そのふたりは伝令として、イライジャの指示を伝える役目をさせるつもりである。

 

「わっ、なんだ──」

 

 マーズも声をあげた。

 今度は、マーズは領都に突入したときと同じように大弓を抱えている。大籠も持っているが、それはさっきの間隙を活用してユイナが大量に作成した「炸裂矢」だ。ざっと見て、五十矢はあるだろうか。

 とにかく、マーズも顔を険しくした。

 

「イライジャさん……。いつでも、あそこに飛び込む……。助けてくる……」

 

 イットが言った。

 イライジャは首を横に振る。

 

「……簡単にはいかないわ。杭で手のひらと足を打ち付けられているのよ……。大楯から引き剥がすだけでも時間がかかる。そのあいだに、あなたは大勢に囲まれるわ……」

 

 あの大楯の味方は諦めるしかない。

 乱戦の中で置き捨てられて回収ができれば助けられるかもしれないが、いまは可哀想だが見捨てるしかない。

 しかし、なんという卑劣な手を使ってくるのだ……。

 

「ひっ、ひいいっ」

 

 不意に悲鳴があがった。

 イライジャは視線を向けた。

 ミウだ。

 真っ蒼になって、頭を抱えてしゃがみ込んでしまっている。

 あの残酷な大楯を見て、恐怖の感情が沸き起こってしまったみたいだ。櫓の上でうずくまってぶるぶると震えだしてしまった。

 イライジャは内心で舌打ちした。

 だが、それも仕方がないことか……。

 まだ、十一歳だ。

 これが初陣でもある。

 

「こらああ、ミウ──。しっかりするのよ──。見なくていい。だけど、あんたの魔道が頼りよ──。もう一度、四周に防護結界を張って──。今度はわたしの魔道紋を刻んだ魔石があんたの魔道の保持を引き受ける。かなり楽になるはずよ──」

 

 ユイナがミウに怒鳴った。

 

「いやああ、怖いいい。いやあああ」

 

 だが、ミウはちょっと錯乱気味だ。

 余程にあの楯に張り付けられた味方の姿が衝撃的だったのだろう。

 そのあいだにも、接近している陣は、屋敷の外壁のすぐ前の堀の手前までやって来ている。

 その堀も朝の戦いの直後に、ミウが魔道で作ったものだ。

 

「ミウ、結界よ。早く──。最初は一度、魔道を注いでもらう必要があるのよ。早くってばあ──」

 

 ユイナがミウの襟首を掴んで強引に立ちあがらせた。

 視線を敵に戻す。

 見ていると、重ねている大楯が少し開いて隙間ができた。

 風の音がして、イライジャの頬を矢が掠めた。

 開いた隙間から矢を射かけてきたのだ。

 

「マーズ、構わない──。炸裂矢を撃って──」

 

 イライジャは声をあげた。

 開いた大楯と大楯の隙間から丸太の先端が見えたのだ。

 

 横でマーズが矢を放つ。

 大楯のひとつに矢が当たり、その楯の表面で小さな爆発が起きる。

 

 大楯がぐらりと揺れた。

 一方で。その大楯に張り付けられていた人間は吹き飛んで姿がなくなっている。

 味方と敵の両方から悲鳴があがる。

 

「あっ、あれはだめ──。あの楯に、魔素避けの魔道紋が刻まれてます。魔道を拡散させられて、威力が極限されてます」

 

 ユイナがミウを掴んだまま声をあげた。

 あれは、魔道を防ぐ盾か……。

 それで大して炸裂矢の威力がなかったのだと思った。あの領都のときの爆発は、さっきの四倍はあった気がする。

 そんなものまで準備してあるのか──。

 本当に、これは単なる賊徒軍──?

 こっち側の王軍よりも、余程に秩序が保たれているし、きちんとした陣形を組んで隙がない。

 

「くそおっ」

 

 マーズが再び炸裂矢を射る。

 だが、またしても大楯を揺らしただけ……。

 やはり、威力が弱い。

 また、張り付けられていた人間が手足の先をの楯に残して飛ばされた……。

 死んだのか、生きているのかも、わからない。

 

 大楯のあいだから丸太の先端が出た。

 土掘りの前の地面に丸太の先端が置かれ、反対側になる奥側の先端が上昇した。

 そっち側に賊徒兵が四人ほどしがみついている。

 丸太が地面についている側を起点に回転して、兵がいる反対側が上昇し、堀を越して、さらに外壁の上に落ちてくる。

 

 長い──。

 外壁の上に届きそうだ──。

 

「来るわよ──」

 

 イライジャは下に向かって叫んだ。

 丸太が外壁にかかる。

 賊徒四人が外壁の内側に飛び降りる。

 

「しゃあああああ──」

 

 イットが櫓から飛び降りた。

 

「イット──」

 

 イライジャは叫んだ。

 そのときには、イットは両手に長い爪を出して、降りてきた四人に飛びかかっていた。

 瞬時に、その四人が倒れる。

 しかし、同じように兵を先端にしがみつかせた丸太が五本、六本と外壁にかかりだした

 次々に外壁の内側に賊徒が落ちてくる。

 

 喚声があがり、その正面の王軍が侵入してきた賊徒兵を食い止める。

 しかも、今度は、敵がどんどんとかかった丸太の上を駆けのぼってくる。

 あっという間に、内側に雪崩(なだ)れ込まれた。

 

「マーズ、丸太を破壊して──。上から炸裂矢を落として──」

 

 イライジャ叫んだ。

 マーズが角度を変えて、炸裂矢を射たのを見た。

 そのとき、ぱらぱらという金属音が堀の後ろ側の大楯側から鳴ったと思った。

 

 熱いものが右肩に当たった──。

 さらに左肩も──。

 

 衝撃が頭に走る。

 倒れて、頭を櫓の床に打ちつけたみたいだ。

 

 空が見えた。

 

 なにが起きた?

 

 抱きかかえられる。

 

「イライジャさん──」

 

 ミウだ。

 泣きじゃくっている。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい。ごめなさいいい──」

 

 ミウがイライジャを抱いたまま泣いている。

 熱かった両肩が感覚を取り戻した。

 なにが起きたのかわかった。

 大楯の内側から銃で撃たれたのだ。

 ここで、大きな声で指図をしていたので、狙い撃ちされたのだろう。

 かたん、かたんと床に弾が落ちた。

 身体に当たった弾がミウの魔道で落ちたのだろう。

 

「だ、大丈夫よ、ミウ……。助かったわ……。次も頼むわね……」

 

 すでに痛みはない。

 両肩が赤く染まっているが、撃たれたときに吹き出した血だ。治療は終了している。いまはなんともない。

 

 イライジャは立ちあがった。

 再び、大楯の前から金属音──。

 しかし、小さな(つぶて)のようなものが外壁の上に現れて、その場に落ちたのが見えた。

 あれは銃弾?

 

 さらに矢──。

 

 同じように、外壁の上を通過する矢が通り抜けたところで急に速度を失い、地面に力なく落ちていく。

 

「結界を張り直しました──。ごめんなさい。ごめんなさい」

 

 ミウはまだ泣いている。

 イライジャは、ミウの頭を撫でた。

 結界を張れば、それを潜り抜けるとき、人間であろうと、矢弾であろうと急速に遅くなる。

 矢も銃弾も、その防護結界を通り抜けるときに速度を失って、地面に落ちたのだろう。

 

 そのとき大きな爆発音がした。

 視線を向けると、外壁に立てかけられた丸太があらかた吹き飛んで壊れている。

 マーズの射た炸裂矢だった。

 気がつかなかったが、イライジャが倒れているあいだも射続けていたのだろう。さらに、マーズが構えて炸裂矢を射る。

 どんと爆発音がして、残っていた最後の丸太が落ちた。

 

 しかし、新しい丸太が二本、再び立てかけられて、そこから兵が落ちてくる。

 その正面は、すでに大乱戦だ。

 次々に丸太をのぼって賊徒が増えるので、かなり苦戦している。

 ほかの正面の王都兵も、どんどんとそっちに向かって加勢をしていた。

 イライジャは慌てた。

 まずい――。

 

「持ち場に戻って──。予備の一番隊は東の正面を加勢──。それ以外の隊は、自分の正面から離れないで──」

 

 イライジャは絶叫するとともに、真下の兵に伝令をさせる。

 階下で慌ただしく兵が走るのがわかる。

 

「ミウ、治療を頼む……。イライジャさんが撃たれたとき……腹を撃たれたみたいだ……」

 

 すると、マーズがちょっと苦しそうに言った。

 見ると、彼女のお腹の部分が真っ赤に染まっている。

 

「あっ、すぐに……」

 

 ミウがマーズのお腹に触れる。

 

「ありがとう……。楽になった」

 

 マーズが炸裂弾を射る。

 新しい丸太のうちの一本が爆発して壊れる。

 だが、またもや新しい丸太がかかった。

 

「切りないわねえ──」

 

 ユイナが声をあげた。

 

「切りはあるわよ……。多分ね……」

 

 イライジャは笑った。

 そのとき、わっと歓声があがった。

 驚いたことに、イットが片腕に手足の引き千切れた全裸の男を抱えて、敵側から丸太を駆け上っている。

 敵を蹴散らしながらである。

 最初に、マーズに射らせた炸裂弾で飛ばされた味方だろう。乱戦の中に飛び降りて敵を斬り倒して間隙を作り、その男の身柄を味方にひき渡した。

 すると、今度は外壁を駆けあがって、敵側に再び飛び降りた。イットの姿が見えなくなる。

 本当に、味方を回収に向かっているのだ。

 

「ミウ、屋敷に戻って、連れてこられる彼らや負傷した兵の治療をして──。ユイナも戻って──」

 

 ふたりを櫓の下におろす。

 こういう状況では、朝のようにミウに攻撃魔道を遣わせるのは無理だ。優しいミウには、味方ごと敵を蹂躙して殺すということはできない。

 ふたりが梯子を降りていく。

 

 そのときだった。

 巨大な轟音が敵がずっと攻撃をしていた側の反対側から轟いた。

 はっとして、視線をやる。

 大きな火柱と砂埃が舞っていて、そちら側の外壁が破壊されてなくなっていた。

 

 しまった……。

 

 一方の側の攻撃に気をとられて、ほかの方向から意識が削がれていた。

 最初から攻撃を継続している東側にこっちの意識を引きつけておき、反対側の西側にこっそりと、火薬を仕掛けられたのだと思う。

 その爆発だ。

 

 しかも、ほかの正面の多くの兵が持ち場を離れて、攻められていた側に集中してたために、ほとんどそっちに味方がいない。

 西側に、わずかに残っていた者たちも、外壁の爆発にまき込まれて倒れている。

 壊れた外壁部分の向こうにいた賊徒兵が、そちら側の土堀に大きな板をかけたのが見えた。

 

 すると、ずっと奥側に砂埃……。

 イライジャは、背中に冷たいものが流れるのを感じた。

 

「マーズ、炸裂矢であの板を落として──。騎馬隊よ──。賊徒の騎馬隊がやってくる──。馬留めを準備して──」

 

 イライジャ絶叫した。

 賊徒の騎馬隊に、いつの間にか、反対側に回り込まれていたのだ──。

 マーズが慌てたように、矢を向ける。

 そのときには、あの人間を張り付けた大楯を並べられて、堀にかけた板を隠されてしまった。

 

「全員、騎馬隊に備え──」

 

 イライジャは絶叫した。

 ミウの魔道は効いている。

 だから、騎馬隊といえども、突入のときには一瞬速度が大きく落ちる──。

 そこで食い止められれば──。

 

 地響きが大きくなり、大楯が割れるように左右に移動する。

 そこから、一気に数十頭の騎馬が突進してきた。屋敷の敷地内に突入する──。

 

 間に合わなかった──。

 

 そっち側に向かっていた王兵が瞬時に、馬脚の下に潰された。

 騎馬隊は続々と入ってくる。

 先に入った騎馬が東側にも回ってきて、王軍が蹂躙されていく──。

 

「ミウ、屋敷を魔道で閉鎖──。すぐに、閉鎖しなさい──」

 

 イライジャは階下に向かって絶叫した。






 新年あけましておめでとうございます。
 今年も、本作品をよろしくお願いします。


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760 後ろから前から【南域】

「ミウ、屋敷を魔道で閉鎖──。すぐに、閉鎖しなさい──」

 

 前からと後ろからの突破を許し、イライジャは咄嗟に階下にいるはずのミウに向かって、屋敷の閉鎖を叫んだ。

 

 最悪、屋敷だけでも確保することだ。

 ミウの防護結界だって、範囲を狭くすることで、外壁沿いに展開しているときよりも密度の濃い結界を結べるはずだ。

 だが、とりあえずの処置だ。

 戦いを諦めたわけじゃない。

 

「マーズ、あの橋をなんとしても破壊して──。イット、マーズに合流して──」

 

 イライジャは叫んだ。

 賊徒の騎馬隊は、西側の堀にかけた木の渡り場から、どんどん入ってくる。

 とにかく、眼下は大混乱である。

 イットの姿も賊徒の騎馬隊が駆け回る土煙で全く見えない。

 ただ、阿鼻叫喚の叫びは聞こえていて、王軍の兵がどんどんと騎馬に踏み潰されているのがわかる。

 イライジャの声がイットに届くのかどうかもわからない。

 

 そして、入ってきた騎馬は、まだ数十騎程度だが、まだまだ後方に続いていて、屋敷に入り込んだ騎馬隊を追いかけてくる態勢だ。

 しかし、敵の後続の騎馬隊の動きが鈍い気がする。

 まだ、多くの騎馬が屋敷に突入の態勢を作ったまま、屋敷の外に留まっているのが見えるのだ。

 全部が狭い屋敷の庭に入ってくれば、むしろ味方で動きを阻害されるということがあるのかもしれない。

 とにかく、この気を逃さず、後続だけでも遮断しないと──。

 

「行きます」

 

 マーズが大弓を放り投げ、炸裂矢だけを数本腰に差すと、横に立てかけていた大剣をとった。

 そのとき、またもや金属音がして、そばの櫓の柱を弾いた。

 

 銃だ。

 

 見ると、騎馬の一騎がこっちに銃を向けていた。ミウとユイナが外壁に展開した防護結界の内側からなので、結界による銃弾の減速はない。

 マーズが櫓から屋敷の屋根に飛び降りる。

 

 身体は大きいが身は軽い。

 あっという間に屋根から地面に向かって飛翔し、さっき銃を向けた騎馬に飛びかかった。

 賊徒の騎兵の首がぎょっとした表情のまま胴体から離れて宙を飛んだ。

 騎馬の乗り手がマーズに代わる。

 マーズが騎馬を操って、続々と入ってくる騎馬隊を目がけて突進していく。

 

「しゃあああ──」

 

 すると、視界に奇声をあげるイットの姿が入った。

 マーズを追うように、突進してくる騎馬隊の海に向かっていく。イットは両手に伸ばした爪を縦横無尽に動かし、騎馬から騎馬へと跳躍しながら、まるで草でも刈るように、首を切断していく。

 マーズとイットが合流する。

 あっという間に、賊徒の騎兵が二十騎以上いなくなる。

 さらに、ふたりが敵の騎兵の海を押し返していく。

 

「イライジャさん──。状況は──?」

 

 シャーラが駆けあがってきた。

 

「外壁を破壊されました。姫様を連れて脱出の準備を──。状況によって、この混乱に乗じて逃げてもらいます。イットとマーズがいれば、いくらでも突破口を作れます――」

 

 考えていたこととは異なるが、このまま乱戦に乗じてイザベラに脱出してもらうしかない。

 だが、シャーラが首を横に振って、マーズが置いていった炸裂矢をに手とった。気がつかなかったが、シャーラは肩に弓を背負ってきていた。

 

「さっき、言いかけたけど、姫様を連れて逃げるのは無理よ。あのスカンダが見張っている限り、屋敷からは抜け出せない。ノールの離宮で散々に試し済みよ──。それよりも、この炸裂矢は魔道を込めて爆発させるの?」

 

 シャーラが矢を弓に(つが)える。

 

「魔力を込めなくても、飛翔してなにかに当たれば爆発する仕組みに……」

 

 ユイナが魔力を持たない人間族にも使えるように工夫した魔道武器だ。本当にあの娘の細工は素晴らしい。

 

「なるほど……。だけど、魔道を込めても炸裂させられるわね……」

 

 シャーラが庭に向かって炸裂矢を放つ。少し射角が高いか?

 同時に電撃の光が追いかける。

 庭の上で電撃が矢に届き、炸裂矢が馬よりも高い位置で爆発した。爆破衝撃にまき込まれた賊徒の騎兵と騎馬が倒れる。

 なるほど、あの高さなら徒歩兵の味方には影響を与えにくく、騎馬兵だけを蹴散らせる。

 いや、多少はまき込まれたところで、いまは騎馬隊を押し返すことが重要だ。

 シャーラが次々に矢を射る。

 あちこちで、賊徒の騎馬が倒れていく。

 

 さらに、喚声があがった。

 爆発音がして、騎馬隊が渡っていた渡し橋が吹き飛んでいた。マーズとイットが破壊に成功したのだ。

 

 そこからイットが屋敷の庭側に飛び出すのが見えた。

 鳥のような奇声をあげつつ、汗と埃と返り血にまみれながら、敵兵から敵兵に跳び回る。

 

 いつの間にか、徒士(かち)に戻っているマーズも戻ってきて暴れる。

 そのマーズの大剣が折れたのが見えた。

 すると、十人ばかりの賊徒兵がマーズに群がる。

 マーズはひとりを拳で倒し、その身体を持ちあげて敵に向かって放り投げた。

 敵が崩れる。

 すると、マーズの手には敵から奪った剣があった。

 

 そのあいだも、シャーラは炸裂矢を射続ける。

 光の矢が次々に走り、空中で炸裂が間隙なく繰り返す。

 数十騎もいた騎兵がだんだんとまばらになっていくのがわかる。

 

「どういうことです、シャーラ──? スカンダが見張っている限り無理とは?」

 

 シャーラ、イット、マーズの活躍で多少なりとも押し返せている。

 少しは余裕が出てきた。

 それで、さっきシャーラが口走ってことについて訊ねたのだ。

 

「スカンダは姿を見せない――。だから、捕らえられない――。だけど、わたしたちを見張っていて、逃亡しようとすると、魔道で引き戻すのよ──」

 

 シャーラが角度を空にあげて、矢を射る。

 北側だ──。

 留まったままだった賊徒の北側の陣が接近しようとしていたのだ。そこの真ん中に炸裂矢が落ちて爆発して、賊徒の陣が崩れる。

 

「連れ戻すとは?」

 

 イライジャは首を傾げた。

 シャーラは次々に炸裂矢を射ながら、スカンダという不思議な能力を持った童女姿の妖魔について説明してくれた。

 イライジャは唖然とした。

 それが本当なら、あのサキという魔族女性がイザベラを陥れようとして、この賊徒に重包囲されたゲーレの屋敷にイザベラを留めさせようとしていることになる。

 しかし、イライジャは、そのサキとはほとんど面識はないが、ロウの愛人のひとりのはずだ。

 そんなロウへの裏切り行為に繋がるようなことを同じロウの愛人のサキがするとは思えない。

 サキが女魔族だとしてもだ──。

 

 そのとき、またもや櫓に銃弾が飛び込む。

 すかさず、銃手をシャーラが射た。

 炸裂矢が刺さり、その男が文字通り、木っ端微塵に爆死する。

 

「イライジャさん──。屋敷周りに結界を張りました。ここにも張ります――」

 

 ミウだ。

 ユイナと一緒だ。

 途端に、櫓の周りを防護結界が覆ったのがわかった。

 ユイナが魔石を真ん中に置く。

 

「……そして、これで、この魔石をどかさない限り、櫓の結界が保ちます──。もちろん、こっち側からの攻撃は結界を素通りしますから、思う存分に敵を射ていいですよ、シャーラさん」

 

 背を低くしているユイナだ。

 

「ありがたいわね──」

 

 シャーラがさらに矢を射る。

 またしても、賊徒の騎馬が数騎まとめて馬の上から飛ばされる。

 

 そのとき、大音響が鳴った。

 北壁、東壁、南壁の三面が爆破で吹っ飛んだ。

 

 これで四面のすべてで壁を壊されたことになる。

 イライジャに絶望が走る。

 

 またもや、混乱に乗じて、爆薬を仕掛けられた――。

 よはや、これ以上、支えられない――。

 

 全方向から賊徒に蹂躙されて終わりだ――。

 背中にどっと冷たいものが流れる。

 

 しかし、そこから次々に敵が退いていく。

 いつの間にか東面の堀に丸太が並べて細い橋状にもなっていて、そこを残っていた騎馬も渡り去っていく。

 

 一方で、イットとマーズが敵兵のあいだをめまぐるしく駆け巡っている。

 血が飛ぶ──。

 首も舞う。

 逃げていく賊徒がさらに多くなる。

 

 だが、なぜ逃げる?

 向こうは押していた──。

 まさに、こっちは負けかけていた。

 イットやマーズたちの反撃で多少はもち直したといえ、所詮は大河に投じる石のようなもので、状況をひっくり返すところまではいっていない。

 あのまま押し込まれていれば、防ぎようもなかったのだ。

 

 どうして──?

 そもそも、たったいま四辺の壁を全部破壊されてしまったとき、その全部から乱入されていれば、もう対応のしようがなかったのに……。

 

 いずれにしても、襲撃も退却も、賊徒の動きは整然としており、きちんと秩序を保っている。

 付け入る隙はない。

 あっという間に賊徒の姿が屋敷の敷地内から消えてしまった。

 あとには、大勢の死骸と負傷者が残るだけになる。

 

 いつの間にか、陽が落ちかけている。

 夕方になっていたのだ。

 

「やったわ。追い返したわ」

 

 シャーラが晴々とした声をあげた。

 だが、イライジャは首を横に振った。

 

「追い返したというよりは、なんらかの思惑があって、向こうが退却したということでしょうね……」

 

 イライジャは言った。

 そして、全員に味方の負傷者を屋敷内に収容するように指示する。

 ミウが階下に駆けていく。

 彼女が治療をしてくれれば、死にかけていたとしても治療で回復して、元気な兵として再び戦いに参加してもらえる。

 即死以外は、全部すぐに兵として復帰させられる。

 兵站基地になっていただけあり、具足と武器だけは、屋敷内にいくらでもあるのだ。

 

「とにかく、敵の負傷兵は、壊された壁のところに柱を建てて、壁の代わりに人柱にして縛りつけてやるわ――」

 

 すると、シャーラが横で憎々しげに言ったのが聞こえた。

 負傷者は味方だけでなく、敵も多くいる。

 賊徒でまだ生きている者は、壊れた外壁のところに柱を立てて、そこに拘束して縛りつけるということみたいだ。

 残酷な手段でこっちの兵を楯にした賊徒への見せしめもあるのだろう。

 それについては、イライジャはなにも口を出さなかった。

 ただ、さっと見る限り、賊徒兵の中で残っているのは、死人ばかりな気がする。撤退するときに、負傷した者は可能な限り連れて戻っていた。

 それくらい、賊徒側にはまだ余裕があったのだ。

 

「イライジャさん、ちょっと来てください──。シャーラさんも──」

 

 そのとき、ユイナが櫓の下から声をかけてきた。

 血相を変えた感じだ。

 イライジャは、物見櫓の見張りを階下にいた兵たちに交代をしてもらうと、階下に降りる。

 ユイナが案内したのは、屋敷の入口だ。

 扉を開いている。

 そこには、蒼い顔をしたミウと多くの負傷兵がいて、なにかを見ていた。

 

 ぎょっとした。

 扉の外側に人の生首が頭に貫かせた剣で扉に張り付けられているのだ。

 生首は、ライス将軍だった。

 

「見つけたのはミウです。いつの間にか、こうなっていたみたいです……。そして、このライス将軍の口の中にこれが……」

 

 ユイナがミウに持たせていた油紙に包んだ羊皮紙を手渡してきた。

 

「なに、手紙?」

 

 シャーラがイライジャの手元を覗き込む。

 

「危険なものではないと思います……。少なくとも魔道はかかってません。罠のようなものも探知できませんて……」

 

 ミウだ。

 

「そうね。わたしの見立ても同じです」

 

 ユイナも言った。

 イライジャは頷いた。

 

「……わかったわ、ありがとう……。ミウとユイナは負傷者の保護を……。イット、マーズ──、支援して──」

 

 イライジャは、外に視線を向け、座り込んで肩で息をしているふたりに叫んだ。

 すでに三人の侍女たちも庭に出ていて、水を腕で配ったり、負傷者を治療したりしているのが見える。

 

 イライジャは油紙を取り外して、羊皮紙を拡げた。

 書かれているのは、やはり手紙だ。

 

 署名は、ドピィ(愚か者)となっていて、夜が明けるまでに、この屋敷の中にいるシャロンを無条件に引き渡せと書いてあった。

 こんな屋敷の砦は、いつでも蹂躙できるが、シャロンさえ差し出せば、この屋敷の者を助けてやるともあった。

 

「あの侯爵夫人を?」

 

 横から羊皮紙を覗いていたシャーラが怪訝そうな声をあげた。






 新年おめでとうございます。
 今年、初執筆です。正月の酒を飲みながら打ちました。


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761 眠れぬ夜【南域】

「ならんわ──」

 

 イザベラが一喝した。

 ゲーレの屋敷である。

 陽は落ち、すっかりと夜になっている。

 

 負傷者を治療術で回復させ、戦死した味方の遺体を屋敷内の敷地内の倉庫に収容し、残っている隊を再編成し、破損した武具などを交換するということをさせているうちに、完全な夜になっていた。

 死んだ者は、こっち側が三十人、賊徒側はその倍の六十人くらいだった。

 

 圧倒的に押されていた割りに、数に違いがあるのは、こちら側は瀕死の者でもミウの治療術で復活しているからである。

 シャーラも驚愕していたが、ミウの魔道は王軍魔道師の技量を遙かに凌ぐという。

 イライジャも同じ意見だ。

 

 なにしろ、腕や足を切断された者すら、破損した場所を復活させてしまうのだ。

 それでいて、魔力は無尽蔵であり、それだけの大魔道を際限なく行っても、本人はけろりとしている。

 自由型(フリィリィ)というらしいが、自分の身体に魔道の元になる魔力を溜めるのではなく、身体の周りに存在する魔素をそのまま魔力として使用する特殊体質であるそうだ。

 本当にすごい。

 

 また、逆に賊徒側については、結局、瀕死の者や重傷で置き捨てられた者についてもとどめを刺して、全部土堀に放り投げた。

 それで、賊徒側の方が戦死者が多いのだ。

 とにかく、ミウの活躍もあり、なんとか戦力の再編成は整ったところである。全部を五個の隊に分けて、そのうちの四個を東西南北の各面に配置する態勢に変化はない。

 

 ただし、東側を守っていた三番隊の勢力が三分の一以下になっていて、隊長が戦死しているので、予備だった一番隊を半分に分けて、一番隊として、三番隊の残りを含めて東側を守ることを指示している。一番隊の残余は次級者を新たに六番隊長として、直接にはシャーラに任せ、屋敷そのものの守備や(やぐら)における見張りを含めた屋敷内におけるすべての任務を与えることにした。

 兵糧などは配られていて、各隊は屋敷の外に展開して、防護の態勢も整っている。

 また、屋敷内の倉庫や屋敷内に積み上げられていた補給物資の箱は、破壊された外壁部分に運び込んで防護壁の代わりにもさせている。物資の詰まった箱を防護壁代わりに使うというのは贅沢な話だが、賊徒の攻撃から生き残れば、補給物資などいくらでも手に入れられる。

 だが、ここで死ねば、なにもなくなるのだ。だから、問題ない。

 

 いずれにしても、イライジャの役割が、軍師としての全体のまとめであることに変化はない。

 幸いなことに、いまのところ賊徒側に夜間襲撃の兆候はない。

 しかし、相変わらず、すっかりと四周を囲まれていた。

 

 そして、イライジャは、軍議が行われる執務室にいる。 

 参加しているのは、王太女のイザベラ、護衛長シャーラ、女官長ヴァージニアのほかに、イザベラとユイナである。ほかの三人は休ませた。

 マーズ、イット、ミウは昼間の戦闘で疲れている。夜間襲撃があれば、再び戦わってもらわなければらない。

 休めるときに休んでもらう必要があるのだ。

 また、ユイナについては、態度は悪いが、とても勘がいいし、彼女が作成する魔道紋技術は、守りの(かなめ)でもある。

 直接にユイナに対する要求もあるかもしれない。

 だから、あえて参加してもらった。

 

 ほかに五個の隊からも代表者が参加しているが、新たな六番隊以外は、隊長ではなく副官クラスだ。いまこうしているあいだにも、いつ賊徒が再攻撃を開始するかわからない。各防護面の長を引き抜くのは危険なのだ。

 

「なんでですか? あの侯爵夫人を渡せば、助けてくれるっていうなら、引き渡せばいいじゃないのですか? あの女はいまでも、賊徒に戻りたいって喚いてますよ」

 

 ユイナだ。

 「ならん」と賊徒の求める侯爵夫人の引き渡しを一蹴したイザベラに対する言葉だ。

 まあ、遠慮のない意見というところだが、今日一日戦った兵士たちは、すでに厭戦気分で同じように思っているかもしれない。侯爵夫人ひとりの犠牲で済むなら、それに越したことはないと考えているのではないだろうか。

 軍議には、各隊の五人の若い将校がいるが、彼らはユイナの言葉に対するイザベラの態度に期待するような表情をしている。

 賊徒側が戦いの終わりとともに、ライス将軍の生首の口に詰めた羊皮紙で侯爵夫人の引き渡しを要求してきたことは、なぜか、すでにほとんどの将兵に知れ渡っているようだ。

 そのことは、マーズやイットが教えてくれた。

 彼女たちは、戦死者の後始末や木箱を使って防備を整え直す手伝いのときに、王太女はどうするのかと、何度も訊ねられたみたいだ。

 箝口令を徹底すればよかったと、イライジャも後悔した。

 

「罪もない夫人を賊徒に引き渡すなど人道に背く。そんな卑怯なことはできん。王軍は民を守るためにある。夫人は民ではないが、賊徒に夫を殺されて夫や財を奪われた弱き者だ。王家は弱き者たちを守るために存在する」

 

 イザベラは考慮の余地なしという雰囲気だ。

 しかし、これについては、イライジャに異存はない。ドピィが侯爵夫人の身柄を要求してくるというのは意外すぎるが、もしかしたら、ふたりは恋仲になったのかもしれない。

 犯罪者と人質が異性の場合に恋愛関係に変化することは、実はよくある話である。

 

 ドピィという賊徒の頭領がそのために、ゲーレに攻め込んできたというのは十分に考えられると思う。

 なにしろ、賊徒の目的がガヤの城郭の奪回であり、それに先んじて、このゲーレの兵站基地を破壊してしまうという目論見なのであれば、すでに目的は達している。

 もう引きあげてもいいはずだ。

 すでに、屋敷の外に置いていた大部分の補給物資は賊徒に略奪されるか、焼き払われてなくなっているからだ。

 

 それでも、この屋敷を奪おうとするのは、王太女のイザベラがここにいるからだと思っていたが、もしかしたら、侯爵夫人こそ、頭領のドピィの目的の可能性もある。

 

 そうだとすれば、ドピィの要求してきたとおり、侯爵夫人を引き渡すというのもあり得る方策になる。

 しかし、イライジャは悪手だと判断していた。

 なにしろ、イザベラという王太女は、賊徒の人質としては価値がありすぎる。

 イザベラは、いまのハロンドール王国にとっては、ほとんど唯一の王位後継者のはずだ。そのイザベラを人質にとれれば、賊徒たちは生き延びられる可能性が高い。

 

 それどころか、交渉の中で、彼らが免罪のうえ爵位を得て、領主となる道も開ける。

 賊徒の罪を許して貴族として迎えるなど、あり得ないような話ではあるが、このハロンドール王国の歴史には、過去に数件の前例があったはずだ。

 だから、侯爵夫人を引き渡そうが、引き渡すまいが、賊徒がイザベラを開放するというのはあり得ないと思う。

 だったら、賊徒側に対する人質としての価値があるのかもしれない侯爵夫人は、こっちで握っておいた方がいい。

 

 それに、今日の夕方、突然に賊徒軍が引き上げた理由について、屋敷の中にいる侯爵夫人の身柄を守るためとすれば、合点のいくところもある。

 あのまま屋敷の中に賊徒に雪崩れ込まれれば、屋敷内にいる者は無事ではすまなかったし、簡易な牢に監禁している侯爵夫人も同様だ。

 もしかしたら、それでドピィという頭領は部下を引きあげさせたかもしれない。

 そうであれば、侯爵夫人は屋敷内に留めていた方が賊徒は攻撃を制限するかもしれない。

 

「し、しかし、我らが助かるためには、賊徒の求める夫人を差し出すしか……」

 

 発言したのは、四番隊の隊長代理で参加している若い下級将校だ。まだ少年の顔をしていて、顔にはにきびもある。確かこの王国の某伯爵家の三男坊だという資料を見た気がする。

 

「賊徒の要求には応じん──。これについて議論をするつもりはない。以上だ──」

 

 イザベラが怒ったように言った。

 だが、発言をした若い将校が不機嫌そうに顔を赤くする。イライジャはほかの各隊の代表者も、イザベラの言葉が不満そうだと認識した。

 

「しかし、殿下──」

 

 その下級将校はさらに言い募ろうとした。

 だが、ヴァージニアがそれを途中で遮って口を開く。

 

「軍議なので自由な発言は許されるけど、それはどう戦うかということについてよ。賊徒に命乞いすることも、降伏することもありません。それを前提に意見を言ってください」

 

 ヴァージニアやシャーラから事前に意見を求められていたので、イライジャは侯爵夫人を引き渡すことに意味はないと告げている。

 イザベラもヴァージニアも、それを踏まえて発言しているのだ。

 

「ならばお伺いしますが、援軍もなく孤立している状況では、我らに勝ち目はありません。我らに死ねとおっしゃるのか?」

 

 今度は別の若い将校が発言した。

 どうやら、南王軍が援軍を拒否しているという状況もついても、将兵には情報がいっているようだ。

 まったく、この隊の守秘規律はどうなっているのだ。

 

「援軍は来ます。それまで、もち堪えるのです」

 

 イライジャは口を挟んだ、

 将兵には希望が必要だ。

 ここははったりでもなんでも使うしかない。

 

「だが、南王軍は王太女殿下の救出に軍を割かないのですよね?」

 

 最初に口を開いた若い将校だ。怒りを表に出している。

 やはり、それについても情報が漏れているのだと確信した。

 

「援軍は南王軍ではありません。エルフ女王率いるエルフの最精鋭の軍がこっちに向かっています。一万の王国師団にも勝る大火力を擁する魔道師隊です。こっちに向かっていて数日以内には到着します。あたしたちは、それまでもち堪えればいいのです」

 

 イライジャははっきりと言った。

 モーリア男爵邸で別れたロウたちがこっちに向かっているかどうかは知らない。そもそも、ロウたちが向かったのは辺境候域であり、こっちに向かうとしても、早々に向こうの混乱が解決しなければ、対応はできないはずだ。

 

 だが、ロウは来てくれると思う──。

 根拠はないが、辺境候軍の軍営に入れば、ロウの子を宿している王太女のイザベラが南王軍に加勢するために、南域に向かったという情報は、すぐに届くはずだ。

 それをロウが知れば、絶対にロウは、イザベラを助けるために、こっちに向かう。

 

 絶対にだ──。

 イライジャは、それを信じている。

 

「エルフ女王? なにを世迷い言を……」

 

 発言の若い将校たちは困惑の顔をうかべた。

 

「世迷い言ではありません──。あと……三日。三日です。それ以内に必ず来ます」

 

 イライジャは断言した。

 ロウが三日以内にここにエルフ軍を連れてきてくれるのかどうかは知らない。わかりようもない。

 だが、この屋敷の砦が援軍なしに、三日もち堪えることはないだろう。

 それで、三日という時間を示した。

 

 軍議については、ほかにこれといって重要な案件が出ることなく、賊徒の動きについても、いまのところ大きな動きもない。

 それも確認した。

 

 じ後、夜間襲撃にも備えて、各正面の隊が万全の準備を整えるということで終わった。

 解散をするとき、なんとなく不承知そうな若い将校たちの様子が、イライジャは気になった。

 

 

 *

 

 

「イライジャさん、起きて──」

 

 与えられている部屋で仮眠をしたが、イライジャは揺り動かされた。

 イットだ。

 

 すぐに身体を起こした。

 まだ夜だが、少しでも賊徒に動きがあれば、叩き起こしてくれと頼んでいたのだ。

 

「いま、いつ頃──? 賊徒はどういう状況──?」

 

 跳ね起きるとともに、すぐに上着を引っ掛ける。

 靴は履いたままだ。

 

「まだ夜中……。だけど、おかしい……。敵じゃなくて、味方。さっき、たまたま(やぐら)を覗いた……。そしたら、誰も見張りがいなかった……。だから、慌ててイライジャさんを起こしに来た」

 

 イットが言った。

 言葉を頭に入れるのに時間がかかった。

 

 櫓に見張りがいない?

 

 夜のあいだの見張りは、予備になっている六番隊に任せていたのだ。しかし、いないというのはどういう意味なのだ?

 意味はわからない……。

 

 とにかく、慌てて、櫓に駆けていった。

 確かに誰もいない。

 しかも、広間には予備とした六番隊の者たちが仮眠していたはずだが、なぜか誰もいない。

 ひっそりとしている。

 どういうこと?

 

「イット、シャーラとヴァージニアに連絡して──。パーティメンバーもすぐに起こして──」

 

 櫓の真下でイライジャは言った。

 イットが駆けていく。

 イライジャについては、梯子を駆けあがった。

 

「これは……」

 

 エルフ族であるので夜目は利く。

 今夜の月は、前半夜が一個で、後半夜から三個だ。中天に一個あり、東側に二個が昇り掛けている。

 後半夜になりかけている時刻のようだ。

 

 嫌な予感がした。

 味方の陣を見下ろす。

 かがり火の類いは禁止をしていたので暗いが、少なくとも西側の一面にほとんど人員がいない気がする。

 心なしか、ほかの陣も人が少ないような……。

 

「イライジャ殿──」

 

 シャーラが櫓に駆けあがってきた。

 イライジャは、シャーラを見る。

 

「六番隊はどこにいるのです──? いえ、すぐに全員の点呼を──。確認してください」

 

「どこって……。そういえば……」

 

 シャーラがはっとしている。

 そこに駆け足で数名がやってくる音が……。

 

「イライジャさん──。イットから言われたけど、屋敷の中に兵がいないわよ──。鑑定に引っ掛からない──」

 

 ユイナだ。

 ミウとイットも一緒に来た。

 ユイナとミウのふたりは、たったいま起きた感じだ。

 

「あたしも探知してみました……。この屋敷内に気配を感じません」

 

 ミウも言った。

 まさか……。

 イライジャは唖然とした。

 

「はああ──。もしかして、逃亡した? そういえば、軍議のときに変な顔をしてたわよねえ」

 

 ユイナが叫んだ。

 櫓にさらに人があがってきた。

 イザベラだ──。三人の侍女もいる。マーズもいる。

 

「どうした?」

 

 イザベラは寝着にガウンをかけている。

 イライジャは、いついの間にか。屋敷内から六番隊の者が消えていて、味方の軍の西側の一角から将兵がいなくなっていることを伝えた。

 イザベラも唖然としている。

 

「すぐに全員を起こして人数を確かめます──」

 

 シャーラが櫓を駆けおりていく。

 そのとき、イライジャははっとした。

 

「侯爵夫人は地下よね──? 彼女を見張っていたのも、六番隊よ──」

 

 イライジャは叫んだ。

 侯爵夫人のシャロンは、あまりにも賊徒のところに戻ると泣き叫ぶので、地下の倉庫のひとつを改装して、鉄格子を嵌めて監禁していたのだ。その見張りは、屋敷内にいる六番隊の者たちに任せていた。

 ユイナとミウにここを託してイライジャは櫓を駆け下りる。

 イットとマーズには、明らかに人影のない西面に向かってくれと頼んだ。

 

 シャロンを閉じ込めていたはずの場所には、やはり見張りはいない。

 地下に向かう扉は閉まっていたが、イライジャには嫌な予感がした。

 階段を降りる。

 やはり、そこには誰もいなかった。

 

「いない……」

 

 十中八九、この屋敷にいた六番隊の者たちが、賊徒のところに命乞いをするために連れ出したのだと思う。

 イライジャは力が抜けた。

 

「これはどういうことだ──?」

 

 追いついてきたイザベラも声をあげた。

 

 

 *

 

 

 結局のところ、西側を守っていた五番隊の全部と、屋敷内にいた六番隊の全員が消えていることがわかった。

 脱走した痕も残っていたので、彼らが自ら逃亡したのは明白だ。

 そして、さらにわかったのは、消えた西側の面に対して、前半夜のあいだに、賊徒側から十数本の矢文が届いてたということだ。

 その文も残っていて、明日の朝には屋敷内の者は皆殺しにするが、夜のあいだに正面に逃げてくれば逃がしてやるという内容だった。

 そんな他愛もない誘い文に乗って、西側にいた一隊が全員で消えたのだ。

 イライジャをはじめとして、誰にも告げずに……。

 しかも、矢文が届いていたことすら、報告はなかった……。

 

 その西側の隊の者たちとともに、屋敷内の六番隊も逃亡したようだ。その六番隊の協力で侯爵夫人も連れ出したということであろう。

 聞けば聞くほど、イザベラの連れてきた護衛隊の情けなさに怒りが込みあがるとともに愕然とする。

 こんな連中を使って、どうやって戦えというのだ──。

 

 夕方の時点で約七十名だった味方は、戦わずして、その半分以下に減っていた──。

 

 そして、陽が昇り、朝がやって来た。

 

 賊徒軍が動いたという報告が櫓からイライジャに伝えられた。



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762 取り戻された侯爵夫人(その1)【南域】

 ユーレックを呼んだ。

 

 包囲しているゲーレの名主屋敷から一定の距離までの周辺については、向こうにいる魔道遣いによって、すべての建物が根こそぎ焼き払われていたが、里の外側近くにある家などは、ほとんど残っている。

 ドピィは、その中のひとつを自分専用の休息場として使っていた。

 ここには誰も入れない。

 例外はこのユーレックくらいであり、それも呼び出して来させるのみだ。

 

 ドピィは、基本的に自分の身の周りに人を近づけない。

 参謀のようなものも使っておらず、部下たちに対する指示は、ただ一方的に与えるだけだ。

 そして、指示に逆らったり、疑念を抱いたりした者は容赦なく処断する。その代わり、道具としてうまく動く者は、略奪を許したり、報奨を与えたりして報いる。

 それがドピィのやり方だ。

 

 今日の屋敷への攻撃も、ドピィが撤退の指示を与えてもすぐに退却せず、死んだ王軍の兵から武具や懐のものを奪って戻ろうとして、一隊だけ後退が遅くなった者たちがいた。

 遅れた者たちは、向こうにいる身体の大きな少女と獣人戦士に襲撃されて多くがやられてしまったが、それでも三十人ほどは逃げてきた。

 ドピィは、遅かった三十人を全員の前で並べ、五人ごとに銃で射殺させた。

 「道具」は道具として行動してもらわないと困る。

 指図に従わない道具は、邪魔なだけだ。

 

「いまから真夜中までのあいだ、俺の不在を隠しておけ」

 

 ユーレックがやって来るとドピィは言った。

 ドピィは、上から下まで黒装束で身を包み、頭まですっぽりと隠れる頭隠しまで装着していた。

 これからやろうとしているのは、あの屋敷への侵入だ。

 

 あそこに、シャロンがいる。

 それは、今日の攻撃を夕方に撤退させるときに、五名ほど王軍の兵を捕らえ、引きずって連れてこさせていたが、そいつらを拷問して確認している。

 細部の居場所さえも把握した。

 あの平屋の屋敷には、いくつかの地下貯蔵庫があり、その中のひとつを牢として改装し、そこにシャロンを監禁しているようだ。

 王太女に保護されたシャロンが、なぜ、客人としてではなく、囚人のように捕らわれているのかは知らない。

 しかし、そこにシャロンがいるなら取り戻すだけだ。

 だが、ドピィの姿に、ユーレックは唖然としている。

 

「なにをなさるんですか、頭領?」

 

「あの屋敷に入ってくる」

 

「えっ?」

 

 ユーレックはびっくりしている。

 だが、潜入は容易だと思っている。

 あいつらは弱兵だ──。

 今日一日の攻撃で王軍の弱さは知れた。

 先頭で活躍していた身体の大きな少女と獣人娘だけは邪魔だが、あとは烏合の衆だ。

 ほとんどの兵が意気地はないし、簡単に悲鳴をあげて賊徒兵に背を向ける。

 組織としての連携はとれていない。

 まったく大したことはない。

 

 だから、屋敷の壁か扉を火薬で爆破させて、そのまま王太女でも魔道遣いでも蹂躙できたがやめさせた。

 室内にシャロンがいるからだ。

 屋敷に入り込めば、賊徒たちのことだ。目の色をかえて略奪を開始し、女を陵辱し始めるに決まっている。

 そうなれば、シャロンの身に危険が及ぶ可能性があった。今日の時点で、ここまで圧倒できると思わなかったので、シャロンを安全に連れ出す算段を整えてなかったのだ。

 だから、撤退させた。

 

 また、騎兵については一部のみ敷地内に入り込ませて、全体については留めさせていた。

 ガヤの城郭から、王太女救出のための援軍が来ることを予想していたので、街道沿いに埋伏の兵を隠し、それに接触したら、すぐに騎馬隊を差し向けることを考えていもいたからだ。

 だが、結局のところ、なにもなかった。

 ぶち殺したリョノといかいう魔族が戯言(たわごと)を吐いていたが、もしかしたら。あいつは案外本当のことを喋っていたのかもしれない。

 いまのところ、南王軍はまったく動く気配はなく、あの屋敷にいる王太女はどうやら見捨てられたようだ。

 絶えずガヤの情報は、潜入させている手の者から取り続けているから、すぐに動きがあればわかるが、ガヤの南王軍は完全な沈黙だ。

 ならば、急ぐ必要もなく、ドピィはシャロンのいる屋敷への攻撃を一度撤退させることにしたというわけだ。

 

攪乱(かくらん)が効いてきたようだしな……」

 

 ドピィはにやりと微笑んだ。

 攪乱というのは、夜になってから矢文で届けさせた逃亡勧告だ。全体の撤収のときにも、向こうの指揮官だったらしい将軍の生首の口の中に、シャロンの引き渡しを求める文を送ったが、いずれも、敵を混乱させることが狙いだ。

 本当にシャロンを無条件に渡すとも思っていないし、そうしてくれれば儲けものくらいの考えだ。

 それよりも、ドピィが狙ったのは、死ぬまで戦わなくてもすむ手段があるということを王軍の兵に教えることだ。

 

 死を覚悟した死兵は強い──。

 だが、逆に逃げ道を知った兵は弱い。

 

 あんなに効果があるとは思わなかったが、矢文を打った西側の面からは、ふたり三人とまとまって陣を離れて、里の外の森に駆け込む連中が続出しているようだ。

 ドピィは、逃亡する兵は逃がふりをして、森に入ったところを全員捕らえよと命じている。

 捕らえた者が男だったらその場で殺し、女だったら手をつけずに連れてこいと命じている。女を連れてこいと命じたのは、その中に万が一にも、シャロンが含まれている可能性を考えてのことだ。

 夕方に見せしめの処断をしたので、ドピィの指示に逆らう者はないと思う。

 

「屋敷に? おひとりでですか? 危険です──。そもそも、なんのために……。あっ、もしかして、侯爵夫人を……」

 

 最後まで言わせなかった。

 ドピィは、ユーレックの首にナイフを突きつけた。

 刃が喰い込み、すっとユーレックの首に赤い線が走る。

 シャロンがいなくなってから、ドピィはこれまでのように、分別のある頭領を装えなくなっていた。

 絶えず怒りが込みあがり、苛立ちがなくならない。

 

「お前に意見は求めてない。指示はさっき言ったとおりだ。もう一度言って欲しいのか?」

 

「ひっ」

 

 ユーレックが恐怖に顔を引きつらせて、何度もかすかに頭を縦に動かす。首に刃が喰い込んでいるので、それ以上顔を動かせないのだ。

 ドピィは、ユーレックからナイフを離した。

 

「賊徒軍の誰にも悟られるな」

 

 ドピィは顔を黒く塗ると、家の外に出た。

 走る。

 朝の最初の農夫軍にぶつけられた火炎で焼かれた場所までは草木も残っていないほどだが、そこよりも外は、樹木もあれば、建物も残っている。

 陣も展開していて、どうということはない。ドピィは賊徒軍の陣の外側に辿り着いた。

 

 問題はそこから先だが、見ると屋敷側から脱走の兵がこっちに向かって幾つも駆けてきている。

 あれを放置しているということは、あっちの見張りは、機能していないのかもしれない。

 ドピィは、それに紛れるように、逆に屋敷に近づいていった。

 

 掘がある。

 そこには、死んだ賊徒兵の死骸が放り込んであった。

 深さはさらに増したようだ。

 一度飛び込み、すぐに屋敷側に這いあがる。

 

 破壊した外壁の部分には、大きな木箱が壁のようになっていた。しかし、隙間がいくつかあり、そこから屋敷側の王兵が脱走しているみたいだ。

 それを逆に縫って進む。

 あまり人はいない。

 木箱を抜けるところで、激しい力で上から押さえられるような感触が襲いかかった。

 防護結界だろう。

 必死に這い進む。

 やがて、急に圧力が消える。

 結界層を抜けたのだ。

 

 屋敷は目の前だ。

 だが、そこにも月に照らされる視界に歪みがある。どうやら、壁にも防護結界が張ってあるみたいだ。

 

 これは厄介だな……。

 ドピィは舌打ちした。

 

 壁をのぼって、屋根から侵入することを考えていたが、壁そのものに防護結界があるなら、壁を這いあがるあいだ、ずっと結界の影響を受けることになる。

 それで這いあがるのは困難だ。

 どこかの入口を探すか……。 

 しかし、それでも外側から内側に向かうには、やはり結界の影響がある。

 

 そのときだった。

 建物の側面から数名の人の集まりが出てきた。

 王軍の兵だ。三名ほどいて、中心に頭から大きな布を被せた人間を連れている。上体の部分に布の上から縄で縛っていて、左右から身体を掴んで強引に歩かせている。

 防護結界というのは、外側から内側に向かうときには、激しい空間の抵抗が生じるが、内側から外側に向かうときには全くなにもない。

 だから、内側からの攻撃だけが阻まれないということだ。

 彼らは、まったく問題なく、屋敷から外に出てきたみたいだ。

 

 それはともかく、ドピィは、彼らを見て、はっとした。

 頭から布を被せられている者が女であることに気がついたのだ。

 ほとんど無意識に、そいつらに飛びかかっていた。

 瞬時に打ち倒し、三人にとどめを刺すと、木箱の陰に遺体を隠した。

 次いで、うずくまってしまった女から縄を切断して布を剥がす。

 

 シャロンだ──。

 

 ドピィは驚喜した。

 どうして、こんなところにいるのかはわからない。

 もしかして、さっきの連中がシャロンを連れ出して、ドピィへの土産にでもしようとしたのかもしれない。

 しかし、そんなことはどうでもいい。

 大事なのは、ドピィの腕の中にシャロンが戻ってきたという事実だ。

 

「ああ、ルーベン──」

 

 シャロンは、動きやすいようなスカートの軽装をしていたが、後手に手錠をかけられていた。

 ドピィであることを認識して、ドピィの胸に頭を擦りつけるようにしてきた。

 

 激情が湧きあがる

 気がつくと、ドピィはシャロンの髪を掴んで、その場に引き倒していた。

 シャロンの顔を力一杯に踏みつける。

 

「……残念だったな。うまく逃げおおせたと思ったか──。だが、そうはいかん。お前は、永遠に俺の奴隷だ──」

 

 大きな声ではない。

 しかし、シャロンにははっきりと聞こえたはずだ。

 二度と逃がしはしない──。

 絶対だ──。絶対にだ──。

 ドピィは、顔を踏みつけながら誓った。

 

「くっ、ル、ルーベン……。ああ、もっと……。もっと罰を……。ルーベン……」

 

 ドピィの足の下でシャロンがかすかに呻くように喋ったのが聞こえた。

 しかし、その声に苦悶の響きはない。

 むしろ、恍惚としているような……。

 

 いずれにしても、それでドピィは我に返った。

 シャロンを担ぎあげて、肩に背負う。

 内側から外側に向かうときには、防護結界の影響は皆無だ。シャロンにも抵抗はない。

 侵入の痕跡を消しながら、屋敷の敷地内から離れる。

 駆け進んで、陣営内に進み、ユーレックを待たせている家まで戻った。

 王太女軍のいる屋敷に潜入することよりも、賊徒軍の陣営に帰るときの方が大変だった。

 だが、誰にも咎められることなく、ドピィはシャロンを連れ帰った。

 

 シャロンを伴って戻ったドピィに接して、ユーレックは目を丸くしている。

 ドピィは肩に担いでいたシャロンを自分の寝台の上に放り投げた。

 

「頭領?」

 

 ユーレックがドピィとシャロンを交互に見る。

 

「出て行け……」

 

「えっ?」

 

「お前は出て行け──。各隊には、明日の朝、すぐに動けるようにしておけと伝えろ。明日は屋敷内の人間を殲滅する。王太女もいるし、その侍女たちもいるだろう。多分、財宝も携行しているはずだ。早い者勝ちだ。略奪も陵辱も思いのままだと伝えておけ──」

 

 ドピィは言った。

 もはや、このゲーレの屋敷には用事はない。

 このまま立ち去ってもいいが、ドピィからシャロンを奪おうとした酬いはしっかりと受けてもらう。

 冒険者を雇って、王太女がシャロンを連れ出したのは調査済みだ。

 その首謀者である王太女を許すつもりはない──。

 

「あっ、はい……」

 

「早く行け──。しっかりといまの命令を徹底しておけ──。寝ている隊長は叩き起こせ──。明日は夜が明けたら、王太女たちの血祭りだと伝えろ──。集まっている農民たちにもだ」

 

 ドピィは怒鳴った。

 ユーレックが慌てて出て行く。

 賊徒軍の数はまだ一千くらいしかいないが、続々と集まっている農民どもはその十倍になっている。

 まずは、そいつらをけしかけるか……。

 そして、疲弊したところで、賊徒軍をぶつけよう。

 数で押されて、農夫たちに屋敷内を突破されてしまったら、それはそれでいい。

 ドピィがしたいのは、二度とシャロンを奪われないようにすることであり、冒険者と王太女が殺せれば、あとはどうなっても構わない。

 

 ドピィは、潜入用の黒装束を脱いで下着だけの半裸になると、顔を布で拭く。

 そして、こっちをじっと見ているシャロンに近づいた。

 

「ルーベン……、わたし……」

 

「黙れ……」

 

 ドピィはシャロンの頬を引っ叩いた。

 

「きゃああ」

 

 シャロンが寝台の上で跳ね飛ばされる。

 馬乗りになり、動けないようにしてから、反対側からも頬を力一杯に叩く。

 

「ふぎゅうう」

 

 おかしな奇声を発した。

 構わない──。

 平手で殴り続ける。

 

 殺してやる──。

 殺してやる──。

 

 頭の中には、その自分の言葉だけが響いている。

 ドピィからまたもや逃げたシャロンなど、このまま殴り殺してやる──。

 十発ほど平手を加えたら、あまり悲鳴をあげなくなった。

 

 ドピィは服の襟に手をかけた。

 一気に引き破る。

 貴族女のように面倒な服は着ていなかった。一枚剥がせば、胸覆いと腰の下着だけだ。

 それも剥がす。

 

 シャロンは全裸になり、汗で薄っらと濡れ光る乳房がかたちよく盛りあがり、それが荒い呼吸で大きく揺れている。

 ドピィは、噴き出す怒りの感情のまま、シャロンの首を両手で掴んだ。

 シャロンの首を絞めあげていく。

 

「がはっ、かっ」

 

 シャロンが息を吐く。

 その顔からみるみるうちに血の気がなくなる。

 

 殺してやる──。

 

 この女を殺す──。

 

 ドピィは巨大な怒りのまま、シャロンの首に力を入れ続ける。

 

 許せない──。

 

 絶対に許さない──。

 

 自分から逃げようとするなど──。

 

 シャロンの息が止まったのがわかった。

 顔が土気色になっていく。

 

 だが、シャロンはそれでも抵抗しない。

 両手首を後手に手錠を掛けられているとはいえ、シャロンはまったく暴れようとはしない。

 

 そのときだった。

 閉じられていたシャロンの両眼が開いて、その瞳にドピィが映る。その眼から涙がこぼれた。

 

 すると、シャロンの頬が綻び、その口元に微笑みが浮きあがったのがわかった。



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763 取り戻された侯爵夫人(その2)【南域】

 シャロンの頬が綻び、その口元に微笑みが浮きあがったのがわかった。

 はっとした。

 そして、恐怖が走った──。

 

 いま、なにをしようとしていた……。

 シャロンを殺そうとしていたのか……。

 唖然とした。

 シャロンの首を絞めていた手から力が抜ける。

 

「かはっ、がはっ、はっ、はっ、かはっ」

 

 シャロンの身体に呼吸が戻り、彼女が激しく咳き込み始める。

 しばらくのあいだ、ドピィは彼女が身体を丸めて咳と激しい呼吸をするのをじっと眺めていた。

 呆然とした思いで考えていたのは、もしも、あの激情のまま自分がシャロンを絞め殺していれば、どうなってしまっていたのだろうという想像だ。

 それは恐怖そのものに違いなかった。

 

 また、殺されようとしていたシャロンはどう思ったのだろう。

 あのとき、シャロンは笑った──。

 

 笑ったのだ──。

 

 いままさに、殺されようとしている相手に、微笑むということがあるだろうか。

 それは、どういう感情でそうなるのだろう。

 殺されようとしている人間は、その瞬間にどんなことを考えれば、あんなに嬉しそうに微笑むことができるのだろう……。

 

 とにかく、ドピィはそれで我に返った。

 そのことは間違いない。

 

 ドピィは、背を丸めているシャロンをうつ伏せにして、手枷に視線を向ける。

 囚人用の簡易な手枷であり、両腕に嵌められている金属の腕輪にある突起と窪みを合わせて軽く動かすと施錠がかかり、外れなくなるという仕掛けのものだ。外すには、接合部とは別にある窪みをなにかで押しながら金具を一定の方向に動かせばいいが、特殊な仕掛けになっていて自分では外せないようになっている。

 ドピィはそれを外した。

 

「はあ、はあ、はあ……。わ、わたしを自由にしないで……。縛って……。拘束して……。首輪をつけて……。に、二度と離さないで……わ、わたしを今度手放すときには、そ、その前に殺して……」

 

 シャロンが自由になった腕で強引に身体を仰向けの向きに変えると、上に跨がっているドピィを見上げながら言った。

 彼女は、ドピィがシャロンの拘束を解いたのが不満そうだった。

 

「殺してだと……? なぜ……?」

 

「ふふっ、な、なぜって訊ねたの、ルーベン?」

 

 すると、シャロンはくすくすと笑い出した。

 その口元からは、ドピィの暴力によって口の中を切ったためだと思うが、つっと血が流れた。だが、彼女が痛みを感じている様子はなかった。

 少なくとも、ドピィにはそう思えた。

 

「答えられないのか?」

 

「答えられるわ……。とても陳腐で、そして、当たり前の理由よ……」

 

「当たり前の理由だと?」

 

「ええ……。極めて簡単なことよ……。わたしは、あなたを心から愛している……。十年前……。いえ、もっと前から……」

 

 ドピィは、しばらくのあいだ、言われたことの意味を考えていた。

 だが、狂おしいほどの笑いの感情が込みあがった。

 もう少しで、シャロンの言葉を本気にするところだった。

 自分は、何度騙されれば気が済むのだろう。

 シャロンがドピィを……ルーベン=クラレンスという男を愛しているわけがない。

 十年前もそうだし、いまもそうだ。

 

「また、お前は俺を騙そうとしているのか? お前が俺を愛しているわけがない。そんなはずはない(、、、、、)んだ──」

 

 すると、またもや、シャロンが笑い声をあげた。

 やっぱり、この女は自分を馬鹿にしているのだと確信した。

 ドピィはかっと血が昇った。

 馬乗りになっていた身体をずらして、シャロンの髪を掴んで身体を持ちあげ、寝台に叩きつける。

 

「あぐっ」

 

 シャロンが呻き声をあげた。

 再びシャロンの頬を思い切り平手で打つ。

 

「脚を開け──。お前のような淫売に前戯など贅沢だ。そのまま貫いてやる。お前の苦痛に泣き叫ぶ悲鳴が俺には心地よい歌に聞こえる」

 

 ドピィの言葉により、シャロンの脚が立て膝になって大きく開いていった。

 シャロンの太腿の付け根からは、頂きを覆う陰毛と真っ赤に充血している花唇が露わになる。

 ドピィはたじろいだ。

 シャロンの股間が、これ以上ないというくらいに濡れていたからだ。

 

 ドピィは眼を疑った。

 シャロンの股間が濡れていることなどあり得ないからだ……。

 ドピィは言葉を失って、しばらくシャロンの股間に見入っていた。ドピィの視線に晒されて、シャロンの股間はいくらでも滴を垂らし続けた。

 

 シャロンがまたもや微笑んだ。

 それは、心からの喜びの笑顔だった。

 ドピィには、やっとそれがわかった。

 理解した。

 いまこそ、わかった。

 

「あ、あなたが欲しいわ、ルーベン……。あなたは、わたしを助けにきてくれた……。嬉しかった……。わたしは、とても嬉しかったわ……。二度と、わたしを離さないで……。二度と……。わたしは、人生で二度絶望を味わった……。一度は十年前に、家族を守るためにあなたを捨てたこと……。二度目は、この前再びあなたと引き離されたこと……。三度目はない……。三度目があれば、わたしの心は間違いなく引き裂かれてしまう」

 

 シャロンがドピィに向かって下から両手を伸ばす。

 だが、それでも、ドピィはしばらく沈黙を保ち、自分から動くことができなかった。

 シャロンがドピィの背中に後ろに手を伸ばす。

 ドピィはシャロンに抱きしめられるまま、寝そべらせているシャロンの乳房に肌を密着させる。

 

「……本当に、俺にさらわれたかったのか……?」

 

 シャロンの心臓の鼓動が肌越しに伝わる。

 全身に汗がにじむのをドピィは感じた。

 ドピィを抱きしめるシャロンの手に力が加わる。

 

「あなたを忘れたことなんてない……。侯爵に抱かれるときも、わたしの心にはあなたがあった。あなたを想いながら達した。あなたのことを考えなければ、わたしは感じることもできない。嘘じゃないわ……」

 

 シャロンが耳元でささやく。

 しかし、なにも考えられない。

 ドピィは狂おしいほどの感情と戦っていた。

 

 それがどういう性質のものであるのかは、自分でもわからなかった。

 言葉が口に出てくるのに、かなりの時間がかかった。

 ドピィはやっとシャロンを抱きしめた。

 

 力一杯──。

 背骨をへし折らんばかりに……。

 

「くふっ」

 

 シャロンが身体の下で絶息するような音を出す。

 構わない──。

 ドピィはシャロンを抱きしめ続ける。

 シャロンは苦しそうな息をしながら、背中を抱きしめていた一方の手をドピィの頭にそっと置く。

 

「あ、あなたを……愛しているの……。ずっと……」

 

「シャロン、お前が好きだ──。愛している──。俺から離れることはもう許さない──。もう二度と離れるものか──。俺は憎い──。十年前にお前を手に入れることができなかった無能な俺が憎い──。油断してさらわれた間抜けな俺が憎い──。憎い──。憎い──。憎い──。俺は俺が憎い──。俺を捨てたお前が憎い──。だから、殺してやる──。お前を殺す──。間違いなく、俺はお前を殺す──。殺さなければならないんだ──」

 

 激情のままドピィは喚いた。

 自分でもなにを喚いているのかわからない。

 そして、シャロンを離して身体を起こし、シャロンの脚を掴んで乱暴に開く。

 自分の腰にある下着を引き破るように脱ぐ。

 

 なにも考えられない――。

 ドピィは、ただ欲望のままにシャロンを抱き寄せる。

 完全に勃起している怒張を乱暴にシャロンの股間に貫かせた。

 

「くううっ」

 

 シャロンの股間は熱く、かなり濡れていて、いとも簡単にドピィを受け入れた。

 ぎゅうぎゅうとシャロンの股間が締まる。

 

「おおうっ、シャロン――」

 

「あ、ああっ、くううっ、くふうううっ」

 

 シャロンがドピィを抱きしめながら、身体を弓なりにした。

 

「おっ、おおっ」

 

「ああ、だめええっ、いくうう──」

 

 シャロンが蕩けるような声をだして、身体をがくがくと痙攣させた。

 ドピィは射精を抑えられなかった。

 律動をほとんどすることなく、白濁液をシャロンの子宮にぶちまけていた。

 

「お、俺の子を孕ませてやる──。避妊草など与えてやらん。毎日、毎朝、毎晩、俺の精液漬けにしてやる──。お前は憎い俺の子を孕むんだ。二度と逃げれないように、お前を縛り、裸のまま連れ歩いてやる──。首輪をしてどこに行くにもお前を連れて行く──。二度と離さない──。そして、もしも、もう一度俺から離れようとしたら、殺してやる──」

 

 射精をしてもまったく怒張は小さくならなかった。

 むしろ、興奮は昂ぶっている。

 律動を開始した。

 連打を叩き込む。

 

「ああ、また、いぐううっ、ああ、殺して──。あなたのいない世界にもう意味はないの──。殺して──。必ずわたしを殺して──。ああ、ルーベン──。ああああっ──。いくうううっ」

 

 果たしてシャロンは断末魔のような声で絶頂を告げると、再び身体を硬直させた。

 ドピィは二度目の射精をした。

 しかし、やはり興奮が鎮まることはない。

 狂気のような官能の激情のまま、ドピィは獣のように、シャロンの股間を繰り返し貫き続けた。

 

 

 *

 

 

 ルーベンが本当にシャロンを人前に連れ出すとは思わなかった。

 だが、ルーベンはシャロンの裸身を一枚の布に包んだだけの姿で、明け方近くまで抱き合っていた家の外に連れて行った。

 しかも、ただの状態ではない。

 夜通し抱かれ、腰も脚もふらついて真っ直ぐに立てないほどになっているシャロンの首に首輪を嵌め、鎖を繋げてまるで犬のように連れ出したのだ。

 もちろん、シャロンが望んだことでもあるので、それには文句はない。

 

 だが、股間に施された仕打ちには閉口した。

 なにしろ、ルーベンは、ふたりきりで一晩中抱き合った家を出る直前に、寝台の上でシャロンの股を開かせ、指でなぶり、たっぷりと泣かせてから肉芽を無造作に引き剥き、「啼き環」という肉芽の根元を締めつける淫具を装着したのだ。

 鋭敏なクリトリスを締めつけられ、しかも、その環には三方向に細い鎖が繋がっていて、それを貞操帯のように股間に喰い込まされた。

 それにより、身じろぎするたびに、激しい刺激がシャロンに加わるように細工をされたのである。

 そんな姿で編み靴だけを履かされている。

 さらに、内側にびっしりと柔らかい羽毛がある布を密着して全身を包ませられた。

 両手は後手に革手錠だ。

 

 されるがままにシャロンはしていたが、いざ立たされると、股間を締める「啼き環」のためにシャロンは、思わずへっぴり腰になってしまわなければならなかったし、素肌の隅々まで柔らかな羽毛でくすぐられ、思わず甘い声を出してしまった。

 そんなシャロンに、ルーベンは穴あきのボールギャグを嵌めさせると、口から下を革マスクで覆って、喋ることができないようにしたのである。

 

 建物の外に出されて、そのまま犬のように首輪で引っ張り回された。

 大勢の賊徒軍の兵のあいだをそんな姿で連れ回されて、シャロンは羞恥で気が遠くなりそうだった。

 ただし、シャロンの首輪には、認識を阻害する魔道紋が刻まれてて、シャロンが大人しくしている限り、周りにいる者はシャロンの存在を気にすることができないようになっているとは言っていた。

 とんでもなく高価なものらしいが、これはシャロンを再び奪回されることを防止する仕掛けでもあるそうだ。

 それはともかく、股間の淫具の疼きと絶え間のない羽毛のくすぐりには、とてもじゃないがじっとしているのは困難であった。

 シャロンは必死に、身体を何度も貫く絶頂感を耐えた。

 

 ルーベンにこうやって調教されている……。

 そう認識するだけで、シャロンはその場で達しそうになる。

 とにかく、これ以上ないというくらいに興奮をしていた。

 

 なによりも、首輪に繋がっている鎖をルーベンがしっかりと握り、しかも、絶対にシャロンが離れないように、自分の左腕に装着した腕輪に鎖を金具で繋げてしまったのだ。

 ルーベンから離れられないように繋げられ、しかも、こうやって支配される。

 考えただけで、シャロンは股間からどっと熱い蜜が絶え間なく垂れ落ちるのを感じている。

 

「あの屋敷に邪悪がある。俺たちに大望を妨げる邪悪だ──。あれを打ち払わなければならない──。虫けらのように死にながら生きるか──。それとも、死して大望のために生きるか──。大望のために戦え──。我らは戦わなければならん──。戦うんだ──」

 

 ドピィが少年従者をとともに、シャロンを引っ張って連れていったのは、賊徒軍の集まっている場所でなく、農夫たちの集団が集まっている場所だ。

 このゲーレの里には、ルーベンが率いていた賊徒軍のみならず、周辺各地から集まってきた農夫集団がいて、その数はシャロンが想像もできないほどの人数になっていた。

 ルーベンはそれを東側半分に集め、反対側の西側に賊徒軍を展開させるように指示したみたいだ。

 そして、ルーベンがやって来たのは、その東側だ。

 果たして、どのくらいの勢力がいるのだろう。

 もしかしたら、一万――。

 とにかく、びっしりと見渡す限りに拡がって集まる農夫たちのために、地面すら見えない。

 

「戦うのだ──。死を恐れるな──。死の向こうに大望がある──。死の向こうにある──。邪悪と戦うのだ――」

 

 準備させてたらしい台上でルーベンは言葉を吐き続けた。

 シャロンは、この場だけは一時的に、ルーベンの腕輪からはなされて、台の下の杭に鎖を繋げられている。

 また、ルーベンの声はよく(とお)った。

 そして、彼には、なぜか酔いのようなものを感じさせる弁舌の力があるみたいだ。

 シャロンの眼からも、武器を持って集まっている農民たちがかなりに興奮状態に変わっていくのがはっきりとわかる。

 シャロンがあまり知らないルーベンの一面だった。

 

「もう一度、武器をとれ──。奪え──。犯せ──。俺たちのものだったものを取り戻すのだ──。あの屋敷の邪悪を叩き潰すのだ──」

 

 農民たちの集団のあちこちから喚声があがり、すぐにそれが全体に拡がって地面を揺らすような集団の叫びとなった。

 声で地面が揺れる──。

 

「進め──。我らの敵はあそこにある──。ひるむな──。進め──。戦え──」

 

 ルーベンが叫んだ。

 農民の集団の喚声が爆発した。

 まるで雷撃のような絶叫とともに、農民たちの大集団が屋敷に向かって我先に駆け進み始めた。



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764 「鳥籠(とりかご)」と生首奴隷【王宮】

 「鳥籠(とりかご)」の中でベルズは、ミランダとともに苦悶に喘いでいた。

 ハロンドールの王宮施設内の後宮である。

 もともとは、国王の性的欲求を満足させるために集められた女の施設であるが、いまはラポルタと称するサキの部下だった男魔族の巣になっていた。

 ここで生首だけの姿で監禁されていたサキを助けようと乗り込み、呆気なくベルズもミランダも捕らわれてしまったのである。

 それで、奴隷宮の庭で残酷に処刑されかけたが、サキの必死の哀願で、いまはこうして命を長らえている。

 

 もっとも、ベルズとミランダの首には、「炸裂環」という首を切断する爆薬を仕込んだ首輪をかけられており、そのラポルタが魔道を込めさえすれば、瞬時にベルズとミランダの命は失われることになっている。

 その気紛れを必死に抑えているのが「生首奴隷」だとラポルタが揶揄するサキだ。

 首だけにされて妖力を奪われているとはいえ、あの自尊心の高いサキが自分を陥れたラポルタに哀願し、ベルズたちの命乞いを続け、思ってもいないはずの愛の言葉を唱え続けている。

 ラポルタが自分がいい気分のあいだは、ベルズたちの処刑を執行しないと言っているからだ。

 

 あのサキが──? と疑いたくなるほどの懸命の媚びへつらいだ。

 サキからすれば、死んだ方がましなくらいの屈辱なのは間違いないだろうが、ベルズとミランダが呆気なく失敗したために、サキにそんな仕打ちをさせているのだと考えると、情けなさとともに、サキへの申し訳なさが心に溢れる。

 

「く、ううっ、うううっ」

 

 ベルズと素っ裸で抱き合っているミランダがベルズの胸に顔を押しつけるようにして、身体を震わせだした。

 不規則的に発生することになっている双頭の張形の振動だ。

 ベルズとミランダが入れられている大きな「鳥籠」のような檻は、後宮内のこの一室に天井からぶら下げられているが、その籠の中で、ベルズとミランダはお互いの股間を密着し合い、鳥籠の中で座って抱き合っている。

 

 両腕はお互いの背中側で、魔道封じの紋様が刻まれている金属の手枷を嵌められているが、それがなくても、ベルズもミランダもこうやって抱き合う格好を崩すことはできない。

 なにしろ、あのラポルタという魔族男は、ベルズとミランダの股間に双頭の張形を挿入させ合い、どちらかでも張形をちょっとでも抜けば、相手の首の炸裂環が爆破するように起爆魔道をかけていったのである。

 それが本当なのかどうかは確かめようもないが、おそらく真実なのだろう。

 だから、こうやってベルズとミランダは懸命に鳥籠の中で座り合った姿勢で股間を密着させ合い、相手が離れないように抱きしめ合っているというわけだ。

 

 さらに意地が悪いのは、ラポルタが不定期にどちらかの股間に挿入している部分が振動を発生するように仕掛けていることだ。

 双頭の張形には小枝のような突起も上面にあり、それはしっかりとふたりのそれぞれのクリトリスに密着している。

 張形が振動すれば当然に膣だけでなく、敏感なクリトリスも刺激され大きな快感が沸き起こる。

 だが、快感に我を忘れて無意識に腰を動かしてしまえば、張形から膣が離れるかもしれない。

 いまはミランダに振動が襲いかかっているが、だから、ミランダはベルズを抱きしめる背中の両手の力を強くしたのだ。

 

 しかも、二日目になった今朝からは、振動とともに強烈な痒み効果のある媚薬を張形の表面が膣に撒き散らすように魔道で細工したみたいだ。

 だから、さっきもそうだったが、ミランダの肌はみるみる真っ赤になり、脂汗が一斉に噴き出してきている。

 お互いに繰り返し同じことをされていて、ベルズの股間にも、その媚薬の余韻は残っている。痒みに負けて腰を動かさないようにするのに必死だ。

 

 とにかく、こんなようなことをこの鳥籠に入れられてから、ほぼ一日以上、ずっとやらされている。

 双頭の張形を抜かないようにさえすれば、抱き合いながら寝ることもできるが、振動は頻繁に襲ってくるし、眠ってしまい無意識に腰を動かして、張形の締め付けを緩めてしまうのではないかと思うと、怖くて眠ることもできない。

 たったひと晩で、ベルズが朦朧とするほどに体力を削ぎ落とされたのは当然だが、体力に溢れるミランダもまた、すっかりと疲労困憊の状況のようだ。

 

 一方で、ラポルタとサキは、この部屋に来たり、来なかったりだが、いまはいない。

 だが、いなくなったからといって、鳥籠の中のベルズたちの苦悶が減るわけでもなく、ベルズもミランダも、ずっと襲っている下腹部の痒みを耐え続けていた。

 

「痒いのだろう、ミランダ。わたしがしたように、わたしを噛め」

 

 振動に媚薬が混じるようになったのは、今日の朝からだ。

 いや、勝手に朝だと考えているが、もしかしたら違うのかもしれない。なにしろ、この部屋には窓はなく、時折、ラポルタがサキを連れてくる以外には誰も来ないので、時間というものを知りようもないのである。

 

「う、うう……、だ、だけど、歯形が……」

 

 ミランダが躊躇の態度を示した。

 ベルズとミランダは身体の大きさが違う。

 ドワフ族のミランダは、人間族の童女ほどの大きさであり、こうやって、向かい合って抱き合った場合、ベルズの顎はミランダの肩に乗っているが、ミランダの顔はベルズの胸にある。

 口の前にある相手の身体を噛むとすれば、ベルズはミランダの肩を噛むことになるが、ミランダはベルズの乳房に歯形をつけることになる。

 だから、躊躇しているのであろう。

 

「構わん。血が出るまで噛んでくれ。わたしもまだ痒いのだ。痛みで痒みが少しは癒やされる。頼む」

 

「わ、わかった……。ご、ごめん……。その代わり、あたしの肩も噛んでおくれ」  

 

 言葉の直後に脱力したようになったので、とりあえず振動は止まったのだろう。

 しかし、振動がなくなっても、媚薬による痒みの影響は続く。

 いや、刺激がなくなってからが本格的な苦しさといっていい。

 

「ご、ごめん──」

 

 ミランダがベルズの柔らかい乳房の外側付近に歯を立てた。

 新鮮な媚薬を股間内に撒き散らされて、かなり痒みが強いのか、ミランダがベルズの乳房を噛む力はそれなりに大きい。

 しかし、おかげでベルズも股間の痒みが少しは癒やされる。

 そして、ベルズもミランダの肩に噛みついた。

 しばらく、そうやってお互いの身体を噛み合う。

 すると、ふと、鳥籠の外に人の気配を感じた。

 

「なにか、涙ぐましく協力し合ってるな」

 

 気がつかなかったが、いつの間にかラポルタが「鳥籠」の外からベルズとミランダを覗くようにしていた。

 檻が吊られている高さは、「鳥籠」の底が人間族や魔族の膝くらいなので、ラポルタの顔は少し見上げるかたちになる。

 ふと見ると、ラポルタは生首のサキの髪を束ねて金具をつけていて、その金具で自分の腰のベルトにサキをぶら下げている。

 大抵は、ラポルタはこの格好でサキを連れている。

 だが、今日はそれとは別に、水分のようなものが入っている顔ふたつ分ほど大きさがある革袋を肩からぶら下げている。

 

「ラ、ラポルタかい……」

 

 ミランダがベルズの乳房から口を離して、恨めしそうにラポルタに視線を向けた。

 

「今日からは退屈凌ぎの仕掛けを増やしたからな。痒みに耐えられなくなったら、なにも我慢はいらん。張形で股間を擦るといい。まあ、相手の首がなくなるかもしれないがな。だが、炸裂薬の量は相手の首が千切れる程度に調整してある。自分には影響ないから、存分に腰を振るといい」

 

 ラポルタが笑った。

 ベルズはぎりりと歯噛みした。

 

「く、くそったれが……」

 

 ミランダが悪態をつく。

 

「ほおお、勇ましいドワフ族だな。では、お前の方が早く死ぬように、ベルズの膣に痒み液を増量してやろう。ふたりで存分にのたうち回ってくれ」

 

 ラポルタの言葉が終わるやいなや、ベルズの股間の中の張形が激しく振動を開始した。

 クリトリスを押しつぶしている小枝の部分とともに……。

 

「ほぐっ」

 

 ベルズは思わず腰を跳ねあげそうになり、必死に我慢する。

 膣の中でどろりとした液体がみるみる溢れ出ているのが、なんとなくわかる。

 振動が続く。

 激しい振動がベルズを追い詰める。

 

「うくっ、くくっ」

 

 喰い縛る歯のあいだから声が洩れる。

 痒みでただれていた股間への刺激は、凄まじいほどに鋭く、甘美な快感に満ちていた。

 だが、腰を動かすのは危険だ。

 ベルズはミランダを抱きしめる手に力を入れる。

 

「あっ、ベルズ──」

 

 ミランダが声をあげた。

 だが、激しい振動はまだ続いている。また、それはそれだけの量の媚薬が噴出し続けているということでもある。

 

「おっ、ああっ、あっ、くっ、くううっ」

 

 なおも振動に打ち抜かれながら、ベルズは震える裸身をミランダに押しつけ続けた。

 

「ま、まだ、このふたりを許してないのか──。約束と違うぞ──。い、いや、約束を守ってくれ、あ、愛するラポルタ様……」

 

 ラポルタの腰にぶら下げられているサキの顔が叫んだ。

 “愛するラポルタ様”……?

 そんなことを言わされているのだと思った。

 

「守っていますよ。だから、こうやっていたぶるだけで、ふたりとも生かしているじゃないですか」

 

「し、しかし……」

 

「あなたを追い詰めるには、人質はひとりでいいのですよ。それをおまけをしてふたりとも生かしているじゃないですか。しかも、まだ奴隷宮の女たちには手をつけてない。感謝してもらっていると考えていたのですがね」

 

 ラポルタがサキの方に視線を動かした。

 

「も、もちろんじゃ、愛するラポルタ様──。だが、慈悲を……。頼むから慈悲を与えてくれ。こいつらがふたりとも生きている限り、わしは愛するラポルタ様の永遠の奴隷じゃ。愛し尽くすことを約束する」

 

「本当ですか? 魔道契約で誓ってもらいますよ」

 

「おおっ、それがわしの望みじゃ。魔道契約で誓わせてくれ」

 

 サキが言った。

 魔道契約というのは、魔道を持つもの同士が交わす絶対に誓約だ。これで誓い合えば、お互いが解除し合わない限り、魂が誓約に縛られる。

 そんなものを交わせば、本当にサキはラポルタの奴隷状態になるが、サキはそれと引き換えに、ベルズやミランダたちの安全を確保できるということだ。

 

 だが、あのサキがここまで、人間族のためにやるのか……?

 

 ベルズは振動に苦しみながら、愕然とする思いに陥る。

 一方で、やっと股間の振動が止まった。

 しかし、やはり振動が収まると同時に、桁違いの熱さと掻痒感が襲いかかってくる。

 

「くっ、うう……」

 

 知らずベルズは呻き声をあげてしまった。

 

「なあ、愛するラポルタ様、魔道契約を……。だから、こいつらや、人間族の女の命を守ってくれ……。頼む」

 

 なおもサキが言った。

 しかし、ラポルタは顔の笑みを消して、なんとなく面白くなさそうな表情に変化させた。

 

「そんなに、こんな短命種族どもが大切ですか?」

 

「ああ、大切じゃ──。大切な仲間なのだ。頼む、ラポルタ様」

 

 サキが言った。

 ラポルタがかすかに舌打ちしたのが聞こえた。

 

「……いや、気が変わりました。やはり、魔道契約はなしです。こいつらや奴隷宮の人間族の命は、私の気紛れです」

 

「そ、そんなあ」

 

 サキががっかりした口調で声をあげた。

 

「それよりも、お前らに用事だ。これは水分だ。次に来るときまでに全部飲み干しておけ」

 

 ラポルタが肩で担いでいた革袋が、魔道で転移して鳥籠の中に出現した。

 革袋は頭の少し上にぶら下がっているかたちになった。

 そして、その底から二本の管が落ちている。それを口に咥えて中の水分を吸えということか?

 しかし、なんとなく異臭がするような……。

 

「奴隷宮の女奴隷どもから採収した朝の小便だ。身体の保持に必要な養分の粉薬も溶かしてある。次にやってくるまでに、全部なくなっていなければ、尻の穴から強引に体内に注ぎ込む」

 

 ラポルタが笑いながら言った。

 ベルズは鼻白んだ。

 

「と、とにかく飲め、お前たち……。頼む……」

 

 サキが言った。

 その元気がなく、申し訳なさそうな物言いは、本当にサキらしくない。

 

「小便といえば、私もおしっこがしたくなりましたよ。どうします? もしも、サキ様が私のおしっこを飲んでくれれば、こいつらをもう少し長らえさせてもいいですよ」

 

「わ、わしに、お前の小便を飲めと──?」

 

 サキが声をあげた。

 

「別にいいですけどね? ただ、私の気紛れの時間が減るだけですから。いつでも処刑執行してもいいですし……」

 

「いや、する──。させてくれ──。わしの口は、ラポルタ様の口まんこじゃが、いまからは便所だ。ラ、ラポルタ様が問題ないなら……」

 

「問題ありませんね。さあ、飲んでもらいましょう」

 

 ラポルタが腰から金具を外して、サキの顔を自分の股間に持っていく。ズボンの前から取り出されたラポルタの男性器が、サキの前に突きつけられるのが見えた。

 サキは大して躊躇することなく、それを口に含んだ。

 

「んん、んんっ、んっ」

 

 すぐに放尿が始まったのか、サキが苦しそうに声をあげだす。

 それでも、一生懸命に飲み下しているようだ。

 どうなっているのかは知らないが、飲み干せばどこかに運ばれるのだろう。サキの口の中にラポルタの小便が注ぎ込まれ続ける。

 

「さあ、お前たちも管を咥えて飲め。昨日の一日は小便もしなかったようだが、水分が足りてくれば小便も出るだろう。遠慮なく、そのまま下に垂れ流すといい。下に桶がある。それはサキ様に処理させる」

 

 確かに桶が宙吊りの「鳥籠」の真下に置かれている。

 尿意がないわけではないが、こんなところで放尿できないので我慢していた。

 しかし、それをサキに処理させるだと?

 

「問題ありませんよね、サキ様?」

 

 放尿が終わったのか、ラポルタがサキを股間から離して、局部をしまってズボンを整える。

 サキは苦しそうに咳き込んでいる。

 

「けほっ、けほっ……。も、問題ない。なんでもする──。だから、こいつらや……人間族の命を奪わないでくれ」

 

 サキが必死の口調で言った。

 

「さあね……、まあ、オレの気紛れの範囲ですけどね。ところで、小便に次いで、精処理もしてもらいたくなりました。構いませんか?」

 

 ラポルタがわざとらしく言った。

 

「も、もちろんじゃ。わしはお前の……愛するラポルタ様の性奴隷だ。よ、喜んでお前のちんぽを咥えよう。その代わりに……」

 

「まあ、サキ様の心掛け次第ですね」

 

 ラポルタが満足そうに高笑いをして、再び性器の前にサキの顔を移動させた。



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765 王妃の嘆き【王都】

 アネルザが王都に到着したのは、早朝という時間だった。

 もっとも、正確にいえば、王都に入ったのではなく、王都郊外のロウの「幽霊屋敷」に入ったのだ。

 アンとノヴァ、さらに、イザベラが残していった六人の侍女も一緒だ。妊婦のアンに夜の馬車移動は申し訳なかったが、必要があり容認させた。

 とりあえず問題ないようであり、よかった。

 

「ここは完全に廃墟だったねえ。幻影だと事前に教えてもらってなければ、途方に暮れて素通りしていたところさ」

 

 アネルザは、屋敷の広間のソファに腰掛けながら言った。

 随分と早い時間だというのに、アネルザたちが到着したという連絡を受けて、マアとエルザが寝着にガウンだけを身につけた格好でやってきてくれた。

 いまは、アネルザ、アン、ノヴァ、エルザ、マアの四人でソファに集まるかたちである。

 また、マアの護衛役である男装の麗人のモートレットは、相変わらず人形のような無表情でマアの後ろに立っている。

 眠っていたはずなのに、完璧に服を着て、髪まで整えている。どうやって眠っていたのか不思議なものだ。

 

 一方で、一緒にやってきたイザベラ付きの六人の侍女たちは、屋敷妖精のシルキーが連れていき、あてがわれる部屋に荷を運ぶ手伝いと、屋敷の案内を受けている。

 しばらくはここを拠点とするので、その準備というわけだ。

 それはともかく、この幽霊屋敷は、外観では完全な廃墟だった。

 すっかりと焼け落ちて、黒く焼けた建物の残骸があるだけだったが、アネルザたちが近づくと、シルキーの声が頭に響き、気がつくと、この屋敷内に誘導されていた。

 まったく大した屋敷妖精の魔道だ。

 

 こんなことになっているのも、ロウの処刑命令を受けた王家の軍がここにやって来て、包囲して焼き払おうとしたことによる対処らしい。

 だから、シルキーが屋敷全体を庭ごと亜空間に一時的に転移させ、外からは焼け落ちた残骸が見えるように幻影魔道をかけているそうだ。

 「主人」を得た屋敷妖精は、屋敷の管理に限定に関して、ほぼ無制限に魔道を駆使するというのが、これはすごい魔道である。

 アネルザは王都内には立ち寄っていないので見てはいないが、話によれば、スクルズが「主人」ということになっている王都内の「小屋敷」も同じような目に遭っていて、やはり、そこを管理する屋敷妖精のブラニーが、この幽霊屋敷同様に壊された建物の幻影をかけているそうだ。

 

「住むには快適さ。ここのほかにも、王都内に拠点は幾つもあるけど、楽なのですっかりとこっちに滞在することが多くなっているよ。ここから扉ひとつ越えると、ブラニー殿の屋敷側に移動できるようにも処置してくれているんで、王都への移動も楽だしね」

 

 マアだ。

 ロウという同じ男を愛人にする者同士、ハロンドール王国の王妃とタリオ公国出身の女豪商という立場の違いはあるが、ぞんざいな物言いをしてくれるように頼んでいる。

 そもそも、お互いの見ている前でロウに破廉恥に抱かれたこともあるのだ。

 体裁を装うのも馬鹿馬鹿しい。

 

「王都の混乱の回復のために奔走してもらって感謝するよ。王妃として礼をする。本来であれば、王家がしなければならないことなのにね。エルザにもだ。お前も嫁いだ身のタリオ公妃だ。それなのに、王都の回復のために活動してくれてすまないねえ」

 

 アネルザはふたりに頭をさげた。

 すると、エルザが大袈裟に肩をすくめる仕草をする。

 

「わたしは出戻りですわ、王妃殿下。無職です。だから雇ってもらわないとならないので、王家に尽くしているんです。役に立つと認識してもらったなら、わたしを王家に戻してください。タリオには戻りませんから」

 

「だったら、そろそろ戻ってくるはずのロウに抱かれればいい。女になりさえすれば、お前の面倒はしっかりと看てくれる。相手がタリオのアーサーだって、身体を張ってくれると思うよ。自分の女には義理堅いんだ。その代わり、かなり変わった性癖だけどね。だけど、それもすぐに、その快感に病みつきさ。離れられなくなるよ」

 

 アネルザはけらけらと笑った。

 エルザは顔を赤くする。

 

「でも、イザベラ様の夫となられる方ですよねえ。わたしまで、愛人になるというのはどうなんですか……。アンのお腹の子供の父親でもあるし……」

 

「そういう常識はあいつには通用しないよ。そんなことをいえば、わたしなんて、アンの実の母親だ。だけど、そういうことを考えるのはやめたよ、お前も、気にしてないだろう、アン?」

 

 アネルザはにこにこと微笑んでいるアンを見た。

 また、相変わらず、ぴったりと密着して座るノヴァと手を繋いでいた。

 このノヴァもアンの妊娠が発覚して以来、開き直ったようにアンと一緒にいて離れない。本来であれば、アン付きの侍女を兼ねた世話人でもあるので、ほかの侍女たちと一緒に荷運びなどで働かなければならないが、アンがそれを許さないし、ノヴァも余人に任せられるときには、アンとの接触を優先する。

 アネルザは、もうふたりの癒着のような関係は切り離せないものだと考えるようにしている。

 

 考えてみれば、ロウは最初から、このふたりをひとつのまとまりのある存在のように扱って、抱くのも、悪戯をするのも、ふたり同時にやっていた。

 毀れかけていたお互いの心を支え合ったふたりを心だけではなく身体まで依存し合う関係に仕立てたのもロウである。

 あいつは、これが必要だと最初からわかっていたのだろう。

 

 こうやって露骨に密着する関係になってから、実に、アンもノヴァも安定している。もともと、長子ではあるが、アンは大人しくて、いつも自信がなさそうで、おどおどしていた。

 だからこそ、アンを強く支えてくれそうなキシダインを夫にあてがったのだが、それはアネルザの大間違いだった。

 そして、アンを救い、ロウはふたりが必要なものとして、アンにはノヴァを、ノヴァにはアンを与えた。強引に離れられない関係に仕立てたのだ。

 その結果、アンも、これまでにない強い心を手に入れた。本来は、陵辱された王女など、世間の辛辣な陰口の対象なのだ。

 しかし、アンはまったく気にする様子もないし、いまは、大きな自信すら感じさせてくれる。

 つくづく、あいつは女扱いのうまい男だ。

 

「もちろん、気にしておりません、お母様。ご主人様……ロウ様の愛は無限です。ロウ様に、なにからなにまでお任せすべきです……。エルザ、本当にロウ様は素晴らしいお方よ」

 

「はいはい、まあ、考えておきますって」

 

 エルザは苦笑している。

 

「まあそうですね。モートレット、お前もだよ。ロウ殿が戻れば、すぐに抱いてもらうんだ。さもないと、わたしたちはお前を仲間だと受け入れることができないからねえ」

 

 マアが顔を後ろに向けて、モートレットに言った。

 モートレットが、人形のような無表情から当惑した顔に変わる。

 

「私がですか? 私は男なんて……」

 

「まだそんなことを言っているのかい。すでに、お前はあたしたちの秘密を知っているんだ。逃げられると思わないことだね。このあたしの顔を見ただろう。アネルザ殿もさ。あたしも王妃殿下も苦労して隠しているけど、まるで三十女、二十女くらいに若返っている。ほかにも、彼に抱いてもらった女は、ことごとく、欲しいものを手に入れた。お前も精を注いでもらうんだよ。わたしの護衛なら、これは命令だ」

 

 マアはぴしゃりと言った。

 命令で抱かれろとは、随分と容赦ない。

 だけど、アネルザもそれが正しい選択だと確信している。咎める気持ちはない。

 

「でも、私はこんなですし……。女として抱いてくれる方など……。お相手の気持ちもありますし……」

 

 モートレットは当惑気味だ。

 すると、マアが笑った。

 

「是非とも、その男装姿で彼の前に行くといいよ。多分、実にじわじわと時間を掛けて、お前が女であることを自覚させてくれるに違いないさ」

 

 マアが言った。

 

「はあ」

 

 モートレットは生返事だ。

 

「それにしても、王宮はどうなっているんだろうねえ。今回も、護衛隊を五百もつれてきたけど、街道沿いのどの関所でもおとがめなしに通過してきたよ。もちろん、わたしやアンがいることは隠したけど、向こうも確認しようともしなかった。王軍であることを認めたら、そのまま素通りさ。とりあえず、王都には入らずに、王都外の演習場に駐屯するように指示してきたけどね」

 

 アネルザは話を変えた。

 王都までの移動の警備をさせた元のライス隊のことだ。ライス隊長以下五百については、イザベラが南域動乱の鎮圧に参加するために連れていったが、残りは残置されていた。

 それは、アネルザの王都帰還にあたり、護衛として同行させてきたのだ。

 この幽霊屋敷の廃墟の近くで、アネルザたちの馬車だけを切り離して別れたが、彼らについては、とりあえず王都外の演習場に入るように指示をしていた。

 

「それがいいね。どうやら、王軍については、王家の秘宝とやらで、操心状態にしているらしい。そのまま、王軍の営舎に戻れば、彼らも操心術に掛けられる可能性がが高い」

 

 マアもモートレットを揶揄(からか)う顔から真面目な顔になる。

 

「ルードルフの馬鹿たれが……。王家の秘宝で軍や王宮の重鎮を操るなんて、やっていいことと、いけないことの区別もできないのかい」

 

 アネルザは吐き捨てた。

 操り具で自我を消して服従させるなど、家臣や王国臣民に対する裏切りも同然である。

 いまは、そのことは隠れているが、すぐに発覚するだろう。

 そうなれば、王家は終わりだ。

 こんなことをする王家を家臣が信頼するわけがない。

 ルードルフが秘宝を使って軍を操っている可能性があるとマアから手紙で知らされたときには、さすがのアネルザも度肝を抜かれてしまった。

 これはルードルフひとりの悪行に留まらない。そういう操り具があるということだけでも、家臣の信をなくすのに十分なことだ。さらに、それを使用したということになれば、王家の信頼は地に落ちる。

 頑張っているイザベラだが、もしかしたら、世間はルードルフの血を引いているイザベラの即位を認めないかもしれない。

 女王イザベラを守る力を集められるだろうか……。

 

「王妃殿下、申し訳ありませんが、父王陛下は切り捨てるしかありません。そして、糾弾というかたちで、すべての罪を背負ってもらって処刑。秘宝は破棄を公開。それで信頼を取り戻しましょう。幸いにも、西の辺境候の動きは鎮まった気配があります。南部動乱は残っていますが、あれは王家を脅かす勢力にはなり得ません」

 

 エルザだ。

 さっきまでの半分お道化(どけ)たような態度は消えている。

 

 西の辺境候の動きというのは、アネルザの実家であり、この数箇月ほど、国王退位を要求して叛旗を掲げていたマルエダ家とそれに応じて兵を送っていた西域領主たちのことだ。

 これもまた、あのサキが絡んでいた気配があるが、その辺境候のところに集まっていた領主軍が解散したという情報は、一日前に入ってきた。

 詳細はまだ不明だ。

 

 ただ、イザベラと一緒に南域に向かってくれたイライジャたちからの情報により、一度、シャングリアの実家のモーリア男爵家に合流したロウが、王都ではなく、辺境候側に向かったということについてはわかっているので、おそらく、ロウがなんらかの解決をしてくれたのだとは思う。

 なにをどうしたのかはわからないが、国内叛乱の可能性を消してくれたということであれば、ハロンドール貴族としてのロウへの功績は巨大だ。これからのことにもよるが、王家の恩人だ。

 

 しかも、話によれば、あのエルフ女王をたらし込んで、その隊を借りて、そっちに向かったという。

 クリスタル石の取り引きのほかには、一切外部には関わってこなかった閉鎖的なエルフ王家を取り込むなど大したものである。

 なにしろ、この大陸でもっとも権威あるエルフ王家による英雄認定だ。

 あっという間に、ロウは時の人になった感がある。

 この連絡の直前には、アネルザの父親がロウを叛乱軍の長として担ぐという情報もあったから、驚愕とともに騒動の拡大を懸念していたのだが、逆に鎮まることになったようであり、大きく安堵している。

 

「まあ、操り云々は、はっきりしたことではないけどね……。だけど、ミランダもベルズも間違いないと断言はしていたねえ……」

 

 マアだ。

 アネルザは嘆息した。

 

「そのミランダたちだけど、まだ連絡が?」

 

 アネルザが訊ねた。

 そもそも、こうやって急遽、ノールの離宮を離脱して、王都正面に戻ったのは、ミランダとベルズが王宮に潜入して、そのまま戻ってこないという緊急の魔道連絡を受けたからだ。

 それで戻ってきた。

 また、やはり、あの呪いのようなスカンダの土地縛りの魔道から開放されたというのも、これでわかった。

 

「とれない。情報もない。あれから、王宮内への商人による物質搬入も停止されてしまった」

 

 マアが言った。

 ミランダたちが王宮への潜入を決めたのは、食料などの卸し商人たち通じて、サキが手下の部下に裏切られて、囚われになっているという情報に接したかららしい。

 しかし、ミランダたちは戻ってこず、王宮への出入りを許されていた商人も、この一両日は完全遮断とのことだ。

 なにかがあったのだと思うしかないようだ。

 

「とにかく、まだ拡まってはいないけど、王家や王宮が乗っ取られて、無力化されているということが世間に知られれば、あの野心家のタリオのアーサーが動くかもしれないし、王家の力がないとわかれば、王国内の治安も荒れる。早急に対応しないと……。だけど、こっちには駒がない……。やっぱり、イザベラを南域にやったのは失敗だった……。あんな賊徒の横暴など、しばらく放っておけばいいんだ……。それよりも王都だったよ……。せめて、この混乱を王太女が解決したというかたちがとれれば、王家の信頼も髪の毛一本分くらいは残るんだろうに……」

 

 アネルザは嘆いた。

 

「いえ、問題ありませんよ」

 

 すると、突然にアンが言った。

 にこにこと笑っている。

 アネルザは首を傾げた。

 

「問題がないって? あのスクルズのようなこと言うねえ」

 

 だが、ここにはいないあの脳天気な神官のことを思い出して、ちょっとアネルザは笑ってしまった。

 スクルズがルードルフに処刑されたという連絡に接したときには、腰が抜けかけたが、それも猿芝居だとわかったときには、呆れるとともに安心した。

 “問題ない”というのは、そのスクルズの口癖だ。

 あいつは、どんなことでも、その言葉と笑顔ですべてを誤魔化してしまう。

 

「ええ、問題ありません。だって、ロウ様にお任せすればいいんですから」

 

 アンはきっぱりと言った。

 

「ロウに?」

 

 アネルザは言ったが、確かにロウならなんとかしてくれるような気はする。

 根拠などないし、実際には一介の冒険者にすぎないロウが、王国と王家の危機を救ってくれるなど期待するのも間違っているが、それでもロウがいればなんとかしてくれる──。

 確かに、そう考えるだけで、理由のない安心感が心を満たす気もしてきた。

 

 そもそも、ロウこそは、アネルザが“これぞ、英雄”と見込んだ男なのだ。

 しかし、ロウに連絡を取りたいが、そのロウがどこにいるのかわからない。

 最後に確認しているのはイライジャたちからの情報であり、ロウとエルフ女王の一行が辺境候領に向かったということだ。

 それで、アネルザも魔道具を使った通信で実家に連絡をしているが、アネルザの居場所がノールの離宮からこっちに移動したということもあり、いまのところ連絡はついていない。

 

「ええ、ロウ様にお願いすればいいのです。助けてくれと……。それで万事解決です。ロウ様なら、なんとかしてくれます。王家のことも、王国のことも……。なんでもです……。ねえ、ノヴァ、あなたもそう思うわよね?」

 

「はい、アン様。もちろんです。ロウ様なら助けてくれます」

 

 ノヴァもにこにこと笑っている。

 アネルザは噴き出した。

 

「まあ、あいつが頼もしいのは知っているよ。キシダインとの抗争だって、あいつがいなければ、あんなにうまく物事は収まらなかった……。わたしも早く連絡をとりたい。相談したい。すがりたい。だけど、なかなか捕まらなくてねえ……」

 

 アネルザは苦笑した。

 

「ロウ様は、イザベラのところです。間違いありません。だって、イザベラは戦場に行ったんですから……。だから、ロウ様はイザベラを助けようとなさると思います。あのお方は、いつだって、わたしたちを助けようとしてくださりますもの。だから、南域です。南域に向かったイザベラに、わたしたちからロウ様への言葉を届けましょう。“助けてくれ”って」

 

 アンは微笑みながら言った。

 本当に自信満々の表情だ。

 これほどの危機的状況だというのに、アンはロウが対処してくれるということをまったく疑ってもいないみたいだ。

 信じきっている。

 

「ロウは、イザベラのところに行ってくれているのかねえ……?」

 

 だが、アネルザも、なんとなくそう感じてきた。

 ロウさえ戻れば、なにもかもうまくいくと……。

 また、南域に向かったイザベラの動向も不明だ。アネルザも情報をとろうと思っているが、なぜか、急に情報が入らなくなった。

 遮断されたというよりは、大きな混乱があったという感じである。

 アネルザも心配をしているのだが……。

 しかし、だったら、ロウが向かっていてくれていればいい。

 きっとロウなら、なんとかしてくれるに違いない。

 

「ミランダも、ベルズも、サキ殿もことも心配さ……。だけど、王宮は王軍を握っていて迂闊に動けないし、情報もない。とにかく、情報を集めるよ。もちろん、ロウ殿には連絡しよう。すぐに連絡が取れないのは、アン殿の主張のとおりに、南域に向かったのかもしれない」

 

「そうだね、おマア……。そして、お前の忠告に従うよ、アン」

 

 アネルザは大きく頷いた。



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766 ゲーレの死闘・二日目の始まり【南域】

「来たわね……」

 

 イライジャは、屋根の上に作った物見櫓(ものみやぐら)から、東側からやってくる農民の海を見ていた

 横にはミウだけがいる。

 

 

「はい……」

 

 そのミウが震える声で返事をした。

 襲撃してくるのは、手に様々な武器を持っている暴徒の大集団だ。

 いや、武器を持っている者は少ないだろう。

 農具や棍棒──。

 雑多な得物を彼らは持っている。

 具足さえもつけていない。

 

 しかし、圧倒的多数──。

 地面が揺れ、彼らの喚声で空が震えるような感覚に襲われる。

 

 一方で、西側にはしっかりと陣形を作った賊徒兵がいる。騎馬隊もいて、こっちは秩序の保たれた「正規軍」という感じだ。

 そっちには動きはない。

 おそらく、あれだけの農民の暴徒をぶつけて、屋敷側が粉砕されてしまえばそれでよし──。

 強力な魔道や防護魔具で凌ぎきったとしたら、完全に疲弊したところを今度は賊徒の正規軍が攻撃する──。

 そんな筋書きだとは思う。

 

 だが、完璧なやり方だ。

 こっちには、それに対応する手段はない。

 ただただ、その場その場で凌ぎきるしかない。

 

「イライジャさん、また出るよ──」

 

 イットが櫓に飛び込んできた。

 マーズもいる。

 

「待って──。出ないで──。屋敷内にいて──。出るときは指示する――」

 

 慌ててイライジャは止めた。

 いまにも櫓から屋根に飛び降り、そのまま階下に向かって跳躍するような態勢だったイットとマーズが同時に怪訝な顔を向ける。

 

「なんで──?」

 

 イットが叫んだ。

 

「無駄よ。凌ぎきれない──。屋敷の戦いになる──。そのときまで待って──」

 

 イライジャは言った。

 あんなものをたったふたりで抑えられるわけがない。

 津波をたった二本の杭で抑えるようなものだ。ふたりの周りで渦ができて大波がほんの少し阻まれたところで、ほかの場所から津波は溢れかえり、ふたりとも暴徒に包まれて終わりだ。

 

 遠くだった暴徒の津波が接近してくる。

 

「全員、東側に集結──。陣の内側に構え──」

 

 イライジャは庭に向かって叫んだ。

 半分が夜の内に逃亡してしまい、残った三十名ほどの王軍兵だ。

 陣形も、策もなにもない。

 ただぶつかってもらうしかない。

 ただし、詰めるだけ物資の入っている荷箱を積みあげた。

 また、木箱の前の部分は地面を掘り起こして水を撒き、足が取られるような軟弱地を箱の前に作った。

 できるのはそれくらいだ。

 

「イライジャ──」

 

 シャーラが駆けあがってきた。

 

「シャーラさん──。姫様を隠してください。屋敷内の戦いになるかもしれません。そのときには、隠れさせて──」

 

「いましているわ──、侍女三人をつけた。ユイナにも頼んだ。彼女に魔道陣を刻んでもらって、ただの壁に隠し部屋を幾つか作ってもらっている……。来るわね」

 

「ええ……」

 

 イライジャは頷いた。

 賊徒たちは、中心にあるこの屋敷と外縁までの距離の里の半分まで来た。

 

「いつでも、いけます……」

 

 ミウが両手を挙げた。

 顔は真っ蒼だ。

 だが、やってもらわないとならない。

 気の毒だが、彼女の魔道がなければ、この戦いは話にもならないのだ。

 しかし、賊徒たちの工作により、この里全体の魔素という魔道のもととなる力がかなり薄くされてしまっている。

 前回のような大魔道は駆使できない。

 ミウも、一方向に限定的──。しかも、数回魔道を打てば、魔素が再度満ちるまで使えないと言っている。

 あとは、やってみて、農夫たちが怯んでとまってくれるかだ。

 

 暴徒の先頭が昨日の朝、ミウが大火炎魔道で焼き払った場所に、もうすぐ辿り着く……。

 

 

「逃げるな──。あんたら、叩ききるわよ──」

 

 そのとき、シャーラが叫んだ。

 なにに向かって怒鳴ったのかと思ったら、眼下の庭側にいる王兵たちだ。槍をとって構えるどころか、逃げかけているのだ。

 だが、イライジャは一瞥のみで、駆け進んでいる暴徒に視線を戻す。

 あんな連中は、どうでもいい。

 どうせ、大して役には立たない。

 

「降りるわ」

 

 シャーラが梯子を駆け下りる。

 彼らの後ろで、逃げようとする王兵たちを脅すつもりだろう。イライジャは、シャーラの好きなようにさせることにした。

 

「ふたりは待機よ」

 

 イライジャは、イットとマーズに声を掛ける。

 シャーラと一緒に飛び出したそうな雰囲気だったからだ。

 

 暴徒たちが迫る──。

 すでに、焼け焦げた地面の部分を半分すぎた──。

 

 はっきりと表情がわかるようになってきた。

 全員に怒りの顔がある。

 なにをあんなに激怒しているのか……。

 

 男もいれば、女もいる……。

 年端もいかない子供もいるのではないだろうか……。

 

「打って──」

 

 イライジャは叫んだ。

 ミウの火炎魔道が炸裂して、暴徒の先頭付近が一斉に炎に包まれる。

 阿鼻叫喚の悲鳴が起きて、百人以上の先頭側の暴徒が火に包まれて暴れ出す。その火が次々に燃え移り、後ろに拡がる。

 火炎の壁自体も、暴徒たち全体を大きく舐めるように、ゆっくりと後続の暴徒たちを焼いていく。

 彼らの絶叫が大きくなる。

 身の毛をよだつような光景だ。

 

「うう……」

 

 ミウが苦しそうな声を出した。

 イライジャは、背中側からミウを抱くようにして両肩に手を添える。

 

「しっかり──。ロウが来てくれたら、ミウのおかげで生き延びたって言うわ。多分、ロウはあなたに感謝する。たっぷりと愛してくれるわ──」

 

 声をかけた。

 硬かったミウの身体がちょっとだけ緩む。

 

「いっぱい……。いっぱい、褒めてもらいたいです……」

 

 ミウがちょっと笑った気がした。

 

「ええ、きっと、いっぱい誉めてくれるわよ――」

 

 先頭付近が一斉に火炎に包まれてたが、暴徒全体の逡巡は少しだ。後ろは前に突き進んでくる。

 炎に包まれている仲間の暴徒たちを押し払いながら、こっちに向かってくるのだ。

 耳をつんざくほどの喚声がこだまする。

 

 百人、いや二百人はまだ火に包まれているだろう。しかし、後ろからやって来た新手が、彼らの前に出てきた。

 

 勝負にならない……。

 

 イライジャは歯噛みした。

 頼みの綱は、昨日の朝のように、一発の大魔道で暴徒全体が恐怖で止まってくれることだった。

 だが、今日は止まらない。

 

「次、いきます──。でも、勢いは小さくなります。多分、同じものをもう一発──。そうしたら、しばらく打てないかもしれません」

 

 ミウが叫んだ。

 賊徒たちが里の外郭全体に埋めた魔力を減殺する魔石は、完全に魔素を消滅させているわけではない。

 極めて量を小さくしているだけだ。

 だから、時間さえ待てば、やがて、大魔道を放てる程度には満ちるらしい。

 しかし、そのあいだに、屋敷は暴徒に囲まれるだろう。

 

 ミウの火炎魔道が再び大きく炸裂した。

 またもや、賊徒の先頭全体を火炎が呑み込む。

 だが、やはり、さらに後ろから襲ってくる。

 火炎に包まれる仲間を無視して前に出てくる。

 

「イット、ユイナをすぐに呼んで──。屋敷の庭に雪崩れ込まれるわ──」

 

 焼かれる暴徒を踏みつけて越えてきた暴徒の先頭が、ついに、屋敷周りの土堀に辿り着いた。

 後ろからやってくる暴徒たちに押されるように、次々に堀に飛び込む。

 その後ろからも、どんどんと飛び込む。

 

 しばらくすると、堀に人が満ちて、その上を暴徒集団が通過してくるようになった。

 昨日破壊された外壁を突破される。

 

 荷箱の壁が押されて、こちら側に倒され始める。

 そこも先頭が越えてきた。

 

「来るわよ──」

 

 イライジャは兵たちに叫んだ。

 シャーラがなにかを彼らの後ろから叫んでいるが、暴徒たちの声が大きくて、なにも聞こえない。

 集まらせた王兵たちが、ひとりふたりと端っこから逃げ出し始める。

 

 王兵と暴徒がぶつかる――。

 

 暴徒たちと王兵たちの戦いになった。

 外壁のあった場所には、まだミウとユイナが準備した防護結界が魔石で残っている。

 だから、目に見えて暴徒たちの動きがゆっくりとなっている。

 しかし、後ろからやってくる仲間に彼らは押し倒されている。

 その後ろの者も動きが緩慢になるが、その後ろから暴徒がまた押し避けるように襲ってきて……。

 イライジャは息をのんだ。

 

 動きがとまった先頭側の暴徒たちがどんどんと突き倒される。

 しかし、彼らは構わずに進んでくる。

 王兵たちが暴徒に呑み込まれだす。

 

「最後です──」

 

 ミウが叫んで、土掘の中が爆発して、再び数百人の暴徒が吹き飛ぶ。

 しかし、無駄だ。

 

 なにもなかったかのように、さらに後ろから暴徒が押し寄せて、またもや土掘のあった部分が人で満ちる。

 

「わっ、もうこんな状況──?」

 

 汗をかいているユイナが、イットと一緒に櫓に駆けあがってきた。

 一方で屋敷内の庭に暴徒に雪崩れ込まれた。

 あっという間に、王兵たちの姿が屋敷の庭から消えてしまった。

 

「シャーラ──」

 

 彼女がどうなったかわからない。

 屋敷内に戻ってきてくれればいいが……。

 

「あんたら、次いくわよ──。イットとマーズは、庭の王兵の収容を支援。ただし、暴徒に入り込まれそうになったら、外に残っていても封鎖して」

 

 イライジャは言った。

 ふたりが階下に駆け下りていく。

 

「ミウ、地面に魔道を注いで──」

 

「はい、ユイナ──」

 

 屋敷内の庭には、ユイナが埋めた炸裂弾に変えた魔石がたくさん埋まっている。ユイナが準備したものであり、昨日のうちに埋めたのだ。

 それは、魔石自体に魔力が満ちているので、発火するだけの小さな魔力だけで魔道は発動する。

 

 大音響が地面で次々に起きる。

 一応は王兵たちがいた場所は避けているが、そっちに王兵が逃げてしまっていたら知らない。

 全員に、炸裂弾が埋めてあるので、示された場所以外は動くなと告げていたので、爆発に巻き込まれたとしても、ある程度自業自得だ。

 

 屋敷周りに溢れかけていた暴徒が爆風に吹き飛ばされて倒れていく。

 少しだけ屋敷の庭の暴徒の数が減る。

 

 やっとシャーラの姿を確認した。

 打ち合わせの通りに、屋敷の扉のひとつから入ってきた。

 ほっとした。

 十人ほどの王兵が続く。

 

 そこからイットとマーズが出る。

 群がった暴徒を斬り倒していく。

 さらに三人王兵が戻る──。

 

 イットとマーズが建物側に戻った。

 

「いって──」

 

 イライジャが叫ぶよりも早く、外の者を収容した扉の前の地面が噴き飛び、数十人の農民の暴徒が身体を千切られて転がる。

 

「残り全部──」

 

 ユイナがミウに叫んだ。

 もう一度、庭全体で大爆発が起きる。

 立っている暴徒がいなくなる。

 

 だが、すぐに外から暴徒が屋敷の庭に入ってきた。

 

「もう、仕掛けはないわ──」

 

 ユイナが蒼い顔で叫んだ。

 

「わかっている。ありがとう──。でも、戦いはこれからよ──」

 

 暴徒たちが屋敷の壁に群がり、手も持っている道具で叩き始める。

 それがあまりの数なので、屋敷全体がぐらぐら揺れ始めた。



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767 籠城(ろうじょう)続く、そして…【南域】

 屋敷が揺れ続けている。

 そして、轟音のような怒声が屋敷の周りから鳴り響いている。

 イライジャは、屋敷の屋根を壊して作っている物見櫓(ものみやぐら)から、屋敷に群がる暴徒の巨大な大集団を上から観察していた。

 横にはミウとユイナがいる。

 

 とにかく、大変な状況だ。

 大勢の農民の暴徒が屋敷の壁を壊し、あるいは、扉や窓を蹴破ろうとして群がっているのだ。

 だが、屋敷の外側部分には、ミウの張った防護結界があるし、壁に魔道紋を刻み込んで魔石を埋め込むことで、とんでもなく強固な砦ができあがっている。

 簡単には入ってくることはできないはずだ。

 

 もっとも、昨日、外壁を破壊されたときのように、大量の火薬を仕掛けられるまですれば、ユイナもミウももたないとは、言っている。

 しかし、東側の賊徒の正規軍は、いまのところ、この里から街道を下りる山道を後方側で塞ぐように陣を整然と構えたまま動かない。

 

「わっ」

 

 声をあげたのは、櫓の床にしゃがみ込んでいるユイナだ。

 ユイナが声を出したのは、櫓の横を石が通り過ぎて、屋根を弾いて音を立てたからだ。防護結界は櫓だけにかかっているので、当たらない方向の石はそのまま通り過ぎてしまう。

 

「うわっ、また来た──」

 

 ユイナが悲鳴をあげる。

 確かに数個の石が今度は真っ直ぐに櫓に向かっている。

 

「大丈夫よ……」

 

 イライジャは言った。

 石は、見えない壁に当たったように、途中で下向きに方向を変えて屋根に落ちてしまう。

 最初は恐怖が襲ったが、ミウの防護結界のおかげで、櫓には石が届かないとわかると次第に気にならないようになった。

 

「屋敷に戻れたのは、十五人よ」

 

 櫓にあがってきたのは、シャーラだ。

 イライジャは一瞥した。

 近衛軍の軍装はぼろぼろであちこちが破れているし、たくさんの血糊を浴びている。

 凄まじい格好だ。

 しかし、大きな負傷はなさそうだ。

 ミウに比べれば、天地の違いほどに能力が違うが、シャーラも最小限の治療術は遣える。自分で止血をしたのかもしれない。

 

「あたしが……」

 

 ミウが梯子をおりようとした。

 だが、それをユイナが留めた。

 

「放っておきなさい。あんな連中」

 

 ユイナが吐き捨てた。

 夜のあいだに、もしかして人質のように使えるかもしれなかった侯爵夫人を連れ出して、まとまって逃亡していった王軍たちのことを、ユイナは呆れているし、怒っている。

 だから、辛辣だ。

 まあ、イライジャも同じ気持ちだが……。

 

「でも……」

 

 ミウが躊躇した感じになり、ちらりとイライジャに視線を向ける。

 彼女の治療術はすごい。

 十五人程度の治療など、あっという間だ。ミウの治療が終われば、すぐに彼らは再び戦える状態になる。

 そもそも、瀕死に近い重傷を負った者を完全に治療するのは、かなりの魔力を駆使する大魔道のはずだが、それを何十人も続けて行い、本人はけろりとしているのだ。

 しかも、治療時間も短く、ひとりにかかる時間も瞬時に近い。

 本当に、最高級の実力を持つ自由型(フリィリー)の魔道遣いだ。

 

 だが、考えてみれば、ナタル森林への旅が始まるまでは、ミウは魔道の不安定な新米魔道遣いでしかなかった。それをここまでの魔道遣いにまで能力を上昇させたのは、間違いなく、ロウの不思議な力だだろう。

 まあ、そのロウの不思議な力で本来の実力以上の能力を覚醒しているのは、イライジャ自身も同じかもしれないが……。

 こうやって、自分が戦の指揮ができるなどということは、我ながら信じられない。だが、やってみれば知恵も頭に浮かぶ。なにを切り捨て、なにを優先しなければならないのかということも、大きく迷うことなく決断できる。

 

「放っておきなさい、ミウ。それよりも、あれだして。そろそろ来るわ」

 

 イライジャは言った。

 

「あっ、はい」

 

 ミウが物見櫓の手すりの上に、亜空間に収納してもらっていた木樽(きだる)を横置きに出現させる。

 

 二箇所……。

 いや、三箇所か……。

 

 縄のついた金具がかけられて、そこから人がのぼって来ようとしているのがわかる。または、長い立て材だ。梯子もある。どこからか持ってきたのだろう。

 そこから、屋根越しにこっちに来ようとしているのだ。

 大勢の集団が屋敷のあちこちで屋敷への入り口を作ろうを努力しているが、魔道で固めた壁や扉や窓を壊すことができないのだ。

 だったら、すぐに、すでに開放されている屋根にあがってくるとは予想していた。

 

「イライジャさん──」

 

「イライジャ──」

 

 イットとマーズだ。

 ふたりは、外にいた者たちを屋敷内に収容すること手伝ってもらったが、まだ本格的な戦闘はしていない。

 無傷である。

 

「ミウから油樽を受け取って、どんどんと投げて──」

 

 イライジャはそう怒鳴ると、支えていた木樽──中身は油だが、それの蓋を開けて、屋根に上がってきた最初の暴徒に向かって転がす。

 

「ぐあっ」

 

 そいつがまともに油樽に当たり、後続の者をまき込んで屋根から落ちる。

 

「こっちも貸してくれ、ミウ」

 

「わたしにもよ」

 

「わたしもやろう」

 

 マーズ、ユイナ、次いで、シャーラが手を出す。イットもだ。

 みんなで次々に、のぼってくる農民たちに向かって、油樽を転がして屋根から落としていく。

 油は、栓を抜いてから投げるので、すぐに屋根は油まみれになる。壁の横もだ。

 

 暴徒たちが争うように、屋根に上がっては進んでこようとするが、ひとりも近づけないでいる。

 ここまで辿り着いたところで防護結界があるので、櫓から内側には入り込めないとは思うが、傾いている屋根がぬるぬるになり、面白いように暴徒たちが滑り落ちていってしまう。

 たまに棒や石、刃物ようなものを投げられたりするが、やはり、結界は阻まれてここまで届かない。

 

「すごいわねえ……。亜空間術で幾つの樽を入れているの?」

 

 シャーラが樽を落としながらミウに訊ねたのが聞こえた。

 

「五十です。もう残り、十五樽ほどです」

 

 ミウが次の樽を出しながら応じた。

 

「五十樽? 本当にすごいわねえ。そんなことができる魔道師は、王宮にもひとりもいないわよ」

 

 シャーラが呆れたように言った。亜空間術の容積は魔道遣いとしての実力に比例する。

 そもそも、収納術自体が最高級の魔道のひとつだが、ミウの魔道の収納能力が大きいということは、それだけミウの実力が桁違いだということだ。

 

 その会話のあいだも、どんどんと樽を落とていく。大勢があがってこようとしているが、誰も近づけない。

 そして、屋根はもちろん、屋敷周りがもはや油まみれだ。

 

「そうですか? スクルド様やガド様は、その十倍……、いえ、もっと多いと思います」

 

「あんなガドたちみたいなお化け連中と比べちゃ駄目よ。まあ、常識人からすれば、あんたも十分に魔道ばかだけどね」

 

 ユイナが樽を転がしながら笑った。

 

「ガド……って、もしかして、ガドニエル女王陛下のこと? そんな風に呼んでるの?」

 

 シャーラがちょっと驚いている。

 

「ミウ、あと樽は幾つ?」

 

 イライジャは叫んだ。

 

「残り七です」

 

「わかった。屋根はもういい。マーズ、残りを四方の庭にぶん投げて、油を拡げて。ほかの者は、櫓の穴を塞ぐわよ」

 

 イライジャは樽を屋根に転がすのをやめさせた。

 ミウが櫓の床に樽を積み重ねて出現させる。

 マーズはそれを両手で頭上にあげて、大きく投げ飛ばす。暴徒たちに満ち溢れている屋敷の庭に落ちて、暴徒をまき込みながら樽が壊れて油が飛び散っていく。

 

 一方でイライジャは、ほかの者と協力して、櫓のために穴を開けている屋根を準備した板で塞ぐ準備をする。

 まあ、準備とはいっても、今朝までに櫓の側面は板状の石を持ってきて塞いだので、梯子を外して、それが出ていた場所に石板の蓋をするだけだが……。

 

「最後です──」

 

 マーズが大声をあげて、最後の樽を放る。

 イライジャは、自分以外の全員を階下の広間に降ろした。

 そして、自分もおりる前に、改めて怒声をあげて屋敷に群がってる暴徒の群衆を見て微笑んだ。

 

「熱い贈り物をあげるわね……」

 

 空に向かって小さな火の玉を四方に八個ほど飛ばして宙にあげる。

 イライジャも魔道遣いの端くれだ。

 ミウの豪華な魔道に比べれば、お粗末なほどの小さな火の玉だが、いまはそれで十分だ。

 ふわふわとその火玉が屋敷の屋根やその周りに落ちていく。

 屋敷が火炎に包まれても、ミウの結界魔道に囲まれているこの屋敷は、炎で焼かれるということはない。

 しかし、油まみれになった暴徒たちについては、そうはいかないだろう。

 

 落下してくる火の玉に気がつき、幾人かの暴徒が声をあげた。それはざわめきに変わり、そして、全体の悲鳴に変化した。

 そのあいだも、ゆっくりと火の玉が落ちてくる。そうなるように魔道をかけたのだ。

 一部の暴徒がやっと屋敷から離れようとする。

 しかし、後ろをぎっしりと阻まれているので、逃げられない。離れようとする者たちと、前に進もうとする者たちで混乱が起きたのが見えた。

 

「ぼやぼやしていると、全員焼け死ぬわよ──」

 

 イライジャは、ひと声叫んでから、下から梯子をずらし落としてもらいながら、梯子を通していた穴を石蓋で隠す。

 櫓部分は二重結界になっているが、念のためだ。

 暴風が屋敷をぐらぐらと揺らすような衝撃とともに、一気に屋敷内が暑くなる。

 屋敷の屋根と壁周りに火がついたのだ。

 

 イライジャは、梯子を支えていたマーズに、梯子ごと抱えてもらい床に落りた。

 血の匂いがした。

 最初に外ので戦っていた王兵の者たちが、傷だらけで床で座ったり、横になったりしている。

 ミウが端から治療術をかけていっている。

 

「イライジャ、話がある──」

 

 そのとき、イザベラが寄ってきた。

 三人の侍女も一緒だ。

 イザベラは、なぜか怒ったような顔をしている。そして、なにかを覚悟したような決死の表情だ。

 

「なにか?」

 

 屋敷の中にもごうごうと壁が燃えている音が聞こえている。なにかが弾けるような音と風が唸るような音もだ。

 それが厚い壁を通じて、ここまで聞こえている。

 

「お前が最初に言った策だ──。あれをせよ」

 

「あれ?」

 

 イライジャは、一瞬なんのことかわからなかった。

 次いで、もしかしたら、全員が一丸となって、囲みの外に逃げるという策のことを言っているのだろうかと頭に浮かんだ。

 だが、あれは、このイザベラがこの屋敷から離れられないことで、選べない選択になったはずだが。

 

 そのときだった。

 部屋に不意に狂ったような笑い声が響いた。

 

「けけけけ、だめえええ、王女様はどこにも行かせないい。このスカンダちゃんからは逃げられないよおお」

 

 あのスカンダとかいう童女妖魔だ。

 天井に浮かんでいる。

 

「いまよ、ミウ──。捕らえて──」

 

 シャーラが叫んだ。

 

「はいっ」

 

 ミウの腕から光線のようなものが飛ぶ。

 しかし、それが当たる前にスカンダの姿は宙に溶けてなくなり、狂った笑い声だけが残って、やがて、それがなくなる。

 

「駄目でした……。すみません」

 

 ミウが意気消沈している。

 

「謝ることはないわ。あれは幻影よ。あんたの魔道が当たったところで、捕らえられはしないわよ。多分、本体は亜空間にいて、幻影の姿だけをこっちに転送したのよ」

 

 ユイナが言った。

 高度な鑑定術の扱えるユイナの言葉だ。そのとおりなのだろう。また、それだけの高等技術を持った妖魔なのだとすれば、彼女に呪術を掛けられている限り、逃亡はできないというのは確かなのに違いない。

 

「イライジャ、ここを脱出せよ。全員が塊になって逃げるのだ。このままでは、全員がここで死ぬ。ここに残るのはわたしだけだ──」

 

 すると、イザベラが言った。

 

「はあ?」

 

 思わず、無礼な物言いで問い返してしまったが、これは仕方がないだろう。

 なにを言っているのだ。

 

「いいから逃げるのだ。これ以上はもたん。いまは炎が包んでいるが、すぐに火は小さくなるのであろう? さすれば、再び襲ってくる──。もう油樽はないのではないか?」

 

「それはそうかもしれませんが、だから、姫様を置いていけと?」

 

 イライジャは嘆息した。

 そんなことを負傷した兵の前で言ってしまうのが、まだ彼女の施政者としての幼さかもしれない。

 絶望的な顔で沈み込んでいた王兵たちが、少し期待するようにじっとこっちを見守っているのがわかる。

 彼らもまた、このままではやがて追い詰められて殺されるだけだと思っているのだろう。

 だから、逃げるという手段があるなら、それにすがりたくなってくる。そんな表情になっている。

 しかし、いまの状況では、それは悪手だ。

 すでに存在していないような彼らの戦意だったが、ここで逃げることを仄めかしてしまったら、もう彼らは命をかけようとしないだろう。

 

「姫様──」

 

 シャーラがたしなめるように口を挟む。

 

「いや、これは命令だ──。わたしのために離脱をするという選択肢が使えんのなら、わたしはもういい。それに、もしも、里の外に離脱できれば、シャーラもミウも移動術を使えるのではないか? わたしは賊徒に捕らわれよう。外に逃げられたなら、改めてわたしを助ける手段を考えてくれ」

 

 イザベラは言った。

 イライジャは首を横に振った。

 

「あの暴徒たちは、姫様を捕らえたりはしませんよ……。暴行をして陵辱し、そして、殺すだけです」

 

「それでもいい──。このままでは……」

 

「お黙りください──」

 

 イライジャは怒鳴った。

 イザベラがたじろいだ感じになり、口を閉じる。

 

「この重包囲下で脱出が可能だったのは、数百人の味方の人数がいたときのことです。もう、これだけしかいないのです。逃げれません。あたしたちにできるのは、援軍が来るまで、遮二無二戦い続けることだけです」

 

 イライジャは、断言した。

 もしも、可能だとしても、イザベラを残して逃亡するなど、取り得る手段ではない。

 

「援軍は来んぞ──。リー=ハックは裏切っているのだ──」

 

 イザベラが大声をあげた。

 まったく、この姫様は……。

 

「リー=ハック将軍のことなど申しておりません──」

 

 イライジャも怒鳴り返す。

 束の間、広間がしんとなる。

 

「……火の音が小さくなってきました……」

 

 沈黙を破ったのは、マーズだ。

 確かに、ごうごうと音が屋敷の中まで鳴り響いていたのに、いつの間にか音が小さくなっている。

 もう火が収まったのか?

 ならば、また暴徒の襲撃が再開する──。

 

「マーズ、櫓を戻して──。確認するわ──」

 

 イライジャは指示した。

 

「こっちから、櫓への石蓋を弾きます。炎が入ってきても、風で跳ね返します」

 

 ミウの魔道が飛び、石の蓋が外に向かって跳ね飛ばされた。

 その瞬間、煙と煤がその穴から大量に侵入してきた。だが、すぐにミウの風魔道がそれを外に吹き飛ばす。

 イライジャは、マーズに梯子をかけさせて、櫓にあがろうとした。

 炎の熱は小さい。

 火は消えているみたいだ。

 イライジャの想定していた時間よりも、ずっと短い。

 

「水……? えっ、雨──?」

 

 梯子を登りかけて、顔に当たってきたたくさんの水滴にイライジャは驚いた。

 豪雨といえるような雨が降り注いでいた。

 しかし、油を撒き散らしているあいだは、そんな兆候はなかった。びっくりして櫓に通じる穴から空を見上げるが、青空が見える。

 しかし、凄まじいほどの雨が降り注いでいて、あっという間に穴の下の広間の床が水浸しになる。

 

 すると、今度は、広間側から、なにかが小さく爆発するような音が鳴ったと思った。

 

「ふんぎゅうっ、な、なんだああ? なによおおっ」

 

 振り返ると、スカンダが勢いよく天井方向から落ちてきて、床に転がっていた。全身を網のようなものに包まれていて、ぐるぐるまきにされている。

 網の中でもがいているが、手も足も強引に折りたたまれていており、そのまま転がされているので、衣類もだんだんと乱れて、こっちから見ていると、陰部まで剥き出しになっていた。

 それはともかく、なにが起きたのだ。

 あんなに捕まらなかった、スカンダが無抵抗で捕らわれたように見えるが……?

 

「この性悪魔族め──。ご主人様に言われて、ひと足先に乗り込んできたら、なんか悪さしていたみたいだから、ご主人様譲りの粘性体の網で掴まえて、妖力も封印したけど、こいつなにさ? 変な毒の匂いがするよ」

 

 突然に出現したのは、小さな身体で薄物だけを身につけている魔妖精である──。

 ロウがしもべにしている魔妖精のクグルスだ──。

 

「クグルスちゃん──」

 

「クグルスさん──」

 

「えっ、クグルス──?」

 

 ミウ、マーズ、そして、ユイナが驚愕の声をあげる。

 ほかの者も、目を丸くして宙に浮かぶクグルスに注目している。

 

「やっほおっ、クグルスだよ──。お前たち、相変わらず“えっち”か? ご主人様はすぐそばまで来ているぞ──。しっかり、股を準備して待つんだ──。まあ、その前に、生き延びることだけどな」

 

 クグルスがくるくると宙を舞いながら、けらけらと笑った。

 

 

 

 

(第19話『追い詰められる女傑たち』終わり、

 第20話『クロノスの逆襲』に続く)



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 第20話  クロノスの逆襲【南域】
768 国を作るという戯言(たわごと)


「農民たちが庭を突破し、屋敷まで辿り着いて囲みました」

 

 幕の外から少年の声がした。

 ユーレックという名の従者らしい。シャロンから見ても、なかなかに利発そうなのがわかる。

 だが、基本的に、ドピィという賊徒の頭領としてのルーベンが自分に近づくのを許すのは、このユーレックだけだ。

 しかも、最小限である。

 

 いまも、ルーベンは賊徒軍の陣の中心に黒い幕で囲ませた場所を作って、その中にひとりだけで座っている。

 護衛もいるが、全員が幕の外だ。しかも、すぐ幕の近くではなく、結構距離を離した格好で守らせてるみたいだ。

 そして、ユーレックという従者少年についても、いまのように、幕の外側から報告をさせている。

 しかも、シャロンから見ても、外からの者も、周囲を覆っているのは黒い幕だが、ここに入るとルーベンは片目だけの片眼鏡を嵌めて、時折、外を眺めるような仕草をするようになった。

 おそらく、その片眼鏡で、ルーベンだけが幕の外を透けて見ることができる仕掛けになっているのだと思う。

 とにかく、随分と用心深い。

 

 シャロンは、床几に座るルーベンの股のあいだに、正座をして地面の上に直接に座らされていた。

 だから、幕に囲まれている場所に、ふたりきりの状態だ。

 相変わらず、クリトリスの根元に喰い込まされている「啼き環」という名の責め具がシャロンを追い詰めているし、裸身に覆わされた内側に羽毛のあるマントが全身をくすぐり続けている。

 シャロンはマントの中ですでにたっぷりと汗をかいていて、股間からはかなりの愛液が滴り続けていた。

 だが、後手に手枷を嵌められているシャロンには、一切の抵抗ができない。ただ、淫らに感じさせられるだけだ。

 もっとも、逃げられるとしても、もうルーベンから逃げるつもりはない。

 

「わかった。全員にいつでも動けるようにしておけと伝えておけ。農民たちの襲撃に変化があれば報告しろ。それまでは来なくていい」

 

「わかりました」

 

 ユーレックが幕のすぐ外から離れていくのが気配でわかった。

 この幕のある場所は、賊徒軍が陣を築いている場所の中でやや高台にあり、幕を開けば、あの大勢の農民たちが王太女がいる屋敷を襲撃している状況が確認できるはずだが、いまは幕を完全に閉じさせている。

 片眼鏡で透けて見えるから必要ないのかもしれないが、そもそも、ルーベンは農民たちを演説でけしかけてからは、興味を失ってしまったようにも思える。

 関心を寄せる感じがない。

 いまも、農民たちが攻撃をしている屋敷などどうでもいい感じだ。

 少なくとも、朝にシャロンを連れて、農民たちを動かした以外は、ドピィはここに引きこもって、外のことに無関心だ。

 

 こうやってシャロンに溺れ込むルーベン──。

 農民を呷り、残酷に貴族や豪商たちを殺害していくドピィ──。

 まるで、ふたりの人間が彼に宿っていると思うほどに、ちぐはぐな感じがする。

 いまも、本当は、王太女に関心がないからこそ、集まっていた農民を煽ったのかもしれない。

 勝手に攻撃をさせておいて、しばらくは静観を決め込むという雰囲気である。

 

 いずれにしても、シャロンには見えないので、ここでわかるのは、凄まじいほどの喧噪と、万余の農民が動くことでここまで伝わってくる地面の振動だけだ。

 

「まあ、今日一日というところだろうな。ガヤにいるリー=ハックという司令官には、手の者をつけまくっているが、いまのところ、女色に励むのに急がしくて、王太女救出の軍を動かす気配はないらしい。だったら、あそこにいる王太女を捕らえるか、殺すかするのに、夕方までで十分だ。お前を勝手に連れ出した仇が討てるぞ」

 

 ルーベンがシャロンに嵌まっている首輪の鎖をぐいと引っ張る。

 

「おごっ」

 

 苦しくて、口から声が迸る。

 口には、穴の開いた開口具を嵌められて、その上から革の口覆いをされているのだが、垂れっぱなしの涎ですでに革の口覆いはびっしょりと変色している。

 シャロンは、そのまま首輪を強引に引かれて膝立ちにさせられた。

 ルーベンの手が脚に伸びて、布地の上から内腿をさすられる。

 

「おわっ」

 

 シャロンは飛びあがりそうになった。

 柔らかい毛でくすぐられっぱなしの肌は、これ以上ないほどに敏感になっている。

 それに、啼き環が絶えず股間を責め続けていて、甘い疼きを走らせ続けていた。

 ルーベンの手によって大きな快感が貫き、シャロンに襲いかかる。

 すると、ルーベンが喉の奥で笑ったような声を出した。

 

「くくく、ちょっとは声を我慢することだ。認識阻害の首輪とは言ったが、そんなに性能の高いものじゃない。別に見えていないわけじゃない。あまり気にしなくなるだけだ。だから、ちょっとした声、ちょっとした目立つ仕草をしただけで、効果は消滅するぞ」

 

 ルーベンがシャロンを毛皮のマント越しに抱きしめて、耳元に息を吹きかける。また、手がマントの上から乳房に触れる。羽毛がさわさわと乳房全体を襲う。

 

「ああっ」

 

 シャロンは身体を悶えさせた。

 声なんて我慢できない。

 愛しているルーベンに愛撫されているのだ。

 乳房は硬くしこり、乳首は勃起していて、それが羽毛でぴりぴりと疼いている。それを羽毛越しにくすぐられて揉まれることにより、急激に快感が上昇して、目の前がぼやけてきた。

 膝の力が抜ける……。

 

「もっとも、もう遅いがな……。お前の存在は、ばれてしまったみたいだ。そんなによがり声を出して歩いたりすれば仕方ないか……。とにかく、目立ちすぎだ。恥ずかしくないのか、雌犬……。俺が侯爵夫人を監禁していたのも、追いかけてここにやって来たのも知られているし、俺はどうということはないが、こうやって調教されていると知れると、恥ずかしいのはお前なんだぞ」

 

 ルーベンがマントを剥ぐって、股の奥に無造作に手を入れてきた。

 

「おおっ」

 

 シャロンはびくんと身体を反応させてしまった。

 そして、またもや悶え声が出てしまい、ルーベンが愉しそうに笑った。

 しかし、声を出さないでいるなど無理だ。

 そもそも、声が漏れるのを防げないように、わざわざ口を開かせる開口具を装着させているに違いないのだ。

 ルーベンの意地の悪さだ。

 

 もっとも、シャロンは、この姿を人に知られようが、見られようが、ルーベンがいいなら、どうでもいいと思っている。

 あと残されているルーベンとの時間がどれくらいなのかわからないが、残りの人生をルーベンのそばで生き、ルーベンだけを感じ、ルーベンとともに死のうと決めている。

 淫らな姿を余人に見られるなど些末ごとだ。

 すると、ルーベンがシャロンから、口覆いと開口具を外した。

 

「さあ、外してやったぞ。少しは声を我慢できるか?」

 

 ルーベンが啼き環に繋がっている細い鎖を強く揺すった。

 

「んふううっ」

 

 その力があまりに強かったので、クリトリスが千切れるのかと思うほどの激痛がシャロンを貫いた。

 だが、同時に恍惚ともいえる陶酔がシャロンを包む。

 

「うぐうううう」

 

 気がつくと、シャロンは全身を突っ張らせて、激しい絶頂をしてしまっていた。

 

「大した雌だ。いまのは間違いなく幕の外に聞こえたぞ」

 

 ルーベンが股間から手を抜きながら笑う。

 シャロンは荒い息をしながら、ルーベンの胸にしだれかかった。

 

「はあ、はあ、はあ……。わ、わたしは……みんなに……知られたい……。あなたの雌犬だと……」

 

 シャロンは言った、

 本心だ。

 それ以外に願うことはない。

 回り道をした十年を取り戻す──。

 考えているのはそれだけしかない……。

 

「そうか……? だが、こんな賊徒の叛乱など、早晩に討伐される。だから、俺が死ぬときには解放してやるつもりだ。俺が死んだ後まで拘束するつもりはないんだ……。ベルフ伯は、まだお前の使い道を考えているようだな。お前が卑しい賊徒に陵辱されたことを承知の婚姻を準備しているようだ。どこかの豪商の後妻だそうだぞ。だが、あまりにも評判が悪くなりすぎると、それも消えるかもしれん」

 

 ルーベンが口調から笑いを消して、不意にそう言った。

 ベルフ伯というのは、シャロンの実の父親だ。

 王太女の前に、シャロンが連れて行かれたとき、イザベラ王太女は、シャロンを賊徒からの救出をクエストで依頼したのはシャロンの実の両親であり、年齢の違うクロイツ侯爵との政略結婚を強いたことを後悔していて、シャロンを引き取って、今度は幸せにさせてやりたいと泣いていたと説明された。

 だが、シャロンは知っている。

 ベルフ伯というシャロンの父親は、そんな峻峭な人物ではない。王太女は絆されたみたいだが、傷物のシャロンを取り戻したいなど、どうせ、シャロンの新しい使い道を見つけただけだと思っていた。

 王太女が正しいのか、いまのルーベンの言葉が正しいのかは知らないが、少なくとも、ルーベンの言葉の方がシャロンの知っている実の父親の人物像に合致する。

 

 それはともかく、シャロンは激怒した。

 まだ、このルーベンはそんなことを言っているのか──。

 昨日、ルーベンに「救出」されてから、何度も何度も、シャロンは同じことを言った。

 ルーベンがシャロンを次に手放すとき、あるいは、ルーベンが死ぬときには、一緒に殺してくれと──。

 ルーベンも、それに応じたくせに、実際にはなにもわかっていなかったのだと悟った。

 シャロンは、顔を伸ばして、ルーベンの首の横に思い切り噛みついた。

 

「いてえええっ──。な、なんだ──。なにすんだああっ」

 

 ルーベンが悲鳴をあげて、シャロンの顔を引き離す。

 しっかりと歯形がついて、血がにじんでいる。

 いい気味だ──。

 

「何度、言えばわかるのよ──。ルーベンが死ぬときには、わたしを殺しくれと言ったはずよ──。あんたも、それを承知したじゃないのよ──。それなにの、自分が死んだときには解放するって、なによ──」

 

 叫んだ。

 

「お、お前……。だ、だが、なにも噛むことはないだろうが──。吸血鬼か──」

 

 吸血鬼というのは、他人の血を吸って人を性支配するという伝承の魔物だ。

 

「吸血鬼じゃないわよ──。あんたの雌犬よ──」

 

 腹が立って怒鳴った。

 ルーベンは一瞬、きょとんとしていたが、急に笑い出した。

 シャロンもちょっと冷静になり、怒ってしまったことが恥ずかしくなった。

 

「……ご、ごめんなさい……。痛かったわね……。血が出ているし……」

 

 シャロンはもう一度、口をルーベンの首に寄せて、血を舌で舐める。

 そのシャロンの顔をルーベンが両手で掴む。

 叩かれるのかと思って身体を竦めさせたが、ルーベンはシャロンの顔を自分の顔の前に持っていき、口づけをしてきた。

 舌が口の中をしつこく舐められる。

 その口づけの感覚だけで、シャロンは再び夢心地の感覚になる。

 

「股を開け……」

 

 ルーベンに腰を抱えられて、向き合うかたちで大きく脚を開いて、ルーベンの股間の上に跨がらせられる。

 素早くルーベンは、自分のズボンと下着をずらして、股間を剥き出しにしていた。

 勃起して空を向いているルーベンの怒張に、シャロンの股があてがわさせられて押し入れられる。

 しかも、啼き環の嵌まっている鎖をぐいと避けながらだ。

 

「あぐっ、くううっ」

 

 クリトリスの根元が引っ張られて、激痛が走る。

 だが、ルーベンに与えられる苦悶は、シャロンにとっては甘美な快感でもある。

 弾けるような快感でがくがくと身体が痙攣した。

 

「あああっ、あああっ」

 

 完全に股間を貫かれた。

 啼き環を嵌めら、それに繋がる鎖に引っ張られたままなので、びりびりと股間が痛みと疼きで響く。

 ルーベンがシャロンの腰を下から持って、上下にあげたりおろしたりする。しかも、腰を回すような刺激も加えられる。

 何度も何度も乱暴に、股間を律動される。

 膣にルーベンの怒張が出入りするたびに、鎖が引っ張られて、クリトリスに痛みが加わる。

 それが猛烈に気持ちいい……。

 

「あっ、あっ、ああああっ」

 

 やがて、電撃にでも打たれたような衝撃が貫き、シャロンは絶頂してしまった。

 すると、ルーベンもまた、シャロンの中に欲望の精を吐き出したのを感じた。

 シャロンはがくがくと身体を震えわせ、そして、脱力した。

 ルーベンが、シャロンの中に怒張を挿入したまま、シャロンを抱きしめる。

 しばらくのあいだ、そのままふたりでじっとしていた。

 

「はあ、はあ、はあ……。お、お願い……。わたしを……連れて……逃げて……。どこか、遠いところで……。ふたりで……」

 

 シャロンはルーベンに身体を預けたままささやいた。

 さっきのシャロンの喘ぎ声は、ちょっと大きかったかもしれない。ここでなにをしていたかはルーベンの部下にもばれただろう。

 シャロンはいいが、ルーベンは大丈夫なのだろうか……。

 そんなことをちょっと思った。

 

 また、口から出たのは、ただの戯れ言だ。

 遠くで逃げるとはいっても、根っからの貴族育ちのシャロンに、逃げて生活することなど不可能だ。

 だから、戯れ言だ。

 

 もっとも、もしも、ルーベンがそうすると言ってくれたなら、シャロンは心からの喜びとともに、ルーベンに従うに違いなかった。

 

「……逃げるのは無理だな……。大勢……殺した……。お前の夫だった男も……。関係する男たち……、いや、関係のない男も……女も……子供も……全部……殺した……。だから……どこまでも、この国の軍に追われるだろう……。逃げるのは無理だ……」

 

「だ、だったら、やっぱり……一緒に死んで……。わたしを連れて行き……そして、殺して……。あなたが死ぬ前に……」

 

 いまだにルーベンの男根は、シャロンの中で逞しさを失わない。

 

 熱くて……。

 気持ちがよくて……。 

 シャロンは、またもや身体が疼いてくる。

 

 夕べは寝ることも許されずに抱かれ続け、朝から淫靡な責め具で追い詰められ、いまは、幕で隠されているとはいえ、ルーベンの部下たちが耳を傾けているのがわかっている状況で抱かれた。

 首輪に刻んである認識阻害の効果など、もう無効になっているのは間違いない。

 肉体も心もぼろぼろだ。

 しかし、シャロンはもっと痛めつけて欲しいと思った。もっともっと辱められて……。もっとルーベンに苦しめられたい……。

 

「なら、国を作るか……」

 

 すると、ルーベンがシャロンを抱きしめたまま、耳元でささやいた。

 

「く、国?」

 

「その気になれば、すぐにでも国くらい立てられるさ……。この南域地区に国を作ってやろう。そうすれば、この国の軍からは逃げなくてすむ。なにしろ、俺が王だからな……」

 

 ルーベンが小さく笑った。

 シャロンは噴き出した。

 

「い、いいわね……。でも、わたしを王妃様にしてくれなきゃいやよ。側室も許さない。わたしだけを愛して」

 

 シャロンは言った。

 戯れ言だ。

 だからこそ、シャロンは心からそれを夢見た。

 

「マゾのくせに王妃か?」

 

「まぞ?」

 

「お前のように、苛められて感じる変態女のことだ」

 

 ルーベンがくすくすと笑う。

 

「わ、わたしは、苛められてなんて……」

 

 シャロンは否定しようとしたが、よく考えれば、ルーベンの言うとおりであることに気がついた。

 ルーベンに叩かれたり、蹴られたりして、シャロンが欲情をしていたことは事実だ。だが、あれは決して苛められて悦んだわけではなく、ルーベンがシャロンに剥き出しの感情をぶつけてくれたことが嬉しかったのだ。

 しかし、やはり、痛みや苦悶や辱めに興奮したのかもしれない。

 シャロンも、自分がよくわからない。

 

「……い、いいわ……。わたしはまぞ王妃よ……。だけど、約束して。ルーベンが王になるなら、その横にいるのはわたし……。それ以外には認めないわ」

 

「当たり前だ。俺の横はお前だけだ。昔からずっと……。まあ、わかった。なら、俺が国王で、シャロンは俺の唯一の王妃だ……。それでいいな?」

 

「嬉しい……」

 

 シャロンは答えた。

 ルーベンが嬉しそうに笑った。

 そして、シャロンから股間を抜く。

 

「あんっ」

 

 抜けるときも気持ちがよくて、シャロンは喘ぎ声をあげてしまった。

 ルーベンが愉しそうに笑った。

 

 そして、マントを整えてもらった。後手の手枷も、啼き環もそのままだが……。

 ルーベンに横抱きにされて膝の上に載せられる。

 

「だったら、本当に国を作るか……。シャロンのためなら、作ってやるぞ」

 

「わたしのため? 民のためとは言わないの?」

 

 シャロンはくすくすと笑った。

 ドピィという頭領がとても民衆に人気のある存在であるというのは知っている。さっきもそうだったが、ドピィになったときのルーベンには不思議な弁舌の力があり、大勢の人を言葉で酔わせるのだ。

 それがいまも、聞こえるあの屋敷を襲撃している農民の大集団を動かしている。

 

「民衆のため? あの愚かで……移り気で……偽善的で……臆病で……利に貪欲なあいつらのために?」

 

 ルーベンが鼻で笑った。

 

「彼らのために戦っているじゃないの?」

 

 シャロンはきょとんとなった。

 

「冗談だろう。あいつらは道具だ。部下たちもな──。道具は大切だから慈しむが、道具のためになにかをしようということはないさ」

 

 ルーベンがうそぶいた。

 

「彼らは道具? あなたにけしかけられて戦っているのに?」

 

 本当であれば、シャロンは彼らに同情し、そんな偽善的なことを語るルーベンをたしなめなければならないのかもしれない。

 しかし、ルーベンが彼らは道具だというのだ。

 だったら、そうなのだろうという気持ちにしかならなかった。

 いまのシャロンは、ルーベンのことしか考えられない。

 ルーベンのことしか気にならない。

 だから、他人の前で抱かれても気にならない。恥ずかしさよりも、快感やルーベンに求められる悦びが上回った。

 

「ああ、道具だ……。しかし、シャロンのためなら、国を建ててやるよ」

 

「また、戦って……?」

 

「戦とは限らないな。王国がこの地に国を建てることを認めれば、戦にはならない」

 

「認めないわよ……」

 

 シャロンは言った。

 しかし、ちょっと、もしかしてとも思った。

 いまは王国は揺れている。

 国王のルードルフが王都で蛮行を続けていて、多くの貴族や民衆が離反しようとしているのだ。

 そういう状況の中で起きているルーベンが起こした民衆叛乱だ。

 王国は事態を早期に解決しようとして、たとえば、このクロイツ領に民衆自治を認めるなどという妥協で和解に走ることもあり得ないことではない?

 

「認めなければ戦だ。いまもそうなっているがな……。しかし、勝ち続ければ、あいつらも、認めるしかない。そういえば、殺すつもりだったが、あの王太女は人質にでもするか? 考えてみれば、次期女王だ。恩でも売っておくか?」

 

 ルーベンがにやりと微笑む。

 だが、シャロンはむっとなった。

 

「生かしておくのはいいわ。でも、ルーベンの隣はわたしだけよ──。それを忘れないでね」

 

 シャロンは頬を膨らませた。

 ルーベンがまた笑い声をあげた。

 そして、シャロンを立たせて背中を向けさせ、後手に嵌めていた革枷による拘束を解いた。

 

「ルーベン?」

 

 自由になった手をさすりながら、シャロンはルーベンを見た。

 

「だったら、いまからシャロンは、道化師(ピエロ)団という賊徒の頭領の妻だ。だが、性奴隷であることは変わりないぞ──。そして、国を建設することに失敗すれば、連座で処刑だ。覚悟しておくことだ」

 

 ルーベンが声をあげて、笑った。

 

「連座? わたしはあなたの妻として、一緒に戦うわ。一緒に死にましょう」

 

「いいだろう」

 

 ルーベンが手を伸ばして、鎖と首輪まで外した。

 しかし、正直に言って、シャロンは拘束がなくなっていくのをを少し寂しいと感じてしまった。

 

 そのときだった。

 幕の前に人影が立ったのがわかった。

 

「頭領、屋敷が燃え始めました」

 

 ユーレックという少年の声だ。

 そういえば、幕で隠れている向こう側の一角でもうもうと煙が空に上がっている場所があるのが見える。

 方向的には、屋敷のある方向だ。

 

「燃えているだと? 農民の連中が放火したか?」

 

 ルーベンがシャロンを地面におろしてから、移動して幕の外に向かう。

 シャロンもそれを追った。

 身体にまだ力が入らないし、なによりも啼き環がシャロンを苛むが、なんとか、ルーベンについていく。

 幕の外に出ると、ユーレックがちらりとシャロンを見るとともに、顔を赤くした。

 そういえば、首輪がないということは、認識阻害は完全にないということだ。そもそも、もともと従者のユーレックには効果が消えていたのだから、ここでルーベンとシャロンが抱き合っていたことはわかっているだろう。

 そんな表情だ。

 ちょっといたたまれない気持ちになる。

 

「い、いえ……。中の連中が自分たちで油を撒いて、自ら屋敷に火をつけてみたいです」

 

 ユーレックが言った。

 

「自分で?」

 

 ルーベンが怪訝な口調で屋敷側に目をこらす。

 シャロンも視線を向ける。

 遠目だから判然とはしないが、確かに屋敷は炎で包まれているが、屋敷が燃えているという雰囲気はない。

 燃えているのは、周りの群衆だ。

 阿鼻叫喚の悲鳴をあげている。

 

 そのとき、冷たいものが頬に触れた。

 

「雨?」

 

 ルーベンが不思議そうに空を見あげるのがわかった。



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769 クロノス隊、見参

 火が見えた。

 

 ゲーレの里の中心にある屋敷が燃えている。その周りには凄まじいほどの暴徒だ。

 里の半分を埋め尽くしているだろう。

 

 ゲーレの里に台上にあがる森の里側の出口だ。

 一郎たちは、里に繋がる小径ではなく、側面になる側面の森の中を進んできて、里の外縁部にあがってきた。

 小川が流れ落ちる沢沿いの、人間族ではとてもじゃないが進めないような山間部だったが、さすがは森の民と呼ばれるエルフ族だ。

 一郎をはじめとする人間族の者たちを引っ張っていきながら、縮地と呼ばれる魔道で、楽々に斜面を登り進んでいった。

 その結果、あっという間に里の外縁部に辿り着き、いまこうやって、里の状況を確認することができた。

 それにしても、エルフ族たちの運動神経は素晴らしい。

 こんなところ、登れるはずがないと思う小川が走る岩肌を簡単に縮地だけでなく、手と足だけであがっていくのだ。

 道ではない場所をあがってきたことで、屋敷を囲む賊徒たちには、一郎たちの存在は、まだ気がつかれていないと思う。

 

「ロウ様──」

 

「ロウ──」

 

 エリカとシャングリアが素早く寄ってきた。

 ふたりとも、すでに剣を抜いている。

 一郎がひと声、許可すれば、なにも考えずに、すぐにでも飛び出していきそうである。

 また、一郎の前に立つコゼは、逆に遠くにいる燃えている屋敷になど、まったく気にとめてなさそうだ。

 コゼが見ているのは、かなり離れた位置にいる賊徒軍の方向だ。

 あっちは、しっかりと陣を構えて静観の構えである。コゼは今回は一郎の護衛に徹することになっている。

 だから、位置的にこちらに近い賊徒隊の方に意識を配っているのだろう。

 しかし、いずれにしても、両方とも距離がある。

 コゼもじっと視線を送っているだけで、いまのところ緊張感は解いている。

 

「待て──。急ぐな。まずは状況把握だ。迂闊に出ても、暴徒に阻まれる。それに、あの賊徒団の陣が動いて喰い千切られるぞ。情報のとおり、無敵の騎馬隊までいるんだ」

 

 一郎はとりあえず止めた。

 飛び出したいのは一郎も同じだ。

 しかし、なにもわからずに突っ込んでも、あの暴徒の海を越えて辿り着けるかどうかわからないし、間違いなく賊徒の軍が襲撃にやってくる。

 また、賊徒団の中に混じっている深紅の旗を掲げる騎馬隊のすごさは、享ちゃんが集めてくれた情報だけで十分に認識できた。

 

「里全体に、移動術を防ぐ逆結界がかけられています……。それに魔素が薄いです。魔道が妨害されています」

 

「そうですわね……。ところどころに、魔道を阻害する魔石が埋められているようです……。いえ、ところどころではありませんわ。あちこちです……」

 

 スクルドに次いで、ガドニエルが言った。

 

「つまり、どういうことだ? 魔道が使用不能ということか?」

 

 一郎は、遠目をこらしながら訊ねた。

 屋敷に火がかけられて燃えているように思えるが、よく見れば、燃えているのは屋敷の周りに群がっている暴徒たちだけのように思える。

 もしかしたら、特別な魔道を使って屋敷に結界を張った状態で、屋敷の周りに火をつけているのではないだろうか。

 そうであるならば、間に合ったのか?

 

 いずれにしても、すでにクグルスを先に送り込んだ。 

 いつもはおちゃらけたあいつだけど、実は淫魔師としてのレベルが限界突破した一郎のしもべである魔妖精ということで、能力は桁外れに跳ねあがっている。 

 侵入に成功することを疑ってもいないし、そのクグルスが戻ってこないということも、イザベラたちが無事であることの証ではないかと思う。

 

「いえ、わたしなら、薄い魔素を集めに集めて一発くらいなら発動させられます──。お任せください。どれを蒸発させればいいですか? あの屋敷周りですか? それとも、あっちにいる人たちですか──。」

 

 スクルドと一緒に、一郎の後ろにくっついていたガドニエルが張り切った声をあげた。

 驚いて振り返ると、いまにも大魔道を駆使するような仕草だ。

 だが、蒸発──?

 なにをするつもりだ?

 

「わっ、待ってください、ガドさん。そのまま魔道を打たないで──。ガドさんの魔道だと、こっちから打っても向こう側で魔素切れで発動しないかもしれません。それどころか、向こう側の魔素を根こそぎ食い尽くして、あっちの屋敷側の結界も壊れるおそれがあります──」

 

 珍しくスクルドが慌てたようにガドニエルを止めた。

 

「なにをいうのです、スクルド様。そんな失敗はしません。向こうの発動側の魔素を限界まで集めて、その範囲で広域魔道を発動します」

 

 ガドニエルは不満そうに言った。

 

「待ってよ、ガド。だから、あっちの魔素量を読み間違えば、魔素を使いすぎて、ミウの結界まで壊れてしまうかもしれないということよ。とにかく待って」

 

 エリカが口を挟んできた。

 意味がよくわからない。

 とにかく、魔道は都合の悪い状況だということなのだろう。

 

「こちらの力点側と、向こうの発動側は等価量の魔素を使いますから、この状況で強引に使用すれば、向こう側の魔素を強引に吸収してしまったうえに、魔道陣が魔素不足で崩壊して、発動しないと思います。一方で、向こうにはミウがいますから、限定されている魔素を利用して、結界などを構築しているはずですわ。その魔素を奪って、結界が崩れるかもしれません」

 

 スクルドが早口で言った。

 焦っている口調だ。

 

「そんなことはわかっております。わたしに魔道学の基礎理論を紐解く必要はありません」

 

「つまりは、この里の中では、魔道は一切、遣わない方がいいという理解でいいか?」

 

 一郎は、じっと里側に視線を送りながら、スクルドたちを振り返ることなく訊ねた。

 

「いえ、制御された中級以下の魔道であれば問題ないかと……。ただ、大魔道は危険です」

 

「じゃあ、ガドは今回も役立たず? あんた、制御された魔道なんて使えないでしょう?」

 

 すると、ずっと黙っていたコゼが揶揄(からか)うように言った。

 

「な、なにを言っているのです、コゼ様──。わたしは、エルフ女王なのですよ──。魔道でわたしの上をいくものなど……」

 

「そうだと思うけど、だって、なんだかんだで、ガドが失敗している姿しか見てないし……。まあ、安定しているということであれば、淫乱なのは別として、そのスクルズかなあ……。次はミウかしら……」

 

 コゼが続ける。

 一郎は黙っていた。

 正直にいえば、一郎もそう思っていたからだ。

 このガドニエルという女王様は、何事も大雑把で、単純なのは可愛いが、どうにも繊細さに欠ける気がするのだ。

 

「だから、今度こそ、汚名返上するのです──。ご主人様、どうぞ、なんでも命令してください。今度こそ、スクルド様よりも、お役に立ちますから──」

 

 ガドニエルが興奮したように声をあげた。

 

「まあ、待てって……」

 

 一郎はガドニエルをなだめた。

 そして、じっと一郎は目の前に拡がる戦場を眺め続ける。

 ただ、見ているだけじゃない。

 能力を全力で駆使して、魔眼でステータスを読み続けている。屋敷を囲んでいる暴徒のほとんどは、ただの農民だ。戦闘力の数字も低いし、武芸に通じるジョブを保有する者もほとんどいない。

 手にしている武器も、武器ともいえないような農具や棍棒などだ。

 集まっているのも、男だけではない。

 女、子供、老人など雑多だ。

 

 それに対して、里の一角で整然を隊列を作っている軍隊のような一団は、それぞれがそれなりの戦闘員だ。また、驚いたことに、半分以上は銃を持っている。歩兵隊の後ろには騎馬隊もいるが、そっちも銃を持っている。しかも、一騎につき、三挺だ。

 魔道を封印する魔石具の処置といい、大量の銃の存在といい、かなり強力な軍だ。

 

「ロウ殿、親衛隊は展開終了しています。言われていることも準備万端です。いつでも、わたしにご指示をください」

 

 ブルイネンが目の前に出現した。

 これが縮地という魔道だ。

 一郎の理解では、いわゆる、「瞬間移動」という魔道だろう。視界にとめた場所に一瞬にして移動できる。ただし、瞬間移動する場所と場所のあいだに、なんらかの障害物があれば、それに阻止されるか、高速でぶつかってしまい、最悪死ぬこともあるそうだ。

 一緒にやってきたブルイネン率いる親衛隊二十五人は、里の外縁部の森の中に溶けるように分散している。

 だが、ブルイネンの号令ひとつで、そのまま集団で行動できるということだ。

 

 また、親衛隊のうち、五名はここにはおらず、里に向かう直前で、享ちゃんと一緒にガヤの城郭に向かってもらっている。

 情報に接する限り、こんな状況になっている責任のほとんどは、ガヤにいる南王軍司令官のリー=ハック将軍みたいだ。

 もちろん、こんな里で賊徒に包囲される事態を許したのは、イザベラたちの危機意識のなさと、状況に対する甘さが原因ではある。しかし、リー=ハック司令官が意図的にこの状況を作ったのは明白だ。

 完全な王家に対する裏切りだ。

 

 だが、一方で、リー=ハック司令官が賊徒に与している様子もなく、また、王家への叛乱にしては、周辺貴族に対する根回しなどの実態も皆無だ。その態度に合理性がない。

 だから、一郎はリー=ハックについての調査を享ちゃんに頼んだのだ。享ちゃんのことだから、なんらかのことを調べてきてくれるだろう。

 

 だが、まずは、目の前のことだ。

 あの燃えている屋敷の中に、イザベラたちがいる。

 モーリア男爵邸で一足先に王都に戻したイライジャたちも、紆余曲折の末に、イザベラを守るために、一緒に籠城してくれているというのも把握している。

 イライジャたちには感謝しかない。

 しかし、状況を把握すればするほど、なぜ、イザベラがわざわざ南域にやってきたのかわからない。

 

 いずれにしても、南域に近づくにつれ、イザベラたちがゲーレと呼ばれる小里に入ったというのは事実だということがわかった。

 また、昨日のうちに、そこを賊徒が囲んだというのもわかった。

 それで、本来であれば、夜営を予定していたのを取りやめて、夜通し進んできた。

 嫌な予感がしたのだ。

 イザベラたちは大丈夫かと、そればかり考えて、夜を徹して突き進んだ。

 もっとも、すべての夜の時間のあいだずっと起きていたのは、一郎のほかには、スクルドとエリカと、道をいくらかわかっているシャングリアだけだ。

 ほかは、一郎の亜空間で待機して休んでもらった。

 全員を外に出したのは、この里にあがる街道の分かれ道に辿り着いてからだ。

 そこで、享ちゃんと別れたというわけだ。

 

「スクルド、魔道の使用が制限されているというのは、どこまでだ? つまり、空のことだが」

 

 一郎は、指で上を指した。

 

「えっ、空ですか?」

 

 スクルドは一瞬きょとんとした表情になったが、すぐに口を開く。

 

「……十ペスほどです。魔素を減少させる魔石具は、地中に埋められているようですので……」

 

 十ペスというのは、一郎の感覚では“十メートル”くらいだ。以前にこの大陸で一般に使われている単位を教わったとき、一ペスというのは、一般的なエルフ族の一歩の幅が基準になっているということだった。

 つまりは、魔素の減少の影響は、十メートルまでだ。

 それより上は影響ない……。

 

「だったら、そこの小川の水をありったけ、あの農民たちの頭上に転送しろ。ずぶ濡れになるまでだ。足首まで浸かるほどに、暴徒たちを水浸しにできれば、もっといい」

 

「水を転送するということですね? 転送したあとは、ただ落ちるだけなので問題ありません」

 

 スクルドがすぐに小川の水を屋敷側の上空に転送し始める。

 豪雨のような雨が降り出し、暴徒たちが混乱しているのがわかる。

 

「ご主人様、わたしも──。わたしもですわ。水魔道を発動させます。あっちの空に向かって発動させればいいのですよね──?」

 

 ガドニエルだ。

 一郎は微笑んだ。

 

「そうだ。じゃあ、一緒に頼む。だが、ガドにはもうひとつ頼みたいことがあるからな。魔力は残しておいてくれよ」

 

「わたしの魔道力は無尽蔵です。やりますわ──」

 

 一郎に命令されたのが嬉しそうに、魔道を振るいだす。

 スクルドが次々に川の水を空に飛ばし、さらに、現在生きている者の中で最高の魔道遣いと目されているエルフ女王ガドニエルの全力の魔道だ。

 あっという間に、それこそ天の湖をひっくり返したような大豪雨が暴徒たちに襲いかかる。

 

「なるほど、水をぶっかけて、あいつらの戦意を失わせようということだな?」

 

 シャングリアが声をかけてきた。

 すでに大豪雨が里に降りかかっている状態であり、屋敷を囲んでいる暴徒たちの姿がよく見えなくなっている。

 もちろん、水は賊徒側にも降り注がせている。

 

「もっと、直接的なことさ……。ガド、水はもういい。この鉄の玉のひとつひとつにありったけの電撃を浴びせて、同じように暴徒の上から落としてくれ」

 

 しばらく水をかけ続けさせてから、一郎が取り出したのは、五十個ほどの鉄球だ。

 ひとつひとつは人の顔の大きさくらいの大きさであり、細い鎖がついている。

 もともと、責め具として使おうと、収納していたものであり、ラザニエルが水晶宮に戻る直前に、ノルズに鼻輪をつけて、鉄球を鼻輪に繋げて調教をしたという話を聞き、是非とも女たちの誰かに試したいと集めていたのだ。

 残念ながら、使う機会のないうちに、ほかの用途で使用することになったが、まあ、仕方ないか。

 

「わかりました。ありったけの電撃を浴びせます」

 

 ガドニエルが言った。

 

「五発ずつ、間をおいて、十回──。音が出せるなら雷のような音を出してくれ」

 

 一郎はスクルドにも水を撒くのをやめさせた。

 注文どおりに、水が屋敷に集まっている大群衆の足もとを浸している。できれば、賊徒軍の連中のところも同じようにしたかったが、あっちは小高い場所に陣取っていて、あまり水は溜まっていない。

 まあいいか……。

 だが十分だ。

 あれだけ濡らしてやれば、連中の持っている大量の銃はほとんど役に立たないと思う。

 この世界に存在する銃は、まだ火縄のはずだ。

 

「いきます──」

 

 五個の鉄球が放物線を描いて宙に飛んでいく。

 大きな雷のような音が響き、一番高い位置で、ガドニエルが後追いで放った電撃に当たって、そのまま群衆に向かって落ちていく。

 

 水は電気を通電する。

 大きな電荷を帯びた鉄球が水を含んだ地面に当たれば、電荷は水側に伝わって拡がり、大勢の人間を感電させると思う。 

 五発の鉄球が落ちるとともに、直接当たった者はもちろん、周辺にいたものが百名ほど感電して吹っ飛んだ。

 それが五箇所──。

 

「もう一回──」

 

 同じことをもう一度する。

 再び、爆発音のような音とともに電気を帯びた鉄球が群衆の集まっている場所に落ちていく。

 またもや、一度に大勢の人間が感電して倒れる。

 

 さらに、落とす位置を示して、三回──。四回と繰り返す。

 暴徒たちは、鉄球に直撃される者はともかく、直接に当たっていない者たちが同時に倒れる意味がわからないみたいだ。

 

 「天が割れた」という悲鳴も聞こえだす。

 そして、大混乱を始めだした。

 

「逃げ始めたわ──」

 

 エリカが声をあげた。

 一郎は意図的に、集まっている暴徒を高台にいる賊徒側に向かわせるように落とさせた。

 暴徒たちがうまい具合に賊徒の陣側に我先に逃亡していく。

 

「いいぞ、ガド──」

 

「はいっ」

 

 ガドニエルが褒められて、嬉しくて堪らないという笑顔になる。

 こんなにちょっとした褒め言葉が嬉しいのか?

 

 それからも、轟音を立てて、鉄球を群衆に落とすということを続ける。

 鉄球が落ちるたびに、大きな感電を起こして一度に百人以上が倒れていく。

 やがて、屋敷の周りに、立っている者がいなくなっていた。

 残っているのは、感電して倒れている者ばかりだ。死んでいる者もいるだろうが、大部分は死んでもいないと思う。

 感電による負傷はあるだろうが、ガドニエルやスクルドにより、文字通り身体を消滅させられるよりはましだっただろう。

 また、逃げていった暴徒の混乱にまき込まれて、賊徒の陣もかなりの混乱が発生している。

 

「ブルイネン、前進だ──。歩いて整斉と進めばいい──。エルフ王家の旗と、ボルグ家の旗を掲げろ。堂々とな──。みんな行くぞ──。コゼ、俺の護衛を頼む。ほかの者は指示があるまで自由に動いていい」

 

 一郎は森の外に出た。

 向かうのは、あの屋敷だ。

 すでに、炎は消えかけている。ただ、屋敷そのものはびくともしていない。

 

「わかりました──。コゼ、頼むわね。シャングリアとわたしで、前を固めます」

 

 エリカが叫んだ。

 そのエリカは、剣を収めて、弓矢を持っている。

 シャングリアはいつもの剣だ。

 

「任せて……。ご主人様を襲うのがたとえ、鉄砲の弾でも切り捨てるわ」

 

 コゼが一郎の前を進みながら、二本の短剣を構えたまま頷いたのが見えた。

 

 そして、進んでいく。

 森から一斉にブルイネンたちが出る。

 一郎たちが最後尾になるように、極端な半楕円形に大きく拡がる。一郎のいるすぐ前ではエルフ王家の旗と一郎の使うボルグ家の旗がたなびいている。

 

 ボルグ家の旗は、逆さ塔と二匹の蛇だ。

 ここにいる一郎の女たちの全員の股間に施している隠し彫りであり、淫魔術で二匹の蛇を肌の上を泳がして愛撫したり、塔を股間やアナルに挿入させることもできる。

 あれで辱められた経験が一度や二度ではない三人娘は、それぞれに、ちらりとボルグ家の旗を眺めて反応していた。

 一郎は思わず微笑んでしまった。

 

 里を横切って進んでいくが、しばらくは、特に賊徒の妨害はなかった。

 すでに暴徒たちは、屋敷の前からはいなくなっている。そして、暴徒が逃亡していった側の賊徒の陣の混乱も続いている。

 そして、地面にはまだ水が溜まっていて、まるで底の浅い川の中を歩いているようだった。

 一郎たちは足首から下を濡らしながら、ゆっくりと進んでいった。

 

 そのときだった。

 地面が揺れ出す。

 混乱している賊徒たちの中から、深紅の旗を先頭にした騎馬隊が飛び出したのだ。

 

 この賊徒の最大戦力は、あの騎馬隊──。

 その情報は、享ちゃんが集めに集めてくれた情報の中にあった。

 あれこそが、ドピィという男が率いる賊徒団の強さの象徴だ──。

 一郎は静止した。

 

「ブルイネン──」

 

 一郎は叫んだ。

 降らせた水で、里全体がぬかるみ状になっていて、騎馬が脚をとられて勢いを失っているはずだが、それでも速い──。

 あっという間に、一郎たちに迫ってくる。

 もうすぐそばだ。

 

 数百騎の騎馬隊がまっしぐらに一郎に向かって突っ込んでくる。

 すごい──。

 あれは、騎馬隊の集団ではない──。

 まるで一匹の竜だ──。

 それが口を開けて、牙を剥き出しにして襲いかかってくる錯覚に陥る。

 

 ブルイネンたちは、すでに停止して、その場にしゃがみ込んでいる──。

 

 賊徒の騎馬隊が襲いかかる。

 

 親衛隊の者たちが、戦わずして左右に散って逃げる。

 

 賊徒の騎馬隊は、彼女たちに武器さえ向けることなく、そもまま一郎と旗を目がけて襲いかかる。

 

 凄まじい恐怖感だ──。

 逃げたくなるのを一郎は懸命に我慢した。

 ありったけの気力をふり絞る──。

 

「来るわよ、みんな──」

 

 エリカが絶叫した。弓を構えている。しかし、まだ射ない。

 それなりに距離はあるものの、一郎と賊徒の騎馬隊のあいだには誰もいない。

 

 地面がさらに揺れる──。

 

 先頭の騎馬に騎乗するのはふたり──?

 槍を構える先頭の男の後ろには、女が乗っている?

 一瞬、一郎は目を疑った。

 

「ガドさん──。防護結界を──。二重にかけましょう」

 

「任せて──」

 

 目の前の空気の層ができる。

 あっという間に、騎馬隊との距離がなくなる。

 

「いけえっ」

 

 一郎は大きく手をあげた。



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770 渾身の突撃とクロノスの罠

「雨?」

 

 ドピィは不思議に思って空を見あげた。

 空は晴天である。

 それなのに、いきなり雨が降り始めてきたのだ。

 しかし、あっという間に、驚くような豪雨に変わった。

 

 空に目をこらす。

 相変わらず、青い空が見える。

 だが、次々にその空の一部に大きな水の塊が発生したかと思うと、それが宙で弾けて、水が散らばっている。

 それがあまりにも大量であり、連続しているので、まるで豪雨のように感じているのだ。

 

 ドピィは、魔道の匂いを感じた。

 考えてみれば、地中に埋めまくらせた魔道防止の魔石具は、地面の高さで、その効果を及ぼしているが、高い空は範囲外だ。

 もしかして、どこからか魔道を飛ばして、空に大量の水を送っているのか?

 

 いや、そうなのだろう。

 見ると、こっちの賊徒側はさすがに落ち着いているものの、屋敷を取り囲んでいる一万に近い農民暴徒たちは、浮き足だってきている。

 

 ドピィは、舌打ちした。

 もしかして、この大量の水は、ドピィたちの装備している銃を使えなくするためではないかと思ったのだ。

 銃は火縄だ。

 雨の中で使用できないことはないが、そのためには事前に火種と火皿の部分を油紙などで濡れないように覆う処置を事前にする必要がある。

 今日は雨の心配はないので、ドピィはそれをさせていなかったのだ。

 

「ユーレック、全軍に出撃準備をかけろ──。いや、円陣に防御を組み直せ。騎馬隊は全員騎乗──。俺の馬も持ってこい──」

 

 ドピィは叫んだ。

 ユーレックが駆けだしていく。

 いずれにしても、魔道遣いを擁する新手が現れたと決まった。

 

 どこだ──? 

 

 しかし、豪雨のせいで視界が限られている。

 わからない。

 ガヤの南方軍主力に動きはなかったはずだ。手の者を城郭や司令部に入れており、連中の動きは筒抜けのはずなのだ。

 また、下の街道からあがってくる小径の見張りからも特に報告はない。

 だが、実際に異変が起きている。

 考えられるのは、少人数で道以外の森をのぼってきて、里の外縁部に隠れていることだが、豪雨のような水降りが酷くて見当をつけることができない……。

 

 いや、小川か──?

 

 水といえば、小川だ──。

 この里の真ん中には、山の川が中心を走っていて、それは里の下に向かって進んでいる。

 その水を魔道で空に飛ばしているのだとすれば、そっちに隠れているのか……?

 

 とにかく、水をあれだけばらまける魔道遣いが新手にいるとしても、里の中では魔道はほとんど制限される。その連中が見えたところで蹴散らせばいい。

 

 ドピィは決心した。

 だが、シャロンを振り返る。大量の水を浴びて、髪の毛もマントもぐしょぐしょだ。

 どうするか……?

 

 迷ったが、ここに待たせておくという選択肢は、ドピィには浮かばなかった。

 二度と、誰にも奪わせない。

 それは、ずべてに優先する。

 ドピィは、内側が羽毛になっていて、彼女の肌をくすぐらせるマントをシャロンから引き剥がした。

 

「きゃああ」

 

 マントの下は素っ裸だ。

 シャロンが悲鳴をあげて、裸体を手で隠そうとする。

 ドピィは、そのシャロンを掴まえて、股間から「啼き環」を外した。

 

「ひんっ」

 

 啼き環というのは、女のクリトリスの根元を締めつける調教具だ。それを外す。

 びしょ濡れのシャロンは腰が抜けたみたいになり、その場にしゃがみかけた。

 そのシャロンの腕を掴んで支える。

 

「これを身につけろ──。すぐにだ」

 

 具足の裏から魔道の収納袋を取り出して、シャロン用の衣類や具足を出す。魔道の袋は内部が亜空間になっていて、大きめの葛籠(つづら)二個分のくらいの容積の荷をしまうことができる。それでいて、重さは感じず、膨らみもない。

 かなり前にとんでもない代価と引き換えに手に入れたものであり、普段はその中に移動術の護符などをしまって隠しているが、シャロンを取り戻したときのことを考えて、シャロンに必要な荷もしまっていた。

 彼女用の衣類や具足もある。下着もだ。

 大きさも合わせてある。

 それを出した。

 

「すぐに身につけろ──。馬には乗れるか?」

 

 訊ねてから、このシャロンは結構、お転婆であり、まだふたりが婚約者だった頃には、ふたりでよく馬駆けをしたことがあるのを思いだした。

 

「の、乗れるわ」

 

 シャロンは下着に手を伸ばして、その下着から身につけ始める。

 すでにぐっしょりだが、それは仕方がない。

 

「だったら、俺の馬に一緒に騎乗だ。賊徒の頭領の妻なんだ。戦場に出ることもできるな?」

 

 ドピィがそう言うと、シャロンが衣類を身につけながら、心から嬉しそうに破顔した。

 

 すると、突如として雨がやんだ。

 次いで、里の外縁部の一角から鉄の玉が五個、空に向かって飛び出した。

 

「なんだ、あれ?」

 

 ドピィは思わず呟いた。

 見ているあいだに、白い光が追いかけきて鉄の玉に当たり、轟音が鳴った。

 音は凄まじい──。

 鉄の球は、そのまま放物線を描いて、屋敷を取り巻いている農民たちの真ん中に落下した。

 地面に鉄の球が当たるとともに、真下にいた農民たちを打ち倒され、またもや大きな音とともに、真っ白い光が地面に迸って拡がる。

 その光に当たった者たちが一斉にひっくり返った。

 

「頭領、馬です──。しかし、あれはなんですか──」

 

 ユーレックだ。

 自分の馬とともに、ドピィの馬を引いている。

 だが、さっきの鉄の球が落ちた方向を見て、顔を引きつらせている。

 

「ただのこけおどしだ──。馬を押さえろ」

 

 音にびっくりした二頭の馬が前脚をあげかける。

 ドピィは慌てて、自分の馬の手綱を奪って、馬を落ち着かせる。

 そして、シャロンの方を見る。

 具足下の衣類は身につけ終わっているが、具足の装着にてまどっていた。

 

「ユーレック──。シャロンの準備を手伝ってやれ。俺の妻だ」

 

「妻?」

 

 ユーレックが驚いた声を出したが、それ以上なにも言わない。

 シャロンに駆け寄る。

 ドピィは、ユーレックの馬の手綱も受け取り、視線を屋敷の方向に戻す。

 鉄の球が次々に落ちてきている。

 落下のたびに暴徒の農民を倒して、さらに周りの者を大勢吹き飛ばしている。倒れた者は起きあがってこない。

 なんだ、あれは──?

 ドピィは唖然とした。

 

 どんどんと鉄の球の落下が続く。

 しばらくすると、屋敷を取り囲んでいた農民たちは、我先に逃亡しはじめた。

 

「いかん──」

 

 ドピィは思わず声をあげた。

 農民たちの大集団がこっちに向かって逃げてくるのだ。

 いや、そうなるように、鉄の球の落ちる位置を制御しているのがわかった。

 対処が遅れた──。

 あっという間に、逃げてきた農民たちの集団たちに賊徒の陣が呑み込まれてしまった。

 だが、あれを止めることなど無理だ。

 農民たちは本能的な恐怖で追い立てられているのだ。

 

「シャロン、乗れ──」

 

 ドピィは自分の馬に騎乗するとともに、馬をシャロンに寄せて手を伸ばす。

 ユーレックが具足の紐を結んでいる途中だったが、もういい──。外れなければいいのだ。

 ドピィの手を掴んだシャロンを自分の後ろに乗せる。

 ユーレックも慌てて、自分の馬に乗っている。

 

「ただ俺に掴まれ──。矢弾が当たっても、それは運が尽きたと諦めろ──。だが、自分からは死ににいくな。自分の運を信じろ」

 

「大丈夫よ──。ルーベン……いえ、ドピィ、死んでもあなたを離さないわ──」

 

 シャロンがドピィの身体にぎゅっとしがみつく。

 ドピィは、馬を駆けさせた。

 向かうのは騎馬隊の位置だ。暴徒たちが陣に雪崩れ込んでいるので、大混乱が起きている。

 早く、騎馬隊だけでも、その混乱から離さなければ──。

 そのあいだも、轟音とともに鉄の球が降り続け、農民たちをこっちに追い立てている。

 すでに潰走状態だ。

 賊徒軍の歩兵は、それに完全にまき込まれた。

 

「旗を出せ──。俺に続け──」

 

 ドピィの作りあげた無敵の騎馬隊はすでにまとまっていた。

 騎馬をくるりと転進させる。

 騎馬隊が追いかけてくる。

 深紅の旗がすぐ横についた。

 この旗さえあれば、なにも指示しなくても、全部の騎馬がその後を追う──。

 そういう風に調練している。

 

 シャロンはぎゅうぎゅうとドピィにしがみついている。

 悲鳴ひとつあげない。

 だが、シャロンの必死さが密着させてくる身体から伝わってくる。

 

 騎馬隊を離したところで、ドピィはふたつの旗が森から現れるのを視界にとめた。

 その旗の意味など考えない。

 女兵が森から飛び出して、旗の前に陣形を作るのがわかった。

 そのまま、歩いて屋敷に向かっていく。

 

「おかしな芸を使ったのはあいつらか──。蹴散らすぞ──。少数だ。魔道を遣われる前に、渾身の速度で踏み倒せ──」

 

 ドピィは後方の全員に向かって叫んだ。

 同時に馬の腹を蹴る。

 馬の鞍に装着させている槍をとる。

 魔道が襲ってきたところで、この里に作った環境下では、すぐに魔道が散る。

 

 人数は三十人ほどか──?

 全員が女ばかりのおかしな一団だ。

 だが、旗の後ろにひとりだけ男がいる。

 

 あの男だ──。

 

 理由はない。

 

 ただの勘だ──。

 

 しかし、あの男さえ殺せばいい──。

 

 ドピィは本能でそれを悟った。

 

 まっしぐらに、馬を疾走させる。

 後ろから騎馬隊が追ってくるのがわかる。

 シャロンもしっかりと、ドピィの胴体を掴んでいる。

 

 だんだん距離が縮まる──。

 連中の姿が大きくなる。

 

 エルフ──?

 

 女兵の特徴は、そんな感じだった。

 

 なぜ、こんなところに大勢にエルフ族が? しかも、女兵──?

 

 どうでもいい──。

 

 蹴散らすだけだ──。

 だが、あの男だけは始末する──。

 そうしなければ、ならない──。

 理由のない焦りが、なぜかドピィを包む。

 

 エルフ族の女兵たちは、まとまることなく縦に拡がっている。

 蹴散らすことは簡単だ。

 

 馬避けのために槍を揃えることもない。

 矢のひとつも来ない。

 ただ怯えたようにうずくまっている。

 

 ドピィは笑いそうになった。

 

 こっちに騎馬が近づくと、エルフ族たちは左右に飛び散った。

 駆け抜ける。

 

 丸太のようなものがたくさんあったが、なにも考えなかった。

 そのまま、跳び越えながら、走り抜ける。

 

 男と旗の姿が大きくなる。

 

 そこにも女がいて、剣や弓で男を守るように構えていた。その後ろにも二人の美女が……。

 

「突撃いいい──」

 

 ドピィは雄叫びをあげた。

 残り五十ペス──。もう数瞬で到達する──。

 そのとき、正面の男がさっと手をあげた。

 

 不意におかしなものを感じた。

 

 地面──?

 

 おかしい──。

 

 視界が傾く。

 身体が宙に浮かぶ。

 

 次々に飛び越えてきた丸太だ──。

 

 そこから十数本の長い刃物が飛び出してきて、馬の腹を突き刺していた。

 馬が棹立(さおだ)ちになり、ドピィは馬から投げ出されていた。

 咄嗟にシャロンの身体を掴む。

 頭を守りながら、ふたりで地面に転がった。

 

「大丈夫か──?」

 

 腕の中のシャロンはぐったりとしている。

 だが息はある。

 ちょっと頭を強く打っただけだと思う。

 

 振り返る。

 馬は駄目だ。

 腹を抉られて血と内臓が飛び出していた。一本の脚からも血が出ている。

 

 なにが起きたのかもわかった。

 

 エルフ族の女兵たちがうずくまったのも、左右に逃げたのも、怯えて逃げたわけじゃなかったのだ。

 おそらく、ドピィと同じように亜空間に仕掛け丸太を隠していたのを取り出し、騎馬隊の進路方向に並べた後で、左右に避けたのだ。

 そして、あの男が手を上げたとき、魔道か、あるいは、縄を引っ張るかなにかで、丸太に沿って倒していた長い刃物を上に向かって出したに違いない。

 

 そして、後続の騎馬隊も自らの勢いで刃物に突き刺さってしまって、あちこちで倒れている。

 後ろ側も前が突然に倒れたりしたので、それに阻まれて倒れたり、止まったりしている。

 

 そこに無数ともいえる矢が襲った。

 ぎょっとした。

 

 左右に散ったエルフ族だ。

 信じられない速度で連続の矢を射ている。

 停止した騎馬隊など、矢の餌食だ。

 馬や騎馬に次々に当たり、馬から落とされていく。

 

 まさに、矢の雨だ──。

 それがまとまって襲い、当たり、次々に味方が馬から落とされていく。

 

「まとまれ──。丸太を回避せよ──。まとまりなおせ──」

 

 ドピィは絶叫した。

 まだ、馬を傷つけられた騎馬よりも、後方で止まっただけの騎馬が多いのだ。

 まとまればいい。

 

 しかし、これまで、ドピィを先頭に突撃することだけを繰り返して調練してきたので、咄嗟の判断には混乱しているみたいだ。

 そのあいだにも、向こうの女兵の一部が、後続の騎馬の行く手を阻むように、その左右に丸太を出現させては、刃を飛び出させていく。

 

 そして、さらに地面になにかが流れたと思った。

 薄い膜? これも魔道?

 ドピィは免れているが、粘着体か?

 広くはないが狭くもない範囲に膜が地面に拡がり、止まった馬の脚に密着している。

 

 動けないことで、どんどんと騎馬が射落とされる。

 逃げようとする騎馬も、遠方から矢が貫き、確実に落とされる。

 とにかく、外れる矢が一本もない。

 確実に一矢で一騎が倒され、その矢が無数に飛んでくるのだ。

 あっという間に、騎馬隊が壊滅状態になっていく。

 

 また、男の後ろにいるふたりの女からの攻撃も凄まじい。

 無数の光線が飛びだし、立ち止まった後ろ騎馬隊を倒していく。あっという間に騎馬隊は半分……。いや、見ているうちに、もう三分の一……。もう終わりだ。

 ドピィは悟った。

 

「おいっ、お前が大将か──?」

 

 離れた位置から声をかけられた。

 はっとした。

 少し距離があるが、あの男だ。

 手に短銃を持っていて、それがこっちに向いている。

 男の周りには女たちもいた。

 

 轟音が鳴った。

 

「ルーベン──」

 

 なにかに押し倒された。

 シャロンだ──。

 

「あがっ」

 

 男の発した弾丸がシャロンに当たり、シャロンの身体が一瞬突っ張り、そして、脱力する。

 

「シャ、シャロン──」

 

 ドピィの身体はシャロンの下だ。

 

「頭領──」

 

 そのとき、ユーレックが騎馬で飛び込んできた。

 あいつらとドピィのあいだに馬を入れる。

 そして、馬を飛び降りて、空馬になった馬の手綱を押しつけた。

 

「待てえ──」

 

 白銀の長い髪の女騎士が襲ってきた。

 ユーレックが飛び出る。

 一刀のもとにユーレックは斬り倒された。

 そのあいだに、ドピィはシャロンの身体を抱えて馬に乗っている。

 

 馬の腹を蹴る。

 逃げる──。

 それしか考えなかった。

 

「退けえええ──。退けええええ──。全軍、退けええ──」

 

 それだけを叫び、馬を駆けさせる。

 前に横抱きに抱えているシャロンの上半身は血で真っ赤に染まっていて、動く気配はなかった。



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771 クロノスの安堵



 短いですが……。

 *




「退けえええ──。退けええええ──。全軍、退けええ──」

 

 馬を駆けさせながら、ドピィは力の限り叫んだ。

 戦場を離脱する。

 それしか、ドピィは考えなかった。

 身体の前に横抱きにしているシャロンは、まるで生きていないかのように動かない。

 しかし、生きている。

 死んでいるわけがない。

 ドピィは、馬を駆けさせながら、自分に言い聞かせた。

 

 矢が後ろから飛んでくる。

 集まってきて一緒に駆けている味方の味方が次々に、馬から射落とされる。だが、ドピィには当たらなかった。

 

 里の出口の小径の入口に辿り着く。

 追っ手は来ない。矢も魔道も来ない。

 一度、振り返る。

 あの男たちとエルフ族の女兵たちは、まだ留まっている騎兵に猛烈な速度で矢を放って射倒している。

 こちらまで戻ってこれる騎馬の方が少ない。

 次々に矢で倒されている。

 

 だが、ドピィの命令で騎馬隊が逃げ始めると、深追いはしてこない。

 すでに、農夫の突入で大混乱中の賊徒の歩兵陣に向かう態勢に移行していっている。

 

 ドピィに冷静さが戻ってきた。

 相手は、やはりわずか三十名ほど……。そのひとりひとりが大変な弓手なのはわかるが、一度に放てるのはたった三十本の矢のみだ。

 

 もう一度、騎兵をまとめて、あの後ろから突っ込むか──?

 

 二度は矢を放たれるとして六十を犠牲にすれば、エルフ族たちを踏み潰せる。

 いま、わかったが、男の後ろにいる魔道遣いたちの放っている魔道は、非常に威力が弱いものだ。おそらく、里の中の魔素が極限に薄まっているので、強力な魔道は放てないに違いない。

 魔道はただ混乱を起こさせているのみで、致命傷になっているのは、混乱してから射られている矢だ。

 だんだんとドピィの周辺に騎馬が集まってきている。

 もう一度、突入すれば……。

 

「う、うう……」

 

 そのときだった。

 腕の中のシャロンが弱い息を吐いた。

 ドピィは我に返った。

 

「ワルム峡谷の砦に向かえ──。全員に伝えよ──」

 

 ここで賊徒軍を捨てることに躊躇はない。

 峡谷というのは、ここから一番近い隠し砦だ。十数年前に討伐された山賊が使っていた場所であり、ひそかに隠し砦として整備していた。

 いまは、シャロンの治療と快復こそ、やるべきことだ。

 収納袋から移動術の護符を取り出す。

 護符とは、あらかじ魔道を込めた特別な羊皮紙のことであり、魔石の破片が埋め込まれていて、定められている暗証の言葉を告げれば発動する仕掛けになっている。

 移動術の場合は、転移先にも事前に紋章を刻んでおかなければならないなどの誓約もあるが、ドピィはいつも逃亡先は準備している。

 今回の場合は、ワルム砦だ。

 ドピィはシャロンを抱きかかえたまま、周囲の部下を残して、砦に向かって跳躍した。

 

 

 *

 

 

 ほっとした。

 

 想定していた策は十個ほどあったが、すべて、あの騎馬隊に的を絞っていた。

 享ちゃんに集めてもらう情報を読む限り、あの騎馬隊は負け知らずの道化師(ピエロ)団の象徴だ。

 だから、それを撃破することができれば、全体を挫くことができる。

 それは、確信していた。

 ほとんど勘のようなものだが、数の多い歩兵ではなく、賊徒団の名をあげていた騎馬隊に焦点を絞った策を整えるべきだと、一郎の直感が告げていた。

 

 そして、それを考えた瞬間、自分の頭の中には、賊徒を出し抜く方法が幾つも浮かびあがっていた。

 それはとても不思議な感覚であり、あの刃物が飛び出す丸太の罠のアイデアも、不意に浮かびあがった。

 銃を持っていることは事前に知っていたので、里に登る経路のうち、小川沿いの方向を選んだのも、頭に浮かんだ直感に従ったことだ。空から水を浴びさせて、銃の火縄を使用困難にすることは、浮かんだ策のひとつである。

 そして、なにもかもうまくいった。

 

 おびき出すように賊徒の騎馬隊の突入を誘い、罠で騎馬隊を阻止することに成功した。

 多分、先頭になって突っ込んできたのは、頭領なのだと思う。

 もう少しだった。

 あのまま、短銃で討ち取れると思ったが、一緒にいた女に庇われて逃げられてしまった。

 また、少年従者をはじめとして、何人もの部下たちが身体を張って阻止もしてきた。余程にあの頭領が大事なのだろう。

 あそこで、あの頭領を殺すか捕らえるかすれば、賊徒集団の活動は終わりだったかもしれないが残念だ。

 しかし、人数が少なすぎて、こっちからの追撃は逆に命取りでもある。そもそも、今度はこの混乱のうちに、大人数の農夫と賊徒の歩兵を片付けるべきと、一郎の直感が告げている。

 一郎は、自分の直感に従った。

 

「逃げる者は追うな──。一気に片をつけるぞ。歩兵だ──。そっちに向かえ」

 

 一郎は叫ぶ。

 賊徒の歩兵を囲む。

 もっとも、囲むといっても、こっちは三十名足らず。包囲にもならない。遠巻きに囲んだ感じになるだけだ。

 だが、農夫に突っ込まれた賊徒の歩兵の陣はまだ混乱状態にある。まとまっていない集団など、単なる烏合の衆だ。

 ちりぢりになって逃げようとする。

 だから、こっちもばらばらになって逃げようとする者については放置させた。

 しかし、少しでもまとまろうとする集団については、まとまりの中で指示をしようとする者を狙い射るように命令を与えた。

 

 エルフ族のたちの弓術は、正確無比だ。

 この混乱状態の中で、確実にリーダーになろうとする者を射殺していく。それは、農夫であろうと、賊徒の正規軍であろうと同様だ。

 それでも、集団はできる。

 しかし、それは一郎の粘性術を飛ばして足止めをする。広大な範囲では無理だが、十数名程度の集団の範囲なら一郎の粘性体が展開可能なのだ。

 そうやって、どんどんと減っていく。

 

 また、スクルドとガドニエルの魔道も有効だった。

 魔素というものが薄いので、致命傷となる魔道は打てないが、その代わり、騎馬隊には小さな火玉や電撃を飛ばして、馬を混乱させることが十分以上に効果的だったし、人数の多い農夫たちには、もう一度電撃の音だけを鳴り響かせることで、混乱を助長させることにも成功した。

 

「シャングリア──。エリカ──。ブルイネン──」

 

 武器を捨てて逃げよと、声をかけるように命令した。

 シャングリアとエリカは、敵の馬を奪っていたが、彼女たちが駆け回りながら、賊徒たちに逃げろと呼びかけていく。

 

「大将は逃亡したぞ。お前たちも逃げよ──」

 

「逃げなさい──。武器を捨てて──。武器を持っている者は皆殺しにするわよ。武器を捨てれば、後は追わない」

 

「武器を捨てよ──。直ちに武器を捨てよ──」

 

 声をかけさせる。

 とにかく、向こうが混乱しているうちはよいが、こっちはわずか三十名──。

 投降させたところで、見張ることもできないし、逃げてくれるのが一番ありがたい。

 農夫も、賊徒も、逃げ散っていく。

 そのあいだも、指示をしようとする者を見つけては、矢で殺させているし、少人数でも集まれば、一郎が粘性体で足止めする。粘性体で捕らわれれば、一斉に矢を飛ばして皆殺しだ。

 

「先生──」

 

「ご主人様──」

 

 すると、屋敷から王太女の旗を掲げた一団が現れた。

 もっとも、十数人の集団だ。先頭はマーズとイットである。

 彼女たちが賊徒たちに突っ込む。

 全員の潰走になった。

 

 潮が引くようにいなくなる彼らの背を視線で追いながら、一郎は安堵した。

 だが、急に脱力感を覚えた。

 

「ご主人様──」

 

「わっ、ご主人様──」

 

 後ろにいるスクルドとガドニエルに身体を支えられた。

 どうやら、一郎は倒れかけたようだ。

 

「えっ、どうしたんですか?」

 

 一郎の護衛としてずっと前についていたコゼも驚いて振り返る。

 

「だめだよ、ご主人様、無理したら──」

 

 すると、目の前に小さな光が出現して、それが魔妖精のクグルスになる。

 

「無理?」

 

 一郎は立ち直しながら問い返した。

 なぜか、立ちくらみのような感じは続いている。

 

「こういう魔道の使いにくい状況のときには、ご主人様も術は使わない方がいいよ。魔道遣いたちが使う魔素ってやつがなくても、ぼくやご主人様は魔道を遣えるけど、そのときには淫気を大量使用するからねえ。まあいいや。これだけ、女がいっぱいいれば、補充も簡単だしね。とにかく、ご主人様、誰でもいいから、ひとり……。いや、三人か、五人は抱いちゃってよ。それで淫気を補充できるから」

 

 クグルスが笑いながら言った。

 

「淫気切れ?」

 

 一郎は呆気にとられたが、そういえば、いつか味わった淫気切れの症状に似ている。

 確かに、昨日一日は誰ともセックスはしなかったし、夜通し進んできたので、親衛隊たちと亜空間でも愉しむこともなかったが……。

 

「い、淫気切れ……ですか──? ご主人様、どうかわたしを……。滅茶苦茶していいですから」

 

「わ、わたしもです──。ガドはいつでも大歓迎です。あの、縛られますし……」

 

 スクルドとガドニエルだ。

 

「ちょっと待って、いま、ロウ様が淫気切れと聞こえたんだけど──。クグルス、説明しなさい──」

 

 そして、たまたま近くにいたエリカが、馬から飛び降りて、血相を変えてやって来た。



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772 南王軍司令官の決断

「許してっ、お、夫、夫がいるんです──。犯されるのはいやああ。お願いします──。司令官様ああ」

 

 女が泣き叫んだ。

 今日の女は、城郭で医師の助手をしていて、その医師と恋仲になり婚姻を結んだばかりだという若い女だった。

 夫は、医師といっても町医であり、安い代価で貧しい者も相手に治療をしているような変わり者だ。それでこの城郭が一時期、賊徒に占拠されたときにも、賊徒たちによる富豪狩りの対象にはならなかったようだ。だから、この若妻も被害を受けることなく生き残ることができたのだ。

 

 だが、それはリー=ハックにとって、運のいいことであった。

 なにしろ、偶然にガヤの街の一角で、この女を見かけたとき、ひと目であのイザベラ王女と面影が似ていると思ったのだ。こんな手頃な女が生き残ってくれ、さらに偶然にそれを見つけたというのは実についてた。本物のイザベラが手に入るまでの「つなぎ」として、十分な玩具になる。

 もちろん、イザベラの方がずっと美人だし、この女は十七歳でしかないと王女に比べれば、五年は年上だろう。

 そもそも、生まれながらの高貴な育ちをしてきたイザベラと、底辺に近い町の一角で土と埃にまみれてきたような女とは、天と地ほどに品が違う。

 しかし、それでも、体つきや顔立ちがイザベラを思わせた。

 

 だから、すぐに兵を派遣して、夫とその妻を捕らえさせて、この営舎の中の訊問室に連行された。

 罪状などどうでもよかったが、賊徒に内通している疑いとした。

 その町医は、先般の賊徒による城郭の占領のときに、生き残っている。内通の疑いをかけるのは十分なことだ。

 

 そして、この若妻については、服を剥いで台形状の台に腹ばいにして手足を箱の側面に革紐で固定し、脚を開いて尻を突き出すような体勢に拘束をしてやったのだ。

 朝一からリー=ハック自らの「訊問」を開始し、やっと薬物と愛撫で尻穴を犯せる状態にまで処置したところである。

 すると、この若妻は、いよいよ犯される……しかも、尻を犯されるということが やっと現実のものとして認識してきたのか、ものすごい勢いで泣き叫び始めた。

 

「いや、いや、いやああ。助けて──。助けてください──。あ、あたしたちは、賊徒と関わりはありません。本当です。信じてください」

 

 女はむなしいもがきを繰り返す。

 

「へへへ、閣下、媚薬を足してやりますか?」

 

「それとも、鞭で静かにさせましょうか?」

 

 周りに集まってる将兵たちが卑猥な表情を浮かべて、リー=ハックにおもねるような口調で言った。

 このところ、毎日のように、こうやって城郭内の手頃な女を捕らえては、陵辱を繰り返しているが、それをしているうちに集まってきた十人ほどの者たちだ。

 将校級が三人と、下士官級と兵が七人というところである。

 数日前に、司令官付の特別警邏(けいら)隊というのを作って、そこの所属にしている。

 リー=ハックがこんな風に自分の欲望を隠さなくなったことで、見限った者たちが大多数になっていることは知っているが、逆にこんな風に寄ってくる者たちもいる。

 その中でも、こいつらは特別な役割を与えており、だからこそ、こうやって、捕縛した女を責めるときには同席させ、おこぼれという名のいい思いをさせている。

 

 こいつらも、いまやっているようなこととが軍律に反することは認識していて、リー=ハックがいなくなれば、糾弾もされる可能性があるとわかっていると思う。だから、団結は強い。

 いざというときには、リー=ハックは、密かに海から逃亡する予定だが、そのときには、こいつらがリー=ハックを守ることにもなっている。

 すでに船も手に入れている。

 

 いざというときというのは、賊徒団のことだ。

 万余の賊徒団が領都を出立して、このガヤ方面に向かっているのは承知している。

 迎撃そのものは、副長のジグに任せているが、それが失敗したときには、リー=ハックは、身ひとつで港から逃げるつもりなのだ。

 ここで、領民と心中など冗談ではない。

 連日の賊徒の内通者狩りで、やっと、城郭内の暴乱のようなものが収まりかけてきたが、どうせ賊徒が城壁を囲むような事態になれば、再び暴れ始めるのはわかっている。

 そんな連中を賊徒から守るなど、意味のないことだ。

 

「いや、よい。もう十分だ。だが、この女の前の穴にはまだ手を出すなよ。私が掘り終わった後ろは犯していい。前の穴は、今日の夜の愉しみの予定なのだ」

 

 リー=ハックは笑った。

 このイザベラにちょっと似た町女の役割は、数日以内には手に入るだろう「本物」が来るまでのことだ。

 本物のイザベラについては、あのゲーレの小里で賊徒と暴徒の大軍に、一日前から包囲されており、おそらく、数日以内には蹂躙されるだろう。

 少しだけ籠城の状況も確認させたが、すでに王女の隊は風前の灯火らしい。

 

 そこに、あのリョノが行っている。

 向こうに着いたら、誘拐に専念するから連絡はしないと言っていたので、状況はわからないが、あれだけ大言壮語したのだから、うまく連れてくるだろう。

 そのときには、ほかの女など無用だ。

 最終的には、王女は殺すしかないだろうが、その前に徹底的にイザベラを味わおうと思っている。

 いまから、愉しみだ。

 もっとも、心配なのは、王女が賊徒にそのまま殺されてしまうことだ。

 まあ、そのときには、そのときと諦めるしかないが……。

 

「いい泣き声だ。もっと泣くとよい。だが、あれだけ媚薬をこの尻に飲ませてやったのだ。お前の尻は、どうか犯して欲しいと、ひくひく動いておるぞ」

 

 リー=ハックは笑いながら、女のアナルに指を挿入した。

 媚薬と念入りな愛撫のために、すっかりとほぐれていて。簡単にリー=ハックの指を女の尻は受け入れる。

 だが、異物を受け入れるのは怖いのか、女の肌は粟立ちのような反応も示した。

 

「ああ、助けてえ、あなたああ──。いやああ」

 

 女が本格的に泣き出した。

 ぼろぼろと涙をこぼす。

 この女と町医は、大変な恋愛の末に、婚姻を結んだらしい。この女の方がぞっこんであり、何年も言い寄って、やっと堅物の町医に受け入れてもらったとか……。

 

「そんなに夫が恋しいなら、尻を犯し終わってから、今度は夫の前で遊んでやろう。お前の夫は、離れた牢に監禁しているが、ここに呼んでやるぞ。夫の前で媚薬に狂って大勢に犯されるのを見せてやればいい」

 

 リー=ハックは笑いながら指を尻穴で動かす。

 女の泣き声がさらに大きくなる。

 

「ああ、いやああ──。あ、あの人には見せないでええ。連れてこないでええ」

 

「いや、連れてくる。そして、お前が私を愉しませるあいだは、必ず生かしておくことを約束しよう。飽きたら二人揃って、賊徒に与した罪で処刑だ。だから、せいぜい頑張るがよい」

 

「あああああっ」

 

 女がすさまじい号泣を始めた。

 

「入れるぞ」

 

 リー=ハックは指を抜いた。

 股間を出して、すでに勃起している男根の先を女の尻穴に押しつける。

 

「ひいいっ、あなたああ──。ああああっ」

 

 女が悲痛な声で絶叫をあげる。

 リー=ハックは呆れてしまった。

 夫に助けを求めているのか、許しを求めているのか……。

 いずれにしても、その夫は牢の中だというのに……。

 

 しかも……。

 

「んぐううっ、うううっ、あ、あなたあ……。ああ、あなたああ……」

 

「ふふふ、ちょっときついな……。だが、いい感じだ……」

 

 リー=ハックは蕩けるような肉の感触を味わった。

 思ったよりもきついが、媚薬で十分にほぐれている。リー=ハックの男根をしっかりと包み込み、いい具合に締めつける。

 

「大したものだな……。これは、極上の尻かもしれん。お前たちも愉しみにしておけ」

 

 リー=ハックは最後まで尻穴に男根を貫いてから言った。

 周りの将兵たちがどっと笑う。

 

「どんな気分だ。女? こうやって、夫以外に犯される気持ちは? 夜には、その夫の前で陵辱祭りだぞ」

 

 リー=ハックは腰を動かし始める。

 口とは裏腹に、媚薬で身体を溶かされているこの女が、尻穴を犯されて快感を覚えているのはわかっている。

 だからこそ、これだけ泣いているのだ。

 犯されて、欲情している自分に絶望しているのである。

 

「ああ、あなたあっ、あっ、ああっ、ああっ、あああ」

 

 しばらく律動を続けると、泣き声に嬌声が混じってきた。

 リー=ハックはほくそ笑んだ。

 

「お前たち、全身を媚薬液の染みた筆でくすぐってやれ。口からも飲ませろ。しっかりと女の性を味わわせてやれ」

 

 リー=ハックが言うと、将兵たちがわっと立ちあがる。

 台に固定された女に群がる。

 

「あああ、もういやああ」

 

 女が泣き叫んだ。

 その女に媚薬が足され、すぐに女の肌がさらに真っ赤になり、脂汗もたっぷりと湧き出してくる。

 そして、筆でのたうち回りだす。

 暴れるたびにぎゅうぎゅうとリー=ハックの男根が締めつけられ、そのまま搾り取られそうになってしまった。

 

「こ、これはいかん──。とんだ暴れ馬にしてしまったか……。くっ」

 

 そして、あっという間にアナルの中に精を吐いてしまった。

 これは、失敗だ。

 リー=ハックは苦笑しながら、男根を抜いた。

 

「仕方ない……。お前たちの番だ。だが、予定よりも早かったから条件を出すぞ。もっと媚薬を塗り足せ。痒み液がいいだろう。そして、この女から犯してくれと言わせるのだ」

 

 リー=ハックは声を落として将兵たちに言った。

 将兵たちが手を叩いて、歓声をあげる。

 最後の指示だけ、小さな声で告げたのは、隣の牢に女の叫びだけが聞こえるようにだ。

 壁一枚あるので、こっちでリー=ハックたちが普通に喋る声はよくわからないと思うが念のためだ。

 

 なにしろ、女は知らないが壁一枚隔てた牢には、この女の夫を拘束のうえ、猿轡をして放り込んでいるのである。

 ここで犯されて悲鳴をあげたのを聞かれていたと知れば、この女はどんな顔をするのだろう?

 ましてや、これから大勢の男たちに責められて、男たちを求める声を夫が聞かれたとしれば……。

 

 いまから、そのときが愉しみだ。

 そして、最後には、夫とここに連れてきて、その絶望の顔を見ながら、このイザベラ似の女の前の穴を犯すのだ。

 リー=ハックは思わず笑ってしまった。

 

「いやああ、やめてええ。もういやあああ──。もう感じたくないのおおお──。いやあああ」

 

 女が泣き声をあげているが、すでに媚薬で狂いそうになっていたところに、これからさらに媚薬を足されるのだ。

 悲鳴には、欲情の響きも、すでにかなり混ざっている。

 リー=ハックはほくそ笑んだ。

 

 そのときだった。

 リー=ハックは舌打ちした。

 副長のジグからの緊急用の「呼び鳥」が目の前に現れたのだ。

 呼び鳥というのは、鳥ではなく、魔道によるただの点滅の発光信号だ。

 こういう同一建物や敷地内に限り、登録をしている者に限定して、どこにいても、この呼び出し用の光が追ってきてそれを知らせるというものだ。

 無視してもいいが、あの真面目なジグのことだ。

 放っておくと、リー=ハックと特別警邏隊以外は立ち入り禁止としているこの牢屋域に押し入ってくるに違いない。

 いや、おそらく、もう入口の詰め所まで来ているか?

 

 仕方なく、リー=ハックは、警邏隊の者たちに後事を託して、詰め所まで向かった。

 果たして、本当にジグがそこで待っていた。

 

 そして、随分と苛立っているようである。

 すると、ジグがそこにいた衛兵たちを部屋の外に出るように指示をして、リー=ハックとふたりだけにした。

 ここに衛兵たちも、すでにリー=ハックにより、交代で「旨味」を味わわせている。

 リー=ハックに都合の悪い話を聞かれても問題はないが、ジグは気を使ったのだろう。

 

「司令官、直ちにゲーレの里に援軍を向かわせます。一千を分けました。ご命令をお願いします」

 

 ジグが言った。

 リー=ハックは呆気にとられた。

 

「はああ? なにを言っておる。あと数日で賊徒の大軍がこのガヤに来るのだぞ。兵を割くだと?」

 

「司令官こそ、なにを言っておられます。俺に王太女殿下の状況を隠しておられましたね。昨日から賊徒の大軍に包囲されているそうじゃないですか。しかも、その情報を司令官閣下が箝口令を敷いて止めたと──。どういうことなのです──? いや、いまは議論はしますまい。とにかく、殿下の救出が急務です。ただちに救援隊を出動させます」

 

 ジグが早口で言った。

 リー=ハックは舌打ちした。

 どうやら、余計な情報をジグに教えた者がいるみたいだ。

 

 まあ、かなりの騒動になっているので、この南王軍だけの箝口令だけでは、情報を遮断できなかったか……。

 すべてをリー=ハックが握っているわけでもないし……。

 

 軍そのものを把握しているのは、司令官のリー=ハックよりも、このジグだ。

 それに、いまは、あのリョノがここにいない。

 あいつがいれば、情報操作ももっとうまくやってくれたと思うが、いまはゲーレにいるので、それもまた、情報漏れの理由のひとつに違いない。

 

「ジグ、もう無駄だ。暴徒の数は一万に近いというぞ。たった一千を差し向けてなんになる。しかも、あそこには賊徒の無敵の騎馬隊もいるそうだ。途中で返り討ちになるだけだ」

 

「まさか、そんな理由で見捨てたと──? そもそも、王太女殿下からの救援依頼が再三に入っていたそうじゃないですか。それを無視するなど──。これは謀反も同じですよ──。どうして、そんなことをしたのです──」

 

 ジグは激昂しているみたいだ。

 リー=ハックはいよいよ閉口した。

 

「落ち着かんか……」

 

「落ち着いてなどおられません。殿下の救出は絶対にします。その一千は俺が率います。よろしいですね──」

 

「待て──。お前がいなくなれば、このガヤの守りはどうする──?」

 

 リー=ハックは驚いて言った。

 

「部下に指示してあります。そもそも、軍の指揮は司令官閣下の仕事です。女にかまけるなど、くだらぬことはやめて、迎撃準備の指揮をおとりください」

 

 ジグは立ちあがった。

 リー=ハックは嘆息した。そして決断した。

 仕方ない……。

 

「待て……」

 

 リー=ハックは、すでに扉に向かい、背中を向けているジグの手を取った。

 

「待ちません──。あぐっ」

 

 ジグの眼が大きく見開く。

 ジグの横腹にリー=ハックの短剣が深々と刺さったからだ。

 ジグがその場に跪いた。

 リー=ハックは、短剣を引き抜き、ジグの喉を引き裂いた。

 ジグの身体が血だまりの中に倒れる。

 

「お前たち──。謀反だ──。ジグが私に斬りつけてきた──。お前たち──」

 

 リー=ハックは大声をあげた。

 すぐに外に出ていた衛兵が入ってくる。

 

「うわっ、副長殿──」

 

「副長──」

 

 衛兵たちが驚愕している。

 

「裏切りだ──。このジグはどうやら、賊徒に与していたようだ。いきなり、私に斬りつけてきた。とにかく、ジグの身柄を空いている牢に放り込んでおけ。このことは、しばらく他言するな。全体の士気に影響する」

 

 リー=ハックは言った。

 衛兵たちは戸惑った表情になった。

 

 

 

 

(第20話『クロノスの逆襲』終わり、第21話に続く)



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 第21話  南方軍乗っ取りと賊徒軍緒戦【南域】
773 淫魔師と淫気と魔妖精のお話


「ご主人様、しっかりしてください」

 

 コゼが振り返って一郎の腕を支えるようにがっしりと掴む。

 後ろにいたスクルドとガドニエルも、背中から支えた。

 だが、立ちくらみはすでに解消している。

 問題ないのだ。

 一郎は、大袈裟に心配する女たちの対応に、思わず苦笑してしまう。

 

「ロウ様、コゼに掴まって──。クグルス、いま、ロウ様はどういう状況なの?」

 

 エリカだ。

 恐ろしく動揺しているのがわかる。

 そんなに心配してくれるのは嬉しいが、あのパリスとの一件で倒れて以来、淫気切れについては、エリカは本当に過保護だ。

 だがいいこともある。

 それ以前は、人目のある羞恥責めは死ぬ気で嫌がったが、そういう“プレイ”の方が淫気の収集率がいいのだと言うと、渋々気味だが受け入れてくれるようになった。

 だから、時折、その手を使わしてもらっている。

 なにしろ、心の底から恥ずかしがるエリカを羞恥責めで悪戯するのは愉しい。そのくせ、一郎にかかれば、信じられないくらいに身体が敏感で感じやすく、かなりの露出癖でもある。本人に自覚がないのが、本当に面白いのだ。

 

「大丈夫だよ。心配ない。ちょっとくらっとしただけだよ。それよりも、まだ戦いの最中だ。気は抜けないぞ」

 

 一郎は笑った。

 すでに勝敗は決している様相とはいえ、油断していい状況ではない。

 奇襲的なやり口で潰走させたが、相手の数は圧倒的だ。集まられて再攻撃をされれば、再び包囲の状況に陥ってしまうだろう。

 数が違いすぎるのだ。

 できれば、あのとき賊徒の頭領を殺せてしまっていれば安心だったが、残念ながら取り逃がしてしまっている。

 だから、再び集まることがないように、追撃をかける必要があるのだ。

 

 一郎はもう一度全体を確認した。

 いまは、多くの屍体を残して大部分の賊徒も農夫たちも里から逃げ散っていこうとしている状況だ。

 ブルイネン率いる親衛隊や、あとから参加したイットやマーズを含む王軍は、距離をとって追い払う態勢だ。

 深追いはしていない。

 それにしても、王軍は随分と人数が少ないが、あれだけなのだろうか?

 イットやマーズと一緒に王太女旗を掲げて外に出てきたのは、十数名しかいないみたいだ。

 

「なら、指示だけしてください。わたしたちがやります。それに亜空間をお使いになっていただければ、瞬時に淫気も補充ができるではないですか?」

 

 エリカは、ブルイネンやシャングリアを大声で呼んだ。

 一方で、一郎は、またもや苦笑してしまった。

 とにかく、エリカは真面目なのだが、その内容が早く女と性交を結べというものなのだから、考えてみれば少し不謹慎かもしれない。

 なにしろ、ここはまだ戦場であり、たくさんの屍体が地面に転がっている。

 一郎としても、もう少し場所を選びたい。

 まるで、空腹なので食事をするようには、女を抱きたくはない。破廉恥で馬鹿げた遊びをしていても、一郎としては、一郎なりに、真面目に女性に向き合っているのだ。

 

「まあ、落ち着きなよ、エリカ。ご主人様は、お前みたいに大雑把にできてないんだぞ…。そもそも、ご主人様だって、ちゃんと気分が乗らないと“えっち”しにくいんだ。その雰囲気を作るのは、一番奴隷のエリカの役目だ。ちゃんと仕事しろ、エリカ」

 

 クグルスが冗談混じりの物言いで言った。

 しかし、その冗談を冗談と受けとめないのがエリカだ。

 顔を真っ赤にして、表情を険しくする。

 

「わ、わたしは、ちゃんとしているわよ──。そもそも、雰囲気を作れってなによ──?」

 

「もっとスカート短くするとか。横に切り込みいれるとかな。ちらっ、ちらって下着を見せろ──。そうすれば、ご主人様も、きっと戦いの途中でもその気になる」

 

 クグルスがけらけらと笑う。

 明らかに、からかっている態度だ。

 

「こ、これ以上短いと、気になって戦えないわよ──。それに切り込みってなによ──」

 

 案の定、エリカが真っ赤な顔で怒鳴った。

 一郎は軽く噴き出してしまった。

 

「とにかく、いいか、よく聞け──。ご主人様は、それはそれは、偉大なる淫魔師様なんだ。本当に偉大すぎて、お前らが天空神様と呼んでいる嘘つきクロノスなんかより、ずっとクロノス様なんだ、エリカ」

 

「嘘つきクロノスってなによ……」

 

 エリカがむっとしている。

 

「いいから聞け。だから、偉大なるご主人様は、そのお力が強いんで、たくさんの淫気が必要なんだ。もう一度、言うぞ。たくさんの淫気だ──。それが毎日必要なんだ。だいたい、お前ら、ご主人様のお力で、強くなったり、頭がよくなったり、魔道がうまくなったりしているんだろう──。ぜええんぶ、ご主人様のお力が源だ。ずうううっと、ご主人様が力を補充しているんだ。つまりは、ご主人様はなにもしなくても、ずっと淫気を使ってるんだ。こんなに大所帯になったんだから、毎日なくなる淫気だって量は多いんだぞ──。だから、毎日補充しなければ、すぐに足りなくなのは当たり前だ──」

 

 クグルスが言った。

 

「えっ、そうなの?」

 

 エリカはきょとんとしている。

 

「へえ、そうなんですか?」

 

「そうなのですね?」

 

 コゼとガドニエルだ。

 驚いたみたいだ。スクルドも興味深い表情になっている。

 だが、それは一郎も知らなかった。

 いや、そもそも、淫気というエネルギーのことは、よくわからない。なぜ、魔道のような術が遣えるようになったのかも不思議だ。

 スクルドやミウの使う魔道とよく似ているなという認識があるだけだ。

 もちろん、一郎も、粘性体術や亜空間術、支配している女限定の治療術などを使うが、その力の源が魔道遣いたちが力の根源とする自然の中の「魔素」に対して、男女の性交で発生する「淫気」だということはわかっている。

 しかし、それ以上のことは、深く考えたことはない。

 いまクグルスが口にしたみたいに、女たちの能力向上の力が、毎日、一郎から流れているという認識もなかった。

 

「そうだ──。ましてや、今日、呼び出されたときに聞いたけど、夕べはお前らを亜空間に入れて、ご主人様は外でえっちなしでいたんだろう? そんなことすれば、淫気もなくなるぞ。亜空間に人を入れるなんて、エルフの女王様にもできない大魔道だろう──。その分、淫気も大量消費するんだ」

 

 クグルスが言った。

 

「そうですわね。確かに、人を亜空間に収納するというのは、耳にしたことはありません」

 

 ガドニエルだ。

 

「まあ、そうとは知りませんでした。ならば、あたしたちだけ、休ませてもらって、申し訳ありませんでした……」

 

 そして、コゼが言った。

 夕べは、早くこの里に到着するために、いつもなら就寝をして、女たちを抱く時間を削って、夜を徹して移動した。

 一郎だけはこちら側にいないと移動できないが、ほかの女たちについては、そのあいだ、亜空間で休んでもらって問題ない。

 一郎と一緒に、こちら側で行動したのは、南方までの経路がわかるシャングリア、縮地術を使うスクルズ、そして、護衛だとして断固として亜空間で休むことを承知しなかったエリカだけだ。

 コゼは休んだ側だったので、謝ったのだろう。

 一郎は首を横に振った。

 

「淫気というのが、俺の力の元というのは知ったけど、そんなに燃費が悪いとは知らなかった。俺のせいだ」

 

 一郎は言った。

 

「“ねんぴ”? まあいいや……。とにかく、ご主人様も、気をつけるんだよ。ここは魔素が極端に薄い状況になっているよねえ。そういう場所で力を使うと、淫気も大量に減るからね。まあ、まだ倒れるほどじゃないけど、さっきは一気に減ったから、多分、身体がびっくりしたのさ」

 

 クグルスが笑った。

 

「それにしても、あれねえ……。あんたって、頭の軽い悪戯な妖精なぐらいにしか思ってなかったけど、結構、なんでも知っているのねえ。びっくりしたわ」

 

 すると、コゼが横から口を挟んだ。

 

「えっへん──。まあ、ぼくも、ご主人様の(せい)しもべだしね。ぼくたち淫魔族にとっては、本物の淫魔師様なんて神様も同じだ。ご主人様の能力があがれば、ぼくの能力も自動的にあがる。ぼくなんて、いまや、魔妖精の族長様よりも力があるんだよ」

 

「族長?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「うん、族長。ぼくたちの女王様さ。そういえば、族長が一度だけでいいから、ご主人様にお礼したい言ってたよ。ご主人様のおかげで、ぼくは一族で一番の働き妖精なんだ。なんといっても、ご主人様にしもべにしてもらってから、ぼくが巣に運ぶ淫気なんて、桁外れだからね」

 

 よくわからない。

 働き妖精?

 巣に淫気を運ぶ?

 そういえば、クグルスのような魔妖精の生態など聞いたこともないことを思い出した。

 

 ただ、いまの言葉で想像したのは、一郎の前の世界における「ミツバチ」のような生態だ。

 ミツバチは、集団生命体に近く、交尾をして子孫を作るのは女王蜂とオス蜂であり、それに対して、生命維持に必要な食糧の蜜を採集するのは、数多くの働き蜂と称するメス蜂の役目だ。役割が定まっていて、働き蜂のメス蜂は、子孫を残すための活動はしないし、生殖の役目の女王蜂とオス蜂は食糧集めはしない。役割が分化して集団で生きているのだ。

 それに似ているのかなと思った。

 

「あんたの族長や仲間? 勘弁してよ。あんたみたいな悪戯者が大勢やって来たら、大変なことになるじゃないのよ」

 

 コゼが笑った。

 すると、クグルスもけらけらと笑い出した。

 

「族長様は、子供作りで忙しいから巣を離れない。お礼をしたいと言っているのは口だけのことだよ」

 

「族長様は子孫を作るが、ほかのことはしない。お前たち、働き妖精は、淫気を集めるが、子孫を残す行為はしない。そういうことか?」

 

 一郎はかまをかけた。

 

「へーえ。さっすが、ご主人様。ぼくたちのこと知っているんだね。あんまり、人族には知られてないのに」

 

 クグルスがちょっと驚いた顔になった。

 そのとき、隊をまとめたブルイネンがやっとやって来た。

 敵の騎馬を奪って、馬に跨がっているシャングリアもいる。

 さらに、イットやマーズも来た。

 一郎は、彼女たちに顔を向けた。

 

「イットとマーズは悪かった。本当は戦いのようなことを避けさせたかったから、先に王都に帰したんだが、逆に酷い戦いに巻き込ませたな……。だけど、話はあとだ。追撃をかける──。疲れているだろうが合流してくれ」

 

「あっ、は、はいっ」

 

「はい、先生──」

 

 イットとマーズは、ものすごく緊張感のある顔だったが、一郎が話しかけると、目に見えて安堵した表情になる。

 おそらく、かなり苛酷な戦いだったのだろう。

 一郎の顔を見て、ほっとしてくれたなら嬉しいことだ。

 

「……みんなは無事か? 怪我した者は? 死んだ者は?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「たくさん死にました……。でも、あたしたちは元気です……。王太女様も……。シャーラ様も……。イライジャさんも、ミウも、ユイナも……。先生のおかげで生き延びました……」

 

 すると、マーズがしっかりと応じた。

 よかった……。

 一郎もほっとした。

 

「よし──。ブルイネン、全体の指揮を頼む。俺は屋敷に向かう。ほかの者はブルイネン隊に加われ。逃げていった者を追いかけて、しばらくやって来れないように、打ち砕いてこい……。あと、スクルドとガドは、協力して埋まっている魔石を探して壊してくれ。魔素が復活すれば、大軍が戻ってきても、今度は魔道で粉砕できる……。それと、ガドにブルイネン」

 

「はいっ」

 

「はい」

 

 ふたりが一郎を見る。

 

「追撃はエルフ族の旗をおろして、王太女軍の旗だけを掲げさせて欲しい。今後のことも考えて、これは姫様が行った功績にする必要があるんだ。その埋め合わせはするから……」

 

「いいええ──。まったく、問題ありません。すべてはご主人様の思し召しに従います──。ええ、もちろん。よいですね、ブルイネン──」

 

 ガドニエルがにこにこと嬉しそうに言った。

 とにかく、この愉快な女王様は、一郎がなにを頼んでも嬉しそうな顔になる。しかも、内容をよく聞かない。

 ブルイネンも笑っているが「承知しました」と答えた。

 

「あっ、ちょっと待ってください」

 

 しかし、エリカが異議を唱えた。

 

「どうした?」

 

 一郎は、エリカに言った。

 

「全員が離れるのではなく、誰かロウ様と一緒に……。もちろん、コゼには護衛をしてもらいますが……。そうだ──。ガドは、亜空間に入って、ロウ様と一緒に戻ったらいいわ。魔石探しは、屋敷の中にユイナがいるなら、あいつに手伝わせましょう。ガドは、ケイラ様から、自分が戻るまで、ハロンドール王国の王族には、勝手に会うなって言われてたし、亜空間に入れてもらって、隠れてれば……」

 

 エリカが言った。

 しかし、ガドニエルは、エリカの言葉を遮った。

 

「大叔母様の言いつけなんて、関係ありませんわ。さっきも、そんなには活躍できなかったし、ご主人様のお役に立つことを今度こそ、お示しするのです」

 

 ケイラ=ハイエルこと、享ちゃんからの言いつけというのは、ガヤに向かった享ちゃんがガドニエルに残した言葉のことだ。

 ガドニエルが辺境候軍や男爵領で、女王としては、かなり(はじ)けた態度だったと知った享ちゃんが激怒し、ガドニエルに対して、ハロンドールの王族との面会は自分のいる場面でないと禁止だと言い渡したのだ。

 その王族であるイザベラが、向こうの屋敷にいる。

 ガドニエルには従うつもりはないみたいだが……。

 

「いいのか? すぐに、ロウに抱かれる役目だぞ」

 

 するとシャングリアが口を挟んだ。

 

「亜空間に行きますわ。よろしくお願いします」

 

 ガドニエルが満面の笑みを浮かべた。

 

「あのう……。だったら、屋敷にミウがいます。ご主人様に会ったら元気になると思うんです……。ミウもお願いできないでしょうか……」

 

 そのとき、イットが遠慮する口調で言った。

 一郎は、彼女に視線を向ける。

 

「ミウがどうかしたのか?」

 

「たくさん人を殺しました……。ミウがいなければ、多分、昨日のうちに全員死んでいたと思います。だけど、ミウはこれが最初の戦で……」

 

「ああ、わかった……」

 

 最後まで言われなくても、十分に悟った。

 もともと、あのモーリア領で、先に何人かを王都に戻したのは、辺境候領域でおそらく、戦いになるかもしれないという予感があったからだ。

 魔道遣いとしては、一気に一流の能力に達したミウだが、命の奪い合いには早いことはわかっている。

 だから、遠ざけようと思ったのだ。

 しかし、あのときの一郎の判断ミスが、むしろ、彼女をもっと苛酷な状況に陥れてしまったらしい。

 

「……ミウのことも任してくれ」

 

 一郎は言った。

 イットがほっとした顔になる。

 改めて、一郎は全員の顔を見た。

 

「じゃあ、よろしく頼む、みんな──」

 

 全員が大きく頷いた。



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774 クロノスの頼み事

 ロウの術で亜空間に入るというのは、何度体感しても不思議なものである。

 

 ガドニエルの知る限り、亜空間術というのは、収納術とも呼ばれ、生きるものをそこに収納することはできない。

 いや、できないことはないが、極めて大掛かりな魔道になる。

 例えば、エルフ族王家の王のみしか伝承しない「イムドリスの隠し宮」である。イムドリスは、亜空間に女王の居城を作り、限られた者しか出入りできないようにした特殊魔道である。

 いまは閉鎖状態だが、これもまた一種の亜空間魔道である。

 だが、館一個分である。

 

 ロウがやるように、本人が現実次元に留まったまま、まるで物でも収納するように、簡易に入れたり出したりというわけにはいかない。

 しかし、ロウはそれができるのだ。

 さらに、その亜空間に、ロウ自身が入ったときには、亜空間で過ごした時間に関わらず、現世次元の一瞬後に戻ることもできる。時間を操るのだ。

 こうなると、まさに神がかりだ。

 そして、いまはなにもない真っ白い空間だが、ロウはここに寝台でも家具でも、食事でもなんでも出現できるし、現実世界に似せた仮想空間も作れる。

 実にすごい──。

 

 それはともかく、ロウが亜空間に生きた者を収納できるのは、ロウとロウに支配された女との特殊な関係が関係あるのかもしれない。

 そういえば、ロウは、支配した女との結びつきが強くなると、女たちの身体が自分の身体の一部のような感覚になると、口にしていたことがある。

 もしかしたら、その感覚にこそ、大きな意味があるのかもしれない。

 まあ、淫魔術を扱える淫魔師の存在そのものが伝承でしかなかったので、現段階では魔道技術構造に関する事項は、予測でしかないのだが……。

 

 一説によれば、いにしえのクロノスもまた、淫魔術の遣い手だったのではないかというものもあるが、淫魔師そのものが、歴史研究家や魔道研究者たちのあいだで、存在を否定されていたので、その説は邪説にすぎなかった。

 なにしろ、これまで淫魔師を名乗った者は、エルフ族にも、人間族にも、過去に多数存在していたが、いずれも、強い「魅了術」を使う者にすぎないか、あるいは、魔道とは関係なく、性技に長けた女たらしでしかなかったらしいのだ。

 

 だが、ロウは本物だ。

 ガドニエルには、それがわかる。

 

 女性を魅了するだけではない。ロウ自身が口にするように、女そのものを自分の肉体の一部であるかのように、完璧にとりこむ。完全に支配するのだ。

 そして、その支配は実に心地いい。

 なによりも、支配した女の能力を著しく向上させる。

 ガドニエル自身がそうだ。

 人生で一度だけ認められる(つがい)でもあるが、ガドニエルはロウと魂の結びつきをしたことで、桁違いといえるくらいに、魔道力が向上した。

 驚くべき変化だ。

 それだけではなく、ロウは支配下の女を完璧に治療するし、美貌化までする。

 だから、ロウの支配する女は、誰も彼も美女だ。

 

 ガドニエルも、さすがにびっくりしたが、辺境候域の騒動のときには、リィナという人間族の中年女性を若返りさせていた。

 姿を一時的に変える変身術というのは一般的だが、魔道が切れても若いままでの「若返りの術」など魔道の概念にもないものだ。ロウにしかできない。

 寿命が長く、年齢が外見に伝わりにくいエルフ族でも、ロウのその力があれば、飛びつくに違いない。

 ましてや、種としても美しさを保てる期間が極端に短い人間族の女などは、ロウの若返り術があると知れば、なにを犠牲にしても、ものにしようとするだろう。

 リィナという女は、ロウに抱かれることで、ロウに支配下となり、人間族の土地の一部の支配と、ロウへの忠誠を誓ったが、その代償が若返りだ。

 淫魔術による支配術がなくても、飛びついたに違いない。

 

 だが、そんなことはいい。

 とにかく、ロウは素晴らしい。

 仕えるに値する男だ。

 長くエルフ族女王としてすごしてきたガドニエルは、自分が男に、ましてや、人間族に墜ちるなど想像をしたこともなかったが、恋をした男の一部になるというのが、こんなにも心を穏やかにさせるものとは想像もしなかった。

 百年前に、姉のラザニエルが行きずりのエルフ族──実は、ラザニエルを騙した魔族だったが──に恋をして出奔したときには、押しつけられた王位に、恨みも抱きもしたが、いまにしてみれば、ガドニエルにも、姉の気持ちは理解できる。

 誰かに支配され、その性奴隷になるというのは、実に心地いい。

 

 もっともっと支配されたい。

 意地悪されたり、理不尽なことを言われて泣いたりしてもいい。それでも、無理矢理に従わされるのだ。

 想像するだけで、ガドニエルはうっとりとなってしまう。

 ロウに唯一不満があるとすれば、優しいことだ。

 ガドニエルからなにもかも奪って、ただの奴隷にして、連れていってくれればいい。そうなれば、どんなにがガドニエルは幸せだろう。

 エルフ女王だって、なりたくてなったわけではないし、もう百年も女王をしていた。十分だと思う。

 姉のラザニエルも戻ったし、女王は姉がやればいい……。

 もともと、そうだったのだ。

 

 そして、ガドニエルは、ロウの奴隷として残りの長い人生をすごす……。

 (つがい)の誓いによって、ロウとロウの支配する女たちの寿命も、ガドニエル並に伸びているので、きっと愉しい日々を送ることができるだろう。

 

 いや、やっぱり、そうしよう。

 女王を卒業して、ロウの本物の奴隷にしてもらおう。

 

 とにかく、ロウの亜空間術によって、ロウに収容されるのは不思議な感じだ。

 本当にロウの一部になった気がする。

 こうやって、ロウの耳目に、自分の感覚を繋げて、外にいるロウの視点と、ガドニエルの視点を合致させることもできるのだが、このロウと一心同体になる気持ちよさは、まるでふわふわと温かいものに包まれているみたいで素晴らしい。

 手足もなくなり、本当にロウの一部になった感じである。

 

 ガドニエルは一足早く、ロウの亜空間に収容され、ロウは今日の護衛役のコゼとともに、屋敷に向かっている。

 スクルドも一緒だ。クグルスというおしゃべりな魔妖精もいる。

 ほかに者は、ロウの指示を受けて、賊徒とかいう者たちをさらに追い払うために、一時的に里の外に出て行った。

 四人である。

 

 そのロウが、屋敷の敷地内に入った。

 たくさんの死体があるが、スクルドが残った。死んだ者たちの身体を整理して片付けるみたいだ。

 また、魔妖精のクグルスは、スカンダとかいう小さな魔族を捕らえていると、ロウに話し出した。

 よくはわからないが、狂っているとか言っている。

 コゼとロウとクグルスは、そのまま屋敷の玄関に向かう。

 屋敷の玄関に着いた。

 

 すると、不意に、急に視界も聴覚もなくなった。

 外との繋がりが消滅したのだ。

 首を捻っていると、後ろに人の気配を感じた。

 

「ガド、抱かせてもらうぞ。エルフ女王様に、こんなところに隠れてもらって、身体だけもらいにくるなんて、申し訳ない気もするけどね」

 

 ロウが後ろから、服の上からガドニエルの胸を鷲掴みにしてきた。

 

「あんっ、も、もちろん、構いませんわ。ガドは徹頭徹尾、ご主人様のものです。身体も心も、なにもかも」

 

 胸を触られて、それだけで全身から力が抜けていく。

 本当に不思議な手だ。

 ただ触っているだけなのに、あまりもの甘美な衝撃のために、ガドニエルは立っているのも難しくなった。

 なんとか、脚を踏ん張る。

 

「ふふふ、やっぱり、えっちなエルフ族の女王さまだねえ。ご主人様、ぜえったい、こいつを手放しちゃだめだよ。こいつは魔道も強いし、とっても、すけべえだから、効率よく淫気を絞り取れるよ。できれば、ここにずっと飼ってたらいいよ。そして、淫気が少なくなれば、ここにきて、こいつから搾り取るんだ」

 

 魔妖精のクグルスだ。

 どうやら、一緒に亜空間に来たみたいだ。

 

「失礼な物言いをするな、クグルス。砕けて接してくれるが、本物のエルフ女王様だぞ。本当なら、口もきいてはならない相手だ」

 

「そんなことないさ。こいつは、もう完全にご主人様の性奴隷だよ。だったら、ぼくにとっても奴隷だ。ぼくにはわかる。こいつは、ご主人様に抱かれたくて、一日中うずうずしている淫乱だ。身体がご主人様を欲しがって仕方ないのさ」

 

 クグルスがけらけらと笑った。

 その通りだと思ったが、その前はちょっと嬉しいことを言ってくれた。ガドニエルをロウが淫気を集めるための存在として、ここで飼育すればいいと勧めたのだ。

 想像すると、ぞくぞくしてきた。

 実にいい。

 いや、素晴らしい。

 

「素晴らしいですわ、魔妖精さん。きっとわたしは、ご主人様のお役に立つように飼育されます。わたしは女王なんかよりも、ご主人様に、ここでずっと飼ってもらいたいと思います」

 

 ガドニエルは嬉しくなり言った。

 

「そんなわけにはいかないよ。ガドは優しくて、綺麗で、いい女王様だ。確かに、俺の性奴隷ではあるけどね」

 

 ロウがぎゅっぎゅゅ乳房を揉みながら、片手をお尻に回して服の上からなで回す。

 

「はうっ」

 

 着衣からの愛撫に関わらず、ガドニエルは全身に拡がった疼きで身体を震わせた。

 嵐のような快感──。

 相変わらず、すごい……。

 

「それよりも悪いな、ガド。クグルスも、淫気をもらいたいと言ってね。邪魔はしないと思うから、一緒にいさせてくれ。どうやら、イザベラに呪術をかけて、屋敷に足止めしていた悪戯魔族を捕まえてくれたらしい。だけど、そのときに、結構淫気も使ったそうだ」

 

 ロウがくるりとガドニエルの身体を反転させて、正面から抱きしめるようにした。

 しかも、手を下に伸ばして、身につけていた女冒険者風の膝までのスカートを一気に腰のあたりまでまくり上げた。

 下着が露わになる。

 得体の知れない興奮がガドニエルの股間から四肢に流れわたる。

 

「も、もちろんです……。はあっ、ああっ、気、気持ちいいです──」

 

 ロウが下着の上を指先でゆっくりとなぜてきた。

 電撃のような快感が全身に迸る。

 

「ははは、ご主人様がお抱きになる前から下着が濡れていたけど、いま、お漏らししたみたいに汁が噴き出したね。べちょべちょだ。いいぞ、女王様。すっごく濃い淫気だ」

 

 クグルスがけらけらと笑うのが聞こえた。

 

「こらっ、クグルス──、ガドに失礼な物言いを続けると、やっぱり追い出すぞ」

 

 ロウがクグルスを叱る。

 慌てて、ガドニエルは首を横に振った。

 

「失礼ではありません、ご主人様。わたしは淫乱で、えっちで、すけべえなエルフ女王のガドです。本当のことなので、なんの問題もないのです」

 

 “えっち”とか“すけべえ”というのは、ロウの故郷の言葉だそうだ。最初に耳にしたときにはまったく意味不明だったが、ロウに触れられると、股間を濡らすようなはしたない女のことを示すらしい。

 ならば、ガドニエルにぴったりの表現だと思った。

 

「ぼくは、もう黙っているよ。女王様もごめんね。だけど、すっごく淫気が美味しいから興奮しちゃった。ご主人様も喜んでいると思うよ。さっきの戦いで、結構淫気を使ったからね」

 

「淫気の補充なら、いつでもどこでも使ってくださいな。わたしは、まだご主人様のお役にあまり立っていませんし……」

 

 ロウたちと一緒に旅に出てきて、ずっと失敗ばかりだ。

 もっと役に立てると思ったのに、ガドニエルよりも魔道力の小さいスクルドやミウの方がすっとロウに貢献している。

 それは、ちょっと口惜しい……。

 

「ガドは役に立っていると言っているのに……。それに、役に立つとか、立たないとかじゃないだろう……。まだ、婚姻の儀式はしていないが、俺はガドを伴侶だと思っているよ。ガドが好きだ。だけど、それは役に立つからじゃない。もちろん、エルフ族の女王だからじゃない。そんなものとは関係なく、ガドを好きになった。それだけだ」

 

「ご主人様──」

 

 ガドはロウを抱きしめていた。

 

 嬉しい……。

 嬉しい……。

 ただ、嬉しい……。

 

「それはともかく、その“ご主人様”というのは考えないとなあ。みんなだけのときはいいけど、都合が悪いかもしれない」

 

 すると、ロウがガドニエルの股間から手を離して、軽く抱き返しながら言った。

 

「ご主人様はご主人様ですわ──。どうしてだめなのです──?」

 

 ロウのことを“ご主人様”と呼べるのはご褒美だ。

 きっかけは、罰だった記憶もあるけど、とにかく、ご褒美だ。

 どうして駄目なのだろう──。

 ガドニエルは、ちょっと悲しくなってしまった。

 

「だめじゃないんだけどね……。ガドが女王だから好きになったわけじゃないと言ったそばから申し訳ないけど、ガドを利用したい。そのためには、ちょっとガドには偉ぶってもらいたい。あまり、へりくだっては困るんだ」

 

「えらぶる……? ああ、偉い素振りをするということですか──。それはできます。ずっとやっておりました。それは……、ちょっと、このところ、羽目を外すこともありますが、やろうと思えば、女王の演技は完璧にこなせます」

 

「女王の演技ねえ……。本物の女王だろう」

 

 ロウがけらけらと笑った。

 なにが、ロウを喜ばせたのかわからないが、ロウが愉しそうに笑うなら、ガドニエルも嬉しい。

 

「とにかく、これから会うハロンドールの王太女のイザベラの身体には、俺の子供がいるらしい。俺はガドだけでなく、イザベラとのも婚姻を結ぶつもりだ。申し訳ないが……」

 

「ええ、もちろんです。問題はありません」

 

 ガドニエルはきっぱりと言った。

 なにか困ったこととか、考えていることがあるみたいだが、そのことだろうか。

 ロウには知らせてはいないが、実はエルフ女王のガドニエルが、ロウと対等の婚姻関係を結ぶことには、いまだにかなりの悶着がある。

 それは、ロウが王族でもなんでもなく、一介の冒険者でしかなく、爵位も人間族の一代限りの下級貴族でしかないということではない。

 これについての問題は、姉のラザニエルとケイラが片付けた。

 

 まずは、ラザニエルがロウをエルフ族の英雄認定をすることにより、権威づけをした。

 英雄ともなれば、エルフ族の中では上級貴族以上の立場だ。仮置きだが元老院の議席もロウには贈ったので、ロウはれっきとした元老院議員だ。

 婚姻の資格としては十分である。

 なによりも、ケイラが味方についてくれることで、反対者などあっという間にいなくなったのだ。

 それについてだけは、大叔母に感謝だ。

 

 それよりも、いま、悶着になっているのは、ロウがほかの女たちと一緒に、婚姻を結ぼうと考えていることであるようだ。

 女王の王配が、人間族であることを大きな問題視にする者は、ほとんどいなくなったが、女王が唯一の伴侶でないことには、いまだに、納得できない上級エルフ族がいるようだ。

 もっとも、これについても問題ではなくなってきた。

 あの大叔母のケイラ=ハイエルが味方についてくれたおかげで、反対者を次々に片付けてくれているのだ。

 あっという間のことであり、いまや、ガドニエルとロウの婚姻の阻害事項はなくなったと言っていい。

 しかし、もしかして、それを気にしているのだろうか?

 

「だが、それを利用させてくれ。ハロンドール王国で、いま起きている問題は絶対に片付ける。俺の役割じゃないが、王太女であるイザベラの子供の父として、俺はそれをする……。もちろん、俺だけの力じゃなく、ガドをはじめ、みんなの力を借りないと、なにもできないが……」

 

「それも問題ありません。わたしは、ご主人様のお役に立ちたいのです──」

 

「しかし、俺が考えているのは、一連の騒動が終わってからのことだ。イザベラは、この国の女王になる。だが、問題を起こし、権威の低くなった王族の後継者としてだ……。だから、王としては立場が弱い。力もない。そもそも、イザベラには後ろ盾がない。彼女を支持する貴族層の派閥もない。イザベラ自身が以前のことで、貴族層に信頼を寄せてないということもある」

 

「ハロンドール王家のご事情は、多少は知っております……」

 

 嘘である。

 外の世界のことに全く興味のなかったガドニエルは、そもそも、人間族の諸王国の情勢には疎い。

 イムドリスから水晶宮に移ったとき、姉のラザニエルに叱られて、エルフ族の外情勢について徹底的に勉強させられた。

 水晶宮から離れて、ラザニエルのお説教がなくなったことでほっとしていたが、大叔母のケイラ=ハイエルが同行することになったことで、また、お説教の日々が始まっている。

 そういえば、大叔母のいないところで、ハロンドールの王族と接触するかと言っていたので、ケイラが戻れば、また女王の振る舞いについて勉強させられるのだろう。

 そんなことしなくても、ガドニエルはしっかりと猫が被れるというのに……。

 思い出すと、ちょっと憂鬱になってきた……。

 

「だからこその婚姻式だ。エルフ族王家にとっては旨味はないが、イザベラの夫である俺がエルフ女王であるガドの夫でもあるというのは、権威を失いつつあるハロンドール王家にとっては、美味しい旨味だ。それが利用させてもらうということだ。納得してくれ、ガド」

 

「よくわかりませんが、まったく問題はありません──。なにか問題があっても、お姉様や大叔母様が解決してくれますから──」

 

 ガドニエルはにっこりと微笑んだ。

 すると、ロウがまた笑った。

 なにが面白かったのはわからないが……。

 

「まあ、捕らぬ狸の皮算用だけどね。俺がイザベラの夫になることをこの国のどこにも承知させたわけじゃない。イザベラにさえ、まだ会ってないんだ。だけど、そのつもりだけどね」

 

「ご主人様に愛されて、拒否する女がいるわけがありません。まだ、会ってはいないですが、イザベラ様と一緒に、ご主人様にしっかりとお仕えします」

 

 ガドニエルは微笑んだ。

 すると、ガドニエルを抱きしめるロウの力がちょっと強くなる。

 嬉しくて、ガドニエルはかっと身体が熱くなった。

 

「ありがとう……。だから、俺は王都に戻るときには、ある程度の権威者として戻りたい。イザベラには、権威ある者の絶対の後ろ盾がいる。それがなければ、もはや、地に落ちている王家が王権を後継するなど、誰も認めない。しかし、俺はガドの権威を借りて、権威ある者としてイザベラの横に立つ。そうすることで、イザベラは女王の地位を確立できる。だから、ガドはその横に立ってくれ。上でもいい」

 

「何でもしますわ。言ってください」

 

「そう言ってくれて嬉しい。ならば、これからは、ほかの者のいるときには、俺を“殿下”と呼んでくれないか。まだ婚約者でしかないが、ガドが“殿下”として呼ぶ者をこの国の貴族も無碍にはできない」

 

「王配殿下ということですね。わかりました」

 

 ガドが頷いた。

 実際には、ロウが王配として、エルフ族の王族となるのは、正式の婚姻式後となるが、多少時期が早くても問題もないに違いない。

 問題があっても、ケイラかラザニエルが片付ける。

 そもそも、ロウはすでにガドニエルの(つがい)だ。

 魔道的には、すでに伴侶なのだ。

 

「ありがとう、ガド。これで少し問題も片付く。さて、じゃあ、聞き分けのいいガドにご褒美をやろう。いや、俺のご褒美かな。可愛いガドをレイプするんだから。もちろん、王家にとってもご褒美になるといいが」

 

 ロウがガドニエルから手を離して、再び身体を反転させられた。

 すると、なにもなかった場所に一本の鉄の金属のポールがあった。空の果てまで続ているとてつもなく長いポールだ。

 それに手を伸ばさせられて、手錠を両手首にかけられる。

 ガドニエルの両手は、ポールに拘束されて離れられなくなった。

 

「お尻をこっちに突き出すんだ、女王様」

 

 ロウがガドニエルの下半身を自分の方に向けて引っ張る。

 上体が水平近くになった。

 そのガドニエルのスカートを改めて腰の上までロウがたくし上げる。

 ロウが皮でも剥くように、ガドニエルが身につけていた下着を太腿の半ばまで引き剥がす。

 

「うっ」

 

 ガドニエルは引きつった声をあげてしまった。

 ロウの手がガドニエルのお尻を撫ぜ回してきたのだ。

 直接にロウの愛撫を肌に受けることで、お尻の表面だけでなく、全身に激しい快美感が走った。

 お尻を撫ぜられただけなのに……。

 それなのに、こんなにも感じるなんて……。

 やっぱり、ロウはすごい……。

 

「挨拶代わりだ。前戯なしでレイプしてやるぜ。十分に濡れているみたいだしな」

 

 ロウがわざとらしく粗野な言葉遣いをして、手でガドニエルの双臀を掴んで支え、その下に怒張を滑り込ませてきた。

 ズボンを脱いだ感じはなかったが、亜空間ではロウは自由自在だ。

 術で自分の衣類を外したのだと思う。

 ずぶずぶと、ガドニエルの股間に怒張が突き挿さってきた。

 

「あああっ、あんっ」

 

 ガドニエルの熱い粘膜をロウの怒張が押し入ってくる。

 しかも、いつものように、ガドニエルが一番気持ちのいい場所を、一番気持ちがいい力で擦りながらだ……。

 耐えきれなくなり、ガドニエルは大きな声をあげた。

 

「感じやすい女王様だ。レイプが大好きか?」

 

 ロウの律動が始まる。

 これがレイプ?

 

「あっ、あっ、ああっ、き、気持ちいいです、ご主人様──」

 

 異常なまでに昂ぶった快感で立っていられなくなりそうで、ガドニエルは手錠を嵌められた手でしっかりとポールを握りしめた。

 

「殿下だろう?」

 

 ロウが股間を律動しながら笑った。

 

「で、でんかああ」

 

 ガドニエルが歓喜の声をあげた。






 ロウがすぐに行動を起こさなければならないことは目白押しですが、まずは、淫気の補充から描かせてもらっています。
 このまま、次話にも続きます……。


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775 淫気補充-エルフ族の女王様

「あっ、あっ、ああっ、いきますっ、いきそうです、ご主人様、あああっ」

 

「うん、そうだね。いきそうだな。ほら、頑張れ、女王様」

 

 一郎は笑いながら、右手に持っている棒の先の鳥の羽根でガドニエルの無防備な身体をくすぐり続けた。

 いま、羽根を動かしているのは右の脇だ。

 両手首をまとめて縄で拘束され、その腕を頭の上に伸ばしているガドニエルには、一郎の悪戯を防ぐ手段はない。

 ただ、やられるだけだ。

 

「ひあっ、ひあっ、あああ」

 

 ほとんど無意識だろうが、ガドニエルが身体を捻って羽根から避けようとする。

 

「ほらっ、逃げるな」

 

 一郎は、左手に持っている乗馬鞭で、ガドニエルのお尻をびしりと叩いた。

 そんなに強い力ではない。

 せいぜい、ガドニエルの白い肌が赤くなる程度のものだ。

 もしあざになったとしても、一郎なら簡単に傷を治すことはできるから、力いっぱいに叩いても問題はないが、本当に軽くだ。

 これは、痛めつけるのが目的ではなく、気合い入れのようなものなのだ。

 単なる遊びである。

 

「あんっ」

 

 ガドニエルが悲鳴というよりは、まるで悶えているような甘い鼻声を鳴らした。

 また、そのガドニエルは汗びっしょりだし、脚もふらふらだ。

 なにしろ、最初に一郎が後背位で犯して立て続けに連続絶頂させてから、まだ休むことを許してない。

 続いている一郎の責めに、もうガドニエルは疲労困憊状態である。

 

 まあ、ガドニエルも、魔道はすごいが特段に体力があるわけではない。

 むしろ、ない。

 この世界のエルフ族は、一般に人間族よりも体力があるらしいが、ガドニエルは生まれつきの王族で、別に鍛えているわけではない。

 並の人間族と同程度の体力しかないだろう。

 だから、連続絶頂のあとで、そのまま強要されているこの「運動」は結構辛いみたいだ。

 

「腰の動きが悪くなったぞ、ガド。もっと一生懸命に振るんだ。前後だけでなく、左右にも動かすんだぞ」

 

「は、はいっ」

 

 ガドニエルが言われたとおりに一生懸命に腰を振る。

 そのガドニエルの股間には、一郎が施した股縄が喰い込んでいる。もちろん、股縄には大きな縄こぶと淫具があり、身じろぎするだけで敏感な場所を苛む仕掛けになっている。

 それをガドニエルに腰を振らせて、「自家発電」の遊びをしているというわけだ。

 また、なによりの工夫は、膣に当たる部分には、縄こぶではなく、たくさんの穴の開いたボールギャックのような小さな球体を押し込んでいることである。このため、すっかりと身体のできあがったガドニエルが腰を振ると、その穴の部分から愛液を床や内腿に滴り落とすという仕掛けである。

 なかなかにいやらしい姿だ。

 

「あふんっ、い、いきますっ──。いかしてください」

 

 ガドニエルが股縄が喰い込んでいる腰を前に突き出すようにして、全身を突っ張らせた。

 達しそうなのだ。

 

 すかさず、一郎は羽根で刺激する場所を乳首に変える。

 いまのガドニエルは、全身のどこもかしこもが性感帯になっているくらいに敏感だが、それらのどこをどう刺激すれば、ガドニエルを追い詰められるかということは、一郎には丸わかりだ。

 縄こぶの刺激と、羽根によるくすぐったさによる快感の疼きが全身に駆け抜けて、ガドニエルがさらにがくがくと身体を痙攣させはじめる。

 

 ここで鞭の一閃だ。

 羽根の刺激もやめる。

 

「よし──。おあずけ──。ガド、動くな──」

 

 そして、一郎は腰縄を掴んで無理矢理に腰の動きをやめさせる。

 

「ああん、またああ」

 

 絶頂のために全身を硬直させていたガドニエルが切なそうに身体をくねらせた。

 しかし、まだ身体の震えは続いている。

 なにしろ、一郎の淫魔術では、ガドニエルが絶頂寸前、いや、まさに半分絶頂していたことがわかっている。

 それを、またもや無理矢理にやめさせられて、ガドニエルは気が狂わんばかりになっただろう。

 一郎は腰縄から手を離す。

 すると、ガドニエルがすぐに股縄の嵌まっている腰を激しく振り出す。

 

「動くなというのに」

 

 一郎は笑いながら、今度は前側から、強い痛みを与えるほどに乳首を横に弾いた。

 

「ひぎいっ」

 

 さすがに、乳首の激痛では、ガドニエルが溜めていた快感は消失する。

 だが、鞭が離れるときには、鞭による傷の治療を終えて、痛みを疼きに変えてしまう。

 だから、完全には快感は立ち去らない。

 結局、絶頂ができなかっただけで、沸騰しそうな痺れの波だけが残ることになり、ガドニエルは四肢を震わせ続けている。

 

「動いていいぞ。もっと思い切り腰を振るといい。止まるのは、俺が“おあずけ”と言ったときだけなんだから、出し抜けば絶頂できるぞ」

 

 一郎は羽根の先で前側から股間をくすぐった。

 

「ひやあっ、もう、もうだめです、ご主人様ああ……。た、立っていられません、ひんっ、ひっ」

 

 ガドニエルは、膝を折ってしまった。

 一郎は手を伸ばして、ガドニエルを支える。

 すでに、「羽根(あめ)と鞭」と名付けた一郎の遊びは、四半ノス続いていた。

 さすがに、もう体力の限界か?

 

「仕方ないなあ。じゃあ、もう一度抱いてやろう。今度は横になるのを許してやる」

 

 賊徒団を追い払うために目減りしたらしい淫気の補充のために、ガドニエルを連れて亜空間に入ってからしばらく経っている。しかし、最初はガドニエルを立たせたまま後背位で連続絶頂させ、いまは「休憩」という名で。「羽根と鞭」の寸止め遊びをしていた。

 従って、ガドニエルはやっと身体を横にできることになる。

 

 案の定、ガドニエルはもう動けないみたいだ。

 手首を拘束から外すと、ガドニエルはその場にしゃがみ込んでしまった。

 ガドニエルを横抱きにする。

 寝台を出現させて、その上に横たえた。

 

 半分、朦朧としているが、手を伸ばさせて、寝台についている革ベルトで両手を伸ばした状態で再び拘束し直してしまう。

 一方で、股間に嵌まっている「穴あき球体」からは、どろどろに愛液が溜まっていた。

 一郎は、それを手で軽く押すと、ぐりぐりと回してやる。

 

「ああっ、あひいい」

 

 寸止めも十数回は繰り返しただろう。

 すっかりと敏感になったガドニエルの身体は、淫魔術を使うまでもなく、完全にできあがっている。与えられた激流のような刺激で、ガドニエルが四肢を震わせて悲鳴をあげた。

 

「本当に淫乱な女王様だ。そんなに気持ちがいいのか?」

 

 一郎は、悪戯をやめて、股縄の結び目に手をかけた。

 股間に喰い込んでいる縄を解いていく。

 

「は、はいっ……。ガ、ガドは、い、淫乱で、ど、どうしようもないんです──。も、もう、ご主人様が、ほ、欲しくてたまりません」

 

 ガドニエルが息も絶え絶えになりながら、最後の力を振り絞るように言った。

 一郎はほくそ笑んだ。

 本当なら一郎など近づくもできないような本物のエルフ女王であり、まさに絶世の美女だ。

 しかし、そのエルフ女王を相手に、こんな淫靡な遊びができるのだ。

 

 やっぱり、愉しい……。

 しかも、いやらしくて……。

 とても可愛い……。

 

「ふふふ、やっぱり、ご主人様は、普通に抱くよりも、女を苛めるのが好きだねえ……。淫気の回収率がとってもいいよ。こいつも淫乱だしね。いいぞ、女王様」

 

 いつの間にか、クグルスが近くに寄ってきていた。

 邪魔しないようにと、しばらく離れていたが、また寄ってきたみたいだ。

 

「邪魔をするなというのに、クグルス」

 

 一郎は苦笑した。

 

「いや、こいつも、しっかり“まぞ”だしね。言葉責めにも感じてるみたいだからいいんだ。女王様だから、あんまり苛められることもないからかもね。ご主人様も、もっと苛めちゃいなよ」

 

「そうか? じゃあ、試すか?」

 

 一郎はガドニエルから縄と穴付き球体を外した。

 顔をガドニエルの股間に寄せる。

 わざとらしく、鼻で臭いを嗅ぐ素振りをする。

 

「うわっ、みっともないなあ。糸も引くくらいに感じているのか。本当にだめ女王だ。垂れ流しすぎだ」

 

 一郎は声をあげてやった。

 ちょっと、わざとらしかったか?

 まあいいか……。

 一郎はガドニエルの太腿からまとまった愛液をすくい取ると、ねっとりとした分泌液をガドニエルの頬になすりつけた。

 

「あんっ、ご、ごめんなさい──。だめ、女王です」

 

 しかし、ガドニエルが泣きそうな顔で言った。

 演技ではなく、本当に辛そうだ。一郎から叱られるのが堪えたようだ。

 しかし、その瞬間、新しい愛液がつっと膣から流れ出るのもわかった。

 長く球体を入れっ放しだったので、ぽっかりと穴が開いたみたいになっていたのだ。

 

 確かに、言葉責めに反応するようだ……。

 マゾか……。

 あるいは、一郎によってマゾに変わってしまったか……?

 いや、違うか。

 ガドニエルは、最初から真正のマゾだった……。しかし、そういう相手に出逢わなかっただけか……。

 

「そうかあ? じゃあ、どんな風にだめなのか、言ってみろ」

 

 一郎はガドニエルの脚を開かせて、身体をそこに入り込ませる。

 

「ガ、ガドは、本当はただ淫乱なだけで、なにもできないんです──。だ、だから、みんなに手伝ってもらわなければ、なにもできません──。だめ、女王です──」

 

 ガドが言った。

 さらに、自分がどんなにだめな女王であるのかを口にする。

 

 ただの言葉遊びだが、一郎は逆に感心した。

 ここまで、自分がだめだと口にできる君主もいないのではないか。だからこそ、家臣はガドニエルを支える。

 駄目だとわかっているから、ガドニエルも部下の言葉に耳をよく傾ける。そして、よくわからないことは丸投げだ。

 ガドニエルが空回りするのは、一郎関係のことばかりのような気がする。

 やっぱり、ガドニエルはいい女王なのだろう。

 だからこそ、百年も平和にエルフ女王国を支配してきたのだ。

 彼女なりに……。

 

「いい子だな。自分がだめだとわかっているのは、ちっともだめじゃない。さすがは、ガドだ。じゃあ、今度はご褒美だ。もう意地悪はなしだ」

 

 一郎はガドニエルの真っ白い内腿を手のひらで撫でた。

 

「あんっ、やんっ」

 

 ガドニエルがびくんと身体を震わせる。

 さらに一郎は、内腿から手をガドニエルの女の部分に滑り込ませると、ぐっと割れ目に指を挿入する。

 一瞬でGスポットを探り当てて、そこをすっと刺激する。

 

「あんんんっ」

 

 ガドニエルが腰を弾きあげた。

 しかし、簡単には絶頂は与えない。

 すぐに指を移動させて、一瞬、快感をずらしてしまう。

 

「ひうううっ」

 

 だが、快感はずらしただけだ。

 クリトリスを軽く撫でる。

 

「ひやあああ、あああああ」

 

 ガドニエルが全身を弓なりして身体を突っ張らせる。

 指を離す。

 

「も、もう、いやですうう。お、おかしくなっちゃいますう」

 

 ガドニエルの裸体が脱力して寝台に落ちる。

 

「もう一回だ」

 

 一郎は再び膣の中で指を激しく回す。

 もちろん、クリトリスにも指先を当てる。

 

「ひああ、ああああっ、ああああ、あっ、ああっ」

 

 ガドニエルが再び全身を突っ張らせた。

 しかし、すぐに指を引く。

 だが、快感が逃げきるところまでは時間を置かない。

 すぐに刺激を再開だ。

 

 しばらく、それを繰り返した。

 やがて、ガドニエルは意識すら怪しくなり、身体を弓なりにしたまま硬直してしまった。

 

「そろそろ、いいかな」

 

 一郎は指を抜くと、ガドニエルの股間に一気に怒張を貫かせた。

 

「ひいいいいん、いぐううううう」

 

 さらに、ガドニエルの全身が大きく反りあがる。

 一郎は、もう快感を逃がすような意地悪はしない。一転して、ガドニエルに溜まりに溜まった快感を外に突き飛ばすように、激しく律動する。

 Gスポット、ボルチオ、ほかにもあらゆる部分を強く弱く刺激していく。

 

「ふにゃああああ」

 

 ガドニエルが奇声を発して、がくがくと痙攣した。

 溜まっていた分、大きくて深い絶頂だ。

 二度、三度と激しく悶え、またもや脱力する。

 

「まだ終わりじゃないぞ。そもそも、俺がまだだしね」

 

 一郎は律動を継続する。

 手で腰を支えて身体を倒し、自分の身体を倒して、胸を舌で刺激もする。

 

「ひいいっ、いいいいっ」

 

 ガドニエルが悲鳴のような声をあげて悶え狂う。

 

「し、死んじゃいます──。あああああっ」

 

「死ぬもんか」

 

 一郎は笑いながら腰を振り続ける。

 

「んあああっ、あああああっ」

 

 ガドニエルがまた達した。

 それでも、一郎は、間髪いれずに律動を続け、腰全体を使ってガドニエルの膣を擦りあげていく。

 ガドニエルが、すでに、かなり追い詰められている状態であることはわかる。

 

 今度もこれが限界か……。

 これ以上は拷問になるが、ここまでなら極限の快感で終わる。

 一郎は腰を動かしながら思った。

 

「また、いきますうううっ」

 

 ガドニエルが拘束されている両腕を引き千切らんばかりに全身を波打たせた。

 大きな胸がうねって、大量の汗が飛び散る。

 

「よし、次は一緒だ。合わせてやる。いけえっ」

 

 一郎は最後のひと突きをした。

 

「う、嬉しいですううう──。あああああっ、んぐうううう」

 

 そして、ガドニエルが絶頂した。

 一郎もまたガドニエルの中に精を注ぐ。

 しかし、その瞬間、ガドニエルの秘裂からすさまじい勢いで放尿が始まった。

 

「うわああ、女王様、おしっこしちゃった」

 

 クグルスがけらけらと笑ったのが聞こえた。

 

「ああっ、ごめんなさいいい──。やっぱり、だめガドですうう」

 

 ガドが泣いてしまった。

 悲しいというよりは、連続絶頂で感情がコントロールできなくなったという感じだと思う。

 一方で、ガドニエルの失禁はなかなか終わらない。

 身体に力が入らないだろうから、止めようもないのだろう。

 ガドニエルはがっくりとなっている。

 

「ガドはだめじゃないよ……」

 

 一郎はガドニエルのおしっこが終わったところで、彼女を抱きしめてキスをした。

 そのときには、亜空間術で濡れたシーツは清潔なものに交換している。

 一郎の亜空間だ。

 なんでも、思いのままである。

 

 そのまま、仮想空間術を発動して、調度品の揃った豪華な部屋を出現させた。入浴設備や部屋の隅には、ちょっとした飲み物と軽食も揃えた。

 一郎の前の世界における一流ホテルのスイートルームのイメージだ。

 

「しばらく、ゆっくりしてくれ。ありがとう。おかげで、淫気をたっぷりと補充できたみたいだ」

 

 一郎は、ガドニエルから顔を離して言った。

 ガドニエルには、半分だけ回復術をかけた。残りは自然回復に任せた方が気持ちいいはずだ。

 

「わ、わたしは……ご主人様の……お役に……立ちましたか……?」

 

 ガドニエルが荒い息をしながら言った。

 一郎はガドニエルの頭にそっと手を添えた。

 

「とってもね」

 

「そうだな。ひとりだけにしては、大量の淫気だったぞ。さすがは淫乱女王だな。ご主人様はとおおっても、お喜びだ」

 

 クグルスが元気よく言った。

 

「よ、よかったですわ……」

 

 ガドニエルが幸せそうな笑顔で寝息をかきだした。

 一郎は掛け布を出して、ガドニエルの裸身を覆う。拘束は全部消滅させた。

 

「さて、向こうに戻るか……。だが、クグルスは、しばらくこっちにいてくれ」

 

 一郎は出現させた衣類を出し、自分で身支度しながら言った。

 

「あいあいさあ。だけど、いつでも呼び出してよね。それと、スカンダは、ご主人様譲りの粘性体の網で包んで、ぼくの亜空間に収納しているよ。魔道も封じてね。でも、ちょっと変なんだ。後で看てあげてよね」

 

「わかった」

 

 一郎は着装を終えたところで、現世世界の屋敷の玄関に戻る。

 

「わっ、終わったんですか? ちょっと元気になりましたか?」

 

 コゼだ。

 にこにこしている。

 コゼからすれば、一瞬だけ一郎が消滅して、すぐに現れた感じだろう。

 

「わかるのか?」

 

 しかし、コゼには一郎の淫気の状況がわかるのか?

 一郎自身にもわからないのに……。

 

「わかります。ご主人様のことはなんでも」

 

 コゼがにっこりと微笑んだ。

 

「そうか……」

 

 一郎は頷く。

 そして、屋敷の扉に手をかけた。

 

「ロウ──」

 

 しかし、扉は内側から開かれた。

 そして、温かいものが一郎の身体をがっしりと掴んだ。



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776 独裁官誕生

 いきなり、温かいものに抱きしめられたと思った。

 

「ロウ──。遅い──。まったく遅い──。しかも、こんな目に遭わせて──。わたしは、あんたのこと、すっごく怒ってんだからね──」

 

 いきなり抱きついてきたのはユイナだった。

 あまり他人の前では感情表現しない女なので、ここまでユイナが心を剥き出しにするのは珍しい。

 それだけ、苛酷だったのだろう。

 ぎゅうぎゅうと一郎を抱く腕に力が入る。

 よく見ると、ユイナは震えているみたいだ。

 一郎は、ユイナを片手で抱き返しながら、ユイナの頭に手を置いて自分の胸に押しつけるようにする。

 同時に、淫魔術でユイナの心に触れる。

 

 恐怖……。

 安堵……。

 憐憫……。

 動揺……。

 不安……。

 

 そんなようなものが複雑に絡み合っていた。

 ただ、怒りのような感情は大きくなかった。

 怒っていると言いながらも、実際にはまったく怒ってない。

 一郎は、実に表現がユイナらしいと思った。

 

 そして、だんだんと“安堵”の感情が膨れあがり、ほかの感情を圧倒していく。心に触れていると、その変化は劇的なほどだった。

 そして、固かったユイナの身体が柔らかさとともに熱を帯びてくる。

 それはともかく、出迎えはユイナだけみたいだ。

 玄関の内側は大広間だが、誰もおらずしんとしている。 

 

「あら、可愛いところあるじゃないの、ユイナちゃん。そんなに震えちゃって」

 

 コゼだ。

 すると、一郎の腕の中でユイナがびくりと跳ねたみたいになった。

 

 今度は“反感──”。

 そして、“嫉妬”……。

 ころころと感情も変化して、色々と忙しいことだ。

 一郎はくすりと笑ってしまった。

 

「あ、あんたらみたいに、殺人狂じゃないのよ。死ぬの、生きるのなんて状態には慣れてないのよ──」

 

 ユイナが一郎からぱっと離れるととともに、コゼをきっと睨んだ。

 

「あっ、そう。まあいいわ。とにかく、あんたらが大変だったというのは知っているわ。生きていてくれてありがとう。あんたに先に死なれると、苛めがいがないしね」

 

 コゼが笑った。

 しかし、コゼは皮肉っぽい物言いだけど、心からほっとしているみたいだ。一郎にはわかるのだ。

 

「へーえ。だったら、またこいつに頼んで、苛め合いごっこしようか? わたし、いまでも忘れられないのよ。わたしにお尻に搔痒剤を塗られたあんたが、お願いだから、お尻を犯してって泣いたのをいまでも忘れられないの」

 

 すると、ユイナがいきなり憎まれ口を叩いた。

 ああ、あのときのことか(作者注:534話)と思ったが、わざわざ、コゼが一番嫌がる話題を出すところなど、ユイナらしいなとも思った。

 だが、たまたまユイナの感情に触れていた一郎にはわかる。

 ユイナは、コゼに生きていてくれてありがとうと言われて、嬉しかったのだ。とてつもなく嬉しかったのだ。

 しかし、その反応が、コゼの嫌がる思い出を口にするということになるのだから、本当にユイナはひねくれている。

 

「なっ、あ、あれは……。そ、それに、あ、あの後……、あたしだって仕返しを……」

 

「そうだったわね。だけど、わたしはいつもみんなに苛められているもの。それに比べれば、あんたの泣き顔は新鮮だったわあ」

 

 ユイナがけらけらと笑った。

 

「あ、あんたねえ……」

 

 コゼが怒りで真っ赤になる。

 

「お願いだから、お尻に淫具を使ってええ」

 

 すると、ユイナがコゼの声色を真似て言った。

 これは、照れ隠しとはいえ、ユイナが悪い。

 コゼがさらに激怒したのが、一郎にもわかった。

 

「こっのう──」

 

 コゼがユイナに飛びかかろうとした。

 

「うわっ」

 

 さすがに、一対一でコゼにユイナがかなうわけがない。

 笑っていた表情が一変して、ユイナが一郎に隠れるようにして盾にする。

 

「なに、ご主人様の陰に隠れているのよ──」

 

 コゼがユイナに手を伸ばした。

 

「待てって……」

 

 一郎はコゼに手を伸ばして腕を掴んで、喧嘩を止めるとともに、ユイナの胴体も身体も掴む。

 そして、ふたりの肉体に淫魔術で一気に快感の疼きを注ぎ込む。

 

「ひゃああああっ」

 

「うわっ、いやあああっ」

 

 身体ではなく、ふたりの脳に直接に絶頂感覚を注ぎ込んだ。

 どういう性的快感をふたりが思い浮かべるかわからないが、とにかく、それぞれが一番気持ちいいと考える想像で絶頂してしまったと、身体が反応するはずだ。

 そういう淫魔術をかけた。

 

「ああああっ」

 

「くふううう」

 

 コゼとユイナのふたりとも、自分のお尻を押さえて、その場に跪く。

 ふたりとも、お尻にきたような。

 これは面白い。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「ロウ様──。ああ、ミウ、ロウ様が来たのを誰にも教える前に、先に行くなんてずるいです」

 

「ああ、ロウ──」

 

「ロウ様」

 

「ロウ様――」

 

「ロウ様ああ」

 

 そのときだった。

 奥側の扉が開いて、女たちが駆け入ってきた。

 先頭はミウだ。

 泣きそうな顔をしている。

 いや、すでに泣いている。

 続いてイライジャ──。

 さらに、三人の侍女──トリア、ノルエル、モロッコだ。

 

「ロウ――」

 

 さらに、一番最後から、シャーラとイザベラとヴァージニアもやって来た。

 さすがに、イザベラは走ってくるようなことはなかった。ちょっとゆっくりめに歩いてくる。

 とにかく、誰も彼も、歓喜を顔に浮かべていた。

 一郎のところにやって来た女たちについては、手を拡げて迎え入れた。

 

 正面からミウがぎゅっと一郎の腰を掴むように抱いてくる。

 顔色が悪いし、淫魔術を使うまでもなく、その身体には可哀想なくらいに怯えが走っている。

 多分、たくさん人を殺したのだろう。

 あの大軍を相手に、二日間、この屋敷がもちこたえたのは、なによりも、ミウが魔道を駆使したに違いない。

 さもなければ、こうやって、みんなが生き残れるわけがない。

 だが、一郎は、ミウにそういうことをさせたくなかったから、あのとき、モーリア男爵領から、一郎たちと一緒に辺境候域に向かわせることなく、王都に先に戻したのだ。

 しかし、その判断が結局、もっとも苛酷な場面をミウに強いることになったかと思うと後悔しかない。

 

「よく頑張ったな、ミウ。ありがとう」

 

 しかし、こんなときに言葉はない。

 ただ、抱きしめるだけだ。

 そして、三人の侍女も抱きついてきたので一緒に抱きしめてやる。

 

 さっきのユイナもそうだったが、誰も彼も身体が冷たい。

 ずっと極度の緊張状態を強いられていたのだと思う。

 

「ま、まずは、ミウが一番──。次は、お姫様……。いえ、やっぱり、一番はお姫様かな。一応は王族だしね。二番はミウね……。そして、イライジャさん。それが頑張った順よ……。あとは、どうでもいいわ。似たようなものだから」

 

 すると、まだしゃがみ込んでいるユイナが口を出した。

 頑張った順?

 もしかして、一郎が抱く順番のことを言っているのか?

 どうでもいいが、ユイナはまだ腰が抜けて立てないみたいだ。考えてみれば、一郎が送り込んだのは、最高の快感による想像の絶頂だ。

 まだ意識を保っているだけましか。

 

「な、なんで、あんたが仕切ってんのよ……。まあ、自分を上位にあげてないのは、わかっているみたいだけど……」

 

 今度はコゼだが、やはりその場にしゃがみ込んでいる。

 

「ふん、そ、そのくらい自覚あるわよ。わ、わたしは、ミウたちみたいには、戦場は出てないしね……。イットとマーズも功労者よ。そういえば、それに比べて、姫様が連れてきた兵隊は、まったく役に立たなかったわ。あいつら、昨日の夜、わたしたちを置いて逃げてしまったんだから」

 

 ユイナが憤慨したように言った。

 だが、気にも留めてなかったから忘れていたが、森の中で惨殺された多数の王兵の死体があったと夕べのうちにブルイネンが報告してきた。

 もしかして、あれじゃないだろうか。

 

「いや、わたしなど頑張ってはおらん。や、役立たずだ……。ロウ、この状況を招いたのはわたしのせいだ。しかし、ありがとう。来てくれてよかった。全員が死を覚悟した……。そこにいるユイナもよくやってくれた。魔道がうまく駆使できない穴埋めを魔石具で必死に補填してくれたのだ。だが、なによりもお前だ。ありがとう」

 

 イザベラが一郎に向かって深々と頭をさげた。

 一郎は、溜息をついた。

 ユイナが、イザベラが一番、ミウが二番だと、一郎に告げた理由がわかったのだ。

 それは頑張った順じゃない。

 一郎が心のケアをする必要があると考える順番なのだろう。

 口は悪いが、勘がいいことについては、一郎の女たちの中では、ユイナが随一だろう。

 だから、独特の動物的な勘でちょっと心配な者の名を告げたのに違いない。

 わかりにくい娘だ。

 一郎は苦笑してしまった。

 

 まあいい……。

 とにかく、目の前にいるイザベラは随分と覇気のない顔をしていた。

 視線も虚ろだ。

 今回のことがかなり堪えたみたいだ。

 まあ、真面目な性質だからなあ……。

 だが、それはともかく、まずは、なによりもやらなければならないことがある。

 

「連れてきたのは、エルフ族王家の親衛隊から引き抜いてきた精鋭中の精鋭の三十人の女兵たちです、姫様。数は少ないが、ひとりひとりがこの国の一級王軍魔道師以上の魔道が使える魔道戦士です。率いるのはエルフ族女王のガドニエルの親衛隊長のブルイネン。女王ガドニエルも同行しています。いまは、追撃を指示しました。僭越だと思いましたが、屋敷から出てきた十数名の王兵にも命令をさせてもらいました」

 

 勝手に命令したが、実際には、一郎には命令権などなにもない。

 事後承認となるが、認めてもらわなければ仕方がない。

 

「あ、ああ、確認している……。(やぐら)から確認していた……。そういえば、女王陛下はおられないのだな……。えっ、まさか、一緒に戦場に?」

 

 イザベラははっとしたように言った。

 ガドニエルや親衛隊が同行していることは、イライジャ当たりから聞いているのだろうが、そのガドニエルが戦場にいるなら、なんだというのだろう。

 まさか、女王が身体を張っているのに、自分が安全な場所に留まっているのはおかしいとか考えてはいないだろうか。

 

 身重のくせに……。

 それはともかく、一郎は紛れもなく、イザベラが一郎の子を孕んでいることを魔眼で確認した。

 

 そうか……。

 父親になるのか……。

 

 やっと、実感のようなものが湧いてきた。

 それだけでなく、イザベラやイザベラが孕んでいる子を守るための知識のようなものが、一気に頭に浮かんでくる。

 これも淫魔術か……。

 

「ガドは安全な場所に……。あとで挨拶をするでしょう」

 

 一郎は言った。

 実際のところ、ガドニエルは一郎の亜空間の中で抱き潰されて寝ている。いまは、亜空間と現実時間の時間経過は完全に一致しているが、少なくとも一ノスは絶対に目を覚まさないだろう。

 そのくらいは体力は削ぎ落とした。

 

「ガ、ガド? エルフ国の女王陛下をそう呼んでおるのか?」

 

 イザベラはびっくりしている。

 一郎は、イライジャにちらりと顔を向けた。

 ガドニエルのことを“ガド”と呼んでいるのは、一郎だけじゃなく、旅に同行している全員がそうだ。

 最初は女王ということで、かしこまっていた感もあったが、あまりにも本人が気さくなのと……なによりも、想像を絶する残念ぶりに、いつの間にか、呼び方どころか、みんな敬語すら使わなくなっていた。

 そんな気安さは、イライジャたちからは伝わってないのだろうか。

 

「あなたと、ガドニエル陛下のことは、なにも伝えてないわ。あなたが説明するべきだと思うしね」

 

 イライジャが微笑んだ。

 それはそうか……。

 

 考えてみれば、先にイザベラを妊娠させておいて、ほかの国の女王と婚約をしたのだから、ある意味で一郎は裏切り者だろう。

 イザベラへの説明も了承も、一郎自身からすべきか……。

 それに、よくよく考えれば、イザベラというこれからハロンドールの女王になろうという女を伴侶にするには、一郎は相手にしている女が多すぎる。

 浮気者の限度も越えているだろう。

 

「なるほど」

 

 一郎はとりあえずそれだけを言った。

 すると、イライジャがさらに口を開く。

 

「ところで、ここにいる姫様から、軍師になってくれと依頼されて、この数日引き受けたけど、あなたが来てくれたなら、あたしは分不相応な役目はおりるわ。あなたが全軍への指図をしてあげて。もっとも、全軍といっても、残っているのは、さっきの十数名だけだけどね」

 

 やっぱり、あの十数名が最後の兵だったのだと思った。

 一郎が考えていたよりも、ずっとぎりぎりだったのだ。

 死を覚悟したとイザベラは口にしたが真実なのだろう。一郎はぞっとした。

 

「軍師ねえ……。俺はど素人だぞ。戦の経験などない」

 

 一郎は肩をすくめてみせた。

 

「あの大軍をあっという間に蹴散らしたあんたがなにを言ってんのよ。素人ならあたしも同じよ。まさか、引き受けないとは言わないわよねえ」

 

 イライジャがちょっとむっとしている。

 

「さあね。そのそも、軍師なんてものは、譲ったり、譲られたりするものじゃないしね」

 

 一郎はイザベラに視線を戻す。

 イザベラははっとした表情になる。

 

「いや、頼む、ロウ──。わたしたちに……いや、わたしにどうすればいいのか教えてくれ。お前のことなら信頼できる。頼む──」

 

「引き受けました。ただし、条件があります、姫様」

 

 一郎はあっさりと言った。

 もともと、一郎は最初から、このイザベラ隊から軍事的指揮権を奪うつもりだった。

 奪わなければ、一郎など、これからやろうとしている事の中では、単なる素浪人に近い。

 ガドニエルが大盤振る舞いで与えたエルフ族王家の中における地位など、このハロンドール王国の中では関係ないのだ。

 

「条件?」

 

 イザベラが訝しんだ。

 

「一連の事態が収まるまでのあいだ、俺に“大権”をお預けください」

 

「大権? なんだそれは?」

 

 イザベラはきょとんとしている。

 

「王国の持っている軍事、行政、外交などのすべての統制権を俺に一時的にお与えください。この国がいま抱えている混沌のこと……。すべて、まずは、俺が責任を背負いましょう。終わればお返しします」

 

 一郎はきっぱりと言った。

 イザベラが今度は目を丸くした。

 

「お、お前を宰相にせよと言っておるのか──?」

 

「とんでもない。宰相というのは行政責任者でしょう。そもそも国王を出し抜いた権限はない。要求しているのは、行政権のみに留まらず、軍事も外交も……。さらに、法規決定権、司法、税、民事、警邏、流通……すべての国家権限を一時的にお借りするということです。役職は……、そうですねえ……、“独裁官”とでもしましょうか。その役職をもらいましょう」

 

「ば、ばかな──。それでは国王そのものではないか。そもそも、そんなものをわたしが与える権限などない」

 

「姫様に権限があろうが、なかろうが……。この国にそんな役職があろうが、なかろうが……。前例になくても、法になくても、そんなものはどうでもいいのです──。姫様は、ただ、俺にその役職を与えると、口にすればいいのです。そうすれば、なにからなにまで、お引き受けします。姫様は、ただ俺に任せればいい」

 

「そ、そなたに、すべてを任せてなにもするなと? み、見くびるではない──。わたしは王太女だ──。次期女王なのだ。そなたに全責任を負わせて、わたしはなにもしないということなどできることではない」

 

「なにを暢気なことを言っているのです。俺が失敗すれば、前代未聞の役職を一介の冒険者に与えた姫様も、一緒に首を斬られるか、殺されるかするんです。一連託生ですよ」

 

 一郎は笑った。

 イザベラが呆気にとられた顔になる。

 しかし、すぐに我に返ったように、口を開く。

 

「独裁官か? し、しかし、そんな聞いたこともないような役職……。そもそも、わたしがそれをお前に与えたとしても、それに従う者など……。だいだい、ここは戦場だ。勅令を発しようにも、手続きが……。いや、ちょっと考えさせてくれ。その“独裁官”とやらの権限と責任をもう少し丁寧に教えてくれ、ロウ」

 

 イザベラは困惑しているようだ。

 

「丁寧に説明? そんなものあるわけないでしょう。思いつきなんですから……。いや、もういい。あとは身体に訴えよう……。ヴァージニア、適当な部屋に案内してくれ。一ノスもあれば十分だ。ちょっと姫様とふたりきりになってくる……。シャーラ、いまのうちに、犠牲を調べて報告の準備だ。ヴァージニアたちはそれを手伝ってやれ。隊の再編成も陣のことも、とりあえずエルフ隊に任せればいい。それと、ユイナ、外にスクルドがいる。合流してくれ。この里に埋められている魔素を制限する魔石を見つけて除去する」

 

 一郎は一気に早口で指示を与えると、イザベラに近づいて横抱きにして抱えた。

 

「きゃああ、な、なにをする──」

 

 イザベラが真っ赤な顔で一郎の首にしがみつく。

 

「身体に言い聞かせようということだ。いいから、俺の言うとおりにしろ、イザベラ」

 

 一郎は初めて、イザベラを呼び捨てにした。

 イザベラがますます顔を赤くするとともに、目を見開いた。

 

「あっ、犠牲者のリスト……。そ、そうでした」

 

 一方で、慌てたようにシャーラが頷く。

 

「ええ? わたしが乳女と一緒に? まあいいけど……」

 

 また、ユイナは面倒くさそうに返事した。

 

「あっ、あたしも一緒に……」

 

 ミウだ。

 

「……頼む、ミウ」

 

 ちょっと考えて、一郎は頷いた。

 ミウの心のケアも必要だが、とりあえずはやることがあった方がいいかもしれない。

 それに、自惚れでなければ、ミウも一郎と再会しただけで、ちょっと元気をとりもどしたかもしれない。

 

「ま、待て、ロウ──。か、身体に言い聞かせるとはどういうことだ……。ま、まだ言ってはいないが、実は、わたしのお腹には、そなたの……」

 

「もちろん、知ってるよ。とにかく、話は(ねや)だ。それについても、俺に任せろ……。ところで、ヴァージニア、場所はどこだ?」

 

 一郎はイザベラを抱えたまま、ヴァージニアに振り向く。

 

「では、こちらに……」

 

 ヴァージニアが先導する。

 一郎はそれを追った。

 少なくとも、一郎を止めようとする者は、ここにはいないようだ。






 *

【独裁官】

 ハロンドール王国の末期に誕生した公職。非常時における国家大権職として、国家のあらゆる領域に権限を及ぼす政務官と軍事責任者を兼ねた役職であり、事実上の国家独裁権を有する。

 最初の例は、兇王ルードルフの起こした蛮行から始まった王国の混沌を解決するため、まだ政治的権限のなかったロウ=ボルグ・サタルスであり、彼はこの「独裁官」の役職によって、一連の事態の沈静化を図ることになる。
 騒乱解決後に、ロウは独裁官の役職は返納したが、イザベラ女王の治世下においても、本来は名誉職に過ぎなかった「大公」として、独裁官のように王国のあらゆる分野への統制を継続することになる。
 そして……。

 ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


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777 (ねや)で奪った王権

 ロウに横抱きにされたまま、寝台に連れて行かれた。王太女としての執務室に繋がっている仮眠室のような場所であり、このゲーレの里に入ってから、イザベラはずっとここを使っていた。

 

「これでよろしいでしょうか、ロウ様?」

 

 ヴァージニアが頭をさげた。

 

「うん、問題ない。ありがとう、ヴァジー」

 

 ロウが道化たように笑顔になった。

 愛称で呼ばれたヴァージニアは、能面のような顔が嘘のように、ぱっと相好を崩す。

 

「い、いえ、どういたしまして、ご、ご主人様」

 

 そして、顔を真っ赤にする。

 どうでもいいが、すでにヴァージニアは、ロウだけを見ていて、イザベラには視線を向けていない気がする。

 

「ま、待て、ヴァージニア、こいつを止めよ。なにかおかしいぞ」

 

 とにかく、イザベラは狼狽えて言った。

 この男は、独裁官とかいうわけのわからない役職を要求し、イザベラが躊躇すると、(ねや)で説得すると言って、ここに連れてきたのだ。

 なにをされるのかは、さすがに予想はつくが、しかし、お腹にいる子供に問題があるかどうか考えると少し怖い。

 

「問題ありませんよ、姫様。ロウ様ですから、きっと問題はありません。そもそも、妊娠していても、殿方との性愛は分をわきまえた範疇なら心配ないのです。心配があるとすれば、感染症などの危険性ですが、ロウ様に限れば、その危険もか皆無でしょう。なにしろ、ロウ様は治療術をお仕えになりますから」

 

「そうだな。ついでに検診をしてやってもいいぞ、イザベラ。完璧なまでに管理してやろう。俺がいる限り、お前も、子供も健康を損なうことは絶対にない。絶対にだ。俺を信じろ」

 

 ロウがイザベラを寝台にそっと横たえた。

 どうでもいいが、この男はさっきから、イザベラを呼び捨てにするし、言葉遣いもぞんざいにしてきた。

 問題はないし、むしろ、嬉しいのだが、こいつがイザベラを呼び捨てにするたびに、イザベラはかっと身体が熱くなり、落ち着かない気持ちになる。

 まだ、慣れてないので、冷静さを保てなくなりそうで困るかもしれない。

 

「わ、わかった。だが、まずは話をしよう。さっきのお前の申し出だが、やはり……」

 

 どう考えても、独裁官などという役職など認めるわけにはいかない。

 さっきのロウの物言いであれば、独裁官というのは、王そのものだ。この男はいきなり、イザベラに王位を要求してきたに等しいのだ。

 承知などできるわけがない。

 

「話は身体を合わせながらだといっただろう、イザベラ……。だが、考えてみれば、確かにイザベラが認めたという対外的な証が欲しいな。これでいいかな。王家の紋章もついているし、俺がこれを持っているということで、なにかしらの証拠になるだろう。黄門様の印籠のようなものさ」

 

「こうもん……? いんろう? なにを言っておる……。あっ、待て──」

 

 戦闘の真っ最中だということで、イザベラも剣を持っていて、ハロンドール王家の紋章である太陽と鷹をあしらった黄金色の装飾付きのベルトに剣を()いていたが、いつのまにかベルトごと剣を外されて、ロウの手にある。

 

「姫様を助けたご褒美に俺がもらうよ。謹んで拝領つかまつります。ロウ=ボルグ・サヴァエルヴ・サタルス、身命を賭して、独裁官の役割を果たします」

 

 ロウがわざとらしく両手でベルトと剣を両手で掲げた。

 

「わっ、待て──」

 

 取り返そうとして手を伸ばしたが、そのときには、ロウの手の中から消滅していた。

 収納術だ。

 

「お、お前なあ……」

 

 イザベラは呆れて声をあげた。

 

「では、ロウ様、姫様をよろしくお願いします。姫様は、ロウ様のおられないあいだは、随分と情緒も不安定で苛々することも多かったようです。ロウ様に戻ってきていただいて、きっと姫様もお心の落ち着きを取り戻されると思います。改めて、戻ってきていただいてありがとうございます。そして、わたしたちをお救いいただき感謝します」

 

「感謝はいいよ、ヴァジー。俺にとって、みんなは家族だ。もしも、俺が危険な目に遭ったら、みんなは助けてくれるだろう? だったら、俺が命をかけて、みんなを助けようとするのは当たり前だ。当たり前のことに感謝はいらない」

 

 ロウが笑った。

 すると、ヴァージニアが顔に笑みをこぼした。

 

「ロウ様はやっぱり不思議ですね……。おられるだけで心が休まります。不安も怖さもすっと溶けてなくなって……。それでは、わたしはこれで……。姫様をよろしくお願いします」

 

「おう、任せろ、しっかりと躾けて、二度と妊婦のくせに戦場に出るようなどという馬鹿なことを口にしないように、躾けておく」

 

「はい、お任せします」

 

 ヴァージニアがにっこりと微笑んだまま部屋を出て行く。

 ついに、ロウとふたりきりにされてしまった。

 

「なあ、ロウ……」

 

 イザベラは起きあがろうとした。

 いまだに、寝台に横たわらされたままだったのだ。

 こいつと閨で話し合いなどをして、イザベラが逆らえるわけがない。なにも考えられなくなり、王権どころか、王位そのものでも譲ってしまいそうだ。

 いや、そもそも、王権を渡すことと、王位を譲ることは同じだろう。

 こいつが要求しているのはそういうことだ。

 

「えっ?」

 

 しかし、イザベラは思わず声をあげてしまった。

 まったく手足に力が入らないのだ。まるで自分の手足ではないかのようだ。

 驚いて、手足以外の部分を動かしてみる。

 それは問題ない。

 首も動くし、胴体もまた大丈夫。だが、肩から先、太腿の途中から足先だけが弛緩している。

 すると、ロウがくくくと喉の奥で笑った。

 

「どうした? 抵抗しないのか? じゃあ、話し合いといこうか。まずは裸になってもらおうかな」

 

 ロウに抱き起こされて、胡座(あぐら)で寝台に座ったロウの脚を開いて抱きつくような格好にされた。

 対面座位である。

 そして、両腕はぶらんと体側に垂れたままだ。

 すると、考える余裕もなく、抱きついている状態のロウの身体から、一瞬にして衣服が消滅した。

 

「わっ」

 

 声をあげたが、気がつくと、イザベラもまた素っ裸になっていた。

 ロウも真っ裸だ。

 抱きついているイザベラの股間の前には、ロウの男根がそそり勃っている。

 

「ひんっ、なんだあ?」

 

 そして、急に身体がくすぐったくなった。

 ロウはイザベラの背中を両手で抱えているが、それとは別に胸から下腹部にかけてをなにかが動き回ってイザベラを触っている。

 視線を落とすと、肌に浮き出た二匹の蛇がイザベラの身体を縦横無尽にうごめいている。

 その刺激がイザベラに伝わっているのだ。

 なにこれ──?

 

「こ、これは……あっ、ひやっ」

 

 おかしな術に文句を口にしようと思ったが、乳房から湧き出る甘い疼きに、イザベラは言葉を遮られてしまった。

 

「姫様……イザベラ……。俺と最初に交わした約束を覚えているか?」

 

 ロウの手がつっと背中の真ん中を上から下に指でなぞり落ちていく。その指がお尻に到達して、イザベラはびくんと身体を反応させてしまった。

 その一方で、身体の前は、おかしな蛇の絵のようなものが乳房の周りを泳ぐように動き、舌で乳首をぺろけろと舐めまくっている。

 大きな疼きが身体に走り、身体の力が抜けていく。

 

「や、約束って……。あんっ」

 

 後ろの指がお尻の下に移動して、アナルの入口を揉むように動かしてきた。

 だめだ……。

 気持ちがいい……。

 一瞬にして、すべての思考を奪ってしまうロウの愛撫だ。

 イザベラは背中をのけぞらせた。

 

「ああ、だめえっ」

 

 今度はクリトリス──。

 多分、蛇の刺青だろう。

 ロウの両手は背中側なのだ。

 

「約束というのは、イザベラを最初に抱いたときに誓ったことだ……。俺が姫様を守る……。その代わりに、姫様を俺のものにする。調教して……しつけて……。そして、逆らえないようにする……」

 

 ロウが耳元でささやく。

 覚えている……。

 忘れるわけがない……。

 ロウから言われた言葉は、多分全部覚えていると思う。なによりも、あの約束の言葉はイザベラの宝物だ。

 だが、それはともかく、ロウの手が……。そして、おかしな刺青の蛇が……。

 

「お、覚えている……。だ、だけど、そ、そこは……。あああっ」

 

 ロウの指がお尻の中に入ってきたのだ。潤滑油のようなものが指にあり、ほとんど抵抗なく、指がかなり深いところまで一気に挿入してきた。

 これもまたロウの術だろう。

 おそらく、指の表面から潤滑油のような油剤を出しているのだと思う。それを塗り押し込むように、アナルの中で指を動かされる。

 恥ずかしいし、なによりも気持ちよすぎる。

 イザベラは腰をくねらせた。

 

「手の感覚を戻してやろう。俺に抱きつくといい」

 

 ロウの言葉と同時に腕の感覚が戻ったのがわかった。

 言われるまま、ロウの背中に手を回して、ロウの肌にしがみつく。

 全身の快感が暴走している。

 それがわかる。

 

 止まらない……。

 止めたくもない。

 

 気持ちいい……。

 

 会いたかった……。

 とっても会いたかった……。

 

 ロウ……。

 

 嬉しい……。

 

 なにもかもが頭から消えていく。

 頭の中がロウのことだけになる……。

 

「イザベラ、あのときの言葉通りにさせてもらう……。お前を支配して……すべてをもらう。イザベラと結婚する……。承知の言葉は不要だ。イザベラは俺の性奴隷だ。だから、イザベラはただ従わされるだけだ。俺というご主人様にね……」

 

 ロウがイザベラのお尻の中を愛撫したまま、口づけをしてくる。

 口の中を舐め回されて、まずます思考が飛んでいく。

 いつの間にか溶けきっていた身体を火のような快感が全身を包んだ。

 

「んんっ、んっ、んくっ」

 

 舌と舌を絡める。

 こんな淫らな口づけも、このロウから教わったことだ。

 アナルから指が抜かれて、その指が媚肉に挿入してきた。さらに快感が駆けあがる。

 一方でさっきまで指が入っていたアナルには、すっと異物が挿入してきた。

 蛇?

 お尻の中でうねうねと動く。

 

「んふううっ」

 

 イザベラはたまらなくなって、ロウから口を離して、腰をがくがくと震わせてしまった。

 

「イザベラ、俺の言うことをきけ──。守ってやる──。助けてやる──。だから、お前も俺を守れ──。俺を助けろ──。俺に権力を寄越せ──。そして、権力を与えた俺を守れ──」

 

 ロウが指でイザベラの股間をかき回す。

 そして、入口の浅いところの上側の土手をぐっと揉み動かした。

 

「んふううう」

 

 一気に快感が拡がった。

 いつの間にか脳が痺れきり、正常な思考もできない。

 ロウに従う──。

 ロウを守る──。

 頭がその思念だけになる。

 

「ああっ、いくううっ、いくうううっ」

 

 イザベラは背中を大きく弓なりにするとともに、絶叫した。

 達するときには、必ず「いく」と叫ぶ。

 これも、ロウに教えてもらった「しつけ」だ。

 大きなエクスタシーがイザベラを呑み込んだ。

 

 イザベラは完全にロウに抱きついて脱力した。

 すると、背中に回していたイザベラの両手首がひとつにまとめられて、なにかに包まれた。

 拘束されたようだ。

 相変わらずの不思議な術を使う……。

 

「はあ、はあ、はあ……。わ、わかった……。しょ、承知する……。そ、そなたを……ど、独裁官として……お、王権の代行を……。その証は……わたしの剣とベルトだ……」

 

 イザベラはロウに片手で抱きしめられ、また両手で抱きしめながら言った。

 もう、なんでもいい……。

 王権でもなんでも渡してやる……。

 ロウが膣から指を抜いて、改めて対面座位でイザベラを両手で抱き直した。アナルにいた蛇の感覚も消失している。

 

「わかった……。任せてくれ……」

 

 ロウがイザベラの髪をすっと撫でた。

 安心できる手……。

 なにもかも、ロウに任せる……。

 そう決心してみると、随分と心が軽くなった気もする。

 イザベラは、ロウの肩に置いていた顎を離して、ロウの顔を見た。

 鼻と鼻がくっつくような距離だ。

 ロウは優しげに微笑んでいた。

 

「ああ、任せる……。しかし、その代わりに……」

 

 イザベラは自分がどんな顔をしているのかもわからない。

 しかし、すでに身体はロウに墜ちている。

 自分がなにを口走ろうとしているのかも、よくわからなかった。

 

「その代わり?」

 

 ロウが微笑んだまま言った。

 

「その代わりに、離縁など許さぬ。そして、ほかの女たちばかり相手にして、わたしのことをほったらかしにしたら、容赦なく泣き喚くぞ」

 

「約束する」

 

 ロウが小さく笑った。

 

「ならば、わたしはお前に飼われる女王になろう。お前の奴隷になる。今生だけでなく、次の世もまでも」

 

「それも約束しよう」

 

「嬉しいな」

 

 イザベラはにっこりと微笑んだ。

 しかし、急に違和感が沸き起こった。

 そして、すぐにそれは現実のものになり、大きな動揺がイザベラを貫いた。

 

「か、痒い──」

 

 イザベラは飛びあがった。

 いや、飛びあがりかけた。

 しかし、ロウの背中で手首がまとめて拘束されている。

 対面座位の状態から離れられない。

 

 お尻だ──。

 お尻が痒い──。

 

 最初に指を挿入されたときに使われた潤滑油だと悟った。

 あれがおそらく強い搔痒性のあるものだったのだろう。

 とにかく、痒い──。

 

 お尻の中が猛烈に痒い──。

 

「妊婦様だからな。別に前側に精を放っても問題はないけど、いい機会だからアナルを調教してやろうと思ってな。アナルが大好きなのは、ほかにもふたりほどいるけど、お腹の娘が生まれる頃までには、しっかりと三人目のアナル娘にしてやる」

 

 ロウが笑った。

 娘──?

 どうして、そんなことがわかるのかと思ったが、それよりもお尻の痒さだ──。

 あっという間に、気が狂うような痒みに変わっていく。

 

「あまり我慢するのはよくないからな。早く、アナル調教を強請るといい」

 

 ロウの優しげな笑みだと思っていたのは、やっぱり鬼畜の微笑みだった。

 

「ああ、痒いいい」

 

 イザベラは、じっとしていられずに、ロウを抱いている腕と左右に開いている両脚にぎゅっと力を入れて、ロウの身体を力一杯に締めつけた。



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778 王太女へのお仕置き

「か、痒いいいっ」

 

 イザベラは、ロウにしがみついた。

 できることは、それしかないのだ。

 ロウにさっき潤滑油のようなものを塗られたお尻が痒いのだ。いや、痒いだけではない。

 

 ただれるように熱い。

 疼く──。

 

 とてもじっとしていられない。

 歯を喰い縛ろうとしても、身悶えを止めようとしてもできない。噛みしめようとした歯はかちかちと鳴り、喘ぎ声が洩れ、知らずのうちに腰がうねる。

 だが、その腰を意地悪くロウが手で押さえている。

 

「効きはじめたな。さて、じゃあ、こっからがお転婆お姫様のお仕置きだ。こんな間抜けな罠に嵌まって、命を捨てようとした罰だ。そもそも、どうして南方くんだりまで、やってきたんだ。南方なんて、放っておけばいいだろう」

 

「な、なにをいきなり……」

 

 すると、身体が浮きあがった感じがして、気がつくとロウから離れて寝台に仰向けにされていた。

 両手は寝台の頭側に真っ直ぐに伸ばすようにして、束ねて拘束されてしまっている。

 一瞬のことであり、どうやったのかわからない。

 ロウはイザベラの下半身側にいる。

 さらに、太腿を抱えられて、お腹に腿がくっつくようにされた。

 

 びっくりしたが、不思議な(のり)のようなものが肌と肌のあいだに浮かびがって外れないようになっている。さらにそれぞれの足首にも糊が浮かびあがり、紐状のものが繋がって頭方向にぐいと引っ張る。

 ロウの粘性体の術か……。

 そして、ロウが浮きあがった股間ににじり寄って、手を伸ばして枕を腰の下に潜り込ませた。

 つまりは、イザベラは、両手を両脚を頭方向に引っ張られて、開脚した股間とお尻の穴を天井方向にさらけ出したような格好になってしまったのだ。

 こんなの恥ずかしすぎる。

 

「わっ、な、なにをするか──」

 

 イザベラは思わず怒鳴りあげた、

 

「どう考えても、王都を回復するのが先だろう。それがなんで、王太女自ら南方軍に合流するという発想になるんだ。しかも、こんな襲ってくださいというような里に少数でやってくるなど」

 

 ロウがいつの間にか手に、鳥の羽根を持っていることに気がついた。

 それで、イザベラのお尻の穴の周りをすっと掃く。

 

「んくううっ、や、やめよおお」

 

 イザベラは我を忘れて声を放った。

 しかし、ロウは刷毛を操るのをやめない。

 痒みと疼きが襲いかかっているお尻の穴を柔らかくくすぐり続ける。

 

「ほら、なんとか言え、姫様。百歩譲って、南方軍という軍勢が王都から王の軍勢を追い出すのに必要だとしても、どうして、あの怪しい司令官の言いなりになって、こんなところに入ったんだ。俺の前世妻がたった半日調べただけでも、そのリー=ハックとかいう司令官には、怪しい埃が山ほど出たぞ。いまは、詳しく調べ上げてもらっているけど」

 

「ああっ、ああっ、や、やめてくれ──。い、いや、やめてください。頼む──。あ、あなる調教をしてくれ──」

 

 イザベラは叫んだ。

 そういえば、あなる調教を強請れと言われたのを思い出したのだ。

 とにかく、表面だけなど狂いそうだ。

 恐ろしいほどの痒みと疼き、そして、そのお尻の表面だけをくすぐられる妖しい被虐の快感に気が狂いそうだ。

 お尻の中をごしごしと掻き回されたい。

 もう、頭の中が痺れて、なにも考えられない。

 

 しかし、前世妻?

 なんのことだ?

 リー=ハックを調べあげている?

 

「おっ、調教か? わかった。じゃあ、さっきの潤滑油を塗り足してやるな。重ね塗りをすればするほど痒くなるんだ。お転婆のお仕置きだから、刺激なしで塗り足してやろう」

 

 ロウが笑ったのと同時に、お尻の中に異物が浮かびあがったのを感じた。だが、すぐにそれがすっと消滅する。その途端にお尻の奥の痒みと疼きが数倍に跳ねあがった。

 

「あああ、な、なんだああ──。か、痒いいいい──」

 

 イザベラは拘束されている身体を暴れさせた。

 ほんのちょっともじっとしていられない。

 信じられないほどの痒みだ。

 

「それでさっきの返事は? 俺がどれだけ心配したと思っている。なんで、こんな馬鹿げた罠に嵌まった? あんなリー=ハックとかいう司令官の首なんて、王太女の権力でさっさと切ってしまえばよかっただろう。こんなゲーレの小里に向かってくれなんて言われた時点で、激怒したふりして、捕らえるか、殺すかするもんだ。それを大人しく罠に嵌まって……」

 

 ロウが再びお尻の穴を刷毛で掃き出す。

 身体の奥底がかっと熱くなり、ずきんずきんという痛いような痒みがお尻から全身に拡がる。

 脂汗がどっっと全身から流れ落ちているのがわかる。

 

「ああ──、ゆ、許して──。ど、どうにかしてくれ──。お願いだあ──」

 

 イザベラは泣き叫んだ。

 

「反省の弁を口にするまで、刷毛でくすぐりだ。独裁官の権限だ。ハロンドール王国の独裁官は女王が誤った決断をした場合には、お仕置きをする権利を有する」

 

 ロウが冗談めかしく言って笑う。

 だが、まったく刷毛責めをやめてくれない。

 

「ああ、もうだめええ。許してくれ。わ、わかった──。悪かった──。罠に嵌まって悪かった──」

 

「当たり前だ。いいか、頭に刻み込んでおけ、イザベラ──。これは想像だけど、王都のこともあるけど、荒れている南方のことをどうにかしなければならないと想いもあって、それで、ここに乗り込んだのだろう? だがそもそも、その民衆そのものが敵なんだぞ。こんなもの、簡単に収まるか。それを力もなしに、少人数で乗り込んで意味があるのか」

 

 ロウが刷毛で股間とお尻の穴を掃き続ける。

 もう気が狂う。

 自分の意思とは関係なく、イザベラは懸命に腰を振っている。

 

「いや、ああっ、いやああ。ごめんなさい──。悪かった──。ごめんなさいい──」

 

 とにかく声をあげる。

 

「いいか、イザベラ。俺の元いた世界にはこんな言葉がある。“君主に必要なのはまずは自分を守る力だ。そして、その意思だ”。イザベラの今回の行動はそれを忘れていた行為だった。この国の存亡のときには、手段の正当性を考えるな──。事態を解決しようとして、南方軍という力に目をつけたのはいい。確かに力は必要だ。だが、だったら一目散に、理由をつけて軍権を奪え──。非常時には目的に向かって一直線に行動しろ」

 

「わ、わかった──。もう許して──」

 

 イザベラは必死で言った。

 すると、ロウがやっとイザベラの股間とお尻を刷毛で悪戯するのをやめてくれた。

 

「いいだろう。じゃあ、次は、それでも生き残ってくれたご褒美だ。だけど、あとでみんなにも事情聴取するからな。もしも、戦いのあいだに、イザベラが自分の命を粗末にするような発言をしていたら、その分、またお仕置きだぞ」

 

 ロウが言った。

 ぞっとした。

 この二日間、追い詰められたとき、イザベラは自分を捨てて逃げろと、一度ならず、二度くらいは発言した気がする。

 また、お仕置きされるのか──?

 だが、ロウの指がすっとイザベラのお尻の中に挿入してきた。そして、指を伸ばしたり、回したりしながらまさぐり、そして、ある一点を捕らえて、そこをぐいと押してきた。

 

「あああっ、ひゃあああ」

 

 ロウの指がそこを押すと同時に、背骨が折れるかと思うような衝撃がイザベラを襲った。

 気がつくと、全身を反り返らせて絶頂をしていた。

 なにが起きたのかも理解できない。

 

「ここが気持ちいいみたいだな。だが、いきなり絶頂してしまうとはな。お尻女王の素質があるぞ」

 

 ロウが同じ場所を集中的に愛撫をしてくる。

 

「ああ、あああっ、ひうっ、ひいっ、ああっ」

 

 あっという間に思考力を完全に奪われた。

 そこを刺激されるたびに、全身が砕け、頭が真っ白になる。痒みも吹き飛んでしまい、ひらすら快感だけが全身に迸る。

 今度は絶頂こそしなかったが、そのぎりぎりまで追い詰められる。

 そして、絶頂しそうになると、ちょっとほかの場所を刺激されて、すぐにそこに戻って快感の場所を押される。

 すると、身体ががくがくと震えて、絶頂しそうになる。

 それをひたすら繰り返された。

 

「も、もうだめえ。お尻いい。お尻いい──」

 

 なにを喋っているかわからない。

 イザベラは本当に狂いそうになった。

 

「いくぞ」

 

 足首を頭方向に引っ張っていた紐状のものが消滅した。だが、腿はお腹に密着したままだ。

 ロウがイザベラの腰を下からちょっと抱えて、股間の怒張をイザベラのお尻の穴に当てた。

 尻たぶを横に拡げられ、男根が挿入してくる。

 

「い、いきなり怖いい──。ああっ、ああああ」

 

「痛くはないはずだ。気持ちよさしかないだろう? そうなるようにしている」

 

 どんどんと怒張は侵入してくる。

 ロウの言葉のとおり、気持ちよさしかない。

 最後まで肉杭を沈めたロウがゆっくりと律動を開始した。

 

「ああっ、ああっ、あああ」

 

 痒みと疼きで狂いそうだった肛肉を強く抉り擦られ、そして、反対に腰が引かれていくと、排泄時の解放感に似た感覚がイザベラに拡がる。

 得体の知れない快感に、イザベラは錯乱しそうになった。

 

「もう一度絶頂するか?」

 

 ロウが挿入しながら、お尻の中のさっきの一点をぐりぐりと擦り押してきた。

 

「ああっ、あああっ、ひゃああああ。いぐうううっ」

 

 激しい感覚に思考が吹っ飛ぶ。

 なにも考えられなくなり、イザベラはまたもや絶頂した。

 頭にあったのは、達するときには「いく」と言えとしつけられたロウの言葉だけだ。

 

「もう一度だ」

 

 同じ場所を今度は肉棒を引かれながら刺激される。

 しかし、すぐに押し沈みながら刺激──。

 そして、引き……。

 押される──。

 

「あああ、ああ──、また、いくううう」

 

 イザベラは寝台が壊れるかと思うほどに、激しく全身を痙攣させた。

 

「だ、出すぞ……。くっ、おっ」

 

 ロウもこもった声をあげてちょっとだけ腰を激しく動かした。

 熱いほどの精液がイザベラのお尻の中に染みこんでいくのがわかる。痒みも疼きもすっと溶けていく。

 大きな大きな快感がイザベラを包み込んでいった。

 

 快感で意識が消えていく……。

 手と足が自由になる感覚……。

 ロウがイザベラを横たえ直してくれている。

 

「お母さんが気持ちいいと、お腹の娘も気持ちいいようだ。とっても元気だ。そして、健康だ……。だから、あとのことは俺に任せろ……。いまだけは、なにから、なにまで、この俺に任せてくれ……」

 

 ロウが耳元でささやいた。

 その言葉を子守歌にして、イザベラは気持ちのいい眠りの中に心を沈めさせた






【作者より】
 私事ですが、仕事のため2月上旬まで投稿できません。ご了承ください。


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779 闇世界の女王

 オルロイ川というのは、クロイツ領を南から北に向かって走っている大きな河川である。

 港湾都市のガヤから領都に向かう流通は、このオルロイ川を中心に流れており、それは、領都を賊徒が占領している現状でも変わりない。

 領都を中心とした地域を占領していると道化師(ピエロ)団と、すでにガヤをはじめとする北側一帯の開放を終えている南方王国軍のあいだで支配が分裂している状況でありながら、一方で商取引については当たり前のように平素の物流を継続しているのは面白い。

 こんな状態があり得るのも、表と裏を使い分ける特性の強い人間族の社会ならではことだろう。

 エルフ族ではそうはいかない。

 

 ケイラ=ハイエルは、そんな人間族の風習を最近では興味深いものとして考えるようになっていた。

 もっとも、つい先日までは、唾棄すべき人間族の特徴のひとつと心に抱いただろう。

 もちろん、ケイラが人間族を認めるようになったのは、お兄ちゃんが人間族の中で暮らすことを決めているからだ。もしも、お兄ちゃんがエルフ族として生きることを選ぶのであれば、ケイラはなんのしがらみもない人間族をいままでと同じように蔑んで生きるに違いない。

 

「穀物船が八隻です。すでに当たりをつけていて、こちら側は漁船で待ち受けています」

 

 ケイラに報告をしたのは、ケイラが買収した人間族の闇ギルドのひとつがつけてきた男だ。

 クリスタル石の収益などによって得られた莫大な富の一部を使って、ケイラは数個の闇ギルドを支配下に置いたが、お兄ちゃんの命令で、リー=ハックという南王軍の司令官や、この南域を荒らしている賊徒団の情報を集めているとき、たまたま、ある情報が入ってきたので、囮を使ったこの諜報活動に参加することにしたのだ。

 普通は、こんなに乱暴な情報の集め方はしないのだが、お兄ちゃんが絡んでいる以上は多少の無理をしても、有力な情報を集めなければならない。

 なにしろ、使える時間は一日というところなのだ。

 だから、今回はケイラは、強引な策をとらせることにした。

 

 つまりは、賊徒に流れているのではないかと考えられる荷物を運んでいるという密かな情報のある貨物船だ。

 それを襲撃させるのだ。

 しかし、調べてみても、表向きはただの穀物を運ぶ船らしい。もともとは海を渡ってきた船の荷であり、南王軍の主力が占拠しているガヤの城郭で川船に載せ替えている。

 もしも、これが穀物に似せた武器の運搬なら、あまりにも堂々とした密輸だ。さすがに、南王軍も賊徒への武器の運搬は見つけ次第に死罪としている。

 

 ケイラは雇った闇ギルドと接触して、この不確かな情報に触れたとき、思い切って怪しい穀物船を襲撃させることにした。

 もしも、情報が誤りならば、なんの罪もない穀物船の船員たちを襲うことになるが、まあ、それはどうでもいい。

 すべてはお兄ちゃんが満足できるような情報を得るためだ。

 そのための犠牲なのであれば、穀物船の八隻どころか、ふたつや三つの小村の住民を皆殺しにしても構わない。

 

「やりなさい。あんたたちの手並みを拝見させてもらうわ。この国で一番の闇ギルドの自称をする以上は、わたしを失望させないでね」

 

 ケイラは、襲撃隊の漁船のひとつの甲板に準備をしてもらった椅子に足を組んで腰掛けたまま言った。

 後ろには、お兄ちゃんがつけてくれた五人の親衛隊の五人のエルフ兵がケイラを守るように立っている。

 全員がケイラと同じように、頭を隠すフードを身につけていた。

 人間族社会であるハロンドールなどでは、なんだかんだで美しい容貌のエルフ族はやはり目立つようだ。

 だから、余計な悶着を起こさないための措置でもある。

 

 目の前の男が属する闇ギルドを買い取って、最初にケイラがギルドを訪問したとき、ケイラたちが何者かを把握する前に、こいつの部下の三下がおかしなちょっかいを出してきたこともある。

 (よわい)数百歳のケイラだが、人間族の男にはまだまだ若い女のように思えるらしい。

 場末のスラム街にきちんとした身なりで現れたケイラに、数名の人間族の男たちが卑猥な言葉とともに、ケイラたちを横筋に連れ込もうとしたことがあった。

 ケイラは護衛に託すまでもなく、装着していた魔道具で男たちを八つ裂きにしてやった。

 そんな騒動を避けるためには、なるべく顔を隠すことが得策だと悟ったというわけだ。

 

「では、新しい首領様に、俺らの仕事ぶりを見ていただきますね」

 

 男の名前は忘れたが、今回の闇ギルドの長の老人が凄腕だと太鼓判を押した男だ。

 そいつがさっと船の甲板で手をあげた。

 

 不意に近くの岸から十艘ほどの小舟が出現した。

 一艘に数名乗っていて、あっという間に先頭の穀物船を小舟で取り囲む。さらに後続の穀物船にも小舟を寄せ、どんどんと乗り込んでいく。

 穀物船の上で争いごとが始まった。

 だが、すぐに終わった。

 小舟側の者たちが穀物船側を制圧したのだ。

 あまりにも呆気なさすぎて、近傍の船や陸側にいる通行人たちにも、水の上の争いに気がついた者もいなかったに違いない。

 

「終わりましたよ」

 

 ギルドの男がケイラを振り向いて白い歯を見せた。

 

「確かにいい腕ね。これは今回の襲撃に加わった者たちにあげてくれるかしら。酒代よ」

 

 ケイラは後ろの護衛の親衛隊兵に合図をして、荷から金貨の入った革袋をふたつ出した。

 常識外れの報酬だが、クリスタル石の報酬で潤っているエルフ族王家からすれば、それほどでもない。

 ギルドの男が目を丸くしたのがわかった。

 

「こ、これは……。ありがとうございます」

 

 男が金貨を受け取りながら頭をさげる。

 

「必ず全員に配るのよ。配分はあなたに任せるけど……。さて、乗り込むわ。目立たない場所に船を寄せてちょうだい」

 

 ケイラの指示に従って、穀物船が何事もなかったように、水の上を遡上していく。穀物船を操るのは、すでに小舟から乗り込んだ男たちだ。

 小舟はすでに穀物船から離れていっている。

 ケイラたちを乗せている小舟だけがその後を追いかける。

 

 しばらくして、目立たない山道の岸に穀物船を寄せてとまった。

 ケイラは、男や親衛隊の女兵たちとともに穀物船に乗り込んだ。

 

「ゼニック様」

 

 穀物船で待っていた襲撃者のひとりが、今回の襲撃の長であるギルドの男に声をかけた。

 ゼニック……。

 そういえば、そんな名前だったか……。

 

 穀物船には一艘につき、五、六人が乗っていたようだ。男が多いが女も何人かいる。年端もいかない少年もいた。

 すでに全員が縄で手足を縛られ、口に布を突っ込まれて猿轡をされている。

 なにも知らずに荷を運んでいた船人足たちかもしれないし、実際にそうでしかない可能性も高い。だが、一応は後で訊問をしてみるか……。

 ケイラは穀物船の上を一瞥して思った。

 

「あっ、ケイラ様」

 

 すると、最初にゼニックに声をかけた男がケイラに気がついて、改めて声をかけてきた。

 この連中の属する闇ギルドを丸ごと買い取ったことになっているので、いまはケイラがこの人間族の闇組織の頭領だ。

 

「荷は?」

 

「こっちです」

 

 案内を受けて船底に向かう。

 穀物袋が満載してあったが、手前側のいくつかが切り裂かれて中身が出されている。

 袋の中身は黒い粉と、銀色の細かい粉だ。

 割合としては、黒い粉が八に対して、銀色の粉が二というところだ。まあ、全部調べてみなければわからないが……。

 そして、穀物が入っていた袋は、切り開いている袋の中にはひとつもない。

 すべてが偽装だ。

 

「鑑定を……」

 

 ケイラはエルフ女兵に振り返った。

 彼女たちのひとりに鑑定用の魔道具を預けていたのだ。

 

「はい……」

 

 すぐに女兵が鑑定具を取り出す。

 

「……黒いのは火薬……。銀色の細かい粒子は……“魔素火粒剤の原材料”と出ています……」

 

「どうやら、当たりね」

 

 魔素火粒剤というのは、確か、ケイラがお兄ちゃんと合流したときに、お兄ちゃんに逆らった辺境候の軍も準備していた魔道を封じる粒子だ。軍用品であり、タリオという人間族の国が開発に成功したというもののはずだ。

 そして、大量の火薬……。

 

 ケイラが買収した闇ギルドの情報網で掴んだのは、今回の賊徒団の後ろには、ハロンドールと敵対するタリオ国がついているという噂だったが、これで裏付けがとれたことになる。

 それにしても、もしも、八艘の穀物船の荷の全部が同じように火薬や魔素火粒剤の原料を充満して輸送していたとすれば、それだけでかなりの量になる。しかも、これが唯一ではないだろうし、最初の一回ということもない。

 

 賊徒軍は、大量の火薬と魔素火粒剤を保有している。

 これは間違いない……。

 お兄ちゃんに知らせないと……。

 ケイラは嘆息した。

 

「荷はどうします?」

 

 船底まで同行してきたゼニックが言った。

 ケイラは肩をすくめた。

 お兄ちゃんかガドニエルでもいれば、これだけの積み荷でも収容できる亜空間術の能力もあるが、ケイラにも護衛の女兵も、そこまでの能力はない。

 

「全部、水に捨てさせなさい。全部よ……」

 

「えっ、全部、捨てる? あっ、いや、ご命令のとおりに……」

 

 ゼニックが頷いた。

 

「それと……」

 

 ケイラはさらに続けた。

 可哀想だが、賊徒に運ばれる積み荷が襲撃されて調べられたという情報を漏らしたくない。

 いまのところ、襲撃に気がついた者もいないだろう。

 知っているのは、襲撃をされた穀物船の船人足たちだけだ。

 

「船頭のうち、五人でいいわ。山の中に運んでちょうだい。ほかは殺して水の中に」

 

「えっ……。だって、女とか子供も……」

 

 当惑した声を出したのは、ずっと黙っていた五人のうちのひとりのエルフ族の女兵だ。だが、ケイラが睨むと、蒼い顔をして口をつぐんだ。

 

「すぐにかかります……」

 

 ゼニックが指示をするために、甲板にあがっていった。

 

 

 *

 

 

 血の匂いがしている。

 山の中だ。

 船で捕らえた船頭たちを拷問している真っ最中である。

 

 ケイラの指示のとおりに、穀物船に乗っていた船人足

たちは皆殺しにして水に放り込み、いまや生き残っているのはこれだけだ。

 あの穀物船から陸におろしてから、まずは五人を荷車に乗せて、山の中まで連れてきた。

 闇ギルド側の襲撃者については、二十人ほどが残ってここにいる。

 そして、ケイラの指示で、連れてきた数名の船頭に訊問をしているところだ。

 

 また、木々の隙間から見える太陽は、中天からやや西に傾いている。

 お兄ちゃんは無事だろうか?

 イザベラとかいうハロンドールの王太女の娘を助けるために、賊徒団との戦いに向かったが、今頃は戦いのさなかかもしれない。

 魔道馬鹿のガドニエルもいるし、スクルドという人間族も魔女も超一流の遣い手だ。

 なによりも、お兄ちゃんが不覚をとるとは思えないが、あれだけの火薬や魔素火粒剤が運ばれていたということは、あれの数十倍も、数百倍も、賊徒軍は火薬と魔素火粒剤を保有していると考えていい。

 大丈夫か……?

 

「や、やめてくれええ……。な、なんでも喋る……。喋るから……」

 

 ゼニックたちに「訊問」をさせている船頭のひとりが泣きながら喚いた。

 五人のうち、一番気が弱そうだと判断をした男だ。この男にはまだ拷問はしてないが、その代わりに、一番気が強そうだった男を目の前で拷問した。

 手足を切断して、目玉に木の小枝を突き刺し、一寸刻みで身体の肉を削いでやったのだ。

 悲鳴もあげられないように、途中で喉を潰してもいた。

 止血をしながら一ノスほどかけて殺させたが、それで残っている男たちのひとりが失禁をした。

 残っている者たちのうちで訊問を最初に開始したのは、その失禁をした男だ。残りは、ちょっと離してほかの場所に置いている。

 

 また、五人のうちのひとりは、この山に運ぶ途中で死んでいた。

 隠し持っていた毒薬を拘束されたまま飲み込んだのだ。

 それに気がついたとき、慌てて残りの二人を素裸にして毒薬を回収した。

 自殺した男は「ドピィ様のために──」と叫んで血を吐き、まるで狂信者の様相だった。

 もしかしたら、情報が取れないかもしれないと思ったが、やっとひとりが喋りだすみたいで安心した。

 まあ、自白がないとしても、状況からタリオという国が絡んでいることは確かなので、まあいいのだが……。

 

「ううっ」

 

 後ろでまたもや、エルフ族の女兵が吐き気を催したような呻きを発した。

 お兄ちゃんから能力をあげてもらえて一騎当千の女傑になっている彼女たちだが、残酷な拷問は見慣れてないみたいだ。

 さっきから、交代で吐いている。

 

「もういいわ。あんたらは、どこかで隠れてなさい。無理してここにいなくていいわ」

 

 ケイラは呆れて言った。

 

「そ、そんなわけには……。英雄様のご命令で、ケイラ様を護衛しているのですから……。ううっ」

 

 別の女兵が応じたが、そのそばからもらい吐き気を起こしている。

 ケイラは苦笑した。

 

「なら、好きにしなさい」

 

 ケイラは意識を語り出した船頭に向け直した。

 

「ほう、喋ってくれるか。ならば、楽に死なせてやれるな」

 

 訊問をしているのは、ゼニックが自らだ。

 そのゼニックは拘束されて地面に転がされている船頭のそばに屈み込む。

 

「あ、あああっ、ドピィ様ああ──。ドピィさまあああ」

 

 しかし、なにかを喋り出すかと思った船頭は、突然に賊徒軍の頭領の名を絶叫し始めた。

 まただ……。

 最初に自殺した船頭も、ドピィの名を叫んだし、山中に到着してなぶり殺しにした男もそう叫んだ。だから、うるさくて喉を潰させたのだ。

 

「また、ドピィか……。おい、松明を持ってこい」

 

 ゼニックも舌打ちしている。

 火のついた松明を受け取ったゼニックが仰向けに転がしている船頭の股に松明を寄せた。

 毒を取り上げるために、船頭たちからは下履きさえもとりあげて、全裸姿である。また、抵抗ができないように、手足を拘束しているだけでなく、全部の関節を砕かせてもいる。

 ゼニックが船頭の腹を踏んで動けないようにしてから、船頭の局部を火で煽った。

 

「うぎゃああああ。やめてくれ──。うぎゃああああ」

 

 船頭の陰毛にぼっと火がつき、じりじりと性器の肉が焼け始める。

 やっと、その船頭が喋りだして、火が離される。

 

 だが、結局のところ、大したことは知らなかった。彼らは、ドピィという頭領から受ける指令により、ガヤの港町に海船で運ばれる荷を受け取り、河川を使って指示をされた場所に運搬をしていたらしい。

 荷の中身は、この連中も知らなかったみたいだ。

 詮索するなという指示もドピィから受けていたようだ。

 運ぶ場所は、賊徒が占領している領都のことが多かったが、ほかの場所のときもあるらしい。

 今回は、かなりガヤに近い場所が目的地だったみたいだ。

 しかし、ガヤから出てすぐにケイラたちが襲撃をしたということだ。

 だが、そこまで喋ってから、またもや、ドピィの名を叫びだした。

 ゼニックが再び松明で股間を焼きだす。

 

「もういいわ。殺しなさい。それ以上の情報もとれないでしょう」

 

 ケイラは声をかけた。

 

「わかりました」

 

 ゼニックが合図をすると、周りにいたゼニックの部下のひとりが短剣を取り出す。

 胸に刃を貫かせ、一瞬にして船頭が絶命した。

 

「残りふたりの訊問は任せるわ。新しいことがわかったら、渡している魔石通信具で報告を……」

 

 ケイラは立ちあがった。

 長距離間を通信できる魔石具は、大玉と言われる大きな魔石一個を一度の通信だけで消費する恐ろしく高額の魔道具だ。

 それをこの闇ギルドに惜しげもなく大量に渡している。

 なにか新しいものを掴むたびに、その通信具でケイラに報告をすることを厳命している。

 

「わかりました」

 

 ゼニックが頭をさげた。

 

「じゃあ、行くわよ」

 

 ケイラはエルフ族の女兵たちに声をかけた。

 これから、彼女たちの「縮地」という移動魔道で、お兄ちゃんのいるはずのゲーレという里に移動する。

 だが、大丈夫か?

 五人とも随分と顔が蒼いが……。

 

 いずれにしても、今回の賊徒の乱には少なからずタリオ国が背景にある。

 これが今回の調査でわかったことだ。

 そして、もうひとつわかったのは、ドピィという賊徒の頭領の正体は、ルーベン=クラレンスという、この国の下級貴族の令息だということだ。

 これは、この穀物船襲撃の前に、闇ギルドの隠れ家を訪問したときに教えられていた。

 

 彼は天才だ……。

 いや、天才と呼ばれていた。

 

 地方のことなので、それほどには名は売れていなかったが、周辺では彼の有り余る才能は結構評判だったようだ。

 しかし、婚約者だったベルフ子爵家の令嬢との婚約が破棄されたことをきっかけに、彼は身を持ち崩した。

 ケイラが得た情報によれば、ルーベンという男は、婚約者だったベルフ伯家の令嬢のシャロンと駆け落ちをしようとして、彼女に拒否されて囚われ、囚人として鉱山送りになった。

 そして、行方不明になる……。

 

 おそらく、そのルーベンがドピィだ。

 いくつかの状況証拠から間違いないと思う……。

 

 そして、そのルーベンが作った賊徒軍が襲撃したクロイツ領は、婚約者だったシャロンが嫁いだ侯爵家の領地である。

 これは、おそらく偶然ではないのだろう……。

 

「は、はい……」

 

 やっとエルフ兵が反応をした。

 そして、縮地をするために、ケイラの手をひとりがぎゅっと握った。

 

 

 *

 

 

「お兄ちゃん──」

 

 ゲーレという里にある屋敷についたとき、元気そうなお兄ちゃんの姿にケイラは安堵した。

 縮地で移動の途中で、里からの通信で、賊徒軍の一団に勝利したという情報には接していたが、やっぱり元気な姿を見るとほっとする。

 ケイラを入口に接する扉で迎えてくれたお兄ちゃんに、ケイラは抱きついていた。

 

 お兄ちゃんの匂い……。

 お兄ちゃんの身体のぬくもり……。

 お兄ちゃんの息遣い……。

 

 幸せだ……。

 

 そして、抱きつきながら広間のあちこちで気怠そうに座り込んでいる幾人かのエルフ族の女兵たちの姿に気がついた。

 いや、女兵たちだけではなく、お兄ちゃんの冒険者仲間の女たちもいる。

 エリカ、コゼ、シャングリア、スクルド……。

 ガドニエルはいないみたいだ。

 ほかにも知らない者もいる。肌の黒いエルフ族がふたり……。獣人族の娘。大柄の人間族の少女……。

 多分、彼女たちもお兄ちゃんの女なのだろう。

 さらに、人間族の童女も……。

 ブルイネンはいない。

 

「みんなどうしたの? それと不肖の女王は?」

 

 ケイラはお兄ちゃんに抱きつきながら訊ねた。

 すると、お兄ちゃんが笑い声をあげた。

 

「ガドなら亜空間で寝ている。こいつらも同じだけど、まあ、抱き潰したというところかな」

 

 お兄ちゃんが言った。

 

「抱き潰したって……」

 

 ケイラたちが到着したのは夕方というところだが、少なくとも昼すぐまでは戦いの状況だったずだ。

 それからこれだけの人数を抱き潰したのかと疑念に感じたが、よく考えれば、お兄ちゃんは、時間の経過のほとんどない亜空間に女を連れ込むという術を使える。

 その能力を使って、女たちを抱いたのだろうと思った。

 

「……この子なんて、すごいわねえ」

 

 ケイラは何気なく、すぐそばに寝ている人間族の童女を見て言った。

 まだ年端もいかない少女だが、裸身に毛布だけを巻いて横になっている。

 だが、毛布から出ている胸から上の肌と顔に、多分、お兄ちゃんの精液だと思う白濁液がたっぷりとのっている。

 くらくらするような香しい匂いだ……。

 ものすごく、幸せそうな寝顔でもある。

 

「ああ……。まあ、精液まみれにして欲しいというんでね……。ミウのお強請(ねだ)りだ。初陣で、ちょっとばかり追い詰められていたみたいだけど、元気になったようだ」

 

 お兄ちゃんが頭を掻く。

 

「お強請りねえ」

 

 この童女はミウという名らしいが、この年齢で大した変態ぶりだ。人間族というのは、だいたいこんなものなんだろうか……?

 ケイラも首を傾げた。

 

「それよりも、まずはガドと一緒に、奥にいるイザベラに挨拶をして欲しいけど、その前に享ちゃんの話を聞こうか。いや、だけど、やっぱり、最初はご褒美セックスかな。だから、まずは、グロリナたちか……。そして、最後に享ちゃんでいいか? 久しぶりに、仮想空間で遊ぼうか」

 

「仮想空間?」

 

 なにか大切なことのような気がしたが、なぜか記憶から抜け落ちているみたいだ。ケイラは、お兄ちゃんの言う“仮想空間”という言葉が理解できなかった。

 亜空間のことか……?

 また、グロリナたちというのは、ケイラに同行した五人のエルフの女兵たちのことである。

 

「まあいいさ。ちょっと待ってくれ」

 

 すると、お兄ちゃんが消滅した。

 振り返ると、一緒にやって来た五人の護衛も消えている。

 

 だが、再び出現した。

 数瞬というところだ。

 

「ふうう……」

 

「ああ、英雄様ああ……」

 

「す、素敵でした……」

 

 お兄ちゃんは元の姿だが、周りに再出現したエルフ族の女兵たちは、裸身に布を被っただけのあられもない姿だ。

 明らかに「事後」である。

 五人ともたっぷりと汗をかいていて、顔を赤らめて、なによりも、とても気持ちよさそうな顔だ。

 

「次は享ちゃんだ。さて、これをかけてもらおうかな」

 

 すると、お兄ちゃんが眼鏡部分に色のついた眼鏡を取り出した。

 ケイラは一応は受け取ったものの訝しんだ。

 サングラス──?

 そんな単語が頭に浮かぶ。

 ケイラが前世で“享子”だった世界のときにあったものだ。

 

「なあに、これ? かけろということ、お兄ちゃん?」

 

 ケイラはそのサングラスをかけながら、お兄ちゃんを見あげた。

 

「だって、顔がわからないように必要だろう。田中享子先生が働いている学校の生徒も乗車しているかもしれない電車だ。だけど、特殊な細工がしてあって、そのサングラスをしている限りに、顔バレはしない……。そして、もうひとつ……」

 

 さらにワイヤレスのイヤホンを渡された。

 いや、それがワイヤレスのイヤホンだという知識が浮かんだのは、突然のことだ。

 受け取った瞬間に、田中享子だったときの記憶が蘇ったのだ。

 

「さて、出発……」

 

 お兄ちゃんが楽しそうにくすくすと笑った。

 

 次の瞬間……。

 

 ケイラ……いや、享子は見知らぬ場所にいた。

 

 駅のホーム?

 そんな単語がまたもや頭に浮かぶ……。

 

「えっ?」

 

 しかし、雑踏に賑やかさとともに、自分の格好に気がつき、享子ははっとした。



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780【仮想空間】…羞恥電車(その1)

 509【仮想空間】…「痴漢電車」に次いで、仮想空間の電車シリーズ第二弾──。
 前回はコゼでしたが、今回はケイラ=ハイエルこと、享ちゃんです。

 *





 ケイラ……いや、享子は、駅のホームの雑踏の中にいた。

 

 状況が理解できずに、ぼんやりとしていたが、それは一瞬だけだ。すぐに圧倒的なほどの情報が頭に入ってきて、わたしは自分の状況を理解した。

 

 田中享子……すなわち、わたしは、大学を卒業して四年目となる国語の教諭だ。

 また、大好きなお兄ちゃんとは高校生のときに結婚して、妻としてはすでに八年になる。

 そして、お兄ちゃんの性奴隷として調教を受ける日々は、高校一年生からだから、もう十年だ。

 つまりは、わたしは、お兄ちゃんのベテランの「性奴隷」なのだ。

 

 そして、どうやら、わたしは朝の通勤時間帯となる時間に、駅のホームに立っているようだ。

 ホームには、人が溢れかえっていた……。

 

 いや、再び、圧倒的な情報が頭に入ってきた。

 すぐに、お兄ちゃんから受けている「調教中」だということを思い出した。

 今日は、たまたま授業のない日であり、わたしは久しぶりの有給休暇を取っていた。すると、当然のように、お兄ちゃんも務めている会社から休暇をもらい、特別な一日を送ることになったのだ。

 だから、もうすっかりとわたしは、たじたじだ。

 

 なにしろ、早朝の住宅街を首輪をつけての全裸散歩に始まり、何度も何度も、裸のまま路地裏で犯された。

 それでいて、意地悪なお兄ちゃんは、絶頂だけは与えてくれずに、わたしがいきそうになると、寸止めをしてお兄ちゃんの“おちんぽ”を抜き、再び全裸で進ませる。

 それを繰り返したのだ。

 

 やがて、散歩の途中で無人駐車場に連れて行かれ、事前に準備していたらしいレンタカーで、こうやって駅までやって来たのだ。

 車はワンボックスタイプであり、わたしはお兄ちゃんに渡された服を全裸に着た。

 灰色の女性用のスーツとシャツとパンプスだ。

 色もかたちもフォーマルだが、とにかくスカート丈が異常に短い。ほとんど太腿が露出している。

 だから、いまも、この人混みの中でも、絶対に目立っていると思う。

 

 また、当たり前だがストッキングはない。下着も許されなかった。この短いスカートでノーパンなのだ。

 さらに、車を降りる前に、お兄ちゃんにどろどろのローションをたっぷりと股間に塗られた。いやらしいお兄ちゃんは、それこそ粘膜の一枚一枚まですり込む感じで指で秘裂の奥に塗りたくったのだ。

 わたしは何度もいきそうになったが、やっぱりお兄ちゃんは絶頂させてくれなかった。

 そして、アナルや、さらにシャツの下のバストまでローションを塗られ、切符を渡されて車をおろされたのだ。

 とにかく、お兄ちゃんに連れられて、駅のホームまでやってきて、サングラスとワイヤレスイヤホンだけを渡されて、お兄ちゃんは離れていった。

 

 ちょっと怖い……。

 

 お兄ちゃんは、ちょっと離れた場所に素知らぬ顔をして立っている。お兄ちゃんも完全なスーツ姿だ。

 それだけはほっとする。

 また、わたしの恐怖を誘っているのは、お兄ちゃんにかけるように命令されたサングラスである。

 どうやら、このサングラスは顔を隠す目的だけではなく、おそろしく視界を遮る効果があるみたいだ。

 おそらく、特別な処置をしていて、周りがぼんやりとしか見えない構造になっているみたいだ。景色はすべて屈曲してよく見えず、さらに、色が強すぎて、まるで薄い布の目隠しを通して周囲を見ている感じになっている。

 実のところ、お兄ちゃんの立っている姿もぼんやりである。

 周りの人の顔もよくわからない。

 こんなものをかけさせて、満員電車にこんな格好で乗せるなんて、お兄ちゃんは本当に意地悪だ。

 意地悪で、意地悪で……、そして、ぞくぞくする……。

 

「えっ?」

 

 はっとした。

 

 スーツの下の胸と超ミニのスカートの下の股間、さらにアナルの周辺がすごく熱を持っていることに気がついたのだ。

 車の中で塗られたときには、ひんやりとしか感触しかなかったが、いまはすごく熱い……。

 いや、痒い……。

 やっぱり、搔痒剤だった。

 わたしは、助けを求めて、お兄ちゃんに眼差しを向ける。

 

「なに?」

 

 だが、思わず小さな声を出してしまった。

 さっきまで立っていた場所に、お兄ちゃんがいないのだ。

 見失ってしまうと、この視界を制限しているサングラスでは、簡単にお兄ちゃんを見つけられない。

 とにかく、きょろきょろと顔を動かして探してみた。

 だが、すぐ近くの人の顔もわからないだの。

 恐怖心が拡大する……。

 

『きょろきょろするなよ、享ちゃん。目立つぞ』

 

 ワイヤレスイヤホンからお兄ちゃんの声がした。

 心の底からほっとする。

 しかし、お兄ちゃんに訴えたくても、わたしの方からお兄ちゃんに言葉を送る方法はない。

 

 痒いよ、お兄ちゃん……。

 

 わたしは歯を喰い縛り、高い踵のパンプスの中で痛いほど爪先を折り曲げた。どっと脂汗も流れてくる。

 

『電車が来たぞ』

 

 お兄ちゃんがくすくすと笑いながらワイヤレスで声を送る。

 やっぱり、このまま乗せるつもりらしい。

 本当に意地悪だ。

 

 お兄ちゃんはどこにいるんだろう……?

 もう一度探す。

 しかし、やっぱりこのサングラスでは無理だ。

 わたしは、諦めて人並みに混じって電車に乗り込む。

 

 中は混み合っている。

 扉に近い場所に身体を滑り込ませて手すりに掴まる。

 電車が動き出す。

 

「あっ」

 

 すると、後ろから誰かの手を感じて身震いした。

 短いスカートから出ている太腿に、何者かの手がすっと触れたのである。

 慌ててその手首を掴む。

 

「痒いんじゃないのか?」

 

 ワイヤレスリモコンからではない。

 耳元からささやかれた生のお兄ちゃんの声だった。

 わたしはほっとしてしまった。

 

 すると、お兄ちゃんの手が伸びてサングラスが外された。一気に視界がはっきりとする。

 だが、びっくりした。

 すぐ横に、わたしが教えている学校の制服を身につけた男子生徒の集団がいたのだ。こっちに顔を向けていないので、わたしの存在には気がついていないが、明らかに学校の生徒だ。

 そういえば、この電車は教えている学校の方向に向かう電車だ。生徒が乗っていてもおかしくはない。

 わたしは慌てて顔を俯かせて顔を隠した。

 

「状況がわかったか?」

 

 お兄ちゃんがサングラスを戻す。

 再び視界が曲がって、よく見えなくなる。

 お兄ちゃんの狙いはわかった。

 こうやって、一般の乗客、しかも、偶然に乗り合わせたと思う学校の生徒たちの前でわたしを痴漢しようというのだろう。

 本当に意地悪だ。

 この状況では選択肢はひとつしかない。

 お兄ちゃんに逆らわずに、痴漢を受けるのだ。

 もともと、お兄ちゃんの調教に拒否することなど思いもよらないが、わたしが抵抗すれば、目立ってしまって、あそこにいる男子生徒たちに見つかってしまう。

 

「頑張るんだぞ」

 

 お兄ちゃんの嬉しそうな笑い声……。

 声も我慢するしかない。

 だけど、耐えられるか……?

 わたしはまったく自信がない。

 とにかく、お兄ちゃんの愛撫は神がかりなのだ。ちょっと触ってもらっただけで、信じられないような快感の津波が襲いかかる。

 それを何度も寸止めをされ、さらに搔痒剤まで塗りたくられた身体で耐えられる気はしない。

 

 わたしはまだ掴んでいたお兄ちゃんの手首を離した。

 いずれにしても、すでに胸と股間の痒みは極限だ。もしも、この状況でなければ、わたしは自分で慰めていたと思う。

 歯を喰い縛り、お兄ちゃんの愛撫に備える。

 

 しかし、なかなか来ない。

 

 やっぱり、意地悪だ……。

 

 だが、やがて……。

 

「くっ」

 

 わたしは知らず身体を満員電車の中でのけぞらせた。

 お兄ちゃんの手がスカートの中に入ってきたのだ。

 ほかの客に気づかれているかどうかはわからない。とにかく身バレしないことだけを思って、顔を男子生徒がいた方向から背ける。

 

 あっ──。

 

 わたしは声を出しそうになってしまった。

 お兄ちゃんが短いスカートをいきなりまくって、お尻を剥き出しにしたのだ。

 スカートの中をいじくられることは想定していた。だが、まさかまくられるとは思わなかった。

 反射的にスカートのまくれを戻して、手で押さえる。

 

「抵抗しても構わないぞ。特別に許してやる」

 

 お兄ちゃんが背中側でくすくすと笑いながらささやく。

 わかっていて言っている。

 激しく抵抗すれば、間違いなく男子生徒は気がついてしまう。

 彼らが直接に教えている生徒かどうかは、一瞬だったのでわからないが、学校でも一応は美人教諭で知られているわたしは、向こうには知られている可能性は高い。

 

「はうっ」

 

 だが、喰い縛っている口から声が漏れてしまった。

 お兄ちゃんが手を伸ばして、前側からスカートの中に手を入れて、ぎゅっと股間を指で押したのだ。

 たったそれだけだったが、強烈な快美感がわたしを貫いていた。

 しかし、次の瞬間、恐怖が走った。

 わたしが声を出したことで、周囲の乗客が一斉に視線を向けた感じがしたのだ。

 

「ひっ」

 

 今度は後ろ──。

 とにかく、股間もアナルも、掻痒感は限界だ。

 いやしてもらわなければ気が狂いそうだが、公衆の中──しかも、学校の男子生徒が近くにいる状況で愛撫を受けるなど、恥ずかしくて死にそうにもなる。

 

 えっ、なに……? どうして──?

 

 そして、愕然とした。

 急に、激しい尿意が襲ったのだ。

 考えてみれば、朝の全裸散歩のときから、一度もおしっこを許されていない。いや、そういえば、起きてから一度も許可をしてもらえなかった。

 尿意が襲っても当たり前だ。

 

「どうした? おしっこか?」

 

 わたしのことならなんでもわかっているお兄ちゃんが、今度は前からスカートの中に手を入れて、亀裂を指でいじりだした。

 

「んんっ」

 

 わたしは力の限り歯を喰い縛った。





 *

 一話で終わらせようかと思いましたが、今日は起きるのが少し遅かったので、できあがり分で投稿します。続きは明日……?
 なお、享子ちゃんシリーズは、「人生劇場~交渉を待ちながら」の579~587になります。
 念のため……。


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781【仮想空間】…羞恥電車(その2)

 わたしは、必死になって尿道口を締めつけている。

 しかし、お兄ちゃんは容赦なく、満員電車の中でわたしの股間を愛撫しながら、意地悪く下腹部を押したり、揺すったりする。

 そのたびに、尿意が刺激されて、おしっこが漏れそうになる。

 とにかく、必死で我慢する。

 

 ここで失禁などをしてしまえば、身バレどころではない。

 多分、近くにいるのは、学校の男子生徒で間違いないと思う。こんな破廉恥なこと、ましてや、電車の中でおしっこを漏らすところを見られたりすれば、わたしが学校にいられなくなることは間違いない。

 まあ、それでも、お兄ちゃんはわたしの面倒を看てくれるだろうが、それだけに、お兄ちゃんは手加減などしないと思う。

 わたしは懸命にのお兄ちゃんの愛撫に耐え続けた。

 

「スカートから手を離すんだ。股間をいじってもらいたけばね」

 

 お兄ちゃんが含み笑いのような響きを混ぜながら背中からささやく。

 力は入れていなかったが、わたしはお兄ちゃんが手を入れているスカートを手で押さえていたのだ。

 そして、お兄ちゃんが手をスカートから抜く。

 

「んんっ」

 

 すると、すぐに猛烈な痒みの苦しさが襲いかかってくる。

 我慢しようと思ったが、すぐに無理だと悟った。なによりも、異常なほどの身体の火照りなのだ。

 ローションによる掻痒感だけではなく、朝からずっと全裸で曳きまわされたときから、わたしの身体には、耐えようがない焦燥感が渦巻いていたのだ。

 もうどうなってもいい──。

 わたしは、スカートを押さえていた片手を身体の横に持っていった。

 お兄ちゃんが再び股間を愛撫を始める。

 

「んあっ、あっ」

 

 喉の奥で声を噛み殺して、必死に平静を装う。

 お兄ちゃんは指のはらで股間をぐいぐいと持ちあげるように動かす。

 

 すごい……。

 やっぱり、魔道の指だ……。

 あっという間に昇りつめそうになる。

 

 しかし、気を許せば、尿意が崩壊しそうだ。

 わたしは、お兄ちゃんの与えくれる快感に没頭するわけにもいかず、いつまでも中途半端な状態で焦らされた感じになった。

 

 それに、多分、お兄ちゃんは加減している。

 とても指の動きがゆっくりなのだ。

 確かに痒みは癒やされるが、十分な甘美感じゃない。それどころか、次々に新しい痒みが沸き起こってくる。

 膣の深いところも強烈に痒いし、胸だって痒い。

 お尻もだ。

 いま触ってもらっている股間の亀裂も、もっとぐちゃぐちゃに擦って欲しい……。

 

 とにかく、わたしは太腿の力を抜いた。

 そうしなくてはいられなかったのだ。

 たちまち尿意が破裂しそうになるが、それは懸命に耐える。

 いまは、痒みの方をなんとかして欲しい。

 

「あっ」

 

 次の瞬間、わたしはかっと顔が赤くなるのを感じた。

 お兄ちゃんがわたしのスーツのボタンを外し、さらにシャツのボタンまで外して 乳房に直接に触れてきたのだ。

 わたしははねのける代わりに、顔を完全に俯かせた。

 胸の痒みだって限界だったのだ。触って欲しい……。

 

「あん、あっ」

 

 思わず声が出た。

 お兄ちゃんの手が乳房を柔らかく揉みあげてくる。

 気持ちいい──。

 そして、乳首をつんと弾くように動かしてきた。

 

「ふううっ」

 

 膝ががくりと曲がって、その場にしゃがみ込みそうになる。

 周囲がちょっとざわめているのを感じる。

 さすがに、すでに周りの乗客にも気がつかれている──。

 でも、お兄ちゃんは、構わず胸を揉みあげ、さらに一方の手をスカートの後ろにまわして、完全にお尻を露出させた。

 指で後ろからお尻の穴と股間の表面を強めに擦り始める。

 

「あっ、んんっ」

 

 脳が灼きつきそうになる。

 さらに、お兄ちゃんの指がぎゅっと股間に挿入してきたのだ。

 全身から汗が噴き出す。

 

「んんっ、い、ああっ」

 

 必死に声を我慢する。

 一転して、お兄ちゃんの容赦のない激しい指の動きだ。

 気持ちのいい場所を的確に擦りあげてくる。

 掻痒感に悩まされていただけに、奥を擦られる愉悦も桁違いだ。

 

 もうどうなっているかわからない。

 周りの眼も気にならない。

 いまは、お兄ちゃんの与えくれる快感に狂いたい。

 

「いやらしい先生に贈り物だ」

 

 ぎょっとした。

 お兄ちゃんの声が結構大きな声だったのだ。

 「先生?」と男子高生たちがささやくのが聞こえた。忘れかけていたが、学校の生徒が近くにいたのだった。

 わたしはさらに顔を俯かせる。

 

「んくううっ」

 

 しかし、わたしは次の瞬間、電車の中で大きく身体をのけぞらせてしまった。

 お兄ちゃんが淫具のようなものをアナルに挿入してきたのだ。

 ローションを塗られていたわたしのアナルは、その淫具を簡単に深々と受け入れた。

 すると、その淫具がすぐに激しく蠕動運動を開始してきた。

 

「ああっ、ああっ」

 

 声を殺すなど不可能だった。

 快感が全身を突き抜ける。

 アナルの淫具と膣の中のお兄ちゃんの指──。そして、胸を捏ねまわされて、わたしは一気に快感を飛翔させた。

 

 しかし、そのとき、電車が減速を始め、ターミタル駅に到着するアナウンスが流れた。

 お兄ちゃん手を引っ込める。

 お尻に挿入された淫具はそのままだが、振動はとめられてしまった。

 まさに絶頂の一歩手前で置き去りのまま、またもや、中断された。

 

「服装を整えなよ、享ちゃん」

 

 お兄ちゃんが意地悪に耳元で言った。

 混み合う電車の中で慌ててスカートを直して、シャツとスーツのボタンを掛け直す。

 なんとか服装を整え終わったのは、駅について、目の前の扉が開く寸前だった。

 

 

 *

 

 

「ここからはひとりで行くんだ。行き先はイヤホンから伝えてやるよ」

 

 電車から降りても、それで終わりではなかった。

 改札口を抜けて、駅下の地下道に向かわされ、そこでお兄ちゃんに突き放された。

 ターミナル駅の地下には、近傍の地下鉄の駅に繋がる地下道が張り巡らされており、多くの通行人が歩いている。

 まだ、朝の時間なので地下街は賑やかというほどではないが、それなりに人通りはある。

 お兄ちゃんが距離をとると、見えにくいサングラスをかけているために、お兄ちゃんの姿がわからなくなる。

 一気に緊張感が高まる。

 

「ま、待って、お兄ちゃん、一度、お化粧室に行かせて」

 

 離れる寸前にわたしはお兄ちゃんに哀願した。

 

『それは調教の後だ。それとも、もう二度と、俺の調教を受けたくないというのであれば、勝手にトイレでもどこでも行くといい』

 

 しかし、お兄ちゃんは容赦なく離れていった。

 声が耳に入っているリモコンから送られた。

 やっぱりお兄ちゃんは意地悪だ。

 わたしが、お兄ちゃんの調教を拒否できるわけがない。わかってて言っている。

 仕方なく、尿意を我慢する。

 そして、お兄ちゃんの「声」に従って歩き出す。

 

『よし、その交差点の真ん中の石段に腰掛けろ』

 

 しばらく進むと地下通路が四叉路になっている場所があり、その中心部分に円状の石段のベンチになっている場所があった。

 昼間の賑やかな時間ならともかく、朝の忙しい時間では座っている者はいないが、横を通り過ぎる者は多い。

 お兄ちゃんの「命令」により、そこに座る。

 座れば、ミニスカートの裾がたくしあがり、股間の付け根が露出しそうになる。両手をさりげなく股間を隠すように置く。

 

『なにをしている。手は身体の横だろう? それとも罰がいいか?』

 

 お兄ちゃんの声がして、身体を強ばらせてしまった。

 だが、仕方がない。

 お兄ちゃんの命令なのだ。

 両手を身体の横にずらす。

 

 視界がサングラスで遮られているが幸いでよく見えないが、明らかにこっちを見ながら通り過ぎていく通行人もいるようだ。

 緊張が走る。

 とにかく、渾身の力で太腿を密着させる。

 

『脚を組め。ゆっくりとな』

 

 すると、お兄ちゃんがさらに苛酷な命令を与えてきた。

 ぎくりとしたが、脚を組んだ方が股間は隠せると思った。すでに股間はびしょびしょだ。

 短すぎるスカートでは、正面からでは下着のない股間が見えてしまう。脚を組めば太腿で股間をガードできる。

 顔を横に向けるようにしながら、右脚を左の脚に乗せる。

 

『脚が逆だな。組み替えろ』

 

 びくりと身体を揺らしてしまったが、大人しく脚が離れないようにしながら脚を組み替える。

 

『もう一度だ』

 

 組み替え終わった瞬間、再び指示が来る。

 同じことを数十回もさせられた。

 あまりに羞恥で頭がおかしくなりそうだった。

 だが、お兄ちゃんはどこまでも意地悪だった。

 

『よし。脚はもういい。そこで絶頂するまで自慰をするんだ』

 

 耳を疑った。

 できるわけがない──。

 普通に通行人が歩いている地下通路なのだ。

 だが、お兄ちゃんには抵抗できない。

 

 おそるおそるスカートの中に手を入れる……。

 指を亀裂に沿って動かす。

 股間からどっと果汁が漏れ出たのがわかった。

 かっと快感がせりあがる。

 まだまだ掻痒感は切迫している。羞恥で頭が飛びそうになっていたが、自分の指の刺激で快感が一気に振るれあがる。

 指の動きとともに、身体の芯に絶頂感が突き抜けていった。

 

「くっ」

 

 知らず声を出してしまっていた。

 

「ちょっと、あんた、そこでなにをしているの──」

 

 そのとき、突然に周囲に響き渡る酔おうな怒鳴り声がした。

 はっとしたが、ぼんやりとだが、目の前に中年の女性が立っているのがわかった。

 慌てて手を抜いて、スカートを戻す。

 そして、逃げるようにその場から立ち去った。

 

『命令に背いたな。罰だよ。享ちゃん』

 

 お兄ちゃんのくすくす笑いがイヤホンから響いた。

 さらに、ずっと挿入されていたアナルの淫具がまたもや動き出す。

 

「ひっ」

 

 わたしはその場にしゃがみ込んでしまった。

 その腕をお兄ちゃんが後ろからがっしりと掴む。

 

「じゃあ、罰の時間だ。もうサングラスもイヤホンもいらないかな」

 

 無理矢理に立たされたわたしは、サングラスとイヤホンを外されるとともに、お兄ちゃんに後手に手錠をかけられてしまった。

 

 

 *

 

 

「お、お兄ちゃん、や、やっぱり、おしっこを……」

 

 腕を掴まれて地下道の階段のひとつをあがらされると、そこは街の公園だった。

 犬の散歩やジョギングなどをしている人が結構いた。

 その公園に辿り着くと、お兄ちゃんはまたもやわたしの首に首輪を嵌めてしまう。

 

「罰が先だな。また、散歩の時間だよ」

 

 お兄ちゃんが手を伸ばしてスーツの前とシャツのボタンを完全に外して前をはだける。

 乳房が露出して、ほとんど乳首まで見えそうになる。

 

「あっ、やっ」

 

 さすがに尻込みして、腰を沈めかけた。

 だが、お兄ちゃんは首輪についた鎖をぐんと引っ張り、わたしを強引に前に進ませる。

 

「お、お兄ちゃん──」

 

 早朝の全裸散歩では誰も通行人はしなかったが、いまは結構人が溢れている。

 そこをこんな破廉恥な格好で進むなど、とても信じられない。

 あまりもの羞恥で脚がふらついてしまう。

 それに、気が狂いそうな痒みと快感の疼きも限界だ。

 しかし、お兄ちゃんは何事もないように、公園を歩き続ける。

 

 はっきりと見られているのはわかる。

 とにかく、わたしたちの姿は目立つのだ。

 恥ずかしい……。

 だが、不思議な高揚感にも包まれていくk。

 すると、得体ののしれない愉悦が襲いかかってきた

 

「あ、ああっ」

 

 お尻の淫具も気持ちいい……。

 

 どのくらい歩いただろうか……。

 もう朦朧として、なにがどうなっているのかわからなくなっていた。

 やがて、お兄ちゃんが立ちどまり、公園の通路の真ん中で前からわたしに抱きついてきた。

 白昼堂々とスカートをまくり、指を股間に挿入してきた。

 

「ひゃん」

 

 あまりのことに身体を硬直されてしまった。

 全身の毛穴から汗がどっと噴き出す。

 お兄ちゃんの指が抽送を開始する。

 

「はううっ、はああっ」

 

 多分、あちこちから見られている。

 なにしろ、お兄ちゃんは樹木や草陰に隠れることもなく、公園の真ん中でわたしに悪戯をしているのだ。

 しかし、周囲にどんなに蔑まれても、わたしはこの快感を拒絶できない。

 凄いものが駆けあがってくる。

 

「んふううっ」

 

 身体を限界までのけぞらして身体をぶるぶると震わせた。

 しかし、絶頂しようとした瞬間に、強烈な尿意が襲いかかる。

 歯を喰い縛って、尿道を締めつけた。

 

「我慢するのか?」

 

 だけど、意地悪なお兄ちゃんは、わたしの苦悶を嘲笑うかのように、尿道口を指先でくすぐるようにしながら下腹部をぎゅっと押してきた。

 

「ひんっ、だめえ、漏れるうう」

 

 わたしはお兄ちゃんの手を振り切るように腰を跳ねあげて、その場にしゃがみ込んだ。

 辛うじて失禁は免れたが、その代わり絶頂もできなかった。

 お兄ちゃんの指が離れたことで、痒みも一気にぶり返す。

 

「なんだ、もういいのか? だったら、もう一周するか」

 

 お兄ちゃんは鎖を引っ張って、またもや強引にわたしを立たせて歩かせだす。

 しかも、かなりの早足だ。

 すれあがるスカートを後ろから懸命に引き下ろしながら、後手手錠のままの状態で追いかける。

 そのあいだも、掻痒感と尿意の切迫感は絶え間なく襲い続ける。

 

「お、お兄ちゃん、もうだめええ」

 

 ついに歩けなくなり、その場に跪いた。

 すると、お兄ちゃんが後ろからスカートをまくり上げた。

 肩を地面につかされて、腰を高くあげさせられる。

 もうなにも考えられない。

 すると、お兄ちゃんが淫具の刺激を受け続けているお尻の下から怒張を滑り込ませて股間を貫いてきた。

 

「んはあああ」

 

 凄まじい快感の爆流に脳天から足先までを貫かれる。

 わたしは大きな叫びとともに、その場で絶頂していた。

 続いて、しゃあと音を立てて、股間からゆばりが迸り出てしまった。

 

「ああ、ああああっ」

 

 あちこちから悲鳴のような声が聞こえたが、お兄ちゃんの律動で二度目の絶頂を迎えてしまい、わたしはなにもわからなくなってしまった。

 

 

 *

 

 

「享ちゃん」

 

 揺り動かされた。

 はっとした。

 お兄ちゃんだった。

 

「えっ?」

 

 周りを見回す。

 お兄ちゃんたちが待っていたゲーレの里の屋敷である。

 その広間であり、お兄ちゃんに抱き潰された女たちがあちこちに横になっていた。

 そして、自分もまた、お兄ちゃんに抱きかかえられて横になっていた。

 

 お兄ちゃんに抱かれていた?

 だけど、その記憶が判然としない。

 頭に残っているのは、随分と昔に、お兄ちゃんから受けた調教の夢であり、まだケイラ=ハイエルと同化していない前世の時代の露出調教の記憶だった。

 

 いや……。

 

 夢?

 

 なんか、たったいまの現実のように生々しいが……。

 

「前世時代の夢でも見てたか、享ちゃん?」

 

 お兄ちゃんが笑った。

 

「そうかもしれない……」

 

 とりあえず、そう応じる。

 まだ、頭がぼんやりとするが、お兄ちゃんが夢だというのであれば、そうなのだろう。

 お兄ちゃんはいつも正しい。

 絶対にだ。

 

 いずれにしても、身体はだるいけれども、巨大な満足感と充実感がある。これはお兄ちゃんに抱かれた後の特有の感覚だ。

 とにかく、自分もお兄ちゃんに抱き潰されてしまったのは間違いない。

 

「さて、じゃあ、享ちゃん、調べたことを教えてくれるか」

 

 すると、お兄ちゃんが言った。

 

「そうだった」

 

 ケイラは我に返った。

 

 南王軍のこと──。

 

 ドピィこと、ルービン=クラレンスのこと──。

 

 知らせなければならないことはたくさんある。

 

 ケイラは、お兄ちゃんに抱かれたまま語り始めた。



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782 第一回チキチキ女王会談

「お初にお目にかかる。エルフ族王国の女王ガドニエルである。人間族のハロンドール王国の次代の女王にご挨拶を申しあげる。それと、お腹の中の御子にお祝いを」

 

 イザベラがロウのエスコートとともに部屋に入ると、間髪入れずに、エルフ族女王のガドニエルが優雅な動作で頭をさげた。

 そばに立つのは、エルフ族王家の黒幕とも称されるケイラ=ハイエルということだった。

 もっとも、エルフ族王国は王室が闇に包まれており、ガドニエル女王にしても、王家の重鎮ケイラ=ハイエルにしても、名前は知られていても、その姿はほとんど知られていなかった。

 その女王たちをロウがナタル森林から連れ出して同行させているというのは、正直信じられなかったが、女たらしのロウのことだから、ナタル森林に旅に出て、その国の女王を女にしてしまうのはあり得るのだろう。

 

 そして、目の前のガドニエルを見て、やはり間違いなく本物だと思った。

 信じられないくらいの美貌だし、一応は魔道遣いの端くれであるイザベラには、ガドニエルから漏れ出る魔道力の強さを感じることができる。

 目の前のガドニエルは、間違いなく本物のエルフ族の女王だ。こんな偽者などあり得ない。

 

 一方で、この面談に先立ち、エリカたちにガドニエル女王とはどういう人物だと訊ねると、構えるような人物ではないと、エリカにもコゼにもはっきりと言われた。シャングリアなど、女王はただの可愛い女だと笑い、たままた横にいたユイナには、“残念なわたしたちの女王陛下”だと軽口を叩かれた。

 だが、その美貌も威厳も魔道の力もまさに本物だった。

 

 だからこそ失敗したと思った。最初に丁寧な挨拶を向こう側からさせてしまったのは失態だ。

 まずは、格下のイザベラから挨拶をすべきなのだ。

 

「て、丁寧なご挨拶に感謝を申しあげます……。イザベラ=ハロンドールです」

 

 イザベラは、エスコートのロウの手を離して、身を屈めながら頭を低くした。

 王族としては最大級の儀礼だ。

 

 ゲーラの屋敷に設けたガドニエル女王との対面の場である。

 この場所は、もともとただの名主の屋敷であって、貴賓室のような場所があるわけではないので、たくさんある部屋のひとつを準備しただけだ。

 こちらもそれなりの準備をしようと思っていたのだが、それはロウに必要ないと言われたし、ほかの女性たちのすべてにも構えることは必要ないと言われてしまった。

 従って、ただ卓がひとつとソファがあるだけであり、お互いに護衛や侍女のようなものも同席させていない。だから、飲み物もなにもない。

 イザベラとロウ、ガドニエル女王と、ケイラ=ハイエルの四人だけである。

 

「ありがとう、ガド。素晴らしい挨拶だ」

 

 ロウが再びイザベラの手を取って、ソファに座らせながら、ガドニエル女王に向かって軽口を言った。

 やはり、随分気安い関係のようだ。

 ちょっとだけ、むっとしてしまいそうになる。

 

「ありがとうございます、ご主人様──。わ、わたしだって、やれば……」

 

 しかし、とりすましていた女王の顔が突然に破顔して面喰らった。ただ、嬉しそうに白い歯を見せた顔は、信じられないくらいに可愛いと思った。

 

「陛下……」

 

 すると、ケイラ=ハイエルがたしなめるような声を発する。

 

「んんんっ」

 

 そして次の瞬間、ガドニエル女王が急に顔を真っ赤にして、びくりと身体を震わせた。イザベラは驚いてしまった。

 

「た、大義である──」

 

 そして、いきなり背水を真っ直ぐに伸ばして、ガドニエルが不自然に昂ぶったような声をあげた。

 イザベラは当惑してしまった。

 

「お、大叔母様──」

 

 ガドニエル女王が真っ赤な顔のまま、胸を押さえて、横のケイラ=ハイエルをちょっと睨むような仕草をする。

 イザベラも首を傾げてしまった。

 なんなのだろう?

 また、イザベラの横では、ロウが愉しそうにくすくすと笑っている。

 

「お静かに、女王陛下……。ところで、わたしからも、お祝いを申しあげましょう、次代の女王陛下に……」

 

 ケイラ=ハイエルだ。

 ナタル森林のことに多少は詳しいシャーラによれば、彼女こそ、エルフ族王家の重鎮中の重鎮というだけではなく、何百人もの暗殺者を抱える闇組織の大幹部だと言っていた。

 しかし、政治的に表に現れる人物ではなく、本来は裏社会の人物という。もしも、本物だとすれば、凄いことだとも……。

 

 いずれにしても、ハロンドール王国の王太女のイザベラとしては、まずやらなければならないことは、目の前のエルフ族の女王に、お礼を言うことである。

 ロウが連れてきてくれてきてくれたとはいえ、今回の賊徒の重包囲を彼女たちが蹴散らしてくれなかったら、イザベラは間違いなくここで死んでいただろう。

 実際に、自分の死も覚悟した。

 

 いま、イザベラが生きているのは、ロウが連れてきてくれたエルフ族の一隊のおかげである。 

 最終的にハロンドール国として、どのように礼をするかということは考えなければならないが、いまは頭をさげるくらいのことしかできない。

 

「そして、感謝申しあげます。助かりました」

 

 イザベラは言った。

 

「とにかく、座ろう」

 

 ロウが明るく声をかけた。

 四人で卓を囲んで腰を沈める。

 

「さて、やっと話し合うことができる。第一回チキチキ女王会議だね。司会は不肖、ロウーボルグ・サヴァエルヴ・サタルスが務めるよ」

 

 ロウがお道化(おどけ)て言った。

 

「女王会議? 第一回? ちきちき?」

 

 イザベラは訝しんだ。

 

「まあ名称はいいだろう。それよりも、次には西方域をまとめることになったリィナ女伯爵も集めよう。騒動が落ち着いたら同盟国同士のミスリルの団結を確認するために、もう一度やるか。いや、定期的に開くのもいいかもしれないな。何事も意見の交換や対立の抑止のためには、話し合いは大切だしね。それで同盟国の大きな国策などを一致させるんだ。うん、いいな。そうしよう」

 

 ロウが笑った。

 女王同士の定期的な会同?

 それはともかく、イザベラはロウの言葉に含まれていたものにはっとした。

 

「待て、ロウ──。女王会議はともかく、そのリィナ伯を対等の国のように物言いするのはやめよ。辺境域はハロンドール王国の一部だ。独立など認めるわけにはいかん」

 

 イザベラは慌てて言った。

 ノール離宮で世事から隔離されていたイザベラは深く承知していなかったが、このハロンドール王国の中で、王都を中心とする地域に次いで軍事力が密集している王国の西方域、通称“辺境域”では、ルードルフ王の蛮行に抗議する諸領主が集まり、王国に叛旗を掲げていたのだという。

 それを収めてきたのが、目の前のロウらしいのだが、そのときにロウは、もともと辺境域の総領のような立場だったアネルザ王妃の父親のクレオン=マルエダ辺境候を引退させて、新たな盟主としてリィナ=ワイズ女伯を指名してきたというのだ。

 しかも、勝手にあの地域一帯の事実上の独立を承認するような約束事をしてきて、それを後追いでイザベラに認めろと言ってきたのだ。

 もちろん、イザベラとしては簡単に、応諾するわけにはいかないことである。

 

「またまたあ。説明もしたはずだけどね……。辺境域に、この南方域。そもそもの混乱の根源である王都……。火種をあちこちに抱えたまま、対応なんてできないだろう。王国の混乱が長引くと、あのアーサーがちょっかい出してくるぞ。あの男は野心家なんだ。このハロンドール王国も、あいつの野心の対象らしい。それに、さっき認めたじゃないか」

 

「み、認めてない──。お、お前が無理やりに言わせたのだ。しかも、考えると言っただけだ。だいたい、ずるいぞ。あんなことをして──」

 

 イザベラは怒鳴った。

 辺境域の騒動と解決までの顛末を聞かされたのは、ちょっと前であり、このロウにお尻を犯されて気絶をしたあとで覚醒してからだ。

 しかも、驚いたイザベラが文句を言ったら、またもや、あの粘性体の術でイザベラの手足を拘束して恥ずかしい恰好にしてから、ねちねちと寸止め責めをしながら強引に応諾の言葉を口にさせられたのである。

 ロウの性の手管にかなうわけもなく、すっかりと正気を失ったみたいになったイザベラは、ロウの求める言葉を口にしたと思う。

 イザベラとしては不本意だ。

 

「じゃあ、もう一度納得するまで話し合うか? 二人きりでとことん話し合おうじゃないか」

 

 ロウがにやりと笑う。

 

「ず、ずるいぞ。あんなの話し合いじゃない──」

 

「そもそも、もともと独立していたようなものだろう。あそこは王軍ではなく、各領主軍の集まりだ。指揮権は各領主側にあり、その盟主が辺境候だったのが、リィナに交代しただけだ。しっかりとタリオ国やエルニア国との国境を守ってハロンドールの盾になることも約束している。税収の話なら、改めて俺が話をつけてきてやるよ。名目は適当な名目になると思うけど」

 

「だから、そんな簡単なものではないのだ。一度、独立を認めれば、次々に領主が独立を求めてくるであろう。そして、王国は瓦解する。絶対に認められない」

 

「そんな将来のことよりも、いまのことじゃないのか、姫様。とりあえず、あっちの叛乱を収束させるためには、ある程度の妥協が必要だ。まあ、独裁官としての裁量の範囲だと思ってくれ」

 

「独裁官に応じたのは、さっきのことだ。辺境域に赴いた時点でのそなたに、なんの権限がある──」

 

 さすがに、イザベラはかっとなった。

 そのとき、だんと椅子の手すりを叩く音がした。

 顔を向ける。

 ケイラ=ハイエルだ。

 失敗だ……。

 イザベラは、ガドニエル女王とケイラ=ハイエルの目の前で、ロウと言い争いをしてしまっていたことに気がついた。

 

「次代の女王殿──。すでに、エルフ王国は、そのリィナ女史の束ねる列州同盟とは対等の同盟を結んでおる。それを無効というのであれば、エルフ王国の貴国への友情も考え直さねばならんかもしれん。我らは誇り高き種族だ。それを尊重せんというのであれば、それは我らの敵であるとといことだ」

 

 すると、ケイラ=ハイエルが不機嫌さを隠すことなく言った。

 イザベラは慌てた。

 

「お、お待ちください。エルフ国に対して、わたしはなにも……」

 

「まあ、そんなに脅さないでくれ、享ちゃん。思うことと、考えることが一致しているのがイザベラの可愛いところでね」

 

 ロウが口を挟んだ。

 だが、“享ちゃん”?

 しかし、ロウの言葉が終わるや、否や、ケイラ=ハイエルの顔が劇的に変化して満面の笑みを浮かべた。

 

「もちろんよ、お兄ちゃん。問題ないわ」

 

 ケイラが言った。

 だが、こっちは“お兄ちゃん”?

 

「まあ、わたしも問題ありませんわ。ご主人様……じゃなくて、王配殿下様」

 

 ガドニエル女王も口を挟む。

 しかし、こっちは、いまはっきりと“ご主人様”と口にした。もしかしたら、普段は、この女王はロウをそう呼んでいるのであろうか?

 ちょっと唖然となってしまった。

 いずれにしても、一瞬にしてケイラ=ハイエルもガドニエル女王も態度が急変してしまった。

 

「とにかく、西方域のことは置いておこう、姫様。だが、それとは別に、後先が逆になったけど、これについてはまずは認めてもらうよ。エルフ女王国は、今回のハロンドール王国の混乱の解決に助力するために、女王以下の一個軍団を派遣する。その勢力は大きくはないが、魔道力を兵力に換算すれば、この王国の軍の数個軍団にも匹敵すると思う」

 

 ロウが口調を真面目なものに変えた。

 それについては、イザベラは大きく頷いた。

 ロウがハロンドールの混乱を沈めるために、女王以下の数十名の親衛隊だけでなく、五百名ほどの魔道師団を連れてきたというのは、すでに教えてもらっていた。

 手続きをしていない異国軍の越境であり、ある意味大変なことなのだが、すでにそれに命を救われたイザベラとしては、文句を言う立場ではない。

 

 それに、手持ちの軍のないイザベラには、なによりもありがたい助力だ。

 あまりにも大きな借りは、今度の国家関係に影響を及ぼすが、いまはそんなことに頓着している場合でないというのは、イザベラにもわかっている。

 だが、一方で、ロウがエルフ国の代表のような物言いをしたことと、それに対して、まったく女王もケイラも当たり前のような顔をしていることに、ちょっと驚いてしまった。

 

「エルフ国の女王陛下の友情に感謝します」

 

 とりあえず、イザベラは頭をさげた。

 

「次代の女王殿の感謝は不要です。これは、そこにいるロウ殿に対する感謝の証です。エルフ族はそのロウ殿に救われました。エルフ王国は、ロウ殿が求める限り、どんなものでも差し出します。軍でも、資金でも、それ以外のものでも……。最初に言っておきますが対価は必要ありません。強いて言えば、我が国の王配殿下がハロンドールの重鎮である限り、エルフ女王国は、無条件でハロンドールの次代の女王を援助しましょう」

 

 ケイラがきっぱりと言った。

 ロウが重鎮である限り、すべてを差し出すか……。

 もはや、ロウに国ごと差し出すような言い方だ。ちょっと、イザベラも当惑した。

 そして、改めて、ロウは本当にエルフ国を完全に牛耳ってきたのだと認識した。

 やっぱり、凄いのだな。

 この男は……。

 しかし、それはともかく、念を押しておかなければならないことがある。

 

「もちろん、ロウ……いえ、ロウ殿は我が国の重鎮として処遇します。そして、ロウ殿は、わたしの王配にもなります」

 

 イザベラは言った。

 そもそも、ロウはイザベラのお腹にいる子供の父親なのだ。ロウが望まないのであれば、この子供をひとりで育て、将来の王としての成長に導いていこうとも考えてもいたが、ロウが国政に加わってくれるのであれば、イザベラとしては嬉しい。

 

 そして、そのロウがイザベラと婚姻を結ぶということだけはしっかりと言っておかなければならない。

 ガドニエル女王がロウと婚姻をするつもりであることは、すでに聞いているが、だからといって、イザベラが格下の妻になるわけにはいかない。

 王家の格からいえば、ハロンドールよりも歴史が古く、ほとんどに人族の歴史と同等の歴史を持つエルフ族国がずっと上だし、エルフ族は極めてプライドの高い種族であるため、複数妻など認めるかどうかはんさわからないが、それだけは譲るわけにはいかない。

 

「承知しています、次代の女王殿……。このガドニエル──。さらに、ロウ殿のほかの女性たち──。全員が対等の妻として、ロウ殿と婚姻を結びましょう。それについては、すでにエルフ族側は意見をまとめさせました」

 

 だが、ケイラはあっさりと言った。

 イザベラは驚いた。

 

「ではこれで、完全にエルフ族女王とハロンドール王国の同盟は結ばれたということでいいね。もちろん、ハロンドール側については施政者がイザベラに代わってからということになるけど」

 

「不服はないわ、お兄ちゃん。だけど、お兄ちゃんが頭領でもいいのよ。そのときには、エルフ女王国はお兄ちゃんの支配に入るわ。そういうの“皇帝”というのかしら。ローム帝国がそんな感じだったわね。ねえ、それでいいわよね、女王陛下?」

 

 ケイラが軽口を言った。

 ロウが皇帝になったら、エルフ族国がその支配に入る?

 もちろん冗談なのだろうが、それだけ、ロウとエルフ族の女王たちの距離が近いということでもあろうのだろう。

 それはともかく、イザベラは、ケイラがなにか小さなものを手に中に隠していて、それを指で動かしたみたいな仕草をしたことに気がついた。

 

「ひんっ、は、はい──。しょ、承知した──。さ、さっきから、酷いですわ、大叔母様。おやめください。わ、わたしはしっかりとやっております──」

 

 ガドニエルが両手で股間を支えて、文字通り椅子から跳びあがった。

 

「なにを言っているのよ。全然、駄目じゃないのよ──。婚姻式をハロンドールで行うときには、もっとしっかりとやってもらいますよ。一度、“ご主人様”と呼んだのを聞き漏らしてないわよ」

 

 ケイラが苦笑している。

 一気に態度が砕けた。

 イザベラはさらに戸惑った。

 

「お、大叔母様も、さっきから“お兄ちゃん”と呼んでいるじゃないですか。わたしばかり、叱られるいわれはありませんわ──」

 

 ガドニエルが真っ赤な顔で言った。

 

「わたしはいいのよ。それに、この場は練習みたいなものよ。このイザベラ殿は、すでに身内だわ。ねえ、イザベラ殿?」

 

 ケイラが笑い声をあげた。

 

「は、はい……」

 

 イザベラはすっかりと態度の変わったケイラたちに、困惑するばかりだ。

 

「だ、だったら、演技などいらなかったじゃないですか──」

 

「だから、練習だと言ったでしょう。ほら」

 

 ケイラは、今度は完全に目の前で、手元の小さな操作具のようなものを動かした。

 

「ひゃん──。しょ、承知したああ」

 

 またもや、ガドニエル女王が両手で股間を押さえて、身体を折り曲げる。

 ロウが大笑いする。

 

 これは間違いない──。

 絶対に、股間に淫具のようなものを装着して、あの操作具で与えられる刺激で、決まったセリフを言わされているのだとわかった。

 しかし、エルフ族の女王を相手に、そんな淫靡な悪戯を──?

 

「いや、ガド、不満があるときにはちゃんと口にしていいぞ。三人とも妻仲間だ。なにも気取る必要はない」

 

 ロウがケイラの手から操作具を取りあげて動かす。

 

「くううっ、そ、それはどうであろう──。あ、遊ばないでください、ご主人様」

 

 ガドニエル女王が腰を身悶えさせる。

 そのあまりもの妖艶さに、同性のイザベラも顔を赤くしてしまった。

 

「じゃあ、女王会議の会議の続きは、趣向を変えてからやろうか。イザベラ、ガドと一緒に床に四つん這いになるんだ。本当の友情を結ばせてやろう。エルフ族の女王と、ハロンドールの次代の女王が一緒に犯されるんだ。しっかりと一緒に絶頂させてやるから愉しんでくれ。ガドも姿勢とれ──」

 

 ロウが言った。

 イザベラは耳を疑った。

 

「あん、ご主人様……」

 

 しかし、ガドニエル女王は特に抵抗することなく、椅子から降りて本当に四つん這いになってしまった。

 イザベラは呆気にとられた。

 

「ほら、姫様も早くしろ。そのために、四人だけにしてもらったんだ」

 

 ロウが笑いながら、腕をとって立たせ、イザベラをガドニエル女王の横に導く。

 

「わっ、わっ、な、なにをする。ひいっ」

 

 抵抗しようとしたが、床に粘性体が発生して、それがイザベラの手足に伸びてきて密着した。さらに手足を引っ張って、床に四つん這いにされてしまう。

 

「享ちゃんは、俺に奉仕をしてもらおうかな。これも国と国との友愛のためだ。施政者同士が仲良しになることは、両国の同盟関係をより強固にするために必要なことだからね」

 

「わかったわ、お兄ちゃん」

 

 すると、なんの躊躇いもなく、ケイラがロウに手を伸ばして、ズボンから男根を出して口に咥えた。

 イザベラは、目を疑ってしまった。



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783 深夜の臨時王国裁判(その1)

「お姉ちゃん──。ああ、お姉ちゃん──」

 

「ああ、エヴァー──。見てはだめええ──。見てはだめえ」

 

 リー=ハックの身体の下では、つんざくような悲鳴をあげる若い女がいる。

 商家の娘であり、まだ二十になるか、ならないかというところだろう。

 その女をリー=ハックは、一糸まとわぬ裸にして、左右の脚を天井に向かってそれぞれに引っ張りあげる格好で寝台に横たわらせていた。

 もちろん、両手は後手に縄をかけている。

 

「なにを言っておる、娘──。しっかりと、犯されるところを妹に見てもらわねばならんであろう。それが妹に手を出さない条件だと言ったはずだ。朝まで十人を相手に気を失わないでいられたら、妹は開放してやろう。だが、もしも、失神すれば、お前の代わりをさせるだけだ」

 

 リー=ハックは、娘を股間を愛撫する手をどかせて、両脚のあいだにさらに身体を割り入れた。

 さんざんに媚薬を服用させてやったために、娘の股間はまるで尿でも漏らしたかのように愛液でどろどろになっていた。

 また、大した愛撫でもないのに、すでに簡単な刺激だけで三度も気をやっている。

 これから本格的な輪姦に入るが、この状態の女が朝まで耐えられるわけがない。

 また、妹は処女だが、姉には夫がいて生娘ではない。男を知っている身体だ。だからこそ、この媚薬漬けの状態では、望まなくても快感から逃げられない。

 だが、音をあげれば、全裸にして椅子に縛り付けている妹が陵辱だ。

 だから、必死になって耐えるしかない。

 どんな顔で絶望的な快感に耽るのか、そして、耐えようとするのか、いまから愉しみである。

 

「へへへ、司令官、その前に、もう一度、媚薬を追加しましょう。ぶっとびますぜ」

 

「お前もしっかり、眼を開けて見ておけよ。お嬢ちゃんも、すぐに俺たちに犯されることになる。その犯され方を勉強しておくんだ」

 

 十人ほどいる部下たちが、リー=ハックと姉の周りや、さらに、寝台の横の椅子に縛り付けられている妹の周囲に群がって、姉妹に卑猥な言葉を投げかける。

 さらに、ひとりが薬液を浸した針をリー=ハックの身体の下の姉の首に近づける。

 そういうことに長けた男であり、薬物を細い針を使って肌に刺し、直接に血管に送り込むらしい。

 口から服用させるよりも、凄まじい効き目であり、すでに五回ほど媚薬を肌の下に打たれた姉は、なにもしなくても愛液の垂れ流れがとまらないくらいになってしまった。

 

「いやああ、もういやあああ」

 

 さらに媚薬を打たれるとわかって、姉が半狂乱に暴れ始める。

 だが、大した暴れ方ではない。すでに媚薬のために身体も弛緩しかけているのだ。

 

「そうか。ならば、妹に引き受けてもらうとしよう。妹に打ってやれ」

 

「だ、だめええ──。あたしに、あたしに打ってください──。お、お願いです──」

 

 姉が眼を見開いて絶叫する。

 

「お前はこっちに専念しろ。これ以上、媚薬を打つと、半ノスも耐えられなくなるぞ」

 

 リー=ハックは笑いながら事も無げに言うと、露出している怒張を姉に埋めていった。

 

「あああ、ああああっ」

 

 姉が拘束されている身体をのけぞらせて、嗚咽とともに喘ぎ声をあげる。

 だが、一方で媚薬に溶けている媚肉は、まるでリー=ハックを待ち受けていたかのように、熱くたぎり、夥しい反応を見せた。

 このまま奥深く貫かせてもいいが、これだけ媚薬によって追い詰められているのであれば、もっといたぶってやろうと思った。

 だから、わざと奥まで挿入せずに入口まででやめて、あとは焦らすようにした。

 

「きゃあああ、あああ」

 

 そのとき、椅子側に妹の絶叫が耳に入ってきた。

 媚薬を打たれたのだろう。

 ちらりとみると、リー=ハックの部下たちが椅子に縛られて抵抗できない少女の裸身に一斉に手を伸ばして、くすぐるような刺激を与えだしている。

 みるみると身体が赤くなっていく妹が劇的なくらいに全身から汗を噴き出させている。

 リー=ハックはほくそ笑んだ。

 

 遠征中の南王軍の司令部にしているガヤの城郭である。

 副長のジグの喉を切り裂いて、瀕死の重傷を負わせたあと、すぐに賊徒の大軍が接近しているガヤを離脱して、南王軍の直轄域に向かって戻ることを考えたが、それをやめたのは、領都から南進してガヤに向かっていた賊徒の大軍が突然に進攻を中止したという情報が入ってきたからだ。

 

 だから、身ひとつで逃亡することは、とりあえずやめにした。

 また、ゲーレの里で賊徒の包囲を受けている王太女の動向については情報はない。だが、魔族のリョノが向かっていることでもあり、おそらく、明日……、早ければ、今夜のうちにでも、リョノが王太女の身柄を連れてくる可能性がある。

 ならば、どうせ逃げるにしても、それを待って逃げたい。

 王太女のイザベラを犯したいのだ──。

 とにかく、その欲望がすべてに優先する。

 その感情を我慢できない……。

 

 いずれにしても、賊徒の大軍が進行を中断したことで、時間の余裕が少しできたのはよかった。

 なぜ、突然にガヤに向かっている賊徒軍数万が止まったのかはわからないが、続報によれば、少人数ずつに分かれて、周囲の山中などに溶けるようにいなくなっているらしい。

 街道沿いにガヤに向かうのではなく、ほかの場所に移動先を変更しているのではないかという報告者の言葉だった。

 リー=ハックは、引き続き、動向を見張れと告げるに留まり、そのときやっていた女囚への陵辱を継続することにした。

 

 つまりは、昼間から夜にかけては、仲のよい医師夫婦を夫の眼の前で女が毀れるまで陵辱するということをやり、そして、夜になってからは、新たに連れてきた商家の娘姉妹を輪姦を開始しようとしているというわけだ。

 

 まあ、副長のジグを処断してしまい、軍を実質的にまとめる者がいなくなった。だから、賊徒の大軍がガヤまでやってくれば、リー=ハックが切迫した危機に陥るかもしれないという状況にあるのは承知しているが、目の前に愉しみの材料がふんだんにある状況であり、とりあえず、いまは本能による欲求を優先させたということである。

 昼間の陵辱の場所は地下牢だったが、いまは司令官の私室だ。

 まあ、やっていることは、ほとんど同じだが……。

 

「どうだ。もっと欲しいか? もっとか?」

 

 リー=ハックは、嗚咽する表情とは裏腹に、快感とも受け取れる苦悶の叫びをあげている女の股間に手を伸ばした。横に皮下注入した媚薬とは別の塗り薬型の油剤があるが、それを指に塗って、肉芽に足していく。

 これだけ媚薬にただれていて、さらに塗り薬の媚薬まで追加されれば、おそらく、姉は本当に正気を失って毀れるだろう。

 リー=ハックには確信がある。

 

「ああ、いやああ」

 

 それに気がついたのか、姉がまたもやけたたましい叫び声をあげた。

 

「申しあげます──」

 

 そのときだった。

 不意に外の廊下から慌ただしく駆けてくる音が聞こえたと思ったが、この部屋の外から、リー=ハックを呼び立てる大声が聞こえてきた。

 リー=ハックたちは、朝まで徹夜で姉妹を陵辱するつもりだったので全員が起きていたが、すでに後半夜になった夜中である。

 とてもじゃないが、部下が司令官の私室に呼び立てをする時刻ではない。

 

「何事だ──」

 

 リー=ハックは女から股間を抜き、不機嫌さを隠す事なく、扉に向かってに怒鳴った。

 ひっきりなしにやってくる煩わしい報告は、当面無用──。

 夕方以降については、まとめて報告を聞くから、リー=ハックが執務室にあがるまで伝えに来るなと命じていたのだ。

 心の底には、この情勢でそれはまずいという気持ちがあったが、気がつくと、リー=ハックは自分の本能を優先させていた。

 女なぶりを邪魔されたくないという一心のことだ。

 

「閣下、一大事です。王太女殿下がご来訪です。いますぐに、閣下を連れてこいと、広間でお待ちです」

 

 扉の向こうから伝令らしい部下が叫んだ。

 リー=ハックは驚愕した。

 王太女は、ゲーレの里で、少人数だけで賊徒の大軍に包囲されて、虫の息だったはずである。

 どうして、ここに──?

 唖然としたが、さらに慌ただしい物音が廊下から伝わってきて、いきなり扉を蹴破られた。

 

「なにをするか──」

 

「閣下の御前だぞ──」

 

「誰か──」

 

 たったいままでリー=ハックとともに、姉妹を陵辱しようとしていた部下たちが色めきだつ。

 しかしながら、リー=ハックとともに、全裸に近い格好だったり、下半身を露出していたりと、様にならないこのこのうえない。

 入ってきたのは、武装した南方軍の一隊だ。

 つまりは、リー=ハックの部下なのだが、率いているのは銀髪の女騎士だ。リー=ハックは王都から離れているが、結構有名な女騎士なので、顔は見知っていた。

 

 シャングリアだ──。

 

 男嫌いで有名なお転婆騎士だったが、ロウ=ボルグに懸想して愛人になり、そのまま、騎士の立場のまま、冒険者になってしまったという変わった女だ。

 それが先頭にいる。

 さらに、よく見れば、一緒に入ってきた者たちの中にはエルフ族の美女も大勢いる。そっちの指揮官らしき女の顔は知らないが、美しい軍装姿をしていて、格好からして上級将校という感じだ。

 

「なんだ、これは──? 司令官の厳命で、誰も通せないということだったが、こんなことをしていたのか? ブルイネン、娘たちを保護してくれ……。そして、お前ら、リー=ハックを姫様とロウの前に連行しろ。司令官以外は、抵抗するなら切り捨てろ」

 

 シャングリアが冷たい視線をリー=ハックたちに向けながら言った。

 

「ま、待て──。なんかの間違いだ。やめよ──。お前たち、命令だ。すぐに部屋の外に出よ──」

 

 リー=ハックが慌てて絶叫した。

 エルフ族やシャングリアはともかく、一緒にやって来た兵は、リー=ハックの部下なのだ。

 

「やかましい──。すでに、独裁官殿の命令で、お前の指揮権は取りあげられている。ここの南方軍の全員は、独裁官の指揮に入っている。お前の言うことはきかんぞ」

 

 シャングリアが妹のそばにいた手近な部下のひとりを蹴り飛ばした。

 

「少しだけ待ってやる。服を着て、そのみっともない性器を隠せ。それとも、素っ裸で連行してもらいたいならそうしてやる」

 

 シャングリアが言った。

 リー=ハックは慌てて服を身につける。

 最小限の服を着たところで、兵たちが一斉に群がって縄をかけていく。リー=ハックにも、縄をかけられた。

 一方で、ブルイネンと呼ばれたエルフ族たちは、陵辱の途中だった姉妹を保護している。

 

「これは……? 薬物でも使ったか? 下衆な連中だ」

 

 そのブルイネンがリー=ハックの横の姉を開放して吐き捨てた。

 

「大丈夫ですわ。問題ありません。わたしにお任せください……」

 

 すると、混乱しているこの部屋に、さらにひとりの女が入ってきた。フード付きのローブで身を包んでいて、一見して魔道遣いだというのがわかる。

 ただ、にこにこと微笑んでいるというのはわかるのに、不思議にも顔が知覚できない。

 どうしても、目の前の顔を認識することができないのだ。

 おかしな感じだ。

 

「もう心配ありませんわ……。毒消しをお注ぎしますわ……。あら、でも、おふたりとも、お美人様ですね。よければ、ご主人様にご紹介しましょうか? ご主人様は神様のようなお人です。お加護をいただいて、とても幸せな心地になりますよ」

 

 その女魔道遣いが救出されて号泣している姉妹に魔道を注ぎながら声をかけている。

 

「スクルド、女衒(ぜげん)のようなことはやめないか。ロウにまた叱られるぞ」

 

 シャングリアが呆れたように言った。

 スクルド──?

 

 だが、それ以上の思念はできなかった。

 縄掛けをされたリー=ハックは、シャングリアの命令で廊下に強制的に連れ出されてしまった。



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784 深夜の臨時王国裁判(その2)

 時間感覚が何十倍にも引き延ばされる感覚は、いつも奇妙なものだ。

 

 ロウの不可思議な能力である「亜空間術」で取り込まれたときにはいつもそうだ。

 つまり、入るときではなく出るときである。

 

 ロウに気絶するまで抱かれ、疲れて休み、起きあがると寸瞬も過ぎていない現実に戻るのである。

 まだ王都が混乱する前で、ロウが一介の冒険者であり、まだそれほどに有名でなかった頃は、ロウが毎夜のようにイザベラとシャーラたちのところに夜這いをしにきてくれた。また、夜這いの対象に、ヴァージニアを含めた侍女たちが加わると、イザベラは彼女たちと一緒に抱かれるということも多くなった。

 複数で性交をするなど破廉恥だと思うのだが、ロウは普通だというので、多分普通なのだろう。

 ロウに与えられる愛の行為はいつも長い。そして、必ず、最後には意識を保っていられないくらいに追い詰められる。

 それでいて、一瞬程度の時間しか過ぎてないのだ。

 まったくもって、おかしな心地だった。

 ある意味、夢のような感覚といっていい。

 

 いずれにしても、ガドニエル女王と、エルフ女王国の女長老ことケイラ=ハイエルと一緒に並んで、ロウに抱かれるなど本当にあったことなのだろうか。

 あのふたりの変わりようが、イザベラが引くほどだったので、なおのことそう思う。

 

 とにかく、大変なものだった……。

 

 犯され始めると、ガドニエル女王もケイラも、大陸で最も古い王族の末裔の面影は消滅し、凛とした威厳も、荘厳さも一切がなくなり、ふたりともただの雌犬になってしまった。

 その変わりように、イザベラも唖然となった。

 

 まずケイラは、ロウのことを「お兄ちゃん」と連呼し、お兄ちゃんのためならなんでもすると繰り返し口にして、イザベラという他国の王太女の前であることを恥ずかしがる素振りも見せずに、堂々とロウの一物を口に咥えて奉仕を始めた。

 ロウの股間はすぐに大きくなったが、すると、小さな口を限界まで開いて、ケイラは、根元近くまですっぽりとロウの怒張を呑み込んでしまった。

 イザベラとガドニエルは、ロウの不思議な術によって床に四つん這いの姿勢に固定されて、その奉仕を見物させられが、ロウの大きな股間を音を立てて、淫らに吸いあげるケイラの姿をしばらく呆気にとられてみとれてしまった。

 ケイラは、イザベラから見ても、随分と口による奉仕が上手だった。

 

 やがて、ロウは、ガドニエル女王にも股間を舐めさせ、さらに、イザベラにも奉仕を要求した。

 そのときには、イザベラも、ケイラやガドニエルの乱れぶりにあてられて、いつもよりも積極的にロウに奉仕をしたと思う。

 

 そして、ロウに犯された。

 心の身体も解放されて、宙に浮いている気分になった。

 結局、いつものように、いつの間にか意識がなくなっていた……。

 

 いずれにしても、そして、目が覚めたときにはすっかりと終わっていたのだ。

 ロウはイザベラたちを抱いたあと、一瞬後の現実側に戻り、──というよりは、いつ亜空間とやらに連れ込まれたのかもわからない。最初に抱かれ始めたときには、ゲーレの里の屋敷内の一室に間違いなかったのだが── すぐに行動を起こしたようだ。

 

 すなわち、イザベラを亜空間で休ませたまま、全員をゲーレの里から出立させて、南王軍主力のいるガヤの城郭に突入させたのである。

 真夜中のことである。

 

 これも、あとで教えられたことだが、ガヤの城郭は数万の賊徒軍が南方から接近しているという報もあり、城門を固く閉じて厳戒態勢を敷いていたらしい。

 そこを強引に王太女旗を押し立てて、正門を破壊して突破したらしい。

 こっちは、生き残ったもともとの護衛隊の十数名に加えて、ブルイネンというエルフ隊長が率いる親衛隊三十名とロウの女たちだけの五十名にもならない勢力だったが、ガドニエル女王、スクルド、ミウの三人の高位魔道とともに、エルフ族の親衛隊とロウの女たちの剣技で、数百名はいたその正面の守備隊を圧倒したそうだ。

 それでいて、こちら側には被害もなく、南王軍側にも死者はなかったらしい。

 つまりは、それだけ圧倒的な実力差だということだ。

 

 そして、王太女の旗を掲げたまま、逆らえば王国への謀反になると叫びつつ、そのまま南大軍の司令部に雪崩れ込んだそうだ。

 戦闘らしい戦闘は、正門を魔道で吹き飛ばしたときくらいらしく、王太女の旗を掲げて進む一隊に、南王軍の将兵も抵抗らしい抵抗をすることなく、どうしていいかもわからずに、指図する者もなかったので静観をしてしまったようだ。

 

 まあ、そういうことだったというのは、この司令部に到着して、こっちの状況を把握してからだ。

 とにかく、そうやって司令部を強引に掌握すると、ロウは司令官のリー=ハックが不在で指揮をする者がいない南王軍に強引に命令を付与して、リー=ハックを捕縛させたみたいだ。

 呆れたことに、リー=ハックは、賊徒に与した容疑で捕らえた女囚を、十名ほどの取り巻きとともに陵辱をしているところを捕らえたようだ。

 かつての高潔だったリー=ハックの姿を知っているだけに、その事実はイザベラに衝撃を与えた。

 正直、いまでも信じられない。

 

 とにかく、イザベラがロウの亜空間から出されたのは、その後だ。

 そこまでの時間は、イザベラは寝ていたようだ。

 ガヤの突撃のあいだは、ヴァージニアと三人の侍女も、ロウの亜空間に入っていたらしく、その中で服装と仕度を調えられて、こうやって外に出されたというわけだ。

 

「待たせたね。じゃあ、よろしくお願いしますよ、国王代理様」

 

 司令部にしている建物内の大広間に体裁を整えた臨時の謁見室だ。

 イザベラの入室からほんの少し遅れて入ってきたロウがちょっとお道化(どけ)たように言った。ロウはほかの女たちとともに走り回って、南王軍の乗っ取りを完成させるために動き回っていたようだ

 イザベラの身柄の護衛は、シャーラとともに、イライジャ、イット、マーズ、ミウという者たちが引き受けてくれたが、ロウが入ってくるとともに、エリカたち三人やエルフ族たちがそれに加わった。

 ロウの女たちが王宮の騎士のごとく、ずらりと広間に並んで立つ。考えてみれば、ここに立つ女のことごとくが一騎当千の女傑たちなのだ。そう考えると、改めてロウの人脈も凄まじい。

 

「そなたこそ、よろしく……。女王陛下におきましても、よろしくお願いします。我が国の恥をさらすことになりますがご容赦を……」

 

 その玉座に準えた椅子にイザベラは腰掛けているが、両側にも椅子を準備してあり、ロウが右隣に腰掛けた。反対側にはロウとともに入ってきたガドニエル女王だ。

 ガドニエル女王は、これから始める「王国裁判」には部外者となるが、同盟国の女王ということで、同席をしてもらったという体裁である。

 ついさっきまで痴態を見せ合った相手に取り繕うのも変な感じだったが、どう接していいかわからずに、イザベラはガドニエル女王にも会釈した。

 

「まあ、なんの問題も……、ひあっ、ひぎゅう、しょ、承知した──」

 

 取り澄ましていると畏怖さえ感じる女王が満面の笑みを浮かべて応じる。立場も年齢も格下のイザベラがおこがましいとは思うが、随分可愛らしいと思ったが、いきなりびくりと身体が跳ねあがり、身体を身悶えるように動かす。

 驚いたが、すでにイザベラは、この不自然な動作がロウの仕込んだ女王への貞操帯による悪戯と知っている。

 もっとも、操作しているのは、エルフ族の女長老ことケイラ=ハイエルみたいだが……。

 

「お、大叔母様──」

 

「黙りなさい」

 

 ガドニエル女王の後ろで取り澄まして立っているケイラ=ハイエルが無表情で言った。

 一方で、ロウが愉しそうにくすくすと笑う。

 

「ちょ、長老様、あまりここでは……」

 

 すると、見かねたように、エルフ族の親衛隊長のブルイネンがたしなめた。

 だが、ケイラは首を横に振った。

 

「だって、お兄ちゃんに、しっかりと躾けるように言い渡されているのよ」

 

「ロウの言葉なら疑うことなく、世界でも滅ぼしそうだな」

 

 シャングリアが茶化すように笑った。

 

「お兄ちゃんがそれを望むならね……」

 

 ケイラがにんまりと微笑んだのが横目で見えた。

 

「ガド、これも調教だ。ちゃんとできたら、あとでご褒美だ」

 

 ロウが笑った、

 

「は、はいっ、頑張りますわ、ご主人様──。ひいっ、お、王配殿下──」

 

 またもや、ガドニエル女王が言葉の途中で身体を突っ張らせる。

 なにが起きたのかわかって、イザベラも顔が赤くなってしまう。

 そして、やっぱり、ロウはあのエルフ女王国を完全に支配して戻ってきたのだと悟った。

 

 とにかく、ここで始めようとしているのは、伯爵以上の上級貴族への裁判に必要な「王国裁判」だ。原則として、国王自らが裁くことになっているが、いまはイザベラが王太女として、それを代行することになる。

 もっとも、本来は王国裁判に、国王以外の者が代理をする制度はない。必ず、国王自らが実施しなければならない法になっている。

 だが、リー=ハックを裁くために、臨時王国裁判を開くと言われたとき、イザベラがそれを指摘すると、ロウに鼻で笑われた。

 女官長のヴァージニアも同じような反応であり、イザベラが審議を実施することになった。

 

「じゃあ、始めよう」

 

 ロウが呼びかけた。

 イザベラも頷く。

 

「入らせよ──」

 

 シャーラが呼びかける。

 後方側の左右の扉が開放されて、南王軍の将兵たちが入ってきた。数十人はいる。

 大きな広間の後方半分が南王軍の将兵で埋まる。

 すると、最後に軽装姿で捕縛されたままのリー=ハックが連れてこられた。

 連行しているのは、同じ南王軍の兵士だが、エルフ族の女兵もふたりいる。

 

「王太女殿下──。話を聞いてください──。決して、援軍を出さなかったわけではないのです。出そうとしました。しかし、私の命令がとめられていたのです。詳しく調べて、ついさっきわかったところです。それですぐに対処しようとしたところでした」

 

 すると、イザベラたちの方を向いて床に跪かされたリー=ハックが突然に喋り始めた。

 

「はあ? なにを言っておる? もしかして、ゲーレの里で賊徒たちに包囲されたわたしたちを見殺しにしたことの言い訳をしているのか?」

 

 イザベラは呆れて言った。

 この男の罪はほかにもたくさんある。そもそも、女囚を陵辱している真っ最中に捕らわれたのではないのか。それはさておきながら、援軍のことだけのことを取り繕えば助かるとでも考えているのか?

 

「その通りです──。副長のジグが私の命令を無視して、援軍の派遣をとめていたのです。それがわかって、すぐに処断しました。それがついさっきのことだったのです」

 

 なにを言っておるのだと思ったが、一応は話を聞いてやろうと思った。

 

「ついさっきなあ……。二日間も司令部には、援軍の要請を出し続けたがな。わたしの護衛隊は大部分は死んだぞ」

 

 実際には死んだとういうよりは逃亡したのだが、それはいいだろう。スクルドたちによれば、ゲーレの里を囲む森の中で大量の王軍兵の死骸があったということなので、昨日の夜に逃亡しようとした王軍兵は、森の中で殺された可能性が高いそうだ。

 

「援軍派遣の命令は出したのです。だから、問題ないと思っておりました。こちらのガヤも、数万の賊徒軍が接近しておりました。ゲーレの里に振り向ける兵力には限界があったのです」

 

 リー=ハックがまくし立てる。

 とにかく、平謝りに謝ることだけが得策だと判断しているのか、頭を床に擦りつけるようにしながら、懸命に言い訳を喚き続ける。

 正直不愉快だ。

 

「もうよい。黙られ──。さすがに、そなたには愛想も尽きた──。そもそも、副長のジグのせいだと言ったな──。入らせよ──」

 

 イザベラは呼びかけた。

 すると、背中側の扉が開いて、二名の南王軍の兵とスクルドに付き添われた南王軍の副長のジグが入ってくる。

 このジグと対面したのも、この王国裁判の直前だ。

 ロウたちが走り回って調べたところによれば、このジグは援軍を派遣しようとしないリー=ハックに逆らい強引に、部隊を送ろうとしたみたいだ。

 実質的に軍の指揮をしていているのは、リー=ハックではなく、平民あがりの副長のジグだったのだ。

 リー=ハックは、それに激怒して、リー=ハックの首を斬りつけ、牢に放り込んだようだ。

 本当ならそれで死ぬはずだったが、ほとんどの南王軍の将兵は、司令官乗リー=ハックではなく、副長のジグを慕っていて、牢に入れる振りをして、兵たちはジグの治療をするとともに、身柄を隠したらしい。

 そのジグについては、ロウの指示を受けたケイラ=ハイエルの手の者が動いて保護し、さっきスクルドによって、治療術を受けて復活したということである。

 

「ジ、ジグ──」

 

 リー=ハックが真っ蒼になった。

 また、後方に詰めていた南王軍の将兵が大きくどよめく。

 

「司令官……いや、リー=ハック──。俺はあんたを許しませんよ……」

 

 ジグがリー=ハックを睨みつけた。

 リー=ハックががっくりと項垂れる。

 

「そもそも、お前がやっていたことは、すでにわかっておる。己の欲望を満たすために、罪もない女を捕らえて陵辱をしていたのであろう。その現場で捕らわれておきながら、命乞いの言い訳が通用すると思ったのか。潔くよくせんか、馬鹿者──」

 

 イザベラは怒鳴りつけた。

 この男の罪状は明白であり、処刑しかない。

 だが、それを口にしようとしたが、一瞬、躊躇(ためら)った。

 少女時代に王宮全体が敵だらけだったとき、ただひとりイザベラを守ってくれようとしたかつてのリー=ハックの姿が頭によぎってしまったのだ。

 

 当時は、こいつは、まだリー=フィレクという姓であり、養子として伯爵家に婿として嫁いでいたが、イザベラを庇おうとして、当時権力を握っていたキシダイン勢力に嫉まれ、左遷されて離縁もされて身を持ち崩したのである。

 ある意味、このリー=ハックがこうなってしまったのは、イザベラにも責任の一端もあるかもしれない。

 それが記憶に蘇ってしまい、イザベラは引導を渡す言葉をちょっと言い淀んだ。

 

「リー=ハック伯の身分はこの時点をもってすべて剥奪する。牢で捕らえている取り巻きとともに、裸で死ぬまで城郭の広間で晒し刑とする──。よろしいですね、殿下」

 

 すると、横のロウが突然に口を開いて、そう言った。

 びっくりした。

 処刑は仕方ないが、晒し刑というのは、生きたまま死ぬまで放置する刑罰であり、処刑の方法としてはもっとも残酷だと言われている。

 さすがに残酷かと思った。

 

「……必要なことだ、姫様……。南王軍は市民の恨みを買っている……。とりあえずは、恨みを背負う犠牲も必要だ……。こいつらは、その酬いに当然のことをしている……」

 

 だが、ロウがイザベラに身を寄せるように身体を傾けて、小声で言った。

 仕方がない。イザベラは頷いた。

 

「独裁官の告げたとおりである。平民リー=ハックとその悪行に加わった者は、揃って死ぬまでに晒し刑──。直ちに実行せよ」

 

 イザベラは宣言した。

 すると、後方に集まっていた南王軍の将兵たちから喝采が起こった。

 どれだけ、嫌われていたのだと、イザベラも呆れてしまった。

 

「ところで、イザベラ、そして、みんな……。このあと、大切な話がある」

 

 野次の中を連行されるリー=ハックがいなくなる。すると、ロウが真面目な表情になって、イザベラたちに向かってささやいた。

 

 

 

 

(第21話『南王軍乗っ取りと賊徒軍緒戦』終わり)



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 第22話  決戦・賊徒軍と独裁官軍【南域】
785 高位回復術師


 ドピィの身体の中を激しい憎悪が渦巻いている。

 怒りで全身が煮えかえり、血が沸騰しているかのようだった。ドピィを取り巻くすべてのものに苛立っている。

 

「お、お許しを……。少しだけ猶予を……。か、厠にだけ行かせてください……」

 

 部屋の中にいるふたりの女魔道師のひとりが苦しそうな声で哀願する。

 しかし、ドピィはその言葉に激しい怒りを覚えた。

 腰掛けている椅子の横にあった布を女魔道師に投げつける。

 

「お前たちが厠に行っているあいだに、シャロンが死んだらどうする──。そこでしろ。さもなくば、シャロンを回復させよ。それまで休むことも、この部屋から出ることも許さん──」

 

 ドピィは吐き捨てた。

 女魔道師がしくしくと泣き出す。また、身体が小刻みに震えている。すでに二日も、この状態だし、そのあいだは厠どころか、この場から立つことも許してない。尿意も限界なのかもしれない。

 だが、ドピィは無視した。

 

 ワルム砦という賊徒の拠点である。

 その中の一室だ。

 もともとは、この侯爵領に巣くっていた山賊の拠点だったらしいが、いまは使う者もなく、ドピィが見つけて道化師(ピエロ)団の隠し拠点として密かに準備していた。

 あのゲーレの里の戦いの大敗後、ドピィはこの隠し拠点にすべての勢力を集結させるように命じていた。

 カリュートに命じたガヤの城郭への侵攻軍についてもだ。

 

 彼らはドピィからの急使が届いたことで、行き先を変更して、このワルム砦に集結をしている。

 ドピィが大量に保持していた「移動術」の護符も、惜しむことなく放出したので、たった二日とは思えないほどの勢力がこのワルム峠に集まりつつある。

 集まっているのは、単に賊徒の勢力のみではなく、この十年で準備した大量の銃弾や銃、さらに、これまでに戦いでは出さなかった火力兵器も集めさせていた。

 あのロウが連れてきたのは、高位魔道を遣いまくるエルフ兵だ。

 それに対抗するには、これまで隠していた火力兵器を注ぎ込むしかないと考えている。

 

 部屋の中心には、寝台に横たわるシャロンがいる。その横に椅子に座って、ひたすらにシャロンに侍っているドピィがいて、寝台の反対側には床に座らせているふたりの女魔道師がいるという状況だ。

 女魔道師の首には首輪がかけられていて、首輪に繋がる鎖が天井の金具に繋げてある。

 ふたりとも隷属させているので、シャロンを傷つけることも、回復術を中断することも、無論、ここから逃亡することもできるはずもないが、万が一の処置だ。

 ふたりには、シャロンが死ねば、その瞬間に殺すと告げている。

 

 そして、目の前のシャロンは、まさに死に瀕していて、命を繋ぐには、このふたりが回復術という魔道をかけ続けるしかないのである。

 だから、このふたりに対して、眠ることも許さずに、魔道をかけ続けることを命じているということだ。

 ふたりの周りには、大量の体力回復のポーションが散乱しているが、すでにこの状況になって二昼夜経っているので、ふたりの眼の下には真っ黒なくまもできている。

 とにかく、部下にもほかの回復術の魔道使いを探させているが、それを見つけるまでは、このふたりが衰弱死をしようとも、シャロンに魔道をかけ続けさせるしかない。

 

 いずれにしても、ドピィは怒り狂っていた。

 シャロンを瀕死に陥らせたあのロウを憎悪しているし、不甲斐ない戦いをした自分自身にも怒っている。

 また、勝手にドピィを助けようとして、銃弾を自ら受けたシャロンに対しても、腹が煮えかえっている。

 

 許さない──。

 絶対に許さない──。

 ドピィは、傍らの台からポーションを手に取ってがぶ飲みした。

 眠りかけていた身体が力を取り戻すのがわかる。

 

「……ひ、ひとりが離れているあいだは、片方で魔道を増加して対処します……。だ、だから、せめて、厠に交代で行くことだけでもお認めください。さもないと……」

 

 すると、もうひとりの女魔道師も哀願をしてきた。

 ドピィは激怒した。

 

「やかましい──。食事も、水も、体力回復ポーションも、覚醒薬も浴びるほど運んできてやる──。だが、シャロンが目を覚まさないのに、お前らがここを離れることは許さん──。二度も、三度も、同じことを言わせるな──。小便も大便も、その場で垂れ流せ──」

 

 ドピィは絶叫した。

 すると、最初に尿意を訴えた女魔道師が泣くような小さな声をあげたと思った。そいつの座っていた床に水たまりが拡がっている。やっと、その場で尿をしたみたいだ。

 さらにもうひとりもまた泣きだして、失禁をした。

 ドピィは鼻を鳴らした。

 

「いくら泣いてもいいが、回復術はかけ続けろ。命令だ──」

 

 ふたりには、しっかりとドピィを「主人」とする隷属処置をしている。こいつらに限らず、賊徒軍の魔道使いの全員に隷属処置をしていた。

 ほかの兵士と異なり、魔道師というものは、大きな力を持つ。裏切らないためには、隷属させるしかないのだ。

 

 とにかく、ドピィを庇って銃弾を受けたシャロンの応急処置は終わったが、いまだに目を覚まさない。

 高位の回復術の遣い手がいれば、瀕死の重体に陥ったシャロンを回復させられるらしいが、口惜しいがここには低級の回復術を使える女魔道師がふたりいるだけだ。

 治療術、または、回復術と称する魔道は、白魔道を呼ばれる高位魔道であり、その遣い手は非常に少ないらしい。

 だから、低位とはいえ、賊徒団の中にふたりも回復術の遣い手を見つけることができたのは運がいいことなのかもしれない。

 だが、こいつらがそろそろ限界なのもわかっている……。

 

 どうしたら……。

 ドピィは苛立ちをぶつけるように、手で思い切り椅子の手すりを叩いた。

 すると、寝台の反対側の女魔道師たちがびくりと身体をこわばらせるのがわかった。

 

「頭領……」

 

 そのとき、扉の向こうから声がかかった。

 ゼンキという男であり、潜入工作や情報収集に長けた部下のひとりだ。このゼンキには、ガヤの城郭に移動をした王太女軍と、ガヤの住民の状況について調べさせていた。

 さらに、シャロンを助けることができる回復術の遣い手も捜索させていた。

 そのゼンキが戻ってきたのだ。

 

 窓から外を確かめる。

 いつの間にか陽が暮れて、夕方から夜の時間になっていたみたいだ。

 ゼンキに命じていた定期報告の刻限だ。

 

「入れ」

 

 ドピィは扉に向かって言った。

 ゼンキが入ってきてドピィに前に跪く。そのとき、ちらりと女魔道師たちに目を向けたが、すぐに視線をドピィに向けた。

 また、このゼンキにもまた、ドピィを主人とした隷属具を首につけさせている。

 つまりは、ゼンキについても、ドピィの「奴隷」ということだ。

 さもなければ、このシャロンがいる部屋に、ゼンキを出入りさせるわけがない。

 

「まずは、ガヤの状況について……。南王軍の司令官のリー=ハックが処断されました。その取り巻きについても……。南王軍の軍権は、完全に王太女が乗っ取ったかたちになりました。すでに指揮の譲渡は完了していて落ち着いております。いずれ、行動を開始するでしょう。王太女は、南王軍に対して、すぐに出動できる準備を整えるように命じております」

 

「大人しい王女だと思ったが、司令官を簡単に処刑するとは意外だったな。それとも、あのロウかな。ところで、エルフの女王が一緒にいるというのは本当か?」

 

「確かなようです。ロウと一緒に合流したみたいです。信じられませんが、事実のようです」

 

「そうか……」

 

 ドピィは舌打ちした。

 あの司令官がそのまま軍権を握っていてくれていれば、賊徒側としては非常に都合がよかったが、残念ながらあの王太女は、ついに南王軍の指揮権を握ったみたいだ。

 だとすれば、王太女が掌握した南王軍をこのワルム砦に向かわせることは必至だろう。

 そこにエルフの女王ほどの魔道遣いが加わっているとすれば、これ以上に厄介なことはない。

 

 しかし、エルフの女王か……。

 大陸一の白魔道の遣い手か……。

 

 そのエルフ女王……。さらえないだろうか……。

 

 もしも、さらってくることができれば、シャロンの命を回復させることは可能なのだ。

 だが、ドピィはすぐに、自分の考えを打ち消した。

 仮にさらうことに成功したとしても、エルフ女王ほどの高位魔道遣いを支配するほどの隷属具が存在しない。

 さらったとしても、シャロンを助けるように命令できない。

 

「王都に向かわせた者からの情報は? スクルズ殿が生きていると噂はどうだった?」

 

 瀕死の者を回復させるほどの白魔道の遣い手として有名なのは、第三神殿の神殿長だったスクルズだ。

 しかし、この国の国王が閨に侍ることに応じなかったスクルズに腹を立てて処刑してしまったというのは、ドピィでさえも、その話は耳にしていた。

 だが、一方で、そのスクルスが生きていて、あちこちで奇跡を起こしているという噂もあるのだ。

 ドピィは万が一の可能性にかけて、移動術の護符を渡して、ゼンキの部下を王都に向かわせてもいるのだ。

 

 いずれにしてと、治療術を遣える魔道遣いはいくらもいるが、いまのシャロンを救える高位術者となれば、見つけるのは簡単ではない。

 ドピィですら、国内で思いつくのは、かつての神殿長のスクルズだ。あるいはローム地方にある大神殿にいる聖女こと、マリアーヌだ。

 だが、エルフ女王同様に、大神殿の聖女に手が届くとも思えない。 

 

「スクルズ様の処刑は確かな事実でした。生きている可能性もほぼありません。残念ながら……」

 

「……わかった」

 

 ドピィはがっかりした。

 それほどに期待していたわけではないが、シャロンを回復させる算段がひとつひとつ消されていくことは口惜しい。

 

「では、下級でもいい。回復術を扱える魔道遣いを見つけたか?」

 

 目の前のふたりの交代要員を見つけることは、目下の重要事項だ。

 このふたりには、疲労死するまで回復術をかけさせ続けるつもりだが、その後を継がせる者を可能な限り早急に連れてくる必要がある。

 

「そっちについては、三人ほど手配がつきそうです。魔道封じをして、拷問をして隷属具の処置をしています。奴隷化が完了した者からこっちに連れてきます」

 

「おう、ありがたい──」

 

 ドピィは思わず声をあげた。

 これで少しはシャロンの命を繋ぐことができる。

 また、シャロンに近づける者には、すべて隷属魔道をかけることを決めている。

 もはや、ドピィは誰のことも信用するつもりはない。

 死にかけているシャロンに近づけるのは、ドピィのほかには、ドピィが隷属処置した者に限ると決めており、集めさせる回復術士についても、隷属処置することを指示していた。

 奴隷化には、口だけでなく、心からの屈服が必要であって、一般には大なり小なり拷問が必要だ。

 ゼンキは部下にそれをさせているのだろう。

 

「ところで、もしかしたら、高位魔術遣い……高位の白魔道を扱える者をさらえるかもしれません。現段階では、不確かな情報ですが、ガヤの南方軍には、エルフ女王のほかに、ふたりの高位魔道遣いが存在するのを確認しています。そのうちのひとりは童女ですが、こっちは確実に高位の白魔道を扱えます」

 

「た、確かか?」

 

 ドピィは思わず膝を打った。

 もしも、その魔道遣いをさらえれば、シャロンを助けられる。

 さらってしまえば、隷属するのも難しくない。童女というならなおさらだ。徹底的に追い詰めて、隷属の誓いをさせてしまえばいいのだ。

 対して時間もかからないだろう。

 

「この情報は確かです。ガヤの城郭には、まだまだ、俺たちに同調する者が大勢います。軍営の中の軍属にもです。かなりの危険な策になりますが……」

 

「問題ない。やれ──」

 

 ドピィははっきりと言った。






【作者より】

 しばらく間隔が開きました。
 活動報告にも書きましたが、3月の初旬に、突然に倒れてしまい、手術をして2週間ほど入院しておりました。
 もともと、この春に転職を予定しておりましたが、入院を機に時期を早め、これまでの会社を退職して、退院後に新たな職につくことにしました。
 生活環境が変わることもあり、どのくらいの間隔で投降を続けられるかわかりませんが、現段階では、一話ごとの文字数を3千字ほどにして(これまでは、少なくて5千字、7千字を目途に執筆しておりました。)、できるだけ頻度を確保できればいいかなと思っております。
 いずれにしても、倒れたときに、すぐに治療できたこともあり、後遺症もなく回復することができました。
 引き続き、本作品をよろしくお願いします。


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786 天才になり損なった男

「……ひと言で表現すると“天才”ね。いえ、天才になり損ねた青年というのが適切かもしれないわね。ルーベン=クロイツの名で、この国の王立の魔道科学会に送られた古い論文の中に十数個の彼の提出したものを発見したわ」

 

「ルーベン=クロイツか……。それがドピィの本名というわけか、享ちゃん?」

 

「ええ、お兄ちゃん。子爵家の令息。でも十年前に、その子爵家は没落しているわね。そのときに、彼の提出していた論文もうやむやになったみたい。少なくとも、このハロンドール王国で、彼の提出した魔道技術が評価された形跡は皆無だったわ」

 

「魔道論文? 彼は魔道遣いなの?」

 

 エリカが口を挟んだ。

 

「いえ、そうじゃないみたいよ。だけど、魔道理論については精通していたようね。ほかの系統のものもあったわ。多方面にわたる分野をつまみ食いのように考察しているわ。いわゆる天才肌ね。とにかく、古い資料綴りに放置されていた彼の論文は、実に独創的で画期的だったわ。彼がそのときに、適正な評価を受けなかったのは、この王国の落ち度ね」

 

 享ちゃんが淡々と説明を続ける。

 クロイツ領の港湾都市ガヤの司政府である。いまは、駐留している南王軍の司令部になっており、南東軍の指揮権をイザベラに乗っ取らせてからは、一郎たちもまた、この政庁に移動をしてきていた。

 もちろん、女たちも一緒であり、いまは、王太女の執務室ということになっている部屋を陣取り、享ちゃんが調査をしてきたドピィに関する情報をみんなで聞いているところである。

 一郎は部屋にある横長のソファに座り、説明者のケイラ=ハイエルこと、享ちゃんは向かい側のソファだ。ほかに、イザベラ、イライジャ、エリカ、コゼ、シャングリア、スクルド、ガドニエルなどが、めいめいソファに座っている。一郎の両隣は、ガドニエルとコゼだ。

 そして、イザベラの女官長のヴァージニアや侍女、エルフ族の親衛隊も五人ほどいる。

 ほかの者は、それぞれにあてがわれた私室だ。

 それなりに広い部屋なのだが、さすがに女の匂いがむんむんする。

 もちろん、一郎はその匂いが嫌いではないが……。

 

「王国の古い情報がエルフ族の長老殿の調査で、そこまで、王国の機関のことが筒抜けになるというのは、いささか問題がありすぎるな」

 

 イザベラが大きく嘆息した。

 

「王太女様には悪いけど、ハロンドール王国の機密事項なんて、ざるもいいところよ。まあ、いまは国が荒れていて、国家組織が崩れているということもあるんでしょうけどね」

 

「王都を回復できた暁には、もちろん享ちゃんが王国の態勢のたて直しを手伝ってくるんだろう?」

 

 一郎はにっこりと微笑んだ。

 

「も、もちろんよ──。任せておいて──。機密なんて絶対に漏れない情報態勢をこの国に整えてあげるわね」

 

 すると、享ちゃんが顔を赤くして、意気込むような表情になる。

 享ちゃんにしても、ガドニエルにしても、一郎がなにか頼み事をしようものなら、本当に嬉しそうな顔をしてくれる。

 ありがたいことだ。

 

「ちょ、ちょっと、待ってくれ──。ありがたいが、ロウの完璧な息がかかっているとはいえ、他国であるエルフ国に、我が国の王立組織の立て直しを任せるというのは……」

 

 だが、イザベラが慌てたように口を挟んできた。

 

「固いことを言うな、姫様。すべて、独裁官の俺に任せてくれ。絶対に悪いようにはならないから……」

 

「いや、信頼していないわけではない。しかし、次の世代、さらに次々代のことを考えれば、そこまで王国の内部機能について、他国に晒すわけにはいかないのだ──」

 

「まあまあ、先般のことでは不覚をとったとはいえ、あれは、このガドのせいだし、エルフ王国を知り抜いているラザニエルが敵側に回っていたことが原因だ。任せてしまえ。酸いも甘いも知り抜いたエルフ古王国だ。情報態勢の知恵をもらうといい」

 

「だから、そういう問題じゃなくて……」

 

 イザベラがロウに詰め寄るように身体を寄せた。

 しかし、一郎は笑いながら、その腕を掴んで胴体ごと引き寄せる。そのまま、一郎の身体を対面で跨ぐように一郎の脚の上に載せてしまった。

 イザベラの身体が一郎に密着する。

 

「わっ、わっ、な、なにをする──」

 

 一郎に抱きしめられるかたちになったイザベラが激しく狼狽するのがわかる。

 

「あらまあ」

 

 スクルドが横でにこやかに笑う。

 

「じゃあ、独裁官と王太女様で、膝を突き詰めた話し合いというこか? 膝じゃなくて、突き詰めるのは腰かもしれないけどね」

 

 一郎はイザベラの両手を背中に回せると、粘性体を飛ばして拘束してしまった。

 愛撫を続ける。

 下着の上からイザベラの股間を強く弱く擦る。

 スカートの中に手を入れて、ゆっくりと下着の上から敏感な場所を刺激していく。

 

「ひやっ、なっ、な、なにを……する──。ひああっ」

 

 イザベラの身体が跳ねあがり、その唇から甘い声が噴きあがる。

 一郎の指が動くたびに、イザベラの身体がびくんびくんと震えるのが面白い。一郎の指が動いている下着は、あっという間にびしょびしょだ。

 まあ、例によって、一郎だけに感じることができる「快感の赤いもや」に従って刺激を加えているのだから当然だ。

 

「姫様、話し合いだ。享ちゃんたちの協力を仰ぐことに同意するよな? それとも、このまま、話し合いを続けようか? 十回ほど連続絶頂すれば、俺の意見に従ってくれるかな? それとも、焦らし責めがいいか? 寸止めを一ノスほど続けようか?」

 

 あっという間にイザベラが絶頂に突き進んでしまったので、一郎は愛撫を押さえて、ぎりぎりの宙ぶらりんの状態でとめてしまう。

 イザベラの悶え方が激しくなる。

 

「あっ、ああっ、や、やめよ──。ひ、卑怯だぞ──。こ、こんな話し合いなど……、あ、あるか。シャ、シャーラ──、ヴァージニア──。な、なんとかせよ──。ああ、ああああっ」

 

 イザベラが身体をのけぞらせて悲鳴をあげた。

 

「な、なんとせよと、申されても……」

 

「わ、わたしたちでは、ロウ様のことは……」

 

 シャーラもヴァージニアも顔を真っ赤にして、困惑の態度だ。

 

「わ、わたしも、腰を突き合わせた話し合いとやらを……」

 

 すると、横のガドニエルが物欲しそうな表情で口を挟む。

 いつものように淫乱な女王様だ。一郎はイザベラを愛撫しながら苦笑した。

 

「じゃあ、あたしも可愛がってください」

 

 コゼもまた一郎に密着してきて、一郎のうなじを舐める仕草をしてきた。

 

「ふふふ、可愛い王太女様ね……。話を続けていい、お兄ちゃん?」

 

「ああ、頼む、享ちゃん」

 

 一郎は頷きつつも、イザベラのスカートの中から下着を収納術で消してしまう。

 そして、自分のズボンの前部分から怒張を露出させると、イザベラの股間にそのまま挿入してやった。

 

「あああっ、いいい、んふううう」

 

 イザベラが拘束されている身体をがくがくと震わせる。

 だが、絶頂しようとする寸前に、一郎は刺激を一時中断した。

 

「うくううっ、ロ、ロウ──。そ、そなたは──」

 

 一郎の肩に頭を載せていたイザベラが顔をあげて、一郎を睨む。

 だが、すかさず、一郎はイザベラのクリトリスを指で擦ってやる。

 

「うわあっ、あああっ」

 

 またもやイザベラが跳ねる。

 一郎は腰を数回激しく揺すって、イザベラの「快感値」を絶頂寸前に引きあげてから、またとめる。

 

「ロ、ロウ──。や、やめてくれ──。わ、わかった。わかったから──。従う──。言うことをきく──」

 

 イザベラが身体を弓なりに保ったまま叫んだ。

 

「……じゃあ、そういうことで……」

 

 一郎はイザベラを絶頂させるための刺激を腰を動かして与える。

 貫いている怒張で、快感のは強い場所を数回激しく亀頭で擦ると、イザベラはあっという間に果ててしまった。

 一郎はそのまま、イザベラの中に精を放った。

 

「ああああっ」

 

 イザベラが激しく絶頂して、そのまま脱力してしまった。

 

「容赦ないな」

 

 すると、ソファの後ろに立っていたシャングリアが笑った。

 

「ほんと……」

 

 エリカの嘆息も聞こえた。

 

 何事もなかったかのように、享ちゃんが咳払いをしてから口を開く。

 

「……じゃあ、話を戻すわね。とにかく、そのドピィこと、ルーベン=クロイツの論文は、エルフ族長老のわたしから見ても、画期的な内容だと思うわ。魔道を遣えない者でも扱える簡易的な魔道護符……。下級魔道を活用した製鉄術や火薬術による銃の量産化……。ほかにも、医療、建築などの論文が提出されているわ。いずれも、具体化までには至らない発想段階だけど、見る者が見ていれば、その時点で評価されてもいいはずね」

 

「そのルーベンは、王立の魔道科学会とやらでは、評価を受けなかったんだな」

 

 一郎は訊ねた。

 一方で、イザベラはまだ一郎に身体を預けたまま荒い息をしたままだ。挿入をしたまま抱きしめる。

 

「そのようね。その経緯はわからないわ。もしかしたら、彼の実家が没落してしまったことに関係があるかもしれないわね。また、その少し後の時期に、そのルーベンの論文技術を使って、タリオ公国が銃の量産化に成功していることを考えれば、彼の論文がその王立魔道科学技術会からタリオに散逸した可能性もあるかもね。さっきも言ったけど、この国の情報保全態勢はざるだから」

 

 享ちゃんが肩を竦めた。

 

「さっきの話と合わせれば、才能はあったが正しく評価を受けず、さらに実家が没落して、婚約者のシャロン侯爵夫人も失ったということか。だから、その恨みが背景になり、このクロイツ領を狙ったということになるのか? だったら、王国そのものも恨みの対処か?」

 

 シャングリアが口を挟む。

 ルーベンことドピィと、シャロン=クロイツ侯爵夫人の因縁については、すでに説明を受けている。

 シャロンというのは、ゲーレ村の戦いのときに、一郎の銃弾から身を呈してドピィを守った女のことだろう。

 あれは、どう見ても、人質になっている女の行動ではなかった。

 侯爵夫人は、望んでドピィと行動を共にしていると考えていい。イザベラからも同様の意見を受けている。

 それにしても、あの侯爵夫人は生きているか?

 一郎の銃弾を受けた瞬間では、“瀕死”のステータスが出ていたが……。

 

「ロ、ロウ、い、いい加減に抜いてくれ……」

 

 そのとき、イザベラが腰を悶えさせながら言った。

 

「ふふふ、可愛いわね。なんか、もっと苛めたくなっちゃうかも」

 

 すると、ずっと黙っていたイライジャがくすくすと笑った。

 

「おっ、いいぞ。じゃあ、ここにいる全員で遊ぶか? とりあえず、責め側と受け側に分かれよう。受け側で遊びたい者は下着姿になれ。順番に拘束してやる。その代わり、受け側はきついぞ。うんと激しく責め立ててやる」

 

 一郎は笑って言った。

 

「まあ、楽しみですわ」

 

 最初に反応したのはスクルドだ。

 服を脱ぎ始める。

 さらに、喚声があがり、イザベラを除く女たちが一斉に服を脱ぎだした。

 一郎は目の前のイザベラの衣服を収納術で剥ぎ取ってしまうと、この部屋にいる全員とともに仮想空間に迎え入れた。



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787 童女魔道師の誘拐

 ガヤの南王軍司令部に移ってからのミウたちの部屋は、三名から四名ごとの分室である。

 ミウとしては、エルフ族の都の水晶宮にいたときのように、全員で大部屋に集まって過ごしたいが、ロウ様たちは数日以内のうに、ゲーレの里からワルム峡谷という場所に逃亡した賊徒団への攻撃を計画しているらしく、王太女たちとともに話し合いをずっとしている。

 だから、まだ子供ということで、ミウたちは話し合いに参加することなく、私室ですごすことを余儀なくされていた。

 

 もっとも、邪魔者のように放置されているわけではない。

 ロウ様は、一日に一度は、必ずミウを呼んでくれて、優しく犯してくれる。しかも、賊徒団との戦いで頑張ったご褒美ということで、ミウと二人だけの時間を作ってくれて、ふたりきりで調教をしてくれるのだ。

 

 昨日などは、仮想空間のことだが、美しい高原が見える「温泉」に連れて行ってくれて、身体の洗いっこをしてくれた。

 ミウは指錠という道具で後ろ手に拘束されて、ロウ様から全身に泡を塗られて全身をくまなく洗ってももらった。

 それこそ、頭のてっぺんから足の指先まですべてだ。お尻の穴や膣の中まで指で擦られた。

 我慢しろと言われたけど、どうしても我慢できずに、五回は絶頂したと思う。

 そのたびにロウ様が、お仕置きだと言って、ミウの乳首や最後にはお股の豆をきゅっと抓ったりした。

 

 もちろん、痛みで悲鳴をあげたけど、実はぞくぞくとなって不思議な気持ちにもなった。多分、ロウ様にされるなら、痛いことも、つらいことも、気持ちいいことに変わってしまうみたいだ。

 やっとロウ様によるミウの身体洗いが終わって、ふらふらになっても、ロウ様はミウを許さず、ミウがロウ様の身体を洗うことを命令した。だけど、ミウの両手は背中で拘束されているので、洗うといっても、ミウの胸やお股に泡をつけてロウ様の全身を洗うのだ。

 

 ロウ様は、これも調教だと言って、ミウの身体の感覚を五倍くらいに敏感にして、しかも絶頂できないように、なにかの術をミウにかけた。

 さらに、ミウの身体にまぶした泡には、ロウ様にはなんでもないけど、ミウには痒みを感じる細工をしていたみたいで、それを胸や股間につけられたミウは、その痒みでもすごく苦しんだ。

 だから、ミウは痒みを癒やすために、ロウ様の肌に胸やお股を擦りまくり、感度をあげられているので気持ちよさが爆発し、だけど絶頂ができなくて、最後には立てなくなってしまい、ロウ様に犯してくださいと、泣きべそをかきながらお強請りしてしまった。

 すると、ロウ様はやっと、ミウの手を自由にして、お湯の中で犯しくれた。

 しかも、口の中と、お股と、お尻の全部に精を注いでくれたのだ。

 

 ずっごく、愉しかった。

 多分、今日もミウを呼んでくれるのだろう。そう言っていた。

 

 愉しみだ。 

 

「じゃーん、新参者の会の皆様、これを見てください。これがあれば、この会ももっと充実すると思います。どうですか──。すっごいでしょう」

 

 ミウは収納術でしまっていた一本の張形を取り出して、イットとマーズとユイナの前にかざした。

 ミウたちがあてがわれているガヤの司令部内の私室である。

 もうすぐ夕食になるような時間だったが、作戦のためのロウ様たちの話し合いが長引いていて、まだ呼び出しはない。

 この四人がミウが作った「新参者の会」の構成員であり、そして、たまたま、この司令部内に当てがわれた部屋でも同室だった。

 ミウがかざしたのは、新参者の会の中では定番のフェラ練習に使うために、新たに作った張形だ。

 かたちも色もロウ様の性器が勃起したときにそっくりの外観であり、肌質までも再現している。

 まさに傑作品である。

 

「えっ、これ……」

 

「なんか、生々しいな」

 

 だけど、イットとマーズは、喜ぶというよりは困惑した感じだ。

 もっと嬉しがると思っていたので、ちょっとだけがっかりだ。

 

「そんな破廉恥な物をこしらえる知恵を与えたのは、あんたの師匠の一号かしら」

 

 ユイナは自分の寝台に寝そべって、こっちに視線を向けていたが、呆れたように言った。

 思っていた反応と違う。

 こんなにロウ様の「お道具」にそっくりなのに、どうして喜ばないのだろう。

 

「一号というのはスクルド様のことですか?」

 

 ミウは訊ねた。

 まあ、これを作るときに実際に協力してもらったのは確かにスクルドだ。ミウだけでは、なによりも、これだけ完璧なロウ様の勃起状態のかたちを覚えてない。

 

「淫乱一号はその乳女。二号は残念女王様よ。さしずめ、あんたは三号ね。最初は大人しそうな子供かと思ったけど、見た目と中身の差が激しすぎるのよね。立派な淫乱三号よ。きっと魔道力が高いと、淫乱も跳ねあがるのね」

 

 ユイナが小馬鹿にするような笑いをしながら言った。

 だけど、口調ほどユイナに悪気はないのはわかっている。ユイナはなんだかんだで優しい。本当に危ないときには、全力でミウを助けてもくれる。

 今回の旅で、ミウはそれがわかった。

 

「ありがとうございます、ユイナさん。じゃあ、最初にやってみましょうか。この“おちんぽ様”には仕掛けがあるんです。特別な魔道をかけていてですね。奉仕の水準が合格すると、ミルクと蜂蜜を混ぜて作った汁が飛び出すんです。それを目安に練習できます。凄いでしょう──?」

 

 ミウは説明した。

 なによりも苦労したのは、どういう状況になったら内蔵の汁が飛び出るようにするかということだ。

 フェラ奉仕というのは、刺激が弱くてもいけないし、強すぎてもいけない。相手を見てそれに応じた変化をつけながらすることだし、だから、無機質の張形にどういう細工をすれば、快感というのを再現できるのかということがわからなかった。

 スクルドや魔妖精のクグルスまでも呼び出してもらって、あれやこれやと話し合い、舌で与えられる刺激度というのを数値化して、三百以上の魔石の破片を埋め込み、その三百個の魔石片が受ける刺激度の合計が一定水準になると汁が飛び出すというかたちで作ったのだ。

 だから、ただの張形ではない。

 これ一本に、十以上の魔道が重ね掛けをしてある超高級魔道具だ。

 

「なんでわたしが最初なのよ──。しかも、“おちんぽ様”って、なんて名前よ──。とにかく、そういうのはリーダーからやりなさい。それはともかく、あんたの変態度もだんだんと桁上がりしていくわねえ」

 

 ユイナが呆れたように言った。

 ミウはにっこりと微笑みを返した。

 

「ありがとうございます、ユイナさん。褒めてもらえて嬉しいです」

 

「お礼を言うところじゃないわ。いまのわたしの言葉のどこに、褒める要素を感じたのかさっぱりわからないわね」

 

 ユイナが鼻を鳴らした。

 

「とにかく、わかりました。じゃあ、あたしが最初にします。じゃあ、マーズかイットがこれを腰につけてくれる? この革下着に根元を装着できるようになっているの。やっぱり、人の腰につけないと感じでないし……」

 

 ミウはさらに革下着を取り出した。

 ロウ様が調教に使う貞操帯に似ているが、これは内側ではなく外側に張形を装着できるようになっているのだ。

 

「はああ──。それをつけるのか──?」

 

「ええっ、本当に──?」

 

 マーズとイットが真っ赤な顔になって声をあげた。

 

「どっちでもいいよ。下着の上からでいいから」

 

 ミウはふたりに革下着を突きつけた。

 なぜか、マーズとイットは目を丸くして硬直した感じになっている。

 

「い、いや、それは……」

 

「ちょっと、さすがに……」

 

 ふたりとも躊躇している。

 ミウはちょっと困ってしまった。

 

「じゃあ、あたしが装着しようか? だったら、やっぱり、ユイナさんが最初に……」

 

「だ、か、らああっ──。なんで、わたしを巻き込むのよ──」

 

 ユイナが怒鳴った。

 そのときだった。

 部屋の扉が叩かれて、あてがわれている侍女の声がした。侍女といっても本職ではなく、司令部の将校の世話をするために雇われた町女たちだ。

 司令部の主人は、あの司令官から王太女のイザベラに変わったが、その世話女たちは、そのまま司令部に雇われていた。

 収納術で張形と革下着を隠して返事をした。

 

「失礼します。ミウ殿にロウ様から伝言です。すぐに来て欲しいとのことです。ご案内します」

 

 侍女が頭をさげた。

 

「ミウだけ?」

 

 ユイナだ。

 

「はい。」

 

 だったら、今日の呼び出しだと思った──。

 ロウ様は、仮想空間という不思議な術で、時間の経過なしに女たちと遊ぶことができる。

 だから、夕食とか気にしないで、遊んでくれる。

 終われば、一瞬後に戻るだけなのだ。

 多分、作戦のことが終わり、ミウを食事の前に呼んでくれたのかもしれない。

 

「すぐに行きます」

 

 ミウは嬉しさで心がいっぱいになるのを感じながら立ちあがった。

 

「ちょっと待ってよ。あいつがあんたら世話女に伝言を頼むなんて珍しいわねえ。いつも、直接に来るか、王太女の侍女たちを使うのに」

 

ユイナが横になったまま言った。

 そういえば、そうかと思った。ロウ様はあまり周りに自分の女以外を近づけない。だから、世話をする町女の侍女はロウ様には近づけないし、だから、伝言を頼むという状況にもなりにくい。

 

「皆様、立て込んでおいでのようでした。作戦室での話し合いに参加をしていただきたい感じでしたよ。それ以上のことはあたしには……」

 

 彼女が困ったように言った。

 だったら、ミウを調教してくれるための呼び出しではなく、賊徒の戦いについてのミウの役目に関することかもしれない。

 調教でないのは残念だけど、ロウ様のお役に立てるなら、それにまさることはない。

 

「わかりました。行きます」

 

 ミウは侍女と一緒に扉に向かう。

 すると、イットもついてきた。

 

「一緒に行くよ、ミウ」

 

 三人で部屋の外に出た。

 侍女の案内で進む。

 

 作戦室といっても、それに応じる場所は三箇所ほどあり、内容によって部屋を使い分けているので、今日の場所がどこなのか、ミウも知らない。

 

 中庭を歩き進む。

 そのとき、大きなお腹をした妊婦の侍女が横切った。

 背をそらしながら危なっかしい足取りで、カートを押しているなと思ったが、目線の先で突然に右手をカートにかけたまま、不意にうずくまってしまった。

 

「メリー、大丈夫──?」

 

 先を進んでいた侍女が駆け寄っていく。

 顔見知りらしい。妊婦はメリーという名前みたいだ。

 

「大丈夫ですか?」

 

 ミウとイットも駆け寄る。

 

「治療術をかけましょうか? 問題ありませんか?」

 

 ミウは声をかけた。

 貧血みたいだが、妊婦の場合は安易にかけることは用心しなければならない。お腹の中の子供に魔道が影響する場合があるのだ。

 もちろん、それを考慮して魔道をかけるつもりだが、まずは彼女に確認する必要がある。

 

「すみません。ちょっと近くに……。手を貸してください」

 

 妊婦はミウの手を掴み身体に引き寄せるような仕草をした。さらに、イットにも反対の手を伸ばす。

 イットもつられた感じで、妊婦の手を掴んでいる。

 

 次の瞬間──。

 

 突如として、妊婦のお腹が爆発した。

 爆発したのだ。

 

「きゃあああ──」

 

「うわあっ」

 

 ミウとイットは爆風でひっくり返った。

 それほどの爆発ではなく、大きな風船が割れた程度のものだったが、それでも至近距離だったので、ミウもイットも吹き飛ばされてしまった。

 

「な、なにをする──。くわっ──。あ、あれ?」

 

 イットがすぐに立ちあがり、妊婦──。いや、妊婦に扮した女だったが、彼女に飛びかかろうとした。

 

 だが、イットは、すぐにその場に跪いた。

 見ると、イットの全身に小さな針がたくさん刺さっている。

 イットはそのまま呻き声をあげて、倒れ込んだ。

 

 イット──。

 

 ミウは呼びかけようとしたが、なぜか声が出なかった。

 そして、ミウの身体にもまた、イットのように無数の針が刺さっているのを発見した。

 

 意識が遠くなる……。

 ミウもまた、その場に倒れ込んだ。

 

 最後に感じたのは、はらわたが軽く捻られるような「移動術」特有の感覚だった。



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788 童女魔道師の受難(その1)

 気がつくと、ミウは冷たい床の上に横たわっていた。

 そして、はっとした。

 

 服はなにもかも脱がされていて、下着さえも剥ぎ取られているまったくの素裸だったのだ。冷たいのは、直接に石床に素肌をつけているからだ。

 身じろぎすると、じゃりじゃりと鎖の音がした。手首と足首の全部に革枷が装着されていて、そのすべてに鎖がある。また、足首の鎖は短くて床に埋め込まれている足幅ほどに離れた金属の金具に繋がっていた。手首の鎖は天井にあるふたつの滑車にそれぞれ伸びているみたいだ。

 

 不快で朦朧としていた意識がだんだんに覚醒すると、なにが起きているのか思い出してきた。

 司令部の中庭を歩いているときに、下働きの妊婦が倒れ、彼女を助けようとしたとき、突然に妊婦のお腹が弾けて、そのまま気を失ってしまったのだった。

 

 イットは──?

 

 ミウは、慌てて身体を起こして辺りを見回した。

 手首に繋がっている鎖がとても重い。ミウの力ではほんの少し手首を床から離すことくらいしかできなかった。それでも、上体を起きあげることには成功した。

 四方のうち三正面を石壁に囲まれた部屋だ。もうひとつの壁には鉄格子がある。窓はなく、部屋の四隅にある蝋燭が灯りを作っている。

 

 牢屋──?

 

 ミウは牢屋の中にいるみたいだ。

 少なくとも、ここにはイットはいない。

 そして、部屋の壁に背もたれのない椅子があって、それに座っている三人の大人の男女がミウを見つめていた。ふたりが男であり、もうひとりは女だ。その女があの妊婦であることに気がつき、ミウは驚いた。お腹は膨らんでおらず、ぺちゃんこだ。

 

「目が覚めたね。与えられている時間がないから無理矢理に起こそうかと思っていたところさ」

 

 女がくすくすと笑った。

 薄い光なので細かい表情まではわからないが、笑っているにも関わらず女の顔にはまったく感情というのが浮かんでいなかった。

 ただ、暗い愉悦のようなものがふたつの眼にぎらぎらと浮かんでいるように思った。

 こんな表情の人間をミウは見たことがある。

 両親を遊びのように殺して、さらにミウを強姦したクライドだ。ミウはぞっとした。

 

 だが、ミウは口から迸りそうな悲鳴をとっさにの呑み込んだ。ミウはあのときのミウではない。

 ミウが捕らわれたのは確実なのだろう。懸命に冷静になろうとした。

 女の年齢は三十くらいだ。

 残りの男も同じくらいの歳だと感じた。女に比べれば、ふたりの男はミウに対する憐憫とか、戸惑いのような表情を向けている

 

「イットはどこですか──?」

 

 ミウは声をあげた。

 

「最初に訊ねるのがそれかい? あの獣人なら知らないね。あたしたちが命じられたのは、あんたをさらうことだけだしね。そのまま放ってきたよ」

 

 女が言った。

 どうやら、イットが無事みたいなのはほっとした。あの針は即座に失神するほどの毒が塗ってあったみたいだが、命に別状はないみたいだ。ミウがいま、大丈夫なのがその証拠だ。

 あそこにイットが捨て置かれたなら、すでに助けられていると思う。

 

「そ、そうですか……」

 

「それよりも、教えてくれる? なにかの偽装魔道をかけているのかい。なにしろ、簡易鑑定では、あんたは“奴隷”と鑑定されたけど、高位鑑定では隷属の反応はなかった。こんなことは初めてでねえ」

 

 鑑定?

 わからない。

 

 奴隷だというなら、ミウはロウ様の奴隷なのだろう。だけど、いわゆる、奴隷の魔道を刻まれた普通の奴隷身分だと訊ねられればそうではないのだと思う。ロウ様は、自分の女を奴隷管理したりはしない。コゼさんだって、かつては奴隷だったけど、ロウ様に解放されたと口にしていた。

 

「あ、あなたの言っていることはわかりません」

 

 ミウは必死に怖さを抑えて、小さくかぶりを振ってみせた。

 

「ふうん……。年齢のわりには落ち着いているじゃないか。もっと泣き叫ぶかと思ったけどねえ。まあいい。お前には隷属具はつけられてないし、身体のどこにも隷属の紋様はない。だったら、その首輪に隷属を刻むだけさ。あんたに恨みはないけど、さっさと屈服してもらうよ」

 

 首輪?

 ミウはやっと自分の首になにかがあることに気がついた。首輪というのであれば、そうなのだろう。

 しかし、隷属の首輪?

 慌てて魔道で壊そうとした。ミウの能力からすれば、それくらいのことは造作もない。

 だが、放出しようとした魔力は一瞬にして発散してしまい、魔道を結ぶことはできなかった。そのことで、ミウは自分におそらく魔道封じが装着されていると思った。

 そして、四肢に装着されている革枷の内側の全部になにかがあることに気がついた。これがミウの魔道を封じているに違いない。

 

「やりな」

 

 女が男に向かって顎で合図をした。

 すると、男たちが立ちあがり、そのうちのひとりが壁にある操作具に手をかけた。

 天から音がして、両腕の鎖が二方向に引きあがり始める。

 

「なにも喋る必要はないよ。口だけの誓いでは、隷属は刻まれないしね。あんたはただ屈服すればいい。恐怖を感じて、心を縮ませ、残っているかもしれない反抗心というのを失えばいいのさ」

 

 女が白い棒のようなものを持ってミウに近づいてきた。

 そのあいだも、手首につけられている鎖は引きあがり、ミウは立ちあがる状態になった。

 さらに鎖が引きあがる。

 両腕がまっすぐに伸びて、天井に向かって左右に開いた。ミウの背中が真っ直ぐになって、ぐっと背伸びをした格好になる。

 

「ううっ」

 

 苦しさに呻き声が出た。

 すると、やっと鎖がとまった。

 

「合図もしないのに勝手にとめんじゃないよ──。この童女さんは、まだまだ屈服からほど遠い状態だ──。それがわからないのかい──」

 

 すると、女が男たちを振り返って怒鳴りあげた。

 

「は、はいっ」

 

 操作具にいた男が慌てたように手を伸ばす。

 鎖が再びあがり始める。

 

「きゃあああ」

 

 爪先立ちだった足が浮きあがったのだ。

 しかし、足首には床に接続した鎖が繋がっている。だから、ミウの身体はそれ以上はあがらない。

 身体が限界まで伸び上がり、それでも鎖が引き上げられる。

 

「あがああっ」

 

 ミウの全身に激痛が走った。

 

「とめな──」

 

 やっと女が男に声をかけてくれて、鎖がとまる。

 だけど、痛い──。

 身体が千切れそうだ。

 ミウは口から呻き声を漏らしていた。

 

「隷属魔道を刻むほどの屈服をしたかどうかは、眼を見ればわかる。あたしが拷問をした相手の中には、もっと幼い子供もいたね。子供だから手加減をしてもらえると思ったら諦めな。あんたは大人顔負けの魔道遣いらしいからね。最初から飛ばしていくよ」

 

 女が空中に四肢を拡げて限界まで伸ばしているミウの裸の下腹部に、白い棒の先端を押し当てた。

 

「ひぎゃああああ」

 

 全身が飛び跳ねて、ミウの裸身が信じられないくらいの激しさで勝手に痙攣した。

 強い電撃だ。

 ミウはありったけの大声で悲鳴を迸らせていた。

 

「いだいいいい──。やめでえええ──」

 

 ミウは泣きじゃくった。

 しばらくして、やっと棒が離れた。

 ミウはがくりと脱力した。

 

「驚いたねえ。この電撃で屈服しないとわねえ……。ちょっと、あんたへの評価を見直さないとね。ただの大人しい子供じゃないみたいだね」

 

 女が酷薄に笑った。

 

「……あ、あたしは、ロ、ロウ様のせ、性、性奴隷です……。く、屈服なんか……」

 

 口惜しくてミウはありったけの気力を振り絞って、女に向かって顔をあげた。

 すると、女はさらに大笑いした。

 

「破瓜が終わっているのは、身体を調べてわかっているよ。その年齢で生娘じゃないのは大したおませさんだね。まあ、このあたしも、最初に男に強姦されたのは、あんたよりも、ずっと幼いときだったけどねえ」

 

 女が再び棒を下腹部に押しつけた。

 今度はさらに股間に近い位置だ。

 

「んぐうううう」

 

 激しい電撃の激痛がミウを襲う。

 今度はさらに時間が長い。

 ミウの裸身は電撃のために宙で踊り続ける。

 しかし、今度は悲鳴をあげてやるものかと、懸命に口をつぐみ続けた。

 そして、電撃がとまる。

 

「ほう……。さらにびっくりだよ……。もしかして、助けられることを期待しているかい? だけど、無理さ。この砦には魔道を封じる魔石が無数に埋め込まれている。エルフ族の魔道でも入り込めないし、力づくの潜入も不可能だ。ドピィ様の陣に穴などないからね」

 

 女が言った。

 やっぱり、賊徒の砦だとわかった。

 もしかして、人質にするために、ミウはさらわれたのだろうか。

 捕らえたミウを隷属したいのだということだけはわかるが……。

 

「おい、口に開口具を咥えさせな。悲鳴を我慢するなんて生意気さ──」

 

 女の命令により、男たちがミウに寄ってきた。

 後ろから髪を掴まれて、顔を引きあげさせられる。

 口に丸い球体のようなものを押し込まれて、首の後ろで革紐を結ばれた。

 

「は、はごっ」

 

 球体には小さな穴がたくさん開いているみたいだ。

 ミウの呻き声をともに、涎が溢れ出ていく。

 

「今度で終わりだよ。大人でも子宮に電撃を流されれば必ず墜ちる。これで屈服しない者はいないよ。もしも、あんたが誰かの隷属化にあるなら、それでもいい。そう報告するだけだ。でも、屈服はしな」

 

「はがああああっ」

 

 ミウは拘束されている四肢を全力で動かした。

 女の持つ白い棒がミウの股間に挿入しようとしてきたのだ。

 

「なんだい? 入らないよ? おかしいねえ」

 

 女が焦っている。

 どうやら、ロウ様の淫魔術による護りが効いているようだ。膣への棒の挿入を阻んでくれている。

 とにかく、ミウは懸命に動かない腰を可能な限り暴れさせる。

 

「まあいい。じゃあ、クリトリスだ。外からでも子宮が焼け焦げる電撃を流してやる。墜ちるなら今だよ。お前も大人になったら、好きになった男の子供くらい産みたいだろう? だけど、それもできなくなるよ」

 

 女がミウの髪を掴んで顔をあげさせる。

 ふたりの男はミウの背中側にいる。ミウの正面は女だけだ。恐ろしい顔でミウを睨みつけている。

 ミウも睨み返す。

 

 屈服なんてするはずがない。

 この女の言うとおりだ。隷属魔道を刻まれるか、刻まれないかなど関係ない。それについては、おそらく、ミウの新たに隷属魔道が刻まれることはありえない。

 ミウにも、ロウ様のなんらかの淫魔術の刻みが施されていて、他者の隷属など上書きできない。

 高位魔道を低位の魔道で上書きできないのは、魔道学の常識だ。

 

 でも、そんなことよりも、ミウはロウ様に心から墜ちている。たかが拷問くらいで、ミウの心がロウ様から離れることなどありえないのだ。

 

「嫌な目つきをするねえ。だったら、世の中には耐えられないことがあるということを知るといいさ……」

 

 女が苛立たしげに舌打ちした。

 

「ほごおおおっ」

 

 次の瞬間、膣の中の白い棒から強烈な電撃が流された。

 ミウは耐えた。

 いや、耐えようとした。

 潰し壊すくらいの力で口の中の開口具を噛む。

 反り返って上を見ている眼で天井の一点を見つめ続けた。

 

 長い──。

 

 電撃が終わらない──。

 

 ミウの股間からじょろじょろとおしっこが流れ落ちるのがわかった。

 

「最大限の電撃でも心が潰れないのかい──? 股が焼け焦げるよ──」

 

 女が怒鳴りあげた。

 まだ、強い電撃は流れたままだ。

 ミウの裸身は跳ね続ける。

 

 視界が暗くなる。

 上下の感覚がミウから消え失せ、ミウの意識は闇の中に包まれていてった。

 

「ちっ、耐えやがったよ──。電撃棒が焼け焦げたさ──」

 

 失神する寸前に聞こえたのは、女が激しく怒り狂う怒鳴り声だった……。



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789 童女魔道師の受難(その2)

「ぼほえっ」

 

 逆さ吊りをされている口からおかしな声が迸った。

 顔を横から蹴られたのだ。口には穴あきの球体の開口具を咥えさせられていたが、涎とともに血が噴き出るのがわかった。

 

 ずっと続いているミウへの拷問だ。

 ここが賊徒たちの砦であることは間違いないだろう。

 そこに誘拐されたミウへの拷問はまだ続いている。

 最初に電撃責めを浴びて失神をしてしまったミウだったが、水をかけられて目を覚ますと、いまのように、縄で両腕を背中に後手縛りをされた状態で逆さ吊りになっていた。

 両脚は大きく開いて、それぞれに足首の革枷に繋げた天井の滑車によって開脚で引き上げられている。

 そして、容赦のない拷問を繰り返されていた。

 

「気を失うなと言っているだろう──。今度、気絶しそうになったら、手加減なしに蹴らせるよ。奥歯の二、三本がなくなったって、ドピィ様には問題ないだろうからね──」

 

 ミウを拷問している女が苛立ちを隠そうとすることなく怒鳴りあげた。

 また、ミウを蹴り飛ばしたのは、女の指示を受けているふたりの男のうちのひとりだ。あれでも手加減をしているのかと、ミウは思った。蹴られた衝撃で視界が朦朧として、本当は意識を保つのも容易じゃない。

 だけど、今度失神したら、本当に殺されそうで、ミウはそれが怖くて懸命に意識を保とうとした。

 すると、もうひとりの男が壁の操作具を動かすのが見えた。

 

「んぐううっ」

 

 なにをされるのかがわかって、ミウは泣き叫んだ。

 しかし、開口具のために言葉にはならない。

 がらがらとミウの逆さ吊りの身体が引き下がり、頭が床に近づいていく。

 だが、その床には大きな木桶が置いてあり、そこには満々と水が溜められている。そこに頭を沈められるのだ。

 さっきから繰り返されているミウへの拷問だ。

 

「早く屈服しな。なにがお前を心を支えているのかは知らないけど、このあたしとしたことが、童女ひとり屈服させられないなんて恥をドピィ様に示すわけにはいかないのさ」

 

 女が吐き捨てた。

 その途端に、またもや、ミウの逆さ吊りの頭は、胸近くまで完全に浸かってしまう。

 

「んぶうううっ」

 

 ミウは苦しさにもがいた。

 だが、一生懸命にもがいているつもりでも、もはや、ほとんど身体が動いていないのもわかる。

 もう体力も残っていないのだ。

 とにかく、ミウは水の中でもがき続けた。

 

 死ぬ……。

 

 本当に死ぬ──。

 

 いつまで経っても、身体をあげてくれない。

 無意識に吸っている口の中に開口具を通して、水が入ってくる。息がしたくて呼吸を繰り返そうとするが、身体に入ってくるのは水だけだ。

 やがて、どろりとした灰色のものに意識が包まれそうになる。

 

 ロウ様──。

 

 ミウは心の中で叫んだ。

 だが、そのロウも意識の中から消滅していく……。

 

 死の直前の刹那、ミウの身体が上昇して、水の外に頭が出た。

 

「くはっ、はあっ、はあっ、はああっ──」

 

 ミウは盛大に息をした。

 すると、顔面に衝撃が走り、身体が大きく後ろに揺れた。

 顔を正面から蹴られたのだとわかった。

 鼻に金属のような匂いが拡がり、水とともに大量の鼻血が噴き出ていく。

 

「畜生──。お前のような童女がなんで、あたしの拷問に耐えるんだい──。どうして、お前の眼に屈服の色が染まらないんだい──」

 

 これもまた、さっきからこの女が繰り返し怒鳴っている言葉だ。

 自分が屈服していないのかどうかは知らない。屈服したところで、ロウ様の淫魔術の縛りが自分から解けて、隷属の首輪が効果を結ぶとは思えないが、もう、ミウは誰のものにもなりたくない。

 ミウも、ロウ様の女のひとりだ。

 

 負けるものか──。

 

 ミウは揺れ戻しで、逆さ吊りの身体を女に近づけながら思った。

 そのミウの顔に、再び女が顔を蹴り上げようと構えるのが見えた。

 

「落ち着いてください、姉御──。死んでしまいます──。そうなったら、俺たちもドピィ様に殺されますよ──」

 

 男のひとりが女の身体にしがみついた。

 それでミウは蹴られずに済んだ。

 だけど、多分、鼻の骨が折れていると思う。激痛が走り続けている。

 

「く、くそう──。だったら、色責めだ。お前も破瓜を終わっている女の端くれなら、媚薬を塗られた苦しみもわかるはずだ。しかも、とっておきの搔痒剤を塗ってやるよ。それで落ちなきゃ、土下座をしてやる」

 

 女がミウに向かって憎々しげに言った。

 最初に感じた感情を殺した感じではなくなっている。ミウに向かって怒りの感情が露わだ。

 よくわからないが、最初にミウが電撃責めに耐えたのが、女の中にあるなにかの矜持を大きく損ねたようだ。

 それから、女はミウに対する怒りのようなものを隠そうとしない。

 

「股にたっぷりと塗ってやりな。おかしな術で、膣とけつの穴の中には指が入らないかもしれないけど、表面だけでも効き目は凄まじいはずさ……。あっ、そうだ。鼻の穴にも詰め込んでやりな。血止めに丁度いいさ」

 

 女の言葉によって、ふたりの男が壁にあった木箱からそれぞれに手のひらほどの容器を持ってきて、開脚逆さ吊りのミウの前後に立つ。

 そして、前後から股間やお尻に油剤のようなものを塗っていく。

 

「んぐううう」

 

 ミウはふたりの指が気持ち悪くて、身体を暴れさせた。

 

「おや、お前、股間が濡れているじゃないかい──。こりゃあ、驚きだよ。やっぱり、おませさんかい。だったら、もしかしたら、こっちの方が屈服させやすいかもしれないね」

 

 女がなにかを見つけて笑いだした。

 そのあいだも、油剤がミウの身体に塗り拡げられる。

 まだほとんど膨らんでいない胸全体にも塗られた。小さな乳首にもだ。

 最後に鼻の穴にも油剤をこれでもかと詰め込まれた。

 

「さあて、どのくらい我慢できるかねえ……。口から開口具を外してやりな。このくそ生意気な子供が哀願するのを聞きたいからね」

 

 口からやっと開口具が外された。

 

「くはっ、はああっ、はあ、はあ、はあ──」

 

 ミウは口を大きく開けて、ただただ息をした。

 だが、早くも痒みがミウに襲いかかってきた。

 

「うあああ、か、かゆいい──。痒い──。痒いですうう──。ああああっ」

 

 全身の疲労も忘れる痒みが襲いかかってきた。

 一度意識をすると、もう押さえることはできない。

 

「今度こそ屈服するさ。助けて欲しければ、心の底から奴隷になりないと願うんだ。この苦しみを逃れるのは、隷属を心から受け入れるしかない。受け入れてしまえば、あたしらは仲間だ。握手をして仲直りをするさ。ドピィ様はいい人だよ。あの人の奴隷になって、よかったと絶対に思うから」

 

 女がミウに話しかける。

 ミウは歯を喰い縛った。そして、口を開く。

 

「あ、あたしの……ご、ご主人様は……ロウ様だけ……。あああ、痒いいい──。痒いいいい」

 

「まだ、ロウ様かい……? まあいいよ。このまま放置しても一ノスで限界を越えると思うけど、色責めの拷問というのを味わわせてやるよ。ほら……」

 

 女が頭の上側の股間になにかを近づけたのだけはわかった。

 次の瞬間、巨大な衝撃が股間から全身を貫いた。

 

「ひゃああああ」

 

 筆だった。

 柔らかい筆の先で女がミウの股間をひと掻きしたのだ。

 ミウは吊られた身体を無意識に揺すった。こんなの我慢できるわけがない。

 刺激を与えられる前と後では、感じる痒みが桁違いだった。

 

「我慢できないだろう? ほら、哀願してごらん。本当の屈服はその先だ。だけど、いまはお強請りするだけでいい。それでもう一度、筆で擦ってやろう。それとも指で強く揉んでやるかい? 気持ちいいよお」

 

 女が喉の奥で笑った。

 ミウは口にしそうになっていた哀願の言葉を呑み込む。

 

 屈服なんかしない──。

 

 こんなのロウ様の調教に比べれば生ぬるい──。

 

 負けるものか──。

 

「あ、あたしの──ご主人様は──ロウ様よおおお──」

 

 ミウは絶叫した。

 女が再び舌打ちした。

 

「そんなことを聞いてないさ──。もういい。痒みの苦しみで狂っちまいな──。二度塗りだよ──。それで痒みは倍になる」

 

 女が喚いた。

 男ふたりがまたもや、ミウの前後に立つ。

 

「あああ、もういやですうう──」

 

 ミウは号泣していた。

 

 その次の瞬間──。

 

 どさりと音がして、女が床に崩れ落ちた。

 

「えっ?」

 

「姉御?」

 

 気がついた男ふたりがミウの股間に油剤を塗る手を休めて、そっちを見る。

 ミウも見た。

 女の首には大きな傷があり、そこから大量の血が噴き出ている。女が死んでいるのは明らかだった。

 

「ぐはっ」

 

「はぐっ」

 

 そして、男ふたりも突如として絶息した。

 血の匂いがさらに拡がる。

 

「……こんな連中をあっという間に死なせるのは口惜しいけど、騒ぎを起こすわけにはいかないから仕方ないさ……。大丈夫、ミウ?」

 

 コゼだ。

 頭まで包む真っ黒い服に身を包んでいて、目の周りしか見えてないけど、ミウを抱きしめてくれた存在の声はコゼだった。

 心からの安堵でミウは全身が脱力するとともに、張っていた気が崩れるのがわかった。

 

「ああ、コゼさん──。ああああっ、ああああ」

 

 ミウは嬉しくて泣いた

 コゼに抱きかかえられまま身体が降りていく。

 壁の操作具の場所には、やはり黒装束のイットがいる。ふたりで助けに来てくれたのだと知った。

 また、イットは無事だったのだ。

 それについても安心した。

 ふと見ると、この牢の鉄格子にある扉が開いている。でも、まるで潜入の気配を感じなかった。

 床におろされた。

 

「さあて……。ところで、ミウ、よく聞くのよ。あたしとイットでなんとか潜入してきたけど、あんたを抱えてこの厳重な囲みを逆に抜け出ることは不可能よ。この砦には魔道を封じる仕掛けが張り巡らされていて、あのスクルドも、女王様すら手を出せなかった……。だから、あたしたちふたりで来たの……。そして、あんたもここでは魔道は無理よ。だから、脱出はしない──。ロウ様たちが砦を攻撃してくれて厳重な警備が緩むまで、この砦のどこかに隠れる──。それしかない──。いいわね──」

 

 コゼが言った。

 

「ごめんなさい、ミウ──。あたしがいたのに、あんたをさらわれてしまって……」

 

 イットも駆け寄ってきた。

 両腕の縄を切断してくれる。

 

 ロウ様たちがこの砦を攻撃する──?

 それまでは、脱出を断念して隠れる?

 

 コゼの言葉はまるで頭に入ってこない。

 それよりも、ミウは切羽詰まった状態にある。

 自由になって手で股間を掻きむしるように擦る──。

 

「ああああっ、痒いいい──、ぎもぢいいいい──」

 

 絶叫した。

 

「ばか──。隠れるって言ったでしょう──。騒ぐんじゃない──」

 

 コゼが焦ったように、ミウの口を手で強く塞いだ。



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790 ワルム砦の大攻防戦(幕開け)

「ふんっ」

 

 ドピィは、ワルム砦のもっとも高い場所に構築させた物見櫓(ものみやぐら)に立って、薄闇に隠れて迫りくる南王軍を眺めていた。

 ワルム砦はもともと、五十年ほど前に、このクロイツ侯爵領に巣くっていた山賊の根城であり、南面を険しい山岳を背負った要害の場所にある。

 その後、この砦は捨て置かれたが、ドピィはこの要害の価値に気がつき、密かに人手を使って、山砦(さんさい)として復活させた。

 この十年のあいだに、そうやって築いた隠し砦が十数個ある。

 

 まだ、陽が昇るまでには一ノスほどある。

 しかし、眼下の北面の丘陵のすそには、夜をおして、ガヤの城郭から進んできた南王軍がすでに展開を終え、その正面からじわじわと迫っている気配を醸し出していた。

 向こうに多数のエルフ兵が加わっているのはわかっており、エルフ兵が得意とするのは、凄まじい破壊力を伴った魔道攻撃だ。

 だが、ドピィは、この砦全体に魔道封じの魔石を大量に埋設させて、彼らがこの砦に向かって魔道攻撃するのをほぼ封じていた。

 従って、集まった王太女軍が砦を攻め込むには、人間族たちの通常のやり方のように、武器を使って、魔道なしで攻め込むしかない。

 

「王太女軍は、朝になるのを待つことなく、やってくるようですね」

 

 海側となる北側には、ワルム砦のある峡谷を側面に眺めるように街道が走っていて、その街道側は比較的開けている。

 南側に回るのは不可能であり、軍を展開させるには、北側の街道側に展開して、遮二無二、砦に向かって力攻めするしかなく、実際、かつてここに巣くった山賊たちはそうやって討伐されたそうだ。

 

「童女の魔道遣いをさらったのが、余程に頭にきたのかもな。なにせ、あの軟弱な南王軍が夜に動いたのだからな」

 

 ドピィは吐き捨てた。

 横にいるのは、カリュートである。

 この道化師(ピエロ)団の中では、四天王と呼ばれている重鎮のひとりであり、ドピィとともに、軍事行動の責任者だ。

 騎馬隊を率いて前に出ることが多いドピィに対して、盗賊団の主力を動かすときには、このカリュートに指揮をさせることが(もっぱ)らだ。

 もっとも、いまのカリュートには、ドピィの手による炸裂薬を充満させた首輪を装着させており、重鎮どころか、ドピィが炸裂薬を反応させる道術符を使うことで、いつでも首を爆裂させることができる奴隷扱いだ。

 領都を占拠していた賊徒団から、シャロンを奪われることを許してしまった罰であり、激怒したドピィは、カリュートにこの炸裂環を首に嵌めさせて、賊徒団の主力を領都から出発させ、ガヤの城郭を奪うことを命令していた。

 

 あれから状況が変わり、シャロンは奪い返せたものの、瀕死の負傷の治療のために、このワルム砦に逃げ込むしかなくなり、カリュートたちには、ガヤに向かう前進の途中で伝令を出して、全軍をこのワルム砦に集結させた。

 そのカリュートたちのほぼ全員が到着したのが一日前であり、それにより、この砦に一万に近い賊徒兵が集結したことになる。

 

 そのカリュートが横だ。

 いまだに炸裂環を装着させたままなのは、あのとき、このカリュートを脅迫するような手酷いことをしたためだ。

 ドピィは、部下たちのことなど、これっぽっちも信頼も信用もしていなかったが、それでも注意深く、彼らの人心掌握については努力していた、

 城郭を襲撃したときなどに、ある程度の略奪を許すのも、それをしないと、兵たちの不満が増幅して、それが頭領であるドピィの裏切りに発展することがあることがわかっているからである。

 

 だが、シャロンが一時的に奪われたあのとき……。

 ドピィは完全に心の平静を失い、このカリュートを殺してしまおうかとさえ思った。

 カリュートも、あのときのドピィの怒りを肌で感じただろう。

 だから、もはや、カリュートはドピィを裏切るだろう。一度殺されると思った以上、カリュートは同じ目に遭わないために、ドピィを殺すしかない。

 それがわかっているから、ドピィはカリュートの首の炸裂環を外さないのである。

 もっとも、カリュートは、それについて、まったく不満のような外面を示さないが……。

 

 いずれにしても、この十日ほどの期間、なにもかもうまくいかない……。

 

 領都に向かう南王軍の大軍を追い払ったのはいい……。

 

 だが、女冒険者たちにシャロンを奪われ、そのシャロンを取り戻そうとして、ドピィの復讐のための戦いを支えてきた、騎馬隊が壊滅的な損害を受けた。

 あの王太女軍の反撃によってだ……。

 ドピィも死にそうになり、ドピィを庇ってシャロンが瀕死の重傷を受けた。

 数ノス前に瀕死の状態から脱却して、小康状態になったが、いまだに意識は戻っていない。

 この物見櫓からも見える小屋の寝台で横たわったままだ。

 隷属の首輪で命令した下級魔女三人を使って看病をさせているが、意識が戻ればすぐに知らせるように言っている。

 

 また、失敗といえば、王太女のところからさらわせた童女魔道遣いのこともだ。

 隷属にしないままシャロンに近づけるわけにはいかないので、拷問をして隷属化しろと命令しているが、いまだに意地を張って、拒否しているらしい。

 砦に連れてきてから半日以上がすぎているが、隷属に成功したという報告はまだないので、拷問は続けているのだろう。

 これほどに時間がかかるのであったら、うまく騙してでもシャロンに治療術をかけさせることを追求するべきだった。

 すでに拷問を施してしまった以上、もはや、懐柔の手段は遣えない。

 あの童女が力の強い魔女であることはわかっているので、魔道封じを解除した途端に、こちらに牙を剥くに決まっている。

 どうにも、うまくいかないとは、いまのドピィことだろう。

 

 それとも、うまくいかなくなったのは、王太女のところに、エルフ女王を手懐けたとかいうロウという男が加わってからか?

 あんな男にドピィがしてやられているとは、思いたくないが……。

 

「そろそろ、放ちます」

 

「いや、待て」

 

 ドピィは制した。

 放つとカリュートが言ったのは、賊徒兵たちが装備している銃のことである。

 十年の時間を使って準備した細工と、集まってきた賊徒兵たちに、寝る間を与えずに準備させた土塁や木壁の遮蔽などの工事により、砦を攻めようとする王軍を蹴散らす準備はすっかりと整っている。

 シャロンが寝ている小屋が見えるこの場所から離れる気のないドピィに代わり、全体の指揮はカリュートがするように言っている。

 銃だけでなく、これまでに王軍にも、侯爵軍にも使わなかった兵器も、この数日で大量に集結させた。

 カリュートが合図をすれば、その準備をした武器が一斉に火を噴くことになる。

 

「見え透いた動きだ。目立つ態度で忍び込む盗人はおらん。よく見ろ」

 

 ドピィは正面で慌ただしく動く王太女軍ではなく、側面方向の斜面を指さした。

 ただの闇だが、ドピィにはごくたまに、軍勢のようなものがうごめく気配と音を感じていた。

 おそらく、正面を陽動にした側面からの潜入だ。

 エルフ族の特徴は魔道だけではない。

 森の民といわれる連中は、人間族では困難と考えるような森を平地のように平気で進んできたりする。

 その能力を使って、この砦を奇襲する気に違いない。

 

「横の山側から……?」

 

 カリュートにはわからないのかもしれない。

 首を傾げている。

 

「銃を側面側に集めろ。俺が指示する場所にだ」

 

 ドピィはカリュートに詳しい指示をした。

 十年かけて準備したのだ。

 この砦のことはおろか、領内中のことを知り抜いている。

 砦の側面を少数で向かおうとしたとき、どこを通って、どこに辿りつくかなど、ドピィは容易に予想が立つ。

 カリュートは半信半疑のような表情のまま、そっちの正面の下知のために櫓を降りていった。

 

 それからしばらくすぎた。

 突然に砦の一角で怒声のような喚声がした。ドピィの指示したままの場所方向だ。

 ほとんど狂いがない。

 

 数瞬後、そっちの方向に一斉に火の明かりが灯る。

 まだ、夜に近かった場所が昼間のような明るくなる。これもまた、準備していたことだ。

 夜闇を照らすことで、夜目に強いエルフ族の有利は消滅する。

 

「撃てええええ──」

 

 沈黙していた砦に、離れた場所からのカリュートの大声が響く。

 正面はまだ前には出てきてない。

 やはり、ドピィの思った通りに、側面からエルフ兵が突入してきたみたいだ。

 

 そして、その方向に向かって、賊徒兵が凄まじいほどの銃の連射が射撃を開始したのがわかった。






 しばらくのご無沙汰でした。転職をして、いまだに執筆のリズムが作れません。
 また、自宅のネット環境が整うまで、まだ半月以上かかります。
 まだまだ、うまくいきません。投稿もしばらくは連続とはいかないと思います。ともあれ、これからもよろしくお願いします。




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791 ワルム砦の大攻防戦(承前)

「勝手な連中です。ロウ様はもっと怒った方がよかったのでは」

 

 エリカが腹を立てている。

 一郎は苦笑した。

 

 賊徒たちが巣くっているワルム砦の山城を見上げる位置に構築させた急造の(やぐら)の上だ。

 そこに、一郎とエリカとガドニエルだけがいる。

 戦場を望む態勢だが、夜は明けておらず、一郎の視界には、ほとんどなにも見えない。

 だが、賊徒の山塞が正面の山肌にそびえているのはわかる。

 

「まあ、ご主人様はお怒りだったのですか? 気がつきませんでしたわ」

 

 すると、ガドニエルがはっとしたように口を開いた。

 この能天気なエルフ女王様は、一郎に意識を集中するあまり、周りが見えないところがある。

 さっきの軍議も、まるで聞いていないのは一郎も気がついていた。

 一郎のエルフ隊と、南王軍の指揮官となったジグとのあいだでどちらが主導権を握るかという攻防があったのだが、声を荒げるようなことはなかったので、ガドニエルも気にとめなかったのだろう。

 結局、一郎が折れるかたちになったのだが、会話の中でジグや周りの隊長たちは、一郎を王太女の任命した独裁官と認めつつも、一方であからさまに一郎の作戦への意見を軽んじていた。

 エリカはそれに腹を立てているのだ。

 

「いいから落ち着け。怒ることじゃないさ。俺は素人で向こうは立派な軍人殿だ。しかも、戦わないと言ってるわけじゃない。むしろ、自分たちの戦いだと主張しているだけじゃないか。怒るような要素がどこにある」

 

 一郎はなだめた。

 

「でも、ロウ様に失礼でした。そもそも、ジグって、ロウ様に命を助けられたのに」

 

 エリカはまだ憤慨している。

 

「ならば、大叔母様とも話し合ってしかるべき対処をします。今後こそ、お役に立ちますわ」

 

「いいから」

 

 一郎は苦笑のまま、エリカとガドニエルにそれぞれ手を伸ばして、ふたりのうなじにすっと指を這わせた。

 大事に思ってくれるのは嬉しいが、このところ、一郎の寵を競うつもりなのか、一郎のちょっとした言葉や態度に過激に反応して、何人かの女はなにかと暴発しやすい。伊達に一騎当千だけに、勝手に動かれるのは怖い。

 さっきの軍議に、享ちゃんは参加してしなかったが、ケイラ=ハイエルでもある彼女など、一郎がひと言呟くだけで、人間族の都市くらい、木っ端微塵に破壊しそうだ。迂闊なことも言えない。

 

 まあ、とりあえず、両横のふたりだ。

 一郎は、自分の指の動きに合わせたふたりの首の部分を子宮に近い強烈な性感帯のボルチオに直結させてしまう。

 一郎の新しい能力であり、性感帯を自在に動かす技だ。

 ふたりとも、一郎がすっかりと身体を開発済みだ。

 一気に絶頂するほどの快感を沸き起こさせる。

 

「ひゃん――」

 

「くふうっ」

 

 突然に子宮の底を弄られたにも等しい刺激を与えられたふたりが艶かしい声をあげて、その場にうずくまった。

 一郎は笑った。

 

「も、もう」

 

 エリカが真っ赤な顔をして立ちあがりながら、不満な声を出す。

 しかし、腰に力が入っておらず、しかも短いスカートの裾から、内腿から垂れる愛液が見える。

 実に嗜虐心を誘う。

 

「はああ……」

 

 一方でガドニエルの方はさっきの刺激だけで達してしまったらしく、まだ両手で股間を押さえて尻餅をついている。深く吐いた息も色っぽい。

 一郎は手を差し出して助け起こす。

 ふらふらと腰に力が入ってないガドニエルに、さらに悪戯を重ねたい衝動が起きたが、さすがにそれは自重する。

 いまは、戦の最中だ。

 

「ガドの出番はまだだ。エルフ親衛隊もな」

 

「は、はい」

 

 ガドニエルもなんとか立つ。

 ふと、視線を下に向けると、櫓を囲む親衛隊たちがちらちらとこっちに視線を向けたりしている。

 一郎はなんでもないというように軽く手を振った。

 ブルイネンが声をかけて、気を解くなと親衛隊たちに気合いを入れたのが聞こえた。

 つまりは、この櫓の下には、ブルイネンの率いるエルフ隊がいて、実はさらに、シャングリアが率いることになった五百の騎馬隊が大きく囲っている。

 シャングリアが率いているのは、もともとは南王軍の騎馬隊であるが、それ以外は、すべて一郎の女たちということになる。

 一応は、これが一郎が直接指揮する隊であり、主力の予備というかたちだ

 もっとも、それほどの数があるわけではない。

 

 ブルイネンの率いる一騎当千の三十名の女エルフの親衛隊のうち、十名はこのドピィたちとの砦戦には連れてこなかった。イザベラたちの護衛のために、ザナの城郭にある司令部に残しているのだ。

 

 そこに、イライジャとマーズとユイナを残している。

 ミウがさらわれたことで、急遽進発することになった賊徒討伐戦に、そのふたりも加わりたがっていたが、今回の戦いには、イザベラをガヤの城郭に残すことに決めたので、どうしても、向こうにも信頼のできる者たちを残す必要があったのだ。

 一郎としては、掌握したとはいえ、まだまだ南王軍の者たちを信用しきったわけではない。

 あそこに、まだまだ、ドピィとやらの息のかかった者たちが潜んでいるのは、白昼堂々とミウが軍営でさらわれてしまったことからもわかる。

 それなりの警備態勢をとる必要があり、それは南王軍には任せられない。

 

 また、この戦場には、享ちゃんもいなければ、スクルドもいない。

 このふたりには、別の役割を頼んでいた。

 

 いずれにしても、賊徒軍の連中がミウをさらっていったことで出動してきた討伐軍は、一郎たちエルフ隊のほかには、司令官のリー=ハックの処断の後に、新たな南王軍の司令官として任命された副官だったジグの率いる七千の隊である。

 

 ジグは、リー=ハックの暴走により瀕死の重傷に陥っていたが、スクルドの回復治療により完全回復をして、すぐに現場に復帰していた。

 だから、今回のワルム砦への出動についても、主力となる南王軍の実質的な指揮官は、ジグになる。

 

 しかし、名目上は、独裁官としての権限で、一郎がその上に立っている。

 だが、このワルム砦の麓に夜間の強行軍で展開したあとで、急遽行った軍議の中で、ジグは柔らかな物言いながらも、はっきりと、一郎の指示に従うことを拒否したのだ。

 南王軍のことは、南王軍に任せて欲しいと明言した。

 一郎のことも、認めてはいるものの、兵たちの生命に関することで、そう簡単には指揮を委ねることはできない。

 それだけは妥協できないと頑なであり、一郎たちエルフ軍は、基本的には戦の外側で待機をしてくれればいいと主張したのである。

 そのとき、ジグははっきりと一郎のことを“素人”と断言した。

 

 その態度に怒ったのは、軍議に同席していたブルイネンだ。

 また、横にいるエリカも激怒する態度を隠さなかった。

 いきなり仲間割れのようになりかけた場を、一郎がジグの要求を飲むことでしずめたのである。

 一郎は、当面の指揮はジグに任せることを宣言し、エルフ隊とシャングリアがあずかることになった五百の騎馬隊だけを率いて、この砦から少し離れた距離に櫓を組ませて、戦場を観察する態勢をとった。

 それがここだ。

 そして、ジグたちの本軍の天幕は別の場所だ。七千の南王軍はそのジグたちのいる指揮所の下置(げち)を受ける。一郎には報告しかこない。

 一郎が認めたのだが、エリカはいまだに腹の虫が収まっていないようだ。

 

「いいから見ろ、エリカ。俺の勘が教えてくれている。あれを突破するのは簡単じゃないぞ。南王軍の連中は、七千だけで攻撃を開始する気だが、享ちゃんの情報によれば、あそこにいる賊徒の勢力は一万だ。ジグ殿は賊徒の数は気にしてなかったみたいだけどね」

 

「は、はい」

 

 エリカが日の出前の夜闇に視線を向けるのがわかった。

 正面のワルム砦の山塞は、一郎たちが展開をしている街道沿いから望める堅牢そうな防壁の内側であり、さらに防壁の場所からずっと山側に奥まった位置から始まる土塁群なので、ここからは視界には入りにくいし、連中の装備している銃はおろか、強弓でもここまで届くことはない。

 

 一方で連中は魔道を封じる結界を完全に張り巡らしているので、こちらの魔道攻撃は封じられている。前回のゲーレ戦の上からの投石攻撃も、斜面を利用してしっかりと上空まで結界を届かせることで防護している。

 同じ手を使っても、斜面の手前で投石が落ちて、奥まで届かない。

 魔道の使えない戦場ということで、一郎としては、エルフ隊を最初から投入する気も実はなかったのだ。

 

 とにかく、砦には一万を遙かに超える賊徒が完璧な防御陣を作っているが、それを攻撃しようとする南王軍は七千だ。

 まずは、七千が限界だったのだ。

 しかし、それだけでも、王太女であるイザベラの「命令」に反応できたのは、ジグという平民あがりの副長の手腕があったからこそのことであるようだ。

 

 もともと、ガヤの城郭に集結していた南王軍の態勢は、領都から北進して迫る賊徒軍の攻撃に対応するものであり、それが急遽、城郭への攻勢をとりやめ、ガヤからそれほど離れていない「ワルム峡谷」という場所にある山塞に集結をし始めた彼らへの対処は明確には決められていなかった。

 このクロイツ侯爵領を占拠してしまった賊徒を退治するために派遣された南王軍であるから、最終的には賊徒を撃滅して、領域を回復するのが責務であるものの、司令官だったリー=ハック一派の無法があり、また、領都に向かって進軍した南王軍の大敗があり、賊徒征伐要領の方針はまったくというほど進んでいなかったというのが現状だったようだ。

 

 その状況が一変したのは、リー=ハックの陰謀により、少人数で賊徒軍の包囲を受けることになったイザベラたちについて、一郎が連れてきたエルフ隊による救援が成功したことによる。

 賊徒軍の無敵の象徴らしかった騎馬隊は、一郎の粘性体の術に騎馬の脚をとめられ、エルフ族の親衛隊の一斉射撃によりほぼ全滅していた。

 賊徒の長であるドピィという男だけは、準備していたらしい移動術の護符で逃亡したが、残った賊徒軍は完膚なきまでに叩きのめしている。

 

 ゲーレの里に集結していたのは、賊徒軍ばかりでなく、周辺農村の暴徒たちもいたが、彼らの中でリーダーシップ的な行動をとろうとする者は容赦なく射殺させていた。

 率いる者のいなくなった暴徒など、ただの烏合の衆でしかなく、大部分の農民たちはそれぞれに逃亡していった。

 一郎は、ああいう暴徒というものは、まとめようとする意志を持った者がいなければ、まとまるものではないということを知識として知っていた。

 おそらく、彼らが群れを作るにはしばらくは難しいだろう。

 今後、彼ら反乱を起こした農民たちをどう扱うかは、まあ、これからの課題だとは思うが……。

 

 いずれにせよ、ワルム峡谷に逃げ込んだらしいドピィという賊徒の長をどうするかは、あのときまでは、まだ方針が完全に定まっていたわけではなかった。

 一郎自身、イザベラの救援に成功し、南王軍の司令官のリー=ハックを処断し、軍権をイザベラに奪わせたあとは、賊徒のことは深く考えていなかったといっていい。

 むしろ、賊徒征伐を後に回して、把握した南王軍を王都に向けさせ、イザベラの王権奪取を先にすべきかとも思っていたくらいだ。

 

 もしも、ドピィとやらが、一郎の女に手を出すことさえなければ、これほどの怒りを彼に抱くこともなかったかもしれない。

 だが、イザベラたちの命を奪おうとしただけでなく、今度はミウを白昼堂々とさらい、一郎から奪おうという企みを起こした。

 

 絶対に許すつもりはない。

 

 一郎は、自分がこれほどに怒りやすい性質をと思わなかったが、ミウの誘拐に協力したと考えられる人間をすぐに特定し、拷問も厭わずに口を割らせ、ミウがさらわれた先が、ワルム峡谷の賊徒の山塞の中だと承知すると、コゼとイットに救出を頼むととももに、リー=ハックの後を継いで、遠征している南王軍の指揮官の立場にある副長のジグに、直ちにワルム砦に南王軍を出陣させるように指示した。

 一応は、王太女のイザベラの名前を借りたが、ジグに最重要の緊急命令だと怒鳴るように告げたときには、まだ、イザベラには了解はもらってはいなかった。

 

 それ程に激情もしていた。

 それに、コゼとイットならば連中の砦の中に侵入することに成功するとしても、砦全体を魔道封じの魔石で埋め尽くして、魔道が遣えない状態になっている賊徒の山塞内から、ミウを連れて逃亡することができるとは思えなかったのだ。

 あのふたりの能力であっても、入ることはできたとしても、ミウを連れての脱出は無理だと判断している。

 魔道が遣えない状況では、ミウなどただの童女にすぎない。

 そのミウを連れての脱出はできない。

 

 彼女たちを助けるには、外から山塞を攻めて、三人が脱出できる状況を作るしかない。

 だから、ただちに南王軍を山塞に向かわせたのだ。

 

 しかし、その出動が深更(しんこう)になったために、こうやって夜更けの前に山塞まで辿り着けたのが、七千に留まったということだ。

 ジグによれば、二日以内には、この三倍を山塞への攻撃のために集められるという。

 むしろ、二日待って欲しいと言われた。

 しかし、ならばエルフ隊のみで攻撃すると主張すると、その七千で攻撃するとジグは言った。

 二日もコゼたちを待たせるわけにはいかないので、一郎としては、そう言うことを見越して、軍議でああ口にした。

 だが、本当はエルフ隊のみの三十人程度でなんとかかなるとは思ってなかったし、一万の賊徒の山塞だ。七千では足りないのはわかっていた。

 卑怯なことだろうか。

 まあ、ジグも数が乏しくても、山塞を攻略できる秘策があったようではあるが……。

 

「動いたな」

 

 夜目の効かない一郎には、夜闇に包まれた賊徒の砦は、漆黒の山肌にしか見えないが、魔眼を効かすことで、数千の銃を向けている賊徒が土塁に潜んで、こっちに備えているのがわかっていた。

 そして、山塞の側方を南王軍の一隊が潜入するように進んでいくのが、魔眼で感知できたのだ。

 

「えっ?」

 

 エリカが首を傾げた。夜目が効くエルフ族エリカだが、あの森の中の隊の動きまではわからないみたいだ。

 まだまだ、夜が山塞を包んでいる。

 

「そう……なのですか?」

 

 ガドニエルだ。一生懸命に戦場を凝視している。

 

「さすがのジグ殿だね。森の中をまるでエルフのように、のぼっている。おそらく、精鋭を向けたのだろうね」

 

 一郎は言った。

 遠目だが、一郎の魔眼には、数百人の一隊が山塞の側面の間道を進んでいるのが見えている。

 

「……怒りを覚えると、なぜか知らないが、相手の弱点のようなものが頭に浮かぶ……。不思議だけどね……。勘と言っていいのかわからない。でも、なぜか閃くようなものがあるんだ」

 

 一郎は山塞を含む夜闇を見つめながら呟くように言った。

 

「ロウ様の指図は絶対です。いままで間違ったこととありません」

 

 エリカがはっきりと言った。

 一郎は口元を緩めた。

 

「まあ、俺はその閃きのようなものを勘と言っている……。それはともかく、その勘が教えてくれている。この戦いは人が大勢死ぬ」

 

「大勢死ぬ?」

 

 ガドニエルも一郎に視線を向ける。

 

「敵も……味方も……。大勢死ぬ……。死んだ後にしか、勝利はない。だから、南王軍をけしかけた。でも、ちょっときついものがあるな……。死ぬとわかっている場所に、味方が進むのを放っておくのは……」

 

 一郎は大きく息を吐いて、両手で櫓の欄干(らんかん)を掴んだ。

 戦場で人が死ぬ。

 なんとも、当たり前のことなのだが……。

 命の取り合いも初めてではない……。

 だが、死ぬと知っている策に味方をけしかけるのは、平静さではいられない。

 一郎の“勘”がそれが必要だと頭に教えてはいるが……。

 

「ロウ様?」

 

 エリカが心配そうに一郎の手を掴んだ。

 

「ご主人様、ガドを――。ガドをお使いください。なにか憂うことがおありなら、どうかガドをいじめて……ご調教ください。あ、あのう……、ガドはいつでも、お情けを……」

 

 ガドニエルは言った。

 また、場違いなことを……。

 一郎はまたもや苦笑した。

 

「ガドの出番はまだだと言っただろう」

 

 一郎はガドニエルが伸ばした手も握り返す。

 そのとき、山塞の奥側の一角で凄まじいほどの銃声がとどろき始めた。

 

「始まったね」

 

 一郎は言った。







 *

 長くご無沙汰して申し訳ありません。いろいろありました。久々の投稿です。


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792 ワルム砦の大攻防戦(正面押し)

 陽動と見せかけた主攻正面のつもりだった側面からの攻撃が頓挫したという報告にジグは舌打ちした。

 満を持しての森からの間道を抜けての攻撃だったが、賊徒たちの一斉射撃を受けてあっという間に全滅をさせられてしまったようだ。

 賊徒たちが大量の銃を保持して、こちらをしっかりと待ち受けの態勢を作っているのはわかっていた。

 だからこその奇襲だったが、いかんせん、五十名ほどの少人数でありすぎた。

 

 だが、それ以上の人数で、足場が悪く傾斜が急な山の森の中を突き進むのは不可能だったのだ。

 その五十名とは完全に連絡が途絶えており、すでにその方向からの賊徒たちの銃撃はやんでいる。

 失敗したと思っていいだろう。

 ジグは、エルフ王女とともに突然にやってきたロウという男に、たたき上げの軍人としての意地と誇りを見せつけたかったのだが、初っぱなからそれに失敗してしまったのを悟った。

 

 しかし、手を緩めるわけにはいかない。

 こうなれば、正面からの正攻法しかない。

 ジグは賊徒の砦の正面に展開している南王軍の全軍に攻撃の合図をさせた。

 

 まずは三千──。

 

 喚声をあげて、南王軍の兵たちが突き進む。

 兵たちは前面に、銃弾を防ぐことができる特殊な素材で編んだ盾を並べている。ジグが大量に準備させたものだ。

 それだけでなく、砦の上面から射撃をしてくる賊徒たちに向かって弓を射る支援隊も編成させていた。

 矢で頭をさげさせることで、味方の突進を容易にするのである。

 

 朝もやを吹っ飛ばすかと思うほどの轟音が砦の城壁から轟く。

 ジグの視界の映るだけでも十名ほどの南王軍の兵が一度に倒れるが、こちらの猛進は衰えない。

 兵には、一度撃ったら、銃は再装填というものに時間がかかることを教えている。

 また、樹木の陰から城壁の上から頭をあげて銃を構えている賊徒たちに向かう矢も射られだす。

 ジグの事前の指示により、目標を集中させてる。

 突破口として狙いをつけている一角に矢が集められていた。

 矢の当たった賊徒たちが次々に城壁の上から落ちてもくる。

 そのあいだも、銃弾に倒れながらも兵たちが突進していった。

 そして、数箇所で城壁まで辿りついた。

 

「弱い。なんのことはない──」

 

 ジグはどんどんと城壁に梯子(はしご)がかかっていくのを確認し、(やぐら)の上で手すりの横材を打った。

 意外にもろい──。

 城壁の上では辿り着いた味方と賊徒のあいだに白兵戦が始まっている。

 こうなれば、正規の調練を受けている南王軍の兵と、ただの賊徒とでは相手にはならない。

 ここからでも味方が圧倒としているのがわかる。

 やがて、城門が内側から大きく開かれた。

 上から城壁を越えた兵たちが城門を開放したのである。

 

「いまぞ──。全軍、抜けよ──」

 

 ジグは大声で叫んだ。

 そのときだった。

 

「ジグ殿──。もろすぎる。罠かもしれんというロウの伝言だ。一度、城門の位置で前進をとめよということだ──」

 

 大声がかけられた。

 顔を向けると、女騎士のシャングリアだった。

 馬上のまま、(やぐら)の上のジグに声を放ったのだ。

 

「馬鹿な──。賊徒は後退していく。この場に乗じて、混戦を作る。さすれば、賊徒は味方に向かって銃を射てん。大量の銃が無用のものとなれば、賊徒など敵ではない──。いまのを見たであろう」

 

 ジグは叫んだ。

 そして、全軍に突進の指令を改めて出す。

 それだけでなく、自らも城壁の向こうに進むために、馬の準備を指示した。

 

「ジグ殿──」

 

 櫓の下でシャングリアが怒ったような声をあげた。

 若くて美人ではあるが、その迫力にジグにたじろぎそうになる。

 だが、懸命に腹に力を入れた。

 

「この戦いは南王軍のものと決めたはずであるぞ、シャングリア殿──。そう伝えるがいい。独裁官殿たちは、ただ見ておればいいとな」

 

 ジグは怒鳴り返した。

 もう構わない。

 従者の連れてきた馬に飛び乗り、随行の隊とともに馬を駆けさせる。

 南王軍全軍による雪崩のような突撃が開始されていた。

 ジグは兵たちを追い抜きながら城壁の向こう側に駆け抜ける。

 とにかく、逃亡していく賊徒たちのあいだに間隙をあけないことだ。

 

 城壁の向こう側に無数の土塁が見えた。

 土塁には賊徒の兵が張り付いているが、近いところから突進する南王軍の兵たちと斬り合いになっていた。

 やはり、相手にはならない。

 見る間に賊徒たちはやられていく。

 

「上に追い立てよ──。殺さずに、追い立てるのだ──」

 

 ジグは叫びながら乗馬のまま進んでいく。

 銃音は鳴らない。

 さすがに、味方の賊徒たちと混戦になっている状況では、向こうも銃を撃てないのだ。

 斜面の上側に低い土壁があり、その向こうには建物群も見える。

 あれが賊徒たちの拠点の中心だろう。

 いまや、南王軍は最初に突破した城壁の位置からもかなり進み、土塁群のある斜面の半分まで辿り着いている。

 土塁から追い出された賊徒たちを追いたてるようにして進んでいく。

 ジグは、さらに南王軍の残りにも突進の指令を出させた。

 

「ジグ副長、あれを──」

 

 すると、一緒についてきていた従官がやや上側の側面の斜面を指さした。

 

「大筒か?」

 

 ジグは眼をこらす。

 これまで隠していたようだが、銃よりも遙かに口径の大きい火砲が顔を出していた。

 十門ほどだろうか。

 それが一斉に火を噴く。

 凄まじい爆音とともに、黒煙が噴きあがる。

 

「大砲か──。こいつら、そんなものまで持っておるのか──」

 

 ジグは驚いたが、ジグも平民あがりとはいえ、生粋の軍人である。

 大筒とも、大砲とも呼ぶ火器のことは知識として知っていた。

 あれは、音の派手さのわりには、それほどの損害を与えるものではない。火薬を使って大きな河原石を投げるようなものにすぎず、人間には大した被害は与えない。

 近くの土塁で白煙が幾つか発生した。

 

「気にするでないわ──。最後のあがきよ──」

 

 ついに賊徒の大将は、味方ごと討伐軍を攻撃することに決心したみたいだ。

 だが、もう遅い──。

 機はすでにこっちに傾いている。

 

「大筒など、音だけ──」

 

 ジグは周りを鼓舞しようと声を放った。

 しかし、大筒の砲弾の落ちた場所で爆発が発生し、周囲の者が血を噴き出して大勢倒れる。

 賊徒兵も南王軍もない──。

 砲弾の落ちた周りでは、身体の一部を失った兵が血だらけで転がる光景が展開していた。

 

「な、なんだ──?」

 

 ジグはびっくりした。

 大砲というのは爆発したりしない。

 ただ、鉄の塊が落ちてくるだけのもののはずだ。

 それなのに、この被害の大きさはなんだ──。

 おそらく、さっきの大筒の一斉射撃で、味方も敵も、あわせて数百人の兵が倒されただろう。

 

 ジグは砲弾が集中した混戦の先頭に目を向けた。

 そこにあったのは、人間だったものと武具がぐちゃぐちゃに入り交じる地獄のような景色だった。

 

 身体を引き千切られているのか──?

 

 一体全体、どういう仕掛けで──?

 

 すると、さらに轟音が側面から響くのが聞こえた。

 あの大筒だ──。

 

 今度はこっちに向かっている。

 

 ジグを含んだ周囲が吹き飛ばされた。

 

 そして、ジグは見た。

 

 近傍で地面に到達するとともに爆発した大筒の弾が、炸裂とともに無数の金属の破片を周囲一帯に巻き散らされたのを──。

 

 数個の金属片がジグの顔と胴体に高速で突き抜け、ジグの視界を掻き消した。

 爆風に地面に飛ばされながら、ジグの意識は完全な無の中に包まれてしまった。





 *

 短いですね…。


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793 ワルム砦の大攻防戦(賊徒軍の罠)

 一郎のみるところ、最初の賊徒の射撃だけで百名は吹き飛んだと思った。

 さらに轟音が響き、南王軍の最前列あたりでは。身の毛のよだつほどのの惨劇が繰り返される。

 賊徒軍が横から撃ち出す砲撃の着弾とともに血と肉が飛び散り、あちらこちらで人間の肉片と大量の出血が量産されていく。

 

「な、なんですか、あれ──」

 

「うわ……」

 

 エリカとブルイネンも横で唖然としている。

 一郎たちがいるのは、賊徒軍の守っていた砦の外壁の上だ。木材と石積みを組み合わせた壁面であり、防壁の上面はこうやって人間が立てるようになっていた。

 南王軍の早朝からの一斉攻撃で脆くも崩れ、あっという間に南王軍が占拠するかたちになり、一郎たちはそれに応じて、ここまで待機位置を推進してきたのだ。

 

 しかし、一郎は、あまりもの賊徒軍の弱さに、嫌な予感がした。

 直感といっていい。

 弱すぎると……。

 

 また、同時に、あのドピィという賊徒軍の首領がクロイツ侯爵軍の主力を打ち破った際、わざと本拠地を明け渡して罠をかけ、拠点に入り込んだ侯爵軍を閉じ込めて全滅をさせたということを思い出してもした。

 享ちゃんを通じて、集められる限りの賊徒軍の戦いに関する情報は、頭に叩き込んでいる。

 わざと負けた振りをして、敵の主力を罠に導くのは、ドピィという首領の常套手段だ。

 だから、シャングリアを使って、慎重になるようにジグに伝言をした。

 結果として、ジグは一郎の言葉を完全に無視して、全軍を城壁の内側に突入させて、一気に片をつけようとしたようだが……。

 その結果としての惨劇が眼下にある。

 

 土塁に隠れていた賊徒軍の兵を追い立てるように斜面を進んでいた南王軍に待ち受けていたのは、いわゆる「炸裂弾」の一斉砲撃だった。

 一郎がいた元の世界であれば、当たり前の火砲であるはずだが、人の頭ほどの砲弾を人間がふたり掛かりで抱えるほどの大筒で打ち込み、着弾とともに弾を炸裂させる工夫をしているみたいだ。

 この世界における大砲というのは、鉄の弾を敵に撃ち込むという攻城砲のようなものだと教えられていたので、爆発をするというのは、頭領のドピィたちの工夫なのだろう。

 しかも、炸裂するだけでなく、小さな金属片を四方八方に撒き散らすようになっているようだ。

 これにより、一発一発で大量の死傷者が続出している。

 それを南王軍に追い立てられている味方の賊徒兵ごと喰らわすというのは、ちょっと考えられない戦法だが……。

 

「エリカ、鐘を打たせろ。退却だ──。全軍をこの城壁まで後退させるんだ──」

 

「わかりました」

 

 エリカが動き出す。

 すぐに、目の前の戦場に、退却の合図である鐘が鳴り響く、

 そのあいだも、次々に鉄屑を撒き散らす賊徒軍の炸裂弾が大量の死傷者を作り続けている。

 全軍が潰走となっている。

 

「ブルイネン──。ここから、側面の大筒に向かって、ありったけの矢を射かける。エルフ族の弓術を見せてみろ──」

 

 とにかく、あの火砲を静かにさせることだ。

 それで南王軍はここまで後退できる。

 

「わかりました。親衛隊──」

 

 ブルイネンがエルフ兵に命令をとばす。

 わずか二十人ほどだが、正確無比の矢が顔を出している敵の大砲隊に射られだす。

 かなりの距離であるものの、ひとりひとりと頭を射られて倒れていくのが見える。彼らが慌てて矢楯を取り出しているが、エルフ達は神がかりな弓術でその隙間からも射貫いている。

 それで束の間、砲撃がなくなる。

 やっと前に出ていた味方が確保しているこの城壁に向かって駆け入ってきた。

 次々に集まってくる。

 

「ロウ様──」

 

 そのとき、エリカが斜面の先を指さした。

 遠目だが、数名の男がこちらに姿を見せている。今度は矢の届く距離ではない。 

 一郎にはその中のひとりの男の存在が妙に心に気になった。

 

 意識をそいつに集中する……。

 

 

 

“ドピィ(ルーベン)

 人間族、男

  道化師軍頭領

 年齢28歳”

 

 

 

 すると、いきなり、そいつのステータスが頭に入ってきた。

 あれがドピィか──。

 賊徒の頭領だ──。

 

 

「ロウ、あれが頭領なのだな──。だったら、いまから騎馬隊に突撃させる。すぐに、首を跳ねてみせる──」

 

 いつの間にか、近くまで来ていたシャングリアだ。

 確かに、いまこそ好機と思った。

 味方は壊走しているが、あの山頂までの土塁にいた賊徒兵は、あの頭領が味方ごと砲撃を喰らわせたことで、向こうも守備が崩壊している状況だ。

 そして、現在はあの大砲隊に矢を激しく射たてていることで、一時的に炸裂弾の脅威がなくなっている。

 

 まさに好機だ──。

 

 しかし──。

 

 なにか、落ち着かない──。

 

 理由のわからない胸騒ぎが……。

 

「ロウ、コゼたちとミウが、あの頭領のいる建物の中にいるのであろう。あれの首を刎ねれば終わる。一刻を争う状況かもしれん──」

 

 シャングリアが叫んだ。

 そのとおりだ。

 コゼとイットが潜入に失敗したとは考えられない。だが、成功したという確証もない。

 もしかしたら、捕らわれて拷問を受けている可能性もある──。

 

「ロウ──」

 

 シャングリアがもう一度叫んだ。

 

「わかった──。行け。あいつだ──。あの五人いる中の真ん中の男だ。ほかの男はいらん。あいつの首だけを狙え」

 

「承知した──」

 

 シャングリアが城壁を駆けおりていく。

 下に騎馬隊を待機させているのだろう。

 

 一方で、炸裂弾を浴びた南王軍の主力は、いまだ城壁に向かって後退を続けている。

 そこに城壁側から騎馬隊が飛び出した。

 シャングリアの率いる隊だ。

 

 駆け始める。

 

 凄まじい勢いだ。

 

 みるみると山頂までの距離が詰まっていく。

 遮るものなどない。

 

 あっという間に斜面の三分の二を昇りきった。

 

 だが、おかしい……。

 

 あそこにいる頭領のドピィが動かない……。

 たじろぐ雰囲気もなく、守りのようなものを固める気配すらない。

 

 そして、そのドピィが大きく片手をあげるのがわかった。

 

 突然に胸を締めつけられるような切迫感が襲いかかる。

 

 地面──?

 

 一郎はやっと害意のようなものの正体がわかった。

 土だ──。

 なにかを仕掛けられている──。

 間違いない──。

 

「いかん──。エリカ、ガド──。なんでもいい──。シャングリアたちの突撃を中止させてくれ──」

 

 一郎が声をあげた。

 

「えっ?」

 

「は、はい──。で、でもどうやって──」

 

 エリカとガドニエルがたじろぐ声を出す。

 次の瞬間、山頂に駆けのぼっていたシャングリアの身体が宙に舞った。

 馬がひっくり返ったのだ。

 

 凝視すると、地面から槍のようなものが無数につきだして、馬の脚を貫いている。

 なんのことはない──。

 先回、一郎が使った罠だ。

 それを逆に仕掛けられたのだ。

 

「ああ、シャングリア──」

 

「シャングリア様──」

 

 斜面に放り出されたシャングリアに向かって、ドピィの後ろから現れた敵が大量の矢を降り注いでいる。

 ほかの騎馬もすべて、賊徒軍の罠に掛かって騎馬を倒していた。

 

「シャングリア──」

 

 一郎も叫んだ。

 

 そのとき、一郎は視界の真下側の地面に、太いロープが出現しているのを発見した。

 さっきまでなかったはずだ。

 しかし、三本ほどの太いロープが伸びて、三箇所の土盛りに繋がっていた。

 

 

 

“敵兵──。十名──”

 

 

 

 それぞれに、魔眼で隠れている敵兵を確認した。

 なぜ、あんなところに敵兵が……?

 

 そもそも、あのロープには、なんの意味が……?

 

 考える余裕はもうなかった。

 次の瞬間、それぞれの土盛りから賊徒たちが後ろに飛び出し、三本のロープが思い切り引かれた。

 ロープの先端には、まさに一郎が立っている防壁の石積みのひとつが繋がっていていた。

 

 そして、次の瞬間、激しい音をたてて、この城壁そのものがと崩壊しはじめた。

 

「うわっ」

 

「きゃああ」

 

「ひいいっ」

 

 身体が浮きあがる感覚とともに、一郎たちは崩れる防壁の石積みに身体を埋もれさせてしまった。



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794 ワルム砦の大攻防戦(防壁崩壊)

 もうもうと土煙が立っている。

 距離があるので、こちらの視界全体を阻むことはないが、だが、砦の前面を防護する石壁があった場所は、完全に土煙が覆っている。

 

 あらかじめ準備しておいた仕掛けのひとつであり、堅牢な石積みにみせかけておいて、実際には、人の頭ほどの数個の石を下段から引き抜けば、全部が崩れるようになっていたのだ。

 ドピィの緻密な計算による石積みだからなしえた特殊な仕掛けだった。

 

 もともと、その防壁で守らせていた賊徒兵は(おとり)だ。

 まともなやり方で、調練を受けた国軍の兵に、農民あがりの賊徒兵が相手になるとも思っていない。

 実際に戦いが始まると、数では互角以上であるが、案の定、あっという間に防壁は奪われ、南王軍の占拠する場所になった。

 しかし、罠を見抜かれることなく、そうやって防壁を占拠させることこそ、ドピィの狙いだったのだ。

 

 この時点で崩してやってもよかったが、南王軍がそのまま土塁群を越え、ドピィたちのいる砦の頂上に駆けあがろうと企て、防壁には留まらなかったことで、防壁を崩すことは一時的に保留した。また、なんといっても、シャロンを射った「あの男」がまだ後ろだった。

 

 この砦戦の緒戦だった山地の間道沿いの側面攻撃は、残念ながらエルフ族ではなかった。

 それは、襲撃してきた連中を皆殺しにしてから知った。

 ドピィは、舌打ちしたものだ。

 

 だから、ドピィはさらに機会を待つことにした。

 そして、大筒(おおづつ)で蹴散らし、南王軍の連中が慌てて、罠の仕掛けてある防壁に戻ったところで、隠していた兵に防壁を崩す「要石(かなめいし)」を一気に引き抜かせた。

 もちろん、あのエルフ族に守られているあの男……ロウが防壁に入ったことも確かめている。

 

「頭領、やりましたね。すげえや。本当にすげえや──」

 

 カリュートだ。

 四天王と呼ばれていたドピィの筆頭部下の中で、いつの間にか唯一の生き残りのようになっていた。

 

「おっ、なんだこれ──? うわっ」

 

 そのカリュートが近くに転がっていたものを見て、悲鳴のような声をあげた。

 少し離れた場所に転がしていたのは、手足を付け根から切断した全裸の男の身体だった。

 悲鳴がうるさかったので、声が出ないように喉も潰したが、一応はまだそいつ自身の血だまりの中で生きている。

 もっとも、もうそれほど長くもないだろう。

 なにせ、四肢を切断して止血をすることなく、そのまま地面に転がしているのだ。

 ほとんど虫の息と言っていい。

 

 一切の放置を命じているので、ドピィの身辺を遠巻きに警護させている兵たちも、完全に無視していたので、ドピィも存在を忘れかけていたが、カリュートは、ついさっき激怒したドピィが行った行動の結果を承知していなかったので驚いたようだ。

 カリュートは別の場所で指揮をしていたのだ。ここに来たのは、もちろん、ドピィが呼び出したためである。

 

「この男は、すぐに俺に報告すべきことを意図的に隠していた。それで罰を与えた」

 

 とりあえず、ドピィはそれだけを言った。

 説明しようとすると、怒りが改めて込みあがってくる。

 こいつは、自分の失態を単にドピィが激怒するだろうということだけで、時間伸ばしにして隠していた。

 その結果、すぐに対応すべきことができずに、それなりの時間を費やしてしまった。

 報告が遅れたために、それがさらに失態を拡大したのだ。

 それを知ったドピィは、責任者であるこいつを目の前に呼び出し、激怒のまま手足を切断させて放置させた

 防壁を崩して、あのロウごと南王軍の主力を石積みで潰したときの、ちょっとだけ前のことだ。

 

「そ、そうか。まあ、そうなんだな……。だ、だが、すげえよ、頭領。すげえものを見たぜ、南王軍が石積みの下だ。きっと巻き込まれた連中は生き残っちゃいねえさ。また、頭領の勝利だ。すげえよ。本当にすげえよ」

 

 カリュートがまるでおもねるように言った。

 実際、おもねっているのだろう。

 首に炸裂環を嵌めてやってから、この傍若無人の傾向のあったこの男は、こんな風なしゃべり方をすることが多くなった。

 いまも、ドピィが不機嫌なのを見越して、詳細を訊ねるのをやめたようだ。

 

 まあいい……。

 こっちについては、すでに別の部下に命令して、童女魔道遣いの行方を捜索させている。

 すでに砦の外に脱走しているか、あるいは、まだどこかに隠れているのかわからないが、相当に気合いを入れてやったので、すぐになんらかの報告があがるだろう。

 いずれにしても、それよりも、目の前の戦場のことだ。

 

「いや、まだだ。実際には巻き込まれて潰された者よりも、そうでない敵兵の方が多いぞ。もっとも、戦意は消えたかもしれないけどな」

 

 ドピィは、潰れた防壁の石積み近くにいた敵兵がわらわらと砦の反対方向に逃亡していくのを眺めながら言った。

 南王軍の戦闘の指揮官らしき男が賊徒群の砲弾で木っ端みじんになるのは確認しているし、ちょうどそのとき、エルフ族の女兵隊に守られていたロウやエルフ女王が崩れた防壁の上に立っていたのもドピィは見ていた。

 

 あの防壁の石積みの崩壊に巻き込まれて生き残っている可能性は低いが、もしも息があるなら、エルフ族を片っ端から捕獲させようと思っている。

 人間族とは異なり、エルフ族は大なり小なり魔道の使い手だ。

 シャロンを回復させられる白魔道術士を確保できるかもしれない。

 もっとも、シャロンに近づけるなら、確実に隷属をさせて危険を失わせてからでなければならないが……。

 まあ、瀕死で弱っているなら、いかに魔道力の強いエルフ族でも、隷属にはしやすいだろう。

 

「とにかく、カリュート、一隊を率いて、崩れた防壁から、生き残っているエルフ族を探して連れてくるんだ。息さえあれば、四肢が潰されていても、生きたまま連行するんだ。もちろん、魔道封じの処置は忘れるな。死にかけていても油断はするなよ」

 

 ドピィは言った。

 カリュートが真剣な表情で頷く。

 

「すぐにかかります。エルフ族をあの石段の下から探して連れてくるですね。わかりました……。ところで、人間族については? そっちは連れてこなくていいんですか」

 

「必要ない。逆に、もしも、息がある者がいれば、全員その場でとどめを差せ。いや……。ロウの屍体だけは殺してから持ってこい。首から上だけでいい」

 

 情報によれば、ロウという男は、イザベラ王太女の情夫らしい。

 だったら、死骸でもなにかの使い道があるかもしれん。

 

 カリュートが走り去っていった。






 投稿間隔が開くうえに、短くて申し訳ありません。
 そのうちに執筆速度を回復させたいですが、一度、倒れてから、どうにも調子が悪いです……。
(身体ではなくて、執筆感覚が)。
 とりあえずここまで。


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795 ワルム砦の大攻防戦(反撃)

 唖然とする光景だった。

 

 堅牢そのものだった砦の防壁がたった数個の石を下段から引き抜いただけで、これほどまでに全壊をしてしまったのだ。

 

 すげえものを見た……。

 

 本当にすげえ……。

 

 二百人ほどの兵とともに、崩落した防壁の瓦礫の前にやってきたカリュートは、改めてドピィの知略と技量を思い知った。

 こんなことができるのは、まさに天才の所業に違いなかった。

 崩れてからそれなりの時間が過ぎているのに、いまだに、周辺にはもうもうと土煙が残っている。

 ドピィの仕掛けた防壁の破壊がいかに凄まじかったということが、これひとつでわわかる。

 

「よし、五人ずつ組を作れ。石を避けながら、生きているのものがいれば報告しろ──」

 

 カリュートは指示をした。

 ドピィに命じられているのは、この巨大な瓦礫の中から、生き残っているエルフ族を連行することだ。

 もっとも、カリュートには、ドピィには申し訳ないが、、こうやって崩落の現場を目の当たりにすると、とてもじゃないがこの防壁の崩壊に巻き込まれて、生き残る者がいるとは思えない。

 全員即死だろう。

 土埃の匂いとともに、激しい血の香りも瓦礫から漂っている。

 

「隊長、あれを──。なんか変ですよ」

 

 そのとき突然に兵士が空を指さして叫んだ。

 思わず視線を向けると、空中の一角がゆらゆらと風が揺れている感じがしていた。

 

「うわっ、なんだ、あれ──」

 

 そして、次の瞬間、突然に空に男が出現した。

 ちょうど、防壁が残っていたら、その頂上あたりだろう。いまは、防壁そのものが崩落しているので、なにもない空になっている。

 そこに男が出現した。

 

「うわっ、なんだ、あれ──」

 

「魔道だ──」

 

「魔道で男が現れたぞ──」

 

 気がついた兵士たちが仰天して騒ぎ出す。

 

 魔道──?

 

 この砦全体は、ドピィの指示で大量の魔道封じの魔石を埋めており、魔道効果は発揮しないはずだ──。

 咄嗟に思ったが、同時に、防壁が崩落して壊れてしまえば、魔石同士の結界が崩れ、防壁に埋め込んだ魔道封じも効力も消失してしまう可能性があることを思い当たった。

 あるいは、強い力を加えれば魔石そのものが崩れるかもしれない。

 その隙を突かれたのかもしれない。

 

「武器をとれ──」

 

 カリュートは慌てて叫んだ。

 だが、男はそのまま、地面に向かって落下してきた。

 呆気にとられていると、男は瓦礫に身体を叩きつけられる寸前に、身体を消失させてしまった。

 

「なんだああ?」

 

 カリュートは声をあげた。

 周辺の賊徒兵も呆然としている。

 

 しかし、再び、男が出現した。

 ほんのたったいま、落ちてきたこの男が消えた場所だ。

 

 そして、今度は男だけではない。

 美しいエルフ女性が一緒だ。

 いや、ほかにも大勢いる。

 

 十数人──?

 

 いや、もっとだ──。

 

 二十人くらいはいるだろう。

 すべて、完全武装のエルフの女兵である。それが突如として、瓦礫の上に出現した。

 

「ロウ様──。たった、おひとりで、あんなことをされるなんて信じられません──」

 

 男とともに出現したエルフ美女のひとりが怒鳴ったのが聞こえた。

 

「仕方ないだろう、エリカ。亜空間から出るのは、入り込んだ同じ場所からしか駄目なんだ。あのとき、とっさにお前たちと一緒に亜空間に逃げたのは防壁の上だったんだから、当然にあそこに出現するしかない」

 

「だとしても、そのまま落下するなんて」

 

「落下しなければ、地面に近づかないだろう。地面のすれすれでもう一度亜空間には入り直して、みんなの出現位置を調整した。うまくいったじゃないか」

 

 男は気楽そうに笑っている。

 それに比べて、エリカと呼ばれたエルフ美女は怒りの表情だ。だが、心から男を心配しているということもわかる。

 だが、カリュートははっとした。

 

 あの男はロウ……。

 

 ドピィが必ず殺せと口にしていた男だ。

 南王軍の事実上の指揮官だったはずだ……。

 

「制圧せよ──」

 

 思考を巡らせているあいだに、力強い女の声が響いた。

 現れたエルフ女兵たちはすでに動き始めている。

 あちらこちらで、賊徒兵たちが吹き飛ばれている。

 あの細い身体で剣だけで、大の男を三人、四人と同時に斬り飛ばすのだ。しかも、その光景があちらこちらで繰り広げられている。

 カリュートは我に返った。

 

「組を作れ。数名でひとりに当たれ──。いや、銃だ。距離をとって、射殺しろ──」

 

 カリュートは叫んだ。

 

「……そんな余裕あるわけないでしょう……」

 

 気がつくと、目の前にエルフ女兵の女隊長がいた。

 その女隊長の持つ剣が首に向かっている。

 

「がっ」

 

 突然に視界が浮いた。

 

 地面が見え、血を噴き出す首のない身体が倒れるのが見えた。その首で小さな爆発が起こって、首のない胴体が爆破に巻き込まれて地面に転がっていく。

 カリュートは、それが自分の身体であることを悟った。

 爆発が起きたのは、首を切断されて炸裂環が外れたからだろう。無理に外そうとすれば、首を引き千切るほどの爆破が内側に発生するのだ。

 

 思念はそこまでだ。

 頭が地面に叩きつけられ、視界は地面と同じになった。

 そのカリュートの首の横をたくさんの具足がついた脚が走り抜けていく。

 だが、喧噪はあっという間に通り過ぎ、少し静かになる。

 

 なにも聞こえなくなり、突如として視界もなくなった。

 

 そして、カリュートの思考も消失した。

 

 

 *

 

 

「エリカ、道を開いてくれ……。ブルイネン、前だ──。俺を囲んで前を進め──。俺が進んだ位置まで、全員が近づける──。上だ、みんな──」

 

 一郎は指示をした。

 遠くにある斜面の上側に存在する賊徒の隊長らしき男の小さな影を一郎は捉えている。

 一郎がそこまで辿り着ければ、この戦いは終わりだ。

 

 終わらせてやろう……。

 

 ミウに手を出した酬いはしっかりとくれてやる。

 

「お任せください。ロウ様には矢一本、銃の弾であっても近づけさせません。ただ前にお進みください」

 

 エリカが一郎の前を裾払いするように歩き進んでいく。

 そのあいだも、銃弾のようなものが何度も向かってくるが、エリカの剣が眼にも見えないくらいの速度で払われて、音が離れていく。

 同じことが何度も起きているし、エリカだけでなく、数名のエルフ女兵が一郎の回りに張り付くように、エリカと同じようにしている。

 まさかとは思うが、本当に銃弾を切断しているのか?

 一郎は呆気にとられるとともに苦笑した。

 

 まさに、一郎の女たちは、神がかりな強さだ……。

 

「ご主人様、二マイス先まで、魔道封じの結界が崩れてます──。縮地で一気に進めます──。結界も……」

 

 一郎のすぐ後ろを歩くガドニエルだ。

 “一マイス”というのは、一郎の前の世界の感覚では「約百メートル」だ。従って、二マイスは二百メートルに相当する。

 目の前の斜面には、南王軍の最初の突撃のときにできた砲弾の爆破痕が無数にできている。

 それだけ激しい砲弾だったのだろうが、その砲撃の衝撃でドピィが準備した魔道封じの魔石結界が崩れたのだろう。

 

「行け──。結界はいい──。とにかく、進み続ける」

 

 一郎の言葉が終わるや否や、景色が一瞬にして変化して、二百メートル斜面を進み跳んだ。

 

「うわっ」

 

「エルフ女兵だ──」

 

「離れろ──」

 

「射て──。射て──」

 

 さっきよりも大勢の賊徒の中に跳躍したことになり、周囲が一斉に慌ただしく動き出した。

 

「銃を持っている者を斬れ──。逃げる者を構うな──。ロウ様が進むのを援護するのだ──」

 

 ブルイネンが怒鳴った。

 女兵たちが動き出す。

 一朗はただ斜面を進み続ける。

 

 そのとき、大きな音がした。

 戦場全体に張り巡らせている一郎の魔眼に、“大筒”を装備した十数名の賊徒兵の情報が入ってきた。

 

「全員、集まれ──」

 

 離れすぎないように徹底しているが、二十名の女兵たちはさらに一郎との距離を縮めた。

 凄まじい砲撃が一郎たちを包むときには、一郎はエリカやガドニエル、そして、二十名の新鋭隊ごと、再び亜空間に逃げ込んでいた。

 

 

 *

 

 

「ちっ」

 

 ドピィは舌打ちした。

 おかしな術で防壁の崩落からロウが生き延びたのは、防壁の位置した瓦礫に、ロウとともに、エルフ族の女たちが突然に出現したことから理解した。

 しかし、崩落を発生させた後ならともかく、崩壊前にはあの防壁全体も、完璧に魔道封じの結界を魔石で包んでいたはずだ。

 だが、まあ、エルフ族たちが人間族には及ぶべきもないほどに魔道に巧みなのは承知している。ましてや、ロウと一緒にいるのは、この世界で最高の魔道遣いとされているエルフ女王ガドニエルだ。

 もともと、完璧な魔道封じの結界など難しいのだろう。

 

 ドピィは気を引き締め直した。

 失敗したなら、さらに、第二、第三の攻撃をたたみかけて殺すだけだ。

 見たところ、南王軍全体は完全に戦意を失って、砦から離れる方向に逃げて言っている。

 こっちに向かってくるのは、ロウの周りいる数十名のエルフ女兵だけだ。

 

 だが、その強さは凄まじい。

 数で圧倒している賊徒たちは、まったく歯が立たずに、次々に打ち倒されていっている。

 ひとりひとり倒されるのではない。

 エルフ族の女兵の剣や鉾のひと振りひと振りで、五人、十人と斬り飛ばされていっているのだ。

 それがロウの周囲で一斉に起きていて、賊徒たちが恐れおののき始めているのもわかる。

 その状況はあっという間に総隊長格のカリュートが斬り殺されたことからも顕著になっている。

 

「大筒を準備しろ──。一斉射撃だ──」

 

 ドピィは指示した。

 銃弾も、あのエルフ族たちはものともしていない。信じられないが、銃弾を剣で切り落としている気配だ。

 

 糞ったれが……。

 

 だったら、鉄の破片を撒き散らす新砲弾をありったけぶつけてやる。

 それを喰らって、生き延びられるわけがない。

 

 シャロンが味わっている苦痛を思い知れ──。

 

「いけええ──」

 

 準備が整ったという報告に、ドピィは怒鳴り声で返した。

 砲撃がロウが歩き進む場所に包み起きる。

 だが、ドピィは再び舌打ちした。

 砲撃があそこに辿り着く直前に、ロウたちが消えるのが辛うじて見えたのだ。

 どういう魔道なのかわからないが、あれで防壁の崩落もやりすごしたのだろう。もしかして、別空間に一時的に避難する術か?

 ドピィは、そんな魔道など聞いたことはないが、エルフ族ならば、人間族には知られていない魔道も数多くあるのかもしれない。

 

 だが、どうするか……。

 

 おそらく、砲撃をやめれば、ロウたちは姿を現して、同じことをしながらこっちに進んでくるのだろう。

 そして、砲撃があれば、また隠れてやり過ごし、終われば、現れる……。

 これを繰り返して、ここまで近づく気に違いない……。

 

 だったら、冷静さを失わせてみるか……。

 

 怒りで頭を沸騰させてやれば、亜空間に逃げ込みことなどせずに、猪のようになって暴走してくるかも……。

 そこに銃弾と砲弾をぶつける……。

 

「おい、さっき負傷したのを捕まえた女騎士がいたな。連れてこい──。鎖で縛り付けたまま引きずってこい。具足を剥ぎ取った下着のままでいい──」

 

 防壁を崩壊させる前に、騎馬隊の先頭で突っ込んできた女隊長を捕らえていた。馬から落馬して頭を打って動けなくなっていたのを捕らえていたのだ。

 それを連れて来させた。

 

「くっ、殺せ──」

 

 すぐに鉄の手枷と足枷を嵌められている女騎士がやってきた。手足に矢傷があるが、大した負傷ではない。

 頭を打って気絶して、動けなくなっただけであり、さっきまで悪態をついていた。

 また、武器や具足を剥ぎ取っているので、胸当てと腰を包む下着だけの肌も露わな姿だ。

 連行してきた男の賊徒兵たちも好色そうな視線を向けている。

 

「お前はあのロウの女だったな」

 

 ドピィは言った。

 事前に集めた情報によれば、この女はシャングリアといい、やっぱり大勢いるロウの女のひとりだ。

 

「だったらなんだ──」

 

 シャングリアがドピィを睨みつけた。

 

「ロウを怒らせる餌になってもらおうと思ってな……。よし、お前ら、櫓の上に、この女を連れて行け。そこで全員で代わる代わる犯してやれ。戦場全体に聞こえるように、よがり声をあげさせてやるんだ。媚薬もたっぷりと使え」

 

 ドピィの命令に、シャングリアの怒鳴り声と男たちの歓声が響き渡った。



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796 ワルム砦の大攻防戦(女騎士陵辱)

「ふ、ふざけるな──。は、離せ──」

 

 シャングリアという女騎士が泣き叫んでいる。

 だが、凄まじい勢いで騎馬隊の先頭で突っ込んできた無双の女騎士隊長といえども、頭を打った影響でまだふらついているうえに、背中側にねじ曲げた両腕を水平にして両腕を鉄枷で束ね、さらに二の腕にも鉄枷を鎖で拘束している。

 賊徒兵たちが陵辱の邪魔だと言って、足枷だけは外したときには、五、六人が蹴り飛ばされていたが、十数人の男たちに押さえつけられて、身体を弛緩させる効果もある媚薬を大量に飲まされると、いくらか大人しくなった。

 

 もっとも、観念したというよりは、暴れたくても身体が動かなくなって、抵抗できなくなっているだけである。

 その証拠に、絶えることなく悪態は喚き続けている。

 しかし、ドピィの関心は、もうこのシャングリアにはあまりない。

 これは、ただの餌だ。

 ドピィの意識のほとんどは、眼下の斜面をすこしずつ接近してくるロウという男に向けられている。

 

「よし、そろそろいいぞ。(やぐら)にあげろ。陵辱の場所はそこだ。あそこなら、おかしな術で消えたり現れたりするロウにもよく見えるだろうさ」

 

 このシャングリアを餌にすると決めてから、ちょっとばかり待たせていた。

 あの得体の知れない術を確実に見極めるためだ。

 そして、ロウたちが出現したら、大筒(おおづつ)を集中砲火させるということを二度繰り返した。

 わかったのは、魔道が遣えないはずの魔道封じの魔石による結界の中で、やはり、あの術はしっかりと術を発揮することができて、二十人以上のエルフ族たちが、砲撃を集中すると、一瞬にして、その場で姿を消してしまうということだ。

 そして、砲撃が終われば、なにもなかったかのように姿を現し、戦場を進んでくる。

 

 砲撃で地面を掘り返した状態になれば、魔道封じの結界も崩壊するので、エルフ族たちが使う「縮地」という術で瞬時に斜面を跳躍してくる。そして、阻止しようとする賊徒兵たちをなぎ倒しながら前に進んでくるのだ。

 これを繰り返されている。

 結界崩れは予想の範疇であり、全体の魔道封じが失われることはないが、砲撃集中攻撃の欠陥を突かれているようで、ちょっと忌々しい。

 

 いまや、ロウたちの位置は、ドピィたちが立つ砦の中心部となる上段まで、距離を半分以上詰めてきた。

 最初に防壁があった場所からだと、三分の二は進んでいる。

 あの男の顔の表情までわかるくらいになった。

 大声であれば、声も届くかもしれない。

 

「百人隊は準備できているな」

 

 ドピィは指示を与えた部下を振り返った。

 百人隊というのは、ドピィが急遽編成させた銃手隊であり、この道化師団(ぴえろだん)の中でも比較的射撃の得手な者たちを集めさせた隊だ。

 これをまたもや砲撃が届く寸前に姿を消したロウたちの前面に集めさせたのだ。

 辛うじて砲撃の影響のないぎりぎりの位置だが、百丁をまとめた狙撃ならば、これを防ぐことなど不可能に違いない。

 これをロウがもう一度現れたときに、ぶつけてやるのだ。

 二度の観察で、瞬時に「縮地」で跳躍する可能性があるとはいえ、必ず、寸分違えずに、同じ場所に出てくるのはわかった。

 また、縮地という術は、あいだに障害物があるときには、それ以上は進めない。ドピィは魔道には縁はないが、魔道の知識だけは蓄えている。

 ロウたちが進み始めてから、砲撃と戦闘の一方で上側から乱杭を縦に埋めさせている。

 ここから見える斜面には、無数の棒杭が無秩序に立っていて、いまでも増えている。

 そんな場所では「縮地」は遣えないのだ。

 だから、現れたところに一斉射撃する。

 今度こそ、仕留める──。

 あいつらは、同じ場所にしか出現できない──。

 

「うわあああ。やめんかああ──」

 

 一方で、すぐ近くでやっているシャングリアへの陵辱だ。この女騎士の怒声がいきなり激しくなった。

 ふと視線を向けると、ドピィが陵辱の場所として指示をした(やぐら)に担ぎ上げるために、ドピィの指示で役得のようになった三十人ほどの男兵がシャングリアを担ぎ上げているが、両脚を担いでいる前側の男たちがふざけて、左右に分かれるように動いたのだ。

 当然に、下着しか身につけていないシャングリアの下半身は大股開きになっている。

 ドピィは横目でそれを見て苦笑した。

 

「もっと泣き叫ばせろ。ロウが怒りで我を忘れるようにな」

 

 ドピィは大股開きの恥ずかしい格好で櫓にあげられていくシャングリアを囲む者たちに声をかけた。

 櫓はドピィが立つ場所のすぐ横だ。

 ここは、戦場になっている砦の斜面のどこからでも眺められる場所であり、ましてや、その上は目立つ。

 本来は、櫓の前面には矢弾を防ぐ厚い板壁があるが、いまは手摺り以外を取り払わせて、床と手摺りしかない状態になっている。

 

「くあっ、さ、触るなああ──。く、くそおおおおっ」

 

 ついに、櫓の上になったシャングリアがさらに声をあげた。

 さっきまで胸当ての下着をしていたが、いつの間にか取り払われて乳房が露出している。その胸を四方八方から揉まれまくっているみたいだ。

 媚薬のせいで、全身が真っ赤になっていて、噴き出す汗で全身がびしょびしょだ。

 かなり強力なもののはずだから、いまでも理性を保てるのが不思議だが、身体にはしっかりと効いているようだ。

 言葉は荒々しいが、声の響きはかなり艶めかしい。

 おかげで、シャングリアを囲んでいる賊徒兵たちはむしろ喜んでいる。

 

「へへへ、しっかりと時間をかけて陵辱しろという頭領の命令だからな。ゆっくりと可愛がってやるぜ、女騎士さんよ」

 

 陵辱の長にさせた男が櫓の上で揶揄う声が聞こえた。

 その声は激しい欲情の疼きでうわずっている。

 兵としては役に立つ方ではないが、女を辱める役目なら一番の男だ。一物も立派なものを持っているのをドピィも知っている。

 そいつには、ただ犯すだけでなく、徹底的に女の尊厳を苛め抜けと伝えている。

 こっちに向かっているロウを怒りで我を忘れさせるためだ。

 

 冷静さを奪うのだ。

 淡々と消滅と出現を繰り返して、こっちに迫ってくるなどというふざけた手合いなど繰り返す余裕を奪ってやる……。

 

「ち、ちくしょおおおお──。くうううっ、こ、殺せええええ──。ひいいいっ、んひいいいいっ」

 

 怒声だか、嬌声だか区別のつかない悲鳴をシャングリアが迸らせた。

 もう一度視線を向けると、シャングリアは上半身を倒して、首を櫓の手摺りの横材に固定され、脚を拡げて床に作った木杭に足首を縛られていた。

 脚を拡げて尻を後ろに突き出す格好だが、男たちが左右からシャングリアの裸身を抱えている。

 その男たちがシャングリアの裸体を愛撫しまくっているのであろう。

 シャングリアの声がそれに対する反応だ。

 

「た、隊長──。変ですぜ。こいつの穴、石みてえに固てえ。指を寄せ付けませんさ。こんなに濡れるのに」

 

 そのとき、そんな声が上からした。

 石みたいに固い?

 なんだ、それ?

 

「ああ? 本当だ。よくわかんねえが、媚薬でもっとほぐすか。最後の下着も剥ぎ取れ。この媚薬はすげえぞ。どんな気丈な女でもひいひいと泣き喚く、なにしろ、ただ媚薬で性感が疼きまくるだけじゃなく、ものすごい痒みが沸き起こる。これさえあれば、どうか犯してくれと、股を緩くするさ」

 

 どっと歓声が櫓の上であがった。

 シャングリアが大声あげて、抵抗する気配も伝わってきた。

 ドピィはほくそ笑んだ。

 やはり、あいつに陵辱の指揮を任せたのは正解だったみたいだ。

 

「よし、砲撃やめええ──。百人隊は射撃用意だ──」

 

 ドピィは指示を伝えさせた。

 砲撃を中止させると戦場が静かになる。

 シャングリアの悲鳴がさらに目立つようになる。

 

「現れたぞ──」

 

「射てえええ──」

 

 下側の斜面で指揮官の大声が放たれた。

 やはり、寸分違わぬ場所に、ロウたちが出現したのだ。

 その瞬間、半円を作って取り囲んでいる銃隊の一斉射撃が行われた。

 

「よし──」

 

 ドピィは握りこぶしに力を入れた。

 少なくとも十数発の銃弾がロウらしき男に吸い込まれた。前側や横にいたエルフ女たちにもだ。

 

 斜面の下側にロウたちの身体が転がっていくのがはっきりと見えた。



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797 ワルム砦の大攻防戦(賊徒長と淫魔師)

「ロ、ロウ──」

 

 (やぐら)の上で拘束され、大勢の男たちから陵辱されようとしているシャングリアが絶叫した。

 ドピィは、その悲痛な叫びを聞きながら、眼下の斜面に目をやった。

 

 編成された百人隊による一斉射撃だ。

 いかに、エルフ族たちが武辺と眼の能力に優れていて、飛んでくる銃弾を切り落とせるほどの技があったとしても、百挺もの銃弾を避けられるわけがない。

 案の定、銃弾の嵐を受けたロウと取り巻きのエルフ女たちは、まるで暴風にでも飛ばれたかのように、後ろに飛んでいった。

 

 これで終わりだ。

 

「はははっ……。お前の隊長さんは死んだぜ。じゃあ、後はなにも気にすることなく、俺たちに犯されることだ。それよりも、尻を振り始めたじゃねえか。どうかしたか?」

 

 櫓の上でげらげらと下品な笑い声がした。

 女騎士のシャングリアを陵辱するために、女泣かせの痒み剤を使うと称していたので、さっそく効果が出始めたのだろう。

 拷問で使わせたこともあるが、あれの効き目は凄まじいし、掻痒効果が発生するまでの時間も短い。

 拷問のために特別に錬成させたものなのだ。

 女を屈服させるには、最適の道具である。

 

「く、くううう、ふ、ふざけるなああ──。ああああああっ」

 

 シャングリアの口はかちかちと鳴っていて、ふと視線を向けると、後ろに突き出すように拘束された白い尻をシャングリアは淫らにうねらせている。

 とてもじっとしていられないのだろう。

 

 いずれにしても、ロウを怒らせる小細工は無駄だったか……。

 ドピィは、掃討を命じるために、もう一度戦場に視線を戻した。

 そのとき、巨大などよめきの声が耳に入った。

 

「どうした……。うわっ」

 

 ドピィも思わず声をあげた。

 後ろに倒れたロウたちの身体がいきなり浮きあがったのだ。それだけでなく、奇妙に膨らんでまん丸くなっている。

 それが空中に浮かんで、百人隊の頭上近くまで寄ってきた。

 目を見張ったが、ドピィははっとした。

 

「しまった──。人形か──」

 

 なんてことはない。

 おかしな術で出現したり、消滅したりしているが、こっちが銃で待ち構えていることをわかっていて、自分たちの姿に似せた人形を代わりに出現させたのだ。

 わかってしまえば、簡単な仕掛けだ。

 それで銃をやり過ごしたのだ。

 銃は一度撃てば、弾込めに時間がかかる。

 それを狙ったのだろう。

 

 次に現れるのが本物か……。

 

 しかし、甘い──。

 百挺の銃隊だが、百挺の全部を撃ったわけじゃない。少なくとも二十は残しているはずだ。それは徹底していた。また、弾込めだって、気が遠くなるほどに反復演練をさせている。

 弾を撃ったところで安心して現れた次こそ、仕留める

 それはいいが、なぜ、人形が上に……?

 

「次に本物が現れるぞ──。狙えええ──」

 

 とにかく、ドピィは叫んだ。

 声はなんとか届くだろう。

 もうそれくらいの距離までロウたちは、ここまで近づいていたのだ。

 そのとき、空中にあった複数の人形……いまや、丸く膨らみすぎて人間のかたちすらしていなかったが……。それがいきなり爆発した。

 そして、百人隊を含めて四周に液体と黒い粉を撒き散らした。

 

「現れた──」

 

「出たぞ──」

 

「撃てえええ──」

 

 一方で、やっぱり、ロウと女が出現した。

 再び一斉射撃だ。

 今度はさっきほどの数じゃないが、銃弾を受けてロウたちが後ろに飛ぶ。

 先ほどと寸分違わぬ光景に、ドピィは違和感を覚えた。

 

「うわっ」

 

「まただ──」

 

「浮かんだ──」

 

 またもや人形だった──。

 

 丸く膨らんで巨大な玉のようになった人形たちが空中に浮かび、さらに、液体と黒い粉を撒き散らす。

 

「また、出た──」

 

「うわあっ」

 

「弾込め、急げえええええ」

 

 さらにまた、ロウたちが出現する。

 おそらく、今度も人形だ。

 ドピィは確信した。

 そして、はっとした。

 

「全員、武器をとって配置につけえええ──。非戦闘員もだ──。女も、子供も、武器を握れる者は全員が防護柵のあいだに入れ──」

 

 ドピィは鐘を鳴り響かせた。

 二度の一斉射撃で、百人隊は弾を撃ち尽くしている。

 それがわかれば、今度こそ本物が現れて、賊徒兵を蹂躙する──。

 あのエルフ女性の凄まじい突撃に、百人程度の賊徒が支えられるわけがない。

 すぐに突破されるだろう。

 

 砲撃も無駄だ──。

 隠れられて終わりだ。

 

 それとも、シャングリアへの陵辱に逆上して、砲撃を隠れずに突っ込んでくれるか……?

 

 いずれにしても、こうなったら人の数で圧倒するしかない。

 一万を越えている賊徒の全員で対処させる。

 ドピィのいる砦の頂上の前には、最後の防護として、三重に防護柵が構築されている。

 人の背丈よりもやや低いくらいの高さだが、その三重の防護柵の後ろの全部に、賊徒を入れて武器で守らせる。

 これだけあれば、突破できまい。

 それだけでなく、実は三重の防護柵の前面には、土の上面の下に大量の火薬砂を隠している。

 強い衝撃か高熱を加えれば、地面全体が吹っ飛ぶ。

 作動させれば、当然に魔道封じも崩壊するが、魔道防護の盾もある。だから、爆発で吹っ飛んだロウたちにとどめを刺すくらいは、賊徒兵にも可能だろう。

 

「ちいいいいくしょおおお──」

 

 すると、がんと大きな音がして、次いで、男たちの悲鳴が櫓の上であがった。

 ドピィは目を見張った。

 シャングリアの片足が自由になっている。

 びっくりすることに、木杭で固定されていた足首を櫓の床板ごと破壊している。

その足で蹴り飛ばされた賊徒の男たちが四人ほどまとめて櫓から落下してきた。

 なんという怪力だ。

 ドピィは半ば呆れてしまった。

 だが、それどころじゃない。

 

「なにをしている。薬を嗅がせろ。もう一度、弛緩させるんだ」

 

 ドピィの指示で櫓に残っていた男たちが、シャングリアの顔に、寄ってたかって薬液の染み込んでいた布を押し当てた。

 そのあいだに、さらにふたり蹴り落とされたが、薬を嗅いだシャングリアはやっと静かになった。

 気絶まではしていないようだが、今度こそぐったりとなった。

 

「大型の獣用の鎖を持ってこい。拘束しなおせ──」

 

 ドピィは指示したが、櫓に残る賊徒たちも精魂尽きた感じになっている。ドピィは舌打ちして、もう一度同じことを怒鳴る。

 慌てて、賊徒たちの数名が櫓から駆けていく、

 

 一方で三度目の人形の爆発──。

 またもや、黒い粉と液体を上から撒き散らしている。

 

 四度目のロウたちの出現──。

 今度も人形か……?

 

「シャングリア、もうすぐ、そこに行く──。待ってろ──」

 

 ロウが怒鳴った。

 賊徒たちが防護柵の後ろに配置についていく喧噪が激しくて聞こえにくいが、ロウの声はドピィには入ってきた。

 本物だ──。

 

「ロウ──。た、助けてくれ──。こ、こい、こいつら、わたしに、痒み剤を……」

 

 すると、シャングリアが喚き返したのが聞こえた。

 弛緩剤で身体が痺れているために、大きな声にはなっていないが、ロウには届いたのだろう。

 遠目だが、ロウが不敵に微笑むのがわかった。

 

「我慢しろ──。いまから、そこにいる賊徒の親玉を殺すから、それまで待つんだ──」

 

 ロウが叫ぶ。

 くそお……。

 百人隊の弾込めはまだか……。

 彼らが賢明に、再装填をしているのはわかっている。多分、もう少しだ。

 ちょっとでも時間を……。

 

「ロウ──。お前の女のシャングリアは、しっかりと可愛がってやったぞ。すでに、俺の子を孕んでいるのかもな──」

 

 ドピィは怒鳴った。

 なんでもよかった。

 ロウが激昂して、話に乗ってくれればいい。それで時間を稼げる。

 

「偉そうに口を開くな。俺の女に手を出して、酬いを受ける覚悟はあるんだろうな──。エリカ、いいぞ──」

 

 横にいるエリカにロウが声をかけた。

 エリカが構えていた弓を百人隊に向かって放つ。

 矢先に長細いものが装着されているのが辛うじてわかった。

 

 その矢が百人隊の中心にいる隊長を貫く。

 

 そして……。

 

 次の瞬間、轟音とともに百人隊で爆風と火炎が沸き起こった。

 

「しまった──。あの粉と液体は、炸裂薬と火炎油か──」

 

 ドピィは歯噛みした。

 迂闊だった。

 炸裂薬というのは、火薬に似ているが、もっと引火と爆発を発生しやすくしている特殊な粉末だ。

 人形にそれを充満させておいて、それを百人隊の上にばらまいたのだ。

 

 火炎油も同様だ。

 爆発で燃えあがり、百人の銃士隊が火だるまになっている。

 阿鼻叫喚の光景だ。

 

「突撃にいいい──前ええええ」

 

 その爆発と火炎の向こうでエルフ族の女隊長の声が響き渡った。



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798 ワルム砦の大攻防戦(三本ののろし)

「突撃にいいいい──まええええ──」

 

 ブルイネンの号令が響きわたる。

 目の前には、一郎がばら撒かせた火炎油と炸裂薬で爆風とともに燃えあがった賊徒兵の集団が炎にまかれて踊っている。

 その向こうが、続々と賊徒たちが三段に構えた防護柵に入ってきている賊徒たちの最終陣地だ。

 投入されていっているのは、おそらく、賊徒たちの総力だろう。

 その証拠に、いまだに配置につくために動いている賊徒には、女子供はもちろん、老人までも混じっている。

 そして、さらにその向こう側の斜面の中腹にある砦の頂上に立つのが頭領のドピィだ。

 そいつの横には、全裸で縛られて、まさに陵辱されようとしているシャングリアが繋げられている(やぐら)もある。

 

 ここまで来た。

 もう少し……。

 

 一郎の大切な大切な女たちに手を出した酬いは絶対にくれてやる……。

 

「ロウ様、絶対にわたしたちから離れないでください──。ガド、あんたもよ──」

 

 エリカが怒鳴り声をあげる。

 そのときには、一郎たちは駆けだしていた。

 しかし、一郎の視界に、ドピィの巣くう山砦のさらに後ろの山中に、白い煙が出ているのを発見した。

 

 白い煙が三本……。

 

「中止いいい──。突撃中止いい──。全員密集──」

 

 一郎は咄嗟に叫んだ。

 駆けだしていた全員の足がとまる。

 

「ブルイネン──。突撃は中止──。中止よ──。ロウ様、どうしたんですか──?」

 

 すでに得物を弓から剣に換えているエリカが抜き身の剣を握ったまま、一郎を抱きかかえるようにした。

 白い煙に気がつかなかったのだろう。

 おそらく、なにかの危険を察知して、一郎が突撃を中止させたのだと思ったに違いない。

 まあ、それも間違いないだろう。

 もともと、はっきりとはわからないが、突撃をしようとしている防護柵の前には、なにかの害意のようなものをぼんやりと感じていた。

 罠の匂いがするのだ。

 対処できないわけではないが、危険であることには間違いない。

 その危険を賭して、突入しようと思っていただけである。

 しかし、あの白い煙を見て、突入を中止させた。シャングリアを救援し、賊徒の長の首を跳ね飛ばすための、もっと合理的な手段が頭に浮かんだからだ。

 あのシャングリアへの仕打ちに対しては、頭に血は昇っているが、一郎も完全に冷静さを失ったつもりはない。

 

「あれだ」

 

 一郎は視線で山砦の向こうの山の背に立つ三本の白い煙の筋を示した。

 あれは“のろし”だ。

 エリカがはっとした顔になった。

 

「ブルイネン、のろしよ──。あれを──」

 

 すぐにブルイネンに向かって怒鳴るように叫ぶ。

 ブルイネンも合点がいったようだ。

 

「全員横隊──。ロウ殿と陛下を中心に横隊をとれ──。防護隊形だ──」

 

 ブルイネンの号令により、駆けだしていた親衛隊はあっという間に、一郎たちの前に二列の横隊をとった。

 

「ガド、ここなら結界が刻めるな?」

 

 一郎は振り返った。

 ガドニエルは,一郎のすぐ後ろについている。

 

「は、はいっ。ちょっとお待ちを……」

 

 ガドニエルが周囲を探るような表情をする。

 すぐに大きく頷く。

 

「魔道封じは大きく破砕されています。問題ありません。この一帯であれば、すぐに……」

 

「だったら、横隊陣を包むよう頼む」

 

「は、はいっ。お任せを──」

 

 ガドニエルが喜色の混ざった声をあげる。

 この女王陛下は、とにかく、一郎に命令されることが嬉しいみたいだ。

 

 一方で一郎は、ガドニエルが防護結界を刻むのを待ち、自分はその場に膝をついてしゃがみ込み、地面に手を置いた。

 そして、ガドニエルの刻んだ防護結果の前に、粘性体で作った防壁を瞬時に構築していく。

 もともと、不定形で柔らかい粘性体だが、一郎はそれを自在な堅さや形に変化させることができる。

 粘性体を地面を走るように飛ばし、人の背丈の高さほどの防護壁を前面に広く作り、さらに身体に溜まっている淫気を注いで最高度の強度にする。

 あっという間に防護帯のできあがりだ。

 もっとも、これは防護帯のつもりではない。

 賊徒を阻む死の壁だ。

 

「ブルイネン、合図だ。こっちものろしだ」

 

 一郎はそばに来たブルイネンに声をかけた。

 

「はっ──。それで、何色を?」

 

「青と赤を三本ずつ──」

 

「承知です」

 

 ブルイネンがすぐに指示を親衛隊に発した。

 まもなく、三本の青色と三本の赤い煙の、あわせて六本ののろしがこっちにもあがった。

 

「ふう」

 

 一郎は大きく嘆息するとともに、脱力する身体をエリカの肩に手を伸ばして掴まることで支えた。

 かなり広い範囲で元は粘性体である防護壁を築いたが、おかげで、ごっそりと身体に蓄積していた淫気が減った気がする。

 ちょっと、無理しすぎたのかもしれない。

 

「あっ、ロウ様、淫気切れですか」

 

 エリカが血相を変え、振り返って一郎を抱きかかえる。

 この心配性の女は、パリスとの戦いで、淫気切れで一郎が倒れて死にそうなって以来、とにかく、一郎の淫気切れには敏感になっている。

 

「たいしたことはない……。ちょっと無理しすぎたかもしれないけどね。少しばかり身体がだるいだけだ」

 

「一度、亜空間に……。ガドでも、わたしでも……」

 

 親衛隊以外では、いま一郎についているのは、エリカとガドニエルだけだ。確かに、亜空間でどちらかを抱けば、淫気は回復するだろう。

 時間だって、亜空間の中でもまったく時間を進まないようにもできる。

 そもそも、一郎たちそっくりの人形を準備し、内部に火炎油と炸裂薬を充満する仕掛けを作れたのも、この亜空間と現実側の時間経過の差異を利用したものだ。

 だが、一郎は首を横に振った。

 

「合理的に考えればそうだけど、緊張を切らしたくない……。それに、わざわざ亜空間に逃げ込まずとも、淫気なら簡単に吸収できる。実際、そっちの方がエリカは恥ずかしがるから、淫気の発散が数倍になる」

 

 一郎はにやりと口元をあげると、一郎を支えるように前から抱いているエリカのスカートに手を伸ばして、短い裾の中に手を入れた。

 そして、すっと太腿の内側に手を這わせる。

 

「あっ、な、なにを──」

 

 咄嗟にエリカが身体をよじって逃げようとする。

 だが、瞬時に粘性体の糸を飛ばして、下着の中に潜らせ、エリカの股間に嵌まっているクリピアスに糸を繋げてしまう。糸の反対側は一郎の指先だ。

 くいと引っ張れば、エリカが「ひいっ」と悲鳴をあげた。

 これで逃げることはできなくなった。

 動けば、クリトリスが強く引っ張られるからだ。

 一郎はスカートに潜り込ませた手で、エリカの内腿の付け根を刺激してやる。もちろん、クリピアスは指先に繋がった糸で微振動を与えながら、痛みと快感のすれすれの強さで引っ張り続ける。

 

「んくううっ」

 

 エリカが歯を喰いしばって、身体を小刻みに震わせた。

 一郎を抱く両手にぐっと力が入るのがわかった。

 エリカも、一郎の淫気の再補充は、なによりも優性されると思っている。こんな状況でも、こいつは一郎の悪戯を阻もうとはしない。

 一郎がスカートの中の糸をたぐるように、さらに下着に指を接近させると、その糸を通じて、エリカの股間から流れてきた愛液が指先を濡らしてきた。

 乳首と股間に、ピアスを嵌めさせているエリカだが、普段は行動の妨げにならないように淫魔術でエリカの身体を制御させているが、ひとたび一郎が解放すれば、その分まで刺激が迸るようにしているのだ。

 いまは、開放状態なので、エリカの中で堰き止めていた快楽の大波が弾け飛んでいるはずだ。

 

「ひんっ、あっ、あああっ」

 

 エリカがぶるぶると身体を震わせはじめた。

 感じやすくて、いやらしい身体だ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「ご、ご主人様──。わ、わたしもご奉仕できます──。わたしも大丈夫です──」

 

 すると、ガドニエルががっしりと横から一郎の腕を両手で抱いてきた。

 一郎は苦笑した。

 

「だったら、おまんこは濡れ濡れか、ガド?」

 

 一郎はエリカの股間への悪戯を続けながら、ちらりとガドニエルに視線を向ける。

 絶世の美貌の小鼻を拡げて、ガドニエルが激しく首を縦に振った。このエルフ女王様は、完全に興奮しているようだ。一郎さえ命じれば、この場でも素っ裸になって一郎を受け入れそうである。

 

 また、一方で、一郎はもう一度、賊徒の動きを確かめる。

 全勢力を一郎たちの前面に投入する動きは、いまだに続いている。それを確認して、一郎はほっとした。

 櫓で見世物のようにされているシャングリアの姿については、腹が煮えかえるがもう少しだ。

 

「濡れ濡れです──。ガドのおまんこは、濡れ濡れのびしょびしょです──。い、いつでも、ご主人様のお情けをお待ちしている雌犬のガドです──」

 

 一方で、ガドニエルが大きな声をあげた。

 

「へ、陛下──。ちょっと声を落としてください。一応、エルフ族王家の尊厳もありますし……」

 

 すると、ブルイネンが慌てたようにたしなめた。

 

「なにを言うのです、ブルイネン──。ご主人様の淫気切れは、わたしたちの命に繋がっているのです。死活問題なのですよ──」

 

「そんなことを申しているわけでは……。ただ、この世界で最古の国家としての権威が……」

 

「お黙りなさい──。ああ、ご主人様、ガドは濡れ濡れです。ご主人様に苛められたくて、濡れ濡れになっています」

 

 ガドニエルはブルイネンを強く叱咤すると、一転して、一郎に向かって甘える声を出す。

 一郎はくすりと笑った。

 

「じゃあ、前にまわって奉仕してもらおうかな。俺とエリカのあいだにしゃがみ込んで、俺の股間を奉仕しろ、ガド」

 

「は、はい、よろこんで」

 

 ガドニエルがさっとうすくまって、一郎の足もとに身体を入り込ませる。

 

「ひんっ、ガ、ガド、手が引っかかって、糸が──。ああっ、ああああっ」

 

 エリカのクリピアスを引っ張ったり、緩めたりしている一郎の手にガドニエルの身体が当たって、大きく揺すぶるかたちになったようだ。

 しかし、激痛からもしっかりと快感を感じてしまうエリカが、大きく身体をのけぞらせて、喘ぎ声をあげた。

 

「へ、陛下──。くっ、お、お前たち三人来なさい──。賊徒たちから陛下の姿を隠しなさい──。早く──」

 

 横隊に拡がっている親衛隊からブルイネンが三人を呼ぶ。

 一郎の前に回って、さっそく夢中になって一郎の怒張をしゃぶり始めたガドニエルに、彼女たちが親しげに笑みを浮かべるのがわかった。

 一郎は本格的に始まったガドニエルの奉仕を受けながら、指をエリカの下着の中に入れる。そして、べっとりと濡れているエリカの柔肉に指を挿入し、クリピアスを引っ張ったまま、膣の内側の性感帯の赤いもやの濃い部分をねっとりとこすってやった。

 

「んぐうううっ」

 

 エリカが身体をがくがくと痙攣させて、その場で昇天する。

 どっと一郎の身体に淫気が吸収される。すっと身体が楽になる。

 

「もう少し溜めるかな。まだまだ頑張れるな、エリカ」

 

 一郎は指の動きをやめない。

 達したばかりのエリカの絶頂感は、おちることなく、さらに深い快感に飛翔していく。

 

「ひんっ」

 

 エリカの身体が脱力して、一郎に抱きつくかたちになった。

 

「女王様も頑張ってくれ」

 

 一郎は足を伸ばして、しゃがんでいるガドニエルのスカートの中に履き物をつけたまま、股間をごしごしと擦ってやる。

 靴のまま股間を愛撫するなど、これほど無礼で屈辱的な行為はないはずだが、この被虐欲の強すぎるエルフ女王殿は、これくらいの方が感じるのだ。

 

「あっ、あああっ、す、すごいですうう、ご主人様ああ」

 

 ガドニエルが一郎の股間から口を離して、淫らな声をあげた。

 

「へ、陛下、声を落として──。身体は隠させてますが、声は落としてください──」

 

 ブルイネンが慌てたような声をあげた。



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799 ワルム砦の大攻防戦(決着)

 ドピィは怪訝に思った。

 

 あのロウたちの動きが変だ。

 

 ロウとエルフ隊の連中は、ドピィが投入した百人の銃士隊を罠によって火炎に包んで全滅させ、その勢いのまま、ここに突撃しようとする態勢だった。

 いや、実際、突入しかけていた。

 それが、突然に中断された。

 いまは、あの場所に留まり、完全に防護の態勢になっている。

 

 とにかく、あいつらはいままさに、目の前の山砦の最終陣地であるここに突撃する状況だったのである。

 だから、ドピィは、残る全勢力を最後の防護柵に投入したのだ。

 あの信じられないくらいに精強なエルフ隊を阻むのは、もはや数の力しかないからだ。

 あるいは、土の中に仕込んでいる爆裂砂である。

 爆風によって魔道封じの結界も崩れるので使い方が難しいが、ドピィは場合によっては味方ごと、ロウたちを爆殺するつもりあった。

 

 しかし、なぜか突如として、連中は突撃を中止して、あの場所に留まる態勢を作った。

 おかしな防護壁が突然に構築されたのも、あれも魔道だろう。

 あの一体から下の斜面については、ドピィが砲撃させて土を掘り返した状態になっているので、すでに結界が崩れているから、そんなことも可能だ。

 はっきりとは確認できないが、おそらく、エルフ族たちは、防護壁だけでなく、魔道による防護結界も構成したと思う。

 

 なぜだ──。

 なぜ、あの連中は攻撃をやめた──?

 

「ああ、痒いいい。ああっ、あああっ、ち、畜生──」

 

 そのとき、頭の上側の(やぐら)から、シャングリアが泣き叫ぶ声が聞こえてきた。

 視線を向けると、改めて大型の獣用の鎖と枷で拘束させたシャングリアは、媚薬の影響で真っ赤に充血した汗まみれの裸身を必死の様子で暴れさせている。

 しかし、陵辱を命じた賊徒兵たちは、前方側で百人隊が火炎に包まれて全滅させられたのを目の当たりにして、すっかりと怖じ気づいており、シャングリアへの陵辱を中断させてしまっている。

 その視線は唖然とした表情とともに、前側のロウたちに向けられている。

 ドピィは舌打ちした。

 

 だが、次の瞬間、ドピィははっとした。

 櫓で激しく悶えさせているシャングリアの白い裸身の向こう側の山中の森の中から、三筋の白い煙がたなびいているのが見えたのだ。

 

 白い煙──。

 あれは、人為的なものだ──。

 つまり、のろし……。

 

「ああ──、しまった──」

 

 ドピィは愕然とした。

 白い煙が流れている方向が、この戦いの初っ端に南王軍を蹴散らした砦の側面を抜けて砦の後方に抜ける山間道の方向だと気がついたからだ。

 

 あそこが弱点であることはわかっていた。

 だから、あえて弱点として残しておき、待ち伏せをさせ、早朝の攻撃隊を全滅させていた。

 そして、白いのろしが上がっているのは、まさにその方向だった。

 つまりは、そっちから、敵が接近しているという合図だろう。

 だから、それを確認したロウたちは、正面からの攻撃を中止したに違いない。

 

 いや、結局のところ、もしかしたら、白い煙を出して合図した一隊こそが本命で、そのためにロウたちは、正面から攻撃して、賊徒軍を正面側に誘い出したのかもしれない。

 実際、ドピィはいまや全勢力を正面側に配置する命令を下してしまっていた。後方に配置している兵など、ほとんどない。

 完全に油断していた。

 

 歯噛みした。

 

 だが、いまさら防護柵についた賊徒たちを転用できるか──?

 この連中は、所詮は素人だ。

 勢いのあるときにはどこまでも戦意があがって勇猛にもなるが、ひと(たび)、心が防備にまわれば、まるで腰が入らなくなって弱くなる。

 頭領であるドピィは、誰よりもそれを知っていた。

 

「なんだ、あれは──?」

 

「赤と青──?」

 

 櫓や周囲でどよめきが起きた。

 斜面の中腹で防護の態勢をとったロウたちからも、のろしがあがったのだ。

 

 青と赤のそれぞれ三本ののろし……。

 

 あれが意味するものはわからないが、のろしというものは、離れている味方になにかの意思を伝える合図にほかならない。

 正面のロウたちエルフ隊以外に、この砦を攻めている勢力が存在するというなによりの証拠だ。

 

 不意に砦の後方で大きな爆発が連続で起こった。

 悲鳴や怒声の混じった騒乱も聞こえてきた。

 今朝、南王軍の一隊を蹴散らした後ろの側面だ──。

 なんの爆発かは不明だが、とにかく、あれだけの爆破衝撃であれば、間違いなく魔道の防護結界は崩壊している。

 おそらく、それが狙いの爆破に違いない。

 

「くそう……」

 

 対処の手段が思い浮かばない。

 次の瞬間、地響きのような騒乱が伝わってきた。

 エルフ族が──という声も聞こえてくる。

 

「うわっ」

 

「ぎゃあああ」

 

「ひぐっ」

 

 突然に砦の背中側から暴雨のように矢が襲いかかってきた。

 櫓の上の連中を含めて、周囲の賊徒兵たちが次々に射殺されていく。

 

「ぐあっ」

 

 肩に熱いものを感じて、ドピィはひっくり返った。

 矢が刺さっている。

 地面に転がって、飛んでくる矢を避けながら、ドピィは力任せに刺さっていた矢を引き抜く。

 血がどっと噴き出した。

 とにかく、櫓の柱の陰に隠れて小さくなる。

 

 そして、隠れながら、矢が飛んでくる後ろ側に目をやった。

 エルフ族だ──。

 斜面側からロウとともにあがってきていた女隊ではなく、ほとんどが男のエルフ族だ。

 数十人ではきかない──。

 視界に映るだけで百人以上はいる。

 おそらく、その数倍はいるのだろう。

 それが、砦の後方から襲撃をしてきている。

 すでに、山砦の頂上部は半分以上制圧されたといっていい。これも、ドピィが全勢力を前側に回してしまったからである。

 

 なんという迂闊な……。

 ドピィは自分に激怒してしまった。

 

「しゃああああ──」

 

 そのときだった.

 風のような“なにか”が通り過ぎたと思った。

 気がつくと、櫓に残っていた連中が絶叫しながら櫓から落とされていっている。

 顔をあげると、小柄な獣人族の娘が櫓にあがっていた。

 シャングリアを守るように、彼女に群がっていた男たちを長い爪で斬り割き続けている。

 

「シャングリア様──。いま助けます──」

 

「おお、イット──。た、たまらない──。た、頼む──。早く──。ああ、痒いいい──。早くうう」

 

「わ、わかってますけど、鎖が……」

 

 すでに上に射る男たちは排除されているが、シャングリアの拘束を解くのに苦労しているみたいだ。

 ドピィは櫓の下に隠れるかたちで、それを見ていた。

 そのあいだにも、背後から侵入したエルフ軍の数は、どんどんと数を増していた。

 前面に配置させた賊徒軍の主力にも、それが伝わったようだ。

 前からではなく、後ろからの凄まじいほどの矢の攻撃に、完全に混乱している。

 

「……アーネスト様──。もう一度、炸裂砂をばら撒いていただけませんか? そうすれば、さっきのように魔石で火をつけます。魔道封じの結界を崩壊させれば、魔道攻撃ができますわ。わたしも、ご主人様にいいところを見せなければ、おねだり競争で負けてしまいますから」

 

「……仰せのままに、スクルド殿」

 

 遠くからだが、そんな話し声が聞こえてきた。

 まるで緊張感のない会話だ。

 しかし、それは、背後からの新たな攻撃隊が一方的に優位な状態にあることを物語ってもいる。

 

 すぐに、先に編みかごのついた矢が周囲や前面の防護隊側に注がれ始めた。

 飛翔しながら、黒い粉をまき散らしている。

 

 炸裂砂か──。

 

 ドピィは、この戦いにおける敗北を悟った。

 すでに勝敗は決している。

 

 後ろから迫るエルフ軍は、さらに数を増し、建物や樹木に身体を預けて、弓矢の猛射を続けている。

 防護柵の賊徒たちは、背中から矢を射かけられて大混乱である。逃亡しようとしているが、防護柵の存在がそれを阻んでいた。

 ものすごい勢いで、賊徒兵の屍体の山が大きくなっていく。

 

 そのときだった。

 櫓の柱の影に隠れていたドピィに、ひとつの建物が炎をあげて燃えあがっている光景が突き刺さった。

 

「シャロン──」

 

 それは、シャロンを横たわらせている建物の方向に違いなかった。

 その建物が燃えている──。

 

「ああ、シャロン──。シャロン──」

 

 ドピィは飛び出した。

 

 横腹と右膝に衝撃が走り、そこに火がつけられたように熱くなったが、ドピィは放置した。

 さらに飛んでくる矢を剣で払いながら、陣地のある地域から賊徒軍の住居地帯の建物軍の地域に駆け入る。

 

「建物に火をつけよ──。残っている者がいれば、すべて殺してよい」

 

「抵抗する者は容赦なく射殺せよ。ただし、武器を捨てた者は捨て置いていい」

 

 こちら側の住居地帯にも、エルフ軍の男兵が入り込んでいた。

 完全に制圧されている。

 こっちに残っている者はほとんどいないが、残っている者がいても、彼ら彼女たちは戦う手段のない者たちだけだ。

 抵抗する者などひとりもいない。

 

 その一方で建物という建物に容赦なく、火がかけられている。

 後方の住居地帯で火が上がるのを見れば、前面の賊徒兵たちの戦意は完全に消失するに違いない。

 もはや、その状態であるが……。

 

 そして、ドピィは目指してきた建物が完全に炎に包まれているのを見てしまった。

 燃えあがる建物の周りには、シャロンを看病させていた魔道遣いの女たちや、警護隊の連中が横たわっていた。

 全員が喉から血を流して絶命している。

 

「シャロン──」

 

 ドピィはなにも考えずに、炎の中に飛び込んだ。






 *

【アーネスト=ヘイミング】

 第一帝政時代のエルフ国の将軍のひとり。初代帝ロウ=サタルスのもっとも初期から諸将のひとりとして仕えた。
 ロウ帝の後宮官吏団(同項参照)のひとりであるスラーネスタ=ヘイミング(同項参照)は、アーネストの妹。

 記録で知られている彼の最初の軍歴は、ロウがハロンドール王国で台頭する切っ掛けとなった兇王ルードルフの蛮行に端を発する一連の戦いである。
 水晶軍(『水晶軍』とは当時のエルフ女王直轄軍の名称)第三将軍だったアーネストは、ロウがハロンドール王国の騒乱鎮圧のための軍をエルフ王国のガドニエル女王から借りた際、女王親衛隊だったブルイネンとともに、指揮下の五百名の魔導師隊を率いて参加した。

 即ち、ハロンドール北西部における辺境侯軍の制圧(『列州同盟』の項の「(2)成立前史」も参照)、クロイツの動乱の鎮圧、次いで、王都進駐であり、彼は……。
 …………。

 ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)

 *

 アーネストの初出は『699 もしかして、怒ってる?』、別動隊だったアーネスト隊のことは『706 クロノスの選択』に説明があります。
 記憶にない方が多いと思いますので、念のため…。


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800 叛乱ごっこの終結

 燃えあがる建物の中に、躊躇することなくドピィは飛び込んだ。

 炎と煙で充満している建物の中には、瀕死の状態のシャロンが横たわっているのだ。

 一緒に生きていくことができないのであれば、ドピィはともに死ぬと決めている。

 シャロンの身体とともに、このまま火炎の中で死ぬと定めた。

 

「シャロン──」

 

 もうもうとしている煙の中によって視界は遮られているが、辛うじて寝台に横たわっているシャロンの姿を見つけることができた。

 幸いにして、まだ炎は寝台には燃え移ってはいなかったが、すぐそばまで炎は迫っていた。

 シャロンのいる寝台に火がつくのは、時間の問題だろう。

 

「ちっ」

 

 そのとき、目の前に火のついた天井が音を立てて落下してきた。

 とっさにドピィは身体を避けたが、肩に大きな梁の一部がぶつかってしまい激痛が走る。

 

 気がつくと、床に倒れていた。

 おそらく、一瞬だろう。

 目の前にあった火のついた瓦礫を蹴り飛ばして、シャロンに向かう。

 

「シャロン──。シャロン──、シャロン──」

 

 すでに寝台の周りは炎に包まれている。

 確かめるまでもなく、布を頭まで被ったシャロンが息をしていないのは明白だ。

 

「シャロン、すまない──。ここまでだ──。ここまでだった。お前のためだけに死力を尽くした十年間だった──。だが、ここまでだった。許せ──。せめて、ここで死のう──」

 

 腰にさげていた剣を抜く。

 それで自分の喉を斬り割くつもりだ。

 死ぬときには、シャロンの隣でと決めていたので、シャロンを覆っていた布を剥ぐ。

 

「なに?」

 

 目を疑った。

 そこに横たわっていた死体は、シャロンが身につけていた寝着を身につけていて、髪の色も同じだったが、全くの別人だ。

 いや、これは確か、ドピィがシャロンの命を繋げるために、隷属させて侍らせていた三人の低位魔道遣いの女のひとりだ。

 外に倒れていた者たちと同様に、喉をひと掻きに切断されて殺されていた。

 

 なぜ──?

 

 瀕死の状態で横たわっているはずのシャロンがなぜ、ここにいない?

 しかも、どうして、そばにいた女魔道遣いと入れ替わっている?

 

 だが、考える暇はない。

 どこからか投げナイフがドピィに向かって飛んできたのだ。

 同時に三本ほど飛んできて、二本までは避けたが、一本は横腹に深々と刺さってしまった。

 すぐに引き抜いたが、視界がぐらりと揺れた。

 

 毒か……。

 

 しかし、すぐに視界は戻る。

 ドピィは考えられる限りの毒については、身体に耐性を作っているのだ。それもこの十年のあいだにやったことだ。

 だが、余程に強力な毒なのか、身体の怠さは残っている。

 

「くそおっ、シャロンはどこだああ──」

 

 絶叫して、寝台を飛び降りる。

 

 瀕死だったシャロンが動けるわけがない。

 つまりは、この建物にいた女や外にいた警護兵を殺して火をつけた者が、シャロンと横にいた女術士の身体を入れ替えたに違いない。

 

 煙と炎の中から、外に出る出口を見つける。

 駆けた。

 また、ナイフが飛んできたので、それは剣で払う。

 

 外に出た。

 

 向かってきた気配に向かって、とっさに剣を払った。

 きんという音がして、ドピィを襲っていた者がすぐに距離をとる。

 攻撃してきたのは、小柄なひとりの女だった。可愛らしい顔をした若い娘だ。

 片手に短剣を握っている。

 

 また、もう一方の手にはさっきドピィが受けた投げナイフがあり、同じ物を数本、腰にさげている。

 燃えさかっていた建物の中でドピィを襲ったのは、こいつだろう。

 そうであるなら、シャロンの身体を隠したのも、この女なのは間違いない。

 

「へえ……。毒を受けても、それだけ動けるのは意外ね。あれで仕留めるつもりだったけどね」

 

 女が不敵に微笑みながら、投げナイフを地面に落とす。

 だが、次の瞬間には、腰の後ろからもう一本の短剣を握っていた。

 

「両手剣のアサシンか?」

 

 ドピィは用心深く剣を構えながら言った。

 同時に周囲を観察する。

 

 いた──。

 

 シャロンだ。

 

 口に猿ぐつわをされ、両手を後手に縛られ、明らかに十歳くらいの童女だと思う娘から地面に押さえつけられているが、驚いたことに、瀕死の状態から回復して、ドピィの姿を認めて、大きな泣き声のような悲鳴をあげた。

 

 なぜ、生きている?

 

 ついさっきまで死にかけていたのに……。

 

 シャロンの命を救うことができる白魔道遣いを探して、ロウのところから童女魔道遣いをさらわせ、結局、失敗したのに……。

 

 そう考えて、ドピィもはっとした。

 シャロンを押さえつけているのは、もしかして、さらわせた童女魔道遣いだというミウか?

 

 ドピィは、誘拐を命じたものの、急いで隷属させろと、拷問師に任せたため、実際には、そのミウの顔は見ていない。

 ロウとの戦いの最中に、そのミウに逃げられたという報告を受け、責任者だった者を惨殺したばかりだったが……。

 外には逃げてはいなかったのか……。

 

「んんんんっ」

 

 シャロンが大きな声を出す。

 

「わっ、う、動かないでください──」

 

 ミウと思われる娘が必死に拘束されているシャロンを押さえつけている。

 ドピィは懐に手を入れて、準備している魔石を投げる。

 大音響をあげて、魔石の当たった地帯の地面が爆発する。この周辺一帯に仕掛けていたものであり、その気になれば、懐の起爆石で、目の前のアサシンたちごといくらでも爆殺することもできる。

 それをしないのは、彼女たちがシャロンを捕まえているからだ。

 とりあえず、シャロンに影響を与えない近くの場所を爆発させた。

 

「きゃあああ」

 

 ミウが悲鳴をあげる。

 縄尻の手が緩んだ。

 ドピィは駆け寄ろうとしたが、女アサシンがシャロンのいる場所に跳躍するのが早かった。

 

「待って──」

 

 女アサシンが怒鳴った。

 ドピィは静止した。女アサシンがシャロンの喉に短剣の刃を突きつけたのだ。

 

「おかしな仕掛けがあるのね。でも、大人しく投降しなさい。ご主人様へのお土産にするわ。どうせ、この戦いは終わりよ。砦の前面では、あんたの部下たちが、エルフ兵に次々に射殺され続けているわ。頭領のあんたが、そこから逃げ出して、こっちに来るとは驚きだけど、やっぱり、卑怯者はどこまでも卑怯者だったわね」

 

「黙れ。あれを部下だと思ったことはない……。あれらは、ただただ目的を果たすために集めた道具だ。知ったことか」

 

 ドピィは吐き捨てた。

 だが、対峙したまま動くことはできない。

 なにしろ、女アサシンの短剣の刃はシャロンの喉に密着している。この女が手をちょっと払うだけで、シャロンは絶命するだろう。

 だから、動けない。

 

「んぐううっ」

 

 シャロンが涙を流しつつ、吠えるような声をあげた。

 一方で、懸命にロウについて集めた情報の中から、この女アサシンが、おそらく、ロウの愛人のひとりであるコゼという女であろうということを思い出した。

 捕らえたシャングリア、そして、もうひとりのエリカとともに、冒険者としてのロウのパーティーメンバーだったはずだ。

 元奴隷あがりで、相当の凄腕だと耳にした……。

 

「あんた、さっきからいい加減にしてよ──。あたしたちは、あんたをこの悪党から助けにきたって言っているじゃないのよ。暴れるのをやめてったら──」

 

 そのコゼがシャロンに短剣を向けたまま苛立ったように怒鳴った。

 もっとも、視線はドピィに向けたままである。

 

「お前はコゼだな?」

 

「あら、知っていたの? それで、どうするの? 向こうでは賊徒が死にまくっているというのにどうでもいい顔しているあんたが、このシャロンさんに刃物を向けているだけで、そんなに顔色を変えているんだから、余程に大切なのは確かみたいね。ケイラさんの情報のとおりね」

 

 コゼが言った。

 

 ドピィは視線をコゼとシャロンに向けたまま、シャロンの後手縛りの縄尻を握っているミウに声に向かって口を開く。

 

「シャロンを回復術で治療してくれたのは、あんたか……?」

 

「え、ええ……。は、はい。その建物だけは、魔道封じの結界がかかっていなかったので、それで……」

 

「それで治療してくれたのか……」

 

 ドピィは嘆息した。

 だとしたら、隷属させてから治療させようとしたのは、無駄な時間をかけただけの大失敗だったのだろう。

 こんな娘にむごい拷問をさせただけで、結局救出されて、なにも得ることはなかった。

 もしかしたら、最初からこの童女の慈悲にすがって懇願すれば、案外にあっさりとシャロンを救ってくれたのかもしれない。

 

「もう一度言うわ。このまま投降しなさい。さもないと、彼女が死ぬわよ」

 

 コゼが言った。

 

「シャロンを助けにきたんじゃないのか? それなのに、そのシャロンに刃物を向けるのか?」

 

「それが効果的なのがわかっているからね。あんたの弱点がこのクロイツ夫人だということはわかっているの。こうやって、刃物を彼女に向けるだけで、動けないくらいにどうしようない弱点なのよね」

 

「シャロンをクロイツの姓で呼ぶなああ──。俺のシャロンだああ──」

 

 ドピィは激昂して叫んだ。

 そのとき、周囲が慌ただしくなった。

 ロウたちとの攻防の裏をかかれて、反対側から攻撃をしてきたエルフ兵の一部がこっちに集まってきていた。

 あっという間に、前後を囲まれる。

 あわせて三十人ほどだか、矢がつがえた弓を構えていて、それをドピィに向けた。

 

「待って──。おかしな仕掛けを持っているわ。あまり近づかないで。地面に炸裂砂を仕込んでいるのよ」

 

 コゼが軽く手をあげた。

 エルフ族たちが慌てたように、距離をとって停止する。しかし、まだドピィに矢を向けたままだ。

 

「頭領さん。諦めなさい。あんたはもう終わりよ。だけど、シャロンさんは、ちゃんと両親のもとに届ける。約束する。だから──」

 

 すると、コゼが言った。

 ドピィはわざと笑い声をあげた。

 

「なにがおかしいのよ?」

 

 すると、コゼが怪訝な表情になった。

 

「あの伯爵夫妻のところに届けて、そして、このシャロンが別の男の妻になるのをまた耐えろというのか? 今度は七十の爺の後妻だったな。シャロンはそこに嫁ぐことが決まっている。あの伯爵はいまのシャロンでも、十分に駒として使い道があると考えているのだろう。だから、お前らの仲間に依頼して、俺からシャロンを奪ったんだ。しかし、たとえ、処刑されたとしても、俺はシャロンがほかの男のものになるのは許せん。もう奪われるくらいだったら、俺はシャロンとともに死ぬ──」

 

「奪う? 夫人をさらったのはあんたでしょう」

 

 コゼが表情を曇らせた。

 

「シャロンはすでに、俺の妻だ──。妻になった。だから、奪おうとしているのはお前らで、そして、俺は、二度とシャロンを手放すつもりはない──」

 

 ドピィはコゼに向かって跳躍した。

 目の前のこいつがドピィよりも腕があるのはわかっている。それは対峙してわかった。

 また、前後には距離があるとはいえ、エルフ族たちの矢がしっかりとドピィを狙っている。

 こういう絶体絶命のときに、どうすればいいかをドピィはわかっていた。

 

 わざと斬られるのだ──。

 

 どうせ死ぬのだ。

 だから、意図的に斬られる。

 敵には、斬った瞬間に隙ができる。そのわずかな隙を利用するのである。脱出するにはそれしかない。

 

 ドピィは跳躍しながら剣を投げ捨てた。

 

 剣を捨てたことに、コゼは意表を突かれたようだ。ちょっとだけたじろぐのがわかった。

 しかし、すぐに気を取り直して、コゼはシャロンに向けていた短剣を放して、ドピィを斬り払う。

 そのコゼの握る片側の短剣の刃に向かって左手首を差し出した。

 

 手首が飛び、血しぶきが散る。

 斬られながら、ドピィは残っている右手に新たに暗器の短剣を握っていた。上衣の裾の下に隠していて、飛び出して手で握れるように仕掛けていたものだ。

 それをしっかりと握っている。

 コゼではなく、ミウに向かう。

 

「あっ」

 

 コゼが声をあげて、ミウの身体を押し避けるように後ろに跳んだ。

 

 しめた──。

 

 ひとりになったシャロンの胸に、ドピィは暗器の刃を叩きつけるように刺す。シャロンの眼が大きく見開くとともに、シャロンの心臓のある場所から血が噴き出す。

 シャロンの表情が驚愕の感情に染まったが、血だらけのシャロンの身体がドピィの腕の中に収まるときには、それは歓喜に変わっていた。

 

「俺と一緒に死んでくれ、シャロン」

 

 シャロンとともに、さらに火炎が拡大しているさっきの建物に飛び込もうとした。

 

「しまった──。待ちなさい──」

 

 体勢を取り直したコゼが飛びかかったのがわかった。

 ドピィは、シャロンを抱えたまま、さっきまでシャロンの胸にあった暗器をコゼに放った。

 空中で、コゼがそれを短剣で払い飛ばす。

 

 それで十分だった。

 

 次の瞬間には、ドピィは再び火炎の中にシャロンとともに飛び込み終わっていた。

 

 

 *

 

 

「しまった──。待ちなさい──」

 

 コゼは叫んで、ドピィに飛びかかろうとした。

 まさか、自ら手首を切断させて、コゼから隙を作るとは思わなかったし、その隙を突いて、シャロンを殺してしまうとも思わなかった。

 だが、考えてみれば、予想できる行動だった。

 

 戦いの趨勢がつくまで砦内に隠れていることをロウから命じられていたコゼたちであるが、それ以外の指示も受けていた。

 敗北が濃厚になれば、ドピィは絶対にシャロンのところに戻るだろうということも言われていて、その隙をつけと指示されていたのだ。

 そして、砦全面に魔道封じの結界を作っているドピィだが、シャロンが負傷したことから、おそらく、シャロンがいる建物だけは、魔道が封じられていないということまでも、ロウに諭されていたのである。砦全体に魔道封じがかかっている中で、おそらく唯一、魔道封じの結界がかかっていない建物──。

 これがシャロンの居場所だと……。

 

 ロウの指示のとおりに探せば、シャロンは容易に見つけることができた。騒がれないように、見張りたちは皆殺しにしたが、シャロンを確保するのは面倒なことではなかった。

 

 その行動の合図が三本の青ののろしだったのだ。

 コゼはそののろしを確認し、さらに、別働隊の背後からの侵攻が成功したことを示す赤い三本のろしも見た。

 

 だから、まずは、イットをシャングリアの救出に派遣するとともに、一方でコゼたちは、ここに網を張り、ミウの回復術で治療を施したシャロンを人質のようにしてまでドピィを捕らえようとしたのである……。

 おかしな仕掛け爆破の準備をしていたので、抵抗を諦めさせて投降させようとしたが、まさか、シャロンごと死を選ぶとは──。

 

「くっ」

 

 燃えさかる建物の中にぐったりとなっているシャロンを抱えて飛び込むとしているドピィがシャロンを刺した暗器の短剣を投げる。

 コゼはそれを短剣で払った。

 

 おかげで、ぎりぎり間に合わなかった。

 ドピィはシャロンとともに、火の中に消えてしまった。

 

「ミウ、魔道は──?」

 

 追いかけようとしたが、中はすでに猛火だ。

 とてもじゃないが入れない。

 

「まだ、魔道封じが……」

 

 ミウを振り返ったが、無理な感じだ。

 魔道封じの結界が途切れていたのは建物の中だけのことだ。その外であるここでは、まだ魔道封じが残っているのだ。

 

 そのとき、がらがらと轟音があがり、建物が焼け崩れ始める。

 コゼは諦めて、ミウを促してこの場から離れた。






 *

 
 思慮は海のように深い。
 その反面、限りなく陰湿だった。

 兵を動かすこと、あるいは組織作りの才能は山のように高く、彼は集団の長として、天賦の才能を発揮した。しかし、そのやり方は、周囲が怖気るほどの悪辣さを伴った。

 なによりも彼は怒れる男でもあった。
 怒りを自分の持続する強靭な意思の根源にした。

 さらに、他人を怒らせて冷静さを失わせ、また、味方の抱く憎悪の感情を利用して、巧みに人から狂気のような力を引き出した。

 いずれにしても、彼は一代の英雄になる素質があった。
 しかし、ひとりの女性を心に刻んで忘れることができなかった愚者でもあり、そのために、生き方を間違った。

 それが、ルーベン=クラレンスという下級貴族の令息として生まれ、ドピィ(愚者)という名で死んだ男の物語である。


  スージ―=ケルビン著『ルーベン=クラレンス子爵令息伝記』より抜粋

(伝えられるところによれば、ルーベン=クラレンスとは、クロイツの乱を起こして、最後の戦いで焼死した賊徒の頭領である“ドピィ”の本名である。)


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801 戦い終わって──論功行賞

 ドピィ篇の締めは一話にまとめたかったのですが、二話(?)に分けて投降します。うまく短くまとまりませんでした。
 なるべく早く続きは投降します。

(ただ、土日とも半日ずつは仕事なものですから……)

 *




「んぐうううっ、ごしゅりんしゃまああ──。も、もう、だめええ──」

 

 立て続けの絶頂で息も絶え絶えのコゼが絶息するような嬌声をあげた。

 だが、一郎は許さない。

 両腕を柔縄で後手縛りにして、床に直接に組み伏せているコゼの上からがしがしと怒張を叩きつけるように、膝を折り曲げさせた上からコゼの中に怒張を抽挿させる。

 

「あううううう」

 

 コゼが激しく絶頂した。

 しかし、一郎は腰の動きをやめない。

 むしろ、さらに激しくする。

 

「いいいい──。ひいいいい──」

 

「まだまだだ、コゼ──。まだだぞ」

 

 一郎は腰を動かし続けながら言った、

 射精することなく、そのまま後手縛りのコゼの裸体を犯し続ける。絶頂しても休ませることもさせず、快感が鎮まることも許さない。

 連続で絶頂して、ひたすらに与えられる快感の高みが際限なく飛翔するだけ……。

 しかも、満足に息をすることもさせない。

 これがコゼに与えている今日の性愛である。

 

「よし。口づけだ」

 

 コゼがまたまた絶頂しかけるのを計り、呼吸を邪魔するために身体を折り曲げて、コゼの口の中に舌を差し込む。

 

「んああっ、んはああっ、はっ、はっ、んはああ」

 

 抵抗はない。コゼは必死の様子で一郎から与えられる舌を貪り、まるで乾きの苦しさに陥っているかのように、一郎の唾液を懸命に呑み込む。

 そのあいだも、一郎のコゼに対する律動は続いている。

 

「んっ、んぐううう」

 

 一郎の下のコゼが限界まで緊縛された身体を反り返らせた。

 

「まだ終わりじゃないぞ。ほら、頑張れ」

 

「は、はいいいい、ひいいいいい」

 

 がくがくと痙攣するコゼから男根を抜くことなく、コゼの身体だけを反転させて後背位の体勢に変化させる。

 もちろん、まだ続けるつもりである。

 一郎は、コゼの呼吸が整うのを邪魔するように、息がとまるような激しい快楽を与えていった。

 

 ここまですると、快楽よりも苦痛がかなり上回っているのはわかる。

 いつもなら、その苦痛が快感となるぎりぎりのところをついて、女たちを満足させるが、今日はコゼの苦しさが激しくなるように責める。

 なにしろ、これは懲罰なのだ。

 

 “ご褒美”も激しいセックスなら、“罰”も激しいセックスというのは、やることは一緒じゃないかと我ながら苦笑もしたくなるが、一郎ははっきりと区別をしている。

 シャングリア、コゼの「慰労セックス」から始まる女たちとの性交の最後にしているのが、コゼに対するこの「懲罰セックス」だ。

 すでに、その佳境というところである。

 

 快感を苦痛に変化させる責めを受け続けるコゼは、ほんの短い間に十数回も絶叫しては、完全に失神状態である。

 しかし、その失神もさせない。

 ひたすらに快楽の罰を与え続ける。

 

 ドピィとの戦いが終わったばかりのワルム砦である。

 わずか二十人ほどで攻めあがった賊徒軍との戦いだったが、さすがに一郎も一万に近い賊徒の山砦をそれだけの人数で突破しようとは思っていなかった。

 もっとも、本当に突破できるかもしれないというくらいまで、ブルイネンたちはわずかな人数で数で圧倒しているはずの賊徒たちを追い詰めてくれた。だからこそ、ドピィも、数が圧倒的に少ないブルイネンたちに対して、全軍を向けてしまったのだ。

 しかし、それこそが一郎の計略だった。

 ドピィたち賊徒軍は側背に対して完全に無防備になってしまったところに、物の見事に、別働隊のエルフ魔道師団の五百が後ろから襲いかからせることに成功をしたのだ。

 

 とにかく、一郎たちによる正面からの激しい攻撃も、すべて、別働隊として接近していた五百人のエルフ隊を背後から襲撃させるための布石だったのだ。

 彼らを導いてきたのがスクルドであり、魔道なしでもやすやすと砦の後ろにまわり込むことができたアーネスト率いるエルフ軍の五百人は、賊徒たちの背後から襲いかかった。

 それですべては決した。

 

 本当に見事に策が嵌まってくれた。

 よかった……。

 一時は、もっと手酷い犠牲も覚悟はしたのだから……。

 一郎もほっとしている。

 

 ドピィが戦場から逃亡して、賊徒たちの宿営地区側に消えてしまったのも、さらに勝敗を決定的なものにした。

 賊徒たちは戦うのをやめ、争って逃げるだけになった。

 

 その後は一方的な殺戮だ。

 逃げようとしても、山砦の上側には、魔道封じの魔石を焼き払いながら圧倒的な魔道と矢で攻撃するエルフ軍──。だが、下側には世界最高の魔道遣いと称されてれているエルフ女王のガドニエルの結界の壁である。

 上にも下にも逃げることはできずに、文字通りに、山のような死体を築いて、賊徒たちは投降した。

 夜明け前に開始した戦いも昼過ぎに終わり、すでに数ノスが経っている。

 いまは、捕らえた賊徒たちの処置を全力で行っているところである。

 

 もっとも、それについて一郎が直接になにかをしているわけではない。

 ブルイネンとアーネストのエルフ軍に丸投げだ。しかしながら、エルフ族から連れてきた彼女、彼らたちに主導的に任せるわけにもいかず、やってもらっているのは、投降した賊徒たちの武装解除と監視、そして、遺体の処理である。

 本来であれば、一郎たちと一緒に戦った南王軍がやるべきことではあるが、南王軍の指揮に当たっていた副長のジグは戦死し、ほかの将兵たちもドピィの策略に嵌まって大半が死傷していて、すでに軍としては瓦解しており、やっと再編成の段取りを開始させているという状況だ。

 とりあえず、ここにいた南王軍は使い物にならない。

 

 だから、すでにガヤの城郭にいるイザベラには連絡をして、捕らえた賊徒たちの保護のための追加の南王軍を派遣する手配はした。

 おそらく、陽が完全に落ちきる前には、第一陣が到着することだろう。

 その第一陣には、イザベラ自らが率いるように連絡もした。

 

 この道化師(ピエロ)団の討伐が一郎が連れてきたエルフ軍が主体であったのは事実ではあるが、それが大きく喧伝されてしまうのは、いろいろと都合が悪い。

 だから、せめて、イザベラたちには、王太女旗を堂々と掲げて入ってもらい、この討伐戦が王太女し主動で行われたという筋書きにすり替えるつもりである。

 その辺りの喧伝工作については、ケイラ=ハイエルとして調略にも長けた享ちゃんが受け持ってくれることになった。

 エルフ族の連絡手段で、少し離れている享ちゃんに通信をしたが、一郎の指示については喜んで対処すると、元気のいい返事が戻ってきている。

 

 いずれにしても、任せることは任せて、焼け残っていた賊徒たちに宿舎のひとつに入り込み、「論功行賞」という名のセックスをしているところだ。

 部屋にいるのは、一郎とコゼのほかには、捕らわれていたシャングリアとミウ、そして、イットとエリカとガドニエルである。

 スクルドには、さらに頼み事をしているので、まだいないが、多分、すぐに来るだろう。

 

 そのあいだにするのは、もちろん、女たちとの情交である。

 酷い目に遭ったシャングリアとミウには慰労セックス──。ちょっとだけ優しく抱いた。

 

 ブルイネン隊とともに第一線で戦ったエリカ、イット、ガドニエルには、ご褒美セックス──。ひとりずつ情熱的に抱かせてもらった。

 

 そして、いまやってくるのはコゼだ。

 

 論功行賞ということになれば、最大の功績はブルイネン隊のうち、一郎とともに賊徒側と戦うことになった二十名と、別働隊を誘導してきたスクルドになるのだろうが、まだ彼女たちの身体が空かないので、身体を重ねるのは夜以降になると思う。

 

 それはともかく、コゼについては、ちょっと意地悪く抱かせてもらっている。

 これもまた、ミウを救出することに加えたもうひとつの任務に「失敗」したコゼへの「懲罰」ということだ。

 

 まあ、そうはいっても、実のところ、懲罰という口実で、コゼを相手に嗜虐責めをして愉しんでいるだけというのが本音だ。

 だから、こんなに苦しそうにしていても、ほかの女たちも別段に邪魔立てしないし、口も挟まない。

 一郎がコゼを抱く周りで、一郎に抱かれたときの格好のまま、下着姿などで気怠そうに侍っているのみである。

 

「いぐううう──。まら、いぎまずううう──」

 

 またしても、がっくがくと全身を痙攣させながら、コゼが絶頂する。

 そして、脱力していく。

 意識を保てるだけの呼吸をさせてないので、連続絶頂回数が十回を超えた辺りから、二度に一回は失神しかける。

 もっとも、そのまま失神させるような優しさは、まだ与えない。

 焦点を失いかける眼を覚醒させるように、一郎の怒張が貫いているコゼの股間に手を伸ばし、充血して膨らんでいるクリトリスに指でぎゅっと力を入れる。

 

「んぎいいいい」

 

 コゼの汗まみれの身体が大きく跳ねあがる。

 

「ほら、しっかりと意識を保ってろ。次に失神しかけたら、尿道電撃だぞ。それはいやだろう?」

 

 一郎は粘性体を細い線にして飛ばし、コゼの尿道を圧迫するように粘性体で満たしてしまう。

 しかも、一郎の怒張の律動に合わせるような蠕動運動もさせた。

 尿道内には、女の身体の内側に隠れているクリトリスの本体となる器官が密着しているので、その刺激がコゼの中にある快感帯を直撃することになる。

 連続絶頂で感度があがりまくっているコゼには、強すぎる刺激に違いない。

 

「んふううう」

 

 案の定、またしても、コゼが激しく絶頂をして、白目を剥きかける。

 

「気絶しそうになったら、尿道電撃と告げただろう?」

 

 一郎はコゼを犯しながら、コゼの尿道の中の粘性体に淫魔術の電撃を加えた。

 

「はがあああ」

 

 コゼが限界まで後手縛りの身体を弓なりにした。

 一郎はやっと、コゼに対する一度目の射精をする。

 

「よし、休憩だ」

 

 床に仰向けになったまま脱力しているコゼから怒張を抜く。また、同時に尿道に充満させていた粘性体も消滅させた。

 

「あっ、ひゃあああ」

 

 怒張が抜かれたときに与えられた快感と、粘性体で圧迫されていた尿道が急に解放されたことで、コゼの股間が緩み、その場でじょろじょろと失禁をしてしまう。

 

「こらえ性のないアサシンだな。罰の追加だ。尻をあげて、こっちに向けろ」

 

 一郎はわざと冷たい物言いで、いまだに尿を漏らし続けるコゼの腿をぴしゃりと軽く叩く。

 

「ご、ごめんなさい、ご主人様……」

 

 肩で息をしながら、コゼが必死の様子で身体を動かし、一郎に向かって白い尻を突き出す。

 さすがのコゼも、一郎の激しい責めによって、足腰が立たない状態だし、ふらふらだ。

 それでも、健気に一郎の命じた姿勢をとろうとする。

 コゼがたったいまやった自分自身の尿の上に、高尻でうずくまる。

 

「ほら、これで休憩のあいだ、気を紛らわせなくてすむだろう?」

 

 一郎が亜空間から取り出したのは、女たちとの「嗜虐プレイ」で使うために作った、一郎版の特別製の「いちぢく浣腸」だ。

 しかしながら、一郎が知っている前の世界の本来のものよりも強力であり、少量だが激しい便意があっという間に引き起こるように薬液を精製している。それだけでなく、注入液にはアナルの内側の粘膜に大きな痒みと疼きを沸き起こさせる成分も混ぜている。

 その効き目のすさまじさには、試しに使ったどの女も泣いてのたうち回った。

 

「おう、それか……。容赦ないな、ロウ」

 

 気がついて顔だけをあげたのは、最初に抱き潰したシャングリアだ。

 ドピィによって、公開輪姦されかけていたが、ぎりぎりで救出することに成功した。

 ただ、そのとき、ドピィの部下たちから媚薬責めにされていて、尋常じゃないほどに追い詰められていた。

 いまは、一郎の精液による解毒も終わり、しっかりと落ち着いている。

 櫓の上で拘束されて、辱められた心理的影響も、ちゃんと一郎がケアもした。

 

「一応、罰ということになっているからな。そろそろ、調査を命じたスクルドも戻るだろうさ。結果がわかるまでは、そのまま待機だぞ、コゼ。もちろん、排便も禁止だからな」

 

 一本目の「特製・いちぢく浣腸」を注入し終わった一郎は、空の容器をコゼの視界に入るように投げ捨て、二本目を出現させて、コゼの尻穴に追加注入する。

 二本目ということには、さすがにコゼが怖じ気づく気配を示した。

 しかし、容赦なく薬液をコゼのアナルに注いでしまう。

 

「わっ、二本か?」

 

 さすがにシャングリアがびっくりして声をあげた。

 この特製イチヂク浣腸の経験者は、この中ではエリカとシャングリアである。その苦しさもよく知っている。

 

「いや、三本だ」

 

 一郎はうそぶき、二本目が空になると、すぐに三本目を出した。

 

「ひっ」

 

 三本目と言われて、さすがに今度こそ、コゼが引きつるような小さな悲鳴をあげた。

 

「ま、まあ──。コ、コゼさんだけ狡いですわ。わ、わたくしも頑張りました。それは、またしても、そんなに活躍はできませんでしたけど、でも、結界もお張りしましたし、ご主人様にご奉仕もいたしました。わたしも、コゼさんと同じようにご主人様のご褒美調教を受けたいですわ」

 

 すると、しばらく黙っていたガドニエルが、急にわけのわからないことを言い出した。

 

「これはご褒美じゃないぞ。懲罰なんだ」

 

 一郎は軽く笑ってしまった。

 

「やめときなさいよ、ガド……。あれは……ちょっときついわよ」

 

 エリカだ。

 三人娘の中では、特製いちじく浣腸の最初の被治験者である。

 

「あ、あのう……。あ、あたしも立候補します……。ご主人様に、もっともっと苛められたいです」

 

 まどろむように休んでいたと思ったミウが身体を起こして、そんなことを言い出した。

 いま抱き潰したコゼ以外は下着姿だが、ミウだけは全裸に薄い毛布を被った格好をしていた。

 とにかく、一郎はガドニエルといい、ミウといい、ここにはいないスクルドもそうだが、一流魔道遣いたちの好色ぶりと被虐好きぶりには苦笑してしまう。

 

「未経験組は、ふたりのほかには、イットもだったな。じゃあ、イットも一緒に、このいちぢく浣腸調教を受けるか?」

 

 一郎は、ちょっと離れた位置で壁にもたれて座っていたイットにも声をかけた。

 

「い、いえ──。あ、あたしはいいです」

 

 イットが慌てたように首を横に振る。

 

「あら、遠慮しちゃだめよ、イット」

 

 ミウが声をかける。

 

「遠慮してない──。まったく遠慮してないです」

 

 イットは全力で拒否した。

 一郎は噴き出した。

 

「ああ、き、効いてきました……。く、苦しいです、ご主人様……。そ、それに痒いし……」

 

 そのとき、コゼの全身が小刻みに震えだしたのがわかった。

 大抵の責めでは、滅多に弱音を吐かないコゼだが、さすがにきついのだろう。一郎は注入しかけていた三本目を亜空間に戻すとともに、コゼの裸身を抱えて、胡座座りの上に横抱きにした。

 

「あっ、そ、それはだめです──。も、漏れちゃいます、ご主人様──。それにおしっこまみれで……」

 

 コゼが必死の口調で叫んだ。

 

「おしっこは気にしなくてもいいぞ。それよりも、俺にうんちをぶちまけないくれよ。とにかく、必死に尻穴を締めつけてろ」

 

 一郎は懸命に身体を固くしているコゼの身体のあちこちに、柔らかく手を這わせていく。

 

「ひいいっ、んんんんっ、だ、だめえええ」

 

 コゼが一郎の膝の上で悶え狂い始める。

 

「ああ、や、やっぱり狡いですわ。わ、わたしにもですわ、わたしもです」

 

 すると、またしてもガドニエルが切なそうな声をあげた。

 

 そのときだった。

 部屋に小さな鈴の音が鳴り響く。

 侵入者避けの結界を張ってもらっていて、この建物に入ってこられるのは、一郎のほかには、一郎の精を受けている性奴隷のみなのだが、そのときに鈴の音が発生する仕掛けになっているのである。

 

「戻りましたわ、ご主人様」

 

 入ってきたのは、やはりスクルドだった。

 しかし、さらに連れもいる。

 ユイナとマーズだ。

 一郎はコゼを膝に抱いたまま顔をあげた。

 

「おっ、もう、姫様たちは到着したのか?」

 

 一郎は訊ねた。

 ユイナとマーズは、さらにイライジャや十人のエルフ女兵とともに、ガヤの城郭で待っていたイザベラたちのところで待たせていた。

 そのユイナとマーズがここに来たことで、早くもイザベラが南王軍を連れて、ここに到着したのかと思ったのだ。

 

「まだよ。わたしとマーズだけでひと足先にやって来たのよ。だけど、ミウ、その調子じゃあ大丈夫そうね。もう、こいつに可愛がってもらったみたいね」

 

 ユイナが笑った。

 なんだかんだで、ユイナはミウと妹分のように大事にしている。今回は待機組になったが、実際には心配していたのだろう。

 だから、戦いが終わったということで、マーズとともに駆けつけたに違いない。

 

「ところで、そこに落ちているのは、いつぞやに、わたしに使った、あのえげつない“いちぢく浣腸”? もしかして、今日はコゼが受けているの? もしかして、罰を受けてるのかしら」

 

 ユイナが床に落ちている空の容器に気がついて、嬉しそうに一郎とコゼに寄ってきた。

 相変わらずの娘だと思った。

 あとで仕返しをされるのがわかってくるくせに、ユイナはコゼを揶揄う機会を絶対に逃がさない。

 

「な、なによ……。ち、近づかないでよ……。さ、触るなって──」

 

 ユイナがやって来たことに気がつき、コゼが一郎の足の上で身じろぎする。

 すでに、コゼの全身は粟だっており、ぶるぶると震えがとまらなくなっている。かなり苦しいようだ。

 それでいて、尻だけがかなり激しく揺れている。

 だんだんと痒みがきつくなっているのだと思う。

 

「まあ、そんなこと言わないでよ、コゼちゃん。こんなときにぴったりの魔道具を作ったのよ。愛撫用の手袋よ。これでお尻を触ってあげるわね。気持ちよさに狂っちゃうわよお」

 

 すると、ユイナが空間術で薄い生地の手袋を取り出した。

 目の前で自分の両手に嵌める。

 手袋の表面には、無数の小さな突起がついていて、ユイナがコゼに近づけると、手袋の指の部分が一斉に振動を開始した。

 

「面白そうなものを作ったなあ」

 

 一郎は感心してしまった。

 いつもながら、魔道具作りに関するユイナの器用さには驚くことが多い。

 

「ひゃああああ、やめろおおお──。さ、触っちゃだめえええ」

 

 コゼが激しく暴れようよする。

 一郎は笑いながら、それを抱えて押さえつける。

 

「ところで、どうだった、スクルド?」

 

 一郎はコゼとユイナの狂態を前にして、視線だけをスクルドに向けた。

 

「はい、ご報告しますわ。やっぱり、この賊徒の頭領殿だったドピィさんのご遺体は、焼け跡の中には発見できませんでした。シャロンさんもです。焼死体はおひとり……。これはコゼさんがお殺しになった女性でしょうね。すでに焼死体ですので明言はできませんが、コゼさんの目の前で、飛び込んだはずのおふたりのお身体は、焼け跡には残っていなかったと断言します」

 

 スクルドがにこにこと微笑みながら言った。



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802 戦い終わって──消えた死体

「ううっ、く、苦しい……」

 

 胡座の上に横抱きに抱いているコゼが涙をぼろぼろとこぼしながら泣き出した。全身には鳥肌が立っていて、身体は小刻みに震えている。

 また、浣腸液には強烈な掻痒効果があるので、ただ尻穴に力を入れ続けて耐えればいいというわけではない。

 本当に辛いのだろう。

 後手縛りにされているコゼの両方の手のひらは、一郎の膝の上で握ったり開いたりとせわしなく動いている。

 ちょっとでも気を紛らしたりに違いない。

 

 とにかく、コゼの弱音は珍しい。

 本当に追い詰められているというのがわかる。

 一郎は、とりあえず、ユイナの悪戯をやめさせた。

 責めに手を抜くわけじゃない。もっとぎりぎりまで追い詰めるためだ。簡単に排便させるのではなく、絶えられるぎりぎりのところを見極めたうえで、耐えさせるためだ。

 面白いのは、これだけ追い詰められるのに、コゼがしっかりと欲情をしていることだろう。連続絶頂の余韻もあるだろうが、こうやって排泄を許さずに我慢させているあいだにも、新しい愛液がどんどんと垂れ続けているのを一郎は知っている。

 

「コゼ、辛いか? これも調教だ。口づけをしてやろう」

 

 一郎は顔を汗と涙と鼻水でぐしょぐしょになっているコゼの唇に口を重ねる。

 舌を差し込むと、コゼがむさぼるように一郎の舌に自分の舌を絡ませてくる。

 しばらく、口づけを重ねたところで、口を離す。

 

「あ、あのう……、も、もう……」

 

 コゼが奥歯を噛みしめ続けるような仕草をしながら、涙目で小さく首を横に振る。限界だという合図だ。

 しかし、一郎は首を横に振り返した。

 

「まだだ。我慢しろ」

 

「は、はい……、ご、ご主人様……」

 

 コゼが小さな嗚咽とともに頷いた。

 

「はあ……」

 

「ふう……」

 

「ああ……」

 

 そのとき、息をのむようにしていた周りの女たちの溜息が一斉に漏れ出た気がした。

 顔をあげて見回すと、誰も彼も、すっかりと欲情をした表情になっていた。おそらく、コゼが責められるの眺めているうちに、自分もまた責められているような気持ちになったに違いない。

 一郎は苦笑した。

 

「ふ、ふふ……。容赦ないのね……」

 

 やがて、茶々を入れるような軽口をユイナが挟んできた。一郎は、そのユイナに視線を向ける。

 

「ところで、ユイナ、スクルドと一緒だったのなら、ドピィの残した刃物を確認してくれたか?」

 

 コゼには、全部の話が終わるまで排泄は許さないと言っているので、こうやって、一郎が誰かに質問を続ける限り、コゼの苦しみは継続することになる。

 

 そして、ドピィの残した刃物というのが、そもそも、一郎が彼の焼身自殺の不自然さを覚えた点だ。

 もっとも、あの刃物のことは、一郎としてはしっかりと断定したものを持っている。

 ここでユイナに質問をしたのは、半分以上は単なる嫌がらせ的なものが大きい。

 

 ドピィの最期を目の当たりにしたコゼとミウの証言によれば、ドピィはコゼたちの隙を突き、一度はミウが回復術で治療を施したシャロンの心臓をその刃物で突き刺し、殺したシャロンの身体を抱えたまま、業火に包まれている建物の中に飛び込んだということだった。

 そのときの刃物は、阻止をしようとするコゼに投げつけられ、そのまま地面に置き捨てられていた。

 それを確保してくれたのが、しばらくして同じ場所に辿り着いたスクルドであり、そのスクルドによって、一郎に届けられた。

 だが、一郎はそれを見て、おそらく、コゼはドピィによって、いっぱい喰わされたのかもしれないと考えたのである。

 

「ああ、これ? よくできた魔道具よ。魔道具」

 

 ユイナが収納術で一本のナイフを取り出した。

 魔道の痕跡を調査するために、なにかの足しになるかもしれないと思ってスクルドに戻したが、ユイナはそのスクルドから受け取っていたみたいだ。

 

「えっ、魔道具だと?」

 

 口を挟んだのはシャングリアだ。

 最初に、スクルドから一郎に、そのナイフが見せられたとき、ほとんどの女は同席していなかったので、なんのことかわかっていないのだ。

 しかし、一郎の魔眼は、誰かが保持することによって、しっかりと武器などの持ち物を鑑定することができる。

 一見すると、ただのナイフにしか見えないが、よくできた魔道具であることは一郎にはすぐにわかったのだ。

 だから、スクルドにドピィの死についての再調査をしてもらっていたというわけである。

 

「床を汚すわよ」

 

 ユイナがそのナイフを振りあげて、床にたたきつけた。

 ばんという音がして、ナイフの刃が深々と床に突き刺さる。

 ……いや、突き刺さったように見えるだけで、実際には刃は引っ込んでいる。さらに、突き刺さった床に大量の血がぶちまけられて拡がった。

 

「ええっ?」

 

「血──?」

 

 驚きの声をあげたのはミウとマーズだったが、ほかの者もびっくりしている。

 

「ミウ、お前たちが見たのは、この血だったな? ドピィはこのナイフでシャロン殿の心臓を刺した。いや、刺したように見せかけた。実際には、噴き出した血は、このナイフ型の魔道具による偽物だ」

 

「偽物──なのですか?」

 

 ミウも目を丸くしている。

 

「偽物だ。そして、これから推測できるのは、ドピィは死など覚悟していなかったということだ。死に行く者がおかしな仕掛けをするわけがない。シャロン殿を殺したように思わせたかっただけに違いないよ。そして、火の中に飛び込んだ。それが真相だと思う……。実際、スクルドは焼け跡から、ドピィとシャロン殿の焼死体を発見できなかったのだろう?」

 

「は、はい……。さっきのご報告のとおりです。焼け跡にあったのはひとりの焼死体でした。コゼさんの話によれば、もともと、女魔道遣いの死骸がそこにあり、賊徒の頭領殿とシャロン様がそこで死んだのであれば、三人の死骸がなければならないはずです。でも、残っていたのはひとりの死骸のみでした」

 

 スクルドがはっきりと言った。

 

「でも、どうやって……ですか?」

 

 エリカが怪訝そうに言った。

 一郎は軽く肩を竦めた。

 

「ドピィという男は、大量の移動術の道術紙を準備していて、それで一万以上の賊徒兵をここに集めたらしいぞ。自分とシャロン夫人が逃げる分も残してあったのだろうさ」

 

 もしかしたら、最初から逃亡を図ろうという考えまではなかったのかもしれない。だが、その手段もしっかりと残していた。

 まあ、そんなところだろうか。

 そして、死を覚悟してシャロンのところに戻ったところで、瀕死だったシャロンがミウの回復術で完全に蘇生したことを知った。

 だから、急遽、自分とシャロンのみが逃亡する行動をとったのではないだろうか。

 いまとなっては、真相を知りようにはないが……。

 

「つまり、逃亡──? じゃあ、賊徒との戦いはまだ続くということか──?」

 

 シャングリアが唖然とした口調で声をあげた。

 ほかの女たちも、一斉に表情を険しくした。

 

「まあ、それはどうだろう……? 結局のところ、ドピィとやらは、しっかりと目的を果たしたようだからな。もしかしたら、二度と表には出ないかもしれない。もしかしたら、ドピィにとっては、賊徒など、あいつの人生を賭けたらしい目的を実現するための手段にすぎなかったということのようだしね……。まあ、享ちゃんの調査の受け売りだけどな」

 

 ドピィ……ルーベンという下級貴族だった青年が、なぜ賊徒の頭領に身を落とし、そして、このクロイツ侯爵領で大叛乱を起こしたのかということは、享ちゃんによって、漠然としたものであるものの、大体のところを辿ることができた。

 あいつは、シャロンというただひとりの女を取り戻すためだけに、こんな大きなことをやったのに違いない。

 実際のところ、ドピィが積極的に暴れたのは、クロイツ侯爵を惨殺し、シャロン夫人を捕らえるまでだ。

 領都を確保してからは、ドピィ自身はほとんど領都から動いていないし、唯一動いたのは、南王軍の征伐軍が領都に迫り、シャロンが奪い返される危険が発生してからである。

 そして、イライジャたちがシャロンの奪回に成功すると、狂ったようにいきなり賊徒軍の全軍を北上させた。

 ドピィの行動は賊徒の頭領としてはちぐはぐのようであるが、その目的がシャロンのみにあると考えると、実際の行動は完全に首尾一貫している。

 そうだとすれば、ドピィが再び賊徒の頭領として叛乱を発生させる可能性は低いのではないだろうか。

 なにしろ、彼は、もう欲しいものを手に入れてしまったのだから……。

 

「では、どうするのですか……?」

 

 エリカだ。

 一郎は大きく息を吐いた。

 

「なにも……。シャングリアとミウへの仕打ちに酬いを与えられなかったことについては腹が煮えかえるけど、こうなったら、追い回す方法もない──。ドピィという賊徒の頭領は、シャロン夫人とともに焼死した。これをもって真実とする──。あとは知らん──。次に会うことがあれば、しっかりと仕返しはするが、世から隠れてしまったのであれば、もう仕方もないことだ」

 

 一郎の言葉に納得したような、していないような、曖昧そうな表情を全員がした。

 

「まあ、それはいいだろう。さて、じゃあ、コゼ、もう許してやろう」

 

 一郎はコゼを膝からおろして、脚を拡げた高尻の姿勢にした。

 その股の下に、亜空間から取り出した木桶を置く。

 

「出せ──。命令だ──」

 

 一郎は怒鳴った。

 

「ああああっ」

 

 コゼが大きな声をあげながら、排便を開始する。

 溶けた溶液とともに排便が噴き出すのは、木桶に当たる直前までだ。実際には木桶に当たることなく、亜空間に消滅させてしまっている。

 匂いもなにも残らない。

 しかし、コゼにはそんなことはわからないし、実際に一郎や全員の前で大便をさせられていることには変わらない。

 羞恥で大きく震えている。

 一郎は、排便を続けるコゼの股間に手を伸ばして、愛撫を開始した。

 

「ひゃああ、やっ、き、汚いです──。ご、ご主人様、汚いです──。ああ、ああああっ」

 

 さすがに、コゼも激しく狼狽する。

 だが、一郎は声を出して笑う。

 

「コゼに汚いものなどないさ。恥ずかしいことを頑張り、ちゃんと言いつけ通りに我慢できたご褒美だ。今度はアナルを死ぬほど犯してやろう。気絶するまでな」

 

「ああ、やっぱり大好きです、ご主人様ああ──」

 

 排便を続けながら、コゼが感極まったように声をあげ、身体をがくがくと痙攣させながら絶頂に駆けのぼっていった。

 

 

 

 

(第22話『決戦・賊徒軍と独裁官軍』終わり、第4部「王権簒奪」に続く。)





 *

【ドピィ】

……
……
(5)ドピィ伝説

 イザベラ王太女と独裁官ロウの遠征によってドピィの叛乱は鎮圧され、その戦いにおいて、ドピィは誘拐したシャロン=クロイツ夫人を道連れにして、火炎に飛び込んで自殺したとされているが、そのドピィは実は生き延びていたというのが、ドピィ伝説と称されるものである。

 現在の学説では、事実無根の空想にすぎないと多くの歴史学者から否定されているが、ドピィとシャロン=クロイツ夫人が実は生存していたという説を裏付ける証拠も発見されており、過去から現在にかけて、何度も大きな歴史論争に発展したりもしている。

 いずれにしても、ドピィ生存は叛乱の発生した当時のハロンドール王国の南部地区の民衆の中で、彼らの願望とともに言い伝えられ、現在では多くの演劇や小説などの材料にもなっている。
 有名な作品として……。


 ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


 *


 ――シャロンがいた場所。それはいつでも幸せの地だった。

 名も無きある墓地に刻まれていた墓碑銘
 (ひとりの老夫が亡き老妻に刻んだ言葉と伝えられている。)


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【第4部 王権簒奪】
803 凱旋将軍の帰還【タリオ公国】


「よく戻った。見事な遠征だった」

 

 アーサーは、帰還の挨拶にやってきたランスロットを私邸の入口で出迎えた。数箇月ぶりに見るランスロットは、少しばかり頬がこけた気もするが、その分、凄み粗雑さが増した感じでもあると思った。

 

「残念ながら、ついに皇帝は捕らえられませんでした。それについては申し訳ありません」

 

「言うではないか。権力を失った元皇帝を名乗る老人など、どうなってもいい。そのうち、のたれ死ぬだろう。問題ない……。ところで、いまはふたりきりだ。口調を崩せよ」

 

 一応は、大公と部下という関係なので、平素はランスロットも、アーサーには丁寧な言葉遣いをするが、もともとは幼なじみと言ってよい間柄だ。

 ふたりきりのときには、言葉を崩すというのが決まりことなのだ。

 

「なるほど。では、いま戻ったぞ、アーサー。カロリックを奪ってきてやった。泣いて喜べ」

 

 ランスロットが白い歯を見せた。

 

「言うではないか」

 

 アーサーも声をあげて笑った。

 ランスロットに命じていたカロリック併合戦であるが、もともとは、冥王復活の企みをした皇帝を匿ったとして、カロリックの罪を鳴らし、皇帝捕縛を口実に、カロリック公国内に軍を進めて併合したというのが内実である。

 当初は、意図的に皇帝を脱走させ、カロリック方向に追い込むことで、その状況を作りあげたのだが、捕縛してしまえばカロリックに侵攻する理由がなくなってしまうこともあり、あえて、逃げおおせるのを許したところもある。

 結局のところ、本当に逃亡されたみたいではあるが、まあ、どうでもいい。

 アーサーの目的だったカロリック併合はついに成し遂げられたのだ。

 

「まあ、入れ。奥にとっておきのワインを準備してある。ただ、一応言っておくが、面倒だろうが、凱旋将軍として、これから報告会や歓迎の宴などからは逃げられん。一連の式典も目白押しだ。だが、今日については、俺とお前だけだ。無礼講だ」

 

「では、俺も一応、言っておくよ。報告会も歓迎式典も宴も面倒だ。褒賞が頂けるなら、それを免除してもらいたいものだ」

 

「じゃあ、一応、返事もしておく。却下だ。その一連の面倒には、俺も参加するのだ。当事者のお前が逃げられるわけないだろう」

 

 アーサーは再び声をあげて笑った。

 ランスロットは今日は従者もつれずに、ひとりでアーサーの私邸を訪問してきたし、アーサーもあえて屋敷の家人を遠ざけて、ふたりの近くに人はいない。

 子供時代からの気心知れた間柄なので、こうやってふたりだけに近くなると、草と土にまみれて遊んだ時代を思い出す。

 

「それにしても、ちょっと雑に垢抜けたか? やはり、カロリック遠征は苛酷だったのだろうな。とにかく、話を聞かせてくれ。酒も食事も準備してある」

 

 アーサーはランスロットを私邸の奥に案内しながら言った。

 実のところ、ランスロットと離れていたのは、わずか数箇月ほどでしかない。だが、子供時代から片時も離れたこともないほどに、ずっと一緒だったので、数箇月だけでも、アーサーは随分と久しく会わなかった気がする。

 そんな感情がアーサーをして、ランスロットの印象が変わった気持ちにさせるのかもしれないが、やはり、目の前のランソロットは、以前と比べてちょっと変化した気がする。

 

 まずは、服装や髪が粗雑だ。

 以前は、戦場にいたときでも、いつも整髪をして、きちんと皺の伸ばされた衣服を身につけていた。

 しかし、いまは髪が完全には整髪をされずに少しばかり乱れているし、服の着こなしも襟が緩められて整った印象はない。

 言葉は適切ではないが、随分と男らしくなった──。

 そんな雰囲気だ。

 アーサーの右腕として、旧体制派との数々の戦いでは、勇猛にして果敢な戦いぶりを世に示してきたランスロットだったが、戦場から離れた彼は、柔和で優しいというのが評判だ。

 しかし、カロリック遠征の総司令官の任務から戻ったランスロットからは、一見にして人が変わったという印象を受けていた。

 

「垢抜け……か? 自分ではわからないが……。気をつけるよ」

 

「いや、非難しているわけじゃない。風格が身についてきたと言っているんだ……」

 

 アーサーは、廊下を歩きながらランスロットの肩を軽く叩いた。

 準備していた部屋に着く。

 ふたりきりでゆっくりと話をしたいと思って、自分たちで皿に盛れる料理と酒があらかじめテーブルに準備されている。

 それを差し向かいで酒を交わしながら、自分でとって口にするということだ。

 ランスロットが訪問してくれたときにはいつもこの形式だし、今回もカロリックから帰還をして、その足でアーサーに挨拶をしにきてくれた旧友に、アーサーも昔と変わらぬもてなしで出迎えることで、変わらぬ友情を示したつもりだ。

 

「いただく」

 

 ランスロットのグラスにワインが満たされ、アーサーのグラスにもワインが入る。

 お互いに目の高さにグラスをあげ、「乾杯」と言葉とともにひと口ずつ喉に入れた。

 

 しばらく、他愛のない話をする。

 やがて、アーサーはグラスを横に置いて、改めてランスロットに視線を向けた。

 

「カロリックの併合の宣言については半年後を考えている。当初の計画では一年程度をかけて、完全にカロリック内の反逆の芽を潰すつもりだったが、思いのほか、お前が徹底的にやってくれたおかげで、もはや、カロリック内は静かになった。本当によくやってくれた」

 

 アーサーは言った。

 軍略にかけては不安のなかったランスロットの手腕だが、占領地の軍政や反逆勢力の取り締まりという仕事については、善人すぎるきらいのあったランスロットには荷が重いだろうと思っていた。

 だから、軍行動が落ち着いたところで、謀略に長けるトリスタンとでもカロリック正面を交替させて、早めにランスロットの任務は解くつもりだった。

 ところが、ランスロットは予想外に、果断な軍行動と統治能力を発揮し、タリオの軍行動に反対する可能性のある勢力を徹底的に潰し、あっという間に併合を完成させてしまった。

 それに至るまでには、本当にあのランスロットがそんなことをしたのかと疑念に想うような残忍で冷酷な手段もとったようだが、結果から考えれば、カロリック内でいつまでも戦乱の基盤が残り続けるよりはいいだろう。

 アーサーは満足している。

 

「さっきの皇帝はともかく、ロクサーヌ大公を捕らえられなかったことについては申し訳なかった。あの少女が生き残っていては、カロリックの残党の旗頭にされる可能性がある」

 

 ランスロットも手に持っていたグラスを置いて、頭をさげた。

 アーサーは、不要だという仕草をして、その頭をあげさせる。

 

「まあ、それもいい。捕らえて処刑をしたとしても、死んで悲劇の大公として、旧カロリック勢力の集結の材料になった可能性もある。いまは、あの娘の悪評を拡げる喧伝工作をさせている。すでに、悪女という評判が浸透しつつあるという報告も受けている」

 

 カロリックは以前から大公家の力が弱く、大貴族同士が勢力を競い合ってたびたび起こる騒乱が公国としての力を弱め続けていた。そこに獣人族の問題があり、それをうまく治められない大公家は、ついに有能な大公の器の人材を失ってしまうに至ったのだ。

 そういう状況で新たな大公として選ばれたのがロクサーヌという少女大公だ。

 だが、選ばれた理由が、どの勢力にも属していない平凡な能力の娘だというのだから笑ってしまう。

 まあ、外見が美しい少女のようだったので、民衆からの人気はそれなりにあったようだが……。

 とにかく、そのロクサーヌ少女大公を捕らえ損なったということで、アーサーは彼女の評判を落として、民衆からの不人気を誘う工作を進めさせている。

 いまのところ、それは順調のようではある。

 

「だけど、評判をさげてしまってよかったのか? 別のやり方もあったのでは? まあ、俺の不手際もあり、捕らえられなかったということで、その選択肢もなくなったけどな」

 

「別のやり方?」

 

 アーサーは首を捻った。

 すると、ランスロットがにやりと微笑んだ。真面目なランスロットには似つかわしくない不敵な笑みだったので、アーサ-はちょっと驚いた。

 

「アーサー閣下がロクサーヌと婚姻するというやり方だよ。調べた限りでは、本当に可愛らしい外見だったようだし、男の影もない生娘だと思う。アーサー閣下の第三でも、第四夫人でもいいが、婚姻をすれば、奪うことなくあのカロリックがアーサー閣下のものになる。小娘ひとり程度、アーサー閣下からすれば、いくらでも調教できるだろうし、そっちの方が利用価値も大きかったのでは?」

 

 ランスロットがくすくすと笑った。

 本当にびっくりした。

 ランスロットが女を調教してしまえばいいなどとは、本当にランスロットは変わったようだ。

 

「あの国がもっと健在であれば、それもひとつの手だったな。しかし、すでに事実上併合した。もはや、亡国の王女になど価値はない。いずれにしても、なんの力もなく、利用しやすいというだけで大公にされただけの娘だ。皇帝同様にのたれ死んでしまえば、それでいい」

 

 アーサーの言葉に、ランスロットが小さく頷く。

 

「ところで、カロリックの反対勢力の取り締まりについては、獣人どもを上手く使ったみたいだな」

 

 アーサーは横に置いていたワインを手に取った。

 カロリックの公都をあっという間に支配下に置き、カロリック全土をかたちの上ではタリオ遠征軍の支配下にしたランスロットだったが、それで抵抗がなくなったわけではない。

 むしろ、それからが大変なはずだった。

 

 だが、このランスロットは、カロリック大公家の支配の中でずっと虐げられていた獣人族たちに武器を与え、獣人族を惨く扱っていた支配層の取り締まりを徹底的にやらせたのだ。獣人たちは実に果断にカロリックの支配層の人間族と取り締まったらしい。

 ランスロットがあまり手間をかけずに、しかも、短時間でカロリック支配を完全にしたのは、獣人族たちの長年の恨みつらみを上手に利用したというところにもある。

 実に、合理的な方法を使うものだと感心した。

 

「まあ、思ったよりも彼らは活躍してくれた。カロリックを併合したタリオや俺に向かうはずの憎悪や遺恨を獣人族たちは、実によく自分らに集中してくれた」

 

 ランスロットは言った。

 やはり、これまでにない酷薄さの混ざった微笑み方をしている。

 まったくらしくないが、つまりは、経験がランスロットを成長させたということになるのだろう。

 

「だが、今度は、カロリックの貴族どもの残党が静かになれば、仮の権限を与えた獣人族が邪魔になってくるなあ」

 

 アーサーは言った。

 獣人族たちの高い戦闘力は利用価値は、確かに抜群にある。

 アーサーもそれは承知しているが、心情的にそもそも獣人という存在がアーサーは好きになれない。

 まあ、そんなことは口にはしたことはないが……。

 

「ここに戻る直前だったので、報告書にはあげてないが、それについても当面の問題はなくなったと告げておくよ」

 

 すると、ランスロットがまたもや意味ありげに微笑んだ。

 

「なんだ?」

 

「戻る直前に、獣人族の代表になる得るような者たち百人ほど、皆殺しにした。まあ、いくら彼らのひとりひとりに力があっても、集まるにはリーダーが必要だ。そのうえで、別の獣人族の集団に、力を集めつつあった獣人族の種族を弾圧するように指示した。そうやって、しばらく潰し合わせればいい……。まあ、改めて報告書は提出する」

 

 本当に驚いた。

 

「利用してきた獣人族の一派を遣い潰して処理したということか? だが名目は?」

 

「名目? 使っていた獣人族のリーダーを皆殺しにした理由か? まあ、叛乱だ。特に証拠もないが」

 

 アーサーは唖然とした。

 つまりは、散々に利用しておいて、使いにくくなったら入れ替えるために、無実の罪を鳴らして、処断してしまったということか。

 全くらしくない……。

 本当にランスロットか?

 

 まあいいか……。

 

 アーサーはぐびりとワインを口にしてから、また、口を開いた。

 

「……ところで、話題は変わるが、ハロンドールのことだ。カロリック併合も大きなところは終わり、少しは軍に余裕も出てきた。いま、あの王国はがたがただ。この機に、あの王国に侵攻するということについて、お前の忌憚のない意見を聞かせて欲しい」

 

 アーサーは言った。

 

「ハロンドール侵攻?」

 

 ランスロットは怪訝そうな表情になった。

 あのハロンドールには大量の間者を送り込んで、色々な工作をしてきたが、すべてカロリック侵攻のあいだに、あの王国に関与させないための策だと説明していた。夢物語ではない現実の行動として、アーサーの中だけで考えていた王国侵攻をランスロットと語るのは初めてだ。

 ランスロットはちょっと困惑の表情だ。

 

「時期尚早だという顔をしているな」

 

「まあな。ハロンドールは腐ってはいても大国だぞ、アーサー。まずは三公国を統合して力をつける。あの王国との真面目(しんめんもく)の戦いはそれからと思っていたが?」

 

「三公国はひとつになる。まだ、正式回答ではないが、デセオのイザヤ大公からは、すでにタリオに従うという答えをもらっている。デセオ公国は、ロームの支配者に従うそうだ」

 

「そうなのか?」

 

「ただし、一度一対一で話をしたいという申し出はあるがな。いずれにせよ、半年後にカロリックを正式併合するときには、俺はタリオ大公としてではなく、ローム王国として併合するつもりだ。そのときには、デセオは無条件に、新ローム王国に参加するそうだ」

 

「ローム王国か」

 

 ランスロットは驚いている。

 

「事実上、すでにロームはひとつにまとまる。だとすれば、次の標的があの老いた国であることは明白だ。いまや、あの王国では西で辺境候の叛乱があり、南で賊徒の大乱だ。王都は王都で国王の狂乱により、国王の統治能力は失われている。まさに、機が熟したという状況だ」

 

 アーサーはハロンドールの状況について説明した。

 膨大な間者や工作員を扱うタリオは、ハロンドール王国内の貴族たちの動向をかなり把握している。

 謀略正面については、ランスロットはほとんどに無関与なので、アーサーの詳しい説明に対し、幾度も頷く仕草をする。

 

「人にも歴史にも、“とき”というものがある。いま、時代が動きつつあるのだ。俺は、その動きを見て、全身全霊で、いまこそ“とき”だと確信してる」

 

「ときか……。だが、大義名分がないぞ。“とき”がいまだというだけでは、ハロンドール侵攻などという大ばくちには承認しにくいな。俺はともかく、民衆も兵も納得するような理由が欲しいところだなあ」

 

 ランスロットは肩を竦めた。

 どちらかというと、現時点でのハロンドール侵攻には積極的ではない感じだ。ローム三公国はおろか、ハロンドールはもちろん、エルニアまでも統一し、この大陸の唯一王になるというアーサーの野心を知っているはずなので、ランスロットが及び腰なのは、アーサーには意外だった。

 

「大義名分ならあるさ」

 

 アーサーは言った。

 

「どんな?」

 

「俺は愛する公妃であるエルザをハロンドール王国にさらわれて戻された。そのエルザは王国内で強要され、受けたくはない離縁を強要されているのだ。俺は、妻を取り戻すためにハロンドールに侵攻をする。あのルードルフ王の兇王政治には多くの王国の民が苦しんでいる。それも救う。そんな感じで大義名分を鳴らす。うまく喧伝すれば、いい感じになるだろう」

 

「エルザ殿をさらわれた? だけど、あれは、アーサーが自ら……。あっ、もしかしたら、実際のところ、それが狙いでエルザ殿を一度王国に戻したのか?」

 

「考えていたことは色々ある。イザベラを口説いてこいと命じたのは事実だけど、失敗したとしても、いくらも使い道があった。実際にエルザは、俺の公妃のままハロンドール国内に入って戻ってこないのだから、ハロンドール王の陰謀で誘拐されたのだとしても、不自然な話ではないさ」

 

 アーサーはにやりと微笑んだ。



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 第1話   凱旋将軍【タリオ公国】
804 凱旋将軍の要求


「いや、それでも、無理だな」

 

 ランスロットはしばらく考えるような表情をしたが、やがて、あっさりとした口調で言った。

 

「無理だと?」

 

 それはアーサーの望む答えではなかったので、アーサーは少しばかりむっとした。だが、それで怒りに我を忘れることだけはない。

 そもそも、アーサーとはまったく違う性質であるものの、このランスロットの軍事的才能については、アーサーも十分に評価している。

 いや、アーサーとは違うからこそ、ランスロットを重用しているといってよい。単に昔馴染みというだけで腹心にしているわけじゃないのだ。

 軍事的な意見については、もっとも信頼している部下である。

 

「聞こう」

 

 アーサーはそれだけを言った。

 

「まだ、“とき”じゃない。それが答えだな」

 

 すると、ランスロットがワインを口にしながら言った。

 今度こそ、ちょっとばかり驚いた。

 ハロンドールに侵攻するのは、まさにいまが“とき”だと告げたアーサーに対し、まるで皮肉のようなランスロットの物言いだ。

 従来のランスロットにしては、珍しく粗雑な反応である。

 思わず、顔が険しくなりそうになるのをアーサーは必死に平静を装う。

 

「あの王国の王都は狂乱状態だ。それでも、時勢ではないというのか? それに加えて、辺境侯の叛旗と賊徒の乱だ。貴族もばらばら。民衆も王を見放している。まさに絶好の機会だ」

 

「軍事的な視点で語れば、まず、ローム側からハロンドールに侵攻する回廊は限られている。そのほとんどはナタル森林を経由するルートになる。隊商や少人数の傭兵団程度の自由通行は認められているが、ハロンドールに侵攻するともなると、大軍の侵攻ルートの確保が必要だ。だが、あの国はタリオがハロンドールに侵攻したりすれば、すぐに森林を封鎖してしまうだろう。後方を遮断された俺たちは、国境沿いの一戦をしているあいだに退路を失い、それで戦いは終わる」

 

 ランスロットが肩を竦めた。

 

「エルフ族はこれまで、一度も他国の争いに介入したことなどない。今回も中立を保つはずだ」

 

「そんなことは自分でも思ってないだろう、アーサー? あのロウの英雄式典を見たはずだ。ガドニエル女王は必ず中立を保たない。絶対だ。それとも、俺の知らない女王工作を?」

 

 ランスロットの言葉に、アーサーはますます苦虫を潰したような気持ちになった。

 あのロウ=ボルグが英雄認定をされた光景は、女王家の魔道映像によって大陸中に流れており、もちろん、アーサーも見ている。

 その映像の中で、ガドニエル女王はよりにもよって、英雄認定をしたロウと堂々を口づけをして見せたのだ。

 誰が見ても、ガドニエルとロウが恋人関係にあることは明白であり、百年近くも世に出なかった伝承のエルフ女王の信じられないほどの美貌と艶香のこともあり、すでにふたりをモデルにした戯曲や吟遊詩も次々に発表されていると耳にする。

 

 ロウの身体には、一滴の青い血も流れていないが、だからこそ、世界最高に高貴なエルフ族女王と一介の冒険者の恋というのが物語的なのだ。

 百歳を超えているエルフ女王がただの人間に恋をするなどあり得ず、ちょっとばかりの気紛れであることはわかっているものの、まったく面白くない。

 ガドニエル女王の相手となれば、アーサーこそ相応しいはずなのだ。

 

「まあ、打診はしてはいるがな」

 

 アーサーはそう言うしかなかった。

 いまは、ガドニエルへの婚姻は諦め、これもまた突然に世に出た姉のラザアニエル王女に絞っているところだ。

 しかし、そもそも、あのエルフ族は、排他的でずっと最小限度の外交しかしていなかった。

 タリオとしても、まずは外交関係を構築するところから開始しているという段階である。

 

「エルフ族は脅す。邪魔をすれば、敵として侵攻すると恫喝する。軍事力ではこちらが上だ。魔道を封じる武器もこっちには多数ある。エルフ族との戦いとなれば、こちらに分がある」

 

「いや、俺の見るところ、五分五分というところじゃないかな。ナタル森林はエルフ族の庭だ。それに、恫喝には恫喝で返すだろう。エルフ族との関係を崩せば、クリスタル石の輸出制限で対抗される。エルフ族を敵にした状態で、ハロンドール侵攻などあり得ないよ」

 

 ランスロットは断言する口調だ。

 アーサーは歯噛みした。

 ランスロットの言葉が正しいのはわかっているのだ。しかし、認めたくない。アーサーは、以前、ハロンドールの王都でロウから味わわされた恥辱を忘れたことはない。

 あの男は一介の冒険者でありながら、アーサーが婚姻の相手として狙っていたアン王女やイザベラ王女を、それを知っていながら目の前で破廉恥行為を見せつけたのである。

 そのロウが、今度はエルフ女王までものにしたというのは、やっぱり心情的に受け入れられないのだ。

 

「だったら、そのままハロンドールの王都まで一気に落とすまでだ。後方を遮断されたところで、糧食はハロンドールに求めればいい」

 

「略奪をしながら王都に? それこそ、分裂しかけているあの国を団結させるだけだ。そもそも、あの国の辺境候工作も失敗したのだろう? 今回侵攻しても、とても勝ち目があるとは思えない」

 

 ランスロットは言った。

 ここまではっきりと否定されては、アーサーも面白くはなかったが、だが、自分の考えるハロンドール侵攻計画に、かなりの無理があるのは、アーサー自身わかっている。

 本当はそれを認めたくなかっただけだ。

 アーサーは大きく嘆息した。

 

「無理か」

 

「無理だな」

 

 ランスロットは言い切った。

 

「わかった」

 

 アーサーは諦めた。

 怒りを抑える。

 ランスロットの主張のとおりだ。

 あの大国に対して、一か八かの侵攻などあり得ない。

 迷って相談した時点で、無理なのだ。

 ランスロットの言葉が正しい。

 

「もっとも、ある条件が揃えば、無理が無理ではなくなるが……」

 

 だが、ランスロットが不意に言葉を加えた。

 

「なんだ、条件とは?」

 

 アーサーはランスロットに強く視線を向ける。

 

「あのロウを味方につけることだよ、アーサー。あの男は別にハロンドールの王族でもなければ、貴族でもない。もともと、一介の冒険者であり、流浪の男のはずだ。だったら、利で誘えばいい。あの男をこちらに引き入れれば、エルフ女王を味方にできるのではないか?」

 

 ランスロットが言った。

 これには、さすがにアーサーもびっくりした。

 

「俺があの男と組めと? あり得ん──。そもそも、認めたくはないが、お前も知っているとおり、イザベラ王女の腹の子の父はあいつだ。そのロウがタリオに味方するはずがない」

 

「そうか? やり方次第ではなくはないと思うぞ。王女の王配としては、あのロウの出自は低すぎる。古い国だから反対する者も多いだろう。つけ込む隙もあると思う。それに、ハロンドール王都は激動している。どういうように転ぶかも不明だ。ロウを引き込むつもりで工作をする価値はあると考えるけど」

 

「い、や、だ。俺があの男の組むなど冗談ではない」

 

 アーサーは怒鳴った。

 

「ならば、もう少し時勢を待つしかない」

 

 ランスロットの言葉に、渋々アーサーは頷いた。

 

 しばらく、黙々とふたりで酒を飲む。

 

 それにしても……。

 

 アーサーはふと疑念を抱いた。

 ランスロットというのは、こんな男だったか?

 良くも悪くも、真っ直ぐで正直だというのがランスロットである。まあ善人だ。だから、軍事的才能はあるものの、ずっと謀略には向かないと思っていた。

 しかし、そのランスロットがロウを味方に引き入れとなどという提案をするのか?

 そういえば、このランスロットが調略めいたことを口にしたのは初めてではないか?

 

「……ところで、別の話をしたい」

 

 そのとき、不意に、ランスロットが姿勢を正す仕草をした。

 アーサーは思念をやめた。

 

「おっ、なんだ、改まって?」

 

「頼みがあるのだ、アーサー」

 

「頼みとは?」

 

「褒賞だ」

 

「褒賞? ああ、カロリック侵攻の褒賞ということか? もちろんだ。なにが欲しい? 俺とお前の仲だ。大抵のものは応じてやるぞ」

 

 アーサーは気持ちを切り替えた。

 そもそも、これまでランスロットがタリオのために尽くした功績は数々ある。しかし、ただの一度も、自分から褒賞を強請ったことなどなかったのだ。

 珍しいことだけに、ランスロットがなにを欲しがるのか、すごく興味が沸いた。

 

「公妃エリザベート殿を俺に欲しい。俺に下賜してもらいたい」

 

 ランスロットは事も無げに言った。

 

「はああ──?」

 

 アーサーは思わず声をあげてしまった。



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805 凱旋将軍の後悔

「公妃エリザベート殿を俺に欲しい。俺に下賜してもらいたい」

 

 ランスロットは口にしていた。

 しかし、すぐに後悔した。

 アーサーの表情が一瞬にして険しくなったからである。

 

「はああ──?」

 

 案の定、アーサーは内心に抱いた不機嫌さを隠す様子もなく、大きな声をあげた。

 

 しまったな……。

 これは逆に警戒をさせたかもしれない。

 ランスロットは自分の失態をはっきりと感じた。

 

 思い出したが、アーサーという男は、非常の能力の高い施政者でもあり、リーダーでもあるが、その実、子供のように未熟な情緒を示すときがある。

 能力と性格の成熟度の不均衡──。

 それがアーサーの本質でもある。

 

 長い付き合いでもあるランスロットは、アーサーのそういう一面を好ましいと思っていたし、補佐をしてやらなければとも感じている。

 だから、扱い方もわかっている。

 

 しかし、今回に関しては、悪手だったみたいだ。

 ランスロットは、一瞬にして後悔した。

  

 だが、ランスロットは、どうしても、エリザベートが欲しかったのだ──。

 

 それは、偽らないランスロットの本音であり、心の底から彼女を自分のものにしたいと思っている。

 

 このところ、ランスロット自身、どうしても自制の効かないところがあり、感情のままに動いてしまっている気がする。

 少し以前であれば、ランスロットは常に周りに気を使い、言いたいことと言わなければならないことを明確に区分して過ごすように気をつけていた。

 あまり波風立てずに周りと接するようにしていたし、戦場以外で感情的になったことなどない。

 温厚で善良というのが自分の評判だということも認識している。

 面白みのない男であるとも……。

 

 誰にでも褒められるいい子……。そのいい子がそのまま大人になった……。

 それが、ランスロットという自分だった。

 

 だが、不思議なのだが、カロリックの遠征に向かっている最中に、なにかがランスロットを変えた。

 感情や欲望を隠すことなく、欲しいものを自制することなく、やりたいことをやることに躊躇が一切なくなった──。

 そうすることに全くの抵抗がなくなったのだ。

 

 我が儘で、粗暴で、欲望に忠実──。

 およそ、ランスロットらしくはないが、実は、いい子だと言われ続けたランスロットがもっともなりたかったのは、そんな男だった。

 

 そして、そうなった。

 なにが切っ掛けだったのかは、さっぱりと思い出せない。

 本当にわからない。

 記憶も曖昧だ。

 特にカロリックの国境近くにいたときの行動についてまったく記憶にない。

 どうしても思い出せないのだ。

 

 おかしいとは思う。

 だが、その一面、記憶の欠如は、そんなに気にしてない。

 まあ、どうでもいいかと思う。

 

 ともかく、ランスロットは変わり、その変わった新しいランスロットのことを、自分自身で心の底から好ましいと思っている。

 悪童であるランスロットは、ある意味、ランスロットの隠していた願望の姿でもある。

 そのことだけは確かだ。

 だから、まあいいのだ……。

 

 いずれにしても、公妃エリザベートのことだ。

 

 彼女を初めて見たとき、ひと目で恋に落ちた。

 しかし、そのときには、すでにエリザベートはアーサーの婚約者であり、やがて、そのまま妻になった。

 だが、アーサーは、エリザベートが不満であり、最初から彼女に冷たかった。

 

 なにしろ、当時、アーサーが婚姻を結びたかったのは、エリザベートではなく、彼女の姉のマリアーヌだったのだ。

 その頃の、アーサーはまだタリオ公国の大公ではなく、その後継者候補にすぎず、ほかの後継者候補よりも優位な立場を手に入れるために、どうしても、神殿の後ろ盾を必要としていた。それで目をつけたのがローム神殿の教皇クレメンスの孫娘との婚姻であり、アーサーは最初はエリザベートの姉のマリアーヌとの婚姻を打診したのである。

 

 しかし、教皇クレメンスからの返答は、魔道能力の高いマリアーヌは、神殿の「聖女」候補であり、妹のエリザベートであれば……というものだった。

 マリアーヌは当時から高位魔道遣いで有名だったが、エリザベートは魔道能力のない「無能」であり、実家における扱いもいいものではなかった。

 そのエリザベートであればと、クレメンスは返答したのである。

 

 アーサーは、かなり荒れていたが、まだ立場が弱かったアーサーは、やはり、どうしてもクレメンスの後ろ盾が欲しくて、エリザベートとの婚姻を承諾した。

 つまりは、アーサーにとって、エリザベートとの婚姻は、最初から面白いものではなく、我慢ならないものだったのだ。

 

 だから、アーサーは徹底的に、エリザベートをとことん蔑み、冷たくあたった。

 ランスロットがひと目で恋に落ちたエリザベートを妻にしながら、愛すこともなく、妻として扱わず、ないがしろにしたのである。

 

 ランスロットは、目の前のアーサーの態度を見ながら、封印していたつもりだったそんな記憶と感情を思い出していた。

 

 それはともかく、いま、ランスロットは後悔している。

 

 目の前のアーサーは、エリザベートを欲しいとランスロットが口にしたことで、途端に不機嫌になった。

 こうなると、アーサーは頑固だ。

 アーサーは、利には非常に聡いが、感情は頑迷だ。

 気に入らないと感情が傾いてしまったら、もう、それがどんなに有益なことでも、受け入れることはない。

 

 例えば、さっきのロウ=ボルグという男のことだ。

 冷静に考えれば、短いあいだに、エルフ女王と昵懇になり、イザベラ王女と恋仲らしい彼と結びつくことに、タリオ公国として損などないと思う。むしろ、現段階では積極的に取り込むべきだ。

 利用するだけ利用し、都合が悪くなれば切り捨てればいい。所詮は一介の冒険者あがりであり、係累もほとんどない。

 

 また、実は、ランスロットのロウに対する印象は悪くない。

 女たらしだが、野心家ではない──。

 人を惹きつける不思議な魅力があり、味方にして頼もしいと思った。能力も高そうだった。

 

 考えようによっては、味方にして旨味が大きく、一方で係累がほとんどないことは、切り捨てやすいということであり、非常に扱いやすい立場の男だ。

 だが、アーサーはロウを絶対に受け入れない。

 感情が思考を否定するのである。

 理屈ではない。

 それがアーサーだ。

 

 そして、エリザベートのこともそうらしい。

 あれだけ大切にしないくせに、他人のものになるのは気に食わないようだ。いまもむっとした表情になった。

 

「ランスロット、エリザベートは、タリオが神殿の連中を昵懇に考えているという象徴だ。離縁はできん。役には立たない女だが、教皇の孫娘であるエリザベートが公妃ということが意味があるのだ」

 

 アーサーが言った。

 ランスロットは肩を竦めた。

 

「別に、それは俺に降嫁してもらっても変わるまい。そもそも、公妃というのも名ばかりでエリザベート殿の扱いはひどいものだ。それでも、教皇の姿勢に変化はないのに、公妃という立場でなくなったとしても、タリオ公国が彼女を大切にしているという意思さえ示せば、問題はないはずだ」

 

「いや、大公である俺の妻という立場と、お前の妻という立場ではまったく違う──。いや、お前のことをないがしろにしているわけじゃないぞ。俺はお前のことを無二の友人だと思っている。だが世間の目は違うということだ。わかってくれ、ランスロット。降嫁は諦めよ……。まあ、状況が変われば、あるいは……まあ、あるかもしれないが……」

 

 アーサーはランスロットに対して、まるで子供に言い聞かせるような物言いをする。

 もっともらしいことを口にしているつもりだろうが、実は、面白くないという自分の感情を正当化する理屈付けをしているだけだ。

 教皇クレメンスはもともと、同じ孫娘でも、聖女マリアーヌとその妹のエリザベートに対する扱いを明確に変えていた。

 エリザベートの不遇に文句のひとつも言わず静観しているのに、いまさら、ランスロットに降嫁させたくらいで、タリオ公国に対する後ろ盾をやめるとも思えない。

 

 まあ、いまのアーサーに、そう説得しても無駄だろうが……。

 長い付き合いだ。

 わかっている。

 ランスロットは嘆息した。

 

「わかった……。いや、わかりました、アーサー殿。戯れ言を口にしました。忘れてください」

 

 ランスロットは立ちあがった。

 そして、辞去の挨拶をする。

 

「おいおい、気を悪くしたのか? たかが女のことだろう。だったら、こうしよう。エリザベートを降嫁させるのは都合が悪いのだが、お前に相応しい相手を俺が準備する。それで……」

 

「いえ、エリザベート殿が欲しいなどというのは戯れ言ですよ。お忘れください。閣下こそ、俺の戯れ言で気分を悪くしないでいただければいいのですが」

 

 ランスロットは微笑みを浮かべ、アーサーに対して丁寧に頭をさげた。

 だが、内心に思っているのはエリザベートのことだけだ。

 そして、アーサーのさっきの言葉にも腹を立てている。

 

 ほかの女を準備するだと──?

 冗談ではない。

 

 エリザベートに変わる女などいない。

 彼女が公妃であろうと、教皇の孫娘であろうと、あるいは、もしも、ただの平民の女であろうとも関係はない。

 エリザベートはエリザベートであり、ランスロットが恋をして、愛している唯一無二の女なのだ。

 

 軽々しくほかの女などと言って欲しくない──。

 しかし、ランスロットは、エリザベートを手に入れるために、にっこりと微笑み、差し出されたアーサーの手を握り、親しみを込めた握手を交わした。

 

 煮えかえっている自分の感情を心の中に隠して……。

 

 

 *

 

 

 ランスロットは、アーサーの私邸を辞去した足で、公邸──すなわち、大公城に馬で向かった。

 アーサーの私邸とはほとんど離れておらず、あっという間に敷地内に入ることができた。

 もちろん、ランスロットを止め立てする兵もいない。

 ランスロットは、その公邸敷地内の隅にある小さな建物の前にやってきた。公邸の敷地内であることが信じられないくらいに、ひっそりとしていて静かだ。

 エリザベートが暮らしている小さな平屋である。

 

「あっ、ラン様──。いらっしゃい。久しぶりだ。よくお帰りになった」

 

 入口に近いところで、薪割りをしていた獣人少女のギネビアが、ランスロットを認めて満面の笑みを浮かべた。

 エリザベートに仕える唯一の下女であり、この公邸の敷地内の隅に、エリザベートとギネビアは、ほとんどふたりだけで暮らしている。

 アーサーが軽んじているので、公妃というのに、この大公城内でのエリザベートの扱いはひどい。この敷地内の隅で、アーサーはギネビア以外の家人を与えず、ほとんど農婦と変わらぬ生活を強要しているのだ。

 それでいて、他人に渡すのは嫌だと言うのであるから、アーサーには失望しかない。

 

 いずれにしても、ここにランスロットがやって来たのは、アーサーがこれからどうするのかについて、ある程度の予想がつくからだ。

 ランスロットは、すでにアーサーに対して、エリザベートに興味があることを口にしてしまった。

 これまでは、エリザベートの生活の見舞いということで、たびたびここを訪問してはご機嫌伺いのようなことをしてきたが、これからはそうはいかないだろう。

 アーサーは、もうランスロットがエリザベートが、ここでふたりきりになるのを禁じるだろうし、おそらく、監視の兵も置く。

 

 アーサーは、そうする。

 

 だったら、まさに“とき”は、いましかないのである。

 

「ギネビア、薪割りか? 代わろう。水でも飲んで休むといい」

 

 ランスロットはギネビアに近づく。

 ギネビアが笑いながら首を横に振る。

 

「まさか、ラン様にそんなことはさせられない。それよりも、エリ様に会ってやって欲しい。戦場に行っていたのだよね。エリ様はずっと心配していた。顔を見せてあげてよ」

 

 ギネビアだ。

 前回ここにやってきたのは、カロリック侵攻の直前だった。

 侵攻作戦のことを口にするわけにもいかず、ランスロットはしばらく不在にするという説明だけをして、エリザベートにしばしの別れの挨拶をしたのだ。

 遠征が始まってからは、すぐにランスロットが遠征司令官であることが発表があったはずなので、エリザベートも目の前のギネビアももちろん耳にしたにのだろう。

 

「エリザベート様は中におられるのか? わかった。行こう。ところで、ギネビアも、せめて休憩でもしてくれ。これは土産だ」

 

 ランスロットは、自分の腰から細い筒状の水筒を外して渡すとともに、懐から小さな紙包みに入った焼き菓子を渡す。

 ここにやって来たときには、大なり小なり、なにかしらの土産を手渡すのが専らなので、ギネビアも躊躇することなく、それを受け取る。

 また、実際、薪割りのような力作業を手伝うことも日常だ。そのときには、水筒の水を分け合ったりすることもあるので、ギネビアも怪しむことなく、ランスロットから水筒を受け取って、すぐにその水をあおった。

 

「さあ、ラン様、早く中に。それとお菓子をありがとう」

 

 ギネビアがにこにこと微笑みながら、ランスロットを扉に押しやる。

 

「休憩しろよ」

 

 ランスロットは大人しくギネビアに背中を押されながら、振り返って言った。

 

「わかった。わかった。その代わりに、ラン様はエリ様とゆっくりな」

 

 ギネビアの言葉に、ランスロットは大きく頷く。そして、休憩をして菓子を食べてくれと再び強調した。

 実は、さっきギネビアが飲んだ水筒の水にも、袋の中の菓子にも、強力な眠り薬が大量に溶かしてあるのだ。

 いま、水を口にしたのを確かめたから、もうすぐ眠ってしまうだろう。

 ましてや、その菓子など口にしようものなら、しばらくは目を覚ますこともできないと思う。

 

 ランスロットは、扉を開いて、ギネビアを外に置いたまま、ひとりだけで建物の中に入る。

 そして、しっかりと扉を閉めて、背中で内鍵を締めた。

 

「まあ、ランスロット様──。お久しぶりでございます」

 

 前回訪問したときには、畑仕事の格好をしていたエリザベートだが、今日は平服だ。

 奥でお茶を飲んで休息中だったようだ。

 ランスロットの姿を見て破顔し、そのまま小走りで駆け寄ってくる。

 

「お久しぶりですね、エリザベート様。たったいま戦場から戻ったばかりなのですよ」

 

 エリザベートが嬉しそうにやってくるのを認めつつ、ランスロットは腰の後ろに隠していた細紐を手に取って、それを背中側に隠す。

 

「無事にお帰りくださってありがとうございます」

 

 エリザベートは嬉しそうにランスロットの前に立った。

 そのエリザベートの右手に手を伸ばして、それをしっかりと掴む。

 

「えっ、ランスロット様?」

 

 いきなりランスロットに右手を掴まれて、エリザベートはびっくりしたようだ。困惑して硬直したままのエリザベートのもう一方の手首にも手を伸ばし、両手首をまとめてしまう。

 

「な、な、なにを──? ラ、ランスロット様──?」

 

 エリザベートが我に返って、ひっくり返った声をあげたときには、すでにランスロットはエリザベートの両手首を細紐で縛り終わっていた。

 

「エリザベート様、愛してます。初めてお会いしたときから、ずっとあなたを愛しています」

 

 ランスロットはエリザベートを横抱きに抱えた。

 そのまま、奥の寝室に向かう。

 

「ちょ、ちょっと、ランスロット様──。お、おろして……。ね、ねえ、ど、どうしたのですか──。わっ、わっ、わっ」

 

 身体の前のエリザベートが目を大きくしている。

 ほとんど抵抗はないが、これはあまりにも動顛していて、身体がうまく対応できないだけに違いない。

 ランスロットは構わずに、どんどんと寝室に向かう。

 

 あっという間に、寝室に着く。

 随分とここにも通ったが、さすがに主寝室に入るのは初めてだ。その寝台にエリザベートを横たえた。

 そのエリザベートに馬乗りになる。

 

「あなたをアーサーから奪います。愛しているんです」

 

 ランスロットは片手でエリザベートの縛っている両手首を頭の上で押さえつけ、空いている自分のもう一方の片手をエリザベートのスカートの中に入れて、下着に向かって手を伸ばす。

 

「あっ、ああっ、て、手を離して──。そ、そんなところはだめです──。ああっ、ラ、ランスロット様──」

 

 エリザベートが腰を捻って暴れる。

 だが、しっかりと押さえつけているランスロットから逃げられるわけがない。ランスロットの手は簡単にエリザベートの下着に届き、薄い布越しに亀裂を探して指を動かす。

 

「あああっ、いやあああ」

 

 エリザベートが身体をのけぞらせた。

 

 欲望のままに……。

 

 ランスロットは身体の中にある得体の知れないなにかに操られるように、エリザベートに自分自身の中で異常なまでに膨れあがっている欲望をぶつける。

 

 欲望のままの自分……。

 

 少し前にはあり得なかった自分だが、こんな自分も好ましいと思う……。

 いや、こんな自分が好ましい……。

 

 奪う──。

 

 エリザベートを……。

 

 愛しているのだ──。

 

 もう止まらない──。

 止めたくもない──。

 

 ランスロットはスカートの中の下着を無造作に掴むと、力一杯にそれを引き破った。

 

「ひゃああああ、いやああああ」

 

 エリザベートが悲鳴をあげた。



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806 凱旋将軍の狂乱(その1)

「いやあああっ、ひいいいっ」

 

 ランスロットが下着を引き破って、布切れになった下着を横に放り投げると、さすがに、身体の下のエリザベートが顔に恐怖の色を浮かべて絶叫した。

 

 だが、もう後戻りはできない。

 おそらく、ランスロットがエリザベートに近づけるのは、今日のみ──。

 明日には、アーサーは見張りの兵をここに立てるはずだ。ランスロットはこれまでのように自由にエリザベートを訪問できなくなるだろう。

 いまを逃したら、二度とエリザベートに近づけなくなる可能性がある。

 そう思うと、ランスロットは一目散にここにやってきてしまっていた。

 

 欲望のまま、エリザベートを犯す──。

 考えているのはそれだけであり、その後、どうするのかということも考えてない。どうなってもいいし、どうでもいい。

 いまは、ただただ、エリザベートを愛したいだけである。

 たとえ、エリザベートがそれを望んでなくても……。

 

「いや、いや、いやああっ。ラ、ランスロット様──。離して──。離して──。いやああっ」 

 

 必死になって、馬乗りになっているランスロットをはね除けようとしているエリザベートが脚でランスロット蹴ろうとする。彼女のスカートが大きくまくれあがって、白い腿が露わになった。

 ランスロットは片腕をエリザベートの片側の膝裏に手を回して抱えあげるようにした。

 さらにスカートがまくれ、エリザベートの秘部がほとんど露わになりそうになった。

 

「きゃああああ」

 

 エリザベートが再び悲鳴をあげた。

 ただ、いずれにしても、こういう体勢にしてしまえば、エリザベートも抵抗はほとんどできない。

 馬乗りから、エリザベートの身体の横に腰をおろす体勢にずらす。だが、エリザベートの身体を固めているランスロットの手はそのままだ。

 

「いやああっ」

 

 重みがなくなったことで、エリザベートがランスロットから逃げだそうとした。しかし、ランスロットは抱えているエリザベートの片脚をぐいと曲げて、胸まで着くようにしてしまう。

 これで背中が寝台に押さえつけられたかたちになり、もう逃げ出せない。

 

「ラ、ランスロット様──。しょ、正気になってください。いやああああ」

 

 もう片方の脚でランスロットを蹴り飛ばそうとエリザベートがもがく。

 ランスロットは、片脚と束ねて縛っているエリザベートの両手首を押さえながら、くすくすと笑った。

 

「エリザベート殿は、相変わらずお転婆ですね。しかし、そんなに脚を暴れさせると、目の毒ですよ」

 

 ランスロットは押さえつけているエリザベートを眺めながらちょっと愉しくなって笑った。

 笑ったのは、いつも元気で陽気なエリザベートらしい抵抗だと思ったからだ。

 エリザベートは、片脚をランスロットから抱えられて仰向けのエリザベートの胸まであげられている。そのうえに、エリザベートのスカートの下の下着はすでに破りとっているのだ。

 その状態で、もう一方の脚でエリザベートがランスロットを蹴りどかそうとするので、さすがに完全にスカートがまくれあがってしまったのだ。

 実際、エリザベートのスカートは下腹部の上くらいまであがり、恥毛まではっきりと露わになっている。

 そんなことに頓着せずに、暴れるエリザベートが彼女らしいと思った。

 

「えっ、きゃあああ、見ないでよ──」

 

 エリザベートが自由な片脚を折り曲げるようにして股間を隠すようにした。

 ランスロットは身体を倒して、ほとんど顔と顔が密着するばかりにする。胸でエリザベートの胸を押さえるかたちでもあるので、今度こそ、エリザベートは暴れられない。

 距離が縮まったことで、エリザベートは「ひっ」と声をあげて、全身を硬直させた。

 

 頭の上側で押さえているエリザベートの手首を縛っている細紐には、まだまだかなりの縄尻が残っている。それに手を伸ばして、片手で寝台のベッドボードの飾り枠に縄尻を結んでしまう。

 これでエリザベートの両腕は完全に拘束された。

 ランスロットは両手を離して、エリザベートの服の左右の襟袖を掴む。

 力いっぱいに、一気に内衣ごと服を左右に引き破った。

 

「きゃああああ──」

 

 エリザベートが絶叫した。

 再び暴れだしたエリザベートの身体を片手で押さえつけ、胸巻きとスカートも剥ぎ取る。

 エリザベートの裸身がランスロットの視界にさらけ出された。

 

 美しい……。

 

 心の底から欲しかったエリザベートの身体……。

 

 ランスロットはごくりと唾液を呑み込んだ。

 

「こ、こんなことなさっては、な、なりません。い、いまなら……ま、まだ、間に合います……。な、なにも言いません……。喋りません……。で、ですから……」

 

 エリザベートが必死の形相でランスロットに言った。

 だが、ランスロットは首を横に振った。

 

「いましかないのです……。アーサーにあなたを俺に降嫁してもらうようにお願いしました……。あなたを俺の嫁にと……」

 

 ランスロットは、エリザベートの顔に再び顔を寄せ、彼女にささやくような声で言った。

 

「えっ?」

 

 エリザベートが目を丸くした。

 

「……しかし、拒絶されました……。だから、おそらく、俺がこうやってエリザベート殿のところに自由に来られるのも、これで最後になると思います。今後は、アーサーは、俺がひとりでここに来ることを許さないでしょう。見張りの兵も配置すると思います。アーサーはそういう男です」

 

「えっ、えっ、ええ?」

 

 エリザベートは目を白黒させている。

 頭が回ってない感じだ。

 

「だから、俺はあなたを犯します。この機会を失えば、あなたを愛することが二度とできないかもしれない……。今日しかない。いましかないんです。あなたには申し訳ないと思っています。でも、卑劣で鬼畜な裏切り者になり果てたとしても、俺はあなたが欲しい──」

 

 ランスロットは、エリザベートの唇に自分の唇を重ね合わせる。

 

「んっ、んんっ」

 

 エリザベートが懸命に顔を横に振って逃れようとするが、ランスロットは両手でエリザベートの顔を固定してしまう。

 もがく、エリザベートの口の中に強引に舌をねじ入れる。

 エリザベートがランスロットの舌を噛み千切るなら噛み千切ればいい。たとえ、殺されても、ランスロットはこの欲をとめられない。

 

「んっ、んっ、んっ」

 

 エリザベートの鼻息が荒くなる。

 ランスロットはエリザベートの口の中を舐め回す。

 抵抗は少ない。

 ランスロットは、エリザベートの口の中をむさぼり続けた。

 

「んんっ」

 

 すると、口の中のエリザベートの舌がランスロットの舌を舐め返してきた。ランスロットも舐め返す。

 舌と舌を擦り合わせ、お互いに唾液をすすり合う。

 しばらくして、やっとランスロットはエリザベートから口を離した。ねっとりした唾液の糸がふたりの口と口のあいだに伝わる。

 

「はあ、はあ、はあ……。こ、こんなことして……しょ、正気ですか……?」

 

 エリザベートは肩で息をしている。

 

「もちろん正気です……。この後、八つ裂きになって殺されようとも、悔いなどありません。あなたを愛しています」

 

 ランスロットは身体をずらして、口をエリザベートの乳房に持ってくる。また、もうひとつの乳房も手で握る。そのまま乳房を揉みながら、舌でエリザベートの乳首を口の中で転がす。

 

「はああっ」

 

 エリザベートの身体が跳ねあがった。

 ランスロットは乳房への愛撫を続けつつ、空いている手でエリザベートの股間を無造作にまさぐった。

 

「あああっ」

 

 エリザベートが甘い声を出すとともに、大きく悶えた。

 彼女の股間は信じられないくらいに熱くて、そして、ねっとりと蜜で濡れていた。

 エリザベートが感じてくれている。

 ランスロットはそれだけで感極まりそうになった。

 

「あっ、あっ、ああっ──。ラ、ランスロット様──。ゆ、許してください──。お、お願い──」

 

 エリザベートが本能的に二本の脚を閉じ合わせようとする。

 しかし、ランスロットが指先で亀裂をなぞりあげると、たちまちにその脚が脱力してしまう。

 

 そのまましばらく愛撫を続ける。

 エリザベートの反応はだんだんと艶めかしいものになり、全身に汗が吹きあがってくる。

 

「あ、愛してます、エリザベート様──。狂うほどに──」

 

 ランスロットは声をあげながら、さらに愛撫の力を強める。

 

「くふうううう」

 

 やがて、引きつった声とともに、エリザベートはどっと太腿の付け根から熱い蜜を迸らせながら全身を痙攣させた。

 気をやったようだ。

 

 ランスロットは一度エリザベートの身体から離れた。

 自分が身につけているものを次々に脱ぎ捨てては、寝台の下に放り捨てていく。

 

「ラ、ランスロット様──。ひ、紐を……紐を解いて──。なにも言いません。語りません。で、ですから……」

 

「許されないことをしていることはわかっています。でも、あなたに憎まれようとも、あなたを愛させてもらう──。その愛とともに、死んでもいい」

 

 ランスロットは最後に残った自分の下着を脱ぎ去った。

 男根は固くそそり返っている。

 素早く体勢を整え直すと、ランスロットはエリザベートの両腿を抱えて、膝が乳房に押しつけられんばかりに折り曲げた。

 その勢いのまま、怒張の先端をエリザベートの濡れきっている股間の中心部に押し当てた。

 ぐいと男根を押し立てて貫く。

 

「あうううっ」

 

 一気に最奥まで突っ込んだ。

 エリザベートが耐えきれなくなったように、獣じみた声をあげる。

 全身にうずまく、欲という欲がランスロットを支配する。異常なまでに膨れあがった峻烈な快感が全身を貫く。

 

 いまこそ、エリザベートを愛することができた。

 死んでも悔いがないという言葉に偽りなどない──。

 この瞬間に、命を失っても、ランスロットは後悔などしない。

 

 深々と貫いた男根を引き──。そして、再び押しあげる。 

 

「はああっ、ああっ、ああっ」

 

 エリザベートの口から悦びの声が漏れ始める。

 ランスロットは繰り返し律動を続けた。

 恋い焦がれた彼女の肢体は、これほどまでに甘美で気持ちのいいものだったのか──。

 ランスロットはしばらくのあいだ、我を忘れるようにエリザベートを犯し続けた。

 

「はうううっ」

 

 エリザベートがまたもや全身をがくがくと震わせて、身体を弓なりにした。

 

 嬉しかった。

 一度だけではなく、二度までも、エリザベートはランスロットから欲望の絶頂を味わってくれたのだ。

 

 そのときだった。

 扉が外から荒々しく叩かれた。

 

「エリ様──。どうしたのか──。悲鳴のような声がしたけど、どうしたの──?」

 

 はっとした。

 ギネビアだ。

 しまった。

 眠り薬は効いていなかったのか──。

 ランスロットは、エリザベートの口を塞ぐべく、彼女の顔に手を飛ばす。

 

 しかし、エリザベートが声を出すのが早かった。

 

「ギ、ギネビア──。どうか──」

 

 エリザベートが叫び声をあげた。



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807 凱旋将軍の狂乱(その2)

「ギ、ギネビア──。どうか、開けないで──。しばらく外にいるのです──」

 

 エリザベートがランスロットが口を塞ぐよりも早く絶叫した。

 ランスロットの手は、エリザベートの口のほんのちょっと手前でとまっている。

 どうすべきなのか、ランスロットは一瞬、思考停止になってしまったが、そのランスロットの視線とエリザベートの交差する。

 

 気のせいかわからないが、ランスロットにはかすかに、エリザベートが頷いたように見えた。

 迷った末に、ランスロットはエリザベートを押さえつけようとしていた手をおろして、少しだけ力を抜く。

 

「ひいんっ」

 

 そのとき、いきなりエリザベートが甘い声をあげて、身体を大きく悶えさせた。

 感極まりかけた仕草だ。

 考えてみれば、ランスロットの怒張はエリザベートの股間深くを貫いたままだった。

 どうやら、ランスロットがちょっと身じろぎしたことで、中を抉った感じになったみたいだ。

 

「やっぱりいい、変な声──。エリ様、開けるよ──。いいよね──」

 

 再びどんどんと扉を叩く音と、ギネビアの声がした。

 

「あ、開けてはだめ──。外にいなさいってばあ──」

 

 エリザベートが絶叫するとともに、きっとランスロットを下から睨みつけた。

 

(う、ご、か、な、い、で)

 

 口だけでランスロットに伝えてくる。

 ランスロットは慌てて、身体をじっと静止させる。

 

「ラン様もよね──。エリ様は大丈夫──?」

 

 ギネビアの声が響く。

 結構強力な睡眠剤を仕込んだはずなのに、ちっとも効いてないくらいに元気だ。

 やっぱり、獣人族か――。

 ランスロットは自分の迂闊さに歯噛みした。

 

「も、問題ない──。ギネビア、まったくな。外にいてくれ」

 

 ランスロットも怒鳴った。

 

「ひゃんっ」

 

 そのとき、またもや、エリザベートが甘い声をあげてしまった。

 慌てたようにエリザベートが口をつぐむとともに、きっとランスロットを睨みつけてきた。

 顔は真っ赤だし、眼には涙がうっすらと溜まっている。

 

「ひ、ひんっ、は、早く、わたしのく、口、押さえて……。そして、ギネビアを立ち去らせて……」

 

 ランスロットだけに聞こえる声でささやく。

 慌てて、エリザベートの口を手で押さえる。それとともに、ギネビアが外側にいる扉に向かって顔を向ける。

 

「ちょっと話し込んでいるだけだ。それよりも、外で見張ってくれるか、ギネビア。誰にも聞かれたくない話をしているのだ。誰かがやってくれば、すぐにしらせてくれ。頼む──」

 

 ランスロットは大声を発した。

 

「えっ?」

 

 ギネビアの迷ったような声が聞こえた。

 ランスロットは、エリザベートの眼をじっと見つめた。すると、エリザベートが小さく頷き返してきた。

 ランスロットは、ゆっくりと手をエリザベートの口から離す。

 

「ギ、ギネビア──。ランスロット様の言ったとおりに──」

 

 エリザベートが声をあげた。

 ただ息が荒い。しかし、必死にそれを隠すように怒鳴った。

 

「わかった、エリ様──。じゃあ、ラン様もお願いします」

 

 ギネビアが扉から離れていく気配がした。

 ランスロットはほっとした。

 エリザベートの安堵の表情を浮かべている。

 

「す、すまん……」

 

 束の間の沈黙があり、ランスロットは躊躇った末にそう言った。

 冷静さが戻ってくる。

 後悔しているわけじゃないが、ばつの悪さが込みあがる。

 

「エ、エリザベート殿……」

 

 なにを言っていいかわからない。

 ただ、思わずすがるように、名を呼んでしまった。

 エリザベートが、汗で前髪が額に張りついた真っ赤な顔を向けて、ランスロットの言葉を待つ仕草をしたが、ランスロットが黙ってしまったので、大きく溜息をついてきた。

 

「と、とにかく、手を解いてください……」

 

「それはできません」

 

 ランスロットは首を横に振った。

 すると、エリザベートが首を小さく横に振り返す。

 

「逃げません……。そのつもりなら、いまギネビアに助けを求めてました……。ただ、あなたを抱きしめたいの……」

 

 エリザベートが恥ずかしそうに微笑んだ。

 ランスロットは目を丸くしてしまった。

 まさか、受け入れてくれる──?

 耳を疑った。

 

「まさか……。俺を許して……?」

 

「なにも言わないで……。語らないでください……。だけど、これだけはお伝えします……。わ、わたしは嫌がってはおりません……。そのう……。そのう……愛してます……。わたしも……」

 

 最後の言葉はほんの聞こえるかどうか小さなものだった。

 だが、ランスロットの全身に叫び出したいほどの昂ぶりが走る。

 

「あんっ、お、大きくなった──」

 

 エリザベートが身をよじった。

 ランスロットは、男根を貫かせたまま、身体の下のエリザベートを裸身を抱きしめた。

 

「ああっ」

 

 エリザベートがよがり声をあげた。

 

「ありがとうございます──」

 

 ランスロットはぎゅうぎゅうとエリザベート抱きしめる腕に力を入れる。

 

 エリザベートがランスロットを愛していると言った──。

 言ってくれたのだ──。

 

 嬉しい──。

 嬉しい──。

 心の底から嬉しい──。

 

 それがランスロットに危害を加えられることを恐れた、エリザベートのこの場限りの偽りでもいい──。

 

 信じる──。

 

 ランスロットはいまの言葉を信じることにした。

 これが嘘でも、ランスロットは嬉しかった。

 

「と、とにかく、じんじんして……。い、いいかげんに…う、動いてください……。だ、だけど、紐を解いて……」

 

 エリザベートがランスロットに抱きしめられながら言った。

 しかし、ランスロットは再び首を横に振る。

 

「できません。いずれにしても、あなたは、俺に暴力を振るわれて犯されたんです。縛られていたことはその証でもあります。縛られていなければ、あなたが俺を受け入れたと誤解されるかもしれません。これはほどくわけにはいきません」

 

「ば、ばか、おっしゃい――。受け入れてるに決まってるでしょう――」

 

 すると、エリザベートが大きな声をあげた。



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808 凱旋将軍の不義密通

「受け入れてるに決まってるでしょう――」

 

 エリザベートがランスロットの顔をしっかりと凝視しながら叫んだ。

 その瞬間、ランスロットの頭は真っ白になった。

 

「ああ、エリザベート──」

 

 なにも考えられない。

 理性が焼け焦げ、荒々しい動物の雄としての本能だけが身体を席巻した。

 

 エリザベートが欲しい──。

 だから、奪う──。

 誰にも、渡すものか──。

 なにを犠牲にしても──。

 

 自分はどうして、こうも感情的になってしまったのか──。

 このところ、自分が変わってしまっていっているのがわかる。

 だが、欲しい──。

 いまは、エリザベートが欲しい。この女がどうしようもなく愛おしい。アーサーの公妃であるということなどどうでもいい。

 目の前の女を狂うほどに愛している。

 

 とにかく、この目の前にいる愛しい女を抱きつくしたい。むさぼりたい──。

 そのためにどうなっても構わない。

 公妃との不義密通など許される行為ではないが、たとえ今日の夜に処刑されても、エリザベートの身体が欲しい──。

 それなのに、彼女の心もまた、手に入れることができたのか──。

 ランスロットは自分が泣くような声をあげているのがわかった。

 気がつくと、エリザベートの裸身を力いっぱいに、自分に向かって抱き寄せていた。

 

「ああっ、ああああっ」

 

 エリザベートは両手首を寝台の頭側に紐で結ばれている。エリザベートの身体が浮きあがらせんばかりに引っ張られて、その身体が弓なりになる。

 

「ああっ、ああああっ」

 

 エリザベートの腰も浮きあがり、繋がったままだったランスロットの怒張がエリザベートの子宮をぐいぐいと押し潰す感覚が襲う。

 怒張が熱くなるのがわかる。

 同時に頭も真っ白になった。

 

「おっおおっ、あ、愛している、エリザベート──」

 

 ランスロットはエリザベートの中に射精をしていた。

 

 止まらない──。

 

 止まらない──。

 

 エリザベート──。

 

「あなたを愛している──。狂おしいほどに──」

 

 ランスロットは吠えた。抽挿など不要だ。

 エリザベートがランスロットを受け入れると言ってくれた言葉だけで、ランスロットは凄まじいほどの快感を味わっていた。

 

「ラ、ランスロットさまあああ」

 

 長い射精を続けるランスロットの腕での中で、エリザベートは身体を弓なりにしたまま全身を突っ張らせた。

 ランスロットの射精とエリザベートの絶頂が重なったのがわかった。

 

「死んでもいい──。このひとときがあれば──」

 

 ランスロットは男根をエリザベートの中から抜く。射精は終わったが、ランスロットの男根はしっかりと勃起したままだ。

 また、エリザベートの中から男根を抜いたとき、エリザベートの子宮に収まりきらなかったランスロットの精液が逆流してこぼれ出てきもした。それだけの量を一度で注いだということなのだろう。

 

「馬鹿ね……。死んではだめよ……」

 

 エリザベートがくすりと笑った。

 ランスロットを下から見上げるエリザベートは、信じられないくらいに美しくて、そして、妖艶でもあった。

 

「な、縄を……ほどいてください」

 

 エリザベートが肩で息をしながら言った。

 ランスロットはエリザベートの上体を片手で支えたまま、もう片方の手でエリザベートの手首の縄を解く。

 すると、エリザベートがランスロットの裸身を抱きしめてきた。

 

「あ、ありがとうございます……。嬉しい……。だけど……覚えておいてください……。あなたがわたしを犯したのではありません。わたしがあなたを犯したのです──。あたなに媚薬を盛って。無理矢理に発情させて。いいですね──。わたしがあなたを犯したんですよ──」

 

 そして、わけのわからないことをエリザベートが口走る。

 なにを言っているのか、全く理解できなかった。

 しかし、それ以上の思考をすることはできなかった。

 エリザベートがランスロットの頭を抱き寄せて、強引に唇を重ねてきたのだ。

 すぐに、エリザベートの舌がランスロットの口の中に侵入してきた。しばらくのあいだ、お互いに舌と唾液をむさぼり合う。

 

「ああ、ランスロット様──」

 

 エリザベートがやっと口を離す。

 しかし、口づけはそれで終わらなかった。

 エリザベートは、ランスロットの頬、首、肩などに狂ったように接吻の嵐を加えてきた。

 彼女の剥き出しのような愛情の表現で、ランスロットの頭は再び理性を失う。

 

「愛してます──、エリザベート──」

 

 ランスロットは痴呆のように同じ言葉を繰り返しつつ、エリザベートの形よく盛りあがった乳房を掴み揉む。

 

「ああっ」

 

 エリザベートが悲鳴のような嬌声をあげて悶えた。

 だが、抗う素振りもない。

 それどころか、もっと触れてくれと主張せんばかりに、胸をランスロットの手に押しつけるようにしてきた。

 

 エリザベートの乳房は信じられないくらいに柔らかかった。

 そして、汗に濡れ……、火照って熱く……。

 乳首に指を触れさせる。

 固くしこり、こりこりと指で擦る。

 

「ああ──。き、気持ちいいのお──。ああああっ」

 

 エリザベートが大きく喘いだ。

 それを見た、ランスロットは唇を鳩尾(みぞおち)に移し、そこから彼女の白い腹に向かって、無我夢中で舌を滑らせていく。

 

「ひゃあああっ」

 

 エリザベートの身体が大きく跳ねあがり、ランスロットを抱きしめる手に力が加わる。

 ランスロットは、さらに唇を下に落とすと、びっしょりと濡れている恥毛に鼻を埋めた。

 どくどくと蜜を流し続けるエリザベートの股間の亀裂に舌を差し込む。

 そして、欲望のまま、荒々しく舌を動かした。

 さらに、エリザベートの蜜をすすった。

 甘美だ──。

 途方もない幸福感がランスロットを包む。

 

「ああああっ」

 

 エリザベートが獣じみた声を放って、またもや身体をがくがくと痙攣させた。

 ランスロットは再び体勢を変え、再びエリザベートの中に猛りきった一物を貫かせた。

 

「はああっ、あ、愛している──。好き──。あなたが好き──。誰からも愛されなかったわたしを好きと言ってくれて、あ、ありがとう──。あああっ」

 

「愛している──。なにを犠牲にしてもいい──。あなたが欲しかった──。奪いたかった──。あなたを大切にしない者に、あなたを愛する資格などない──。あなたが好きだ──」

 

 自分でもなにを言っているのかわからない。

 ランスロットは口づけを交わしながら、エリザベートの膣に怒張を繰り返し突く。

 

 なんという官能か──。

 なんという悦びか──。

 

 すべてを引き換えにしても、この愛を──。

 命さえいらない。

 この幸福感とともに死ねるなら、まさに本能だ──。

 

「あああっ、ランスロットさまあああ」

 

「エリザベート──」

 

 ランスロットは襲いかかる快感に打ち抜かれて、再び、エリザベートの中に熱い射精を噴き出させた。

 

 

 *

 

 

 お互いに獣のように身体をむさぼり合い、エリザベートの身体はすっかりと脱力しきっていた。

 だけど、体内の欲情はまだまだ満たされてはいない。

 いや、多分、満たされることなどないのだろう。

 それほどの芳烈なランスロットとからの求愛だった。

 もっと、彼に愛されたい。

 まだまだ、欲情は満たされなどしていない。

 

 

 エリザベートは、汗まみれの裸体をランスロットに抱きしめられながら、寝台の上でこれからのことについて、思念していた。

 さて、これからどうするのか……。

 

 さて……。

 

 いずれにしても、エリザベートは自分が不幸な女などとは思ったことはない。

 だが、幼い頃から優秀な姉と比べられ、魔道力のない無能の妹とずっと蔑まれ、アーサーの妻として、最初に嫁ぎはしたものの、やはり、夫からは姉ではないということだけで失望されたという事実は愉快なものではないことだけは確かだ。

 しかも、あの男は、いまだにエリザベートを正式の大公妃として扱わない。

 正直、すっかりと愛想も尽きている。

 まあ、愛情に恵まれたとはいえないのかもしれない。

 

 もっとも、あの陰険で冷酷魔女の姉には、意地悪をされる都度、わかりやすく反撃もしてやったし、あのアーサーには言いたいことを言ってやって、公妃としても妻としても、明確にアーサーを拒絶してやった。

 そのため、意地の悪いアーサーは、エリザベートが音をあげるだろうと、碌な家人もあてがわずに、こうやって大公城の敷地の隅に隔離する仕打ちをエリザベートに強いている。

 この状態がもう一年近くだ。

 

 だが、断じて主張するが、エリザベートは不幸ではないのだ。

 ここでの獣人娘のギネビアとのふたり暮らしは愉しいし、畑を作ったり、料理をしたりと好き勝手に暮らしている。

 なによりも、あのアーサーの嫌みや鼻につく高慢に接しなくていいと思うと、心の底から気楽に過ごしている。

 満足しているのだ。

 

 しかし、それでもさみしいと思うこともあるのは事実だ。

 女として価値を認められず、かといって、姉のように魔道力で世に出るような能力もなく、また、どうやらうまい具合に公国から脱出したらしいエルザのようなしたたかさや頭のよさもエリザベートにはない。

 自分はなんの価値もない人間だ……。

 それを認めるのは、確かにさみしくもあり、悲しくもある……。

 

 だが、そんなエリザベートの人生において、唯一の華がランスロットだった。

 誰からも忘れられたような名ばかりの公妃のエリザベートのことをいつも気にかけてくれ、必要なものはないか、足りないものはないかと、幾度も幾度も声をかけてくれる。

 

 その優しさが嬉しかった。

 尊かった……。

 

 誰からも……夫であるアーサーからも、値打ちのない女だと言われ続けたエリザベートに、ランスロットだけが優しさを与えてくれた。

 エリザベートも女だ。

 いつも紳士的にふるまうランスロットの眼に、男としての情熱がエリザベートに向けられることもあることには気がついていた。

 だが、決して、ランスロットはそれを表に出したりはしない。

 どこまでも真面目なのだ。

 それがランスロットであり、また、彼の魅力でもあった。

 

 そんなランスロットに、気がつくとエリザベートは恋をしていた。

 エリザベートを大切にしてくれた唯一の男……。代償を求めることのない愛情をひそやかに向けてくれ、懸命にエリザベートを支えてくれる人……。

 エリザベートがランスロットに、女としての好意を向けるようになるのは当然ではないか──。

 それは、エリザベートの罪か──?

 

 もっとも、エリザベートはそれを決して表に出すつもりはなかった。

 報われることのない恋……。

 ランスロットへの愛は、それこそ、墓場まで持って行くつもりだった。

 

 しかし、今日……。

 

 彼になにがあったのかわからない。

 こうやって、隔離されたような生活を送っているので、エリザベートに政情のことがわかるはずもないが、それでも、今回のカロリック遠征で、ランスロットが、およそ、彼らしくない戦いを続けているということは耳にすることがあった……。

 

 心配していた。

 

 多分、苛酷なこともあるのだろう。

 

 せめて、そのすり減った心を慰めるべき相手がエリザベートであったなら……。

 

 もっとも、それはかなうことのない夢だと思っていた。

 

 ついさっきまでは……。

 

「エリザベート様……。俺はあなたを……」

 

 エリザベートとランスロットは、激しい情交の後の、束の間の余韻に浸っていたが、まずはランスロットが身体を起こした。

 まだ、身体のだるいエリザベートは、寝台に裸身を横たえたまま、ランスロットに視線だけを向けた。

 ランスロットは、まだまだ物足りないようなぎらぎらとした視線を向けてきている。

 エリザベートだけでなく、ランスロットもまた、エリザベートを求め足りないと思ってくれているということがエリザベートには途方もなく嬉しく感じた。

 

 しかし、いつにないランスロットの狂ったような態度や、彼がエリザベートを襲う直前に口走った言葉のことを思い出すと、おそらく、時間はないのだろう。

 ランスロットがエリザベートの降嫁をアーサーに求めてくれたというのは事実なのだろう。

 それを、あの陰険高慢男が拒否したということも……。

 

「そんな眼をしないでください……。あなたに求められたら、わたしは拒否できない……。だけど、もう行った方がいい。多分、そうなのでしょう?」

 

 エリザベートは言った。

 あの男のことだ。

 ランスロットがエリザベートに恋慕しているということをアーサーに口にした以上、エリザベートとランスロットが自由に会えるのは、確かに、いまが最後なのかもしれない。

 女という女は自分に惚れるものだと勘違いしているとのがあの男だ。エリザベートが自分の女のひとりだと数えてはいないだろうが、それでも、人に奪われることには我慢ならないと思う。

 それが、あの男だ……。

 ランスロットが何度か口にしたように、勝手に密通などできないように、見張りを立て、エリザベートの動向を監視させるくらいはするような気がする。

 

「いや、だけど、あなたはもう俺のものだ。誰がなんと言おうと──」

 

「嬉しいです、ランスロット様──。もちろん、わたしの心はすべてあなたのものです。でも、今日はお帰りください。ここでなにがあったのかとか口にしないで……」

 

「しかし……」

 

「お願いです。今日はこのままお帰りを……。あの男が貴重な人材であるあなたをどうにかするとは思えませんが、それでも、この状況が知られるのはよくないことは間違いありませんから」

 

「いや、たとえ、知られても俺は……」

 

 ランスロットががばりとエリザベートを抱きしめようとした。

 

 嬉しい──。

 嬉しい──。

 

 嬉しいが、エリザベートは必死に込みあがる感情に耐えて、ランスロットの胸を押し返す。

 

「エリザベート殿……」

 

 拒否されたと思ったのか、ランスロットが途方くれたような顔になった。

 可愛い。

 そんな彼がどうしようもなく愛おしい。 

 

「わかっております。気持ちはわたしも同じです。ですが、どうすればいいか……。どうすれば、わたしたちの愛がかなうのかを考えましょう、わたしも必死に考えます」

 

 エリザベートは微笑んだ。

 

「どうすれば……か?」

 

「はい……。そして、覚えておいてください。さっきも言いましたが、わたしの心はすでにあなたのものです」

 

 エリザベートは起きあがり、シーツを裸身に巻きつけながら立ちあがった。

 ランスロットは、まだ言い足りないような顔をしていたが、やがて、立ちあがって、脱いだものを身につけ始めた。

 

 

 *

 

 

「くっくくく……」

 

 男は闇に中に溶けたまま、耐えきれずに、思わず笑い声をあげてしまった。

 

 忘れられた公妃を見張る……。

 

 タリオ公国の諜報員としては、およそ、どうでもいい仕事を与えられてきた自分だったが、どうやら運が向いたみたいだ。

 途方もなく面白いものに出くわした。

 三流レベルだとして、組織からはつまらない仕事しか回されてこなかったが、だからこそ、こんなおいしい情報に出くわした。

 本当に運がいい。

 

 あのギネビアとかいう獣人娘がまるで守護神のように屋敷の周りを見張っている間は、なかなか近づけなかったが、なぜか、しばらくすると急にうつらうつらし始め、ついに完全に眠ってしまった。

 

 そのため、ランスロット将軍が入っていった平屋の建物に忍び込むことができたのだ。

 そして、そこで見つけたものは、驚くべき光景だった。

 

 咄嗟に手持ちの『映録球』と呼ばれる映像記録用の魔道具に、彼らの情事を収めさせてもらったが、実にいいものが記録できた。

 どうやら、自分にも運が向いてきたらしい。

 

 笑いが止まらないとはこのことだ。

 

 さて、この映録球をどうしてやろうか……?

 もちろん、任務から考えれば、すぐにこの証拠とともに、ランスロットとエリザベートとの不義を大公に報告すべきだろうが、そんなことをしても、自分になんの得があるわけでもない。

 内容から考えて、褒賞のたぐいは与えられないだろう。

 それどころか場合によっては、大公が事実を隠蔽しようと考えたら、理不尽な死を与えられてしまうかも……。

 そんな間抜けではない……。

 

 だが、ものは考えようだ。

 

 これは高く売れる……。

 

 少なくとも、あの忘れられた公妃であれば、この映録球を高く買うのではないだろうか……。

 場合によっては、この魔道具に収められている記録のように、あの男好きのしそうな愛らしい身体を弄ぶことも可能なのでは……。

 

 考えろ……。

 考えろよ……。

 どうやったら、これが高く売りつけられるのか……。

 

 少なくとも、あの将軍が公都にいないときがいいのだろう。

 あの男は、公国の筆頭将軍だ。

 任務でも、調練でも、たびたび公都から離れることがある。

 そのときが狙い目だろう。

 

 焦ることはない。

 これは高く売れるのだ。

 

 そして、誰にも相談できない状況であれば、あの武辺も魔道もない公妃には、自分の脅迫に抗う方法はないはずだ。

 もしかしたら、これを使って脅せば、あの大公妃は、自分のような一介の諜報員に股さえも開くのでは?

 

 いや、開くだろう。

 そうするのだ。

 そうさせる……。

 

 そのために考える。

 考えろ……。

 

 とにかく、本当にいいものを見た。

 いいものを手に入れた……。

 

 男は闇の中で懸命に込みあがる笑いに耐え続けた。

 

 

 

 

(第4章 第一話『凱旋将軍』終わり)



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 幕間    童女妖魔の救済
809【幕間】童女姦もどき


 苦しいよう……。

 

 寒いよう……。

 

 怖いよう……。

 

 スカンダは、はらわたが無数の触手によって喰い荒らされる夢を見ていた。

 おぞましい色をした触手であり、その表面には尖った針のような(とげ)がいっぱいついていた。

 その針だらけの触手が、スカンダの股間やお尻の穴、さらに口や鼻の穴、とにかく、穴という穴からスカンダの中に入り込み、身体の中を突き破りながら抽挿運動を続けるのだ。

 

 そして、ついには全身を喰らい尽くされて、スカンダはなにもなくなる。

 しかし、次の瞬間、再び身体が元に戻り、再び眼の玉に触手が突き刺さる場面から再開されるのである。

 

 痛い──。

 

 痛い──。

 

 痛い──。

 

 そして、またもや、眼の玉の穴にも触手が入り込んできた。

 

 うぎゃああああ──。

 

 スカンダは言葉にならない悲鳴を頭の中であげ続ける。

 

 なにも見えない。

 なにもわからない。

 

 とにかく、得たいの知れないなにかが、頭の奥深くに進み、スカンダの頭の中を好き勝手に食べ続ける。

 

“あがあああああ──。ぐるじいいいいい──。くずりいいい──。くずりがほじいいい──”

 

 スカンダは絶叫していた。

 いや、絶叫しようとした。

 

 しかし、声は出ない。

 

 当然だ。

 

 触手がスカンダの舌も、喉もすっかりと食べているのだ。

 全身を触手の針がスカンダを痛めつける。

 

 今度は泣いた。

 

 お願いだから、もう苛めないで欲しい──。

 

 許して──。

 許して──。

 

 とにかく、もう一度、薬──。

 ほんのちょっとだけでいい──。

 

 さもなくば、死にたい──。

 

 殺して──。

 

 死にたい……。

 

 それか、くすりを……。

 

 もうなにも考えられない。

 頭がぐらぐらする。

 

 死にたい。

 

 薬が欲しい。

 

 くすり──。

 

 死にたい。

 

 くすり──。

 

 死にたい。

 

 くすり──。

 

 くすり──。

 

 くすり──。

 

 くすり──。

 

 くすり──。

 

 くすり──。

 

 死にたい。

 

 くすり──。

 

 くすり──。

 

 くすり──。

 

 そのときだった。

 突如として光が視界を照らし、見覚えのない人間族の男がスカンダを見下ろすように立っていた。

 

「これは、眠っているのか?」

 

「うーん、あんまりうるさいからさあ……。だけど、いまは半覚醒にしたよ。ご主人様が犯さないとならないからね」

 

「だが、酷い状態だな……。これが“黒魔(こくま)の毒”か……」

 

「わかるの?」

 

「ちょっとはな」

 

「人間族が魔族を支配するために精製した毒なんだって。むかしむかしの話みたいだけどねえ。人間族って、ときどき、酷いことするよねえ」

 

「そうか……」

 

 喋っているのは、人間族の男と魔妖精だ。

 だけど、話の内容はこれっぽっちも入ってこない。

 

 そして、再び、激しい寒さが襲ってきた。

 束の間なくなっていた激しい苦痛も戻ってくる……。

 

 苦しい……。

 

 死にたい。

 

 くすりが欲しいよう……。

 

 苦しいよう。

 

 すぐに我慢ができなくなる。

 とっても苦しい──。

 

「あああっ、ぐずりいい──。ぐるじいいい。ぐるじいよおお。ええええん、ええええん、ええええん」

 

 スカンダは泣きじゃくった。

 目の前がぐるぐると回る。

 とにかく、苦しいのだ。

 ちょっとでいい。

 ほんのちょっとだけ、あの黒い薬を舐めさせてくれれば、楽になるのに……。

 

 そのとき、ひょいと身体を抱えられた。

 蹴り飛ばそうと思ったけど、身体が怠くて手足を動かすことはできなかった。いや、身体がなにか柔らかいもので包まれている?

 べとべとしたなにかが全身を覆っていて、それがスカンダが暴れるのを封じていた。

 

「んんっ、んんっ」

 

 身体を抱えられたまま、口の中になにかが入ってきた。

 触手?

 いや、そうじゃない。

 もっと、ねっとりとしたものだ。

 あの人間族の男がスカンダに口づけをしたのだと気がつく。

 咄嗟に、その舌を噛み千切ろうとした。

 だけど、開いた口の両端に、また柔らかいものが当たって、スカンダは口を開いたまま、口を閉じられなくなってしまった。

 

「はぎゃああ──。びゃあああ」

 

 わけがわからなくて奇声をあげた。

 人間族の男はスカンダの口の中をこれでもかと舐めあげていく。

 

 すると、よくわからないけど、ちょっとだけ身体が楽になった。

 

 気持ちいいかもしれない……。

 

 いや、気持ちいい……。

 

 なんだろう、これ──。

 

 気持ちいい──。

 

 気持ちいい──。

 

 すぐに、スカンダは夢中になって、人間族の男の舌を舐めまくった。

 美味しい。

 

 人間族の男の舌についている唾が美味しい──。

 

 身体が楽になる。

 ちょっとだけ、頭の中もすっきりしてきた気がする。

 

 だけど、その舌が抜かれて、人間族の男の顔が離れていく。

 

「んべえええ、ひばばいれ──」

 

 スカンダは必死になって「いかないで」と叫んだが、口をなにかによって閉じられないようにされているので、言葉さえも紡ぐことがきない。

 懸命に動けない顔だけで人間族の男の舌を追いかけ、そして、離れてしまったことで、とにかく、悲しくなって号泣してしまう。

 

「さすがはご主人様だねえ。こいつ、もうご主人様の唾液に夢中になったよ。顔色も少しましになったかも」

 

「毒も抜く。隷属もだ……」

 

「隷属? やっぱり、こいつ、誰かに操られてるの? もしかして、サキ様が?」

 

「そこまではわからんな。だけど、確かに、誰かに隷属されている……。多分、魔毒を与えたのものそいつだろう。でも、まさか、サキの仕業か?」

 

「確かに、魔毒を使うなんて、サキ様らしくないかもね……。もっとも、ぼくもサキ様のことを詳しく知っているわけじゃないんだ。妖魔界の詳しいことまではわからないしねえ。だいたい、サキ様たちがいる異界の中心世界と、ぼくたち魔妖精の住み処の異界はちょっと違うんだ。ぼくたち魔妖精のような淫魔族は、人族に寄生するから、こっちの世界にずっと近い位相に住んでるんだよ」

 

「追放された妖魔族の築いた第二の世界か……。まあ、一度は行ってみたいな」

 

「ふふ、ご主人様なら、あっという間にあっちでも王様になれるよ。なにしろ、人族と同じで、魔族や妖魔族だって、半分は雌だしね」

 

 魔妖精が人間族の男の周りを跳びながらけらけらと笑った。

 しかし、どうでもいいけど、あの気持ちのいい舌をもう一度くれないだろうか。スカンダは人間族の男に抱かれながら、その人間族の男の口に向かって、必死に舌を伸ばした。

 

 そして、ふと思い出した。

 

 クグルス……。

 

 そうだ。この魔妖精はクグルスだ。

 

 ぼんやりと記憶が蘇る。

 

 確か、人間族の王女様をある建物から離すなと命令されて、そうやって……。それから……。それから、大勢の人間族の襲撃があって……。また、王女様が逃げようとしたから邪魔をして……。

 だけど、邪魔しようとしたら、このクグルスに捕まって……。

 

 その後はわからない。

 

 だいだい、ここはどこなんだろう?

 

 景色のようなものはなにもない。真っ白い空間があるだけだ。そこに、スカンダと人間族の男とクグルスだけがいる。

 そして、いま気がついたが、いつの間にか全身に突き刺さっていた触手がなくなっている。

 

「これをおしゃぶりしてみろ。もっと身体が楽になるぞ……。だけど、ちょっと罪悪感を覚える外観だなあ。まるで五歳くらいの童女を犯している気になるし……」

 

「すけべえのご主人様がなにを言ってんだよ。人族であろうが、魔族であろうが、童女でも熟女でも、なんでもござれのご主人様じゃないか。まあ、こいつは実際には百歳を超えていると思うけど、確かに見た目は人族の五歳さ。ご主人様もそう思いなよ。そっちの方が興奮するでしょう」

 

 クグルスがまたけらけらと笑う。

 頭がまだぼんやりとするので、やっぱり内容は入ってこない。しかし、いまはかなり身体が楽になっていることがわかる。

 

 ちょっとしか寒くない。

 

 苦しいけど、我慢できないほどでもない。

 

「まあ、そうかもな……。じゃあ、童女姦といくか。ほら、スカンダ、口を開け」

 

 身体が床のようなところにおろされる。

 だが、すぐに再び抱きあげられて、胡座に座った人間族の男の股に向き合うように座らされた。

 

 とてもいい匂いがした。

 すっごく大きくて太いものが目の前にあった。

 先っぽが割れていて、そこからねらねらとした白っぽい液がある。その液がとてもいい匂いなのだとわかった。

 ちょっとだけ顔をあげる。

 脱いだ気配はないのに、人間族の男は素っ裸になっていた。

 いや、そもそも、最初から裸だったか?

 ついさっきのことなのに、よく覚えていない。

 いずれにしても、いまは男は全裸になっていた。

 とても、素敵な身体だと思った。とにかく、かっこいい……。

 

 そして、どうやら、スカンダの顔の前にあるのは、その人間族の男の性器みたいだ。

 一方で、スカンダはいつものように赤い前あわせ布の服を身につけている。それも、やっと自覚できた。

 

 ともかく、とってもいい匂い……。

 

「……いい……匂い……」

 

 スカンダは呟いていた。

 口が閉じられないようにされていた柔らかい異物はいつの間にかなくなっている。

 手足も自由だ。

 だけど、もう逃げようとも、暴れようとも思わない。

 とにかく、目の前のいい匂いのものを舐めたい。

 どんな味がするのだろう……?

 

「ふふふ、どうやら、この韋駄天族の妖魔も、ご主人様のほかの雌奴隷と同じくらいにすけべえみたいだ。物欲しそうな顔になった」

 

「そうだな……。だけど、もっと口を開かないと入らないぞ、スカンダ。もっと口を開いてみろ。奥まで入れるんだ」

 

 人間族の男の言葉のとおり、スカンダの小さな口から比べれば、目の前にある人間族の男の性器がとっても太くて大きい。

 多分、性器が巨大というよりは、スカンダの身体が小さすぎるのだと思う……。

 

 だけど、スカンダは首を捻った。

 舐めるのではなく、これを口の奥まで入れる?

 

「ほら、ご主人様の言うとおりにしろ、スカンダ──。このロウ様は、お前を助けようとしてくれてるんだぞ──」

 

 スカンダの戸惑いを躊躇っていると勘違いしたのか、クグルスがちょっと叱るような口調で言った。

 

「怒らなくていい。スカンダはよくわからないだけだ。そうだな、スカンダ?」

 

「う、うん……。スカンダ、ご主人様のもの……舐めたい……」

 

 ご主人様……。

 ごく自然に、スカンダは、そう口にしていた。

 精いっぱいに口を開けて、ご主人様のものを口の中に入れていく。

 

 やっぱり、大きい。

 ご主人様の性器が大きいというよりは、スカンダの口が小さすぎるのだと思うけど、半分も入ってないのに、息ができなくなって苦しいのだ。

 

 でも、美味しい。

 とっても、美味しい。

 

 苦しさがなくなっていくのがわかる。

 

 もっと……。

 

 もっとだよ。

 

 もっと──。

 

 スカンダは必死になって、ご主人様の性器にくっついている汁を舌で舐めた。舐めれば舐めるほど、身体が楽になる。

 

 なんだろう、これ?

 

 なんだろう?

 

「なんだ、こいつ? 泣き出しちゃったよ」

 

 クグルスがくすくすと笑っている声が耳に入ってくる。

 

 泣いてる?

 もしかして、自分は泣いているのか?

 いずれにしても、美味しい。

 スカンダは我を忘れて、口の中のものをちゅうちゅうと吸いあげる。

 

 しばらくのあいだ、スカンダはそうやって、ご主人様のものを舐め続けた。ご主人様は急かすわけでもなく、叱ることもなく、スカンダのやりたいままにさせてくれ続けた。

 

 だんだんと、身体も頭も楽になっていくのがわかる。

 そして、気持ちいい。

 もっと、欲しい。

 ご主人様のものが欲しい──。

 

「もういいだろう。そろそろ、まんこに入れるぞ。引導を渡してやろう。今日から、スカンダは、俺のしもべのひとりだ」

 

「せいぜい、尽くすんだぞ。お前を助けてくれたのがご主人様だってのを忘れちゃだめだからな」

 

 ご主人様に次いで、クグルスが声をかけてきた。 

 すると、ご主人様がスカンダの両脇に手を差し込んで、スカンダを自分の股にあてがう。

 そして、一気に股間を突き破られた。

 

「いいっ、いいいいいっ」

 

 激痛が全身を貫く。

 だけど、すぐに、とっても気持ちよくなる。

 

 とてつもない衝撃──。

 

 気持ちいい──。

 

「ああっ、ご主人様、気持ちいい──。気持ちいいです。ああああっ。もっと、もっと痛くして──。もっと、もっとおお」

 

 スカンダはわけもわからず叫んでいた。

 とにかく、底知れない気持ちよさ。

 

 ご主人様だ──。

 

 いま、まさに、スカンダは本当のご主人様を手に入れたのだ──。

 

 身体を感動が包む。

 

「すぐに出してやるぞ。その代わり、なにがあったか喋るんだ。お前に黒魔の毒を与えたのは誰か? なにを命令されて、なにをさせられたのか。俺に話すんだ」

 

 ご主人様が言った。

 そして、ぐいぐいと腰を動かす。

 

 

「んぎいいっ、いがいいいっ、ら、らけど、きもちいいい──」

 

 痛いけど、とっても気持ちよかった。

 そして、なにかが込みあがる。

 頭が白くなる。

 全身がかっと熱くなり、よくわからなくなる。

 

 とにかく、もっと欲しい。

 これがもっと欲しい──。

 

「ほら、さっそく一発目だ。そして、これで、スカンダは俺のしもべだ。奴隷だぞ」

 

 ご主人様がスカンダのお腹の中でなにかを吐き出したのがわかった。これまでに味わったことのない快感がスカンダを覆い尽くしていく。

 

「ああああっ、ぎもじいいいい──。なんでも話すよお。なんでも言うう。だから、もっと──。もっと、この気持ちのいいことをしてえええ」

 

 スカンダは感極まって叫んでいた。

 大きなものが腰の奥で弾けて、それが全身を貫く。

 気持ちいい──。

 とっても気持ちいい──。

 頭が真っ白くなる。

 

「気持ちいいのか、スカンダ? だっから、ご主人様の質問にお答えするんだ。まずは、お前に、毒を飲ませたのは誰なんだ? あの人間族の王女様を殺させるように命令したのは?」

 

 耳元でささやいたのはクグルスだ。

 

「そうだな。それを答えてもらうか。ちゃんと教えてもらうまで、続きはお預けにするか」

 

 そして、ご主人様が小さな声で笑いながら、スカンダの中から抜けようとする。

 スカンダは慌てて、小さな手でご主人様の太腿を掴んで逃すまいとする。

 

「ああっ、いっちゃやだああ。なんでも言うから。言うよおお。言うなって、命令されたけど、言うから──。ラポルタ様──。ラポルタ様だよおお。サキ様の部下のラポルタ様──。スカンダを苛めたのは、ラポルタ様──。王女様を逃げられないようにしろって言ったのも」

 

 スカンダは慌てて言った。

 

「ははは、こいつ、すっかりとご主人様のおちんぽ様を気に入ったみたいだね。もう、とりこさ」

 

 クグルスがお笑い声をあげた。

 

「そうか?」

 

 すると、ご主人様が抜けかけていた“おちんぽ様”を再びぐんと押し込んできた。

 

「ふにゃあああ」

 

 スカンダは歓喜の悲鳴をあげてしまった。



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 第2話   猟奇王と独裁官
810 猟奇王の朝儀【王都】


 この日、珍しく王宮の大広間を緊迫感が包んでいた。

 国王ルードルフの拝謁による朝儀が開かれることになったのだ。

 

 新たに近衛軍団長となったエルゲンは、近衛軍の象徴でもあるきらびやかな具足を身につけたまま席に立った。すでに、宰相以下の各大臣や重臣、そして、軍団以上の将軍たちも入っている。

もっとも、その顔ぶれは数箇月前に比べて、すっかりと様変わりしていた。

 

 もともとの宰相でもあったフォックス卿以下、主立つ大貴族たちは王都を逃亡して残っていないし、知行はないものの権威だけは高かったあの二公爵も、すでに処刑されていない。

 王妃アネルザ、王太女イザベラも不在であるし、ここに居並ぶのは、この半月ほどのあいだに、立て続けに重臣や大将軍に任命された中小貴族たちばかりだ。

 ただ、名目だけは中小貴族ではなく、すでに重臣への任用の下令と同時に伯爵以上への陞爵(しょうしゃく)もしていた。

 もちろん、エルゲンもそのひとりである。

 一介の子爵だったが、大将軍となって近衛団長から王都軍全軍の指揮をとることになった前近衛軍団長から指揮を継ぐことになったときに、侯爵に任じられたのだ。

 新たな領土も王領の中から与えられている。

 

 まだ、知行地は見ることもできないが、とにかく、エルゲンもいまや、上級貴族でもある。

 そんな大盤振る舞いをしてくれたルードルフ王には、感謝しかない。

 本当は、王都を脱走した領土持ちの貴族とは違い、ここにいる者たちは王都以外に頼る土地などない逃げることのできなかった下級貴族や下級軍人たちばかりなのだが、いきなり国王から重臣などに取り立てられたときには、逃げ遅れてよかったと心の底から思った。

 

 とかく、評判の悪い国王ではあるが、エルゲンたちにとっては忠誠を誓うに値する相手だ。

 これまで、無能ばかりが重臣を牛耳っていたハロンドール王宮であったが、やっと日の当たる時がやって来たのだと感じている。

 おそらく、大なり小なり、ほかの者も同じように考えていると思う。

 新米ばかりの重臣会議であるが、士気は高い。

 我らたちが、偉大なるルードルフ王を支えるのだという自負もすでにある。

 とにかく、エルゲンだけでなく、ここにいる全員には、ルードルフ王に対する心からの忠義しかない。頭に霧がかかったようにぼんやりとした心地とともに、王に真剣に仕えるという以外のことをどうしても思考することができないのである。

 よくはわからないが、まるで術でもかけられたかのように……。

 まあ、どうでもいいことではあるが……。

 

 いずれにしても、このところ、ルードルフ王の勅令は、後宮の女官長となったテレーズ女伯爵を通じて伝えられるのがもっぱらであり、王自らの言葉で命令や指示を家臣に与えようというのは、本当に久しぶりのことだと思う。

 いや、もともと、政事(まつりごと)の嫌いな国王だっただけに、重臣を集めての朝儀そのものが珍しいが、だからこそ、今日は重大な指示があるのだろう。

 いやがうえにも、緊張感が覆う。

 

「国王陛下の出座です」

 

 これもまた新たに宰相になったハロルド公が告げた。

 ハロルド公というのは、王都ハロルドの行政を司る役職であり、以前は失脚したキシダイン公が任命され、キシダイン公失脚後は、王太女のイザベラ殿下が兼任をしていた。

 それが、イザベラ殿下のノール行きにより、一時的に空位になっていたハロルド公が突然に王都に残留していた彼に与えられたというわけだ。

 彼もまた、もともと辛うじて上級役人でしかなかった王都在住の知行無し伯爵だったが、あっという間に文官最高位でハロルド公爵位である。

 ほかの者も、この十日あまりで立て続けに付与された人事勅令により、高位高官に任用された者たちであり、そうやって、いまの王宮態勢が整えられたというわけだ。

 

 空席になっていた玉座の場所の空間が揺れる。

 王宮内で国王ただひとり許されている『移動術』でルードルフ王が現れるのだ。このハロンドール王宮内には、魔道封じの結界が張り巡らされており、王家から付与される宝具なしでは魔道を発揮することは不可能になっている。移動術など、国王がしている腕輪でしか魔道封じを無効化できない。

 本来は、国王のそばから片時も離れることを許されない近衛であるが、これもまた国王の命令により、後宮の警護は許されていないし、そもそも、国王の居場所さえ近衛は教えられていない。

 その腕輪の宝具と、これもまた国王のみが許されている特殊な護符により、後宮から直接にここにルードルフ王が転移してくるというわけである。

 とにかく、エルゲンはほかの者とともに、直立したままただ頭をさげた。

 

「頭をあげよ」

 

 ルードルフ王の声は、いつもより、かすかに高いように思えた。

 もっとも、“いつもの”王の声を熟知しているほど、エルゲンも王と親しい地位にあったわけではない。

 拝謁など、近衛軍団長と侯爵に陞爵するときの式典といまの二回でしかない。

 

 周囲の気配に合わせて顔をあげて、ルードルフ王に注目する。

 この広間にただひとり腰掛けているルードルフ王は、なぜか、人の首ほどの大きさの布袋を抱えていた。なにが入っているのかわからないが、その袋の中に細い鎖が伸びていて、鎖の一端はルードルフ王が手首に嵌めている金属の腕輪に繋がっていた。

 大事そうに両手で抱えているが、あれはなんだろうと、ちょっとだけエルゲンは思った。

 さらに、腕輪の嵌まっているルードルフ王の手には、小さな金属の玉が二つ握られている。玉座についたルードルフ王は、その球体を手の中で弄ぶように動かし続けてもいる。

 

「さて、まずもって、ここにお前たちを集めたのは、余が驚いてしまった知らせがあったからだ。南部クロイツ領の農民叛乱のことは知っておるな」

 

 ルードルフ王が静かな口調で言った。

 その表情は微笑むわけでもなく、険しいわけでもなく無表情だ。だから、エルゲンもどう反応すべきかわからなかった。

 ただ、近衛軍団長の任命式のときもそうだったが、ルードルフ王の声を聞くと、なぜか、心に霞みがかかったような気分になり、少し思考が遮られるような錯覚に陥る心地になる。

 もちろん、ルードルフ王が偉大であるために起きる威圧のようなものだと思うが、やはり、ルードルフ王は素晴らしい。

 我らが尊敬する国王陛下だ。

 

 それはともかく、クロイツ領で起こっている叛乱のことは、無論知っている。まだ、賊徒の支配範囲が侯爵領を越えることがないので、王都住民を動揺させるほどのことにはなっていないが、、鎮圧に向かった南部直轄軍が苦戦しているという情報が届いており、なんらかの新たな対処をすべきではないかというのは、新たに重臣となった者たちの中でも話はしていた。

 まあ、これといった対応策については具体化できなかったが……。

 

「そのクロイツ領の農民叛乱が鎮圧されたそうだ。賊徒頭領のドピィという男も死亡。主立つ者はことごとく首を刎ねられたということだ。昨日のことらしいがな」

 

 ルードルフ王が相変わらずの平坦な口調で続ける。

 

「おう、それは素晴らしい──」

 

 声をあげたのは、新宰相のハロルド公だ。

 ほかの者も一斉に歓声をあげた。

 しかし、突然に、それを誰かが机を叩く大きな音が阻んだ。

 ルードルフ王が玉座の手摺りを握りこぶしで叩いたのだとわかった、全員がしんと黙り込む。

 

「人間ども……。いや、農民どもの叛乱などどうでもいい。どうでもいいのだ。しかし、余が驚いたのは、それを成し遂げたのが、我が娘である王太女のイザベラだということだ。イザベラがかの地で賊徒対処に当たっていた南部直轄軍を指揮に入れ、賊徒鎮圧を成し遂げたということだ。だが、イザベラはノールの離宮にて謹慎をさせていたはずだ。そのイザベラがなぜ、南部にいる。なぜ、南部直轄軍の指揮をする。誰か答えよ──」

 

 ルードルフ王が怒鳴った。

 すぐに口を開く者はいない。

 エルゲン自身も、イザベラ王太女が南部に向かっていたということはおろか、賊徒が鎮圧されたという事実も知らなかったのだ。

 こういったことを総括する役目は宰相だと思うが、そんな情報は宰相も握っていなかったと思う。

 どうやって、ルードルフ王が報告を得たのかわからないが、少なくとも、南部賊徒の動乱の状況変移など王宮内で話題になることもなかった。

 

 見ると、新宰相もまた、驚愕するとともに顔を蒼くしている。

 顔色を変えているのは、ルードルフ王が怒っているということがわかったからだろう。

 エルゲンも不思議な力に押しつけられたような気分になり、ただただ恐怖で思考か停止してしまっている。

 ここまで国王の言葉や感情に一喜一憂してしまうのは不可思議だと思わなくもないが、いまは、ただ、ルードルフ王の怒りが怖くてたまらない。

 

「余の知らぬところで勝手に離宮を抜け出し、勝手に余の直轄軍を動かす。これは謀反と言っていいだろう」

 

 ルードルフ王が苛立ちの様子とともに、握っていた金属の球を乱暴に玉座に手摺りに繰り返しぶつけ始めた。

 その瞬間、ルードルフ王が抱えている袋から呻き声のような音が発生するとともに、突然に袋が揺れたのがわかった。

 一瞬、エルゲンは首を傾げそうになった。

 だが、ルードルフ王がすっと立ちあがったので、思念は消滅する。

 ルードルフ王が、袋を抱えたままゆっくりと居並ぶ重臣たちの方向に歩き始めた、

 やがて、新宰相の前に立ち止まった。

 

「イザベラの離宮出立の報告は受けておらんかった。お前は知っておったか、余が新たに任命したハロルド公よ」

 

「ぞ、存じませんでした。申し訳ありませんでした、陛下」

 

 ルードルフ王の前で、彼は項垂れて震えた。

 その彼の前で、さらにルードルフ王が口を開く。

 

「ならば、これは知っておるか? 夕べ、余は王妃の居場所を探させた。王妃アネルザは王都の監獄塔におるはずだが、実はそこにはおらん。ノールの離宮におったのだ。その王妃も行方不明だそうだ。お前は、それを知っておったか? あるいは、王妃アネルザのいまの居場所を承知しておるか? どうだ?」

 

 エルゲンはまたもや驚愕した。

 王妃アネルザが監獄塔にいないというのも初耳だが、実はノールの離宮にいたこと、そして、いまは行方不明ということなど、寝耳に水の話ばかりだ。

 一体全体どういうことなのだろう。

 

「そ、それも知りませんでした、偉大なる国王陛下。ただちに、調査を……」

 

「無用だ。知らなかったということは、お前が無能だということだ」

 

 次の瞬間、突然にルードルフ王が剣を抜いて一閃させた。

 新宰相の首が飛び、鮮血が噴き出す。

 

「うわっ」

 

「ひいいっ」

 

「ひゃあああ」

 

 首のなくなった死骸が床に音を立てて倒れると同時に、全員の絶叫が広間に轟いた。

 

「黙れええ──」

 

 しかし、ルードルフ王の一喝が落ちると、再び広間が静かになる。

 血だまりの横でルードルフ王が呆然としている重臣たちを見回し、やがて、その視線がエルゲンで止まった。

 

「エルゲンだったな。お前を近衛団長を兼務した新たな宰相とハロルド公に任じる。まずは、王都を囲む各関門を閉鎖せよ。移動術の跳躍門とやらもな。すべて、閉鎖するのだ。王都そのものもな。すべての城門を閉じよ。それが終わったら、イザベラと同行したライスの三族を処刑して首を晒せ。謀反人としてな」

 

 ライスというのは、離宮に向かったイザベラ王太女たちの護衛に任じていたい小将軍であり、護衛というが実際にはイザベラ王太女の監視だったのは、エルゲンももちろん認識していた。

 イザベラ王太女が離宮から脱したということは、確かに、ライスが監視任務を放棄したのだろう。だから、謀反人なのか。 

 とにかく、慌てて、エルゲンは頷いた。

 

「しょ、承知しました、へ、陛下──。命に代えましても、ご命令は……」

 

「お前たちのつまらぬ命などいらん──。だが、無能な人間族なりに、できることをやれ。王都を囲む各街道の関門と王都城門の閉鎖はすぐにせよ。言うまでもないが、王都の警備もな。関門を勝手に軍で移動する者は、誰だあろうと謀反人である。お前ら王軍の総力をあげて阻止せよ──。お前ら羽虫でも、肉壁くらいはできよう。余の役に立て──」

 

「はっ、偉大なる、国王陛下──」

 

 ルードルフ王の言葉は辛辣な侮蔑そのものだが怒りはない。いや、本当は少しだけ流石にむっとした気がしたが、そんな悪感情は瞬時になぜか霧散した。

 いまは、ただただこの国王に忠誠を尽くしたいという気持ちだけだ。

 

「よかろう。では余は後宮に戻る……。さて……。では、行くか、サキ様……」

 

 頭をさげたままだったエルゲンに、ルードルフ王の声が届いた。

 

 だが、“サキ様”?

 

 思わず、顔をあげた。

 すると、血しぶきがかかったらしい指をあの小さな金属球とともに舌で舐めるルードルフ王が視界に映った。

 これまでの不機嫌さが嘘のように、愉しそうで好色そうな笑みが国王の顔に浮かんでいる。

 

「んんんっ」

 

 今度ははっきりとした女のくぐもった嬌声のような音がルードルフ王の抱えていた袋から聞こえてきた。

 

「おや、どうしました? 恥ずかしい声をお上げになって。そんなに性感帯を感じる脳の一部に感覚を繋げている“性感球”を刺激されるのが嬉しいですか。では、さらに感覚を倍にしてさしあげましょう。そして、こうです」

 

 ルードルフ王が球体のひとつをひょいと自分の口の中に放り込み、それを口に中で激しく転がしだした。

 

「んぐうううっ、んぶううっ、やめよおおっ、んぎいい」

 

 袋の中から響き渡ったのは明確な女の声だ。

 エルビンは驚愕した。

 だが、疑念を晴らすいとまもなかった。

 ルードルフ王が腕をさっとひと振りして、空間の揺らぎとともに、国王の姿はその場から消えてしまったからだ。

 

 後には、呆然としているエルゲンをはじめ重臣たちと近衛兵──。そして、死んだ新宰相の死体と漂いはじめた血の香りだけがそこに残った。



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811 讃美歌の終わるまでに(その1)【王都】

 移動術で後宮に戻ったラポルタは、サキの生首を包んでいた布を取り去り、大笑いした。

 

「もっと長く悪戯してあげたかったのですが、短すぎる朝儀でも申し訳ありませんでしたね、サキ様。しかし、やはり、人間族のように、時間をかけて部下と意見を交換するということができませんでした。それはともかく、最後の最後に飛び出した恥ずかしいサキ様のお声はなかなかに愉快でしたよ」

 

 跳躍したのは、後宮の中でも、実はル-ドルフ王の部屋となっている一室だ。もっとも、調度品をはじめとして一切の家具類はない。がらんとした壁と扉だけの部屋である。

 一切のものを排除させているのだ。

 それだけでなく、全体としてラポルタの準備した結界で包んでいる後宮内の中でも、この部屋と隣室についてはさらに誰にも入ることのできない強力な防護結界を敷いていた。

 いわば、ラポルタの根城ということだ。

 

「き、貴様……」

 

 置き台にもなっている首輪をした首だけのサキが歯噛みをしてラポルタを睨んだ。首から下の身体の存在していないサキには、自分では顔の向きを変えることさえ自由にはならないのだが、サキの苦しむ表情を眺めたいラポルタが抱えているサキの首をラポルタに向けるようにしたので、その表情がわかるのだ。

 その顔は欲情で真っ赤であり、髪が顔の皮膚に張り付くほどに汗びっしょりだ。

 

 まあ、無理もない。

 朝儀のあいだ、いや、その前からずっといじりまくっている二個の「性感球」は、その感覚をサキの性感帯を感じる脳の部分に直結させており、それを刺激されるというのは、もしも身体が残っていれば全身の性感帯という性感帯を同時に激しく愛撫されるほどの強烈な快感が走りまくるということなのだ。そういう仕掛けになっているのである。

 

 それでいて、このサキに伝わる絶頂感覚が寸止めで静止されるような処置も施していた。

 刺激に対する性感の感度も、通常の十倍には軽く引き上げたままでもあるので、サキからすれば、沸騰寸前の長い寸止め状態の身体に、凄まじい快楽の刺激だけを強要される状態なのだ。

 その状況で、最後に舌舐めの刺激まで声を耐え続けたのは、さすがは妖魔将軍とも称されるサキの意地というところだろう。

 まあ、その意地も最後の最後には崩れてしまって、笑ってしまったが……。

 

「そう睨まないでください。しかし、サキ様はすぐになんでも忘れてしまうのですね。私のことをなんと呼ぶのか、お忘れですか? サキ様が約束を破るのであれば、私もまた約束を守る必要はないということですよね」

 

 ラポルタはサキの顔を自分の顔の正面に据えたまま微笑んだ。

 すると、睨んでいたサキの顔が一瞬にして、悲壮な哀願の顔に崩れる。

 もっとも、睨むといっても、サキの眼に光はない。

 首だけになったとはいえ、サキはサキだ。封じている妖力が復活すれば、ラポルタなどひとたまりもない。だから、万が一にも、妖力をサキが溜めることができないように、眼を潰してやったのだ。

 多くの魔道遣いや妖魔がそうであるように、サキもまた、妖力の源となる力の吸収のために視力を利用している。視力を潰したサキなど、すでにその時点で二流以下の魔族でしかないのだ。

 

「あっ、いや、待て……。いや、待ってくれ、愛しいラポルタ様」

 

 サキが慌てたように言った。

 ラポルタと話すときには、必ず“愛しいラポルタ様”という言葉を付け加えること──。

 これがラポルタがこの後宮に集まっている人間族の娘たちや、あるいは、あのミランダとベルズを殺さないための条件になっていた。

 なぜか、サキは、ラポルタの気ままから人間族たちを守ろうと必死なのだ。

 サキは、生涯をラポルタと隷属契約を交わす代わりに、人間族たちの生命の保証を提案すらもしてきた。あの連中をどうして、そこまでして守ろうとするのかわからないが……。

 

 とにかく、ラポルタについてはサキの提案は拒否していた。

 だから、人間族たちの生命はラポルタの意のままにある。サキは自らの意思で、ラポルタに媚を売るしかない。そっちの方が簡単に隷属契約するよりも、ずっと愉しい。

 

 もっとも、それも飽いてきた。

 そろそろ、ちょっとくらい殺してもいいかもしれない。

 サキが拒否しようと、怒り狂おうとも、いまのサキにはラポルタに逆らう手段などなにもないのだから……。

 

「まあ、いいでしょう。その態度を忘れないことです。サキ様が人間族ごときを守ろうとする理由は全く理解できませんが、大切にしようとしているのはわかっています。しかし、あのミランダとベルズ、ましてや、ほかの人間族の女の一匹や二匹殺したところで、まだまだ、サキ様を縛る人質は残るんです。いまだに、ただのひとりも死なせていないのは、この私の慈悲なのですよ」

 

「わ、わかっている、い、愛しいラポルタ様……。わしはなんでもする。なんでもするから、どうか、あいつらを殺さないでくれ。このとおりじゃ」

 

 サキがわずかに眼を伏せるような仕草をした。

 ラポルタはちょっとむっとしてしまった。

 やっぱり、面白くない。

 どういう了見で、妖魔将軍ともあろうサキが人間族の奴隷娘たちなどを助けたいのかわからないが、サキからの好意と庇護の感情が人間族ごときに向けられるのは、やはり愉しいことではない。

 

「なるほど、なんでもするんですね、サキ様?」

 

「も、もちろんじゃ。なんでもしよう。しかし、もしも、人間族の女に手を出したら、わしは二度とお前に媚びん。最後の最後まで悪態をつき、死ぬまで……いや死んでもお前を呪う──。それを忘れるな──」

 

 サキが強い口調で言った。

 ラポルタは鼻で笑った。

 

「ならば、なんでもするという言葉を試しましょうか。逆に言えば、私の命令に従えないときには、人間族たちに手を出しても文句はいえないということになりますよね」

 

「はああ──? な、なにを言っておる、貴様……。い、いや、愛しいラポルタ様」

 

 ラポルタは返事をしなかった。

 そのまま歩き出し、部屋を抜けて廊下に出る。

 向かうのは、人間族の女たちを集めている大部屋の方向だ。途中で、本物のルードルフ王や、あるいは、ミランダとベルズを監禁している部屋もあったが、いまは素通りした。

 この三人とも、ほとんど食べ物を与えないまま、わずかな水分だけを与えるのみにして弱らせて閉じ込めている。

 特に、ミランダとベルズについては、この数日、必ず半死半生の仕打ちをサキの前で与えているから、もはや立つことも難しい程に弱っている。

 今日は昨日から逆さ海老吊りにして天井からぶら下げたままにしていたが、まあ、生きてはいるだろう。

 なんだかんだと丈夫な人間族とドワフ族であることはわかったので、まだ様子を見に行くには早い。

 

 大部屋に着く。

 部屋では、たくさんの鞭打ちの音と人間族の女たちの悲鳴が響き渡っていた。ラポルタが支配をサキから取りあげた眷属たちが人間族の娘や女に拷問をしているのだ。

 サキが支配していたあいだは、食事や休息を十分に与えるというような甘やかしをしていたが、ラポルタの支配に変わってからは、あるべき姿に変化させた。

 

 すなわち、人間族など家畜以下の存在として痛めつけ、心の底からの屈服と服従を身体に染み込ませるということだ。

 また、魔族に鞭打たれている人間族の娘たちは、全員が腰にチョーカーと同じ色の小さな布を巻いただけの裸である。そんな格好で怒鳴られて鞭を打たれる姿は、まさにラポルタの望む家畜の姿に相応しい。

 

「ブリウーハ──」

 

 ラポルタは、大部屋に入るとともに、適当な場所に椅子を出現させて、そこに腰掛けた。

 ブリウーハというのは、サキから支配を取りあげた以降に呼び寄せたラポルタの支配眷属だ。

 もともとのサキの眷属よりも能力は劣るものの、サキの支配に陥ったことがないという点でわざわざ呼び寄せて、ここの眷属の管理役にさせていた。サキから眷属支配を奪ったときに、ラポルタだけでなく、このブリウーハにも逆らわないように、支配契約を結ばせたので、このブリウーハがこの人間族の監視長ということになる。

 

 ちなみに男妖魔だ。

 サキが集めたのは女妖魔ばかりだったので、現段階ではラポルタを除けば、ここで唯一の男妖魔ということになる。

 ここにいる人間族や女眷属はいくら犯してもいいと言っているので、さぞや愉しんでいることだろう。

 もともと、相手が妖魔でも、人間族で見境のない好色なオス妖魔だった。

 ラポルタ自身は、あまり人間族の奴隷宮側には関与していないので、具体的な状況は承知していないが……。

 

「はっ、ラポ……いえ、ルードルフ陛下」

 

 ラポルタが声をかけると、すぐにブリウーハが駆け寄ってきて、ラポルタの前で反射的に背筋を伸ばす。

 このプリウーハもそうだが、眷属たちは全員が人間族に化けている。ブリウーハもだ。

 そして、ラポルタも、本来の姿ではなく、ルードルフ王の姿を使っていた。

 これについては、用心のためだ。

 完全支配に成功したとはいえ、人間族というのは実に狡猾で得体の知れない種族だ。

 姿を記憶されて、思わぬ仕返しをされないようにしなければならない。

 だから、ラポルタは人間族の前では、ルードルフ王ということで通している。すでにラポルタとしての姿も見せているので、最終的には全員を皆殺しにすることにはなるが、人間族相手に用心をするに越したことはない。

 この数日は、ラポルタの姿で前に出るのは避けている。

 

「どれでもいい。十人集めよ。余の前に整列させよ」

 

 集めている人間族の奴隷は百人足らずだ。拷問調教を受けているほかにも、隷属の首輪で支配して、高級管理の労働をさせている人間族もいるので、広間にいるのは全員の半分ほどだろう。

 ブリウーハは、すぐに女眷属の数人に指示を与えて、数グループに分かれている集団のそれぞれから、十人を連れてきた。

 

 サキが区分のためにしていた色違いのチョーカーをしており、赤が六人と青が三人と黄色がひとりだ。

 黄色と青は人間族の女でも年かさであり、特に黄色の女は一番の年長者のひとりであることを思い出した。

 名は、フラントワーズ。ここに集められて奴隷にされた人間族の貴族の妻女の中でもリーダー的な存在である。

 

「集まったか。ではそのまま直立不動で待て。これから、余とこのサキとの余興の一端を担ってもらう」

 

 ラポルタはルードルフの声で言った。

 五人ほどの眷属もやって来て、鞭で叩きながら、人間族を並べていく。

 

「な、なにをするつもりじゃ? あっ、いや、愛しい……ラポルタ様……」

 

 しばらく黙ったままだった首だけのサキがラポルタに話しかけてきた。

 サキとの会話については、風の魔道を使ってサキ以外に届かないようにしている。呼び掛けが“ルードルフ”でなく、“ラポルタ”であっても問題はない。

 また、人間族たち側についても、最初は驚愕していた首だけのサキの姿にも、いまは慣れたものだ。集まった人間族たちも、特に動揺はない。

 

「なんでもするというサキ様の覚悟を試させて頂くのですよ。なんでもするということですから、命令を与えましょう。私の股間を舐めて精を絞ってください。それができなければ、サキ様が嘘をついたということです。なんでもするという言葉に偽りがあったということですからね」

 

 ラポルタは言った。

 

「あ、ああ、も、もちろんじゃ。舐めさせてくれ、愛しいラポルタ様」

 

 サキが追従の言葉を口にする。

 もっとも、それは言葉だけだ。表情にも、口調も、ラポルタに対する媚びの色はない。

 まあ、今回は徹底的にいたぶってやるつもりだが……。

 

「では、やってもらいましょう」

 

 ラポルタは、椅子に座っている股を大きく開くと、椅子の座椅子に上に、サキの顔がラポルタの股間に密着するように、サキの生首を首輪の台を使って固定した。

 その上で、ズボンの前を緩めて、一物を外に露出する。

 

 まだ、勃起してはいないラポルタの性器がサキの顔の真ん前に位置する。

 視界のないサキには見えないが、性器を突きつけられたのがわかったのだろう。サキはむっと不快そうな表情になった。

 しかし、躊躇の様子は見せない。

 逆らえば、人間族の女を殺すことはわかっているので、サキは奉仕を躊躇わない。

 このところ、一切の拒否の姿を示さなくなった。

 

 サキが大きく口を開けて、匂いを頼りに、ラポルタの性器を探す仕草をする。

 このサキの舌は、全体をクリトリスそのものの感覚に繋げてしまっている。舌ほどの大きさのクリトリスを自ら刺激しなければならないのは、いまのサキの状態には辛いことのはずだ。

 だが、やるしかないのだ。サキは逆らえない。そして、逆らわない。

 

「待て、まだだ、サキ様──。そのまま、待つんです」

 

 サキが口を開いて舌を伸ばしたところで、ラポルタはそれを留めた。

 口を開いたまま、サキが当惑した表情になる。

 

「まだ命令の全部は終わっていません……」

 

 ラポルタは、声をルードルフのものに魔道で変えて、すぐに口を開く。

 

「……サキの視界に映らんと思うが、余の手摺りの上には、砂時計を準備している。それをひっくり返したら、号令をかけるので、奉仕を開始せよ。砂が落ちきる前に私から精を出させることまでが命令だ。無論、精が時間内に出なければ、なんでもするというこサキの言葉に嘘があったということになる」

 

「なにい?」

 

 サキが顔をしかめたのがわかった。

 

「そのときには、サキの後ろに集めた人間族十人のうち、適当なひとりを殺す。二度目も失敗したときにはもうひとり殺す。どうか全員が死ぬ前に、成功してみせよ、サキ」

 

 ラポルタは笑い声をあげた。

 ルードルフの声で告げたのは、並べた人間族の女たちにも、いまからの余興で、この中の幾人か、もしかしたら、全員が死ぬことを教えるためである。

 サキが頑張って、ラポルタから精をすぐに絞り出せば、誰も死なないかもしれないが、鋭敏なクリトリスと化しているあの舌を使った奉仕で、サキが満足な舌使いを駆使できるとは思えない。

 

「な、なんじゃと──」

 

 サキが顔を蒼くしたのがわかった。

 また、人間族たちも絶句している。

 

「待ってください。わ、わたしに提案があります」

 

 そのとき、突然に人間属の女のひとりが口を開いた。視線を向けると、この十人の中で唯一黄色のチョーカーのフラントワーズという年増の人間女だ。

 むっとしたラポルタは、そのフラントワーズの首を刎ねるために、すっと腕をあげた。



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812 讃美歌の終わるまでに(その2)【王都】

「ま、待て──。なにをする気じゃ──」

 

 フラントワーズの首を魔道の刃で跳ね飛ばしてやろうと、無造作に腕を上げたとき、ラポルタの殺気を感じたのか、股の前に置いているサキの首が大きな悲鳴をあげたのが聞こえた。

 また、ラポルタが身じろぎをしたため、剥き出しにしていた性器がサキの顔に強く当たる感じになり、サキの首がぐらりと椅子から落ちそうにもなる。

 

「おっと」

 

 ラポルタは慌てて、とりあえず、サキの首を支える。

 

「あっ、サキ様──」

 

 そとのき、フラントワーズがさらに前に出てきた。フラントワーズもまた、サキを受けとめようとしたのだろう。

 

「しゃしゃり出んじゃねえ──」

 

 ラポルタはフラントワーズの腰を蹴り飛ばした。

 

「ひぎゃああっ」

 

 フラントワーズが吹っ飛ぶ。

 

「フラントワーズ様──」

 

大姉(だいし)様──」

 

「ああ、大姉(だいし)様」

 

 集まっていた十人のうちの三人ほどの人間族の娘たちがフラントワーズの身体を宙でしがみついて受けとめる。

 

「しっかりなさって」

 

「大丈夫ですか、大姉様」

 

 そのまま、フラントワーズに集まってきて支えようとする。

 だが、“大姉(だいし)”──?

 

「勝手に動くな、奴隷ども──」

 

 そのとき、人間たちの監視長であるブリウーハが彼女たちに鞭を飛ばした。連発で激しい鞭が娘たちの肌に炸裂する。

 

「うひいっ、はいっ」

 

「ひいっ」

 

「はいっ」

 

 ほとんど剥き出しの裸身に鞭を浴びた人間族の貴族娘たちが悲鳴をあげて、再び直立不動の姿勢に戻る。

 

「だ、大丈夫よ……。し、心配しないで……。そのまま、讃美歌を……」

 

 一方で、驚いたことにフラントワーズもひとりで立ちあがってきた。

 全力ではないとはいえ、妖魔のひとりであるラポルタの蹴りを受けて、すぐに立ちあがれるとは立派なものだ。

 ラポルタは、それだけは感心してしまった。

 

 だが、讃美歌……?

 

 なんのことだろうと訝しんだが、すぐに、いつの間にか、集まっている人間族の娘たちが揃って、なにかを口ずさんでいることにやっと気がついた。

 フラントワーズが蹴り飛ばされたときにも、数名だけはささやきをやめて、フラントワーズを受け支えたが、そういえば、ほかの娘たちは姿勢を変化させずに、ずっと、それを口ずさんでいた気がする。

 こいつらが、いまさえずっているのが、“讃美歌”というものなのだろう。

 ほかの種族とは違って、魔族や妖魔族には、歌という概念はない。

 だから、よくわからなかったが、考えてみれば、これは人間族が時折示す“歌”というものに違いない。

 

「わ、わたしの提案を聞いて頂けませんでしょうか、へ、陛下……」

 

 まだ足腰がふらつくのか、フラントワーズが膝から下を震わせながら、やや前屈みの体勢で言った。

 一瞬、“陛下”と呼びかけられたわけがわからなかったが、いまはルードルフ王の姿にやつしていたということを思い出す。

 

 だが、話を聞けだと──。

 

 かっとなったが、なぜか、とりあえず、話だけでも聞いてやろうかという気持ちにはなった。

 ラポルタ自身、その心境の変化は不明だが、まあいいか思ってしまったのだ。

 ほんの少しだけ、頭がぼんやりとした感じになった気も……。

 

「話とはなんだ?」

 

 ラポルタは不機嫌差を隠さすに言った。

 いまだに、人間族の娘たちがさえずる歌は続いている。

 次第に、頭もさらにぼんやりとしてきた。

 

「た、頼む──。こいつらに、乱暴をするな、い、愛しいあ、あなた様──。そ、それよりも、早く奉仕をさせてくれ。なあ──」

 

 サキだ。

 一瞬にして、再び、ラポルタに激怒の感情が復活する。

 なぜ、サキが人間女を庇うのか──。

 たかが、人間ふぜいのことで、どうしてサキがここまで動顛するのか、まったく理解不能だ。

 やっぱり、サキは変わってしまったし、こんなサキはサキではない、

 サキが堕落したのは、おそらく、あの人間男と関係を持つようになったせいだろうが、ラポルタが愛した、あのサキに戻ってもらうには、やはり、目の前の人間族は死ななければならない。

 怒りと憎悪に我を忘れれば、サキは再び、妖魔将軍と称された“強さ”を取り戻す──。

 ラポルタの中で確信が生まれた。

 

「いや、やっぱり、死ねや、お前」

 

 やはり、人間女の話など聞くに値しない。そもそも、殺すつもりでここに来たのだ。

 

 それにより、サキを元に戻す──。

 いまは、憎悪でいい。

 ラポルタが恋い焦がれたあの強いサキを取り戻すには、それしかない。

 さっきも殺そうと思ったのに、急に、心が鎮まったのが不思議だが、そういえば、ちょっとばかり、人間族の女を減らそうと思っていたのだ

 ラポルタは、再び、腕に魔力を込めた。

 

「わ、わたしたちを簡単に殺してはつまりません──。もっと苛め──、もっとなぶり、もっと痛めつけて、惨めに扱った方が愉快で面白いのですから──」

 

 フラントワーズがずいと前に出てきた。

 まるで、後ろの女たちを庇うかのように……。

 ラポルタの視線からは、背後の娘たちが、そのフラントワーズの行動に恐怖するかのように、目を見開くのがわかった。

 

 しかし、その瞬間、まるで後ろが見えているかのように、フラントワーズが軽くて片手をあげる。

 すると、ほとんどささやいている程だった、人間族の娘たちの歌が大きな声になる。

 いや、十人だけでない。

 いつの間にか、あちこちで鞭打ちなどで追い立てていた広間の全人間族の女たちがそれぞれの場所で声をあげて、歌をうたっている。

 不思議な歌だ。

 声が大きくなったことで、口にしている言葉も伝わってきた。

 

 “天道様”……。

 “救世主様の教え……”

 “愛欲を受け入れ……苦しみを愉しみ……”

 

 なんか、そんなことを口にしている。

 なんだこれ、とは思ったが、やめさせようとう気にはなぜかならない。鞭打ちをしていたはずの監視役の妖魔たちも、ちょっと正気を失ったようにぼんやりとしているように感じる。

 

 なぜだ──?

 

 ラポルタは、自分自身の感情に戸惑いも覚えたが、すぐに納得のいく答えが頭に浮かんだ。

 

 そうだ──。簡単に殺してはつまらないのだ──。

 もっと、こいつらを苛め……。

 

 もっとなぶり──。

 もっと痛めつけ……。

 もっともっと、惨めに扱うのだ……。

 

 それこそ、愉快で面白い──。

 確かに、簡単に殺すよりも、そっちが好ましい……。

 

 歌はまだ続いている。

 頭にかすみが掛かったように、思考がしにくい状態も……。

 

「なら、言ってみろ。もっと惨めで、愉快で面白いことをな──。それが気に入れば、余はお前たちを殺すのは待ってやろう」

 

 ラポルタは言った。

 

「……お前たちではなく、殺すのであれば、わたしを殺してください。ほかの者にはどうか……」

 

 すると、フラントワーズが静かに頭をさげた。

 急に、殺意が戻る。

 

 興ざめだ──。

 まったく面白くないし、つまらん。殺すのは当然だが、だったら、このフラントワーズ以外から殺してやろうと思った。

 そっちの方が面白い──。

 

 頭を覆いかけていた“もや”のようなものも薄くなる。

 そして、はっとした。

 なにか、不自然だ。

 

 いま、どうしていた──?

 

「完全な魅了は無理なのなのね……。でも、焦らず……。できる……。ちょっとだけ、心に望むものを傾ける……。ほんのちょっと傾ける……。少しだけなら、曲げられる……」

 

 すると、フラントワーズが口の中でそう言ったのが聞こえた。本来は、余人が聞こえるような声ではない。

 ただ、妖魔族であり、五感が鋭いラポルタだから、耳がその呟きを捉えたのだ。

 

「おい、いまのは……」

 

 どういう意味なのかと怒鳴ろうとした。

 しかし、フラントワーズがさっと顔をあげて、ラポルタの言葉を遮って、口を開いた。

 

「面白いこと……。つ、つまりは、この讃美歌でございます。サキ様は視力を失っておられるのでは? 先ほど、陛下はサキ様が陛下の精を出させる期限として、砂時計を使うとおっしゃられましたが、サキ様にはそれは見えません。ならば、わたしたちが砂時計に合わせて、讃美歌を歌いましょう。歌い終える時間を頼りに、サキ様が陛下に奉仕なさるのです。いかがでしょう」

 

 歌で時間をサキに伝える──?

 確かに、サキの目に見えない砂時計を目安とするより、面白いかもしれない。時間が迫れば、サキは焦るだろうし、人間族を殺させまいと、必死にもなるだろう。

 確かに、より面白さが拡大するかもしれない。

 

「なるほど、愉快だ──。よいだろう。讃美歌とやらを、砂時計に合わせて歌え──。サキ、聞こえたな。歌が終わるのが期限だ。それまでに、余から精を搾り取るがよい」

 

 ラポルタは手を叩いて大笑いした。

 よい案だ。

 もっと愉しめそうだ。

 

「はっ、わ、わかった。う、歌だな──。わかった──」

 

 サキもまた、ぼうっとしていたみたいだ。

 慌てたように声をあげる。

 

「では、始めるか。さっきも言ったが、時間内に精を絞り出せねば、人間族の女がひとりずつ死ぬことになる」

 

 ラポルタは言った。

 

「お待ちください。それよりも、もっと面白きことが……。死ぬよりも、惨めで……、残酷で……、愉快なことが……」

 

 すると、フラントワーズがまたもや口を挟んだ。

 

「殺すよりも愉快なこと?」

 

 ラポルタは訊ねていた。

 どうして、こんな人間族の女の言葉に耳を傾けてしまうのか不思議だ。

 まあ、もっと、愉快なことがあるというのであれば、興味深くはあるのだが……。

 

「わ、わたしたち、黄色組……、いえ、青組も加えて、醜悪で残酷なショーをいたしましょう。サキ様が失敗されたときには、その数だけの動物とまぐわいをします。その姿を映録球で記録し、王都中にばら巻きもしていいでしょう。わたしたち、貴族にとっては……いえ、人として、それは終わりです。死ぬ以上の死です」

 

 フラントワーズが言った。

 ラポルタは手を叩いて笑った。

 

「ならば、今日はそれでよい──。サキよ、聞いて通りじゃ。人間族の動物との性交もよいが、そなたが余から精を絞ることができれば、女たちへの罰は保留にしてやろう。やれ──」

 

 ラポルタは上機嫌に言った。

 サキが大きく口を開いて、ラポルタの一物を咥え込んだ。

 柔らかい舌が当たり、サキの口の中でラポルタの男根が大きく勃起した。

 

「んひっ、ひんっ」

 

 たちまちにサキが情けないよがり声を出す。

 ラポルタはまたもや笑ってしまった。

 サキの舌はクリトリス以上の快感の場所として改造を終わっている。しかも、ずっと発散させずに、性欲の疼きを耐えさせ続けてもいる。

 いまのサキで、自ら舌で奉仕をするのは、かなり辛いことのはずだ。

 

「そんなていたらくでよいのか、サキよ。お前が失敗すれば、人間族の女たちは死ぬよりも辛い目に遭うのだぞ」

 

 ラポルタはサキの生首を押さえて、ぐいと奥まで怒張を突っ込んでやった。

 

「おがっ、あがっ、がっ」

 

 サキが苦しそうにえずく。

 しかし、それでも懸命に舌を動かしている。

 その必死さが面白くて、ラポルタはまたもや大笑いした。

 

「……殺すよりも愉しい罰を毎日考えます……。惨めで……愉快で……愉しい罰を……。殺すよりも……ずっと面白い……」

 

 フラントワーズが語りかけるように言った。

 なぜか、その言葉が頭にすっと入ってきて頭に響きわたる。

 だが、納得もしてしまう。

 フラントワーズの言葉は正しい。

 

「愉しみにしておこう。その趣向が面白いければ、殺すよりも、その趣向を先にやってやる。その分、お前たちの命も長引くということだ」

 

 ラポルタは言っていた。

 相変わらず讃美歌は続いている。

 頭がぼんやりとする気もするが、ラポルタの股間で快感と戦いながら、懸命に奉仕するサキの姿が愉快で、ラポルタは浮かびかけた違和感を忘れてしまった。



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813 三人娘とご主人様【南域】

今日もちょっと時間がないので、久しぶりの一郎と三人娘だけの痴態シーンの冒頭部分だけ投稿させてもらいます。




「ああっ、ロウ様、お、お情けをください──。か、痒いんです──、ああっ」

 

「あ、あたしが先に──」

 

「くっ、ま、まだなのか──。ま、まだ、我慢しなければならないのか、ロウ──」

 

 大きな寝台の上に柔縄で後手縛りに緊縛している三人の女が汗びっしょりでのたうちまわっている。

 エリカ、コゼ、シャングリアの三人だ。

 一郎は、腰から下だけに薄い掛布を載せて、寝台に上体を預けて脚を伸ばした格好で、三人の苦悶の姿を眺めていた。

 

 三人娘たちには、両腕を背中側に折り曲げさせて後手縛りにしているだけでなく、全員の両脚をM字縛りに拘束もしていて、真っ赤になって濡れきった女たちの性器がねらねらと愛汁を流しながらうごめく様子もあからさまだ。

 実に淫靡で面白い。

 

 あのドピィといった賊徒の頭領との戦いが終わった夜である。

 敵も味方も大勢の人間が死んだ。

 こんな日は血が昂る気持ちになるが、一郎が今夜の伽を彼女たちだけにしたのは、大勢いる女たちの中でも、この三人については、特にまったく気にせず、一郎の剥き出しの性癖をぶつけやすいからかもしれない。

 

 いずれにしても、激戦が終わったからといって、すぐにここを立ち去れるわけではない。農民たちを農村に戻さなければならないし、叛乱にはそれなりの刑罰を与えて、今後の混沌の芽は断たないとならない。

 流通の建て直しもさなければならないし、なによりもまずは、統治秩序の回復だ。

 

 イザベラや女官団たちを中心に、戦後処理をやろうとしているが、とにかく人が足りない。

 なんとか、王都にいるはずのアネルザあたりに連絡をして、息のかかった文官集団でも派遣してもらう手筈にした。そのあたりの連絡を実は、ケイラ=ハイエルである享ちゃんに託してもいた。一郎からの伝言の手紙を渡してもいる。

 賊徒との決戦前に、戦後処理を見越して動いてもらっていたので、早ければ今夜にも、享ちゃんからの連絡がくるかもしれない。享ちゃんには、王都情勢も情報集めをしてもらっているので、まずはこの南方の地で、享ちゃんを待つことにした。

 なによりも、情報だ。

 

 そして、一郎は、あの賊徒の山砦のあった場所から、このガヤの城郭に戻ってきていた。

 そのガヤで、一郎やイザベラが本拠地にしている司令部の一室である。その一室で、一郎は久しぶりに三人娘だけの四人で過ごしているのである。

 

「ああ、痒い――」

 

「ううう、ご主人様ああ」

 

「うっくくく、ロウ、ロウ、も、もう苦しい――」

 

 三人娘たちはもがいているが、起きあがることも這い動くこともできない。三人とも必死になって、寝台の背もたれに半身に寝そべっている一郎に近づこうとしているのだが、実は、三人にはばれないように、彼女たちの肌の一部と寝台を粘性体で貼り付けたり、離したりしていて、なかなか近づけないようにもしているのだ。

 

「そうか? だったら頑張って、ここまで来いよ。ほら、頑張れ」

 

 一郎はわざと煽りたてる。

 とにかく、三人は必死の様子だ。

 その懸命さが面白く、また、一郎の欲情をあおり立てる。

 一郎は、苦悶する三人をわざと放置したまま、しばらくのあいだ三人娘たちの痴態を眺めていた。

 

 三人にやったのは、緊縛して動けない状態にしてから、いつもの「遊び」に使用する掻痒剤を乳房と股間とお尻の穴にたっぷりと塗りたくるということだ。

 別段に、無理に強要したわけでなく、今夜の伽を久しぶりに、三人娘だけに命じたのだが、ふた周りほどしたところで、いつものお礼に、たまには、自分たちを悦ばせるのではなく、本当に一郎がしたいことをなんでもしてもいいと、彼女たちから言い出したのだ。

 

 言い出したのは、コゼだったと思うが、そのそも、なんのお礼なのかわからないし、女たちには悪いが、一郎はこと性愛に関しては、とことん、好きなようにしているし、遠慮などしない。

 拷問まがいの責めとして愉しむこともしているし、時には女たちの尊厳をいたぶりの材料にしたりもする。

 申し訳ないが、普通に抱くよりも、嗜虐責めが好きな変態なのだから、仕方がない。

 だが、コゼをはじめとした三人娘が主張するには、一郎は女に尽くし過ぎるというのである。

 もっと尊大で我が儘で構わないし、性奴隷として支配しているのだから、とことん、女たちを奴隷として使役すればいいのだと──。

 

 もっとも、一郎はそうしているつもりだ。

 だが、彼女たちからすれば、一郎は優し過ぎる“ご主人様”なのだそうだ。

 今回だって、王太女のイザベラの陥った危機を救うため、あるいは、さらわれたミウを助けるために、身体を張って、賊徒たちの戦いの正面に立った。

 そんなことは、“ご主人様”はやってはいけないと言うのである。

 見解の相違だとは思うが、折角好きなように責めていいというのだから、本当に好きなようにさせてもらうことにした。

 

 すなわち、痒み責めだ。

 

 一郎が好む「プレイ」の中で、この痒み責めはやめられない。

 なんでもしていいと口にした三人だが、実際に身動きできないようにしてから、掻痒剤を局部などに塗ってやると、音をあげて哀願の言葉を吐き出し出したのはすぐだった。

 もちろん、一郎はしばらくのあいだ、放置したままでいる。

 

「なんでもしていいということだからな。もう少し、そのままだ。あと半ノスは愉しませてもらわないとな」

 

「そ、そんなあ、ロウ様──。そんなには無理です」

 

「わ、わたしじゃないぞ──。なんでもしていいと、最初に口にしたのは、コゼだ」

 

 エリカとシャングリアだ。

 

「そうだったな。だったら、俺の身体に痒い場所を擦ることを許してやろう」

 

 一郎は、上体を寝台の頭側の縁に預け、上半身を傾けて横になっていたが、その状態のまま、両腕を体側の横に垂らした。

 同時に、エリカとシャングリアの身体を寝台に密着させていた粘性体を消滅させてやる。

 ふたりだけは、脚のM字縛りだけも切断してやる。

 

「あ、ありがとうございます──」

 

「ああ、ありがとう、ロウ」

 

 エリカとシャングリアが跳躍するように一郎に跳んできた。

 そして、左右から一郎の腕に股間を跨がせて擦り、乳房を一郎に擦りつけてくる。

 

「ああっ、あああっ、き、気持ちいい──。だ、だけど、リ、リングに当たって――。ひゃあああっ」

 

「ほおおっ、おおおっ」

 

 ふたりがあられもない声をあげる。特に、ピアスを施しているエリカの乱れかたはすごい。

 いつも毅然としている女たちが一郎の責めで見せる淫らさはいつになっても、一郎をとことん欲情させる。

 

「あ、あたしだけじゃないですよ──。このふたりだって、同意しました」

 

 ひとりだけ取り残された感じのコゼが痒みの苦しさに涙を流しながら叫んだ。

 

「わかった。わかった。コゼも来い。股間がまだ空いているぞ」

 

 さっきまで四人で愛し合っていたのだから、三人娘も全裸だが一郎もそうだ。

 一郎は、自分の腰に掛かっていた掛布を取り去った。

 勃起して、天井を向いた一郎の男根が露わになる。

 さらに、コゼの粘性体も解除した。

 

「あ、ありがとうございます、ご主人様──」

 

 コゼについては、まだ、脚をM字縛りのままだったのだが、その状態でゴゼは器用に一郎に跨がり、いきなり一郎の股間に自分の性器を埋めてきた。

 

「あああっ、すてきいい、ああああっ」

 

 コゼがのけぞって身体をがくがくと痙攣させる。

 

「あっ、ずるい──」

 

「ま、また、先に──」

 

 それに気がついたエリカとシャングリアが抗議の声をあげた。



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814 甲板の上で【南域に向かう船の上】

 夜が明け始めていた。

 

 それとともに、甲板で飛び交う船員たちの声も慌ただしくなった。案内役をしてくれているケイラ=ハイエルによれば、夜明け頃にクロイツ領の港であるガヤに到着するということだったので、おそらく、そろそろ目的地に近いのだと思う。

 だから、船員たちが忙しくなったのだろう。

 エルザは、やっと闇が溶けて、薄い影のような陸地を眺めながら、ぼんやりと波と風の音を聞いていた。

 船が波にぶつかる音と揺れはかなり激しい。

 おそらくかなりの速度でハロンドールの東側の内海を進み続けているに違いない。

 

「ここにいたのかい、エルザ殿下。王妃は船酔いで死にかけてるみたいだけど、あんたは元気そうだ」

 

 背中側から声がかけられたので、エルザは 甲板の側面デッキの手摺りを掴んだまま、顔だけを後ろに向けた。

 ケイラ=ハイエルだ。

 エルザも同じだが、目立たないように顔を隠すフード付きのマントを身体に覆わせている。しかし、フードを被っていても、彼女の妖艶な色香と美しい顔はあまり隠せてはいない。

 これで、(よわい)数百歳を超えている老女だというのだから、エルフ族というのは、やはり不思議な種族だ。

 

「殿下はやめてください、ケイラ様。ただの出戻り王女で、しかも、生母は平民です。殿下などと呼ばれるような立場ではありませんわ」

 

 エルザは苦笑した。

 

「出戻りとはいっても、正規の離縁は成立していないんだろう? だったら、公妃殿下じゃないかい。それとも、第二王女様かい」

 

 ケイラ=ハイエルがエルザと並ぶように、甲板の手摺りの前に立つ。エルザは再び、陸側を眺める体勢に戻る。

 

「いまのわたしは、王妃様の居候のようなものです。なにしろ、ハロンドールに存在していはいけない立場ですから。だから、王女でも、ましてや、公妃ではありません。なんにもないただのエルザです」

 

 エルザは笑った。

 

「そうかい。だったら、なにもないただのエルザさん。船はほぼ予定通りだそうだよ。完全に夜が明ける時期には、ガヤの港町に着く。イザベラ殿下は、司令部にしている城郭の中心部の館にいる。お兄ちゃんたちも一緒だと思うよ」

 

 ケイラは言った。

 彼女が“お兄ちゃん”と呼ぶのは、あのロウのことだ。

 このケイラ=ハイエルが長寿で知られるエルフ族の中でも最も長命な王族のひとりであり、エルフ族の裏社会の闇の歴史を知り尽くしているという重要人物であるのは承知している。

 あのガドニエル王女ですら、このケイラには頭があがらないそうだ。

 それくらいの貴人なのだ。

 

 そのケイラ=ハイエルが、どういうわけで、一介の人間族のロウ=ボルグを“お兄ちゃん”などと呼ぶのかは見当もつかない。

 そもそも、ケイラ=ハイエルというのは、人間族嫌いのエルフ族の中でも、その筆頭だというのは有名な話である。そのケイラが王侯貴族の出身でもない、一介の人間族と親しくするのは、本来はあり得ないことのはずなのだ。

 だが、とにかく、このケイラがロウという男に特別な感情を抱いているということだけはよくわかる。

 わかるのだ。

 しかも、ケイラは、自分はロウの命令で、ハロンドールの王都に潜入したのだと嬉しそうに語った。

 命令をされたのが、心の底から嬉しいらしい。

 本当にわからない。

 

 また、ケイラだけではない。女王たちまでもなのだ――。

 

 イザベラとアンの子の父であり、王妃アネルザまで愛人にしたというのさえ、信じられないのに、そのロウという男は、冒険者としてのクエストでエルフ族の国であるナタルの大森林を訪問し、女王とエルフ王国の危機を救ったことで、あの閉鎖的で人間族を軽んじる傾向のあるエルフ族たちから英雄認定を受け、それが縁なのか、エルフ族の女王であるガドニエルを虜にし、さらに、目の前のケイラ、そして、長く行方不明であったが、ロウとともに、エルフ王国の危機に駆けつけて戻った副女王こと、ラザニエルまでロウに夢中になっているというのだ。

 他ならない、このケイラ自身が、そう嬉々として語った。

 

 そんな話はとても信じられないが、このケイラが本当に愛おしそうに、ロウのことを語る表情に接していると、ロウがエルフ女王国の王族たちをことごとく寝取ってきたというのが事実かもしれないと信じるしかない。

 あのアネルザやイザベラのような気むずかしい者たちまで恋人にし、あれだけ心酔もさせていることを考えると、やはり、希代の女たらしなのかもしれない。

 

 いずれにしても、このケイラ=ハイエルというエルフ族の女長老が、ロウに使役している屋敷妖精の管理している通称「幽霊屋敷」を訪問してきたのは数日前のことだ。

 それは、まったく突然ことであり、そして、エルザはびっくりしてしまった。

 

 なにしろ、ルードルフ王とその女官長のテレーズが放った捕縛の軍により、エルザたちは幽霊屋敷に逃げ込んで逗留することになったのだが、その不思議な屋敷妖精は、不可思議な魔道で、エルザたちが隠れている幽霊屋敷そのものを焼け焦げた廃墟のように見える幻術をかけ、余人がまったく近づけないように強力な結界を結んでいたのだ。

 それにも関わらず、突然に訪れてきた初対面のはずの、このケイラ=ハイエルを屋敷妖精は簡単に受け入れ、勝手に幻術を解いて、屋敷内に入り込ませてしまったのだ。

 屋敷妖精に言わせれば、ロウの支配が及んでいる相手であり、それを感じたので、すぐに一時的に幻術を説いて受け入れたのだそうだ。

 エルザには、よくわからない。

 

 とにかく、いきなりやって来たエルフ族の女性だが、その突然の訪問者がエルフ族の女長老と称されるケイラ=ハイエルだと自己紹介をしたことで、エルザはさらに仰天した。

 エルフ族のケイラ=ハイエルといえば、エルフ族女王の親族頭にあたる人物というだけでなく、実は王家を陰で支える重鎮中の重鎮だと言われている女性だからだ。

 とても信じられなかったが、アネルザは過去に一度、このケイラに合ったことがあるらしく、間違いなく、エルフ族の女長老のケイラ=ハイエルだと断定した。

 その彼女が、そのときには、誰も供ひとりつけずに、単独で訪問をしてきたのだ。

 エルザは唖然としたものだった。

 

 しかも、ケイラがやって来たのは、アネルザやアンたちに会うためであり、どうやって居場所を掴んだのか見当もつかないのだが、彼女の独自の情報網で、エルザたちがその幽霊屋敷にいることを探し当て、それで接触をしてきたようだ。

 ケイラは、ハロンドール王都にまとまった諜者を入り込ませ、ロウの命令で状況把握をしようとしていたみたいだ。

 その過程で、アネルザやアンがノールの離宮ではなく、ひそかに王都に戻り、さらに、ロウの屋敷にいることまで探り当てて、そして、接触をしてきたということのようだった。

 

 それからの展開も、エルザの理解の範疇の外だった。

 親しくもなく、むしろ、極度の人間族嫌いだという話もあるエルフ王家の女長老など、敵に近い存在だといっていい。

 それにも関わらず、アネルザは、このケイラが自分もロウの女だと告げたことで、心からの信頼をケイラに寄せ、いまの王宮のことをはじめとして、国家の秘密にしなければならないことをすべてケイラに喋ったのだ。

 屋敷妖精もそうなのだが、どうして、ロウの愛人だということの一点だけで、お互いに、あそこまで信頼しきれるのかわからない。

 だが、ロウという男に、どうやって抱かれたか……横で聞いているエルザからすれば、愛されるというよりは、侮蔑され、恥辱を受け、苛められたとしか聞きようがなかったのだが……。とにかく、ロウという男にどうやって抱かれたかという話でふたりはとんでもなく盛りあがり、一夜にして、長年の親友のような間柄になってしまった。

 

 そして、多くのことを喋ったうえで、アネルザはミランダとベルズだけでなく、サキという寵姫が王宮に捕らえられているという窮状を告げ、ロウに助けを求めたいので、どうか、ロウのいる場所にすぐに連れて行って欲しいと頭をさげたのである。

 ケイラは承知し、すぐに王都を出立することになった。

 それが、二日前のことだ。

 

 王都だけでなく、王都周辺をルードルフ王が派遣した軍隊が蟻一匹通さぬ勢いで厳重な警戒をしている。

 それを出し抜いて、王都周辺から脱出ということだ。その助けをアネルザは、ケイラに求めたのだ。

 

 ケイラはすぐに応諾し、そういうことになった。

 アネルザは、ケイラと、ケイラの連れてきた手の者だけに守られて、単身でロウのところに向かうことになったのだ。

 そして、これに強引に同行を強請ったのがエルザだ。

 とにかく、自分もつれて行けと、しつこく強請った。

 アネルザは、この幽霊屋敷に隠れていた方が安全だと言って渋ったが、最終的には同意した。

 

 そして、翌朝には出発した。

 ケイラが使ったという移動術の隠し経路というのを辿って河に辿りつき、さらに海洋に出て、船を使って海を進んできた。

 そうやって、いまエルザはこのケイラと、そして、船室にいるアネルザととにも、王国南部のクロイツ領までやってきたという次第である。

 

 ともかく、エルザが強引に王妃アネルザのクロイツ領行きに同行することにしたのは、なによりもロウという男に対する好奇心だ。

 あのアネルザが英雄の器だと褒めちぎるロウが本当に、それほどの男なのか。

 まさに英雄というのは真実か──。

 あるいは、とんでもない詐欺師の色事師にすぎないのか──。

 是非、自分の目で確かめたい。

 

 正直にいえば、いまのところ、ロウという男にいい印象はない。

 あのキシダインを相手にしたことを聞く限り、行動力も責任感も頭の良さもとても素晴らしいし、エルフ王家の危機を救った実力は本物だろう。

 評判も抜群にいいというのはわかるのだが、本音をいえば、エルザは女にもてる色男というのが苦手なのだだ。

 それは、あのアーサーですっかりとこりごりになっている。

 女をとっかえひっかえする男に、親しみなど感じることはできない。嫌なのだ。

 

 だが、アネルザは、とにかく、一度ロウに抱かれて、愛人になれと勧めてしつこい。

 実のところ、愛人になどなるのは気が進まない。

 ただ一度見極めてやりたいという気持ちはある。

 だから、強引に同行してきたのだ。

 

「そして、もうひとついい知らせね。どうやら、クロイツ領で続いていた賊徒の叛乱は終わったそうよ。お兄ちゃんたちの活躍でね。さすがは、お兄ちゃんよ。賊徒の長は、お兄ちゃんの指揮する隊に包囲され、炎の中に飛び込んで自殺。主要幹部と賊徒となっていた農民たちもずべて処断されるか降伏をして、民衆反乱は完全に終わったそうよ。鳥を使った伝言が手の者から届いたわ、よかったわね」

 

 ケイラが言った。

 

「えっ、本当……? あっ、いえ、本当ですか?」

 

 思わず軽口の口調で訊ね返してしまって、エルザは慌てて言い直した。

 だが、ケイラはくすりと笑った。

 

「ざっくばらんでいいわ。ここまで来れば、問題ないと思うけど、一応、お忍びの旅だしね、気楽な友人同士に見えた方がいいしねえ。まあ、あんたも、お兄ちゃんの女になるんだろうし、お兄ちゃんの愛人ならば、わたしだけでなく、エルフ族王家のすべてを使って助けるわ。だったら、家族のようなものだしね」

 

 しかし、ケイラの言葉にどう応じていいか、エルザも困ってしまう。

 実際のところ、ロウの女にはなるつもりはない、

 だが、それは口にはしない方がいいのだろう。

 ケイラ=ハイエルといえば、あまり表には出ないが、長い歴史を持つエルフ王家の闇組織を牛耳る存在なのだという。

 エルザがロウの愛人候補者ということで、すっかりと心を許してくれているみたいだが、ひと言でも、そのつもりはないということを仄めかした途端、この親しげな態度が豹変されても困る。

 なによりも、アネルザもエルザも、周りをケイラとケイラの手の者に囲まれて、ほかに誰も周りにいない。

 このケイラの気を損ねたら、たちまちにエルザたちは殺されるかもしれないのだ。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 エルザはとりあえず、それだけを言った。

 

「いいのよ。さっきも言ったけど、お兄ちゃんの恋人は、わたしの大切な家族なんだから。心配しなくていいわ。エルフ王家はハロンドール王家の味方よ。いえ、王家でなく、あなたたちをね」

 

 ケイラは親しげに微笑んでいる。

 エルザはこっそりと溜息をついた。

 

 気は進まないが、エルザの立場としては、そのロウという男に一度は抱かれるべきだろうか。ロウ自身はともかく、ロウの持っている人脈は、調べれば調べるほど凄まじい。

 なによりも、ロウに身体を許すだけで、ロウが握っている女王侯貴族、女傑たちの助力が手に入るのだ。

 いまの王家としては、エルフ族王家の協力というのは、喉から手が出るほどに欲しい。

 アネルザからすれば、まさに降って沸いた天の助けのようにも思えるだろう。

 エルザひとりのことで、その状況を崩したくはない。

 ロウという男が、エルフ族王家との橋渡し役を握っているのであれば、彼の機嫌を損ねるべきではない。

 ロウがエルザなどを求めるの知らないが、もしも、求められれば、一度くらいは股を開くべきか……。

 

 まあいいか……。

 エルザは思考を巡らした。

 

 王家のためだ。

 我慢するか……。

 

 だが、アネルザやケイラ=ハイエルの会話によれば、かなり、特殊な女の抱き方をする男らしい。

 気持ちよくないのに、気持ちのいい芝居をするのは、アーサーとのことで慣れたが、アネルザたちの口にしたやり方で抱かれたときに、うまい演技ができるかどうかは知らない。

 正直自信はない。

 

 自慰以外に達したことなどないが、うまくできるだろうか。

 あの男は、とにかく簡単だったが、エルザの小芝居など、ロウという男に通用する気はしない。

 

 どうなることか……。

 

 ちょっと愉しみであったはずであり、だからこそ、無理矢理に同行したのだが、その機会がいざ近づくと、ちょっと怖くなったかもしれない。

 考えれば考えるほど、なによりも、アネルザたちが受けていたような抱き方をされて、演技ができる気がしなくなってきた。

 不安だ。

 

「ロウ様に会えるのが愉しみですね」

 

 しかし、それを表には出せない。

 とりあえず、エルザはケイラに語りかけた。

 

「ふふ、いいのよ、心にもないことを言わなくても」

 

 すると、ケイラが言った。

 エルザは戸惑った。

 

「えっ、心にもないことって……」

 

「あなたは、お兄ちゃんに抱かれたいとは思っていない……。わかるのよ。なにしろ、わたしはケイラ=ハイエルなのよ。あなたの子供の頃どころか、ご先祖様が生きていた時代から、王族として権謀術数の波の中で生きていたんだから……」

 

「えっ?」

 

 思わず、ケイラを見た。

 だが、それで言葉に詰まってしまう。

 ケイラは微笑んでいたが、実は目元がまったく笑っていないことにやっと気がついたのだ。

 

「だけどいいのよ……。なにしろ、お兄ちゃんは、そういうのが好物なんだから……。あなたは嫌がっていいし、心では抵抗していいのよ……。だけど、お兄ちゃんにかかれば、嫌がっても無理矢理にいうことをきかされるし、心で抵抗しても、結局従わされてしまう……。そして、お兄ちゃんはそういうのが好きなの……。ふふ……」

 

 ケイラは笑い声を声に出した。

 エルザはなぜか、ちょっとぞっとしてしまった。



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815 馬車の中の待ち人【南域】

 ガヤの港に着いた。

 エルザは、船というものには初めて乗ったが、気分が悪くなるということはなかった。しかし、アネルザはそうはいかなかったようだ。

 船室から甲板にあがってきたときには、まだ蒼い顔をしていた。

 ただ、足下はしっかりとしていた。

 

「ふふ、人間族というのは不便なものだねえ。ちょっとばかり船が揺れたくらいで、あんなに気分が悪くなるんだから」

 

 ケイラ=ハイエルがからかうように、アネルザに声をかけた。

 下船を待っている船の甲板の上である。

 エルザたちは、荷と荷の間の隙間に立っていた。三人とも頭をフードで覆うマントを身につけている。

 

 そもそも、エルザたちが乗船してきたのは、荷を運ぶ貨物船であり、それに乗り込ませてもらって、やってきたのだ。

 そして、すぐに降りないのは、荷おろしを優先させているうちに、人足にやつしたケイラの手の者が散り、周辺の安全を確認しているからだそうである。また、司令部にしている館に寝泊まりしているイザベラやロウに連絡を入れるそうだ。

 なにしろ、いきなり決定した王妃アネルザの南部行きだけに、その連絡の報せと、エルザやアネルザのガヤの到着はほとんど同時くらいらしい。従って、まだ連絡が届いていない可能性が高く、それも待ってから下船をすると伝えられている。

 

「おかげさまでね……。一生分の嘔吐を一日の船旅でさせてもらったさ。まあ、だけど、ポーションを飲んだからね。気分は悪くない。問題ないよ」

 

 アネルザが肩を竦めた。

 

「へーえ、船酔いに効くポーションなんてあるの?」

 

 ケイラが首を傾げた。

 

「そんなものあるものかい。あったら、最初から飲んでる。だけど、船酔いの原因の揺れがなくなったからね。そうなれば、その場の身体の調子さえ戻せばなんとかなるんだ。それで低級の毒消しの薬液で、なんとかすっきりしたよ」

 

「船酔いに毒消し? そんなものが効くの、アネルザ?」

 

「効くだろう。常識じゃないかい」

 

「そんな常識は知らないわね。そもそも、船の揺れ程度で身体の調子を悪くするエルフ族はいないんだから」

 

 ケイラがけらけらと笑う。

 本当に、この女性があのエルフ王室の裏世界を牛耳るケイラ=ハイエルなのかと疑うくらいの屈託のない笑い声だ。

 とにかく、このふたりは、会ったばかりのはずなのに、本当に仲がいい。

 エルザには理解できない。

 同じ男の愛人だというのが、これほどまでに、他人であり、敵対関係もあるはずの違う王宮同士の者の心を結びつけたりするものなのだろうか。

 

「まあ、そういうことでは、エルザさんは、エルフ族に近いのかもね。あなたも初めての船だったんでしょう?」

 

 ケイラがエルザに顔を向ける。

 

「まあ、体質なのかもしれません……。ところで、王妃様のことは呼び捨てなのに、わたしのことが“さん”付けなんて……。どうか、わたしも呼び捨てでお願いします」

 

 エルザは言った。

 

「じゃあ、そうするわ、エルザ」

 

 ケイラがフードの中の顔を綻ばせた。

 

 しばらく、そのまま船の甲板の上で立って待っていた。

 すぐに大勢の人足たちが乗り入れてきて、慌ただしく荷が港側に運びおろされ始める。

 ケイラの話では、荷の大半は、穀物や塩、そして保存のきく食料らしい。

 

 農民たちの大叛乱だっただけに、このクロイツ領の秩序の回復が目下の重要施策である。そのため、食料の供給を絶やさないために、まずは大量の食料が運び込まれるのだそうだ。

 一度乱を起こした農民たちは、飢えれば再び暴れる可能性がある。

 それを防ぐために、十分な食料があることを示すのだ。船からおろされた食料の荷は、そのまま多量に準備されている荷馬車に載せられていっている。これをあちこちの村落に運び込ませようということなのだろう。

 貨物船は、この船だけでなく、十数隻の船団になっていて、これだけでも乱が終わったばかりのクロイツ領を飢えさせないだけの十分の量があるかもしれない。

 なかなかによく考えていると思った。

 

 そして、この船団が戻るときに載せられるのは、農民たちから取りあげた大量の武器だそうだ。

 こっちについては、まだ乱が鎮圧されて数日にしかすぎないので、武装解除は進んでいないらしく、載せる方の荷の集まりはそれほどでもない。

 いずれにしても、この食料の船団そのものは、賊徒との決戦の前から準備されていたもののようなので、つまりは誰かが先を見越して手配をさせていたということになる。

 そういう行政的なセンスがあるのは、誰なのだろう。

 

 イザベラ?

 それとも、あのヴァージニアといかいう侍女長?

 まさか、ロウという男が……?

 

 いずれにしても、正直にいえば、妬みのような気持ちになった。流通にしろ、行政にしろ、王家に生まれて教育を受け、自分だったらこうするのにとか、あるいは、ああするのにとか、それとも、無駄だと思うような施策や、不合理なやり方に接したりしては、その都度、苛立ちのようなものを感じ続けてきた。

 しかし、平民出の生母から生まれた王女に、政治に関与させてもらえるような立場が与えられるわけもなく、結局、王家からエルザに与えられたのは、政略の駒としてタリオ公国へ嫁ぐことだった。

 それでもなお、実は期待もしていた。

 だが、そこでもまた、エルザが心から好きな政事(まつりごと)に関与させてもらえなかった。それどころか、とんでもない男尊女卑の自尊心の高い夫で、一度だけ、エルザが国政を手伝いたいと申し出たときには、しらけた表情でせせら笑われただけで……。だから……。

 

 ああ、思い出したら、嫌な気分になってきた……。

 

「どうかしたかい、エルザ? おかしな顔をしてるよ」

 

 すると、アネルザが声をかけてきた。

 

「い、いえ、なんでもありません」

 

 エルザは首を横に振った。

 

 しばらくして、船を降りることになった。

 すでに馬車が待っていて、馬車の前には、イライジャとミウとユイナが待っていた。

 三人とも、一度、王都のロウの屋敷でで会っているので面識はある。

 この三人に加えて、マーズという大柄の闘女あがりの娘と獣人戦士のイットの五人がロウというリーダーの指示で王都に現れ、結局、彼女たちはそのまま離宮に向かって、イザベラと接触し、そのまま、この南部地方のクロイツ領に向かっていったのだ。

 王都に入る情報によれば、大変な騒乱だったようであり、心配もしたが、こうやって無事にしている姿を見るとほっとする。

 

「おう、お前たち、無事なようだね。そして、感謝するよ。イザベラを助けてくれて。みんな無事かい?」

 

 馬車の前に辿り着くと、アネルザが彼女たちに抱擁をする仕草をする。

 

「無事といえば無事なのかもしれないわねえ。だけど、賊徒たちの大軍に包囲されて死にそうになって、このミウなんて、賊徒にさらわれて拷問を受けたりして……。まあ、そういうことを総じて、最終的には無事といえるかもしれないわねえ」

 

 横から口を挟んだのは、褐色エルフ娘のユイナだ。

 相変わらず、傍若無人な態度で、逆に、ちょっとほっとしてしまう。

 

「拷問を? 本当かい、ミウ?」

 

 びっくりした声をあげたのはケイラだ。

 

「とっても意地悪な目に遭いました。だけど、一番可哀想なのはシャングリアさんです。戦場で磔にされて、犯されそうになったりして……」

 

「はああ?」

 

 アネルザだ。

 エルザも驚いた。

 それは無事の範疇なのか?

 

「まあ、話はゆっくりと……。とにかく馬車にどうぞ。中でお待ちですよ」

 

 イライジャが話を遮り、馬車への乗車を促した。

 

「ああ、そうだね」

 

 アネルザが頷く。

 かなりの大きな馬車であり、十人は乗れるような大きなものである。

 ミウが馬車の扉を開く。また、イライジャが馭者をするようであり、そのまま馭者台に向かうみたいだ。

 馬車の中に入る。

 驚いたことに、そこには王太女のイザベラが腰掛けて待っていた。

 

「えっ?」

 

 エルザは思わず声をあげた。

 

「こんなところで、なにをしてるんだい、イザベラ?」

 

 エルザに続いて、馬車の中に入ってきたアネルザも声をあげる。

 

「せめて出迎えをな。だが、表に出ると目立つということで、馬車の中で座ったままなのは許して欲しい……。ケイラ殿、ご苦労様でした。ロウがお待ちかねだ。しかし、まさか王妃殿下を連れてくるとは思わなかった。ロウも驚いていたぞ。そして、王妃殿下、エルザ、久しぶりだ。なんとか生きのびた。みんなのおかげでな」

 

 馬車の中のイザベラが座ったまま頭をさげる。

 イザベラも、ケイラ=ハイエルとは随分と親しいみたいだ。

 

「ほらほら、さっさと乗ってよ。後ろが詰まってるわよ。さっさと戻れって、あいつが言っていたでしょう。また、お仕置きされるんだから、乗ってよ──」

 

 馬車の外から怒鳴ったのはユイナだ。

 

「ふふふ、相変わらず元気だな、ユイナ。ところで、わたしがやってくることは、ロウも知っているんだろうね」

 

 アネルザが訊ねた。

 そのあいだに、全員の乗車が終わる。

 すぐに馬車は進み出した。

 

「知っている……。といっても、たったいまの話だがな。とりあえず、わたしが出迎えにきたということだ。なにせ、ほかの者とは違って、大して役に立たん。みんなが忙しそうにしているのに、これといって、役目がないのはわたしくらいのものだ」

 

 イザベラが笑った。

 

「役目がなくて、結構じゃないのよ。あいつも人使いが荒いんだから。復興なんだかしらないけど、明日の朝までに生活魔道具を大量に作るように命令されているし。そのうえで、出迎えにも行けって、わたしも暇にしたいっていうのよ」

 

 文句のようなことを口にしたのは、ミウとともに前側の座席に腰掛けているユイナだ。どうでもいいけど、前にも会ったときもそうだったが、これだけの王族たちの前で、かなりの悪舌だ。

 確かに、関心するほどだ。

 

「ふふふ、そんなこと言って、護衛として命令されたのは、あたしだったのに、わざわざ、心配してついてきてくれたのですよね。ありがとうございます、ユイナさん」

 

 すると、ミウが口を挟んだ。

 

「ふん、あんたも、魔道馬鹿の直弟子のくせに、とろくさいところがあるからね。前回もあっさりと賊徒にさらわれたりして……。とてもじゃないけど、ひとりにさせられないわよ。とにかく、わたしと離れんじゃないのよ──。いいわね、ミウ」

 

「はい、ユイナさん」

 

 ミウがにこにこしながら言った。

 

「それにしても、その身重の身体で戦場に出るなんて、心配なんてものじゃなかったよ。体調はいいのかい?」

 

 アネルザがイザベラに訊ねた。

 イザベラとアネルザは真ん中に席に並んで座っている。

 エルザは、ケイラとともに最後尾に腰掛けていた。

 

「心配ない、王妃殿下。母子ともに順調らしい。丈夫な子だ……。それに、毎日、精を飲んでいるしな。おかげで、身体の調子もいいのだ」

 

 毎日、せいを飲む──? “せい”って、精?

 もしかして、聞き間違いか?

 エルザは首を傾げた。

 

「ああ、お兄ちゃんの精液ね──。ふふ、毎日、飲んでるの? それもお兄ちゃんの命令?」

 

 すると、ケイラが面白そうに口を挟んだ。

 やっぱり、精液のこと──?

 妊婦なのに?

 エルザは唖然とした。

 だが、冗談を話している感じではない。

 そもそも、王族が語る話題でもないだろうが……。

 

「なに言ってんのよ、王太女。精を飲むと胎教にいいだなんて、あいつのでまかせにきまってんでしょう。しかも、毎回、後ろ手に手枷を嵌めて、フェラをするんでしょう? いいかげんに騙されているって、わかんないの?」

 

 ユイナだ。

 手枷──?

 フェラ──?

 エルザは耳を疑ってしまった。

 

「いや、ユイナ、最初はわたしも騙されていると思っていた。しかし、実際に身体にいいのだ。自分でもわかる。お腹の中の子だけでなくて、わたしも体調もいい。肌の艶からして違う。とにかくわかる」

 

「ほう、確かにいい肌になったな。よかった、元気そうで」

 

 アネルザだ。

 にこにこと笑っている感じだ。

 いや、おかしいだろう。

 妊婦が毎日、セックスをするなど問題ないのか?

 

「わたしのときも、毎日、愛し合ったわ。お兄ちゃんとのセックスが赤ちゃんを元気にするのは本当のことよ。毎日、精を飲ましてもらったらいいわ。上からも下からもね」

 

 すると、ケイラも口を挟む。

 エルザは絶句してしまった。

 そもそも、ケイラの物言いは、まるで、ロウとの子を産んだことがあるような口ぶりだ。

 そんなはずはないのに……。

 そもそも、なんという破廉恥な……。

 

「へえ、知りませんでした。だったら、いつか、あたしもロウ様のお子を妊娠することになったら、毎日、愛してもらいたいです。いっぱい、いっぱい精も飲みます」

 

 ミウだ。

 

「だ、か、ら、そんなわけないでしょう──」

 

 ユイナが呆れたように怒鳴った。

 エルザは、黙ったまま大いに頷いた。



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816 浴場会談(その1)【南域】

 やって来たのは、ガヤの城郭の中心部にある石造りの大きな建物だった。

 もともとはガヤを治める政庁官の屋敷だった場所ということであり、政庁官の家族が生活するとともに、ここで行政業務もしていたそうだ。

 そんな構造になっている。

 

 政庁官家族を惨殺した賊徒たちが一度拠点にし、その後、南方王国軍が奪回して司令部として占拠しているということだ。

 いまは、イザベラの仮政庁というところだろう。

 

 馬車が奥に乗り入れられるような前庭の造りになっていて、エルザやアネルザが乗っている馬車は、そのまま屋敷の敷地内に入り、中心部の建物に向かってゆっくりと進んでいく。

 馬車の窓から眺めていると、多くの王軍の兵たちの姿が動き回っているのが見えた。

 しかし、馬車は政庁部らしきの前には停まらず、さらに奥に進んでいく。

 すると、歩いているのがエルフ族の女兵たちばかりになり、馬車は最初に通り過ぎた大きな入口のようなところではなく、小さな入口に辿り着いた。

 エルフ族の女兵がふたり立っている。

 

「ここだ」

 

 イザベラが声をかけた。

 馬車の扉が外から開かれる。

 開けたのは、エルフ族の女兵だ。具足姿だが(かぶと)は被っておらず、美しい髪と端正な顔が露わだ。

 エルザが息をのむほど美しい。

 思わず、見とれてしまうほどだ。こんなに美しい女性が一介の女兵というのは少し不似合いのように思った。

 

「王妃殿下、エルザ様、遠路お疲れ様です。ようこそおいで頂きました」

 

 馬車の外でエルフ兵とともに待っていたのは、イザベラの女官長のヴァージニアだ。

 エルザはノールの離宮でしばらく一緒だったので、もちろん面識はある。

 

「ああ、つつがなくやっているみたいだね。元気そうで安心したよ」

 

 アネルザが馬車の中から声をかけた。

 

「いいえ、死ぬかと思いましたわ。でも、こうやって、笑っていられるようになってほっとしてます」

 

 馬車の下にいるヴァージニアが白い歯を見せた。

 そして、アネルザが立ちあがって馬車を降りようとすると、扉を開けたエルフ族の女兵がそのまま手を取って、それを助ける。

 続いて、イザベラ。同じようにもうひとりの女兵が手を取った。エルザは続いて下車をし、ケイラ、ユイナ、ミウと降りる。

 

「あたしは、馬車を回してきます。ヴァージニア、あとはよろしくね」

 

 馭者台からイライジャが声をかけ、全員が降りたところで、馬車が動き去っていく。

 

「じゃあ、わたしたちもいいわね。ミウ、行くわよ。もう護衛役は終わりでいいんでしょう」

 

 ユイナがミウに声をかけた。

 

「えっ、でも、あたしは、皆さんと一緒に行こうかと……」

 

「なに言ってんのよ。あいつに命令されたノルマがあるって言ったでしょう。明日までに、生活魔道具を五十ずつ、二十種類納品できるようにしないといけないのよ。忙しいんだから──。まったく、なんで、そんなことやらないといけないのよ……」

 

「それは、ユイナさんが命じられたことじゃあ……」

 

「言われたことやらないと、折檻を受けるって言ったでしょう。あいつのことだから、くだらない悪戯をするに決まってんだから。いいから、手伝いなさい──。マーズにもやらせようとしたけど、あいつ、細かいことはだめなのよ。手伝ってったら」

 

「ええ──。だって……」

 

「だってじゃないわよ。昨日だって、戦場から戻ったばかりなのに、魔道具作り命令されて、面倒だから放って寝たら、薬を塗って貞操帯で封印して、仮想空間とやらに、一ノスかけて、一日以上放り込んだのよ。とんでもない鬼畜よ──」

 

「でも、その後、可愛がってもらったんでしょう。いいじゃないですか」

 

「あの貞操帯を外してもらうために、どんなこと喋らされたと思ってんのよ──。あんな屈辱もういやよ。とにかく、来なさい──。じゃあね、王妃様、皆さん。ごきげんよう」

 

 ユイナはミウを連れて慌ただしくどこかに行ってしまった。

 エルザは目の前の会話に唖然としてしまっていた。どうでもいいが、王女や王太女の前でする会話ではないだろう。

 それに、話の内容はさっぱりと意味がわからなかった。

 

 貞操帯──?

 一ノスで一日の仮想空間──?

 なんのこと──?

 それに、折檻……。

 

「ふふふ、相変わらず、愉しい娘ね。あれで魔道技師としては天才なんだから、本当にお兄ちゃんの周りには、人材が集まるわねえ。あの人間族の女の子も、人間族にするにはもったいないくらいの貴重すぎる自在型(フリーリィ)の魔道遣いだし」

 

 ケイラが愉しそうに笑った。

 アネルザも怒るでもなく、にこにこしている。

 問題ないのだろうか……。

 エルザは戸惑っていた。

 とにかく、随分と気安い。目の前のエルフ族の美しい女兵たちも、まったく緊張感のない様子である。

 

「では、中にどうぞ。まずは旅の汗をお流しください。大浴場に案内します。ガド様とロウ様もそこでお会いになるそうです。お待ちかねですよ」

 

 ヴァージニアが先導して建物内に進んでいく。

 大浴場で会う?

 身体を洗うことなどできない船室にずっといて、そのままここにきたのだから、面談の前に汗を流すのは当然だが、そこで会うというのはどういう意味なのだろう。

 もしかして、聞き間違ったのだろうか。

 

「大浴場? そんなものあったかねえ」

 

 前で廊下を歩くケイラが首を傾げるのが見えた。

 

「ガド様とスクルド様が魔道でお造りになったのです。ロウ様が喜ぶからと……。そりゃあ、すごかったですよ。大魔道なんて初めて見ましたが、あっという間に土がくり抜かれて地下室ができあがって、大きな石がどんどんと宙を動いていって……。本当に凄まじかったとしか……」

 

 先頭のヴァージニアが進みながら笑顔をこっちに向ける。

 魔道であっという間に造った?

 エルザはびっくりした。

 

「へえ、あいつもたまには、いい仕事するじゃないの。ポンコツ女王の面目躍如だねえ」

 

 ケイラがけらけらと笑った。

 

「ロウ様って、本当に浴場がお好きなんですねえ。ご褒美だといって、女王陛下とスクルド様はずっとその浴場で可愛がってもらってます。だから、ついでに、そこで王妃様たちともお話をしようかってことに……」

 

「へええ。じゃあ、アネルザ、そういうことでいいかい? 裸の会談ということじゃないかい。さっきも言ったけど、エルフ王家は、ハロンドール王家の要望を全面的に応じるつもりよ。見返りもなし。お兄ちゃんが望む限りのことだけど」

 

 ケイラが横を歩くアネルザに言った。

 

「そ、そりゃあ、ありがたいけど、ケイラ……。ところで、さっきから、女王とかいう単語が聞こえるんだけど、まさか、女王というのはガドニエル女王陛下のことじゃないよねえ」

 

 アネルザが戸惑いの声をあげた。

 エルザもそれが疑問だった。

 その前も、ヴァージニアが“ガド様”と口にした気がするし、“ガド”の愛称で思い浮かぶ女王というのはガドニエル女王しかいない。

 だが、ガドニエル女王は、百年間も表には出なかった謎の女王と呼ばれていて、しかも、エルフ王国の王や女王がナタル森林の外に出るというのは、長いエルフ族の歴史でもなかったはずだ。

 そんなはずはないのだ。

 

「あれ、言わなかった? うちのポンコツ女王は、ずっとお兄ちゃんと一緒よ。表向き、お忍びということになっていて、口外できないんだけどねえ」

 

 ケイラが言った。

 エルザは仰天してしまった。

 

「えっ、エルフ族の女王陛下がここにおられるのですか──?」

 

 思わず、後ろから口を挟んでしまった。

 

「まあ、そんな構えるような相手じゃないさ。お兄ちゃんの愛人になるんなら、全員が家族なんだから、気安くすればいいのよ。あれで魔道だけはものすごいから、一緒にいれば、ちょっとでもお兄ちゃんのお役に立つでしょうし。さっそく、いい仕事したようだから、これは褒めてやらないとねえ」

 

 ケイラが嬉しそうに言った。

 エルザは耳を疑った。

 本当に、本物のエルフ国女王のガドニエル陛下──?

 

 戸惑ったが、そのままみんなは何事もないように建物内を進んでいく。やがて、廊下は地下に降りる階段の前に着いた。にわか作りのようなまるで洞窟をくり抜いたような感じの階段だ。

 ただ、階段部分だけは磨かれたように綺麗になっていて、そこを全員で降りていく。

 そして、両開きの大きな扉の前に辿り着き、扉を過ぎると広い脱衣場になっていた。

 さらに奥に扉があり、そこが浴場なのだろう。

 大勢の女たちが愉しそうに話をしている声が聞こえてくる。

 

「では、お召し物をお預かりします」

 

 ヴァージニアが頭をさげた。

 そして、壁にある紐を引っ張って合図のような仕草をした。

 浴場側から鈴の音のようなものが聞こえた。

 すると、浴場の扉が内側から開いた。

 真っ白い湯気と温かい風が流れてくる。

 

「ええっ──」

 

 エルザは声をあげてしまった。

 現れたのは、イザベラの侍女たちだ。

 トリア、ノルエル、モロッコだ。イザベラとヴァージニアとともに、この南部の戦場に向かったと伝えられていた者たちだ。

 それはともかく、三人とも一糸まとわぬ素裸だ。

 全裸の三人がいきなり現れたのである。

 

「こんな格好で失礼をいたします、ふふ」

 

「し、失礼します」

 

「お手伝いします」

 

 トリア、ノルエル、モロッコが全裸のまま頭をさげた。

 三人とも、一介の侍女とは思えないくらいに、肌が綺麗で体型も素晴らしい。改めて、エルザは感嘆してしまった。

 それはともかく、エルザは彼女たち身体のある場所に思わず目をやってしまった。

 三人とも、股間にあるはずの恥毛が一本もないのだ。

 童女のようなつるつるの股間で、美しい亀裂もくっきりと見えている。

 悪いとは思うが、視線を向けてしまった。

 

「お前ら、その股はどうしたんだい? 前はちゃんと生えていたと思ってたけどね」

 

 しかし、アネルザが遠慮のない様子で面白がるように訊ねた。

 

「さ、さっき剃られたんです……。大浴場作りの記念に、全員の剃毛をするって、ロウ様がお言いになって……。さっきまで順番に剃られてました。それでこんなに……」

 

 トリアだ。

 顔を赤くして恥ずかしそうにしている。

 

 しかし、剃毛──?

 

 だけど、アネルザもケイラも別段驚いた感じでもなければ、憤る感じでもない。ちょっと呆れたように笑っているだけだ。

 

「相変わらずだねえ……。じゃあ、まだロウ殿も中なんだね?」

 

 アネルザだ。

 すでに、手伝ってもらいながら服を脱ぎ始めている。イザベラとケイラも侍女たちに手伝ってもらって、脱衣を開始した。

 ただ、エルザだけは戸惑ってしまって、そのままでいる状況だ。

 

 ええ?

 ええ──。

 えええ──?

 

 どうするのだ?

 本当に、全員で浴場に入るのか?

 いきなり裸になって──?

 

 だけど、エルザ以外は戸惑いの様子もなく、当たり前のように平然としている。

 すでに下着姿だ。

 それも脱ごうとしている。

 自分がおかしいのか?

 

「あ、あのう、浴場には女王陛下だけでなく、ロウ殿という方もおられるのですよねえ?」

 

 エルザは声をかけた。

 すると、全員の視線がエルザに集まった。

 

「ああ、申しわけありません。お手伝いします」

 

 ヴァージニアがエルザが服を脱ぐの手伝おうと手を伸ばす。

 

「わっ、ちょ、ちょっと待って──」

 

 エルザは慌てて両手で自分の胸を抱くようにしてしまった。

 

「どうしたんだい、エルザ? ああ、恥ずかしいのかい」

 

 ちょっと困惑した表情になっていたアネルザが、やっと合点がいったという顔になる。

 

「そういえば、まだ、エルザはお兄ちゃんの女じゃないのよねえ。だったら、服のまま入る? 別にいいんじゃない」

 

 ケイラも声をかけてきた。

 こうやって、話しているあいだにも、アネルザ、ケイラ、イザベラはすっかりと全裸になってしまった。

 三人ともとても美しい身体だ。

 アネルザなど、四十台とは思えない若々しい身体だし、それはケイラも同じだ。イザベラは少女らしい身体だが、お腹はちょっと膨らんでいて、それはそれで艶めかしい。

 なによりも、三人とも……いや、現れた全裸の三人の侍女も含めて、とても身体が綺麗すぎるのだ。

 それもあり、エルザは服を脱ぐのを躊躇(ためら)いたくなる。

 

「服を着たまま、ロウ様やガド様と面談されますか?」

 

 ヴァージニアが真顔で訊ねてきた。

 

「で、でも、女王陛下は裸ですよねえ?」

 

 エルザは当惑して言った。

 

「そりゃあ、もう。皆様、全裸です。タオルで隠すことも、ロウ様がお禁じになったので……。だけど、エルザ様はいいと思いますよ。そのままで入られては?」

 

 ヴァージニアだ。

 

「だ、だけど……」

 

 ええ?

 どうするの──?

 

 ガドニエル女王まで全裸でいる場所に、服を着たまま入るわけには……。

 でも、中には、ロウという男性もいるという……。

 

 そこになにも隠さずに入っていく勇気は、ちょっとエルザにはない。

 すでに、人の妻にもなっていた女が恥ずかしがるなんてとも思うが、恥ずかしいものは恥ずかしい──。

 

 どうする──?

 そもそも、どうして、誰も違和感を口にしないのだろう?

 本当に、エルザの感覚がおかしいのか?

 自分が無駄には恥ずかしがっているのは、不自然なことなのか?

 だいたい、さっきから“剃毛”だとか、“貞操帯”だとか……。ロウというのはとても好色な男と耳にしているし……。

 そんな男が待っている場所に、一糸まとわぬ無防備な全裸で──?

 

 エルザは困ってしまった。 



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817 浴場会談(その2)【南域】

 度肝を抜かれた。

 

 ヴァージニアと三人の侍女たちの案内で浴場側に入ったエルザは湯煙の中に見える光景に唖然としてしまった。

 

 なお、ヴァージニアと侍女たち、王妃アネルザにイザベラ、そして、ケイラは全裸であるが、エルザだけは乳房から腰までを隠す一枚の布を裸身に巻かせてもらった。やっぱり、初対面の男が待っている場所に、いきなり全裸で入る度胸はなかったのだ。

 

 脱衣所の向こうにあったのは、地下をくり抜いて構築したにわか造りとは思えないような立派な大浴場だった。

 広い床があり、その中心に三十人は問題なく浸かれるような大きな岩作りの浴槽があって、満々と温かそうな湯がたたえられている。

 また、浴槽の真ん中には、三角の塔を二匹の蛇がとぐろを巻いているオブジェがあり、その上から絶え間なく温かそうな湯が流れ続けてもいる。

 浴槽の深さは膝下くらいだが、その縁から溢れている湯が床に拡がり続けてもいて、それが浴室全体を温かい湯気で満たしているのだ。

 これを魔道で簡単に作ったというのは、想像もできない。

 とにかく立派な大浴場なのだ。

 これほどのものは、タリオ公国の大公館はもちろん、ハロンドールの王宮にもなかった。

 

 しかし、エルザが唖然したのは、この大浴場そのものに対してではない。それはもちろん驚愕したのだが、それよりも、こちらの入口側から見て、奥側に集まっている男女の集団の姿に驚いてしまったのた。

 奥側の岩床には、浴槽から出て休めるような寝椅子が五脚ほど並べてあるのだが、湯船の縁ぎりぎりに置かれているひとつの寝椅子に、ひとりの小柄な獣人少女らしき者が寝かされていて、そこに五、六名ほどの裸身の男女が集まっているのである。

 ただ集まっているのではない。

 獣人娘は寝椅子に寝かされ、両側の手摺りに膝を乗せさせられ、大股開きを強要されている。

 その開いている股間の前には、やはり裸の男がしゃがんでいて、なにか作業のようなことをしているのだ。

 また、全裸の女たちは、よってたかって獣人娘を四方八方から手で押さえつけてみたいだ。

 獣人娘は悲鳴をあげて逃れようとしているが、さすがにあれだけの人数に押さえられては逃げられないのか、股を開き、寝椅子に仰向けにされたまま動くことはできないようだ。

 

 だが、なにをしているのか……?

 

「やっ、やっ、やだあっ、ご主人様、やだあ、やだってばああ。やあああ──」

 

「ははは、抵抗するな、イット。わざわざ剃毛するために、股間の毛を復活してやったんだから、これは剃らないわけにはいかないだろう。みんなやったんだ。イットも我慢しろ」

 

 イットを呼ばれた獣人娘の前にしゃがんでいる男が愉しそうに笑った。

 もしかして、あの男がロウ?

 いや、そうなのだろう。

 この中で男は彼だけだ。ほかは全員女である。

 しかし、なにを……。

 

「最初は借りてきた猫みたいに大人しかったけど、最近はしっかりとご主人様にも刃向かうようになったわねえ。だけど、観念しなさい。ご主人様はイットの毛を剃りたいんですって」

 

「やったら、やです、コゼ様──。獣人にとって毛を剃られるなんて、首を斬られるのも同じです──。いやああ」

 

「ずっとなかった毛じゃないか。そんなに抵抗してどうする。まあ、抵抗したって、今日はやらせてもらうけどな」

 

「いつもながら、悪趣味だな、ロウ。だが、どうして、わたしたちに押さえつけさせるのだ。イットも奴隷なんだから、隷属の力で命令するか、いつもの粘性体の技を使えばどうなのだ」

 

「いや、こういうのは多少の抵抗を愉しむのが風情があるんだ、シャングリア。命令はしない。いやなら逃げることだ。まあ、逃がさないけどな。ほら、もっと押さえてくれ、みんな」

 

「命令じゃないなら、やです──。いやあああ」

 

「なら、あと五回ほど達するか? もう二十回を超えているのに、それだけ暴れられるのは、さすがの無敵の獣人戦士だが、そろそろ脱力してるだろう。ほら、尻尾を擦ってやる」

 

 男……ロウがイットのお尻の下に手を伸ばすのが見えた。尻尾の付け根辺りだろうか。

 とたんに、イットという獣人娘が身体を弓なりにして、がくがくと痙攣のような仕草をする。

 

「んひいいっ」

 

「エリカお姉ちゃんもなめなめしてあげるわね……。ふふふ、愉しいいい。スクルド、ブルイネン、もっと押さえつけて。コゼもよ──」

 

 ロウの横から裸身を入れた白い肌のエルフ女性がイットの乳房のあたりに顔をつけた。

 もしかして、舐めている?

 というか……自分はなにを眺めさせられているのか……。

 エルザは我に返りかけた。

 

「いつもと違ってのりのりねえ、エリカ。スクルド、そのでか乳を使うのよ。イットの顔にかぶせて。そうすれば、ちょっとは弱るわ。さすがに、なにもなしじゃあ、押さえられない。こいつ、本当に力が強くって」

 

「まあ、ではご主人様とコゼさんのご命令ですから、堪忍してくださいね、イットさん。ほらっ」

 

「んふううっ」

 

 顔を横から乳房を覆い被さるようにされて、イットは脚をばたばたさせだした。

 しかし、その脚がぴんと突っ張って、やがて全身が脱力したようになった。

 だが、イットに対する大勢の責めは、変わらずに続いている。

 でも、もしかして、いま達した?

 本当?

 

 そのとき、エルザは知らず、太腿を擦り合わせていることに気がついた。

 慌てて、姿勢を直す。

 だが、ちょっと子宮の奥が熱いような……。

 

「ご、ご主人様、ガドにもご命令を──。命令してください──」

 

「じゃあ、ガドはイットの足の指を舐めてやれ。そこもしっかりとした性感帯に育てている」

 

「はいっ、すぐに──。では、ブルイネン──。やりますよ──。あなたはイットさんの右足をお舐めなさい──。わたしは左足を担当します」

 

 黄金色の長い髪をしたエルフ女性が嬉しそうにざぶんと湯にとびこむ。

 イットを載せている寝椅子が浴槽の縁に寄せられているので、足側にまわるには湯に入るしかないのだろう。

 

「わ、わたしは……ちょっと……」

 

 一方で、ブルイネンと呼ばれた女性らしきエルフ女性が、ちょっと離れた位置で躊躇するように立っている。

 

 とにかく、なんだこれ?

 

 いずれにしても、とんでもない光景だ。

 

「ロウ、いい加減にせよ。王妃殿下をつれてきたぞ。お客人も一緒だ」

 

 呆れたような声をあげたのは、王太女のイザベラである。

 そして、イザベラはすっと湯に入って、何事もないように湯船の中に身体を横たえる。

 

「お取り込み中のところ、申しわけありません。王妃殿下、ケイラ様、並びに、エルザ様をご案内してまいりました」

 

 ヴァージニアだ。

 いつの間にか、ロウたちの近くにいる。

 

「お兄ちゃん──。ただいま──」

 

 すると、ケイラ=ハイエルは、ロウに向かって石床を駆け寄っていく。そして、座ったままこっちを振り返ったロウに抱きついた。

 

「おっ、享ちゃん。いま戻ったのか。早かったな」

 

「言われたことは調べたわ。だけど、王妃から直接に話を聞いてもらった方がいいかと思って、一緒に連れてきたの」

 

 ケイラに抱きつかれたロウが彼女を膝の上に載せ、抱き返してケイラの頭を撫でた。

 すると、これがケイラ=ハイエルかと思えないような、彼女は甘えた表情になる。

 

「やれやれ……。ロウ、久しぶりだ。とにかく、話を聞いておくれ……」

 

 アネルザはイザベラ同様に湯の中に入った。

 ざぶざぶとロウに近寄っていく。

 いつの間にか、エルザだけが取り残された感じになってしまった。

 いや、侍女たちはいる。三人の侍女については、まだエルザの後ろにいる。

 

「ほう、アネルザ……。よく、顔を見せられたな……。会いたかったぞ」

 

 ケイラを抱いたままのロウがちょっとすごむような表情になって、アネルザを睨んだ。

 これもまた驚くことに、それだけでアネルザはびくりと怯えたように身体を硬直させて、湯船の中で立ちすくんだようになってしまった。

 あのアネルザが──?

 エルザは、これにも呆気にとられた。

 

「ご主人様、あがります──」

 

「あっ、待って──」

 

「わっ、しまったわ──」

 

 脱兎のごとく駆けだしたのは、さっき全員から悪戯をされていた獣人娘のイットだ。

 あっという間に、エルザの横を駆け抜けて脱衣場側に駆け去ってしまった。

 一方で、イットの逃亡に声をあげたのは、多分、さっきコゼと呼ばれていた女性とエリカと呼ばれていた女性だと思う。

 改めて見ると、ふたりともとんでもない美貌である。コゼについては、まあ美人というよりは可愛いという感じだが、いずれにしてもとても美しい。そして、同性のエルザから見ても色っぽい。

 また、エリカというエルフ族の美女の胸には、きらきらと光る金属片のようなものがあるように思った。

 あれはなんだろう。

 

「あん、逃げちゃいました。ご主人様──。申しわけありませんわ。不甲斐ないガドに、どうかご折檻を……」

 

 そして、浴槽側でイットの足の指を舐めていたエルフ美女もまた残念そうに声を出す。

 

「いや、それよりもお客さんだ、ガド。そういえば、第二王女のエルザさんが一緒に来る予定だと伝えられてたっけな。忘れていた。ロウ=ボルグ・サヴァ……なんちゃら、サタルスです。こんな格好で失礼しますね、エルザさん」

 

 ロウが白い歯を見せた。

 なぜか、どきりとしてしまう。

 圧倒されるのだ。

 その理由はわからない。

 さっきまで破廉恥行動をしていた男に、畏怖のようなものを感じるのは違和感しかないが、なぜかエルザは、向こうにいるロウに声をかけられて、ちょっとたじろぎのようなものを覚えてしまったのだ。

 どうして……?

 わからない。

 

「ガド、お前も挨拶だ。女王モードだ」

 

 ロウが浴槽側でしゃがみ込んでいたエルフ美女に声をかけた。

 すると、相好を崩していた顔が急に真顔になり、彼女がその場にすっと立ちあがった。

 

「ナタル森林王国の女王ガドニエルだ。見知りおいてもらいたい……。ところで、誰ですか?」

 

 こっちが畏怖するような目線でエルフ美女がこっちを見る。だが、すぐに表情を崩して首を傾げた。

 

「この国の王妃よ。もうひとりはわからないけど……。相変わらず、ポンコツねえ」

 

 呆れたような声をあげたのはコゼだと思う。

 随分と気安そうだが、もしかして、このエルフ女性が女王がガドニエル陛下?

 

「あ、あのう、エ、エルザでございます。そこのイザベラの姉になります」

 

 エルザは硬直してしまったたが、慌ててその場で膝を曲げて頭をさげる。

 

「減点ね、ガド」

 

 ロウの膝の上のケイラがぼそりと言った。

 

「そんなあ、大叔母様」

 

 すると、ガドニエル女王(?)が切なそうな顔になる。

 

「まあいいや……。とにかく、楽にしてください、エルザさん。ところで、アネルザからの話はともかく、さっそく南方統治を任せることができる人材を連れてきてくれたのか、アネルザ。お説教の前に、それについては礼を言わせてくれ。うん、確かにいい人材だ。素晴らしい統治能力を持ってそうだ」

 

 ロウが口を挟んできて、エルザに目をやりながら微笑んだ。

 じっと見られて、エルザは布の上から押さえる手に力を込めてしまった。

 だが、それはともかく、南方統治を任せるって……?

 人材?

 

「いや、ロウ、王妃殿下にそれを依頼した手紙は送ったばかりだ。アネルザ様がいまここにいるということは、多分、わたしの手紙は入れ違いになっていると思う。エルザ姉上がここに来たのは偶然だ」

 

 イザベラは口を挟んだ。

 しかし、エルザにはなにを話しているのか、どうにもぴんとこない。

 

「そうなのか、イザベラ。まあいいか。とにかく、このエルザを俺にくれ、アネルザ。この荒れた南方統治を任せたい。いいだろう、イザベラ? 独裁官からのお願いだ」

 

 ロウが湯に浸かるイザベラに顔を向ける。

 

「また、勝手に……。まあ、好きにせよ。姉上が承知すればのことだが……」

 

「じゃあ、決まりだ。エルザさん、今日から、このクロイツ領を中心とする南方地方を任せます。官職名はなにがいいですか。“総督”、“地方長官”。“代理王”とか、“副王”でもいいですよ。好きなのを選んでください」

 

「ま、待ってください。一体全体、なにを言われているのか……」

 

 エルザは途方にくれてしまった。

 

「ロウ、それはいいが、その前にわたしの話を聞いて欲しいんだ。お願いだ――。それと、ガドニエル陛下、ご挨拶があとになることをお許し願いたい。この国の王妃のアネルザです」

 

 すると、アネルザが声をあげた。

 そして、湯の真ん中で立ったままだった裸身を跪かせ、その場で頭をさげる。

 エルザは目を疑った。

 

「わかっているよ。多少は話を聞いている。お前らが始めた騒動で、サキが臍を曲げて、王宮を閉鎖して閉じこもっているんだろう。王都に戻ったら、あれの尻をぺんぺんしてやる。それで一連の騒ぎは終わりだ」

 

 ロウが笑った。

 だが、アネルザは湯の上で頭をさげたまま、首を横に振った。

 

「ち、違うんだ。多分、サキは捕らわれていると思う。殺されてるかも。ミランダも、ベルズもだ。もうわたしにはどうしていいかわからない……。頼む……。王家を……この王国を救ってくれ。お前がなんとかできるかわからないが、もう、お前にしか頼れない」

 

 アネルザが悲痛な口調で言葉を続ける。

 ロウが顔色を変えたのがわかった。

 

「……サキが殺されているかも……? 詳しく話せ、アネルザ」

 

 そして、ロウがアネルザを睨んだまま、静かに言った。







【副王】

 
 第一帝政の初代帝であるロウ=サタルスが統治地域を配下の女性たちに分割統治させる際に、女王たちに与えた官職名であり称号。皇帝代理、地方長官の意味を持つ。

 ……(中略)……。

 副王制度が正式なものになった際に、公的に最初に副王に任命されたのは、「ハロンドール副王イザベラ」「ナタル森林大王国副王ガドニエル」「デセオ副王イザヤ」「タリオ=カロリック統一国副王ロクサーヌ」及び「エルニア国副王スイギョク」である。 
 この際、ハロンドール国については、西部地方にあったリィナ=ワイズの治める「列州同盟」と南部地域のエルザ総督の管理地域も事実上の独立地域であったため、この両地方のそれぞれの統治者も副王に数えることもあるが、このふたりについては、女王会議の構成員ではあるものの、正式に副王に任命されたわけではなく……(中略)。

 ……。
 ……。

 そして、第二帝の時代になると、副王制度の性質も変化をし……。



ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


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818 浴場会談(その3)【南域】





「スクルド、全員の伝言球を飛ばせ。集合だ──。あっ、いや、親衛隊はいい。隊長のブルイネンから、あとで説明してやってくれ。それと、集まってくる者については、服は脱ぐ必要はないとも伝えてくれ。そのまま、浴場に入ってこいとね」

 

 しばらくのあいだ、アネルザの話を黙って聞いていたロウが顔をあげて、スクルドという女性に指示をした。

 ついさっきまでの、悪戯小僧のようなにやつきはすっかりと顔から消え去り、とても険しい表情になっている。

 エルザは、勧められて浴槽には向かっており、ロウたちが集まっている側とは距離をとった縁に腰をおろして膝から下だけを湯に浸けて、ロウとアネルザの会話に耳を傾けていた。だが、ちょっと前まで、周囲の女たちと卑猥な遊びをしてたロウの豹変に、少しばかり当惑してしまった。しかも、この瞬間は怖いほどに真剣な態度であり、この人はこんな顔もできるのかとも感嘆した。

 

「お任せください」

 

 ブルイネンというのは、ガドニエル女王のそばにいた毅然とした感じのエルフ女性だ。最初に獣人少女に皆が群がっていたとき、ひとりだけ離れていた女性である。話の流れからすれば、女王親衛隊の隊長かなにかなのだろう。

 そのブルイネンに、直接にロウが指示を出す関係についてはよくわからないが……。

 いや、この集団の関係性には、まだ違和感しかない。

 なぜ、ロウが王妃や女王、王太女までいる状況で完全に主導権を握っているのか……。

 エルザには戸惑いしかない。

 

「わかりましたが、シャーラさんはどうしますか?」

 

 一方で、豊かな乳房を持つ人間族の女性が訊ね返した。

 あれがスクルドだろうか。

 どこかで会った気もして、思い出そうとするのだが、なぜか考えると急に頭がぼんやりとした感じになり、彼女の顔がわからなくなる。

 しかし、彼女に対する思考をやめると、柔和で優しげな笑みを浮かべる彼女の表情が知覚できるのだ。

 変な感じだ。

 それはともかく、そういえば、イザベラの護衛隊長のシャーラの姿が見えないと思った。あのふたりが一緒にいないというのは珍しい気がする。考えてみれば、港までわざわざイザベラが出迎えにやってきたとき、護衛のシャーラの姿はなかった。

 

「もちろん、シャーラもだ。大事な話だ」

 

 ロウだ。

 

「了解ですわ」

 

 スクルドが軽く手をあげると、透明の球体が数個出現して、すぐに宙に溶けるように消えた。

 あれは、上級魔道遣いがよく通信に使う“伝言球”というものだろう。

 

「ああ、そういえば、シャーラがいないんだねえ。どうかしたのかい? あいつがイザベラのそばにいないなんて」

 

 口を挟んだのはアネルザだ。

 ロウと話をするために、いまはロウの側に寄って湯に半身を浸けている。

 

「たまには休暇だ。滅多にないことだからな」

 

 イザベラが応じた。

 そのとき、ロウのそばにいた小柄な女性、コゼがくすりと笑った。

 

「昨夜はシャーラもご主人様の当番だったんです、王妃様。だけど、朝方に始めたご主人様のフルコースとやらに耐えられなかったらしくて、今日は動けそうになかったんで、姫様が急遽、休みを言い渡したんですよ」

 

 コゼはくすくすと思い出すように笑い続けている。

 

「珍しいねえ。あれがイザベラの護衛任務を放棄して、休暇を受け入れるなんて」

 

 アネルザだ。

 

「いや、あれは受け入れたというのか……。わたしたちが呼ばれて部屋に入ったときには、口から泡を吹いて、失禁もして、意識がない状態だったな。休みを受け入れたというよりも、そうせざるを得なかったというところだろう」

 

 コゼに続いて口を挟んだのは、凛とした雰囲気の人間族の美女である。彼女についてはなんとなく記憶がある。

 確か、女騎士のシャングリアだ。

 エルザがタリオに嫁ぐときには、すでにそこそこ王都でも有名な存在であり、そういえば、ノールの離宮でイザベラたちと合流してから、あのシャングリアも冒険者としてのロウのパーティー要員だと教えられた気もする。

 

「相変わらずだねえ」

 

 アネルザが嘆息した。

 

「ご、ご主人様、先ほど話に出たフ、フルコースとはなんですか。わ、わたしは経験させてもらってないと思うのですが――」

 

 すると、ガドニエル女王が突然に大声をあげた。よくわからないが、すごく切羽詰まった感じでもある。

 

「フルコースはフルコースだよ、ガド。まあ、そのうちな。それに、シャーラのはフルコースじゃないぞ。その半分で動かなくなって断念した。半コースだな」

 

 ロウが笑った。

 すると、怖そうだった顔が柔らかくなり、とても親しみやすそうな雰囲気に一瞬で変わる。

 エルザは急に胸が締め付けられる気持ちになり、またもや、自分の変化に戸惑ってしまう。

 

「そ、そのうちとはいつでしょうか? こ、今夜でしょうか――。それとも、明日……」

 

 しかし、女王がさらに詰め寄るような物言いになる。どうでもいいが、ガドニエル女王というのは思っていたよりもかなり、愉快な性質の方みたいだ。

 

「ガド、自重してください。そもそも、この話の流れで今夜ということはありません」

 

 ロウのそばにいる乳首に金属片のあるエルフ美女がぴしゃりと言った。

 

「そうね。黙りなさい、陛下」

 

 さらに、ケイラだ。

 女王がしゅんとなる。

 

「さて、ところで、これからのことについて話し合いをする前に、申し訳ないが片付けなければならないことがある……。エルザさん――」

 

 すると、突然にロウがエルザの名を呼んで、こっちに視線を向けた。

 なぜか、エルザはその場でびくりとなってしまった。

 

「は、はい。なんでしょう?」

 

 エルザは慌てて応じたが、恥ずかしくも声が少し裏返ってしまった。

 どうして、こんなに動揺するのか……。

 自分で自分が理解できない……。

 

「ここから先の話は申しわけありませんが、身内だけの話になります。大事な話になるんです。秘密事項ですから……」

 

 すると、ロウが静かな口調でエルザに言った。

 しかし、エルザはちょっとびっくりした。

 

「わたしが身内ではないとおっしゃるのですか。イザベラの姉であり、義理の関係とはいえ、そこにいる王妃アネルザ様の娘なのですが」

 

 少しむっとした。

 身内ではないと言われたのが、自分でも驚くほどに不本意だったのだ。

 

「そして、タリオ大公アーサー殿の妻でもある」

 

 ロウが言った。エルザの身分を正確に知っていたのは意外だったが、まあ、誰かが教えたのだろう。

 

「わたしは、すでに離縁した出戻りです。そうでないのは手続きだけの話であり、わたしはハロンドール王室に戻ったのです。まさか、裏切りの懸念を?」

 

 そもそも、この集まりの中で、ロウというのはどういう立場なのか?

 なぜ、ロウからそんなことを言われないとならないのか。

 さすがに、裏切る可能性のようなことを示唆されては、エルザも穏やかではいられない。

 

「そうではなくてですねえ……。なんというか、絶対にこれからの話を口外しない保証がないですよね。仲間じゃないですから……。必要な話は、あとで必ずお伝えすると約束します。ですから、おひとりにして悪いですが、ここから一度退出を」

 

「わ、わたしに出ていけと? だ、だって、彼女たちだって……」

 

 思わず、三人の侍女に視線をやってしまう。

 人払いしたいのは理解できるが、侍女たちすら同席を許される会合に、ハロンドールの第二王女である自分が許されないのか――。

 

 不本意だ。

 そうだ。

 とても、不本意なのだ。

 

 なによりも、ロウに仲間でないと断定されたのが、自分でも理解できないほどに腹がたった。

 実際に会ったばかりであって、ロウがそう思うのは当たり前だとは、理性ではわかる。

 しかし、不可思議にも、エルザはロウから阻害されようとしていることに、ものすごく動揺している。

 

「だったら、仲間になればいいさ……。それで裏切りはできない……。そもそも、そのつもりだったはずさ。そうだよね、エルザ?」

 

 すると、アネルザが口を挟んできた。

 アネルザだけでなく、この浴場にいる全員の視線がエルザに向いていることに気がつく。

 

「……それとも、仲間になりますか、エルザさん?」

 

 ロウが口の端をあげて微笑んだ。

 その瞬間、突然に魅了の術にでもかけられた気分になり、エルザはぐらりと倒れそうな錯覚に陥る。

 これまでに、散々に言われてきたから、ロウの仲間になるというのが、どういう意味であるのかはわかっていた。

 彼は多くの女と愛を交わす。

 そして、愛を交わした女のことは大切にする。仲間になるということは、つまりそういうことなのだ。

 少しばかりは、覚悟のようなものもしていたが、いきなり言われても……。

 

「な、仲間とは……?」

 

 しかし、思わず、なにも知らない感じで訊ねていた。

 口に溜まった唾液を飲み込む。

 

 そもそも、なんなのだ。この男は……。

 

 見られるだけで、身体が熱くなる?

 ありえないが、どんどん圧倒される。落ち着かない気持ちになるのだ。

 しかも、子宮の奥がじんじんと疼くような……。

 

 見つめられて、話しかけられるだけで?

 

 あり得ない――。

 

 あり得ないはずなのに……。

 

「仲間というのは、この男の女になるということさ、エルザ」

 

 アネルザだ。

 にやりと微笑んで、さらに口を開く。

 

「……ここにいるのは、王妃もない。王太女もない……。多分、ガドニエル女王陛下もそうなんだろうさ。この集まり……ファミリーの中心はロウ……。そのロウに集まる女たちの一党だ。それに加わるか、あるいは、とりあえず、ここから退出するかだ……。覚悟しなよ。さあ、どうするんだい、エルザ?」

 

 アネルザが白い歯を見せた。

 

 わたしは……。

 

「なるほど……」

 

 すると、突然にロウがその場に立ちあがって、ざぶざぶと湯の中をわたってこっちに近づいてきた。

 

「わっ、わっ」

 

 思わず赤面して声を出す。

 なにしろ、なにも隠すことなく近づくので、股間の性器も露わだ。

 どうしていいかわからない。

 

「エルザさん……。いやなら、振りほどくことだ」

 

 全裸のロウが微笑みながら、硬直して動けないエルザの目の前にきて、顎を持って、くいと軽く上を向かせた。

 しかも、エルザの胸から下に巻いている布をもう一方の手で掴んでいる。

 

「えっ? えっ? えっ?」

 

「俺たちの一党に入るんだ……」

 

 ロウがエルザの耳元でささやき、顔をエルザの顔に接近させてきた。

 それだけでなく、布を握っている手に力を入れたのがはっきりとわかった。

 

「ひいっ」

 

 さすがにエルザは、激しく抵抗しようとした。






 ゆっくりで申しわけありません……。


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819 性奴になる損と得-出戻り王女

 ロウの顔がエルザの顔に接近するとともに、エルザの身体に巻かれている布をぐっと握る。

 

「ひっ」

 

 さすがにエルザは、激しく抵抗した。

 

 いや、抵抗しようとした……。

 

 しかし、実際には、エルザの身体は意思を失ったように動かなかった。簡単に身体に巻いた布を剥ぎ取られてしまう。

 

「いやっ」

 

 まるで小娘のような声を出して、エルザは両手で自分の身体を抱くように乳房を隠した。

 次の瞬間、顎を持たれているロウの手に力が入る。

 強引に顔をさらに上に向けさせられて、唇を重ねられた。

 

「んんっ」

 

 舌が口の中に入ってきて、口の中を蹂躙される。

 途端に全身に甘い疼きが駆け巡り始めた。

 

 なに──?

 これは、なに──?

 

 エルザは混乱した。

 

 だって、たかが口づけのはずだ。

 

 しかし、それはエルザが知っている口づけとはまったく異なるものだった。

 柔らかく舌で口の中でくすぐられ、そして、すぐに、次第に力を込めたように口中全体を捏ね回すような舌先の愛撫になり……。

 

 力を入れようとしても、強烈な快感が連続して起こり、腰が砕けていく。

 もしも、浴槽の縁に座っていなかったら、エルザはその場に跪いてしまったかもしれない。

 

 舌の愛撫が続く。

 身体がかっと熱くなる。

 

 全身に潜んでいた性感という性感が目覚めきり、沸騰した感じになる。

 痛いくらいに乳房の先端が固くなり、股間からつっと蜜が流れて内腿を濡らしていくのがわかった。

 

 エルザは恐怖さえ覚えた。

 自分が自分でないものに作り替えられていく……。

 それを本能で感じた。

 

 いまなら、多分、引き返せる──。

 

 いまなら──。

 

 だが、できない。 

 

 あまりの甘美感にエルザは、目の前のロウを振りほどくことができない。

 それどころか、とにかく、すがりたくなり、ロウの裸の背中に両手を伸ばして、抱きしめさえした。

 

 こんな口づけがあったのか……。

 

 ロウとの口づけ……。

 気がつくと、自ら求めてロウの舌に自分の舌を絡ませていた。

 

 気持ちいい──。

 

 自分で積極的に求めることで快感が倍増する。

 押さえていたものがすべて爆発するみたいだ。

 経験したことのない激しい官能の世界に、引きずり込まされていく

 

 そして、大きなものが込みあがる……。

 

「んんんっ」

 

 気がつくと、ロウの身体にしがみついたまま、体内で暴れていた大きな高揚感にぶるぶると五体を打ち(ふる)わせていた。

 

 やっと、ロウの顔がエルザから離れる。

 唾液の線が名残惜しむように、エルザの口の端とロウの舌先に伸びていき、それが切れて散る。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 なにが起きた──?

 まさか、口づけだけで絶頂をした?

 

 信じられないが、厳然たる事実だ。

 自分は、ロウとの口づけだけでいま、達してしまったのだ……。

 エルザは荒い息をしながら、その事実に呆然としてしまう。

 

「これは、まだ天国の入口のようなものですよ……。だが、わかったこともある……。あなたは、結構、感受性が高いようだ。つまり、好色で感じやすいということだ」

 

 ロウが脱力しているエルザの身体を支えて、しっかりと浴槽の縁に座らせ直しながら、喉の奥で笑った。

 エルザはちょっとむっとした。

 

「か、好色で感じやすい? まさか──。だ、だって、(ねや)で達したことなんて……」

 

 思わず反論しようとして、あまりにも赤裸々すぎると思いだして、口をつぐむ。

 だが、考えてみれば、返す言葉もない。

 しかし、実際のところ、夫でもあったアーサーとの性愛で絶頂に至ったことは一度もない。

 あの男に取り入らなければならなかったので、閨ではアーサーに翻弄される可愛らしい女を演技していたが、実際には醒めたように正気を保っていた。

 それなのに、たった口づけひとつで、ここまで乱れるなど……。

 

 これが本当の男女の営み……いや、おそらく、ロウの言葉の通り、本気の「営み」のまだ入口にも入っていないかもしれないが……。とにかく、いま、ロウと交わしたものが「本物」なのだとすれば、いままで自分が知っていた男女の営みとはなんだったのか……。

 

 いずれにしても、とにかく、気をしっかりと保たないと……。

 顔をあげて、ロウを睨む。

 

「そ、それよりも取り消してください。そ、それに、なんてことをするのです──。い、いきなり、口づけをするなど──。か、勝手に……」

 

 勝手に口づけをするなど、許されることではないはずだ。

 そして、はっとした。

 

 ロウに布を剥ぎ取られて、裸身を晒していたのだった。

 慌てて、両手で胸と股間を隠す。

 だが、同時に愕然としてしまう。

 股間が信じられないくらいに濡れていたのだ。

 かっと全身が赤くなるのがわかった。

 

「俺は言いましたよ。嫌なら、振りほどけと。だけど、あなたはそうしなかった。いまもね。それがあなたの答えなんです。自分を認めましょう」

 

「み、認めるって……。あ、あなたねえ──。一体全体、わたしのなにを知っていると……」

 

「大抵のことはわかりますよ──。おそらく、エルザさん以上にね」

 

 ロウがやや屈んだ感じで触れていたエルザの身体を離す。

 そして、座っているエルザの前に仁王立ちになる。

 当然ながら、ロウの股間がエルザの顔近くになり、そのため、ロウの股間が顔のすぐ前に迫るかたちになった。

 しかも、(たくま)しいくらいに勃起してせりあがっている。

 

 そして、そこからせまる香りが……。

 

 理性を消滅させるようないい匂い……。

 頭がぐらぐらする。

 

 エルザはぐらりと倒れそうになった。

 何者なの、この男は──?

 

「くっ、し、しまってよ──。そ、それを──」

 

 辛うじて意識を保って言った。

 すると、ロウが笑った。

 

「しまえと言われてもねえ……。それに、あんたも物欲しそうだ。この先にあるものに興味がある……。そんな顔をしていますよ。あなたは、とても好奇心が強い……。そして、その好奇心はものすごく、これに興味を持っている。あなたじゃなくて、あなたの本能がね……。どうして、あんなに口づけが気持ちよかったのだろう……。そんな顔をしていますよ……」

 

「な、なにを言って……」

 

「この先にあるものを知りたくないですか……? 快感の限界に……。くくくっ、好き者のあなたなら、我慢できないはずだ。実際にそうでしょう? ほら、我慢しないで……」

 

 ロウがさらに、腰をエルザの顔に寄せてきた。

 

「ひっ」

 

 エルザはたじろいで、思わず声をあげた。

 

「理性を捨てるんです……。さあ、あなたの心は欲しがってますよ……」

 

 ロウがまた揶揄(からか)うような笑い声をあげた。

 だが、それで、やっと我に返る。

 

「さ、さっきから、このわたしが欲しがっているなどと……。そもそも、さっきもいまも、わたしのなにを知っていると言うのですか──」

 

 怒鳴った。

 すると、ロウの手がすっと伸びて、エルザの顎を再び掴む。

 そっと持ちあげられる。

 

 あの口づけをまた──?

 ぞっとする。

 エルザがエルザでなくなってしまうさっきの口づけを受ければ、多分……。

 

 逃げればいい……。

 

 ただ、手を払うだけでいい……。

 

 しかし、目の前の男の持つ不思議な力がそれをさせない……。

 本当に、彼の言葉のとおりに、エルザの本能がそれを拒むのか……。

 

「あ、ああ……、も、もう許して──」

 

 我ながら、なんというか細くて弱々しい声なのか……。

 こんなに心細い気持ちになったのは生まれて初めて……。

 なぜ……?

 

「認めましょう……。そうすれば楽になります……。あなたは計算高い人だ……。俺とセックスして、なにか損をすることがありますか……? それどころか、得るものの方が多い……。しかも、あなたの本能はそれを求めている……」

 

 顎を掴んでいない方のロウの手がエルザのお腹に当てられ、つっと下腹部に向かって指を撫ぜおろした。

 

「ああっ」

 

 エルザは必死に擦り合わせていた太腿をぶるぶると(ふる)わせて、堪らず高い声を放った。

 

 翻弄される。

 この男の一挙手一挙手に──。

 

 そして、暴かれる──。

 怖い──。

 

 わけがわからないが、怖い──。

 

「やっ、いや──。怖い──」

 

 エルザは叫んでいた。

 まるで、心が操られるみたいだ。

 引き込まれる──。

 目の前の男の持っているなにかの力に……、

 

「脚を開くんだ、エルザ……。欲しがっているものを手に入れるんです……。さあ……」

 

 ロウがエルザの顔をあげさせたまま、耳元でささやく。

 魅了される……。

 それを感じる……。

 

 しかし、それを少しも自分は嫌がってはおらず……。

 むしろ、もっと追い詰めて欲しいと思っていて……。

 

「わ、わたしが欲しがって……いるなどと……」

 

 そんなことはない……。

 

 反論しようと思うのに、それ以上の言葉は出てこない。

 

 ロウの唇が再び近づく。

 そして、まさに密着しようとするところでとまって……。

 

「じゃあ、別の物言いをしましょう……。あなたは欲しがっている……。自分の能力に相応しい地位を……。立場を……。そうでしょう? さっきも言いましたが、あなたはとても頭がいい人だ。俺は女に触れると、その女のことがわかるんです……。あなたは治世の能力に優れ、流通を支配する力があり……。なによりも、欲しいもの、新しいものを自ら作り出す力を持っている……。とても、能力のある人だ……。だけど、その機会は、あなたには与えられなかった……。あなたのことをわかって、あなたに相応しい地位を与えてくれる人はなかった……」

 

 ロウが静かに語りかける。

 はっとした。

 

 そして、目を丸くしてしまった。

 まさに、それはエルザの本心──。

 まるで、ずっと隠していた心の言葉をどうしてロウが知っている──?

 びっくりした。

 

「でも、俺は違う。あなたを理解している。俺は最初に言いましたよ……。俺はあなたが力を発揮できる地位を与えられる……。とりあえず、この南方を……荒れきったこの地方を立て直してください。このクロイツ領だけでなく、この周辺の貴族領の統制権も任せます。やりたいと思いませんか……? あなたの持っている流通の力でこの土地をどこよりも豊かな場所にするんです……。エルザさんにその力があるのは、俺にはわかるんです」

 

 エルザは唖然とした。

 

 女だから……。

 

 平民の血が流れている王女だから……。

 

 なにもわかっていない無知蒙昧のくせに……。

 

 ずっと、そんな陰口を言われていたことを知っている。

 

 口惜しかった。

 そして、大した能力もないくせに、高い地位につく男たちが妬ましかった……。

 自分の力を認めてもらえないのが残念だった。

 

 ずっとそう思っていた。

 

 自分ならもっとうまくできる──。

 自分なら……。

 

 だが、その機会は与えられず……。

 

 だから、人の顔をうかがい……。

 言葉で操り……。

 ちょっとずつ自分のやりたいことを作りあげたりして……。

 

 しかし、ずっと思っていた……。

 もしも、自分の力が本当に試せる立場や地位が与えられたらと……。

 

 ずっと、欲しかった言葉が、いま目の前のロウの口から……。

 

「な、なんで……」

 

 なんで、エルザのことがわかるのか……?

 言葉にしようと思ったが、またしても、それは喉の奥に引っかかり、表には出ることはなかった。

 しかし、すぐ目の前のロウの顔が優しげに微笑んだ。

 

「勘がいいんですよ……。ところで、決心はつきましたか……? もう一度言いますよ。あなたは計算高い人だ……。俺たちの仲間に入ることに、なんの損が……? 損なんてなにもない……。得るものだけです……。それとも、なにか失うものがありますか?」

 

「い、いえ……。な、ないわ……。あなたたちの……、いえ……あなたの女に……なるわ……。い、いえ、な、なります……。……女に……して……ください」

 

 エルザは言っていた。

 次の瞬間、再び唇を吸われた。

 口に含んだロウの舌がにわかに口腔を這い回るのに合わせて、エルザは今度は最初から舌を自分から絡ませた。

 

 なんといやらしいことを……。

 だけど、気持ちいい……。

 唾液を吸い合い、舌と舌を絡み合わせるにつれ、興奮のうねりが全身に襲いかかってくる。

 

「んんんっ」

 

 エルザはロウを口づけを交わしながら、いきなり噴きあがった快感の爆発に四肢を再び震わせた。

 ロウの手がエルザの乳房を掴み、ねちっこく揉んだのだ。

 それだけで、エルザは二度目の絶頂に打ち抜かれてしまっていた。

 

「ああっ、あああっ、き、気持ちいい──」

 

 エルザは口を離して、甲高い声を放った。

 なんという快感──。

 エルザは自分の身体が信じられなかった。

 こんなにも簡単に次から次へと性愛で達するなど──。

 

「脚を開くんです」

 

 ロウがエルザの裸体を少し動かして静かに浴場の床に横たえる。

 エルザは、言われるまま脚を開いていた。

 

「そして、これもまた本当ですよ……。あなたの身体はもっと磨けば、もっともっと大きな快感を味わうことができる……。知りたくはありませんか……。本当の快感というものを……。人一倍好色なあなたは……それを知ることができる……」

 

 ロウの身体がエルザに覆い被さり、すっかりと濡れきったエルザの股間に怒張の先端が当たった。

 そして、あっという間に花唇の奥に滑り込んでくる。

 

「はああっ、んふうううっ」

 

 その瞬間、骨の芯まで溶け出しそうな愉悦がエルザの背筋を突き抜けていった。



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820 支配の余韻-出戻り王女

「あっ、ああっ、あああっ」

 

 エルザはあらわな声を放って、裸身を弓なりにした。

 ロウの怒張が抽送が始まってわすかな時間しかないはずだが、あっという間に一度達している。

 前戯で二度達したので、すでに三度目だ。

 しかし、すぐに四度目の波がやってきたのだ。

 

 とにかく、すごい。

 エルザの中で暴れ狂う歓喜も、興奮も、欲情もとまらない。

 それどころか、ロウの律動を受けるたびに、さらに性感という性感が貪欲に、次なる欲望を求めて暴れ回る。

 

 この男にもっと蹂躙されたい──。

 完全に征服されたい──。

 その欲望がエルザを席巻する。

 

「ああっ、あっ、ああっ、も、もうだめえっ、だめええっ」

 

 エルザは覆い被さっているロウの背中にしがみついた。

 愉悦が脳髄から爪先まで駆け巡ってくる。

 もうすぐ、巨大な絶頂がエルザをやってくる──。

 それを自覚している。

 

 口づけで一度──。

 乳房を揉まれて一度──。

 挿入して律動されて、すぐに一度──。

 達するたびに、未知の快感がエルザを襲ったが、今度はもっと凄まじい。さらに芳烈な絶頂だ。

 

 ロウの言うとおりだった。

 自分は好き者だ。

 そうに違いない──。

 エルザは経験したことがないほどの大きな爆発を感じながら思った。

 

「もっと気持ちよくしてあげたいが、時間切れだ──。すまない──」

 

 ロウが律動しながら呻くように言った。

 もっと気持ちよく──?

 これ以上の快感が?

 エルザは耳を疑った。

 

 冗談ではない。

 毀れてしまう。

 

 だが、それでもいいか。

 これだけの官能の中で生きていくなら、なにもかも捨ててもいい──。

 この怒張に支配されて──。

 

「ああっ、ああああっ、あああああっ」

 

 ついにやってきた四度目の絶頂に、エルザは全身をわななかせた。

 それに合わせるように、ロウの怒張がエルザの中で一段と熱く膨れあがる。

 

「あなたを支配する──」

 

 ロウが言った。

 股間の中の一番気持ちのいい場所を惨いくらいに強く擦られる。

 絶頂に絶頂が重なる。

 頭の中が白くなる──。

 その瞬間、ロウがエルザの中で精を放ったのがはっきりとわかった。

 

「んふううっ、あああああっ」

 

 圧倒的な快感に貫かれ、エルザはロウを下から抱き締めたまま、がくがくと身体を痙攣させた。

 大きな歓喜に打ち抜かれて、エルザはしばらくのあいだ、絶頂の波に襲われたまま硬直し続けた。

 やがて、やっと大波が余波に変わっていく。

 完全に脱力しているエルザから、ロウが怒張を抜いた。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 エルザは横たわったまま、上から柔和な微笑みでエルザを見下ろしてくるロウを見ていた。

 この男に支配された──。

 それを感じる。

 不思議な気持ちだ。

 ロウの身体は離れたが、心と心がしっかりと繋がっているのをはっきりと感じる。

 

 なんなのだろう──?

 なんだ?

 

 なにかの術をかけられた?

 性交一回で男に屈するなどありえないが、このロウには完全に屈した。多分、もう、ロウなしでは生きてはいけない。

 理性ではなく、直感だ。本能でエルザはそれを感じた。

 しかし、少しも嫌な気持ちはない。

 むしろ、嬉しい。

 エルザは荒い息をしながら、エルザの支配者となった男を呆然と見つめていた。

 そのとき、周囲から息を詰めていたような嘆息が一斉に聞こえた。

 

「相変わらず、女には強いねえ。むしろ、しばらく会わないうちに、女を堕とす力が神がかってないかい?」

 

「すごかったです……。ご主人様、わたしもお股がきゅんきゅんして……。ご主人様に抱きつきたいです。いえ、お調教を……」

 

「これでエルザ様も、わたしたちの仲間ということですね。これからよろしくお願いします」

 

 声がしたのは、アネルザ、ガドニエル女王、そして、エリカというエルフ女性だと思う。

 そして、はっとした。

 

 もしかして、自分は大勢の女たちがいる目の前で、ロウと愛し合い、よがり狂い、乱れに乱れた?

 いや、そうだった。

 すっかりと忘れていたが、ここはみんなで集まった浴場だ。

 こんな場所で、なんという恥ずかしい姿を……。

 しかも、いつの間にか、すっかりと大勢の女たちに囲まれている。

 エルザはびっくりしてしまった。

 

「きゃああ、そんな──」

 

 エルザは脱力している身体を必死になって縮こまらせた。

 羞恥に包まれる。

 

「えっ、なに? まさか、このお姫様はここがどこだか忘れてたの?」

 

 けらけらという笑い声。

 

「やめなさい、コゼ」

 

 続いてたしなめるようなエリカの声が続く。

 

「ね、ねえ、ご主人様……。今日はもう終わりですか? ご褒美の調教は……。お仕置きでもいいのですが……」

 

「あら、ご褒美とお仕置きの両方ですか?」

 

 ガドニエル女王、そして、笑っているスクルドだ。

 唐突で脈略のないおねだり……。なに、この人たち……。

 少しエルザも鼻白みかけた。

 

「どこまで女王の品位を落とすのよ、ガド。自重しろと言ったでしょう」

 

 ケイラだ。

 

「まあ、それがガドだからな。スクルドもからかうな」

 

 シャングリアが笑った。

 どうでもいいが随分と賑やかな者たちだと思った。これがエルザの仲間になる者たちということか……。

 すると、どやどやという複数の人間の気配が浴場の入口から伝わってきた。

 がらりと扉が開く。

 とにかく、エルザはその場で上体を起こした。

 

「ロウ、呼び出しってなによ──。あんたが作業を中断させたんだから、今日のノルマはなしよ。いいわね、それで」

 

 ユイナだ。

 

「ロウ様、ご主人様、来ました」

 

「先生、お待たせしました」

 

 続いて、ミウ。マーズの姿もある。彼女たちは、王都で一度会っているので、しっかりと面識がある。

 

 いや……。

 

 記憶を呼び起こそうと思ったら、なんだか鮮明に思いだした。会話のひとつひとつまでもしっかりと思い出せる。

 なにか変だ。

 短かったが激しい交合で身体は怠いが、頭はむしろすっきりとしている。

 これはなに?

 いや、頭だけではない。

 いま気がついたが、明らかに肌が瑞々しく綺麗になっている。腰の括れもひとまわり絞られた気もするし、心なしか乳房も張っているような……。

 

 どういうこと?

 まさか、ロウと愛し合ったから?

 

 だが、記憶を呼び起こせば、それらしいことをノールの離宮でアネルザ王妃から仄めかされた気も……。

 そういえば、あのマア──。

 もしかして、女を美しく変えるのがロウの秘密?

 

「ほら、イットも来て。大丈夫よ。怖がらないで」

 

「う、うん……」

 

 ミウと、そして、さっき一度逃げた獣人娘のイットだ。

 それはともかく、エルザは得体の知れない自分の感覚の変化に戸惑っていた。

 

「ふふふ、イットがすっかりと怯えているんだけど、なにかしたの、ロウ?」

 

 次に、イライジャが入ってきた。

 

「ちょっとした悪戯だ。イット、さっきの続きはお預けだ。忙しくなったからな」

 

「いいえ──。いやです、ご主人様──」

 

 イットが激しく首を横に振っている

 

「ああ、申しわけありません──。すっかりと寝入っておりました──」

 

 そして、悲鳴のような声をあげて、さらに駆け込んできたのはイザベラの護衛隊長のシャーラだ。

 裸身に薄いマントだけを身につけたあられもない格好で、焦ったような雰囲気だ。

 そういえば、ロウに抱き潰されたとかいう話だったので、そのまま裸で休んでいたのだろうか。

 そんな感じである。

 

「あっ、王妃様──。それに、エルザ様──。こっちにいらしたのですね──?」

 

 シャーラはこっちに視線をやって、目を丸くしている。

 王妃とエルザの来訪の知らせは、このガザには朝方に届いたということだったので、シャーラの耳にはまだ入っていなかったのかもしれない。

 

「いらしたのさ。珍しいね、シャーラ。お前がそんなに慌てているのは?」

 

 アネルザがそばで大笑いした。

 エルザとロウを女たちが囲むように取り巻いているので、すぐ横にいるのである。

 

「休暇と申し渡しただろう。覚えてないのか? 落ち着け」

 

 イザベラだ。

 彼女はちょっと離れた寝椅子に身体を横たえている。

 

「アネルザとエルザと享ちゃんは、ついさっき到着だ。そして、大事な話がある。もう少し先のつもりだったが、すぐに王都に帰還する。俺の指示に従ってくれ」

 

 ロウが裸のままエルザの横に胡座を組んで語り出した。

 全員がしんとなった。

 ここには、王太女のイザベラもいるし、王妃アネルザ、エルフ女王国のガドニエル女王もいる。

 おそらく、ロウの身分も立場も、彼女たちよりもずっと下だろう。

 しかし、ロウがリーダーとして指示をすることについて、エルザは当たり前のように感じている自分に気がついた。

 

 やはり、このロウは何者だろう。

 これだけの女たちの全員を圧倒するなにか──。

 気力でも、武芸でもない。

 だが、とにかく、ロウから醸し出している圧倒的な自信──。

 そういうものをロウから感じている。

 

「すぐって、すぐのこと?」

 

 ユイナが口を挟んだ。

 

「すぐだな」

 

 ロウが微笑む。

 エルザはどきりとした。

 ロウがにこやかに笑うだけで心が浮き立ち、とてつもなく嬉しくなる。

 不思議な感情だ。

 すると、ロウがこっちを見た。

 エルザはどきりとした。

 

「それと、新しい仲間のエルザだ。改めて紹介する」

 

 ロウが言った。

 エルザは慌てて頭をさげた。

 

「へええ……。まあ、そうするとは思ったけど、会ってすぐなんて、相変わらず好色よねえ」

 

 ユイナだ。

 

「茶化すのはやめなさい、ユイナ。それよりも大切な話のようね」

 

 イライジャが言った。

 

「そうだな。だが、その前に……」

 

 ロウが自分の右手首にすっと触れた。

 次の瞬間、エルザはびっくりしてしまった。



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821 クロノスの話し合い(その1)【南域】

 ロウが自分の右手首にすっと触れた。次の瞬間、エルザはびっくりしてしまった。

 

「呼ばれて、飛び出て、じゃじゃじゃじゃああん」

 

 現れたのは、手のひらほどの大きさの小さな少女だ。

 魔妖精である。

 魔族の一種だが、サキュバスやインキュバスとともに、人族の世界に紛れて暮らしながら、人族、特に人間族の性欲を操って堕落させるとされている嫌われ者であり、見つけ次第に問答無用で討伐の対象になっている存在だ。

 それが目の前に現れた。

 

「おっ、新しい雌がいるな。ふーん、結構すけべえそうだ。どれどれ……。ふむふむ、ご主人様の性奴隷になったばかりか? もしかして、まだ未調教?」

 

 その魔妖精が宙を飛翔して、エルザの目の前にやってきてた。そして、値踏みするようにエルザを観察し始める。

 エルザは思わず、身を守るように自分の乳房を両手で隠した。

 

「まあ、そうだな。仲間にしたばかりだ。調教は……そのうちかなあ。エルザの資質次第だ。そういうことが受け入れる性質かどうかわからないし」

 

 胡座を掻いて座っているロウが苦笑している。

 だけど、調教?

 資質?

 なんのことだろう。

 ちょっと、変わった愛し方をする男だとは耳にしていたが、そのことだろうか? もちろん、エルザは彼の愛人になった以上、聞いていることも受け入れるつもりではあるが……。

 

「なんの、なんの。こいつはすけべえだよ。そっちの方も素質はありありだよ。好奇心が強そうだしね。ご主人様のすけべえに、多分、のめり込むと思うね。新しい世界を味わわせてあげなよ」

 

「そうか? それは愉しみだ」

 

 ロウが小さく笑った。

 エルザのことを話しているというのはわかる。

 しかし、なんなのだろう?

 

「あ、あのう、さっきからなにを? それに、わたしの資質って……?」

 

 エルザは思わず言った。

 

「お前の性癖だよ。いまは隠れてるけどね」

 

 すると、魔妖精がやってきて、エルザが両手で抱いている乳房の谷間にとんと立った。

 

「きゃっ」

 

 慌てて払おうとしたが、さっと避けられ、手が離れてあいた片側の乳首を羽根でさわさわとくすぐられた。

 

「ひんっ」

 

 その瞬間、甘い痺れが身体を走り抜け、エルザは思わず声をあげてしまった。そして、慌てて口をつぐむ。

 

「特におっぱいが敏感か? ご主人様、ちょっといじってやりなよ。なにもしなくても、こんなに敏感なんだ。少しばかりいじってやれば、きっと面白い調教ができると思うよ」

 

「そうだなあ。しばらく離れることになりそうだし、そのあいだも退屈しないように悪戯させてもらうか」

 

 ロウがくすりと笑った。

 

「えっ? わっ」

 

 その瞬間、急に乳房全体がかっと熱くなり、エルザはびっくりして抱いていた手を乳房から離した。

 手で触れているだけで、ずんと腰まで疼きが走ったのだ。もしかして、なにかをされたのか?

 

「な、なに? なに、なに、なに?」

 

 エルザは狼狽(うろた)えた。

 

「ロウ、姉上にもやっぱり調教か? まあ、お手柔らかにしてやってくれ」

 

 イザベラだ。

 

「イザベラとアンを孕ませたんだから、今度はエルザもどうだい。わたしは反対しないよ。三人も後継者候補ができれば、きっと王家も安泰になるだろうしね。まあ、遠慮なく孕ませな」

 

 また、アネルザが豪快に笑う。

 

「は、孕ます──?」

 

 だが、エルザはびっくりして、裏返った声をあげてしまった。

 

「それもいいかな。だけど、そのときにはアネルザも一緒だぞ。四人の妊婦の親子どんぶりだ」

 

「わ、わたしって、なんて冗談言ってんだよ、ロウ──」

 

 アネルザが真っ赤な顔をして怒鳴る。

 

「本気だぞ」

 

 ロウが笑い声を返した。

 

「あらあら、さっそく、エルザ様にもご調教ですか? ふふふ、なにをされたのですか?」

 

 そのとき、大きな胸が特徴のスクルドがその乳房をロウの腕に擦りつけるように、横からロウにしだれかかってきた。

 

「あっ、わ、わたくしの胸もご堪能を……」

 

 反対側からロウに密着しているガドニエル女王も慌てたように、負けじとロウにさらに密着した。

 もともと、ガドニエル女王が同じように反対側からロウにくっついていたので、これによりロウが両側から裸の女性にぎゅっと抱きつかれた格好になる。そのほかの女たちも、多くが気がつくと、ロウに密着せんばかりに寄り集めっている。

 みんな本当にロウが大好きそうだと思った。

 

「あっ、あたしもロウ様にくっつきたいです」

 

 ミウだ。

 服を着たままだが、それを厭わず、湯で濡れているロウにくっつこうとほかの女たちを押しのけ始める。

 

「後から来て割り込まないのよ。どうせ、ご主人様を喜ばせる胸もないんだから、離れてなさい」

 

 ロウに近い場所にいるコゼが割り込まれかけて、顔をしかめた。

 

「胸がないのはコゼさんも変わらないじゃないですか。あたしはこれからですけど、コゼさんはもう終わりですよね。胸のことなんて言わないでください」

 

「な、なんですって、小娘──」

 

 ミウの言葉に、コゼが一瞬にして顔を真っ赤にして怒鳴った。

 捕まえようとするように手を伸ばす。

 しかし、そのときにはミウはエリカやシャングリアの後ろに隠れてしまっている。

 

「やめなさいよ、コゼ。大人げない」

 

 エリカだ。

 

「いま、この娘がなに言ったか聞いてたでしょう──。ちょっと、そいつをこっちに貸しなさい」

 

「本当のことじゃないのよ。まあ、胸の大きさなら、わたしの方だって勝っているし、貧乳はあんたが一番じゃないの?」

 

 けらけらと笑って口を挟んだのはユイナだ。

 コゼがさらに真っ赤になる。

 

「ゆ、許さないわよ、黒エルフ──」

 

 コゼがさっと立ちあがった。

 

「やめないか、コゼ。ロウが話ができない」

 

 シャングリアだ。

 

「ふふふ、ちょっと昇った血を発散させたら、ロウ?」

 

 ちょっと離れた場所から声をかけたのは、後からやって来たイライジャだ。イザベラ同様に、別の寝椅子を占領して身体を横たえている。

 

「そうだな。落ち着けって」

 

 すると、ロウが手を伸ばして、さっとコゼの身体を膝に横抱きにのせた。

 

「わっ、ご主人様。ひゃん──」

 

 そのコゼが即座に淫らそうな声を出し始めたのだが、それよりも驚いたことがあって、エルザは目を見張ってしまった。

 コゼの胸の上下に乳房の膨らみを強調するように縄が掛かっていたのだ。それだけでなく、両方の膝の上下にも、それぞれ縄が掛かり、膝を伸ばせないように縄掛けがしてある。

 一瞬にして──?

 どうやったの──?

 エルザは驚いてしまった。

 

「あっ、ああっ、ああっ、あん──」

 

 拘束されたコゼの身体をロウの手が這い回っている。

 コゼがたちまちに全身を真っ赤にして、よがり始めた。

 

「コゼのその胸も大好きだぞ。敏感な身体もだ。俺につくしてくれるところもね。俺の嗜好を理解してくれて、一番最初にお尻も鍛えてくれたな。ありがとう。だから、そんなに怒るな。ちょっと揶揄われたくらいで」

 

 ロウがにこにこと微笑みながら、コゼの胸をくすぐり、指を股間に這わせている。

 コゼの身体ががくがくと震えだし、すぐに全身を突っ張るように伸ばした。

 だけど、お尻……?

 

「んふううううっ」

 

 そして、どうやら達したみたいだ。

 あっという間だ。

 すごいものを見た気がする……。

 エルザは呆気にとられた感じになった。

 

「ほら、よく見ろ。あんな風に、ご主人様に可愛がられたいだろう、お前も?」

 

 すると、エルザの目の前を跳んでいた魔妖精が挑発するような視線を向けている。

 

「あ、あんな風って……」

 

 エルザは顔をしかめた。

 

「あんな風というのは、縛られてご主人様に可愛がられたり、恥ずかしい格好で外で悪戯されたり、性欲を我慢させれたり、逆に無理矢理にいかされたりすることだよ。とにかく、ご主人様の性奴隷になった以上、いつでもどこでも、ご主人様にすけべえなことをしてもらえるように、すけべえに励め。その敏感なおっぱいを使ってな」

 

 魔妖精がエルザの乳房にまたもや、とんと乗った。

 魔道なのか、いきなり両方の乳房がぐにゃぐにゃと揉まれるように動き始めた。

 

「あっ、あん」

 

 得体の知れない雷のような疼きが乳房全体から迸り、エルザは身体を震わせてしまった。

 

「クグルス、もうやめろ。話が進まない。聞きたいことがあるんだ。ちょっと来い」

 

 ロウが声をかけた。

 乳房の揺れがなくなり、疼きがとまる。

 エルザは、脱力してしまった。

 なんだ、いまの──?

 胸を刺激されただけで、あんな風になるなど……。

 もしかして、やっぱり、さっきおかしなことをロウにされたのだろうか?

 そして、ちょっと呆然となってしまう。

 

「はーい、ご主人様」

 

 魔妖精がロウのところに跳んでいった。

 とにかく、エルザはほっとした。

 

「まずは、チャルタも呼んでくれ。連絡がとれるだろう? あいつがどうしているか知らないけど、近くにはいるはずなんだ」

 

 ロウだ。

 ちなみに、コゼはまだロウの足の上で横抱きのままぐったりとなっている。だけど、ロウのお腹に顔を埋めるようにっくっついていて、とても嬉しそうである。

 エルザからだと、お尻を見せている感じになっているのだが、よく見れば股間から愛液が滴り、お尻側の腿にまで垂れている。

 その淫らさに、エルザはどきりとなってしまった。

 しかも、なぜか身体がざわぞわする。

 

「チャルタ? 呼べるよ。戦場に残っている人間族相手の娼婦と混じって、兵士の精を喰いまくっているよ。わかった。魔道で呼ぶね」

 

 魔妖精が両手を挙げて、なにかの術を発する仕草をした。

 あれで、連絡をしたのだろうか。

 そして、魔妖精がロウに再び身体を向けた。

 

「それと、サキが王宮で監禁されているそうだ。わかっているのは、部下に裏切られたという情報だ。生首だけで生かされているという話もある。とにかく、その部下というのが誰で、どんなやつなのか知りたい。知っていることを教えてくれ」

 

「はあああ──? サキ様が? あり得ないよ、そんなの──」

 

 クグルスが大きな声をあげた。

 

「本当だ。緊急事態なんだ。これからすぐに、王都に向かい、王宮に潜入をかける。だから、ちょっとでもいいから情報が欲しい」

 

 ロウが言った。

 魔妖精が小さな首を傾げる。

 

「サキ様が裏切られる? そんなの信じられない……。ううん……。わからないなあ。裏切るようなサキ様の部下って……。そもそも、魔族というのは、眷属になったら主人を裏切るなんて、あり得ないんだよ。わっかんない。ぼくもサキ様たちに滅茶苦茶詳しいわけでもないし……」

 

「そう言うなよ。とにかく、サキは裏切られたらしいんだ。享ちゃんの情報と、そこにいるアネルザ王妃の情報だ。サキだけでなく、ミランダとベルズも捕らえられているらしい」

 

「ミランダって、あのドワフ娘か……。ベルズは、むっつりすけべえの人間族だったね……。だけど、眷属のくせに裏切りって……。まあ、一番の部下といえば、あいつだけど……」

 

「あいつ?」

 

 ロウが魔妖精の言葉に、顔を険しくさせる。

 

「女魔族だよ。とっても、頭がいいんだ。魔族のくせにずる賢くって」

 

「そいつだ──。名前は──?」

 

 ロウが口調を強くして訊ねた。

 

「名前っていっても、あいつはいつも名乗りを変えるんだ。だけど、ご主人様も知ってるよ。いまはラポルタって、名乗っているよ。王宮で王の新しい愛人になった女伯爵がそういう姓なんだよね。それで同じ名を名乗ったらしい」

 

「ラポルタか……。そうだ、そいつか。スカンダも呼び出してくれ。確か、魔毒を使って、スカンダを薬漬けしたのはサキだと証言していたが、そういえば、直接にはサキの部下に苦しめられたと言っていたな。そのときに名を教えてくれたのがラポルタだった。思い出した――」

 

「スカンダか。ちょっと待って」

 

 クグルスが頷くとともに、すぐにロウの目の前の空間が揺れ出した。

 すると、合わせ布の変わった服を身につけている小さな童女が出現した。

 スカンダだ。

 ノールの離宮でイザベラやアネルザを魔道で移動できないようにしていた童女妖魔である。エルザも面識だけはある。

 その妖魔がいつの間にか、ロウのところに?

 エルザは唖然とした。

 しかし、そのスカンダがいきなり、膝を曲げてしゃがみ込み、ロウに向かって両脚を開いた。

 

「スカンダちゃんです──。ごしゅじんさまのしもべです。ごちょうきょうをおねがいしまっす。スカンダちゃんのおまんこは、もうぬれぬれですっ」

 

 そのスカンダが童女の声で言った。

 だが、なんという恥ずかしい言葉を……。

 

「いいぞ、スカンダ。教えたとおりにできたな。そうだ。それが性奴隷のご挨拶だ」

 

 魔妖精がけらけらと笑う。

 

「お前がくだらないことを教えたのか、クグルス?」

 

 ロウが呆れたように嘆息するのがわかった。






 思いのまま書いていると、なんだが話が進まない……。クグルスの登場シーンなんて、数行の予定だったのに……。
 多分、続きはすぐに……。


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822 クロノスの話し合い(その2)【南域】

「おいで、スカンダ」

 

 一郎は、スカンダを呼び寄せた。

 年齢だけなら、百歳くらいだという話だったが、この童女妖魔は見た目のまま、精神的にも知能的にも人間族の童女と同じだ。

 ただ、韋駄天族といい、音を超える速度でどこまでも移動できるという特殊能力を持っている。

 

「あい、ごしゅじんさま」

 

 そのスカンダが嬉しそうに走り寄ってくる。

 一郎はとりあえず、膝の上に乗せていたコゼを横に置き、代わりにスカンダを抱き寄せた。コゼについては縄掛けも解除してやった。

 

「あん、ご主人様……」

 

 コゼが自由になった手足をさするようにして、一郎に寄りかかる。ただ、そのとき、すでにいたスクルドをぐいぐいと押しのけようとしている。

 

「あら、コゼさん。お身体がお冷えになったのでは? お湯の方に入られた方が……」

 

「ご主人様に可愛がられて、まだ身体は火照っているわ。問題ないの。ちょっとどいてね……」

 

「あらあらあら、でも、それはちょっと……」

 

 そんな会話をしながら、ふたりで裸の押し合いを始めた。

 一郎のことをそんなに慕ってくれるというのは、ふたりとも可愛いものだ。だが、放っておいた。

 それよりも、スカンダだ。

 

「この前のことをもう一度話してくれないか。確か、ラポルタだったよね。スカンダを苦しめる薬を飲ませたやつのことだ。嫌なことだろうけど頼む。お話をしてくれたら、気持ちのいいことをしてあげるよ」

 

 一郎は、かつての世界の日本の昔の子供のように、麻に似た材質の着物のような服の合わせの部分に手を入れた。そして、スカンダの童女のままの股間の亀裂をさすってやる。

 

「あん、ご、ごしゅじんさま、きもちいい──」

 

 見た目は童女なのだが、性的には成熟もしていて、多くはないものの反応の激しい性感帯はたくさんある。

 淫魔術と魔眼を駆使して、赤いもやを感じながら、そこを刺激するように指を動かす。

 たちまちにぴったりと閉じ合わされている亀裂から蜜が溢れてきて、一郎の指にまとわりつく。

 

「ああん、あん、きもちいいっ」

 

 スカンダがよがりだす。

 

「はああ……。やっぱり、そいつは、あのスカンダかい……。まあ、こいつまでいつの間にか、しもべにしていたのかい……」

 

 一方で、呆れたような声がした。お湯側の中にいるアネルザだ。

 そういえば、もともとスカンダは、サキによって、ノールの離宮からイザベラやアネルザが移動できないようにするために、そこに送り込まれたと言っていたか……。

 イザベラ同様に、アネルザも顔見知りということだろう。

 

「まあ、この童女妖魔殿も、俺たちの仲間ということだ、アネルザ……。ところで、ほら、お預けだ。もう一度ラポルタの話だぞ」

 

 一郎はすっと指をスカンダの股間から離す。

 

「あんっ、もっと──。もっとです、ごしゅじんさま──」

 

 スカンダが切なそうに身体を震わせた。

 しかし、一郎は赤いもやの中心からちょっとだけ離れた場所に指を移動させて、そこを撫でるようにした。

 だが、あっという間に、そこにも赤いもやが拡がってくる。赤いもやは、一郎だけにわかる女の性感帯の目印だ。さらにその拡がった赤いもやの外側まで指を移動する。股間の亀裂からちょっと遠い内腿の場所になった。

 

「ひやああん。いいますから──。サキ様がスカンダちゃんに……」

 

「違うだろう。よく思い出すんだ。薬……、黒魔(こくま)の毒だったか……? そのときには、サキはいなかっただろう? ラポルタがそれをやったと、この前言っていたよな? どんなやつだった? なにか魔道は使ったか?」

 

「そ、そうです──。ラポルタ様です。スカンダちゃんに、こなをのませて……。いやっていったのに、おくちをあけて、どんどんと黒いこなと、水をおなかがいっぱになるまで……。あくうかんろうって、ばしょに──」

 

「ほう、亜空間牢? そういう術を使うんだな?」

 

 一郎は再び亀裂に指を戻す。

 スカンダが一番感じる場所だと思うところを強くこすってやる。

 

「ひゃあああん。きもちいいですうう──」

 

 スカンダがぶるぶると身体を震わせて、身体をぐっと伸ばした。だが、一郎はそこで指を離した。

 がくんとスカンダの身体が脱力したのがわかる。

 

「うわああん。もっとですう。そこでやめちゃやだああ」

 

 スカンダが泣くような声を出した。

 

「だったら、もっと思い出すんだよ」

 

 再び性感帯のぎりぎり外側を刺激するように愛撫を変える。

 スカンダは、一郎の指を追いかけるように、腰で追いかけようとしてきたが、それはがっしりと抱いて阻止してしまう。

 

「いやああん。ごしゅじんさまの、いじわるうう──。あっ、ごめんなさい──。いじわるじゃないです──。ちょうきょうです」

 

「そうだな。調教だ。思い出せばご褒美だ。思い出すまではお預けだ」

 

 一郎はそうやって、しばらくのあいだ、スカンダを訊問してみた。

 結局のところ、それ以上の大きな情報はなく、一郎はスカンダの亀裂に指を深く挿入して、数点ある膣の中の赤いもやを指先で揉み動かしてやった。

 

「あああんっ、きもちいいですうう。んふうううっ」

 

 スカンダは一郎の指が入っている小さな膣をぎゅうぎゅうと締め付け、さらに指の隙間から汁を拭きだして絶頂した。

 こんなに小さな性器だが、強引にねじ込めば一郎の男根だって受け入れる。それでしっかりと欲情して女の反応をするのだ。

 やっぱり妖魔なのだと思う。

 

「じゃあ、これでご褒美は終わりだ。ありがとうな。すぐに韋駄天の仕事をしてもらう。ちゃんと仕事が終われば、その後で、俺のちんぽを入れてやろう」

 

 一郎はスカンダの着物を整えてやり、膝の上からおろした。

 

「お、おちんぽだいすきです──。ありがとう……ご、ございます……。た、たのしみです。それとお、と、とっても、きもち、よかったです。し、しごとはがんばりますっ。そのときには、ごほうびをおねがいします──」

 

 スカンダが深々と頭をさげた。

 ただ、まだ足もとはふらふらしている。

 一郎は頭を撫でてやった。

 あちこちから、息を吐く音が一斉に聞こえた。周りの女たちだ。どうやら、誰も彼も息を詰めるように凝視していたみたいだ。

 一郎は苦笑した。

 

「指のお掃除しますっ」

 

 すると、何者かが、スカンダがいなくなった一郎の膝の上に身体をさっとのせてきた。

 ミウだ。

 一郎と向かい合わせの感じで膝の上に正座でのり、たったいままでスカンダの股間をいじっていた一郎の指を舐め始める。

 

「あっ、いつの間に」

 

「やられましたわ」

 

 コゼとスクルドだ。

 こいつらは……。

 

「あっ、では、わたしはこっちのご奉仕を……」

 

 反対側から一郎に乳房を密着するようにしていたガドニエルだ。一郎の股間にフェラをしようと、ミウの身体の隙間から顔をねじ入れようとしてきた。

 

「いや、ありがたいが、いまはいいよ、ガド」

 

 一郎は笑って、ガドニエルの背中に腕を伸ばして、ちょっと離れさせる。

 

「あんっ」

 

 片手で抱きしめるかたちになったので、それで満足したのか、顔を一郎の胸になすりつけるようにした。

 

「女王も、ロウにかかれば猫だな」

 

 シャングリアの笑い声が聞こえた。

 

「猫じゃなくて、雌犬よ。しかも、さかりのついたね」

 

 嘆息したのは、ケイラ=ハイエルこと、享ちゃんだ。

 一郎は、ミウがぺろぺろと指を舐めるのをそのままにして、全員を見回すようにした。

 

「いまのスカンダの話で思いつくことがある者は?」

 

 とりあえず、全員に訊ねてみる。

 

「うーん、亜空間牢って、空間魔道だねえ。妖魔では、それなりの上級妖魔だということかなあ」

 

 クグルスだ。

 

「そうですね。残念ながら、わたしに使える空間魔道は収納術くらいですから、人族に当てはめたら、それなりの術士になるのでしょうねえ。ただ、妖魔族のことまではちょっと……」

 

 スクルドが首を傾げながら言った。

 

「ごついのか、しょぼいのか、それくらいは知りたいなあ。サキが捕らわれたなら、まあ、それなりの強敵なのだろうが……」

 

 一郎は応じる。

 

「そういえば、空間術といえば、イムドリスの隠し宮も空間術の発展ですよね。ガド様はなにかおわかりに?」

 

 スクルドがガドニエルに声をかけた。

 しかし、ガドニエルは、にこにこしながら一郎にぎゅうぎゅうと顔を密着させたままだ。

 

「ガド、ラポルタの能力の予想で思いつくことはあるか? まあ、大した情報はなかったけど」

 

 一郎も声をかけた。

 

「えっ、なんですか、ご主人様──? ご奉仕ですか? それはもう喜んで。ガドは一日でも、二日でもご主人様のおちんぽをお舐めいたします──」

 

「二日って、ふやけてしまうだろう。わかった、もういい」

 

 一郎は笑った。

 

「ガドっ──。お前は、どこまでの女王の権威を──」

 

 怒鳴り声をあげたのは享ちゃんだ。

 顔を真っ赤にしている。

 

「わっ、大叔母様、どうしたのです──?」

 

 ガドニエルがびくりと身体を震わせて顔をあげた。

 しかし、きょとんともしている。

 すると、豪快な笑い声が浴場に響いた。

 アネルザだ。

 

「はははは、なんだか愉快な女王様なんだねえ。面識は初めてだけど、なんだか仲良くやれそうさ。同じ男に骨抜きにされた者同士、なかよくやりましょう、女王様」

 

 そして、ガドニエルに声をかけた。

 

「あっ、はい。よろしくお願いしますわ」

 

 ガドニエルも小さく会釈を返した。まだ、一郎に密着したままだが……。

 

「チャルタにも情報をもらいたいけど、まだのようだな」

 

 一郎はもう一度浴場を見回した。

 しかし、湯の中にちょこんと胡座をかいて座っているチャルタを見つけた。人間族の少女の外見だが、彼女もまた、それなりの年齢のサキュバスである。

 

「おっ、チャルタ、いつの間に?」

 

 一郎は微笑んだ。

 

「あら、本当」

 

 エリカだ。

 

「おっ、チャルタ、来たんだな。気紛れだから来ないかと思ったぞ」

 

 クグルスもチャルタに声をかけた。

 

「ちょっと前からさ。ラポルタをやっつけに行くって? おれも連れて行ってよ。あの陰険女をぎゃあという目に遭わせるなら、是非とも目の前で見たいからねえ」

 

 チャルタは笑った。

 

「あのう、この人は……?」

 

 エルザが怪訝そうな表情になっている。

 

「こいつは正真正銘のサキュバスだ。男だけでなく、女も相手にする怖い淫魔だぞ、エルザも気をつけることだ」

 

 一郎は軽口を言った。

 

「えっ」

 

 エルザが顔を引きつらせたのがわかった。

 

「新しいご主人様の恋人だね。もしかして、喰っていいの? そのために、おれを呼び出した?」

 

 チャルタがエルザを見て、にんまりと笑う。

 

「そんなわけあるか、チャルタ。彼女はまだ未調教だ。手を出すなよ」

 

「へーい」

 

 一郎の言葉にチャルタは肩を竦めた。

 それから、チャルタにもラポルタという妖魔のことを訊ねてみた。

 だが、結局、それほどの情報はなかった。

 もともと、知らない相手のようだ。

 

 ただ、改めて、ラポルタはサキの一番の眷属の女妖魔であるという説明があり、さらに、サキが王宮内で動いているとき、実際にあちこちに出没して策を実行していたのは、そのラポルタだということはわかった。

 サキの命令で、チャルタとピカロは辺境候軍に潜入したのだが、具体的な指示は、これもまたラポルタから受けたという。

 辺境候軍では、王都からの情報でサキュバスだとばれて、チャルタとピカロのふたりは捕らわれたが、おそらく、それはサキではなく、そのラポルタの独断の可能性が高いと一郎は思った。

 

「お兄ちゃん、ところで……」

 

 そして、今度は享ちゃんが口を開く。

 一郎は視線を向けた。

 彼女が説明を始めたのは、王都から出る直前までに掴んだ王宮と王軍の動きのことだ。

 

 それによれば、ハロンドールの王都ハロルド周辺には、王都に繋がる街道を抑えるため、四周に防衛のための砦が外縁部にあるのだが、そこに王都軍の各隊が大勢が入ったという。

 しかも、王都に入る主街道には厳しく軍が侵入者を取り締まりだしたということだった。

 さらに、王都の城壁も閉じられたそうだ。すべて、この一両日のことという。

 

 話を聞く限り、アネルザとケイラとエルザが王都を脱してきたのはかなり際どかったみたいだ。

 一日遅れれば、もしかして、ここには来れなかったかもしれないということだった。

 アネルザが補足し、ある程度の王軍の動きを一郎は頭に入れる。

 

「なるほどなあ。急な動きは、ルードルフ王陛下の命令か……。それとも、そのラポルタが全部裏にいるのか……」

 

 ルードルフ王が積極的に動いているのか、それとも操り状態、あるいは傀儡の人形を使っているのか……。それは不明だ。

 それについては、アネルザもイザベラも、判断はつかないみたいだ。

 しかし、一郎の知っているあの国王の性質を考えると、突然に始めた蛮行と、一郎の知っている人格とが繋がってこない。

 少なくとも、一時期は王宮については、あのサキがしばらくは主導権を握って占拠していたのだから、ルードルフ王については無力化されていると考えていい気はする。

 いや、サキならそうするだろう。

 

 以前から、王を処分するから、一郎が新しい王になれとけしかけられていた。そのとき、王家の魔道防御などざるであり、いつでもどうにかなると話していたと思う。

 サキならあっという間に、ルードルフ王を無力化したはずだ。

 そうなれば、いまでも蛮行を続けている国王は偽者か?

 

 女たちを見る。

 だが、答えはなさそうだ。

 まあいい。

 ルードルフ王が偽者だろうが、本物だろうが、結果は同じだ。

 一郎は今度はスクルドを見る。

 

「スクルド、街道が封鎖されている場合は、移動術ができるように結んだゲート施設はどうなっていると思う?」

 

 一郎とナタル森林で合流する前までに、このスクルドは移動術を繰り返して短時間で移動できる魔道設備を応急で作りあげてやってきた。辺境候領からここまでやって来たのも、途中まではそれを使ったのだ。

 それはどうなっているだろう。

 

「一部は使えるとは思います。でも、街道が封鎖されていたり、防衛砦に軍が入っているなら、それ以降は使えないようにされている可能性が高いです。少なくとも、敷設の資料については王宮に届けてありますし、もともと、王宮が管理できるように使うものです。あれは王宮で全体の統制ができるようになってます」

 

「つまりは、役に立たないってこと? 呆れたわねえ」

 

 コゼが言った。

 

「そ、そこまでは……。まあ、ただ、もしかしたら、罠を仕掛けられているとか、そういうこともできるかも、ということです」

 

「やっぱり、役に立たないということじゃないのよ」

 

「まあ、その辺りは、状況に合わせて対応してもらうしかないなあ」

 

 一郎はふたりを制する。

 そして、思念する。

 

 王都が急に軍を動かしたり、警戒を厳重にしたというのは、一郎やイザベラのこの南方での動きに合わせたものと考えた方がいいかもしれない。

 こちらでの戦いが終わり、次はその軍を南方から王都に向けてくると読み、それを警戒するための慌てた動きということだ。

 そうであれば、王宮側はしっかりとこちらに注視しているということであり、ラポルタとやらも、諜報の目くらいはこちらに送っていると考えていいだろう。

 話を聞いている限り、なかなかに用心深く、また思慮深い女妖魔みたいだ。

 ある程度のこっちの動きは見張っていると思う。

 一郎は全員に改めて目をやった。

 

「作戦を告げる。意見があれば言ってくれ。とにかく、王宮のことも、王国の混乱のことも一気に片をつける──。まずは、この人数を三個にわける──。イザベラ──」

 

 一郎は寝椅子に横になっているイザベラに視線を向けた。

 

「ん?」

 

 イザベラが軽く裸の上体をあげる。

 

「悪いがもう一戦をしてもらう。王都に進軍する軍の指揮をしてもらうぞ」

 

「おう、もちろんだ」

 

 イザベラがしっかりと頷いた。

 

「ブルイネン隊は、俺たちとは分かれて、全員がそれにつく。ここにはいないアーネスト殿のエルフ師団の主力もだ。そして、まずは、男爵領から別に向かっているモーリア殿の傭兵隊と合流してくれ。シャングリアもそっちだ」

 

 一郎は言った。

 

「了解だ」

 

 シャングリアが頷く。

 

「わかりましたが、ロウ殿と陛下は別だということですか? もしかして、親衛隊が女王陛下から離れるのですか?」

 

 一方で、ブルイネンは怪訝そうな顔になる。

 

「まあ、そういうことだ。そのイザベラ王太女軍とエルフ軍の共同軍の動きが全体の陽動になる。その動きを欺騙(ぎへん)として、俺以下少数で王都に向かう。そのメンバーは……」

 

 一郎に全員が集中する。



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823 独裁官の采配(さいはい)【南域】

「俺以下少数で王都に向かう。そのメンバーは……」

 

 ロウが語り出すのをエルザは半ば呆然と聞いていた。いまや会議室と化している浴場の中は文字通り、水を打ったように静かになっている。とにかく、このロウは他人を圧倒するなにかを持っていると思った。

 女扱いはともかく、それ以外のことで、ロウがどれほどの能力の持ち主なのかはわからない。しかし、おそらく、武術の腕であれば、ここにいる多くの女戦士よりもずっと下なのではないだろうか。

 もちろん、魔道もだ。

 天下無双の魔道遣いと称されているエルフ女王ガドニエルはもちろん、得体の知れない存在のスクルド、童女魔女のミウなどは、もしかして当代三傑の魔道遣いに数えられる人材かもしれない。どうやら、ロウもなんらかの術士のようではあるが、彼女たちよりも、彼が魔道に優れるということはないだろう。

 地位でもそうだ。

 エルザの知る限り、ロウにはなにもない。

 ハロンドールの王妃アネルザ、王太女イザベラ、そして、なによりも、ガドニエル女王──。この三人は、どんな国に行こうとも、最高権威者として扱われるような人々だ。

 エルザ自身だって、元のハロンドール王宮の第二王女であり、元公妃であり、それなりの地位と立場の背景を持つ。

 しかし、目の前のロウは、それらすべてのものを凌駕するものを持っている。自信のようななにかだ。とにかく、エルザは驚きを抱きながら見ていた。

 

「……まずは、俺、エリカ、コゼ。イット、ガド、そして、スクルドだ。クグルスにも協力してもらうぞ。移動はスカンダに頼む。風のように駆けて、あっという間に着くぞ。そうだよな、スカンダ?」

 

「あい、ごしゅじんさま。スカンダちゃんはがんばります」

 

 童女妖魔が嬉しそうに頷いた。

 名を呼ばれた女たちも、頷いたり、返事をしたりとそれぞれだ。

 

「スクルド、以前、俺とお前で、王宮の守りの結界を突破して、移動術で潜入したことがあったけど、その状況はいまも健在か?」

 

 ロウがスクルドを見る。

 すると、スクルドが柔和に微笑んだ。

 

「おそらく……。そもそも、あの王宮の結界は、王家の依頼でわたしが魔道を注いだものですから」

 

 スクルドの言葉に、エルザは首を捻った。

 ハロンドールの王都ハロルド宮の結界は、王宮魔導師に加えて、王都三神殿の代表者が定期的に魔道を注いで維持しているもののはずだ。その結界に、彼女が魔道を注いでいたということは……。

 だが、そこまで思念をすると、なぜか、急になにかが邪魔をして、考えをまとめられない。

 おかしな感覚に、エルザは小さく首を振った。

 

「ならば、王都に着いたら、そのまま王宮に突入する。出たとこ勝負のなにがあるのかわからない危険な策だけど、サキ、ミランダ、ベルズを助ける。ガド、エルフ女王のお前に、助力を求めて申し訳ないが、魔族相手であれば、今度こそ、お前の力が必要だ。頼むな」

 

「お、お任せください──。ご主人様のご命令なら、ガドはなんでもしますわ。ご主人様の犬ですから──。性奴隷の女王ですわ──。やりますわ──」

 

 ガドニエル女王だ。

 ロウに命令されたことについて、全身で悦びを表している。それにしても、エルフ女王というのは、神秘の覆いに隠された謎の存在として、ずっと畏怖と畏敬の対象だったが、これほどまでに陽気で可愛らしい女性とは露ほども知らなかった。

 

「お、お待ちください。やっぱり、親衛隊はご同行はかないませんか? 女王、並びに、英雄公のロウ殿をお守りするのが、わたしたちの役目です。離れるわけには……。ましてや、そのような危険な役目を女王陛下には……」

 

「黙りなさい、ブルイネン──。ご主人様のご命令なのですよ」

 

 相好を完全に崩していたガドニエル女王が表情を一変して険しくさせた。

 

「ああっ? お兄ちゃんの采配に、なにか不満があるの、ブルイネン?」

 

 続いて、ケイラ=ハイエルもブルイネンを睨んだ。

 どうでもいいが、ロウに接するときの顔とはまったく違う、凄まじいほどの殺気を満ち溢れさせている。

 あれが、本来のエルフ族の陰の王家とも称されたケイラ=ハイエルの本質なのだとは思うが……。

 

「い、いえ、そんな……。でも、エルフ族王家としては……」

 

「だまらっしゃい──。そこにいるポンコツが王家そのものよ──。そして、お兄ちゃんなの──。なにからなにまで、お兄ちゃんが正しいの──。エルフ王家はそれに従う──。そのことに疑念を持つんじゃないの、ブルイネン──」

 

 ケイラが癇癪を起こしたように怒鳴りあげる。

 

「そうです、ブルイネン──。徹頭徹尾、ご主人様です。お前はただ、ご主人様のご命令に従いなさい──」

 

 ガドニエル女王も声をあげた。

 

「そ、そんな乱暴な……」

 

 ブルイネンもたじたじになっている。

 すると、ロウが口を開いた。

 

「すまないとしか言えない、ブルイネン。ここは押して頼む。ハロンドールの王宮には少人数で潜入する──。その方針を変更するつもりはない。そして、今回の策には、この一連の王国の混沌を終わらせるというもうひとつの目的もあるんだ」

 

「それは理解しましたが……」

 

「だから、エルフ女王の旗は、イザベラの旗とともに、一緒に王都解放軍に掲げてもらいたいんだ。エルフ王家が最大の助力をしていると、世間に強調する。そのための親衛隊の参戦でもあるんだ」

 

「し、しかし、ロウ様……。親衛隊というのは片時も女王陛下とは離れないものであって……。も、もちろん、そもそも英雄公親衛隊であるので、ロウ殿をお守りするのが任務なのですが……」

 

「だから、陽動になるんじゃないか。ラポルタとかいうやつだって、エルフ女王の存在は驚異のはずだぞ。なにしろ当代無双の魔道遣いなんだ」

 

「で、でも――。とにかく、ロウ殿と女王陛下まで行かれるのに、わたしたちが別行動というのは……」

 

 だが、ブルイネンも頑なだ。

 

「ブルイネン――」

 

「お前、いい加減に――」

 

 ガドニエルとケイラが顔を真っ赤にして立ちあがりかける。

 しかし、それをロウが制した。

 

「仕方ないなあ……。とにかく、説明をさせてくれ、ブルイネン。納得するまで、丁寧に説明するから……」

 

 すると、ロウがにやりと微笑んだと思った。

 次の瞬間だ──。

 突然に、ロウが消滅した。

 

「あれっ?」

 

 エルザは思わず声をあげたが、エルザを除けば、ほかの女性たちは大してびっくりしていない。

 どうして──?

 そして、はっと気がついたが、いつの間にかブルイネンもいない。

 唖然として、周囲を見回す。

 

 だが、そのロウとブルイネンは、すぐに再び現れた。さっきまでロウが胡座をかいて座っていた浴場の床だ。

 ロウについては、姿勢まで同じである。

 また、離れていたはずのブルイネンも一緒にいる。

 しかし、ロウの胡座の上にうつ伏せに横たわっていて、完全に脱力している。なによりも、そのブルイネンの両腕にはしっかりとした縄掛けがしてあり、後手縛りに緊縛されてもいる。

 あの一瞬で?

 エルザにはわけがわからなかった。

 

「あらあら、こうなったか……」

 

「ロウ様、ちゃんと意見をお聞きになるのでは?」

 

 コゼとエリカだ。

 そのエリカの叱責ぎみの物言いに、ロウがちょっとばつが悪そうに頭を掻く。

 

「意見は聞いたさ。お互いにとことん話し合った。そうだよな、ブルイネン? ただ、ちょっとばかり、話し合いが過激になったのは認めるけど……」

 

 ロウが膝の上のブルイネンに声をかけるが反応がない。

 後ろ手に縛られた裸身を伏せたまま、はあはあと胸を喘がせるばかりである。両脚も閉じ合わせるのを忘れたように開いたままだ。

 また、意識はあるようだが、全身が水でびっしょりだ。

 いや、でも、ブルイネンはお湯の中にはいなかった……。湯の外にいたと思う。

 それに、湯で濡れているというよりは、汗びっしょりのようにも見えるが……。

 

「ブルイネン? 納得してくれたよなあ?」

 

 すると、ロウがいきなりブルイネンのお尻に指を挿し込んだ。

 エルザは仰天してしまった。

 

「はひいっ──。な、納得してます──。してますから、もう、苛めないで──」

 

「苛めてはいないだろう。人聞きの悪い──」

 

 ロウが笑いながら、ブルイネンのお尻の穴の中に挿入した指をくねくねと動かす。

 

「あひいいっ、いやああ、もういくのはいやああ──。ゆ、許してください──。も、もういやですうう──」

 

「そうか? だけど、身体は欲しがってるみたいだぞ? ほらほら」

 

 ロウが愉しそうに指を動かす。

 

「ふふふ、ご主人様、悪い顔してるよ」

 

 クグルスがロウとブルイネンの回りを愉しそうに舞い始める。

 

「本当に、すごい淫気だ。どれだけ搾り取ったの? おれもご相伴しよっと」

 

 湯の中にいるチャルタとやらも笑い声をあげて、なにかを吸い込むような仕草をした。

 

「いぐううううっ──。し、従いますう──。親衛隊は英雄公──、独裁官殿のロウ殿に従いますうう──。んぐううう」

 

 一方で、ブルイネンについては、 あっという間に、エルザが唖然とするほどに、派手な声をあげて、その場で絶頂した。

 エルザは目を丸くした。

 もはや、完全にぐったりとなったブルイネンのお尻からやっとロウが指を抜く。

 

「こ、今度はガドがお掃除しますね」

 

 その指をガドニエル女王が手にをって、さっと自分の口に入れる。

 そして、ぺろぺろと舐め出す。

 そのあまりの淫靡さに、エルザは全身が熱くなってしまった。

 すると、ロウが急にこっちを見た。

 心臓がどきりとなる。

 

「エルザも興味津々かな? まあ、亜空間……、仮想空間の洗礼は落ち着いてからな。だけど、俺の女になったら自慰は禁止だぞ。勝手に発散するのはだめだ。しっかりと満足させてやるから、我慢できなくなったら遠慮なく来るんだ」

 

 ロウが笑った。

 エルザははっとした。

 いつの間にか、自分の片側の乳房を掴み、さらに股間に手を当てていたのだ。

 恥ずかしさで全身が真っ赤になる。

 

「わっ、わっ、わっ、ち、違うんです。これは違くって──」

 

「なにが違うんだ、淫乱女? だけど、いいぞ。性奴隷がすけべえなのは、ご主人様に都合がいいからな。ご主人様のお力の源の淫気がうんと搾り取れる。ご主人様の淫魔力のためのいい雌畜になれるぞ」

 

 クグルスが飛んできて、エルザに揶揄(からかい)いの言葉をかけてきた。

 

「め、雌畜?」

 

 声が裏返ってしまった。

 雌畜というのは、雌の家畜という意味だろう。家畜だなどと……。

 だが、なぜか、ロウであれば、家畜と呼ばれてもいいかと思ってしまった。エルザは、自分の中に浮かんだ思考を慌てて振り払う。

 

「エルザ、悪いけど、この南方のことは当面任せる。独裁官としての指示だ。エルフ師団から、しばらくのあいだ一個隊だけを抽出してエルザに付けてもらう。残してやれるのは、すまないけどそれしかない。享ちゃん、アーネスト殿に頼んでももらえるか?」

 

 ロウが言った。

 

「は、はい。もちろんです」

 

 エルザは慌てて返事をしたが、独裁官──?

 なにそれ?

 それはともかく、たったいまロウがエルザに命令を下したとき、心が熱くなるとともに、大きな愉悦を覚えた。

 “主”に命令される──。

 それがこんなにも嬉しいものなのかと、ちょっと感動した。

 さっきから、みんなが嬉しそうな表情になるのは、これなのかと納得もした。

 また、ロウはさっきから全員を呼び捨てにしはじめている。エルザに対してもだ。

 それもまた、心地いい。 

 

 しかし、“主”?

 あれ?

 どうして、自分はロウのことをそんな風に……?

 エルザは、自分の思考に気がつき、少しはっとなった。

 

「任せて、お兄ちゃん。あいつにはよく言っておくわ。エルフ王軍はお兄ちゃんの好きなようにしていいからね」

 

 ケイラが力強く応じたのが聞こえた。

 

「あっ、そうだ。ちょっと後々の話になるけど、エルザには使ってもらいたい人材がいる。政務にはまったくの素人だけど、役に立つのは請け合う。彼女を使って欲しい。エルザの腹心として鍛えて欲しいんだ」

 

 ロウだ。

 だが、その言葉にはちょっと当惑した。

 

「あのう、まったくの素人だけど、役に立つというのは?」

 

 意味がわからない。

 素人なら役に立つとは思えないし、その人物を腹心に?

 

「誰のことを言っているんだい、ロウ?」

 

 アネルザが口を挟んだ。

 

「ランだ。ミランダのところのね」

 

 ロウが言った。

 ランなら知っている。王都で多少なりとも一緒にいた時期があるのだ。確かに優秀な冒険者ギルドの職員だった。

 あのランをか……。

 

「ランかい。まあ、それもいいだろうけど、あいつはミランダが大切にしている部下じゃないのかい?」

 

 アネルザだ。

 

「心配するなよ、アネルザ。ミランダが渋れば、納得するまで説得するだけだ。なあ、ブルイネン?」

 

 いまだにロウの膝の上にいるブルイネンのお尻に、またもやロウが手を伸ばす素振りをした。

 

「ひいいっ、も、もう結構です──」

 

 ブルイネンが縄掛けをされたまま、慌てたようにロウの上から跳ねどいた。

 ロウが笑い声をあげる。

 

「それはともかく、イザベラは、すぐに、エルザを南方総督として任命する布告を発してくれ。イザベラ軍は、少なくとも旗だけでも、今夜にも移動を開始してもらうけど、その布告だけは、その前にするんだ」

 

 ロウがイザベラに視線を向ける。

 

「南方総督か……。それでいくのか? だが、ロウ、独裁官というのは、王太女に命令できる権限ではないぞ。わたしの権限の下にあるのだ。正確には、王の下だが」

 

 イザベラが苦笑している。

 

「固いことを言うなよ、イザベラ。それと、その布告は“王太女イザベラ”ではなく、“女王イザベラ”として出してもくれよ。ヴァジー、その辺もよろしくな」

 

「了解しました。女王陛下イザベラの名で布告を準備します」

 

 イザベラの女官長のヴァージニアが頷く。

 

「イザベラ軍、それと、女王不在だが女王親衛隊のついてはそれぞれの旗を揚げて、兇王ルードルフを糾弾する。だから、その覚悟として、イザベラには、王太女としてではなく、新女王として名乗りをしてもらう。独裁官としての指示だぞ」

 

「だ、か、ら、独裁官というのは、わたしに命令できる権限ではないと申しておるだろうが──。まあ……命令には従うが……」

 

 イザベラが渋々という顔で返事をした。

 

「あの、さっきから言っている独裁官というのはなんですか?」

 

 エルザは思わず訊ねた。

 

「そうだね。それはなんだい?」

 

 アネルザも続く。

 

「イザベラが俺に付与した異常事態に際する国家大権だよ。この国の政務権、軍事権、外交交渉権のすべてを俺が統括することになったんだ。その役職名が“独裁官”だ。イザベラの命令だ。しばらくのあいだよろしくな、アネルザとエルザ」

 

「なにが、わたしの命令だ。強引に名乗ったのではないか」

 

 イザベラが吐き捨てる。

 

「そりゃあ、なんだい。事実上の王じゃないのかい」

 

 一方で、アネルザは大笑いした。

 

「じゃあ、その独裁官としての指示だ。イザベラ新女王軍に従うのは南方軍の一部、これは体裁を整えるための少数でいい。それと親衛隊及びアーネスト殿の主力のエルフ女王軍──。さらに、イライジャ、ミウ、マーズ、ユイナも同行だ。もちろん、ヴァジーたちもだ」

 

「わかった」

 

「わかったわ」

 

 イザベラ、イライジャが返事をした。

 

「うん」

 

「わかりました」

 

 続いて、ミウにマーズ。

 ほかの者も頷いている。

 

「享ちゃんは、今回はそっちに同行してくれ。アーネスト殿とイザベラの橋渡しと、そして、スクルドがいない分、こいつが敷設してきたハロンドール国内の移動術のゲート施設を掌握して、王軍が展開している王都周域の外縁の砦までの移動の助力をして欲しいんだ。頼めるか? とにかく、国王打倒軍はもっとも早い手段で、王軍防衛隊と接触したいんだ」

 

「任せて、お兄ちゃん」

 

「後ほど、ゲートについては申し送りますわ、ケイラ様」

 

 スクルドだ。

 

「ただ、王軍防衛隊と接触しても、とりあえず戦端を開く必要はないぞ。エルフ隊で防護結界を敷いてもらって、その内側で膠着状態を保持すればいいから。あとは女王の名で貴族たちに参戦の檄を飛ばす。やることはそれだけだ。悪戯に戦うな。実際の決戦は、俺たち潜入組なんだから。こっちでけりを付ける」

 

「戦わないのに、軍を進めるのか?」

 

 イザベラが疑念を発した。

 

「あくまでも表向きには、王都を開放したのはイザベラ軍とそれに協力したエルフ女王軍という体裁にしたいからね。だけど、先に王宮を落とす。そうすれば、王軍の防衛隊など勝手に瓦解する。それから、斉整と王都に入ればいい。解放者として」

 

 ロウが微笑んで全員を見回す。

 

「なるほど、わたしの役割は理解した。とりあえず、国王糾弾の旗を掲げるということだな。そして、貴族たちも取り込む。わかった──。だが、わたしの名で貴族たちが集まるだろうか?」

 

「集まるさ。そのためのエルフ女王軍だ。女王の名で、協力しなければ、各領主に入るクリスタル石をすべて遮断すると言ってやれ。クリスタル外交だ。あれがなければ、各領土の日常は停止してしまうんだ。従うしかない。なあ、享ちゃん?」

 

「すべてお兄ちゃんの言うとおりにする。ラザニエルがぐずぐず言ったら、また、水晶宮に戻って説教してやるわ。あいつ、変に真面目なのよねえ。極悪非道の闇魔女とまで言われていたくせに……」

 

「おっと、享ちゃん、それは御法度だ」

 

「あっ、そうだったわ。ごめんね、お兄ちゃん」

 

 ケイラが慌てたように口をつぐんだ。

 なんだったのだろう?

 エルザは首を傾げた。

 

「チャルタもイザベラ軍側だ。お前は膠着状態になったあと、敵陣に娼婦としてでも入り込め。徹底的に敵軍の男の精を喰いまくって骨抜きにしろ。危険のない範囲でな」

 

「おっ、おれはそっち? まあ、陰険、陰湿、嫌み女のラポルタの泣きべそも見たかったけど、まあいいや。了解だよ、ご主人様」

 

「そして、最後にアネルザ……」

 

 すると、ロウがアネルザに視線を向けた。

 

「ん?」

 

「王妃には、俺たち潜入組に入ってもらう。大切な役割がある……」

 

「わかっているよ……。事実上のハロンドール王家の最期だ。引導を渡すのは王妃のわたしでないとね……。王家の誰かが行かないと話にならないのはわかっている。ロウたちがサキたちを救出した後に、王宮内の者や軍を大人しくさせるのにも、わたしがいくらか使えるだろうさ。もちろん、一緒に行くよ。戦いの役には立たないけどね」

 

「アネルザのことは守る。心配するな」

 

 ロウがアネルザを見た。

 とても、柔和な微笑みだ。そして、優しげである。

 横から見ているエルザがどきりとするほど……。

 

「ありがとう。万事任せるよ……。とにかく、この国を頼む。王家を救ってくれ。この通りだよ」

 

 アネルザが小さく頭をさげた。

 

「そうだな。任されよう……。ところで、ちょっと来い、アネルザ」

 

 すると、ロウがアネルザを手招きした。

 アネルザが苦笑のような表情を浮かべて、湯の中を進んで、ロウの方向に向かっていく。

 

「やれやれ、そろそろ、お仕置きかい? 実はいつ、それが始まるんだろうとびくびくしていたんだよ。この一連の混乱のすべての原因はわたしだ。うんと叱っておくれ」

 

 アネルザが笑いながら、ロウの前に胡座を掻いて座った。

 すると、そのアネルザに手を伸ばして、いきなりロウが抱きしめた。

 アネルザが目を丸くした。

 

「そうじゃない……。まずは感謝だ。そもそも、この騒動の発端が、国王が出した捕縛命令から俺を守ってくれるためだというのは知っている。ありがとう、アネルザ」

 

 ロウがぎゅっとアネルザを抱きしめる。

 

「あっ、ロ、ロウ──」

 

 狼狽した感じになったアネルザが顔を真っ赤にし。そして、おずおずした感じでロウの背中に腕を回して抱きしめ返す。

 

「あ、ありがとうと言ってくれるのかい?」

 

「もちろんだ、アネルザ。まずは感謝しかない」

 

 さらに、ロウがアネルザを強く引き寄せたのがわかった。



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824 性奴隷の王妃と独裁官の嗜虐愛(1)

「あ、ありがとうと言ってくれるのかい?」

 

「もちろんだ、アネルザ。まずは感謝しかない」

 

「あっ、ありがとう、ロウ──」

 

 アネルザが力強く抱きついてきた。

 一郎はぐいとアネルザの裸身を引き込み、アネルザの両脚が一郎の腰を挟み込むように股を開いて跨がせ、完全に胸と胸が密着するようにした。

 いわゆる対面座位だ。

 

「ああっ」

 

 肌と肌が接することで、それだけで快感が昂ぶったらしく、アネルザが甲高い声をあげて背中をのけぞらせた。

 しかも、激しく興奮している。

 

 実は、一郎には、このアネルザが一郎と再会した瞬間から激しく欲情していたことを認識していた。

 どうやら、一郎との交合というのは、続けると一種の中毒症状のような作用を引き起こすのか、目の前のアネルザもそうだが、一郎から精を注がれない期間が長くなると、激しい性欲への飢餓感が発生してしまうようなのだ。

 スクルドもそうだったし、妊婦でありながらイザベラもそうだった。元来、性欲が強いアネルザなど尚更であるようだ。

 

 平静を装ってはいたものの、一郎たちと会話をしているあいだも、アネルザの股間からはじゅくじゅくと蜜が流れ出ていて、すでにできあがっている状況であることについても、淫魔術でしっかりと確認していた。

 一郎は女ではないので、女にとって性欲の飢餓感というのがどれくらいつらいのかはわからないが、おそらく、一郎の淫魔師としての力が強すぎるのだと思う。

 これまでそういう認識はなかったが、どうやら一郎に支配された女が離れられなくなるように、勝手に一郎の精がそんな仕事をしてしまうみたいだ。

 淫魔師としての本能のようなものかもしれない。

 

 とにかく、そのため、一郎が王都に残してきた女たちは、大なり小なり冷静さを失い、過激な行動に走ることになったのではないだろうか。スクルドからの話をはじめとして、これまでに聞いた王都の混沌と女たちの関わりに関する情報に接し、そう分析している。

 そうであれば、一連の王国の騒動について、アネルザは自分がすべての責任だとは言ったが、一郎は自分にも責任はあると思っている。

 

 いずれにしても、アネルザの身体は、一郎の愛欲に飢えて狂わんばかりになっている。

 前戯もないのに、股間はびっしょりだ。

 一郎はアネルザの股間を引き寄せ、ぬれぬれの陰部に怒張を挿入していった。

 

「ほおおっ」

 

 アネルザはあられもない声を放って、顔を仰向かせた。

 しかも、一郎の怒張の先端が奥までアネルザを貫くと、がくがくと身体を痙攣させて、絶頂の兆候を示し出す。

 さらに、まるで失禁したかのように、結合している部分から愛液が噴き出し、男根全体をぎゅうぎゅうと膣が締めつけてきた。

 また、背中側で抱きしめるアネルザの腕に力が加わって、両脚まで一郎の腰に巻き付けてくる。

 完全に興奮して、常軌を逸している気配だ。

 

 激しすぎる反応に、一郎も苦笑する。

 また、周囲の女たちも半分呆気にとられている。

 エルザなど、王妃アネルザが豹変した姿に、顔を真っ赤にしながらも目を丸くしていた。

 まあ、王妃の性行為のシーンなど目の当たりにしたこともないだろうし、びっくりしているのだろう。

 

 それはともかく、まだ話も終わってないし、簡単にいかせるつもりもない。

 アネルザの股間には、一郎がずっと施している悪戯があり、クリトリス全体が小さな男の子の性器ほどに大きくしてある。しかも、尿道口まであって、性的興奮で射精するようにしてあるのだ。それだけでなく、射精すれば、男としての快感も襲い、同時に女としての絶頂感にも貫かれるという仕掛けだ。

 しかし、今回の旅にあたって、このアネルザにはその疑似男根の根元に特殊な金属環を嵌め、勝手に射精できないようにもしていた。

 この国の王妃アネルザが一郎の性奴隷に成り果てている象徴であるが、これもまた、ずっと堪えていたはずだ。

 一郎は、がくがくと絶頂の兆しを示しだしたアネルザの男根の根元の金属環に淫魔力を軽く注ぎ、小さな電撃を起こしてやった。

 

「んぎゅうううっ」

 

 アネルザが一瞬にして、白目を剥きかけて絶叫する。

 絶頂感も引いただろう。

 アネルザの絶頂感がぎりぎりのところで、頂点から引き落とされたのがわかった。

 

「えっ、えっ、なにをしたのですか──?」

 

 エルザが驚きの声を出す。

 一方で、ほかの女たちは具体的なことまではわからないかもしれないけど、いつものように、一郎が嗜虐的な「遊び」をしたことは悟っているらしく、慌てる素振りはない。

 まあ、嘆息したり、顔を赤らめたり、ちょっと羨望的な表情をしたりと、それぞれだ。

 

 共通するのは、散々に仲間内ではお互いに見られながら、愛し合ったり調教をしたりしているので、一郎がアネルザを犯したこと自体には驚いてもいないし、当惑もないということだ。

 新たに加わったエルザだって、すでに全員の前で犯されているので、そういう集団だとすり込まれてしまった気配である。

 ただ、エルザについては、王妃が粗雑に扱われたことには、完全に困惑しているようではある。

 

「いや、どうしたんだろうなあ?」

 

 一郎はとぼけた。

 また、亜空間から革帯を出現させて、背中と腰で抱きしめられているアネルザの両腕と両すねを、それぞれに巻き付けるようにしてやった。

 これで、アネルザは腕も脚も、一郎の身体から離れることはできない。

 つまりは、逃げられないということだ。

 

「わっ、わっ、わっ。さ、さっきもそうでしたが、どういうことなんですか、それ?」

 

 またもや、エルザが声をあげた。

 アネルザが一郎に抱かれている光景も衝撃だとは思うが、好奇心もかなり強い性質らしく、拘束具が突如として出現して女を拘束してしまうという不思議に対して、疑念を抑えられなかったみたいだ。

 

「そうですねえ……。わたしも疑問です。収納術……なのですよね?」

 

 すぐ横にいるスクルドも驚いている感じだ。

 一郎のように、身体に密着しているものを亜空間に収納したり、逆に相手の身体に密着させて出現させるというのは、従来の魔道理論ではあり得ないことらしいので、スクルドにも真似はできないと以前聞いたことがある。

 だから、いまも疑問なのだろう。

 そんな感じだ。

 もっとも、一郎としても、いやらしいことをやろうとしたら、簡単にできるようになったとしか伝えようはないが……。

 

「ただの収納術だよ。俺流のね。だから、調教と性愛にしか使えない……。ところで、アネルザ、勝手に腰を振るなよ。お預けだ。まずは話だ。感謝するとは言った。だけど、説教は説教だ。ちゃんと話を聞け」

 

 一郎はアネルザを対面に抱きしめながら言った。

 

「は、話って……。こ、このまま……? あ、相変わらず、ひどい男だよ……。う、うう……、わかったよ……」

 

 アネルザが切なそうに身体をくねらせる。

 

「自分でぴくりとでも動けば、さっきのように、アネルザの小さなペニスに電撃だ。独裁官の命令だ」

 

 一郎はうそぶく。

 

「……なにが、独裁官の命令だ……」

 

 離れた場所からイザベラの呆れたような舌打ちが聞こえた。一郎は無視する。

 

「わ、わかった……」

 

 アネルザが一郎に抱きつく手に力をさらに込めて、歯を喰いしばる仕草をしたのがわかった。

 だが、何か月もずっと火照っていた身体に、一郎の怒張を貫かれたにも関わらず、この状況で刺激を耐えるのはつらいのだろう。すぐに息も荒くなったし、そわそわと全身が動き始めだす。

 

 一郎はちょっとほくそ笑んでしまった。

 懸命に耐えようとする姿が可愛いのだ。

 そして、愛おしい……。

 こんな方法で愛したくなるのは、我ながら鬼畜だと思うし、奇妙な性癖を強要して悪いとは思うが、こういう性癖だから我慢してもらうしかない。その代わりに、アネルザに限らず、すべての女がそうであるが、心の底から大切にしたいと思っている。

 

 抱いているアネルザの頭にすっと手を置く。

 

「……それはともかく、真面目な話をしよう」

 

「ま、真面目って……。こ、この状態でかい……? そ、そりゃあ、鬼畜だねえ……」

 

 一郎の肩に顔を載せているアネルザが苦笑するのがわかった。

 

「……まずは、実家の辺境候のことは悪かった……。権力を奪った。そして、レオナルド殿のこと……。やむなくしたこととはいえ、アネルザの弟だ。ああいう結果になって申し訳ない……」

 

 まずは言った。

 アネルザが顔をあげて起こし、視線を一郎の眼に合わすようにした。

 

「く、詳しくは知らないが、多少は情報は入っている……。いや、むしろ、感謝しているよ……。西部全体をリィナに任せるんだろう……。いい人選だ。あいつは能力も高いし、やり手だからねえ。その中でマルエダ家もしっかりと立場を残してくれたみたいじゃないかい……。ありがとう……」

 

「そう、言ってくれるか?」

 

「あ、ああ……。レオのこともいい……。確かに、出来は悪かったものの弟には違いなかったが、タリオの間者にそそのかされて、エルフ女王国と敵対するとはね……。愚かすぎる……」

 

「ほう……、結構詳しく知っているな」

 

「こ、ここに向かって出立する前に、父から手紙が届いた……。魔道具を使ってね……。父からも、ロウに対する感謝が記してあったよ。レオの死については、わたしからはなにもない……。向こうでのことに感謝しているのは本当さ……。あのまま王都への侵攻などがあったら、本当に王国が割れていたからね……」

 

 アネルザが静かに言った。

 

「そうか……」

 

 一郎はそれだけを言った。

 それはともかく、だんだんとだが、一郎の怒張が嵌まっているアネルザの腰の動きが大きくなっていく。

 おそらく、無意識のものだと思う。

 ちょっと面白いので、一郎は自分の亀頭の先端から精液の走り汁のようなものをにじませてじわじわと膣内に拡げてやった。

 ちょっとした悪戯だ。

 ただのにじみ汁ではない。

 淫魔師として限界突破のレベルに達した一郎は、自分の体液を自由自在に媚薬に変化できるが、アネルザの膣内にゆっくりとにじみ出るの精液をかなりの強い媚薬成分にしてやったのだ。

 いまのアネルザには、効果抜群だろう。

 

「次に、ちょっとばかりお説教だ。最初に言ったが、俺を助けようとして、国王に反抗してくれたのは感謝している……。しかし、やり方はまずかったな。それに、アネルザにしては、珍しく人を見る目を誤ったものだ。サキのような存在には独特の価値観がある。あいつを人族と同じ感覚でみたらだめだ」

 

「ふふふ、そう……だったよ。や、やっぱり、お前はよくわかっている……。わたしたちは、あっという間に破綻してな……。と、ところで、まだ、動いちゃだめかい……。つ、つらいんだ……」

 

 アネルザが我慢できなくなったのか、額を一郎の肩にごしごしと擦るような仕草をした。

 気を紛らわせたいに違いない。

 一郎は返事の代わりに、些細な電撃をアネルザの疑似ペニスの根元に流した。

 

「ひゃぐううっ」

 

 アネルザが身体を突っ張らせて、引きつった悲鳴をあげる。

 

「話は終わっていないぞ」

 

 一郎は笑った。

 一方で、頭を撫でる手については、いまだに優しく動かしている。

 飴と鞭というとこか?

 我ながら、鬼畜だとは思うが……。

 

「す、すまない」

 

 アネルザが泣くような口調で言った。

 皆よりも離れているエルザが信じられないという顔をしているのが愉快だ。

 

「そもそも、お前たちは最初から破綻してたんだぞ。サキを陰謀めいた策戦に参加させたことしかり──。そこのスクルドについてもな。こいつなんて、多分、真面目に謀略のことなんて考えてなかったに違いないぞ。頭がお花畑になってしまって、俺たちを追ってくる口実に使おうくらいしか考えてなかったに決まっている」

 

 

 一郎は言った。

 

「ま、まあ、お花畑とはお酷いですわ。ご主人様、ほほほ……」

 

 スクルドがころころと笑う。

 

「事実でしょうが」

 

 すると、すかさずコゼが横から口を挟んだ。

 

「ミランダも、サキ同様に謀略には向かない──。アネルザにしては珍しく、なにからなにまで人選ミスだ」

 

「そ、そうだね……。わ、わたしには……色々なことが手に余った……。転がるように……事態が拡大し……、混乱し……、どうしようかと……。本当にどうしようかと……」

 

 一郎に抱きしめられているアネルザが自嘲気味に笑った。

 それはともかく、そろそろ息も荒くなった。最初から息は激しかったが、いまはかなり息も早くなっている。

 結構つらそうだ。

 

 まあ、当たり前だが……。膣内ににじみ出ている媚薬がすでにかなり効いている。アネルザの全身からかなりの汗が噴き出してきた。

 しかし、まだ解放してやらない。

 

 まだまだだ……。

 

「……アネルザの愚痴は珍しいな……。いや、そうでもないか……。俺の前ではよく愚痴を言っていたか……。最初は虎のように獰猛だったけどな」

 

 一郎は淫魔術を駆使して、アネルザの心の線にも接触を試みる。

 身体の中で暴れまわっているらしい官能の嵐が激しすぎて、それが邪魔だが、アネルザの中にある不安や葛藤や苛立ちの感情の線を見つけては静かにさせる。さらに、孤独感や恐怖もだ。

 すると、アネルザの身体からすっと力が抜けるのがはっきりとわかった。

 

 あの無能のルードルフのせいで、国王に代わって、必死に国政を動かさざるを得ず、貴族たちや外国との権謀術数に神経を削り続けてきた。

 それが王妃アネルザだ。

 しかし、実際には、アネルザにそれほどの能力があったわけではない。ただ。ルードルフ王よりもましだということだけだ。

 だからこそ、彼女にとっては、国政というのは荷が重すぎる役割だったと思う。

 

「お、お前にかかれば、虎も猫さ……。愚痴くらい言うよ……」

 

 アネルザが激しくなっている息を吐きながら言った。

 

「言えばいいさ……。女の愚痴は大歓迎だ……。言えよ。そもそも、いまもつらいだろう? 身体がおかしくなるほどに疼いているはずだ。それなのに、俺の許可がなければ、腰を動かすことも許されないんだ。愚痴を言ってもいいぞ。どんな気分だ?」

 

 一郎はくすくすと笑った。

 

「ううう……。つ、つらいさ……。み、惨めで……。情けなくなる……。だ、だけど、もっと苛めて欲しくて……。も、もっともっと、い、意地悪して欲しくて……」

 

 アネルザが泣くような声で言った。

 

「なら、もっとつらくしてやろう。まだまだ禁止だ。惨めで、情けないアネルザになってもらおうかな……。その代わりに、もっともっともっと、アネルザを支配する。なにからなにまで……。アネルザの持っていたものをこれからは代わりに背負ってやろう……。俺が代わりにやってやるよ」

 

「代わりに……? ふふふ、お前がわたしが背負っていたものを代わりに背負ってくれるって? 大したものじゃないけど、それなりのものだよ。なにしろ、この腐れて……、古めかしくって……、いまにも崩れそうだけど……、図体ばかりはでかい……この国そのものなんだ……。重いよ……」

 

「わかっている──。任せろ──。なにから、なにまで俺に任せろ──」

 

「ああっ、ロウ──」

 

 アネルザが一郎の言葉に感極まったように震えて、再び顔をあげた。

 その心に拡がる大きな安堵感がわかる。

 多分、アネルザはずっと誰かに頼りたかったのだ。だが、それが許される立場ではなかった。

 一郎はアネルザの本質が実は“受け”であり、支配されたい側の人間であることを知っている。ところが、現実には、アネルザは色々な相手に頼られ、責任を渡され、愚痴さえ言えずに、葛藤し続けた。

 苦労したのだろう。

 

 だから、アネルザをもっと楽にしてやろう。

 そして、教えてやろう……。

 支配される快感を……。

 人に依存する心地よさを……。

 

「舌を出せ、アネルザ。口づけをしてやる。ただ、舌を出すだけだ。自分ではなにもするな。命令だ……。なにもかも、俺に任せる練習だ」

 

「う、嬉しいよ、ロウ……。嬉しい……」

 

 アネルザが口から舌を出した。

 一郎はそれを口の中に含み、ゆっくりと舐めこねてやった。



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825 性奴隷の王妃と独裁官の嗜虐愛(2)

「もっと出せ、アネルザ。犬のようにな──。ただし、自分ではなにもするな。独裁官命令だぞ。腰も動かすなよ、まだ、お、あ、ず、けだ」

 

 一郎は一度アネルザから口を離して、にやりと笑う。

 

「ふああっ、はあ、はあ、はあ……」

 

 アネルザはすっかりとできあがっているようだった。

 目はうつろで、顔は充血して赤く淫情に蕩けている。おそらく、頭の中は欲情と官能の欲求が暴れまわっていることだろう。

 しかし、まだ、アネルザが欲しいものは与えない。

 ぎりぎりのところで焦らすだけだ。

 

 アネルザが限界まで舌をさし出させた。

 一郎は舌先で、アネルザの舌の裏側をするするとなぞりあげる。淫魔術で垣間見(かいまみ)える性感の赤いもやは、女の状態のそのときそのときによって変化するが、いまのアネルザの舌の中で一番赤かったのが裏側だったのだ。だから、そこを舐めることにしたのだ。

 しかも、最適の強さと最適の感覚でだ。

 そんなことは、淫魔術を駆使すれば考えることなくできる。

 女への快感の与え方は、まったく思考することなくできる。女を最高に悦ばせるのなんて、息をするよりも簡単だ。

 

「はああっ」

 

 思ったとおりに、それだけで鋭い感覚が五体を駆け抜けたらしく、アネルザがぶるぶると身体を震わせた。

 汗もさらにどっと噴き出し、無意識だと思うが一郎の怒張が貫かれている股間を前後に動かしはじめる。

 一郎は、すかさず、疑似ペニスの根元に弱い電撃を迸らさせる。

 ペニスのかたちをしているが、クリトリスそのものだ。

 弱い電撃でも、想像を絶するほどの激痛のはずだ。

 

「ひべえええ」

 

 アネルザが悲鳴をあげて全身を突っ張らせた。

 一郎の男根もぎゅうぎゅうと締めあげられて気持ちがいい。

 

「勉強できない奴隷王妃だなあ。動くと罰だと言っただろう……」

 

「ああ、ごめんよお……」

 

 一郎はアネルザの顎を掴み、口から大きく出されているアネルザの舌を舐めまわす。

 

 先端から側面に……。

 

 裏から表……。

 

 付け根から先に向かって撫でるように……。

 

「あっ、ああ……」

 

 アネルザが切なそうに、身体をもじつかせる。

 特段の工夫はない。

 ただ、赤いもやに従って刺激を与えているだけだ。

 しかし、そのとき、そのときの性感帯を刺激され、アネルザがもはや苦悶の表情さえ浮かべ、噴き出す自分の愉悦に息を荒げていく。

 また、舌をひっこめることを許されないので、だらだらとアネルザの乳房にも唾液がしたたり拡がる、

 密着しているアネルザの乳首は、もはや石のように勃起して、一郎の胸に突き刺さらんばかりだ。

 

「よし、じっとしているなら、ご褒美だ……。もっと舐めまわしてやろう」

 

 一郎は一段と丹念に舌を刺激する。

 丁寧に自分の舌をアネルザの舌全体になすりつけ、あるいは、唇で挟んで顔を動かすようにだんだんと強くする。

 

「あっ、あっ、ああっ……」

 

 口を開けてだらしくなく舌を出しているアネルザが甘い声を漏らし続ける。

 アネルザの「性感ステータス」の中の“快感値”も“5”を切った。“0”になれば絶頂であるので、舌の刺激だけでオルガニズムに昇りつめようとしているということになる。

 

「よし──。じゃあ、次は奴隷王妃の番だ。舐めるのを許してやる」

 

 一郎は今度はアネルザの顔の前に、自分が舌を出した。

 

「ああっ」

 

 アネルザは一瞬も躊躇わなかった。

 すでに全身は欲情に狂わんばかりになっている。

 だが、それを禁止されていて、発散させることを許されないアネルザは、そのとめどなくあふれ出てくる欲情の発露を一郎との口づけに求めようとするのだろう。

 

「んふっ、ふんっ、ぬふっ」

 

 アネルザは淫らな声を喉の奥から出しながら舌を擦り合わせ、夢中の様子でしゃぶり回してくる。

 

「舌以外は自分では動くなよ。動いたら罰だからな」

 

 一郎は密着していたアネルザの胸を少しだけ離して、手を差し入れた。

 指で固くなっている乳首を挟み込みながら、手のひら全体で乳房を捏ねあげてやる。

 

「んんんんっ」

 

 アネルザの性の興奮が拡大したのがわかった。

 一郎の手に豊かな胸を押しつけるようにしてくる。当然ながら身体を動かすのだから、自然と怒張を貫いている腰も動かすことになる。

 まあ、我慢できるわけがないと思ったが……。

 

「ああ、もう我慢できないよ──。後生だから──」

 

 アネルザが堰を切ったように、全身を暴れさせだした。

 顔を上下に動かして貪欲(どんよく)に、一郎の舌にしゃぶりつき、腰を荒々しく捏ね回す。

 全身を支配する欲情のままに、すでに一郎の言いつけも、繰り返されている疑似ペニスへの電撃の苦しみも忘れたみたいだ。

 一郎は苦笑した。

 

「あっ、ああっ、いくうっ、いくううっ、いくよおおお」

 

 アネルザが一郎の舌から口を離して、吠えるように声をあげた、

 途轍もない絶頂のうねりがアネルザを襲ったのだと思う。

 大きく身体をのけぞらせたかと思うと、がくがくと身体を痙攣させた。

 

「勉強できない、奴隷王妃だ」

 

 一郎は、すかさず疑似ペニスに電撃を流す。

 

「んぎいいいっ」

 

 アネルザが絶叫して全身を突っ張らせる。

 もちろん、絶頂は寸前でとりあげられている。

 

「ああっ、ひ、ひどいよう」

 

 アネルザが泣き出した。

 ふと、周囲を見回す。

 多くの女が、一郎がアネルザを責めている光景を目の当たりにして、切なそうに内腿を擦り合わせたりしている。

 さすがは、一郎の調教によって、マゾの快感に覚醒している性奴隷たちだ。

 ほかの女が陰湿な性調教を受けている場に接し、まるで自分が責められているような感覚に陥って、欲望を燃えあがらせるのだろう。

 ひとり、エルザだけは、王妃が容赦なく苛められ、その王妃が可愛らしくも狂おしく一郎を求める光景に、唖然としている感じだが、それでも、甘い吐息をしながら、身体を悶えさせている。

 あの新しい王女も、いいマゾになりそうだ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「ひどいじゃないだろう。許可なく動くなとも、勝手に達するなとも命令したぞ。独裁官の命令は絶対だと告げたはずだ」

 

 一郎は、アネルザの拘束を消失させた。

 再び、亜空間に戻したのだ。

 一度怒張を抜き、手足を自由にしたアネルザを浴場の床に横たえる。

 

「両膝を立てて脚を開け。しかし、独裁官命令は変わらない。勝手に達するな。自分では動くな。手も動かすんじゃない」

 

 一郎が性行為の最中に“命令”すれば、それは立派な「拘束具」となる。

 アネルザは、膝を曲げて大きく股を開いた。腕は体側だ。

 

「……だから、独裁官というのは、そういうものじゃないというのに……」

 

 イザベラがぶつぶつと不満を口にするのが聞こえた。

 

「ふふふ、ご主人様、鬼畜ううう──。この王妃様、性欲で暴発しそうになってるよ。まだ、極めさせてあげないの?」

 

 クグルスが寄ってきてくすくすと笑った。

 

「まあな……。さあ、動くなよ、王妃」

 

 一郎はアネルザの腰に自分の腰を上から重ね、再び愛蜜でどろどろのアネルザの股間に怒張を挿入していった。

 

「んぐううっ、んああああっ」

 

 一郎の言いつけを守るために、快感を制御しようとして、必死に口をつぐんでいたアネルザを嘲笑うかのように、アネルザの裸身を快感が突き抜けていったらしく、貫いた喜悦にアネルザがを硬直させる。

 

「ぎりぎりまで我慢しろよ」

 

 一郎は本格的に律動を開始した。

 だが、二度ほど抽送したところで、アネルザは呆気なく絶頂に向かっていった。

 

「あああっ、だめええ、我慢できないよお」

 

 アネルザが首を激しく左右に振って、泣き声をあげた。

 こうなれば、気の強い激情家で知られる王妃も、可愛らしい性奴隷にすぎない。

 一郎は寸前で絶頂が遠ざかるように調整しつつ、急に律動をゆっくりにする。 

 

「それを我慢しろと言ってるんだ」

 

 そして、ぴたりと停止した。

 アネルザの絶頂は、またもや寸前でとまっている。

 

「ああっ」

 

 アネルザが身体を震わせた。

 しばらく同じことを繰り返す。

 怒張の動きをにわかに早めて一気に快感を飛翔させたかと思うと、突然に律動をやめて快感をとりあげる。

 アネルザがもどかしげに呻くのを無視して、たっぷりと間をあけてから、再び律動を激しくする。

 そして、ぎりぎりで快感を中断する。

 

「ああ、もういやああ」

 

 アネルザがまるで少女のように泣き叫んだ。

 

「寸前で絶頂が遠ざかるたびに、最後の快感が巨大になるはずだ。しっかりと快感を味わってくれ、アネルザ」

 

 一郎はさらに寸止め律動を繰り返した。

 昇らせては引き戻し、引き戻しては急激に昇らせる。

 十回やった。

 すると、アネルザはすっかりと狂乱した感じになった。

 

「ああ、もう許しておくれええ」

 

 ついにアネルザが本格的に泣き出してしまった。

 感情の制御ができなくなったのだろう。

 まあ、当然だ。

 官能に燃えに燃えながら、決して絶頂に達することができない。それは一郎が与える性の地獄だ。

 しかも、アネルザは、一郎の与える律動のたびに、確実に愉悦を膨れあがらせており、焦燥感を巨大化させている。

 

「わかった。いっていいぞ」

 

 一郎は、またもや中断していた律動を一転して激しく再開する。

 

「あああっ、ありがとう──。いぐううう」

 

 数回ほどの律動で、簡単にアネルザはついに絶頂に向けて、官能を爆発させた。

 一郎はアネルザの狂態を受けとめながら、ひと足先にアネルザの中に射精した。

 おそらく、女よりも先に絶頂したというのは、初めてかもしれない。

 一郎は三度、四度と射精しつつ、口元をにやりと綻ばせた。

 

「もっとも……、もしも、絶頂できたらの話だけどね」

 

 一郎は、巨大なエクスタシーに身体を震わせるアネルザの膣の中で怒張を動かしながらうそぶいた。



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826 性奴隷の王妃と独裁官の嗜虐愛(3)

「もっとも……、もしも、絶頂できたらの話だけどね……」

 

 アネルザが絶頂しようとしている最中に一郎はうそぶいた。

 そのアネルザにやっと訪れた最高の快感──。

 ついに絶頂を一郎から許可されたアネルザが最高の快感に向かっていくのがわかる。

 しかし、残念ながら、それは不可能だ。

 

 一郎は、淫魔術を駆使し、ぎりぎりのところでアネルザの絶頂感を固定するように細工をしてやったのだ。

 たったいまのことである。

 数箇月も性の飢餓に苦悶し続け、さらにこの場でさんざんに焦らされたあげくの爆発するような巨大な絶頂だ。

 それを絶頂寸前の状態で感覚が固定されるようにしてやって、寸止めさせたのだ。

 

「ああっ、な、なんだい──。あああっ、なに、なに、なに──? あひいいいっ」

 

 なにをされたのかわからないアネルザが暴れ始める。

 一郎は怒張を抜いて、アネルザのそばに胡座をかいた。

 その一郎の横で、アネルザが自分の身体を抱きしめて、激しく痙攣している。

 

「えっ、どうしたのだ、王妃? なにをしたんだ、ロウ?」

 

 イザベラがびっくりして身体を起こしたのが見えた。

 

「こ、これって、もしかして、あれですか……?」

 

「まさか、ロウ様……」

 

 一方で、この手の一郎の悪戯を何度も受けているコゼとエリカには、アネルザを襲っている状況がどういうものなのかを薄々悟ったようだ。

 

「えっ、どうかしたのですか?」

 

「まあ、なにをされたのですか、ご主人様?」

 

 ガドニエルとスクルドだ。ふたりはきょとんとした様子だ。

 

「ふふふ、やっぱり、ご主人様って、鬼畜うう──。ご主人様は淫魔術でこの王妃の快感を停止させたのさ。しかも、絶頂寸前の状態でね。だから、この王妃様は、絶頂間近のぎりぎりのところをずっと味わい続けているということさ。可哀想に」

 

 クグルスが床でのたうち回るアネルザの上を舞いながら揶揄(からか)うように言った。

 一郎がやったことは、まさに、クグルスが喋ったとおりだ。

 いま、アネルザは本来であれば、あっという間に通り過ぎるはずの絶頂寸前の状態が、そのまま固定されて停止している状況だ。

 

「ひいいっ、ひいいっ、ひいいっ」

 

 アネルザが暴れ回り、しかも、口から泡のようなものを出して、白目を剥きかけた。

 

「うわっ、そんなことがお兄ちゃんにはできるの? すごいわ──」

 

 また、享ちゃんについては感極まったような声を発している。

 

「ええ? ただの鬼畜じゃないの。こんなのがすごい?」

 

 呆れた口調で口を挟んだのはユイナだ。

 まあ、ユイナの感覚が一般的な常識人だろう。しかし、ここにはその常識人が圧倒的に少ない。

 一郎は苦笑する。

 

「そう簡単に許されるわけがないだろう、アネルザ。お前にしろ、ミランダにしろ、サキにだって、しっかりと罰を与えるつもりだ。サキは捕らえられているのかもしれないが、それと罰は別だ。もしも、殺されたりしていても生き返らせる。そして、俺の女がやった不始末に対し、しっかりと罰を与える。お尻ぺんぺんの代わりだ」

 

 一郎はアネルザの身体にそっと手をやる。

 さすがに、この状態を放置していては、本当に狂ってしまうかもしれない。ちょっとだけ楽にしてやる。

 ただし、絶頂を許すわけじゃない。だんだんと下降していけるようにしただけだ。

 

「はあ、はあ、はあ……。ロ、ロウ……」

 

 少しして、ほんのちょっとだけ正気を戻した感じのアネルザが恨めしそうに一郎を見あげてくる。もっとも、まだまだ、絶頂寸前のもどかしくも、凄まじいほどの快感の迸りも継続しているはずだ。

 自分の胴体を両手で抱くようにして、小刻みに身体を震わせている。

 

「ちょっとだけ楽になったろう? なら、もう一度だ。今度も絶頂寸前でしばらく快感が硬直状態になるけどね。しばらくしたら多少は楽になる。折角だから、もう少しだけ愉しむか」

 

 一郎はアネルザの足側に跪き、両腿を抱えると男根をアネルザの股間に近づけていく。

 

「ひっ──。ま、また、あれを──。も、もういやだ──。ゆ、許して──」

 

 さすがにアネルザが顔を引きつらせた。

 

「えっ?」

 

「ええっ?」

 

「本当にまだするのか、ロウ──?」

 

 女たちが一斉にどよめいたのがわかったが、一郎の耳に知覚できたのは、ミウとエルザとシャングリアの声だ。

 ほかの女たちも大なり小なり声をあげた。

 

「ああ、いやああ」

 

 アネルザが強姦される少女のように泣き叫んだ。

 だが、脱力しているアネルザに抵抗する力はない。

 あっという間に、一郎が勃起させた性器を膣に受け入れさせられる。

 

「いやだああ、ああああっ」

 

 アネルザが悲鳴をあげた。

 だが、律動を開始すると、すぐにそれが吠えるような嬌声に変わる。すでに、全身は官能の愉悦で爆発寸前なのだ。

 それがあっという間に、飛翔していく。

 

「はぐうううっ、いぐううううっ」

 

 そして、全身をがくがくと激しく震わせて絶頂の反応を示した。

 まだ数回の律動をしただけなので、多少物足りない感じだったが、一郎はアネルザの中に、再び精を放った。

 

「あがあああっ、またああああ、ああああああっ」

 

 すぐにアネルザが暴れ出す。

 一郎が施している淫魔術の縛りにより、絶頂寸前の感覚がそこでしばらく停止するのだ。

 

「んぐうううっ、んぎいいいっ」

 

 再び、絶頂寸止め地獄に陥ったアネルザがのたうちまわりだす。

 さすがに、ほかの女たちも鼻白む様子を示しだした。

 

「うわああ……。おれがこれをやられたら、死んじゃうね……。寸止めって、サキュバスには最高度の拷問なんだよねえ……」

 

 そのとき、ぼそりとチャルタが呟くのが聞こえた。

 一郎はチャルタに視線を向け、にんまりと微笑んだ。

 

「あっ」

 

 チャルタが顔を蒼ざめさせるのがわかった。

 

「それはいいこと聞いたな。じゃあ、全部が終わったら、次は寸止めごっこで遊ぶか、チャルタ。お前ら、淫魔族組にもお仕置きはまだだった気もするしな」

 

「ひっ」

 

 チャルタが絶句して、顔を引きつらせる。

 その反応に笑いながら、一郎はアネルザに視線を戻した。

 

「さて、じゃあ、そろそろ、遊びは終わりにするかな。だが、ここで終わったら、アネルザも堪らないだろうから、疑似ペニスで発散することだけは許してやるぞ。ただし、自分でするんだ。男の自慰の仕方は知っているか」

 

 一郎はアネルザの疑似ペニスの根元についているリングを亜空間にしまった。

 これで、アネルザは随分と長いあいだ喰い込まされていた淫具をやっと外してもらえたことになる。

 また、一時的に静止していた絶頂寸前の感覚がゆっくりとさがることで、ちょっとだけまともになったアネルザが涙目になったまま上体を起こす。

 

「ペ、ペニス……?」

 

 まだ頭が回ってないのだろう。

 アネルザはなにを言われたのかが理解できないのか、肩で息をしながら、ぼんやりと一郎を見つめてきた。

 身体はいまだに小刻みに震えている。

 

「ペニスだ。擦るんだ……。男側の性器には絶頂止めの術はかけてない。誓うよ」

 

 一郎は言った。

 アネルザはしばらくぼんやりとしていたが、やがて、はっとしたように股間に手をやった。

 手で小さな疑似ペニスを握ると激しく擦りだす。

 

「ああっ、ああっ、欲しいいい──。あとほんのちょっとのものが欲しいんだよおお──。ロウ、ひどいよおお」

 

 アネルザが感極まったように叫んだ。

 もう恥も外聞もないのだろう。

 ただただ全身を支配している欲望のままに、自分の疑似ペニスを擦る。

 

「ひんんんっ」

 

 アネルザが腰を二度三度と天井に突きあげる仕草をした。

 射精状態になったのだろう。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「あああっ、なんだい──。今度はなにをしたんだいい──。あああああっ──。出ないいいい──。出ないよおおお。あああああっ」

 

 アネルザがまたもや暴れ回る。

 一郎は笑った。

 

「男根側には絶頂止めの術はかけてはないけど、射精ができるはずの尿道口は粘性体で完全封鎖している。似たような仕打ちだが、嘘はついていないぞ。まあ、先端で止められるというのは、根元で止められるのとは、また別の味わいがあるだろう?」

 

 一郎は射精しようとしてできなかったことで、倍近くも膨らんでいるアネルザの疑似ペニスを観察しながら、アネルザを起こして抱きしめた。

 

「今日はこれで終わりだ……。それが一連の騒動に対するアネルザへの罰だ。すべてが片付けば、今度こそ、意地悪なしで抱いてやる。それまでは我慢しろ。いいな、アネルザ」

 

「ああ、ひどいじゃないかい……。ひどいよお、ロウ──」

 

 アネルザが苦悶の表情を浮かべながら、力いっぱいに一郎を抱き返してきた。

 しばらくそのままアネルザを抱きしめた。

 狂うような快感の焦燥感で苛まれている以外は、アネルザの身体には異常はない。

 そして、いま気がついたが、まるで武術になど縁のなかったはずのアネルザの肉体上の強さがステータスであがっている。

 ほかにも、治世力などのジョブのレベルも跳ねあがっていようだ。

 もしかして、これもまた、一郎が淫魔師として、レベルを限界突破させた影響だろうか。

 一緒にナタルの森林に旅をしたエリカやコゼやシャングリアなども、限界突破したあとで一郎が抱くと、さらに能力値があがったし、どうやら、一郎の淫魔師としての力があがれば、支配している女たちの能力もまた上がるという仕組みになっている感じがする。

 なるほど……。

 だが、いまはいいか……。

 

「よし──。全員、服を着ろ──。王宮狩りを始めるぞ。それぞれの役割はすでに達したとおりだ。アネルザも準備しろ」

 

 一郎はアネルザから手を離すと、全員を見回した。

 アネルザも渋々という様子で、ゆっくりと自分の身体を立ちあがらせる。しかし、まだまだ、足もとはおぼつかない。

 

「うう……」

 

 アネルザが恨めしそうに一郎を見る。

 一郎はわざと微笑みを返してやる。

 

「この続きは全部が終わってからだ。しかし、そのときに、アネルザには大事な役目がある。サキが園遊会とやらでたくさんの貴族令嬢たちを集めたと聞いている。このスクルドも多少関与しているようだけどね。スクルドにはこっぴどく罰を与えたが、とにかく耳にしたことについては本当に怒っている」

 

 一郎はちらりとスクルドに視線を送る。

 

「あら? まあ、そうですわねえ……。もちろん、そんなこととか……。あらあら」

 

 スクルドが訳のわからないことを口にする。

 

「いつものように、問題ないって言わないの?」

 

 コゼが呆れたように、横から口を出した。

 

「ああ、あの連中かい……」

 

 一方で、アネルザが思い出すように言った。

 

「サキたちの救出の後にやってくるのは、その問題になる。アネルザ、王家の全部の力を使って、彼女たちの名誉を回復し、あるいは、つてを使い彼女たちの幸せを探してやり、それとも、財を与え償いをしてやって欲しい……。それをしてくれ」

 

 一郎は言った。

 これから、王宮に巣くっている魔族と戦う。サキのことだってどうなっているかわからない。すでに死んでいる可能性だってある。

 しかし、それでも、サキのやらかしたことには、一郎たちが責任をとってただす必要があるのだ。

 

「わ、わかったよ……。必ず……」

 

 アネルザの言葉に、一郎は頷いた。

 そのとき、エリカがすっと進み出た。

 

「ロウ様、ひとつだけ言わせてください。あのヤッケル殿のことを覚えていますか? レンさんを助けに行ったときのことです」

 

 そのエリカが突然にそんなことを言い出した。

 一郎は首を傾げつつ頷く。

 

「もちろん、覚えているけど……。ナタル森林に入る直前のシャデルワースの街のことだろう?」

 

 随分と昔のことのようにも感じるが、まだ数箇月前にしか過ぎない話だ。まだまだよく覚えている。

 イライジャの元の冒険者仲間だったレンという女性がさらわれたことで、ヤッケルというレンの婚約者であり、やはり、イライジャの仲間だった男と、その誘拐犯から救出したのだ。

 しかし、エリカはなにを言いたいのだろう?

 

「あのヤッケル殿は、最愛の婚約者が誘拐犯たちにむごく陵辱されていることを目の前にしながら、それでも慎重にひとつひとつ小屋の周りの罠を外してから、突入しました……。サキやミランダやベルズ殿がさらわれて、腹が煮えかえっているとは思います。わたしも同じですから……。でも、だからこそ、慎重に……。あのヤッケル殿のように……」

 

 やっと、エリカがなにを言いたいのかやっとわかった。

 一郎はエリカの頭に手を伸ばして、軽く頭を撫でる。

 エリカがぴくりと身体を揺らし、そして、ちょっとはにかむように頬を綻ばせた。

 

「そうだな。ありがとう……。忠告に感謝するよ。さすがは、俺の一番奴隷だ」

 

 一郎はそう言うと、享ちゃんとイザベラに視線を向けた。

 

「陽動組については、可能な限り、早く頼む──。軍というものがすぐに動けないことは重々にわかっているけど、少数でいいから事を起こして欲しい。可能な限り迅速に、王軍が展開している外郭部の王軍の砦に接触を──」

 

「大丈夫よ、お兄ちゃん。大人数で向かうと、移動術のゲート設備に加わる時差が拡大して、ゲートを抜ける時刻が遅れるから、まずは十人ほどで潜らせる。それで、明日の朝にはエルフ王国の旗を、その外郭の砦の前に立ててやるわ。ちょっとだけなら幻影術で、まとまった数の軍として誤魔化せると思う……。ううん、やらせる──。絶対にやってみせるわ、お兄ちゃん」

 

「ありがとう。頼む、享ちゃん」

 

 一郎は頷いた。

 

「待て、最初に十人なら、その中にわたしも加わる。わたしひとりがいれば、そこが王太女軍だ。王太女軍……いやハロンドールの女王軍だ。朝に王軍の砦の前に掲げる旗は、ハロンドール女王の旗もだ」

 

 イザベラが大声をあげた。

 

「ま、待って──。それは……」

 

 イザベラの護衛隊長のシャーラが慌てたように口を開く。

 だが、一郎はそれを途中で遮った。

 

「すまないが、頼む──。無理を言う──。そして、無茶も言う──。だが、頼む。お願いだ」

 

 一郎は言った。

 ほぼ全員が大きく頷いた。そして、ちょっとばかり硬直していたシャーラも、やがて諦めたように首を縦に振った。

 

 

 

 

(第4部・第2話『猟奇王と独裁官』終わり、第3話に続く)



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 第3話   魔宮潜入【王都】
827 狂素の王宮


 言い知れぬ不安が黒い情欲となって、ラポルタを包んでいる。

 なにかに追い詰められている……。

 そんな感じだ。

 

 だが、それを拭うつもりにはならない。

 その不安が心地よい……。

 どうして、こんな感情になるのかはわからない。

 

 しかし、自分は魔王だ。

 魔王になった。

 魔王なのだ──。

 

 なにをしてもいい。

 サキになにをしても許される。生首にして力を失わせているサキは、もはや、ラポルタの犬──。淫具──。性器だ。

 サキはなにもできない。

 ラポルタがいなければ生きることもできない。

 あのサキ様をラポルタは支配している。

 

 なにもかもをだ──。

 

 その命さえも──。

 

 すでに、サキには生命力を保持する能力はなく、ラポルタが魔道で送り込むことでなんとか生命を繋いでいる状態だ。

 つまり、ラポルタがいなければサキは生きることはできず、ラポルタが死ねば、生命力が供給されなくなり、サキは死ぬ。

 サキの命を含め、すべてを支配しているのだ──。

 

 あのサキを……。

 

 “愛しいラポルタ様”と繰り返させて、ラポルタが精を出したいときに奉仕させ、サキが悶え苦しむのを見たければ、首をどこかにぶら下げて、魔道で感覚を注ぎ込む。

 肉体のないサキにはなにもできない。

 頭の中に直接に感覚を送り込まれるのだから、逃れようがないのだ。

 あのサキがこのラポルタの手によって、泣き叫び、淫らによがり、そして、哀願を繰り返す。

 

 まさに魔王ではないか──。

 

 愉しい──。

 幸せだ。

 

 しかし、ラポルタは知ってもいる。

 この至福が陽炎(かげろう)のようなものであることを……。

 

 人間族のこの王宮にいる限り、ラポルタは魔王のままでいられ、サキを思いのままにできる。

 なにしろ、なぜかこの王宮は、いまや濃密な魔素で充満された瘴気の魔城のようになっていて、魔力を作り放題なのだ。

 だから、サキの首を切断してもなお、命を繋ぎ続けさせるというような途方もないことができるし、本来は巨大すぎて、首だけとはいえ、操ることは不可能なサキの妖魔力を上回る支配の力を作り出せるのだ。

 

 どうして、この人間族の王宮がそうなっているのか知らない。

 ラポルタにはわからない。

 王宮を満ちさせている瘴気の発生源は知らない。

 考えようとすると、なぜか思考がとまり、どうでもよくなる。頭の中に、不思議にも人間族の奴隷どもが口ずさむ歌が響き、ラポルタの思考を阻止するのである。

 

 まあ、いずれにしても、それは、どうでいもいいことでもあるし……。

 

 まあいいのだ……。

 気にしない……。

 これでいい……。

 問題はない……。

 瘴気の根源など、どうでもいいではないか……。

 

 わかることだけ、わかればいい……。

 

 すなわち、わかっているのは、この王宮から離れれば、サキを死なせないで済む力をラポルタは作り出せなくなり、サキの頭の中を操る能力は失われるのだろうということだ。

 サキは死に、ラポルタはこの究極の幸福を失ってしまう。

 

 だから、ここから離れられない。

 逃げられない。

 

 ここにいるしかない。

 ここに留まる限り、ラポルタは魔王でいられる。

 ならば、どうして、離れられるものか──。

 ここにいなければ……。

 守らなければ……。

 

 ラポルタは、後宮の廊下を歩いていた。

 何気なく歩いてはいるが、一両日前からこの人間族の王の後宮と、隣接する奴隷宮には数百の罠を構成が終了しており、ラポルタ以外の者が移動すれば、たちまちに罠が発動して、死に至るか、捕らわれる仕掛けになっている。

 部下にも奴隷どもに言い聞かせており、ラポルタに用向きがあるときには、通信球を使うように指示している。

 これもまた、このラポルタの“魔城”を守るためであり、ラポルタの至福の破壊者を防ぐためだ。

 

「ああ、い、愛しいラポルタ様……。今日も頼む。今日も確認させてくれ。それをしてくれれば、わ、わしはお前に仕えよう。性奴隷……いや、お前の淫具として奉仕する。だから、聞かせてくれ。あいつらの声を……」

 

 言葉を紡いだのは、ラポルタの胸部分に革ベルトで固定しているサキの生首だ。ラポルタの胸帯をサキの首輪部分の留め具と、サキの髪に縛り付け、サキの顔が前を向くように、ラポルタの胸に縛り付けているのである。

 このところ、この格好が常だ。

 袋に入れたり、あるいは放置して絶望感を与えたりしていたりもしたが、サキの生首を胸に密着させることで、サキとの一体感が生まれると思うようになり、気に入って、この数日はこうしていた。

 人間族の前に行くときにも、このまま前だけをマントで隠して向かう。

 

「ふふふ、なにを言っているのです、サキ様。あなたがなにを思おうとに関わらず、あなたは俺の奴隷ですし、俺の淫具なのですよ。逆らうこともできないし、否応なく、俺のしたいことをさせられる。そうではないのですか?」

 

 ラポルタは、サキの頭に魔素を送り込む。

 この王宮に満ちている瘴気を元にした魔力だ。

 

「ふああっ、あっ、ああ……。ふくううっ」

 

 たちまちに、胸の前に装着しているサキの生首から淫らな喘ぎ声が出てくる。サキには身体はないが、存在しないサキの身体が凄まじく性感が昂ぶった感覚を直接にサキの頭に作り出したのだ。

 本物の身体ではなく、頭の中に直接に作られる疑似的感覚なので、サキはそれを防ぐことはできないし、耐えることもできない。

 ただ、よがるしかない。

 それでいて、本物の欲情ではないので、快感を発散して放出することもできない。

 荒れ狂う激情的な甘美感がひたすら溜まり続けるのみで、そのままでは絶頂する方法はない。狂うような淫情に苦しむのみだ。

 

 ラポルタがなにもしなければ……。

 サキが持っている本物の性感は、「舌」だけであり、ここでしか本物の性感はないし、ここでしか真実の快感は得られない。

 舌でしか絶頂できない。

 

 可哀想なサキ様……。

 だが、サキ様が悪いのだ。

 こんな機会を与えるから……。

 サキ様が人間族にラポルタを関わらせて、サキを弱体化する方法を知る機会を作り、なぜか、この宮殿に瘴気が充満して、魔族の知覚を失わせるようなほどの濃密な魔素があって、サキを操るほどの力を生み出せることをラポルタが気がついてしまい……。

 ああ、サキが悪いのだ。

 このような裏切りの機会を与えるから……。

 

 そうでなければ、愛しいサキ様に仕える忠実なしもべでラポルタはあり得たのに……。

 

 すべては、このような好機をラポルタに渡してしまったサキが悪い……。

 

「そ、それでも……あっ、あっ、ああっ、か、確認させさせてくれれば、わ、わしは素直で……健気な……お前だけの人形にな、なろう……。生きていることを確認さえさせてくれれば……」

 

 サキが喘ぎながら必死の口調で訴える。

 たかが人間族とドワフ族のことで、ここまでサキが哀願するのは気に食わないし、黒い嫉心で煮えかえりそうになるが、確かに、そうなのだろう。

 あの二匹を人質にさえしておけば、サキはラポルタに恋い焦がれているという嘘をつく。

 あの二匹を守るために、必死になってラポルタの機嫌をとろうとするのだ。

 まあ、だから、この至福を維持するためであるので、生かしておくのは仕方がないとは思うが……。

 いずれ始末するとしても、まだ、そのときではないのだろう。

 

 なぜか、頭に人間族の歌が聞こえる……。

 殺しては面白くない……。

 殺してはならない……。

 それよりも、淫靡な拷問で苦しめるべき……。

 なんだ、この思考は……。

 ラポルタは頭を振って、頭から歌を追い出す。

 まあいいか……。

 

「苦しいでしょう? 俺とおまんこしたいんじゃないですか? もっとも、サキ様には身体はないので、本当に犯してあげることはできませんが、犯されていると同じ感覚を与えることはできますよ。白人形で」

 

 白人形というのは、首から下しかない真っ白いホムンクルスだが、乳房も性器もあり、サキの頭の中の感覚と完全に繋げている。

 それを犯せば、サキは自分の肉体が犯されている感覚が頭に生まれるし、痛めつければ、しっかりと痛みを感じる。

 そうなっているのだ。

 これを保持しているのも、この後宮と奴隷宮に充満している不可思議な瘴気を根源とするものだ。

 なにしろ、本来は、ラポルタはそれほどの魔族でない。

 この王宮の魔素がそれを可能にしている。

 しかし、この魔素、瘴気は……。

 すると、また、歌……。

 

 おかしい……。

 

 なぜか、この瘴気……魔素の正体を考えようとすると、頭の中に人間族の女奴隷どもの歌が流れてくる。

 歌というものは、ラポルタは初めて接したが、心地いいのは確かだ。

 まるで、美酒に酔っているような気分になる。

 ちょっと、また行ってみるか……。

 

「おっ、おおっ、犯してくれ、愛しいラポルタ様──。だ、だから、今日も確認させておくれ。あいつらがちゃんといることを。そうであれば、わしはいくらでもお前の可愛い性奴隷でいよう。あ、ああ、わ、わしはちゃんと尽くすから……」

 

 サキが荒い息をしながら訴える。

 汗もびっしょりだ。

 本当であれば、すでに数回は達しているほどの淫情だ。

 それをひたすらに頭に送り続けられているのである。

 

「ふん、まあいいでしょう。その代わり、舌を出しなさい。いかせてあげます。俺の名を呼びながら極めてもらいましょう」

 

 ラポルタは、“穴牢”に向かいながら言った。

 穴牢というのは、サキが必死に殺さないでくれと頼む二匹の雌畜の監禁場所だ。

 

「あ、ああ、わ、わかった、愛しいラポルタ様。あ、ありがとう」

 

 サキが口から舌を出す。

 ラポルタは手を持っていき、無造作にサキの舌を擦った。

 

「へべえええ、ひょ、ひひょしい、ひゃひょりゅしゃしゃみゃああ──。ひゃひょりゅひゃしゃまああ──」

 

 奇声のような言葉を発しているが、“愛しいラポルタ様”と叫んでいるみたいだ。

 舌を触っているので、うまく言葉を紡げないのだ。

 そして、サキの舌はいまや強烈な性感帯である。

 クリトリスよりも数倍は敏感な器官として改造してあるのだ。また、サキの目は両方とも潰しているので、サキはものが見えない。

 その分余計に触感、いや、舌感が敏感になり、サキは簡単に感じてしまうのだ。

 サキの顔が小刻みに震えだした。

 

「ひゃひゃああ、ひゃひょるたしゃまああ──」

 

 サキが絶頂して、まとまった体液が口から迸る。

 これもまた、ちょっとした思いつきで昨日くらいに施してやったサキの新しい改造だ。

 愛液を口から出すのだ。

 サキの唇からとろりと残り蜜が滴っている。

 

「達したのですか? ならば、なにか言うことは?」

 

 ラポルタはサキの舌への刺激をやめて、指を鳴らした。

 

「んぎいいいっ、ひゃあああ、痛いいい──。あ、ありがとうございます。愛しいラポルタ様──。ありがとうございます、愛しいラポルタ様──」

 

 サキが苦痛に絶叫した。

 指の音は頭に送り込まれる激痛の感覚の合図だ。

 これもまた疑似感覚だが、だからこそ、痛みそのものであり、いまのサキには耐えることはできない。

 

「いいでしょう。まだまだだめ奴隷ですが、確かめたいものは確かめさせてあげますよ」

 

 廊下から部屋に入り、そこからまた繋がっている部屋に入り、また扉から別室に入り込む。

 この経路は魔道的も、実際的にも迷路になっていて、簡単には辿り着けない。罠も充満だ。

 そこに監禁しているのだ。

 

 そして、一切の調度品のない部屋に着いた。

 部屋の真ん中に一枚の絨毯がある。

 それを引き剥がすと、床に深い穴が出現する。

 深い穴の底から人の呻き声のようなものが伝わってきた。

 この底に二匹を置いている。

 あがってこれない細工も穴にしているが、そもそも、連中の足首に鉄杭を貫き、そこに鎖をつけて、床の金具に繋げている。

 脱走は不可能だ。

 

「わ、わしだ──。声を聞かせてくれ──。生きておるな──。生きているよな──」

 

 察したのだろう。

 サキの生首が懸命に叫ぶ。

 いまのサキには視界はない。

 生存を確かめるためには、声を聞くしかない。

 

「あ、ああ……。み、水をおくれ……。み、水……」

 

 すると、か細い声が聞こえてきた。

 あれはドワフ族だろう。 

 確かミランダ。

 

「み、水か──。ラポルタ──。い、いや、愛しいラポルタ様──。水を与えてないのか? あげてくれ。水がなければ、人族は簡単に死ぬ。死んでしまうぞ。死ねばわしは、お前に愛を尽くすわしではいられない。水をやってくれ」

 

 サキが喚いた。

 ラポルタは穴に向かって口を開く。

 

「水は床から染み出ると言っただろう、お前ら。その代わりに、自慰を千回──。千回達すれば、水がほんのちょっと湧き出る仕掛けだ。さっさと自慰に狂え」

 

 ラポルタは大笑いした。

 

「じ、自慰、千回──?」

 

 サキの唖然とした声がした。

 ただ、そんな仕掛けをしているのは本当だ。

 一日以内に千回の絶頂を穴の底ですれさえすれば、水は出現する。喉の渇きで苦しいのは、あの二匹が言われたことをしないからだ。

 

「や、やっている……。だ、だが千回など……。それに、ベルズが弱っていて……。熱もあるんだ……。た、頼む……」

 

「知らないね。さっさと自慰にふけるがいい。雌畜ども──」

 

 ラポルタは嘲笑した。

 実のところ、この穴に放り込んで三日ほどになるが、あの二匹は一滴の水も飲んでいないはずだ。

 ここは上からの出口は狭いが、実は下はそれなりに広い。

 ここに一日に一度、眷属を数匹送り込み、あのふたりを半死半生になるまで鞭打つことにしているのだ。

 それもしている。

 それによる身体の回復のための時間もまた、あの二匹が自慰に耽るのを邪魔して、だから、一度も水を出すことに成功はしていないのである。

 

「ああ、熱があるのか──? おお、ベルズ。な、なあ、頼む。お願いだ。もう助けてやってくれ。後生だ、愛しい、ラポルタ様──」

 

 サキが必死に言った。

 ラポラタは嘆息した。

 

「仕方ありませんねえ」

 

 ラポルタは股間から性器を露出させた。

 そして、おもむろに穴の中に放尿をした。

 

「小便でよければあげるぞ。それで命を繋ぐことだ。それとも、千回の絶頂だな」

 

 小便をしながらラポルタは大笑いした。

 そのとき、目の前にしゃぼん玉のようなものが出現した。

 通信球だ。

 連絡用魔道だ。

 これは、人間族が政務をする王宮側からのものだ。ラポルタは人間族の王のルードルフにもやつしているので、人間族の家臣たちがルードルフに連絡をとりたいときにも、この通信球がやってくるのである。

 

 ラポルタは透明の玉を指で突く。

 しゃぼん玉が割れて、声が飛び出す。

 

『陛下、至急王宮にお戻りください。緊急事態でございます──』

 

「ああっ?」

 

 ラポルタは、いまだに小便をしながら、思わず不平の声をあげてしまった。



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828 命乞いの条件

「陛下に申しあげます──。反乱でございます」

 

 王宮側に魔道で跳躍して、ラポルタは朝儀の部屋に入った。

 すると、そこに十人ほどの人間族が待っていて、全員が蒼い顔している。

 こいつらは、王宮に残っていたものを適当な上級官職を与えて仕事をやらせている者たちである。宰相とか、副宰相とか、大臣とか、とにかく、人間族が喜ぶような高位高官の地位を勅命で与えてやった。

 領地もだ。

 もともとの高位高官の人間族は逃亡したようなので、こいつらは本来は下級貴族とかいう者たちらしい。

 だが、別にラポルタのものではないので、この王宮から逃亡したもともとの高位の者の領土領地や王家の直轄領とやらを次々に付与するということをした。爵位もだ。

 だから、ここにいる者たちは、いまは上級貴族たちということになる。

 

 もっとも、与えられた領土にこの連中が現段階で赴けるわけではないし、そこにはまだもともとの領主たちがいる。だから、実質的な権限はないし、それを実力で排除する力もない。役職に相応しい実力はないであろう。

 だが、ここの王宮の宝物庫とやらにあった操り具である程度の隷属を施してはいるので、飾り以上の役には立つのだろう。

 

「反乱? 反乱はすでに起きているだろうが。そんなことで余を呼び出したのか?」

 

 ラポルタは不機嫌さを隠すこともせずに、王座と言われている場所に腰をおろした。

 いまのラポルタは、人間族の王、すなわち、ルードルフ王の姿をしている。服装もあの王からとりあげたものだ。本物の国王は、後宮にあった地下牢に監禁している。

 

 ラポルタたちが、この人間族の王宮を乗っ取って以降、この国では幾つか反乱が起きている。

 ひとつは、王妃アネルザの実家だという辺境候マルエダの乱だ。

 しかし、辺境域の反乱については、実はどうでもいい。遠方であることから、ラポルタは露ほども気にしていない。サキ様がこれを利用しようとしていて、チャルタとピカロというある人間族の男の眷属を送り込むことになったので、ちょうどいいから、ラポルタも利用することにした。

 あのサキュバスどもを眷属にした人間族の男であるロウへの嫌がらせだ。

 そいつは、忌々しいことに、人間族でありながら、魔族の片割れであるサキュバスを眷属にして粋がっているのみならず、事もあろうに、サキ様がそのロウに傾倒をしており、そいつに何度も股を開いていたのである。

 ラポルタからすれば、殺すべき対象だった。

 

 いや、殺すだけでは飽き足らない。

 可能な限りの惨めな思いをさせ、とことん苛め抜き、その人間族の男がサキ様の恋慕の対象であるべきではないということをこのサキ様に教えねばならない。

 まあ、どうやって捕まえるかだが……。

 

 それはともかく、この国の乱のふたつめは、本来の宰相のフォックスが集めた上位貴族の集まりだ。王都の隣接都市であるマイムに集まり、役にも立たない話し合いとかをしてたので、ちょっと行って操ってやった。だから、これもまた、ラポルタの驚異ではない。

 

 さらに、もうひとつが南方賊徒の乱だ。しかし、これはつい先日平定された。

 だが、これはちょっと想定外だった。

 あの人間族のロウがエルフ族の女王をたらし込んで、一緒にハロンドール国内に入り、その南方賊徒の乱を収めてしまったのだ。

 さらに、ラポルタが罠に嵌めて送り込んだ王太女のイザベラも助けてしまった。

 

 まず問題は、ロウがエルフ族の王家の力を得たというのがはっきりと確認できてしまったことだ。

 人間族とは異なり、エルフ族というのは魔道巧者だ。その女王ともなれば、途方もない魔力を遣えるのだろうということは想像がつく。

 魔力に長けるラポルタたち魔族・妖魔族といえども、エルフ族女王は厄介だ。

 それを味方に付けているロウは、認めたくはないが、確かに驚異ではある。

 おそらく、乱を鎮められてしまったのは、エルフ族の力なのは間違いないだろう。魔道に長けるエルフ族というのは実に面倒なのである。

 

 ラポルタは、胸の前を留めているマントの中に手を入れた。

 そこには、サキ様の首を留め具で装着していて、人間族からは目に触れないように、マントの前を隠している。 

 人間族からすれば、ルードルフ王の胸部分に奇妙な膨らみがあるとは感じるだろうが、特殊な防護具とでも認識するのではないかと思う。

 いちいち説明もしないし、こいつらも訊ねてはこないので放っている。

 

「あっ、くっ……」

 

 胸の前のサキ様の首が小刻みに震え、必死に押し殺すような悶え声が迸った。

 マントの横穴から手を入れたラポルタがサキ様の舌をいじっているのだ。いまのサキ様の舌は最大の性感帯だ。

 そこをいじられるのは、たまらない快感のはずなのだ。

 あの人間族とドワフ族の二匹を生かしたままにして欲しければ、そこにサキ様がいるのを人間族にばれるなと言っている。

 サキ様ほどの者がたかが人間族の女二匹を守るために、どんなことでもラポルタの言いなりになるのは、都合がいいと思う反面、腹が煮えもする。

 

 ただ、その二匹を本当に殺せば、口だけとはいえ、サキ様がラポルタに進んで奉仕をするということもなくなるのだろう。

 まあ、いまのサキ様は無力なので、激怒してラポルタを罵るサキ様を無理矢理にいたぶるというのも悪くはないが、それは後の楽しみでもいいだろう。

 現段階では、あの二匹はサキ様を支配する道具として残しておくことが得策なのは間違いない。

 

「はかっ、ひゃ、ひゃめ……」

 

 懸命に耐えているサキ様の抗議のささやき声がした。

 人間族には聞こえないようにした小さな声ではある。とにかく、ラポルタは無視した。

 さらに舌を強く擦ってやる。

 サキ様の首の震えが大きくなる。

 面白い……。

 ラポルタはほくそ笑んだ。

 

 舌を出せとは命令していないので、サキ様の舌は口の中だが、その口の中にラポルタの指が入っている。噛みつこうと思えば噛みつけるのだが、サキ様はそれはしない。

 ラポルタが人間族たちの二匹の命を握っているのを認識しているからだ。

 そう考えると、やはり、あいつらはまだ生かしておいた方がいいのか……。

 

 サキ様の口からたらりと体液が流れてきた。

 涎ではない。涎はずっと流れているが、いま出てきたのは、ねっとりした別のものだ。サキ様の愛液だ。

 ラポルタがサキ様が感じたときには、サキ様の口から愛液が流れるように魔改造してある。

 つまりは、サキ様はラポルタによって、性的興奮をしているということだ。

 愉快だ。

 

「いえ陛下、新たな乱でございます。王太女殿下が反乱を企てました。王都西側の外郭城の前に軍勢を展開させておるとのことです。いまは、そこの王軍の防衛隊とにらみ合っております」

 

 そのとき、人間族のひとりが発言をした。

 逃亡した本物の宰相のフォックスという男に代わって宰相にした男だ。名前は忘れた。

 いや、違った。

 フォックスの代わりに宰相にした男はここで殺したのだった。

 こいつは……確かさらに新しい宰相役の……ええと、エルビンか。

 そんな名前だった。

 

「ほう。意外に早かったな」

 

 どんなに短く見積もっても、十日はかかると思ったが、もう移動したのか……。だが、賊徒の乱を鎮圧したのは、まだ数日前のことだ。そんなに早く移動できるのか?

 人間族の作った移動術の設備については封鎖を命じたはずだが……。

 

「おそらく、ゲートを使ったのかと」

 

「ゲート? 移動術の設備か。封鎖させたはずであろう」

 

 確かに、この前そう命じた。

 もしかして、こいつらは実行しなかったのか?

 ラポルタは、サキ様をいたぶる手をマントの外に出す。

 

「ゲ、ゲートの封印は、王都周辺までしか間に合わず……。おそらく、外郭城まではそれを使われたのと……」

 

 エルビンが首を垂れた。

 ラポルタは舌打ちした。

 

「もしかして、エルフ族も一緒か?」

 

 そこまで早く動くというのは、そうに違いない。

 ゲートを使うといっても、大きな魔道力がいる。大量の魔石がいるのだ。軍ほどのものを動かすとなれば、使用すべき魔石は途方もない数になる。それをできるのは、魔石を生み出す土地を支配しているエルフ族だけだ。

 

「反乱軍の陣営にはエルフ女王の旗もあるとのことです。それのみならず、夕べの夜のうちに、多くの領主たちに、反乱に加わるように檄文も送ったようで、早くも幾つかの領主に反乱軍に加わる動きも……」

 

 エルビンが狼狽える様子で言った。

 そういうことかと思った。

 だから、わざわざルードルフ王を後宮から呼んだのだろう。

 しかし、ラポルタからすれば、そんなことは想定内だ。

 慌てるに値しない。

 

「ならば撃滅しろ。余の命令に反して幽閉先のノールの離宮を脱したときから、王太女は賊人だ。殺して、余の前に首を持ってこい──。そこにいる王軍の指揮は誰だ──?」

 

「リ、リン将軍でございます」

 

「リン?」

 

 まったく思い出せない。

 まあいいか……。

 

「ならば、軍をそのリンに集めよ。そして、王太女の首を持って参れ──。すぐに戦え──。そのためになら全滅してもよい。ただ、王太女の首はとれ──。そう命じよ。余の勅命だとな」

 

 ラポルタは怒鳴った。

 なぜ、こんなことまで命じねばならん。

 相手が軍を集めれば、こちらも軍を出す。

 そして、戦って力の強い者が勝って、相手を言いなりにする。突き詰めれば(いくさ)というものはそれだけのことなのだ。

 

 とにかく、そこにエルフ族の女王がいるというなら、ロウもそこか。そいつがエルフ族から離れるわけがない。

 エルフ族から離れれば、弱い人間族など、どうにもならないからだ。

 いずれにせよ、ラポルタの把握している限り、エルフ軍も数が少ないし、王太女が集めている軍もまだまだ少数のはずだ。

 人間族の王軍の勢力が遙かに多い。

 檄文とかいうもので、向こうが勢力を集める前に、戦を開始すれば勝つだろう。

 エルフ族女王がいるなら、全滅覚悟の戦いが必要だろうが、人間族の王の軍が消滅しようが、しまいが、ラポルタにはなんの痛痒もない。

 

 とにかく、ロウはそこか……。

 幾人か眷属を派遣するか……。

 そして、サキの前につれてこねば……。

 

「い、愛しいラポルタ様──。お願いじゃ。しゅど……いや、ロウは助けよ。そのためになら、わしはなんでもするから──」

 

 突然に首の前のサキ様が叫んだ。

 びっくりした。

 慌てて、魔道でサキ様の声を封じる。

 しかし、人間族たちが驚いて、ラポルタが変身しているルードルフ王の胸を凝視している。

 

「へ、陛下、いまのは……?」

 

 エルビンが目を丸くしたまま言った。

 

「気にするな……。それよりもだ……」

 

 ラポルタは立ちあがった。

 そして、瞬時にエルビンの前に立つ。

 びっくりしているエルビンの顔面をぶん殴った。

 全力で殴ると、か弱い人間族はすぐ死ぬから、かなり手加減した。それでも鼻血を出して、エルビンが吹っ飛ぶ。

 ほかの者たちが騒然となる。

 

「ゲートは、全部閉じろと命じていたな。それが間に合わなかったのは、お前の失態だ。本来であれば、処刑するところであるが、その首は残しておいてやる。その代わり、お前も王都の王軍を率いて、王太女軍に向かえ。リンという将軍が失敗したら、次はお前が全滅を賭してでも、王太女の首を持ってこい──」

 

 怒鳴りあげた。

 

「し、しかし、王都王軍をこれ以上抜いては、王都の護りか……」

 

「ばかか、お前は──」

 

 ラポルタは声をあげた、

 王太女は、戦いの場を王都の西の外郭に選んだのだ。

 ならば、そこが戦の場だ。

 力をそこに集めないでどうするのだ。

 どうにも、人間族というのはよくわからない。

 もう面倒だ。

 

「お前らは余の命令に従えばいいのだ。これは勅命ぞ──」

 

「は、ははっ」

 

 エルビンが足もとをふらつかせながら立ちあがり、頭をさげた。

 ラポルタは手を振った。

 

 一瞬にして、移動術で人間族たちの前から後宮側に移動した。ラポルタが跳躍したのは、人間族とドワフ賊を閉じ込めている穴がある部屋の中だ。

 ルードルフ王の変身を解き、さらにマントも外す。

 サキの声を封じた魔道を解く。

 

「サキ様、約束を破りましたね。俺は人間族にばれるなと命令したはずです。約束を(たが)えるとは……。残念ですが、ならば、俺も約束は守れませんね。ミランダとベルズのどちらかは、いまから殺します。両方は勘弁してあげましょう。どちらを殺しますか? サキ様に選ばせてあげましょう」

 

「ま、待ってくれ──。い、戦と聞いて、我慢できずに……。あ、あいつらは殺さないでくれ──。なっ、なっ? わしが悪かった。もう逆らわん。い、愛しいラポルタ様──。なっ?」

 

 サキがラポルタにおもねるような口調で言った。

 

「サキ様に訊ねたのは、どちらを殺すのかということです。選べないのであれば、俺が選びます」

 

 ラポルタは穴を覆っている絨毯に手をかけた。

 これを敷いていると、音も光も穴から遮断するようになっているのだ。だから、穴の中の様子は覗かなければわからないが、ついさっきには弱っていたが生きてはいた。

 確認して弱っている方を殺そうと思った。

 

「ま、待ってくれ──。ラポルタ──。いや、ラポルタ様──。どうか、殺さないでくれ──。ちんぽを舐める──。ふやけるまで舐める。なっ、奉仕をさせてくれ。このとおりじゃ。お願いじゃ」

 

 サキが喚き散らした。

 だが、ラポルタは鼻を鳴らした。

 

「淫具のサキ様が俺の性器を舐めるのは当たり前でしょう。そんなことよりも、一匹の処分を済ませますので、お待ちください」

 

 ラポルタは絨毯を剥がす。

 水という呻き声がする。

 声はミランダだ。

 やはり、人間族のベルズの方が弱っているか……。

 ならば、処分はベルズでいいか……。

 

「舐める──。なんでも舐める。足の指、いや、裏……。そうじゃ。尻を舐める。お前の尻を舐めよう。尻を舐めるから──」

 

「尻?」

 

 思わず胸の前に装着しているサキを見る。

 びっくりしたことに、サキは泣いていた。

 ラポルタは目を丸くした。

 だが、それよりもいまの言葉だ。

 

「本当に尻を舐めると?」

 

 訊ねた。

 そういえば、まだ尻舐めはさせてはいない。

 あのサキ様がラポルタの尻を舐める?

 それをさせれば、まさに、ラポルタの天願は成就するというものではないか。

 やらせたい──。

 いや、やらせよう。

 

「ほう、ならばやってもらいましょう。ただし、条件があります」

 

「な、なんでも申してくれ、愛しいラポルタ様。わしはなんでもする。なんでもするぞ」

 

「では、サキ様のお願いをかなえて、俺の尻を舐めさせてあげます。ただし、ただ舐めるだけじゃなく、俺の尻を舐めて、俺の性器から精を抜いてください。それができなければ、穴の下の二匹のうちの一匹を処分します」

 

「なっ」

 

 サキが絶句した。

 しかし、すぐに口を開く。

 

「わ、わかった。だ、だが、わしも尻舐めの心得はない。だから、時間制限はしないでくれ。その代わり、愛しいラポルタ様が射精するまで、わしはいつまででも尻を舐める」

 

 ラポルタは大笑いした。

 

「じゃあ、やってもらいましょうか」

 

 胸帯の金具を外して、サキの首を外す。

 さらに部屋に一個のソファを出す。

 そこにサキの顔が上に向くよう置き、その上にラポルタが尻を出して座るというわけだ。

 

「息ができなくて苦しくなれば合図をしてください。それで終わりです。サキ様が音をあげるか、気絶するまで尻舐めを続けていいですよ」

 

 ラポルタはサキの顔をソファーに置き、ズボンと下着を足首までさげて、サキの上に生尻を乗せる。

 

「んふっ、んんんっ」

 

 サキ様が苦しそうに呻く。

 しかし、すぐに肛門に舌の刺激が起きる。

 一心不乱の様子でその舌が動き回る。だが、いまのサキ様の舌はクリトリスよりも鋭敏な性感帯だ。その舌でラポルタを射精させるほどに、尻を舐め続けるということができるのか? ラポルタよりも先にサキ様が果て終わってしまいそうだが…。

 

「おっ」

 

 思わず悦びの声を出してしまった。

 存外に気持ちがいい。

 あっという間に、ラポルタの性器は勃起した。

 

 そのときだった。

 なにかが爆発するような大きな音が突然に響いた。



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829 女王無双(?)

 移動術で跳躍した場所に着いた瞬間に地面が揺れた。

 考えることなしに、粘性体で壁を作る。

 その壁の両側に衝撃が加わり、我に返ると、作ったばかりの粘性体の壁に十数本の細い槍が刺さっていた。

 後宮と呼ばれる廊下の両側から飛び出してきたみたいだ。

 廊下の壁には燭台の火が灯っているが、数が少ないので薄暗い。それでも、一郎たちに向かってきた刃先が間近でとまっているのがはっきりと見える。

 一郎はぞっとして、背中に冷たいものを感じた。

 

「ロウ様──」

 

 エリカが一郎に覆い被さるように抱きついてきた。

 だが、すでに刃物は阻まれている。

 一郎の粘性体は、見えないくらいに薄くもできるし、あるかないかわからないくらいに柔軟にもできる。逆に分厚い壁にして、どこまでも固くすることも可能だ。もともと、女を簡単に拘束するための術なのだが、繰り返し術をこなしているうちに、そんなこともできるようになった。

 いまは、ありったけの力を込めて固くした。

 それがよかったのだろう。

 しかし、それでも、両側から貫いてきた刃は粘性体の壁のほとんどを貫いている。あとほんのちょっと薄いか、柔らかければ、そのまま一郎たちは串刺しになっていたに違いない。

 

「大丈夫だ。スクルドも無事か?」

 

 一郎はほっとして、エリカの柔らかい乳房を布越しに感じながら、エリカの背中を軽くさすってやった。

 

「は、はい。も、申しわけありません。お、おかしな場所に跳躍先を結んでしまって」

 

 横にいるスクルドだ。いつも人を食ったように飄々としているスクルドが心なしか顔が蒼くなっている。

 いきなりのことで肝が冷えたのだろう。

 手を伸ばして、スクルドの腰を抱いて引き寄せてやる。すると、身体が震えていた。

 一郎は、淫魔術でスクルドの心の中に干渉し、膨れあがりかけている恐怖や不安というような線を抑えてやった。

 スクルドの震えがとまり、平静を取り戻したのがわかる。

 一郎はエリカとスクルドの身体を離した。

 

「すごいよ、ご主人様。素敵いい──。それに比べれば、お前たちはなんだ──。ご主人様が狙われれば、お前らが壁になって先に当たれ。にもかかわらず、ご主人様に助けられるなんて──」

 

 一郎の胸からひょいと顔を出したのは、クグルスだ。

 

「ほ、本当です。不甲斐ないことで……」

 

 エリカも項垂れている。

 一郎は苦笑して、エリカの頭をぽんぽんと叩く。

 

「いつも戦闘では守られてばかりの俺だけど、俺が役に立てたなら嬉しいさ。だけど、もう一度できるわけじゃない。次からは守ってくれ。どうやら、この後宮は罠でいっぱいみたいだ」

 

「もちろんです」

 

 エリカの顔が引き締まり、女戦士の顔になる。

 一郎の前にすっと移動して、剣を抜いた。

 

「みんなを出すぞ」

 

 一郎は亜空間に待機をしてもらっていた者を出現させる。

 スカンダの韋駄天の術で音速移動できるのは、スカンダの小さな身体に抱きつくか、手を握るかができる人数に限られているのだ。だから、表に出ていたのは、一郎とエリカとスクルドにした。

 エリカは一郎の直接の護衛役で、スクルドは魔道が制限されるこの王宮内への潜入に必要だ。スクルドは王宮のみならず、王都にかかる魔道制限のほぼ全部を無効化し、さらにそれを隠すことまでできるのだ。

 残りの者については、一郎の亜空間に入ることで同行したというわけだ。

 

「ご主人様──」

 

「ああ、ご主人様」

 

「ご主人様、みなさん、大丈夫ですか──」

 

 コゼ、ガドニエル、イットだ。

 

「だけど、後宮にこんな仕掛けが?」

 

 唖然とした言葉とともに溜息をついたのは王妃アネルザだ。

 潜入ということにかけては、一郎以上に役には立たないが、この中で曲がりなりも、後宮のことを知っているのはアネルザだけだ。

 道案内が必要だ。

 

「このばかスクルド──。ご主人様をなんて危険な目に遭わせるのよ──。罠の先に跳躍するなんて」

 

 憤慨したのはコゼだ。

 

「申しわけありませんわ」

 

 珍しくスクルドが素直に謝る。

 

「慎重に進もう。スクルドだって、罠の存在までは跳躍前にはわからないだろう。跳躍術や縮地術は使わない方がいいだろうね」

 

 一郎の言葉に全員が頷く。一郎自身は魔道遣いではないが、さすがに、魔道の種類はわかってきている。移動術も縮地術も一瞬にして離れた場所に移動をする術だ。

 便利で使い勝手のいい術ではあるが、いまのように飛翔先でいきなり罠に嵌まるということもあり得る。

 

「アネルザは俺の隣だ。ところで、ここがどこだかわかるか?」

 

 一郎はアネルザを引き寄せた。

 ちょっと顔が赤い。

 ガヤの城郭でやった焦燥責めの影響だろう。発散することをさせてもらえなかった巨大な欲情がアネルザをいまだに襲い続けているのだ。

 ただ、この王都に入ってからは、それが行動に影響しない程度には、身体を調整してあげている。

 その分のぶり返しは、戦闘終了とともにまとめてアネルザに襲いかかる仕掛けではあるが、いまはほぼまとものはずだ。

 

「あ、ああ……。後宮の一階だ。東側の端だね……。この辺りは……」

 

 アネルザが周囲を見渡しながら説明した。

 いきなり、王宮内の後宮に飛び込んだ一郎たちだが、いまのところ周囲はひっそりとしている。

 ……というよりも、まるで人の気配を感じない。

 魔眼でも引っかかるものはない。つまりは、一郎が魔眼で感じられる範囲には誰もいないということだ。

 もっとも、素通りしてきたが、隣接する「奴隷宮」という場所には大勢の人間の人間の気配があり、知覚できるだけでも、妖魔たちや彼らに囚われている人間族の女たちのステータスが読み込めた。

 人間族の女たちの大半は若い貴族令嬢であり、サキが園遊会とやらでかき集めた一郎の性奴隷候補ということだろう。

 まったく、とんでもないことを……。

 

 それはともかく、元来、「後宮」というのは国王ルードルフが性欲を発散する場所であり、「奴隷宮」は王妃アネルザが性奴隷たちを集めていた離宮なのだ。それを利用して、ラポルタという妖魔……、もともとはサキのやったことらしいが……、そいつは、奴隷宮側に貴族令嬢たちを集めて監禁し、後宮側にサキをはじめミランダやベルズを捕らえているということらしい。

 ここまでは、事前情報だ。

 まあ、それ自体がミランダたちを罠にかけるために流した情報だと考えられるので、絶対とは言い切れないが……。

 

 いずれにしても、こっち側の後宮に、これほどまでに、人の気配がいないのは不気味ではある。

 ただ、都合はいいだろう。

 できるだけ隠密に進み、運がよければ、ラポルタとやらに見つかる前に、先に三人の監禁場所に辿り着けるかもしれない。

 まあ、それも、実際には望み薄か……。

 罠の発動とともに、どこかに合図を知らせる仕掛けくらいはあるだろうし……。

 だが、罠があっても、進むしかない。

 

「よし、アネルザ、真ん中側に向かってくれ。そして、地下方向だ」

 

 一郎は指示した。

 

「どうして、そっちに?」

 

 エリカだ。

 一郎は肩を竦めた。

 

「ただの勘だ。おそらく、この後宮内には罠が張り巡らせてあると思うぞ。歩けばいくらでも罠に当たりそうだ。だが、つまりは、それだけラポルタという女妖魔が侵入者を怖がっているということさ。臆病者はなるべく奥に奥にと逃げ込む。そして、地下だ。まあ、それだけだ」

 

「だったら、ご主人様の勘に従おうよ、エリカ。誰か、異存のある者はいる?」

 

 コゼだ。

 

「そうねえ……。ガドかスクルド、なにか感じる? 鑑定術とかで、人が隠れていたり、監禁されている場所とか……」

 

 エリカがガドニエルとスクルドを見た。

 しかし、ふたりは首を横に振る。

 

「役に立たないわねえ、あんたら。スクルドはいきなり、ご主人様を危険な目に遭わせるし」

 

 コゼが皮肉を言った。

 

「ごめんなさい」

 

「や、役に立ちますわよ、わたしは──。それで、ご主人様に、ご褒美に可愛がってもらうのです」

 

 鼻息を荒くしたのは、ガドニエルの方だ。

 一郎は笑った。

 

「だったら、一番活躍してくれた者には、ポリネシアンセックスのご褒美だ。約束する」

 

「ぽ……ぽりねし……。あのう、なんでしょう、それ?」

 

 ガドニエルが訊ねた。

 

「あっ、あれですか……」

 

 一方で、エリカが顔を赤くして相好をちょっと崩した。

 思い出したのだろう。

 この中で、実際に一郎と「ポリネシアンセックス」を体感したのはエリカだけだ。

 「ポリネシアンセックス」というのは、この世界にはない性行為のやり方であり、以前の世界の知識だ。

 本来は数日間、愛撫だけをして気分を作るのだが、とにかく、性急ではなく静かにゆっくりと前戯を続け、さらに性行為のときには密着して結合をするだけにして、律動などをしないというセックスの方法だ。そして、ひたすらお互いに触れ合うだけのことを継続する。そうやって、気が昂ぶるのを待つのだ。

 やがて、波がやってくる。小さいがずっと続く波だ。ふたりで愛を感じながら、いつしかやってくる溶けるようなエクスタシーを堪能するのである。

 一郎も知識では持っていたが、あんなにも心地よいものとは知らなかった。

 心がひとつに、快感が融合し合うのがわかるのだ。

 一郎は簡単に説明した。

 すると、女たちの目の色が変わった気がした。

 

「あのう、前をあたしが行きます。罠の感知はいくらでもやりましたし、やらされました。得意です」

 

 ぼそりと発言したのはイットだ。

 いつもは黙って指示に従うことが多いので、自分から意見を出すのは珍しい。

 

「なに言ってんのよ、このむっつり。ご主人様のパーティで、探索役(シーフ)はあたしって決まってんのよ」

 

 コゼが言い返す。

 

「いえ、今日はあたしが……」

 

「あたしって、言ってんでしょう──」

 

「やめなさい──。ふたりで前に出なさい──」

 

 すると、エリカがぴしゃりと言った。

 そして、ほかの者を見渡す。

 

「コゼとイットが前──。王妃様はロウ様にぴったりとついてください。わたしが前を守ります。ガドがそのすぐ後ろ。スクルドは最後尾よ。後ろから罠が発動する場合もあるわ。そのときは、なんでもいいから、ロウ様たちを守って──」

 

 さらに指示を飛ばす。

 一郎も頷いた。

 

「お任せください。後ろからなんて、誰にも、どんなものでも防ぎますわ。問題ありません──」

 

 スクルドも息巻いた。

 すると、横でアネルザが笑った。

 

「ふふふ、緊張感がないねえ……。お前たちはいつもこんなかい? それにしても、女の鼻の前に人参をぶらさげるのが上手なもんだよ」

 

 そして、言った。

 一郎は頭を掻いた。

 

「そんなつもりはなかったけどねえ……。まあ、緊張しすぎるのよりはいいだろうさ」

 

 そのときだった。

 ガドニエルがにこにこしながら、一郎の前に出てきた。

 

「あのう、さっき言われましたが、この建物の中心側に向かうのですよね? 王妃殿、中心側とはどちらですか?」

 

 ガドニエルだ。

 アネルザがちょっと怪訝そうな顔をした。

 

「真ん中がどっちって……。まあ、こっちですけど、ここは逃亡避けに、迷路になっていて、結構、複雑で……。あれっ?」

 

 アネルザがガドニエルに応じたが、ガドニエルは最後まで聞いていなかった。

 こっちが中心の方向だとアネルザが教えた方向に身体を向けている。それだけでなく、両手をかざして、その前に光の壁のようなものを作っている。

 しかも、その光がどんどんと輝きだし、色も橙色から、赤に、そして、青色になり、真っ白になった。

 そこまであっという間だ。

 

「待って、ガド──。待ちなさい──」

 

 エリカの悲鳴のような声が響く。

 そのときには、大音響とともに、ガドニエルから衝撃波が飛んでいた。

 壁という壁を突き抜けて、凄まじい熱風と土埃を作りながら、衝撃波が突き抜けた。

 気がつくと、横の壁に大穴が空いていて、それがどこまでも続き、遠くの後宮の反対側の壁にまで到達している。

 穴の続く先には、後宮を囲む庭園とその向こうの青空が見えた。

 

「な、なんてことするのよ、ガド──」

 

 エリカが怒鳴った。

 

「潜入作戦って、言われてるでしょう──。あんた、正気?」

 

 コゼも怒っている。

 

「ど、どうして……。だって、お役に立とうと……。罠がいっぱいって……。それよりも、全部壊してしまった方がみなさんお喜びかと……。ご主人様も、わたしをお認めに……」

 

 いきなり叱られてガドニエルもたじろいでいる。

 

「全部、壊してしまうのも、ひとつの手ではあったけどな……。だけど、これで俺たちが潜入しているのが完全にばれたな」

 

 一郎は苦笑した。

 

「こうなったら、作戦変更よ。敵がやってくる前に突き抜けるわよ」

 

 エリカだ。

 

「王宮どころか、王都中に、いまの音が聞こえただろうね。一般兵の接近を禁じている後宮だけど、さすがに王兵も来ると思うよ」

 

 アネルザが言った。

 そのときだった。

 視界の前の空間が揺れるのがわかった。

 

「いっぱい来そうだよ」

 

 一郎の胸の中にいるクグルスが声をあげた。

 

「おいでなすったわ」

 

「結構、早いわね」

 

 コゼとエリカが身構えている。ほかの者もだ。

 そして、さっきの空間に、いきなり十数人の王兵が出現した。女兵が多いが男兵もいる。しかし、人間族に見えるが全員妖魔だ。

 後ろにも……。

 

「全員が妖魔族だ。強いぞ」

 

 一郎は叫んだ。

 

「行きます──」

 

 指に長い爪を出したイットが飛び出す。

 

「エリカ、前をよろしく──」

 

 ほぼ同時に、コゼも後ろ側の敵に向かって跳んだ。



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830 魔宮の地下で待つ男

 闘争が始まった。

 

 十数人が前から──。

 

 その半分くらいの勢力が後ろ側からだ。

 

 狭い廊下の前後で前でイット、後ろにコゼが飛び出して、妖魔兵たちと斬り合いを開始した。

 

「ロウ様、王妃様、わたしから離れないで──。スクルド、後ろを守って──。ガド、防護壁を──」

 

 エリカが細剣を抜き直して叫ぶ。

 戦っているのは、イットとコゼだ。

 それに対して、一郎たちは中心で構えているかたちである。

 イットにしても、コゼにしても、多人数の相手を圧倒している。どんどんと王兵に扮した妖魔族の兵は倒れていっている。

 

「いや、防護壁は無用だ──。進むぞ──。ガド、スクルド、コゼたちに当たらないように、衝撃波を飛ばせるか──?」

 

「任せてください」

 

「やりますわよ、ご主人様──」

 

 スクルドとガドニエルが構える。

 一郎は頷いた。

 だが、思い出してちょっと苦笑する。

 

「でも、ガド、威力はかなり抑えろよ。蹴散らすだけが目的だ。さっきのあれを連発されたら、サキたちを見つける前に、この後宮が崩壊する」

 

「ご主人様、ひどいですわ。ガドはこれでも、無双の白魔道師の女王ガドニエルなのですよ」

 

「そうか。悪かったな」

 

 一郎は言ったが、いま現在の印象としては、この女王様は魔道力は強いけど、何事につけ大雑把であり、繊細さに欠ける気がする。魔道戦闘巧者ということであれば、冒険者としてのクエストに何度も勝手についてきたスクルドの方が上な気がするのだが……。

 まあいいか……。

 

「イット、コゼ、一度、伏せろ」

 

 一郎の声でふたりがそれぞれにこっち側に跳躍して、敵と距離をとる。

 

「いけええ──」

 

 叫んだ。

 前後にガドニエルとスクルドの魔道が飛ぶ。

 廊下一面の広さに展開する圧倒的な衝撃だ。

 それぞれに、床に伏せたイットとコゼの背中のぎりぎりを通過して、妖魔たちにぶち当たった。

 

 ガドニエルは真っ白の光の壁──。

 スクルドは風の壁だ──。ただ、スクルド側は暴風の中に無数の小石が混ぜられていようであり、それが互いに当たって、小さな火花のようなものが見えた。

 

 前後で暴風が収まる。

 喧噪はなくなった。

 

 ガドニエルの発射した衝撃波側は、遙か向こうまで妖魔兵が飛ばされ、何人かは壁に叩きつけられていた。しかも、熱によるものか半ば溶けかけている。さらに、衝撃波の向こう側にはまたもや穴か空いていて、建物そのものを突き抜けて外の景色が見えていた。妖魔兵の死骸の数が合わないので、大半はそのまま壁の外まで飛ばされたのだと思う。

 一方で、スクルド側に至っては、もっと凄まじい。

 廊下に膝から下だけが残る妖魔兵の脚だけがあり、周囲一帯に血と肉片のようなものが飛び散っている。おそらく、文字通り膝から上部分は全員が木っ端みじんに粉砕されたに違いない。

 

「こりゃあ、えげつないねえ……」

 

 一郎の横のアネルザが蒼い顔をしている。

 

「すごいわね。でも、よくやったわ、ふたりとも」

 

 エリカがちょっと力を抜く。

 コゼとイットも戻る。

 

「本当。スクルドの魔道が背中を通り過ぎたときには、肝が冷えたかも」

 

「あ、あたしもです」

 

 コゼとイットも息を吐いた。

 そのとき、心なしかスクルドが怪訝な顔になった。

 

「少しおかしいかもしれません……。思ったよりも、魔道の威力が強くなったのかも……。ガドさんはどうでした?」

 

 そして、スクルドがガドニエルを見る。

 

「威力ですか? うーん」

 

 しかし、ガドニエルは首を捻っている。

 

「この女王様に、繊細な力加減のこと質問してもだめなんじゃない。だけど、いつもよりも身体が動くような気は、あたしもしますね」

 

 コゼだ。

 

「そういえば……」

 

 イットも頷く。

 身体がよく動く? 魔道も威力が大きくなる?

 この後宮になにかあるのか?

 一郎にはなにも感じないが……。

 

「そう言われてみると、身体が熱いかも……」

 

 エリカがぼそりと言った。

 

「あっ、それはわたしも感じますわ」

 

「そうねえ……」

 

 スクルドとコゼが同意する。

 

「あ、あたしも……」

 

「わたしもですわ。ご主人様に抱きしめてもらっているような……」

 

 イットも頷く。ガドニエルに至っては、おかしなことを言った。

 

「身体に不調が?」

 

 慌てて、一郎は全員のステータスを瞬時に垣間見た。

 しかし、特に毒などの異常は見つからなかった。それどころか、確かにステータスが平素よりも微増している。

 どういうことなのだろう?

 

「当たり前だよ。これだけ、高密度の淫気が充満してんだ。お前ら、全員、ご主人様のおかげで、能力があがってんだろう──。淫気はご主人様の力も源であり、お前ら、性奴隷の力の餌なんだ。だから、調子がいいのは当たり前だ──」

 

 一郎の胸の中に隠れていたクグルスがひょいと顔を出して言った。

 

「高密度の淫気?」

 

 しかし、一郎はびっくりした。

 だが、言われて、一郎も気がついた。確かに、淫気が……しかも、とてつもなく濃い淫気がここには充満している。

 まるで、強い媚香の中にいるような感じだ。

 女たちが身体が熱いと感じるのはそのせいだ。

 

「えっ?」

 

「淫気?」

 

「まあ」

 

 エリカとコゼとスクルドだ。

 ほかの者もびっくりしている。

 

「淫気って……。でも、なんで? 妖魔族が罠を張るなら、瘴気体を充満させて、自分たちの戦闘に有利にするのはわかるけど、淫気って……」

 

 エリカが怪訝そうに言った。

 一郎も同じことを思った。

 スクルドやガドニエルたちのようなこの世界の通常の魔道遣いが魔道の力の元にするのは、あらゆる自然の中に溶け込んでいる「魔素」──。

 そして、魔族、妖魔族が力のもとにするのが「瘴気」だ。ナタル森林における騒乱のときには、この瘴気を充満させようと企んだパリスがあちこちに「特異点」と呼ばれる瘴気の噴出口を作って、森林全体を魔族の世界にしようとしたのである。

 これらに対して、淫魔師としての一郎、あるいは、淫魔族のクグルス、チャルタという存在が力のもとにするのが、まあ、人族たちが性行為のときに発するという「淫気」だ。

 もっとも、これら三つは、実は同じものだという意見も耳にした気がするが……。

 それはともかく、ならば、なぜ、ラポルタという妖魔族がここに淫気を充満させる必要がある。

 いや、させたのではなく、そうなったのか?

 

「だけど、ここでどれだけ、えろえろをすれば、こんなになるのかなあ……? 普通に乱交続けたくらいじゃあ、こんなにはならないよ」

 

 クグルスも首を捻っている。

 

「でも、ここに張り巡らされているものって、スクルド様の魔道の波に似てますわ」

 

 すると、ガドニエルがぼそりと言った。

 

「スクルドの?」

 

 エリカだ。

 

「わ、わたし? あれっ? まあ、そういえば……。あら、でも……。そうですか……? そう……でもあるの……ですか?」

 

 スクルドも探知のようなことをしている気配になりながら、困惑した顔になっている。

 

「なんか、まだ白状してないことがあるんじゃないの、あんた?」

 

 コゼがスクルドを見た。

 

「も、もう、ありませんわ──。ご主人様に、隠し事など──」

 

 しかし、スクルドが慌てたように首を横に振った。

 そのときだった。

 さっき粉砕した前方向の空間がゆらりと揺れるのがわかった。ガドニエルが衝撃波で敵を撃滅した側だ。

 

「考えるのは後だ──。ところで、ここの連中が隠したがっているものの方向がわかったぞ。やはり、中央に向かう方向だ──」

 

 一郎は断定した。

 さっきは両側に妖魔兵が出現したが、いまは片側にしか出現してきていない。

 普通に考えれば、阻みたい方向に、防護兵を出すのだろうから、敵が出現する方向を辿っていけば、もしかしたら、サキたちが監禁されている場所に到達するのかもしれない。

 そして、またもや王兵にやつした妖魔族の兵が出現する。

 人数は十数名──。

 

「今度は進む。イット、コゼ、また蹴散らしてくれ──。スクルドとガドは、いつでも魔道が撃てるように──」

 

 一郎は歩き進んだ。

 

「はい──」

 

「はいっ」

 

「いつでも……」

 

 争闘が再開される。

 

「ロウ様と王妃様は、わたしにぴったりとついて──」

 

 エリカだ。

 

「クグルスもなにか感じたら、すぐに教えてくれ」

 

 一郎は胸の服の中にいるクグルスに声をかけた。

 

「わかった──」

 

 固まって進む。

 その少し離れた前をコゼとイットが面白いように、敵を倒していく。

 一郎は構わずに進む。

 十数人をあっという間に蹴散らして、簡単に突破できた。

 

「その角に五人隠れてるぞ──」

 

 一郎は魔眼で隠れている者を探知して叫んだ。

 

「しゃああ──」

 

 イットが角を曲がって突っ込む。

 騒乱があったのは一瞬だ。

 一郎たちはそこに到着したときには、もう五人とも喉を切断されて死骸に変わっていた。

 しかし、その目前には別の兵がすでにいた。

 

 六人──。

 

 コゼが出る。

 彼らもすぐに倒される。

 

「アネルザ、そろそろ、中央付近かもな。地下に進む階段は──?」

 

 一郎はアネルザを見る。

 

「あ、あっちだね」

 

 アネルザが右に曲がる方を指さす。

 

「ガド、適当にこっち側一帯をぶち壊せ」

 

「了解です──」

 

 ガドニエルが衝撃波を連発する。

 最初のものよりもかなり手加減しているのはわかった。

 それでも、空間を揺るがすようなものすごい振動が飛び出し、土煙と暴風が席巻した。

 そして、それらが収まると、周囲の見渡しがよくなる。

 壊された壁に埋まって、呻き声のようなものも聞こえる。これもまた妖魔兵だ。

 

「あれだよ──」

 

 アネルザが離れた場所を指さした。

 瓦礫で半分ほど入口が埋まっているが、確かに階下に降りる階段があった、

 

「邪魔なものを飛ばします──」

 

 スクルドが風魔道で階段部にあった瓦礫を一気にどける。

 

「イット──」

 

 エリカが叫ぶ。

 

「はい──」

 

 イットが階段を駆けおりる。

 続いてコゼ──。

 ちょっと時間をおいてからエリカ、一郎はエリカのすぐ後方を進んだ。他の女たちもついてくる。

 

 暗い──。

 

 地下側には照明がなかった。

 また、すでにイットは、さらに奥で誰かと戦っている気配だ。

 

「スクルド──」

 

 エリカが振り返る。

 

「わかってます」

 

 十数個の小さな光の玉が飛ぶ。

 一気に明るさがやってきた。

 

「あんたら、うっとうしいわねえ──」

 

 コゼが戦いを開始した気配も伝わる。イットはもっと遠くで戦っているのだろう。

 

 地下に着いた。

 一階部分と同じような回廊だ。

 

「ご主人様、また、壁を壊しますか──」

 

 ガドニエルが後ろから叫んだ。

 

「待って──。ねえ、ご主人様──」

 

 そのとき、クグルスが声をあげた。

 

「わかっている、クグルス。俺も見つけた……。それと、ガド、とりあえず不要だ。どこにいるのかわかった──」

 

 一郎は言った。

 まっすぐ奥にある突き当たりの壁──。

 扉のようなものはないか、その向こうだ。

 そこに、ステータスを確認できたのだ。

 

 

 

“****(ラポルタ)

 妖魔族、男

 年齢 ***

 ……妖魔 80

 特殊能力 変身術

      ……

      ……”

 

 

 

 壁の向こうにいる。

 真名は読めない……。

 男?

 しかし、それよりも……。

 

 

 

“サキ

  妖魔族、女

   一郎の眷属

 

 ……

 ……”

 

 

 距離があるので、まだ読み取れるだけの情報に限界がある。

 

「罠に気をつけながら進んでくれ」

 

 一郎の声で、イットとコゼが探知するような態勢になった。掩護はエリカとふたりの魔道遣い……。

 だが、なにもない感じだ。

 ゆっくりと回廊を進んでいく。

 しかし、進んでいくと、どんどんとわかってくることも増えてきた。

 

 

 

“サキ

  妖魔族、女

   一郎の眷属

 ……

 

 

 “胴体なし”

 

 

 “妖力(封印)”

 

 

 “視力なし”

 

 

 “聴力(一時的封印)”

 

 

 “舌(魔改造)”

 

 

 “発情状態”

 

 

  ……。

 

 

  ……。

 

 

 

 ラポルタという妖魔は、面白がって、サキを弄んでいるのか……。

 

 一郎のサキを──。

 かっと頭に血が昇る。

 だが、だからこそ、冷静さが必要だと自分に言い聞かせる。

 

「壁の横に妖魔兵がまたいるぞ。二人ずつだ。とりあえず、まず倒してくれ」

 

 一郎は進みながら言った。

 イットとコゼは、相変わらず、少し距離をとった状態で前を進んでいたが、そのときには、回廊をほとんど壁の近くまで進み終わっていた。一郎の言葉で、同時に両側の回廊を曲がった奥に飛び進む。

 あとは、もう一郎はそいつらについては気にしなかった。

 左右に廊下が続く突き当たりの壁に辿り着く。

 コゼとイットが待っていた。

 すぐそばには、妖魔兵の死体がふたりずつ倒れている。

 

 

 

 

 “ミランダ”

 

 “ベルズ”

 

 

 

 ふたりについても確認できた。

 かなり弱っているが、生きてはいる。

 

「壁を壊してくれ。ゆっくりとな」

 

 一郎は壁を前にしていった。

 

「スクルド、頼むわ。ロウ様たちは、さがってください……」

 

 エリカが指示した。

 スクルドが前に出る。

 また、エリカ自身については、一郎たちの後方について、全体を警戒する態勢をとった。

 

 壁が真っ赤になり、溶けるように大きな穴ができる。

 

 いた──。

 

 大きな部屋があり、そこに見知らぬ男がいた。

 こいつがラポルタだ。

 ただ、サキもミランダもベルズも姿は見えない。

 

 いや、いる……。

 

 ミランダとベルズは、ソファの奥にある絨毯の下だ。

 もしかして、その絨毯の下方向に、まだ地下があるのか。

 いや、そうだ。

 間違いない……。

 

 しかし、サキはどこだ……?

 

 それはともかく、唖然としたのは、横長のソファーに座っているラポルタの格好だ。

 ズボンと下着を足首までさげて、下半身を露出している。

 さらに、股間は勃起までしている。

 

「奥にいる男がロウですか? 待ってましたよ」

 

 ラポルタが笑った。

 だが、そのとき、一気に頭に血が昇るのがわかった。

 サキがどこにいるのかわかったのだ。

 

「貴様──。汚い尻をサキからどけろ──」

 

 怒鳴りあげた。

 サキはこいつの尻の下だ。

 このラポルタはよりにもよって、首だけのサキの顔の上に、生尻を載せてソファに座っているのだ。

 

「このう──」

 

「しゃああ──」

 

 コゼとイットが崩れた壁の大穴から入った。

 

「きゃああ」

 

「うわあっ」

 

 だが、部屋の半分ほど進んだところで、ラポルタに到達することなく、見えない壁に飛ばされたみたいになって跳ね返ってきた。

 

「コゼさん、イットさん──。大丈夫ですか──。わたしにお任せを──」

 

 スクルドが魔道を飛ばしたのがわかった。

 

「待て、撃つな──」

 

 一郎には、ラポルタと一郎たちのあいだになにがあるのかをやっと悟った。咄嗟に叫んだが、そのときには透明の防護壁のようなものによって跳ね返った魔道がスクルドを襲っていた。

 

「きゃああああ」

 

 スクルドが無数の糸に絡まれて身体を丸くした。

 ラポルタに飛ばしたのが、この糸で無力化しようとするものであり、それがラポルタが準備したと思われる透明の防護壁に跳ね返ったということだろう。

 さしずめ、すべての攻撃を攻撃者に跳ね返す特殊防護壁ということか……。

 

「ははは、慌てないでください。いま、いいところなんですから。俺のサキ様が一所懸命に、俺の尻を舐めてくれているんです……。ところで、取り引きといきませんか、ロウ?」

 

 すると、ラポルタが言った。



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831 微淫魔の提案

「取り引きだと?」

 

 一郎はゆっくりと壁の大穴から部屋の中に入った。

 部屋は大部屋と呼べるほどに広かったが、そこにあるのは横長のソファが一個だけだ。そして、その斜め奥の床に縦と横の長さが人の背丈ほどの一枚の絨毯──。

 それだけだ。

 

 いずれも、一郎たちから見て、奥側の壁に近い場所にある。

 すかさず、エリカが一郎の前に出る。ガドニエル、そして、アネルザも一郎の後ろに続く。

 

「ロウ様、危ないですよ……」

 

 一郎の歩みに合わせてぴったりと一郎のすぐ前を進むエリカがかすかに一郎に視線を向けてささやいた。

 

「いや、大丈夫だ……。取り引きをしたいそうだからな。話をしたいんだろう、ラポルタ──?」

 

 一郎は部屋の奥のラポルタに大きく声をかける。

 すると、いまだに股間を丸出しにしているラポルタの相好が崩れた。

 

「そのとおりです。やっぱり、あなたは理性的だ。いきなり、暴力を振るう野蛮なやからたちとは一線を画する」

 

 ラポルタが嬉しそうに言った。

 一郎は内心で舌打ちした。

 とにかく、部屋を進みながらあちこちを観察する。

 

 まずは、スクルド。

 自分の拘束魔道を浴びて丸まってひっくり返っていたが、やっと解除して起きあがろうとしている。

 問題なさそうだ。

 また、最初に飛び込んだ、コゼとイットもすでに立ちあがっている。

 ステータスを確認したが、三人とも、特に異常のようなものはない。あのおかしな透明の防護壁は、身体に危害を加えるようなものではなく、やはり単純に攻撃されたものを術者などに跳ね返す仕掛けなのだろう。

 もしも、スクルドが本気の攻撃魔道を飛ばしていたら危なかったかもしれないが……。

 

「……ガド、あいつから魔道が飛んだら、すぐに防護結界を俺たちに張れ……」

 

 一郎は小声で背後を進むガドニエルにささやく。

 

「わかりましたわ──。お任せください──」

 

 すると、一郎に指示を受けるのが嬉しいのか、ガドニエルが喜色満々の口調で大きく返事をした。

 声が大きいというのに……。

 

 まあいいか……。

 一郎は苦笑した。

 

 すると、クグルスがひょいと隠れていた一郎の服の下から顔を出す。

 

「ねえ、あいつ、変だよ……」

 

 クグルスが顔だけを一郎の服の下から出した状態で言った。ほんの聞こえるか聞こえないかの声だ。

 

「変って?」

 

 改めてステータスを読む。

 

 

 

“真名消去(ラポルタ(仮称))

 妖魔族、男

  サキの元眷属

 年齢 ***

 ジョブ

  妖魔(レベル30→80↑)

 攻撃力:1500(素手)

 特殊能力 変身術

 状態 

  妖力吸収による一時的能力肥大状態

  魔道反射具による防護

  直接攻撃反射具による防護

  微淫魔化による譫妄(せんもう)状態”

 

 

 

 接近することで読める情報がかなり多くなった。

 だが、よくわからないものが多い。

 

 まず、真名は読めない。手段はわからないが、おそらく、なんらかの方法で真名を他者が知られることがないようにしているのだろう。

 魔族の持つ“真名”というものは、魔族という種族に対する呪いと誰かが言ったのを聞いた気がする。

 真名を知られることで上級魔族という者たちは相手の支配下に陥ってしまい隷属してしまうという性質がある。

 これを利用して、この世界では、人間族やエルフ族が、魔族や妖魔族と言われる存在を異空間に追放したのだと教えてもらった。

 いずれにしても、このラポルタという呼び名そのものが仮称だ。

 これは想像だが、こいつは、真名にしろ、呼び名にしろ、そういった他人が自分を呼ぶ呼称そのものを消去しているのだろう。そうやって、真名を消滅させたのかもしれない。

 

 あとは、もっとわからない。

 レベルはかなり高く、妖魔としては“レベル80”だ。

 しかし、“妖力吸収による一時的能力肥大状態”──?

 

 また、ごちゃごちゃと防護魔具も身につけているようだが、それはともかく、“微淫魔化”?

 なんだ、それ?

 譫妄(せんもう)状態というのは、なんらかの要因による精神の異常状態という意味だとは思うが……?

 ううん……。

 

「……なあ、微淫魔化って、なんだ、クグルス?」

 

 一郎は小声で訊ねた。

 

「わっかんない。だけど、あいつが大量の淫気を吸って、それでちょっとおかしくなっているということはわかるね」

 

 クグルスが言った。

 そのときには、もうほとんど部屋の真ん中くらいまで来ていた。

 あの特殊な防護壁のようなものは、すぐ目の前だ。透明でなにも見えないが、確かに一郎には、そこに何かがあるのを感じた。

 

「取り引きって、なんだ?」

 

 一郎は言った。

 いずれにしても、このおかしな防護壁をどうにかしないと、あいつにも、サキたちも近づけない。

 なんとか、ならんのか……?

 手をそっと近づける。

 

「ロウ様──」

 

 いまはほとんど真横のエリカが手を伸ばして、一郎を制そうとした。

 だが、一郎はそれを静かに阻む。

 手のひらを前に進めた。

 見えない壁に当たった。

 手に触れることで、魔眼で情報が入ってくる。これは魔道だけのものじゃない。よくよく見れば、あるかないかの極細の糸のようなものが縦横に張り巡らされている。それにさらに魔道結界を帯びさせているのだ。

 だから、魔道耐性のあるイットも跳ね返されたのだろう。

 

「いかなる攻撃も跳ね返す特別な防護壁です。もうわかったと思いますが、攻撃はしない方がいいですよ。跳ね返るだけです。俺から攻撃することはありません。話し合いたけですから」

 

「話し合いねえ……。とりあえず、その粗末なものをしまえよ。鬱陶しい──」

 

 一郎は吐き捨てた。

 

「ははは、これはお手厳しい。人間族のあなたよりは、立派だと思いますけどねえ。それとも、それだけの女傑を支配してハレムを作るくらいですから、もしかして、びっくりするくらいに大きいとか? いやいや、俺の方が大きそうですね。それとも、勃起させて比べっこでもしますか?」

 

 ラポルタが大笑いする、

 すると、クグルスがさっと一郎の胸から飛び出した。一郎のすぐ横を舞う。

 

「なにおう──。ご主人様のお道具は、お普通だけど立派だぞ──。そもそも、女を気持ちよくさせるのは性器の大きさなんて関係ないんだ──。ご主人様は、そりゃあ、そりゃあ、大きな大きな愛をお持ちなんだ。だから、みんなが慕うんだ──」

 

 クグルスが怒鳴った。

 すると、後ろのがドニエルがずいと前に出た気配がした。

 

「そのとおりです──。わたしたちのご主人様のお道具は、とてもご立派で、すごくって、とっても素敵で、とっても気持ちがよくって……」

 

「黙んなさい、ガド」

 

 コゼがぴしゃりと叱った。

 

「ぷっ」

 

 後ろでアネルザが吹いた。

 それはともかく、すでに、全員が一郎のすぐ近くに集まっている。倒れていたイットもスクルドもだ。

 

「さっさとしまえよ。話を聞いてやるから」

 

 一郎はそう言ってから、向こうに向かって淫魔術が飛ぶかどうか試してみた。

 話し合いたいと言うのだから、勝手に話せばいい。

 そのあいだに、色々と試せる……。

 

「ちっ」

 

 一郎は内心で舌打ちした。

 術が向こう側に飛ぶ感覚がやってこない。

 無理だ。

 もしも、淫魔力が浸透できるのであれば、壁の向こう側にいるサキ、ミランダ、ベルスたちを亜空間に回収することも可能と思うのだが……。

 そのとき、一郎は、向こう側にある絨毯のある真上の天井部分に、人の顔の大きさくらいの灰色の球体があることに気がついた。

 

「気がつきましたか?」

 

 ラポルタが手を振った。

 絨毯が跳ね飛ばされて、その下に人が入れるような穴が出現した。しかし、同時に、天井の灰色の球体が穴のすぐそばまで一気に下降してきた。

 

「……た、頼むよ……。水を……。ラポルタ……。水……」

 

 か細いがミランダの声──。

 

「ミランダ──」

 

「ミランダさん──」

 

「ミランダ──」

 

 エリカ、スクルド、コゼが同時に声をあげた。

 

「水が欲しければ、自慰で千回達しろと言っているだろう──。何度言えばわかる、低能ドワフが──」

 

 口調だけは慇懃だったラポルタが一転して、口汚く怒鳴った。

 それはともかく、一郎はかっとなった。

 自慰、千回だと──。

 

「だまんなさい──。その舌を斬り飛ばすわよ──」

 

 叫んだのはエリカだ。

 だが、戻ってきたのはラポルタの冷笑だ。

 

「どうやってですか、エリカ? なら、いくらでも、その防護壁を斬りつければいい。傷つくのはエリカの身体になりますけどね」

 

「ミランダ、大丈夫──? ベルズはいるの? そこにいるの?」

 

 コゼだ。

 だが、穴からは水が欲しいというミランダの声しか聞こえない。

 どういう仕掛けかわからないが、穴の中には、ラポルタの声は聞こえるが、こちら側の声は聞こえないみたいだ。

 ミランダたちの声については聞こえるのに……。

 もしかして、この防護壁が一方通行ということか……?

 だったら、おそらく、向こうからの攻撃は防護壁を素通りするのかも……。

 

「いや、ベルズもいる……。しかし、衰弱している……」

 

 一郎は言った。

 防護壁越しだが、ステータスは読める。

 ベルズはミランダとともに穴の中だ。

 

「……ところで、気をつけろよ。こっちの攻撃は通じないが、向こうの攻撃は通じるかもしれない」

 

 全員に注意喚起する。

 結局のところ、淫魔力が通過しないので、ミランダたちの身体の回復をさせることはできなかった。

 どうしても、これを破る方法を見つけるしかない……。

 

「ほう、やっぱり、ロウは素晴らしいですね。なかなかの洞察力です。だったら、穴の上にある球体の正体はわかりますか?」

 

 ラポルタがにやりと笑う。

 一郎はラポルタを睨みつけた。

 

「……もしかして、毒の塊かなにかか?」

 

 相手が手にしていないものには魔眼は発揮しないのだが、ただの勘だ。

 すると、ラポルタが拍手をした。

 

「そのとおりです。これを穴の中に落とせば、一瞬で穴の中にいる者は即死します。そして、これは俺の魔道で宙に浮いているのです。もしも、俺になにかの危害を加えれば、ドワフ族と人間族の女たちは死にます。あなたは、とても自分の女を大切にする性質らしいし、死なせたくはありませんよねえ。まあ、その防護壁を破る方法はないでしょうけど」

 

「毒──?」

 

「えっ?」

 

 エリカとコゼだ。

 いまにも飛びかかろうとするような動きをしたが、すぐに構えるだけになった。

 目の前に、透明の防護壁があることを思い出したのだろう。

 

「取り引きといきましょう……。それと、最初に言っておきますが、俺が取り引きを申し出るのは一度だけです。拒否すれば、俺はサキ様を連れてここを去り、二度とあなたたちとは会わない場所に逃げます。この離宮を手放すのは惜しいですが、あなた方全員と戦って、かなうとは思えませんし、実際に眷属たちも刃が立たなかった。戦わずして逃げます。もちろん、穴の中には毒の玉を放り投げます。ここだけじゃなくて、もうひとつの離宮も、王を隠している地下牢にも……」

 

「王もここにいるんだな? 死んではないということか」

 

「いますよ。結構元気ですよ。ずっと監禁場所で消沈していましたが、先日、餌を与えてからは、まあ、いきいきとしているかもしれません」

 

「あいつ、監禁されていたのかい?」

 

 アネルザだ。

 

「このラポルタは、変身術の使い手らしい。もしかしたら、一連の王の蛮行はこいつの仕業だった可能性もある」

 

 一郎は言った。

 だが、ラポルタは首を横に振る。

 

「俺が王に化けていたのは、つい最近のことだけのことです。それまでのことについては、あの王自身の行動です。もっとも、ちょっとばかり性格を過激にしたのはしましたけどねえ。それについても、やったのは俺じゃない。サキ様と、サキ様と組んだタリオの魔道遣いです」

 

「タリオの魔道遣い?」

 

 一郎は訝しんだ。

 タリオだと──?

 もしかして、また、アーサーが一枚噛んでいるのか?

 

「そんなことはいいでしょう。では、取り引きの話といきましょう」

 

 ラポルタがソファから立ちあがって、下着とズボンを腰に引きあげた。

 これまでラポルタが生尻を密着させて座っていた場所には、首から上だけのサキがいた。

 涙と鼻水と涎で顔がものすごいことになっている。

 そして、ラポルタが尻を上げた瞬間、サキの顔が悲痛なものになった。

 

「ああ、まだじゃ──。まだじゃぞ、愛しいラポルタ様──。もっと頑張る──。頑張るから、お前の……いや、愛しいラポルタ様の尻の穴を舐めさせてくれ──。なあ、時間制限はないと言ったであろう──。まだ、舐める──。舐めさせてくれえ──」

 

 サキが絶叫した。

 一郎は唖然となった。

 

「サキ──」

 

「サキってばああ──」

 

 エリカとコゼが叫んだ。

 だが、やはり、声は聞こえていないのだろう。サキが一郎たちに気がついた様子はない。

 ひたすらに、“愛しいラポルタ様”と叫んでいる。

 視覚も、そして、一時的に聴覚も遮断されているのはわかっている。サキには、一郎たちのことを知覚する手段がないのだ。

 

「大丈夫ですよ。また、舐めさせてあげますよ、サキ様。だんだんと上手になってきましたからね。しかし、ちょっと休みますか……」

 

 すると、サキの口が閉じて、静かな寝息をかきだした。

 眠らされたのか……。

 

「俺の要求は、このサキ様。そして、この離宮です。このふたつを頂ければ、すべてをお返しします。穴の中のふたりも……。もうひとつの離宮の人間族の女たちも……王も……。俺にはまったく必要のないものですから」

 

 ラポルタが言った。

 

「サキとこの離宮?」

 

「ええ──。ただ条件として、破ることのできない盟約を結んでもらいますよ。あなたは魔道遣いでも、魔族でもありませんが、盟約を結ぶ力があることはわかってます。ロウの全力をあげて、この離宮で俺とサキ様が存在することを守ることを約束してください──。それが条件です」

 

 ラポルタの顔からにやつきが消えて、真剣な顔になる。

 

「盟約とは……魔道契約のことですか?」

 

 スクルドだ。

 

「呼び方は種族によって様々でしょう。しかし、本質はひとつ。魂と魂の契約であり、一度結べば、お互いに破ることはできないという魂の約束のことです。それをこの場で結んでもらいます。拒否すれば、俺はここから去り、サキ様も戻りませんし、そのうえに、あなたの大切にしている女がふたりも死ぬ。それはさすがに損な選択だと思いますがねえ」

 

 再び、ラポルタがげらげらと笑い出した。

 随分と感情の起伏が激しい男だと思った。これが譫妄(せんもう)状態ということなのか?

 

「どうします? 俺にはこの離宮が必要なのですが、あなたが拒絶するなら諦めます。さっきも言いましたが、勝てるとは思ってないのです……。そもそも、さっきのサキ様を見たでしょう。すでに、身も心も俺に向いているんです。諦めましょうよ。たくさんお持ちの愛人のひとりじゃないですか。だけど、俺にとっては唯一なんです」

 

「俺にとっても、すべての女が唯一だよ」

 

「詭弁ですね。それで、返事は?」

 

 ラポルタが一郎を睨む。

 一郎は嘆息した。

 

「わかった……。サキを含めて全員を置いていけ。それで許してやる。命を助けてやるよ。盟約とやらを結んでやろう」

 

 一郎は言った。

 

「それは、俺の望むことではないようです。じゃあ、決裂ということでいいですよね」

 

 ラポルタがすっと手を穴の上に球体に向ける。

 

「待て──」

 

 一郎ははじめて焦ってしまった。

 

「ならば、盟約です……。それに、教えておきますが、俺が死ねば、このサキ様はすぐに死にます。サキ様の胴体を回復するのは、いかなる方法でも不可能です。サキ様は、俺と一心同体であり、サキ様には俺が必要なんです。そういうようなものにしました。もはや、どうしようもない。だったら諦めるしかないでしょうに」

 

「方法がない?」

 

 はったりだろう。

 あるいは、このラポルタの能力で無理なだけとか……。

 サキが復活できないということなど信じない──。

 

「そうです──。では盟約を……」

 

「ちょっと、待てよ……」

 

「なにを待つんです……。あっ、そうだ。ついでに、後ろのエルフ女王ももらいましょうか。あっ、いえ、エルフ女王は、俺とロウの共同の性奴隷ということでいいです。一緒に使いましょうよ」

 

「はああ? ガドをだと──」

 

 いきなり、なにを言い出したのだ、こいつは?

 しかし、急に有頂天になって、喜びだした。

 

「そうだ──。そうすればいいんだ。それでこの離宮の状態の保持の問題も解決する──。まあ、そのエルフ女王の身体と心はロウがもらえばいいですよ。俺が興味あるのは、女王の持っている基盤です。クリスタル石──、魔石ですよ。大量の魔石が定期的に欲しい。これも条件に加えます──。エルフ女王を俺とロウの共同の奴隷にするんです……。これはいい──」

 

 なぜかラポルタは大はしゃぎだ。

 

「ガドをなあ……」

 

 一郎は呆れた。

 馬鹿じゃないか、こいつ。

 しかし、やはり、相当の興奮状態だ。

 一見冷静に見えるが、実際にはかなり危険な精神状態だ。

 下手に刺激すると、なにをするかわからない気もする。

 

「それで、返事は? 俺はすぐに返事が欲しい。ドワフと人間族の女を殺しますよ──」

 

 ラポルタが球体に手を向けたまま、笑いながらべらべらと言った。

 なんという下衆……。

 

 だが、どうするか……。

 くそう……。

 

 どうすればいい……。

 なにか、策は……。

 

 一郎は懸命に思考を巡らせた。

 ほかの女たちも、じっと一郎の判断を待っているのがわかる。

 

 そのときだった。

 

「……いま、なんと申した、下郎(げろう)……」

 

 低くて毅然とした声が響いた。

 一郎は思わず振り返った。

 ガドニエルだ。

 見たこともないような険しい顔をしている。

 

「ナタル森林の番人にして、三世界で随一の白魔導師と称され、世界でもっとも古き種族のエルフ族の女王であるこのガドニエルを、お前ごとき下郎の奴隷にするだと──? 身の程をしれい──」

 

 ガドニエルがラポルタを怒鳴りあげた。

 一郎は目を丸くした。

 

「えっ、ガド?」

 

「誰、こいつ?」

 

 エリカとコゼも呆気にとられたような声を出した。



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832 女王無双

「──エルフ族の女王であるこのガドニエルを、お前ごとき下郎の奴隷にするだと──? 身の程をしれい──」

 

 ガドニエルがラポルタを激怒して怒鳴りあげたのが聞こえた。

 振り返った一郎は目を丸くしてしまった。

 

 残念女王扱いしていたが、これでも、この大陸世界でもっとも権威のあるエルフ国の女王として、百年近く治政を担ってきたガドニエルというところか……。

 かなりの迫力だ。

 醸し出す殺気もすごい。

 正直、一郎は唖然としてしまった。

 

「えっ、ガド?」

 

「誰、こいつ?」

 

 エリカとコゼもびっくりしている。

 ほかの女もだ。

 

「そもそも、わたしの心も身体も、エルフ女王国もなにもかも、ご主人様のものだ──。お前ごとき、有象無象が触れていいものではないわ──。それを言うに事欠いて、わたしを奴隷にするだと──。わたしを奴隷にして、玩具にして、調教して、雌犬にしていいのは、徹頭徹尾、ご主人様だけだ。この大馬鹿者め──」

 

 さらにガドニエルの罵声が続く。

 しかし、迫力と口調は凄まじいものの、心なしか、ちょっと言葉におかしな文言が混じってきたような……。

 そもそも、エルフ女王国が一郎のものというのは、女王としてどうなのだろう……。まあ、好き勝手に協力してもらっているのは認めるが……。

 

「あれ? ガドが戻ってきたわ……」

 

 コゼもぼそりと言った。

 

「お前が余計なことを言って、ご主人様がその気になったらどうする──。そもそも、あまりお役に立てなくて……。叱られてばかりで……。だめな雌犬で……。だから、いまも即座に否定してくれなくて……。それなのに、お前が……お前が……」

 

 ガドニエルが小刻みに震えだした。

 もしかしたら、ラポルタがガドニエルを共同で奴隷にすることを申し出たとき、即座に否定しなかったから、不安になったのか?

 そういえば、まだはっきりとは拒絶はしていない。

 しかし、それは一郎がガドニエルをラポルタに渡すなど、天地がひっくり返ってもあり得ないことであり、検討にすら値しないだけのことからなのだが、感受性の強い女王様だから、不安を覚えたのかもしれない。

 これは、もしかして、一郎の態度がよくなかったか……?

 

 一郎は、とりあえず、ガドニエルを宥めようと思った。

 ふと見ると、うっすらと目に涙も溜めている。

 一郎は嘆息した。

 

「ガド、あのなあ……」

 

 そして、声をかけようとして気がついた。

 ガドの右手が真っ白く光っている。

 ぎょっとした。

 手が光っているのではなく、光の球を帯びさせているのだ。大きさは人のこぶしよりもやや大きいくらいだろう。

 だが、色も形状も、ガドニエルが最初にこの後宮をぶち抜いた衝撃波に近似している気がするのだ。

 それで我に返った。

 

「お待ちください、ガドさん──」

 

 スクルドも気がついたみたいだ。

 慌てたように叫び声をあげる。

 しかし、そのときには、すでにガドニエルは魔道の発射態勢に入っていた。

 

「わたしの怒りの鉄槌をしれえええ──」

 

 ガドニエルの右手から衝撃波が飛び出す。

 ばかな……。

 さっき、みんなの攻撃が跳ね返されたのを見てないのか──。

 

「ガド──」

 

 なにも考えずに、光線を腕から発射したガドニエルの前に出る。

 跳ね返りの衝撃波がガドニエルを襲うはずだ──。

 

「スクルド──」

 

 叫んだ。

 すでに、粘性体の壁の発生態勢に移行したが、スクルドにもガドニエルの前に防護壁を展開してもらおうと思った。

 しかし、この建物の壁を幾層にもぶち破るような魔道衝撃波の跳ね返りを防げるか──?

 

 そもそも、間に合うか──?

 

 だが、やるだけだ。

 ガドニエルに前から抱きつくようにして、衝撃波が戻ってくるはずの背中側にありったけの淫魔力を迸らせて粘性体の壁を拡げる。

 

「えっ、ご主人様?」

 

 ガドニエルが驚いたような顔になったのがわかったが、それよりも一郎は襲ってくるはずの衝撃に備えた。

 だが、やってこない。

 その代わりに、ラポルタの悲鳴が聞こえた。

 ガドニエルを抱きしめたまま振り返る。

 

「ひいっ、ひいいっ、ひっ。な、なにをする──。ひ、人質が死んでもいいのか──。し、死ぬぞ──」

 

 ラポルタがソファから転げ落ちて喚き続けている。

 驚愕することに、ガドニエルの放った光球は、あの特殊防護壁を突き破り、ラポルタの顔近くの後方の壁をぶち破って、手のひら大の穴を開けていたのだ。

 一郎は目を丸くした。

 

「うわあっ」

 

「うそっ」

 

「えええ?」

 

 エリカとコゼとスクルドだ。

 信じられないという顔をしている。

 

「ひええ……」

 

「すっごいねえ……」

 

 イットとアネルザも驚愕していた。

 

「うわあっ、やるううう──」

 

 クグルスだけが陽気な声をあげた。

 だが、一郎は我に返る。

 粘性体を瞬時に消滅させて、ガドニエルを抱きしめていた手を離す。

 さっき、ガドニエルが作った防護壁の穴に腕を突っ込む。

 

「ガド、いまのを連発して、防護壁を砕いてしまえ──。だが、そいつは殺すな──」

 

 そして、叫んだ。

 

「ガド、ここよ──。ここに集中して──」

 

 エリカが細剣を抜いて、ラポルタの身体に直撃する方向とはずれる場所を剣先で示す。

 そして、すぐさま離れた。

 すでに突入態勢だ。

 

「は、はい──」

 

 ガドニエルが両手をかざして、機関銃のように光球を連打する、

 とにかく、凄まじい──。

 どんどんと、あの防護壁に穴が開いていく。

 

「わおっ、あの雌犬女王様すっごおおいいい。あの防護膜の魔道陣ごとぶち壊しているうう。やるううっ」

 

 クグルスは、一郎のすぐそばを舞い踊りながら大はしゃぎだ。

 

「つまりは、圧倒的な力の差ということか……」

 

 苦笑する。

 それはともかく、懸命に淫魔力を飛ばす。

 胴体はこちら側だが、腕だけは防護壁の向こうだ。

 淫魔術は届くのか──?

 

「お、お前ら」

 

 ラポルタが顔を真っ蒼にしたまま、やっと起きあがる。

 そして、腹()せのように、毒球を穴の中に落とした。

 

「ははは、ざまあみろ──。これは、俺のせいじゃないぞ──。お前らが自分たちで仲間を殺したんだ。馬鹿たれたちめ──」

 

 ラポルタが床に尻餅をついたまま高笑いした。

 そのあいだも、ガドニエルによる衝撃球の連発が続いている。

 

「ガド、もういい──。突入──」

 

 エリカの大声──。

 

「しゃあああ──」

 

 いの一番にイットが空隙から向こう側に飛び込む。

 コゼ、エリカと続く。

 

「ミランダ──。ベルズ──」

 

 スクルドも飛び込んで魔道を穴に向かって飛ばす。

 毒球を無効化しようというのだろう。

 

「無駄、無駄、無駄、無駄──。もう死んでいるよ──。あれは、即死の毒だ──」

 

 ラポルタが狂ったように笑っている。

 そのラポルタの周りの空間がほんの少しだけ揺れたような気がした。

 

「移動術で逃げるわよ──」

 

 エリカが叫んで、細剣を投げた。

 その剣がラポルタに突き刺さったかに見えたが、不自然な跳ね返りをして剣が下に落ちる。

 

 防護魔具か──。

 

 一郎は粘性体を飛ばして、ラポルタの片足と床を密着させた。

 これで、ラポルタは移動術で逃亡することは不可能だ。

 

「なんだ、これは──?」

 

 ラポルタが粘性体から足を抜こうとして、もがいている。

 そのあいだに、イット、コゼ、エリカは完全にラポルタを囲む態勢になった。

 

「ちょっとでも、動いてごらん──。手当たり次第に、どこでも斬り飛ばすわよ──」

 

 エリカだ。

 すでに、さっきの細剣を拾って、その剣をラポルタに突きつけている。

 

「で、できんのか──? 俺を殺せば、サキ様が死ぬぜ」

 

 しかし、ラポルタはまだ笑みを完全に崩すことなく言い返した。

 だが、すでに追い詰められているのはわかった。

 気丈そうな物言いとは裏腹に、身体が恐怖で小刻みに震えている。

 

「ガドは、アネルザとそこにいろ。よくやった。殊勲賞だぞ」

 

「あっ、はい」

 

 一郎は防護膜の穴から腕を抜き、エリカたちが突入した大穴側に移動する。反対側に向かうためだ。

 また、一郎に褒められたガドニエルが満面の笑みを浮かべたのがわかった。

 可愛い女王様だ。

 一郎は微笑んだ。

 

「スクルド、そいつの妖魔力を無効化しろ。全部、妖力を抜くんだ。できるか?」

 

 駆けながら叫ぶ。

 

「お任せを」

 

 スクルドが魔道を飛ばしたのがわかった。

 

「ぐあああっ」

 

 そのラポルタが苦悶の悲鳴をあげて丸くなる。

 

「ば、ばかな……。俺の妖力を停止させれば、サキ様が……。ああっ? サキ様? サキ様は──?」

 

 少しのあいだ、全身をのたうたせていたラポルタが、ソファに向かって視線と片手を伸ばしたのがわかった。

 だが、そこにはサキはいない。

 ラポルタは唖然としている。

 

「サキ様──。どこだ──? どこにいった──? 俺のサキ様──。サキ様はどこだああ──」

 

 絶叫している。

 

「なにが、お前のサキだ……。俺のサキだ」

 

 一郎は亜空間から首から上だけになったサキを出して、腕に抱きかかえる。

 まだ眠っているが、すぐに目覚めるだろう。

 

 さっきの一瞬のあいだに、淫魔術で確保していた。

 そして、亜空間にいさせた状態で、サキの命の繋がりをラポルタから一郎に変えることができることを確信して、すぐにそうしたのだ。

 だから、スクルドにラポルタの魔道封じを命じた。

 いまは、サキはラポルタとの繋がりは離れて、一郎と結び直している。

 

 それにしても、ガドニエルが強引に防護膜に穴を開けることができた理由がわかった。

 圧倒的な力の差がある場合は、いくら綿密に魔道陣を刻んで完璧とも思える処置をしても、すべては無意味なのだ。

 だから、ガドニエルの魔道はラポルタの防護壁を無効化したし、一郎の淫魔術はラポルタの妖力を圧倒した。

 所詮は、こいつは小者だったということだ。

 

「スクルド、頼む」

 

 一郎は、ミランダとベルズについても亜空間から出した。

 ラポルタの防護膜から腕を入れたとき、サキとともに、穴から回収していたのだ。

 サキの処置を優先したために、まだ治療のようなものはなにもしていない。

 

「うう、ロウ……。ベルズ……、助かったよ……。ロウが来てくれたんだ……。みんなもだ……」

 

 ふたりがスクルドの足もとに出現する。

 改めてふたりの姿を見て、一郎の腹が煮えかえる。

 ふたりが全裸であり、その全身に惨たらしい鞭痕や火傷の痕が惨たらしくついているだけでなく、両脚の膝から下は明らかに、ぐしゃぐしゃに骨が潰されていた。

 赤紫に変色もしている。 

 また、ふたりとも、手の爪は全部ない。

 ミランダについては、右手の方向がおかしい。

 おそらく折れている。

 拘束具や炸裂薬の入っている首輪のようなものは、亜空間に回収するときに取り払ったが、これでは逃げるどころか、この変態妖魔が怒鳴っていたような、自慰千回というのができるわけもない。

 この妖魔男……。どうしてくれよう……。

 

「ああ、サキ様──。か、返せええ──。俺のサキ様だあ──」

 

 ラポルタが一郎が腕に抱いているサキに手を伸ばそうと動いたのがわかった。

 

「動くなあ──」

 

 イットが足でラポルタの身体を踏みつけて阻んだ。

 

「さあ、懺悔(ざんげ)の時間だぞ、ラポルタ……。いや、名無しの妖魔さん」

 

 一郎はラポルタの視線側に移動して一瞥する。

 そして、エリカたちに目をやった。

 

「こいつを裸にしろ。いろいろと持っている。全部、引き剥がすんだ。魔道は封じたが、どうやら、この王家の宝物をたくさん取り出したみたいだ。下着はもちろん、尻の中にも棒を突っ込んで調べろ」

 

 一郎は冷たく言った。

 

「王家の秘宝を尻の中に?」

 

 いまだに防護膜の向こう側でガドニエルとともにいるアネルザが嫌な顔をしたのがちらりと見えた。

 

「や、やめろおお」

 

 ラポルタが叫んだ。

 だが、そのときには、エリカ、コゼ、イットの手が一斉にラポルタの服を剥がしにかかっている。

 

「尻穴を調べる役目はエリカに任せるわ」

 

「なによ、コゼ──。あんたがしなさいよ。嫌だったら」

 

「じゃあ、イットね。よろしくよ」

 

「ええ──?」

 

 コゼ、エリカ、イットがラポルタの身ぐるみを剥がしながら言い争いをしている。

 一郎は、眠っているサキを抱きかかえたまま、それを見守っていた。

 また、ミランダとベルズについては、スクルドによる治療術による回復が開始されていた。

 

 やがて、ラポルタが裸にされていくにつれ、だんだんと、姿が人間族らしいものから、四肢が毛深い魔族的な外観に変化していっていた。

 妖力が完全に抜かれたことで、外観を変えていた力が消滅して、本来の姿に戻っていっているのだと思う。

 整った髪だったが、それも肩の下まで伸びてぼうぼうになり、さらに頭には二本の角が現れてきた。

 

「ねえ、ねえ、こいつ見てよ──。これって──」

 

 ラポルタからすべての衣類と魔道具が外され、最後に残っていた下着が腰から切り剥がされたとき、一郎の上を飛んでいたクグルスが突然に爆笑した。



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833 囚われ妖魔と“こうのとり”

「ねえ、ねえ、こいつ見てよ──。これって──」

 

 クグルスがはやし立てた。

 なにを騒いでいるのかと思ったら、ラポルタの一物が豆みたいに小さいと馬鹿笑いしているのだ。

 

 ラポルタは、全裸に剥かれた身体をエリカたちから寄ってたかって、魔道封じと筋肉弛緩の特別な紋様がある革紐で縛られていたのだが、剥き出しになった股間のあいだにぶら下がる一物は、一郎の目から見ても常人よりも小さいように思えた。

 まあ、一郎が悪戯でアネルザの股間に作っている疑似男根と同程度だろう。

 

 ラポルタの外観は魔族として野性味溢れていて、さらにとても美男子だ。肉体もしっかりと鍛えられてたくましい身体をしている。

 それだけに、余計に、股間の一物の小ささは確かにアンバランスに感じた。

 だが、人の股間を見て嘲笑するなど悪趣味だ。

 一郎は、クグルスをたしなめようと思った。

 

「やめろおお──。見るなああ──」

 

 そのとき、いきなりラポルタが泣き出し始めた。

 一郎はちょっと唖然とした。

 

「ははは、こいつ、多分、この粗末な道具を劣等感に思っていて、ずっと恥部に感じていたに決まっているよ。だから、変身術で性器を大きくしたりしてたんだな。それなのに、ぼくたちのご主人様のお道具を馬鹿にしたようなことを口にしやがって──。ご主人様を馬鹿にするのは、一億年早いんだよ」

 

 クグルスがさらに嘲笑する。

 ラポルタの顔が屈辱で真っ赤になり、ぼろぼろと涙を流して歯ぎしりするような仕草をした。

 その様子を見て、一郎はちょっとクグルスをとめるのを思い直した。

 なにに対してトラウマを持つのかというのは人それぞれだ。それを馬鹿にするつもりもないし、抉る趣味はない。

 だが、こいつは別だ。

 そんなに嫌なら、もっと恥部をさらけ出させてやろうと思った。

 

「エリカ、こいつを使え。“コウノトリ”という拘束具だ。ちょっと実験的に作らせたもので、一度シャングリアあたりに試してもらおうと思ってたんだが、ちょうどいいからこいつに使ってやろう。言っておくが、見た目以上に、これで締めつけられると苦しいぞ」

 

 亜空間から取り出したのは、一郎が趣味で製造させて、ずっと亜空間にしまったままにしていた拘束具であり、もともとは以前の世界における拷問具の歴史の記憶が原案だ。

 確か、“禿鷹(はげたか)の娘”という別名もあったはずだ。

 いずれも、これを取り付けられたかたちが鳥に見えないこともないことからの名称なのだろう。

 ただ、この世界には、コウノトリや禿鷹に似た鳥はいるものの、コウノトリと禿鷹という名称ではない。

 だから、新しく相応しい名前を考案するべきなのかもしれないとも思っている。

 

「こうのとり……ですか……? どう使うんです?」

 

 渡した拘束具を手に取って、コゼに首を傾げている。

 外観は金属の首輪部分から「ハの字型」に伸びる二本の支柱が伸びている形状になっていて、その支柱の途中に腕枷の環、そして、先端に足首を嵌める枷環があるというものだ。

 足首に嵌める二つの環部分には、横に繋げる支柱も繋げられていて、それでハの字の拡がりを固定する仕掛けにもなっている。

 つまり、これを装着されると、背骨を曲げ、胴体に密着するまで膝を曲げて、さらに両腕も胴体の横に曲げて前に出す体勢から動かせなくなるのだ。

 長く使いすぎると、鬱血して死に至ると聞いたことがあるが、魔族というのは丈夫なので、まあ、実験台として丁度いいだろう。

 

「真ん中の輪を首に嵌めろ。支柱の四つの環には、足首と手首を嵌めるんだ。膝を要り曲げさせてな」

 

 一郎は説明した。

 

「やめろおおっ」

 

 ラポルタが暴れ出す。

 

「静かにしなさい──」

 

 エリカが剣の柄で思い切り顔面をぶん殴り、ちょっとだけ静かになった。

 

「これも嵌めとけ。静かになる。こいつの訊問も処刑も後回しだ。勝手に殺したら、サキも納得がいかないだろうからな」

 

 一郎はサキの首を片手で胸に抱いたまま、今度は防音術の魔道陣が刻まれている開口具を出して渡す。

 これもまた、もともとは嗜虐遊びに使うものであるが、中心に口に押し込む金属環があり、それを環の左右に着いている革紐で頭の後ろに固定するのだ。

 そして、やはりこれもまた、長時間使用は苦痛を与えたりする。長い時間使いっぱなしにすると、口から涎が垂れ流しになって屈辱を味わうだけでなく、口の中が乾ききってしまって、かなり喉が乾いて苦しくなるのだ。

 

 ミランダたちに喉の渇きを与えて苦しめていた感じであるし、少なくとも数日間は装着したままにしてやろうと思っている。

 また、腕に抱いているサキは、いまだに寝息をかいている。

 

 すでにラポルタの魔道は抜いており、視力も聴力も舌の改造についても直していて、ラポルタにかけられた睡眠術も解けているのだが、まだ目を覚まさない。

 まあ、すぐに起こす必要はないし、覚醒するまで、このままにしておこうと思っている……。

 ただ、気になるのは、首から下の部分の復活についてだ。試しに少しだけ淫魔力を注いでみたが、まったく手応えがない。このラポルタが口にしていた、いかなる手段でも復活する方法がないという言葉が気にかかる。

 

「ところで、ご主人様、エリカがまだこいつの尻穴の検査してないんです……。わがまま言って、嫌がって……」

 

 コゼがエリカたちとともに、ラポルタを拘束具に繋ぎながら言った。

 

「な、なんで、わたしなのよ。嫌だって言ったじゃない」

 

 すると、すぐにエリカが抗議の声をあげる。

 相変わらずだなあと思った。コゼはただ、エリカを揶揄っているだけだ。それなのに、エリカはいつもむきになる。

 

「まあ、それは後でいい」

 

 装具を全部外させたところで、ラポルタから王家の宝具らしき持ち物の所有がステータスから消えてしまった。

 おそらく、もうなにも隠してない。

 もう、尻穴の点検までは必要ないかもしれない。

 

「暴れるなというのに」

 

 イットだ。抵抗をするラポルタを平手で殴っている。

 また、ラポルタが静かになる。

 三人が作業を続ける。

 

「終わりましたよ、ご主人様」

 

 やがて、コゼが言った。

 全裸のラポルタは、足と腕を曲げた窮屈そうな体勢で“コウノトリ”の拘束具によって身体の固定されて床に転がされている。

 口には開口具が嵌まっていて、激しく息をしているのだが、その息の音もかき消させて消音されている。

 さらに手首と足首、そして、首には、魔道封じの紋様を刻んだ革紐を別にそれぞれに巻き結んでもいた。

 

 一郎はラポルタに近づき、足首に嵌まっている環の部分を横に貫いている支柱を操作して、曲げた脚が左右に開く体勢に変えてやった。

 男の裸体など興味はないが、これでM字縛りという脚を拘束して思い切り横に開脚させてやったのと同じ体勢になった。

 仰向けにひっくり返されているラポルタは、トラウマであるらしい自分の性器をさらけ出しているかたちだ。

 ラポルタの顔が恥辱で真っ赤になった。

 

「やあい、やあい、ご主人様を馬鹿にするからこうなるんだ。ぼくたちのご主人様はお前なんかとは比べものにはならないくらいにものすごいお方なんだ。それを脅して取り引きしようなんて、身の程を知れ──。この短小妖魔」

 

 クグルスがラポルタの股間に舞い降りて、足でラポルタの股間を踏み遊ぶような悪戯を始めた。

 ラポルタが拘束された身体を暴れさせだす。

 一郎はちょっと放っておくことにした。

 

「ガド、もう危険はない。こっちに来てもいいぞ──。アネルザもだ」

 

 一郎は部屋の反対側で待たせていたふたりを呼んだ。

 ふたりがやってくる。

 

「ご主人様、来ました……。ところで、この器具はなんですか? こうの……なんとかと聞こえたのですが……。それとシャングリアさんにお試しになる予定だとか……」

 

 やってきたガドニエルがいきなりラポルタに装着されている拘束具を一瞥して訊ねてきた。

 もしかして、興味津々だったのか?

 いや、もしかしなくても、どうやら興味津々みたいだ。

 

「ガドも装着されたいのか? まだ試してない調教具だぞ。こいつには使ってしまったが、女たちには誰にも試してない。シャングリアに試したら、“シャングリアの娘”とでも呼ぼうかと思ってたけど」

 

 一郎は笑って軽口を言った。

 

「いえ、でしたら、是非、ガドを実験台に──」

 

 すると、ガドニエルがらんらんと目を輝かせた。

 一郎は噴き出した。

 

「拷問具だと言っただろう。これを装着されると、とても苦しいんだ。そして、女の場合は、折り曲げて閉じることのできない身体を徹底的に悪戯されるんだ。かなりつらいはずだから、きつい調教に耐性がないと苦痛なだけだと思うぞ」

 

 一郎は笑って言った。

 

「だ、だったら、なおさらガドに。そして、是非、それにガドの名をつけてください」

 

 ガドニエルがちょっと顔を赤くして言った。

 一郎は苦笑してしまった。

 

「そうか? ならば、今回のガドのご褒美は、それにするか? 一番の殊勲賞だから、ポリネシアン・セックスのご褒美はガドにしようかと思ったんだがなあ」

 

 わざと言った。

 ガドニエルの眼が大きくなる。

 

「ご褒美──。いえ、ガドは、ぽりねしあんがいいです。それをお願いします」

 

「わかった。わかった」

 

 一郎はガドニエルの頭に手を伸ばして撫ぜる。

 ガドニエルが嬉しそうな顔になった。

 

「やれやれ、ご褒美はガドかあ。まあ、仕方ないわねえ」

 

「すごかったです、ガド様」

 

 コゼとイットだ。

 

「そうね。まさか、力ずくなんてねえ」

 

 エリカも言った。

 ガドニエルは一郎の頭を撫でられながら、満面の笑みを浮かべた。

 

「やれやれ、とりあえず、解決かい。ミランダ、ベルズ、無事かい……」

 

 一方で、アネルザについてはまず、ミランダたちに声をかけた。

 ふたりはスクルドの治療を受けており、まだ満足に立つこともできないくらいに衰弱している様子だ

 いまは、手足の骨折については外観からの治療は終わっていて、鞭痕や火傷の治療に入っている。 

 とにかく、ひどい状況だ。

 

「な、なんとかね……」

 

「ああ……」

 

 ミランダとベルズが億劫そうに口を開く。

 一郎はふたりに視線を向けた。

 

「喋るのがつらいなら、まだ話さなくていい。だから、もう少し待ってくれよ。俺も治療に加わる。まあ、俺の治療は愛し合いながらになるけどね。心配しなくても治療のときには、優しく抱いてやるよ……。いや、ふたりとも優しく抱かれるのは好みじゃなかったかな? 性癖に変化がなければ、ミランダは後背位で尻を叩かれながらちょっと強引に犯されるのがいいんだったな。ベルズは身動きできない状態で弄ばれながら抱かれるのがよかったな。ちゃんと、その通りにしてやるよ」

 

「な、なんてこと言うんだい──」

 

 ミランダが真っ赤になった。

 

「ば、ばか……」

 

 ベルズもだ、

 だが、ベルズはほんのちょっとだけ、口元をほころばせた。そして、だんだんと顔に赤みがかかってきた。

 一郎はふたりの様子にほくそ笑んだ。

 

「さて、まずは、どうするかな……? そういえば、ルードルフ王をどこかに監禁しているとか言っていたな……。そっちの回収からいくかな……。それとも、サキが集めた奴隷宮側の令嬢たちの保護か……?」

 

 一郎は言った。

 

「ま、待っておくれ……。その穴に、あたしたちを縛るのにも使っていた革紐があったはずだが、それをとってくれるかい」

 

 そのとき、ミランダが言った。

 

「革紐ですか? お待ちくださいね」

 

 すると、ガドニエルが応じる。

 しかし、その穴は最終的には、ラポルタが毒球を放り込んでいる。大丈夫かと声をかけたが、すでに毒の浄化は終わっていると、スクルドが口を挟んできた。

 一郎はガドニエルに向かって頷く。

 ガドニエルはちょっとだけ穴の底を上から覗き込むような仕草をした。

 そして、すぐに、ミランダたちの前に革紐の束が出現した。どれも全部、赤黒く汚れ、また、びしょびしょに濡れている。

 

「ありがとうよ……。ところで、あんた誰だい?」

 

 ミランダがガドニエルを見る。

 

「ガドですわ。ご主人様の雌犬ですわ。よろしくお願いしますね」

 

 ガドニエルはにこにこしながら言った。

 一郎は、またもや苦笑した。

 どうでもいいが、この女王様は、“雌犬”というのをなにかの名誉的名称と間違ってはいないだろうか。

 

「め、雌犬?」

 

 ベルズが唖然とした顔になる。

 このふたりに、この残念エルフ女がエルフ女王国のガドニエルと紹介したらどんな表情になるのだろう。

 おそらく、現段階では、ガドというのが、ガドニエル女王であるとは夢にも想像してないと思う。

 

「ところで、それは?」

 

 一郎はミランダに訊ねた。

 

「こ、これも、あたしたちへの……こいつからの嫌がらせのひとつさ。この濡れた革紐で部下に折らせた手足を縛るのさ……。穴の中はとっても乾いていてねえ……。水を含んだ革紐が乾くとどうなるか知っているかい……」

 

 ミランダが革紐を手を伸ばしながら言った。

 骨折させた手足を濡れた革紐で縛って放置?

 一郎には、すぐにその残酷さがわかった。

 濡れた革は乾けば急激に縮む。すると、骨折されている手足が締めつけられることになり、激痛に苦悶するということだ。

 一郎は改めて、目の前のラポルタに対する憎悪が浮かんだ。

 

「ちょっとお待ちください、ミランダ。指はまだ完全には治療が……」

 

 しかし、ミランダが濡れた革紐を手に取ろうとしたとき、スクルドが声をかけた。

 すると、いきなりミランダが険しい顔でスクルドに振り返った。

 

「だったら、指から治療すればいいだろう、このくそ女──」

 

 そして、いきなりミランダがスクルドに罵声を浴びせた。

 

「く、くそ女?」

 

 スクルドが面喰らった顔になる。

 

「そうだね。くそ女だね。スクルズのことは好きだけど、ちょっとしばらくは口をききたくない気分だよ」

 

 すると、ベルズも横目で睨むようにスクルドを見て言った。






 もう少し、ラポルタ退治後の後始末を描いていきます。


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834 “くそ女”の言い訳

「く、くそ女って……」

 

 いきなりのミランダとベルズからの罵倒に、スクルドも面食らっている。

 もともと冒険者の荒くれどもを相手にしているくらいなので、使おうと思えば、ミランダも汚い言葉程度はいくらでも吐くのだろうが、貴族令嬢でもあるベルズまで口にするのだから、余程に彼女たちには腹に据えかねていることがあるのだと思う。

 

 一郎は、とりあえず、ミランダとベルズの感情に淫魔術で触れてみることにした。

 純粋な怒りが半分、理不尽な目に遭ったことに対する八つ当たりの感情が半分の半分。残りはとにかく複雑でごちゃごちゃしたものというところか……。

 状況によっては、強引になだめようと思ったがやめた。

 いくらか発散させた方がいいだろう。

 

「とにかく謝んなさいよ。怒らせてることの自覚はあるんでしょう?」

 

 すると、コゼが口を挟んだ。

 スクルドがはっとした顔になる。

 

「あっ、も、もちろんです。すぐに王都に戻って来なかったことは申しわけないと思ってます……。それに、出立前にはベルズとかの呼び出しに応じなかったりして、なんか、逃げたように感じたかもしれませんけど、わたしも、その……、その、色々と忙しくて……。あと、ロウ様たちの方も大変ですぐに戻るというわけには……。あっ、それと、わたしの名はスクルドです。出立前にも伝えましたが、スクルズという神官は死んだことになってるので、今後はスクルドと……」

 

「名前なんて、どうでもいいんだよ──」

 

 ミランダがぶち切れたように怒鳴った。

 

「すぐに戻って来なくて.ごめんなさい──。ミランダたちが苦労してるとは思ってたんだけど」

 

 スクルドが慌てたように、がばりと頭をさげた。

 

「ああっ? もしかして、こいつって、すぐに王都に戻ることになってたの? それでミランダたちは怒ってるというわけ?」

 

 コゼだ。

 

「えっ、そうなの? でも、王都にすぐに戻るって雰囲気はなかったわねえ……」

 

 エリカも口を挟んできた。

 

「またまたあ、そんなことはありませんわ、エリカさん。わたしはちゃんとしていたじゃないですか。いやですねえ。ふふ……」

 

 スクルドが満面の笑みを浮かべる。

 困ったときには、スクルドはあの笑顔で誤魔化すところがあるが、流石にそれはここでは通用しないだろう。

 淫魔術でミランダたちの感情に触っている一郎には、スクルドが愛想笑いのようなものを浮かべたとき、ミランダとベルズの苛つきがぐんと跳ね上がったのがわかった。

 

「だって、急いで王都に戻ろうとしていた印象はなかったわ……。雌犬だとか、もう離れないとか、そういうことは言ってた記憶はあるけど……。王都のことも訊ねるまで最小限のことしか語らないし……」

 

 さらにエリカが口を挟む。半分呆れたような口調だ。

 

「ひ、人聞きの悪いことを──。わたしは、あの狭間の森でご主人様にきちんと王都のことはご説明を……」

 

「園遊会のことよ」

 

 エリカがぴしゃりと言った。

 

「あ、あれは……まあ、確かに……。でも、ちゃんとご主人様には叱られて……」

 

「叱られたから、なによ」

 

 エリカがスクルドの言い訳めいた言葉を途中で遮る。

 容赦ないなあ……。

 一郎は苦笑した。

 

「すぐに戻って来なかったことなどいい。どうせ、ロウとひさしぶりに会ったことで、色惚けてしまったんだろうからね」

 

「そ、そうなんです、ミランダ。あの頃はあんまり嬉しくて、なにもかも頭から飛んで……。ほほほ……」

 

 再び、スクルドがいつもの誤魔化しの微笑を浮かべる。

 ミランダとベルズ、特にベルズの苛つきの感情が桁上がり程に上昇する。

 流石に、この衰弱した身体にはよくない。

 一郎はちょっとだけ、ベルズの心の揺れを鎮める。一瞬浮き出たベルズの眉間の血管が消えた。

 

「すぐに戻ってこなかったのはどうでもいいと、ミランダも言っているであろう。さっきの園遊会だ。そのサキが園遊会とやらで集めた可哀想な者たちのことだ。あれに一枚どころか、二枚も三枚も……。いや、一番骨のところでお前は噛んでいるな? サキに協力して」

 

 ベルズが怒鳴りあげた。

 いつも気難しげな雰囲気のベルズだが、剥き出しの感情を露わにするのは珍しい。

 スクルドもたじろぐ感じだ。

 

「骨なんて……。ま、まあ、サキさんのしようとしたことは知ってたわ。ええ、知って黙っていたことは認める。でも、協力なんて……。ただ、サキさんを邪魔しなかっただけで……。それについても、うんとご主人様に叱られて反省を……。本当よ、ベルズ」

 

「ふうん……。では、あの可哀想な者たちが口にも出せんような破廉恥で、醜悪で、貴族として……いや、女としての尊厳という尊厳を潰され、毎日苛められ、拷問され……。そういうことに関与したことを認めるということだな、スクルズ、いや、スクルド?」

 

「だから、関与は……。と、とにかく、その話は後で……。いまは治療を。あなたはまだ瀕死の状態なのよ、ベルズ」

 

「逃げるんじゃないよ、スクルド」

 

 すると、今度はミランダが口を挟む。

 

「別に逃げては……。ただ、治療を……」

 

 スクルドは困惑した感じになる。

 一郎は大きく息を吐いた。

 

「わかった。色々とあるんだろうが、ふたりとも、いまは治療に専念しよう。一度、シルキーの待つ幽霊屋敷に送らせる。俺たちも夜までには行くから、話はそのときにしようか」

 

 一郎は言った。

 そして、スクルドを見る。移動術でふたりを運ぶためだ。ついでに、防音魔道陣が刻まれている開口具をつけて拘束しているラポルタも運ばせようと思った。

 こっちは、クグルスに頼むのが適切だろう。

 さらに口を開こうとした。

 

「待って──。待ってくれ、ロウ殿。これは大事なことなんだ。スクルドがこの後宮と奴隷宮に施した白痴(はくち)術の魔道。ある意味、これがすべての原因になっている。ここに長くいるとそれが心を侵すんだ。ここは危険かもしれない」

 

「危険?」

 

 一郎は面食らった。

 しかし、危険かもという言葉には同意できない。一郎の魔眼の力にはなにも感知できないし、なによりも、そういう勘が働かない。

 確かなものでないので、言い切ることは不可能だが、ここが危険という気持ちにはならない。

 まあ、やたらに、淫気が濃いのは気にかかるが……。

 

「は、はくち術? 一体全体なんのこと、ベルズ?」

 

 スクルドがびっくりしている。

 

「白痴術という呼び方は、わたしが勝手に言ってるだけさ。薄い……、極めて薄い魔道の膜だ。人の心の自律性を低くし、他人の言葉を信じやすくする効果がある。思慮が低くなるとも言えばいいかも。もしかしたら、サキやその妖魔も影響を受けた可能性もあるね……。とにかく、そのくそ妖魔から拷問されている時間以外は暇だからね。それでやっと気がついたのさ」

 

 ベルズが言った。

 

「まったく、なにを言ってるかわからないわ、ベルズ」

 

 スクルドも当惑顔だ。

 一郎は、淫魔術で支配している女たちの感情に触れられるので、スクルドが本当になにも知らず、そして、心の底からベルズの言葉に驚いているのは知ってるが、ベルズ、そして、ミランダはスクルドがなんらかの嘘をついていると信じている気配だ。

 

「まだ、しらばっくれるのかい、スクルド。あれだけのことをしでかしといて──。わたしとミランダは基本的には、あの令夫人や令嬢たちとは離されていたけど、それでも幾らかは一緒だった。拷問を同じ場所で受けたりしたからね。だから、言っておく。あれは、もうどうにもならないよ」

 

「はっきり言ってよ、ベルズ。本当にわからないの。わたしがなにをしたというの?」

 

「そうだね。わたしもわからないよ、ベルズとミランダはなにを怒ってるんだい? このスクルドがなにかをしたと?」

 

 アネルザだ。

 

「ねえ、さっきあなたが口にしたような魔道はかけてないわ。神に誓う」

 

 スクルドもさらに言った。

 

「神ねえ……。神って誰のこと? 天道様を知ってる、スクルド? 園遊会で集められて、ここで理不尽で残酷で尊厳という尊厳を奪われる可哀想な彼女たちが、自分の心を守るために、必死に信じ込んだ天道様さ」

 

 ベルズが皮肉っぽい口調で言った。

 

「待て」

 

 しかし、一郎は彼女たちの会話を遮った。

 

「ご主人様、なんか来るよ。大勢だ」

 

 そのとき、ラポルタのところで遊んでいたクグルスが一郎のところに飛んできて声をあげた。

 一郎は頷いた。

 クグルスが感知したものは、ほぼ同時に一郎も魔眼で認識していた。

 

「うん、わかってる……。悪いが話は一旦終わりだ、ベルズ──。イット、一階との階段のある場所に行ってくれ。多分、兵隊が来る。来たら、すぐに戻って知らせてくれ。絶対に戦うな。向こうに見つかる前に戻れ」

 

「はいっ」

 

 イットが飛び出していく。

 

「兵隊? もしかして、王軍かい?」

 

 アネルザが言った。

 

「おそらく……。スクルドはミランダとベルズを連れて、一度、シルキーのいる屋敷に行け。そして、ミランダたちの治療の続きを。クグルスも行け。そのラポルタを連れて行ってくれ。シルキーにはしっかり監禁しとけと伝えて欲しい」

 

「あいあいさあ──。ご主人様たちも気をつけてね」

 

 クグルスが元気に返事した。

 

「ほかは戦闘準備よ」

 

 エリカが声をあげる。

 

「待って──。これだけは待っておくれ。殺す前に、目玉をくり貫いて、鼻を削ぎ落とすのはサキに任せるさ……。だけど、あたしはこれだけはやっておくよ」

 

 そのとき、ミランダがラポルタを連れていこうという気配のクグルスを止めた。さらに、さっきガドニエルが取り寄せてくれたびしょびしょに濡れた革紐の一本を手にして立ち上がった。

 さらに、ラポルタに近づき……。

 

 そして、一郎は目を丸くしてしまった。



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835 淫魔応報

 ミランダは、濡れている革紐の一本を手に取ると、“コウノトリ”の拘束具で背中を曲げたM字開脚の格好で拘束されているラポルタの股間に手を伸ばし、剥き出しの性器の根元にひと巻きして、力いっぱいに縛った。

 ラポルタの顔が限界までのけぞり、凄まじい形相に変化して、全身を一気に赤くする。

 もしも、声が出せたら力の限り悲鳴をあげていただろう。

 そんな感じだ。

 しかし、いまは、一郎が保持していた防音魔道の刻まれた開口具を嵌めさせているので、息の音さえ出ない。

 まったくの無音だ。

 だが、表情はラポルタがとんでもない苦痛を味わっていることを物語っている。

 

「お前が部下にやらせたことさ……。濡れた革紐が乾いてくればどうなるかわかってるだろう。サキやあたしたち、そして、奴隷宮の女たちに与えた苦痛のほんの少しでも喰らうがいい。性器を去勢される恐怖をじわじわと味わいながらね」

 

 ミランダが、革紐で根元を引き絞ったため、すでに赤黒く充血しているラポルタの性器の上を覆う陰毛をがっしりと掴む。

 そして、無造作に引き千切った。

 “コウノトリ”に捕らわれているラポルタの全身ががたがたと揺れる。

 陰毛の一部が完全になくなった。

 とにかく、一郎は目を丸くしてしまった。

 

「ははは、いい顔だよ。ご主人様の性奴隷に手を出した酬いだ。ざまあみろ。ぼくが淫魔族の魔道をかけてやるよ」

 

 クグルスがとんとラポルタの下腹部の上に舞いおりた。

 ラポルタの顔が歪む。

 そして、さらに全身が赤くなり、汗がどっと噴き出した。それとともに、萎えていた男根が勃起する。

 しかし根元は固く革紐で絞られている。

 まるで、ひょうたんを半分にしたようなかたちになった。

 

「まあ、同情の余地はないな。最終的な処置は、サキに任せるが、俺のサキをこんな目に遭わせたんだ。これは俺からの礼だ」

 

 一郎は亜空間から媚薬の液剤の入っている小瓶を出した。

 同時に、抱いていた生首だけのサキを亜空間に収納した。改めて、今度は一郎の淫魔術で眠らせる。

 サキとの話も後回しだ。

 しばらくは、悪夢ではなく、和やかな夢を見させてあげよう。それについても淫魔術をかけた。

 

 そして、瓶の中の液剤を赤黒くなっているラポルタの性器に垂れ落とす。液剤は即効性の媚薬だ。そして、猛烈な痒みの効果もある。

 数瞬すると、ラポルタの性器がひとまわり大きくなる。ただし、ミランダの縛った革紐が根元にくい込んでいるので、さらに歪なかたちになった。

 

「じゃあ、先に連れて行くね。屋敷妖精には、死なないように監禁するように言っておくよ。まあ、妖魔だからね。性器が千切り落とされたくらいじゃあ、死なないと思うけど」

 

 クグルスが陽気な口調でそう言って、すっと舞いあがる。

 同時に、ラポルタの身体全体がふわりと浮く。

 ラポルタは涙をぼろぼろと流しながら、なにかを訴えるように、一郎に向かって必死に首を動かしている。

 一郎は無視した。

 

「シルキーには、こいつは寒がりだから、監禁場所はうんと温かく、そして、乾燥した場所にしてやれと伝えてくれ。それと、水は一滴も飲ませるな。ミランダとベルズにも同じことをしたんだ。当たり前だな」

 

 そして、一郎は浮きあがったため、立っている一郎の顔と同じ高さまで上昇したラポルタの髪をむんずと掴んだ。

 

「水が欲しければ、千回射精しろ。それまでは水はなしだ」

 

 ラポルタが涙を流しながら吠えるような仕草をする。

 もちろん、なにも聞こえないが……。

 

「じゃあ、ご主人様、行くね」

 

 クグルスだ。

 

「ああ、シルキーには遅くなっても、必ず夜までには戻ると伝えてくれ。それと大浴場の準備も頼むと。食事もそこでとる」

 

「大浴場が好きだねえ、ご主人様。うん、わかった。屋敷妖精には伝えとくよ」

 

 クグルスとラポルタの身体が消える。

 一郎たちの屋敷に向かったのだろう。

 

「じゃあ、スクルド、ミランダとベルズを連れて行ってくれ。それと、ベルズ、スクルドの言ったことは信じてやってくれ。多分、こいつは、その白痴(はくち)化の術とかいうものはかけてない。ただ、調べておく。三世界一の白魔術使いのガド女王もいるしな。だから、とりあえずは、回復に専念だ」

 

 ミランダにしても、ベルズにしても、身体の外観と骨折の治療、そして、喉の渇きと疲労だけは癒やしたみたいだが、まだまだ身体はぼろぼろだ。

 本当に死ぬ寸前まで痛めつけられたのだと思う。

 さっき、ラポルタの股間を革紐で縛ったミランダの指には、まだ爪が復活してなかった。

 ベルズは、スクルドに怒りの言葉を浴びせてはいたものの、まだ立ちあがることはできず、ぺたんと生尻を床につけたままだ。

 身体の衰弱はとれていない。

 

「しかし、向こうの奴隷宮の者たちが……」

 

 ベルズが躊躇うような表情になる。

 

「それも、俺たちに任せてくれ。アネルザに面倒をみさせる。そう言ってある」

 

「ああ、そうだね。王家の威信にかけて、彼女たちには償うよ」

 

 アネルザも大きく頷いた。

 

「だが、あいつらは……。いや、とにかく、見てもらった方が早いか……。じゃあ、お願いします。しかし、驚かないように」

 

 ベルズが大きく息を吐いた。

 

「わかった。ところで、俺もちょっとばかり、治療をしておこう。俺の体液は抜群に効果があるから、全身くまなく舐めて癒やしてやるけど、とりあえず、これだ」

 

 一郎はベルズに向かって歩き、屈み込んで軽く抱きしめた。

 唇を奪う。

 

「んんっ、んっ」

 

 ベルズの舌に一郎の舌を絡め、唾液を送り込んでやる。

 それとともに、口の中の感じる場所を探り、そこを徹底的に刺激した。

 たちまちに、ベルズの身体が小刻みに震えてくる。ほとんど無意識だろうが、ベルズが一郎を押しのけようとするように両手を一郎の胸に伸ばしたので、さっと腕をとって強引に背中に回させて片手で両手首を掴んだ。

 普段は気の強い態度のベルズだが、性癖はマゾだ。

 抵抗する手段を全て奪われて、徹底的になぶられるのが好きなのだ。一郎が拘束した感じになると、ベルズの中の快感の度合いが急激に上昇したのがわかった。

 

「んふっ、ふっ、んんっ」

 

 絡めているベルズの舌が一転して、積極的になる。

 むさぼるように、一郎の舌に吸いついてきた。一郎はさらに唾液を注ぎ込んで飲ませた。

 

「んくううっ」

 

 ベルズの身体が小さく反り返り、ぐんと身体の力が入った感じになった。

 軽く達したのだ。

 一郎は口を離した。

 

「続きは後でな、ベルズ……。じゃあ、スクルド」

 

 一郎は脱力してしまったベルズの身体をスクルドに預けた。

 ぼっとしていた感じだったスクルドが慌てたように、ベルズを抱きかかえる。

 

「ねえ、ベルズ、わたし、本当におかしな魔道なんて覚えがなくて……」

 

「わかった、わかった……。ところで、ロウ殿、さっき、女王とか言ってませんでした?」

 

 ベルズが顔をあげた。

 一郎はガドニエルを呼び寄せて腰を抱く。

 

「あんっ」

 

 だったそれだけで、ガドニエルは心の底から嬉しそうにして、一郎の身体にしなだれかかってきた。可愛い女王様だ。

 

「紹介する。エルフ女王国の女王陛下のガドニエルだ。俺の雌犬になりたいというんで、首輪を付けて連れてきた。三世界一の白魔導師殿だぞ」

 

 一郎はそう言いながら、ガドニエルが首輪のように巻いている赤いチョーカーをぐいと引っ張って持ちあげる。

 もともとは、エルフ族女兵の親衛隊の目印なのだが、この女王は好んで同じものを装着しているのだ。

 

「んんっ」

 

 首輪になっているチョーカーを持ちあげられ、ガドニエルが爪先立ちになり、一郎に抱きつくかたちになった。

 しかし、ガドニエルは構ってもらって嬉しそうな顔になっている。

 まさに雌犬様だ。

 一郎は苦笑する。

 

「ガドニエル女王陛下──?」

 

 ベルズの目がまん丸になった。

 

「えっ?」

 

 ミランダも驚いている。

 

「ガド、挨拶だ」

 

 一郎は抱き寄せた感じになっているガドニエルの乳房を服の上からぎゅっと掴む。

 一郎とガドニエル、そして、エルフ女王国との関係をてっとり早く説明するには、これが一番早い。

 

「ああっ、ご主人様ああ」

 

 ガドニエルがうっとりと雌の顔になる。

 一郎は力を入れ、軽くガドニエルの乳房を捩った。

 

「挨拶だと言っただろう」

 

 一郎は笑った。

 

「あっ、はいっ、雌犬女王のガドニエルです。よろしくお願いします。ご先輩方……。ううん、もっとです、ご主人様」

 

 ガドニエルが切なそうに喉を鳴らして、一郎に全身を委ねるようにしてくる。

 

「ガドも後だ。そろそろ、やって来そうだ」

 

 女たちに接しているあいだも、一郎は魔眼を広く拡げて、すでに後宮に入りこんでいる王軍の一隊の動きを把握していた。

 いまは、一階部分を探索しているみたいだ。

 瓦礫を追って、この地下までやってくるまで、もう少しだろう。

 逃げるという手もあるが、ここは一度接触してみようと思う。逃げるのは接触してからでも可能だ。

 いまは、連中の動きを知りたい。

 

「あっ、はい、ご主人様」

 

 一郎がガドニエルの身体を離すと、雌犬女王様はちょっとだけ残念そうな顔になった。

 

「よし、次はミランダだ。まだちょっと時間もあるようだしな」

 

「あ、あたしは……」

 

 ちょっと逃げかける仕草をしたミランダを掴むと、小さな身体を抱きしめて、唇を強引に重ねる。

 舌を吸って唾液を送りながら、すっとミランダのお尻に手を伸ばし、いきなり尻穴の中に指を入れた。

 指にたっぷりの潤滑油をまぶしたので、問題なく一気に指の根元まで挿入できた。

 ミランダの尻の中で指を曲げ、性感帯の急所の赤いもやの場所を掻くように動かす。

 

「んふううう」

 

 ミランダが激しい抵抗の素振りを見せたので、唾液に全身を弛緩させる効果を混ぜ、さらに極薄の粘性体をミランダの全身に巻き付けて完全に抵抗力を奪ってやった。

 あとは簡単だ。

 時間をかけてじっくりとなぶることもできるが、ここは一気に昇天させる。

 

「んぐうううっ」

 

 ミランダが一郎と口づけを受けながら激しく絶頂した。

 粘性体を除去するとともに、指を尻穴から抜き、腰が抜けたような感じになったミランダをその場に座らせた。

 

「な、な、な、なにをいきなり……」

 

 しゃがみ込んだミランダが真っ赤になっている。

 

「苦労したようだが、それと罰は別だからな。四人組とやらの結成の顛末は耳にしている。スクルドはひと足先にお仕置きをしたし、アネルザはその真っ最中だ。サキとミランダも、四人組についてはきついお仕置きを覚悟しておけ。とりあえず、ミランダはスクルドの治療が終わったら、シルキーに頼んで、いまの場所に浣腸して中をきれいにしておけ。いいな」

 

 一郎は言った。

 

「か、浣腸? な、なんで?」

 

 ミランダが明らかに狼狽した顔になる。

 

「ミランダの罰は連続絶頂だ。数瞬で一回の絶頂を百回連続で味わわせてやろう。百回終わるまで失神もできないぞ。失禁は当たり前だが、下手に腹に汚物が残っていると、脱糞の恐れもあるから先にしておけと忠告してるんだ。俺に犯されながら、垂れ流してもいいなら、浣腸はしなくてもいいけどね」

 

「ひゃ、百回?」

 

 ミランダの顔が引きつった。

 しかし、一郎はにやりと微笑を返してやる。

 

「覚悟しておくことだ。四人組の片割れ殿」

 

「ひっ」

 

 ミランダの裸身がびくりと震えた。

 

「さあ、連れていけ、スクルド」

 

 一郎は声をかけた。

 

「わかりました。では……」

 

 スクルドがベルズとともにミランダに手を伸ばす。

 三人の姿も消えた。

 

「百回って本気ですか?」

 

 すると、黙って見守っていたエリカがぼそりと言った。

 

「当然だ」

 

 一郎は頷いた。

 

「ちょっと、可哀想かなあ」

 

 コゼも肩を竦めた。

 

「と、ところで、わたしの罰はそろそろ……。いや、シルキーの待つ屋敷に戻ったら終わってくれるんだろうか、ロウ?」

 

 アネルザだ。

 顔が赤い。

 そして、腰をもじつかせている。

 一時的に中断させていた淫情の膨れあがりを徐々に返還してやっているのだ。アネルザについては死ぬような焦らし責めをしてから、女としての部分も、疑似男根の部分もまったく発散させることなく、そのまま股間を封印している。

 かなりつらいはずだ。

 

「もうすぐ王軍がやってくる。それへの働き次第かな。それと、奴隷宮の貴族女性たちの対処もだ。それらが終わったら、焦らし責めから解放してやる。それまでおあずけだ」

 

「わ、わかったよ」

 

 アネルザががくりと項垂れる。

 

「わたしも、百回のご褒美が欲しいですわ。わたしは、まだそれはしてもらってないです」

 

 ガドニエルだ。

 

「百回連続は、ご褒美じゃなくて罰だ」

 

 一郎は笑った。

 そのときだった。

 警戒をさせていたイットが走り戻ってきた。

 

「ご主人様、来ます──」

 

 イットが叫ぶ。

 一郎は頷いた。

 

「コゼ、イット、ご主人様と王妃様の前に──」

 

 エリカが声をかける。

 一郎とアネルザを守るように、三人が前に立った。

 イットは爪、エリカとコゼは武器を抜く。

 

「来たね」

 

 アネルザが呟いた。

 一階から繋がる階段からがちゃがちゃと具足を鳴らしながら王軍の一隊が降りてきたのがわかった。

 三十人くらいだろう。

 すぐに、一郎たちが待っている部屋までやって来た。

 さっと展開して、一郎たちを取り囲んだ。

 

「誰だ、お前たちは──。あれっ、まさか、王妃殿下──?」

 

 そして、隊長らしき男が唖然としたような大声をあげた。

 

 

 

 

(第4部・第3話『魔宮潜入』終わり、第4話『王宮の一番長い日』に続く)






 小エピソード区切りを挿入します。


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 第4話   王宮の一番長い日
836 敵か、味方か


「誰だ、お前たちは──」

 

 隊長らしき男が大きな声をあげた。

 きらびやかな具足をつけている兵は全部で三十人ほどだ。三十人はすでに部屋の中に雪崩れ込んでおり、二列ほどの横隊になり、一郎たちを半円に取り囲む隊形になっている。

 声をあげた男は、その三十人に隠れるように後ろにいる。

 

 素早く、魔眼で全員のステータスを覗く。

 大した者はいない。

 

 これくらいの三十人であれば、エリカ、イット、コゼの三人のうちの誰かひとりだけでも対応できる。

 魔道遣いもいない。

 

「あれっ、まさか、王妃殿下──?」

 

 そして、やはり、声をあげたのは隊長だった。

 彼らは特別近衛兵とあり、どうやら、近衛兵のうち、特に王族の護衛にあたる者たちの一隊みたいだ。

 また、その特別近衛兵の隊長については、“宰相エルビンの家人”で“ルセ”とある。

 だが、確か、この王国の宰相はフォックスという上級貴族だったはずだ。

 交替したのか?

 まあ、どうでもいいが。

 

「その王妃アネルザだよ。お前たち、誰に向かって剣を向けているんだい──。剣を収めて、敬礼しないか──」

 

 アネルザが吠えるように言った。

 大した迫力だが、その下半身は一郎に完全に支配され、焦らし責めに苛まれた股間を貞操帯に封印されて、発散することのできない淫情の疼きに苦悶しているのだと思うとちょっと愉快だ。

 淫魔師としての血が、いままさにアネルザに悪戯してやれば、かなり面白いことになるのだがなあと騒ぐのだが、なんとか自重する。

 

「王妃殿下、監獄塔を脱走したあなたには捕縛命令が出ています。どうしてこんなところにいるのかわかりませんが、大人しく投降してください。あなたを捕らえます」

 

 ルセという名の隊長が冷たい視線を向けて言った。

 しかし、ほかの兵たちはざわめいている。

 

「ふん、ここは男子禁制の後宮だよ。王妃が後宮にいるのは当たり前だろう。お前たちこそ、どうしてここにいる。男が無断で立ち入れば、それだけで死罪ということが定められているのを知らないのかい」

 

 アネルザが怒鳴った。

 

「陛下をお護りするためです。不審な爆発音があり、後宮の壁が内側から破壊されておりました。陛下の許可はありませんが、臨時の措置として立ち入りをしました。我々は特別近衛兵であり、非常の場合の立ち入りを許可されています」

 

「だったら、不審なものなんてないよ。王妃アネルザの命令だ。すぐに退去しな」

 

「捕縛命令の出ている王妃殿下には命令権はありません。大人しくしてください」

 

 隊長が合図をした。

 剣を構えた近衛兵が突っ込んでくる気配を示した。

 一郎は前に出た。

 

「ロウ様」

 

「ご主人様──」

 

 エリカとコゼが阻むような仕草をしたが、それを制して、彼女たちの前に出る。

 一郎が一番前で、その後ろにエリカとコゼとイット、彼女たちの後ろにアネルザとガドニエルがいるかたちに変わる。

 

「まあ、話を先に聞いた方がいいぞ。ここにいるのは、全員が一騎当千の実力を持った女たちだ。お前ら全員を殺すのに数瞬もかからない。これだけの人数で対処できると思わないことだぞ、ルセ隊長」

 

 一郎は言った。

 名前を呼ばれたことで、隊長のルセがちょっとたじろぐ様子を示す。

 

「なぜ、俺の名を……。いや、どこかで……」

 

 一郎はにやりと微笑んだ。

 

「最初に言っておく。俺はお前たちを含めて、全王軍の指揮権を渡された独裁官のロウ=ボルグ・サタルスだ。独裁官として命令する。これより、お前たちは独裁官直属の近衛隊だ。直ちに俺の指揮下に入れ」

 

 声をあげる。

 

「独裁官? い、いや、それよりも、ロウ=ボルグだと? 大罪人ではないか。お前も捕縛する。いや、そこにいる全員をだ──」

 

 隊長のルセは怒鳴りまくる。

 だが、気がついたが、一郎がロウ=ボルグの名を出したとき、明らかに兵の動揺が大きくなったように思った。

 “英雄公”──。“天道様”──。“天道公”──。というささやき声も耳に入ってくる。

 しかし、英雄公という言葉はともかく、“天道様”というのはなんだ?

 まあいいけど……。

 

「だから、無理だと言っているだろう。俺の後ろにいる女たちを本当に捕縛したければ、王軍の一個師団でも連れてこい。それでも無理だろうがな」

 

「問答無用だ。王妃殿下を含めて、抵抗するなら殺しても構わん。すでに処刑命令が出ているのだ。お前たち、行け──」

 

 ルセが叫ぶ。

 すぐに、前列の兵が突っ込んでくる。

 

「ロウ様、後ろに──」

 

 エリカが一郎を強引に背中に守ろうとした。

 

「いや、いい。ガド──。結界だ」

 

 だが、一郎はエリカを制して、ガドに向けて手をあげた。

 

「はい」

 

 瞬時に防護結界が展開して、前に出ようとした兵たちが静止したようになった。

 防護結界は、外側から通り抜けようとする者や攻撃具の動きを阻み、速度を緩慢にする。魔道が強ければ強いほど効果が大きくなるので、ガドニエルほどの魔道になると、矢や銃弾でものろのろとした動きになる。

 人間など静止しているようなものだ。

 実際に、一郎には突撃してくる兵は動いていないようにしか見えない。

 

「ぼ、防護結界──? なぜ、王宮内で魔道を? どうやって?」

 

 ルセがびっくりしている。おそらく、あいつの常識では、王宮内では定められている者以外は魔道が遣えないようになっているはずなのだろう。しかし、一郎はただの一度も、阻まれたのに接したことはない。スクルドをはじめとして、一郎の女たちは平気で王宮で魔道を駆使する。

 

「それだけの実力があるからだ。攻撃をやめさせよ──。無駄だ。それとも、全員が死にたいか──。最後通告だ。ここで全員が死ぬか、それとも、栄誉ある独裁官直属隊となるかだ。もう一度言う──。これは独裁官命令だ」

 

 一郎は叫んだ。

 

「隊長、一度、攻撃中止を……。いや、攻撃中止──。剣を引け──。後退しろ。全員だ──」

 

 そのとき、ルセの近くにいた近衛兵が突然に声をあげた。

 一郎は、すぐに、その男のステータスを読んだ。

 

 

 

“フランツ=バウア

 バウア家四男 特別近衛兵第三隊・副隊長”

 

 

 

 副隊長か。

 突撃をしようとしていた兵がすぐに後退する。

 結界に対して前に出ようとするときには動きが遅くなり、逆に向かうときには制御はない。それが防護結界の特徴だ。

 退くときには、簡単に戻っていく。

 

「バウア、なにを勝手に命令を与えておる──。お前はすでに隊長ではないのだぞ──」

 

 ルセが顔を真っ赤にしている。

 

「落ち着いてください、隊長。あのロウ殿の申すとおりです。無理です。全滅します」

 

「黙れ、黙れ、黙れ──。俺は隊長だ──。俺の指揮に従え──」

 

「いまの命令は取り消す──。隊長、後で処断しても構いません。だが、攻撃をしても、全員が死ぬだけです。それよりも、話を聞きましょう。彼らがどうしてここにいるのか。俺はそれが知りたい」

 

「黙れ、バウア──。後などない。いま処断してやる」

 

 ルセが剣を抜いた。

 だが、バウアは動かない。

 しかし、驚いたことに、バウアの周りの兵がバウアを守るかのように身体を入れてきた、

 ルセがたじろぐ感じになる。

 

「なにあれ、いきなり、仲間割れを始めたわ」

 

 コゼがぼそりと言った。

 

「そうだな」

 

 一郎は視線を前に向けたままで応じた。

 いずれにしても、この一隊は、隊長のルセよりも、副隊長のバウアという男の方に兵は従う感じだ。

 そういえば、さっき、隊長のルセがもう隊長でないと口にしていたので、もしかしたら、本来の隊長はバウアの方なのかもしれない。

 そんな感じだ。

 

「いい加減にしないかい──」

 

 アネルザが一喝した。

 近衛兵たちの視線がこっちに集まり直す。

 一郎は口を開いた。

 

「さっきも言ったが、俺はハロンドール新女王のイザベラ陛下より、この王国騒乱の事態に対処するため、独裁官の大権を与えられている。お前たちの指揮権は俺にあるのだ。とにかく、話を聞け──」

 

「新女王イザベラ──? ばかな。王太女殿下……、いや、謀反人イザベラにも、すでに処刑命令が出ている。討伐の対象だ」

 

 ルセだ。

 

「イザベラ陛下は、軍を率いて王都の外郭から前進中だ。知っていると思うがね。各領主貴族は続々と陛下に忠誠を誓って、参戦を申し出ている。女王陛下が王都に到着されるのも、ほんの数日のことだ。新陛下がここに到着されれば、今度はお前たちこそ謀反人だ」

 

 一郎は応じた。

 実際、イザベラたちが王都の西側の外郭の砦に到達したのは認識している。行動は昨晩から始めたので、すでに今朝には王都防衛軍が入っている外郭の砦に向かって、王都進行軍の展開くらいはしたと思う。

 もっとも、まだ、あの南方からの王太女勢力が全員移動し終わるまでには至らず、ましてや、檄を飛ばして王太女に加わるように通信を送った各領主たちの動向までは知らない。

 まあ、続々と集まっているというのははったりだ。

 

「ハロンドール王はルードルフ陛下だ。謀反人イザベラは、すでに王族からも籍を抜かれている。ましてや、新女王などでは……」

 

「あと数日のことだ。お前たちは本当に、ルードルフ王に大義があると思うのか? あの兇王に忠誠を尽くして、罪人として処刑されたいのか。しかし、いま、俺に従えば、最初に新女王に忠誠を誓った兵たちとして、大いなる栄誉と、さらに褒賞が与えられる。この独裁官ロウが約束する」

 

「黙れ、黙れ、黙れ──。話を聞く必要などない。目の前にいるのはすでに処刑命令が出ている大罪人だ──。すぐに、攻撃せよ──」

 

「無駄だと言っているだろう、ルセ。そもそも、ここにいるエルフ女王陛下の結界ひとつ越えられないお前たちが、どうやって俺たちを捕縛するんだ。このガドニエル陛下がその気になれば、お前ら全員が消し炭に変わるのに一瞬だぞ」

 

「えっ、ガドニエル女王陛下?──」

 

 ルセが素っ頓狂な声を出した。

 ほかの者も驚いている。

 ざわめきが拡大する。

 

 だが、一郎はちょっとだけ違和感があった。

 アネルザの名を出し、さらにガドニエルの名を出せば、兵たちが驚いたり、たじろいだりするのは予想していた。

 いまも、ガドニエル女王の名にびっくりしている。

 しかし、なぜか、それよりも、兵たちの関心は一郎に向いている気がするのだ。

 相変わらず、“天道様”という声も聞こえる。

 天道様って?

 

「なんか、ご主人様を見てませんか? 王妃殿下やガドよりも、ご主人様の方が注目されてません?」

 

 コゼも気がついたみたいだ。

 

「まあ、聞く耳を持ってくれるのはありがたいけどね」

 

 一郎は肩を竦めた。

 そして、近衛兵たちに向かって、再び口を開く。

 

「当代随一の魔道遣いのガドニエル女王だ。お前ら全員を骨まで残らないように焼け焦がすくらい、息をするよりも簡単になさるぞ。なあ、ガド?」

 

 ガドニエルに声をかける。

 

「当たり前です、ご主人様──」

 

 すると、ガドニエルが大きく息を吸う気配を示した。

 

「待て、まだ早い」

 

 慌てて一郎はガドニエルをとめた。

 

「問答無用だと言っているだろう──。我々、近衛は王命に従うのみだ」

 

 ルセだ。

 

「ルードルフはもうすぐ王でなくなる。あのスクルズ様を残酷に殺して死体を辱め、多くの婦女子を欲望のまま犯し殺し、そして、重税で王都の民衆に塗炭の苦しみを与えている王を名乗る男に殉じたいのか?」

 

 ルードルフが本当にどれだけのことをしたのかは知らない。

 あのラポルタはおそらくルードルフにやつしていたのだろうし、サキだって、大抵のことはしたと思う。

 そもそも、スクルズなど、スクルドとしてちゃんと生きていて、相変わらず、毎日毎日一郎に抱かれて悦んでいる。

 すでに、神官のことなど、すっかりと忘れている気配すらある。

 だが、この際、その罪も背負ってもらおう。

 

「黙れ、黙れと言っているだろう──」

 

 ルセががなりたてる。

 

「いま、この俺に従えば、未来が待っているんだぞ。よく考えろ──。お前たちは、俺たちの敵になって、ここで全員が死ぬことを選ぶのか? それとも輝かしい未来を掴むために、味方になるのか?」

 

 一郎は言った。






 *

【フランツ=バウア】

 ……第一帝時代における一級歴史史料として知られる『コゼ日記』によれば、、フランツ=バウアは、最初の出会いにおいて、ロウ皇帝を殺す「敵」として現れたとある。
 しかし、その後、彼は生涯を通じて、偉大な皇帝であるロウの忠実な「味方」として、皇帝と絡み続けることになる……。

 ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


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837 味方か、敵か

「お前たちは、俺たちの敵になって、ここで全員が死ぬことを選ぶのか? それとも輝かしい未来を掴むために、味方になるのか? もう一度、問う。お前たちは、敵となるのか──。それとも、味方になるのか。心して決めろ。運命の分かれ道だ」

 

 一郎は言った。

 すると、隊列の後ろ側にいる隊長のルセの顔が真っ赤になった。

 

「黙れと言っておるだろう、謀反人──。近衛は王命に従うのみだ」

 

「独裁官の命令は、王命と同等だそ。よく考えろ。俺の後ろには、一騎当千の女が四人もいる。お前たちを皆殺しにするのに、いくらもかからないだろう。本当に、あの王に殉じたいのか?」

 

「生死は関係ない。近衛が王に背けば、もう近衛ではないわ」

 

 ルセががなりたてる。

 一郎は嘆息した。

 ここまで言ってもだめか。

 これ以上は時間の無駄かな……。

 この王宮で使われていたかもしれない王家の操り具の効果は、すでにスクルドに無効にさせているので、もうその効果はないはずなんだが……。

 まあ、効果が残っていたとしても、もともと、操り具としては程度が低いらしいし、そもそも、もうそれを使って操っている者はいない。ここまで頑ななのは正真正銘、こいつの意思か……。

 

「ルセと言ったね。お前の王家への忠誠には感謝する。しかし、いまは、この独裁官のロウ=ボルグ殿に従うんだ。あんな男にも忠義を尽くしてくれる者がいるなんて、正直驚きでしかないけど、あれはもうだめだ。お前の忠誠を向ける相手として相応しくない。お前があいつに殉じたことを知っても、あのルードルフは一顧だにしないだろう。だから、ここは頼む」

 

 すると、アネルザが声をあげた。

 だが、ルセは頑なに首を横に振る。

 

「申しわけありませんが、捕縛命令が出ている王妃陛下の言葉には、いまはなんの意味もありません。もしも、王妃殿下の職権が回復されたとしたら、我々は命令に従います」

 

「わかったよ……。ならば、兇王ルードルフに殉じて死ね」

 

 一郎はエリカたちの後ろに戻ろうとした。

 そのときだった。

 

「隊長、お待ちください」

 

 声があがった。

 副隊長のフランツ=バウアだ。

 

「ああっ、なんだ。まだ、文句をいうのか、バウア──。首を刎ねるぞ」

 

「俺は代々、騎士爵を賜っているバウア家の者です。バウア家の四男です」

 

「はあ? いきなりなんだ──?」

 

「ですから、俺はバウア家の者だと言ってるんです。そのバウア家はもともとトミア子爵家の一門なんです。トミア子爵家を知ってますよね? つい先日、ルードルフ陛下によって取り潰しになりました。子爵夫婦は毒杯を仰ぎ、いまだに葬儀をすることも許されていません」

 

「お前は一体全体、なにを言っているのだ──。トミア家の一門だったせいで、隊長をおろされて格下げになったことを恨んでいるとでも言いたいのか──」

 

 ルセの顔がますます赤くなった。

 激怒しているのがわかる。

 手は剣の柄にかかっており、いまにもバウアに斬りかからんばかりだ。だが、バウアの周りの兵が彼を守るかのように姿勢をとっているので、剣を抜くのを躊躇(ためら)っている感じだ。

 それはともかく、いまの言葉でやはり、この隊のもともとの隊長は、あのフランツ=バウアだったのだということがわかった。

 

「俺の格下げなどどうでもいいです。しかし、トミア家の長女のユファは、ルードルフ王の呼び出しに応じて、その場で陵辱され、後日自害してしまいました。そして、妹のミリアは姉の仇をとろうとしてルードルフ王に斬りかかり処刑されました。主筋の家ではありますが、俺にとっては、妹たちのように可愛い存在だったんです。俺はあの王には従えません」

 

 バウアはそれだけを言うと、こちら側に歩いてきて隊の前に出た。そして、くるりと反転して、こちらに背中を向ける。

 つまり、隊に対して向き合う体勢になったのだ。

 

「う、裏切るつもりか──。まずは、バウアの首を刎ねよ」

 

 ルセが怒鳴る。

 しかし、さらに五人ほどが前に出てきて、バウアと同じように、反転して隊に身体を向けた。

 

「き、貴様ら──。全員、命令不服従──。いや、反乱の罪により処刑する──」

 

「いや、俺たちは、この副隊長とともに行動します。天道様の言葉に従います」

 

 ひとりが言った。

 

「俺もだ」

 

「いや、俺も──」

 

 すると、また隊から前に出るものが増える。今度は十人ほど──。

 ほかの者は判断を付けかねている感じで躊躇っているが、バウア側につきたそうな素振りであることは見ていてわかる。

 

「……ねえ、エリカ、天道様って、やっぱりご主人様のこと?」

 

「さあ?」

 

 背中でコゼとエリカのささやき声がした。

 一郎もそれは疑問だ。

 天道様というのは、この世界においては、確かクロノス神のことだ。神話の世界の中の主神であり、強い力を持った五、六人の女神を従えて、世界と様々な種族を作ったという。クロノス神は太陽。クロノスに仕えた女神は、この世界では月に喩えるのだ。

 一郎は、ガドニエルたちから英雄認定を受けたとき、この“クロノス神”を意味する“サタルス”姓をもらったので、そのことを言っているのだろうか?

 

「バウアをはじめとして、いま前に出た者を斬れ。命令だ──」

 

 ルセが叫んだ。

 

「イット、行け──。あの隊長の首を刎ねてこい」

 

 一郎は短く指示した。

 

「はいっ」

 

 イットが脱兎のごとく飛び出す。

 あっという間に兵たちのところに辿りつき、その兵たちの頭を飛び越して、ルセに向かって跳躍した。

 

「うわっ」

 

 ルセが悲鳴をあげたが、そのときにはイットが振った右手の長爪によって、ルセの首は宙に舞いあがっている。

 首のない死体が音を立てて倒れる。

 

「ガド、防護結界を解除」

 

 一郎はそれだけを言って、バウアたちの方に向かっていく。

 ほかの女たちもだ。

 バウアが一郎たちに向き直り、片膝をついて首を垂れる。

 すぐにほかの兵も一斉に同じ姿勢をとった。

 

「ロウ殿……、いえ、独裁官閣下。俺は……いや、俺たちはあなたの指揮に従います。忠誠を誓います」

 

「ありがとう。だが、忠誠の相手は、俺じゃなくて、イザベラ女王陛下だ」

 

 一郎は苦笑した。

 

「それが独裁官閣下のご命令でありますなら……」

 

 バウアが頭をさげたまま言った。

 なんか、言葉に語弊があるが、まあいいか……。

 

「わかった。忠誠を受けよう」

 

 一郎は、亜空間から赤いチョーカーを取り出す。

 なんでもよかったが、なぜか赤いチョーカーはかなり大量に亜空間に収容していて、千個ほどあったのだ。

 ただのチョーカーだが、赤色は目立つので、それがいまは都合がいい。

 一郎は全員を立たせて、まずはバウアにその赤いチョーカーを渡した。

 

「これは?」

 

 両手で捧げ受けるようにして、バウアがまじまじとその赤いチョーカーを見る。

 

「ただのチョーカーだ。このガドが付けているものと同じだ。俺の女たちも同じものを全員がする。それをつけろ。これがイザベラ陛下に忠義を誓うという目印だ。言っておくが、俺がチョーカーを男に渡すのは、お前が初めてだぞ」

 

 一郎は言った。

 最後のひと言は軽口だ。

 だが、そう口にした途端に、バウアの顔が一瞬にして喜色に染まり、嬉しそうな表情になる。

 それどころか、小刻みに手が震えだし、うっすらとだが目に涙が浮かんだ。

 一郎はびっくりした。

 

「つ、つまり、天道様自ら……。あ、ありがとうございます。家宝にします……」

 

「いやいやいや、そんなんじゃない。ただのチョーカーだ。そこらの店先で買えるものと同じようなものだ」

 

 一郎は慌てて言った。

 感涙してもらうほどのものじゃない。

 だが、バウアは感激した様子で、「家宝に」という言葉を繰り返す。

 一郎は嘆息した。

 

「……とにかく、家宝にするんじゃなくて、装着しろ。これが俺たちに与する目印になる。ほかの兵にはお前から渡してくれ。そして、ほかにこれだけある。ほかの隊にもお前たちと同じようにルードルフ王に不満を持っていて、イザベラ女王陛下に忠誠を誓いたがる者がいると思う。それを口説け。そして、夕刻を待って正殿周辺に待機しろ」

 

 一郎は、ほかの千個ほどの赤いチョーカーを箱で床に積みあげる。

 また、正殿というのは、数個ある宮殿内の建物のうち、政務などが行われる場所になる。

 まあ、本来は国王の日中の居場所は向こうなのだが、ルードルフ王は政務が大嫌いで、ほとんどの政務を王妃アネルザに丸投げして任せ、自分はこの後宮に入り浸っていたということは一郎も知っている。

 

「夕方まで……。あのう、夕方になにを? あっ、いえ、指示を待ちます。とにかく、同志をできるだけ集めればいいのですね。しかし、もしも、このチョーカーの数で足りない場合はどうしたらいいでしょうか?」

 

「足りない? 千個もあるぞ……。まあ、足りないときには、なんでもいい。身体の一部に赤い布でもなんでも巻いておけ。頼むぞ」

 

「わかりました、てんど……。いえ、独裁官閣下」

 

 バウアが敬礼した。

 さっきから、みんなが口にしている“天道様”というのはなんだと訊ねようとしたが、思いとどまった。

 時間が惜しい。

 

「それと、ちょっと訊ねるが、お前たちの属するのは、近衛兵の中でも特別近衛兵ということでいいんだな。特別近衛兵の連隊長は、ラスカリーナ殿で間違いないな。女高級将校の?」

 

 これは事前に調べていたことだ。

 近衛兵全体は三万人ほどだが、このうち特別近衛兵と言われる隊は三千人程度だそうだ。

 “特別”という名称がつくが、ほかの近衛兵と比べて格上ということはない。

 だが、死んだルセも言っていたが、特別近衛兵は王族を直接警護し、非常時には後宮すらにも入ることがある。

 だから、ルードルフは、男を嫌って、特別近衛兵の連隊長に女将校をつけていた。目の前の隊にはたまたまいないようだが、特別近衛兵には女兵も多いと聞く。

 

 それを束ねる女連隊長の名がラスカリーナ──。

 アネルザと同じくらいの四十歳を超えた女性だそうだ。

 軍人にしては小太りで、まったく化粧気がなく、どちらかというが不美人。

 一郎が知っている事前情報はそれくらいだ。

 

「えっ? はい。間違いありません。ラスカリーナ閣下です」

 

「よろしい。いまはどこに?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「王軍の軍営だと思います。いつもそこですし」

 

「好都合だ……。よし、もう行ってくれ。頼むぞ、フランツ=バウア」

 

 一郎は微笑んだ。

 

「えっ、俺の姓だけでなく、名もご存じで? 感激です──。命に替えましても、ご命令を遂行します」

 

 バウアは感極まったような表情で敬礼をした。

 そして、すぐに自分でチョーカーを嵌め、ほかの兵にも配ると、慌ただしく部屋を立ち去っていった。

 再び一郎たちだけになる。

 

「……ところで、さっき、あのバウアが口にしていたルードルフ王に殺されたという令嬢たちやトミア家の取り潰しのことだけど……」

 

「わかってる。再調査させる。もしも、真実であり、トミア家に罪がなかったら、どんなことをしても償うし、名誉も回復する」

 

 アネルザが言った。

 

「ありがとう」

 

 一郎は言った。

 すると、今度はアネルザから口を開いた。

 

「それはともかく、さっきも言っていたけど、あのラスカリーナに、本当に手をつけるのかい? 夕べも言ったけど、あれはちょっと、男が興味を持つようなタイプじゃないよ。ラスカリーナ自身がすでに女を捨て去ったような性質だし」

 

「結構じゃないか。だったら調教のしがいがある。だけど、まあ、ここで大事なのは、性別が女だということさ。俺は今日の一日で終わらせるつもりだ。限られた時間だが、長い一日になる。ハロンドール王朝は事実上、今日で終わる。イザベラが女王になるが、それはこれまでと全く違うものになると思う……。ところで、今更だが、本当にいいのか? 俺はこれから本当に、この王家を乗っ取るぞ。いいんだな、アネルザ?」

 

 すると、アネルザが豪快に笑った。

 

「本当に今更だねえ。わたしは、ずっと前から言っているじゃないか。この王国を乗っ取ってしまえってね。お前は、わたしが見込んだ英雄だ。少女時代に会った町占い師の予言で告げられたわたしの恋人だ。そして、娘たちの夫さ」

 

「わかった。じゃあ、行こう。まずは、ルードルフ王を探さないとな。立ち去らせる前にラポルタから聞き出せばよかったが、とりあえず地下層を探すか。近くに行けば、俺がある程度は探し当てられる」

 

 一郎は言った。

 ルードルフ王がラポルタによって監禁されている場所は、この後宮のどこかであることはわかっている。

 そして、この後宮は、もともと監獄として使っていた場所にあったらしく、地上部分とは異なり、地下側には牢がある。

 ここは地下一階層だが、さらに下の地下二階層と三階層が地下牢のはずだ。

 

「案内するよ。こっちだ」

 

 アネルザが先頭を進みそうな気配になったので、一郎は慌ててとめた。

 ラポルタは退治したが、あいつが作った罠はまだ残っている可能性もある。まあ、ここで待ち構えていたのだから、これよりも奥になる地下二層と三層には罠は作っていないとは思うが念のためだ。

 最初と同じように、コゼとイットに前に出てもらう隊形にしてもらう。

 

「あっ、そうだ。忘れるところだった。さっきの赤いチョーカーだが、お前たちの分もある。ガドのもだ。ガドはこれに交換だ」

 

 亜空間から出したのは、バウアに託したのとは異なるチョーカーだ。やはり、色は赤であり、ガドニエルがしている親衛隊用のチョーカーと外観は変わらない。

 全員に渡す。

 

「もともとチョーカーをしてないあたしたちはともかく、していたガドもこれに交換ということは、なにか特別な機能があるんですよね、ご主人様?」

 

 コゼがチョーカーを首に嵌めながら訊ねてきた。

 

「えっ?」

 

「そうなのですか?」

 

 イットとエリカだ。

 すでに首に嵌め終わっているが、はっとした表情になっている。

 

「ご主人様のご調教具ですか?」

 

 ガドニエルはぱっと明るく笑みを浮かべた。

 一郎は笑った。

 

「大したものじゃない。とりあえず、自慰をしても気をやれないという機能をつけた。ほかにも面白いことを考えついたら、逐次に追加していく。今日に限らず、つけっぱなしにしておけ。まあ、もう俺以外には外せないけどね」

 

 一郎は言った。

 ガドニエルを除いて、ちょっと複雑そうな顔になる。

 

「自慰ができなくなる……ということですか?」

 

 コゼだ。

 

「自慰はできるぞ。いくらでもな。ただ、絶頂はできない。それだけだ……。そうだ。全部終わったら、みんなでこれをつけて集まるか。媚薬パーティをしよう。だけど、面白い芸をした者だけしか抱いてやらん。面白そうじゃないか」

 

「ちっとも面白くありません──」

 

 エリカが怒ったように言った。

 一郎はさらに声を出して笑った。

 

「まあいいだろう。じゃあ、今度こそ先に進もう」

 

 アネルザに一郎の横から案内をしてもらいながら、地下の二層に降りる階段に向かう。

 やはり、特に罠のようなものはなかった。

 なんなく、地下二層部分に辿り着く。

 地下一層とは異なり、ただひとつの通路しかない薄暗い場所だ。だが、魔道がかけられているらしい燭台が真ん中にあり、なんとか視界はある。

 三層に降りる階段は突き当たりみたいだ。

 

「ここにはいないな」

 

 一郎は言った。

 魔眼ではなにも感知できない。

 この地下二層部分には少なくとも、生きている者はひとりもいないようだ。

 

「ご主人様、見てください──」

 

 しかし、少し前を歩いていたイットが急に悲痛な声をあげた。



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838 王位簒奪ごっこ

 最初に記述しておきます。
 愉快なシーンではありません。エグいシーンから入ります。また、エロいシーンが登場しなくてすみません。私も心苦しいです……。

 *




 奥側の部屋のひとつにあったのは、無造作に放り投げられて、重ねられている人間の遺体だった。

 二十人ほどだ。

 ほとんどが若い少女の死体だったが、少年の死体も二人混ざっている。全員が全裸だ。

 ただどれも惨たらしい鞭痕や火傷があり、手足を切断されているものもある。特に遺体の損壊は性器の周辺がひどく、傷痕もそこに集中している。さらに股間や肛門が裂けていたり、血のりだったようなもので黒く汚れていたりしたりもだ。

 淫具のようなものを股間と尻に突っ込んだままのものもふたりほどあった。手枷や縄を手足につけられたままのものもある。

 とにかく、惨たらしい。

 また、死んでからしばらく経っているのか、腹が膨らんでいるものも幾らかある。

 

「これは……」

 

 一郎は絶句してしまった

 

「うわあ……」

 

「ひええ……」

 

 エリカとコゼも小さな呻き声のようなものをあげた。

 

「うう……」

 

 イットも小さな声をあげる。

 

「……遺体安置場ですか……。壁に簡単な腐敗と防虫などの魔道陣が刻まれていますね……。防臭の魔道陣も……」

 

 ガドニエルが静かに言った。

 一郎は顔をあげた。

 なるほど、四周の壁一面に幾気学的な紋様がある。

 これがあるから、これでも比較的綺麗な身体で残っているのだろう。そうでなければ、悪臭と湧いた虫でもっと凄まじい有様だったかもしれない。

 だから、遺体安置所か……。

 

「なんだい、これ……。知らない。知らないよ、後宮にこんな場所があるなんて……」

 

 アネルザが呟いた。

 見ると顔が蒼い。

 だが、その目が大きく見開いた。

 

「この娘……、そして、こっちの娘も知っている。王家に仕えていた見習い侍女だ。貴族の娘だ……。男については多分、ルードルフが使っていた男娼奴隷だと思う。まあ、わたしもこっちにいたルードルフの性奴のことについては、知らないんだけどね」

 

 そして、言った。

 

「貴族の娘と男娼?」

 

 一郎はもう一度遺体に目をやった。

 そう言われてみると、少年ふたりの首には、いわゆる「隷属の首輪」が嵌まっていたらしき傷が首に残っている。

 それに対して、少女たちの遺体には、首輪痕や紋様のようなものはない。そして、ほとんどの少女の髪は長い。

 この社会では長い髪は上級貴族の象徴のようなものだと耳にしたことがある。長い髪を維持するのは、それだけ金もかかって、一般庶民には難しいからだ。

 つまりは、男娼はともかく、少女たちについては貴族令嬢を陵辱して殺し、それでここに集めて放り捨てているということなのか?

 

「もしかして、あの王が……?」

 

 エリカだ。

 一郎たちは、ずっとナタル森林にいたから、少し前までルードルフ王の蛮行については知らなかったが、戻ってきてみれば、呆れるほどにルードルフ王の悪評はすごいものだ。

 そのひとつが美しい少女を王命で集めては、犯し殺しているという噂だった。

 淫行に見境のない男だったが、残酷な王という印象はなかったので、一郎としては半信半疑だったのだが……。

 

「そうだとすれば……。いや、そうなんだろうね。サキがこんなことをするとは思えないし」

 

 アネルザが嘆息した。

 一郎はかなり衝撃を受けている様子のアネルザの腰に手をやって、ぐっと自分の身体に寄せてやる。

 アネルザがちょっとだけ安心したようになった。

 

「ルードルフ王がやったものなのか、サキがやらせたものなのか……。それとも、あのラポルタがしたものなのかはわからない。訊いてみればいいかもしれないけどね。ただ、妖魔のサキは価値観が違うから、目的のために人を殺すことに躊躇するとは思えないが、こんな風に面白おかしく殺して遊ぶ性質ではない。これは間違いなく、陵辱して殺した痕跡だ」

 

 一郎は言った。

 

「ご主人様、せめて、ご遺体をきれいにしてさしあげてもいいですか。魔道で皆さんを元の状態に戻せます」

 

 するとガドニエルが言った。

 

「えっ、そんなことができるの、ガド?」

 

 コゼだ。

 

「できますわ──。でも、きれいにするだけです。生き返らすことまではできませんわ」

 

「十分です。よろしくお願いします、陛下」

 

 一郎に腰を抱かれていたアネルザがガドニエルに向かって深々と頭をさげた。

 

「わかりました」

 

 ガドニエルがにっこりと微笑む。

 こうしていると清楚で優しげであり、そして、神秘的さえある美しさを持った完全なる女性だ。

 まさに、この世界でもっとも権威のある施政者と言われているエルフ女王国の女王だと思う。

 これが、ひとたび一郎と絡めば、実に残念な女になるのが不思議だ。

 まあ、それが可愛いのではあるが……。

 

「エリカたちも手伝ってやってくれ」

 

 一郎は声をかけた。

 エリカとコゼとイットが遺体に向かった。ガドニエルの魔道できれいにしたものを整頓として並べ直し、拘束具や淫具などを身体から外すのである。

 後で人をやって、彼女たちを収容することになると思うけど、とてもじゃないが、このままでは人を呼べない。

 

「アネルザ」

 

 一郎は一緒に作業をしようとしていたアネルザに声をかけた。

 

「なんだい?」

 

 アネルザがやってくる。

 

「言っておきたいことがある……。ルードルフ王は救えない。これが王の蛮行の結果でないとしても、もう王の悪評は世間に浸透しすぎている。王は死ななくてはならない。民衆の前で」

 

 一郎ははっきりと言った。

 アネルザは静かに頷いた。

 

「わかっている。これはわたしたちのやったことの結果でもある……。あのとき四人で集まって、ルードルフを糾弾して退位させようと、わたしたちは企てた。そのときの話の中で、ルードルフの悪評をわざと作って、あいつの評判を落とそうというものもあった。その結果がこの可哀想な遺体なのだろうねえ」

 

 アネルザはちょっと意気消沈している感じだ。

 

「魔族に乗っ取られていた……。操られていた……。あるいは、王に化けていた魔族の仕業だった……。そういう物言いで、せめて命だけは助ける方法もあるかもしれないとも考えてみた。実際、そうなんだろうからね。しかし、どう考えても、ルードルフ王は死ななければならない。生かしてしまえば、民衆や貴族たちから、イザベラは女王として認められることはないだろう。兇王ルードルフの娘……。民衆はそういう濁った眼で新女王を見る。ましてや、その兇王を生かしてしまっては……」

 

「わかっている。王家の評判は最悪だ。さっきもわかった。あの近衛兵の者たちは、わたしの言葉などに耳さえも貸さなかった。意味のないものだった。兵の心を動かしたのは、お前の存在だった。お前が言ったから、あいつらは心を変えた。多分、あいつらからすれば、王妃も、兇王と一緒の存在なのだろうねえ……」

 

 アネルザがまたもや嘆息する。

 

「イザベラの治政は、兇王の娘だという汚名から始まらなければならない。だけど、南方で反乱を見事に終結させ、そして、軍を率いて兇王に苦しめられている王都を解放する救世者として入ることで、いくらかは民衆の目も変わってくるとは思う。だけど、その後でルードルフ王を殺さなかったとしたら、作ろうとしているイザベラの王としての評判は地に落ちる。俺の子を妊娠してくれているあいつに、父殺しの苦悩を強いるのは心苦しいんだけどなあ」

 

 一郎は言った。

 だが、アネルザはからからと笑った。

 

「それひとつについては気に病むことはないさ。イザベラに限らず、アンもエルザも、あいつを父親などとは思ってないよ。お前が処刑させて殺させたからと言って、お前を恨みに思うことなどあり得ない。妻のわたし自身がとうの昔にあいつを見捨ててるんだからねえ。それについてだけは、一切、気に病むことはないさ。そもそも、これを強いたのはわたしなんだからね」

 

「いや、これは俺がすることだ。お前でもないし、イザベラでもない。俺は王を殺させる。ただ、イザベラがしたというかたちにしなければ、それも意味はない。それが心苦しいだけさ」

 

「アンやエルザとは違う。イザベラは女王となる存在として育ってきた。問題はないよ。治政者としては未熟かもしれないけど、覚悟と矜恃だけは十分に持ってるんだ」

 

「わかってる……」

 

 一郎は頷いた。

 

「それよりもありがとう、ロウ? 表に出ることを決心してくれて……。これもイザベラのためなんだろう?」

 

「なにがだ?」

 

「イザベラの女王としての評判だ。ここまでになってしまうと、もうルードルフはだめすぎる。イザベラはそのルードルフの実の娘だ。お前の言うとおりに、ルードルフの血を引いたもともとの後継者だったということだけで、新女王を糾弾する者もいるかもしれない。もうルードルフの王妃だったわたしでは力がないし……。だから、お前が出てくれることにしたんだろう? 本当はそんなこと望まないのはわかっているんだけど……」

 

「おっ、わかってくれているのか? 本当は俺はこうやって王位簒奪ごっこなんてしたくないんだ。屋敷に戻って、みんなといちゃいちゃしたい。お前たちを集めて、ただただ悪戯して愉しむだけで生きていたい。食い扶持くらい、十分に冒険者で稼げるしな」

 

「わかっているよ。いまやお前が英雄公だ。お前が夫であるというだけで、イザベラは治政がしやすくなる。感謝するよ」

 

「わかっているならいいさ。ルードルフ王の処刑後は、アネルザは表側からは引退するしかない。俺の屋敷に来い。王家王族の世界に俺を引きずり込んだ償いを身体でさせてやる。しっかりとな」

 

「お、お手柔らかに頼むよ」

 

 ちょっとアネルザが怯えるような仕草をした。

 一郎は笑った。

 そのときだった。

 エリカやガドニエルたちが集まってきた。

 

「終わりました」

 

 エリカだ。

 むごい状況だった遺体の山が美しい少年少女の姿になっている。傷ひとつないきれいな身体だ。

 まるで生きているようでさえある。

 一郎は人数分の毛布を亜空間から出した。

 ひとりひとりにかけていく。

 彼女たちは、あとで改めて収容することになるのだろう。

 

「さすがだな、ガド。ありがとう」

 

「あ、ありがとうございます──。わたしお役に立てましたか──」

 

 一郎に褒められて、心の底から嬉しそうに飛び跳ねて、ガドニエルが一郎にくっついてきた。

 やっぱり残念女王様か……。

 一郎はガドニエルを片手で抱きつつ、頭を撫でてやりながら苦笑してしまった。

 

「本当にありがとうございます、陛下……」

 

 アネルザが改めて頭をさげる。

 

「そんなにかしこまらなくていいのよ、王妃様。あたしたちも、最初は丁寧に接してたけど、すぐにそんな感じでなくなるし」

 

 コゼだ。

 

「そうねえ……。いつの間にそうなったんだろう」

 

 エリカも肩を竦めた。

 

「じゃあ、行こうか……。それじゃあ、またイットは先頭を頼む。今度はもう一段地下だ」

 

 再び隊形を作り直して、廊下を進み始める。

 奥の階段から三層目に向かう。

 三層目の地下は、やはりひとつしかない廊下だった。一個の燭台で廊下が薄暗く照らされている。

 そして、今度は牢のような部屋は両側にはない。ただ、突き当たりに鉄扉があった。

 

「いたな……」

 

 一郎は魔眼でルードルフ王の存在を確認した。

 衰弱しているようだが、死んでもいないし、病気のようなものの兆候はない。まあ、ステータスだけのことだが。

 

「……おっ、おおっ、おおおっ」

 

 だが、しばらく進んで突き当たりの鉄扉が接近してくると、ルードルフ王の呻き声のようなものが耳に入ってきた。

 また、一郎は魔眼でステータスを読んでいて。びっくりしてしまった。

 

「ちょっと待てよ──。あいつ──」

 

 そして、思わず怒鳴り声をあげて、鉄扉に向かって駆け寄った。




 
 *

 今日も仕事でーす。


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839 地下牢の呻き声

「ロウ様──」

 

「ご主人様──?」

 

 突然に走り出した一郎に、エリカやコゼがびっくりしたような声を出す。

 しかし、ステータスを読むことで、一郎には奥の地下牢で起こっていることがある程度予想がつき、かっと腹を立ててしまった。

 突き当たりにある鉄扉の前に着く。

 声がする、

 男の呻き声だ。

 声の主がルードルフ王であることは間違いない。

 

「なに、この声?」

 

 コゼが不審そうに首を傾げる。

 

「おい、ルードルフ、いるのかい──?」

 

 アネルザが大声をあげた。

 だが、返事のようなものはない。相変わらず、おかしな声が聞こえてくる。

 

「なんだ、これ? どこにも鍵穴もないし、取っ手もないぞ」

 

 一郎は訝しんだ。

 扉に手をかけようとしたのだが、その手をかける場所がないのだ。一見すると、ただ土壁に嵌められた一枚の鉄板という感じだ。

 

「魔道錠ですね」

 

 エリカが手を鉄板に置いて言った。

 

「魔道錠?」

 

 一郎はエリカを見る。

 

「魔道でかけられた錠前ということです。解錠の魔道でなければ開きません。解錠します」

 

 エリカが魔道をかける仕草をした。

 だが、すぐに首を横に振る。

 

「だめです。掛けた術者がわたしよりも能力が上のようです。開きませんでした」

 

「わたしが開けましょう」

 

 ガドニエルが進み出た。

 すぐに大きな金属音がして、鉄扉が溶けるように消滅して。そこに木製の扉が出現した。

 今度は取っ手があり、手に取ると簡単に引ける。不思議な扉だ。

 扉を開いて、すぐに中に入ろうとした。

 

「あっ、待って──。コゼ、先に」

 

「うん」

 

 エリカの指示で、一郎を制してコゼが先に中に入る。

 

「えええっ」

 

 そのコゼの叫び声──。

 続いて、一郎が入った。

 そこには、一郎が予想していたものに近い光景があった。

 

 地下牢はかなりの広さがある大きな部屋であり、四面はすべて土壁だ。土壁にはうっすらと光を灯している苔が一面にあり、それが地下牢に明かりを作っていた。

 それはともかく、中の状況だ。

 部屋の真ん中には、両手を天井から吊るされて跪く体勢の若い裸の女がいた。女の膝と膝のあいだには、金属棒が嵌まっていて両端に革枷があり、そのため女の脚は閉じることができなくなっている。

 そして、その拘束されている裸の女を、やはり全裸のルードルフ王が後ろから犯しているのだ。

 外から呻き声のように聞こえたのは、このルードルフ王が快感であげている嬌声である。

 ルードルフ王は、一郎たちが入ってきたことに気がつく様子もなく、一心不乱に女にとりついている。

 

「こ、この、ばかたれがあ──」

 

 アネルザがルードルフ王を蹴り飛ばした。

 

「ふぎいいっ」

 

 女から引き剥がされたルードルフ王が土床に転がる。

 ルードルフ王の拘束は前手錠だけみたいだ。ルードルフが仰向けに転がったので、女の股間から抜け出た勃起が天井を向いてそそり立った感じになった。

 

「おっ、おう、ラポルタ殿か? また飯の時間か? それよりも、この前もらった媚薬はよかったが使いすぎてしまってなあ。また融通してくれんか? それとも、別の女をな。小便臭うていかんし、なによりも、動かなくなってしまってなあ」

 

 そのルードルフ王が緩慢な動作で身体を起こす。

 目に焦点はなく、ちょっと正気を失っている感じである。そして、媚びを売るような顔でにへらにへらとこっちに笑いかけてくる。

 顔は無精ひげで覆われており、また汚れているし、涎のようなものもすごい。とにかくだらしない姿だ。

 とてもじゃないが、一国の王という感じではない。

 

「なんじゃとう──。お前、あの妖魔とわたしたちの区別もつかんのか──。この能無しがあ──」

 

 アネルザがそのルードルフ王を蹴り飛ばす。

 

「ごふっ」

 

 ルードルフ王がまたひっくり返る。

 だが、様子がおかしい。

 その顔が嬉しそうに笑っていたのだ。

 

「ひゃ、ひゃい、ご主人様。よ、余は能無し王であります。この能無しにお仕置きをお願いいたします」

 

 そして、ルードルフ王が完全に欲情したような顔で正座になった。その股間はすぐにでも射精するかのように、興奮でそそり勃っている。

 

「えっ?」

 

「な、なにこれ? 気持ち悪い」

 

 イットとコゼが顔を引きつらせている。

 ほかの女もだ。

 

 思い出したが、このルードルフ王は好色にかけては見境いがないタイプであり、女でも男でもいける両刀遣いというだけでなく、マゾであり、サドでもあるという、そっちの視点でも両刀遣いという男だった。

 どうやら、アネルザの力の限りの足蹴によって、いきなりマゾの情欲が燃えあがったみたいだ。

 マゾ男に耐性のないコゼやイットは、特にびっくりしたみたいである。

 

「確かに気持ち悪いですね……」

 

 また、ガドニエルはうんざりしているような口調で吐き捨てる。

 

「お前、しっかりせんか──」

 

 激昂しているアネルザがルードルフ王の頬を平手で張り飛ばす。

 

「ひぶうっ、ほおおっ、ご主人様──。もっと、もっとです──。もっと余にお仕置きを──」

 

 ルードルフ王は感極まった声を出した。

 

「き、貴様あああ──」

 

 さらにアネルザが激怒した。

 

「も、もうやめてください。気色悪いです。嬉しがっているみたいですし……」

 

 再びルードルフ王を平手で叩こうとしたアネルザをエリカがとめた。

 一郎も、エリカの意見に賛成だ。

 アネルザがはっとした顔になる。

 

「うわっ」

 

 そして、興奮で勃起しているルードルフ王の一物に気がつき、慌てたように距離をとる。

 

「王を端に追いやってくれ──。とりあえず、これで腰を覆わせろ」

 

 一郎は亜空間から毛布を一枚出現させる。

 エリカたちがルードルフ王を壁に向かって追いたて離す。

 

 一方で、一郎はたったいままで、そのルードルフ王に犯されていた若い女性に寄っていった。

 彼女は彼女で様子がおかしいのだ。

 この騒動のあいだも、まったく身動きもしないし、反応もない。ぴくりとも動かないのだ。

 だが、死んではいないのはわかる。

 ちゃんと呼吸はしているのだ。

 しかし、その呼吸が怖ろしく早い。

 近寄れば、彼女の目も虚ろで焦点は定まってなかった。口もだらしなく開いて涎が垂れっぱなしだ。

 そして、棒を使って開脚させられている脚の下にはかなり大量の水たまりがあった。

 匂いからして、どうやら排尿のようだ。

 

「あっ、こいつ、ベアトリーチェじゃないかい──」

 

 アネルザが声をあげた。

 

「ベアトリーチェ? 知っているのか?」

 

「シャングリアと同じ女騎士だよ。いまは近衛に所属していたはずだが……」

 

「どうして捕らわれていたのかまではわからないか?」

 

「すまない……」

 

「そうか、わかった」

 

 一郎は拘束されている彼女を支え抱いた。

 そのあいだに、ガドニエルが解錠術でベアトリーチェが繋げられていた枷を次々に外してくれた。

 とりあえず一郎は、自由になったベアトリーチェをルードルフ王を追い立てた側とは反対側の壁に抱きあげて連れていく。

 

「ひゃあああん」

 

 しかし、抱きあげたとき、急にベアトリーチェが甲高い声を出して、ぶるぶると震えた感じになった。

 そして、一郎に抱きあげられたままじょろじょろと失禁をし始める。

 当然に、一郎にその放尿がかかることになる。

 

「あっ、ご主人様」

 

 気がついたコゼが、ルードルフ王のところから駆け寄ってきて、ベアトリーチェを抱えるのを手伝いにきた。

 とりあえず、毛布を一枚出して、その上にベアトリーチェを横たわらせる。すでに放尿は終わった。だが、やはり反応がない。

 そして、全身が真っ赤だ。汗も凄まじい。こうしているあいだにも、どんどんと汗が噴き出している。小刻みな痙攣もしている。

 

「もしかして、薬物の中毒状態か?」

 

 一郎は呟いた。

 ステータスを読む。

 

 

 

 “ベアトリーチェ=ポルティ

  人間族、女

   騎士(騎士爵出身)

  年齢25歳

  ジョブ

   戦士(レベル15)

   騎士(レベル15)

  生命力:50→5↓(下降中)

  攻撃力:1↓(下降中)

  経験人数:男1

  淫乱レベル:SS(媚薬による発情状態)

  快感値:2↓↓

  状態

   媚薬の大量投与による急性薬物中毒

   衝撃による白痴状態

   魅了による軽洗脳状態

   重篤状態

  放尿癖” 

 

 

 

 よくわからない文言もあるが、とにかく、やはり、媚薬を一度に使われすぎておかしくなっているみたいだ。

 身体もかなり衰弱している。

 

「ガド、身体の洗浄と治療術を頼む。洗浄は股間の中もだ。なにもかもきれいにしてやってくれ」

 

 一郎は言った。

 

「はい」

 

 ガドニエルが魔道を施した。

 あっという間に、ベアトリーチェの肌がきれいになり、呼吸もちょっと落ち着いた状態になる。ベアトリーチェに放尿された一郎の服もだ。

 もう一度、ステータスを読む。

 

 

 

 “ベアトリーチェ=ポルティ

  人間族、女

   騎士(騎士爵出身)

  年齢25歳

  ジョブ

   戦士(レベル15)

   騎士(レベル15)

  生命力:50

  攻撃力:5↓(下降中)

  経験人数:男1

  淫乱レベル:SS(媚薬による発情状態)

  快感値:2↓↓

  状態

   衝撃による白痴状態

   魅了による軽洗脳状態

  放尿癖” 

 

 

 

 とりあえず、重篤状態からは脱した。

 しかし、媚薬の影響は残っている。また、精神障害は残ったままだ。

 パリスの仲間に占拠されていたイムドリスに監禁されていたエルフ女性たちを救ったときに経験があるが、心を破壊された者に対する治療術はない。

 治療術で癒やせるのは、身体の異常状態だけなのだ。

 破壊された心を治療する唯一の手段が一郎の淫魔術による治療だ。あのとき、心を毀された女たちに次々に精を注ぎ、全員があっという間に癒やされた。

 目の前のベアトリーチェを助けるには、一郎が性支配するしかない。

 

 仕方ないか……。

 この見知らぬ女性騎士には悪いが……。

 とにかく、その前にだ……。

 一郎は一度床に横たわらせていた彼女を抱きあげ、自分の膝の上に抱きあげた。

 

「ガド、彼女は魅了にかかってるようだ。解除できるか?」

 

「魅了ですか? いえ、そんな感じでは……。でも、解除はかけてみましょう」

 

 ガドニエルにはわからなかったようだ。

 ベアトリーチェの身体にきらきらと輝く塵のようなものが落ちる。ガドニエルによる光魔道の癒やしだろう。

 

 

 

 “ベアトリーチェ=ポルティ

  人間族、女

   騎士(ポルティ家(騎士爵)長女)

  …………

  淫乱レベル:SS(媚薬による発情状態)

  ……

  状態

   衝撃による白痴状態

  放尿癖” 

 

 

 

 洗脳状態は消えた。

 ここからあとは一郎の出番か。

 それはともかく、“放尿癖”だと?

 かなり気になる……。

 

「大丈夫なんですか、この人? あの気持ちの悪い王にやられたんですか?」

 

 コゼも心配そうに言った。

 

「そのようだな……。だが、助ける」

 

 一郎はベアトリーチェを抱え直して唇を吸う。

 唇が重なった瞬間、彼女の全身が硬直したようになったが、口は開いていて、簡単に一郎の舌を受け入れる。

 

「んあっ、あっ、んあっ」

 

 口の奥まで舌を差し入れてねっとりと舐め回す。意識して唾液をどんどんと注ぎ込む。すると、次第に無反応だったベアトリーチェが反応を示してくる。

 舌を舐め返してきたので、唾液とともに擦り合わせる。

 媚薬が浸透している彼女は、口の中に限らず、どこもかしこも発情を示す赤いもやでいっぱいだ。

 呼吸が荒いものに変化し、甘い声が混じる。

 すでに、淫魔術が浸透していっている。

 もつれにもつれ、あちこちが分断して千切れている頭の線を舐めるように癒やしていく。

 

 丁寧に……。丁寧に……。

 

 地下牢の反対側では、「それは余の餌だ」とか「触るな」とかいうルードルフ王の声が聞こえるが、そのたびにアネルザか、エリカに殴られていた。

 ただ、殴れば興奮するような声を出すので、とにかくエリカと、一緒にいるイットが気味悪がっているのが横目で見える。

 アネルザについては、気味悪がるというよりは呆れている感じだが……。

 

 まあいい……。

 いまは、この娘だ。

 

 もっと、ゆっくりと愉しませてあげたいが、治療のようなものなので、時間をかけないことにした。

 彼女がどんな性癖があるとか、どこに性感帯があるのかというようなことは、全部が終わったときに、ゆっくりと確認させてもらうことにしよう。

 “放尿癖”の内容と一緒に……。

 

 股間に手をやる。

 ガドニエルが洗浄してくれたはずだが、股間はべっとりと濡れている。

 指を挿入する。

 温かな彼女の愛液がねっとりと指に絡みつく。

 

「ああああっ、あああっ」

 

 ベアトリーチェがびくびくと身体を震わせた。

 指を入れただけで達しそうになったみたいだ。

 一郎は束の間、指の動きをとめて快感をなだめる。快感値は下がりはしないが、急激に“0”に接近していたのが停止する。

 また、指を軽く動かす。

 もちろん、彼女の膣の中でも一番感じるであろう、赤いもやの濃い部分を狙って……。

 

「ひゃあああっ」

 

 一気に絶頂しかけたので、またすぐとめる。

 ゆっくりと彼女の快感が鎮まるのを待つ。

 しばらくしてまた、動かす。

 びくんびくんと跳ねるようにベアトリーチェが反応し、一郎は絶頂寸前で指を抜いた。

 収納魔道でズボンと下着を亜空間に格納して、自分の下半身を露出させる。身につけたままの状態で収納できるのは一郎だけの能力だ。どんなに能力の高い魔道遣いでも、身につけているものを身体から離して亜空間に格納するということはできないらしい。

 

 一郎は、抱いていたベアトリーチェを毛布の上に横たわらせ、両手で彼女の両腿を抱えた。しっかりと鍛えている腿だと思った。また、ちょっと衰弱している感じはあるが、身体全体がしっかりと鍛えられている。

 女騎士の裸身だ。

 一郎は勃起させた男根の先端をたったいままで指を挿入していた場所にあてがうと、一気にベアトリーチェの股間の奥に滑り込ませた。

 

「あふうううっ。ふあああああっ」

 

 奥まで辿り着いた一郎の怒張をベアトリーチェの膣肉が潤沢な蜜とともにこれでもかと締めあげる。最奥に辿り着いた瞬間に、膣全体がぎゅうぎゅうと筋肉で収縮したのである。

 しかし、締めつけが強いものの、蜜が潤沢でいくらでも動かせる。

 これは、気持ちがいいかもしれない。

 一郎は強く、弱く、そして、強くと、強弱を変化させながら膣の中の赤いもやを刺激してやる。

 

「ああああっ、あああっ」

 

 ベアトリーチェの声が大きくなった。

 目は相変わらず虚ろだが、心なしか光が灯ったかもしれない。

 全く動かなかったベアトリーチェの両腕がなにかを探すように持ちあがったかと思うと、がばりと一郎の胴体を掴んで抱きしめてきた。

 

「ああああっ」

 

 律動を続ける。

 ベアトリーチェが大きく痙攣して全身を硬直させて絶頂の声をあげた。

 すごい圧力が怒張にかかってくる。

 無意識なのだろうが、下から上に搾るような波のように繰り返し動いて、しかも、吸い込むように引き込まれもする。

 一郎はびっくりしてしまった。

 たくさんの女がいるが、ここまで性器そのものが意思を持っているかのように動くのは初めてだ。

 もしかして、名器というものか?

 

「ああっ、きもちいいっ、きもちいい──。いいいいっ」

 

 ベアトリーチェがやっと意味のある言葉を吐いた。そして、全身を弓なりにして、一郎の背を抱きしめる。

 その絶頂に合わせて、一郎は精を注いだ。

 

 二射……、三射……、四射……、五射……。

 

 やはり、意識して子宮が溢れるかのように大量に注ぎ込む。

 それとともに、はっきりと淫魔術が彼女に刻まれて、ベアトリーチェを支配下に置いた感覚が伝わってくる。

 ここまで深く刻むと、もう一郎自身でも繋がりを解除するのは不可能なのだ。

 申し訳ないが、もう彼女は一郎の女として生きてもらうしかない。

 

 

 

 “ベアトリーチェ=ポルティ

  人間族、女

   一郎の性奴隷

   騎士(騎士爵出身)

  年齢25歳

  ジョブ

   戦士(レベル70)↑

   騎士(レベル70)↑

  生命力:50

  攻撃力:***(回復中)

  経験人数:男2

  淫乱レベル:S

  快感値:**(余韻中)

  状態

   淫魔師の恩恵

  放尿癖” 

 

 

 

 大丈夫そうだ。

 だが、戦士と騎士のレベルが急上昇だ。ここまで一気にあがるのも初めてだが、これもまた、一郎の淫魔師としてのレベルが限界突破をした影響か?

 それとも、意識して大量の精を注いだことが影響した?

 とにかく、改めて頭の線を直していく。今度ははっきりと一郎と繋がっているので、あっという間に再構成が終了する。ついでに、肌の傷や染みや思いつく限りの淫魔術による治療処置をした。

 全部が終わってから、一郎は、とりあえず彼女の中から男根を抜き、裸身を毛布に横たえ直す。

 

「う、うう……」

 

 すぐにベアトリーチェは覚醒した。そのベアトリーチェが身体を起こそうとする。

 一郎は慌てて手を伸ばして抱き支える。

 

「大丈夫か?」

 

 一郎は顔を覗き込んだ。

 やはり、問題はないみたいだ。顔には完全に生気が戻っている。

 

「わ、わたしは……? ああ……、わたしは死んだのですね……。天道様……」

 

 ベアトリーチェが一郎を認めて、うっすらと笑みを頬に浮かべる。

 もともと美人だったが、淫魔術の影響で肌が染み入るように白くなり、目鼻立ちがさらに整い絶世の美女といっていい感じになった。

 これもまた、一郎の淫魔術の影響だ。

 ただ、まだ半分寝ているような状況だが……。

 

「まだ生きているよ。ただ、助けるために、俺の支配になってもらう必要があった。残念だが、許せ。もう俺の性奴隷の刻みをしてしまった」

 

 一郎は言った。

 すると、そのベアトリーチェの眼がかっと大きく見開いた。

 

「て、天道様──。本当に天道様──。どうして──?」

 

 ベアトリーチェは悲鳴のような大声をあげた。

 

「また、天道様?」

 

 横で見ていたコゼが首を傾げた。

 そのときだった。

 

「あっ」

 

「わっ、ごめんなさい──。ああ、どうして、あああっ」

 

 いきなり、ベアトリーチェが失禁してしまったのだ。

 

「まあまあ、感極まったの、あんた? まあ、恥ずかしがらなくてもいいわ。うちではご主人様に責められすぎて漏らすのはよくあることだから……。じゃあ、ご主人様、あたしがきれいにしてさしあげますね。おちんぽ様も……」

 

 コゼがくすくすと笑って、ベアトリーチェを押し避けて、一郎の股間に顔を伸ばす。

 どうやら、舌できれいにしてくれるみたいだ。

 相変わらず可愛いし、本当に一郎のためになんでもしてくれる。

 一郎はほくそ笑んでしまった。

 

「じゃあ、頼むよ、コゼ」

 

「はい──。あっ、じゃあ、ガドはこいつの世話ね。きれいにしてやって」

 

 コゼが一郎の男根を咥え込む。

 すぐに、先端からまだ残っている精を吸い、一心不乱に舌を動かし出す。

 

「あっ、わたしが……」

 

 ガドニエルがはっとしたように、一郎の前に屈み込もうとしたが、コゼがさっと身体を入れて、それを阻止する。

 一郎は笑ってしまった。

 

「あっ、あっ、あっ、これはどういう状況……。い、いえ、それよりも、天道様には大変申し訳ないことを……」

 

 一方で、ベアトリーチェはひたすらに狼狽えている様子だ。

 まだ、どういう状況なのか、まるでわかっていないに違いない。

 

「んあっ? もしかして、ラポルタ殿ではないのか? 誰だ、お前らは……? しかし、よくよく見れば、よい女たちではないか。そして、もしかして、さっき余を蹴ったのはお前か? よい蹴りであったぞ。久しぶりに欲情した。余の愛人にならんか?」

 

 そのとき、へらへらと笑い出した反対側の壁にいるルードルフ王が突然に喋りだした。

 視線を向けると、周りにいるアネルザ、エリカ、イットを好色そうな顔で交互に見回している。

 また、さっきの言葉は、アネルザに向けた言葉のようだ。

 

「お前の愛人にだと──。このくそったれがあ──」

 

 激怒したアネルザがルードルフ王の顔を蹴り飛ばし、さらに倒れたルードルフ王の横顔を踏みつけた。

 

「ひゃあああ」

 

 すると、そばにいたイットが奇声をあげて、飛び退くのが見えた。






 *

【ベアトリーチェ=ポルティ】

 女騎馬隊長。第一帝政の初代帝ロウを支えた軍人のひとり。皇帝ロウの妻のひとりであったシャングリアとともに、双璧の女騎士として、ロウ皇帝の軍略に寄与した……。
 彼女は……。
 …………。

 ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


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840 王の成れの果て

「ひゃあああ」

 

 イットがびっくりしてその場から跳びさがった。

 アネルザによって引き倒され、床につけた顔を思い切り踏んづけられているルードルフ王がたまたま手に届く範囲だったイットの尻尾に前手錠の手を伸ばして自分の性器に擦るように引き寄せたのだ。

 これには、一郎も唖然とした。

 

「うわっ、気持ち悪いよお」

 

 イットも慌てて逃げるとともに、泣きそうな顔で引きつらせている。

 

「な、なんじゃ、こいつ? 変態に拍車がかかっているんじゃないかい」

 

 アネルザもルードルフ王の顔から気味悪そうに足をどかす。

 

「なんじゃ、もう終わりか? それよりも、どこにいく。ちょっとその毛を貸さんか、獣人娘──。毛皮でくすぐられるのも久々の感覚だ。もっと余を苛めてくれ。身動きできんように余を拘束して、その尾で余の身体をくすぐりまくるのはどうじゃ? 余はきっとのたうち回るであろうぞ。ふははは」

 

 ルードルフ王が高笑いした。

 本当に気色悪い。

 そのルードルフ王がゆっくりと身体を起こす。

 

「このおおっ、イットになにすんのよお」

 

 しかし、今度は激昂したエリカがアネルザがどけたばかりのルードルフの顔を踏みつけた。

 しかも、容赦なく、あがりかけていた顔を上から踏んづけたので、どんと音がしてルードルフ王の後頭部が床に強く叩きつけられたかたちになる。

 

「ほごおおおっ」

 

 ルードルフ王は呻き声をあげた。

 だが、やはり興奮もしているのだろう。

 股間の男根は隆々と勃起している。

 

「このう、このう、このう──」

 

 だが、怒りで我を忘れた感じのエリカは気がつかない。

 真上からルードルフ王の顔面をぐりぐりと踏みにじる。

 まあ、実はイットはエリカのお気に入りでもある。だから、余計に腹が立ったのかもしれない。

 しかし、エリカのスカートは一郎好みに合わせて短い。

 そのスカートであんな風に顔を踏めば、ルードルフは下からエリカのスカートの中の下着を見あげるかたちになる。

 踏まれながら、ルードルフ王がしっかりとエリカの下着を凝視しているのが一郎にはわかった。

 興奮したルードルフ王の股間の勃起がさらに大きくなる。

 

「見られているわよ、エリカ」

 

 一郎の股間を舌で奉仕していたコゼが顔をあげて言った。

 

「あっ、きゃあああ」

 

 エリカがスカートを押さえて飛び退く。

 とにかく、これじゃあ話にならない。

 一郎は、コゼの頭を軽く叩き、奉仕をやめさせた。

 亜空間から下着とズボンを取り出して身につけ直す。

 

「あっ、手伝います、ご主人様」

 

 すぐさまコゼが手を出して、一郎の下着を手に取った。はかせ直してくれる。一郎はただ、それにあわせて、足をあげたりさげたりするだけだ。

 

「あっ、また先に……」

 

 ガドニエルがちょっと口惜しそうに呟いた。

 

「あ、あのう……これはどういう状況で……。どうして、天道様がここに……? それと皆さんは……?」

 

 一方でベアトリーチェは、まだ頭が混乱しているようだ。

 一郎は亜空間から身体全体を覆うようなフード付きの薄いマントを出す。ほかにも服はあるが、一郎の亜空間に確保しているのは、なにかしら淫靡な仕掛けがあるのがほとんどだ。

 下着もまともなのはなく、貞操帯のようなものしかない。

 マントを渡すと、やっと自分が全裸であることがわかったのか、慌てて顔を赤くして身体をそれで隠した。

 よかった。

 羞恥があるということは、かなりまともに頭が動いてきたという証拠だ。

 

「それよりも、逆に訊ねるけど、なにを覚えている、ベアトリーチェ? どうして、ここにいる?」

 

 一郎は訊ねた。

 ベアトリーチェがちょっと困惑した表情になる。

 おそらく、記憶の混乱だと思う。

 たったいままで、完全に頭の中の線がずたずたになっていたのだ。そう簡単になにもかも回復するわけじゃない。

 時間があれば、ある程度記憶も繋がるものの、ナタル森林のときには、最後まで記憶が回復しなかったエルフ女性も少なくなかった。

 

「どうしてって……。ええっ? どうして……? わ、わたしは……赤組で……。それで……それで、あれ? なんで?」

 

 ベアトリーチェが眉間に皺を寄せるような感じで語り出す。

 しかし、どうしても思い出すことが難しいようだ。

 

「いや、ベアトリーチェ……。無理しなくても……」

 

 一郎は遮ろうとした。

 だが、ベアトリーチェは首を横に振る。

 

「いえ、お待ちください。思い出します。天道様のお訊ねですもの。ちょっとだけ……。ちょっとだけ待ってください──。ええと、ええと……。そ、そうです。赤組です。赤組だったんです。だけど、わたしは一番年嵩だったので、目をつけられて苛められて……。それで放尿の時間をいつも与えられなくて……。そして……」

 

「ちょっと待って、まったくなにを言っているのかわかんないわよ、あんた。まず、赤組ってなんのことよ?」

 

 コゼが呆れたような口調で言った。

 

「赤組は天道様にお仕えするために性修行をする集まりのことです。腰に巻く布が赤色で……」

 

「そうそう、その天道様というのはなによ?」

 

 さらにコゼが訊ねた。

 ベアトリーチェは懸命に思い出そうとしている感じだ。まだ記憶の混乱が続いているのだろう。

 

「そ、そうです、天道様──。どうしてここにおられるのでしょう──。お戻りになったのですか──。わたしたちは、天道様にお仕えするために、一生懸命に修行を──」

 

 すると、突然にベアトリーチェが一郎を見て早口で喋りだした。ものすごく興奮している気配だ。

 しかも、だんだんと顔が赤くなってきて、眼に涙まで溜まりだした。

 

「落ち着けって……」

 

 一郎はベアトリーチェに手を伸ばして抱きしめる。

 また、淫魔術で心の中に触れ、興奮の度合いを鎮めてやる。

 

「あああああっ、天道様あああ──。ああああああ──。それなのに──、それなのに、わ、わたしはは辱められて──。ああああっ、汚れてしまって──、あいつに、あいつにいいい──。ああっ、天道様にお仕えするはずだった身体をおおお──」

 

 だが、一郎が抱きしめると、鎮まるどころか、かえって極度に興奮した感じになった。さらに、ルードルフ王の方を見て暴れ出しそうなる。

 そして、突然に呼吸が乱れ、おかしな息をしはじめた。

 一郎は慌ててしまった。

 いわゆる過呼吸状態だ。

 

「おっ、おい」

 

 一郎は混乱状態になりかけるベアトリーチェの口を吸った。

 ベアトリーチェの息を制限して、息を整えさせる。

 さらに、ベアトリーチェの口の中に舌を入れ、一気に絶頂しそうなほどの大きな快感を送り込んでやる。

 淫魔師の一郎だからできることだ。

 しばらくすると、ベアトリーチェの呼吸の乱れが消えるとともに、全身をぶるぶると震わせだした。

 

「んぐううう」

 

 ベアトリーチェが一郎に抱きしめられたまま身体を突っ張らせ、次いで脱力する。

 達したのだ。

 それとともに失神した。

 ベアトリーチェの呼吸が完全に平静に戻る。

 だが、同時にまたしても失禁した。

 

「うわっ、なに、こいつ──。また、お漏らし?」

 

 コゼが呆れた声を出す。

 一郎は肩を竦めた。

 どうにも、お漏らし癖があるみたいだ。結局、赤組というのがなにかわらなかったが、もう少し時間を置いた方がよさそうだと思った。

 彼女を眠らせたまま亜空間に送る。

 目の前からベアトリーチェが消滅した。

 

「また、やられた。ガド、頼むよ」

 

 それはともかく、またしても一郎のズボンはびしょびしょだ。

 苦笑しながら、ガドニエルに声を掛ける。

 

「はい、ご主人様、喜んで──」

 

 すると、ガドがまるでどこかの居酒屋のような元気な声で、あっという間にズボンの濡れを乾かしてくれた。

 

「余の餌をどこに隠したのだ? まあよい。あれにも、そろそろ飽いておったところだ……。しかし、やっとわかったぞ。お前はロウであるな。余が捕縛命令……、いや、処刑命令を出したロウだ。ああ、やっとわかった。だが、なんでこんなところにおる? どういうことなのだ?」

 

 ルードルフ王が笑いながら言った。

 視線を向ける。

 頭の線が数本切れたような気配なのは変わりない。

 だが、思ったよりもまともに話ができるようだ。

 

「さあ、なんでかな? 多分、お前を助けに来たんじゃないかな」

 

 一郎はうそぶいた。

 すると、ルードルフ王の顔が急に険しくなる。

 

「助けに? ああ、そうか……。余がいろいろやったからなあ……。思い出したぞ。しかし、ずっと考えておったが、あれはテレーズがやったことだ。あいつが余をそそのかしてやらせたのだ。余は悪くない。悪くないのだ──。あっ、そうか──。そういうことか──」

 

 そして、突然に早口で語り出したかと思うと、今度は急に嬉しそうな顔になる。

 なんだ、これ?

 一郎は呆れた。

 しかし、さっきから妙に半分常軌を逸している感じみたいなのは、ベアトリーチェに大量服用させて頭を狂わせた媚薬を、もしかして、こいつも幾らか飲んでいるのではないだろうかと思った。

 なにしろ、こうやって喋っているあいだも、ずっとルードルフ王の股間は勃起状態だ。

 毛布は渡したが、胡座に座り直して、その股間を隠そうともしない。

 

「なにがそういうことなのよ──。ロウ様にちゃんと喋りなさい」

 

 苛ついた感じのエリカがルードルフ王の顔を平手で張る。

 

「ぶへいっ」

 

 ルードルフ王は倒れたが、すぐにもそもそと動いて身体を起こし、エリカに向かって締まりのない顔を向け直した。

 そして、前手錠の手で自分の性器を擦り始める。

 

「ぎゃああああ」

 

 エリカが絶叫して離れた。

 

「い、いい加減にせんかあ──」

 

 今度はアネルザがルードルフ王を殴る。

 

「ぐはっ──」

 

 またルードルフ王がひっくり返る。

 これじゃあ、まるで話にならない。

 大きく嘆息した。

 

「もういい。みんな手を出すな──。マスでもなんでもかかせろ。だが、質問に答えろ、国王──。さっきの物言いだと、俺に処刑命令を出したのは覚えているんだな? あれは国王のお前がやったことなんだな?」

 

 一郎は言った。

 

「余にお前呼ばわりとはな。まあよい、余を助けにきたことに免じて、この場ではそれを許してやろう……。まあ、確かにそうだな。手配をさせた。だんだんと思い出してきたが、余に黙って、イザベラとアンに手を出したな。以前、余は申したはずだ。イザベラはともかく、アンには手を出すなとな。あれは大事な政略の道具だ。まだまだ使い道があるのだ」

 

 ルードルフ王が言った。

 

「なるほどな……。じゃあ、なにをされていたかは知らないけど、自覚のある行動ということでいいんだな。じゃあ、さっき口にしたテレーズというのはどこだ? 後宮にいるのか?」

 

 テレーズというのは、ルードルフ王がおかしくなったときに、地方からやってきた女伯爵だ。

 そのテレーズにのめりこんだルードルフ王は、彼女に言われるまま、突然に王都に重税をかけて、王都を混乱を引き起こした。

 一郎はまったく知らなかったことであるが、教えてもらったところによれば、そのテレーズという女伯爵の女官長の王宮入りがすべての発端だったように思う。

 

 だが、どうにもおかしい。

 そのテレーズは、あるとき突然に姿が消えている。もしかしたら、この後宮か奴隷宮に引きこもっているだけかもしれないが、享ちゃんの調査でも、すべての始まりとも思えるテレーズの影が全く掴めないと言っていた。

 サキを起こして質問してもいいが、とりあえず、こいつに訊いてみようかと考えて訊ねているのだ。

 

「テレーズ? はて……テレーズ……。自裁したのではないか? ああ、そういえば、そう言っていたか? うーん、おそらく死んだのだと思うぞ」

 

「死んだ?」

 

 一郎は訝しんだ。

 ルードルフ王は、そのテレーズの行方を知らない気配だ。もしかして、ただ突然に失踪して、そのときに自殺したと教えられた?

 まあいいか。

 

「じゃあ、次だ。上の地下二層に集められていた大勢の若い貴族令嬢たちの死骸だ。あれは、お前のやらせたことか?」

 

 一郎はさらに訊ねた。

 すると、ルードルフ王がにやりと笑った。

 

「随分と質問ばかりするではないか、ロウ。なんでそんなに興味があるのかは知らんが、興味があるのであれば、簡単には教えられんな。お前がどこかに隠した余の餌の代わりを寄越せ」

 

「餌?」

 

「さっきの女騎士よ。それと交換条件だ。知りたいのであろう? しかし、代償を渡さんと、余はもうなにも喋らんぞ」

 

 さらに声をあげて笑いだした。

 

「いい加減に……。あっ、きゃああ」

 

 逃げていたエリカがルードルフ王の物言いに腹を立てた感じでつかつかと歩き寄ると、再び脚で蹴り飛ばそうとする気配を示した。

 しかし、すぐにルードルフ王の好色な視線が短いスカートの中を凝視していることに気がついて、またしても、慌ててスカートを押さえる。

 

「わははは。ロウよ。そのエルフ娘でよいぞ。そいつに余の伽をするように命じよ。やっとこのところ、勃起をするようになったのだが、どうにも射精するまでに時間がかかる。だが、さっき蹴られたときに、余は随分と欲情した。そのエルフ娘であれば、ちゃんと射精できそうだ。さもなければ、余はお前の知りたいことは何も喋らん」

 

 ルードルフ王が笑いながら言った。

 もう、うんざりしてきた。

 喋ろうと喋るまいとどうでもいいのだ。

 だが、殺すわけにはいかない。

 このルードルフ王にはやってもらうことがひとつある。

 

「いい加減にせんかああ」

 

 アネルザの平手がルードルフ王に飛んだ。

 

「ぶはっ、い、いいのう……。効くのう……。だが、やはり、余はそっちのエルフ娘がよいのう。まあ、最悪こっちの年増でもよいか……」

 

 ルードルフ王がへらへらと笑う。

 

「貴様ああ──。まだ、わたしがアネルザだとわからんのかあ──」

 

 また、アネルザがルードルフ王を引っ叩く。

 

「ふがああっ」

 

 今度はルードルフ王が跳ね飛ばされてひっくり返った。

 だが、すぐに顔だけあげて、アネルザの顔をしげしげと眺める。

 

「王妃だと? まさか、アネルザはこんなに美人でも、若くも……。いや、本当にアネルザかあ? お前、なんでいつの間に、そんなにきれいに……」

 

「お前の知ったことか──。それよりも、答えんか──。二層部にあった惨い死体──。あれもお前の仕業かあ──?」

 

 アネルザが怒鳴る。

 

「なにを怒っておるのかは知らんが、あそこに遺体を集めるように指示したのは確かに余だな。知っておるかどうかわからんが、死体というのはすぐに腐りだすのだ。放っておくと臭気も発生するしな。なによりも虫や小動物が集まる。それで、あの部屋に腐敗避けの結界を刻ませて……」

 

「そんなことを言っているのではないわ──。あれらをあんな風に残酷に殺したのは、お前のやったことかと訊いておるのだ、ルードルフ──」

 

 アネルザがさらに怒鳴りあげた。

 

「まあ、仕方なかろう。なにしろ、ついこのあいだまで、ああいう風に陵辱しないと、余の一物が勃起しなかったのだ。あれは仕方のないことなのだぞ」

 

 ルードルフ王は事も無げに言った。






 *

 真の強敵のルードルフ王です(笑)。


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841 寝取り宣言

「き、貴様……」

 

 アネルザが絶句している。

 それは一郎も同じ思いだ。

 

 このルードルフ王がやった野蛮で冷酷な一連の行為……。正直に言えば、一郎はいまのいままで、それらは、サキか、あるいはいなくなっているようである女官長テレーズ、それとも、あのラポルタなどがやった工作行為だと思っていた。

 一郎の知っているルードルフ王の性質には合致しないからだ。

 

 しかし、操られていたか、おかしな暗示を掛けられていたのだとしても、現時点でルードルフ王がいかなる操心術、すなわち、心を操る魔道のようなものにはかけられていないことは明らかだ。

 それは魔眼で確認できる。

 だから、さっきの言葉は正真正銘、ルードルフ王の本音なのは間違いない。

 それにも関わらず、あの残酷な死体に対して、仕方のないことだと言って笑うことができるのだ。

 この瞬間、一郎の中にあった一切の罪悪感が消滅した。

 

「なぜ、そんな顔をする。なにか不満でもあるのか? だから、仕方がなかったのだ。残酷な仕打ちをしなければ、余の一物が勃起せず、しかも、純粋で無垢な少女でないと、射精もできんかったのだ。だから、仕方あるまい。あれらの身内にはちゃんと謝罪して、王領の一部を譲渡しよう。まあ、それで収まるであろう」

 

 ルードルフ王がからからと笑った。

 

「もういい。喋るな……。エリカ、イット、そいつを真ん中に連れてこい」

 

「あっ、はい」

 

「はい」

 

 ふたりが気持ち悪そうに、ルードルフ王の腕をとって、部屋の真ん中に連行する。

 ルードルフ王は抵抗はしなかった。

 一郎は最初にこの地下牢に入ったとき、ベアトリーチェの両腕を吊っていた天井からの鎖に、ルードルフ王の前手錠を繋げた。

 おそらく、この地下牢はもともと拷問室も兼ねているのだろう。

 だから、こんな仕掛けがあるのだと思う。

 天井からの鎖を上下する操作具も壁にあることに気がついていた。

 一郎はルードルフ王の前手錠がしっかりと鎖に繋がったのを確認すると、壁の操作具で鎖を引きあげていった。

 

「おっ、おっ、なんじゃ? もしかして、余を愉しませてくれるのか? ならば条件がある。責めるのは、そのエルフ娘にしてくれ。その娘であれば、余は愉しめそうだ」

 

 徐々に短くなる鎖に身体を引きあげられながら、ルードルフ王が笑った。

 まったく、この変態は……。

 

「わかった。望み通りにしてやるよ。エリカにお前を責めさせる。その代わりに、エリカを主人とする隷属を結べ。いいな」

 

 一郎はルードルフ王の爪先がぎりぎり床から離れたところで、鎖の引きあげをやめた。

 準備していたものを取り出す。

 「隷属の腕輪」だ。いわゆる「隷属の首輪」の腕輪版であり、通常この世界で奴隷に嵌めるのは首輪がほとんどなので、それだけで腕輪だと隷属具だとわかりにくい。

 しかも、意匠にも凝っており、さらに宝石なども散りばめさせていて、見た目では国王が身につけるのに相応しいような装飾具だ。

 この王都に来る前に、ユイナとミウに無理を言って作成させたものであり、ガドニエルとスクルドに魔道を込めさせた。

 おそらく、この世に存在する最高の隷属具であり、しかも、まずどんな魔道遣いでも、これが隷属具と見抜くことはないと思う。

 ガドニエルやスクルドを越える魔道遣いが鑑定術を使えば別だが……。

 いずれにしても、今回の王家乗っ取り策には、目の前のルードルフ王の隷属が不可欠なのだ。

 手を伸ばして、宙づり状態のルードルフ王の右手首にこれを嵌める。

 

「ほう……。隷属具か?」

 

 本人にはわかったみたいだ。

 

「そうだな。お前には奴隷になってもらう。犯した罪の代償だ」

 

「奴隷にすることで、余を助けるということか。まあよいだろう。だが余にも条件がある。余を愉しませよ。さもないと、奴隷になどなってはやらん」

 

 ルードルフ王が高笑いした。

 一郎は舌打ちした。

 だが、このルードルフ王の言うとおり、隷属具の難しいところは、最初に隷属がかかるときに、心の底からそいつが隷属したいと考えることが必要なことだ。

 それは、ガドニエルたちほどの魔術遣いが隷属術を刻んだとしても同じらしい。一度隷属術がかかれば、あとはその隷属術を使って、主人を替えればいいだけだが、とにかく最初は「屈服」という状態が不可欠なのだ。

 だから、大抵の隷属には拷問が伴う。

 しかし、こいつが拷問で屈服するか?

 さっきから、蹴ったり叩いたりしても、喜ばすだけみたいだが……。

 まあ、こいつはエリカが「主人」であれば、隷属してもいいと口にしたのだから、試してみるか……。

 隷属さえかければ、策を先に進められる。

 

「あ、あのう、もしかして、さっき、わたしがこいつを責める役をすると、おっしゃいましたか……?」

 

 そのとき、不安そうにエリカが言った。

 

「言ったな。策は説明していたよな。こいつを隷属させることが必要なんだ。どんな手段でもいいから……」

 

「い、いやです──」

 

 エリカが顔を蒼くして叫んだ。

 

「絶対に嫌です──。こんな変態──」

 

 さらに激しく首を振る。

 それに対して、一郎は微笑みで返した。

 

「い、いやああ」

 

 さらにエリカが拒絶した。

 

「まあいいから……。それよりも、アネルザ、来い」

 

 一郎はアネルザを呼んだ。

 アネルザをルードルフ王の前に来させたのは、この変態が一番効果がありそうないやがらせをしようと考えたからだ。

 あとでエリカでも誰でも使って隷属を完成させるにしても、それだけでは罰にならない。

 この変態が口惜しがるような、なにかをしたい。

 

「ん? なんだい?」

 

 アネルザがルードルフ王が吊られている正面にやってくる。

 一郎はいきなり、そのアネルザのスカートを正面から(まく)りあげた。

 

「わっ、な、なにをする──」

 

 顔を真っ赤にしたアネルザが慌てて、手で押さえようとする。

 

「抵抗するな──。命令だ──」

 

 しかし、一郎は強引にスカートを引きあげながら一喝した。

 

「ひっ」

 

 そのひと言だけでアネルザがすくみあがり、おずおずと両手をスカートの裾からどかせた。

 両手を体側に伸ばした体勢になる。

 一郎はアネルザの股間がぎりぎり露わになるまでスカートを引きあげたところで手をとめる。

 

「スカートを持て、アネルザ。おろすなよ」

 

 アネルザにスカートを持たせた。

 ルードルフ王に振り返る。

 

「一度だけ謝っておくよ、ルードルフ。以前、遠慮なく王妃を愛人にしていいと語られたことがあったな。確か、キシダインを殺した直後にふたりきりで話したときだった」

 

「おっ、おっ、おおっ?」

 

 しかし、ルードルフ王は聞いているのか、聞いていないのか、いまはただただ、ぎりぎりまで捲りあげられているアネルザの白い腿に見入っている様子だ。

 眼を大きく見開いて凝視し、股間はぎんぎんに硬く勃起させている。

 

「見たとおり、いまや、このアネルザは俺の女だ。しっかりと寝取らせてもらった。言っておくが、このアネルザはいいぞう。打てばしっかり啼く可愛いマゾだ。お前にはもったいない。しかし、それでも人の妻を奪うんだ。一度だけ謝っておく。すまんな。アネルザはもう俺がもらった」

 

 一郎はアネルザに振り返る。

 

「あげろ」

 

 アネルザが顔を引きつらせる。

 

「こ、ここでか? だ、だって……。ここで?」

 

 流石にアネルザは躊躇したようだ。

 一郎は亜空間から乗馬鞭を出した。

 びしりとアネルザの太腿に正面から一閃する。

 

「ひうっ」

 

 アネルザが顔をしかめた。

 

「命令だ」

 

 一郎はもう一度、アネルザに太腿を打ち据える。

 だが、打ったそばから、淫魔術で肌の治療をしている。

 

「わ、わかったよ……」

 

 ちょっと半べそのような表情になったアネルザのスカートがさらに捲りあがっていく。

 次第に股間が露わになっていく。

 

「こ、このアネルザを……。あの虎女を……。信じられん……。し、しかも、あのアネルザが可愛い……。こんなに……」

 

 ルードルフ王が呻くように言った。

 唖然としている表情だ。

 

「ほ、本当にやらないとだめか?」

 

 しかし、アネルザがぎりぎりでスカートをあげるのをやめてしまった。

 一郎は黙って乗馬鞭を太股に打ち据える。

 

「ひんっ」

 

 アネルザが短い悲鳴をあげて、またスカートを持っている両手をあげていく。

 それはともかく、ちょっと面白いのはほかの女の反応だ。

 いまいる女たちの中でも、特にエリカとガドニエルは被虐癖が高い。このふたりはしっかりと責められるアネルザを凝視し、まるで自分も責められているかのように、顔を赤くして太腿を擦り合わせるような仕草をしている。

 コゼはアネルザもルードルフ王も見ていない。コゼがじっと視線を送っているのはただただ一郎だけだ。

 イットについては、この状況でどうしていればいいのかわからないかのように、あちこちに視線をさまよわせている。

 こんなところにも個性があって愉快だ。

 

 アネルザの秘部が現れた。

 下着のない剥き出しの胯間だ。すでにたっぷりと濡れている。

 実は、今日のアネルザには下着をはかせていなかった。一郎の焦らし責め調教のせいで、股間の疑似男根がずっと勃起状態なのだ。

 とてもじゃないが、下着をつけることができなかったのである。

 

「おおっ、おおおっ? なんだ、それは? なんじゃあ?」

 

 ルードルフ王が声をあげた。なにしろ、アネルザの股間には子供の性器のように小さいが、まるでふたなりのような疑似男根がある。

 しかも、夕べからの射精管理が継続していて、大きく勃起している。

 ルードルフ王は、それにびっくりしている。

 

「な、なんだそれは──。ふたなり──。ふたなりか──。待て──。それは余に任せよ。余はまだふたなりという者を味わったことはない──。そのアネルザは余のものだ──」

 

 ルードルフ王が口惜しそうに暴れ始めた。

 絶対にこの変態は、アネルザの股間を見せれば、悔しがると思った。

 せめて、自分のものだった素晴らしいものを奪われている口惜しさを味わえばいいのだ。

 まあ、こいつは、だが根っからの変態だ。

 口惜しがるだけでは、終わらないのもわかっているが……。

 

「アネルザ、悪かったな、恥ずかしい思いをさせて……。達していいぞ」

 

 一郎はアネルザの疑似男根の根元に嵌まっていた射精防止の環を取り外した。ガヤの城郭でアネルザにお仕置き調教をしたとき一度外したが、あれからもう一度装着させていたのである。

 それを外すとともに、粘性術で塞いでいた疑似男根の尿道口も解放した。

 

「ひやっ」

 

 アネルザが奇声をあげ、出口を求めて男根の竿の部分がぱんぱんに膨れるほどに溜まっていた精液がいっきに噴出する。

 まあ、本当は精液でなく、女の愛液なのだが……。

 

「ああっ、ああああっ」

 

 そして、アネルザはスカートを捲りあげて持ったまま、すごい勢いで疑似男根からどくどくと射精を続ける。溜まりに溜まっていたのだ。

 それがルードルフ王の首から顎あたりにかかる。

 

「うおおおっ」

 

 すると、ルードルフ王が感極まった声をあげた。完全に欲情している。

 なにが気に入ったのか知らないが、目の前で本当は自分の妻である女が他人に調教されて淫らに乱れるのを見て興奮したのかもしれない。

 やっぱり、根っからの変態だ。

 

「た、頼む──。いまじゃ──。いま擦ってくれ──。それとも打ってくれ──。最高じゃ──。最高の快感じゃ。目の前で余の王妃が調教をされる──。なんという屈辱──。なんという快感──。おおおっ、おおおおっ、早く──早くうう」

 

 ルードルフ王が鎖を鳴らして暴れ出す。

 絶対に、こいつは目の前でアネルザを調教してやれば、むしろ興奮すると思ったのだ。

 

「だったら、隷属の誓いをするんだな。射精ができるぞ」

 

 一郎はさっきアネルザから外したばかりの金属環を無造作に、ルードルフ王の勃起している男根の根元に嵌める。

 

「ひおおおおっ」

 

 ルードルフ王が絶叫した。

 もしかしたら、かなり興奮させてしまったか?

 だが、もうこれを外さない限り、ルードルフ王は射精はできない。

 あとは、こいつが興奮することをどんどんとやればいいだけだ。

 絶対にこのど変態は、射精欲しさに、隷属を誓うだろう。心から──。

 

「ああっ、ああっ、ロウおおお」

 

 一方で溜まりに溜まった精液をやっと抜くことを許されたアネルザは、耐えられずにその場に跪いてしまっている。

 ただ、それでも一郎が命じたスカートめくりはしっかりと保持している。

 一郎はアネルザの肩を押して、床に倒した。

 高尻の姿勢になったアネルザのスカートを今度は後ろから捲り、白い尻を露出させる。

 

「ルードルフ、口惜しいか? それともアネルザを手放すのが惜しくなったか? どっちでもいい。もっと興奮したければ、その腕輪から流れる隷属の魔道に身を委ねろ。心から屈服しろ」

 

 一郎は自分の股間を露出させるとアネルザの尻の下から怒張を挿し込み、すでにずぶずぶに濡れている股間に男根を貫かせた。

 女側の性欲についても、アネルザは半日以上焦らし責めの状態だった。

 一気に深いところまで貫かれたアネルザは、最初のひと突きで昇天してしまった。

 

「あああっ、ほおおおっ」

 

 アネルザが激しく腰を揺らして嬌声を響かかせる。

 

「うわああっ──。それは余のものだ──。余のものだと言っておるだろうがあ」

 

 ルードルフが宙吊りの身体を揺らしながら叫んでいるのが聞こえる。

 

「いまは俺の女だ。もっと口惜しがれ。もっとな」

 

 一郎はアネルザの子宮の入口部をがんがんに刺激しながら激しく律動した。

 

「ひいいいっ」

 

 達したばかりのアネルザが、またもや絶頂に向かって快感を飛翔させた。

 

「くそうっ、それは余のものだあ。余を無視するなあ──」

 

 一方で、ルードルフ王は口惜しそうに悪態をついて、宙吊りの身体を暴れさせる。

 ざまあみろ──。

 一郎はますますアネルザを激しく啼かせようと、律動に拍車をかけた。



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842 女王様にはなりたくない

「ああっ、んくうううっ、うあっ、あっ、ああっ」

 

 アネルザが絶息するような生々しい呻き声をあげて、三度目の絶頂に到達しそうになった。

 一郎は、淫魔術で感じることができる膣の中にある快感の場所を意味する赤いもやを執拗に怒張の先端で擦りながら、アネルザをしっかりと観察している。

 そして、床に高尻の格好にしたアネルザを後背位で犯し続けていた。

 乳房は服の上から掴んでいる。

 こちらもまた、ぐにゃぐにゃと無造作に指を動かしているかのように見せて、最高の快感が迸るような場所と強さで刺激を加えている。

 どうやればいいのか、どうすればアネルザを悦ばせることができるかをほとんど考えることなしにできるのだ。

 

 つくづく便利な能力だと思う。

 一郎はアネルザに股間への律動と乳房への刺激を与えながら思った。

 技工など必要ない。いや、技巧には自信はあるが、それは意識しないでいいという意味だ。

 一郎はただただ、感じることができる赤いもやをくすぐり、こすり、押し揉んで刺激してやればいいのだ。

 それだけで、一郎の相手をする女は快楽から逃げられない。

 どんな風にすれば、女が悦び、最高の快感を与えることができるかが、知らず頭に思い浮かぶ。

 

 一郎はちょっと律動の速度を落として、快感の飛翔を制限した。

 三度目で終わることを決めているので、絶頂の溜めを作るためだ。その方が絶頂は深く、そして激しくなる。

 こうやって快感を逸らすということを二回目以降、これで三度目くらいだ。

 

 また、面白いのは、アネルザが最初に一郎が命じたスカートをたくし上げて持つということをいまだに続けていることだ。

 だから、アネルザは両手をお腹にやって、しっかりとスカートを握るということをやりながら犯されている。

 ルードルフの物言いではないが、あの虎のように激しい気性のアネルザがよくもここまで従順なマゾになったものだと思う。

 実に可愛い。

 

「あああ、だめええ、まだか? まだかあ──? まだだめなのか」

 

 アネルザの呼吸がいよいよ荒くなり、腰の動きが速くなった。

 そろそろいいか……。

 このまま次の一回で終われば、アネルザは最高の肉の快感で終わることができるだろう。

 それで終わらず、さらに続ければ、今度は苦悶の方が強くなる。やはり、一郎は次の一回で終わってあげることにした。

 まあもっとも、続けたとしても、その苦悶の先にあるのは、さらなる肉の快感なのだが……。

 それはともかく、アネルザを目の前で犯しているあいだ、宙吊りのルードルフはずっと悪態のようなものをついていた。

 こんな男でも、自分の妻である王妃が寝取られるのは口惜しいのか、それとも、こんなにもいい女だったと知って惜しくなったのか、あるいは、寝取られる屈辱を快感に変えているのかは知らんが……。

 一郎はアネルザを絶頂させるべく、腰の動きを激しくした。

 

「うううっ、また、いぐううっ、い、いぐうう──」

 

 アネルザが獣のような咆哮をあげて、背中を突っ張らせて全身を痙攣させる。

 一郎は、アネルザの絶頂に合わせて、射精をした。

 アネルザは短い時間で三度連続で達したが、一郎は一回目だ。

 精を放たれたのがわかったのか、アネルザの膣がさらにぎゅうぎゅうと収縮して一郎の怒張を強く締めつける。

 また、一郎が作ってやったアネルザの疑似男根からも、射精のように体液が飛び出した。

 これもまた、アネルザが最高の快感を得た証拠だ。

 

「アネルザ、気持ちよかったぞ。最高だ。姿勢を戻していい」

 

 しっかりとアネルザが満足したのを確認し、一郎は男根を抜いた。

 その全体には、ねっとりとアネルザの体液がまとわりつくとともに、射精の余り汁である精が先端からアネルザの股間に向かって糸を引く。

 そして、その糸がぱちんと切れた。

 

「ああ……、だけど、このルードルフの目の前で……。お前はひどいやつだ。ひどいやつだよ……。だけど、やっぱりすごいよ……」

 

 アネルザが腰を倒して床に寝そべった。

 肩で息をしている。腰もちょっと抜けているみたいだ。

 

「貴様ああ、余の王妃を──。わかっておるのだろうなあ──。わかっておるのか─? 王妃を抱いた償いに、連れの女に伽を命じよ──。それで、お前が王妃に手を出したことが許してやる。その代わり、女を差し出せ。これは勅命だ。よいなあ──」

 

 宙吊りのルードルフが吠えるように叫んだ。

 

「なにが勅命だ──。アネルザはもう俺の女だ──。どう扱おうが俺の自由だ。お前の知ったことか──」

 

 なんだが腹が立って、横に置いていた乗馬鞭で、ぱんぱんに勃起しているルードルフ王の男根を弾いてやった。

 ここまで怒張が大きく勃起しているのは、やはり、目の前でアネルザが犯されるという屈辱がこの変態国王を興奮させているからだと思う。

 

「ほごおおおおっ。もっとおおお──。もっとじゃあああ」

 

 ルードルフが性器を鞭打たれた激痛に、宙吊りの全身を突っ張らせて、苦悶の叫びをあげる。

 しかし、しっかりと欲情しているのもわかる。

 もしも怒張の根元に、一郎が施した射精防止の金属環がなければ、そのまま射精をしていたくらいにだ。

 この男を悦ばしてなるものか。

 一郎は乗馬鞭を亜空間に収容した。

 

「おう、も、もう終わりか? もっとだ。もっと余を苦しめんか──」

 

 ルードルフ王が肩で息をしながら、物足りなさそうな表情で一郎を見る。

 なんか空しい……。

 それにしても、こいつはどうやったら屈服するだろうか……。

 一郎は嘆息した。

 

「ご主人様、今度こそ、ガドがお掃除しますわ」

 

 すると、ガドニエルが駆け寄ってきて、ルードルフ王の前であるのをお構いなしに、その場に跪いて、一郎の股間を口に咥えた。

 音を立てるくらいに強く怒張の先端から残っている精を吸い出し、さらに性器全体を舌で執拗に舐め始める。

 本当に顔が嬉しそうだ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「ふふふ、物欲しそうだったからね。今度はエルフ女王様にお譲りするわ」

 

 コゼだ。

 こういうお掃除フェラは、コゼの専売特許のようなところがあるが、まあ、譲ったのだろう。

 

「んんっ」

 

 ガドニエルは一心不乱に一郎の男根にむしゃぶりついたまま、小さく頷くような動きをした。

 

「奉仕するときには、手は自分で後ろに回して左手首を右手で握るんだ。それが性奴隷の躾だぞ、ガド」

 

 一郎はちょっと揶揄(からか)い半分で言ってみた。

 ガドニエルは一郎が言い終わるやいなや、すぐさま両腕を背中にやって組む。

 やっぱり、この女王様は健気で可愛い。

 

「お、おい、いま、エルフ女王と言ったか──? しかも、ガドと呼んでいたな。もしかして、ガドニエル、エルフ女王陛下ではないだろうな──。だが、その神々しい程の美しさ……。もしかして、そうなのか──?」

 

 ルードルフ王が叫び始めた。

 ずっとイムドリスの隠し宮に閉じこもっていたガドニエル女王だが、先般の魔道映像で顔を全大陸に晒している。

 だが、その魔道映像をルードルフ王は見ていないのかもしれない。

 随分と驚いているし、信じられないという口調だ。

 

「そのガドニエル女王こと、ガドだ。こいつもまた、俺の女だ……。ありがとう、ガド、もういいぞ」

 

 一郎はガドニエルの頭をぽんと叩いた。

 

「ありがとうと言って頂いて、ありがとうございます。ガドはいつでも、どんな場所でも、ご主人様にご奉仕しますわ」

 

 ガドニエルが満面の笑みを浮かべて、跪いたまま一郎に向かって顔をあげる。また、飲み残しを惜しむかのように、自分の舌で口の周りを舐めてもいた。

 その姿は、健気で可愛らしくもあり、かつ、妖艶で綺麗でもある。なによりも、あんな風にフェラチオをしながら、ガドニエルはどこまでも美しいのだ。

 それにしても、いつでも、どんな場所でもか……。

 本当に、どんな場所でも奉仕してくれそうで、ちょっと怖いかもしれないな。

 一郎は苦笑した。

 

「やっぱりかあ──。ならば、余にも──。余にも貸せ──。エルフ女王陛下に精の相手をしてもらったとあっては、生涯の宝物じゃあ。女王陛下。余の相手をしてくれ。余に鞭打ちを……」

 

「わたしに言っておるのですか──?」

 

 笑っていたガドニエルの顔が一転して険しくなり、ルードルフ王を睨みつけた。

 まだ一郎の前に跪いたままだが、醸し出される怒りの圧もすごい。

 一郎はガドニエルを立たせて、慰めるように軽く抱いた。

 

「この女王様は根っからのマゾでな。女王様は無理だ。お前の相手は、エリカがする」

 

 一郎は言った。

 

「いやです──。絶対にです──。死んでも、こんな変態の相手をするのはいやなんです──」

 

 すると、エリカが絶叫した。

 

「待て、エリカ。全員、外に出ろ」

 

 一郎はとりあえず全員に一度、牢の外に出るように促した。ルードルフ王はそのまま宙吊りだ。

 通路側に出ると扉を閉め、ガドニエルに指示して、こちらの会話が中に聞こえないように、防音の魔道を掛けてもらう。

 

「まあ、エリカ、最初は鞭打ちくらいから様子を見よう。これを持っていけ。あとは、ここから皆で指示する。これを耳に入れておけば、俺たちの声が聞こえるから」

 

 エリカに乗馬鞭と元の世界のイヤホンのような通信魔道具を強引に渡す。通信魔道具は、いつか遠隔調教をしようと思って作ってもらい、ずっと亜空間に置いていたものだ。

 渡されたエリカは、はっとしたように、慌ててそれを返そうとする。

 

「嫌だって言ってるじゃないですか。しかも、もしかして、わたしひとりをあの変態王と二人きりにするつもりですか──? いや、いや、いや、ほんっとにいやです」

 

 エリカが半泣きで鞭と魔道具を一郎に渡そうとしてくる。

 

「まあ、そう言うなよ、エリカ。どうしても、あいつを隷属しないといけないし、ゆっくりと堕とす余裕もない。お前が気に入ったみたいだから、ちょっとエリカがなぶれば、焦れて案外あっさりと隷属に承知するかもしれん……。そもそも、お前、俺と最初に出会ったとき、俺を鞭打って躾けようとしてたじゃないか」

 

「あれはわたしの黒歴史です。忘れてください──。それに、あれだって、アスカ様に命令されて、仕方なく……」

 

「いいじゃないのよ。久しぶりに女王様やれば? あんたなら大丈夫だって」

 

 すると、コゼが横から口を出して笑った。

 

「いやよ──。ああっ、だったら告白します。いままで言いませんでしたが、こうなったら言います。できない理由があるんです」

 

 エリカが一郎の前に出てきてすがるような顔で訴えた。

 

「なんだ、できない理由って?」

 

 とりあえず、一郎は訊ねた。

 

「実は、わたしもマゾなんです。ずっと隠していましたけど、ロウ様に苛められると、本当は興奮して、すっごく濡れます。だから、ガドと一緒でできません」

 

 エリカが言った。

 

「あんたがマゾだなんて、全員知っているわよ。というか、もしかして、ずっと隠せてると思ってたの?」

 

 コゼが呆れた口調で口を挟んだ。






 もう少し与太話が続きます(笑)。
 平日でもこのくらいの分量ならなんとか……?


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843 私の奴隷になりなさい

「とにかく、いや──。死んでもいやです──」

 

 エリカが激しい口調で拒否した。

 見ると、眼に涙まで溜めている。心の底から嫌なのだろう。

 一郎は嘆息した。

 

「じゃあ、とっておきのご褒美をつけよう。誰か、立候補は?」

 

 一郎は、ほかの女を見た。

 全員が一瞬にして目を逸らす。

 一郎は仕方なく、やっぱり、もう一度エリカを見る。

 そして、抱きしめた。

 耳元に口を近づける。

 

「エリカ、お前ひとりにやらせないから……。みんなで考える。お前はそれを実行するだけだ……。なあ? あほそうだから、あいつが気に入ったみたいなお前が、ちょっとばかり責めて、それでもっと調教して欲しければ、隷属を誓えって言えば、案外、あっさりと墜ちるかもしれん。なあ、やってくれよ……」

 

 ささやくように言った。

 さらに、舌で耳をゆっくりと舐める。

 

「ひんっ、ああっ」

 

 身体中が敏感なエリカだが、耳は特に弱い。

 一郎の腕の中でエリカがびくりと身体を跳ねさせる。

 

「隷属させるように心を堕とすのは難しいんだ……。人というのは、案外痛みには耐えやすい……。死ぬまで耐える者もいると思っている……。屈服というのは心が墜ちることだ……。それには、相手の心の隙を作らないとならん……」

 

 なだめすかす。

 そのあいだも、一郎の手はエリカの背中や乳房の裾、あるいはスカートの中の内腿などをさすっている。

 

「あっ、やんっ、で、でも……」

 

「なっ、頼むよ……。暴力も隙を作る手段だけど、あの変態がお前が気に入っているなら、それだけで隙になる……。とにかく、お前がちょっとばかり責めて、お前に隷属するのもいいかもしれんと、本気で思わせろ。それで終わりだ……」

 

 エリカは一郎の腕の中で脱力していき、くたりと一郎にもたれかかるみたいになった。

 とにかく、エリカに考えさせないように……。

 こいつが思考するのを邪魔する愛撫を与える。

 

「な、なに言ってんのか、さっぱり……。あっ、あん、そこは……。ひやっ」

 

 エリカの声に甘い響きが混じってくる。

 本当に感じやすくて可愛い女だ。

 

「そうだ。ルードルフを堕としてくれたらご褒美にイットを責めさせてやろう。縛って、ふたりがかりでねっとり責めてやろうぜ。これはどうだ?」

 

 エリカのもうひとつの性癖が、実は童女好きであることだ。

 ミウやイットのような小柄な女の子を責めるのは、エリカの大好物である。

 

「ええ?」

 

 話を振られたイットは、当惑した顔になっている。

 

「えっ、イットを?」

 

 しかし、エリカが一郎の腕の中でうつむかせていた顔をぱっとあげた。

 期待にわくわくしている顔だ。

 一郎はにんまりと微笑んだ。

 

「決まりだ。行ってこい──」

 

 エリカを抱いたまま、地下牢との扉に手を伸ばして開ける。そして、腕の中のエリカをいきなり中に突き飛ばした。

 すぐに、扉を閉める。

 

「きゃあああ」

 

 中のエリカが悲鳴をあげたのがわかった。

 なにしろ、ただ突き飛ばしたわけじゃない。

 放り込むときに、一瞬にして、エリカからスカートを収納術で取りあげた。

 ルードルフ王の前に放り入れられたエリカは、下半身がいまはスカートなしの下着だけの状態だ。

 

「なにするんですかあ──。開けて──開けて──。開けてください──」

 

 エリカが扉を向こうから叩いて、大声をあげる。

 しかし、こっちから、しっかりと扉を押さえている。

 

「いいから、やれ──。ご褒美はイット責めだ。そして、拒否すれば、そこでどんどん裸にしていくぞ。その変態の前で素っ裸になりたくなければ、その変態に鞭打ちしてこい」

 

 一郎は扉越しに怒鳴った。

 

「うう……。ロウ様のばかあああ──」

 

 エリカが喚いたのが聞こえた。

 

「あれの前で、スカートなしって……。ご主人様って、やっぱり鬼畜ですね」

 

 コゼが横からくすくすと笑った。

 

「いま頃、気がついたのか?」

 

 一郎は肩を竦めた。

 

「いえ、知ってました。大好きです」

 

 コゼが微笑んだ。

 

「あ、あのう……、あたし責めって……」

 

 そのとき、イットが困惑したような口調で一郎に声を掛けてきた。

 一郎はイットに視線を向ける。

 

「嫌か? いやなら、エリカと交代だ」

 

「いえ、エリカさんに責められます」

 

 イットが赤い顔をして即座に頷く。

 つくづく、あいつも嫌われたものだ。

 一郎は苦笑した。

 

「ガド、ここから室内が見えるようにしてくれ。声も聞こえるように……」

 

「わかりました」

 

 ガドが片手を軽くあげた。

 すると、扉のある正面の土壁が真っ白になり、対峙しているエリカと宙吊りのルードルフ王の姿がそこに映る。

 

『話し合いは終わったか? しかし、随分と色っぽい格好をしとるのう。本気で余を堕としにきたか』

 

 宙吊りのルードルフ王が大笑いした。

 もうそれなりの時間が経っているのに、まだまだ余裕がありそうだ。

 

『うるさい──。さっさと隷属を誓いなさい──。この変態──』

 

 開き直った感じのエリカが紐パン一枚の脚を開いて仁王立ちになり、ルードルフ王の腰の横あたりに、乗馬鞭を一閃させた。

 

『ふむううっ』

 

 ルードルフ王が身体を揺すって、背中を反らせる。

 

『なにを呻いているの──。変態がああっ──』

 

 また一閃──。

 今度は脚だ。

 身体は細くても、人間族よりもずっと力のあるエルフ族、しかも、鍛えられた女戦士のエリカだ。

 そのエリカの容赦のない本気の鞭打ちだ。

 一発一発がルードルフ王への強烈な衝撃になるはずだ。

 

「いいぞ、エリカ、しばらく続けろ。とりあえず、体力を削ぎ落とせ」

 

 一郎はエリカが耳にしている通信魔道具への送信具を取り出して言った。

 黒い卵形をしていて、これに声を掛ければ、エリカが耳にしている通信魔道具がその声を伝える仕組みになっている。

 エリカに送信側の魔道具を渡してないので、あくまで一方通行だが……。

 さらに容赦のない鞭打ちが始まる。

 

『ぶっほおお、ぐはああっ』

 

 今度は、逆方向の脚──。

 足に──。

 首に──。

 すぐに、ルードルフ王が痙攣をしはじめた。

 

「いい感じだ──。よし、ガド、これを向こうに送れ」

 

 収納術で取り出したのは目隠しだ。

 しかも、布の上から、さらに鉄線で締める形式のものであり、暴れてもまず外れることはない。

 

「はい」

 

 ガドニエルが魔道を駆使して、一郎の手の上から瞬時に、エリカが立っている場所の横の床へ目隠し具が転送される。

 エリカが目隠しを拾って、ルードルフ王の顔に装着する。

 

「ふふふ、ご主人様、目隠しをさせた方が鞭打ちの効果があるのもありますが、エリカの脚を見せたくないってのもあるんじゃないですか? だったら、スカート取りあげるような意地悪しなければいいのに」

 

 コゼがくすくすと笑って言った。

 

「下着一枚でルードルフを責めるエリカの肢体……。最高の景色じゃないか。それくらいのご褒美も俺にないと、あの変態を責め堕とすなんて仕事は、気が乗らん」

 

「その気の乗らない役目をエリカに押しつけてるじゃないですか」

 

 また、コゼが笑う。

 一郎は頭を掻いた。

 

『ふはははは、目隠しか──。最低限の調教のコツについては認識しておるのだなあ。愉しめそうだぞ、エリカ』

 

 ルードルフ王が笑い出した。

 すでに、鞭痕が全身にあり、脂汗でびっしょりなのに……。

 一郎は少し苛っときた。

 

「しばらく性器を鞭打ちしてやれ。そこはもうやめてくれというまで続けるんだ。気絶しても……。いや、気を失ったら、睾丸を打ち据えろ。それで目が覚める」

 

 一郎は送信具に言った。

 

『余計なこと喋るんじゃないわよ──。お前が喋っていいのは、屈服の言葉だけよ──。早く、言いなさい──』

 

 エリカがルードルフ王の勃起している性器を思い切り横から乗馬鞭で一閃させた。

 

『うぎゃああああ──』

 

 ルードルフ王の獣のような咆哮が響く。

 ガドニエルによる声の転送ではなく、壁越しに直接に響いてきた。

 

『ほら、もうやめてくださいは──? さっさと言いなさい──』

 

 さらにエリカが続ける。

 右から──。

 左から──。

 ルードルフ王の性器への鞭打ちが連続する。

 発狂したかのようなルードルフ王の悲鳴が轟く。

 

『うごおおお──』

 

 十発ほどだろうか──。

 一際大きい絶叫をしたかと思うと、ルードルフ王の身体ががくりと脱力した。

 気を失ったのだ。

 しかし、どうでもいいが、気絶してもなお、ルードルフ王の一物は隆々と勃起して怒張を保っている。

 思い出せば、宙吊りのあいだ、ずっとルードルフ王はたくましい勃起を保っていた。

 いまもそうなのだ。

 精力だけはすごい。

 もしかしたら、性欲の強さは淫魔師の一郎に匹敵するのではないかとさえ思った。まあ、媚薬を飲んでいるらしいというのもいるのだろうが……。

 

『勝手に気絶するなあ──』

 

 エリカの鞭がルードルフ王の股間を下から直撃する。

 

『ほごおおおお』

 

 ルードルフ王の身体が突っ張り、気絶状態から覚醒した。

 全身をぶるぶると震わせている。

 流石に音をあげたか……?

 

『勝手に気絶したら今度は股ぐらを蹴りあげるわよ……。さあ、言いなさい。もうやめて欲しいって……』

 

 エリカが鞭先でルードルフ王の顎をしゃくった。

 あんなに嫌がっていたのに、なかなかどうして……。堂々とした「女王様」だ。

 そして、ルードルフ王の肩が小刻みに震えだした。

 

 泣き出した……?

 

『ふはははは、思ったよりも愉しめそうだ──。いいぞ。もっとじゃ。もっとやれ──。容赦なくやっていいぞ。これなら、余も少しは愉しめそうだ──』

 

 そして、いきなり大笑いした。

 

『このう──』

 

 本気で腹がたったのだろう。

 エリカの拳がルードルフ王の顔面にのめり込む。

 

『ぐはっ』

 

 宙吊りのルードルフ王の身体が大きく揺れ、鼻血が流れ出す。

 

『ふははは、ひょう、終わりか? もっと、殴っていいひょだぞ』

 

 すると、鼻から血を流すルードルフ王がにんまりと微笑んだ。

 

『な、なんですってえ──』

 

 エリカが声をあげた。

 そして、もう一度顔面を殴ろうとして、躊躇したようにその拳を引く。

 ルードルフ王の顔がぴくりと動く。

 

『どうした? 殴らんのか? 素人の調教だ。怒りのまま本気で暴力を振るうくらいで丁度いい。金責めはまあまあだったが、ほかは三点というところだな。百点満点でだぞ』

 

『さ、三点ですってえ──』

 

『嗜虐にはなりきれんマゾというところだな。殺すのであれば躊躇なく暴力を振るえるが、心を堕とすということで暴力を使うのは難しいであろう? 何事も経験だ。もっと余で試すがいい。まあ、もっとも、あの男にすっかりとマゾにされたお前では、余を本気で堕とすのは無理だと思うがのう』

 

 ルードルフ王がまたもや大笑いする。

 こいつがわざとエリカを挑発して怒らせようとしているのは明白だ。

 つまりは、もっと責められたいと思っているのだ。

 これはさすがに、このまま鞭打ちだけで堕とすは無理か……。

 

『ふはは、どうした? ご主人様にお伺いをかけてみてはどうだ、三点の女王様よ。女王様としては未熟だが、マゾとしては満点をやるぞ。さっき、下着を見たが、かなり濡れておったのう。その気の強さで、与えれば快感に喘ぐ雌……。最高の素材ではないか』

 

 さらに、ルードルフ王がエリカを怒らせるような物言いをぶつける。

 そのときだった。

 エリカがくるりと反転して、扉に走り寄ってきた。

 

「ロウ様──。やっぱり、無理です──。わたしには無理です──」

 

 エリカが半泣きで、扉をどんどんと叩く。

 

「わっ、戻ってくるな──」

 

 思わず一郎は声をあげた。






 いよいよ、最大の強敵ルードルフ王との対決もいよいよ佳境となります(笑)。


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844 その男、変態につき

「わっ、戻ってくるな──」

 

 一郎は、扉の向こう側でどんどんと扉を叩くエリカに、扉越しで怒鳴った。

 しっかりと、扉は肩で押さえている。

 そして、収納術でエリカのはいている紐パンを取りあげた。

 まあ、しっかりと目隠しをさせているし、あんな男に見せるわけじゃないからいいだろう。

 

「きゃああああ」

 

 エリカがその場で座り込む。

 必死に上衣に裾で股間を隠そうとしている。

 だが、ほとんど付け根までしか隠せず、エリカは懸命に両手で上衣の布を伸ばしていた

 ガドニエルに施してもらった透視処置で、狼狽するエリカの必死の姿がしっかりとこちら側の壁に映っていて、恥ずかしがるエリカの姿は、いつ見ても一郎の嗜虐心をそそる。実にいい風情だ。

 

『おっ、なんじゃ──? なにをした? なにをしたんじゃ──』

 

 宙吊りのルードルフ王は急に身体を暴れさせる。

 性欲に関することには鋭敏な男だけに、なにかの勘でも働いたのだろうか。

 

「お前には関係ない、ルードルフ──。黙ってろ──。それよりも、エリカ、下着を返してやるから続けろ──。そうだ。お前が一番やられて、嫌な責めを言え。それで責めたてろ」

 

 一郎は声をあげた。

 そして、たったいまエリカから取りあげた下着を亜空間から取り出す。

 だが、手に掴んだ途端、ねっとりとした感覚が手にひらに伝わってきた。

 

「あれ?」

 

 思わず声を出してしまった。エリカの愛液だ。しかし、かなりの量のように感じる。

 ここで説得するあいだに、全身をくすぐるように愛撫したからか?

 それとも、下着一枚にされて、羞恥責めに弱いマゾの血が反応してしまったか?

 

「あら、すごいお汁……。エリカ、あんた濡れすぎじゃないの? そんなに興奮するなら、そのまま女王様をやんなさいよ」

 

 すると、コゼが横からひょいとエリカの下着を掴んで、からかいの言葉をあげる。

 

「なに見てんですかあああ──。うるさい、コゼ──。交代よ──。交代──。ねえ、ロウ様、わたしには無理です──。無理ですったらああ」

 

 エリカが絶叫した。

 

「とにかく、やれ、エリカ──。命令だ。お前がやられていやな責めはなんだと訊ねただろう。その道具を新しい下着と一緒に送ってやるから」

 

「ロウ様がやってください──。とにかく、もう無理です──」

 

「いいから……」

 

「ロウ……、仕方ない……。わたしがやるよ。わたしの仕事だろう……」

 

 アネルザが声をかけてきた。

 心の底からやりたくなさそうな感じだ。

 仮にも妻でこうなのだから、ルードルフ王もつくづく嫌われていると思った。

 

「そうだなあ……」

 

 一郎は迷った。

 まあ、仕方ないか……。

 そのときだった。

 

『なんじゃと──。もしかして、下着を取りあげられたのか──? 見せよ──。余に見せよ──。見せんかあ──』

 

 宙吊りのルードルフ王が宙吊りの裸体を振って、さらに暴れだした。

 かなり興奮している。

 これまでの余裕しゃくしゃくぶりが嘘のようだ。

 まったく……。

 

「うっさいわねえ──」

 

 すると、エリカがルードルフ王に振り返った。

 ちらりと見えたが、すごい形相をしていた。

 次の瞬間、エリカの手から発射された炎の球がルードルフ王が剥き出しにしている股間に飛んだ。

 

『ふがあああああっ』

 

 ルードルフ王は咆哮した。

 陰毛に火がついたのだ。

 しかも、勃起している怒張全体が炎に包まれている。

 さらにエリカが連続で火の玉を発射した。ルードルフの全身が火に包まれれた。

 

「わっ、いかん──」

 

 一郎は扉を開けて、地下牢の中に飛び込んだ。

 骨が折れても、身体が傷ついても、場合によっては欠損になっても、世界一の光魔道遣いのガドニエルがいるから問題ないが、殺してはまずい。

 また、あるいは、責めが強すぎて、発狂してしまってもだめだ。

 女については、一郎の淫魔術で支配してしまえば、切れた頭の線を繋ぎ直せるが、男は無理なのだ。

 いや、男でも一郎の食指が動けば、精液をなすりつけて、そこからなんらかの淫魔術を施すということもできるかもしれないけど、こいつは無理だ。

 以前に、それをしようと試みたこともあったけど、一郎の淫魔力が動かず、どうしてもできなかった経緯もある。

 いずれにしても、殺すわけにはいかない。

 

「ガド、火を消せ──。あいつを治療しろ──」

 

 一郎は部屋に入ると、炎に包まれて絶叫しているルードルフ王に向かって叫ぶ。

 

「はいっ」

 

 ガドニエルが魔道を飛ばして、一瞬にして火が消えた。

 続いてさらに魔道──。あっという間に、全身の火傷だけじゃなく、エリカが打った鞭痕などを含めて消えていく。鼻血の痕さえもうない。

 しかし、ルードルフ王は完全に脱力し気絶している。

 だが、息はしているみたいだ。

 よかった──。

 一郎はほっとした。

 

「ばかエリカ──。あいつを殺すつもり──? ご主人様には、隷属させろって言われたんでしょう──。せめて、去勢くらいにしなさいよ。丸やけになんかしたら、死ぬじゃないのよ──」

 

 コゼがエリカに怒鳴っている。

 

「だったら、あんたがしなさいよ──。ロウ様、無理ったら、無理です──。もう嫌です──」

 

 扉の横でしゃがみ込んでいるエリカが泣きべそをかいている。

 一郎は嘆息した。

 

「わかったよ。無理を言ってすまなかった……。みんなで知恵を集めよう……。こいつをどう堕とすかだ……」

 

 ルードルフ王をちらりと見る。

 いまは失神している。

 だが、あれだけのことをされても、いまだに股間が勃起しているのがすごい。もしかしたら、ベアトリーチェに大量服用させた強力媚薬をルードルフ王自身も飲んでいるせいかもしれないが、おそらくこいつは、あらゆる苦悶を快感に変えることができるのだと思う。

 まあ、薬のせいでルードルフの頭も数本は切断されているかもしれないというのもあるだろう。

 とにかく、簡単に堕とせる気がしなくなった。

 一郎は全員をもう一度外に出す。

 ただ、壁の透視はそのままだ。声が外にそのまま伝わる処置もしたままにしてもらった。

 

 廊下で全員で集まって座る。

 しゃくりあげているエリカに新しい下着とスカートを渡す。

 

「うう……。申し訳ありません……。でも、無理です……。生理的に無理です……。うう……」

 

 エリカがしゃがんだまま下着をつけながら言った。

 

「わかったから……」

 

 一郎はエリカの頭を撫でながら言った。

 エリカの言葉を待つことなく、頭にきて相手を殺してしまいそうになるようでは、女王様は失格だ。

 女王様にしろ、ご主人様にしろ、責め側には高い自制心も必要だし、与える責めの強さを見極められる冷静さもいる。

 エリカは気が短いんだった。

 明らかに一郎の人選ミスだ。

 もう一度、地下牢の中のルードルフを確認する。

 まだ脱力していて、失神状態だ。

 一郎は視線を女たちに戻す。

 

「……じゃあ、知恵を出せ。さっき言ったが、エリカがやられて、一番つらい責めはなんだ?」

 

 訊いてみた。

 エリカはちょっと考えるような表情になったが、真っ赤になった顔をあげる。

 

「か、痒み責めです……。そして、痒い場所をロウ様に筆というやつでくすぐられるやつです……」

 

 ぽつりと言った。

 一郎は思わず吹き出してしまった。

 

「わかった。じゃあ、今度、それでエリカを責めてやるな。痒み責めを塗って放置し、それから気絶するまで筆でくすぐりだ」

 

 笑いながら言った。

 エリカの顔がますます真っ赤になる。

 

「ど、どうしてですか──。どうして、わたしが──」

 

 一瞬絶句したみたいになったが、すぐに抗議してきた。相変わらず顔は真っ赤だ。

 

「そりゃあ、途中で女王様を放棄したからだろう。それとも再開するか? 痒み剤と筆を渡してやる。あいつの性器に塗って、奴隷になると音をあげるまで性器をくすぐり続けろ」

 

 一郎は言った。

 エリカの赤かった顔が一瞬にして色がなくなり、ぶるりと身震いした。

 

「か、痒み責めでいいです……。わたしにしてください……。受けます……。気絶するまで……」

 

 そして、言った。

 余程にルードルフ王を責めさせられるのが嫌なんだろう。

 なにしろ、気絶するまでくすぐられるなど、かなり苦しまないとならない。しかも、エリカのように鍛えられた女戦士ともなると、なかなか気絶さえできない。

 エリカもそれはわかっていると思うが、それと比べてさえ、ルードルフ王を責めさせられたくないのだ。

 

「エリカはあやうく、殺しかけましたけど、それに至らないまでの拷問はどうですか? 爪の下に針を刺しましょう。指は二十本あるし、針刺しくらいならいくらでも繰り替えせるんで、そのうち、降参するんじゃないですか?」

 

 コゼだ。

 

「そうかなあ。だが、性器に鞭打ちどころか、火をつけられても勃起が萎えない男なんだぞ。拷問に屈するとも思えないがなあ……」

 

「そうですねえ……。エリカさんの調教で隷属が刻まれないのは、あの男が拷問を望んでいるからのようですね」

 

 ガドニエルが口を挟む。

 

「いずれにしても、脅迫に屈するのと、屈服するのは違うんだ。まあ、脅迫に屈するのもいいんだが、それにより、奴隷になってもいいと思考することが必要なんだ。でも、あいつは悦ぶんだ」

 

 一郎は言った。

 実際に、悦んでいたし……。

 

「アネルザに案は?」

 

「さあねえ。正直、なにをしてもあの変態を悦ばすことにしかならない気がするねえ」

 

「まあ、確かに……」

 

 一郎は嘆息した。

 

「イット、あんたもなにか言いなさい。そういえば、あんたも奴隷だったんだったわねえ。あんたみたいに強い女がどうやって心が折られたのよ?」

 

 コゼがイットを見た。

 

「あ、あたしですか……。あたしは、ただお父さんに売られて……。多分、そのときには、すっかりと諦めていたんだと思います……。首輪を装着されたら、すぐに隷属にかかった気もするし……」

 

 イットが言った。

 

「そうか……。つらかったな……」

 

 一郎はイットの頭に軽く手を置く。

 

「い、いえ……。いまは幸せなんで……」

 

 イットがはにかむように微笑んだ。

 

「ガドはなにかいい知恵は? どうやって、責められたら心が折れると思う?」

 

 一郎はガドニエルを見た。

 

「わたしは、ご主人様に構ってもらえなければ死んでしまいます。それが一番嫌です」

 

 すると、ガドニエルがはっきりと言った。

 

「なによ、それ──。なんにも参考にならないじゃないのよ──」

 

 すると、コゼが笑った。

 そのときだった。

 

『……ロウ……。ロウよ……。聞こえておるのだろう……。ロウよ……』

 

 地下牢から声──。

 ルードルフ王だ。

 一郎はガドニエルに指示して、一郎の声が中に響くようにしてもらう。

 

「なんだ。目が覚めたか? マゾを自称するにしちゃあ、全身を火だるまにされたくらいで気絶するのは情けないな」

 

 一郎は言った。

 

『違いないな。余としたことがまだまだ不甲斐ない……』

 

 ルードルフ王が高笑いする。

 まだまだ余裕だ。

 一郎はうんざりしてきた。

 

「それでなにか用か? しばらく休憩してろ。こっちは休憩中だ」

 

 一郎はそれだけを言って、ガドニエルにこちらからの声は遮断させようとした。

 しかし、すぐにルードルフが続けて口を開く。

 

『待て待て、話を聞け。どう拷問すれば、余が屈服を誓うのかとでも話し合っているようなら時間の無駄だぞ……。単純な拷問で人が屈するなら、拷問師や調教師というような職人はいらん。しかし、実際には奴隷商はほとんどが、自分がそれをできるか、あるいは専門家を雇っておる、それだけ、人を屈服させるというのは技術がいるのだ』

 

「わかっているよ。じゃあな」

 

『待てというのに──。だから、協力しようではないか。さっきのはよかった。死ぬ寸前までの責めというのはなかなかに味わえんからのう。お前が余を絶対に殺さんし、最終的には傷つけんというのはわかっておる。おそらく、余の使い道があるのだろうのう……。だから、骨を折って、余を隷属しようとしている。そうでなければ、さっさと殺せばいいしのう』

 

「苛つかせるなよ……」

 

 一郎はこちらからの声は遮断させた。

 ただし、向こうからの声は届く。

 

『余も王の端くれじゃ。王になる者への帝王学には拷問に耐える訓練などもあるのだぞ。余の祖父は、余のように怠け者ではないから、拷問訓練もいやというほどやらされた。なにしろ、こうやって国王が捕らわれて隷属などされては国が滅ぶからな。だから、そういう訓練もするのだ。まあ、余の場合は、おかしな性癖が芽生えてしまったがな』

 

 そして、ルードルフが大笑いする。

 よく喋るやつだ。

 構ってもらいたいのか?

 一郎は息を吐いた。

 

 そして、ふと思い出した。

 考えてみれば、こうやって責め始めてから、ルードルフ王が冷静さを失ったかのように暴れだしたときが二度あったか?

 それ以外は、どんなに鞭打たれようと、殴られようと余裕しゃくしゃくに笑っていさえしていたが、そのときだけは、ルードルフ王は追い詰められたような雰囲気があったかもしれない……。

 

「……やってみるか」

 

 一郎は立ちがり、そして、全員の腰をあげさせた。





 *

 小題名を少しいじってます。


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845 (あま)岩戸(いわと)作戦の発動

 一郎は五本の鎖を持って、地下牢に入った。

 その五本の鎖は、エリカ、コゼ、イット、ガドニエル、そして、アネルザに装着させている赤チョーカーに粘性体で繋がっている。

 鎖の長さはそれほどでもなく、エルフ族の男の一歩の長さとされる、この世界の単位で“1ベス”、一郎の前の世界であれば、“1メートル”くらいだ。

 ただし、全員を四つん這いで歩かせているので、じゃらじゃらと鎖が床を叩く音はしっかりと聞こえるはずだ。

 

「おっ、なんじゃ? なにをしておるのだ──?」

 

 案の定、ルードルフ王が焦ったように騒ぎ始めた。

 ルードルフ王には目隠しをしている。なにが起きているのかは正確にはわからないだろう。

 だが、意外に勘がいい男のようなので、おそらく、数本の鎖が床を這う音──、床の低い方から聞こえる女たちの息遣い──、そして、女たちが床を這う布ずれの音を察して、女たちが四つん這いで歩いているくらいのことは察するだろうと思う。

 

 一郎はなにも言わない。

 ただ、ルードルフが宙吊りになっている正面側に女たちを留めると、ルードルフ王の後ろに回り、いきなり、口の中に球体を押し込んだ。

 女たちとの遊びによく使うのは、穴あきで涎が小さな穴から垂れ流しになるタイプのものが多いが、ルードルフ王にさせたのは、穴のない球体だけのものだ。

 こいつの涎が垂れ流しになるなど、それだけで気持ち悪い。

 しかも、無理矢理に押し込んだ球体は、口の中で舌を顎側に押さえつけるくらいに膨らむ仕掛けになっている。

 だから、意味のある言葉を喋ることは不可能になるし、球体が口の広さよりもかなり大きくなるので、こっちで小さくさせない限り、球体どころか、涎すら口から出すのはできなくなる。

 

「んごっ、おごおっ、ごっ」

 

 ルードルフ王が必死に首を振って、なにかを語ろうとした。

 だが、放置した。

 これが今回の策だ。

 名付けて、『天の岩戸作戦』──。

 ルードルフ王の目の前で一郎たちが乱れ合う気配だけに触れさせて、あいつの心の隙が開くのを待つという作戦だ。一郎の元の世界の女神様だって、目の前で乱行をされれば、気になって天の岩戸を開いてしまった。女神よりも遥かに精神力が劣るルードルフ王なら、いずれは堕ちると思う。

 

「さあ、奴隷ども、遊びの時間だ。全員、手を後ろに組め。手枷をしてやろう」

 

 五人を集めて、順番に後手に革枷の手錠を嵌めていく。

 首の鎖はとりあえず外した。

 一郎は床の上で胡座をかく。

 ルードルフ王には背中を向ける感じだ。

 

「ふふふ、こんなんですけど、ご主人様に可愛がってもらえるなら嬉しいです」

 

 コゼがさっそく後手のまま、一郎の胸に頭を擦りつけてくる。コゼが下にはいているのは半ズボンだ。

 留め具を外して腰からおろして、足首から抜く。収納術であっという間に剥がせるが、布ずれの音もルードルフ王には聞かせたい。

 さぞや想像力が刺激されるだろう。

 

「もう濡らしているのか?」

 

 女たちに履かせているのは、白い紐パンだ。

 下着はいろいろなものがあるが、なにも言わないと女たちはそれを身につけることが多い。

 一郎が好きなことを知っているからだ。

 それはともかく、コゼの下着は、股間の部分が丸く濡れていた。

 

「ご主人様に可愛がってもらえるのだろうと思うと、いつでも濡れます。性奴隷ですから」

 

 コゼが甘えたように、身体を密着させてきた。

 一郎は、さらにコゼの前の服のぼたんを外して、上衣を左右に開いた。胸には、一郎の前の世界におけるスポーツブラのようなものをコゼはしていた。

 その布の上からゆっくりとコゼの小さめの乳房を揉んでやる。

 

「あんっ、あっ」

 

 コゼが甘い声を出して悶える。

 膝から内腿にかけて、すっと指を動かす。そこに、性感帯の線がすっと浮き出たからだ。

 

「ひゃんっ」

 

 コゼが一郎の腕の中で飛び跳ねるような仕草をした。

 意識して、激しく反応するように指示はしているが、いまのは素だろう。一郎の女として古株になるコゼは、実はエリカに負けず劣らず、身体が敏感だ。

 コゼの下着の丸い染みがさらに大きくなった。

 

「あんっ、ご主人様、ガドも濡れてます。いつでもびしょびしょです。ご主人様のことを考えると、すぐに濡れ濡れのおまんこになるんです」

 

 ガドニエルが身体をぶつけるように一郎に寄ってきた。

 この世界では貴族の服としては珍しいが、ガドニエルが身につけている装束は、上下が分かれる仕組みになっている。

 スカート部分を外して、やはりコゼのように下半身を露出させる。

 本当に濡れ濡れだ。

 むっとするような女の匂いが一郎の鼻をくすぐる。

 

 それはともかく、この女王様は、一郎と過ごすようになって覚えたての女性器を表す言葉を最近頻繁に使う。

 ガドニエルのような立場からすれば、とても新鮮なのだろう。

 しかし、ガドニエル女王ほどの者が「おまんこ」などと口にすれば、それだけで卑猥感が半端ない。

 

「んごおおっ、ごっ、ごっ」

 

 背中側でルードルフ王が暴れているのを感じる。さらに焦れてきたみたいだ。

 しかし、一切無視する。

 女たちには絶対にルードルフ王に反応をしないことを命じたし、そもそもいないものとして扱えと指示している。

 ルードルフ王に対応するのは一郎だけだ。

 

 だが、まだまだだ。

 この男が焦れて狂いそうになったら、初めて奴隷の刻みをするかどうかと質問してやるつもりだ。

 ただ、それに至るまでどれくらいかかるか……。

 背中のルードルフ王を意識しながら、下半身を下着にしたガドニエルの股間を布の上からゆっくりと愛撫する。

 

「ああっ」

 

 ガドニエルがびくびくと身体を悶えさせた。

 さらに刺激を続けながら、一郎は思考する。

 しかし、ルードルフ王が墜ちるまでどのくらいかかるか……。一日……?

 二日……?

 まあ、それくらいかければ、必ずルードルフ王は墜ちる。

 一郎にはそれについては確信はある。

 

 なにしろ、ルードルフ王を奴隷に堕とそうとすることを開始して、こいつが逆上したように暴れだしたのは、二度だ。

 一度は、一郎がアネルザを目の前で責めたとき──。もう一度は、エリカの下着を脱がして辱めたときだ。

 いずれも、ルードルフ王を放置気味にして無視していた。

 

 おそらく、この男は放置されるのには、堪え性がないのだと思う。

 腐っても王だ。

 多分、無視される経験はない。

 政務でもなんでも放置する男だが、それは自分が無視するのであり、他人から無視されるわけではない。

 性行為もそうだろう。

 この男が主体であり、添え物にされた経験は皆無だと思う。

 だから、心の隙が生まれる。

 焦れて狂いそうになったら、無視され続けるよりは、隷属した方がいいと感じてしまうかもしれない。

 

 理屈ではない。

 心だ──。

 

 一郎たちの思惑が別のところにあるのはわかっているはずなので、隷属が完了してしまえば、ルードルフ王を満足させるような快感を一郎たちが与えることはないだろうくらいは予想はするだろう。

 だから、簡単には隷属せずに、引き伸ばすつもりなのだ。

 しかし、ずっと無視され続ければ、理屈ではわかっているが、心が折れてしまうのだ。

 従って、長い時間をかければ、こいつは墜ちる。

 

 ましてや、これは性欲の化け物のような男だ。

 ずっと、性行為を目の前でやっている気配を永々とされ続ければ、冷静な思考などできず、本能で無視され続けるよりは、隷属をしてしまえと考えてしまうはずなのだ。

 こいつの脳は頭じゃなく、性器にある。

 そういう王だ。

 

 構われないと死ぬと言ったガドニエルの言葉は至言だと思う。マゾが一番耐えられないのは、なにもしてもらえないことかもしれない。

 ただ、それに至るまで、一日で済むか……?

 

 実は、あいつの口に押し込んだ球体は、口呼吸ができなくなるだけでなく、鼻からの呼吸も気道を制限して身体に入る息を少なくする。

 死ぬほどにはならないが、ゆっくりと酸欠にもなっていく。

 ただでさえ足りない頭を、さらに思考を制限されれば、もしかしたら、あっさりと本能になびく可能性もあるかもしれないとは思っている。

 頭は限りなく悪そうなので、酸欠気味にして思考を制限させ、もしかしたら一日で済むかも……。

 

 あるいは、二日か……。

 それとも、放置で心が折れるまでには、やはり三日はいるか……。

 

 まあいい。

 もう長期戦は覚悟している。

 

 一日で決着をつける予定だったが、変更はできる。その分、西側にできた前線では、イザベラたちと王軍が敵対している状況が継続することになるが、可能な限りの戦力を与えているし、悪戯に戦端を開かずに、対峙状態を守るように指示している。

 大丈夫だろう。

 

「ああっ、ご主人様、いくっ、いきますっ」

 

 考えるのに夢中で、ちょっとしつこくガドニエルを愛撫しすぎたみたいだ。

 気がつくと、ガドニエルはすっかりとできあがった状態になってしまっていた。

 

「待て、まだ早い。順番だ」

 

 一郎は笑ってガドニエルの股間から指を離す。

 そして、両側からコゼとがドニエルを密着させたまま、正面にエリカとイットを呼び寄せる。

 

「ふたりはスカートをはいたままにするか……。だが、下着はなしだ」

 

 股間に手が届くくらいまで近寄せると、両手でそれぞれのスカートの中に手を入れて、下着を抜く。

 やはり、むっとするほどの女の香り……。

 特に、エリカはすごいな。

 さっき新しいものに変えたはずなのに、もう下着にはねっとりと愛液がついている。

 今度はまだ愛撫は与えてないので、一郎に愛されるという想像だけで濡れたか……。

 

「エリカは相変わらず、汁が多いな。まあ、イットも負けてないが」

 

 一郎はふたりの下着を宙吊りのルードルフ王の足もとに放り捨てた。

 

「わっ、なにするんですか──」

 

 すると、エリカが大きな声をあげた。

 

「ばか……。一切、無視しろって、言われたでしょう──」

 

 コゼが小声でエリカに叱咤し、脇を指で突く。

 

「あっ、そうだ」

 

 エリカがはっとした顔になった。

 

「じゃあ、順番だ。次はエリカとイットだ。もっと近くに来い……」

 

 一郎はふたりを胡座の上に座らせるばかりに近寄らせる。

 手をスカートの中に入れて、生尻をさわさわと撫でる。もちろん、性感帯の赤いもやの場所だ。

 スカートの中のイットの尻尾は激しく揺れていた。種族によって異なるが、イットの種族の女は性的興奮を感じると尻尾を動かすという特徴があるらしい。山猫を連想させる姿でガロイン族というそうだ。

 それはともかく、発情が尾でわかるという特徴は、性奴隷としても悦ばれるらしく、奴隷として高く売買もされるという。

 イットが幼い頃に、早々に性奴隷として売られたのは、そういう価格制の高さもあるのだろう。

 

 一郎は、イットの尾の付け根に手をやり、捏ねるように動かした。

 獣人族の尾の付け根は、最大の性感帯だ。ほかの人族の女のクリトリスにも匹敵する部位であり、余程に親しい男女でなければ、獣人族の女は尾を触らせないという。

 ましてや、付け根など……。

 

「ひゃあああっ、ご主人様あああ」

 

 いきなりイットががくがくと身体を痙攣させて、身体を突っ張らせた。

 

「あっ、あっ、あああっ」

 

 一方でエリカも大きな悶え声を出す。

 一郎がエリカに与えた刺激はクリピアスに対してだ。エリカだけに装着させているものであり、クリトリスに穴を開けて、小さな宝石をついた金属環を嵌めている。本来は性的刺激を与え続けるものなのだが、誰かに触れられない限り、ほとんどなにも感じないようにはしている。

 だが、ひとたび触れば、その堰き止めていた快感の分も含めて、一気に襲いかかるようにもなっているのだ。

 

「ああっ、あんんっ」

 

 エリカは一郎に向かって身体を倒れさせるようなかたちで、後手拘束の身体をぴんと全身を弓なりにした。

 

「おっと、お前たちもまだ早いな」

 

 一郎は達しそうだったエリカとイットからぎりぎりでさっと手を離す。

 

「あんっ」

 

「ひゃんっ」

 

 絶頂寸前で刺激をとめられたふたりが、がくりと脱力した。

 どうでもいいが、うちの女たちは誰も彼も身体が馬鹿みたいに敏感で嬉しくなる。

 まあ、一郎がじっくりと開発していったのだが……。

 

 今度は、また、手をコゼとがドニエルに戻す。

 ふたりへの愛撫を再開する。

 

「アネルザ、見ての通り、俺の前が埋まってしまった。アネルザは俺の正面に来て、スカートをまくって脚を開いて座れ。そして、自慰をしろ。チョーカーの絶頂禁止機能は一時的に解除してやる。俺に見えるように、指で自分の股間をいじるんだ」

 

 一郎は言った。

 アネルザが顔を真っ赤にした。

 

「わ、わたしだけ、そんなことをさせるのかい──」

 

「命令だよ、奴隷──」

 

 一郎はできるだけ冷たい口調で言った。そして、淫魔術でアネルザだけ手錠を外した。

 

「うう……」

 

 アネルザは項垂れたが、言われたとおりに、一郎の前に来てしゃがみ、スカートを膜って自ら脚を開く。

 いわゆる、“M字開脚”だ。

 アネルザは最初から下着を身につけてさせていない。

 疑似男根と女の性器の両方が一郎の視界に対して露わになる。

 

「くっ、なんか、惨めだよ……」

 

 アネルザが股間を指でいじりだした。

 

「絶頂機能を解除するとは言ったが、絶頂はするなよ。性奴隷に勝手に自慰で気をやる権利はないからな。絶頂寸前になったら、自分でやめるんだ。それを繰り返せ」

 

「お、お前──」

 

 アネルザが真っ赤な顔で一郎を睨む。

 

「アネルザ、一度やめろ。真っ直ぐに両手を前に出せ。手の甲を上だ。もっと前に」

 

 一郎はコゼとガドニエルへの愛撫を一度やめて、アネルザに言った。

 

「えっ、こうかい?」

 

 アネルザは当惑しながらも、言われた通りに一郎に向かって両手を伸ばす。

 一郎は亜空間から「半鞭」という短めの乗馬鞭を出して、強くアネルザの手を打った。

 

「あひいいっ」

 

 アネルザが悲鳴をあげた。

 しかし、手は戻さない。しっかりと前に出したままだ。

 一郎はもう一度打った。

 再び小気味いい音が炸裂する。もっとも、これは実は痛みよりも音を大きくする仕掛けにはなっている。

 まあ、痛くないわけではないが……。

 

「んぐっ」

 

 今度は歯を喰い縛ってアネルザは声を我慢したようだ。

 

「奴隷は命令には逆らうな」

 

 一郎は鞭をしまって、コゼたちの愛撫に戻る。

 

「わ、わかったよ……」

 

 アネルザが自慰に戻る。

 しかし、一郎にはわかっている。

 鞭を入れられたとき、アネルザの快感の値がぐんと下がった。

 気性の荒そうなアネルザだが、本質はマゾだ。心の底のアネルザは他人に支配されたい。力強く導かれたいという欲求を持っている。

 だから、こうやって強く接した方が、アネルザは嬉しいのだ。

 

「んごおおお、んごおおおお」

 

 一方で、背後のルードルフ王が相変わらず吠えるような声を続ける。

 まだまだ元気そうだ。

 それを耳で捉えながら、コゼとガドニエルに与える指の刺激を強くする。

 

「ああっ、ああっ、あっ」

 

「ああ……。いくうっ、ご主人様、き、気持ちいいです──」

 

 コゼとガドニエルのふたりがぶるぶると身体を痙攣させ始めた。

 

「じゃあ、交替だ」

 

 一郎は笑ってふたりからも指を離す。

 

「ああ、ご主人様」

 

「あっ、も、もう……」

 

 コゼとガドニエルもがくりと脱力したのがわかった。

 

「もっと続けて欲しければ、できるだけ我慢することだ。いきそうになるまで、ずっと刺激はするからな」

 

 一郎は笑ったまま、また、エリカとイットのスカートに手を差し入れた。

 

「ひゃっ」

 

「ああっ」

 

 ふたりが悶え始める。

 

「順番に口づけだ。まずはアネルザからだ。自慰をしながら来い」

 

 一郎はエリカとイットの股間に刺激を送りながら言った。

 

「う、うん……」

 

 うっすらと汗をかいているアネルザが脚とお尻で一郎に向かってにじり寄ってくる。

 

 淫らに自慰をしながら……。



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846 何が、()の王をそうさせたか―奴隷主人

「ああ、もう意地悪しないでください──」

 

 一番最初に音をあげたのはエリカだった。

 一郎の寸止め愛撫は、おそらく、もう軽く二ノス半以上は続いている。一郎のもとの世界の時間感覚では、二時間というところだ。

 そのあいだ、ずっと五人の女の身体をくすぐり、揉み、それとも、時折強く刺激しては、すぐにやめるということを繰り返している。

 おかげで、一郎の思惑通りに、すっかりと女たちは半狂乱だ。

 

「おごっ、んごおおおっ、ふごおおおっ」

 

 一方で、そんな女たちのあられもない声をずっと聞かされ続けているルードルフ王もまた、かなり狂乱している。

 それは背中で感じる気配でわかるし、哀願するような泣き声の混じった呻き声でもわかる。

 だが、放置している。

 あの好色のバケモノのような男の心が折れるまで、こうやって女たちの嬌声を聞かせ続けて狂わせてやるつもりだ。

 幸いにも、一郎のしつこい焦らし責めのために、五人のどの女も、もうルードルフ王の存在を気にしなくなっている。

 あげる喘ぎ声もかなり大きい。

 

「どうしたんだ、エリカ? 意地悪ってなんだ?」

 

 一郎は集まっている五人の女のうちから、エリカを抱き寄せ、指で軽く股間を撫であげる。

 エリカもそうだが、すでに五人の女の全員がすでに下半身にはなにも身につけていない。そして、びしょびしょに濡れた下着は、宙吊りのルードルフ王の爪先の下に集めている。もちろん、女たちの汗と愛液による淫靡な香りもまた、この地下牢に充満している。

 ルードルフ王のような好色男であれば、たまらない匂いだろう。

 

「あああっ」

 

 エリカの股間はすでにびっしょりだ。

 一郎が軽く刺激をしただけで、エリカは腰を揺すり、後手手錠をした身体を激しく悶えさせて、さらにおびただしい愛汁を噴き出させた。

 だが、それですっと指を引く。

 今回の作戦は、とことん、女たちに狂ったような反応をしてもらうのが目的なのだ。

 

「だ、だめえ、離れちゃいやああ──。お願いです。い、入れてください。もう苛めないでください──」

 

 エリカが自ら一郎の指に腰をなすりつけるようにしてきた。

 そういうことをしないエリカには珍しい。相当に頭に焦らし責めが堪えている証拠だろう。

 

「待て、順番だよ。こんなにいるんだ……。ゆっくりと順番だ。そうだな……。次は誰にするかなあ……」

 

 一郎は激しく求めるエリカの身体を焦らすように触りながら、ほかの四人の女を見る。

 最初に自慰をさせていたアネルザも含めて、いまは全員が後手手錠で一郎の周りに群がっている状態だ。

 一郎もまた、女たち全員と一緒で下半身にはなにも身につけていない。

 ただ、一郎の股間には、ずっと女たちの誰かが奉仕をしている状態だ……。

 いまは、イットの番になっていて、イットは剥き出しのお尻から出ている尻尾を振り立てながら一心不乱に一郎の怒張を舐め回していた。

 

「んぐうっ、んごお」

 

 相変わらず後ろからは啼くようなルードルフ王の呻き声が続いている。

 

「ああ、もうわたしも、狂ってしまいそうだよ──。いい加減にお情けをおくれ、ロウ──」

 

 すると、アネルザが後ろから乳房を激しく一郎の背中に擦りつけるようにしてくる。

 焦らし責めということでは、このアネルザには最初に寸止め自慰を十数回は繰り返させた。一番、性欲に狂っているのは、間違いなく、このアネルザだろう。

 寸止め自慰のときには、手錠は外していたが、二十回近くの寸止めで、あの強気のアネルザがぼろぼろと泣き始めたのにはちょっと驚いた。

 それでやっと一郎は絶頂を許可したが、意地悪く、その絶頂の寸前で粘性体で両手を拘束して、強引にいまの後手手錠に戻したのだ。

 それから、ずっとアネルザは狂乱状態だ。

 また、そのときのルードルフ王の暴れぶりも見物だった。

 まあ、もっとも当のアネルザ自身がまったくルードルフ王には気にもとめてはいなかったが……。

 

「奴隷王妃様もこれが欲しいのか?」

 

 一郎は手を後ろに回して、膝立ち状態のアネルザの股間に指を挿入して動かす。さらに疑似男根を軽くさすってやった。

 アネルザの股間はもう愛液が溢れすぎて、すごい状態だ。

 まるでおしっこでも漏らしたかのように、大量の愛液が内腿をまとい、膝くらいまでをべっとりと濡らしている。

 

「ふわあああっ」

 

 アネルザが派手な声をあげて全身を弓なりにして突っ張らせたのがわかった。

 だが、一郎はすぐに指を抜いてしまう。

 

「ああ、そんなああ──」

 

 アネルザがまたもや泣き声をあげた。もう、なにがなんだかわかってないのかもしれない。

 また、ルードルフ王が吠えた。

 おそらく、ルードルフ王は、自分の王妃のアネルザがここまで乱れ、あられもなくねだり、そして、翻弄されて泣くような姿は見たこともないだろう。

 こんなに可愛らしいアネルザを目の当たりにして、せいぜい焦れて口惜しがればいい。

 あえて、王妃呼びを繰り返すのは、責められているのがルードルフ王の妻のアネルザであることをとことん強調するためだ。

 

「あ、あたしも……」

 

「わたしが……」

 

 今度は、前側からコゼとガドニエルも汗まみれの身体をさらに擦りつけるようにしてきた。やはり、ふたりとも後手手錠だ。

 一郎は両手でそれぞれの股間をゆっくりと刺激してやる。

 

「ひゃあああ」

 

「あああ、ご主人様ああ」

 

 あっという間にふたりとも絶頂寸前まで快感が引きあげられる。

 しかし、それで一郎はまたやめてしまう。

 

「ああ、もうだめですう。もっとです、もっと──。もうやだああ」

 

 いつになくコゼが乱れまくっている。

 哀願の言葉もほとんど泣きべそに近い。

 

「ご主人様、ガドのおまんこに、入れてください。それとも、ガドに舐め舐めを命令してください──。イットさん、代わって──、わたしもご奉仕を」

 

 ガドニエルが一郎の股間に顔を埋めているイットを押しのけんばかりに身体を入れようとする。

 一郎はガドニエルを宥めて離したが、そういえば、イットだけかなり長い時間続けていた気がする。

 

「待て、待て、ガド、エルフ族の女王様……。そろそろ、順番に犯してやるから……。ところで出すぞ、イット。全部飲め。そうしたらご褒美だ」

 

 一郎は口で奉仕を続けていた、イットの口の中に一郎は射精を開始する。

 まだ、どの女に対しても、まだ一度も挿入はしていないが、口への射精は一度ずつしていた。

 イットに対しては、これで二度目ということになる。

 

「んんんっ」

 

 イットは身体を前に出して、自ら顔を差し出すようにして、一郎の怒張を喉の奥まで咥え込んできた。

 これもまた、いつものイットにはない行為だ。

 二ノス半の焦らしセックスは、どうやらイットほどの獣人戦士も狂わせるらしい。

 イットはむさぼるようにして、一郎の精を全部喉に飲み込み尽くした。

 

「よし、じゃあ、最初はイットだ──」

 

 一郎は群がっている女を押し分けるようにして、イットの身体を掴むと、尻を一郎に向けるようにうつ伏せにさせる。

 そして、やはりべっとりと愛液が尻の下まで繋がっている一致のお尻の下を滑らせて、怒張でイットの桃色の狭間を一気に押し広げた。

 六度目の射精をしたばかりだが、一郎の性欲は小さくなることなどない。精液だってその気になれば、無尽蔵で射精できる。

 

「んはあっ、ご主人様ああ」

 

 イットは大きく身体を弓なりにした。

 小さなイットの膣は小さめだ。しかも、鍛えている獣人戦士らしく、ぎゅうぎゅうと強い力で一郎の男根を膣全体で締めつけてくる。

 一郎は一気に律動をしたりせず、挿入したまま手を伸ばしてイットの胸を柔らかく揉みしだいてやった。

 さらに、快感で跳ね動いている尻尾を舌で舐め回す。

 

「ひやあああ、舐めちゃだめええ──。いぐうう、いきますうう」

 

 イットは絶叫した。

 しかし、いけないはずだ。

 快感はどんどんと膨れあがると思うが、最後のひと押しを与えていない。胸と尻尾の付け根の刺激で快感が拡大するだけだ。

 

「ああ、動いて、動いてください──。お願いします──」

 

 イットが激しく悶え始める。

 一郎は尻尾への舌舐めをやめて口を離す。

 

「じゃあ、前戯は終わりで、これからが本番だ。今日は俺がお前たちの性奴隷をしてやろう。イット、奴隷に命じるように、俺にやって欲しいことを言ってみろ、そうしたら、その通りに奉仕してやる」

 

 一郎は笑って言った。

 これもまた、隷属を強要しているルードルフ王への揶揄(からかい)いだ。

 言葉だけとはいえ、奴隷になった一郎がこんなにも淫乱な女たちを性に絡みまくるのだ。

 ルードルフ王も焦れ抜かれるに違いない。

 

「そ、そんな……。ご、ご主人様に、命令だなんて……」

 

 イットが躊躇したような言葉を吐く。

 

「だったら、いつまでもこの宙ぶらりんの状態だな。とろ火の焦れったさをいつまでも味わってくれ」

 

 一郎はほんの一度だけ律動をした。

 

「んはああっ──、あっ」

 

 その律動だけで、イットは一気に高みに昇りかけたが、一郎の律動がそれで終わったため、またもや性感の爆発が起きることなくくすぶりに変わる。

 

「ああ、動いて、動いてください、奴隷──」

 

 ついに、イットが耐えられなくなって叫んだ。

 

「奴隷には丁寧な言葉は使わないだろう」

 

 一郎は目の前に揺れ動いている尾の付け根を再び舌で舐めてやる。イットが悶え暴れるが、淫魔術で快感度の数値を把握し、“0”になる直前でやめてしまう。

 イットの快感度は“0”と“1”のあいだをいったりきたりしている。

 これは絶頂寸前の感覚が静止状態にあるということであり、女には一番狂おしい苦悶の感覚のはずだ。

 

「あああ、こ、こんなのだめですうう──。ど、奴隷、動いて──。動いてください──。動けえ」

 

 イットが腰を振って叫んだ。

 

「仰せのままに、ご主人様」

 

 一郎はお道化(どけ)ながら、律動を開始する。

 

「はにゃああ──」

 

 イットがまるで猫のような声を出して果てたのは、あっという間だった。

 しかし、一郎は律動をやめない。

 あまり一度で終わらせたことはないし、一郎に調教され尽くした一郎の女たちもまた、一度では満足しない。

 一度よりも、二度目──。

 二度目よりも、三度目の方が深い快感があることをこいつらは身体で知っているのだ。

 期待に背いては申し訳ない。

 さらに速度と勢いをつけて、律動を繰り返す。

 そのあいだも、一郎の両手はイットの胸を中心に、イットの小さな身体を這い回っている。

 

「さすがは獣人族のまんこだ。絞り込まれる。すっごく気持ちいいぞ」

 

 わざと声に出すのは、ルードルフ王を煽るためだ。

 啼くようなルードルフ王の呻き声が拡大した。

 

「ひゃあああ、ひゃあああ、ひにゃああっ」

 

 一方で、イットが二度目の絶頂をした。

 まだ、出さない──。

 一郎は律動を継続する。

 女たちには最高の快感を……。

 じっくりと観察し、とにかく気持ちのいい場所に最大限の快感を与えるように腰を動かし続ける。

 

「ひにゃあああ──。ご主人様ああ」

 

 イットがまたもや悲鳴のような声をあげて絶頂した。

 一郎はイットの中に精を注いだ。精を注がれたのがわかるのか、イットが一郎の怒張をさらに締めつけて、激しく背中を痙攣させ、これでもかとばかりにのけ反った。

 そして、脱力する。

 軽い失神状態になったみたいだ。

 一郎はイットから怒張を抜く。

 

「ああ、ご主人様──」

 

「ロウ様──」

 

「ああ、わたしにも、ロウ──」

 

 焦らし抜かれて、半分おかしくなっている女たちが我先にと一郎に群がる。

 

「待て──」

 

 女たちをルードルフ王の足の下近くに誘導する。

 

「さあ、次のご主人様は誰だ? 俺に命令してみろ──」

 

 一郎はわざと煽る。

 

「ロウ、あたしよ。奴隷──。思い切り貫いて、あたしを泣かせなさい──」

 

 目敏いコゼが一郎の趣向を悟り、すぐに一郎を奴隷呼びにして命令口調で言った。

 

「よし、じゃあ、コゼご主人様も後ろからだ。お尻を高くあけてください、コゼご主人様」

 

 一郎はコゼを裏返しにして、腰をぐっと押さえる。

 宙吊りのルードルフ王すぐ前だ。

 

「いくぞ──」

 

 一気に貫いた。

 激しく律動を開始する。

 

「いぐうっ、いぐううっ、いくううっ」

 

 あっという間にコゼが全身をのけぞらせて固まった。

 

「んごおおっ」

 

 ルードルフ王の呻き声はほとんど狂い声になっている。

 

「いぐううう」

 

 コゼが最初の絶頂をした。

 そのまま激しい律動を続け、一郎はコゼがイット同様に三度目の絶頂をしたときに射精をした。

 コゼもまたばったりと力尽きて失神した。

 

「さあ、次はガドご主人様と、アネルザご主人様だ。ここに来て、尻を並べろ」

 

 倒れたコゼを横に置いて、ふたりを呼ぶ。

 そして、ふたりが高尻を揃えて並べたところで、一郎は思い切り、アネルザの尻を平手で打った。

 

「いぎいい」

 

「次は、ガドご主人様だ──。ほらっ」

 

 今度はガドニエルの尻たぶを引っ叩く。

 大きな肉の音が地下牢に響き渡る。

 

「また、アネルザだ──」

 

「あぎいっ──。わ、わたしらは、趣向が違うじゃないかい、ロウ──」

 

 アネルザが泣き声をあげる。

 

「ふたりとも叩かれたそうな顔をしていたからな。それを察して苛めるのが奴隷の役目だ。つべこべ言うな──」

 

 もう一度、アネルザの尻を叩く。

 

「ひにいっ」

 

 アネルザが声をあげた。

 

「ご主人様、わたしですわ──。わたしの番でしたわ──」

 

 すると、ガドニエルが尻をあげたまま、抗議の声をあげる。

 

「ご主人様はガドの方だと言っただろう──」

 

 一郎はガドの尻を引っ叩いた。

 

「あっ、はああっ」

 

 ガドニエルが悶える。

 

「んぼおおっ」

 

 一方で、真上からは相変わらずのルードルフ王の呻き声──。

 しかし、今度ははっきりとした泣き声になっている。

 目の前で一郎と女たちの性の狂宴を永々と見せられ、あまりにも焦れて感情がついに崩壊したか?

 

 アネルザとガドニエルを並べて尻打ちしながら、ちらりと見る。

 しかし、一郎は予想外のルードルフ王の姿に驚いてしまった。



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847 何が、()の王をそうさせたか―奴隷国王

 一郎は予想外のルードルフ王の姿に驚いてしまった。

 

 ルードルフ王はしくしくと泣きべそをかいているのだが、それはともかく、ずっとびんびんに勃起状態だった股間がいまはちょっと萎えているのだ。

 もっとも、まだ勃起はしている。

 だが、それはずっと欲情しきって溜まっている精が一郎が嵌めさせた射精防止の金属環によって堰き止められているからだろう。

 しかし、確かに勃起度がかなり落ちているのだ。

 

 この好色のバケモノのような男がと意外に思ったが、どうやら存外に早く心が折れてしまったみたいだ。

 何事にも意気地のない男だが、好色にかけても同様だったのだろう。

 まだ半日も経ってないのだが……。

 

 まあいいか……。

 これなら、三日どころか、すぐに堕とせるかも……。

 

 一郎は思念を女たちに戻す。

 その思考のあいだも、ぱんぱんと小気味のいい音が地下室に響き渡っていた。

 並べたアネルザとガドニエルの生尻を一郎が力いっぱいに叩き続けている音である。

 

「ああっ」

 

「あんっ」

 

 ふたりは交互に悲鳴をあげている。

 ただ、どう聞いても苦痛を受けている声ではない。艶めかしい嬌声そのものだ。三ノスをかけている焦らし責めで、ふたりの股間からは夥しい愛液が流れているが、さらに新しいとろみが増えていってる。

 痛みを快感に変え、尻打ちで感じているのだ。

 

「ほら、ずっと尻叩きでいいのか、ご主人様たち──。やって欲しいことを命令してみろ──」

 

 一郎は尻を叩きながら言った。

 

「わ、わたしを犯しておくれ……。い、いや、犯すんだ、奴隷──。も、もう狂いそうなんだよ」

 

 アネルザが感極まった口調で言った。

 一郎は頭を床につけてうつ伏せになっているアネルザの高尻を両手で持った。

 

「よし、じゃあ、性奴隷のロウが王妃様を後ろから犯してやる。ガドはそのままだ。雌犬らしく、俺のことを考えながら、じっと待っていろ──。それと、エリカもガドの横に並べ──。待ちくたびれたろう」

 

 一郎は女たちに声をかけてから、アネルザの尻の下に怒張をあてがった。

 豊かなアネルザの丸い尻は、割れ目から溢れまくっている愛汁が股間の周りどころか、尻穴や内腿まっでたっぷりと拡がり、きらきらと濡れ光っていた。

 

「ああ、ロウ──」

 

 焦らされまくっておかしくなりかけているアネルザは、一郎の男根を割れ目の寸前に感じて、狂おしそうに腰を震わせる。

 

「はいっ、雌犬のガドはご主人様を待ってます。お情けをもらえるまで、ずっとずっと、このまま待っております」

 

「あのう、ロウ様、お願いします……」

 

 一方で、ガドニエルは哀願の声をあげ、また、エリカはガドニエルの隣に同じように後手手錠の裸身を高尻の姿勢にして、一郎に白い尻を向ける。

 

「奴隷ごっこだっと言ったろう……」

 

 一郎は笑って、アネルザの秘部を怒張の先でつんつんと突く。

 

「ひゃん」

 

 アネルザが少女のように可愛い声を出した。

 

「ほら、ご主人様、命令しないか。どうするんだ。このままじっとしてればいいんですか? それとも、ちょっとだけ入れればいいですか? 奴隷は命令を待っておりますよ」

 

 茶化すように言い、ほんの少しだけ先っぽを挿入して、すぐに抜いてしまう。

 

「んはあっ──。だ、だめだよお──。も、もう意地悪しないで……。あ、ああ、わかったよ──。突いて──。突いておくれ──。奥がじんじんして疼いて死にそうなくらいにつらいんだ──。とにかく、乱暴に犯しておくれよおう──。いや、犯すんだ、奴隷──」

 

 アネルザがやけくそのように叫んだ。

 こうやって、いちいち女たちに卑猥な言葉を喋らせるのは、ルードルフ王の心をとことん折るためだ。

 自分の王妃が自分以外の男に媚びを売るのを聞いてどう思うだろうか。

 まあ、普通の男なら、それで立ちあがれないほどの屈辱を覚えるとは思うが、この男に限っては効果も薄いか……?

 とにかく、各種組み合わせて、あの変態王の心根をずたずたにしてやればいいか……。

 さっきから、呻き声も小さくなってきたし、股間も萎え気味なのは、かなり効いているのかもしれない。

 じゃあ、もっと夫としての屈辱を味わわせてやる。

 

「よし、ならば、王妃様を奴隷が犯してやろう。だから、その腹にしっかりと子種を孕んでくれ。俺の子を妊娠するんだぞ」

 

 一郎は準備万端になっている怒張を一気にアネルザの股間の狭間に押し入らせた。

 

「はうううっ」

 

 股間が挿入した途端に、アネルザは大きく背を反らせて、激しく痙攣した。

 どうやら、たったのひと突きで達したみたいだ。

 

「ほらっ、しっかりしろ、ご主人様──。まさか、ただの一回で達したようなだめ王妃ではありませんよねえ? もっとしっかりとなさってくれないと困りますよ」

 

 一郎は小馬鹿にしたような言葉を使いながら、ずんずんと子宮の深い場所に怒張を撃ち込んでいく。

 罵る言葉を使うのは、ルードルフ王に聞かせる意味のあるが、どうやら、アネルザがそうされた方が興奮するようだからだ。

 さっきの尻叩きもそうだ。

 アネルザばかりでなく、ガドニエルもまた、尻叩きくらいの苦痛だと、むしろ快感の材料になるみたいである。

 一郎は本当に、女たちがやって欲しそうな責めを選んでいるだけなのだ。

 そういう意味では、まあ、一郎も本当にこいつらの性奴隷といえないこともない。

 

「うあっ、ああっ、はあっ、わ、わかっている……。ふわあっ、わ、わたしは……はうっ、だ、だめ……王妃で……、いくうっ、また、いぐうっ──」

 

 アネルザが感極まったように声をあげた。

 そして、またもや、身体を痙攣させて、絶頂の兆しを示した。

 一郎はちょっと意地悪をして、アネルザが絶頂をしようとした瞬間を狙って、淫魔術で絶頂感を静止状態にしてやった。

 

「ひゃあああっ、なに、なに、なに? なにをしたんだい──。ひがああああ」

 

 アネルザがのたうちまわって暴れようとする。

 だが、粘性体を飛ばして、アネルザを固定してしまう。

 いまのアネルザは絶頂感覚が起こったまま、すべてを堰き止められている状態になっている。

 上にもいけず、下にもいけず、ただただ巨大な絶頂感に狂い続けるのである。

 アネルザは、まさに狂乱した。

 

「おごおおっ、んぎいいっ、いがぜておくれえ、いぎいいっ」

 

 アネルザがわけのわからない奇声をあげはじめた。

 

「んごっ、ごっ、ほごっ」

 

 一方で、すぐそばのルードルフ王の泣くような呻き声が再び少し大きくなる。

 いい感じだ。

 

「よし、王妃、絶頂していいぞ。しっかりと子種を孕め」

 

 一郎はまたしてもわざとルードルフ王を煽るように言い、堰き止めていたアネルザの絶頂環を解放するとともに、一番激しい怒張の突きを与えて子宮に向かって射精してやる。

 

「おおおっ、ほおおおおっ」

 

 アネルザが獣のような声をあげて、その場に崩れ落ちた。

 こいつもまた、失神したみたいだ。

 今日は、失神大会か?

 だったら、いっそのこと全員気絶させるか?

 

 一郎は完全に脱力したアネルザから怒張を抜く。

 

「おっと」

 

 驚いたことに、気絶したアネルザは失禁までやり始めた。

 

「さて、次はガドご主人様と、エリカご主人様だ。ふたり同時にだ。さあ、命令しろ」

 

 一郎はふたりの後ろに立ち、両手でそれぞれの股間を愛撫した。

 

「ああっ、ひゃあああ」

 

「あん、ああん、ああっ」

 

 エリカとガドニエルがすぐに悶え始める。

 

「命令をしろと言っているだろう──」

 

 徹底的な焦らし状態にあるふたりは指だけでも簡単に達しそうになる。しかし、それをすっと抜いてしまう。

 ふたりの白い尻が一郎の目の前で激しく揺れ始める。

 

「ああ、だめです──。奴隷、もう許してください。つらくて死にそうです」

 

「ご主人様、ガドにお情けを──。雌犬のガドにお情けをください、奴隷──」

 

 エリカとがドニエルが叫んだ。

 その物言いにはさすがに噴き出した。

 まったく、奴隷に対する言葉にはなってないし、命令言葉にはほど遠い。

 まあ、演技の下手なエリカと、もっと下手なガドニエルだ。

 これ以上の奴隷ごっこを期待するのは無理か……。

 

 一郎はガドニエルとエリカを交互に犯していく。

 しばらくは、エリカが達しそうになると、ガドニエルに移り、ガドニエルが絶頂しそうになるとエリカに戻るということを繰り返していたが、やがて、ふたりとも本当に狂いそうになりかけたので、一転して絶頂責めに切り替えた。

 

 ガドニエルを絶頂させ、間髪入れずにエリカを犯してやはり昇天させる。

 また、ガドニエル──。

  

 ガドニエルは五回目の絶頂で失神し、そのときに一郎は射精した。

 

 エリカはちょっと保って、八回目で気を失った。

 

 五回目以降はずっとエリカの乳首ピアスとクリピアスに、淫魔力で微振動を続けていたので、六回目から八回目までのあいだは、実はエリカはずっと絶頂状態にあった。

 それでも、八回目まで意識を保ったのだから、まあ、頑張った方だろう。

 

 いずれにしても、体力のある女たちを失神するまで責めたてるのも大変だ。もしかしたら、いや、間違いなく、淫魔師でなければ一郎側が逆に降参したかもしれない。

 それよりも、ひとりで五人の女を相手にしようと考えもしないだろう。

 一郎はひとりで苦笑した。

 

 改めて、女たちを見回す。

 どの女もあられもない格好で一郎の精を股間から垂らしながら寝息をかけている。

 どうにも起きそうにない。

 

 仕方ない……。

 一度、全員を亜空間に収容した。また、亜空間の収用とともに、拘束は外した。

 

 一郎がいれば、亜空間の中と現実側との時間経過を変えることができる。

 だから、亜空間の中でちょっと休んでもらい、それで意識と体力の回復を図ってもらうのだ。

 とりあえず、向こうを五倍速くらいにしてやる。

 これなら、十分ほど……こっちの単位では十タルノスということになるが、それだけこっちで経てば、亜空間側では五十タルノス、すなわち、一ノス……。つまり、一時間弱も女たちは休めるので、多少は元気になっているだろう。

 さらに、亜空間の中の女たちのそばには、衣類と具足、さらに食べ物、飲み物も置いておく。

 

 それはともかく、いま、一郎の亜空間の中には、ほとんど時間を静止させているサキとベアトリーチェ、そして、いま逆に時間を進めているエリカたちの二組を収容した。

 以前は、こういうことはできなかったのだが、気がつくと、こうやって時間経過の変化を無理なくできるようになっている。

 これもまた、限界突破の影響か……。

 

「さてと……」

 

 一郎は布を出して身体を簡単に拭くと、腰の下着だけを身につけて、壁の操作具に寄る。

 すっと宙吊りにしていたルードルフ王の鎖をおろす。

 宙吊りのルードルフ王の裸体が下降していく。

 

「おっ、おごっ、おっ」

 

 ルードルフ王は足が床におろされても立つことはできなかった。

 そのままがくりと膝をつく。

 また、相変わらず呻き声を洩らしているが、球体を口で埋めているのでそれ以上の声を出すことはできない。

 そして、眼も眼隠しをしたままだ。

 

 そのルードルフ王が膝を床につけて、さらに倒れそうになったが、それについては、天井から両手首の手枷に繋がっている鎖がそれを阻む。

 

「しっかりと膝立ちにならんか──」

 

 一郎は乗馬鞭を出して、無防備なルードルフ王の尻をぶっ叩いた。

 

「ひごおっ」

 

 ルードルフ王が身体に力を入れた。

 やっと、膝立ちで両手を上にあげた格好になる。

 それほどに体力があるとは思えないし、長時間の宙吊りで少なくとも体力は完全に消失している。

 いま、ルードルフ王は完全に体力を失っている状況だ。

 気力についてはわからないが、まあ、あれだけの勃起力を保っていた男根が萎えかけていることを考えると、気力も失いかけていると判断していいだろう。

 すでに、調教の第一段階は終了している状況だ。 

 どんな場合であっても、獲物から体力と気力を奪うのが、相手を服従させる過程の第一歩なのだ。

 

 そして、次の段階は徹底的に苦悶を与えること……。

 なにによって人が苦悶を感じるかは、それぞれに違う……。

 痛みの苦痛……。

 飢え……。喉の渇き……。

 苦痛にはいろいろだ。

 痛みには耐える者も、羞恥や恥辱には耐えられなかったり、拘束そのものや、モラルからの逸脱や、レイプされることに死に等しい程の苦悶を感じる者もいる。

 

 ルードルフ王の場合は、徹底的な放置……。

 それだと読んだ。

 

 ほかの苦悶を組み合わせて、短くて一日、長くて三日を覚悟したが、どうやら半日足らずで、ルードルフ王の苦悶は耐えられる限界を超えたみたいだ。

 かなり、かなり心が折れているのだろう。

 だらしのない好色男だ──。

 

 これで、すでに調教の第二段階を終えているとみなしていいなら、もう第三段階に移れる……。

 

 第三段階は、苦痛と快楽の繰り返しの付与……。

 

 もっとも、もともと、こいつは痛みを快感に感じる男だ。

 鞭打ちだけで十分だろう──。鞭打ちの激痛という快感……。

 

 一郎は乗馬鞭でルードルフ王の尻たぶに鞭を再び一閃させた。

 

「んごおおっ」

 

 ルードルフ王の身体がびんと伸びあがり、口からは吠えるような声が迸った。

 気は進まないが、淫魔術を使って赤いもやを見る。

 その赤いもやのひとつを選んで、右脇の下あたりのもやの位置に寸分違わぬ鞭を思い切り鞭を入れた。

 

「んぎいいいっ」

 

 またもや、ルードルフ王の身体が突っ張る。

 今度は身体の前から──。

 睾丸をかするかかすらないかのぎりぎりのところに鞭を横叩きに入れる。

 

 そこのもやが一番濃かったのだ。

 この変態が……。

 

「のごおおお」

 

 ルードルフ王が獣のような声をあげた。

 それはともかく、すっかりと萎えかけていた怒張が再びびんびんに勃起している。

 一郎はひそかに嘆息した。

 女が相手なら、たとえ不美人でも、興奮する自信はあるが、ルードルフ王相手ではどうしても食指が動かない。

 まあ、仕事(クエスト)と思おう。

 一郎は鞭痕がついた睾丸付近の鞭痕に、亜空間から出した高濃度の辛子(からし)水を垂らしてやった。

 

「んごおおお、ぐごおおおお」

 

 ルードルフ王が鎖で両腕を宙吊りにしたまま、身体を倒して暴れ回る。

 

「なに勝手に、姿勢を崩してるんだ?」

 

 一郎は冷たく言って、さらに辛子水を性器にかけてやる。そこには、エリカの鞭打ちの痕がそこに残っているが、その傷口に辛子水が染み込んでいく。

 

「んぎょおおお、うぎょおおお」

 

 まさに獣の咆哮だ。

 だが、金属環に根元を絞られた男根は勃起を逞しくするどころではない。一番の膨らみを見せている。

 色も真っ赤を過ぎて赤黒い

 

「いい。そのまま寝てろ」

 

 一郎は乗馬鞭を振りかぶる。

 腰をつけられるほどには鎖をおろしてないので、ルードルフ王は腰を浮かせた状態で横に寝ている格好だ。

 一郎は乳首の上に鞭を叩きつける……。

 

「ひごおおっ」

 

 ルードルフ王が全身を突っ張らせた。

 だが、悲鳴に明らかに嬌声のような響きが混ざった。

 股間がさらに大きく勃起した。

 

 鞭打ちと傷痕への辛子水──。

 しばらく、繰り返す。

 

 幸いにも、亜空間には、この手の調教具はいくらでもある。

 ルードルフ王はひたすらに苦悶の吠え声をあげ続けた。

 

 調教とは苦悶を快感に替えていく過程だ。

 ルードルフ王は、自分が完全に無視され続けたことで、心が完全に折れるほどの苦痛を与えられた。

 だが、人というものは、苦悶が一定以上になると、その苦悶に耐えるために、それを快感に置き換えようとする性質があるのだ。そうやって、苦悶から心を守ろうとするのである。

 それをもっと効率的にするには、苦痛と快感を繰り返すことである。

 これにより、最初に与えられた苦悶が比較的簡単に快感にすり替わる……。

 調教……あるいは、屈服と呼ばれるものの本質がこれだ。

 

 一郎は鞭打ちを続ける。

 しばらく続け、ルードルフ王の肌から鞭痕のない場所が存在しないくらいにまでなった。

 辛子水はいちいちはかけない。

 ただ、時折、気ままにかける。その方が効果が大きい。

 

「ひごおおお」

 

 ルードルフ王が何十回目かの悲鳴をあげた。

 目隠しをした目からは、かなりの涙をこぼしている。

 だが、いまや、ルードルフ王の顔には、恍惚となっているような表情が浮かんでもいる。

 目隠しをさせていても、一連の行為にルードルフ王が大きな快感を覚えていることは明白だ。

 

 これらの繰り返しの結果が完全な隷属状態だ。

 どんな者でも、限りない苦痛と快感を繰り返していけば、いつしかその苦しみが快感にすり替わり、やがて、苦しみという快感を継続するために、隷属しようと思ってしまう……。

 もっと苦悶を続けて欲しいと願うようになるのだ。

 

 さて、そろそろ、どうだろう……?

 確認してみるか。

 まあ、まだ無理なら、これをひたすらに繰り返すだけのことだ。

 

「いつまで寝てる──。しっかりと起きろ──」

 

 ルードルフ王の髪の毛を後ろから掴んで、強引に膝立ちの姿勢に戻させると、髪の毛を引き千切らんばかりに後ろに引いて顔を真上に向かせた。

 一方、淫魔術でルードルフ王の性器の根元に嵌めていた金属環を回収する。

 最高の快感を送ってやろう──。

 一切の思念が吹っ飛ぶような……。

 

 鞭の柄で下腹部側から男根の付け根をぐいと押して抉ってやる。

 そこには、紛れもないルードルフ王のいまの快感の場所であることを示すもやが真っ赤になっていた。

 

「ひおおおっ、んおおおお──」

 

 ルードルフ王が雄叫びのような声をあげて、床に大量の射精をする。

 溜めに溜めていた精だ。

 さぞや、気持ちがいいだろう。

 しかも、なかなか終わらない。

 いくらでも出てくる。

 かなりの長い時間、だくだくとルードルフ王の精が床にぶちまかれ続けた。

 やっとルードルフ王の射精が終わると、一郎は髪を掴んでルードルフ王の顔を天井に向けたまま、ルードルフ王に向かって口を開く。

 

「派手にぶちまけやがって、お前は獣か──。いいか、当然だが、奴隷になって人らしく暮らせると思うな。徹底的に家畜として扱ってやる。暮らすのは俺たちの厠だ。そこで俺たちの小便を毎日桶に溜めて飲ましてやろう。餌も残飯だ。しかも、誰の者か唾液や痰が混じった餌だ。もしかしたら、そっちにも小便も混ぜるかもな」

 

 一郎はできるだけ凄みを効かせるよう口調でルードルフ王に言い聞かせた。

 しかし、そんな生活を想像したのか、ルードルフ王の頬が次第に緩んでくる。最終的には、笑っているとしかいいようのない表情になった。

 

「だが、毎日、こうやって鞭打って精を出さしてやるぞ……。最高の奴隷の生活だ……。そうやって、暮らしたくないか……?」

 

 一郎は続けた。

 ルードルフ王は口の球体を詰め込まれたまま、にへらにへらと笑い出した。

 これは墜ちたな。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

 だったら、屈服の最終段階……。

 

 安堵と、従属することの悦び……。

 隷属して、庇護に入ることの幸福感の付与……。

 奴隷になる渇望……。

 

「……だが安心しろ。誰にも殺させはしない……。心配するな、ルードルフ……。俺は父親になるんだぞ……。その子供の祖父を殺させたりするものか……。まあ、処刑の真似事はしなければならないが、それだけだ……。ぎりぎりで偽者とすり替える……。その後は奴隷の生活だ。安心しろ……。俺の奴隷になって庇護に入れば、ちゃんと奴隷として過ごさせてやろう……」

 

 ルードルフ王に囁き続ける……。

 まるで、恋人を口説き落とすかのように優しい口調で……。

 ルードルフ王が一郎の髪の毛を掴まれたまま、小さく何度も頷く。

 

「……奴隷になるな、ルードルフ?」

 

 口の中の球体を消滅させてやった。

 大量の唾液がルードルフ王の口から飛び出した。

 一郎はやっとルードルフ王の髪を離した。

 

「げほっ、げほっ、なる……。なります……」

 

 激しく咳をしながら、ルードルフ王が言った。

 その瞬間、ルードルフ王に隷属魔道が刻まれたのを感じた。

 

「終わりだ──」

 

 一郎はルードルフ王から離れた。

 女たちを亜空間から呼び出す。

 

「ご主人様──」

 

「ロウ様──」

 

「ご主人様──」

 

 女たちが一郎に集まってきた。

 一応は身なりを整え終わっている。しかし、気怠そうではある。

 ルードルフ王がそれを見て、なにか言いそうになったのを一郎は制した。

 

「ルードルフ、なにも喋るな。許可なく口も開くな、命令だ。これ以降、自殺、自傷を禁止。自分が隷属されていることを他人に見抜かれるような一切の行動と発言を禁止する。これ以降は、アネルザの言葉に絶対服従──。もちろん、俺の言葉。ほかの女の言葉にもだ。ここにいるすべての者の言葉に従え──。これは絶対の命令だ──。わかったか──? 理解できたら顔を縦に振れ──」

 

 早口でルードルフ王に奴隷としての最初の命令を浴びせる。

 ルードルフ王が目を白黒させた感じで、数回頷いた。

 

「終わったんですか、ご主人様?」

 

 コゼだ。

 

「ああ、終わった。アネルザ、後は頼む。こいつに全貴族や内臣たちを招集する貴族会議を急遽開催させろ。今日の夕方だ。王都にいる貴族や主要官僚たちは可能な限り全員が強制参加だ。あとのことは手筈通りに──」

 

「わ、わかったよ。それにしても、ご苦労さんだねえ……。つまりは、終わったのかい? すまないねえ。不甲斐なくて。全部、任せてしまったんだねえ」

 

 アネルザだ。

 切なそうに息を吐いた。

 まだ、かなりつらそうな感じだだ。

 だけど、ちゃんと二本の足で立ってはいる。アネルザたちが亜空間で感じた時間は約一ノスのはずだ。

 まあ、失神するほどの快楽の後なら、こんなものか。

 

「ガド、屋敷にいるイザベラの侍女で来れる者を全員ここに寄越してくれるように、通信球でスクルドに連絡してくれ。夕方までにルードルフ王の身なりを整えさせるのを手伝ってくれと伝えてくれないか」

 

「承知しましたわ、ご主人様」

 

 ガドニエルがすぐに魔道を飛ばしたのがわかった。

 これでしばらくしたら、スクルドの移動術で、イザベラの侍女たちがやって来てくれるだろう。

 一郎も、王の装束をはじめとした準備していたものを、亜空間から次々に出していく。

 

「さて、やっと、こいつの隷属が終わったから手筈を当初のものに戻そう。イットはアネルザと一緒に残れ。俺たちが戻るまで、ここで護衛だ。エリカ、コゼ、ガドは俺と同行だ」

 

「はい、ご主人様」

 

 イットが頷く。

 ほかの女たちも頷く。

 

「では、ロウ様、予定通りにするんですか?」

 

 エリカだ。

 

「そうだな。長い一日の後半だ。次は、女近衛連隊長のラスカリーナ狩りと行こうか」

 

 一郎はにっこりと微笑んだ。





 *

 小エピソード区切りはつけませんが、ルードルフ王攻略は終わりです。

 ところで、高位魔道遣いが知らず言葉に込めてしまった「言魂」の怖さ……。奴隷宮における「スクルズ教」の蔓延。
 高位淫○師が知らず言葉に込めてしまった「言魂」の怖さ……。イザベラ、アン、そして……?


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848 連隊長、通りすがりの淫魔師です。

 軍営に入る時間としては、かなり遅い時間だろう。

 なにしろ、陽はすでに中天を過ぎて、少し西側に傾いている。

 まあ、夕べは飲み過ぎたのだ。

 

 だが、近衛兵の女連隊長であるラスカリーナを咎める者はいない。

 また、困る者もいない。 

 特別近衛兵の連隊長とは聞こえはいいが、実は近衛兵の中でも特別近衛兵の連隊長というのは出世から離れたことを示す閑職になるのだ。

 

 だが、どうでもいい。

 もう十年、特別近衛の連隊長をしているが、ラスカリーナの望みは、後十年、こうやって軍人としてなんの問題もなく飯を食っていけることだ。

 軍歴も長く、もう四十歳になった。さすがに五十になれば、女軍人としては引退すべきだと思っている。

 また、事務仕事についても、優秀な副官である女将校のナールが大抵のものを片付けてくれていて、後はほとんどラスカリーナが署名だけをすればいい状態にしてくれている。楽なものだ。実にありがたい。

 

 ラスカリーナは王宮に隣接する軍営の中に住まいを持っていた。高級将校なので外に屋敷も持てるし、それなりの蓄財もあるが、独身であり、恋人のような相手もいるはずのないラスカリーナには必要がないので、若い時代からずっと軍営内の建物に住まいをもらっていた。

 

 それはともかく、軍営から近衛の詰所のある王宮内の地域に入ると、随分と慌ただしい雰囲気を感じた。

 誰も彼も忙しそうなのだ。

 まあ、数日前に勅命が出て、多くの王軍が王都から一日ほどの距離のある外郭城に入っていたのでそれもあるのかもしれない。

 また、軍営で遅い朝食を大食堂でとっているとき、外郭城のうちの西側の砦に王太女軍が兵を挙げて進行してきたという噂も耳にした。

 きっとそのせいだろうと結論づけた。

 

 それはともかく、国王を糾弾して、その娘である王太女が兵をあげるというのはどうなのだろう。

 異常事態だ。

 ラスカリーナの望みは、あと十年大過なく……。だが、それも難しい気がしてきた。

 度重なる王の蛮行のせいで、この国の王家に対する人気は底辺どころか、地を深く潜っている。

 ラスカリーナ自身も、忠誠心の欠片もない。

 まあ、どうでもいいが……。

 

 いずれにしても、おそらく、この戦いは王太女軍が勝つだろうとラスカリーナは読んでいる。なにしろ、こうやって王宮にいるので国王軍側のようなことになっているが、兵の気持ちは完全に王太女軍側にある、ラスカリーナからしてそうだ。

 また、近衛兵の連隊長のひとりであるラスカリーナには少しも情報は入らないが、兵たちの情報網は速い。

 食堂で彼らの話に耳を傾けていたら、王太女軍にはエルフ女王家の旗もあるし、傭兵王ことモーリア男爵家の旗もあるという。勢いが違う。多分、近隣諸領主はこぞって王太女軍に馳せ参じるに決まっている。

 これに対して、西の外郭城に入ったリンは、逃亡した宰相であるフォックス派閥の無能だ。

 勝敗は目に見えている。

 

「お疲れ様です」

 

「ご苦労様です、閣下」

 

 軍営に入り廊下を進んでいると、部下たちが道をあけて敬礼をしてきた。いつもと同じ光景だが、ちょっと違和感を覚えた。

 すぐにはわからなかったが、通りすがる者のほとんどが、赤いチューカーを身につけているからだと悟った。

 特段に軍規違反ということではないが、赤いチョーカーは目立つ。

 これはどうなのだろう?

 

 しかも、そうやって観察すると、窓の外の軍営で調練をしている者たちも、赤チョーカーをしているではないか。

 昨日はそんなものはなかったと思うので、彼らがそれを身につけているなにかの理由が、昨日の夜から今日にかけてのあいだにあったのだろう。

 まあ、ナールにでも訊ねてみるか。

 

 部屋に入る。

 すぐに当番兵が茶を運んでくる。

 今日の当番兵は、若い男の兵だ。

 彼については、赤チョーカーはしていなかったが、その代わりに赤い布を首に巻いていた。

 ラスカリーナは退出しようとした彼を呼びとめた。

 

「待て、その赤い布はどうしたのだ?」

 

 訊ねてみた。

 すると、若い兵はちょっとだけ困った顔になった。

 

「いえ、これはなんでも……。そうだ。怪我をしたんです」

 

「怪我? 首をか?」

 

 軍人なので調練で負傷はつきものだが、なんとなく胡散臭(うさんくさ)い気がした。

 

「そうです。なんでもないのです。失礼します、閣下」

 

 そして、彼は逃げるように、そそくさと退出してしまった。

 ラスカリーナは、ちょっと呆然としてしまった。

 だが、まあいいか……。

 ラスカリーナは、忘れることにした。

 どうでもいい……。

 

 若い時代のラスカリーナなら、ちょっと気になることがあれば、どんなことでも首を突っ込み、満足いくまでとことん突き詰めただろう。

 だが、いまはそんな気力はない。

 

 大過なく、あと十年……。

 ラスカリーナは心にその言葉を唱える。

 余計なことはしない……。

 なんでも顔を突っ込まない……。

 それが一番……。

 

 若い頃か……。

 

 そういえば、夢もあったな……。

 軍人としての夢も……。

 恋も……。

 

 ラスカリーナはいわゆる高級貴族ではない。実家のブブリナ家は軍人の家系だったが小さな子爵家であり、身分が出世を後押ししてくれる立場ではなかった。

 だから、必死で努力をした。

 軍事書といわれるものを片っ端から読みあさり、古今東西の戦例も研究した。その結果、私塾では、開闢以来の天才ともてはやされ、機会さえあれば、絶対に軍功を立てて出世するだろうと先生にも太鼓判を押された。

 

 考えてみれば、あの時代が人生の頂点だった。

 その私塾の先生の推薦状で王軍に入り、それから女軍人であるということから、王族に侍ることが多い近衛兵の将校に回された。

 どの部署でも、それなりに結果を残したので、出世はした。

 いまや、近衛兵の女連隊長である。

 だが、いわゆる花形ではない。

 軍人として活躍できる機会は乏しく、ラスカリーナはあの私塾の先生が口にした「機会」には恵まれなかった。

 もう失脚したが、家があのキシダインの派閥ではなかったということも、ラスカリーナがさらに高位に役職につくことを邪魔した。

 まあ、いまは逆に、蹴落とされる材料にならないということで、キシダイン派ではなかったことが幸いもしているが……。

 

 そして、恋もした……。

 いまのように、化粧気もなく、酒太りで肥えた外観からは誰も想像しないだろうが、ラスカリーナにも夢を見た時代はあったのだ。

 近衛兵に移る前の王軍時代だ。

 軍人としての同僚であり、恋をして、結婚の約束もした。

 身体の関係も……。

 

 しかし、その男はただの町娘と別の恋をしてラスカリーナは捨てられた。彼は王軍をやめた。

 ただ、それだけ……。

 だが、そのときには、もう男とは二度と付き合わないと決心し、涙が涸れるほどに泣いた。

 まさか、そのまま、男とは無縁になるとは……。

 気がつくと、行き遅れどころか、酒で太った男知らずだと思われてる中年の女将校のできあがりである。

 思い出して、ラスカリーナは自嘲して笑ってしまった。

 

 そのときだった。

 部屋の扉がノックされた。

 「入れ」と応じると、やって来たのは、副官のナールだった。とても優秀な女将校だ。副官としては若く、まだ二十歳である。

 しかし、それがまったく不自然とは思わない。

 それくらいに頭がいい。ラスカリーナのような軍人としては頭だけの頭でっかちではなく、男兵にまさるほど剣も使える。

 ラスカリーナの部下には勿体ないくらいだ。

 その彼女がふたつの盆を持っている。

 

「まずはこれを……。後で確認して署名をお願いします」

 

 書類の束だ。

 ちらりと見るが、各隊の日々報告だ。ほかにも物資要求書とか、金銭出納記録とか、まあ、連隊長であるラスカリーナが見るべき、様々な書類があるのだと思う。

 ナールのことだから、完璧に処理し、それぞれの書類内容を要約するものも付けたりしてくれているのだろうと思う。

 ラスカリーナは盆を受け取り、机の横に置く。

 

「お前もそれをしているのか?」

 

 ラスカリーナは訊ねた。

 ナールが首に赤いチョーカーをしていたのだ。

 

「それとは?」

 

 ナールが首を傾げる。

 

「それだ。そのチョーカーだ。なんなんだ、それは? 誰も彼も。なんの意味があるのだ?」

 

「それは……」

 

 だが、ナールは言いよどむようなちょっと困った顔になる。さっきの当番兵と一緒だ。

 しかし、ラスカリーナははっとした。

 ナールの雰囲気がいつもとは異なることに気がついたのだ。

 

「いや、それよりもナール、お前、化粧を……」

 

 化粧をしているのかと訊ねようとし、別段に化粧はしていないと気がついた。そんなものは面と向かっていればわかる。

 髪型を変えたのかと思ったが、それも違う。

 ただ後ろで無造作に束ねているだけのいつものナールだ。

 だが、今日のナールは美しい。

 昨日とはまるで違う人間のように綺麗だと思った。しかし、ナールはナールなのだ。

 

「なにか?」

 

 ナールが小首をまた傾げている。

 その仕草も可愛い。

 昨日までのナールだったら、思いも寄らない印象だ。

 

「いや……。なんだか、綺麗になったなと思ってな。素敵な殿方と恋でもしたか?」

 

 ラスカリーナは軽口を言った。

 ナールがラスカリーナ以上に、男とは無縁であることを知っているのだ。いや、男嫌いだといっていい。

 恋の相手は女だと、公言してはばからない百合嗜好の持ち主だ。

 実際に、遊びではあるが、女の性相手が幾人かいることも承知している。

 殿方と表現したのは、冗談だと伝えるための揶揄だ。

 

「恋……とは違いますね。そんなものではありません。彼は崇拝の対象です」

 

「はあ?」

 

 思わず、ラスカリーナは声をあげてしまった。

 

 崇拝──?

 なんのことだ?

 しかも、彼と言ったか?

 

 だが、目の前のナールのはにかんだような赤い顔……。なにかを思い出してうっとりするような表情……。

 これは間違いなく、恋をする女の顔だ。

 このナールが……?

 

「えっ、もしかして、つまり、新しい女の恋人ということか?」

 

 私事に対して無粋だと思ったが訊ねてしまった。それくらいに、ラスカリーナにとっては衝撃だったのだ。

 しかし、だったら、相手は女だろう。さっきのはラスカリーナが聞き間違えたに違いない。

 

「いいえ、男の方です。私のご主人様です」

 

「ご主人様?」

 

 声が裏返ったと思う。

 こいつはなにを言っている?

 

「私のことはいいでしょう。それよりも、先にお伝えしたいことが……。少し前ですが、王都内の全貴族、すべての内臣に対して、勅命で大会議が招集されました。しかも、今夕です」

 

「大会議? 今夕? 本当か──?」

 

 びっくりした。

 大会議というのは、国王が招集する貴族会議のひとつのことであり、その中でも全貴族が参加する最大規模の集まりだ。

 準備も大変だし、警備ひとつをとってもただ事じゃない。

 それを今夕だと──?

 

「本当です。ただ、当連隊については特段の任務はありません。いまのところ」

 

「いまのところといっても……。いずれにしても、なにがあるかわからない。すぐに準備を整えて……」

 

 ラスカリーナは詳しい報告と指示をするために、別にある会議室に移動しようとした。

 そこに各隊の隊長を集めて詳細を詰めるためである。

 ナールに隊長を参集させるように指示をして立ちあがろうとした。

 あの国王がなにをいきなりとち狂ったようなことをしようとしているのかは知らない。まあ、娘の王太女が自分に叛旗を翻して、王都に軍を向けるような異常事態だ。

 なにかしら言いたいのだろうが、時期も悪いし、なによりも唐突だ。

 ラスカリーナは内心で舌打ちした。

 

「お待ちください。それよりも、こちらを……」

 

 だが、ナールがラスカリーナを押しとどめた。

 半ば強引に椅子に座り直させられる。

 

「こちら? んんっ?」

 

 ナールが持っていたもうひとつの盆を差し出した。

 

「はああ?」

 

 仰天した。

 国王の印璽の入った文書だ。

 文章は簡単なものだ。

 

 『これを持参した者に最大の便宜を図るべし』

 

 ただそれだけを書いてある。

 しかし、間違いなく国王の印璽だ。

 

 それをルードルフ王が一介の近衛連隊長のひとりであるラスカリーナに直接に?

 なぜ?

 いや、そもそも意味がわからない。

 

 便宜って、なに?

 

 ラスカリーナになにを求めている?

 

 そして、はっとした。

 

「待て、もしかしたら、これを持参した者というのは……」

 

「客室で待機をしていただいております」

 

 ナールはあっけらかんと言った。

 

「なぜ、それをいの一番に言わん──。わかった、すぐに……」

 

 ラスカリーナは再び立ちあがった。

 何者かはわからないが、国王から便宜を図るように伝えられた相手を待たせるなど……。

 あんな王でも、王は王だ。

 

「お待ちください。お客人は、ここでラスカリーナ閣下と面談することをお望みです」

 

「ここで?」

 

 連隊長用のまったくの執務室だ。

 高位の客を出迎えられるような体裁にはなってない。

 

「お呼びします」

 

 すると、ナールが目の前に通信球を浮かべた。

 透明の拳ほどの球体であり、魔道によるものだ。

 だが、ナールが魔道を扱えたということを全く知らなかったのだ。しかも、通信球というのは高位魔道ではないが、低位魔道でもない。それなりの術のはずだ。

 

「お前、魔道を遣えたのか?」

 

 ラスカリーナはちょっとびっくりした。

 

「魔道遣いだと言うのは憚られるほどのものです。魔道具を扱えるくらいで、実際に魔道など全然……。でも、少し前に、ちょっとした魔道であれば遣えるようになりまして……。これも天道様のおかげです」

 

 ナールが微笑んだ。

 天道様?

 頭の中が整理できないうちに、ナールがその通信球に言葉を入れて消滅させる。

 おそらく、その客人とやらのいる客室に飛んだのだろう。

 だが、これもまた大変な非礼である。

 国王からの客を通信球で呼びつけるなど……。

 

「いや、待て。とにかく、出迎えに行く」

 

 ラスカリーナは扉に急いだ。

 だが、その扉がいきなり向こう側から開けられた。

 どやどやと人が入ってくる。

 しかし、その風体に驚愕した。

 四人の男女だ。

 男はひとりで、残り三人は女だ。

 それはともかく、全員が仮面をしていたのだ。

 仮面の四人だ。

 

「な、なんだ、お前たちは──? あっ、いや、失礼しました」

 

 あんまり不躾なのと、なによりも驚いたこともあり、思わず怒鳴ってしまったが、おそらく、彼らが国王の文書を持参した相手だろうと思い直したのだ。

 慌てて謝罪をしようとした。

 しかし、そのラスカリーナを四人のうちの男が留めた。

 

「いや、気にする必要はありませんよ、ラスカリーナ連隊長。一介のエルフ王家の女王様と、やはり一介の独裁官ですし。それと女護衛ふたり……」

 

「はあ?」

 

 言っていることがわからない。

 彼らが仮面を外した。

 現れたのは見たことないほどの三人の美女と男だ。女のうちのふたりはエルフ族。美しいと言われているエルフ族だが、そのふたりはおそらく、美貌で知られるエルフ族の中でも絶世の美女と言っていいほどの美女だと思った。

 ひとりの男は顔立ちは平凡だ。

 しかし、醸し出す不思議なたたずまいがある。近衛兵の女連隊長ほどのラスカリーナを圧倒させるような……。

 そもそも、どこかで、この顔を見たことがあるような気がするが……。

 

「別の物言いをしましょう。一介の通りすがりの淫魔師です。あなたを調教しにきました。覚悟してください、ラスカリーナ閣下……。いや、ラスカリーナ」

 

 男が言った。

 ラスカリーナは唖然とした。



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849 連隊長、緊縛はいかがでしょう。

「ちょ、調教? なにを言って……」

 

 ラスカリーナはたじろいでしまった。

 だが、男がいつの間にか手に縄束を持っていることに気がついた。なにかを取り出したような仕草はなかったのに、気がつくと男の手に縄束があったのだ。

 

「まずは、話を聞いてもらいましょう、ラスカリーナ。緊縛でも味わってもらいながら……」

 

 男は落ち着いた口調であったが、ラスカリーナはなぜか彼に圧倒的ななにかを感じた。

 得体の知れない恐怖だ。

 だから、男が縄束を持って歩み寄ってきたとき、知らず後ずさっていた。

 

「や、やめて……」

 

 ラスカリーナは自分の口から出た弱々しい言葉が信じられなかった。

 近衛兵の連隊を束ねるラスカリーナともあろうものが、武器を向けられているわけでもなく、たった一本の縄に対して、身体が竦むほどに怯えてしまっているのである。

 気がつくと、壁際に追い詰められていた。

 

「怖がるな、ラスカリーナ。まずは、縄を知ればわかる。あなたを選んだのは偶然だけど、こうやって会えばひと目でわかったよ。どうやら支配されることを望んでいる性癖のようだ。そして、羞恥責めに圧倒的な快感を覚えるね」

 

 男がにっこり微笑んだ。

 支配されることを望んでいる?

 羞恥責めに快感──?

 なにを言っている──。

 

 しかし、ラスカリーナは、やっと目の前の男のことを思い出した。

 そうだ──。ロウ=ボルグだ。そう名乗った。

 王妃アネルザの愛人と噂のあった男で、そのうえに、王太女イザベラとさらに、アン王女を妊娠させたということで、国王の激怒を買い、手配書で処刑命令が出ている男である。もちろん、手配書には王女たちの妊娠のことは書かれていないが、そんなことは誰もが知っている。

 それはともかく、どこかで会ったことがある気がしていたが、ラスカリーナが見たのは、その手配書の顔だ。さらに、確か、エルフ女王から英雄認定されたとか……。その辺りは興味がなかったので、ラスカリーナはあまり、知識がないのだが……。

 とにかく、そのロウがなぜ、こんなところに──?

 

 はっとした。

 そうだ──。

 ナール──。

 彼女に助けを……。

 

 顔をあげる。

 だが、副官のナールは、部屋にあるソファに座り、ロウと一緒にやって来た女たちと談笑をしている。

 何事もないかのように……。

 びっくりした。

 もしかして、すでにナールは、ロウに懐柔されている?

 

「や、やめないか──。来るな──。いや、お前を捕縛する──。王命で手配されているのだ──」

 

 ラスカリーナは怒鳴った。

 

「その王命はもうすぐ取り消される。それよりも縄だよ」

 

 ロウがラスカリーナに手を伸ばす。

 ラスカリーナはその手を払いのけようとしたが、振り上げた腕の二の腕と脇のあいだに粘性体のようなものが発生して密着してしまったため、手を動かすことができなかった。

 

「えっ?」

 

 ロウに難なく腕を掴まれる。

 引っ張られて体勢を崩したところで足を刈られて、うつ伏せに床に倒されてしまった。

 簡単に倒されたのは、やはり粘性体が床に発生して、両方の足首を包まれて固定されてしまったからだ。

 倒れると、その足首の粘性体は消えている。脇のものもだ。

 その代わりに、新しい紐のような粘性体で胴体をふた巻き、三巻きされてまたしても拘束された。

 

「や、やめないか──。離せ──」

 

 ロウがラスカリーナに馬乗りになった。

 とられた腕を背中に回されている。

 さらにもう片腕も……。

 抗おうとするのだが、その腕も手首に生まれた粘性体で引っ張られて、両腕は背中の後ろで重ねたような体勢を作られる。

 その腕に縄がかかる。

 

 魔術師──?

 ラスカリーナは唖然としてしまった。

 ロウの手配書は読んだが、魔術師とは書いてはいなかった。

 

「ナ、ナール、助けよ──」

 

 ラスカリーナは叫んだ。

 

「騒がない方がいい。助けを呼んで困るのは、ラスカリーナの方だ」

 

 ロウがすごい力でラスカリーナの上体を引き起こした。

 すでに両手首に縄がかかっている。

 そして、膝立ちになったところで、ロウの片手が軍装のベルトにかかる。あっという間にズボンのベルトと留め具を緩められて、ズボンを膝までおろされる。

 

「うわっ、や、やめろ──」

 

 ズボンの下は下着だ。

 しかも、なんの色気のない腰全体を包むような大きな下着である。

 羞恥がラスカリーナに襲いかかる。

 

「人を呼べば、部下にその格好を見られることになるよ。連隊長としては都合が悪いんじゃないの?」

 

 ロウが言った。

 そのあいだにも、手首を巻いている縄が前に回って軍装の上から胸の膨らみの上下を縄で二重、三重と締めあげていく。

 

「あっ、いやっ」

 

 自分の口から出た小娘のような悲鳴に逆にびっくりした。

 しかし、胸を絞り出すようにされた縄掛けと、身体を締めつけられる刺激にラスカリーナは完全に怯えてしまっていた。

 抵抗力する気力を奪われる感じだ。

 しかも、下は下着姿だ。

 確かに、こんな姿を見られたりしたら、もう自分は近衛で将校をすることなどできない。

 

「立つんだ」

 

 両腕は完全に背中で縛られ、上半身とともにびっしりと緊縛されてしまった。

 そのラスカリーナの縄を背中側から掴んでロウがラスカリーナを立ちあがらせる。

 この男は、この手のことに慣れている。

 そう思った。

 ロウの手が膝に引っかかっていたズボンに伸び、足首までさげられる。

 

「いやああ──。ナール──。なにをしている──。助けよ──。助けてくれ──。お願いだ──」

 

 叫んだ。

 しかし、ナールはロウが連れてきた女たちとともに、茶を入れながら笑ってもいる。

 こっちのことには、まるで気にしていない。

 だが、やっとラスカリーナを見てくれた。

 ラスカリーナは必死でナールに向かって口を開く。

 

「ナ、ナール、なんとかしろ──。このロウを捕らえるのだ──」

 

 すると、ナールが微笑んだ。

 

「無理を言わないでください。あたしにそんな能力があるわけないじゃないですか。こちらのエルフ族のお方は、ナタル森林王国のガドニエル女王陛下です。当代一の魔道遣いです。そして、こっちのエルフ族の女性のエリカさん、こちらの人間族の女性はコゼさんといって、あたしなどまったく歯が立たないほど強いです。実際に歯が立ちませんでしたし……」

 

 ナールが言った。

 歯が立たなかった?

 そう言った?

 

「と、とにかく、なんとかしろ──。ロウ、やめよ──。やめてくれ──。離せ──」

 

 ラスカリーナは逃げようとした。

 だが、まだ足首にズボンが残っている。

 動くことができない。

 

「コゼ、連隊長閣下は、ここに他人を呼びたいようだ。扉を開けてやれ」

 

 背中でラスカリーナを捕まえているロウが言った。

 えっ──?

 耳を疑ったが、小柄な人間族の女が立ちあがると、あっという間に扉に辿り着き、大きく扉を開いてしまった。

 

「じゃあ、望み通りにしてあげましょう。もしかして、下着を全部おろされたいですか?」

 

 ロウの手が下着にかかる。

 下着の縁を持たれて、すっとおろされる。

 

「ひいっ、いやあっ」

 

 ラスカリーナは身体を曲げて抵抗しようとした。

 だが、しっかりと縄を掴んでいるロウがそれを許さない。

 下着は半分ほどずりおろされて、恥毛が見えるくらいまでになった。さらに凄まじい羞恥が襲う。

 同時に、得体の知れない疼きがなぜか身体に沸き起こる。

 

 熱い……。

 股間の奥が……。

 なんで……?

 ラスカリーナは狼狽した。

 

「抵抗するのをやめれば、あなたが欲しいものをあげるよ、ラスカリーナ。さあ、前に行くんだ」

 

 ロウが背中を押して、ラスカリーナを歩かせる。だが、足首にズボンが残っているので、ちょっとずつしか進めない。

 よちよち歩きのように強引に進まされる。

 ロウは真っ直ぐに、コゼが開いた扉側に向かっている。

 唖然とした。

 

「や、やめて。やめてくれ……。や、やめてください」

 

 さすがに大声は憚られた。

 ロウが背中側で笑う。

 

「どうしたんです。助けを呼びたいのでは? だったら、大声で叫ぶことだ。それと、ナールは無駄ですよ。すでに調教済みです。あなたの出仕が遅かったのでね。そのあいだに、ナールは調教して堕としてしまいました。もう俺たちの仲間です」

 

 ロウが言った。

 扉のそばに着く。

 やっと、歩くのをやめさせてもらった。

 だが、廊下は目の前だ。

 兵が前を通りさえすれば、ラスカリーナの恥ずかしい格好を見られてしまう。

 

「閉めて。閉めてください。もう大声は出しませんから」

 

 ラスカリーナの声は泣きそうだった。

 自分がこんなに弱々しい声が出せるとは、いまのいままで知らなかった。

 

「約束を守るな? それとも、もっと下着をおろして欲しいか?」

 

 ロウが下着に手をかける。

 

「ま、守る──。だ、だから……」

 

「コゼ、扉を閉めてやれ」

 

「はい。だけど、相変わらず、鬼畜ですね、ご主人様。大好きです」

 

 コゼが笑いながら、扉を閉めた。

 とりあえず、ラスカリーナはほっとした。

 

「ロウ様、時間は大丈夫ですか? 夕刻まで限られていますけど」

 

 そのとき、急にエルフ女性のひとりが口を挟んだ。多分、エリカという女性だと思う。

 だが、ラスカリーナを助けてくれるような感じではない。

 

「問題ない。ナールのときと同じだ。時間は無限にある。すでに縄や粘性体を通じて、俺の体液を肌に染み通らせた。彼女も俺の支配下になった」

 

「あっ、そういうことですか。いつの間にか……」

 

 エリカが納得したような感じで応じた。

 だが、ラスカリーナにはなんのことかわからない。

 

「さて、じゃあ、話を聞いてもらいましょう。交渉だ」

 

 すると、ロウがラスカリーナに視線を戻した。

 

「交渉?」

 

 ラスカリーナは眉をひそめた。

 この状況で交渉だと──?

 脅迫の間違いではないのか?

 

 しかし、黒っぽい縄尻が腿と腿のあいだにこじ入れるようにして通されてきたことで思念が吹っ飛ぶ。

 ラスカリーナはたじろいだ。

 だが、すでに抵抗は手遅れだった。

 股間を通した縄は上体を縛っている縄尻のうち、腰の細いところを巻いている縄にかかり、思い切り引きあげられてしまった。

 

「ひいいっ、いやっ」

 

 思いもしない衝撃にラスカリーナは、身体をのけぞらせて悲鳴をあげた。

 まだ残っている下着の上からとはいえ、縄が女の敏感な部分にしっかりと喰い込んだのだ。

 しかも、どうやら縄には縄瘤が作ってある。

 それは的確に、ラスカリーナの感じる三箇所を押し潰し、抉るように喰い込んできていた。

 

「ひいっ、ああっ、な、なにこれ……?」

 

 ラスカリーナは思わず歯を喰い縛った。

 股縄により襲いかかる痛みとも、疼きともつかぬ不可思議な感覚……。

 身体の力が抜ける……。

 ラスカリーナはその異様な感覚に全身を震わせてしまった。

 

「思った通りだ。ラスカリーナは緊縛が好きそうだ。女であることを久しぶりに思い出したんじゃないか?」

 

 背中側のロウが新しい縄を腰の後ろに繋いだのがわかった。

 さっと縄尻を天井に向かって投げる。

 顔をあげると、天井にその縄が張り付いた。またしても粘性体が発生している。

 粘性体により密着した縄尻は、粘性体に呑み込まれるように、ゆっくりと引きあがっていく。

 

「ひっ、いやああっ」

 

 ラスカリーナは前のめりに倒れる感じで爪先立ちになった。

 やっと縄の引きあげが終わる。

 縄がさらに股間に喰い込んでいた。

 身体の疼きがもっと拡大する。

 

「どうやら、ラスカリーナはしばらく緊縛を味わった方がいいみたいだ。新しい感覚で戸惑っていると思うけど、まあ、ちょっとそうしてしっかりと自分を見つめるといい」

 

 ロウが前に回ってきてラスカリーナに微笑みかける。

 ラスカリーナはぞっとした。

 

 逆らえない……。

 なぜか、そう思う。

 

 もちろん、こうやって身動きできいないほどに縛られ、身体を拘束されているというのもあるが、やはり、目の前のロウには、なぜか人を圧倒するものがある。

 それに、身体を締めあげる縄の緊縛感と吊りあげられる苦痛がじわじわとラスカリーナを追い詰める。

 全身から汗が噴き出てくるのがわかった。

 なによりも耐えがたいのは、おろされかけている下着にかかっている股の縄……。

 女のもっとも敏感で柔らかな肉に喰い込み、容赦なくクリトリスと花芯、そして、お尻の穴に、痺れとも疼痛ともつかない圧迫感をラスカリーナに与えてくる。

 

「じ、自分を見つめるだと……」

 

 思わず言った。

 だが、ちょっとでも動くと、縄が股間にさらに刺激を与える。

 迸りそうになる喘ぎ声をラスカリーナは必死に耐えた。

 

「縛られて、快感を覚えている自分だ。ラスカリーナ、心の抵抗をやめることだ。そうすれば、もっと気持ちよくなれる。実はもうわかりかけているはずだ。こうやって、抵抗する力を奪われて、支配されることが気持ちがいいとね」

 

 ロウが軽くラスカリーナの身体を押した。

 

「ひゃんっ、ああっ、いやっ」

 

 ラスカリーナは甘い声をあげてしまった。

 身体を押されて一瞬爪先が床から離れて、これでもかと縄が股間に食い込んだのだ。

 ずんという衝撃が子宮を貫いた。

 とにかく、懸命に体勢を直す。

 だが、忘れていた女の感覚……。ロウの言葉じゃないが、しっかりと自覚してしまった。

 ラスカリーナも、女の端くれだということを……。

 

「支配されたくないのに、強制的に従わされる。これが調教だ。そのうちに、ラスカリーナは支配されることを望むようになる。多分、もうそうなりかけているけどね」

 

「支配される感覚って……」

 

 動揺が全身を走る。

 心がざわめく。

 

「閣下、天道様の言葉に耳をお傾けください。あたしたちは、天道様に選んでいただけたのですよ。ありがたいことです」

 

 そのとき、ソファに女たちとともに腰掛けているナールが言った。

 すると、すでに戻っていたコゼが口を開く。

 

「あんた、ご主人様に調教されるときにも言っていたけど、天道様ってなに? ご主人様のこと?」

 

「もちろんです。わたしは、天道様に心酔しております。小冊子も肌身離さずに持っておりますから」

 

「小冊子?」

 

 首を傾げたのは、エリカだ。

 しかし、ラスカリーナにもわからない。

 天道様の小冊子??

 いや、それはともかく、この感覚……。

 息をするたびに、股縄の瘤が股間を刺激するような……。

 なにもしてないのに、ラスカリーナはどんどんと追い詰められていく気がする。

 なにかが、つっと股間から流れ出ていく感覚も……。

 

「小冊子とはなんだ?」

 

 すると、ロウが離れていった。

 ナールたちの方に向かう。

 ラスカリーナは放置された気持ちになり、さらに大きな圧迫感に包まれる。

 

「町で出回っているものです。救世主様のお言葉を書き写したものだと言われてます。でも、あまり数がないのです。あたしもやっと手に入れたもので、読むたびに涙がこぼれます」

 

 ナールだ。

 

「救世主様? いま、持っているか」

 

 ロウは怪訝そうにしている。

 

「あっ、はい、これです」

 

 ナールが懐から手のひら大の小さくて薄い紙束のようなものを差し出したのが見えた。

 ロウがそれを受け取る。

 しかし、すぐにエリカに渡した。

 

「読んでくれ、エリカ」

 

「ふふ、まだ文字には慣れませんか? ちゃんと勉強しましょうよ」

 

 エリカが小冊子を受け取りながらくすりと笑った。

 

「こっちの世界の文字はな。まあ、だけど、お前たちがいてくれるからいいだろう。不自由を感じたことはない」

 

「まあいいですけど。読みますね……。ええっと、“なんの問題もありません。ただただ天道様を信じればいいのです。そうすれば、最高の快感があなたを包みます。問題はないのです”──。それだけですね。次の頁は……」

 

 エリカが読みあげた。

 

「感動する言葉という感じじゃないな」

 

 ロウだ。

 

「なんか、あいつのこと思い出すわね。うちの押しかけ雌犬一号」

 

 コゼが口を挟む。

 

「雌犬一号?」

 

 今度はガドニエル女王。

 

「一号はスクルドだな。二号がガドだ」

 

 ロウが笑った。

 

「まあ、雌犬二号ですか? 光栄です、ご主人様」

 

 すると、ガドニエル女王が嬉しそうに笑った。

 

「次の頁を読みます……。“問題ありません。命令に従いましょう。弄ばれましょう。辱められましょう。天道様は最高の快感をあなたに与えます”……。ええと、今度はそれだけです」

 

 エリカが小冊子から顔をあげて言った。

 

「素晴らしい言葉です……。また、涙が出ます……」

 

 ナールがうっとりとした口調で言った。

 

「これで?」

 

 コゼが怪訝そうに言った。

 そして、エリカに視線を移す。

 

「もしかして、全部の頁がそんな感じなの?」

 

「そうねえ……。大きな文字で、似たような言葉がずうっと……。でも、やたらに“問題ありません”という言葉が多いわねえ」

 

「もしかして、本当にあいつの言葉なんじゃないの?」

 

 コゼが小冊子を取りあげて言った。

 

「後でスクルドに聞いてみるか……。それよりも、ナール。なかなか、すごいな。そうやって、飄々としているのは俺も驚いた。なにも感じないのか?」

 

 ロウがナールに笑いかけた。

 

「いえ、とんでもありません。じんじんと感じてます」

 

「本当に平然としているわねえ……。ご主人様の貞操帯を装着されて、そんなに顔に出さないのは初めてなんじゃない? ご主人様に性奴隷にされた女は、誰であろうと、まずはその洗礼を受けるのよ。動いてないの?」

 

 コゼだ。

 貞操帯?

 洗礼?

 

「動いています。でも、必死に耐えてます。それが天道様をお喜びさせると、その小冊子に書かれてますので」

 

「小冊子なあ……。それとなんで、俺が天道様なんだ?」

 

 ロウが首を傾げている。

 

「ロウ様は天道様です。救世主様がそう言われたと……」

 

「救世主様って?」

 

「もちろん、兇王に殺されたスクルズ様です。そのスクルズ様が天道様がお救い主だと言われたと」

 

「えっ、なんのこと? やっぱり、あいつ──?」

 

 コゼが声をあげた。

 

「スクルズ……様が救世主か? まあ、死んで神格化されているようなことは、ちょっと耳にしたけど……」

 

 ロウがぶつぶつと口に中でなにかを言っている

 だが、もうラスカリーナは耐えられなかった。

 急所を締めあげられる感覚は、もう我慢がきかないものにまで拡大していたのだ。

 

「た、頼む。い、いつまでこうしていれば……」

 

 ラスカリーナは声をあげた。

 すると、ロウが振り返って戻ってきた。

 目の前に立ったロウは優しげに微笑んでいる。

 自分の心臓がうるさいくらいに鼓動を鳴らすのがわかった。

 

「そろそろ、自分の心が自覚できたか、ラスカリーナ?」

 

「自分の心……? さっきも同じことを言っていたけど……。な、なんのこと……」

 

 ラスカリーナは喘ぎそうになるのを耐えながら言った。口を開くだけで、股間に痺れが走り、わけのわからない感覚がやってくる。

 

「まだ、わからないか? まあいい。それよりも話だ。俺の要求はただひとつ。俺の軍門にくだれ。王じゃなくて、俺に忠誠を誓え。これを嵌めてな」

 

 ロウが取り出したのは、赤いチョーカーだ。

 はっとした。

 これこそ、ナールをはじめ、多くの兵が首につけていたものだ。

 そして、さっき、ロウは自分の軍門にくだった象徴が、この赤いチョーカーだというようなことを口にした。

 つまりは、彼らがしていた、あの赤いチョーカーはそういう意味?

 唖然とした。

 

「返事は、散歩をしてからにしようか。じゃあ、歩くんだ」

 

 ロウが言った。

 すると、天井に繋がっている縄が突然に引っ張られた。

 びっくりして見あげると、天井に縄を呑み込んで貼り付いている粘性体が動いている。

 だから、縄が動いているのだ。

 ラスカリーナの股間を苛んでいる股縄が引っ張られて動く。

 

「いやああっ、やめてえっ」

 

 ラスカリーナは少女のような悲鳴をあげていた。



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850 連隊長、辱しめていいですか。

 ラスカリーナの腰の後ろに繋がっている縄がゆっくりと動いていく。

 

「あっ、あっ」

 

 その縄は、このロウの不思議な術で天井に繋がっていて、その天井に繋がっている部分は前に動くので、当然にラスカリーナは縄に押されるように前に出るしかない。

 だが、その腰の縄は、ロウがラスカリーナに施した股縄にも繋がっていて、否が応でも、ラスカリーナの股間を刺激する。

 

「おっと、連隊長、足首に絡まっているものは置いていってもらいますよ」

 

 ロウがラスカリーナの足首に残ったままだったズボンを後ろから踏みつけた。

 しかし、縄は前に進んでいるので、一瞬、ラスカリーナは身体が浮きあがって、股間がぐっと持ちあげられた感じになった。

 

「ひあっ、あんっ」

 

 ずんという甘い衝撃が股間に加わり、ラスカリーナは思わず淫靡な声をあげてしまう。

 

 この歳でこんな声を……。

 恥ずかしい……。

 

 ラスカリーナに羞恥が襲いかかる。

 とにかく、必死で体勢を整える。

 下半身には、半分おろされた下着と縄以外になにもなくなる。ラスカリーナは縄に引っ張られて歩かされる。

 だが、やっと爪先が立つくらいに引きあがっているのだ。歩くたびに股縄が食い込み、ラスカリーナの下腹部になんともいえない切ない疼きを咥えてくる。

 

「あっ、こ、こんな……」

 

 ラスカリーナが懸命に足を前に出しながら、思わず呻いた。

 

「これも邪魔かな?」

 

 ロウがさらに手を伸ばして、半分ほど脱がされかけている下着を持つ。

 すると、一瞬にして下着が消滅する。

 

「えっ?」

 

 またもや、魔道だ。

 しかも、瞬時に身につけているものを剥ぎ取る魔道など、存在するのか?

 ラスカリーナは驚いた。

 だが、さらに、抜き取った布の厚さの分を埋めるように、股縄が縮むようにさらに股間に喰い込んできた。

 ラスカリーナの思念を一瞬で消滅させ、股間の激しい疼きが走る。

 

「ああっ」

 

 ラスカリーナは歩きながら背中をのけぞらせていた。

 布越しに加わる股縄の衝撃など、直接に加わる瘤縄の刺激とは比べれば、大したものじゃなかったのだということを思い知ってしまった。

 

「あっ、いやっ」

 

 歩みを進めるたびに、股縄の衝撃が襲いかかる。

 足が砕けそうになるのに、膝をおとすと股縄が喰い込み、さらに強い衝撃が加わる。

 それでも縄が引きあがって前に進むので、ラスカリーナは無理矢理に歩くしかない。

 知らず、ラスカリーナは首を横に振りながら、取り乱すように身体を悶えさせてしまっていた。

 

「いい感じに練れてきたね」

 

 横を歩いているロウがラスカリーナの内腿に手を伸ばして、つっと腿を指で撫でる。

 そこには、ラスカリーナが恥ずかしくも垂らしてしまって股間の汁があるのだが、それをすくい取るようにして指につけ、ラスカリーナの頬になすりつけてきた。

 それはともかく、びっくりしたのは、ロウの指だ。

 指先が肌に触れた途端に、凄まじい快感がそこから襲いかかったのだ。まるで、とうの昔に置いてきたと思っていたものを掘り起こされるように……。

 

「ひああああっ」

 

 ラスカリーナは自分でも驚くような声をあげてしまった。

 なに、いまのは──?

 

 あれは、なに?

 

 ラスカリーナは大きく狼狽した。

 

 魔道の指──?

 

 そんなものじゃない。

 あれは、怖ろしい武器のようなものだ──。

 

 指先だけで、あんなに──。

 

「ねえねえ、これって、あのめすい……、いえ、スクルズ様が作ったの?」

 

 耳にソファにいる女たちの声が入ってきた。これはコゼの声か?

 はっとする。

 そういえば、ここにはナールをはじめとして、ロウと一緒に来た女たちがいて、その目の前でこんな醜態を演じているのだった。

 ラスカリーナに改めて大きな羞恥が走る。

 それとともに、身体がかっと熱くなり、さらにどくどくと樹液が股間からこぼれて、股縄を濡らすのがわかった。

 

「いえ、スクルズ様が語られたありがたい言葉を書き取ったものだと言われてます。これは簡易版なのです。正規の聖典はもっと厚い本なのですが、数が少なくて、それに高額でとてもあたしの準備できる財くらいでは……」

 

 ナールが応じている。

 

「高額って、これが? ええっと、“右の尻を叩かれたら、左の尻も叩かれなさい。叩かれる幸せを覚えましょう。苦痛を幸福感に変えることができることが、天道様のしもべになる道です……。ええと、まだあるわね……“問題ありません。いまが苦痛でも。その先に最高の幸せがあります……”。はあっ、なんか、いかにも、あいつが言いそうなことだけど……。なんか、頭の線が数本切れている感じで……」

 

 さらにコゼ。

 

「とてもじんと心に染みます」

 

 ナールが言っている。

 

「ちょっと待って、それはともかく、あんた字が読めるようになったの?」

 

 エリカが驚いたような声をあげている。

 

「なんか失礼ねえ──。あたし、これでも毎日勉強しているのよ。練習がてら、日記も書いてるんだから」

 

「日記? すごいじゃないのよ。今度見せてよ」

 

「なんで見せないといけないのよ。まあいいけど」

 

 コゼがくすくすと笑っている。

 

「聞きました、ロウ様──。コゼは文字の勉強してるんですよ。ロウ様もいい加減に──」

 

「いいんだよ。その代わりに、俺はお前たちの読めない文字を知ってるんだから」

 

 ラスカリーナの横のロウが笑って、エリカに言葉を返した。

 

「まあ、だったら、ガドがご主人様が必要なものは全部読みますわ。文字の読み係の雌犬のガドですわ」

 

 あれは、ガドニエル女王だろう。随分と陽気……というか、能天気な雰囲気だが……。

 

「なに言ってんのよ、ガド。あんた、そろそろ、国に帰らなくていいの?」

 

「ちょっと、コゼ様がなにを言っているのか……」

 

「薄ら惚けるんじゃないわよ」

 

 彼女たちが笑い合った。

 そういう話のあいだも、ラスカリーナは縄に引きずられるように、部屋を歩かされている。

 大きく一周回り、やがて、廊下に続く扉の前に着く。

 そこでやっと吊り縄の動きがとまった。

 ラスカリーナは大きく息を吐いた。

 

「股縄の味は気に入ったか、ラスカリーナ?」

 

 ロウが前に回ってきて、ラスカリーナの顎を軽く持ちあげた。

 

「はあ、はあ、はあ……。はい……」

 

 乱れている息を整えながら、ラスカリーナはロウに顎を持たれたまま頷いた。

 

 だけど、“はい”?

 なに言っているのよ──。

 

 ラスカリーナは自分でも自分の言葉に驚いた。

 

「いい子だ。ご褒美だ」

 

 ロウの顔がラスカリーナに近づく。

 どきりとした。

 まさか、口づけをしようとしている?

 こんな中年の女に、辱める以外の興味がロウにあるとは信じられなかったが、ロウの唇はしっかりとラスカリーナの唇に重なった。

 舌が唾液とともに入ってきて、口の中がねっとりと舐められる。

 

「んんっ、んああっ、んんあっ」

 

 全身がかっと熱くなる。

 脱力する──。

 強烈な口づけだ。

 いや、これが口づけか──?

 

 それは、遠い昔にラスカリーナが味わったものとは、まるで違っていた。口を使った性交そのものだ。

 ロウのひと舐め、ひと舐めが気持ちよすぎて、なにも考えられなくなる。口から股間に向かって強い疼きが走り抜けていく。

 

「んんんんっ」

 

 身体ががくがくと震えた。

 まさか、口づけで絶頂しようしている?

 ラスカリーナは自分が信じられなかった。

 しかし、ロウの顔が離れた。

 ラスカリーナはほっとするとともに、切ない気持ちにもなった。

 

「ああ……」

 

 ラスカリーナは、ロウの顔を追って、じっと視線を動かした。

 

「雌の顔になったな、ラスカリーナ。じゃあ、改めて聞いてやろう。そろそろ、覚悟ができただろうしな」

 

 ロウが笑った。

 そういえば、そんな話だったか?

 赤いチョーカーをつけて、ロウたちの一党に加わるということだったか……。

 もちろん、否はない。

 わざわざ、こんな脅すようなことをしなくても、ラスカリーナはすぐに頷いただろう。

 もともと、あんな国王に忠義を尽くして、一緒に殺されるつもりなどないのだ。

 

「わ、わかったわ……。あなたたちに加わります……」

 

 ラスカリーナは言った。

 しかし、ロウはくすくすと笑った。

 

「ああ、それはもっと後で聞いてやろう。いま訊ねるのは、俺に犯される覚悟ができたかということだ。犯されたいなら、そう言ってくれ。言えば、俺のことを永久に忘れられないようにしてやろう。つまり、性奴隷だ」

 

 ロウが言った。

 

「せ、性奴隷?」

 

 耳を疑った。

 犯すとか、性奴隷とか、そういう価値が自分にあるとは思えなかったのだ。しかも、横で聞いている限り、あの信じられないような美女たちがロウを慕っているのはわかる。

 そんなロウが、まさか、ラスカリーナを性奴隷に求めると?

 ラスカリーナは唖然としてしまった。

 

「そういうことだ。決心がつけば、教えてくれ」

 

 すると、ロウが廊下に続く廊下を大きく開いた。

 ラスカリーナはびっくりした。

 さっきも同じことをされたが、今度は廊下から複数の兵たちの話し声がするのだ。

 しかも、近づいてくるような……。

 

「ひっ、や、やめて。し、閉めて。閉めてください。なる。なります。なりますから」

 

 ラスカリーナは慌てて言った。

 談笑している雰囲気の兵たちの会話はどんどんと声が大きくなっていく。つまり、近づいているのだ。

 だが、扉は大きく開いていて、ラスカリーナのみっともない姿がそこにあり……。

 

「聞こえないなあ。なんになるんだ? 俺が訊ねているのは犯される覚悟ができたかどうかだ。犯されたいか、犯されたくないか。それだけを言ってくれ」

 

 ロウが笑った。

 そのあいだにも、足音が近づく。

 もう、すぐそばだということがわかる。

 もしかしたら、ラスカリーナとロウの会話まで聞こえるくらいだ。

 ラスカリーナは動顛した。

 

「お、お願いします……。閉めて。閉めてください……」

 

 ラスカリーナは必死で言った。

 もちろん、声は抑えている。

 

「犯されたいか、犯されたくないかだ。大きな声を張りあげろ。それが俺の性奴隷になる覚悟だ。だが、その覚悟をすれば、最高の幸せを約束しよう。さっきの小冊子の言葉じゃないけどね。辱しめの苦悩の後に幸せがある」

 

 ロウがラスカリーナが締められている股縄を後ろから掴んだのがわかった。

 そして、いきなり、それを揺すられた。

 

「ひゃああ、ひゃっ、やっ、やめて、ああっ、なります──。いえ、犯して──。犯してください──。お願いします──。だ、だから、やめて。扉を閉めて」

 

 縄瘤が激しく動き、ラスカリーナに快感が襲いかかる。

 思わず声をあげたが、兵たちの談笑の声はすぐそこだ。なにかを話し込んでいるのか扉のすぐ手前くらいから、声が聞こえてくる。

 ラスカリーナは必死に哀願した。

 

「仰せのままに、連隊長。だが、気づかれたくなければ、一生懸命声を我慢することだ」

 

 吊りあがっていた縄が緩んで、身体ががくんとさがった。

 ラスカリーナは膝を折りそうになったが、それを腰を掴んでロウが支える。

 ほぼ同時に縄瘤が外れた。

 

「ひんっ」

 

 縄瘤が離れることで痺れるような快感が股間に走り、咄嗟に声が出そうになったが懸命に耐える。

 見ると、自分でも恥ずかしいくらいに、股縄に愛汁がまとわりついていた。まとまった蜜もどろりと垂れ落ちる。

 どれだけ感じたのだ。

 かっと羞恥が走る。

 

 それはともかく、ロウがラスカリーナの腰を引っ張るように下げ、ラスカリーナは後ろにお尻を突き出すような格好にされた。

 ロウが背後でズボンと下着を足首におとす気配がした。

 

 まさか、立ったまま──?

 いや、それよりも、まだ扉が……。

 そういえば、声を出すなって──。

 えええ──?

 

「ちょ、ちょっと待って、扉を──」

 

 ラスカリーナは恐慌に陥った。

 

「自分を知ることだよ、ラスカリーナ。君はこういうことが好きなんだ」

 

 ロウの怒張がお尻の下を通って、ラスカリーナの股間を貫いた。

 

「んふうううっ」

 

 信じられないような快感の衝撃──。

 ラスカリーナは全身を硬直させつつ、懸命に口を閉じた。



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851 連隊長、性奴隷になってもらいます。

 抽送が始まった。

 廊下との扉は大きく開いたままである。

 

「お、お願い……、あっ、ああっ、お、お願いですから……、あ、あああっ」

 

 ラスカリーナは必死に哀願した。

 いや、しようとした。

 しかし、後ろから貫かれるロウの怒張のなんという気持ちよさか──。

 抽送のひと突きひと突きが、確実にラスカリーナの快感の場所を擦り、抉り、揉まれる。

 それが数か所同時に……。

 性交とはこんなにも快感があるものかと思ったら、次のひと突きは遙かにそれを上回る快感がやってくる。

 その次は、さらにそれ以上……。

 

 だめだ──。

 狂う──。

 

 こんなに気持ちがいいものを味わわされたら、自分は狂ってしまう。

 この快感を再び手に入れるために、どんなことでもするだろう。

 ラスカリーナは、快美感に頭が吹っ飛ぶほどに追い詰められながらも、恐怖に陥っていた。

 だが、それは振るい払いたくない恐怖であり、ラスカリーナはこのロウの性器に囚われ、支配されることを心の底から望んでもいることに気がついている。

 

「あうっ、はああっ」

 

 だめだ。

 声が出る。

 耐えられない。

 すぐそばには、ラスカリーナの部下たちがいるのに……。

 見られるかもしれない……。

 いや、すでにラスカリーナのだらしのない嬌声は聞かれてもいるだろう。

 そう考えると、全身の性感のすべてが燃えるような怪しげな旋律が走り回る。

 ロウが与えるものに加えて、得体の知れない感覚もラスカリーナを襲う。

 

「ほら、いいのか、ラスカリーナ? そんなに声を出して。連隊長として破滅したいのか? まあ、そのときには、俺の屋敷の地下で飼ってやるけどな」

 

 ロウがラスカリーナを後ろから犯し、さらに服の上から乳房や脇や腹などのあちこちを揉み回しては、くすぐって愛撫しまくってくる。

 それもまた、強烈な甘美感だ。

 

 これが、セックス……。

 これこそ、セックス──。

 

 ラスカリーナは強烈な戦慄に見舞われている。

 くしゃくしゃと淫らな音を響かせて、ロウの怒張が狭間を出入りするたびに、絶頂に向かう大きな波がやってくるのだ。

 油断すれば、吠えるような声を出しながら醜態をさらしそうで、懸命に全てを耐えようとするが、一打一打が強烈すぎる。

 

「んふううっ、んああっ」

 

 ああ、もうどうなってもいいか……。

 自分はこの人の奴隷だ。

 地位と立場を失い、このロウに飼われて生きるのであれば、それもいいかと思った。

 

「うはあっ、ああああっ」

 

 ラスカリーナの中の欲情はロウの律動の一回ごとに、歓喜と興奮を数倍に濃度を増して膨れあがる。

 ラスカリーナは声を耐えるのをやめた。

 緊縛されている身体を震わせて、大きく呻いた。

 縛られて自由を奪われ、なすすべもなく陵辱される──。

 

 気持ちいい──。

 もう、どうでもいい。

 

 自分は性の獣だ──。

 ずっとこの先、この怒張に支配されて生きていくのだ。

 そう覚悟すると、さらに大きな快感がやってきた。

 

「ラスカリーナ、ほら、顔をあげろ。お前の部下たちが覗いているぞ」

 

 ロウがラスカリーナを犯しながら笑った。

 顔をあげる。

 扉の外にいるのは、十人ではきかない。

 群がるようにして、ラスカリーナの痴態を覗き見ている。

 

「ああ、もうどうでもいいの──。どうでもいいの──。あはああああっ」

 

 気が狂うほどの喜悦が襲い、ラスカリーナは泣き叫びながら、膨れあがる歓喜に身を任せた。

 この歳になって、女として犯される──。

 もう、なにもいらない。

 これさえあれば──。

 五体を貫く、このロウの芳烈な快感さえあれば──。

 

「いぐうううっ」

 

 ラスカリーナは縛られている全身を激しく震わせて昇天した。

 もしかしたら、生まれて初めての絶頂かもしれない。

 こんな衝撃は間違いなく、ラスカリーナが味わったことのないものだった。

 

 見て──。

 こんなみっともない自分をもっと見て──。

 

 ラスカリーナは心の中で叫んでもいた。

 

「どうやら、連隊長殿は、心の底からマゾのようだ。精を注ぐのはもっと面白い場所でやってあげよう」

 

 ロウが律動を続けながら言った。

 一瞬にして、周囲の光景が変わった。

 ラスカリーナは目を疑った。

 気がつくと、外にいたのだ。

 しかも、王都の噴水広場と言われる大きな広場だ。大勢の人がいて、思い思いのことをして過ごす場所だ。

 屋台もあり、大道芸人などもいて、いつも賑わっている。

 そんな場所に、セックスしながら連れてこられたのだ。

 

 転送術──?

 

 ラスカリーナは唖然としたが、それ以上はもう考えられなかった。

 淫らな水音とともに股間を抉っては抜き、抜いては貫かれるロウの怒張の快感がラスカリーナを燃えあがらせる。

 

「あひいいっ、いやあああっ、ああああっ」

 

 迸るような声が自分の口から出た。

 信じられないくらいの人間が周りに集まってくる。

 

「あはああっ」

 

 その視線の中でラスカリーナは、絶頂に向かって快感を突きあげさせる。

 稲妻のような衝撃──。

 それが次々に重なる。

 

「あはあああっ」

 

 ラスカリーナはあっという間に二度目の絶頂を果たした。

 

「ラスカリーナ、お前を支配するぞ。性奴隷になってもらうからな」

 

 ロウが言った。

 

「は、はいいっ、性奴隷にしてくださいいいい」

 

 気が遠くなるような快感の中でラスカリーナはそう言っていた。

 子宮に向かって、ロウの熱い精が噴き出るのがわかった。

 途端にこれまで以上の快感がラスカリーナの中で爆発した。

 信じられなかった。

 これ以上の快感などないと思っていたのに、さらに遙かに上回る快感があるとは……。

 

「ああああ……ああっ、ああああ──」

 

 縛られている身体を激しく痙攣させて、ラスカリーナはがくりと膝を折った。

 ラスカリーナはいまこそわかった。

 支配される悦びを……。

 自由を奪われる幸せを……。

 ロウが股間から怒張を抜く。

 力尽きたラスカリーナは、じょろじょろとその場で失禁をしてしまった。

 

「うわっ」

 

「小便だ」

 

「だれだ、こいつ──?」

 

 周囲の見物人たちが騒然となっている。

 どうでもいい……。

 ラスカリーナはみっともなく放尿しながら、巨大な快感の余韻に酔っていた。

 

「ほら、奴隷の証だ……。ところで、掃除をしろ。口で綺麗にするんだ」

 

 ロウが前に回ってきてラスカリーナの首に赤いチョーカーを嵌めた。

 それとともに、ねらねらと光り、湯気のようなものまでたちこめている男根が顔の前に突きつけられた。

 

 掃除?

 つまり、舐めろということか?

 ラスカリーナは躊躇なく、口でロウの一物を咥える。

 

 主の命令に従う……。

 

 なんと甘美な経験だろう。

 ラスカリーナは一心不乱に舌を動かしながら思った。

 

 そして、再びはっとした。

 また情景が変わったのだ。

 跪いてロウの腰に顔をつけているラスカリーナは、再び連隊長室にいた。

 相変わらず上体は緊縛されているが、吊られてはいない。

 

 ぽんと頭を叩かれる。

 もういいということだろう。

 ラスカリーナは口を離した。

 

 ロウの身体の向こうの扉を見る。

 扉は閉まっていた。

 足もとを覗いたが、失禁したような形跡もない。

 いまの経験は……?

 

「ご主人様、お手伝いします」

 

 コゼだ。

 風のように駆けてきて、ロウが下半身に下着とズボンを身につけるのを手伝い始める。

 一方で、ラスカリーナはまだ呆然としてしゃがみ込んでいた。

 

「一瞬、見えなくなりましたけど、どうしたのですか?」

 

 コゼが一郎の腰に下着をはかせながら訊ねた。

 

「性奴隷になったご褒美をラスカリーナにな。面白かったか、ラスカリーナ? 心配しなくていいぞ。お前の醜態は誰にも見られてない。まだまだ、俺のために働いてもらわないとならないからな。新しい体制では、ラスカリーナには大将軍になってもらうつもりだ。よろしくな」

 

 ロウが笑って言った。

 

 大将軍──?

 

 大将軍というのは、王軍や諸行軍などの束ねということであり、ハロンドール王国の軍人の地位としては最高位になる。

 ただ、二代前のエンゲル王のときに廃され、いまは存在していない役職だ。

 つまりは、ロウは冗談を口にしたのだなと思った。

 

「だ、大将軍ですか? はは、わたしに務まるのであれば」

 

 ラスカリーナも笑って返した。

 この人は面白いな。

 そんな夢みたいなことを話すなんて。

 ラスカリーナは知らず、頬を綻ばせてしまった。

 

「務まるさ。ラスカリーナを選んだのは偶然だったが、まさか、王国にこんな人材が眠っているなんてな。相当に軍学を勉強していたのか? もともと、かなりの軍略や作戦指揮の能力があったようだが? まあ、俺の力でさらに跳ねあがっているが」

 

 ロウがなにを言っているのかよく理解できない。だが、ラスカリーナが若い頃に軍学を勉強していたのを知っていたのはびっくりした。

 結局、あの猛勉強は、ラスカリーナの人生にはあまり役には立たなかったが、ロウが知っていてくれたというだけで、報われた気がした。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 ラスカリーナはとりあえずそれだけを言った。

 なにを答えていいかわからなかったのだ。

 

「れ、連隊長、ラスカリーナ閣下──。ちょ、ちょっと凄いです。凄い──」

 

 そのとき、ナールが血相を変えた感じで寄ってきた。

 ラスカリーナをまじまじと見始める。

 しかし、ラスカリーナは上半身こそ軍装だが、下半身は犯されたばかりの裸体だ。

 見られると恥ずかしい。

 顔を主体に見ているが、ナールの視線はラスカリーナの下半身を含めた全身を動いている。

 

「ほんとだ。本人とわかるぎりぎりのところですね」

 

「お綺麗になりましたね、ラスカリーナさん」

 

 もともといたコゼに加えて、ガドニエル女王もラスカリーナの周りに来た。

 さらに、エリカも……。

 

「身体も随分とほっそりとなって。これもロウ様の術ですか?」

 

 そのエリカだ。

 

「贅肉も不純物のひとつだからな。それを取り除くのは治療術の一環だ」

 

 ロウが笑った。

 治療術?

 ラスカリーナは首を傾げた。

 

「そんな治療術はありません、ご主人様。でも、素晴らしいです」

 

 ガドニエル女王だ。

 やっぱり、なにを言われているのか意味不明だ。

 

「あ、あのう……」

 

 ラスカリーナはロウたちを見上げながら声をかけようとした。

 

「あっ、姿見を」

 

 ナールが離れ、すぐに戻ってきた。

 連隊長室に置いてある、置き鏡だ。

 それをラスカリーナの前にかざしてきた。

 

「えっ?」

 

 びっくりした。

 鏡の中には、ラスカリーナであって、ラスカリーナではない女性がいた。

 酒太りの四十女ではない。もっと若い……。三十よりも前とも思われる肌艶の可愛い女性だ。

 もしかして、これが自分?

 驚きが思考に追いついてきた。

 

 まさか……。

 

 本当に?

 

 信じられないが、鏡の中のラスカリーナは、ラスカリーナの顔の動きと合わせて動く。

 間違いない。

 本当に顔が変わったのだ。

 そして、身体を見下ろす。

 そういえば、身体がちょっと……いや、かなりほっそりとなっている。

 腹も引っ込んで、腰の括れもかなり細い……。

 もしかして、ロウが──?

 

「ええええええ──?」

 

 ラスカリーナは絶叫した。

 

「まあ、こうなるわよねえ……」

 

 コゼがくすりと笑った。

 

「俺の性奴隷になった以上、健康管理はご主人様の俺の役目だ……。しかし、酒の飲み過ぎじゃないのか、ラスカリーナ? 内臓もかなり痛みが出てたぞ。まあ、それも治療しといたけどな。いまのラスカリーナは完全な健康体だ」

 

 ロウが言った。

 唖然とした。

 治療術って、そんなことまで?

 

「まあ、そんなこともおわかりに?」

 

 ガドニエル女王が不思議そうな顔をロウに向けた。

 

「わかるんだ。俺の支配下の性奴隷のことはな」

 

 ロウが笑った。

 

「ところで、ナール。お前は本当にすごいな。スカートをあげてみろ」

 

 ロウが突然にナールを見た。

 そういえば、今日は、ナールがスカートを身につけていることに気がついた。いままで、ずっとナールは男と同じズボンの軍装しかしたことがなかった気がする。

 

「あっ、はい」

 

 ナールが緊張した面持ちで両手でスカートの裾を持ち、たくし上げた。

 ラスカリーナは目を丸くした。

 ナールは下着を身につけていなかった。

 その代わりに、黒い革のベルトのようなものを股間に装着していた。腰の括れに黒い革ベルトが巻かれていて、そこから股間を断ち割る別のベルトがあり、それがナールの股間に食い込んたのである。

 

 貞操帯──?

 

 そんな言葉が頭に浮かんだ。

 しかし、ちょうど花唇に当たる場所がうねうねと動いているみたいだが……。

 

「うーん、ちゃんと動いているな。しかし、それをまったく感じさせないように動けるのは凄い」

 

 ロウが笑いながら言って、すっとナールの太腿に伸びる。

 

「が、我慢するのが修行で、それが天道様をお悦びさせることに……。あっ、で、でも、天道様の手はだめです。こんな淫具なんかとは比べものにならないくらいに刺激的で……、ああっ、あんっ」

 

 内腿をロウに触れられたナールが真っ赤な顔になって、身体を悶えさせる。

 どんなときでも表情を崩さない鉄仮面のナールだけに、ナールが恥ずかしそうに身体をくねらせる姿は新鮮だ。

 

「ははは、ちゃんと感じる身体で安心したぞ。じゃあ、しばらくは振動をとめてやる。ふたりにはやってもらうことがあるしな。ラスカリーナには、別の新しい特別な淫具を準備していたが、どうやら感じやすい身体のようだから、ナールのように装着したままでは動けないだろう。勘弁してやる。その代わりに、今夕に役割を果たしてもらう。ラスカリーナの本格的な調教はその後だ」

 

 ロウが言った。

 そして、ナールの脚から手を離す。

 貞操帯の振動もとまったみたいだ。

 ナールがスカートをあげたまま、がくりと膝を折りかけた。

 よく見ると、ナールが嵌めている黒ベルトの隙間からは、かなりの蜜が漏れ出て、それがナールの内腿を光らせている。

 感じてないのではなく、耐えていたのだなと思った。

 すごいな……。

 ラスカリーナは感嘆してしまった。

 

「ところで、さっき、新しい淫具って、おっしゃいました?」

 

 そのとき、コゼがロウに声をかけた。

 すると、ロウはにんまりと笑う。

 

「おう、これだ。頭の中で想像し、亜空間の中で現実化して、こうやって出せるようになった。いつの間にか、そういうこともできるようになってな」

 

 ロウがまるで宙から出すようにして出現させたのは、やはり黒ベルトについたディルドだ。

 だが、男根部分にたくさんの触手のようなものがある。

 それが汁のようなものを先から出してうねっている。

 

 なに、あれ?

 ラスカリーナは、ちょっと顔が引きつるのがわかった。

 

「うわっ、なんですか、その気持ち悪そうなの?」

 

 コゼが遠慮のない感想を言う。

 

「気持ち悪いはひどいなあ。お前たちの誰かに試させるものだぞ。この触手はお前たちの股間の中に入ると、自動的に膣の中の快感の場所を見つけて、最適の触感で刺激するんだ。表面には百ほどの触手があるから、最大百箇所を同時に刺激される仕掛けだ。これを数ノスも装着し続ければ、Gスポットもボルチオもあっという間に開発できる」

 

 ロウが笑った。

 じーすぽっととか、ぼるちおとかいうのは意味不明だが、とにかく、とんでもなさそうなものだというのは予想できる。

 

「うわっ、そんなの、一番奴隷のエリカか、一番の新参のこいつにさせてください」

 

 コゼがロウから飛び離れた。

 

「わ、わたしの名前を出すんじゃないわよ──」

 

 エリカが怒ったように怒鳴る。

 

「あ、あのいま、頭の中で想像して、それを亜空間でお作りになったとおっしゃいましたか? それは、つまり、無から有を作るということですわ。あり得ません──。すごいです。魔道学の革命ですわ」

 

 ガドニエル女王が目を丸くして声をあげた。

 

「そんな大層ななものじゃない。俺のステータスには“創始(淫)の力”とあるからなあ。淫靡な遊び限定だ。だが、これでもっと愉しくお前らで遊べそうだ」

 

 ロウが笑い続ける。

 女たちがちょっと困ったような顔になっていた。

 

「……さて、じゃあ、真面目な話だ。ラスカリーナとナール……。お前たちにやって欲しいことを説明する」

 

 ロウが語り始めた。

 びっくりしたが、予想していないことではなかった。

 だから、赤いチョーカーの兵が多かったのか……。

 ラスカリーナは納得した。

 

「わかりました。お任せください」

 

 ラスカリーナは大きく頷く。

 すると、ぱらりと縄が解けた。

 これもロウの不思議な術か……。

 緊縛が解けてほっとするとともに、ちょっとだけ寂しさも感じた。

 もっと、ロウの縄を味わってみたかったかも……。

 ラスカリーナは腕をさすりながら思った。

 

「物欲しそうな顔をしているな、ラスカリーナ。心配するな。いつでも、俺の屋敷に来い。場所はあとで教えてやろう。俺もまだ、戻ってないからな。だが、覚悟もして来い。屋敷にくれば、もっとひどい目に遭わせる。それこそ、屈辱と恥辱の限界を味わわせる。もちろん、その恥辱の向こう側の快感もだ」

 

 ロウがラスカリーナの顎に手を伸ばして顔をあげさせ、口づけをしてきた。

 ラスカリーナは夢中になって、侵入してきたロウの舌に舌を絡めさせる。

 屋敷を教えられれば、すぐに自分はそこに通うだろう。

 もしかして、入り浸り、そこから軍営に通うのかも……。

 ロウの口づけを受けながら、ラスカリーナはそう確信をした。

 

「は、はい……」

 

 唇を離されると、うっとりとロウを見つめながら、ラスカリーナはしっかりと頷く。

 

「あ、あのう。ところで、一度、貞操帯を外していただけないでしょうか? さっき、いきなり嵌められましたので、そのう……実はおしっこが……」

 

 ナールが口を挟んだ。

 珍しくもナールは顔を赤らめている。

 尿意か……。

 なろほど、あの革ベルトを嵌められているとおしっこもできないのか……。

 

「夜まで我慢できないのか?」

 

 ロウだ。

 

「あっ、あのう……、いえ、我慢できなくは……」

 

「だったら我慢しろ。全てが終わったら、今日は馬車で屋敷に戻る。そのときには、ナールが馭者をしろ。小便は屋敷でさせてやる。小便も自由にできない。それが性奴隷だ」

 

「は、はい、わかりました──。ありがとうございます──。我慢します」

 

 ロウの可哀想かと思う物言いだったが、当のナールは逆に嬉しそうな表情になった。

 ラスカリーナは、少しナールを羨ましく思った。

 

「さて、じゃあ正念場だ。ラスカリーナ、今日はいいが、許可されない限り、これからはスカートにしろ。しかも、短いのものだ。下着は白。それ以外は身につけるな──」

 

 ロウの言葉──。

 ラスカリーナは大きな悦びとともに、それに頷いた。





 *

 ……その輝かしい彼女の経歴の中で、ラスカリーナは「帝国最高の軍人」の肩書きを得たが、それは彼女の軍歴を見れば当然ことだった。
 だが、その彼女が、実は四十歳になるまで、王軍に所属しながらまったく軍才を評価されていなかったという事実は、我々後生の者を大いに驚かせるのである。

 シーバ=リョータ著『人物伝』


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852 大命下る-大会議招集

 エルビンは実に不機嫌だった。

 

 なにしろ、宰相の自分のまったく知らない、突然の全貴族招集の大会議なのだ。

 どれだけ多くの者たちから、なんの目的の会議なのかと問い合わせを受けたかわからない。

 そのたびに、エルビンは宰相らしく、いかにも全てを知っているかのような素振りで、いまここで話すわけにはいかず、会議に参加をしてもらえばわかるのだと、できるだけ重厚な口調で繰り返すしかなかった。

 だが、実際は、宰相であるエルビンも知らないのだ。

 だから、気に入らなかった。

 

 定刻に近いので、王宮の大広間は、多くの人数で埋まっている。

 多分、百人はいるだろう。

 王都に“まだ”滞在する貴族たちと、あるいは、“まだ”王宮に残っていた内臣たちだ。

 王軍の将軍や高級将校もいる。

 服装は簡易な普段着でよいという指示があったので、全員がそれなりの装束だ。王宮に入る服装としては、かなり格式を落としたものだと言わねばならないだろう。

 実際、招集の指示が、魔道や伝令、あるいは、お触れなどで伝えられたのは、数ノス前──。人によっては、国王が王宮に貴族招集したのを知ったのが、いまの刻限のほんの少し前だという者もいるはずだ。正式の装束など準備できるわけがない。準備の時間がないのだ。

 とにかく、突然だった。

 

 いずれにしても、この百人足らずの参集者が、多いと言ってよいのか、少ないと言ってよいのか、エルビンには判断がつかなかった。

 なにしろ、この大広間は、千人は入れるくらいの地積があり、それに対して百人なので、大会議としてはかなりまばらに感じるのだ。

 そもそも、大会議というのは、全貴族の招集だ。

 地方からもやって来て、この大広間が埋め尽くされ、それでも入れない者たちで溢れるのが、本当の大会議というものである。

 それが百人程度……。

 

 しかし、繰り返されるルードルフ王の蛮行と、短い時間に連発された粛正の嵐により、多くの大貴族が王都から逃亡しておらず、さらにあの園遊会とやらで、妻子を連れて行かれた夫であり、父である者などは、その衝撃から気力を立ちあがらせることができずに、いまでも屋敷に閉じこもったままの者も多いという。

 そういう状況で、まあ百人くらいは集まったのだ。

 それは多いとしていいのかもしれない。

 

 ともかく、エルビンは宰相だ。

 居並ぶ貴族たちの中で、最前列の中心に立っている。

 近衛兵団の末端の将軍のひとりだったエルビンが、宰相になったのは、ほんの数日前のことだ。

 本来の宰相であるフォックス卿は、ルードルフ王が人が変わったように蛮行を始めると、ほかの貴族同様に一早く王都を離脱していなくなったし、次に宰相に選定された高官は、なんと、王宮の朝儀の場でルードルフ王自らに斬り殺されてしまったのである。

 エルビンは、その次に選ばれた宰相だ。

 

 だが、宰相はやはり、宰相なのだと知ったのは、宰相になってからだ。

 そういう状況で宰相を兼ねて、王都ハロルドを管理するハロルド公になったエルビンだったが、屋敷に戻ると山のような祝いの品が届いていた。

 それは、今日も同じであり、やはり、エルビンには手が届かないような豪華な品々や食べ物なのが引っ切りなしに送り届けられだしたのだ。

 もちろん、宰相になったエルビンに対する贈賄の意味がある。

 宰相というのは美味しい仕事かもしれないと、エルビンは一夜にして思った。

 

 それにしても、一体全体、なんのための大会議か──?

 エルビンは、ほかの貴族や重鎮たちとともに立ったまま、国王ルードルフの登場を待っている。

 今朝、西の外郭域の砦に、王太女イザベラが国王処断の兵をあげて攻め込んできたが、それに対することか?

 まあ、そうなのだろう。

 一応は、王都軍を配置して、待ち受けの態勢をとっていたが、情報によれば、王太女イザベラの軍の陣には、なんと、エルフ族王家の旗があり、また、傭兵王と称されるモーリア男爵家があり、さらに、王太女の檄に反応した近傍貴族が我先にと陣に駆けつけている状況らしい。

 まだ、戦端は開かれていないが、わずか王都から一日の距離の場所で、そんな内戦が勃発しているのである。

 異常事態だ──。

 

 もっとも、異常事態であったのは、ずっと以前からか……。

 人が変わったかのように、散財し、粗暴になり、権力を無駄に行使しだしたルードルフ王──。

 短いあいだに繰り返された王都への重税は、王都貴族や王都民衆の生活を限りなく圧迫し、それに加えて、粛正に次ぐ、粛正──。

 国王に逆らったとして、王族の二公爵は財産没収の末に捕縛され、王都広場に裸にして晒されて殺され、さらに、あの民衆に大人気だった王都第三神殿長のスクルズも毒杯を命じられ、やはり同じように死骸となった裸身を公開して辱められた。

 もともと高くなかった国王の人気は凋落した。

 いまや、憎まれているといっていい──。

 

 そして、園遊会──。

 王都にいた貴族令嬢や貴族夫人を突然に集めて人質にし、その彼女たちを陵辱し、弄び──、その映像が毎日のように、下町を中心とした場所で映録球という魔道具で公開されるのである。

 若く美しい貴族令嬢の痴態は、面白がった者たちがこぞってその映録球を複製したりして、ものすごい数の破廉恥映像の映録球が出回っている。

 それはともかく、そのようなことをする国王が敬われるはずもない。

 王への忠誠心など、灯火(ともしび)ほどにもない。

 

 実は、エルビン自身もだ。

 ほんの数日前までは、それでも王家への忠誠と服従の心はあったのだが、いつの間にか、霞みがとれるかのようになくなっていた。

 どうして、あんな王に諾々と従っていたのか……。

 なぜ、ほかの貴族や将軍の一部たちのように逃亡しなかったのか……。 

 わからない……。

 王都以外にいくところがなかったというのも本当だが、あれだけのことを繰り返していたルードルフ王に対する強い忠誠心……。

 なんだか、まるで操られでもしていた気もする……。

 まあ、その結果、突然に宰相になれたのだから、人生というのはわからないものだ。

 

「国王陛下、ルードルフ王が入場されます──」

 

 触れ係の大きな声が大広間に響く。

 華やかな音楽もなければ、大歓声もない。

 まばらな拍手が沸き起こった。

 王を睨むようにして、まったく拍手をしない者も少なくない。

 改めて、エルビンは、いまのルードルフ王に対する王都貴族たちの心情を知った。

 

 だが、ルードルフ王──?

 ほんの一日前に朝儀で見た姿とは別人のようだ。

 身なりは整い、足もともそれなりにしっかりはしているが、随分と痩せてないか?

 わずか一日で……。

 

 そして、異様なのは、国王ルードルフとともに歩く者の存在だ。

 普通は、近衛兵に護衛された国王は、一人で進むのが常識だ。

 しかし、そいつも護衛なのか、ルードルフ王と同じようにきらびやかな服装としている男がルードルフ王の隣を進んでいる。

 一緒に歩いているのだ。いや、護衛にしては服装が豪華だ。国王と並んで遜色ない。

 また、護衛の近衛兵もいるが、冒険者のような出で立ちの女たちが左右両隣を固めている。

 しかも、びっくりするような美女だ。

 ある意味、ルードルフ王や隣を歩く男よりも目立っているかも……。

 だが、ルードルフ王の隣の男は、本当に誰だ?

 疑念が頭に浮かぶ。

 

 そして、王がエルビンたちに向き合う高い位置に作られた演台にのぼった。

 やはり、隣の男もだ。

 ついていったのは、近衛兵ではなく、美しい女たち数名だ。

 彼女たちに守られるように、ルードルフ王と見知らぬ男が演台に立つ。

 

 あの男どこかで……。

 

 エルビンは懸命に思いだそうとするのだが、考えようとすると、なぜか男の顔が頭から消えてしまって思い出せない。

 なにかがおかしかった。

 もしかしたら、認識阻害の魔道でもかけている?

 そんな感じだ。

 

「今日は、余から重大な話を諸君に伝えたい……」

 

 ルードルフ王が一歩前に進み出て、さらに演台に近づく。

 さすがに、隣の男は出てこない。

 だが、距離が近い。

 まるで、国王と肩を並べている感じだ。

 対等の存在であるとでも主張するかのようだ……。

 

 おかしい……。

 やっぱり、おかしい……。

 だが、エルビンはルードルフ王の話を待った。

 なにを言うのか……。

 なぜ、全員が集められたのか……。

 

「……偉大なるクロノス神の代理人の国王の地位により……。あるいは、我らを見守り導いてくれる女神メティス、女神へラティスに感謝し……。そして、歴々の父祖と母祖(もそ)に誓い……」

 

 格式のある言葉を語るときのお決まりの台詞だ。

 だが、それだけ重要なことを話そうとしているのだと悟った……。

 

「……余は最初に申し伝える。これより話すことの異議は認めん──。ただ諾々と従い、(つつし)むべし──。異議を語るは、クロノス神より神授された王位への反逆とみなす──」

 

 ルードルフ王が言った。

 エルビンは息を吞んだ。

 なんだ──?

 なにが語られるのだ?

 

「まずは、この四か月にわたり発令されたすべての勅命を無効とすることを宣言する。すなわち、王妃アネルザ、王太女イザベラ、その関係者、また、エルフ女王から英雄公を与えられたロウ=ボルグへの捕縛指示の全部を取り消す──。彼女、彼らの名誉はすべて復活される。処刑された二公爵、神殿長スクルズについても同様である。彼らの名誉は死に遡って回復される──」

 

 さすがに騒然となった。

 驚いて、詰め寄ろうした者もいる。

 だが、演台に近づきかけた者は、演台の下の近衛兵に阻まれる。

 また、エルビンはやっと気がついたのだが、演台の周りがきらきらと輝く塵のようなものがある。

 それに触れた者は、途端にまるで静止するかのようにゆっくりとした動きになっている。

 それを後ろから近衛兵に襟首を掴まれて、引き戻されている。

 あれは、魔道的ななにかか?

 しかし、王宮内で魔道?

 

「うっるさいいいい──」

 

 演台で怒声が響いた。

 ふたりのエルフ族の美女がいるのだが、そのうちのスカートが短く、美しい脚を剥き出しにしている女の方だ。

 そいつが、大声を出して、床に剣の鞘を叩きつけたのだ。

 やっと静かになる。

 だが、国王の前であんな蛮行を──?

 あれも、誰なのだ?

 あっちについては、近衛兵は咎める雰囲気もない。

 

 それはそうとして、イザベラや王妃の罪を取り消す──?

 しかし、そのイザベラは、軍を率いて、王都外郭砦に侵攻中だ。

 あれはどうなるのだ──?

 

「──鎮まれ──。まだ余の話は終わっていない──」

 

 ルードルフ王が大声をあげる。

 まだ続けていたざわめきが消える。

 

「数か月に及んだ王都、王国の混乱……。現在、衝突しかけている王国内の不幸な対峙──。さらに、貴族、民衆、王国内の者たちの全ての不安……。これを解決するために、当面の間、国王に準じる権限を持つ独裁官を置くものとする。独裁官の権限は、この王国に存在するすべての貴族、官職への行政指示権、すべての軍事指揮権、各領主への統制及び命令権、外国交渉権、並びに国家重要事項の決定権と指示権……。すなわち、この王国における国王に次ぐ、最高権限となる」

 

 エルビンは今度こそ耳を疑った。

 それは、事実上の王ではないか──。

 宰相などとは比べものにならない権限──。

 いや、独裁官というものが最高権限を持つので、つまりは、エルビンはその独裁官に命令を与えられる存在だということだ。

 なんだ、それ──?

 

「その独裁官に、子爵にして、エルフ女王国の英雄公──。ロウ=ボルグ卿を指名する──。当初に申したとおり、いかなる異議も認めない。これは大命──。つまり、勅命である──」

 

 ルードルフ王が言った。

 再び、大広間が叫び声に包まれる。

 すると、大音響が響いた。

 驚いたが、演台側の巨大な音だけが響いたのだ。

 しんと静まる。

 

「……余の言葉はこれで終わりだ。これより、余は自らを捕縛させ、身柄を監獄塔に監禁させる。このときをもって、王位は王太女イザベラに譲位される。新女王はいまより、イザベラである──」

 

 ルードルフ王が語った。

 すると、そこに演台の下から近衛兵が斉整とあがってくる。

 ルードルフ王を左右から掴んだ。

 引きずるかのように、ルードルフ王が台からおろされ、後ろ側の出入り口から外に出されていく。

 そして、演台に、ルードルフ王に近い場所にいた男が近づいて立った。

 

 唖然とした。

 

 なにが起こったのだ?

 そして、霧が晴れるように、やっと男の顔が認識できた。

 

 なんと、ロウだ。

 ついさっき、ルードルフ王が独裁官だと任命していった男だ──。

 

「独裁官ロウ=ボルグ・サタルスだ。これより、この王国は、当面の間、俺の命令下で動くことになる──。俺の言葉は、女王陛下イザベラの言葉──。そのように心得てもらいたい──」

 

 そのロウが言った。

 やっとわかった。

 

 これは反乱だ──。

 

 いま、起きたのは紛れもなく、政権の簒奪であり、王家に対する反逆に違いなかった──。

 

「み、認めん──。こんなことは認められん──」

 

 まだ頭が追いついていない者たちのざわめきの中、エルビンは声を張りあげた。

 認めるわけにはいかない──。

 こんなこと、あり得ない──。

 

 たったいままで、王国から捕縛命令どころか、処刑命令が出ていた男が国王にも等しい最高権限を担うなど──。

 

「宰相のエルビンか……。前国王ルードルフが言ったはずだ。いかなる異議も認めないとね……。そして、独裁官である俺も認めない──。異議は反逆とみなす。これは最後通告だ」

 

 ロウが演台の上から言った。

 エルビンは激怒して、床を幾度が踏みつけた。

 

「黙れ、黙れ──。黙れええ──。俺は宰相であるぞ。こんなこと認められるか──。これほどのことを、なんの相談もなく……。認めない──。認めんぞ──。ほかの者も抗議の声をあげよ──。いや、近衛兵──。宰相である俺が命じる。あの男を捕縛せよ──」

 

 怒りの余りエルビンは叫んだ。

 周りを見る。

 しかし、エルビンとともに抗議に同意した態度の者は多くなかった。

 五人にも満たないだろう。

 ほぼ全員は日和見だ。

 エルビンは我に返った。

 

「よろしい──。では独裁官の権限をもって、反逆者を捕縛する。宰相……、いや、元宰相エルビンと、それに同意した三人を捕縛せよ。胸に青い印のある者だ──」

 

 ロウが声をあげた。

 青い印──?

 しかし、ふと自分の胸を見ると、まるでインクをぶちまけたような青い印がつけられている。

 いつの間に──?

 魔道か──?

 

 さらに、広間が騒然となった。

 いきなり、大勢の王兵が雪崩れ込んできたのである。

 近衛兵か──?

 剣を抜いている──。

 エルビンは驚愕した。

 

「反逆者を捕らえよ──」

 

 女の声──。

 その方向を見る。

 あれは、昼行灯の連隊長と称されている女連隊長のラスカリーナか?

 エルビンは、ついこのあいだまで近衛兵だったので、もちろん顔はわかる。

 だが、しばらく見ないあいだに、随分と痩せて綺麗になった?

 いや、あれはラスカリーナか?

 

 だが、考える余裕はなかった。

 エルビンは、首に赤いチョーカーをつけている大勢の兵に囲まれ、あっという間に縄掛けされた。

 いま気がついたが、侵入してきた抜刀をしている近衛兵だけでなく、演台の下の近衛兵──。さらに、演台の上の女たちの全員が赤いチョーカーをしている。

 考えてみれば、今日の王宮は、やたらに赤い印をつけている兵が多かった。

 下級官吏にもいただろう。

 つまりは、この反乱は朝から計画されていたのに違いない。

 エルビンは意気消沈した。

 

「まさか、あの王に殉じる者がいるとはな。残念ですよ、エルビン閣下」

 

 縄をかけられて連行されるエルビンの前に、ラスカリーナがやってきた。

 やっぱり、ラスカリーナだ。

 だが、あの酒太りの中年女が、まるで別人なのだが……。

 しかも、スカート──?

 腿が半分は出ている短いものだ。

 この女がスカートをはいているのは、私生活を含めて初めてだが、よく似合っている。

 まあ、そんなことはいいか……。

 

「こ、こんなこと許されん……。反逆だ……」

 

 とにかく、エルビンはそれだけを言った。

 

「成功した反逆は、革命、または、政変というのですよ、閣下……。古い王から新しい権力者のロウ様に政権が移動した偉大なる政変です……。連れていけ──」

 

 ラスカリーナは言った。

 彼女は、ちょっと高揚しているのかもしれない。顔が随分と真っ赤だった。

 それはともかく、彼女は、“古い王から新しい権力者のロウ”と言った。古い王から新しい女王とは言わなかった。

 つまりはそういうことなのだ……。

 

 エルビンは縄を引っ張られて広間の外に連れ出された。

 まったく無礼千万にも──。



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853 独裁官のスピーチ

 エルビンと数名の者が大広間から連れ出されるのを一郎は待った。

 残っている者は完全な日和見なのだろうな。

 一郎を認めない者はもっと多いと思っていたが、五人にも満たなかったのはよかった。

 ルードルフ王は当然として、あのエルビンという宰相を名乗っていた男にも人望が乏しかったのに違いない。

 

 だが、ここが正念場だぞ──と思った。

 畳みかけなければならない。

 考える余裕を与えることなく、一気に押し進むのだ。

 

「独裁官として命じる──。まずは、女王陛下の軍に敵対するべく動いている王軍に対する命令を取り消す。前線への命令は即座に派遣するが、すべての王軍は新女王陛下に対して、直ちに武装解除をすること──。これより、女王陛下に手向かうのは、新たな王国と女王陛下に対する反逆とする──」

 

 一郎は演台から全員に対して言った。

 反対する者はない。

 当然だ。

 百人ほどの参集者の周りとあいだを武装した近衛兵が取り囲んでいる。この状況で反対できるわけがない。

 それに、もしも、反対する者がいれば、どんな理由であろうとも、捕らえて地下牢に放り込むようにラスカリーナには指示している。

 異議などさせるつもりは微塵もない。

 

「次に、過去四か月に捕縛された者、処刑されたもの、財の没収を受けた者──。これらはすべて、独裁官ロウの責任をもって再調査をする。その結果、罪に値しないと判断した者については、名誉を回復し、没収私財の保証を約束しよう──。新しい王宮は偽りは口にしない。約束は必ず守られる──」

 

 ざわめく者、顔を周囲を見合わせる者、それぞれだ。

 まあ、ここまでは、目の前にいる者たちにはあまり関係がない。

 彼らが気にしているのは、自分たちの立場がどうなるかということだろう。

 

「──ただし、王宮の高位高官でありながら、王宮、王都の混乱に責任を果たさず、王都民衆の苦しみを見捨てて、一族のみで王都から逃避した恥知らずの者たちについては、このときをもって、その職務を剥奪する。領土、爵位のある者については、その剥奪まではしないが、王都に残した私有財産、土地、建物などすべて、その罪により没収とする。その私財は、今回の一連の混乱によって不当に扱われた者たちへの救済に当てる。なお、現在の王宮人事については、そのままとする。当面、現在の職務を続行せよ」

 

 ほっと安堵の表情を見せる者がちらほら出てきた。

 ここにいる者の多くは、逃亡した高位高官たちに代わり、その職務を代行し、ルードルフの命令を受け、仕方なく仕事をしていた元々の下級官吏者たちが多い。

 王都から逃げ出した高位貴族たちが戻れば、職務をとりあげられて、再び下級官吏に落とされるか、下手をすれば、戻ってきた者たちから言いがかりをつけられて、貶められるのではないかと不安も抱いているはずだ。

 こいつらが使えるのか、使えないのかわからないが、少なくとも、逃亡して逃げた連中よりはましなのだろう。

 一郎は、原則として逃げた者は王宮には戻さないことを決めている。

 これについては、イザベラも、アネルザも同意をしている。

 

「さらに、あの園遊会とやらの罠で、前王ルードルフが人質として集めて、王宮内に不当に監禁していた令夫人、令嬢たちについてであるが、全員をこのときをもって解放する。監禁されていたあいだに受けた前王の蛮行への償いは、王家の私有財産をもってさせることを約束する。彼女たちの名誉を回復する最大限の努力をし、可能な限りの治療も受けさせる」

 

 一郎は言った。

 緊張している顔から、ほっとした顔に変わる者が多くなってきた。

 そして、意外にも拍手が鳴り始める。

 訝しんだが、どうやら煽動するように拍手し始めたのは、周りを取り巻いている近衛兵の連中みたいだ。

 それが呼び水となって、慌てたように貴族たちが拍手しだしたのだ。

 一郎は手をあげて静かにさせる。

 

「いずれにしても、悪しきものは正す。それが王家であってもだ。そして、正しきものを残す。この数か月の王都の混乱の中で、それでも、この王国が王国たり得たのは、ここにいる王都で苦難に耐えてくれた諸官たちのおかげであることを、俺は知っている──。もちろん、イザベラ女王陛下もだ──。君たちは誇っていい──。苦しい時期を耐えて、王宮と王都をよく守ってくれた。独裁官として感謝する──。新王宮は、あなた方への感謝を忘れない──。もう一度言う。新女王のイザベラ陛下は、あなた方に感謝している。たったいま終わった蛮行の舞台の王宮や王都で、残って踏ん張ってくれた者たちこそ誇りである──」

 

 とにかく、ここにいる者だ。ここからイザベラの治政の味方を作る。

 なぜ、彼らがあれだけの蛮行を繰り返したルードルフから逃げなかったのかなど知らない。

 真の責任感からとはまったく思わない。

 逃げる場所がなかったり、ルードルフが使ったらしい王家の宝具で偽物の忠誠心を受け付けられたり、まあいろいろだろう。

 しかし、ここにいる者をまずは味方につける。

 今日の主題はそれだ。

 また、ルードルフ王の治政は過去のものであり、イザベラの治政はまったく違う新しいものだと印象づける。

 いずれにしても、あのお姫様には味方が少ない。

 ルードルフ王よりもましだから、イザベラの治政を望むのではなく、心からイザベラという女王を歓迎しなければならないのだ。

 キシダインに日和って、長年にわたってイザベラを虐げた大貴族も、虐げられている少女を顧みず、なにもしなかった者も不要だ。

 この際、ここで捨てる。

 だからこその、イザベラの味方作りだ

 

 今度は近衛兵が先に動くことなく、一斉に歓声と拍手が鳴った。

 「天道様」という言葉も聞こえる。

 また、天道様?

 まあいいけど……。

 一郎は、再び手をあげる。

 広間が静まり、一郎に視線が集中する。

 

「古き時代は終わった──。新たな女王陛下の治政こそ、新しい時代の始まりである。その時代をあなた方と女王陛下と一緒に作るのだ──。約束しよう──。このときより、ハロンドール王国は新しい栄光ある時代を迎える。その栄光と富をあなた方と共有していく──。約束しよう──。新たな王宮は、あなた方を成功させる──。約束しよう──。女王陛下は、感謝をしているあなた方に、それに相応しい扱いをすることを──。約束しよう──。ハロンドール王国、ナタル森林王国──、そして、幸いを共有する全て者たちにとって、輝ける未来がやってくることを──」

 

 一段高い響きを声に響かせる。声も張りあげた。

 一郎は知っていた。

 人というのものは、群れを作らないときには、理性的で理知的であろうとするが、集団になると、その行動様式は単純化して感情的になる。

 だから、同じことをなるべく繰り返し、印象的にする。

 また、主題は単純に……。

 イザベラの時代が成功の時代であると思わせるだけ──。内容も不要だ。

 ただ繰り返す──。

 

「時代が変わる──。それを感じてくれ──。そして、共にやり遂げよう──。約束しよう──。イザベラ女王の治政は、成功と発展の革新の治政である。見守るのではない──。ともにやるのだ──。新しい女王陛下と諸官の時代を一緒に作るのだ──」

 

 声が響きがさらに大きくなるのがわかった。

 あらかじめ演説が佳境になったら、風魔道で声を大きくしてくれとガドニエルに頼んでいた。

 そのとおりやってくれたみたいだ。

 ちらりと視線を送る。

 ガドニエルが嬉しそうな笑顔になる。

 

 そして、大歓声になった。巨大な拍手がそれに重なる。

 みんながいい顔をしている。

 よくわからないが、これからはいい時代になるかもしれない──。せめて、そんな気持ちになっただろうか。

 内容などあとで忘れてくれても、そんな感情だけ残ってくれればそれでいい。

 

「……最後に、新しい時代の象徴として、これまでの暦とともに、新しい暦を導入するものとする。新たな暦は旧時代の暦と併用して使用し、一年の始まりと終わりは同じとするが、一か月を三十日と定め、それを超えれば次の月に進む固定式となる。一年は十か月──。空の月々とは関係なく、規則的に月替わりをする。詳細は別に発表するが、これは新しい時代の象徴だ──。これからこの国はどんどんと富み、変わり、発展する──。それを期待するのではない──。ともに進むのだ──」

 

 一郎は手をあげた。

 背面にしていた大きなカーテンが一気に開かれる。これも魔道だ。

 巨大な窓から、丁度夕陽が差し込み赤い光りが一郎を背中から照らすのがわかった。

 あらかじめ夕陽を計算して、時間と演説台の場所を設定してもらったのだ。

 単純な演出だが、単純だからこそ効果がある。

 百人ほどの貴族たちと近衛兵たちが再び大歓声となった。

 一郎は万雷の拍手に包まれて、演説台を降りていった。

 

「なんか、凄かったです……」

 

「よくわからないけど、感動的でした」

 

 コゼとエリカが護衛として左右を固めてきながら、ささやいてきた。

 

「ありがとうよ。だけど、柄にもないことをして疲れた」

 

 一郎は演説台の後ろの控え室側の扉に向かいながら軽く肩を竦めてみせた。

 

「お疲れ様でしたわ、ご主人様」

 

「ガドも、魔道の補助をありがとう。本当はエルフ族の女王様に、裏方のようなことをさせて申し訳ないがね」

 

 後ろから声をかけてきてくれたガドニエルにも、一郎は笑いかけた。

 

「問題ありませんわ」

 

 ガドニエルが嬉しそうに言った。

 一郎たちは、まだ拍手と喚声が続いている大広間から控え室に入る。

 そこには、テーブルを囲むようにソファがあり、その一角にアネルザが座っていた。

 そばにはイットが立っている。

 一応は護衛として残ってもらっていたのだ。

 

 ほかにいるのは、シルキーが守っている通称“幽霊屋敷”から移動術で送りこんでもらった六人の侍女たちだ。

 すなわち、オタビア、ダリア、クアッタ、ユニク、セクト、デセルである。しかし、彼女たちはそれぞれ床に座り込んで、壁にもたれていた。

 一郎はその姿に苦笑した。

 とりあえず、アネルザと向かい合うように横長のソファを占領する。

 当然のように、その両側にコゼとガドニエルがぴったりとくっついて座ってきた。

 

「こらっ、お前ら、いい加減にしないかい──。ロウが戻ったよ──。茶の一杯くらい入れたらどうなんだい──」

 

 すると、アネルザがだらしなくしゃがみ込んだままの侍女たちを怒鳴りあげた。

 

「あっ、はい……。も、申しわけありません」

 

「で、でも、ちょっと腰が抜けてて……」

 

 侍女たちが気怠そうに言った。

 一郎は笑った。

 

「まあ、もう少し休ませてやってくれよ、アネルザ。久しぶりだったからなあ。俺もちょっと張り切って、亜空間でひとり一ノスずつ可愛がったんだが、それが悪かったのかもしれない。ちょっと体力を絞りすぎたらしい。亜空間から出しても、回復しきれなかったみたいでね」

 

 そして、言った。

 イザベラと南域に同行せずにこっちに残っていた侍女たちとは、数か月ぶりになる。

 彼女たちには、移動術で後宮の地下に送り込んでもらい、あのルードルフの支度を手伝ってもらったのだが、ラスカリーナを抱いた後でそこに合流をしたとき、一郎はひとりずつ亜空間に連れていって、しっかりと一対一で抱いたのだ。

 亜空間の中ではほとんど時間が経たないようにできるので、それでできたことなのだが、以前は現実側に戻れば、体力も戻らせることができたのに、なぜか完全には疲労が戻らず、こんな風になってしまったのだ。

 このところ、こういうことがよくある。

 一郎の精力がさらに強くなりすぎたのだろうか?

 ちょっと苦笑した。

 

「お茶はわたしが入れます」

 

 エリカが茶器のある隅に向かおうとする。

 しかし、コゼが口を開いた。

 

「やめてよ。あんたの大雑把なお茶の入れ方じゃあ、美味しいものも台無しよ。イット、やって──。まだ、あんたの方がましだから」

 

「な、なんですってええ──。だったら、あんたがしなさいよ、コゼ──」

 

 エリカが真っ赤な顔をして怒鳴る。

 一郎はやめさせた。

 

「い、いえ、もう大丈夫です……。ええっと、イットちゃんよね。いいわ。わたしがします」

 

 侍女のひとりが立ちあがる。

 デセルだ。

 このイザベラの侍女たちは、一郎が性奴隷の刻みをすることで、様々な特殊能力が覚醒したが、デセルが目覚めたのは料理の才能だった。

 だから、彼女が作れば、どんな材料でも天下一品の料理になる。

 お茶も同様だ。

 

「愉しみだ。デセルの作ったものが、また味わえるんだな」

 

 一郎は言った。

 すると、デセルが頬を綻ばせた。

 

「わたしも嬉しいです。そして、さっきは愛して頂いてありがとうございます。屋敷ではみなさんもお待ちです。早く戻ってあげて欲しいです」

 

 デセルが頭をさげる。

 そして、茶器棚に向かう。

 それを機に、ほかの侍女もやっと立ちあがった。

 

「遠慮することない。そのままでもいいし、ソファにも座れ。どうせ身内だ。お互いに股ぐらどころか、尻の穴まで舐め合う仲なんだ。礼儀なんて捨てておけ」

 

「下品です、ロウ様──」

 

 すると、エリカがぴしゃりと叱ってきた。

 ロウはくすりと笑ってしまった。

 

「ここで聞いていたけど、素晴らしい演説だったよ。ロウにそんな才能まであるとは驚いたけどねえ」

 

 アネルザが言った。

 

「お前たちを調教するのと一緒だよ。相手をよく観察して、与えて欲しそうな言葉と物言いをぶつける。それだけさ。調教もちゃんとして欲しそうなのを選んでやっているからな」

 

「同じって……。わ、わたしたちが鞭を入れらたり、恥ずかしいことや、意地悪なことをされるのは、わたしたちがそうして欲しいからするって言うのかい」

 

 アネルザが真っ赤な顔になった。

 

「違うのか? マゾの王妃様?」

 

 一郎は亜空間からさっと乗馬鞭を出し、手を伸ばして鞭先でアネルザの顎をしゃくった。

 

「わっ──。な、なんだい、いきなり……」

 

 目に見えて動揺して顔を引っ込めたアネルザの姿に一郎は笑い、鞭を収容する。

 あのルードルフ王の言い草じゃないが、この虎のように気性の荒い王妃が一郎の鞭一本に、ここまで怯え、大人しくなるのが面白い。

 

「ま、まあいいさ……。それよりも、不思議なことを言っていたねえ。新しい暦だって? 一か月を三十日に固定するって?」

 

 アネルザだ。

 

「ああ、まあ、別にいまの暦を否定するわけじゃない。極論すれば、俺たちだけで使ってもいいんだ。せっかく得た権力だ。多少は我が儘を言ってもいいだろう?」

 

 一郎はうそぶいた。

 この世界の暦がわかりにくいというのは、ずっと以前から思っていたことだ。

 そろそろ、この世界に召喚されて三年くらいになるが、いまだに今日が何月何日なのかわからない。

 しかし、それは一郎だけじゃなく、一般民衆も同じ感覚のようなのだ。

 

 なにしろ、この世界の暦は、一年が三百日というのは固定しているのに、一か月の日数を夜の空に浮かぶ月の数と出現の仕方で決定して、固定していないのだ。

 つまり、空に五個の月が全部出るか、あるいは、まったく出ないときに月替わりをするという感じだ。

 だから、一か月が五十日のときもあれば、百日も続くときもある。逆に珍しいが、数日で終わるときもある。

 極めて難解だ。

 しかも、これは神殿で天文を予想して定めているようだが、同じクロノス信仰でも、タリオ公国にあるローム神殿を頂点とするハロンドールを含む地域に拡がる神殿と、ガドニエルの支配するナタル森林に拡がる教会とは組織が違うので、これもまた暦が別々なのだ。

 それは、ナタル森林を旅して初めて知ったが、不便このうえない。

 ガドニエルの女王国とイザベラのハロンドール王国の同盟の邪魔でもある。

 この際、共有の暦を強引に作らせてもらおうと思った。

 まあ、別に理由もあるのだが……。

 

「もちろん、我が儘はいいさ。だけど、どうして、急に?」

 

 アネルザが訊ねてきた。

 

「急に思ったわけじゃない。享ちゃん……ケイラ=ハイエルには話したことはある。賛成してくれたぞ」

 

「大叔母様にですか? ああ、もちろん、ナタル森林でも採用します──。そりゃあ、もう──。古い暦を使ったら、女王の権限でどんどん捕縛させます──。もう絶対です」

 

 ガドニエルが息巻いた。

 

「そんなの、やめなさいよ、ガド。せめて、みんなの意見を聞いてね」

 

 エリカだ。

 

「強制する必要はないよ、ガド。そんなんじゃないんだ」

 

 一郎も言った。

 

「まあ、なんとなくだけど、あのケイラは、ロウの言うことならなんでも賛同しそうな雰囲気だったけどねえ……。だけど、覚悟はいいのかい? これは神殿界とひと悶着あるかもしれないよ。暦の設定は、あの連中の専管なんだ。これまで、どの王家でも手を出さなかった。神殿を敵にしたくないからねえ」

 

「そんな大袈裟なもんじゃないだろう、アネルザ。神殿の暦を変えるわけじゃないぞ。併用するだけだ」

 

「大袈裟じゃないんだけどねえ……。まあいいか。だけど、どうして、新しい暦なんて?」

 

「そりゃあ、毎年誕生日を祝いたいからだ」

 

 一郎は言った。

 

「誕生日?」

 

 アネルザが怪訝そうな表情になる。

 実は、この世界で暦が複雑なせいで、ここの世界には毎年誕生日を祝う風習がない。

 年齢は数えるが、日付の数え方が不定なので、同じ日が毎年来たり、来なかったりで、そもそも、生まれた日と同じ日付が特別な日という感覚がないのである。

 

「以前、コゼやエリカに、誕生日をしてもらってな。マーズに女体盛りしてもらったりして愉しかった。毎年やりたいと思ってな」

 

 一郎は笑った。

 

「にょ、女体盛り──? そんな理由で神殿と喧嘩をしようなんてのは、お前くらいだよ」

 

 アネルザが呆れた顔になった。

 

「だから、喧嘩などするつもりはないって……」

 

 一郎はさらに声をあげて笑う。

 すると、アネルザが嘆息した。

 

「まあいいさ……。とにかく、わたしにできるのは、もう全力で裏から支えることだけだ。よろしく頼む。この国と……。そして、イザベラと、アンと、エルザを……」

 

 深々とソファに腰掛けたまま頭をさげる。

 一郎はその頭をあげさせる。

 

「頭をさげる必要も、頼む必要もない。アネルザも、イザベラたちも、俺の女だ──。俺ができることは全部する。それは当然だし、俺がそうしたいから、そうするだけだ。頼まれるようなことじゃない」

 

「そう言ってもらえるとありがたいよ。だけど、やっぱり頼む……。わたしにはもう表舞台には立てない。頼むだけだ」

 

 アネルザが再び頭をさげた。

 そのときだった。

 大広間との扉が開き、ラスカリーナが入ってきた。

 

「ご主人様、お疲れ様でした。全員が退出しました……。あっ、王妃殿下。女王陛下も……」

 

 ラスカリーナがアネルザとガドニエルを認めて、すぐに敬礼の姿勢になる。

 

「やめないか、ラスカリーナ。さっきも言っただろう。この男の前では対等だよ。同じ性奴隷さ」

 

 アネルザが笑った。

 

「は、はいっ、ありがとうございます」

 

 ラスカリーナが直立不動で返事をする。

 根っからの軍人なんだろうが、面白いな。

 それにしても、さっき最初に会ったときとはすっかりと別人だ。一郎の淫魔術による改変により、酒太りでたるんでいた身体はふた回りは細くなって、顔立ちも美しく変化している。

 なによりも、一郎が今後はスカートしかはくなと命令したら、どこからか探してきたらしく、さっそく身につけてきた。

 無垢な熟女か……。

 可愛いものだ。

 

「ちゃんとスカートだな。だが、ちょっと長いか? もっと短くてもいい」

 

 一郎は立ちあがると、腕を体側につけて真っ直ぐに立っているラスカリーナのスカートをひょいと(まく)って、股間ぎりぎりまであげてやった。

 

「ひっ、お、お戯れを……」

 

 ラスカリーナが真っ赤になる。

 それでも姿勢を崩さない。

 面白いな。

 

「そういえば、今日は貞操帯を装着しない代わりに、下着はつけるなと命令したんだったな? 言いつけを守っているか、ラスカリーナ?」

 

 さらに捲る。

 もう陰毛がちょっと見えるくらいだ。

 

「ま、守ってます。はいてません──。ス、スカートも短くします──。そ、それと貞操帯調教も愉しみにしております」

 

 ラスカリーナが軍人口調で言った。

 一郎は大笑いした。

 

「そういえば、もうひとりの新人はどうしたの? ナールだっけ。あの鉄仮面女」

 

 コゼだ。

 

「ナールはまだ隊の把握を……。わたしも、報告だけして、すぐに戻ろうと……」

 

 ラスカリーナが一郎にスカートをめくられたまま言った。

 

「そうか。じゃあ、意地悪して悪かったな」

 

 一郎はスカートを離してやる。

 ラスカリーナがほっとした表情になった。

 しかし、戻す直前に、ラスカリーナの股間からつっと愛液が内腿に滴っていたのを一郎はしっかりと見つけていた。

 だけど、一気に王軍は掌握してもらわないとならない。

 それをラスカリーナに頼んでいて、さすがにもう邪魔はよくないだろう。

 

「い、いえ……、ありがとうございます、ご主人様」

 

 なんに対するお礼だかわからない。

 まあいいか……。

 ラスカリーナがもう一度、敬礼をして出ていく。

 一郎は彼女を目で見送り、再び、コゼとガドニエルのあいだに座り直す。

 

「ロウ、そろそろ、屋敷に行っておくれ。わたしは、今晩は王宮に缶詰だ。明日の朝までに、片っ端に、お前が言ったことを独裁官令にして公布しておくよ。こらっ、お前たちも手伝うんだよ──。ちゃんと、ロウに抱いてもらったんだから、今日は徹夜だ──」

 

 アネルザが侍女たちに怒鳴った。

 

「はい」

 

「わかりました」

 

「承知してます」

 

 侍女たちが口々に返事をする。

 

「そうだなあ……。だけど、まだ、奴隷宮の彼女たちのこともあるしなあ……」

 

 一郎は迷った。

 サキのやらかしたことだ。

 あれについても責任をもって処置する必要があると思う。

 

「いや、今日は随分と長い一日だった。たった一日で、お前はこの国から事実上の王権を簒奪したんだ。奴隷宮からの解放については、元王妃であるわたしの仕事だ。責任を持ってやっておくよ。明日、報告する。でも、お前については、屋敷に戻っておくれ。アンも待っているだろうし、おマアやほかの女たちもだ。サキとのこともあるだろう? ミランダやベルズもだ」

 

 アネルザが言った。

 

「そうだなあ……」

 

 一郎は息を吐いた。

 確かに疲れたかもしれない。

 女を抱く分には、いくら亜空間で数日間にも思える時間を抱き続けてもまったく疲労感はないのに、ルードルフを堕とすのも、貴族たちを集めた大会議を主催したのも疲れた。

 

「じゃあ、帰るか……。だけど、とりあえず、アネルザたちの護衛は残すか……」

 

 一郎は女たちを見回す。

 すると、両側からコゼとガドニエルががっしりと一郎の腕にしがみついた。ひと晩だけのことなのだが、二人とも、一郎から離れるつもりはないみたいだ。

 エリカが呆れたように息を吐くのが聞こえた。

 

「……護衛はわたしが残ります。悪いけど、イットもね」

 

 そのエリカだ。

 

「はい、わかりました」

 

 イットも頷く。

 

「じゃあ、そうさせてもらうよ、アネルザ、そして、みんな……。デセルのお茶を愉しんだら、いったん、家に帰るとするか──」

 

 一郎は言った。

 

「お待たせしました」

 

 ちょうど、そのときデセルをはじめ侍女たちが一郎たちにお茶を運んでくる。彼女たち自身のものもあるみたいだ。

 

「じゃあ、乾杯だな──。全員、詰め込んで座ろう」

 

 一郎はお茶を目線にあげ、お道化(どけ)た感じ口調でそう言ってから、温かいものを口に入れた。

 

 

 

 

(第4話『王宮の一番長い一日』終わり、第5話『クロノスの帰宅』に続く)






 *

【ロウ=サタルス】

「ロウの帝政の開始についての議論」

 第一帝国の帝政の開始の時期は、一般には、ロウの皇帝就任と女王たちが治めていた各国を帝国に併合することを発表した新暦4年とするのが通説であるが、歴史学者のあいだでは、「新暦四年の勅令」は、すでに成立していたロウの事実上の皇帝としての立場を表明したにすぎず、実際の帝政はそれ以前に始まっていたのだという意見も少なくない。
 確かに、新暦4年のロウの皇帝就任については、エルニア国(恵月国)の皇主のスイギョクからの皇位継承を受けてのものであるものの、その当時、ロウはすでにハロンドール王国の事実上の王位にあり、また、ナタル大森林王国の女王ガドニエル、デセオ公国の大公イザヤもロウへの忠誠を誓っている状況であったのは間違いない(カロリック地区は、すでにハロンドールの占領下にあった。)。

 つまりは、それ以前に分散していた各国の主権は、新暦4年の時点ではすでにロウに集中していたのだという議論である。
 そして、帝歴4年をもって帝国の始まりとする通説に代わるものとして、彼らが主張しているのがハロンドール王都の混沌時期に独裁官として就任したロウが開始させた新たな暦の開始をもって、事実上の帝国開始とすべきであるという意見である。
 ……これに対し……(略)。


 いずれにしても、それ以前は神殿が独占していた暦法に代わって、簡易な新暦が導入されたことは、暦法が異なっていたナタル大森林王国とハロンドール王国の流通を活発にし、様々な分野における人の相互交流を促して、これにより、両国の事実上の合併が進んだのは間違いない。
 もっとも、このロウの新暦導入は、古い体制との軋轢も生むことにもなり、特に神殿界は激しく反撥して、ついには翌年の「新暦2年の変」における教皇の実施したロウへの破門宣告に繋がっていくことになるのである。

 ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


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 第5話   クロノスの帰宅
854 新米性奴隷への洗礼


 次のエピソードは、『王宮の一番長い一日』に続く夜のうちの前半夜を語ります。すなわち、やっと「幽霊屋敷」に戻る一郎が、女たちを相手に遊ぶだけのストーリの予定です。

 *




 噴水広場と呼ばれる王都の広場で馬車を停めてもらった。

 

 アネルザに準備してもらったのは、四人乗りの小さな馬車である。屋根はあるが、腰から上の部分は吹き抜けの柱だけになっている簡易なものだ。

 それに、馬一頭だけを繋ぐものである。

 馭者はナールで、座席側に座っているのは、一郎とガドニエルとコゼだ。

 王家の紋章の入ったような派手なものじゃない方がいいと頼んで、これにしてもらったのである。

 

「あれが、スクルドならず、スクルズの祭壇か?」

 

 一郎は、馬車の中から、ちょっと離れた位置にある広場の一角を占めている四角い台座のようなものを眺めて言った。

 話しかけたのは馭者台のナールに向かってだ。

 一郎は目立たない簡素なものに着替えたが、貴族たちを集めた大会議を行った正宮殿(せいきゅうでん)からそのまま出てきたので、ナールについては近衛兵の女性将校の服装のままだ。

 

 ただ、すでにかなりの汗をかいている。

 陽は落ちて、風の涼しい時間帯になっているので、これだけの汗をかくのは不自然なのだが、まあ、一郎が施した悪戯を考えれば、それも当然だろう。

 なにしろ、一郎は、馬車に乗る直前に、ナールの股間に装着させている二本にディルド付きの革帯を一度外し、それぞれにたっぷりと痒み剤に塗ってから装着させ直したのだ。

 もちろん、左右の乳首にも忘れずに塗りたくった。

 しかし、そのナールの表情はまったくの無表情だ。

 痒み責めが効いていないわけじゃないのは、これだけの汗をかいていることからわかるが、随分と我慢強い性質みたいだ。

 

「は、はい……。な、なくなったスクルズ様が、生き返って昇天なさったという奇跡の場所です。王都の者たちがああやって、祭壇をこしらえたもので、い、いまでも花などを捧げて祈りをする者たちが絶えず……」

 

 ナールが説明を始める。

 だが、こうやって見ていると、ナールの足は馭者台で小さく足踏みをするようにずっと動いており、軍装だが短いスカートから出ている腿はずっと擦り合わされている。

 どうやら、かなりつらいみたいだ。

 一郎の嗜虐心が刺激されて、思わずにやにやしてしまう。

 

「なるほどなあ。確かに、こんな時間だが、まだまだ祈りのために集まっている者は多いな。しかし、さっきも教えてもらったと思うけど、そのスクルズは生きているぞ。認識阻害の魔道をずっとかけているから、誰もわからないけどな。しかし、屋敷の中では、欺騙の魔道も解いているだろう。生きているスクルドに会ってやってくれ」

 

 一郎は言った。

 あのスクルドが一郎を追いかけるために、神殿長をやめようと考え、ここで偽者の死体を準備して死んだふりをしたというのを聞いたのは呆れたものだ。

 本人としては、死体が空中に浮かび、昇天した演出をしたのはベルズのやったことだと言い訳していたが……。

 

「は、はい、スクルズ様が本当に生きておられるというお話には驚きましたが、嬉しいです……。お、お会いするのが楽しみで……」

 

「会ったらきっと幻滅するわよ。あたしたちの仲間の中でも、かなりぶっ飛んでいる方だしね」

 

 コゼも顔を前側に乗り出してきて笑った。

 

「で、でも、楽しみです。で、では……そろそろ……」

 

 ナールが馬車を進めようとする。

 これもまた当然だろう。

 ナールには、痒みを解決してやるのは、ナールに馭者を命じた一郎たちを乗せた馬車が屋敷に着いてからだと言っている。

 だから、早く行きたいのだ。

 

 しかし、もちろん、一郎は時間をかけて屋敷には帰るつもりだ。

 さっきはブラニーの守っていた小屋敷にも立ち寄り、外観からはただの廃墟の幻影のかかっている屋敷に入って、ブラニーとの再会もした。ブラニーの屋敷と王都郊外のシルキーが守っている幽霊屋敷とは、移動術の設備で繋がっているので、そのまま瞬時に戻れたのだが、あえて、馬車で進むことを選んだのは、王都を確認したかったというのもあるが、このナールで遊ぶためでもある。

 早く帰る手段は、スクルドを呼び寄せて、移動術で向かってもいいし、新しく眷属になった韋駄天族のスカンダもいる。

 実は、いくらでも、早く戻る手段はあるのだ。

 

「まあ、急くなよ。折角だ。俺たちも祈りを捧げていくか。当たり前だがスクルズ様とは、満更、知らない仲じゃないしな……。ナール、着いてこい──。ガドとコゼはここにいてくれ。ガドはどうしても目立つし、コゼは馬を頼む。心配ない。すぐそこだ」

 

 一郎は意地悪くそう言うと、馬車の腰までの高さしかない馬車の扉を自分で開けて、馬車をおりる。

 祭壇の回りには、陽も落ちたというのに、かなりの人がいて、膝をおとして祈りの姿勢をしている。祭壇に向かって並んでいる者もいる。

 それなりの人手だ。

 

 まあ、この噴水広場そのものが夜でも人通りが絶えることのない場所であり、おそらく、広場全体で数十人はいるだろう。賑やかな場所なのだ。

 広場全体にかがり火も照らされているので、音楽を鳴らしたり、大道芸人の周りに集まったり、集会のようなことをしたりとまちまちだ。

 恋人っぽい男女がデートをしたりしている姿も垣間見られる。

 スクルズの祭壇もその一角にあるのだ。

 聞いたところによれば、これが昼間ともなると、あの祭壇にはあれ以上のかなりの行列ができるくらいに人が集まるそうだ。

 もっと立派な祭壇に有志で作り直すという計画もあるらしく、まだまだ、スクルズ人気がすごいようだ。

 

「あっ、は、はい。お待ちを、天道様……」

 

 ナールがちょっとつらそうな動きで、馭者台を降りてくる。

 一郎は馬車の下でそれをにやにやしながら待つ。

 

「ふふふ、相変わらず、意地悪ですね、ご主人様……。ねえ、ナール、これはご主人様の性奴隷になったら、誰もが体験する洗礼なのよ。みんな、やっているの。なにせ、ご主人様は、なんといっても、痒み責めであたしたちを苛めるのが大好きなんだから。まあ、しっかりね」

 

 座席側から、馭者側に移ってきたコゼがナールに声をかけてきた。

 

「あ、ありがとうございます、コゼ様」

 

「呼び捨ててよ、ナール。言葉も崩していいし」

 

 コゼがくすくすと笑った。

 

「い、いえ、言葉遣いが丁寧なのは性分で……。でも、わかりました、コゼ」

 

「じゃあ、よろしくね。ご主人様の調教を受けてても、護衛はちゃんとするのよ。痒み剤付きのディルドを挿入されているくらいで、満足に動けないようじゃあ、ご主人様の性奴隷はつとまらないわよ」

 

 コゼが適当なことを言う。

 どうやら、半分揶揄っているのだ。

 しかし、ナールは真面目にとったらしく、はっとした表情になる。

 

「わ、わかりました」

 

 ぐっと背筋も伸びた。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「わたしも、ここで魔道で見張っております。少しでも怪しい者がいれば、魔道で吹っ飛ばしますのでご安心ください」

 

 ガドニエルだ。

 

「なんか、怖いなあ。スリのひとりでもいれば、この王都広場を焼け野原に変えそうだな」

 

 一郎は笑った。そのガドニエルにそっと耳打ちする。ガドニエルは怪訝そうにしながらも、しっかりと頷いた。

 そして、祭壇に進む。

 一郎は、ナールを連れて、祭壇が空くのを待っているらしい男女の後ろに並んだ。最前列まで五組ほどだ。

 ナールはぐっと歯を噛みしめている。

 しかし、まあ、よくも我慢できるものだ。

 こうやって隣にいると、時折、眉がひそめられたり、顔全体が上気しているように見えるのを除けば、ほとんど平静だ。

 だが、よくよく観察すれば、やはり足先については、かすかに足踏みをするようにずっと動いていた。

 一郎は、ナールの耳元に口を近づける。

 

「……そういえば、まだ、おしっこをさせてなかったな。ここでならしていいぞ。立ったままな。構わない。貞操帯のままぶちまけろ」

 

 意地悪くささやいた。

 軍営でナールを成り行きで性奴隷の刻みをしたときから、ナールには、ずっと放尿を許さずに、革帯で股間を封鎖している。

 あのときから尿意を訴えていたので、もう半日も耐えていることになる。

 随分と我慢できるものだと、少しばかり感心もしていた。

 

「こ、ここで? えっ、い、いえ、我慢します。な、なんとか」

 

 ナールは一瞬、びくりとしたが、ここで放尿するなら出していいと言われて、目を丸くした。

 慌てたように首を横に振る。

 

「そうか。ならいいけどね。尿意も痒みも、ディルドを締めつけていれば、少しは耐えれる。そうしてろ」

 

 一郎は、もう一度誰にも聞こえないようにささやくと、にやりと笑った。

 

「は、はい……。そうします。お、お言葉をありがとうございます。は、励みます……」

 

 ちょっと調子も狂うが、それでも、ナールががくりと肩を落としたのがわかった。

 だが、言われたとおりに、必死にディルドを意識して締めつけだしたみたいだ。

 一郎の淫魔術で見極めているナールのステータスは、締めつけることで、どうしても快感を覚えるらしく、どんどんと「快感値」の数値が減っている。

 いまは、“20”を切った。

 すでに、股間はびっしょりと濡れていることだろう。

 さすがに、だんだんと息も荒くなってきた。

 

 さらに淫魔術で覗けば、ナールが必死になって、締めつけているのがよくわかる。

 犯したときもそうだったが、シャングリアとか、ベアトリーチェとかも同様なのだが、騎馬で鍛えている者は膣の締めつけがいいのだ。

 かなり気持ちがよかったのを覚えている。

 ただ、百合癖でも性癖は過激でないのか、あまり性感は鍛えられていない。

 しかし、感受性は高いみたいだ。

 なかなかに、調教のしがいがあると思った。

 そもそも、これは多分、すぐにマゾに染まる。もう染まりかけているし……。

 さて、そろそろ、鉄仮面の仮面を剥いでやるか。

 

 祈りをしていた者が祭壇の前からどき、列が前に進んだ。

 一郎は、ナールが一歩進もうとするのを待ち、股間のディルドを淫魔術で突然に振動させた。

 

「うっ」

 

 ナールが一瞬立ちすくんで、さらにがくんと膝を曲げた。

 前の二人づれが訝しんで、振り返ったのがわかった。

 

「どうかしたか?」

 

 一郎はわざとらしく声をかける。

 

「い、いえ……。な、なんでも」

 

 ナールは懸命に歯を喰いしばっている。

 一郎がまだディルドを激しく動かしているのだ。

 

「どうする? とめて欲しいか? それとも動かし続けるか?」

 

 一郎は周りには気づかれないように、ナールにそっと耳打ちした。

 

「と、とめて……ください……」

 

 ナールがほとんど聞こえるか、聞こえないかの声でささやく。

 

「そうか。そろそろつらいと思ったから、動かしてやったんだがな。動かして欲しければ言ってくれ」

 

 一郎は振動をとめた。

 ナールがほっと息を吐くのがわかった。

 だが、つらいのはこれからだ。

 一郎にはわかっている。

 一度、痒みが癒える快感を味わうと、もう我慢することは無理だ。痒みのつらさは桁違いになる。

 ナールが音をあげるのに、どれくらいかかるか……。

 

 そして、しばらくすると、ナールの息遣いがかなり激しいものに変わってきた。

 足踏みの動きも不自然なくらいに目立ってきている。

 

 さらに前が空く。

 ナールが一郎に声をかけてきたのは、さらに列が一組分進んだときだった。

 

「う、動かしてください……。お願いします」

 

 ナールがか細い声で言った。

 

「いいとも」

 

 一郎は微笑んでからディルドを振動させた。

 ただし、ナールが予想していた前側ではなく、アナルに挿入している後ろ側のディルドだ。

 

「おうっ」

 

 ナールが吠えるような声をあげて伸びあがり、両手をお尻に当てて、その場にしゃがみ込んでしまった。

 さらに、一郎はナールのクリトリスに当たっている部位にある革帯の突起も激しく動かす。

 実はそこも自在に動くのだ。

 

「ひいいいっ」

 

 ナールがひと際大きな悲鳴をあげた。

 すると、次の瞬間、しゃがんだナールのスカートから、激しくおしっこが噴き出した。

 ついに、失禁したみたいだ。

 

「わっ、なんだ?」

 

「きゃあああ」

 

「わっ、なんだ。こいつ?」

 

 周りの者が驚いて騒ぎだす。

 

「ひっ、ひっ、ひいっ」

 

 ナールはどうしていいかわからず、動転している。

 一郎はしっかりと、ナールの腕を掴む。

 

「ガド──」

 

 馬車に向かって声をあげる。

 次の瞬間、ナールと一郎はまだ喧騒にある祭壇の前から離れて、馬車の陰に移動していた。

 もっとも、まだナールの放尿は続いている。股間に革帯が嵌まっているので、スカートの中で撒き散らしている感じだ。

 

「早くすませろよ。小便が終わったら逃げるぞ」

 

 一郎はにっこりと微笑んで、アナルとクリトリスの部位の振動をとめてやる。

 

「ひ、ひいっ、ひっ──。は、はいっ、天道様」

 

 ナールの顔からはついに鉄仮面が完全に剥がれて、ついに、彼女は真っ赤な顔をして、泣きべそをかきだした。

 いまだに終わらないおしっこをスカートから撒き散らしながら……。

 

「いい顔になったな、ナール。ようこそ。俺の家族に。だが、まだ、痒みは我慢しろ。犯すのは屋敷に着いてからだ。小便の汚れもな」

 

 やっと放尿の終わったナールに屈み込み、一郎は唇を吸った。

 ナールがまだ泣きながら、一郎の口にむさぼりついてきた。



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855 猥褻(わいせつ)馬車

 噴水広場で多少の「遊び」をしてから、一郎たちは馬車移動を再開した。

 

 通称、噴水広場と称される王都ハロルド大広場は、いわゆる貴族街と一般庶民の集まる庶民街の境界にある。一郎たちは南側の外門に向かっているので、その庶民街を突っ切る大通りを通り抜けていくことになる。

 すると、広場からすぐのところに、ひと際豪華な屋敷が左右に二棟あった。

 いずれも、意匠を凝らした感じの四階建ての建物であり、構造が新しいので、周囲の建物からも目立っていた。

 

「ご主人様、あれって、あたしたちが出発する以前にはなかった建物ですよ。確か、このあたりは商家街だったと思いますけど、どこかの商会の建物という感じではないですね」

 

 一郎が見ている視線を追って、馬車の中から景色を眺めていたコゼが言った。

 四人乗りなので馬車は小さく、座席が向かい合うかたちで作られているのだが、一郎たちは、前を向くかたちで、一郎を中心にして、左右にコゼとガドニエルが密着して座っていた。

 つまりは、二人掛けの広さに、無理矢理に三人腰掛けているというわけである。もっとも、一郎の周りに女が密着するのはいつものことなので、別段に不自由を感じることはない。

 

「そうだな……。ナール、もしかして、あれがテレーズの屋敷というやつか?」

 

 一郎は馭者台側に顔を伸ばすようにして、馭者をしているナールに訊ねた。

 小さくて無紋だが、アネルザに準備させた王家の馬車であり構造もしっかりしている。揺れも最小限だし、騒音もほとんどない。座席の下に、魔石が数個埋まっていて、魔道紋も刻まれ、それで振動も吸収しているらしいのだ。

 こんなものだが、ちょっとした屋敷ほどの値段はするようだ。

 だが、それだけの価値があることは、外観からはまったくわからないようにしてあるということだ。

 こういうものもあるというのは、さすがは腐っても王家だと思った。

 それはともかく、だから、普通に喋っていても、十分に声が届く。

 ナールがちらりと一郎が指摘する建物の方向をそれぞれに一瞥した。

 

「は、はい、そうです。誰も住んでいる形跡はないのですが、そのように、う、噂されております。も、もともとは、自由流通の商会が入っていた建物を潰して、そ、そこに大勢の工人や職人を集めて一気に作ったようです」

 

 ナールが言った。

 テレーズというのは、結局、何者だったのか?

 

 この一連の王都の騒動は、アネルザ以下の四人が発端という感じだが、実は、そもそも最初は、その女伯爵のテレーズ=ラポルタという女官長がルードルフ王に取り入って、贅沢三昧をするとともに、王宮の人事に口を挟み始めたことから始まっている。

 一郎の手配書が回されたのも、イザベラとアンの妊娠がわかって、ルードルフ王が怒ったというのもあるが、なんとなく、そのテレーズがそそのかした気配がする。

 そこまでは、亨ちゃんに頼んだ調査でわかった。

 しかも、どうやら、そのテレーズは、本物ではなさそうなのだ。これもまた、亨ちゃんの調査だ。

 ならば、誰だったのか?

 

 まあ、テレーズが何者だったのかは、いまは亜空間でほとんど時間を静止して休ませている生首状態のサキに訊ねれば多少はわかるのかもしれない。

 屋敷に戻ったら、じっくりと訊くことにするか。

 いずれにしても、もうそのテレーズの存在の影は王宮内にはなかった。

 ルードルフ王は、死んだのではないかという認識だったみたいだ。なんとなくだが、もうテレーズの脅威はない気がする。

 ただの勘に過ぎないのだが、だから、あまり、そのテレーズのことは気にしていない。

 

 それはいいが、馭者台のナールは、相変わらず、腰をもじもじさせ、小さく足踏みをしている。

 王都の広場でちょっとだけ淫具で刺激してやったが、そんなもので掻痒剤の痒みは癒やせない。

 むしろ、刺激を与えられた分だけ、余計につらくなっただろう。

 しかも、結局、ナールに失禁を強要する悪戯をしてから、軍装のスカートの中の股間の革帯はディルドとともに外してやった。

 いまのナールは、スカートの中はノーパンの状態だ。

 ディルドがあれば、それを締めつけることで、ちょっとは痒みを癒やせたはずだが、いまはそれもなくなった。

 ナールはかなり、追い詰められているみたいだ。

 喋り方がぎこちないのも、痒みの苦悶のせいなのだ。

 

「大通りに面した商家の一等地が空き家だなんて、勿体ないですね」

 

 コゼが言った。

 

「まあ、すぐにもらい手はつくさ。没収した貴族街の屋敷群とともに、すぐに売りに出される手配だ」

 

 一郎は、夕方の大会議で、王都から逃亡した大貴族の王都屋敷と家財はすべて王宮が没収すると宣言をした。

 広場に到達する前に通りがかったが、さっそく、それらには王軍の兵が入り込み建物の確保をしている状況になっていた。

 アネルザと、新たに仲間にしたラスカリーナのしていることだと思うが、実に仕事が早い。

 見ると、通り過ぎるテレーズの屋敷とやらの入口にも、王兵がすでに立っている。

 

 馬車はしばらく進み、やっと王都南側の外門に辿り着いた。

 この外門もこの数日閉鎖されていたようだが、いまは完全に開いている。もともとは、王都の出入りは自由であり、税を徴収するようなこともないので、門番の王兵はいるが、そのまま素通りできるのだ。

 馬車は、なんなく外門を通過した。

 

 景色は、城壁の外に住むさらに貧民層の住居群になる。このあたりは、スラム街というほどではないが、十分な税を払えない庶民層が生活している。外門の外は一気に治安も悪くなるので、危険も多いらしい。

 もっとも、この大通りから続く街道沿いはまだまだ安全だ。

 本当に危険なのは、ここから見えないずっと奥側ということになるようだ。いわゆるスラムである。

 

「本当に人が多いのですね。さすがは人間族の都市です」

 

 ガドニエルがぽつりと言った。

 ナタル森林国の都のエランド・シティは二層の浮遊都市の構造をしているが、確かに、ひとつひとつの建物間は十分に距離があり、都市そのものは、もっとまばらな印象だったかもしれない。

 エランド・シティは、エルフ族以外の種族も生活することを許している都市だが、それでもハロンドール王都のハロルドのような都市からすれば、人口は圧倒的に少ない。

 それは、エルフ族は数百年生きる長寿種族である影響があるのだろう。

 長寿だとなぜか、短命種族の人間族に比べて、子供の数は減るみたいだ。

 

 また、結婚観も違う。

 エルフ族には、添い遂げるという概念は高くないみたいだ。寿命が長いので、数十年夫婦として過ごし、別れて、また、それぞれに別の者と婚姻をしたりというのは、普通のことらしい。

 まあ、だからこそ、係累を少なくするために、子供をあまり作らない傾向があるのかもしれない。

 なにしろ、サビナ草というどこにでも群生する雑草から作った避妊薬で、貧民層ですら簡単に避妊ができるのである。一郎の前の世界に比べれば、この世界は避妊が簡単なのだ。

 

 これは一郎の考えだけのことなのだが、この国には奴隷制度があるが、子供を作って生活のために売るという概念がなければ、いま見えるような貧民街には子供など、まったくいなくなるのではないかと思う。

 何事も、裏と表があり、奴隷制度ひとつをとっても、よくないから単純になくすというわけにはいかないような気もする。

 これからは、そんなことも考えていく必要もあるに違いない。

 

「確かに、エランド・シティとは違うわねえ。あたしたちは、訳あって上層も下層も逃げ回ったけどね。そういえば、上はエルフ族の貴族の魔道都市、下は各種族の雑多な居住区。変な都市だったわね」

 

 コゼだ。

 一郎は苦笑した。

 思い出せば、あれはエランド・シティに入って最初の夜だったと思う。パリスが手配させたエルフ王宮の水晶軍に追い回されて、一郎もコゼも、ほかの女と一緒に逃げ回ったのだった。

 

 考えてみれば、あのときから、一郎の境遇の劇的な変化は始まった。

 あの逃亡劇までは、なんだかんだで、まだ一郎は成功したとはいえ、一介の冒険者にすぎなかった。

 それがいつの間にか、エルフ族女王を性奴隷にして侍らす立場になったのだ。

 そして、いまや、ハロンドール王国の事実上の最高権力者である。

 女王はイザベラだが、イザベラが一郎を排除するのは不可能であり、一郎は大抵のことはイザベラを言いなりにする自信がある。

 拗ねたとしても、ちょっとばかり、閨に連れ込んで話せばいいだけだ。

 その気になれば、淫魔術で心も操れる。

 やらないが……。

 

「その節は……。でも、もう二層の身分差も解消していくと思います。きっと、シティも変わりますね。お姉様が頑張ってくれていると思います。それに、これからは、このハロンドールとの交流も増えると思います。お姉様は庶民とまではいきませんが、ちょっとした商会程度であれば、多少の使用料を出してもいいと思えるくらいの値段で利用できる移動術設備を作る構想もあるみたいですし」

 

 ガドニエルが言った。

 すると、コゼがいきなり噴き出した。

 

「ははは、あんたが真面目なことを喋ると、調子狂うわ。だけど、そもそも、あんたが女王様なんだから、あのラザさんに押しつけてばかりじゃまずいんじゃないの? 帰らなくていいの?」

 

「わ、わたしが戻らなくても……。まずくはないのではないでしょうか……。わたしが戻ってもなにもできませんわ。結局、政務については、お姉様に任せるだけですし」

 

「はっきりと言い切るところは、あんたらしいわねえ。でも、ずっと一緒に旅しているけど、そろそろ、戻れって言われないの?」

 

「そりゃあ、ちょっとは……。大叔母様を通じて、お姉様からは何度か……、いえ、結構たくさん連絡は……」

 

 ガドニエルが言いにくそうに呟く。

 一郎はガドニエルに視線を向けた。

 

「知らなかったな。ラザから連絡が? 戻って来いって?」

 

 ガドニエルに訊ねる。

 確かに、いつまでも、一国の女王を連れ回すのは無理があるかもしれない。

 亨ちゃんも、ガドニエルもなにも言わないので、忘れたふりをしていたが、そろそろ、ガドニエルにも帰国してもらった方がいいのだろうか。

 

「も、戻りませんよ、ご主人様──。そもそも、戻ってこいなんて言われてません。連絡してませんから──」

 

 ガドニエルがきっぱりと言った。

 

「えっ、だって、あんた、さっき頻繁に連絡が来てるって言わなかった?」

 

 コゼが訊ねた。

 一郎もそれは違和感を覚えた。

 

「頻繁に連絡は来てますが、わたしは連絡はしてないんです──。だから、お姉様からなにも言われてません」

 

「連絡しなさいよ」

 

 コゼが呆れたように言った。

 一郎もさすがに笑ってしまった。

 まあ、ガドニエルのことは、亨ちゃんと改めて相談をするか。

 

 そんなことを話しているうちに、馬車は人の密集している場所を抜けて、完全な郊外になった。

 この馬車なら、ここから半ノス足らず……。つまりは、二十分程度で懐かしい屋敷に到着できるだろう。

 馬車は両側が林になっている場所を通過し始めた。

 さすがに、夜も更けているので、行き交うほかの馬車も人もいない。

 旅人も、夜移動は避けるので、王都近くとはいえ、人通りも途絶えるようだ。

 もういいだろう。

 

「ナール、ちょっとこの辺で馬車を停めろ」

 

 一郎は指示した。

 

「あっ、はい、天道様」

 

 馬車が停車する。

 一郎は馭者台側に移動した。

 

「あ、あの、なにか?」

 

 ナールが怪訝そうに首を向ける。

 

「いいから、両手で前側の手摺りを握っていろ。手綱も放すなよ」

 

 この馬車の馭者台には、馭者が前に飛ばされないように、前側に金属の横棒が設置してある。

 ナールは首を傾げながら、一郎の指示のまま両手で、その前手摺りを握った。

 一郎は亜空間からふたつの手錠を出すと、ナールの両手首にそれぞれ手錠をかけ、その手摺りに反対側の枷を使って繋いでしまう。

 

「あっ、天道様、なにを……?」

 

 ナールが狼狽した。

 

「屋敷に戻ってからと言ったが、さすがにもう限界だろう? そろそろ、勘弁してやる。ほら、跪け──」

 

 一郎は馭者台の足置きにナールを立て膝にさせ、自分はナールが座っていた場所に腰をおろした。

 そして、ナールのスカートの前に手をやり、留め具を外して一気に膝までおろす。

 

「きゃあああ、なにを──」

 

 びっくりしたナールがスカートを戻そうとしたが、両手が前手摺りの棒に繋がっているので、がちゃんと金属音がしただけだ。

 次いで一郎は、ナールの腰を担ぐと、自分の股間の上に座らせるように引きあげた。

 一方で、片手で自分のズボンと下着を腰からおろして怒張を露出させる。

 

「びしょびしょじゃないか。さっき小便を洩らしたが、これは小便じゃないし、油剤でもない。早速、マゾの快感にどっぷりと浸ったか?」

 

 一郎はナールの股間に怒張の先端をあてがうと、そのままナールの腰を離して落とした。

 前戯など不要だ。

 すでに、ナールの股間は呆れるくらいに濡れているのだ。

 

「ひゃああああ」

 

 一瞬にして深い部分までを一郎の怒張に股間を貫かれたナールが、全身を弓なりにして奇声をあげた。

 がちゃがちゃと手錠の音を響かせながら……。



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856 クロノスの命令

「ひやっ、ひゃっ、あっ、い、いくっ、て、天道様──。いくう、いぐうう、いぐううう」

 

 ナールはあっという間に狂乱しだした。

 馭者台に腰をおとしている一郎は、ナールを前向きの体勢で腰の上に半分乗せ、中腰状態にして後ろから犯している。

 そのナールは、早くも絶頂に向かって、快感を飛翔させだしたみたいだ。

 手錠で前手摺りに連結している両手からがちゃがちゃと金属音を鳴らしながら、身体全体をがくがくと痙攣させ始めた。

 

 夜とはいえ、野外の馬車の馭者台で犯されているという状況だ。だからこそ。ナールは異常なほどに被虐心を反応させてしまったに違いない。しかも、痒み剤の媚薬でただれるほどに発情している局部だ。そして、両手は拘束され、抵抗の手段はない。

 

「いいか、ナール──。拘束され、追い詰められ、どうしようもなく快感させられる。これが、マゾの快感だ。覚えろ──」

 

「はっ、はいっ、て、天童様──。おお、お、覚えます──」

 

 いまは、自分を理解していないと思うが、このナールはマゾだ。そういう状況にどうしても興奮してしまっているのだ。ナールの全身には快感の場所であることを示す赤いもやがあちこちに拡がっている。

 はっきりいって、どこをどう触っても、ナールを悦ばすことができる状態だ。

 

「ところで、もう少し声を落とせ、ナール。そして、勝手にいくな。できるだけ絶頂を我慢するんだ。性奴隷としての躾だぞ」

 

 一郎は律動を繰り返しながら言った。

 それでいて、ナールに浮かんでいる赤いもやを観察しながら、色の濃い部分を狙ってあちこちを刺激してやる。

 我慢など不可能な快感を送り込んでやるのだ。

 怒張が埋まっている膣の中もである。

 淫魔術を使える一郎には、膣の中の快感の場所が“ミリ単位”でわかる。そこをこれでもかと怒張の先で刺激していく。

 

「ひいいっ、はいっ、あ、ああっ、はいっ、て、天道様──。で、でも、が、我慢なんて……ど、どうしたら、ああっ、い、いきそうです──。いきそうです──。い、いかせて……。お、お願います。いく──。いくう。いくううっ」

 

 ナールが全身を硬直させた。

 それでも懸命に耐えているのだろう。

 ぎりぎりで留まっている。

 一郎はほくそ笑んだ。

 とことん、責めてやろう。

 

「いいか、ナール。性奴隷というのは、俺と合わせて絶頂するんだ。勝手に絶頂しない。だから、俺の準備ができるまで我慢しろ。できなければ罰だ」

 

 一郎はもう一度、強い口調で諭した。

 もっとも、そうは言うが、一郎の大勢の女たちの中で一郎の責めにちょっとでも耐えれる女は皆無だ。

 どの女にいくなと言っても、結局すぐに達してしまう。

 

「は、はいいいっ、ひいいっ、いいいいっ」

 

 ナールは必死の様子で手錠のかかった前手摺りを握りしめていた。

 歯も喰いしばっている。

 必死の様子で絶頂を耐えているのだろう。

 

 一郎は片手でナールの腰を抱いて腰を跳ねあげるようにナールを貫いている怒張を上下させつつ、もう片方の手でナールの服の上から乳房を揉み、腹部をくすぐり、手錠が繋がっている二の腕を刺激したりしている。

 さらに追い詰めようと、内腿を撫ぜ、結合している股間の付近を軽く指で撫でた。

 いずれも、赤いもやが真っ赤になっている場所だ。

 それがどんどんと新しく拡がるので、それを追って刺激する。

 ナールは、最初に会ったときの鉄仮面をかなぐり捨てて、激しく狂乱している。

 被虐の状況だけでなく、限界まで痒みを放置していた苦悶が、一郎の怒張の律動で癒やされるのだ。ナールからすれば、これほどの快感をこれまでに味わったことはないはずだ。

 

「だめえええ──。いぐうううっ──。も、もうじわげありません」

 

 ナールがついに、手錠に前手摺りに拘束されている身体を限界まで弓なりにし、がくがくと身体を震わせながら達した。

 

「罰だな。俺の準備はまだだ。もう一度耐えろ──」

 

 一郎は絶頂をしているナールに、さらに快感を増大させるように赤いもやへの愛撫を強くした。

 律動も激しくする。

 しかも、ちょっと角度を変化させ、膣の入口に近い奥の、いわゆる“Gスポット”という場所を連続で突いてやる。

 そのうち、もっと開発をしてやるが、いまのナールの最大の弱点がそこなのだ。

 

「ひやああっ、いっだああ──。いぎました、天道様──。いぎましたからああ──。あああっ、まだ、いぐうううっ」

 

 絶頂した状況に、さらに絶頂を重ねられて、ナールは狂うように暴れながら、さらに身体を弓なりにする。あんまり暴れるので、一郎はナールを後ろから抱える腕に力を入れた。

 そして、またもやナールが達する。

 二度続けて達するというよりは、絶頂に絶頂が重なって、一瞬で通り過ぎるはずの絶頂感が引き延ばされて継続している状況に近い。

 ナールの痙攣がさらに激しくなる。

 

「いったからどうした? 自分がいったから許されると思ったのか? それよりも、あんまり派手に騒ぐなと言ったぞ。周りに人の気配がないとはいえ外だからな」

 

 一郎は揶揄(からか)いの言葉をかけながら律動を続ける。

 

「んぐうううっ、て、天道ざまああっ」

 

 ナールがさらに続けざまに三度目の絶頂をした。

 さすがに、この辺が限界だろう。

 一郎は三度目のナールの絶頂に合わせて精を放ってやった。

 

「あああっ、いぎいいいっ」

 

 ナールの膣がぎゅうぎゅうと締まって、一郎の精を奥に呑み込んでいく。

 一郎はたっぷりと精を放ったところで、ナールの股間から男根を抜いた。だが、まだ萎えていない。

 その気になれば、どんなに射精しても、すぐに勃起させることができるのだ。

 

 お愉しみは、まだまだだ。

 

「はあああっ」

 

 心の底からほっとしたようにナールの身体が崩れ落ちた。

 ナールが馭者台の足置きに膝をつく。

 

「まだ、呆けるのは早いぞ。まだ痒い場所が残っているだろう?」

 

 脱力しているナールをもう一度抱え込む。

 

「えっ? だ、だめです。も、もう、限界で……」

 

「だが、ここでやめられれば、つらいのはナールだぞ。しっかりと足を踏ん張れ、性奴隷──」

 

 一郎はナールのお尻を横から一度だけ引っ叩く。

 ぴしゃんという小気味いい音が夜の林に響きわたる。

 

「は、はい、天道様──」

 

 ナールがよろよろと脚を踏ん張らせるようにして腰をあげる。

 一郎はナールの尻の穴に怒張の先をあてがう。

 ナールがアナルセックスの経験がないことは明白だが、ディルドとはいえ、穴で受け入れることはできたのだ、まあ、問題ないだろう。

 淫魔術で自分の男根に潤滑油をたっぷりとまぶしながら、ナールのアナルにゆっくりと怒張を沈めていく。

 

「ひいっ、ひっ、ひいっ」

 

 ナールが目に見えて狼狽の様子を示す。

 しかも、無意識なのか、逃げようと身体をくねらせだした。

 一郎は、再び思い切り片手で尻たぶを一度叩く。

 

「ナール、じっとしてろ──。命令だ──。息を大きく吐け──。ゆっくりと続けてだ──。それに合わせて挿入してやる──」

 

 怒鳴った。

 ナールが暴れるのをぴたりとやめる。

 

「は、はいっ、も、申しわけ──、あ、あ、あ、ありません──。い、息を、は、吐きます──。ふううううっ、ふううううっ」

 

 慌てたように身体の力を抜き、そして、言われたままに息を繰り返し吐き出す。

 思わずくすりと笑ってしまう。

 可愛いものだ。

 

「いいぞ、その調子だ。半分以上入った。もう少しだ──」

 

 一郎は徐々にナールのアナルに怒張を沈めながら言った。

 

 ただ、挿入しているだけじゃない。

 ちゃんと快感の場所を刺激している。

 アナルだって、ナールは気が狂うほどに痒みで苦悶していたのだ。それが怒張への挿入で消えていくのだから、快感を覚えないわけがない。

 

「あひいいっ、あああっ、あううう」

 

 ナールがアナルの快感に陥りだしたのがわかる。

 深く挿入するにつれ、ナールのお尻の穴がどんどんと拡がっていく。本来は激痛が伴うはずだが、それは淫魔術で消滅させている。

 アナルセックスで痛みを除けば、あとは快感しか残らない。

 

「ああっ、あああっ、あああっ」

 

 ナールが絞り出すような声をあげて、身体を震わせる。

 そして、ついに完全に深くまで挿入した。

 

「よし、挿入した。よくやった。次は抜いていく──。そして、また入れる。俺の動きに合わせて、息を吐くことを忘れるな。今度は、どこで達してもいい。ナールが達したときに射精してやろう」

 

 一郎は今度は抜いていく。

 アナルセックスは挿入よりも、抜く方に快感が強くなるというがそれは本当だ。

 明らかに赤いもやは、挿入時よりも濃くなっている。

 そこを抜きながら強く擦ってやる。

 

「ああああっ、て、天道様ああ──。ぎもじいいい──」

 

 ナールの身体が大きく弓なりになった。

 

「ほら、もう一度挿入だ。息だ──」

 

「は、はいっ、ふうううっ、ふうううっ、うあああっ、はあああっ」

 

 ナールがさらに大きくのけぞる。

 

 結局、ナールがアナルで絶頂したのは、四度目の律動のときだった。

 一郎は、約束通りに一度の絶頂で許してやり、アナルに精を注ぐ。

 

「よし、じゃあ、出発だ。いつでも前進してくれ」

 

 一郎はナールの尻穴から男根を抜き、まったく力が入らない状態のナールを馭者台に座り直させる。

 ただし、両手は別々の手錠で、前手摺りに繋げられたままだし、ナールのスカートは足首に残ったままだ。

 つまりは、ナールは下半身になにも身につけていない状態だ。

 

「はあ、はあ、はあ……。は、はい……、て、天道様……。あ、あの、で、でも……。ふ、服を……。ス、スカートを……」

 

 ナールは狼狽している。

 驚いて、馬車側の椅子に戻っていく一郎に哀願の顔を向けてきた。

 なにしろ、ナールの両手は前手錠で繋げられているので、足首にある自分のスカートを戻せないのだ。

 それなのに、一郎はそのナールをそのままにして、座席に戻ったのである

 

「それがさっき予告した罰だ。問題ないだろう? この夜だ。誰も通らない。それよりも、しっかりと俺の精を締めつけてこぼすなよ。お尻もまんこも、ちゃんと締めつけておけよ」

 

「そ、そんな……。あっ、い、いえ、修行を……ありがとうございます」

 

 ナールが愕然とした表情になる。

 しかし、修行?

 まあいいか……。

 

「ふふふ、ご主人様、とっても愉しそう……。やっぱり鬼畜ですね」

 

 一郎にぴったりとくっついてきたコゼが一郎の腕にしがみつきながら言った。

 

「あ、あのう、ご、ご主人様──。お掃除フェラをさせてください。わ、わたし、もう、が、我慢できないのです。お、お願いします」

 

 ガドニエルが感極まったように、馬車の床に座り込んで、いきなり一郎の股のあいだに潜り込んできた。

 見ると、かなり興奮している。

 月明かりだが、顔が真っ赤になっているのがわかるし、鼻息も荒い。かなりの汗もかいている。

 どうやら、一郎が激しくナールを責めているのを眺めさせられ、すっかりと興奮してしまったみたいだ。

 

「わかったが、ナールの尻穴に入ってたものだぞ。抵抗なくフェラできるのか、女王陛下?」

 

 一郎はまだ、ズボンの前を緩めたままで、ちゃんと股間をしまっていなかった。下着も男根もまだ包み終わってない。

 

「か、構いません──。ありがとうございます──。ありがとうございます──」

 

 ガドニエルが満面の笑みを浮かべ、口を限界まで開けて一郎の男根を咥え込んできた。

 すぐに舌を激しく動かし、一郎の男根についたままの潤滑油ごと、ナールの体液や一郎の精の残りを舐めとっては、吸い取っていく。

 しかも、ちゃんと両手を背中側で組んでいる。

 性奴隷の口奉仕は、両手を後ろにしてやるものだと教えたのをちゃんと記憶していたみたいだ。

 健気な女王様である。

 

「よし、いいぞ、ナール──。いい加減に出発しろ──」

 

 一郎はガドニエルに股間の奉仕をさせたまま、馭者台のナールに声をかける。

 

「は、はい」

 

 観念したように、やっとナールが馬車を進ませ始めた。

 もちろん、一郎の意地悪で下半身を完全に露出させたままだ。スカートは足もとだし、両手首は二個の手錠で前手摺に繋げられている。

 しかも、こっちの座席のある側とは異なり、馭者台には鉄枠で囲まれているが、隠れるような壁のようなものはない。扉のような場所も金属の枠だけだ。

 そばにくれば、ナールの恥ずかしい姿は丸わかリだ。

 

 ナールの緊張感は限界まで膨れあがるに違いない。

 一郎は、ガドニエルの奉仕を受けながらほくそ笑んだ。

 こうやって、しっかりと嗜虐で感じるマゾに育てあげてやろう。

 どうやら、ナールは、かなりのマゾっ気の素質がありそうだ。

 鉄仮面の無表情女だと耳にしたが、なかなかどうして、随分と面白い素材を拾った。

 

「ふふ、ナタルの女王様に、ハロンドールの女王様……。王軍もどんどん……。ついに、ご主人様は、ふたりも女王様を性奴隷にしちゃいましたね」

 

 コゼが一郎の腕にしがみついたまま話しかけてきた。

 一方で、ガドニエルは掃除フェラとは言ったが、夢中になって一郎の怒張をしゃぶっている。

 おそらく、やめと言われるまで、いつまでも舐め続けそうな気配だ。

 それこそ、一ノスでも二ノスでも、一日中でもだ……。

 回復術も遣えるし、その気になれば、ガドニエルからは三日間くらいは寝なくても問題ないと教えてもらった気もする。

 

「確かに、気がつくとそうなったな。正直にいえば、柄ではないと思うけど、姫様を守るためには、しっかりと権力を守る体制を作ってやることが必要だった。どうやら、俺の子供も生まれるようだしね。とにかく、そのためには、俺が表に出る必要があった。裏だけじゃ、もうイザベラを支えられない」

 

「あたしも支えます。なにができるかわかりませんが、一生懸命にご主人様を支えます、あたしだけじゃなく、エリカも、シャングリアも、みんなもです。なんでも言ってください。どんなことでもです。あたしを使ってください。死ねと言われれば死にます。本当です。ご主人様にもらった人生です。ご主人様のために使いたいです」

 

「そりゃあ、ありがとうよ。だけど、死んじゃ困るな」

 

 一郎は笑った。

 

「困りません。でも、ご主人様は死んじゃだめですよ。偉くなっても死んじゃだめです。偉くなれば、敵も多くなります。そのためのあたしです。あたしたちです。あたしたちを使って、ご主人様の命を守るんです。奴隷です。使い捨ての道具です。なんでも命令してください」

 

「困ると言っただろう」

 

「だったら、死なないでくださいね。ご主人様が死んだら、あたしもすぐに死にますから」

 

 コゼはきっぱりと言った。

 一郎は苦笑しつつ、コゼの顔を見る。

 しかし、はっとした。

 コゼの顔がこれ以上ないくらいに真剣だったのだ。

 一郎は自分の顔の笑みを消した。

 コゼの肩に手を回して、ぎゅっと抱きしめてやる。コゼの肩はかすかだが震えていた。

 

「……もしかして、俺が偉くなったから、怖いのか?」

 

 訊ねた。

 コゼは一郎の身体に顔を擦りつけたまま小さく首を横に振る

 

「偉くなるのは怖くないです……。最初に会ったときから、ご主人様はあたしの中で世界一でした……。でも、偉くなったら危険も多くなります。それが怖いです……」

 

「そうか……。気をつける」

 

 それしか言いようもない。

 絶対に死なないとは約束はできない。

 たくさんの人を殺しても来た。

 これからもそうするだろう。

 

 ルードルフ王は殺す。

 生まれる子の祖父を処刑する。妻にする女の父親を殺す。

 必要であれば、ほかにも殺していくだろう。

 ならば、自分がそうされることも覚悟する。

 

 それが権力の表に出るということだと思っている。

 この世界は成熟した社会ではない。

 権力には力が必要だし、それを行使しなければならないことも多いと思っている。

 覚悟もした。

 だから、ガドニエルを受け入れたし、イザベラもそうだ。

 

「……さっきも言いましたけど、ご主人様が死ねば、すぐに後を追います。たとえ死んでも、ご主人様の一番の隣はあたしです──。これだけは譲れません」

 

「でも、俺が殺されたときには、仇をとってくれるんだろう?」

 

 一郎はちょっとお道化(どけ)た口調で言った。

 しかし、コゼはまたもや首を小さく横に振る。

 

「その役目はエリカたちに託します。あたしは、後を追いかけます。ご主人様から離れるわけにはいきませんから……」

 

 コゼの言葉にはほんの少しの迷いもなかった。多分、そうすると決めているのだろう。

 一郎は大きく息を吐いた。

 

「わかったよ、じゃあ、俺を守ってくれ。一番近くでな。死ぬ前も、死んでからもだ。俺が死んで、生き返らないことを確信したら、瞬時に後を追え……。命令だ」

 

 一郎は言った。

 コゼが嘘でもなんでもなく、本気でさっきのことを口にしたのはわかる。

 本当は後を追って死ぬなと諭さないといけないのだろう。

 しかし、それをコゼは望んでない。

 それがわかるのだ。

 だから、一郎はあえて、後を追えと命令した。

 コゼが一番欲しがっている言葉だと思ったからだ。

 

「はいっ」

 

 コゼが嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 一郎はコゼの頭をぽんぽんと叩き、そして、顔を寄せて口づけをする。

 コゼはむさぼるように一郎の舌に吸いつき、舌を舐め回してくる。

 しばらくのあいだ、一郎はコゼとの口づけを愉しんだ。

 そして、口を離す。

 

「ふうう……。やっぱり、ご主人様は素敵です。大好きです」

 

 口を離すとコゼは顔を一郎の胸に擦りつけるようにしてくる。

 一郎は微笑んだ。

 

「ガド、つらくなったら、いつでもやめていいぞ。馬車も狭いし、窮屈だろう」

 

 一郎はまだまだ一郎の股間にしゃぶりついているガドニエルに声をかけた。

 だが、ガドニエルは一郎の一物を口に咥えたまま、首を激しく横に振る。

 一郎は苦笑した。

 咥えたまま顔を横に振るなよ……。

 ガドニエルの頭を撫でてやる。

 

 すると、本当に嬉しそうに、ガドニエルが鼻を鳴らす。

 まさに、雌犬女王だ。

 一郎はガドニエルの髪を撫で続けた。

 

「ガド、全身全霊でご主人様を感じるのよ。どこをどうしたら、おちんぽが反応したか。どんな風に刺激したら、先っぽの味が濃くなったか……。日によっても違うわ。あんたは魔道が遣えるんだから、なんでも遣って、ご主人様を観察するの。いい?」

 

 コゼがガドニエルに声をかけた。

 

「んんっ、んんんっ」

 

 ガドニエルが大きく首を縦に振る。

 当然に、一郎の怒張も大きく動くことになる。

 だから、口を離せよ……。

 一郎は笑いそうになってしまった。

 

「ねえねえ、ご主人様。ご主人様には性奴隷がいっぱいできましたけど、たとえば、口奉仕が一番上手なのは誰ですか? ご主人様の中には順序とかあります?」

 

 すると、急にコゼがそんなことを訊ねてきた。

 随分と上機嫌だ。

 さっきの一郎の言葉がそんなに嬉しかったのだろうか?

 

「もちろん、コゼが一番上手だな。本当に俺に健気に奉仕してくれる。気持ちのいいところをちゃんと刺激してくれる……。そうだなあ……。だけど、順序なあ……。誰だろう……。二番はミウかな」

 

 一郎は思い出しながら言った。

 

「ミウ? 意外ですね。あいつ、そんなに上手なんですか?」

 

 コゼがちょっと顔をあげた。

 

「日に日に上手になる。一生懸命に練習もしていると言っていた。結構、あいつ凄いんだ。三番目はイットだろう。まあ、順序はそんなものだ……。あっ、もちろん、ガドも上手だぞ。いまも気持ちがいい」

 

「へええ……。あたしも頑張らなくっちゃ。まあ、だけど、ガドは奉仕するよりも、されるのが好きだものね。ご主人様にいっぱい苛められたい。そうよねえ?」

 

 コゼが一郎の股のあいだのガドニエルに声をかける。

 

「ふぁ、ふぁんふぁりひゃす」

 

 ガドニエルがなにかを言い、すぐにフェラチオに復帰した。

 なにを喋ったのか不明だ。

 

「じゃあ、じゃあ、次は一番感じやすくて面白いと思っている順番──。ねえねえ、誰です、ご主人様──?」

 

 またもや、コゼが訊ねた。

 一方で、進んでいる馬車は、林のあいだを抜け、大きく開けた場所に出た。月明かりしかないので、景色はわからないが、昼間であれば、ここからしばらくは、隠れるものがない、平らな大地が屋敷まで続くはずだ。

 また、右手に河の土手がある。

 王都にも通じている河であり、一郎の幽霊屋敷もその河のほとりにある。一郎が大好きな地下浴場の水源も、この河からとっている。

 

 ちょっと馭者のナールを見る。

 緊張が高まっているのがわかる。

 だが、ステータスを覗くと、やっぱり快感値がどんどんとさがっている。絶頂をして満足し、余韻とともに数値が上昇していたが、いつの間にか、“30”を切っている。

 精を注ぎ込むことで、痒み剤の媚薬効果は完全になくしたので、その状態は純粋にナールが羞恥責めで欲情している証拠なのだ。

 

「ねえってばあ、ご主人様」

 

 コゼが一郎の胸をとんとんと軽く突いた。どうやら、一郎は思念に耽り過ぎたみたいだ。

 しかし、やっぱりコゼは機嫌がいい。

 一緒に死ねという命令が、そんなにも嬉しかったのか?

 

「感じやすい順番か? そうだな。一番はオタビアだ。これは間違いない」

 

 全身性感帯という病気ともいえるほどの敏感肌の持ち主だ。

 感じやすいということであれば、彼女が一番なのは絶対だ。一郎の淫魔術なしでは、普通の性交をすることは不可能だったろう。

 とにかく、あっという間に絶頂してしまうのだ。

 

「じゃあ、二番──」

 

「二番なあ……。まあ、魔族組はほとんど敏感で感じやすいけどな。だけど、これは淫魔師である俺と、淫魔族のあいつらの相性だけのこともあるし……。それ以外なら、ウルズか?」

 

 一郎は思い出しながら言った。

 

「ああ、ウルズちゃん。確かに、じゃあ、三番」

 

 ウルズちゃんというが、外見はむしろ妖艶な大人の美女だ。だけど、心か幼児なので、ウルズもすっかりと一郎たちの中では完全な子供枠である。

 

「うーん、敏感な女かあ……。スクルド……、ベルズ……、エリカ……。ああっ、ラザニエルかな。あいつが三番だ」

 

「そしたら、次はマゾの順番──」

 

「それに順番はつけられないだろう。全員が性質の違うマゾだ」

 

 一郎は声をあげて笑った。

 そのときだった。

 

「て、天道様──。き、来ます──。だ、誰かが……。あっ、馬、馬に乗った誰かが、ふたり、二騎です──」

 

 沈着冷静が売りなのを忘れたように動顛した様子のナールが馭者台から声をあげた。

 一郎は視線を馬車の前に向ける。

 夜なので、何者かは見えないが、確かにゆっくりとした歩みでやってくる二頭の騎馬のふたりがいた。

 ひとりがランタンをかざしているので、向こうからも光が近づくのもわかるのだ。

 

「あ、あのう、ス、スカートを……。お、お願いします──」

 

 ナールが哀願してきた。

 一方で股間の女王様は、人がやってくるという声がまるで聞こえてないかのように、それに対しては反応もしない。

 

「まあ、構わないだろう、ナール──。気にするな。そのまま進め。ゆっくりとだぞ。ガドが奉仕中だ」

 

 一郎は笑った。

 馭者台から、「そんなあ」という泣き声のような悲鳴が聞こえた。

 そして、いよいよ、二頭の騎馬が馬車に近づいてきた

 

「ナール、停まれ──」

 

 馬が目の前にやって来たとき、一郎はナールに声をかけた。

 

「ひっ」

 

 ナールが泣きそうな声を出したのがわかった。

 だが、ちゃんと馬車は停止した。

 二頭の騎馬のうち、一頭が馬車の真横にやってくる。

 もう一頭はぴったりと後ろだ。

 

「おやおや、相変わらずだねえ、ロウ殿。馭者さんには、随分と色っぽい格好をさせているじゃないの? あれっ、脚のあいだにも?」

 

 馬上の主がくすくすと笑った。

 

「おマア──。久しぶりだ──」

 

 やって来たのはマアだ。

 年齢を年相応に見せるための“カモフラージュ・リング”は装着していない。

 だから、一郎が与えた三十くらいの若々しい美女の騎馬姿だ。もっとも、本当は六十を超えた人間族の女なのだが……。この世界だと人間族の六十歳超えは、完全に老女扱いだ。

 

「おマア様、元気そうですね。馬に乗れたんですか?」

 

 コゼだ。

 

「ええ、ロウ殿が若返らせてくれたおかげで、若い頃と同じように身体が動くわ。コゼさんも元気そうでよかった。そっちのふたりとも新しい方々のようね」

 

 マアは笑っている。

 

「えっ、えっ、し、知り合い……ですか?」

 

 ナールは呆気にとられている様子だ。

 しかし、それでも恥ずかしそうにしている。だが、目に見えてほっとしてもいる。

 

「ナール、彼女はおマアだ。マア商会くらい知ってるだろう。その会頭だよ。金に困ったら頼れ」

 

 一郎は笑った。

 

「えっ、ええ? あのマア商会──?」

 

 ナールは目を白黒している。

 

「ほほ、ロウ殿の紹介なら、いくらでも融通するわ」

 

 マアが品よく笑う。

 

「おマア、紹介する。馭者台で羞恥責めの真っ最中なのは、近衛兵の将校のナールで、俺の股のあいだにいるのは、エルフ女王国のガドニエル女王だ。いまは取り込んでいるから、挨拶は後でさせる。ほかにも大勢仲間が増えた。もう、大所帯だよ」

 

 一郎は言った。

 

「えっ、ガドニエル女王陛下──?」

 

 マアはびっくりしている。

 

「ところで、そっちも見慣れない顔だな。護衛かい、おマア?」

 

 一郎は視線を移すとともに、素早くステータスを読んだ。

 

 モートレットという名か……。

 

 髪も短くて少年剣士のような外観だが、間違いなく少女だ。夜なのではっきりとはわからないが、かなりの美少女だと思う。

 年齢は十五歳か……。

 腰に剣をさげている。

 見事なくらいの男装の美少女だ。

 

 だが……。

 ええ──?

 

 一郎はびっくりした。




【モートレットのステータス】

“モートレット
  マアの護衛
  タリオ大公の娘(未公認)
 人間族、女
 年齢15歳
 ジョブ
  戦士(レベル15)
  神官(レベル5)
 生命力:50
 攻撃力:600(剣)
 魔道力:10
 経験人数:男(0.5)、女0
 淫乱レベル:D
 快感値:400”


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857 女豪商の二十五の商会

「とにかく、久しぶりだな、おマア。こっちにあがって来い」

 

 一郎は腰の部分の高さしかない馬車の扉を手で開くと、馬上のマアに手を伸ばした。

 

「おやおや、なんだか、ロウ殿もすごく頼もしくなった気がするねえ……。それで、ええっと、このまま、そっちに?」

 

 マアがさらに馬を寄せ、馬車にほとんど密着するくらいまで接近させた。

 なかなかの馬術だ。

 一郎は、マアが伸ばしてきた手を掴む。

 ぐい力を入れて、マアを馬車側に引っ張る。

 

「わっ」

 

 マアの腰が鞍から浮く。

 念のために粘性体と馬の鞍と馬車のあいだに粘性体で短い斜面を作って固めてから、さらに力を入れて、マアを引く。

 

「きゃあっ」

 

 身体が完全に浮きあがったマアが短い悲鳴をあげた。

 一郎は、またもや粘性体を飛ばして、マアの腰の下に粘性体を敷く。そのまま粘性体で運ぶようにして、馬車の中に運び入れた。

 

「うわあ……。すごいわねえ……。いまのは、ロウ殿の魔道ですか?」

 

 ロウに向かい合うように座らせたマアが目を白黒させている。そういえば、粘性体の術は、もともとあまりマアの前では見せてなかったし、いまのように、粘性体を粘性物として使うのではなく、限りなく固くして壁や足場のようにするというのは、今回の旅のあいだにできるようになった気がする。

 できることが多くなったのは、今回の旅で一郎の淫魔師レベルが桁上がりになった影響もあるのだろう。

 

「魔道というわけじゃないさ。もともとは女を苛めるための技だ。本来、俺はそれしか能力がないんだ。こんな風にね……」

 

 一郎はマアの両手首に跳ばして手錠のように巻いてやった。首にもだ。

 

「えっ?」

 

 マアがびっくりしている。

 一郎は、さらに強引に両手の粘性体を引っ張りあげ、両手首を首の後ろまで持っていくと、首に巻いた粘性体と一体化させた。

 これでマアは、両腕を首の後ろにつけた状態で動かせなくなったというわけだ。

 

「マア様──」

 

 モートレットが叫んで、馬をこっちに寄せてきた。

 しかも、右手が腰の剣にかかっている。

 横のコゼが無言で懐にある小さな投げナイフに手をかけたのがわかった。

 一方で、愉快なのは股間の女王様だ。

 一連の行動のあいだも、全く動じることなく、一郎への奉仕を続けている。

 いまもだ──。

 一郎の一物は、いまこの瞬間もガドニエルの舌でねっとりと舐め回されている。

 これはこれで、ある意味、ガドニエルもすごい。

 思わず、苦笑してしまった。

 

「モートレット、騒ぐんじゃない。説明したはずよ。このお人は女が大好きなの。そして、愛してくれる。多分、あたしが物欲しそうな顔をしたんだろうねえ。だから、あたしを拘束したのさ。この人は女を愛するときには、その女を拘束するんだ」

 

 マアが両手を頭の後ろにのせたまま、モートレットに向かって声を張りあげた。

 

「えっ、そうなのですか?」

 

 モートレットがきょとんとした表情になる。

 

「そうよ。この人はそういう愛し方をする。そして、この人の女はそういう愛され方が大好きになる。あたしもそうね」

 

 マアがにこにこと微笑みながら言った。

 

「拘束するのは愛するため……。そういうこともある……。はあ、わかりました。つまり、そういうのは普通のことなのですね。理解します」

 

 モートレットは真面目な顔で頷いている。

 一郎はなんだか、その仕草がおかしくて、思わず噴き出してしまった。

 

「普通とは言わないぞ、モートレット。多分、かなり特殊な方かもしれない。だが、そういうことが好きなんだ。それよりも、おマアの馬を頼む。屋敷まで馬車と一緒についてきてくれ」

 

 一郎は言った。

 すでに、馬と馬車に繋いだ粘性体は消滅させている。

 

「あっ、はあ……。あのう、よろしいのですか……? 本当に危険はないのですね?」

 

 モートレットがちょっと困惑した表情でマアに視線を送ったのがわかった。

 

「この人の命令に従いなさい、モートレット。護衛役はしばらく必要ないわ。多分、隣のコゼさんの方があなたよりもずっと強い。お前が剣を抜こうものなら、その瞬間に、お前の手に刃物が突き刺さりそうよ」

 

 マアはくすくすと笑う。

 

「えっ、そうなの……ですか?」

 

 モートレットは、やっとコゼは小さな投げナイフを掴んでいる体勢であることに気がついたみたいだ。

 ちょっと驚いている。

 

「……とにかくわかりました。では馬車を先導します」

 

 モートレットはマアの乗っていた馬の手綱に手を伸ばして掴むと、馬を反転させて、馬車の前に出ていく。

 一郎は、ナールに視線を向ける。

 

「ナール、出発だ。馬についていけ」

 

「あっ、は、はい、天道様」

 

 ナールが馭者台から馬に合図をする。

 馬車が再び進み始めた。

 

「……ところで、おマアは、モートレットの出自を承知しているのか?」

 

 一郎は股間をガドニエルに咥えさせたまま、向かいの席のマアの上衣の服に手を伸ばす。マアはぼたんで開くかたちのブラウスを身につけていたが、それを外していく。

 

「その物言いは、すでに承知した様子ね、ロウ殿。また神の眼で? ところで、あたしはなにをされているのかしら?」

 

 一郎によって、服を剥がされかけているマアがくすくすと笑った。

 それはともかく、マアが“神の眼”と表現したのは、一郎の淫魔術と並んだ特殊能力の「魔眼」のことだ。

 一郎はその能力もあることは、全員ではないが、いくらかの女には教えている。

 マアには、商売に役立てることもあるかもしれないと考えて、魔眼のことは説明していた。

 

「わかるのは、あのモートレットがタリオ公国のアーサーの娘だということだけだ。それを承知で、屋敷に連れてきたのかという質問だ。それと、俺がしているのは、おマアへの罰だな。スカートをはいてないじゃないか。俺がズボンを許しているのは、コゼにだけだ。しかも、こんな半ズボンだ。脚を隠すのはお仕置き対象だ」

 

 マアの服の前を大きく開く。

 

「あっ……」

 

 マアが短く声をあげた。

 無視する。

 乳房を巻いている布があったので、それも剥ぎ取った。

 ふたつの乳房が露出する。

 

 マアの見た目は三十台くらいで調整しているが、服の下はもっと若くしている。二十歳前の娘と自称しても通用するだろう。

 それくらいに、肌艶をよくしているし、胸も張っている。胸の筋肉を若々しくしているからだ。

 

「えっ、あのアーサーの? それに、やっぱり、あいつは女だったんですね。ご主人様が騒がないから、そうかもなあとは思ってたんですけど……」

 

 コゼがびっくりしている。

 アーサーのことはともかく、モートレットが少女であることにも、気がついてなかったみたいだ。

 もしかして、ナールも?

 

「おい、ナール、もうわかっていると思うけど、前を進んでいるおマアの護衛は女だぞ。安心して、股間を晒してくれ」

 

 一郎はナールに揶揄い言葉をかける。

 

「あ、安心できません──。で、でも、た、耐えます。これは天道様に与えられた試練です。修行です──。こ、こんな機会を得られるのは、素晴らしいことのはずです」

 

 馭者台のナールが言葉を返してきた。

 言っていることが、時々不思議だけど、とりあえず、ナールなりに一郎の調教を受け入れるという意味なのだろう。

 一郎は亜空間から、調教用の釣り糸のような二本の糸を出した。

 それぞれに輪を作り、手を伸ばしてマアの乳首に輪をはめ込み、ぎゅっと絞りあげてやる。

 

「くっ──。そ、そんな……」

 

 やっと、マアがしかめっ面になる。

 一郎は二本の糸の反対側の先端を掴むと、椅子に座ったままぴんと引っ張った。

 マアの乳房がぶるりと揺れ、乳首が震える。

 

「あっ、いやっ」

 

 マアが苦しそうに顎をあげた。

 

「おマアといえども、お仕置きはするぞ。さて、じゃあ、勝手にズボンをはいた罰だ。だけど、ちょっとだけ手加減もしてやろう。潤滑油を乳首に塗ってやる。糸で擦れる痛みが多少は和らぐはずだ。コゼ、塗ってやれ」

 

 一郎は亜空間から、ナールをいたぶった強烈な掻痒剤の油剤が入っている小瓶を出して、コゼに手渡す。

 コゼは蓋を開けて指につけると、マアの胸に手を伸ばす。

 

「ごめんなさい、おマア様。ご主人様の命令ですので……。だけど、おマア様にもこんな調教を? ご主人様って、おマア様にだけは優しいのかと思ってました」

 

「えっ、ええ、いいのよ、コゼさん……。それに、あたしも、ロウ殿と閨でふたりのときには、それなりに調教は……。だけど、ちょっとはお手柔らかにしてね……」

 

「そうなんですか? じゃあ、遠慮なく……」

 

 糸が結ばれているおマアの乳首に油剤が塗られていく。一郎はちょっとだけ糸を引き、乳首がこっち側に伸びるようにする。

 

「ひっ、い、いたっ──。だ、だけど、罰って言っても、さすがに馬に乗るときにはスカートは無理だわ。脚が出てしまうもの」

 

 マアが乳首に油剤を塗られるくすぐったさと、一郎が糸を引っ張る痛みに軽く悶えるような仕草をする。

 薬が塗り終わったところで、コゼが一郎の隣に戻ってきた。

 一方で、愉快なのは、股間のガドニエル女王だ。

 まったく動じることなく、ずっとフェラチオをしている。

 一郎は手を下に持っていき、ちょっとのあいだ、ガドニエルの顎を軽くくすぐった。

 

「んんっ、んふっ」

 

 ガドニエルが嬉しそうに鼻を鳴らす。

 まるで猫だ。雌犬じゃなくて、やっぱり、ガドニエルは猫タイプかな?

 ちょっと思った。

 一郎は、靴を脱ぎ、膝立ちで前屈みのガドニエルのスカートの中に足を持っていく。そして、足の指で下着の上から股間をゆっくりと擦った。

 

「んんんっ、んふっ」

 

 ガドニエルがびくりと身体を揺らした。

 そのまま足の指で股間を押し込んでやる。

 ガドニエルの悶えと、甘い呻き声が大きくなる。

 また、ガドニエルの股間はびっしょりだった。一郎の男根を舐めながら、かなり興奮していたようだ。

 

「んんんっ」

 

 そのガドニエルが身体を突っ張らせて震える。

 相変わらず感じやすい身体だ。

 一郎は足の指を股間から離した。

 

「んふうっ」

 

 ガドニエルががくりと脱力する。

 しかし、切なそうな声を出してもいる。

 一郎はにんまりしてしまった。また、足の指は布越しについたガドニエルの愛液でべっとりだ。

 それにしても、愛撫のあいだ、ガドニエルは一度も口から一郎の股間を離さなかった。

 すごい集中力だ。

 これは、あとでちゃんとご褒美をあげよう。

 とりあえず、一郎は意識をマアに戻した。

 

「脚なら出せばいいだろう? うちのエリカも、シャングリアも、スカートのまま馬に乗るぞ」

 

 一郎はマアに言った。

 

「あんな若い子たちと一緒にしないでくださいよ。無理ですよ」

 

「なにが無理なんだ? 見た目をもっと若くして欲しいなら、いくらでもできるぞ。背丈を縮めて、子供にするのは無理だが、肌や衰えた筋肉はいくらでも癒やせるんだ。とにかくお仕置きだ」

 

 一郎は今度は、収納術でマアの女王ズボンを亜空間に収納して、マアの下半身を露出してやった。

 

「きゃああ、な、なに?」

 

 マアはびっくりしている。

 当然か。

 いきなり下半身を裸にされれば、どんな女でも、それは驚くか……。

 それはともかく、マアは一郎が与えた白い紐パンをちゃんと身につけていた。

 

「その下着は合格だ。そっちについては言いつけを守っていたみたいだな」

 

「そ、そりゃあ……。あたしだけじゃなくて、全員が多分、そうしているわ。みんな、待っていたのよ。だ、だけど、しばらく会わないだけで、こんなに頼もしいというか……、ちょっと怖くなって……。で、でも素敵ね……。この歳になって、こんなにどきどきできるなんて……」

 

 マアが満更でもない感じで言った。

 一郎は今度は、ちょっと強めにマアの乳首に繋がっている糸を引いた。

 

「あんっ」

 

 おマアが背中を弓なりにして、胸をこっちに出すような仕草をした。すかさず、粘性体を飛ばして、座席とマアの背中をぴったりと密着させて、離れられないようにする。

 その上で、さらに糸を引っ張る。

 乳首と乳房が引っ張られてぐんと伸びる。

 

「あっ、い、いたいっ。ロウ殿、いたいわ──」

 

 マアが悲鳴をあげた。

 

「脚を座席に乗せるんだ。そして、大きく股を開け。逆らえば、こうだぞ」

 

 一郎は糸を引っ張る。

 

「きゃん──。わ、わかった。言うとおりにするから……」

 

「じゃあ、すぐにしろ。そうしたら、糸を引くのをやめてやる」

 

 一郎はくいくいと連続で糸を引っ張り続ける。

 

「ひっ、ひいっ、いたいっ、す、する──。するから、引かないで、んきいいっ」

 

 マアが脚を曲げて座席に乗せ、おずおずと左右に開いた。

 いわゆる“M字開脚”だ。

 

「もっとだよ。全開だ──」

 

 一郎は糸をぐいと引っ張った。

 

「ああっ──。は、はいいいっ──。だ、だけど、恥ずかしいわ、ロウ殿」

 

 夜闇の中だが、マアが顔を真っ赤にしているのがわかる。

 一郎は馬車の天井にある小さな発光灯を外して、マアの前に持ってきた。

 明るい光にマアの股間が照らされる。

 一郎の紐パンは、この世界のものとしては生地が限界まで薄い。マアの下着に拡がっている丸い染みがくっきりと光で映し出される。

 

「濡れたのか、おマア?」

 

 一郎は意地悪く訊ねた。

 

「ぬ、濡れているわ……。責められて……、苛められて……。本当にどきどき……。新鮮……。だ、だけど、本当に頼もしくなったのね、ロウ殿……。こ、このあたしが、こんなにも圧倒される気持ちになるなんて……」

 

「前もいまも変わらないよ。ただの嗜虐好きの変態男だ……。そして、おマアやコゼやガドは、その変態男に捕まった哀れな囚われ女ということだけだ」

 

「い、いえ、変わったわ……。さ、さっきも言ったけど、圧倒されるなにかを感じる……。あのう……。ところで、なにか変よ……。か、痒い……。ああ、もしかして、さっきの油剤は掻痒剤なの?」

 

 マアが身悶えだした。

 コゼに塗らせた痒み剤が効いてきたのだ。

 

「強烈なやつです、おマア様……。あたしたちがいつもご主人様に意地悪されるものと同じで……。でも、おマア様も可愛いですよ。ご主人様は愉しんでおられます。ありがとうございます」

 

 コゼが横でくすくすと笑った。

 

「あ、あたしも愉しんで……、いえ、悦んでいるわ……。こ、この人の女だし……。だ、だけど、あんまり過激なことは慣れてないから」

 

「こんなのは過激なうちに入らないぞ、おマア。いずれにしても、わざわざ出迎えに来てくれたのはありがたいが、ならば、こういう目に遭うのもちょっとは予想していただろう?」

 

 一郎は小さく笑う。

 マアはちょっとだけ困った顔になった。

 

「ま、まあ、しょ、正直にいえばね……。でも、抜け駆けをしたんじゃなくて、みんなのようにはなれなくて……。それで、抜けてきたというのが本当で……。だけど、やっぱり、こういうことになるなら、一緒だったかも……」

 

「みんなのようにとは?」

 

 一郎は首を傾げた。

 

「それは、あたしの口からは言えないわ。だって、あなたを愉しませるために、みんなが頑張っていることなんだもの……。それはもう、全員が張り切ってねえ……。だけど、意外だったわ。あのシルキーちゃんがあんなことを言い出すなんて」

 

「シルキーがなにを言ったって?」

 

「だから、それはまだ、言えないったら。とにかく、あたしは、ちょっと無理かなあと思ったから、あなたを迎えに行く口実で出てきたの。そうしたら、こんなことになるなんて……」

 

 マアが息を吐いた。

 まあいいか……。

 一郎は手を伸ばして、マアの下着の横の紐を外すとマアの股間から抜き去る。

 

「あっ」

 

 マアが小さく声をあげた。

 むっとする女の香りが漂った。

 マアもかなり興奮しているようだ。かなりの愛液が股間から滴っている。

 

「すぐにでも挿入できるくらいにびしょびしょだな、おマア?」

 

 一郎はわざと意地の悪い物言いをする。

 

「い、言わないでよ……。ま、まあ、あたしも、まだ若いということかしら……。ロウ殿にもらった若さだけどね……」

 

「おマアは最初から若かったよ、少なくとも心はね。なにせ、タリオ公国を支配して、さらにハロンドールに進出してきたマア商会という大商会の会頭様だ。心が老いていては、生き馬の目を抜くような厳しい商売の世界ではやっていけないだろう?」

 

「に、二十五よ、ロウ殿……」

 

 マアが顔をしかめながら言った。

 おそらく、乳首に塗った掻痒剤でかなり痒みのつらさが襲っているのだと思う。

 それはそうと、二十五──?

 

「二十五とは?」

 

「ロ、ロウ殿が出立してから増えた商会の数よ……。マア商会だけじゃない。ほかに二十五個作ったわ。あ、あなたがどんな風に使いたいかわからなかったので、全部、あ、あたしには結びつかないようにして……。つまり、どうにでもできる商会が全部で二十五個……」

 

「えっ、商会を二十五も新しく作ったってことか?」

 

「え、ええ……。タリオ、カロリック……、もちろん、ハロンドールは各地を全部押さえている。自由流通型もギルド型も……。エランド・シティにも三個出したわ……。二十五の商家じゃないのよ。二十五の商会の下にまた、多くの商家がふらさがっているの」

 

「ほう……」

 

 一郎は舌を巻いた。

 

「し、資金が必要なら、この国の一年間分の王家の収入に匹敵する程度なら三日以内に準備できる……。その十倍と言われても、一か月もらえればなんとか……」

 

 マアが言った、

 言葉が辿々しくなったのは乳首に塗った痒みがいよいよ本格的な痒みをマアに与えてきたのだろう。

 しかし、この大きな王国の一年分の収入に相当する額を三日で準備できるだと?

 一郎は驚いた。

 このハロンドール王国は大国だ。

 

「すごいな……。それを俺に融通してくるのか?」

 

「まさか……。すべて、あなたのものよ……。捨てるなり、ばら撒くなり、好きにすればいいわ。金貨でも銀貨でも、鋳つぶしてもいい……。なくなれば、また作ってくる……。あなたにあげるため……。あなたに貢ぐために作ったものよ。全部、あなたのものよ……。あたしには、これくらいしか、できないから……」

 

「これくらいか……。まあ、俺はこうやって、おマアの身体で遊ばせてくれれば十分だけど、正直、資金ができるのはありがたいかな。実は頼みたいこともある。明日でも時間を作ってくれるとありがたい」

 

「い、いつでも……。だ、だけど、こんなお婆ちゃんと性を本気で遊んでくれるのはあなたくらいよ……。本当は、こっちがお金を払わないと相手もしてくれないと思うのに……。ああ、だめ……。つらくなってきた……。本当に痒いわ──。ああっ」

 

 マアがついに激しく身体を動かし始めた。

 座席とマアの粘性体の密着度をあげて、マアが暴れるのを封じる。

 

「まさか、だから俺に貢ごうとしているんじゃないだろうなあ。俺がおマアと遊ぶのはそれが愉しいからだ。おマアのものは俺のものだと思っているから、遠慮なく金は使わせてもらうけど、俺のことも利用していい。俺もまた、おマアのものだ。できることはなんでもやってやろう」

 

「も、もう、してもらっている。この若さも……。それに美しさ……。神がかりのような商売の能力も……。これ以上はあり得ないと思うような奇跡をたくさん……。しかも、この年齢で……お、女の悦びまで……」

 

「そうか──。なら、遠慮なく遊んでいいな……。おマア、こっちを見てみろ」

 

 一郎は亜空間から、コゼに塗らせた掻痒剤の小瓶と、もうひとつの釣り糸のような糸を出した。

 その糸にも輪っかが作ってある。

 

「えっ、な、なに?」

 

 マアが怪訝そうな顔になる。

 その視線に入るように、一郎は輪っか側を小瓶に突っ込み、たっぷりと油剤を糸にまぶした。

 糸の輪を引きあげたときには、輪が油剤の塊で見えないほどになっている。

 

「この掻痒剤付きの糸の輪っか……。さて、問題だ。俺はこれをおマアのどこに結びつけようとしていると思う?」

 

 一郎はにやりと笑った。

 マアが一瞬眉をひそめ、すぐにはっとした顔になる。

 

「わっ、わっ、ま、待って──」

 

 マアが慌てたように股を閉じようとした。

 しかし、そのときには、一郎の粘性体がマアの膝を座席に固めてしまっている。

 開脚状態から身動きできなくなったマアのクリトリスを、一郎は指で愛撫する。

 油剤がたっぷりと塗ってある指で……。

 

「ああっ、あっ、ロ、ロウ殿……、あああっ」

 

 マアが顔を思い切りのけぞらせた。

 最初からにマアの股間は濡れていたが、一郎が指で刺激を与えると、さらにびしょびしょに潤い、クリトリスは固く尖ってきた。

 一郎は真っ赤になったクリトリスの根元をぎゅっと糸の輪っかで絞りあげてしまう。

 

「ひいいっ、ひっ、ひいっ」

 

 さすがにマアも腰を跳ねあげた。

 だが、粘性体で固定しているので、マアは開脚座りのまま座席から離れることはできない。

 一郎は、三本の糸をくいくいと引っ張ってやる。

 

「ああっ、そんなああ、ひいいっ」

 

「こうやって、おマアは稼いだ金をむしり奪われ、服を奪われ、さらに、大事な場所に糸を結ばれて遊ばれるというわけだ。尽くしてくれるおマアには、大変申し訳ない。その代わり、最後には女の快感をちゃんと与えるよ。実は、それが俺の一番の得意技なんだ」

 

 一郎はお道化(どけ)つつ、またもや軽く三本の糸を引っ張る。

 マアが泣き声をあげる。

 

「ああっ、そんな意地悪じゃなくて、もう犯してください、ロウ殿──」

 

 マアが言った。

 

「いやいや、それはまだ早いよ。股間に塗った薬の効き目が本格的になるのは、もうちょっとだ。それに、わかっている思うけど、俺が与えるのは快感は快感でも、被虐の快感だ。十分に苦しんでもらわないとねえ……」

 

「もう十分に苦しみましたから……」

 

「まあ、そう言うなって、おマア……。ところで、モートレットの話に戻るけど、あの娘は、自分の父親のことを知っているのか?」

 

 一郎は訊ねた。糸はちょっと緩めてやる。

 マアは切なそうに息を吐く。

 

「は、話を戻すの……? はああ……。し、知ってますよ……。もっとも、父親とは思ってないみたいだけど……。あのモートレットは、実の母親から、父親に対する怨嗟を子守歌にして育ったのよ……。狂った母親と二人暮らしの生活の中で……」

 

「狂った母親?」

 

「え、ええ……。あ、あの娘にはちょ、ちょっとおかしな部分もあって……。あ、あのう……。それにしても、このまま?」

 

「このままさ、おマア。とにかく、じゃあ、心配はないわけだな? あのアーサーには、なにかというとおかしな工作をされて迷惑したんだ。あいつもまた、アーサーの手の者の可能性はないんだね?」

 

「ま、まさか。その可能性があったら、あなたになんか近づけもしないわ。あたしは、あなたにあの子を抱いてもらおうと思って……。そうすれば、きっとあの娘にも、いい変化が……」

 

「俺にあの少女を?」

 

「そ、そうだけど……。改めて考えてみると、ちょっと躊躇も……。こういうことに、あのモートレットが耐えるかどうかがわからないし……。男女の営みについては、なにも知らない娘だから……」

 

「そんなことはないさ。男を知っている」

 

 一郎は思い出しながら言った。

 モートレットのステータスには、性経験を示す“男(0.5人)”という文言があった。

 “0.5人”というのは、意味不明だが……。

 

「そ、そうなの? 男なんて知らないのかと……。多分、生娘だと思ってたわ」

 

「生娘の可能性はあるけどな。とにかく、詳しく話してくれよ、おマア」

 

 一郎は笑って、再び三本の糸をぐいと引く。

 

「きひいいいっ、ああ、もう抱いて──。苛めないで、抱いてください、ロウ殿──」

 

 マアが悲鳴をあげた。



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858 玩弄される女豪商

「ああっ、も、もう、堪らなくなってきたわ、ロウ殿」

 

 マアが剥き出しの股間と胸を悶えさせ始めたのは、しばらくしてからだった。

 いよいよ、股間に塗ってやった掻痒剤も威力を発揮しだしたのだ。

 一郎が持っている乳首とクリトリスの付け根に繋がっている糸はぴんと張っている。

 だから、自分で身体を動かせば、痛みで痒みは癒える。

 痒みをなんとかしようとして、マアは粘性体で固められている身体を必死になって揺すりだした。

 しかし、マアが暴れだしたところで、一郎は糸を緩めてやる。

 これで自分では痒みを癒やすことはできない。

 

「ああ、ロウ殿、意地悪しないでください──」

 

 マアが泣き声をあげる。

 

「ふふ、ご主人様って、鬼畜ですねえ……。さすがのおマア様も、ご主人様にかかったら、可哀想に……」

 

 横で一郎がマアを責めるのを見守っているコゼがくすくすと笑った。

 

「ああ、痒いわ。気が変になるの──。も、もう犯してください、ロウ殿──」

 

 マアが必死に腰と胸を揺する。

 だが、いまは糸がだらんと垂れているので、マアの欲しい刺激はやってこない。

 マアはひたすら、哀願の言葉を繰り返す。

 

「まあまあ、慌てるな、おマア。順番だ。俺のちんぽはひとつしかない。ずっと、女王様が口で頑張ってくれたのに、そのまま、おマアに渡してしまっては悪い。ちょっと待ってくれ」

 

 一郎はずっと股間を舐め続けていたガドニエルの髪を後ろから掴んだ。

 そして、激しく頭を前後に動かし、性器を咥えているガドニエルの顔を動かす。

 こうやって乱暴に扱われるのが、実はガドニエルは結構好きだ。

 あんまり痛いプレイは受けつけないが、この程度だったら、かえってガドニエルにとっては興奮の材料である。

 

「んあっ、んんっ、んっ」

 

 髪の毛を掴まれて、乱暴に顔を前後させられるガドニエルが、苦しそうに呻き声をあげ続けた。

 だが、それでも懸命に口だけは一郎の性器から離すまいと頑張っている。

 

「いくぞ」

 

 一郎は、ガドニエルの顔面を自分の腰に押しつけると、射精をガドニエルの口の中に放出する。

 

「んあっ、んんっ」

 

 ガドニエルが懸命に舌を動かして、精を呑み込んでいく。

 しかし、一郎は二射ほど出したところで、髪の毛を引っ張って無理矢理に性器を口の外に出す。

 残りの射精をガドニエルの顔にぶちまけてやった。

 

「ひゃん、ひゃっ、ああっ」

 

 顔に精子をかけられたガドニエルが小さな悲鳴をあげた。

 しかし、すぐに欲情した女の顔になる。

 

「頑張ってくれたガドに、口と顔の両方にご褒美だ。それよりも、こっちはおマア……。あの有名な女商会長だ。挨拶しろ」

 

 一郎は笑いながら言った。

 ガドニエルはちょっとうっとりとしていたような表情だったが、初めて存在に気がついたような感じで、ガドニエルにとっては背中側の座席に粘性体で貼り付けられているマアに目をやる。

 すると、急に背筋を伸ばして、笑みを浮かべたまま顔を引き締めた。

 

「マア殿ですか……。当代一の女豪商として名高いマア殿には、一度、お会いしたいと思っておりました。こんな格好で失礼いたしますわ。ガドニエル=ナタル。エルフ族の女王をしております。以後、よろしくお願いいたしますわ」

 

 作りものっぽい柔和な笑みのまま、ガドニエルが澄まし顔でマアに挨拶の言葉を告げた。

 “女王モード”だ。

 

「あっ、あ、あたしこそ……こんな格好で……。ど、どうぞ、“マア”と呼び捨てに……」

 

「では、おマアさんと呼ばせて頂きますわ」

 

 ガドニエルがにこにこと微笑んだ。

 すると、横でコゼが噴き出した。

 

「本当に、ふたりとも、こんな格好という状態ですね。特に、ガドは、女王モードのときは、顔くらい綺麗にしなさいよ。洗浄魔道であっという間に終わるんでしょう」

 

「いえ、もう少し、このままご主人様のお匂いを堪能しますわ。本当にくらくらするようないい匂い。ご主人様、ガドは幸せですわ」

 

 ガドニエルがにっこりと笑う。

 一郎の精を顔にべっとりとつけたまま……。

 いずれにしても、ただの気紛れでやった顔射だが、これだけの神がかった美貌のガドニエルの顔に精がべっとりとついている光景は、実に背徳感が半端ない。

 

「さて、じゃあ、次はおマアの番だ。待たせたな。話はやりながらでもしよう」

 

「やりながら?」

 

「いいから」

 

 一郎はマアの身体と座席を密着させている粘性体を消した。

 そして、マアの乳首と股間に繋がっている糸を引っ張り、こっちの座席に誘導する。

 一郎の意図を悟って、コゼとガドニエルはマアが座っていた向かいの席に移動してくれた。空いた場所を利用して、糸を引っ張って、マアを座席にあがらせる。

 

「あっ、あっ、そ、そんなに引かないで、ロウ殿」

 

 マアがよろけるようにして、一郎が糸と引っ張るままに一郎を跨ぐように、座席にのぼってきた。もちろん、動いている馬車なので、不安定さを補うように、一郎がマアの身体を支えてはやっている。なにしろ、マアの両手は頭の後ろに固定しているので、マアが自分で身体を支えられないからだ。

 マアがやっと一郎を跨いだところで、今度は糸を下に引いて、マアを無理矢理に屈ませる。

 

「もう少し右だな……。いや、後ろか」

 

 一郎はちょっと遊びながら糸を上下左右に操り、たったいままでガドニエルが咥えていた男根にマアの上にマアの媚肉が位置するように動かす。

 

「ああ、遊ばないでったらあ」

 

 一郎の腰を跨いだままマアが身悶えた。

 こうやって接すると、とてもじゃないが、六十を超えた女性には思えない。実際、見た目は三十前の美女だし、それは外観だけでなく、身体もだ。

 従って、マアにも衰えていない性欲が身体には満ち満ちているのだ。

 ぎりぎりで焦らされて、淫らに身悶えする。

 

「そら、先が入った。痒みが癒えるのは、もうちょっとだぞ」

 

 馬車の天井を向いている一郎の男根にマアの媚肉に触れた。

 マアが「ああ」を顔をのけぞらせる。

 しかし、一郎はわざと意地悪をして、糸を緩めずにちょっとだけ入った状態でとめてしまう。

 糸を上側に引いて、股間をさげさせないのだ。

 先だけ入った状態で、ゆっくりと回し動かす。

 

「ああ、ロウ殿、お願いですから、ひと思いに……」

 

 マアが歯ぎしりをして、腰を揺すって自分で挿入しようとする。

 だが、糸が上に引っ張られて邪魔をし、どうしてもできないでいる。そもそも、腰を動かすことも、一郎の持つ糸があって満足にできないのだ。

 

「ふふふ、ご主人様、愉しそう」

 

「はあ……。また、どきどきしてきました」

 

 じっと喰い入るように見ているコゼとガドニエルだ。

 

「ロウ殿、もう許してください。意地悪はいい加減に……」

 

 マアが汗にまみれさせた半裸の身体をうねらせる。

 

「そうだな。じゃあ、一気に行こう」

 

 一郎は怒張の先端をマアの膣の中に走っている赤いもやの線にあてがい、糸を離すと、マアの腰に手をやって、下に向かって強く押した。

 一郎の怒張がマアの性感帯の赤い線を擦り貫きながら、マアの子宮口をどんと突きあげる。

 

「んはああっ」

 

 マアが淫靡な声をあげて大きくのけぞる。

 その身体を一郎は抱きしめてかかえた。

 

「ほら、痒いのを癒やしてやろう、おマア。腰は自分でなんとかしろ」

 

 マアの身体をちょっとだけ引き、糸が付け根に喰い込んでいる乳首を口で咥える。

 ちょっと強めに転がすように舌で動かしてやる。

 

「あああっ、いいい、た、堪りません──。ロウ殿、き、気持ちいいです──」

 

 マアが感極まった声を出して身体を弓なりにした。

 また、クリトリスにも掻痒剤を塗ったので、それを一郎の腰で押し潰そうとするように、腰をぐりぐりと動かしてきた。

 そうすれば、膣を深く貫いている怒張を揺することにもなる。

 マアが一郎の股間を締めつけながら、鼻息を鳴らして甘い声を迸らせる。

 やっぱり、まだまだ若い。

 

「ほうら、反対側だ、おマア」

 

 口を反対側の乳首に移動した。

 またもや、マアの身体がたわむように反り返り、両手が繋がっている頭が後ろにのけぞる。

 一郎は舌で乳首を転がしながら、ちょっと“性感帯移動”という能力を使ってみた。

 マアの全身の性感帯を、一時的に一郎が舐めている片方の乳首に集中してみる……。

 

「ひやあ、ひゃ、ひやあああっ」

 

 マアがいきなりがくがくと身体を激しく痙攣させて、あっという間に絶頂した。

 しかも、一郎の腰から転がり落ちそうになる。

 慌てて、マアの身体を掴んで支えた。

 

「おっと……。おマアも乳首だけで達したか? やっぱり若いじゃないか」

 

 荒い息をするマアの性感帯を戻して一郎は言った。

 だが、自分の痴態が信じられないかのように、マアはまだ呆然としている様子だ。

 

「な、な、なに、いまの……? いまの……あたしが……?」

 

「おう、あたしだ。じゃあ、今度は膣で達してみるか、おマア」

 

「えっ? ま、待って、もう十分よ」

 

「そんなことはないだろう。ほらっ」

 

 一郎はマアの腰を持って激しく上下させる。

 できるだけ、快感のもやが擦られ刺激されるように、角度と律動の強さも調整してやる。

 絶頂したばかりのマアだが、あっという間に新たな快感を飛翔させていく、

 

「ほら、絶頂しろ。これで許してやろう」

 

 一郎は律動を続けながら、離していた三本の糸を持ち直し、引っ張ってびんびんに弾くようにしてやる。

 

「いひいっ、ひっ、ひいっ」

 

 マアが背筋をのけぞらせてぶるぶると痙攣する。

 律動を開始してあっという間であり、まだ十回も律動してない。

 だが、マアのステータスにある“快感度”はものすごい勢いで再び数字を減らし、一桁になったかと思ったら、驚くような速度で“0”になった。

 

「あっはあああっ」

 

 マアが総身を引きつらせて、喉を搾って啼く。

 一郎はそれに合わせて、マアの子宮に精を送り込んだ。しかも、その絶頂に合わせて三本の糸を強く引っ張った。

 快感と痛みが混ぜこぜになり、これを味わえば、次は痛みだけでも絶頂するようになるかもしれない。

 天下の女豪商のおマアも、これで一郎のマゾ奴隷だ。

 

「んきいいいっ、いくううう」

 

 しばらくのあいだマアは長い絶頂感に全身を突っ張らせていたが、次いでがくりと脱力した。

 やっと絶頂感が引いていくのだろう。

 一郎は汗まみれになったマアを抱き締めてやる。さらに首と両手首の粘性体を消滅させた。

 三本の糸もだ。

 痒みについても淫魔術で消す。

 

「はあ、はあ、はあ……。や、やっぱり、すごいわねえ、ロウ殿は……。こ、この歳で……、し、幸せ……」

 

 マアが両手を一郎の背中に回して、自分の身体を支えるように抱きしめてきた。

 ちょっと首を動かして、一郎の肩に顎を乗せているマアの顔を見る。

 目は虚ろで表情はぼうっとしている感じだ。

 

「じゃあ、さっきの話の続きだ。モートレットのことを教えてくれ」

 

 一郎は言った。

 

「も、もちろんだけど……。も、もう堪忍して……。じゅ、十分だから……」

 

「わかってるよ。だから、動いてないだろう」

 

 一郎はマアを抱きつかせたまま笑った。

 

「そ、そうじゃなくて、ぬ、抜いて……」

 

 一郎の一物はいまだに抜かずに、マアの中にある。

 しかも、隆々と勃起を保っている。

 マアは気になるのだろう。

 

「別に邪魔じゃないだろう? そのまま話せよ、おマア。さもないと、また動かすぞ」

 

 一郎は笑って一度だけ律動をする仕草をした。

 

「ひんっ、わ、わかったわ──。わかりましたから──」

 

 マアが必死の口調で叫びつつ、一郎の背中にしがみつくようにしてきた。

 こうなれば、マアもほかの女と一緒だ。

 可愛いものだ。

 

「それで? モートレットのことだ。彼女の母親については秘密のことなのか?」

 

「い、いえ、別にそれにしては誰もでも知っていることで……。むしろ、タリオ大公の娘であると証明するものはないわ……。認めてないの……。タリオ大公は……」

 

「だが、見ればすぐわかる。顔立ちはそっくりだ。アーサーは色男だったが、モートレットの顔立ちは、アーサーによく似る美人だ。なあ?」

 

 一郎は向かい側のコゼとガドニエルに視線を送った。

 

「そういえば、似てますね。でも、アーサー大公は色男でありません。ご主人様の方がかっこいいです」

 

 とコゼ。

 

「わたしは、生憎とタリオ大公のことは知りません……。先ほどのモートレットと言われるお方のお顔も見ておりませんし」

 

 ガドニエルだ。

 そうだった。

 こいつは、ずっと一郎の股間を咥え込んでいたんだった。

 

「じゃあ、後で見てみてよ。よく似ているわ。あいつが若い頃には、あんな顔をしてたんじゃないかなあと思うくらいよ。まあ、ぱっとみ、男みたいだったけど。女だと教えられれば、美少女よね」

 

 コゼがガドニエルを見る。

 

「でも、わたしは、タリオ大公の……アーサー……でしたっけ? その方の顔は知りませんわ」

 

「知らないって……。だって、アーサーはあんたに結婚申し込んでじゃないの。水晶宮にいたときに、すぐにそういう話が来たって、ラザさんが言っていた気がするわよ。姿絵の魔道具とか来たんじゃないの? あの男が自分の顔をアピールしないわけがないもの。まあ、ご主人様の方が素敵だけど……」

 

 一郎はコゼの物言いに苦笑した。

 

「まあ、わたしは、ご主人様と“お(つがい)の誓い”をしておりますのよ──。いかなるものでも切り離せないエルフ王族の絆です──。ご主人様以外と添い遂げるのは不可能なのです──。そんなものが来ようものなら、わたしの魔道で木っ端みじんに吹っ飛ばしますわ──。塵も残らないほどに──」

 

 すると、ガドニエルが激昂の声をあげた。

 

「あたしに怒んないでよ──。まあ、だけど、うっかりとあんたのところに、アーサーからの婚姻申し込みなんて持っていこうものなら、騒ぎになりそうだから、さすがに、ラザさんもやめたのね」

 

 コゼがちょっと納得したように呟いた。

 

「えっ? エルフ王家の(つがい)の誓いって、言われました?」

 

 すると、一郎に抱きついたままのマアがきょとんとした顔をガドニエルに向けた。





 *

 一話分のつもりで作ったものが長くなったので、真ん中でぶった切りました。
 続きは、明日の零時に投降になります。


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859 女護衛の出自

「えっ? エルフ王家の(つがい)の誓いって、言われました?」

 

 すると、一郎に抱きついたままのマアがきょとんとした顔をガドニエルに向けた。

 この感じだと、エルフ王族だけにあるという“(つがい)の誓い”のことを知っているのだろう。

 

「なんかそうらしいぞ、おマア。しかも、その誓いによる魔道の絆は、俺とガドだけじゃなく、俺が性奴隷の刻みで繋げている女側にも影響するということらしい。もしかして、おマアもあと数百年くらい生きるのかもな。もちろん、若さを保ったままで」

 

「もしかしてじゃありません。その通りになります。それくらいエルフ族王家だけに伝わる“(つがい)の誓い”は強いものであり、神聖なのです。まさに、わたしの命はご主人様の命が混ざり合ったのです──」

 

「胸張るんじゃないわよ。勝手にご主人様に“(つがい)の誓い”を結んで、それで、みんなに叱られたくせに」

 

 コゼが笑った。

 

「ご主人様との結びつきが全てに優先です。女王の権力です」

 

「女王の権力ねえ」

 

 コゼは、まだくすくすと笑っている。

 

「よ、よくわからないけど……、ロウ殿が女王陛下に慕われているというのはわかったわ……。はあ……」

 

 マアが溜息をついた。

 

「それで、モートレットの話だったな」

 

 一郎はマアに言った。

 

「あ、ああ、そうだったわね……。実は、ロウ殿にお願いしたいことがあって……。モートレットをあなたの庇護に加えて欲しいの……」

 

「庇護? もしかして、それは、あいつの出自に関係することか、おマア?」

 

「え、ええ、そうよ……」

 

「わかった、聞くよ」

 

「と、とにかく、どこにでもある話よ……。あのアーサー大公は、いまでこそ大公だけど、もともとは大公家の中でも傍系というのは知っているかしら、ロウ殿? アーサー大公の出身のブリテン家は、ハロンドールでいう伯爵家と子爵家のあいだくらいの地位よ」

 

「まあ、なんとなくはね。実力で競争相手を蹴落として大公まで成りあがったんだろう?」

 

 会ったのは一度だけだが、なかなかの野心家で、しかも、かなりの自信家だったという印象だ。

 そういえば、あいつは、ハロンドールの王女のイザベラやアンにも手を出そうとして、それでわざと目の前でふたりといちゃついてやったのだった。

 思い出したら、ちょっと一郎も苛ついてきた。

 辺境候域でのこともそうだったけど、南域のドピィとやらの反乱も、タリオの諜報員の影があった。

 もしかして、王都騒乱の発端となったテレーズ女伯爵の偽者というのも、タリオの仕掛けたものじゃないのだろうか?

 あとで、ゆっくりとサキには訊ねてみるか……。

 まさか、あのときのことを根に持って、一郎の周りにちょっかいをかけているわけではないだろうが、実に鬱陶しい。

 

「だ、だから、出世して成りあがる前は、そんなに大物でもなくて、家同士が普通に政略で結んだ婚約者がいたらしいわ……。し、子爵家の娘でね……。名は……モルダ。ど、どこにでもいるような普通の平凡な下級貴族の娘よ……。当時のアーサーの実家は大公家の系統といってもその程度の立場だったのよ……」

 

 マアが言った。

 

「もしかして、そのモルダというのが、あのモートレットの母親か、おマア?」

 

「え、ええ、そうね……。と、ところで、や、やっぱりぬ、抜いてはだめかしら? ば、馬車が動くたびに、こ、こすれて……」

 

 マアが色っぽい吐息をつく。

 一郎は返事の代わりに、背中を抱いている手の片側をおろして、マアのアナルをちょっとだけくすぐるように刺激してやった。

 

「ひゃんっ、ああっ」

 

 マアが大きく身体を反応させ、そのために、自分で挿入されている一郎の怒張で子宮を抉るようにしてしまい甘い喘ぎ声を出した。

 慌てたように、一郎に抱きついてくる。

 

「続きだ、おマア」

 

 一郎は話を促した。

 

「あ、は、はい……。も、もう本当に……あなたにかかったら、あたしもただの小娘ね……。とにかく、ここから先の話は、あたしにモートレットを預けた女性からの話よ。真実かどうかはわからない……。そう思って聞いて」

 

「わかった」

 

 一郎は頷いた。

 

「……はあ、はあ……。と、ともかく、若いアーサー大公は成長するとともに、才気を発揮するようになって、多分、それに相応しい出世も望んだ……。だけど、そうなると、モルダさんという幼い頃からの婚約者が邪魔になったのだと思う……。しかも、アーサーはいまでもそうですけど、とても顔がいいし、女にもてるから……。あたしも記憶しているけど、若い頃にはもっとそうだったわ……」

 

「邪魔になって、アーサーがモルダを捨てたのか?」

 

「……と、というよりも、逆にモルダさんが焦ったのねえ……。彼女はわざと避妊薬を飲まなかったの。それどころか、妊娠しやすくなる薬を飲んでアーサーの相手をしたの……。子供ができれば、アーサー大公から捨てられなくなると思ったのでしょうね……。彼女は子供を身ごもったわ」

 

「それがモートレットか」

 

 一郎は言った。

 

「え、ええ……。でも、アーサー大公……、当時の彼は激怒したそうよ……。さ、さっきも言ったけど、これは受け売りよ。なにも裏取りはしてない。ただ、モートレットをあたしに預けた女性がそう言っているだけ……。そして、アーサーは、モルダの子が自分の種であることを否定したの。自分はサビナ草を飲んでいるから、妊娠させることはあり得ないと言ってね。モルダが孕んだのは、どこかの馬の骨の男の種だと……。証拠も持ってきたそうよ。モルダの浮気の証拠を……。それこそ、捏造したかもしれないけど、それを子爵家につきつけて、慰謝料も要求したということよ……」

 

「はあ? そのモルダという人が孕んだ子が誰の種かどうかはともかく、やることはやったんじゃないんですか? それで慰謝料を?」

 

 コゼだ。

 かなり怒っている雰囲気だ。

 

「いずれにしても、モルダさんの父親はアーサーを信じた。激怒して、娘のモルダさんを勘当して家から追い出した……。ただ、彼女の母親が、いまの大神殿の法王猊下の妻ルビアと昵懇で……。それで、母親がモルダさんをこっそりとルビアに頼んで匿ってもらったのよ」

 

「法王家に?」

 

 法王家というのは、タリオ公国、旧カロリック地区、デセオ公国のみならず、このハロンドール王国にも拡がっているクロノス教会の最頂点である。

 スクルドは勝手に飛び出してきたが、スクルドがいた第三神殿、ベルズが筆頭巫女の第二神殿を含めて、王都の三神殿は、実はその大神殿に属する神殿なのだ。王国内のほかの神殿も同様だ。

 だが、そういえば、モートレットのステータスには、「神官」というジョブがあった。

 つまりは、彼女はその神殿で育ったのだろう。

 神官として……。

 

「ええ、ルビアは法王の奥さんといっても、優しいだけの善良な女性よ。彼女自身は法王の妻だというだけで、特段の神殿で高い地位があるわけじゃない。だけど、彼女はルビアを預かり、神殿の隅に小さな家を与えて、生まれてくる子を育てる手段を与えた……。モルダさんと、そして、モートレットと名づけられた母娘は、そこで生きたわ……。彼女たちの存在は隠さないとならないし、ルビアはできるだけ干渉を避けさせようと気を使っていたから、モルダさんが死ぬまでの十年、ほぼふたりっきりで……」

 

「モートレットの母親は狂っていたということを言っていたと思ったけど?」

 

 一郎は思い出しながら言った。

 

「ええ……。だけど、誰も気づかなかった……。モルダさんは他人がいると正気に戻るの……。でも、娘とふたりだけでいると狂うの……。そういう狂い方だったらしいわ。だから、ルビアにもわからなかった……。気がついたのは、モルダさんの死の間際だそうよ……」

 

「死の間際?」

 

「ええ……。病に瀕しているモルダさんは、ルビアの存在を認識できなくなったのか、娘をルビアの目の前で口汚く罵り、お前のせいで自分が不幸になったと罵倒し、それでいて、急に態度を翻して、モートレットをアーサー様と呼んで愛していると何度も何度も言ったそうよ。これがひたすらに繰り返された……。とても、常人とは言いがたい、まさに狂人の行動に、ルビアは恐怖したと言っていたわ……。また、そんな母親の態度に対して、モートレットは心を動かす様子もなく、普通に平然としていたとも……」

 

「モートレットをおマアに預けたのは、そのルビアという法王の奥さんだな?」

 

 ルビアという女性のことは知らないが、確か、法王はクレメンスという老人であり、その孫娘が大神殿で「聖女」を名乗っているマリアーヌという巫女で、また、そのマリアーヌの妹がアーサーの大公妃のひとりのエリザベートだ。

 マリアーヌは、聖女認定されるほどの高位魔道遣いであるらしいが、エリザベートはまったく魔道は遣えない。

 それで、アーサーはエリザベートを冷たく扱い、大公宮の隅にほったらかしにしているということだった。

 まあ、大公宮の中のことは、エルザからの受け売りだが、いずれにしても、その法王クレメンスの妻ならば、それなりの老女だろう。

 いまのマアの見た目では及びもつかないが、年齢もマアと近いのだろうと思う。

 そういえば、マアは、彼女のことを“ルビア”と呼び捨てにしている。

 

「なにをしても心を動かさない……。ルビアがモートレットを改めて保護したときには、すでに彼女はそうなっていたそうよ。喜怒哀楽の全部をどこかに置き忘れてきたような子供……。それがモートレットよ。彼女は狂った実の母親から、お前は生まれてこなければよかったと、毎日毎日、怨嗟のような言葉を浴びながら育ったらしいわ……。そういう自分の境遇をモートレットは訊ねられるまま、淡々とルビアに説明したようよ。まるで他人のことを話しているような感じで……。ルビアはぞっとしたと言っていたわ」

 

「もしかして、それでモートレットを俺に?」

 

 一郎は言った。

 

「それもあるわね。まあ、もしかしたら、彼女にいい変化を与えてくれるんじゃないかと……。いずれにしても、彼女が大神殿から出るのは、今回が最初よ。あたしは、この旅そのものが、彼女にいい変化を与えたと思う。あれでも、結構、喜怒哀楽を示すようになったわ。それだけでもよかった」

 

 マアは言った。

 

「ねえ、それだったら、あのアーサーがあいつを捕まえにくる可能性はないんですか?」

 

 コゼが口を挟んだ。

 

「あるいは、殺そうとするかもね……。まさに、ロウ殿に彼女を託したい理由がそれなの。モートレットの存在をアーサー大公が知ってるかどうかはわからない……。でも、彼女の存在は、彼の若い頃の醜聞の証拠よ。赤ん坊の頃ならともかく、いまのモートレットの顔では、大公との血の繋がりは否定できないもの。それもあって、彼女は大神殿から逃げてくる必要があったの」

 

「わかったよ。ほかならぬおマアの頼みだから、彼女の身元は引き受けよう。性奴隷の刻みをするかどうかは、彼女次第だけど、まあ、面倒みるよ」

 

 一郎はきっぱりと言った。

 

「あ、ありがとう……」

 

 マアが安堵したように息を吐く。

 

「……と、ところで、も、もう抜いてくださる?」

 

 そして、マアが汗びっしょりの真っ赤な顔で哀願した。

 一郎はちょっと笑った。

 そして、外の景色に目をやる。

 

 ほとんど歩くような速度で進んでいるので、ここから屋敷までは、おそらく、十タルノス……。つまりは、十分間余りで到着すると思う。

 三人……、いや四人を相手に、十分間とちょっと……。

 余裕だな……。

 一郎はにんまりと微笑んだ。

 

「よし、だったら早周りセックスだ──。俺はお前たちを達するように責めるから、絶頂したら交替のルールでどんどん来い。ナールも含めて、マアも参加だぞ。ナールの番が来たら、コゼが馭者を変わってやれ」

 

 一郎はお道化(どけ)て言った。

 とりあえず、マアから怒張を抜き、横に座らせる。

 マアは椅子から崩れ落ちそうになった。

 

「あ、あたしは、も、もう終わりで……」

 

「つべこべ言うな。早周りだから負担は少ないだろう。ほら、最初は誰からだ?」

 

「あたしです──」

 

 たったいままでマアが抱きついていたのと同じ姿勢でコゼが対面で抱きついてくる。

 しかも、すでに下半身にはなにも身につけていない。

 すごい早業だ。

 一郎は苦笑した。

 

「えっ? あ、ずるいです──。つ、次はわたし──。わたしです」

 

 ガドニエルが焦ったように声をあげる。

 一郎はコゼの股間を指で愛撫しながら、笑ってガドニエルに視線だけ向けた。

 

「下着だけ脱いで待ってろ。コゼなんか、すぐに終わらせる」

 

「えええ──? あ、あたしも頑張りますよお──。できるだけご主人様とくっつくんですから……。あっ、そ、そこ、気持ちいい──。あっ、あっ、あっ、き、気持ちいいです、ああっ、ご主人様ああ──」

 

 コゼもちょっとお道化(どけ)たが、一郎の指が本格的な愛撫に入ると、すぐに喘ぎ始める。

 

「ガド、次はお前だぞ。すぐに順番が来るぞ。おまんこを濡らしておけ」

 

「わ、わたしは、いつも濡れ濡れです──。おまんこは濡れ濡れですわ──。いつでも、ご主人様と愛し合うことにかけては、準備万端なのです──」

 

 ガドニエルが下着を脱ぎながら一生懸命な口調で言った。

 それはともかく、魔道で一瞬で洗面ができるのに、いまだに一郎にかけられた顔の精を残したままだ。

 一郎は、いそいそと下着をスカートから抜いている好色な女王の姿に笑ってしまった。

 一方で、一郎の指の愛撫を受け続けているコゼは、早くも絶頂に向かって快感を飛翔させている。

 

「大丈夫か、コゼ? まさか、挿入よりも前に達することはないだろうな?」

 

 一郎はコゼを揶揄(からか)いながら、指で刺激を加える場所をアナルに変えた。

 コゼの一番の性感帯だ。

 

「あっ、あっ、ああっ、だめえええ」

 

 すると、呆気なくコゼは果てた。

 その場にコゼが崩れ落ちる。

 一郎は大笑いした。

 

「次だ。ガド──」

 

「は、はいっ」

 

 ガドニエル女王が嬉しそうに抱きついてきた。

 股間に手をやる。

 本当に濡れ濡れだ。

 これなら、本当に前戯は不要だろう。

 

「じゃあ、いくぞ──。股を開け──」

 

 一郎は座ったまま、ガドニエルを対面で受け入れ、すぐに律動を開始した。

 ガドニエルの豊富な膣の中の性感帯をこれでもかと怒張の先で刺激していく。

 

「あっ、あっ、あっ、い、一気に……。一気にいきます──。い、いきそう……。いきそう──。ああ、い、いきそうです──」

 

 ガドニエルが身体を大きく悶えさせる。

 一郎は苦笑した。

 

「お前ら早すぎだろう。ほら、コゼ、ナールを呼んで来い」

 

 一郎はガドニエルを怒張で責めたてながら、脱力して床に座り込んでいるコゼに声をかけた。

 また、ナールを馭者台に拘束している二個の手錠はたったいま回収した。

 

「は、はい……」

 

 コゼが馬車の馭者台に這い進んでいく。

 下半身になにもつけないまま……。

 

「いぐううう」

 

 ガドニエルは結局十回もたないまま、果てた。

 しかし、まだ、ナールは来ていない。

 

「ナールが来るまで、また、おマアが相手だ」

 

 一郎は馬車の隅で呼吸を整えているマアの手首を掴んだ。

 

「あ、あたしはもう無理……。お、お婆ちゃんなのよ──」

 

「こんなときだけ、お婆ちゃんになるな。いくぞ」

 

 ガドニエルと場所を交替させて、再び強引にマアと結合する。

 

「ああああっ」

 

 マアが大きく身体をのけぞらせた。



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860 ついに、帰宅。

「ははは、結局、四人で四周りか。お前たち、敏感すぎるなあ。俺はまだ一度も達してないぞ」

 

 一郎は大笑いした。

 屋敷に向かう馬車の中である。

 

 到着までの十タルノス……。つまりは、十分間余りの時間潰しのつもりで始めた、絶頂するたびに女が交替をするものとして決めた女たち四人と一郎との性対決は、結局のところ、一郎の圧倒的な勝利で終わった。

 一郎としても、ここまで女たちが一方的に簡単に絶頂してしまったのは計算違いだ。

 

 確かに、一切手加減をせずに、淫魔術による性技を駆使して、相手にする女の一番弱い部分を狙い打ちにして愛撫をしたのは認めるが、それにより、面白いように、コゼもガドニエルもマアもあっという間に絶頂してしまっていったのだ。

 辛うじて、ナールだけが抵抗の様子を示したが、それも程度問題にすぎなかった。ナールもまた、短い時間で簡単に絶頂をして交替となったことには変わりない。

 おかげで、一郎は自分の股間が射精に至るほどの刺激を得ることができなかった。

 まあ、射精しようと思えば、いくらでもできるのであるが、やっぱり、一郎も十分な快感を得ることによって精を放ちたい。

 それを受けとめることができなかった四人に対する苦笑混じりの笑いだ。

 

「はあ、はあ、はあ……。あ、あたしがお相手をします。絶頂してもやめなくていいです……。だから、ご主人様が気持ちよくなるまで……」

 

 馭者台から戻ってきたコゼが荒い息をしながら、一郎に這い進みながら言った。

 あまりにも交替時間が早く来るので、女の相手をする時間よりも、ナールとコゼの馭者の交替時間の方が多く費やしたほどだ。

 馬車の中にいるのは、ほかにガドニエルとマアである。ふたりとも、下半身は裸だ。

 マアは最初からそうだったが、ガドニエルもいつの間にかそうなった。

 コゼもナールもである。

 また、そのナールは馭者台にいる。やはり、下半身はなにもなしだ。

 馭者台にいるナールを含めて、四人とも股を開いただらしのない格好だ。

 一郎は亜空間に隠していた彼女たちの服を返してやる。

 しかし、コゼ以外は座席に身体を預けて突っ伏したまま動く気配がない。さすがに、短い時間での四回連続は堪えたみたいだ。

 

「いや、コゼ、もう時間切れだ。到着だな」

 

 一郎は外の景色に視線を送って言った。

 街道から屋敷方向に入る小径に差し掛かったのだ。

 馬車は右に曲がり、その小径に入って、軽い登り坂に差し掛かった。月明かりなので暗いが、昼間の陽の下であれば、すでに屋敷が見える場所である。

 

「おマア様、皆さん、そろそろ……。えっ、これはどういう状況なのですか?」

 

 ずっと馬車の前を騎馬で進んでいたモートレットが自分の馬を回して、馬車の横に戻ってきた。

 だが、ちょっと絶句している。

 無理もない。

 なにしろ、一郎はたったいま、下着もズボンも身につけたが、女たちについては四人が四人とも下半身になにも身につけてない状況だ。しかも、みっともなく股を開いて……。

 それは驚きもするだろう。

 もっとも、マアに言わせれば、喜怒哀楽をあまり示さないということだったが、こうやって接しても、そこまでの印象はない。

 まあ、普通だろう。

 確かに、表情が豊かとは言えないが……。

 

「おマアに聞いてないか? ここにいる女たちは、おマアを含めて、全員が俺の恋人であり、愛人で、妻のようなものだ。つまりは馬車の中で愉しんでいたということさ」

 

 一郎はうそぶいた。

 そのあいだも、馬車は坂をゆっくりと進み続け、モートレットも馬車に併走して馬を進めている。

 

「聞いています……。マア様には、あなたが許されるなら、女にしてもらえとも……。マア様から聞いておられるかどうかわかりませんが、私はタリオ大公アーサーの手の者から、命を狙われる可能性があります。あなたの庇護なら、アーサーは手が届かないだろうとも教えられました。ただ、聞いたところ、あなたの庇護に入るには、あなたの女になる必要があるとも諭されています。しかし、それなら、やはり、私を匿うのは難しいですよね。ならば、出ていきます」

 

 モートレットが言った。

 淡々とした口調だ。

 なるほど、確かに、言葉に感情がこもってない口調だ。マアも、マアにモートレットを託したルビアという女性も、モートレットのそういう部分を心配しているのかもしれないが、一郎に言わせれば、常識の範囲内だ。

 おそらく、感情表現が下手なのかもしれないが、この程度なら問題ない。

 そもそも、彼女がなんらかの心の病があるとしたら、それなら一郎の魔眼で出てくる。

 だから、問題はない。

 それはともかく、いま、モートレットは、アーサーのことをタリオ大公と呼んだ。

 果たして、彼女は実の父親であるらしいアーサーのことをどう思っているのか……。

 

「ま、待って、モートレット……。ロ、ロウ殿は、お、お前を預かると……」

 

 マアだ。

 声が掠れている。

 結構、大きな嬌声をあげていたからだろう。

 

「いいから身支度しろよ、おマア。ほかの者もだ」

 

 一郎は笑って声をかけた。

 

「ガ、ガド……。か、回復術……。回復術をかけてよ……。洗浄魔道もよ……」

 

 コゼが言った。

 そのコゼも一郎の足もとで小さく丸くなったままだ。

 

「は、はい……。か、かけます。多少は動けるようになると思います」

 

 ガドニエルが魔道をかけたのがわかった。

 女たちが少しは元気になった。

 もっとも、完全回復にはほど遠いが……。とりあえず、四人ともやっと身体を動かして、身支度を整え始める。

 どうにも、一郎に抱かれた女は、通常魔道の回復術では、劇的に疲労が回復することはない。

 以前は、そんなことはなかったと思うが、なぜだろうか……。

 まあいいか。

 それよりも、モートレットだ。

 

「さっき、出ていくと言ったか、モートレット? おマアには、お前を庇護することを約束したが、気が進まないか?」

 

 とりあえず、訊ねた。

 

「モ、モートレット、あのね……」

 

 そのとき、マアは口を挟もうと口を開いた。

 一郎はそれを手で制する。

 

「いや、そういうわけではありませんが、あなたの女にはなれないと思いますので」

 

「俺みたいな男に愛されるのは嫌か?」

 

 一郎は苦笑した。

 確かに、馬車の中で女四人を相手に乱交というのは、ちょっと十五歳の少女には刺激が強かったか、

 ナールなど、下半身を露出して、手錠で馭者台に拘束していたしな……。

 一郎は頭を掻いた。

 

「いえ、私は嫌ではありませんが、多分、わたしのような女を愛するのは難しいのではないですか? わたしは女らしいところなどひとつもありませんし」

 

 モートレットが言った。

 

「んっ?」

 

 一郎はなにを言われたかわからず、首を傾げてしまった。

 わたしのような女──?

 随分な美少女だとは思うが……。まあ、こうやって男装をしていれば、少年にしか見えない部分があるから、それを言っているのか?

 

「あんたみたいな子は、ご主人様の大好物よ。あっちのナールも近衛では鉄仮面の渾名もあったような無表情が売りだったみたいだけど、それでもあんな風になるの。あんたもそうなるのよ」

 

 コゼが笑った。

 やっと半ズボンをはき終わり、いつの間にか一郎のすぐ隣に腰掛けている。

 

「しかし、わたしは多分、不感症で……」

 

「不感症?」

 

 マアが口を挟む。

 

「ええ、一度頼まれて、セックスをしたことがあります。しかし、全く濡れずに、結合することができませんでした。彼に言わせれば、わたしは不感症だと……」

 

「彼って、誰よ? お前って、恋人がいたの? そんなことちっとも……」

 

 マアが気色ばんだ。

 

「いえ、決して恋人などでは……。ただ、土下座をして頼まれたので、まあ、別段減るものではないかと思って相手をしただけです。わたしのことが女だと気がついた若い神官の男で……。名前は……、ちょっと覚えてません」

 

「お前の貞操観念はどうなっているのよ。頼まれれば、名前も知らない男と関係を持つの?」

 

 マアが叱るような口調で言った。

 だが、一郎は噴き出してしまった。

 たったいままで、マアも一郎たちと羽目を外した乱交をしていたのだ。貞操もなにもないだろう。

 そもそも、マアもモートレットを一郎に抱かせようとしているのである。

 説得力などない。

 

「まあいいよ。だが、なぜお前が不感症なんだ? 断言しておくが、絶対にそうではないぞ」

 

 一郎は言った。

 モートレットのステータスに表記がある「性感度」の記号は“D”だ。

 これまで、様々な女のステータスを観察したが、おそらく、不感症の女のステータスに表記されるのは“E”だ。

 モートレットは、まだ性行為に不慣れなだけで、一郎の手にかかれば、すぐにほかの女たちのように感度抜群の淫乱な身体になるだろう。

 こんな無垢な少女を淫靡に調教するのは、ちょっとだけ気が引けるような気もするが……。

 まあ、ちょっとだけだが……。

 

「そう……ですか。ならば、お試しだけでも。でも、もしも、わたしがあなたに期待に応えられないような女であっても、できれば置いて欲しいのです。お願いします」

 

 モートレットが騎乗のまま頭をさげた。

 

「お試しなんてないのよ。ご主人様にかかればね……。だけど、ちゃんと縛られるのよ。ご主人様はそれがお好きなんだから。そして、あんたも、それが大好きになると思うけどね」

 

 コゼが茶化すように言った。

 

「ああ、それはもちろん。普通のことなのですよね」

 

 モートレットが頷く。

 普通──?

 いや、そういえば、ちょっと前にそんな話をしたか?

 それはともかく、さっきの話で思いついたことがある。

 

「なあ、モートレット、もしかして、神官の男とセックスをしたとき、挿入しようとしたけど、痛くてできなかったんじゃないか?」

 

 一郎は言った。

 

「よくわかりますね。彼には悪いことをしました。わたしが不感症のせいで不快な思いをさせたと思います。しかも、わたしは痛くて突き飛ばしてしまったのです」

 

 なるほど、それでステータスには、“男(0.5)人”と表記されたのだろう。

 一郎は合点がいって笑ってしまった。

 

「そいつが下手だっただけよ。突き飛ばして正解よ」

 

 コゼが横で大笑いした。

 

「おっ、なんだ?」

 

 そのとき、やっと、屋敷が視界に入ってきた。

 だが、完全な廃墟だ。

 そこにあるのは、月明かりに照らされた焼け焦げた屋敷跡の残骸である。

 ただ、それは屋敷妖精のシルキーが王軍を誤魔化すために作った幻影なのだそうだ。

 事前に教えてもらってなければ、一郎も驚愕していただろう。

 しかも、シルキーの幻影は完璧であり、シルキーの認めない者が屋敷に接近しても、シルキーの幻術で感覚を麻痺されてしまい、屋敷に接触することなく、同じ場所をぐるぐると回った挙げ句、離れていく仕掛けになっているという。

 

「ご、ご主人様、ここに張ってある幻影の魔道は凄まじいですわ。感じたことのない程の大魔道です──。一体全体、どなたがこの幻影術をかけているのでしょう?」

 

 ガドニエルが感嘆した声を放った。

 すると、残骸に向かって進んでいた馬車がいきなり、白いもやのようなものに包まれた。

 そして、景色が変わる。

 懐かしい屋敷が目の前だ。

 しかも、煌々とかがり火が馬車の進む前庭の小径に置いてある。

 まるで、ここだけ昼間のような明るさだ。

 やがて、馬車が屋敷の入口の前で停まった。

 屋敷の入口の扉が大きく開いた。

 

「お帰りなさいませ、旦那様」

 

 シルキーが宙を割るようにして出現した。

 

「えっ?」

 

 しかし、馬車を降りようとしながら、一郎はシルキーの姿を見て呆気にとられてしまった。

 なんだ、その格好──?

 シルキーは、上半身はいつものメイド服だが、臍から下にはなにも身につけてない。

 ただ、股間の当たる場所に、大きな葉っぱが貼り付いている。

 

「ぱああっぱああああ──」

 

 さらに、ものすごい元気な女の声が響いて、背の高い美女が駆けてくる。

 ウルズだ──。

 だが、なぜか、ウルズはいつもと違って、どこかの夜会にもでるような綺麗なドレスを着ている。

 だが、乳房にあたる場所と股間の部分が丸く切り取られている。

 そこから乳房と性器が見事に露出していた。

 

「ぱぱああああ──」

 

 ウルズが泣きながら、一郎に向かって走ってきて……。

 そして、ものの見事に一郎のちょっと前ですっ転んだ。

 

「ウルズ、大丈夫か?」

 

 一郎は笑って、ウルズに駆け寄る。

 とりあえず、淫魔術で床に打ったと思う身体の場所を癒やしてやる。

 

「わあああん、わあああん──。ぱぱあああ、ぱぽああ──。おかえりなちゃいい──。おかえりなちゃいい。ぱぱ、まんまん──。ぱぱ、おかえりなちゃいい──。まんまんして──。まんまん──」

 

 ウルズが凄い力で抱きついてきて、一郎は床に引き倒されてしまった。

 心は幼女だが、姿は妖艶な大人の女性だ。

 ウルズは背が高い方だし、実は力も強い。一郎は強引に馬乗りされる。

 そして、ウルズが、号泣しながら抱きついてきて、顔のあちこちに滅茶苦茶に口づけしてきた。

 

「ははは、ウルズ、いい子にしていたか?」

 

 一郎はウルズの盛大な歓迎を受けながら、とりあえず、ウルズを下から抱き締めた。

 ウルズはわんわん泣き続けている。

 

 いずれにしても、やっと戻ってきた。

 

 一郎は、ついに帰宅を果たしたのだ。

 

 

 

 

(第5話『クロノスの帰宅』終わり、第6話『大浴場の性宴』に続く)



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 第6話   大浴場の性宴
861 入り口で大歓迎


「うわあああん──。ぱぽああっ、ぱぱああっ、まんまん──。まんまんしよう──。ウルズ、おまたがじんじんするの──。ずっと、ぱぱを待ってたの──。ぱぱ、おかえりなさい──。ぱぱにあいたかった──。もう、ぱぱはどこにもいっちゃだめえ──」

 

 一郎に馬乗りになっているウルズが号泣して抱きついてくる。

 涙と鼻水ですごい顔だ。

 一郎は、くすりと笑って、下からウルズの顔を抱きしめて寄せ、涙や鼻水を舐めとってやる。

 そして、口づけをした。

 幼児帰りしているウルズは、なぜか全身が敏感で、一郎からなにをどうされても、たちまちに大きな快感に変えてしまう。

 よくわからないが、心の抵抗がないからかもしれない。

 まさに、心の底の底から、一郎の性技の快感を幸福感に置き換えるのだ。

 ウルズの口の中を舌で刺激を与え続け、さらに一郎の唾液を送り込んでいると、やっとウルズが落ち着きを示し始めた。

 

「あんっ、ぱぱっ、ぱぱのにおい……。んんっ、ぱぱの味……。ぱぱの声……んあっ──。ぱっぱああ……」

 

「ああ、ぱぱは帰ってきたぞ。折角だから、これからちょっとずつ、色々なことを覚えような、ウルズ。まずは、ぱぱとの口づけを覚えよう。ぱぱがウルズの口の中に舌を入れたら、ウルズもぱぱの口の中に舌を入れるんだ。気持ちのいい場所を探して、舐めてごらん」

 

 一郎はやっとウルズが落ち着いたところで、ウルズの口から唇を離して、下から言った。

 

「したって、べろのこと? ウルズはぱぱと、お口をくっつけると、いつもきもちいいよ」

 

「いい子だ。気持ちいいのはいい子だぞ。ほら、だったら、もう一度だ」

 

 一郎は再びウルズと唇を合わせた。

 今度は、ウルズからの積極的に舌に舌を絡めてくる。

 一郎が語ったことを忠実にやろうとしているのだろう。ウルズの息に喘ぎ声が混ざりだしたのはすぐだった。

 そして、しばらく口づけを続けていると、ウルズの身体が緊張したように伸びる。

 

「んんんっ、んああっ、ぱっぱああ──」

 

 そして、軽く絶頂した。

 どうやら、口づけだけで達してしまったらしい。

 一郎は、脱力したウルズを抱えて身体を起こす。

 いつの間にか、周りに、シルキーのほか、馬車で一緒にやって来たコゼ、ガドニエル、マア、ナール、そして、モートレットが集まっていた。

 特に、ナールは、大人の女なのに、幼児帰りしたウルズに接してかなり戸惑っているような表情を示している。

 

 そこに、宙が揺れて、ベルズとスクルドが移動術で出現した。

 だが、驚くことに、ふたりとも、奇妙な格好をしている。

 まず、ベルズについては、裸身に宝石の下着だ。布のようなものは一切なく、その代わり、大中小の様々な色鮮やかな宝石の「ビキニ」を身につけていて、乳首と股間については、それぞれ赤と青と黄色のひと際色鮮やかな大きな宝石で隠しているという姿だ。

 べルズにしてはものすごく珍しい、扇情的な姿だ。

 

 また、スクルドについては、いまとなっては懐かしい気もする神官姿、しかも、神殿長の儀礼用の装束だ。

 しかし、ウルズと同じように、乳房の部分が丸く切り取られていて、スクルドの大きな乳房がそこから露出していた。

 しかも、乳首に小さな鈴を一個ずつぶら下げている。

 さらに、女性神官服の前側のスカートが中心でぱっくりと半分に切られ、さらに両側から紐で引いて割れており、股間が露出していた。

 下着は身につけず、その代わりに、股間に大きめの鈴をさげて、割れ目の部分を隠している。

 なんだこれ──?

 しかし、ふたりとも随分と色っぽい……。

 

「ウルズ、だめではないですか。ご主人様を地下の浴室で盛大にお出迎えするはずだったのに、ひとりで行ってしまっては」

 

 スクルドが微笑みながら、ちょっとウルズをたしなめるような物言いをする。

 

「そうだな。ひとりで走ると危ないからな……。だが、そなたは、やっぱり、その格好にしたのか? 神官服で遊ぶのは神への冒涜だから、やめよと申したではないか」

 

 べルズだ。

 

「まあ、なにを言っているの、ベルズ。もう、わたしは神官ではないのですから、不敬も冒涜もありませんわ。そもそも、この神官服でわたしは、それはもう数限りなく、ご主人様に犯されましてよ」

 

「威張って言うことか。まったく……」

 

 ベルズが小さく舌打ちした。

 だが、ようやくわかってきた。

 シルキーの股間に葉っぱ一枚の姿といい、ウルズの穴あきのドレスといい、ベルズの宝石下着、スクルドの神官服の破廉恥アレンジ……。

 おそらく、全部、一郎を悦ばせようという趣向だろう。

 そういえば、マアがそんなことを仄めかしていた気がする。

 

「ありがとう。そんな格好は俺への贈り物だな。発案はシルキーが?」

 

 確か、マアがそう言っていた。

 

「はい、以前にこの屋敷でそういう趣向をしたのを思い出したのです。旦那様はお喜びでしたし、わたくしめも愉しかったです。提案したら、皆さんも賛同してくださいました」

 

 シルキーだ。

 

「へえ……。あんたの発案だと思ったわ、スクルズ」

 

 コゼがスクルズに話しかけた。

 

「もちろん、わたしも大賛成しました。いかがですか、ご主人様?」

 

 スクルズが乳房と腰を揺らす。

 豊かな乳房がぶるんぶるんと揺れて、ちりんちりんといやらしく音が鳴った。

 一郎は思わず、にんまりとしてしまう。

 いずれにしても、このばか騒ぎを嫌って逃げたのがマアたちというわけか……。

 それで、一郎に遊ばれたわけだが……。

 ちらりとマアを見る。

 マアは苦笑のような複雑な笑みをしていた。

 視線をスクルドたちに戻す。

 

「もちろん、スクルドはいやらしくていいな。最初は、その格好のまま犯すぞ。鈴の音を愉しみながら、神官長を陵辱するのが愉しみだ。ベルズもだ。淫靡でいやらしい格好だ。それでいて、綺麗だ。似合っている。ベルズもいますぐに犯したくなる」

 

 一郎は床に胡座に座り直しながら笑った。

 両腕には、ウルズを抱きかかえている。

 

「な、なにを言うのだ」

 

 ベルズが真っ赤になった。

 だが、隠そうとして隠せない笑みが口元からこぼれている。

 可愛いものだ。

 

「さ、さいしょはウルズ──。ウルズにまんまんして。すーままと、べーままがはじめだと、長くなるの──。ウルズはいっぱい、いっぱい待っていたの。ねえ、ぱぱ、まんまんして──」

 

 膝の上のウルズが力いっぱいに一郎にしがみついてきた。

 それはいいのだが、やっぱり身体が大きくて力が強いので、そのまま押し倒されそうになる。

 

「わかった。ウルズが一番だ。でも、ちょっと待っていてくれな」

 

 一郎はなんとか、ウルズを支えつつ、ベルズに視線を向けた。

 

「その感じだと、やっと回復したのだな。衰弱も収まっている。よかった。ミランダも大丈夫か?」

 

 早朝にラポルタの拷問から救ったベルズとミランダは、身体の衰弱が激しく、それで、スクルドにひと足早くこの屋敷に向かってもらい、そのスクルドから治療をしてもらっていたのだ。

 特に、このベルズなど、意識はしっかりしていたが、肉体そのものは、かなり痛めつけられて、はっきりいって瀕死の状況だった。

 それがちゃんと回復したのだがら、一郎の心の底から安堵した。

 

「お、おかげでな……。助けてくれて嬉しかった……。そして、信じてた。ありがとう、ロウ殿」

 

 すると、ちょっとはにかんだみたいな顔になり、ベルズが一郎に向かって静かに頭をさげた。

 

「とんでもない。ベルズもミランダも、もちろん、サキも俺の大切な女だ。むしろ、救出が遅れてすまなかった。そして、頑張ってくれてありがとう。よくぞ、俺たちが行くまで生き残ってくれた」

 

 一郎は言った。

 すると、ベルズが首を横に振った。

 

「生き延びれたのは、サキのおかげだ。あの自尊心だけは高い女が、それこそ、必死でわたしたちの助命をラポルタにしたのだ。そのために、言いたくもない媚びをラポルタに振りまき、耐えて耐えて、ラポルタの機嫌をとろうと、小便まで飲んだのだ。あのとき、サキがラポルタに愛の言葉を言ったのは本気ではないぞ。わかってやって欲しい」

 

 ベルズが言った。

 一郎は自分の口元を緩めた。

 

「……その感じだと、もうわだかまりはないのか? サキに対して激怒していたのではないのか?」

 

「したがな……。だが、考えてみれば、わたしたちも悪かった。サキは魔族だ。わたしたちとは、根本的に価値観が違う。だから、よく話し合うべきだったのだ。それを頭ごなしに、怒鳴ったりしたからな。サキが拗ねて王宮に閉じこもったのも仕方がなかったかもしれない」

 

「なら、もう怒ってないんだな?」

 

「ああ、むしろ、わたしらには、一切危害を加えようとはしなかったのだから、サキはサキなりに、わたしたちを特別に考えているのだろう……。ロウ殿、もう一度言うが、サキは本当に涙が出るくらいに頑張って、わたしたち……もちろん、あの奴隷宮の女たちを含めて、守ろうとしてくれた。あれを許してやってくれ」

 

 ベルズが再び頭をさげた。

 一郎は黙って微笑んだ。

 

「おっ、おっ、おっ……」

 

 そのとき、後ろから女の奇声のような音が聞こえてきた。

 振り返ると、ナールだ。

 顔を真っ赤にして、ぼろぼろと涙をこぼしている。

 

「あんた、どうかしたの?」

 

 横のコゼがナールに声をかけた。

 

「おお、やっぱり、スクルズ様──。救世主様あああ──。よくぞ、お生き返りに──。ナールは感激でございます──」

 

 すると、いきなり、スクルドの足もとに跪いた。

 そして、両手を合わせて、祈るような格好になる。

 

「えっ、えっ、なんですか、この方?」

 

 スクルドは当惑している。

 

「ラスカリーナのところの女将校のナールだ。馭者として連れてきたんだがな……」

 

 一郎もまた、ナールの大袈裟な態度に戸惑っている。

 

「まあ、それでは、手筈通りに、ラスカリーナさんは、性奴隷になされたのですね?」

 

 スクルドだ。

 ひと足先に戻ってもらったスクルドだが、こいつは、今日の一日で一郎がなにをしようとしていたかは認識している。

 王軍の軍権を横取りするために、近衛連隊長のラスカリーナを使おうという計画だったこともわかっている。

 

「ああ、そのラスカリーナはアネルザと一緒に王宮だ。今夜は、片付けなければならないことが山積みでね。あいつらには申し訳ないが託してきた。エリカとイットも残っている」

 

「そうなのですね。では、もしかして、大会議についても無事に?」

 

「終わった。いまや、俺も正式に独裁官様だぞ。ルードルフ王に退位させる前に任命させたからな。一応は形式を整えた」

 

 一郎はお道化(どけ)て言った。

 

「なんだ、その独裁官というのは?」

 

「そうねえ。なに?」

 

 ベルズ、次いで、マアが訊ねてきた。

 そういえば、一緒に南域にいた連中以外は、一郎が強引に独裁官という役職になったことは知らないのだった。

 

「簡単にいえば、宰相と大将軍を足したような役職だな。ルードルフ王とイザベラに、俺を指名させた。というわけで、俺もいまや、王国の重鎮だ」

 

 一郎は笑った。

 ふたりは目を丸くしている。

 

「ああ、救世主様、お足に、お足に口づけをしてもよろしいでしょか」

 

 ナールがスクルドの足もとに近づき、接吻しようとしている。

 

「わっ」

 

 スクルドが慌てたように足を引っ込めた。

 

「あんた、いい加減に立ちなさいよ。そもそも、こいつは生きてるって教えたでしょう。広場で磔にされたのは、こいつの偽者──。そもそも、股ぐらに鈴をぶら下げてくるような女がありがたいの?」

 

 コゼが呆れた口調でナールをたしなめている。

 

「わかってます。理屈ではわかっているのです。でも、ありがたいのです。ありがたくて、ありがたくて、涙がなぜかとまらないのです」

 

 ナールがスクルドの前に土下座をしながら言った。

 なんだ、これ?

 スクルドが、スクルズとして信仰の対象になりつつあるというのはわかっているが、これはちょっと大袈裟ではないだろうか?

 

「ロウ殿、言っておくが、こういうのが最近、王都に多いのだぞ。とにかく、スクルドを“救世主”、ロウ殿を“天道様”と呼んでありがたがる者がだんだんと増えているのだ」

 

 ベルズが一郎に寄ってきて屈み、一郎にささやいた。

 

「救世主に、天道様?」

 

 一郎は訝しんだ。

 しかし、そういえば、今日一日で、何度“天道様”と呼びかけられたかわからない。

 一郎がガドニエルから、クロノスを意味する“サタルス”の姓をもらったので、“英雄公”と同じような意味の尊称かと思っていたが、なんとなくだが、ちょっと様相が違う気もする。

 

「特にあの奴隷宮の連中だ。あいつらは、とりわけひどかった。とにかく、あの連中はおかしい。もっとも、わたしはミランダと一緒にいきなり監禁されたので、調査のようなことはできなかったが、サキならなにかを知っているかもしれん。もちろん、奴隷宮の連中に喋らせればいいが……」

 

「奴隷宮の連中がおかしい?」

 

 一郎は困惑したが、そういえば、後宮の地下でもベルズは同じことを告げていた。

 白痴化の術のようなものがかかっていると言っていたか?

 あまり気にしていなかったので、忘れかけていたが……。

 

「そうだ。まるで新しい宗教のような……。スクルドは知らないの一点張りだ。まあ、嘘は言ってはおらんようだったな。なにか、サキは言ってなかったか、ロウ殿?」

 

 ベルズが耳元で言った。

 

「いや、まだサキはずっと亜空間で眠ってもらっていて……」

 

「宗教ってなに、ベルズ? そのわりには、あいつがありがたがっているのは、あの破廉恥女のことで、ご主人様のことは、天道様と呼ぶ以外は、まあ、比較的まともだったわ。あんな風におかしくはならなかったわよ」

 

 すると、コゼもまたしゃがみ込んできて会話に参加してきた。

 

「その辺は、わたしにも……。もしかしたら、ロウ殿は多分、あの将校を犯したのだろうから、その辺りがロウ殿は神ではなく、現実のものとして受け入れることに変わったのかも」

 

 ベルズは首を傾げながら言った。

 

「はあ、ちょっと待て。いま、俺のことを神だと言ったか?」

 

「なにを言う。“天道様”というのは、神のことだぞ」

 

 ベルズがちょっと呆れた口調で言った。

 

「もおおう──。ぱぱも、べーままも、コゼちゃんも、ひそひそ話はだめええ──。そろそろ、おふろに行こう。みんな、待っている。そして、ウルズにまんまんして──」

 

 ウルズが強く一郎にしがみついてきた。

 

「そうだな。行くか」

 

 一郎はベルズを両手に抱えて立ちあがった。

 

「うわあいい」

 

 ウルズが大喜びする。

 

「まあ、ご主人様、いつの間にそんなに力が強く?」

 

 コゼがびっくりしている。

 

「俺も日々成長しているということさ。特に今回の旅が俺を成長させたのは間違いない」

 

 一郎は笑った。

 

「……この屋敷をとりまく幻影術。そして、屋敷全体を覆う強い魔道……。あなたが管理者ですね?」

 

 そのとき、ずっと黙っていたガドニエルが急に神妙な表情でシルキーに話しかけてきた。

 

「わたくしめは、皆様にお仕えする屋敷妖精です。どうか、召使いとしてお扱いください、お客様」

 

 シルキーがガドニエルに言った。

 

「いえいえ、魔道の源のナタル森林を治める女王として、強い魔道の遣い手には敬意を表さないとなりません、大魔道士様……。それと、お客様ではありません。これから、ずっとお世話になるガドです。よろしくお願いします」

 

「まあ、そうなのですか。歓迎いたします、ガド様。シルキーでございます」

 

 シルキーが頭をさげる。

 股間に葉っぱだけを貼り付けた恥ずかしい格好で……。

 

「お客様よ。こいつはすぐに国に帰るの」

 

 コゼが横から口を挟んだ。

 

「まあ、ご冗談を、コゼさん」

 

 ガドニエルがころころと笑う。

 

「冗談はあんたよ──。あんたの国はどうするのよ──」

 

 コゼが呆れた声をあげた。

 

「まあいい。浴場に行こう。ここにはいない者も待っているんだろう。さあ──」

 

 一郎は言った。

 

「かしこまりました、旦那様」

 

 シルキーの言葉とともに、移動術特有の身体が捻れるような感覚が襲ってきた。



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862 見た目は大人、頭脳は子供

 目の前に現れたのは、湯気がたちこめる浴場だ。

 

 だが、一郎の記憶にある場所に比べれば、広さが三倍くらいになっている。そして、大きな一漕だけだった湯槽が五漕に増えていた。

 以前からあった大きな浴槽は前のままであり、これはこれで二十人は楽に浸かれるほどの広さなのだが、その周りに中心の大浴槽の四分の一ほどの広さの浴槽が四個増設してあった。

 そして、中心の大浴槽が透明の澄んだ湯であるのに対し、周りの四つには、赤、緑、青、黄色の四色の湯になっている。湯船の形も、大円形や円形や長方形などさまざまだ。

 床や湯槽の縁などにも、色鮮やに小さな宝石のようなものも埋め込まれており、浴場全体が実に美しい。

 

 さらに、すごいのは、中心の湯を含めて、五漕の湯船の全てに、全裸の女性像を形取った等身大の大理石の彫刻が設置してあることだ。

 真ん中の大きな湯船には、中心に女性像があり、片手を前に出して立っている手の先から湯が迸って、それが湯槽に注いでいる。

 ほかの四人の像は湯槽の中心ではなく、湯槽のすぐ外にあるが、やはり、手の平から湯槽に向かって湯が注がれていることには変わりない。

 ただ、ポーズはそれぞれだ。

 比較的背の低い裸身像だけは立った姿勢だが、ほかの三体がしゃがんでいて、片膝を立てているのと、胡座をかいているもの、膝立てをして脚を開いているものとそれぞれである。

 脚を開いている裸身像が近かったので目をやると、割り開かれている股のあいだには、忠実に女性器が再現されて、まるで本物のようにも思えた。

 だが、この裸身像はどこかで見たことがある気がした。

 

「ほう、すごいなあ。シルキーが改装してくれたのか?」

 

 一郎は横のシルキーの目をやった。

 

「旦那様に喜んでもらいたいと思って、ずっと頑張りました。喜んでいただけましたでしょうか?」

 

「ああ、最高だ。ところで、この女性像は誰なんだろう?」

 

「中心の湯漕に手で湯を注いでいるのが、五人女神の正妻のメティス神です。ほかの四漕は、それぞれ人間族の女神のヘラティス、エルフ族の女神のアルティス、ドワフの女神のミネルバ、北の諸種族の共通神のテルメスの五人女神でございます」

 

 なるほど、五人女神か。どおりで既視感があると思った。多分、神殿で見たのだろう。

 

「なるほどすごいな。だけど、そういうことなら、あと二神を足して欲しい。獣人族の女神のモズと、魔族の女神のインドラだ。中央の大きな湯槽に追加すればいいだろう」

 

「かしこまりました。女神像はわたくしめの魔道で構成しているものですから、すぐに手配できるのですが、生憎と、モズ像とインドラ像の顔がわかりませんので、至急調べます。スクルド様やベルズ様に教えてもらって、明日にはなんとかいたします」

 

「そんなに急がなくてもいいよ。そのうちにな」

 

 一郎は笑った。

 

「いえ、問題ありません。できれば、ポーズなどにも意見が頂ければいいのですが。すでに設置している五体も含めてです」

 

「変えられるのか?」

 

「それは簡単です。先ほどもお伝えしましたが、あの彫刻像は実は幻影を覆わせているのです。実際にはただの柱にすぎません」

 

「それはすごいな。ガドの言葉じゃないが、すごい大魔道士様だ。いずれにしても、この浴場はすっごくいい。本当にありがとう、シルキー」

 

 一郎はウルズを抱えたままだったが、ちょっと屈んでシルキーの頬に口づけをした。

 

「喜んで頂いて嬉しいのです。旦那様、改めて、お帰りなさいませ」

 

 シルキーが笑った。

 屋敷妖精の笑顔など珍しいはずなのだが、シルキーは満面の笑みを浮かべて微笑んでいる。

 一郎も思わず、貰い笑みをした。

 

「ご主人様、お帰りなさい」

 

「ロウ様、お帰りなさいませ」

 

「ロウ様──。コゼさまも」

 

 アン、ノヴァ、そして、ランだ。

 浴場の床には、たくさんのベンチや寝椅子があり、さらにその横には、たくさんの料理、果物、菓子を満載した大皿を並べたテーブルがあって、さらに飲み物なども各種取り添えられていた。

 アンたち三人は、その一角を占めて食事を愉しんでいたみたいだが、一郎が姿を現すとこっちに寄ってきた。

 

 三人もまた、趣向に富んだ格好をしている。

 アンは、真っ赤な前掛け一枚、いわゆる“裸エプロン”だ。

 ただ、前掛け部分がとても小さく、股間はぎりぎり露出しているし、乳房の下は覆っているが乳首は隠れてない。

 そして、真っ赤な首輪をしていた。

 首輪からは鎖が出ていて、その鎖を握っているのがノヴァだ。

 ノヴァの格好は、裸身に吊りズボンである。

 ただ、吊りズボンといっても、足首から内腿までの丈しかなく、股間部分は完全に露出していた。

 また、乳首には吊りベルトの部分だけが乳首の上を通るようにかかっている。

 すごく扇情的だ。

 アンにしろ、ノヴァにしろ、比較的大人しいふたりにしては、とても攻めた服だと思った。

 

 一方で、ランは、薄地のラバースーツである。

 腕の部分にはなにも覆っていないが、首から足首までは、体形をはっきりと見せるその革布に完全に包まれている。ただ身体の前部分の中心はファスナーに似たもので開け閉めできるようになっていて、ランはそれを股間近くまで開けていた。

 だから、乳首と股間がぎりぎりまで見えかけている感じだ。

 この見えそうで見えないのも非常にいい。よく計算している。一郎の淫魔術の恩恵とはいえ、頭のよくなったランらしい趣向だと感じた。

 

 とにかく、一郎は、三人三様の姿にほくそ笑んだ。

 きっと一郎を喜ばせようと思って、一生懸命に考えてくれたのだろう。スクルズやベルズたちを含めて、まずはその女たちの気持ちがありがたい。

 もちろん、どの女の格好も淫靡でいやらしいのがなによりもいい。

 

「みんな、いやらしい格好だ。すぐに犯したくなる。ありがとう」

 

 一郎は三人を含めた女たちに視線をやりながら言った。

 そして、アンを見る。

 アンのお腹はちょっと膨らんでいる。

 こっちの人間族の女の妊娠期間も、一郎の前の世界と同等であり、四か月ほど留守にしていたので、妊娠周期で数えると妊娠五か月というところだろう。

 すっと手でお腹に触る。

 魔眼でステータスを読む。

 

「やっぱりか……」

 

 一郎はちょっと複雑な気持ちになり、小さく呟きながら嘆息した。

 

「シルキーさんの発案ですが、どうやったらご主人様が喜んでもらえるのだろうかと考えるのは、愉しかったですわ。それと、ご主人様、素敵な贈り物をありがとうございます……。子は順調だそうです……。ところで、なにかありますか?」

 

 アンだ。

 一郎がアンのお腹を触って、ちょっと表情を変えたことに気がついたのだろう。

 おっとりとしているような王女様だが、多分、三姉妹の中では実は抜群に勘がいいのだ。

 

「いや、実は……」

 

 一郎は口を開いた。

 そのときだった。

 ぐいと、ほっぺを抓られた。

 

「ぱっぱああ──。いつまでもはなししちゃやだあ──。まんまん──。まんまんするって、いったああ──。ウルズがいちばんって、言ったああ──。もう、まんまん──。まんまんだよお──」

 

 横抱きにしていたウルズが一郎の頬を引っ張ったのだ。

 

「ふふふ、ウルズちゃんは毎日、毎日、ロウ様のことを話していましたわ。どうぞ、一番最初にお相手をしてあげてください……。でも、ウルズちゃんはさっき食べたけど、ぱぱは、まだお食事も飲み物も口にされてないのよ。それまで我慢できるわね?」

 

 アンがにこにこと微笑みながら言った。

 

「むううっ」

 

 ウルズがほっぺを大きく膨らませた。

 一郎はくすりと笑った。

 

「いや、食事は後でいいよ。王宮でも簡易なものを摘まんだしね。みんなは、このまま先に飲み食いしていてくれ。そうだな。じゃあ、そのあいだ、新しい女たちと自己紹介でもやりながら……。ラン、仕切ってくれ」

 

 一郎はランに声をかけた。

 

「あ、あたしがですか?」

 

 ランはちょっとびっくりしている。

 淫魔師の恩恵のために、基本的な能力の全てが底上げてされているのに、一郎の女たちが女傑揃い過ぎて、どうしても、ランは遠慮がちであり控えめだ。

 どうせだから、こんなところからでも、度胸をつけてもらおう。

 

「ああ、なにをしてもいいから、打ち解けさせてくれ。頼むぞ、ラン」

 

 声をかけてから、一郎は寝椅子のひとつにウルズを置いた。

 一方で、女たちが一角に集まっていく。

 ガドニエルがまたもや「今日からずっとここで暮らす」と言って、コゼから突っ込まれているのが聞こえた。

 一郎は苦笑した。

 だが、そういえば、ミランダの姿が見えないことに気がついた。

 

「そうだ、ミランダはどうした、ベルズ?」

 

 声をかけた。

 すると、すでに女たちの集団に混ざっているベルズが顔だけこっちに向けた。

 

「もう少しで来ると思うぞ。ロウ殿が命じたことをひとりでやっている。慣れんことで苦労しているようだが、手伝ってやろうという言葉を、頑として拒んでなあ」

 

 ベルズがくすりと笑った。

 一郎が命じたこと?

 なんだっけ……?

 

「なんだ、その顔は? まさか、忘れていた? 可哀想なミランダは、必死になって、シルキーから準備してもらった道具で自分で浣腸を繰り返しているというのに」

 

「ああ、そういえば……」

 

 ベルズの言葉で、やっと一郎は、ミランダを屋敷に戻す直前に、百回絶頂の罰を与えるから、脱糞しないように事前に浣腸をして腸を空っぽにしておけと命令したんのだった。

 本気で忘れていた。

 

「本当に忘れていたのか。可哀想に」

 

 ベルズが呆れた表情になった。

 

「忘れていたけど、やることはやるから、無駄な苦労ではないさ」

 

「やれやれ、お手柔らかにしてやってくれ」

 

 ベルズは女たちの会話に戻った。

 

「ぱっぱああ──」

 

 すると、寝椅子に横になっていたウルズがちょっと怒ったように声をかけた。

 

「おっ、すまん、すまん」

 

 一郎は笑って、ウルズに視線を向けなおす。

 ウルズは身につけていた穴あきのドレスを脱ぎ捨てて、全裸になっていた。

 

「あれ、さっきの服は脱いだのか?」

 

「うん、ウルズは、はだかでぱぱとくっつきたいの。あっ、だけど、ぱぱは、あのふくのままがよかった?」

 

「いや、ウルズは裸んぼうもすごく綺麗で可愛いから、ウルズの好きな方でいいよ。いっぱいくっつこう」

 

「うん──」

 

 ウルズが嬉しそうに頷いた。

 

「お召し物を脱ぐのをお手伝いしますね、旦那様」

 

 シルキーが寄ってきた。

 

「いや、不要だ」

 

 一郎は収納術で一瞬にして全裸になる。

 そして、すぐに外に出して、腕の上に出した。

 

「洗濯を頼む」

 

「かしこまりました」

 

 一瞬にして、一郎から服を受け取ったシルキーが消える。

 一郎はウルズの寝ている寝椅子の上にあがって、膝と腕で支えつつ、ウルズの裸身の上に覆い被さった。

 

「また、口づけだ」

 

「わああい」

 

 ウルズが心の底から嬉しそう笑顔になった。

 その唇に口を重ねる。

 舌を差し込む。

 すぐに、ウルズが舌を絡めてくる。

 

 教えたことをちゃんとやっている……。

 一郎は嬉しくなった。

 ウルズの幼児返りについては、スクルドやベルズに色々と調べてもらい、クグルスにもウルズの中に入ってもらったり、あるいは、一郎自身もウルズのことは様々なことを試してはみた。

 結論としては、ウルズを元に戻す方法は存在しないということだ。

 やはり、あのとき、一郎が強引にウルズの魂を剥がしたことで、ウルズの魂は完全に表面が剥がれ、その剥がれた部分がすでに消滅したために、いかなる方法でも元のウルズには戻らないのである。

 だが、無垢である核の部分は残り、時間をかけて魂として成長はしている。

 従って、ウルズはもうこのまま、時間をかけて大人に向かって成長をしていくしかない。

 いまのウルズは、人間の二歳児から三歳児というところだろう。

 スクルドやベルズは、一郎がウルズに精を注げば注ぐほど、多少は成長が早いようだとは言っていたが、基本的にはウルズはもう一度時間をかけて育ち直すしかない。

 だったら、おもいきり淫乱な女性に育ててやるか。

 一郎にだけにしか反応をしないように、淫魔術や色々なもので刻んで……。

 

「んあっ、んああっ」

 

 一番、自分が気持ちよくなるように舌を絡ませろと言ったので、ウルズが声に甘い響きをさせ始めた。

 喋る言葉は舌足らずだが、喘ぎ声は普通の女だ。

 そして、なによりも、抜群に感度がいい。

 

「いい子だな……。次はおっぱいだ」

 

 一郎は舌を口から離して、首筋に滑らせ、肩から乳房の付け根辺りを這わせていく。

 淫魔術で垣間見ると、ウルズの身体に縦横無尽の赤いもやが走っているのがよくわかる。

 その赤いもやの線のひとつのど真ん中を辿るように舌を滑らせた。

 

「あいいいっ、ぱっぱああ、きもちいいいっ」

 

 ウルズが一郎の背中を強く抱きしめてきた。

 乳房の谷間に顔を押しつけられるようになってしまい、舌を這わせることが難しくなったので、一郎は指をウルズの亀裂に持っていく。

 視線を向けることなく、どこに性感帯の疼きが集まっているか知覚できるし、それをどのように刺激したら快感を与えられるかは考えることもなしにわかる。

 ウルズの股間はまるでおしっこでも漏らしたかのようにびしょびしょで熱かった。

 多分、これだけの欲情が一郎の不在感、ずっと続いていたのだろう。きっとつらかったに違いない。

 一郎は亀裂の中心に指を差し入れて、快感の場所をぐりぐりと強めに抉ってあげた。

 

「ふわああん、ぱぱああ」

 

 ウルズの身体が一郎を抱きしめたまま突っ張り、身体を大きく反りあげた。 

 

「ウルズ、これからいろいろなことを教えてあげよう。だから、ぱぱの大好きな女の子になるんだ。まず、ぱぱとのえっちは、縛られて犯されよう。ぱぱは、それが大好きだからね……。今日は枷で縛ってあげよう。そうしたら、ウルズが好きなぱぱのおちんちんを入れてあげるよ」

 

 ゆっくりと指を出し入れしながら言った。

 ウルズは指が出し入れするたびに、身体を派手に暴れさせる。

 

「ひゃあああ──、ひやあああ──。ぱぱああ──。ぱぱ、だいすきいい──。ウルズ、しばられるうう──。ぱぱのすきなことしたいい──。ウルズをしばってええ──。ひゃあああっ、きもちいいよおお──」

 

 ウルズが喘ぎながら言った。

 

「いい子だ。腕を頭の上にあげてごらん」

 

 一郎の言葉が終わると、ウルズはすぐに一郎の背中に回していた手を解いて、寝椅子の頭側に真っ直ぐに両手を伸ばした。

 亜空間から手枷を出すと、寝椅子の頭部分の金属環に鎖部分を通してから、ウルズの両手首に嵌めてしまう。

 これでウルズは両手を頭側から離せなくなった。

 さらに、一郎は身体を起こすと、ウルズの両腿を抱えて、股を開かせて左右の手摺りに膝をかけてしまった。

 すぐさま亜空間から革帯を出して、膝を手摺りに三巻きほどして固定する。

 

「これで、ウルズは、ぱぱの玩具だ。なにをされても抵抗できないお人形だぞ。お人形になったら、いつもよりも、ずっと気持ちがいいだろう? これを覚えるんだ。立派なマゾになるんだぞ、ウルズ」

 

 一郎はウルズの股間に怒張を当てて、ゆっくりと沈めていく。

 あまり性急にすると、全身が敏感なウルズはすぐに達してしまうので、時間をかけて挿入していく。

 それとともに、さっきは届かなかったウルズの乳首を舌で撫であげる。

 

「ひやああ、ひああああっ、ぱぱあああっ」

 

 ウルズが拘束されている手錠を激しく動かすとともに、手摺りにかけられている膝から下をばたばたとさせている。

 いつもなら、あっという間に達するのだが、今日の気分は、ウルズももう少し苛めてみたい気分だ。

 簡単に絶頂するのを許さずに、ぎりぎりで刺激をとめて、ちょっと“快感値”に余裕が生まれたところで、再び責めて、またとめる。

 これをした。

 だから、律動はまるでとまっているかのようなゆっくりとした動きだ。

 

「あああん、ぱぱああ、もっとしてええっ──。ウルズをわああとさせてええ」

 

 ウルズが泣き叫んだ。

 

「だめだよ、頑張るんだ。これがマゾの気持ちよさだぞ。ちゃんと覚えような。マゾは、自分が好きなときにいけないんだ。ぱぱが精を出したくなるまで我慢しないといけない。なにもできない人形だからね。マゾは、ぱぱに苛められれば苛められるほど、気持ちよくなるものなんだ。ウルズにはそうなって欲しい」

 

「あああん、わ、わかったああっ、ウ、ウルズは、り、りっぱな、まぞになるうう。ひやあああん」

 

 一郎の怒張が何度目かの最奥に突き刺さり、ウルズががくがくと身体を震わせて、絶頂に向かう仕草をする。

 だが、いかせない。

 もうちょっと焦らしてから、いかせよう……。

 一郎は、ウルズの絶頂感が逸れるまで動かずに静止し、しばらくしてから怒張を抜く動きを再開する。

 ウルズの気持ちのいい場所を亀頭の先で擦りながら……。

 

「あああ、あああっ、ぱぱっ、きもちいよおお──。でも、ウルズはまぞだから、がまんするうう──。もっともっといじめていい、ぱぱああっ」

 

「ウルズは本当にいい子だな。じゃあ、一度抜いて、ウルズのお股をぺろぺろするよ。マゾになるため、我慢するんだ。絶対に、わああっなって、いっちゃだめだぞ」

 

 一郎は怒張を抜き、ウルズのクリトリスを口に含んで舐めあげてやった。

 

「んひゃあああ、きもちいいいっ、ぱぱああっ」

 

 ウルズは必死にいきむように、快感を我慢しようとしたが、さすがにそれは無理だった。

 あっという間に絶頂に達して、がくがくと身体を痙攣させて極めようとした。

 一郎は舌を離して、淫魔術で強引に絶頂を寸止めしてしまう。

 そして、再び怒張を股間に挿入して、一転して激しく動かした。

 だが、ウルズの絶頂感はぎりぎりで堰き止め中だ。

 いくにいけないウルズの肉欲の快感が、ウルスの中で沸騰して、暴れ回って、荒れ狂っているのがわかる。

 一郎は五回ほど擦って、自分の射精態勢ができたところで、堰き止めを解放して、ウルズの中に思い切り射精した。

 

「ひゃあああっ、ぱぱあああ──」

 

 ウルズは拘束された身体を思い切り弓なりにして昇天した。一方で一郎の射精はまだ続いている。

 一郎は、射精しつつ、ウルズの両手首と膝の拘束を消滅させた。

 

「ほ、ほら、抱きつけ──。今日はいい子だった──。ウルズ──。ぱぱもウルズが大好きだ──」

 

 一郎はウルズの中に最後の一射を放ちながら言った。

 

「あああ、ウルズもぱぱがすきいい──。がんばって、いい子のまぞになるうう」

 

 ウルズが自由になった手で一郎を再び抱きしめながら叫んだ。

 そして、がくりと脱力する。

 すぐに、寝息が聞こえてきた。

 そのまま、眠ってしまったみたいだ。

 一郎は、ウルズの腕を静かに外しながら、ウルズの中から怒張を抜いて離れた。

 

「ご苦労様でした、旦那様……。ウルズちゃんは、このところずっと心が不安定でした。夜泣きも激しくて……。でも、今夜はしっかりとお休みになられるでしょう。わたくしめからも、お礼を申しあげます」

 

 いつの間にかシルキーが横にいて、一郎に話かけてきた。

 

「夜泣き?」

 

 幼児から成長をし直しているウルズは、人間の成長の過程をもう一度やり直している。

 だから、夜泣きのような段階もあったが、それは本当に最初の頃だ。

 いまは、夜泣きどころか、おしめも外して過ごせるようになっていたはずであり、だから、ちょっとびっくりしたのだ。

 

「はい、旦那様がおられないあいだは、どんどんと不安定になったようであります。向こうの屋敷には、ブラニーがいるのですが、べルズさまも、ブラニーも苦労していたようです。でも、もう大丈夫ですね。わたくしめにもわかります」

 

「そうか」

 

 ブラニーというのは、王都側のもうひとつの屋敷にいる屋敷妖精のことだ。

 二人以上の屋敷妖精が、ひとりに仕えることはないという原則が彼女たちにあるらしく、ブラニーは一郎のしもべではない。

 スクルドのしもべだ。

 ただ、スクルドには、一郎の性奴隷の刻みをしているので、実質、一郎が二邸の屋敷とふたりの屋敷妖精を管理しているようなものだ。

 王都とここは距離があるが、これについては、スクルドの魔道具で瞬時に移動術で往復できるようにしてあり、こっちと向こうは、ほとんど一体の屋敷状態である。

 基本的に、ウルズとベルズは、向こうで暮らしているが、シルキーもブラニーを通じて、ウルズの様子を確認していたみたいだ。

 だが、夜泣きの段階にまで退行が進んでいたとはびっくりした。

 同時に、安定したというのであれば、よかったと思った。

 

「さあ、皆さんのことも、愛してさしあげてください。皆さん、そろそろ、そわそわされていますわ」

 

 シルキーが言った。

 女たちの方を見ると、みんなで集まって、食事や飲み物を口にしながら談笑しているが、確かにこっちを気にしているように思う。

 

「大丈夫だ。夜はまだまだ長いし、亜空間に入って引き延ばすこともできる。でも、シルキーは亜空間に入るのは難しいからな。お礼として、先に抱かせてくれ。よくこの屋敷を守ってくれた。ありがとう」

 

 一郎はシルキーをその場に跪かせて、床にうつ伏せにさせる。高尻の姿勢だ。

 下半身が葉っぱ一枚のシルキーは、後ろから隠すものはなにもない。

 一郎は、すぐに後背位での責めを開始する。

 

「あっ、旦那様──。あんっ」

 

 一郎に仕える以前は、性交のようなことをしても、快感というものを感じることはなかったというシルキーだが、なぜか、一郎にだけはしっかりと女の反応をする。

 喘ぎ声も出すし、愛液もふんだんだ。

 シルキーも屋敷妖精の自分が人族のように快感を覚えるなど、幸せなことだと喜んでくれている。

 それに、屋敷妖精であろうとも、一郎の淫魔術ではしっかりとシルキーも身体の赤いもやが見えている。

 それこそ、最初はもやなどあるかないかであったが、しっかりと開発を継続して、いまはちゃんと濃い赤いもやだ。

 それを使って、シルキーの胸を揉み、怒張の先端で股間を刺激していく。

 

「あっ、あっ、ああっ、だ、旦那様──。感じます──。わたくしめは快感を得ております──」

 

「そうだな。しっかりと濡れてきた。じゃあ、入れるぞ。自分のタイミングで絶頂していい。それに合わせて射精をしよう」

 

 一郎はシルキーのお尻の下を伝って、シルキーの小さな膣に怒張をねじ込んでいく。

 最奥までしっかりと貫き、そして、律動を開始する。

 

「ああっ、旦那様──、あっ、ああっ、ありがとうございます──。ああっ、あああっ」

 

 シルキーはすぐによがり始めた。

 やがて、反応が大きくなり、しばらくすると大きくシルキーの身体が硬直した。

 

「い、いきますうっ──。旦那様──。いきますうう──」

 

 シルキーが切羽詰まった声で叫んだ。

 この屋敷妖精のシルキーが感情を露わにする物言いをするのは、この一郎との性交のときだけだ。

 一郎は、それが人間らしくて、嬉しくもある。

 

「おう、いけ──。こっちの準備はいいぞ。いけえっ」

 

 一郎は激しくシルキーを背後から責めたてながら言った。

 

「はいいっ、いきますううっ」

 

 シルキーが身体をがくがくと震わせて絶頂した。

 一郎はそれに合わせて、精を注ぐ。

 

 だが、なにかが起きたのがわかった。

 

 気がつくと、身体が揺れている。

 はっとした。

 てっきり、シルキーが絶頂して震えているせいかと思ったが、屋敷全体が揺れているのだ。

 なにが起きているかわからず、とりあえず、一郎はシルキーから男根を抜く。

 

「なに、なに、なに?」

 

「なんですか、これ──」

 

「これは……、みなさん、結界を張ります。スクルドさんも、お手伝いを──」

 

 最後の声はガドニエルだ。

 なにかが起きている。

 屋敷の揺れはさらに大きくなる。

 

「ねえ──。なに? これなにさ、ご主人様──」

 

 クグルスだ。

 目の前に出現した。

 

「ああああああっ」

 

 そのとき、うずくまったままのシルキーが真っ白く光りだした。

 

「うわっ、なんだ、こいつ──。この揺れの原因はこいつなの? しっかりしろ、屋敷妖精──。お前、この屋敷を壊すつもりか──?」

 

 クグルスが声をあげた。

 

 しかし、次の瞬間、シルキーが……。



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863 屋敷妖精の成長

「しっかりしろ、屋敷妖精──。お前、この屋敷を壊すつもりか──?」

 

 どこからかやって来たクグルスがシルキーに向かって叫んだ。

 一方で、シルキーの身体は光り続けている。

 

「ご主人様──」

 

「ロウ様──」

 

「ご主人様」

 

 女たちも集まってきた。

 破廉恥服で準備していた女たちはそのままだが、一郎と一緒にやって来た女たちは、一郎とウルズが愛し合っているあいだに服を脱いだのだろう。みんな一糸まとわぬ素っ裸だ。

 その女たちが集まってくる。

 

「ご主人様、離れてください──。とりあえず、シルキーの周りを保護結界で包みます」

 

 スクルドが両手をかざして、魔道を遣う体勢になったのがわかった。

 それはともかく、スクルドが乳首と股間に吊った鈴がちりんちりんと鳴るのが妙に、緊張感を削ぐ。

 一郎は思わず、くすりと笑ってしまった。

 

「いや、必要ない。シルキーは成長しているだけだ。落ち着け、みんな──」

 

 一郎は、とりあえず叫んだ。

 

「成長?」

 

 スクルドはきょとんとしている。

 しかし、魔眼でシルキーのステータスに触れている一郎には、それがわかる。

 

 

 

“シルキー

  一郎の屋敷に仕える屋敷妖精

 (淫魔師の恩恵による成長中)

 屋敷妖精、雌

 年齢**歳

 ジョブ

  屋敷妖精(レベル20)↑↑↑

  ……

 ……

 ……

 ……

 能力

  外…記……集↑

 状態

  淫魔師の恩…

 支配者

  ロウ”

 

 

 

 一郎の頭に中に映るステータス表記は、めまぐるしく揺れて読みにくいが、辛うじて、シルキーが一郎の精を改めて受けることで、急成長しているのだということは理解した。

 これまでそんなことはなかったが、これもまた、一郎自身が淫魔師としてレベルが限定解除したためかもしれない。

 そういえば、ひさしぶりに性交した女たちについても、ほぼ全員にステータスの向上が見られた。

 もっとも、目の前のシルキーほどには劇的な変化ではなかったが……。

 

「見て、大きくなっている」

 

 コゼが声をあげた。

 いまだに光り輝いているシルキーは確かに、だんだんと身体が大きくなっている。

 ついさっきまで、人間族の十歳くらいの童女くらいしかなかったのに、どんどんと背が伸びているように見える。

 そして、光が収まった。

 

「大変失礼しました、皆さま」

 

 シルキーが立ちあがった。

 相変わらずの上半身だけにメイド服を身につけた股間に葉っぱ一枚だけの破廉恥姿であるが、ずっと背が高くなり、十五歳から十七歳くらいを思わせる少女の身体つきに変わっている。外見も美しい。人形的な美しさだ。

 そして、気がついたが、揺れているように感じた屋敷についても。いまは収まっている。

 テーブルの上にあった皿やグラスについてもまったく異常はないみたいだ。

 

 

 

“シルキー

  ロウに仕える屋敷妖精長

 屋敷妖精、雌

 年齢**歳

 ジョブ

  屋敷妖精(レベル80)↑

 生命力:200↑

 経験人数:男2、女1

 淫乱レベル:A

 快感値:100

 能力

  外部記憶収集↑

 状態

  淫魔師の恩恵↑

 支配者

  ロウ”

 

 

 

 屋敷妖精“長”?

 外部記憶収集?

 

 わからない単語が増えている。

 レベルなど、一気に四倍だ。

 

「シルキー……よねえ?」

 

 コゼが訊ねる。

 

「はい、シルキーでございます。どうやら、成長したようですね。視線が高くなりました。旦那様の顔が近くに見えます」

 

 にっこりと笑った。

 ちょっと表情が豊かになったか?

 

「どういうことなのですか?」

 

 スクルドだ。

 しかし、シルキーはかすかに首を傾げる仕草をした。

 

「わたくしめにもわかりません。成長したようですとしか言えません。ただ……、ああっ」

 

 だが、話している途中で突然に、シルキーが大きな声をあげた。

 

「どうしたのですか、大魔道士様?」

 

 ガドニエルだ。

 

「女王陛下、どうか、シルキーと呼び捨てを。召使いとして扱われるのが、シルキーの喜びであり、誇りなのです。それよりも、旦那様、わたくしめは、どうやら出世したようでございます」

 

「出世?」

 

 一郎は訝しんだ。

 

「ぴったりの言葉が見つからないので、そう表現いたしました。わたくしめは旦那様によって成長させて頂いたことにより、ほかの屋敷妖精への統制権を得たようです。まずは、ブラニーを管理下に入れます……。ブラニー、こっちに来くるのです。屋敷妖精長のシルキーの命令です」

 

 シルキーが宙に呼びかけるように言った。

 次の瞬間、ついさっきまでのシルキーの姿に酷似しているブラニーが目の前に現れた。

 王都屋敷を管理しているもうひとりの屋敷妖精だ。

 

「命令により参りました……、ブラニーでございます……。あれっ、どうして、わたくしめはここに? あれ? ここはシルキーの屋敷ではないのでしょうか?」

 

 ブラニーは困惑している様子だ。

 なぜ、ここに来たのか、ブラニー自身でわからないみたいだ。

 

「屋敷妖精が管理している屋敷を離れるのか? そんなことがあるのか?」

 

 ベルズも驚いたように呟いている。

 一郎も、屋敷妖精というものは、主人と決めた人間族の住む屋敷から絶対に離れることはないと聞いていた。

 その代わりに、屋敷の管理に関する限り、絶対で無限の魔道力を駆使するのである。

 だからこそ、当代一の魔道遣いと称されるガドニエルが舌を巻くほどの魔道が遣えるのだ。

 ただし、それは屋敷の管理に限ることであり、さらに、屋敷妖精はひとつの屋敷に拘束される。

 それが一郎が認識している知識であり、だからこそ、ブラニーがここにいるはずがないのである。

 

「ブラニーは屋敷を離れておりません。旦那様は、この屋敷も、王都の屋敷も実際にはご自分の屋敷だと認識しておられます。そのご認識の限りにおいて、シルキーもブラニーも力を発揮するのです。ブラニーはこれより、わたくしめの統制に入ります。特に大きく変わることはありませんが、これからはふたりで、旦那様とそのご家族、お客様をふたつの屋敷でお世話するのです。わかりましたね、ブラニー?」

 

 シルキーは淡々と言った。

 最初、ブラニーは当惑した気配だったが、次第にそれがなくなり、シルキーの話が終わるときには、完全に納得した雰囲気になった。まあ、もともと、無表情の屋敷妖精なので、その違いはわかりにくいが……。

 

「わかりました」

 

 ブラニーが頷いた。

 

「よくわかりませんが、これからは、おふたりでお世話をしてくれるということなのですね。そうですか。頼もしいことです」

 

 アンが言った。

 

「そうだな。よろしく頼む、ふたりとも」

 

 一郎も言った。

 ほかの女たちも同じようにふたりに言葉をかけた。

 

「屋敷妖精の成長……。そんなことがあるのですね。ちっとも知りませんでした」

 

「そうだな。屋敷妖精は数か少なくて、謎の多い種族だからなあ。成長という概念があるとは知られてはおらんかったな。大人の姿の屋敷妖精というのも記録には存在してないと思うぞ」

 

 スクルドとベルズについては、感嘆したように屋敷妖精の生態について語り合っていた。

 

「では、早速ですが、ウルズ様がお眠りになられたのでお願いします。ブラニー。久しぶりに旦那様に会われて、かなり落ち着かれたと思うので、今夜は大丈夫かもしれませんが、おしめについては一応お願いします」

 

 シルキーがブラニーに声をかけた。

 

「かしこまりました、シルキー様」

 

 ブラニーがシルキーに頭をさげた。

 どちらかというと、ブラニーが屋敷妖精としては先輩格で、姉のような関係のはずなので、かなり違和感がある。

 

「わたくしめのことは、呼び捨てにしなさい。扱いもこれまで同様にするのです」

 

「仰せのままにします、シルキー……。では、ウルズ様を寝台にお連れします。皆さま、失礼します」

 

 ブラニーがもう一度頭をさげ、姿を消滅させる。

 見ると、寝椅子で寝息をかいていたウルズの姿はない。

 

「わおっ、すごいねえ。やっぱりぼくのご主人様だ。屋敷妖精を成長させるなんてね。だけど、お前、大人の姿になっても、ご主人様のしもべであることには変わりないからな」

 

 クグルスが大きくなったシルキーの前を飛びながら言った。

 

「もちろんです。旦那様であるロウ様とそのご家族様にお仕えするのは、シルキーの心からの喜びです」

 

「それと、身体が大きくなったんだ。性奴隷としても励んで、ご主人様をしっかりと愉しませろ」

 

「あっ、それはもちろん。旦那様に愛されるのは、とても気持ちがいいですから……。わたくしめにとってはご褒美です」

 

 シルキーがにっこりと微笑んだ。

 やっぱり、成長することで表情も少し豊かになったみたいだ。

 

「わかっているならいい。お前ら性奴隷たちは、偉大なる淫魔師のご主人様の雌畜だ──。覚えておけ。偉大なるご主人様は、偉大なるがゆえに、常に大量の淫気を補充しないと生きていけない。しっかりと淫気を提供しろ。簡単だ。ご主人様の前では常に準備万端で欲情しておけ。そして、お手付きになったら、ただ悶え狂え。それだけだ──。ほかの女たちにも言っているんだぞ。わかっているな──?」

 

 クグルスが声を張りあげた。

 

「もちろんです。全力で励みますわ」

 

 ガドニエルがすかさず口を挟む。

 

「もちろん、わたくしめも励みます。それに、成長して嬉しいのは、これからはもっと、旦那様にお仕えすることができることです。この屋敷に限らず、旦那様が“自分の家”と認識した家はわたくしめが全部管理することができるようになったみたいです。旦那様が心置きなく、ご家族やお客様と愛し合うことができるように、屋敷たちを管理していきます」

 

「えっ、それは、この屋敷でなくても、あなたがほかの家も管理することができるということですか? 離れていても?」

 

 一方で、スクルドが口を挟んだ。

 

「離れていてもです。旦那様が“家”と認識された場所であれば、問題ありません。しかし、離れた場所をどのように管理するかはまだわかりません。でも、そのときになったらわかるという確信はあります」

 

 シルキーがきっぱりと断言した。

 

「なに? じゃあ、ご主人様が自分の家だと言えば、どうやってかしらないけど、王都の王宮もあんたの管理におけるってこと?」

 

 コゼだ。

 シルキーはちょっと考えるような仕草をしてから、軽く首を捻った。

 

「旦那様は、そうはお考えにはなっておられないようです。言葉ではなく、旦那様がどのように思っているかということによるようです」

 

「なんとも、不思議な生態だな。さっき、屋敷妖精長とか口にしておったが、ブラニー以外の屋敷妖精も支配下に置けるのか? そもそも、どこの屋敷に屋敷妖精がいるかどうかとかわかるか?」

 

 今度はベルズが口を挟んできた。

 

「ブラニーは以前から知っておりますし、実質的に旦那様が管理しておられた王都屋敷の管理だったので、支配に入れることができました。申しわけありませんが、ほかの屋敷妖精がどこにいるのか……。そもそも、存在するのかどうかも、わたくしめにはわかりません。会うことがあれば、もしかしたら、統制に入れることができるかもしれません」

 

「そうか。まあ、そんなに都合よくはいかぬか」

 

 ベルズは頷いた。

 

「確かに、王宮を家と思ってはないしなあ……。それに、俺の家はここだ。ここがなによりも気に入っている。この浴場ひとつとっても、多分、どこの王宮にもない」

 

 一郎は言った。

 

「それはそうですね」

 

 アンがにこにことしながら言った。

 

「す、水晶宮には、これの倍の浴場を作らせます」

 

 すると、ガドニエルが強い決意をしたような物言いで言い切った。

 

「へえ、じゃあ、やっと国に帰る決心がついたのね?」

 

 コゼが混ぜっ返すような物言いで口を挟む。

 

「あっ、いまのは撤回です。わたしはここに住むので、水晶宮のことはできません。申しわけありません、ご主人様」

 

「俺はなにも言ってないだろう」

 

 一郎は笑った。

 そのとき、急にシルキーがはっとしたような表情になった。

 

「あっ、ちょっと待ってください。存在はわかりませんが、知識は入手できそうです」

 

 シルキーが言った。

 

「知識って?」

 

 ベルズだ。

 

「どこにいるのかわからない他の屋敷妖精の管理している蔵書や研究施設のもの。そういうものから、色々な知識を引っ張ってくることはできます。ああっ、できます──。先ほどの旦那様のご注文なされた、獣人族の女神のモズ像と魔族の女神のインドラ像も直ちに手配できます」

 

「ああ、それが“外部記憶収集”という能力か。さしずめ、インターネットのようなものか」

 

 一郎は合点がいって、思わず声に出した。

 

「淫と……寝ると……? ですか?」

 

 ランがぼそりと言った。

 

「インターネット……。いや、なんでもない。ただ、ここにはない知識に、シルキーが触れられるようになったということだ。しかし、みんな勘違いしないようにな。なにもないところからこの世の真理を引っ張ってくるわけじゃないぞ。あくまでも、誰かが書いたことや、記録していたことが、たまたま、ほかの屋敷妖精の管理している、どこかわからない屋敷にあったら、シルキーが知識だけを引っ張ってこれるということだけだ」

 

 一郎は全員に言った。

 

「随分と知っている感じだけど、あたしには、その外部記憶……なんとかというのは、さっぱりと意味がわからないんですが、ロウ殿には理解できるのかい?」

 

 マアだ。

 

「ある程度はね。いや、現象は説明できないぞ。概念が理解できるだけだ」

 

「へえ……。まあ、いずれにしても、屋敷妖精に会うだけでも果報ものなのに、その屋敷妖精の成長の瞬間に立ち合えるとはねえ……。長生きはするものさ」

 

「まだまだ若いだろう、マア」

 

 一郎はマアの裸身にすっと手を伸ばして、脇の下をつっと触った。

 実はそこはマアの性感帯のひとつなのだが、一郎の能力である“性感帯集中”の能力で、そこに身体中の全部の性感帯を集めたのだ。

 この状態で刺激を受けると、身体中を無数の手で刺激されるにも等しい。

 

「ひゃああん──。うわあっ」

 

 マアが一瞬にして身体を真っ赤にすると、自分の身体を抱くようにして伸びあがった。そして、その場に膝を崩して倒れ込む。

 

「マア様──」

 

 びっくりしたモートレットが慌てて、マアを支える。

 そのモートレットも全裸だ。

 鍛えられた美しい身体だと思った。

 ただし、一郎に見られて恥ずかしがる素振りはない。

 

「まだまだ若いじゃないか。ちょっと触られただけで、そんなに敏感だとはね」

 

 一郎は、ばれないようにマアの感覚を元に戻しつつ笑った。

 

「ただ、触っただけというのは本当ですかあ……?」

 

 コゼがにやにやしながら一郎に訊ねてきた。

 

「ロ、ロウ殿……。も、もう悪戯は……」

 

 一方でマアは、うずくまって荒い息をしながら、真っ赤になった顔を一郎に向ける。

 一郎は思わず笑った。

 また、そのとき、集団からちょっとだけ離れて、ナールがぶつぶつとなにか呟いていることに気がついた。

 

「屋敷妖精……エルフ族女王……女豪商のマア様……アン王女殿下……、救世主様に、第二神殿の筆頭巫女様……。なによりも、天道様……。別格にすごい……。すごい……。すごい……。あたしなんて場違い……。もしかして普通じゃないかと思っていたランさんも、なんか頭よさそうだった……。どうしよう……。どうしよう……」

 

 その呟きに集中してみると、ナールはそんなことを口にしていた。

 一郎は苦笑した。

 まあいい。そのうち慣れるだろう。

 

「旦那様、見てください」

 

 すると、シルキーが声をかけてきた。さっきまで隣にいたと思っていたのに、いつの間にか離れていたみたいだ。

 声の方向に視線をやる。

 シルキーは五漕のうちもっとも大きな真ん中の湯漕に移動していた。

 しかも、中心のメティス神を挟んだ両側に、すでにふたつの像が増えている。

 ちょっと視線を離しているあいだのことだ。

 本当にあっという間なのだなと思った。

 

 新たな像のうちのひとつは、四肢に毛のあるような紋様が存在しており、長い尾を立てて四つん這いになっている小柄な女の裸身像だ。

 これは獣人族の守り神のモズなのだろう。

 反対側は、頭の両側に屈曲した角のある逞しい身体をした大柄な女の立像だ。

 こっちは、魔族の守神のインドラか。地面に刺した大剣を持っている。

 また、最初からあった五体の像からは、かざした手から湯が出ているのに対して、新しいふたつについては、まだどこからも湯は出ていない。

 

「ほう、すごいなあ。一瞬で」

 

 一郎は感嘆した。

 

「だめだ、だめだ、だめだ──。お前、それじゃあ、ご主人様はお喜びにはなれない。もっと破廉恥なポーズにしろと言っただろう、屋敷妖精──」

 

 しかし、クグルスが一瞬にして、シルキーの前に飛んでいき、文句を言い始めた。

 

「破廉恥なポーズですか? ええ、昼間に魔妖精さんには忠告をいただきましたので、ですから裸身像にしたのですが……」

 

「裸だからどうした。ちっとも、これじゃあ、ご主人様が欲情されないぞ。ここがなんのための場所か考えろ。卑猥なポーズをとらせて、ご主人様をその気にさせるんだ」

 

 クグルスが怒鳴っている。

 

「へえ、じゃあ、どんなのがいいんだ。ちょっとシルキーと話してみてくれないか。シルキー、クグルスの言うとおりにしてみてくれ」

 

 ちょっと興味が沸いた。

 

「かしこまりました、旦那様……。では、魔妖精様、よろしくご教授ください」

 

「あいあいさあ──。任せるんだ──。ご主人様、すぐに、うんとえっちな像に変えてあげるからね」

 

 クグルスが嬉しそうに宙で踊るような仕草をした。

 

「任せる……。あっ、そういえば、クグルス、あいつはどうしたんだ? ラポルタだ」

 

 王宮内の後宮でラポルタを捕らえたあと、このクグルスに託して、この屋敷で監禁をするように命じたのだ。

 そういえば、どこに監禁したのか教えてもらってない。

 

「この下の地下だよ。連れてくる? ご主人様に言われたとおりにしてるよ。うんと熱くして、水は与えてない。あの変な金具もつけたままにしてるけど? ちょっと前に見たときには、まだちんぽは千切れてなかったよ。魔族って、なかなか丈夫なんだねえ」

 

 クグルスが応じた。

 

「えっ、この下? この屋敷にさらに地下なんてあるのか?」

 

 この屋敷は上が二階で、地下が一階という屋敷のはずだ。地下二階など知らない。

 

「いえ、わたくしめが作りました。お預かりしている囚人は、わたくしめがいまでも管理しております。連れてくる必要があれば、こっちにもって参りますが?」

 

 シルキーだ。

 

「いや、不要だ。そのままでいい……。それよりも、女神像の改良をクグルスと頼む……。じゃあ、そのあいだに、俺たちは改めて愉しもう。まずは留守番組からかな。そして、全員だ。とにかく、みんな集まれ」

 

 一郎は声をあげた。

 女たちが笑いながら集まってくる。 

 

 そのときだった。

 いきなり、浴場の入口が突然に激しい音をたてて開いた



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864 百回絶頂の懲罰開始

 ばんという大きな音とともに浴室の扉が開いた。

 現れたのは、大きな布一枚を裸身に巻いているミランダだ。

 なんだかわからないが、とても怒っている顔だ。

 

「あら、ミランダ、遅かったですね。でも、仮装はどうしたのですか? 趣向を凝らして、ご主人様を喜ばせる計画をミランダにもお教えしましたよねえ?」

 

 スクルドがミランダに声をかけた。

 

「そ、そんなもの──。どうせ、こいつに裸に剥かれるだけじゃないか。関係ないよ……。も、問題ない」

 

 ミランダがスクルドを睨みつけた。

 しかし、そのミランダが急に眼を大きく開いた。

 

「あれっ? この浴場はどうしたんだい? いつ、こんなに綺麗に?」

 

 ミランダが入口のところで、視線をきょろきょろと動かしだす。

 どうやら、ミランダも改装した浴場に入るのは初めてだったようだ。

 

「シルキーが俺の留守中に改装してくれたようだ。俺を喜ばそうと思ってね。それと、あそこにいるのがシルキーだ。なぜか、成長したんだ」

 

 一郎は声をかけた後、クグルスと話し込んでいるシルキーを示す。

 

「えっ、あれが、シルキー?」

 

 ミランダは目を丸くしている。

 

「さっき、屋敷が揺れたであろう。あれは、このシルキーが成長をしたためのものだったのだ。ロウ殿がシルキーに精を注いだら、いきなり、シルキーが変化をしてな」

 

 ベルズがミランダに説明した。

 

「揺れた? そうだったかい?」

 

 だが、ミランダは首を傾げている。

 もしかして、ここ以外は揺れなかったのか?

 あるいは、ほかのことに気をとられすぎて、屋敷が揺れていることすら、気がつかなかったとか?

 まあいいか……。

 一郎はミランダに向かって口を開いた。

 

「ところで、ミランダ。やっと浴場に来たということは、つまりは、準備ができたということでいいな? こっちに来いよ。じゃあ、百回挑戦の開始といこうか」

 

 一郎は笑った。

 しかし、ミランダの顔がみるみると強張(こわば)り、色も真っ白になる。

 表情も引きつったみたいになった。

 一郎は吹き出しかけた。

 どうやら、怒っていたように感じたのは、怖ろしく緊張していたせいのようだ。

 そのミランダがやってくる。

 同じ側の手と足を出しながら……。

 一郎はほくそ笑んだ。

 ほかの女たちも、いつの間にかしんとなって、ミランダに注目している。

 

「お、お手やらかに……。お、お願いします……」

 

 ミランダがそばまでやって来て言った。

 

「さあてねえ……」

 

 一郎はミランダが身体に巻いていた布をむんずと掴んだ。

 一気に引き剥がす。

 ミランダの裸身が現れる。

 

「あっ」

 

 咄嗟に、ミランダが咄嗟に身体を両手で隠す。

 しかし、一郎は、その手を軽くぱちんと叩いた。

 

「両手は後ろだよ、ミランダ……。そして、背中で組んで、俺に背中を向けるんだ」

 

 一郎はわざと冷たい物言いをした。

 だが、内心では、これ以上ないほどに愉しんでいる。

 とにかく、ここまで怯えているミランダも新鮮だ。

 

「く、くそう……。なんで、あたしが……」

 

 ミランダは文句のようなことを口にしたが、特に抵抗はせずに、一郎に言われたまま、大人しくこちらに背を向けて両腕を背中側で水平に重ねる。

 

「まあ、そんなに怯えるな、ミランダ。そんなに怖がると可愛らしく見えるぞ」

 

 一郎は軽口を言いながら、亜空間から縄を出すと、その縄をほぐしながら二重にし、縄頭をミランダの両手首に数周りずつ巻き付け、手首のあいだの縄を割ってそこにも巻き、まずはそこで固定する。

 さらに縄尻部分を二の腕に這わせ、正面に回して乳房の上側を縛って、背中側に戻す。

 ぐっと絞る。

 

「うっ」

 

 縄で胸を圧迫された感じになったミランダが小さく呻いた。

 だが、同時にステータスも見ている一郎には、ミランダが緊張感とともに快感を覚えつつあることを見抜いている。

 そろそろ長い付き合いになるミランダのことを、しっかりと一郎はわかっていた。

 一度縛られてしまえば、もうミランダには一切の抵抗が不可能になる。なにをされても逆らえないし、実際に大抵の恥辱をたっぷりと繰り返して味わわせてきた。

 しかし、そのミランダに、一郎はしっかりとマゾの快感を与え続けてきた。

 なにもできなくなって責められしかないマゾの快感だ……。

 

 だからこそ、ミランダは緊縛されることに逆らえない……。

 すでに、抵抗できない状態で責められる快感を身体で覚え込んでしまっているからだ。マゾの性感が染みついているのだ。

 そもそも、一郎がミランダの乳房の上に喰い込ませた場所は、ミランダの性感帯を正確に圧迫もしている。

 快感を覚えているのだ。

 一郎はミランダの股間がじゅんと濡れたことを見抜いて、さらに強めに縄を圧迫させて、反対側の二の腕に縄尻を戻した。

 

「うくっ」

 

 ミランダが息を吐く。

 その息にはかすかな甘い響きが混ざっている。

 

「縄に欲情してきたのか、ミランダ?」

 

「ば、馬鹿なことを……」

 

 ミランダの顔が真っ赤になった。

 一郎は微笑みつつ、縄を正面に戻しつつ、今度は乳房の下を通って再び背中に戻す。

 後手の縄尻に固定して、今度は両方の二の腕の下側……。背中と腕のあいだを通して背中の縄に……。

 それを割って両腕の固定をさらに強くし、一度縄を二本に割って前に回し、乳房の上下を割る縄に繋いでから、縦に通して首の周りに通す。もう一度二本にまとめて、首の後ろ側と後手の縄を固定する。

 

「とりあえず、腕は終わりだ」

 

 あとは玉留めして完成だ。

 あちこちでしっかりと固定しているので、いかにミランダが怪力でも、この縄は解けない。

 だから、しっかりと緊縛をしてやっているのである。

 ミランダに抵抗できないという絶望感を愉しんでもらうためだ。

 

「あ、あのう、珍しい拘束の仕方ですね……」

 

 女たちはじっと一郎とミランダを息をのんで見守っているかたちだったが、意外にもモートレットが口を挟んできた。

 多分、純粋に縄掛けのやり方に興味があったのだろう。

 

「後ろ高手小手縛りというものだ。興味があるか、モートレット?」

 

「多少は」

 

「そうか。じゃあ、味わってみるといい。そのうちな」

 

「よろしくお願いします」

 

 モートレットが静かに言った。

 

「お、お前たち、じっと見てるんじゃないよ。向こうに行っておくれ」

 

 ミランダが女たちの視線に気がつき、顔を真っ赤にして声をあげた。

 

「あ、あのう……。ミランダ様は、これからなにをされるのでしょうか?」

 

 さらに口を開いたのは、これもまた意外なノヴァだ。

 

「ただの懲罰セックスさ」

 

 一郎は別の縄を亜空間から出してほぐしつつ、ノヴァたちに白い歯を見せた。

 

「懲罰セックス?」

 

 マアだ。

 

「騒動を起こした原因を作った四人組とやらには、ひとりひとり懲罰を与えている。スクルドも、アネルザも、こっぴどくお仕置きをした。サキは後からするけど、ミランダはこれからだ。ミランダには、百回連続絶頂を申し渡している。だから、ちょっと亜空間に行ってくる」

 

 一郎は言った。

 

「えっ、百回?」

 

 ナールが仰天したような声を出したのが聞こえた。

 

「百回とは?」

 

 一方で、モートレットは意味が理解できないのか、首を傾げている。

 いずれにしても、ふたりの反応の違いが面白い。

 ほかの女たちは、大なり小なり、一郎の激しい責めの洗礼は受けているので、これからミランダが味わうことの予想はついているし、理解もできている。

 

「心配しなくても、戻るのは一瞬後だ。ただし、俺とミランダは二ノスほどを過ごすけどね。その後、みんなの相手をさせてくれ……。ところで、ミランダは、その場にしゃがんで脚を胡座に組め」

 

 一郎は言った。

 二ノス……。元の世界の時間感覚では、百分間ちょっとだ。つまりは、一分間に一回のペースで連続絶頂……。

 さて、どうなることか……。

 一郎の女たちの中で、この百回絶頂の試練に成功した者は皆無である。

 

「あっ、わたしたちのお相手のことなどはいいんですけど……。ミランダは大丈夫なのですか。二ノスで百回というのは……」

 

 アンが声をかけてきた。

 

「大丈夫ではないだろうねえ」

 

 一郎は笑った。

 

「えっ、ま、待っておくれ。二ノスで百回って……。だったら、一回につき……」

 

 ミランダが慌てたように言った。

 やっと計算に頭が回ったみたいだ。

 

「いいから、ミランダ、脚を胡座に組めと言っただろう?」

 

 一郎はミランダのお尻をぱちんと一度叩いた。

 

「ぐっ、わ、わかったよ。わかったから……」

 

 ミランダは腰を浴場の床におろして、脚を胡座に組む。

 今度は、その脚にも縄をかけていく。

 両腕と同じように、まずは胡座に組ませた両足首を縄で緊縛し、さらに縄尻を腿に伸ばして巻きつけ、次いで腿と膝を固定する。

 これでミランダは脚を閉じることもほとんどできない。

 同じように反対側も緊縛していく。

 そして、また、足首の縄に戻って縛り、最後に玉留めをする。

 

「ここまでが、胡座(あぐら)縛りだ……。そして、ここからが海老縛りになる」

 

 一郎は興味深そうなモートレットに聞こえるように言った。

 まだ縄にはかなりの余りがあり、足首に固定したあとで、ミランダの上半身を背中から足を乗せて、ぐいと曲げさせた。

 

「あっ、いやっ」

 

 ミランダが悲鳴のような声をあげた。

 だが、すぐに自分がまるで少女のような声をあげたことに気がつき、羞恥したのがわかる。

 一郎は、構わずに、足首から伸ばした縄を首の後ろに通して、足首に戻して繋げる。

 これでミランダは、胡座状態で上体を前に屈んだまま戻せない。

 縄尻を足首と首を繋いでいる縦縄に巻いて、さらに縄を強化した。

 

「くふっ。うう……」

 

 さすがに、ミランダがちょっと苦しそうに息を吐く。

 

「さて、海老縛りの醍醐味は、ここから先にある。別名、“なにをどうされても仕方のない、どうにでもして縛り”という」

 

 一郎は、うそぶきながらミランダの肩を押して前倒しにした。

 

「あっ、な、なにするんだよ──?」

 

 さすがにミランダが、一番の狼狽の声をあげる。

 だが、ミランダの顔が床に密着し、胡座で縛られた格好で浮きあがった腰があがった状態で固定されてしまって、どうにもできない。

 股間もアナルも、これみよがしに一郎の前に晒される。

 

「あっ、ちょ、ちょっと……」

 

 ミランダはいきなりの羞恥の格好に身体を起こそうとするが、海老縛りの状態の者が自力で身体を起こすのは不可能だ。

 かえって、腰がもじもじと揺れるだけで、むしろいやらしい。

 

「じゃあ、始まりだ。だが、折角、浣腸で柔らかくなったアナルだ。最初はアナルで十回ほど絶頂しようか、ミランダ」

 

 一郎は、揶揄(からか)い半分で、無防備なミランダの尻の穴に指を挿入してやった。

 指には淫魔術で潤滑油をまぶしているが、何度も自分で浣腸をしたらしいミランダのアナルはすっかりとほぐれていた。

 なんの抵抗もなしに、ミランダの尻穴は一郎の指を迎え入れていく。

 

「あっ、ああっ、や、やめ……。し、しかも、な、なに言ってんだい──。お、お尻で十回って……。ば、ばかな……、あっ、あっ」

 

 ミランダは抵抗しようとするが、すでになにもできない状況だ。

 潤滑油をまぶした一郎の指にアナルの快感の場所を蹂躙されて、早くも汗をどっと流しながら喘ぎ声を出し始める。

 

 一方で、女たちが「お尻?」、「十回」とか口にしてざわめいている。

 モートレットは、「お尻とはなんですか」と素で横にいたマアに質問をしたりしていた。

 一郎は執拗に愛撫を続ける。

 

「あっ、ああっ、ま、待って……。ちょ、ちょっと……」

 

 ミランダの声にさらに完全に甘い響きが混ざる。呼吸も荒くなる。

 そもそも、一郎はしっかりとアナルの中の赤いもやを的確に責めていた。

 一郎の手管から快感を逃れることもまた、不可能だ。

 

「だったら抵抗してみるんだな、ミランダ。説明しそこねたけど、淫具も各種準備しているぞ。愉しみにしてくれ。まずは、これはどうだ? 触手バイブというんだけど、みんないやがってな。これを前に受けながら、俺の一物を尻穴で受けてくれ」

 

 一郎は亜空間の中で作成した新しい淫具を取り出して、ミランダに見えるように顔の前の床に置いた。

 媚薬性の粘性物を噴き出しながらうごめいている百本の短い触手がバイブの表面にある特殊張形である。

 一郎の頭の中で想像したものを亜空間から取り出すように現実化したものであり、いつの間にか淫具に限り、こういうことができるようになった。

 ガドニエルに言わせれば、想像だけでものを現実化させるのは、あり得ない特殊能力だと驚いていたが、レベルが天井あがりの青天井になった一郎には、想像力だけで淫具作りもできるようになったのだ。

 ステータスには、“創始(淫)の力”とあったが、実に便利な能力である。

 

「ひいいっ、そ、それはなんだい──。し、しまって。しまってよ、そんなもの──」

 

 ミランダが仰天した声を出す。

 

「まあ、遠慮するな。本格的には亜空間に行ってからだ。人生で一番長いかもしれない二ノスを開始するぞ」

 

 一郎は手を伸ばして、触手張形を手に取ると、その先端をミランダの股間に密着させた。一方で、アナル側については指を抜き、怒張の先を菊門にあてがう。

 

「あっ、あっ、ま、待って……」

 

「待たないね」

 

 一郎はゆっくりと怒張をアナルに埋めていった。指同様に、男根にも潤滑油をねっとりとまとわせている

 また、すでに前側では先端を当てているだけなのに、その先端側の触手がミランダの快感の場所を探して、触手の首を伸ばして一斉に暴れだしている。あっという間に、二十本以上は膣の中に潜り込んでいった。クリトリスや尿道にも向かっている。太さも長さも一本一本変化できるのだ。

 しかし、与えられる快感は、まだ本来の四分の一以下にしかすぎない。

 

「ああっ、だめええっ、ああああっ」

 

 ミランダが悲鳴をあげた。

 だが、一郎はアナルの中に挿入していく怒張がミランダの尻の筋肉に強く絞られるのを気持ちよく感じながらも、ぐいと触手張形を前側から押し込んでやった。

 ミランダの薄い肉の隔壁越しに、触手張形の複雑な動きが一郎の男根に伝わってきて、お互いに圧迫し始める。

 

「ひいいいいっ」

 

 ミランダが海老縛りの身体を弓なりにした。

 前からの触手バイブは、触手の一本一本がミランダの膣の中の性感帯の全部を最適の刺激で愛撫することになっている。

 この淫具から快感を逃れることはできない。

 なにしろ、全部で百箇所の性感帯の同時刺激だ。

 しかも、どんな小さな快感も見逃さずに、それが一番気持ちのいいやり方で刺激されるのである。

 ただ、いき狂うことしかできないだろう。

 

 さらに、一郎の肉棒の責め──。

 こっちも最大の快感を与えるように、ミランダのアナルを責めている。

 

「あぎいいっ、やめでえええ、おかしくなる。これはだめええ──。あっああああ、せめて前をとめて──。ああ、願いだよおお──。おおおおおっ、おほおおおっ──。おっほおおお──」

 

 ミランダがさっそく奇声をあげて絶頂した。

 

「まずは一回目だな」

 

 一郎は冷静な口調でアナルを犯しながら、張形全体の蠕動運動を開始させた。

 さらに刺激が倍……。

 いや、三倍かな……。

 

「ひがああああ──」

 

 あっという間にミランダが二回目の絶頂をした。

 

「ちょっとは耐えないと、後がつらいぞ、ミランダ」

 

「だって、だって、だって……。いやあああっ、いやあああ──」

 

 一郎は、女たちが唖然とした顔でこっちを見ているのを確認しながら、二回目の絶頂が終わらないのに、早くも三回目の快感を極めようとしているミランダとともに亜空間に移動した。



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865 とんでもない場所―新参性奴視点

 とんでもないことになったと思った。

 自分がここにいることが場違いにも程がある。

 少なくともナールは普通の人間だ。

 こんな、神々の性宴のようなものに参加するような立場ではないのだ。

 

 とにかく、目の前で起き続けていることが信じられない。

 たったいま起きた一連のこともそうだ。

 

 この浴場の豪華さそのものが、まさに神の御業という感じであるが、そこに飛び込んできたのは、あの冒険者ギルドのドワフ族のミランダだ。

 外観こそ、ドワフ族の特徴として人間族の童女のような小柄な可愛らしさを示すが、ひと癖もふた癖もある冒険者の荒くれどもを束ねて統帥する、王都では知らぬ者のない女傑である。元は、(シーラ)級レベルの冒険者であり、伝説級のクエストを数々成功させたとんでもない実力の女性なのだ。

 強くて、頼もしくて、実質的なギルド長として面倒看もいい。

 さらに、顔は可愛いのだ。

 ひそかに、王都の男たちの中で人気があるのをナールは知っている。

 

 そのミランダがなんだか怒った様子でやって来て、軍人のナールでさえ、ちょっとぞっとした気持ちになったのに、天道様は愉しそうな笑みさえ浮かべてミランダをあしらい、いきなり縄を出して、ミランダを縛り始めたのである。

 ミランダはミランダで、天道様の前に出ると怒りが突然に消失したように大人しくなり、諾々と天道様の縄を受けだした。

 とにかく、その光景に、ナールは圧倒されてしまった。

 

 縄掛けの途中も、ミランダは抵抗の素振りを示すときもあったが、天道様がミランダのお尻をぱんと叩くと、途端に大人しくなったりもした。

 ナールは、ただただ唖然とし続けた。

 

 そして、ちょっと前に、天道様とミランダは突然に目の前から消えた。

 移動術なのかと思うのだが、移動術というのは、魔道遣いの中でもとんでもなく高位の魔道遣いでしかできない技であり、天道様が移動術の使い手とは知らなかった。

 もちろん、スクルド様もおられるし、おそらく、エルフ女王のガドニエル陛下は、移動術は遣えるのだろう。

 だが、このお二人が魔道を遣った感じはなかった。そもそも、おふたりとも残っている。移動術というのは、確か、術者も移動するというのが原則のはずだ。

 

 それに、天道様は、二ノスという時間をどこかで過ごして、すぐに戻るということを口にされた。

 意味がわからなかった。もしも、天道様が口にされたことを言葉通りとするのであれば、それはまさに神の行いなのだが、ナール以外に不審さを感じた雰囲気の女性はいない。

 自分の聞き間違いか、なにかの勘違い、それとも、仲間内だけの符合のようなものかとも考えた。

 

 それに、天道様そのとき口にされた言葉……。

 

 ミランダを百回絶頂させると……。

 

 耳を疑った。

 そもそも、百回などあり得ないが、どの女もざわめきはしたが、不審がる様子はない。天道様が百回というのであれば、百回なのだと、言葉そのものは疑ってはいない感じで、しきりに、その試練を与えられることになったミランダに同情するだけだ。

 本当に、天道様がミランダを相手に、百回の絶頂をお与えになるというのを信じている気配だった。

 

 だが、百回……。

 

 百回の絶頂などあり得ない。多分、ナールがその試練を与えられたら、途中で死ぬ。

 絶対だ。

 それを全員が平然としている?

 おかしいだろう──。

 そのナールの感覚の方がおかしいのか?

 

 しかし、それが嘘ではないことを示すように、姿を消す直前に、まばたきするほどの時間で、天道様はミランダを三回絶頂させられた。

 それも、お尻を犯しながら……。

 

 気がつくと、ナールは自分の股間にどろりとしたものが溢れていることに気がついた。

 そっと見ると、ほかの女性もだが……。

 

 いずれにしても、集まっている女が凄まじい顔ぶれだ。

 エルフ女王ガドニエル陛下……。この美貌は、あの魔道で公開された映像の姿と一緒なので、彼女が女王陛下なのは間違いない。

 その女王陛下に気さくに話しかけ、笑い合う女性たち……。

 それだけで、ナールはここに自分がいてはいけない気持ちになる。

 

 また、いまも、浴場の彫刻のことで話し込んでいる屋敷妖精と魔妖精……。

 そもそも、ふたつとも存在が貴重のはずなのに、そのふたりが世間話のように会話している。

 もう、考えたくない。

 ナールの常識がおかしくなりそうだ。

 

 さらに、アン王女……。妊娠をされているという噂だったが、それは本当だった。あまり表に姿を現さない王女殿下だったが、目の前に見たアン王女は、とてもお美しく、光り輝くようなオーラがあった。

 しかも、とても温和で温かい気持ちにさせてくれる方だ。

 ナールのような者に何度も話しかけてくれ、自分も客人だけど、遠慮しないでいい、好きにしていいと繰り返し、さっきから語りかけてくれもする。

 本当に優しい……。

 

 ほかにも、有名な第二神殿のベルズ様……。

 彼女も有名人だ。

 かつては、スクルズ、ベルズ、ウルズ様の三人美女の王都の三神殿の筆頭巫女で名を馳せ、ベルズ様は今では、神殿の巫女としての活動のみならず、魔道技術の開発や魔道研究のサロンを定期的に開いたりして、その正面では王都の第一人者である。彼女の魔道サロンに入会したくて、なんとか認められようと奮闘している若い研究家たちの話はよく耳にする。

 ベルズ様に声をかけられるだけで、有頂天になる若者は多い。

 こんな人たちと裸で過ごすなど……。

 

 そして、女豪商のマア様もいる……。

 マア様にしても、本当に本当に、ここにいるのは、あの女豪商のマア様なのだろうか。

 もともとはタリオの方であり、ハロンドールの王都にやって来てから、それほどの月日があるわけじゃないが、すでに有名な交易商だ。

 集めている富は、ハロンドール王国内のどんな王侯貴族を凌ぐとも言われていた。

 とんでもない人なのだ。

 

 だが、六十歳を超えた老女だと耳にしていた。

 しかし、みんながマアと呼ぶ方は、とても若い方で美しく瑞々しい肌をしていた。

 まだ二十歳のナールが気後れするほどにだ。

 我慢できなくて、最初に集まって談笑しながら食事ということになったときに、思わず、年齢を訊ねてしまった。

 マア様は、六十二だと笑って答えた。

 だけど、天道様の起こした奇跡で若返ったのだという。

 耳を疑ったが、どうやら本当らしかった。

 だが、それをマア様が話したとき、ナール以外の誰も驚かないし、感動もしない。ただただ、当たり前のことを聞いたかのように平然としている。

 しかし、人が若返るなど、魔道でもあり得ないはずだ。

 確かに変身魔道というものはあるが、それと本当に若返るのとは別のことだ。

 不思議がるのは、ナールが異常なのか?

 

 とにかく、集まっている女という女の誰もが美しい。

 こんなところに混ざりたくない。 

 肌質さえ、六十歳を超えたマアにかなわないのだ。

 ほかの女たちは、それ以上である。

 そこに自分も全裸になって参加する?

 なんの拷問なのかと思った。

 

 もっとも、天道様のお手つきになってから、まだ半日ほどだが、ナールの目に見える自分の肌は、ナールが知っている自分の肌よりもずっときれいになっていて、それだけはちょっと救われた。

 だが、ここにナールがいるのは場違いという気持ちには変わりない。

 

 そして、ランという女性……。

 この人のことは知らなかったので、やっとナールの気持ちに共感をしてくれそうな人を見つけた感じで嬉しかった。

 ランという女性も、自分は普通の庶民女性だと自己紹介した。

 ナールはほっとしたのだ。

 しかし、それは束の間だった。

 少し話しただけで、とても頭のいい女性だとすぐにわかった。ただ遠慮深いだけだ。

 それに、綺麗で可愛いし……。

 やはり、ここはナールがいていい場所じゃない。

 

 なによりも、スクルズ様……。

 救世主様だ。

 スクルド様と名乗っておられるようだが、間違いなくスクルズ様だった。

 死んだと聞いていたスクルズ様……。

 

 あの毒杯による処刑の映像は、何度も見た。

 兇王ルードルフに責められ、めかけになるか、毒杯を呷るかと迫られ、躊躇なく毒を飲んで死なれたスクルズ様……。

 死したそのスクルズ様を辱めるために、王都広場に死骸を裸体にして晒させたルードルフ王の悪業……。

 幾度も、あのときのスクルズ様の無念、口惜しさ、悲痛そうな映録球内の表情に涙した。

 そのスクルズ様が、こんなにも幸せそうに笑って……。

 ナールは、その姿を見るだけで嬉し涙がこぼれて仕方なかった。

 

 コゼは、あのスクルズ様の死そのものが茶番であり、もともと誰も死んでいないと幾度か言ったが、そんなことはどうでもいいのだ。

 スクルズ様がここに存在するということがありがたいのである。

 ありがたくて、ありがたくて、嬉しい……。

 その御姿を見れたのはよかった。

 だけど、もう帰りたい……。

 

 コゼは食事のときにも、股に鈴をぶら下げている女のどこがありがたいのかと、諫言のような言葉を告げたが、ありがたいではないか……。

 あの鈴の音を聞くと、和やかな気持ちにさえなりそうだ。

 

 スクルズ様が腰を振る……。

 ちりんちりん……。

 乳房を動かす……。

 ちりんちりん……。

 なんて素晴らしい……。

 

 コゼにその気持ちを話すと、心底小馬鹿にしたような顔をしたが、いいではないか……。

 ちりんちりん……。

 自分もひそかに、あの鈴を買ってやってみようかな……。

 ちりんちりん……。

 それにしても、どうやって股にぶら下げているのだろう……?

 

「戻ったぞ」

 

 天道様の声がした。

 消失する前に縄でがんじがらめに縛られていたミランダと、これもまた神がかった性技の御業で彼女を責めていた天道様が戻ってきたのだ。

 ほかの女たちに誘われるまま、食事の席に戻って、ちょっとばかり談笑しただけのほんの少しの時間でしかなかった。

 

 戻ってきたミランダは、赤子のように泣きじゃくっていた。

 すでに縄は解かれていて、胡坐になって苦笑のような表情の天道様に、正面から両手両脚で抱きついて号泣をしている。

 ミランダの全身は火照りきって真っ赤であり、ものすごい量の汗をかいていた。汗だけじゃなく、股間から足首にかけての愛液と、涙と鼻水と涎もすさまじい……。

 とにかく、体液という体液を頭からざぶざぶと被ったという感じだ。

 それを天道様になすりつけるように抱きしめ、天道様も笑ってそれを受けとめている。

 ほかの女たちが集まっていくので、自分もついていく。

 

「わあ、大変。本当に百回いったんですか?」

 

 コゼが天道様に訊ねた。

 

「いや、六十回でやめた。それでこんな風になってしまってな。これでもちょっと落ち着いたんだぞ。六十回でやめたときはもっとすごかった」

 

 天道様は笑った。

 しかし、あのミランダがこんな風にもなってしまう修練……。

 ナールはぞっとしてしまった。

 

「ほら、みんな見てるぞ。いい加減に泣き止め。中止してやっただろう、ミランダ」

 

 ミランダを抱きしめている天道様が優しく彼女の頭を撫でている。

 

「だって、だって、だって。ひどい、ひどい、ひどいじゃないかい──。ひどいよ──、ひどい──。あああっ、ああああん──」

 

 ミランダは毀れたかのようだった。

 まるで童女のように、天道様に悪態をつき、抱きついている手で背中をこずいたりしている。

 とにかく、こんなミランダの姿など、ちょっと想像もできなかった。

 

「ほら、ミランダ、洗浄魔道をかけてやろう。こっちに来て休め……。ロウ殿、もういいのだろう。折檻とやらは?」

 

「まあな」

 

「そら、ミランダ」

 

 ベルズがミランダを抱きかかえるように引っ張った。

 

「さあ、ミランダ……」

 

 スクルド様も一緒にミランダを抱いて寝椅子に連れて行こうとする。

 

「だって、こいつひどいんだ……。えぐっ、えぐっ、えぐっ……、ひどいんだよ……」

 

 ミランダがふたりに抱えられて天道様から離されながら、泣きじゃくり続ける。

 天道様のミランダへの行いは、ものすごく厳しいものだったみたいであり、凄まじいことだったらしいことがわかる。

 だが、まだ未熟なナールにはわからないだけで、きっと意味のあることだったのだろう。

 百回絶頂……。

 だけど、無理……。

 いつか、この試練に挑戦してみたいとも思わない。

 

「さて、じゃあ、みんなの相手をする前に、アンとノヴァ……。ちょっとだけいいか?」

 

 ミランダが天道様から離れると、天道様がアン王女たちを呼んだ。

 ノヴァというのは、アン王女と一緒にいる女性だ。

 どういう関係なのかわからない。

 はっきりと言って、恋人同士にしか見えないし、天道様を喜ばせるためだという装束では、アン王女の首につけた首輪の鎖をノヴァが持っている。

 食事のときに接した雰囲気では、ノヴァがあれこれとアンに指図している感じであり、ふたりの主導権はノヴァにあるみたいだ。

 それでいて、あまりノヴァは喋ったりもしない。

 ノヴァが見ているのは、アンだけだ。そして、ときどき、天道様……。そんな感じだ。

 とにかく、そのふたりが天道様に呼ばれた。

 次の瞬間、三人の姿が消えた。

 

 しかし、すぐに現れた。

 

「えっ?」

 

 ナールは思わず声をあげてしまった。

 なにしろ、姿を現した天道様は、床に頭をつけてお尻を高く上げたノヴァを後ろから犯していて、アン王女はそんなノヴァを顔側から支えているという状態なのだ。

 アン王女が辛うじて乳房の半分と下腹部をぎりぎり隠すだけの短い前掛け姿であるのと、ノヴァが腿から下だけの吊りズボン姿であることには変わりないのだが、ふたりが身にまとっている布の部分には、三人の体液と思われるものがあちこちに飛び散ってついている。

 雰囲気からして、かなり長く三人で愛し合い続けているという感じだ。

 拘束はない。

 三人で固まって性愛をしている。

 だが、三人が消えたのは、一瞬前なのだ。

 

「い、いくうっ、いきます、ロウ様──。ま、またいきます。いきます、お許しを──」

 

 後背位で犯されているノヴァがいきむような声を出した。

 

「あ、ああっ、は、激しい──。ノヴァ、激しいです……。あああっ、あああっ」

 

 だが、びっくりしたのは、ただ前からノヴァの顔側を抱えているだけのアン王女が、まるで一緒に天道様に犯されているような仕草であることだ。

 ノヴァが天道様から与えられている快感を、一緒にいるアン王女も受けているという様子である。

 

「ふふふ、びっくりしている? あれは快感の共鳴なのよ」

 

 すると、たまたま横にいたコゼがナールにささやいてきた。

 

「共鳴……ですか?」

 

 意味がわからない。

 

「ご主人様はあのふたりを犯すときには、必ず、あの快感の共鳴をして犯すの。ノヴァを犯すときには、同じ快感をアン様にも与えるようにし、アン様を犯すときには、ノヴァも気持ちよくさせる……。ご主人様は絶対に、あのふたりを離さない。お優しいのよ……」

 

 コゼが三人を見守りながら言った。

 ナールは、そう語るコゼこそ、とても優しい目をしていると思った。

 

「快感の共鳴ですか? そのようなことが?」

 

 すると、ガドニエル女王が不思議そうにコゼに声をかけてきた。

 

「できるわ。あたしだって、エリカやシャングリアの快感を繋げられて、何回、あいつらの快感を強制されたか……。あれはあれで、つらいのよ。他人の快感を無理矢理に与えられるんだからねえ……。あのふたり、感じやすくて、快感のあがりかたが強烈だし……。まあ、アン様とノヴァに限っては幸せそうだけどねえ」

 

 コゼだ。

 そのあいだも、天道様がノヴァを犯す場面が続き、やがて、ノヴァは身体を大きく震わせて背中を弓なりにして絶頂した。

 

「あああああっ、アン──。ロウ様ああ」

 

「ノヴァああああ」

 

 ノヴァだけでなく、明らかにアン王女も絶頂した。

 天道様がノヴァに精を注いでいるのがわかる。

 それをノヴァとアンはふたりで受けている。確かに、ふたりは一緒に犯されている。

 ナールは納得した。

 快感の共鳴か……。

 

 そして、天道様がノヴァから男根を抜く。

 ノヴァとアンはその場にがくりと脱力した。

 

「ご主人様、お掃除しますね」

 

 たったいまノヴァの中から抜け出た天道様の一物を口に咥えたのはコゼだ。

 天道様が脚を拡げて立っていて、その前に跪いたコゼが口で天道様の股間を舐めている。

 ちゃんと両手を背中に回して組み……。

 

 それはいいのだが、いつの間に……?

 ついさっきの瞬間まで一緒に、ナールとともに、女たちの後ろ側にいたと思っていたのに……。

 

「あんっ、また先を越されましたわ」

 

 横でガドニエル女王が心の底から口惜しそうな声を出した。

 

「しかし、大丈夫なのか、ロウ殿? アン様は妊娠しておられるのだろう」

 

 ベルズが荒い息をして、しゃがみこんでいるアン様たちを介抱しながら天道様に言った。

 

「問題ない。ちゃんと見極めてる。それに、お母さんが気持ちよくなって、胎教に悪いわけがない。そもそも、俺の精はお母さんも子供も元気にする。そういう念を込めている」

 

 天道様が微笑んだ。

 ならば、間違いはないのだろう。ナールは安心した。

 天道様の言葉に、誤りがあるわけがない。

 

「……ところで、みんなに報告がある。ふたりの許可をもらったので話すが、アンのお腹にいる子供は、アンとノヴァのあいだに生まれた子供だ。対外的には俺の子ということにするが、実はふたりのあいだにできた子なんだ。それをせめて、みんなにだけには知っておいて欲しいということになった」

 

 天道様がコゼの奉仕を受けながら言った。

 アン王女とノヴァのあいだの子?

 女同士で生まれた子供ということ?

 どういう意味?

 ナールは首を傾げた。

 

「あのう、どういう意味ですか? おふたりの子というのは?」

 

 スクルド様だ。

 

「文字通りの意味だ。実は今回の出発前に、ふたりにある淫具を与えた。ふたなりの淫具といって、それを嵌めるとどちらかの股間に男根ができて、相手の膣に精を放つまで男根が消えないという淫具だ。そのときに、ちょっと、俺が余計なことを喋ったみたいでな。もしかしたら、それで子ができるかもなあ……。みたいなことを……。その結果、本当にできたんだ。淫魔術で確認したから間違いない。アンのお腹にいるのは、そのときに、ノヴァの精を受けてできた子だ」

 

 天道様が頭を掻いた。

 

 えっ?

 男根ができる淫具?

 

 それで子供ができる?

 なにそれ?

 

 それって、奇跡の魔道具じゃないのか?

 

 世の中には、愛し合っている女性同士の恋人はたくさんいる。天道様にお手つきになる前の昨日までのナールがそうだった。

 いま天道様が語ったような奇跡の淫具があるなら、どんな大金を出しても手に入れたいと思う女はいくらでもいるのではないだろうか。

 魔道であっても、そんなことが可能だとは耳にしたことはない。

 可能ならば、もっと話題になっている。

 女同士で子を作るなど絶対に不可能事だ。

 しかし、天道様はその不可能事をいとも簡単になされたのだ。

 

 まさに、神様……。

 もはや、信じる信じないの話ではない。

 神はここにおられる……。

 天道様……。

 

「うわっ、つまり、アン様とノヴァの子供? おめでとう──。だけど、ご主人様の淫魔術を介した子なんだから、三人の子よ。とにかく、おめでとうございます──。よかったああ──。あんたたち苦労したふたりだから、あたしも嬉しい。あっ、ごめんなさい。アン様に生意気な口を……」

 

 跳びあがって喚声をあげたのはコゼだ。

 しかも、天道様の奉仕を中断してしまっている。

 

「いえ、嬉しいです、コゼさん」

 

 アン様がにっこりと微笑んだ。

 

「あっ、ごめんなさい、ご主人様も。途中でやめちゃいました」

 

 また、コゼはすぐに奉仕の体勢に戻ろうとしたが、天道様はコゼの頭を優しく撫でてそれを制した。

 

「ありがとう、十分だ」

 

 天道様が言った。

 

「あっ、ならば、わたくしが……」

 

 ガドニエル女王が進み出ようとした。

 だが、天道様がそれも手で制した。

 ガドニエル女王ががっかりとした感じで肩を落とした。

 

 それにしても、本当にこの女王陛下は気さくで陽気で、そして、天道様に対して赤裸々に淫乱だ。

 だが、面白いと思うのは、天道様は嗜虐的に女を愛する傾向があるので、どの女も被虐の快感、いわゆる「マゾ」的な傾向が強いのだが、ガドニエル女王に限っては、決して受け身ではなく、積極的で貪欲なマゾであることだ。

 まだ接したのは短いが、言葉の端々、行動のひとつひとつにそれが垣間見える。

 まあ、ある意味、やはり女王なのだ。

 そんなガドニエル女王をしっかりと受けとめ、ときにはいなし、宥めて、みんなと融和するように天道様は導いている。

 

 やっぱり、天道様はすごいと感じる。 

 とにかく、天道様はガドニエル女王に限らず、女たちをよく見てる気がする。

 いまも、天道様はほぼ食事も飲み物も口にされてない。

 女たちには食事をさせるのに、自分はひたすらに、女たちに愛と快楽を与えることに徹して、愛の行為を繰り返している。

 一見するだけだと、女たちがひとりの天道様に尽くして、奉仕をしているような感じだが、実際には違う。

 

 与えられているのは女側であり、与えるのは天道様──。

 貰う側は女──。奉仕するのは天道様──。

 慈悲を向けられるのが女であり、見守られるのも女……。

 やはり、天道様は素晴らしい……。

 天道様に見られる……。

 それだけで、ナールは幸福感でいっぱいになる。

 

「とにかく、よかったですね、おふたりとも」

 

 マアだ。

 

「おめでとうございます」

 

 ラン……。

 ほかの女たちも次々に祝福の言葉をかけ始める。

 ナールも慌てて、お祝いの言葉を口にする。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ありがとうございます……」

 

 アン王女とノヴァが絶頂の余韻で身体をしゃがみ込ませたままの姿で嬉し涙を流しつつ頭をさげた。

 事情はわからないのだが、なぜか心が温かくなる光景だ。

 ナールは、またもや、天道様が奇跡を起こされたのだと理解した。

 

「俺からもありがとう。そして、もうひとつ報告だが、アンは今回の婚姻式で俺の妻のひとりになることを受け入れてくれた。多分、イザベラの戴冠式の直前になると思うが、この王都で合同結婚式を行う。しかし、婚姻式では便宜的に俺が夫で、アンが妻になるけど、本当のアンの夫はノヴァだ。そのつもりで俺はアンと婚姻の絆を結びたい」

 

 天道様が嬉しそうに言った。

 

「ご主人様、光栄です」

 

「本当にありがとうございます」

 

 アン様とノヴァが天道様に頭をさげる。

 天道様は、それを笑って制した。

 

「とりあえず、妻として、イザベラとガドとアン、エリカとコゼとシャングリア、さらに、イットとマーズが式典に参加する。あとはミランダだな。ほかに妻として婚姻式に出たい者がいれば、追加するぞ。妻だろうと、そうでなかろうと、俺たちの関係に変化はないけどね」

 

 天道様が半分お道化(どけ)た口調で言った。

 二か国の女王ふたりを含めた合同婚姻式?

 そんな国家行事の計画をナールが聞いていいのだろうか?

 ちょっと戸惑ってしまう。

 

「あれっ、ちょっと待っておくれ。もしかして、聞き間違いかもしれないけど、いま、あたしの名前を婚姻式ときの嫁として口にしたに思ったんだけど……」

 

 口を挟んだのは、いつの間にか復活した気配のミランダだ。

 ただ、まだぐったりとした感じで、寝椅子のひとつに横になっていた。しかし、いまは慌てて身体を起こした感じだ。

 

「口にしたな……。ミランダは同意したぞ。さっき六十回絶頂したときの、四十回目くらいのときと思うけどね」

 

 天道様が笑った。

 

「そ、そんなの覚えてないさ──。だって、女王たちが妻になる式典に、あたしが──? 無理──。無理、無理、無理、無理だよ──。そもそも、あたしはこう見えても、おマアとほぼ同じ歳なんだ。かなりの歳なんだよ──。もう結婚なんて、とうに諦めているし……」

 

「いいじゃないか。妻だろうが、愛人だろうが──。今回の婚姻式では、国境どころか人種も越えてハロンドール国とナタル国が多くの者たちと融合するという意味を持たせるんだ。エルフ族の女王、人間族の女王──。それに冒険者も、貴族も、庶民も、元奴隷も、貴賤の隔てなくひとつになる。獣人もドワフもだ。残念ながら、ドワフ族の女の知己は、俺にはミランダしかいない。いやだと言っても、結婚してもらうからな」

 

 天道様が笑った。

 

「いやだ──」

 

 ミランダが叫んだ。

 その瞬間、天道様とミランダの姿がその場から消えた。





 *

 ナール視点の描写は、一話にするつもりでしたが、一万字を超えたところで断念し、ふたつに割ります。このナール視点の続きは、明日投稿になります。


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866 神々の性宴―新参性奴視点

「いやだ──」

 

 ミランダが激しく首を横に振って叫んだ。

 そのとき、ちょっとだけ怖い顔をして天道様が微笑んだ気がした。

 そして、次の瞬間、天道様とミランダの姿がその場から消えた。

 少しのあいだ、しんとなった。

 

「……やれやれ、ミランダも、存外、頭が悪いのだな」

 

 そして、しばらくの沈黙のあと、ベルズが嘆息して言った。

 

「確かにねえ……」

 

 コゼだ。

 

 そして、天道様とミランダのふたりが現れた。

 天道様は再び胡座になって床に腰をおろしているが、その胡座の膝の上に、ミランダがうつ伏せに突っ伏している。

 ミランダはぶるぶると小刻みに震え続けており、両手はあの「後ろ高手小手縛り」というもので再び緊縛されていた。

 脱力して開いている脚のあいだからどろどろになっている愛液が垣間見えている。

 汗もすさまじい。

 

「ミランダ、みんなの前でもう一度宣言だ──。それとも、あと二十回追加するか?」

 

 天道様がミランダのお尻をぴしゃりと叩いた。

 

「ひやああっ、もう、もういやだああ。わかった。わかりました。結婚します──。お、お前と結婚するから──」

 

「それはよかった。よろしくな、奥さん。幸せにするよ」

 

 天道様がミランダのお尻を撫で始める。

 

「ひいっ、も、もう触んないでおくれ──」

 

 ミランダが悲鳴をあげて逃げようとする。しかし、腰に力が入らないのか、縄掛けのまま、脚だけで這う感じだ。それでも天道様の脚の上からおりることすらできなくて、よろよろしている。

 天道様は笑って、ミランダを足の上からおろした。

 すると、またもや一瞬にして、ミランダの縄が消滅した。

 やはり、奇跡の御業だ。

 

「それにしても、さっきのお話によれば、つまりは、ご主人様が思わず口にしたお言葉がご主人様の準備した淫具にこもってしまったということなのですね? 高位魔道士には時折あるのですが、“言霊(ことだま)”という現象です。これからは、ご主人様もお気をつけなければなりませんね。術師が思いを込めて口にする言葉というものには、実は力が入りやすいのです」

 

 すると、スクルドが笑って口を挟んだ。

 

「それだけ、ご主人様が素晴らしいということですわ」

 

 ガドニエルもまた、媚びを売るように口を挟む。

 だが、言霊?

 やっぱり、天道様は、現人神(あらひとがみ)様に間違いなかった。

 ナールは確信した。

 

「思いを込めたつもりはなかったんだがなあ……。つまりは、口は災いのもとということか。まあ、気をつけるよ」

 

「でも、ちっとも災いじゃないですよ、ご主人様。アン様にも、ノヴァにもこれ以上のない贈り物です」

 

 コゼだ。

 

「それもそうか……。さあて、じゃあ、次はランだ。来い──」

 

「あっ、はい」

 

 前側にいたランが天道様に呼ばれた。

 ランが緊張した面持ちで、天道様のところに向かう。

 そして、またもや、天道様とランの姿が消滅する。

 

 こうなると、天道様は、さっきから時間を超越する場所に移動して、女たちと愛し合っていると思うほかない。

 そして、それをまったく平然と女たちが受けとめるほどに、ここでは日常のことなのだ。

 もう、ナールの常識は消滅してしまった。

 ここは、そういう場所なのだ。

 神々の性宴なのだと納得しよう。

 

 そして、天道様とランが戻る。

 今度はランは、ミランダがされていたような後手縛りをされている。

 やはり胡座になっている天童様の膝の上に乗り、ランは天道様の裸の胸に顔をすり寄せるようにしていた。

 垣間見える横顔はとっても幸せそうだ。

 

「あ、ありがとう……、ご、ございました……。ランは幸せです……」

 

 ランが言った。

 ほとんど知らない女性だけど、あんなに嬉しそうな姿に接すると、ナールも幸せを感じる。

 ちょっと温かい気持ちになれる……。

 

「あんなに好き勝手にランを弄んで、それで感謝されるのは、ご主人様冥利に尽きるな」

 

 天道様はにこやかにお笑いになる。

 

「どうぞ、弄んでください。闇で売られた奴隷になって、使い潰されて死ぬしかなかったあたしです……。好きなようにお使いください……。もっとも、ほかの皆様のようには、大してお役には立てないかもしれませんが…」

 

「そんなことはない。ランは貴重な戦力だ。ああ、そういえば、南部に行ってくれないか。エルザに荒れた南方を立て直してもらうために、南方総督という役目を作り出して、南域各領主への統制権を含めた全権を与えて頑張ってもらっている。でも、それを助ける補佐役が不足しているんだ。それで、ランに行って欲しい」

 

「えっ、あたしがですか?」

 

 ランが驚いた感じで顔をあげて天道様の顔を見る。

 

「ああ──。出発前に、おマアを含めて話をしよう。おマア、この話に一枚噛んでくれよ。流通の話もある」

 

「ロウ殿の言葉ならなんでも従いますよ……。もっとも、この国の南部のことは、あの賊徒団の戦いの前からいろいろと手をまわしていますけどね。ロウ殿の指示を待つまで動かないようなおマア様でありませんよ。南部も、それと、北西辺境域のリィナ=ワイズとも連絡はとってますよ」

 

 マアが笑った。

 

「リィナもか? それは、ありがたい。さすが、おマアだ。情報が早い……。さて、というわけで、ミランダ、悪いが、ランをギルドから抜くぞ。それに代わる人材はまた入れてやる。承知だな? それとも、いやか? いやなら、またもう一度、亜空間で……」

 

 天道様がミランダに視線を向ける。

 ミランダは、やっと天道様から解放されて、寝椅子のひとつで横になっていたのだが、天道様の言葉に顔色を変えた。

 

「ひっ、しょ、承知だよ──。ランさえ、不満がないならね──。ラン、世話になったね。エルザのところでも、お前なら活躍できると思うよ。これまでありがとう──」

 

 早口でミランダが言った。

 天道様は満足したように笑った。

 

「さて、これで、手を付けていないのはモートレットだけだな。じゃあ、ランは縄を解いてやろう」

 

 天道様が膝の上のランに手を貸して立たせる。

 ランは慌てたように、首を横に振った。

 

「い、いえ、しばらくこのままで……。ロウ様の緊縛は、まるでロウ様に抱かれているように気持ちがいいのです。しばらく、このままで……」

 

 ランが赤い顔をして照れたように言った。

 天道様は愉快そうに微笑んで、縄掛けのままランを立たせた。

 

「あ、あの、わたしは……」

 

 一方でモートレットは、困惑したように天道様に視線を向ける。

 天道様がモートレットを見る。

 

「心配しなくても、一応は、俺も少女の処女をどさくさに紛れた雰囲気では奪わないよ。それなりに状況を作ろう。だが、ちょっとだけ手付けはする。まあ、それほどのことはしない。来るんだ」

 

「い、いえ、そういうことではなくて……。馬車でも言いましたが、わたしは不感症で……。しかも、こんな男のような身体で……」

 

 モートレットはちょっと気後れするような口調だ。

 だが、戸惑った表情ながらも天道様のところには向かう。

 しかし、馬車の中での会話もナールには聞こえていたが、男のような身体というモートレットの言葉には首を傾げるものがあった。

 

 確かに、彼女は胸は小さめだし、身体つきも無骨な印象であり、髪だって肩までもないので、男装すると男に見えないこともないが、こうやって裸になると、はっきりと女性だ。

 態度も女性らしいし、大人しいという感じはするが、女としての違和感はないだろう。

 

 しかし、実はナールは、モートレットいう大神殿の神殿軍の若い将校の噂は耳にしたことがあったのだ。

 だが「狂犬」というあだ名があるほどに攻撃的な人格だと耳にしていて、男のような性格というよりは、粗暴な性格だと教えてもらっていたのだ。だが、それとはまるで違うモートレットの大人しい雰囲気に、驚くとともに噂というものは実にあてにならないものなのだなあと思ったりもしている。

 

 まあ、あの神殿軍のことは、もともと、ほとんど世間には情報が漏れ出ることはないし、ナールがモートレットの噂に事前に接したのは、神殿兵から抜けて冒険者になった男をたまたま、ナールが愛人にしていた女が知っていて、そのときに、神殿兵にいる男装の麗人の話になり、その男から聞いた話として、モートレットの話題になっただけだ。

 本当にたまたまだ。

 

 神殿兵にいた男装の麗人というのは、彼女しか当てはまるのがいないと言っていたし、そのときの話の少女とは思うのだが……。

 でも、よく考えると、ここまで性格が違うということがあるのだろうか?

 もしかして、天道様にそれを伝えるべきか……?

 

 そのモートレットが天道様の前に進み出た。

 彼女は身体を隠すようなこともしない。

 両腕を体側につけて、じっと天道様の視線に裸身を晒した。

 

「自分の身体が不感症だと言っていたな……」

 

 天道様が立ちあがり、くすりと笑うような仕草をしたかと思うと、モートレットの小さな胸の膨らみの裾をすっと撫でるように触れた。 

 

「えっ?」

 

 モートレットがびくりと身体を震わせた。

 

「動くな」

 

 天道様はもう一度同じ場所にすっと手をやった。

 さらに反対側の手でモートレットの股間の繊毛を触れるか触れないかくらいの力ですっと掃く。

 

「あっ」

 

 モートレットの膝ががくりと落ちた。

 

「身体を伸ばせ」

 

「は、はいっ」

 

 天道様の言葉でモートレットが慌てたように身体を真っ直ぐにする。

 そのモートレットの裸身をいきなり天道様が抱きしめた。

 しかも、膝を割ったときの姿勢の乱れを利用して、天道様の片足は、モートレットの脚の間に入っている。

 つまり、モートレットは脚を閉じることはできないということだ。

 天道様は片手でモートレットの腰を抱いて自分に寄せ、もう一方の手でもモートレットの股間に手を伸ばして、彼女の股間を愛撫しはじめる。

 

「あっ、ああっ、なに? なにこれ? こ、これはなんですか……? ああっ」

 

 天道様の手がモートレットの股間で淫らに動く。

 モートレットは、あっという間に全身に汗をかき始めて、身体を悶えさせ始めた。

 

「とんだ不感症だな。モートレット、覚えておけ。お前はここにいる先輩たちに負けず劣らずに、身体が敏感だし、とても女らしい……」

 

 天道様がモートレットの唇を奪った。

 舌をモートレットの口の中に差し込み、縦横無尽に舌でモートレットの口の中を刺激している。

 あのあいだも、天道様によるモートレットの股間への責めを継続している。

 やがて、口づけで呼吸を制限されているモートレットの息がかなり荒くなり、身体も小刻みに震え出した。

 

「んんっ、んんんっ、んんんんんっ」

 

 そして、モートレットがその場で絶頂してしまう。

 同時に天道様はモートレットの裸身を離したので、腰を砕かせたモートレットはぺたんとその場に尻もちをついたかたちになった。

 

「ははは、自分が不感症なんて間違いだとわかっただろう? これは前渡しだ。毎日、いろいろな状況で日に一度以上は絶頂させてやる。いつ襲われるかはわからないぞ。そして、自分が女だと明確に自覚ができた頃に、本当に女にしてやる。愉しみにしていろ」

 

 天道様が荒い息をしているモートレットの頭を一度撫で、ナールたちに身体を向けた。

 そこには股間はたくましい男根が勃起してそそり勃っている。

 ナールはいたたまれなくなるもともに、かっと身体が熱くなるのを感じた。

 ほかの女たちが、わっと天道様に寄っていった。寝椅子に横になっているミランダとランはそのままだが、ほかの女性は天道様のところに集まった。

 みんな天道様が大好きなのだとわかる。

 全員が笑顔だ。

 もちろん、ナールも後ろから向かう。

 

「とにかく、これでここにいる留守番組もひとまわりしたかな? でも、サキとベアトリーチェを亜空間に迎えに行く前に、もうひとまわりくらいするか。新入りの歓迎もあるしな。ナール、来い──」

 

 いきなり天道様に呼ばれた。

 どきりとする。

 

 なに?

 なんだ──?

 

「改めて紹介するぞ。一番新しく入ったナールだ。王軍の将校で、もうひとり新たに加わったラスカリーナとともに軍人だ。これから、そのふたりでハロンドールの王軍は牛耳ってもらう。ナールは情報分析の解析に優れた女軍人だ。きっと、お前らもしっかりと分析されているに違いないぞ」

 

「えっ?」

 

 天道様の言葉にナールは戸惑ってしまった。

 副官という仕事柄、細かいところはあるが、それほどのことはない。

 もっとも、天道様のお手付きになってから、いつもとは違う自分の頭の回転を感じることはあるが……。

 

「だけど、それだけじゃない。身体がいい。実はとても我慢強いんだ。すぐに達するお前らと違って、長持ちしてくれるので、俺を愉しませてくれる身体でもある」

 

 天道様がナールを近くに呼び寄せ、ほかの女たちに紹介した。

 ナールはびっくりした。

 天道様がほかの女たちに対して、こんなナールにも価値があるような物言いをしたからだ。

 よくわからないが嬉しい……。

 嬉しい……。

 

「あ、ありがとうございます。天道様のために励みます。修行して、修練を受けて、きっと天道様に相応しい性奴隷になります──」

 

 ナールは言った。

 

「こんな感じで、ときどき喋ることが変になることがある」

 

 天道様がお笑いになった。

 そのときだった。

 

 天道様の後ろに、さっき呆気なく絶頂して、尻もちをついたままのモートレットの姿がちらりとみんなの身体越しに見えたのだ。

 

 ぞっとした。

 

 モートレットが憎しみのこもったような険しい眼を天道様に向けているのだ。

 紛れもなく、憎しみの瞳だった。

 

 誰だ──、あれ?

 

 直観だが、さっきのモートレットではない。

 

 別の人間だ──。

 とっさに思った

 

 しかし、すぐにモートレットの顔から険しさが消滅し、さっきまでの生まれて初めての絶頂で茫然としている彼女に姿に戻った。

 

 えっ、いまのは?

 見間違い?

 ナールは困惑した。

 

「あっ」

 

 だが、天道様に抱き寄せられて、ナールの思念が吹っ飛ぶ。 

 

「じゃあ、みんなの前でお披露目だ、ナール。俺は全力で責める。この時計が落ちきるまでは絶頂を我慢しろ。いいな」

 

 いきなりその場に引き倒された。

 天道様に覆い被される。

 

 砂時計って──?

 だが、気がつくとすぐ横を見たところの床にあった。

 すでに砂が落ち始めている。

 かなりの大きな砂時計であり、全部の砂がなくなるまで十五タルノスはあるだろうか。つまりは、四分の一ノスくらいか……?

 

「いくぞ」

 

 天道様がちょっと悪戯っぽい笑みを向けたかと思うと、顔をナールに移動させ、いきなりナールの股間を舐め始めた。

 

「ひいいっ」

 

 襲ってきた快感の衝撃にナールが思わず身体を縮ませようとした。

 だが、気がつくと、四肢が粘性体のようなもので包まれて床に貼り付いていて、ナールは両手両脚を拡げた状態で身動きができなくなっていた。

 抵抗のできない無防備なナールの股間を天道様が舐め続ける。

 ひと舐め、ひと舐めが強烈な快感だ。

 

 こんなの耐えられるわけがない──。

 ナールは全身を硬直させ懸命に歯を喰いしばる。

 

「ご主人様もわざと、あんな物言いをして、ナールを追い詰めたりして……。まあ、頑張りなさい、ナール。ご主人様は愉しんでるわ」

 

 コゼがちょっと笑ったような口調でナールを激励するように言った。

 しかし、クリトリスを刺激され、天道様の手があちこちを這い回る。

 快感を逃がせない。

 

「うくうっ、うううっ、ぐうううっ──」

 

 とにかく、ナールは懸命に耐えた──。

 しかし、耐えてもすぐに、それを軽々と越える気持ちよさが襲ってきて……。

 

「ああ、ああああっ、だめええええ──」

 

 ナールは声をあげた。

 それでも耐える──。

 天道様のお言葉に応えるために──。

 

 “偉大なる心は試練によって得られる。しかし、簡単に乗り越えられるものを試練とは呼ばない……。問題ない。試練に勝てなくても、挑み続ければ、それで天道様はお悦びになる。”

 あの「性書」の一説を必死に思い出す。

 ちょっとでも、意識をほかのことに……。

 とにかく、ナールは限界まで身体を弓なりにして、襲い続ける快感の爆流に必死に抵抗し続ける。

 

「頑張って、ナール」

 

「頑張ってください」

 

 いつの間にか周りを囲んでいる女たちがナールを応援する。

 

「そうだ。頑張れ。俺に時間内にいかされると、そのまま剃毛だからな。そこに、俺の名前を刺青するぞ」

 

 一度、口を離して、笑いながら言った。

 そして、股間への舌責め──。

 

「ご主人様、わたしにも刺青を──」

 

 ガドニエル女王の場違いな言葉がなんだか遠くのものに聞こえる。

 

「ひいいいっ、いいいいっ」

 

 ナールは力の限り、歯を喰いしばった。

 天道様の思いを実行しようと思って……。

 信仰心があれば、この試練に耐えられるはずだ──。

 

「いやああああっ」

 

 そこに圧倒的な快感の衝撃が襲い掛かって、ナールの頭は一瞬にして真っ白になった。





 *

“ナール
  近衛兵連隊長副官
 人間族、女
 年齢20歳
 ジョブ
  作戦(レベル30)↑
  戦士(レベル20)↑
  騎士(レベル20)
  魔道遣い(レベル10)↑
 生命力:50
 攻撃力:100(素手)↑
     500(剣)
 魔道力:100↑
 経験人数:男1、女5↑
 淫乱レベル:C→A
 快感値:500(通常状態)
 能力
  淫魔師の恩恵↑
  情報分析↑”




(第6話『大浴場の性宴』終わり、第7話に続く)


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 第7話 一に調教、二に折檻、三四飛ばして、五に懲罰
867 白い世界のふたり


 気がつくと、ベアトリーチェは真っ白い世界にいた。

 

 なにもない。

 地面もなければ、空もない。

 景色もない。地平線すら見えない。

 一切が「無」だ。

 

 なによりも、自分の姿がない。

 存在するのは、ベアトリーチェの意思だけだ。

 咄嗟に、ベアトリーチェは、ここが死後の世界という場所なのだろうなと思った。

 

 そうだとすれば、どうやって、自分は死んだのだろう?

 考えようとしたが、すぐには頭が回らなかった。

 

 やがて、みんなと一緒に、天道様の性奴になるべく修行をしているとき、サキがルードルフ王と王の連れてきたラポルタという魔族に捕らえられ、それでみんなでサキを助けようとしたことを思い出した。

 しかし、失敗して、ベアトリーチェはラポルタという男に監禁された。

 

 それから、どうなったかについては、かなりぼんやりしている。

 手酷い拷問を受けた気もするし、その後、ルードルフ王に拘束されて犯され続けた気もする。

 

 わからない……。

 

 ぼんやりとだが、天道様がやってきて、ベアトリーチェを助け、精を授けてくれたという記憶もあるが、おそらく、あれは死ぬ間際にベアトリーチェが見た夢であろう。

 だが、随分と都合のいい夢だと思った。

 あれが現実だとすれば、起こったことのすべてが報われる。

 死ぬ間際の思い出としては、素晴らしい贈り物だ。

 もしかしたら、これもまた、天道様を信仰して生きることを決めたことへのご褒美なのだろうか。

 

「大丈夫か?」

 

 そのとき、急に声がかけられた。

 びっくりした。

 なにもなかったはずだ。

 ベアトリーチェ自身さえいなかなったのだ……。

 

 どこから声が……?

 

「存在しないと考えるな。あると思えば一切がある。逆に、ないと思えば全てがなくなる。ここはそういう場所だ。もっとも、それも主殿(しゅどの)次第だがな。だが、多分、主殿(しゅどの)は、気を使って、わしらを休ませようとして、こういう場所を準備したのだろう」

 

 声はベアトリーチェの顔よりも、ちょっと下側から聞こえた気がした。

 上も下もない世界で、下側というのはおかしなことだが、ベアトリーチェは下だと思ったのだ。

 すると、突然に白い地面が出現した。

 ベアトリーチェが上下を意識した瞬間に、このなにもない世界に上と下が生まれたのだ。

 ベアトリーチェはその白い地面に素足で立っていた。

 

 素足?

 

 すると、足だけでなく、ベアトリーチェの身体全部が現れた。

 ベアトリーチェは裸だった。

 一糸すらまとっていない。

 

「やっと完全に覚醒したか、ベアトリーチェ。わしはここだぞ」

 

 再び、声がした。

 すると、目の前にベアトリーチェの身長の半分ほどの童女がいた。

 深紅の長い髪をした美しい少女だがまだ幼い。

 人間でいえば、五歳くらいだろうか。

 だが、四肢の膝下と肘下だけに白い体毛があって、まるでその部位だけ白い布をまとっているようにも見える。明らかに人間族どころか、人族ではない。

 逆に肘から胴体部、膝から腰にかけては一本の体毛もない。

 つるんとしている。

 また、股間には綺麗な亀裂が入っているが、もちろん、そこに陰毛はない。

 そして、驚いたことに、頭のこめかみの部分に小さな角がある。

 髪の毛でほとんど隠れているが、ほんのちょっと髪から出ている尖ったものは間違いなく「角」だ。

 もしかして、目の前にいるのは、魔族の女の子?

 

 しかし、この童女に、どこかで見覚えが……。

 ベアトリーチェは首を捻った。

 

「いずれにしても、わしのせいで済まなかった。お前を捕らえて拷問をしたのは、わしの部下だ。いや、部下だった男だ。わしが不甲斐なくも囚われたせいで、お前は理不尽な目に遇わなければならなかったのだ。お前たちを捕えた以上、わしが責任をもって保護をせねばならんかったのに、本当にすまん」

 

 目の前の童女がいきなり深々と頭をさげた。

 その瞬間、ベアトリーチェは彼女が何者であるかを悟った。

 この童女は、サキに間違いない。

 理屈ではない。

 一瞬にして、理解したのだ。

 なぜ、幼い姿になったのかは不明だが、彼女はサキである。

 

「サキ様ですよね?」

 

 質問のように訊ねているが、実際には確信している。

 

「いかにもな……。もしかしたら、気がついておらんかったかもしれんから、一応は教えておくが、わしは魔族だ。妖魔族の方だがな。いまのわしには、一切の妖力が遣えんので、人間族に化けることができんということだ。目の前にいるのは、正真正銘、本当のわしだ」

 

 童女……サキが白い歯を見せた。

 微笑むと、幼児姿のサキは本当に可愛らしかった。

 また、“妖魔”というのは、かつて、冥王戦争と呼ばれた魔族と他の種族との戦いにおいて、魔族でありながら人間族たちに味方をした魔族種の一部のことだ。

 結局、その彼らも人族によって世界から追い出され、この世界に近い位相に住み処を移した者たちになる。位相が近いのでしばしば、この世界にも姿を現すこともある。

 とにかく、深い異界に封印した冥王と眷属たちと区分し、彼らについては「妖魔」と言い換えているのである。

 本来は、両方とももともとは同じ魔族種だ。

 

「あ、あのう……。つまり……、その子供の姿が本来のサキ様の姿ということですか?」

 

 ベアトリーチェは訊ねた。

 すると、サキは豪快に笑い出した。

 この笑い方は、間違いなくサキだ。

 

「いや、そういうことではない。これはわしの言葉が足りんかった。頭に角が生え、四肢に深い毛があるのは、わしが妖魔である証拠だということだ。だが、幼体になっておるのは、わしが再生をしているからだ。なにしろ、首から下を失ったからなあ。しかも、あのラポルタは、わしの首から下を二度と復活できないように呪術をかけて焼いてしまったのだ。そこまでされれば、さすがのわしも、寿命を代償とする“再生術”で身体を作り直すしかない」

 

「再生術? 首から下を失った?」

 

 驚いたが、すぐに記憶と結びついた。

 あのルードルフ王は、サキを首から上だけの姿にして連れ回し、視界を潰して、舌に魔道を掛けて性感帯にしたりと、やりたい放題のことをしていたのだった。

 だが、それでもサキは生きていて、ベアトリーチェたち、天道様の性奴隷候補生がルードルフ王に手つきにならないように、あるいは、殺されないようにと、必死になって命乞いをしてくれたのだった。

 やっと、思い出した。

 

「ああ、サキ様、思い出しました。サキ様はわたしたちを助けてくれたのです──。あのルードルフ王や、その部下のラポルタから守ろうと……」

 

「いや、違う。色々と違う。そもそも、ラポルタは、ルードルフの部下ではないぞ。あの人間族の王は単なる囚われ人だ。諸悪の根源はラポルタだ。そして、わしだな。わしが悪いのだ。お前たちを捕まえて、主殿(しゅどの)……ロウ殿の性奴隷にしようと画策して、お前らを調教しようとした。わしが全部悪かったのだ。挙げ句の果てに、部下に裏切られて、このざまだ」

 

「それのどこが悪いのですか。わたしたちは、天道様の性奴隷になることを、それはそれは楽しみにしておりました。その機会を与えてくれたサキ様には、感謝しかありません。修行も苦しかったですが、天道様のことを思えば、愉しくもありました」

 

「お前らのそういうところは、さっぱり理解できんな。スクルズの言霊(ことだま)はそこまでに強いものではなかったのだ。それをお前らが自分自身で、とんでもなく強固なものに変えてしまった。多分、それを望んだのだろうなあ……」

 

「えっ?」

 

「わかっておる。あのとんでもなく濃縮された言霊の厚い層は、お前ら自身がしたことであって、晴らそうと思えばできるのに、お前らにその意思がない。なぜだ。実は気がついておるのだろう? 天道様と呼んでいるロウ殿は、ただの人間だ。救世主と有り難がっている、スクルズは、食わせ者の女でしかない。なぜ、信じ続ける?」

 

 サキは心底、不思議そうだった。

 ベアトリーチェはくすりと笑った。

 

「そう信じたからです。信じれば、それがわたしたちの事実になります。天道様は現人神(あらひとがみ)様であり、スクルズ様は、死して復活された救世主様です。それが事実であろうと、なかろうと、それを信じることで、わたしたちにとっては真実なのです」

 

 ベアトリーチェは言った。

 

「さっぱりわからん──」

 

 サキは首を横に振った。

 当然だろう。

 説明していうるベアトリーチェ自身がまったく理解できない。

 しかし、そう信じることは愉しいし、幸せだ。

 そして、信じ抜くことで、それは事実であろうかどうかはどうでもよくなった。なにしろ、すでに幸せなのだ。

 これが、信仰というものなのだろう。

 ならば、それでなんの問題もない──。

 問題はない。

 

「とにかく、わたしたちは感謝しております。それは間違いありません。残念ながら、わたしにはかないませんでしたが、できれば、アドリーヌたちが立派な天道様の性奴隷になれれば嬉しく思います」

 

 ベアトリーチェは言った。

 だが、サキがからからと笑った。

 それにしても、喋り方も仕草も、間違いなくあのサキなのだが、姿がベアトリーチェの背丈の半分ほどしかない子供なのでおかしな感じである。

 口調だって、あのサキではあるが、声も舌使いもなにか幼いのである。

 

「馬鹿を言うな。そなたがここに存在するということが、お前が、主殿……つまり、ロウ殿、お前のいう天道様の性奴隷になったということだ。お前はすでに、主殿の性奴隷だ。だから、ここにおるのだ。ここは、主殿が選んだ者しか入れん主殿の亜空間なのだぞ」

 

 そのサキが言った。

 ベアトリーチェはびっくりした。

 

「天道様の亜空間? 意味がわかりません。そもそも、わたしは死んだのでは?」

 

「死んでないわ。何度も言うが、ここは主殿の亜空間だ──。多分、お前とわしを助けたときに、衰弱していたわしらをしばらく休ませるために、こういう場所を準備したのだろう」

 

「えっ、まさか?」

 

 信じられなかった。

 この自分がロウの性奴隷になれた?

 しかし、そういえば、精を受けた記憶はあるのだ。都合のいい夢だと思っていたが、あのとき、ルードルフ王に犯されている最中に、ロウがやってきて、突然にベアトリーチェを救ってくれた。

 そして、確かに支配を受けた……。

 あの感覚も覚えている。

 だが……。

 

「まさかではないわ。こうして、わしが寿命と能力を犠牲にして、再生術を行使できたのも、主殿がわしたちを助けた証拠だ。ラポルタに封印されていたわしの力が解放されたから、一応は身体を復活できたのだ。まあ、こんな情けない身体だがなあ……。だが、お前は問題ないであろう。主殿が好きそうないい身体だ」

 

 サキがベアトリーチェに対して、ちょっと羨ましそうな笑みをした。

 

「いえ、そ、そんなはずはありません……。無理です。わたしは、天道様の目の前で、ルードルフ王に犯されて、汚されたのです。天道様の性奴隷になれるわけがありません」

 

 ベアトリーチェは首を横に振った。

 あれが現実のことだとすれば、犯されていたということもまた事実だ。

 ロウが、そのように汚れた女をベアトリーチェを性奴隷にするわけはない。

 だが、サキはまたもや、笑い飛ばすように高笑いした。

 

「お前ら人間族の女が貞操にこだわるのがさっぱり理解できんな。短命種だからか? だが、主殿の性奴隷になった者たちの中で、生娘だった者など、どれだけもおらんぞ。一番可愛がられている感じのエリカも、確か、どこかの女の愛人だったというし、コゼなど奴隷時代には、男たちの厠女にされていた悲惨な過去がある。まあ、シャングリアは生娘だったか? それくらいだぞ。ああ、あの王女も生娘だったか? いずれにしても、主殿はそんなことは一切気にせん。そもそも、生娘に何の価値があるのか、わしにはさっぱりとわからん」

 

 サキが笑いながら言った。

 

「そうでしょうか……。ならば、本当にわたしが天道様のお手つきになり、性奴隷に……」

 

 心の底から嬉しさがわいてくる。

 これが本当だとしたら、どれだけ喜べばいいのだろう。

 

 嬉しい……。

 嬉しい。

 ただ、嬉しい……。

 

「嬉しそうだのう……。ならば、よかった……。あの主殿は、本当によい男だぞ。本当は強いのに、ちっとも威張らんし、なによりも優しいのだ。いや、優しくはないが優しい。矛盾しておるが本当だ。人間族にしておくのは惜しい男だ。多分、魔族の世界にくれば、あっという間に、魔族の王になるだろうなあ……。つくづく、そなたが羨ましい……」

 

 サキが溜息をついた。

 ベアトリーチェは首を捻った。

 

「羨ましいとは?」

 

「主殿の性奴隷になったお前が羨ましいということだ。わしは、主殿に見限られて、多分捨てられる……。本当に馬鹿なことをしたし、不甲斐ない……。残念だ……」

 

 サキが悲しそうな顔をした。

 ベアトリーチェは驚いた。

 

「サキ様は、天道様……ロウ様の性奴隷ではなかったのですか? だからこそ、わたしたちを貢ぎ物にしようと集めたのでしょう?」

 

「そうだが、その挙げ句に、このあり様だ。わしは力を失い、再生術を使って幼体にまで戻らねばならんかった。お前にはわからんだろうが、寿命を犠牲にした再生術は、十年は魔道は遣えん。魔道の遣えん幼体の魔族など、余程に運がよくなければ命を長らえることはできん。力の強い大人の妖魔に殺されて喰われるのが落ちだ。もしくは、隷属して生き延びるかだな」

 

「まさか。力を失ったとしても、天道様……ロウ様が守ってくださいます」

 

「なぜ、主殿がわしを守る。わしはも今後十年以上はおそらくなんの術も遣えん。役には立たん。役に立たんものを眷属にしておく必要がない。それに、主殿に助けられたとき、わしは目が潰されていたし、耳も聞こえんようにされていたと思うのでわからんかったが、おそらく、わしは、主殿の前で、ラポルタに愛のささやきをしていたと思う」

 

「えっ?」

 

 思わず声をあげたが、サキがベアトリーチェたちを守るために、必死でルードルフ王やラポルタに媚びた言葉を放っていたことは事実だ。

 そんなことはないはずだとは言えない。

 

「多分、助けられたのは、そのときだろう……。記憶がぷっつりと切れているからな。そうだとすれば、わしは主殿の前で、ほかの男に愛を告げておったのだ。そんな裏切り者を主殿が許すわけはない……」

 

「だ、だって、あれは、わたしたちを助けるために……。わたしは知っております。あれがサキ様の本意ではないことを」

 

「それがなんの関係がある。わしは主殿の女であることを誓っておったのだ。それなのに、主殿以外に愛を告げたのだぞ。よりにもよって、主殿の前で……。そんな裏切りをしたのだ……」

 

 サキが俯いて、その肩が震えだした。

 まさか、サキが泣いている?

 信じられなかったが、ベアトリーチェには、幼体になったサキが悲しそうに涙を流しているようにしか見えなかった。

 

「それのどこが裏切りなのです。心が裏切っていなければ、裏切りなどではありません。それに、さっき、ロウ様は、女の貞操は気にされない方だと……」

 

「貞操など気にするわけがない。そんな価値のないものどうでもいいからなあ。しかし、口で別の男に愛をささやくのは別だ──。それはとんでもない裏切りだ。心が裏切っておらぬとも、愛を口にするのは裏切りだ──。わしは主殿を裏切ってしまったのだ。ああ、わしは、主殿に捨てられるのだ──」

 

「そんなあ……」

 

 ベアトリーチェには、サキの嘆きがさっぱり理解できなかった。だが、そんなことはないと否定できるほど、ロウのことを知っているわけでもない。

 いずれにしても、サキの嘆き方は、もしかして、これが人間族と魔族の意識の違いというものだろうか。

 とにかく、悲しんでいるサキを慰めようと思って、ベアトリーチェは言葉を探した。

 

 だが、その瞬間だった──。

 

「うあっ」

 

 突然に、サキが身体を突っ張らせて、その場に大きく四肢を拡げた格好になった。

 唖然としたが、気がつくとサキの両側に金属の柱が出現し、その二本の縦柱に対して、サキは短い手足を限界まで引っ張られるように、鎖付きの枷で柱に両手首と両足首を拘束されていた。

 つまりは、なんの脈略もなく、サキは両手両脚を二本の縦棒に限界まで伸ばした格好にされてしまったのである。

 

「もしかしなくても、この魔族の子供は、どうやらサキのようだな。よくわからないが、首から下を復活する方法があったのか……。よかった。どうやったら、首だけのサキに折檻ができるのかと考えていたからな。心置きなく、罰が与えられるよ」

 

 そのサキの後ろに突然に下着一枚だけのロウが現れた。

 

「あっ、天道様」

 

 ベアトリーチェは思わず声をあげた。

 すると、天道様は軽く手をあげてくれた。

 ベアトリーチェは、それだけで感激してしまう。

 

「天道様? えっ、主殿(しゅどの)が?」

 

 一方で、四肢を拡げて拘束されているサキもまた、後ろを振り返ろうとした。

 だが、ロウがサキが拘束されている縦棒の横をこんこんと軽く叩いた。

 すると、サキの片足首の枷だけが、その叩いた位置に引きあがり、サキは片足だけを大きくあげた状態になる。

 よくわからないが、サキを拘束している両手首を両足首の枷が縦棒を自由自在に移動できる仕掛けになっているみたいだ。

 

「どわっ」

 

 サキは突然に片足だけを引き上げられて悲鳴のような声を出すとともに、体勢を崩して倒れそうになる。しかし、四肢を拘束していている枷がそれを阻む。

 前のめりになっただけだ。

 

「さて、サキ。言いたいことも、聞きたいこともある。特に、なんで幼体になったのかは教えて欲しいな。しかし、まずは挨拶代わりの一発だ。幼体になるとともに、生娘にも戻ったみたいだが、三つ数えるあいだに濡らせ。数え終わったら、その小さな幼児まんこに、俺の怒張をねじ込む。準備ができてなくて乾いた状態だろうが、お構いなしだ」

 

 ロウがサキの前に回り込んで言った。

 

「えっ」

 

 サキの目が大きくなる。

 だが、またもやサキを拘束する枷が動いて、サキの小さな身体が引きあがる。

 サキの脚は白い地面から離れて、腰がロウの腰まであがった。

 さらに、一瞬にして、ロウの腰から下着が消える。

 こちらから見えるのは、ロウのお尻側になるが……。

 

「ひいっ」

 

 幼いサキの顔に恐怖が走ったのがわかった。

 

「どう見てもサイズが合わないからなあ。痛いなんてものじゃないと思うぞ。せめて、濡らした方が多少は膣が裂ける激痛も軽減するかもしれんな……。ひとおおつ……」

 

「ま、待ってくれ、主殿。わ、わしは……」

 

「話は後だ……。まずは、折檻からだ。もっとも、これはまだ、折檻には入らないけどな。ふたああつ……」

 

「だ、だが、濡らすって、どうやって……」

 

「みっつ──」

 

 ロウが一歩前に出てサキに密着し、サキの腰を下から押し上げるような仕草をした。

 サキの小さな身体がぐんと持ちあがる。

 

「うぎゃあああああ」

 

 そして、サキの絶叫が響きわたった。



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868 妖魔将軍の再出発

“(サキ)

  (元一郎の眷属)

 魔族、女

 年齢1歳

 ジョブ

  妖力(レベル80→1)

  魔族支配力(レベル50→1)

 生命力:100

 攻撃力:3000→1000(素手)

 魔道力:900→10(再生術に変換)

 経験人数:なし

 淫乱レベル:S→D

 快感値:100→500

 能力

  仮想空間術(停止中)

 状態

  幼体再生中”

 

 

 *

 

 

 最初に接したとき、ベアトリーチェと親しげに会話している真っ赤な髪の幼児が誰なのかわからなかった。

 いや、一郎自身がサキとベアトリーチェを亜空間に収納して、ぼろぼろの身体と精神を休ませていたのだから、当然にその子供はサキに決まっているのだが、そこにいたのは、魔族の幼児を思わせる小さな身体であり、人間であれば、五歳か六歳くらいの童女だったのだ。

 だから、すぐに知覚できなかった。

 

 ただ、童女の赤い頭に小さいが二本の曲がった角があり、四肢の膝から下と肘から下には白い毛があって、この世界における魔族の身体をしていた。

 もっとも、手足の毛の色が透明に近い白なので、毛深いという印象はない。体形は、まさに五歳程度の童女のそれであり、つるんつるんである。

 しかし、よくよく見れば、顔にはサキの面影があった。

 

 それで咄嗟にステータスを読んだのだが、さらに驚くことになった。

 まずは、名前がなくなっている。

 ステータス表記から、高位魔族の特徴だと聞いた真名がなくなり、一郎には括弧書きで表示されて認識できる“呼び名”だけになっている。

 そして、年齢は“1歳”だ。多分、いわゆる数え歳の算定で、生まれたばかりという意味なのだろう。

 状態に“幼体再生中”とあるから、首だけになったサキが本来の能力を犠牲にして、首から下の身体を再生したのではないかということについては、想像がついた。

 

 これについては、ほっとした。

 ラポルタは、サキの胴体は、再生不可能な処置をしたということらしく、スクルドもガドニエルも、そうなった魔族の身体を蘇らせる方法はちょっと思いつかないと言っていたし、そもそも、首だけになって生きていることそのものが、考えられないとふたりとも言っていた。

 もちろん、努力するとは約束はしたが……。

 とにかく、一郎は、淫魔術を駆使して、サキの身体を復活させるつもりだった。

 だから、自力で復活したなら、これにまさるものはない。

 心の底から安堵した。

 

 だが、変わりすぎている。

 名前も消え、“80”もあった妖力のレベルは“1”になり、魔道力も“10”だ。

 これは、人間族の魔道遣いでも並以下だ。

 ステータスとかレベルとかいうのが、一郎だけにしか見えない魔眼力によるものなので、それに関する明確な指標のようなものはないが、これまでに接した者たちを考えると、魔道力が“10”程度では、魔道は遣えず、魔道具を使って魔道を発生させる程度だったと思う。

 素手の攻撃力もかなり強いものの、能力はかなり低減している。 妖魔将軍として数多くの妖魔を眷属化していた“魔族支配力”もまた失ったみたいだ。

 

 なによりも、一郎の眷属の項目に“元”がついている。

 しかも、消えかかっている。

 以前につけてやった“淫魔の刻印”もない。

 これもまた、予想だが、サキが再生術で肉体というよりは、存在そのものを作り直したからだろう。

 その結果として、能力の大半を失い、一郎との関係を含むほかの眷属たちとの繋がりを失い、真名も消滅することになったのだと思う。

 

 だが、かっとなった。

 ほかの眷属たちとのことなどどうでもいいし、真名がなくなったなら、高位魔族としては万々歳だろう。

 しかし、一郎との関係がなくなったのは許せない。

 一瞬にして、頭に血が昇った。

 誰が、サキを手放すものか──。

 

 だから、本来はサキからの付与されたものだった一郎の仮想空間術を駆使して、幼体のサキを一瞬にして拘束した。

 二本の柱を出現させ、幼体のサキの四肢を限界まで伸ばして拡げさせ、柱に手首と足首を枷で繋げてやったのだ。

 

「うわっ」

 

「もしかしなくても、この魔族の子供は、どうやらサキのようだな。よくわからないが、首から下を復活する方法があったのか……。よかった。どうやったら、首だけのサキに折檻ができるのかと考えていたからな。心置きなく、罰が与えられるよ」

 

 苛立ちのまま、サキに声をかけた。

 

「あっ、天道様」

 

 サキに向かい合っていた裸のベアトリーチェが声をあげた。

 こっちは元気そうだ。

 亜空間に収納する直前は、心が動顛仕切っている状態、すなわち“ヒステリー”、さらに言い換えると、いわゆる“極度の興奮状態による精神隔離”の状況だった。しかし、すっかり落ち着いているようであり、ベアトリーチェについては安堵した。

 一郎は軽く手だけで、ベアトリーチェに挨拶をした。

 とにかく、サキのことだ。

 

「えっ、主殿(しゅどの)が──?」

 

 幼体のサキが嬉しそうな声を出して、振り返ろうとした。

 一郎は、サキの背中に面するように、ここに出現していたのだ。

 サキが、一郎のことをまだ“主人”として認識しているみたいだ。それについては嬉しかった

 性奴隷とか、眷属とかの繋がりなどなくても、一郎は女たちと結びついているつもりだし、そんなものに頼らなくても絆があるんだと信じている。

 だが、それは一郎の自惚れかもしれないし、ましてや、サキは妖魔、魔族中の魔族だ。

 一郎が思っている心の繋がりなど存在しないかもしれないじゃないか。

 だから、よかった。

 しかし、それとこれとは別だ。

 

 いずれにしても、サキを逃がすつもりはない。

 サキにとって理不尽だとしても、切断されてしまったのなら、再び強引に主従関係を結び直すだけだ。

 それに、魔族の(さが)とはいえ、サキのやったことは、簡単には許してはいけないことである。

 人間族の法に照らせば、間違いなく、ルードルフ王と一緒に処刑しなければならない罪だ。

 

 これを闇に葬るのだ。

 その分、一郎がサキに罰と罰として認識させるだけのことをしなければならない。

 人間族の掟が魔族のサキに理解できないのであれば、理解させるのも、一郎の役目である。

 そういう意味では、今回のサキの罪は、一郎の罪でもあると思っている。

 その代わり、誰にも手は出させない。

 一郎は、サキを柱に繋げている枷の位置をずらし、片脚だけ大きくあげる格好にしてやった。

 

「どわっ」

 

 サキが悲鳴のような声をあげた。

 

「さて、サキ。言いたいことも、聞きたいこともある。特に、なんで幼体になったのかは教えて欲しいな。しかし、まずは挨拶代わりの一発だ。幼体になるとともに、生娘にも戻ったみたいだが、三つ数えるあいだに濡らせ。数え終わったら、その小さな幼児まんこに、俺の怒張をねじ込む。準備ができてなくて乾いた状態だろうが、お構いなしだ」

 

 一郎はできるだけ酷薄に聞こえるように言った。

 サキは言われたことの意味がすぐには頭に入らなかったみたいだ。

 一郎はサキの前に回ると、さらに片足立ちの身体全体を引きあげ、一郎の腰が幼体のサキの腰とほぼ同じ高さになるようにした。その結果、小さなサキは、足が地面から離れて引きあがるかたちになる。

 また、下着一枚だけの格好だったが、その自分の下着を消滅させる。

 サキの眼には、すでに勃起している一郎の怒張が視界に入ったはずだ。

 

「ひいっ」

 

 幼体のサキの顔が引きつる。

 やっと、自分の小さな膣に、この勃起した男根をねじ込まれるのだということを理解したのだろう。

 

「どう見てもサイズが合わないからなあ。痛いなんてものじゃないと思うぞ。せめて、濡らした方が多少は膣が裂ける激痛も軽減するかもしれんな……。ひとおおつ……」

 

 さらに怖がらせようとして言った。

 すると、思いのほか、サキは心の底からの恐怖を顔に浮かべた。

 膣が裂けるどころか、手足が切断されてもけろりとしていそうなサキだったと思うが、再生術とやらで、能力も消失して、身体も小さくなると、それに相応して心も弱くなるのかもしれない。

 これはこれで、怯えるサキも新鮮だ。

 

 それはともかく、多分サキの膣は裂けるだろう。

 ただ、一郎が支配し直してしまえば、すぐに淫魔術で治療もできる。

 いずれにしても、これは懲罰だ。

 一郎は快感なしに、女を抱くことはほんとないが、いまこのときだけは、ほんの少しも快感も与えることなしに、激痛だけを与えて、サキを苦しめることを決めている。

 

「ま、待ってくれ、主殿。わ、わしは……」

 

「話は後だ……。まずは、折檻からだ。もっとも、これはまだ、折檻には入らないけどな。ふたああつ……」

 

「だ、だが、濡らすって、どうやって……」

 

 幼いサキが泣きそうな顔になる。

 どうにかして、ちょっとでも股間を濡らそうと考えているみたいだ。

 だが、再生前に一郎の調教で“S”になっていた「淫乱レベル」も、これもまた再生術の影響か、“D”になっている。

 いまのサキには、愛撫なしに股間を濡らす手段はないと思う。

 

 そもそも、童女だし……。

 幼体としての身体の再生により、性経験もご破算になっているから、このサキが処女に戻っているのは間違いない。

 いや、そもそも、この童女体形で処女かどうかなどの推察そのものが無意味か……。

 

「みっつ──」

 

 一郎は拘束している小さなサキの腰を抱え、最低限の潤滑油を自分の股間にまとわせただけで、力いっぱいにサキの膣に怒張をねじ入れた。

 

「うぎゃあああああ」

 

 サキの悲鳴が轟いた。

 

「サキ様──」

 

 ベアトリーチェが後ろで心配そうな声をあげたのが聞こえた。

 

「ベアトリーチェ、この後、お前も犯し直すから大人しく待ってろ。それとこいつをサキと呼ぶな。サキというのは、ルードルフ王と一緒に、王国を惑わせた悪女として処刑されるルードルフの寵姫の名だ。こいつはサキじゃない」

 

 ルードルフはイザベラが凱旋するとともに、すぐに民衆の前で処刑するが、ルードルフ王とともに、王宮を我が物顔にしたことになっているテレーズ女伯爵と寵姫サキは死なねばならない。

 とりあえず、すでに死んだことにして処刑そのものは行わないが、死んだ証拠として準備する死骸の偽物は、ルードルフ王の首とともに晒すつもりだ。

 だから、ここにいるサキの名は変える。

 

「あがあああ、いたいいいっ、主殿(しゅどの)……。わ、わしは……」

 

 激痛に見舞われているサキが涙をこぼしている。

 痛いだろう。

 一郎は、無理矢理にねじ入れたサキの小さすぎる膣がやはり、中で裂けて血が流れ出していることを感じている。

 それでも、一郎はサキの腰を掴んで、無理矢理に律動した。

 

「あぎゃあああっ、ひがああああ」

 

 サキが獣のような悲鳴をあげて暴れる。

 しかし、いまのサキには抵抗の手段はない。

 だが、やっぱりサキは、いまこの瞬間の、まだ淫魔の再支配をしていない状況でも、一郎の眷属になりたいと思ってくれているのだと確信した。

 サキには、最初から一郎に抵抗する素振りは皆無だった。

 

「いいか──。お前はもう一度やり直しだ──。躾も、調教も一からやり直す──。徹底的に再教育だ。人間族の掟もわかってなかったようだが、やっていいことと、やってもいいことを身体の脳みそに叩き込む。動物のように痛みでな──」

 

 一郎は律動を続ける。

 

「いぎいいいっ、あがあああ」

 

 律動とともに、サキの股間から血が漏れる。

 サキがぼろぼろとさらに涙をこぼす。

 

「ひがあっ、があっ、わ、わしをしつけて……。だ、だが、わしは、もうなんの能力もなくて……や、や、役立たずで……。むぎいいいっ」

 

 サキがぐたぐたとなにかを言いかけたが、一郎は律動の激痛で中断させる。

 それよりも、一郎が聞きたいのはただひとつの言葉だ。

 

「御託はいい──。俺の眷属に……性奴隷になり直すのか。いやなのかだけを言え──。もっとも、結論は決まっているけどな。お前がいやだと言っても、無理矢理に、俺はサキを眷属にし直す。能力があろうが、なかろうが関係ない──。お前も生涯、俺の女のひとりだ。逃げられると思うな──」

 

 強引に腰を動かし続ける。

 サキは痛いだろう……。

 苦しいだろう……。

 

「んぎいいいっ、しゅ、しゅどのおお──」

 

 激痛に顔を歪めながらも、サキの眼が大きく見開いた。

 サキが涙を流しながら、一郎を見つめてきた。

 

「わ、わしを──。しゅ、主殿のおおお──おんなとおおお──まだ──みとめてくれるのかああ──? あがあああ──」

 

 サキが悲鳴をあげつつ、一郎に吠えるように叫んだ。

 

「当たり前だ──。お前も俺の大事な大事な女のひとりだ──。それなのに、悪さしやがって、これでもか──。これでもか──。人間族の法では、お前を殺さないとならないんだぞ──。こんちくしょう──。この馬鹿たれががあ。並大抵の罰で許すと思うな──。このあほたれえ──」

 

 一郎は律動をしながら叫んだ。

 サキが暴れながら悲鳴をあげる。

 だが、そのサキの顔に喜色が浮かんでいるように思った。

 

「あ、ああっ、あがああっ、あ、ありがとう──。しゅ、しゅどのおお──。な、ならば、もっとじゃああ──。もっとしつけてくれ──。もっと、罰を──。わ、わしは、主殿の眷属でいたいいいい──あがあああっ」

 

「よくぞ言った。お前は俺の女だ──。逃がさないからな──」

 

 一郎はぎゅうぎゅうに締めつけられるサキの膣に精を放った。

 支配の感覚がやってくる。

 それを利用して、サキから痛みを消してやる。

 傷ついた膣も、あっという間に治療した。

 そして、痛みを消せば、童女といえども、残るのは快感だけだ。

 しかも、一郎は膣の治療に合わせて、裂けた場所をクリトリスと同じ性感器官として再生してやった。この膣で一郎や淫具を受け入れさせれば、この幼体といえども、簡単に快感を覚えるに違いない。

 一郎が激しかった律動に変えて、一転して、ゆっくりと揉むような刺激にしてやると、サキの顔が呆けたような赤ら顔になっていく。

 

「あっ、ああっ、き、気持ちいい……。しゅ、主殿と……愛するのは……き、気持ちいい──、ふわあああっ」

 

 サキが甘い声をあげる。

 

「わかってるな? さっきのは罰にもならないぞ。みんなの前で徹底的に罰を与えるからな。覚悟しろ──。簡単には許されんぞ──」

 

 一郎は小さな律動をしながら怒鳴った。

 だが、今度は快感を与えるように抱いている。

 幼いサキの身体では愛撫で快楽を拾えないが、性感帯を操る一郎の技で無理矢理に性感帯を作ってもいる。

 流れていた血に、サキの膣から新たにこぼれる体液が混ざり合うのがわかった。

 

「あっ、ああっ、うん、うん、主殿──。う、うんと、わしを懲らしめてくれ──。あ、あああっ、そ、その代わり、捨てんでくれ──。わ、わしはああっ、もうなんの能力もないが、あ、ああっ……」

 

「やかましい──。俺の女であることと、能力なんて関係ない──。それよりも、いけ──」

 

 一郎はさらにサキの身体の快感を急上昇させる。

 これだけあげれば、童女でも十分に絶頂できる感度にだ。

 

「ああああああっ」

 

 サキが小さな身体をがくがくと震わせながら、一気に絶頂に向かって、快感を飛翔させていく。

 

「ひあああっ、あっはああっ」

 

「しっかり味わえ──」

 

 一郎は再び精を放った。

 

「ほおおおっ、しゅ、主殿おおお──」

 

 幼いサキが涙を流しながら絶頂した。

 

「いいか、お前は今日から“リリス”だ。俺の元の世界では、罪を犯した最初の女性ということになっている。そのリリスの名でやり直せ」

 

「ああ、わしはリリス──。リリスじゃ──。あ、ありがとう、主殿──。ああああ」

 

 サキ、いや、リリスがまだ続いている一郎の射精とともに快感の頂点を極め、ついには、力尽きたのか、がっくりと気を失って脱力してしまった。

 

 気絶の直前に垣間見たステータスのリリスの部分は、呼び名であることを示す括弧が外れていた。

 もしかしたら、“リリス”が本物の名となったという意味であろうか……?

 一郎は、気を失った、サキならぬリリスの拘束を一度解き、優しく床に横たえてやった。

 

 

 *

 

 

“リリス

  一郎の眷属

 魔族(再生中)、女

 年齢1歳

 ジョブ

  妖力(レベル10)↑

  魔族支配力(レベル1)

 生命力:100

 攻撃力:1000(素手)

 魔道力:300↑

 経験人数:男1↑

 淫乱レベル:C↑

 快感値:400↓

 能力

  仮想空間術(再生中)

 状態

  幼体再生中

  淫魔師の恩恵↑

  性奴隷の刻印↑”





【サキ】

 第一帝政直前のハロンドール王国に現れ、女官長テレーズ=ラポルタとともに、兇王ルードルフの寵姫となって、ルードルフ王を破滅に追いやったとされる悪女。遠国の王族と記録されているが、そもそも、遠国というのがどの国を示していたのはかわからない。
 当時は、好色のルードルフ王に(まいない)として奴隷女を提供する際、異国の高貴な女だという触れ込みで渡すのが多く行われていたとされており、サキもそういった女のひとりではなかったと推測されている。

 ルードルフに媚びるため、王都に所在していた高位貴族の子女を園遊会と称して集め、強引に後宮に監禁して、ルードルフに陵辱の限りを尽くさせた。(『園遊会事件』の項目も参照。)
 ルードルフやテレーズ=ラポルタとともに放蕩の限りを尽くしたといわれているが、兇王ルードルフの蛮行に対して、政変を起こした独裁官のロウ=サタルス及びイザベラ女王(当時は王太女)が王都に乗り込む直前に、テレーズとともに、そのルードルフに殺された。

 ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


 

【作者より】

 旧約聖書では、原初の男女は、アダムとイヴということになっていますが、人類の母であるイヴと、禁断の実を食べて罪を犯した最初の女は別の存在だという説もあるそうです。
 そのイヴではない、アダムの最初の妻は“リリス”と名前がつけられています。
 なお、イヴがアダムの二度目の妻である根拠は、神はアダムの肋骨から最初の女性を作ったはずなのに、調べても男女の肋骨の数が一緒、もしくは、男の方が多いからだそうです。


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869 天道様、ご乱心―放尿遊び

 一郎は、気を失った、サキならぬリリスの拘束を一度解いて床に横たえると、すぐに革の手錠を出して両手首を拘束する。

 さらに、脚を閉じることができないように、両膝のあいだに肩幅ほどの金属の棒枷を挟ませ、その両端にある革枷で膝のすぐ上で拘束してしまう。

 それにしても、破瓜の性交程度で気を失うとは、幼体になってしまったことで、こいつも随分と体力がなくなったものだと感じた。

 

 まあいい。

 当面は、王宮に作る予定の一郎の執務室にでも置き、メイドの真似事でもさせることにしよう。

 妖魔将軍として他人にかしずかれていたリリスにとっては罰になるはずだし、一郎と一郎を訪ねてくる者を観察することで、人間族について学ぶ勉強にもなるだろう。目立つ角だけ隠させれば問題もないと思うし、幸いにも幼体になってしまったので、寵姫サキとリリスを結びつける者もいるわけもない。

 もっとも、一郎を訪ねてくるのは、結局のところ女が多いような気もするので、人間族の勉強になるかどうかは知らないが……。

 

 次に、このところ全員の女に付け直しをさせている真っ赤なチョーカーを幼体の細い首に嵌める。

 嵌めるとちゃんと細くなり、いまのリリスにぴったりと合うような大きさになって、リリスの首に装着された。これは、一郎の淫魔術なしには、たとえガドニエルの魔道でも外すことはできない。

 普段はなんの飾りもないつるつるの表面のチョーカーだが、淫魔術を込めると好きなように留め具をチョーカーの表面に出現させることができる。前後に留め具を出させると、前側の小さな金具に短い鎖をつけ、意識が戻っても、顔が床から離せないように床から拳ひとつほどの長さで、鎖の反対側の端を杭で固定してやった。

 そして、チョーカーの後ろ側の留め具には、さっき手首につけさせた革枷の手錠の鎖の真ん中を繋げてしまう。

 これで、リリスは、首の後ろから両手を離すことはできない。

 

 最後の仕上げは、掻痒剤の油剤だ。

 いまだに気を失っているリリスの幼い股間と尻の穴にこれでもかと塗りこめてやった。

 塗るというよりは、油剤を指でふた穴に押し込む感じだ。

 未発達の性器の表面にもまんべんなく塗る。

 意識が戻れば、のたうち回ることは間違いない。 

 ここまでやって、やっと顔をあげた。

 

「さて、待たせたな、ベアトリーチェ。あの地下牢では錯乱していたが、やっと落ち着いたみたいだな」

 

 一郎は離れた場所で呆然としていた感じだったベアトリーチェに近づく。

 ベアトリーチェは、所在なげに立っていたが、一郎がやってくると、はっとしたように両手で裸身を隠すようにした。

 一郎は微笑んだ。

 

「羞恥を忘れないのはいいな。首を出せ。このチョーカーは俺の女の証だ。もっとも、いろいろと術がこもっていて、ただの装飾具じゃないけどな。とりあえず、俺の玩具になって弄ばれる象徴だ。二度を外れないぞ」

 

 亜空間から準備しておいた深紅のチョーカーを取り出す。

 ベアトリーチェが目を見開いた。

 

「あ、ああ、やっぱり、わたしを性奴隷にしていただけるのですね、天道様──。感激です──。ああっ、夢ではなかった。ありがとうございます──」

 

 すると、ベアトリーチェがぼろぼろと涙を流し始めた。

 

「また、天道様か……。それに、いちいち大袈裟だなあ。感謝する必要はない。お前は、リリスと名前を変えた馬鹿たれサキに不本意にも囚われてひどい目に遇わされ、さらに、あいつの部下だったラポルタに拷問され、そして、俺からまた囚われるんだ。自由な意思を奪われた性奴隷としてね」

 

 一郎はベアトリーチェの首にチューカーを嵌めた。

 考えてみると、淫魔師のレベルの向上とともに、女に対する執着心も高くなっている気もする。もっと最初のころは、強すぎる淫魔術の隷属効果を気にして、できるだけ無理矢理に関係を結ぶことは避けてきたが、いまでは開き直った感じだ。

 なにしろ、立場が変わるにつれ、自分の女たちを守るためにどうしても増やさないとならない場合もいるし、新しい女を無理矢理に隷属することを躊躇(ためら)って、その結果、一郎を慕ってくれている女性たちを危険にさらすわけには絶対にいかないのだ。

 だが、その結果として増やした女に対しても、一郎は強い執着心を感じてしまう。

 目の前のベアトリーチェの場合は、隷属がどうしても必要だったわけではないが、地下牢で見たときには完全に頭が狂っており、一郎が支配して淫魔術で治療しなければ、いまのようにまともに話すこともできなかったのは間違いない。

 だから隷属した。

 しかし、実はこうやって淫魔術による処置が終わってしまえば、支配を消滅させて解放することもできる。

 だが、一郎はそれはしたくないのだ。

 淫魔術による支配というのは、おそらく一方的なものではなく、交互的な側面もあるのだろう。

 すでに、一郎は、ベアトリーチェを自由にさせる選択肢を完全に考えられなくなっている。

 一方で、ベアトリーチェは感激したように身体を小さく震わせた。

 

「ああ、嬉しい──。ありがとうございます、天道様──」

 

「だから、その天道様というのはなんだよ?」

 

 一郎は苦笑した。

 

「ロウ様をお慕いするわたしたちの気持ちです。これが夢でないのであれば、どうか、わたしたちがロウ様を天道様と呼んで敬愛することをお許しください。汚された身体ですが、天道様の信者の末端に加えて欲しいのです。お願い致します」

 

 ベアトリーチェがいきなりその場に土下座をした。

 

「信仰か……」

 

 そういえば、ナールも同じようなことを口にしていたか……。

 あいつの場合は、一郎に対する態度こそ普通だが、スクルドに対してはなにかおかしかった。足先に口づけをしようとしてたっけ……。

 まあ、スクルドが神殿を円満に抜ける状況を作るために、自分の死を工作したことは聞いていて、それにより、スクルドがいつの間にか神格化され、「救世主」とか呼ばれているのまでは認識した。

 だが、なぜ、一郎まで巻き込まれているのだ?

 そういえば、遊ぶのに夢中で、ナールにもちゃんと訊問してなかったが、ベアトリーチェに訊ねればある程度はわかるのだろうか?

 

「あのなあ、天道様というのは神様のことだろう? 俺は神ではないぞ……。それと頭をあげろ」

 

 一郎は言った。

 ベアトリーチェは両膝を床につけたまま、上半身だけをあげる。

 

「もちろんです。でもクロノス様です。クロノス様というのは、天道様であり、わたしたちにとっては、信仰の対象です」

 

 ベアトリーチェははっきりと言った。

 だが、いま少し話が通じている感覚がない。

 

「信仰というのは、神様を信じて崇めることだろう?」

 

「わたしたちは、天道様を信じて崇めております。天道様が神様かどうかは関係ありません」

 

「そうしろと、サキ……いまは、リリスに改名させたが……、あいつに強要されたからだろう。だが、もういいんだ。これからあいつには、たっぷりと折檻する。あれの命令に従う必要はない」

 

「わたしたちは、誰にも強要されておりません。わたしたちが天道様を崇めるのは、わたしたちの純粋な意思です。その意思を強化するために、様々なことをしましたが、それもまた、わたしたちの意思です。それと、サキ様、いえ、リリス様への折檻は必要ありません。わたしたち全員は、リリス様に命を助けられたのですから……。監禁されて調教を強要されたことも、ありがたいと考えこそすれ、恨みなど、毛頭ありません。どうか、リリス様に寛大な処置を……」

 

 ベアトリーチェが再び頭をさげる。

 

「わかったから……。頭をあげろと言うのに……。まあ、こいつへの懲罰のことはともかく、さっきから、ベアトリーチェが“わたしたち”というのは、これが集めた奴隷宮にいる女たちのことか?」

 

「はい、天道様」

 

 ベアトリーチェは床に両手をつけたまま顔だけをあげた。

 どうやら、ベルズが言ったとおり、奴隷宮の中で、スクルドを救世主様とし、一郎を天道様とする信仰のようなものが流行っているのは事実のようだ。

 スクルドの死の偽装を発端として、おかしな信仰が王都内に発生し、それが奴隷宮も席捲したということか?

 まあ、大きな実害がないのならいいのだが……。

 一郎は嘆息した。

 

「まあいい……。とりあえず、呼び方は自由にしていいよ。天道様でも、ご主人様でも、ロウと呼び捨てでも、なんでも好きなように呼べばいい。ほかの女たちもそうしている。それと、ベアトリーチェはすでに俺の性奴隷だ。いやだと言っても、解放してやるつもりはない」

 

「あ、ありがとうございます。死ぬまで……いえ、死しても信仰を貫きます──」

 

 ベアトリーチェがまたもや、がばりと頭を床につけた。

 一郎は再び息を吐いた。

 

「いいから頭をあげろ──。三度も同じことを言わせるな……。いや、やめた。縛ってやる。膝を床につけて背中で両手を組んで、俺に背中を見せろ。お前らが天道様と呼ぶ俺が、相当の下衆男だと知るといい。そして、俺に囚われてしまったことに失望しろ。だが、その俺に無理矢理に服従をさせられるのだ。それを知るといい」

 

「無理矢理ではありません。わたしたちは、心からの悦びとともに天道様に服従いたします。わたしたちは、天道様のしもべ……奴隷です。それがわたしたちの憧れなのです。ただただ、そのために恥ずかしい日々を頑張ったのです」

 

 ベアトリーチェが頭をあげて一郎に背中を向ける。

 その両手首に縄をかけて縛りあげていく。

 

「わかった、わかった。とにかく、ずっと囚われていたから、また頭が冷静になりきってないんだよ……。まあ、ほかの者たちはともかく、ベアトリーチェについてはもう遅いけどな」

 

 ベアトリーチェの手首を縛った縄を前に回して、ベアトリーチェの胸の膨らみの上下を二重三重に縄で締めあげていく。

 

「ああっ、か、感動です──。て、天道様に縄をかけて頂けるなど──。そんな光栄なことが……」

 

 縄掛けをされながらベアトリーチェが小刻みに震える。

 もしかして、感動の震えか?

 これまで、色々な女を縛ってきたが、一番個性的な反応かもしれない。

 とりあえず、両腕を後手に緊縛したベアトリーチェを立たせる。

 そして、一郎はその場に胡座を組み、ベアトリーチェに脚を開かせて一郎に対して正面を向かせる。

 

「あっ」

 

 さすがにベアトリーチェは羞恥に身体を赤くし、すぐに脚を閉じようとした。

 しかし、一郎は、とっさに脚のあいだに腕を差し込んでしまい、片側の太腿を抱え込むようにした。これで脚を閉じることはできなくなった。しかも、一郎に掴まれているので、ベアトリーチェの股間が一郎の顔の真ん前だ。

 

「あっ、は、恥ずかしいです。そ、それと、告白することが……」

 

 ベアトリーチェが消え入るような声で言った。

 そして、身体をもじもじと動かす。

 さすがに、これだけの距離で性器を凝視されるのは恥ずかしいか……。

 

「告白? こうやって、見られているだけで濡れていることか? 随分と淫乱な身体だな。俺の好みだぞ」

 

 匂いですでにわかっていたが、ベアトリーチェの股間はびっしょりと濡れていた。

 おそらく、緊縛される前からべっとりと愛液を股間から垂らし続けていたのだろう。これは相当のマゾだ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 シャングリアと並ぶ騎馬の腕と、武術──。

 それに加えて、見られて濡れるマゾ……。

 このところ、面白い拾いものばかりだ。

 ラスカリーナといい、ナールといい、このベアトリーチェといい……。

 

「ち、違います──。いえ、違いませんけど……。そ、そちらについては、天道様に見られているのだと思うと、は、はしたなくも我慢できなくて……。で、でも、そ、それよりも、わ、わたしには、すぐにおしっこを漏らす体質が……」

 

「ああ、放尿癖のことか? あの地下牢でもそんなことを言っていたな。実際に小便もかけられた」

 

 一郎は笑った。

 確かに、ステータスにも“放尿癖”とある。

 あのときは、ベアトリーチェが話しかけているあいだにパニックになって最後まで聞けなかったが、サキに監禁されて調教しているあいだに、いやがらせで毎日放尿を禁止されているうちに、ついには自分で制御することができなくなったという趣旨のことを口にしていたと思う。

 まあ、一種の心理的なものだろう。

 そのうちに治ることは間違いない。

 愉快な性質なので、治ってもらいたくない気もするが……。

 

「ああ、やっぱり、あれは本当にこと……。も、申しわけありません。わ、わたし……」

 

「気にするな。小便どころか、女たちから出るものなら、大概のものは身体に浴びるぞ。それをいやがっていたら、お前たちのご主人様はできない。そのうち、大便の世話もしてやろう。どの女たちにも、一度以上はしてやっている。俺の目の前で大便をしてから、俺に尻の穴を洗われるんだ。指でな」

 

 一郎は微笑みながら、ベアトリーチェに見えるように、宙で指で尻の穴を拭く動作をしてやった。

 片脚に腕を回して持っているベアトリーチェの裸身がびくりとなった。

 

「ま、まさか──。そんな恥ずかしい姿を見られたら、死んでしまいます」

 

 ベアトリーチェが絶叫するように言った。

 一郎はさらに声をあげて笑った。

 

「恥ずかしくて死ぬかどうか、是非試させてやろう。だから後悔しろと言ったんだ。そうやって、どうしても承諾できないことを、毎日、無理矢理にやらされるんだ。それが俺の性奴隷になるということだ。さて、そう話しているあいだも、随分と垂れるものだ。もう俺の腕もぐっしょりだぞ」

 

 一郎は指摘した。

 ベアトリーチェの股間から滴り続ける愛液の量が凄まじくて、太腿を抱え込んでいる一郎の腕をたっぷりと濡らしている。この愛液がまるでおしっこのようだ。

 それくらいに垂れ流れているのだ。

 反対側の脚などは膝まで愛液が届くどころか、脚の内側を伝って、足首まで達している。

 一郎はベアトリーチェの薄い股間の繊毛に手を伸ばして、すっと撫でた。

 

「ひやあああ──。ああ、も、漏れます──。か、感じると漏れるんです。が、我慢できなくて──。ま、ましてや天道様に触れられたら」

 

 ベアトリーチェが焦ったように、無意識なのか、身体を前に倒して一郎を振りほどこうとするように腰をひねり動かす。

 一郎は陰毛をがっしりと掴む。

 

「ひぎいいっ」

 

 自分の身体の動きで陰毛を引っ張られるかたちになり、ベアトリーチェが身体を伸びあげさせて絶叫する。

 だが、いまだに一郎はベアトリーチェの陰毛を掴んでいる。

 これ以上は動くことはできない。

 

「あっ、あっ、ああっ、も、漏れます……。は、離れて……。離れてください──。も、漏れますうっ──」

 

 すると、ベアトリーチェががくがくと身体を震わせだした。

 刺激を受けて、一気に放尿感が高まったみだいだ。

 だが、それを我慢することは難しいのだろう。

 一郎は面白いことになったと思った。

 

「ほう、小便がしたいのか? それと、このまま動くな。天道様のご命令だ」

 

 一郎は陰毛から手を離して言った。

 ちょっと思いついたことがあって、亜空間からたっぷりの泡がのった石鹸水に刷毛、さらに、この世界にはなかったが、わざわざ作らせた安全カミソリを取り出して床に置く。

 

「は、はいっ」

 

 一方で、“天道様の命令”という言葉で、ベアトリーチェは極端すぎる反応をして、身体を一気に硬直させた。

 驚いたことに、息までとめてしまった。

 一郎は笑ってしまった。

 

「息はしろ。小便はさせてやろう。ただし、俺の性奴になった証に、この毛をつるつるに剃ってやる。もうほとんどの女の股の毛は剃っているから、こうやって残っている陰毛の方が新鮮な気もするが、やっぱり俺の性奴の股間はつるつるでないとな。そして、剃った股に俺の故郷の文字でちょっとした入れ墨をしてやろう。それまで小便は禁止だ。必死で我慢しろ。もしも、途中で洩らしたら、“天道様”と呼ぶことを禁止にする」

 

 一郎は床にある刷毛を石鹸水の浸かっている容器に入れ、たっぷりと石鹸水と泡を吸わせる。

 こうやって、泡がたったまま時間をとめて亜空間に置いておけるのだ。

 つくづく便利な能力だと思う。

 

「そ、そんなああ──。そ、それだけはお許しください──。わ、わたしたちから信仰を取りあげないでください。それだけは──」

 

 一方で、ベアトリーチェが悲痛な声をあげた。

 “天道様”と呼ぶなということが、そんなに衝撃的なことなのだろうか?

 だったら、ますます面白い。

 

「だったら、必死で小便を我慢しろ。俺の性奴隷になるということは、小便も自由にできないんだ。性奴隷になるということはそういうことだ」

 

 一郎は言った。

 刷毛を手にとる。

 そのときだった。

 

「あ、ああっ、せ、性奴隷は、お、おしっこの自由もない……。管理される……。おしっこを……。したくても許されない……。そして、丸一日我慢させられて……。また、禁止される……。ああ、あああああっ。わたしは、わたしはああ、あああああっ」

 

 突然にベアトリーチェが喚きだした。

 そして、膝をがくんと折ったかと思うと、身体をがくがくと震わせた。

 唖然としたことに、その場で軽く達してしまったみたいだ。

 さすがに、これには一郎もちょっと驚いた。

 

 だが、やっとわかった。

 ベアトリーチェの放尿癖は、毀されてしまった尿意に対する耐性のことだけじゃない。

 そうやっておしっこを我慢させられることに、ベアトリーチェはすっかりと快感を覚えるようになってしまい、だから、逆にのべくまくなしに失禁することで、無意識に誰かに、尿意制限を受けることを期待しようとしていたのではないかと思う。

 とにかく、いま一郎がベアトリーチェの放尿を管理するようなことを口にした瞬間、ベアトリーチェは感極まって絶頂をしてしまった。

 いずれにしても、なんという面白い体質だろう。

 是非とも、この身体で遊ばないと気が済まない。

 

「さて、じゃあ、ゲームの時間だ。しかし、絶対に剃毛が終わるまで尿を出すなよ──。もしも、失禁したら信仰を禁止する。ベアトリーチェだけじゃなく、奴隷宮の全員にだ」

 

 一郎は言ってみた。

 ベアトリーチェが激しく震えだした。

 今度は快感の震えじゃない。

 

「ひいいっ、そ、それだけはお許しを──。そんなことになったら、わたしはみんなに顔向けが……」

 

「だったら、死ぬほどに我慢すればいい。それと動くな」

 

 一郎は、ベアトリーチェの股間の陰毛を泡付きの石鹸水の染み込んだ刷毛で柔らかく撫であげた。

 同時に、ベアトリーチェの膀胱を限界まで水分でいっぱいにしてやる。

 ただでさえ放尿癖のあるベアトリーチェに、物理的にも限界の尿意を与えてやったのだ。

 

「ひいいいいっ、ひいいっ」

 

 ベアトリーチェがおかしな奇声をあげて、大きく身体を悶えさせる。

 

「動くなと命令しただろう。二度と言わんぞ──。今度、逆らったら、問答無用で天道様禁止だ──。ほうら、頑張れ」

 

 一郎はわざと怒鳴るとともに、もう一度刷毛で股間を撫でてやる。

 意図的にクリトスリとその周りをくるくると刷毛の先で刺激しながら……。

 

「あくううっ、て、天道様あああ」

 

 ベアトリーチェが悲痛な声をあげて、全身を強張らせた。



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870 天道様、ご満悦―放尿遊び

「あくううっ、て、天道様あああ」

 

 ベアトリーチェががくがくと身体を震わせて悶えた。

 そのあいだにも、一郎が手に持っている刷毛は、女陰の表面からクリトリスにかけてを柔らかくくすぐり続けている。

 

「いいいいいいっ」

 

 ベアトリーチェの裸身がぴんと突っ張った。

 

「もう、終わりか? 早かったな?」

 

 一郎は刷毛の先で尿道口を刺激してやった。

 さすがに、これで終わりだろう。

 ただでさえ、“放尿癖”とスーテタスに表記されるほどに失禁癖のあるベアトリーチェだ。

 しかも、一郎によって、膀胱をぱんぱんにする水分を送り込まれている。

 我慢できるわけはない。

 

「あああっ、わ、わたしたちは──。わたしたちはあああ──」

 

 だが、そのベアトリーチェはがくがくと震え続けるものの、それでも必死に耐え続けている。

 よく我慢できるものだと感心してしまった。

 一郎は、ついさっきリリスを犯したときに使った二本の柱のあいだに、ベアトリーチェを瞬間移動させる。

 両腕は後手縛りのまま、移動とともに両脚を割り開かせた状態で跳躍し、足首と膝をその柱に縄で縛った格好にした。

 仮想空間という一郎の好き勝手にできる場所ならではの能力だ。

 ベアトリーチェは、一瞬にして二本の柱のあいだに、がに股で立たされて固定されてしまったということだ。

 脚を大きく開かせ、さらに放尿を耐えるには苛酷な条件の追加だ。

 

「信仰を続けたければ我慢しろよ。もっとも、俺はおかしな崇拝など認めるつもりはないからな。だから、こうやって理不尽にもベアトリーチェに意地悪をしているということだ」

 

 刷毛を持っている手をベアトリーチェの股間の亀裂から移動し、女性器とお尻のあいだのいわゆる「蟻の門渡り」を滑らせ、ぐっと手を伸ばして、ベアトリーチェのお尻の割れ目に当て、上下にアナルを刺激してやった。

 

「あああっ、あああああっ」

 

 ベアトリーチェが限界まで腰を突き出して、アナルをくすぐる刷毛を避けようとする。

 だが、すでに反対の手に、こっちは刷毛じゃなくて、新たに出現させた太筆が待ち構えている。

 突き出てきた股間をその筆でくすぐる。

 

「ひいいっ」

 

 ベアトリーチェが火にでも炙られたかのように、腰を後方にさげ直す。

 もちろん、そうすれば刷毛の悪戯だ。

 

「きゃあああ」

 

 また、ベアトリーチェが腰を一郎側に突き出す。一郎は大筆を無造作に上下させる。

 

「んきいいっ」

 

 しばらくのあいだ、面白いように、ベアトリーチェの腰が前後に激しく往復した。

 

「あああ、だめえええ、漏れますう──。も、漏れますう──」

 

 腰を前にも後ろにも動かせなくなったベアトリーチェが身体を真っ直ぐに伸ばすとともに、泣きだしてしまった。

 だが、本当によく耐えられるものだ。

 信仰というものは、こんなにも人を耐えさせるのか?

 とりあえず、一郎は刷毛と筆を石鹸水の容器に戻した。

 剃刀を手に取り、ゆっくりとベアトリーチェの陰毛を剃っていく。

 

「ああっ、お、お願いです、天道様……。も、もっと早く……。あっ、あっ」

 

 陰毛を剃られているあいだも、ベアトリーチェはずっと小さく震え続けている。

 おそらく、尿道の筋肉を締め続けているのだと思う。

 だが、一郎は本当に感嘆してしまっている。

 放尿癖どころか、ここまで限界を越えた放尿を我慢できるのは、とんでもない尿道の耐力だ。

 しかし、だからこそ、ついには失禁してしまった絶望の表情も垣間見たいものだ。

 我ながら、とことん鬼畜だと思う。

 

「なにしろ、そんなに震えると剃刀が使いにくいしなあ……。おっと、もう少し泡を足しとくか。なにしろ、次から次にと愛液で流されてしまうしねえ」

 

 半分ほど剃ったところで、わざと剃毛を中断して、石鹸水を股間に塗り足しすることにした。

 しかも、今度は、刷毛でもなく、大筆でもなく、亜空間から新しい小筆を出した。

 それで吸い込ませた石鹸水をクリトリスにねっとりと塗ってやろう。

 すでにこの部分は剃り終わっているが、一番敏感な場所を刺激するのは、単なるいやがらせだ。

 

「いいいいいっ」

 

 ベアトリーチェががに股の全身を反り返らせた。

 しかも、腰を激しく前後に痙攣させている。

 今度こそ、放尿するか?

 一郎は筆を操りながら、ベアトリーチェの決壊の瞬間を待った。

 

「あああっ、天道様あああ」

 

 そして、ベアトリーチェは股間からぴゅっと体液を噴き出させて、絶頂してしまった。

 だが、これは潮吹きではあるが、失禁ではない。

 淫魔術で探っても、ベアトリーチェの膀胱には、いまだにぱんぱんに水分が溜め込まれている。

 今度こそ、一郎は驚愕した。

 絶頂しながらも、失禁に耐えるとは、これはまた、器用なことをやってのけるものだ。

 

「よく我慢したな。偉いぞ。じゃあ、続きだ」

 

 昇天して荒い息をしているベアトリーチェへの剃毛を再開する。

 

「ひっ、ひっ、ひっ」

 

 もう、ベアトリーチェはなにも言わず、おかしな声をあげるだけだ。

 そして、ただただ、大量の脂汗を流しながら、身体を小刻みに震わせている。

 一郎は、ゆっくりゆっくりと剃刀を動かしてやった。

 

 そして、ついには、すっかりと陰毛を剃り終わり、さらにはお尻の周りまで綺麗にした。

 結局、ベアトリーチェは、ついに耐えきったのだ。

 一郎は剃毛の道具を亜空間に収納し、代わりに金属の桶を取り出して、ベアトリーチェの股の下に置いた。

 

「終わったぞ。いずれにしても、放尿癖どころか、とんでもなく我慢強いな。まあ、遠慮なくやってくれ」

 

 一郎はわざとベアトリーチェの前に胡座に座って言った。

 童女のように陰りのなくなったベアトリーチェの股間は、一郎の目の前である。

 また、愛液もすごいが汗もすごい。

 ベアトリーチェの股の下はその愛液と汗で大きな丸い染みが亜空間の床にできている。

 いまは、そこに金属の桶を置いたので、ぽたんぽたんと水滴が金属を叩く小気味いい音が鳴りだした。

 

「ああ……。はあ、はあ、はあ……。こ、このままでしょうか……?」

 

 ベアトリーチェが情けなさそうな表情で言った。

 その顔はすっかりと泣き顔だ。

 

「ああ、そのままだ。それが俺の性奴隷だ」

 

 一郎はうそぶいた。

 

「は、はい……」

 

 ベアトリーチェはがっかりするとともに、諦めたような表情になる。

 これを待っていた。

 

「……ただし、いま出せば、信仰とやらは禁止するけどな」

 

 ベアトリーチェが尿道口への力を緩めかけた瞬間を待って、一郎は言った。

 

「ひっ」

 

 ベアトリーチェが全身を硬くして強張らせた。

 だが、尿道口がちょっと湿った気もしたが、ぎりぎりで放尿は耐えたみたいだ。

 

「ど、どうして……?」

 

 ベアトリーチェが愕然としている。本当にぎりぎりなのか、声はかすれている。

 

「どうしてじゃあるものか。俺は剃毛の後で、入れ墨をするまで耐えろと言ったぞ。まだ剃毛しただけだ。作業は半分だ」

 

 一郎は笑った。

 

「ああ……、そんな……ああ……」

 

 さすがにベアトリーチェは悲痛な顔になった。

 これだけ我慢に我慢した放尿をやっと許されると思った矢先の一郎によるいやがらせだ。

 ベアトリーチェの表情が絶望に染まるのがわかった。

 この顔が見たくて、わざわざ金桶まで準備したのだ。

 まあ、遊びはこれくらいにするか。

 

「わかった、わかった。じゃあ、ベアトリーチェの頑張りに免じて、さすがにすぐに終わらせてやろう」

 

 一郎はきれいになったベアトリーチェの股間の右側の土手に、淫魔術を使って指でお洒落な筆記体で“I”と描いた。

 反対の土手には、“R”だ。

 “一郎”の“I”と、“ロウ”の“R”である。

 いずれも、この世界にはない文字であるし、飾り縁もつけたので、植物の葉でも描いたかのように見えるかもしれない。

 我ながら、形よく描けたと思った。

 

「よし、偉いぞ。じゃあ、約束は守ろう。天道様呼びは禁止しないよ。それと、もう放尿解禁だ。いつでもしていい。罰もなしだ」

 

 一郎は立ちあがるとともに、ベアトリーチェの脚を縛っていた縄を消滅させる。

 そして、片脚を抱えて持ちあげると、正面からベアトリーチェを抱き、怒張をベアトリーチェの股間に貫かせた。

 

「ああっ、そ、そんなああ。ま、まだ、お、おしっこは許されないのでしょうか──。あああっ」

 

 ベアトリーチェの股間は信じられないほどに熱くて、しかも、どろどろに濡れていた。

 しかも、一郎が挿入した途端に、力強く怒張を締めつけてくる。

 多分、いまだに必死に尿道を締めつけているせいだろう。凄まじい力が怒張に加わってくる。しかも、ぎゅうぎゅうと蠕動するように搾ってくるのだ。

 さすがの一郎があっという間に射精しそうだ。

 

「くっ、す、すごいな……。あっ、小便はいつでもしていい。さっきも言ったけど、罰もなしだ。ただ、いますれば、俺にかかるだけだ。気にするな」

 

 一郎は律動を開始した。

 赤いもやを利用して、これでもかと快感を与えていく。

 

「そんな、そんな、そんな……、ああ、だめええ……も、もう我慢できない……。ああ、天道様にかかってしまう……。あああっ、あああああっ」

 

 ベアトリーチェの裸身が戦慄したように突っ張る。

 一郎はとどめを刺すように、子宮口を激しく怒張の先で突き動かした。

 

「ああっ、て、天道様ああ、いきまずううう、いぐううう」

 

 ベアトリーチェが絶頂した。

 一郎はそれに合わせて、ベアトリーチェの中で射精をした。

 その瞬間、ぶしゅうという音が鳴ったかと錯覚するほどの放尿が一郎とベアトリーチェの腰のあいだで奔出した。

 

「あああっ、も、申しわけありません──。ああああっ」

 

 ベアトリーチェが絶頂を続けながら、謝罪の言葉をあげる。

 そのあいだも、かなりの水量になって、ベアトリーチェの小尿が一郎たちの下半身を濡らして床に滴り落ちていく。

 

「ははは、これからは、ベアトリーチェの締まりの悪い尿道を俺が管理してやるぞ。しばらくのあいだ、お前は俺の前以外で小便することを禁止だ。毎日、ぎりぎりまで我慢して耐えられなくなったら、俺に会いに来るんだ。そして、俺の許可を受けて小便しろ。ベアトリーチェの厠は、この金属の桶だ。小便の許可受けはそれを持って来い」

 

 一郎は怒張を抜いて、まだ激しく滴っているベアトリーチェの尿を受けるために、さっきの金属の桶を股間の下に当てる。

 だだだだと、激しく滝でも落ちるかのように音を立てながら、放尿がそこに溜まっていく。

 

「う、ううう、ううう……」

 

 ベアトリーチェは肩で息をしながら、恥ずかしさに顔を歪めている。

 

「もっとも、いつも許可が出るかどうかはわからんけどな。俺の気紛れだ。だけど、失禁はするな。そうやって、ベアトリーチェは放尿を管理される。放尿奴隷だ。承知するなら、自分は放尿奴隷だと宣言するんだ……。あるいは、拒否するかだ。拒否すれば、普通の生活が送れる。俺たちとの接触は最小限のものになる」

 

 一郎はわざと選択肢を与えた。

 もっとも、実際にはどうやっても、ベアトリーチェを性奴隷に加えないつもりはない。

 ベアトリーチェが「自由」を選べば、また口実を作って選択肢を狭めるのみだ。

 それはそれで面白いかもしれないが……。

 また、おそらく、しばらくはそうやって尿意管理で苛めた方が、ベアトリーチェの放尿癖についてはすぐに治ると思う。

 勘だが、やたらに失禁するのは、さっき考えたとおり、心の底で他人に尿意管理されるのを望むベアトリーチェの隠れた内心によるものだ。

 あれだけの尿意の限界を耐えたのは、決して単純な放尿癖ではない。

 

「て、天道様の性奴隷になります……」

 

 ベアトリーチェは消え入るような声で言った。

 一方で、やっと長いベアトリーチェの放尿が終わった。

 一郎は金桶を下に置いてから、ベアトリーチェの顎を摘まんで一郎に顔を向けさせる。

 

「なんの性奴隷だ? ただの性奴隷じゃないだろう?」

 

「ほ、放尿奴隷です……。天道様に放尿を管理される性奴隷です……」

 

「いい子だ」

 

 一郎はベアトリーチェの口を吸った。

 ねっとりと情熱を込めて……。

 

 途端に、ベアトリーチェがうっとりとなって、全身の力を抜いていくのがわかった。



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871 “ロリ魔族”、折檻ー鞭と筆

「は、はああ……。か、感激です、天道様……」

 

 絶頂と口づけでぐったりと脱力したベアトリーチェを床に座らせる。

 一方で、ぎしぎりと背中側で鎖の音が鳴るのを一郎の耳は捉えていた。そろそろ、サキ……いや、リリスが意識を戻すようだ。

 いや、もう半分は目を覚ましているか……?

 ただ、まだ覚醒しきっていないようだ……。

 全身が目覚めるまで、もう数瞬か?

 

「えっ? な、なんじゃあ──?」

 

 がんとリリスのチョーカーに繋げた鎖が強く鳴った。

 

「ぐっ」

 

 だが、ほんの拳ひとつ分くらいしか長さしかないので、力いっぱいに引っ張った分だけ、リリスは首を引き戻されて、床に顔の横を打ち付けてしまったようだ。

 

「いつつつ……。な、なんで、こんな風に?」

 

 リリスは首の後ろに繋げられた両腕や、棒枷のために閉じられない両脚に何度も目をやり、唖然としている。

 

「やっと、目を覚ましたか、リリス? じゃあ、折檻の時間だ」

 

 一郎はとりあえず、ベアトリーチェとの性交で汚れたままの男根をリリスの前に持っていく。

 そして、床に寝ているリリスの前に仁王立ちしてから、リリスの首を床に繋いでいる鎖を外して手に持った。

 わざと乱暴に引っ張りあげる。

 

「あぐううっ、ひぎいっ」

 

 リリスが悲鳴をあげて必死に立ちあがる。

 だが、両手はチョーカーの後ろに手錠で繋げているし、膝と膝のあいだには、肩幅ほどの金属棒があいだに入っている。

 うまく立つこともできずに、リリスの小さな身体が、なかば、床から浮きあがる感じにもなった。

 それでも体幹はいいのだろう。

 なんとか、体勢を取り直して一応は自分の足でしっかりと立った。

 

「げほ、げほ、げほ、しゅ、主殿(しゅどの)、か、かゆいっ──。な、なにか塗ったのか──。かゆいいいっ」

 

 リリスが悲鳴をあげた。

 一郎は力いっぱいにリリスの頬を張り倒した。

 

「いびいっ」

 

 幼いリリスの身体が横に吹っ飛ぶ。

 だが、チョーカーに繋がった鎖の端を一郎が握っている。

 床に倒れる前に、鎖の張力にちょっと引き戻されてから、リリスが顔から床に倒れ込む。

 

「サキ様──」

 

 少し離れて見守る感じになっているベアトリーチェが声をあげた。

 

「リリスだ。そして、これは躾だ──。そうだな、リリス? 折檻して欲しいと言ったのはリリスだ。それに間違いないな。それとも、不本意なのか?」

 

 一郎はわざと冷たい物言いでリリスに言い放った。

 すでに汗をかき、息も荒げているリリスがやっと顔を引き締まらせる。

 失神する前にした一郎とのやり取りを思い起こしたのだろう。

 

「い、いや、不本意じゃない……。ど、どうか、わしを躾けてくれ。わしに折檻を……」

 

「よく言った。だったら、叩かれた意味を考えろ──。さっきも言ったとおり、お前のことは一から躾け直すし、調教もやり直す。ものを教えるときには、動物のように痛みで覚えさせる。うまくできれば、ご褒美だ……。しかし、もしも、放逐されたいなら、いま言え。考えてやる──」

 

「えっ?」

 

 リリスは呆然としている。

 言われた意味がよくわかってないのかもしれない。

 覚醒したばかりでいきなり張り倒され、さすがに頭は回らないか。

 

 それはともかく、目の前のリリスは、どこからどう見ても、幼い魔族の女の子そのものだ。

 顔は可愛らしいし、喋る言葉こそサキのままだが、発達していない舌がちょっと舌足らずの発音を作るし、声もかなり高い。

 それをこうやって苛めるのは、まさに幼女を陵辱している気分になる。

 もちろん、“ロリ魔族”となったリリスを調教するのは、一郎の嗜虐の血が刺激される。

 しかも、実際には(よわい)百を軽く超えているらしい元妖魔将軍だから、罪悪感はないし……。

 

「後でやっぱりやめますと言っても、許してはやれんぞ。どうする──? このまま、折檻を受けるのか──。それとも、やめるのか──? 考えてやるぞ、しかし、俺から離れるなら。名前も返してもらうからな──。リリスというのは、俺のもとで調教をやり直すことを決めた“ロリ魔族”に与えた名前だ」

 

 一郎は意図的に怒鳴る。

 

「ろ、ろりい……?」

 

 サキが首を傾げる。

 ああ、“ロリコン”は、この世界にはない言葉か……。

 それはともかく、こいつ、本当に舌足らずなのだ。話す内容は大人びているが、童女が精一杯の大人の真似で背伸びをしているみたいで可愛いだろう。

 思わず、苦笑した。

 

「それはいい。それでどうするんだ?」

 

 もちろん、考えるだけで、この“ロリ魔族”になったリリスを手放す気持ちはさらさらない。

 ベアトリーチェのときと同様に、リリスの覚悟を促したいだけだ。

 リリスはちょっときょとんとしていたが、すぐにはっとなる。

 だが、一郎は、その片膝を少し強めに蹴った。

 

「きゃん」

 

 リリスは完全に立ちあがっていたのだが、また床に倒れ込む。

 しかし、またしても、一郎の持つ鎖でチョーカーが戻され、首から一郎側に戻る。

 それはともかく、やっぱり幼体の身体ではサキは、随分と弱いようだ。

 

「サ……いえ、リリス様──。ああ、お願いでございます、天道様。わたしたちは、リリス様には恨みなど持っておりません。折檻など無用です。それどころか、リリス様は必死になって、わたしたちを守ってくれました。恩人なんです──。ですから……」

 

「いいから、黙っていろ」

 

 一郎は、ベアトリーチェの口に穴あきのボールギャグを発生させる。

 いきなり口の中にボールギャグを出現させられて、ベアトリーチェが目を白黒させているのがわかった。

 

「い、いや、主殿、わ、わしはリリスでいい──。いや、リリスがいい──。ど、どうか、しつけてくれ」

 

「よく言った。だったら立て──。なんで叩かれたか考えろ」

 

 一郎は鎖を引っ張って強引にリリスを立たせる。

 両手も両脚も拘束されているリリスは、うまく動けなくてチョーカーで引きずりあげられるかたちになる。

 

「げほ、げほっ、げほ」

 

 やっと立ちあがったものの、苦しそうにえずいている。

 身体が幼体に戻ったことで、やはり身体全体が弱体化しているのは間近いない。

 心と頭以外は、幼体なのだろう。

 一郎は宙から取り出すように、右手に乗馬鞭を出す。

 リリスの幼い脇腹を横から一閃する。

 

「ひんっ」

 

 小さな脇腹に赤い鞭痕ができる。

 あえて、治療はしない。

 そのままにしておく。

 

「リリス、お前はしばらくは、俺の身の回りを世話する召使いにする。ほかの女とのセックスが終わったら、まずはお前が俺の一物を掃除するんだ。覚えろ──」

 

 反対側からも無防備の脇腹を叩く。

 赤い線が白い肌に走り、リリスが顔をしかめた。

 

「わ、わかった……」

 

 リリスが立っている一郎の股間に顔を埋める。

 背の低いリリスだと、立って一郎の股間を口で咥えても、ほんのちょっと屈む程度だ。

 舌で奉仕をして体液を舐め始めたが、すぐに腰を動かし始めた。

 

「ううっ、ううっ……」

 

 リリスが苦しそうに顔を歪める。

 痒いのだろう。

 一郎が亜空間に準備している掻痒剤にもランクがあるが、最高度の痒さのものを塗ってやったのだ。

 しかも、詰め込むほどにだ。

 いまだに悲鳴をあげないだけ、心の芯の部分は妖魔将軍のサキなのだろう。

 

「痒いか、リリス?」

 

 一郎は白かった肌を真っ赤にして、全身の毛穴という毛穴から汗を噴き出させ始めているリリスに言った。

 開いている膝をもじつかせるように腰を動かしているが、掃除フェラだけは続けている。

 リリスは、一郎の股間を懸命に舐めながら、小さく首を動かした。

 

「だったら、やめろ。その代わり、調教も終わりだ。好きなところに行っていい。その代わりに、二度と俺たちには近づくな。それだけのことをしたんだ。俺が後宮なんて欲しがるなんて思ったのか──? なんてことをするんだ。お前のやったことは、卑劣な誘拐魔だ。わかっているのか──」

 

 一郎は声をあげた。

 後ろでベアトリーチェがなにか叫んでいるが放っておく。

 どうせ、そんなことはない、とでも言っているのだろう。

 ボールギャグを嵌めさせてよかった。

 

 また、一郎の言葉に、リリスが上目遣いになり、一郎の顔を見あげて、大きく目を見開いた。

 びっくりしている。

 どうやら、この後に及んで、園遊会で人間族の貴族の子女を集めて大量の性奴隷狩りをしたこと自体は一郎が喜ぶと思っていた節がある。

 一郎は嘆息した。

 

「わかりやすく言ってやる。お前がしたことは、幼かったコゼを隷属して従わせ、男たちに厠女として使わせていた奴隷商のしたこととまったく一緒だ。そいつは、俺が殺してやった。俺は、そいつに対する怒りと同じくらいに怒っているんだぞ──」

 

 一郎はリリスの赤い髪を掴んで、一郎の股間から引き離した。

 

「そ、そんな……。じゃあ、わ、わしは……。だ、だって、主殿が喜ぶと……」

 

 リリスは愕然としているようだ。

 どうやらわかっていなかったみたいだ。

 まあ、強いものが弱いものを虐げてもいいという魔族の社会で育ったこいつだ。人間族の常識をすぐに悟れというのが無理なのかもしれないが……。

 しかし、それでいて、ベルズやミランダの話によれば、自分の尊厳を犠牲にしてでも、自分が奴隷宮に集めた女たちは守ろうとしていたみたいだ。

 そこにいるベアトリーチェ自身も、こいつには悪感情は抱いていない。

 言葉で説明させるまでもなく、淫魔術で感情に触れていれば、ベアトリーチェが本気でリリスを擁護するとともに、心配しているのを感じることができる。

 

 一郎は、二本の鎖を亜空間から出すと、空中に放り投げる。

 ここは一郎の想像のままに、世界を作ることができる亜空間だ。

 その鎖の端が空中の途中で止まり、まるでそこに見えない天井と金具でもあるかのように、空中からぶら下がる。

 一郎は垂れている二本の鎖の反対側に二組の足枷の片側を一個ずつつけると、リリスの足首をそれぞれに繋げた。

 指を鳴らして、鎖を縮めていく。

 

「うわっ」

 

 膝のあいだに金属棒が挟まったリリスの両足首が徐々に引きあがり、小さなリリスの身体が尻餅をつく。 

 

「わっ、わっ、わっ──」

 

 さらに、リリスの身体がどんどんと上にあがっていき、やがて、完全に頭が白い床から離れた。

 一郎はリリスの股間が一郎の胸ほどの高さになったところで、リリスの身体の吊り上げをやめる。

 リリスは一郎の前で完全な逆さ吊りの状態になった。

 

「じゃあ、とりあえず、話してもらおうか」

 

 一郎は言った。

 左手にはさっき出した乗馬鞭を持っていたが、右手には小筆を持っている。さっきベアトリーチェをいたぶったときに使ったのと同じものだ。

 

「は、話すって……なにを……。だが、しゅ、主殿……か、かゆくて……。お、お願いじゃ。かゆみをなんとか……」

 

 リリスがまた身体を小刻みに震わせて歯を喰いしばるような動作をした。

 相変わらず、汗がどんどんと肌から湧き出てくる。

 一郎はとりあえず、筆でリリスの内腿の付け根をすっと撫でてやった。

 

「ひああああっ」

 

 リリスが両手を後ろで組んでいる頭を激しく動かして、身体を暴れさせる。

 

「痒みを癒やして欲しければ、さっさと説明しろ。ちゃんと説明できれば、好きなところに鞭を打ってやろう。言葉がとまれば、筆でくすぐりだ。いや、逆がいいか? 罰が鞭で、ご褒美が筆がいいか。好きな方でいいぞ」

 

 もう一度、股間を筆でくすぐる。

 しかし、一番痒い場所には触らない。その周りを筆先で這うだけだ。

 

「んぎいいいっ、主殿おおおおっ」

 

 リリスが逆さ吊りの身体をのたうたせる。

 

「王宮でなにがあった? そもそも、テレーズというもうひとりの女は何者だ?」

 

 筆を引きあげて、軽く股間を鞭で叩く。

 

「ひぎゃあああ」

 

 軽くといっても、丸出しの股間への直接の打擲だ。

 幼児の身体に戻っているリリスにとっては、言語を絶する激痛に違いない。

 だが、いまのリリスにとっては、これが“ご褒美”なのだ。

 

「あ、ああっ、もう一度じゃ──。た、頼む、主殿──。もう一度、股ぐらを打ってくれ──。いや、打ちまくってくれ──。おねがいじゃあ」

 

 リリスがぼぼろぼろと涙をこぼしだした。

 やっぱり、心が弱くなっている。

 一郎は、再び筆で股間を二度、三度とくすぐり動かす。

 やっぱり、痒みの中心はぎりぎり避けてだ。

 

「あああっ、もうゆるしでええ──」

 

 リリスが激しく身体を振った。

 

「ご褒美は、ちゃんと喋ったときだと説明しただろうが。いい加減に喋らないと、痒み液を塗り足して、しばらく放置するぞ」

 

 一度鞭を亜空間に片付けると、痒み液の小瓶を出して、膝のところに嵌まっている枷の両方に上から垂らしてやる。

 股間と尻穴に埋め込んでやった油剤よりも、粘性状のものだ。

 どろりと枷の上にのって、ゆっくりと内腿を伝って股間に垂れていく。

 

「ひあっ、な、なんじゃ? そ、それはなんじゃ──?」

 

 気がついたリリスが逆さ吊りのまま、目を大きく見開く。

 

「新しい痒み液だ。最初に塗った油剤に混ざると、痒みが二倍、いや、四倍にくらいになるかな。股間に垂れ落ちる前に喋った方がいいぞ」

 

 一郎は笑って、もう一度膝枷の上に油剤を垂らす。

 さらにどろりと股間に向かって落ちていく。

 

「いやああ、もう、もういやじゃああ。喋ると言っても、そんなになにもかも一度には……。あっ、あっ、あっ、到達する──。ま、股に……。いやあじゃあ、いやああ」

 

「ははは、暴れると、すぐに股ぐらに到達するぞ。まあ、暴れなくても、到達するけどな」

 

 一郎はにやりと微笑んだ。

 かなり粘性力が強いので、一気には垂れずゆっくりと落ちていくが、すでに先端は内腿の付け根に到達しようとしている。

 

「ひいいいっ──。わ、わかったから。なにも隠するもりは、ないんじゃ……。テ、テレーズ──。あの偽物テレーズがわしを真名で操って……」

 

「真名で?」

 

 驚いた。

 このサキを真名で操っただと?

 真名というのは、魔族の中でも高位魔族にしか現れないという不思議なものであり、低位魔族には出現しないのに、なぜか能力が高くなると、真名というものが現れて、その名を呼ばれると、相手の支配下に入ってしまうというものらしい。

 なんとも不思議な性質だが、なるほど、“サキ”は真名で支配されたのか……。

 俺のサキを……。

 むっとしてしまう。

 こいつを好き勝手していいのは、一郎だけだ──。

 

「しかし、お前ほどの妖魔が真名を簡単に知られたのか?」

 

 一郎は訊ねた。

 知られれば相手に隷属される真名だけに、高位魔族は二重三重の防護を鑑定術などに対して備えている。一郎は比較的簡単に真名を暴くが、それは魔眼という極めて特殊な能力があるからだ。

 実際には、そう簡単にはいかないことは知っていた。

 

「あっ、ああっ、かゆいいい──。かゆいいい──。た、タリオから、も、持ってきたという、ま、魔族殺しの香を、か、嗅がされて……。あ、あれは、わしらにはわからんから……。能力を低下させられて……。あ、ああっ、む、鞭じゃああ──。鞭打ってくれええ、主殿おおお」

 

 “魔族殺し”だと?

 しかも、タリオ?

 

「まだだ。それで誰なんだ? その偽テレーズは?」

 

「テ、テレーズの本名は知らん──。か、顔も……。本物のテレーズに化けていて……。いや、化けさせられていて……。そのテレーズ自身も、タリオの諜者に奴隷にされていた女で……。ああ、きた──。痒み剤がまた来たあああ──。かゆいいい──。これは痒いいい──」

 

「痒いか。そうだろうな。じゃあ、早く語り終えるんだ。死ぬほど犯して、また気絶させてやる。それで、そのテレーズはどこに行った? 死んだのか? 殺されたか?」

 

 淫魔術で痒みの中心はわかっているので、再び筆で刺激する。

 その周りを……。

 

 それはともかく、やっぱり、タリオが絡んでいたのか……。

 辺境候軍でも、南域でもそうだった。

 

 アネルザの異母弟のレオナルドを焚きつけたのは、結局潜入していたタリオの間者だったことはわかったし、南方で暴れたドピィとやらの率いた賊徒が保持していた大量の銃はタリオ産であることは十中八九間違いなさそうな感じだ。

 それに加えて、王都の騒乱さえも、タリオの絡んでいたことだったのか……。

 

 あのアーサーめ……。

 どうしてくれよう……。 

 

「い、生きておる。どこに行ったかわからん──。わしは真名で操られていたから、なにもできんで──。だが、ふたりでタリオの間者は殺して──。それでやっと隷属から逃れて、あいつは逃亡して……」

 

「ふうん……。じゃあ、園遊会というのも、そのタリオの間者の奴隷だった偽テレーズのしたことか?」

 

 一郎はまた、筆をリリスの股に持っていく。

 

「いや、それはわしの考えで……。主殿が王になるお祝いにしようと……。はうううっ──もう、いじめないでえええ」

 

 一郎は喋っているリリスの股間を筆で刺激すると、リリスがぼろぼろと涙を流しながら絶叫した。

 しかし、その声と口調と姿があまりにも、見た目のままの童女の物言いと仕草だったので、一郎は思わず噴き出してしまった。



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872 告白と予感-“ロリ魔族”、折檻

「感情を操る闇魔道だと?」

 

 偽テレーズのことを喋らせているうちに、興味深いことをリリスが言った。

 さらに説明を求めると、隷属魔道とは異なるもののようだ。隷属は行動の自由を縛るが、感情を操るというのは、行動そのものは縛らないが、心を支配する感情を操ることみたいだ。

 しかし、そんなことが普通の魔道でできるのか?

 確かに、一郎は淫魔術で、支配している感情の操作のようなことはするが、それは淫魔術だからできる特殊なことだと思っていた。

 そもそも、闇魔道とはなんだろう?

 禁忌の魔道にあたることだろうか?

 まあ、ユイナにでも訊けば、詳しく教えてくれそうだ。

 

「ああ、がゆいいいっ──。おねがいじゃあ──。がゆいいいい──」

 

 一方で、目の前で逆さ吊りになっているリリスの幼い身体は、少し前までは二本の鎖が千切れるんじゃないかと思うくらいに暴れていたが、いまは体力も尽きてきたのか、腰を前後左右に動かしまくる程度になっている。

 やはり、成体と比べれば、明確に体力は低下していみたいだ。

 いずれにしても、リリスの足は棒枷で開かせて吊っているので、どんな方法でもリリスには自力で痒みを癒やす方法はない。

 

 そして、被虐調教というのは、この痒みの苦しさ、あるいは、痛みの苦痛を快感に変えてしまう作業である。

 人というものは、苦しければ苦しいほど、それを癒やそうと「エンドルフィン」と呼ばれる脳内麻薬の成分が発生して、快感を与えるのだ。

 これを大量に放出するようになるまで、徹底的に苦痛を付与する。

 そうすれば、比較的簡単に、苦痛を快感に変える身体に変わってしまう。頭がエンドルフィンの大量分泌のときの快楽を忘れなくなるのだ。

 

 この世界の魔族種というのは、ほかの種族に比べれば、遙かに痛みや苦痛への耐性が高い。

 この世界でも「エンドルフィン」という成分が当てはまるかどうかはわからないが、本質は変わらないと思う。即ち、苦悶を快感に変えやすいということでは、ほかの種族よりも抜き出ているということだろう。

 実際、一郎が見下ろすリリスの股間からは幼体だとは思えなくらいの愛液が大量に放出されるようになってきた。

 

「まあ、かなり教えてくれたしな。これはご褒美だ」

 

 一郎は乗馬鞭を無造作にリリスの股間に打ち込んだ。

 

「ひびいいいっ、ああああっ、ぎもちいいい──」

 

 リリスが全身を突っ張らせてよがり声をあげた。

 痒みが癒やされるのが純粋に気持ちいいというのもあるが、いまのリリスには快感と苦痛の境界が曖昧になっている。

 本当は、ここまで調教するには、それなりの時間をかける必要があるが、もともと、リリスはサキとして一郎が調教をしていたというのもあるし、淫魔術を駆使して、リリスの身体も心も徹底的に見極めているというのもある。

 すでに、リリスは新しい身体でも、かなりのマゾ童女に変わってしまってきている。

 

「それにしても、同じ手段で、ラポルタにもしてやられるとはなあ。お前にしては油断したものだ」

 

 一郎はもう何十回目かになる小筆の悪戯をリリスの股に加える。

 偽テレーズにしてやられた同じ手段で、あのラポルタに捕らわれたというのもさっき聞いたところだ。ラポルタもまた、タリオの間者と接するうちに、魔族殺しとやらを入手し、サキにそれが効果があることを認識して、下剋上を果たしたようだ。

 いずれにしても、今後はタリオのそういう技術にも備える必要はあるのだろう。

 

「んぶうううっ、ぞれはゆるじでええっ、もういやじゃああ──」

 

 リリスが二本の脚をばたつかせるように必死に暴れる。

 しかし、逆さ吊りで棒枷で拘束までしている脚はそれほどには動かない。一番痒い場所のほんの近くを繰り返しくすぐられて、リリスは狂ったような奇声をあげる。

 

「くすぐったいか? だったら、もっと逃げてみろ。ほらっ、ここか? ここも痒いな? ここもだな?」

 

 一郎は筆を操って、リリスを徹底的に追い詰めてやる。

 

「ゆるじでえええ」

 

 リリスが涙をぼろぼろと流して号泣する。

 さすがの元妖魔将軍も、感情が毀れかけてきたか。

 このぎりぎりまでの見極めが大事だ。苦しみの限界点で最大の快感を与えるというわけだ。

 これを繰り返すだけで、究極のマゾ童女のできあがりということだ。

 

 一郎は逆さ吊りのリリスの上半身を一度床におろす。これで三回目になる。

 リリスの開いている股のあいだに入り、小さな腰を掴むと、勃起させた男根を一気に幼い股間に突きたてた。

 

「ほわああっ、ぎもじいいい」

 

 リリスが吠えるように絶叫した。

 一郎は突き入れるたびに角度を変化させ、リリスの中に作った快感の部位に刺激を加えていく。

 

「いぐううっ」

 

 リリスはあっという間に、全身を震わせて絶頂した。

 一郎は男根を抜く。

 再び、リリスを逆さに宙吊りにする。

 

「ああ、またじゃあ……。また、かゆいいい。もういやじゃああ」

 

 だが、すぐにリリスは逆さ吊りの身体を暴れさせだす。

 一郎の準備している掻痒剤は、ほとんどが一郎の精を受ければ、痒みが消える仕掛けてしているものが多いが、これで挿入は三度目になるが、一郎はまだ射精はしていない。

 だから、痒みがすぐにぶり返すのだ。

 それはともかく、破瓜のときには大人の一郎の男根を受け入れることができなかったリリスの膣だが、三度目はちゃんと受け入れたし、しっかりと快感も得ていた。

 幼いといえども、やはり魔族の身体なのだろう。

 かなり順応性も高い。

 まあ、一郎がそういう“まんこ”に変えてやっているというのもあるが……。

 

「んんんんっ」

 

 一方で、一郎の背中側にいて、拘束のうえ、ボールギャグを装着させているベアトリーチェが何度目かの吠えるような訴えをしてきた。

 もう許してやってくれと言っているのだろう。

 一度、一郎とリリスのあいだに、強引に割り込んで一郎の鞭を代わりに受けようとするようなことをしたので、いまは片方の足首に鎖付きの足枷をつけて床に繋げてもいる。

 その鎖ががちゃがちゃと鳴る。

 とにかく、無視する。

 

「じゃあ、次の質問だ。そういえば、奴隷宮と後宮の濃い魔素のようなもののことなんだが、なにか知っているか?」

 

 一郎は思い出して訊ねた。

 ラポルタに囚われていたリリスに改名させたサキたちを救出するために、王宮の後宮に乗り込んだが、そのときに感じたのは、異常なほどに濃い淫気の存在だ。

 クグルスもそう言っていた。

 おそらく、ラポルタか、それとも、こいつ、あるいは、奴隷宮の女たちのなんらかの行動が関係していると思うのだが、リリスに心当たりがあるかどうかを訊ねてみた。

 “魔素のようなもの”と表現したのは、淫魔族ではないリリスには、淫気のことはわかりにくいと考えたからだ。

 心当たりがあれば、それはそれで参考になるし、思うものがなくても、それで問題はない。

 明日にでも、奴隷宮に行って調べれば済むことだ。

 

「しゅ、主殿おおおっ、もういっかいいい──。鞭でもいい──。もっといじめてくれええ」

 

 リリスが泣き叫ぶ。

 一郎は鞭先でリリスの股を再び刺激する。しかし、柔らかくくすぐっただけだ。

 

「ひいいっ、そんなんじゃないいっ」

 

 リリスが逆さ吊りの身体をのたうたせる。

 

「質問にちゃんと答えないと、掻痒剤の追加だぞ。いや、そうだな。かなり愛液と汗で流れたから、塗り直すか?」

 

 一郎は今度は筆を操りながら笑った。

 

「流れてないいいい──。ずっとかゆいいいい──」

 

「なら、答えろ。奴隷宮と後宮はなんで、あんなに魔素のようなものが濃いんだ?」

 

「そ、それは、こいつらがやったことじゃああ──。あのスクルズの言霊(ことだま)を増幅したんじゃああ。じ、自分たちで自分たちを洗脳するために──。も、もう、ゆるじでくれえええ──」

 

 リリスが暴れながら叫んだ。

 だが、スクルズの言霊?

 自分たちを洗脳するために、自分たちで増幅?

 なんだ、それ──?

 

「ベアトリーチェ、ちょっと来い──。なにか知っているのか? リリスが喋ったことはなんのことだ?」

 

 一郎はベアトリーチェに振り向く。

 口に中に押し込んでいたボールギャグも回収する。

 足首の鎖も外した。

 

「ああっ、もう許してあげてください、天道様──。サキ様、いえ、リリス様はわたしたちの恩人なのです──。もう許してあげて──」

 

 ベアトリーチェがやってきて一郎に叫んだ。

 後手縛りにしているが、またもや、その身体を一郎とサキのあいだにねじ入れてきて、泣きそうな顔で訴えてくる。

 一郎は嘆息した。

 

「わたしをお打ちください──。鞭でも、痒みでも、どんな苦痛でも快感に変えてみせます。そのための後宮奴隷です」

 

 ベアトリーチェが必死の口調で声をあげる。

 痒みの苦しみも与えているが、リリスの小さな白い肌についた鞭痕はかなりの数がある。

 一郎はあえて、一度も治療せずに残している。

 それが哀れを誘うのだろう。

 一郎はくすりと笑った。

 

「それはいいけどな。だが、いまのリリスには、それはむしろ拷問だぞ」

 

 一郎は肩を竦めた。

 

「ど、どけえ、ベアトリーチェ──。しゅ、主殿のじゃまをするなあ。ああっ、打ってくれええ。もっともっとじゃあ。かゆくて、死んでしまううう。もっと打ってくれええ」

 

 リリスはぼろぼろと涙をこぼしながら訴えてきた。

 しかし、それを童女の声で泣きながら言うのだから、迫力もなにもない。確かに、同情を誘うような姿と物言いだ。

 

「ああ、リリス様──」

 

 ベアトリーチェがリリスに振り返った。

 しかし、どうしていいのかわからないのだろう。

 おろおろしている感じだ。

 

「許すか許さないかは、こいつに迷惑をかけられた女たちの訊ねてからだな。俺としては、まだ折檻はまだ序の口という気持ちだ。少なくとも痒み責めは三日は続けるつもりだし、そのあいだ、リリスには一度も寝かせん。ひたすら責め続ける。水桶で腹一杯に水を飲ませて、尿道を封印するというのもいいかな。電撃責めも考えている。まだまだだ」

 

「そ、そんなことまで……。リリス様は悪くないのです。どうか、お慈悲を……。お願い致します──」

 

 後手に緊縛されているベアトリーチェがリリスの身体の下に入り、身体でリリスの顔を持ちあげるようにした。

 ちょっとでも苦しみを軽減しようというのだろう。

 一郎は嘆息した。

 

「……わかった。こいつへの罰は考えてやるから、知っていることを言え。さっきリリスは喋ったことはどういうことなんだ? もしかして、なにかを知っているのか?」

 

 一郎は訊ねた。

 ベアトリーチェが首を横に振る。

 

「い、いえ、わたしには、救世主様の言霊と言われても、なんのことかわかりません。でも、毎日祈りました。フラントワーズ様が準備なされた教典に毎日祈りました。みんなでです。そうすれば、力が得られるのがわかりました。毎日の苦痛が苦痛でなくなったのです。だから、毎日……」

 

「そ、それじゃあ──。こいつらの信仰の……。ああっ、そうじゃ。思い出した──。わ、わしはそれをとりあげようとした……。だ、だが、突然に、その気がなくなり……。いや、あれはなんだったか……。あれは……。あああっ、だめだああ。主殿、お慈悲じゃあ。もう死ぬうう」

 

 サキがベアトリーチェの言葉を遮って喋ろうとしたが、与えられている痒みのせいで思考が邪魔されたようだ。

 一郎はサキの膣とアナルに指を挿入して、力強く擦ってやる。

 

「んひいいいっ、ぎもじいいいい──。いいいいいっ、いぐうううっ」

 

 リリスはベアトリーチェの身体に乗せている逆さ吊りの身体を限界まで弓なりにして絶頂した。

 脱力したリリスから指を抜く。

 指にはねっとりとリリスの股間から溢れた愛液がまとわりついていた。

 これだけの幼女の身体でも、こんなに女の蜜が出るのだと思った。それとも魔族だからか?

 

「ほら、リリス、言えよ。教典がどうしたって?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「きょ、教典……。ああ、そ、それは、こいつらがスクルドの言葉を手書きで残して本のようにして……。それが魅了のような力を発生させて……。そ、それで、自分たちでそれに繰り返して祈ることで、さらに強いものにして……。ああ、そうだ。思い出した──。映録球だ──。フラントワーズが映録球でその言霊を王都中にばら撒くと言いだして……」

 

「はあ? 言霊を王都にばらまく?」

 

 なんだって?

 

「わしはとめようと……。いや、とめなかったか……? ど、どうしたっけ……。だが、映録球は流されて……。主殿を讃える言葉とともに……。興味を持つように、こいつらの破廉恥な姿を映録球に残して……。言葉とともに……。あああっ、また、かゆいいいい──。もっと喋るから──。もっと喋るから、もう一回──。もう一回じゃああ」

 

 リリスがまたもや暴れ出す。

 痒みが癒やされたと思っても、それは束の間でしかない。

 一郎の精を注がないかぎり、いつまでも痒みは繰り返すのである。

 

 それはともかく、もしかして、いまとんでもないことを言わなかったか?

 王都に言霊を垂れ流した?

 いや、そもそも、スクルドの言霊ってなんのことだ? あいつ、そんなこと一度も……。

 

 しかし、一郎はふと思い出したことがあった。

 アンのお腹の子供のことだ。

 あれは、確か一郎の言霊だと言っていた……。

 一郎は魔道遣いではないが、高位魔道遣いが念を込めて口にした言葉には、まれに強い魔道がかかることがあると……。

 旅に出る前に、何気なく一郎が喋った言葉が淫具に宿り、あの淫具は女同士で子供が作れるようなとんでもない魔道具になった。

 

 もしかして、それと同じことが起きた?

 王都に残されていた頃のスクルドが奴隷宮の連中に向かって、強い念を込めた言葉を喋ったのでは?

 そういえば、ナタル森林で再会したスクルドがかなり情緒不安定だったことを思い出した。

 確かに、あの当時のスクルドなら、知らず言霊くらい発生させそうだ。

 スクルドは、紛れもなく高位魔道遣いなのだ──。

 

 そして、さっきのリリスの言葉の通りであれば、一郎の淫具に力が宿ったのと同じように、スクルドの言霊という魔道を吸い込んだ教典とやらが、ベアトリーチェをはじめとする奴隷宮の女たちを洗脳してしまったとか……。

 さらに、その洗脳されたこいつらの思念が、奴隷宮や後宮に蔓延した濃い淫気になったとか?

 魔素が淫気に変換されるのかどうかはわからないが、そうなったのだろう。

 これは、一郎の密かな持論だが、魔素も淫気も根本は同質だと思っている。

 

 いや、そうだ──。

 あのとき、後宮に潜入したとき、ベルズはスクルドの魔道が拡がっていると叫んでいたし、そういえば、ガドニエルもスクルドの魔道の波動と一致すると口にした。

 根拠は薄いが、辻褄は合う。

 

 もしかしたら、一郎は手をつけなければならないことを放置している?

 なんとなく、いやな予感がしてきた。

 一郎の勘は鋭い。

 魔眼保持者としての特色でもあるそうだが、この世界に来てから、悪い予感にしろ、いい予感にしろ、一郎の勘は全て的中している。

 いまは、悪い予感だ──。

 

「ベアトリーチェ、いま、とんでもないことをリリスが言ったが、映録球で言霊を王都に垂れ流したというのはどういうことだ──? 事と場合によってはただじゃ置かないぞ──」

 

 一郎はベアトリーチェに怒声を浴びせた。

 

「て、天道様──?」

 

 ベアトリーチェは一郎に怒鳴られて、一瞬にして顔を引きつらせ、顔を蒼くした。

 その表情で逆にはっとした。

 一郎の言葉ひとつひとつに、ベアトリーチェはあまりにも過激に反応しすぎる。

 しかし、ステータスに洗脳されているというような言葉はないのだが……。

 

 いや、あった──。

 後宮でベアトリーチェを助けたとき、最初の段階では“魅了による軽洗脳状態”というのがあった──。

 あのラポルタには、“微淫魔化による譫妄(せんもう)状態”と表記されていた。

 ベアトリーチェについては、一郎が精を注いで治しただけだ。

 

 そして、ナール……。

 確か、教典の写しを持っていた……。

 いきなり犯したから、ステータスを読んだのは、一度精を注いで淫魔師の支配に入れてからだったが、一番最初は一郎に対する態度が不自然だった気がする。

 精を注いでまともになったが、スクルドに対してはいまでもおかしい。

 あれは洗脳状態?

 

 いや、まともな洗脳とは違うのだろう。

 異常ではないのだ……。

 

 異常なら一郎の魔眼でステータスで読める。

 魅了にはかかっているが、異常でないほどに浸透しているということ……?

 だから、表示されない?

 

 だんだんと認識できてきた。

 ほとんど当て推量に近いが、これは正しいと一郎の勘が告げている。

 

 危険な魅了の洗脳魔道……。

 それが王都に拡がっている。

 しかも、どんどんと浸透して、異常であるのが異常状態でないほどに染みついている……?

 もしかして、もしかしたら、回復不可能?

 今日一日で、一郎を天道様と呼ぶ山のような人間に会った。確か、多くが軍人だ。

 将校よりも兵に多かった。

 兵は下町に出入りする。

 映録球の複製とやらは、下町に多く出回っているのだ──。

 

「ああ──。結局、スクルドかああ──」

 

 映録球の映像──。

 

 奴隷宮の連中の破廉恥な映像は、いわゆる“ポルノ画像”のようにして、王都の下町を中心に拡がっているというのは耳にしていた。

 どうやって回収させようかと考えているのだが、いまは複製も作られ、その複製が複製を生み出し、全回収は不可能な状況だということだった。

 マアにでも相談しようとは思っていたのだ。

 

 スクルドの言霊……。

 

 言霊が宿った教典……。

 

 力の増幅……。

 

 洗脳術の王都中への蔓延……。

 

 この推量が当たっているなら、一番の問題は、そもそも、スクルドが力を込めた言霊の内容だが、そんなものは予想がつく。

 一郎の調教を愛のある行為だと諭す戯言だ。

 あるいは、快楽を極めるのは正しいことだというような……。

 問題ない。問題ないと念仏のように唱えて……。

 

 なんか、とても危険な状況のような気がしてきたぞ……。

 

 とにかく、とりあえずスクルドだ。いや、リリスと女たちの和解もか……。

 

「て、天道様?」

 

 様子がおかしくなった一郎をベアトリーチェが訝しんでいる。

 

「リリス、調教はいったん中断だ──」

 

 一郎はベアトリーチェからリリスの身体を奪い、宙吊りの鎖を緩めた。

 すぐにどろどろの膣に怒張を挿入する。

 激しく律動する。

 

「はああっ、ぎ、ぎもぢいいい──。ぎもじいいい──」

 

 リリスはあっという間に汗まみれの身体をおののかせる。

 

「いっていい。すぐに精を注いでやる。いけええっ」

 

 一郎は早いピッチで抽送しながら叫んだ。

 その気になれば、幼いリリスの膣は射精のしやすい最高の身体だ。なにしろ、狭くてぎゅうぎゅうに一郎の怒張を締めつけるのだ。

 しかも、一郎の改造のために愛液は豊富だし、しっかりと快感も覚えてくれる。

 それにしても、一郎が男根を挿入すると、小さいリリスの身体では下腹部が一郎の性器のかたちでちょっと盛りあがるのだ。

 いかにも、童女を犯しているという感じで、これもまた一郎の欲情を誘う。

 

「いぐうっ、あ、ありがと──ありがとううう──いぐうう」

 

 そして、リリスはあっという間に絶頂した。

 一郎は精を注いだ。

 

「ひいいいん」

 

 リリスはがくがくと身体を痙攣させる。

 一郎はすぐに男根を抜くと、リリスを反転させて裏返しにする。

 次はアナルだ。

 ゆっくりと沈めていく。

 

「リリス、アナルセックスは覚えているな──? 息を吐け──。そうすれば、アナルが緩んで大きくなる──」

 

 沈めながらリリスに声をかける

 

「ひ、ひんっ、いっ、いっ」

 

 リリスがはっとしたように、懸命に息を吐こうとする。

 だが、絶頂したばかりで息が乱れた状態ではそれもつらそうだ。

 それでも、一生懸命に息を吐くので、一郎はそれに合わせて静かに怒張を沈めていく。

 淫魔術で潤滑油はまぶしたし、もともとの掻痒剤の油剤も潤滑油代わりになっているので膣以上に狭いわりには、しっかりと挿入できている。

 

「ほら、しっかりと快感を覚えていけ。ここもな。大人になり直すときには、当代一の淫乱魔族になっているかもな。俺専用のな」

 

 リリスの尻を犯しながら、まったく膨らみのない胸を刺激していく。

 快感の場所などなにもないが、一郎の淫魔術で無理矢理に作ってしまう。よく考えれば、これは“魔改造”というものか?

 まあいいか。

 問題ない。

 

「ひゃあああん。い、いんらんにしてくれええ。主殿の好きなように──。わしは、主殿の淫乱な魔族奴隷になるううう」

 

「よく言った。尻でもいけ──」

 

 リリスはあっという間にアナルでも快感を極めた。

 一郎はそれに合わせて、精を注いでやった。

 これで痒みは消滅するはずだ。

 そして、これだけ苦しんだ痒みが精で消滅する快感は頭にこびりついて消えることもないと思う。

 幼体には相応しくない淫乱体質にリリスがなってしまったのは間違いないことだろう。

 一郎はほくそ笑んだ。

 とりあえず、怒張を抜く。

 

「……リリス、ところで腹筋は大丈夫だな? しっかり頑張れ。幼体になっても、元妖魔将軍の力を見せてくれよな」

 

 再びリリスの身体を逆さ吊りであげ直しながら、一郎はちょっとお道化(どけ)て言った。

 

「はあ、はあ、はあ……。ふえ?」

 

 一方でひたすらに息をしていたリリスが一郎に声をかけられて呆けた返事をする。

 一郎は、リリスとベアトリーチェを連れて、仮想空間から現実世界に戻った。

 むわっとする湯気と女たちの匂いがたちこめている屋敷の大浴場だ。

 

「ご主人様──」

 

「ロウ様──」

 

「ご主人様──」

 

 女たちが声をかけてきた。

 一郎が仮想空間に行っているあいだ再び集まって食事をしていたようだが、そこからわっと集まってくる。

 今度は時間調整をして、一ノスくらいは過ぎるように仮想空間から戻ってきていた。

 

「えっ、ここは?」

 

 横のベアトリーチェが驚いてきょろきょろと周りを見回している。

 

「むがっ、むごうううっ」

 

 一方でリリスについては、さっそく逆さ吊りの身体を暴れさせ始めた。

 また、集まりかけていた女たちが一様に驚いて声をあげた。



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873 許されざる者?

 みんなが待っている浴場に、ベアトリーチェとリリスを連れて戻った。

 

「えっ、ここは?」

 

 一瞬にして景色が変わったことで、ベアトリーチェは戸惑って周りを見回している。

 

「えっ、ご主人様?」

 

「ええっ?」

 

「えっ」

 

 一方で、こちら側で待っていた女たちは、一郎を認めてわっと集まりかけていたが、途中でたじろいだように一瞬立ち止まった。

 なにしろ、一郎とベアトリーチェについては、大浴槽を囲む四個の小浴槽のひとつのそばに来たのだが、逆さ吊り状態のリリスについては、完全に浴槽のど真ん中に出現させているのだ。

 仮想空間にいたときの逆さ吊りのリリスの頭は、床からぎりぎり頭があがるくらいだった。

 つまりは、当然にそのままこちら側の浴槽に真上に連れてこられたリリスの顔の位置は湯の中ということだ。

 リリスを開脚で吊っている二本の鎖は、移動と同時に浴槽の天井の金具に装着した。ここは、一郎が女たちと“ぷれい”と愉しむところでもあるので、そういう仕掛けがたくさん準備されているである。

 ともかく、頭が床につくくらいになっていたリリスの顔から胸近くまでは完全に湯の中だ。

 いきなり、逆さ吊りの童女が頭を湯の中に突っ込んで出現したのであるから、女たちが驚くのは当然だろう。

 

「むがっ、むごうううっ」

 

 そして、なんの予告もなく、いきなり湯の中に逆さ吊りで顔を浸けられたことになったリリスは、湯の中で激しくもがいている。

 一郎は、湯の中にじゃぶじゃぶと入っていった。湯の深さは、一郎の膝くらいの高さだ。

 

「死にたくなければ、腹筋で上半身をあげろ、リリス──」

 

 一郎は亜空間から乗馬鞭を出すと、リリスの腹部分の白い小さな肌に鞭を一閃した。

 

「むぐうう」

 

 童女のリリスの肌に新しい鞭痕がつき、湯の中でリリスがもがき声をあげた。

 

「あっ、リリス様──」

 

 ベアトリーチェが慌てたように湯に入ってきて、リリスに駆け寄ろうとする。

 一郎は後手縛りのベアトリーチェの縄を掴んで、それを途中で阻む。

 

「邪魔をするな、ベアトリーチェ。これはけじめでもある。サキを許すとみんなが言わなければ、俺の女として置いておくわけにはいかないからな。みんな、この童女はサキだ。リリスと名を変えさせた……。それと、リリス、顔をあげろと言っているだろう──」

 

 一郎は今度は上から下に向かって鞭を振るい、リリスの股ぐらに乗馬鞭を叩きつけた。

 

「もがもがもがっ」

 

 湯の中からなので、聞こえる悲鳴はかなりくぐもっているが、リリスは絶叫して身体を突っ張らせている。

 

「えっ、こいつ、サキなんですか?」

 

「ええ、サキさん?」

 

 女たちがぐるりとこの小浴槽を取り囲んだ。

 声をあげたのは、コゼとスクルドだが、ほかの女についても、サキを知っている者は、小さなサキの姿に接してびっくりしている。

 また、最初は破廉恥服装をしていた女たちだったが、すでに一郎が二回り以上抱いているので、衣装は脱いで全員が全裸だ。

 例外がシルキーとアンだろう。下半身が葉っぱだけの上半身のメイド服である。アンについては、身体を冷やしてはならないという配慮らしく、裸に薄い湯着を羽織っている。

 

「えっ、サキ様? わっ、なに、変身しているんじゃなくて、本当に若返ったの?」

 

 ほかの浴槽の前で浴槽を飾る女神像のポーズについてシルキーと話し合っていた感じだったクグルスがこっちに飛んできて叫んだ。魔妖精のクグルスは、一郎の女については一郎同様に状態を認識できるみたいだ。サキについても、変身しているのか、本当の姿なのかわかるのだろう。

 

「ああ、間違いなくサキだ。幼体になったな。さっきも言ったけど、リリスに改名させた」

 

 一郎はいまだ湯の中に顔をつけてもがいているリリスの前に屈み込み、亜空間から細い鎖のついた一個の金属環を取り出すと、サキの鼻の穴のあいだに一瞬にして極小の穴を開けて、金属環を通した。

 支配している女に対してなら、こういうことも瞬間的にできる。

 鼻輪をつけたリリスの顔をその鼻輪に繋がった鎖を引っ張ってあげさせる。

 

「んびいいっ、な、なんじゃああ──。ぷはあっ、はあ、はあ、いたああっ、あががががっ」

 

 リリスが盛大に息をするとともに、鼻輪の激痛に悲鳴をあげ始める。

 

「自分で顔をあげないからだろう。俺は腹筋で顔をあげろと言ったぞ」

 

 一郎は鎖をつんつんと強く引き、リリスの鼻に激痛を与える。

 

「ひんっ、ひぎっ──。だ、だって、力が入らんで……。さ、さっき気持ちよくしてもらったときの余韻がまだ……」

 

 そういえば、リリスを前と後ろを続けざまに犯して深い絶頂をさせたばかりだったか。

 なかなか、顔をあげないと思ったが、それで力が入らなかったのか。やっぱり幼体は幼体としての体力しかないか……。

 一郎は苦笑した。

 

「とりあえず、紹介しよう。こっちに後手で緊縛されている女がベアトリーチェだ。新しいファミリー……、すなわち家族だ。俺が改革する新しい王軍で、多分、シャングリアとともに騎士団の総指揮してもらうことになると思う。自己紹介しろ、ベアトリーチェ」

 

 一郎は横のベアトリーチェに声をかけた。

 

「えっ? わたしが騎士団を? あっ、はい、自己紹介ですね」

 

 ベアトリーチェは騎士団の総指揮と言われて戸惑っている。

 騎士団にも所属していたシャングリアとは違って、騎士爵を持っていても、ベアトリーチェは近衛所属だったはずだ。

 ちょっと驚いている。

 

「あのう……。ベアトリーチェです。ベアトリーチェ=ジャルジェ……。王国の軍人です。天道様には助けられて……。それが縁で天道様に奴隷にしていただけることになりました」

 

 ベアトリーチェが困惑した様子ながら、集まっている女たちに向かって頭をさげた。

 だが、面白いのは、全裸の身体を注目されて、ベアトリーチェが膝を曲げて自分の股間を隠すようにしていることだ。

 恥ずかしいのだろうか……。ほかの女も裸だし、一郎も裸なんだが……。

 一郎は、持っていた乗馬鞭で軽くベアトリーチェの尻を叩いた。

 

「きゃん」

 

 ベアトリーチェは身体を弓なりに硬直させて悲鳴をあげる。

 

「ただの奴隷じゃないだろう。そして、家族だ。それと、そのすっかりと剃りあげられた股ぐらを隠す必要はない。俺の女たちも一緒だ。まだ毛が残っているのは、ベアトリーチェと同じ新入りのナールくらいだ」

 

 一郎はもう一度鞭を尻に入れる。

 ただ、リリスとは異なり、鞭痕ができるやいなや、傷は消滅させている。鞭の痕どころか、古傷や小さなあざのようなものも含めて、ベアトリーチェの肌は完全になくしており、肌も完璧な瑞々しさになるように淫魔術で整えた。

 本人はまだ気がついていないと思うが、いまのベアトリーチェはどこかの王侯貴族の令嬢にもまさって劣らないほどに完璧な裸身をしている。

 

 そもそも、鞭打ったのはベアトリーチェがマゾ体質であり、鞭打たれると悦ぶ体質であることがわかっているからだ。そうでなければ、こんなに無造作に打ったりはしない。

 案の定、ちらりとベアトリーチェの股間を覗くと、鞭打たれだけでつっと愛液が股間から垂れてきている。

 失禁体質でもあるが、蜜も異常に多いのがベアトリーチェなのだ。

 

 それはともかく、ベアトリーチェに比べれば、童女姿で無残な鞭痕がたくさんついているリリスは哀れを誘っているだろう。リリスの鞭痕を消さないのは、それが狙いでもある。

 とにかく、リリスは必死になって両手を顔の後ろに拘束されている頭をあげている。鼻輪に繋いだ鎖を短くして一郎が握っているのだから、リリスとしてはそうするしかない。

 

「くっ……。は、はいっ」

 

 一方で鞭打たれたベアトリーチェが顔をしかめた。

 そして、膝を曲げて股間を隠すのをやめ、もう一度全員に身体の正面を向ける。

 

「ベアトリーチェです。て、天道様に管理される放尿奴隷になりました。新しい家族です……」

 

 ベアトリーチェが真っ赤な顔で言った。

 

「放尿奴隷?」

 

 コゼが怪訝そうな口調で言った。

 

「しばらくのあいだ、ベアトリーチェは俺に放尿を管理される。俺の許可なく小便をすることを禁止したんだ。小便をするときは、常に俺の前で金桶にする。それも、俺の気紛れで許可されるかどうか決まる。それが放尿奴隷だ。そうだな?」

 

 一郎は手を伸ばしてベアトリーチェの乳房を無造作に揉んだ。

 

「ひゃ、ひゃいっ。べ、ベアトリーチェは天道様におしっこを管理されます──。おしっこをぎりぎりまで我慢して、金桶を持って、天道様に放尿の許可を受けに参ります──。ひんっ、ひっ」

 

 胸を揉まれ続けるベアトリーチェがあっという間に身体を真っ赤にさせて小さく悶えながら言った。

 

「もちろん、放尿奴隷は、下着じゃなくておむつだ。俺が交換するが濡らしていたら罰だ。例えば、素っ裸で軍営の営庭を駆け足とかな。それが嫌なら許可がもらえなくてもおむつを汚すな。ああ、もちろん、おむつに小便をするように命じられれたら別だぞ。まあ、すぐに交換はしてやらんかもしれないけどね」

 

「ひゃ、ひゃい──。そ、そんなことまで……。わ、わかりました。ベアトリーチェはおむつをして過ごします。よ、汚したら罰を受けます。め、命令されれば、おむつにおしっこをします」

 

「よし」

 

 一郎はベアトリーチェの乳房から手を離す。

 

「ああ、ベアトリーチェ──。ベアトリーチェね──。ああ、よかったあ。一緒ね。一緒に頑張ろうね。一緒よ」

 

 女たちの集団の後ろからやってきたのはナールだ。

 かなりほっとしている顔だ。

 まだ緊張しているのか?

 

「あっ、ナール。あなたもここに?」

 

 ベアトリーチェもちょっと嬉しそうに声をあげた。

 同じ近衛でもあることだし、知り合いなのだろう。

 

「よし。じゃあ、ベアトリーチェはみんなの中に入ってくれ。食事でもしてろ。縄はそのままだ。みんなの世話を受けろ」

 

 縄で後手にされているベアトリーチェは、食事や飲みもの世話をほかの女から受けるしかない。

 そうすれば、あっという間に仲良くなるだろう。

 いや、そういえば、ナールも縛るか?

 ちょっと一郎は思いついた。

 だが、まあ、とりあえずいいか。

 

「じゃあ、次はリリスだ。リリス、挨拶だ」

 

 一郎は持っていた鼻輪の鎖を思い切り引き、そして、手を離した。

 

「ひぎいいっ」

 

 リリスはずっと腹筋に力を入れて、顔をぎりぎり湯からあげていたのだが、無理矢理に鼻輪を引っ張られて、顔を自分の下腹部近くまであげ、それから手を離されたので反動で再び湯の中に顔をつけてしまった。

 

「むぶぶぶぶっ」

 

 湯の中で頭の後ろに固定されている両手とともに顔をもがかせて暴れている。

 一郎はまたもや乗馬鞭でリリスを叩いた。

 今度は乳首の真上だ。

 まったく膨らんでいない乳首だが、ほかの場所よりは鋭敏だろう。

 

「もががっ」

 

 湯の中のリリスがもがいている。

 そして、今度は自力で顔を湯の外に出してきた。

 

「はあ、はあ、はあ……。リ、リリスじゃ……。しゅ、主殿(しゅどの)から新しい名をもらった……。ベ、ベルズ……ミランダ……。すまんかった……。こ、こんな格好だが謝らせてくれ……。お、お前らの言ったとおりだった。主殿は無理矢理に集めた性奴隷は気に入らんそうだ……。しかも、迷惑をかけた……。悪かった……」

 

 リリスが女たちの集まりの中でミランダとベルズを認めて、そっちに顔を向けて言った。

 やることには過激なところがあるが、素直であることについては、もしかしたら女たちの中でも一番群を抜いているかもしれない。

 淫魔術でリリスの感情に触れているが、リリスの謝罪が心からのものであることがわかる。

 これが魔族種というものなのだろう。

 怒るときには全力で怒り、喜ぶときには喜び、悲しむときには悲しむ。

 感情そのままを態度で示すのが魔族種ということだった。

 

 それに比べれば、この世界の人間種というのは感情のわからない種族だと言われているらしい。

 怒っていても相手によっては怒りを表に表さないし、親しそうにしながら実は相手を心の底から嫌っていたりする。憎み合う者同士で楽しそうに笑い合うことだって平気でする。

 一郎からすれば、それは当たり前の処世術だが、この世界では人間族のそういう部分は他種族から好まれないらしい。

 まあ、程度問題だろうが。

 

「……っていうか、サキなのかい?」

 

「首から下が復活したのは嬉しいけど……。子供になったということ?」

 

 ミランダとベルズは唖然としている。

 

「わおっ、でもよかったね、サキ様。ご主人様に治療してもらったの?」

 

 クグルスだ。

 一郎は首を横に振った。

 

「いや、リリスが自力でやったことだ。再生術というらしい。その代わり、大人になり直すまでほとんどの能力を失ってしまったそうだ。だから、いまはただの魔族の子供だ」

 

 一郎は乗馬鞭を収納すると、今度は小筆を出して、リリスの股をくすぐってやった。

 

「ひいっ、それもう、やだっ」

 

 リリスがひと声あげたかと思うと、あっという間に顔を湯の中に落としてしまった。

 一郎は笑いながらリリスの無防備な股間への悪戯を続ける。

 

「ほらほらほら、顔をあげろ。溺れて死ぬぞ」

 

 執拗に筆でリリスの敏感な場所をくすぐってやる。

 やっぱり、未発達ではあるがクリトリスのある場所が鋭敏そうだ。そこを集中的に責める。

 

「むぶうっ、んぶっ、もがああっ」

 

 頭の後ろ側に両手を拘束されているリリスが必死にもがいている。

 だが、股間をいじられたままでは、さすがに顔を自力ではあげられないようだ。

 しばらく続けていると、だんだんとリリスの動きが鈍くなっていく。声も聞こえなくなってきた。

 

「ロ、ロウ──。大丈夫かい──? 死んでしまうんでは──?」

 

 ミランダが慌てたように言った。

 それはともかく、ミランダも後手縛りのままだ。ほかに縛ったままなのはランだ。

 

「死なせはしない。死ぬ直前まではするけどね。そして、繰り返す……。ひたすらにね……。一番の被害者はふたりだ。ふたりが満足するまで折檻は継続するつもりだ」

 

 一郎は筆責めを続けながら言った。

 それはともかく、やっぱり苦しければ苦しいほど、愛液の量も多くなるみたいだ。

 リリスの股間からはすでにあふれるばかりの愛液が放出されている。

 

「許す──。許すよ──。さっきも言ったが、許してやってくれ。もう怒ってない。わたしらも悪かったのだ」

 

 ベルズだ。

 

「そうだよ。それよりも、あたしはこいつの女気には逆に惚れ惚れしたよ。あたしだって、仲間のためだとしても、あそこまでできるかわからない。サキ、いや、リリスは立派だった。間違いなく仲間さ。家族だ。許してやっておくれ」

 

 ミランダも言った。

 一郎はリリスの脚を吊っていた二本の鎖を外す。

 リリスの幼い身体が音を立てて湯に全部落ちた。

 一郎は鼻輪の鎖を引いて、無理矢理にリリスの顔を湯の中からあげさせる。

 

「ふはあっ──。ひんっ、それはやだああ。もう引っ張らないでくれええ」

 

 リリスが泣き叫んだ。

 余程に鼻輪を引かれるのが嫌みたいだ。

 この瞬間に、一郎はいつでも鼻輪で遊べるように、リリスの鼻のあいだに開けた穴はそのままにしておこうと決めた。

 

「ミランダとベルズは許すと言っている。だから、折檻は終わりにしてやる。ふたりに感謝しろ」

 

 リリスの腕を掴んで立たせる。

 全身に残っていた鞭痕の完全に治療して消去する。鼻輪も外した。まだ、残っているのは、首の後ろに固定している両手首の手錠と、膝のあいだの棒枷である。

 

「わ、わしを許すのか? もうか? 許して欲しいが、簡単に許さんでいいのだぞ。わしはそれだけの失敗をしたと思っておるのだ」

 

 リリスはきょとんとしている。

 もう懲罰が終わりということをちょっと不思議に思っている感じだ。

 

「躾そのものは終わりじゃないけどな。魔道が遣えなくなったんだから、自分の手でなんでもする勉強もしろ。しばらくすれば、俺の執務室でメイドをしてもらうが、その前にシルキーについて召使いについて倣え。シルキーを先生として、真摯に学べ。いいな──。そっちの少女がシルキーだ。成長したんだ」

 

 一郎はリリスの尻を思い切り平手で叩いた。

 

「きゃん──。わ、わかった。シルキー、よろしく頼む」

 

 いつの間にかそばにきていた屋敷妖精のシルキーにリリスが頭をさげた。

 

「先生だ──」

 

 もう一度尻を引っ張ったく。

 今度はもっと強くだ。

 

「ぎゃああっ、シ、シルキー先生、頼む──。厳しく教えてくれ──」

 

 リリスが悲鳴混じりに叫んだ。

 

「いい子だ」

 

 一郎は今度は頭を撫でてやる。

 

「こ、子供扱いはやめい。う、嬉しいけど……」

 

 リリスが顔を真っ赤にして言った。

 嬉しいんだ……。

 一郎は頭を撫で続けながら微笑んでしまった。

 それにしても、こいつ本当に小さな魔族童女そのもので可愛い。喋りもどうやっても、舌足らずになるみたいで、童女が大人の口真似をして喋っているようにしか聞こえないのもいい。

 

「ふふふ、折檻の続きは、いまのように縛ったまま、エリカに渡すといいわ。あいつはしつこいから」

 

 コゼがくすくすと笑った。

 

「ああ、それはいいな」

 

 一郎も言った。

 童女好きの百合趣味は、エリカの隠れた性癖であり、可愛らしい童女相手だとかなりしつこく絡みたがる。

 これまで犠牲になっているのは、イットとミウと、仮想空間で童女にしたコゼだ。

 イットもミウも、エリカのしつこさを嫌って、エリカに責められるのは逃げ回る。

 

「エリカ? あいつがどうしたのだ?」

 

 だが、エリカの童女好きの性癖のことは知らないのか、リリスはきょとんとしている。

 ならば、教えないままエリカに引き渡すか。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「そうですか、では頑張りましょう、リリス様。屋敷妖精長のシルキーが教えます。わからないことはなんでも訊ねてください」

 

 シルキーがにっこりと笑った。

 

「さっきも言ったが容赦しなくてよい……。だが、シルキーか? いきなり、成長したのう」

 

 リリスはちょっと唖然としている。

 

「ふふ、リリス様は小さくなりましたけどね」

 

 やっぱり成長したシルキーは表情が豊かになった。

 シルキーが自然に笑う姿など初めて見たかもしれない。

 

「じゃあ、サキ改め、リリスの懲罰は終わりだ。これでみんなもいいな。リリスを許してやってくれ」

 

 一郎は全員に頭をさげた。

 女の失敗は一郎の失敗だ。

 だから、頭をさげる。

 ことさら、リリスを全員の前で厳しく扱ったのも、ちょっとでも同情を誘おうと思ってのことである。

 一郎はリリスのチョーカーから手錠を外し、手錠そのものも消滅させた。脚を開かせていた膝のあいだの棒枷もだ。

 

「ふう……」

 

 リリスがやっと自由になった腕をさするような仕草をする。

 

「ゆ、許せませんわ──」

 

 そのとき、大きな声が浴場に鳴り響いた。



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874 大浴場の新しい女神像

「ゆ、許せませんわ──」

 

 突然に大きな声が浴場に響き渡った。

 視線を向けるとガドニエルだった。

 腕に後手縛りのベアトリーチェを掴んで、こっちにやってくる。その後ろからナールがおろおろした感じでついてきている。

 

「どうしたんだ、ガド?」

 

 一郎は苦笑して言った。

 ガドニエルが怒ったようにしている理由について、もう見当がついたのだ。

 

「わ、わたしのお股にも、ご主人様のお名前を刺青して欲しいと言いましたよ──。それなのに、このお方はどんな褒美でご主人様のお名前を描いてもらったのですか? 教えてください──」

 

 ガドニエルが片手でベアトリーチェの後手縛りの腕を掴み、さらに片手でベアトリーチェの股間に一郎が刻んだ飾り文字の“I”と“R”を指さしている。

 

「ややこしくなるから、あんたは黙ってなさい、ガド」

 

 コゼが呆れたように声をかけた。

 

「わっ、わっ、さ、触らないで……。あ、あのう、このお方はどなたですか?」

 

 ガドニエルにぐりぐりと股間に指を突き付けられているベアトリーチェが真っ赤な顔をして戸惑っている。

 

「エルフ女王国の女王、ガドニエル陛下よ。魔道通信の映像で見なかった? ああ、あんたらは奴隷宮に監禁されていたから、顔は知らないのか」

 

 コゼだ。

 

「ああっ? これがかあ?」

 

 リリスが怪訝そうな声をあげた。

 

「ええっ、エルフ族の女王陛下──。ほ、本当ですか──。あっ、ちょ、ちょっと、そんなに指を当てないで……。い、いえ、当てないでください」

 

 ベアトリーチェが困って言った。

 

「こいつに丁寧な言葉はいらないわよ。このとおり女王としてはポンコツだから。もっとも、必要なら、いつでも女王モードになることもできるのよ。それは得意技よ」

 

 コゼが笑った。

 

「もちろんですわ。いつでも、女王のふりをしますから──。それよりも、ご主人様、わたしにも、ご主人様の名前を股に刻んで欲しいのです」

 

「別にご褒美で彫ったわけじゃないがなあ……。まあそのうちだ。次に活躍したら、ガドの股に俺の名前を彫ってやる。だから、いい加減にベアトリーチェを離してやれ。困っているじゃないか」

 

 一郎は笑った。

 

「約束ですよ──。ああっ、あなた、失礼しましたね。ナタル国のガドですわ。よろしくお願いしますね」

 

 やっとガドニエルがベアトリーチェから手を離す。

 

「あっ、いえ……。こ、光栄です、女王陛下……」

 

 ベアトリーチェもどう対応していいかわからないのだろう。

 かなり困惑した様子で後手縛りのまま、両膝を揃えて斜めに曲げて身体を屈める。

 幾つかある敬意を表すときの貴族女性の儀礼のひとつだ。

 

「気にしなくていいのです。お互いに、同じご主人様の性奴隷ではないですか」

 

 ガドニエルがにっこりと微笑んだ。

 

「あんたは気にしなさいよ、ガド。家族になったと言われても、知らない人でしょう。いきなり股に指を突きつけたりしないの」

 

 コゼがガドニエルを叱った。

 

「ふふ、とても愉快な方なのですね、ガドニエル女王陛下は。とてもご主人様がお好きなのがわかります……。ねえ、ノヴァ」

 

「ええ」

 

 アンとノヴァも笑っている。

 

「ねえねえねえ、屋敷妖精と考えたそこにある新しい像はどう、ご主人様?」

 

 そのとき、魔妖精のクグルスが一郎の前に飛んできた。

 この新しい大浴場には、五槽の浴場と七人の女神像があるのだが、女神像のポーズが面白くないとクグルスが不満を唱えたので、新しいポーズをシルキーと一緒に考えろと任せていたのだった。

 一郎がいまいる小浴槽は、人間族の女神のへラティス像のところだと思い出す。

 目をやる。

 そして、思わず大笑いした。

 

「こりゃあ、いいな」

 

 最初に見たときには、確かへラティス像は股を開いてしゃがんでいる姿だった。そして、前に真っ直ぐに伸ばしている腕の手のひらからお湯が湯槽に注がれていたと思う。開いている股間の女性器が妙に写実的で印象的だったのを記憶している。

 それがいまは、写実的な女性器はそのままだが、お湯が出る場所が、手のひらからその女性器に変化している。

 つまりは、女神版「小便小僧」ならず、「小便少女」……いや、「小便女神」というところか。

 一郎は大喜びした。

 

「な、な、なっ、お前たち、いつの間に──。こ、これは女神に対して不敬だ。すぐに戻すのだ」

 

 真っ赤な顔で怒鳴ったのはベルズだ。

 そういえば、ベルズは現職の神殿巫女か。

 一郎はとりあえず笑いを引っ込めた。

 

「なにおう、このむっつりマゾめ──。ここはお前たちの神殿じゃないぞ。ご主人様の性域だ──。ご主人様をその気にさせるために改造してなにが悪い。文句を言うと、ぼくがお前の身体を乗っ取って、神殿のど真ん中で自慰をしてやるぞお」

 

「な、なんだと──」

 

 ベルズが真っ赤な顔になって怒った。

 

「まあ、待て、待て」

 

 一郎は慌ててあいだに入る。

 クグルスを怒らせたら、本当にやりかねない。

 ベルズといえども、身体に入られたら、魔妖精を防ぐ方法はない。それはクグルスの得意技だ。

 それに、本人は知らないと思うが、ベルズの魔道遣いレベルは“40”であり、魔道遣いとしてもとんでもなく高位レベルなのだが、実はクグルスの魔妖精のレベルは“60”だ。

 やり合って負けるのはベルズだろう。

 

「ロ、ロウ殿──。いかに、ロウ殿とはいえ、女神への冒涜は見過ごすわけにはいかんのだ。これは全教徒を侮辱することなのだ。そうであろう、スクルド? ガドニエル陛下?」

 

 ベルズがスクルドたちに同意を求める。

 スクルドに声をかけたのは、自ら立場を放棄したとはいえ、元神殿長だからだろう。そして、実は、ナタル森林王国の女王というのは、ナタル森林全土の神殿の長でもあるのだ。

 ハロンドール王国やローム地区に拡がる神殿の総まとめがタリオ公国内にある大神殿にいる法王であるのに対して、ナタル森林内の教会の長は女王なのである。

 だから、同意を求めたのだと思う。

 

「わたしは別に……」

 

 しかし、スクルドはあっさりと首を横に振った。

 

「ス、スクルド──」

 

 ベルズはスクルドを睨んだ。

 

「わたしの意見はご主人様次第ですわ。もしも、おしっこをしている女神像がよいといわれるのであれば、女王として全神殿に女神像をそういう姿にするように通達を発します」

 

「あんたとケイラさんだったら、本当にそうやりそうで怖いわね」

 

 コゼがくすりと笑った。

 

「そ、そんな、陛下……」

 

 ベルズは同意を得られなかったことに唖然としている。

 

「だから、待てよ……。つまりは、ベルズは女神像への冒涜だから怒っているのだろう? だから、女神像でなければいいことじゃないか。シルキー、ちょっと来てくれ」

 

 一郎はちょっと離れた場所で、リリスと話し込んでいる屋敷妖精のシルキーに声をかけた。

 そのシルキーがすぐにやって来る。

 しばらくシルキーについて、メイド修行をしろと命令したリリスも一緒だ。

 

「お呼びですか、旦那様?」

 

「ああ、実は……。ちょ、ちょっと待て。なんだ、リリス、その恰好は?」

 

 一郎はシルキーに目をやって思わず吹き出してしまった。

 シルキーは相変わらず、上半身がメイドの正装姿で下半身が股間に葉っぱ一枚という破廉恥な姿なのだが、そのシルキー付きを命じたリリスも、いつの間にか、上半身はメイドの正装のような服を着ているのに、下にはなにも身に着けてないという恰好になっていたのだ。

 リリスは、下腹部までしかない上衣の裾を懸命に引っ張って、股を隠すようにしている。

 

「あら、似合ってるじゃないの、リリスさん?」

 

 コゼが軽口を言った。

 

「よ、呼び捨てでよい──。わしはメイドだからな。そんなことより、似合っとらん──。これは全裸よりも恥ずかしいぞ。この屋敷妖精は、これがこの屋敷のメイドの格好だといって、強制的にこの格好にさせるのだ。ふ、服を寄越せ。屋敷妖精──」

 

 リリスが真っ赤な顔で怒鳴った。

 

「なにを言うのです。この屋敷は徹頭徹尾、旦那様がお過ごしやすくするために存在しなければなりません。それがこの屋敷の存在意義なのです。旦那様ほどの好色なお方であれば、どこをどうお歩きなさっても、この屋敷内が旦那様の性欲を刺激するような工夫が必要です。屋敷妖精長として、能力が向上した以上、旦那様好みの好色屋敷にしてみせます。わたしくしめの弟子になったリリス様にも協力していただきます」

 

「まあ、すごく頼もしいですね、シルキーさん」

 

 スクルドだ。

 にこにこ笑っている。

 

「なんか、屋敷を好色な仕掛けと罠でいっぱいにしそうねえ。あたしたちは巻き込まないでよ」

 

 一方でコゼが苦笑している。

 

「リリス、なにからなにまで、シルキーに従うんだ。それも勉強だ──。それと、シルキー、女の色香を増す格好というのは見えそうで見えないというぎりぎりのところがいいんだ。そういう方向で頼む」

 

 一郎は半分冗談で言った。残りの半分は本気だが……。

 

「見えそうで、見えない……。なるほど、勉強になります」

 

 だが、シルキーは大真面目に頷いた。

 

「見えそうで見えない──。わかりましたわ、ご主人様」

 

 すると、ガドニエルも嬉しそうに声をあげた。

 とりあえず、こっちは無視する。

 

「わ、わしは嫌だぞ。今夜は我慢するが、ひとりでおかしな恰好なんていやだ。わしに強制するなら、ほかの女もさせろ、主殿(しゅどの)

 

 また、リリスが顔を真っ赤にして怒鳴った。

 だが、こっちも無視する。

 シルキーに向き直る。

 

「シルキー、女神像のことなんだが、ちょっと、このベルズは女神を破廉恥な姿でいさせるのは不満だと言ってなあ。それで訊ねるが、あっという間にこうやって、姿勢を変えられたくらいだから、顔も変えられるか?」

 

「すぐにできます。どんな風に変えましょう? 例えば、目の前のへラティス像は、一般的で平均的なへラティス神の風貌に似せております。どのような注文にも瞬時に対応させられます」

 

「そうか……。なら、へラティス神の顔をここにいるベルズそっくりにしてくれ。体形もな。へラティス像ではなく、ベルズ像だ。それなら不敬にならないから、文句はないだろう、ベルズ?」

 

 一郎は笑った。

 

「な、なんと──?」

 

 ベルズが顔を真っ赤にした。

 

「承知しました、旦那様」

 

 一方でシルキーが魔道をかけた。

 あっという間に、そばの女神像の顔がベルズそのものになる。身体つきも、目の前のベルズにそっくりだ。

 しかも、性器のかたちまで律儀に再現されてベルズのものに変わった。

 そのために観察したことはないだろうに、一瞬で性器まで酷似させられるとは、本当に屋敷妖精の能力というのは無限だ。

 

「うわあ。やめええ」

 

 ベルズが大声をあげた。

 

「これ以上言うと、女神像に戻すぞ。文句を言うな」

 

 一郎はぴしゃりと言った。

 笑いながらだが……。

 

「うう……」

 

 ベルズは不満はありそうだったが、口にするのはやめたようだ。

 真っ赤な顔のまま俯いてしまった。

 

「やーい、やーい、恥ずかしいかあ、むっつりマゾ──。ぼくのやることに文句を言うからだ──」

 

 一方でクグルスは大喜びだ。

 くるくると宙を踊るように舞った。

 

「ついでに、ポーズももう少し工夫しようか……。顔は必死に尿意を我慢していたような表情に……。肢は開いて座ったままでいいので、極端な内股にしてくれ。そして、片手で股間を押さえて、手のひらに当たって、湯が迸る感じだ」

 

 一郎は注文をつけた。

 シルキーが頷き、またもやあっという間に女神像ならぬ、ベルズ像の姿勢が変化する。

 脚を開いて座り、必死で我慢していた尿がついて崩壊して失禁してしまったような像に変化した。

 

「うわっ、やめよ──」

 

 ベルズが彫像を隠すように身体で覆おうとする。

 

「わああい──。ご主人様、センスいいよ。ねえねえ、ほかのも変えてよ」

 

 クグルスは大喜びだ。

 

「よしきた。シルキーとクグルスはついてこい。ほかの者も、よければ見学してくれ」

 

 一郎はほかの浴槽に向かった。

 

「ほほ、まるで子供のようだね、ロウ殿」

 

 一緒に歩きながらマアが一郎に笑いかけてきた。

 なんだかんだと、ほかの女たちもぞろぞろと裸でついてくる。

 

「そうか?」

 

 一郎はお道化(どけ)た。

 次はドワフの守神のミネルバ像だ。

 なるほど、最初は真っ直ぐに立っている像だったが、いまは四つん這いに変わっている。

 その股間から放尿のようにお湯が真下に出ていて、そこから流れて湯槽に裾いでいる。

 

「これは片足上げに変えよう。そして、どばどばでている湯の量をもう少し少なめに……。そっちの方が本物っぽいしな。だだし、湯の方向は上から放物線を描いて湯槽に入るように。顔はミランダでいい」

 

「了解です」

 

 またもや、女神像の姿が変化して、四つん這いで片足上げになって雄犬のように小便するミランダ像になった。

 やはり、女性器はミランダのものだ。

 こんなものは、一郎にしかわからないだろうが、一郎にだけはミランダの性器だとわかる。

 

「わおっ、いいねえ。ご主人様──」

 

 クグルスがまたもや、歓声をあげる。

 

「うわあっ、なんで、あたしを──。ベ、ベルズ、お前がつまらないことを言うからだろう──。巻き込むんじゃないよ──」

 

 ミランダはベルズに怒鳴った。

 

「なんで、わたしに言う。不満はロウ殿に言えばよいであろう」

 

 ベルズも言い返した。

 

「よし、次だ」

 

 その次はエルフ族の女神のアルティス像だ。

 

「これはもちろん、ガドニエル像に変更だな……。そして、ポーズはどうするかな?」

 

 クグルスとシルキー案の女神像のポーズは、湯槽にお尻を突き出すようにして、中腰になって開いている股間から湯が出ている姿勢だ。

 これについては、姿勢はこのままでいいだろう。突き出した尻の下から湯が出るなど、なかなかに卑猥なポーズだ。

 しかし、もうひと工夫する。

 

「みんなだけに恥ずかしいことはさせないぞ、俺も登場しよう。一部だけだけどな。ガドの顔のエルフ神の前に下半身だけの俺の像を出してくれ。そして、男根から出している放尿を女像の顔にぶっかけるんだ。顔に当たって落ちた湯も湯槽に入るようにしてな」

 

「わああい──。ご主人様も登場だあ。えろ女王、よかったなあ」

 

 クグルスはすっかりとご機嫌である。

 そして、たちまちに一郎の下半身そのものの像がガドニエル像の正面に現れる。

 ガドニエルの顔に変えたアルティス像は、顔を腰の高さくらいまで低くしていたので、彫像の下半身の性器から飛び出す湯が顔にかかるだけじゃなく、まるで奉仕をしようとするかのように顔を突き出した感じになった。

 もともと、口を半開きにしていたのだ。

 その開いている口に彫像の男根から出る湯が飛び出して入り、ガドニエル像の口から湯が垂れ落ちている。

 さらに、ガドニエル像の股そのものからもゆばりのように湯が出ていており、いままでの中での卑猥度は一番だろう。

 

「光栄ですわ──」

 

 ガドニエルが嬉しそうな声をあげた。

 喜んでいるならいいか。

 

「わっ、ご主人様の……」

 

「まあ……」

 

「あっ」

 

 一方で、くっついてきている女たちは、一郎の下半身像が出てくると、ほぼ全員が顔を赤らめた。

 下半身の男性像の股間は勃起しているのだが、自分ではそんなにはわからないが、その勃起状態の性器が一郎の一物そのものなのだろう。

 ちらりと見ると、女たちが急に内腿をすり合わせるようにもじもじしている。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「次だ」

 

 次は、諸種族の女神のテルメス像だ。

 テルメス像に変えるのに相応しい女はこの中からは思いつかないので、このままだろう。

 そのテルメス像は胡坐に座り、伸ばした手から湯を出していた。

 

「なんだ。変わってないじゃないか」

 

 一郎は笑った。

 

「だって、考えている途中だったんだもん」

 

 クグルスが小さな頬をぷっと膨らませた。

 

「じゃあ、俺が考えるか……。だけど、テルメスのおっぱいは大きいんだなあ。五人……いや七人の女神の中では一番か?」

 

「テルメス神は、クロノス神以外の多くの男性から愛された子だくさんですから……。だから、胸が大きいのです」

 

 口を挟んだのはスクルドだ。

 

「じゃあ、それでいくか」

 

 一郎はシルキーに指示した。

 たちまちに、テルメス神の巨乳の乳首から二本の湯の乳が迸る。

 

「ははは、いいねえ」

 

 クグルスがまたもや喜んだ。

 

「もう諦めた、好きにするがいい」

 

 一緒についてきているベルズが嘆息したのが聞こえた。

 

「最後は、クロノスの正妻のメティス神と、獣人族のモズ神と魔族のインドラ神か……」

 

 これもまだクグルスの手は付けられていない。

 メティスは大きな湯槽の中心に立っていて、モズ像とインドラ像はそれを挟むように湯槽の縁だ。

 モズ像は四つん這い像で、インドラ像は剣を片手に持った立姿像だ。

 この世界の女神の中では、モズもインドラも扱いが低い女神だ。それをここでも小馬鹿にするような格好にさせるのは気が進まない。

 

 さえ、どうするか……。

 そして、決めた。

 一郎はシルキーに視線を向ける。

 

「両端の女神像の場所を移動もできるか、シルキー?」

 

「簡単です。どこに移動させますか?」

 

「三つを集める。まずはメティス像だな。しゃがませてくれ。普通に女で厠で用を足す感じでいい」

 

「はい、旦那様」

 

 あっという間にメティス像がしゃがみ込む。

 しゃがんで開いている股間からはおしっこのように湯が迸りだす。

 

「なんという……」

 

 ベルズが息を吐いた。

 

「モズ像とインドラ像も同じ姿勢に……。三人で顔を見合って笑っている感じがいいな。放尿している湯は中心に混じり合い湯槽に注いでいく」

 

「わかりました」

 

 両端の二柱の女神像がなくなり、真ん中の石台に集まる。大きさも揃えられ、背が高くて逞しいインドラ神と、均整のとれた美女のメティス神、小柄なモズ神が丸くなって幸せそうに笑い合って放尿をしている像になった。

 この世界の神話では、悲運の扱いのインドラとモズだから、像だけでも仲良くするのはいいだろう。

 そして、一郎好みに卑猥だ。

 比較的高かった石台の高さが水面すれすれに低くなり、三人の股間が見えやすいようになっている。

 こっちはシルキーの工夫だろう。

 

「なかなかいいな。ありがとう、全部、最高だ」

 

 一郎はすっかりと満足して微笑んだ。

 

「うーん、よくわからんが、放尿をしている姿なのに、なんか幸せそうな気分になるのう。不思議なものだ」

 

 ずっと黙っていたリリスが言った。

 

「お前たちの女神をこんな風にして不満はないか、リリス?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「ない──。というよりは、わしらにはエルフ族や人間族のように、石を拝む習慣はないからな。なにをさせてもよい。石は石だ」

 

 リリスが声をあげて笑った。

 だが、相変わらず、短いメイド服の上衣の裾を引っ張って股間を隠している。態度と言葉がちぐはぐでなんだか面白い。

 

「あ、あのう、わたしは、とてもありがたいと感じます」

 

「あたしもです、天道様……。そうだ、ベアト、祈ろう。好色は幸福……。なんだか、その言葉を思い出したわ」

 

「ふふ、二章の七節ね。ええ、いいわ」

 

 ベアトリーチェとナールが感動したように声をあげ、驚いたことに三体の女神像に向かって両膝をついて祈りの姿勢をとった。

 呆れたが、好きにさせることにした。

 だが、二章とか、七節とか、もしかしたら、教典のことか?

 

「やっぱり、こいつら変よ」

 

 コゼが声をあげた。

 

「まあな……。だが、その原因はわかったぞ」

 

 一郎は、集まっている女の中からスクルドに姿勢を向けた。

 

「さてと、じゃあ、遊びはそろそろ終わりだ……。ほかの者はいい。スクルドだけ俺の前に来い」

 

 そして、一郎は言った。



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875 救世主様への懲罰訊問

「さてと、じゃあ、遊びはそろそろ終わりだ……。ほかの者はいい。スクルドだけ俺の前に来い」

 

 一郎はスクルドに言った。

 

「えっ? あっ、はい」

 

 一郎は大浴槽の中にいるので、スクルドが湯の中に入ってこっちにやって来る。

 相変わらず、にこにこと微笑んでいる。

 

 スクルドめ……。

 さて、どうしてくれよう。

 次から次へと面倒を起こしてくれやがって……。

 

 いずにしても、訊問の時間だ……。

 ついでにお仕置きだ。

 

 明日の朝には、奴隷宮に向かって、リリスが語ったことについて確かめるとともに、自分たちを自ら洗脳したという貴族夫人や令嬢たちの処置をする必要があるが、どうやらすべての元凶になっている感のあるスクルドだ。

 面倒になりそうな予感の分だけ、徹底的に懲らしめてやる。

 

「なんでしょうか、ご主人様?」

 

 スクルドがやってきて一郎の前に出た。

 一郎は頷いた。

 

「話は拘束してからだな。両手を背中に回して脚を少し拡げろ」

 

「まあ、怖いですわ」

 

 スクルドが微笑んだまま言われた通りの格好になる。

 一方で、ほかの女たちは、なにが始まるのだろうと疑心になっている表情だ。そして、なんとなく湯槽の外に集まっているかたちになった。

 一郎は粘性体をスクルドの背中に飛ばして、手首を揃えて固めてしまう。

 同時に、一時的にスクルドが魔道を使えないようにした。

 これで、スクルドはまったくの無能力だ。

 

「あっ」

 

 さすがに、スクルドがちょっとたじろいだ感じになり、微笑みに多少の不安そうな顔が混ざった。

 

「じっとしてろよ。動くな……。それと、あまり感じない方がいいかもな。スクルドが欲情した瞬間にお仕置き開始だからな」

 

 一郎は脅した。

 

「えっ、えっ、えっ? なんですか?」

 

 スクルドが困惑している。

 構わずに、一郎は両手をスクルドの乳房に伸ばし、弾力のある巨乳を揉み始めた。

 かなりの大きな胸だがほんの少しも垂れてはいない。乳首もぴんと上を向いている。

 スクルドに限らず、一郎に支配されている女は最高の曲線美を保つように、一郎が身体の制御をしてやっている。スクルドの胸回りの筋肉だって最高の状態に保たせていた。だから、これだけの巨乳でありながら、上に向かって張っている。

 また、それぞれの個性に合わせてだが、無駄な贅肉もない。

 淫魔術の力だ。

 そんな感じで、一郎の女はなんの努力もなしで、絶世の美しさを保つことができるのだ。

 もっとも、うちの女たちは努力している者が多いが……。

 

「あっ、ご、ご主人……。な、なんでしょう? こ、怖いお顔ですが……。あ、あのう、感じると、なにが……?」

 

 スクルドが腰をかすかにくねらせながら悶え始める。

 しかし、一郎の手管にかかれば、快感から逃れるのは不可能だ。

 

「あっ、ふう……。き、気持ちいい……です……。あっ、あっ」

 

 たちまちに、スクルドの肌からはねっとりと汗が流れ始め、色もほんのりと赤くなる。

 股間もじっとりと蜜で濡れてきて、開いている内腿が小刻みに震え出す。

 

「ねえ、あんた、またなにかやったの?」

 

 コゼだ。

 

「い、いえ、心当たりは……。あっ、ああ……、あっ、そ、そこは……」

 

 スクルドが甘い吐息を出しながら、首を横に振る。

 

「やったんだ」

 

 一郎は胸を揉み続ける左手はそのままにして、右手に亜空間からひとつの淫具を出して握った。

 亜空間から取り出したのは、この屋敷にあった前の主人が集めた淫具の蒐集品のひとつだ。

 蒐集品を集めている蔵の一角を占めている海の向こうの「ホウゲン」という魔女の淫具群のひとつで『ジョインリン』という道具だ。

 これを股間でも、乳首にでも嵌めると、たちまちに発情して疼きがとまらなくなるというものだ。

 とんでもないものなのだが、女の敏感な場所に密着するだけであとは勝手に嵌って、一度嵌められれば、どんな術者でも絶対に自分では外せないらしい。

 そして、嵌めた者が術者であれば、低位魔道遣い程度の魔道で、振動も電撃も痒みでも痛みでも、思いのままなのだそうだ。しかも、術者でなくても手に魔石を握るだけで代替できるらしい。そうい魔道陣が刻まれているのである。

 なかなかにえげつない淫具だ。そして、天才的な魔道技術だ。

 

 このホウゲンシリーズの淫具は、愉快で効果がすごいものが多く、一郎も興味があったので調べてもらったことがあったが、まだ、この作者の魔女は生きているらしい。

 人間族の女なのだが、魔道力は高く、また大勢の愛人がいるらしい。魔王と呼ばれる魔族を夫にして、人間族の皇帝と妃を愛人にし、さらに大勢の女の愛人を持っているそうだ。

 ほかにも、どこかの女王を性奴隷にしているという話もあったし、とにかく、なかなかに破天荒な女傑で、しかも性には奔放らしい。

 一度、会ってみたい。

 

 とにかく、そのホウゲン作の『ジョインリン』を右手に持って、スクルドのクリトリスに触れる。

 勃起度は十分だろう。

 

「えっ……? ひ、ひあああっ」

 

 一郎は、スクルドのクリトリスに淫具を当てて装着した。

 スクルドの鋭敏な器官の根元にぎゅっと『ジョインリン』が食い込むのがわかった。

 

「ひっ、ひっ、な、なんですこれ──。なんですかあ──?」

 

 一瞬呆けた感じのスクルドだったが、すぐに目を見開き、悲鳴をあげてその場にしゃがみ込もうとした。

 だが、クリトリスに嵌めた「ジョインリン」には、一郎が粘性体で瞬時に作った「糸」が繋がっている。

 見えないくらいに細くて柔軟だが、金属のように強固で絶対に切れることはない。

 この糸を天井に飛ばして、天井の二個の金具を通過させて、糸の先端を一郎の目の前に落とす。

 糸の先には、やはり粘性体で形状を整えた鉤状のぶら下げられるものを付ける。

 一郎は亜空間から取り出した取っ手付きの空の木桶をそこにぶら下げた。

 

「ひぎいいいっ」

 

 クリトリスを糸で天井に向かって引っ張られることになったスクルドがつま先立ちになって絶叫した。

 空の木桶だが、それでもかなりの重量だ。

 それが天井の金具を通じて、クリトリスに繋がってぶら下がっているのだ。

 スクルドの全身がたちまちに真っ赤になり、スクルドの顔から微笑みが消滅して苦悶の表情に変化する。

 

 また、驚くことに、すでにがくがくと震えているスクルドの内腿はまるでおしっこでも漏らしたのようにべっとりと愛蜜が垂れ流れ、いまでもだくだくと漏れ続けている。

 『ジョインリン』を嵌めたクリトリスは真っ赤に膨らんで、なにもしないのにびくびくと動いている。

 これはすごいな……。

 以前に、エリカか誰かに試験してやったときも凄かったが、やはり、「ホウゲンシリーズ」は素晴らしい。

 

「うっ、うううっ、い、いきなり、なにを……」

 

 スクルドが呻き声をあげた。

 そのスクルドの裸身は限界まで伸びあがっている。

 クリトリスは無残に引っ張られて、股間から千切れんばかりになった。

 一郎は、スクルドの股間に繋がっている糸の反対側にぶらさげている木桶のほかに、さらに二個の空の桶を出して足元から湯をいっぱいにして、とりあえず湯槽の縁に置く。

 

「ちょっと思い出して欲しいことがあってなあ。よく思い出すんだぞ。お前、まだ、俺に白状してないことがあったみたいだな。園遊会で集めた女たちに、スクルドが語った言葉だ。一字一句全部言え」

 

 一郎はそう言うと、亜空間から取り出した別の小さな湯桶で足元の湯をすくい、スクルドの股間に繋がってぶら下がっている空の木桶の中に無造作に湯を注いだ。

 

「んぎいいいいいっ」

 

 スクルドが絶叫した。

 

「ロウ、なにか怒っているのかい?」

 

 女たちは湯槽の周りで唖然としている様子だったが、その沈黙を破るようにミランダが訊ねてきた。

 

「怒ってはいないさ。半分呆れているというところかな。そして、困っている。どうしていいかわからなくてね。それで、その責任者に八つ当たりをしているんだ……。ナール、なんでもいい。軍営で口にした、お前の持っていた教典の言葉を言ってくれ。覚えているものでいいから」

 

 一郎は、真ん中の女神像の前に跪いていたふたりのうち、ナールに声をかけた。

 ナールにしろ、ベアトリーチェにしろ、いきなり始まった一郎によるスクルドの責めに対して、口を開けてぽかんとしていたが、すぐにはっとした表情になる。

 

「え? は、はい……。そ、そうですね……。“命令に従いましょう。弄ばれましょう。辱められましょう。天道様は最高の快感をあなたに与えます”とか……」

 

 ナールが思い出すように口にする。

 

「スクルド、いまの言葉に心当たりは?」

 

 一郎は足元から小桶で湯をすくってぶら下がっている木桶にちょっとだけ注ぎ足す。

 

「ひぎいいいっ、わ、わかりません──」

 

 クリトリスを引っ張られるに力に、足された湯の重みを加えられたスクルドが悲鳴をあげる。

 

「ベアトリーチェ、同じ質問だ……。いまのはこいつ言葉か?」

 

「あ、はい。多分、簡易版の二章二節だと思います。あ、あのう、光栄です。天道様が救世主様をご調教なさる光景を見させていただけるなど……。決して忘れません。心に刻みます……。ありがとうございます。救世主様にも感謝いたします……。わたしたちに愛の行為を示していただき悦びに言葉もありません」

 

「えっ、なに言ってんの、こいつ?」

 

 コゼが素直すぎる感想を口にする。

 確かに、余計でおかしな言葉が多いな……。それはさておき、簡易版?

 

「簡易版ってなんだ?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「わたしたちが救世主様の教えを拡めるために作らせた教典の簡易版です。王都の下町の業者に発注して配らせたものです。教典全文は大変なので、ほんの印象的な言葉だけを抜き取って小冊子にしたものです」

 

「わたしたち? わたしたちとは奴隷宮の女たちのこと?」

 

 マアが不審そうに口を挟んだ。

 

「え、ええ……。そうです。わたしたちで作りました」

 

「まあ──。あの小冊子は、ベアトたちが作ったの? あたし、肌身離さずに持ってるのよ」

 

 ナールが嬉しそうにベアトリーチェに言った。

 

「そうなの? 嬉しいわ」

 

 ベアトリーチェがにっこりと微笑む。

 

「ちょっと待ちな。あんたらは奴隷宮に監禁されていたんだろう? 王都の業者に発注するというのはどういうことなんだい?」

 

 ミランダだ。

 

「あ、はい……。監禁はされておりましたが、国王の玉璽なども預かってましたし、奴隷宮で行政の代行もして書類も作っておりました。その中に紛れ込ませて、王宮の名で発注するのは、特段な面倒では……。あのう、でも何の質問なのですか?」

 

 ベアトリーチェが応じる。

 

「王国の玉璽? それを奴隷宮のお前らが?」

 

 ベルズだ。

 びっくりしている。

 一郎もちょっと驚いた。

 

「そうなのか、リリス?」

 

 一郎は上半身だけメイド服を着ている童女姿のリリスに顔を向ける。

 

「国王の印のことなら、渡していたな。最初はいちいち正宮殿の連中に処置させていたが面倒になってな。途中からこいつらに渡して、書類を回させていた。こいつらはなかなかに有能だったぞ。ちょっとばかり書類を作れば、なんでも外から持ってこさせるしな。ラポルタが引っ掻き回す前までは、完全に調達のことは任せてたな」

 

 リリスが言った。

 

「えっ? 奴隷宮の者たちが自分で調達をしていたということ? もちろん見張られてだよね?」

 

 マアだ。

 

「見張ってはいたが、それは逃げんようにだ。わしはともかく、わしが集めた見張りの眷属たちは、人間族の文字など読めん。作る書類はそのまま全部、決裁済みの書類として該当部署に渡させた。あっ、ラポルタが支配してからは別だぞ。あいつは、すべてを禁止したからな」

 

「じゃあ、サキ……じゃなくて、リリスが監禁していた時期なら、逃げようと思えばできたんじゃないの。書類に紛れさせて、助けを呼ぶとか。それとも、武器になるようなものを調達するとか……」

 

 コゼが不思議そうに言った。

 

「ほう、そういう手もあったのか……」

 

 すると、リリスが感心したように言った。

 

「わたしたちは逃げようとなど思ったことはありません。そういう意味では、リリス様になられたサキ様に、監禁されていたわけではないのです。わたしたちはわたしたちの意思で、奴隷宮で修行をしておりました。天道様にお仕えして、立派な性奴隷になるために……」

 

 ベアトリーチェがきっぱりと言った。

 女たちがざわめく。

 多分、一郎と一緒で、ちょっと認識が違ったのだろう。

 一郎は女たちを制した。

 

「わかるか、スクルド? ラポルタがリリスにとって代わる以前は、ベアトリーチェたちは逃げるどころか、進んで性修行とやらをしていたそうだ。いや、多分、ラポルタのときもそうなのだろう。別段、自分たちが逃げる意思はなかったのだと思う。おそらく、助けを求めたのは、リリスとミランダとベルズが捕らわれたからであり、自分たち自身は逃亡の意思はなかったんじゃないか?」

 

 一郎は訊ねた。

 これまでのこいつらのおかしな物言いを総合すると、そういうことになりそうだ。

 ベアトリーチェは、奴隷宮の中で教典とやらが増幅した言霊に染まり、ナールは奴隷宮の連中が映録球に込めて王都に垂れ流した言霊に染まったのだ。

 それでも、今の時点でふたりのステータスには、“異常”は表記されてない。

 経緯はともかく、すでにこの状況でふたりは「正常」なのだ。

 同じような者が奴隷宮に大勢いて、王都中にも徐々に拡大していると思う。

 いまはそういう状況なのだ。

 

「その通りです。わたしたちは奴隷宮に留まるつもりでした。どこにも行きません。あそこは、わたしたちの性修行の場所なのです。天道様に性奴隷としてお仕えするための」

 

 ベアトリーチェがはっきりと言った。

 その表情には一片の迷いもない。

 一郎には、その顔が狂信者の顔に見えてきた。

 

「おっ、いいぞ──。全くよくわかんないけど、もしかして、新しく性奴隷になったお前のような者がまだまだいっぱいいるということ? リリス様が集めたということか? 何人いるんだ?」

 

 クグルスだ。

 こいつには、奴隷宮のことは話してなかったか……。

 

「ひゃ、百人くらい……」

 

 ベアトリーチェがぼそりと言った。

 

「すっごおおいい。ご主人様、よかったねえ──。性奴隷が百人だって。だったら、淫気集めに全然困らないじゃないか。全部、手に入れた方がいいよ。最近、ご主人様って、亜空間で淫具作って、外に出したりしてるよねえ。あういうのって、ごっそりと淫気が減るんだよ。気を付けた方がいいよ。まあ、これから毎日百人以上抱くなら、それも心配ないけど」

 

「百人も抱くか。とにかく、俺は無理矢理に誘拐してきた者たちなんて、性奴隷にしないからな。特に、園遊会とやらで集めた子女たちはだめだ」

 

 一郎はきっぱりと言った。

 

「な、なぜです──。先ほど、信仰は自由だと……」

 

 すると、ベアトリーチェが絶望的な表情になる。

 

「天道様と呼ぶのはいいと言っただけだ」

 

 一郎は首を横に振った。

 

「そ、そんな。お考え直しを……」

 

「うるさい──」

 

 一郎は一喝した。

 ベアトリーチェがすっかりとスクルドが蔓延させた言霊に染まっているなら議論は無意味だ。

 理を解いても、絶対に納得しないに違いない。

 それが、スクルドの言霊が作った狂信者たちなのだ。

 

「ご主人様、話を聞いておりましたが、もしかしたら、スクルド様が奴隷宮の皆様になにかをしたことで、皆様がその影響でおかしくなり、奴隷宮から出たくなくなったということでしょうか?」

 

 すると、アンは口を挟んだ。

 一郎は頷いた。

 

「さすがにアンだね。その通りだ。リリスやベアトリーチェと話をしていてわかったんだが、実はスクルドはナタルの森に来る前に、奴隷宮の中に自分の言霊を蔓延させたようだ。しかも、それはすっかりと増幅して、奴隷宮を染め、後宮側にも浸透している。そして、狂信者たちが生まれた。それだけでなく、その奴隷宮から映録球に乗せて、王都中に言霊をばらまいている。おそらく、いまこの瞬間にも奴隷宮の連中の破廉恥映像とともに、言霊も一緒に拡がっているんだ」

 

 一郎は説明した。

 

「ああっ、そういうことか──。わたしが感知したスクルドの魔道の波動は、こいつの言霊か──。なんだ、関係ないとか言って、関係あったのではないか──」

 

 ベルズが大声をあげた。

 

「あ、あのう……。わ、わたしには、なにがなんだか……」

 

 スクルドが苦しそうに言った。

 必死に足を踏ん張るように立っているが、股間に装着されている淫具のために、真っ直ぐに姿勢を伸ばすことさえ辛そうだ。

 それなのに、クリトリスを上に向かって糸で千切れるくらいに引っ張られて、顔に苦悶の表情を浮かべている。

 身体の下は頭から水でも浴びているかのように、ぼたぼたと水滴が湯面に落ち続けている。

 いや、これは汗だけじゃなそうだ。

 女の蜜の匂いが激しくスクルドの股間から漂ってきている。

 

「じゃあ、わかるように説明してやる。スクルドは自分でもわからないうちに、俺を天道様として崇め、そして、性奴隷になることが幸せだという言霊を蔓延させたんだ。そして、奴隷宮に集められた女たちは、その影響を受けて言霊に染まり切り、しかも、その考え……、信仰といっていいかもしれないが、それを王都中に拡めようと映録球に言葉を仕込んだんだ。俺を天道様、お前を救世主とやたらに呼ぶ者が多かったのは、どうやらそういうことのようだ。わかったか──。わかったら、自分がなにを喋って、なにを蔓延させたか思い出せ」

 

 一郎はさっき少しだけ注いだ小桶に残っていた湯の残りを吊っている木桶に全部注ぐ。

 もっとも、一郎はスクルドがなにかを思い出すことなど、ほんのちょっとも期待していない。

 どうせ、記憶になどないに決まっているのだ。

 それよりも、これは懲罰だ。

 ただただ、スクルドを苦しめるためにやっているだけだ。

 

「んぎいいいい」

 

 スクルドが絶叫した。

 クリトリスが信じられないくらいに伸びて引っ張られる。

 だが、問題ない。

 千切れることはないように、淫魔術で一時的に強化している。ただ、その分、激痛は言語に絶するだろう。

 

「木桶全部に湯を注ぐからな。覚悟しろ」

 

 さらに小桶に湯を入れる。

 それを木桶にゆっくりと注いでいく。

 

「ああああ、お、お許しおおお──」

 

 スクルドがぼろぼろと涙をこぼした。



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876 寝耳に水の知らせ

「まあ、可哀想だけど、これくらいの罰はねえ……」

 

「まあ、頑張るんだな」

 

 コゼ、そして、ベルズだ。

 ふたりとも、やっと事情を認識して、スクルドに対して呆れたような態度になっている。

 

「あ、あのう、誤解があるといけませんので、言わせてください。わたしたちは救世主様には感謝申しあげております。あの苦しかった日々が救世主様の言葉で嘘のように楽しくなったのです。それは本当です。いつか、奴隷宮のみんなで天道様に性奴隷にしてもらうのだと……。それを毎日、毎日、お祈りして……」

 

 ベアトリーチェだ。

 

「わかっているよ。これは愛情表現だ。俺と女たちは、毎日こんなことばかりやって遊んでいる。なあ、スクルド?」

 

 一郎は湯を注ぐのを中断して、吊り下げられている木桶をこんと小桶で叩いて揺らした。

 

「ふげええええ──」

 

 スクルドが獣のような奇声をあげた。

 

「あのう、マア様……。いまロウ殿が言ったことは……」

 

 すると、ずっと一郎たちを黙って見守っていた感じだったモートレットがマアにささやいているのが聞こえた。

 

「本当のことよ。ああいう愛情表現もあるのよ」

 

 マアが笑って説明している。

 一郎は一度小桶を湯槽の縁に置き、スクルドの前に来た。

 

「さて、スクルド、お前に選択肢をやろう」

 

「ふ、ふえ?」

 

 スクルドが涙目で顔をあげて一郎の顔を見る。

 

「あそこに木桶が二個あるのがわかるな? いま吊っているものを併せて木桶が三個だ。すでに湯は満水にしてある。あれを全部糸に繋げて吊りあげる。ひとつ目の選択肢がそれだ。とりあえず、明日の朝まで、そのまま吊っておく」

 

 スクルドの顔がさすがに蒼くなる。

 ぶるぶると首を横に振る。

 

「……そうか……。もうひとつの選択肢は、三個の木桶に入っている満水の湯を全部飲み干すことだ。一滴でもこぼせば、倍の湯を無理矢理に飲ませるが、全部飲めば、空桶ひとつだけで勘弁してやろう。どうする?」

 

 一郎はにやりと笑った。

 スクルドが顔をひきつらせた。

 だが、すぐに諦めたような表情になる。

 

「の、飲みます……」

 

「そうだろうな。だが、朝まで小便も許さんぞ。ずっと腹にためておくんだ。小便するたびに、木桶一杯と放尿した小便を無理矢理に腹に入れるからな──」

 

「は、はい……」

 

 スクルドが絶望的な顔をした。

 

「うわあ……」

 

 コゼが気の毒そうな声を出したのが聞こえた。

 

「ああ、これが本物の天道様のご調教……。みんなにも、この奇跡を見せてあげたい……」

 

「あ、あたしも、あの苦痛を快感に変えられるようになるかなあ……」

 

 ベアトリーチェとナールだ。

 こいつらはちょっと放っておこう……。

 

「さて、覚悟しろ、スクルド」

 

 一郎は大きな漏斗(ろうと)を出した。

 広い受け口側が天井を向くように、四隅に粘性体で作った細い柱を付けて、天井と固定をした。

 位置を調整して、スクルドが真上に顔をあげて、管になっている漏斗の先を口で咥えられるようにしてやる。

 

「準備はいいぞ、スクルド。漏斗を口にしろ。さっきも言ったが一滴でもこぼせば、桶を一個分追加だ」

 

 スクルドが漏斗を咥える。

 一郎は湯槽の縁に置いていた木桶を持ってくる。すでに満水にしており、それを両手で持って、漏斗の受け口に大量の湯を流し込んでいく。

 

「んぐっ、んぐっ、んぐ──」

 

 スクルドが喉を鳴らして、夢中で湯を飲んでいく。

 だが、木桶一杯分ともなると、かなりの量だ。

 なかなかなくならない。

 それでも、一郎は容赦なく湯を漏斗に注ぎ続けた。

 やがて、やっと木桶一杯分の湯がなくなった。

 ふと見ると、スクルドの腹はかなり大きく膨らんでいた。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 スクルドはすでに肩で息をしている。

 一郎は空になった木桶を再び満水にした。

 

「二杯目だ。これを飲んだら、いま吊っている木桶の中の湯を抜いてやろう。それで少し楽になるはずだ」

 

「は、はい……」

 

 スクルドが再び漏斗を口に咥えた。

 

「容赦ないのう……。わしよりも残酷かもな」

 

 リリスがぼそりと言った。

 

「いいのよ。たまには……。それにこれくらいで参ってたら、ご主人様の奴隷は務まらないわ」

 

 コゼだ。

 

「うん、大丈夫だな。なんだかんだで、このおっぱい女も興奮しているぞ。ご主人様の本気の責めに、ちょっと……いや、かなり興奮している。淫具のせいだけじゃないな」

 

 クグルスがスクルドの周りを飛び回りながら言った。

 それは、一郎もわかっている。

 残酷な責めだが、これでも淫魔術のあらゆる手段でスクルドを見極めてもいる。

 付き合いも長くなったスクルドだから、これくらいの責めでもしっかりと快感を覚えるくらいにのマゾになっている。

 いや、むしろ、これくらいはやらないと、スクルドもマゾ癖を満足できないかもしれない。

 一郎は二杯目を注ごうとした。

 だが、思い出したことがあって、その木桶をおろす。

 

「ミランダ、クエストを発注したい。ばらまかれている映録球の回収だ。複製もだ」

 

「えっ? えっ? あれをかい? いや、それは無理だよ。どれだけ拡がっていると思ってるんだい。あれは大量にいろんな種類があって、さらに複製が複製を作って、ものすごい勢いで拡散されていると聞くよ。多分無理だよ」

 

 突然に話を振られたミランダだが、話には応じてくれた。

 しかし、首を横に振る。

 

「わかってる。可能な分だけでいい。つまり、クエスト報酬の資金が続く範囲ということだ。スクルド、お前、個人資産を持ってるな。有り金全部出せ。一切合切だ。銅貨一枚も残すな。それをミランダに渡せ。その代わりに飲む湯の量をあと一杯にしてやる」

 

 一郎は言った。

 一郎の性奴隷たちだが、別にその財産を横取りなどしていない。マアのように貢いでくるものはありがたく受けとるが、基本的には一郎から要求したことはない。

 それはエリカやコゼたちなども同じで、クエスト賞金は山分けにしている。まあ、ナタル森林に向かうときのクエストはユイナの競りに必要だったから全回収させてもらったが、その必要がなくなった時点でちゃんと分けた。

 コゼやイットなど、自分の財を持ちたがらず、一郎に渡したがるが、ちゃんと自己管理するように命じている。そのまま、冒険者ギルドに預けっ放しみたいだが。

 だから、いまのいままで、スクルドが自分の個人資産をいくらくらい持っているかなど、知りもしなかった。しかし、神殿長までやったのだ。それなりには持っているだろう。

 

「えっ? し、私財? あっ、はい……」

 

 スクルドが漏斗の吸い口から一度口を離してから頷く。

 かなり朦朧としている。

 話を聞いているかどうかもわからない。だが、言質はとった。

 

「ロウ殿、スクルド殿の私財はあたしも預かってるよ。投資としてね。預かって増やしてるから、かなりの額面にはなってるけど、あれを全部というと相当になるよ。ちょっと勝手には……」

 

 マアだ。

 ほう、投資か……。

 そんなことを。

 だが、財が増えてるなら丁度いい。

 

「いま、いいと言ったじゃないか。おマアも聞いてたろ?」

 

「いや、申し訳ないけど、いまのは、まともな受け答えとは……」

 

 マアがちょっと困った顔になる。

 一郎は小筆を亜空間から取り出した。

 伸びきっているスクルドのクリトリスを柔らかく筆でくすぐる。

 

「ひあああっ、ごめんなさいいい──。すみません──。お許しを──。ひいいっ、お許しをおおお」

 

 スクルドが身体を弓なりにして絶叫した。

 一郎は筆を離す。

 

「クエスト賞金として私財を出すな? 金に変えられるものは全部売れ。下着一枚までもだ。その代わりに、無一文になったお前を屋敷で飼ってやろう。首輪を付けて俺たちの寝室に繋げておく。食事代はセックスと調教受けで支払え。俺の好きなように弄ばれる代わりに、生涯にわたって生活の面倒は見てやる。外に行くときの服も貸してやる。その代わりに今後も稼いだものは全て映録球の回収に回し続ける。最後の一個がなくなるまでな」

 

 一郎は言った。

 すると、スクルドがぱっと顔をあげた。

 顔が喜色満面になっている。

 

「お、おマア様、あ、預けたものをミランダに。ミランダ、ギルド預けの財もお渡しします。ご主人様の言うとおりに──」

 

 スクルドがはっきりと言った。

 

「あ、ああ、わかった……」

 

 ミランダはスクルドの迫力にちょっとばかりたじろいだ感じになる。

 

「ふふ……、よかったですね、スクルドさん」

 

 アンがスクルドに声をかけた。

 だが、よかったことなのか?

 

「ふふ、いまの感じなら不満はないようだね。じゃあ、そうするよ。よければ、あたしも出そうか、ロウ殿?」

 

 マアだ。

 しかし、一郎は首を横に振った。

 

「いや、それはいい。これは底無し沼だ。すぐに、あの映録球の保有も複製も売買も全面禁止の通達を出させるけど、全回収が不可能なのはわかってる。スクルドの個人資産の分でやめよう。それに、これはこいつの責任だ。責任はこいつにさせる。なあ、スクルド?」

 

 再び小筆でクリトリスを刺激する。

 

「ひぎいいい、いぐうつうう」

 

 スクルドががくがくと身体を痙攣させて全身を突っ張る。

 一郎は笑いながら筆を引いた。

 

「わ、わたしも──。わたしも全財産をお渡ししますわ。だから、無一文のわたしも屋敷に──」

 

 ガドニエルが急に話に割り込んできた。

 

「エルフ女王のあんたが、どうやって無一文になるのよ。そういうことは、一度本国に帰って、ラザ様に相談しなさい」

 

 だが、コゼにたしなめられている。

 一郎は噴き出してしまった。

 そして、スクルドに向き直る。

 

「さて、じゃあ、これで終わりにしてやる。飲み干したら、いま入っている木桶からも湯は抜く。頑張れ」

 

「ふあっ、ふわいっ」

 

 スクルドが上を向いて漏斗の吸い口を再び咥えた。

 一郎は湯の入った木桶を担ぎ直した。

 そのときだった。

 突然にシルキーが目の前に出現した。

 

「旦那様に申しあげます。お仕事中のところを中断させてしまい申し訳ありません。急遽、旦那様に、ご指示をいただきたいことがあります。ブラニーからです。王都屋敷でブラニーから判断に迷うことがあり、どうしてもご指示を給わりたいと連絡がありました」

 

「ブラニーが?」

 

 ブラニーが管理しているのは、王都側の小屋敷だ。

 こことは移動術の設備で自由に行き来できるようになっていて、事実上のひと繋がりの生活場所のようになっているが、実際にはあっちは王都内にあり、こっちは王都の城門を出て一ノスくらいの位置になる。

 シルキーが成長して一括管理することになったついさっきまでは、あっちの管理はブラニー、こっちはシルキーとはっきりと分かれていた。いまは、シルキーの一括管理だ。

 ただ、屋敷妖精の判断に余るというのは余程のことなのだろう。

 一郎は注ぎかけていた湯の入った木桶を下に置く。

 

「こっちに寄越してくれ。直接に聞く」

 

「わかりました……。ブラニー、すぐに来るのです。獣人については、とりあえず、そのまま外にいさせなさい」

 

 シルキーが宙に呼び掛けるように声をあげた。

 ブラニ―に連絡をしたのだろう。

 だが、獣人と言ったか?

 すぐに、ブラニーが目の前に出現する。

 

「旦那様、失礼いたします。わたくしめは、旦那様にご判断を仰ぐべき案件と判断してしまいました。申し訳ございません」

 

 ブラニーが頭をさげる。

 

「いいから、用件を言ってくれ」

 

「はい、向こうの屋敷に、爆薬を持っている獣人娘が訪問を求めております。廃墟に見せかける幻術や屋敷に近づけない術をかけておるのですが、なぜか、その獣人には効かないようです。すでに入口の前に立ち、なにかを訴えている様子なのです。どうにも尋常でない様子です」

 

 ブラニーが言った。

 

「えっ、獣人娘?」

 

 いつの間にか真横に立っているコゼが口を挟む。

 

「もしかして、イットか?」

 

 一郎は言った。

 そして、すぐにそうだろうと判断した。

 なにしろ、ここもそうだったが、向こうの屋敷にも、ブラニーによって、外観からは焼け焦げた廃墟のようにしか見えない幻術がかかっており、しかも、近づこうとしてもぐるぐると周りをまわって、決して中心にはこれない仕掛けがあるのだ。

 屋敷管理に関しては、ほぼ無限の力を発揮する屋敷妖精である。

 相当の実力者だとしても、その幻術からは免れない。

 だが、魔道耐性のあるイットなら、幻術に引っかからずに来れるだろう。

 だから、イットだ。

 

「わかりません。その獣人娘は、口に詰め物をしているのです。両手も後手に手錠をかけていて……。でも、顔は切迫している様子で、一生懸命になにかを訴えようとしております。わたくしめは、初めて見る顔なのですが、旦那様のご家族ではないかと……」

 

 ブラニーが言った。

 

「それを早く言いなさい、ブラニー。あなたの記憶を見せるのです。イット様なら、わたくしめが判断できます」

 

 シルキーが口を挟む。

 そして、ほんのちょっと、シルキーとブラニーが見つめ合う。

 一郎は、そういえば、イットたちはイザベラたちのところに向かうため、一日だけこの屋敷に立ち寄っていたということを思い出した。

 

「イット様です。すぐにこちらにご転送します」

 

 シルキーが一郎に言った。

 

「ちょっと待ちな。最初に爆薬を持っていると言わなかったかい?」

 

 ミランダが口を挟む。

 

「いえ、それもブラニーの記憶を通して確認しました。爆薬を持っているのではなく、正確には爆薬を首に巻いているのです。炸裂環です。大丈夫です。わたくしめなら、屋敷内で作動しないように処置できます」

 

「炸裂環?」

 

 一郎は驚いた。

 炸裂環というのは、つまりは爆薬を詰め込んだ環状の爆発物だ。それを首に巻いているだと?

 

 次の瞬間、イットが出現した。

 唖然とすることに、確かに首に炸裂環らしき黒い帯状のものを巻いている。しかも、それだけじゃなく、後手に手錠をしていて、口にはボールギャグを嵌められていた。

 しかし、身体そのものにはどこにも異常はないみたいだ。

 どうしたのだ?

 

「イット──」

 

「イット、どうしたの?」

 

「イットさん」

 

 一郎だけでなく、コゼやガドニエルも声をかけた。

 ほかの女も集まってくる。

 これはただ事じゃない。

 

 遊びは終わりだ。

 とりあえず、一郎はスクルドのクリトリスから『ジョインリン』を外して回収した。

 繋がっていた糸と木桶が湯に落ちる音と、スクルドが崩れ落ちるのが同時だった。

 

「続きは後だ、スクルド。ちょっと邪魔が入った」

 

 一郎は苦笑して、スクルドの頭をちょっと撫でてやった。

 

「ふわっ、ふわい……。お、終わり……?」

 

 スクルドは意識混濁状態だ。

 そして、いきなりじょろじょろと湯の中で放尿を始めた。

 まあいいか……。

 一郎は頬を緩めてしまった。

 

 一郎はイットに向かう。

 そのあいだに、ほかの女たちによって、ボールギャグは外されていた。

 一郎は炸裂環を除去すべく手を伸ばした。

 収納術で炸裂環だけを亜空間に送れば、簡単に取り外すことができる。イットに危険もない。

 

「だ、だめえっ、ご主人様──。あたしのこれを外せば、人質になっているみんなの炸裂環が自動的に作動されると言っていた。とらないで──」

 

 イットが後手手錠のまま慌てて、一郎の手を振りほどく。

 

「はあ、いまなんて言ったの、あんた──? 人質って、言った?」

 

 コゼが一郎から跳びのいたイットの腕を掴んだ。

 

「は、はいっ。エリカさんと王妃様が捕まって……。あ、あたしは、ご主人様に伝言を持っていくために放逐されたんです。だけど、炸裂環を勝手に外せば、自動的にふたりに嵌められているものが爆発するって言われた。だから、だめえ──」

 

 イットが必死に訴えてきた。

 

「スクルド……は役に立たないか……。ガド、そんな魔道がかかっているのか?」

 

 イットがやってきたのは王都からだ。

 ここと王都とでは、かなりの距離がある。

 それにもかかわらず、複数の炸裂環を自動制御するように処置するのは、かなりの高位魔道だ。

 一郎は魔道遣いではないが、おそらく、それは難しいと思う。

 つまりは、はったりではないかと思った。

 

「そのような魔道はかかってはおりません。ついでにいえば、これは爆発しません。爆破指示の魔道を受ける魔石が埋め込まれてません。余程の衝撃がなければ、まずは爆発しません。多分、無理矢理に剣で切っても大丈夫かと」

 

 ガドニエルが冷静に言った。

 

「えっ?」

 

 イットはぽかんとしている。

 

「とにかく、どういうことだい、イット? みんなに説明しておくれ」

 

 ミランダが口を挟んだ。

 イットが頷く。

 

「は、はい……。だけど、念のために、手錠も炸裂環もそのままで……。万が一ってあるかも……。さんざんに脅されたし……」

 

 イットは言った。

 これは相当に脅かされたに違いない。

 だが、このイットをここまで怯えさせるなど相当のことだ。

 そもそも、イットほどの戦士を捕えるなど……。

 

「それで誰にやられたんだ? つまり、エリカとアネルザも一緒に捕えられて、人質にされたんだな?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「う、うん──。フラントワーズという人に……。そして、奴隷宮の人たちが……。エリカさんと王妃様は、いま奴隷宮に監禁されてます」

 

「ええっ、フラントワーズ様が──?」

 

 ベアトリーチェが仰天した声を出す。

 

「説明しろ」

 

 一郎は先を促す。

 

「う、うん……。王妃様とエリカさんと一緒に奴隷宮に人たちに解散するように伝えにいって……。だけど、その人たち怒っちゃって……。それで、いきなり、王妃様とエリカさんと、それにあたしも捕まっちゃたんです。あたしについては、伝言を持たされて、外で待ってたラスカリーナさんに引き渡されて……」

 

「それで?」

 

「フラントワーズという女の人が、あたしを放逐するように、ラスカリーナさんに言いました。言うとおりにしないと人質を殺して自分たちも死ぬって……。ラスカリーナさんは、奴隷宮を近衛軍に囲ませてましたけど、王妃様が捕らわれているんで、どうしていいかわからなさそうでした……。とにかく、あたしは王都の小屋敷というところまでさっきの格好で駈けてきたんです。場所はエリカさんから聞きました」

 

「エリカは無事なのね?」

 

 コゼが真剣な表情で口を挟む。

 

「炸裂環を装着されて、拘束されていてます……。あと、くすぐられてました……。エリカさんからもご主人様に知らせろって言われました」

 

 イットが言った。

 

「くすぐる?」

 

 コゼが眉をひそめた。

 確かに、くすぐるってなんだ?

 まあ、とりあえず、口をきけるのだから無事なのだろうが……。

 しかし、イットにしろ、エリカにしろ、そんなに簡単に捕まるような女じゃないんだが……。

 

「それで、フラントワーズという女からの伝言は?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「そのフラントワーズという人は、ご主人様と話したがっています。奴隷宮に来て欲しいそうです。おひとりで……」

 

 イットが言った。

 

「なにそれ、ふざけてんの?」

 

 コゼが舌打ちした。

 

「とにかく、詳しく話してくれ、イット。あっ、いや、その前に身体の確認をさせてくれ」

 

 一郎はとりあえず、イットを浴場内の椅子に腰掛けさせた。

 手錠と炸裂環を外すことは不安がるので、とりあえず、そのままだ。

 

 ステータスを読む。

 そして、すぐにあるものに気がついた。

 

 これは……。

 ふーん……。

 なるほど……。

 

 

 

 

(第7話『一に調教、二に折檻、三四飛ばして、五に懲罰』終わり、第8話『性教徒たちの反乱』に続く)



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 第8話   性教徒たちの反乱
877 深夜の王宮-女軍人いじめ


 夕方に政変が起きたばかりとは思えないほどに、王宮内は整然していた。

 一郎は珍しくも正門から宮殿内の敷地に馬車で入ったが、門を守る衛兵も動揺している様子もなかったし、数名ずつ動哨をしている王兵についても同じだ。

 浮ついている様子も、不安そうな様子もない。

 淡々と任務についている。

 

 一郎は、アネルザとエリカが奴隷宮の連中に捕らわれたという報せを受けた後、幽霊屋敷側から王都内の小屋敷に転送設備を使って移動し、王都内の小屋敷を出発して馬車で王宮までやって来た。馬車は、夕方に幽霊屋敷に戻るときに借り受けた四人乗りの王家のやつだ。

 馬車については、どうやったかは知らないが、王都郊外の通称“幽霊屋敷”からシルキーが王都内の小屋敷側に転送して準備してくれた。

 魔道術としては簡単なことではないらしく、スクルドなどはとても驚いていた。

 

 それはともかく、王宮内については、真夜中だというのに、王宮内のどこもかしこも、篝火(かがりび)が焚かれており、まるでこの王宮内だけが昼間になったかのような明るさだ。

 一郎は、イザベラたちを夜這いするために、何度も夜中に王宮に入ったことがあるので、普段はこれほどの篝火を焚かないのは知っている。

 おそらく、ラスカリーナの指図だろう。

 とにかく、一郎は思った以上に王宮内が落ち着いた様子であることには、大きく安堵した。

 

「しっかりとみんな任務についているみたいだな。不安そうな様子はないようで安心したよ」

 

 一郎は馭者台のナールに声をかけた。

 四人乗りの小さめのこの馬車に乗っているのは、一郎とベアトリーチェ、そして、馭者役のナールである。

 そして、いまその馬車は王宮内の道を奴隷宮のある地域に向かって進んでいた。

 

「天道様が独裁官になられて王宮を統括なされるのです。不安などありようもありません」

 

 すると、馭者台からナールの明るい声が戻ってきた。

 一郎は微笑んだ。

 

「ところで、かなり慣れてきたようだな、ナール。声が普通だ。態度にもおかしいところはない」

 

「お、おそれいります。だけど、精一杯です……。でも、ご調教ありがとうございます」

 

 馭者をさせているナールには、実は前後の穴を二本のディルドで塞ぐ黒革の貞操帯を装着させていた。しかも、一郎の勃起時の男根の形と固さを完璧に再現させた。しっかりと身体で覚えさせるためにだ。

 そして、ずっと振動もさせている。

 多分、いまは微振動というところだろう……。

 

 ただ、その割には、ナールは平然としているように見える。だが、本人が言うとおり、実際にはかなりぎりぎりなのも一郎はわかっている。ステータスを確認しているのだ。

 ただ、ナールは顔や態度に出さないようにしているだけのことだ。

 しかし、それができるのだから、本当に面白い女である。

 

「しっかり締めつけておけよ。緩むと振動が激しくなる仕掛けになっているからな。そうやって、まんことアナルを鍛えておけ。全部終わったら、また、可愛がってやる」

 

「た、愉しみにしてます、天道様」

 

 ちょっとナールの声がうわずったかもしれない。

 一郎に揶揄(からか)われて、欲情を覚えたのだろう。

 ナールにさせているディルドは、たったいま一郎が口にしたとおり、股間とアナルの締めつけが弱くなれば強震動をする細工になっている。だから、人前に出るときに粗相をしないためには、常に股間と尻穴を締めつけなければならないということだ。

 もっとも、締めつけることでも、女は快感を大きくしてしまうので、締めつけて自ら快感を大きくするのがいいか、緩めて強制的に感じてしまうかの違いかもしれないが……。

 

 それに、これは保険だ。

 一郎に支配されたナールが一郎たちを裏切る可能性は皆無だと思っているが、図らずも対立の相手が奴隷宮の者たちになってしまった。同じ信仰もどきで繋がっているナールだ。万が一の用心でもある。

 貞操帯をさせておけば、大したことはできないし、一瞬で無力化も可能だ。まあ、本音をいえば、一郎が愉しいからやっているだけだが……。

 

 そのナールの首には、一郎が与えた性奴隷の証である深紅のチョーカーが嵌っている。

 また、一郎たちはちょっと前にこの馬車で王宮の正門を抜けてきたのだが、そこを護っていた衛兵たちの首にも赤いチョーカーがあったし、その正門からは二騎の騎乗の衛兵が先導しているのだが、その首にも赤いチョーカーがある。

 そして、いまもなお、一郎の股間で頭を動かしているベアトリーチェの首にも赤いチョーカーがあった。

 この赤いチョーカーの拡大は、そのまま一郎を支持する者たちの拡大を意味する。

 

 夕方に召集させた大貴族会議において、一郎が独裁官として事実上の王権の乗っ取りをしたのと同様に、一介の近衛連隊長のひとりに過ぎなかったラスカリーナがいまは王宮内に残っている王軍と近衛兵の総指揮官だ。

 しかし、王宮内は落ち着いている。

 一郎が支配することで、有能な将軍級の指揮統率能力を得た彼女は、その能力を早速、遺憾なく発揮してくれているようである。

 

 とにかく、軍の掌握については、一郎の予想以上の完璧さで成功した。

 今朝、ラポルタからサキやミランダたちを救出するときに、たまたま遭遇したフランツ=バウアという下士官は、一郎が予想した以上に遥かに有能であり、そして、下士官以下の兵をはじめ、若手将校にたちにかなりの人望のある男だったみたいだ。

 彼は、夕方までのたった半日ほどの時間だけで、赤いチヨーカーか赤い飾りを身につけた「協力者」を、兵のほとんどと、若手将校の半分くらいにまで、拡げてくれたのである。

 

 それを知った一郎は、議会を牛耳るために一部を運用させるとともに、それに先立って、赤い飾りをつけていない高級将校を片っ端から拘束させていたのである。

 つまりは、あの大会議の直前において、軍営にいた高級軍人のことごとくは、赤い印をつけた兵たちに捕らわれていたのである。

 その処置をしたうえでの大会議においての貴族たちの制圧だったのだ。 

 だから、それをした最初の夜のことなので、もっと軍が騒然となっているのではないかと不安だった。

 だが、それは杞憂だったようだ。

 これなら問題はないだろう。

 

 しかし、これも言霊の影響で新興宗教のように拡がっている「天道様」のおかげだと考えると、一郎の内心は複雑である。ただ、それがなければ、いかに、ルードルフ王が嫌われていようとも、一介の冒険者あがりの一郎に、こんなにもあっという間に味方する者が集まらなかったのは間違いない気はする。

 

 いずれにしても、突然に捕らわれて監禁されている高級将校たちは不満かもしれないが、一晩経ってしまえば、すでにルードルフ王は拘束され、主要な貴族たちもすでに命令を出す立場でなく、一郎やイザベラが王宮を牛耳ってしまったことを冷静に判断できると思う。

 そのうえで、改めて新政権に忠誠を誓うものは原状復帰させるし、そうでないものはそのまま監禁させるか、あるいは放逐するか決めるだけだ。

 

 それがゆえに、大事なその最初の夜に、騒動が起きてしまったことは残念だ。

 もっとも、それでもラスカリーナはちゃんと全軍を把握し、制御してくれているようである。

 とにかく、一郎は正門で一度停められたものの、ナールが馬車にいるのが独裁官だと説明すると、そのまま衛兵の一部の先導で王宮を進むことになった。

 

 一郎は、馬車の床に跪いているベアトリーチェの髪に手を伸ばした。

 ベアトリーチェは、いまもまお、一心不乱に一郎の怒張を頬張ってフェラチオを続けている。

 王都屋敷を出てからずっとこの態勢だ。

 奴隷宮に囚われているあいだに練習もしたということであり、ベアトリーチェの舌使いはなかなかに上手だった。

 とても丁寧で一生懸命なのだ。

 一郎でなければ、すぐに精を吐いたかもしれない。

 

「出すぞ。一滴も出すなよ。全部飲むんだ」

 

 一郎はベアトリーチェの頭を自分の股間にぐっと押しつけるようにしながら、ベアトリーチェの口の中に精を出す。

 

「んっ、んっ、んんっ」

 

 ベアトリーチェが必死で舌で自分の喉の奥に一郎の精を送り込んでいるのがわかる。

 そして、全部飲み込んでから、最後の一滴まできれいにするようにして、口の中でちゅうちゅうと一郎の男根の先を吸ってくる。

 生まれて初めてのフェラチオのはずなのに、掃除フェラまで覚え込んでいるのは、まあ、大したものだろう。

 

「ありがとう。満足したぞ。とても上手だな」

 

 一郎はベアトリーチェの頭をぽんと叩いて顔を離させると、性器をズボンにしまう。

 もうすぐ奴隷宮の前に到着だ。

 前方の視界からは、篝火が焚かれて人が大勢集まっている様子の奴隷宮の建物──、つまり、王妃宮だが、それが見えてきていた。

 

「お、おそれいります、天道様」

 

 ベアトリーチェが一郎の股のあいだに両膝を床につけたまま小さく頭をさげた。

 その顔は綻んでいた。

 褒められて嬉しそうな感じだ。

 可愛い騎士殿だ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「王宮門を通過したときには馬車を開けられなくてよかったな。緊張したか?」

 

 一郎は笑った。

 実は、さっき正門前で停められたとき、馬車の中ではずっとベアトリーチェが一郎に奉仕をしている状態だったのだ。

 ベアトリーチェが一郎の女になったことを隠すつもりもないので、王兵たちに見られたら、見られたでよかったのだが、さすがにベアトリーチェが震えるほどの緊張したのは一郎にも伝わってきた。

 結果的に、無紋ではあるがこの馬車が王家の馬車であることと、近衛兵将校のナールが乗車しているのが独裁官であることを告げたこと、さらに、窓から顔だけを一郎が見せたことで、馬車内を改められることなく通過できた。

 扉を開けられて、ベアトリーチェが動顛するのを愉しみたかった気もするが、まあ、それは別の機会でいいだろう。

 

「き、緊張しました」

 

 ベアトリーチェが素直な感想を口にする。

 

「なら、尿意をもよおしたんじゃないか? 緊張したり、興奮したりすると、おもらししてしまう癖があるんだろう?」

 

 一郎は笑った。

 ベアトリーチェのステータスには、相変わらずの「放尿癖」という単語がある。

 しかし、亜空間の中で揶揄(からか)ったとき、信仰を許す代償として尿意を我慢しきったのは圧巻だった。

 常人でも耐えられないはずのあの尿意をこのベアトリーチェは最後まで耐えきったのである。どうやら、一郎が命令すれば耐えられもするが、自分の意思だけで我慢するのは難しいみたいだ。

 まあ、とことん放尿マゾになってしまったということだろう。

 一郎の意地悪な問いかけに対して、ベアトリーチェが首を小さく縦に振った。

 

「少し……。いえ、かなり……。でも我慢します。天道様のご命令ですから……。ちゃんと限界まで我慢してから、放尿のお願いに参ります」

 

 ベアトリーチェが言った。

 一郎はくすりと笑った、

 このベアトリーチェに命令をしたのは、当面のあいだ、一郎の目の前でしか放尿をしないことだ。しかも、限界まで我慢をしてから、一郎の許可を受けにくるように申し渡している。

 だが、おそらく、そう命令されれば、ベアトリーチェは本当にぎりぎりまで我慢できるのだと思う。まだ性奴隷の時間が短すぎるので断定はできないから半分は勘なのだが、多分そうだと思う。

 だが、他人に管理されないと我慢できず、管理されるとどこまでも耐えられる放尿癖というのは、つくづく面白い体質だ。

 

「いや、せっかくのおむつだ。もよおしたものは出しておけ」

 

 一郎は言った。

 この面白いおしっこ娘に、もうひとつ強要しているのが、おむつをつけることだ。

 今夜も出発前に一郎が手ずからつけた。

 いまベアトリーチェが身につけているおむつが、彼女の「初おむつ」である。もちろん、仕掛けもあり、万が一ベアトリーチェがおかしな行動をすれば、彼女を責める淫具に早変わりする。まあ、この様子なら大丈夫だと思うが……。

 

「い、いえ……。これから、天道様の護衛任務もありますし……」

 

「いいからしろ──。おむつに小便をしても、匂いがするだけだ。剣を振るのに支障はないはずだろ、放尿奴隷」

 

「うっ、ああ……。い、いえ……」

 

 ベアトリーチェが急に身体をもじつかせ始めた。

 我慢をする命令を解除した途端に、まるで栓が外されたみたいに、堪えられなくなるらしい。

 短い軍服のスカートに包まれている内腿をぎゅっと締めつけるような動きをする。

 

「しろ。命令だ──」

 

 一郎はベアトリーチェの顎を持つと顔を上に向かせ、身体を屈めてベアトリーチェの口を吸った。

 

「んんっ」

 

 ベアトリーチェが一郎に舌を舌で絡められて、ぶるぶると身体を震わせた。

 そして、次の瞬間、ベアトリーチェの身体がびくりと弾けたのを感じた。

 

「んんんっ、んんんん……」

 

 一郎に口の中を舐められながら、さらにベアトリーチェの身体の震えが大きくなる。それとともに、下半身の力が完全に抜けていくのがわかる。

 どうやら、おむつに放尿を開始したみたいだ。

 一郎はベアトリーチェがおしっこをすっかりとおむつに出してしまったのだろうということを確認してから、ベアトリーチェの口から顔を離した。

 

「ああ……。は、恥ずかしい……」

 

 ベアトリーチェが真っ赤になった。

 

「屋敷に戻るまでそのままだ。その代わり、いつおむつに放尿してもいい。許可する。ただし、おむつを汚すたびに報告しろ。最優先でな」

 

 一郎は笑った。

 

「は、はい……」

 

 ベアトリーチェが項垂れたまま、小さく首を縦に振った。

 そして、馬車が停止した。

 到着したみたいだ。

 

 窓から外を見ると、奴隷宮の周りはすっかりと兵で囲まれていた。

 周辺は、ほかの場所以上に篝火で明るくなっている。

 正門からすでに連絡が届いていたのだろう。

 すでに、天幕の前では、ラスカリーナが護衛兵らしき者数名とともに待っていた。

 ラスカリーナが自ら進み出てきて、外から馬車の扉を開く。

 

「独裁官閣下、お疲れ様です……。あれっ……。ま、まあ、ベアトリーチェ──?」

 

 扉が開いて、馬車内が一郎だけでなかったことに、戸惑った様子のラスカリーナだったが、一郎の前に跪いていた軍装の女がベアトリーチェであることには、すぐに気がついたようだ。

 

「お初にお目にかかります。今夜、この独裁官閣下の護衛を務めますベアトリーチェ騎士です。よろしくお願いします」

 

 ベアトリーチェが馬車を先に降りて、ラスカリーナに向かって敬礼をした。

 ラスカリーナは面食らっている。

 一郎はベアトリーチェに次いで馬車を降りながら微笑んだ。

 

「お初にじゃないと思うぞ。同じ近衛団に所属のラスカリーナ連隊長だ。現在、暫定の臨時王軍指揮官に任務付与をしているが、女王陛下が王都にお戻り次第に、大将軍の辞令を出す」

 

 そして、言った。

 

「えっ、ラスカリーナ連隊長……? えっ? えっ、えっ、えっ? ええええ──」

 

 ベアトリーチェが絶叫した。

 ラスカリーナは、一郎の淫魔術による支配の影響で酒太りの身体が二回りも細くなり、皺も消えて肌艶も美しくなって、さらに、目鼻立ちが整い、かなりの美貌になっている。

 驚くのも無理はない。

 

「そ、そういえば面影が……。だ、だけど、変わりすぎです。別人にしか見えません──。お綺麗過ぎです」

 

 ベアトリーチェが声をあげた。

 周りにいた男の兵がにやにやしながら頷いている。

 彼らも最初はびっくりしたのだろう。

 まあ、当たり前か……。

 

「あ、ありがとう、ベアトリーチェ……。ところで、イットさんはどうしましたでしょうか? 無事に辿り着きましたか? 彼女が奴隷宮から出されたとき、彼女に触ったら人質を殺すと言われて、そのまま、独裁官閣下のところに行かせるしかなかったんです。大丈夫だったでしょうか?」

 

 ラスカリーナが心配そうに訊ねてきた。

 

「無事だ。屋敷で休ませているが」

 

「そうですか。よかった」

 

 ラスカリーナはほっとしている。

 

「ところで、いまの物言いだと、イットだけじゃなく、ラスカリーナも奴隷宮の者たちに接触しているんだな?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「はい。ただ、わたし自身は奴隷宮の奥までは向かっていません。彼女たちとの話し合いは、王妃様とエリカさんとイットさんだけで向かったんです。わたしはもっと少人数の兵だけ連れて外で……。すると、入口に呼ばれて、あの状態のイットさんだけを引き渡され、イットさんを独裁官閣下のところに行かせるように言い渡されました。残りのふたりは人質で、要求はイットさんに伝えてあり、叶えられなければ人質ごと全員自殺するとも……。だから、仕方なくここの包囲だけしました」

 

「わかった。お互いの情報共用は中でやろうか」

 

「承知しました。では、天幕の中にどうぞ……。でも、ベアトリーチェは、どうしてここに? あなたは、奴隷宮に囚われているのだと……」

 

 ラスカリーナがベアトリーチェにちらりと視線をやって訊ねてきた。

 そのラスカリーナの表情から判断すると、ベアトリーチェが奴隷宮にいた女であることを気にしているみたいだ。個人的に親しそうな雰囲気だが、それと信頼とは別なのだろう。

 一郎はふたりのあいだに入る。

 

「こいつは奴隷宮から前国王のルードルフのところに連れていかれていたんだ。そのときに助けて、そのまま俺の女になった。ベアトリーチェもラスカリーナも俺の女だ。お互いに遠慮も要らんし、信用していい」

 

 一郎は周りに王兵たち数名がいるが構わずにはっきりと言った。

 これからは、誰であろうと、もう一郎の女関係を隠さないことを決めていた。王女ふたりを孕まし、王妃まで国王から寝取ったのは、いまや周知の事実だ。

 遠慮なくやらせてもらう。

 それに、ベアトリーチェがここにいることを口にすることは意味があるかもしれない。だから、わざと言ったのだ。

 

「そうですか。ならば、問題ありませんね……。ベアトリーチェ、あなたも一緒に天幕に……」

 

 ラスカリーナがベアトリーチェに言った。

 

「はい……。でも、ラスカリーナ隊長も天道様に……。なるほどです……。だから、お綺麗になったのですね」

 

「あんたもね。だけど、無事でよかったわ」

 

 ラスカリーナがベアトリーチェを抱きしめる。

 どうやら、年齢はかなり違うがもともと、それなりに仲がよかった感じだ。しかし、ベアトリーチェがちょっと戸惑う仕草をした。

 

「えっ、どうかした?」

 

 抱きしめるのを阻まれたと感じたのか、ラスカリーナが当惑した様子になる。

 一郎はくすりと笑った。

 

「たったいま、おむつに放尿をさせたからな。濡れていて気持ち悪いか、それとも、匂いがするんじゃないかと戸惑っているんだろう。気にするな」

 

「て、天道様──」

 

 ベアトリーチェが真っ赤になって一郎を睨む。

 なにしろ、周りには数名の王兵がいるのだ。

 一郎の言葉に反応して、「おむつ?」とか呟いているのが聞こえる。

 

「なんだ、不満か?」

 

 一郎はベアトリーチェのスカートの上から下腹部に手をやり、ごしごしとおむつを腰に擦り付けるようにした。

 

「ひ、ひいっ、ちょ、ちょっと──」

 

 ベアトリーチェがさすがに声をあげて、腰を捩って一郎の手から逃れようとしたが、手で払いのけるまではしない。

 また、結局は抵抗もやめて、されるがままになった。

 必死に脚を締めつけて、一郎の理不尽な悪戯に耐えている。

 一方で、周りの男兵は目を丸くしている。

 

 だが、いいのだ。

 もはや、一郎も無理矢理に政権を奪った独裁官である。

 その一郎の手がついているということは、ベアトリーチェやラスカリーナの評判を落とすどころか、株をあげることになる。

 そうでないとしても、そうなるようにしていく。

 一郎が権力者としての立場を確立することが、一郎の女たち、そして、生まれてくる一郎の子を守ることに繋がるのである。

 

「お待たせしました。馬車を預けてきました。閣下、これより副官任務に戻ります」

 

 そして、ナールが来た。

 馭者をさせていたが、本来は目の前のラスカリーナの副官だ。王宮に着いたら、ラスカリーナの補佐に戻るように、事前に指示していた。

 

「あ、ああ、ご苦労さんね、ナール……。よろしいのですか、ごしゅじ……。いえ、独裁官閣下?」

 

 ラスカリーナは、“ご主人様”と呼びそうになって、慌てて言い換えた。

 これもまた、周りの兵を気にしてだろう。

 一郎は、ラスカリーナのスカートの裾に手を伸ばし、いきなりスカートの裾を持ちあげた。

 

「きゃああ、な、なにを──」

 

 ラスカリーナが悲鳴をあげたが、彼女も手を払いのけはしなかった。

 ただ、顔を真っ赤にして全身を硬直させただけだ。

 一郎はスカートを腿の半分くらいまで持ちあげた。

 

「きれいな脚を隠す必要はない。ラスカリーナ、命令だ。これから一か月間、毎日指の太さ一本分のスカート丈を短くしていけ。独裁官命令だ。新暦だぞ」

 

 指一本というと、一郎の以前の世界の単位だと“1センチ”というところだ。

 新暦というのは、夕方に宣言した新しい暦のことであり、一か月は三十日になる。

 いまは、膝より拳ひとつくらい上なので、一か月後には、かなり際どい丈になっていることだろう。

 

「復唱しろ、ラスカリーナ将軍──」

 

 まだ将軍ではないが、あえて一郎はそう言った。

 そして、前側からスカートを半分まくったまま、もう片方の手も伸ばして、後ろ側からも前と同じくらいまでスカートをあげてやる。

 

「ひゃ、ひゃいっ──。ふ、復唱します。ラ、ラスカリーナは、毎日指一本分、スカート丈を短くしていきます。新暦で一か月間──」

 

「最後は“ご主人様”だ……」

 

 一郎はさらにスカートを前後から上にあげる。

 もはや、股間が見えるぎりぎりだ。

 実は、ラスカリーナには、いま下着を許していない。一郎にまくられているスカートの下は“ノーパン”なのだ。

 まくっている手の指に温かいものが当たったのがわかった。

 ちらりと視線をやると、ラスカリーナが股間から垂れ流し始めた愛液だ。それが内腿を伝って、スカートを握っている一郎の手に触れたのだ。

 

「ご、ご命令に従います、ご主人様──」

 

 ラスカリーナが全身を硬直させたまま怒鳴るように言った。

 一郎はスカートをおろしてやった。

 ラスカリーナが大きく息を吐いた。すでに腰が砕けかけている。余程に緊張したのだろう。また、ラスカリーナが羞恥責めに弱いのはわかっている。いまの「遊び」で軽く達したのと同じくらい蜜を流したのも知っている。

 そのラスカリーナをぎゅっと抱きしめた。

 

「きゃん」

 

 ラスカリーナが可愛い声を出した。

 

「……そして、一か月間、絶対に下着はつけるな。これはご主人様命令だ」

 

 耳元でささやく。

 

「は、はい」

 

 ラスカリーナが緊張した面持ちで答えた。

 一郎は笑いながらラスカリーナを離した。

 女軍人たちを揶揄うのも面白いものだ。

 そして、改めて周りの男兵たちを見る。

 

「わかったとおり、ナールを含めて、ここにいる三人とも俺の女だ。いま見たことを喋るのはいいが、それで彼女たちを侮るようなことをすれば、独裁官の鉄槌が下ると思え。それも伝えろ」

 

 声を意図的に強めるとともに、殺気を込めて言った。

 淫魔師としてとはいえ、一郎も限定突破のレベル保持者だ。やろうと思えば、いくらでも凄みは込められる。

 

「はいっ」

 

「もちろんです」

 

「わかりました」

 

 にやにやしていた男兵たちが一斉に顔を蒼くした。

 

「よし、じゃあ、詳しい状況を教えてくれ、ラスカリーナ。それと、ナールは天幕の外を見張っていてくれ。手筈通りで頼む。ラスカリーナは中の人払いも頼む。ベアトリーチェは来い」

 

 一郎は言った。

 

「で、では、こちらへ……、ご主人様……」

 

 乱れてしまった息を整えながら、ラスカリーナが天幕の中に一郎を指し示した。

 一郎は、ラスカリーナに続いて、天幕に中に入る。

 

 そして、一郎は、ラスカリーナのスカートをまくる素振りをしながら、そこから外した「物」を用心深く粘性体で固く覆っていった。



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878 スカートの中の異物

 一郎は、ラスカリーナの先導で奴隷宮の前庭に臨時に構築されている幕舎の中に入った。

 四周及び屋根を簡易な骨組みと布で組み立てた天幕であり、中は大きなひと繋がりの部屋になっていた。

 また、真ん中の大きなテーブルには、三人ほどの将校らしき者がいたが、ラスカリーナが異変があれば外にいるナールに報告するように告げて全員を退出させる。

 天幕の中が、ラスカリーナとベアトリーチェと一郎だけになった。

 

「ご主人さ……」

 

 ラスカリーナが椅子のひとつを一郎に示そうと振り向いたところで、一郎は無言で指を口に持っていき、「喋るな」という意味の仕草をした。

 

「えっ?」

 

 ラスカリーナが当惑した表情になる。

 構わず、一郎はベアトリーチェに耳打ちをして、天幕の布をはじめ、中にある色々な品物に触れてもらうことを頼んだ。

 一郎の魔眼は、生命のないものであっても、ある程度のことは情報を読み取れるが、やはり命ある者の方が読みやすい。

 特に、相手が女であれば、かなりの精度で情報を収集することができ、身につけているもの、装備しているものをほぼ完璧に認識することができるのだ。

 触っているだけでも同じであり、もしも、なんからの仕掛けがある場合でも、ベアトリーチェがそれに触ったら、その異物をベアトリーチェが持っているものとして詳細に認識することができるのである。

 しばらく、ベアトリーチェに色々なものに触ってもらい、いちいちステータスを読んで確かめていったが、特に天幕内には怪しいものはなかった。

 

 一郎は、奴隷宮の見取り図と手書きの室内図を描いた紙が広げてある大きなテーブルを囲む椅子のひとつに座る。

 ラスカリーナとベアトリーチェのふたりがテーブルを囲む椅子に座るのを待ち、一郎はさっきラスカリーナの軍装のスカートから回収したものをテーブルに載せた。

 透明の粘性体でしっかりと包んでいるが、中身は小指の爪先ほどの黒っぽい円盤状の異物だ。

 

「さっき、ラスカリーナのスカートをめくったとき、スカートの後ろ側の内側についていたものだ。“盗聴具”のようだ。気がついていなかったな、ラスカリーナ?」

 

「えっ、盗聴具?」

 

 ラスカリーナはびっくりしている。

 盗聴具という言葉の表示は、ラスカリーナを見て、すぐにステータスを確認したとき、ラスカリーナが「所持」としているものとして魔眼で読み取ることができた。

 だから、さらに細かく読み取り、その盗聴具がスカートに装着されていることがわかったところで、スカートめくりの悪戯に合わせるようにあちこちをまさぐって探り当てて外したのである。

 盗聴具という言葉から、おそらく、声を隠し聴く道具であると思う。

 だから、一郎はすぐに粘性体で包み、包んでいる粘性体を金属よりも固い硬度にした。

 音というのは空気の振動だ。

 金属で完全遮断してしまえば、外の音が中の盗聴具に伝わることはない。

 いまは、完全に音を遮断している状況だ。

 

 しかし、盗聴具そのものは作動したままだし、一郎がラスカリーナのスカートを触りまくっていたことは向こうにもわかっていると思うので、まだ、一郎がこれに気がついたとまでは判断はしていないと思う。

 突然に音が聞こえなくなったことについては、一郎の手が触れたことで調子が悪くなったのだろうとでも、勝手に判断してくれることを期待しよう。

 

 そのとき、天幕の外からカンカンと金属と金属がぶつかるような音が三回鳴った。

 ナールの合図だ。

 警備の兵や天幕の外に出た将校を天幕から一定距離を離させたという報せである。

 一郎は、亜空間に隠れていてもらっていたみんなを出した。

 すなわち、ガドニエル、スクルド、コゼ、ミランダ、ベルズである。

 

「えっ? えっ、ええっ?」

 

 一郎の亜空間能力のことをよく知らないラスカリーナがびっくりしている。

 移動術でも遣って跳躍してきたのかもしれないと思ったはずだが、まさか、一郎の亜空間に隠れて一緒に同行してきたとは考えてはいないに違いない。

 すでに、ラスカリーナは仮想空間で体験させた羞恥調教を経験済みだが、まだ絡繰りを教えてないので、あの体験はなにかの幻術くらいに考えているのではないかと思う。

 一方で、すぐに、スクルドが魔道を展開したのがわかった。

 

「ふう……。これで、この天幕の内側の声や人の気配が外に伝わることはありません。結界を張りました……。それと、わたしの魔道でも、とりあえずなにも見つかりません。なにもないと思います」

 

 スクルドが疲れたように息を吐きながら言った。

 一郎はくすりと笑ってしまった。

 スクルドが疲労困憊なのは、まあ、一郎のせいである。

 なにしろ、奴隷宮の異変が伝えられる直前まで、水飲み拷問をさせていたところであり、深夜に出ることになって慌てて回復させたのだが、まだ本調子には遙かに遠い。

 いつもにこやかに笑っている顔も、どことなく陰がある。

 それでも、重大戦力には違いないので、無理してついてきてもらった。

 ちょっと申し訳なかったかもしれない。

 だが、いつもは余裕ある態度を崩さないスクルドが完全に追い詰められるのはよかった。途中でやめざるを得なくなったのはちょっとばかり残念かもしれない。まあ、「中断」しただけで、しっかりと後で「懲罰」の続きは受けてもらうつもりではある。必ず、全員の前で本気の泣きべそをかかせてやる。

 

 そもそもの張本人がこいつなのだ。

 それに、アネルザとエリカを人質にたてこもっているらしい奴隷宮の連中は、一応はスクルドの言霊に染まっている者たちであり、スクルドに感化されて性修行に励んでいるのだという。

 だとすれば、もしかしたら、スクルドが説得するだけで話は終わるのかもしれないのだ。一郎としてはスクルドを置いてくるという選択肢は考えなかった。

 

「あ、あの、もしかして、スクルズ様? さ、まさか、こんなこと──」

 

 ラスカリーナがスクルドを見てびっくりしている。今夜のスクルドには、いつもの欺騙魔道はあえてかけさせてない。神官服でなくて、黒いローブをまとっている以外は王都広場で死体をさらされたはずの彼女だ。

 驚くのは無理もないだろう。

 

「後で詳しく説明してやるが、見たとおりだ。スクルズはスクルドと名を変えて生きている。それを受け入れろ」

 

「は、はい……」

 

 ラスカリーナが戸惑いながらも頷く。

 

「それにしても、驚いたねえ……。半信半疑だったけど、ロウの言ったとおり、さっきの盗聴具がこっちにも仕掛けられていたとはねえ……」

 

 そして、ミランダが感嘆したように言った。

 しかし、ラスカリーナは怪訝な顔に戻った。

 

「あ、あのう、どういうことなのでしょうか? さっきおっしゃいましたが、この透明の固いものに包まれていたものが“盗聴具”で、わたしのスカートに付けられていたのですか?」

 

 ラスカリーナはまじまじとテーブルの上に一郎が乗せた小さな物体を見ている。

 すると、ベルズが一郎たちが囲むテーブルに面する椅子のひとつに座りながら口を開いた。また、ほかの女たちも座ってくる。

 

「驚いたが、極めて精緻なもののようだ、こんなものでも小さな魔石が仕込んである。中の連中がどうやってこれを入手したのかはわからないけどねえ。同じものがイットにも仕掛けられていた。あんな距離でも、ぎりぎりちゃんと機能するものだ」

 

 ベルズは第二神殿の筆頭巫女でもあるが、王都で活躍する若い魔道研究者や魔道技術者を集めるサロンの中心人物という顔もある。

 魔道具技術については、それなりに蘊蓄(うんちく)を持っている。

 

「えっ? イットさんに?」

 

 ラスカリーナがテーブルの上の盗聴具から、ベルズに視線を向けた。

 

「あれに仕掛けられていた炸裂環については、起爆装置がなく爆破能力のないものだった。だが、炸裂環の環の裏に、豆粒のような盗聴具が紛れ込まされていたのだ。ロウ殿が指摘しなければ、絶対に気がつかなかった」

 

 ベルズが説明した。

 あのとき、浴場にイットが駆け込んできて、こっちの事情を説明したとき、一郎はイットの状態を確認するためにステータスに触れたのだ。

 その結果、炸裂環の中に隠されている盗聴具の存在を発見した。

 全員で、目の前のラスカリーナのように唖然としてしまった。

 

 最終的には、いまやっているように、一時的に粘性体で包んで音を遮断してから調べて、再び元に戻した。

 いま、イットはまだ屋敷に残しているが、一郎とベアトリーチェとナール以外の女が全員向こうに残っているような偽物の声を、シルキーに頼んでずっと盗聴具に聴かせている。

 うまくいけば、盗聴具を傍受している者たちは、一郎がふたりの女軍人だけを連れて、王宮にやって来たと判断してくれるはずだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。そんなものを誰が……」

 

 ラスカリーナだ。呆然としている。

 

「誰だろうも、なにもないでしょう。奴隷宮の女たちに決まっているわ。それ以外にどんな可能性があるのよ」

 

 コゼだ。

 

「い、いえ、もしかしたら、まだ彼女たちを監禁していた者たちが残っているのかも。それを完全に確認せずに、王妃様たちだけで話し合いに行かせてしまったのは、わたしの失敗です」

 

「奴隷宮から、女たちを見張るような者たちが完全にいなくなっているのは、あんたが確認させたんじゃないの? 昨日の夕方までに」

 

 コゼがラスカリーナに言った。

 昨日、ラスカリーナを支配した後、ラスカリーナには、とりあえず直属の近衛兵を使って、王宮内の全調査は実施させていた。

 奴隷宮のその一部だ。

 また、一郎自身も魔眼を駆使して、妖魔の残党の有無を確認したし、同じことをガドニエルにもさせた。

 直接に赴いたわけではないが、ラポルタを捕えた以降からは、一切の妖魔の存在は王宮内からは確認できなかった。

 だから、アネルザとエリカたちだけに、奴隷宮の解放を託したのである。

 

「いえ、奴隷宮の中まで入らせたわけじゃないのです。ただ、外から確認しただけで……。女兵でも使って、ちゃんと探索すべきだったかもしれません」

 

「残党なんていないわよ。それに、彼女たちは完全に自由になっていたとイットは証言したわ。それに、まだそいつらが残っているとしても、あんたも会ってないし、イットも会ってない。イットの盗聴具入りの炸裂環を巻いたのは、間違いなくフラントワーズという女だったそうだし、あんたと交渉したのもそいつなんでしょう? だったら、そいつらが仕掛けたのよ」

 

「でも、どうして……」

 

「王妃様の言葉が気に入らなかったんじゃない? そして激怒した。だから、盗聴具なんて仕掛けたのよ。敵対することにしたこっちの動きを探るためにね」

 

 コゼがさらに言った。

 しかし、ラスカリーナはいまだに、信じられないという顔をしている。

 ただ、一郎はほぼ確信をしている。

 コゼの主張のとおり、奴隷宮に集められていた者たちは、アネルザに開放を言い渡されて怒ったのだと思う。

 だから、突然に王妃を人質にとるという蛮行に打って出たのだと思う。

 

 また、あの連中を監禁していたリリスの眷属たちはもういないはずだというのは、リリスも主張している。

 もともとはサキ、つまりはリリスの眷属たちなのだが、サキがラポルタに支配されると、全員がサキを裏切って眷属の主人をラポルタに変えたそうだ。そういう状況でラポルタが囚われ、サキが解放されたことを知ったのだから間違いなく、妖魔たちは逃げ散るとリリスは断言していた。そもそも、一郎たちの襲撃でラポルタは次々に妖魔兵を投入していたし、あのときに殺した妖魔の数と、リリスがサキとして集めた妖魔の数は概ね一致する感じだった。

 いまでも、一郎はすでに奴隷宮には妖魔はおらず、女たちだけになっているだろうということを確信している。

 まさか、その奴隷宮に囚われていた女たち自身が反乱のようなことを起こすとは思わなかったが……。

 

「いや、しかし、彼女たちはとても気の毒な格好をしていて……。身につける服もなかったのですよ。そんな彼女たちが、そんな特殊な魔道具を入手できるとは思えないのですが……」

 

 ラスカリーナだ。

 どうやら、王妃を人質にしている奴隷宮の女たちを前にしても、奴隷宮の女性たちに対して、ひどく同情的にみたいだ。

 イットによれば、腰に小さな布を巻いただけのほとんど全裸に近い格好だったというし、首輪を装着し、乳首にも鈴をぶら下げたりしていて、まるで遊び女用の奴隷女そのものだったという。

 立派な上級貴族の令夫人や令嬢がそんな格好をさせられているのを見たとしたら、ラスカリーナもどうしても同情を感じてしまったのかもしれない。

 

「アネルザやエリカを監禁して人質にとった連中に同情はするな。俺たちの敵だ」

 

 一郎は断言した。

 ラスカリーナははっとしたように口をつぐんだ。

 すると、ミランダが口を開いた。

 

「盗聴具とやらは、奴隷宮がもともと王妃宮だったから、そこにあったものかもしれないし、連中が手を回して、自分たちで入手したものかもしれないようよ」

 

「自分たちで入手?」

 

 ラスカリーナは怪訝そうだ。

 すると、ミランダが続けた。

 

「向こうでわかったことだけど、奴隷宮に監禁されている令夫人や令嬢たちは、ただ監禁されていただけじゃないらしいわね。国王の印璽を使い放題に利用して、かなりのものを外から届けさせていたようよ。代金も国庫のものを使ってね……。連中は書類を動かして、結構好き勝手に色々なものを入手していたらしいわね」

 

「まさか」

 

「本当だ」

 

 一郎ははっきりと言った。

 ラポルタがリリスに成り代わって奴隷宮の支配をした最後の一時期を除いて、昼間に性調教に励む以外には、かなりの自由が奴隷宮内にあったというのは、リリスから掌握した。

 また、集められている令夫人たちは、書類仕事や行政業務に長けている者も少なくないらしく、国璽を勝手に利用できることをいいことに、決裁済の書類を偽造して、好き放題に奴隷宮に届けさせていたようだ。

 もしかしたら、この盗聴具のような精密魔道具も、外で作らせて運ばせた可能性もある。

 ただ、わかっているのは、リリスたち妖魔が準備したものでは絶対にないということだ。こんなものは見たこともないと、リリスははっきり言っていた。

 

「ちょっと信じられません……。まあ、これが盗聴具というものなのであれば、接触したときに、彼女たちに仕掛けられたものなのだと思いますが、彼女たちは今朝まで囚われていたのに……」

 

 ラスカリーナがちょっと呆然としている。

 一郎は肩を竦めた

 

「確かに普通では考えにくい。だけど、それが事実の可能性は極めて高い。いずれにしても、いま、アネルザとエリカは、目の前の奴隷宮に囚われているということだ。あいつらを助け出す。話はそれからだ──」

 

「わかりました」

 

 ラスカリーナが頷く。

 

「そして、あいつらを人質にしているのは、これほどの精緻な魔道具を準備し、エリカやイットほどの猛者を捕らえることのできる実力があるということだ。そして、それが本当に奴隷宮の女たちがしたことと考えるなら、極めて周到に準備されていたと思うのが妥当だ。目の前の盗聴具一個とっても、一日や二日で準備できるものじゃない」

 

「そうですね」

 

「状況を整理する。ラスカリーナは、ボールギャグをされていたイットと会話する機会がなかったと思うが、実はイットも奥の奥までは入っていない。奴隷宮からの解放を伝えに行ったアネルザはエリカだけを連れて、話し合いの部屋に向かったそうだ。イットはいつの間にか離されたと語っていた」

 

 一郎はイットの説明を思い出しながら説明した。

 ほかの女も頷いている。

 

「はい」

 

「それから、別室に連れて行かれてひとりで待たされ、かなり長い時間が経ってから、怒っている様子のフラントワーズから、アネルザとエリカが炸裂環を嵌められて拘束されている映録球を見せられたそうだ。そして、イットも拘束されて、炸裂環を装着された後、俺のへの伝言を聞かされたと言っていた。制圧しようと思えばできたけど、ただならぬ気配を察して抵抗はしなかったと言っていたよ」

 

「ただならぬ気配ですか?」

 

「色々とイットは言っていたけど、要約すれば、“狂信者”の気配だ。イットが刃向かえば、エリカたちはもちろん、自分たちも目の前で自殺すると言ったそうだ。その覚悟が嘘ではない証拠に、ふたりほど本当に自刃しようとして、イットも慌てて自分で炸裂環を装着したと話していた。あの目は絶対にはったりじゃないそうだ。イット以外に止め立てもする様子もなかったともね」

 

「そんなことが……」

 

 ラスカリーナは驚いている。

 

「それからは、ラスカリーナも知っている通りだと思う。奴隷宮の入口まで連れて行かれて、俺に伝言を渡すように言われて、ラスカリーナに引き渡された。ボールギャグをされていたイットは、なにも伝えずに、王宮から俺のところにやって来たと思うけど、イットの証言はこんな感じだ」

 

「なるほど……。わたし側の話は、先ほど説明しましたとおりですが、わたしは、イットさんに王軍の者が触れば、人質を殺して自分たちも死ぬと、そのグリムーン夫人……、いえ、フラントワーズ殿から言い渡されました。イットさんをご主人様のところに向かわせるようにと……。だから、とりあえず、逆らうことはやめました。ご主人様のご連絡を待った方がいいと思って……」

 

「わかった。ほかに気がついたことはあるか?」

 

 一郎は訊ねた。

 ラスカリーナは首を捻った。

 

「そうですねえ……。わたしが会ったのは、フラントワーズ夫人のほかにふたりの比較的年配の夫人のみで……。三人とも裸に近い格好を……。ああ、そうだ。大勢の女性の声だけは確認しました。近くの部屋まで集まっていた感じです」

 

「声?」

 

「歌うような声です。こんな夜に合唱の練習をしているのが奇異に感じたのでちょっと気になりました。それくらいです」

 

「歌なあ……」

 

「それで、奴隷宮の者たちの要求はなんだったのですか? 幾度か交渉のようなことは試みましたけど、いまのところ反応は皆無なのです」

 

「要求は、俺との話し合いだ。俺ひとりで交渉に出向くように要求している。俺は話し合いには応じようと思う。とにかく、内部の状況がわからない。なにかを判断するのは情報が不足しているのは間違いないが、俺が赴けば間違いなく情報は入る」

 

 一郎は言った。

 ラスカリーナは驚いたように首を横に振った。

 

「い、いけません。危険です──。王妃様だけではなく、ご主人様まで人質になったら、本当になにもできなくなります。絶対にだめです」

 

 そして、ラスカリーナは怒鳴った。

 一郎は微笑んだ。

 

「心配するな。ベアトリーチェを連れていく。俺ひとりで来ることを要求している連中のようだが、同じ仲間だったベアトリーチェならだめだとは言うまい。応じないなら、俺も奴隷宮には入らない」

 

「し、しかし、それだけでは……」

 

「もちろん、それだけじゃない。当代一の魔道遣い様を隠して同行させる。第二神殿の筆頭巫女殿もね」

 

 一郎はにやりと笑った。

 そして、改めて、ラスカリーナに一郎の亜空間能力のことを説明していった。

 生きている者を亜空間収容できるという一郎の説明に、ラスカリーナは唖然としていた。

 

「お、驚きました……。ご主人様にそんな力が……。それでは、そのガドニエル陛下とベルズ殿がご主人様の亜空間に隠れて同行し、ベアトリーチェは普通に一緒に行き、奴隷宮の者たちとの交渉に臨まれるということなのですね」

 

「それだけじゃない。別働隊として、スクルドとコゼとミランダを移動術で転送させて、奴隷宮内に送り込む。俺が交渉とやらで時間を稼いでるうちに、アネルザとエリカを救出できてしまえば、この騒動は終了だ。あとはどうとでもできる」

 

 一郎はさらに策を説明していった。

 奴隷宮内に入れば、さらに三人は二組に分かれ、スクルドは可能な限り、指導者のような立場らしいフラントワーズたちではなく、大勢の令嬢たちに接触する。

 そして、説得するのだ。

 スクルドが作りあげてしまったらしい狂信者たちの中では、スクルドは救世主様ということになっているのだ。

 そのスクルドが説得すれば、人質をとるなどという荒事に躊躇い始める者たちも出てくるかもしれない。

 

 一方で、コゼとミランダは、純粋な救出組の役割だ。

 中の状況はさっぱりとわからないが、このふたりであれば、エリカとアネルザを探し出して、救出に成功してくれると思う。

 

「念のためにお伺いしますが、奴隷宮のみならず、王宮内の敷地内には移動術を封じる結界が刻まれているはずですが、それについては大丈夫なのですね」

 

 ひと通り説明を聞き終わってラスカリーナが首を傾げた。

 あまりにも、移動術を使い放題して、王宮内に出入りしているので、あまり実感はないが、王宮内には移動術では侵入できないことになっているそうだ。

 そうでなければ、簡単に暗殺者が王宮に入ってきてしまう。

 まあ、実際には、一郎などほぼ毎日のようにスクルドを使って、移動術でイザベラのところに夜這いに行っていたわけであるが……。

 

「問題ない」

 

「わかりました。わたしからはなにも……。その策であれば、わたしの出番はないのですね。皆さまのご武運を祈るだけです」

 

 ラスカリーナは納得したようだ。

 ほかの女たちも改めて一郎の策を確認し、それぞれに頷いた。

 

「頑張りますわ」

 

 特にガドニエルが陽気に返事をする。

 一郎は苦笑してしまった。

 実際のところ、ガドニエルは屋敷において行こうと思ったのだ。

 今回の策でガドニエル級の大魔道が必要とは思わないし、ラポルタ戦のときのように感情に任せて、大衝撃波などを奴隷宮者のたちにぶっ放されても困る。

 しかし、留守番を指示しようとしたとき、涙目で抵抗したので、隠し球という役割を与えて、亜空間に待機させることにしたのだ。

 

「……では、行きましょう。ベルズとガド様は、ご主人様の亜空間に入ってください……。その後、この天幕を包んでいる防音結界を解くと同時に、わたしたち三人が移動術で奴隷宮内に入ります」

 

 スクルドが立ちあがった。

 コゼとミランダもそれに倣う。

 

「ベルズとベアトリーチェは、しっかりとご主人様を守るのよ」

 

 そして、コゼが言った。

 屋敷で策について事前に説明したとき、ガドニエルに次いで、不満を口にしたのが、実はコゼだった。

 コゼは、策がなんであれ、自分が一郎と離れることが気に入らなかったのだ。

 しかし、潜入任務ということであれば、コゼよりも長ける者はいない。なんとか説得して、やっと承知してもらった。

 

「お任せください。命にかけてもご主人様を守りますから」

 

 すると、ガドニエルがにこにこと微笑みながら応じた。

 

「あんたには言ってないけど、まあよろしくね」

 

 コゼがくすりと笑った。

 

「よし。じゃあ、粘性体で包んでいた盗聴具をラスカリーナのスカートに戻す。それが合図だ。それぞれに行動を開始するぞ。スカートに戻してからは、こっちの会話は向こうに傍受されていると思ってくれ。だが、気がついていない振りをするんだ」

 

 一郎はテーブルの盗聴具を手に取る。

 まだ、粘性体で包んでいるが、それを取り除けば、機能は生きているはずだ。

 とりあえず、ガドニエルとベルズに声をかけて、ふたりを亜空間に収容する。

 そして、ラスカリーナを立たせ、両手をテーブルに置かせて、一郎に向かって背を向けるようにさせた。一郎はラスカリーナの背後に立つ位置だ。

 

「あ、あのう……。スカートに、その盗聴具を付け直すだけでは?」

 

 一郎の指示に従いながらも、ラスカリーナが怪訝そうな口調で質問してきた。

 

「ああ、奴隷宮に向かう前にセックスしてから入るからな。心配するな。どうせすぐに終わる。ラスカリーナが達したら、すぐに射精してやる。ここでずっとなにか意味のある話し合うをしていたと思われたくない。突然にセックスの声が聞こえれば、天幕でふしだらなことでもしていて、偶然に盗聴機能が復活したとでも判断するだろうさ」

 

 一郎はラスカリーナの腰を引いて、立姿の後背位で突く体勢を作らせながら言った。

 ラスカリーナが驚愕して身体をテーブルから離そうとした。

 

「ま、まさか──。だ、だって、その盗聴具は傍受されているんですよねえ? き、聴かれてしまいます──」

 

「それが狙いだろう──。ぐずぐず言うな。ほら、スカートに盗聴具を戻すぞ。じゃあ、スクルド、コゼ、ミランダ、頼むぞ」

 

「はい」

 

「では、行きます。ご主人様も気をつけて」

 

「行ってくるよ」

 

 三人が返事をしてから姿が消える。奴隷宮内に潜入していったのだ。

 天幕を包んでいた防音結界も消滅したのがわかった。

 一郎は盗聴具をスカートにつけ直すと、粘性体の包みを消滅させた。

 すぐにラスカリーナのスカートを後ろからまくり、指をお尻側から伸ばして、ラスカリーナの股間を愛撫をする。

 

「あっ、いやっ、や、やっぱり……」

 

 だが、ラスカリーナが無駄な抵抗をしようとする。

 一郎は一度手を離して、スカートを戻すと、思い切りスカートの上からラスカリーナの尻を叩いた。

 スカートを戻したのは、もしも傍受していれば、盗聴具を真上から叩かれた衝撃音で相手を驚かしてやろうと思ってだ。

 つまりは、いやがらせだ。

 

「ひゃんっ」

 

 一方で尻を叩かれたラスカリーナは、身体を伸ばして全身を硬直させる。

 

「動くな──。しっかりと脚を開いて俺の怒張を受け入れろ──。命令だ。復唱しろ──」

 

 もう一度叩く。

 

「きゃん──。ふ、復唱します。ラ、ラスカリーナはご主人様の怒張を受け入れるために脚を開きます──」

 

 ラスカリーナが再び一郎に向かって腰を突き出す格好になり、両脚を開いた。

 一郎は笑って、ズボンを下ろすと、勃起させた怒張の先でラスカリーナの股間を愛撫していく。

 

「あっ、んんっ、んくうっ」

 

 すぐにラスカリーナはよがり始めた。

 

「精を放ったら、ベアトリーチェには掃除フェラをさせるからな。準備しておけよ」

 

 一郎は笑いながら、横で真っ赤な顔になって固まっている女騎士に声をかける。

 これもまた、半分は盗聴者に聴かせるためであり、もう半分は単純な揶揄(からか)いだ。

 

「ひゃ、ひゃい」

 

 すると、ベアトリーチェが声を裏返させて返事をした。



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879 案内人の半裸少女

 美しい庭園の向こうに「奴隷宮」がある。

 かつて、王妃アネルザがここの地下に奴隷を集めていたので、通称「奴隷宮」と呼ぶらしいが、本来は「王妃宮」だ。政務をしないルードルフに代わり、王家の政務を一手に引き受けていた王妃アネルザが、かつて国費に物をいわせて建造させたらしい美しく豪奢な建物である。

 

 ラスカリーナが手配させた王兵は、庭園には入らず、その周りをぐるりを囲っている。

 一郎は、ラスカリーナとベアトリーチェとともに、王兵が囲んでいる場所までやってきた。夜闇を破るように四周にびっしりと篝火(かがりび)が焚かれており、隙のない包囲網が敷かれている。

 しかし、その照明の明かりも、この王兵の囲みの位置の少し先くらいまでしか届いていないので、大きな庭園の向こうにある奴隷宮の建物は真っ暗な闇の中にほとんど隠れてしまっている。

 ただ、一本の小径が、一郎たちがいる位置から真っ直ぐに庭園を貫いて、建物の入り口まで繋がっている。

 

「交渉を試みようと、何度か接近しようとしましたが、見張っているらしく、ここから先に進もうとすると、威嚇のように歌がうたわれます。二度試みましたが、それからは、なにもしていません。包囲させているだけです。兵にもこれ以上近づかないことを厳命しています」

 

 ラスカリーナが言った。

 

「歌? それが警告なのか?」

 

 一郎は純粋に不思議に思った。どうして、歌が警告なのだろうと考えたのだ。

 

「気味の悪い呪詛のようななにかの言葉を呟く声が合唱されるのです。こちらの意思を削ぐような。わたしは警告と判断しました。だから、無理に接触しようとするのはやめました」

 

「そうか……」

 

 歌の好きな連中なのか?

 そういえば、ラスカリーナがイットを引き渡されるときにも、奴隷宮内の女たちが歌をうたっていたと言ってたっけ……。

 

「まあいい。ほかに何かを気がついたことは? 歌のほかに、大声や騒動のようなものを聞いたとか」

 

 一郎はさらに訊ねた。

 すでに、奴隷宮の内部に、コゼとミランダとスクルドを潜入させている。もしも、奴隷宮の中で、エリカとアネルザを人質にしている者たちがそれに気がついたなら、なんらかの騒ぎが聞こえるはずだと思った。

 

「報告はありません。基本的には建物は静かです。まるで誰もないかのように。ただ、近づくと、先ほどご説明した歌が合唱されるだけで……。あっ──」

 

 ラスカリーナが話の途中で声をあげた、

 突然に真っ暗だった建物内に明かりが灯ったのだ。

 しかも、入口になる正門の前に、二個の照明が灯った。

 さらに、ここに至る小路の両側に、ぱっぱっぱっと小さな明かりが灯っていく。

 あらかじめ準備していた仕掛けのようだ。

 いきなり、ここから奴隷宮に至る真っ直ぐの経路に光の道ができあがった。

 「おお」というどよめきが、周囲を囲む王兵たちから沸き起こった。

 

「持ち場を離れるな──。粛々と現在の任務を続行せよ──」

 

 ラスカリーナが大声で叫ぶ。

 そのラスカリーナの言葉が次々に逓伝(ていでん)されて、王兵たちの声が鎮まっていく。

 

「ここに俺が立ったということがわかったのだろうな」

 

 一郎は苦笑した。

 奴隷宮にたてこもっている貴族夫人や子女たちが、ラスカリーナのスカートに仕掛けた「盗聴具」は、いまは元通りに装着し直している。

 それを傍受しているとすれば、一郎がやって来たことを認識したとしても当然だろう。

 だが、ちょっと、かまをかけてみるか……。

 

「しかし、随分と失礼な連中だなあ。臨時の王軍司令官になっているラスカリーナでさえ、俺を天幕の外で出迎えて、手ずから馬車の扉を開けてくれたのに、こっちは真夜中に呼びつけて、誰も出てこないとはなあ……。だから、可愛いラスカリーナには悪戯したくなる」

 

 一郎は自分の身体で隠しながら、後ろからスカートの中に手を入れて、ラスカリーナの生尻を触る。

 しかも、指でしっかりと尻穴の入り口をとんとんと叩くように刺激してやる。

 

「あっ」

 

 ラスカリーナがびくりと身体を硬直させる。

 だが、触っているアナルを中心に、性感の場所であることを示す濃い赤いもやが拡がるのが淫魔術でわかった。

 羞恥責めに弱いラスカリーナらしい。

 お尻が快感の場所というよりは、羞恥責めを受けている部位が快感の場所になるみたいだ。

 一郎は、淫魔術で指に潤滑油をまぶさせる。

 すっとラスカリーナのアナルに指を挿入してしまう。

 快感の場所を見つけるのは一郎には簡単なことだ。アナルの中の赤いもやの濃い部分を指の腹で押し擦ってやる。

 

「んくっ、お、お願いします……。へ、兵たちの前では……」

 

「だったら、声や態度に出さないように気をつければいいだけだろう、性奴隷将軍様? この暗がりだし、俺の身体に隠れているから悪戯されていることには、誰も気がつかないよ。兵たちの目線は、いまは光の道に注目している」

 

 一郎はわざと「性奴隷」と耳元で言ってやる。スカートの内側の盗聴具がどれだけ精巧な物かは知らないが、そのほんのすぐそばで愛撫をしているし、会話の雰囲気から一郎とラスカリーナが淫靡なことをしているのは、盗聴側にはわかると思う。

 ベアトリーチェやリリスの言葉によれば、スクルドの言霊に染まったここの奴隷宮の連中は、一郎の性奴隷になることを望んで、こんなことをしでかしたのだ。そこまでして、一郎の性奴隷になりたいのだから、出迎えのないことが気に入らないと口にしたことで、なにかの反応があってもいい……。

 だが、ほかにもやりようはあるはずだが、いきなり王妃を人質にとるというのも極めて短絡的だ。それが「狂信者」というものかもしれないが……。

 

「んんっ、んくっ」

 

 ラスカリーナの尻穴の中の敏感な場所を見つけて刺激し続ける。

 彼女は必死に歯を喰いしばるように耐えている。すぐに、前の穴から漏れ出た体液がアナルをまさぐる一郎の手にまとわりついてきた。女の強い香りも漂ってくる。

 だが、ラスカリーナは直立不動の体勢だけは崩さない。懸命に我慢している。

 

 そのときだった。

 光の小径の先の奴隷宮の両開きの扉が向こう側から開いたのだ。

 少女らしき二人が出てきた。

 こちらに向かって進み歩いてくる。

 一郎は、ラスカリーナのアナルから指を抜いた。

 

「行ってくる。続きはあとだ。ところで、アナルは処女か?」

 

 一郎はラスカリーナの耳元でささやいた。

 

「は、はい」

 

「なら、ゆっくりとアナルの味も教えてやろう。宿題だ。自慰用の軽い掻痒剤を渡しておく。毎晩、それを使ってアナルで自慰をしろ。命令だ。いいな──」

 

 ラスカリーナのお尻をスカートの上からちょっと撫でてから、亜空間からとり出した油剤入りの小瓶をラスカリーナに握らせた。

 一郎の持っている掻痒剤の中では、一番痒みは抑えられているものだと思う。その分、性欲の疼きが激しいものだが……。

 

「は、はいっ、ご、ご命令に従います……。そ、それと、ご調教よろしくお願いします……」

 

 ラスカリーナがさっと小瓶を手の中に隠して、直立不動のまま小さな声で応じた。

 一郎はほくそ笑んだ。

 これもちょっとした悪戯だ。実はラスカリーナたちにさせている一郎のチョーカーは自慰をしても自分では達することができないという特殊機能がついている。言いつけ通りにアナル自慰を開始して、それでいくにいけない苦しみに七転八倒するラスカリーナの姿を想像してしまった。

 つくづく、自分も意地悪な性格になったものだと思う。

 

「行こうか、ベアトリーチェ」

 

 一郎は横で呆けている感じのベアトリーチェに声をかけた。

 

「あっ、は、はいっ」

 

 すると、横のベアトリーチェからちょっと上ずった声が返ってきた。

 見ると、顔も赤いし呼吸も乱れた感じだ。

 目の前でラスカリーナが羞恥責めをされているのに接して、もしかして欲情したか?

 思わず、にやりと微笑んだ。まだ、一郎の性奴隷支配を受けたばかりなのに、女軍人たちも一郎好みに淫乱で結構だ。この世界の女たちは、一般的に性欲が強い。一郎だからそうなるのか、もともと、そうなのかまではわからないが……。

 

「せ、先導します」

 

 ベアトリーチェが歩きだす。

 一郎はベアトリーチェのすぐ後ろを、建物に向かって進んでいった。

 一方で、建物から出てきた少女ふたりは、ゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる。

 だが、兵がとりまく庭園の外側との三分の一ほどの距離で立ち止まった。兵たちが迫れば簡単に逃げ帰れる距離に留めたのだろう。

 

 一郎たちは進んでいく。

 そして、距離が縮まるにつれ、彼女たちの姿が確認できるようになってきた。

 やはり、少女ふたりだ。

 ひとりは赤毛──。ひとりは金髪。金髪の方はまだ大人になりきっていない少女そのものだ。もうひとりはかなり成熟した身体をしている。だが、二十を超えているということはないだろう。

 また、ふたりとも半裸だ。

 耳にしていた通りの破廉恥な恰好である。

 腰には真っ赤な小さな布を巻いていて、腰布は片側の腰の横に結び目を作っていて反対側の脚に垂らす感じだ。だから、結び目のある側の脚は付け根近くまで露出していて、反対側の脚についても腿の半分くらいまでしか隠れていない。

 そして、乳房については上半身の半分くらいの丈の薄物を羽織っているみたいだ。明かりが灯っている範疇で観察する限り、乳房の真ん中くらいにある一箇所の紐で結んでいるだけみたいである。

 ほかの部分は、へそ周りを含めて、完全に肌も露わに露出している。

 時間が経つにつれ、だんだんと背中側の男の王兵からのどよめきのようなざわめきが大きくなっていく。

 それだけ扇情的な恰好なのだ。

 

「アドリーヌ様とエリザベス様です……。わたしと同じで、赤組で性修行としていた者たちです。ふたりとも、優秀でわたしが国王のところに囚われた時点での序列は、一番と二番でした」

 

 前を進むベアトリーチェが小声で言った。

 

「序列?」

 

「どれだけ天道様の性奴隷として相応しい淫乱さを身につけたかで順番を付けていたのです。アドリーヌは最初からずっと主席でした。エリザベスは、最初は上級組にも入れなかったのですが、頑張って少しずつ成績をあげて、ついに二番にもなって……」

 

「ああ、わかった。もういい」

 

 一郎はベアトリーチェの言葉を制した。

 これもそれも、みんな、スクルドが色惚けの言霊を撒き散らしたせいか。

 本当に申し訳ない……。

 

 そのあいだも、お互いの距離はなくなり、やっとふたりに接触する場所に到達した。

 一郎は彼女たちの前で足をとめた。

 近くまで来ると、ふたりがちょっと息を荒げているのと、肌に薄っすらと汗をかいているのがわかった。

 急いできたという感じだ。

 これで一郎は、奴隷宮の者たちが、ラスカリーナに仕掛けた盗聴具でこちらの声を拾っているのだということを確信した。

 一郎が不満そうな発言をしたのを耳にしたので、慌ててこのふたりを出迎えに寄越したということに違いない。

 

 しかし、序列一番と二番か……。

 確かに、ふたりともとても可愛らしい顔立ちをしている。貴族子女らしく、一郎がまだ手をつけてないのに、肌も髪もきれいだ。囚われの少女たちという雰囲気もない。

 一郎を前にして顔を赤らめて上気している。

 ふたりとも脚をちょっと震わせており、とても興奮しているのが伝わってくる。

 

「て、天道様、お初にお目にかかります、アドリーヌと申します。わざわざのご足労に感謝申し上げます。わたしたち一同、天道様にお会いできるのを一日千秋の思いで愉しみにしておりました。ここより、フラントワーズ様のところにご案内します。お話はそちらで……」

 

「同じくエリザべスです。わ、わたしも愉しみにしておりました。わたしたち二人をはじめ、建物内では大勢の仲間たちが待っております。どうか、お情けをかけて頂きたいと思います」

 

 ふたりが深々と頭をさげる。

 さげるとほとんど剥き出しに近い胸の谷間が露わになるとともに、ふたりの乳首に吊っている小さな鈴がちりんちりんと鳴る。

 これは目の毒かな。

 淫魔師である一郎の性欲は強い。しかも、苛めがいのある少女ふたりだ。一瞬にして、一郎はこのふたりの責めを二十ほど思いついてしまった。

 だめだな。これは……。

 一郎は苦笑した。

 

「まあ、言いたいことはいくらもあるが、それはお前たちの代表者に言うよ。それと、アドリーヌについては、お初ではないな。イザベラのところでやっていた勉強会に参加していた娘だろう。覚えているよ。俺は顔を出さなかったから、わからなかったと思うけど、実は勉強会の部屋の裏に結構いたんだ」

 

 一郎は言った。

 イザベラが王太女になった直後、イザベラはマアやほかの講師を招いて、侍女たちや、あるいは政務や流通の勉強に興味がある貴族子女を招いて勉強会をよくやっていた。

 アドリーヌはその中でも一番熱心だった貴族令嬢だ。

 よく覚えている。

 一郎の言葉に、アドリーヌが顔をあげて、目を大きく見開いた。

 

「か、感激です……。天道様にわたしのことを知っていただいていたとは……。う、嬉しいです」

 

 その目にみるみると涙が溜まってきたのがわかった。

 大袈裟な……。

 一郎は思わず頬を綻ばせてしまった。

 次いで、エリザベスに視線を向ける。

 

「エリザベス嬢については初めてだな。お父上についてはお悔やみ申しあげる。ルードルフ王が断じた行動については、すべて洗い流すことを決めている。その結果、公爵家に罪なしと判断すれば、名誉を回復して財産は返還する。そうでなくても、子女のあなたに罪はない。それは約束する」

 

 一郎は言った。

 エリザベスは首を横に振る。

 

「できうれば、天道様にお仕えして生きたく思います」

 

「……それについても、お前たちの代表者と話をするよ」

 

 一郎は、とりあえず、そう言うだけに留めた。

 

「あ、あのう、ベアトリーチェさん、天道様のもとでお仕えすることになり、おめでとうございます。それと、よくご無事で……。とても心配しておりました」

 

 アドリーヌだ。

 ベアトリーチェに視線を向けている。

 

「うん、よかったですわ。おめでとうございます」

 

 エリザベスも声をかけている。

 

「え、ええ、運がよくて……。わたしのような出来の悪かったのが、先に天道様にお仕えすることが決まってしまって申し訳ない気もするんだけど」

 

「ううん……。とても嬉しいです。本当によかった」

 

「そうね。まあ、ちょっと妬ましいけど」

 

 三人が笑い合った。

 とても、仲がよさそうだ。

 それはともかく、やはり、ベアトリーチェが一郎の性奴隷になったことは、彼女クラスで知っているのか……。

 一郎は、目の前のふたりのステータスを読んだ。

 

 

 

“アドリーヌ=モンベール

  伯爵家長女

 人間族、女

 年齢15歳

 ジョブ

  治政力(レベル3)

  官吏(レベル1)

 生命力:50

 経験人数:なし

 淫乱レベル:S

 快感値:100

 状態

  魅了による軽洗脳状態(軽)”

 

 

 

“エリザベス

  元ラングーン公爵家長女

 人間族、女

 年齢18歳

 ジョブ

  官吏(レベル1)

  戦士(レベル1)

 生命力:50

 魔道力:10

 経験人数:なし

 淫乱レベル:S

 快感値:100

 状態

  魅了による軽洗脳状態(軽)”

 

 

 

 エリザベスの公爵令嬢に“元”がついているのは、ラングーン家がすでに取り潰されているためか……。

 ふたりとも「淫乱レベル」が“S”だ。これはかなりの敏感な身体ということだ。さすがは、主席と次席だ。

 それともかく、“魅了による軽洗脳状態(軽)”か……。

 これが、スクルドの言霊の影響ということだろう……。

 一郎は納得した。

 つまりは、これを消滅しまえば、正気に返るということか?

 試してみるか……。

 

 一郎はアドリーヌに手を伸ばした。

 

「えっ?」

 

 戸惑う彼女をいきなり抱きすくめる。

 抵抗できないように、両腕を胴体に縛る粘性体の縄で包むと、顔をあげさせて唇を奪った。

 遠目で兵士たちが見ている前で可哀想だが、これから「性教徒」たちの親玉に会う前に、どうやったら言霊の影響を失わせることができるのかということについて、ちょっとでも情報が欲しい。

 必ず彼女の名誉が回復させる努力はするし、最悪、仲間に加えてもいい。

 責任はとる。

 

「んんっ、んっ」

 

 一郎はアドリーヌの口の中を舌で蹂躙しながら大量の唾液を送り込む。

 本当は精を注がないと完全支配はできないが、唾液程度でもある程度の身体の操作はできる。

 「治療」や「状態回復」程度のことなら、唾液だけでも大丈夫だと思う。

 それはともかく、アドリーヌの口の中は、どこをどう刺激されても欲情に結びつく「赤いもや」でいっぱいだ。

 しかも、濃い。

 そして、全身が赤いもやで染まる。

 一郎が抱きしめている背中でさえ、アドリーヌの性感帯そのものに変わった。

 

「んんんっ、んんんんっ」

 

 一郎の腕の中のアドリーヌがぶるぶると震えだす。

 そのあいだも一郎は唾液を注いで、状態回復を図ることに専念したが、アドリーヌが急に全身を突っ張らせた。

 

「んぐうううっ」」

 

 内腿を擦りつけるようにしながら、身体を弓なりにする。

 むっとするような女の匂いが下から漂ってきた。

 口づけだけで達したか……。

 本当に敏感な身体のようだ。

 一郎は粘性体を消滅させるとともに口を離す。

 

 

 

“アドリーヌ=モンベール

  伯爵家長女

 人間族、女

 年齢15歳

 ジョブ

  治政力(レベル3)

  官吏(レベル1)

 生命力:50

 経験人数:なし

 淫乱レベル:S

 快感値:0→1(絶頂後の余韻状態)↑”

 

 

 

 よし、消えた。

 これで大丈夫か?

 一郎はほっとした。

 

「あ、あ、ありがとうございます、天道様」

 

 アドリーヌが一郎の腕の中で言った。

 手を離してやりたいが、完全に腰に力が入っておらず、手を離したら崩れ落ちそうなので支えているのである。

 

「ああ、よかったあ──。アドリーヌなら、きっとお手つきになると思った。よかたあああ」

 

 エリザベスが飛び跳ねるように喜ぶ。

 薄物で包んでいるだけの乳房が揺れて、ちりんちりんと鈴の音が鳴り響く。

 

「お手つきか……」

 

 まあ、そういうことになるのか?

 やっぱり、よくなかったか……。

 これから交渉に臨む前に、奴隷宮の女たちに期待を持たせるような行為は避けるべきだっただろうか?

 

「あれ?」

 

 しかし、一郎は思わず声をあげてしまった。

 アドリーヌのステータスがまた変化したのだ。

 

 

 

“アドリーヌ=モンベール

  伯爵家長女

 人間族、女

 年齢15歳

 ジョブ

  治政力(レベル3)

  官吏(レベル1)

 生命力:50

 経験人数:なし

 淫乱レベル:S

 快感値:0→5(絶頂後の余韻状態)↑

 状態

  魅了による軽洗脳状態↑”

 

 

 

 戻ってしまった。

 なんで?

 

 そのとき、身体の中からくすくすという笑い声が聞こえてきた。



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880 魅了する者たち

 身体の中からくすくすという笑い声が聞こえてきた。

 クグルスだ。

 

 亜空間に待機してもらっているガドニエルとベルズのほかに、魔妖精のクグルスには、一郎の体内に入ってもらって、一郎の耳目を共有してもらっているのだ。

 なんだかんだで、クグルスは淫魔の知識に関しては、一郎に色々と教えてくれる先生の役割を果たしてくれる。

 奴隷宮の中がスクルドの言霊のせいで、濃い淫気に近い魔素が充満しているような状態であることはわかっている。

 だから、ちょっとでも気になることがあれば、身体の中から知らせてくれるように頼んでいたのだ。

 

“ご主人様、もしかして、あの娘の魅了状態を解除しようと思った? だめだよ。そのために魅了にかけ直したりしたら……”

 

 クグルスが「伝心」で言葉を伝えてきた。

 

“かけ直す?”

 

 一郎も伝心で応じる。

 

“ご主人様って、淫魔師として最初からレベルが高かったから知らなかったかもしれないけど、普通は淫魔が性支配をするときには、一回目から完全支配できたりしないんだよ。最初は、魅了状態になるの。そして、何度も何度も性行為を繰り返して、やっと支配を刻むんだ。ぼくだって、やり方は違うけど、獲物を捕らえるときにはそうするんだから”

 

“もしかして、俺はアドリーヌから魅了を解いたけど、そのために俺の魅了にかけてしまったということか?”

 

“支配の一歩手前のね。ご主人様がわざと支配をしないようにと念じたんで、魅了で終わったんだ。本当なら、ご主人様なら唾液だけでも十分に一発支配できるよ……。でも、そのまま支配しちゃえば? あれは、なかなかの雌畜になると思うよ。ものすごく濃い淫気を発散したしね”

 

“そういうことか……。教えてくれてありがとう。だけど支配はしない。するとしても、全部の交渉が終わってからだ”

 

“はいはい。じゃあ、気をつけてね、ご主人様”

 

 クグルスの笑い声が途絶える。

 

「はあ、はあ、はあ……。し、失礼しました。もう大丈夫です」

 

 一方で腕の中のアドリーヌがしっかりと脚を踏ん張るように立つ。だが、足もとを見ると、アドリーヌの内腿から垂れた愛液がサンダル履きのくるぶしに達し、さらに地面まで濡らしている。

 ものすごい愛液の量だ。しかも、口づけだけのことなのだ。

 なるほど、クグルスが支配してしまえと言うはずだ。

 

「せ、先導します」

 

 アドリーヌが一郎の腕から出て、奴隷宮に向かって歩き始める。

 一郎はベアトリーチェとともに続いた。

 やがて、奴隷宮の建物の前に到着した。

 両開きの扉は大きく開いている。

 

 扉の内側の奥側に三人の女が土下座の格好で蹲っていた。

 床に正座をして、頭をぎりぎりまでさげて両手を床につけている。

 一郎から見えるのは背中側だが、そこにはなにもない。すべて肌が露出している。

 そして、腰に小さな布を巻いている。アドリーヌとエリザベスが赤い布なのに対して、目の前で蹲っている三人については青い布だ。身に着けているものといえば、それくらいだ。

 また、三人の首には黒い首輪のようなものが巻かれていた。

 炸裂環か……。

 イットが巻き付けられていたものと同じものだ。

 一郎たちが建物内に入ったところで、入口の扉を少女たちが閉めた。

 

「フラントワーズ様、天道様をご案内してきました」

 

 アドリーヌが言った。

 

「わかりました。ご苦労様でした。みんなのところに……。エリザベスもご苦労様でした」

 

 真ん中の女が頭をさげたまま言った。

 アドリーヌとエリザベスが一郎に頭をさげ直して奥にさがっていく。

 奴隷宮の入口のホールで、一郎とベアトリーチェと三人の女だけになった。

 

 

 

 

“ラジル=ボリニャック

  天道教神官

  ボリニャック侯爵夫人

 人間族、女

 年齢47歳

 ジョブ

  官吏(レベル12)

  神官(レベル7)

 生命力:35

 魔道力:20

 経験人数:男2

 淫乱レベル:B

 快感値:270

 状態

  魅了による軽洗脳状態(軽)

 装着

  炸裂環(起爆準備終了)”

 

 

 

“フラントワーズ

  天道教教祖

  元グリムーン公爵夫人

 人間族、女

 年齢49歳

 ジョブ

  神官(レベル21)

  官吏(レベル15)

 生命力:45

 魔道力:100

 経験人数:男1

 淫乱レベル:D

 快感値:200

 能力

  魅了術(軽)

 状態

  魅了による軽洗脳状態(軽)

 装着

  炸裂環(起爆準備終了)”

 

 

 

“ランジーナ=ポートワール

  天道教神官

  ポートワール侯爵夫人

 人間族、女

 年齢51歳

 ジョブ

  官吏(レベル15)

  神官(レベル9)

  魔道遣い(レベル2)

 生命力:35

 魔道力:100

 経験人数:男2

 淫乱レベル:B

 快感値:200

 状態

  魅了による軽洗脳状態(軽)

 装着

  炸裂環(起爆準備終了)”

 

 

 

 右から、ラジル、フラントワーズ、ランジーナ……。

 フラントワーズはやはり真ん中の女か……。だが、天道教の教祖だと? しかも、神官ジョブのレベルが不自然なほど高い。

 また、全員に、アドリーヌたちと同様に、“魅了による軽洗脳状態(軽)”の表示……。

 そして、なによりもフラントワーズのステータスに、「魅了(軽)」の能力がある。

 こいつ自身が魅了の術を?

 訝しんだが、レベル2であるものの魔道遣いのジョブがあり、魔道力も“100”だ。能力レベルは高くないが、ちょっとした魔道ならこなせるくらいの力はあるのかもしれない。

 

「天道様、ご帰還並びに独裁官へのご就任にお慶び申しあげます。また、サキ様たちの救出に感謝します。そして、このたびは申しわけありませんでした。しかし、わたしたちはどうしても、天道様に話を聞いて頂きたかったのです。ここの娘たちの努力を……。彼女たちの願いを……。どうか、お願いします。話を聞いてください──」

 

 フラントワーズが身体の下から小さな箱を出して、土下座をしている頭の前に置き、その蓋を開いてから再び土下座の視線に戻る。

 

「わたしたち三人の首に巻いている炸裂環の起爆具です。それを握ってしばらく熱を与え続ければ、炸裂環が作動して、わたしたち三人の首が千切れます。そうでなくても、わたしたち三人は、話を聞いて頂いた後で、罪を償って自殺します。ですから、どうか話を聞いてください。お願いします──」

 

 フラントワーズが頭を床につけたまま叫ぶように言った。

 一郎は嘆息した。

 

「命を差し出します……。だから、なんだ? それで俺の女をさらった罪が償えると? 言っておくが、俺は自分の女に手を出した相手には寛大にはなれないぞ。どんな理由があろうともだ──。俺の女たちの敵は俺の敵だ。あいつらに手を出した時点で、お前たちは俺の敵だ──」

 

 一郎はフラントワーズに近づくと、力いっぱいにその後頭部を踏みつけた。

 差し出されている炸裂環の起爆具は一瞬にして、亜空間に収容してしまう。魔道具を使った爆発具は、起爆具がなければ、爆薬そのものにいくら衝撃や魔道をかけても爆発しないことは教えてもらっていた。つまり、起爆具さえ取りあげれば逆に安全なのだ。

 だから、遠慮なく乱暴をしてもいい。

 

「ぐふっ」

 

 ごんという音がして、フラントワーズが呻き声をあげた。

 

「話は聞いてやる。その代わり、一度、ここで謝罪しろ。そして、アネルザとエリカは無事なんだろうな? かすり傷のひとつでもつけていてみろ。お前らの命だけは済まさないぞ」

 

 一郎はフラントワーズの頭の上から足をどける。

 ただ、正直なところ、これからの話し合いには大して興味はない。確認したいのは、エリカとアネルザが無事であることだけだ。

 そして、時間を稼ぐ。

 それだけでいい。

 別働隊のコゼたちが必ず二人を救出してくれるだろう。

 

「もちろん無事です。で、では、奥に天道様をお迎えするために準備した部屋が……」

 

 フラントワーズがほっとしたように顔をあげた。

 五十に近い年齢のわりには、若くてまだ美しい顔立ちだ。

 そして、いま気がついたが、炸裂環の下に青いチョーカーをしている。

 青印ということか……?

 そういえば、アドリーヌやベアトリーチェたちは、赤印とか言っていたか……。赤は性奴候補ということだろう。そういえば、ベアトリーチェがそんなことを言っていたような気がする。

 さしずめ、青色は指導者層か?

 まあいい。じゃあ、せいぜい遊ばせてもらうか……。

 一郎は、フラントワーズの肩を蹴り飛ばした。

 

「きゃあああ」

 

 フラントワーズが脚を拡げたみっともない姿で仰向けにひっくり返る。

 布の下の性器が露わになった。まだきれいな性器だ。ちょっとねっとりと濡れているか?

 

「あっ、フラントワーズ様──」

 

「フラントワーズ様──」

 

 両側のふたりが驚いてフラントワーズに駆け寄りかける。

 

「俺の話を聞いていたのか、フラントワーズ──。話を聞く代わりに、もう一度、ちゃんと謝罪をしろと言っただろうが──。両側のふたりは立て──。謝罪はフラントワーズひとりでいい──」

 

 一郎は怒鳴った。

 

「は、はい」

 

「ひっ」

 

 ラジルとランジーナのふたりが竦みあがって硬直した。

 

「お、おふたりは立ってください。わたしは天道様に謝罪をし直します」

 

 フラントワーズが身体を起こして、土下座の姿勢を取り直す。乳首に吊っている鈴が揺れてちりんちりんと可愛らしい音を奏でた。

 

「どうか、申しわけ……」

 

 一郎は最後まで言わさず、フラントワーズの肩を脚で押して、もう一度身体をひっくり返してやった。

 

「きゃああ」

 

「ずぼらをするな。一度立ってから土下座をしろ、ちゃんと謝罪ができるまで、何度でもさせるからな……」

 

 一喝する。

 さあて、どうなるか……。

 一郎はわざと怒りの態度を作って、フラントワーズの前で腕組みをして仁王立ちになった。

 

「も、申し訳ありません」

 

 フラントワーズが立ちあがり、すぐに腰をおろして土下座をする。

 

「天道様の女性たちを監禁したことは謝ります。でも、話を聞いて欲しかったのです。どうしても、わたしたちの思いと願いを……」

 

 フラントワーズが頭を床につけたまま、喋り続ける。

 一郎は容赦なく、その後頭部を踏みつけた。

 

「ぐっ」

 

 フラントワーズが呻き声を漏らす。

 一郎が足をどけると、フラントワーズすぐに頭をあげようとした。そこを再び体重をかけて後頭部を踏みつける。

 

「あごっ」

 

 ごんと音がして、フラントワーズの身体が一瞬止まった。

 もしかしたら、軽く脳震盪でも起こしたかもしれない。一郎はそれでも力いっぱいにぐりぐりを頭を踏みにじる。

 フラントワーズの鼻が床に密着して捩じれているのを感じた。

 

「話が長い。余計なことを言わなくていい。ただ謝罪の言葉だけを言え」

 

 一郎は頭を踏み続ける。

 

「聞こえないのか、フラントワーズ──」

 

 怒鳴りつける。

 

「き、聞こえてます……。や、やり直しをさせてください」

 

 一郎が力いっぱいに顔を踏んづけているので、フラントワーズの声は床に唇が当たってくぐもっている感じだ。

 

「わかった。じゃあ、やれ」

 

 足をどけてやる。

 フラントワーズが立ちあがり、またすぐに土下座の姿勢になった。

 

「こ、この度は申し訳ありませんでした」

 

「一度噛んだな。完璧にできるまで、やり直せ──」

 

 床につけた頭を力いっぱいに踏む。

 

「うぐっ、や、やり直します、天道様──」

 

 フラントワーズが再び立ちあがり、土下座をする。

 

「声が小さい──。もう一度だ」

 

 しかし、一郎は難癖をつけてやり直しをさせる。

 同じことを十回近くやった。

 その都度、「気持ちがこもってない」とか、「聞き取りにくい」とか文句を言う。五回を超えた頃からは、「それで完璧のつもりか」と怒鳴るだけにした。

 だめなところを指摘せずに、ただひたすらやり直しを繰り返させる方が精神的には堪えるのだ。

 さすがに、十回に達したときにはフラントワーズはふらふらになり、全身は真っ赤に火照りきり、滝のように汗が流れたようになっていた。

 また、ほかの者たちは、一郎の迫力と場の緊張感にしんと息を呑んだようになっている。

 

「天道様、申し訳ありませんでした──」

 

 フラントワーズの十一回目の謝罪だ──。

 

「それがお前の本当に心を込めた謝罪なのか、フラントワーズ? それが完璧か? なんでずっと俺がだめだと言っているのか本当にわからないのか?」

 

 一郎はぐりぐりとフラントワーズの頭を踏みつけながら言ってやる。

 

「う、うう……。お、教えてください。な、なにが悪いのでしょうか……」

 

 フラントワーズが泣くような声で言う。

 

「自分で考えろ──。もう一度──」

 

 一度足をあげてから、後頭部に足を踏み落とす。

 

「んぐうっ」

 

 フラントワーズがまたもや呻き声をあげた。

 そして、しばらく動かない。

 もしかしたら、軽く失神したかもしれない。

 

「て、天道様、わたしにも謝罪をさせてください」

 

「わたしもやります」

 

 ラジルとランジーナのふたりが我に返ったように叫んだ。

 一郎の返事も待たずに、ふたりが土下座をする。

 

「余計なことをするな──。話を聞く代わりに、俺はこの女の謝罪を要求してるんだ──。フラントワーズ、立て──」

 

 フラントワーズの肩を蹴り飛ばす。鈴の音とともに、彼女がひっくり返った。

 だが、そろそろいいか?

 もうかなりの時間はかけてやっただろう。

 

「あっ、も、申し訳……」

 

 フラントワーズがはっとしたように身体を起こそうとした。

 しかし、自分の汗で滑ってしまい床に倒れる。

 それでも、すぐに立ちあがった。

 もうふらふらだ。

 

「お、お怒りはごもっともです。でも、わたしたちの話を聞いてください、天道様」

 

「お願いでございます」

 

 一方で、ラジルとランジーナのふたりは頭を床につけたまま言ってきた。

 そのとき、一郎はいつの間にか、部屋の外から歌が聴こえていることに気がついた。

 いつから?

 フラントワーズをいたぶるのにかまけていて、歌に意識がいかなかったのか?

 

「申し訳ありません。話をきいてください、天道様……」

 

 一度立ち、土下座の姿勢になったフラントワーズの謝罪──。

 

 話を聞く……?

 そうか。話を聞くのだ……。

 

 まあ、そろそろいいか……。

 

 確かに、もともとちょっとは話を聞くつもりだったのだ……。 

 

「わかった。もう謝罪はいい。立て、フラントワーズ」

 

 一郎は言った。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 フラントワーズが頭を床につけたままがくりと脱力したのがわかった。

 

「ああ、ご苦労様でした、フラントワーズ様──」

 

「さあ、お掴まりください……」

 

 ラジルとランジーナがフラントワーズに駆け寄る。

 相変わらず、歌が聴こえて続ける。

 とても気持ちのいい声だと思う。

 ずっと聴いていたくなるような……。

 なんだか、頭がぼうっとするような……。

 

“わああああ──。うわあああ──。ご主人様、しっかり──”

 

 頭の中に、クグルスの伝心の大声が破裂するように響いた。

 一郎は我に返った。

 一瞬にして、頭がはっきりする。

 

 しまった──。

 魅了か──。

 

“この歌だけは危険だよ。すっごく強力な魅了がかかってる”

 

 クグルスの伝心だ。

 唖然とした。

 まさか、こいつらは魅了を──?

 この歌か──。

 

 そして、それを知ったとき、一郎の中に本物の憤怒が沸き起こる。

 

「目障りな歌をやめろ、お前ら──。俺を洗脳しようしたかああ──」

 

 ありったけの怒声を浴びせる。ますます、頭がはっきりした。しかし、これは確かに危険だ──。

 そうか。

 もともと、スクルドの強い言霊がこいつらによって、増幅して強化されているのだろう。

 だが、一郎までかかりかけるとは、なんという強い魔道だ。

 ベルズとガドニエルを亜空間から出した。亜空間側からふたりが外に出せと騒いでるのにも気がついた。

 

「部屋に防音を張る──。外からの声は遮断される。陛下は防護結界をお願いします」

 

 出現するや否や、ベルズがすぐに防音の結界を張る。

 

「了解です」

 

 それと同時に、ガドニエルがベアトリーチェを含めた四人の周りに防護結界も張る。一郎たちの周りがきらきらと金色の塵のようなもので覆われた。

 一方で、フラントワーズたち三人は顔を蒼くして立ち尽くしたままだ。

 すでに、壁の向こうからの歌声はなくなっている。

 

「……フラントワーズ殿だったな。どういうことだ? 話し合いではなく、攻撃をしようとしたとみなしてよいな。相手に魅了術をかけようというのはそういうことだ。わかっていると思うがな」

 

 ベルズが一郎の前にすっと出て言った。

 

「……ご主人様」

 

 ガドニエルが一郎に視線を向けてくる。指示を受けたいのだろう。

 一郎はガドニエルの肩に手を触れさせた。

 

「俺がはっきりと命じるまでなにもするな……。だが、次に歌が聴こえたら、容赦なく壁ごと歌の根源を吹っ飛ばせ。何人死のうと構わん。だが、許可なく撃つなよ。絶対にだ」

 

 一郎ははっきりと言った。

 

「お任せください──。いつでも、ここを木っ端微塵にしますわ」

 

「するなよ。壁の向こうの集団だけだ。それについては最悪皆殺しでも構わんが、エリカとアネルザがここには監禁されているんだ」

 

 一郎は言った。

 ただ、これは脅しのつもりではない。本気だ。

 

「お、お待ちください、天道様──」

 

 フラントワーズの蒼い顔がさらに白くなる。

 そして、ガドニエルの衝撃魔道を阻むかのように、一郎やガドニエルの前に身体を出してきた。

 

「なんだ? 文句があるのか? 人を魔道で攻撃しておいて、まさか、仕返しをされることを想像していなかったとは言うまいな」

 

 一郎はフラントワーズを睨む。

 

「……わたしは話を聞いて欲しかっただけでございます。どんな手段を使ってもです……。ここでわたしたちは終わるわけにはいきません……。それだけはできないのです。わたしたちの信仰を……」

 

「信仰なあ……。いずれにしても、話し合いはない──。それはお前たちが放棄した。お前らが魅了魔道で攻撃しようとしたことで、その機会を失ったと思え……。まあ、もともとそのつもりはなかったけどな。俺は洗脳されておかしくなった女は奴隷にしない。まずは正気に戻ってからだ」

 

「わたしたちは正気ですよ。どこまでも」

 

「どうかな。いずれにしても、話は終わりだ」

 

 一郎はきびすを返そうとした。

 しかし、その瞬間だった。

 突然に、フラントワーズが声をあげて笑ったのだ。

 ぎょっとなった。

 それくらいに、気味の悪い笑い声だったのだ。

 だが、ラジルとランジーナは冷静だ。しっかりとこっちを観察している。そして、フラントワーズと並ぶように再び両脇に立つ。

 

「ふふふふ、失礼いたしました。やはり、天道様は思った通りのお方でした。もしも、わたしたちごときの魅了術にかかってしまったのなら、そのまま都合のいい開祖様にでも祀りあげてしまうつもりでした。でも、やっぱり天道様は違うのですね。安心いたしました」

 

 そして、フラントワーズが言った。

 

「貴様、狂いおったか?」

 

 ベルズがフラントワーズを睨みながら言った。

 

「狂う? もちろんです。とっくの昔に。ところで、天道様、お帰りにはならないでくださいね。わたしたちが王妃様とエリカ殿を人質にとっているのは変わりないのですよ。天道様は話を聞かなければなりません」

 

「ほう……。健気に謝罪を繰り返しておったかと思ったら、一転して脅迫か? ロウ殿の物言いは理不尽かと思ったが、そうではなかったのだな。心がこもっておらん謝罪というのはまさにそのとおりではないか」

 

 ベルズだ。

 

「なんとでも……。なら、言い方を変えましょう。天道様、わたしたちが天道様のお役に立てるということを示したら、わたしたちをお認めになりますか? わたしたちに証明をさせてください。わたしたちは天道様にお仕えするだけの価値があります。頭のおかしな役立たずではございません」

 

 すると、フラントワーズが言った。

 一郎は首を竦めた。

 

「役に立とうが、立つまいが、そんなことで俺は女を選ばない。さっきも言ったが、洗脳状態の女を無理矢理に支配しない」

 

「矛盾してますね、天道様。そこにいるベアトリーチェは性奴隷にしたではありませんか。天道様がわたしたちを性奴隷にするつもりはないという天道様と王妃様の会話にどれだけわたしたちが絶望したかわかりますか? それなのに、ベアトリーチェは性奴隷に迎えられている……。おかしいではありませんか」

 

「あ、あの、わたしは……」

 

 ベアトリーチェがなにかを言おうとしたもの、結局、言い淀んだ。

 フラントワーズがすぐに遮る。

 

「あっ、ベアトリーチェ、あなたが天道様にお仕えすることになったのは、心から嬉しいのですよ。誤解のないようにね」

 

「心の狂った者はいらん」

 

 一郎は明確に言った。

 

「ほほほ、この狂った奴隷宮の中で狂っていることこそ、正常の証でありましょう。天道様、わたしたちは天道様のやろうとなさっていることのお役に立てます」

 

「俺は、特になにをしようとも思ってないよ。ただ、俺を慕ってくれる者たちを守ろうとしているだけだ」

 

「わたしたちも天道様を慕っております。それこそ、狂うほどに……。そして、あの娘たちはわたしたちの命です。絶対に幸せにしてみせます。そのためには天道様と信仰が必要なんです」

 

「いずれにしても、話は終わりだ、フラントワーズ。エリカとアネルザは力づくで取り返す。ただし、最初に言ったとおりだ。傷のひとつでもつけていれば、お前たちの全員を許さない。きっちりと報復する。首を洗って待ってろ」

 

 一郎はもう本気で立ち去ろうとした。

 これ以上は無意味だ。

 とれる情報など存在しないし、情報をとったところで役に立たない。

 こいつらは狂信者だ──。

 まともな話などできない……。

 

「では、これだけ……。先ほどの歌声は魅了術だけの目的ではないのです。わたしたちにだけしかわからない伝言でもあるのです。すでにふたりは捕らえました。残りひとり……。必ず、天道様の前に運んで参ります。ベアトリーチェのように役に立つことがわかってもらえれば、天道様もお認めになりますよね?」

 

「ふたり? 残りひとりだと?」

 

 一郎は眉をひそめた。

 すると、フラントワーズが合図のような仕草をした。

 奥側の扉が開き、黄色い布を巻いた三十代女ふたりが、二個の四角い籠を持ってやってきた。

 一郎に向かって深々と一礼して、その籠を一郎の前に置く。

 やはり、乳首に鈴を吊っていて、ちりんちりんと音が鳴る。

 

「あっ、これは──」

 

「えっ? あれ?」

 

 ベルズが声をあげ、ガドニエルも首を傾げた。

 一郎もまた、はっとした。

 ひとつの籠に入っていたのは、黒いローブとその内側に身に着ける上下の服だ。さらに下着まである。両側を紐で結う“紐パン”だ。

 この下着は、まだ世間に売りだしているものではなく、一郎の女たちしか身につけていない。

 また、ローブもほかの衣類も潜入させたスクルドに渡したものに間違いない。

 もうひとつの籠の中身はミランダが身につけていたものだ。やはり、紐パンも籠に入っている。

 

「すでに残りひとりです……。もちろん。危害は加えませんが、わたしたちの力をお見せするために捕らえてみせました。このように、すでに救世主様とミランダ様はわたしたちの捕虜です……。そして、残りはコゼ殿ですよね。すぐに捕まえてみせますわ」

 

 フラントワーズがまたもや笑い始める。

 その笑いは、まさに狂信者のそれに間違いなかった。



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881 対決、令嬢軍団と女傑たち

「では、行きますね」

 

 移動術で跳躍しながらスクルドがかけた声が耳に入ったきた。

 次の瞬間、視界が真っ暗になり、コゼの肌に強い風が当たって通り過ぎた。

 

「おっと」

 

 横のミランダが体勢を崩して、ぐらりと身体を倒しかけるのがわかった。

 コゼは手を伸ばして助けようと思ったが、すぐにミランダは自力で足を踏ん張って自分で身体を支えた。

 

「あら、すみません」

 

 すぐに防護結界がコゼたちを包んで風がやむ。

 コゼたちが跳躍してきたのは、奴隷宮の三角屋根の上の頂点だったのだ。

 

「ちょっと、どこに跳躍するのかくらいは言っておくれよ。危うく、転げ落ちるところだったじゃないかい」

 

 ミランダが不満を言った。

 奴隷宮は二階建てではあるが、かつてのアネルザが王妃の権威を誇示しようとして屋根の高さや各階の天井を必要以上に高くしているので、屋根が高く傾斜もきつい。その頂点ということになれば、かなり不安定な場所だ。

 

「ごめんなさい、ミランダ。でも、今朝はいきなり、後宮内に入っていって、ご主人様を串刺しにしかけたのです。一度、ここで鑑定術をかけて、中にいる女性たちの位置や罠かもしれない仕掛けを探知しますから。そのうえで、できるだけ都合のいい場所を探して跳躍したいと思います」

 

「へえ、そんなことがあったのかい。まあ、じゃあやっておくれ。いっそのこと、アネルザとエリカのいる場所に直接に跳躍すればどうなんだい?」

 

 ミランダだ。

 

「それができればいいんですけど、わたしの能力では、人間の識別まではできません。どこに人が集まり、どこにいないかということくらいです。全くとまっている者もわかるので、捕らわれ人のようなものが探知できないかはやってみます。それと、壁を幾重にも跳躍するようなやり方は危険度が高くなります。跳躍する場合は、わたし自身が跳躍先を頭に思い描けないのとならないのです。申し訳ありません」

 

「いいわよ、スクルド。とりあえず、まずは屋根裏のどこかに降りて、そこから探知して、二階部分のどこかにおりよう。そこから一階にさらに跳躍するか、それとも、そのまま別れるかは、そのときに決めようか。まあ、細かいところは、出たとこ勝負の成り行き任せね」

 

 コゼは言った。

 ロウから指示を受けていることは、足の下の奴隷宮のどこかで囚われて人質になっているらしいアネルザとエリカの救出だが、手段としてはふたつである。

 ひとつは、一応は足下の女たちの集団の中では「救世主」ということになっているらしいスクルドが正体を現して説得を図ること。だから、スクルドは意図的に女たちの前に姿を出すことになっている。

 もうひとつは、コゼとミランダがひそかに探索して、エリカたちを見つけて助け出すことだ。これはスクルドの説得次第になるが、潜入探索だ。

 

「だけど、傷つけることだけはないようにね。これはあたしからもお願いするよ。彼女たちがどうして、アネルザやエリカをさらうような真似をしたのか、いまでも理解でいないけど、彼女たちは被害者なんだ。くれぐれも手荒な真似だけはね」

 

 ミランダだ。

 

「それはご主人様からも言われているしね」

 

 コゼも頷く。

 ロウからも奴隷宮に監禁されていた女たち、特に令嬢たちをなるべく傷つけるなとは指示されている。

 しかしながら、彼女たちの行動は刹那的で狂信者的なので、注意しろとも諭された。

 もっとも、奴隷宮にいる連中など、王都で普通に暮らしていただけのただの貴族夫人や令嬢だ。コゼからすれば、まったくの素人であり、用心しろと言われても、なにを用心すべきかもわからない。

 あんな者たちに、エリカはなにを油断したのだろうか。

 まあ、助け出してから、さんざんに揶揄(からか)ってやろう。

 場合によっては、それをロウの前でわざと引き合いに出して、エリカにお仕置きの誘導をしてもいいかもしれない。あのエルフ娘は、すぐにむきになるので、本当に揶揄(からか)うのは愉しいのだ。

 

 そのときだった。

 眼下の奴隷宮の前庭に突然に光の道が発生した。

 前庭の庭園を貫く、奴隷宮に建物の正面の入口までの小径の両脇に一斉に小さな照明が灯されたのだ。

 あらかじめ準備していたのだろう。

 光が灯された通路の先には、ロウらしき人影がいる。一緒にいるのは、おそらく、ベアトリーチェとラスカリーナに違いない。

 

「ご主人様が奴隷宮の中に入るわよ……。じゃあ、さっさと片付けようか」

 

 コゼは言った。

 

「そうですね。二階に集会場らしき広い場所と数十人ほどの集まりがあります。そのすぐ真上に跳躍しますね。二階にある人の気配はそこだけですね」

 

 スクルドが言い、すぐに景色が変わった。

 足元から明るい光が洩れ入っている薄暗い場所だ。二階部分の天井裏だろう。

 すぐさま、身体を屈めて、隙間から下の広間を見下ろす。

 三十人ほどの令嬢たちの集まりだ。

 耳にしていた通り、腰に赤い布を巻いただけの乳房も剥き出しの破廉恥な恰好である。集団の中には、黄色い布の者も幾人が混じっている。黄色い布の女は比較的年配の女性が多いような気がする。

 そして、その集団の中心に二名の令嬢がいて、そのふたりを囲んで、ほかの全員が歌をうたっている。

 また、眼下の広間のあちこちで香のようなものが焚かれていた。それがあまりにも数が多いので、この屋根裏の空間も下からいぶられるかのように、香の煙が充満している感じだ。

 このためか、この屋根裏がむっとするほどに暑い。

 コゼの服の下はあっという間に汗でまみれてしまった。

 それはともかく、その真ん中の二人がやっていることを見て、コゼは唖然とした。

 

 なにあれ?

 

 真ん中の二人がやっているのは、少女同士のセックスだ。

 しかも、ふたりとも全裸であり、しかも後手に手錠をしていて、お互いに舌だけで責め合っているみたいである。

 そして、歌をうたっている者たちが大部分の中、その中に混じっている黄色い布を付けた女たちは、「もっと淫らに」とか「もっと積極的にぎりぎりまで自分を追い詰めなさい」とか言い合っていた。

 あるいは、「天道様に気に入っていただけるように、身体の感度を限界まで敏感できるように頑張りましょう」とか声を掛け合ったりもしている。

 よくよく見れば歌をうたっているのは令嬢たちだろうと思う年齢層だが、ほとんどの者が股間に手をやっている。

 そして、汗びっしょりになって腰をくねらせてもいる。

 

 もしかして、自慰?

 とにかく、とんでもない光景だ。

 あれは、なんなんだ──。

 

「なんだい、あれは……?」

 

 コゼと同じように、屋根裏の床に這いつくばって、下を覗いているミランダが小声でささやいてきた。

 

「でも、集まっているのは都合がいいですわ。わたし行ってきますね。おふたりはここで……。とにかく、わたしがご主人様に褒めていただける功績を稼がせていただきますね」

 

 スクルドだ。

 

「あっ、ちょっと待って──」

 

 思わずコゼはとめようとした。もっと見極めた方がいいと思ったのだ。しかし、スクルドはスクルドで、ここに来る直前までロウにしこたま叱られていたということもあるのだろう。

 やはり、自分で解決したいというのはあったかもしれない。

 コゼの制止の言葉が終わるよりも前に、そのスクルドが令嬢たちのいる下に姿を出現させた。

 突然に姿を見せたスクルドに、たったいままで賑やかにしていた女たちがびっくりしたように、自慰や百合遊びに興じる手をとめて、一斉にスクルドに注目する。

 

「皆さん、ただいま帰りました──、スクルズ改め、スクルドです──。わたしが気がつかなかったこととはいえ、皆様にはご迷惑と苦労をおかけしました。ご覧の通りに、わたしは生きております──。ですから、すぐに人質を解放するのです──。問題ありませんわ。皆さんが真摯にお謝りになれば、ロウ様は必ずお許しになります──」

 

 スクルドが彼女たちに向かって両手を拡げて、にこやかに声をかけた。

 

「救世主様──?」

 

「救世主様だわ──」

 

「本当に救世主様よ──」

 

 令嬢たちがわっと歓声をあげた。

 全員がスクルドにわっと群がる。

 

「救世主様、お会いしとうございました」

 

「救世主様、わたしにも教えを」

 

「どうか、わたしにも」

 

 数十人の令嬢がスクルドに抱きついていた。一瞬にして、スクルドの姿がほとんど裸の令嬢たちに囲まれて姿が見えなくなる。

 

「うわっ」

 

 そのあまりの迫力に、横のミランダが思わずという感じで声をあげた。

 スクルドについては、令嬢たちに潰されるように姿が見えなくなったものの、密集の中から、スクルドの「すぐに人質を解放して投降しましょう」とか、「もう大丈夫なので奴隷宮を解放するのです」とか、「問題ありません。わたしを信じて」とか叫ぶスクルドの声は聞こえてくる。

 

 しかし、その声がスクルドの笑い声だけに変わっていく。

 とにかく、スクルドは笑い続けている。

 

 なんだが様子がおかしい……。

 

「ちょっと変じゃないかい?」

 

 ミランダがコゼに視線を向けてきた。

 確かに変だ。

 なんの策もなしに、飛び込んだスクルドも不用心だが、なすがままに、スクルドが令嬢たちに群がれたままだなんて……。

 だが、令嬢たちの声が漏れ聞こえてきた。

 

「もっとくすぐって──」

 

「絶対にくすぐりをとめてはだめ。気絶してもやめないで」

 

「もっと魔道防止具を持ってきて」

 

「媚薬をもっとよ──。もっとかけましょう」

 

「まだ、十分に息をしているわ。足の裏にもっとくすぐりを足してください──。足の指と指のあいだの全部にも全員がつきましょう」

 

 なにをされているかわかると、どん引きした。

 圧倒的な数の令嬢によるスクルドへの集団くすぐりだ。

 スクルドはけたたましく笑い続けている。

 だから、魔道で逃げることができないのだ。

 あれだけ笑い続けているのに、意識を集中できるわけがない。

 

「こ、こりゃあ……」

 

 ミランダも状況が理解できて焦っている。

 そのときだった。

 コゼは下の状況に気を取られて気がつかなかったが、耳の端でしゅうという風が送られ続けているような小さな音を捉えた気がした。

 

「あっ、しまった──」

 

 思わず声をあげた。

 暗くてわかりにくかったが、いまいる屋根裏のあちこちになにかが仕掛けてあり、そこから強い風のようなものがどんどんと吹き出している。

 

 これは……?

 なんだか、身体がどんどんと怠くなるような……。

 

 いや──。いま気がついたが、異常なほどに身体が熱い……。

 全身が火照りきっている……。

 これは媚香だ──。

 

 それが屋根裏に充満している。

 このまま、これを嗅ぎ続ければ、おそらく動けなくなる。

 コゼは焦った。

 

「ミランダ、媚香よ──。逃げるわよ。天井をぶち抜いて──。それとできるだけ息をとめて──」

 

 逃げるとすれば下しかない。

 

「息をとめるなんて、無茶言わないでよ──」

 

 ミランダが両手を組んで振り上げた。相手が令嬢たちということで、ミランダは武器を携行していない。だが、ミランダの怪力なら拳だけで十分な武器だ。

 ミランダが組んだ拳を足元の天井に叩きつける。

 穴が開いて、ミランダがそこから落下するように飛び降り、コゼも落ちた。

 こうなったら、とりあえずスクルドを強引に奪い返すしかない。

 そして、二、三人捕まえて、エリカと王妃の居場所を吐かせるのだ。

 

「ミツバチ作戦よ。さあ、天道様のために……」

 

「香をもっと。噴霧器を作動させて」

 

「ふたりだわ。ふたりよ。ミツバチよ。ミツバチ」

 

 令嬢たちがわっと群がってきた。しかも、くすくすと笑って不気味だ。そいつらが歌のような言葉を口にしながら襲ってくる。

 なんだ、ミツバチって?

 

「近寄るじゃない──。怪我するよ──」

 

 ミランダが叫んで、寄ってくる令嬢たちに腕を振り回した。

 吹っ飛ばすのではなく、押し戻すような動作だ。かなり手加減しているのはわかる。

 しかし、押された令嬢は倒れながらも、そのミランダの腕に裸体を密着させくっついてしまった。

 ミランダがぎょっとしたのが見えた。

 汗びっしょりの令嬢たちだが、それだけではなくて、全員が身体になにかを塗っているのだ。それが密着すると離れないようになるみたいだ。

 ミランダの腕にその令嬢が倒されながらもくっついた。

 一瞬たじろいだミランダに、さらにほかの令嬢も──。

 さらに、別の令嬢も身体を密着させる。

 

「うわっ。来るなあ──。蹴るよ──。蹴りとばすよ──」

 

 ミランダが絶叫している。

 これは危険だ。

 コゼはとっさに跳躍して、襲ってくる令嬢たちの頭を跳び越えて離れる。

 そのあいだに、すでにミランダは十名くらいの令嬢たちに完全に押し包まれていた。

 一瞬のことだ。

 「くすぐって」、「息をさせないで」とかいう声も聞こえる。ミランダの苦しそうな笑い声が聞こえてきた。

 

「あっちの方もよ」

 

「ミツバチよ。ミツバチ」

 

 距離をとったコゼにも、令嬢たちが殺到する。

 よくわからないが、ミツバチというのはあの密着作戦みたいだ。

 コゼは懐から針を出して、数本投げる。死にはしないが、一瞬で昏倒するには十分な毒が塗ってある。

 首に針が当たった令嬢が三人倒れた。

 

「えっ?」

 

 しかし、後ろの令嬢たちにはまったく怯む様子がない。倒れてしまった令嬢たちを踏みつけて、くすくす笑いつつ、歌を口ずさみながらそのまま襲ってくる。

 その先頭にまた針を投げる。

 彼女が倒れるが、もう次の女はすぐそこだ。

 左右からも。

 コゼは腕を掴まれてしまった。

 ぴったりと令嬢がコゼの腕に貼り付く。

 

「ちっ」

 

 コゼは身体を丸めて、くっついた令嬢ごと群がる女たちの脚に向かって転がり、集団の外に出た。

 

「ふふふ、お姉さま、可愛い」

 

 転がしたとき顔でも打ったのか、腕に密着している令嬢は鼻血を出している。しかし、さらに身体をくっつけようとするので、首を肘鉄で気絶させる。

 しかし、その肘もくっついた。

 コゼは上衣を破り脱いで、令嬢から離れる。

 しかし、ほかの令嬢たちはすぐそこだ。

 

 また、笑いながら歌とともに、襲ってくる。

 ぞっとした。

 

 弱いくせに、まったく怖がらない令嬢たち──。全員を殺せば済むのかもしれないが、殺さずに無力化する方法は思いつかない。

 いや、殺そうとしても、そのあいだに捕まってしまう可能性も。

 

 そして、あの歌……。

 妙に心をざわめかせる。

 冷静になれない。

 あの歌にも奇妙な力があるような……。

 

 コゼは右に、左にと逃げながら懸命に頭を動かす。

 

 どうすべきか。

 

 どうしたらいいのか?

 

 スクルドとミランダの狂うような笑い声は続いている。

 そのコゼの足ががくりと折れた。

 

「えっ?」

 

 思わず声をあげたが、すぐにさっきの香の影響だと悟った。また、いつの間にか、霧雨のような液体も部屋に降り注いでいる。

 それも媚薬の液体だ。

 濡れた場所が熱くなって、痒みのような疼きが襲ってきていた。

 この令嬢たちは自分たちが媚薬に苛まれるのを気にせず、この広間にありったけの媚薬の香と液体をばらまいている──。

 

 とにかく、一度逃げよう──。

 

 コゼの本能が危険を告げた。

 

 いまだに笑い続けるスクルドとミランダを置き去りにして、コゼはよろけてきた脚を懸命に動かし、必死に広間から逃亡した。

 

「ええっ?」

 

 だが、廊下に出たところで突然に床が消えた。

 落とし穴だ──。

 こんな単純な罠に──。

 

 歯噛みしながら、コゼは宙に身体を落下させた。



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882 したたかに狂って

 フラントワーズに案内をされたのは、絨毯の敷き詰められている広い部屋だった。

 先ほどまでいた入口のホールからそれほど離れていない場所だ。

 案内は、フラントワーズひとりである。それに対して、一郎たちは、一郎のほかに、ガドニエル、ベルズ、ベアトリーチェの四人だ。

 部屋の中の壁も天井も白く、また、調度品のようなものはなにもない。唯一あるのは、部屋の中心に存在する下半身が埋まってしまいそうな大きくて長い座布団だ。そして、部屋の中は完璧に磨きあげるほどに掃除がしてあった。

 

「天道様は、恵月国(エツキ)のような風習がお好きと伺いましたので、そういう場所を準備しました。どうぞ、天道様はお真ん中に……。ほかのお方は天道様のお横でよろしいですか?」

 

 フラントワーズがその長い座布団を指し示した。

 また、恵月国というのは、ハロンドールの北に位置するエルニア国のことである。

 魔道王国と呼ばれるほどに、魔道に長けた者たちが支配する国だというが、長く鎖国政策をとっていて、ハロンドールやローム三公国とはほとんど交流がないらしい。

 そして、“エルニア国”というのも、実はハロンドール側からの呼称であり、その地域がまだローム帝国の開拓地だった時代に、エルニアと呼ばれていたかららしい。つまりは古い呼び方なのだ。

 しかし、そこを現在支配している者たちは、自国を“恵月国(エツキ)”と名乗っており、統治者は“王”ではなく、“皇王”というそうだ。

 伝えられているところによれば、風習や文化は、一郎の感覚でいう「日本」のものに近似しているらしい。もともと、最初の統治者が大陸の外からの者らしく、そっちの影響を大きく受けていると教えられた。

 つまり、床に直接に座る風習は、ここで表現すると、恵月流、あるいは、エルニア流ということになるのである。どこで調べたのかは知らないが、一郎がよく女たちと床で座って接することを知っているようだ。

 それでこんな場所を準備したのだろうか。

 

「ああ」

 

 一郎はひと言だけ言って、一個だけある座布団に胡座で腰をおろした。

 部屋の隅には香が焚かれており、落ち着いた気分にさせてくれる。一郎は右横に座ってきたベルズに視線を向けた。

 また、左隣にはガドニエルがしゃがんできて、ベアトリーチェについては、一郎たちの後ろに立つ。

 

「問題ない。ただの香のようだ。わたしのわかる範囲だけどね」

 

 そのベルズが応じる。

 一郎は頷いた。

 

「ベアトリーチェもどうぞ座って」

 

 フラントワーズが声をかけた。

 

「いや、わたしは立っております。天道様の護衛ですので。フラントワーズ様たちがまた怪しいことをすれば、斬らねばなりません」

 

 ベアトリーチェがはっきりと言った。

 口調にけんがある。

 ホールにおける一郎とフラントワーズのやり取りに、どうやら思うところがあったみたいだ。

 

「ほほほ、あなたにわたしが斬れるのですか? あんなに、一緒に苦労してきた仲間のわたしを……?」

 

 フラントワーズが一郎たちに向かい合うように、直接に絨毯の上に腰をおろす。腰に小さな布を巻いただけのフラントワーズなので、ああやって座ればほとんど股間の付け根が見えそうになる。フラントワーズは手でそっと股間を隠すように腿に手を乗せた

 そのとき、突然にベアトリーチェが動いたことがわかったのは、一瞬にしてフラントワーズに距離を詰めたベアトリーチェが剣を抜き、刃先をフラントワーズの喉に突きつけたときだった。

 

「ひっ」

 

 フラントワーズが蒼白になって身体を硬直させた。

 その喉にすっと赤い線ができる。

 

「どうでしょう。問題はないようです……。もしも、次に天道様に手を出そうとしたら、護衛として容赦なく行動しますよ、フラントワーズ様」

 

 ベアトリーチェが剣を収めて、こっちに戻ってくる。

 一郎はくすりと笑った。

 放尿調教でからかってばかりで弱々しいベアトリーチェしか接してなかったが、こういう苛烈さもベアトリーチェの性質のひとつなのに違いない。

 そういえば、もともと、女騎士の中ではかなりの正義感の持ち主とミランダにちょっと前に教えられていた。

 

「こ、怖いですね……。肝に銘じますわ……。あなたが見張っていることを……」

 

 やっと顔に笑みを浮かべ直したフラントワーズが言った。

 だが、剥き出しの膝はまだ震えている。

 本当は怖かったのだろう。

 一郎もちょっとびびったし……。

 

「天道様、勝手な真似をしてすみません。罰はいかようにも……」

 

「そうか? だったら、遠慮なく」

 

 別に罰を与えることなど微塵にも思わなかったが、わざわざそう言ってくれるのだから、一郎は半分振り返って、ベアトリーチェのスカートの中に手を入れた。鍛えられている太腿を撫でる。

 

「あっ、天道様……。ぬ、濡れてますから」

 

 ベアトリーチェが膝を折って、慌てたように内腿を閉じる。さっきおむつに放尿させたので気にしているのだろう。

 

「気にするな、ベアトリーチェ。濡れているのはおしっこのことか? それとも、愛液のことか?」

 

 一郎は淫魔術でベアトリーチェの股間の「ツボ」のような場所を見つけて、ぎゅっと押してやる。それだけでなく、一瞬にして全身の性感帯をそこに集中した。

 この状態で刺激を受けると、全身の性感帯という性感帯を同時に愛撫されるのを同じ状況になるのである。

 

「ひいいいいっ」

 

 ベアトリーチェが全身を硬直させて完全に膝を折る。

 上から一郎の頭を両手を掴んで身体を支える感じになった。

 

「あ、あああっ、だめええ」

 

 そして、ぶるぶると身体を震わせた。

 どうやら失禁したみたいだ。

 本当に面白い身体だ。

 

「あ、ああ……、は、恥ずかしい……。て、天道様……、し、してしまいました……。お、おしっこを……」

 

 放尿は許すが失禁のたびに、最優先で報告しろと告げていたので、わざわざそう言ったのだろう。

 一郎は悪戯をやめて、ベアトリーチェを解放した。

 

「ふ、ふう……」

 

 ベアトリーチェがやっと一郎から手を離した立ちあがった。

 だが、距離が近いのでベアトリーチェのおしっこの匂いがしっかりと漂ってくる。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「ほほほ、可愛がっていただけているようで感謝しますわ」

 

 するとフラントワーズが笑い声をあげた。

 ふと見るとさっきまで震えていた膝は落ち着いている。緊張はとれたみたいだ。

 

「あなたに感謝されることではないな。俺の女だ……。ところで、ガド、治療してやれ」

 

 一郎は横のガドニエルに声をかけた。

 

「はい」

 

 一瞬にしてフラントワーズの喉にできていた傷が消滅する。ついていた血までなくなっている。

 

「ありがとうございます、陛下」

 

 それに気がついたフラントワーズは、傷口のあった場所あたりに手をやりながら、ガドニエルに頭をさげた。

 

「それで、話をしたいんだったな、フラントワーズ」

 

 一郎は改めて言った。

 本当は問答無用で引きあげるつもりだったが、考えを変えたのは、スクルドに次いで、ミランダまで捕らえたらしいということがわかったからだ。

 これで、コゼまで囚われるということになれば、一郎も考えを改めなければならないだろう。

 かなりの組織集団だ。

 簡単にどうにかできる相手ではないかもしれないということだ。

 ここは引かない方がいいと、一郎の勘が告げている。

 

 フラントワーズたちの望みは、一郎と話をすることだ。つまりは、話をしている限り、フラントワーズの要求は満たされるのだろう。それを無理矢理に断って追い詰めるべきではない。

 もしも、ぎりぎりまで追い詰めれば、フラントワーズは本当に全員を道連れに自殺することを選ぶかもしれない。

 それが狂信者というものだろう。

 

「もちろんです。その前に、お飲み物でもお持ちしましょう」

 

 フラントワーズが軽く手を叩いた。

 すると、奥の扉が開き、赤い布を腰に巻いた少女たちが盆を持って入ってきた。

 全部で五人いて、さっきのアドリーヌとエリザベスもいる。また、フラントワーズは乳房に鈴をぶら下げただけの剥き出しの胸だが、少女たちはさっきのアドリーヌたちと同じで胸だけを覆う薄物を身につけていた。

 しかし、布地は乳房を透けて見せているので、剥き出しの胸よりもむしろ扇情的のように一郎は感じた。

 

 そんな肌を露わにした少女たちが、一郎たちの前に飲み物や菓子、果物などを並べてくる。

 いずれも、手で摘まめるように小さく切ってあり、揃えられているものも、どこで調べてきたのか、一郎がこの世界で美味しいと感じたものばかりである。飲み物にしてもそうだ。

 一郎自身はそんなに食べ物に執着する方ではないので、女たちにさえ、あまり好き嫌いを教えたことがない。一郎の好みを調べるのは、かなり大変だっただろう。

 ちょっとばかり、フラントワーズの調査能力が怖くなってきた。

 フラントワーズが五人の少女を一郎の前に並べさせた。

 

「赤組の中でも選りすぐりの五人です。アドリーヌとエリザベスにはもう会っておられますよね。敏感な身体ということであれは、この二人以上はないと思います。その横は、エミールとカミールの姉妹です。アドリーヌと三人でとても仲良しですのよ。百合遊びの仲間でありますわ。姉妹比べなどいかがですか。そして、一番左のアメリアは。楽器が得意ですので、天道様さえよければ演奏でもてなしたいと申しております。もちろん、身体が楽器以上によい音で鳴りますけど」

 

 フラントワーズが妖艶な仕草で笑った。

 五人の少女が真っ赤になって、恥ずかしそうな仕草をする。

 だが、淫魔術や魔眼を駆使するまでもなく、五人が五人とも、一郎に対して強い思慕の念を向けているのはわかる。どんな朴念仁でもわかるほどに、わかりやすく五人は一郎に性的期待を込めた視線を向けていた。

 その表情は純粋そのものの一郎への恋愛感情だ。

 一郎は嘆息した。

 

「……天道様、この五人のうち誰でも……あるいは、全員でも、好きなようにお扱いください。どこをどう触っても、どんな風に扱っても問題ありません。さあ、どうぞ。この五人がお気に召さないということはないと思いますが、あわせて七十三人の性奴隷候補の娘たちがおります。全員が天道様のお手つきを待っております」

 

 フラントワーズが脚を正座に直して、静かに両手を床に付けて頭を床につけた。

 目の前の五人の少女も立ったままだが一斉に頭をさげる。

 

「まずは、フラントワーズと話をしたい。五人はさがってくれ」

 

 一郎は毅然として言った。

 フラントワーズが五人に声をかけて、さがらせる。

 

「お気に召しませんでしたか? 天道様は好色なお方と耳にしましたのですが……? 先ほどのベアトリーチェにしたような振る舞いを、是非、彼女たちにしてあげてくださいな。どれほどに、あの娘たちが天道様の前に出るのを愉しみにしてたか……」

 

「俺に気に入られようと努力してくれたのは嬉しいけどね……。ところで、気になっていることがあるんだけど、質問していいか? さっき、フラントワーズは、俺とアネルザが彼女たちを性奴隷にするつもりはないと話したことに絶望したと言ったと思う。アネルザがそう言ったことに絶望したじゃなくてね。俺とアネルザの会話をいつ、どうやって聴いていた?」

 

 さっきの玄関ホールでの話のことだ。

 フラントワーズは、思わずという感じで、“一郎とアネルザの会話に絶望した”という趣旨の言葉を吐いたのだ。

 ずっと不思議に思っていた。

 

「後宮側の地下牢でそう話しているのを聞いておりました」

 

 フラントワーズはあっさりと言った。

 やっぱりか……。

 

「えっ、どういうこと?」

 

 ベルズが怪訝そうな声を出した。

 

「盗聴具だ。おそらく、ルードルフ王が囚われていた地下牢に仕掛けてあったのだろう」

 

 一郎は言った。

 アネルザとの会話といえば、そこ以外にはあり得ない。

 貴族を集めた大会議をする前までは、あそこを拠点にしていた。いや、いまもそうだ。

 もともと、明日になって王宮内に、独裁官になった一郎の執務室のような場所を作るまでは、あのままあそこを拠点にする予定だったのだ。

 侍女たちもそこに残してきていた。一郎たちが屋敷を出るまでに連絡をとり、一度引きあげさせたが……。

 

「盗聴具を? 地下牢に?」

 

 ベアトリーチェも声をあげた。

 驚いたみたいだ。

 

「ごめんなさい、ベアトリーチェ。あなたがあそこで惨い目に遭っているのはわかっていたわ。だけど、どうしようもなかったの。警備兵に見張られているわたしたちは、ここから出ることはできないし、だけど、ラポルタがほかの部下に話をしているのを聞いて、天道様がそっちに向かうだろうということは予想できたの。だったら、そのまま託した方がいいと思ったのよ。その通りになったわ。でも、それを言い訳にはできないわね。なにもしなくてごめんなさい」

 

 フラントワーズは早口で言った。

 その口調には、心からの謝罪がこもっているようには思えた。

 だが、いまの物言いによれば、つまりは、一郎たちに仕掛けた盗聴具はずっと以前からフラントワーズたちは使っていて、どうやったか知らないが、それを奴隷宮や後宮のあちこちに仕掛けていた雰囲気だ。

 それをずっと知られることのないように隠していたようだ。

 

「どうやって仕掛けたと訊ねたら教えてくれるか?」

 

「天道様にはなにも隠すつもりはありません。わたしたちを調教していた調教師の方々を使いました。あの方々はとっても素直でしたので。ちょっと真摯にお願いすれば、願いは叶えてくれました。できないのは、調教を拒否することと、この奴隷宮から勝手に離れることです。でも、それ以外はかなり融通をきかせてくれるのです」

 

「真摯な願いなあ……。それは魅了術によるものなのか?」

 

「実は、魅了術というのがなんなのか、わたしにはわからないのですが、教典の力です。ある教典を持って、相応しい言葉を使えば、大抵の者は心を開きます。それを利用しました。歌もそうです。節回しをつけていますが、話している言葉は教典に書かれている言葉です」

 

「教典?」

 

「救世主様の言葉を綴った本です。奇跡の本です。世界のひとつしかない宝物です」

 

 フラントワーズは言った。

 一郎は、それこそ、スクルドの言霊が強く染まったものだと確信した。それが、こいつらの得体のしれない力の拠り所であり、狂信者を作りあげた原因になるものだ。

 この集団を作っているのが、その教典だ──。

 だったら、それをとりあげるか、処分すれば、こいつらの全員が我に返るのではないだろうか……?

 いずれにしても、彼女はそうやって、教典の力を使って自分たちの管理者たちを魅了術を駆使しながら懐柔し、また、令嬢たちの心を守り、したたかに生き抜かせてきたのだろう。フラントワーズのその努力にだけには敬意を感じる。

 

「その教典を見せてくれ。そうすれば、ある程度の話を受け入れてもいい。もともと、俺は性奴隷を受け入れないと言っているわけじゃない。実をいえば、後宮を持つ気はないと言っているだけだ。まずはこの集団を解散しろ。そのうえで、本当に俺の女になりたいと望む者については、受け入れてもいい」

 

 一郎ははっきりと明言した。

 まあ、この辺が落とし所だろう。

 おかしな宗教もどきを解散させ、ここの女や少女たちを我に返させる。

 そのうえで家族や夫のもとに帰る者は帰させるが、破廉恥な映録球が出回ったりして居場所を失ったり世間に出たくなくなった者もいるだろう。

 そういう者たちは受け入れる。

 しかし、得体のしれない洗脳状態にあるような少女たちを、このまま性奴隷として受け入れることだけはあり得ない。

 

「申しわけありません。教典はお渡しできません。だって、見せれば取りあげなさるでしょう?」

 

 フラントワーズは不敵に微笑んだ。

 

「天道様の命令だと言ってもか?」

 

「誰の命令であってもです……。あれは、この奴隷宮の狂気を作っているものです。この狂気はわたしたちにも、娘たちにも絶対に必要なものですから」

 

 フラントワーズははっきりと言った。



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883 お姉さまたちの受難

 かなりの距離を落下していく。

 これはおそらく、一階を通り越して地階層にまで到達しそうだ。この建物は各階の高さが必要以上に高い。おそらく、地下層までなら、普通の建物のくらいの六階から落ちるくらいの距離があると思う。

 

 コゼは大けがを覚悟した。

 最悪死ぬかもしれない。

 落ちながら少しでも衝撃を和らげようと身体を丸める。

 

 だが、目の端に下側に横棒の存在を捉えた気がした。

 とっさに手を伸ばす。

 衝撃が走ったが、コゼは落とし穴から落下する途中で一本の横棒を掴むことに成功した。

 

「ふう……」

 

 思わず嘆息した。

 とりあえず、あのまま真下まで直接に落下して、床に身体を叩きつけられることだけは免れたみたいだ。

 下を覗く。

 だが、真っ暗でなにも見えない。

 試しにサンダルを脱いで落としてみる。

 すぐではないが、サンダルが水面に当たる音がした。

 水? 水が下にあるのか?

 いずれにしても、大した高さではない。これなら問題ないか……。

 

 そのときだった。

 頭上からいきなり大量の液体が降ってきた。

 

「きゃああああ」

 

 気がついたときには、コゼは穴の途中を貫いていた横棒から手を離していた。

 水しぶきとともに、コゼは真下の水の中に放り落ちてしまった。

 

 かなり深い……。

 コゼは頭から完全に液体の中に浸かってしまった。さらに、コゼがどっぷりと頭から液体に浸かると、液体そのものがぐるぐると回りだした。

 なにこれ──?

 魔石でも設置して、魔道でも仕掛けているのだろうか。

 そして、とっさに、これはただの水ではないことを認識した。全身がかっと熱くなったのだ。

 しかも、上衣はさっき令嬢の肌に塗ってあったとりもちのような粘性体から逃れるために脱いだが、その下に身に着けていた胸巻きの内側の乳房が異常なほどに疼き始めた。

 半ズボンと下着の中の股間もだ。

 

 熱くて、痒い……。

 多分、強い媚薬の効果だ。

 

 落ちた液体が強力な媚薬の液体なのに違いない。

 さっきも二階の広間でさんざんに媚薬と媚香を浴びさせられた。

 その影響もあいまって、新たに媚薬入りの液体に浸かったことで、本格的な疼きと痒みがコゼに襲い掛かってきたみたいだ。

 真っ暗の中、とにかく水面を目掛けて手足を掻く。

 

 手の先が壁のようなものに当たった。

 水槽──?

 さらに手をもがかせると、片手が液体の外に出る。

 コゼは自分の身体を液体の中から引っ張りあげた。

 

 途端に、薄暗いがやっと視界が開ける。

 地下層を思わせる幅の広い廊下だった。遠い位置にある天井側に一本の蝋燭があり、薄暗い明かり辛うじて作っている。

 コゼが落ちたのは、その廊下にわざわざ配置してあった背丈の二倍ほどの大きくて深い水槽であり、その上は吹き抜けていて、どうやらコゼが二階から落ちた二階側に穴が繋がっているみたいだ。

 見渡すと、ここから見えるだけでも同じような水槽が五個ほどあり、そのどれも吹き抜けの穴が上にあった。

 おそらく、二階部分にあった落とし穴の罠のどれに引っかかっても、これのどこかに落下する仕掛けになっているのだろう。

 しかし、こんな大仕掛けをいつ準備したのだろうか……?

 内心で唖然としてしまった。

 

「ああ、痒い──」

 

 しかし、コゼは、切迫している苦悶に、その場でうずくまってしまった。

 とにかく、痒いのだ。

 

「ひやあっ、ひああっ」

 

 さらに肌に衣類がこすれると、途端に圧倒的な快感が襲い掛かってきた。

 痒みと疼きの原因である液体を完全に染み込ませているコゼの衣服は、いまや危険な責め具になっていた。

 意を決して、コゼは身につけていたものをその場で脱いだ。

 ロウからもらった大切な紐式の下着さえも脱ぎ捨てる。

 

「う、うう……」

 

 身体を丸めたまま股間を擦り、胸を揉む。

 

「あっ、ああ……」

 

 ロウに触れられるときには及ぶべくもないものの、鮮やかな喜悦がコゼを襲う。

 しばらくのあいだ、コゼは自慰に耽った。

 

「んふううっ」

 

 やがて、絶頂に達したコゼは、その場で身体を突っ張らせて全身を震わせた。

 だが、満足したのは束の間だ。

 すぐに、強い痒みと疼きがぶり返す。

 これは、まずはどこかで媚薬を洗い落とすしかない。いや、それさえも、この苦悶を解決してくれるかどうか……。

 

 きりがない……。

 コゼは立ちあがった。

 まだ、疼きと痒みがコゼを苛んでいるが、いつまでもこうやって、ここでひとりで自慰に狂っているわけにはいかないのだ。

 スクルドとミランダを助け出しに行くか、あるいは、エリカとアネルザが監禁されている場所を見つけだすかだ。

 しかし、この地下に落ちるまでの経緯を考えると、ここにうまく誘導されたということを否めない。

 

 そういえば、スクルドは屋根の上から二階部分に移動術で跳躍するとき、二階部分に人が集まっているのは、あの広間だけだと口にしていた。

 そして、そこでは、令嬢たちが完全に待ち受けの態勢を作っていて、仕掛けられていた媚薬を使って身体を弱められ、さらにおかしな「ミツバチ戦法」とやらの集団的愛撫戦法の奇襲を受けて、スクルドとミランダは捕まってしまったのだ。

 挙句の果てに、とっさに逃げたコゼは広間の周りに仕掛けてあった落とし穴に嵌り、この地下まで落とされたということだ。

 どう考えても、ここにいた令嬢や夫人たちの手のひらで踊っている気がする。

 だったら、おそらく、ここにもなにかある。

 コゼは、脱ぎ捨てた服の中から一本の短剣だけを手に持つと、全裸のまま用心深く周囲を探索することにした。

 

「うう……」

 

 しかし、なによりも苦しいのは媚薬に苛まれている自分の身体だ。

 

 敏感な場所が痒いのだ。

 

 痒い──。

 

 気がつくと、歩きながら股間に手が向かっている。

 

 だめだ……。

 集中できない……。

 でも、我慢できない。

 

 コゼは疼く股間をいじりながら、周辺の気配を探り続けて歩き彷徨う。

 

 そして、しばらく歩き回った頃に、コゼの耳はかすかな人の笑い声を聞がした。

 さらに、水の音も……。

 コゼは気配を完全に消して、音の方向に近づく。

 やがて、おかしな場所に辿り着いた。

 

 エリカ──。

 いた。

 十名くらいの令嬢たちもいる。

 

 幾つかの廊下が集まる辻のような場所だ。

 そこはさっきの二階の広間のような広い地籍になっていて、驚くことに、床全体が周辺の廊下から掘り抜かれて、膝の高さほど落ち込むようになっていた。

 そこに壁のひとつにある穴から流れ落ち続ける水がたたえられていて、水面が掘り抜かれている廊下の高さの線までできている。つまりは、この地下層に小さな池が作られているのだ。

 そして、その水の広間の中心に、木製の椅子に全裸で縛りつけられているエリカがいた。

 両足を椅子の脚に縛られ、両手は手すりに括り付けられている。

 胴体も首も足の腿でさえ、革紐のようなもので椅子に縛られてて、エリカは雁字搦めにされていた。

 目には目隠しがあり、口は黒い張形を挿入されて塞がれ、それもまた紐で顔に括りつけられて、口から取り出せないようになっている。

 なによりも、その周りに十人ほどの赤い布を腰に巻いただけの乳房を露わにしている令嬢たちがいる。

 

 そして、彼女たちは全員が両手に柔らかそうな毛先の刷毛を持ち、その拘束されているエリカに群がって、数名ずつでエリカの裸身をくすぐっているのだ。

 どれくらいああやっていたぶられているのかわからないが、エリカの全身は真っ赤に火照りきっていて、毛穴という毛穴からからはおびただしい汗が流れている。

 まるで水を被ったかのようだが、多分全部汗だろう。涙と鼻水と涎らしきものもすごい。

 そして、座っている椅子からは、失禁と思われる水分が大量に滴っている

 これもまた、一度や二度の失禁じゃないはずだ。

 コゼは大声をあげそうになり、必死でそれに耐えた。

 

「ふふふ、エリカ様、またおしっこをなさいましたわね。じゃあ、また水分補給をしましょう。おしっこばかりしてたら、きっと身体が乾いて死んじゃいますもの」

 

「そうですわね。こんなに汗をかいておられますし……。次のお姉さまへの水当番はわたしですわ。じゃあ、皆さま、エリカお姉さまの水飲みですので、前をお空けになっていくださいな。刷毛は両脇に」

 

 令嬢たちがひそひそと笑いながら、エリカの裸身のあちこちを責めていた刷毛が一斉に脇の下から横腹に移動した。

 刷毛はたっぷりとエリカの汗やほかの体液を吸っていて、完全に濡れている。刷毛が動くと、エリカの肌のその場所に新しい刷毛の線ができあがる。

 

「んんんんっ」

 

 椅子に拘束されているエリカの身体が限界まで弓なりになる。

 しかし、その動きはかなり鈍い。

 どれくらい、ああやって寄ってたかって刷毛でくすぐられているのかわからないが、かなり脱力しているのは明白だ。

 

 さっき水当番だと口にした令嬢が両手で足元から水をすくって、自分の口にたっぷりと含んだ。

 その口のまま、エリカの顔に顔を寄せ、張形を挿入されているエリカの口に横から唇を密着させると、張刑の隙間から水を口に入れていった。

 しかも、手でエリカの股間を愛撫している。

 激しくエリカのクリトリスを刺激しているのがわかる。

 

「んんぐうううっ」

 

 エリカが声をあげて全身を突っ張らせて、やがてがっくりと脱力した。

 令嬢がエリカから離れる。

 そして、その場で跪いた。ばしゃんと水の音が鳴るとともに水しぶきが弾ける。

 

「ああ、大丈夫ですか、メリッサ様?」

 

 すぐ横のほかの令嬢がメリッサと呼ばれた令嬢を助け起こす。

 よくわからないが、感極まったみたいだ。

 

「はあ、はあ、はあ、やっぱり素敵ですね。でも、また少し天道様にお近づきになれた気がします。ありがとうございました、エリカお姉さま」

 

 メリッサが立ちあがってエリカに向かってお辞儀をする。

 涙で目隠しもぐっしょりと濡れているエリカが苦しそうに首を横に振っている。

 もう許して欲しいと言っているのだろう。

 いま気がついたが革紐であちこちを拘束されているエリカの四肢には合わせて十数本の金属の輪っかが嵌っていた。

 多分、あれは魔道封じの環だ。

 さっき、くすぐり責めに遭ったスクルドにも、同じものがどんどんと装着されていたのを思い出した。

 

「さあ、また始めましょう。エリカお姉さまのくすぐったい場所探しですわ。お姉さま、また遠慮なく反応してくださいね。そこを集中的に責めますから」

 

「今度は、わたしが右の乳首を……。お姉さまって素敵ですね。とっても敏感なお胸をされていて……。だから、天道様の一番の女の方なのですね。羨ましいです。ふふふふ……」

 

「じゃあ、わたしは左から……。あらあら、そんなにお逃げにならないで。どこにも逃げる場所などありませんのに……。身体を右に捻られても、左に捻っても、わたしたちは刷毛で待っておりますよ」

 

「では、わたしがお股ですね。メリー様、わたしに小さな刷毛をお貸しいただけないでしょうか。それで膨らんでおられるクリトリス様を集中したいと思います」

 

「よくてよ、ケセラ様。一本だけであれば……。でも、二本のうちの一本はそのまま使います。もう一度、鼻責めをしようと考えてますの。だって、息ができなくなって、とっても可愛いお顔をお姉さまがされるんですもの」

 

 じっと見守っているコゼを唖然とさせる声がどんどんと聞こえてくる。

 その会話のあいだも、ずっとエリカの全身を刷毛や筆が襲っていて、責める場所が移動しては追加されということが繰り返される。

 そして、鼻の穴に小筆が差し込まれて、柔らかくくすぐりだす。

 

「んんううう」

 

 エリカが泣くような声を出して必死にそこの小筆から顔を逃げさせようとする。

 

 これはすぐに助けないと……。

 コゼは救出を決心したが、問題はどうするかだ。

 十人ほどなら、あっという間に無力化できるが、問題は罠の存在だ。

 そもそも、どうして水を膝まで漬けているような場所と仕掛ける準備しているのか……?

 そして、水面の上を見上げて、すぐに答えが出た。

 天井の色と合わせてて、薄暗いこの地下階ではわかりにくいが、十本ほどの棒が天井にくっつけられている。

 

 わかった──。

 

 あれは電撃棒だ。

 水の真ん中にエリカという囮を置いているのは、コゼのような救援者が現れたら、すぐさま、発動された電撃棒が落ちて感電させる仕掛けに違いない。

 当然に、あのエリカも周りの令嬢たちも、一緒に感電することになるが、二階での攻撃のことを考えると、自分たちも倒れることを厭わずに罠を発動させると思う。

 いや、むしろ、そういう態勢を作ることが、こちらを油断させる行為でもあるに違いない。

 だが、わかってしまえば、あとは簡単だ。

 水に浸からないようにすればいいだけだ。

 

「しゃああああ──」

 

 コゼは腹からの声をあげて、水の溜まっている床に飛び込んで駆けた。

 

「ああ、来られたわ──。さあ、天道様のために──」

 

「コゼお姉様だわ──。頑張りましょう、天道様のために──」

 

 エリカに群がっていた令嬢たちが一斉に手を休めて、コゼに注目する。

 それとともに、案の定、天井からたくさんの電撃棒が落下してきた。

 コゼは向きを変えて壁に駆け、水底を蹴って水の外に出た。

 壁を走る──。

 そのまま天井近くまであがり、壁を力一杯に蹴り飛ばして、エリカが拘束されている椅子に向かって跳躍する。

 

「きゃあああああ」

 

「ああああああ」

 

「いぎいいいい」

 

 一方で、令嬢たちは水から通電した電撃を浴びて、次々に崩れ落ちる。

 コゼについては、エリカが拘束されている椅子の背もたれの上に立ち、器用にバランスをとった。

 

「ひぎいいいい」

 

 また、エリカも脚を水に浸けている。

 電撃をそこから帯びて、絶叫しながらがくがくと全身を痙攣させた。

 

「エリカ、あたしよ──。もうちょっと我慢して──」

 

 助けてあげたいが、触ればコゼまで感電してしまう。

 気絶させはしても、殺すほどに長時間は電撃は流れ続けないと思う。コゼは電撃が収まるのを待った。

 やがて、ばちばちと電撃が水を弾くような音がなくなる。

 併せて、水が一気に抜けていく。

 これもまた、あらかじめ水が抜けていくようにしてあったのだろう。水面にうつ伏せに気絶したら、そのまま溺死する可能性もあるからだと思う。

 よくよく考えた仕掛けであるとともに、その周到な準備にはコゼも感嘆してしまった。

 

 やがて、ほとんど水がなくなった。

 コゼはとんと床に降りた。

 周りには、電撃で失神した令嬢たちの身体が散乱している。

 

「ほら、しっかりしなさい」

 

 コゼはエリカの目隠しをむしり取るとともに、握っていた短剣でエリカが咥えさせられてる黒い張形の紐を切断する。

 まずは、その張形を抜き取ろうとした。

 そのエリカの顔ががばりと跳ねあがった。

 失神から意識を取り戻したのだろう。

 

「ああっ、コゼね──。その張形に触っちゃだめえええ──」

 

 エリカが絶叫した。

 そのときには遅かった。

 張形を手にした途端、とてつもない絶頂感が襲い掛かった。

 しかも、信じられないくらいに深くて巨大な絶頂だ。

 

「ひいいいいい」

 

 コゼは腰を抜かした。

 なによ、これ──?

 

 慌てて、張形から手を離そうとしたが、張形の根元から粘性物が噴き出してきて、コゼの手と張形を接着させてしまう。

 絶頂が収まらないのに、次の絶頂が襲ってくる。そして、その次の絶頂も──。

 

「ひがああああっ、あああああっ」

 

 想像を絶する連続絶頂に、コゼはもんどりうった。

 大きな音が鳴り響き、どこからか別の令嬢たちが大勢集まってくる。

 

「頑張りましょう、天道様のために」

 

「天道様のために」

 

「でもやっぱり、救世主様の宝具は素晴らしいわ。そして、コゼ様も天道様のことを心から慕っておられましたのね。この張形でそれだけの絶頂感に襲われるというとはその証ですもの」

 

「ああお羨ましいですわ。それだけの天道様への深い愛……。さあ、両手で張形を握っていただいて、離せないように布で縛ってしまいましょう」

 

「ならば、エリカ様の身体にも密着させた方がいいわ。くっつけて縛りましょう、皆さま。さあ、天道様のために」

 

 コゼの身体が両側から抱えられて、椅子に座って拘束されているエリカと身体を面するようにくっつけられる。

 両手は張形ごと布を巻きつけられた。

 そのため、連続絶頂がとまらない──。

 

 なんなんだ、この張形は──

 

「いいいいいっ、もう、いやあああ」

 

 コゼがエリカと向かい合わせになるように縛り付けられてしまった。

 しかも、いまだに連続絶頂は続く。

 まったく身体に力が入らない。

 

「わ、わたしも、もういいいいい──」

 

 一方で改めて張形を身体に密着されたエリカもまたむせびながら絶頂している。

 コゼとエリカは、お互いに狂ったように絶頂を続けていった。

 

「大丈夫ですわ、コゼお姉さま。気絶すればとまりますから。それはそういうものなのです。でももう一度触り直せば、また連続絶頂ですわ、ふふふ」

 

 令嬢のひとりがそうささやいてくるのが聞こえた。

 しかし、そのときには、もう意識が遠くなっていて、そして、なにもかもわからなくなった。





 *

 令嬢たちが使用したディルドは、『487 救世主伝説の誕生(その2)』、『490 天道様のために』などで登場しているものです。念のため。


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884 神々を敵にしても

「狂気が必要だと?」

 

 一郎はフラントワーズを睨んだ。そして、亜空間から射撃準備の終わった短銃を取り出してフラントワーズの眉間に真っ直ぐに銃口を向ける、さらに、殺気を込める。

 淫魔師としてとはいえ、レベル限界突破の一郎による威圧である。

 フラントワーズの顔色が蒼くなり、わずかに小さな布が股を隠してるだけの腿が小刻みに震えてきたのがわかった。

 だが、表情だけは泰然としている。

 恐怖を感じないわけでも、達観しているわけでもない。

 ただ、一生懸命に虚勢を張っているのだ。

 それはわかった。

 なにが、彼女をそれほどまでにさせているのだろう?

 それが信仰というものか?

 

「あなたを無理矢理に従わせる方法はいくらでもある。暴力による方法でも……。それ以外の方法でも」

 

 一郎は銃を向けながら言った。

 

「もちろんです。いまこの瞬間でも、天道様たちが本気になりさえすれば、わたしたちに抵抗の手段などないことを知っています。人質の存在など関係なく。だからお願いをするのです。あの娘たちを天道様の後宮にお迎えください。それだけが彼女たちに残された唯一の幸せなのです」

 

「俺は王ではないぞ。後宮など持つわけがない」

 

「かたちはどうでもいいのです。教団ですので、彼女たちは神に仕える巫女ということになります。巫女というのは天道様にお仕えする性的な奉仕女ということ。つまりは、天道様であるロウ様の奉仕の娘たちになります。表向きは教団の巫女。実際はロウ様専用の側女。もちろん、王宮の実務もなんでもやります。いかがでしょう」

 

「いかがでしょうじゃない。すでに拒否したはずだ。まずは、その狂気を捨てろ。そうすれば、望む者はなんらかのかたちで望みには応じる。今回のことで家族の中にに居場所を失った者も多いだろう。それは引き受けてやる」

 

「お願い致します。しかし、信仰というこの狂気は捨てません。彼女たちにはそれは必要なのです。欺瞞を失わせてしまっては、彼女たちが心から信じていたものが崩れます。それは彼女たちの心に生涯癒えない傷を作るでしょう。誰も幸せになりません」

 

「傷が癒えるように最善のことをする。それは誓う」

 

「最善というのは、彼女たちを狂気のまま受け入れることですよ、天道様」

 

「堂々巡りだな……。もう一度言う。あなたを強制的に従わせる方法はある。例えば、あなたをここで殺すということもそのひとつだ。あなたが死ねば、次の交渉者が現れるのだろうな。その彼女はあなたのように頑なではないかもしれないぞ」

 

「どうぞ、お試しください。王妃様を誘拐して監禁したのです。その罪を誰も償わないということはできないでしょう。わたしと、ラジルとランジーナ。まずは、この三人が自決します。自決で都合が悪ければ、どうぞ処刑してください。それで足りなければ、黄色組からいくらでも生け贄を足します。それでも、赤組として調教を受けた七十三人の娘たちについては、天道様の後宮の女としてお迎えください……。彼女たちの狂気とともに」

 

「だから、信仰を捨てれば迎えてやる。狂気を消した者からな」

 

「狂気は必要です。それもお認めください」

 

「狂気など必要ない。そして、俺を天道様と呼ぶな。俺は神じゃない」

 

「神です。娘たちは神に仕える巫女になることを夢みているのです。その夢から覚ますことになんの意味があるのです」

 

「俺が神じゃないからだ──」

 

 一郎は吐き捨てた。

 この会話のあいだも、ずっと一郎の短銃はフラントワーズを向き続いている。

 

「フラントワーズ殿、いい加減にするがいい。ロウ殿は令嬢たちを迎えると約束したではないか。ロウ殿の約束は信用できる。そなたの頑迷が彼女たちの望みを危うくしているのがわからんのか。ロウ殿は頭のおかしくなった女を引き受けないと言っている。ロウ殿がそう言えば、もうそうなのだ」

 

 ベルズが横から口を挟む。

 

「何度でも言いましょう。信仰という狂気は必要です。それは絶対です」

 

 しかし、フラントワーズは態度を変えない。

 一郎はもう一度嘆息した。

 

「あなたこそ、狂気だというのはわかったよ。どうやら聞く耳を持っていないらしい。交渉は次の相手としよう。まずはお前が死ね、フラントワーズ」

 

「お望みのままに……」

 

 一郎は引き金を引いた。外すような距離じゃない。

 どんと銃声が部屋に鳴り響く。

 

「ロウ殿──」

 

 声をあげたのはベルズだ。

 横のガドニエルと後ろに立っているベアトリーチェが息を呑んだのが聞こえた。

 一郎の短銃の先からは射撃による白い煙がかすかにあがっている。

 撃ったのは空砲を装填していた短銃だ。しかし、空砲とはいえ、圧縮された風の当たる衝撃はある。一瞬、撃たれたかとは思ったはずだ。

 フラントワーズの顔からどっと汗が流れるのがわかった。

 怖くないわけではないのだ。

 それでも、フラントワーズは毅然とした態度をまだ崩さない。

 

「いまのは警告だ。二度目は実弾が入っている」

 

 射撃の終わった短銃を亜空間にしまい、新しい短銃を手の中に出す。その短銃の射撃準備も終わっている。

 

「要求も意見も変わりません。わたしたちと娘たちの信仰をお認めください」

 

 一郎は返事の代わりに、引き金を引いた。

 今度も空砲の銃音が鳴り響く。一郎は銃を収容した。

 

「頑固だな。どうして信仰が必要なんだ? それはなんだ?」

 

 一郎は半分呆れた。

 いまだに、おかしな宗教もどきに、フラントワーズがこだわる理由が理解できない。

 そもそも、うんと頷けばいいだけのことだ。

 実際のところ、なにを信じて、なにを信じてなくても、一郎は特段に気にすることはない。だが、フラントワーズは、この宗教もどきの活動は続けたいらしい。いや、続くと信じ込んでいるみたいだ。

 一郎は、フラントワーズが死に、この狂気の風を作っている奴隷宮から離れれば、すぐにおかしな信仰もどきなど立ち消えると思っているが、フラントワーズはそう考えてはないのだろう。

 

 さて、どうしたものか……。

 まあ、無理矢理に従わせるのは簡単なのだが……。

 

「信仰を続ける……。令嬢たちを俺が女として受け入れる……。それがお前の条件か?」

 

「それが叶えば、思い残すことはありません。わたしたちは心からの喜びとともに、命を絶ちます」

 

 フラントワーズははっきりと言った。

 

「お前ら指導者層が死ねば、おかしな信仰など消える。それよりも、すぐに王妃たちを解放しろ。いまなら、全部なかったことにしてやろう。公爵家から没収した財もお前の個人資産として渡してやる。それで好きなことをしろ。教団ごっこをしたいならすればいい。だが、令嬢たちの心は解放してやれ。好きなことをさせろ」

 

「させてます。彼女たちは心からの願いとして、天道様にお仕えすることを望んでます」

 

「なら、それはひとりひとりに訊ねる。お前らは介入するな」

 

「本当ですね? 本当に天道様は彼女たちの心の自由をお認めになりますね?」

 

「認める」

 

 一郎は言った。

 フラントワーズの顔に歓喜が灯った。

 

「ああ、これで心置きなく死ねます。ありがとうございます──。ありがとう──」

 

 フラントワーズは両手を身体の前で組んで喜びに震える仕草をした。

 だが、一郎はそれを遮った。

 

「ただし、俺を神と崇めることは認めない」

 

 フラントワーズの顔が変わる。

 

「どうしてですか──。いま、彼女たちの心の自由は許すとおっしゃいました──」

 

「やかましい──。何度も言わせるな。俺は神じゃない──」

 

「ベアトリーチェは信仰のままお迎えになりました──。ナールという女軍人もでしょう」

 

「お前、どれだけあちこちに盗聴具を仕掛けてるんだ──? なんで、ナールのことまで知っている……。まあいい。いずれにしても、それが俺の答えだ。俺が神だと思うかどうか、ひとりひとりに訊ねてやる。そして、俺を神でないと受け入れた者から順番に受け入れてやる」

 

 一郎は言った。

 

「な、なんという残酷なことを──」

 

「それのどこが残酷だ──。いい加減にしろよ、フラントワーズ」

 

 一郎は怒鳴った。

 

「あなたは神です──。神とはどのような存在かわかりますか。天道様?」

 

「神とは人智を超越した存在だろう?」

 

「いいえ、違います。神とは人がイメージする完璧な人のことをいうのです。神は人そのものの中にあります。人以外の者を人は信仰の対象することはできません。一見、人でないものが信仰の対象になっているときでも、人はその中に完璧な人の姿を見ているのです。ロウ様はまさに完璧な人間です」

 

「そのとおりですわ。ご主人様こそ完璧なお方。神様ですわ」

 

 すると、横からガドニエルが感動したように言った。

 まさか、一郎とフラントワーズとの宗教問答で逆に染まったか。馬鹿たれが……。

 

「黙ってろ、ガド──」

 

「は、はい。ガドは黙ります」

 

 ガドニエルがびくりと身体を震わせた。

 だが、叱られるとちょっと嬉しそうな表情にもなる。ガドニエルがこっそりと、にまにましていることにも一郎は気がついた。

 

「フラントワーズ殿……。もう一度、問うが、信仰を認めよというのは、ロームにあるクロノス教会のほかに、別の教団を作るということか? それは神学論争以上の問題を孕んでいることは承知しているな?」

 

 ベルズがまた口を挟んできた。

 彼女の懸念は一郎も理解できている。

 なんだかんだで、この国における教会の力と権威は大きい。人の生活に完全に浸透していると言っていい。

 国政には口は出さないが、王侯貴族の権威と並び、教会もまた大きな権威である。

 新しい信仰を認めるというのは、間違いなく、現在ロームのタリオ公国内に総本山の大神殿を置くクロノス教団を敵にすることでもある。

 それをイザベラやその子に背負わせるということだ。

 

「天道様は新しい世界を作るお方です」

 

 フラントワーズはそう応じた。

 

「つまりは、理解しているということか……」

 

 ベルズが溜息をついた。

 

「なぜ、こだわる?」

 

 一郎は改めて訊ねた。

 フラントワーズはしばらく言葉を探すかのように黙ったが、やがて口を開いた。

 

「犬とまぐあいをしました」

 

「犬?」

 

 ベルズが戸惑いの声をあげた。

 

「ベルズ様とミランダ様を殺すよりも面白いことを提案できなければ、命を奪うと言われたからです……。わたしは獣姦を提案してそれをしました。さっき出てきたラジルとランジーナもです。ほかに数名が犬とセックスをしました……」

 

「そ、そうか……。そこまで……。わたしは……」

 

 ベルズが頭をさげかけた。

 しかし、フラントワーズがそれを制する。

 

「お礼は不要です。そのために言ったわけでもないし、ベルズ様を守るためにしたのではないのです。あのラポルタはサキ様たちを殺すよりも面白いこととして、娘たちの幾人かを殺そうとしたのです。だから、わたしは歌の魅了で誘導して、わたしらが犬とまぐあうことの方が面白いと興味を持つように仕向けたのです。その映像は映録球として王都にばら撒かれたはずです」

 

「それは……」

 

 一郎は言葉を失った。

 映録球で破廉恥映像が出回っていることは承知していたが、実際に一郎自身がそれを見たわけでもないし、細かい内容までは知らない。

 まさか、犬を相手にした獣姦映像まであるとは……。

 公爵夫人であったフラントワーズが貴族女性としてどころか、女としても、人としても終わりと考えても無理はないか……。

 

「ほかにもやりました。口に出すことさえはばかられることも……。それらも映録球でばら蒔かれたはずです。でも、それは信仰のためです。意味があることだと思っています。娘たちを助けるためですから……。でも、信仰がなくなれば、それは意味のなかったことになってしまいます。それを許容しろと?」

 

「いや、そうじゃないが……。そもそも、意味なくないだろう。彼女たちを守ったんだ」

 

 一郎は困ってしまった。

 だが、“娘たち”か……。

 フラントワーズは令嬢たちをそう呼ぶ。

 彼女はとにかく、必死になって令嬢たちを守ってきたに違いない。それこそ、本当の娘のようにだ……。

 歌による魅了にしろ、あちこちに仕掛けた盗聴具にしろ、そして、獣姦にしろ、フラントワーズが必死になって、令嬢たちを守ろうとした証なのだろう。

 その令嬢を守ってきた手段の中に、一郎を神と崇める信仰も入っているのだ。

 だから、捨てられないと頑ななのだろう。

 

「七十三人の令嬢たちの全員は生娘です。その純血を守るために、わたしたち指導者層、そして、黄色組の世話係の層はありとあらゆることをしました。本当にあらゆることをです──。でも、それは彼女たちを守るため……。彼女たちの純血を天道様に捧げさせるため……。そのためだけに頑張ったのです。でも、天道様がそれに意味がないと言われるのであれば、わたしたちのしたことも意味がなくなります。獣とまぐわったという事実に、我に返れと──?」

 

「そうは言ってない」

 

 一郎もそういうしかかなかった。

 

「令嬢たちだって、そうです。純血こそ守ったものの、服を剥かれ、裸に鞭打たれ、淫具に悶える姿を映録球で王都中に流されたのです。娘たち自身もそれを知っております。複製が複製を呼んで、いまや王都以外にまで拡散しているのでしょう? 世間の中に彼女たちの居場所などありません。その彼女たちに世間に戻れと? 天道様はそんな残酷なことを彼女たちにさせるのですか?」

 

「いや、もちろん、それについてもなんとかする……」

 

 この奴隷宮の環境の中で令嬢たちが純潔を守ったのは奇跡のようなものだろう。

 それが守られたのは、フラントワーズたちが一丸となって、令嬢たちを守り抜いたおかげだというのは間違いないと思う。

 妖魔族というのは純潔に意味を見出さない。それはサキ、つまりリリスですら同じだろう。フラントワーズたちは、自分たちの尊厳が犯されながらも、信仰を心の拠り所にして、そのリリスから、偽テレーズから、そして、ラポルタからも守ったのだ。

 そもそも映録球の拡散を始めたのは、リリスなのかもしれない。リリスはリリスなりに、自分が集めた令嬢たちを大切にしていたようだが、だからといって、映録球をばらまくことに問題認識を持つとも思えない。屈服に役立つと考えたら、むしろ積極的にやりそうだ。

 人間族と妖魔族の価値観は異なるのだ。

 ならば、責任はとらないとならないか……。

 うーん……。

 

「なんとかとはなんなのです? とにかく、それは不要です。彼女たちはそれらが意味のあることだと信じ切っています。全ては天道様に仕えるために試練なのだと……。そうですよね、ベアトリーチェ?」

 

 フラントワーズがベアトリーチェに意見を求めた。

 

「それは……。いえ、そうです。信じています。あの恥辱は意味があったことです。それを信じているから、明るく前向きに生きられます。心からの悦びとともに天道様にお仕えできます……。申し訳ありません、天道様。これはわたしの本心です」

 

 ベアトリーチェはちょっと躊躇した感じになりかけたが、最後にははっきりと頷いた。

 

「いやいい。謝罪の必要はない。本心を教えてくれてありがとう」

 

 一郎は言った。

 

「娘たちはもう世間には戻しません。狂気というぬくもりの中で、欺瞞の温かさの中で過ごさせます。そして、崇める天道様との夢のような日常を送らせます。そのためになら、娘たちはなんでもするでしょう。でも、彼女たちを世間に返そうとするような残酷なことはなさらないでくさい」

 

「それはお前の思い込みだろう。人は残り越えられる。時間が苦しい記憶を癒やすんだ」

 

「否定はしません。でも、信仰があれば、簡単に克服できるのです。苦しさを苦しさとも知らずに幸せに生きて、そして、死ぬまで欺瞞に気づかずにいられます。それのどこが悪いというのですか?」

 

「欺瞞の中にこそ、幸せがあるというのか?」

 

「そのとおりです。スクルズ様は素晴らしいことをなさってくれました。全員に対して、この狂気の場所で積極的に生きる力を与えてくれたのです。わたしたちは間違いなく、スクルズ様から奇跡の力を頂きました。本当に感謝しているのです。まさに救世主様です」

 

「だがなあ……」

 

 一郎は困ってしまった。

 

「わたしは全員について、信仰を強要するつもりはありません。いまでもしていません。出ていくものは出ていけばいい。乗り越える力と覚悟をした者は喜んで、このゆりかごの中から送り出しましょう。でも、このゆりかごの中から無理に出そうということはしません。ここは大切な場所なのです。絶対に守ります。それこそ、神々を敵にしてもです」

 

「神々を敵としてもか」

 

 一郎は思わず笑ってしまった。

 フラントワーズが主張する神というのは、一郎のことにほかならないのだろう。まさに、フラントワーズは、いま“神”と戦っているのだ。彼女の娘たちの居場所と心を守るために……。

 そのときだった。

 奥の扉が開いて、青い布を腰に巻いている女が籠を持って入ってきた。

 ラジルという夫人だ。

 そのラジルが籠をフラントワーズに渡して、耳打ちをする。

 

 一郎はいやな予感がした。

 頷いたフラントワーズがその籠を一郎の前に置いた。

 籠の中身はコゼの服だ。間違いなくコゼが身につけていたものである。やはり、紐パンの下着までそこに入っていた。武器も存在する。

 

 まったく、あいつら……。

 全員かかって、ここの令嬢たちにしてやられるのか……。

 一郎は呆れた。

 しかしまあ、彼女たちの実力については、認めざるを得ないのだろう。

 

「どうやら、ついに三人目のコゼ様も捕らえたみたいです。これもまた信仰の力です。どうかお認めください、天道様──」

 

 フラントワーズがその場に土下座をした。

 信仰の力か……。

 一郎はなにも喋ることなく思念した。まぶたを閉じる。

 しばらくのあいだ沈黙が流れる。

 

 それにしても、エリカ、スクルド、ミランダ、そして、コゼほどの猛者まで捕えてしまうとは……。

 これが信仰集団か……。

 そして、狂気……。

 どうしたものかな……。

 

 ゆりかごか……。

 一概に否定もできないか……。

 それもまたよしか……?

 しかも、なんだかんだといっても、こいつら狂信者を作ったのは、リリスであり、スクルドなのだ。

 知ったことかで見捨てるわけにはいかないのだろう。

 落としどころを見つけるしかないか──。

 一郎は決心をして、眼を開いた。

 

「フラントワーズ、お前が最初に示した人質解放の条件は、俺と話をすることだったな。そして、俺たちは話をした。お前はお前の意見を言い、俺はそれを聞いた。俺もお前に俺の腹を語った。すでに条件は満たしたと思うがな?」

 

 一郎は言った。

 そもそも、フラントワーズは、ただの一度もエリカたちの身柄を交換条件にして信仰の要求はしていない。

 フラントワーズが求めたのは話をすることだ。

 一度、人質のことを仄めかしたが、それは一郎が話を拒否しようとしたからだ。

 頑なでねじ曲がっているが、筋は通している。

 だから、どこまで筋を通すのが知りたい。

 試してみようと思った。

 一郎の言葉に、フラントワーズがはっとしたように顔をあげた。その表情はちょっと悄然としている。

 しかし、眼は諦めていない。

 

「……そ、その通りです。わたしの要求は天道様に話を聞いていただけることでした。機会を作っていただけたことに感謝します。まずは人質を解放します」

 

 フラントワーズが顔をあげて静かに言った。

 なるほど、筋は通すか。人質こそ、こいつらの切り札だというのに……。

 だが、頭がいいのだ。見極めというものをわかっている。

 一郎が口にした通り、人質がいようといるまいと、彼女たちを従わせる方法はいくらもある。それをフラントワーズもわかっているのだと思う。

 だから、人質の解放にあっさりと応じたのだのだろう。ぎりぎりまでやって、これ以上はむしろ人質解放によって心証をよくした方がいいという合理的判断か。

 さすがは、元公爵夫人か……。

 ならば、いいだろう。

 ちょっとは敬意を示すか。

 もちろん、簡単には妥協するつもりはないが……。

 

「わかった。じゃあ、俺も妥協案を示す。その提案さえ受け入れられないというなら、もう俺は令嬢たちを含めて、お前らと会わない」

 

 一郎は言った。

 

「条件とはなんでしょう?」

 

 フラントワーズが息を呑む音が聞こえた。



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885 天道様からの挑戦状

「わかった。じゃあ、俺も妥協案を示す。その提案さえ受け入れられないというなら、もう俺は令嬢たちを含めて、お前らと会わない」

 

「条件とはなんでしょう? もしかして、わたしたちを認めてくださるのですか?」

 

 すると、フラントワーズが喰いつくようにじっと一郎の顔を見てきた。

 

「最初から認めてはいる。そうでなければ、わざわざ話などしない。蹴散らすだけだ。だが、どうやったのかは見当もつかないけど、あなたたちはあいつらを捕らえてみせた猛者だ。敬意を示そう。だから、人質は解放しろ。それは約束だった。その代わり、俺も敬意を表して約束を守る。条件次第ではあるが、あなたたちの信仰とやらを認めよう」

 

「ええ? 認めるのかあ?」

 

 横でベルズが呆れたような声をあげた。

 一郎は肩を竦めた。

 

「仕方ないだろう、ベルズ。それに、俺が与える挑戦状の結果次第だ。俺の示す条件をフラントワーズが達成できたらの話だ」

 

「なんでもします。その覚悟はとうの昔にできてます。いつでも死ぬ覚悟はできてます」

 

 フラントワーズが勢いよく言った。

 

「死ぬ覚悟などいらん。むしろ、しっかりと生きる覚悟をみせろ。俺が妥協するつもりになったのは、お前のしたたかに生き抜く心だ。神々を敵にしてでも、令嬢たちの生きる場所を作ると断言したお前の気持ちだ──。とにかく、それよりも人質を解放しろ」

 

「わかりました」

 

 フラントワーズがまだ横にいたラジルに指示をして、捕らえた者をここに連れてくるように告げた。

 ラジルは黙って頷いた。

 

「女たちの拘束を解く必要はないぞ、ラジル。服を剥かれたまま、ここに連行してくれ。不甲斐ない女たちへのお仕置きだ。俺の指示だと伝えてくれ。そして、話し合いで解決することにしたから、もう抵抗するなとな」

 

 一郎はあえて、ラジル夫人を呼び捨てにして、ぞんざいに声をかけた。

 とにかく、すでに覚悟した。

 乱暴な物言いは、その覚悟の表れだ。

 ラジルが微笑んだ。

 

「そのように致します、天道様」

 

 一郎に一礼をして出ていく。

 

「それで条件とはなんでしょう?」

 

 フラントワーズが言った。

 

「そうだな……。その前にひとつ言いたい。お前たちの力は見せてもらった。さぞや準備をしたのだろう。俺の女たちは並大抵の女傑じゃない。それを捕らえてみせるとは素晴らしい。これには脱帽だ。だが、それは俺の求めるものの半分だな」

 

 一郎はわざとにやりと笑った。

 正直に言えば、一郎が女を仲間に加える条件など別にないのだが、まあ、結果的にそれなりの実力を持っている者ばかりだというのは真実だ。もっとも、一郎に愛されて精を注がれた結果として、能力が向上したというのも事実の半分なのではあろうが……。

 ただ、一郎はどんな女でも、能力や立場だけを見て、自分の女にした覚えはない。

 まあ、成り行きもあったが、一郎なりに、愛することができると思った者、あるいは、大切にしたいと思った者についてを見極めてきたつもりだ。

 

 ならば、このフラントワーズはどうか……?

 まあ、一生懸命なのは認めよう。

 おかしな宗教もどきも、個性のひとつだとさえ、考えてもやろう……。

 だから、試してみようと思った。

 一郎が愛することができる女なのかどうかを……。

 その結果、もしも、愛することができると感じたときには、このフラントワーズが背負おうとしている全てを大切にしてやろう。

 だが、それは一郎が求めるただ一点を満たしていればだ。

 

「天道様が求めるものとはなんでしょうか?」

 

 フラントワーズは訊ねた。

 一郎はフラントワーズに白い歯を見せた。

 

「それはあなたもわかっているだろう。俺は好色でのべつまくなしにセックスをして女を愛する。だから、お前たちが鍛錬したというその結果を見せてもらおう……。セックスで俺を納得させたら、つまりは、射精させられることができたら、そのときには、お前たちの新教団のことを考えてやる」

 

「ほ、本当ですか──? う、うちの娘たちは、それは、本当に一生懸命に天道様の気に入っていただける女になろうと頑張ったのです。まったくなにも知らなかった貴族令嬢がそこからの娼婦にも負けない淫らさと、性技を身に着けたと思っています。それはもちろん、本物の娼婦たちには及ぶべくもないかもしれませんが、それでも、彼女たちは絶対に天道様を満足させると思います」

 

 フラントワーズの顔が歓喜に染まったのがわかった。

 

「頼もしいな。ならば、見せてもらおう……。だが、勘違いするなよ。俺が約束できるのは、俺の腕の広さの範囲だけだ。独裁官として新教団の新設については認めてやる。王妃や女王への説得もしてやろう。予想されるクロノス教会や他国からの介入についてもできる限り守る。しかし、俺は人の心までは支配できない。するつもりもない。世間がお前らを認めるかどうかは知らん。積極的にお前たちの信仰を保護するつもりもない」

 

「十分です」

 

 フラントワーズは満面の笑みを浮かべた。

 

「それから、映録球で言霊をまき散らすのは禁止する。いま拡がっているものは可能な限り回収させる。同じようなことをすれば、容赦なく禁教にする」

 

「二度としません。お約束します」

 

「そして、大事なことだが、俺を信仰の対象にするな。いや、してもいいが、天道様がロウ=ボルグだと絶対に口にするな。思うのはいい。しかし、そう主張するな。宣教するな。新教団に俺の絵姿や像のひとつでも飾ってみろ。すぐに、このガドを差し向けて、全部を灰にしてやる」

 

「お任せください、ご主人様。ガドはいつでも、なんでも灰にしてみせます」

 

 ガドニエルが張り切って返事をする。

 だが、それについてはフラントワーズは困ったような顔になった。

 

「そ、それは……。あっ、いえ、わかりました。ロウ様の名は出しません。でも仄めかすのもだめですか?」

 

「だめだ。人の口に乗ったものの否定までは要求しない。しかし、お前らがそう喧伝するな。約束しろ」

 

「うーん……。わ、わかりました。それと、彫像はだめと言われましたが、奇跡の性具はだめでしょうか?」

 

「奇跡の性具?」

 

 なんだそれは?

 

「スクルズ様がわたしたちに与えてくださった奇跡の張形です。天道様の愛が深ければ深いほど、深い絶頂感が襲うというありがたい性具なのです。でも、それは天道様のお男根様と酷似していると言われております。それを信仰の象徴として神具として扱いたいと考えているのですが……」

 

「なんだ、それは? スクルドはそんなものを?」

 

 横から呆れた声を出したのはベルズだ。

 一郎も唖然となりかけた。

 

 だが、それを許せば、一郎の男性器の擬似物を信仰者が拝むことになるのか?

 一瞬、全否定しようと思ったが、フラントワーズのすがるような視線に接して、妥協することにした。

 どうせ、張形を神具扱いするような信仰など、拡がるはずもない。

 言霊の影響は、これから可能な限り潰していく。ならば、最小限しか拡がらないと思う。

 妥協ついでだ──。

 妥協してやる。

 

「わかった。それが俺の一物と言わない限り、それも許してやる」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 フラントワーズが頭をさげた。

 

「その代わりに、救世主様については派手に宣伝してやれ。奇跡の人だとな。絵姿も、彫像も作り放題だ。それについては一斉を禁止しない」

 

 騒動の原因を作ったあいつへの罰だ。

 自分が神様になって、人の信仰の対象となる辱めを受けるがいい。

 

「よいのか、ロウ殿?」

 

 ベルズが呆れたように言った。

 

「いいんだ。あいつへの罰だ」

 

 一郎ははっきりと言った。

 

「ありがとうございます。ありがとうございます、天道様──」

 

 フラントワーズが感極まった感じで再び頭をさげる、

 そのフラントワーズの両手首に粘性体を飛ばして巻きつける。さらに強引に背中に回して密着させた。

 これで、フラントワーズは両手を背中から動かせない。

 

「えっ?」

 

 フラントワーズが当惑した顔をあげた。

 両手を後手に拘束された理由がわからないようだ。

 

「だが、俺が口にする条件を満たせなければ、並べた条件は全部なしだ。問答無用でお前ら全員を強制退去させ、信仰とやらも認めない。令嬢たちは全員を洩れなく家族に返し、あとは家族に任せる。集まる場所など、ことごとく潰す。天道教などもってのほかだ──。これは俺の与える試練であり、俺からお前への挑戦状だ」

 

「そ、そんな……」

 

「文句は言うな。新教団を認めるなど、どこまでの妥協と思ってるんだ。とにかく、俺がお前たちの信仰を認める条件は簡単だ。一ノスやる。一ノス内に俺から射精させてみろ。それができれば、信仰と教団を認める。できなければ、令嬢は全員を家族のもとに強制返還する。じゃあ、始めろ──」

 

 一郎は亜空間から「十タルノス計」と砂時計を五個出す。

 一タルノスは、約一分間なので、十タルノスは十分間弱になる。五個を順番にひっくり返していき、全部が終われば、五十タルノス、すなわち、一ノスだ。

 一郎は最初の一個目の砂を上にして置き、砂を落とさせ始める。

 

「えっ? えっ、ええ?」

 

 フラントワーズは呆然としている。

 まだ、理解できていないみたいだ。

 

「どうした? 計測は始まったぞ。別に俺は抵抗するつもりはない。セックスが気持ちよくて、射精したくなればちゃんと精を放ってやる。さっさとしろ」

 

 一郎は胡坐をかいたまま言った。

 フラントワーズがやっとはっとした顔になる。

 

「わ、わかりました。すぐに娘たちを呼びます。に、人数に制限はあるのでしょうか? さっきの五人全員がかりでやらせてもよろしいでしょうか?」

 

 フラントワーズはそう言い、一郎の返事を待たずに、膝立ちになった部屋の外に声をかけるような体勢になった。

 一郎は片膝をついて立ちあがると、フラントワーズの髪の毛を掴んで、頭を一郎の脚の床に叩きつけてやった。

 

「あぐっ」

 

 フラントワーズが呻き声をあげた。

 一郎はフラントワーズの額を床にぐりぐりと擦りつけてやる。

 

「五人を呼んでどうする──。お前がやるんだ、フラントワーズ──。お前が俺を満足させて射精させるんだよ。できなければ、お前の想いとやらが、どんなに重くて真剣であろうが、知ったことか──。そこまで面倒を見てやらん──。やるのか、やらんのか、どっちだ──」

 

 一郎はわざと怒鳴りあげた。

 この部屋のやりとりは、十中八九、別の部屋でも聞き耳を立てているだろう。それとも、盗聴具をここにも仕掛けいるかだ。

 声を荒げたのは、一郎が本気であることをわからせたかったからだ。

 

 まあ、結局のところ、一郎は淫魔師だ。

 女を理解するのも、納得するのも、性交を通してしかできない。

 だから、最終的な判断を性交に委ねることにした。

 最後は、性交を通じてフラントワーズを理解しようと思った。その結果、やはり認めようと思ったら、そのときは全力でフラントワーズの想いを守ってやろう。

 しかし、結局、ただの言葉だけの女なら、それなりの扱いしかしない。

 

「で、でも、わたしは娘たちは違って、まったく性技の訓練など……。しかし、娘たちなら、本当に一生懸命に性技の向上に励み、淫らになる努力を……」

 

 フラントワーズが一郎から顔を床に押しつけられながら言葉を紡いだ。

 

「なら、勝手にするんだな。お前がいまやらなければ、今後、なにがあろうとも、俺はお前たちの信仰とやらを認めることはない。そして、その場合、ここの娘たちの希望を潰したのは間違いなくお前だ。俺は心置きなく、天道教を禁教にして、お前らを解散させることにする」

 

 一郎はフラントワーズから手を離した。

 フラントワーズが慌てて顔をあげる。

 

「い、いえ──。い、いまのは誤りです。やります。やらせていただきます。どうぞ、やらせてください」

 

 フラントワーズが必死の口調で言った。

 一郎はすでに胡坐の体勢に戻っている。

 

「すでに始まっている。時間は計測中だ。やるのであればやれ。やらないのであれば、そのまま一ノスでも、二ノスでも好きなだけ喋ってろ。だが、俺が付き合うのは一ノスだけだ。そして、俺は言葉に興味はない。想いは俺とのセックスで示せ、フラントワーズ」

 

「は、はい、天道様──」

 

 フラントワーズが大きく頷き、一郎の股間に歩み寄った。

 しかし、服を身に着けたままの一郎を前にして、躊躇したように身体を硬直させる。

 

「どうした? セックスだからな。お前はそのままできそうだが、俺は服を着てるから、とりあえず、脱がすところから始めたらどうなんだ?」

 

「あ、あのう……。で、でも、手を後ろに拘束されていて……。どうやって、天道様の性器を出せば……」

 

 そして、フラントワーズが途方に暮れたような顔になった。

 一郎は噴き出してしまった。

 

「そこからか? これは、一ノスでは足りそうにないな。いや、一日あっても、俺から精を出させるのは不可能だろう。天道教は諦めろ」

 

 一郎は笑いながら言った。

 

「フラントワーズ様、口です──。お口を使って、天道様の性器を外にお出しください──」

 

 そのとき、ベアトリーチェが素早く口を挟んだ。



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886 教祖殿の奮闘-一個目の砂時計

「フラントワーズ様、口です──。お口を使って、天道様の性器を外にお出しください──」

 

 ベアトリーチェが素早く言った。

 フラントワーズがはっとした顔になる。

 

「し、失礼します、天道様」

 

 フラントワーズが胡坐をかいている一郎の股間に噛みつかんばかりに、顔をこすりつけてきた。

 とりあえず、一郎は両手を頭の下に置いてその場に寝そべってやる。

 

「ご主人様、わたしが膝枕をさせてもらってもよろしいでしょうか──?」

 

 そのとき、ガドニエルが鼻息荒く声をかけてきた。

 一郎は思わず微笑んだ。

 

「じゃあ、頼むよ。だけど、フラントワーズの邪魔はしてやるなよ。こいつらの運命がかかっているんだ」

 

「邪魔しませんわ──。では」

 

 ガドニエルが移動してきて、一郎の頭を正座した膝に乗せる。

 一郎が床に座って女たちに接するのが好きなので、床に寝転んだり座ったりする体勢が多いが、本来、エルフ族の王族にはそんな習慣はないはずだ。

 しかし、ガドニエルもいつの間にか正座を覚えてしまった。

 当代一の白魔道遣いとも称されるほどの回復系の第一人者なので、足がしびれるという苦痛とも無縁のようだ。

 

「なんでも言ってくださいね。頭が痒いとか、鼻が痒いとか、なんでもです。ガドがやってさしあげますから」

 

「鼻も自分で掻いたらだめなのか?」

 

 一郎は笑った。

 

「だめです。ガドがやってさしあげますわ」

 

 ガドニエルは上機嫌だ。だが、たかが膝枕だけでこんなに嬉しいものなのだろうか。しかも、やってもらっているのは一郎なのだが……。

 まあ、いずれにしても、ここまで一郎のことを愛おしく思ってくれるのはありがたいことだ。

 一方で、そのあいだもフラントワーズの奮闘は続いている。しかし、一生懸命にやっているものの、口だけでズボンから性器を出すのはなかなか難しいようだ。

 

「ズボンでも下着でも噛み千切っても構わんぞ。俺の性器を出すだけで一ノスかかりそうじゃないか」

 

 一郎は揶揄(からか)った。

 

「申し訳ありません」

 

 フラントワーズがズボンのベルトに噛みついた。

 髪を振り乱して懸命に噛み千切ろうとする。だが、革紐が簡単に切れるわけもなく、むなしく一郎の腰が揺れるだけだ。

 

「フラントワーズ様、落ち着いてください。まずはベルトの端を噛みましょう。そして、ゆっくりと横に引いてください。舌をベルトの下に差し込んで持ちあげるようにして……」

 

 ベアトリーチェがまた声をかける。

 なんだかんだで応援したいみたいだ。

 

「手伝うのは駄目だと申していたが、アドバイスはよいのか、ロウ殿?」

 

 ベルズは口を挟んだ。

 まあ、ベルズの立場からすれば、クロノス教団とは異なる新教会設立など、信仰への冒涜にほかならないだろう。

 ベルズとしては、一郎の示した条件をフラントワーズが満たせないことを望んでいるのかもしれない。

 

「固いことを言うなよ。それくらいはいいさ」

 

 一郎は頭をガドニエルの膝に預けたまま、亜空間から長い柄のついた鳥の羽根を取り出した。そして、一郎のズボンと格闘しているフラントワーズの乳房の下に羽根を差し込み、さわさわとくすぐってやった。

 

「ひゃん、な、なにを──?」

 

 屈めていた身体を跳ね起こさせて、フラントワーズがびっくりしたような声をあげる。

 

「なにをじゃないだろう。新教団設立なんてことが簡単に許されると思っているのか? しかも、こんなものは邪魔のうちにも入らないぞ。それとも、お前は俺とセックスをするときには、自分の身体に触るなとでも言うのか?」

 

 一郎は揶揄(からか)うような口調で、鳥の羽根の責め先を乳房から脇腹に変える。

 

「ひんっ」

 

 フラントワーズがまた逃げるように、後手に拘束されている身体をくねらせた。

 淫魔術でフラントワーズの快感の場所が赤いもやとして見えている一郎にとっては、ただその赤いもやの場所に羽根を移動させるだけで、フラントワーズを追い詰めることができる。一郎がくすぐっている場所は、いずれも濃い目の赤いもやが浮かんでいた場所だ。

 だが、気が強そうなわりには、マゾ気が強いみたいだ。

 一郎のちょっとした責めだけで、一気に「快感値」が低下して“30”を切った。

 個人差はあるが、だいだい“30”を下回ると、どの女も股間に蜜があふれて挿入も可能な状態になる。

 フラントワーズは、こうやっていたぶられるのに弱いみたいだ。

 むっとするほどの女の匂いも、フラントワーズの股間側から漂ってきた。

 一郎は再び乳房の裾を羽根で撫でてやる。

 

「ああっ、あああっ」

 

 フラントワーズが激しく身体をよじらせる、

 乳首に吊っているふたつの鈴がちりんちりんと鳴った。

 

「フラントワーズ様、時間が限られております。天道様は簡単に精を放つ方ではありません。早く始めないと」

 

 ベアトリーチェだ。

 フラントワーズが我に返ったような顔になる。

 

「そ、そうでした。ベアトリーチェ、なんでも言ってください──。どんどん、わたしを叱りなさい──。そして、教えてください──。お願いします」

 

 フラントワーズがズボンのベルト外しに戻る。

 やがて、やっとベルトが外れた。フラントワーズが前ボタンに噛みつく。それを強引に噛み千切った。

 ズボンの前が開いて下着が露出する。

 

 すると、部屋の奥の扉が開いて、どやどやと人が入ってきた。

 さっきの五人の令嬢だ。さらにランジーナ夫人もいた。ラジルは人質解放の指示に行ったのか、戻っては来ていない。

 

「天道様、わたしたちがフラントワーズ様に声をかけるのはお許しください」

 

「お願いします」

 

「お願いします──」

 

 令嬢五人とランジーナが一郎とフラントワーズの周りに座ってきて、真剣な表情で一斉に頭をさげた。

 

「もとより禁じてない。フラントワーズがひとりで俺の相手をする限り、周りからなにを教えてもいい」

 

 一郎は、今度はフラントワーズの内腿に羽根を差し込んでくすぐる。

 フラントワーズは寝そべる一郎を跨いで脚を置いているので、開いている股間は無防備なのだ。

 

「ひゃあああ──」

 

 また、何気ない刺激でも、一郎は性感帯の場所をピンポイントで突いている。

 肢の付け根近くをくすぐられたフラントワーズががくんとお尻を突きあげるようにして、全身を硬直された。

 

「フラントワーズ様、頑張ってください」

 

「お願いします、フラントワーズ」

 

「フラントワーズ様──」

 

 令嬢たちが声をかける。

 フラントワーズはすでに汗をかなりかいていて、息も乱している。

 令嬢たちの声に大きく一度頷く。

 

「はあ、はあ、はあ……。わ、わかっています」

 

 今度はランジーナ夫人が口を開く。

 

「性技についてはあなたたちが上です。遠慮しないで、フラントワーズ様に指示をするのです。そして、フラントワーズ様はちょっとは耐えてください。先ほど、ベアトリーチェが申した通りだと思います。いちいち反応する暇はありませんよ」

 

 ランジーナが令嬢たちに声をかけるとともに、フラントワーズには厳しい口調で叱咤の声をかけた。

 フラントワーズは何度も頷く。

 

「ふ、不甲斐ないところをお見せました……」

 

 フラントワーズが一郎の下着に噛みついた。

 しっかりと口で噛み、強引に下着をズボンごとさげようとする。

 一郎は腰を浮かしてやり、ズボンと下着がおろされるのを手伝ってやる。ズボンと下着が腿の半分までさがり、やっと一郎の股間が露出した。

 

「なんとか、性器を露出できたか? だが、ここからが始まりだぞ。すでに、一個目の砂時計は半分以上進んでいるけどな」

 

 一郎が寝そべっている横には、準備した十タルザン計の砂時計が五個ある。いまはひとつ目だが砂は半分は落ち終わっている。一タルザンは約一分間であり、つまりは、フラントワーズは、一郎の股間を露出するためだけに五分以上かけたということだ。

 これを順番にひっくり返していき、最後の五個目の砂時計の砂が落ち切れば、一ノスということであり、制限時間が終わったということになる。

 

「は、はい……。ひんっ」

 

 また、股間を羽根でくすぐられたフラントワーズが身体をびくりとさせかけたが、そのまま一郎の股間に向かう。

 露出した一物だが、あえて勃起はさせてない。

 だらりとさせたままにしている。

 意図的に勃起させないような意地悪はしないが、なにも刺激がないのに勃起もしない。フラントワーズの頑張りを待つことにしよう。

 

「フラントワーズ様、おちんぽ様の先に口づけをなさってください。それが最初です。そして、大きく舌を出してお舐めください」

 

 アドリーヌだ。

 確か、序列一番だと紹介された少女だ。

 フラントワーズの唇が一郎の男根の先に口づけされた。そして、すぐに先端から付け根、垂れ袋までを舐めさすってくる。

 慣れてはいないが一生懸命なのはわかる。

 フラントワーズは必死になって、一郎の性器に舌を動かしている。

 

「目を閉じてはいけませんよ。天道様を見るのです。ちょっとでも反応があったところを集中的に、いろいろな刺激を与えて」

 

 エリザベスである。

 フラントワーズが慌てたように、一郎の顔を見てくる。まだ股間は半勃ちというところだ。

 一郎は羽根をフラントワーズの股間に伸ばして股間全体を覆うように当てる。そして、淫魔術を流して、羽根を激しく動かしてやった。手ではありえない高速振動がフラントワーズの股間全体に襲い掛かる。

 

「んんいいいいっ、んくううううっ」

 

 さすがにフラントワーズが奇声をあげてよがった。

 だが、今度は逃げない。

 その刺激を受けたまま、一郎の股間にむしゃぶりつく。

 

「唾液で包むようになさるといいそうです。強く擦りすぎても痛いと習いました」

 

「ああ、そうだ。天道様──。フラントワーズ様にハチミツを舐めてもらってもよろしいでしょうか」

 

 カミールとエミールの少女姉妹だ。しかも、ハチミツのことを口にしたのは、妹の方でまだ十四歳である。

 誰が伝授したのかしらないが、そんな技を十四歳の貴族令嬢に教えるとはな……。まさか、この奴隷宮に来る前に知っていた技ではないだろう。だが、ハチミツを少量口に含むことで唾液の出がよくなるし、粘っこい感触で男を悦ばすことができるのは確かだろう。

 ハチミツはさっき彼女たちが持ってきてくれた盆の中の菓子と一緒に置いてあった。

 

「好きにしていい」

 

 一郎は羽根でまさぐっていた悪戯を一時やめる。

 手加減ではない。

 むしろ、逆だ。

 慣れさせないためである。だから、股間を責めていた羽根をちょっとだけフラントワーズの肌から離すに留めた。

 しかし、ほんのちょっと手を動かせば羽根が当たるぎりぎりの距離である。

 こうしていると、むしろ気になって口奉仕に身が入らないだろう。

 そして、案の定、刺激もないのに、フラントワーズの股間が勝手にもじもじと悶え始めた。

 

「フラントワーズ様、ハチミツです。口の中でちょっと転がしてから舌先に乗せて、ご奉仕ください」

 

 カミールがハチミツの小瓶を持ってきて、匙でフラントワーズの口に流し込んでいく。

 一郎は、むしろ、この十四歳の少女にハチミツフェラをしてもらいたくなってきた。どんな風に鍛錬したのだろう。

 考えると、むくむくと男根が勃起して固くなった。

 

「ああ、大きくなりました。もう少しです、頑張って──」

 

 アメリアだ。確か、フラントワーズが楽器が得意とか言っていたか?

 

「アメリアだったな。どんな楽器が得意なんだ?」

 

 声をかけてみた。

 アメリアは目を大きく見開いた。

 

「ハ、ハープです。あ、あのう、こ、声をかけていただいて感激です」

 

 驚いたことに、涙くんでまでいる。

 だが、ハープか……。確か、股を開いて演奏するやつだな……。

 それは面白い……。

 演奏させながら、後ろから悪戯をするというプレイができるではないか……。

 そんなことを考えていると、頭にクグルスの笑い声が響いてきた。

 

“なんだ?”

 

 一郎は伝心で声を飛ばす。

 

“すっかりとその気じゃないの、ご主人様。意地悪しないで、さっさと精を放って、こいつごと全員を奴隷にしちゃえば?”

 

 クグルスは笑っている。

 

“そうはいかんさ。しっかりと見極めてさせてもらわないとな。性奴隷として仲間として受け入れることと、信仰を許すこととは違う。そもそも、正直にいえば気に入らないんだ。俺を型にはめようというところもね。まあ、元公爵夫人だしな。他人に指図するのが当たり前なんだろう”

 

“だけど、こうやって相手にするんだね”

 

“セックスを通じてなら相手のことがわかる。俺は見極めようと思っているだけだ”

 

“まあいいけど。でも、一応はこの年増も一生懸命やってるんだから、ほかの雌のこと考えたら可哀想じゃない? まあ、それだけ下手糞なんだけどね”

 

 また、クグルスの笑い声が頭に響く。

 

“下手とは失礼だろう。まあ、実際にそうだけどな。だが、俺は下手でも気持ちいいときは気持ちよくなる。いずれにしても、俺はフラントワーズの心を見極めているだけだ。性交を通してな”

 

“じゃあ、この年増のフェラは気持ちいい?”

 

“どうかな。ただ、とてもじゃないが精を放ちたくなる気持ちにはならないな”

 

“だろうね。ぼくにもわかるよ。でも、この年増いつまで、こうやってご主人様のちんぽをぺろぺろするんだろう? もしかして、ずっと舐め続けるつもりかなあ?”

 

“そうかもしれんな。そのときには、新教団の話などなしだ。もともと、俺自身は気乗りしない。俺たちになんのメリットもない”

 

“だけど、認めてあげるんでしょう? だから、こうやって相手をしてる”

 

“純粋に試してるだけだよ。そして、機会をあげてる。こいつの気持ちがちょっとはわかるからな”

 

“わかるって、同情? 可哀想ってこと?”

 

“うーん、ちょっと違うかなあ……。多分だが、フラントワーズはずっと待っていたのだと思うぞ。地獄のような状況の中で、令嬢やほかの夫人をあの手この手で守り抜き、俺が戻るのを一日千秋の気持ちで待っていたのだろう思う。俺さえ戻れば、全てが解決する。心から喜べる日が来る。そうやって、ずっと待っていたんだ」

 

「ふーん、それで?」

 

”それなのに、俺がここを解散させると言ったしな。しかも、俺自身はやって来ずに、アネルザに伝言を持っていかせた……。なあ、クグルス、そのときのフラントワーズの気持ちがどんなものだと思う?”

 

“どうかなあ……? がっかりしたとか?”

 

“いや、怒ったろう。それこそ、はらわたが煮えかえるほどにな。公爵夫人だから、交渉でそういう感情を出すことはないけど、実際には俺のことを失望しきったと思う。期待していた分だけね。そんな気持ちがわかるからチャンスをやったんだ。彼女にね”

 

“ふーん……。だけど、ご主人様がこいつとのセックスでなにを求めているのかわかった気がするよ……。でも、気をつけてね。もう、おかしなことはやりそうにないけど、切羽詰まったら、また歌を始めるかもしれないよ。もしも、歌が聴こえ出したら、すぐに言うから”

 

“頼む。そのときは、もう試しも終わりだ。全員を拘束して、この茶番は終わりにする。じゃあ、見張りを頼むな、クグルス”

 

“あいあいあさー”

 

 そして、クグルスの伝心が途絶えた。

 

「んふっ、んふっ」

 

 一方で、フラントワーズの口吻はいよいよ激しいものになってきた。

 口を大きく開いて、悩ましい鼻息とともに、口を収縮させながらむしゃぶりついている。

 すでに顔は脂汗にまみれている。

 

「もっとアドバイスをしてあげて、あなた方──。お願いです──」

 

 ランジーナが令嬢たちに声をあげた。

 令嬢たちの身体が緊張に包まれる。

 

「一度口を離して棹を舐めましょう。根元から先端に擦りあげるように」

 

 アドリーヌがまず言った。

 フラントワーズは唇を離して、荒い息遣いとともに一郎の一物を舐めさする。

 

「はい、しゃぶって──」

 

 エミール──。姉妹の姉の方だ。

 フラントワーズは唇を大きく開いて深々と咥え込む。とにかく必死に一郎から精を出させようと激しく顔を動かす。

 

「もっと激しくです。もっと──。頑張りましょう、フラントワーズ様──」

 

 エリザベスが強い口調で声をかけた。

 フラントワーズは、それに応じるように、懸命に唾液を出して一郎の怒張の先端にまぶし、しっかりと舌先を絡ませて顔を揺さぶり、口吻に激しさを足してきた。

 だが、もしかして、一郎がそろそろ精を放つとでも思っているのだろうか。

 しかし、そんなに甘くはない。

 そもそも、このフラントワーズであれば、一郎のことは調べたはずだ。だったら、フラントワーズが一ノスどころか、フェラを一日頑張っても一郎から精を絞り出すことなどできないとわかってもいいはずだが……。

 

 まあいい。

 いずれにしても、このままずっと稚拙なフェラを続けるだけなら、フラントワーズの想いなど諦めてもらうのみだ。

 横を見る。

 まずは、一個目の砂時計が終わった。

 

「さて、十タルザン経過だ。あと四十タルザンだぞ。それにしても、退屈なフェラだな。萎えそうだ」

 

 一郎はわざと小馬鹿にしたような物言いをした。

 そして、手を伸ばして、砂の落ち終わった最初の砂時計の隣の砂時計をひっくり返した。

 

 そのときだ。

 ベアトリーチェがずいと前に出て、令嬢たちの輪に加わってしゃがみ込んだ。

 

「フラントワーズ様、無駄です。それではフラントワーズ様の気持ちは天道様には伝わりません。天道様はフラントワーズ様の気持ちを求めておいでです」

 

 そして、ベアトリーチェが突然に声をあげた。



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887 わたしたちの願い-二個目

「フラントワーズ様、無駄です。それではフラントワーズ様の気持ちは天道様には伝わりません。天道様はフラントワーズ様の気持ちを求めておいでです」

 

 ベアトリーチェが必死の口調で言った。

 汗まみれで一郎の性器への口による奉仕を続けていたフラントワーズが顔をあげて、ベアトリーチェを見る。

 一郎はほくそ笑んだ。

 ベアトリーチェには、一郎の気持ちがわかったみたいだ。

 

「無駄と申しましたか、ベアトリーチェ?」

 

 一方で、フラントワーズはむっとしている。

 

「ええ、無駄です。天道様は絶倫でございます。そして、寵愛を競う大勢の女性がおられます。奉仕など受け慣れておいでです。失礼ながら、フラントワーズ様程度の性技で満足なさるわけがございません。天道様自身がおっしゃられた通りです。一ノスどころか、一日かかっても、天道様は精を放たれないでしょう」

 

「じゃ、じゃあ、どうしたらいいと言うのですか──? それとも、天道様はまた嘘をおつきになったのですか──」

 

 フラントワーズは後手拘束のまま、きっと一郎を睨んできた。

 いい傾向だ。

 怒っているフラントワーズの顔は、令嬢やほかの夫人たちの前での新教団の教祖としてのすました表情よりはずっといい。もっとも、嘘をついた覚えはないのだが……。

 すると、ベアトリーチェはいきなりフラントワーズに平手を張った。

 

「きゃああ」

 

 フラントワーズが横倒しにひっくり返る。

 

「あっ、フラントワーズ様──」

 

「なにをなさるのです、ベアトリーチェ様──」

 

 令嬢たちが慌てたようにフラントワーズを助け起こす。

 しかし、一郎もちょっと驚いた。

 だが、ベアトリーチェは真剣だ。

 

「いい加減になさってください。天道様がなんの嘘をついたというのですか──。勝手に期待して、勝手に求めて、その結果、天道様が思い通りの行動をしてくれなかったというと、よりにもよって天道様に歌による魅了をかけようなど……。そんな態度をずっととっていて、どうして、天道様がわたしたちを受け入れてくださるというのです。それなのに、天道様はわたしたちにチャンスをくださっているのです。フラントワーズ様にです──。それをどのようにお考えなのですか──」

 

 ベアトリーチェがまくし立てる。

 フラントワーズは、ベアトリーチェの剣幕にちょっと圧倒された感じになっている。ほかの令嬢もしんとしてベアトリーチェを見つめていた。

 だが、アドリーヌがはっとしたように身体を竦ませた。

 そして、いきなり、一郎に正座で向き直る。

 

「て、天道様、わ、わたしは、あの歌に加わっておりました。でも、魅了だなんて知らなくて……。い、いえ、あれは天道様を害するような行為です……。大変申しわけありませんでした」

 

 そして、床に手をついて深々と頭をさげる。

 すると、ほかの令嬢たちも表情を変えた。

 

「あっ、わたしも参加しておりました。申しわけありません」

 

「わたしもです。すみませんでした」

 

「わたしも……」

 

 次々に頭をさげていく。

 一郎はガドニエルの膝の上から起きあがった。

 

「謝罪の必要はない。頭をあげろ。お前たちはやらされただけだろう。謝るとすれば、やらせた者だろうな。まだ、謝ってもらってはないけどな」

 

 一郎は令嬢たちに微笑んだ。

 フラントワーズ、そして、ランジーナがやっと顔色を変えた。どうやら、一度も謝っていないことに気がついたみたいだ。

 

「あ、あの、天道様、申しわけありませんでした。罪はわたしにあります。どうか、どうか……」

 

 一郎の股のあいだに跪いていたフラントワーズが後手拘束のまま頭をさげる。ランジーナも合わせるように、手をついて頭をさげた。

 

「わかった。謝罪を受け入れる。もともと、大して怒ってない。驚きはしたけどな」

 

 一郎は言った。

 そのとき、この部屋に繋がる奥側の扉が開いた。

 視線を向けると、さっき出ていったラジル夫人が戻ってきて、さらにそれなりの数の令嬢たちがやってきた。

 一郎の女たちを両脇から抱えている。

 スクルド、ミランダ、エリカ、コゼだ。全員が全裸であり革枷か縄で拘束されている。エリカとコゼなど向かい合うように抱きつかされた状態で縛られていて、横歩きのようにしてやって来た。ただ、アネルザは見当たらない。

 誰も彼も、髪もぼさぼさで、かなり疲労困憊しているようだ。どうやら満足に歩けないらしく、それで令嬢たちが脇から抱えて連れてきたようだ。

 一郎は笑った。

 

「どうした? とりあえず、無事みたいだな。ここの令嬢たちにしてやられたと教えられたけど、不甲斐ないことをこのうえないな」

 

「こ、言葉もありません……。やられました……」

 

 エリカだ。

 そして、コゼとともに座り込んだ。

 ほかの女たちも、次々にその場に座ってしまう。相当に疲れているみたいだ。

 

「どうしたんだ?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「どうしたも、こうしたも……。本当に参ったよ……」

 

 ミランダが大きく息を吐いた。ミランダも含めて、かなり汗をかいている。スクルドなど床に寝てしまった。身体を起こすことも辛い感じだ。

 なにをされたんだろう?

 そのスクルドをはじめ、ミランダにも、エリカにも魔道封じの環が四肢に嵌められている。

 しかし、ミランダはともかく、エリカもそれなりの魔道巧者だし、スクルドに至ってはガドニエルに匹敵する高位魔道使いである。ここの連中が準備できる魔道封じ具程度で、魔道を封じられるとは思えないのだが……。

 

「どうやって捕らわれたのかはわからないが、自力で逃げることもできなかったのか、救世主殿?」

 

 一郎はお道化(どけ)た口調で訊ねる。

 

「はあ、はあ、はあ……、だ、だって、あんなにくすぐられては……」

 

 スクルドがまだ荒い息をしながら言った。

 

「くすぐり?」

 

 一郎は訝しんだ。

 そのとき、ちょうどアネルザが入ってきた。黄色い布を腰に巻いた女に案内されてきたのだ。

 アネルザに関しては、服も着ているし、拘束もされていない。疲れてもいないようだ。

 

「捕まった先から、延々とくすぐり責めにあっていたみたいさ。ちょっと垣間見ただけだけど、そりゃあ、壮絶だったね。令嬢たちも必死だしね。ちょっとでも手を抜いたら反撃されるからって、集団で一生懸命にくすぐってたよ」

 

 アネルザは笑っていた。同行の女が椅子か座布団を準備しようというのを断って、エリカたちと並ぶように直接に床に座る。

 

「集団くすぐりだと? そりゃあ、見たかったな。だが、アネルザは無事なようだな」

 

「わたしはただ監禁されていただけさ。それよりも、どういうことになったんだい、ロウ?」

 

 アネルザが訊ねてきた。

 一郎は肩を竦めた。

 

「それを決定する試しの真っ最中だよ。一ノス以内に俺をセックスで射精させられれば、新教団とこいつらの信仰を認めると言っている。しかし、駄目だったら、すっぱりと諦めるという勝負をしている。ところで、もう終わりでいいのか、フラントワーズ。そろそろ、二個目が終わるぞ」

 

 一郎はフラントワーズを見た。二個目の砂時計は上側の残りの砂の方が少ない感じになっている。

 フラントワーズがしまったという表情になる。

 

「あっ、い、いえ……。終わりません。やります」

 

 フラントワーズが慌てて言った。

 

「そうか。なら、始めろよ。謝罪なんてもういいぞ。それよりも、俺を満足させてくれ」

 

 一郎は再びガドニエルの膝の上に頭を乗せて横になる。

 

「ご主人様……」

 

 すると、ガドニエルが甘えたような声で嬉しそうに言った。

 可愛い女王様だ。

 一郎はガドニエルのスカートの中に手を入れて、さわさわと内腿をまさぐってやった。

 

「あんっ」

 

 ガドニエルがびくりと身体を跳ねあげかける。

 一郎は紐パンの横の紐を素早く解くと、ガドニエルの股間に指を差し入れた。もうぬるぬるになっている。

 いつもの通り感じやすい女だ。

 

「枕は動くなよ。なにをされてもじっとしていろ」

 

 ガドニエルを揶揄(からか)いながら、内腿に差し入れた指でクリトリスを弾くように動かす。ガドニエルがびくんと身体を動かした。

 

「ひゃん──。あっ、う、動きません。ガ、ガドは動きません。あっ、あんっ」

 

「動いているじゃないか」

 

 一郎が笑いながら指の動きを速くしていく。

 指にまとわりつく蜜がどっと多くなり、ガドニエルの愛液の匂いがむっと漂いだす。

 

「フラントワーズ様、ぼっとしててはなりません。天道様のお相手をとられてはなりませんよ」

 

 ベアトリーチェが声をかけた。

 

「そうでした」

 

 フラントワーズが再び一郎の脚のあいだに身体を入れてきて、一郎の股間に顔を倒そうとする。

 しかし、それをベアトリーチェが肩を掴んで、押しとどめた。

 

「えっ?」

 

 フラントワーズが屈みかけた姿勢のまま、顔だけあげてベアトリーチェを見る。

 

「奉仕は無駄と申しました。いえ、そもそも、天道様は一度も、奉仕をしろとフラントワーズ様に求めてはおりません。天道様が求めているのはセックスです。セックスで満足させることです……。おそらく、天道様はフラントワーズ様の……」

 

 ベアトリーチェが語り始める。

 やっぱり、ベアトリーチェはわかっているようだ。短いとはいえ、さすがはすでに一郎の精が刻まれた一郎の性奴隷だ。

 しかし、ここでベアトリーチェになにかもかも説明して欲しくない。

 だから、淫魔術でベアトリーチェの膀胱に水をぱんぱんに満たして、また、崩壊寸前にしてやった。しかも、膀胱どころでなく尿道全体が膨れるほどまで水分を充満してやる。

 

「いいいっ」

 

 ベアトリーチェが両手で股間を押さえて全身を硬直させた。瞬時に失禁しても当たり前の状態にしてやったのだが、とりあえず我慢したみたいだ。

 

「ベアトリーチェ、調教の時間だ。それと濡れたおしめは回収してやろう。ところで、お前専用の厠は持ってきたか?」

 

「い、いえ……、ば、馬車に……」

 

 ベアトリーチェが股間に手を当てたまま歯を喰いしばる表情で言った。

 そして、二度の放尿をしているはずのおしめは亜空間に回収した。親切心ではなく、失禁したら即座にわかるようにだ。

 だから、いまは、ベアトリーチェの股はさえぎるものがないノーパン状態だ。

 今度はどこまで我慢するのだろうか。

 ちょっと愉しみでもある。

 また、ベアトリーチェ専用の厠というのは与えている金桶のことだ。もちろん、ベアトリーチェが持ってきてないことはわかっている。

 

「なら、仕方ないな。死ぬ気で我慢しろ。いいな──」

 

 一郎は意地悪く言った。

 

「は、はい……」

 

 一方で、そのあいだも、ガドニエルの股間をいたぶる指は動き続けている。

 

「うっ、くっ、う、動きません……。ガ、ガドは我慢します……。で、でも気持ちよくて……」

 

 ガドニエルの膝がぶるぶると震えだす。

 一郎はぎゅっとクリトリスを強く押してやった。ちょっと痛いぐらいにだ。だが、これくらいの刺激がガドニエルには一番快感を与えるのだ。

 

「んくううう──」

 

 すると、ガドニエルの身体が伸びあがり、悪戯をしていた一郎の指にどっと愛蜜が噴きかかってきた。絶頂してしまったようだ。

 だが、膝の上から頭を振り落とされはしなかった。

 ガドニエルが手でしっかりと、一郎の頭を支えていたのだ。

 

「はあ、はあ、はあ……。あ、ありがとうございます」

 

 ガドニエルが荒い息をしながら言った。

 一郎を見下ろす顔には心からの一郎への哀慕で溢れていた。

 

「ああ」

 

 一郎はそれだけ言って、ガドニエルの股間から手を離す。

 そして、ちらりとベアトリーチェを見る。

 どうやら、もう喋れる状態でなくなっている。

 正座の姿勢のまま懸命に腿を締めつけ、手を股間に置いて真っ赤な顔で身体を震わせていた。

 ただ、まだ放尿はしていない。

 常人ならすでに失禁しているはずの限界を越えている尿意なのに、放尿癖のあるベアトリーチェはここからが長いのだ。

 しかも、こうやって尿を我慢させられるのが一番の快感でもあるのだ。

 ステータスを覗くと、ベアトリーチェの「快感値」がどんどんとさがっている。あっという間に“20”も切った。

 実に面白い性癖だ。

 

「あ、あのう……、ベアトリーチェ様はすでに天道様のご調教を受けられているのですか?」

 

 真っ赤な顔で声をかけてきたのは、アドリーヌだ。

 ほかの令嬢もぼっとしている様子でこっちを見ている。

 かなり理不尽な命令を受けているのがわかると思うが、全員が羨ましそうだ。

 令嬢たちも、すっかりとこの奴隷宮でマゾに染まってしまったらしい。全員がマゾ奴隷の素質ありだな。

 一郎は微笑んだ。

 

「おう、受けているぞ。このベアトリーチェは俺の放尿奴隷だ。自分の意思ではなく、俺の意思で放尿し、俺が許可するまで我慢する練習をずっとさせている。まあ、放尿奴隷にしてくれと頼むんでな。いや、無理矢理言わせたんだったかな」

 

 一郎は笑った。

 

「い、いえ、わ、わたしから……、お、お願いしました……」

 

 ベアトリーチェだ。

 今回はかなり苦しそうだ。

 まあ当然だろう。屋敷のとき以上の尿意を与えている。本当にすごいな。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「ああ、放尿奴隷……。天道様に、俺の奴隷などと言ってもらえるなど、羨ましいですわ」

 

 エリザベスだ。

 なんとなくだが、気性が激しそうな顔をしている。

 こういう娘はどんな責めをすると面白いだろうか。一郎はほくそ笑んだ。

 

「それから、このガドは、知っていると思うがナタル大森林国の女王だ。だが、俺の調教を受けたいと言って離れない。可愛いものだ」

 

 一郎は、ガドニエルの太腿をに再び手を這わせながら言った。

 それはともかく、フラントワーズは、どうしてさっきから、一郎がベアトリーチェやガドニエルのことをわざわざ口にしているかわかるのだろうか?

 ちらりと見ると、ちょっと焦れた感じでそわそわしている。

 もしかして、一郎の話を遮らないように気を使っているのか?

 まあ、育ちがいいのだろうな。

 

「もちろんです。ガドはずっと、ご主人様と一緒におりますわ。(つが)いですから」

 

 ガドニエルが一郎の頭をかき抱くようにしてきた。上からガドニエルの乳房が顔に乗ってきて押し潰されるみたいになる。

 しかし、ガドニエルと一郎が(つが)いだということを軽々しく話してよかったのか?

 まあ、一郎は困らないので、どうでもいいのだが……。

 令嬢たちがまた羨ましそうに、一郎たちに視線を向けてくる。

 

「あ、あのっ──。て、天道様、わたしとセックスをお願いします。わたしを抱いてください。改めてお願いします。娘たちのような魅力はなにもありませんし、女としては盛りを過ぎておりますが、必死でやります。頑張ります。ですから、この通りです、わたしたちに信仰を続けるチャンスをください。それは、わたしたちの願いなんです」

 

 そのとき、やっとフラントワーズが話を遮るようにして口を挟んできた。一郎にすがるように頭をさげる。

 だが、また“わたしたちか”……。 

 まだだな……。

 しかし、それでもいいだろう。この一ノスはフラントワーズに渡した時間だ。そして、この一ノスでフラントワーズが変わらなければ、信仰を一郎が受け入れることはない。

 一郎は顔をフラントワーズに向ける。

 

「最初からそう言っている。お前の気持ちを俺にぶつけろ。セックスでな。俺はセックスをすれば、女の気持ちがわかるんだ」

 

 一郎はガドニエルの膝の上に頭を乗せた仰向けのまま言った。

 股間の一物は、ずっと勃起したままだ。

 

「し、失礼します……」

 

 その怒張の上に、フラントワーズが跨がるようにしてきた。

 ゆっくりとフラントワーズの腰がさがってくる。

 そして、先端がフラントワーズの膣の入口に触れた。フラントワーズの股間は完全に濡れている。

 おそらく、ずっと受け入れ態勢はできていたのだろう。

 

「んっ、んんっ……。お、女を抱くと……、き、気持ちが……、お、おわかりに……?」

 

 フラントワーズが一郎の男根に股間を沈めながら言った。

 

「わかるな……。だから伝わってくるぞ……。フラントワーズの激情がな」

 

「う、うくっ、あ、ああっ、だ、たったら、わ、わかってください。わ、わたしたちは、本当に……し、信仰が、ひ、必要で……。だ、だから、わたしは……。あ、ああっ……。で、でも……、な、なんで、こんなに……? あっ、ああっ」

 

 フラントワーズはさっそくよがり声をあげた。

 一郎の怒張がフラントワーズの股間深くを貫いていっているのだ。そして、受け入れるについて、だんだんとたじろぎを示してした。

 予想を遥かに超える快感の到来に大きく戸惑っているようだ。

 まあ、彼女はただ一郎の怒張に膣を挿入させて、騎乗位でしゃがみ込んだだけだと思っているだろう。

 しかし、一郎はちゃんとフラントワーズの膣の快感の赤いもやに沿って怒張が埋まっていくように角度をとっている。だから、感じるのだ。

 一郎にかかれば、一郎が与える快感から女が逃げるのはほぼ不可能だ。

 

 そして、淫魔術でフラントワーズの身体を観察すると、子宮近くにちゃんと強い快感の場所があった。

 ほかにもあちこちに快感の場所が点在する。

 奴隷宮では性愛の鍛錬はしてないと口にしていたが、身体はなかなかに淫乱に仕上がっているようだ。

 一郎は身体を起こして、対面座位の態勢にすると、フラントワーズの腰を下から持ちあげるようにして、一度ぎりぎりまで怒張を抜き、改めて一気に腰を滑り落とさせた。

 

「ひいいいいいっ」

 

 腰が一郎の腰の上に落下すると同時に、子宮に近いその快感の場所を怒張の先が強く押しあげるように突いている。

 フラントワーズが悶絶の声を出す。

 

「もう一度だ」

 

 一郎は膝に残っていたズボンと下着を亜空間に収納すると、脚を胡座に組み直す。

 そして、フラントワーズの腰を持って、激しく上下に動かし、繰り返し子宮を突く。もちろん、挿入するときも抜くときも、膣の中の赤いもやを強く刺激させている。

 同じことを激しく繰り返して怒張を上下に抽送する。

 しかも、毎回違った快感の場所をだ──。

 

「ひいいっ、ひいいっ、いぐううう、ああ──、ああっ、天道様あああ」

 

 フラントワーズが汗まみれの裸身を弓なりにして身体をがくがくと痙攣させた。

 あっという間に、絶頂まで達してしまったようだ。

 ちょうど二個目の砂時計が終わったので、一郎は手を伸ばして素早く三個目をひっくり返す。

 

「俺を満足させるんだろう、フラントワーズ? ここからが勝負だぞ。俺から精を絞り出してみろ。腰を動かせ──」

 

 一郎は、脱力して体重を預けてきたフラントワーズの尻の横を軽くぴしゃりと叩いた。

 

「あんっ」

 

 フラントワーズが可愛い声を出して、一郎の怒張が埋まったままの腰を悶えさせる。

 だが、まだ余韻に浸っているのか動かない。

 一郎はぐっと腰を抱き寄せて、フラントワーズの顔を一郎の顔に密着させる。

 

「それとも、終わりか……?」

 

 耳元でささやく。

 

「と、とんでもありません。う、動きます──。む、娘たちにはこの信仰が必要なんです……」

 

 フラントワーズが慌てたように前後左右に激しく腰を動かし始める。

 

「なら、頑張るんだな」

 

 一郎はそれを受けながら、令嬢たちに視線を向ける。

 

「……お前らは俺の女たちの接待をしてくれ。拘束されているから、お前たちで飲み物や食べ物の介助をするんだ。それで、仲直りだ」

 

 集まっている令嬢たちに声をかける。

 令嬢たちが元気に返事をして、すぐにエリカたちに群がった。

 よくわからないが、「お姉さま」とか呼んでいる。

 エリカたちは戸惑いの表情だ。

 

「……それと、救世主様に対しては、令嬢たちの集団くすぐりというのをちょっと見てみたいから、それをやってくれ。応援を呼んできてもいいぞ。うちの女傑たちを圧倒したらしいその責めを再現してくれよ」

 

 さらに言った。

 横になっていたスクルドの顔に恐怖の色が浮かんだのがわかった。

 

「ひいいいっ、あ、あれは、もういやですううう」

 

 スクルドが絶叫した。

 だが、そのときにはすでに五、六名の令嬢たちに群がられていた。さらに増えていく。

 

「救世主様、天道様のご命令ですので……」

 

「さあ、またわたしたちの愛をお受けください」

 

「あっ、わたしは人数を呼んで参りますわ」

 

 そして、くすぐりが始まった。

 

「いやああああ、あはははははは、ひひひひひひ、だ、だめえええ、そこはもういやああああ、ははははは、あはははは、く、苦しい──。お、お許しを……、あはははは」

 

 スクルドが狂ったように笑い始める。

 給仕を受けていたエリカやコゼやミランダがぞっとした顔でそっちを見た。

 しかも、すぐに新しく入ってきた令嬢たちなども増えて、スクルドに集まっていく。

 部屋がかなり賑やかになる。

 

「ひいっ、ひっ、ひっ、ひんっ」

 

 一方で、フラントワーズの奮闘は続いている。

 一郎はさっそく、それに合わせるように一郎からも律動を加えた。

 快感を増幅させる。

 

「ひぐうううう」

 

 そして、フラントワーズは、呆気なく二度目の絶頂をしてしまった。



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888 最後の砂時計へ-苛酷な連続絶頂

「ああっ、ああああっ、だめえええっ」

 

 フラントワーズが引きつった声をあげた。

 下から一郎に腰を担がれ、対面座位の状態で怒張を上下に律動されているフラントワーズは、またもや絶頂に追いあげられようとしている。

 淫魔術を使うまでもない。

 片手どころか、すでに両手を超えてしまった絶頂回数なので、フラントワーズが快感を極めようとするタイミングはすっかりと見極めてしまった。

 残り数回の律動で、フラントワーズが十数回目の昇天をするのは明白だ。

 

「あっ、ああっ、ああっ、あああっ」

 

 しかし、後手に拘束されているフラントワーズにはなにもできない。

 ただただ、悶えるだけだ。

 一郎は容赦のない快感をフラントワーズに加えていく。

 

「また、ひとりでいくのか? もう四個目も半分は過ぎたぞ。俺の精を放たせるんじゃないのか? まあ、そう休み休みだと、さすがに俺も精を放つまでにはならないがな」

 

 一郎は対面座位で膝の上に乗せているフラントワーズの身体を片手で引き込み、尖りきっている乳首を舌で代わる代わる転がしてやった。 

 ちりんちりんと可愛らしい鈴の音が流れる。

 

「ひっ、ひっ、ひいっ」

 

 絶頂を繰り返しすぎて、フラントワーズの全身はありえない程に鋭敏になっている。こうなってしまえば、なすがままの一郎の玩具でしかない。

 フラントワーズが一郎の腰の上でいきむような声とともに背中を反り返させる。

 

「ほら、我慢しろ。そうひとりで絶頂ばかりしてては、俺を射精なんてさせられないぞ」

 

 一郎は、まるで失禁しているかのようにフラントワーズの股間から漏れ出ている愛液を指にまとわりつかせ、さらにお尻の中に深く指を挿入してやった。

 この場所を性交に使ったことはないようだが、どうやら前よりもアナルがこの夫人の弱点のようだ。

 こっちもまた何度も悪戯をしたからわかる。

 なによりも、一郎の淫魔術が、深紅のもやとして、そこがフラントワーズの快感の場所であることを教えてくれている。

 一郎は、アナル深くに挿入した指で、膣側の内側の肉をぐりぐりと押し揉んでやった。やはり、もっとも濃い赤いもやの場所だ。一番感じる場所の一点攻撃である。

 

「ひいいいい」

 

 フラントワーズが引きつったような声をあげた。

 前の穴を怒張で律動され、乳首を舐められ、さらにアナルを指責めだ。

 その三点責めを受けながら、さらに要時要所で新しい性感帯を掘り起こされるように刺激を足される。

 しかも、ただの愛撫ではない。

 淫魔術を駆使している一郎の責めだ。

 それを休むことなく、ひとりで受け続けるというわけだ。

 フラントワーズはまるで水でも浴びたように汗びっしょりだし、全身は信じられないくらいに真っ赤になっている。

 そのフラントワーズの裸身が激しく痙攣する。

 

「あああっ、あがあああっ」

 

 フラントワーズが奇声をあげて絶頂した。

 これで何回目で、どのくらいの間隔の連続絶頂だろうか?

 本格的な性交に入ったのは、二個目の砂時計の終わりかけだから、四個目の終盤のいままでの時間は約二十タルノス程度……。

 その短時間のあいだに、フラントワーズが快感を極めた回数はすでに両手を超えている

 間隔としては、一分間から一分半で一回の絶頂というところか……?

 まだ半ノス程度とはいえ、全力疾走をずっとさせているくらいの体力消耗だろうから、フラントワーズの年齢ではもう限界だろう。いまだに意識を保っているのが不思議なくらいだ。

 いや、年齢に関係なく、この短い間隔での連続絶頂だと、うちの女傑たちでもそろそろ意識を飛ばす頃だ。

 性愛になんの耐性もなくて、年齢も五十歳に近いフラントワーズにしては、とても頑張っている。

 

 だが、一郎はまだ律動をやめない。

 フラントワーズが絶頂しながら、次の絶頂に向けて快感を飛翔させていくのがわかる。

 

「んぐううううっ」

 

 そして、続けざまにフラントワーズが絶頂した。

 そのままかなり長い時間全身を突っ張らせていたフラントワーズだったが、一気に脱力すると、一郎の肩に額を押し当てたまま動かなくなった。

 荒々しかった呼吸が静かになる。

 これは本当に失神したか?

 一郎は対面のままフラントワーズの腰と背中を支えて苦笑した。

 挿入はしたままだが、とりあえず、律動だけはやめてやる。

 

「フラントワーズ様──」

 

 そのとき、大きな怒鳴り声がした。

 ランジーナ夫人だ。

 

 部屋全体が、くすぐり責めを受け続けているスクルドのけたたましい笑い声でうるさいのだが、それを遥かに上回る大声だ。

 脱力していたフラントワーズの裸身がびくりと震えた。

 

「はっ? えっ、わ、わたしは……。ああっ、し、しまった──。わたしは──」

 

「も、申し訳ありません……。でも気を失っておられましたので」

 

 ランジーナが涙ぐみながら言った。

 

「ああ、フラントワーズ様、お気を確かに……」

 

 さらに、いまは応援に回っているラジル夫人も声をかけてきた。ふたりとも、もう頑張ってとは言わなくなった。

 あまりもの、一郎による苛酷な連続絶頂責めに、フラントワーズが限界を越えてしまっていることを悟っているのだろう。

 だが、そのフラントワーズから、自分の意識が跳びそうになっていたら、必ず大声をかけるか、それとも身体を叩けと言われているのだ。

 いずれにしても、フラントワーズは本当に頑張っている。

 すでに気力だけだと思うが、その気力はまだまだ尽きていない。まあ、それもまた、終わりだろうけど。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 フラントワーズが顔をあげた。

 一瞬、ぼうっとしていたが、すぐにはっとしたように顔色を変える。

 慌てたように、横の砂時計を探す。

 

「大丈夫だ。意識を失っていたのは一瞬だけだ。だけど、もう四個目も終わるな。残り十タルノス……。さすがに無理だろう。俺から精を搾り取るどころか、もう動けないだろう。だから諦めろ、フラントワーズ」

 

 一郎は笑った。

 しかし、フラントワーズは壮絶な表情になって、一郎にすり寄るようにして上半身を預けると、一郎の怒張が貫いたままの腰を自ら回しだした。

 

「ああっ、あっ、だ、だめです……。し、信仰は……ひ、必要で……。む、娘たちを守る場所で……」

 

「そうか。なら、頑張るんだな。じゃあ、せめて、体位を変えてやろうか? 望みを言え。正常位が楽と思うが、俺から精を放たせるという目的を考えると、騎乗位がいいかもしれんな。後背位というのもあるぞ」

 

 一郎は笑った。

 喋っているあいだに、四個目の砂時計が終わった。

 残りは、最後の一個……。

 その五個目の砂時計をひっくり返す。

 

「わ、わたしたちには……、し、信仰が……どうしても……必要で……」

 

 しかし、フラントワーズには、一郎の言葉が聞こなかったのか、一郎の問いに反応がない。

 口の中でぶつぶつと言う感じだ。

 これは、ちょっと追い詰めすぎたか?

 一郎は苦笑した。

 

「さ、最後です、フラントワーズ様──」

 

 そのとき、ランジーナが大声をあげた。

 朦朧としているフラントワーズを覚醒させようとしたのだろう。

 

「さ、最後?」

 

 やっと、フラントワーズが顔をあげた。

 一郎と近距離で視線が合う。

 そして、すぐに首を横に曲げ、五個目の砂時計が時を刻み始めているのを確認した。

 目を見開いている。

 

「ああ、もう五個目──。ああっ」

 

 慌てたように激しく腰を動かしだした。

 

「ひいっ、ひいいっ、あああっ、ああああっ」

 

 だが、もう十数回の絶頂を重ねているフラントワーズの身体は、女体として敏感になり過ぎている。

 自分で動くだけなのに、あっという間に快感を飛翔させていく。

 

「気持ちよさそうだな、フラントワーズ。ほら、我慢してみろ。たった指一本だ」

 

 一郎は対面座位のまま、またもやフラントワーズのアナルに指を挿し入れた。

 何度も挿入しているので、完全にほぐれている。

 そして、真っ赤な赤いもやの場所を容赦なく揉み動かしてやる。

 

「いぎいいいいっ、ざわらないでえええ──」 

 

 フラントワーズの裸身が硬直して伸びあがる。

 必死に指から逃れようとするが、むしろそれは逆効果だ。一郎はフラントワーズのその動きを利用して、さらに快感を拡大していく。

 

「ほら、もっと暴れるんだ。もっとだ」

 

 一郎は微笑みつつ、指一本でフラントワーズのアナルを責め続ける。

 

「んぐううううっ」

 

 すぐに、フラントワーズが奇声をあげつつ、全身を痙攣させて絶頂した。

 そして、脱力する。

 フラントワーズの身体にはもう力が戻らず、ずるずると一郎の膝の上から落ちそうになっていく。

 一郎は挿入している怒張が抜けないように、再び両手でフラントワーズの腰を支えた。

 二度目の失神か?

 一郎は、フラントワーズの耳元に口を寄せた。

 

「……降参だな、フラントワーズ? もう動けないだろう? それとも、まだやるなら、続けてもいい。だが、見てみろ。最後の砂時計が残り三分の二だ。そして、フラントワーズを絶頂させるのに指一本だ。それだけで、お前はなにもできなくなる。それを繰り返すだけだ。だから、もう諦めろ」

 

 フラントワーズの身体をちょっとのけぞらせて、顔を乳房に埋める。

 ねっとりと舌で乳房を舐めまわしていく。

 

「ひあああっ、ああああっ」

 

 たちまちにフラントワーズがよがりだす。

 しかし、すぐに歯を喰いしばるようにして、一郎を睨みつけてきた。一郎は胸を責めるのをやめて、フラントワーズに視線を合わせた。

 フラントワーズは、ぼろぼろと涙をこぼしている。

 

「どうした?」

 

 一郎は笑った。

 

「う、うう……、うううう……」

 

 フラントワーズが顔を真っ赤にしてうなり声を出し続けている。

 もしかして、ちょっとおかしくなったか?

 

 そのときだった。

 フラントワーズが少しだけ、顔を後ろのそらせたと思った。

 次の瞬間、そのフラントワーズが、いきなり大きく口を開いて、一郎の肩に思い切り噛みついてきた。

 

「いだあああ」

 

 一郎は悲鳴をあげた。

 凄まじい力でフラントワーズが一郎の肩に歯を立てているのだ。

 フラントワーズの歯が肩の肉に喰い込む。

 激痛が走る。

 

「フ、フラントワーズ様──」

 

「ご主人様──」

 

「フラントワーズ様──、おやめください──」

 

 部屋のあちこちから一斉に声があがった。

 令嬢たちも、一郎の女たちもだ。

 それでも、フラントワーズは一郎に噛みついたまま、髪を振り乱して顔を動かしている。

 まるで、一郎の肉を引き千切らんとするかのようだ。

 

「ちょ、ちょっと、こいつを止めな、お前たち──。フラントワーズ、気が狂ったかい──」

 

 一郎とフラントワーズの交合をどちらかというと、余裕ある態度で食べ物を摘まみながら見物していたアネルザがびっくりしたように大声をあげた。

 

「フラントワーズ殿、やめよ──」

 

 ベルズが立ちあがった。

 

「ご主人様になにをするんですか──」

 

 ガドニエルもまた、怒って立ちあがるのが横目で見えた。

 

「大丈夫だ──。なにもするな──。慌てるな──。とにかく鎮まれ──」

 

 一郎は早口で怒鳴るとともに、フラントワーズの腰を両手で担いで、激しく怒張を律動させた。

 

「んひいいいっ」

 

 フラントワーズが快感で身体をのけぞらせて、やっと口を離す。

 肩がずきずき痛む。

 ちょっと血の匂いがするので、出血もしているのだろう。

 こいつ、思い切り噛みやがって……。

 

「大丈夫だ……。誰も何もするな……。ガド、治療だけ頼む」

 

「あ、はい……」

 

 温かいものが肩を包んだ。

 肩の痛みが消滅する。ガドニエルの治療術だ。

 一郎は、改めて、フラントワーズを抱き寄せつつ苦笑した。

 そして、もう一度、手でなにもするなと全員に示す。

 部屋がしんとなった。

 

 一方で、令嬢たちがこっちに気を取られているため、一時的にくすぐり責めから逃れたスクルドが這うように、令嬢たちから逃げようとしているのが見えた。

 ふと見ると、何度か失禁したのか、スクルドの身体の下だった場所に、かなりの水たまりができている。

 

「あっ、ああ……」

 

 また、反対側の隅でこっそりとベアトリーチェが泣くような声を出したのが聞こえた。

 こっちは、すごい勢いで正座の脚の下に尿が拡がっている。

 やっと失禁だ。

 しかし、ベアトリーチェもよくこれまで我慢したものだ。

 とにかく、スクルドといい、ベアトリーチェといい、目の前のフラントワーズといい、あちこちで忙しいことだ。

 

「ベアトリーチェ、罰だ。そのままでいろ。しばらく、自分の小便の上に座ってるんだ」

 

 だが、冷たく叱咤する。

 大したものだと、内心では舌を巻いているが、これも調教だ。

 言いつけを守れなかったときには罰だ。

 

「も、申し訳ありません……」

 

 ベアトリーチェは完全に項垂れている。

 一郎はこっそりと微笑んだ。

 一方で、スクルドには粘性体を飛ばして、身体を床に四肢を開いて仰向けに寝そべるように床に貼りつける。

 

「いやああ──。もう嫌ですうう。許してくださいいい。くすぐりはもういやああ──」

 

 スクルドが悲痛な声をあげて泣き出す。

 いつもの余裕が消し飛んでいる。これはかなりのトラウマになったようだ。

 いいことだ。

 いずれにしても、この奴隷宮の連中がここまでややこしくなったのは、全部スクルドのせいだろう。

 簡単に許すものか──。

 

 ちょうど、誰かを実験台にしようと思っていた新しい淫具があった。“くすぐり虫”という淫具であり、指の第一関節ほどの大きさの内側に繊毛のある丸い円盤状の物体だ。ひとつひとつが女のすぐったい場所を見つけて、身体を這いまわっては肌に張り付き、くすぐりの刺激を与える仕掛けになっている。

 それをとりあえず五十個ほど亜空間から出して、スクルドの身体の上から無造作にぶっかけた。

 

「ひゅああああ、いひゃははははは、ひひひひひ、い、息が……ひゃはははは、息ができない……ははははは、ぐ、ぐるじいい……ご、ごれなんですか……。あははははは、ははははは……」

 

 スクルドの身体の股間から脇から横腹から胸から、とにかくあらゆる場所に小さな丸い物体がくっついて、くすぐりを責めを加えていく。

 スクルドは半狂乱になった。

 

「うわっ」

 

「ひあっ」

 

「ひあああ」

 

 くすぐり責めでひどい目にあったエリカ、コゼ、ミランダがそれを目の当たりにして、一斉に顔を蒼くした。

 一方でフラントワーズだ。

 

「うううう……、ううううう……」

 

 まだ、涙をぼろぼろと流しながら唸っている。

 そして、顔を真っ赤にして、一郎を睨んできた。

 また、噛みつかれるのではないかと、ちょっとびびる。

 

「うわあああああああ」

 

 だが、次の瞬間、フラントワーズは吠えるように号泣を始めた。



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889 大それた最後の願い

「うあわあああああ、あああああああ」

 

 フラントワーズがまるで幼女のような激しい号泣を始めた。

 部屋の全員がびっくりしすぎて、静まり返ったのがわかる。

 しかし、一郎だけは別だ。

 まさか、号泣するとは思わなかったが、このフラントワーズから剥き出しの感情を出させようとして、とことん追い詰めたのは一郎だ。

 そのために、一郎に性愛で勝つという望みも、体力も、最後には気力さえも奪ってやった。

 いまのフラントワーズには、なにも残ってない。

 だから、心がぶっち切れてしまったのだ。

 

 もはや、フラントワーズには、元公爵夫人としての体裁も、奴隷宮で囚われていたや夫人たちをまとめる代表者としての交渉術も、信仰集団の教祖としての矜持もなにもない。

 ただの女だ。

 これを待っていた。

 そのフラントワーズと語りたかったのだ。

 

「うわあああああ」

 

 フラントワーズがまたもや大きく口を開けて歯を一郎の肌に向ける。

 完全に常軌を逸し、冷静さを失っている。

 しかし、本当のフラントワーズは、ここまで激情的な女だったのだと思った。

 

「おっと」

 

 さすがにもう痛い目に遭いたくない一郎は、フラントワーズの顎を片手で押えて、彼女の顔全体を上を向けさせて避ける。

 そのまま、唇を密着させて唾液とともに舌を挿し入れる。

 

「えっ?」

 

「あっ」

 

 悲鳴のような声をあげたのは、エリカだろうか、コゼだろうか?

 フラントワーズが一郎の舌を噛み千切らないかと焦ったのだろう。

 しかし、フラントワーズはそんなことはしない。一郎にはわかっていた。

 一郎の挿し込んだ舌に、フラントワーズの舌が激しく絡みつく。しばらくのあいだ、むさぼるようにフラントワーズが一郎の舌を唾液を舐め吸う。

 やがて、一郎は口を離した。

 唾液の糸が繋がって伸びたが、それがぱちんと弾けて消える。

 

「落ち着いたか?」

 

 一郎はフラントワーズに視線を合わせて微笑んだ。

 しかし、フラントワーズはまだぼろぼろと涙をこぼし続けている。

 

「うううう、あ、あなたはひどい──。ひどい、ひどい、ひどい──。いやな人です──。意地悪です──。意地悪過ぎます──。ひどい──。ひどい──。最初からわたしには、あなたに性愛で勝つ望みなんてないのに、それをさせて、そして、こんな風にもてあそんで、ばかにして──。ひどい、ひどい、ひどいです──。うわああああ──、うわあああああ」

 

 そして、またしても号泣し始めた。

 全員が唖然としている。

 

「ああ、俺はひどいやつだ。いやなやつだ。もうわかっただろう? そんな男を神様にするなど、間違っているということがわかったか?」

 

 一郎は諭すように言って、フラントワーズの頭の上に片手を乗せた。

 もう一方の手はフラントワーズの腰の括れを背中から支えて、彼女の身体を支えている。

 いまだに、一郎の怒張はフラントワーズの股間の中に挿入されていて、フラントワーズの両脚は一郎の胴体を挟んで背中側に投げ出されている。

 

「ひぐっ、ひぐっ、ひぐっ……。やっぱり、そんなにひどいことを──。わたしたちが……、わたしがどんなに、あなたを待ち望んでいたのか、わからないというのですか──。どんな人なのだろう……。どんな声で喋られるのだろう……。わたしはあなたには一度も会ったことがありませんでした……。だから、ずっとそれを想像して……。会いたかった。声をお聞きしたかった。あなたに会えたら……。もしも、あなたに会えたら……。ずうっと……。ずっと……。そうしたら、そしたら……。そしたらあああ──」

 

 フラントワーズがまた大声で泣き出した。

 おそらく、もう、いまどういう状況で、周りに誰がいるのかということも、一切を喪失していると思う。

 いま、彼女が知覚できるのは、一郎とフラントワーズ自身だけに違いない。

 

「そしたら、俺がここを解散させると言ったんだな。お前に会うこともなく……。すまなかったな……。腹が立っただろう?」

 

「は、腹が立ったかですって──? とんでもない──。殺してやろうかと思いましたよ──。生かしておけない。あの人は仇だって──。なにもかも毀して、殺してやろうかと思いました。あのとき、どれほどわたしががっかりして、絶望したか、あなたには絶対にわかりっこありません。あんなに待ち焦がれて、会いたかったお人が……。話しかけられてなくてもいい……。声さえ聞ければ……。ほんのちょっと眼の端に留めてもらえれば、それだけで幸せになれて、それで死んでもいいとさえ、ずっと、ずっと、ずうっと思っていたあなたは、わたしたちを見ることなく、わたしたちを……わたしを拒絶したんです──。意地悪です──。あなたは、信じられなくらいに意地悪です──。とっても、とっても意地悪で……。そして、やっぱり思った通りに意地悪で──。でも、まさか抱いてくれるなんて……。でも、とっても意地悪でええ──。うわああああっ」

 

 そして、また、わんわんと泣き出す。

 まったく、童女のような慟哭だ。

 相変わらず、部屋はしんとなったままだ。

 そういえばと、スクルドを見ると、いまだに“くすぐり虫”はあいつの全身を這い動いているが、スクルドは泡を吹いて気絶していた。

 股の下は新しい失禁の水たまりができている。

 一郎は、収納術で“くすぐり虫”を全回収した。

 なかなか使えそうな淫具のようだ。

 

 そのあいだも、フラントワーズは泣き続けていた。

 だが、だんだんとその泣き声が落ち着いたものになっていくのがわかった。

 やっと激情も冷めてきたのかもしれない。

 

「も、申し訳ありません……。と、取り乱しました……。お、お恥ずかしいふるまいを……」

 

 そして、フラントワーズがぼそりと言った。

 真っ赤になって、俯いている。

 一郎はフラントワーズの顎を掴んで、また顔をあげさせた。

 その顔は涙と汗でぐしょぐしょであり、顔は真っ赤だが、泣いたせいか眼も赤い。

 

「会わずに済ませるつもりはなかった。まあ、言い訳だけどな。だが、すまなかった……。そして、待ち焦がれていたと言ってくれてありがとう」

 

 一郎は言った。

 すると、フラントワーズは静かに首を横に振った。

 そして、腰をあげて、一郎の怒張から股間を抜こうとする。一郎はそれをぐっと押さえた。

 

「あんっ」

 

 フラントワーズが甘い声をあげる。

 

「まだだ。まだ終わってない」

 

 一郎は微笑んだ。

 フラントワーズが訝しんで、視線をちらりと横に向ける。五個目の砂時計は、ほんの少しだけ上側に砂が残っている状況だ。

 上側の砂の量は残り数瞬というところだろう?

 フラントワーズの全身から最後の力が抜けたのがわかった。

 

「い、いえ、みんなには申し訳ないけど、わたしには無理でした……。諦めます。天道様にはかないませんでした。そして、天道様にも申し訳ありませんでした……。心から謝罪します。許してくださいとは言いません。でも謝罪します。罪はわたしひとりのものです。ほかの者はわたしに強制されただけです。それと、ありがとうごさいました。こんなにも満たして頂けるなんて思いもしていませんでした……。こんな年増ですから天道様のお手付きはないと思ってましたし……。犬とまでまぐわったような女ですし……」

 

「ちょっと前にも言ったが、そうまでして、みんなを守ろうとしたんだ。フラントワーズは誇っていい。それと、フラントワーズは十分に魅力的だ。年増などと卑下する必要はない」

 

 一郎は笑った。

 

「いえ、いずれにしても、人生の最後に素敵な思いをさせていただいて感謝します……。王妃様をはじめ、天道様や皆さんにご迷惑をかけた罪は、この命をもって償います。でも、条件を満たすことができなかったわたしが言えることではありませんが、でき得れば、七十三人の娘たちについてはよろしくお願いします。彼女たちは、心から天道様を慕っております。純粋に天道様を想っているのです」

 

「わかった。請け負う──。任せろ」

 

 一郎ははっきりと言った。

 部屋の中でどよめきの声があがる。令嬢たちが一斉に息を呑んだのだ。

 

「それと、令嬢以外の夫人たちについても受け入れよう。もっとも、家族が待っている者については、その家族との話し合いも必要だ。だが、基本的には本人の意思を優先する。独裁官として約束する」

 

「あ、ありがとうございます──。全員ですか? 本当に全員ですか?」

 

「ああ、全員だ。そこのラジルとランジーナもだ。だが、但し付きだぞ。それぞれの家族との交渉次第だ。無理矢理に帰すことはしないが、家族がいる者は一度は戻ることも必要だろう。俺は誘拐魔にはなりたくない。しかし、ひとりひとりについて最大限の努力はしてやる。例えば、通うという方法もある。お前ら全員まとめて官吏として雇おう。そうすれば王宮に出入り自由だ。まあ、こっちについても任せろ」

 

 令嬢や夫人たちがわっと歓声をあげた。いつの間にか、奥側の扉が全開放されて、そっちにも人が溢れていた。令嬢や夫人たちがぎっしりとそこに集まっていたのだ。

 

「それで構いません。ありがとうございます。本当にありがとうございます。これで、心置きなく死ねます。嬉しいです。本当に感謝申しあげます」

 

 フラントワーズが満面の笑みを浮かべて、またぼろぼろと涙をこぼし始めた。

 怒ったり、泣いたり、笑ったり忙しい女だ。

 一郎は苦笑した。

 

「わかった……。じゃあ、最後にはお前だ。望みをひとつ叶えるとすれば、なにがいい? なにか言え。考えてやる」

 

 一郎は言った。

 すると、フラントワーズがくすりと笑った。

 

「ならば、死ぬ前に、一度だけでいいので、わたしを性奴隷とお呼びください……。天道様に性奴隷にしていただくのが、奴隷宮に監禁されて拷問を受けていたわたしたち、ひとりひとりの唯一の望みでした……。もちろん、わたしもです……。おこがましいとは思ってます。でも、わたしもまた、こっそりと、そんな大それた望みは持っていたのです……」

 

「やっと、その言葉を言ったな、フラントワーズ。長かったな」

 

 一郎は笑った。

 

「えっ?」

 

「いや、わかった……。じゃあ、その望みも叶えよう。来い」

 

 一郎は向かい合ったまま、フラントワーズを抱き締め直す。

 そして、腰を動かして怒張を挿入したままフラントワーズの股間を揉み回すようにしながら、再び唇と唇を重ねた。

 

「んんあっ、んあっ」

 

 五十に手が届くかというフラントワーズは、性愛に関しては熟れきった熟女というところだろう。

 口の中も性感帯の宝庫だ。

 一郎は、舌で思うままに蹂躙する。

 同時に、汗まみれの熱い裸身を腰の上で揺り動かしていく。

 フラントワーズもそれに合わせるように、ゆっくりと自ら腰をうねらせる。さっきまでのような性急で強引な快感ではない。

 徐々にせり上がっていくような、それでいて、深くて熱い甘美感でフラントワーズを包むような情欲だ。

 フラントワーズは、一郎の舌をしゃぶり抜きながら、しばらくのあいだ、うっとりと挿入されている股間の気持ちよさと、口の愛撫に酔いしれるような感じになった。

 

「んああ、天道様……」

 

 フラントワーズが口を離して、顔を一郎の胸に擦る付けるような仕草をする。

 また、股間は一郎の怒張をぎゅうぎゅうと締めつけて、吸い込むように収縮していく。

 一郎は再び指をフラントワーズのアナルに沈めて愛撫してやった。

 

「ああ、またああ、また、わたしだけえええ」

 

 フラントワーズがまるで電撃でも打たれたかのように、がくがくと身体を痙攣させる。そして、脂汗にまみれているうなじをのけぞらせて、一気に悦びの頂上にせりあがっていった。

 

「やっぱり意地悪です──。意地悪ですううう──、憎らしいいい、あああああ」

 

 フラントワーズが絶息して果てた。

 一郎はそれに合わせて、射精をした。

 

「あっ、ああああっ」

 

 フラントワーズはその瞬間を知覚したのか、目を大きく見開いて、大きな声を張りあげた。

 そのあいだも、一郎の精はどくどくとフラントワーズの子宮に流れ注がれていく。そして、一郎はフラントワーズの後手拘束の裸身をしっかりと抱きしめてやる。

 

「嬉しいいいい──。し、死んでもいいいい」

 

 フラントワーズが発作でも起こしたかのように、一郎の腕の中で激しく震え、そして、がっくりと一郎の肩に額を押し当ててきた。



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890 目を覚ますと……

 フラントワーズは、目を覚ました。

 気がつくと、フラントワーズは床に横倒しに寝かされていて、周りにはラジルやランジーナをはじめとした奴隷宮でずっと一緒に過ごしてきた夫人たちや、大勢の令嬢たちが集まっていた。

 フラントワーズが覚醒したことには、まだ気がついていないようであり、お互いに愉しそうに会話をしている。

 しかし、状況がわからない。

 とにかく、ほぼ裸体の女たちの肉の壁の視界と、むっとするほどの女の匂いだ。

 

 しかし、だんだんと頭が覚醒するにつれて、そういえば、ロウ様に抱かれたのだということを思い出した。

 そして、恥ずかしさが襲ってくる。

 

 なんということをしてしまったのだろう。

 一ノス以内にロウ様から精を出させることができたら、天道教のことを認めてやると言われ、フラントワーズは無謀にも天道様であるロウ様に精の勝負を挑むことになった。

 その結果、さんざんに玩弄されてしまい、それですっかりと血が頭に昇ってしまって、フラントワーズは完全に逆上してしまい、よりにもよって、ロウ様に悪態をつくは、泣き喚くは、噛みつくはと散々なことをしでかした気がする。

 だが、ロウ様が寛大な心でフラントワーズを笑って許し、天道教のことは諦めざるを得なかったものの、奴隷宮に集められてた令嬢と夫人たちについては引き受けると言ってもらえた。

 次第に記憶が戻ってくると、心の底からの嬉しさに包まれる。

 そして、同時に安堵した。

 

 よかった……。

 これで、よかったのだ……。

 

 そもそも考え方次第だ。

 教団という枠がなくても、信仰は残るではないか。

 天道様を崇める心は、残された者のそれぞれが残せばいい。

 後のことは、誰かに任せよう。なによりも、天道様が任せろと口にしたのだ。もう十分だ。

 そういう柔軟な心が最初からあればよかったが、やってしまったことは仕方がない。

 

 フラントワーズの最後の役割は、できれば罪をひとりで背負って死ぬことだろう。

 少なくとも若い娘たちには、なんの咎もないようにしなければならない。

 そういう意味では、ロウ様は令嬢と、フラントワーズ以外の夫人たちのことまで引き受ける言ってくれた。

 ならばいい。

 ならば、思い残すことはないにもない……。

 

 この奴隷宮で起こした反乱には、多分、意味はあったのだと思いたい。

 馬鹿げた反乱だったけど、成果はあった。

 ロウ様の「任せろ」という言葉は引き出した。

 これで、心置きなく、命を絶つことはできる。

 

 よかった……。

 

 なによりも、抱いてももらったのだ。

 人生の最後に……。

 

 死ぬ前の最後の望みを問われ、恥知らずだとは思ったが、咄嗟にロウ様の性奴隷と呼んでくれと強請(ねだ)り、ロウ様に抱いてもらったのだ……。

 そうか……。

 そして、精を注がれて、気を失ってしまったか……。

 

 どうやら、ここはそのときにロウ様に抱いてもらった部屋みたいだ。意識を失って、そのまま横にされたのか……。

 それにしても凄まじかったな……。天道様との性愛は……。

 

 なによりも確信したのは、やっぱりロウ様はやはり、天道様だということだ。

 理由などない。

 抱いてもらったフラントワーズだからこそ、理解できる感覚だ。

 

 そのロウ様と愛し合った……。

 フラントワーズは込みあがってくる笑いを静かに我慢した。

 

「あのう……。ど、どういう状況なのでしょうか……?」

 

 フラントワーズはとりあえず、身体を起こそうとして、両手がまだ背中側で拘束されていることに気がついた。

 そのため、うまく起きあがることができない。

 

「ああっ、フラントワーズ様が──」

 

「教祖様が目を覚まされましたわ」

 

「フラントワーズ様──」

 

 周りが一斉に歓声をあげた。

 

「ごめんなさい。ちょっと起こして……」

 

 フラントワーズはなんとか自力で起きようとしたのだが、拘束されているというだけでなく、全身が綿にでもなったかのように力が入らない。

 まるで自分の身体ではないみたいだ。

 

「さあ、フラントワーズ様……。本当にありがとうございました」

 

「ありがとうございました。そして、おめでとうございます」

 

「ああ、フラントワーズ様……。感謝申しあげます」

 

 ラジル、ランジーナ、マリア夫人、そのほかの大人組たちがフラントワーズを抱きしめて、次々にお礼を口にする。周りの令嬢たちもそうだ。

 全員は涙ぐんでいて、心から嬉しそうだ。

 だが、ちょっと理解できない。

 お礼はともかく、おめでとうとはなんだろう?

 

「おう、目を覚ましたか、教祖殿?」

 

 そのときだった。

 お道化(どけ)た口調でフラントワーズに群がる女たちを割ってやって来たのはロウ様だ。

 フラントワーズの身体にかっと熱いものが走る。

 この男の前で、フラントワーズは数十年ぶりに女になった。

 しかも、翻弄され、激情し、その肩に噛みつきさえした。いまにして思うと、その醜態が恥ずかしくて堪らない。

 どうして、あんなことをしてしまったのか。

 だが、あの途方もない快感──。

 忘れられない……。

 自分の顔が真っ赤になるのがわかる。

 

「あっ、天道様……」

 

 この歳にもなってと思うのだが、この激情はどうしようもない。

 まさか、少女時代のときのように、惚れるだの腫れるなどという心情に自分が陥るとは思わなかったが、だが悪くもないものだ。

 限られた時間ではあるものの、人生最後の恋ができる……。

 悪くない。

 まったく悪くないではないか……。

 

「天道様、改めてお詫びとお礼を言わせて頂きます。このたびは……」

 

 フラントワーズは周りの者から身体を離してもらい、ロウ様にもう一度頭をさげようとした。

 これが最後の可能性もある。心を込めて謝ろう。

 また、おそらくフラントワーズは牢に収監されるのだろうが、このロウ様は令嬢たちのことも、ランジーナたちのこともすべて引き受けると約束もしてくれた。それについては、まったく心配していない。

 きっと、彼女たちが満足するようにしてくれるのだろう。

 

「ああ、そんなのはいい。きりがない。謝罪など一度してもらえれば十分だ。それよりも、これからのことだ。アネルザとも話し合ったんだが、やはり、全員にここから出てもらうぞ。お前たち全員を性奴隷として引き受けるとしても、さすがに、ルードルフ王時代の奴隷宮や後宮では都合が悪い。それで考えたんだが、テレーズという女官長が作らせた豪邸が王都に二軒ある。そのうちの一軒をお前らにやるから、新教団の拠点でもなんでも使え。あの屋敷内には、かなりの宝物があるらしいが、独裁官権限で、それごとやる。好きにしろ」

 

 ロウ様がフラントワーズの前に胡座で座り込んだ。

 すると、すかさず、ガドニエル女王とコゼがさっと両隣に密着して座った。ふたりとも、手に食べ物らしきものが載った皿を手にしている。

 

「ご主人様、どっかいったらだめですよ。こんな分からず屋、しばらく放っておけばいいんですって。さあ、果物をどうぞ」

 

「こっちはお菓子です。残念ですが、こういう細工物の食べ物はやっぱり人間族の仕事は素晴らしいですね。さあ、どうぞ」

 

 ふたりが競うように、ロウに手で持った食べ物を差し出す。

 一郎は笑いながら、順番に一口ずつ口にした。

 また、コゼはエリカとともに全裸で拘束していたような気がするが、いまは拘束は解かれて、ちゃんと服も身につけている。

 

 それはともかく、ロウ様の言っている意味がよくわからない。

 新教団としての拠点?

 それは、一ノス以内に精を出させることができなかったから、認められなかったのでは?

 フラントワーズは首を傾げた。

 そもそも、テレーズの王都屋敷というのはなんだろう。フラントワーズたちが奴隷宮に監禁される前、ルードルフ王の命令で王都に屋敷を突貫工事で建築させようとしていたと思うが、あれだろうか?

 ただ、フラントワーズたちは、その完成された状況は見てない。

 そこを教団の拠点にと言った?

 

「あ、あのう、天道様、なにがなんだか……」

 

 フラントワーズはきょとんとしてしまった。

 

「なんだ、まだ説明してないのか、ランジーナ?」

 

 ロウ様がランジーナに顔を向ける。

 

「フラントワーズ様は、たったいま意識を戻されたのです。その暇がなくて……」

 

「ああ、そうか。まあいい。じゃあ、アネルザも来いよ。さっきの話のことだが、そういうことでいいんだな」

 

 ロウ様が背中側に振り返って声をあげる。

 また、周りの女たちが割れて、王妃アネルザ様がやってきた。それだけじゃなく、エリカ、ミランダといった、フラントワーズが捕らえさせた女性たちも一緒にやって来た。

 この部屋に連れてこられるときには、ロウ様の命令で全員が全裸のままで拘束をされていたが、いまは拘束は解かれて、ちゃんと服も着ている。

 それなりに時間が経ったのだろうか。

 また、スクルド様はいないようだ。

 

 きょろきょろを部屋を見回す。

 すると、十人ほどの令嬢たちに囲まれて会話をしている。だが、彼女については、フラントワーズや令嬢たち同様に裸だ。

 さらに、後手に縄掛けをされている。

 そのスクルド様に、令嬢たちが世話をして飲み物を飲ませたり、食べ物を口に運んだりして、話をしつつ世話をやいている。

 スクルド様は、疲労困憊の色が強いが元気そうではある。

 ここからでは会話の内容は聞こえないが、愉しそうに笑っているみたいだ。

 

「スクルドが気になるか? 三日間、預けとく。ただし、縄は解くな。まあ、拘束はしてても、魔道は遣えるから好きなように扱え。拠点を王都の新屋敷に移すなら、王宮と移動術で繋ぐ設備も整えないとならないだろうしな。それをやらせるんだ。約束通りに全員を官吏として雇う。ほかにも、好きなだけこき使え。救世主殿への罰だ」

 

 ロウ様が笑った。

 また、新教団の拠点と口にした。

 どうやら、そういうことになっているみたいだ。

 だが、フラントワーズにはわけがわからない。

 

「あ、あのう、つまりは、わたしたちの信仰を認めてくださるということですか……?」

 

 フラントワーズは訊ねた。

 すると、ロウ様がにやりと笑った。

 

「ああ、約束だからな。一ノス以内に、確かにフラントワーズはちゃんと俺から精を出させた。俺がフラントワーズに精を注いだときは、まだ五個目の砂が落ちきる前だったよ。合格だ」

 

「ええ?」

 

 フラントワーズは思わず声をあげた。

 そんなはずはないのだ。

 すでに半分朦朧となっていたし、激情の中にあったから、記憶も定かではないが、最後に砂時計を眼で認めたのは、五個目の砂時計が砂を落ち終わらせる寸前だった。それからロウ様に抱き合って最後に愛してもらったのだから、いくらなんでも、砂が落ち終わってないということはあり得ない。

 

「きょとんとしているわね。まあ、無理もないかも……。あたしたちも唖然としたもののね」

 

 コゼがくすくすと笑った。

 すると、そこにベルズが現れた。

 

「とんだ、茶番だったな。ロウ殿は最初から、お前らを認めるつもりだったようだ。これが五個目の砂時計だ」

 

 ベルズが持っていたのは、あのときの砂時計だ。

 目を丸くした。

 砂時計は、あのほんのちょっとの砂を上に残して、砂の落下が止まっていた。フラントワーズは唖然とした。

 

「そんなことはないぞ。賭けは賭けとして、間に合わなければ、信仰は認めないつもりだった。だが、どうやら、俺が準備した砂時計が壊れていたんじゃないか。いずれにしても、独裁官は約束は守るよ……。まあ、正直なところお前に免じて、認めてやる。その代わりにお前も約束は守れ。俺を神様だなんで喧伝してみろ。即座に禁教扱いだ。今度は慈悲などない」

 

 ロウ様が言った。

 フラントワーズはびっくりした。

 そして、歓喜が全身に込みあがる。

 

 本当に……?

 本当? 

 

「え、ええ? ええっ、あ、ありがとうございます……。ああああっ、ありがとうございます──。天道様あああ」

 

 姿勢をただして、後手のまま頭をさげる。

 フラントワーズが床に頭を付けるのに合わせて、ほかの令嬢や夫人たちも、一斉に頭をさげた。

 

 だが、ああ、認めてくれたのだ……。

 天道様が……。

 ロウ様が……。

 

 顔をひれ伏させている床に、フラントワーズの眼から落ちた嬉し涙がみるみると拡がるのがわかった。

 すると、ずっとロウ様が立ちあがったと思った。

 

「うぐっ」

 

 頭と額に衝撃が走る。

 ロウ様が思いきりフラントワーズの後頭部を足で踏みつけたのだ。

 

「だが、実際の話、際どかったぞ。お前が意地を張って、俺が期待する言葉を口にしなかったら、俺はお前らの面倒を見ない決意をし直しただろう。だが、フラントワーズは最後の最後に、俺の性奴隷になるために必要な言葉を口にした。だから、性奴隷にしたんだ。この馬鹿たれが──。意地を張りやがって──」

 

 ロウ様がフラントワーズの頭をぐいぐいと踏みにじる。

 だが、嬉しい……。

 主に叱られる……。

 そのことが、こんなにも歓喜を伴うものとは思わなかった。

 しかし、性奴隷になるために必要な言葉って……?

 フラントワーズは、なにを口走ったのだろう?

 

「は、はい、申しわけありません……。で、でも、わたしが口にした言葉とは……?」

 

 フラントワーズは頭を踏まれながら訊ねた。

 頭の上にかけられていた力がなくなる。ロウ様が足をどけてくれたのだ。

 フラントワーズは頭をあげた。

 すると、その首にロウの手が伸びてきて、なにかが首にがちゃりと嵌まった。

 

「えっ?」

 

 なにを嵌められたのかわからない。

 だが、ロウはいままで、フラントワーズがしていたはずの青いチョーカーを手に持っている。

 もしかして、新しいチョーカーをされた?

 なにかが首に装着されている感覚は残っている。

 

「俺の性奴隷の証である赤いチョーカーを嵌めた。二度と外れないぞ。お前が口にした言葉というのは、俺の性奴隷にしてくれという言葉だ。それさえ口にすれば、性奴隷にするつもりだった。逆に、最後まで口にしなければ、お前も教団とやらも、面倒は見ないと決めていた。それをぐだぐだと、くだらない言葉を並べたり、交渉しようとしたり、あれこれ、面倒なことをしやがって、反省しろ──」

 

 ロウ様が腕を振りあげた。

 次の瞬間、肩から乳房にかけて衝撃が走った。

 

「あぎいいっ」

 

 乗馬鞭で打たれたのだとわかったのは、その乗馬鞭がもう一度振りあげられたときだ。

 再び、鞭が振ってくる。

 今度は反対側だ。

 

「ひぎいいい」

 

 フラントワーズは悲鳴をあげてしまった。

 

「声を出すな──。それよりも数をかぞえんか──。罰のときは、数をかぞえろ──。一から調教してやるからな。ちょっとずつ奴隷の作法を覚えていけ──。ほかの者もだ──」

 

 鞭が振ってくる。

 

「はいっ」

 

「はい──」

 

「はい、天道様──」

 

 令嬢たちが一斉にロウ様に向かって返事をした。

 鞭が正確に乳首に打たれて、吊っていた鈴が弾け飛ぶ。

 凄まじい激痛が乳首に走る。

 

「んんんっ、さ、さんんん──」

 

 悲鳴を懸命に我慢して、数をかぞえる。

 

「馬鹿者──。ちゃんと一からかぞえろ──」

 

 反対側の乳首も叩かれる。そっちの鈴も飛んでいった。

 

「ひぐううっ、いちいいいい」

 

 絶叫した。

 結局、それから、悲鳴をあげてやり直したり、ちゃんと数をかぞえられなかったりして、数十発鞭打たれた。

 ロウ様から「終わりだ」と宣言されたときには、脱力してその場に倒れてしまいたくなった。

 全身が脂汗でまみれている。たくさんの鞭痕もついた。

 しかし、一方で、なんともいえない幸福感がフラントワーズを包んでもいた。

 主の調教だ。

 それを与えられたのだ。

 

 ついに、天道様の性奴隷に……。

 ロウ様の性奴隷になれたのだ。

 

 嬉しい……。

 よかった……。

 

 しかも、こうやって、手ずから調教してもらって……。

 これで、思い残すことも……。

 

 あれ──?

 あれれ?

 

 いま、ロウ様は……。

 確か、一から調教すると口にしたような……。

 まるで、これからずっと性奴隷にしてくれるというような物言いだ。

 

「はあ、はあ、はあ……。あ、あのう……、も、もしかして、わ、わたしの勘違いかもしれませんが、一から調教ということは……し、しばらく、調教をさせてもらえるということでしょうか……?」

 

 おずおずと言った。

 すると、今度は正座をしている腿を思い切り乗馬鞭で引っ叩かれる。

 

「んぐううっ」

 

 フラントワーズは歯を喰いしばって悲鳴を飲み込んだ。

 

「しばらくじゃない。一生だ──。俺の性奴隷に終わりはない──。一度、性奴隷になれば、永遠に俺の性奴隷だ。後悔しても遅いぞ。それがお前が望んだ俺の性奴隷になるということだ──」

 

 顎を摘ままれて上を向かされる。

 唇が近づき、口を吸われる。

 全身の力がまた抜けていく。

 まるで、全身が甘美な潤いの中に引き込まされていって、溶かされていく感覚……。

 また涙が眼から滴っているのがわかった。

 

 でも、一生……?

 

 一生と言ったのか……?

 言ってくれた?

 

 しかし、自分は罪を償わないとならなくて……。

 死ぬつもりで……。

 

 考えようとしても思考がまとまらない。

 ロウ様との口づけが気持ちよすぎるのだ。

 与えられる快感のまま、フラントワーズはむさぼるように、ロウ様の舌に自分の舌を絡め続けた。

 

「だ、だけど、わたしの罪は……」

 

 ロウ様の唇が離れると、やっと頭がまわって、口から疑問の言葉がこぼれた。

 もしかして、許されるのか?

 まさか……。

 

「罪ってなんだ。アネルザ、思い当たることはあるか?」

 

 ロウ様が無邪気そうに白い歯を見せて、アネルザ様に顔を向ける。

 すると、アネルザ様は軽く肩をすくめた。

 

「さああね。ここには、ルードルフに迷惑をかけられた女たちと話をしにきたんだけど、ついつい話し込んでしまって長居をしてしまった。それだけさ……。まあ、わたしについてはそれでいいよ」

 

 アネルザ王妃がくすりと笑った。

 

「えっ?」

 

 フラントワーズは思わず声をあげた。



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891 天道様の奇跡

「さああね。ここには、ルードルフに迷惑をかけられた女たちと話をしにきたんだけど、ついつい話し込んでしまって長居をしてしまった。それだけさ……。まあ、わたしについてはそれでいいよ」

 

「えっ?」

 

 王妃アネルザの言葉に、フラントワーズは思わず声をあげた。

 もしかして、許されるのか?

 いや、そんなはずはない。

 それだけのことをした。

 

「でも、ここを囲んでいたラスカリーナたちや、すでに動いている官僚群の後始末については、お前がなんとかしなよ、ロウ」

 

「おう、ラスカリーナについては、任せろ。説得は得意だ。じっくりと閨でしてやる。官僚群もなんとかするさ。さっそく、こいつらに働いてもらう。書類を勝手に回して、好き勝手するのは得意技みたいだしな」

 

 ロウ様が声をあげて笑った。

 

「ラスカリーナはともかく、奴隷宮で騒動があったことは、あちこちに連絡がいっているんだ。それをなかったことにするんだ。うまくやるんだね……。まあ、実際の話、今回については、権力を失った王妃のわたしだから、どうでもいい。でも、お前やイザベラが同じことになったら、そのときには絶対に許してはだめだ。それが、お前やイザベラやその子供たちの命を守ることになる。王族の命を奪おうとした者は親兄弟、妻子まで連座で処刑する。見せしめとしてね。そうやって、治政者というのは自分の家族を守るんだ」

 

「肝に銘じるよ」

 

 ロウ様が笑うのやめて、アネルザ様に口を寄せて頬に口づけをした。

 

「や、や、やめておくれよ」

 

 すると、アネルザ様が目に見えて狼狽し、顔を真っ赤にした。

 まるで少女のようなアネルザ様のふるまいに、思わず頬が綻んでしまう。

 それはともかく、つまりは、許されるということ?

 

「あ、ありがとうございます──」

 

「感謝を申しあげます──」

 

 ラジルとランジーナががばりと頭をさげた。

 ほかの令嬢や夫人たちも一斉にお礼の言葉を口にする。

 

「で、でも……」

 

 しかし、ただひとり、フラントワーズだけは、まだ頭がついていかなくて、呆然としたままでいた。

 

「お前に死ぬ暇などあるものか──。それとも、こんな面倒なものを俺に押しつけて死ぬつもりか? 女官僚としても馬車馬のように一途に働いてもらうからな──。死ぬなんて許さんぞ、馬鹿たれが──」

 

 ロウ様がまた肩を乗馬鞭で鞭打つ。

 だが、それが気持ちいい。

 激痛なのだが、途方もなくありがたくて、気持ちいい。

 はらはらとまた涙がこぼれる。

 ああ、今夜は泣いてばかりだ……。

 自分はこんなにも、泣き虫だっただろうか……。

 

「泣いている暇もないぞ──。お前らに三日間やる。そのあいだに、まずは全員がここから、さっき俺が説明した新屋敷に移動しろ。話はそれからだ。それだけじゃなく、その三日のあいだに、一度は家族と会わせて全員の去就を再確認させろ。その段取りをアネルザに協力してもらってお前がするんだ──。さらに、それに加えて官僚としても労働力を出せ。忙しいぞ──」

 

「わかりました──。ありがとうございます」

 

 フラントワーズは頭をさげた。

 よかった──。

 本当によかった。

 そして、やはり、ロウ様は素晴らしい。

 神様のような人……。いや、神様そのものだ。天道様だ──。

 

「それとこれは全員に伝えておく。お前たちのひとりひとりについて、本当に性奴隷になりたいと望むのであれば、その全員を受け入れる。だから、最低三日間やるから、よく考えろ。俺も処置しなければならないことが山積みしていることもあるので、一度時間を開ける。いずれにしても、信仰と俺の女になることは切り離す。いいな、フラントワーズ──。絶対に信仰も性奴隷になることも強要するな──。立ち去りたいと思い直した者は去らせよ。その者については、これから見るものについての口止めの魔道はかけさせてもらうけど、それなりの財と、身を立てることへの協力は可能な限りさせる。独裁官として約束する」

 

「もちろんです、天道様。わたしたちは、ただの一度も信仰を強制だと考えたことはありません。もちろん、天道様にお仕えすることもです。当然のことです」

 

「それならいい……。余計なことを言った……。じゃあ、傷を治してやろう、フラントワーズ……。こっちを向け。それと、性奴隷になることは、それぞれの自由意思だと伝えたが、お前は別だ。すでに俺の性奴隷だ」

 

 嬉しい……。

 どうして、ロウ様はこうもフラントワーズの望む言葉を口にしてくれるのか……。

 そして、鞭打たれた場所が温かい風のようなものに包まれる。

 全身がぽかぽかする。

 すると、その温かさが身体中に回り、フラントワーズは不思議な力が漲ってくるのを感じだ。

 さらに身体がかっと熱くなる。

 

 ちょっと胸が痛い?

 いや、痛みではなく、違和感だ……。

 なんだか身体が変だ。

 

 視線を落とす。

 眼に見える限り、すべての鞭痕が消滅している。

 だが、それだけでなく、心なしか、垂れていた乳房が張っているような……。

 張るというよりは、形よく上を向いている?

 いや、間違いない。

 上から見るだけで、かたちよくせり出した美乳に変わっている。

 

 あれ?

 腰の括れもぐっと細くなっていないか?

 

 なんだ?

 なにか、おかしい。

 

 もしかして、身体も軽い……?

 全身の気怠さや、疲労感の一切が消滅している。

 

 なんだかわからない変化が自分に起きた。それがなにかはわからないが、多分、間違いない。

 フラントワーズは焦った。

 

「ええええええ──」

 

「きゃああああ──」

 

「フラントワーズ様ああ──」

 

 すると、一斉に夫人たちや令嬢たちが絶叫した。

 すぐ近くのランジーナやラジルなど、あまりにも驚いた感じで口を大きく開いて、閉じようともしない。

 やっぱりだ──。

 なにかが、フラントワーズに起きたのだ──。

 フラントワーズは確信した。

 

「な、なにかあったのですか? もしかして、わたしになにか変化が?」

 

 慌てて言った。

 いまの一瞬で、なにかがフラントワーズの中で変化した。

 そうとしか思えない。

 

「鏡を──。誰か、ここに鏡を持ってきてください──」

 

 ランジーナが叫んだ。

 後ろの方で令嬢の何人かが走っていき、しばらくすると戻ってきた。

 小さな鏡が運ばれてきて、いまだに後手拘束のままのフラントワーズの前に鏡を拡げてくれる。

 

「えええええ?」

 

 フラントワーズは絶叫した。

 鏡にうつっているのは、フラントワーズであり、フラントワーズではなかった。あまりにも若々しいフラントワーズがそこにいた。

 

 三十代?

 いや、二十代の頃のフラントワーズだ──。

 

 辛うじて、自分の顔だとわかるが、若返っている。

 

 多分、顔だけじゃない。

 そういえば、肌がきれいだ。

 瑞々しくて若々しい。

 

「秘密を守ってもらうことが幾つかある。これもそのひとつだ。俺の精を注がれた女は、肌がきれいになり、皺や身体の緩みが消滅する。若返ってるわけじゃないが、その結果、見た目が若返ってように見えるんだ。当然ながら、年齢を重ねた者ほど、それが顕著になるというわけだ。誰にも言うなよ。これがばれれば、世界中の老婆が俺のところに押しかけてくるかもしれない」

 

 ロウ様が笑った。

 だが、フラントワーズはあまりもの驚きで言葉が出ない。

 じっと鏡を見たまま、そこから眼が離せないでいる。

 だが、だんだんと嬉しさが込みあがる。

 若い頃の自分……。

 まだまだ、天道様に尽くせる……。

 若返った身体を天道様に抱いてもらうこともできるかもしれない。

 それって……。

 嬉し過ぎる……。

 フラントワーズは知らず、鏡を覗き込みながら笑っていた。

 

「も、もしかして、わたしたちも、そうなるのですか──?」

 

「えっ、そうなのですか──?」

 

 ランジーナ、次いで、ラジルだ。ちょっと血相を変えている。

 すると、年配組の夫人たちも一斉にどよめいた。

 殺気めいた気の圧力のようなものも襲ってきた気がする。

 

「まあ、こうなるわよねえ」

 

「いつ見ても、あたしたちもびっくりだものね」

 

 エリカとコゼだ。

 しかし、これで合点がいった。

 アネルザの年齢にしては、随分と若々しい肌だとずっと感じていたのだ。それを無理して化粧で誤魔化している感じさえしていた。

 なるほど、アネルザもまた、このロウ様の恩恵に預かっているのだ。

 

 怖ろしい力だ──。

 まさに、神の力だ──。

 

 神のような人ではない。

 間違いなく、このロウ様は天道様だ──。

 奇跡の人だ──。

 いまこそ、フラントワーズは確信した。

 神はここに存在する──。

 目の前に──。

 

「その代わり、性奴隷としても、働き手としても尽くしてもらう。その代償としての恩恵だ。見た目が変わりすぎて困る者は、スクルドに相談しろ。それを誤魔化す魔道具も準備してくれる」

 

 ロウ様が笑った。

 そして、さらに口を開く。

 

「話してはならないことはたくさんあるが、これもそうだ──。クグルス、出てこい」

 

 ロウ様が軽く自分の胸を叩いた。

 すると、ロウ様の身体から、手の平ほどの大きなの小さな女が飛び出してきた。

 

「じゃじゃじゃじゃーん。クグルスだよ──。お前ら、ありがたくも、このご主人様の性奴隷になる機会をもらったんだ。性奴隷になるなら、しっかりと励め──。そのときは、ぼくが徹底的に性奴隷の心得えを教えてやるからな──」

 

 魔妖精だ。

 びっくりした。

 人間族に害を与えて狂わせると言われている妖魔であり、見つけ次第に退治することになっている。

 それがここに?

 ロウ様が──?

 

「俺の眷属だ。仲良くしろ──。命令だ。悪戯好きだが、いいやつだ。俺が保証する」

 

 一郎が笑った。

 

「いいやつとは思わないけど、クグルスは悪戯好きよ。まあ、気をつけてね、あんたら」

 

「時々頼りになるけど、悪戯好きね。本当に気をつけなさい」

 

 コゼとエリカが言葉を足した。

 クグルスと紹介された魔妖精が宙を飛んで、コゼとエリカの前に向かう。

 

「うるさい、お前ら──。今回は大して役に立たなかったくせに──。結局、ご主人様だったじゃないか。大きな口を叩くな──」

 

「まあ、今回はなにも言えないわね」

 

「ほんと……」

 

 クグルスの言葉に、エリカとコゼが揃って嘆息した。

 

「きゃああああ、可愛いいい」

 

「本当──。わたし、魔妖精様なんて、初めて見ました。天道様のお眷属様なのですか? ならば、神の御使(みつか)い様ですね」

 

「御使い様、わたしたちに、性奴隷の心得えをお教えください。よろしくお願いします」

 

 一方で令嬢たちはほとんどが嬉しそうに歓声をあげた。

 世代の違いというのは、こういうことだろうか?

 若い者たちには、魔妖精への嫌悪感はあまりないみたいだ。

 

「おっ、おっ、なんかお前ら、いいやつだなあ。ぼくを攻撃して追い回さないだけでなく、歓迎するのか。エルフ女兵もいいやつだったけど、お前らもいいやつだなあ──。よーし、じゃあ、ぼくがご主人様にどうしたら好かれるか教えてやるからな。お前たち、すけべそうだし、主人様のいい雌畜になるぞ」

 

 クグルスが上機嫌になって、令嬢たちのところに飛んでいく。

 また、そこでも歓声があがっている。

 

「も、戻りました」

 

 そのとき、今度はベアトリーチェがやってきた。

 どこかに行っていたみたいだ。

 ロウ様の前にやってくる。

 しかし、心なしか身体が震えているような……。

 顔はなぜか蒼白だし、かなりの汗をかいているみたいである。

 

「おう、どうだった? ラスカリーナの様子は?」

 

「と、とりあえず、包囲は解散してもらいました。でも、ラスカリーナ殿自身は、まだ天幕で待っておられます……。そ、それに、詳しい事情を聞きたそうでした。やはり、王妃様や天道様の顔を直接に見て安心したみたいで……」

 

「なるほど。なら一応、顔を見せてから戻るか。じゃあ、フラントワーズ、また来るが、次はお前たちの新しい拠点の新屋敷だ──。もう一度繰り返すけど、新屋敷に残ることについては強要するな。三日経てば、我にも返る者はいる。迷う者は一度去らせろ。迷った挙句に、また性奴隷になりたいなら受け入れる。だから、去就の確認では絶対に強要するなよ」

 

「あっ、はい、わかりました」

 

 フラントワーズは慌てて言った。

 すると、突然に後手の拘束が消滅する。やっと両手が自由になる。

 一方で、ベアトリーチェはなぜか、苦しそうだ。声もちょっと震えている……。

 

「ところで、生まれて初めての浣腸はどうだ、ベアトリーチェ? せっかくの新しいおしめだ。我慢できなければしてもいいぞ。許可する。そのときは、また、俺がおしめを替えてやろう。大便のついた尻も拭いてやる」

 

「ま、まさか──。と、とんでもありません。ご命令の通りに、屋敷に戻るまで我慢します。許可を受けるまで、必死に耐えます」

 

 ベアトリーチェが慌てたように、激しく首を横に振る。

 だが、浣腸?

 浣腸とは、あの浣腸──?

 フラントワーズはびっくりした。

 

「そうかあ? まあいいけどな。我慢できるならしろ。だが、屋敷に戻ったら、俺の前で排便をしてもらう。俺の前で排便するのが、放尿についての言いつけを守れなかった罰だ。いいな──」

 

 ロウ様がベアトリーチェに微笑むとともに、ベアトリーチェのお尻を乱暴に触って刺激する。

 

「ひいいっ、お、やめくださいいい、天道様ああ……」

 

 ベアトリーチェが引きつった声をあげた。

 ロウ様が悪戯をやめて、声をあげて笑う。

 

「あーあ、でも、結局、こうなったのね。アネルザ様とエリカが捕まり、あたしたちも捕まり、とんでもない夜だったけど、結局、誰も死ななかったし、誰も怪我もしなかった。ただただ大騒ぎの夜だったわ」

 

 コゼが立ちあがって、ロウ様の腕に自分の腕を絡めた。

 

「はあ、結局、どういう夜だったんだろう?」

 

 ミランダだ。

 帰るとなって、ミランダも立つ。ほかの女性たちも次々に立ちあがった。

 

「ひと晩分の安らかな眠りを失った夜さ。じゃあ、帰るか。向こうの屋敷でも心配しているだろう。じゃあな、フラントワー。ズクルド、お前は三日間、ここで働け──。いいな」

 

 ロウ様が言った。

 

「あっ、はい──」

 

 離れた場所にいるスクルズ様……いや、スクルド様の返事が聞こえた。

 

「それと、覚えているだろうが、ここでの奉仕の三日が終わったら、罰の再開だからな。忘れないように、あてがわれる部屋にこれを置いておけ」

 

 ロウ様が宙から取り出すように、三個の木桶を出した床に置いた。

 収納術のようだ。

 木桶にどういう意味があるのかわからないが、それを見たスクルズ様は、顔を蒼白して小さな悲鳴をあげた。

 またもや、ロウ様が声をあげて笑う。

 

「さあ、じゃあ、行こう」

 

 ロウ様が外に向かう広間の方向に歩き出す。両隣の位置にいるコゼとガドニエル女王に加えて、ロウ様の女性たちが一緒に歩き出す。

 

「あっ、お待ちください」

 

 フラントワーズは、慌てて見送りをするために後を追った。

 すると、そのロウ様が不意に立ち止まった。

 

「いや、よく考えたら、ベアトリーチェだけが罰というのも変か? アネルザはともかく、女戦士のくせに、令嬢たちにしてやられた三人にも罰がいるな。エリカとコゼとミランダにも、排便の指令を身体に送り込んでやる。帰りも馬車だからな。しかも、王都屋敷経由じゃなく、一ノスかけて馬車で戻る。クッションも外して、揺れる板敷きの座椅子に直接に座ってもらおうかな」

 

 そして、ロウ様が笑って言った。

 

「ひっ」

 

「ひいいっ」

 

「ひうっ」

 

 すると、エリカ、コゼ、ミランダの三人が一斉に全身を硬直してお尻に手を当てた。

 顔を覗くと、三人ともすでに顔が蒼白だ。

 みるみると顔に脂汗のようなものが噴き出してきている。

 

「行くぞ」

 

 ロウ様が再び歩き始める。

 彼女たちもぎこちない動きで歩き出した。

 

「ははは、馬車の道中は長いからなあ。たっぷりご主人様に苛めてもらえ。よかったなあ」

 

 魔妖精のクグルスが飛んでいて追いつき、エリカたちの周りを揶揄(からか)って声をかけてから、すっとロウ様の身体の中に消えていった。

 だが、便意って……。

 そんなこともできるのか?

 やっぱり、天道様だ。

 フラントワーズは、むしろ感嘆した。

 そして、天道様に仕えるということは、こういう辱めも日常のことになるのだろう。

 正直、ぞくぞくする。

 

 そして、歩きながら考えた。

 やっぱり、ロウ様は天道様だった。

 ロウ様の奇跡は本物だ。

 やはり、このロウ様のありがたさを……。素晴らしさをもっともっと喧伝しなければと思った。禁止はされたが、それこそがロウ様への恩返しであり、フラントワーズたちに与えられる使命のような気がする。

 天道様の素晴らしさをもっと人々のあいだに拡げるのだ。

 ロウ様は忌避感があるようだが、ロウ様を神格化して、人の心に信仰を作りあげることは、ロウ様がこれからなさることを考えると、そもそも、極めて有効な手段なのだ。

 信仰というのは、いともたやすく、「神」の奴隷を産み出すことができるのに──。

 

 まあいい……。

 

 やり方はいくらでもある。

 ロウ様に知られることのないように……。

 元公爵夫人の名にかけて、絶対にロウ様を唯一無比の存在にしてみせよう。

 申し訳ないけど、このフラントワーズは、ただロウ様の命令に従うだけの奴隷にはなれそうにない。

 絶対に、天道様を慕う信者をこの世にいっぱいにしてみせよう。

 

 

 

 どうぞ、ご覧あそばせ──。

 

 

 

 

(第8話『性教徒たちの反乱』終わり)





 *

【天道教】

 原始教であるクロノス信仰から発展し、統一帝国の初代帝ロウ=サタルスを神格化した宗教。
 通説としては、諸王国時代の末期、兇王ルードルフのもたらしたハロンドール王国の王都の混乱の中において民衆の間に生まれ、初代伝道長フラントワーズを中心に急速に拡がったとされる。
 天道たるロウとその言葉を伝えたスクルズの教えを信仰し、享楽と友愛を重んじ、すべての種族を区別することなく愛することを説く。
 初代帝ロウの即位とともに、皇帝自身の神格否定宣言によって禁教となったが、帝国運営の多くに天道教徒が加わっていたこともあり、禁教処置は厳格なものにはならなかった。
 三代帝***帝時代に禁教処置が解除され、七代帝***のときに国教となった。

 …………。  

(中略)

 …………。
 また、現在の天道教の聖典のひとつとして数えられている『フラントワーズの福音書』には、ロウ=サタルスが最初に独裁官の就任を議会で宣言した日に、ロウ、復活したスクルズ、さらにフラントワーズと多くの信徒が性宴を開いたという有名な話がある。
 現在における天道教の様々な宗教的式典の骨幹的な由来として結び付けられている性宴ではあるものの、文献学的な研究においては、この記述は後世の加筆であると長く考えられていた。
 だが、近世に入り、ルルド離宮跡から『コゼ日記』の原書が発見された際、その記述の中に、ロウの新暦宣言の日にフラントワーズとロウが愛し合い、さらに、多くの少女信者がロウの祝福を与えられたという文言が見つかったことにより、同福音書が、ある程度の史実に基づいたものであると、多くの歴史家の見解が一致するものとなった。
 ただし、その性宴に、復活したスクルズが参加していたか、ということについては、『コゼ日記』の記述に、“スクルド”と“スクルズ”のふたつの名前が混在していることから、現在においても、歴史家の統一的な見解には至っていない。
 世界的な歴史学の権威者として有名なブラフ=パウエルはその著書において……(略)。
 …………。

 (中略)

 現在では、天道教は、大陸を越えて全世界に拡がっており、東教会と西教会に分裂しているが、両派を合わせた信者数は**億を超え、世界最大である。


 ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。

(前半部分は、493話の後書きに記載したものの再掲載です)


 *

 王宮の長い一日は、これで一区切りです。数日投稿を開けさせて頂きます。よろしくお願いします。


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 第9話   離れる者、寄る者
892 不本意な対陣


「黙らんか──」

 

 イザベラは激怒して、テーブルの上の水の入った盃を使者に投げつけた。

 ここは王都に向かう街道を西の面で制する外郭砦の前面に展開しているイザベラの軍営であり、その野戦指揮所にしている天幕群のひとつである。

 相手は、目の前の要害を守備する将軍リンの実弟と自己紹介したと思ったが、名は忘れた。

 盃は、その男には当たらなかったものの、水はびっしょりとそいつの軍服の半分を濡らせた。

 すると、背後に立つヴァージニアがすっと手をイザベラの肩に置く。

 冷静さを保てという意味だろう。

 だが、無理だ。

 のらりくらりとくだらない話を繰り返すこいつに怒るなというのは無理なことだ。

 

「し、しかし、我らとしては……」

 

 そいつは、懐から布を出して濡れた服を拭く。

 もっとも、水に濡れた軍服を拭くのか、顔の汗を拭くのかはわからない。それくらいに汗びっしょりなのだ。

 

「やまかしい。よくも、わたしの前で、砦引き渡しの条件などと世迷い事を言えるものだ──。よいか──。わたしは女王として、無条件に砦を我が軍に解放することを命じているのだ。お願いしているのでなければ、話し合いのつもりもない。交渉の余地などない。め、い、れ、い、だ──。お前らがするのは、直ちに降伏して武装解除することしかない──。お前がリンの指図に従わねばなにも決断できんというのであれば、リンを目の前に連れて来い──」

 

 イザベラは怒鳴りつけた。

 すると、ヴァージニアが触れている反対側の肩にシャーラが手を置く。

 イザベラは、さらに大声を張りあげようとしていたのをぐっと飲み込み、それなりに大きくなった腹に手を置く。

 確かに興奮するのはよくないのだろう。

 ほかに、イザベラの後ろには、ロウがつけてくれた元闘奴のマーズがいるが、彼女は護衛に徹すると彫像のように動かず、気配さえ感じさせない。

 それはともかく、落ち着こうと大きく深呼吸する。

 

「……ともかく、さっさと砦を解放せよ。交渉はこれで最後だ。次はその使者しか受けつけん」

 

 イザベラはできるだけ激昂を抑える努力しながら言った。

 テーブルの下で手は、膨らんだ腹の上に置かれている。

 南部のガヤの城郭から、移動術の設備と「縮地」と呼ぶ魔道による強行軍で少数の南欧軍とエルフ軍で、その砦の前に軍旗を掲げて陣を張ったのは四日前だ。

 そのときは、ルードルフ王は健在であり、そのルードルフ王からイザベラは叛乱者の触れを出されていたが、二日目の夕方頃から状況は一変した。

 

 少人数で王都に潜入したロウが、王宮を確保することに成功したらしく、ルードルフ王に退位を明言させ、さらにイザベラに王位を継承させることを、急遽招集した大議会で宣言させたのである。

 その連絡も来ている。

 だから、目の前の王都西側の外郭砦を占拠する王軍を含めて、すべての王軍の指揮権は、いまや、このイザベラにあるのである。

 王都から出されたはずの武装解除指示も、目の前の砦の連中には届いているはずだ。

 しかし、それにも関わらず、いまだに、イザベラたちが展開する西の外郭砦に関しては、亀が甲羅にこもるように、守備隊の連中が砦から出てこない。

 

 何度か使者も派遣したが、門を閉ざして会おうともしない。

 怒ったイザベラは、ただちに開城して、イザベラ軍の軍門に降らなければ謀反人とすると、シャングリアが率いる騎馬隊を使って、矢文を射かけさせた。

 それでやっと、使者を送り込んできたのが、目の前の男だ。

 西の砦には七千ほどの王軍がいるはずであり、それを率いているのはリンという王都軍の将軍なのだが、その実弟だという。

 しかし、イザベラにしてみれば、使者というよりは、すでに政権交代をした新女王を前にして抵抗を続けようとする狂人だ。

 そうでなければ、意味がわからないことを喋る鸚鵡(おうむ)だ。

 リンという将軍が口にせよと教え込んだ言葉しか喋れない人形のような男だ。

 とにかく、腹が立って仕方がない。

 

「しょ、承知です……。それでは、我らの武装解除の要領につきまして話し合いを……。また、将兵の生命の保障についての約定をしていただき……」

 

 また、目の前の鸚鵡が喋りだした。

 かっと頭に血が昇る。

 こいつは、自分たちの女王に対して交渉をしようというのか──?

 自分の立場を理解しておらんのか──。

 

「お帰りになった方がよろしかろう、使者殿」

 

 そのとき、ずっと黙って経緯を聞いていたモーリア男爵が口を開いた。

 シャングリアの実家であるモーリア家の当主であり、イザベラたちはこの陣に展開したときに七百人ほどでしかなかったイザベラ隊に、傭兵団五百を率いていち早く参陣したのがモーリア男爵である。

 いまは、この数日で近傍領主たちからの参陣により、二千人ほどに拡大しているが、最初の一日目は、エルフ国から出してもらっているアーネスト殿の五百人の魔道師団、ブルイネンの率いるロウの親衛隊こと三十人のエルフ族の女兵、さらに、二百にも満たない南王軍からの抽出部隊のみがイザベラ隊の総兵力だったのだ。

 その勢力のみで、七千人の完全武装の砦に向かって、攻撃態勢で野戦展開をしたのだから、戦には無縁のイザベラでも少々心細いものがあった。

 そのときに、最初に参陣してきたのがモーリア隊だ。

 

 モーリア男爵はシャングリアの実家の領主であり、ナタル森林から戻る途中でロウに忠誠を誓ったと教えられていて、ロウたち一行とは別経路で領土からこっちに向かっていたようだ。南域の騒乱がいち早く片付いたことで、ロウの指示で王都方向に転進していて、それでイザベラ隊に参陣したのだ。

 ロウの事前に指示もあったことから、到着以降は、参謀としてイザベラにずっと侍ってもらっている。

 

「男爵殿、なにか申したか?」

 

 すると、鸚鵡がむっとしたように、モーリア男爵に不快そうな顔を向けた。

 参謀役としたものの、モーリアが男爵でしかないことから、後から参陣してきた領主たちには、彼を軽んじるところがある。

 イザベラも気がついているものの、軽んじられているという点では、イザベラも同じなので、いまのところうまく対応できていない。

 まあ、モーリア男爵は大して気にする様子もなく、領主たちに対しても飄々とあしらっている感じだが……。

 そして、どうやら、この鸚鵡も、モーリアになにか言われたのが気に入らなさそうだ。

 

 すると、ばんと机を叩くような男がしたかと思ったが、次の瞬間、モーリアが剣を抜くとともに立ちあがり、鸚鵡男を椅子ごと蹴り倒していた。

 モーリアが抜いた剣の切っ先は、倒れた鸚鵡の首に当てられている。

 

「ひ、ひいいいっ」

 

 鸚鵡が悲鳴をあげた。

 

「女王陛下、ここは万事、この参謀にお任せあれ。女王陛下に向かって、交渉の余地があるなど思うのは誠に無礼千万。常識というものをこいつに教えてやりましょう」

 

 モーリアが言った。

 それはなんだと訊ねようとしたが、モーリアの醸し出す気に圧されて、イザベラは言い淀んだ。

 そういえば、ロウからは軍の動きのことは、このモーリアにある程度任せよと事前に言われていることを思い出した。

 

「わかった。任せる」

 

 イザベラは言った。

 

「ありがとうございます。では、貴殿ひとりは、すぐに砦に戻るがいい。そして、リン将軍殿には、すぐに武装を解いて砦を解放せよと、女王陛下に叱られたと復命するがいい」

 

 モーリアが無表情で、倒れているそいつに向かって、剣を横に払った。

 

「ぎゃああああ」

 

 鸚鵡は悲鳴をあげたが、首の皮一枚を切っただけのようだ。

 軍装の襟部分が切断され、そいつの首に赤い線が入る。

 すると、男のズボンから、みるみると水のようなものが滴りだした。

 どうやら失禁したようだ。

 イザベラは顔をしかめた。

 

「行け──」

 

 モーリアが剣を収める。

 鸚鵡男は四つん這いで這うように、この場から逃げていった。

 男がいなくなると、モーリアはすぐに子飼いの家人を呼んだ。モーリア隊の中では、モーリア男爵に従って、彼が率いてきた各傭兵隊への指示を出す役割の男だ。モーリア隊全体の副官のような役割の男である。

 イザベラに敬礼をしてから、モーリアに身体を向け直す。

 

「さっき立ち去った砦の使者が連れてきた護衛たちは捕えておるな?」

 

 モーリアだ。

 さっきの敵陣の使者を名乗った鸚鵡は、五騎ほどの護衛を同行させていた。イザベラの前では護衛兵は連れてこさせることはできないので、外で待たせるように指示させたが、捕えさせたのか?

 ちょっと驚いた。

 

「はい、ご指示通りに」

 

「向こうの砦から見える場所で首を斬れ。死骸はそのまま晒しておけ」

 

「はっ」

 

 モーリアの部下が一礼をした。

 イザベラはびっくりした。

 

「待て、男爵、いかん──。わたしは軍事ごとは素人だが、使者に手を付けるのは、戦場では御法度ではないのか?」

 

 イザベラは止めた。

 しかし、モーリアは首を横に振った。

 

「失礼ながら、女王陛下のご判断は間違っております。彼らは敵陣の使者などではありません。女王陛下のご命令に逆らう謀反人どもでございます。そもそも、使者を出す権限など、彼らにはありません。それを教えてやりましょう」

 

「だ、だが、それに怒って、向こうが攻めてきたらどうする。砦には七千の王都の軍がいるのだぞ」

 

 ロウから受けている指示は、決して戦端を開かずに、敵との対陣を続けることだった。

 だから、イザベラは戦いにならないように、武装解除に応じない砦の王軍に対して、向こうの望む話し合いに自ら顔を出すことにしたのである。

 

「七千の軍が砦にこもっているから、些か面倒になっているだけのことです。向こうから出てくるなら、万々歳でございましょう。我ら傭兵隊だけでもあしらってごらんにみせます。傭兵たちも、こうやって対陣しているだけだと、手柄の立てようもなくて、焦れておりますからな。連中の鬱憤晴らしに丁度よい」

 

 モーリアが白い歯を見せた。

 

「な、ならんわ──。ロウ殿から言われておるのだ。戦端を開くなと」

 

「いえ、戦場のことは、このモーリアにお任せください。王軍でもない俺が、あまり出張っては悪かろうと思い、大人しくしておりましたが、もともと、そのような性質ではないのです。これからは、もっと積極的に陛下を補佐をするべきだと思い直しました。どうぞ、陛下は大所高所から、我らの仕事を見守ってください」

 

「わ、わたしが未熟だと申しておるのか──?」

 

 イザベラはむっとして言った。

 すると、使者との話し合いをするために作っていた布の壁が開いて、シャングリアが近づいてきた。

 さらに、ブルイネンとケイラ=ハイエルもいる。

 三人とも、使者との話し合いには顔を出していないが、話は布の向こうで聞いていたのである。

 

「いや、大叔父上の申す通りだと思うぞ、姫様。そもそも、一介の使者に姫様がわざわざ直接会う道理がわからん。最初から、大叔父上に任せるか、それとも、わたしでもよかった。もしも、会うのであればな。そもそも、話し合いなどと言ってやってきたあいつらなど、その場で斬って捨ててよかったのだ。わたしたちは、ただ姫様が会うと言うので、任せたのみだ。まあ、アネルザ様から言われていることもあったしな」

 

 シャングリアがちょっと笑いながら言った。

 

「王妃殿下から? なにを言われていたと?」

 

「姫様の好きなようにさせるようにとな。特に、誰と会い、誰と会わないということについては、なにも言わなければ、任せろと言っておられた。それで見えるものが出てくるとな。わたしには、よくわからなかったが、まさか、あんな馬鹿げた会合になるとは想像もできなかった」

 

 シャングリアが続ける。

 見えるものか……。

 それはわかっている。

 女王として、自分は軽んじられている。さっきのことも、そもそもがそれが背景だろう。

 

「そうですね。これからは、軍事のことはもっとモーリア殿にお任せしましょう。もっとも、もう来ないとは思いますが……。姫様があんなに怒るようでは、胎教にもよくありませんし。これからは、もっと助言させていただきます」

 

 ヴァージニアも口を挟んだ。

 

「わたしを半人前扱いするでないわ──。まあいい。じゃあ、助言してくれ。ここに参陣を申し出てきた領主には、さっきの鸚鵡と同じように、必ず、わたしが対応しているが、それもやめた方がよいのか」

 

「鸚鵡? あっ、いえ、領主たちには姫様が直接会うことが必要です。これから味方になる者たちですから、できるだけお声をおかけください。でも、謀反人の使者は別だと思います」

 

「謀反人?」

 

「謀反人ですな。とにかく、補佐が不十分であったことは、幾重にもお詫びします。ですから、軍事に関することはお任せください。今後は、もっとお互いに腹を割って話しましょう。このモーリア、身命を尽くして補佐いたします」

 

 モーリアが頭をさげる。

 

「わかった、わかった。もう砦への対応に関しては口は挟まん。任せる。だが、これだけは言っておく。戦端はこっちからは開くな。ロウ殿の命令なのだ」

 

 イザベラは言った。

 軍をどうやって動かし、戦の駆け引きをどのようにすればいいか、あるいは、戦場において指揮官がどうふるまって、なにを判断すればいいかなど、イザベラには全くわからない。

 だから、ロウに命じられたことだけが、イザベラの判断基準なのだ。

 ロウから指示されているのは、こうやって対陣し、決して戦うことなく、ロウが王都からこちらに合流するまで、じっとしていろということなのだ。

 ロウの判断は絶対だ──。

 

「承知しております。しかし、いくらなんでも、王都はすでに女王陛下のご帰還を待っている状況だというのに、あいだに位置するあの砦のみ、まだ砦にこもって抵抗の態度を続けるというのは、それ自体が頭がおかしいのです。理屈の通じない連中には、それなりの対応というのがございます。ここはお任せください。もちろん、軽々しく戦端を開くことはしません」

 

 モーリアが頭をさげた。

 イザベラは嘆息した。

 

「わかった。任せる」

 

「はっ」

 

 モーリアが頷き、待機していた家人に、先ほどの命令を実行するように指示した。

 その家人が出ていく。

 

「丁度いい。少し話をしよう」

 

 イザベラは、促してテーブルを囲む椅子に全員が座るように指示した。

 さっきまで、イザベラとモーリアと鸚鵡がついていた席に、さらにシャングリア、ヴァージニア、シャーラ、ケイラ=ハイエル、ブルイネンが座って囲む。

 だが、天幕内の者の中で、マーズだけが座らない。

 黙って、イザベラの少し後ろに立つ。

 

「マーズも座るがよい。モーリア男爵もいるが、ここにいるのは身内だ。遠慮も、立場の斟酌もいらん」

 

 イザベラはマーズに声をかけた。

 

「遠慮も斟酌もしておりません、陛下。でも、陛下とお腹の御子をお守りすることは、先生のご命令ですので、お気遣いないようにお願いします」

 

「マーズがいれば、安心ね。わたしも楽ができるわ」

 

 シャーラが笑った。

 

「わかった。じゃあ、頼む」

 

 イザベラは頷き、改めて全員でテーブルを挟んで顔を合わせる。

 すると、ケイラ=ハイエルが最初に口を開いた。

 

「ところで、まあ、お兄ちゃんがそう言うならそうなんだろうけど、あんな砦なんて、簡単に魔道波で崩せるわよ。アーネストの魔道師団を運用するまでもなく、あのミウちゃんでも十分じゃないの? こう言ってはなんだけど、あの砦の対魔道防御なんて、中級程度の魔道くらいしか防げないわよ」

 

 彼女は、エルフ国の女長老と呼ばれる女性であり、エルフ族の王族としては、女王ガドニエル以上に影響力を持っていると言われている。

 あまり、表に出る女性ではないのだが、ロウはこのケイラもまた、愛人にして戻ってきていて、かなり、親しそうな感じだ。

 イザベラとしては、ハロンドール王国の内情のことを細かく知られるのは気になるのだが、ロウからは全面的に信頼して、あらゆる情報を知らせるように厳命を受けている。

 ロウの指示は絶対なので、イザベラは、イザベラと貴族との微妙な関係についても含めて、現状に関して、包み隠すことなく教えている。

 

「……魔道攻撃のことはともかく、先ほど、相手が打って出てきたときのことを陛下は言われましたが、エルフ隊をもってすれば、防護結界を張ることは可能です。おそらく、突破できないかと」

 

 ブルイネンが続けた。

 

「そのときは頼む。しかし、繰り返すが、こっちから戦端は開かない。向こうが出てくれば防護する。基本方針はそれでいく。それさえ守ってくれれば、モーリアに任せる」

 

 イザベラは言った。

 そういえば、任せることができることは、誰かに任せて丸投げしろとも、ロウに言われた気がする。

 そうだ──。

 任せよう──。

 

「しかし、実際のところ、ちょっと奇妙なことですなあ。リンという将軍のことは知りませんが、この情勢でイザベラ陛下に逆らい、あくまでも抵抗する理由がわかりませんなあ。自殺にも等しい行為なのですが、なにか裏があるのでしょうかな?」

 

 モーリアが言った。

 イザベラは周りの者たちを見る。

 全員が首を横に振る。

 すると、シャーラが口を開く。

 

「不思議です……。ですが、そのリンという武将は、もともとフォックス宰相の寄子の出だったと思います。この頑な態度はその辺に関係あるのかもしれません」

 

「フォックスは、元宰相ですよ、シャーラ」

 

 ヴァージニアが口を挟む。

 

「そうだったわね」

 

 シャーラもそうだが、ヴァージニアは宮廷人や主立つ貴族たちの係累などに精通している。

 イザベラも頼ることが多い。

 また、数日前にロウが王宮で大議会を開かせたとき、ロウが独裁官として、王都から逃げ出した大貴族は、全員の役職取り上げと、王都に残している財産の没収を宣言している。

 宰相のフォックスも対象なので、「元宰相」ということになる。

 そのフォックスからは、陣中見舞いということで、この陣まで使者を使って贈答品を運ばせてきたが、いまのところ接触はそれだけだ。そのときも使者は抗議のような物言いはしていなかった。

 だが、シャーラは、もしかして、砦のいるリン将軍の理解できない態度は、寄親筋になるフォックスが関係しているとでも言いたいのか?

 

「それに関係するかもしれませんが、ちょっと報告事項が……」

 

 さらに、ヴァージニアがそう言った。

 

「報告事項?」

 

「兵站のことです。貴族領を直接に通るこちらの兵站線が邪魔をされているかもしれません。まだ、はっきりしたことは調べさせているのですが、現場を任せているイライジャ殿によれば、巧妙に手を加えられて、流通が滞るように細工をされている気配があるそうです。もっとも、邪魔されているのは、公にしている流れだけで、隠している兵站線もあるので、補給そのものは、いまのところ問題はないのですが、王家の兵站を意図的に遅滞をさせようという動きは気になります」

 

「貴族領を通る兵站がか?」

 

 イザベラは眉をひそめた。

 ヴァージニアとイライジャたちにやらせているのは、この陣営に対する補給線の確保だ。ヴァージニアは、女官長としての直接の補佐の役割もあるので、実際に兵站線を管理してもらっているのはイライジャだ。

 そして、実は、この軍の補給線の策源になっているのは、アネルザの実家のマルエダ家に代わって辺境侯域を統括することになったリィナ=ワイズがまとめる辺境域の領主集団である。

 そこから補給線を作っているのだが、幾つもの貴族領を通過する部分がある。

 どうやら、そこを通過するあいだに、なんらかの遅滞工作が行われているかもしれないということらしい。

 

 だが、動機はある。

 あのロウが独裁官として発した、王都を脱出した王都大貴族からの官職取りあげと、王都財産の没収の一件だろう。

 それに対する大きな反論はまだなく、王都を逃げ出した大貴族たちについては、様子見の状況なのだが、当然にこれから激しく反発があるだろうということは間違いない。

 関係するその補給線の経路は、彼らの領土やその息のかかった地域を貫いている。

 それで、巧妙に邪魔をしているということか……。

 いやがらせか?

 あるいは、駆け引きの材料にするつもりか?

 いずれにしても、そういうことをするのが、大貴族というものなのだ。

 

「調べてくれ」

 

「わかりました。イライジャ殿にお願いをしておきます」

 

 イザベラの言葉に、ヴァージニアが頷いた。

 そのときだった。

 天幕の布かまた開いて、今度はユイナとミウがやっていた。

 

「マイル伯という人が参陣に来たそうよ。陛下に挨拶したいんですって。今日の参陣申し込み一号ね」

 

 ユイナが言った。

 ここに陣を張って以来、特にこの一両日、続々と参陣の申し出を告げて、幾らかの隊を連れて近傍領主が集まってくるが、また新しい参陣者だ。

 イザベラの旗に参集せよという檄は、まだ南方を出る前にあちこちに飛ばしていた。

 さっきの話であれば、イザベラたちの権力奪取を快く思わない勢力がある一方で、逆に積極的に取り入ろうとする貴族もいる。

 ロウからは、対陣でそういうものも見えるかもしれないので、頑張って見極めろとも言われてもいた。

 

「伯爵自身が連れてきているのか?」

 

「はい、そうです」

 

 イザベラの質問にミウが応じた。

 

「わかった。謁見の用の天幕で会う。準備を整えてくれ、ヴァージニア」

 

 イザベラは、指示した。



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893 美伯爵の参陣

 野戦陣地のよいところは、煩わしい王宮作法のほぼ全てを省略できることだろう。

 王宮では、ただ面会人と会うだけでも、その相手によって、対応も服装も随行者も異なってくる。

 だが、戦場においては効率が第一になり、いちいちの着替えもいらない。

 そういう儀礼も、イザベラのような立場の者を守っているのだというのは理解しているが、気を使わなくていいというのは楽でいい。

 

 まあ、イザベラと会うのに、最初からまったく気など使わなかった男もいるが……。

 しかも、いきなり強姦のように襲ってきて……。

 まあ、イザベラから夜這いしろとけしかけたわけではあったが……。

 イザベラは、面会に対応するための大天幕に向かいながら、ここにはいない男のことを思い出して、そっと膨らんでいる腹に手を触れた。

 

「ところで、マイル伯というのは、どういう男だ?」

 

 イザベラは隣を進むヴァージニアに訊ねた。

 先導をするのは、本来の護衛長のシャーラであり、イザベラはその後ろからヴァージニアと並んで歩いている。すぐ後ろはマーズだ。

 そして、最後尾をモーリア男爵と遂行兵が三人がついてきている。

 それだけいれば、ほかに護衛などいらないので、大袈裟な護衛隊は随行させてない。

 また、さっきまでいた司令部天幕と、謁見用の大天幕の位置は離れており、イザベラは陣営の展開している野外を歩き進んでいる。

 司令部天幕が全体の中央にあるのに対して、参陣を申し出てきた貴族たちと会う天幕は、隊を率いていた領主がそのまま接触できるように、陣全体の外側近くにあるのだ。

 進んでいるイザベラを認めた各領主軍の兵たちが、遠目からこちらに向かって、次々に敬礼をしてくる。

 

「ここから一日ほどの距離にある王都直轄領の代官領主です。クラウディオ=マイル伯。年齢は三十歳。正直、あまり評判はよくないですね。領地についてはそれなりに繁栄しているようですが」

 

 ヴァージニアがささやくような声で言った。

 代官領主というのは、イザベラの曾祖父にあたるエルゲン王が王国改革を断行して、多くの貴族から領地を取りあげて王家直轄地としたことから始まったものだ。粛清と討伐を繰り返す強引な方法で多くの貴族領を直轄地にしたエルゲン王であったが、実際にはその奪った領地の管理には苦労した。

 エルゲン王の激しい粛清の対象には、王族も入っていたので、適当な人材を確保できなかったのだ。

 そこで、そういう直轄地を管理する「役人」を領地を持っていない高級官吏を務める貴族の中から選び、実際の知行を実施させた。

 これが「代官」である。

 各直轄地を王家の命令を受けて治政を行う役割を与えられた貴族ということだ。

 

 本来は、ただの役人であり、治政を行う期間も任期のある限定されたはずのものであって、地領の相続権は当然なかった。

 しかし、エルゲン王が急死し、短かったロタール王の治政を継いだルードルフ王の時代には、ただの一度も代官領主の任地替えはなく、ほぼ全てで子への相続権も認められた。

 ……というよりは、ルードルフ王は、代官を適当に入れ替えて、権力が固定するのを防ぐという面倒なことを全くしたくなかったのだと思う。

 その結果、現在では、代官領主も、従来の領主貴族も、ほぼ区別がつかなくなっている。名称も、いつの間にか「代官領主」というのが通称にもなった。

 要は、参陣を表明してきたマイル伯とやらも、イザベラの檄に応じてやってきた、この近くに所領を持つ領主貴族と考えればいいだろう。

 

 ただ、そのマイル伯という男、評判は良くないのに、領地は繁栄しているというのはどういう意味なのだろう?

 だから、訊ねた。

 

「本人は女に目のないただの好色男なのだそうですよ。ただ、周りがいいのですね。部下に恵まれているという話です。自分はなにもできずに、才能のある部下になにもかも丸投げているとか」

 

 すると、ヴァージニアが応じた。

 

「それもまた、領主としては才能だろう」

 

 任せるべきことは任せろと言ったのはロウだった。だが、任せる相手を見つけるのが頭になる者としては大切らしい。

 アネルザも同じようなことを言っていた。

 それでうまくいっているのは、むしろ、領主として才覚がある証拠だ。

 

「でも、そのやり方が評判が悪いのです。部下を脅して奴隷のように扱うとか……。実際に、奴隷を使って領主の仕事をさせているという話もあります。本人たちは酷使するだけ酷使して、むごく扱っているのに」

 

「なんだ、それは」

 

 随分な男だと思った。

 

「だから、お気をつけくださいね、姫様。姫様に限って、滅多なことは考えられませんが、万が一ということもありますからね」

 

 ヴァージニアが、なんとなくだが、ちょっと面白がるみたいな物言いをした。

 少し前までは、全くの堅物だと思っていた彼女だが、気心が知れてくると、真面目一辺倒のシャーラよりはずっと砕けた感じだし、結構、軽口も言う。

 まあ、同じ男の愛人として、痴態を見せ合っているのだから、取り繕っても仕方がないというところだろうか。

 それはともかく、ヴァージニアは、ちょっとイザベラを揶揄(からか)う感じだ。

 

「気をつけろとは?」

 

「そのマイル伯は、独身なのです」

 

「独身だから、なんだというのだ?」

 

 イザベラは歩きながら、首を傾げた。

 

「独身ですが愛人が十人いるとか……。さっき、奴隷のように酷使しているという部下はほとんどが元愛人だとか。まあ、それでも寄ってくる女性には困らないという話ですね。綽名は“美伯爵”で大変な美男子と耳にします。しかも、よい女と思ったら、相手が人妻であろうが、見境なく口説きにかかるという噂です……。ですから、お気をつけくださいと申しあげました」

 

「なんだそれは──。わたしがロウ殿以外の男になびくとでも思っておるのか? しかも、そんな見た目だけの男に──」

 

 イザベラは憤慨した。

 

「思ってはおりませんが、口説かれたというだけで、ご主人様は怒るのでは? もちろん、全員で守りますが」

 

「ロウ殿が怒る? それは……怖いな……」

 

 イザベラは身震いした。

 本気で叱られたことはないが、怒られたくはない。

 調教されるのはいいが、ロウがイザベラに対して腹を立てるのはいやだ。

 

「心配いりません。おかしなことをしようとしたら、容赦しませんから。頼むわよ、マーズ」

 

 前にいるシャーラが振り返ることなく静かに言った。

 

「お任せください。睾丸を潰してやります」

 

 後ろを進むマーズだ。

 

「頼む」

 

 イザベラはとりあえず言った。

 やがて、イザベラたちは、檄に応じてやってきた各貴族隊が展開している地域にやってきた。

 モーリアは、正面にエルフ隊と自分の傭兵隊を展開させており、イザベラたちのいる本陣はその後方に位置させている。そして、遅れてやってきた貴族隊は、さらに後ろに各隊ごとに地域を割り当てて、例外なく後詰めのように展開をさせていた。

 あちらこちらに、それぞれの隊の旗が(なび)いている。

 各領主ごとに、連れてきた人数が違うし、服装も装備も異なる。五、六名だけの領もあれば、数十名の隊もある。率いてきたのも、領主自らの場合と、名代(みょうだい)の場合と色々だ。

 だが、こうやってイザベラが出迎えるのは、領主が自らやってきた場合だけである。

 だから、まだ直接に出迎えた貴族隊の数はそれほどでもない。結構、名代を立てて従軍してきた家も多いのだ。これもまた、まだイザベラを軽んじているか、あるいは様子見なのだろうか。

 さっきまで、特段の意識はなかったが、女王であるイザベラの檄に領主自らでなく代わりの者を長として派遣するというのは、つまりそういうことなのかとちょっと考えた。

 そういう意味では、もしかしたら、伯爵位で領主自らやって来たのは、今回は最初のような気がする。

 

「実際の話、戦うということになれば、あのばらばらな領主隊をどのように連携させるのだ? そういえば、一度も軍議のようなことはしてないな」

 

 イザベラは進みながら、最後尾のモーリアに声をかけた。

 なんでも勉強だ。

 経験のないイザベラは、ちょっとでも機会があれば、どんどんと吸収しなければならない。

 

「連携などしません。できません。もしも、戦うということになれば、前面のエルフ隊で魔道という大火力をぶつけ、俺の傭兵隊で撃滅します。彼らを運用するとすれば、そのあとの掃討ということになるのでしょうか。それ以外で使えるとは思っていません。あれを投入すれば、むしろ混乱するだけです」

 

 モーリアはあっさりと言った。

 

「だが、砦の王軍は七千だぞ。それに対して、我らは、貴族隊を足しても二千程度だ。エルフ隊と傭兵隊と南方軍だけだと、その半分でしかない」

 

「一千が二千でも変わりません。だからこそ、連携が必要なのです。それと軍議については、ここに到着以来、アーネスト殿とは繰り返し行っております。想定している策についても、二十は作りました。いずれの策においても、あの貴族隊を運用する計画はありません」

 

「軍議をしている? なぜ、わたしに報告しない」

 

 イザベラはちょっとむっとした。

 

「さっきも申しましたが、戦のことは、わたしのような者にお任せください。わざわざ女王陛下が細かい話し合いに参加される必要はありません。それとも、新参ゆえに、参謀として信頼ができませんか?」

 

「し、信頼はしておる。だが、わたしは色々と勉強したいのだ」

 

「結構な心掛けとは思います。しかし、いまお身体の大切な時期。本当は戦場に立って頂くことでさえ、心苦しく思うのです」

 

 モーリアは言った。

 

「いや、だがなあ……」

 

 だが、イザベラは女王だ。しかも、なにも実績のない女王なのだ。王としての力不足であることは、ほかの誰よりもイザベラ自身が自覚している。

 なにも発言をしなくても、ただ聞いているだけで勉強になる。

 いまも、雑談のようにちょっと話をしただけで、すごく勉強になった。

 イザベラは抗議しようとしたが、ヴァージニアが手で遮った。

 

「いえ、お任せしましょう、姫様。身重の姫様にとっては、こうやって戦場にいるだけで身体には負担のはずです。可能な限り、仕事や心労になるようなことは、わたしたちがやります。ですから、姫様は、姫様にしかできない仕事に専念ください」

 

 ヴァージニアだ。

 

「わたしにしかできないことというのは、参陣してきた領主などの挨拶受けか」

 

 イザベラは嘆息した。

 

「その通りです。よろしくお願いします。嘘でもいいので、よく来てくれたと、お声をおかけください。それだけで結構です。身重の姫様が戦場に立っているのです。それだけで、ほとんどの将兵は感激するでしょう。姫様は、すでにここにいるだけで、大きな実績なのです」

 

 前を歩くシャーラが言った。

 

「いるだけで実績なあ……。まあ、わかった。お前の言葉に従う」

 

 イザベラは頷いた。

 そして、謁見用の大天幕の位置に到着した。

 大天幕の前は広場になっていて、そこに五十人ほどの武装した軍兵が勢揃いしていた。

 全員が上衣が赤い軍装であり、それに鮮やかな青と白の文様が入った大変に華やかな恰好をしていた。目立つということにかけては、王宮で王族警護に任じている近衛兵以上に華麗な服装をしている。

 驚いくほどにきらびやかだ。

 少なくとも、これまでに接した領主隊の中で一番派手だろう。

 

 そして、その全員が片膝をついて頭をさげていた。

 また、最前列には、特徴のある装飾の軍装の者が五人いる。彼らは将校級なのだろう。絢爛な赤地の軍装に加えて、金紐の飾りがついている。

 そのさらに先頭に、ひと際豪華な軍装の金髪の長い髪をした偉丈夫がひとりいる。

 彼が、マイル伯なのだろう。

 

「イザベラだ。よく来てくれた。マイル伯爵、そして、兵の者たち──。顔をあげよ……。頼もしく思うぞ。宜しく頼む」

 

 イザベラは、どの領主隊がやってきても同じことを言っている紋切り型の口上を口にした。

 すると、偉丈夫が顔をあげる。

 彼が、クラウディオ=マイル伯か……。

 なるほど、美伯爵という綽名だけあり、かなりの美男子だと思った。

 まさに貴公子という感じだ。

 しかし、なんという派手ないでたちの連中だろう。

 イザベラは、それだけでちょっと圧倒された気分になってしまった。

 

「クラウディオ=マイルです。イザベラ女王陛下に忠誠を誓うとともに、王位継承のお祝いを申し上げます。この度は女王陛下の檄に触れて、急ぎ参上しましたが、遅れをとったことをお詫びいたします。しかしながら、郎党を中心に五十名ではありますが、我らマイル隊は精鋭無比を自負しております。戦場では万余の軍を相手にして物ともしない英傑たちであります。存分に戦働きをさせていただきたいと思います」

 

 マイル伯が白い歯を見せた。

 声も朗々としており、なかなかの自信家である雰囲気である。

 

「期待しておる。では、マイル隊の陣割りは、参謀のモーリアから聞くがいい。マイル伯については、さしつかえなければ、天幕で少し話でもしようか」

 

 イザベラは、大天幕の中に促した。

 これもまた、この一両日、新しい参陣者が来るたびに繰り返していることであり、大抵は天幕内で短い時間だけ話をするだけだ。

 

「あっ、いや、お待ちください。その前に、女王陛下にお願いがございます」

 

 すると、マイル伯が人懐っこそうな笑みを浮かべて言った。

 

「なんだ?」

 

「実はあまりにも急ぎ進んでまいりましたので、正直なところ、兵たちは、この一日、粗末な兵糧しか口にしておりません。まずは兵糧を融通して頂けないでしょうか」

 

 マイル伯は言った。

 イザベラはちょっと驚いた。

 

「兵糧を持たずに来たのか?」

 

 もちろん兵糧は補給するのだが、それは手持ちのものがなくなってからであり、少なくとも十日ほどの兵糧を携行するのは常識だ。

 だが、確かマイル伯の代官領地は、一日半でしかないはずだが、もう尽きているらしい。

 

「兵糧だけでなく、矢も楯も、兵具が足りません。どうかお願いします」

 

 マイル伯が頭をさげた。

 

「貴殿の隊は、戦場に手ぶらで来たのか? とんだ精鋭無比であるな」

 

 不機嫌そうに言ったのは、後ろにいるモーリア男爵だ。

 

「はて、どなたかな? 伯爵以上の本物の貴族は全員の顔は入っているが、覚えがない……。美しき女性たちの中に、貧相な……あっ、いや、これは失礼、大変に地味な男が混じっておられるようだが、もしかして、忠誠心もなく、金のために集まってくる俗民たちの親玉だということで爵位を貰っている傭兵王殿か?」

 

 すると、マイル伯が微笑んだまま言い返した。

 

「我らを侮辱するつもりか?」

 

 背中側のいるモーリアがむっとしたのがわかった。

 だが、マイル伯がいきなり破顔した。

 

「ははは、許せ。愚弄されたと思ったので言い返してしまった。根が正直なものでな。なに、美人に囲まれて仕事をしている貴殿が羨ましいのよ。どうやって、取り入ったのか教えて欲しいものだ。特に男爵家が手柄を立てたということは耳にせんがな。やはり、義理の娘がいま、飛ぶ鳥を落とす勢いの独裁官閣下の愛人であるというのは、やはり、かなり旨味のあることのようだ。俺にも、都合のよい前領主の娘がいればよかった。そういう貴族っぽい俗事が苦手でな」

 

「なんだと──」

 

 モーリアが剣を掴んで抜くような仕草で前に出る。

 しかし、マイル伯は口元に笑みを浮かべたままだ。

 

「なんだとは、なんだ。無礼な物言いをしたのは、参謀殿からだと思うが?」

 

 そして、マイル伯は平然と言い返す。

 

「その綺麗な礼装を運んでくる余裕があれば、兵糧や武具くらい持参すればいいだろうと呆れただけだ」

 

「空腹には耐えられるが、可憐だと噂の女王陛下に会うのに、貴殿たちのように小汚い恰好で出るのは耐えられんのだ。それと、これは礼装ではない。俺たちの戦場服だ。これで戦う」

 

「武具を忘れたのにか? それと、その無意味に目立つ格好では、相手の矢槍の的になるだけだぞ」

 

「この目立つのが我らのなによりもの武器だ。これが無意味と評するのは、貴殿もまだまだだな。女王陛下の参謀役は荷が重いだろう。どうです、陛下、俺に任せていただけませんか? このマイル伯は、この野蛮人よりも役に立つ男ですよ」

 

「青二才の分際で」

 

 モーリアが舌打ちした。

 存外に男爵も気が短いみたいだ。

 

「やめんか、ふたりとも──。男爵は大人しくせよ──。マイル伯も口が過ぎよう」

 

 イザベラは叱った。

 

「これは失礼しました、陛下。参謀殿も許してくれ。貴殿が下級貴族だとしても、爵位に鼻をかけて威張るつもりはないのだ。ただ、マイル家は売られた喧嘩は買うのが家訓でな。まあ、お美しい女王陛下を前にして、ちょっと格好をつけた。すまん」

 

 マイル伯が片膝をつけたまま会釈する。

 なんだが、よくわからない男だ。

 すると、イザベラが面食らってじっと見ていたのをなにか勘違いしたのか、いきなり、イザベラに向かって片目をつむって悪戯っぽく微笑んできた。

 イザベラはびっくりした。

 

「無礼ですよ、伯爵」

 

 すると、シャーラが威嚇するように、すっと一歩前に出た。

 また、マイル伯が笑う。

 

「これはこれは、シャーラ護衛長殿、そんなに怖い顔をしないことだ。お美しい顔が台無しだ。まあ、いい女に会えば、とりあえず口説くのが、いい男の礼儀のようなものだ。俺は礼儀正しいのですよ」

 

 マイル伯は飄々としている。

 イザベラは半ば呆れてしまった。

 

「いい加減にせよ。とにかく、伯爵は天幕に入れ。補給については、このヴァージニアが担当している。兵糧や武具の補充については、部下をこのヴァージニアに調整させよ」

 

 イザベラは、ヴァージニアに目で合図した。

 ヴァージニアが頷いて前に出る。

 すると、そのマイル伯がいきなり目を丸くした。

 

「ヴァージニア? えっ、彼女──? ほう、これはまた、清楚な美女殿だ──。おいおいおい、予定変更だ。頼まれた伝言などどうでもいい。ピア、お前、陛下に挨拶しておけ。俺はこの美人と補給の調整をする」

 

 そして、マイル伯が言った

 ピアというのが誰なのかと思ったが、マイル伯の一列後ろに並んでいる将校級の者の端にいる小柄な人物がぱっと顔をあげた。

 イザベラは、その人物が可愛らしい顔をした若い女軍人であることに気がついた。

 

「そ、そんなわけ、いくわけないでしょう、ディオ──」

 

 そして、そのピアという名前らしい女が顔を真っ赤にして怒鳴った。

 すると、跪いているマイル伯の部下たちが、我慢できなかったみたいに、どっと笑い声をあげた。



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894 美伯爵と書状

「いや、話に聞いてはいたが、聞くと見るとでは大違いだ。素晴らしい美女揃いじゃないか」

 

 準備した天幕の中に、イザベラとともにやってきたマイル伯は、天幕に入るなり、周りを見回しながら嬉しそうに言った。

 イザベラと一緒に天幕に入ったのはシャーラとマーズであり、さらに元々いた三人の侍女たちがここにいる。三人の侍女たちは、事前に天幕に入っていて、中で準備をしていたのである。

 本来であれば、参謀を命じたモーリア男爵も同席させる予定だったが、一緒にいさせると、また口喧嘩を始めそうな雰囲気だったので男爵には戻らせた。

 マイル伯の言葉は、ここで待っていた三人の侍女たちを含めての女たちに対する軽口である。

 

「では、失礼します」

 

 侍女たちは、イザベラとマイル伯の前に、お茶を置くと、ほぼ無表情で敷居の外に消えた。

 

「これでももてるんだがなあ。さっきから、俺の顔を見てもほぼ無視だな。顔を赤らめないし、褒めても迷惑そうだし……。こんな扱いはあまりないな。反応してくれたのは、陛下だけです」

 

「わたしも反応などせん──」

 

 イザベラはぴしゃりと言った。

 ほかのふたりは完全に、マイル伯を無視している。

 マイル伯がお道化(どけ)たように肩を竦めた。

 まったく……。

 なんという行儀の悪い男だ。

 本当に伯爵か?

 イザベラは呆れた。

 

 一方で、ヴァージニアはいない。

 ヴァージニアについては、マイル伯は“ピア”と呼んだ女将校とともに、兵糧などの補充の調整のために一緒に補給倉庫に向かている。

 どうやら、彼女がマイル隊の補給担当の将校らしかった。

 だが、なかなかに大騒ぎだった。

 よくわからないが、このマイル伯は、ヴァージニアがすっかりと気に入ってしまったらしく、ヴァージニアとの調整であれば、自ら同行すると駄々を捏ねてきかなかったのだ。

 飄々として掴みどころのない男であり、本気なのか、冗談なのか判断がつかない物言いをするが、それについては、マイル伯の本気だったらしい。

 とにかく、ひと悶着だった。

 

 なんという行儀の悪い男だろうと呆れて、放って戻ろうと思ったが、結局、そのピアが伯爵を怒鳴りつけて収まったため、とりあえず、予定の通り天幕に誘導した。

 いずれにしても、型破りな人物といえるだろう。

 とても貴族とは思えない。

 世の中にはこんな男もいるのだと思った。

 

「気楽にせよという言葉は、貴公には無用だな、伯爵」

 

 イザベラは、上座側の椅子に座りながら嘆息した。

 

「根っからの無調法者の未熟者です。大抵の相手は、それで怒らせてしまいますが、陛下が寛容で感謝します」

 

「そうであろうな。モーリアは見事に怒らせたからな。だが、わたしも特に、寛容な性質ではない。あのような失礼はせんことだ」

 

 イザベラは言った。

 

「あのような失礼とは、なんでございましょうか?」

 

 マイル伯が首を傾げた。

 

「わたしに向かって、片目を瞑ったであろう。あれだ」

 

 イザベラの言葉に、マイル伯が声をあげて笑った。

 しかし、その遠慮のない笑いに、イザベラはいささかむっとした。

 すると、イザベラの不機嫌そうな表情に気がついたのか、マイル伯は慌てたように、笑うのをやめて表情を取り繕う。

 

「これは失礼しました。肝に銘じます。だが、私の評判はお聞き及びでしょう。よい女には見境く口説いてしまうのが悪い癖。ましてや、陛下がこれほどの美少女とは思いもしませんでした。しかも、妊婦特有の色香と背徳感といいますか……。それで、ついつい……。いやっ、とにかく、失礼しました。二度としません」

 

「ならばよい。ところで、さっき、貴公をディオと愛称で呼んでいた女将校は、そなたの愛人かなにかか? 随分と親しそうだった」

 

 イザベラは。ちょっと気になっていたことを訊ねた。

 事前にヴァージニアが教えてくれたのは、このマイル伯というのは、領主経営は順調ではあるものの、人使いが荒く、部下を奴隷のように()き使っているという評判だということだった。

 その内容と、さっきの印象が合わなかった。

 “ディオ”というのは、“クラウディオ”の愛称だと思う。自分の部下にそう呼ばせている主人は滅多にいない。十人くらいの愛人がいるということだから、愛人なのかもしれいないが、ほかの将兵たちも、領主のマイル伯がやりこめられている状況に接するのは、珍しくもない感じでもあり、ピアという女将校がマイル伯を叱ったとき、どっと笑い声をあげていた。

 あれは、どう見ても、普段こいつが厳しいことを部下たちに強要しているという雰囲気ではない。

 だから、評判と実際のちぐはぐさに、多少の興味を抱いたのだ。

 

「愛人というか……、まあ調べられて、違うとわかったら、つまらないことで陛下の信頼を失うかもしれませんので、正直に言いましょう。あれは奴隷です。女にしておくのは惜しいほどに武芸があり、頭のいいので、兵站将校として使用しています。うちの場合は、奴隷あがりや、奴隷が多いかもしれませんね。扱き使っても文句は言わないし、給金は支払わなくてもいい。実に使いやすい道具です」

 

 マイル伯は笑った。

 イザベラは驚いてしまった。

 

「奴隷だと? 本当か?」

 

 あれは、奴隷という感じでは断じてない。

 そもそも、奴隷に“ディオ”などと愛称で呼ばせるなど、あり得ないだろう。

 しかし、ふと、そういうこともあるのかと思った。

 そういえば、あのロウは、奴隷として連れてきたらしいユイナに呼び捨てを許しているし、後ろに立っているマーズも闘奴隷とはいえ、奴隷身分だ。

 いや、ロウはすでに、彼女たちを奴隷解放しているのだったか? 正確には奴隷ではないのか……。

 いずれにしても、もしかして、女扱いがロウと似ているのか?

 

「間違いないですよ。毎日、鞭打って痛めつけてます。興味があれば、連れてきましょうか? うちのは紋章奴隷でしてね。あいつの下腹部には、奴隷の紋章をつけてやってます。裸に剥けば、全身には真新しい鞭痕なんかも見れますよ。つまりは、俺はそういう男なんですよ」

 

 マイル伯がにやりと笑う。

 

「鞭?」

 

「ええ、鞭です。陛下のような高貴なお方には、よくわからない世界かもしれませんがね。奴隷というものは、そういう扱いを受けるものです」

 

「あっ、いや、そうでもないが……」

 

 奴隷でなくても、鞭打つというのはよくあるものだと思う。

 あのロウがそうだ。

 イザベラは、あまりされたことはないが、ロウは調教として鞭打ちも頻繁に使う。

 女体を裸にして拘束し、身体に掻痒剤を塗って放置し、その身体を鞭打ったりするのだ。

 痒みが痛みで癒されるのは、なんともいえない快楽らしく、ロウの手管の前に、たくさんの女が痛みを快感に変える身体にされたみたいだ。

 

 だめだ……。

 おかしなことを想像すると、ちょっと変な気分になってくる。

 イザベラは、慌てて頭の中の妄想を消した。

 

「おやおや……。もしかして、興味がおありですか? 良ければ、私がお相手を……」

 

 すると、マイル伯がにやりと笑うのが見えた。

 しかし、急に目の前に影が差す。

 シャーラだ。

 剣を抜いて、マイル伯の喉に突き付けている。

 

「うわっ、な、なにを……」

 

 マイル伯がびっくりして身体を椅子の背もたれまでそらせる。

 

「陛下に対して、なんという物言いだ。不敬である──」

 

 シャーラが剣をマイル伯を向けたまま言った。

 

「シャーラ殿、いまのはただの冗談だ。見ていてわかっただろう……」

 

 マイル伯の顔から余裕のようなものが消滅して、顔色が変わっている。

 それに対して、シャーラは無表情だ。

 だが、むしろ怒りの表情よりも怖い。

 

「伯爵の冗談はまったく笑えないし、下品極まりない」

 

「もういい、やめよ、シャーラ──。剣を収めよ」

 

 イザベラは言った。

 

「はい」

 

 シャーラが剣を引く。

 マイル伯が大袈裟な仕草で溜息をついた。

 

「おっかないねえ……、あっ、いえ、失礼しました、陛下……。とにかく、このような不出来者ですが、働きだけはきちんとこなします。どうか、忠誠を誓わせてください」

 

 マイル伯が椅子から立ちあがり、その場に跪いて腰の剣を抜き、刃先を自分側に向けるようにして、イザベラに差し出す。

 剣の誓いの姿勢である。

 イザベラは剣を受け取り、首を垂れているマイル伯の肩をその剣の腹で軽く触れる。

 これで忠誠を受けたという動作になる。

 

「忠誠を受けよう」

 

「はっ」

 

 マイル伯がかしこまった感じで声をあげた。

 随分と毛色の変わった男だが、なんだかんだといって、これがイザベラに直接忠誠を誓った最初の貴族ということになる。

 つまりは、第一号だ。

 これまで面談した領主の中で、剣の誓いをした者はいなかった。

 もちろん、王太女時代のイザベラに、忠誠の誓いなどした者などない。

 

「いずれにしても、よく来てくれた。これからも、忠義を尽くしてくれ」

 

 イザベラは剣を返してから、椅子には戻らず、会見の切りあげを促すために、立ったまま声をかける。

 すると、マイル伯が慌てたように、跪いたまま懐から書状を取り出して差し出した。

 

「なんだ、それは?」

 

 とりあえず、椅子に座り直した。

 書状はシャーラが手を伸ばして受け取る。

 マイル伯も再び椅子に腰かけた。

 

「実は、私が陛下に会うということがわかると、ある人物が私に会いに来て、それを託されました。陛下に直接に渡して欲しいと言って……」

 

 そして、マイル伯が言った。

 

「渡された?」

 

 つまりは、マイル伯からの書状ではないということか?

 

「あっ、この紋章は……」

 

 すると、シャーラが横で困惑した声をあげたのが聞こえた。

 イザベラがシャーラに視線を向けると、さっきマイル伯が渡した書状の裏書を見せてきた。

 

「フォックスか?」

 

 そこにあった蜜蝋の紋章は、間違いなくフォックス家のものだ。

 

「元宰相閣下のフォックス卿から託されました。間違いなく、陛下に手渡しで渡して欲しいと言われました」

 

 マイル伯が言った。

 また、イザベラは、彼がフォックスのことを“元宰相”と呼んだことに気がついた。

 どうやら、数日前にロウが王宮で、王都から逃亡した大貴族の免職と王都財産の没収の宣言をしたことは耳にしていたようだ。

 それを踏まえての呼び方だろう。

 

「貴公がフォックスに直接に会ったのか?」

 

「ほかに十名ほどの上位貴族の皆様と……」

 

「どんな話をした?」

 

「それを渡して欲しいと告げられたのみです。それと、私は中身を知りません。私は単なる伝書鳩なんです」

 

 マイル伯が白い歯を見せた。

 イザベラは肩をすくめた。

 

「まあよい。開いて、中を改めてみよ、シャーラ」

 

 イザベラはシャーラに言った。

 シャーラは、指先に魔道をかけて書状を開封する。

 そして、中に入っていた厚い紙を出した。手紙のようなものも入っているみたいだが、手のひらほどの大きさのその厚紙は、「銀録画」みたいだ。

 銀録画というのは、魔道を使った念写であり、魔道遣いが眼で見た光景をそのまま、画像として特別な紙に写し込むという魔道技術だ。

 かなりの高位魔道であるだけでなく、念写を写す厚紙が相当の高額である。

 そのため、一般世間にはほとんど普及してない。

 銀録画と呼ばれるのは、その特別な記録紙の材料の一部に銀箔が使用されているかららしい。

 

「なっ、これは──」

 

 すると、その銀録画の念写の画像を確かめたシャーラが驚いたような声をあげた。



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895 不可思議な書状

「どうした、シャーラ?」

 

 書状に含まれていた「銀録画」を一見して、声をあげたシャーラにイザベラは、声をかけた。

 すると、シャーラが嘆息とともに、それを差し出す。

 イザベラは受け取って一瞥した。

 

「わっ、なんだ、これは……?」

 

 そして、思わず首を傾げてしまった。

 銀録画に写っていたのは、ロウの姿だ。そして、見知らぬ女がいる。二十代前半を思わせる若い女であり、服装は軍装だと思う。おそらく、近衛兵の将校ではないだろうか。

 ただし、ただの銀録画ではなく、ロウとその女将校が口づけを交わしているのだ。

 場所は、王都広場ではないかと思う。周りに、その風景と王都住民らしき者たちも写っている。

 

 しかも、女将校は屈んでいて、足もとには失禁を思われる水たまりがあり、その女将校に対して、ロウが身体を屈めて口づけをしているのだ。どう見ても、ロウがその女将校を王都広場で「調教」をしている画像だ。

 

 また、これは想像であろが、この女将校のことは知らないものの、多分、死ぬほどの尿意を催しているにもかかわらず、あのロウから厠を許してもらえずに、そのまま王都広場に強制的に連れて行かれたのではないかと思う。

 気の毒なことだ。

 イザベラは、ずっと以前に、ロウから手錠で椅子の脚に拘束されて、みんなの前で失禁されられたことを思い出した。

 あの男は、のべつ幕なしに、そういうことをして女を辱めるのだ。

 まあ、それが「調教」というものらしいが……。

 

「あっ、先生」

 

 マーズがちらりと、銀録画を覗き込みながら呟いた。

 

「えっ、ロウ様?」

 

「ロウ様ですか?」

 

「ロウ様?」

 

 すると、敷居幕の向こうに隠れていた侍女たちが一斉に飛び出してきた。

 

「わっ、ロウ様です」

 

「この女の人は新しい方ですね」

 

「あっ、多分、近衛兵団のナールさんですよ。見覚えがあります。へええ、ナール様も仲間になったんですねえ」

 

 三人が銀録画を囲みながら口々に騒ぐ。

 

「なにをしている──。客人の前だ──。さがれ──」

 

 シャーラが一喝した。

 三人が慌てたように、奥に引っ込もうとする。

 すると、呆気にとられたみたいになっていたマイル伯が慌てたように口を開いた。

 

「あっ、いや、さがらなくてもいい。そのままいればいいじゃないか。だけど、意外な反応だった。ちょっと驚いてしまった。しかし、仲がいいようだ。これが素の姿なら、そのままでいいですよ。こんな私の相手じゃないですか」

 

 マイル伯は笑っている。

 

「いえ、申し訳ありませんでした」

 

 三人を代表するように、トリアが頭をさげて謝罪する。ほかの二人も一緒に頭をさげた。

 

「もういい、そこにいよ」

 

 イザベラも嘆息した。

 

「ヴァジーには、よく報告しておくわ」

 

 シャーラが不機嫌そうに言った。

 三人が顔色を変えたのがわかった。

 すると、マイル伯はまたもや笑い声をあげた。

 

「なんだ?」

 

 イザベラは不機嫌さを隠すことなく、マイル伯を睨む。

 

「いえ、失礼。さっきも言いましたが、意外な反応だったものですから。しかも、随分と侍女たちに慕われているのですね。仲がよさそうなのがわかります。それにしても、もっと動じるのかと思いました。特に動揺する感じでもない」

 

 マイル伯が頬を緩ませたまま応じる。

 すると、シャーラが剣を抜き、そのマイル伯にまたもや剣を突きつけた。

 

「ひあっ」

 

 マイル伯が悲鳴をあげた。

 

「どうやら、さっきの話は嘘のようだな。どうやら、フォックス卿から書状の中身をお主は知っていたようだな。知っていて知らないと応じたようだ。じゃあ、こっちの手紙のことも、実は承知しているのだろう? さっさと言え。なんのために、このようなものをフォックス卿は送ってきた──?」

 

 シャーラがマイル伯にすごむ。

 また、シャーラは剣を持っていない手で、手にしていた手紙をイザベラに寄越した。

 さっきの銀録画とともに同封されていた手紙なのだろう。

 

「わっ、わっ、ま、待ってください。知っていたって、なんで……」

 

「つべこべ言うな──。知っていたから、陛下の態度が意外だとか、思ってもいなかった反応だったとかいう感想だったのだろう。くだらぬ駆け引きなどしたくない。さっさと言わんか──。なにを企んでいる──?」

 

 シャーラが怒鳴りあげる。

 

「ま、待ってくれって──。企みなど──。わっ、わっ、わっ──。い、言う──。本当のこと言うから──。なにを企んでいるかだなんて知らない──。だが、封を切らずに手紙の中身を知る方法など、いくらでもある。だから、ちょっと垣間見ただけだ。俺のような意気地なしで、評判の悪い三流貴族を、宰相殿ほどの大貴族様たちが仲間にするわけがない。ただ、領主として檄に応じて参戦すれば、必ず陛下と直接に面談するはずだから、その書状を渡せと命令されただけです。本当です──」

 

 椅子に座ったまま剣を突きつけられているマイル伯が顔を蒼くして言った。

 その雰囲気はなにかを隠しているという感じではない。

 シャーラに脅され、その気迫に汗をびっしょりとかきだしている。

 イザベラは、シャーラから渡された手紙を一瞥した。

 

「はあ? 不義?」

 

 手紙に書かれていたのは、書状に同封した銀録画は、イザベラの伴侶になるはずのロウ=ボルグであり、不義の証拠と書いてある。

 また、ロウは、ほかにも多くの女と不義をしており、王妃アネルザ、冒険者ギルドのミランダ、同じ冒険者仲間で女騎士のシャングリアなどとも肉体関係があるとも記されていた。

 信じられないかもしれないが事実であり、もしも、直接に会ってもらえれば、確かな証拠をお見せすることができる──。まあ、そういう趣旨のことが書いてある。

 イザベラは呆れてしまった。

 

「そこにある手紙の内容が確かな証拠だ──。フォックス卿は、陛下との直接の面談を求める趣旨のことを書いているが、そこには、なにもない。おそらく、陛下の態度次第で、なにかを交渉するように言われているのだろう──? そうだな──?」

 

 シャーラがマイル伯に突きつけていた剣を一度引いて、思い切り前に出して突き刺した──。

 マイル伯が座っている椅子の背もたれに──。

 

「ひいいいっ、わ、わかった──。わかりました──。こ、これだ──。これです──。陛下が泣いたり、喚いたり動揺するようだったら、渡せと言われている書状がもうひとつある。ありますうう──」

 

 マイル伯が震える手で懐から別の書状を取り出す。

 シャーラが剣を抜いてひったくる。

 

「マーズ殿、こいつを見張っていてくれ。おかしなことをすれば、躊躇なく、刺し殺していい」

 

 シャーラが剣を収めて、書状を開く。

 

「な、なに言ってんだ──。刺すな──。刺さないでくれよ──。これでも、意気地なしの弱虫なんだ。剣で刺されれば死んでしまうよ──」

 

 マイル伯が哀れな声で泣き叫んだ。

 イザベラはあまりにも、情けなさそうな姿に、完全に呆れかえってしまった。

 ただ、マーズは無言でマイル伯の横に立つ。剣は抜いていないが、ちょっとでもおかしなことをすぐに斬れる位置だ。

 

 それはともかく、イザベラは、マイル伯の物言いに、思わず噴き出してしまった。

 意気地なしかどうかに関係なく、刺されれば死ぬだろう。

 いずれにしても、おそらく、マイル伯が口にしていることは本当なのだろう。これだけ情けない男が、イザベラに対して、なにかの罠に嵌めるような企みをするとも思えない。

 本当に、伝書鳩として、フォックス卿の書状を運んできたのだと思う。

 

 だとしたら、そもそも、この書状の意味はなんだろう?

 銀録画にロウが女将校と口づけをしている画像があって、それがなんだというのだろう?

 アネルザやミランダやシャングリアが、ロウの身体の関係があるからと、イザベラに教えることで、どういう反応を期待しているのかが、さっぱりとわからない。

 

「陛下、これには、フォックス卿の求める会合の場所と時間が書かれています。できるだけ、少ない人数で来て欲しいとも記されていますね」

 

 シャーラが言った。

 その書状にも眼を通す。

 場所は、この陣営から少しの距離にある廃小屋のようだ。そこで会いたいと書かれていた。

 時間は今夕だが、連絡をくれれば、時間と場所を合わせるともある。

 イザベラは、二通目の書状を最初の書状とともに、テーブルに置く。

 

「本当に、フォックス卿に書状を渡されただけなんだな、マイル伯?」

 

 イザベラは訊ねた。

 

「え、ええ、その通りです。なんにも知らないんですよ──。本当です。もしかして、疑ってますか? だったら、なんでも質問してください。なんでもお教えします。だけど、フォックス卿が俺なんかと相手にしなかったのは真実ですよ。あの人は、伯爵ごときをまともには相手にはしません」

 

 マイル伯だ。

 それから、幾つか質問したが、これといって情報はとれない。

 最終的には、またフォックス卿から接触があれば、必ず報告するように脅して、天幕から追い出すことになった。

 

「あ、ありがとうございます……。あ、あのう……。それで、フォックス卿の書状に書いてあった場所に、陛下が行くなんてことありませんよねえ……?」

 

 すると、マイル伯がちょっと怯えた顔をしながら訊ねてきた。

 

「そなたに関係ないであろう──。さっさと去れ──」

 

 シャーラだ。

 

「すみません──」

 

 マイル伯は、慌てて頭をさげって、天幕から逃げていった。

 そして、イザベラたちだけになると、シャーラに向かって、改めて口を開く。

 

「結局、この書状の意味はわからんなあ。どういう意味があるのだ?」

 

「そのう……。つまりは、姫様を動揺させ、そこに書いてある場所に来させたいのではないでしょうか? 意味不明の行為ですが、多分、たまたま姫様がショックを受けるような銀録画の画像を入手したので、交渉の切っ掛けとして、利用しようとしたとしか……」

 

 シャーラも半分、首を傾げながら言った。

 

「ショック? なにをショックを受けるのだ? なにか、その画像にそういう要素が?」

 

 もう一度、銀録画に目をやる。

 まともな画像とは言えないが、まあ、ロウならば日常のことだ。特段の珍しさは感じない。

 イザベラが動揺する要素というのが思い当たらない。

 

「ああ、つまりは、ロウ様がほかの女と、まあ、破廉恥なことをしているから……」

 

 すると、ちょっと離れて並んで立っている三人の侍女のうちトリアが口を出す。

 

「ほかの女と破廉恥なことをしているというから、なんだというのだ? ロウはいつもそういうことをしているし、わたしもされている。もしかして、わたしも、それをされているということを知っているぞという脅しか? だが、不義とか書いてあったな。しかし、なにが不義なのだ?」

 

「あっ、あのう、普通は姫様のお相手が別の女性と性的関係を持っているというのは、姫様に対する裏切りなので……」

 

 すると、今度は侍女のうちモロッコがおずおずとした口調で言った。

 

「なにが裏切りなのだ。ロウ殿は最初から、たくさんの女と性的関係があったし、そのロウにお願いをして、調教を受ける代わりに、女にしてもらったのはわたしだ。それなのに、不義というのがわからん──」

 

「いえ、そんなこと、フォックスは知らないし……」

 

「それがなんの関係がある──?」

 

 イザベラはわけがわからなくて怒鳴ってしまった。



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896 美伯爵の選択

 クラウディオ=マイルが隊の天幕に戻ったのは、すでに西の山に陽が沈み、そろそろ夜が始まろうという頃合いだった。

 イザベラ新女王との面談の天幕を追い出されるように出たのは、まだ昼過ぎだったが、それからすでに先に入っていた諸隊の陣地への挨拶回りをしていたのだ。それなりに人数も多く、自隊の構築した天幕に戻ってくるのに、これだけの時間もかかってしまった。

 

 マイル伯爵という人物は、腰の低い無能者ということで世間には通っている。

 だから、わざわざクラウディオ自ら各領主隊の指揮所天幕に出向き、相手が格下の子爵や男爵であろうが、領主名代であろうが、必要以上に慇懃にへりくだった態度をふるまってみせたというわけだ。

 まあこれで、マイル伯という男など、侮りこそすれ、用心すべき対象と考える者はいなくなったことだろう。

 

 “出る杭は打たれる──。”

 

 これが貴族の世界の常識というものだ。

 だったら、打たれても問題ないくらいに強くなるか、あるいは、打つ価値もないと思わせるように、杭が出ていることを隠すかだ。

 クラウディオは、後者を選んで世渡りをしている。

 ただ、領主経営から手を抜くと領民に迷惑がかかるので、それはしっかりとやり、その代わりに世間体については部下に頼りきりの能力も意気地もない無能伯爵を演じさせてもらっているのである。

 

「お帰りなさいませ、ディオ」

 

 天幕の中でクラウディオを出迎えてくれたのは、今回の出陣で兵站将校待遇で同行したピアだ。

 クラウディオが所有している奴隷であり、愛人たちのひとりだ。もともとは貧しい孤児院で育った孤児で、彼女のような可愛い顔立ちの孤児院育ちの少女が誰でもそうなるように、彼女もまた、騙されて質の悪い娼館に売られ、奴隷になってしまったという境遇を持っている。

 

 クラウディオには同じように、かつて不幸だった境遇の奴隷たちが二十人はいる。

 全員がクラウディオが引き取らなければ、ほかの場所でも奴隷になるしかない者たちだ。

 そのうちの半分が女奴隷であり、残りの半分は男奴隷である。その男奴隷たちも、男娼をしていた者たちばかりなので、全員が可愛い顔をしていて若い。

 そして、この二十人がクラウディオの日常の性処理をしてもらっている者たちになる。

 男も女もだ。

 すなわち、性奴隷ということだ。

 

 いずれにしても、解放を望むのであれば、限られた額になるが年季明けとして当面の生活が成り立つだけの金銭も渡すからいつでも言ってくれと諭しているが、いまのところ、出ていくものはいない。

 しかも、クラウディオのためであればと、命も賭さない感じだ。

 まあ、ありがたい者たちだ。

 

 また、周りを奴隷の刻みをしている者たちだけで固めているというのも、大きなこだわりでなく成り行きだ。

 奴隷は絶対に裏切らないという安心感があるが、クラウディオはそこまで用心深くしているわけではない。

 ただ、たまたま最初の頃に、ある事情で助け出した者に身の回りの世話をさせることにしたとき、助け出した奴隷が紋章奴隷だったのだ。首輪奴隷とは異なり、紋章奴隷は余程の高位魔道遣いにかからないと、奴隷解放処置ができない。

 事実上、一生奴隷なのだ。

 だから、クラウディオが引き取って鍛えた。

 それが慣例になって、クラウディオの近くで侍るのは、奴隷身分のみということになった。

 すでに奴隷身分である者たちが、引け目を感じないようにという意味もある。

 

 闇奴隷商の摘発で助けた奴隷──。

 扱いのひどい孤児院から救出した者──。

 虐待をされていた家庭から引き取った者──。

 まだまだ、この王国の不幸の存在は日常茶飯事であり、視界に入ってくる力のない者たちだけでも、せめて助けようとしてきたクラウディオの周りの奴隷の出自は様々だ。

 だが、いまではクラウディオのそばで仕えるためには、紋章奴隷になるのが条件になっている。

 

 目の前のピアについては、最初から紋章奴隷だったので、クラウディオが引き取るか、程度のいい新しい主人に託すかの選択肢しか存在しなかった。

 娼婦をさせられていたにしては、読み書きもできるだけでなく、目端が利いて頭もよかったので訓練を施し、いまは将校待遇の兵站管理者をさせている。

 

「ただいま、おっ、今日の当番はピアだけか?」

 

 クラウディオは、腰から剣を鞘ごと抜いてピアに手渡しながら笑った。

 おそらく、まともな戦いはないだろうとは思うが、一応は戦場なので、完全にくつろぐわけにはいなかないが、武装くらいは外させてもらう。

 ピアがかいがいしく、クラウディオの身体から武具を外していく。

 

「報告もありますし……。ディオを女王陛下様たちの前で罵りました。だから、お仕置きがありますよね」

 

 ピアがクラウディオから外した武具を天幕の隅に片付けながら、くすくすと笑った。

 人よりも精力の強い方だと思うクラウディオには、毎日、性の相手をしてくれる者がいる。

 相手は男でも、女でもいいのだが、クラウディオはそれを二十人の奴隷に交代でさせていた。順番はお互いに決めさせていて、ひとりのときもあるし、複数のときもある。クラウディオから注文することもあるが、基本的には、クラウディオを喜ばせるために工夫と変化をつけて奴隷たちが自ら決めることに任せている。

 二十人の性奴隷のうち、今回連れてきたのは、女が三人と男が四人の計七人だが、今夜はピアだけみたいだ。

 

 いずれにしても、その日の伽の当番の者は、クラウディオの身の回りの世話もすることになっているので、この天幕でピアしか待っていなかったというのは、そういうことなのだろう。

 

「そうだったな。食事はしたか?」

 

 天幕の中は執務用のテーブルのほかに、向かい合う横長のソファが一組の簡素なものだ。寝台と着替えの場所については、この天幕に繋がる小さい天幕側にあり、ピアのような従者が寝泊まりする場所は特段に存在しない。当番の従者は必ず、クラウディオと同じ寝台で寝ることになるからだ。

 

 それはともかく、クラウディオは、そこに腰掛けながらピアを呼び寄せる。ピアは座っているクラウディオの脚の間に跪いた。

 逢瀬を強請りたいときには、ピアはいつも、そこにしゃがみ込むのだ。本人は気がついていないみたいだが、例外なくそうだ。

 

「はい、先に終わらせました。ディオの分は奥に準備してます。持ってきますか?」

 

 ピアが言った。

 クラウディオは小さく首を横に振った。

 また、奴隷たちに“ディオ”と愛称で呼ばせているのは、型苦しいことが嫌いで、クラウディオ自身がそう呼ばれたいというのもあるが、飼育している奴隷に馬鹿にされている伯爵を見せたいために、あえてそうさせていることでもある。

 これもまた、クラウディオの処世術なのだ。

 

「いや、挨拶周りのあいだに、少しずつ摘まんだからいまはいい。寝る前にでも一緒に食べるか。ちょっと運動してからな」

 

 クラウディオはにやりと微笑んだ。

 すると、ピアの顔が真っ赤になる。

 

「じゃあ、性具の方を持ってきますね」

 

 ピアが立ちあがり、一度奥の寝台のある天幕に入ってから、すぐに戻ってくる。

 木箱を両手で抱えている。

 中身はクラウディオが女を責めるときの道具や淫具である。拘束具もある。性の相手が男でも女でも構わないクラウディオだが、抱くときには必ず相手を拘束して抱く。

 クラウディオの残念な性癖だ。

 性処理をしてもらっている性奴隷たちが、これを本音でどう思っているかは知らない。まあ、どう思っていても構わないし……。

 

「脱がして欲しいか、それとも自分で脱ぐか?」

 

 クラウディオは木箱の中から縄束を取り出した。

 

「服は自分で……。でも、下着は脱がして欲しいです……。それと、まだちょっと明るいので目隠ししてください」

 

「わかった。だが、奴隷のくせに、ご主人様に下着を脱がして欲しいとは、まったく淫らな性奴隷だ」

 

 クラウディオは縄の準備をしながら揶揄(からか)った。

 それに、確かにまだ完全には夜にはなりきってないので、天幕の外には日差しはちょっと残っている。

 だが、だから、目隠しをしてくれというお強請りはどうなのだろう。

 自分が見えなければ、恥ずかしくないという理屈なのか?

 クラウディオはほくそ笑んだ。

 

 もっとも、ピアにはわかりようもないが、実は、完全に夜になれば、この天幕に来客が訪れると思う。フォックス卿の使いだ。フォックス卿には、イザベラ女王との面談のときに、あの手紙を渡すことを強要されていたが、その結果を知りたいはずなのだ。

 おそらく、間違いなく来る。

 当然ながら、このままピアと淫靡な遊びをしていれば、その真っ最中にやってくることになる。

 そのときに、辱められている自分の姿を見られて、ピアがどんな風に恥ずかしがるのか、ちょっと愉しみだ。

 

「ああ、はい。ピアは淫らで、いやらしいんです。ディオ、うんと、うんと、苛めてくださいね」

 

 ピアが軍服を脱ぎながら甘えた声を出す。

 すでに、情欲をもよおしたみたいだ。

 

「わかった。だが、後悔するなよ……。いや、前言撤回だ。後悔して泣け」

 

 クラウディオは笑った。

 そして、あっという間に、上下の下着だけになったピアを腕の中に抱くと、胸に巻いている布を外してしまう。

 続いて、剥き出しにした乳房からへそ、へそから下腹部に向かって、ねっとりと舌を這わせていく。

 

「あ、ああっ」

 

 ピアが小さなよがり声をあげて、クラウディオにしがみついてきた。

 クラウディオは、今度は自分が跪くかたちになり、ピアの腰の下着を一気にずりおろして足首から抜く。

 ピアの股間はすでにぐっしょりと濡れていた。

 強い女の香りがむんむんと、心地よくクラウディオの鼻をくすぐる。

 

「め、目隠ししてください、ディオ。腕も縛って……」

 

 素っ裸に剥かれたピアは、完全に欲情した感じになり、クラウディオの胸に身体を預けてくる。

 クラウディオの性癖に完全に染められてしまった性奴隷たちは、全員が例外なく被虐癖である。苛めれば苛めるほどに欲情して興奮する性質になっている。男の性奴隷も、女の性奴隷もだ。無論、ピアもである。この普段は気の強い性格であるピアが縄で縛られて悶える仕草は、いつもながらクラウディオを興奮させる。

 クラウディオは、ピアに背中を向かせた。

 命じられることなく、ピアは両腕を背中で交差させる。

 

「いや、今日は変わった体位で拘束してやろう。俺を外で罵倒した罰だったからな。手は前でいい」

 

 クラウディオは、ピアを背中側から押してソファの背もたれ側に移動させると、ソファを背にして立たせ、脚を大きく開脚させてソファの脚にそれぞれに足首を縛りつけた。

 次いで、木箱から布の目隠しを取り出して、ピアの目の上にしっかりと覆って頭の後ろで結ぶ。

 

「ほら、身体を背中に反らしてみろ」

 

 ピアの胴体をしっかりと抱いて、ゆっくりとソファの背もたれにピアの上半身を反らせていく。

 

「あ、ああ、恥ずかしいです──。こ、こんな格好……」

 

 ピアが哀願の声を出す。

 だが、抵抗はしない。

 クラウディオの誘導するまま、上半身をソファの上に乗るように反らせていく。

 やがて、ピアは完全に背中の中心をソファの背もたれに乗せて、大きく曲げた格好になった。

 白い肌の腹は思い切り弓なりになって伸び切っている。

 クラウディオは、ソファの前側からピアの左右の手首のそれぞれに縄掛けをして、足首と同じように大きく開いてソファの脚に括り付けた。

 

「薄暗くなってきたな。よく見えるように、明かりを寄せるか」

 

 クラウディオはわざと口に出してから、天幕の隅にあった燭台を台ごと、ピアの下半身側に持ってきた。

 ピアの裸身は、鞭で叩かれた痕がいっぱいだ。性奴隷たちの中でも被虐度が強いピアは、実は痕が残るくらいに痛めつけられるのが好きなのだ。

 

「ああ、ディオ、あんまりです。こ、こんなの……」

 

 ピアが声をあげる。

 性奴隷とはいえ、さすがにこれだけ下腹部を高々と突き出してさらけ出す格好になるのは恥ずかしいだろう。

 だが、やっぱりピアもまた、被虐癖に染まった奴隷だ。

 無残に開ききっている股間からは、欲情の証である蜜がとろとろと滴り落ちてきている。

 また、股間には陰毛はなく、紋章奴隷である証の紋様がくっきりと描かれている。クラウディオが施したものではなく、救出する前のピアの主人が面白がってやったことだが……。

 

「たまにはこういう拘束もいいものだろう、ピア? ところで、そういえば、報告がまだだったな。兵站の状況はどうだった? フォックス卿は自信満々だったが、補給品が滞っているような状況だったか?」

 

 クラウディオはもう一度、ピアの脚側に移動する。

 目隠しもしているし、ピアの上半身はソファの反対側だ。なにをされても、ピアは予測して備えることができない。

 そのピアの股間を指でゆっくりとくすぐってやる。

 

「ひゃああ、あああっ」

 

 ピアがけたたましい声をあげて、裸身を跳ねあげた。

 

「そんなに声を出すな。周りはマイル隊だけとはいえ、隣接隊との距離もないんだ。いやらしいことをされているのをそんなに喧伝することもないだろう」

 

 指をクリトリスから亀裂に沿わせ、さらにアナルに向かわせる。

 

「ひゃあああ」

 

 ピアが身体をねじって、甘い声をあげる。

 

「報告だ」

 

 クラウディオはびしょびしょのピアの股間に指を一気に深くまで挿入した。凄まじい力でその指をピアの股間が締めあげる。

 ピアの弱い場所は完全にわかっている。

 クラウディオは、指をゆっくりを抜きながら、一番の弱点の膣の出口に近い上側の膨らみを押し揉んでやる。

 

「きひいいいっ」

 

 ピアががくがくと身体を痙攣させた。

 弓なりの姿勢がさらに反り返り、股間が天井に突き出される。

 

「報告だといっているだろう」

 

 クラウディオは少しのあいだ、同じ場所をしばらく刺激してやってから、ピアの快感を極める直前に指を再び奥に挿入していき、快感をかわさせた。

 ピアの身体が切なそうに悶えて震える。

 

「あんっ、ほ、補給は……ち、ちっとも……滞っている……雰囲気はなくて……。兵糧も、武器も、よ、要求し、しただけ補充を……し、してくれて……」

 

 ピアがすすり泣くような声で報告を口にする。

 このイザベラ隊に参陣するにあたって、わざと兵糧や武器を不足のままで来たのは、フォックス卿が他の大貴族たちと組んで行っているらしい、兵站の妨害工作の成果を確認するためだ。

 もちろん、クラウディオが考えたことではなく、フォックス卿から要求されたことである。

 イザベラ女王が独裁官に指名したロウ=ボルグの王都宣言により、官職と王都財産の没収をされることになったフォックス卿が、同じ憂き目を負うことになった大貴族たちと結託して、このイザベラ隊の補給妨害をして新女王を困らせてやろうと工作をしているそうなのだ。

 フォックス卿には、領主隊を参陣させたら、それも確認しろと命じられた。だから、馬鹿馬鹿しいが兵糧も持たずに、陣に加わるということをしたのである。

 

 もっとも、フォックス卿たちがわざわざ兵站の邪魔をする狙いがなんなのかは、よくわからない。

 クラウディオからすれば、あまり意味があることとも思えないし、そんなにすぐに補給が滞る状況を作れるとも思えないのだが、フォックス卿の一派から、とにかく、偵察して状況を確認しろと強要されたから、まあやっただけだ。

 

 もっとも、フォックス卿たちの要求に応じたからといって、現時点で、クラウディオは、フォックス卿たちに与するとは決めているわけではない。

 あの無能王にして、最後には狂人のように王都を混乱させたルードルフ王に継ぐ者として、新女王即位の宣言をしたイザベラにそのまま忠誠を尽くすべきなのか、あるいは、経験と影響力のあるフォックスたち大貴族の陣営に入って、王家から貴族側に権力を奪っていく一派に属するべきなのか迷っている。

 今回の参軍は、それを判断するいい機会だと思っている。

 

「補給に困っている状況は観察できなかったか?」

 

 クラウディオは指を抜いて、ズボンを下着ごと脱ぐと、怒張を静かに股間に押し入らせていく。

 一気に挿入せずに、じりじりと焦らすようにほんの少しずつだ。

 

「あ、あああっ、は、はいっ……。ま、魔道防具用……の……魔法石を百個ほど……よ、要求してても……イ、イライジャっていう……黒エルフの……女の人が……わ、笑いながら……明日までに……準備するって……。ひゃっ、ひゃあああ」

 

 ピアが与えられる快感にどうしようもなくなっているかのように、追い詰められた声で応じる。

 それはともかく、兵糧や武具はともかく、魔石は高額でもあるし、流通している数に限りがあるものなので、簡単に数が揃えられるものではない。

 それを予定にない百個もの数を要求されて、一日で揃えられるということは、むしろ、兵站については、しっかりと機能していると判断していいだろう。

 フォックス卿たちのやっていることは、どうやら、まったく意味がなさそうな感じだ。

 

 そして、意味がないといえば、クラウディオがイザベラに手渡したフォックス卿からの書状にしてもそうだろう。

 イザベラ女王のお腹の子の父親であるはずの独裁官のロウ=ボルグが多くの女と不義を繰り返しているという告発の内容だったが、それをクラウディオに託すとき、フォックス卿は、絶対にイザベラ女王は動揺して、泣き喚くほどの衝撃を受けるはずだと豪語していたが、どう見ても動揺する様子は皆無だった。

 十中八九、イザベラ女王も、それらの全てを承知している。

 しかも、これは勘だが、あのシャーラという女護衛長も、突然に出てきた侍女たちも、多分、ロウの女になっている。そんな雰囲気だった。さらに、ロウが街中で女を凌辱している画像を前にして、全員が欲望を昂らせていた。

 間違いない。

 

 いずれにしても、フォックス卿があんなものでイザベラ女王をうまく操縦できると判断したのは、随分と的外れの判断だったみたいだ。

 状況判断も甘い。

 あれでは、単に警戒させただけである。脅しにもなってない。

 

 イザベラ陛下の陣営──。

 

 フォックス卿たち大貴族たちの陣営──。

 

 このひとつをとっても、どっちを選ぶべきかの判断は自明のような気がする。

 そもそも、どうやら、性癖について同好の士というのは、大きなクラウディオの判断要素になりかけている。

 

「それにしても、魔法石を百個とは恐れ入ったな。たかが一領主の要求で即座に付与するというのは、ここの陣営は軍資金そのものも潤沢なのだな」

 

 魔法石はそれなりに高価だ。

 それをすぐに、躊躇いなく与えるいうのはすごい。

 さすがは、王家の財力というところか。

 

「あ、ああっ、ふ、付与してない……。イ、イライジャという人は……、か、買取って……。よ、要求が……、あああっ、あ、あとでディオに……」

 

「なんだと──」

 

 驚いた。

 「くれ」と頼んだのではなく、買い取りだって?

 イライジャという向こうの兵站担当がどういう人物なのかは知らないが、がっちりしてやがる、

 だが、そこまでの高額の買い物まで、あのフォックス卿のくだらない工作の確認のために使うつもりはなかった。

 

「勝手にそれほどの金を使ったとはなあ。これは、本当に罰を与えないとな──」

 

 お仕置きのつもりで、怒張の抽送を激しくする。

 

「ひゃああ、ひゃん、ひゃん、ひゃん、ああっ、あああっ、ああああっ、いぐうっ、いぐううっ」

 

 ピアがあっという間に極めかける。

 弓なりに拘束されている裸身をがくがくと震わせる。

 

「まだだ──、我慢しろ」

 

 クラウディオは腰を動かしながら、手でピアの尻の横を思い切り叩く。

 小気味いい音がするとともに、ぎゅっと怒張が締めつけられる。それとともに、ピアの股間の中でどっと蜜が噴きだして、気持ちよくクラウディオの男根にまとわりつくのがわかった。

 

「んぎゅううう」

 

 ピアが奇声をあげつつ、歯を喰いしばる仕草をする。

 そのときだった、

 クラウディオは、天幕の外から人の気配が近づくのを感じた。

 だが、快感で追い詰められているピアは、まだ気がついていない。

 ふと外を見ると、いつの間にかすっかりと陽が落ちている。

 

 足音が近づいてくる。

 警備の兵には、素通りさせるように伝えているので、すぐにここに来るはずだ。実際、あっという間に天幕のそばまで接近してきた気配が伝わる。

 足音は複数だ。

 五人くらいか? いや、十人はいるか……。

 

「ピア、お客さんのようだぞ。ちょっと中断だ」

 

 クラウディオは喉の奥で笑い、挿入していた男根を抜くと、素早く身支度をした。

 そして、前に回り、状況を理解できなかったらしいピアの口に男根のディルドを突っ込む。ディルドの根元に革ベルトがついていて顔に装着できるものだ。

 素早く固定してしまう。

 ピアは狼狽している様子だ。

 しかし、まだ、なにもわかってない。

 

「マイル伯、私だ。入るぞ」

 

 すると、天幕の外から声がかけられた。

 驚いたことに、フォックス卿自身だ。

 

「んんっ、んんんっ」

 

 やっと事態に気がついたピアが焦った声をあげる。

 

「どうぞ──。ちょっと取り込んでおりまして、そのままお入りください」

 

 クラウディオは応じた。

 そして、さっきまでクラウディオの男根が挿入されていたピアの股間に指を根元まで入れ直して、ピアの膣の中を刺激する。

 

「んぐうううう」

 

 ピアが拘束されている身体を暴れさせた。

 一方で天幕の入り口の布が開けられ、頭にフードを被った五人の男がぞろぞろと入ってきた。

 そのうちのひとりが、フォックス卿だ。

 さらにふたりはフォックス卿の子飼いの上級貴族。残りのふたりは護衛だろう。天幕の外にも護衛を残している。

 

「これは宰相閣下、こんな状況で失礼しました。呼び出しをしていただければ、いつでも参りましたものを」

 

 クラウディオはピアの股間を弄りながら、顔だけをフォックス卿に向けて笑いかけた。

 フォックス卿がフードの下で顔を呆れさせるのがわかった。



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897 美伯爵への訪問客

「なにをしておるのか」

 

 頭にかぶっていたフードを取り去ったフォックス卿が呆れたような声で言った。

 だが、クラウディオはソファの後ろ側からピアの股間を弄ぶ行動をやめない。

 

「んんんっ」

 

 さすがに、大勢の他人が入ってきたことで、ピアは激しく狼狽している。

 天幕に入ってきたのは、フォックス卿のほか、ふたりの貴族と、ふたりの護衛の併せて五人である。

 

「どうぞ、お座りください。ご覧の通り、戦場のことゆえ、なにもありませんが、フォックス卿におかれましては、ソファにどうぞ。申し訳ありませんが、ほかの皆様は立ったままということでよろしいでしょうか」

 

 クラウディオはピアの女の最奥を指でゆっくりと愛撫している。繊細な粘膜を丁寧に撫で、さらにほかの指で入口部分やクリトリスも刺激していく。

 

「んんっ、んんんんっ、んぐうううっ」

 

 目隠しをしているが、ピアには目の前に赤の他人が複数人いるのはわかっているだろう。ディルドで塞がれている口からは狼狽の声があがっている。

 さすがに、この状況の羞恥には耐えられないらしく、必死に首を横に振って快感を逃がそうとしているみたいだ。

 だが、調教によりマゾに染められきっているピアが女の反応を防ぐのは不可能だ。

 クラウディオの愛撫を我慢などできず、彼女は恥ずかしい痴態を否応なく晒けださされている。

 なによりも、多分、いつもよりも感じている。

 さすがは、クラウディオが調教したマゾ娘だ。

 ピアの股間から流れる蜜は、挿入しているクラウディオの指を伝って、手首にまで到達しているし、ぎゅうぎゅうと強く締めつける膣圧は、ピアがかなりの被虐酔いをしていることを明確に示していた、

 

「いい加減にせんか──。人払いせよ──。フォックス卿がわざわざ、お前のところに来ているのだぞ──」

 

 フォックス卿の腰巾着の伯爵が怒鳴った。

 同じ伯爵でもあるクラウディオに対して、随分な物言いだが、まあ、行儀の悪いことについてはクラウディオの方が上回っているので文句も言えないだろう。

 

「ははは、申し訳ありません。だけど、気にしないでください」

 

 クラウディオは、わざと声をあげて笑った。

 いずれにしても、女王陣営とフォックス陣営のどちらを選ぶかの腹は決まった。

 ここは、怒らせて縁を切られるくらいでも丁度いい。

 

「奴隷は人ではありませんよ。まあ、とにかく、お座りを……。おい、奴隷──。ここで聞くもの、知るものは一切の他言を禁じる。命令だ──」

 

 ピアに限らず、所有の性奴隷たちに、あまり隷属の力を使ったことはないが、一応、フォックス卿に見せておく。

 もっとも、別に命令などしなくても、ピアはクラウディオが困ることは、拷問されても喋ることはないし、逆に、喋った方がいいと判断したことは、積極的に喧伝するだろう。それくらいの目端の利くのがピアという娘なのだ。

 元はといえば、爵位など引き継ぐべくもなかったしがない五男坊だが、このピアをこんな風に弄ぶことができるというのは、つくづく領主になってよかったと思う。

 

「んんんんっ」

 

 ピアが泣くような悲鳴をあげた。

 クラウディオはわざと指を激しく動かしている。このまま続ければ、そんなに時間をかけずに、ピアは程なく気をやってしまうだろう。

 

「マイル伯よ──」

 

 もうひとりの腰巾着が顔を怒りで真っ赤にして怒鳴った。

 クラウディオは、微笑んだまま指を抜く。

 

「んふうっ」

 

 ピアががっくりと脱力する。

 八合目から九合目くらいか……。

 ここで中断されるのは、ピアもつらいだろう。クラウディオはちらりとピアの切なそうな表情を見て、ほくそ笑んだ。

 クラウディオは、指の汚れをピアの太腿で拭く。

 

「お待たせしました」

 

 クラウディオは、フォックス卿の前に進み出ると、恭しく頭をさげる。

 フォックス卿が鼻を鳴らした。

 

「まあよい」

 

 フォックス卿がピアが縛りつけられているソファの真向かいの横長のソファーに腰をおろした。

 当然ながら、目隠しとディルドの猿轡をしているピアの顔に視線を向けることになる。股間も乳房も剥き出しの裸身だ。

 フォックス卿がそんなピアの痴態に接して、かすかに頬を綻ばせた気がした。

 クラウディオはちょっと焦った。

 半分はピアへの被虐責めの一環であり、さらに半分は突然にやってきたフォックス卿の機嫌を悪くさせる目的があったのだが、まさかとは思うが、ピアに興味を示したか?

 もしかして、失敗した?

 

 だが、すぐに思い直す。

 いや、ないな──。

 

 フォックス卿ほどの人物が、奴隷女などに欲情することはない──。この男はかなり気位が高いのだ。

 絶対にない──。

 ないはずだ──。

 クラウディオは心の中で否定した。

 

「ところで、報告を聞こうか。小娘はどうだった? あの冒険者あがりが自分以外に女を大勢作っていると知って、動揺したのではないか?」

 

 フォックス卿がピアの裸体に視線を向けながら言った。

 やはり、そのことかと思った。

 だが、やっぱり、ピアに視線を向けたままだ。興味を示した?

 ちょっと調子に乗りすぎたか?

 失敗した──?

 

「そのとおりでございます。私の前だというのに、金切り声をあげて泣き叫んでおりましたね。まあ、周囲の者が宥めておりましたが」

 

 とりあえず、話に応じておく。

 

「さもあろう。女王を名乗ったとはいえ、まだまだ十六の小娘よ。惚れた腫れたで政治(まつりごと)はできんが、それもわかっておるまい。だが、独裁官を僭称したロウも詰めが甘いことよ。あのような隙を見せるとはな。まあ、すっかりと小娘を誑し込んだと思って安心してしまったのだろうよ」

 

 フォックス卿がくくくと喉の奥で笑う。

 後ろの腰巾着たちも、それに合わせて追従笑いをした。クラウディオも、一応一緒に声をあげて笑う。

 だが、仮にも女王即位を宣言したイザベラ女王を“小娘”呼ばわりとは……。

 まあ、相手を低く扱うことで、自分を大物に見せる者はいるが、どうやら、フォックス卿もその手合いみたいだ。

 しかし、そんな風に隙が多いのは、徒党を組むには信用ならないだろう。油断が多いのはお前だと、クラウディオは言いたい。

 クラウディオは、改めて、反王家の行動に走ろうとしているフォックス陣営を見限る決意をした。

 

「ご慧眼には感嘆いたしました。なにもかも、フォックス卿の手のひらの上でございますね。ただ、二通目の書状には反応はしないようです。女王陛下の部下が止めておりましたから」

 

 クラウディオは言った。

 この男は気に入るような適当な嘘を伝えるのは問題ないが、フォックス卿が準備した二通目の書状で示した女王との会合に、女王陣営が反応するとは思えない。

 後で、あまりにも渡した情報が事実と違うとなれば、こっちに文句をねじ込まれる可能性もある。

 そうなったら面倒なので、イザベラ女王にその気がないことだけは、はっきりと伝えることにした。

 

 そもそも、イザベラ女王と駆け引きをしたくて、面と向かって話す機会を作りたいのであれば、自分から行けばいいのだ。

 あの新女王は、領主などの来訪を拒む気配はなかった。

 クラウディオのような小者でさえ、一対一で天幕内で語る時間を作ったのだ。

 元宰相のフォックス卿が行けば、必ず会うだろう。

 しかし、この男は妙な大物ぶりを演じるときがあり、即位したばかりの新女王がフォックス卿のところにやってくるという状況を作りたいようなのだ。

 それで、わざわざ書状で呼び出すという面倒なことをしているのである。

 

「そのようだな。エルフの女兵が二人ほど来て、女王の来訪はないという伝言を小屋に運んできおったわ。なぜ、ガドニエル女王の女兵が女王の伝言を運んできたのかはわからんが」

 

 フォックス卿が急に不機嫌になり、舌打ち混じりに言った。

 どうやら、女王たちは、あの書状に対して、早々に面談を断ったみたいだ。まあ、当然だろう。

 大体からして、女王即位を宣言したイザベラをこっちから呼び出すなど、そもそもあり得ない。しかも、あの書状にはできるだけ他言を防ぐために、少人数で来て欲しいと書かれていた。

 余程にイザベラ新女王を舐めた内容だが、そんな怪しい書状に引っかかる相手であるはずもない。

 のこのこと会いに行くようなイザベラ女王であれば、逆にそっちを見限るところだが、いまの情報に接して、最終的なクラウディオの選択は決まった。

 

 女王につく──。

 

 そうとなれば、早々に手を打つか……。

 クラウディオにしても、女王陣営に喰い込むネタを持ってないわけじゃない。

 

 リンという王軍の将軍が、目の前で砦に引きこもって、頑としてイザベラ軍への武装解除を拒んでいるのは、このフォックス卿たちの動きが背景だ。

 フォックス卿は、自分の息のかかっているリン将軍にひそかに手を回して、わざと降伏をさせないように手を回しているのである。

 なにを企んでいるのかというと、つまりは、予定していた女王との会合において、フォックス卿が出した使者ひとつで、リン将軍が降伏をする状況を作為して、自分の力を演出するつもりらしいのだ。

 そうなれば、リンは処刑されるしかないと思うのだが、フォックス卿は彼の身の安全を保障するという口約束を交わしているようなのだ。

 

 実に馬鹿馬鹿しく、そして、おそらく、これは破綻する。

 そもそも無理のある工作だが、クラウディオが入り込ませている間者からの情報によれば、徹底抗戦の態度を崩さないリン将軍に反対する幹部が続出して、リンは片っ端からそれらを捕縛させている状況みたいだ。

 それでも、いますぐに武装解除をして女王を出迎えるべきだという声は収まらないらしい。

 こんなのは、すぐに暴発するに決まっている。

 その情報を持っていくか……。

 だが、クラウディオ程度の諜報能力で掴める情報をフォックス卿は握ってないのか?

 まあ、うちの奴隷たちはかなり優秀なので、少なくともフォックス卿陣営よりは、諜報能力は高いのかもしれないか……。

 

「兵站の方はどうであった? 我らの妨害工作で困っておったろう」

 

 フォックス卿が言った。

 またもや、クラウディオとしては首を傾げざるを得ない。

 軍隊というものは、兵站が滞れば行動が制約されるものではあるが、逆に、一日や二日、補給が滞ったくらいで、どうにかなるわけでもない。

 一日三食食べなければ動けなくなるような軍人はいない。水さえあれば、食など五日くらいは食べなくても戦えるし、補給なしで近隣から食料調達をする訓練も受けている。

 マイル隊もそうだ。

 なにか勘違いしているのではないだろうか?

 本当に、宰相だったのか?

 

 だが、考えれみれば、このフォックスを宰相に任命したのは、確かアネルザ王妃だったはずで、数ある大貴族のうちから、当時キシダイン派に染まってなかった者のうち、もっとも人畜無害の者を選んだのだという噂があった。

 あの頃に、キシダイン派でなかったということ自体が、キシダインが工作を必要としなかった小者だったということであり、その程度の能力しかないということだろう。

 マイル家程度の代官領主にさえ、当時はキシダイン派の工作は及んでいた。もちろん、クラウディオはがっちりとキシダインにはおべんちゃらを使っていた。

 あんな風に、あっという間に失脚するとは思いもよらなかったが……。

 

「補給については、随分と滞っている状況でしたね。すでに、ぎりぎりの状況です」

 

 クラウディオは、心の中で舌を出しながら答えた。

 ちょっと調べれば、そうでないことはわかるだろうが、最早どうでもいい。

 

「さもあろう。我ら大貴族を軽視すると、どのようなことになるか、少しずつ思い知るがいい。我らを宮廷から追い出して、果たして、どうやって宮廷を運営するつもりか。書類一枚、我ら貴族の力を借りねばなにもできないくせにな」

 

 フォックス卿は吐き捨てた。

 その言い草には、クラウディオはまたしても、ひそかに首を傾げる。

 書類仕事など、クラウディオの下にいる性奴隷たちでも十分にできる。貴族でなければ書類が作れないという根拠はどこからきているのか……。

 いずれにしても、決めた以上、これ以上の関わりは、意味もないか。

 それにしても、キシダインの失脚直後に、宰相になったばかりの頃は、結構腰が低くて好感の抱ける人物だったのに……。

 

「まあいい。あのロウと小娘のあいだにくさびを打てただけでもよしとするか。なら、忌々しいが、こっちから赴くとしよう。俺の名で急ぎ、女王に面談の要求をして来い。今夜だ」

 

 フォックス卿が首を後ろに回して、腰巾着のひとりに告げた。

 いまから女王に面会を申し込んで、今夜のうちに会合だと?

 そんな勝手な要求など、女王陣営が受けるか?

 クラウディオは疑念に思ったが、まあ、知ったことじゃない。

 

「はっ、すぐに」

 

 腰巾着がすぐに出ていく。

 クラウディオは、彼らに見えないように、軽く肩を竦めた。

 

「なにか有益になる情報があれば、フォックス卿には一番にお知らせいたします」

 

 クラウディオは丁寧に頭をさげた。

 つまりは、もう用事はないだろうから、さっさと帰れという意思表示だ。

 

「いいだろう。これからも励んでもらおう。悪いようにはせんぞ、マイル伯」

 

「よろしくお願いいたします」

 

 さらに頭をさげる。

 フォックスが立ちあがった。

 クラウディオは、ほっとした。本当にイザベラ陛下との会合のことについて確かめたかっただけみたいだ。

 しかし、そのとき、フォックス卿の視線が、すっとピアに伸びた。

 クラウディオはどきりとした。

 

「それにしても、奴隷にしては、なかなかにいい女を飼っておるのだな。俺も戦場などという無粋な場所には、あまり縁がないので、そういう慰安奴隷の着意はなかった。ちょうどいいので、その女奴隷を含めて、二、三人を俺の宿舎に届けよ。数日後には礼金とともに戻そう。よろしく頼むぞ、マイル伯」

 

 フォックス卿が事も無げに言った。

 

「はっ、なんだって?」

 

 クラウディオは思わず、素で応じてしまった。

 

「おう、よかったのう、マイル伯。フォックス卿のお声掛かりだ。よい奴隷を吟味して届けられるとよいぞ。部下といえば、奴隷ばかりを集める変わり者のそなたが、フォックス卿のご恩に報いる機会だ。こんなこととはいえ、日頃のお礼をするといい」

 

 もうひとり残っている腰巾着が手を叩いて笑った。

 なんだと、この馬鹿どもが──。

 つまりは、クラウディオの性奴隷たちをこいつらに提供しろと言っているのか──。

 

 さて、どうしてくれようか──。



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898 美伯爵、怒りの鉄槌

 軽いショタ系責めが登場します。

 *



「部下といえば、奴隷ばかりを集める変わり者のそなたが、フォックス卿のご恩に報いる機会だ。こんなこととはいえ、日頃のお礼をするといい」

 

 もうひとり残っている腰巾着が手を叩いて笑った。

 クラウディオは、かっと頭に血が昇った。

 

「申し訳ありませんが、俺の大切な、大切な性奴隷たちでありますので……」

 

 クラウディオは愛想笑いをしながら、すっとピアの前に立った。フォックス卿とピアのあいだを遮ったかたちだ。

 

「どうした? 一人前に怒っておるのか? まあ、奴隷の面倒見のいいという噂のそなたらしいな。だが、心配するな。毀さん程度には大切に扱おう。この女奴隷にしたって、俺の手がつくのだ。名誉なことと思うはずだ。もしも、俺が気に入れば、そのまま買い取ってもよい。とにかく、届けよ。よいな──」

 

 フォックス卿が小馬鹿にするように言い捨てた。上には非常に腰が低いが、目下と決めた者には傲慢なのがこいつの特徴だ。

 特に、宰相となって、侯爵に陞爵(しょうしゃく)してからは、その傾向が強くはなったとは思う。

 しかし、性奴隷を差し出せと強要されるほどに、クラウディオが軽く見られているとは知らなかった。クラウディオが奴隷を大事にするのも、かなり有名な話であるはずなのだ。

 フォックス卿は、もう用事は終わったとばかりに、クラウディオに背中を見せて、天幕の外に向かおうとする。

 

「んんんんっ」

 

 一方で、ピアが顔に恐怖の色を浮かべて激しく首を振る、

 もしかして、クラウディオがピアを引き渡すと思っているのか?

 それは心外だ。

 お仕置きものだな。

 いずれにしても、フォックス卿との蜜月はここまでか……。

 

「断りします。お帰りを」

 

 クラウディオは冷たく言って、指笛を吹いた。

 

「ああっ? なんだと、マイル伯のくせに──」

 

 腰巾着が怒鳴って、クラウディオに詰め寄ってくる。フォックス卿に少しでも点数稼ぎをしたいのだろう。

 クラウディオは近づいてきた腰巾着の首を掴んで腹を膝蹴りすると、そいつの腰の剣を抜き、フォックス卿の首に突きつけた。

 

「うがっ」

 

 ほぼ他人の前で武芸の腕を見せることはないが、頭を使うこと、性奴隷を苛めること以上に、これでも武芸には自信がある。

 腹を蹴られた腰巾着が悶絶して崩れ落ち、剣先を突きつけられたフォックス卿の顔が蒼くなる。

 だが、フォックス卿には、どうやって首に剣が突きつけられたかもわからなかっただろう。

 そのくらいの早わざなのだ。

 

「うわっ、ひゃああ」

 

 フォックス卿が仰天してその場に尻もちをついた。

 

「貴様──」

 

「なにをするか──」

 

 フォックス卿が連れてきていた護衛が慌てて剣を抜いて動いた。

 だが、ほぼ同時に、外からひとりの少年奴隷が入ってきて、護衛の前に割り込んだかと思うと、瞬時に蹴り倒してひっくり返した。

 

「ディオ──」

 

「ディオ様──」

 

「ディオ、無事ですか──?」

 

 さらに次々に五人の奴隷が入ってきて、天幕の中を制圧する。

 あっという間のことだ。

 さっきのクラウディオの指笛が奴隷たちに対する合図なのだ。

 

「うわっ」

 

「わっ、わっ」

 

 護衛ふたりは目を丸くしている。しかし、奴隷たちに剣を突きつけられて、すでに無力化されている。

 尻餅をついてひっくり返っているフォックス卿が真っ蒼になった。

 

「く、狂ったか、マイル伯──」

 

 だが、気丈にもクラウディオに怒鳴ってきた。

 しかし、その表情は信じられないという顔だ。ずっとへりくだって無能を演じてきたクラウディオの豹変にびっくりしている。

 

「狂人のようなことを言い出したのは、お前だろう──。俺の性奴隷をお前に差し出せだと──。俺が奴隷想いという評判を知らないのか──。二度と俺の前に顔を出すな──。くそったれが──」

 

 大声をあげた。

 フォックス卿は口をぽかんと開いて呆気に取られている。

 

「ネロ、外に五人ほど、こいつの護衛がいただろう。どうした?」

 

 ネロというのは、一番最初に飛び込んできた少年奴隷だ。

 歳は十六歳であり、まだまだ子供の面影を残している。体つきは小柄で、女装させれば少女にしか見えないほどに可愛い顔つきをしている。だが、剣の腕は右に出る者はなく、相手が百人いても制圧できるほどの腕だ。

 

「ぼくがひっくり返してきましたよ、ディオさん。ほかの兵が見張ってます。殺しますか?」

 

 ネロがにやにやしながら、首だけをこっち向けて言った。

 クラウディオが頷いた瞬間に、天幕の中の五人は死骸に変わり、外にいる護衛たちも同じ運命になるだろう。

 

 そうしてもいいんだが……。

 だが、面倒にはなる……。

 どうしよう。

 ついつい、かっとなってしまったが、よく考えたらまずいんじゃないだろうか……。殺すのは第二案でいいか……。

 

「こ、こんなことして、ただで済むと……」

 

 フォックス卿が呻いた。

 まだ、顔は蒼い。

 

「まあ、なかったことにしましょう。お互いに、ここであったことは忘れるということで……」

 

 クラウディオは相好を崩して愛想笑いを浮かべて言った。 

 それで収まるとは思えないが、いまはそう言うしかない。あるいは、フォックスたちを皆殺しにして、死体をどこかに消してしまうかだ。

 だが、こいつらがここに来ることをどれだけの人物に喋ったかわからない。

 ちょっと危険だ。

 

「そんなことが許されると……」

 

「だったら、死にますか? 許してくれないのなら、あんたら全員ここで殺して、しらばっくれます。どっちでもいいですよ」

 

 クラウディオはフォックス卿に微笑んだ。

 一言でも拒否の言葉を口にしたら、すぐに第二案に移行しよう。このネロたちなら、十人を悲鳴も出さずに瞬殺するはずだ。

 あとは、死体の隠し方を考えればいい。

 

「わ、わかった……」

 

 だが、クラウディオの本気がわかったのか、やっと、フォックス卿が怯えた顔で頷いた。

 クラウディオはほっとした。

 

「なんのお構いもしなくて申し訳ない。さあ、お客様のお帰りだ──。割り当て地域の外までお見送りをしろ」

 

 クラウディオはわざと陽気な声を出して、フォックス卿の腕をとって立たせ、強引に天幕の外に出した。

 ほかの三人も強引に、天幕の外に出す。

 

「皆さん、歩くのをやめられませんようにね。俺の奴隷たちは、俺に忠実ですが、主人のしつけが悪いのでなにをするかわかりませんよ。もしも、立ち止まったり、戻ってくるような素振りをしたら、あなた方に容赦なく剣を振るうでしょう。そのときは、奴隷の罪は主人の罪──。俺に免じて、お許しください」

 

 クラウディオは天幕の外で言った。

 さらに、集まった奴隷たちに、天幕の外で無力化されていた護衛たちを含めて、しばらくついていくように指示した。

 フォックス卿たちが追い立てられて、夜闇に向かっていく。

 クラウディオは、奴隷たちの中からネロだけを呼び戻した。

 

「ディオさん、なんでしょう?」

 

 クラウディオとともに天幕に戻ったネロが楽しそうに微笑を浮かべて、クラウディオを見る。

 背の低いネロは、クラウディオの首くらいの背丈しかない。だから、顔を見上げるような体勢だ。

 また、ネロのこの笑顔は、こいつの標準の表情だ。こいつは激怒をしていても、笑顔を絶やさない。

 ネロが笑顔を崩すのは、性奴隷としてクラウディオに辱められるときだけだ。

 

「さっきは助かったぞ。いの一番に駆けつけてくれたご褒美をやらないとな。両腕を背中で拘束しろ」

 

 クラウディオは天幕にネロを連れ込むと、ネロの股間をがっしりとズボンの上から掴んで揉みあげる。

 

「あっ、ディオさん……。あっ、あっ」

 

 たちまちに、ネロが笑顔を崩して、「女」の顔になる。

 また、ネロの両手首には、以前に同じような功績があったときに褒美として与えた装飾のついた腕輪が嵌っている。その腕輪には特殊な仕掛けがあり、自分で腕輪と腕輪を接続できるようになっているのだ。だが、一度嵌めた接続は、誰かが外さないと解錠はできない。

 金属音がして、腕輪同士がネロの背中で密着したのがわかる。

 また、クラウディオの手の中で、ネロの男根が勃起して膨らんだ。

 クラウディオは、ネロのズボンに手を伸ばして緩め、下着ごとズボンを一気に足首までおろす。だが、わざと足首からは抜かない。これも、自由を奪う拘束の一環だ。

 

「あんっ、ディオさん……。あっ、ああっ」

 

 再びネロの股間を愛撫してやる。しかも、激しくしごいてやった。

 手の中の怒張が一気に反り返って、先端から先走り汁がにじみ出てくる。クラウディオの男娼一番を自負しているネロは、自分で自分の陰毛をいつも完全に剃りあげている。

 もう十六歳で股間は大人なのだが、無毛の股は子どもっぽい。そのちぐはぐさがいいのだ。

 

「ああっ、ああっ」

 

 ネロが女のような嬌声をあげた。

 

「ほら、来い、ネロ──。ところで、ピア、恥ずかしかったか? お前を連れて行こうとした悪党は追い払ったぞ」

 

 ネロの股間を愛撫しながら、反対の手でピアの首に埋めていたディルドの革紐を解いて口から抜く。

 こうなった以上、少しでも早く、イザベラ陣営に加わるための庇護を求めた方がいいのだが、それはちょっと遊んでからだ。

 クラウディオとしても、久々に素で怒ったので、いまだにちょっと血が昇っている。

 ちょっと冷ましてから行動したい。

 

「ああ、ひ、ひどいですよ、ディオ──。でも、嬉しかったです。あたしたちを引き渡さないでくれてありがとうございます」

 

 ピアが大量の涎とともにディルドを吐き出すと、すぐにクラウディオに、不満と感謝の言葉を口にしてきた。

 

「あ、ああっ、えっ? さ、さっきの男たちって、ぼくたちを連れて行こうと? ええ?」

 

 ネロが喘ぎ声とともに、驚いた口調で言った。

 どうやら、知らなかったか──。

 まあ、天幕の中の会話だしなあ。

 

「よし、じゃあ、ピアは助けてくれたネロを口で奉仕だ。俺は股を犯す。ふたりとも、俺の射精に合わせて達するんだ。失敗すれば、この前の電撃棒の罰な」

 

 クラウディオはネロの股間を掴んで引っ張り、ソファにのぼらせ、逆さになっているピアの口にその怒張を押し込んだ。

 そして、クラウディオ自身はすぐに反対側に回り、ズボンと下着を脱ぐと、再び男根をピアの股間に押し込んでいく。

 

「んあっ、んんあああっ」

 

 ピアがぶるぶると身体を震わせて、早くも感極まったような声をあげた。

 

「あっ、ああっ、ピアちゃん──。は、激しい──。そ、そんなに舐めたら、ぼく、あっという間に出ちゃうよお」

 

 一方でそのピアに股間を舐められているネロが情けない声を出した。

 

「手を抜くなよ、ピア──。もしも、さっさとネロが射精してしまったら、早漏の罰として、ネロだけが電撃棒の罰で、その操作はピアにさせてやろう。だが、手を抜いたとわかれば、ピアの尿道に電撃棒だ」

 

 クラウディオは律動を激しくしながら言った。

 電撃棒というのは、先日手に入れた責め具であり、魔石の欠片が仕込んである細い金属棒だ。

 そして、それには細い金属線が一方の端に繋がっていて、その端に操作盤があり、電撃を流したり、停止したり、あるいは電撃の強さを変化させたりすることができるのだ。

 太さも三種類あり、一番細いのは尿道に挿入できるくらいに細い。

 この前、かなりの額を使って(あがな)ったもので、結構愉快に使える。

 男の場合は亀頭から尿道に突き刺し、女の場合は膣穴に挿して苛めるのだ。それとも、極太を尻穴だ。

 また、女の場合も尿道口に挿すということもできる。

 非常に苦しくてつらいらしく、すでにその洗礼を経験しているピアもネロも、ちょっと引きつった顔になった。

 とにかく、先に射精さえさせれば、ピアは電撃棒を免れるので、ピアが激しくネロに舌を使いだしたのがわかった。

 

「ああ、あっ、だめええっ、だめだって、ピアちゃん──」

 

 ネロが後ろ手の身体を反り返るようにして、悲鳴をあげた。

 

「んんっ、んあっ、んあああっ、ああっ」

 

 一方で、ネロを追い詰めつつも、クラウディオによって犯されているピアの身体の震えがいよいよ大きくなる。

 しかし、クラウディオが射精に至るまでには、まだもうちょっとかかる。

 ピアが先に達しても、ピアに罰だ。

 

 果たしてどうなるのか……。

 クラウディオは、心の底から愉しんでいた。

 

 やはり、こいつらを苛めるのは興奮する。

 だから、奴隷たちとの遊びはやめられない。

 

 だから……。

 まあ、いいか。

 

 イザベラ女王のところにご機嫌伺いに行くのは明日でいいだろう。

 クラウディオは、ピアを激しく犯しながら思った。



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899 元宰相の憤懣

 状況整理回ですね。

 *




「くそう──」

 

 宿泊場所にしている空き家に到着するなり、フォックスは悪態をついて、床を足で何度も踏み鳴らした。

 

 口惜しい──。

 口惜しい──。

 口惜しくて堪らない──。

 

 奴隷に媚びを売るしか能のない無能者の臆病者のくせに、このフォックスに暴力を振るうとはなんというやつだろう。

 とりあえず戻ってきたが、すぐに報復を開始するつもりだ。

 

「マイル領について、徹底的に調べあげる。完全に潰してやる。この俺の影響力を甘くみるな──」

 

 フォックスは、ソファに倒れ込むように座りながら吐き捨てた。

 とにかく、貴族というものは舐められたら終わりなのだ。早速、手を回して、マイル家と取引きのある領主には、すぐに取引きを中止させる。

 マイル家の産物は購入せず、マイル領から輸送する貨物馬車には、全部に高い通行料を貸す。どの領土でもだ。

 あのマイル家の周りは、ほぼ王家が保有している代官領主ばかりだが、実際的には独立した領主と同じだ。本当は王家の許可がいる関税についても、勝手にやらせればいい。

 名目はどうにでもなる。

 とにかく、フォックスは怒り心頭に達していた。

 

「お前たちは、全員、外におれ──。奴隷ごときに無様にやられおって。顔も見たくない──」

 

 空き家に入ってきた護衛たちに怒鳴った。

 この空き家は、フォックスたちが滞在するために、貸切っている三軒繋がりの庶民の家だ。

 この界隈の宿屋や街屋敷は、リンが占拠している外郭砦の内側にしかないので、こちら側には、農村程度の集落しか存在しない。フォックスたちは、その里の中にある適当な家の住民に金を与えて追い出して強引に空き家にして、そこを拠点としていた。

 いま、フォックスがいるのは、三軒繋がりの真ん中であり、右隣を同行しているコサク伯とベンガル伯たち、左隣をフォックス家の家人たちに使わせていた。護衛たちは十五人ほどだか、そいつらは警護を兼ねて外で寝泊まりをしている。

 追い出したのは、マイル伯の陣地に同行した七人ほどの護衛のうち、天幕内でマイル伯の奴隷にのされたふたりだ。

 そもそも、こいつらが簡単にやられたから、マイル伯ごときに恥をさらさなければならなかったのだ。

 直ちに罷免したいところだが、連れて行った七人を一度に追い出せば、フォックスの警護が不足する。だから、部屋から追い出すだけで留めた。

 護衛たちが一礼をして、部屋から出ていく。

 

「なにか、あったのですか?」

 

 入口で出迎え、ここまで同行してきた家令が訊ねた。

 身の回りの世話をする者として、十人ほどの家人が同行しているが、それを束ねる男だ。

 フォックスがマイル隊の陣地に向かったのは承知しているだろうが、土で汚れたぼろぼろの格好で戻ったので、唖然としている。

 また、出迎えは家令だけだ。

 ほかの者は、呼ばなければ、部屋には入って来ない。そういう躾にしているのだ。

 

「後で言う」

 

 マイル家に報復となれば、家人たちに動いてもらうこともあるので、説明しないわけにはいかないが、いまは言いたくない。

 

「わかりました。では、お着替えを……」

 

「いや、まず、酒だ。酒を持ってこい。いや、待て……」

 

 酒の一杯もひっかけないとやってられないと思ったが、よく考えれば、同行していたベンガル伯に、すぐにイザベラとの面談を整えるようにと、女王の陣に使いを出したのだった。

 酔って、女王に会うわけにはいかないか……。

 

「いや、やはり、持ってこい。コサク伯の分もな」

 

 一杯くらいどうということもないだろう。

 どうせ、相手は小娘だ。

 また、コサク伯というのは、横に座っていて、フォックスとともに戻ってきた今回の同行者だ。

 あのとき、思い切りマイル伯に腹を膝蹴りされて、いまでも苦しそうに腹を抑えている。

 

「かしこまりました。それと、王都からの報告書が先ほど届きました」

 

「ああ?」

 

 フォックスは顔を家令に向けた。

 ルードルフ王の暴政が始まるとともに、いち早く逃亡してきた王都だが、情報をとるために、多くの諜報役を潜入させている。王宮内にもだ。

 変化があるたびに、フォックスがいる場所に届くように手配しているのだが、この数日は毎日届いている。

 今日の分が到着したということか。

 

「持ってこい」

 

 ちょっと迷ったが、フォックスは頷いた。

 家令が一礼をして離れようとする。

 

「酒も忘れるな」

 

「かしこまりました」

 

 家令がさがっていく。

 

「大丈夫か?」

 

 フォックスは、コサク伯に訊ねた。コサク伯は、まだしかめっ面で腹を抱えている。

 

「は、はい……」

 

「と、とにかく、このままでは済まさんぞ」

 

「もちろんです。手を回して商売で締めつければ、いずれ借金をせざるを得なくなります。そのときに、こっちの息のかかっている金貸しを送り込みましょう。あいつが我に返ったときには、返すことが不可能な膨大な借金ができあがるという図式です」

 

 どうやら、コサク伯も同じようなことを考えていたようだ。

 フォックスはほくそ笑んだ。

 

「そうなってしまえば、腐っても貴族。まさか、領民よりも己の財産が大事とはいくまい。大切な財産を手放すしかないな」

 

 フォックスは言った。

 マイル伯の財産といえば、数多くいる奴隷だ。そもそも、あの男の地位程度で、二十人もの奴隷など分不相応なのだ。

 

「売り飛ばした奴隷を買い取り、あいつの前で徹底的に凌辱してやりましょう。いまから愉しみです」

 

「そうだな」

 

 これについては問題なく首尾が進むだろう。所詮は弱小の代官領主なのだ。

 ならば、大きな課題は、王家のことか。

 すると、さっきの家令が戻ってきた。

 若い侍女が一緒だ。

 テーブルの上に侍女が酒が置き、家令は盆に載せた書状をフォックスの前に差し出してきた。

 家令と侍女はさがらせた。

 フォックスは、報告書を一読して、舌打ちした。

 

「あの冒険者あがりは、好き放題にやっておるようだ。ロウは、ラスカリーナという近衛の将校を王軍の暫定司令官に任命したようだ。独裁官権限だと言ってな」

 

 フォックスは侍女が置いていった琥珀色の酒を口にした。

 

「ラスカリーナ? ちょっと記憶にないですね」

 

 コサク伯は首を傾げている。

 

「当然だな。将軍級に格上げしたようだが、近衛の連隊長だ。おそらく、自分の新しい愛人をしたのだろう。あんな冒険者上がりの賤民が王宮を好き勝手しておるのかと思うと、怒りではらわたが煮えかえる。なにが、独裁官だ──」

 

 フォックスは悪態をついた。

 独裁官などという役職は聞いたことなどないが、ロウは王宮に乗り込み、大会議という貴族会議を急遽招集して、ルードルフ王に自らの退位とともに、自分の独裁官就任を宣言させたという。

 独裁官というのは、臨時役職であるが、宰相と王軍総司令官を兼務する任務らしく、形式上だけのことではあるが、フォックスよりも格上の地位になるのだそうだ。

 しかも、その大会議で、ロウはフォックスをはじめ、主立つ大貴族の役職を罷免しているので、実際には、フォックスはすでに宰相の任務を解かれたかたちになる。

 

 無論、そんなことは許されるわけもないので、同じように罷免された貴族たちと結託して、王家に抗議をしようと企てているが、いまのところ、あまり大きな動きにはならない。

 王都については、気味の悪いくらいに、落ち着きを取り戻してきているし、役職を罷免された高位貴族たちも、領地は安堵されたので、それで満足しようと諦めている者も多いのだ。

 それでも、ある程度の人数は集まってきたが、フォックスにつかず、煮え切らない態度の数多くの高位貴族には、フォックスも苛々が溜まっている。

 

「近衛連隊長? ああ、それならわかりました。あの豚女のことですね」

 

 すると、コサク伯が言った。

 コサク伯には、ラスカリーナという名に覚えがあったみたいだ。ただ、フォックスの記憶にはない。将軍でもない連隊長格の女将校の名前など、記憶に残るはずもないが、“豚女”だと?

 

「太っておるのか?」

 

「ぶくぶくとみっともなく。まあ、成り上がり者なら、お似合いかと」

 

「相変わらず見境のない男だな。女ならなんでもか。まあ、その情報もまた、小娘には入れておくか。ともあれ、ロウと小娘にくさびを入れることには成功したようだから、早晩、ふたりの関係が悪化することは確実だろう。問題は、それをどんなふうに転がすかだな」

 

「ロウには、エルフ女王という後ろ盾がありますしね」

 

 コサク伯が言った。

 

「英雄公か……」

 

 フォックスは再び舌打ちした。

 王宮で行われているロウの専横を認めようという動きがあるのは、そのエルフ王家の後ろ盾があるからだ。

 フォックスが掴んでいる情報では、驚くことに、エルフ女王のガドニエルは、ロウという「夫」をイザベラと分け合うことに同意しているという。

 つまりは、イザベラは、ロウという夫を通じて、あのエルフ女王と並び立つことになるということだ。

 これは大きい。このハロンドール王国は、かつてない程に、ナタル森林のエルフ女王国と緊密に結びつくことだろう。人でも、魔道でも、魔石でも、どんどんと相互流出入は進むはずだ。

 エルフ女王国は、すでに王都内に公使館の場所を探しているという。伝え聞くところによれば、ルードルフ王が混沌の最中に王都内に建設させて、愛人にしたテレーズ=ラポルタに贈ろうとした二棟の屋敷のうちの一棟が最有力候補らしい。

 いずれにしても、それもこれも、ロウという男ありきの話だ。

 一介の冒険者上がりのロウだが、あのエルフ王家がついているという一点だけで、いまや、人物としてかなりの価値があることは確かではある。

 

 女王イザベラにしても、色恋を抜きにしても、ロウを王配にするということは、エルフ族王家の後ろ盾を得られるということにもなり、あの王国内に味方の少ない小娘としては、冒険者上がりの賤民といえども、王家に迎える大きな価値がある。

 おそらく、王妃アネルザは、ロウとイザベラの婚姻を進めようとするだろう。

 現段階においては、ロウにそれだけの価値があるのは、認めざるを得ない。

 多くの貴族たちが、ロウ=ボルグの台頭に反対の声を大きくあげないのは、王国の立て直しに、エルフ王家との緊密な関係が不可欠だと考えているからだと思う。

 だが、それはフォックスとしては、面白い未来ではない。

 エルフ王家を後ろ盾としたロウ、そして、イザベラという新たな権力構造の中では、フォックスたちの居場所はない。

 それをどうやって、ひっくり返すかだ。

 

 ロウの持っているエルフ王家への影響力は必要だ──。

 そして、おそらく成立するであろう、ハロンドール王国とエルフ王家の同盟は、そのロウとエルフ族女王のガドニエルのあいだの個人的な恋愛感情から成り立っている。

 ロウとガドニエル女王が離れれば、間違いなく、これから始まろうとしている両国の蜜月は破綻する。それについては、フォックスとしても困る。

 かといって、ロウに権力を持たせるというのは、許されることではない。

 

「ロウは必要だ。だが、腑抜けにする。そして、操る……。小娘については、こちらに取り込み、ロウには名目だけの栄誉職を与えておくというのが筋書きか……」

 

 フォックスは呟いた。

 

「なにかおっしゃいましたか?」

 

 コサク伯がフォックスを見る。

 

「貴族世界の怖さというものを教えてやるか」

 

 フォックスはにやりと微笑んだ。

 

「……と言いますと?」

 

「ロウという男は調査する限り、随分と女を大切にするようだ。そして、女を利用する。あれのところに、力のある女がなぜか集まることは否定できないが、それは、ロウ自身に弱みでもあるな」

 

 フォックスは言った。

 

「どうするのですか?」

 

「警告だ」

 

 とりあえず、それだけを言った。

 ここで口に出すことじゃない。

 それはともかく、問題はフォックスが権力の場から離される状況であることだ。いや、いまのところ、あのロウはどうやら、政権運営を大貴族たちから切り離して、階級のない平民や中小貴族たちを中心に動かそうとしている気配である。

 なにしろ、まだ数日だけで読めないところがあるものの、ルードルフ王の暴政のあいだに、王宮から逃げずに残った中小貴族は、ほとんどがそのまま登用されているし、新しく入れる者は、階級関係なく、平民からでも選定しているようであることから、それが類推される。

 そもそも、ロウ自体が、高貴な血が一滴も流れていない賤民の流民なのだ。

 このままでは、卑しき者たちによって、王国が乗っ取られてしまう。

 かつてない危機に、王国は直面しているのである。

 

 だから、こういうときこそ、貴族は一致団結しなければならないのに、いまのところ、そこまでまとめることができない。

 なんとか、フォックスの基盤に近い中央部の貴族は抑えたが、もともと代官貴族が多く、実質的な領主とはいえ、宮廷の思惑ひとつで罷免される立場だけに、積極的に王宮に逆らおうという気概はあまりない。

 フォックスの説く、貴族階級の危機にも懐疑的だ。

 むしろ、エルフ国との同盟によりもたらされるであろう利益にあずかろうと、すり寄ろうとする者までいる。

 あんな成り上がりの専横に恭順しようするとは、まったく貴族の誇りを忘れた情けない連中だ。

 

「数を集めないとなあ。まだ、足りん。小娘が王位を継ぐのは認めざるを得ないだろうが、周りについては、我ら古参貴族で固めねばならんのだ。そのためには、数が必要だ」

 

 フォックスは言った。

 だが、実際には多数派工作はうまくいっていない。

 貴族階級として大きくまとまるためには、しっかりとした領土基盤を持つ領主貴族が集まっている「辺境侯域」とも通称されるに北西部か、あるいは、かつてキシダインが基盤にした南部地区を抑える必要がある。

 そのうち、北西部は、もともと王家に叛旗を掲げたこともあるから、簡単に取り込めるのかと思ったが、マルエダ辺境侯に代わって、あの地域の盟主のような立場になったリィナ=ワイズ女伯爵は、すでに独裁官就任を歓迎するメッセージを発しており、フォックスがひそかに送った使者など、王国への謀反人として捕えようとしたくらいだった。

 

「ならば、南部なのだが……」

 

 賊徒集団が暴れまわった影響もある南部は、急速な民心の離反があって、そのせいで、どの領主も自領の秩序回復で精一杯の状況だ。キシダイン失脚以降、どの南部地区の領主も厳しい財政事情に陥っていたのだが、それを領民に重税を課すことで補っていて、それがクロイツ侯領で農民反乱が勃発したことで波及したのである。

 いまは、治安の立て直しが急務のようだ。

 だから、自分の領土のことでいっぱいいっぱいで、王都への関心が低くて、フォックスの呼びかけにも反応はあまりない。

 

「エルザ王女殿の手腕次第ですね。殿下が失敗すれば、あそこはすぐに反王家で固められます」

 

 コサク伯が言った。

 フォックスは頷く。

 南部地区の立て直しについては、タリオ公国から出戻りで帰ってきたエルザ王女が「南方総督」という立場で総括することになった。

 その総督というのも、フォックスの知らぬところで決定していて不満なのだが、つけ入る隙があるとすれば、それがうまくいかなくなったときだろう。

 世間知らずの王女に、現実の地方政治の統括ができるとは思わないので、だんだんと粗が見えてきた段階で、南部の連中を取り込むしかないのかもしれない。

 だが、時間がかかる……。

 

「なんとかかき回す材料が見つかればなあ……。そういえば、ラポルタ領はエルザ総督の直轄ということで、王家の取りあげだ。これによく思わない不満分子は集められんか?」

 

 テレーズ=ラポルタ女伯爵は、ルードルフ王の女官として入り、あの王を暴王に仕立て上げた張本人として、天下の悪女の評判となったが、王宮の混沌の中でルードルフ王に処刑されていたらしく、三日前に死骸が発見されたという連絡が、昨日の報告書で届いていた。

 寵姫だったサキの死体と一緒にだ。

 ふたりの悪女の首は、王都広場に晒されているという。

 そして、そのテレーズ=ラポルタ女伯爵の領土は、そのまま王家が召し上げになった。

 これに不満を持つ、あるいは、なんらかの興味を持つ南部貴族はいないのかと思ったのだ。

 いれば、それを糸口に、フォックス派に取り込めるかもしれない。

 

「残念ながら。あのラポルタ領はもともと借金まみれでして……。それを欲しいと思う領主は……」

 

 コサク伯は首を横に振った。

 だめか……。

 フォックスは、テーブルの酒に手を伸ばした。

 

 そのときだった。

 建物内に急に喧噪が起こったのだ。

 入口側が妙に慌ただしい。

 大きな声も聞こえる。

 どうしたのだろう?

 フォックスは、呼び鈴を鳴らして、家令を呼ぼうとした。

 

 すると、扉が勢いよく外側から開かれた。

 女兵たちがなだれ込んでくる。

 エルフ族の兵か──?

 

「な、なんだ、お前たちは──」

 

 フォックスはびっくりして、怒鳴った。

 

「うわっ」

 

 コサク伯も仰天して立ちあがっている。

 室内は、あっという間に十人以上のエルフ族の女兵に占拠されてしまった。

 

「お、お待ちください、独裁官様──。お取次ぎしますので──」

 

 廊下側で家令の悲鳴混じりの声がする。

 独裁官──?

 フォックスは耳を疑った。

 

「無用だ。もう入った」

 

 入ってきたのは、ロウ=ボルグ──。独裁官を僭称している冒険者上がりだ。

 しかし、どうしてここに?

 フォックスは唖然とした。

 

「フォックス卿、こんな夜に女王陛下と面会希望だと、お前の使者と名乗る伯爵が伝えに来たが、事前の約束もなしにか──? まあ、失礼千万な伝言だが、こっちから来てやった。話は独裁官の俺が代わりに聞いてやる。さっさと要件を言え──」

 

 ロウが尊大な態度で空いているソファにどっかりと座った。

 その周りを同行してきた女たちが囲む。ええっと、調べさせたので、ロウの愛人の名はある程度は承知しているが、エリカ、コゼ、女騎士のシャングリア、闘奴あがりのマーズ、見知らぬ獣人少女もいる。

 それに加えて、最初に入り込んできたエルフ女兵の一隊だ。

 

 だが、これは、どういう状況なのだ?

 フォックスは呆気にとられた。



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900 独裁官の戦場入り(その1)

 時系は、イザベラとクラウディオが面会をした直後(895話の最後)まで遡ります。
 前話で、ロウがフォックスの拠点に突入したのは夜更け過ぎでしたが、いまは、まだ昼間になります。

 *



「なにが裏切りなのだ。ロウ殿は最初から、たくさんの女と性的関係があったし、そのロウにお願いをして、調教を受ける代わりに、女にしてもらったのはわたしだ。それなのに、不義というのがわからん──」

 

 イザベラは首を傾げた。

 マイル伯を通じて渡された銀録画にロウが他の女を調教する画像があるからなんだというのだ。

 アネルザとミランダとシャングリアと男女の関係があるからなんだ?

 なにを言いたいのかさっぱりわからん。

 

「いえ、そんなこと、フォックスは知らないし……」

 

 モロッコがおずおずと言う。

 

「それがなんの関係がある──?」

 

 イザベラは怒鳴ってしまった。

 そのときだった。

 目の前に、人の拳ほどの大きさの透明の球体が出現した。

 通信球だ。

 遠隔から人の声を飛ばす初級魔道である。

 指で突いて弾くと、ミウの明るい声が迸った。

 

 

“ロウ様が到着されました──。いま、指揮天幕におられます──”

 

 

「おう、ロウ殿が来たのか」

 

 イザベラは声をあげた。

 ミウからの言葉を耳にした途端、不思議なほどの脱力感がイザベラを襲ったのだ。

 そんなつもりなどなかったが、どうやら、ずっとかなり気を張り続けていたのかもしれない。

 緊張が一気に抜けて、ほっとしてしまった。

 

「えっ、ロウ殿ですか?」

 

「ロウ様が来たんですね」

 

「ロウ様が?」

 

 シャーラや、三人の侍女たちも嬉しそうだ。マーズも歓声こそあげなかったが、安心したように笑っている。

 不思議な男だ。

 ただ、存在するだけで、ここまでイザベラたちを安心させてくれるのだ。

 

「よし、すぐに戻ろう──。シャーラ、ヴァージニアとイライジャにも知らせてやれ」

 

「わかりました」

 

 イザベラの指示を受けて、シャーラがこっちから二人に向かって通信球を飛ばす。二個の透明の球が宙に浮かんで消えた。

 ヴァージニアは、マイル伯の部下に補給の調整をしているはずだし、イライジャはずっと補給天幕のある場所だ。

 

 すぐに、天幕を出て、元の指揮所天幕に向って歩く。

 同行するのは、シャーラとマーズと三人の侍女である。

 

 しばらくすると、イザベラたちが宿営に使っている天幕群が見えてくる。直接の警備をしているのは、ブルイネン率いる親衛隊であり、さらにその周りを南方軍から連れてきた隊が陣を作っている。

 その向こうが、スラーネスト隊とモーリア傭兵隊の陣であり、そして、ちょっと距離があって、峡谷を背にした王軍の外郭砦だ。

 

「そうか、すまんな」

 

 イザベラは苦笑しながら、天幕の中に入っていった。

 それはともかく、もともと、イザベラの部下ではないが、ブルイネン以下の親衛隊は、まるでイザベラが自分たちの王族であるかのように、イザベラたちを守ってくれる。

 本当にありがたい。

 

「いやだって──。嫌だって、言ってるじゃないのよ──。あほおおお──」

 

 ひと際大きく聞こえたのは、ユイナの悲鳴混じりの絶叫だ。

 どうやら、叫んでいたのはユイナのようだ。

 だが、驚いたことに、幕舎の中の様子が一変している。

 イザベラの執務用のテーブルと椅子、そして、面談用の長机とそれを囲む椅子が会った場所のはずなのに、調度品については全て、なにもかもなくなっている。

 その代わりに、地面に薄いマットがびっしりと敷き詰められていて、毛布やクッションなどが散乱されていた。

 そして、ロウがいた。

 

 すでに上半身は裸であり、多分、下半身もなにも身につけていないのかもしれないが、毛布を被っている。

 周りにいるのは、まずは、エルフ女王のガドニエル、エリカ、コゼ、イットだ。これは、ロウと一緒にやって来た者たちだろう。さらに、ブルイネン、シャングリアという前から、この陣に残っていた者たちもいる。

 びっくりすることに、女たちの全員が下着姿だ。

 そのうち、ひとりだけ見知らぬ女がいて、彼女については、下着にしては不格好な布で腰を包んでいた。いや、あれはおしめか?

 

 そして、下着姿でない者はもうひとりいた。

 ブルイネンだ。

 上半身はきちんとした軍装だが、腰から下はなにもはいてなくてすっぽんぽんだ。両手を背中で手錠をかけられて、横になっている。

 明らかに、襲われた後であり、垣間見える股からは、ロウのものか、ブルイネンのものかわからないが、女の蜜のようなものがどろりと垂れている。

 

 まったく、昼間から……。

 ロウが到着した途端に、これか……。

 

 また、悲鳴をあげていたユイナは、ロウの前に上半身を後手縛りに緊縛されていて、下は紐パンという格好で、ロウに縄尻をとられて、上半身に着る肌着のようなものを着せられようとていた。

 それを暴れて嫌がっているみたいだ。

 

 とにかく、なんという状況だ。

 

「ロ、ロウ殿……。なあにをしておるのだ。ここは戦場だぞ」

 

 イザベラは、幕舎に入るやいなや、言った。

 すると、ロウが顔をあげた。

 

「おう、姫様、元気そうで安心した。母子ともに順調というのは教えてもらって、安心していたが、やっぱり顔を見るとほっとするな。とにかく、王都のことはやっとひと段落ついた。まだ、ここで睨み合いが続いているというのは計算外だったが、とにかく、もう心配ない。あとは、独裁官の俺になにもかも任せてくれ」

 

 ロウがイザベラに顔を向けて白い歯を見せつつ、逃げようとするユイナの縄尻を掴んで、強引にしゃがませて、そばに寄せた。

 

「いやああ──。実験台なら、ほかの娘にしなさいよ──。なんで、わたしなのよお──」

 

 一方で、ユイナは懸命に逃げようとしている。

 よくわからないが、ロウが手にしているのは、なんでもないような白い肌着のように見える。三分丈で二の腕の半分くらいまでの袖だ。貫頭衣になっていて、頭からすっぽりと被るものである。

 あれがどうしたというのだろう。

 

「往生際が悪いわねえ。観念して、大人しく着なさいよ」

 

 口を挟んだのはコゼだ。

 コゼはロウのすぐ横でぴったりとロウにくっついている。

 

「だったら、お前が着ろ──。絶対にいやよお──」

 

 ユイナが真っ赤な顔で怒鳴った。

 

「いやいや、新しい魔道具だからな。やっぱり、専門家の意見を聞かないとな。コゼ、シャングリア、押さえろ──」

 

 ロウが掴んでいたユイナの腕の縄の部分をコゼに渡す。

 すると、コゼが腕でユイナの脚を払って、その場に引き倒してしまった。

 

「すまんな。ロウの我がままだ。付き合ってやってくれ」

 

 やはり、下着姿のシャングリアが笑いながら、ユイナの身体を押さえる。さすがに、後手縛りのうえに、コゼやシャングリアという猛者から身体を押さえられたら、非力なユイナにはなにもできない。

 ロウの前に完全に正座状態で押さえられた。

 

「離してええ──。そんなえげつなさそうなのは、いやよおお」

 

 ユイナが必死に暴れている。

 

「お前たちも来い──。そして、下着姿になれ。心配しなくても、エルフ親衛隊には、誰も近づけるなと指示しているから、心配ない。いざというときには、まとめて亜空間に隠してやる」

 

 ロウの言葉に、一緒にいた侍女たちが黄色い声をあげてマットの上に上がり込んだ。

 競うように服を脱いでいく。

 だが、イザベラだけは、まだ幕舎内に入ったところで、呆れて立ったままでいた。

 

「行きましょう、陛下」

 

 マーズに促されて、イザベラも前に進む。

 とりあえず、ロウに近い場所に座った。

 

「ちょっと待ってくれよ、イザベラ。実験だけ、始めさせてくれ」

 

 ロウがイザベラに微笑みかけ、すぐにユイナに顔を向け直す。

 

「いやあああ」

 

 ユイナがまた暴れるが、今度はコゼとシャングリアがふたりがかりで押さえているので、首が左右に激しく動くだけだ。

 

「あんたも、しつこいわねえ」

 

 呆れた声を出したのはエリカだ。

 ちょっと離れて、気怠そうに腰をおろしている。エリカについては、胸巻きはなく、手で胸を隠している。

 全身が赤く火照っていて汗をかいており、ブルイネンと一緒で、完全に「事後」だ。

 

「しつこくして、ご主人様の気を引こうとしているのよ」

 

 コゼが笑った。

 

「そんなんじゃないい──」

 

 ユイナが絶叫した。

 

「観念しろ」

 

 ロウがユイナの頭からずっと持っていた白い肌着のようなものを被せて、着させる。

 すると、後手縛りのユイナの上半身に吸いつくように肌着が縮まり、ユイナの身体の線に合わせるように収縮して張り付いたみたいになった。

 

「ひゃははははは──。いひひひひひ──。く、くすぐったいいい──。ひひひっひ──。いやああああ──。ははははは──。あっははははは──。ひぎいいいい──。ひひひひひ。、ぐ、ぐるじいいい──。ひひひひ──」

 

 すると、いきなりユイナが全身を真っ赤にして、けたたましく笑い出した。

 イザベラは驚いてしまった。

 

「な、なんだ──。なにが始まったのだ──」

 

 思わず、イザベラは訊ねた。

 

「新しく作った“くすぐり肌着”だ。内側に羽毛がびっしりとついていて、女体のくすぐったい場所を徹底的にくすぐる仕掛けになっている。長く着れば着るほど、羽毛がその女体のくすぐったい場所を覚えるから、どんどんときつくなる。しかも、慣れさせないように、くすぐり方も強さも、どんどんと変化する……。まあ、そういうものだ。ユイナは魔道具作りの名人だしな。ちょっと意見をもらおうと思ってな」 

 

 ロウが笑った、

 絶対に、そんな動機で着させたのではないと思う。

 なんというものを作るのだ。

 イザベラは鼻白んだ。

 

「いぎゃはははは、ひがはははは、あっはははは、だすげでえええ、いぎああああ、はがああああ」

 

 そのあいだも、ユイナは苦しそうに笑い続けている。

 あっという間に、涙と鼻水と涎ですごいことになった。

 

「これじゃあ、うるさすぎるな。消音ギャグを嵌めさせとくか」

 

 ロウが宙から取り出すようにして、ボールギャグを出した。それをユイナに嵌める。

 その瞬間、ユイナから迸っていた苦悶の笑い声がぴたりと聞こえなくなった。

 もっとも、ユイナが暴れ回るのは変わらない。

 

「もう手を離していいぞ。ところで、ユイナ、あまり動かない方がいいぞ。最初にこれを体感させたスクルドによれば、動けば動くほど、くすぐったさが増大するそうだ。内側の羽毛がそういう風に動くらしい……。いや、聞こえてないか……?」

 

 ユイナは、無言のまま、のたうち回っている。

 まだ、ほんのちょっとの時間なのに、ものすごい量の汗もかいている。やがて、痙攣のようなものを始めた。

 

「ロウ殿、これは大丈夫か?」

 

 イザベラは心配になった。

 

「ああ、問題ない。頭の線が十本くらい切れて発狂しても、俺の淫魔術なら治せる。スクルドで実験済みだ」

 

 ロウがユイナに手を伸ばして、紐パンの紐を解いて、ユイナの下着を取り去った。

 その瞬間、まるで計ったかのように、ユイナが股間から失禁を始めた。

 

「わっ」

 

「やった」

 

 声を出したのは、コゼとエリカだ。

 ロウが声をあげて笑う。

 

「ははは、早いな。ガド、魔道で掃除を頼む」

 

「はい、わかりました」

 

 やはり、下着姿のガドニエル女王が元気に返事をして、魔道を飛ばした。びっしょりと濡れているユイナの放尿の場所がきれいになっていく。

 

「ベアトリーチェ──。来い。お前のおむつをユイナにさせるか。だが、お前のおしっこは、まだ許可はしない。我慢するんだ」

 

「は、はい……」

 

 ベアトリーチェと呼ばれた女は、少し離れたところで腰をおろして、両手を股間に置くようにして震えていたのだが、ロウに声をかけられて立ちあがり、腰に巻いていた布を取り去り始めた。

 やっぱりおしめのようだ。

 だが、とても苦しそうだ。

 

「もしかして、尿意を我慢させているのか?」

 

 イザベラは訊ねた。

 

「ああ、新しく仲間にしたベアトリーチェだ。女騎士で、シャングリアとともに、新しく編成する王軍の騎馬隊長として働いてもらうつもりだ。そして、おしっこ娘でもある。いまは、許可なく放尿しない調教を続けていて、今日はまだ起きてから一度も許可してないかな。もう限界だと思う」

 

 ロウが事も無げに言った。

 イザベラは、本当に呆れた。

 そのとき、イザベラは、やっとロウの下半身を包んでいる毛布が不自然に膨らんでいることに気がついた。

 しかも、もそもそと動いている。

 すると、イザベラの視線に気がついたのか、ロウが下半身に被せていた毛布を取り去った。

 

「わっ」

 

 思わず声を出した。

 そこにいたのはミウだ。

 拘束はされてないが全裸であり、蹲って一心不乱にロウの股間を舐めている。

 

「そろそろ出すぞ、ミウ。全部、飲めよ」

 

 ロウがミウの頭の上に手を置き、かすかに腰を動かした。

 

「んんっ」

 

 ミウがロウの怒張を咥えている顔を上下に動かすようにして、大きな鼻声を上げた。

 

「はあ……」

 

 イザベラは嘆息した。



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901 独裁官の戦場入り(その2)

「ああっ、も、もっと……い、いきそう、い、いきますうう」

 

「あ、あたしもです──。いきます、ああっ、ああああ」

 

 トニアに続いて、ノルエルも声をうわずらせて口走り、ロウに後ろから貫かれている腰を激しく動かし、そのままオルガニズムに向かって、がくがくと身体を震わせ始める。

 イザベラは苦笑しながら、ぼんやりと目の前で行われる性宴を眺めていた。

 

 だが、ここは戦場だ。

 味方が陣を作って構えている真っ只中だ。

 その作戦指揮をする幕舎天幕だ。

 さらにいえば、まだ昼間だ。

 

 こんなので、いいのか──?

 

 叫びたくなるが、ロウが始めた性宴はもはや、佳境といったところである。

 

 しかし、本当にこれでいいのか?

 

 もっとも、思うだけで、イザベラにはなにも言えなかった。それどころか、結局、流されて参加し、いまはイザベラも下着姿で、しかも拘束されてしまっている。

 

 ロウが戦場に到着したのはちょっと前のことだ。

 その途端に、ロウは順番に女たちを抱きはじめ、まずは、口奉仕をしていたミウを抱き、そして、周りの女を立て続けに次々に犯していった。

 そして、いまは、侍女であるトニアとノルエルをふたり同時に抱いているところである。

 

 その間、目の前の女を抱くばかりでなく、ちょっとずつ女たちの全員にちょっかいを出しては身体を火照らせていき、そして、適当に手を伸ばしては、股間に怒張を挿入するという感じだ。

 イザベラも、まだ挿入こそされていないが、十回くらいは下着姿の身体を愛撫され、その都度、激しくよがってしまった。

 股間はべっとりと濡れている。

 だが、まだ半ノスというところだろう。

 イザベラが来るまでにも、ブルイネンやエリカなどを抱き終わった感じではあるが、たったそれだけの時間でロウは、ここにいる人数の女たちを圧倒してしまうのだ。

 いつもながら、ロウはすごいなと思った。

 

 それはともかく、こんな戦場の中心で、こんなことをしていていいのだろうかという葛藤はある。

 だが、ロウは始めたらやめないし、イザベラがロウに言うことをきかせられるわけでもなく、なんとなく流されている。

 

「じゃあ、ふたり同時にいけ──」

 

 ロウは、女をお尻側から犯す……、確か「後背位」という体位でふたりのお尻を並べて代わる代わる犯しているが、いま、ノルエルを突いていた怒張をもう一度抜いて、トニアに再び挿入し、ノルエルについては指を入れて、揉み動かすようにした。

 

「あああああっ」

 

「いくうううう」

 

 そして、トニアとノルエルが汗まみれの身体をがくがくと痙攣させて達した。

 ロウは、すぐにはトニアから抜かずに、少しのあいだ腰を前後に動かした。何人かの女は精を注ぐことなく、次の女に移動したりしたが、いまは射精したみたいだ。

 

「ふううっ」

 

 ロウが額の汗を手で拭いながら、トニアとノルエルから離れる。

 ふたりががっくりと脱力して、その場に横たわった。

 

「さて、次は……」

 

 ロウが周りを見回す。

 そして、ぐったりとして動かないユイナに目を付けた。

 ユイナは、「くすぐり肌着」とかいうわけのわからない淫具のシャツを着せられ、のたうち回っていたが、やがて、気絶して動かなくなっていた。

 いまは、肌着も脱がしてもらって横たわっているが、まだ白目を剥いたままだ。また、ベアトリーチェが最初につけていたおしめは、いまはユイナが装着させられている。

 見ている感じだと、おそらく、五回は失禁しているだろう。

 おしめは、吸い取りきれなかったユイナの放尿でびっしょりになっている。

 

「……これはだめだな。じゃあ、イザベラ、相手をしてくれ」

 

 ロウがイザベラに手を伸ばす。

 イザベラの両手は、いまは後手に手錠をかけられている。その腕をロウがとった。

 集まっている女たちの中で、拘束されている者と、されていない者は、半々くらいであり、イザベラは最初に愛撫されたときに、すぐに手錠をかけられてしまった。

 

「あ、あのう……」

 

 だが、そのとき、ずっと正座の視線のまま身体を震わせていたベアトリーチェが声をかけてきた。

 ずっと朝から放尿を我慢させられているという話だったが、おそらく限界なのだろう。最初は、おしめだけの格好だったが、いまは、それもなくなり、完全な全裸になっている。

 全身はおびただしいほどの脂汗でまみれていた。

 ちょっと可哀想なくらいだ。

 そのベアトリーチェも、拘束されている組だ。

 驚くことに、このベアトリーチェは、こんな失禁ぎりぎりの状態で、一度、ロウの相手をしてみせたのだ。

 それでも放尿せず、我慢しきった。

 イザベラは感嘆した。

 そのときに、ベアトリーチェは首の赤いチョーカーに手首の腕輪を接続されるかたちで、首の後ろに両手を拘束されている。

 

「おっ、どうした、ベアトリーチェ? ははは……。ちょっと、待ってくれ、イザベラ」

 

 ロウがすっと、イザベラの股間に両手を伸ばして、下着の横から指を差し込んで、すでに熱い蜜で濡れている亀裂とさらにお尻の穴を同時に愛撫してきた。

 

「あっ、はあっ」

 

 いきなりのことだったので、イザベラは激しく、後手手錠の身体を悶えさせてしまう。

 

「続きは、この後な」

 

 だが、すぐにロウは手を離して、イザベラの頭を軽く撫でた。

 イザベラは、またもや、快感をせり上げられて、それで、中途半端でやめられてしまい、がくりと脱力してしまった。

 多分、狙ってやっている。

 イザベラはロウを睨んだ。

 

「あ、あとでなくてよい──」

 

 イザベラは思わず怒鳴った。

 

「まあまあ、俺がイザベラを抱きたいんだ」

 

 ロウが笑いながら、ベアトリーチェの方に向かう。

 

「くっ」

 

 ぐっと歯噛みする。

 だが、心の中にほんわりと温かい気持ちが充実する感じになる。ナタル森林から戻ったロウは、イザベラのことを“姫様”とも呼ぶが、こうやって呼び捨てにもしてくれる。

 正直言って、呼び捨てにしてくれるのは嬉しい。

 ロウとの距離がぐっと縮まった気持ちになれるからだ。

 

「ベアトリーチェ、限界なんだな?」

 

 ロウだ、正座をして震えているベアトリーチェの乳首を指で軽く弾いたのが見えた。

 

「ひゃあっ。さ、触らないでください──」

 

 ベアトリーチェが頭の後ろの両手を捩るようにして、ロウから胸を逃そうとする。

 だが、そのベアトリーチェの裸身をロウががっしりと腕を回して掴む。

 

「どうしてだ? ベアトリーチェの身体は頭の先から足の先まで俺のものだ。俺のものを俺がどうしようと勝手だろう。それとも、そうじゃないのか?」

 

 ロウが意地悪く、ベアトリーチェの勃起している乳首をくすぐるように動かす。

 

「ひゃっ、ひいいいっ、も、もうしわけ──、あ、ありません。そのとおり──、で、です──、て、天道様──。で、でも漏れそうです──。も、もうだめです。限界です。ほ、放尿をさせてください──」

 

 ベアトリーチェが涙目で叫んだ。

 

「わかった、膝立ちになれ──」

 

 ロウの言葉が終わると同時に、ベアトリーチェがその場で膝立ちになる。本当に限界なのに違いない。

 すると、脚のあいだに、ロウが収納術で取り出した小さな金桶を差し込んだ。

 

「おしっこをさせてやろう。ただし、お尻を愛撫されながらだ。それであれば許可してやろう。それとも、朝まで我慢するかだ」

 

 ロウがベアトリーチェのお尻に手をやり、さわさわとベアトリーチェの生尻を撫でる。

 

「ああ、そんな……。い、いえ……。さ、させてください。お、お尻を悪戯してください。その代わりにおしっこを……」

 

 

「わかった。していい」

 

 ロウの言葉が終わると同時に、しゃっと音がして激しくベアトリーチェの足の下の金桶がゆばりで水音を立てた。

 同時に、ロウがベアトリーチェの尻穴に指を深く入れたのがはっきりとわかった。

 

「あ、あああ、だ、だめええ、へ、変になります、て、天道様──」

 

 ベアトリーチェは全身を震わせて、放尿しながら絶叫した。

 相変わらず、意地の悪いことを……。

 イザベラは息を吐いた。

 

 だが、それにしても、さっきからベアトリーチェがロウのことを天道様と呼ぶのはなんだろう?

 もしかして、ロウから事前に手紙で知らされていた天道教のことだろうか?

 ベアトリーチェは天道教とやらの教徒?

 

 そして、イザベラは、ロウとその天道教のことについて話し合いをしなければならないことを思い出した。

 もちろん、ハロンドール王国内で、クロノス信仰に代わる新興宗教を認めるなど許されることではないのだ。

 イザベラは、それを議論しなければならなかったのだということをやっと思い出した。





 *

 今日はとても時間がないので、これだけで……。


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902 独裁官の戦場入り(その3)

「うわっ、あっ、あああ、駄目になります、天道様ああ。お、お尻、だめええっ」

 

 放尿をしている状況で、ロウにアナルを悪戯されているベアトリーチェが身体を弓なりにしながら泣き声をあげた。

 だが、股間から迸っている放尿だけは、ちゃんと金桶の中に収まり続けている。それはそれで、ちょっとすごいのかもしれないと、イザベラは半分感心してしまった。

 それはともかく、余程に我慢していたのか、ベアトリーチェから流れるおしっこは勢いがすごい。

 正直、イザベラも、ロウの愛人になってから、幾人もの女の放尿を見る機会があったが、多分一番勢いが強い放尿だと思う。

 

「いくらでも、駄目になればいいだろう」

 

 ロウが笑う。

 

「ああっ、だ、だって──。あああっ」

 

「それに、我慢した挙句に許された放尿をしながらの尻の愛撫は効くだろう? やみつきになって、これがなければ、生きていけない身体になるかもな。いや、そうしてやろう。立派な放尿奴隷の完成だ。そら、いけっ」

 

 ロウがベアトリーチェのアナルを出入りしている指をちょっと激しく動かしだしたのがわかった。

 

「ああっ、あはあああっ」

 

 ベアトリーチェの身体が跳ねあがったような動きになる。

 そして、彼女の身体がぶるぶると震える。

 それにしても、彼女の放尿も随分と長い。

 やはり、余程の我慢だったのだろう。

 

「そして、ここだな」

 

 ロウの指がちょっと角度を変えたと思った。

 またもや、ベアトリーチェの裸身が大きく跳ねる。

 

「いぐううっ」

 

 ベアトリーチェががくがくと痙攣してがっくりと脱力した。

 絶頂したのだ。

 それと、ほぼ同時に長かった彼女の放尿がやっと終わった。ベアトリーチェが両手を首の後ろに拘束されたまま、前のめりに身体を突っ伏させる。

 ロウがやっとベアトリーチェのアナルから指を抜く。

 

「頑張ったな。さすがは放尿奴隷様だ。俺の妨害でもおしっこを桶から逃さないとはな……。ミウ、洗浄魔道をかけてやれ。そして、ベアトリーチェはご褒美だ」

 

「はーい」

 

 ミウの元気な声がした。

 一方で、ロウがベアトリーチェの身体を抱き起して、口づけを始める。

 また、ベアトリーチェの放尿を受けとめていた金桶が消滅する。ロウが収納術で格納したのだろう。

 それと同時に、ベアトリーチェの身体から汗が消えて、濡れたようになっていた髪もふわりと柔らかさを取り戻した。

 ミウの魔道なのだろう。

 

「んっ、んんっ」

 

 ベアトリーチェが夢中になって、ロウと口づけをする。

 そして、ロウが顔を離すと、呆けたような表情になり、そのまま全身から力が抜けたみたいになった。

 おそらく、いまのベアトリーチェとやらには、周りが一切知覚できないに違いない。それくらい、ロウとの口づけは気持ちいいのだ。

 

 命令に従うことができればご褒美……。

 できなければ罰……。

 

 ロウの調教は、これを繰り返して女から逆らう感情を失わせる。まあ、それは嫌なことではない。大きな幸福感だ。服従の幸せだ。

 それが心地よくに女を包むのだが……。

 そして、ぱんと金属音がして、ベアトリーチェの両手が首の後ろから、彼女の両手の拘束が外れた。ただし、イザベラたちの拘束はそのままである。

 

「さて、じゃあ、待たせたな、姫様」

 

 ロウの手がすっと、イザベラに伸びる。

 イザベラの両腕は背中で後手に手錠をかけられている。身体をひねって避けようとしたが簡単に掴まれてしまった。

 ロウが優しい動作で、イザベラを引き寄せてた。

 

「ま、待て、ロウ、その前に話をしよう。王都のことだ。王宮でお前がやったことについて教えよ。独裁官として裁量も与えたし、王都の騒動を落ち着かせてくれたということにも感謝している。だが、まずは報告せよ──」

 

 声をあげた。

 このまま抱かれてしまったら、なんの思考力もなくなり、ロウの話が頭に入らなくなる。

 だから、焦った。

 ただでさえ、繰り返されるロウの愛撫により、快楽の極致にずるずると引きずり込まれていくような心地に陥っている。

 しかし、大切な話なのだ。

 まずは、ちゃんと報告を受けたい。

 

「ああ、じゃあ、話すよ。だが、イザベラを愉しみながらでいいか? イザベラもかなり焦れるだろう?」

 

 一瞬にして、上下の下着が消滅する。

 さらに、ロウがイザベラを横抱きにしてきて、乳房を揉みあげ、股間の手を入れてくすぐるような刺激を与え始めた。

 

「ひんっ」

 

 いつもながら、ロウの手は神がかりだ。

 一瞬にして、大きな甘美感が全身を席巻し、妖しい恍惚に包まれる。

 指で乳首を揉まれ、敏感なクリトリスを回される。

 大きな快感が身体を貫く。

 

「あ、ああっ、あああっ」

 

 イザベラはたちまちに追い詰められた。 

 

「それで、なにを訊きたいって?」

 

 ロウが指をイザベラの膣の中に入れて、入口に近い部分の上側の膨らみを揉み動かした。

 強烈な絶頂感が瞬時に沸き起こった。

 

「いぐうううっ」

 

 イザベラは、呆気なく絶頂してしまった。

 だが、ロウは愛撫を止めない。

 それどころか、さらに指を激しく動かしてくる。

 絶頂したばかりのイザベラは、再び新しい絶頂感に襲われた。

 

「そら、質問しないのか、女王陛下? 王都のことだっけ」

 

 ロウが意地悪く訊ねつつ、指を股間から抜き、イザベラを抱える体勢を変えて、胡坐で座るロウをイザベラが股を拡げて抱き着くような恰好にする。

 ロウと向かい合っているイザベラの股間に、ずぶずぶとロウの怒張が挿入されていく。

 

「はああっ」

 

 イザベラはうなじをのけぞらせて、大きく身悶えした。

 再び電撃のような快感に身体を貫かれたのだ。

 ロウがしっかりとイザベラの裸身を抱えつつ、ロウ自身は身体をのけぞらすような恰好になった。

 妊婦のイザベラの腹を圧迫しないようにという配慮だと思う。

 

「とにかく、なにもかも俺に任せておけばいいんだ。いまは、この快感とお腹の子供のことだけ考えてろ。煩わしいことは俺が全部やってやる。だから、任せろ」

 

 ロウがイザベラのお尻を抱えるようにして上下に動かして怒張を律動する。

 またもや、頂上に向かって押しあげられて、イザベラは狂おしく首を振った。

 

「だ、だが、なにも知らされんというのは……。そ、それにわたしからも相談が……」

 

「いいから」

 

 ロウが腰を揺さぶりながら、イザベラの口を自分の口で塞いだ。舌が口の中に侵入してきて、口の中を舐めまわす。

 もうイザベラには、拒否する力はない。

 緩やかに股間から快感を掻き立てられ、甘美な感覚に身も心も包まれる。

 

「い、いくううっ」

 

 イザベラはぶるぶると身体を痙攣させた。

 衝撃がまたもや襲う。

 

「出すぞ」

 

 ロウが強く腰を動かした。

 熱いものが股間の中に迸るのがわかる。

 

「ああああっ」

 

 イザベラは一気に絶頂した。

 そして、大きな浮揚感が襲う。

 イザベラはいつの間にか汗まみれになっていた身体をロウにもたれさせた。

 

「はあ、はあ、はあ……。ロ、ロウ殿……、ま、まずは、お、王都の話を……」

 

 しかし、ちゃんと王宮のことを話し合わなければという使命感で、必死に頭を覚醒させる。

 流されるわけにはいかない。

 

「ほう、まだまだ元気だな。じゃあ、次はお尻を愛撫しながらでいいか? そろそろ、イザベラも本格的なアナル調教をしてもいいしな」

 

 ロウが笑って、指を尻穴に這わせてきた。

 拘束されているイザベラには、抵抗の方法がない。

 必死で落ち着かせようとしている快感の高揚感が再び無理矢理にせり上げられる。

 

「や、やめええ」

 

 イザベラは叫んだ。

 

「ロウ様、よくありません──。姫様はお話をしたがっています。ちゃんとしましょうよ」

 

 そのときだった、

 不意にたしなめの声がかかった。

 エリカだ。

 すると、ロウが悪戯を仕掛けていた指をイザベラから離す。

 とりあえず、ほっとする。

 

「よくないか?」

 

 目の前のロウが苦笑して、顔をエリカに向けた。

 

「はい、よくありません。国政のことはわかりませんが、遊びの時間は終わりです。始まってから一ノスだけという約束ですよ」

 

 エリカも後手に拘束されていて、ロウに犯されて気怠そうな感じだったが、いまは毅然としている。

 ロウが頭を掻いた。

 また、一ノスというのはわからない。

 イザベラが戻ってきて、半ノスというところだが、もしかしたら、ロウがここの到着してから、一ノスくらい経っていて、その一ノスのあいだだけ、ここにいる女たちと愛を愉しむというようなことになっていたのかもしれない。

 

「一ノスか?」

 

「はい、そうです」

 

「俺はふざけすぎていたか?」

 

「そう見えました」

 

「でも、愉しいだろう?」

 

「愉しいです。でも、大事なお話もなさってください」

 

「わかった」

 

 ロウが頷くと同時に、イザベラの後手の手錠が消滅して外れる。ほかの女たちについても、手枷や縄がなくなり、全員の拘束が解かれたようだ。

 それぞれの前に服も出現した。

 そして、イザベラからもやっと怒張が抜かれる。

 

「あんっ」

 

 抜かれるときの快感で、思わず声が出てしまう。

 受けとめられないロウの精とイザベラの愛液がどろりと膣からこぼれるのがわかった。

 

「お、終わりですね……。洗浄魔道をかけます」

 

 ミウだ。

 一瞬にして身体の汗がなくなる。しかし、イザベラはまだ対面でロウと向き合わせて抱き合うかたちのままだ。

 しかし、ロウは離してくれるつもりはないみたいだ。

 イザベラを抱いた手を離す気配はない。

 仕方なくイザベラも自由になった両手をロウの背中に回す。

 

「はあ、はあ、はあ……。ロウ殿、わたしは天道教とやらを認めるのは反対だ。影響が大きすぎる」

 

 意を決して口にした。

 すると、ロウの頬がにんまりとあがる。

 

「わかった。やっぱりアナル責めをしながらだな」

 

 ロウがぐっとイザベラを抱き寄せ、片手がお尻に移動する。

 同時にイザベラの両手がロウの背中で密着して離れなくなる。

 

「うわっ」

 

 イザベラはびっくりして声をあげた。

 

「ロウ様──」

 

 すると、エリカが強い口調で怒鳴った。



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903 国作りのお話(その1)

 エリカの叱責の声があり、ロウは苦笑しながら、イザベラのお尻に添えていた手を離した。

 イザベラは、とりあえずほっとした。

 しかし、向かい合っているロウの背中側で拘束されている両手首はそのままだし、全裸でロウに股を拡げて跨っている恰好はそのままだ。

 また、膨らみ始めたお腹の前には、ロウの隆々と勃起している怒張がある。

 射精をしてまだ拭いてもいないので、ロウの精のいい匂いがイザベラの鼻を刺激する。

 とにかく、気になって仕方がない。

 

「お、おろしてくれ」

 

 イザベラは頼んだ。

 

「なんで? 悪戯はやめただろう。こうやって、密着している方が話はしやすい」

 

「わたしは、話しづらい──」

 

「エリカ、悪戯はやめたぞ。このくらい、いいよなあ?」

 

 ロウがエリカに顔を向ける。

 

「ま、まあ、それくらいなら……」

 

 エリカは、ちょっと考えた感じになったが、すぐにそう言った。

 

「そんな。もっと、この悪戯者を説得せよ──」

 

 イザベラはエリカに不満を言った。

 

「文句を言うな。一番奴隷の采配だ。それとも、淫具で遊ばれながら、話をしたいか?」

 

 ロウが笑いながら、すっとイザベラの股間に指を移動させて、亀裂に沿うように撫であげてきた。敏感なクリトリスが指で擦られる。

 

「ひんっ」

 

 イザベラは、全身を貫く鋭い疼きを感じてしまい、全身を弓なりに硬直させてしまった。

 だが、ロウの悪戯は一度だけであり、すぐに指を離してくれた。

 

「くっ」

 

 イザベラはほっとして、ロウに身体を預けてしまった。

 だが、まったく、この男は……。

 イザベラは顔をあげて、ロウを睨む。

 

「どうしたんだ?」

 

 しかし、ロウは素知らぬ顔だ。

 

「ど、どうしたんだではない──。そなたは……」

 

「まあまあ……。それで、天道教のことだったな。女王陛下様は反対か?」

 

 ロウがなにもなかったような顔で、両手でイザベラの背中を抱き直すと、ぎゅっと身体を密着するようにしてきた。

 

「きゃあ」

 

 イザベラは思わず声をあげてしまった。

 慌てて口を閉じる。

 

「可愛らしい声だな。うちの女王様は」

 

 ロウがイザベラの耳元で笑った。

 

「ひゃん」

 

 しかし、耳の中にロウの息が吹きかけられた感じになって、イザベラはくすぐったさに身を竦めてしまった。

 

「ロウ様、いい加減に──」

 

 また、エリカが怒鳴る。

 

「わかった、わかった──。もうしない」

 

 ロウが慌てたように、顔を耳のそばから顔を離す。

 なにがおかしかったのか、周りの女たちがどっと笑い声をあげた。

 

「ところで、天道教のことだったな。イザベラは、王国として認めないということか。じゃあ、認めないでいこう。それでいい」

 

 そして、ロウが言った。

 

「えっ? 認めないのか?」

 

 そのあっさりとした言葉に、逆にイザベラは面食らってしまった。

 

「ええ? いいのですか? フラントワーズ様と約束したんではないのですか?」

 

 横から口を挟んだのはエリカだ。

 ふと見ると、もう服を着て身なりを整えている。

 ほかの女たちも同じであり、全裸でいるのはイザベラとロウだけだ。これはちょっと恥ずかしい。

 

「別に王国として認めたわけじゃない。ただ、信仰するのは自由だと言っただけだ。そういう点では、クロノス神殿も同じだ。クロノス神殿の活動は邪魔しないし、自由にする。フラントワーズたちも同じだ。特に便宜はしないが、活動は自由だ。まあ、性奴隷候補として監禁されていた令夫人や令嬢たちの住居としての屋敷は与えるけどね。あれは賠償の一環で、信仰への便宜じゃない」

 

「それは詭弁であろう。新たな信仰を認めるということは、神殿の否定になる。神殿を敵に回すということになるのだぞ」

 

 イザベラは言った。

 ロウが、奴隷宮に監禁されていた令嬢たちに対して、住居としての屋敷を与えたというのは、手紙で報告は受けている。

 だが、彼女たちは、それを「天道教」という自分たちの信仰の拠点にするつもりであるというのも耳にしている。

 それは、王国として便宜を与えたということに他ならない。

 まあ、すでに決定して、それで動いているということもわかっているので、それについてぐずぐずと反対するわけじゃないが、全般としての方針については、決めておく必要はあるだろう。

 

「いや、そもそも、王国内における新たな神殿の設置は認めないとならないぞ。ナタル女王国と、ハロンドール王国は緊密な同盟関係になり、あらゆるものが相互に流出入することになるだろう。多くの森林エルフ族たちも国内に入ってくる。彼らの信仰を認めないのか?」

 

 ロウは言った。

 イザベラは、言葉に詰まってしまった。

 確かにそうだ。

 同じクロノス神を天道神とする信仰であるが、厳密にいえば、ローム三公国のタリオ王国にある大神殿を総本山にするクロノス神殿と、ナタル森林のエルフ族の信仰するクロノス信仰とは別のものなのだ。

 ロウの言葉の通り、これからエルフ族たちが大量に入ってくることを想定すると、彼らの自由な信仰を認めないというのは、むしろ大きな問題になる可能性がある。

 

「そ、それは……」

 

「人が集まれば、彼らは自分たちの神殿を作るだろう。それを阻止することはできないし、するべきじゃない。ならば、フラントワーズたちも同じだ。便宜も与えないが、特段の禁止もしない。王国としてはそういう態度でいるべきだ」

 

 ロウははっきりと言った。

 

「し、しかし、ロームのクロノス神殿は森林教会の存在を問題視していない。もともと、あったものだからだ。しかし、新たなものを認めるというのは違うことだろう。ナタル森林の教会群も、ローム大神殿のクロノス神殿も、もともとは同じものだったのだ」

 

 イザベラは言った。

 だが、ロウは首をゆっくりと横に振った。

 

「そういう点なら、あいつらも、根っこは同じだぞ。天道教とやらはクロノスを否定しているわけじゃない。特定の存在だと主張しているようだ。派生したものとみなしていいんじゃないか」

 

「特定の存在?」

 

「いや、まあ、それは置いとこう。口が滑った」

 

 目の前のロウの顔がちょっと困った顔になる。

 すると、後ろから声がかかった。

 

「天道様は、ロウ様です」

 

 ベアトリーチェだ。

 

「えっ?」

 

 天道様がロウ?

 いや、そういえば、ベアトリーチェはロウのことを“天道様”呼んでいたか?

 

「そなたが信仰の対象なのか?」

 

 イザベラは呆気にとられた。

 すると、ロウの顔が真っ赤になった。イザベラはちょっと驚いた。いつも、平然として落ち着いている印象があるので、ロウが顔色を変えるのは珍しい。

 

「お、俺は信仰の対象じゃない──。それを口にすれば禁教にすると言っただろう、ベアトリーチェ──」

 

 ロウが怒鳴る。

 

「申し訳ありません。失言でした。天道教はスクルズ様を救世主とする信仰です。特にクロノス神殿を否定するものでもないし、新しい信仰ではありません。わたしたちは、ただ、クロノス様をいずれかにおられる現人神として崇拝するものです。それは特定の誰でもありません」

 

 ベアトリーチェが淡々とした口調で言った。

 その言葉は毅然としていて、さっき放尿を我慢させられて追い詰められていた時とはまるで違う。 

 

「あのう、ご主人様、もしかして、エルフ族の信仰が都合が悪いのでしょうか? ならば、女王の権限として、いまの信仰を禁止して、全エルフ族に、その天道教の信仰を強制しますわ。問題ありません」

 

 すると、ガドニエルが口を挟んできた。

 イザベラはびっくりした。

 

「あんたが言うと、本当にやりそうで怖いわね。そんなことをすれば、エルフ族たちが怒って、あんた、女王の座を追われるんじゃない」

 

 コゼがからかうような口調で言った。

 すると、ガドニエル女王の目が大きく見開いて、顔が満面の笑みで包まれた。

 

「すぐに、その触れを出します」

 

「やめろ。なにも構うな、ガド」

 

 ロウが笑って言った。

 

「はい、なにも構いません。すべてはご主人様の言う通りに」

 

 ガドニエル女王が言った。

 どうなっているのか……。

 

「話が逸れたが、クロノス神殿とは、いずれにしても、距離をとることになるぞ。それは覚悟してくれ。実は婚姻式のことだ」

 

 すると、ロウが言った。

 

「話が変わったのか? 婚姻式がどうした?」

 

「一か月後にやる。新暦による一か月後だ。無理は承知だが、荒れている王国をまとめるためにも、イザベラの戴冠式とそれに合わせた婚姻式を強行して、王国の再建を内外に訴える。婚姻式は新しい王国の象徴だ」

 

「えっ、そんなにすぐなのか?」

 

 声をあげたのはシャングリアだ。彼女もまた、婚姻式妻として参加することになっている。

 イザベラが認識しているロウと婚姻式を結ぶ者は、イザベラにガドニエル女王、さらにアン。そして、エリカとコゼとシャングリア、さらに、マーズとイットとミランダの九人である。

 

「新暦の一か月……。三十日後か。随分と急だな。わかった」

 

 イザベラは頷いた。

 現在の神殿暦に代わる新暦というのも、教会とはひと悶着ありそうなことはわかっているが、それについては事前に納得したことなので、もう文句を言うつもりはない。

 確かに、従来の神殿暦はわかりにくい暦であり、そのせいで、暦が一般民に行きわたっていないという問題があった。それに、さっきの信仰のことではないが、ローム教会の神殿暦と、ガドニエル女王のナタル信仰の暦とは、実は中身が異なるのだ。

 両国がこれから緊密な諸活動をするということになれば、暦が異なることは大きな阻害だ。

 だから、暦については、両国統一できる新しいものを使うということで、南域で実施した話し合いで決定したのだ。

 また、戴冠式と婚姻式をできるだけ早く行うという方針も決めていた。

 王国の混乱が終了し、改めて一枚岩にまとまったのだという象徴になる。まあ、三十日後というのは、驚くべき短さだが、可能であるならば、それくらいに実施はすべきだろう。

 

「しかし、アネルザに水面下で動いてもらったが、王都神殿からは、婚姻式を神殿で行うことは拒否されてしまった」

 

「え? なぜだ? 第三神殿のことが原因か?」

 

 イザベラは訊ねた。

 ルードルフ王が王都で蛮行を繰り返していた中で、ロウの女たちの捕縛を目的に、王軍で神殿を襲撃させたという話は聞いていた。

 イザベラが王都入りしていないため、まだ、正式に謝罪はしていないが、神殿が王家に怒りを抱いているというのは、容易に想像ができる。

 だが、代々の王族の婚姻は、王都三神殿のいずれかで行った。

 イザベラの記憶でも例外はない。

 神殿で婚姻式ができないというのは、王家が神殿と決別しているという証にもなってしまう。

 それはよくない。

 

「いや、違う。もしかして、襲撃のことを言っているなら、それは話がついている。そもそも、あれは、ルードルフ王のことなので、神殿側は、新たな王宮と対立するつもりはないということだ。関係の回復も望んでいる。賠償しなければならないものを賠償するということで話はついている。問題はそれじゃない」

 

「ならば、婚姻式を神殿でできないというのはどういうことなのだ? 下げる頭なら、わたしが下げてもよい。わたしのみではなく、ガドニエル女王陛下にも関わることであろう。わたしが交渉しよう。それにより、時期は改めればよい」

 

 イザベラははっきりと言った。

 ロウを中心とした集団婚姻式は、イザベラとガドニエルが同一の立場でロウと婚姻を結ぶ式典になることは決めている。

 ある意味、最大の政略婚ともいえる。

 これにより、両国が強固な関係であることを内外に示し、傾きかけていたハロンドール王国を立て直す契機にはるはずだ。

 そのために、イザベラの戴冠式と同様に、実施を急いでいるのだ。

 つまりは、ガドニエル女王の婚姻式をハロンドール側で挙行する大式典になる。

 それをハロンドール側の事情で、きちんとしたかたちで行えないなどというのは許されることではない。

 

「そうじゃないと言っているだろう」

 

 ロウがまたもや、イザベラの股間をすっとくすぐった。

 

「ひゃああ」

 

 稲妻のような疼きが股間から背中に向かって迸り、イザベラはまたもた身体を硬直させた。

 

「神殿側は、イットのことを問題視した。獣人族が婚姻式に参加するのであれば、神殿は使用させることはできないと言ってね。教義に背くそうだ」

 

 ロウが言った。

 明らかにむっとしている。

 

「はああ?」

 

 イザベラは声をあげた。

 

「あっ、いえ、あたしは別に、ご主人様の妻になどなれなくても……」

 

 すると、控えめな口調でイットが口を挟んだ。

 

「そういう問題ではない、イット殿──」

 

 イザベラは怒鳴った。

 

「そのとおり。そういう問題じゃない。イットは婚姻式に妻として参加する。それは俺が決めたことだ。それとも、納得するまで説得して欲しいか、イット? ミランダは、百回もたずに、承諾したがな」

 

 ロウがイットに振り向いた。

 

「い、いえ、そんなこと──。う、嬉しいです、ご主人様」

 

 イットは慌てたように言った。

 ミランダが百回もたないとか、なんのことかわからないが、ある程度の想像はつく。

 

「婚姻式は、ガドとイザベラという女王が並んで立ち、両国の強い同盟を世間にアピールするだけじゃない。人間族もエルフ族もドワフ族も、そして、獣人族も対等の立場に立つ。その証だ。それだけじゃなく、元奴隷も、王族も、貴族も同じ立場の妻となってもらう。愛し合うことにおいて、一切は平等だ。俺たちの婚姻式は、ハロンドール王国がそういう国になることの宣言でもある。ガドの国もな」

 

 ロウが言った。

 

「もちろんですわ──。それで……なにがです?」

 

「いいのよ、あんたは」

 

 コゼが笑って口を挟む。

 

「ロウ、なぜ、それを早く言わん──。ならば、お前の方針に賛成する。獣人を認めんというなら、王家は神殿との関係を見直さねばならん。なにも、神殿でなくともよい。まだ短いがイット殿も、わたしの大切な仲間だ。仲間の侮辱は許さん」

 

 イザベラは強い口調で言った。

 

「よくぞ言った、イザベラ。それで、アネルザとも話し合い、婚姻式は王宮で実施することにした。そのときには、王宮の前庭を一般民にも開放する予定だ。警備については、新たに加わったフラントワーズが責任をもって実施する。任せていい」

 

「わかった。お前に任せる。よろしく頼む」

 

 イザベラは大きく頷く。

 神殿が獣人を差別するのは、獣人族の守り神であるモズがクロノスの正妻のメティスを殺したという神話にもとづくものだ。

 だが、それが不当な差別だというのは、イザベラにもわかる。

 ロウと作る新しい国では、そのような差別は撤廃するつもりだ。

 その強い意志を獣人族のイットがイザベラと同じ立場で並ぶ婚姻式で示すのだということであれば、婚姻式の場所が神殿でなくてもよい。

 いや、むしろ、そうでない方がいいだろう。

 イザベラは納得した。

 

「よし。じゃあ、みんなで儀式だ。イットの尻を順番に舐めるぞ。イットは、うつ伏せになって、尻を天井にあげろ」

 

 ロウが言った。

 その途端に、イザベラの手首の拘束がやっと解かれた。

 ほっとするとともに、とりあえず、ロウの腰の上からおりる。

 

「えっ?」

 

「なんで?」

 

「は?」

 

 誰の声だろう。

 疑念のこもった複数の女の声が同時に響いた。

 

「ふうう」

 

 一方で、イザベラについては、とりあえず大きく息を吐いた。

 なんかひどい目に遭った気もする。

 

「姫様、お召し物を……」

 

 トリアたち三人の侍女が集まってくる。

 イザベラに服を着させ始める。

 

「わっ、わっ、わっ」

 

 一方でイットは混乱している。

 しかし、そのイットの身体の下に粘性体のようなものが発生して襲い掛かり、無理矢理にイットをうつ伏せにして、高尻の格好を強要した。

 あっという間に、イットが高尻の体勢になる。

 

「ひゃああ」

 

 イットが慌てたような声をあげる。

 

「じゃあ、誰からだ? まずは、ガドニエル女王様からいくか? 世界一権威のあるエルフ女王様が、元奴隷の獣人の尻舐めをするぞ。ほかの者は後に続け」

 

 ロウが笑いながら、イットのスカートをまくり、下着を取り去った。

 イットの房尾が生えている可愛いお尻が露出する。

 そのイットの尻尾の付け根をロウがぺろぺろと舐め始める。

 

「ひゃああ──。それはだめええ」

 

 イットが暴れて悲鳴をあげた。

 だが、粘性体がイットの身体を地面に貼り付け、イットは逃げることができないでいる。

 

「ガドもやりますね」

 

 すると、そこにガドニエル女王が愉しそうにやってきて、ロウとともに、イットの尻尾とお尻の穴付近を二人で舐め始めた。

 

「ひいいいっ」

 

 イットが全身を突っ張らせて悲鳴をあげた。

 

「イザベラも来い。これは、俺たちが獣人差別を含む、非合理的なあらゆる思想を排除するという儀式だ。イットの尻を舐めろ。これは調教と思え、拒否するな」

 

「わ、わかった。調教なのだな」

 

 イザベラはイットのお尻に顔を近づけた。

 調教には逆らわない。

 ロウとの約束事だ。

 イザベラが四つん這いに近い体勢になってイットのお尻に顔を寄せると、ロウとガドニエル女王が離れて、イザベラの場所を作る。

 

「つ、次はわたしよ──。いえ、口づけします。イット、今日は逃げられないわよ」

 

 エリカの声だ。なんだか興奮しているみたいだ。

 

「あんたも好きねえ」

 

 コゼが呆れた声を出している。

 

「待って、エリカ殿。あなたが参加したら、誰がロウ殿をとめるのだ」

 

 シャーラが口を挟む。

 

「そんなの関係ないわよ」

 

 エリカがイットの顔側に回って口づけを始めた。

 一方で、イザベラは、イットの房尾の下の可愛らしいお尻の穴に舌を這わせる。

 

「んふんんっ」

 

 イットのお尻を尻尾が激しく跳ね動く。

 

「わっ、なんの騒ぎ? なにやってんの?」

 

 ユイナの声だ。

 ずっと気を失っていたが、やっと目を覚ましたのだろう。

 

「じゃあ、ユイナも来い。イットの尻を舐めろ」

 

 ロウがそのユイナを呼んだ。

 

「はあ、なんでよ?」

 

 ユイナが怪訝そうな声を出す。

 

「いいから──。それと、イットもただ尻と尻尾を舐められるだけじゃ退屈だろう。尿意も与えてやろう。尻舐めの刺激と切迫する尿意の両方と戦ってくれ」

 

 ロウが笑って言った。

 

「んんんんっ」

 

 エリカに口を塞がれているイットの大きな悲鳴がとどろいた。

 

「随分、愉しそうね。外まで嬌声が響いてるわよ、お兄ちゃん」

 

 すると、天幕の入口の布が開いて、ケイラ=ハイエルがヴァージニアとともに、笑顔で入ってきた。



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904 国作りのお話(その2)

「あっ、ああっ、だめええ……。お、おしっこ……。おしっこ、漏れるうう」

 

 ついにイットが泣き声をあげた。

 そのあいだも、女たちによるイットの尻舐めは続いている。

 いまは、三人侍女の最後のモロッコがイットのお尻の穴に舌を這わせている状況だ。

 

「ああっ、いやああ、ゆ、許してくださいいい──」

 

「だめだめ、女戦士の名にかけて、まだまだ我慢しなくっちゃ。だけど、どうしても、我慢できなくなったら、お姉ちゃんに言いなさい。ちゃんとさせてあげるからね……。ほら、モロッコ、お尻の穴だけじゃなくて、尻尾の付け根もしっかりと舐めてあげてね。そこがイットの弱点なのよ」

 

 エリカが嬉々として声をかけている。

 

「あっ、はい」

 

 モロッコは慌てたように、顔をイットのお尻から尾側に移動させる。

 いまや、イットのしっぽは激しく左右に動き回っている。性的興奮をすると、しっぽが左右に動くのが獣人族の特徴らしく、尾の動きはイットがこの尻舐め責めを満更でもなく受け入れている証拠でもある。

 

「エリカさんって、こういう面もあったのね……」

 

「ほんとです……」

 

 尻舐めの終わったトリアとユニエルも、あまりのエリカののめり込みに困惑の表情である。

 いつの間にか、イットへの尻舐め儀式は、エリカの主導によるものに変わっていて、いまのモロッコが終われば、残りはブルイネンとシャーラだけだろう。

 それと、ここにいるケイラ=ハイエルこと、亨ちゃんだ。

 

「ふふふ、愉しそうね、エリカさんは。もっと真面目な娘だと思ってたわ」

 

 一郎の横に座っている亨ちゃんがくすくすと笑った。

 イザベラの戦闘指揮所の場所でもある天幕は、今や、一郎たちの性宴の場所になっていて、たっぷりと一ノス以上は、ここで一郎が女たちを犯し回し、いまはイットの尻を女たちが舐めるという百合遊びを継続中である。

 しかも、高尻の体勢に粘性体で拘束しているイットは、一郎の悪戯によってぎりぎりの尿意も与えていた。

 尿意を耐えつつ、敏感な尾の付け根やお尻を舐め続けられるイットは、激しく身体を悶え狂わせている。

 

「まあ、可愛い女の子が相手だと、こんな感じですね。むしろ、たちが悪いって言うか……」

 

 笑いながら言ったのはコゼだ。

 いつの間にか、二つの集まりみたいになっていて、一郎の周りにいるのが、亨ちゃんとコゼとシャングリアとイザベラとガドニエルと、さらにベアトリーチェだ。

 そして、イットの周りにいるのが、エリカにほかに、トリア、ノルエル、モロッコの三人侍女とミウとマーズとユイナである。

 ほかに、シャーラとブルイネンとヴァージニアがいるが、彼女たちは、それぞればらばらにくつろいでいる感じである。

 

「そういえば、リリスのときも、すごかったなあ。あまりのエリカの責めに、あのリリスが泣きベそをかいてたからな」

 

 シャングリアが笑い声をあげた。

 

「ああ……。あれはすごかったです。すっごく、しつこかったし」

 

 ベアトリーチェも大きく頷く。

 

「リリスとは?」

 

 一方で、イザベラは首を傾げた。

 

「ああ、そういえば、教えてなかったな。リリスは、サキだ。無事に宮殿から救出できたんだが、首だけの姿になっていてな。それで、サキ自身が身体を復活させたんだが、幼い童女姿になってしまった。妖力も失って能力も消えている。いまは、名前をリリスに変えさせて、メイドをさせている。園遊会のことの罰もあるしな」

 

 一郎は説明した。

 

「サキというのは、王宮でルードルフ王を操った魔族だったわね、お兄ちゃん?」

 

「まあな。だが仲間だ」

 

「わたしについては、別に魔族に忌避感はないわよ。だって、お兄ちゃんの女だもの」

 

 亨ちゃんは笑った。

 

「さすがに、魔族については世間には受け入れられないだろう。でも、いつかは魔族も共存の相手として、受け入れられる世界にしたいな。そうすれば、堂々と愛することができる」

 

 一郎は言った。

 この世界における魔族への抵抗は根強い。獣人差別など可愛いものと思うほどだ。

 魔族の存在すら許せず、異相に生活の場を移した魔族が人の世に現れれば、問答無用で殺すことになっている。だが、魔族にも色々だ。人族と共存できる者もいれば、パリスのように、全人類の敵のような者もいる。

 千差万別だ。

 それは、人族でも同じなのだが……。

 

「魔族の存在を認めさせるか……。まあ、わたしも、ロウ殿を通じて魔族の個体と知り合い、それも受け入れられるようになったが、そんなことは簡単ではない。不可能とは言わないが、不可能に近いと思う」

 

 イザベラだ。

 

「だが、始めることは、すぐに可能だ……。俺の好きな言葉だ」

 

 一郎は笑った、

 

「あらゆる種族が分け隔てなく愛し合う。そういう社会を作るというのがお兄ちゃんの目標ということね。お兄ちゃんがそうしたいのなら、全力を挙げて、それをやりましょう。なにをすれば、そうなるのかはわたしたちが考えるわ。ねえ、ガドニエル」

 

「もちろんですわ。女王の名ですぐに触れを出しましょう。すぐにします」

 

 ガドニエルがきっぱりと言った。

 そのガドニエルは、ロウの右腕にべったりと抱きつき、乳房を押しつけるようにしている。左腕はコゼだ。

 おかげで、いまの一郎は、両方の腕が塞がっている状態だ。

 

「ほう、触れを出すのね。なら、水晶宮に戻らないとねえ。いい頃合いだから、一度、帰りなさい。ラザニエルからの連絡も来ているでしょう。このまま、婚姻式までハロンドールに滞在しっぱなしというわけにはいかないわよ。戻りなさい」

 

「あーあ、聞こえませえ──ん──。なんにも聞こえませ──ん──。お姉さまからの手紙も見てませええん」

 

「見てない? そんなはずないでしょう。わたしのところにも、相当の催促が来ているわよ。相談したいことがあるけど、手紙にも書けないし、遠隔で話せることでもないから、一度戻れって、ほとんど脅迫のように書いてあったでしょう」

 

 亨ちゃんが唖然としている。

 このガドニエル女王をナタル森林からお忍びで連れ出したのは一郎だが、さすがに、一国の女王をいつまでも、連れ出したままでいるわけにはいかないとは思っている。

 いつの間にか、ガドニエルが横にいるのが当たり前になってしまって、戻られると寂しいというのがあって、一郎も先延ばしにしていたが、そろそろ帰すべきか。

 

「なあ、ガド……」

 

 一郎はガドニエルを見た。

 

「聞こえませええん──。なんにも、聞こえませええ──ん」

 

 ガドニエルがわざとらしく首を横に振って、会話を阻止しようとする。まるで子供のようなガドニエルの態度に、一郎は苦笑してしまった。

 

「まったく……。それにしても、ラザニエルからの連絡は来てないというのは本当かい?」

 

 亨ちゃんがコゼやシャングリアに視線を向けた。

 

「まあ、来てないというか……」

 

「来てないというのは正確ではないな。見てないというのが正しい。水晶宮からの連絡は、魔道によるものは、ガドには届かないように魔道で細工をしているみたいだし、手紙のようなものは、受け取る前に焼却している。ガドとしては、受け取ってないことになっているのだろうな」

 

 シャングリアが笑って言った。

 

「まったく、こいつは……」

 

 亨ちゃんが舌打ちする。

 

「と、とにかく、わたしは帰りませんからね──。大叔母様こそ、お帰りください」

 

 ガドニエルが亨ちゃんを睨む。

 

「わたしは帰らないわよ。わたしについては、ナタル国からのハロンドール王国に派遣された正式の常駐公使だしね。わたしの仕事場はハロンドールの王都さ」

 

 亨ちゃんが白い歯を出した。

 「公使」というのは、外国に派遣される外交の責任者である。

 亨ちゃんが常駐公使として残るというのは、王都で活動しているあいだに連絡を受けていたが、エルフ族の王族である亨ちゃんが公使というのは、まさに適任だろう。

 エルフ族の重鎮であるケイラ=ハイエルがハロンドールの公使として派遣されるというのは、それだけナタル国がハロンドールをそれだけ重要視しているというアピールになる。そもそも、どことも同盟など組まず孤高を謳っていたナタル森林国が異国に公使を常駐させるのは、史上初らしい。

 

「ず、ずるいですわ──。公使はわたしがやります──」

 

「女王自ら、公使になれるわけないでしょう」

 

 亨ちゃんが怒鳴った。

 

「とにかく、帰った方がいいんじゃない。もちろん、寂しいけど、まあ、なんとかく、強引に連れ出しちゃった感じもあったし、あんたがいないと、水晶宮でも困ることは多いじゃないの?」

 

 コゼがガドニエルに声をかけた。

 珍しく真面目な口調だ。

 

「わたしがいないと困ることなど、なにもないと断言します。そもそも、わたしは国政には関与しておりませんし、別に非常事態でもない平素なのですから、女王など、水晶宮で一番いなくても困らない存在だというのは、わたしが保証します」

 

 ガドニエルがきっぱりと言った。

 

「あんたが言うと立派な言葉に聞こえるわねえ」

 

 コゼが笑った。

 

「いや、立派な言葉なのではないか」

 

 シャングリアだ。

 

「なるほど、そういう心構えで君主はあるべきか……」

 

 イザベラなど、ちょっと考えるような感じになった。

 しかし、おそらく、ガドニエルはなにも考えてない。それは一郎は知っている。亨ちゃんも呆れたような表情しかしていない。

 

「わ、わたしもやらないとだめなのか?」

 

 そのとき、困惑したようなブルイネンの声が聞こえた。

 イットのいる正面だ。

 一郎が全員に強要しているイットへの尻舐めについては、いまはシャーラがやっている。

 ブルイネンは、できれば逃げおおせることを期待するような態度だったが、エリカに呼ばれたみたいだ。

 

「当たり前でしょう。ちゃんとやらないと、ロウ様からズボンを返してもらえないわよ。そうですよね、ロウ様──?」

 

 すっかりと興奮しているエリカが一郎に向かって言った。

 ほとんど全員が服を着直しているが、例外がブルイネンだ。最初に犯して、一郎の施した連続絶頂攻めでしばらく失神していたということもあり、上半身はちゃんとだ軍装だが、下半身は下着だけという中途半端な格好になっている。

 一郎がまだ亜空間に隠したまま渡してないせいだが、エリカはブルイネンがイットのお尻を舐め終わらないとズボンを渡すなと言っているのだ。

 一郎は苦笑した。

 

「まあ、そうだな。とにかく、一番奴隷の命令だ。俺の命令だと思って従えよ、ブルイネン」

 

 一郎は諭した。

 

「じゃあ、交替よ……、ふう……」

 

 シャーラがイットのお尻の前から身体をどける。

 

「はあ」

 

 そして、今度は、ブルイネンがシャーラに代わって、突き出しているイットのお尻に顔を寄せる。

 

「う、ううう……。も、もう、だめです……。も、漏れます……。お、おしっこが……。エ、エリカさん……。おしっこが……」

 

 一方で一郎の悪戯で膀胱を水分でいっぱいにされてしまったイットは、汗びっしょりになって、身体を震わせている。

 もう限界なのだろう。

 

「エリカお姉ちゃんだと、言ったでしょう──。罰として、くすぐりよ。ミウとマーズ、イットの脇腹をくすぐりなさい。ユイナも参加よ。一番奴隷のわたしの命令よ──。ヴァージニアもぼっとしているだけのようなら、こっち来なさい」

 

 エリカが言った。

 

「い、いえ、わたしは遠慮を……」

 

 ヴァージニアは必死の表現で首を激しく横に振る。

 よほど気に入らないにちがいない

 一郎は噴き出した。

 エリカも、一郎に負けず劣らずの責めっぷりだ。

 

「はーい、じゃあ、あたしは筆を使うわ。マーズは?」

 

 ミウが床に置いてあった小筆を手にする、

 エリカが要求するままに、責め具を渡していたが、刷毛や筆のようなものが、イットのそばに幾つかある。

 ミウはそれを手にした。

 また、イットの尿を受ける金桶もエリカに手渡している。

 

「あ、あたしは別に……。手でします」

 

「ふふふ、自分がやられるのはたまんないけど、他人が責められるのはいいわね。わたしは、これよ──」

 

 ユイナが手に取ったのは、柔らかそうな鳥の羽を束ねたものだ。

 そして、うつ伏せの高尻姿勢になっているイットの身体の下に手を伸ばして、上衣をまくって、胸を露出させた。

 そこを羽根でくすぐり出す。

 

「ひゃああああ、ひいいいい、で、出るううう──。エ、エリカお姉ちゃん、おしっこ──。桶を──。桶、当ててえええ」

 

 イットが絶叫した。

 

「イット、頑張ってね」

 

「ごめん」

 

 ミウとマーズもイットのくすぐりに参加する。

 

「ほら、ぼやっとしない──。ブルイネン、舐めるのよ──。ミウ」

 

 エリカが怒鳴った。

 

「あ、はい──」

 

 ブルイネンはエリカに剣幕に押されるように、イットのお尻を舐め始める。

 

「ミウは、筆でイットのおしっこの穴を狙うのよ」

 

「えっ? はい」

 

 ミウも筆の責め場所を変えた。

 

「あああ、いぎいいい、おけええ、おけええ、桶、当ててえええ──」

 

 イットは半狂乱だ。

 だけど、エリカは大喜びの感じである。

 

「だめよ。わたしと優しい口づけができれば、桶を当ててあげるわ。どうするの、イット」

 

 しかし、エリカが金桶をイットの顔の前に持ってきて、意地悪く言った。

 一郎はほくそ笑んでしまった。

 

「ひいいい、あああああ、エ、エリカお姉ちゃん──。します。口づけしますう。早くううう──」

 

 全身をくすぐられてイットが叫んだ。

 

「まあ、そんなにわたしと口づけしたい? しょうがないなあ」

 

 エリカが満面の笑みを浮かべて、イットと口づけを始めた。

 

「これはだめね。完全に悦に入ったわ。うちの一番奴隷様は」

 

 コゼが笑った。

 

「そのようね。じゃあ、わたしも参加しようかな……。これでも百合は、お兄ちゃんの命令で、祥ちゃんを相手に練習してたから、それなりの技もあるわよ」

 

 亨ちゃんが立ちあがった。

 

「祥子か……。懐かしい名だな」

 

 一郎はイットに向かった亨ちゃんを眼で追いながら呟いた。



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905 世界一贅沢な快感

 「Merry Christmas to you.」です。

 *



「んんんっ」

 

 しばらくのあいだ、イットとエリカは、女同士の深い口づけを交わしていた。「ねっとり」という言葉が相応しいエルフ美女と獣人美少女ふたりの艶めかしい接吻であり、むさぼるように舌を舐め合い、唾液をすすり合い続ける。

 まあ、とにかく淫靡だ。

 そのあいだも、マーズとユイナとミウがイットの身体をくすぐり続けている。イットは必死に耐えている。

 一郎は、愉しく、その光景を見物していた。

 そして、イットが顔を振って口を離す。

 

「あ、ああ、もう、漏れます、エリカお姉ちゃん──。桶を……。桶を当ててください──。ひゃあ、ひゃ、ひゃあ、く、くすぐらないでえええ──」

 

 エリカがやっと口を離すやいなや、イットが切羽詰まった大声をあげる。

 イットの身体は尿意を我慢するあいだに流れ続ける脂汗でまみれ、さらに全身は小刻みに震えている。

 さすがに、多分、もう限界だろう。

 そもそも、一郎が与えた尿意は、すぐに失禁してもおかしくないくらいのものだった。

 ここまで耐えただけでもすごい。

 しかも、エリカの命令で高尻の格好で固定されている全身をユイナとミウとマーズからくすぐり続けられているのである。そして、ブルイネンの尻舐めだ。

 両腿だって、粘性体により開脚をさせていて密着することも許してない。

 さすがは、最強の獣人戦士だ。

 それこそ、必死に尿道付近の筋肉を締めつけているのだと思う。

 

「ふふふ、みんな、もういいわ。じゃあ、お姉ちゃんが桶をあててあげるわね。その代わり、ちゃんとその中にするのよ。こぼせば、お姉ちゃんが罰を与えちゃうかもね」

 

 エリカがくすくすと笑いながら、金桶を持ってイットの後ろに回る、

 一郎は笑ってしまった。

 いつもは、真面目なのに、童女責めをさせると、まるで人が変わったようにしつこい嗜虐癖を発揮する。

 まるで酔っているかのようだが、そんなエリカも悪くないなと思う。

 

「これは、しつこいエリカが表に出てるな」

 

「ほんと。いきいきしちゃって」

 

 横にいるシャングリアとコゼがちょっと呆れているような口調で言った。

 

「あら、まだよ。獣人ちゃん。わたしの番なんだから、おしっこはその後にしてちょうだい」

 

 そのとき、イットたちのところに移動したケイラ=ハイエルこと、亨ちゃんがイットの前に回って言った。

 

「ああ、そんなあ」

 

 イットが泣き声をあげる。

 それはそうだろう。

 やっと、放尿を許されると思っていたはずだ。それなのに、もう一度責められなければならないというのは、かなりの心の打撃に違いない。

 可哀想になあ……。

 一郎はにやにやを隠すことができない。

 

「ちゃんと我慢するのよ、獣人ちゃん。もしも、漏らしたら、お兄ちゃんの持っている痒み剤を塗って放置するわよ。痒み責めがお好みなら、おしっこをしてもいいわ」

 

 亨ちゃんは意地の悪い微笑みを浮かべて、イットの頭を優しく撫でる。

 イット歯を喰いしばっている。だが、息もかなり荒い。

 そして、口を開く。

 

「わ、わかりました……。お尻を舐めてください。でも、早く、お願いします」

 

「ふふ、可愛いわあ、イット。痒み責めでもいいのよ。お姉ちゃんが筆で掻いてあげるからね……。ユイナ、それ貸して」

 

 エリカがユイナがさっきまで使っていた鳥の羽根束を持って、たくしあげて露出しているイットの乳首をさわさわと下からくすぐった。

 

「ひゃああああ」

 

 イットが拘束されている身体を暴れさせて逃げようとする。しかし、粘性体でしっかりと包んでいる高尻の姿勢はほとんど崩れない。

 逃げようのない胸をエリカが執拗に刺激する。

 

「わっ、エリカさんって、こんなんなのねえ」

 

 唖然としているのはユイナだ。横のマーズも同じように呆れている。

 

「こんなんです。あたしも何度かお相手をしました」

 

 一方で、童女好きのエリカの性癖の相手をしたことのあるミウは、そのときのことを思い出したのか、いやな顔をしている。

 

「ふふふ、じゃあ、いくわよ。イットちゃん。お兄ちゃんに躾けられた舌責めを受けてね」

 

 亨ちゃんがイットの後ろにまわり、ほかの女たちの唾液で濡れているイットのアナルに口づけをした。

 

「ひゃん」

 

 イットはその刺激だけで、身体を跳ねあげる。

 しかし、亨ちゃんは両手でイットの尻たぶを横から持って逃がさない。一方で、エリカはエリカで、どん引きぎみのほかの女たちを尻目に、イットの身体をくすぐり続けている。

 また、一郎には、亨ちゃんがなにをするのかわかった。

 祥ちゃんを相手にして、お互いにさんざんにやらせた舌をアナルに挿入する技を試すつもりだろう。

 あの頃も愉しかった……。何十年にもわたって亨ちゃんと祥ちゃんを調教し、百合の絡みも徹底的にさせたっけ……。舌を抽送する技だって、お互いにやらせるだけじゃなく、一郎のアナルに舌を挿入させたこともある。

 気持ちよかったし、面白かった。

 いい前世の思い出だ……。

 

 あれ?

 前世でなくて、仮想空間? 

 どうにも、亨ちゃんと祥ちゃんのことになると、一郎の記憶も混乱する。

 

「ひゃああああ、やああああ」

 

 そして、イットのお尻に密着させている亨ちゃんの顔が前後左右に動いている。舌をイットのアナルに挿入して激しく抽送しているのだと思う。

 

「もう、だめえええ──。お姉ちゃあああん──」

 

 拘束されているイットの身体が限界まで弓なりになった。

 次の瞬間、イットの股間から一錠の水流が激しく迸る。

 

「おっと」

 

 だが、その放尿は床を塗らすことなく、エリカが素早く差し出した金桶に受けとめられる。

 

「あああ」

 

 イットがぶるぶると震えながら、奔流を金桶の底に叩きつけ続ける。

 

「ふふふ、これで罰決定かな?」

 

 亨ちゃんがイットのお尻から顔を離して、くすくすと笑った。

 一郎は立ちあがって、イットのところに向かう。

 やっと、イットの放尿が終わる。

 一郎は、亨ちゃんと場所を入れ替わり、ズボンを下着ごとおろして、怒張を露出した。

 

「まあ、痒み責めは今度にしよう。今日はこれで勘弁してやるさ。そして、頑張ったご褒美に、今日の仕返しの場は作ってやるぞ。イットがエリカを責めるといい。今日の仕返しをしてやれ」

 

「仕方ないですねえ……。そのときは責められるわ。遠慮しなくていいからね、イット。ああ、愉しかったあ」

 

 エリカはご機嫌だ。

 童女好きの性癖が満足できたからだろう。

 それはともかく、一郎は怒張を、亨ちゃんが舌を挿入したばかりのアナルにあてがう。

 たくさんの女の唾液で濡れほぞっており、潤滑油はいらないだろう。

 

「あっ、ああっ」

 

 一郎の男根が自分の体内に侵入しはじめると、イットは粘性体で包まれている両腿の筋肉を突っ張らせて、呻き声を張りあげる。

 だが、すぐにその声が甲高い嬌声に変化した。

 一郎は、早速、律動を開始した、

 イットのアナルの中の快感に場所を的確に怒張の先端で押し擦って快感を与えつつ、怒張の抽送の速度をだんだんと早めていく。

 

「ほら、気持ちいいか、イット? みんなの踏み絵になってくれたお礼に、世界一贅沢な快感を味わわせてやろう。独裁官のアナル挿入と、女王ふたりの責めを併せた三人がかりの奉仕だ──。ガド、イザベラ、イットに奉仕しろ──」

 

 一郎は声をかける。

 張り切って立つガドニエルと、嘆息しながら動くイザベラの気配を背中で感じた。

 ふたりがやってくる。

 

「イット殿、いくぞ」

 

「わたしもですわ」

 

 イットの両側にしゃがみ、左右からイットの胸を揉み始める。

 

「じゃあ、エルフ族長老の口づけもさせてもらおうかしら」

 

 亨ちゃんが前に回って、イットに口づけをした。さっきと同じように、舌をイットの口の中に挿入して激しく出入りさせる。

 

「んふうううっ」

 

 四人掛かりの責めに、イットは亨ちゃんから唇を離して、反り返るようにうなじを浮きあがらせる。次いで、咆哮に似た悲鳴をあげた。

 絶頂したのだ。

 一郎は、肉層をぎゅうぎゅうと締めつけくるイットのアナルに、おもむろに精を放った。

 

「よし、終わりだ。ミウ、身体を洗浄してやってくれ」

 

 一郎はイットから怒張を抜くとともに、粘性体を消滅させた。

 イットが脱力して身体を横倒しになる。

 

「はーい。イット、お疲れさまあ──」

 

 ミウの魔道がイットを包むのがわかった。

 一瞬にして、イットの身体から汗などの体液が消えていく。

 

「ベアトリーチェ、ぼうっとしないのよ。ロウ様のおちんぽをお舐めしなさい。お掃除よ」

 

 すると、エリカが言った。

 一郎の女たちは、なんだかんだと積極的な女傑たちが多いので、ベアトリーチェが加わったばかりということで、気を使って、声をかけたのだろう。

 

「あっ、はい」

 

 ベアトリーチェが慌てたように一郎の前にやって来てしゃがむ。

 イットのアナルに入っていた一郎の男根を口の中に含んで舌を使い始める。ベアトリーチェの舌使いは、奴隷宮で調練を重ねたらしく上手だ。

 まだ、ほかの令嬢たちは味わってないものの、王都に戻り、彼女たちの相手をするのは正直愉しみではある。

 性技の訓練を徹底的に受けるとともに、全身の性感帯の開発を尽くした処女軍団である。

 もっとも、天道教の教団の令夫人を含めた彼女たちを抱くのは、王都に戻って、時間を置いたことで、集団心理の勢いから心変わりをした者たちが抜け終わってからと決めている。

 まあ、あの感じだと、相当数が残りそうだが、七十三人の処女の令嬢と約三十人の令夫人たちのどのくらいが残るのだろうか?

 

「気持ちいいぞ、ベアトリーチェ」

 

 一郎は股間を舐めるベアトリーチェの頭を撫でた。

 

「んん」

 

 ベアトリーチェが口に一郎の怒張を奥まで含んだまま、嬉しそうに返事をした。

 

「さすがは、一番奴隷ね。ちゃんと、あたしたちを仕切ってるじゃない。あたしに、“待て”の合図なんてしちゃって」

 

 コゼか揶揄うような声でエリカに声をかけた。

 しかし、エリカがそんな制御をしていたとは気がつかなかった。そういえば、掃除フェラを一目散にやりにくるのは、コゼかミウだ。次いで、ガドニエルだろう。

 洗浄魔道を指示していたミウはともかく、コゼがすぐに反応しなかったのは、そんなことがあったのだと思った。

 

「なんだかんだで、みんな、ロウ様にくっつきたいんだから、周り見て遠慮もしなさいよ」

 

 エリカだ。

 

「はいはい」

 

 コゼが肩を竦めたのが見えた。

 

「それにしても、一番奴隷のエリカだが、婚姻式が終われば、一番妻と呼ぶようになるのか? それとも、一番妃か?」

 

 シャングリアが何気ない口調で言った。

 

「一番妻か、正妻でいいんじゃないか? 俺は王じゃないから、“妃”も“后”もおかしいだろう。正妻のエリカだ。婚姻式のときも、正妻の位置に立ってもらうし」

 

 一郎はベアトリーチェの奉仕を受けながら言った。

 

「あっ、いえ、一番妻ということは、以前、お話いただきましたが、まさか、婚姻式のときに、わたしのようなみなしごがロウ様の隣に立つわけにはいきませんよ。隅っこで結構です」

 

 すると、エリカが慌てたように言った。

 

「へええ、あんたって、女王ふたりに参加させる婚姻式に、エリカさんを正妻の位置に立たせようと思ってんの? どんな羞恥責めよ」

 

 ユイナだ。

 けらけらと笑っている。

 

「羞恥責めがお好みか、ユイナ? だったら、花嫁たちの介添え人をさせてやろう。痒み液の入ったディルド付きの貞操帯をしてな。介添え人用の透け透けのドレスも作ってやる。愉しみにしておけ」

 

「そ、そんなのやらないわよ──。あんたらの婚姻式に、どれだけの人間が見物すると思ってんのよ──」

 

 ユイナが真っ赤な顔で怒鳴った。

 一郎は笑った。

 だが、ほんの思いつきだが、やろうと思う。すけすけでも、遠目からはわからないような布をマアにでも探してもらうか……。

 

「いや、ちょっと待ってください。実際の話、序列はどのようになるのでしょうか。正直、仲間内の中としてはどうでもいいのですが、ハロンドール王国側としては、ご主人様の右側に姫様が立つということができますか? ナタル側としてはどうなのでしょう? ガドニエル女王陛下の立ち位置について意見はありますか?」

 

 すると、ヴァージニアが真面目な口調で口を挟んできた。

 右側?

 一郎の前世の知識では、右側が上位になり、通常は男側が右になるはずだ。これでも、結婚式場の派遣の経験もあるので、その知識はある。まあ、この世界には関係のないことだが……。

 一郎とイザベラの関係だけのことなら、上位側がイザベラでいいが、今回はガドニエルの存在もあるので複雑だ。

 

「わたしは、どこでも……」

 

「いえ、形式上では、ロウ殿は、ガドニエル陛下の王配としての立場になりますので、ガドニエル陛下が上位となる右側になり、ロウ殿が左側ということを求めます。後々面倒になりますので、それだけはよろしくお願いします」

 

 ガドニエルを遮って、ブルイネンが素早く口を挟んだ。

 

「ふたりともなにを言っているのよ──。お兄ちゃんを中心としたハレムでしょう。だったら、最上位であり、中心はお兄ちゃんよ。まず、そこから考えなさい──」

 

 亨ちゃんがぴしゃりと言った。

 いずれにしても、右側が上位というのは、この世界でも同じであり、ハロンドール側でも、ナタル側でも同じ慣習らしい。

 どちらを上席としても、確かに問題が残るか……。

 ここにいるお互いが納得しても、それぞれの国が後ろについているから、適当に決めるわけにはいかないのか……。

 うーん。

 

「じゃあ、やはり、エリカが正妻の位置で俺の左側だな。左右に、ひとり分くらいの距離を開けて、俺たちの右側にガド、左側にイザベラにしよう。国としても、君主としても、ガドの経歴が長い。上席はナタル国に譲ってくれ、イザベラ」

 

 一郎は言った。

 

「まあ、よいだろう。ヴァージニアもそれでよいな」

 

「わかりました。シャーラもいいよね」

 

「それで調整しましょう」

 

 シャーラも頷く。

 

「まあ、妥当ね。お互いに側后の位置ということね。側后に、右も左もないから、それが一番いいかもしれないわね。ブルイネン、ラザニエルに連絡しといて」

 

「わかりました、ケイラ様」

 

 亨ちゃんとブルイネンも同意した。

 

「な、なに言ってんですか──。そんなのわたしが目立つじゃないですか。いやです──。女王様たちを差し置いて、正妻の位置なんて──。隅っこです。隅っこでいいんです──」

 

 エリカが絶叫した。

 

「国際問題にならないためよ。そもそも、エリカさんが正妻の位置なら、みんな納得するだろうし」

 

 亨ちゃんが笑って言った。

 

「いやああ」

 

 エリカは激しく首を横に振っている。

 

「こいつう。罰が欲しいのか?」

 

 一郎は笑って、声をかけた。

 

「えっ?」

 

 すると、エリカが顔を引きつらせて黙り込む。

 

「へええ……、エリカさんが正妻か……」

 

「そうなのですね。素敵です」

 

 トリアとユニエルだ。一緒にいるモロッコも頷いている。

 だが、エリカは、「正妻の場所などやだ。胃が痛い……」とか呟いている。顔色も悪い。

 余程にいやなのだろう。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「ところで、お兄ちゃん、婚姻式の妻側の衣装は白でいいのかしら? お兄ちゃんの感覚だとそうでしょう?」

 

 亨ちゃんが訊ねた。

 

「まあそうだな。ただ、一か月という短い準備時間しかないし、それぞれの伝統衣装とかあれば、それでもいい。服装はこだわるつもりはないよ。俺の装束は準備も面倒だし、いつぞやの英雄式典のときのを使わせてもらおうと思っている」

 

「ご主人様の衣装はナタル側ということですね。まあいいでしょう。でも、ご主人様の装束はともかく、なぜ、妻側が白なのですか?」

 

 ヴァージニアだ。

 やはり、こちらの風習では、花嫁が白い衣装を身につける慣習はないようだ。いつぞやの、ヤッケルたちの結婚式でも、白い花嫁衣装ではなかった。

 向こうの世界でも、十九世紀のヴィクトリア女王以前は、そんな習慣はなく自由だったはずだ。

 

「わたしたちの前世では、婚姻式で女側が白い装束を身につけるのは、夫の色に染まりますという意味があったのよ。ほかに、“純潔”の意味もあるわ」

 

 亨ちゃんが応じた。

 

「純潔って……。わたしたちに一番似合わないかもね」

 

 ユイナだ。

 

「いえ、純粋にロウ様だけを愛してますから、純潔です」

 

 すると、ミウがはっきりと断言した。

 

「ありがとう、ミウ」

 

 一郎はミウに微笑みかけた。

 ミウが嬉しそうな顔になった。

 

「ガドは、ご主人様に染まりますわ──。白で準備します。ブルイネン──。すぐに手配しなさい。白です──。白の婚姻衣装です」

 

 ガドニエルが怒鳴った。

 

「は、はい、すぐに」

 

 ブルイネンが慌てたように応じる。

 いずれにしても、婚姻式というのは、こうやってひとつひとつ細かいことを話し合って決めていく作業か──。

 しかも、ハロンドールとナタル森林の両国が関係するのだ。

 準備期間はほとんどない。

 今回は、お披露目を目的とし、国の賓客の招待はせず、大々的な式典は、イザベラとアンの出産を終えてからと考えているが、それでも、もしかして、これはなかなか大変かもしれない……。

 一郎は改めて思った。

 

「やっほ──。ご主人様が到着したって? あっ、いたいた。いらっしゃい、ご主人様──」

 

 突然に明るい声がした。

 振り返る。

 いつの間にか、天幕の奥側にピカロがいる。

 

 驚いたことに、服の中が完全に透けているドレスを身につけている。その一枚の下にはなにも身につけておらず、ピカロの裸身が服の布地を通してはっきりと見える。

 ピカロもまた、南域から直接にこの戦場に送り込んだのだが、ここで陣を張らせたイザベラたちとは別行動で、王軍の入っている砦側に、従軍娼婦として潜入させていたのだ。

 ピカロは見た目だけなら絶世の美女だ。

 将校専用の娼婦として十分に通用する。娼婦の主人を操って娼婦として潜り込めば、簡単に情報収集ができる。

 

 だが、一郎の到着の連絡を受けて、魔道で跳躍してきたのだろう。

 瞬間移動系の魔道は、砦では使用不能になっているはずだが、サキュバスであるピカロには、なんらかの手段があるのだと思う。

 

「おお、ピカロか──。どのような感じなのだ、砦側は?」

 

 イザベラがピカロを認めて言った。

 

「仲間割ればかりさ。士気は最悪。苛立っていて、娼婦に暴力振るうし、逃げる兵は多いし、まあ、放っておいても、二、三日で落城するんじゃないの」

 

 すると、ピカロがあっけらかんと言った。

 

「司令官のリンはどういう感じなのですか?」

 

 シャーラが訊ねた。

 

「うーん。そいつは、ぼくを抱きに来ないからねえ……。だけど、ちょくちょく、外からの連絡者と接触しているみたいだよ。将校たちが言ってた。まあ、そのリン将軍が一番に苛立っているかな。降伏しましょうって進言するやつは多いみたいだけど、片っ端から牢に入れてるみたいだよ」

 

 ピカロが言った。

 

「外の連絡員と言ったかしら?」

 

 亨ちゃんだ。

 

「うん、多分、フォックスって男が送ってる連絡員だと思うよ」

 

「フォックスだと──?」

 

 ピカロの言葉にイザベラが強く反応した。



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906 帝王学談義(その1)

「フォックスだと──?」

 

 ピカロが伝えた名前に、イザベラは驚いて声をあげてしまった。

 だが、砦にこもって砦門を開こうとしない将軍のリンがフォックスに通じている可能性があるというのは、シャーラが指摘したこともあったことを思い出した。

 

「そういえば、ロウ殿、この軍の兵站を妨害しようという動きがあります。フォックス殿の息のかかった領主が関与している気配があります」

 

 ヴァージニアが口を挟む。

 すると、ロウがにっこりと微笑んだ。

 

「武装解除を受けた砦を開放しないように圧力をかけるだけじゃなく、兵站にも手をつけているのか……。色々とやっているようだな、フォックスも。やはり、気に入らないんだろうなあ。俺という存在が……。ベアトリーチェ、もういいぞ。口を開けろ。今度は俺が掃除してやろう」

 

 ロウが股間に奉仕をさせていたベアトリーチェの頭を軽く手で叩く。

 あれは、口を離せという合図だ。イザベラも、ほかの女たち同様に、ロウの躾を受けているので知っている。

 ロウがベアトリーチェの前に屈み込んだ。

 ベアトリーチェの口を開かせて、口づけしようとする。

 

「わっ、い、いま、天道様のものを舐めていたので、口は汚くて……。い、いえ、決して天道様のものが汚いというわけではないのですが……」

 

 ベアトリーチェが戸惑ったような態度になる。

 

「俺たちの仲間の中で汚いも汚くないもないだろう……。ベアトリーチェの糞便も始末してやった仲だぞ」

 

「それを言わないでください──」

 

 ベアトリーチェの顔が真っ赤になる。

 そのベアトリーチェの口にロウの唇が重なる。すぐにロウがベアトリーチェの口の中に舌を差し入れて、口腔中を舐めまくりだしたのがわかった。

 

「んんっ」

 

 最初、ベアトリーチェはたじろぐ仕草をした。だが、それはすぐに消え、ロウを抱き返して、自ら舌を動かし始める。

 ロウがベアトリーチェの乳房に手を置いて、柔らかく揉み始める。

 

「んんんっ、んんっ」

 

 ベアトリーチェが艶めかしく悶えだした。

 

「わおっ、こいつ、新しい雌だね? すごい淫気だ。ぼくもご相伴になろうっと」

 

 ピカロが嬉しそうな顔をして、大きく息を吸う仕草をする。

 ところで、イザベラは気がついてはっとした。

 さっき、ロウは、フォックスが兵站に“も”を手を回しているのかと口にした。つまりは、ロウにとっては、砦が武装解除に応じないことについて、フォックスが裏にいることを認識していたのだ。

 

「ロウ殿、砦の動きについて、フォックスの関与を知っていたのだな?」

 

 イザベラは声をあげた。

 だが、ロウはベアトリーチェをいたぶる行動をやめない。

 ロウとベアトリーチェは唇をぴったりと密着し合い、お互いにむさぼるように舌を吸い合っている。また、ロウの手は、ベアトリーチェの服の上から、いまや胸だけじゃなく、股間も愛撫をしている。

 

「んっふうううう」

 

 ベアトリーチェが絶頂した。

 ロウがベアトリーチェの身体から手を離す。

 

「ああ……」

 

 ベアトリーチェが両膝をマットにつけたままがくりと脱力した。

 だが、内腿をぎゅっと締めつけるようにもじつかせだす。

 どうしたのだろうか?

 

「ははは、絶頂しても、失禁しなくなったじゃないか。また、おしっこしたくなったか、ベアトリーチェ?」

 

 ロウがベアトリーチェの頭に手を置いて笑った。

 失禁?

 ベアトリーチェは、失禁癖があるのか?

 

「は、はい……」

 

「明日の朝まで我慢しろ。いいな。おしめは寝る前にしてやる」

 

「はい」

 

 ベアトリーチェが両手で股間を押さえるようにして頷いた。

 だが、はっとした、

 それよりも、フォックスのことだ。

 

「ロウ殿、フォックスのことだが……」

 

 イザベラは顔をロウに向ける。

 ロウは、すでにズボンをはき終わり、身支度を整えていた。

 

「その感じだと、イザベラは、亨ちゃんとは話をしてないのか?」

 

「話?」

 

 イザベラは首を傾げて、ケイラを見る。

 すると、ケイラが小さく息を吐いてから口を開いた。

 

「リンは、フォックスの寄子の一門ね。もともと、将軍級の将校ではなく、今回のどさくさで宰相になったフォックスから引きあげてもらって、将軍級に出世した男のようだわ。それで恩義もあるし、一門としての関係もある。リンが砦を開かないのは、フォックスの指示よ」

 

 びっくりした。

 ケイラ=ハイエルがしっかりと状況を認識にしているというのもあるが、本来はエルフ族王家であるはずの彼女が、ハロンドール情勢をよく知っている。

 

「知っていたのですか? なぜ、教えてくれなかったのですか?」

 

 シャーラがケイラを見た。

 ケイラは、首を竦めた。

 

「わたしは、人間族の国の関係者でもなんでもないのよ。どうして、教えなきゃならないのよ。まあ、訊ねられれば教えただけどね。一応、教えておくけど、こういう対峙になったら、お互いに間者を送り合い、あるいは、寝返りを誘い合うのは常識中の常識よ。あんたらは、あんまりそんな着意はなかったみたいだけど」

 

「そんな」

 

 シャーラは不満そうだ。

 イザベラも言葉に詰まった。

 

「これは手厳しいな。だけど、俺にはちゃんと必要な情報をくれるんだろう?」

 

 ロウだ。

 にこにこと笑っている。

 

「もちろんよ。わたしがこうやって、直接に仕事を指揮するのは、およそ百年ぶりになるけど、全部、お兄ちゃんに捧げるためよ。手足になって動くわ」

 

「頼もしいな、亨ちゃん」

 

 ロウがケイラの背後に歩み寄って後ろに座り、ケイラの引き締まった腰の括れを撫であげ、さらに、豊満な乳房を掴んで、肩口からケイラの首に唇を這い回らせる。

 

「あんっ、お兄ちゃん」

 

 それだけで、ケイラは、女の顔になって身体を悶えさせた。

 

「ま、待ってくれ──。ならば、フォックスを捕らえよう──。これは裏切りだ──。直ちに捕らえなければ──。ならば、証拠を見つけてくれ──。手に入り次第に動こう」

 

 イザベラは怒鳴った。

 女王命令に背くように一門の部下に命じるなど、明確な女王に対する謀反である。

 

「証拠? そんなものどうするんだ?」

 

 すると、ロウがケイラの胸揉みをする手を中断して、顔をあげた。

 

「だから、さっき申した通りだ。謀反の証拠を突きつけて、処断するのだ」

 

「処断するなら、すればいい。女王の特権だ。証拠など探してどうする」

 

 ロウがくすりと笑った。

 

「どうするって……。証拠がなければ、捕らえるわけにはいかんだろう」

 

「まあ、可愛いことを言うのねえ、ハロンドールの女王様は」

 

 ロウに後ろから胸を持たれているケイラが微笑んだ。

 イザベラは怪訝な気持ちになった。

 なにか、間違ったことを自分は喋っているか?

 

「なにか、おかしいか、ロウ殿?」

 

 イザベラは正直に訊ねた。

 

「おかしくはない。俺も王家の政事(まつりごと)には素人だしなあ……。だが、せっかく、女王がもうひとりいるから、訊ねてみるか……。ガド、女王として、気に入らないやつがいたらどうする? 例えば、俺との婚姻に反対する元老院の重鎮がいて、反対するどころか、徹底的に抵抗して邪魔を続けたら」

 

「捕らえますわ」

 

 ガドニエルはあっさりと言った。

 

「その罪状は?」

 

「罪状? さあ……。なんでしょう。そんなのどうでもいいのでは?」

 

「怖いわねえ。罪状なしに、気に入らないだけで捕らえるの?」

 

 コゼが茶化す。

 

「それのなにがいけないのですか?」

 

 しかし、ガドニエルはきょとんとしている。

 だが、ロウは笑い声をあげた。

 

「さすがはガドだ。帝王学がわかっている。偉いぞ」

 

「まあ、ガドは褒められたのですか? ありがとうございます」

 

 ガドニエル女王が満面の笑みを浮かべた。

 

「なんか、心配になってきたわねえ。わたしやブルイネンと離れているあいだ、エルフ族王家の恥をさらしまくっているじゃないんでしょうねえ。お前は黙っていれば、神々しいくらいに威厳を見せられるんだから、なるべく人前に出るんじゃないわよ──。ブルイネン、まさか、ハロンドールの貴族とかと面会させてないでしょうねえ。うちの女王がぽんこつだってばれるわ」

 

「な、なんですのよ。いきなり、ぽんこつって……。いまは、ご主人様に褒められたのですよ」

 

 ガドニエル女王はまるで子供のように頬を膨らませた。

 

「それよ、それ──。お前、お兄ちゃんとずっと一緒にいるようになって、素を見せすぎなのよ。手遅れにならないうちに、一度戻って、女王の勘を取り戻しなさい──」

 

「わたしは、いつでも女王です。戻る必要はありません。常駐公使になります。ハロンドールの王都に常駐です」

 

「公使はわたしって言ったでしょう──。女王が国にいないで、どこにいるのよ──」

 

「ずっと、イムドリスにいたのですから、どこにいても同じですわ。水晶宮だろうと、イムドリスだろうと、ハロンドールの王都だろうと……」

 

「まあ、それはそうかもねえ」

 

 すると、ケイラが考えるような表情になる。

 

「えっ、納得するのですか?」

 

 ブルイネンが声をあげた。

 

「まあまあ、とにかく、俺が言いたいのは、女王が捕らえるべきだと考えれば、処断でも捕縛でもなんでもすればいいということだ。証拠のあるなしじゃない。なければ、作ればいい。まあ、そういうものだと思うぞ」

 

「証拠を作る? それは犯罪だろう」

 

「それがどうした」

 

 イザベラの言葉をロウは一蹴した。

 

「そういうものか……。ならば……」

 

 フォックスを捕縛させるべきか……。

 ピカロの話が本当であれば、明確な裏切りだ。

 

「だが、いまは、フォックスなど放っておけ。あんな小者」

 

「放っておけとは? いま、女王が気に入らなければ、すぐに処置せよと申したぞ」

 

「そんな風に言ったつもりはないけど、まあ、俺が言いたいのは、罪を犯したから捕らえるとか、裏切ったから捕らえるとか、そういうことじゃないということだ。そんなこととは関係なしに、捕縛すべきか、そうするべきでないかだ。いまのフォックスは、まだどうでもいい。現段階では使い道がある」

 

「使い道?」

 

「タリオのことだ」

 

「タリオ?」

 

 全然関係のない言葉に、イザベラは面食らった。

 

「タリオがどうしたのだ?」

 

「南域での動乱の主役だったドピィの賊徒軍が大量の銃をタリオ公国から手に入れた公算が高いというのは報告したよな、イザベラ」

 

「覚えておるぞ。銃だけでなく、魔道封じの魔法石なども、タリオの技術の可能性があるとかだったな」

 

「王宮で行われた一連のルードルフ王の蛮行の背景に、タリオ公国の工作員の陰がある。これは事実だろう。リリス……サキのことだが、あいつ自身が明確に言っている。タリオの諜報員が精神を操る魔道士を送り込んだ。諜報責任者の名はマーリンだ」

 

「マーリン──? タリオ公国のアーサーの部下だぞ──」

 

 イザベラはびっくりした。

 

「そうらしいね」

 

「正式に抗議しよう──。そして、このことを大きく公表せねば──」

 

 イザベラは思わず立ちあがった。

 

「抗議? 公表? 馬鹿言えよ」

 

 その瞬間、いきなり股間を舌で刺激されるような感覚が急に襲いかかった。

 クリトリスがぺろぺろと舐められる。

 

「ひゃあああ」

 

 イザベラは股間を押さえてしゃがみ込んだ。





 *

 ちょっと中途半端ですが、とりあえず、ここまでで投稿します。


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907 帝王学談義(その2)

「ひゃあああ」

 

 いきなり、股間を舌で舐められる感覚が襲い掛かり、がくりと膝が折れた。

 

「それとも、こっちか?」

 

 次の刹那、前のクリトリスと同時に、お尻の中を舐められる感覚まで襲った。

 衝撃が鋭い快感となって、足のつま先から脳天に向かって突き抜けていく。

 

「うっくうううっ」

 

 支えていた脚の力が一気に抜けて、その場にしゃがみ込んでしまった。

 

「あっ、姫様──」

 

「姫様──」

 

 侍女のトリアとノルエルが慌てて駆け寄って、イザベラの身体を支える。

 

「ロウ様、姫様は妊婦なのですよ──。いきなり、激しく腰を落とさせるような悪戯はやめてください──」

 

 エリカが血相変えて怒鳴る。

 

「これはすまん。調子に乗った。イザベラ、大丈夫か?」

 

 ロウが申し訳なさそうに謝り、イザベラに寄ってきて腰をシートの上におろさせた。

 

「姫様、クッションです」

 

 もうひとりの侍女のモロッコがクッションを持ってきて、イザベラの腰の下に差し込んできた。

 イザベラは、やわらかいクッションに腰を沈めた。

 

「大丈夫だ。問題ない。驚いただけだ」

 

 イザベラは、横にやってきて腰に手を添えるロウの手に自分の手を重ねながら、ロウに微笑みを向ける。

 こんな悪戯者の好色男だから、仕方ないのだろう。

 惚れた弱みだ。

 それに、実のところ、こうやって構ってもらえるのは、悪い気持ちにはならない。これだけ女がいるのだから、妊婦になど手を出さないのかと思えば、ロウは見ている限り、どの女も同じように愛するし、同じように悪戯をする。

 これが、まったく構われなくなったら、寂しく思うだろう。

 なんだかんだで、イザベラも、このロウから調教を受けなくなる日のことは考えられない。

 

「ところで、フォックス侯爵というハロンドールの貴族の名前には記憶がありますね。確か、陛下に対して、書簡が届いておりました」

 

 すると、ガドニエルの部下であり、親衛隊長のブルイネンが言った。

 視線を向ける。

 彼女は、ただひとり、まだ、ロウからズボンを返してもらえず、上半身はエルフ親衛隊の赤地の軍装だが、腰から下は小さな下着しか身に着けていない。

 正座の姿勢で、その股間を恥ずかしそうに手で隠している。

 それはともかく、書簡?

 

「そうなのですか、ブルイネン?」

 

 ガドニエル女王が小首を傾げた。

 

「無礼な書簡なので、陛下のお耳には入れておりませんでした。要約すれば、会って面談をしたいという内容です。数枚の銀録画も同封されてました。実に馬鹿馬鹿しい内容でして……」

 

「えっ? そっちにもですか?」

 

 シャーラが声をあげた。

 イザベラも驚いた。

 “銀録画”というのは、映像を記録する“映録球”の魔道具に似ていて、撮影用の魔道具で撮った映像を制止画として記録するものだ。銀録画付きの書簡といえば、フォックスから預かったという書簡をマイル伯からさっき受け取ったばかりだ。

 

「そっちということは、そちらもですか?」

 

 ブルイネンが宙から取り出すようにして、封書を一枚出す。中から銀録画を取り出して、床に置く。

 

「あら」

 

「なんだ?」

 

「わっ、あんときのじゃない」

 

 エリカ、シャングリア、コゼが声を出す。ほかの女たちも、集まってきて興味深そうに見入った。

 銀録画にあったのは、やはり、さっきマイル伯が持ってきたものと同じだ。

 すなわち、ロウが王都広場だと思われるところで、ナールという近衛兵の女将校を目の前で放尿させている画像だ。放尿の終わったナールと口づけを交わしている写真もある。

 ロウが調教をしている最中の画ということだ。まったく同じものだ。

 そういえば、フォックスからの書簡の内容は、ロウの不義の証拠だと告発するような内容だったか。

 

「やはり同じですね。先ほど、フォックス卿からの書簡を預かってきたものがこれです」

 

 ヴァージニアがさっきの書簡を取り出して、銀録画を拡げる。

 

「なんだ、これ? 同じ画像か」

 

 シャングリアだ。

 

「へえ、イザベラ女王のみならず、冒険者ギルド長や、シャングリアさんとも関係のあるくず男だと書いてあるわねえ。脅迫の材料にしようとしたのかしら? だけど、調査が不十分ね。こいつの慎みのなさは、そんなものじゃ済まないのに」

 

 ユイナが銀録画と一緒に広げた手紙に手を伸ばして読み、けらけらと笑った。

 

「調査が不十分なことは確かね。それに、やり方もお粗末。確かに、お兄ちゃんの言うように、小者であることは間違いないわね」

 

 ケイラ=ハイエルだ。

 

「よくわかりませんが、これを使って、ロウ様と姫様、それと、ガドとの仲を裂こうとしたということですか?」

 

 エリカが眉をひそめている。

 

「なんとか、取り入りたかったのだろうな。それよりも、まだ、会ってない者もいると思うから、念のために知らせるけど、ここに映っている女はナールだ。近衛隊の女将校で、真顔のまま絶頂することができるという特殊能力を持っている。他に、ラスカリーナという近衛の女連隊長も、新しく仲間にした。あと、奴隷宮に捕らわれた女のうち、フラントワーズという元公爵夫人もだ。よろしく頼む」

 

 ロウが笑いながら言った。

 

「やっぱり、慎みないじゃないのよ。そっちで、おしっこ我慢させられている将校さんもでしょう。可哀想にねえ。しかも、明日の朝まで? どれだけ鬼畜なのよ」

 

 ユイナが大笑いした。

 

「い、いえ、これは調教で……」

 

 ベアトリーチェが苦しそうな表情ながら、無理に作ったような笑顔を浮かべる。

 だが、すでにかなり脂汗のようなものをかいていて、腿がせわしなく擦り合わされている。

 あれで、本当に明日の朝までもつのか?

 

「ベアトリーチェは、放尿奴隷だ。好きなときにおしっこをできる権利を俺に引き渡した。どうしても我慢できないときは、申告すれば、罰はあるものの、放尿は許可してるぞ。なあ?」

 

 ロウがちょうど近くの位置にいたベアトリーチェに手を伸ばして、下腹部をぐっと押す仕草をする。

 

「ひいいいっ、お、押さないでくださいいい」

 

 ベアトリーチェが引きつったような悲鳴をあげた。

 

「ベアトリーチェは俺の性奴隷だろう。つまりは、ベアトリーチェの全ては俺のものだ。俺のものを、俺がどうしようと勝手だ。そうじゃないか?」

 

 ロウが笑って、さらに下腹部を押し揉みだす。

 

「あっ、は、はい……」

 

 ベアトリーチェが抵抗をやめた。その代わりに必死の表情で歯を喰いしばった。

 だが、イザベラにもわかるが、ロウの手は魔道の手なのだ。どこをどう触れられても、凄まじい快感が迸る。あの手で触りまくられながら、尿意を耐えるのはつらいだろう。

 ただでさえ、真っ赤な顔をして震えていたが、それがさらに大きくなる。しかも、一気に脂汗を増やした。

 

「ほう、耐えるなあ」

 

 ロウは笑いながら、さらに胸まで揉みだした。

 ユイナの言い草じゃないが、本当に鬼畜男だ。

 イザベラは呆れた。

 

「ガ、ガドも放尿奴隷になりますわ。それに、羨ましいです。ベアトリーチェさんは、さっきから、ずっとご主人様に構ってもらってますわ」

 

 すると、突然にガドニエル女王が割り込んできた。

 だんだんとわかってきたが、絶世の美女であり、あまりに美しさに、神々しいまでの威圧感がある見た目とは異なり、性格は随分と可愛らしいお方みたいだ。

 それはともかく、放尿奴隷になりたいと?

 

「あっ、いや、ガド、やめた方が……。ロウ様は、そんなことを口にすれば、絶対に……」

 

 エリカが心配そうに口を出してきた。

 

「いやいやいや、エリカ、待て──。じゃあ、放尿奴隷試験をしてやろう。いつも、ベアトリーチェに与えている尿意を与えてやる。明日の朝までとは言わない。日が暮れるまで、なにがあっても我慢してみろ。その代わり、失敗すれば夜の親衛隊の時間に、失神するまでくすぐりの罰だ」

 

 ロウがエリカを遮って言った。

 夜の親衛隊の時間というのは、ロウはナタル森林から連れてきているエルフ族の女兵たち親衛隊三十人を仮想空間を使って、夜に抱くのである。

 南域で世話になっているときにもやっていた習慣であり、以前に王都にいた頃には、ロウは毎日、イザベラのところに夜這いをしにきて、イザベラを含めた侍女全員を仮想空間で抱いていた。

 それと同じことを南域ではずっとしていた。ここは戦場だが、やっぱりやるようだ。

 まあ、ロウの仮想空間術は、不思議な技であり、そこでどんなに時間を費やしても、一瞬しか時間が経たないようにできるので、戦場の真っ只中でも問題ないのかもしれないが……。

 だが、大丈夫なのだろうか。

 とにかく、つまりは、そこで罰を与えると言っているのだ。

 

「はい、わかりましたわ──」

 

 ガドニエル女王は嬉しそうに大きく頷く。

 本当に、この女王はロウに構われることを心から愉しんでいる。

 しかし、次の瞬間、そのガドニエル女王の笑みが消滅して、みるみると顔が真っ赤になった。脂汗がどっと噴き出す。

 

「くっ、うっ、うっ」

 

 ガドニエルが正座の姿勢のまま、全身を小刻みに震わせだす。

 

「膀胱の限界を超える水分を送ってやったぞ。これはベアトリーチェが我慢している尿意だ。どうだ、ガド?」

 

 ロウが笑いながら、手に一個の小さな水晶玉のようなものを出現させた。半透明の綺麗な玉であり、大きさは親指の先くらいだ。

 

「あっ、ひゃっ、ひっ」

 

 ガドニエル女王はぎゅっと股間を両手で押えたまま、顔を俯かせて震えている。もしかして、喋れないくらいの尿意なのか?

 

「そして、放尿奴隷はこんな悪戯にも耐える。ガドのクリトリスの感覚をこの“ビー玉”に憑依させている。このビー玉に与えた刺激は、そのままクリトリスに直撃する」

 

 ロウがその“びいだま”とかいうものを自分の口の中に入れた。

 それを口の中で舐め転がすのがわかった。

 

「ひゃあああああ」

 

 ガドニエル女王が背中を弓なりにして硬直してがくがくと身体を震わせた。

 そして、正座の脚の下に水たまりが発生して、みるみるとそれが大きくなる。

 

「わっ、もう?」

 

 コゼが声をあげる。

 

「こらっ、お前も、もうちょっと我慢しなさい──。なんという不甲斐ない──。一瞬で終わり──? それでも女王? 恥を知りなさい──」

 

 ケイラが真っ赤な顔で怒鳴りあげた。

 

「そんなことで怒られるの?」

 

 ユイナがぼそりと呟くのが聞こえた。

 

「ははは、堪え性のない女王だ。罰として、そのまま小便の上に座ってろ。ミウ、清掃魔道はかけなくていいぞ」

 

 ロウは嬉しそうに大笑いしている。

 

「あっ、はい」

 

 魔道を掛ける仕草になっていたミウがその動きを中止する。

 

「も、申し訳ありません……。ご、ごめんなさい……」

 

 ガドニエル女王は意気消沈して完全に項垂れている。

 俯いている顔は涙目だ。

 

「まあ、その挑戦意欲はいい。しかし、予想以上に早かったから罰の追加だ。マーズ、ガドの両手に後手手錠をかけろ」

 

 ロウが言った。

 すると、たまたま、ガドニエル女王のすぐ後ろにいたマーズの前に一個の手枷が出現した。ロウの収納術だ。

 

「あっ、はい……。失礼します、陛下」

 

 マーズがガドにニエル女王の腕を背中に回させて、後手に手錠をかけた。

 ロウは、さっき口に含んでいた“びいだま”をやはり、収納術で取り出した小瓶の蓋を取り、中に押し入れた。

 小瓶の中は油剤のようなものみたいだ。

 

「はんっ」

 

 やはり、“びいだま”は、ガドニエル女王のクリトリスの感覚に繋がっているのだろう。

 油剤に押し込まれる刺激で、ガドニエル女王の身体がびくんと震える。

 

「あっ、な、なんですか、これ? な、なんか、むずむずします……。な、なんか変です……」

 

 すると、ガドニエル女王はあっという間に、後手拘束で正座している身体をもじつかせだした。

 

「即効性の掻痒剤の油剤だ。日が暮れるまでそのままだからな。覚悟しろ。放尿を我慢できなかったんだ。その代わりにじっとしてろ。悲鳴もあげるな、ガド」

 

 ロウが小瓶の蓋を締めて横に置く。

 ガドニエル女王は、すでに汗をかいている顔を頷かせた。

 だが、すぐに眼を見開き、歯をかちかちを鳴らしだした。びーだまとやらを通じて、掻痒剤の痒みが襲いかかったのだろう。

 

「でも、馬鹿ねえ……。わざわざ、鬼畜を受けに行くなんて」

 

 ユイナが呆れたという声をあげる。

 

「しかも、立候補するのはいいけど、もう少し耐えて、お兄ちゃんを愉しませなさいよ……。まったく……」

 

 ケイラが舌打ちしている。

 容赦ないなと思った。

 

「でも、ロウ様は悦んでます。ガド、頑張ってね」

 

 エリカが声をかけた。

 ガドニエル女王が首をかくかくと頷かせる。だが、すでに汗をかき、後手の手錠に拘束されている手がせわしなく、握られたり、開いたりしている。

 ともかく、尿意と痒みの違いはあるものの、同じように我慢調教を受ける者がこれでふたりである。

 

「ところで、先ほど、フォックスの件で、タリオ公国との関与を仄めかせたと思います。恥ずかしながら、わたしたちはなにも掴んでませんが、もしかしたら、そんな情報があるのでしょうか、ケイラ様?」

 

 すると、ヴァージニアが言った。

 そういえば、そんなことを話していたことを思い出した。

 ロウに意地悪をされたから、忘れてしまっていた。

 タリオ公国の諜者に王宮工作をされたことを公表しようと発言して、いきなり股間におかしな感覚を送られたのだった。

 

「いや、タリオとの関与はいまのところないかな。なあ、亨ちゃん」

 

「そうね。ないわね。いまのところは……」

 

 すると、ロウとケイラが意味ありげに言った。

 そして、誤魔化すように咳払いした。

 

「まあ、いずれにしても、フォックスの扱いについては、俺に任せてくれないか。おそらく、どうせ、向こうから接触してくる。そうでなければ、リンに仕込んでいることが無駄になる。そのときには、俺に対応させてくれ」

 

 ロウが言った。

 なにか含んだような物言いだ。

 ただ、ロウは、イザベラの知らない情報を持っているみたいだというのは確信した。さっきのやり取りから考えると、多分、ケイラともずっとやり取りをしていたのだろう。

 イザベラは大きく嘆息した。

 

「わかった。任せよう。だが、これは教えてくれ。わたしはまだ未熟だ。帝王学とやらも学ぶ機会もなかった。だから、教授して欲しい。さっき、ロウ殿はタリオのことは公表すべきでないと言ったな? それは、我が国が外国の工作員の手に落ちるような軟弱な態勢であることを暴露しないためか?」

 

「そうだな」

 

 ロウはにっこり微笑んだ。

 やはり、そうか。

 よかった。当たった。

 

「じゃあ、もうひとつ。ロウ殿は、おかしな動きをしているフォックスをまだ捕らえるべきでないと思うのだな? 使い道があると言っておったな」

 

「そんなこと言ったかな?」

 

 ロウがわざとらしく首を傾げた。

 こいつは……。

 イザベラは内心で舌打ちした。

 やっぱり、なにか隠してる……。

 

「いや、言った。どんな使い道なのだ? 教えてくれ──」

 

「それは、女王としての命令か?」

 

 ロウがお道化たように言った。

 

「わたしは、お前に命令しない。だが、頼んでいる。教えてくれ」

 

 イザベラはじっとロウを見つめた。

 すると、ロウはしばらく迷ったような表情でいたが、やがて口を開いた。

 

「……その前に、こっちから質問させてくれ。愛される王と、怖れられる王……。イザベラはどちらが好ましいと思う?」

 

 突然の質問に少し狼狽したが、イザベラの答えは決まっている。

 

「愛される女王だ。わたしが目指すのは、祖父であるロタール王の治世だ」

 

 断言した。

 怖れられる王といえば、曽祖父のエルゲン王であろう。

 イザベラの幼少時代は、家庭教師らしい教育者に欠けていたので、もっぱら書物による知識だが、エルゲン王の血まみれの治世のことは印象深く覚えている。

 粛清に次ぐ粛清で、王国は内乱に明け暮れ、多くの血が流れた。粛清した領主たちの領土を吸収して、王家の力は一気に強まったと言われているが、王国の歴史では恐怖の時代として記録されていた。

 それに比べれば、これに続いたロタール王の治世は、わずか二年とはいえ、善良で実直な治世により、荒れた王国を堅固なものに立て直したという評価だ。

 いまでも、ロタール王の治世を懐かしむ声は高い。

 イザベラは、そういう王になりたい。

 

「わかった。ありがとう。俺の立ち位置がわかった──。ところで、フォックスのことだったな。いまのところ、特になにもない。とにかく、一度会わせてくれ。俺はそいつのことをなにも知らないんだ」

 

 ロウがにっこりと微笑んだ。

 そして、視線を外して、隅にいたピカロに顔を向けた。

 

「よし、ピカロ──。久しぶりに犯してやろう。かかってこい──。半ノスで気絶させてやる」

 

 そして、まるで無理矢理に会話を打ち切ろうかとするように、突然にピカロを呼んだ。

 わざとらしいロウの態度の変化に、ちょっとイザベラは面食らった。

 

「おっ、言ったなあ──。じゃあ、返り討ちだよ。今度こそ、負けないよ。サキュパスの誇りにかけてね」

 

 一方で、ピカロもすぐに立ちあがって、ロウに飛びかかった。

 

「よしこい──」

 

 ロウが笑って、ピカロをその場に組み伏せ、ピカロの身体を愛撫し始めた。

 

「わっ、わっ、性の勝負でしょう? 拘束するなんてずるいや」

 

 目の前で性愛を開始したと思ったピカロがあっという間に両手を背中に回して、さらに両膝を折って、脚を開いた格好になった。

 ロウの術である粘性体が縄のようになり、ピカロの身体に巻きついている。

 

「なにがずるいんだ? サキュパスの武器は、そのおまんこだろう。ほら、かかってこい」

 

 ロウが笑いながら、仰向けで膝を曲げて開脚しているピカロの無防備な股に舌を這わせだす。

 

「ひゃああああ」

 

 ピカロが身体を仰け反らせて悲鳴をあげた。





 *

 次話は、時系を『899 元宰相の憤懣』の直後に戻します。


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908 独裁官と元宰相

 時系的には、『899 元宰相の憤懣』からの続きになります。

 *



「フォックス卿、こんな夜に女王陛下と面会希望だと、お前の使者と名乗る伯爵が伝えに来たが、事前の約束もなしにか──? まあ、失礼千万な伝言だが、こっちから来てやった。話は独裁官の俺が代わりに聞いてやる。さっさと要件を言え──」

 

 いきなり部屋に突入してきたロウが空いているソファにどっかりと座り込み、尊大な態度でフォックスを見下すように言った。

 なんだ、こいつ──と一瞬かっとなったが、ロウの後ろには、確か、エリカ、コゼ、シャングリア、マーズという王都でも有名な女傑たちが並び、さらに十本の指から刃物のような長い爪を出している名前のわからない獣人娘もいる。

 そのうえに、十人ほどのエルフ族の女兵が武器を抜いて、こちらを威嚇しているのだ。

 フォックスは、怒りを飲み込んで、懸命に状況を探ろうとした。

 いずれにしても、仮の拠点としているこの廃屋の外には、雇った護衛たちがいる。

 テーブルの上にある呼び鈴を鳴らして、彼らに異常事態を知らせようとした。

 

「動くんじゃないわ──」

 

 だが、手を伸ばした瞬間、フォックスの手と呼び鈴のあいだに剣が差し込まれた。

 

「うわっ」

 

 フォックスは慌てて手を引く。

 

「ひゃあ」

 

 フォックスの正面に座っているコサク伯も悲鳴をあげた。

 

「やめろ、エリカ。呼び鈴を鳴らしたければ、鳴らさせてやれ。それと全員剣を収めろ。別に討伐にきたわけじゃない。話し合いにきたんだ」

 

「は、話し合いだと……。あっ、いや、話し合いですか?」

 

 武器を構えておきながら話し合いなどという言い草に、フォックスはかっとなったが、慌てて、その怒りを呑み込む。

 ここで意地を張っても、なんの得もない。

 殺されて終わりだ。

 この状況を作られたことで、このロウ=ボルグにしてやられたと言っていい。

 思ったよりも直接行動の男だったようだ。

 

「無駄な血は流したくないな。フォックス卿については、もしも謀反を企てているとしても、取りあえず、言い分を聞いてやれと、お優しいイザベラ陛下が仰せだ。まずは言い分を聞くか……。あっ、そうだ。連れて来い」

 

 ロウが外に通じる扉に声をかけた。

 すると、ふたりのエルフ女兵に連行されるようにやってきたベンガル伯が蒼白な顔で部屋に入ってくる。

 いや、ひとりは女兵ではないのかもしれない。

 やたらに軍装が派手だし、上級将校らしい粉飾も装着している。

 

「フォ、フォックス卿……」

 

 ベンガル伯は助けを求めるように、こっちを見る。完全に怯えている感じだ。

 なにがあったかはわからない。

 ベンガル伯に託したのは、イザベラ新女王とフォックスの面談の申し出を急遽させるためだ。

 本当は、あの小娘を呼びつけて面談したかったのだが、砦で武装解除に応じず閉門を続けさせているリンも、そろそろ部下将兵を抑えるのも限界に近いらしいというのも承知しており、また、マイル伯が小娘の動揺を誘うことに成功したと伝えてきたこともあるから、絶対に小娘はフォックスとの会合に応じるはずだと確信したのである。

 だから、小娘との面談の場で、リンへの説得の使者をフォックスが派遣することを申し出て、小娘に恩を着せることで、新たな王宮での地位を確保することを考えていたのである。

 さらに、ロウと小娘との心の離反だ。

 恋にのぼせた娘のようだが、その恋人が思ったよりもくずだと知ったことで動揺し、それに乗じて、簡単に御せられると思っていた。

 

 だが、なんで、こいつがここに……。

 いずれにしても、ここは下手に出て、やり過ごさなければ……。

 ここで首を切られたら、なにも残らない。

 フォックスは背に冷たいものが流れるのを感じた。

 

「ベンガル伯、そっちに座るといい」

 

 ロウに促されて、まだ顔が蒼いベンガル伯が、コサク伯の隣に腰をおろす。

 すると、ロウが顔を後ろに向けて、たったいま入ってきた上級将校らしきエルフ族の女兵を見る。

 

「ブルイネン、外にいた連中はどうなった?」

 

「全員転がしてます。怪我すらもさせてません。させることなく制圧できましたので……。ロウ殿のご命令があれば、殺しますが?」

 

 ブルイネンと呼ばれた女が無表情で応じた。

 確か、ブルイネンというのは、女王親衛隊の隊長の名だ。ここにはガドニエル女王はいないようだが、ロウはそのガドニエル女王の親衛隊長を顎で使う立場なのか……。

 これについても、ロウのことを見誤っていた。

 予想を遥かに超えるほどに、エルフ族王家に喰い込んでいるみたいだ。

 

 しかし、それはともかく、それについては、フォックスの承知している情報に対して、少し状況が合わないことがあった。

 フォックスは、いまロウとともにやってきたベンガル伯を通じて、今日の昼間にマイル伯を通じてイザベラ陣営に渡したのと同様のロウの不義の告発書を銀録画の証拠とともに渡していた。

 ベンガル伯の報告によれば、これについて女王陣営は大層に立腹していて、ロウと女王の仲が険悪になったと知らされていたのだ。

 だが、もしも、険悪になっていたのなら、大切な女王親衛隊をこうやって、ロウの手足のように使わせるだろうか。

 やや疑念に感じた。

 

「フォックス卿、腹の探り合いなど面倒だから、こっちから訊ねる。この夜中に約束もなしに、女王陛下に急の面談とはどういうことだ。女王陛下は身重である。その陛下に強引にお目通りをしようというのはどういう魂胆だ?」

 

「魂胆などとは、物騒な」

 

 フォックスは、柔和な作り笑みを浮かべながら言った。

 やろうと思えば、いくらでも道化にもなれるし、思慮の熟したような温和な男にもなれる。

 内心の高慢さを隠して、律義者の振りをすることができるのは、フォックスの武器だ。

 不用心に少人数の護衛だけで戦場近くにいたのは、フォックスの油断だ。

 ここは引きの一手しかない。

 

「物騒だろう。こそこそと鼠のように動いているようだが目障りだ。まあいい。さっさと要件を言え。こっちも忙しいのだ。ああ、言っておくが、陛下は今後もお前とは会わんぞ。会うなら俺だ。だから、もしも、陛下に伝えたいことがあるなら、俺を通じて言うことだ」

 

 ロウが随分と横柄な態度で言った。

 フォックスは怒りが込みあがるのを必死で耐えた。

 おそらく、ロウはわざとフォックスを怒らせようとしているのだと思う。そうでなければ、仮にも元の宰相のフォックスにこの態度はありえない。

 女王たちの権力を傘に着た狼藉ではあるものの、フォックスが暴発すれば、それを口実にロウは、フォックスたちを斬るだろう。

 さっきの物言いなら、すでにフォックスの護衛は制圧されている。

 耐えるしかない。

 フォックスは身体の横で握りこぶしを作った。

 

「こ、今夜、面談を陛下に申し出たのは、目の前の戦場のことです。砦にこもって、理不尽にも陛下への武装解除を拒んでいるリンという男は、実は当家に所縁のある者でして。私にお任せいただければ、直ちに使者を派遣して説得を……」

 

「無用だ、フォックス卿──」

 

 フォックスの言葉の途中で、ロウが遮った。

 仮にも侯爵のフォックスに対して、あり得ない侮辱である。小娘の気儘で独裁官という役職を名乗っているが、所詮は成り上がりの子爵でしかないのである。

 なんと思い上がった男だろうか。

 

「む、無用とは……。だが、使者ひとつで同じ王国の兵同士で血を流さずとも……」

 

「血など流れん。リンは放っておけば、陛下に忠誠を誓っている部下たちに背かれて、明日か明後日中には捕らわれる。内応の呼び掛けもしていて、リンに部下の人望がないのもわかっている。心配いらん」

 

「いや、しかし……」

 

「それよりも、リンが捕らわれたときに、誰の指図で女王陛下に背くような馬鹿な真似をしたのか、白状するのか愉しみだな。こっちには、天下一の魔道遣いが二人も三人もいる。あいつが卿の名を出さないことを祈ることだな」

 

「なっ──。わ、私がリン将軍をそそのかしていると申しておられるのか──」

 

 フォックスは怒鳴った。

 

「そんなことは言わない。だが、心当たりがあるのか? ただ、これだけは言っておく。もしも、リンがあなたの名前を出したとすれば、そのときは、王家に対する謀反人として処罰する。お前だけじゃない。王家への反逆は三親までの一族郎党の処刑だ。王国の法は知っているだろう?」

 

「わ、私を愚弄するのか──。私は侯爵だぞ──」

 

「つい最近に、陞爵(しょうしゃく)したな。そうだ。侯爵になった理由は、キシダイン失脚後に、宰相の任になり、伯爵じゃあ格好がつかないから、アネルザが爵位を上げたのだったな。だが、もう宰相は罷免したんだ。元通りに、伯爵に戻るのが妥当だろう。陛下とアネルザには伝えておくよ」

 

 ロウが微笑んだ。

 フォックスは耳を疑った。

 

「ま、まさか、そんなことは許されんぞ──」

 

「なにが許されんのだ。俺は無責任にも職務を放棄して王都を脱出した貴族を許すつもりはないからな。俺が独裁官である限り、王都に戻れることはないと思え。領土を安堵できるだけでも感謝しろ。だが、失策があれば、容赦なく廃位するから覚悟しておけ」

 

「ぶ、無礼な──」

 

 さすがに限界だった。

 フォックスは激高して立ちあがった。

 すると、目の前が銀色のようなもので顔の前が遮られた。

 それが、ロウの後ろに立っていた女たちが突きつけた剣先だとわかったのは、一瞬後だ。

 エリカ、コゼ、マーズ、シャングリアの四人の剣に加えて、獣人娘の爪が喉や顔に突きつけられていた。

 

「ひゃああ」

 

 フォックスは奇声をあげて、ソファに尻もちをついてしまった。

 

「いきなり動くなよ。俺の護衛たちが驚くだろう」

 

 ロウが笑い声をあげる。

 フォックスは身体が恐怖で竦むのを感じた。

 ロウが手をあげる。

 女たちが武器をしまう。

 

「とにかく、命が惜しければ大人しくしていろ。ただ、おかしな小細工をリンにしていたならお前は終わりだ。縛り首を覚悟しておけ。家族を含めてな」

 

 ロウが立ちあがりかけた。

 だが、なにかを思い出したように、もう一度座り直す。

 そして、宙から何かを取り出すようにして、小さな紙束のようなものを出現させた。

 

「そうそう、忘れるところだった。これのことだがな」

 

 テーブルの上にロウがそれを放り置いた。

 

「あっ」

 

 フォックスは思わず声をあげた。

 ロウがテーブルに置いたのは、フォックスが、マイル伯や右横のソファに座っているベンガル伯を通じて、イザベラ女王やガドニエル女王に届けたはずの銀録画の束だ。

 画にあるのは、ロウが女将校を王都広場で性的玩弄をしている光景であり、ロウの不義の証拠としたものである。

 それをなぜ、ロウが持っているのだ──?

 

「面白い写真……、いや、ここでは、銀録画というんだったな……。とにかく、女王陛下たちと愉しく見させてもらった。面白い写真だから、ほかにもあったら寄越せ。新しい画があれば、特別に陛下にお目通りさせてもいいぞ」

 

 ロウが今度こそ立ちあがった。

 机に投げた銀録画は回収していった。

 ロウが女たちとともに、部屋を出ていく。エルフ族の女兵たちもそれを追って引きあげていった。

 

 部屋が三人だけになる。

 しばらくのあいだ、フォックスはあまりの出来事に呆然としてしまって、声を出すことも、動くこともできなかった。

 横にいるベンガル伯やコサク伯も同じだ。

 沈黙が流れていく。

 

「お、お館様……」

 

 すると、部屋に家令が入ってきた。家令は完全に疲れ切った顔をしている。

 フォックスは、家令に視線を向けた。

 

「さ、先程の方々は戻っていきました……。護衛や家人についても、とりあえず無事です。申し訳ありませんでした。武器を突きつけられていて……」

 

 家令が泣きそうな顔で深々と頭をさげる。

 その家令を見て、やっとフォックスの頭は回りだした。

 家令をそばまで呼ぶ。

 

「砦には、リンにつけている手の者がまだいるな?」

 

「あっ、はい」

 

 家令が頷く。

 砦にこもっている王軍の指揮官であるリンには、フォックスの命令があるまで、理由をつけて砦の武装解除をするなと指示し、さらに、フォックスの手の者で周りを固めている。

 だが、ロウや女王側は、どうやら、砦のリン将軍が武装解除に応じないのは、フォックスの手引きだと間違いなく気がついているみたいだ。

 こうなってしまえば、フォックスが間に入って無血開城をさせることで、功績を作りあげようとするような場合ではない。

 企てがちょっと稚拙であったか……。

 万が一、リンが先に捕らわれれでもすれば、フォックスの名前を口に出しかねない。

 その前に処分しなければならない。

 一刻を争う。

 

「リンを始末させよ。すぐにだ」

 

「かしこまりました。直ちに──」

 

 家令が頭をさげて出ていこうとする。

 だが、フォックスは呼びとめた。

 

「……それとグローの者を呼んでおいてくれ。明日には接触したい」

 

「承知しました」

 

 グローというのは、フォックスの家であるブライトン家が長年使っている暗殺ギルドのことだ。

 腕はよく、報酬さえ払えば、確実に暗殺を実行してくれる。失敗しても雇い主の名を出さないということでも信用できる。

 フォックスが考えているのは、ロウの暗殺だ。

 あそこまで言われれば、もはや、フォックスを含めた一族が生き残るのは、ロウを殺すこと以外には考えられなかった。

 王国のためにはロウの存在が必要なので、ロウの女たちを標的にさせようと考えていたが、もはやロウだ──。

 

 死ぬか生きるかである。

 殺さなければ、確実に一族が殺される。

 フォックスは確信した。

 

 家令が部屋を出ていく。

 再び三人だけになる。

 コサク伯はがたがたと震えていて、口がきけそうにないくらいに怯えきっている。

 ベンガル伯も顔が蒼白い。

 しかし、そのベンガル伯が口を開いた。

 

「……フォックス卿、このままでは我々は終わりです……。こうなったら、覚悟を決めましょう。生き延びるためには、もがくしかありません」

 

「もがく?」

 

 フォックスはベンガル伯を見た。

 

「実は、タリオの工作員の伝手があります……。トリスタンという男です……。間に入ります。その男と話してみましょうよ。私など小者ですが、フォックス卿であれば、彼らは話に乗ると思います。条件次第ではないかと」

 

「条件? タリオだと? どういうことだ?」

 

 フォックスはきょとんとしてしまった。

 

「いまのロウの態度を見れば、すでに私たちを処断するつもりなのは明らかです。なにもしなければ、罪を鳴らして処刑される運命があるだけです。それよりも、タリオ公国の助けを借りましょう。王家の討伐に備えて、タリオの軍勢をひそかに領土に入れて王家の討伐に備え、あるいは、場合によっては亡命も視野に入れて話し合うのです。その代償として、宮廷や王国の情報を売れば……」

 

「俺に王国を裏切れというのか──」

 

 フォックスはびっくりした。

 

「生き残るためです……」

 

 だが、ベンガル伯はフォックスの決断を迫るように、ぐいと顔を突き出してフォックスの顔を睨んできた。

 フォックスは、唸り声をあげてしまった。



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909 暁にみた夢

 話の流れから離れますが、もしも、一郎が権力の中枢に加わらなかった未来を語ります。
 一郎が強引に独裁官につくこともなく、一郎が王家に加わらないことで、エルフ族王家とハロンドール王国との深い同盟は成立する理由もなく、また、官僚軍団として参加予定の「性教徒」たちも、王家を支えていません。

 *



 夢を見ていた。

 

 向かい合っているのは、マアだ。

 とても疲れた様子であり、別れの挨拶を交わしているところのようだ。

 場所は、一郎たちの屋敷らしい。

 以前から「幽霊屋敷」と呼ばれていた場所で、シルキーの能力が向上して、外観を焼け焦げた景観に見せているので、名実ともに幽霊屋敷である。

 

「しばらくのお別れですね、ロウ殿。でも、必ず、お支えします。このおマアにお任せください」

 

 向かい合っている椅子に座っているマアが頭をさげた。

 マアは疲れている。それは向かい合っているロウにもわかる。この一郎が手を出すのを憚れるほどに、マアは心身ともに疲労困憊だ。

 

「わかっているよ……。さすがに、ここまで国が荒れるとねえ……。まともな商売もできないか」

 

 一郎は嘆息した。

 国が乱れているのだ。

 ハロンドール王国のあちこちでは、重税をかける領主に対する反乱が起き、また、一部の領主による他の領主への武力侵攻が起こったりという具合であり、まるで「戦国時代」の様相だ。

 イザベラも頑張っているが、とにかく、周りの貴族たちが悪い。

 経験のない少女王であることをいいことに、好き勝手にやっている。一郎の子を産み、どうしても直接に国政から離れることが必要だったことも、イザベラから権力を奪うことになった。

 

 その結果、イザベラの周りの貴族たちが好き勝手をして、その下の役人にもそれが及んでいる。イザベラに求心力がないのもあるが、とにかく、性質のよくない周りが多い。切り捨てることの少ないイザベラだから、処罰も緩くなりがちであり、それが役人たちを図に乗らせている。

 その結果が民衆の疲弊というわけだ。

 疲弊をした民は賊徒になり、乱れに乱れている。

 王都から遠い西側から、ローム国への加入を宣言する領主が増大していて、王国からの離反も徐々に増えている。王家は認めてはいないが、領主たちの離反を阻む能力はいまの王家にはなく、事実上、放置状態だ。

 

 いずれにしてにも、マアも、さすがにこの王国ではこれ以上の商売はできないと決心した。

 財と従業員を守るために、ついに、ローム側に拠点を再び移し直すことに決心したというわけだ。

 

「小さな商売なら目をつけられないでやる方法もあるんだけど、ここまで賊徒が横行しては、ちょっと大きな商売をすると賊徒が目を付けるのよ」

 

「そんなにも賊徒が?」

 

 横から口を挟んだのはコゼだ。

 

「賊徒なのだか、賊徒を装った領主なのか……。役所でも商会でも里でも、いまは、なにもかが襲撃の対象よ。まあ、世が乱れたら乱れたで、商売のやりようもあるわ。穀物の値は上がるし、馬も、武器もいる。そういうものを動かしているのは、みんな商人だしね。だから、ロウ殿に財のことで不足をさせることはないわ。それだけは約束する。だけど、従業員の安全が……」

 

 マアは悲痛な表情だ。

 いまのハロンドール王国から出ていくことが、一郎を見捨てるような気持ちになっているのかもしれない。

 

「俺たちのことはどうでもいいよ、おマア。自分たちの安全のことを第一に考えてくれ」

 

「ごめんなさいね、ロウ殿」

 

 マアは立ちあがった。

 見送りは不要というので、ロウはそのままでいた。

 するとマアは、進みかけていた歩みを止めて振り返った。

 

「今更だけど、イザベラ様が女王になったとき、アネルザが言ったとおりに、あなたも新しい王国を動かす立場につくべきじゃなかったかしら」

 

「俺がか? そういえば、あの頃には、確かにアネルザもそうして欲しいと言っていたけど、まるで素人の俺だよ? そんなのは無理だろう」

 

 一郎は笑った。

 しかし、マアは小さく首を振った。

 

「あたしはそうは思いませんけどね。イザベラ様は真面目で勉強家だけど優しすぎるのよ。そのために周りの者が力を持ちすぎて、勝手なことばかりやっている。そういう点では、ロウ殿は勘がいい。幾つかある選択肢の中で必ず、あなたは最良の選択をする。厳しい判断もできる。施政者に必要なのはそういうことだと思うけどねえ」

 

「買いかぶりすぎだよ。俺はそこまでの能力はない。それに面倒だ」

 

 一郎は頭を掻いた。

 だが、正直にいえば、一郎自身もイザベラの女王としての治政には歯噛みのようなのも感じる。

 しかし、アドバイスをする立場でもないし、イザベラもそれは望んでないだろう。

 男女の関係であることと、政務のパートナーであることは違うのだ。

 

「そうですね。おかしなことを言いました。いずれにしても、もう過ぎたことですね。現状では、これからロウ殿が宮廷の中に権力者として入りこむのは、難しいですしね」

 

 マアが微笑みながら嘆息した。

 イザベラが女王になったとき、権力の中枢に行くのを嫌った一郎は、イザベラとアンが生んだ子の父親であることを隠した。

 隠したといっても、ふたりの王女の父親が一郎であることは、貴族界どころか、庶民でも知っている事実であるので、公式になにもしていないというだけだ。

 一郎としても、もしも、あのときに、王配としての地位を確保することをしていれば、いまごろは、多少なりとも、政務のことでイザベラを助けることができただろう。

 助けるだけの知恵が一郎にあればのことだが……。

 

 とにかく、いまとなっては、マアの言うとおりに過ぎたことだ。

 今更、一郎が宮殿の政務に割り込む方法はない。むしろ、混乱するだけであり、そんな前例を作れば、ただでさえ混乱している傾向のある宮殿人事を大混乱にする。

 

 そもそも、イザベラやアネルザが認めても、周りは絶対に認めない。イザベラが女王になった混乱時期ならともかく、現状では、反対者を皆殺しにするくらいのことをしなければ、ロウが権力に加わることは無理だ。

 助けてやりたいとは思うが、それをする気概もないし、その能力が一郎にあるとは思わない。

 所詮、SM好きの好色者だけの男であり、女を性で悦ばせる自信はあるが、政事(まつりごと)など無理だと思う。

 

「では、しばらくのあいだ、お元気で」

 

 マアが出ていく。

 一郎の女たちの中で、一郎から離れる方向に行動をとった最初の女だと思う。

 淫魔術で支配はしているので、彼女を残らせるように判断を変えることは可能だが、いまのハロンドール大国の情勢では、マア自身が口にしたように、彼女の従業員の生命が危うくなる。

 実際、かなりの犠牲者もいるらしい。

 

「ロウ様、元気出してください。わたしにはなにもできませんが、ロウ様が元気でなければ、わたしたちは悲しくなります」

 

 エリカだ。

 一郎は肩を竦めた。

 

「俺は元気がないように見えるか?」

 

「見えるな。このところ、なにか落ち込んでいる。でも、姫様には悪いが、姫様の政治がうまくいっていないのはロウのせいじゃない。ロウにできることなんてない。わたしたちは、王家でもないし、上級貴族でもないのだ」

 

 シャングリアが白い歯を見せた。

 彼女の割り切り方は、正直頼もしい。

 でも、一郎には、もっと上手なやり方もあったのではないかとも思ったりする。

 

「もうすぐガドのところ向かう時期になっていますけど、早めますか?」

 

 コゼが横から言った。

 ハロンドール王国の女王となったイザベラと、ナタル森林国の女王ガドニエルの両方を愛人にする一郎は、両国を行ったり来たりして生活をするということを続けていた。

 だいたい、三十日間隔くらいだ。スクルドがこっそりと展開した移動術の隠し施設で、移動だけは短い時間でできる。

 

 本当は、ガドニエルのナタル森林国をもっとイザベラの強力な後ろ盾にしたいのだけど、表向きには、ガドニエルとイザベラには直接の繋がりがない。そのため、国レベルでの関係は小さいのだ。

 これもまた、一郎が権力の中枢に入ることを嫌った一郎の決断の弊害かもしれない。

 

 イザベラとの正式の婚姻をしなかったので、ガドニエルとの婚姻も避けたが、あっちについては、元老院議員のひとりとしての議席もあり、なによりも、女王の権限がイザベラとは比べものにならないほどに強いので、いつの間にか、女王の政務の中心人物のひとりとしての位置づけができつつある。

 望まれてもできることなどないので、ほとんど口を出すことはないが、あのガドニエルは、政務のときに一郎が隣にいるだけでご機嫌なのだ。

 それは一郎の権力に結びつつあって、気がつくと、あっちの国における一郎の影響力はそれなりになっていた。

 一郎の意見が功を奏したことも多く、諸改革も進行中であり、副王のラザニエルによれば、ナタル国は空前の繁栄に向かって飛翔しているそうだ。

 

 ふと思うのだ。

 イザベラについても、なにもできないと遠慮するよりも、なにができるのかを考えればよかったのではないだろうか。

 もしかしたら、もっとエルフ国の力をイザベラの権力基盤と結びつけ、マアの財力や交易力を政務に反映させていれば、いまの状況とは絶対に違うものになったはずだ……。

 

「また、考え込んでいるな、ロウ──。できないことを悩むな──」

 

 また、シャングリアが言った。

 すると、エリカがすっと立ちあがった。

 

「仕方ないですね……。シルキー、下から魔道遣い連中を呼んできて──。そして、ロウ様、なにをしてもいいです。だから、もうなにも、考えないでください」

 

 「かしこまりました」というシルキーの声だけが響く。

 すると、エリカが両手でスカートの裾を持ち、下着が完全に露出するまでたくしあげる。

 

「あら」

 

「ほう」

 

 コゼとシャングリアだ。

 

「へえ……」

 

 一郎も微笑んだ。

 一方でエリカは、恥ずかしそうに膝をちょっと折り曲げて、小さな下着を隠そうとしている。

 これには、苦笑するしかない。

 恥ずかしいなら、無理しなきゃいいのに……。

 

 それはともかく、ちょっとだけエリカの股間を見ていると、白い下着に丸い染みがすぐに浮かびあがった。

 本人は頑なに認めないが、実はエリカには露出癖の傾向があり、こうやって見られると、それだけで興奮して性感があがってしまうのである。

 

「相変わらず、見られるだけで濡れるのか。大した淫売だ」

 

 わざと汚い言葉を使ってエリカを揶揄する。

 そして、エリカの白い内腿をすっと手で撫でる。

 

「はんっ」

 

 エリカがびくんと身体を反応させる。

 しかし、避けない。

 じっとスカートをまくった姿勢を維持している。

 下着の染みがさらに大きくなった。

 

「おっ、エリカにしては珍しいな。じゃあ、恥ずかしいが、わたしもやろう。ロウ、元気出せ。わたしも好きにしていい。乱暴にしてもいいぞ」

 

 シャングリアが笑いながら、エリカと並んでスカートをめくった。

 

「よーし、あたしもよ──」

 

 コゼがさっと横に立ち、半ズボンの前を開いた。

 半ズボンそのものは腰から落ちていないが、下着は露出する。むしろ、完全に脱ぐよりも色っぽいかもしれない。

 とにかく、一郎が元気がなければ頑張って、いつでも、こうやって元気づけしようとしてくれる。

 一郎には勿体ない女たちだ。

 

「ご主人様──」

 

「ロウ様──」

 

「ああ、なにか用事? うわっ、なにやってんのよ? またくだらないことをわたしたちにさせるつもり?」

 

 すると、スクルド、ミウ、ユイナがやってきた。ほかにイットとマーズもこの屋敷に住んでいるが、ふたりは一緒ではなかったようだ。

 

「いいから、あんたも参加しなさい、ユイナ──。ミウとスクルドもよ──」

 

 エリカがスカートめくりをしたまま怒鳴る。

 ある意味、変な光景だ。

 一郎は笑い声をあげた。

 

 そのときだった。

 目の前に、通信球が出現した。

 遠方から魔道遣い同士が連絡をやり合うために使うものであり、上級魔道遣いにしか遣えないが、一郎の周りにいる魔道遣いたちが優秀なので、頻繁にやり取りに使っている。

 そもそも、なぜか魔道遣いでもない一郎にも受け取ることだけはできるのだ。

 淫魔師の淫魔術と、魔道遣いの魔道は相性がいいらしい。

 

『アネルザ王妃が視察場所で襲撃されました。現在、細部確認中です。亡くなったという情報も──』

 

 発信者はシャーラだった。

 だが、アネルザが襲撃──?

 一郎はびっくりした。

 確か、アネルザはいまは南域の視察に向かっていたと思う。もともと、キシダインの権力基盤だった南域は、意図的に流通が荒れるままに放置されていたことがあり、そのため、気がつくとかなりの不安定な場所になっていた。

 アネルザはそれを立て直すために、幾度となく南方などの地方に足を運んでいた。

 ルードルフ王の正妻だったアネルザは、かなりの不人気な存在ではあったが、イザベラを支える人材は乏しく、どうしてもアネルザが表に出ざるを得ない情勢なのだ。

 それはともかく、どういう状況なのだ──。

 一郎はそれが知りたい──。

 

「すぐに、王宮に向かおう──」

 

 一郎は大声をあげた。

 

「あっ、待ってください。すぐに調整します」

 

 エリカがめくっていたスカートをおろして、スクルドを呼んで指示をし始める。

 思い出したが、いつもの夜這いとは違う。

 一郎が自由に出入りするのは、夜這いのための寝室だけであり、そこについてはスクルドが跳躍施設で繋いでいるが、いまはイザベラは執務用の正殿だろう。

 一郎がそこに乗り込むには、それなりの準備と調整が必要だ。

 

 くそ──。

 どうしてこういうことになったのか──。

 なにがよくなかったのか──。

 どうするべきだったのか──。

 いや、そういうことを考えることを一郎は放棄してしまったのだ──。

 その結果、王国はどんどんと泥沼に陥るように、悪い方向、悪い方向へと傾いた。

 今となっては、一郎にもできることは少ない。アネルザも以前とは異なり、権力を握れとは言わなくなっていた。

 むしろ、一郎たちを遠ざける感じだ。

 そのアネルザが……。

 

「くそおっ」

 

 一郎は大きな声で悪態をついた。

 

“ご主人様──。ご主人様──”

 

 身体が揺れる。

 ぐらぐらと誰かに揺すられるような……。

 

「ご主人様、大丈夫ですか?」

 

 ガドニエルの声だ。

 そして、目が覚めた──。

 

 眼を開けると、ガドニエルの顔と剥き出しの乳房があった。

 心配そうに一郎を見下ろしている。

 そうか……。

 夢か……。

 また、ガドニエルがなにも服を着ていないのは、夕べ、乱交をしてそのまま寝入ったからだろう。

 身体が重い──。

 

 ふと左右を見る。

 右横にエリカ、そして、股間を枕にするうように、足のあいだにミウとコゼが寝ている。ガドニエルは左横に寝ていたのだろうが、いまは心配そうに、座って一郎を見下ろしている。

 全員が毛布を身体にかけているが、その下は全裸である雰囲気だ。

 ほかの女たち……マーズ、ユイナ、イットも、好き勝手に天幕に敷き詰めたマットの上で適当に場所を見つけて丸くなっている。

 あっ、ベアトリーチェもいた。彼女だけは服を着て寝ていた。

 

 また、イザベラはいないみたいだ。

 女王であるイザベラには、別に宿営だけの天幕があり、そっちに移ったのだろう。

 当然に、シャーラ、ヴァージニア、侍女三人もそっちだと思う。この天幕内には見当たらない。

 そして、シャングリアもいない。

 この陣では騎馬隊の一隊を率いている彼女は、フォックスを襲撃した後には隊のところに帰り、夕べはこの天幕には泊まらなかった。

 イライジャもそうだ。兵站施設地域に寝泊まりをするということで、一郎たちに挨拶だけをして、早々に戻っていった。一番忙しそうだった。

 そして、亨ちゃんもいない。亨ちゃんについては、どこで寝ているのかは知らない。

 

 天幕の入口の隙間から外を見る。

 どうやら、かなりの早朝みたいだ。

 夜は辛うじて明けている感じたが、まだまだ薄暗い。

 

「どうした、ガド?」

 

 一郎は横になったまま、ガドニエルにささやいた。

 身体を起こそうと思ったが、そうすると一郎にくっつているみんなを起こすことになる。

 だから、横になったままでいた。

 

「苦しそうでしたので……。なにか、嫌な夢でもみられましたか? それに、魔力のようなものがご主人様から発散されてましたし……」

 

「えっ、魔力?」

 

 一郎は訝しんだ。

 もちろん、一郎は魔道遣いじゃないから、魔力を発散するということはない。しかし、淫魔師である一郎は、能力を使うときに淫魔師としての力の源である淫気を発散しているらしい。

 それが魔道遣いたちからすると、魔力を発散しているように感じるようだ。

 それはともかく、もしかしたら、無意識に、なにかの淫魔術を使っていた?

 しかし、なにかが変わっているようにも感じない。

 眠っている女たちも、すやすやと寝息をかいている。

 

「もしかしたら、さっきの夢かな?」

 

 妙にリアルな夢だった気がする。

 いまでもはっきりと覚えている。

 ただし、突っ込みどころ満載の夢でもあった。

 なんだ、あれ?

 一郎が権力の中枢に加わらなかったときの未来?

 でも、ありえないだろう。

 あそこまで王国が荒れて、それまでずっと放置するなど……。

 だけど、なにかの暗示として、一郎のなんらかの能力が、そんな架空の未来の夢を一郎にみさせた?

 なんのために?

 

「あっ……、ロ、ロウ様? 起きられたのですか?」

 

 エリカだ。

 剥き出しの乳房を一郎の胸に載せるような感じで、一郎に抱きついて寝ていたが、目を覚ましたみたいだ。

 

「ああ、おはよう、エリカ」

 

「そうですか……。申しわけありません……」

 

 エリカが身体をあげて覆い被さり、一郎に唇を重ねてくる。

 舌を一郎の口に差し入れて、ねっとりと舐め回す。

 最初に会ってからずっとやっている朝の儀式だ。

 一郎はエリカを下から抱きしめつつ、エリカの舌を舐め返す。

 エリカの鼻息が荒くなり、声に甘い響きが混じってくる。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 口を離すと、すっかりと顔が赤くなっているエリカが呆けた感じで言った。手で隠しきれずに、こぼれている乳首が固く勃起していた。

 一郎は微笑んだ。

 

「あっ、わたしともです……」

 

 ガドニエルが慌てたように口づけをせがんできた。

 同じように口づけをしてやる。

 ねっとりとガドニエルの口を舐め回し、ガドニエルの股間から女の匂いがたっぷりとするまで刺激してやった。

 

「ふう……。はあ、はあ……。あ、ありがとうございました、ご主人様……。す、素敵でした……」

 

 一郎が口を離すと、ガドニエルが荒い息をしながら礼を言う。

 だが、いつも思うが、どうして、一郎の女たちは一郎から悪戯されたあとで、礼を言うのだろうか?

 礼を言うべきは、愉しませてもらった一郎なのだが……。

 まあ、いいか……。

 

「コゼはまだ寝ているんだな」

 

 口づけを済ませた一郎はゆっくりと身体を起こして、一郎の股を枕にしているコゼたちを見た。

 いつもは、一郎が起きると一番に口づけを強請るコゼだが、珍しく起きない。寝る前にかなり責めてやったら、まだ疲労がとれないのかもしれない。

 すると、一郎が起きたことで、すぐにもうひとり身体を起こした者がいた。

 

「あ、あのう……、て、天道様……。お、おはようございます」

 

 ベアトリーチェだ。

 彼女については、軍装姿だ。

 ただ、せわしなく身体をもじつかせている。とても落ち着きがない感じだ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「おはよう。どうかしたか、ベアトリーチェ? 苦しそうだな」

 

 ほかの者を起こさないように、小さな声で返事する。

 なにを困っているのかはもちろんわかっている。

 わざわざ訊ねるのは、ちょっとしたいやがらせだ。

 

「あっ、は、はい……。あのう……。できれば、朝の小尿をお許し願えたらと……」

 

 ベアトリーチェが遠慮気味に言った。

 彼女には、まだ放尿を自由にすることは禁止しているし、放尿は一郎の目の前に限ると申し渡していた。

 もしかしたら、一郎が目を覚ますのをずっと待っていたのかもしれない。

 実は、ベアトリーチェには、昨日から小便を我慢させたままなのだ。そして、小便を許さずに、我慢させたまま寝かせた。

 どうやら、朝になったということで、耐えていた放尿の許可を受けたいようだ。

 思い出したが、なんだかんだで、いつもはさせるおしめもさせてない。

 寝小便でもすれば、また懲罰の理由ができて面白いと思っていたが、見たところ寝小便をした気配はないみたいだ。

 なんとか、ひと晩、耐えきったのだろう。

 

「ああ、そうか。じゃあ、放尿といくか。一緒に外に来い。後手に手錠をかけてな」

 

 一郎は亜空間から手錠をひと組出して、ベアトリーチェに渡す。

 

「はい……。よろしくお願いします……」

 

 ベアトリーチェが手錠を受け取った。自分で後手に手錠をかける。

 さて、今朝はどんな風に、ベアトリーチェの放尿で遊んでやろう。

 ミウとコゼを起こさないように、そっと身体を離して立ちあがる。

 静かに服を着る。

 エリカとガドニエルが手伝う。

 

「同行します」

 

「わたしも一緒ですわ」

 

 ベアトリーチェを連れて天幕の外に出ようとすると、急いで服を身につけたエリカとガドニエルがついてきた。

 四人で天幕の外に出る。

 やはり、まだ薄暗い。

 日の出まではしばらくあるだろう。だが、明るさはある。十分だ。

 ベアトリーチェをどこでおしっこをさせようか?

 この薄暗さだと、遠くからではわからないので、周りの味方の陣地から見えるくらいの場所でもいいかもしれない。

 破廉恥な姿を晒させたところで、ベアトリーチェやナールやラスカリーナたちについては、一郎の性奴隷であることを公然する予定なので、全く問題ない。

 すると、ブルイネンがこっちにやってくるのが見えた。

 

「あっ、もう起きられましたか。おはようございます、陛下、ロウ様。エリカさんとベアトリーチェさんも」

 

 ブルイネンが目の前まで来て言った。

 それぞれが挨拶を交わす。

 

「ブルイネン、なにか用事ですか?」

 

 ガドニエルだ。

 

「あっ、はい……。ロウ殿に」

 

「俺?」

 

「ええ、実は、お客様が来ておられまして……。人間族の貴族です。領主隊を率いてやって来た者のひとりで、まだ、寝ていると伝えたところ、起きるまでここで待たせてくれと言って立ち去らず……。とりあえず、ロウ殿には報告だけはしておこうと思いまして」

 

 一郎たちの直接の警備をしているのは、ブルイネン以下の親衛隊の女兵たちである。

 だから、一郎たちに訪問をしようと思えば、その警備のブルイネンたちに最初に接触することになる。

 それにしても、誰が来たのかは知らないが、こんな早朝に?

 

「こんな非常識な時間に、誰なのです?」

 

 エリカも怪訝そうだ。

 確かにとんでもない時間だ。

 

「マイル伯と名乗っています。どうしても、ロウ殿に話したいことがあると言っております。緊急とのことです。砦のことで言っておきたいことがあると」

 

 砦?

 振り返って、距離のある対陣している王国軍の外郭砦を見る。

 特に変化はない。

 昨日からは、これといった動きもなく、お互いに膠着してにらみ合っている状況が継続している。

 一郎は昨日合流しただけだが、この対陣状態になってもう五日だ。

 これを作為しているのは、フォックスであり、夕べはさんざんにそのフォックスを脅してやったから、そろそろ動きもあると思うが現段階では変化はない。

 

「そうか。マイル伯って、イザベラにおかしな書面をもってきた貴族か。まあ、行ってみるか」

 

 一郎は決めた。

 そして、マイル伯のことも思い出した。フォックスの指示でイザベラに、くだらない写真──ここでは“銀録画”というのだが──を持ってきた領主であることを思い出したのだ。

 シャーラによれば、とんでもない弱虫で情けない小者だと説明していたが、多分、フォックスの息のかかった貴族のひとりだろう。

 なんの用事なのか?

 まあ、会うか。

 どうせ、暇だ。

 それに、ベアトリーチェを揶揄って、そのマイル伯の前で粗相とさせるのも愉快かもしれない。

 ちょっと、意地悪を思いついてしまった。

 

「ベアトリーチェ。小便は後だ。一緒にそのまま来い」

 

 一郎は意地悪く、手錠をしたままのベアトリーチェに命令し、ブルイネンに案内をするように指示した。

 後ろからついてくるベアトリーチェが辛そうに息を吐くのが聞こえた。



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910 独裁官と美伯爵

 新年あけましておめでとうございます。

 *



「申し訳ございませんでした──。そして、お願いします──。この通りです──」

 

 清々しいまでの土下座だった。

 地面に額をこれでもかと擦りつけ、およそ伯爵ほどの地位のある貴族が簡単にする格好じゃない。

 

 とにかく一郎は困惑していた。

 困惑している理由は大きく三つだ。

 ひとつは、やはり、このとんでもない時間だ。

 およそ、人を訪ねてくる時間ではない。白々と夜こそ開けかけているが、まだ夜に近い刻限だ。

 緊急の要件だと、目の前の土下座男……つまりは、このクラウディオ=マイルがブルイネンに告げたみたいだが、やってくれば、いきなりの土下座の謝罪だ。

 訳がわからない。

 いや、お願いとも言ったか?

 もしかしたら、そっちが本命?

 いずれにしても、出会っていきなり土下座をされれば、誰だって困惑するだろう。

 しかも、こいつは、一郎の敵だと思っていた相手だ。

 

 困惑のふたつ目の理由は、こいつの連れの奴隷に対する態度だ。

 この世界の奴隷に対する態度は酷いものだ。

 奴隷に「人権」など存在せず、主人の支配する「物」として扱われる。もちろん、人間として大切にする主人もいるが、自分の奴隷になにをしても罪にはならない。

 このクラウディオは、五人の男女の奴隷を連れていたが、クラウディオ自身が地面に頭を擦りつけたときに、跪いていた奴隷たちは、慌てて同じように土下座をしようしていたが、クラウディオはそれを叱ったのだ。

 これは主人である自分のすることであり、お前たちはなにもしなくていいと怒鳴ったのである。

 奴隷たちも困惑した様子だったが、それだけを見ても、この伯爵と奴隷たちの関係性がいいことがわかる。

 それだけで人間性を判断できるわけじゃないが、そのときのちょっとしたやり取りに接しただけで、クラウディオと奴隷の仲がすごく気安いのがわかった。

 あえて、そうしている気配は皆無であり、ものすごく自然だ。

 ともかく、そういうわけで、目の前のクラウディオが土下座をして、後ろの五人の男女の奴隷は膝をついて困った表情だという光景になっている。

 その違和感が困惑のふたつ目──。

 

 そして、三つ目の困惑は、このクラウディオ=シモンのステータスだ。

 こいつのことは耳にしていた。

 フォックスからの書簡とやらをわざわざ運んできた小者だと聞いていた。怒ったシャーラが剣で脅したら、恥も外聞もなく泣き叫んだと言っていた。

 だから、気にもしていなかったが、こいつが弱虫だと?

 

 

 “クラウディオ=マイル

  伯爵(王領代官)

 人間族、男

 年齢30歳

 ジョブ

  戦士(レベル50)

  施政力(レベル20)

  交易力(レベル20)

  調教師(レベル25)

 攻撃力:1500(剣)

 魔道力:20

 経験人数:男25、女50

 所有性奴隷

  男5 、女15”

 

 

 戦士としてのレベルは、魔道戦士としてのシャーラやエルフ族親衛隊長のブルイネンよりも上だ。

 剣でも攻撃力も、“1500”とあり、これだけの剣技の持ち主はそういない。

 それなのに、この男はシャーラに小者の弱虫と思わせる態度をとることができ、こうやって土下座だって躊躇なくできるのだ。

 これは、大した男である。

 一郎は確信した。

 領主としての治政や交易の能力も高い。

 なによりも、“調教師”のレベルが“25”だと──?

 面白い──。

 こっちは、愉快な困惑だ。

 いずれにしても、その困惑の相手は、ひたすらに頭をさげている。

 

「ああ、俺に面談希望ということだったけど間違いないか、伯爵?」

 

 一郎は、とりあえず言った。

 ブルイネンによれば、この伯爵は一郎に面談を希望しているということだった。しかし、いままでイザベラに面談を希望しても、一郎に寄ってくる者などない。

 夕べのフォックスのときも、イザベラに面談を希望するのを一郎が強引に割り込んだのだ。

 これからについては、ほとんどの者をそのように対応するつもりである。

 だが、この男は最初から、一郎を面談者に指名してきた。

 それはともかく、一郎の粗雑な物言いは、意図的なものだ。こうやって、イザベラの味方を慎重に見極めているということもあるし、貴族たちの敵意を一郎に集める狙いもある。

 この男はどうだろうか?

 

「もちろんです。独裁官閣下に庇護を求めます。そのために来ました。そして、謝罪します。昨日、俺は女王陛下を怒らせましたが、本意ではなかったのです。私の預かる領地は、フォックス侯爵領に近く、その傘下に入らねば、領民を守ることができません。しかし、私は徹頭徹尾、王女派、いえ、独裁官派です──」

 

 グラディオスが地面に頭をつけたまま怒鳴るように叫ぶ。

 一郎は感心していた。話の中身はともかく、こいつは、やろうと思えばどこまでも下手に出れるみたいだ。

 独裁官だといっても、強引に名乗っているだけで、貴族からすれば成り上がりのしかも子爵でしかない。

 だが、実際には、隠している実力……。

 こいつは、多分食わせ者だ。

 一郎は確信した。

 

「とりあえず、立ってくれるか。話もできない」

 

「ありがとうございます」

 

 グラディオスが立ちあがる。

 顔には、人懐っこそうな満面の笑みを浮かべていた。

 

「まあいい。それで話というのは、俺の庇護に加わりたい。それだけでいいか。なら、それは了承した。わざわざ、挨拶に来てくれたことだしな」

 

「えっ、そんな簡単に?」

 

 すると、グラディオスは逆に呆気にとられた顔になる。

 

「不満か?」

 

「いや、だって、女王陛下や、シャーラ護衛長殿は、散々に怒っていたし、まあ、それも仕方ない状況でもありましたし……。だから、言い訳もたくさん準備して、土産話も……。あっ、そうだ。武装解除に応じない砦の主のリンは、フォックス卿と通じております。その情報を手土産にしようと……」

 

 よく喋るやつだと思った。

 まったく伯爵ほどの身分らしくない。

 一郎は苦笑した。

 

「いい情報だ。感謝する、伯爵」

 

 一郎は微笑んだまま言った。

 

「あれ? もしかして、知ってました?」

 

「知っていたし、手は打っている。城内には投降をしたがっている者もいくらもいる。リンを殺すか捕らえるかすれば、罪には問わないと、夕べのうちに話を入れてみた。そろそろ変化があってもいい頃かな」

 

 一郎は事も無げに言った。

 フォックスを脅迫するとともに、ピカロを使って、幾人かの砦内の要人に狙いを付けて、一郎の署名の入った文書を作って届けさせた。

 もっとも、この国の文字の読み書きのできない一郎なので、実際に“ロウ=ボルグ”の署名を書いたのはエリカなのだが……。

 

 いずれにしても、もうその情報が流れたところでどうでもいい。

 それに、おそらく、こいつは信用できる。

 根拠はないが勘だ。

 味方にして損はない男だと思う。

 

 なによりも、“調教師”のジョブ……。

 一郎と同じ趣味か……。

 そんな男と縁ができる機会を大事にしないわけがない……。

 

「これは……お見それしました」

 

 グラディオスはちょっとがっかりした顔になる。

 彼としては、重要な情報として密告し、手柄のようにしようと思っていたのかもしれない。

 それはともかく、こっからが本題だ……。

 

「とにかく、庇護ということなら、伯爵が裏切らないなら使ってやる。褒賞が欲しいのなら、功績をあげてくれ──。じゃあ、話は終わりでいいか? 小便を待っている女がいるんでな。漏れそうな小便を昨日から我慢させている。これ以上待たせると漏らすかもしれない」

 

 一郎はわざと言った。

 

「て、天道様、そ、そんな──」

 

 ちょっと後ろに立って待っているベアトリーチェが真っ赤な顔になった。必死に後手手錠がばれないように隠して立っているが、ばらしてしまえば、ベアトリーチェが不自然に足をそわそわともじつかせているのも、両手が背中側から動かないことも、わかるだろう。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「えっ、もしかして……。調教中……?」

 

 グラディオスがはっとした顔になる。

 初めて、一郎以外の者たちに視線を向ける。

 そして、ベアトリーチェだけでなく、ガドニエル、エリカの美貌にも接して、ちょっと目を丸くしている。

 

「ああ、同好の士だ」

 

 一郎はにやりと笑った。

 すると、グラディオスが破顔した。

 

「あれ? もしかして、そこにおられるどちらかは、ガドニエル女王陛下ですか?」

 

 グラディオスがエリカとガドニエルの両方を見て言った。

 どちらかが女王ではないですかというのは、随分と失礼な物言いだが、この男が言うと、それを感じさせない。

 思わず笑いたくなる。

 

「えっ、わたしは違います」

 

 エリカが首を慌てて横に振る。

 

「わたしは、ご主人様のただの性奴隷ですわ」

 

 ガドニエルだ。

 基本的には、顔を出さないことになっているので、ガドニエルなりに、しらを切ったのだろう。

 

「ええ、性奴隷? 本当に? 本当? だったら、是非、一度そちらの趣味についてもゆっくりと話を」

 

「それについては、こちらこそ、お願いしたい」

 

 一郎は握手のために手を出す。

 そういうことを話のできる男には初めて接した。辺境候のところのシモンも同じ性癖の語り相手といえばないことはないが、あっちは一郎を師匠呼びしていて、対等の相手という感じはない。

 一郎の性癖の話ができるなら、こんなに嬉しいことはない。

 

「ああ、こちらこそ──」

 

 グラディオスが慌てたように一郎の手を両手で包む。

 

「へえ……。じゃあ、一度手合わせでもしましょうよ。俺の性奴隷に手を出したら、たとえ、独裁官閣下でも容赦しませんけど、目の前で調教比べでもしませんか。俺の奴隷たちは優秀ですし、俺には絶対服従します。しかも、淫乱で可愛い連中です」

 

「手合わせ? へえ、面白いな。是非とも──。もちろん、俺の女に手を出せば、生まれたことを後悔するような目に遭わせるが、調教比べというのも愉快だ。やってもいい」

 

 一郎は握手を交わしながら言った。

 

「ロウ様──。しません──。しませんよ、そんなこと──」

 

 エリカが真っ赤な顔で怒鳴った。

 

「わかった。だったら、調教比べの最初はエリカだ。愉しみにしてろ」

 

 一郎は大笑いした。

 

「やったら、やです──。他の人の前なんて、絶対です──」

 

 エリカがさらに声をあげた。

 

「ははは、まだまだ、調教が足りないじゃないですか。それに比べて、俺の奴隷は俺のためなら、なんでもしてくれますよ。それに強いし、頭もいいし……」

 

「それなら、俺の女たちも同じだ。エリカは照れてるだけだ」

 

「照れてません──。嫌って、言ってます」

 

 エリカだ。

 

「拒絶してますよ、独裁官閣下」

 

「それを無理矢理に従わせるのが愉しんだろう。それが調教の醍醐味だ」

 

「まあ、確かにそうですねえ……」

 

 グラディオスがちょっと真顔になって考える仕草になる。

 もしかして、こいつちょっと面白いかも。

 一郎は愉しくなってきた。

 

「いずれにしても、独裁官閣下が同じ性癖とは嬉しいですねえ。じゃあ、ちょっとした余興をお見せしますよ。庇護に加えて頂くお礼です。持ってきたネタは大したことなかったみたいなんで、その代わりですよ……。ピア、ちょっと来い──」

 

 グラディオスが後ろを振り返って、跪いている五人の奴隷の中からひとりを呼んだ。

 ひとりの膝丈のスカート姿の少女が駆けてくる。

 

「なに、ディオス?」

 

 ピアと呼ばれた少女がやって来た。

 このグラディオスの奴隷のはずだが、言葉使いはぞんざいだ。

 グラディオスが彼女を一郎の前に出す。

 

「うちの兵站責任者です。とても頭がいいんですよ……。さて、ピア、命令だ。スカートをめくってお見せしろ」

 

 そして、グラディオスが言った。

 

「えっ──。だ、だって、あたしは……」

 

 ピアという少女の顔が真っ赤になった。

 それはともかく、どうやら調教合戦か。

 面白いことになったかもしれない。

 

 これは受けて立たないとな。

 さて、じゃあ、一郎としては、誰をどうしよう。

 一郎は三人の女を見回した。



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911 調教披露合戦

「ピア、早くしろよ──。さっさとスカートをめくれ。この独裁官閣下殿に、お前の股をお見せするんだ」

 

 グラディオスがにやにやしながら、一郎とグラディオスが対面している場まで呼び出した少女奴隷に言った。

 隷属をさせているのだから、「命令」という言葉を使って命令すれば、スカートめくりでも、逆立ちでも、自慰ですら、この場でやらせることは可能だ。

 だが、グラディオスは、それをせず、ピアという少女奴隷に自分の意思でスカートをめくれと言っているのだ。

 面白い男だ。

 どうやら、こいつは一郎の存在を自分の性奴隷への羞恥責めの材料にしようとしているようだ。

 一郎は苦笑した。

 

「で、でも……」

 

 ピアの顔は真っ赤になっている。

 そのピアの耳元に、グラディオスは口を近づけて言ったのが聞こえる。

 

「……俺の大好きなピア。俺のために恥ずかしい姿を晒してくれるだろう? 俺がお前が恥ずかしがる姿が好きなんだ。さあ、やれ──。スカートをまくってくれれば、あとでご褒美をやろう。ほら、わがまま言わずに……」

 

 グラディオスが甘い声でささやいている。

 口説きそのものだなと思った。

 それにしても、美男子というのは得だ。喋っている内容は鬼畜でいやらしいが、この男が言えば、それもまた絵になる。

 

「ご、ご褒美って……?」

 

「ご褒美か? まあ、気絶するまで犯してやろう……。だけど、逆らえば罰だ──。気絶するまで犯すからな」

 

 グラディオスが笑った。

 

「そ、それって、どっちも一緒じゃないのよ──。と、とにかく、わかったわよ──。ディオスのあほおお──」

 

 ピアは悪態をつくと、意を決したように両手でスカートの裾を持つ。

 そして、軍服のスカートを自ら捲りあげた。

 スカートの裾が股間のぎりぎりのところまであがった。

 ピアの白い腿が露わになる。

 しかし、ぎりぎりのところでスカートのたくし上げはとまっている。ピアがスカートをめくる手はちょっと震えていた。

 恥ずかしいのだろう。

 

「止まっているぞ」

 

 グラディオスは腰に差していた乗馬鞭を抜いて、びしりとピアの腿に叩きつけた。

 

「ひゃん」

 

 彼女の腿に一筋の赤い線が走る。

 すすすとスカートがあがっていく。

 

「ほう……」

 

 一郎は声を出した。

 ピアという少女奴隷は、下着をはいてなかった。

 しかも、無毛であり、その亀裂からはとろとろと愛液が流れ出ている。

 このピアが完全に、マゾとして調教されており、理不尽な辱めにも、しっかりと欲情していることは明白だ。

 

「どうです、独裁官閣下。俺の性奴隷は可愛いでしょう? 大切な性奴隷たちなんで、貸すことはできませんが、見るのは構いませんよ。そういうように躾けてありますから。彼女、彼らは、こんな俺の性癖を理解してくれるんです」

 

 グラディオスが持っていた乗馬鞭の先をピアの腿のあいだにすっと差し入れると、股間を前後に動かし始めた。

 

「ああっ、そ、そんなのだめええ。どけてください、あああ」

 

 ピアはスカートをめくっている姿勢のまま、がくりと膝を落とした。

 だが、逃げることも、淫靡な鞭の動きを手で払いのけることもしない。ただ、我慢するだけだ。

 確かに、よくしつけている。

 

「もっと、気分を出して昇りつめてみろ。ほら、もっと激しくだ」

 

 グラディオスは愉しそうに、さらに鞭の柄を前後に激しく動かして、股間を鞭の柄でこすりまくる。

 

「あおおっ、ひいいい」

 

 ピアの身体が大きくのけぞる。

 そして、二度三度と跳ねあがり、呆気なく絶頂してしまった。

 股間を鞭の柄でこすられたのは、まだ十数回でしかないだろう。あっという間だ。

 このピアがかなり敏感な身体に開発されてしまっているのがわかる。

 

「くふううっ」

 

 ピアは目をつぶったまま、その場に跪いてしまった。

 それでも、スカートをまくっている両手だけはそのままだ。

 

「よくやったぞ。スカートを戻していい。それでこそ、俺のピアだ」

 

 グラディオスがご機嫌でピアの頭を撫でた。

 この男とはいい友になれるかもしれないな。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「いいものを見せてもらった。じゃあ、俺の女たちにも、ちょっとした余興をしてもらうか」

 

 ガドニエル、エリカ、ベアトリーチェの三人は目の前で行われたグラディオスたちの「遊び」に唖然としていたみたいになっていたが、一郎の言葉に揃ってはっとして息を吸ったのがわかった。

 一郎は、亜空間から一本の薔薇を出す。

 大抵のものは、亜空間に収納している。

 魔道遣いにとって収納術というのはかなりの高位魔道であり、しかも、魔道遣いとしての能力に比して、収納力が拡大するらしいが、一郎の場合はほぼ無限だ。

 そもそも、性奴隷の絆を結んだ女を数十人でも収納することができるし、馬車の数台を入れても限界を感じたことはない。

 

 それはともかく、一郎は取り出した薔薇の花と茎を三人の女たちの性器に直結させる。

 性感をほかの部分に移す術であり、花そのものの部分は膣、茎の部分がクリトリスだ。

 この世界の者たちには、わりと知られてないが女性のクリトリスとは意外に長いのだ。表に出ている部分は全体の端っこの一部分でしかないが、神経が集まっている全体は下腹部の内側に埋まっているのである。

 しかし、それを感覚だけを表に出して、刺激してやれば……。

 一郎は、手にした薔薇の茎をすっと手で優しく撫ぜた。

 

「ひゃああ」

 

「ひんっ」

 

「くううっ、んんん」

 

 エリカ、ガドニエル、ベアトリーチェが同時に股間を両手で押さえ、身体を折って悲鳴をあげる。

 特に、放尿を我慢させられているベアトリーチェは、必死の声をあげた。

 

「わっ、なんです?」

 

 グラディオスは、いきなり嬌態を始めた一郎の女三人に目を丸くしている。

 

「あんたとは気が合いそうだから、特別に教えてやろう。ちょっとした術だ。この薔薇が俺の女たちの局部に連接している」

 

 茎を撫でながら、薔薇の花びらを指でくすぐるように回し動かす。

 

「ロ、ロウ様──。い、悪戯はやめてください──」

 

「ひゃあああ」

 

「だ、だめです──。て、天道様──。い、いまはだめえええ」

 

 三人の身体が強張り、がくがくと揺れ始める。

 一郎は、薔薇を口に持っていき、中心のおしべの密集している場所を舐めてやる。三人からすれば、舌で子宮を舐められる感覚に等しい。

 淫魔術でなければあり得ない刺激だろう。

 

「ははは、誰が最初に脱落するかな」

 

 一郎は笑いながら舌を薔薇の花にねっとりと這わせる。さらに、舌先でとんとんと押すように中心部を揺り動かす。

 

「て、天道様、だ、だめええ──。で、出ますううう──」

 

 ベアトリーチェが泣き声をあげて、その場で蹲ってしまった。

 土の上に水たまりが拡がり、さらに音をたてて奔流が地面に叩きつけられる音が続く。

 

「ベアトリーチェは脱落か……。さて、次はどっちだ。俺の方も罰は、失神するまでのセックスだ。いや、失神しても三度までは電撃でたたき起こしてやろう。最後まで残った方は優しく抱いてやる」

 

 指先に淫魔術で微弱な電撃を帯びさせる。

 その指で薔薇の茎をこすりながら電流を流す。

 

「ひやああああ」

 

「んふうううう」

 

 エリカとガドニエルがほぼ同時に、またもや膝を折ったままがくがくと身体を痙攣させた。

 

「とどめだ」

 

 一郎は薔薇の花びらを中心から外側にかけて、指で掻き回すように動かす。

 

「あ、ああああっ」

 

「ひううううっ」

 

 エリカとガドニエルが身体を揺さぶって絶頂した。

 

「ははは、ふたり同時か。じゃあ、ガドとエリカは罰決定だな。もちろん、ベアトリーチェもだ」

 

 一郎は笑いながら薔薇の花を胸に刺す。

 

「そ、その変な花の仕掛けを消してください──」

 

 エリカが両手で股間を押さえた格好のまま、一郎を睨みつける。

 

「仕掛けってなんだ?」

 

 一郎は軽く、薔薇の花の茎の中心を指で弾いた。

 

「ひゃああ」

 

「ひぎいい」

 

「いいいい」

 

 エリカとガドニエルとベアトリーチェの三人が悶絶するような声を出した。

 

「あ、あんた……。あっ、いえ、失礼しました……。独裁官閣下……。あんた、すげえや」

 

 グラディオスだ。

 一郎に感嘆するような表情を向けている。

 

「お前もな。今度、時間を作ろう。趣味の話でもしようか」

 

「もちろんです。性奴隷を幾人か連れてきます。お互いに調教の腕を競い合うというのはどうです?」

 

「悪くないねえ」

 

 一郎はにんまりと笑ってしまった。

 

「冗談じゃないです──」

 

 エリカが真っ赤な顔で怒鳴った。

 そのときだった。

 あちこちの陣地から、喚声のようなものがあがったのがわかった。

 振り返る。

 

 城門が開いている。

 砦内から、騎馬が出てきた。

 三百くらいか。

 王軍の旗が掲げられている。

 

「おう、あいつがリンか。どうやら、ひと晩、生き延びたみたいだな」

 

 かなりの距離があるので、辛うじて名前がわかるくらいでしかないが、集まっている騎馬の中心にいるのは、あの砦に閉じこもっていたリンのようだ。

 夕べは、散々にフォックスを脅迫してやったはずだから、砦の中で暗殺されるだろうと予測していたが、思いのほか、生き延びたみたいだ。

 しかし、なにが起きたかはわからないが、これ以上は籠城は不可能と判断して、やけくそにでもなったのだろうか。

 それにしても、同調する者は三百もいるとは案外に人望もあったのかもしれない。

 それはさておき、決着をつけるか……。

 

「ガド、エリカ、ベアトリーチェ──。遊びは終わりだ。ガド、騎馬隊の中心に魔道砲を一発ぶち込め──。次に三人でリンの首を取ってこい──。それで罰は勘弁してやる」

 

 一郎は笑みを浮かべたまま言った。

 砦に一番近い位置にいる隊は、モーリア男爵の傭兵隊と、エルフ族の水晶軍からきてもらったアーネスト隊だ。

 そこはすでに動き出している。

 

「お任せおおお──」

 

 ガドニエルの頭の上に巨大な光の玉が浮かんだ。

 次の瞬間、それが轟音を鳴らしながら宙を引き裂いて、リンたちのいる騎馬隊に向かう。

 遠目からでも、目に見えて砦から出てきた騎馬隊が狼狽するのがわかった。

 砦から出てきた騎馬隊に大きな光の玉が突きささり、凄まじい音を立てて、天に届くかのような大きな土の爆発を引き起こす。

 向こうで阿鼻叫喚の悲鳴があがる。

 束の間だが、一瞬、戦場がしんと静まりかえるほどだ。

 一度で半分くらいの騎馬隊が宙に舞っただろうか。

 残りの半分も、すでに隊の体をなしてない。ばらばらだ。もはや、どれがリンなのかどうかわからない。

 

「ロウ様──」

 

「ご主人様──」

 

 目の前の空間が揺れて、ミウとコゼが現れた。

 ふたりとも、ガウンのようなものを被っているが、その下は下着か裸身だろう。ミウの魔道で跳躍してきたに違いない。

 

「ふふふ、あんたら、ちょうどよかったわ……。ロウ様の護衛を頼むわ──。ガド、合図をしたら、わたしとベアトリーチェを縮地で跳ばして──」

 

 エリカが叫んだ。

 すでに剣を抜いている。

 ベアトリーチェもまた、さっきまでの情けない表情じゃなく、女戦士の顔になっている。

 スカートの前部分はびっしょりと小便で濡れているが……。

 

「ええっ? なにすんのよ、エリカ──」

 

「いいから、ロウ様から離れないで」

 

 戸惑っているコゼにエリカが一喝した。

 

「俺たちも出るぞ──。味方に合図しろ。俺たちも出る──。砦に入る──。手柄をたてるぞ」

 

 グラディオスが叫んだ。

 こっちも喚声があがり、グラディオスのもとに奴隷戦士たちが集まり、突撃の陣形を作っていく。

 

「独裁官閣下──、愉しかったけど、いずれ──」

 

「おう、手柄を立てろ──」

 

 一郎は言った。

 グラディオスたちが駆け去って行く。

 しかも、一度自隊に戻るのかと思えば、戦場に向かっていく。ひとりが空に小さな火の玉のようなものを飛ばした。

 それがまだ自隊に残っている味方への合図なのだろう。

 

「ガド、跳ばして──。だけど、あんたはここにいて──。いいわね──」

 

「わかりました──」

 

 ガドニエルなら、目に見える範囲であれば、十数名くらいの人間を瞬時に移動させることが可能だ。

 一瞬後、エリカとベアトリーチェの姿が消滅する。

 傭兵隊よりも、エルフ族の魔道師団の誰よりも、ふたりが砦から出てきた騎馬隊のところに到着した。

 敵の残っている騎馬隊がたちまちに斬り倒されていくのがわかる。

 リンがまだ生きているかどうかわからないが、生きていたとしても時間の問題だ。

 

「いずれにしても終わったな。リンを生け捕りにしてもよかったが、まあ死んでいても問題はない。さて、帰ろうか。ガド、イザベラのところに送ってくれ。合流しよう」

 

 大勢は決した。

 見れば、エリカたちが突入した騎馬隊の残敵に、モーリアの傭兵隊が辿り着いている。

 さらに、エルフ隊は縮地を使って、開いたままの城門を確保している。

 開いた砦の門から新たに出てくる王軍はいない。

 そして、砦の頂上に「降参」を意味する白旗が掲げられるのが見えた。

 

「よろしいですか?」

 

 ガドニエルが一郎を見る。

 

「ああ」

 

 一郎が頷くと、すぐに移動術特有の腹がねじれるような感覚が襲ってきた。

 

 

 

 

(第9話『離れる者、寄る者』終わり)





 *

 なんか収支がつかなくなってきたので、とりあえず、話を進めます。


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 第10話  凡人、悪人、変人
912 悪女たちの密談


「ロウ様と女王陛下たちの帰国パレードは見てきたよ。立派なものだったさ。大勢の王都の市民が見物して歓声をあげてたよ」

 

 執務室で報告書を読んでいると、ひとりきりのはずの部屋で不意に女の声がしてケイラは驚いて顔をあげた。

 

「ああ?」

 

「でも、パレードの二台目の馬車には、ケイラ=ハイエルというナタル森林国の新しい公使が乗っていたけど、あたしの知っているケイラ=ハイエルとは似ても似つかない顔でびっくりしたさ」

 

 だが、声の主の姿はない。

 

「もしかして、ノルズかい?」

 

 お兄ちゃんの女のひとりであり、タリオへの二重間者のようなことをやっているノルズとは、水晶宮で二度ほど会ったことがある。

 だから、声だけは記憶にあった。

 まあ、やり取りはかなり頻繁ではあるが……。

 

「まあね」

 

 今度は背中から声がした。

 振り返ると、ケイラの背後にノルズが立っていた。

 ケイラは肩を竦めた。

 

「驚いたわねえ。ありとあらゆる侵入者除けの仕掛けがあって、移動術のような魔道も通用しないように処置してあったはずなんだけどねえ」

 

「魔道でなんか侵入しないさ。堂々と屋根裏から侵入したよ。わざわざの呼び出しだ。もしかして、あたしの腕を試しているのかと思ってね」

 

「試したつもりはないわよ。連絡をくれれば、門番には通すように告げていたわ。今度からは、表から入っておいで。まさか、お兄ちゃんの愛人を屋敷に仕掛けている罠で殺させるわけにはいかないわ」

 

「気遣い無用さ。このくらいの罠なら問題なく入れる。それで、王都への女王の凱旋パレードでナタル国の太守の名を名乗っていたエルフ女は偽者? もしかして、彼女もロウ様の女? それなりに美人だったけど」

 

「いや、お兄ちゃんの精は受けてはいないわ。ただ、お兄ちゃんも了承しているし、お兄ちゃんの周りにいる恋人たちも承知だわ。わたしの手の者よ]

 

 ケイラは立ちあがって、部屋にあるソファにノルズを促した。

 ノルズは、ケイラが示すまま、ソファのひとつに腰をおろす。

 

「ところで、お茶でいいかしら? お茶受け菓子までともなると、あんたがここにいる説明をしにくいから我慢して欲しいんだけど、どうしてもと言われれば準備するわよ」

 

「なにもいらないよ」

 

「あっ、そう。ところで、お兄ちゃんたちの凱旋パレードはどうだった? 盛況だったんでしょうねえ」

 

「まあね。女王様たちも色っぽくってね。それよりも、用件を聞かせておくれ。世間話をするために、わざわざ密使をあたしのところに送り付けたわけじゃないんだろう?」

 

 ノルズが不機嫌そうに言った。

 いつ会っても傍若無人なこの女だが、それに見合う実力もある。ケイラはそれも気に入っている。

 ケイラは、苦笑しつつ、ノルズと向かい合うソファに腰をおろした。

 

 ここは、ハロンドール王国の王都に隣接するマイムという都市だ。

 副王都とも呼ばれていて、王都ハロルドとは徒歩一日くらいの距離であり、王都並みに人も多く賑やかだ。

 ルードルフ王が捕縛され、ここの国の国王がイザベラに替わり、お兄ちゃんが独裁官として実質的な権力を握るにあたり、ケイラ=ハイエルは王都に公使館を構えるナタル森林王国の公使という立場になったが、表向きの公使は手の者を影武者として使い、ケイラ自身は、この王都に近いマイムの城郭に拠点を構えることに決めた。

 エルフ国の王族の長老として名は売れているが、顔はほとんどの者は知らない。裏側の仕事についても、この百年くらいは離れていた。

 だから、ケイラと顔が違っていても問題はないのだ。

 もちろん、替玉を使うのは、お兄ちゃんの許可を受けている。

 

 また、ケイラがいるのは、マイムの城郭の中心部であり、大きな敷地内に建物が三棟と蔵が四つと広大な庭を持つ大商人の商家の屋敷だ。

 使用人は三十人いて、ほとんどが人間族だが全員がケイラの手の者である。

 そして、ケイラはここの商人の主人に新しく雇われたエルフ族の女ということになっていて、これからナタル国との商売が拡大することを見越して、主人が雇ったということになっている。

 立場は五人ほどいる執事の五番目だ。

 屋敷の主人は、王都にも商会を構えており、あまり、このマイムの屋敷には戻ってこない。いまは、ナタル森林国のエランド・シティにも出店を考えていて、そっちにも行くことが多く、この屋敷には滅多に戻ってこないということになるだろう。

 もっとも、そうなっているだけで、実際にはつい最近、そいつは死んでいて、もう生きてない。

 さらに、この屋敷は、外観はどこにでもある分限者の屋敷だが、要塞並みに厳重にしている。

 

 それをあっさりと侵入してしまうのだから、ノルズというのは大したものなのだろう。

 ケイラは引退状態だったから関与してなかったが、話によれば、この女はまだパリスという魔族が乗っ取る前のイムドリスへの潜入もしたことがあるというのだから、間者としての実力が間違いないのはわかっているが……。

 

 まあ、さすがは、お兄ちゃんの女のひとりというところだろう。

 もともとは、パリスの部下だったのだが、お兄ちゃんに命を救われて、その恩を返すために、お兄ちゃんの敵になりかけていたタリオ公国の間者として潜り込み、いまは、タリオに間者の地位をそのままにしながら、有益なタリオの情報をこちら側に流すということをしている。

 つまりは、二重間者だ。

 

 この際、ノルズが情報を送る相手は、お兄ちゃんに直接ではなく、ケイラに送ってくる。

 示し合わせたわけではなく、ノルズは教えもしてないのに、ケイラがお兄ちゃんのための諜報役のようなことを始めたのを見抜いていて、一方的にタリオの情報を送りつけるようになったのだ。

 ノルズへの連絡の取り方を知らせたのも、彼女側からだ。

 今回は、それを使って、このマイムまでノルズを呼び出した。

 本人には、重要案件だと伝えていた。

 素直にやってくるかどうかわからなかったが、意外にすぐにやって来たのは驚きである。

 

「要件はあるわ。お兄ちゃんからの手紙を預かっているわ。これよ」

 

 ケイラは、執務のための机からソファに移動するときに持ってきた一通の封書を取り出した。

 表にはなにも書かれていないが、お兄ちゃんがこのハロンドール王国で保有するボルグ子爵の家紋の一部である二匹の蛇の図柄が封蝋に使われている。

 独裁官にもなったお兄ちゃんは、おそらく数日中に大公の地位を得るはずだが、そのときには、“ボルグ”の姓をそのまま大公としての姓にも使うと言っていた。

 それはともかく、その封書を出して示す。

 

「ロ、ロウ様からの手紙──? なんで、それをすぐに言わないんだい──」

 

 ノルズのふてぶてしい態度が一変して、顔を真っ赤にしてその場に立ちあがった。

 突然の行動に、ケイラは面食らったが、とりあえず封書を手渡す。

 ノルズは、それを両手で受け取り、いきなり自分の胸にかき抱くようにしたかと思うと、目を閉じて恍惚の表情を浮かべた。

 ケイラは呆気にとられた。

 

「はああ……。ロウ様からの手紙……。はあああ……」

 

 目を閉じたまま、幸せそうな笑みを浮かべて、ノルズは何度も大きな息を吐く。

 相変わらず、お兄ちゃんのこととなると、正体を失う女だ……。

 ケイラはくすりと笑った。

 

「読まないの?」

 

「読むよ──。だけど、ちょっと放っておいておくれ。あたしは、ロウ様から手紙をもらったという事実に感激してるんだから……。酔いを味わってるんだ」

 

「まさか、恋文のたぐいとか間違ってないわよねえ。指示書よ。業務指示」

 

「あ、あ、あったりまえだよ──。ロウ様があたしなんかに、こ、こ、恋文なんて、あ、あり得ないだろう──。そ、そんなことされたら、心臓がとまっちまう。冗談でもそんなこと言うんじゃないよ──」

 

 ノルズがさらに顔を真っ赤にして怒鳴った。

 さっきのふてぶてしい姿とは、まるで別人だ。

 本当に、この女は面白い。

 ノルズが慎重そうに封書の封を切り、中に入っていた手紙に目を通す。

 そこに書いていることはケイラも知っている。それを託されるときに、お兄ちゃんから教えてもらっていたのだ。

 

「あんたに従って、仕事を覚えろと書いてあったけど? いずれは、あたしに役目を与えるとある。詳しいことは、あんたに訊けって。どういうこと?」

 

 ノルズが怪訝そうにケイラを睨んだ。

 まったく、お兄ちゃんに対する態度と、それ以外の者に対する態度が違う。まあ、ケイラにとっては、好感が持てることだが……。

 

「お兄ちゃんは、あんたに、この王国に属する諜報組織を作って欲しいと考えているわ。タリオにあるような諜報組織よ。あんたは、その最初の長になる。まあ、しばらくあたしにつきなさい。一年後くらいを目指すわよ。そのあいだに、あらゆることを教えるわ」

 

 ケイラは言った。

 

「教える? ふっ──。あんたに教わることがあるのかねえ? あたしはこれでも一流の間者だよ」

 

 ノルズがソファに座り直しながら鼻で笑った。

 一方で、いまだに両手でお兄ちゃんからの手紙をまるで宝物のように胸に抱いている。

 

「あんたが学ぶのは、間者としての能力じゃない。組織の長としての腕よ。あんたは一匹狼の間者──。だけど、お兄ちゃんが望んでいるのは、国の組織としての諜報組織作りよ」

 

「使っている手の者はいるよ」

 

「金で雇って手伝わせている者でしょう? そうじゃなくて、あんたのような諜報員を使う役割よ。あんたがやるんじゃなく」

 

「ふん──。まあいい。続きを話しな」

 

「わたしが集めている人間族の諜報員が大勢いるわ。それをあんたが、引き継ぐのよ。一年で体制を作るわ。簡単にできると思わないことね。だけど、やらないとならない。失敗すれば、お兄ちゃんに迷惑がかかる」

 

「ロウ様に?」

 

「ええ。情報こそ、これからのお兄ちゃんを守る盾であり、武器になるわ。だから、失敗は許さない。それに見合うものを短期間で作りあげる。とにかく、わたしから学べることは学びなさい」

 

 ケイラは言った。

 

「あたしは、タリオから情報を送るという仕事があるんだけどねえ」

 

「ほかの者に代わりなさい。タリオの間者としてのノルズは、適当な工作をして殺せばいいわ。これからは、あんたは、わたしの部下よ。少なくとも、まともな諜報組織をここに作りあげるまではね」

 

「ちっ、わかったよ。ロウ様のご命令だ。あんたの尻を舐めろというなら、尻でも舐める。その代わり、あんたの持つ諜報組織の長としての知識や技術を教え込んでおくれ」

 

 ノルズは面白くなさそうに舌打ちしながら言った。

 ケイラは微笑んだ。

 

「任せなさい。それと最初に言っておくけど、あんたの作る組織は、この国のイザベラ女王に仕えない。表向きにはこの国に、国が動かす大々的な諜報組織など存在しない。これまでもそうだし、将来もよ。諜報組織は、独裁官であるお兄ちゃんに直属するわ。しばらくは、わたしを通じて、お兄ちゃんの指示を受けて動くけど、組織が立ちあがれば、任務はお兄ちゃんが与えるわ」

 

「ロ、ロウ様が直接──? ひいいっ」

 

 なにがそうさせたのかわからないが、ノルズが突然に感極まったような感じになり、声も裏返った。

 二重人格──?

 ケイラは笑ってしまった。

 

「もうひとつ言っておくわ。この仕事は非道よ。お兄ちゃんは綺麗事だけを言うタイプじゃないけど、あの女王様は清廉潔白で、そういう組織があるというだけで、嫌がるかもしれない。だから、お兄ちゃんは自分に直属にさせる予定なのよ」

 

「まったく問題ないね。あたしは、イザベラとかいう女王はどうでもいい。ロウ様のためだから命を張るんだ」

 

「あんたはそうでしょうね。でも、あんたはともかく、あんたの部下も功績は報われない。国のためという大義名分があっても、その仕事に光が当たることはないわ。むしろ、憎まれる。少なくとも女王様からはね……。もしかしたら、お兄ちゃんも嫌悪するかも……。それに耐えられる?」

 

「あたしを誰だと思ってるんだい──。見くびんじゃないよ──。あたしの命は、ロウ様のもの──。それがロウ様を守ることになるなら、憎まれようが嫌われようが本望さ──。あたしはそのために生きてんだ」

 

「お兄ちゃんに愛されなくなっても?」

 

「愛なんて求めてない──。端からどうでもいい──。愛はあたしが持っている。求めてなんかいるものか──。愛されたいから愛してんじゃない。ただ、一方的に愛したいだけだ」

 

 ノルズが怒鳴りあげた。

 ケイラはにっこりと微笑んだ。

 

「いいわね。やっぱり、あんたは思ったとおりの人材よ。実はお兄ちゃんにあんたを推薦したのはわたしなの」

 

「ああ?」

 

「お兄ちゃんに愛されなくても、愛することができる女。汚い仕事のできる女。お兄ちゃんのために、お兄ちゃんに嫌われる覚悟のできる者……。あんたは、そういう存在になるのよ」

 

 ケイラは言った。



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913 女王たちの凱旋(1)

 久しぶりの王都だった。

 

 馬車の窓を開けさせると、遠くの城門付近に大勢の王都市民が集まっている気配を感じた。城門に近づく馬車内からでも聞こえる歓声が耳に入ってくるのだ。

 さらに外を覗いてみる。

 すると、城門の前に、王軍が隊列を作って整列を終えているのがわかった。

 

 ゆっくりと進む馬車の中にいるのは、イザベラのほかに、ロウ、ガドニエル女王、そして、エリカとコゼとシャーラだ。

 ほかの者たちは、続く馬車に分散して乗車しており、イザベラたち馬車列の右側をシャングリアとベアトリーチェの指揮する騎馬隊が並走し、左側をブルイネンの指揮する親衛隊が直接に警護している。

 隊列の先頭は、モーリア男爵の指揮する傭兵隊だ。

 彼らが隊形を作って前進をしていて、馬車の後ろ側に南方から連れてきた南方王軍の百名が続き、次いで、エルフ魔道師団のアーネスト隊、そして、外郭砦でイザベラの傘下として兵を連れてきた領主たちの諸隊が随行を許されている。

 

 名誉ある先頭隊を、どの領主隊でもなく傭兵隊に許したのは、ロウらしいと思った。

 それに対して、どの程度の悶着があったかは知らない。

 イザベラは、ロウたちから王都までの行進の手順と凱旋の要領について、決定事項として教えられただけだ。

 

 武装解除と城門の解放を拒否し続けたリン以下の首脳陣の処断が終わって二日ほどが経過していた。

 その処置の終わった昨日の昼に外郭砦を出立し、昨夜は王都に隣接するマイムに宿泊した。そして、今朝の早朝に王都に向けてこのように隊列を作って行進を開始し、王都にやっと戻ってきたというわけだ。

 今日は、このまま凱旋式のかたちで王都内を行進して、最後に王都広場である「儀式」を行うことになっている。

 凱旋はともかく、その儀式のことを考えると、気が重くないと言えば嘘になる。

 女王とはいえ人の子だ。だが、それに立会するのはイザベラの義務だろう。ロウは立会はしなくてもよいとは言ってくれたが、立ち合いすることはイザベラが決めた。

 すでに覚悟はしている。

 あとは女王として恥ずかしくない行いをするだけだ。

 

 それはともかく、結局のところ、あのリンが数日間にわたってイザベラ隊が外郭砦に入るのを阻止し続けたのはなんだったのか。

 宰相だったフォックス卿の関与の話もあったが、追い詰められたリンが一隊を率いて自殺的な突撃をしてきたことにより数日間にも及んだ対陣は終わり、そのときにリンは死んでしまったので、真意はやぶの中となった。

 リン以下が討ち取られて死んだことで、抵抗をせずに降伏をしたほかの外郭砦の将兵については、咎めをしないことに決めたからだ。リンが死に、それで終わりにすることにした。

 同じ王軍なのだ。

 無駄に処断するのはやめた。

 

 だから、リンの不可思議な行動の裏になにがあったのかの表立っての訊問もしなかったし、当然にフォックスが関与していたかどうかの証拠集めもやらなかった。

 ただ、裏では、ロウはなにかを仕掛けている気配でもあるし、フォックスに対しても、なんらかの手を回している感じはある。

 だが、それがなんなのかは、ロウははぐらかすだけで教えてくれない。

 イザベラには、それが不満であった。

 

「女王陛下、この先の城門の前に天幕を準備しております。そこで凱旋用の服装にお着替えしていただきます、凱旋式は凱旋馬車を準備しておりますので、ここにいる者はそのまま第一馬車に。第二馬車と第三馬車には、ハロンドールとナタル森林国の要人が分散して同行します。また、凱旋行進に先立って、王軍の儀仗を受けていただきます。指揮官はラスカリーナで……」

 

 ロウが恭しい態度で、淡々と説明を始める。

 イザベラは持っていた王笏(おうしゃく)を手でぱんと鳴らした。

 

「そのわざとらしい物言いをやめよ──。普通の態度でよい。どうせ、この馬車には、わたしたちしかいないのだし、余人がいても、そなたは、独裁官権限とか申して、勝手気ままにやっておるではないか。ロウ殿が慇懃丁寧な態度をすると、なにかを企んでいるようで気味が悪い」

 

「ははは、これは容赦ないな。まあ、企みはともかく、女王の凱旋だ。今日の凱旋式で王国が変わったということを印象づける。段取りはいいか? まあ、凱旋式そのものは、ただにこにこして手を振っていればいいからよろしくな。とにかく、俺に任せてくれ。見物人の心のに残る凱旋式にするつもりだ。王都市民の潜在意識にイザベラの美しくも艶やかな姿を焼き付けてみせよう」

 

 ロウがにこにこしながら言った。

 

「言われた通りにする。どうせ、わたしはお前の傀儡だからな」

 

 イザベラは吐き捨てた。

 はっきり言って、愉快ではない。

 結局のところ、今日の凱旋式の段取りについても、イザベラには特段の相談も、伺いもなかった。

 このロウと王都に残っていたアネルザが話し合って、細かいところまで決めてきたみたいだ。

 ふたりだけでなく、マア、スクルドなど、王都に残っていた女たちも総掛かりで準備したとは耳にしている。

 だが、イザベラには決まってから教わっただけで、話し合いには関与してない。女王というのは、些末は人に任せよということだった。

 まあ、イザベラに相談されたところで、意見らしいことは言えないのはわかっているが、蚊帳の外に置かれるのは面白くない。

 イザベラは女王なのだ。

 

「まあ、そうへそを曲げるな。愉しんで欲しくて、趣向を凝らしているだけさ……。それと、ガドも頼むぞ。今日は、お忍びじゃない。女王としてイザベラの横に並んでくれ。ハロンドール王家に、エルフ族とナタル森林国がついたことを印象付けたいんだ」

 

「任せてください、ご主人様。ガドはなんでもやりますわ。ご主人様の性奴隷ですもの──」

 

 ガドニエル女王が満面の笑みを浮かべて言った。

 慣れてきたが、この女王の天真爛漫さには苦笑しかない。エリカたちも、完全に同等の友人扱いだし、それだけ今回の旅で親睦を深めてきたのだろう。少し羨ましくある。

 

「頼もしいなあ。俺のためになんでもするというのは忘れないでくれよ。凱旋パレードの前には、ガドもイザベラと一緒に着替えてもらう。エリカもな。ほかはそのままでいいが、凱旋馬車には同乗だ」

 

「ちょっとお待ちください、ロウ様──。どうして、わたしもなのです。そもそも、なにに着替えるのですか?」

 

 すると、エリカが胡散臭そうな表情になって、ロウに訊ねた。

 それで、イザベラも不審なものを感じた。

 凱旋式ともなれば、それなりの正装にならなければならないことは当然で、着替えそのものにはなにも思わなかったが、考えてみれば、どうして、さっきからロウは着替えのことを繰り返し念を押しているのだろう?

 いやな予感がしてきた。

 

「そりゃあ、あんたが一番奴隷だからからじゃないの? なんたって、正妻様だし。きっと、ご主人様が特別なものを準備してくれているのよ」

 

 すると、コゼが横から口を挟んできた。

 

「特別なものって、なによ……?」

 

「まあ、いいから、いいから」

 

 ロウが笑った。

 イザベラははっとした。

 

「ちょっと待て、なにがいいからなのだ──。そなた、やっぱりおかしなことを……」

 

「ロウ様、一体全体、なにをさせるつもりなのですか──?」

 

 エリカも大声をあげた。

 

「話は終わりだ。さあ、着いたようだ」

 

 しかし、ロウが惚けたまま、馬車の窓に視線を動かす。

 気がつくと、すでに、城門のすぐ前に到着していて、待ち受けていた王軍の隊列のど真ん中に馬車は停止した。

 わっという歓声があがり、外から馬車の扉が開かれる。

 正面に近衛隊が整列しており、その近衛隊の両側に王軍の各隊が並んでいた。馬車の横には、大きなハロンドールの旗を掲げるマーズがいる。

 旗手としてロウが命じたのであり、派手な軍装をしたマーズの姿は戦いの女神の姿を彷彿させ、実に絵になると思った。

 イザベラが到着したことで、大歓声があがる、

 

「すごい歓声……」

 

 シャーラがぼそりと呟くのが耳に入った。

 

「わかりやすい人気取りもしたからな。とにかく大変だったぞ。まあ、俺じゃなくて、マアやアネルザだが。スクルドにも、三徹させた。あれには色々と罰もあるしな。その分だ」

 

 ロウが笑った。

 人気取りというのは、イザベラの女王就任に合わせて鋳造させた「イザベラ金貨」のことだ。表面にイザベラの肖像があり、それを王都市民の数だけ生産して、王都の全市民に一枚ずつ配ったのだそうだ。

 元になる金貨を提供したのはマアであり、膨大な数の金貨を新しく鋳造したのはスクルドらしい。数日でそれを成し遂げたのは、スクルドの魔道があったからからこそみたいだ。どうやら、三日間も徹夜で魔道を使わせたらしい。

 そして、それらの手配をしたのがアネルザである。

 

 ほかにも、ルードルフ王がやった重税政策の対処として、イザベラの女王就任後一年は王都市民の人頭税を無税にすると通告してあるし、イザベラの名を使った貧民への炊き出しなど、ロウの言葉ではないが、ほんの短期間でわかりやすい人気取り政策をしてくれたみたいだ。

 ロウによれば、イザベラの名は、ルードルフ王の娘であるという以外には、ほとんど市民には浸透してないので、あらゆることをして女王イザベラを市民に売り込まねばならないそうだ。

 そんなことの必要性は考えたこともなかったが、言われてみれば、キシダインが生存しているあいだは、生き残るのが精一杯で、イザベラは政務にはまったく関与してないし、王太女になってからの実績も、今回の遠征くらいしかない。

 まずは王都市民の支持を得なければならないというロウの言葉に、イザベラも大いに納得した。

 父であるルードルフ王の蛮行により、王家への信頼は地に落ちている。それをイザベラが取り戻さねばならないのだ。

 

 馬車の扉の外に踏み台が置かれる。

 ロウが最初に降りて、イザベラをエスコートのために待ち受けの体勢をとった。イザベラはロウの手を借りて、馬車の外に降りたつ。

 歓声がさらに大きくなり、拍手がそれに重なった。

 整列している王軍の周りや、城門の内側にすごい数の王都市民が集まっていた。

 

「待っててくれ、イザベラ」

 

 ロウが一度手を離し、今度はガドニエル女王に手を貸して馬車をおろす。

 忌々しいほどの洗練された仕草だ。

 まるで生まれながらの貴族かのように完璧な貴公子ぶりである。

 イザベラは苦笑した。

 

「さあ、女王様方……。よろしくお願いします」

 

 ロウがお道化て両手の肘を左右に出す。

 イザベラは右側、ガドニエル女王は左側に手を取り、正面に整列している近衛隊と王軍の方向に進み出る。

 そこには観閲台が作られていて、その台の反対側に整列する軍の先頭にひとりの女性将校が立っていた。

 荘厳な音楽が一斉に鳴り響く。隊列の向かって左端に並ぶ音楽隊だ。

 ロウとともに、ガドニエル女王と並んで観閲台にあがる。

 

「王軍臨時総司令官ラスカリーナ以下、近衛軍及び王軍が、忠誠を誓う女王陛下に対して敬礼を行ううう──。総員、抜刀──」

 

 号令は先頭の女性将校だ。彼女がラスカリーナなのだと思った。

 残念ながら、イザベラには面識はない。いや、近衛隊だったということなので、どこかで面識があったのかもしれないが、残念ながら記憶にはなかった。

 しかし、今回のことでロウが愛人として性奴隷に加えたということだ。

 かなりの美人である。

 彼女がそうか……。

 いずれ、親しく接することもあるのだろう。

 同じロウという男に調教される者同士だ。

 「(さお)姉妹」だったか……?

 

 改めて、各隊を眺める。

 整列の近衛隊と王軍を併せて千人はいるだろうかと思った。

 もちろん、整列している王軍は、王都に駐留している王軍のほんの一部でしかない。

 整列の全将兵が一斉に剣を抜く。

 

「女王陛下に、ささげえええええ──とおおお──」

 

 ラスカリーナ以下の全将兵が抜いた剣を顔の前にかざす。また、ラスカリーナの後ろに並ぶ各隊の軍旗も一斉に傾き、イザベラに向かって棹の頭を向けた。

 イザベラはロウの肘から左手を離し、右手に持っていた王笏をすっと顔の横まであげる。

 答礼の仕草だ。

 一方で、ロウとガドニエルはそのままの姿勢だ。

 すると、正面のラスカリーナがぐらりと視線を崩した。

 

 いや、崩さない。

 姿勢を保っている。

 

 だが、苦しそうか?

 かすかに脚が震えだしたような……。

 なにか変だ。

 

「……くくく、あいつの股間にはディルド付きの貞操帯を嵌めさせている……。いま、前を強振動させてやったところだ……。見ていろ。次の号令のときには、アナルのディルドも動かしてやるから……」

 

 そのとき、ロウがすっとイザベラの耳元に口を寄せてささやいた。

 貞操帯のディルド──? 強振動?

 なんという悪趣味な──。

 イザベラは、知らず自分の身体がかっと熱くなるのを感じた。

 

「た、たてえええ──とおおおお──。いひゃっ」

 

 ラスカリーナが敬礼を終わる号令を出す。

 明らかに声が裏返っているが、この大歓声の中だ。不自然さを覚える者はいないみたいだ。

 ただ、ロウが悪戯を追加したのだろう。

 号令の終わりとともに、ラスカリーナががくりと膝を割って腰を落とした。

 しかし、すぐに姿勢を戻す。

 でも、ラスカリーナの顔は真っ赤だし、汗が一斉に噴き出してもいる。

 

「が、凱旋式の指揮をと、とらせていただきます──」

 

 ラスカリーナが直立不動の姿勢に戻り、イザベラに向かって叫んだ。

 

「よろしく頼む」

 

 とりあえず、イザベラは言ったが、ラスカリーナの身体の震えはますます大きくなる。

 おそらく、姿勢を保つのがやっとで、動くこともできないのかもしれない。

 

「ロウ様──」

 

 そのとき、背後に立っていたエリカが小さく叱咤の声をあげた。

 

「わかったよ」

 

 ロウがかすかに肩を竦めた。

 すると、ラスカリーナがわずかに脱力するような仕草をするとともに、顔が安堵の表情に変わるのがわかった。

 ロウが悪戯をやめたのだろう。

 

 その後、整列の王軍の儀礼を受け、王都凱旋のための隊列を取り直すことになった。

 凱旋式用の馬車も運ばれてくる。

 二階建ての大きな馬車であり、上面にイザベラたちが立つ屋上がある。それが三台並んでいく。

 

 一方で、ロウが言っていたとおり、イザベラたちだけは横に作られている天幕の着替え所に入った。

 着替え所は十数個ある。

 イザベラは指示のとおりの天幕のひとつに入った。ガドニエル女王とエリカとは別々だ。

 

「姫様──」

 

「ああ、姫様、ご無事で──」

 

「姫様──」

 

 中で待っていたのは、侍女たちのうち、南方に同行させなかった者のうちの三人だ。

 クアッタ、ユニク、デセルだった。

 

「おお、お前たちか。わたしたちは無事だ。心配かけたな。ほかの者も元気か?」

 

「はい、この十日ほどのあいだは、王妃様から死ぬほどに書類を作らされて鍛えられましたけど、なんとか生きてます。姫様もご無事でよかったです。御子も大丈夫ですか?」

 

 三人とも涙ぐんでいる。

 話しかけてきたのは、クアッタだ。

 ほかの二人もしきりに頷いている。

 

「元気だな。優秀な魔道遣いに囲まれているのだ。なにも起きようもない」

 

 治療術の遣える魔道遣いは、医師と同じだ。いや、医師以上に医師としての役割を果たす。

 ミウ、ガドニエル女王は天下一の白魔道遣いでもある。

 母体はしっかりと守ってくれていた。

 順調だそうだ。

 イザベラは気がつくと、やっと膨らんできたお腹に手をやっていた。

 

「よかったですう……。ところでえ、ロウ様には、身に着けているものを全部脱いでもらって、これに着替えさせろと命令されているのですけど……。よろしいですかあ?」

 

 そのとき、ユニクがいつもの舌足らずのような口調とともに、かごを差し出した。

 

「はああ?」

 

 その中にあるものを見て、イザベラは思わず声をあげてしまった。



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914 女王たちの凱旋(2)

「はああ?」

 

 イザベラは思わず声をあげた。

 身につけているものをすべて脱いで着替えというロウからの伝言とともに差し出されたのは、かごに入った四個の腕輪だった。いや、ひと組については足首に装着するアンクレットだろう。

 いずれにしても、これは服などではない。

 ただの装飾具だ。

 

「わ、わたしに裸で凱旋式に出よと申しておるのか──」

 

 イザベラは思わず目の前の侍女たちを怒鳴りあげた。

 三人がたじろぐのがわかった。

 その姿に接し、イザベラは少し冷静さを取り戻して、大きく息を吐いた。

 

「すまん……。あの男の悪ふざけであることはわかっている。もしかして、準備してあるのは、これだけか? 装束は?」

 

 ロウがなんと言おうと、全裸で凱旋式に出るつもりはないが、そうなると別の衣装が必要だ。

 それは準備してあるだろうか?

 

「あのう……。いえ、それだけで……。ロウ様から予備を準備することは禁止されてしまって……」

 

 デセルが申し訳なさそうに言った。

 イザベラは心の中で舌打ちした。

 まあ、イザベラさえ逆らえないのに、この侍女たちがロウの言葉に逆らえるわけないか……。

 しかし、どうしたものか。

 そして、イザベラはふと気がついた。

 かごの中にある四個の輪が魔道を帯びているのだ。

 

「これは魔道具だな……?」

 

 イザベラは魔道遣いではないが、多少の魔力は持っている。だからこそ、姉のアンではなく、イザベラが王位継承をしたのだ。

 目の前の品物が魔道具であるか、否か程度の判別はつく。

 

「そうなのですかあ?」

 

 かごを持っているのはユニクだが、そのユニクは首を傾げている。

 

「とりあえず、装着してみるか……。つけてくれ」

 

 イザベラは言った。

 服を脱いでから身につけろという伝言のようだが、あの男の持ってくる魔道具は、十のうち十が淫具だ。

 なにをされるかわかりはしない。

 裸になるのはとりあえずやめだ。

 

「かしこまりました」

 

 侍女たちがイザベラの手首と足首に、四個の輪をそれぞれに装着していく。

 

「んっ?」

 

 装着してもらいながら思ったが、かすかだが、ぱちんぱちんと小さな音が鳴る。どうやら、イザベラが身につけている指輪や王笏に反応しているようだ。

 それらはイザベラが身につけている魔道具でもあった。もしかしたら、魔道具と魔道具で反撥しているのだろうかと思った。

 そして、四個目の輪が最後の左足に嵌まった瞬間だった。

 全身を強い魔力が包むのがわかった。

 やっぱり、魔道──?

 

 そして、次の瞬間──。

 身につけているものがすべて消滅した。

 

「うわっ、ひゃあああ──」

 

 驚きすぎておかしな声が出てしまった。

 イザベラは、生まれたまんま素っ裸になっている。

 いや、王笏や指輪が宝珠などの王族としての防護具は残っている。王笏も含めてそれらは魔道具でもあるのだ。輪を身につけているときに魔道同士が反撥している気配があったので、それは弾かれたのかもしれないが、それ以外の衣類はすべて、下着はもちろん、履き物に至るまでなくなっていた。

 いや、髪飾りは残っている。これは髪が崩れないための魔道具だった。

 

「な、なんなのだ──」

 

 思わずその場に座り込む。

 

「あっ、どうかされました、姫様──」

 

「どうしたのですかあ?」

 

 侍女たちが慌てたように寄ってきて身体を支えた。

 イザベラは両手で身体を隠しながら顔をあげる。

 

「ど、どうしたも、こうしたもあるか──。布を──。なんでもよいから、身体を隠すものを持ってこい。そ、それとロウ殿を呼ぶのだ──。すぐにだ──」

 

 怒鳴った。

 

「ロウ様はすぐに来ると思います。そうおっしゃられてました。それよりも、皺になりますので、申しわけありませんがお立ちに……。椅子を持って参ります……」

 

 クアッタだ。

 そして、すぐに椅子が運ばれてきた。

 

「どうぞ、姫様。でも、びっくりしました。素敵な軍装です。格好いいですう」

 

 ユニクが笑った。

 軍装?

 イザベラはしゃがんだまま訝しんだ。

 

「軍装? 素敵なドレスには違いないけど、これのどこか軍装なのよ、ユニク」

 

 デセルがけらけらと笑う。

 だが、イザベラははっとした。

 もしかしたら、彼女たちには、イザベラが服を着ているように見えるのか?

 いや、そうだ。

 そういえば、最初に、クアッタも皺になるとか話していた。

 

 そういう魔道具か……。

 イザベラは悟った。

 

 他人には服を身につけているように偽装させる魔道具──。実際に身につけさせられるのは初めてだが、ロウがそういうものを作ったことはあるというのは誰かが言っていた。

 “イミテーション・リング”とか名付けていたはずだ。

 

「おう、よく似合うぞ、イザベラ。エリカとガドは、すでに準備が終わった。エリカはさんざんに文句を言ったから責めを追加したが、大人しくすればなんでもない調教だ。ただ、その格好で凱旋馬車の上で挨拶をするだけだ」

 

 ロウの声がした。

 顔をあげると、天幕の入口にロウがにやにやして立っている。

 イザベラはしゃがんで乳房を両手で抱きしめたまま、ロウを睨みつけた。

 

「ロ、ロウ殿──。冗談ではないぞ。わたしにこの格好で外に出ろというのか──」

 

「なんの文句があるんだ。よく似合っているぞ」

 

 ロウは笑っている。

 

「そうですよ。よくお似合いですよ」

 

「ええ、綺麗です」

 

「本当に素敵です。よくわかりませんが、魔道で出した服ということですかあ?」

 

 クアッタ、デセル、ユニクがイザベラを宥めるように口を挟む。

 

「ああ、よく似合っている。多分、評判になる。いや、絶対だ。今日の一日でイザベラ女王の姿は強く王都の住民の潜在意識に残るのは間違いない。艶やかさと色っぽさでな」

 

 ロウが笑った。

 

「ところで、ロウ様の装束も素敵ですねえ」

 

 ユニクがロウを見て言った。

 ロウはさっきまでの冒険者のような軽装から着替えていて、身体をゆったりとした黒っぽい布で包んだような服装をしていた。

 上半身の部分は合わせ布になっていて、北側のエルニア国の装束のような感じだ。

 

「おマアが準備してくれてな。狩衣(かりぎぬ)(はかま)というものだ。俺がイメージしたものをおマアに強請ったら、十日ほどで作りあげてくれた。気に入っている。なかなか、いいだろう?」

 

 ロウは言った。

 まあ、確かに似合っているとは思った。

 それはとにかく、ロウがいつもよりも、しっかりとした正装をしているものだから、全裸の状況であることがさらに羞恥を誘う。

 

「そ、そなたばかりまともな格好で、わたしばかり、こんな格好をさせるつもりか──」

 

「それが調教だろう?」

 

「ちょ、調教って……」

 

 イザベラは歯噛みした、

 調教と言われれば、それは受け入れなければならないとわかっている。

 しかし、まさか全裸でなど……。

 流石に躊躇してしまう。他人には服を身につけているように見えるとはいえ……。

 

「いいから、観念しろ」

 

 ロウがこっちに近寄ってきて、イザベラの腕をがっしりと掴んだ。

 強引に立たされる。

 

「うわっ」

 

 イザベラは思わず、ロウの腕を掴んだ。

 

「きゃあああ」

 

「ひゃあああ」

 

「うわっ、姫様──。どうして裸に──?」

 

 その瞬間、三人の侍女が悲鳴をあげた。

 すると、ロウがまたもや声をあげて笑った。

 

「最初に言っておくべきだったな。その四個の“新イミテーション・リング”は、俺が淫魔術で作ったんだが、淫魔師である俺の腕を掴むと、インミテーションの効果が消える。いまはこの三人だけにしか解除されなかったが、外に出たときには、俺の腕には触らないことだ。大勢の見物人の前で裸をさらすことになる」

 

「くだらぬことを……。そ、それなら、おぬしがわたしに触れた瞬間に、わたしは恥を晒すということなのか──?」

 

 ロウはいまだにイザベラの腕を掴んでいる。

 そのため、しゃがむことはできないため、掴まれていない手で慌てて自分の股間を隠した。

 

「いや、俺が触る分は問題ない。しかし、イザベラ側から触れば魔道効果がなくなるということだ。だから、俺の腕だけは自分から触りにいくな。逆にいえば、自分から俺の腕に触らない限り、裸になることはない」

 

 ロウは言った。

 イザベラは項垂れた。

 おそらく、なにを言っても無駄なのだろう。

 こいつは、絶対にこのまま、イザベラを凱旋パレードに連れ出すつもりに違いない。

 

「それと、もうわかると思うけど、本人と俺以外については、普通に服を着ているように魔道が込められている。しかも、見ている者それぞれが、もっとも美しいと感じる装束を脳内で記憶として作りあげるんだ。多分、話題になる。何千という見物人のそれぞれが違う装束を見るのだからな」

 

 さらにロウの説明が続く。

 見ているもののそれぞれに、印象を変える偽装魔道具など耳にしたことはないし、もしも、存在すれば、王宮の宝物庫に収めるほどのものだ。

 しかし、それほどの宝具を、こいつはこうやって女の調教に使うのだ。

 

「へえ、すごい……ような……」

 

「いや、すごいよ」

 

 クアッタとデセルがぼそりと言った。

 

「ほかにも、細々と色々も細工をしたぞ。あっ、わかっていると思うけど、最初に消滅した衣類は、すべて俺の亜空間に自動的に収納された。凱旋パレードが終わったら返してやる。いずれにしても、最近になって、俺にも、こうやって仮想空間内で想像で淫具を作れるようになってな。まあ、効果については心配するな」

 

「心配などしておらん──。もうよい。わかった。命令には従う。だ、だが、本当なのだろうか──。本当に大丈夫なのだな──。わたしが裸であることはばれぬのだな──?」

 

「ああ、問題ない……。イザベラが俺の腕にさえ、触らなければな」

 

 ロウはにやりと笑った。 

 

「はああ……。つまり、これも調教なのだな……?」

 

 イザベラはなかば諦めの気持ちで訊ねた。

 

「ああ、そうだ。これは調教だ──。逆らうことを禁止する」

 

 ロウがきっぱりと断言する。

 イザベラは嘆息した。

 なら、諦めるしかない。

 

 調教は受け入れるのだ──。

 

 これは、イザベラがロウと最初に約束をしたことである。

 

 しかし、正直に言えば、怖い……。

 まさか、全裸で外に出るなど……。

 

「イザベラは妊婦だからな。その四個の腕輪と足輪が身体を守ってくれる。身体が冷えることもない。さあ、行こうか」

 

 ロウがイザベラの足もとに履き物を出す。

 長さの短い革靴だ。

 しかし、かかとの部分が短い鎖で繋がっている。

 

「これも魔道具……、いや、淫魔具というべきかな。見物人のひとりひとりが想像する装束に合わせて、見た目の外観が変化する。足を入れろ。それで自動的に靴が足に合わせて縮まる。脱ぐときには俺の淫魔術が必要だがな」

 

 ロウがイザベラの腕を掴んで支えるよう仕草をする。

 イザベラはもう一度嘆息した。

 抵抗は諦めた。

 イザベラは素直に片脚ずつ、靴に足を入れる。

 ぴったりと足に靴が包まれて足首が締めつけられた。

 

「くっ」

 

「じゃあ、行こうか、姫様」

 

 ロウがにやにやと笑いながら右腕を出す。

 イザベラはその腕に左手を乗せた。

 右手には王笏を持ったままただ。

 しかし、いよいよ天幕の外に出ようとする段階になり、恥ずかしさでその右手で胸を隠すようにしてしまう。

 すると、横でロウがくくくと笑う。

 

「普通にしてないと不自然だぞ。堂々と丸出しにしてろ」

 

「ど、堂々となどできるか──」

 

 イザベラは吐き捨てた。

 だが、胸を隠すのはやめる。

 外に連れ出される。

 革靴が短い鎖で繋がっているので、ゆっくりとしか歩けない。他人からは服を身につけているように見えるのだろうが、これもまた、早足で立ち去れないようにというロウのいやがらせに違いない。

 天幕の入口が開けられて、外の日差しがイザベラの裸身を照らす。

 そして、さっと外気が身体に触れた。いよいよ恥ずかしさに身体が竦む。

 すると、一斉に拍手が鳴り響いた。

 

「うわっ」

 

 天幕の外には大勢の王兵が集まっていたのだ。彼らがイザベラに向かって拍手をしたのである。

 これだけの人間の前に全裸をさらすなど……。

 いや、これから王都中の民衆に裸身をさらさないとならないのか……。

 またもや、その場に蹲りたくなるのを懸命に耐える。

 「おお」というどよめきがあがる。

 この連中にどう見えているのかわからないが、イザベラはまったくの全裸なのである。

 とにかく、あまりもの羞恥で気が遠くなりそうだ。

 しかし、イザベラの裸体を見ている気配はない。全員が感嘆するような表情を向けている。

 

「わお、姫様、お綺麗ですね」

 

 声がしたのでそっちを見た。

 コゼだ。

 ほかにも、シャーラとミウもいる。

 

「ああ、よかった……。ロウ殿のことだから、姫様にとんでもない格好をさせるのではないかと。姫様、赤いドレスがよくお似合いです」

 

 シャーラがほっとしたように声をかけてきた。

 どうやら、シャーラには赤いドレスに見えるみたいだ。

 

「えっ、赤? 白でしょう?」

 

 コゼが怪訝そうに言った。

 

「赤、白──。えっ、そうですか?」

 

 ミウは首を傾げている。

 

「まあ、待て。それよりも、ガドとエリカはどうした。姿が見えないな」

 

 ロウは言った。

 すると、コゼが天幕と天幕のあいだを指差す。

 

「そこにいます。なんかしらないけど、隠れちゃって」

 

 そのコゼだ。

 示した方向に視線を向ける。

 イザベラ同様に全裸のガドニエルとエリカが着替え用の天幕の影に隠れるように立っていた。

 

「ご、ご主人様……。は、恥ずかしいですがガドは頑張ります。で、でも、とっても緊張します」

 

「ロウ様、やっぱり、やめましょう。こんなの──」

 

 しかし、そのガドニエルもエリカも顔を真っ赤にして、怖ろしく緊張をしているのがわかる。

 ふたりとも両手を身体の前で組むように腰の前に置いていた。

 脚は太腿をこすり合わせるように必死に密着させている。

 イザベラには、ふたりとも全裸なのだが、やはり、ほかの者には衣装を身につけているように見えるのだろう。

 また、エリカは少し苦しそうだ。

 もしかして、ロウも口にしていたが、おかしな悪戯を追加されている?

 しかし、こうして見ても、それがなにかはわからない。

 いずれにしても、ガドニエル女王もエリカも、イザベラと同じように、全裸で四肢にリングを装着し、脚を鎖で繋がった革靴を履かされていた。

 

「つべこべ言うな、エリカ──。それとも、尿意を倍にされたいか?」

 

「い、いえ……」

 

 エリカが顔を引きつらせて首を横に振る。

 どうやら、エリカには尿意の悪戯をされているのか……。このところのロウの悪戯の流行みたいになっているようだが……。

 

「さあ、出発だ。ガドは俺の横に来い。エリカたちは後ろからだ。念のためにミウは魔道で結界を頼む。さあ、みんな、凱旋馬車に乗るぞ──」

 

 ロウがさっと手あげて合図をした。ミウが「はーい」と元気な返事をした。

 近衛兵が並び、馬車までの道を作る。

 ロウが両腕を出す。ガドニエル女王とともに、ロウの左右に立ち、ロウの腕に手を乗せる。

 ロウがゆっくりと脚を進める。

 イザベラは、仕方なくロウとともに全裸で歩きだした。後ろからは、エリカ、コゼ、シャーラ、ミウが続く。

 

「……ところで、俺の腕にもカモフラージ・リングがついているのがわかるか」

 

 すると、歩きながら、ロウが言った。

 ちらりとロウの手首を見る。

 気がつかなかったが、確かにイザベラたちと同じようなリングを身につけている。

 

「魔道具ですね……。しかも、ものすごく強い魔道がかかってますね……」

 

 ガドニエル女王が小さな声で言った。

 

「淫魔具と言ってくれ。これも幻術が周りにかかる効果がある。周りの人間には、俺が実際になにをしているのかわからない。お前たちが抵抗しなければな」

 

 ロウがくすくすと笑って、腕をおろすと、イザベラをガドニエルのお尻の後ろに動かして、いきなりアナルに指を這わせてきた。

 

「ひゃん」

 

「あっ、やっ」

 

 イザベラとガドニエルは同時に淫らな声をあげるとともに、身体を折ってその場に立ち止まってしまった。

 

「どうしたの?」

 

「えっ?」

 

 後ろにいるコゼとシャーラだ。

 ふたりとも不思議そうな感じの物言いだ。

 どうやら、ロウの言葉のとおりに、わかってないのだろう。

 

「しっかりと歩け、女王様たち」

 

 ロウがすっとアナルに指を挿入してきた。油剤でも塗っているのか、ほとんど抵抗もなく指がイザベラのアナルの中に侵入されてしまう。

 

「んんんっ」

 

「あん、ご主人様──」

 

 またもや、イザベラたちは甘い声をあげてしまった。

 一方で、周りの近衛兵たちもざわめいている。

 

「いいから、歩け──」

 

 ロウがお尻の穴に入れた指を容赦なく押してきた。

 

「ひゃっ」

 

「ああっ」

 

 イザベラたちは歯を喰いしばって、必死に足を前に進めた。



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915 女王たちの凱旋(3)

 凱旋用に作られた馬車は、二階建て家屋ほどの高さがあり、天井部に手すりで囲まれた場所があり、その上から沿道の見物人に対して手を振ることになっている。

 イザベラはほうほうの体でやっとそこまで辿りついた。

 なにしろ、カモフラージュ・リングかどうかは知らないが、イザベラたちが全裸であることや、そして、ロウがそのイザベラたちを歩かせながら好きなようにいたぶりをしていることが周りの護衛や大勢の見物人たちにわからないことをいいことに、ロウは好き勝手にイザベラに悪戯をやり続けたのだ。

 

 だが、それを避けることは許されない。

 なにしろ、ロウからは、ロウの腕にイザベラが自ら触った途端に、欺編効果がなくなって全裸のイザベラの姿が周囲に露わになると脅されているのだ。

 だから、なにをされても、イザベラたちは耐えるしかない。

 それだけでなく、周りにいる者たちの手前、快感によがることも、淫らな声を出すことも許されない。ちょっとでも不自然なことをすれば、たちまちに周りの者たちに不審を抱かせてしまう。

 だから、耐えるしかない。

 

 そのため、着替えを兼ねた待機場所の天幕から、凱旋馬車の位置まではそれほどの距離はなかったのに、その経路のあいだにされたロウの悪戯で、イザベラもそうだが、ガドニエル女王もエリカもすっかりと息も絶え絶えの状況になってしまった。

 全身は火照りきり、股間からあふれた愛液はすっかりと内腿を濡らしていて、乳首も完全に勃起している。

 こんな恥ずかしい姿を晒してないはずであることだけが救いだが、イザベラたち自身には、なにも身に着けていない全裸であるとしか認識できないのだ。

 それでも周りが騒ぎださないのだから、確かに欺編効果が続いているのだとはわかるが、さすがに、あまりの羞恥で気が遠くなりそうだ。

 しかも、この男は、さっきからずっと執拗に、イザベラたちのアナルばかりを繰り返し悪戯するのである。

 後ろからお尻の穴に指を挿入されて無理矢理に歩かされるのは、かなりの恥辱でもあった。

 

「ロウ殿、姫様、女王陛下、パレードの準備ができたようです」

 

 シャーラが眼下のラスカリーナからの合図を受けて、イザベラとロウに言葉をかけた。

 彼女を含めて、同行のコゼ、ミウたちについてはなにも知らない。カモフラージュ・リングの効果でロウの悪戯が知覚できないのだ。もしかしたら、多少は違和感を抱いているかもしれないが、いまのところ、不審に思っている気配はない。

 

 一方で、パレードの準備についてだ。

 全体指揮は臨時の王軍司令官ということになっているラスカリーナである。

 いきなり、連隊長級の将校──、しかも、女性を総軍司令官に抜擢したのは、かなりの悶着があるはずだとは思うのだが、いまのところ軍内の表立った反発はないようだ。

 それだけ、ロウの迅速で強引な王権奪取が功を奏して、王軍の古参将軍たちにつけ入る隙を与えてないのだろう。

 

 隊列の先頭は、そのラスカリーナが騎乗して指揮する騎馬の幕僚隊であり、凱旋パレードとして王都までの移動のときとは、少し隊列が変わっている。

 続いて、王軍と近衛兵の混成隊二百名だ。

 さらに、シャングリアとベアトリーチェが並んで先頭にいる騎馬隊百騎が続き、ブルイネンの指揮するエルフ女兵隊、そして、その後ろがイザベラたちの乗る凱旋馬車三台になる。

 ちなみに、その後ろはモーリア男爵の指揮する傭兵隊──。

 そして、領主隊だ。

 

 いずれにしても、王都内を行進する観閲式のようなものは、ルードルフ時代には一度もなかったので、催しとして愉しみにしている大勢の見物人が集まっているようだ。

 ここから見える限りだけで、パレード経路の沿道や建物内やその屋根にまで、ぎっしりと人が途切れなく繋がっていた。

 

「じゃあ、女王さまとエリカは、前に並んでくれ」

 

 ロウが含み笑いのようなものを浮かべながら、イザベラたちを押しやった。真ん中がイザベラで、イザベラの左右にエリカとガドニエル女王だ。

 あいだを開けずに三人並ぶ。

 凱旋馬車の台の手すりには、天井と繋がる細い柱がいくつかあるのだが、左手に手錠が出現して、その柱に繋がれてしまった。

 イザベラはぎょっとした。

 

「その手錠はただの手錠だからな。見えないように隠しておけ」

 

 並ばされたイザベラたちの後ろにロウが立つ。

 なにをされるかわからず、イザベラはぎょっとなってしまう。慌てて、手錠で繋がっている左腕をおろして、手すりの下側に目立たないように隠してしまう。

 

「ふふふ、いよいよ、ご主人様の悪戯の開始ですね。エリカ、お漏らししないように頑張るのよ」

 

 後ろからひそひそ声で揶揄(からかい)いの言葉を口にしたのはコゼだ。

 この凱旋馬車の上部にいるのは、気心知れた仲間だけであるので、そんな軽口を叩く気になったのだろう。

 また、コゼもそうだが、ほかの女たちは、カモフラージュ・リングのことは知らないが、ロウがエリカに尿意を与える悪戯をしているのは知っているのである。

 

「か、開始じゃないわよ……。さ、さっきから、ロウ様は……」

 

 エリカが歯を喰いしばりながら呻くように言った。

 コゼは、「はあ?」と疑念の声を出した。

 

「俺の身体に触りながら、前の三人を眺めてみろ」

 

 ロウがくすくすと笑いながら言った。

 コゼ、ミウ、シャーラが訝しみながら、背後でロウの身体に手を伸ばして触れる気配がした。

 

「ええっ?」

 

「うわっ、裸ですか──?」

 

「えええ──? なにこれ──?」

 

 三人がびっくりした声を出す。

 やっと、三人もイザベラたちの状況を認識したみたいだ。

 

「それだけじゃないぞ。俺に触りながらなら、三人にしている悪戯は、見物人からはわからない。好きなように遊んでいいぞ」

 

 すると、ロウが言った。

 

「か、勝手なことを言わないでください──。さ、触んないでよ、コゼ──。た、だでさえ、ロウ様の悪戯で精一杯なのに……」

 

 横のエリカが焦った声を出す。

 

「へえ……。面白いですね……。ところで、エリカ、それって、触って欲しいっていう振り?」

 

 コゼだ。

 完全に面白がっている。

 

「そ、そんなわけないでしょう──。絶対に悪戯しないでよ──」

 

「わかったわ、エリカ」

 

 コゼがエリカの脚のあいだに強引に、片足を割り込ませて、すっとエリカのお尻を撫でるのがわかった。

 

「ひゃん」

 

 エリカがびくりと身体を竦める。

 だが、すぐにエリカが振り返って、涙目になりながら、コゼを睨むのがわかった。

 

「こ、このう……」

 

 そして、エリカが片足で背後のコゼを蹴り飛ばすような仕草をする。

 

「おっと、俺に触りながら触れている手や脚には気をつけろよ、自分から排除しようとすると、欺編効果が消滅するぞ。全裸姿をこれだけの見物人に晒したいなら好きなように抵抗すればいいけどな」

 

 しかし、ロウが口を挟む。

 

「えっ?」

 

 エリカの身体が硬直するのがわかった。

 

「そんな効果もあるんですか? すごいですねえ。じゃあ、エリカ、好きなように抵抗しなさいよ。それだけ、綺麗な裸体をしてるんだから、誰も文句なんて言わないわよ」

 

 コゼが笑いながら、片手でロウに触れつつ、もう一方の手でエリカの両胸をかわるがわる揉みしだき始める。

 

「ひあっ、あっ、ああっ、あ、あんたねえ……。お、覚えてなさいよ──。ああっ」

 

 エリカが必死に身体を固くして、コゼの悪戯に耐える体勢になろうとしているのがわかった。

 歯も喰い縛り直している。

 

「じゃあ、エリカについては、コゼに任せるか。俺は女王二人に専念するよ」

 

 ロウがちょっと身体をすらして、コゼを前に出して、ロウの隣でエリカの真後ろに立たせる位置に移動させた。

 

「くおっ、コ、コゼ、そ、そこだめええ……。あっ、ああっ」

 

 隣のエリカが切羽詰まった口調でささやいて抗議した。

 なにをされているかわからない。コゼはほとんどエリカに密着して、エリカの裸身を好き放題に触りまくっているみたいではある。しかし、身体に隠れてよくは見えない。

 とにかく、エリカは声を押し殺すのに必死みたいだ。

 

「で、でもロウ殿、こんなところでは……」

 

 一方で、シャーラが困った口調でたしなめの言葉を口にするが、ロウはそれを途中で制した。

 

「心配するな。イザベラの尊厳だけは守ってやると約束する。イザベラが我慢すればいいだけだ」

 

 ロウがきっぱりと言った。

 

「そ、そうですか……。でも、どうか、手加減をお願いします……」

 

 シャーラだ。

 

「あ、諦めるな、シャーラ──。この悪戯者をなんとせよ」

 

「そうは言いましても……。わたしにロウ殿をとめることなど……。とにかく、わたしからは姫様が頑張ってくれとしか……」

 

「それでも、わたしの護衛か──。なんとかせよ──」

 

「でも……」

 

 シャーラはどうしていいかわからない感じだ。だが、ロウを阻むような行動はしてくれなさそうだ。

 

「……あ、あのう……。と、ところで、ご主人様、さっきから……ちょ、ちょっとお尻が痒いのですが……」

 

 そのとき、ガドニエル女王が小さな声で苦悶の言葉を吐いたのが聞こえた。

 そして、ガドニエル女王が口にしたことは、イザベラを襲っている苦悩でもあった。

 だんだんとお尻の穴が痒くなってきたのだ。

 いや、とても痒い──。

 どうしようもない掻痒感がお尻の穴の中から沸き起こってきていた。

 

「あ、ああ……、わ、わたしもだ……。ロ、ロウ殿……もしかして、さっきから指を挿入するときに使っている油剤は……」

 

 これだけの痒みで考えられるのは、さっきから、イザベラたちのお尻の穴の中に指を入れるたびにに、ロウが自分の指にまぶしている油剤だ。抵抗なく指を挿入させるために、ロウが自分の淫魔術を使って、なんらかの油剤のようなものを指にまとわりつかせていたのはわかっている。

 もしかして、それが原因ではないだろうか……。

 

「ああ、やっと効いてきたか? エリカには尿意を与えて、女王たちになにもしないんじゃあ不公平だからな。掻痒剤を尻穴に詰め込んでやっただけだ。だけど、尻振りはやめておけよ。女王様たちが尻を振りながら凱旋パレードをしていたと評判になるかもしれないからな。まあ、どっちでもいいが」

 

 ロウがくすくすと笑った。

 

「そ、そなたは──」

 

 イザベラはさすがに振り返って、ロウを睨みつけた。

 しかし、ロウは素知らぬ顔だ。

 

「どうしたんだ、イザベラ? もしかして、後ろしか塗らなかったのが不満か? だったら、前にも塗ってやろう」

 

 そして、ロウがこれ見よがしに、たっぷりと新たな油剤を載せた指をイザベラの視界に入れた。

 ぎょっとなった。

 

「あっ、わ、わたしは十分ですわ」

 

 ガドニエル女王が激しく首を横に振った。

 

「まあ、遠慮するな。だけどじっとしてろよ。すでに、お前たちは注目されているんだからな」

 

 ロウの指が股間をまさぐり始める。

 

「ひっ」

 

「くっ」

 

 イザベラとガドニエル女王は同時に、身体を竦めさせた。

 一方で、大歓声があがる。

 身体ががくんと揺れて、ついに馬車が動き始めたのだ。

 ついに、凱旋パレードの開始だ。

 しかし、そのあいだも、ロウの指はイザベラのクリトリスを擦り、膣の中をしつこくまさぐり続ける。

 

「んっ、んんんっ」

 

「うくっ、くううっ」

 

 イザベラもガドニエル女王も、ロウの指を阻止することもできず、身体を捻って避けることもできず、声を出すことさえ許されず、ふたりでひたすらに、ロウの淫らな愛撫を耐えるしかなかった。

 そして、ロウが掻痒剤を股間に塗り足していくのを……。

 これから、泣くような苦しみが始まるのをわかっていながら……。



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916 悪人三人と若夫人(1)

 凱旋式と三人男の密談は同時進行で起こっていることです。交互に描いていきます。

 *



 やって来たのは、マイムの城郭内にある高級娼館だった。

 ここまで随分と手の込んだ入り方をした。

 

 つまりは、フォックスは、まずは家紋のない馬車を離れた場所に停めさせ、そこから護衛数名に守られながらベンガル伯から受け取った手紙に書いてあった通りに、一軒の商家に入ったのだ。

 もちろん、フードで顔を隠したままである。

 そして、その商家で出迎えた男の案内により、商家を素通りして裏から抜け、路地を跨いで向かいの小さな家に入った。

 そこに地下に降りる階段があり、そこから地下通路を使って、この娼館までやって来たのである。

 

 ここには、顔を隠して入る者や、隠れて入りたい者のために、こんな仕掛けもしているらしい。

 娼館ではあるが、別段、ここで女を抱きにきたわけではない。

 秘密が守られ、訪問したことが発覚しない場所ということで、ベンガルが選んだ場所だ。

 フォックスは、この場所である人物と面会をすることになっているのだ。

 

 とにかく、娼館にやってきて案内をされたのは、四周を閉鎖されたレストランの個室のような場所である。

 護衛は別室に待たせた。

 すでに、ベンガル伯は待っていて、フォックスを認めると立ちあがって恭しく頭をさげて挨拶をしてきた。

 フォックスは、軽く手をあげてそれを受け、円卓の奥側に座る。

 すぐに、下着が見えるほどの異常に短いスカートの美女が三人ほど入ってきて、ベンガルとフォックスの前に、それぞれに泡の立つ酒と五皿ほどの小皿に乗せた肴を運んできた。

 

「呼び出すまで誰も来るな。料理も酒も持ってこなくていい」

 

 ベンガルが無表情で女たちに告げる。

 女たちが頭をさげてから去り、部屋はフォックスとベンガル伯のふたりだけになった。

 

「わざわざ、ご足労をありがとうございます。失礼ですが、誰かに見られている可能性は?」

 

「俺を誰だと思っておる、その心配はない」

 

 フォックスは吐き捨てた。

 ここで面会をする予定の人物というのは、タリオ公国の諜報員のトリスタンという男である。

 仲介をしたのは、目の前のベンガル伯であり、迷った末にフォックスは彼と会うことにした。

 これが王国に対する裏切りとは思わない。

 フォックスが生き延びるために必要なのだ。

 独裁官を僭称しているロウ=ボルグが王権を簒奪するために、フォックスを追い落とそうとしているのはわかっている。

 おそらく、そうするのだろう。

 

 いまは、まだフォックスに手を伸ばしてはいないが、いまやっている凱旋式が終わり、新女王とともに王宮に入るとともに、すぐにフォックスの捕縛に移行するであろうというのは予想がついている。

 ベンガル伯を通じてだが、その手配もしているという情報も握っている。

 冤罪ではない。

 リンを使って、イザベラに抵抗をさせたのはフォックスであるし、南域の動乱にイザベラの出兵をけしかけて、罠の誘導したのもフォックスのしたことだ。

 十分な女王に対する裏切りだろう。

 そもそも、旧貴族たちに手を回して、反女王の派閥作りをしようとしている。

 その対抗として、ロウから示唆されたイザベラが、フォックスを処断しようとするのは明白だ。向こうは王権に握ったのだ。いくらても好きなように罪を鳴らせる。

 だから、生き延びるためには、タリオに王国を売ってでも、フォックスと一族を守るための算段をするしかないのだ。

 フォックスは、自分が追い詰められているのを自覚している。

 

「よかったです。ところで、コサク伯は?」

 

 ベンガル伯が訊ねてきた。

 フォックスは不機嫌を隠すことなく鼻を鳴らした。

 

「体調がすぐれんそうだ。あの臆病者は、すっかりとあの成り上がりを怖がって、屋敷から出てこんのだ」

 

 吐き捨てるように言って、目の前の酒を口に含む。

 一時は、完全に集約できるのかと思っていた反女王の派閥だが、イザベラの一連の行動を通じて、どうやらエルフ族女王のガドニエルが本当に後ろ盾になっているのが明らかになってくると、一気にその勢いが消滅してしまっていた。

 ロウの台頭に不満を抱く大貴族の者たちも、少し様子を見ようという態度の者が大半になってきた。

 まあ、このベンガル伯や、ここに来なかったコサク伯に限っては、フォックスから離れることはあり得ないとは思うが、そのコサク伯までもが引きこもりを続けている状況は、面白いものではない。

 

「……わかりました。いずれにしても、随分とマイムの城郭も閑散としたものですね。この娼館に来るのに、ほとんど人には会いませんでしたよ」

 

「あの成り上がりが、まるで王のように振る舞って凱旋しているのかと思うと、腹も煮えくり返りそうになるがな」

 

 フォックスは言った。

 ベンガル伯の手引きでタリオの諜報組織の長であるトリスタンという男と、このマイムで会う日が、王都で行われるイザベラ女王たちの凱旋式の日に合致したのは偶然ではない。

 マイムは、副王都という別称があるほどに、王都に近い。

 そのため、王都で行われる凱旋式には、多くの住民が王都に集まるし、警備の兵も王都に集約される。

 だから、マイムではタリオの諜報員が動きやすくなるのだそうだ。

 ベンガル伯に言わせれば、それもあり、トリスタンはフォックスとの会合を、今日のこの日にし、場所もマイムに指定してきたのだということだった。

 

「ところで、そのトリスタンという男はいつ頃来るのだ?」

 

 この部屋で待っていたのは、ベンガル伯だけだった。

 身の安全の保障を頼む立場とはいえ、待たされる側になるのは、フォックスとしては愉快ではない。

 

「あっ、いえ、もう来ております。ただ、別室で接待を……」

 

 すると、ベンガル伯がちょっと言いにくそうに告げてきた。

 

「接待?」

 

「ちょっと困った趣味の男でしてね。我々の面談に応じる代わりに、ちょっとした余興を要求されました。まあ、その程度で気分がよくなって、こちらに有意な話し合いが望めるというのであれば安いものなので、好きなようにさせてます」

 

「ちょっとなにを言っているかわからんな。つまりは、そのトリスタンとやらは、すでにここに到着しており、別室で待っているということか?」

 

「待っているというか。愉しんでいるというか……。まあ、ちょっと倒錯した性癖のある男のようで……。欠点というか、御しやすいというか……。とにかく、行きましょう。向こうの条件は、新しい女奴隷候補の提供でしてね。奴隷集めが趣味の男なのです。だから、接待として、女を提供しているというわけでして……」

 

「女? 娼婦をあてがっているということか?」

 

「いや、このマイムにある中級どころの商家の若い夫人です。手を回して、夫を捕縛させました。その夫人には、トリスタンをマイムに駐屯している王軍の大物と思わせてます。まあ、そんな細工を……。とにかく、奴隷集めが趣味の好色な男なのです。だから、女をね」

 

「はあ? わからんなあ。それでなにをするのだ?」

 

 フォックスは首を傾げた。

 よく理解できない。

 

「そのトリスタンという男は、ただ女を抱くのではなく、とことん追い詰めて、嗜虐しながら抱くのが趣味なのです。そして、性奴隷にしてしまうのですよ。まあ、そんな趣味の男でして……。別室で、あてがった平民の夫人を抱けば、満足するんですよ。とにかく見物に行きましょう」

 

 ベンガル伯が横の台から顔の半分が隠れる飾り付きの仮面を取り出して、フォックスに渡してきた。

 フォックスがそれを受け取って顔に着けると、ベンガル伯も装着する。

 ベンガル伯の案内で立ちあがり、フォックスが入って来たとは反対側の扉に向かう。

 

 そこを開けると、驚いたことに、全く同じような円卓のテーブルがあり、フォックスたちと同じような仮面を顔につけた男が座っていた。

 彼がトリスタンなのだろう。

 そして、テーブルを挟んで女が立っていて、フォックスたちを認めて、慌てたように身体を動かした。

 なかなかの美人だ。年齢もまだ三十にもなっていないだろう。

 

「おっ、来ましたね。先に愉しんでますよ。どうぞそちらに……。詳しい話は後で。とにかく愉しみましょう」

 

 トリスタンだと思われる男がフォックスたちを認めて上機嫌にテーブルにある席を勧める。

 テーブルには四個の椅子があり、食事や酒がテーブルにびっしりと載せられている。

 フォックスは会釈とともに、簡単な挨拶をすると、トリスタンを挟むように席に着く。

 

「……ところで夫人、なにを勝手にスカートをおろしているのだ。あんたの主人の命は俺が握っていると説明したはずだがな。俺の命令には絶対服従。それとも、お前の夫が牢でどうなってもよいなら好きなようにするがいい」

 

 すると、トリスタンが若い女に冷たい口調で声をかけた。

 

「ああ、そんなあ」

 

 女が泣きそうな顔になり、震える手でスカートの裾を握り直す。すると、女が羞恥に顔を歪めながら、スカートの裾をあげ始める。

 なるほど、そういう設定なのかと思った。



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917 悪人三人と若夫人(2)

「で、でも、この方たちが……?」

 

 夫人が身体をこわばらせたのがわかった。

 不安そうに、フォックスたちに視線を送ってくる。

 

 一方で、おおよそこのことは、フォックスにもわかった。

 ベンガル伯は、このトリスタンというタリオの諜報者に対する「接待」だと口にしていたが、この好色で悪趣味の男を満足させるために、仲介役のベンガル伯はこの商家の若夫人の夫に手を回して捕縛させ、その釈放の見返りとして、このトリスタンの性の相手をしろと脅したのだろう。

 相手はただの平民であるし、それくらいの圧力をここの城郭兵にかけることは簡単だ。

 トリスタンは、目の前の若い平民の美女に対し、スカートをまくれと命じていたが、つまりはそれで早速、いたぶっているということのようだ。

 

 いずれにしても、目の前のトリスタンとやらは、これでもタリオ公国の重鎮であり、あの「円卓」の構成員だそうだ。

 タリオの円卓のメンバーといえば、大公のアーサーに直接に仕える者であり、大物中の大物ということになる。

 その円卓のメンバーに接触ができるのであれば、確かに、わざわざ平民の女を罠にかけて貢ぐだけの価値があるというものだ。

 面食らったものの、フォックスは納得した。

 そういうことであれば、フォックスとしても愉しむことに決めた。

 もとより、こういうことは嫌いではない。

 

「俺たちのことは気にしなくてもよい。それとも、夫のためにできる限りのことをするつもりで、この場所にいるではないのかな?」

 

 フォックスは口を挟んだ。

 すると、トリスタンがフォックスに向けて白い歯を見せた。

 同好の士とでも悦んでくれたのかもしれない。

 

「そ、それはもちろん……。できる限りのことはします……。ですから、夫のことをよろしくお願いします」

 

「なるほど、じゃあ、覚悟をもう一度見せてもらおうか。スカートをまくって、下着を見せるんだ」

 

 再び、トリスタンが言った。

 女はしばらく躊躇するように身体を静止させていたが、やがて覚悟を決めたように、すすすと、スカートの裾をたくし上げていく。

 やがて、白い布に包まれた股間が貌を出した。

 フォックスたちの視線を浴びて、女は羞恥に身体を震わせ、顔を横に向けて目を閉じている。

 

「よければ、一緒に愉しみましょう、閣下。この夫人の望みです。好きなように愉しんで欲しいそうですよ。なんでもすると頼むのです」

 

 トリスタンが笑った。

 フォックスは頷いた。なんだかんだで、好色であることについては、フォックスも負けてない。

 夫を人質に、商家の若妻を弄ぶというのも、実に面白そうだ。

 

「それでは遠慮なく……。しかし、後ほど、仕事の話をしたいな。もちろん、この夫人の願いをかなえてからでいいが」

 

 フォックスはトリスタンに視線を向ける。

 すると、トリスタンは大きく頷いた。

 

「もちろんです。こんな趣向を準備してもらえる友人たちと、仕事の話ができるのは光栄です。そちらのご友人からは詳しい話を聞いています。大大丈夫です。きっと満足させる結果に終わることを約束します」

 

「期待している」

 

 フォックスも頷き返した。

 そして、視線を女に向け直す。

 

「ところで、女、お前の名は?」

 

 フォックスは訊ねた。

 

「イ、イヴでございます。イヴ=ナイト……」

 

 ナイト──。

 姓持ちだ。

 平民とはいえ、姓の名乗りを許されるのは、相当の分限者だと思う。かなり、裕福な商家の妻なのだろう。

 

「そうか。なら、イヴ、もっとスカートを上にあげろ」

 

「は、はい……」

 

 イヴは泣きそうな顔になると、するすると腰の上までスカートをまくり上げた。彼女の身体が緊張で固くなるのがわかる。

 イヴの下着が完全に露わになった。

 なるほど、こういう遊びも愉しいものだと、フォックスも思った。

 

「そのままだ。許可なく、スカートをおろせば、今回の話はなかったことにする」

 

 トリスタンだ。

 すぐに犯すのではなく、ねちねちと辱めて愉しむのが趣味なのだろう。そういえば、ベンガル伯も、トリスタンがそんな性癖の持ち主だと言っていたか……。

 

「あ、あのう……。できれば、別の場所で……」

 

 すると、イヴが泣きそうな表情で、トリスタンとフォックスの両方に交互に視線を向けてくる。

 

「別に強制してはない。好きなときに出ていくといい。お前の夫が、今日か明日には牢内で拷問死することになるだけだ。どこにでもある話だ。珍しいことではない」

 

 トリスタンが言った。

 だが、出ていく?

 この部屋は一見して高級料理店の個室にように見えるが、娼館の一室であり、このイヴがひとりで出ていくなど不可能だろう。フォックスたちも、案内を受けてこの部屋に入ったのであり、廊下は迷路のように入り組んでいたし、あちこちに見張りも立っていて、とてもじゃないが逃げ出すことなどできそうな感じではなかった。

 すると、ベンガル伯がテーブルに大きく身を乗り出すようにして、フォックスの耳元に口を寄せてきた。

 

「……この夫人はここがどこかは知りません。高級料理屋の個室だと思わせています。ここには目隠しをして連れ込んだのです……」

 

 ベンガル伯の言葉にフォックスは頷いた。

 

「あ、ああ……。夫については……。あ、あのう、約束してください。夫を釈放すると……」

 

 一方で、イヴが哀願の言葉を口にした。

 

「お前の心掛け次第だな。では、服を全て脱いで、椅子の上に置け」

 

 トリスタンが言った。

 イヴが顔をあげて、愕然としたような表情を向ける。

 

「こ、ここでですか──?」

 

 イヴは呆然としている。

 犯されることはすでに覚悟はしているのだろうが、まさか、ここで服を脱がされるとは思っていなかったのだろう。

 

「私になんでもすると、最初に口にしたと思ったがね? それは嘘だということか?」

 

 トリスタンが突き放すような物言いをする。

 

「い、いえ……。う、嘘じゃありません……。ただ……」

 

「ただ?」

 

「い、いえ、なんでもありません……。夫のことだけは、お願いします……」

 

 イヴは扉を気にするような素振りをしてから、身につけているものを脱ぎ始めた。

 そして、まずは、上下の繋がっている服のベルトを外し、背中側のボタンを外して、服から腕を抜くと腰に向かって一気に押し下げる。

 ひどく緊張をしているのがわかる。

 何度も扉を見るのは、もしも、外から誰かが来れば、すぐに身体を隠そうとでも思っているのかもしれない。

 脱いだ服が椅子の上に置かれる。

 上下の下着姿になったイヴは、さすがに背中を丸めて、太腿をもじもじと擦り合わせている。

 

「全裸だ──。早くしろ──」

 

 フォックスは怒鳴った。

 

「うう……」

 

 一瞬だけイヴは顔をあげて辛そうにこっちを見たが、すぐに観念したように胸に巻いていた布を取り去る。

 貌は真っ蒼だ。

 両手で強く乳房を抱きしめている。

 

「残り一枚だな」

 

 トリスタンの声にイヴは首を横に振った。

 

「これ以上は無理です……。できません」

 

 すると、トリスタンが不快そうに鼻を鳴らした。

 

「わかった。では、これで終わりにしよう。お前の夫への訊問は、中止するように指示しているが、すぐに開始するように命令する。帰っていいぞ」

 

「ま、待ってください。脱ぎます。すぐに……」

 

 イヴは身体を屈めて、残っていた腰の下着をおろしていく。ついに全裸だ。身に着けているのは靴だけである。

 イヴは脚を折ったまま、足首から下着を抜いた。

 その下着も椅子の上に置く。

 

「こっちに来て、お二人に身体をお見せしろ」

 

 ずっと黙っていたベンガル伯が冷酷な口調で言った。

 だが、イヴは中腰になって身体を曲げたまま動かない。必死に両手で裸身を隠して、身体を震わせている。

 

「聞こえないのか──」

 

 ベンガル伯が大声で怒鳴った。

 

「あっ、はい……」

 

 イヴが手で裸身を隠したまま、フォックスとトリスタンのあいだまで歩いてやって来た。

 

「真っ直ぐに立て。手は身体の横だ」

 

 フォックスは笑いながら言った。

 

「うう……」

 

 イヴが曲げていた身体を伸ばした。身体を隠していた両手を体側に移動させる。

 羞恥と緊張のせいだろう。身体は震え続けている。

 そして、屈辱に歯を喰いしばっている。

 恥毛は薄い方だろう。平民の女にしてはもったいないくらいに綺麗な肌だ。かなり裕福な商人の妻なのだろうと思った。

 

「いい身体だ……。じゃあ、そろそろ、試してやろう。自分の背中側で手錠をかけろ」

 

 トリスタンが懐から一個の手錠を出して、床に放った。

 

「えっ?」

 

 イヴが呆気に取られている。

 次の瞬間、トリスタンが急に立ちあがった。

 そして、凄まじい勢いで、イヴの頬を平手を張った。

 

「きゃあああ」

 

 イヴが悲鳴とともに、横に倒れた。

 

「勝手に倒れるな──。足を踏ん張らんか──」

 

 トリスタンは人が変わったように激怒の姿を見せると、倒れたイヴの髪を掴んで強引に立ちあがらせる。

 そして、再び平手を張る。

 

「ぎゃあああ」

 

 イヴの膝が折れる。

 しかし、今度は倒れなかった。

 そのイヴに、またもやトリスタンがびんたする。

 横で見ているが、女のイヴに容赦のない男の力による平手だ。イヴの顔に恐怖が走るのがわかった。

 

「やめてええ──」

 

 イヴが両手を頭を抱える。

 

「おっ、勝手に姿勢を崩したな。じゃあ、これで終わりだ。手錠を自分にかけろという命令にも従わんようだし、無駄な時間だったな」

 

 トリスタンが冷たく言って、外に出ていく素振りになる。

 もちろん、脅しだろう。

 本気でないことは、フォックスにもわかる。

 

「ああ、待って──。お待ちください──。命令に従います。従いますから──」

 

 イヴがはっとしたようになり、慌てたように床の手錠を掴む。

 自分から後手で手錠をかけた。

 再び立ちあがる。

 

「申し訳ありませんでした。手錠をかけました──」

 

 イヴがトリスタンに叫んだ。

 トリスタンが足をとめて、イヴに身体を向ける。

 

「やっとか──。ぐずな女だな。なんでもするというわりには、抵抗もするし、文句も多い。どうしようもない」

 

 トリスタンが座り直す。

 

「も、申し訳ありません。なんでもします。心を入れ替えます。ですから、出ていかないでください。お願いします──」

 

 イヴは必死の口調だ。

 トリスタンが満足そうに頷いた。

 

「いいだろう。今度、逆らえば、話は終わりだぞ」

 

「わかりました。お慈悲に感謝します……。で、ですから、夫のことは……」

 

「まあ、お前次第だ。ところで、そろそろ、酒を運んでもらおうか……。それと、例のものもだ」

 

 トリスタンがベンガル伯を見て言った。

 

「わかりました」

 

 ベンガル伯がテーブルの上にある呼び鈴に手を伸ばした。

 

「あっ、そんな──。お願いでございます。ほかの方には見せないでください」

 

 イヴがはっとしたように声をあげる。

 

「嫌なら好きなようにすればいい。ただ、そのときには、お前の夫が釈放される可能性がなくなるだけのことだ」

 

 トリスタンが言った。

 

「そ、そんな……」

 

 イヴが絶望的な表情になる。

 一方で、フォックスは、なかなか、堂に入ったトリスタンの苛めぶりだと思って感心した。

 こういうことに、慣れているのだろう。

 フォックスはほくそ笑んだ。

 トリスタンが鈴を鳴らす。

 すぐに、酒と料理を載せたワゴンを押して女が入ってくる。

 おそらく、この店の娼婦のひとりだろう。

 

「あら、いいところの商家の奥さんと聞いてましたけど、なんでそんな恰好に?」

 

 すると、給仕の女は全裸で後手手錠で立っているイヴを見て相好を笑った。

 

「いやっ」

 

 イヴが身体を折って、裸身を隠す仕草をする。

 だが、女が気にする様子もなく、ワゴンの上にある酒や料理をテーブルに並べていく。

 フォックスは、テーブルに並べていく酒や食べ物とは別に、ワゴンの下の段に丸い木桶があることに、フォックスは気がついた。

 酒と料理の配膳が終わると、女は木桶をワゴンの上に置き直し、ワゴンごとトリスタンの前に持ってきた。

 フォックスは、その中身に気がつき、思わずほくそ笑んでしまった。

 桶の中身は、皮を向いた山芋だった。ねらねらと粘性の汁が表面を覆っている。それが五本ほど入っている。

 

「足を開け──」

 

 トリスタンが桶からその中の一本を取り出す。

 そして、イヴの股間に近づける。

 

「ひっ」

 

 顔を真っ蒼にしたイヴが目を見開いて、後ずさりする。

 

「どこに行く。しっかりと立たんか──。足を拡げるんだ」

 

 フォックスも立ちあがり、後ろからイヴを掴んで、前に押しやる。

 

「ひいっ、ひっ、いやあ、やめてください──」

 

 イヴは悲鳴をあげて抵抗をしようとする。

 だが、後手手錠のイヴを従わせるなど簡単だ。

 山芋を持っているトリスタンの前に、イヴを固定する。

 

「しっかりと味わえ」

 

 トリスタンがイヴの太腿のあいだに、山芋を無理矢理に差し入れる。表面の汁を塗りたくるように、前後に山芋をイヴの股間で動かす。

 

「ひゃあああ、いやあああ──」

 

 イヴが竦みあがって身を捩った。

 

「ふふふ、天井から吊あげることもできますよ。準備しましょうか?」

 

 すると、部屋の隅で見守っていたさっきの女が面白がるように言った。

 フォックスは顔を天井に向ける。

 なるほど、気がつかなかったが、天井には鎖を引っ掛けるような留め具があり、それを使えば、確かに、イヴを簡単に吊りさげることもできそうだ。

 会食の個室のような場所だが、娼館の一画には変わりない。

 だから、そんな仕掛けもあるのだろう。

 

「そうするか。準備してくれ」

 

 トリスタンがイヴの股間に山芋の汁をなすりつけながら言った。

 

「かしこまりました」

 

 給仕の女が壁をとんと叩いた。

 すると、壁が開いて一面の棚が出現する。そこには、性具や拘束具のようなものがびっしりと並んでいた。

 女がそこから鎖と首輪をとって、こっちにやってくる。

 天井の留め具も、音を鳴らしながら下がってくる。そういう仕掛けなのだろう。

 

「いやあああ」

 

 気がついたイヴが泣き声をあげた。



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918 悪人三人と若夫人(3)

 商人の若夫人だというイヴという女は、あっという間に天井から伸びた鎖で首輪で吊り上げられしまった。それだけでなく、やってきた娼館の女は手馴れた様子で、イヴの両膝を肩幅の倍ほどの長さの金属の棒の両端に固定もした。

 両手は背中だ。

 

「ああ、お許しを──。こ、こんなこと嫌です──」

 

 完全に拘束されてしまったイヴが泣き声をあげる。

 だが、こうやって改めて眺めても、やはり平民の女にしてはもったないほどの綺麗な肌だし、それなりの美女だ。

 それをこうやって、脅して弄ぶのだ。

 手配をしたベンガル卿も、なかなか粋なことをするものだとフォックスは思った。

 

 実のところ、ベンガル卿とは長い付き合いというわけではない。

 ロウという男が急に台頭したことで危機感を抱いたフォックスが呼びかけて集まってきた貴族のひとりである。確か紹介はここにはいないコサク伯だ。

 なかなかに目端の効く有能な男であり、任せてしまえば大抵のことはしてくれる。人脈も広く、今回も、目の前のトリスタンというタリオ公国の諜報員の大物と引き合わせてくれた。

 実に素晴らしい。

 フォックスは、泣き叫ぶイブの姿を愉しみながら酒を味わった。

 

「閣下、挨拶もそこそこに申しわけありませんね。しかし、こういうことが好きでしてね。そちらのお方は実によい接待をしていただける。感謝いたしますよ。もちろん、閣下にも。もう少しお待ちください。切りのいいところで中断しますので」

 

 トリスタンが相好を崩して、フォックスに会釈をした。

 

「構いませんよ。俺も愉しんでいる」

 

 フォックスは手に持っていた酒の入ったグラスを目の高さにあげた。

 

「ありがとうございます。その代わり、少しばかり余興をお見せしましょう……。さて、イヴ、もう少し山芋の汁を塗ってやろう。夫の命を助けるためだ。一生懸命に耐えるとよい」

 

 トリスタンが笑いながら再び山芋を手にして立ちあがる。

 そして、無防備状態で首輪で吊り下げられているイヴの股間に、またも山芋の汁を塗り始める。

 

「うわっ、ひゃああ、いやああ──」

 

 イヴが竦みあがって身をよじる。

 

「女、背中から鞭を打ってやってくれ」

 

 トリスタンがイヴの股間に執拗に山芋を動かしながら言った。

 女というのは、給仕にやってきた娼婦女のことだ。イヴをいまの状態に拘束するのを手伝ってからは、部屋の隅に待機をするように立っていたのだ。

 

「かしこまりました」

 

 娼婦女は棚から乗馬鞭を取り出すと、イヴの背中に周り、容赦なくイヴの背中に鞭を打ち付けた。

 

「はぐうっ」

 

 イヴの裸身が激しく跳ねた。

 

「今日の一日で完全に身体を作り替えてやろう。二度と夫のところに戻ろうとは思えんくらいにな」

 

 トリスタンがイヴの股間で激しく動かしていた皮を剥いた山芋を無造作に挿入した。

 だが、フォックスはちょっと目を見張った。

 かなりの太さの山芋なのだ。

 普通の男の男根の倍は太いのだ。

 

「おおおおっ」

 

 イヴが拘束された裸身をのけぞらせた。

 

「どうやら、亭主には十分に可愛がってもらっているようだな。山芋の汁が潤滑油になっているとはいえ、よい呑みっぷりだ」

 

 トリスタンは深々と貫いた山芋をぐるぐると回転させて、しっかりと山芋の汁を塗り込んでいる。

 

「はあっ、はっ、あっ、ああっ、いや、はっ、や、やめて……、あああっ」

 

 イヴが悶え始める。

 喘ぎ声が大きくなる。

 

「もう一度、打て──」

 

 女が背中を鞭で打ち付けた。

 

「あがあああっ」

 

 イヴが絶叫した。

 

「俺も参加してよいか?」

 

 フォックスは訊ねた。

 

「もちろんです。どうぞ。まずは乳房に塗りつけてやってください」

 

 トリスタンは執拗に股間に山芋を塗りたくっている。さらに激しく律動させる。

 

「くはっ、あっ、ああっ、お、おやめに──。はああっ」

 

 イヴは悶えつつも、必死に足を踏ん張っている。倒れれば首輪で首が絞まるのだ。懸命に耐えている。

 

「どれ」

 

 フォックスも立ちあがって山芋を木桶から手に取る。

 イヴの乳首は完全に勃起していた。

 それを山芋の先で転がしてやる。

 

「あああっ」

 

 フォックスはしばらくのあいだ繰り返し、山芋で乳首を転がして愉しんだ。

 そのあいだも、トリスタンによる山芋で股間は続けている。

 

「ひゃっ、ひゃっ、あ、ああ、あああ──」

 

 イヴが身体を痙攣し始めた。

 

「どれ、じゃあ、こちらも塗ってやるか」

 

 フォックスはイヴの背中側に周り、アナルに山芋をあてがった。

 

「ああっ、そ、そこは──」

 

 イヴが身体をよじる。

 しかし、前からトリスタンに山芋で犯されているイヴには、ほとんど動くこともできない。

 アナルにあてがった山芋に力を入れていき、ずぶずぶと沈めていく。

 思いのほか、簡単にイヴは山芋を受けれていく。

 

「うああああっ」

 

 イヴは身体をのけぞらせて絶叫した。

 すると、トリスタンがさらに前側で律動させている山芋の動きを速くする。

 フォックスはそれに合わせて、アナルに山芋を繰り返し抽送していく。

 

「んぐううう」

 

 前後を山芋で犯されるイヴが絶頂を極めたのはあっという間だった。

 拘束された身体でがくがくと身体を震わせる。

 そして、がくりと膝を折った。

 フォックスとトリスタンが犯していた二穴から山芋が抜ける。

 

「んぐううっ」

 

 イヴが首輪でぶら下がったかたちになった。

 首が絞まり、イヴが苦悶の表情になる。

 

「しっかり立たんか──」

 

 トリスタンがイヴの身体を掴んで立たせた。

 

「げほ、げほっ、げほっ──。くはっ、はっ、ああ、はあ、はあ……」

 

 イヴが咳き込みつつ、激しく呼吸した。

 

「かなりの淫乱だな。どうやら、亭主には十分に可愛がってもらっているような。それとも、間男でも連れ込んでいるか?」

 

 トリスタンがイヴの髪を掴んで、項垂れていた顔をあげさせる。

 

「……はあ、はあ、はあ……。も、もうお許しを……」

 

 イヴが肩で息をしながら言った。

 すると、トリスタンがにやりと笑うのがわかった。

 

「いいだろう。じゃあ、しばらくそうしてるといい。次は食事が終わったあとだ。ゆっくりと部屋で相手をしてもらおう」

 

 トリスタンが椅子に座り直す。

 彼の企みは理解した。これだけ山芋の汁を塗りたくれば、すぐに痒みで気が狂いそうになるだろう。

 つくづく、鬼畜な趣味なのだと思った。

 とりあえず、フォックスもテーブルに戻る。

 

「さて、改めて、よろしくお願いします。あなたとは気が合いそうです。なかなかに愉しかった。よければどうですか? 食事の後で一緒に愉しみますか。この続きを」

 

 トリスタンが上機嫌で酒をフォックスに注いでいた。

 フォックスは、杯で受ける。

 

「よいのか?」

 

 フォックスは、思わず相好を崩してしまった。

 

「もちろんですよ。今夜ひと晩で、この女を完全な色情狂に作り替えます。そして、隷属を誓わせてしまいます。できれば手伝ってもらえるとありがたい」

 

「よろこんで」

 

 フォックスは頷いた。

 愉しい夜になりそうだ。

 

「卿もどうだ?」

 

 トリスタンが酒を口にしてから、ベンガル泊に顔を向ける。

 しかし、ベンガル伯は首を横に振った。

 

「申しわけありません。私はちょっと……。どうか、おふたりでお愉しみください。でしたら、私は別の女を……」

 

 ベンガル伯が無表情で頭をさげた。

 まあ、無理強いはできないだろう。

 複数で女を抱くのを好まない者もいる。ベンガル伯もその手合いなのだろう。

 

「まあ、無理には誘わんよ」

 

 トリスタンは肩を竦めた。

 すると、机の上に小さな箱のようなものを出して置いた。

 ぶーんと音がして、テーブルの周りに、薄い透明の膜のようなものが取り巻いた気がした。

 

「……自由に話して結構です。これで、我々の声はそこにいる女たちには届きません。向こうの声が聞こえますけどね」

 

 トリスタンが言った。

 フォックスはちょっと驚いた。

 

「魔道具か?」

 

「ええ、こちらの国にはこういうものはまだ、出回ってないようですね。まあ、便利なものですよ。性能は保証します……。トリスタンです。改めて、ご挨拶申し上げます、フォックス卿」

 

 トリスタンがテーブル越しに手を伸ばした。

 フォックスも、手を伸ばして握手を交わす。

 

「それで、我が国の助力を願っているとか?」

 

 トリスタンはさっきまでの好色そうな表情は消え失せ、真面目な顔になっている。

 

「その通りだ。それに見合う見返りはある……。元宰相として、そちらが満足できるような情報をいくらでも持っている。それを提供できる」

 

 フォックスは考えていた条件を口にした。

 すでに宰相としての地位を失ってしまったフォックスとしては、交渉する材料に乏しいのだが、なんとかして力の挽回を図らなければ、罪を鳴らして一族とともに捕縛されて処刑されるだけだ。

 リンのことでは、うまい具合に戦場で死んでくれたので、リンの裏切りをフォックスが示唆していたことが発覚するのは免れたが、まだ数日だというのに、どんどんとフォックスの権力基盤は小さくなっていっている。

 一時は、数十名にもなったフォックスを中心とする高位貴族たちのグループが、急激にイザベラとロウを認める動きに変わっていっているのである。

 

 なにがそうさせているのか、さっぱりわからないのだが、このままでは、もうフォックスは終わりだ。

 このままなにもしなければ、おそらく、ロウは罪を鳴らして、フォックスを処分してしまうだろう。

 

 実際のところ、冤罪でもなんでもない。

 イザベラが戦場で死ぬように工作したのは一度だけではないし、外郭砦の近郊で独裁官となったロウと対面したときには、はっきりと脅された。

 あのときの恐怖は、フォックスの心にしっかりと残っている。

 生き残るためには足掻くしかない。

 フォックスは、かなり追い詰められているのを感じていた。

 

「いや、見返りはいりません。閣下に協力しましょう」

 

 ところが、話の途中でトリスタンがフォックスを制した。

 フォックスは呆気にとられた。

 いま、協力すると言った?

 そんなに簡単に?

 

「えっ?」

 

「もともと、我が国と貴国は同盟関係の昵懇の間柄──。それがあの成り上がり者が貴国の王太女に近づくことで、関係がおかしくなってきたと認識しています。我々が望むのは、不当に権力を握った成り上がりの排除──。それだけです。我々の友誼に代償は入りません。いくらでもお力をお貸しします。望むのは、あの男が台頭してきた以前の状態に両国の関係が戻ること。それ以外のなにもありません」

 

 トリスタンは言った。

 

「なんと、欲のない」

 

 フォックスは驚いた。

 

「とりあえず、閣下の身をお守りする魔道遣いをふたりほど派遣しましょう。それと護衛も。十人ほどですが、一騎当千のものたちです。きっとお役に立てるはずです。お好きなようにお使いください。万が一のときには、その魔道遣いが閣下とお家族を安全な場所に匿います。しかし、それは最終手段です。閣下には、是非とも貴国の中枢にお戻りいただきたい。あの成り上がりが権力の頂点に居座るなど、許せることではないでしょうに」

 

「それはもちろんだが……」

 

 フォックスが考えていたのは、家族を含めた身の安全の確保と、万が一のときの亡命だ。

 そのためには、王国の情報くらい売り渡すことに躊躇はない。

 

「簡単だ。あの成り上がりが死ねばいいのです。あの男が死ねば、新女王が持っているエルフ国との関係も崩れます。後ろ盾を失った女王は、あなたがた古き善良な上位貴族を頼るしかなくなる。あなたは再び権力の座に戻ることができます」

 

「だが、それは簡単ではない」

 

 同じことはフォックスも考えたのだ。

 子飼いにしていた暗殺者ギルドにも話はした。だが、女王やエルフ国に昵懇で、いつも周囲を守られているロウの暗殺は無理だと拒絶されたのだ。

 失敗のリスクが大きく、失敗すれば、ギルドが確実に根絶やしにされるのは間違いなく、それだけの危険は冒せないというのだ。

 フォックスは首を横に振った。

 

「ならば、それも手配しましょう。腕のいいアサシンです。これまでに百人以上殺してます。難しい依頼でもやり遂げるはずです」

 

「狙うのがロウでもか?」

 

「訊いてみましょう」

 

 トリスタンは、机に置いていた小さな箱を懐に戻した。

 透明の膜のようなものが消滅したのがわかった。

 トリスタンが壁に待機している女を呼んだ。

 

「隣室に人を待たせている。連れてきてくれ」

 

 女が出ていく。

 すぐに、ひとりの老人を連れてきた。

 トリスタンは、女を戻らせて、老人をそばに立たせて、例の箱を置き直す。

 随分と準備がよい。フォックスとトリスタンが暗殺で合意することを予測していたか?

 

「この男の腕は保証する。信用もできる。ただし、それなりのものを渡さなければならない。しかし、元宰相のあなたなら、大した金額ではないと思う」

 

 トリスタンが言った。

 

「ユゴーといいます」

 

 老人が頭をさげた。

 

「なにができる?」

 

 フォックスは言った。

 

「大して。頼まれた者を殺す。できるのはそれだけです」

 

「魔道で守られている者を殺すのは?」

 

「時間さえかけさせてもらえればできます。どんな者にも必ず隙はあります。それを待つだけです」

 

「そんなには待てない。三十日以内──。前金として金貨を百枚。成功すれば、その三倍を渡す」

 

 ユゴーが白い歯を見せた。

 

「すごいですね……。女王でも殺せと?」

 

「それに近い。独裁官を名乗っている男だ。できるか? だが、生き延びるのは難しいかもしれないぞ。先に教えてくれれば、もしも、その場で殺されたとき、報酬はその相手に渡すようにするが?」

 

「そのような相手はおりません。天涯孤独でしてね。それよりも、王宮に忍び込む方法はありますか? 独裁官殿は王宮にいるのでしょう?」

 

「王族用の隠し通路を教えよう。だが、それをどう生かすかは、お前次第だ」

 

「わかりました。やりましょう。三十日以内ですね。できれば王宮以外を追求します。忍び込む必要がないなら、それほど難しいことではないと思います」

 

「どうかな。明日もう一度会おう。そのときに、前金の金貨を渡す」

 

「わかりました。明日の朝に、旦那様のところに伺います」

 

 ユゴーが頭をさげた。

 フォックスは、宿泊の場所を告げようとした。

 しかし、ユゴーはそれを制した。

 

「好きなようにお過ごしください。どこに行かれても、必ず、会いに来ますので」

 

 ユゴーが微笑んだ。

 

「行っていいぞ」

 

 トリスタンが声を掛けた。

 ユゴーが部屋を出ていく。

 

「使える男です。保証しますよ」

 

 トリスタンが言った。

 

「そう思ったな。感謝する」

 

「いえ、両国の友情のためですよ。それと、閣下とは個人的にも友誼を結びたい。気が合いそうだ。さっきの責めは、なかなか堂に入っていた。一緒に愉しみたいのもです」

 

「こちらこそだ」

 

 フォックスは笑った。

 そのときだった。

 

「う、ううう……。お、お願いです……」

 

 鎖で吊られているイヴが哀願の言葉を口にしたのが聞こえてきた。

 見ると、イヴは身体を真っ赤にして、開脚されている太腿を懸命に動かしている。

 顔からはぼろぼろと涙を流している。

 

「どうしたのだ? 許してくれというので休ませてやっておるだろう。見ての通り、いまは食事中だ。しかも、始めたばかりだ。しばらく、待っておれ」

 

 トリスタンがさっきの小さな箱を机から取り外してから、イヴに向かって言った。

 透明の膜のようなものが消滅したのがわかった。

 

「ああ、か、痒いのです……。お願いでございます……」

 

 しかし、イヴが激しく首を横に振る。おそらく、掻痒感でじっとしていられないのだろう。

 無理もない。

 あれだけ、山芋の汁を塗りつけられれば、痒みで気が狂いそうになってもおかしくない。

 

「待てと言っただろう」

 

「でも、我慢できません──。どうか、お願いします。拘束を解いてください──。ああ、お慈悲を──」

 

 イヴが身体を揺すりながら訴えた。

 

「どこが痒いのだ?」

 

「あ、あの……。む、胸が……。そ、それに性器も……」

 

「それだけか?」

 

 フォックスも横から口を出す。

 

「うう……。お、お尻の穴も痒いですっ──」

 

 イヴが絞り出すように言った。

 もう、慎みも躊躇いも気にしている状況ではないのかもしれない。イヴの身体の身悶えはかなり激しくなっている。

 

「いいだろう……。女──。右手は首に繋がっている鎖に繋いで、左手だけを解放してやれ」

 

 トリスタンがさっきの娼婦女に声をかけた。女は乗馬鞭を持ったまま待機していたが、すぐに新しい手錠を棚から出してきて、イヴの後ろに回る。

 後手の手錠を外して、右手首に新しい手錠を掛けると、首と天井に繋がっている鎖に手錠をかけた、

 

「え?」

 

 イヴは少しのあいだ呆然としていたが、すぐにはっとしたように、自由になった左手を自分の乳房に持っていった。

 だが、さすがに躊躇ったようであり、それが寸前でとまる。

 

「どうしたのだ? 自由にしてやった。好きなようにしていいのだぞ」

 

 トリスタンが目の前の皿の料理を食べつつ、イヴに言った。

 随分と意地の悪い男だ。

 フォックスはほくそ笑んでしまった。

 

「くっ」

 

 結局、イヴが我慢したのは、ほんの少しだった。

 すぐに自分で右の乳房をひと握りすると、強く揉み始めた。

 

「ああっ」

 

 イヴが声をあげた。

 そして、乳首を二本の指で挟み付けてぐりぐりと動かし、先端に爪を立てるようにして動かしだした。

 

「あっ、ああっ、うああっ」

 

 激しく悶え始めた。



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919 悪人三人と若夫人(4)

 インフルエンザで三日ほど高熱と喉痛で寝込んでおりました。予防接種は打っていたのですが……。
 やっと熱は下がりましたが、医師の指示で、あと二日間は自宅待機です。
 皆さまもお気を付けください。

 *



「うああああっ」

 

 イヴが奇声をあげて、唯一自由な左手で自分の胸を愛撫し始めた。

 指と指で乳首を挟んで、必死になって絞りあげている。

 しばらく、放置されていた分だけ、山芋の汁がたっぷりと塗られている胸の掻痒感が解放される快感が激しいのだろう。

 イヴは、首輪で天井から伸びた鎖で吊られ、膝のあいだに挟まれた棒で開脚させられている全裸姿だ。その状態で左手だけを自由にされた途端、狂ったような自慰行為を晒しだした。

 若い女であれば耐えられないような醜態であるはずだが、そんなことも顧みる余裕はないのだろう。

 フォックスは、トリスタンという男が作り出した目の前の淫らな光景を肴に酒を愉しんだ。

 それにしても、実に面白いことを考える男だ。

 

「どうです? 古典的な責めだが効果は抜群だ。これでも、それなりの商家の若夫人なのですよ。そうですよな?」

 

 トリスタンが食事の手を休めて言った。トリスタンが声を掛けたのは、ベンガル卿だ。

 だが、すでに防音具は収納しているので、名前は呼ばないように気をつけているのだろう。トリスタンはベンガル卿のことを視線だけで呼びかけた。

 ともかく、この夫人を罠に掛けて、このトリスタンの性癖の生け贄として連れ込んだのは、このベンガル卿だ。

 そのベンガル卿は、トリスタンの問い掛けに対して表情を変えることなく、静かに口にしていた杯をテーブルに置いて頷く。

 

「左様ですな。だが、いささか品のないようだ。少しは慎むがいい」

 

 なぜか、ベンガル卿は不満そうだ。

 

「そう言ってやるな。それだけの効果があるということだ。だからこそ、多用されて陳腐ではあるがな……。おっ、今度は反対の胸を愛撫を始めたぞ」

 

 トリスタンは愉しそうだ。

 フォックスたちに対して、テーブルを挟んで正面に立たされて吊られているイヴは、いまや懸命に自分の胸を揉み続けている。

 だが、簡単には掻痒感は消えないのだろう。 

 唯一自由になる左手で、左右の胸をいったりきたりさせて、激しく揉みしだいている。

 

「随分と激しいのう。もしかして、その山芋には、なにか特殊なものでも混ぜてあるのか?」

 

 フォックスはあまりにも常軌を逸したようなイヴの激しさに疑問を抱いてしまい、トリスタンに訊ねた。

 

「特別な薬液に二日ほど浸した山芋です。普通の山芋の汁の数倍の痒みを与えるともに、一度塗られれば狂ったような痒みは、いくら掻いても一日は消えないという効果があります。解毒剤があれば別ですけどね。まあ、ちょっとした毒ですな。実のところ、我が国の薬学術も、我が大公陛下の指導のもと、貴国に比べて、いささか発展しておりましてね」

 

 トリスタンが大笑いした。

 フォックスは、あからさまな自国自慢に少々呆れてしまった。

 

「だめええ、もう、我慢できないいい──」

 

 イヴが左右の胸を交互に掻きあげていた左手を股間にもっていった。そして、股間を手のひら全体で握りしめるようにして擦りあげる。

 

「んんあああっ、あああ」

 

 こうやって食事の余興にされているのはわかっているだろう。

 それでも、やめられないに違いない。それだけの掻痒感ということか。

 イヴが股間を動かす左手の人差し指は、どうやらしっかりと股間に喰い込ませているようだ。

 

「おおおおっ、おおおおっ」

 

 イヴは棒の両端に拘束されている膝をがくりと落としかけた。

 しかし、身体を沈めたことで首輪が首を絞めることになり、頭の上側で鎖に手錠で繋がっている右手でなんとか、慌てて身体を伸ばす。

 しばらく観察していると、同じような動作を幾度か繰り返すようになった。

 股間からはおびただしいほどの愛液が指のあいだからこぼれている。

 

「うんんっ、あうんっ、ああっ」

 

 イヴの声が大きくなった。

 よく見ると、いつの間にか、イヴが自分で膣に挿入している指は浅ましいほどの指使いに変わっている。入口を押し広げるようにぐるぐると内側で円運動をさせているのだ。

 

「なんとも、みっともないことよ──」

 

 フォックスはその姿に笑ってしまった。

 

「そのくらいで十分だろう。手を右手と同じように拘束しろ」

 

 トリスタンが指示する。

 イヴのそばで待機していた女がイヴの左手首を掴んだ。一方の手には新しい手錠を持っている。

 

「うあああっ、待って──。もう少し──。もう少しだけ、お願いよおお──」

 

 イヴは取り乱したように、掴まれた左手を振り払うと、その手をアナルに向かって伸ばした。

 

「諦めなさい、奥さん──」

 

 だが、女はその手首に手錠を掛けると、強引に引きあげて、頭の上の鎖に繋げてしまった。

 

「あああ、お、お願いよおお──。どうにかして──。痒いの──。痒くて死にそう──。助けてええ──」

 

 イヴは首輪と天井を繋げている鎖に両手を繋がれたまま、淫らに身体をくねらせる。

 

「続きは、その女に頼むがいい。女、まだ山芋は残っている。それで擦ってやれ」

 

 トリスタンが女に声を掛けた。

 とことん、責め落とすつもりか……。

 フォックスはほくそ笑んだ。

 

「あら、あたしがしていいのですか? わかりました」

 

 女がワゴンの木桶から細めの山芋を手に取る。もちろん、皮はしっかりと剥いてある。

 

「じゃあ、あのお役人様のご命令だから、お前の堪え性のない身体を慰めてやるわ。ほら、これでいいの?」

 

 女が汁のにじんだ山芋の先端をイヴの胸に押しつけた。

 

「あああっ、いいいいっ」

 

 イヴは気が狂ったかのように、山芋の先端を当てられた胸を自ら激しく動かす。山芋の先でイヴの完全に勃起した乳首が上下左右に動き回る。

 

「はあああっ」

 

 イヴがのけぞって甘い声をあげた。

 

「ここはいいのかしら? そういえば、まだなにもしてないんだっけ?」

 

 女がイヴの胸から山芋を離して、後ろからアナルに押して当てるのがわかった。

 

「ひあああっ」

 

 イヴが後ろにお尻を突き出すようにして、山芋の先に自分のアナルを押し当てる。そして、淫らに尻を揺り動かす。

 

「はううっ、も、もっと──。もっと強く──。もっと強く当てて──」

 

 そのあいだも、拘束されている裸身を懸命に動かして、山芋の先にアナルを擦る付けている。

 だが、これだけ狂わされている山芋の汁をさらに身体に擦りつけたりすれば、後々、さらにイヴを狂わせることになるかは明白のはずだ。

 それを考えることもできないくらいに、掻痒感に追い詰められているのだろう。

 あまりの淫らな姿に、フォックスは半ば呆れてしまう。

 

「あらあら、みっともないわねえ。ちょっとお預けよ」

 

 すると、女がすっと山芋をイヴから離した。

 

「ああ、離さないで──。もっとよおお。お願いいい」

 

 イヴが離れた山芋を追いかけるように、後ろの腰を突き出しながら泣き叫ぶ。なんとも哀れな姿だ。

 フォックスは相好を崩してしまった。

 

「どうですか。そろそろ、細かい具体的な話に移りませんか。余興としてはもう十分でしょう?」

 

 すると、ベンガル卿が声をかけてきた。

 愉しそうに見物していたトリスタンがベンガル卿に視線を向ける。

 

「んっ? そうか?」

 

「はい。このイヴは、お役人様の部屋に運んでおきます。寝台に四肢を拡げて繋げておきましょう。そこにいる店の女に見張らせておきますので、こちらで、ゆっくりと話し合いとしませんか……。その頃には、さらに、このイヴもできあがっていることと思いますが……」

 

「なにも興味なさそうにしておったから、こういう趣向は個人的には好かんのかと思ったが、そなたは、この状態のイヴとやらを別室で待たせると? そっちの方が冷酷ではないか? まあいい。その通りにしよう。確かに、ちょっとは真面目に話しもせんとな」

 

 トリスタンが笑いながら言った。

 ベンガル卿が立ちあがる。

 

「では、私が運んでおきましょう。しばらくおふたりで話し合いを……。さて、女、まずは、イヴを背中で拘束し直せ。上の階に移動させるぞ」

 

 ベンガル卿はイヴが吊られている場所まで移動し、店の女に命じて革帯のようなものを準備させた。

 そして、一度、イヴの両手首の手錠を外させると、強引の背中の後ろで水平にさせ、革帯で両手を一緒に巻き付けてしまう。

 さらに、首輪に短い鎖を繋ぎ直させると、天井から繋がっている鎖を外させた。

 なかなかに手際がいい。

 次いで、ベンガル卿は、イヴの両膝のあいだにある棒を外そうとした。

 

「そのまま連れて行け。俺たちが向かうまで、歩きながらであろうと股に刺激は許さん。ゆっくりと階段を昇らせるといい」

 

 だが、トリスタンが声を掛けた。

 

「……そうですか」

 

 ベンガル卿が立ちあがる。膝の棒枷はそのままになった。ベンガル卿がイヴに目隠しを施す。

 そして、イヴの首輪に繋がっている鎖を手に持つ。

 

「行くぞ」

 

 廊下に向かって進み始める。

 

「ああっ、痒いいい──。許して──」

 

 イヴが泣き叫んで暴れそうになる。そもそも、両膝に棒が挟まっているので、ゆっくりとしか進むことができない。

 

「しっかりと、歩きなさい──」

 

 後ろからついていく店の女が乗馬鞭でイヴの尻を打った。

 

「ひいいっ、も、もっとよ──。もっと打って──」

 

 激痛で痒みが削がれるのが、イヴが鞭を哀願するような言葉を叫んだ。

 

「いい加減にしな──」

 

 すると、女が今度は背中に鞭を放った。

 

 

 *

 

 

「ああ、痒いいい──。なんとかしてよお」

 

 二階から三階にあがる階段の踊り場で、ついにイヴが泣き叫んで動かなくなった。

 仕方なく、イヴの首輪に繋がる鎖から手を離した。

 休憩させるしかないか。

 とりあえず、魔道具を使って周囲に防音を施してから、イヴにしていた目隠しを外す。

 だが、この娼館の娼婦も従業員も全員が仲間だし、歩いている階段はほかの客が進む可能性がある場所ではないとはいうものの、こんなところで芝居をやめるのは、ちょっと不用心すぎるだろう。

 イヴに説教くらいはしておくか。

 

「声を出すな。誰に聞かれるかもわからんのだ」

 

 舌打ちとともに、イヴの耳元で告げる。

 だが、目を血走らせたイヴが睨みつけてきた。

 

「ふざけんじゃないわ。こ、この苦しみがあんたにはわかんないのよお──。こ、この痒みをなんとかしてくれないと、あたしは一歩だって、進まないから──」

 

 イヴが踊り場の壁に身体を密着させた。

 なにをするのかと思ったら、驚いたことに乳房を壁に擦りつけてごしごしと擦り始めた。

 

「あああっ、きもじいいい──。だけど、掻けないいい──。痒い場所に届かなあいいい──」

 

 イヴが涙をぼろぼろと零しながら叫んだ。

 どうやら、股を壁に擦りつけようとしているようだが、大きな胸が邪魔で股に壁が当たらないのだ。

 まあ、当たったとしても、それで股間の奥の奥にまで染み込んでいると思う山芋の汁の痒みが消えるわけもない。

 ちょっと呆れてしまった。

 それにしても、なんともみっともない姿だ。

 このイヴがこれだけ乱れるのだから、あのトリスタンとかいう男が持ち込んだ特製の山芋の効果は凄まじいのだろう。

 

「うわっ、イヴ姐さんがこんなになるなんて、つくづく、あたしが夫人役じゃなくてよかったよ」

 

 すると、後ろからついてきていたアリアが言った。

 この娼館の女にやつしていた女であり、ついさっきまでフォックスとトリスタンがこのイヴを責めるのを手伝わされていた女だ。

 もちろん仲間である。

 

「お前じゃ務まるものか。あのトリスタンという変態は、無垢な女を追い詰めて、無理矢理に奴隷の誓いをさせるのが趣味なのだ。この後、さらにイヴは拷問される。お前なら、あっという間に追い詰められて、隷属の誓いをさせられてしまうだろう。そうなれば、救出するのが面倒になる」

 

 そう言った。

 あのトリスタンという男に手っ取り早く手の者を送り込むには、あの男の変態趣味につけ込むのが一番いいというのはわかっていた。

 変態趣味というのは、奴隷集めだ。

 若くて綺麗な女を無理矢理に奴隷にして蒐集するのが趣味だという男であり、イヴはそのために、適当な商家の若夫人ということで、今回引き合わせたのだ。

 しかし、本当に隷属させるわけにはいかない。

 

 トリスタンは、隷属をさせるためのあの手この手の苦悶を過程を愉しむのであり、隷属さえしてしまえば、それで気が済むのか、執着が消えてしまうのだ。

 だから、あっという間に、適当な娼館か、奴隷商人に売ってしまうこともある。

 そういう男なのだ。

 つまりは、できるだけ耐えて、隷属が刻まれるのを耐えるのが効果的だ。少なくとも、そのあいだは、あの変態は獲物になった女を手元に置き続ける。

 だから、このイヴが生け贄役の女夫人を演じることになったのだ。

 

「あたしだって、もたないわよ──。こ、こんなに辛いなんて思わなかった──。なんなんよ、この山芋の痒さは──。常識外れよおお」

 

 今度はイヴが壁に身体をどんどんと叩きつけだした。

 慌てて壁から引き離す。

 壁を叩く音など防音効果の範囲外だ。

 そもそも、人目がないとはいえ目立ちすぎる。

 

「いい加減にしろよ。そもそも、お前はこのまま、あいつの部屋に連れていって拘束されるんだぞ。おそらく、あのトリスタンとフォックスは、ふたりがかりでお前の身体をいたぶるだろう。それこそ、痒み責めを追加してな。その調子で耐えられるのか? 少なくとも二日は粘ってもらわないと困るんだがな」

 

「ううう……。か、必ず二日で回収しなさいよ──。さ、さもないと、隷属を誓ってしまうからね──。あああっ、だけど、痒いいい──。一度でいいから──。せめて、一度──。一度掻いてえええ」

 

 イヴがその場に蹲って泣き始めた。

 だめだ、これは──。

 仕方ない……。

 

「アリア、見張ってろ──」

 

 イヴの腰を後ろから抱えて強引に立たせる。そして、腰を引かせて後背位の体勢にさせる。

 

「えっ、ここで? せめて部屋についてからにしたら?」

 

 アリアの呆れた声がした。

 だが、首を横に振る。

 

「いや、部屋ですれば、痕跡が残る。匂いとかな。ああみえても、あのトリスタンは敏感だ。有能な諜報の長なのだ。妙な痕跡を残したくない。だったら、ここの方がいい。この経路は通らない」

 

 イヴを片手で支えたまま、反対の手で自分のズボンを緩めて下着とともに一気に足首まで落とす。

 そして、自分の手で数回一物を擦って刺激して勃起させると、すぐにイヴの股間に後ろから挿入する。

 

「んああああっ、いいいいい──」

 

 背後から貫くと同時に、イヴが自分から激しく腰を振って嬌声を喚き散らす。

 

「馬鹿者──。せめて、声を抑えろ──。防音の処置をしたといっても限度があるぞ」

 

 イヴを後背位で犯しながら言った。

 

「わ、わかった──。あっ、あっ、あっ、で、でも、後でアナルも……。アナルもよ──。ねえ、ねええ──、あああっ」

 

「わかってる。だから、二日間、耐えろ──」

 

 さらに激しく突きながら言った。

 だが、イヴの嬌声が大きくなるばかりだ。しかも、ちょっとでも痒みを癒やそうと、ものすごい力で股間を締めつけてくる。

 それが気持ちいい。

 たちまちに射精感に追い詰められる。

 

「馬鹿はふたりともよ──。ああ、もういいから、早くしてよ。それと、もっと静かに──」

 

 アリアが困ったように言葉を掛けてきた。

 すると、歯を喰いしばる表情で、肩と頭を壁に密着しているイヴが顔だけを曲げてアリアに向けるのがわかった。

 

「うっさい──。あ、あんたに、生け贄役をさせるわよ──。あ、あああっ、いいいいっ」

 

 そして、アリアに向けて怒鳴った。

 イヴはかなり頭に血が昇っているようだ。

 

「うわっ、怖い。だけど、イヴ姐さん。あたしがあの変態たちがあがってくるまで、見張り役ってこと忘れてない? あんまりききわけがないと、四肢を拘束した姐さんをくすぐっちゃうかもよ」

 

 すると、アリアが戯けた口調で言い返す。

 アリアも負けてないな。普段は仲がいいのだが……。

 ちょっと笑いそうになった。

 

 それはともかく、そろそろ限界だ。

 一度、イヴの股間から怒張を外に出す。

 今度はアナルに挿入し直す。たっぷりとイヴの愛液で濡れているので、それで十分な潤滑油代わりだ。

 

「うほおおおっ、ぎもじいいいいっ」

 

 イヴが泣くような悲鳴をあげた。

 

「だから、もうちょっと静かにしてって──」

 

 アリアがまた叱咤の声をあげた。



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920 凱旋パレードの大花火

 凱旋馬車は、一郎たちを乗せて、ゆっくりと王都の大通りを進んでいる。通常の王軍の王都内の軍隊行進だけでも珍しいのに、おそらく、ハロンドール王国史上初めてのエルフ族だけの隊もパレードに加わっているのだ。

 王都全部どころか、周辺地域からも民衆が集まっているのではないだろうか。

 とにかく、凄まじいほどの熱狂と歓声である。

 それくらいの群衆の集まりだ。

 多分、今日という一日は、この王都ハロルドの商活動は停止状態に違いない。

 アネルザやマアには、できるだけ派手に宣伝をしてくれと頼んだこともあり、今日のイザベラの女王としての初めての凱旋パレードに、積極的に参加しない者はひとりとしていないと思う。

 

 ハロンドール王国の王都ハロルドは、大陸における最大都市ということだった。もっとも、マアによれば、大陸の西側の沿岸諸国と呼ばれてる海岸都市国家を経由して大海を渡れば、もっと大きな国々もあり、このハロルド級の都市も珍しくないらしい。ただ、こちら側の大陸では、王都ハロルドが群を抜いた大都市であることは間違いない。

 本当に見渡す限りの沿道に人が集まっている。

 

 ところで、海の向こうの大陸というのは、ほとんど一年以上の時間をかけて往復するような遠い世界らしく、事実上、こちら側の大陸世界との交流はないそうだ。

 例外は、細々とではあるが沿岸国家の海洋人たちが繋ぐ貿易であり、彼らは、果てしない海を年単位の時間をかけて往復して海洋貿易を営むそうだ。

 そして、マアによれば、大洋の向こうにある文明は、どうやら一郎の元の世界の東洋文明によく似ているかもしれないそうだ。話を聞く限りにおいては、「和風」というよりは「中華風」という感じではあるものの、一郎のイメージする和風文化の国もあるということだった。

 

 いま、一郎が身につけているのも、一郎のイメージとしては、平安時代の貴族男の装束の狩衣(かりぎぬ)(はかま)だが、マアはそのイメージを聞いて、海の向こうにある大陸の装束に似たものがあると口にしていた。

 その外世界の文化が強く影響されているのが、ハロンドール王国の北側にあるエルニア王国らしく、一郎が身につけているようなものは「エルニア風」ともいうそうだ。

 

 そして、このエルニア風の「貴族装束」には、ひとつの工夫がある。

 着物の上に、首からかける七色の糸を使った刺繍模様のある体幅の半分ほどの幅の前掛けがあり、それで一郎の腰の部分くらいまでを覆わせているのだ。

 前掛けなので、その下に手を置くことで、一郎の悪戯を隠してくれるというわけだ。それだけでなく、袴には股間を出す特別な切れ込みもあり、そこから一物を出しても前掛けが隠してくれ、工夫をすれば、このまま女たちを後ろから犯すことさえできるというわけである。

 だから、一郎の前にエリカ、イザベラ、ガドニエルの三人の美女を密着して立たせているのだが、後ろからなにをしても、下から見あげる群衆にはわからない。

 とにかく、やりたい放題だ。

 

 しかし、凱旋行進が始まってかなり経つが、実のところ、悪戯らしいことはまだなにもしていない。ただただ、前掛けの下に隠す手で、女王ふたりの生尻を撫でているだけである。

 だが、それこそが、意地の悪い責めだ。だから、なにもしないのだ。

 エリカを含めた三人の美女の腰は、いよいよ艶めかしく震えるようになってきていた。

 

「くっ、あっ、ああ」

 

「ご、ご主人様……。ああ……」

 

 喰いしばる歯から零れるイザベラとガドニエルの甘い呻きは、だんだんと大きなものにもなっていた。まあ、いくら騒いでも問題ない。

 これだけの歓声だ。

 凱旋馬車の上で絶頂の声を響かせようとも、おそらく、群衆には届かない。実に羞恥責めにはもってこいの状況である。

 

 三台の凱旋馬車の先頭になるこの馬車の上には、七人の人間が乗っている。

 最前列は、左からエリカ、イザベラ、ガドニエルであり、イザベラとガドニエルの後ろから密着する位置に一郎、エリカに密着する位置にコゼが立っている。

 その後ろには、シャーラとミウだ。

 

 最後尾のふたりはともかく、一郎とコゼの役割は、先頭の三人への羞恥責めだ。

 そして、凱旋パレードも、まだ半分も進んでいないが、すでに三人ともかなり追い詰められている。

 女王ふたりには、前と後ろの穴に掻痒剤をたっぷりと塗ってやっているし、エリカには、限界までの尿意を与えている。

 一郎の前であるイザベラとガドニエルとエリカは、必死に股間とアナルの痒み、あるいは尿意に耐え、脂汗で足もとに水たまりを作りながら、必死に裸身を震わせているというわけだ。

 

「……お、お願い……。ロウ様……。手錠を外して厠に行かせてください……」

 

 コゼから背後から股間をくすぐられながら、エリカが必死の哀訴を口にした。

 エリカの裸身は少し前から、おこりにかかったようにぶるぶると震えていた。全身の毛穴という毛穴からは、脂汗が噴き出していて、水でも被ったように、白い肌が濡れている。

 また、手錠というのは、三人の全員の左手首を手摺りに繋いである拘束のことだ。そんなものをしなくても、三人は一郎たちの悪戯に抵抗できないのだが、自由を奪うのは、すっかりとマゾに染まった三人が、それだけで興奮もするからだ。

 まあ、気分である。

 

「厠になんかいく暇があるものか。遠慮はいらん。そこで垂れ流せ。もっとも、全裸であることは、カモフラージュ・リングが欺騙してくれるが、放尿は欺騙効果の外だから、放尿中は効果が一時的に消滅する。それは覚悟しておけ」

 

 一郎は女王ふたりの尻を撫でながら、笑いながらエリカに向かって言った。

 

「そ、そんなあ……」

 

「まあ、大変ねえ……。でも、あんまり我慢しちゃ、身体に悪いわよお」

 

 そのあいだも、コゼはエリカの後ろからクリピアスを弾いたり、回し動かしたり、あるいは、太腿の付け根をゆっくりとさすったりということを繰り返している。

 こういうときにはコゼも遠慮しないし、むしろ、積極的にエリカを責める。そして、コゼもわかっているから、エリカが我慢できるような抑えた刺激しか与えてない。

 そうやって追い詰めるのである。

 

「あ、あんた、いい加減に……」

 

 エリカは怒った顔を振り返らせてコゼを睨む。

 だが、それすらもコゼは愉しそうだ。

 

「いい加減になに? もっと強くして欲しいの?」

 

 コゼがくすくすと笑って、今度はエリカの左乳首のピアスを指で弾き動かした。こういう愛撫もリングの効果で沿道の群衆はわからない。

 しかし、それによって艶めかしく動くエリカの痴態は、ちゃんと観衆の眼には移っている。

 

「くあっ、あああっ」

 

「ふふふ、どうしたの? もっと抵抗しなさいよ。さもないと、どんどん酷いことしちゃうわよ。エリカ」

 

 コゼがさらに乳首ピアスを激しく揺する。

 

「ひゃああっ──。お、覚えてなさいよ──」

 

 エリカが身体をくねらせながら、コゼを怒鳴りつけた。

 一郎も、女王たちをじわじわと追い詰めながら、横からふたりが繰り広げる淫らな光景を愉しんだ。

 一郎自身が責めるのもいいが、性奴隷の女同士が責め合うのを眺めるもの、なかなかに興奮する。

 

 いずれにしても、エリカにしても、女王ふたりにしても、一郎やコゼの淫らな手を阻むことはできない。

 それこそが、一郎が施したカモフラージュ・リングの「条件付け」だ。

 なによりもこの羞恥凱旋式の醍醐味は、主役になるイザベラたち三人の美女が完全な全裸であることにある。ただ、前にいる三人が実は全裸であることがわかるのは、一郎と一郎の身体に片手を触れさせているコゼのみである。

 ほかの者には、三人ともちゃんと豪華な衣装をまとっているように見えるはずだ。

 

 しかし、女王ふたりにしろ、エリカにしろ、一郎やコゼが加える悪戯をちょっとでも抵抗して避けようとすれば、たちまちにカモフラージュ・リングの効果が消滅して、実際の全裸姿がたちまちに露わになることになっている。

 しっかりとそれを教えて脅してもいる。

 だから、なにもできずに、三人とも耐えるしかないというわけだ。

 

 それはともかく、「悪戯をする手に自分から触るとリングの欺騙効果が消滅する」──。

 これがカモフラージュ・リングの今回の条件付けだ。条件付けは、ほかのものにも変えることができる。いろいろと趣向を凝らして、今後も、このリングで羞恥責めを愉しみたいとも思っている。

 

 また、実は全裸であるイザベラたちがどんな衣装を身につけているように見えるかは、群衆のひとりひとりによって異なる。

 一郎の製作したリングには、それぞれの者が感じるもっとも美しいと思う装束が潜在意識に加わるような催眠効果が発散するようにしてあり、千差万別なのだ。

 実は全裸であることがわからない代わりに、明日には、どんな服装だったかの記憶も残らない。なにしろ、実際にはなにもないのだ。記憶に残るのは、「とにかく美しい衣装だった」ということのみである。

 

 ともかく、この魔道具を淫魔術で作るのに、一郎の身体から淫気がごっそりと消滅したのを覚えている。

 まあ、どれだけ大量の淫気を一気に消耗したとしても、そうやって、ただ頭に思い浮かべただけの愉快な淫具を現実化することができるのだから、本当に能力が限界突破したのはありがたいと思う。

 

「ああ、も、もう我慢できませんわ……。ご主人様、か、痒いです……。お、お情けをお願いしますわ……」

 

 ずっと黙って我慢していたガドニエルとイザベラのうち、ついにガドニエルが最初に音をあげた。

 ずっと尻を撫でるだけで、なにもしなかったのは、こうやって、どちらかが哀願するのを待っていたのだ。

 まあ、ふたりの女王のうち、先に屈服するのは間違いなくガドニエルだとは思っていたが……。

 

「ははは、どうした女王様? 尻を刺激して欲しくなったか?」

 

 一郎は、ガドニエルの尻たぶを撫でていた手をすっとアナル近くまで寄せた。しかし、アナルそのものには触れない。痒みのぎりぎりの場所まで留めている。そこを指で軽く掻いてやる。

 

「ああん──。い、意地悪です──。も、もっとです──」

 

 ガドニエルが泣き叫ぶ。

 だが、その声がかなり大きい。

 一郎は笑ってしまった。

 

「ガ、ガド、静かに──」

 

 エリカが怒鳴る。

 

「あんたは、おしっこの我慢に集中しなさい」

 

 コゼがエリカの胸で動いていた手を下におろしたのがわかった。視線を送ると、エリカの下腹部をぐっと押すような仕草をしている。

 

「ひにゃああっ、やめええっ」

 

 エリカが腰を引いて叫んだ。

 

「エリカさんこそ、声が大きいです」

 

 後ろにいるシャーラが慌てたように声をあげる。

 急に賑やかになったみたいだ。

 一郎は、気が逸れているのを狙って、立ち位置をずらしてガドニエルの真後ろについた。

 前掛けの下から一物を出す。

 あまり腰を引かせると目立つので、不自然にならないぎりぎりのところまで腰をぐっと引き、一気にガドニエルのアナルに怒張を貫かせた。

 一瞬にして、潤滑油をまとわせたものの、解してもないアナルへのいきなりの最深部への挿入は、きついかもしれない。

 まあいいか──。

 

「ひにゅうううう──」

 

 ガドニエルが奇声をあげて、身体を縦に硬直させた。

 

「えっ?」

 

「うわっ」

 

「なに?」

 

 女たちが驚いて注目する。

 そのときには、一郎によるガドニエルへのアナルへの律動は始まっている。無理のある部分は、淫魔術でガドニエルのアナルを一時的に膣ほどの柔らさに変換する。

 あとは、淫魔術で感じる赤いもやの部分を激しく亀頭の先で刺激するだけだ。

 

 「ああああっ」

 

 ガドニエルの身体ががくがくと痙攣する。

 「快感値」が一気に零に近づいた。

 それでも、これでもかと、最大の快感をガドニエルに送り込む。

 

「うああっ、ああっ、んああああっ」

 

 ガドニエルが全身を突っ張らせて、大きな嬌声をあげた。

 一郎がアナルを犯しているのはともかく、ガドニエルの痴態ははっきりと群衆には目の当たりのはずだ。

 だが、それほど気にしている者はいない感じだ。

 さて、どれくらいすれば、群衆が違和感を覚えるのか……?

 

「あっ、ああっ、ほおおっ」

 

 ガドニエルが上下に身体をぐんぐんと伸び縮みさせ、やがてぴんと突っ張らせる。

 

「おほおおおっ、んんんんっ」

 

 絶頂したみたいだ。さすがに、ガドニエルにはあまり堪え性もないか……。

 ガドニエルが大して我慢もしていない声を響かせるのを、一郎は口づけをすることで声を塞いだ。

 

「んんんんっ」

 

 ガドニエルが自由な右腕でがっしりと一郎を掴んだ。

 邪魔をしているわけではないので、カモフラージュ・リングの効果解除には至らない。

 周りには、凱旋馬車の上で、突然に一郎とガドニエルが口づけを交わしたようにしか見えないはずだ。

 ガドニエルの身体が捻られたことで、さすがに怒張が抜ける。

 がくんとガドニエルの膝が崩れた。

 一郎はそれをしっかりと片腕で支える。

 よくわからないが、わっという歓声が沿道から爆発する。

 しばらく、ガドニエルとの口づけを愉しんでから、一郎はガドニエルを離した。

 

「はああっ、はあ、はあ、はあ……。ああっ、ま、まだですうう──。まだ、痒いいい──。ま、前も痒い──。なんとかしてください、ご主人様。あああっ」

 

 しかし、ガドニエルはがしゃがしゃと左手首の手錠を鳴らしながら、哀願の声をあげた。

 まあ、当然だろう。

 アナルを犯されたことで、まだ放置されている股間はいよいよ痒くなったはずだ。

 それだけでなく、射精に至らなかったので、いまや癒やされたアナルについても、すぐに痒みはぶり返すはずだ。

 

「ガドニエル女王陛下、静かに──」

 

 シャーラが慌てたように言った。

 一郎はほくそ笑んだ。

 そして、今度はイザベラのアナルにすっと手をやる。

 ただし、アナルの表面をちょっとくすぐる程度だ。

 この刺激だと、むしろ薬剤による痒みは爆発するだけだろう。

 

「んんんんっ、や、やめええっ」

 

 イザベラががくりと膝を折る。

 だが、左手首の手錠が、イザベラが腰を落とすことを許さない。

 

「イザベラはいいのか? もう痒みも限界じゃないのか?」

 

「く、くうっ、そ、そなたは……」

 

 イザベラが脂汗にまみれた真っ赤な顔を一郎に向ける。

 

「うううっ、うくううっ」

 

 そのとき、横からくぐもった声がした。

 エリカだ。

 コゼは、何度も何度も執拗に繰り返して、エリカの太腿を撫でたり抓ったりしていたみたいだが、そのエリカから一際大きな呻き声が洩れたのだ。

 

「出そうですよ」

 

 コゼが手を離す。

 

「ミウ──」

 

 一郎は合図した。

 

「はーい」

 

 ミウが元気な声をあげる。

 事前に命じていたのは、一郎が合図をしたら、魔道で大きな花火を連発してあげろということだ。

 実のところ、これだけ魔道が発達しているこの世界でも、一郎の元の世界にあった花火のようなものはなかった。

 同じようなものでも、単に宙で火炎が爆発するようなものにすぎない。

 だから、一郎はスクルドとミウに教えて、色とりどりの火炎を混ぜて、空中に火炎の花を咲かせることを研究させた。

 概念さえ提案すれば、スクルドとミウは見事な花火技術を魔道で完成させてくれた。

 それを世間にお披露目するのは、これが初めてだ。

 いまは昼間だが、ミウほどの高位魔道士にかかれば、一瞬だけ一帯の空の明るさを暗くする魔道を並行させることもできる。実際にそうしている。

 

「たーまーやああ──」

 

 ひゅるひゅると花火のもとが宙にあがるあいだに、ミウが叫んだ。

 この世界に「玉屋」の言葉はないが、一郎がそういうものだと教えたら、スクルドもミウも、花火魔道の練習をするたびに、愉しそうに声をあげるようになった。

 

 ど──ん。

 ど、どどどーん──。

 どーん。

 

 一発ではない。

 三発、四発という花火が束の間の空に連続で炸裂している。

 一郎が調べた限り、おそらく、この大陸における本格的な最初の花火のお披露目のはずだ。

 

「うわあああっ」

 

「すげえええ」

 

「ほわあああ」

 

 あちこちから感嘆の声があがる。

 この瞬間は、見物の観客のみならず、行進の将兵まで視線を空にやっている。

 なにしろ、史上最初の花火なのだ──。

 

「ううっ、うううっ」

 

 一方で一際大きな呻き声が洩れた。

 その瞬間、しゅっと一条の放水がエリカの股間から迸った。

 ついに失禁したようだ。

 

「ああっ」

 

 失禁をしながらエリカががっくりと項垂れている。

 いまこの瞬間は、カモフラージュ・リングの効果が消滅して、エリカの裸身が観客から目の当たりになっているはずだが、ほぼ全員の視線はミウが連発している真昼の花火に釘付けである。

 もしも、エリカの裸に気がついた者がいるとしても、花火の印象が強すぎて、そんなはずがないという大勢の声に押されて終わりだろう。

 だが、当人のエリカだけは、自分がこれだけの醜態を晒していることはわかっている。

 必死に身体を曲げて裸体を隠そうとしていた。

 そのあいだも、ミウの花火は続いている。

 

「うううっ、ロウ様のばかあああ──」

 

 やがて、やっと放尿が終わる。

 エリカの足もとはおびただしいほどの尿の水たまりだ。

 事前に示していたので、失禁が終わったところで、ミウは花火魔道をやめている。

 

「ありがとう、ミウ」

 

「は──い。いつでもです、ロウ様」

 

 いつものように、ミウの明るくて元気な声が返ってくる。

 一方で、エリカはこれだけの観客の前で失禁姿を晒したことで、意気消沈している。

 花火があったので、おそらくエリカの醜態に気がついた者は皆無だとは思うが、大勢の群衆の前で惨めな失禁をしたことには違いないのだ。

 

「可愛かったぞ、エリカ」

 

「な、なにが……、んんんんっ」

 

 一郎の言葉に、涙目で抗議しようとしたエリカの口を唇で塞ぐ。

 わっという大歓声が沸き起こる。

 花火が終わったので、群衆の視線が凱旋馬車の上に戻っている。

 人々の視線にうつっているのは、さっきのガドニエルに続いての、エリカと一郎の口づけだろう。

 ともかく、ガドニエルと並ぶ絶世の美しさもあり、ふたりの女王に並ぶエリカの存在は、このハロルドに集まった人々の記憶に残るに違いない。

 

「くっ、ううっ、ロ、ロウ殿──。わ、わたしも頼む。お、お尻を……。か、痒くて……ああっ」

 

 そのとき、振り絞るような口調で、ほんの小さな声でイザベラが言った。

 ついに、イザベラも屈服か……。

 

「わかった」

 

 一郎は、粘性体の小片とともに、イザベラの身体に刺激を送り込んだ。





 *

【花火】

 花火の起源については諸説あるものの、一般的には古代から伝わる狼煙(のろし)とされ、火炎魔道の技術の発達とともに、煙の伝達魔道手段が花火に発展したものとされる。
 現代に通じる華やかな花火が最初に記録されているのは、第一帝政の直前の諸公国時代の末期のハロンドール王国の最後の王となった女王イザベラの凱旋パレードである。
 記録されているところによれば……。

 (中略)

 花火を上げる際に、「たまや」の掛け声が行われるようになったのも、同時代からではあるが、それがいかなる由来でよるものか、そもそも、「たまや」の言葉が花火といかなる関係にあるのかというのは、現代にも残る謎のひとつである。

 ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)


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921 新女王凱旋-兇王の最期

「くっ、ううっ、ロ、ロウ殿──。わ、わたしも頼む。お、お尻を……。か、痒くて……ああっ」

 

 イザベラがついに哀願の言葉を口にした。

 これを待っていたというところもある。

 

「わかった」

 

 一郎は、淫魔術で粘性体の小片をイザベラの身体の一部に送り込んで急振動させた。

 淫魔術で作る粘性体は、一郎の意思ひとつで、いかなるかたちでも、どんな薄さにでもできる。振動程度なら、一郎が思考するだけで自由自在だ。

 だが、一郎が小破片を送って振動をさせたのは、イザベラが口にしたアナルではなく、クリトリスだ。

 

「おごっ」

 

 イザベラは、肢体をその場に折って、声にならない叫びを放った。

 群衆に向かって振っていた手を股間にもっていく。

 だが、それで粘性体の振動が収まるだけではない。粘性体の薄膜に包まれたイザベラのクリトリスは、激しく震え続けている。

 イザベラは下腹を手で押さえて、歯を喰いしばっている。

 

「ち、ち、違う……」

 

 イザベラは歯を喰いしばったまま、後ろに立つ一郎を睨んだ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「間違ったか? こっちだったか?」

 

 次の刹那、再びイザベラに送り込んだ粘性体がひとつの塊となって、急振動を開始する。

 即ち、イザベラの秘所だ。

 一瞬にしてイザベラの股間の中に送り込んだ一郎が飛ばした粘性体は、イザベラの膣の中で張形のかたちを形成させていた。しかも、表面にたくさんのいぼをつけた。

 一郎には、イザベラの局部の中の詳細な性感帯の地図がわかるので、それに合わせていぼの大きさと場所を作っている。

 それを一気に刺激させたのだ。

 

「んああああっ」

 

 イザベラががくりと膝を折るとともに、顔だけを天に仰がせた。

 全身ががくがくと痙攣している。

 

「くあっ、や、やめ……」

 

 ガドニエルのように派手な嬌声をあげなかったのは、イザベラなりの新女王としての矜恃だろう。

 必死に歯を喰いしばっている。

 

「ははは、そうだった。アナルだったな」

 

 前側と同じように、粘性体で作ったいぼつきの張形を一瞬にしてアナルの中にも発生させて、振動をさせた。

 一方で、いまだに前側の粘性体張形の振動は続いている。

 大群衆の注目の中での二穴責めだ。

 

「んふおおっ」

 

 イザベラが、がくがくと身体を震わせて、身体を弓なりにのけぞらせる。

 一郎の眼に、まとまった愛液が股間から噴き出して、イザベラの下半身を濡らしたのがはっきりと見えた。

 潮吹きだが、失禁と同じようなものなので、一時的にカモフラージュ・リングが解除されたかどうかはわからない。

 とりあえず、ミウに合図する。

 

「たま──や──あ──」

 

 ミウの花火魔道が一斉に空が賑やかになる。

 そのあいだに、イザベラは絶頂姿を晒した。

 まあ、ただの二穴責めではなく、粘性体で発生させた前後の二本の張形には、一郎の淫魔術で知覚できるすべての最適の位置に、最適の堅さと、最適の大きさでいぼが無数に密着するようにさせている。それを同時に刺激されるのだ。

 イザベラが快感から逃れられるすべはない。

 

「んぎいいいっ、いぐうううう」

 

 イザベラが涙目で絶頂した。

 一郎は、その身体を後ろから抱きしめて、顔を振り返らせて口づけをする。

 群衆の歓声が爆発する。

 彼らには、独裁官を僭称している一郎と、新女王のイザベラが王都民衆の前で口づけを交わす姿にしか見えないはずだ。

 実際には、これだけの群衆の前で新女王を全裸にし、二本の張形で二穴をいたぶって絶頂姿の恥をさらさせたわけではあるが……。

 

「ほら、しっかりと立て、女王陛下──。これだけの群衆が新女王の姿を一目見ようと集まったんだ。しっかりと手を振ってやれ」

 

 強引にイザベラの身体を真っ直ぐにさせる。

 そして、イザベラの腰を後ろから抱きしめたまま、無理矢理に手を振らせた。

 

「こ、これをやめてくれ……。し、振動を……」

 

 イザベラが身体をふらふらさせ、体重を一郎に預けつつ、一郎に哀願してきた。そのあいだも、しっかりと手だけは集まっている群衆に向かって振っている。

 一郎の命令だからだろう。

 健気な女王様だ。

 一郎は後ろからイザベラを抱く手に力を込めた。

 

「ああ、ご主人様、また我慢できなくなりました……。か、痒いんです……」

 

 そのとき、イザベラの右横のガドニエルが再び哀訴の声をあげた。

 当然だろう。

 イザベラ同様に、ガドニエルにも前後の穴に強烈な掻痒剤を塗り込んでいる。ちょっとでも刺激がなくなれば、たちまちに発狂するような痒みが襲いかかる。

 

「おうそうか、じゃあ、ガドにも張形を送ってやろう。しっかりと締めつけろ。ほんのちょっとは、痒みも癒えるかもしれないぞ」

 

 一郎は笑って、イザベラに施しているいぼつきの粘性体と同じものをガドニエルの前後の穴にも発生させる。もちろん、振動も完全に同調させた。ついでにエリカにも送った。

 

「ほわっ、あんっ」

 

「ひあああ」

 

 ガドニエルとエリカが同時に、その場に立ち尽くすような動作をした。

 一郎は張形の振動を拡大させた。

 いぼをつかって三人の前後の穴に、最大限の快感を一斉に注ぎ込む。

 さすがに、この刺激に耐えて絶頂をしないわけにはいかないだろう。

 

「あああああっ」

 

「ほおおおおっ」

 

「あっ、はああああっ」

 

 三人が同意に絶頂する。

 その痴態が群衆にどううつっているかはわからないが、一郎の眼には、三人がこれだけの大群勢の中で、全裸で絶頂姿を晒したようにしか見えない。三人にとってもそうだろう。

 

「ミウ、花火だ」

 

 一郎は声をかけた。

 

「了解です──。たまやあああ──」

 

 再び昼間の空に、束の間の夜空が出現し、鮮やかな花火が開始されて、王都の民衆に熱狂の声を叫ばせた。

 一方で、三人ががくりと身体を脱力させる。

 しかし、手錠で左手首を手摺りに嵌めていることもあり、蹲ることさえ許さない。

 

 ともかく、三人がどんな醜態を晒そうが、まだまだイザベラの女王凱旋パレードは続く。

 そろそろ、王都周回コースも半分は過ぎただろうか。

 だが、まだ、お愉しみはこれからだ。

 

「三人とも、もっともっと王都の群衆に淫らな姿をお披露目をしてもらうぞ。少なくとも、これだけの群前の中で、あと三回は絶頂してもらう。コゼ、手伝ってくれ」

 

「了解です」

 

 コゼが再びエリカをいたぶる位置につく。

 一郎は、女王ふたりだ。

 

「や、やめてえっ」

 

「大きな声を出さないのよ、正妻様」

 

 隣では、エリカへのコゼによる責めが再開したようだ。

 じゃあ、こっちもだ。

 

「さあて、休んでる暇はないからな。もっとも、休むことで追い詰められるのは、お前らの方だろうがな」

 

 一郎はほくそ笑んだ。

 ふたりの前後の穴には、たっぷりの掻痒剤が塗り込めてある。ちょっとでも刺激が消滅すれば、たちまちに痒みが繰り返し襲いかかる苦痛が待っているだけだ。

 ともかく、淫魔術でふたりの二穴に嵌まっている粘性体張形に微弱な電撃を流す。

 これもまた、淫魔師としてできる一郎の能力のひとつだ。

 

「ひあああああっ」

 

「んぎいいいっ」

 

 ふたりが絶叫する。

 

「大きな声を出すな。これだけの群衆がお前らを見てるんだぞ」

 

 一郎は電撃を消して、張形に振動を与えながら笑った。

 

 

 *

 

 

 いま、どういう状況であるのか、イザベラにはわからなくなっていた。

 凱旋パレードのあいだ、幾度も幾度も股間とアナルへの刺激を繰り返されながら、イザベラは必死で意識を保とうとしていたと思う。

 

 とにかく、これだけの民衆の前で、痴態を晒すわけにはいかない──。

 考えていたのはそれだけだ。

 狂いそうな痒みを突然に癒やしてくれる前後の張形の気持ちよさには、イザベラは、何度も意識を落としそうになった。

 それくらいに、前後に与えられる快感は凄まじかった。

 

 だが、女王になったという矜恃だけで、イザベラは耐えた。

 左右にいるガドニエル女王とエリカもまた、同じ刺激に必死に抵抗していることも、イザベラに気力を奮い起こさせることに役立った。

 しかし、最後の方では、横のガドニエル女王とエリカについては、ロウの淫らな責めからは解放され、イザベラばかりがロウの「調教」の集中砲火を浴びていた気もする。

 ただ、あまりもの追い詰めによって、半ば朦朧としていたので、定かではない。

 

 とにかく、耐えるのだという一心だけで、イザベラはロウの悪戯に耐えた。

 

 絶頂回数は五回を超えた──。

 寸止めは、その三倍はあっただろう。

 本当に、ロウは意地悪だった。

 

 しかし、幾ノスもの時間繰り返された張形の刺激の洗礼は、イザベラの気力の限界を逸脱もさせようとしていた。 

 噛んでも噛んでも、顎に力が入らないし、唇は震え、股間からは滝のような汗と愛液が脚を滴って足もとにまで流れている。

 やむことのない股間の痙攣は、いまだにイザベラを襲っている。

 

「あっ、くうっ」

 

 イザベラはまたもや、甘い声をあげてしまった。

 お尻と股間が痒いのだ。

 痒くて、痒くて堪らない。

 どうして、この男はこんな仕打ちをイザベラにするのか──。

 イザベラは、必死にこの苦悶に耐えていた。

 

 とにかく、問題は繰り返される前後の張形の振動が起きているときよりも、停止しているときだった。

 振動中は必死に快感に耐えればいい。

 やるのは、凱旋パレードを見物する群衆に、二階建て馬車から手を振ることだけだ。それくらいなら、なんとか刺激を与えられながらでも、やることはできた。

 快感に身を委ねて、束の間の恍惚感を愉しむこともできるようになってきていた。

 

 だが、止まってしまえば地獄のような痒みの苦しみが開始される。

 快感を極めさせてもらうよりも、寸止めの数が多いので、焦燥感と、欲情の飢えと、痒みの苦しみを癒やすため、見物人の視線を浴びながら、こっそりと前後の張形を締めあげるということを続けるしかないのである。

 しかも、イザベラには、どうしても自分が本当は素っ裸であるということを認識しなければならない。群衆には見えているという服も、イザベラ自身にはまったく見えないのだ。

 全裸で王都を連れ回されて見世物にされる女王──。

 それが、イザベラに見える自分の姿なのだ。

 

 だから、一体全体、いつパレードが終わり、凱旋式の最後の行事に移行したのかもわからなかった。

 気がつくと、イザベラは凱旋馬車に運ばれてきた椅子に腰をおろしていた。

 いつ馬車が停まったのかも、いつの間に椅子座ったのかも、イザベラの記憶には残ってない。

 ただ、いつの間にか、凱旋馬車は王都広場の端に到着しており、大勢の群衆の集まる人の群れの外側にイザベラたちは位置していた。

 群衆の視線の先は、噴水広場の中心に設置された台上だ。

 台の周りには低い柵があり、その外側にたくさんの民衆が集まっている。

 そして、真ん中の台上には、ひとりの男が跪かされて、首を前に出して台の床に上半身を傾けさせられている。

 

「えっ?」

 

 イザベラはびっくりした。

 いつの間に、ここに──?

 

 もちろん、ここが王都の噴水広場と呼ばれる場所出あることも認識しているし、視線の先の台でいまから行われることがなんであるかはわかっている。

 哀れな姿で跪かされているのは、イザベラの実父であるルードルフ王だ。

 今日の凱旋式の最後の催しとして、兇王ルードルフの処刑が行われる──。

 

 ルードルフ王は、死ななければならない──。

 もしも、助命してしまえば、ただそれだけで、いまの王国の者たちは、女王としてのイザベラを見限るだろう。

 だから、民衆の目の前で、イザベラが処刑をしてみせなければならない。

 同じことをロウにも言われたし、アネルザにも言われた。

 これは、女王としての役目なのだ──。

 

 でも、イザベラの父だ──。

 実の父親を処刑する──。

 

 親子の関わりはまったくなかったが、それでも親は親だ。

 それをしなければならない……。

 だから、その罪を覚悟しようと、悲壮ともいえる気を奮い起こさせようとしていたはずなのに……。

 

 実際には、ロウがあまりにも性的の悪戯を繰り返すので、この広場に入ったことさえも、意識にのぼらなかった。

 

「おや? 気がついたか? せっかく、朦朧となっていたのにな。まあ、もう少し遊んでくれ」

 

 ロウは腰掛けているイザベラたちの後ろに立っているようだ。

 なにか合図のようなものを、中心の台上にいる首切り人や役人、周りの兵に対し、しきりに手で送っている。

 イザベラは、はっとした。

 

「待て、ロウ殿──。これは、わたしの役目で……」

 

 王殺しと、父殺し──。

 その汚名を被るのは、イザベラの女王としての覚悟と矜恃であり……。

 

「真面目に考えすぎなんだよ、イザベラ。なにも考えるな。いてもらわないとならないのは間違いないが、逆にいえば、いさえしてくれればいい。執行そのものは、イザベラは不要だ。だから、好きなだけよがっていてくれ。俺でやっておくから。この罪は俺が背負うよ」

 

 ロウが陽気な口調で言った。

 次の瞬間、しばらくとまっていた前後の淫具──。それだけでなく、クリトリスまで激しく振動を開始していた。

 

「あぐうっ」

 

 頭を背もたれに押しつけながら、一気に襲いかかった官能のうねりで、イザベラはなにも考えられなくなる。

 

 すごい──。

 すごすぎる──。

 

 イザベラは、泣きたくなるほどの快感に、もはや、なんの抵抗もすることはできなかった。

 

 そのとき、ひと際大きな大歓声があがった。

 中心の台上には、真っ赤な血が拡がり、蹲っているルードルフ王の首から、頭が離れている。

 その横には、大鎌を持ったひとりの首切り役が役目を終えて立っていて、さらに横の見届け人が胴体と離れたルードルフ王の生首を掲げる光景が飛び込んでいた。

 

「んぎいいっ、いぐううう」

 

 一方でイザベラはがくがくと身体を震わせて、絶頂をしてしまっていた。

 あまりもの快感に、なにも考えられない──。

 

 気持ちいい──。

 

 イザベラの心にあったのは、ただそれだけの感情だ──。

 一方で、馬車が揺れるほどの、わっというさらなる大歓声と熱狂がこの噴水広場で沸き起こっていた。



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922 これからの話(その1)

「んんあっ……。イ、イットちゃん、たまたまの方をお願い……。口の中に入れて転がして温める感じよ……。ユイナさんは場所を移動して、本格的に先っぽを……。あたしは横から全体をします……」

 

「あ、ああ……。こ、こうか……。はむっ……。んん……んんっ、んん……」

 

「こ、こうね……。わかったわ……。それにしても、あんた、いい加減に出しなさいよ──。いつまでやらせんのよ。な、長いんだってばあ──」

 

 股間では三人の少女の頭が動いている。

 ミウとイットとユイナだ。

 三人は上半身こそまともに服を身につけているが、下半身については下着しか身に着けていない。一郎がスカートを取りあげたからである。

 そんな恥ずかしい恰好をさせられ、この三人は、お尻を突き出して蹲る格好で頭を一郎の股間に向かって突き出している。

 

 三人にさせているのは、床に胡坐をかいている一郎の男根への舌奉仕だ。

 一郎は凱旋パレードのときに身に着けていた狩衣(かりぎぬ)(はかま)姿なのだが、その袴の前部分に特別に作っている隙間から一物だけを出して、それを三人に奉仕させているのである。

 三人全員には後手手錠をかけてもいる。

 

 とにかく、なんでもいいので、三人がかりで射精させろと命令しているのだが、そろそろ半ノスは経過していて、いまだに射精には至っていない。

 ミウやイットはともかく、ユイナはそろそろ不貞腐れ気味である。

 それにしても、面白いのは、この三人を組み合わせると、主導権を握るのが一番歳下のミウだということだ。

 さすがは、淫乱童女ミウというところだろう。

 

「いや、十分に気持ちいいぞ。だが、確かに、かなり長くなってきたから、時間制限を作っておくか。このところ、失禁責めに嵌っていてな。だから、お前らの膀胱を小便で満たしてやろう。ちゃんと射精させられたら、スカートを返すだけでなく、厠にいく許可もしてやる。そこで漏らしたくなければ、一生懸命に頑張れ」

 

 一郎は笑ってうそぶくと、三人の膀胱に破裂するほどの尿意を送り込んでやった。

 三人には、一郎が射精しなければ、スカートを返さないと告げて、下半身を下着姿にしたのだが、これでさらに、失敗した場合の罰の追加だ。やる気も出るだろう。

 もっとも、実際のところ、射精するも、あるいはしないも、一郎に自由自在なのだ。

 尿意をぎりぎりまで我慢させながら、失禁寸前で射精してやってもいいし、このまま失禁させてもいい。

 どっちにするかな……。

 この三人なら、まず最初に脱落するのは、ミウか? 次いで、ユイナ……。イットはいくらでも耐えそうだが……。

 

「ひあっ、あ、あほおお──。なんてことすんのよお──、この鬼畜──」

 

 ユイナが真っ赤な顔を上にあげて怒鳴ってきた。

 ミウも、イットもさすがに、身体を硬直させて、全身を引きつらせている。

 

「う、うう……。が、頑張ろう。やりましょう」

 

「う、うん……」

 

 ミウの呼び掛けに、イットが頷く。ユイナは返事をせず舌打ちしただけだ。だが、三人ともすぐにフェラチオの体勢に戻った。

 だが、三人とも腰から下が小さく震えている。見ると、太腿を締め付けて、もじもじと擦り合わせるような動作も始めた。

 可愛いものだ。

 

「ふふふ、頑張りなさい、ミウ。わたしの弟子なのですから、しっかりと、ご主人様を満足させるのですよ」

 

 スクルドだ。

 

「あれ、応援員? だったら、あたしはイットを応援しよう。頑張るのよ」

 

 すると、茶化したような物言いだが、コゼがすかさず口を挟んだ。

 なお、そのコゼは、一郎の背中にくっつくように密着している。

 

 部屋には、ほかにも大勢の女たちが集まっている。

 ミウたち三人については、一郎の気まぐれの犠牲になり、罰ゲーム付きの口奉仕のようなことをやらされているが、集まれる者が集まり終わるまでは、一郎を含めてゆったりとめいめい勝手に過ごしている。

 そんな時間が過ぎていた。

 

「あら、なら、魔道研究所のスタッフとして来てくれることになったユイナ殿の応援は、わたしがしよう。頑張ってくれ」

 

 すると、思わぬことに、ユイナの応援にベルズが名乗り出た。ベルズにしては珍しいことだが、一郎たちが不在のあいだに、ミランダとともに、後宮に監禁され、あやうく拷問死しそうになったことで、なにか思うこともあったのかもしれない。

 このところ、妙に陽気な一面も見せるようになった気もする。

 

「魔道研究所? なんなのだ、それは?」

 

 口を挟んだのはシャングリアだ。

 シャングリアは、一郎と密着はしてないが、近い場所の床に腰をおろしている。シャングリアのそばには、ラスカリーナ、ナール、ベアトリーチェの軍人組がなんとなく集まっている。

 

「あれ、知らなかったの、シャングリア。そういうものを立ちあげることになったんだそうよ。王立の魔道学や魔道具製作の研究所で、そこに優秀な研究家を集めようということらしいね」

 

 ミランダだ。

 

「まあ、ロウ殿の勧めでな。わたしがもともと開いていた魔道研究サロンを王立の魔道研究所として、正式に立ちあげるものだ。わたしも、巫女としての仕事もあるから、二足の草鞋ということになるが、その分の手伝いをユイナ殿がしてくれることになっているのだ」

 

 ベルズもさらに補足した。

 そのベルズは、床には座らず、隅にあるソファに腰をおろして、自ら入れた紅茶を口にしている。

 ベルズに向かい合うソファには、さっき口を開いたミランダもいて、やはり一緒に紅茶を飲んでいる。

 

 また、魔道研究所という施設の発足については、一郎やアネルザやマアなどが、ベルズなども交えて話し合って決めたものであり、ハロンドール内では、神殿において魔道研究をする部門があるほかは、ばらばらの個人の研究や商活動でしか行っていない魔道研究を、王国としての後ろ盾と、潤沢な資金を与え、集権的に管理していこうという試みだ。

 

 今回の一連の事象の中で、一郎はたびたび、タリオ公国の暗躍に接することがあったが、そのときに思ったのは、こと魔道技術や薬学となると、タリオ公国に一日の長があるという実感だ。

 これからは、そういうことも、国家として力を注いでいく必要があるのだろう。

 それで、資金提供をマアに頼み、王都をはじめ王国内に散らばっている有能な魔道研究家を王都に集めて、効率的に研究してもらうことを考えた。

 まだ、青写真の段階だが、これもまた、すぐに実現することだろう。

 その初代の魔道研究所長にベルズに頼んだ。

 ユイナは、そこに所属する研究所員の確定第一号ということになるだろう。

 

「だけど、このユイナに、魔道研究所の運営補佐なんて期待しちゃだめですよ、ベルズさん。これにそんな上等なことは無理ですから。他人を怒らせることについての才能の持ち主です。まあ、魔道具作りの才能は、あたしたちも認めてますけどね」

 

 コゼが茶化すように口を挟む。

 

「ふん、珍しく、あんたがわたしを褒めんのね。まあ、一応、感謝するわ」

 

 ユイナが顔をあげて、すぐに一郎の股間を舐める行動に戻る。

 

「褒めた覚えはないわよ。魔道具作り以外は無能だと言ってんのよ。とにかく、今度こそ、迷惑かけないようにすんのよ」

 

 コゼが呆れたように言った。

 ユイナは返事はしない。一郎の亀頭に舌を這わせながら、軽く肩を竦めてみせただけだ。

 

「そういえば、魔道具作りというだったら、そこにいる救世主様はどうなんだい? 神殿長もやめて、暇なんだろう。顔出しするのは問題もあるんだろうけど、研究員としてなら、活動もできるんじゃないかい?」

 

 声をあげたのはミランダである。

 もちろん、救世主様というのは、スクルドのことだ。

 

「お手伝いしたいのはもちろんですが、わたしには、ご主人様の屋敷の地下で、首に繋がれて、雌犬として飼ってもらうという崇高な役目がありますもの。難しいかもしれません」

 

 真面目な口調で、世にもくだらないことを口にしたのはスクルドだ。スクルドについては、コゼと同様に一郎のすぐそばにいる。

 

「なら、わたしと一緒ですね。これからもよろしくお願いしますわ、スクルド様。雌犬仲間ですわ」

 

 ガドニエルがにこにこと微笑みながら言った。

 

「いや、あんたはいい加減に、本国と連絡とりなさいよ。いつ帰んのよ」

 

 コゼだ。

 

「そのとおりです、女王陛下。再三、お伝えしていますが、副王陛下のラザニエル様からは、わたしのところにも、しつこく伝言を……」

 

 ブルイネンである。

 

「あーあ、あーあ、聞こえませーん。ガドにはなんにも、聞こえませーん」

 

 ガドニエルが耳をふさぐ。

 

「あらあら、困った女王様だこと」

 

 マアがお道化た声をあげ、なんとなく、みんなでどっと笑い声をあげた。

 

 王宮に新しく作られた「独裁官執務室」の奥の部屋である。

 そこに一郎たちは集まっている。

 凱旋パレードが終わったところで、一度、みんなで集まってこれからの方針を話し合いたいと告げ、その場所をここに指定したのだ。

 だから、だんだんと人が集まってきているのだが、現時点で部屋にいるのは、一郎と、一郎へのフェラ奉仕を強要されているミウ、イット、ユイナ。

 そして、スクルド、コゼ、シャングリア、ミランダ、ベルズ、マア、ラン、イライジャ、マーズ、ガドニエルとブルイネンだ。

 軍人組のラスカリーナ、ナール、ベアトリーチェも来ている。

 

 一方で、まだ集まる予定で来ていないのは、凱旋パレードで一郎の遊びの生贄になったイザベラとエリカの三人に加え、彼女たちの湯浴みを手伝っている侍女たちだ。ほかに、アネルザだ。アネルザについては、ぎりぎりまで仕事をして、イザベラたちとともに合流することになっていた。

 また、マアの護衛であるモートレットもいない。あの男装の少女については、ばたばたしていて、いまだに性奴隷の契りを結んでない。

 だから、除外した。モーリア男爵やスラーネストのような者も呼んでない。今日は仲間だけの集まりなのだ。

 リリス、ピカロのような妖魔組についても、今回は遠慮してもらうことにした。

 さらに、ケイラ=ハイエルこと、亨ちゃんもいないが、彼女には、いま大事なことを頼んでいる。ちょっと、そっちが手一杯で呼び寄せはやめることにした。

 

 アネルザが王宮内に急遽準備してくれたこの独裁官室は、もともとは、複数存在する小会議室のひとつだったらしいが、数日のあいだに、アネルザとスクルドとマアが徹底した改装を施してくれたおかげで、一郎が望む王宮内の拠点ができあがっていた。

 すなわち、廊下に面する部屋に、一般的な高級官吏の執務室があり、そこには執務用のデスクに加えて、小会合や面談に対応するためにソファがあり、入口に秘書役のような官吏が座る机が数名分ある。

 

 執務室そのものは、かなり広く、執務室から直属の官吏たちの執務室との部屋や二十人ほどが集まれる会議室も併設されて、室内の部屋から行き来できる。

 そして、いま一郎たちがいる場所がそうなのだが、仮眠室にあたる執務室の奥部屋がここだ。

 本来は、もっと狭いものらしが、ここは数十人の人間が集まっても余裕なくらいに広い。

 床の全面にはやわらかい絨毯が敷き詰められていて、一郎が好む床座りができるように対応しているのだ。

 なによりも、天井や壁には、ちょっとした留め具がたくさんついており、これもまた一郎の性癖である嗜虐的な悪戯をここでもできるようになっているのだ。

 アネルザからここの改装の手配を託されたマアがそんな風に作ってくれたのだ。

 まあ、そんな感じである。

 

 ともかく、「独裁官」の役職は、近日中に返納するつもりだが、そのときには、ここはハロルド大公執務室ということになるだろう。

 もともと、キシダインがついていたハロルド公を一郎は、イザベラとの婚姻を期に貰うつもりでいる。

 ハロルド公の権限は、王宮の歴史において、その都度違うらしいが、一郎が名乗るハロルド公は、実質的に独裁官と同じ権力になるだろう。

 その執務室が、ここということである。

 隣接には、宰相室や各大臣室などもあるが、いまはほぼ空き家である。

 そこに誰を持ってくるかということについても、これから決めていく必要もあるだろう。

 

 ところで、国王がルードルフからイザベラに変わったことで、この王宮全体がばたばたとしているが、現時点で誰よりも忙しいのはアネルザであることには間違いない。

 王宮内の執務体制が崩壊している中で、アネルザだけが気を吐いて、書類仕事を回している感じだ。

 アネルザを手伝っているのは、イザベラの侍女たちだ。もともとは、王太女としてのイザベラの業務を手伝っていたこともあり、侍女としてだけではなく、女官としての職務能力も、彼女たちは高い。

 一郎の精を注いだことで、官吏としての能力も飛躍的に向上しており、業務処理については重要な戦力だ。

 また、官吏業務については、この数日は、例の天道教集団から十数名ずつ手伝いに来てくれるようになったらしく、随分と楽になったとアネルザも口にしていた。

 

 もっとも、あのフラントワーズ以下の天道教を一郎にとって、どういう立ち位置にするかは決めきっていない。

 あの夜の話し合いの末、新興宗教ということになる天道教の活動を認めることと、リリスと改名したサキのしたことの償いの一環として、王都内の屋敷を一軒引き渡すことには合意し、すでに彼女たちは、新屋敷に居場所を移している。

 ただし、一郎たちの完全な仲間として扱うのか、傍観的に接するのかは決めきっていない。

 一郎が王都に戻ってくるまでに、全員の帰趨の意思を再確認するように指示していて、それでも教団に残ると決めた令夫人と令嬢については、性奴隷にするとは約束した。

 だから、結局のところ、新しい仲間という扱いにはなると思うが、最終決心は、明日に予定している天道教の連中との最終的な話し合いの結果次第になる。

 

 果たして、どのくらいの女が教団に残ったのか……。

 すべては明日ということにして、一郎はあえて、事前情報は耳に入れないようにしていた。

 

「あああ、もう早く出してよお──」

 

 そのときだった。

 ユイナが突然に絶叫したと思ったら、みるみると腰の下に水たまりができて、それが大きくなった。

 

「あらあら、あんたがおしっこ一番乗り? 意外ねえ」

 

 揶揄った口調で声を掛けたのはコゼだ。

 確かに意外だ。

 もっと、ユイナは頑張るのかと思った。

 まあ、それだけの尿意を与えてはいるのだが……。

 

「う、うるさいい──」

 

 一郎の一物を正面から口に咥えていたユイナが顔をあげて、一郎越しにコゼを睨みつける。

 ユイナの顔は涙目だし、顔は真っ赤だ。

 また、いまだにユイナの身体の下の放尿は続いている。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

 そのときだった。

 廊下に通じる扉がノックされ、ヴァージニアの声がした。

 湯浴みをしていたイザベラとエリカ、そして、アネルザ──。そして、イザベラ侍女団が到着したようだ。

 

「来たようだな。ありがとう。気持ちよかったぞ」

 

 一郎は奉仕を受けていた一物の先から射精をぶちかました。

 かなりの量の精が正面のユイナの顔に迸る。

 

「うわっ、わっ、なにすんのよお──」

 

 顔に精をかけられたユイナが顔を横に振りながら叫んだ。

 一郎はその慌てた姿に、声をあげて笑ってしまった。

 

「ミウとイットは、厠に行っていいぞ。マーズは世話してやれ……。ナール、女王陛下を迎えてくれ」

 

「は、はい」

 

 ナールが立ちあがって、扉に向かう。

 

「ひゃいいっ、ありがとうございます」

 

「あ、あたしも──」

 

 ミウとイットが脱兎のごとく立ちあがる。

 部屋には専用の厠もあり、そこに走って行く。

 

「待ってくれ」

 

 マーズも追う。二人とも後手に手錠をしたままだ。誰かが補助しないと、下着をおろすだけでも苦労するだろう。

 

「ううう、あほおおっ──」

 

 一方でひとりだけ失禁をしてしまったユイナは、半べそをかいている。

 

「相変わらず、愉しそうだねえ」

 

「まったくだ」

 

 アネルザとイザベラだ。

 どやどやと入ってきた。

 ヴァージニア以下の侍女たちも入り、さらに人が多くなる。

 ちらりと、イサベラを見る。

 たったいま、父親のルードルフの処刑を目の当たりにしたわけだが、色責めにかけていて、そんなこと頭に入らないようにしたし、淫魔術で感情も制御した。

 だから、ダメージはないと思ったが、問題なさそうだ。

 いまも、淫魔術で確認したが、引きずっているような感情は観察できない。

 ほっとした。

 

「ちょっとした暇つぶしだ。さて、話し合いの時間だ」

 

 一郎は姿勢をただして、全員を呼び寄せた。



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923 これからの話(その2)

「王国の危機は終わったわけじゃない。むしろ、まだ危機の真っただ中にいると言っていいと思う」

 

 一郎は全員を見回しながら言った。

 そして、スクルドに合図をする。

 

「どうぞ」

 

 スクルドが手を振り、白いもやが部屋の空中に出現する。そこに一枚の画像が浮かびあがる。

 

「三十二人だ。これが意味するものは予測はできるが、断定できるものはない。ただ、ある男がこれを持っていて、それをひそかに入手したものだ。その男が問題だった」

 

 一郎は言った。

 スクルドが投影したひとつの画像に全員が注目する。

 一郎からすれば、前の世界におけるスクリーン投射によるプレゼン説明なのだが、この世界には当然ながら、そんなものはない。

 だが、そういう技術の代わりに、魔道を代用できるのがこの世界であり、一郎は書類を空中に投影して画像として浮かべる魔道をスクルドに提案してみた。

 スクルドは、それほど苦労せずに、一郎が頭の中で浮かんだ魔道を再現してくれた。

 すなわち、魔道式の「プレゼン」だ。

 白い煙のようなものが空に浮かび、そこにスクルドが魔道に投影した画像が映っている。

 映っているのは、ひとつの表であり、そこには、ハロンドール王国のある貴族の名簿が表示されている。

 全員がそれに注目している。

 

 ハロンドールの王宮内の独裁官として一郎の執務室の奥部屋だ。

 そこに、柔らかい絨毯の敷き詰められた床に直接に胡坐に座る一郎を中心に、今日集まってもらった女たちが集まっている。

 すなわち、まずは、ハロンドール王宮のイザベラ女王とアネルザ元王妃、そして、イザベラの護衛長シャーラ、女官長ヴァージニアと九人の侍女たち──。

 エリカ、コゼ、シャングリア、スクルド、ミウ、マーズ、イット──。

 さらに、マア、ミランダ、ベルズ、ラン──。

 軍人であるラスカリーナ、ナール、ベアトリーチェ──。

 そして、褐色エルフの里から連れてくることになったイライジャとユイナ──。

 エルフ族王家からのガドニエルと親衛隊長のブルイネン──。

 一郎のほかに三十一人だ。

 さすがに、これだけの人数が密着すれば、むっとするほどの女の香りがする。悪いものじゃないが……。

 

「貴族の名前だな。領主の名が多いな。なんだこれは?」

 

 イザベラが訊ねた。

 これについては、まだほとんどの者については示すのは初めてだ。この中で投影されている名簿の大元の紙を見たことがあるのは、一郎のほかには、アネルザとスクルドだけだ。

 ほかに、ここにはいないケイラ=ハイエルこと、亨ちゃん。そして、ノルズだ。

 なにしろ、これは、もともとノルズが亨ちゃんを通して、送り付けてきた資料なのだ。

 

「それを教える前に、最初に言っておきたい。これから話すことは他言無用だ。余計なことだとは思うけどね」

 

 一郎は全員を見回す。

 

「ああ? だったら、言わないでよ。他言無用の話は聞きたくないんだけど」

 

 ユイナだ。

 

「黙ってなさいよ」

 

 コゼがぴしゃりと言った。ユイナが黙って肩を竦める。

 

「ここで示している表は、ハロンドール国内に侵入しているタリオの諜報員と思われる男が持っていたリストだ」

 

「諜報員? どういうことなのだ?」

 

 イザベラが不審そうな声をあげる。

 まあ、当然の反応だ。

 

「それが意味するものは不明だ。信憑性もない。もしかしたら、すでになんらかの工作の終わった者を並べたものかもしれないし、これから手を出そうとしているリストかもしれない。あるいは、ただの落書きかもしれない。明確なのは、この名簿をタリオの工作員と考えられる男が手にしていた。それだけだ」

 

「捕えているのか?」

 

 シャングリアだ。

 一郎は首を横に振った。

 

「捕えてない。これを入手してくれた者は実に上手にやってくれたと思う。実際の話、タリオの諜報員としては、かなりの大物が持っていたものらしいけど、話を聞く限り、その表の元が一度盗まれたことも知られてない。一度抜き取り、そして、こっそりと戻した。おそらく、そいつはなにも気がついてないようだ」

 

 一郎は説明した。

 もっとも、すべては亨ちゃんから受けている報告によるものだから、実際にどうなのかはわからない。

 二重諜報員として情報をあげ続けると断言してきたノルズは、今回のようなタリオの謀略に関する情報を大なり小なりと提供してくれている。

 一郎としては、危険な二重諜報はやめてもらいたいのだが、ただやめさせるだけではノルズは納得しないだろう。

 だから、亨ちゃんを通じて、ノルズには新たな役目を与えることにした。

 ハロンドールとしての諜報組織の立ち上げだ。

 

 この王国の諜報組織は弱い。

 はっきり言って、まるでなってない。あのタリオからはやりたい放題だ。だから、それに対抗できる平素の組織が必要だ。

 それは正式の軍隊にはできないことであり、平時の戦いを担うものだ。むしろ、平時においては、その諜報組織が第一線になる。

 これをノルズにやってもらおうと思う。

 

 ノルズならできると思うし、さらなる能力が必要なら、一郎の精液に溺れるほどに犯しまくればいい。

 以前は偶然性に頼っていた「淫魔師の恩恵」も、レベルが限界突破してからは、多少は意図的に必要な能力をあげられる気がする。

 それに、あれだけ他人に傍若無人の女が一郎の前に出たときだけ可愛くなって一切の抵抗ができなくなるのは面白い。まだ洗礼は与えてないが、一度あのノルズを羞恥責めに合わせるのも愉しいかもしれない。

 

 それはともかく、ハロンドール王国の諜報組織の確立だが、同盟関係とはいえ、ナタル森林王国は他国だ。亨ちゃんに完全に任せるというわけにはいかない。他国の諜報組織にハロンドールが乗っかったままというのは不味い。王国として独立したものを作りあげる必要がある。

 国造りということになれば、一郎がいなくなったときのことも視野に入れて、考えていかなければならないのだ。

  

「なぜ捕えん。もう、逃亡されているのか?」

 

 イザベラが言った。

 

「捕えようと思えばすぐにできる。ただ、意味があるとも思えないので、泳がせている」

 

「なぜ、意味がない。捕えて訊問せよ。わたしだって、拷問を容認しないわけじゃない。必要なら拷問でも魔道でも使うがいい。廃人になっても構わん。裏を吐かせるのだ」

 

「吐かせてどうする、イザベラ? それが一番大事だ。それこそ、王国の方針だ」

 

「当然に抗議する。だが、まずは事実確認だ。王国内で謀略など許せん。しっかりとした証拠を掴んで、それで……」

 

「いや、待っておくれ、イザベラ。ロウの言っていることはそういうことじゃないんだよ。もっといえば、証拠など必要ないんだ。そんなものあってもなくてもいいし、極論すれば、証拠が必要なら、でっちあげてもいいんだ」

 

 アネルザが口を挟んだ。

 

「でっちあげる?」

 

 イザベラが訝しむ視線をアネルザに向ける。

 

「いや、でっちあげるまでもないね。今回の貴族のリストの意味なんか関係ない。王家への反乱が起きかけたわたしの実家にしろ、あの南方賊徒の反乱にしろ、騒乱を起こした側に、タリオ産の武器や魔道具が大量に流れていたのは明確だ。王都のことでも、サキは……いや、リリスに改名したんだったね……。とにかく、そのリリスは、事を起こしたのは、タリオの諜報員だと明確に口にした。それに対して、女王として、どうするのかということだよ」

 

 アネルザが言った。

 

「どうするかとは?」

 

 イザベラはちょっと戸惑った顔になる。

 

「王の役目は決断することさ。あとは手足になって動く者に任せていい。だけど、決断することだけは、王にしかできない」

 

「タリオ公国と敵対するということか? これまでは友好国ではあったが」

 

「その前提はもう存在しないさ。もちろん、敵対することもできるし、友好を築き直す努力をするという方針もある。つまりは、それによって、その諜報員の扱いも変わっているということだよ。いずれにしても、面倒な連中だねえ。今回の一連のことで、つくづく、これまでの王家が謀略の面では、だめだったということがわかったよ」

 

 アネルザが自嘲気味に笑った。

 

「まあ、いい機会だから、一度や二度くらいは、捕えて吐かせてもいいかもしれない。拠点のいくつかでも潰せればそれでもいいしね。いずれにしても、それは些末だ。やりとりについては、任せておけばいいと思う。ここで話し合いたいのは大きな方向性だ」

 

 一郎はアネルザの言葉にさらに付け加えた。

 

「方向性か……」

 

 イザベラが考え込む表情になる。

 しかし、一郎としては、あまり、イザベラに気苦労もさせたくないし、追い詰めるつもりもない。

 一郎はすぐに口を開いた。

 

「これだけのことをして、タリオのアーサーは、大して損をしてない。むしろ、謀略だけで引っ掻き回したんだ。そして、これからも同じことができる。あのアーサーは、ハロンドール女王の抗議など、気にもしないと思うぞ。大喜びで、さらに仕掛けてくる。今回は、多分、カロリック侵攻を邪魔されないために、王国に色々と仕掛けたのかもしれないが、それだけのために、ここまではしない。おそらく、アーサーの頭には、数年後のハロンドール侵攻がある。あいつは、野心家みたいだしね」

 

 実際のところ、アーサーがどこまで考えているのかなど知らない。

 わかりようもないだろう。

 しかし、アーサーなら、このハロンドール王国の混乱をさらに助長して、国としての分裂をどんどんと誘うのではないかと思う。

 突然に台頭した一郎への不満をあおり、領主貴族たちの造反意識を拡大する。そして、それを利用して、ひとりひとりと調略によって引き込むのだ。

 十中八九、アーサーはいまでも、それをしようとしている。

 入手したリストは、そのための名簿だろう。

 

「そなたが最初に言った、危機というのは、タリオ公国のことなのだな?」

 

 イザベラが言った。

 

「あるいは、タリオの謀略と調略に傾くかもしれない貴族たちによる未知の反乱の可能性だね。まさか、起きてもいない反乱で捕えるわけにはいかないけど、王都貴族の権限と財の一部を強引に没収もしている。既得権益のあった大貴族たちは大いに不満だろう。いまは、無理矢理に抑えているけど、機会さえあれば、邪魔な成り上がり者を排除して、失ったものを奪い返そうとするだろう。タリオの調略に乗る以外にも、色々と考えられる。例えば、俺の暗殺だ」

 

 一郎は肩を竦めた。

 

「そんなことはさせません」

 

 エリカがきっぱりと言った。

 一郎は軽く手をあげて微笑む。

 

「ご主人様のお命が狙われるのですか──? わかりました。滅ぼしましょう。ブルイネン、すぐに、お姉さまに連絡をしなさい。宝珠の使用も許可をします」

 

「いや、待てって、ガド」

 

 一郎は苦笑しつつ、ガドニエルを引き寄せて、いくつかある性感帯のもやを刺激してやる。胸や脇や太腿などをくすぐるように触れてやったのだ。

 宝珠って、確か亨ちゃんが持ち出そうとしたやつで、核爆弾のような武具だろう。

 

「あんっ」

 

 ガドニエルがたちまちに雌の顔になって、一郎にしなだれかかった。

 

「わかった。つまりは腹を括れということなのだな。ならば、王国の敵はタリオだ。アーサー大公と敵対する。お前の敵はわたしの敵だ」

 

 イザベラがはっきりと言った。

 一郎は頷いた。

 

「わかった。なら、それがこの王国の基本方針だ。タリオ公国は敵だ──。やらなければならないことは多いぞ。国の向かう方向をそこに結集していく。まずは、既定のとおり、タリオの誇る謀略組織に対抗できる謀略機関を立ち上げる」

 

 一郎の言葉に、イザベラが静かに頷く。

 これについては、すでに承知してもらっている事項だ。その諜報機関を一郎に直属にしてもらうことまで納得してもらっている。

 かなり、不満そうだったが……。

 イザベラは、女王直属することにこだわった。だが、押し切った。そもそも、ノルズは一郎にしか従わない。

 だが、一郎であれば、ノルズは間違いなく統制下に入ってくれる。亨ちゃんもだ。

 

「次に、ラスカリーナ──。タリオの軍隊に対抗できる軍を作りあげてくれ。ナールもだ。ベアトリーチェとシャングリアは、戦いの核になるような騎馬隊を作れ。そのために必要なものは、なんでも要求しろ。おマア、軍資金を支えてくれよ」

 

「任せておくれ、ロウ殿」

 

 マアが微笑む。

 

「タリオに対抗できるとはどういう意味でしょう。守りという意味でしょうか? それとも、攻撃にという意味ですか?」

 

 ラスカリーナが言った。

 守り、攻めかで、軍隊の作り方は変わってくる。それについて、一郎はすでに決めている。

 

「攻撃だ──。守りなら、リィナ=ワイズの作る列州同盟がある。しかし、守るだけでは勝てない。王軍として整えるのは勝つための軍隊だ」

 

「わかりました。微力を尽くします。でも、タリオ公国の軍は、銃武装率の高い特殊な軍です。魔道防護具も充実していて、はっきり言って、いまのハロンドール王国軍がまさるのは、数のことだけです。体制の立て直しには時間がかかります」

 

 ラスカリーナが言った。

 

「一年だ。それで、数だけでなく、質で上回る軍を作って欲しい」

 

「努力します」

 

 ラスカリーナだ。

 必ずやりますと言わないのは、ラスカリーナの律義さだろう。意味のない大言壮語を口にされるよりはずっといい。

 

「ベルズに立ちあげてもらう王立魔道研究所も、当面は、タリオの持つ魔道技術力を打ち負かす技術開発に成功することが目標だ。目に見える目標があった方がいいだろう? タリオの技術を調べ、それを上回るものを作る。簡単なことだ」

 

「武器を作れということですか、ロウ殿?」

 

 ベルズだ。

 

「そうは言ってない。ただ、技術開発でも勝ち負けがあるということを言いたいだけさ。ただ、資金は潤沢だぞ。なあ、おマア?」

 

「ふふふ、勿論ですよ。商会で集められる情報も、可能な限り、提供しましょう。ほかならぬ、ロウ殿のご命令ですから。それに、このところ、儲けたお金の使い道に困るほどでしてね。お金の出し処を作ってもらえるのはありがたいのですよ」

 

「金の使い道に困るかい。一度は言ってみたい言葉だねえ」

 

 ミランダが軽口を言った。

 

「いずれにしても、貴族たちの締め上げも必要だね。まあ、それは、わたしがするよ。少なくとも、わが身可愛さで国をタリオの諜報員に売るような貴族は見つけ次第に叩き潰すさ」

 

 アネルザが言った。

 だが、一郎は首を横に振った。

 

「いや、それについては考えもある。それよりも、これを認めて欲しんだけど、まずは、王国内の主要な街道から、関所を排する。原則として、各領主内の関所も認めない。交易に関する既存の既得権は撤廃する。すべては自由流通だ。商業ギルドはこれを禁止する」

 

「自由流通かい。まあ、狂乱しかけた王都の物価を抑えたのは、おマアの自由流通だからねえ。商業ギルドが無力だったことを考えても、王都については反対する者もないだろうねえ。でも、各領主の領土内については強制力はないよ。基本的には領主の管理する各領土には、王家といえども口は出せないんだ」

 

 一郎の言葉に、アネルザが応じる。

 

「いや、これは徹底する。強制力をもってね……。各領主の持っている関税権はとりあげる。王宮一括だ。例外は認めない。その分の税の減収は、王宮から補償する」

 

「ううん……。反対が多いだろうねえ。実行しようとすれば、それだけで国がもう一度割れるかもしれないよ、ロウ」

 

「割れたら割れたでいい。だが、もしも、方針に従わない領主がいれば、あからさまな報復をする。交易による制御だ。王家の方針に従わない領土への物流は停止し、この土地の繁栄は消滅する。逆に、積極的に王家の方針に従う領地には富が流入し、大きな繁栄をすることになる。武力で取り締まる必要なんかない。交易の力で支配していくんだ」

 

 一郎は言った。

 

「そなたは、この王国を金権国家にしようというのか?」

 

 イザベラは驚いたように言った。

 

「それが金権国家というのであれば、そうなのだろうね。実際、エルザには、それを基本方針として南方地域の立て直しを始めてもらっている。まだ、半月ほどではあるけど、あからさまな利益誘導には、南方の各領主も唯々諾々となっているみたいだぞ……。ラン、そういうことだ。その金権支配を手伝うのも、ランの役割ということになる」

 

「あっ、はい」

 

 ランが慌てたように返事をする。

 ミランダのもとで冒険者ギルドの運営を手伝っていたランだが、一郎の求めで、南方総督として残っているエルザのところに行ってもらうことになっている。

 エルザは、総督府が動き出したことで、すぐに人手不足になっていて、一日も早くランを送って欲しいと催促もしてきている。

 おそらく、この話し合いが終われば、明日にでもランには、南方に向かってもらうことになるだろう。

 

 そのランの代わりに、冒険者ギルドに入ってもらうことにしたのは、イライジャだ。もともと、イライジャ自身が冒険者というよりは、そのまとめ役で力を発揮したと聞いている。

 だから、冒険者ギルド側に入り、冒険者たちを管理する役目となるのは、適材適所だと思う。

 ミランダも、イライジャのギルド入りには喜んでいた。

 また、これまで慣習として、名前だけのギルド長を王族から迎え入れるということをしていたが、それはやめて、ミランダが正式にギルド長を名乗ることになった。

 イライジャは、副ギルド長ということになるのだろう。

 

「とにかく、従えば繁栄、逆らえば、衰退──。ハロンドールの各貴族はそれでまとめあげる」

 

 一郎は言った。

 

「この王国を王侯貴族のものではなく、豪商の国にするということか? そんなものは聞いたことはない。そのような変化を貴族たちが受け入れるか」

 

 イザベラはまだ懐疑的みたいだ。

 

「受け入れなければ、領主として滅びるしかない。実際、おマアはこの王国の交易を完全に実効支配しているぞ。そうだよな?」

 

 一郎はマアに視線をやった。

 マアは、優雅そうな笑みを浮かべたままだ。

 

「まあ、そうかもしれないね。表に出してない部分を含めれば、この国にわたしが自由にならない物流は存在しないですね。ロウ殿が口にしたことは可能ですよ。もちろん、わたしたちは一介の商人にすぎません。でも、さっき反乱の話にもなりましたが、商人の存在なしに、反乱も戦争もできないでしょう。それだけは断言しておきますね」

 

「これに、ガドの国のクリスタル戦略が加わる。変化を望まない統治者は、交易が廃れ、クリスタルも入らなくなる。民衆の生活は不便になり、あらゆる富は失われる。でも、表だって王宮に従いさえすれば、たちまちにそれは解消する。そうやって、この国を一枚岩に変えていく。もはや、タリオの謀略の余地はない」

 

 一郎は言った。

 

「うまくいくのか?」

 

 イザベラだ。

 

「いかせるさ。俺たちには優秀な女たちがついている。これだけの女傑がいるんだ。タリオのアーサーごときに負けるはずもない……。イザベラも任せることだ……。さて、ところで、この話し合いについてだけど、そろそろ次の段階にいくとしよう。時間も惜しい」

 

「次の段階ですか?」

 

 エリカが口を挟んだ。

 一郎はにっこりと微笑んだ。

 

「難しい話はもういいということさ。ここからは、もっと身近な問題を解決させて欲しい。みんなの協力が必要だ」

 

「身近な問題……ですか?」

 

 エリカだ。

 

「ああ、これだけの美女に密着されて、俺の一物はずっと勃起しっぱなしだ。それを解決してくれ。三十一人全員かかってこい──。さあ、やるぞ」

 

 一郎はうそぶきつつ、収納術で全員の下半身の衣類を一斉に消滅させた。一郎のものもだ。

 黄色い歓声があがり、一郎はとりあえず、近くにいた三人ほどの女を抱き倒す。

 わっという声とともに、ほかの女たちも、一郎に向かって笑いながら集まってきた。



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924 「奴隷(スレヴズ)軍団」誕生(その1)

 目が覚めたときには、すでに外は明るかった。窓から入ってくる日差しは、いまが朝どころか、(ひる)に近い時間であることを示していた。

 

「これは寝過ごしたようだ」

 

 フォックスは、ひとりで苦笑するとともに、呼び鈴を鳴らして家人を呼ぶ。

 すぐに三名ほどの侍女が家令とともに入ってきて、寝台の横に洗面用のお湯や食事などを並べだした。

 ひとりがフォックスの顔をお湯を絞った布で拭き始める。食事用の台も寝台に準備される。

 

「ティル殿から伝言が来ております」

 

 家令がメモのような手紙を盆の上に載せて差し出してきた。

 ティルというのは、トリスタンの偽名だ。家人には大切な客人だとだけ説明していた。

 ここは、フォックスがマイムの城郭に準備した別宅である。

 王都屋敷を没収されたかたちになっているフォックスが、急遽、王都に隣接するマイムの城郭内で買い入れたものであり、やや手狭だが上級貴族用に造られている建物だ。

 あの王都の騒乱を契機に、家族は王国中央地区の領土に戻したが、貴族工作をしなければならないフォックスには、どうしても王都近傍に拠点が必要なので、ここを確保して、十人ほどの家人を寄せて基盤としていた。

 二階建てであり、特に都合がよかったのは地下に数個の牢があることだ。

 最初は、地下の使い道については考えてなかったが、あのトリスタンから女奴隷候補を預かることになり、いまはそこに監禁させている。

 調教という名の洗脳を行うには、非常に重宝する場所だ。

 

「ティル殿が今日も訪問する。昼過ぎには来ると思うので、そのときは地下に案内しろ。俺は朝食後から、すぐに地下にこもる」

 

「かしこまりました」

 

 家令が頭をさげる。

 トリスタンからの伝言は、今日の昼過ぎにここに顔を出すという簡単なものだ。フォックスにしかわからない表現を使って、フォックスに対するタリオからの便宜についての更なる話し合いをしたいという趣旨のことが記されているが、十中八九、あの男の興味は、フォックスが地下に預かっているイヴだろう。

 フォックスの息のかかっているベンガル卿がトリスタンへの饗応として連れてきたイヴという商人の若妻だったが、驚いたことに、トリスタンという男が手を変え品を変えて加えた拷問のような責め苦に耐えきり、結局、隷属の誓いを結ぶことができなかったのだ。

 隷属の誓いは心からの本人の屈服が必要だ。つまりは、あの弱々しそうな女だと思っていたイヴは、思いのほか心が強いようなのだ。あるいは、それほどまでに夫への操が強いのか。

 トリスタンはむしろ狂喜し、これほどに躾がいのある獲物なら、是非とも、徹底的に時間をかけて洗脳をしようということになった。

 ただ、長く監禁をするための適当な場所がトリスタンには準備できず、丁度いいのでフォックスのマイムの別宅で預かることになったのだ。

 昨日から預かっているので、今日で二日目ということになる。

 

「奴隷の様子はどうだ?」

 

 フォックスは、寝台の上に準備された朝食を口にしながら家令に訊ねた。

 まだ、隷属には成功していないので、正確には奴隷ではないのだが、首には隷属の首輪は装着しているし、家人たちには奴隷だと説明している。

 領土屋敷は労働奴隷も十人程いるので、奴隷を新しく連れてきたこと自体には、家人たちもなにも思わないだろう。ただ、やっていることは、明らかに性的嗜虐だ。

 奴隷女を拷問して愉しむなどということは、かつてやらなかったことなので、この家令がどう思っているかわからない。

 だが、まあ、文句を言うこともないだろう。

 侍女を含めたほかの家人にも、しっかりと口止めをしている。この別宅のことが外に洩れることは間違いなくない。

 

「ご命令の通りにしております。誰も牢には近づけておりません。いまのところ、身体に異常はないかと。まあ、元気だとは言えませんが」

 

 家令が表情を変えることなく淡々と言った。

 侍女たちは、マイムの別宅を入手するときに雇入れた者たちがほとんどだが、家令については領地から連れてきた男だ。

 感情を表さない性格なので、なにを考えているかわかりにくいが、実直で頼りになる男である。

 

「洗脳の第一段階だ。とことん身体を弱らせるとともに、徹底的に孤独にするのだ。あれが人に会うのは、調教を受けるときだけだ。そうやって、心を折っていく」

 

「承知しております。一切、誰にも近づけさせておりません。昨日と同じ見張りをふたりつけておりますが、それについては徹底しております」

 

 家令の返事にフォックスは満足して頷く。

 もっとも、洗脳のやり方など、トリスタンからの受け売りだ。

 今回のことで、女を調教して言いなりにするという遊びに興味を抱いたフォックスは、トリスタンと意気投合として、その方法というものを伝授してもらうことになった。

 それもあり、本来はトリスタンへの接待として準備されたイヴという商家の女をフォックスがこの別宅で預かることになったのだ。

 

 食事が終わって、屋敷用の軽装に着替え終わったところで、フォックスは地下室に向かった。

 廊下にいた見張りたちに調教室の扉の鍵を開けさせて、室内に入る。

 中はむっとするような熱気がこもっていた。夜のあいだ火を焚いて熱気で充満させるように指示していたのだ。

 

「暑いな。火を消せ」

 

 廊下の見張りに入らせて、とりあえず火を消させた。

 地下の調教部屋にはなにも置いておらず、その中心に両手を長い棒で水平に伸ばして拘束され、床に跪かされている素っ裸のイヴがいる。

 両腕を拘束している棒には両端に鎖があり、それぞれに天井の金具に繋がっていた。イヴは全身を真っ赤に火照らせ、まるで水でも被ったかのように身体を汗で濡らしていた。

 また、脚と脚のあいだには、汗ではない水たまりがある。

 そこからは強い尿の臭気がたちこめていた。

 

「また、小便を漏らしたのか、イヴ?」

 

 フォックスは嘲笑しつつ、イヴに施していた目隠しを外した。

 イヴが顔をあげて、恨みしそうな表情をフォックスに向ける。

 

「み、水を……。お、お願いします……。水を……ください……」

 

 イヴが息も絶え絶えに言った。

 これもまた、トリスタンに言われていたことだ。一晩のあいだ、火を室内に焚かせたのは乾き責めにするためである。

 これだけの汗を掻いたのだ。

 さぞや、全身は水分を求めて苦悶しているに違いない。

 

「布を貸せ。起き抜けの一発といくか」

 

 見張りから布を渡してもらい、匂いのするイヴの股間を拭く。

 

「あっ、やめて……ください……。くっ……」

 

 真っ赤な顔でイヴが羞恥に顔を歪める。

 股周りを簡単に拭いたところで、布を投げ捨てた。

 そして、鎖を操作させて短くしてイヴを立たせる。

 そのあいだに、ズボンを下着ごとおろして、自分の男根を露出させる。

 

「いくぞ」

 

 ぐったり倒れそうなイブの片足を抱きかかえ、おもむろに怒張を侵入させた。

 夕べ、この状態に放置する前に、トリスタンとフォックスで代わる代わる犯すだけでなく、後ろにいる見張り役の男ふたりにもイヴを凌辱させた。

 その精液がまだ生乾きで残っていて、前戯もないわりには、侵入は難しくなかった。

 

「あぐっ、ひっ、痛い──。ひぐううっ」

 

 しかし、やはり痛いのだろう。

 イヴが呻き声をあげた。

 構わず抽送を開始する。

 イヴの押し殺したような呻き声が漏れ出てきた。快感なしに犯されるのはかなりの苦痛だろう。

 とても苦しそうだ。

 だが、繰り返し律動しているあいだに、その声に次第に甘い響きが混じるようになり、だんだんと女の反応を示すようになっていく。

 

「あっ、ああっ、あがっ、ああ……」

 

 そして、いつしかはっきりとした嬌声を喘がせるようになる。

 反応するようになると、フォックスの興奮も込みあがる。なによりも、あのトリスタンの性的拷問に耐え抜いたほどの貞節な人妻を凌辱しているのだと思うと快感も昂ってくる。

 

「うおっ、おっ」

 

 痙攣が走り、フォックスはイヴの股間に精を噴出した。

 

「あっ、ああ……」

 

 怒張を引き抜くと、イヴがぐったりと脱力した。

 フォックスは、部屋の隅に待機させている見張り役の男たちに命じて、もう一度イヴの両腕を水平に拘束している棒に繋がっている鎖を緩めさせて、再び床に跪かせる。

 

「はあ、はあ、はあ……。お、お願いします。水を……」

 

 イヴが息を荒げたまま顔をあげる。

 フォックスはにやりと笑った。

 

「そうだったな。喉が渇いているのだったな。水なら目の前にある。まだ、起きてから厠に入ってない。新鮮だぞ。これでよければ飲ましてやろう」

 

「えっ? ど、どういう意味……ですか?」

 

 イヴは顔を険しくしている。

 フォックスの言葉の意味はわかっているだろう。しかし、信じられなかったから問い返したのに違いない。

 

「俺の小便なら飲ませてやろう。それ以外の水はやらん」

 

 フォックスは冷酷に言った。

 実のところ、少なくとも昨日から、このイヴには一切の水分を与えていない。唯一の水分らしいものは、無理矢理にさせた口奉仕で飲ませたフォックスたちの精液だ。

 その状態で、さらに一晩暑い部屋に放置したのだ。

 喉の渇きは限界を越えているはずだ。

 

「そ、そんな……。お、おしっこだなんて……」

 

「なら、やめだ。せっかく、貴族の俺が慈悲をかけてやったというのにな」

 

 フォックスは、一物についていたイヴの体液をイヴの髪に擦り付けて拭くと、下着とズボンを身に着け始めた。

 

「ああっ……。ま、待って──。お待ちください。飲みます──。おしっこで結構でございます。飲ませてください」

 

 すると、イヴが慌てたように言った。

 

「口を開けろ」

 

 フォックスはもう一度一物を出す。

 射精したばかりなので、半勃ちだ。

 大して躊躇することなく、イヴは大きく口を開けて、フォックスの男根を咥えた。やはり、喉は限界まで乾いていたのだろう。

 フォックスが放尿を開始すると、むさぼるようにイヴは尿を飲み続けた。

 

「けほっ、けほっ、けほっ」

 

 しかし、放尿の勢いがよすぎたのか、しばらくするとイヴが咳き込み始めた。飲むことができなかった尿がイヴの顔や胸に当たる。

 とりあえず、やっと全部の尿を終えたところで、フォックスは改めて服装を整えて、股間をしまった。

 そして、項垂れているイヴの頬を力一杯に張った。

 

「ひぎっ」

 

 イヴが悲鳴とともに、身体を揺らし、吊られている鎖のために身体を戻す。

 

「その態度はなんだ──。貴族の小便を飲んだのだ。礼はどうした──」

 

 もう一度反対の頬を張る。

 

「ひぶうっ、あ、ああっ、ありがとうございました──」

 

「遅いわ──」

 

 乳首を掴んで力任せに捩じってやる。

 

「いぎゃああああ」

 

 イヴが全身をのけぞらせて絶叫する。

 フォックスはイヴから離れた。

 見張りが外の廊下から椅子を持ってきた。それを壁際に置かせて腰掛ける。

 

「昨日の続きだ。宙吊りにして前後から鞭打て──。もしも、気絶すれば、指を一本ずつ焼いてやれ。魔道のこもった治療薬はある。ある程度のことをしても構わん」

 

 フォックスは命じた。

 イヴの顔が引きつる。

 見張り役の男たちが好色に染まるのがわかった。

 好色の顔をしたのは、この鞭責めのあいだの休憩時間には、見張りたちがイヴを犯すのを許すからだ。

 数はあえて決めないが、だいたい五十から百回の鞭打ちをさせてから、男たちに犯させる。

 そして、終わったら鞭打ちをして、また犯す。

 これを繰り返すのだ。

 それもまた、トリスタンから教授のあったことだ。

 

 昨日もそうだったが、限度を越える苦痛が続くと、人というものは自分が苦痛で狂うの防ぐために、苦痛を和らげるために快感を覚える分泌物を体内に発生するのだそうだ。

 しかも、そのときの快感は、心を泥酔させるほどの気持ちよさらしい。

 これを身体に仕込みこませる。

 そうすると、今度は快感を求めて、苦痛を欲しがるようになる。

 こうやって、洗脳するのだろうだ。

 なかなか、面白いと思った。

 昨日は時間が足りずに、イヴの心を折るところまでは行きつかなかったが、今日か明日には、完全に屈服させてみせよう。

 

「ああ、もう、それはいやああ」

 

 イヴが悲痛な声をあげる。

 だが、見張りをしていた男たちによって、容赦なく鎖が巻き上げられて、イヴの足の指が宙に浮かぶ。

 さらにイヴに革布で目隠しが装着された。

 二人の男たちがイヴの前後につく。

 

「じゃあ、俺が後ろにつくか」

 

「なら、俺が前だな」

 

 見張り男たちが腰に丸めていた一本鞭をそれぞれに抜く。

 まずは、前側の男が鞭をすっと上にあげた。

 イヴの乳房から腹にかけて、鞭が炸裂する。

 

「ひがあああっ」

 

 視界を奪われているイヴには、鞭打たれる方向がわからない。それもまた、イヴの恐怖をあおるようだ。

 イヴが身体を暴れさせて、獣のような悲鳴をあげた。

 

「ひいいっ」

 

 すかさず後ろから鞭打ち──。

 イヴの背中に鞭が炸裂して、鞭傷が走る。

 間髪入れずに、再び後ろから鞭打ちだ。

 フォックスが指示しているのは、鞭打ちのときに、交互に打つというように決まった順番にしないことだ。

 連続で後ろからだけのときもあるし、逆もある。

 決して備えさせない。

 そうやって、ちょっとでも心を追い詰めていく。

 それもまた、トリスタンに教えてもらったことだ。

 

「ひがあああっ」

 

 今度は、前からの鞭がイヴの股間にまともに炸裂したのだ。

 そうやって、しばらくあいだ前後からの鞭打ちが続いた。

 やがて、イヴの股間からじょろじょろと放尿が始まった。おそらく、二十発くらいのときだろう。

 

「せっかく飲ませた水分をもう外に出したか。勝手に漏らした罰だ。とりあえず、一本目だ。足の指にするか。どちらかの親指に火をつけてやれ」

 

 失禁の始まったイブを見て、フォックスは命じた。

 イヴの顔が引きつるのがわかった。

 

「な、なにをするというのですか──。やめて……やめてください──」

 

 鞭責めは昨日もしたが、火責めは加えなかった。

 外に準備していた道具をひとりが運び入れて、暴れるイヴの足首と足首を肩幅ほどの棒の両端に縛ってしまう。

 肌の表面を燃やすのに適している特別な油を小瓶を使って、イヴの右足の親指が濡らされた。

 蝋燭の載った燭台も近くに寄せられる。

 

「ひやあああっ、いやああああ──。お許しを──」

 

 暴れようとするイヴの脚が後ろから足首を掴まれてとめられる。

 棒で開脚拘束されたこともあり、それだけでイヴの抵抗は封じられる。油が垂らされた足の指に、もうひとりの男が蝋燭の炎を近づけた。

 

「ひがああああ」

 

 右足の親指に炎があがった。

 男ふたりは離れるが、火はあがったままだ。

 イヴが宙吊りのまま身体を暴れさせる。

 しばらくあいだ、イヴの苦悶の舞いが続く。

 だが、だんだんと暴れ方が緩慢になる。

 体力も消耗したのだろう。

 炎が消える頃には、イヴはほとんど脱力した状態になった。

 

「どうだ。そろそろ、股が濡れてきたか?」

 

 フォックスは訊ねた。

 トリスタンの言葉によれば、苦痛を越えたところで、女は快感を覚えてくるはずなのだ。

 結局、昨日はそういう状態にはならなかったが、一晩放置して完全に心身を消滅させている。

 すでに屈服しようとしている可能性がある。

 

「まだ、乾いてますね」

 

 部下がイヴの股間に触れながら笑った。

 

「ああっ、あがっ、も、もういやああ……」

 

 イヴがぼろぼろと涙を流し始める。

 そのときだった。

 調教室の廊下が騒がしくなった。

 振り返ると、家令に案内をされたトリスタンが入ってきた。ベンガル卿も一緒だ。

 

「やってますな」

 

 トリスタンは、早くも相好を崩した。

 家令は男の家人を数名連れてきており、調教室の中に小さなテーブルを運び込ませて、さらに椅子を二脚運び込ませた。

 あっという間に、調教室の隅に三人分のテーブルと椅子が設置された。

 フォックスを中心として、両側にトリスタンとベンガル卿が腰かける。すでに上機嫌のトリスタンに対して、ベンガル卿は相変わらずの無表情だ。

 

「では、ごゆっくり。すぐに軽食と飲み物をお持ちします」

 

 家令はフォックスたちに頭をさげ、一緒に連れてきた家人を連れて出ていく。

 調教室は、イヴのほか、フォックスとトリスタンとベンガル卿。そして、ふたりの部下となる。

 

「閣下に言われた通りにしておるぞ。なかなか、濡れるまでにはいきつかない。先は長そうだ」

 

 フォックスは笑った。

 そして、昨日からのおおよその調教の経過を説明する。

 トリスタンは大きく頷いた。

 

「ちょっといじってみますか。おい、愛撫しながら、股間に指を入れてみろ」

 

 トリスタンが指示する。

 責め役にさせている男のひとりがイヴの股間に指を挿入した。ほかの指はイヴの股間を淫靡に動き回っている。

 

「ううっ、くううっ」

 

 イヴの身体が小刻みに痙攣を始めた。

 指がイヴの股間を出入りする。

 ねちゃねちゃと水の音が聞こえてきた気がした。

 

「おっ、お館様、やっと濡れてきたようです。新しい蜜を出し始めてますよ」

 

 指で犯している男が愉しそうに報告してきた。

 

「やっとですね。そろそろ、苦痛を快感に変え始めたようです。もう少し続けましょう。おそらく、今日中には堕ちるでしょう」

 

 トリスタンだ。

 一方で、イヴははっきりとした嬌声も迸らせだしている。

 

「よし。続けろ。また、鞭だ──。イヴ、今度、失禁をしたら、また足を燃やすぞ。それがいやなら、漏らさないことだ」

 

 フォックス笑いながら言った。

 

「ほう、漏らしたら火責めの罰ですか。それは面白い。持ってきた荷の中に利尿剤の粉があるのですよ。たまたま、持ってきたのですが、それを大量の水と一緒に飲ませましょう。その方が効果がある」

 

 すると、トリスタンが口を挟んだ。

 目隠しをしているイブの顔が恐怖で歪むのがわかった。

 

「ちょっと、その荷を持って参りましょう。侍女に申し付けて水も準備させます。この家の家人を使ってよろしいですか?」

 

 ベンガル卿が無表情で立ちあがる。

 

「おう、悪いな。頼む」

 

 フォックスは頷いた。

 相変わらずの無表情のまま、ベンガル卿が一度、地下室を出ていった。

 

「とりあえず、水と薬草が来るまで鞭打ちだ」

 

 フォックスは言った。

 再び、部下ふたりによる前後からの鞭打ちが再開する。

 イヴの苦痛の踊りが再開する。

 

 やがて、外がかなり騒がしくなった。

 ベンガル卿が戻ってきたのだろうと思うのだが、それにしてはやたらに賑やかな気がする。

 人の気配もひとりやふたりじゃない。

 十人はいる気もする。

 もしかして、この別宅の家人を全員連れてきたのかと思うほどだ。

 

 不思議に思って、フォックスは廊下に目をやる。廊下との扉は開け放たれたままだ。

 やはり、廊下は喧噪が続いている。

 この地下にはほかにも、牢のような部屋があるのだが、そこが開かれて、悲鳴とともに、幾人もの人間が続けて放り入れられるような声や物音がした。

 

「なんだ?」

 

 フォックスは驚いて立ちあがった。

 

「んっ?」

 

 トリスタンもやっと違和感を覚えたみたいだ。

 イヴへの鞭打ちから視線を廊下側に移動させている。

 

「待たせましたな」

 

 ベンガル卿が調教室に入ってきた。

 五人ほどの男女も一緒だ。

 一緒に来た男女が二台の台車に大きな木樽を二つずつを載せて入ってきた。

 それはともかく、五人とも見知らぬ者だ。フォックスの家人ではない。

 五人のうち、少年のような男がひとりで若い女が四人──。間違いなく知らない顔だ。

 

「大人しくしな。ゆっくりと跪いて、両手を頭の上に載せな──。すぐにだ──」

 

 短くて黒い髪の女が突然に怒鳴った。

 すでに、フォックスたち四人には、入ってきた男女によって、剣を突きつけられている。

 フォックスは唖然とした。

 

「な、なんだ、どういうことだ──。ベンガル卿──、気で狂ったのか──」

 

 フォックスは大声をあげた。

 

「ぎゃあああ──」

 

 そのとき、隣のトリスタンが悲鳴をあげた。

 見ると、右手にナイフが突き刺さっていて、手放している小さな羊皮紙に、手のひらから滴った血がこぼれている。

 フォックスは目を見開いた。

 

「移動術の魔道紙で逃亡しようとしたかい。だが、観念しな。この屋敷にはエルフ族の手も借りて、逃亡防止の結界もかけている。どこにも逃げられやしないよ。通信魔道でどこかに連絡することも不可能さ。無駄な手間をかけさすんじゃないよ──」

 

 さっきの黒髪の女がトリスタンの髪の毛を掴んで、思い切り顔面をテーブルに叩きつけた。

 

「んがあっ」

 

 トリスタンが床に崩れ落ちる。

 

「こいつをひん剥きな。おかしなものを持っている可能性もあるから、一応、全部見るんだ。しっかりと、尻の穴も確かめな」

 

 倒れたトリスタンの右手からナイフを抜いて、女が顔を蹴り飛ばす。

 フォックスは呆然としてしまった。

 なにが起きているのかわからない。

 

「あたしの名はノルズ──。お前ら、死ぬまでの短いあいだ、名前だけでも憶えときな」

 

 黒髪の女が言った。

 この女が誰なのか、こいつらがどういう存在なのかわからない。

 フォックスは途方に暮れたままでいる。

 

「こ、このう──」

 

「誰だ──」

 

 一方で、やっと我に返った感じの部下ふたりが剣を抜いた。

 

「そいつらは消していい」

 

 ノルズと名乗った女が事もなげに言った。

 次の瞬間、部下の男たちは喉から血を流して崩れ落ちていた。大量の血が床に拡がるとともに、倒れたふたりはぴくりとも動かない。

 すでに絶命しているのは間違いない。

 フォックスはぞっとした。

 

「お前、あたしの最初の言葉を忘れたかい?」

 

 ノルズがまだ椅子に座ったままのフォックスに剣を向ける。

 慌てて、フォックスは、その場に跪き、両手を頭の上に載せた。

 

「おう、やってるねえ」

 

 入口から明るい声がした。

 またもや、別の者たちが入ってきた。

 男がひとりと、もうひとりは豊満な身体をしたエルフ族の美女だ。さらに三人の女……。

 しかし、フォックスは新たにやってきたその男を見て、驚愕してしまった。

 

「マ、マイル伯、なぜここに──?」

 

 そこにいたのは、数日前に外郭砦の戦場でフォックスに歯向かってきたマイル伯だった。

 どうして、ここにいるのか──?

 

「お前らご苦労だったな、イーザンにイヴ。特にイヴはな。いま、拘束を解いてやるぞ……。怪我もしてるんだな。ちょっと待ってろ」

 

 マイル伯が宙吊りのイブに寄っていく。

 イヴは、「ディオ様──」と甘えた声を出して泣いている。

 それはともかく、イーザン──?

 誰だ、それは?

 

「全くです。頑張りましたよ、ディオ様。ご褒美が欲しいですな」

 

 ベンガル卿が笑いだして、自分の髪を掴んで床に捨てた。

 びっくりした。

 かつらだったのか?

 だが、次の行動でさらに驚いた。

 首の後ろに手をやり、まるで頭と顔の皮を取るように顔から薄物を剥ぎ取ったのだ。

 そこには、ベンガル卿とは似ても似つかぬ別人の若い男の顔があった。

 

「な、なにがご褒美よ、イーザン──。お前はただ、なにも喋らずに座っていただけじゃないのよ──。ふざけんじゃないわよ──」

 

 怒鳴ったのはイヴだ。

 すでに、拘束を解かれて、跪いた体勢で裸の身体をマイル伯に抱きしめられている。

 

「もちろん、ふたりともご褒美をやるよ。今夜はふたりが俺の夜伽だ。特にイヴは可愛がってやる。だから、へそを曲げるな」

 

「ほ、ほんとですよう……」

 

「ああ、約束だ。そのとき、イーザンを責めさせてやろう。こいつの四肢を拘束するから、ふたりしてくすぐり責めしてやろう。な?」

 

「はあ、ならいいです……。そういうわけだからね。イーザン、今夜は覚悟なさい」

 

「そんなあ。俺はなんにもしてないじゃないですか。言われたとおりに、ベンガルとかいう貴族に、数日間もなりすましたんですよ。トリスタンに付くはずのイヴがフォックスに付くことになったら、ずっとトリスタンに張ってたし」

 

 イーザンという若者が困ったように笑った。

 

「当たり前でしょう。あたしは監禁されてんのよ。むしろ、あんたがそうならないようにしなさいよ」

 

 イヴがいまにも噛みつかんばかりの剣幕で怒鳴った。

 フォックスはわけがわからなかった。



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925 「奴隷(スレヴズ)軍団」誕生(その2)

 クラウディオ=マイルという貴族への評価は、随分と人を喰った男だということだ。

 伯爵ということだったが、ノルズの知っているどの貴族とも違っていた。

 周りに侍らすのは奴隷ばかりだったが、とにかく、その奴隷たちとの距離が近い。慕われているというよりは、軽く扱われている。もちろん、クラウディオ自身がそれを求めていうのもあるのだろうが、彼の周りにいる奴隷たちは、主人であるクラウディオに言いたい放題だし、扱いもぞんざいだ。

 だが、絶対の服従心も持っている。

 それはわかった。

 

 しかも、クラウディオの奴隷たちは、その全員が一騎当千だ。武芸に秀で、頭もよく、特殊工作のようなことも平気でこなす。

 今回も、ベンガル伯という貴族男やそいつが連れてきた生贄女に成り代わって、トリスタンというタリオの諜報組織の長と、そのトリスタンに接近しようとした元宰相のフォックス卿を見張るという任務を見事にやってのけた。

 

「マ、マイル伯、これはどういうことだ──」

 

 フォックスが跪いて頭の後ろの両手を載せた状態で怒鳴った。

 顔は真っ蒼だ。

 当然だろう。

 突然に、ノルズたちに屋敷を襲撃されたのだ。

 フォックスにしても、トリスタンにしてもわけがわからないに違いない。

 

「どういうことだというのは俺が訊きたいですよ、宰相殿。いや、元宰相殿。目の前の男は、トリスタンというタリオ公国の諜報員の親玉ですよ。そんな男に王国を売り渡すような真似をするとは、あなたに愛国心というのはないのですか?」

 

 本人自身が愛国心の欠片もなさそうだが、そんなことはおくびにも出さずに、クラウディオは冷たい視線をフォックスに向けている。だが、その態度も、どことなくわざとらしい。

 このクラウディオを王国が新たに作ろうとしている謀略組織の核に使ってみろと推薦をしてきたのは、ロウ自らだとケイラは言っていたが、なるほど、そういう仕事に向いている性格をしているのかもしれない。

 なによりも、クラウディオが持っている奴隷たちの能力が破格だ。

 

「ば、馬鹿な……。そんなことは知らん。あ、あり得ない──」

 

「ああ、知らない振りしなくていいですよ。あんたらの会話は、映録球でしっかりと記録したし、交わした書面も没収済だ。なによりも、そういう大切な話は、家人の前でするのはやめた方がいいんじゃないですか。さっき脅しただけで、もうすぐに白状しましたよ。あんたらが王国を売ったということについて、どこであろうとも証言するそうですよ、フォックス卿」

 

 そのクラウディオは、フォックスと会話をしつつも、一方で、熱心にイヴという自分の奴隷娘の介抱をしている。

 イヴは、今回のフォックスとトリスタンに罠を仕掛けるにあたり、トリスタンの特殊性癖を利用して近づけた女であり、イヴへの調教にのめり込んだトリスタンに張り付かせて、ふたりの会話を集めまくらせた。

 映録球については、ベンガル卿というフォックスの手下貴族になり済ませたイーザンというクラウディオの奴隷男が記録し続けたが、イヴはイヴでそれだけでは不十分な証拠を、彼女の身体に仕込んだ魔道具の傍聴具で録音する役割を果たしたし、なによりも、神出鬼没のトリスタンの居場所を特定するのに役だった。今回の捕り物が、こんなにも簡単にいったのは、好色者のトリスタンが本来の調略任務よりも、イヴという商家女の調教にのめり込んだからだ。

 大手柄である。

 

 その過程において、イヴは幾日もトリスタンたちから拷問のような嗜虐を受け、今日は、足の指に油をかけて燃やされるということまでされたらしい。

 その火傷をクラウディオは、丁寧に薬を塗ってあげている。

 いずれにしても、本当に奴隷扱いのいい貴族だ。

 

「国を売るなど……。いや、ちょっと待て──。そもそも、それは、ベンガル卿が持ってきた話で……。いやいや、おかしいぞ──。あっ、もしかして、俺を嵌めたのか? いつからだ──。いつから、本物のベンガル卿と、そいつが入れ替わっていたのだ──?」

 

 フォックスが怒鳴った。

 

「入れ替わったって、なんのことです? わけのわからない。まあ、ベンガル卿という代官領主様は、もしかして、明日くらいに自殺しているのが発見されるかもしれませんけどね。まあ、そういうことです」

 

 クラウディオが笑った。

 そして、手をあげる。 

 すると、クラウディオの男奴隷が二人、フォックスの身体を掴んだ。

 そして、指示を仰ぐように、ノルズの視線を向けてくる。

 この屋敷を襲撃するにあたり、二十人ほどの人間を使っているが、半分がクラウディオの部下で、残りの半分はもともとがケイラが集めた諜報業を生業とする者たちだ。

 その全部の統括をするのがノルズということになっている。

 同行してきたケイラは、いわば、ノルズのお目付け役のような感じだ。

 それはともかく、クラウディオは、自分の奴隷たちに、全体の長がノルズだと徹底をしてくれている。だから、クラウディオの奴隷たちも、任務については、直接にノルズの指示に従ってくれる。

 実にやりやすい。

 

「お兄ちゃんには、フォックスはそのまま王都に連行するように指示されているわ。とりあえず、牢に監禁しておいてね。もちろん、家人たちを放り込んだ牢とは別にするのよ」

 

 すると、ノルズの横のケイラが口を挟んできた。

 

「言われたとおりにしな」

 

 ノルズが告げると、クラウディオの奴隷ふたりは、腰にさげていた縄束を解いて、手慣れた仕草で、フォックスを後手に縛り始める。

 ところで、この奴隷たちのクラウディオという貴族男だが、実は奴隷たちとは性的関係でもあるらしく、しかも、縄で縛ったり、縛られたりということを日常的にやっているそうだ。まるでロウのようだ。

 とにかく、見る限り、縄扱いは上手そうだ。

 あっという間に、フォックスが拘束される。

 

「な、なにをするか──。俺は侯爵だぞ。無礼な──。やめんか──。そうだ──。嵌めたのだな──。お前たちは、俺を嵌めたのだ──。王国を裏切るつもりなどなかった──。いまもない──。ただ、ベンガルがそんな話を持ってきただけで……」

 

 フォックスは怒鳴り続ける。

 

「誰が持ってこようと、国を売るのは売国奴だ。元宰相も、侯爵も関係あるか。売国奴として当然の扱いだ」

 

 クラウディオが冷たく言い放つ。

 いつの間にか、イヴの治療らしきものは終わっていて、自分が身に着けていた上着をイヴの裸身に被せて抱きしめている。

 イヴはうっとりと嬉しそうな顔をしていた。本当に、クラウディオを慕っているということがわかる。

 

 それはともかく、フォックスが怒鳴り散らしていることは、ほぼ正解だ。

 今回のことでロウからの指示を直接に受けたのはケイラだが、彼女の言葉をそのままに聞く限り、ロウは王家の求心力が低下している現状を打破するために、マアという女豪商を中心として、王家──すなわち、ロウに従う貴族たちに交易によって利益誘導し、反感を表す相手を物流で追い詰めるということをして、王家の権威を立て直そうとしているらしい。

 だが、ロウはただそれだけで、国がまとまっていくとも考えていないそうだ。

 ある程度の強権は必要であり、逆らう者には断固とした態度で処断していく姿勢も示すつもりとのことだ。

 

 その生贄として選んだのが、元宰相のフォックスであり、もともと、イザベラやロウの作る新しい王宮に対抗して、上級貴族たちをまとめて反王宮の派閥を作って対抗しようとしていた。

 だから、あえて、トリスタンというタリオの諜報を近づけて、王国を売り渡すような話を持ち掛けて、その証拠を集めたのだ。

 

 それが罠だというなら、そうかもしれないが、クラウディオの奴隷男が変装していたベンガル卿という男の仕掛けに乗らなければいいだけのことであるし、入れ替わっていたものの、もともと、トリスタンと本物のベンガル卿が接近していたのは事実なのだ。

 本物のベンガル卿がフォックスとトリスタンの仲介をしたのも間違いない。

 そのすべての情報を握っていたケイラから受け、ノルズたちが、ノルズやクラウディオを使って、本物のベンガル卿を殺して入れ替わり、トリスタンとフォックスの接近の情報を集めたに過ぎない。

 

 おそらく、フォックス卿は完璧な証拠とともに、国を売ろうとした裏切りものとして、処断されるだろう。

 ロウやイザベラが、どれくらいの罰を与えるのかは知らないが、国を裏切る行為は、三族までの連座による死刑のはずだ。

 トリスタンのようなタリオの調略者に接近していたハロンドールの上級貴族は、フォックスだけではないから、いい見せしめになるだろう。

 目の前のトリスタンも、王国に対する諜者として処刑されるのは間違いないので、これを機に多くの貴族が戦々恐々となって、タリオとの関係を慌てて清算する動きになるのは間違いない気がする。

 

「くっ……」

 

 そのときだった。

 ノルズが連れていた手の者に殴られながら、服を剥ぎ取られて全裸にされたトリスタンがすっと、自分の尻に手をゆっくりと動かしたのだ。

 手をかざして、トリスタンの睾丸に電撃を送り込む。

 

「うぎゃああああ」

 

 トリスタンが絶叫してもんどり打った。

 その右手には、自分の尻穴から出した鞘のついた短いナイフが握られていたが、それが手放されて床に転がる。

 

「ちゃんと、尻穴も調べろって言っただろう──。油断するんじゃないよ。こいつも縛り上げな。いまから拷問して、こいつらの諜報の拠点を吐かせないとならないからね。しっかりと動けないようにするんだ」

 

 ノルズは怒鳴った。

 

「うわっ、本当にお尻の穴に武器を隠していたなんて……」

 

「すみません──」

 

 トリスタンについていたのは、クラウディオの奴隷ではない手の者たちだが、ノルズの一喝を受けて、慌ててトリスタンを縛り始めようとした。

 だが、ノルズは、それをとめた。

 

「いや、やっぱり待ちな。そのまま、ちょっと押えとくんだ。こいつにはこれから拷問しなきゃならないからね。拘束は、まずは逃亡も自殺もできないように気力を喪失させてからだ」

 

 トリスタンを改めて跪かせて、頭を床につけるような恰好にさせる。両腕は後ろに引っ張って伸ばさせた。

 その体勢に固めるのに、四人ほどがついている。

 

「ふ、ふざけるなよ……。王国の犬が……」

 

 窮屈な恰好にさせられているトリスタンが呻くように悪態をついた。

 いい傾向だ。

 さっきまで比較的大人しかったから、おそらく、ずっと逃亡の機会を窺っていたのだろう。

 それが悪態をついた。

 つまりは、追い詰められているということだ。

 

「王国の犬かい。あたしたちには誉め言葉だよ」

 

 数多くの女たちが、ロウの寵愛を争って、ロウの「雌犬」になろうとしのぎを削っている……。

 いや、競ってはないか……。

 ロウは恋多き男だ。寄ってきた女の全員を愛してくれる。

 ノルズは、そんなことを考えながら、トリスタンの二の腕を左右の手でそれぞれに掴む。

 魔道で自分の身体を一時的に身体強化をして、トリスタンの左右の腕を一気に粉砕する。

 

「おぎゃああああ──」

 

 トリスタンが絶叫して身体を反り返らせた、

 膝で蹴り飛ばして、死なない程度に背骨の骨を折る。

 

「うがああああ──」

 

 これで、もうトリスタンは二度と立ちあがることもできない。

 全裸姿のトリスタンの全身の毛穴という毛穴から一斉に脂汗が噴き出し、剥き出しの男根からは失禁による放尿が流れだした。

 

「勝手に小便するんじゃないよ。仰向けにしな」

 

 ノルズはトリスタンを抑えている者たちに指示する。

 トリスタンが裏返しにされる。

 

「ほがああああ──」

 

 背骨を折られたために動くだけで激痛が走るのか、トリスタンは涙を流して悲鳴をあげている。

 ノルズのこれまでの経験でも、どんなに屈強な男でも背骨を折られれば、泣き出して許しを乞う。

 トリスタンも例外ではないようだ。

 

「あとで背骨の痛みだけは、魔道で消してやるよ。悲鳴をあげるのに急がしくて、訊問もできないだろうからね。だけど、それはたっぷりと拷問を受けてからだ。お前への訊問は明日からしかやらない。さんざんに、イヴを苛めたんだ。やられる方になっても、立派な態度でいな」

 

 懐から準備していた水分をたっぷりと吸わせた革紐を取り出して、トリスタンの男根の根元を固く縛ってやった。

 これで小便を出すことはできないだろう。

 しかも、濡れた革紐は、乾けばどんどんと収縮する。

 明日になるまでに、一物が千切れ落ちるかもしれないが、まあ、訊問に問題はないだろう。

 この男を生きて本国に戻すことはないのだ。

 

「ちょ、ちょっと待って。訊問はあたしにもさせてくださいよ。こいつには散々に苛められたんですから」

 

 すると、クラウディオに抱きしめられてるイヴが声をかけてきた。

 立ちあがって、裸身にクラウディオの上着だけを身に着けている。表面を燃やされた足の指については治療が終わったようだ。

 

「じゃあ、頼んでいいかい。二の腕だけは粉砕したけど、ほかの手足の骨も全部砕いとくれ。あとは好きにしていい。だけど、殺すのはだめだ。それ以外はなにをしてもいい」

 

「任してください、ノルズの姐さん。ディオが水樽を運んできてくれましたからね。あたしにやろうとしたことをやってあげますよ」

 

 このトリスタンがイヴにやろうとしていたことというのはわからない。

 ノルズたちがこの地下室に来る直前には、ノルズたち全員でこの屋敷の一階層以上の制圧をしていたのだ。

 捕えた家人も外回りの護衛も、全員捕まえて、地下牢のひとつにぎゅうぎゅうに押し込んでいる。

 

「水樽をどうするんだい?」

 

 ノルズは笑って訊ねた。

 

「無理矢理に全部、飲ませるんです。姐さんが小便の出口を縛ってくれから丁度いいです。大量の水を飲ませて、小便をさせないんです。苦しめるだけ、苦しめてやりますから──」

 

 イヴが張り切っている口調で言った。

 ノルズは肩を竦めた。

 

「まあいいや。じゃあ、ちょっと任せていいかい、マイル卿? あたしは、家人の方を見てくるよ。大したことは知ってないと思うけど、一応訊問してくる」

 

「呼び捨てでいいですよ。それとも、ディオとでも。俺のボスになるんですから、いいように扱ってください」

 

 クラウディオが気さくな感じで言った。

 やっぱり変な貴族だ。

 こんなノルズのような女の下につけと言われたのに、まったく反感のようなものを示さない。

 むしろ、喜んで動いているように見える。

 

「あんたらについては、これからも問題なさそうね。じゃあ、あんたら組織の最初の任務よ。しっかりとやってちょうだい。マイル伯のことも、お兄ちゃんには適材だと伝えておくわ。表向きの役職は、王宮内の適当なものが与えられると思うけど、本当の仕事は、ノルズの下で諜報組織の幹部として働いてもらうわ」

 

「ありがたい。あの独裁官殿の庇護がもらえるなら、なんでもしますよ。よろしく伝えてください」

 

 クラウディオがにこにこしながら言った。

 本当に変わった貴族だ。

 

「ところで、ノルズ、ちょっといいかい?」

 

 ケイラがノルズを呼び廊下に導いた。

 トリスタンへの拷問をクラウディオたちに託して、ノルズはケイラとともに廊下に出る。

 ケイラがノルズに身体を寄せてきた。

 

「……実際の話、とりあえず片が付くまで、何日くらい必要?」

 

 ケイラだ。

 訊ねているのは、トリスタンに部下の拠点に関する情報を吐かせて、その拠点を急襲して潰すという仕事にどれくらいかかるのかということだ。

 もともと、トリスタンについては、しばらくのあいだ泳がせると聞いていた。

 その方針が変わったのは、タリオとは、明確に敵対の態度をとるということで新王宮の方針が決まったからだそうだ。

 この意思決定ののろしとして、まずはトリスタンという男を捕縛することになったということだ。

 この間抜けだが、これでもタリオでは、円卓のメンバーとやらのひとりであり、かなりの重鎮らしい。

 

「まあ、十日もあればね」

 

 ノルズは答えた。

 拷問による訊問そのものは、三日もあれば、トリスタンに頭の中にある全てを表に出させる自信がある。

 残りの時間は、白状させた拠点に手の者を送って潰すための時間だ。

 それ以上の時間は必要ない。

 全部を一度に襲撃できないし、幾つか襲撃した時点で、情報が漏れたことを悟って、既存の拠点は場所を変えるだろう。

 あとは、いたちごっこだ。

 タリオの諜報組織と、ノルズとクラウディオが新しく作る王国の諜報軍との戦いが続くことになるだろう。

 

「わかったわ。お兄ちゃんには伝えておくわ。ところで、あんたらが作る諜報組織の名前は考えた?」

 

 ケイラが笑いながら言った。

 組織の名前などどうでもいいが、考えろと言われていたので、ノルズはそれをクラウディオに丸投げしていた。

 その結果、クラウディオが言ってきたのは、「スレヴズ軍団」という名前だ。

 スレヴズには「奴隷たち」という意味があるらしく、クラウディオの直接の部下が自分の奴隷だからだろう。

 ノルズも了承した。

 なにしろ、自分だってロウの奴隷だ。

 そのために、ノルズの命はある。

 「奴隷(スレヴズ)軍団」というのは、自分たちの名前にまさに相応しい気がした。

 ノルズは、ケイラに説明した。

 

「スレヴズ軍ね。それもわかったわ。さて、ところで、これを渡しておくわ」

 

 すると、ケイラが小さな紙片を押し付けてきた。

 そこには、五人ほどのハロンドールの上級貴族の名前が書かれていた。

 

「なんだい、これは?」

 

 ノルズは訝しんだ。

 

「この五人の名を暗記して。覚えたら、紙は燃やして」

 

 ケイラが言ったので、ノルズはすぐに魔道で紙を燃やして灰にした。五人程度の名前はあっという間に頭に入る。

 

「消したよ。それで?」

 

「フォックスのほかにも、お兄ちゃんの覇道の邪魔になる者たちよ。お兄ちゃんは物流と交易の力で王国をまとめようとしているけど、お兄ちゃんの素晴らしいところは、そんな綺麗なものだけじゃあ、混沌化した国をまとめることができないと知っていることよ」

 

「それで?」

 

「だから、フォックスという一罰百戒の生贄を作った。さっきのリストは、ほかにもいなくなった方がいいと思う名よ。なんだかんだで、人というのは群れを作れなければ、反対勢力には成り得ない。さっきのは、その群れの核に成り得る者たちよ」

 

「ほう、つまりは消せということかい」

 

「そんなことは言わないわ。ただ、いなくなれば、お兄ちゃんの助けになる。それだけのことよ。フォックスに追加してさっきの五人……。もしもいなくなれば、少なくとも、いまお兄ちゃんたちに逆らおうとする勢力は、この王国からはしばらくは集まらない。だって、核になる者がいなければ、派閥なんてできないもの」

 

「なるほど。わかった」

 

 ノルズは言った。

 このケイラがそう言うなら、その通りなのだろう。

 ロウのためになる──。

 知るのはそれだけでいい……。

 

「それと、いまの話はお兄ちゃんは知らないわ。当然に、あの女王様もね」

 

「いちいちくどいね」

 

 ノルズは鼻を鳴らした。

 ケイラがくすりと笑う。

 

「あら、ごめんね。じゃあ、こっちは、お兄ちゃんからの伝言……、いえ、命令を伝えるわ。十日後、必ず王都に戻り、お兄ちゃんのところに出頭しなさい。今回の任務の成果について報告するのよ。あんた自らね」

 

 ケイラが言った。

 

「ええ──?」

 

 ロウの名を出されて、ノルズは一変に緊張してしまった。

 自然と直立不動の姿勢になってしまう。

 ノルズにとって、ロウというのは神様も同じだ。

 そのロウに呼び出された──。

 急に頭の中が真っ白になった。

 

「ふふふ、あんたって、やっぱり面白いわね。そのときには、一対一でデートもするそうだから、そのつもりでいろと言っていたわよ。そして、これは間違いなく伝えろと言われたけど、一切の下着は禁止だそうよ。それと、ここよりも長いスカートははいてこないこと……。これは絶対の命令だそうよ」

 

 ケイラがにこやかに告げるとともに、ノルズの膝から股の付け根の半分よりも、ちょっと上の位置を指で突いた。

 この場所よりも短いスカート──?

 そうすると、かなりの短い丈になる。

 しかも、下着なし……。

 ノルズはかっと身体が熱くなるのを感じた。

 

「じゃあ、伝えたわね。明日の夜には、一度、わたしのところに報告をしにきなさい。それと、お兄ちゃんの命令の準備も早めに手を付けるのよ。このマイムにも、短い丈のスカートを扱っている服屋はあったわよ。覗いてみるといいわ。よければ、お兄ちゃんの好みとか教えてもいいけど」

 

 ケイラが片手を振って、ケイラの前から立ち去っていく。

 それはともかく、十日後のロウとの面会を想像して、ノルズの心臓は痛いくらいに激しい鼓動を繰り返していた。

 

 ロウとのデート……。

 どうしよう……。

 どうしたらいいんだろう……。

 ロウの好み……?

 

 そういえば、さっきケイラが相談に乗ってもいいというようなことを喋った?

 緊張していたので聞き逃したが、それは教えてもらわないと──。

 

「ちょ、ちょっと待ちな──」

 

 ノルズは慌ててケイラの後を追いかけた。

 

 

 

 

(第10話『凡人、悪人、変人』終わり)



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 第11話  新ローム帝国の誕生【タリオ】
926 退廃と背徳の女王


 現れた女は息呑むほど美しかった。

 そして、蠱惑(こわく)的だった。

 

 決して、扇情的な仕草を見せたわけではい。

 ただ、会談の場所に現れたアーサーに対して、立ちあがって随行の者とともに静かに頭をさげただけである。

 しかし、頭をさげることで、大きく開いた襟元から覗いている豊満な乳房の谷間がアーサーの視界にまともに飛び込んでくることになったし、片側の脚の太腿から足首まで露わになっている深いスリットから見える見事な脚の曲線美はどうだろう。

 加えて、腰の部分の衣装の布の下の尻は、全体がかたちよく吊り上がり、包んでいる装束を窮屈そうに張り切らせている。

 思わず、嘆息してしまうような悩ましい肢体だと感じた。

 これが、大陸一、淫靡だと称されているデセオ公国の女大公のイザヤか……。

 アーサーは、内心で舌を巻いていた。

 噂以上の美しさだ。

 年齢は四十だというが、まったくそんな年増には見えない。

 

「お初にお目にかかります、タリオ公国大公陛下アーサー=ブリテン殿。デセオ公国大公イザヤであります。よしなに」

 

 イザヤが顔をあげて優美に微笑んだ。

 笑顔も素晴らしい。

 アーサーは、すっかりと見惚れてしまった。

 だが、もちろん、心の中に浮かんだ動揺は隠す。

 魔道や武器を交わすわけではないが、これは戦なのだ。

 アーサーは気を引き締めた。

 

「アーサーだ」

 

 ひと言だけ発して、準備されている椅子に座る。

 アーサーとイザヤの会談のための椅子は、やや斜めに向かい合うように置かれているが、アーサー側の椅子は、一段高い台の上に乗っていて、イザヤを少し見下ろすようになっている。

 背後には、タリオ公国とローム帝国の旗が壁に掲げられているが、デセオ公国のものはない。

 さらに、この会談の場所には、タリオ軍の兵がびっしりと武器を持って立っていた。

 これに対して、デセオ公国のイザヤには護衛はおらず、随行の五人ほどの男女がイザヤの後ろに立っているだけだ。

 明らかに、格下の扱いなのだが、イザヤは気にする様子もない。

 笑みを浮かべたまま、アーサーを見つめて、アーサーの言葉を待つ姿勢を保持している。

 アーサーは、イザヤの殊勝な態度に満足した。

 

「かけたまえ、大公」

 

「ありがとうございます」

 

 イザヤが椅子に座る。

 その仕草までどことなく艶やかだ。

 ドレスの脚の横の切れ込みは、ほとんど腰の括れくらいまであるのだが、座ったときに布がずれて、完全に片脚が露出している。

 だが、下着のようなものは見えない。

 もしかして、身につけていないのだろうか。

 そんなことも、ふと思う。

 

「まずは、このたびの戦勝のお祝いでございます」

 

 イザヤが後ろの随行者に合図をする。

 盆に載せた目録がアーサーの前に運ばれる。

 目を通すと、なかかなの品物がそこに書き並べられていた。

 

 カロリック公国──いまは、タリオ公国が併合したので、正確には、タリオ領カロリック地方ということになるが──西部のデセオ公国との境界に接する城塞である。

 この場所で、タリオ大公アーサーと、デセオ公国の女大公のイザヤの初めての会談が行われることになったのだ。

 もっとも、この城塞から西側以降がすぐにデセオ公国ということになるわけでなく、カロリックとデセオのあいだには、急峻な山岳が存在しており、陸路でデセオに向かうためには、この山岳を踏破して山脈の向こう側に到達する必要がある。しかも、山岳にはデセオ側に築いた山岳要塞があり、自然の要害は要塞を通過する以外の人の行き来を完全に阻んでいた。

 

 つまりは、デセオ公国は、ローム三公国に数えられながらも、地形的にほかの二公国と完全に分離しているのである。

 従って、歴史的にも、デセオはほぼ独立国といってよく、デセオがローム三公国に数えられるのは、デセオ自身が独立を望まず、宗主国にひたすらに従順であるからだ。デセオからすれば、もともと、交易でも人の流通でも、急峻な山岳が存在するために、ほかの二公国との関係が薄く、おそらく、独立を称しても困ることはないだろう。それを阻止するために、山岳を越えて軍隊を派遣するなど無意味だ。降伏をさせ侵略する軍が退けば、デセオの民は征服のために常駐する他国の軍人を吸収し同化させ、すぐにデセオの退廃にのみ込んでしまう。

 実際、ローム帝国とデセオは、そんな歴史の繰り返しだった。

 

 しかも、デセオは自分たちが独立国であることを望んでいない。

 デセオの特殊な文化を認める限り、デセオは従順な属国であることを認めるのだ。

 この国はそういう国なのだ。

 

 しかも、デセオの持つ特殊な文化──。

 

 それは、あまりにも、ほかの国の常識とはかけ離れている。

 これもまた、ほかの地方とは地形的に隔離されているという状況が、ほかの地域との独立性を保持することを手伝い、極めて変わった風習を保持することになったのだ。

 

 退廃と背徳の土地──。

 あるいは、肉欲の国──。

 それが、デセオ国の別称だ。

 

 性欲に開放的な文化を所有し、武芸や魔道力よりも性技の巧みさが尊ばれる。国も最も名誉ある職業が娼婦と男娼であり、性技に卓越した選ばれる者しか娼婦などにはなれないという。

 王侯貴族の権威など、高級娼婦・男娼に比べれば小さなものであり、実際、このイザヤそのものが、もともとは公営娼館の第一位の娼婦なのだ。

 それを認められて、前大公が養女とし、いまはその娼婦が女大公となった。

 これがまかり通り、誰もが当然として受け入れてしまう──。

 それが、デセオ公国なのだ。

 

「結構なものだ。デセオは、なかなかに金満なのだな。素晴らしいものばかりだ」

 

「いえいえ、精一杯の見栄でございますよ。偉大なるタリオ大公閣下に贈るものですから、失礼があってはならないと部下たちが頑張りました。お気に召して頂ければ、彼女たちも報われます」

 

 イザヤが静かに言った。

 その笑顔は優美で可愛らしい、

 しかし、なんとなく、自分ばかりは気後れしているようで、アーサーは多少の苛つきも感じてきた。

 

 いずれにしても、今回のアーサーとイザヤの会合については、両公国の事務方の交渉は終わっている。

 即ち、カロリックを併合したタリオ公国に、デセオが従属するということだ。

 デセオ公国が宗主としていたローム皇帝家は、すでに存在しない。

 皇帝自身が逃亡をして、いまは生きているのか、朽ち果てているのかもわからない。皇帝府は廃墟と化した。

 アーサーがそうさせた。

 そして、アーサーは、カロリックを併合したことによる、デセオの出方を探ることにした。

 大公としての親書を送ったのだ。

 

 これに対する、デセオ公国の女大公イザヤの返書もあっさりしたものだった。

 皇帝家がなくなったのであれば、デセオは新たな権威に従う──。デセオの文化の保持を約束してくれるのであれば、デセオとしては、誰がデセオの宗主でも構わない──。

 親書には、はっきりとそう記されてあった。

 アーサーは、デセオという国の有り様を改めて思い出したものだった。

 

 とにかく、カロリックに続いて、いずれは、デセオ公国もまた軍靴を持って併合する算段であったアーサーとしては拍子抜けしてしまった。

 いずれにしても、その後、とんとん拍子に話は進み、あっという間に、デセオのタリオへの従属については、あとは両国の大公相互の調印のみというところまできた。

 

 しかし、その最終決定に先だって、デセオ側がひとつの条件を出してきたのだ。

 それが、アーサーとイザヤの直接会談だ。

 

 従属についての最終決心は、女大公イザヤが直接行い、そのイザヤは、アーサーとの会談の結果によって、それを決めたいというのである。

 アーサー側としては、それはこの期に及んで、これまでの交渉を齟齬にすることを示唆しているのかと訝しんだが、そうでもないようだ。

 とにかく、最終決定の前に、デセオ大公のイザヤが、タリオのアーサーに直接に会う場を作って欲しい──。

 デセオ側の強い要求だ。

 それで行われることになったのが、今日の会談というわけである。

 

「さて、それで?」

 

 アーサーは引出物の目録を盆に返しながら言った。

 

「それでとは?」

 

 イザヤが微笑んだまま小首を傾げる。

 

「俺は面倒なやり取りは好かぬ。タリオに従属してもらおう。その代わりに、デセオ公国の封建を認める」

 

「これまでの交渉の経緯は承知しております。従属とはいっても、そちら側からは朝貢を求めることもないし、公国内のことに干渉することもない。求めるのは、タリオに対して主として頭をさげ、主従の関係を結ぶこと。それだけということですね? その認識でよろしいでしょうか?」

 

「そのとおりだ。デセオは、これまでローム皇帝家にしていたことを、そのままタリオにするだけだ」

 

「わかりました。ただ、ひとつだけ無心がありますの」

 

 イザヤは微笑みを浮かべたままだ。

 

「なんだ?」

 

「わたしたちデセオは、強き者に従属いたします。ただ、それはただひとつの条件を呑んで頂いた場合です。条件というのは、我がデセオの文化を尊重し、これに介入しないこと。それだけです」

 

「わかっている。アーサーの名で約束する。我らは、デセオの文化を尊重する」

 

「ありがとうございます。ならば、無心というのは、そのための祭事にアーサー閣下にご協力していただきたいのです」

 

「祭事?」

 

 アーサーは訝しんだ。

 

「わたしたちデセオの文化が、退廃と背徳の国を呼ばれていることはご存じですよね?」

 

「知っている。もっとも、いわれのない侮蔑とは思っている。自分たちの常識に合致しないからといって、それを不当に蔑むというのは、文明国の民のすることではない」

 

「どういたしまして。わたしたちは、それに誇りを持っております。退廃と背徳、肉欲と性技こそ、わたしたちデセオのもっとも大切にしているものなのです。そして、わたしはデセオの文化を庇護する者として、その風習を守る義務があるのです。むしろ、そのために、わたしは大公になったと言っていいでしょう」

 

「なるほど。それで、俺になにを求めるというのだ? デセオの文化の庇護は約束すると口にしたがな」

 

「ええ、ええ、ありがとうございます。ですが、わたしは、デセオの文化を代表する者として、口約束だけで従属を受け入れるわけにはいかないのです。たとえ、かたちだけの演技でも構いません。デセオ公国の大公であるわたしを、それを従属させようとしているアーサー大公閣下が、屈服させたという形式を作って欲しいのです。デセオは強き者に従います。アーサー閣下が、わたしを屈服したというかたちを作って頂ければ、わたしは大公国の父祖たちに遠慮することなく、喜んでアーサー殿に従属が誓えます」

 

「なにをすればいいのだ?」

 

 アーサーは訊ねた。

 すると、イザヤが満面の笑みを浮かべた。

 

「わたしと一夜の情を交わして頂きたいのです。デセオの者は、性技に長け、性技に屈服させられた者に従います。わたしたちにとって、情交というのは、あなた方にとっての決闘や一騎打ちに同じです。名誉ある戦いです。わたしと情を交わし、それで、かたちとしてわたしは、あなたに屈しましょう。それで、わたしたちの面目は整います」

 

「つまり、俺とあなたが愛を交わせということか?」

 

 アーサーはびっくりしてしまった。

 

「愛を交わす……。あなた方の言葉ですね。いい言葉です。愛をお交わしください。そして、わたしは屈服しましょう。そして、従属することを約束します」

 

「これは驚いた」

 

 アーサーは思わず笑ってしまった。

 イザヤが媚びを売るように、しなを作った。

 その姿があまりにも色っぽくて、アーサーは思わず笑みを引っ込めてしまった。

 

「もちろん、本当に屈服させて頂くのは難しいと思いますから、それまでは望んでおりません。ですが、デセオ大公という地位は、わたしたちの文化では、もっとも性技に優れた者であるという証でもあるのです。アーサー閣下にとっても、忘れられない一夜にすることをお約束しますが?」

 

 そして、イザヤは言った。

 アーサーは気を取り直して微笑んだ。主導権争いで呑まれるわけにはいかない。

 

「ならば、あなたにとっても忘れられない出会いになることを約束しよう。演技でも形式でもなく、本物の男というものを味わうといい。俺を相手にな──」

 

「愉しみです。では、閨でお待ちしております」

 

 イザヤが立ちあがり頭をさげた。

 立ち去る彼女を見ながら、まるで舞のような挙措だとアーサーは思った。



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927 大公たちの果たし合い?

「服を脱いでもらおう」

 

 寝室に入ってきたイザヤに対して、開口一番にアーサーは言った。

 部屋の明かりは落としてあり、部屋に入ってきたイザヤの姿はぼんやりとした薄暗さの中に浮かんでいる。

 寝酒でも口にしながらだんだんと気分を盛り上げていく算段だったのか、イザヤは侍女らしき女を随行させていて、酒盃らしきものを持たせている。ちょっとしたつまみも携行しているみたいだ。

 しかし、身に着けているのは、スリップの薄物一枚だけだ。それにしても、やはり、美しい身体である。

 部屋は暗いが、彼女の美しい肢体が十分にアーサーの視界に映っている。

 とてもじゃないが、四十女の身体には見えない。

 

「おや、いきなりですの?」

 

 イザヤがくすりと笑う。

 

「余分なやりとりは性に合わないのでな」

 

「なるほど、お噂どおりのお方ですね。機を見るに敏とは、まさに閣下のようなお方のことに違いありません……。では、それを置いてさがりなさい」

 

 イザヤの言葉の後半は、一緒にやってきた侍女に告げた言葉だ。

 侍女は寝室にあるテーブルに酒と肴の載った盆を置くと、無言のまま一礼をして部屋を出ていった。

 アーサー側については、最初からひとりなので、これでイザヤとふたりきりだ。

 もっとも、部屋の壁の向こうには、アーサー側の護衛も待機しているし、イザヤ側の侍女や護衛もいるだろう。彼らはなにかあれば、すぐに部屋に入って来れるようになっている。他人に聞かれながら情事をするのは、ちょっとばかり落ち着かないが、まあ、アーサーやイザヤのような立場であれば仕方ないだろう。

 

「では、果し合いを始めるか」

 

 アーサーは、寝台の上に胡坐をかいていて、腰に掛け物をしていたが、それを剥ぎとる。

 すでに股間は勃起していた。

 寝台のそばまで来ていたイザヤがちょっとだけ、眉をあげるのがわかった。

 人よりも大きい自慢の一物だ。

 これを見ると、大抵の女は驚きとともに畏怖のような表情を見せる。

 どうやら、百戦錬磨だと自負するイザヤもその限りのようだ。

 可愛いものだ。

 アーサーは口元を緩ませた。

 

「あら、果し合いと申されるのですか?」

 

 イザヤが柔和に微笑みながら、両手を首の後ろに回して薄物の紐を解いた。

 それだけで、簡単に脱ぐことができるようになっているらしく、イザヤが身に着けているものがばさりと足元に落ちる。

 イザヤは、まったく下着を身に着けていなかった。イザヤは完全な裸身になった。

 美しい身体だ。

 淫魔の女王の二つ名のイザヤに相応しく淫靡で艶やかな肢体だと思った。

 乳房は丸くて大きくぴんと先端が上を向いている。腰の括れは細く、薄い恥毛に隠れている股間は、アーサーと抱き合うという期待なのか、すでに濡れている感じだ。

 アーサーはほくそ笑んだ。

 

「あなた方にとって、男女の性愛は果し合いだと言っていたではないか」

 

「デセオの風習です。あなた方は愛し合うという言葉をお使いになりますが、わたしたちにとって、性を交わすことは戦いです。どちらが主人で、どちらが奴隷化ということを決める決闘です。でも、アーサー閣下は、デセオの民ではございません。どうぞ、わたしとの情交をお愉しみください」

 

「いや、ならば、俺も果し合いのつもりで挑もう。充実した濃密な時間を約束しよう。俺との情愛は、あなたがこれまでに経験したどの相手との違うはずだからな」

 

「まあ、自信家ですのね」

 

「自信ではない。事実を口にしているだけだ」

 

 デセオの風変わりな文化は承知しているが、所詮は男と女だ。

 娼婦あがりの女といえども、性愛でアーサーが主導権を失うとは思えない。

 そもそも、女というものは、閨では男に組み伏せられて屈服するようにできている。それに、アーサーも性は強い方だ。

 淫魔の女王イザヤといえども、アーサーが引けを取るわけはない。

 

 イザヤの手を取り、寝台の上にあげる。

 胡坐の上に横抱きにして載せた。

 イザヤの乳房の裾野から乳頭の先まで唾液を塗りつけるようにして、舌全体で舐めあげていく。

 

「あっ、ああっ……」

 

 イザヤが艶めかしい声をあげて裸身をくねらせる。

 すでに、イザヤの乳首は固く尖っていた。擦り合わせた股間からはねちゃねちゃという水音とともに、女の香しい匂いも漂ってくる。

 随分と淫靡な体質のようだ。

 あっという間に、これだけ欲情するとは……。

 

「気持ちよさそうだな」

 

 アーサーはイザヤの乳房を片手で根元から絞り出すように揉みあげるとともに、尖った乳首の先を舌先で転がす。

 また、もう一方の手をイザヤの太腿のあいだに入れ、ゆっくりと撫であげていく。

 

「ひあっ、あっ、あああ……」

 

 イザヤはびくびくと身体を震わせ、切なそうな甘い声を放つ。

 やっぱり、所詮は女だ。

 こんなものか。

 乳頭を口に含む。

 抽送するように吸いあげる。

 

「ひあああっ、ああああっ」

 

 イザヤが大きく身体を反り返らせた。

 

「たまらないか? 舌を出せ」

 

「は、はい……」

 

 イザヤがとろんとした表情になって舌を出す。

 アーサーは、イザヤの舌を包み込むように口に含むと、唇と唇を密着させた。舌を舌を絡ませ、唾液をすする。

 

「ああっ」

 

 イザヤの身体が完全に脱力した。

 さらに口づけを深くすると、イザヤが舌をアーサーの口の中に送り返してくる。

 口が吸われ、きゅっとアーサーの舌が吸われ返す。

 

 これは……?

 

 びっくりした。

 身体が内側から溶けていくような口づけだった。

 怒張がぎゅっと疼き、全身が痺れてくるような……。

 思わず声が出そうになる。

 

 アーサーは、身を引き締めた。

 かっとなったのだ。

 たかが口づけだけで、アーサーがたじろぎを覚えるなど──。

 力任せに口を吸う。

 主導権を取り戻さねば……。

 

「んんっ、んんんっ」

 

 イザヤが声を震わせて、アーサーに応える。

 しばらくのあいだ、絶対に押し勝ってやると心を奮闘させつつ、アーサーはイザヤとの口づけを続けた。

 

「はあ、はあ、はあ……。ふ、ふふ、気持ちいいですわ……。口づけがこんなに気持ちよかったのは初めてです……」

 

 唾液の糸を引きながら口を離すと、イザヤが息を喘がせながらにっこりと微笑んだ。

 

「そうだろう。これが本物の男の口づけだ。そして、あなたも女の顔になった。飾り気のない女の顔だ」

 

 アーサーはイザヤの裸体を寝台に仰向けに横たえた。

 股間に指を挿入する。

 熱いくらいにイザヤの股の中は火照ってる。たっぷりの愛液でぬめっていて、そして、興奮しているのか、ぎゅうぎゅうとアーサーの指を強く締めつけてくる。

 アーサーは、イザヤの膣の中の快感の場所を探して圧してやった。

 

「ああっ、いやっ」

 

「大した愛撫もしないのに、こんなにもしとどに濡れるとは驚いたな。デセオの女大公のイザヤ殿は随分と淫靡な体質のようだ」

 

 アーサーは思わず笑った。

 指の抽送を始める。

 さらに空いている指でクリトリスを刺激してやった。

 舌を再び乳房に這わせる。

 

「ああ、すてき──。あああっ」

 

 イザヤが身体の下からアーサーの背中に手を回してきた。

 しばらくのあいだ、アーサーは指を激しく抽送しながら愛撫を繰り返した。

 

「ああ。、もう、だめええ、いってしまいます。あああっ」

 

 やがて、イザヤが狂おしく顔を左右に振りたてながら、感極まったような声をあげた。

 そして、その言葉がきっかけになったように、がくがくと身体を痙攣させて、身体を突っ張らせた。

 アーサーを抱く腕に力が入る。

 

「いくうっ」

 

 イザヤが絶頂を極めたのがわかった。

 こんなものか……。

 偉そうな口をきいていたが所詮は女だな。

 アーサーは安堵した。

 

「そろそろ欲しいものをやろうか」

 

 アーサーはイザヤの両腿を抱きかかえた。

 怒張の先端を股間にあてがい、ゆっくりと腰を沈めていく。

 ずぶずぶとアーサーの大きな怒張がイザヤの女の中に沈んでいく。

 

「ああっ、ああああっ」

 

 イザヤが白い喉をさらして、艶めかしい声をあげて啼く。

 一方で、アーサーもまた愉悦に染まりかけている。イザヤの股間が気持ちいいのだ。アーサーの怒張の先が、イザヤの花芯の最奥に到達したのがわかった。

 引き戻す。

 だが、怒張の先端から根元までをじわじわと膣肉に揉まれる快感がたまらない。

 律動を始める。

 愉悦がさらに拡大する。

 アーサーは、快感にのめり込むことが女に負けることに繋がる気がして、懸命に快感を押しとどめた。

 負けるのは気に入らない。

 戦でも、政争でも、情交でもだ──。

 アーサーの人生に負けなどあり得ない──。

 

「ああ、あはああ、気持ちいい──」

 

 イザヤがまたもや感極まった声をあげる。

 アーサーは気をよくした。

 男の自分が女よりも快感に喘ぐなどあってはならないことなので、イザヤが切羽詰まった状態に追い詰められているということが確認できると、アーサーにも安堵の気持ちが込みあがる。

 

「いい声だ。俺の怒張は堪らないだろう──?」

 

 抽送を激しくしながら、イザヤの顔を覗き込むようにしてアーサーは訊ねた。

 

「ああ、はいっ、はいいっ」

 

「そうだ。女は素直であることだ──。次にいきたいときには声を掛けろ。一緒に達してやろう」

 

 激しく律動しながらアーサーは言った。

 本当はイザヤの股間が気持ちよくて、もう達してしまいそうなのだ。

 だが、それを余裕ある口調で隠している。

 

「すぐいきます──。いぐううう──」

 

 イザヤがいつの間にか汗にまみれている顔を振りたてて叫んだ。

 

「いくがいい──」

 

 アーサーは怒張の先端でイザヤの子宮をがんがんと突く。

 

「あっはあああ──」

 

 イザヤが全身を痙攣させて断末魔の悲鳴を迸らせる。

 

「ううむっ」

 

 アーサーもまた、唸り声とともに精を放った。

 熱い精の迸りをイザヤの女の中に注ぎ込む。

 イザヤの裸身が艶めかしく弛緩した。

 

「イザヤ大公、これが本物の男だ──」

 

 アーサーはイザヤの中から男根を抜きながら笑った。

 

「は、はい……」

 

 イザヤが荒い息をしながら、呆けたような表情で二度三度と大きく顔を頷かせた。

 アーサーは満足した。

 

「じゃあ、続きだ」

 

 アーサーは、イザヤの身体を裏返しにする。

 腰を上にあげさせる恰好にして、尻側から男根の先で刺激した。

 すでに、アーサーの股間は勃起を取り戻している。

 

「えっ、まだ?」

 

 イザヤは驚いたみたいだ。

 

「俺が一度で満足する男だと思っているのか? 本物の男だと告げたはずだが?」

 

 達したばかりのイザヤの股間は十分に濡れている。

 アーサーは後ろから亀頭を花口にあてがい、ずぶずぶと怒張を挿し貫かせた。



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928 大公への評点

「ありがとうございました……。素晴らしかったですわ。さすがは、お噂通りのお方でした……」

 

 イザヤが汗に濡れた額に前髪を張りつかせた美しい顔を微笑ませる。

 アーサーは、寝台に横たわったまま、身体だけを横に向けて、肘を曲げた手に頭を載せた。

 すると、イザヤが気怠そうに身体を起こした。

 

「腰が立たないのではないか? そのまま朝まで横になっていたらどうだ?」

 

 アーサーは笑った。

 結局、イザヤとの情交は一ノスほどの時間だった。そのあいだに、アーサーは三回精を放ったが、イザヤはその三倍は達しただろう。

 腰がふらついているのが、アーサーにもわかる。

 

「まさか。アーサー閣下に、朝日のあがった時間に素顔をお見せするわけにはいきませんわ。きっと寝過ごしてしまうに決まってますもの。みっともない寝顔を見られたくもありません」

 

「あなたの寝顔がみっともないわけがない」

 

 アーサーは言った。

 我ながら、女をおだてるようなことを口にしたのはびっくりしたが、なんだかんだでイザヤとの性愛は気分がよかった。

 だから、そんな軽口が思わず出たのかもしれない。

 

「ふふふ、四十女には譲れない矜持というのがあるのですよ……。いずれにしても、閣下は十分にわたしを屈服させました。お約束通りに、デセオはタリオに服従いたします」

 

 イザヤは寝台の横にある椅子に、裸のまま身体を移した。

 かすかに開いている脚のあいだから、ねっとりとしたイザヤの愛液が漏れ出て、椅子を濡らしたのがわかった。

 イザヤはまだ息が荒く、かたちのいい乳房が前後に動いている。

 それにしても、情交を終えたばかりの女というのは、こんなにも色っぽかったかな?

 アーサーは改めて、そんなことを思った。

 すると、扉にノックの音がした。

 

「失礼いたします」

 

 扉の外から声がかけられたのは、イザヤの侍女のようだ。

 イザヤが返事をすると、侍女が二人入ってきた。

 アーサーとイザヤに頭をさげる。

 すると、そのふたりがイザヤの腰かけている椅子の両側についた。左右から身体を支えるように、イザヤを立ちあがらせようとする。

 アーサーは、それを制した。

 

「待ってくれ。ひとつだけ、言っておくことがある」

 

 アーサーは言った。

 

「はい」

 

 イザヤが視線を向けてくる。

 

「タリオの公都に戻り次第に、新たなローム帝国の立国を宣言する。三公国に分離していたタリオ、カロリック、デセオは再びひとつになる。それを告げておく」

 

「なるほど」

 

 イザヤが侍女たちの手を借りて、その場に片脚を立てて跪いた。

 右手を乳房のところで身体の前に横に置く。

 

「偉大なる皇帝陛下にデセオ公国の忠誠を……」

 

 イザヤが首を落として、首の背をアーサーに見せた。

 最大級の敬礼だ。

 

「忠誠を受ける」

 

 アーサーは立ちあがった。

 お互いに裸身なので、跪くイザヤの前に立つと、丁度怒張がイザヤの顔の前あたりに接近した感じになる。

 アーサーは右手の人差し指と中指でイザヤの首の後ろのうなじの部分を軽く叩く。

 剣がないので、これをもって忠誠の誓いとなる。

 

「顔をあげてくれ」

 

 アーサーの言葉でイザヤが貌をあげた。

 

「これで、デセオ公国は新ローム帝国の支配に入ることになった。明日もまた会同となるが、明日からは皇帝と大公の関係で話し合うをすることになる。そのつもりでいてくれ」

 

「承知しました、皇帝陛下」

 

 イザヤが静かに再び頭をさげる。

 アーサーは頷く。

 

「ところで、イザヤ」

 

 あえて呼び捨てにする。

 

「はい」

 

 イザヤが顔をあげる。

 

「イザヤはまだ夫はいないかったな」

 

「えっ、はい」

 

 イザヤはちょっと戸惑った感じで頷く。

 

「さっき、明日は皇帝と大公との関係で話し合うと申したが、お前が望めば、皇帝と皇后の関係にしてもいい。第二妃の格で迎えよう。大公としての統治があるから、皇帝府となるいまの大公府のアナクレオンに来る必要はない。形式婚だ。だが、イザヤは俺の妃と名乗ることができる。そして、年に数回になると思うが、妃として抱いてやろう。俺の子を成すのだ」

 

「えっ?」

 

 イザヤが目を丸くしたのがわかった。

 

「不服か?」

 

 アーサーは笑った。

 不服などあるはずもない。

 第一妃である正妃には、エルフ族王家のガドニエルか女王の姉のラザニエルあたりを考えているので、大公でしかないイザヤをその地位に当てるわけにはいかないが、第二妃なら、イザヤとしては望外の地位のはずだ。

 だが、イザヤとの性愛は、なかなかに充実していた。

 イザヤであれば、アーサーの妻のひとりとして数えてもいいだろうと思ったのだ。

 

 それはともかく、いまのところ、エルフ族王家との正妃交渉は難航している。打診はしているが、返事らしい返事を受け取ることができないのだ。

 忌々しいことに、女王ガドニエルが、あのロウ=ボルグを恋人にするという戯言を宣言し、そのため、現段階でタリオからの申し出はほとんど検討もされていない気配なのはわかっている。

 しかし、ガドニエルがロウを恋人宣言をするなど、限られた期間の遊びでしかないのは明白だ。

 所詮は遊びだ。

 ガドニエル女王もそのつもりだろう。

 まあ、その気になっているロウが喜劇ではあるが……。

 

 ハロンドール女王となったイザベラとともに、ガドニエルがロウと婚姻を結ぶという情報も入ってきているが、アーサーは信用はしていない。

 それよりも、アーサーが皇帝となることで、改めてエルフ国に申し出れば、今度は真面目な検討に入るはずだ。

 歴史上、ローム皇帝とナタル森林王国のエルフ女王との形式婚は数例の前例があるのだ。

 皇帝アーサーであれば、いくらなんでも、エルフ王家も無下にできない。

 

「不満など。嬉しゅうございます、皇帝陛下」

 

 イザヤが満面の笑みを浮かべた。

 

「さもあろう」

 

 アーサーは頷いた。

 だが、イザヤが残念そうに目を伏せた。

 

「でも、申し訳ありません、陛下。デセオの風習で、デセオの大公となったわたしは、どの殿方とも婚姻は結べないのです。それはデセオの掟に反します。陛下の申し出は心の底から嬉しいのですが、歴代の大公で婚姻を結んだ者はおりません」

 

 イザヤが悲しそうに言った。

 アーサーは唖然とした。

 まさか、断られるとは思わなかったのだ。

 

「妃にはならんというのか──」

 

 アーサーはむっとして言った。

 

「申し訳ございません、皇帝陛下……。それでは御前を失礼させていただきます」

 

 イザヤは侍女に両肩を抱えさせて立ちあがり、まだふらついた感じの脚で部屋を出ていった。

 アーサーは憮然としてしまった。

 

 

 *

 

 

 アーサーとの交合の終わった寝室から出ると、イザヤは支えさせていた侍女たちから身体を離して、すたすたとあてがわれている自室に向かった。

 そして、防音の処置のある部屋に入るなり、裸身をソファに沈めさせた。

 

「惚けんじゃないわ。わたしを妃にしてやるって? あの下手糞な性技しかできないのに──? はっ」

 

 イザヤは鼻を鳴らした。

 

「お下品ですわ、大公閣下」

 

 侍女がくすりと笑った。

 

「下品で結構よ。だけど、ああ、驚いた。結婚? 第二妃? 頭に、(うじ)でも湧いてんのかしら。久しぶりにびっくりしたわ。だけど、まさか、気に入られるとは思わなかったわね。あの接待セックスが気に入ったのね。まったく、びっくらぽんよ」

 

「実際のところ、タリオ公の性交はどうだったんですか? 聞き耳を立てている限り、それなりに気持ちよさそうでしたけど?」

 

「あんなのは演技よ。それも接待のうちね。まあ、実際のところと言われれば、八点くらいはあげてもいいわね。正直、持久力はあったわ。それと、ここぞというときに、いいところを刺激してくれるとこは加点かも。そうねえ、下手糞は訂正するわ。ちょっとはよかったかも。さすがはタリオ公よ」

 

「あら、八点は結構いい点ですね。十点満点ですか?」

 

「百点満点でよ」

 

 イザヤは大笑いした。



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929 女大公と侍女

 屈託のない表情で、けらけらと笑うイザヤを微笑ましくコーラは見ていた。

 実際のところ、目の前のように本音で喋ったり、だらしなく裸体でくつろぐ姿を見せるのは、コーラたち気心知れた侍女たちの前だけだ。

 それ以外では、絶対に隙を見せず、ほぼ完璧な淑女を演じてみせるのが、イザヤというコーラたちの女大公だ。また、人の心を読むのが上手であり、性の相手が望む女を完璧に演じてもみせる。

 だが、素の姿を晒すことは滅多にない。

 例外がコーラたち限られた侍女の前だ。

 

「コーラ以外は、さがっていいわ。もう休みなさい」

 

 部屋には五人ほどの侍女が揃っていたが、イザヤは手を振って人払いさせた。

 残ったのがコーラとイザヤだけになる。

 

「汗を流すわ。一緒に入ろう、コーラ」

 

 ふたりきりになると、さらにイザヤは砕けた口調になった。

 裸のまま立ちあがって、部屋の奥に備え付けられている浴槽に向かう。イザヤが戻ったらすぐに入れるように、ほかの侍女たちと準備していたものだ。

 コーラはひとりで浴室に向かうイザヤの後を追う。

 

「まさか、侍女と大公様が一緒に浴槽になんて浸かれませんよ。お体をお洗いしますわ」

 

「二人きりのときには、砕けた口調で話せと言っているでしょう。一緒に入るのよ。身体なんていい。汗と体液を流したいだけだけよ。自分で洗う」

 

「女大公ともなれば、ひとりで身体を洗うこともできないものですわ。すべて人の手を使うのです」

 

「わかってんでしょう。わたしは生まれながらのお姫様じゃないわ。あなたに拾われる前に、五歳で処女を失った最下層の口吻娼婦から叩き上げ。生きるか死ぬかのどぶ暮らしから成りあがったわたしよ。介添えなんて必要ないのは、あなたが一番知っているでしょう。いいから来なさい。それとも、お嬢様、お願いしますって言った方がいい?」

 

 イザヤが振り返って口を膨らませた。

 まるで少女のような無邪気な振る舞いにコーラは観念してしまった。

 コーラのことをお嬢様呼びするのも、ふたりだけのことだ。いまは女大公としてデセオの筆頭者であるイザヤだが、もともとは最下層の貧民だったことは、ほとんど誰も知らない。

 いまは立場が逆転したが、昔はイザヤがコーラに仕える専従の召使いだったのだ。

 まあ、もう二十年以上前の話ではあるが……。

 

「わかりましたわ。ご一緒します」

 

 コーラは諦めた。

 

「敬語も禁止。命令よ」

 

「はいはい」

 

 浴室に着く。

 床を掘って埋めている浴槽には香料の入った湯が張っている。

 イザヤは無造作に身体を浸けた。

 コーラは苦笑しながら、自分も服を脱いでいく。

 言い出したら、イザヤは引くことはない。

 コーラは身に着けているものを脱いで、すでに湯に浸かっているイザヤと向かい合うかたちで浴槽に身体を沈めた。

 ひとり用の浴槽なので広くはないが、向かい合ってお互いに足を延ばすくらいはできる。

 

「こうやっていると、娼館時代を思い出すわねえ。お互いに最高位を競い合って、房事に励んだものだったわ」

 

「あなたと競い合ったことなんてないわよ。イザヤは常に別格だったわ。媚術でもなんでも、あなたは常にわたしたちのずっと前にいた。わたしはただそれを追いかけていただけ。いまもそうよ」

 

 コーラは口調を砕けたものに変えた。

 イザヤとコーラは公設娼館としては同期になり、娼婦になった時期も、年齢もほぼ同じだ。

 このデセオという国では、性技こそが高位貴族のたしなむべき技能となっており、性別に関わりなく、高位階級の者は公設娼館に一定期間入らないとならない義務がある。そこで性経験を積み、性技の技を磨くのである。

 コーラもまた、その慣習に従い公設娼館に入り、イザヤはコーラの身の回りの世話をする者を兼ねて、それについてきた。

 だが、もともとの素質と、なによりも本人の努力により、イザヤはコーラなど遥かに越えて、公設娼館の第一位の娼婦にまで成りあがった。

 そして、前大公の相手をして、気に入られて次期大公として養女に迎えられたのである。

 デセオでは知らぬ者のない成功物語である。

 

 そうやって、娼婦としての技巧を極めたイザヤは、前大公に見出されて娼館から大公宮に移ったが、そのときにコーラは侍女としてイザヤに一緒に行くことを希望し、それからずっと一緒にいる。

 イザヤのことは最初に会ったときから、召使いのように考えたことなどないし、ずっと親友で、家族のような間柄だ。イザヤにとってもそうだろう。

 令嬢と召使い、そして、逆転して大公と侍女という関係に変化をしたりしたが、肩書などにはかかわりなく、コーラとイザヤは親友だ。

 

「それは光栄ね。だけど、わたしじゃなければ、コーラが大公候補として養女に選抜されたのはあなただったのは間違いないわ。少なくとも、わたしはそう評価しているのよ」

 

「それこそ、光栄ね」

 

 コーラは笑った。

 すると、イザヤが不敵そうな笑みをコーラに向けてきた。

 

「だから、もしも、明日の夜もあのアーサー公が求めてきたら、わたしの格好をして相手を頼むわ。いつものようにね」

 

「それは構わないけど、一度だけという話だったんじゃないの? 明日も求められると思う?」

 

「自尊心が強そうだったから、振られた女にしつこく言い寄るとは考えられないけど、万が一のことよ。大した技巧は出してないから、未練も生まれないとは思うんだけど、逆に固執する可能性もないとはいえないし」

 

 イザヤが肩を竦めた。

 実際のところ、デセオの女大公は、交渉に際して相手と情交をする機会は結構多い。デセオにとって、情交というのは挨拶であり、友愛の手段であり、交渉の一方策であり、決闘の手段でもあるのだ。

 あらゆる物事の機微において、情愛を交わす。

 女大公が政治や交易の重要な相手と情愛をするのは大切な役割だ。

 だが、逆に簡単には、イザヤが性の相手をすることもない。相手をすることになっても、イザヤの替玉をする者が五人ほどいて、そっちで相手をすることもある。

 コーラもイザヤの代わりをする役目を持つ女のひとりだ。

 だから、今回も単にしきたりだけのことであれば、アーサー公の性の相手は代わりの者でもよかったのだが、イザヤは自らアーサーと情を交わすことを決めたのだ。

 

「ところで、どうして、アーサー公を受け入れたの?」

 

 コーラは訊ねた。

 

「もちろん、これから戦うかもしれない男がどういう男なのか見極めるためよ」

 

「戦う? 従属じゃなくて?」

 

「デセオとして、タリオ公国に従属することもまた、戦いよ。どうでもいい話ではないわ」

 

「だったら、気に入ったということ? アーサー公のことを皇帝陛下と呼んでいたじゃないの」

 

「現時点でそれ以外の選択肢はないわ。もしも、断れば、彼は次の標的をデセオとするのは明らかよ。かなりの野心家なのは、彼の経歴が物語っているわ。わたしはデセオの大公として、わたしたちの国をカロリックと同じにしたくないもの」

 

「カロリックとデセオは違うと思うけど。いくら、カロリックをあっという間に征服したタリオ軍でも、パルタス砦の狂戦士(バーサーカー)が負けることはないし」

 

 パルタスというのは、カロリックとデセオを繋ぐ唯一の陸路である山岳街道に築かれているデセオの軍砦である、

 デセオ公国は、ローム三公国の中では地理的にほかの二公国とは分離し、歴史的にも隔離している土地とされているが、それを成し遂げているのは、デセオが建国以来保持している公国の国境を守るバルタスの山麓なのだ。

 そこには、幼児時代から特別な訓練を受け続けた狂戦士と呼ばれる特別な兵たちが常駐して守っている。

 バルタスの狂戦士は「無敵」の代名詞であり、デセオの民にとっては絶対の防壁だ。

 

「カロリックが滅びたのは戦争に負けたからじゃないわ。獣人族差別が社会不安と治安悪化を大きくし、さらに、貴族同士の内部抗争が公国を弱体化させたのよ。そのうえ、大公相続でもめて、もっとも力のない者が大公になって、しかも、その大公に誰も協力しなかった。カロリックの敗北はその結果ね。どんなに無敵の兵がいても、内部崩壊をすれば滅ぶのよ」

 

「デセオ公国はカロリックではないわ。あなたも、無能で臆病者のロクサーヌではないし」

 

「わたしでも、ロクサーヌと同じ状況になれば、無能にもなるし、臆病者にもなるわ。だけど、わたしが言いたいのは、カロリックの亡国の要因の半分以上は、彼ら自身にはあるけど、かなりの部分でタリオの謀略によるものということよ。あのカロリックにできたことは、タリオのアーサー公は、デセオ相手にもできるということね」

 

 イザヤは言った。

 デセオ公国は小国だ。

 もともと、退廃と享楽の土地と呼ばれるくらいであり、これといった産業はなく、誇るのは性産業だ。

 そんなデセオが三公国の一つとして独立を保持しているのは、天然の要害による地形上の分離と、その要害を守るあの狂戦士たち──。さらに、代々の大公に仕える諜報員たちの存在だ。

 表向きには、各国に拡がって娼婦を集める女衒たちだが、裏ではデセオ大公の耳目として情報を集める役割を持っている。

 その耳目たちから入る情報内容は、イザヤもコーラも変わらないのだが、そこから本質を導き出す分析力がイザヤはすごい。

 デセオ大公というのは、その耳目を扱う能力も求められ、決して性技だけの存在ではない。

 イザヤの状況分析力をコーラは疑ったことはない。

 

「つまりは、あのアーサー公のいるタリオには勝てない? それがあなたの判断?」

 

「というよりも、戦わないでいられるなら、戦わないのが一番よ。彼を皇帝陛下と呼んで、わたしが平伏することで収まるなら、それで問題はないわ。わたしは、デセオの国と民を守るためなら、いくらでも頭も下げるし、なんだったら足だって舐めるわよ」

 

「舐めるのは、アーサー公のおちんちんじゃなくて?」

 

 コーラは軽口を言った。

 

「もちろん、なんでもするわよ。そうした方がいいと判断したらね。性愛じゃなく、寝首を掻いた方がいいと思えば、躊躇なくそうするわ。デセオのためなら」

 

 イザヤが笑った。

 

「彼には勝てるの? ああ、武芸のことよ」

 

「多分、瞬きするあいだも立ってられないと思うわ」

 

「あなたほどの者が?」

 

 コーラは驚いた。

 もちろん、狂戦士には及びもつかないが、イザヤもまた実はそれなりの戦士だ。そのイザヤが絶対にかなわないと簡単に口にするのだから、アーサーというのは余程の戦士なのだろう。

 

「だけど、閨においてのことになればわからないわね。少なくとも、彼はわたしを危険だとは思っていなかったわ。どこか、女を完全に見くびっているところはあるようね。だから、性愛の途中で寝首を掻かれることは想像もしてない。つけ入る隙があるとすればそういうところかしら」

 

 イザヤが再び笑い声をあげた。

 

「そういえば、あなたって、一度も舐めなかったわね。そんな素振りもなかったし。さっきの話じゃないけど、アーサー公のいるタリオが危険だと思うなら、あなたの性技で骨抜きにしてやればよかったんじゃないの。壁越しの気配の感じだと、イザヤの自慢の性技はなにひとつ披露しなかったんじゃないの?」

 

「ちょっとは、そういうこともしようとしたけど、こっちが積極的になろうとすると、彼の中に異常なほどの怒りの感情が沸くのがわかったわ。数回やって、その全部よ。だからやめたのよ。おそらく、彼は女に主導権を取られるのを異常なほどに嫌うみたいね。彼のもとから、ふたりの大公妃の心が離れたのはそういうところなんでしょうね」

 

 アーサーの二人の妃──。

 ハロンドール王国から嫁いだエルザ妃がひそかにハロンドールに帰国していること、大神殿の法王クレメンスの孫娘にして、聖女マリアーヌの妹のエリザベートとアーサーの仲が絶対的な冷戦状態になることは、デセオでも情報を得ていた。

 また、力のある女部下がアーサーの下からは主要役職から離される傾向にあることも掴んでいる。

 女性にはもてるし、人気があるという観察もあるので、どちらがアーサーの本質かわからなかったが、いまのイザヤの言葉によれば、アーサーが実は女嫌いだというのが本当なのだろう。

 

「アーサー公は女嫌い?」

 

「嫌うというよりも、女が彼よりも上の立場になることを極度に嫌うわ。もしも、性愛で彼を圧倒してごらんなさい。彼は怒りの感情を向けてきて、逆に、デセオに攻勢をかけてきたと思うわ。本人は気がついてないかもしれないけど、それが彼の本質ね」

 

「だから、なにもしなかったの? わざとらしく達してみせたってこと?」

 

「負けは勝ちよ。さっきの性交では、イザヤという女大公がアーサーという男に圧倒されて、いかされまくった。これで、わたしは彼の敵ではなくなった。デセオも、彼の感情を向けられることはなくなったと思うわ。感情に左右されない冷静な部分では彼は優秀よ。判断を誤らない……。デセオの内部崩壊を工作して、軍隊で征服することに価値を見出さないはずだわ。デセオにそこまでする必要を感じないはずよ。従順でありさえすればね」

 

「従順でいることが勝ちということ?」

 

「いまはね」

 

「いまって?」

 

「いまはいまよ。現段階では、デセオの一番の得策はタリオ公国に従順であること……。だから、できるだけ彼の自尊心を満足させることにしたのよ。明日の続きの会同では、従属における具体的な条件を求められると思うわ。できるだけ、縛られないようにはしないとならないしね」

 

「やっぱり、タリオから寝返ることも視野にいれているの?」

 

「皇帝を名乗ったアーサー公が次に戦う相手は、ハロンドール王国に決まっているわ。わたしたちはそれを見極めないとならないわ。それまでは、わたしも、デセオもアーサー公の従順な犬よ。いくらでもだらしなく、彼に屈してみせるわ」

 

 イザヤは微笑んだ。

 

「実際、何回達したの? 声だけなら十数回は達していたように思ったけど?」

 

「さっきも言ったけど、ここぞというときには上手だったわよ。本質的に女を認めたくないと考えている以外は、セックスも下手じゃなかったわ。少なくとも一回は本当にいったかも」

 

「下手じゃないけど、一回だけ?」

 

 コーラは笑った。

 

「わたしが本気になるような男なんていたら、悦んで奴隷になるわね。一回だけでも、わたしをいい気持ちにできたんだから、アーサー公はそれなりの男よ」

 

 イザヤは微笑んだ。

 彼女は性を交わしながら、その相手の本質を見抜く。

 イザヤが評価するのであれば、アーサーは結論としてはそれなりの人物だということだ。

 

「わかった……。でも、だったら、ちょっと足りないんじゃないの、イザヤ。いい感じに休めるくらいに疲れたいんじゃない?」

 

 コーラは誘うように言った。

 すると、イザヤの眼が嬉しそうに大きく開く。

 

「疲れさせてくれるの、コーラ? いえ、お嬢様」

 

「昔のようにね……」

 

 コーラは脱いだ服をまとめて置いているところに手を伸ばして、髪を束ねるために使っていた髪紐を手に取った。

 身を乗り出すようにして、湯の中でイザヤの身体を抱きかかえる。

 彼女の両腕をとって背中に回させ、両方の親指を重ねさせて、髪紐で縛っていく。

 

「わたしがネコ?」

 

「そうよ。だって、イザヤが本気になったら、わたしなんてあっという間に返り討ちになるじゃないのよ。今日は黙って縛られなさい」

 

 イザヤの耳元でささやきながら、一方でイザヤの親指の付け根を二本まとめて、固く紐で縛ってしまう。

 それなりにイザヤも縄抜けもできるが、できないように紐で結わえている。

 コーラは、イザヤの太腿に手を這わせながら、イザヤの唇に唇をを強く重ねた。

 舌と舌が重なり、大きな快感が全身に拡がっていった。

 

「あっ」

 

 一方でイザヤの身体が湯の中で跳ねた。

 コーラの指がイザヤの股間に触れたのだ。

 

「あなたの弱いところは全部知っている……。今夜は観念しなさい……」

 

 指でクリトリスをくすぐり、膣口とアナルを責める。

 

「あんっ」

 

 イザヤが激しい痺れに身体を脱力させるのがわかった。

 

「ふふふ、ところで、デセオの偉大なる女大公様は、もしも、タリオとハロンドールが戦うことになれば、どちらに付くべきと分析しているのかしら?」

 

 コーラは、さらに指でクリトリスと膣口とアナルをかわるがわる指で刺激する。

 性技の巧みさではイザヤには足元にも及ばないが、コーラだってそれなりの元高級娼婦だ。

 あえて抵抗をやめているイザヤから快感を引き出すくらい簡単だ。

 

「わ、わたしたちはローム帝国の従順な雌犬……。それで、アーサー公から従属に際しての妥協を引き出す……。ああっ、それ、いい──」

 

 イザヤが身体を弓なりにするとともに、甘い声をあげた。



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930 大公の驚き

 あてがわれている部屋で朝食をとっていると、双子のひとりがやってきた。

 カロリックを併合したあとに、旧大公府から引き抜いた人材のうち、特に優秀だと評価した人材は新たにタリオ公国府に引き抜いたが、双子はその中でも特にアーサーが評価している者たちだ。

 円卓のメンバーに加えることも決めて、今回はデセオ大公との併合協定の話し合いに同行させていた。

 双子は、カロリックでは子爵家の出身であり、カロリック府では下級役人でしかなかったようだ。兄はアーマンド=マルティーニで、弟はフランコ=マルティーニという。年齢はアーサーとほぼ同じである。

 だが、やってきたのが、兄のアーマンドなのか、弟のフランコなのかは、アーサーにはまだ区別はつかない。

 同じ顔なのだ。

 

「アーマンドです。朝食中に失礼します。緊急の報告が……」

 

 どうやら兄の方のようだ。

 

「構わん。ところで、食事はとったか?」

 

「先に頂きました」

 

「ならば、飲み物でも相伴せよ。話は食べながら聞く」

 

 アーサーは侍っている召使に指示して、彼のお茶を準備させようとした。

 だが、アーマンドがそれを制する。

 

「申し訳ありませんが、人払いを」

 

「わかった」

 

 アーサーが合図をすると、給仕のためにいた者たちが退出していく。

 アーマンドが卓上に傍聴防止の魔道具を置いた。この部屋で話されることを絶対に外に漏らさないようにするために道具だ。

 報告は機密を要する内容なのだろう。

 重要なことは、どんな状況であろうと最優先でアーサーに報告するように徹底をしている。

 それこそ、たとえ、女とまぐわいの最中であっても、諜報に係る者たちは重要案件の報告をしてくる。今回もそれに合致する報告事項のようだ。

 

「どうした?」

 

「ハロンドールに潜伏していたトリスタン殿が捕らわれたという情報が……」

 

「なにっ?」

 

 アーサーは食事の手をとめて絶句した。

 トリスタンは、カロリック併合前に円卓のメンバーに抜擢したばかりの男であり、殺されたマーリンに代わって、ハロンドール公国工作を担任させていた。

 最近は、あの王国に対する工作行為のために、しばらく王国内に巣くっていたはずだ。

 だが、捕らわれただと?

 

「どこでだ? とにかく、奪回の工作員を至急送りこめ」

 

 アーサーはとりあえず言った。

 しかし、アーマンドは渋い顔のままだ。

 

「向こうにある拠点が十箇所潰され、百人以上が捕らわれてます」

 

 アーマンドが言った。

 アーサーは嘆息して目を閉じた。

 状況を理解したのだ。

 トリスタンは、王国に潜伏している工作員の全部を知っている。そのトリスタンが捕らわれ、工作員の拠点が一度に十箇所もなくなったということは、つまりは、トリスタンは喋ってはならないことを白状してしまったということだ。

 現在しているあの王国内の拠点は、すべて使えなくなったと判断していいだろう。

 息のかかった手の者も芋づる式に引っ張られる。

 

「……指示を取り消す。トリスタンの救出は必要ない。残っている諜報員は全員が身を隠すように伝えよ。今の拠点は全部放棄。すべてを刷新する」

 

「そのように指示しました。新たな要員をとりあえず数十名送りました。これまでの者との繋がりがないものです」

 

「わかった」

 

 すでに手を打ったということだ。

 ならば、精度と量は落ちるが、継続的な最小限の情報は確保できるだろう。

 アーサーは、アーマンドの処置に満足した。

 やはり、円卓の要員に迎えて問題なさそうだと思った。

 

「つきましては、例の件についてご許可を。やられたものはやり返さねばなりません。報復を。そのために役に立ちます」

 

 アーマンドは言った。

 例の件というのは、少し前からアーマンドとフランコの双子兄弟から提案がされているものであり、諜報というよりは、破壊工作や暗殺を専門とする特殊兵をまとまって王国内に送り込もうという案だ。

 だが、その要員に迷いがあり、アーサーが判断を躊躇していたものである。

 

「もしも、王国に捕らわれて処刑されたとしても、なんの問題もない者たちです。全員を奴隷の刻みで心を縛ってます」

 

 さらに、アーマンドが畳みかけるように言葉を加える。

 

「奴隷兵ということか」

 

「諜報要員とともに、まとまって送ります。まずは、今回の報復を」

 

「わかった。一度見てみる。判断はそれからだ」

 

「陛下自ら見ていただけるなら、彼らも喜びます。是非ご覧ください。実は、今回の移動でも、その一部を護衛としてつけております」

 

「護衛? お前たちが提案してきた連中をか?」

 

「是非に、ご覧ください──」

 

「わかった」

 

 アーサーは頷いた。

 

「それと、幾つかハロンドールについて報告があります。それも、よろしいでしょうか」

 

「続けてくれ」

 

 アーサーは頷いた。

 食事のする手を再開する。

 アーマンドが再び口を開く。

 

「イザベラ女王の戴冠式と婚姻式が四十日後に行われると正式発表があったようです。おそらく、今頃はタリオの大公府にも、招待状が届いていると思われます」

 

「そうか」

 

 一時は第一妃にもと考えたイザベラだったが、すでに当時とは状況が隔離していることは認識している。

 あの愚王のルードルフが生きていれば、イザベラを娶って、内側から王国を乗っ取るということも考えられたが、カロリック侵攻と合わせたハロンドール工作でかなりの部分が露見して、しかも、手を打たれている。

 辺境侯のマルエダ工作にしろ、王都工作にしろだ。

 カロリック侵攻の邪魔をされないことが主目的だったから、謀略工作はうまくいったといえるが、時間をかけて準備していたものが暴露してしまったのは惜しいとも思う。

 いまにして考えると、焦りすぎたきらいもあるかもしれない。

 

 さらに、エルザのことも、いまでははっきりと失敗だったとわかる。ロウの子を孕んだイザベラを中絶させようと送り込んだが、そのまま戻ってこない。

 監視役につけた侍女たちも、つい最近になって、奴隷として処分されているのが発見されたし、工作そのものが破綻してしまった。

 さらに、エルザはそのままハロンドールの王都に向かってしまっていて、さらに、どういう経緯なのは不明なのだが、賊徒を作らせて混乱させてやった王国の南部地区の総督という地位を得て、その地に赴任したようだ。

 アーサーに惚れ抜いているエルザがアーサーから離れるわけがないのだが、エルザがその南方総督の立場を受け入れてしまっているのは確からしい。

 つい先日、正式に国書を送って、現段階ではアーサーの妃のままであるエルザの帰国と総督任命への抗議文をつきつけたが、まだ返事はない。

 いまは、諜報員を接触させて、エルザの意思を確認しようともしている。

 あのエルザに限って、アーサーを見限るのは考えにくく、あり得るとすれば操り術のたぐいだろう。もしも、洗脳や奴隷化などの処置をしているとすれば、それもまた非難の材料になる。 

 

「とにかく、イザベラ女王の戴冠式への参加は、ローム皇帝名代として、ランスロットに行かせる」

 

 完全に対立関係になったとしても、現段階では戦争状態にあるわけではなく、それなりの建前の外交は必要だ。

 ランスロットには、ハロンドールへの牽制として、ハロンドール王国の辺境侯領に面する地域に軍を展開させるということをさせている。

 だが、ハロンドールへの侵攻ルートになる向こうの辺境侯領は、その地の防御責任者が、調略の終わりかけていた辺境侯家ではなく、リィナ=ワイズという女伯爵に一帯の防御責任者が交代しており、状況がすっかりと変わっている。

 

 また、タリオ領とハロンドール領のあいだには、エルフ女王ガドニエルの支配するナタル森林もあり、無暗に侵攻をすれば、ハロンドールのみならず、エルフ族まで敵対することにもなりかねない。

 だから、ランスロットは牽制以外の行動は慎むように指示している。

 アーサーも、ハロンドール王国への内部攪乱などの謀略なしに、軍の侵攻などできないことはわかっている。

 いずれにしても、アーサーの名代として、ランスロットは最適だ。アーサーに次ぐナンバー2であることは知られているし、将来、ハロンドールに侵攻することがあるとすれば、王都までの経路を把握することもできる。

 

「公都には連絡しておきます。それと言いにくいのですが、エルフ女王のガドニエル陛下ですが、ロウ=ボルグとずっと同行していたということもわかりました。王都で行われたイザベル女王の凱旋に際しては、ガドニエル女王がイザベラ女王やロウと同じ馬車に乗って、民衆に手を振っていたことが確認されています」

 

「ちっ」

 

 アーサーは舌打ちした。

 ガドニエル女王の動向は、ずっと諜報員に探らせていた。

 ロウと一緒にいるというのは、未確認情報だったが、幾度か報告にはあがっていた。

 かなり仲睦まじいというものもだ。

 しかし、認めたくはなかった。

 あり得ないと否定し、報告のたびに再調査を指示した。

 ガドニエルは、ローム皇帝となるアーサーの妃となるべき者なのだ。

 

「……先程報告したイザベラ女王の婚姻式では、ガドニエル女王とロウ=ボルグの婚姻も同時に行われると、ハロンドール王国が正式発表したそうです」

 

「馬鹿な──」

 

 アーサーはテーブルを叩いた。

 だが、アーマンドはかすかに、目を上にあげただけで、ほとんど表情を変えなかった。

 それで少し冷静になり、憤怒が表に出ることを自重することができた。

 

「今度は疑いようのない情報です。副王ラザニエルの名で、ナタル森林王国からも同様の発表が行われています」

 

「エルフ王家として、あの成り上がりを王配にすることを認めたというのか──。しかも、ハロンドールの女王の王配になる男だぞ──。女王ふたりの王配になる平民など聞いたこともないし、エルフ族王家が容認するわけがない。あり得んだろう──」

 

 怒鳴りあげた。

 

「お恐れながら、ロウは平民ではございません。エルフ王家からは上級貴族の地位を送られておりますし、ハロンドール王家は、ロウを大公位とすることを決めたようです」

 

「そんなことを言っているのではない──」

 

 さらに怒鳴る。

 そして、苛立ちのあまり、目の前のテーブルをひっくり返したくなった。

 だが、懸命に心を抑える。

 王に不都合な情報を報告した者に怒鳴ったりしていては、これから正しい情報を報告する部下などいなくなる。

 あっという間に、愚から皇帝の誕生だ。

 とりあえず深呼吸する。

 

「……すまん。悪かった。怒鳴るべきではなかった」

 

 アーサーは頭をさげた。

 

「い、いえ」

 

 アーマンドが初めて表情を変え、驚いた顔になる。

 

「ロウ=ボルグか……」

 

 アーサーは、かつてロウと初めて対面したときのことを考えてしまった。

 ハロンドール王国との政略で娶っているエルザを、イザベラ、もしくは、アンと交換しようとしてあの王国の乗り込んだとき、あの男はそれを知って、アーサーの前で堂々とイザベラやアンと乳繰り合ったのだ。

 あんなに激昂したことはない。

 いま、思い出しても腹が立つ。

 しかも、イザベラ女王とガドニエル女王の両方の王配になるだと──?

 そんなことあり得るのか──。

 

 認めたくない……。

 あいつを認めたくはない……。

 

 だが、くだらない感情だけで、根拠のある情報を否定すべきでもない……。

 

 わかっている……。

 それは、わかっているのだが……。

 

「ハロンドール王家はともかく、エルフ王家側には反発の動きはないのか。そもそも、話が急すぎるだろう。エルフ王家になんの得がある」

 

「ナタル森林には、大きな勢力の諜報員は入っておりませんが、報告の限りにおいては、慶事であるとして、ナタル森林をあげてのお祝いも計画されているようです」

 

「だが、エルフ族は選民意識の強い種族だ。かつて、エルフ族が人間族と婚姻したのは、以前のローム帝国時代の皇帝だけだ。それを冒険者上がりの元平民を相手にするのみならず、人間族の男を挟んで、別の女王と正妃の座を分け合うだと──」

 

 どう考えても、エルフ族がそれをよしとすると思えないのだ。

 いまだに信じられない。

 

「そのことですが、婚姻式において、イザベラ女王も、ガドニエル女王も、正妻として婚姻するわけでないそうです。正妻となるのは、エリカ嬢と発表されました」

 

「エリカ? 誰だ、それ?」

 

 まったく記憶がない。

 エリカ──?

 やっぱり、わからない。

 

「ロウ=ボルグの冒険者としての仲間です。ほかにも、今回の婚姻式では、ロウは冒険者のパーティメンバーの全員を妻として女王ふたりと婚姻式をあげるそうです」

 

「ますます、あり得んだろう」

 

 唖然としてしまった。

 だが、相変わらず、アーマンドは無表情だ。

 さらに、アーマンドが続ける。

 

「それと、これは不確かな情報であって、タリオ公都に残っているガラハッド殿ともすり合わせをしている最中なのですが、大神殿内にロウ=ボルグへの異端者認定の動きがあります」

 

「異端者認定?」

 

 アーサーは呆気にとられた。



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931 獣人族の殺人部隊

 騎馬が十。徒歩兵が四十という編成だった。

 陣形を組んだ中心には、アーサー役に見立てた赤い布を首に巻いた騎馬の兵がいる。

 デセオ大公との会談の会場になっているカロリックの国境向こうの山岳に面した城塞の敷地内の露営地である。

 

 今日の会同は(ひる)から昼食を挟んでとなっており、それまでの時間を利用して、マルティン兄弟が見せたいという特殊兵を査閲することにしたのだ。

 中心に露営地を貫く道路があり、道路の左右は膝上ほど高さの雑草が茂っている──。そんな場所だ。

 ただし、アーサーとマルティン家の双子については、護衛隊とは少し離れて立っている。

 

「獣人兵は十人です。護衛隊は本気で武器を使っていただいて問題ありません。むしろ、その場で殺すつもりで防いでください。そのうえで、ひとりでもアーサー陛下に見立てている騎馬の場所まで辿りつけば、獣人隊の勝ちとさせていただきます」

 

 アーサーの横には、アーマンド=マルティナとフランコ=マルティナの双子がいるが、ずっと喋っているのは弟のフランコの方だ。

 もともとは、カロリックの下級役人で、能力を見込んでアーサーが新たに円卓の要員に加えた二人だが、この獣人兵を編成したのは、弟のフランコの方のようだ。

 そして、この獣人兵というのが、今朝、兄のアーマンドを通じて提案のあった諜報工作の専門要員なのである。

 アーマンドの言葉を借りれば、破壊工作や暗殺を専門とする特殊兵というものらしい。獣人族の身体能力はほかの種族とは比べ物にならないほど優れている。それを利用して、特殊任務の専門兵に仕立てたのだそうだ。

 ただ、獣人というところが引っかかってアーサーは躊躇し、とりあえず、実力を確認するということにしたのである。

 

「中心に辿り着くどころか、接触する前に討ち取られるだろう。五十もの護衛隊を十人で突破できるわけがない。こいつらは、どこの軍にも負けない精鋭部隊だぞ。無理をさせず、それなりの実力を見せてくれればいい」

 

 アーサーは笑った。

 

「いえ、本気で立ち向かわせてください。逆に、獣人兵には護衛兵に大きな負傷をさせないように命令しております」

 

「まあよい。そこまで言うなら、力を見せてみよ」

 

「はい。それに、たとえ調練であろうとも、ここで失敗すれば、彼らのみでなく、人質として確保している彼らの肉親が皆殺しにされることになっています。親、姉や妹、妻や恋人……。そういう者を死なせないために、死に物狂いで連中は任務を遂行します。失敗は自分たち自身だけじゃなく、人質の死ですから」

 

「隷属だけでなく、人質も確保しているのか?」

 

「隷属の主人と離れて動くことも想定しておりますので……。隷属を解除できる魔道遣いにかかれば、隷属を外されて向こうに転向する可能性もあります。捕らわれたら自殺するように命令を与えてますが、万が一、捕らわれても、人質を取っていれば、裏切りの可能性は低くなります」

 

「なるほど、考えてはいるのだな」

 

 ハロンドール国内に潜入させるとなれば、確かに隷属だけでは足りないだろう。獣人族の忠誠心など微塵も期待していないが、人質を確保しているとなれば、死の物狂いに任務を遂行するかもしれない。

 

「始めよ──」

 

 フランコが手をあげた。

 護衛兵側も緊張を走らせるのがわかった。

 一方で、かなり遠い場所に、犬を思わせる三人の獣人族が上半身を草の上に出した。

 弓兵の射程のぎりぎりくらいだ。

 

「弓構え──」

 

 護衛隊長が怒鳴る。

 だが撃たせはしない。さすがに、ここまで離れると射ても避けられる。

 引き寄せてから攻撃させるつもりだろう。

 

「動かないな……」

 

 護衛隊と獣人たちをじっと見守っているアーサーは呟いた。

 身体を草から出している獣人たちが動かないのだ。

 

「護衛兵には人数までは教えておりませんが、潜んでいる獣人兵は、先程申しました通り全員で十名です」

 

 フランコが横で愉しそうに言った。

 

「んっ、どういうことだ?」

 

 アーサーはフランコに視線を向けた。

 いや、もしかして、見えてない残りの七人は潜んでいるということか?

 

「陛下、そろそろ、決着がつきそうです」

 

 すると、アーマンドが小さな声で言った。

 慌てて視線を護衛兵と獣人たちに戻す。

 

「おっ?」

 

 そして、アーサーは思わず声をあげた。

 突然に、徒歩兵の一部がばたばたと倒れだしたのだ。

 

「なっ、構え──」

 

 護衛隊長の慌てた怒声が周囲に響く。

 しかし、次の瞬間、草から飛び出した小柄な獣人が護衛隊長の横のアーサー役に見立てた赤い布の騎馬兵に跳びかかる。

 

「うわっ」

 

「えっ」

 

「おおっ」

 

 護衛隊が騒然となる。

 そのときには、跳びかかられた騎馬兵は草むらに引きずり込まれていた。

 護衛隊の騎馬が驚いて棹立ちになった。

 

「やめええ──」

 

 フランコが大声で怒鳴る。

 護衛隊は騒然となっている。

 その中からひょいひょいと獣人たちが立ちあがって姿を現した。

 

「これは驚いた。やはり、事前に潜んでいたのか?」

 

 アーサーは訊ねた。

 

「どうなのだ、リック?」

 

 アーマンドが後ろに向かって声をかけた。

 

 えっ?

 誰に向かって──?

 

「いえ、最初に注意を引き寄せるために立ちあがった三人と同じところにおりました。そこから草の中を動いて、中心の騎馬の位置まで辿り着いたのです」

 

 声は横にいる双子からでなく、真後ろからだった。

 

「なに──?」

 

 振り返る。

 驚愕することに、そこに、やはり犬を思わせる獣人の青年が立っていた。

 アーサーは目を疑った。

 全く気がつかなかった。

 これが敵だとすれば、アーサーの命はなかっただろう。

 

「リック、よくやった。お前を残して撤収だ」

 

 フランコが獣人族の青年に声をかける。

 

「かしこまりました」

 

 青年が懐から小さなものを出して口に持っていく。

 笛のようだ。

 ただし、音はしない。もしかして、犬笛か?

 散らばっていた獣人たちの姿が草の中に消滅する。

 まるで、何事もなかったかのように草の中に隠れて、もう完全にわからない。

 残された護衛隊の連中は呆然としている。

 

「これは、護衛隊の錬成をやり直しさせる必要があるな」

 

「いえ、足元が草に隠れているような、獣人の特殊兵に都合のよい条件で戦いました」

 

 アーマンドが言った。

 

「それでもだ。ここまで歯が立たないとは不甲斐ない」

 

 アーサーは嘆息した。

 いずれにしても、大したものだ。

 すると、獣人族の青年がその場に両膝を地面につけて頭をさげた。

 いわゆる、奴隷の挨拶だ。

 だが、見たところ、首に奴隷の首輪はない。おそらく、身体のどこかに、隷属の紋章を刻んでいる紋章奴隷なのだろう。

 

「直答させてもよろしいですか?」

 

 アーマンドだ。

 

「許す。名を言え」

 

 アーサーは獣人族の奴隷に向かって声をかけた。

 

「はっ、ヘルヘイム隊の十人隊長のリックと申します。ウルフ族であります」

 

「犬に風貌が似ていると思ったがウルフ族、つまり、狼か。それはさておき、ヘルヘイム隊とは?」

 

「彼らに名付けた隊の名です。ヘルヘイム、冥界の意味です。彼らは、城郭に潜入し、戦場に潜み、農村に紛れて、敵を惨殺します。また、特殊工作から、暗殺、攪乱、偵察、謀略などなんでもします。まさに冥界に敵を引きずり込むのです。これを手始めに三百人。いずれはもっと増やしていきたいと思います」

 

 フランコが横から言った。

 

「死は突然にか。それをこいつが率いるのか?」

 

「リックのような現場指揮官が十人にひとりおります。基本的には十人一組で動きますが、必要によりもっと多くの人員で動くこともあります。リックは三百人全員で動くときでも全体の長ができます。そのような長が五人ほど。ヘルヘイムは通常の軍のように固定した編成はとりません。任務に応じて臨機応変の編成をとります。ただし、全体については俺が統制をします」

 

「なるほどなあ……」

 

 アーサーはリックに視線を向け直す。

 

「いずれにしても、大した腕だ。真後ろに立たれて気がつかないなど初めてだ」

 

「ありがとうございます。娼館から引き上げてくれ、俺を戦士として使ってくれるフランコ様の恩に報いるためにも、立派に活躍してみせます」

 

 リックが嬉しそうに言った。

 

「いま、なんと言った? 娼館と言ったか?」

 

「リックはもともと、娼館で男娼奴隷をしていたのです。ですが、見出して訓練をさせ、ここまで育ちました。拾いものです」

 

 フランコだ。

 

「男娼なあ……」

 

 確かに獣人にしては美青年だ。

 この顔なら性の相手に好む人間族の中年の女も大勢いそうだ。

 それにしても、前歴が男娼か……。

 

「それと、どうやら、このリックは、ロウ=ボルグが婚姻で妻にしようとしている獣人娘を見知っているようです。それで一応お目通りをさせました」

 

 アーマンドが横から言った。

 獣人族の娘……。

 確か、イットとかいう獣人娘か。

 昨日の報告で、ロウ=ボルグがいま教会から不審の眼を向けられていて、異端者認定の動きまであると受けた。

 その理由のひとつが、ロウがエルフ族女王ガドニエルや、ハロンドール王国の女王イザベラと同列の地位の妻として、獣人族のイットと婚姻を結ぼうとしているということらしい。

 教会は獣人族を罪ある種族として蔑んでいる。

 それにも関わず、獣人を女王たちと対等に並べるロウの態度は気に入らないらしい。

 本当は、教団の不満はガドニエルやイザベラにも向けられているのだろうが、表向きにしているのは、ロウだけのようだ。

 そのロウは、独裁官を称しており、その権限で教会の専管である暦法に手を付けたり、王国内に新興宗教を認めたりもしているようだ。

 これら一連のことが教会の反感を買っていて、大きな対立のかたちになりそうな状況らしい。

 アーサーとしては朗報だが、さすがにハロンドールほどの王国でも、教会にそっぽを向かれては国が傾くだろう。

 異端者認定を受けた者を民衆が権力者として認めるはずもないし、そもそも、教会は魔道遣いをほぼ独占していて、医療をはじめとした人々の生活に密着した活動により、彼らの存在は生活に不可欠だ。

 田舎であればあるほど、その傾向が強く、もしも、教会が全教会を王国内から引き上げるともなれば、間違いなく暴動が連発する。

 タリオとしては喜ばしいが……。

 それはともかく、ロウの妻になる予定のひとりのイットを知っているだと──?

 

「イットという獣人娘とはどういう関係だ?」

 

「いえ、大した関係ではないのです。ただ、知っているというだけで。同じ奴隷商で調教されてました。そのイットの初めての性の相手は、俺だったというくらいの関係です」

 

 リックが顔をあげて白い歯を見せた。

 

「それを利用して罠にかけることもできるか? 場合によっては殺すこととかだ」

 

「任務ならやりますし、うまくもやります。俺のことは覚えていると思うし、多分、油断もすると思いますので」

 

「わかった。うまく使ってやれ」

 

 アーサーはアーマンドとフランコを見る。

 二人が頷いた。

 

「獣人隊のことについては了承だ──。フランコ、お前に細部の運用は任せる。トリスタンに代わって、ハロンドール内に入れ。ヘルヘイム隊と一緒にな」

 

「はっ」

 

 フランコが敬礼をした。

 アーサーは頷いた。

 

「リック、さっきの物を陛下にお渡ししろ」

 

 アーマンドがリックに声をかけた。

 すると、リックが懐から子供の拳ほどの透明に球体を取り出して、アーサーに両手で差し出す。

 

 魔道具……。映録球か?

 目の前の場景を記録して、立体映像で再現する道具だ。

 アーサーは手に取る。

 映録球に魔力を通した。

 こうやれば、立体映像としてではなく、術者の頭の中だけに記録した映像を再生することができるのだ。

 

「な、なんだ?」

 

 現れたのはデセオの女大公のイザヤだ。

 そして、見知らぬ女──。イザヤがコーラと呼んでいる女も登場する。ふたりとも裸だ。

 浴室のようだ。

 そして、アーサーは唖然とした。

 そのふたりが浴槽の中で愛し合っている映像が頭に現れたのだ。しかも、どうやら、イザヤは両手を背中で拘束されているようだ。

 その状態でイザヤは、コーラという女に乳房を吸われ、股間を愛撫され、口づけをされ、とにかく喘ぎまくっている。

 ちょっと眺めているあいだだけで、一度だけではなく、二度も達していた。おそらく、さらに連続で絶頂する感じだ。

 アーサーは、魔力を注ぐのを中断した。

 

「これはどうしたものだ、リック?」

 

 アーサーはリックに目をやった。

 

「はい──。我々の実力をお見せするために、準備したものです。夕べのデセオ大公の姿です。相手は侍女のコーラのようです」

 

「ちょっとした醜聞だな。侍女と乳繰り合う女大公か」

 

 アーサーは笑ってしまった。

 

「彼らにできることのひとつとしてさせました。ちょっとした余興です。これは処分します」

 

 アーマンドがアーサーから映録球を受け取るために手を差し出す。

 だが、アーサーは首を横に振った。

 そして、映録球をリックに戻す。

 

「面白い。余興ついでに、今度はこれをイザヤ大公の控えの間に、ひそかに置いて来い。すぐに発見できるようにな。午後からの交渉はひとつ、それで揺さぶってやろう。よい脅迫になるだろう。こちら側がデセオ大公の醜態の映像を保持しているのだ。せいぜい、揶揄ってやろう」

 

 アーサーは言った。

 考えていたのは、昨日の性愛の最後でアーサーの婚姻の申し出を躊躇なく断ったイザヤの姿だ。

 小ばかにされたままでいるのは性には合わない。

 もはや、あの年増を妃に迎える気は失せたが、多少のいやがらせはしてもいい。

 朝貢はしないという話で進んでいたが、これを材料に定期的な朝貢品の献上を条件に追加してもいいかもしれない。

 あのとき、ちょっとは可愛げのある反応をしていれば、これまでの話し合いのまま、ただ従属の誓いだけでよかったかもしれないが……。

 

「デセオ大公には、このようなもので恐喝の材料になるとも思いませんが……。これは、単に彼らの諜報能力をお示ししたいためだけにやらせたもので……」

 

 すると、アーマンドが困惑気味に口を挟んできた。

 

「別に恐喝などしない──。だが、侍女と乳繰り合う映像など、醜聞中の醜聞だ。さぞや、狼狽するだろう。その顔だけでも見たいだけだ。複製は必要ない。ただ置き戻してくるだけでいい。今度も気がつかれずに戻せるか?」

 

「造作はありません」

 

 リックが映録球を懐にしまい駆けだしていった。

 アーサーはほくそ笑んだ。



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932 女大公の怒り

 交渉相手のアーサーは、随分と機嫌がいいようだった。

 いや、機嫌がいいというよりは、イザヤに対する優越感に浸っているのだろう。隠すことのないにやにや笑いがそれを物語っている。

 逆に、イザヤには不愉快さがずっと心につきまとっている。だが、それはこの状況では押し殺すしかなかった。

 

「政策顧問団の派遣に対する謝金ということですね」

 

 イザヤはアーサーを見た。

 横長のテーブルに向かい合うように座っているイザヤとアーサーの横には、数名ずつの大臣級の随行者が座っている。

 昨日の対面は、まだ大公同士の挨拶という側面が強かったので、一対一の応対だったが、今日の会合は最終的な交渉内容の確認が目的であるので、交渉内容の議論を補佐するそれぞれの専任者も同席しているのだ。

 ただ、タリオ側については喋っているのは、大公のアーサーだけである。

 

 そして、今日の交渉として、タリオ側が持ち出した新たな要求が、ひとつは政策顧問団という名目によって、デセオ公国の政治中枢に一定のタリオの重鎮を常駐させることと、それに対する謝礼金という名目による定期的な財貨の支払いだ。

 政策顧問団というのは、名前はともかく、つまりは、デセオ公国の監視者の受け入れだ。

 

 しかし、これについては、問題ない。

 どんな人物が派遣されてこようとも、デセオの色責めで骨抜きにして、デセオに都合のいい存在に作り替えてしまえる。

 房中術に精通しているデセオ人の土地に、なんの心得もないタリオ人がやってきたところで、あっという間に取り込める。

 男であろうと、女であろうともだ。

 あの手この手で快楽漬けにしてやろうと思う。

 

 もうひとつの要求は、顧問団の派遣料ということにはなっているが、実際には朝貢品の献上だ。

 昨日までの交渉で、朝貢という名目ではデセオからタリオへの金銭の支払いはないということになっている。

 だから、顧問団派遣の謝礼金という名目になっているのだ。

 デセオの政事(まつりごと)を見張る監視人を受け入れ、それに対しての謝礼金の支払いなど、馬鹿馬鹿しいとは思うのだが、これもまた拒否することはできないだろう。

 もともと、それくらいの要求は想定の範囲だ。

 

「いかにもだ。顧問団の派遣は、デセオの政策の充実発展に大きく寄与するのは間違いない。よくよく、派遣団に学ぶことだ」

 

 アーサーが口角をあげながら言った。

 そのにやにや笑いは、ずっと気味が悪くて仕方がないのだが、あれでもアーサーは随分と女にもてるのだそうだ。

 まあ、確かに美男子ではある。

 でも、正直、イザヤからすれば、女を小馬鹿にしている本音が隠れてもなくて、個人的には好きになれる相手ではない。

 しかし、新たなローム帝国の初代帝だ。

 デセオ国を守るためには、忠義を示さなければならない相手である。

 だが、いまのアーサーの物言いは気に入らない。あまりにも失礼な言い方だ。

 

「わが公国が遅れていると申されますか?」

 

 ちょっと釘を刺しておこう。

 しかし、どうにも、今日は昨日とは打って変わって、上から目線だ。

 だが、その理由がいま少し判然としない。

 閨でのことは、アーサーの優越感を満足させて、うまく対応したと考えていたが、あまり花を持たせすぎたか?

 あるいは、おかしな映録球がイザヤの執務室に置いてあり、その映像には驚いたものの、もしや、あれでなにかの恐喝でもしているつもりなのだろうか?

 

「そこまでは言わない。ただ、ほかにも、大公としての在り方とか色々だ。そもそも施政者には矜恃もあれば、保たなければならない格というものがある。品格とも言うな。それを学ばれよ」

 

「まあ、わたしに品格が欠けるというのですか? あらあら、これは恥じ入るばかりですね。申しわけありませんわ」

 

 かっと頭に血が昇りそうになる。

 もしかして、この男はイザヤに喧嘩を売りたいのか?

 イザヤに品格が欠けるとか、なんという物言いだ──。

 怒りが込みあがるが、もちろん、それを表に出すことはない。

 しなを作るように優美に身体をかすかにくねさせる。

 アーサーだけでなく、ほかのタリオの男たちが顔を赤らめるのがわかった。

 ちょろいものだ。

 

「まあいい。いずれにしても、顧問派遣の代替えは、百日ごとの魔石の支払いを要求する。量は……」

 

 アーサーがデセオが支払うべき魔石の数を口にした。

 イザヤは眉をひそめた。

 一連の交渉の中で、タリオがデセオに定量の魔石の引き渡しを要求してくるというのは想定していた。

 だが、アーサーが要求してきたのは、イザヤたちが推測していた量の十倍ほどの数量だった。

 デセオとしては、定量の魔石をタリオに引き渡す一方で、さらに交易によって利益を得ようと思っていた。今回の交渉の中で、関税額の引き下げなどの具体的な詰めもする予定だったのだ。

 しかし、アーサーが要求してきた量を全部渡すとなれば、交易によって売る予定の量がなくなってしまう。

 

「そこまでは……。相場というものがありましょう。桁をお間違えではないですか。わたしたちは、そこまでの代価を支払って、顧問団を受け入れることはできませんわ。遅れた国であっても、所詮は小国ですから、そこまでの物を準備できませんの」

 

 イザヤはできるだけ優美に見えるように、小さく首を横に振る。

 魔石というのは、クリスタル石とも呼ばれ、さまざまな魔道具の魔力の動力源としてや、魔道紋を刻み込んでの魔道具の効果発揮の手段として使われる。

 いまや、魔石は社会生活に不可欠のものとして位置づけられるが、その魔石が生産できるのは、ナタル森林のみなのだ。

 どうして、そうなのかは、いまだにわかっていないが、おそらく、人類発祥の地である森林に、潤沢な魔力が埋蔵されているからではないかと推測されている。

 この大陸で唯一安定的に、魔石を生産できるナタル森林国を支配するエルフ族王家は、人類発祥の地の守備者という尊敬とともに、全大陸に強い影響力を持っている。

 

 だが、実は、魔石を入手する方法としては、ナタル森林のエルフ族が生産するというもののほか、魔獣の体内にあるものを採集するという手段があるのだ。

 もともと、魔獣というのは、かつての冥王戦争において異界に追放した魔族たちの世界から、瘴気ともに異界との綻びから侵入してきた異世界の生き物であるのだが、その体内には大小さまざまな魔石があるのが一般だ。

 これもまた、理由ははっきりとはわかってない。

 

 人類にとっては毒素に過ぎない瘴気が魔獣の体内で結晶化し、それが魔石になるのだと考えられ、ナタル森林で生産できるクリスタル石とは、似て非なるものであると唱える者も少なくないものの、現実的には、クリスタル石も、魔獣から採れる魔獣魔石も質は変わらない。

 巨大化し、凶暴性の強い魔獣から採れる魔石は、むしろ、クリスタル石よりも大きさも、純度も、魔力の濃さも良質であるものも多い。

 実際、鎖国をしてナタル森林国との国交のない北方のエルニア王国や、さらに北方の諸種族の拡がる北方地域では、魔獣からの採集が唯一の魔石入手方法だと思う。

 

 そして、ローム三公国のうち、デセオ公国については、ナタル森林から地形的な距離があるため、魔石入手をナタル森林に頼ることが難しかいという背景があり、エルニア王国や北方諸国と同様に、歴史的に、魔獣魔石が専らの魔石の確保方法なのだ。

 大量の魔獣がはびこるルルドの森に接しているということも、魔石の入手ができる環境を整えているといえる。

 ただ、魔獣の採集は危険であり、命を落とすことが多い命がけの仕事ではある。

 

 いずれにしても、ローム三公国の中で、デセオは魔石を他国に輸出できるほどの状況であり、主幹産業となり得るものの乏しいデセオとしては、これを国の繁栄に使えないかと、イザヤも期待しているところである。

 だから、その余分のすべてを朝貢としてタリオに引き渡すなど、甘受できるものではない。

 

 まあ、アーサーがハロンドールの新たな権力者のロウ=ボルグに対立しているという情報は握っていて、そのロウと、エルフ族女王のがドニエルが恋仲であるのはすでに世間で知られているので、タリオが今後、魔石入手の安定的な確保をナタル森林のクリスタル石以外に早急に求めるだろうというのは予想していた。

 デセオはそれができる場所だ。

 しかし、まさか、なにからなにまで、争奪しようというのは……。

 

「一対一で話せないか。その件で話し合おう」

 

 すると、アーサーがにやりと笑った。

 

「話し合っても同じですよ。受け入れられる条件と、受け入れられない条件があります。もしかして、タリオ公国は、今回の交渉を破綻させたいのですか? 偉大なる皇帝陛下?」

 

 イザヤは冷たい微笑みで返した。

 笑っているような外観でありながら、実際には相手に悪意を感じさせるという笑みだ。

 アーサーがむっとしたのがわかった。

 

「……よいのか? そなたと侍女の醜態が世間に暴露されるかもしれないぞ。一対一で別室で話そうか……」

 

 すると、アーサーがぼそりと小さな声で言った。

 イザヤは耳を疑った。

 もしかして、本当に脅迫?

 あの映録球は、やっぱりそういう意味だったの?

 イザヤは唖然とした。

 みんなで首を捻って、それも可能性のひとつという意見もあったが……。

 

 それにしても、まさか、これから皇帝を僭称しようという男が、そんな下衆なことをするとは……。

 だが、イザヤの表情の変化を、イザヤが衝撃を受けたと勘違いしたのか、アーサーの顔がまた、あの優越感に浸された。

 

「いや、なんでもない。いまのは独り言だ。記録をするな」

 

 アーサーが椅子の背もたれに身体を預け、記録官に軽く手を振る。

 タリオ側は、ほぼ全員がにやにやと笑っている。例外は端に座る双子の男だろう。

 とにかく、どうやら、そういう意味か……。

 デセオを恐喝するとは……。

 自分の頭の中の線がぶちぶちと千切れる感覚がした。

 イザヤは立ちあがった。

 もちろん、表立っての怒りは微塵にも見せない。

 しかし、内心でははらわたは煮え返っている。

 

「コーラを呼んでまいれ」

 

 侍女だちも護衛も壁一枚隔てた隣室に詰めさせている。

 呼べばすぐに来る。

 

「イザヤ大公? どうした?」

 

 アーサーが怪訝な声を出した。

 

「ちょっとした余興だ。そこで見ておれ」

 

 アーサーに媚びるのはやめだ。

 口調も改めた。

 享受できるものと、できないものがある。

 ここまで馬鹿にされて、怒らないではいられない。

 デセオ大公のイザヤをまさか、あんな映録球の映像ごときで追い詰められると思ったとは──。

 

「陛下、参りました」

 

 扉が開いて、大公侍女としての装束を整えているコーラが恭しい仕草でやってきた。

 イザヤは、コーラに寄っていく。

 

「陛下?」

 

 コーラが戸惑いの声を出す。

 

「両手を背中で組め。命令だ」

 

「えっ? えっ?」

 

 コーラは困惑顔だ。

 しかし、大人しく両手を背中に持ってはいった。

 イザヤは、コーラのスカートをまくりあげ、股間に手を入れる。

 

「わっ、なに、イザヤ──」

 

 コーラが叫んだ。

 突然すぎて、言葉を繕うのにも失敗したみたいだ。

 

「これは戯れではない──。いいから、動かないで……、コーラ。黙って受け入れて」

 

 耳元で言葉をささやきながら、コーラのスカートの中で股間を愛撫する。

 下着の隙間から指を入れて、コーラの感じる部分を刺激していく。

 コーラの股間はあっという間に潤沢な蜜を漏らし始める。

 

「あっ、へ、陛下……。お、お戯れを……」

 

「戯れではないと言っておるだろう」

 

 イザヤは片手でコーラの腰を掴んで離されないように支えるとともに、右手による愛撫を続ける。

 コーラも抵抗はしない。

 両手は背中側に回したままだ。

 

「イ、イザヤ公──。なにをしている──。気でも触れたか──」

 

 アーサーが怒鳴った。

 ほかの者も騒然となる。

 

「なに、アーサー殿たちには、デセオの風習について誤解があるようでな。だから、あんな映録球がなにかの交渉の材料にでもなると考えてしまうのだろう。しかし、デセオは享楽と快楽の国だ。退廃こそ正義よ」

 

 イザヤはコーラの股間の愛撫の手を激しくするとともに、コーラに口づけをする。

 繰り返し、舌を舐めしゃぶる。

 コーラがいよいよ喘ぎ始めた。



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933 大公たちの悔悟

 やってしまった……。

 アーサーは、心の中で舌打ちした。

 

 目の前で繰り広げられるイザヤと侍女の痴態の光景に対する心の動揺はさておき、アーサーは隠し撮りをした映録球のことを交渉の口に出すつもりなどなかったのだ。

 口にしてしまえば、卑劣にも大公のイザヤほどの貴人を監視していたことを公言したことになってしまうし、タリオ側の施設への訪問者になるデセオ大公側の私的な行動を勝手に映録球の記録に収め、しかも暴露しようとしているということになる。

 

 映録球のイザヤたちの痴態は醜聞であろうが、そういう盗撮行為をタリオがしていたということもまた醜聞だ。

 それはわかっていたから、ちょっとしたいやがらせに留めて、困り顔でも眺めてやるくらいのつもりだったのだが、あまりにも動じていないイザヤの様子に苛立って、思わず口に出してしまった。

 口に出してしまえば、逆に醜聞はアーサーたち側に生まれてしまう。

 

 失敗した──。

 アーサーは後悔していた。

 

 しかも、そもそも、相手が応じることができないような数量の魔石の引き渡しを条件として要求するなど……。

 交渉にならない条件を提示するなど、こっちが話し合いを潰したいのだととられても仕方ない。

 我ながら、愚策に過ぎる──。

 そのつもりなどなかったのに、思わず感情に走ってしまった。

 アーサーは自己嫌悪に陥りそうだった。

 

 それはともかく、目の前の女ふたりの痴態の淫靡さはどうなのだろう。

 侍女……確か、コーラだったか?

 そのコーラに両手を背中で組んで立っているように命じ、イザヤはここにいる全員の目の前で、堂々と彼女のスカートの中に手を入れ、胸を揉み、口づけをして愛撫を続けている。

 元娼婦らしい恥じ入らずの行動だといえばそれまでだが、イザヤと侍女の痴態には、なぜかアーサーたちを圧倒させるような不思議な迫力がある。

 デセオの者にとって、性愛は果たし合いでもあると口にしたイザヤの言葉がなんとなく理解できるような気までしてきた。

 

 とにかく、まるで魅せつけるような行為に、アーサーは唖然としてしまっている。ほかの者も同様だろう。

 いや、実際に魅せつけているに違いない。

 美しいイザヤと侍女の愛の行為は、どこまでも淫らで、猥褻で、ふしだらだ。

 だが、ぞくぞくするほどに色っぽい。

 アーサーだけでなく、繰り広げられる美女ふたりの卑猥な行為に、タリオ側は全員が声を失ってしまっていた。

 

「あ、ああっ、イ、イザヤ、だ、だめえ、ああっ」

 

 侍女の全身から力が抜けて、腰が落ちそうになったのがわかる。

 しかし、イザヤがその侍女の腰をしっかりと支えて、しゃがみ込むのを許さない。

 

「しっかりと立つのよ、コーラ。足に力を入れなさい」

 

 スカートに隠れていて見えないが、かなり激しくイザヤの手は侍女の股間で動いているのだろう。

 イザヤが腕を入れているために、侍女のスカートがまくれあがり、内腿まで侍女の脚が覗いているが、そこにつっと侍女の愛液が伝い落ちてきたのが見えた。

 

「だ、だめええ──」

 

 やがて、侍女ががくがくと身体を痙攣させて、ぐっと身体を伸ばすような仕草をした。

 絶頂するのか……。

 だが、イザヤが微笑み、すっと愛撫の手を静止させた。

 

「あんっ、な、なんで……」

 

 またもや脱力しそうになった侍女が切なそうな声を出す。

 すると、イザヤやくすくすと笑い声をあげた。

 

「いやらしさが足りないわ。こういう女同士の絡み合いを隠し撮りするのが、タリオ公国の皆様はお気に入りのようよ。もっと見せてあげましょう」

 

 侍女ががくりとなったことろで、イザヤが再び愛撫の手を再開する。

 

「ああ、いやああっ」

 

 侍女が泣くような声をあげた。

 しばらく、再び淫靡な光景が続き、またもや侍女が快感を極める素振りを示す。

 だが、またしても、イザヤはぎりぎりで刺激を中断してしまった。

 

「ああ、ああああっ」

 

 侍女が口惜しそうに大きく身悶える。

 結局、侍女が全員の前で気をやったのは、寸止めを四回繰り返した後の五度目だった。

 焦らし抜かれての絶頂は、かなりの快感だったのか、侍女は派手に嬌声をあげつつ、今度こそその場に崩れ落ちてしまった。

 それでも、背中で握った手首は離さない。

 イザヤは、妖艶な笑みを見せつつ、アーサーたちに振り返った。

 

「こんなものでよろしければ、いつでもお見せしますわ。わたしたちの国のデセオでは、情交などというものは醜聞にはなりませんのよ。挨拶であり、貴人同士の儀礼であり、果し合いの手段ですの。人前での性愛を恥ずかしがるものはおりません。先ほどの映録球ですが、もらってよろしいのですか? わたしとコーラは恋人同士でもありますので、記念に頂きたいですわ。いい映像だったので、複製を作って家人たちにも配りたいし」

 

 イザヤの顔は微笑んだままだが、アーサーに対する蔑みの色があった。

 アーサーは、自分が失敗したのをはっきりと悟った。

 

「し、失礼いたします……」

 

 そのとき、しゃがみ込んでいた侍女がやっと立ちあがり、一礼をして退出していった。

 イザヤはちょっとだけ彼女に視線を送っただけで、視線をアーサーたちに戻す。

 そして、何事もなかったかのように、アーサーと向かい合う席に座り直した。

 アーサーは自戒とともに嘆息した。

 

「……顧問団の派遣費にあたる魔石による支払いを先程の要求の十分の一にしよう。ただし、定量以上の取引きをデセオ側に義務付けるものとする。そして、デセオの交易先は、帝国として認める相手に限るものとする」

 

 もともと、これが交渉に載せようとした条件だった。

 馬鹿みたいな苛立ちで、十倍の量の無償引き渡しを要求したのは、つくづく失敗だ。

 下手をすれば、デセオとまとまりかけているローム帝国併合の交渉が破綻するところだ。

 すると、イザヤの表情が変化した。

 やや、眉間にしわを寄せ考えるような仕草にもなる。

 

「ご存じのように、デセオの商業ギルドはすでに崩壊して、自由取引体制となって数年がすぎています。管理交易をする体制にありません。全ての取引を公国が統制するというのは難しいというのが現状です」

 

「難しいというのはできないということではないということだな。デセオもカロリックもタリオも、帝国というひとつの国になる。国内取引を外国取引に優先するのは当然のことだ。不可能でないなら、条件を整えてもらうしかない」

 

「関税は? 魔石をタリオの支配域に持ち込むのに、関税の設定はどうなりますか? 同じ帝国ということであれば、関税をかけるのはおかしいですよね。関税を零とすることを要求します。それであれば、帝国政府の統制する相手にしか魔石の交易をしないことを公国として統制します」

 

「定量の確保を約束できれば、それに応じてもいい」

 

 アーサーは言った。

 タリオとしてとにかく優先したいのは、安定的な定量の魔石の確保だ。ハロンドール王国とは近年のうちに戦争になる。

 そのときまでには、どうにかして、ナタル森林国とハロンドール王国の関係を裂きたいが、両国の蜜月が続いてしまったならば、ナタル森林から入れているクリスタル石が入手できなくなるのが十分に考えられる。

 ハロンドール王国は、今回の婚姻施策でナタル森林王国との同盟関係となるのだ。

 そのため、ナタル森林以外からの魔石の確保を、デセオからだけではなく、沿海州や北方諸種族を相手に模索している最中だ。

 

「応じます、皇帝陛下──。その条件で──」

 

 イザヤがにっこりと微笑んだ。

 

「わかった」

 

 アーサーも大きく頷いた。

 

 

 *

 

 

「ああ──、やってしまったわ。失敗したああ」

 

 部屋に戻るなり、イザヤは机に突っ伏して頭を抱えた。

 あんなどうでもいい映録球の映像ごときでむきになって、アーサーに怒りを向けるなど……。

 折角、いい感じに示していた恭順の態度が全部無駄になった。

 

 一応は交渉がまとまったことで、タリオのアーサーは、表向きにはデセオを従属した身内として扱うだろうが、派遣されるであろう顧問団にしても、さらに予想される諜報員にしても、容赦なくデセオの国力を落として牙を削ぎ、力のない家畜のようにしてしまおうとするだろう。

 あのアーサーは、そういう男だ。

 

 特に、あれは、女に負けるのがなによりも嫌いだろう──。

 さっきは向こうが妥協したが、冷静になれば、あのアーサーは負けのまま終わる男ではない。

 きっと報復にくるだろう。

 そして、それはデセオの民を苦しめることになる。

 だから、あのアーサーには、デセオの女大公のイザヤなど、弱々しい女であることを示す必要があったのだ。

 腹を立てて意地を見せることなど、なんの意味もない──。

 

 わかっていた……。

 わかっていたのに──。

 

「なにを悔いておられるのですか、イザヤ様? 交渉はうまくいったではないですか」

 

 コーラが慰めるように言った。

 あてがわれているイザヤの執務室である。

 あの映録球が置かれていたのも、この部屋だ。

 イザヤの周りには、コーラのほかに五人ほどの官僚や侍女がいる。信頼のできる人間であり、こうやって弱いイザヤを見せることに躊躇はない。

 いや、大公としてのイザヤは、いつもこんなものだ。

 周りに助けられ、頼り、守られている。

 

「意味がないと言っているのよ。アーサーは女に負けるのが嫌い……。というよりも、蔑んでいるの。自分よりも強い立場の女など認めない。本人に自覚はないけど、女を認めたくない余りに、強い立場の女を力づくで排除するの。あのとき、決して怒るべきではなかったのよ」

 

「でも、おかげで、いきなり妥協案を提示してきたではないですか。最終合意については満足できるものでした」

 

「あれがなくても、最終的にはそこに行きついたわ。わたしが悔いているのは、あのアーサー殿に負けたという気持ちを抱かせてしまったことよ。怒ってもしかたがないところで、怒ってしまった。デセオの大公としてのわたしは、アーサーに恭順をして、弱々しく振る舞い、それで、公国として都合のいい条件を勝ち取らないとならなかったの。怒鳴ってアーサーを怒らせるなど、愚策中の愚策よ」

 

 イザヤは嘆くとともに、顔をあげる。

 すると、コーラはにっこりと微笑んでいた。

 

「でも、イザヤ様の啖呵にはすっとしました」

 

「みんなの前で辱めたのに?」

 

「気持ちよかったですわ」

 

 コーラがにっこりと笑う。

 その気楽そうな顔に力が抜けてしまった。

 

「結界を。防音も二重掛けにして」

 

 イザヤは表情を改めて姿勢をただすと、部屋にいる者を密着する。

 いずれにしても、あんな映録球があるというのは、それだけの諜報能力があるというタリオの誇示でもあるだろう。

 逆に、ここがタリオの施設内であるとはいえ、ああも簡単に映録球の記録を残されてしまうというのは、デセオ側の警戒能力がそれだけ低いということでもある。

 大公のイザヤの首くらい、いつでも奪えるということだ。

 まあ、ほかの公国とは異なり、前大公の養女にすぎないイザヤを殺しても、それほどデセオ公国を混乱させることができるとも思えないが……。

 

 魔道具が準備され、イザヤたちの周りに結界が厳重に刻まれる。

 これで、少なくとも、ここでの会話が外に拡がることはないはずだ。

 

「タリオとはひと先ずは従属関係となったわ。デセオ公国はアーサー陛下の建設する帝国の一部となる。だけど、気を許してはならない。間違っても、身内とは思わないこと。それを肝に銘じなさい」

 

 イザヤは表情を改めて言った。

 全員が真顔になって頷いた。

 さらに口を開く。

 

「……敵の敵は味方」

 

 周りが怪訝な顔になる。

 

「敵の敵とは?」

 

 そして、コーラが代表するように疑念を口にした。

 

「ハロンドール王国で独裁官となったロウ=ボルグ……。彼についての情報を集めなさい。心情、嗜好、女の好み……。とにかく、ありとあらゆることを。弱点はなにか。そして、どうして、一流の女たちが彼のところに集まるのか……」

 

 イザヤは言った。

 ロウ=ボルグという男に面識はない。

 デセオとしての関わりもない。そもそも、ハロンドール王国とデセオ公国との国交も利害関係も現段階でほとんどないのだ。

 しかし、イザヤのみたところ、おそらく、ハロンドール王国と新ローム帝国は近いうちに敵対関係になる。

 少なくとも、アーサーは、はっきりとハロンドール王国を次の狙いに置いているだろう。

 

 そのときこそ、デセオは見極めねばならないのだ。

 どちらが生き延びるために手を組むべき相手なのかということを……。

 

「場合によっては、ハロンドール王国と手を組むということですか?」

 

 コーラだ。

 イザヤは首を横に振った。

 

「手を組むなどおこがましいわ……。わたしたちは小国……。わたしたちにできるのは、見極めるだけよ。生き残るためには、どこが従属すべき相手であるかを……」

 

「わかりました。ひそかに、あの王国に耳目の者を派遣します。だけど、ロウという男は随分と女たらしだそうですね。噂によれば、ハロンドールの王女たちも王妃も、そして、エルフ族のガドニエル女王までも、彼に夢中だとか……」

 

 コーラが愉快そうに笑った。

 デセオとして持っている情報は、そんな噂話程度のことだ。

 その実態はわからない。

 

「そのようね。もしも、会うことがあれば、わたしも彼に堕とされないよう気をつけないと」

 

 イザヤは笑った。

 もちろん、冗談である。

 性技に長け、艶道を究めたデセオ公国のイザヤが、ひとりの男に堕とされるなどあり得ることじゃない。

 それはみんなわかっているので、イザヤの軽口に一斉に笑い声があがった。

 

「イザヤ様が本気になれば、堕とせない男などあり得ません。そのときこそ、本気で堕としてください。デセオ公国のために……」

 

 コーラが笑って言った。

 イザヤは肩を竦めた。

 

「いずれにしても、調略の糸は張りましょう。ハロンドール王国には伝手はないけど、エルフ族の水晶宮にひそかに私書を送るわ……。コーラ、引き受けてくれる? 誰にも知られないように、手紙を届けて欲しいの。将来への投資として、万が一のときの繋がりを作っておきたいのよ。細い糸でも、糸は糸よ」

 

 イザヤはコーラを見た。

 コーラが頷く。

 

「わかりましたが、相手は誰です? イザヤ様はエルフ族の水晶宮の誰かに知古が?」

 

「副王のラザニエル殿にわたしの私書を送りましょう。彼女は会うわ。わたしの名で、これから口にする言葉をラザニエル殿に伝えればね」

 

「そんな都合のいい言葉があるのですか?」

 

「あるわ。こう伝えるのよ……。“お前の秘密を知っている”とね」

 

 イザヤは笑った。

 

「なんですか、その殺伐とした言葉は?」

 

 コーラが呆れた声をあげる。

 

「多分、効果はあるわ。いいから、デセオ大公のイザヤから、ナタル森林の水晶宮のラザニエルに書を持っていきなさい」

 

 イザヤは笑い声をあげた。

 

 

 

 

(第11話『新ローム帝国の誕生』終わり)



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 第12話  処女と少女と……
934 独裁官の当惑と赤組筆頭への調教開始


「はあ? 計算が合わないだろう」

 

 一郎は戸惑いの声をあげてしまった。

 ハロンドール王都内にできあがった天道教の教団施設である。その客室に一郎はいた。

 同行したのは、エリカとコゼとスクルドであり、向かい合うのは天道教の代表者のフラントワーズと、さらに、天道教の重鎮ということになるランジーナにマリアである。そして、いまは元王妃という立場になったアネルザも同席している。

 

 新興宗教の施設としては立派すぎる建物であるが、もともとはテレーズと名乗っていたタリオからの工作員の魔道遣いがルードルフ王に突貫工事で作らせた貴族用の王都屋敷だそうだ。

 それが二棟あり、建物内には住む者もなく、ルードルフ王に購入させたり、王都内の貴族から取り上げた宝物の倉庫のように使われていたらしい。

 それを一郎とイザベラが凱旋したときに、王家として没収した。

 このうちの一棟を女教祖という立場になるフラントワーズ元公爵夫人に任せたものだ。

 

 偽テレーズとやらが建設したもうひとつの新屋敷もすぐ近くにある。

 そっちについては、ナタル森林王国の公使館ということで使ってもらうことになった。

 名誉ある孤立を国是としていたエルフ族の王国が外国に公使館を持つのは初めてのことであり、初代公使はケイラ=ハイエルこと、亨ちゃんということになったみたいだ。

 一郎と一緒にやってきたブルイネン以下の親衛隊三十人は、今後はその公使館の常駐警護隊という名目で王都内に残ることになる。

 

 また、一郎が教団施設を訪れるのは、あの奴隷宮での大騒動が起こってから初めてだ。

 あれから、イザベラ軍が外郭砦を突破するのを手伝ったり、凱旋式を整えたり、あるいは、元宰相のフォックスが企もうとしていた上級貴族の集まりを潰したりと忙しく動いていて、半月ほどが経っている。

 もちろん、一郎が整えさせた一か月を三十日とする「新暦」における半月だ。

 

 それはともかく、一郎が驚きの声をあげたのは、あの騒動以降から一郎が天道教の教団を再訪問するまでのあいだにやっておけと命じていた「宿題」の結果の報告を受けたためだ。

 すなわち、一郎が指示していたのは、リリスと改名させたサキが園遊会と称して王都貴族の令夫人と令嬢から集めて監禁していた約百人に対して、一度家族と連絡をさせ、本当に教団に残るのか、それとも、家族のもとに戻るのかを選択させろということだ。

 この際、絶対に教団に残ることを強要するなと厳命した。

 スクルドのおかしな言霊のせいで、軽い洗脳状態にあるとはいえ、自発的に集まったのではなく、強制的に連行された者たちばかりだ。騒動のときには、ひとりも家族のところに帰りたいと口にする者はなかったが、しばらく時間が経って冷静になれば、かなりの者たちは離れると踏んでいた。

 だから、その我に返る時間を作ることを指示していたのだ。

 

 一度抱けば、一郎の淫魔術が作用して、心が縛りつけられる。

 だから、あれから、一郎も一度も教団とは接触しなかった。

 顔を見せることもしてない。

 その代わり、自分の意思で教団に残ると決めた者については、令嬢であろうと、令夫人であろうと全員を性奴隷にすると約束をした。

 ただし、まだ抱いてはいない。

 抱くのは、教団に残る決心をした者だけだ。

 例外はフラントワーズであり、すでに一郎の精の刻みを受けている彼女は、淫魔師の恩恵によって能力が跳ね上がったのみならず、顔の皺やたるみが消滅して、若々しい外観になっている。

 年齢も二十代にしか見えない。

 だが、本当は五十歳に近い年齢なのである。

 

 そして、今日だ──。

 

 あの「奴隷宮の反乱」の時点において、赤組というらしい令嬢たちが七十三名。黄色と青組という教団の管理者側になる令夫人たちが約三十名──。

 併せて、約百人の人数のうち、残ったのは百五十名ということだった。

 

「いやいやいや、増えてるだろう。減ってないじゃないか。なんで、百五十なんだよ」

 

 一郎は唖然として言った。

 

「言われる通りにいたしましたわ。全員を家族のもとに一度帰し、あるいは、教団内に家族を呼んで、意思確認をさせました。離縁手続きについては、若干、手間取ったところもございましたが、アネルザ様のお力も借りて、全員の縁切りが終わっております。赤組については、純粋に話し合いの結果です。少し増えて赤組百二十人です」

 

 フラントワーズが淡々と説明する。

 一郎は眉をひそめた。

 

「だから、なんで増えるんだ? 確かに、残留を希望する者を性奴隷とするとは約束したが、増えるとはどういうことなんだ?」

 

「家族との話し合いの結果を尊重せよというお言葉でしたので……。結論から言えば、家族の元に戻ることになった者はおりません。全員が天道様の性奴隷になることを強く希望していましたので……。増えた分は、新たな入信希望者です。家族を含めた貴族たちが、どうしても更に教団に入れて欲しいと熱望してきた者たちです。厳しく審査しましたが、どうしても百二十人よりも減らせませんでした」

 

「減らせませんでしたじゃないだろう──。おかしいだろう。なんで増えるんだよ。なんだかんだで、俺の後宮だぞ。そういう扱いになるんだ。一生日の目を見ない立場になるんだ。ちゃんと説明してくれたのか?」

 

 すると、ずっと黙っていたアネルザがくすくすと笑った。

 

「ロウ殿、それが貴族というものさ。階級に対する自尊心が高くて、血の濃さを重んじるのが貴族の一性質であれば、利に敏感で賢く行動するのも貴族だ。独裁官のロウ殿は、いまや、もっとも重要な王国の権力者だ。取り入れるものなら、なんとしても取り入りたいと考えるのは当然のことさ。その状況で、お前の事実上の後宮入りの話だ。しかも、お手付きになれば、新王宮の重要官僚の席につくという話まである。常識的な貴族なら、とりあえず、家族の中からひとりやふたりくらいは、保険として入れておこうかとなるさ」

 

「それで、自分の娘を一介の冒険者上がりの成り上がりの慰み者に差し出すのか。貴族が?」

 

「一介の冒険者なら見向きもしないよ。だけど、成り上がりでも最高権力者の独裁官だから目の色変えて取り入るんだよ。フラントワーズからもあったけど、これでも厳選したんだ。だけど、増える分は連中に恩を売っておいて得だとわたしが考えた者たちだ。これからの政策運営が楽になるから、どうか受け入れておくれ」

 

 アネルザだ。

 一郎は呆気にとられた。

 

「令嬢を俺の後宮に受け入れることが恩を売ることになるのか? 逆じゃなくて」

 

「お前に得することなどなにもないだろう。今更、女には不自由はしてないしね。それは向こうもわかっている。だけど、それを受け入れるんだ。恩に違いないさ」

 

「まあいいけど、これ以上はやめておこうな。際限がない。そもそも、俺のところに、こんなに集めまくったら、この王国の婚姻環境が滅茶苦茶になるんじゃないか」

 

「そんなのは気にしなくていい。貴族同士で婚姻相手を見つけられなければ、平民から養女でも確保したりするだろうさ。その分、血が混じり、王国の活力になる。まあ、百人や二百人程度なら気にする人数でもないよ。とにかく、受け入れてくれてよかった。助かるよ」

 

 アネルザが笑った。

 

「感謝いたします」

 

 フラントワーズたちも頭をさげる。

 

「この教団内に百五十人、隣のケイラさんたちのところの公使館の親衛隊が三十人、イザベラの侍女が十人──。そのほかにも、屋敷内の居候が大勢になったし、正妻様の後宮管理も大変ね」

 

 コゼが軽口を叩いた。

 

「他人事みたいに言わないのよ。しっかり、補佐してもらうからね」

 

 エリカがぴしゃりと言った。

 

「この教団施設に三箇所、王宮内に十箇所、ナタル国公使館に一箇所、もちろん、これまで通りに、シルキーさんの屋敷を繋ぐ移動術のスポットを準備しましたわ。ご主人様とご主人様に支配されている女にしか使用できず、場所を視認することもできません」

 

 スクルドだ。

 

「ミランダのところの冒険者ギルドは?」

 

 一郎は言った。

 

「あれは、ミランダが嫌がりまして」

 

「なら繋げよう。ミランダが一番嫌がりそうなところにつけてくれ。本人には内緒でな」

 

「寝室と厠に取り付けます」

 

 スクルドがにこやかに言った。

 

「歴代の王で二百人超えの後宮を持った王もいたようだけど、それくらいになると、最後までお手付きにならなかった女も大勢いたようさ。だけど、お前は全員を抱いてくれるんだろう?」

 

 アネルザが再び口を挟む。

 

「こうなったら抱くよ──。それだけじゃない。しっかりと遊ばせてもらう。その覚悟がここに残った女たちにないとは言わせないからな──」

 

 一郎は開き直った。

 

「お好きなように扱ってください。全員が喜びます」

 

 フラントワーズが嬉しそうな顔になる。

 

「本当か? 俺の遊びは意地悪かもしれないぞ。とりあえず、これから三日間、この教団の女を抱き続けるが、教祖様にはその三日間、ずっと貞操帯をしてもらおうかな。股ぐらと尻の穴をディルドで刺激され続け、しかも一度も絶頂させない。小便も大便もなしだ。いや、小便は垂れ流しかな。なんだかんだで、全員がそんな仕打ちを受け続ける。本当にいいんだな?」

 

 一郎はわざと意地悪を言った。

 

「ご調教ですね。嬉しいです。ありがたき幸せです」

 

 だが、フラントワーズが顔を真っ赤にして、ちょっと期待するような表情になった。

 

 

 *

 

 

 なぜか、午後の教団内のお勤めが中止となり、全員に自室待機の命令が出された。

 アドリーヌもほかの奴隷たちと同様に、赤組の令嬢たちにあてがわれている部屋に入った。

 与えられている私室は、個室もあれば、ふたり部屋もあり、三人部屋もある。それ以上の人数の部屋はない。奴隷宮では最初はそれに近いかたちだったものの、最後の方ではまとまった集団部屋になり、しかも、まるで家畜かのようなひどい扱いになったので、こうやって普通の部屋で暮らすのは新鮮だ。

 アドリーヌは、赤組筆頭ということで、個室をあてがわれていた。

 ただ、ずっと誰かと一緒に生活がしばらくだったので、少しばかり寂しいかもしれない。

 伯爵令嬢として暮らしていたのは、随分と昔のことのように思う。

 

「入るぞ」

 

 部屋がノックなしに開いた。

 驚愕することに、入ってきたのは天道様のロウ様だった。

 随行する者はいない。

 天道様だけだ。

 とにかく、アドリーヌは、その場に跪こうとした。

 しかし、それを制されて、立ったままでいることを命じられた。

 

「天道様、アドリーヌでございます」

 

 とりあえず、スカートを軽くあげてカーテシーをとる。

 アドリーヌが身に着けているのは、天道教の教団の一員として与えられた修道服であり、黒と白の生地に赤い模様が入っている可愛らしい服だ。

 天道様の好みということで、スカート丈は腿の半分くらいまでしかない。

 それをぎりぎりまであげる。

 本当のカーテシーとは違うが、天道様が喜ぶのではないかと思って、みんなで考えたものだ。

 天道様がにっこりと好色そうに微笑まれた。

 アドリーヌは全身が嬉しさで満たされるのがわかった。

 

「知っている。赤組筆頭だったな。敬意を表して最初に来たぞ……。さて、最初に訊いておく。ただし、拒否できるのは、今回の一度だけだ。もしも、迷いがあれば、覚悟ができてからでいい。俺に抱かれる覚悟はあるか?」

 

 アドリーヌは目を丸くしてしまった。

 天道様に抱かれる──?

 覚悟があるか、ないかではない。

 待ち望んでいた。

 それがいつなのかはわからなかったが、きっといつかは抱いてもらえると、みんなで励まし合っていた。

 まさか、それが今日などとは……。

 

「どうなんだ?」

 

 天道様が畳み込むように言った。

 アドリーヌは感動のあまりに言葉が出ないまま黙ってしまったようだ。

 慌てて口を開く。

 

「か、覚悟はあります──。もちろんです。喜んで──」

 

 すると、天道様がにっこりと相好を崩した。

 よかった。

 気を悪くはされなかったみたいだ。

 

「もうひとつ言っておくが、これまでに味わったことのない辱めを受けるぞ。それが俺という男の愛し方だしね」

 

「恥ずかしいことは勉強しました。みんなと一緒にです。もちろん、性奴隷としてはまだまだと思いますが、足りないところは一生懸命に覚えます。よろしくお願いいたします」

 

「そうだったな。サキのもとで性奴隷の調練をしたんだったな……。わかった。じゃあ調教の開始だ。まずは、両手を頭の後ろで組むんだ。手首をしっかりと交差させろ。足は肩幅に開け」

 

 言われた通りにする。

 胸が反りかえり、乳房をやや前に出すような恰好になった。

 アドリーヌの首には、与えてもらった赤いチョーカーがあり、手首にも同じような腕輪がある。

 頭の後ろで腕を組むと、がちゃんと音がして手首の腕輪と首のチョーカーが繋がってしまった。

 ちょっとびっくりした。

 

「教団の女用の性奴隷のポーズのその一だ。“その一”と言われたら、どんな場所でもその恰好になれ。街の真ん中であろうと、王宮だろうとどこでもだ。いいな」

 

「は、はい」

 

「いい返事だ。じゃあ、そのまま動くな」

 

 天道様が近づきていて、アドリーヌの腰の横に手を伸ばす。

 アドリーヌたちに与えられている性奴隷用の修道服は、上半身と下半身部分が分かれるセパレートタイプのものだったが、そのスカート部分が一瞬にして消滅した。

 

「あっ」

 

 腰から下が下着だけになり、アドリーヌは思わず、脚を閉じ合わせようとした。

 だが、天道様から動くなと命令されていたことを思い出して、すぐに元に戻す。

 

「ちゃんと命令に従えたな。下着は着替えたばかりか? それとも、朝からはいているものか?」

 

 天道様の手に一瞬にして細い差し棒が出現する。

 その先端でアドリーヌの下着の股間をすっと撫ぜられた。

 

「あんっ。も、申し訳ありません。き、着替えてませんでした。天道様のご調教を受けることを知りませんでした」

 

「謝る必要はない。朝から身に着けていた汚れたものなのか、それとも清潔なものなのかを訊ねただけだ。確かに、朝から身につけていたもののようだな。股に小さな染みがある。小便の痕か? それとも、自慰でもしたか?」

 

 天道様がくすくすと笑って、差し棒を下着の上から撫でるように動かしていく。

 そこがくすぐったくて、そして、疼いてしまって、アドリーヌは必死に悶えそうになるのを我慢した。

 それに恥ずかしい。

 天道様に下着の汚れを見られるなんて……。

 アドリーヌは羞恥で足が震えてしまった。 

 

「質問に答えろ? その下着をはいているあいだに、自慰をしたか?」

 

 突然に差し棒の先が振動した。

 

「ひゃん──」

 

 布の上からクリトリスを刺激され、アドリーヌは悲鳴とともに腰を落としそうになってしまった。

 天道様が差し棒を一度引き、横殴りでアドリーヌの太腿をぴしゃりと叩く。

 

「いぎいっ」

 

 激痛が走る。

 

「質問には返事だ──。これまでに三回、質問に答えなかったぞ──。性奴隷の調教を受けるつもりがあるのか──。それとも、覚悟があると言ったのは嘘だったのか──」

 

 怒鳴られた。

 アドリーヌは目の前が真っ暗になりそうになった。

 絶望が全身を包みそうになる。

 失望させてしまった──。

 そんなつもりはなかったのに──。

 目の前の景色が歪む。

 

「も、申し訳ありません。ちゃんとします。嘘ではありません。申し訳ありません──。自慰はしていません。勝手にはしません」

 

 アドリーヌは慌てて叫んだ。

 すると、天道様がちょっと困った顔になった。

 

「参ったなあ。泣くんじゃないよ。ちょっと苛めすぎたか? だけど、意地悪はこんなものじゃないぞ。もっともっと意地悪をされる。その命令の中には、とてもじゃないが服従できないこともあるだろう。だけど、無理矢理に従わせられる。それが俺の性奴隷だ。本当にいいんだな?」

 

「は、はいっ。服従します。性奴隷になります。お願いします」

 

「いいだろう。だけど、もう後戻りはできないぞ、アドリーヌ」

 

「はい、アドリーヌは、天道様であるロウ様に服従を誓います。お仕えする性奴隷になります──。ならせてください──」

 

 必死に言った。

 天道様が頷いた。

 

 よかった……。

 まだ、見捨てられてない。

 アドリーヌはほっとした。

 

「だが、罰は受けてもらうぞ。すぐに答えられなかった罰だ」

 

「は、はい。アドリーヌは罰を受けます。よろしくお願いします」

 

「わかった。その言葉を忘れるなよ」

 

 天道様がそう言って、部屋の中を見回した。

 そして、アドリーヌが紅茶を飲んでいたマグカップを手にお取りになる。

 飲みかけだったので、ちょっとだけ中身が残っていた。

 カップに残っているのは、二分目くらいだろう。

 天道様がそれをアドリーヌの開いている脚の下の床に置いた。

 

「そのカップの中に小便をしろ。下着を身に着けたままだから難しいぞ。ちゃんと狙うんだ。じゃあ、やれ──」

 

 天道様が言った。

 アドリーヌは耳を疑った。



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935 赤組筆頭令嬢と天道様

「そのカップの中に小便をしろ。下着を身に着けたままだから難しいぞ。ちゃんと狙うんだ。じゃあ、やれ──」

 

 一瞬、思考がとまり、意味を理解するのに少しだけ時間がかかった。

 

「えっ、そ、そんな……」

 

 アドリーヌは狼狽してしまった。

 

「それが俺に愛されるということだ。徹底的に辱められる。とてもじゃないが、服従できないことをね。でも、無理矢理に服従させられる。それが俺の愛し方だ」

 

 天道様がくすくすと笑う。

 

 えっ?

 愛する?

 愛してくださる?

 

 でも、アドリーヌは、天道様がアドリーヌを愛すると言ってくれたことに、驚嘆してしまった。

 そんなことは思いもよらなかった。

 性奴隷としてお仕えすることは、アドリーヌたちの心からの望みだったが、それはアドリーヌたちの一歩通行であるべきものであり、まさか、天道様から、そんな言葉をかけてくれるとは夢にも思わなかった。

 アドリーヌは身体が感動で震えるのがわかった。

 

「あ、あの……」

 

「それとも、俺に愛されるのは嫌か? 俺はアドリーヌが恥ずかしさで追い詰められる姿を見たい。アドリーヌは俺に仕えると誓ったはずだ。そうであれば、俺の言葉は絶対だ。小便をしろと言われればしろ。それとも、拒否したいか。どっちでもいいけどね」

 

 天道様の顔から表情が消える。

 アドリーヌは恐怖した。

 怒らせている──。

 そして、自分の未熟さを自覚した。

 天道様のご命令を拒絶する気持ちを抱いてしまうなど……。

 

「い、いえ、やります──。申し訳ありませんでした」

 

 アドリーヌは足元のマグカップに目をやる。

 マグカップは股間の丁度真下にあり、多分、命令の通りにおしっこをそこに狙うことはできると思う。

 だけど、自分で下着を身に着けたまま、立っておしっこをするなど……。

 恥ずかしすぎる……。

 

 だけど、ふと思い出す。

 あのベアトリーチェのお姉さまは、奴隷宮に集まっていた頃、調教官の方の意地悪で、一日で夕方と朝のみと限られている排尿時間を邪魔され、何日もおしっこを我慢させられていたのだ。

 それで何度も調教の最中におもらしをさせられ、気丈なお姉様が屈辱で涙を流されたりしていた。

 気の毒で見ていられなかったのを思い出す。

 だけど、そのベアトリーチェのお姉さまも苦労は報われ、いまは、天道様のお手付きになり、お気に入りのひとりになったみたいだ。

 恥ずかしいことを耐えれば、天道様に可愛がられるかも……。

 そして、頑張れば、アドリーヌも、天道様のお気に入りのひとりに近づけるのだろうか……。

 

 アドリーヌは唇を引き締め、尿意を解き放つ。それほど尿意は溜まってなかったが出そうと思えば、なんとか出せる。

 下着が生温かくなる。

 股の真下に水流が落ちていく。

 最初はうまくマグカップに入らなかったが、腰を移動させて、なんとかマグカップにゆばりを落とす。

 そのときだった。

 

「ひんっ」

 

 アドリーヌは腰を跳ねあげてしまった。

 天道様が手にしていた差し棒でアドリーヌの下着を押して、丁度クリトリスのある場所を振動させて刺激したのだ。

 

「ほら、ちゃんと狙わないか」、

 

 天道様が揶揄うようにお笑いになった。

 でも、振動する棒は離してくれない。

 

「あっ、ああっ、あん」

 

 必死に腰を安定させようとするが、そうするとまともに棒の振動を受けることになる。

 得体のしれない疼きが全身を駆け巡った。

 天道様自らの調教──。

 奴隷宮での調練では、感じなかったまるで酔うような感覚だ。

 すると、天道様に顎を掴まれて無理矢理に顔をあげさせられた。

 まだ、おしっこは続いている。

 

「アドリーヌは泣き虫だな。俺の性奴隷にはいないタイプかな」

 

 天道様がアドリーヌの唇に唇を重ねた

 びっくりしたが、温かくて気持ちがいい天道様の舌を口の中に受け入れると何も考えられなくなる。しかも、いまだに差し棒の振動が股間を襲い続けている。

 腰の力が抜け、立っているだけで必死だ。

 そのあいだも、下着の布を通って、アドリーヌのおしっこが垂れ流れている。

 もはや、カップに入っているのかどうかなど、気にすることもできない。

 

 それはともかく、自分は泣いているのか?

 泣いているとすれば、それは天道様の前で排尿している状態で口づけをされるのが恥ずかしいからか……?

 あるいは別の感情によるものか……。

 やっと、おしっこが止まった。

 天道様が口を離す。

 

「男と深い口づけをするのは、初めてか?」

 

「は、はい……」

 

 アドリーヌは天道様に顎を持たれたまま小さく頷く。

 

「だったら、おしっこをするたびに、この口づけと悪戯を思い出すだろうな」

 

 天道様が指でアドリーヌの目元を優しくなぞる。

 やぱり、自分が涙を流していたのがわかった。

 

「そ、そんなの恥ずかしいです……」

 

「そうだな。だけど、その羞恥が快感になる。屈辱も……。ところで、また、言いつけに従えなかったな。俺はカップに小便を入れろを命令したはずだ。下を見てみろ」

 

 天道様がアドリーヌの顎を離す。

 足元に視線を向けると、床にアドリーヌのおしっこがまき散らされ、カップにはほとんど入ってはいない。

 アドリーヌははっとした。

 

「ああ、どうしよう。できてませんでした。申し訳ありません」

 

 命令に従えなかった──。

 愕然としてしまう。

 あんなに、みんなで訓練に励んだのに……。

 

「くくく、本当に真面目なんだな。ほかの女の話を引き合いに出して申し訳ないけど、もしも、同じ仕打ちをしたら、ほかの女だったら、俺を罵倒する女ばかりだぞ」

 

「そ、そんな、天道様を罵倒するなんて……」

 

「まあいい。だけど、罰は罰だ。服従に従えなければ罰……。それが当然だと思わないか?」

 

「は、はい、思います……。ば、罰を与えてください……」

 

 アドリーヌは言った。

 言いつけを守れなければ罰……。

 頭に刻み込む。

 それは当然のこと……。

 天道様の言葉が頭に染み込む……。

 

 それはともかく、身体がぽかぽかと熱い。

 天道様にしつけられている……。

 そう考えるだけで、下腹部がじんとなる。

 

「わかった。罰だ」

 

 天道様が足元にあるカップを手に取った。

 それをアドリーヌの口に持ってきた。

 アドリーヌは目を見張った。

 

「えっ──」

 

 まさか……。

 

「口を開けろ……」

 

「ひゃ、ひゃい」

 

 緊張で舌がもつれてしまった。

 口を開ける。

 カップが口につけられて、アドリーヌの排尿と紅茶の残りが混ざったものが口の中に注がれる。

 ぷんと臭気が襲う。

 でも、アドリーヌはそれを我慢して飲んだ。

 天道様から与えられる罰なのだ。

 受け入れなければ……。

 自分のおしっこを飲む……。

 なぜか、血が沸き立つような興奮がアドリーヌを襲って、脚がぶるぶると震えだした。

 

「いい子だ……。苛められると興奮するのか?」

 

 天道様がカップを離しながら、お笑いになる。

 アドリーヌは小さく首を振った。

 

「わ、わかりません……。だ、だけど、ぼうっとなります……。そ、その……天道様に意地悪されると……」

 

「そうか」

 

 天道様がアドリーヌを片手で抱きしめた。

 どきりとする。

 もう一方の手が下着の中に入ってきた。

 

「あんっ」

 

 下着の中で股間をそっと撫でられて、アドリーヌは跳びあがりそうになった。

 凄まじい快感が全身を一気に貫いたのだ。

 

 でも、すぐに天道様の手は下着の中から出ていった。

 切ないような疼きだけが残り、アドリーヌは知らず身体を悶えさせてしまった。

 

「濡れているな。マゾの証拠だ。アドリーヌは泣き虫で真面目で、そして、マゾだ」

 

「そ、そうなのでしょうか……?」

 

 天道様にお仕えするためには、うんと淫靡で、そして、マゾにならなければならないというのは、サキ様などから厳しく、そして、繰り返し言い聞かされた。

 そのために努力した。

 マゾなのかわからないが、だったら嬉しいと思う。

 

「ああ、見てみろ」

 

 天道様がたったいままで、アドリーヌの股間に入れていた指を目の前に示す。

 指先にねっとりと蜜のようなものがついていた。

 アドリーヌが濡らしたものみたいだ。

 

「どうして、濡れている?」

 

「そ、それは……、な、何回か棒で天道様に刺激されたから……」

 

「それだけか?」

 

「い、いえ……。それだけじゃなく、苛められて身体が熱くなりました……。ぼうっとして……。疼いて……。わ、わたしはマゾなんだと思います……」

 

「そうだな。だが、まだ足りない。アドリーヌはまだ俺に犯される準備ができてない」

 

 天道様が言った。

 アドリーヌはびっくりした。

 

「い、いえ──。そんなことはありません。わたしたちは……わたしは、天道様に抱いていただく日をずっと心待ちに……」

 

「心はな……。でも、まだ身体は追いついてない。肉欲に追い立てられて、どうしようもなくなるほどに、身体に疼いてもらおう。両手を背中に回せ」

 

 首の後ろでぱちんと音がして、両手が首のチョーカーから外れる。

 

「両腕を後ろだ」

 

 天道様に背中を向けさせられる。

 慌てて、両手を背中側で水平になるようにした。

 服の上から上半身に縄が喰い込み始める。

 

「うっ」

 

 縄なんてどこに持っていたのだろう。

 それはともかく、両腕に縄が巻かれ、上半身が締めあげられる。身体が緊縛されていくにつれて、また下腹部が熱る感覚が襲ってきた。

 

「縛られるということは支配されるということだ。自由を失う快感が身体に刻み込まれる」

 

 あっという間に上半身を後手に拘束された。

 いつの間にか天井から縄が垂れていた。天道様は、アドリーヌを立たせたまま、上半身を縛った縄尻を天井からの縄に繋ぎとめた。

 

「肉欲に支配されて、俺に抱かれたくなるまでお預けだ。それまでじっとしているだけでいい」

 

「わ、わたしは天道様に、抱いていただきたいと思っております」

 

「心はな。俺が言っているのは、身体の話だ」

 

 天道様が別の縄を二重にして、でアドリーヌの腰の括れをひと巻きした。

 そして、その縄を身体の前に回して、アドリーヌの股間に通す。

 目を見張った。

 その縄には大きな縄こぶが三個作ってある。

 天道様は、その縄をお尻側からぐいと引き絞った。

 

「ひいいっ、ひんっ」

 

 下着越しではあるが、縄こぶが正確にクリトリスを圧し、肉襞に喰い込み、アナルを刺激する。

 アドリーヌは縄こぶが喰い込む刺激に、思わず身体を反り返らせた。

 

「まだだ」

 

 さらに、天道様は股間に縄を喰い込ませる。

 

「あああっ」

 

 アドリーヌは声をあげてしまった。

 疼痛のような圧迫感が股間を支配する。

 身体がじんとなってしまう。

 

「股縄だ。これで女であることを自覚してもらう。さっきも言ったが、この股縄によって肉欲で身体を支配されたら、襲ってやろう」

 

 天道様そう言うと、もう一度締めあげてから縄留めをした。

 容赦のない緊縛感に、アドリーヌは歯を喰いしばる。

 天道様がアドリーヌから離れた。

 すると、身体が浮きあがるような感覚が襲った。

 

「あっ、やっ」

 

 天井から吊られている縄が上にあがったのだ。

 足の裏が床から離れていく。

 そして、辛うじて足の指がぎりぎり床に付いた状態まで引き上げられた。

 

「ああっ、こ、こんな……」

 

 股縄によって痺れるような妖しい感覚が襲う。

 縄の刺激がアドリーヌを支配していく。

 床に付いているのは、ほとんど足の親指だけだ。だから姿勢を安定させることができなくて、身体が揺れるのだが、そのたびに股縄の刺激がアドリーヌを襲いかかる。

 

「さて、しばらく、そのままだ。少しばかり、ほかの部屋にも行ってくる。戻ってきたときに、身体の準備ができたかどうか調べてやろう」

 

 天道様がさらにアドリーヌの顔に目隠しを施した。

 視界が消滅する。

 

「ひゃあ」

 

 上下の感覚が鈍って身体が揺れる。

 縄こぶがアドリーヌを襲う。

 

「いやあっ」

 

 またもや、アドリーヌは声をあげてしまった。

 

「じゃあ、休憩だ。たっぷりと股縄を愉しむといい。マゾの悦びもな」

 

 天道様が部屋から出ていく気配がした。

 ばたんと扉が閉まり、人の気配が完全に消滅し、アドリーヌはただひとり部屋に残されてしまった。



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936 筆頭赤組令嬢の苦闘

 どのくらいの時間がすぎたのだろうか……。

 すごく長い時間の気もするし、逆に、まだほんの少しの時間しか経っていない気もする。

 とにかく、アドリーヌはじんじんと疼く股縄による鈍痛のような疼きに、完全に追い詰められていた。

 いまは、股間を苛む刺激のことしか考えられない。

 

「あ、ああっ……」

 

 アドリーヌしかいない部屋で、口から恥ずかしい声が漏れてしまう。

 上下の感覚が薄れ、足の親指の先しか触れていない床をしっかりと踏もうともがく。

 だが、目隠しをされて視界が消滅しているアドリーヌは、ともすると、体勢が崩れてしまい大きく身体を揺らしてしまうのだ。

 天井から後手に縛られている腕を吊られているので倒れることはないが、姿勢を崩すと、固く喰い込んでいる股縄が下着の上から、クリトリスと肉唇とアナルをこれでもかと刺激を足してくる。

 どうなっているのかわからないが、もがけばもがくほど、刺激が昂ぶるような仕掛けがあるのかもしれない。

 痺れるような妖しい感覚がアドリーヌを支配し続けていた。

 

 しかし、同時に感覚が鋭くなればなるほどに、アドリーヌの頭にかかっていたもやのようなものが薄れていく感覚も襲っていた。

 それはとても奇妙な体感でもあった。

 よくわからない。

 もしかしたら、ずっとアドリーヌは、なにか得体の知れないものに支配をされていたのだろうか。

 だが、その得体の知れないものの代わりに入れ替わっているのは、じわじわと蝕む股縄の疼きだ。

 アドリーヌの身体は、じっとりと汗ばみ、はあはあと荒い息を吐くようになった。

 

 やがて、やっと扉が開いた。

 誰が入ってきたのかわからないが、きっと天道様だと思う。ゆっくりと近づく気配はひとりだ。

 天道様の思う者がアドリーヌの背中側に立った。

 アドリーヌはほっとして、口を開く。 

 

「て、天道様……。お、お待ちして……」

 

 しかし、風を切る音とともに、いきなり股縄の喰い込むお尻に痺れるような衝撃が走った。

 

「むぐうっ、あがあっ」

 

 多分、鞭打たれのだと思う。

 乗馬鞭のようなものでお尻を一閃されたのだと思った。

 お尻に火が付けられたかと思うような激痛が襲う。

 

「いい音がするな。叩きがいのある尻だ」

 

 天道様の声だ。

 間違いなく天道様だった。

 しかし……。

 

「いぎいいい」

 

 二発目が襲う。

 今度は、前側から腿に衝撃が加わる。

 しかし、目隠しをされているアドリーヌには備えることができない。

 いつ、どこを叩かれるのかがわかるのは、それがアドリーヌを襲ってからでしかないのだ。

 

「次だ──」

 

 今度は後ろから太腿に──。

 

「うぐううう──」

 

 アドリーヌは大きな悲鳴をあげてしまった。

 

「くくく、なぜ叩かれたかわかるか、アドリーヌ?」

 

 たった三発の鞭で脱力したようになってしまったアドリーヌの顎に手が触れて、顔を上にあげさせられた。

 安堵した。

 やっぱり天道様だ。

 

 すると、また唇を重ねられた。

 天道様の舌が大量の唾液とともに、口の中に入ってきた。

 たちまちに身体の芯に噴きあがるような陶酔感に包まれた。

 同時に、頭がすっきりもする。

 やっぱり、天道様との口づけは気持ちいい……。

 それだけしか考えられない。

 

「んあ、んああっ、んんっ」

 

 気がつくと、アドリーヌは夢中になって天道様の舌と唾液をむさぼっていた。

 そして、天道様がアドリーヌから離れる。

 はっとした。

 風を切る音?

 気がつくと、股間を縦に股縄の上から鞭で打ち据えられていた。

 

「ひぎいいいい」

 

 身体を引き裂かれたかのような激痛が襲った。

 アドリーヌは全身を弓なりして突っ張らせ、すぐに脱力した。

 またもや、股間から放尿が迸っていた。

 

「勝手に失禁か──。しかも、質問には答えない。小便は漏らす……。本当に呆れた性奴隷だ」

 

 天道様が失望したような言葉を口にしたのが聞こえた。

 はっとしたが、咄嗟には質問というのが、なんの意味なのかわからなかった。

 しかし、すぐに、どうして叩かれたのかと訊ねられたことを思い出した。

 でも、思い出したところで、答えはわからない。

 叩かれたのは、天道様が戻ってきてすぐのときだ。

 一方で、やっとおしっこがとまる。

 

「は、はい……。あ、あのう……」

 

 なにを答えていいかわからない。

 でも、答えなければならないと思う焦りはある。

 

「また、だんまりか──」

 

 天道様が激怒の声をあげて、鞭が襲った。

 今度は胸だ。

 上半身はまだ服を着ていたが、それでも乳房に加わる痛みは凄まじい。

 

「んぎいいいい」

 

 アドリーヌはまたもや絶叫した。

 

「声を出すな──。性奴隷は悲鳴も自由にはならん──。小便も勝手に出すな──。絶頂も許可なくできない──。なにもかもだ──。それが奴隷になるということだ──」

 

「んぎぐうう」

 

 またもやお尻に鞭──。

 必死に声を耐えようと思ったができなかった。

 アドリーヌは呻き声を発してしまった。

 

「縄を解いてやる──。服を脱げ──。全部だ──」

 

 すると、腕の縄が突然に緩んで解けて、アドリーヌは失禁をした自分のおしっこの中に倒れ込んでしまっていた。

 股間が突然に楽になる。

 股縄がなくなったのだ。

 解かれたのではなく、消滅したのである。

 鞭打たれた身体は痺れているが、とにかく命じられたことをしようと、慌てて服を脱いでいく。

 でも、指に力が入らずに、うまく脱げない。

 ならば、先に目隠しを外そうと思って、手を目隠しに向かわせる。でも、目隠しが皮布である感触はあるものの、結び目のようなものはなく、顔から外すことはできなかった。

 

「脱ぐのは服だ、奴隷──」

 

 乗馬鞭で手を打ち据えられた。

 

「んんっ、は、はいっ」

 

 脱衣を再開する。

 やがて、やっと上半身から衣服を取り去り、二度の放尿でびしょびしょになっている下着を脱ぐことに成功した。

 

「床が汚れている。掃除しろ──」

 

 しゃがんでいる身体に、横から乳房をを鞭打たれた。

 

「ひぎいいっ」

 

 今度も声をあげてしまった。

 さっきは服越しだったが、今度は直接なのだ。

 衝撃は比べものにならなかった。

 

「また、命令に逆らうのか──」

 

 鞭が脚に飛ぶ。

 

「んんんっ」

 

 今度は我慢した。

 とにかく、さっきから叱られてばかりだ。

 命令されたとおりに、床を掃除しようとして、脱いだ服を手探りで集めて、おしっこのあると思う床を拭く。

 

「掃除は舌だ──。奴隷の服は主人のものだ。勝手なことをするな──」

 

 手に天道様の蹴りが飛び、持っていた服がどこかに蹴り飛ばされた。

 

「も、申しわけありません──」

 

 アドリーヌは床に顔をつけて、匂いを頼りに顔を尿のある場所に向かわせた。

 そのアドリーヌの顔をいきなり、踏みつけられる。

 

「んぐうっ」

 

 顔に床が衝突する衝撃でアドリーヌは声をあげてしまった。

 しかも、ぐいぐいと力いっぱいに踏まれている。

 顔がおしっこで汚れる。

 

「アドリーヌ、ところで、さっきの質問の答えはわかったか? なんで、鞭打たれた?」

 

 天道様がアドリーヌの顔を踏みながら言った。

 アドリーヌは床に顔を突っ伏したまま口を開く。

 

「ひゃ、ひゃかりません……」

 

 鼻と唇が床にくっついているのでうまく喋れない。

 とにかく、アドリーヌはわからないということを伝えた。

 すると、やっと天道様が顔から脚をどけた。

 

「そうだ。それが答えだ。わからない──。わからないのに、鞭打たれるんだ。それが性奴隷だ。ところで、正解だが、俺がそうしたいと思ったからだ。それ以外に理由はない──。性奴隷になるなら我慢するしかない。それが奴隷だ──。そうでないなら、奴隷になることをやめるかだ」

 

 アドリーヌは床にうずくまるような格好になっていたが、そのアドリーヌのお尻に天道様の足が触れた。

 次の瞬間、思い切り蹴り転がされた。

 

「ひゃあああ」

 

 床に二回転、三回転する。

 

「その場で正座しろ。両手は背中で水平に組め。奴隷の姿勢“二”だ──」

 

 天道様の声──。

 アドリーヌは慌てて、全裸のまま正座をして、両腕を背中に回す。

 

「さあ、答えろ、アドリーヌ──。本当に、性奴隷なんかになりたいのか──? よく考えろ──。いや、すぐに答えなくてもいい──。だが、俺の性奴隷になったら、こんな扱いが待っていると思え──。俺の気紛れで鞭打たれ、怒鳴られ、悲鳴をあげることも自由にはさせないぞ。小便も、大便も制限する──。死ぬまでだ──」

 

 天道様が怖ろしいような剣幕でアドリーヌに向かって声をあげた。

 まだ目隠しはされたままなので見えないのだが、天道様はアドリーヌが正座をしている前に立ち、アドリーヌを見下ろしているのだと思う。

 もしかしたら、怖ろしいほどの怒りをアドリーヌに向けているのかもしれない。

 

 アドリーヌは、込みあがった悦びに耐えられなくて、くすくすと笑ってしまった。

 

「えっ、なんで笑っている?」

 

 天道様が拍子抜けしたような声を出した。

 

「いえ、どうぞ、鞭打ってください。天道様の気紛れで、理不尽に扱ってください。自由を奪ってください。おしっこや……う、うんちが我慢できるかどうかわかりませんが……頑張ります。どうぞ、死ぬまで性奴隷にしてください。それがわたしたちの望みです」

 

 アドリーヌは心からの気持ちで言った。

 天道様が大きく嘆息するのがわかった。

 

「あのなあ……。いや、わたしたちの望みというが、アドリーヌのほかの令嬢たちは、性奴隷の誓いを保留するか、それとも、断った者もいる。結構、大勢だ。フラントワーズたちの手前言えなかったが、やっぱり、家族のところに戻るそうだ。戻っても、一生暮らしに不自由はしない保証は約束する。アドリーヌも遠慮しなくていい。本心を言っていいんだ」

 

「いいえ、本心です。どうぞ、アドリーヌを犯して性奴隷にしていただきたく思います。それと、一番最初に言われましたが、アドリーヌはとっくの昔に、心だけでなく、身体についても、天道様に犯していただく準備はできております……。お、おまんこはぬれぬれです──」

 

 恥ずかしかったが、ちょっと卑猥な物言いをアドリーヌは口にした。

 奴隷宮のときの勉強会で、そういう単語を口にすることが、天道様を喜ばせると話し合ったことがあったのを思い出したのだ。

 

「ああ……。こんなことをされたのにか? 叩かれたり、蹴られたりして腹がたったろう──。本当にこんな生活をしたいのか?」

 

 天道様が寄ってきた。

 顔に手が触れる。

 一瞬にして、目隠しがなくなった。

 さすがに目がくらむ。

 そして、まぶしさがなくなると、苦笑のような顔を浮かべている天道様の顔が見えた。

 

「それが望みです。どうやら、わたしをお試しになられたのかもしれませんが、わたしは、救世主様やフラントワーズ様の聖典に操られてはおりません。全くの正気です。それと、これもお伝えしたいですが、天道様に叩かれたりしたとき、ぞくぞくしました。興奮しました。わたしは変態なんだと思います」

 

「変態ねえ……。これからも、自分の小便を飲まされたりするかもしれないぞ。実際、そんなプレイも、俺は女たちにさせているしな」

 

 天道様の苦笑が優しげな笑みに変わる。

 

「あ、あれはびっくりしましたが……。でも、いやでは……」

 

「本当か? 嘘をつくなよ」

 

 天道様が眼を細めた。

 アドリーヌは、小さく首を横に振る。

 

「いえ、いやでした。おしっこを飲まされたときには、こんなことできないと思いました。でも、受け入れます。好きになるように頑張ります──。だから、どうか、わたしを犯して、性奴隷にしてください。この通りです」

 

 アドリーヌはその場で全裸土下座をした。



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937 筆頭赤組令嬢の推論

「どうか、わたしを犯して、性奴隷にしてください。この通りです」

 

 目の前のアドリーヌが全裸で土下座をしている。

 一郎は、頭を掻きながら、寝台を椅子代わりにして座り込んだ。

 

 まだ、全員ではないが、令夫人クラスの年齢の女たちを十人ほど、アドリーヌを含めた令嬢クラスの若い女たちの十人ほどに対して、きつい折檻のようなことをして翻意を促してみた。

 淫魔術で心を縛るのは簡単だ。いくらでも心を縛りつけられる。

 だが、無理矢理に押しつけるのは、やはりどうしても躊躇があった。

 だから、ぎりぎりまで説得のすえ、ほんのちょっとでも逡巡を示せば、性奴隷の刻みをやめようと思ったのだ。

 

 そのため、手酷く扱って心変わりをするように仕向けた。

 しかし、結果として、いまのところ、誰ひとりとして心を翻した者は出ていない。アドリーヌだけでなく、まだ処女である令嬢たちについては、特にほかの選択肢があることを強調してみたし、事実は異なるが、多くの性奴隷の辞退者がいることも示唆してみた。

 集団心理はある種の興奮状態であり、操心の効果も生む。だが、得てして、ひとりになる時間があれば冷静さを取り戻せるし、誰か心変わりをしたと伝えれば、それでしがらみの垣根もなくなるものなのだ。

 

 だが、その結果は、目の前のアドリーヌとほぼ同様だ。

 全員がこのまま性奴隷にして欲しいと言ってきた。心変わりの者はまだない。

 しかも、これまでに確認しようとした女たちの全員に口づけをして唾液を注ぎ込んでもみている。

 精液ほどではないが、一郎の唾液にも淫魔術を刻む効果がある。刻んでしまえば、ある程度の身体の操りもできるので、支配を及ぼさないように気をつけながら、スクルドの施した魔道洗脳や言霊による支配を消滅させるように処置した。

 アドリーヌにも二度やったので、そっちの影響はないはずだ。

 しかし、アドリーヌの意思に変化はない。

 冷静な判断ができるはずなのだが……。

 

 まあ、令夫人のクラスについては、一郎に性支配されることで見た目の若返りをしたフラントワーズを目の当たりにしているので、言霊の影響を排除したところで、性支配を望む意思に変化を示す者が少ないのではないかとは予想した。

 そのとおり、全員が性支配を希望した。

 処女組はまだだが、そうではない令夫人たちについては、亜空間術も使って抱き、精を注ぎもしたので、フラントワーズと同じように若返っている。

 令嬢組と見た目の区別がほとんどなくなった者もいて、それを見たほかの女たちまで興奮して、いま大騒ぎの状況だ。

 しかし、そのような見た目の恩恵のない令嬢たちまで、翻意がないというのは意外でもあった。

 

「もしも、自分たちには、もうほかの選択肢がないとか思い込んでいるなら、握った権力の限りを尽くして、アドリーヌの立場を守る。俺の女になる以外の選択もあるぞ。もう少し考えてみたらどうだ?」

 

 一郎は諭すように言った。

 だが、これが最後だ。

 これで、ほんの少しの躊躇も示さなかったら、アドリーヌも性奴隷にする。

 一郎は決めた。

 

「その必要はありません。わたしは天道様の性奴隷になることを望みます」

 

 アドリーヌが床に頭をつけたままはっきりと言った。

 貴族少女らしい綺麗な身体だ。

 奴隷宮で監禁されていたあいだも、鞭打ちもされたが、傷のようなものは、その日のうちに回復もされていたという。

 そのあたりは、リリスと改名させたサキも手酷くはあつかっていない。食事の制限もなく、お互いに身体のケアもし合ったということであり、髪も肌もつやつやしている。

 

「わかった。顔をあげろ」

 

「はい」

 

 アドリーヌが顔をあげる。

 また、アドリーヌは両腕を背中に回して、正座のまま胸を突き出すような恰好になった。さっき、気儘で口にした“奴隷の姿勢のその二”というのをしっかりと覚えているようだ。

 

 改めて、アドリーヌを見る。

 貴族少女らしい美しい身体だと思った。

 乳房も大きくもなく、小さくもなく、形よく丸い。乳首は小さい。そして、勃起している。興奮していると口にしたのも嘘ではないみたいだ。

 まだ、処女……。

 赤組筆頭というが、魔眼でステータスを観察する限り、令嬢たちの中では群を抜いて頭もいいのがわかる。

 地力があるので、一郎の精を受けることで、かなりの能力向上があるとは思う。ちょっと愉しみではある。

 また、いずれにしても、これ以上の躊躇も、試しも、もうアドリーヌには失礼だろう。

 一郎はアドリーヌを性支配する決断をした。

 

 立ちあがる。

 縄を二重にして、背中で重ねられているアドリーヌの両手首に巻きつけていく。そして、縄を前に回して、乳房を絞り出すように上下に縄をかけていく。

 

「んっ」

 

 肌に縄が喰い込む刺激に、アドリーヌが甘い息を吐いた。

 さっきもそうだったが、アドリーヌは緊縛されるのが好きなようだ。最初からそういう素質があったのか、それとも奴隷宮での日々でそうなったのか……。

 

「なにを喋ってもいい。訊ねてもいい。さっきまでの命令は解除だ。そして、アドリーヌを犯す。もう試しもなし。抱いて、精を注ぐ。それにより、アドリーヌは俺の性奴隷になる」

 

 一郎は後手縛りに緊縛したアドリーヌを横抱きにした。

 寝台に運んでいく。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 アドリーヌが感極まった声をあげた。

 目に涙を浮かべている。

 そんなに嬉しいことか?

 一郎は苦笑した。

 アドリーヌを寝台におろす。

 

「腰を落としたまま脚を前に出すんだ」

 

 一郎は新しい縄を収納術で出した。

 

「こ、こうでしょうか」

 

 アドリーヌが前に脚を伸ばす。

 

「そうだな。素敵な恰好で処女を奪ってやろう。俺の趣味だ。諦めろ」

 

 一郎はアドリーヌの右足を曲げさせると、膝の少し上の腿に縄をかけて二巻きした。さらに、その縄尻を後手縛りの右脇に通すと、膝が胸に密着するほどに引き絞ってから縄留めをする。

 さらに、左足も同じようにした。

 いわゆる、“M字縛り”だ。

 この世界には、“M”という文字はないので、「蛙縛り」と一郎は呼んでいる。

 

「あんっ」

 

 そのまま仰向けに倒して、アドリーヌがまだ処女の股間を隠しようもなく露わに晒される格好にしてやる

 覚悟した性奴隷候補とはいえ、さすがに恥ずかしいのだろう。

 アドリーヌが縛られている脚をもがかせるとともに、全身を真っ赤にした。

 それにしても、アドリーヌの股間は、本人の言葉じゃないが、ぬれぬれのびしょびしょだ。

 アドリーヌがこれまでの一連の責めだけで、完全に欲情していることは明らかである。

 

「俺の性奴隷になるにあたって、最初に言っておく。隷属はするが、おそらく、それを使って行動を縛ることはないだろう。俺の気儘には従わなくていいし、嫌がっていい。心は自由だ。もっとも、嫌がっても、こうやって無理矢理に従わせるだろうけどね。自由なのは心だけだ。行動は自由にはならない」

 

 一郎はアドリーヌの開脚している脚のあいだに胡坐をかいて座る。まだ服は着ている。

 相手が服を身に着けているのに、自分については全裸だというのも、女には被虐酔いを与えるものだ。被虐癖の強い女ほどそうなる。

 目の前のアドリーヌの股間からも、こうやって見ていると、どんどんと愛液があふれてきている。

 

「あ、あんまり見ないで……。あっ、いえ、申し訳ありません……」

 

 羞恥に耐えらなくなっているのか、アドリーヌが哀願するような言葉を口にしてから、すぐに謝った。

 一郎は微笑んだ。

 

「性奴隷だから拒否をしてはいけないということはない。さっきも言ったが、いくらでも拒否していい。まあ、その結果、許されるかどうかは別だけどな」

 

 一郎は笑い声をあげた。

 

「は、はい」

 

 真っ赤な顔のアドリーヌが小さく頷く。

 

「ただし、これだけは命令だ。すべてを正直に口にすること。どんなことでも隠すな。わかったな?」

 

「わ、わかりました。なんでも正直に口にします……」

 

「いい子だ。ところで、こんな格好になって恥ずかしいか? それとも、お前たち天道教の教徒はなにをされても満足か?」

 

 一郎はちょっと意地悪を言ってみた。

 アドリーヌは赤い顔のまま小さく首を振る。

 

「は、恥ずかしいです。とても……」

 

 躊躇いのようなものも感じたけど、アドリーヌは一郎の言葉を受けて、正直な心を伝えてきたみたいだ。

 いい傾向だ。

 

「そうだろうな。なにしろ、おまんこどころか、お尻の穴まで丸見えだしな」

 

「ああ、そんなこと言わないください、天道様。恥ずかしくて死んでしまいそうです」

 

 わざと羞恥を誘うような言葉を使ってみると、アドリーヌは完全に狼狽した表情になる。

 一郎は嗜虐心を満足させつつ、アドリーヌを見下ろしながら、ゆっくりと服を脱いでいった。

 やがて、下着一枚になったところで、アドリーヌの秘所を覗き込むような体勢になった。鼻を股間に密着するほどに近づける。

 

「匂うな。二回も小便を漏らした股が臭いぞ」

 

 揶揄いの言葉を口にする。

 アドリーヌがはっとしたように暴れだす。

 

「ああ、許して──。恥ずかしいです。身体を洗わせてください──。お願いです、天道様」

 

 アドリーヌが必死に開脚させられている二肢を閉じ合わせようとする。もちろん、緊縛の縄はそれをアドリーヌに許さない。

 一郎はそれを軽く片手で押える。

 アドリーヌはたったそれだけで、抵抗を封じられてしまう。

 

「必要ない。俺が小便の汚れを洗ってやろう」

 

 一郎は舌をアドリーヌのお尻の穴に当てると、そこから蟻の門渡りを通過して、肉溝からクリトリスにかけて、ゆっくりと舐めあげる。

 まだ性経験のないアドリーヌだが、股間は赤いもやの淫らな弱点でいっぱいだ。

 一郎はその全部を舐めとるように、舌で刺激してやった。

 

「ひああああ──。ああああああ──」

 

 アドリーヌが刃物にでも刺されたかのような嬌声をあげた。そのM字に緊縛された裸身が限界まで反り返る。

 

「大人しくしろ。これが俺の性奴隷になるということだ。それを身体に覚えさせてやろう」

 

 一郎は二度、三度、四度とゆっくりと舌を股間に這わせていく。

 お尻の穴からクリトリスに……。

 そして、クリトリスを舌先でくすぐり、再びお尻の穴に向かって……。

 これを繰り返す。

 

「あああ、あああっ、だ、だめえええ──。て、天道様ああ、だめえええ──」

 

 六往復目くらいのときに、ついにアドリーヌががくがくと身体を痙攣させ始めた。

 快感値も“10”を切り、一気に“0”に近づく。

 絶頂するようだ。

 

「我慢するんだ。それが調教だ。声を出すことは許すが、声を出さないようにするんだ。感じてしまっていいが、できるだけ限界まで気をやるのを我慢しろ」

 

 一郎は唾液と愛液でべとべとになっているアドリーヌの股間から顔をあげて言った。

 がくがくと震えていたアドリーヌの身体が緊張するのがわかった。

 

「あああっ、は、はいいい──。ア、アドリーヌは、が、我慢します──。げ、限界まで、ああああああっ」

 

 アドリーヌがそう叫び、身体を強張らせたのがわかった。

 このまま絶頂させるのもいいし、ぎりぎりでやめて耐えさせるのもいい。どうしようかと思ったが、アドリーヌが声も快感にも抗おうとして、口を引き結んだのを見て、自分で寸止めをさせることにした。

 何度も絶頂を我慢すると、それを破られてついに絶頂したときの快感の度合いが極大になる。

 それに合わせて処女膜を破ってもいいかなと思った。

 アドリーヌの身体もその方が楽だろう。

 

 舌舐めの速度を落とす。

 それでも、少しでも気を緩めれば、たちまちに弾けてしまうような快感のはずだ。それに耐えさせる。

 一郎は舌舐めを続ける。

 

「んんんんっ」

 

 アドリーヌが固く歯を喰いしばっている顔を激しく左右に振っている。

 すでに痙攣が止まらなくなっている。

 快感値は“2”から“1”のところを前後していた。

 これは苦しいだろう。

 強制的に寸止めにして、絶頂できなくすることもできるが、いまは、自分自身で寸止めをさせている。

 思ったよりも耐えているので、一郎もちょっと感心してきた。

 舌責めを続ける。

 

「て、天道様ああ──。も、もう、だめええ──。もうだめですうう。許可を──。絶頂をお許しくださいいい──。て、天道様ああ──」

 

 やがて、アドリーヌが顔をのけぞらして叫んだ。

 一郎は笑いながら顔をあげた。

 

「天道様か……。まあ、そう呼ぶことは許したから咎めはしないけど。俺はお前たちの思う神様じゃない。わかっているか? こうやって、女を責めていたぶるのが大好きな好色者だ」

 

 一郎は自虐的に笑った。

 そして、再び舌責めの態勢に戻るために、顔をアドリーヌの股間に伏せる。

 舌を動かす。

 

「は、はいっ。て、天道様は、ほ、本当は天道様じゃなくて……。あああっ──。も、もっとすごいもの……。た、多分──」

 

 アドリーヌが逆上したように叫ぶ。

 いまや、アドリーヌの秘裂から垂れ流れている蜜の量はすごいものだ。

 一郎が赤いもやを舌で舐め続けているので、ぷしゅっぷしゅっと小さく噴き出るようにもなってきている。

 

「多分、なんだ?」

 

 アドリーヌがなにを叫んでいるのかわからない。

 まあ、本人もわかってないだろう。

 ずっと続いている寸止め状態で完全に追い詰められているに違いない。

 訊ね返したのは、ほんの気まぐれだ。

 

「た、多分、天道様は、で、伝承の、い、淫魔師様──。淫魔師様に違いないと思います──。ひいいいいいっ」

 

 アドリーヌが叫んだ。

 一郎は仰天した。



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938 筆頭赤組令嬢の悶絶

「て、天道様は、で、伝承の、い、淫魔師様──。淫魔師様に違いないと思います──」

 

 アドリーヌが嬌声の合間の中で叫んだ。

 一郎は驚いて、愛撫の舌をやめた。

 すでに、アドリーヌは荒い息をしていて、全身は絶頂寸前の震えと脂汗にまみれている。

 だが、一郎はそれよりも、一郎のことを淫魔師だと口にしたアドリーヌに驚いていた。

 いまでも、一郎が淫魔師だと教えている女は少ないし、女側からそれを見抜いたのは、おそらく、ルルドの女精のほかは、ユイナのみだったと思う。

 ふたりとも、鑑定術のような能力を持っていたが、アドリーヌは違う。

 一郎が魔眼で読むステータスにそれが映らない。

 だがら、驚いてしまった。

 

「ほう、どうして、そう思うんだ?」

 

 一郎は濡れそぼつアドリーヌの女陰に一本の指を挿入する。

 もちろん、膣を傷つけないようにゆっくりとだ。特にアドリーヌにとっては生まれて初めて、ここになにかを挿入するはずだ。痛みなど感じることのないように慎重に押し進めた。

 

「ひゃんっ」

 

 アドリーヌがびくんと緊縛された身体を跳ねさせる。

 快感の場所は、膣穴の浅いところにもいくらでもある。一郎はそこを重点的に指の腹で揉み擦ってやったのだ。

 

「いやああっ、あああ……」

 

 アドリーヌが顔をのけぞらせて啼き声をあげる。

 もう十分に快感を溜めているようだ。指を挿入しても大きな抵抗はない。それどころか、たっぷりの蜜のぬめりとともに、膣肉が指に絡みついてくる。

 

「ほら、質問に答えないか。性奴隷になるんじゃないのか。ちゃんと質問には正直に答えないと、精を与えないぞ」

 

 だが、一郎はわざとアドリーヌが言葉に応じようとしたところを狙って、指を回すように動かしてやった。

 快感の場所を刺激しながらだ。

 だから、なかなか答えられない。

 一郎はわざとアドリーヌを翻弄させる。

 

「ひゃああっ、て、天道様が、ああっ、おっしゃったから……。あああっ……」

 

 やがて、やっと快感と快感の隙間を見つけて、指で膣をまさぐられる快感に声を震わせながらアドリーヌが応じる。

 処女でこれだけ快感を膣で感じることができれば、一郎の性奴隷としての淫らさは十分だろう。

 一郎の淫魔術というのもあるが、これもまた、奴隷宮で身体の淫らさを増幅するように、ひたすらに励んだ成果だとは思う。

 まだ、令嬢組で精を放とうと思うのはアドリーヌが最初であり、ほかの令嬢たちもまだ前戯程度のことしかしていない。だが、そういえば、どの令嬢もかかなり敏感な身体をしていた。

 しかし、簡単には絶頂はさせない。

 指をアドリーヌの股間に埋めたまま、指の動きをとめる。

 

「俺がなにか言ったか?」

 

「はあ、はあ、はあ……。せ、精を与えて……支配すると……」

 

 すると、懸命に息を整えながら、アドリーヌがそう言った。

 一郎はちょっとびっくりした。

 たったそれだけでと、不思議に思ったのだ。なにしろ、淫魔師などという存在は、この世界でも伝承上のことであり、現実に存在するとは考えられていないらしい。

 たとえ、一郎がそう口にしたところで、淫魔師だと思うわけがないと考えたのだ。

 そもそも、精を注いで、身体を支配するなど、性行為のときに男が口にする粋がりの言葉のようなものだ。

 真に受けて、一郎を淫魔師だと断定するか?

 

「それだけで、そう思ったのか?」

 

 一郎は訊ねた。

 そして、淫魔師というのは伝承の存在であるとともに、心を支配されるということにより、忌み嫌われる存在でもあると耳にしている。だから、一郎は不用意にそれを口にしないことにしている。

 アドリーヌは気にしている気配はないが……。

 とりあえず、詳しく喋らせようと思って、愛撫を中断する。

 もっとも、まだ指を挿入したままではあるが……。

 

「い、いえ、ク、クグルス様も、はっきりとはおっしゃりませんでしたが、そんなことを……。それに、魔妖精を眷属にできるのは、淫魔師様だけなので……」

 

 クグルスか……。

 そういえば、一度、引き合わせたのだった。

 だが、それはともかく、魔妖精を眷属にできることが淫魔師の特性とは知らなかった。

 

「そうなのか?」

 

「は、はい……。一説によれば、クロノス様にも、魔妖精の女王を眷属にしていたという伝承もあって……」

 

「ええ?」

 

 一郎は思わず声をあげてしまった。

 これまでにこの世界で得た知識では、魔妖精というのは、忌み嫌われる存在だ。それがクロノス神の眷属だったなどというのは初めて聞く話だ。

 

「そんなのは初めて耳にするが?」

 

 一郎は言った。

 

「わ、わたしの卒業研究は……クロノス伝承で……。北方に伝わるクロノス伝承の中にそういうのがあるのです……」

 

「卒業研究って?」

 

「マイムの貴族用のレガシー学園です……」

 

「ああ、君はあそこの卒業生か」

 

 副王都と呼ばれるマイムの城郭外の郊外に、貴族専用の教育施設があるのは知っている。全寮制の学校で、義務教育ではなく、貴族の中でも希望する家の子弟が通う学校だそうだ。

 家柄もそうだが、かなり優秀でなければ、入学も卒業もできないらしい。

 アドリーヌはそこの卒業生なのかと思った。

 

「は、はい……」

 

 アドリーヌが頷いた。

 かなり息も整ってきた感じである。

 

「あ、あのう……。指を……」

 

 さすがに気になるのか、アドリーヌがM字緊縛の身体をもじもじとさせる。

 一郎は返事の代わりに、内裂の中の小さなしこり、いわゆる“Gスポット”を柔らかく擦りあげてやる。

 

「あひいっ、あああ──」

 

 アドリーヌがびくんと腰を震わせて、声をあげる。

 

「我慢だぞ。勝手にいくな──」

 

 Gスポットを刺激しつつ、さらに親指でクリトリスを軽く刺激する。

 

「ひいいいいっ」

 

 アドリーヌの身体が弓なりになった。

 だが、まだいかせない。

 ぎりぎりのところで、またもや刺激を中断する。

 

「ああ……」

 

 アドリーヌの裸身が脱力する。

 

「だが、さっきの話だが、クロノス神の眷属が魔妖精というのは一般的なことなのか? 俺は初めて耳にする話だが」

 

 もしもそうなら、スクルドやベルズあたりが、なにか言及してよさそうな感じだが。ガドニエルだって、そんなことは口にしなかった。

 それが一般的であれば、魔妖精が忌み嫌われる存在のはずがない。

 

「い、いえ……。も、もちろん……い、異説で……。で、でも、クロノス信仰は……種族によって異なっていて……。北方の諸種族にもたくさんの異説が……」

 

 アドリーヌが説明をする。

 それによれば、そもそもクロノス伝承というのは、種族や土地によって異なり、たくさんのクロノス像というのが実は存在するそうだ。

 アドリーヌが口にしたのは、北方の諸種族のほんの一部の伝承の話らしい。

 そういえば、人間族の国に拡がる教会のクロノス神話と、ガドニエルの支配するナタル森林の伝承の中のクロノス神話、さらに、魔族の中でのクロノス像は全部異なっていた気がする。

 獣人族は、そもそも、クロノス信仰などないと教えてもらった気もするし……。

 とにかく、アドリーヌは、驚いたことに、そのいくつかある伝承のかなりに精通しているようだ。かなり勉強家なのだろう。

 そういえば、彼女は、イザベラが開いていた政経勉強会の出席者のひとりでもある。

 勉強家で真面目な令嬢のようだ。

 

「興味深いな」

 

 一郎は正直に言った。

 だが、閨の最中に聞く話ではなかったかもしれない。

 

「は、はい。それがわたしの研究テーマで……。クロノス神は、淫魔師であったという伝承もあるのです。だから、天道様は天道様なのです──」

 

 アドリーヌが嬉しそうに語る。

 どうやら、アドリーヌは自分が研究したことがあるクロノス信仰の話をするのが愉しいようだ。

 本当にいきいきしている。

 まあ、女性器どころか尻の穴まで露出させながらする話ではないかもしれないが……。

 一郎はほくそ笑んだ。

 だが、クロノス神が淫魔師?

 そんな伝承が存在するのか?

 まあ、いいけど……。

 

「まあいい。そのうち、詳しく教えてくれ」

 

 一郎はアドリーヌへの責めを再開する。

 だが、責めの場所は変えた。

 指を抜いて、無防備なクリトリスに触れる。

 ゆっくりと、そして、だんだん刺激を強くしていく。

 

「ひっ、ああっ、ああっ、あっ、あああっ」

 

 アドリーヌの反応はあっという間に激しくなる。

 しっかりと緊縛されているのだ。

 アドリーヌは身体を動かして、淫らな刺激から矛先をわずかに変えることもできない。

 しかも、一郎の愛撫だ。

 快感の場所は赤いもやで見えていて、外すこともない。

 そんな一郎の責めを受ければ、その結果は明らかだ、

 

「だ、だめええ──。い、いきます──。許可を──。許可を──。い、いかせてくださいいい──。あああっ」

 

 アドリーヌが必死に叫ぶ。

 限界まで耐えろと命令しているので、唯一自由になる首を横に振って、アドリーヌは我慢している。

 だが、限界だろう。

 一郎は、垂れ流れる愛液でべとべとになっているアナルにも指の刺激を足した。

 

「んぐうううう──。だめええ──」

 

 アドリーヌは白い喉を晒して、絶頂を告げる悲鳴を噴きこぼす。

 そして、自由を奪われている身体を激しく揺すりたてて絶頂を極めた。

 我慢はしようとした気配はあるが、さすがに一郎がちょっと本気になれば、あっという間だった。

 だが、愉しいのはこれからだろう。

 

「勝手に達したな。やり直しだ。我慢できるまで繰り返すぞ。必死に耐えろ」

 

 一郎はにやりと微笑むと、まだ絶頂の余韻にも入っていないアドリーヌに、刺激を再開した。

 再び、クリトリスを柔らかく擦ってやる。

 

「ああっ、お、お待ちください──。そ、そんな──。あああ」

 

 アドリーヌが狼狽の声をあげる。

 だが、膨れあがっているクリトリスを擦り始めると、自らの哀訴の言葉を遮って、淫らな声が迸った。

 

「駄目だ──。これは勝手に達した罰でもある。十分に我慢できるようになるまで繰り返すぞ。解放して欲しければ耐えてみせろ」

 

 一郎は指の愛撫をしながら言った。

 だが、一度達して敏感になっている身体が二度目の絶頂を我慢できるわけがない。

 今度は、あっという間に、次の絶頂に追い立てられていく。

 

「ああ、またいぎまずうう──。も、もうしわけ、ありまぜんんん」

 

 二度目は呆気なくだ。

 アドリーヌは断末魔のような悲鳴を迸らせた。

 

「全然駄目だな。次は耐えろ」

 

 一郎は愛撫を中断せずに刺激を継続させながら言った。

 

「ひいいっ、いやああ──」

 

 アドリーヌが必死の声を出し始めた。



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939【閑話】ある令嬢たちの話

 ちょっとリハビリを兼ねて別視点の閑話を投稿します。投降間隔が開いたことについては申しわけありません。

 *




 いまでもはっきりと覚えておる。

 あの時の日付も、場所も、もちろんその相手も、さらに外の天気だって……。

 わたしが初めて性の興奮を感じたのは、九歳のときだった。

 

 伯爵家の令嬢にしては、わたしは随分と貴族らしくない子供時代を過ごしていたと思う。

 貴族が貴族らしく生きられる時代はまもなく終わり、身分に関係なく力のある者たちが国を動かすようになる時代が訪れるというのが、伯爵である父の持論だった。

 そんな変わり者の父は、令嬢であるわたしたちが階級主義にならないようにという思惑により、わたしたち姉妹を平民である家人たちの子供たちの輪の中で育つようにした。

 だから、わたしは平民である家人の子供たちと、毎日のように遊びまわるという幼少期を送っていた。

 

 木登り、追いかけっこ、土遊び、魚釣り、とにかく、男の子も女の子も関係なく、どろどろになるまで遊びまわった。

 まだ、大人に成長する前の分別のない時期だ。

 領主の娘であるとか、家人の子であるとか関係ない。わたしたちのリーダーは、ふたつ年上だった護衛長の長男であり、サブリーダーは庭師の三男だ。わたしとひとつ下の妹は、ほかの子供たちと同じで一羽ひとからげの家来であり、リーダーとサブリーダーの思い付きで、その日の遊びをするのだ。

 十一歳になって、マイムの貴族学校に入学して、貴族令嬢としての完璧な擬態を修得するまでは、わたしはそういう時代をすごしていた。

 輝けるわたしの第一期黄金時代がそこにある。

 

 あれは、長く雨の続いた日のことだった思う。

 その頃の流行遊びは、“ごっこ遊び”だった。

 つまりは、即興の演劇のようなものなのだが、それぞれに役が与えられて、それに扮して芝居のようなものをするというものある。

 ただ、台本のようなものはない。

 役に扮しているという以外は、好きなように喋り、好きなように行動する。それに対して、周りの者も、役に応じて演技を重ねるというものだ。

 まあ、ままごとの拡大版のようなものだが、いつも、最後は男の子たち同士の棒と棒の戦いになるというのが定番だった。

 

 そのときにやったのは、“魔王ごっこ”というものだった。

 悪役の魔王がいて、お姫様をさらって無理矢理に結婚しようとするのを、勇者たちが集まって魔王を退治し、お姫様を助けるというものだ。

 なんで、そんな話になったとかというと、その日にはわたしたちの中に、“本物”のお嬢様が加わることになったからだ。

 もちろん、その“本物”のお嬢様というのがわたしであるはずもない。

 実は、隣接する領地の令嬢様が遊びにくることになり、あろうことか、例によって、伯爵である父は、その令嬢様をわたしたちの遊び仲間内の中に放り込んだのである。

 正真正銘の貴族お嬢様を目の当たりにした男の子たちは、たちまちのうちに、この日のごっこ遊びのお姫様役を令嬢様にしたのである。

 まあ、わたしだって、実は本物の令嬢なのだが、男の子たちにはそんな概念などなく、わたしに与えられた役は、「魔王の家来その三」くらいだったように記憶している。

 

 そして、あのときの“ごっこ遊び”のことだ。

 なんだかんだで、令嬢様は平民との遊びも、ごっこ遊びも新鮮だったらしく、実にのりのりだった。

 心の底から愉しそうに、さらわれたお姫様役をやっていた。

 ちっとも気取らなくて、それでいて、貴族令嬢らしい気品さと、幼いながらも可憐さを醸し出している令嬢様に、男たちもあっという間に虜になった。

 また、令嬢様は気さくだった。

 さらわれのお姫様役として、両手を縛られるときも、さるぐつわを口にされるときも、にこにこと愉快がっていたし、抵抗する場面では、ちゃんと魔王たちに向かって、怖がったり、怒ったりする演技もしてくれた。

 本当に優しい令嬢様だった。

 

 そんなときに「事件」は起こった。

 両手を縛られたお姫様役の令嬢様が男たちに担がれて、牢代わりの物置に横たえられたとき、令嬢様のはいていたスカートがまくれ上がって、令嬢様の白い下着が露出してしまったのである。

 まだ、恥ずかしがるほどの年齢でもなかった令嬢様は、それについて気にも留めてなかったみたいだ。

 別にスカートを戻そうという素振りもなかったし、暴れる演技で脚をばたばたさせて、余計にスカートがまくれたりしたくらいだ。

 

 だが、男の子たちには、なんでもないことではなかったみたいだ。

 いまにして思えば、護衛長の長男は、年齢のわりには好色なませガキだったし、そもそもわたしたちよりも年齢も上だ。そろそろ、性の違いに興味を抱く時期だったし、考えてみれば、男の子たちはなにかにつれ、わたしたち女の子の身体に触ったりしていたような気がする。わたしが気にしてなかっただけだが……。

 だから、そいつにしてみれば、ちょっとしたいつもの悪戯程度のつもりだったのかもしれない。

 

 とにかく、魔王役のリーダーがなにを思ったのか、まくれたスカートから剥き出しになった令嬢様の下着に指を伸ばして、ぎゅっと股のところを指で押したのである。

 令嬢様は、びっくりした感じで、さるぐつわの下から呻き声を出した。

 家来役のわたしも、仰天してしまった。

 一緒に遊んでいるとはいえ、立派な伯爵令嬢なのだ。いや、わたしもそうなのだが、平民だか貴族令嬢なのかわからないようなわたしではなく、ちゃんとした伯爵家で貴族教育を受けているお貴族様なのだ。

 もしかしたら、これは大問題になる──。

 わたしにも、それは十分に予測できた。

 

 でも、魔王役の男の子は、なんでもなかったかのように、すぐに物置から出ていき、魔王の演技に戻った。

 すると、家来その一役の男の子も、同じように令嬢様の下着の上から股間を指で押して出ていった。

 家来その二の男の子も……。

 いずれにしても、その三で見張り役だったわたしは、目を丸くしていた。

 さすがに、やってはいけないことを男の子たちがしたということには気がついていた。

 我が家の方針など関係ない。

 平民である家人の子が、あろうことか、ちゃんとした貴族令嬢の股間に触れるという破廉恥なことをしたのだ。

 これはとんでもないことになったと愕然となってしまった。

 

 だが、同時にわたしは興奮もしていた。

 目の前には、なにも抵抗できずに股間を触られて、横たわっている可愛らしい女の子……。

 怒っているという感じではなかった。

 彼女もまた、自分にされたことに仰天しているようであり、そして、当惑している様子だった。

 

 このときのわたしは、どうしてあんなことをしたのか、いまだに、自分の気持ちを説明することができない。

 男たちは逃げるように物置からいなくなり、そこにいたのは、縛られているお姫様役の令嬢様と、見張りの家来役のわたしのふたりだけだった。

 わたしは、ごくりと自分の口の中にたまった唾を呑み込むと、さっきの男の子たちと同じように、令嬢様の下着をぎゅっと押した。

 男の子たちとの違いは、令嬢様が身体をびくりとさせて身体を捩じっても、彼女の身体を手で押さえつつ、下着を押している指を離さなかったことだ。

 令嬢様は、ちょっと必死に我慢しているような声を発し続けたと思う。

 やがて、令嬢様が急にぶるぶると激しく震え出した。

 わたしは、驚いて手を離し、慌てて物置から飛び出した。

 物置の外では、すでに魔王役と子たちと、勇者役たちの子の「戦い」が始まっていて、令嬢様のお股に手を触れた男の子たちも、何事もなかったかのように、それに加わっていた。

 わたしもまた、何事もなかったかのように、戦いに加わった。

 

 そんな思い出だ。

 

 令嬢様の優しいところは、そんなことがあったことなどなかったかのように、そのままごっこ遊びを続けたことだ。

 ごっこ遊びが終わってからも、令嬢様は気にしている様子もなく、本当に楽しかったといつまでも話していた。

 わたしも、あの物置の出来事を話題に持ち出すこともなく、夕食からは普通の伯爵令嬢としてのふれ合いに戻った。

 どっちから口に出すこともなく、それはわたしたちの秘密になった。

 

 そして、それからも、その令嬢様とのおつき合いは続き、いまでも無二の親友同士である。

 

 

 *

 

 

 わたしには、どうしても忘れることができない記憶がある。

 かなり長いあいだ、誰にも言えない思い出だ。

 

 とにかく、幼少時代のわたしは、貴族令嬢らしく窮屈で自由のない人生を送っていたと思う。

 わたしの父は、昔気質の貴族であり、娘であるわたしには、伯爵家繁栄のための道具としての立場しか求められていなかった。

 つまりは、家の繁栄にためになるための政略結婚だ。

 

 もっとも、それは最初からそうだったわけではない。

 伯爵家の長女として生まれたわたしだが、父と母のあいだには、女児であるわたししか跡継ぎがなく、十一歳になるまでは、わたしは跡継ぎの女伯爵になることを前提に教育を受けていたのである。

 ただ、かなりの詰め込みだったが、知らないことを覚える勉強は純粋に面白く、わたしにとっては充実した日々だった。

 将来の女伯爵として適する婚約者も準備され、頻度は少ないものの、その婚約者の男の子との関係も少しずつ深めていった。

 隣接領主との親交も大切だということで、九歳のときくらいから、父の主導のもと隣接伯爵領との定期的な交流も始めた。まあ、そうはいっても、まだ幼少といえる年齢のことであり、ただその家の子供と定期的に遊ぶというだけのものであるに過ぎないではいた。

 

 そして、忘れられない記憶というのは、いまでは親友という間柄である隣接伯爵の領地に遊びにいったときのことなのだ。

 交流のための訪問ということで訪れた隣接伯爵家には、わたしと同じ年齢の令嬢がいるということであり、わたしは愉しみにしている反面、緊張もしていた。

 そして、その伯爵家に、同行の母とともに到着したのだが、大人は大人同士、子供は子供同士で親愛を深めようということで、わたしはその令嬢に連れられて子供だけで遊ぶことになった。

 しかし、その遊びの場に到着して、わたしはびっくりしてしまった。

 

 およそ、貴族令嬢がする遊びとはまったく違う。

 集まっていたのは、家人の中でも平民の子供たちであり、もしかしたら近所の子供などもいたのかもしれない。

 やっていたのは、“ごっこ遊び”というものであり、お芝居のように役を与えられて即興でやりとりをするというもので、これがまたすっごく面白かった。

 なによりも、貴族令嬢扱いされずに、わたしに対等に接してくれるというのが新鮮だった。

 あっという間にその場の雰囲気が気に入ったわたしは、囚われのお姫様役をするということになり、のりのりでそれをやった。

 

 だが、“事件”は、そのときに起きた。

 

 そのごっこ遊びというのは、当時の彼らの流行であり、とにかく、本格的だった。

 囚われのお姫様ということで、本物の縄が準備されていたし、布でさるぐつわまで装着された。

 魔王役の男の子は、それらしい角の飾りをしたりして、また、勇者の持つ聖剣とかいうものも、色を塗ってそれらしく作ってあった。ほかのものもそうである。

 まあ、それはともかく、あの不思議な雰囲気の中で、わたしはすっかりと囚われのお姫様気分になり、やったこともないくらいに手足をじたばたと動かして、暴れ回ったりしてみせた.

 だが、そのときに、気がつかないうちにわたしは、スカートを暴れめくって、下着まで出してしまったのだ。

 普段の貴族令嬢としての服装ならそんなこともなかったかもしれないが、そのときには、汚れてもいいように、平民の子供が身につけるような短いスカートをはいていた。しかし、加減のわからないわたしは、脚を激しく動かし過ぎて、下着まで露出してしまったのだ。

 

 すると、突然に魔王役の男の子がわたしの下着でお股のところをぎゅっと押してきたのだ。

 なにをされたのかわからなかった。

 とにかく、びっくりして、わたしはそれを払い避けようとしたが、手首は背中で縛られているし、さるぐつわのために悲鳴をもあげられない。

 なによりも、気が動転してしまって、わたしは完全に身体を硬直させてしまった。

 男の子はすぐに立ち去ったが、家来役の男の子も同じようにわたしの下着を押し、また、次の男の子も同じことをした。

 わたしは、頭が真っ白になって、身体を硬直させるだけだった。

 なによりも、自分に襲った感覚がなんであるかわからなくて、どうしていいのか考えることができなかったのだ。

 

 いまにしてみればわかる。

 わたしは、縛られて下着の上から股間を押されて、ちょっと欲情してしまったのだ。

 でも、まだ九歳でしかないわたしには、理解できない感情と感覚でしかなく、それがわたしの頭を真っ白にしたのだと思う。

 

 そして、さらに、ひとりだけその場に残ったその家の令嬢が、わたしの身体の前に屈み込み、男の子と同様に下着をぎゅっと強く押してきた。

 びくりとしたが、その女の子は男の子と違って、指をなかなか離してくれない。

 暴れようとしても、簡単に押さえられてしまい、どうしても指をどけられない。

 やがて、得体の知れない感覚が襲いかかってきた。

 なにかが股間から込みあがり、さらに頭が白くなっていくような……。

 気がつくと、身体が震え、さるぐつわの下から出したこともないような変な声を出してしまっていた。

 すると、その令嬢も驚いた感じで逃げるように離れた。

 わたしの下着は、まるでお漏らしをしたように濡れてしまっていた。

 

 わたしは、おしっこを漏らしたことが、とにかく恥ずかしくて恥ずかしくて、誰にも気がつかれないように、そのことを隠しながら、ごっこ遊びを続けた。

 だから、男の子も、その令嬢も、わたしの粗相をまったく問い詰めなかったことにはほっとした。

 いまにして思うと、あれは、おしっこではなかったのは明白だが、九歳のわたしには性的興奮などという感覚は、完全に理解の外だったのである。

 

 とにかく、あれには、度肝を抜かれるほどに驚いたものの、総じていえば楽しい体験だった。

 その家の令嬢との付き合いは、それからも続き、わたしたちはいまでも無二の親友である。

 

 それから色々あった。

 わたしたちの人生は、とてもではないが平凡とは表現できない波瀾万丈だった。

 まあ、そんな混沌の時代であったというのもあるのだろう。

 

 弟が生まれたことで、わたしが後継ぎではなくなり、それまでの婚約者が家の都合で解消されるということがあったり……。

 

 その次の婚約者もキシダイン事件という出来事のあおりで、相手方が没落することにより破談になるということもあったり……。

 

 そして、親友となっていたあのときの令嬢とともに、園遊会事件に巻き込まれてたくさんの令嬢たちとともに監禁されたり……。

 

 天道様にお仕えするために性奴隷の修行を受けたり……。

 

 イザベラ様……次いで、ロウ陛下の御代を支える女官になって……。

 

 そして……。

 

 

 *

 

 

「よろしいでしょうか、主席政務官様?」

 

 エミールが書類を抱えてアドリーヌの執務室に入ってきた。若い男の文官をふたり連れている。

 アドリーヌは、書類から眼を離して彼らに視線を向けた。

 

「どうしましたか、エミール殿」

 

 “殿”などと継承をつけるのは、わざわざ“主席政務官”などと呼び掛けたエミールへのせめてもの当てつけだ。

 アドリーヌとエミールは無二の親友であり、九歳からの付き合いで、もう四十年にはなる。そんな堅苦しい言葉使いをする間柄ではない。

 

「ウラノス陛下からあった例の案件についてです。とりあえず、大綱計画について相談を……」

 

 執務室の中にある小テーブルに、エミールが連れてきた文官が書類を拡げだす。

 アドリーヌは、席をそちらに移動して、エミールたちから説明を受ける態勢になった。

 しばらくのあいだ、質問を挟みつつ説明を受けた。

 案件については問題はないようだった。

 疑問点の幾つかを確認し、小修正を加えて、ラン宰相に上申するように指示をする。

 エミールに同行してきた文官たちがほっとした表情になったのがわかった。

 

「じゃあ、修正をお願いするわ。わたしは、もう少し政務官殿と話があるから」

 

 エミールが部下を退出させる。

 扉が閉まると、エミールがにんまりと微笑み、アドリーヌに立つように言った。

 アドリーヌは大人しくその場に立ちあがる。

 

「ふふふ、さあ、あの連中が書類を修正するのに、一ノスくらいはかかると思うわ。それまで、夕べ装着してあげた特製の下着のはき心地を確認しようかしら。スカートをめくりなさい」

 

 さっきの真面目な女官としての態度は一変して、アドリーヌに対する「女主人」の口調になる。

 女官でもあるが、天道教教徒でもあるアドリーヌたちは、政務においてはアドリーヌが上官の立場だが、それ以外ではまったくの対等だ。しかし、性愛の関係についてだけは、アドリーヌが責められる側であり、エミールが責め側だった。

 アドリーヌは、天道教の施設でエミールやその妹のカミールと同居していているのだが、いつの間にか、そういうことになった。

 天道様に仕えるときには、揃って天道様に調教される性奴隷であるものの、天道様のいない状況では、アドリーヌがふたりの性奴隷なのだ。

 それは、もう六十歳に近い年齢になったいまでも変わらない。

 

 そして、夕べは、エミール姉妹に百合責めを受けた後で、二本のディルドのついた「貞操帯」を装着されていたのである。

 つまりは、夕べは気絶するまでふたり掛かりで責められ、朝起きたら、これが装着されていたというわけだ。

 朝になって。仰天して抗議したが、ふたりとも鍵を隠して外してくれない。

 仕方なく、そのままだ。

 それは業務のあいだ、ずっとアドリーヌの股間を苛んでいて、朝から性の疼きにずっと苦しめられていた。

 

「ああ、もう許してよ。そろそろ外してよ。朝からおしっこもさせてもらってないのよ。苦しいわ」

 

 アドリーヌはスカートを腰の上までめくりあげて嘆息した。

 エミール姉妹がアドリーヌに装着した貞操帯は、尿道口まで小さな突起で封印するものであり、朝から放尿をさせてもらえないアドリーヌは、なによりもそれで苦しんでいた。

 せめて、それだけでも解放して欲しい。

 

「なに言っているのよ。天道様には、みんなで三日もおしっこを禁止される調教を受けたこともあったじゃないのよ。それに比べれば、一日くらいなによ。それよりも、濡れ濡れじゃない。苛められることが大好きな政務官様には、もってこいの下着だったわね」

 

 エミールがアドリーヌがめくったスカートの下の「下着」の状態を確認して、くすくすと笑う。

 

「そ、そんなこと……。はうっ」

 

 抗議をしようとして、アドリーヌは思わず、その場にしゃがみ込みそうになった。

 挿入されているディルドが突然に動き始めたのだ。

 エミールがにやにやしながら、手の中でなにかを動かしている。

 この貞操帯に仕掛けている魔道具による悪戯だ。

 アドリーヌは、必死に脚に力を入れて、蹲りそうになるのを耐えた。

 

「やっぱり、アドリーヌはマゾのお姫様ね。苛められている顔は素敵……。可愛い表情になったわ。六十歳なんて信じられない……。ほら、真っ直ぐに立つのよ。座ったりしたら、今度は部下のいるときに、ディルドを振動させるからね」

 

「ひゃあああ」

 

 すると、さらに後ろのディルドも振動を開始した。

 さすがに、アドリーヌはその場にしゃがみ込んでしまった。

 

「はははは、じゃあ、罰よ。夜に天道教の寮に戻るまでそのままでいなさい」

 

 エミールが振動をとめないままアドリーヌの腕を掴んでその場で立たせる。

 アドリーヌは、エミールを恨めしく睨んだ。

 

「ああ、ひ、酷いわ。わたしがお尻が弱いことを知っているのに……。と、とにかく、と、とめて……」

 

「さあ、どうしようかなあ……。だって、本当にとめて欲しい感じじゃないんだもの。マゾのお姫様のアドリーヌ様だし」

 

「わ、わたしは、マゾなんかじゃ……」

 

「うそうそ、あなたは、ずっわたしにとマゾのお姫様よ。ずっと昔に、わたしの屋敷で囚われのお姫様役としたときに、お股を押されて興奮してしまったときからね……。とにかく、責任をとってもらわないと。わたしは、あなたのあの痴態に接して、百合を覚醒させたんだからね」

 

「百合を覚醒って……」

 

「いいから……。じゃあ、次はおしっこを我慢している尿道口を振動させてあげるわね」

 

 エミールが手の中の操作具を見せて、ひらひらとアドリーヌの顔の前で振ってみせる。

 

「やめてったら──」

 

 アドリーヌは声をあげた。それでも、スカートをめくっている自分の手はそのままだ。

 そのときだった。

 ちりんちろんと鈴の音が鳴り、目の前の宙が歪んだ。

 移動術だ──。

 ディルドの振動がとまった。アドリーヌも慌てて、スカートを戻して姿勢を元に戻す。

 目の前に、シャングリア様が出現した。

 

「国母様──」

 

「国母様、ご機嫌麗しゅうございます」

 

 エミールとともに、カーテシーをする。

 腰を曲げたところで、今度はクリトリスに当たっていた突起が振動を開始した。

 

「ひっ」

 

 アドリーヌはがくんと身体を突っ張らせて膝を崩した。

 

「エ、エミール──」

 

 すぐに振動はとまったものの、アドリーヌはエミールを睨んで怒鳴った。

 

「相変わらずだな、お前ら」

 

 いつもは別宮にいて、あまり正殿には顔を出さないシャングリアだが、やってくるのはいつも突然で、しかも、前触れもなければ、護衛もつけない。

 まあ、シャングリア自身がとんでもない女戦士なので、護衛など無意味というのはわかるが……。

 とにかく、シャングリア様も、エミールとアドリーヌのことはよくわかっている。

 呆れたように苦笑している。

 

「ええ、相変わらずでございます。国母様も相変わらず、お若くてお美しいですわ」

 

 エミールがお道化たように挨拶をする。

 

「お前たちもな。わたしたち、皇帝宮の第一世代は美魔女軍団だそうだぞ。まるで年をとらない魔女ということらしいぞ」

 

 シャングリア様が笑った。

 前皇帝のロウ陛下の性を刻んでもらっているアドリーヌたちは見た目の老いが身体に出ることはない。

 ロウ陛下がルルド宮に隠棲して、第二帝のウラノス陛下の御代になると、もう、天道様に精を刻まれた女もかなり少なくはなったが、ロウ陛下の時代からずっと女官をしているアドリーヌたちが、ずっと若いままの見た目を保っている。

 エルフ族でもない、人間族の女がここまで歳をとらないというのはあり得ない。

 確かに不思議なことなのだろう。

 アドリーヌも、もう何千回、若さの秘訣を質問されたかわからない。

 

「魔女ではありませんわ。天道様の性奴隷ですし」

 

 エミールが笑った。

 すると、シャングリア様が懐から二枚の封筒を取り出した。

 

「そのロウからの連絡だ。ロウというよりは、正妻のエリカだがな。ルルド宮に行ってくるといい。滞在を求める召喚状だ。一か月くらいの休暇は取れるのだろう? 準備ができたら、別宮に声を掛けてくれ。移動術のポッドで送らせる」

 

「わおっ、天道様にお会いできるのですね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 エミールに続き、アドリーヌも感謝の言葉を口にした。

 帝位をウラノス帝に引き継いだ天道様たちだが、いまではルルドの森という場所に建設をした離宮に、夫人様たちとともに移り住んでいた。

 多くの者がそれに随行をしたが、アドリーヌたちのように、皇帝宮などに残る選択をした者もいる。

 なにもかも、一度に世代変わりというわけにはいかないからだ。

 しかし、そういう者も、数か月から一年に一回程度の頻度で、半月から一か月の期間のルルドの森への滞在をすることになっている。

 そのあいだ、改めて天道様の調教をたっぷりと受けるのだ。そして、鋭気を養い直して、皇都に戻るということだ。

 アドリーヌたちは、皇帝宮のことだけではなく、天道教のこともあるので、残る選択をしたのだが、やはり、天道様に会えるのは嬉しい。

 早くも、股間がさらに濡れてくる。

 

「すぐに手配します。だめでも、無理矢理に休暇をとります。ねえ。アドリーヌ」

 

「も、もちろんよ……。ところで、国母様は行かれないのですか? 前に向こうに行かれたのは半年ほど前になるのでは?」

 

 アドリーヌは言った。

 数多くのロウ帝の子供の中で、皇帝を継いだのがシャングリア様の実子だったので、シャングリア様は“国母”と呼ばれるようになった。ロウ帝の引退に際して、こっちに残る選択をした彼女であるが、ウラノス帝が皇帝としての立場を完璧にするまでは、若い皇帝の拠り所として、皇帝宮にいるつもりだと口にしている。

 

「そうだな。久しぶりに行くかな。エリカやコゼにも会いたいしな」

 

「ならば、一緒に向かいましょう。数日中には段取りしますので」

 

 エミールだ。

 

「数日中か……。わかった。じゃあ、また連絡してくれ」

 

 シャングリアが魔道具を操作する。

 彼女の姿が目の前からいなくなる。

 移動術の魔道片かなにかかもしれない。

 

「楽しみね。たっぷりと天道様に躾けてもらいましょうね。そうと決まれば、出発までは、徹底的にあなたを焦らし責めにしてあげるわね。破裂寸前の風船のように、淫情でぱんぱんにしてあげるからね。天道様に挿入してもらったときに、解放してもらって、快感を爆発させるといいわわ」

 

 エミールが嬉しそう言った。

 そして、またもやディルドが動き出した。

 かなりゆっくりとした蠕動だが……。

 

「あんっ、そんなのないわよ」

 

 アドリーヌは悶え泣いてしまった。



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940 筆頭赤組令嬢の破瓜

「くはっ、あああっ」

 

 アドリーヌは、執拗に天道様から耳を舐められ続け、何度目かの絶頂に向かって、まるで腹を上にして裏返った蛙のように緊縛されている裸身をのけぞらせた。

 耳なんかで達するなど、とても信じられるものではなかったが、天道様の愛撫はこれまでに奴隷宮で修行した性奴隷の訓練など児戯にしか過ぎなかったと思うほどの、凄まじいものだった。

 全身のどこを責められても、とてつもない快感がそこから全身に迸って拡がる。

 それを繰り返していた。

 

「耳も敏感か? ほかにも手をつけたが、天道教の教徒たちは誰も彼も敏感だ。まるで全身が性器のように磨きあげられている」

 

 天道様がまたもやぎりぎりのところで、耳から舌を離した。

 そして、今度は首筋から肩にかけてに、指先で弱い愛撫を加えてくる。

 

 我慢しろを命じられたにも関わらず、まったく天道様の愛撫に耐えることができなかったアドリーヌだったが、続けざまに三回絶頂させられたところで、天道様はアドリーヌへの責めを一転させてきた。

 すなわち、ぎりぎりのところまで責めては、アドリーヌに絶頂をさせずに愛撫を中断し、すぐにほかの場所を責めてはまたやめるということを始めたのだ。

 アドリーヌは、それですっかりと追い詰められてしまっていた。

 

「あああっ、はあああっ」

 

 天道様の指が肩から乳房の周りに動く。

 繰り返されている天道様の焦らし責めによる全身の疼きに苦悶しているアドリーヌは堪らず、緊縛されている身体を必死に動かして、胸を天道様の手に押し付けようとした。

 だが、その気持ちを裏切るように、天道様は指をアドリーヌの胸から遠ざけてしまう。

 指は脇腹から腰の括れ辺りだ。

 

「あんっ、いやんっ」

 

 無念な気持ちをを声に出してしまったが、それでも、天道様の指は気持ちいい。天道様が触れている脇腹付近から、身体の芯まで届くような愉悦が拡がる。

 

「ふあああっ」

 

 アドリーヌは、顔をのけぞらせて深い嘆息を洩らした。

 

「ところで、さっきは面白いクロノス伝承のことを教わったけど、アドリーヌは随分と勉強家なんだな。博識だ。多分、たくさん勉強したんだろうな。とりあえず、アドリーヌは、幾人かと一緒に、アネルザについてもらうぞ。いま実質的に王宮の実業務を動かしているのは、元王妃のアネルザだ。アドリーヌも学ぶことが多いだろう。その知識を実務に生かすんだ」

 

 すると、天道様が急に指の矛先を変えて、興奮で張りつめている乳房の裾野を円を描くように這いあげてきた。

 また、そうかと思うと、完全に勃起している先端をぎゅっと捻り抓った、

 

「あふうっ」

 

 痛みもあったが、それよりも快感が強かった。

 アドリーヌは、縛られている上体を波打たせて、あられもない声を放っていた。

 だが、それよりも、天道様の言葉だ。

 実家に弟が生まれるまでは、アドリーヌが伯爵家の後継者候補だったので勉強もしたし、政務業務についても学んだ。それは愉しいことだった。しかし、男子である弟が生まれたことでアドリーヌは、突然に後継者教育を中止させられ、政略結婚のための行動を求められることになった。正直、あの努力を無にされた気がして寂しかったのを思い出す。

 だから、天道様がアドリーヌの努力や身に着けた知識を褒めてくれたのは、それが報われたようで嬉しかった。

 

「あ、ありがとうございます。が、頑張りま……。ひあああっ」

 

 喘ぎ声の間隙を縫って、感謝の言葉を伝えようとするのだが、天道様はそれ許してくれない。

 指が動いている側とは反対の乳房の先端を天道様が口に咥えたのだ。

 信じられないくらいの愉悦が衝撃となって全身に流れわたる。

 

「あふうううっ」

 

 あっという間にアドリーヌは快感の臨界点に達した。

 今度こそ、いく──。

 アドリーヌは全身ががくがくと震わせて、飛翔していく絶頂感に身を委ねようとした。

 

「はんっ、あっ」

 

 しかし、またもや天道様は口を離して刺激をとめてしまった。反対側の乳房を悪戯していた指も話された。

 大きな焦燥感がアドリーヌを包み込んだ。

 

「すっかりと雌の顔になったな、アドリーヌ。ところで、奴隷宮ではどんなことを覚えたんだ? 折角だから教えてくれるか?」

 

 天道様が開脚させらているアドリーヌの内腿にすっと手を置く。

 しかし、動かしてはくれない。

 癒されない疼きがアドリーヌを追い詰めていくみたいだった。

 荒くなる息を整えつつ、一度歯を喰いしばってから口を開く。

 

「て、天道様を……お悦びさせることを……。舌でご奉仕したり……。そ、それと、うんといやらしくふるまって……天道様を……お誘いすることとか……。あとは、被虐を快感に変える練習や……身体の感度を高めることとかでしょうか……」

 

 思い出しながら言った。

 あの頃はまるで頭に霞でもかかっているかのように、そんな破廉恥な調教に熱中していて、いまにしてみれば、かなり常軌を逸していたふるまいだったかもしれない。

 ただ、天道様は、言霊で洗脳状態にあったのだと口にされたものの、頭の霞がなくなったいまでも、別段に後悔する気持ちはまったくない。

 ロウ様を天道様だと思う熱狂は冷めないし、ロウ様がただの人間であっても、アドリーヌたちの信仰心はまったく損なうこともない。

 不可思議なことだが、それがアドリーヌたちの本心だ。

 

 天道様に仕えたい──。

 しつけられたい──。

 天道様の性奴隷として手酷く調教して欲しい──。

 

 それはアドリーヌの偽りのない気持ちだった。

 

「ははは、そうか……。じゅあ、いやらしくお強請りしてみろ。これだけたっぷりと前戯をすれば、潤滑油としては十二分だ。破瓜の痛みも最小だろう。俺の女にしてやろう」

 

 天道様がアドリーヌの顎を持ってしゃくる。

 口づけをされた。

 いよいよ天道様の女になる──。

 それだけで、またもやいきそうになる。

 身体がかっと熱くなった。

 天道様の唇が離れていく。

 

「はあ、はあ、はあ……。て、天道様……、アドリーヌを犯してください……」

 

「愛してではなくて、犯してか?」

 

 天道様がアドリーヌの裸身を眺めつつ愉しそうに笑った。

 アドリーヌは頷いた。

 

「愛していただくことは望みません。ただ、わたしたちが天道様を愛するのみです……。アドリーヌを好きなように犯してください。凌辱を……」

 

「俺とやりたいんだろう? 股をそんなに濡れ濡れにして、犯してもないものだ。やりたいならやりたいと言え。お前のやりたいことを正直に言うんだ。嘘をつかないことは命令したな」

 

「は、はい──。し、したいです。さ、さっきのは間違いです。天道様の好きなようにではなく……。いえ、好きなように扱われたいのですが、わたしがそうされたいのです。天道様に犯されたいです。お願いでございます」

 

「もっとはっきりと言え。なにをしたい?」

 

「あ、あれを……」

 

「あれじゃわからん。貴族令嬢としての慎みなど捨てろ。もっと赤裸々に言え──」

 

 天道様が強い口調で言った。そして、太腿に置いていた手をアドリーヌの股間に移動させた。

 クリトリスの周りを軽く刺激される。

 

「ふあああっ、セ、セックスです──。セックスをお願いします。お、犯して……」

 

「赤裸々だと言ったぞ。セックスとはなんだ。お前のどこに、俺はなにをすればいいんだ?」

 

 触れるか触れないかの指の刺激が股間に続けられる。

 アドリーヌは腰を揺すって、さらに汁を股間から噴き出させた。

 

「ああんっ、ア、アドリーヌの……お、おまんこを……て、天道様のお、おちんぽで貫いて──」

 

 淫らな言葉を口にすることは恥ずかしいし、屈辱的だ。

 だが、そういう言葉を使うことも天道様を悦ばせると、そういえば、奴隷宮で習ったことを思いだした。

 赤組全員が並ばされて、代わりばんこに卑猥な言葉を叫ばされるということもやった。あまり卑猥でないと調教官から鞭打たれたり、媚薬塗布放置の懲罰があったりするので、みんなで必死に恥ずかしい言葉を考えて叫んだものだった。

 いまになってみると、懐かしさすら感じる。

 

「よく言った」

 

 天道様が縄で開脚緊縛されているアドリーヌの身体を腰近くに引き寄せた。

 その股間にそり勃っている怒張がアドリーヌのびっしょりと濡れている肉の狭間に擦りつけられる。

 待ちに待った瞬間だ──。

 アドリーヌの胎内は期待と欲望が切ないほどに疼いている。

 破瓜の恐怖はまったくなかった。

 さっきの天道様の言葉ではないが、アドリーヌのために丁寧で執拗な前戯をしてくれたおかげだろう。

 とにかく、もうアドリーヌは欲しくて欲しくて堪らなかった。

 その天道様の怒張がアドリーヌの中に貫いてきた。

 

「あぐううっ」

 

 股間を刃物で切り付けられたような痛みが走る。

 しかし、それは一瞬だけだ。

 天道様の怒張が膣内の粘膜を押し広げつつ擦るときの気持ちよさが、すぐに痛みを覆い尽くす。

 あっという間に奥深いところまで、天道様の男根の先が届いたのがわかった。

 突き抜ける快感の波が全身を襲う。

 それと同時に、しばらく焦らし責めにされていた欲望がアドリーヌの全身を揉み抜く。

 

 途方もない快感──。

 これが天道様との交わり──。

 想像を絶する甘美感──。

 

 いまのいままで、アドリーヌは天道様に奉仕するのが自分たちの役割と思っていた。

 だが、それは間違いだった。

 奉仕されるのはアドリーヌたちの側だ──。

 なんという気持ちよさ──。

 

「あああっ、ぎ、ぎもちいいでずうう──」

 

 胎内の奥の奥をぐりぐりと押されて、アドリーヌは緊縛されている身体を弓なりにして叫んでいた。

 天道様がアドリーヌを貫かせたまま、しっかりと抱きしめてくれる。

 それでさらに快感が飛翔した。

 

「処女でそれだけ感じれば、淫乱の素質は十分だ。いい性奴隷になるぞ」

 

 天道様が笑ったような気がする。

 そして、じっとアドリーヌの中に性器を挿入したまま動かない。

 多分、処女だったアドリーヌを気遣っているのとは思うが、アドリーヌは首を横に振った。

 

「て、天道様──。どうか、動いてください──。て、天道様がき、気持ちよくなって──。わ、わたしのことは痛くしてかまいません──。た、多分、痛いのも天道様に与えられるなら、快感になります──」

 

 アドリーヌは声をあげた。

 

「わかった。確かにそんな感じだな。じゃあ、遠慮はなしだ。覚悟しろ。アドリーヌが口にしたことだ」

 

 天道様が律動を開始した。

 痛みはある──。

 でも、気持ちいい──。

 一打ごとに、アドリーヌの身体が変わっていくのがわかる。

 

「あん、あん、あんっ」

 

 アドリーヌは声をあげていた。

 おそらく、もうすぐ精を注がれる──。

 いよいよ、支配されるのだ──。

 天道様に──。

 そして、まずはアドリーヌの限界突破がやってきた。

 

「あぐうううう、ああああああっ」

 

 生まれてから、一度も張りあげたこともないような獣のような咆哮をあげていた。

 もう痛みはない。

 凄まじい喜悦が身体に響きわたる。

 天道様は、アドリーヌの狭い膣をほぐすように、一打一打の挿入の角度を変化もさせている。それもまた気持ちいい。

 あっという間に、アドリーヌは追い詰められた。

 

「ああああっ、いぎまずううう」

 

 身体がばらばらになるかのような強烈なオルガニズムが襲い掛かった。

 

 これが天道様との性愛──。

 

 アドリーヌは頭が真っ白になるほどの快感に包まれていった。

 突き抜けた──。

 アドリーヌは全身を激しく痙攣させて、身体を突っ張らせた。

 

「これで、お前は俺の女だ──」

 

 天道様が腰を動かしながら言った。

 さらに強く抱きしめられる。

 絶頂を極めたばかりのアドリーヌの身体が、さらに高みに飛翔させられた。

 

「ひゃああああ、あああああ」

 

 アドリーヌはがくがくと身体を震わせた。

 その絶頂に合わせて、天道様が精を注いだのがわかった。

 凄まじい快感──。

 

 なにかが変わる──。

 

 それがわかる。

 

 アドリーヌはいつまでもとまらない痙攣に襲われた。

 股間からなにかが迸る──。

 

 気持ちいい──。

 

 しかし、頭にあったのはそれだけだ。

 

 アドリーヌは、薄れていく意識にすべてを委ねた。

 

 

 *

 

 

「ほら、起きろ」

 

 歩く頬を叩かれた。

 眼を開ける。

 呆れたような表情の天道様の顔が間近にあった。

 

「あっ、わ、わたし……」

 

 はっとした。

 どうやら、気を失っていたのか?

 脚の縄はなくなっている。ただし、両腕は背中で後手縛りのままだ。

 とにかく、全身が怠くて身体が動かない。

 アドリーヌは呆けたたまま、ぼんやりと天道様を見つめた。

 

「性のない奴だなあ。見てみろ。お前は俺に犯されながら、おしっこを洩らしたんだ。ベアトリーチェだけでなく、お前たち全員を改めて、失禁調教させた方がいいか? 三日ほど、小便を我慢する調教だ」

 

 天道様に抱きあげられた。

 寝台にお尻をつけて、横に座らせられる。

 大きな水分の染みが寝台に拡がっていた。

 アドリーヌは目を丸くした。

 

「えっ、わたし、粗相を?」

 

 びっくりした。

 一気に覚醒する。

 

「派手にな」

 

 天道様は苦笑している。

 そして、見ると、まだそそり勃っている天道様の男根の周りも、びしょびしょだ。

 これは汗や愛液などではない。

 アドリーヌのおしっこだろう。

 はっとなる。

 

「ああ、申し訳ありません──。す、すぐに掃除を……。舌で掃除します。だから、粗相をお許しを……」

 

 慌てて、顔を天道様の腰の前に動かそうとした。

 しかし、それを天道様に制せられた。

 天道様は笑っている。

 

「いや、それはいい。よくあることだからな。だけど、粗相には罰だ。それは性奴隷の決まりだ。破瓜をしたばかりのアドリーヌだか、罰としてアナルセックスを覚えてもらおう。全員にはアナル調教はしないが、アドリーヌにはアナルも調教だ。大丈夫だ。それだけいやらしい身体をしていれば、アナルも第二の性器になる。間違いない」

 

 天道様がアドリーヌを膝を立てて天道様に向かってお尻を向けるような格好にさせた。

 お尻を天道様に犯されるのか?

 羞恥が襲うが、同時に興奮もしてしまった。

 ぞくぞくとした疼きがまたもや身体を席捲する。

 

「あ、あの……」

 

 とりあえず、アドリーヌは天道様になにかを告げようとは思うのだが、激しい絶頂後の余韻もあって、うまく言葉にできない。

 すると、アドリーヌの尻たぶを横から支えるようにして、天道様はいきなり、アドリーヌのお尻に指を入れてきた。

 なにかを指に塗っているのか、なんの抵抗もなく簡単に天道様の指が根元まで入ってしまったのがわかった。

 しかも、お尻の中で指を曲げられて、くすぐるように動かされる。

 

「ひゃん、ひゃあああ」

 

 アドリーヌは膝立ちでうつぶせている身体を跳ねあげそうになった。

 お尻から凄まじい快感が駆けあがったからだ。

 

「じっとしてるんだ。といっても、もうすぐのたうち回ることになるけどね。潤滑油として、強い掻痒剤を使った。すぐに強い痒みが襲い掛かってくると思う。それと、しばらくのあいだ、お尻の中の感覚をクリトリスに繋げてやろう。これを身体と頭が覚えてしまうと、俺の術を解除しても、もうお尻の快感から逃げられない。尻奴隷アドリーヌの誕生というわけだ」

 

 天道様がアドリーヌのお尻を弄りながら笑った。

 喋ったことの半分も意味がわからない。

 しかし、すぐに強い痒みが襲いかかってきた。アドリーヌは身体を硬直させた。

 ほんの少しも我慢できないような痒みだった。

 

「あっ、な、なんでしょうこれ──」

 

 悲鳴をあげた。

 奴隷宮でも痒み調教は受けたことがあるが、これは桁違いの痒さだ。

 

「始まったか? じゃあ、お預けだ」

 

 挿入されている天道様の指を千切らんばかりにお尻で締めつけたのだが、あっさりと天道様は指を抜いてしまった。

 

「ああ、痒いです。お願いします。お尻をどうにかしてください」

 

 アドリーヌは哀願した。

 だが、天道様はアドリーヌの身体を押えるだけだ。まるで触ろうとする気配もない。

 

「慌てるな。もう仮想空間に入ったから時間はたっぷりある。お尻のクリトリス化の施術もしてやろうな。解放されたときには、誰よりも感じる尻穴に開発が終わるということだ」

 

 天道様が声をあげて笑った。

 やはり、意味はわからない。

 ただ、自分が天道様によって、さらに淫靡な身体に作り替えられようとしているのだけは理解できた。

 それは恐ろしくもあり、そして、とてもわくわくする悦びのようにも感じた。

 

 だが、それはともかく、お尻の穴が痒い──。

 

「あああ、我慢できません。お尻の奥を触ってください──。お願いです。掻いて──」

 

 アドリーヌは泣き叫んだ。

 

「慌てるなと言ったぞ。そもそも、これが調教だ。我慢しろ」

 

 膝の下に粘性体のようなものが拡がり、アドリーヌの脚を寝台に密着させる。

 アドリーヌはあまりのお尻の痒さに、がちがちと歯を噛み鳴らすしかなかった。



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941 マナー講習会と天道様の呼び出し

「な、なによ、これ……」

 

 コゼが目の前に並んでいる料理の皿と食器を睨んで呟いた。

 正面に座っているイザベラは、くすりと笑ってしまった。

 

「とりあえず、ひと通り準備をさせたぞ。目の前のフォークだが、まずは用途によって使い分けをするということから覚えるといい。基本的には、このフォークを使うが、例えば魚料理のときには、こっちを使う。皿の部分に溝があるからそれで覚えるとよい。それとこっちの小さいのはデザート用だ。果物はこっちの細いもの。この木製のはサラダ用だ。とはいっても、金属のものもあるから、ちゃんと形で覚えることだな。サラダ用フォークは、柄が短くて四本刃だ。あと、この大きいのはとりわけ用のフォークだ。目の前に出されることはないが、まれに主催者が意地悪をしようとして、渡すこともある。知らずに食事に使わせて恥をかかせるとかな。それと、ナイフだが、これも用途別に種類があってな……」

 

「うわああ──。なに言ってんのよ。覚えられるわけないでしょう。あたしは、食事のマナーを教えてくれって頼んだのよ。なぞなぞ遊びをしたいんじゃないんだから──」

 

 だが、コゼが癇癪を起したように、最初に手にしていたフォークをテーブルに投げだしてしまった。

 イザベラは溜息をついてしまった。

 

「いいから、ちゃんとやりなさい。ロウ様と婚姻を結ぶということは、こういう正式の食事会にも参加するということなんだから。マナーくらいちゃんとできないと恥をかくのは、あんたじゃなくてロウ様なんだから」

 

 エリカがぴしゃりと言った。

 そして、フォークでサラダを口にしている。しかし、イザベラは横にあるサラダオイルの小皿から全部をサラダにかけてしまっていることに気がついた。

 すると、シャングリアが横に座るエリカに向かって口を開く。

 

「エリカはサラダフォークは正解だが、いきなりオイルは全部かけてはだめだ。ちょっとずつ使うのが正規のやり方だな。まあ、大雑把なのはエリカらしいが」

 

 そして、シャングリアが完璧な仕草で、サラダオイルを少量かけて、口の中に野菜を持っていった。

 もちろん、咀嚼(そしゃく)の音などしない。

 がさつな印象のあるシャングリアなのだが、やはり貴族令嬢だけあり、それなりにマナーは身についているみたいだ。

 イザベラは感心した。

 

「えっ、そうなの?」

 

 エリカが顔を赤くして、食事の手をとめる。

 

「あ、あたし、無理です。もしも、食事の機会があれば、食べずにいます」

 

 イットだ。

 

「あっ、それいいですね。あたしもそうします」

 

 すると、同調するように、マーズも手にしようとしていたフォークから手を引っ込めた。

 イザベラは、息を吐いた。

 

 ロウの「家族」が生活をするいつもの幽霊屋敷だ。

 今日は、ロウが天道教の連中の新施設に行っていて不在である。イザベラが耳にしているところによれば、三日間ほど入り浸って帰らないということであり、今日が三日目となる。

 それはともかく、イザベラの戴冠式と婚姻式も、三十日後ほどに迫っており、やらなければならないことは目白押しだ。

 いまやっている食事会もそのひとつであり、予定されている一連の行事の中には、ロウと婚姻を結ぶことになるイザベラを含む全員が参加する内外の要人を招いた食事会というのもある。

 それで、付け焼き刃的にはなるが、改めてマナー講習をすることになったのだ。

 

 イザベラたちのように物心がつく頃から上流階級の生活に慣れている者はどうということもないが、コゼやマーズやイットのような奴隷あがりには、最小限のことだけでも学んでもらわねばならない。

 だから、急遽、マナー講習会を参加することになったということだ。

 講師役をイザベラが務め、エリカ、コゼ、シャングリア、マーズ、イットが参加者だ。ほかに、テーブルについているのは、アンとノヴァがいる。

 屋敷には、ほかにも幾人かいるが、参加はしてないのもいる。ミランダも、冒険者ギルドの立て直しに忙しいということでこなかった。

 また、給仕役として、屋敷妖精のシルキーと見習い侍女ということになっている幼児体型に変わったリリスもいる。

 

「ふふふ、イザベラ、いくらなんでも一度に完璧にするのは無理よ。コゼさんも、イットさんも、マーズさんも、食器のことは忘れてもいいですわ。周りに合わせればいいのです。その代わり、背筋を伸ばす。食事の音をさせない。口の中にちょっとずつ食べ物を入れる。それだけを守ってください」

 

 アンだ。

 

「まあ、それくらいなら……」

 

 コゼがアンに目をやって、同じ食器を選んで手に取る。

 手をつけようとしなかったマーズやイットも同じようにしている。

 なんだかんだで、戦士だけあり、姿勢はよく格好悪くはない。

 

「ふん、人間族というのは、馬鹿げたしきたりが好きだな。飯に喰い方などどうでもいいだろうに」

 

 そのとき、給仕役をしているリリスが鼻を鳴らした。

 もともとはサキなのだが、色々あってこの童女姿に変わってしまい、いまはロウの命令でこの屋敷の召使としての修行中とのことだ。

 だが、あのサキに給仕をしてもらうのだと思うと、イザベラとしても複雑な気持ちになる。

 

「リリス様、給仕は喋ってはなりません。まるで存在しないかのように気配をなくすのです」

 

 そのリリスの横に、屋敷妖精のシルキーが出現する。

 リリスとは逆に、童女姿だったシルキーは、屋敷妖精として進化したらしく、成人少女の姿になっている。

 表情も豊かになり、とても美しい外観になっている。

 そのシルキーが乗馬鞭を手にして、リリスのお尻をぴしゃりと叩いた。

 

「くっ、な、なんじゃ、いきなり──」

 

 リリスが怒鳴った。

 

「黙りなさい、リリス様。旦那様のご命令で、あなたを一日も早く一人前の召使いにする必要があるのです。そもそも、厳しくしつけてくれと口にしたのはリリス様ですよ」

 

 大人版シルキーが平然と言った。

 

「う、うう……。わ、わかった。す、すまん……」

 

 リリスが真っ赤な顔になりながらも大人しくなる。

 やはり、調子が狂う。

 イザベラも思わず笑ってしまった。

 

「な、なにを笑っておる、人間族の女王──」

 

 すると、リリスがまたもや怒鳴ってきた。

 

「リリス様、さっき申しましたのに……」

 

 シルキーが呆れたような声を出すのが聞こえた。

 見ると、手の上に人の頭の半分ほどの水の玉のようなものを浮かべている。

 訝しんだが、それがすっと消滅した。

 

「ひあああっ、な、なんじゃああ──」

 

 突然にリリスが両手でお尻を押さえて絶叫した。

 イザベラは目を見張った。

 

「鞭では魔族のリリス様には懲罰にはなりませんので、鞭の代わりに浣腸玉を与えることにします。給仕中には用便をもよおしても、厠にいくことはできませんので、それを我慢する訓練としても一石二鳥です。マナー講習会が終わるまで、我慢してもらいますよ。また、ミスをするごとに、浣腸玉をお尻の中に送り込みます」

 

 シルキーが平然と言った。

 イザベラはびっくりした。

 

「な、なんじゃと──。わ、わしにこんなことして……。あっ、だ、だめじゃ……。く、苦しい……」

 

 リリスが歯を喰いしばって、身体を硬直させる仕草になった。

 一瞬悪態を忘れるほどに、余程につらいのかもしれない。

 

「へえ、シルキーって、身体が大きくなってから、随分とご主人様に似てきたんじゃないの?」

 

 コゼがにこにこしながら言った。

 

「旦那様に、リリス様を早急に一人前にするように命じられておりますので……。それとも、おやめになりますか? それであれば、わたくしめとしては、残念ですがそのように旦那様に報告いたします。どうぞ、厠にお行きください」

 

 シルキーがにっこりと微笑んだ。

 リリスが顔をしかめて舌打ちした。

 

「くっ、が、我慢すればいいのだろう──。が、我慢すれば……。だ、だが、終わるまでだと──?」

 

「晩餐の給仕となれば、一回の食事で数ノス。酒宴となれば、場合によっては日が変わるまで続きます。用便を我慢できるのは、給女役にとっての当然の能力です」

 

 リリスが言った。

 

「厳しいなあ」

 

 シャングリアが笑った。

 そのときだった。

 目の前の宙が歪んだ。

 そして、ガドニエル女王が出現した。スクルドもだ。

 

「皆さま、ご主人様から通信球が届きましたわ。教団の方々の性支配の一連の施術が終わったそうです」

 

 ガドニエル女王が本当に嬉しそうに叫んだ。

 三日ほどロウに会えないというだけで、落ち込んだ様子だったと耳にしていたが、いまは満面の笑みを浮かべている。

 

「そして、いまは教団で余興のようなことをしているので、よければ、手が空いている者だけでも、遊びに来いと言うことです。ご一緒にいかがですか?」

 

 

 スクルドが続けて言った。

 

「よし、行きましょう。続きは夜でいいじゃない──。ねえ、エリカ。正妻様。ご主人様の呼び出しよ。万難を排して対応しないと」

 

 コゼが立ちあがった。

 行く気満々みたいだ。

 まあ、食事マナーの講習よりも、ロウに三日ぶりに会う方が愉しいのは当然か……。

 

 

「ええ? なに言ってんのよ。せっかく、姫様が準備してくださったのに……」

 

 一方で、エリカはちょっと迷っている雰囲気である。

 イザベラは手に持っていた食器をテーブルに戻す。

 

「いや、わたしは夜にまわしてもらってもいいぞ。ロウが戻ってから一緒にするのもいいだろうしな。しかし、ロウはあれでも、冒険者あがりにしては、どこで身につけたのか、十分なマナーを身につけている。もしかしたら講習は不要かもしれん。でも、一度はおさらいをしたいと口にしていたのも思い出した」

 

 イザベラは言った。

 気乗りしないのに、作法教室も身には入らないだろう。

 だったら、後回しでもいい。

 それに、イザベラもロウの顔を見たい。なにせ、三日間もあの新教団に閉じこもりで会えなかったのだ。

 

「なら、行きましょうか。とりあえず、ここにいる者だけでいいのかしら。ほかの者は出かけているし」

 

 エリカも立った。

 なんだかんだでエリカも、ロウの呼び出しが嬉しそうだ。

 

 

「では、移動のためのポッドを出します。皆さま、そちらからどうぞ」

 

 シルキーが大きな姿見を出現させた。

 それを潜れば、新教団の本部なのだろう。ロウの命令で、王都内には一瞬で移動術で移動できるように、王宮や冒険者ギルドなどに魔道設備が配置されていた。新教団の施設との繋がりも、その中のひとつだ。

 みんなでその姿見に移動する。

 

「ま、待て──。マナー講習会が夜に回るだと──。だ、だったら、わしはいつまで、用便を我慢すればよいのだ──?」

 

 すると、リリスが困惑の声をあげた。

 

「もちろん、夜までです。では、一度片付けをしてください。魔道ではなく、自分の手でするのです。この砂時計が終わるまでに、すべてを片付けること──。無音でです。音が鳴るごとに、浣腸玉を追加します。当然に間に合わなくてもです」

 

 シルキーが事も無げに言った。

 リリスの顔が引きつるのがわかった。

 

「ふふふ、やはり、鬼教官だな。まあ、頑張ってくれ、リリス」

 

 シャングリアがリリスに声をかけた。

 一方でリリスは、シルキーをものすごい顔で睨んでいる。ただ、シルキーもどこ吹く風だ。

 

「では、行きましょう──」

 

 コゼが姿見に飛び込む。

 それを切っ掛けに次々に姿見に入っていった。

 イザベラもアンと一緒に向かう。

 

「そうだ、シルキー。王宮のシャーラに連絡を頼む。ここにいると告げていたが、訪問先が変わったので、一応(しら)せとかんと。まあ、あれだけの女傑に囲まれれば、万が一の危険もないが」

 

 だが、姿見の前で思い出して言った。

 護衛長のシャーラだが、今日は移動術でロウの屋敷に行くだけなので、特段の警備の処置はとらなかったのだ。

 シャーラも、戴冠式などの準備が忙しく、今日はそっちに専念させている。

 

「かしこまりました」

 

 シルキーが優雅に頭をさげた。

 イザベラは姿見を潜った。

 情景が一変する。大広間のような場所だ。たくさんの女たちがいる。

 むっとするほどの女の匂いがした。

 それはともかく、いきなり目の当たりにした状況に、イザベラは唖然としてしまった。

 

「わっ」

 

「なに?」

 

「なんですか、これ?」

 

 ほかの女たちも絶句している。

 なにしろ、大広間には、多分百人以上の女──。全員が教団の女だとは思うが、その全員が全裸になっていて、その女たちでいっぱいなのだ。

 しかも、ただ裸であるだけじゃない。

 頭に四色に分かれた鉢巻きをして、幾つかの場所に分かれて、なにかの競争のようなことをしている。

 ただの競争という感じでとない。

 

 見える範囲のことであれは、ある場所では椅子に腰掛けて、手摺りに膝をかけて開脚座りしている赤鉢巻きの少女たちに対して、口にディルドを咥えた白鉢巻きの少女たちがそれで股間を犯すということをしていて、違う場所では後手縛りの少女たちが瘤付きの股縄を跨いで競争をするということをしていた。

 また、さらに別の場所では、お尻になにかを挿入して、それに繋がっている紐を引っ張り合うということしている。

 ちょっと離れた場所では、振動する淫具がびっしりと付けた丸太の上を三人並んだ少女たちが跨いで進むということしているのが見えたりする。

 とにかく、みんなが嬌声や歓声をあげていて、すごい騒ぎだ。

 

「おう来たか、みんな──。こっちに来い。愉しいことを始めてな。新教団設立記念の大運動会だ。お前らも参加して行けよ。チーム戦をしているところだ。ええっと、十人ほどか? いいだろう。参加していけ。お前らは黒鉢巻きな」

 

 ロウの声がした。

 すぐにはわからなかったが、すぐそばに三十人ほどの女たちの塊があり、その中心にロウがいるのが辛うじて見えた。

 どうやら、その三十人がよってたかって、ロウに舌奉仕をしている感じだ。

 女たちもそうだが、おそらく、ロウの全裸だろう。

 そして、そこにいるのは、教団の中でも令夫人たちの集まりみたいだ。

 

「わ、わたしたちも、これに参加するのですか?」

 

 エリカが仰天したような声を出した。

 

「ああ、そうだ。優勝チームには、俺がなんでも言うことをきく券が人数分だ」

 

 夫人たちの裸身の中から顔だけが見えているロウが愉しそうな表情で言った。

 

「それ、本当ですか──? やるわよ、みんな──。マーズ、イット──。あんたらの出番よ。ガドもスクルドもいいわね──」

 

 すると、コゼが張り切った口調で叫んだ。

 破廉恥運動会などというのはとんでもないが、コゼは、ロウのなんでも言うことをきく券というのが俄然気に入ったみたいである。

 

「やりますわ。ほかの方々も呼びましょう。あのドワフ様とかいかがでしょう。きっと戦力になります。ご主人様を自由にする券など、そんな貴重な宝物は滅多に手に入りません」

 

 ガドニエル女王だ。

 早くも自分で服を脱ぎだしている。

 見ると、ほかの女もやる気になった表情で服を脱ぎだしている。

 イザベラは呆気にとられた。

 

「えっ、参加するのか?」

 

 イザベラは困惑して言った。

 

「ええ、やりましょうよ、イザベラ。ロウ様を自由にする券……。欲しいですわあ」

 

 アンが服を脱ぎながらイザベラに声を返す。

 エリカやシャングリアなども、仕方ないわねえという感じで服を脱いでいる。

 

「ミウも呼びましょうか。できるだけ声を掛けますね。ご主人様、よろしいですか。わたしたちはまだ人数が少ないですし」

 

 スクルドだ。

 すでに、下着しか身につけてない。

 

「おう、呼べ呼べ。まだ、始まったばかりだ。十分時間はある」

 

 ロウが笑った。

 すぐさま、スクルドが通信球を発したのがわかった。

 

「ねえ、天道様、わたしたち、夫人組もチームで是非とも参加させてください。お願いでございます」

 

 フラントワーズだ。

 こっちにはお尻しか見えてなかったが、三人ほど同時に口奉仕をしているひとりだったみたいだ。

 それをやめて顔をあげたことでイザベラにもフラントワーズであることがわかったのだ。

 

「いいぞ。俺のことはいい。お前たちも参加してこい」

 

 ロウが言った。

 すると、夫人たちもまた一斉に歓声をあげた。



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842 ふたつの書簡

 王都郊外の原野である。

 まだ朝といえる時間であるが、白々と夜が明ける頃に王都外門を出てから、一ノスほど過ぎているので、見渡せる原野は昼間の明るさになりかけていた。

 一郎は、ひとつの丘の上に建てられた幕舎の外に並べられている椅子のひとつに座っていた。椅子の前には大きめのテーブルがあり、そこには地図が拡げられている。ほかに、エリカ、コゼ、ガドニエル、スクルド、アネルザがいて、エルフ族のブルイネン以下の親衛隊が直接の警備のために周囲を取り巻いているという状況である。

 

 そして、ここは王軍の演習場だ。

 ここで王軍大演習という大きな演習が最後にあったのは、もう一年半ほど前になる。あの“キシダイン事件”のときだ。

 一郎たち自身は演習場そのものには入らなかったので、一郎がここにくるのは初めてだ。一郎たちは、ここに来る途中にあるダドリー峡谷という場所でキシダインの私兵と戦ったのだ。

 そして、いま一郎たちがいる場所に、王族貴族のための幕舎があって、ここでキシダインが捕縛されたのだそうだ。

 もちろん、いまはすべて片付けられていて、ただの小高い丘の頂上でしかない。

 

「しかし、驚いたねえ。わたしがスクルドから移動術で転送してもらったから、てっきり、お前も同じ手段でここに送ってもらったものと思ってたんだけど、自分で馬に乗ってきたとはねえ。そろそろ、長い付き合いになるけど、お前が馬に乗れたというのは、とんと耳にしかかったからねえ」

 

 一郎の隣に腰掛けているアネルザが半分揶揄うような口調で言った。

 その通り、あのキシダイン事件のときには、一郎たちは馬車で移動していて、一郎には騎馬技術などなかった。そもそも、騎馬などというのは、専ら人間族の貴族の技術であり、当時の一郎のパーティメンバーで馬を操れたのはシャングリアのみだった。奴隷あがりのコゼはもちろん、森の民のエルフ族には乗馬の習慣がなく、エリカもだめだった。

 まあ、エリカについては、いつの間にか騎馬術を取得していたが、一郎が馬に乗れるようになったのは、正真正銘、今回最初だ。

 そう説明すると、アネルザが目を丸くしていた。

 

「これが初めての乗馬だって? それでここまで来たのかい。そりゃあ、大したものさ」

 

「それほどでもないさ。実のところ、俺は馬から落ちないようにただ座っていただけでね。向かいたい方向を軽く首でも叩いて知らせるだけで、ただ馬が連れて行ってくれる。それだけだ。簡単なものさ」

 

 一郎は笑った。

 

「へえ、そんないい馬なのかい?」

 

「まあ、そういうことになるのなあ?」

 

 すると、言い淀む一郎の代わりに、横にいるコゼが首を傾げる仕草をした。

 

「そういうことなんでしょうね。ロウ様の言葉だけを理解し、ただ指示するだけで、自在に動くんですから。まさか、あんなことが成功するとは思いもしませんでした」

 

 エリカだ。

 半分苦笑している。

 まあ、一郎も同じ気持ちだ。あれだけのことで、こんなにも馬が言うことをきくようになるというのは、一郎としても想像の外だった。

 

「なんだい。なんだい。勿体ぶった言い方をして。どういうことだか、からくりを教えな」

 

 アネルザが探るような物言いをする。

 

「まあ、功労者は間違いなくスクルドだ。おかげで、俺も苦労することなく、騎馬で移動することができるようになった。正直、俺も独裁官だしなあ。いつまでも、馬車移動じゃあ様にならないなあとは思っていたから、今回のことは感謝しかない」

 

 一郎は笑った。

 

「ふふふ、ありがとうございます。結構なご褒美もいただきまして感謝しておりますわ。これからも、性奴隷で雌犬のスクルドをよろしくお願いしますわ」

 

 すると、頭の上に重たいものが乗った。

 スクルドの乳房だ。後ろにいるスクルドが一郎の頭の上に胸を乗せたのだ。相変わらず大きな胸だ。

 一郎は手を上に伸ばして、頭の上のスクルドの胸を軽く揉んでやる。さらに、ちょっとした悪戯も加えて、一郎の指が触れる場所にスクルドの性感帯の全部が移動するように細工もした。「性感帯移動」という一郎だけの特殊技能だ。

 つまり、一郎の指が動くのに応じて、全身の性感帯がさわさわと移動する感じだ。

 

「ひゃ、ひゃああ」

 

 背中側のスクルドが奇声をあげて腰を抜かしたようになった。

 一郎は身体を半身だけ回して、崩れそうなスクルドの腰を捕まえて支えてやる。だが、さっきの機能がそのままなので、一郎が触れたところに、性感帯の集中が起きて、スクルドの性感が一気に暴走する。

 

「ひゃああああ、あああああ」

 

 腰を掴まれたまま、スクルドががくがくと身体を震わせて、あっという間に絶頂した。

 一郎は「性感帯移動」を切断すると、スクルドの身体を粘性体で包んで、前側に持ってきて膝の上に横抱きで乗せてやった。

 

「ほら、しっかりしろ。立てるか?」

 

「ああん、腰が抜けて立てませんわあ」

 

 すると、スクルドが虚ろな表情のまま、一郎の首に両手を回してしがみつくような仕草をした。

 

「くううっ、ず、ずるいですわ。エルフ族には騎乗の習慣がありませんもの。だから、乗馬術では、ご主人様に貢献するのは難しいんです」

 

 一方で、コゼを挟んで一郎と並ぶ椅子に座っているガドニエルが口惜しそうな声を出した。

 ちなみに、並んだ椅子に座っているのが、一郎のほかに、アネルザとガドニエルとコゼだ。エリカ、スクルド、さらに親衛隊長のブルイネンについては、後ろに立っている。

 

「あんなのは、乗馬術に関係ないわよ。試そうとも思わないわ。まさに、淫乱巫女ならではの発想ね」

 

 コゼが茶化すように口を挟む。

 

「いい加減に教えておくれよ。なにをしたら、ロウ殿がいきなり乗馬ができるようになったんだい?」

 

 アネルザが言った。

 

「ご主人様の精液ですわ」

 

 すると、一郎の膝の上のスクルドが応じる。

 

「精液?」

 

 アネルザが怪訝そうに言った。

 

「こいつ、もしかしたら馬にもご主人様の淫魔術が効くんじゃないかと言って、ご主人様の精を溜めて、雌馬の餌に混ぜたんです。そうしたら、信じられないくらいに、馬が従順になって、ご主人様の言葉になんでも従うようになったということなんです」

 

 コゼだ。

 

「はああ? そんなことで急に乗馬ができるようになるのかい?」

 

 アネルザがびっくりした声を出す。

 

「なるんだから不思議ですよねえ」

 

 エリカが言った。

 なんとなく、全員でどっと笑う。

 ひとしきり笑ったところで、急にアネルザが急に真面目な表情になった。

 

「ところで、ロウ殿、今日の野外演習が終わったら、時間を作ってもらえるかい。イザベラを交えて、急いで協議しなければならないことがあってね」

 

「怖いねえ。アネルザの手に余ることか?」

 

 一郎はお道化て言った。

 独裁官などという役職を作り出して、内政外政、さらに軍事大権を含めて、ほぼハロンドール王宮の全権力を一時的に握っている一郎だが、実際の実業務は、目の前のアネルザに丸投げの状態だ。

 処刑したルードルフ王の王妃ということで、表向きには、アネルザは権力の座から離されて、どこかに幽閉されていることになっているのだが、実際には王宮の一画で、すべての業務を取り仕切っている。手足になっているのは、フラントワーズがまとめている新教団の教徒である令嬢や令夫人たちであり、彼女たちは一郎の性支配を受けたことで、ことごとく、官吏としての飛躍的な能力向上があり、まだ十日に満たないが、すでに新王宮の重要戦力になっている。

 それはともかく、アネルザには独裁官たる一郎の名を使って、すべてを任せているのだが、そのアネルザの判断に余るということならば、それなりの重大事項であるに違いないのだ。

 

「昨日の夜に、二通の書簡が王室に届いたのさ。魔道便を使った公的書簡だ。ひとつは、ローム帝国皇帝アーサーだね。そして、もうひとつは、クロノス教会教皇クレメンスの名だ。返信は女王としてイザベラの名でするけど、内容はお前の意見をきけ必要がある」

 

 タリオ大公のアーサーがローム新皇帝を名乗ったのは、つい数日前のことだ。

 アーサーがカロリック公国を征服するとともに、旧皇帝家を追放したことで、ローム三公国と呼ばれる三つの大公国からは、形式上の宗主はいなくなっていた。

 その状況で、もうひとつの大公国であるデセオ公国がタリオ公国の従属を誓ったことで、タリオ公国がこれまで分かれていたローム地方と呼ばれる土地を統一することになったのである。

 戴冠式は後日ということであるが、タリオからは新皇帝アーサーの名でローム帝国建国に書簡が正式に届いていた。

 ハロンドール王国としては、それに対して、なんの反応もしていないが、アーサーが皇帝の名で書簡を送ってきたのは、これが二回目ということになる。

 

 また、もうひとつのクロノス教会というのは、この王国にも拡がっているクロノス神を最高神と仰ぐ大陸宗教の最高教会であり、この大陸では人族最古の国家であるエルフ森林王国と並ぶ権威だ。

 この王国中にもクロノス教会の教会が拡がっていて、実はその支配は、ハロンドール王室ではなく、いまはタリオ内にある大神殿が握っているということだ。

 一郎が独裁官に就任以来、その教団でしか許されていないらしい暦の設定に、勝手に王国独自のものを加えたし、王国内でフラントワーズが代表となる新教団の設立を認めたりした。

 

 アーサーにしても、教皇クレメンツにしても、一郎に好意的な書簡を送ってきたとはとてもじゃないが思えない。

 まあ、その両勢力から、なんらかの反応がイザベラの戴冠式前に来るというのは予想はしていた。

 一郎は肩を竦めた。

 

「ローム新皇帝のアーサーと、ローム教皇か。もしかして、イザベラやガドの合同婚姻祝福とかかな?」

 

 一郎はお道化て言った。

 アネルザが横で鼻を鳴らす。

 

「そんなわけないだろう。祝福の言葉なんて、儀礼としても、一文字も書いてなかったよ。まあ、予想通りだとは思うよ。要約すれば、アーサー新皇帝からは、公妃エルザの返還だ。正式には離縁手続きは進んでなくて、勝手に里帰りして、戻ってない状態だからね。そのエルザをイザベラ女王の任命する南方総督にしたことを猛抗議してきているよ」

 

「エルザ殿を? 今更だろう」

 

「まあ、今更だけどね。こっちの不当を訴える種としてはいくらあってもいいということかもね」

 

「ふうん。それで、もうひとつの方は?」

 

「教皇からは具体的にはなにもないよ。ただし、十日後に教皇名代の枢機卿が王都にやってくるらしい。重要な話し合いをしたいということを上から目線で書いてきたさ」

 

「仮にも一国の女王を相手の書簡に上から目線か?」

 

「それだけの権威があるからね。そして、力も持っている。クロノス教会は、この王国全体に拡がっていて、臣民の信仰を握っている。しかも、地方においては、魔道遣いの素質のある子女を事実上独占していて、いまは、魔道遣いといえば、教会の神官という状態だ。その教団にそっぽを向かれれば、ハロンドール王宮であっても、臣民の忠誠はあっという間に離反するのは間違いない。少なくとも、連中はそう思っている。ハロンドール王室ごときに、上から目線はおかしくない話さ」

 

「なるほどねえ。まあ、そのどっちも、独裁官であるこのロウ=ボルグに任せてくれるか」

 

「任せるのはいいけど、その前に、どうするのかを教えてくれるんだろうねえ。そうじゃないと、王宮としてもどう対応していいかわからないというものさ」

 

「もちろんだ。アネルザの言ったように、今日の演習の後で、イザベラを交えて話をしよう」

 

「頼むよ」

 

 アネルザが言った。

 そのときだった。

 幕舎の立っているこの丘の下に、演習場の左右方向から、二頭ずつの騎馬がやってきた。

 すでに展開している二個勢力の将軍とその副官たちである。

 すなわち、一方はラスカリーナとナール。もう一方は、もともと、ハロンドール王軍の第一将軍だった将軍とその副官だ。

 

「来ました、ロウ様」

 

 エリカが声をかけた。

 

「時間通りだな。じゃあ、スクルド、おりてくれ」

 

 一郎はスクルドを膝からおろすと、思考を今日の対抗演習に切り替えた。



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943 女将軍と老将軍(1)

 騎乗のまま丘にあがってきた四騎の騎馬が一郎たちのそばまでやってきて下馬をした。

 やって来たのは、ラスカリーナとその副官のナール。そして、一郎がラスカリーナを新たな王軍の総将軍と抜擢したことで、ラスカリーナに次ぐ二番手になったショーン将軍とその副官である。

 どちらの陣営も護衛は連れてきていない。それぞれ、二騎だけでやってきたようだ。

 告げていた会議の刻限の通りである。

 

 場が改められ、地図が拡げられている四人が座る場所が整えられた。すなわち、こちら側は一郎が中心となり、両隣にアネルザとガドニエル、卓を挟んで向かい側に四個の席が準備されたかたちだ。エリカ、コゼ、そして、ブルイネンとスクルドは一郎たちの後ろに立っている。スクルドは認識阻害の魔道をかけるとともに、頭にフードを被り直していた。

 四人が一郎に向かって敬礼をする。

 ラスカリーナとナールは赤ら顔──。ショーン将軍については極めて不機嫌そうな表情である。

 一郎は四人を座らせると、口を開いた。

 

「対応演習の開始は予定通り正午にしようと考えている」

 

 すると、ラスカリーナは頷いたが、ショーンについては反応することなく、鋭い眼光で一郎を睨みつけただけだ。

 わかりやすく敵意を剥き出しにしている。背後でエリカとコゼがぴくりと反応したのがわかったが、一郎はそれを振り返ることなく手で制する。

 

「なにか、言いたいことがありそうだな、将軍?」

 

 一郎は微笑みを口元に浮かべながら言った。

 

「当然でしょう。王軍をあなたの玩具にされたのだ。愉快なわけがない。軍制も知らぬど素人が手を出していいものではないのだ。今日の茶番には付き合うが、それが終われば、あるべき姿に戻してもらう」

 

 ショーンは言った。

 髪と顎に蓄えた髭が真っ白の老将である。三代前のエルゲン王以降、ハロンドール王国の王軍には総司令官という役職はなく、便宜上、第一将軍の役職を持つ将軍が王軍の最高位の位置づけだったそうだ。

 しかし、今回、一郎が近衛の女連隊長に過ぎなかったラスカリーナを総司令官職に抜擢したため、ラスカリーナがごぼう抜きの最高位になったのだ。

 それを愉快には思っていない将軍は多い。

 その筆頭が、これまで王軍筆頭だった第一将軍のショーンだ。

 だから、一郎は今日の対抗演習を企画したのである。

 

「死にたいのかい、ショーン。このロウ殿は独裁官だ。王国の軍事大権も持っていて、その権限は女王に匹敵する。そのロウ殿への異議を口にするなら、まずは軍人をやめてからにするんだね」

 

 アネルザが舌打ちの後に言った。

 ショーンが腰の剣を鞘ごと抜て、卓の上に放り投げると、首の後ろを見せるように頭を前に傾けた。

 

「王妃殿下……いや、元王妃殿下ですかな。階級こそ、一代伯爵を貰っておりますが、なにぶんにも元々は男爵家の出身の根っからの軍人で叩きあげでしてな。政治もできませんし、王族に媚びる技も持っておりません。ただただ、軍人として愚直である不調法者です。気に入らなければ処断ください」

 

 ショーンは吐き捨てるように言った。

 一郎は肩を竦めた。

 この男は貴族としては、彼自身が口にした通り叩き上げだ。いまの年齢になるまで功績を積み重ねて、王軍筆頭にまで昇り詰めた男だそうだ。

 王軍の中では、特に兵士を中心に人望があり、性格もなかり面倒くさい男だとは耳にしていた。

 ただ、軍学に通じていて、軍才は恐ろしく高いそうだ。

 だからこそ、下級貴族出身でありながら、ここまで出世しているのだ。

 

「軍人らしく、言いたいことははっきりと言ってくれ。それで処断することはないさ。勿体ぶった言い回しは、むしろ、ひどく貴族っぽいぞ」

 

 一郎はわざと皮肉を言った。

 すると、ショーンの顔が怒りで真っ赤になった。

 

「ならば言いましょう。将軍としての能力のないラスカリーナを王軍筆頭にするなど、王軍将兵にとっての不幸であるだけでなく、彼女にとっても気の毒なことしかなりませんな」

 

「ほう、言いたいことを言うじゃないか。俺のラスカリーナに実力がないと?」

 

 一郎は微笑んだまま応じた。

 ふと、ラスカリーナにも視線を送る。

 彼女はちょっと困ったような顔をしている。まあ、当然だろう。ついこの間まで実戦に出ることはない近衛連隊長の地位にあったのだ。

 ショーンを含めた王軍将軍たちは、軍人としては上官になる。しかも、なにかの功績があったわけでもない。

 ラスカリーナとしても、大抵のことは言われても仕方がないと考えているだろう。

 

「はっきり言うように命じられたのは独裁官閣下ですからな。悪く思われませんように……。ともかく、軍隊というところは、実力主義でなければならんのです。独裁官閣下の引きで出世させたいのであれば、それに相応しい名誉職はいくらもあります。だが、王軍総司令官というのは、そのような職にあらず。ラスカリーナが相応しいとはとても思われませんな」

 

「まさか、俺がラスカリーナを自分の女にしたから、その理由だけで、こいつを総軍の司令官にしたと考えているんじゃないだろうな?」

 

「間違いないことではないのですか? ラスカリーナは独裁官閣下の愛人なのでは?」

 

「それは間違いないな」

 

 一郎は笑った。隠すつもりはない。

 ラスカリーナにしても、ナールにしても、一郎は自分の女だとしっかりと公言している。

 それで、ラスカリーナの地位が抜擢されたことに納得する者もいるが、目の前のショーンのように反感を持つ者もいる。

 まあ、ここまで堂々と不満をぶつける者は、ほかには皆無とは思うが……。

 

「な、なんという惚けたことを──」

 

 すると、ものすごい勢いで、ショーンが卓に拳を叩きつけた。

 

「いい加減にしないかい、ショーン──」

 

 アネルザが一喝した。

 

「ご主人様、いつでも命じてください……。この無礼者の人間族を木っ端みじんにします」

 

 また、横でぼそりとガドニエルが言った。

 見ると、顔から表情が消えている。また、ショーンは面食らっている。

 一郎は苦笑して、片手をあげて全員を制する。

 

「みんなやめろ。ショーン将軍に言いたいことを口にしろと告げたのは俺だ。だが、これだけは言っておく。俺がラスカリーナを王軍総司令官としたのは、単純に実力が第一だからだ。もちろん、ショーン将軍よりもな」

 

「な、なにを──」

 

 ショーンが顔を真っ赤にする。

 

「ショーン将軍──」

 

 そのとき、ずっと黙ったままだったラスカリーナが口を挟んだ。

 

「なんだ?」

 

 ショーンがラスカリーナに顔を向けた。

 

「わたしが総司令官に就任することに納得できないのは十分に理解できます。ですから、今日の演習でそれをご確認ください。そのうえで判断をして頂きたいと思います。わたしが将軍方の上級者として相応しいかどうかを見極めてください。そのために今日の対抗演習を準備してもらったのです」

 

 ラスカリーナが静かに言った。

 ショーンは驚いた顔になった。

 

「馬鹿な。つい先日、将軍の格を与えられただけのそなたになにができる」

 

「それを見極めてください。そのうえで、どうしても認められないというのであれば、わたしは独裁官閣下にお願いして、総司令官の地位を辞します。約束しましょう」

 

「辞してどうする。将軍をやめて、ただの女将校に戻ることなどできんのだぞ」

 

「もちろん、そのときは軍を去ります」

 

 ラスカリーナは淡々とした口調で言った。

 一郎はショーンを見た。

 

「彼女はここまで覚悟を決めているぞ。それとも、将軍はまだ口で言い合いをしたいのか? 軍人の見極めは戦場でしかできないとは思うが、それに近い場は作った。あとは将軍の言葉を結果で示してみろ」

 

 一郎は言った。

 ショーンは大きく息を吐くとともに、さっき卓に放り投げた自分の剣を戻す。

 

「わかりました。やりましょう。しかし、ラスカリーナにとっては、残念なことになるのは間違いないですぞ。わしはそれだけの痛撃を与えてますからな」

 

「よろしくお願いします」

 

 ラスカリーナがにっこりと微笑んだ。

 一郎は頷いた。

 

「じゃあ、想定を与える……。とはいっても、簡単なものだ。想定は相互に移動状態の遭遇戦とする。正午までに態勢をとり、それ以降はどう動いてもいい。だが、夕方までにお互いに決着は付けろ。以上だ」

 

 ラスカリーナにしても、ショーンにしても、連れてきている兵はラスカリーナ側が二千、ショーン側が三千である。騎兵はそのうちのお互いに五百。ラスカリーナ側で騎兵を率いるのは、シャングリアとベアトリーチェである。

 相互の軍は、一郎の事前の指示により、この丘を間に挟んだこの演習場の両端に展開をしているはずだ

 

「想定として、兵站については?」

 

 ショーンが質問をした。

 

「お互いに問題ないものとする。実戦では大切なんだろうけど、今回は演習だしね」

 

「了解した」

 

「わかりました」

 

 ショーンとラスカリーナがそれぞれに頷いた。

 

「では、あとは好きに動いてくれ。判定については、お互いの意見を聞いて改めて判断する」

 

 一郎は立ちあがって、天幕に入ることにした。

 周りの女たちも続く。

 ラスカリーナやショーンたちについては、卓の地図に見入っている。しばらく、そのまま見ていくのだろうと思う。

 天幕の中は一人分の簡易寝台と十個ほどの床几椅子が無造作に置いてある。一郎たちは適当に腰をおろした。

 

「正午まで、まだ数ノスありますね」

 

 エリカだ。

 

「そうだな。じゃあ、今度は雌犬候補ふたりに相手をしてもらうかな。ガド、スクルド、お前たちは正午までは雌犬だ。手を使わずに奉仕しろ。もちろん、魔道もだ。まずは足だ。俺から口を脱がせて足を舐めるんだ。始めろ──」

 

 一郎は両足を投げ出すようにした。

 今日、一郎が履いているのは、紐編みの革の長靴だ。これを口だけで脱がせるのはかなりの労働だろう。

 

「わ、わかりましたわ──。あっ、いえ、わん、わんわん」

 

「わんわんわん──」

 

 しかし、ガドニエルとスクルドは満面の笑みを浮かべると、すぐに四つん這いになって、競うように一郎の足先に寄ってきた。

 早速、長靴の紐に噛みついて紐を解こうと努力しはじめる。

 

「女王陛下……」

 

 ブルイネンが困ったように脱力している。

 だが、もう諦めているのだろう。すぐに外に出ていき、天幕に誰も近づけないように、外にいる親衛隊に指示を出しているのが聞こえた。

 

「ふふふ、多分、このふたりはこの大陸でも一、二を争う魔道遣いなのは間違いない。そのふたりに、こんなことをさせるのは、お前くらいだろうさ」

 

 アネルザが笑った。

 

「ありがたいことにね……。ほら。頑張れ、ふたりとも」

 

 一郎は粘性体をガドニエルとスクルドの下着の中に侵入させると、軽く振動を開始した。

 

「んふうっ」

 

「ふわっ」

 

 ふたりが同時にびくりと身体を反応させた。

 一郎は声をあげて笑った。

 

「そら、しっかりやらないか。足舐めが終われば、次はフェラチオもあるからな。ただし、不甲斐ない方には“お預けちんちん”の罰だ。それが嫌なら、早く靴を脱がせるんだ」

 

 一郎の言葉に、ふたりとも粘性体の刺激でちょっととまっていた口を慌てたように動かしだす。

 その光景を一郎は満足感を抱きつつ眺めた。

 

「ところで、ロウ殿……。もうひとつ聞いてもらいたい話があるんだけどね。そのままでいい。だけど、どうしたものかと思ってねえ」

 

 すると、アネルザが一郎にさらに声をかけてきた。

 一郎は視線だけをアネルザに向ける。

 

「もうひとつ? タリオのアーサーと教皇からの書簡のほかということ?」

 

「まあね。もっと私的なことさ……。いや、私的とはいえないかもね。王宮のことでもある。まあ、王家のことさ」

 

「王家?」

 

「ああ……。まだ、間もないことなんではっきりと断定できることじゃないんだが、魔道で鑑定も受けた。多分、間違いない。どうやら、わたしは妊娠したみたいさ」

 

 アネルザが顔を赤くして、ちょっとはにかんだように言った。

 

「えええ──? あっ、いや、本当か?」

 

 一郎はびっくりした。だが、慌てて、驚きの表情を顔から消す。

 しかし、それで、はっともなった。

 もしかして、あのときかもしれない。ルードルフを屈服させるときに、あいつの目の前でアネルザを犯したとき、アネルザを妊娠をさせてやろうと軽口を言いながら精を注いだ気がした。

 いや、間違いない。

 また、言霊が勝手に発動したか……。

 

「本当?」

 

「まあ?」

 

 コゼとエリカも驚愕している。

 アネルザが頷いた。

 

「そ、そうなんだよ……。わたしも驚いてね。お前との子であることは間違いない。この一年以上、わたしはお前以外と性交なんてしてないからね」

 

「それは全く疑ってないさ」

 

 一郎は苦笑した。

 

「ああ……。だけど、この腹の子は対外的には、ルードルフの子ということになる。それをどうしたものかと思ってね」

 

 アネルザがちょっと困ったような顔で言った。



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944 女将軍と老将軍(2)

 正午になった。

 

「はあ、はあ、はあ……。で、では、準備はよろしいですか? わたしとスクルドさんの身体にふたりずつ掴まってください……」

 

 ガドニエルがまだ整わない荒い息をしながら言った。

 一郎はほくそ笑んだ。

 ガドニエルにしても、スクルドにしても、呼吸を荒しているし、かなりの汗をかいている。なによりも漂わせている女の匂いと色香がすごい。

 なにしろ、ついさっきまで、そのふたりを性的にいたぶっていたのである。

 

 これから始まるのは、ラスカリーナとショーン将軍がそれぞれ指揮する隊同士がぶつかり合う対抗演習であるが、それまでの準備時間を利用して、一郎はガドニエルとスクルドをさんざんに弄んで愉しんでいたというわけだ。

 すなわち、ふたりに口だけを使って一郎の靴を脱がさせて足の指を舐めさせ、次いで、やはり口だけで一郎のズボンから男根を露出させて奉仕をさせた。その間、粘性体を飛ばした股間愛撫によって絶頂寸前までの性感刺激を幾度も繰り返して翻弄してもやった。

 その時、精を砂時計が落ち切るまでに放出できなければ罰だと言い渡し、わざと精を出さず、罰に移行した。

 ふたりに与えた罰は、天幕の外における野外性交だ。

 収納術で一気に全裸にすると、後手に手錠をかけて、さらに施している赤チョーカーに鎖を繋いで外に連れ出した。

 ブルイネンが慌てて、親衛隊を集めて人間の壁を作ったところで、ふたりを膝立ちでうつ伏せにして後背位で犯し、五回ずつ連続絶頂させたところで、やっと精を放った。

 まあ、やったのはそれだけだ。

 

 ふたりとも、なんだかんだで相好をだらしなく崩して涎まで垂らしていたので、かなり満足したのだろう。

 しばらく足腰に力が入らないような感じだったが、ちょっと前にやっと立ちあがったところである。

 しかし、後手の手錠もチョーカーに繋いだ鎖もそのままであり、身体を覆うことを許したのはケープだけだ。だから、ふたりは、いわゆる「全裸コート」ならず、「全裸ケープ」という恰好だ。

 ケープの裾が太腿の半分にも届かず、生脚が露出しているので、かなり扇情的である。

 一郎は嗜虐欲を刺激されて、大いに満足している。

 

「ロウ様、このまま連れていくのですか……? 認識阻害もかかっていて、正体不明の魔道遣いということになっているスクルドはともかく、ガドのこんな格好を見られたら……」

 

 エリカがちょっと遠慮がちな口調で言った。

 ラスカリーナたちの遭遇戦演習は、ここではなく、丘陵ふたつほど離れた場所が予想される接触線になりそうな感じだった。

 それでいまからそこに縮地術で移動しようとしているのだが、一郎がガドニエルたちの格好を戻さないので、たしなめの気持ちだろう。

 向かうのは演習場内のひとつの丘陵の頂上だが、そこから眼下を見下ろせるということは、見ようと思えば下から上も見ることができるということだからだ。

 だが、一郎としては、たったいままで続けた嗜虐の余韻が残っていて、もう少しふたりへの辱めを続けたい気持ちだ。

 

「そ、そうです。ロウ殿、どうか女王陛下のこの格好については、お許しを……」

 

 ブルイネンも控えめに口を挟んできた。

 

「な、なにを言うのですか、ブルイネン。わ、わたしは構いません。わたしは徹頭徹尾、ご主人様の雌犬なのです。それはもう、心の底から……」

 

 だが、ガドニエルが抗議の声を口にする。

 

「わたしのことも、もっと辱めてください。ご主人様が大好きな筆頭雌犬のスクルドでございますので」

 

「筆頭雌犬ねえ……。まあ、神官時代からよくそう言って、うちに入り浸ってたけど……」

 

 スクルドの言葉に、コゼが半分呆れたような口調で揶揄いの言葉を口にして笑う。

 

「まあ、本人が問題ないと言うんだからいいだろう。だけど、ガドも認識阻害だけはかけさせてやろう。魔道は禁止とは命令したが、それだけはかけていい。でも、その代わり、ちょっとばかり羞恥責めがエスカレートするかもしれないぞ」

 

 一郎は笑いながら言った。

 すると、ガドニエルが首を横に振る。

 

「ふ、不要です。ガドがご主人様の雌犬だと知られて困ることはなにひとつありません。もっと過激なことをも大丈夫です。おそばに置いてくださりさえすれば、わたしはどう扱っていただいてもいいのです」

 

「いえ、困るんです、陛下──」

 

 ガドニエルの満面の笑みを浮かべた言葉に対して、ブルイネンが慌てて反応する。

 

「ははは、こんな感じだ。エリカ、どう思う?」

 

「まあ、だったら、ご勝手にというところです。お好きにどうぞ、ロウ様」

 

「話がわかるな、うちの正妻様は」

 

 一郎は笑った。

 そして、しばらく悶着があったものの、結局、なんだかんだでこのままいくことになった。

 やっと、縮地術による移動の準備が整う。

 ガドニエルには一郎とエリカ、スクルドにはコゼとアネルザがつく。ブルイネンを含めたほかの親衛隊については自力で縮地移動だ。ただし、一郎たちが乗ってきた馬については、親衛隊の幾人かが馬を曳いて、地上を歩いて連れてくることになった。

 

「お前は相変わらずだねえ……。ショーン相手に独裁官らしく、堂々とふるまっていたかと思うと、嗜虐好きの好色は変化なしかい。お前も、そろそろ慎みというのを覚えた方がいいんじゃないかい?」

 

 アネルザだ。

 まったく本気ではない冗談口調である。

 一郎は苦笑した。

 

「好色であることはやめられそうにないさ。俺ではなく、淫魔師というスキルがそうさせるんだと言い訳しておくよ……。ところで、今更だが、移動術や縮地術はお腹の子供には大丈夫なのか、アネルザ」

 

「問題ないよ。むしろ、地上を進むよりも安全さ」

 

 アネルザのお腹の中に一郎とのあいだの子供がいるということを告げられたのは、少し前のことだ。

 一郎との子ということに間違いはないのだが、アネルザは兇王ルードルフの元王妃なので、対外的にはその子がルードルフの子になるということを心配していた。いまや、ルードルフは希代の悪王としての悪評を得てしまった。その子ということが、生まれてくる子の立場を悪くしないだろうかと心配をしているようなのだ。

 しかし、それに対して、一郎はそれほどの問題にはならないだろうと諭した。

 ルードルフの血を引いていることが問題になり得るのであれば、そもそも、イザベラがそうだし、アンもエルザもそうだ。

 だいたい、アネルザはかなり前から一郎を愛人にしていると知られていた。ならば、むしろ、一郎との子だと喧伝すればいい。

 もっとも、イザベラ、アン、アネルザと王家の女たちが次々に子供を産むということで、王位継承権は複雑にはなりそうなので、それは早急に整理させる必要があるとは思っている。

 なにしろ、一郎の魔眼では、アネルザのお腹にいるのが、男であることがわかったのだ。それに対して、イザベラとアンの子は女だ。女であることで王位を継承することに妨げはないのだが、この王国の慣習では、男の王位継承者が優先されるということなのだ。

 しかも、アネルザのお腹の子には、なにかの強い力を感じた。それがなにであるかまではわからなかったが、同時期に生まれてくる子の中では抜きんでたなにかの力を持っている。

 だからこそ、後継者選定が複雑になる前に、整理させなければならないと思った。

 まあ、無事に生まれてからのことではあるが……。

 

「では、向かいます。陛下やロウ殿たちは、第一陣の到着後に跳躍してください」

 

 ブルイネンが言って、親衛隊の半分ほどの姿が消える。

 そして、かなり離れた丘陵の頂上に、まとまった集団が出現するのが小さく見えた。

 距離があっても、視界に捉えた場所に瞬間移動するのが「縮地術」という魔道らしい。

 

「では、行きます」

 

 ガドニエルの言葉とともに、一瞬にして景色が変わった。

 あっという間に跳躍が終わって、目的に丘陵の頂上に立つ。すぐに、スクルド以下もやってきた。

 最後に、馬を曳いてくる者を除いた残っていた親衛隊の残りが跳躍してきて、全員の移動が完了する。

 

「始まっているな」

 

 眼下の地上側で、すでにラスカリーナとショーンの両陣営が動き回っているのがわかった。お互いに激しく騎馬で斥候を送り合っているようだ。

 両軍のあいだには、まだ幾つかの丘陵がある。

 ここからは両方の本隊の動きまで視界に入るのだが、どうやら、ショーンは自隊を小さく分けて、少しずつ前に出すことにしたみたいだ。

 それに比べて、ラスカリーナ側については、全体が離れることなくまとまって動いている。

 そのため、ショーン側の動きは比較的速く、ラスカリーナ側は鈍重の印象だ。

 

「どちらが優勢なんですか?」

 

 エリカが目を凝らしながら訊ねてきた。

 一郎としては肩を竦めるしかない。

 

「まだ、なんとも言えないな。ただ、ラスカリーナ側には、すでに騎兵がほとんどいないな」

 

 一郎の魔眼でも、これだけ距離があれば、詳しい情報を得ることは難しいものの、大きな概要であればわかるのだ。

 すでに、ラスカリーナ側の本隊にはまとまった騎馬集団がいない。それに比べて、ショーン側については、まだショーンの本陣付近に騎馬兵がまとまっている。

 

「へえ、そうなのかい?」

 

 アネルザだ。

 一郎はガドニエルが身にまとっているケープの下から垂れている鎖を手に取った。悪戯心を発揮して、その鎖をガドニエルの股間に通して背中側に持っていき、ケープごと引き上げた。

 

「ひゃん」

 

 ガドニエルが後手手錠の身体を竦みあげた。

 股に通った鎖は一瞬にして、ガドニエルの股に喰い込んでいる。一郎はゆっくりとそれを前後に動かしてやる。

 

「ひゃっ、ひゃああっ、ああっ」

 

 ガドニエルが艶めかしく身体をくねらせる。

 また、鎖が引きあがっているので、ケープの裾は股間それそれまでまくれ上がり、ガドニエルの美しい脚が完全に露出している。

 

「わっ、だ、第一小隊、壁──」

 

 ブルイネンが慌てて叫ぶ。

 たちまちに、前を阻む親衛隊たちの壁ができあがる。

 

「あっ、ああっ、あっ」

 

 一方で、一郎に悪戯をされ続けるガドニエルは切なそうに腰をくねらせている。一郎は淫魔術で確認しながら、ガドニエルの急所を確実に鎖で責めるとともに、さらにケープの上から乳房を無造作に掴んだ。

 布越しに揉んでいく。

 

「あん、き、気持ちいいです……。ああっ」

 

 ガドニエルが甘い声をあげた。

 

「ふふふ、今日はガドの日ですね。でも、ほかのあたしたちも構って欲しいです」

 

 横にやってきたコゼが半分拗ねたように身体を寄せてきた。

 

「いいぞ。いつでも。ほらっ」

 

 一郎は顔をコゼに向けて曲げ、口づけをしてやる。

 コゼが両手で一郎に首にしがみついてきた。舌を挿し込み、コゼの口の中を蹂躙する。

 

「んんっ、んっ、んっ」

 

 次第にコゼの身体から力が抜けていくのがわかる。

 しばらくコゼの口の中を舌で愛撫し続けてから、やっと一郎はコゼから口を離す。

 繋がっていた涎の線が糸を引いたが、それがぱちんと弾けて消える。

 

「もう濡れたのか。ズボンに染みができてるぞ」

 

 一郎は口を離すと、内腿をすぼめて立っているコゼにささやいた。

 コゼはいつも半ズボンなのだが、その股間のところに小さな丸い染みが新しくできていたのだ。

 下着とズボンを通り越して愛液が染みを作るのだから、かなりの蜜を噴き出させたに違いない。

 

「んんっ、ぬ、濡れ濡れです。あたしもご主人様にもっと苛められたいです」

 

 コゼが甘えた声で一郎の腕にしがみついていた。

 

「あっ、あっ、ご、ご主人様、そ、そ、そろそろ、ガ、ガドは……」

 

 また、コゼと口づけを交わしているあいだも、ずっとガドを責める股の鎖や乳房の愛撫は続けていた。

 そろそろガドニエルもまた、絶頂に向かって快感を昂らせているのがわかる。

 

「あっ、なにか来ます」

 

 そのとき、エリカが慌てたように声をあげた。

 一郎も気がついた。

 背中側からなにかが近づき、この丘陵の地面が揺れているのだ。

 一郎はとりあえず、ガドニエルへの悪戯を中止し、ケープを元に戻した。

 

「あんっ」

 

 すると、ガドニエルが残念そうな声を出して、一郎に身体を寄せてきた。

 

「わたしも構っていただきたいですわ。雌犬のスクルドです」

 

 背中にどんと乳房のようなものが当たる。

 ガドニエル同様に後手手錠で全裸ケープのスクルドだ。

 勝手に一郎の背中に乳房をこすりつけてきて揺すり、すぐに甘い声をあげ始めた。

 

「この淫乱巫女……」

 

 一郎の腕にしがみついているコゼが舌打ちしている。

 

「全員密集隊形──」

 

 ブルイネンが叫んだ。

 ある程度拡がっていた親衛隊が一気に密着する。

 地面の揺れが大きくなり、あっという間に周囲を騎兵に囲まれてしまった。

 

「おう、ロウたちはここにいたのか。ラスカリーナの指示で迂回して、この丘陵にあがったが、もしかして、ここは想定外の場所か?」

 

 驚いたことに、やって来たのは、シャングリアとその指揮下らしい二百騎ほどの騎馬集団だ。

 シャングリアは部下を散開させ、自分だけロウたちのところにやってきた。

 騎乗のままだ。

 

「別に禁止はしてない。だが、いい場所を占拠させたな。ここなら全体が見渡せる」

 

 一郎はシャングリアを見上げながら言った。

 

「そのようだな。多分、あっという間に終わると思うぞ。ラスカリーナの指示は実に的確だ。ベアトリーチェも別の丘陵を占拠している」

 

 シャングリアが応じた。

 なる程なと思った。

 だが、こんなにもあっという間に、ここを占拠したということは、おそらく斥候を送ると同時に、騎馬集団を迂回させて動かしたのだろう。

 そして、シャングリアにしても、別の丘陵を確保したというベアトリーチェにしても、騎馬隊の指揮官としてかなりの有能ぶりを発揮している。

 率いる騎馬隊を実によくまとめている。

 

「そうか。とにかく、俺たちはいないと思ってくれ」

 

「わかった」

 

 シャングリアは離れていった。

 だが、ほかのシャングリアの部下もこの丘陵に展開したままだ。さすがに、露骨な女たちへの悪戯は自制した。

 しばらく模擬戦場に意識を戻す。

 ゆっくりと動くラスカリーナ本隊に対して、ショーンの率いる軍の動きは速い。小さく分けた分だけ動きが軽いのだ。

 まとまったままのラスカリーナ隊を上手に包囲するように展開していく。

 

 もう少しで、ショーン将軍側によるラスカリーナ隊への包囲態勢が完了するかもしれない……。

 そんな風に考え始めたときだ。

 

 シャングリアの声が周囲に響き、本隊と本隊がぶつかりそうな場所に向かって駆け下りていった。

 別の場所からベアトリーチェらしき者が率いる騎馬集団も突進していく。

 

 あっという間にふたつの隊が、側背からショーン隊を襲撃した。

 まとまりかけてきたショーン隊が分断し、その分断された集団が突進してくるシャングリアとベアトリーチェのふたつの騎兵隊にさらに分断される。

 突き抜けたふたつの騎馬隊が再突入を繰り返す。

 ショーン隊は、どんどん散り散りになっていく。それが続く。

 

「ほう、すごいですね。さすがに、あたしにもどっちが勝ったかわかりますね」

 

 コゼだ。

 

「本当です」

 

 エリカも言った。

 

「あれで決着だな」

 

 一郎は言った。

 鈍重のように見えていたラスカリーナの本隊が走り始める。

 速い──。

 そして、あっという間にショーン隊を蹂躙する。

 混乱の中、ショーン将軍についても、シャングリアに打ち倒されてしまった。

 

「終わりだ。スクルド、信号をあげてくれ」

 

「はい」

 

 空に赤い火炎弾が連発で発射される。

 演習修了の合図だ。

 夕方まで待つことなく、決着はついたようだ。



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945 女将軍と老将軍(3)

 模擬戦があっという間に終わったことで、一郎はショーンにひとつの丘を拠るように指示した。そして、それをラスカリーナが攻撃するという想定で、二回戦目を急遽実施させることにした。

 しかも、三千で防御するショーン隊に対して、ラスカリーナが一千とした。さらにシャングリアとベアトリーチェのそれぞれの騎馬隊も使わないこととさせた。

 

 とにかく、今日の模擬戦の目的は、王軍の重鎮であり、将兵への影響力も高い老将のショーンを完膚なきまでにラスカリーナに叩きのめさせ、ラスカリーナという女将をショーンに認めさせることだ。

 なんの功績もないラスカリーナをいきなり王軍の頂点に採用すれば、反撥が生じることはわかっていた。

 だから、ラスカリーナの実力をこれでもかというほどに見せつける必要があるのだ。

 それこそ、ショーンが納得するまで模擬戦も繰り返させる腹積もりもある。

 

「わたしは、戦いには素人だけど、三千で守る陣を一千で突破できたりするのかい?」

 

 アネルザだ。

 一郎は肩を竦めた。

 

「どうかな。ラスカリーナには、負けたりしたら、淫靡な罰を与えると告げているからな。一生懸命に用兵をしてくれるさ。一般的には、三倍の兵力で防御をする陣など攻撃などできないよ」

 

 一縷はうそぶいた。

 

「ふふふ、だったら、ラスカリーナ様たちが勝てば、今日はお許しになるんですね。それは、むしろ、ご褒美じゃなくて、罰かも。なんだかんだで、ご主人様の女になった者は、全員がご主人様に苛められたいんですから」

 

 コゼが横で笑う。

 

「いや、そのときには、淫靡なご褒美だと言っている」

 

「結局、勝っても負けても、お前の調教が待っているのかい」

 

 アネルザが声をあげて笑った。

 やがて、準備が整ったという連絡がそれぞれから送られたので、合図の花火をあげさせて、二回戦目を開始させた。

 すぐに、ラスカリーナ隊が攻撃を開始した。

 正面攻撃だ。

 そして、あっさりとショーンの陣を崩してしまった。またもや、ラスカリーナ隊の勝利だ。

 

「スクルド、ショーンに、もう一度やるかと通信球を送ってくれ」

 

 一郎は言った。

 まだ、陽が落ちるまでにはかなりある。

 やろうと思えば、もう一戦も可能だろう。「やる」と応じれば、まだ納得していないということだ。「やらない」と返ってくれば、ラスカリーナが上に立つことを老将ショーンが認めるということだ。

 どちらでもいい。

 また、それぞれの隊には、通信球のやりとりができるように、初級魔道士を複数つけている。

 

「ふふふ、わかりましたわ。でも、ちゃんとできましたら、わたしにも、淫靡なご褒美が欲しいですわ」

 

 一郎の足元に蹲っているスクルドが一郎の片足に身体を擦る付けるようにして媚びてきた。

 ガドニエルに対してもそうだが、今日のスクルドたちには、裸体にフード付きのケープだけをまとわせて、後手に手錠をかけさせたままだ。そのスクルドはすっかりと甘え気分みたいだ。

 

「ま、まあ、わたしにご命じくださいな、ご主人様。通信でもなんでも、魔道ならガドが役に立ちますから」

 

 すると、ガドニエルが対抗するように一郎を見上げてくる。

 

「なに言ってんのよ。王軍間の通信をナタル女王のあんたが介入してきたら、相手が混乱するでしょう」

 

 コゼが揶揄うような言葉を挟んだ。

 

「だったら、わたしは、この王国に仕えますわ。王軍魔道士として、ご主人様に仕えるんです」

 

「滅茶苦茶言わないのよ、ガド」

 

 エリカが呆れたように言った。

 一方で、そのあいだに、スクルドがショーンについている魔道士に通信球を送ったのを確認した。

 返事が戻ってきたのはすぐだ。

 もう一度やらせてくれということだった。

 一郎は、ラスカリーナ隊を五百に減らして、平地に陣を組むように指示した。ショーンが三千でこれを攻めるのである。

 開始は、一ノス後とした。

 指示が終わるとともに、眼下のラスカリーナ隊が動き出す。

 

「じゃあ、スクルド、来い」

 

 一郎は足元のスクルドの腕をとって立たせる。

 そして、引き寄せると、正面からケープの裾をまくって、股間を弄ってやる。

 

「あんっ、ご主人様」

 

 後手に拘束されているスクルドが上体を一郎の胸に預けるようにもたれかからせた。

 スクルドの股間はびっしょりと濡れている。

 しばらく遊んでいたし、もともと淫乱体質のスクルドだ。一郎が悪戯をする素振りをするだけで、股間を濡らすのはいつものことでもある。

 一郎は、二度三度と股間の亀裂に沿って指を喰い込ませるように動かした後、すっと指を二本スクルドの濡れている股間の中に挿入させる。

 

「ひゃん──」

 

 スクルドがびくりと身体を震わせた。

 膣の中にある幾つかの赤いもやの濃い場所の中で、入口の上付近の盛り上がっている土手のような部位を押し揉んでやる。

 いわゆる“Gスポット”だ。

 

「んふううっ」

 

 一気に愉悦の大波に襲われたスクルドが、上気した顔を歪めた。

 

「まだいくなよ。こっちもだ」

 

 股間をなぶる手管を調整しながら、もう一方の手でスクルドの生尻を撫でるとともに、指に潤滑油を蓄えさせた後、親指をアナルに突き立てた。

 前からと後ろから指をゆっくりと快感の集中する場所を重点的に刺激しながら抽送してやる。加えて、前を挿入している手の親指の腹でクリトリスも転がした。

 

「はあああっ、ご主人様ああ──」

 

 スクルドが四肢まで響くような快感に、大きな喘ぎ声を洩らす。

 

「ス、スクルド、いくら、周りに誰もいないとはいえ、ちょっとは声を落として──。丘陵の上なのよ。下には王軍の兵がいるんだから」

 

 エリカがたしなめの声を出す。

 

「だ、だって、エリカさん、こ、こんなの我慢できるわけ……。あっ、あっ、あああ」

 

 スクルドががくがくと全身を痙攣させだした。

 一郎は三箇所責めを続けながら、悪戯でスクルドの膀胱にぱんぱんに水分を充満させてやった。

 

「ひいいっ」

 

 快感に悶えていたスクルドが大きく眼を剥く。

 

「ほら、いけ」

 

 一郎は両手で与える股間とアナルの刺激を激しくしてやった。

 スクルドが全身を突っ張らせた。

 

「んふうううっ、だ、だめえええ──」

 

 スクルドが一気に快感を昇天させたのがわかった。

 同時に、それによって緩んだ尿道からゆばりが迸ってきた。

 一郎は指を抜いて、さっとスクルドから離れた。しかも、身体からケープを剥ぎってしまう。

 

「ひいいいい」

 

 スクルドががくがくと身体を震わせながら、脱力した身体をしゃがみ込ませてしまう。

 股間の下の地面にみるみると大きな放尿の水たまりが拡がっていった。

 

「絶頂は許したが、放尿は許してないぞ。これは粗相をした罰を与えないとな」

 

 一郎はまだ放尿を続けるスクルドの顔に向かって男根を露出させる。

 そして、おもむろに男根から放尿を迸らせた。

 

「わっ」

 

「まあ」

 

「おやおや」

 

 コゼ、エリカ、アネルザがスクルドの顔に小便をかける一郎に接して、驚きの声を発した。

 だが、当事者のスクルドは、自らも放尿を続けながら、一郎におしっこを頭からかけられて恍惚の表情を浮かべている。

 

「や、やっぱり、狡いですわ、スクルド様だけ」

 

 ただひとりガドニエルだけが口惜しそうに身体をくねらせた。 

 一郎は笑い声をあげた。

 

「さすがに、やりすぎたか、エリカ?」

 

 放尿の終わった一郎はズボンの股間をしまいつつ、エリカに向かって振り返る。

 

「そ、そうですね」

 

 エリカが躊躇いがちに頷く。

 だが、当人のスクルドが一郎のおしっこで髪と顔を濡らしたまま、首を横に振る。だが、まるで痴呆のような満面の笑みを浮かべている。

 

「い、いえ……け、結構なお手前でした」

 

「お手前ねえ」

 

 一郎は苦笑した。

 

「ははは、クロノス様になら、なにをされても問題ありません。もっと過激なことでもです」

 

「そうですね」

 

「あたしにも、クロノス様のご聖水をかけて欲しいですわあ」

 

 すると、一郎たちの痴態を身体で壁を作って隠している親衛隊の幾人かがお道化たように声をかけてきた。

 

「軽口を叩くな。警備に専念せよ」

 

 すると、ブルイネンが一喝した。

 そうこうしているうちに、ショーン隊とラスカリーナの両隊が体勢を整えたと報告してきた。

 一郎は合図の花火を上空にあげさせて、三回戦目を開始させた。

 

 今度は、ショーン隊からの攻撃だ。

 ショーンが選んだのは、一列縦隊による十箇所以上からの攻撃だ。守っているラスカリーナ側の兵力は少ない。

 どれかひとつでも突破ができれば、それでショーンは後詰をそこに集めて、ラスカリーナ隊を蹂躙できる。

 だが、ラスカリーナは全体を後方に退かせると、突撃してきたショーン隊の第一線を包み込むようなかたちにしてしまった。

 ショーンが慌てて、後詰を投入する。

 だが、それは当初の突撃部隊を包み込んでいたラスカリーナの隊にうまく阻まれた。正面からの攻撃をかわすように横に動いたラスカリーナ隊に反撃されて横を突かれて崩れてしまう。

 またもや陣形をくずされたところを攻められて、ショーンが再び馬から落とされたのが見えた。

 一郎は修了の合図を出させた。

 

「これで、終わりだな」

 

 陽は落ちかけている。

 一郎は、各隊の主力は王都に戻すように処置するとともに、ラスカリーナとショーン、そして、それぞれの副官については、最初に集まった天幕の前に来るように指示させた。

 シャングリアとベアトリーチェについてもだ。

 一郎たちについては、再び縮地術で元の場所に移動する。

 ショーンたちがやってくる前に、スクルドとガドニエルの拘束については解き、服も返して服装も整えさせる。

 

 それからしばらくして、ラスカリーナ、ナール、ショーン、ショーンの副官、シャングリア、ベアトリーチェが騎馬でやってきた。

 ショーンとその副官の具足はぼろぼろだった。

 到着するや否や、ショーンは馬から落ちるようにおりると、その場で片膝をついて顔を項垂れさせる。

 

「負けに負けたな、ショーン将軍。これでも、ラスカリーナを認めないか?」

 

「いえ、間違っていました。大言を吐いたことを悔いるばかりです。ラスカリーナ司令官、どうぞ、お許しを」

 

 ショーンが膝をついたまま身体をラスカリーナに向けると、深く頭をさげた。

 赤い顔をして、額に汗を掻いているラスカリーナが首を横に振る。

 

「と、とんでもありません。ですが、わたしには用兵はできます。各隊の欠点を指摘することもできます。ですが、やはり、将兵の心を掴んで叱咤するということについては、得手ではありません。それについては、ショーン将軍のお力をお借りしたいのです。どうぞ、協力してください」

 

 ラスカリーナがショーンの前に向かい、ショーンの手を取って立ちあがらせる。

 だが、そのとき、途中でがくりと膝を折りかけた。

 ラスカリーナは慌てて体勢を取り直していた。

 

「まだ、この老将にできることがありますか?」

 

「もちろんです。ショーン将軍でなければできません。ただ、おそらく、幾年もしないうちに、大きな戦いが予想されます。先ほども言いましたが、独裁官閣下と女王陛下のご命令ですので、わたしは全軍の司令官の立場につきます。ですが、ショーン閣下たちのようなこれまで王軍を支えてこられた方々をないがしろにするつもりは毛頭ありません。どうか、お力をお貸しください」

 

 ラスカリーナが頭をさげた。

 ショーンちょっとだけ驚いたような顔になる。

 

「大きな戦い?」

 

 ショーンが怪訝そうに言った。

 

「タリオ……。いや、新ローム帝国だな。そのアーサー皇帝は、ついに三公国を併合して、皇帝を僭称するそうだ。そして、彼の次の狙いはこの王国だ。人数こそ、こちらが多いだろうが、残念ながら装備も、軍の精強さも、戦の経験についても、向こうが優れている。派閥争いや、仲間割れをしている余裕はないぞ、ショーン」

 

 一郎は言った。

 ショーンが呆然となった。

 

「戦争が?」

 

「起きるぞ。間違いなくな」

 

 一郎は断言した。

 

「なるほど……。まだまだ、老骨に鞭打つ必要があるということですな。愉しみです」

 

 改めて、ショーンが頭をさげる。

 一郎は、すっかりと神妙になったショーンたちを立ち去らせた。

 

 一郎たちだけになったところで、ラスカリーナ、ナール、シャングリア、ベアトリーチェを近寄らせる。

 まずは、シャングリアとベアトリーチェに近づいて、ふたりを一緒に抱きしめた。

 

「見事な騎馬隊長だったぞ、シャングリア。ベアトリーチェもな」

 

「隊長どころか、数名の部下の長としても落第だと告げられたわたしが、五百もの騎馬の指揮官になるとはな。お前のおかげなのだろうな」

 

 シャングリアが一郎に抱きしめられながら笑った。

 一郎は首を横に振る。

 

「そんなことはないが、屋敷に戻ったら、とっておきの責めをしてやろう。ご褒美だ。シャングリアはどんな風にされたい?」

 

 一郎が訊ねると、シャングリアがにっこりと微笑んだ。

 

「久しぶりに限界まで責めて欲しいな。模擬戦とはいえ、戦いの後は血が滾るのだ。それを発散させて欲しいのだ。気絶するまで鞭打ちでもいい。電撃もいいな。ロウの好きな痒み責めでもいいぞ」

 

「わかった。その全部をしてやる。だが、簡単に失神もできないぞ。覚悟してろ」

 

「ぞくぞくする。よろしく頼む」

 

 シャングリアが顔を真っ赤にした。

 一郎はほくそ笑んだまま、ベアトリーチェに視線を向ける。

 

「ベアトリーチェについては、尿道調教の続きだ。媚薬で膀胱と尿道をぱんぱんにする。かなり、尿道が感じる場所になってきたと思うが、まだまだこんなものじゃない。おしっこをするたびに悶え震えるような身体に作り替えてやろう。もちろん、まだ放尿は許可しない」

 

 ベアトリーチェについては、朝と夕だけに許している放尿を今朝は許してない。

 かなり、尿意が溜まっているとは思うが、尿意を我慢させられればさせられるほど、彼女が快感に酔うのは確かだ。

 苦悶に顔を歪める一方で、ベアトリーチェが快感に震えるのがわかった。

 

「ああ……、わ、わかりました……。よ、よろしくお願いします、天道様」

 

 ベアトリーチェが吐息をついた。

 一郎はふたりから手を離す。

 ラスカリーナとナールの前に進む。

 ふたりが直立不動の体勢になる。さっきまでも軍人としての顔は消えている。いつの間にか、すっかりと欲情する雌の顔になっている。

 一郎は、淫魔術を送り込んで、ふたりの股間に装着させている前後二本のディルドとクリトリスに接している淫具を一気に強振動させた。

 ラスカリーナにもナールにも、今日の模擬戦にあたり、ディルド付きの貞操帯を装着させていた。さすがに、スカートではなく、ズボンの軍装だが、その内側にはこんな淫らな仕掛けをしていたというわけだ。

 しかも、ずっと弱い振動を与えながらすごさせた。朝からだ──。

 だが、股間をこうやって刺激されながらも、あれだけのしっかりとした用兵をして、騎馬もこなしてみせたのだから大したものだ。

 さすがは、一郎の被虐を鍛えられているマゾ軍人たちだ。

 

「あうっ」

 

「くっ」

 

 ふたりがびくりを身体を震わせて歯を喰いしばる。

 一郎はクリトリスへの刺激をさらに強めた。

 

「うっ」

 

「くあっ、ああっ」

 

 ナールが辛うじて踏みとどまったが、ラスカリーナについては膝を折って、その場に蹲ってしまった。

 

「よっくやった。ご褒美だ。とりあえず、達しておけ」

 

 一郎は股間への刺激を続ける。

 

「やっぱり、ご褒美も、罰も一緒じゃないかい」

 

 すると、アネルザが後ろから呆れたような声をかけてきた。

 

「あっ、んんんっ」

 

「ふぐううう」

 

 一方でナールは立ったまま歯を喰いしばったまま──。

 ラスカリーナについては、しゃがみ込んで自分の身体を抱きしめるような恰好のまま──。

 ふたりがぞれぞれに身体を小刻みに震わせて絶頂をしてしまった。

 

 

 

 

(第12話『処女と少女と……』終わり、第13話『……娼婦に淑女』に続く)



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 第13話  ……娼婦に淑女
946 副女王の苛立ち


「午前中に決裁していただく必要のある書類は以上でございます、陛下」

 

 「政務官」のカサンドラがラザニエルが決裁済みの書類が積んである盆をラザニエルの執務机から受け取ろうと手を伸ばした。

 だが、まだ昼食の頃合いには若干の余裕がある。

 ラザニエルは、カサンドラを制して、姿勢を直して真っ直ぐに背中を伸ばすように命令した。

 水晶宮におけるラザニエルの執務室だ。

 部屋には二人きりであり、ちょっとばかり、ラザニエルはこのカサンドラで遊ぶことに決めた。

 

「は、はい」

 

 カサンドラは戸惑ったように腕を体側に浸けて身体を真っ直ぐにして立つ。

 だが、その顔には、ちょっと期待するような表情もあり、上気して赤くもなっていく。

 ラザニエルは、にやりと微笑んだ。

 そして、カサンドラを目の前に立たせたまま、通信球を放つ。

 

「昼食は、執務室でとるよ。きっちりと、四半ノス後に持ってくるんだ。そして。準備ができたら、男のエルフ兵に運ばせといで。できるだけ若い衛兵がいいねえ。じゃあ、頼むよ」

 

 ラザニエルの指示を載せた通信球が消滅する。

 通信球の行き先は、身の回りの世話をする役目の侍女たちのところだ。もともとは、ガドニエルの侍女だった女たちであり、サンデル、エーデル、マリレンド、イザベリアン、ロルリンドという名のいずれもエルフ族の貴族の中でも最上級の名家出身の女たちだ。

 だが、ラザニエル自身が作らされた魔道防止具を装着させられたガドニエルがパリスの罠にかかって遭難に遭い、それにより魔獣になりかかったのをロウが助けたとき、そのロウに悪意を抱いたため、ガドニエルから職を追われ、ラザニエルが預かるかたちになっている。

 その彼女たちと、ノルズと一緒に人格改変をして、すっかりとラザニエルたちの愛すべき「玩具」に成り果てているエマがラザニエルの日常を支える者たちである。

 とりあえず、ラザニエルが通信球を送達したのは、そのサンデルたちがいる侍女室だ。

 

 いずれにしても、ラザニエルは、このところ、ずっとつきまとっている苛立ち中にいた。

 苛立ちの原因は幾つかある。

 

 まずは、施政者としての重圧──。

 かつては、大陸中に悪名を轟かせていた「魔女」のアスカは、いまや、ナタル森林大公国の「副王」として、事実上の施政者としての暮らしをしているのだが、そのナタル森林大王国の副王ともなれば、判断しなければならないことは当然に重大なことばかりだ。

 

 もっとも、あがってくる決裁書類の数が多すぎるということではない。それぞれの職務で判断しなければならないことは任せていて、なにもかもラザニエルにまで上がってくるというわけでもないのだ。

 だが、副王まであがってくる案件ともなれば、かなりの重要事項であるのは明白だ。それをおざなりにして決心を誤れば、それにより被害を被るのは王国そのものであり、森林に拡がるエルフ族の里であり、森林内の住民たちだ。

 だから、気は抜くことはできない。

 当然、反動による苛立ちも大きくなる。

 しかし、これは本当は、女王になるべきだった立場から逃げ出し、女王の器も覚悟もなかった妹のガドニエルに、百年もそれを押し付けてしまったラザニエルが負うべき贖罪とも思っている。

 だから、それについては不満を抱くべきではないと思っている。

 

 苛立ちの二つ目は、戻ってこない、あいつら……。

 午前中に終わった決裁待ち書類の処理だが、これが延々と日々続く。

 今日は、午後からは幾人かの面会希望者との面談が待っているので、それに対応しなければならないが、それにより明日に回される案件は明日の多忙を生むのだろう。

 

 それに加えて、女王名代として参加しなければならない公式行事の多いこと──。

 ガドニエルがいさえすれば、あの残念女王にも仕事を回せるのだが、あの馬鹿垂れは、何度催促しても、まったくロウのところから離れて、水晶宮に戻ってくる気配がない。

 最近では、それに対する連絡の受け取りさえ拒否される始末だ。

 仕方なく、ブルイネンやケイラに言付けを通信で送るのだが、いまのところ、のれんに腕押し状態だ。

 

 そもそも、ケイラ=ハイエル──。

 あの大叔母は、ガドニエルと一緒になって、ロウのところに侍ったまま、まったく帰ってこない。それどころか、ハロンドール常駐大使となって、向こうに留まるという一方的な連絡まで来た。

 仕方なく承認したものの、それにより、エルフ王族たちの根回しや、上級エルフ族への調整などの面倒な苦労までラザニエルに被さってくるのだ。

 ラザニエルが、ふたりの不在間に肩代わりしている苦悶のあいだ、あのふたりが、ロウのところで心行くまで性癖を解放しているのかと思うと、怒りで爆発しそうだ。

 

 そして、なによりもの苛立ちは、ずっと疼き続ける身体だ。

 おそらく、これはロウという希代の淫魔師の支配を受け、能力が爆上がりした代償なのだろう。

 ロウに精を注がれない期間が長くなればなるほど、身体の疼きが苦しくなる。

 もはや、痛みにすら等しい。

 悶々とする性欲への飢餓感は、自慰などではまったく癒されない。

 仕方なく、目の前のカサンドラや、サンデルたち五人の侍女や、エマなどで発散しようとするのだが、それも付け焼刃程度のことにしかならない。

 

 犯して欲しい──。

 

 狂わせて欲しい──。

 

 思い切り、辱めて欲しい──。

 

 ラザニエルを襲っている被虐の飢餓感は、ずっとラザニエルを苦しめ続けていた。  

 だが、我慢するしかない。

 ここには、ロウはいないのだ。

 とんでもない身体にしてくれたものだという恨みも抱きたくなるが、とにかく、いまは、少しでもこの情欲をほかのもので代替するしかない。

 

「カサンドラ、服を脱ぎな。さっき聞いていたと思うけど、わたしの食事時間までいくらかある。そのあいだ遊んでやるよ」

 

「えっ?」

 

 カサンドラが戸惑った表情になる。

 もともとは、イムドリスの隠し宮にこもって執務をしないガドニエルの代わりに、このカサンドラが水晶宮の最高地位である太守だった。

 だか、パリスに操られ、ガドニエルに罠をかけ、さらにナタル森林そのものを魔族に侵食させる手助けをした罰として、その地位が全て剥奪されている。

 貴族の地位も取り上げられて、いまは平民どころか、「奴隷」身分だ。

 もっとも、それは温情だ。

 本来であれば、一族まとめて処刑すべきところであるものの、そもそも、パリスがあそこまで力を得てしまったのは、若い時代の間抜けなラザニエル自身の罪だ。

 ラザニエルが罪を負わないのに、ほかの者の罪を問う気にはまったくなれなかった。

 だから、あのパリスの陰謀に関する罪は、一切と問わないと決めた。

 従って、このカサンドラさえも許されて、ラザニエルがこき使う政務官のひとりとして使っている。

 ラザニエルの嗜虐欲を癒す「性奴隷」としてでもあるが……。

 

「ひがああああ──」

 

 カサンドラが絶叫してひっくり返った。

 彼女の股間には、いつも施しているディルド付きの貞操帯が装着されている。そのディルド部分は金属製であり、ラザニエルがそこに電撃を魔道で流したのだ。

 失神するほどの強さじゃないが、のたうち回るには十分な威力はある。

 とにかく、電撃を股間に打ち込まれるのだから、その苦悶はとんでもないのは間違いない。

 カサンドラがその場に横転して、めくれたスカートから白い脚が露出している。

 ラザニエルとガドニエルがまだ幼いころに、乳母をしていたほどの年齢なのだが、長命のエルフ族らしく、その身体や顔には老齢を思わせるものはなにもない。

 人間族であれば、このカサンドラは、まだ三十にもならない小娘だと思わせるかもしれない。

 だが、実際には結構な年齢なのだ。

 ラザニエルは、電撃を中止した。

 

「いつから、わたしの命令を疑うような声で返す立場になったんだい──? まだ女太守の気分でいるんじゃないだろうねえ。いまのお前は、わたしのお情けで生かしている奴隷だ。わたしは、このあと食事をする。ご主人様が食事をするときには、奴隷は裸だよ──」

 

 ラザニエルは怒鳴った。

 カサンドラが恐怖に顔を引きつらせて慌てて立ちあがる。

 

「も、申し訳ありません、副王陛下──。すぐにご命令に従います」

 

 カサンドラが執務室を見渡す。

 ここには、ラザニエルが使う仮眠室もあれば、侍女がここで軽食や飲み物を準備するための茶器室もある。衝立もあるし、身を隠すような調度品もたくさんある。

 おそらく、それを使おうと思っているのだろう。

 

「きょろきょろするんじゃないよ。さっさと脱ぐんだ」

 

「で、でも、先程、男兵が食事を持ってくると……」

 

 カサンドラが狼狽えたように言った。

 このカサンドラを「躾」という名目で辱めた機会は、ラザニエルが副王になって、こいつを預かることになって数限りない。

 だが、いまのいままで、実は「他人」の前でそれをしたことはない。

 仮にも太守でもあった彼女をかつての部下たちの前では辱めなかったのだ。

 もっとも、それはラザニエルが気を使っていたからではない。

 そのうち、徹底的に尊厳を奪ってやるために、自重していただけだ。

 だが、そろそろいいだろう。

 ラザニエルは、今日はこの身体を疼かせる苛立ちのまま、カサンドラをいたぶるつもりだ。

 

 また、ラザニエルの自重は、アスカであったことを隠して、副王を演じているラザニエルの本当の姿を隠すということでもあった。

 しかし、もうやめた。

 ガドニエルもケイラも、ロウのところで好き勝手しているのに、なんでラザニエルだけ、なにもかも我慢しなければならないのだ──?

 

「それがどうしたんだい──? 口じゃなくて、手を動かしな。とにかく、罰は後だ、カサンドラ。さっさと脱ぐんだ」

 

「は、はい」

 

 カサンドラが装束に手をかける。

 脱衣に他人の手が必要となる服は許していない。カサンドラが上衣を脱ぎ、次いで下半身からスカートを取り去る。

 服の下には、一切の下着はない。ラザニエルが許してないのだ。服の下に身に着けていいのは貞操帯だけだ。

 あっという間に、カサンドラは装着させている貞操帯だけの姿になった。細い革帯がカサンドラの股間に喰い込んでいる。

 欲情しているようだ。その革帯の横からはかなりの淫汁が染み出て、それがカサンドラの内腿を濡らしている。

 

「ぬ、脱ぎました」

 

 カサンドラが改めて、身体を真っ直ぐにする。

 脱いだ服は足元だ。

 ラザニエルは、立ちあがると、カサンドラに脚を開くように命じ、わざとらしく踏みにじって、履き物の汚れを擦り付けてから、カサンドラの足の下に服を蹴って置き直した。

 

「そこに小便をしな」

 

 ラザニエルは言った。

 貞操帯は大便の穴はないが、小便だけはできるように尿道部分に小さな穴が開いている。

 だから、そのまま放尿はできるのだ。

 

「えっ?」

 

 ラザニエルの理不尽な命令に、カサンドラが目を丸くしたのがわかった。



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947 副王の狂気と焦燥

 足元に身に着けていた服を置かれ、貞操帯だけのほぼ全裸姿になっているカサンドラが、ラザニエルの理不尽な命令に戸惑った顔になった。

 ラザニエルは、思い切りその頬を引っぱたいた。

 

「きゃあっ」

 

 カサンドラがよろけて姿勢を崩した。

 ラザニエルは、反対側の頬を思い切り張った。

 

「ひゃん」

 

 たった二発の平手なのに、カサンドラはもう身体を崩しかけている。なにしろ、一切の妥協をしていない。ラザニエルは力の限りカサンドラを叩いている。

 とにかく、この異常なほどに火照りきる情欲を発散したい。

 気が狂いそうだ。

 

 ラザニエルの肉体が身体が一郎から与えられる恥辱と屈辱を欲しているのは明らかだ。

 口惜しいが認めざるを得ない。

 被虐の血が騒ぐ。暴れまわっている。苦しいのだ。

 

 カサンドラごときを嗜虐して、それが完全に癒えるわけではないが、思い切り狂気をカサンドラたちにぶつければ、ラザニエルを苦しめている焦燥の穴は、多少は埋まるのではないだろうか。

 いずれにしても、今日は馬鹿になってやろう。

 多忙な業務は午後も埋まってるので、長い時間それを続けることはできないが、こいつが、その午後の時間をずっと恥辱で苦悶するのを眺めることで、ラザニエルの官能の飢餓感も耐えられるほどに癒える可能性もある。

 

「小便だと言っているだろう──。さっさとしないかい──」

 

 また、叩く。

 右、左──。そして、右──。

 

「ひっ、ひいいっ」

 

 カサンドラが悲鳴をあげ続ける。

 そして、股間の貞操帯の小さな穴から放尿が迸り落ち始める。それは、カサンドラがたったいま脱いだ服を濡らしていく。

 ラザニエルは、平手打ちを中断した。

 放尿が終わるまで、ラザニエルはカサンドラの前に黙って立った。

 

 まだだ。

 ほど遠い……。

 

 ラザニエルの中の狂気は、ふつふつとラザニエルの身体を焦がしている。

 これと同じことを逆にロウがラザニエルにするのであれば……。

 

 そのときこそ、ラザニエルは、肉体の苦悶からの解放と引き換えに、一生奴隷として惨めに過ごす選択をするのではないだろうか。

 パリスに監禁されていた百年は、ラザニエルにとっては地獄そのものだった。だが、同じ扱いをロウに遭わされるとすれば、もしかしたら、ラザニエルは甘んじてそれを受け入れるかもしれない。

 心からの悦びとともに……。

 

 そう思うと、ロウのそばから離れようとしないガドニエルの気持ちもよくわかる。まあ、

 あれは根っからのマゾでもあるし……。

 しかし、やっぱり、そのつけをラザニエルに払わせて、平然としているのは腹が立つ。

 

 やがて、カサンドラの放尿が終わった。

 カサンドラは呆けた顔でラザニエルを見つめている。

 

「跪くんだよ──」

 

 ラザニエルの強い言葉に、すぐにカサンドラが汚れた自分の服を跨いで膝立ちになる。

 

「なんで、そんなに時間がかかったんだい、ぐずが──。お前の立場がわかっているのかい、奴隷。お前はわたしの性奴隷なんだよ──」

 

「も、申し訳ありません」

 

「罰として、もう少し打ってやるよ。両手を背中にまわせ──」

 

「は、はい」

 

 カサンドラの両手が背中に回る。ラザニエルはその手首を見えない糸でぐるぐる巻きにした。

 これで、カサンドラは両手を使えない。

 だが、その顔は既に欲情している。股間に喰い込んでいる貞操帯の革帯の脇からは、受け止めることができない新しい蜜がどんどとあふれてきているのがわかる。

 部屋の中にカサンドラの淫液の匂いが拡がり始める。

 

「何発打たれたいんだい──?」

 

「え?」

 

 一瞬、カサンドラがきょとんとなった。

 ラザニエルは、二本の指をカサンドラの鼻の穴の中にねじ込んでやった。

 エルフ族特有の美しいカサンドラの顔の鼻が大きく拡がって醜く歪む。

 

「ひがあああっ、いがいいいっ、おぐるしおおおっ」

 

 カサンドラが顔を歪めて絶叫した。

 ラザニエルは笑いながら指を抜く。

 指についたカサンドラの鼻汁をカサンドラの乳房で拭う。

 

「今度、言い淀んだり、わたしの言葉を質問で返したりしたら殺すからね。罰として、何発叩かれたいか訊いてやると言ってるんだよ。何発だい──?」

 

「ラ、ラザニエル陛下の……お、お好きなだけ……」

 

 頬を張り飛ばす。

 

「何発だと訊いてんだよ──」

 

 また、叩く。

 すでに、カサンドラは朦朧となっている。幾度も叩かれた衝撃でもあるが、この女はすでに被虐酔いをしているのだ。

 すっかりと欲情する雌の顔だ──。

 忌々しい──。

 どうして、こいつは、こんな風に被虐欲を満足させて、発情した雌猫のような顔になれるのに、ラザニエルの官能の焦燥は満たされないのか──。

 畜生──。

 

「じゅ、十発、お願いします、副王陛下──」

 

 カサンドラが叫ぶように言った。

 

「わかった。じゃあ、顔を動かすんじゃないよ──」

 

 すぐさま右の頬を引っぱたく。

 カサンドラの顔が左に向く。慌てたように、カサンドラが正面に顔を戻すが、そのときには、ラザニエルは反対の頬を張り飛ばしている。

 今度はカサンドラの顔が左に向く。

 慌てて戻したところを右から打つ。

 

 右──。左──。右──。左──。

 

 もう、カサンドラはなにも考えられないだろう。

 その顔は痴呆のように恍惚となっていた。

 十発打ったところで、平手をやめる。

 

「あと何回だい、カサンドラ──?」

 

 引っぱたく。

 

「も、もう十回になりました──」

 

 また、頬を張り飛ばす。

 

「ふざけるんじゃないよ。罰一回につき、十発とお前が決めたんだろう──。まだ、一回分だ。残りは何発だい──」

 

 頬を張る。

 カサンドラがはっとした顔になった。

 

「あっ、あと十……いえ、残り二十発打ってください──」

 

「馬鹿垂れ──。いまので、嘘の数字を口にしただろうがあ──。全部で五十発だ──。残り四十──」

 

「は、はいっ」

 

 カサンドラがちょっと嬉しそうな表情を浮かべて声をあげた。

 連続の平手を開始する。

 息をするのも許さないような連続の平手打ちである。

 それを受けながら、カサンドラは次第に息を荒くしていく。

 そして、五十発の平手打ちが終わった。

 

「よしわかった。じゃあ、もう一度小便だ。すぐにしな」

 

 ラザニエルはにやりと笑った。

 

「ええ?」

 

 さすがにカサンドラは困惑した表情になる。

 さっき放尿をしたばかりだ。

 いくらなんでも、すぐにおしっこをすることなどできないだろう。

 ラザニエルは、カサンドラの胸を蹴り飛ばした。

 

「あがあっ」

 

 カサンドラが股を開いて仰向けに倒れる。

 ラザニエルは、髪の毛を掴んで強引に元の膝立ちに戻させた。

 

「この低能の奴隷が──。わたしの命令には絶対服従だ。小便でも、大便でも、淫汁でも、言われたら言われただけ垂れ流すんだよ──。出さないかい──」

 

「ひっ、もう、もうしわけ……」

 

 髪を掴まれたままのカサンドラが慌てて放尿をしようとするが、ほんのちょっとだけ股間から垂れただけだ。

 ラザニエルはカサンドラの頬を張る。

 

「ぐずだねえ──。それっぽっちかい──。あくまでわたしの命令に逆らうということだね──」

 

「い、いえ、そんなわけでは……。で、でも、申し訳ありません。すぐには……」

 

「まあいい。じゃあ、水を飲ませてやろう。天井を向いて口を開けな」

 

「は、はいっ」

 

 カサンドラが上を向いて口を開ける。

 ラザニエルの執務室の上には、飲料用の水壺がある。それを手に取る。

 カサンドラの口の上に垂らしてやる。

 水が注がれていく。

 

「一滴でもこぼすんじゃないよ。全部飲むんだ。こぼせば、明日の朝まで貞操帯に電撃が流れ続けると思いな」

 

 ラザニエルは水をカサンドラの口の中に注ぎながら言った。

 カサンドラが貌に恐怖の色を浮かべて、必死になって口の中に水を飲み続けだす。

 ラザニエルはにやりと微笑んだ。

 空になりかけた水壺の中に、水魔道で新しい水を充満させたのだ。

 それをしばらく続ける。

 カサンドラは終わらない水飲みを延々と続けた。

 

「んぐっ、んぐっ」

 

 やがて、苦しくなったのかカサンドラの顔には、明らかな苦痛が浮かびあがった。

 しかも、水を飲み続けていると、うまく呼吸もできないはずだ。

 カサンドラの身体が痙攣のようなものをはじめ、だんだんと顔も真っ赤になる。

 

「もっとだよ。もっとだ。小便は出し放題だ。小便が出るまで水を注いでやるさ」

 

 ラザニエルは水を注ぎ続けた。

 空になる直前に水魔道で水を充満させた回数は、七回にも達した。

 心なしか、カサンドラの腹は膨れてもきた。

 それでも懸命にカサンドラは水を飲み続けている。

 おそらく、大きな木桶一杯分くらいは飲んだのでないだろうか、

 やがて、ラザニエルの鼻息がいよいよ荒くなる。

 

「ううっ、ごほっ。ごっ」

 

 そして、ついにカサンドラが口から水を吐き出してしまった。

 

「この馬鹿垂れがあ──。まだ小便をしないのに、水を飲むのをやめたかい──。だったら、そのままでいな。小便はしなくていい──」

 

 ラザニエルは、カサンドラを蹴り飛ばして、再びひっくり返してやった。

 同時に、魔道で小さな穴が開いていた貞操帯の放尿口を封鎖し、さらに尿道口に突起を出させて、おしっこができない状態にした。

 

「んぎいいいっ」

 

 尿道に栓をされる苦痛に、カサンドラが大きな呻き声をあげた、

 

 そのときだった。

 廊下からノックの音がした。

 

「副王陛下、食事を持って参りました」

 

 扉の外から声がした。

 若い男兵の声だ。

 少し前に、正確に四半ノス後に、男兵に昼食を運搬させる手配をするように指示した。

 だから、運んできたのだろう。

 

「入ってきな。入ったらすぐに扉を閉じるんだ」

 

 ラザニエルは執務室の椅子に戻ると、平然とそう言った。

 

「ああ、そんな──」

 

 カサンドラが後手に拘束されている身体を懸命に起こしながら、絶望の声をあげる。

 こんな扱いは受けていても、カサンドラは元の水晶宮の太守夫人だ。それなりの尊厳もあるはずだ。それが破られるのである。

 一方で、ラザニエルの許可を受け、小さな車輪のついたトレイに食事を載せてきた二人の若いエルフ兵が部屋に入ってきた。

 

「えっ?」

 

「ええ?」

 

 そのふたりが裸身のカサンドラに接して目を丸くしたのがわかった。

 

「お前ら、ふたりとも、わたしを見な」

 

 カサンドラは、その二人の兵に声をかけた。



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948 副王の苦悶と暴発

「おおお、おおおっ」

 

「うああっ、ああっ」

 

「あああ、ああああっ」

 

 三人の男女が目の前で狂態を演じている。

 女はカサンドラであり、残りの二人はたまたまやってきたエルフ族の若い男兵だ。

 また、カサンドラは裸であり、尿道口に残した尿道栓を除いて、すでに貞操帯は外している。

 そして、カサンドラは後手を糸で縛られて跪いており、そのカサンドラを男兵のひとりが後背位で犯し、もうひとりがカサンドラの口に怒張を突っ込んでイマラチオをさせているという状況だ。

 男兵はたちは、下半身だけが裸体である。

 

 三人は、さっきまでは、前後の男兵の役割が入れ替わっていて、その前はいまの状況だった。

 つまりは、カサンドラが股間と口を犯されだして、三廻り目ということだ。

 三人の目は狂気に染まっていて、明らかに正常な状態ではない。

 もちろん、ラザニエルがやったことであり、男兵ふたりには、ラザニエルの魔道が効いていて、ちょっとばかり性欲の抑制を狂わせてやっている。

 そうでなければ、いくら命令をされたところで、副王でもあるラザニエルの執務室の中で乱交など始めないだろう。

 ラザニエルは、それを食事をしながら眺めていた。

 

「ひい。ひい、ひい──。いぐううう──」

 

「うおっ、し、締めつける。ううっ」

 

 カサンドラがもう何度目かわからない絶頂をし、そのカサンドラを後ろから犯している男もまた、それに合わせて精を放ったようである。

 

「お前も精を放ちな。この雌豚の顔にかけやるんだ」

 

 ラザニエルは言い放った。

 久しぶりに、“アスカ”に戻ったつもりになって、身体に渦巻くラザニエル自身の中の狂気のままにふるまっていた。

 ”いい子ちゃん”の副王を演じないでいいのは、解放されたようで、いい気分だ。

 しかし、それでも身体の異様な火照りは収まらない。

 少しばかり癒えるだけだ。

 ラザニエルは、その原因がなんなのかはもう悟っているが、いまは、目の前のカサンドラを徹底的に苛め抜くことで得られる代償を期待するしかない。

 

「は、はいっ──。雌豚、味わえ──」

 

 カサンドラの口に怒張を突っ込んでいた男兵が男根を抜いて、カサンドラの顔に向ける。

 すぐに、精が一射、二射、三射と飛び出し、カサンドラの顔を汚す。

 

「ほおおっ」

 

 一方でカサンドラは、おかしな声をあげて、その精を恍惚とした表情で受け止める。

 男兵ふたりとは異なり、カサンドラについては、正気をいじるような魔道は使っていないのだが、かつての水晶宮の太守でもあった自分が若い末端の男兵に、昼間から執務室で犯されるという状況が、カサンドラを狂わせているのかもしれない。

 いずれにしても、カサンドラはともかく、男兵二人については、この執務室を出た後は、この部屋で起こったことについての記憶は一切残らないようになっている。

 まあ、残ったところで、今更どうということはないが、ラザニエルが隠している多淫で嗜虐的な性癖が広まってしまうと、あのアスカとラザニエルについて結びつける者もいるかもしれない。

 だから、最低限の自重だけはするつもりだ。

 

「どきな」

 

 ラザニエルは、下半身を丸出しにしている男兵を横にどけさせると、膝を立て、肩を床につけてうつ伏せになっているカサンドラの背後に回った。

 人差し指をカサンドラのアナルの入口に少し這わせてから、いきなり第一関節を曲げながら、アナルの中に指を思い切り突っ込んだ。

 

「ほおおおっ」

 

 悲鳴だか、嬌声だかわからない声をカサンドラが迸らせる。

 

「やかましいねえ。今度は、お前がこの雌豚の口に性器を突っ込んどきな──。カサンドラ、奉仕するんだ。五十回、指でアナルを犯してやる。そのあいだに精を出させないと、また懲罰だ」

 

 ラザニエルは、カサンドラのアナルの抽送を開始し

「んんっ、んおっ、んんんっ」

 

 潤滑油もなにも塗っていない指の挿入だ。快感よりも遥かに痛みが大きいはずなのだが、いまのカサンドラには、これも快感のようだ。

 

 羨ましい……。

 妬ましい……。

 

 ラザニエルは、目の前の惨めな姿で尻をいじられているカサンドラを自分の姿に置き換えてみる。

 身体が熱くなる。

 

 やはり、ラザニエルの身体は、”あれ”を求めている。

 アスカの名を捨てて、ラザニエルとして水晶宮に戻ってしばらくしてからのときだった。

 ロウの悪戯で、カモフラージュの魔道具を装着して半裸で水晶宮を歩かされた。股間に掻痒剤を塗られて切羽詰まった状態にしてロウを探させる悪戯を強要し、ラザニエルをノルズやガドニエルに嗜虐させたのだ。

 惨めであり、屈辱であり、腹がたった。

 しかし、すべての行為の後で驚くほどにラザニエルは満足もした。

 あれほどの快感は、百年以上も生きているラザニエルにとっても初めてのことだ。

 本当は“それ”を求めている。

 そして、その欲望は日に日に高まって、ラザニエルを苦しめている。

 

「んんっ、んんっ、んんんっ」

 

 アナルをラザニエルに乱暴に刺激され続け、カサンドラは快感に酔い耽っている。

 

「おっ、おっ、おおっ」

 

 すると、カサンドラに口で奉仕されていた若い男兵が精を放ってしまった。

 ラザニエルは舌打ちした。

 すでに、三度以上は精を放っている男兵が呆気なく、カサンドラの口奉仕で射精するとは予想してなかったが、それが若さというものだろうか。

 まあいい……。

 ラザニエルは、指をカサンドラの尻穴から抜いた。

 前に回り、カサンドラの口の前に指を持っていく。

 

「全部、精液は飲み干したようだね。じゃあ、次はこれだ。綺麗にしな。お前の汚い尻穴で汚れたものを舌で掃除するんだ。完全に綺麗になるまで、徹底的に舐めて掃除しな」

 

 カサンドラに指を咥えさせる。

 すでに酔ったような表情になっているカサンドラは、うっとりとした顔で丹念にラザニエルの指をしゃぶり始めた。

 

「もっと綺麗にだよ。お前の臭い尻の匂いがなくなるまで舐めとりな──」

 

 ラザニエルは怒鳴りあげた。

 

「ふぁ、ふぁあい」

 

 カサンドラの指しゃぶりが念の入ったものになる。

 しばらくのあいだ、ラザニエルはカサンドラに指を舐めさせ続けた。本当に丁寧だ。しかも、ちょっとでもラザニエルを気持ちよくしたいと思っているのか、舌だけで様々な舐め方を繰り返すし、緩急もつけている。

 なるほど、いまは横で痴呆のように立っている男兵の精をあっという間に抜いただけあると思った。

 そういえば、パリスに操られていたあいだは、こいつもパリスの調教を受けたのだろうと思った。

 ラザニエルもさんざんにやらされたが、あの男はしつこいくらいにフェラチオを女に強要する性癖があったのだ。

 指を抜く。

 

「ふん、おしゃぶりだけは上手なようだね、カサンドラ。太守としては出来損ないだったけど、おしゃぶりだけは、わたしの奴隷として合格さ」

 

 ラザニエルは、カサンドラの乳首にすっと片手を伸ばして、右乳首に優しい愛撫を開始した。

 

 

「あっ、ありがとうございます。あっ、ああっ、き、気持ちいいです──。ああっ」

 

 カサンドラがよがり始める。

 もう一方の手を伸ばして、さらに左乳首も刺激してやる。

 

「ああっ、ああっ、あああっ」

 

 カサンドラが胸を突き出すようにして、身体を震わせ始める。その嬌声には歓喜の響きがある。

 

「そうそう、ずっとつけっぱなしだった尿道栓を抜いてやるさ。ただし、粗相するんじゃないよ。仮にもわたしの執務室なんだからね」

 

 魔道で栓を抜いた。ぽんと音が鳴って、尿道栓が床に転がる。

 

「ああっ、だめええ、無理ですうう──」

 

 その瞬間、カサンドラが絶望の声をあげた。

 大きな木桶いっぱいに匹敵する水を飲ませてから、カサンドラの腹は腹の大きさが目立ち始めた時期の妊婦程度に膨れていた。

 しかも、そのままずっと放尿を許してなかったのだ。

 まず、我慢をするなど無理なはずだ。

 

「あああっ、も、もうじわげありまぜんん──」

 

 カサンドラが身体をがくがくと震わせながら失禁を始めた。

 ラザニエルは、思い切り頬を張った。

 

「この馬鹿たれがああ──。ちょっとくらい我慢できないのかい──。やっぱりお前は豚だよ──」

 

「すみまぜん──」

 

 カサンドラが泣き出した。

 そのあいだも、放尿は続いている。

 ラザニエルは、また頬を張った。

 

「罰だ──。歯を喰いしばりな──」

 

 収納術で針のついたピアスを出す。

 ちなみにまだ放尿は終わってない。ラザニエルはピアスの針の部分をカサンドラの一方の乳首に横から突き刺した。

 

「あぎゃあああ」

 

 カサンドラが絶叫した。

 だが、身体は逃げなかった。必死に我慢している。

 

「もうひとつだよ」

 

 さらにピアスを出して、もうひとつのピアスも乳首に刺す。

 

「んぐうう」

 

 今度は多少は悲鳴を我慢したみたいだ。

 また、やっとカサンドラの長い放尿が終わった。床はびしょびしょだ。

 だが、激痛が走っているのか、カサンドラの全身の毛穴から一斉に汗が噴き出してきた。

 鎖付きの小さな金属の球を出す。

 それを乳首に刺さっているピアスに鎖を繋げて無造作に手を離す。

 

「ふぶううっ」

 

 カサンドラが上体を前屈みにして悲鳴をあげた。

 ラザニエルはカサンドラの髪の毛を掴んで顔をあげさせて、頬を思い切り張る。

 

「勝手に動くんじゃないよ──。まだ終わってないだろうがああ──」

 

 もう一方の乳首のピアスにも、鉄の球をぶら下げてやった。

 カサンドラは涙をぼろぼろと流しながら耐えている。

 

「いい格好になったじゃないかい。特別にわたしの股を奉仕させてやるよ。おしゃぶりだけがとりえのお前だ。ちゃんと満足させな──」

 

 スカートをまくって、カサンドラの顔をスカートの中に入れる。

 

「あ、ありがとうございます──」

 

 カサンドラが歓喜の声をあげた。

 すぐにカサンドラの舌がラザニエルの下着の上から股間を舐めだす。

 

「くあああっ、ああっ」

 

 気持ちいい──。

 カサンドラを苛め抜くことで興奮をしているラザニエルは、あっという間に絶頂に追い込まれた。

 

「ああ、気持ちいいよ、カサンドラ──。もっと、もっとだよ──」

 

 ラザニエルは身体を震わせながら声をあげた。

 また、ふと横を向いた。

 一時的に思考を中断させている男兵は、下半身を露出させたまま、股間を勃起させて、その場に突っ立っている。かかし状態だが、性的興奮はあるようだ。顔も好色に歪んでいる。

 

 やがて、快感がいよいよ昂ぶってくる。

 だが、その悦びの傍らで、なにかが違うという冷たい感覚も拡がってきていた。

 

 これではない──。

 これじゃないんだ──。

 ラザニエルの心が叫んでいる。

 足りない──。

 いや、まったく違うのだ──。

 ラザニエルが求めているのはこれではないのだ──。

 欲望は十分なのに、満足感がない。

 やはり、ロウに調教されるときの充実感が存在しない。

 

「く、くそう──。いかせるんよ──。わたしを絶頂させるんだ──」

 

 ラザニエルは声をあげた。

 カサンドラの舌の動きが激しくなる。

 そして、ついに絶頂感が襲った。

 

「んぐううう──。いぐううう──」

 

 ラザニエルは全身を突っ張らせて、立ったまま達した。

 

「ああ、わたしもいきますうう──」

 

 すると、カサンドラは自分が刺激されているわけでもないのに、ラザニエルのスカートの中で昇天してしまった。

 被虐酔いというやつだ。

 だが、ラザニエルの中には、絶頂しても満足できない強い焦燥感と得体の知れない不快感が溢れかえっている。

 

「くっ、奴隷──。食事だよ。ご褒美だ──」

 

 ラザニエルはカサンドラから離れて、テーブルの上の途中だった食事の皿から肉と野菜を炒めたものを口に入れ、しばらく咀嚼してから、カサンドラの小便の拡がっている床の上に吐き出した。

 

「ご褒美の餌だ。喰うんだよ──」

 

 カサンドラは、はっとしたように身体を静止させた。

 だが、すぐに身体を曲げて、ラザニエルの唾液とカサンドラ自身の小便にまみれたものを口で食べ始める。

 ラザニエルは、その惨め姿をぽっかりと開いた穴を心に感じながら眺めた。

 同じことをしばらく続けた。

 横に立っている男兵に視線を向ける。

 

「ふふふ、お前らまた出番さ。こいつは、唾液や小便を口にするのが好きな奴隷だ。お前らの唾を食べさせてやりな。さしづめ、唾液奴隷さ」

 

 ラザニエルの言葉で生気を取り戻す仕掛けになっているふたりが目覚めた感じになる。

 

「いいのですか?」

 

 ひとりが言った。

 

「ああ、唾液をこいつに飲ませてやりな。痰でもいいよ」

 

 ラザニエルは笑った。

 カサンドラが諦めたように、跪いたまま顔だけをあげて大きく口を開ける。

 その口に男兵が唾液を垂らす。

 カサンドラは、口の中に落ちた男兵の唾液を飲み乾した。

 

「本当に飲みましたねえ」

 

 男兵が嬉しそうに笑う。

 

「そうだね。ところで、礼はどうしたんだい、カサンドラ──」

 

 ラザニエルは乳首にぶら下がっている二つの球体を横から叩いた。

 

「ひがあああ──。あ、ありがとうございますうう──」

 

 カサンドラが絶叫した。

 ラザニエルは大笑いした。

 

 それから、また、男兵にカサンドラを犯させた。

 途中で繰り返して、男兵たちの唾液や痰を飲ませた。咀嚼途中の食べ物もだ。

 ふたりは若いだけあり、精を放つことについては無尽蔵に近かった。ラザニエルが特別なことをなにもしなくても、何度もカサンドラを交替で犯しては、その股間に精を放ち続けた。

 カサンドラは、幾度も絶頂を繰り返し、そして、そのあいだに二度失禁し、ラザニエルはそのたびに、頬を張ってはカサンドラを蹴りつけた。

 

 そして、ついに、カサンドラは動けなくなった。

 だが、自分の撒き散らしている小尿の中で気を失っているカサンドラの顔には、心の底からの満足感が浮かんでいる。

 相好は崩れていて、気絶しながらも、その顔は満足げに微笑んでいた。

 だが、ラザニエルには、やはり、癒えることのない官能への飢餓感が消えない。

 身体は火照っている。

 おそらく、この火照りは、もう一度ロウに会うまで消えないのだろうと思った。

 

 ラザニエルは、ふたりの男兵の服装を整えさせて部屋から出した。

 部屋から出た後は、この部屋で起きたことの記憶は残らない。そういう魔道を掛けている。

 部屋にカサンドラとふたりだけになると、ラザニエルは通信球で侍女たちを呼んだ。

 すぐに、五人の侍女がやってくる。

 そして、部屋の中の惨状に接して、びっくりしている。

 なにしろ、部屋は乱交による愛液や精液がまみれているし、カサンドラの小便痕があちこちに拡がっていて、そのカサンドラは裸で気絶しているという状況だ。

 驚くのも無理はない。

 だが、ラザニエルは何食わぬ顔をして、侍女たちを見る。

 

「午後からの訪問客について、予定通りに面談室で会うよ。そのあいだにここの掃除をしておくんだ。この雌は奥の仮眠室に押し込んでおきな」

 

「か、かしこまりました。では、イザベリアンとロルリンドは、ラザニエル副王陛下と同行して、向こうで対応をしなさい。残りはわたしとともに部屋の片付けです」

 

 侍女を代表して、ヒルエンが頭をさげ、次いで、ほかの侍女に指示を発する。

 ラザニエルは会釈をして寄ってきたイザベリアンとロルリンドに先導させて、予定している面談室に向かった。

 廊下に出る。

 さっきまでの狂態の余韻は残っているが、ここから先は、いつもの副王に戻る。ラザニエルは気を引き締めた。

 

「ところで、午後の最初の面会は誰だったかねえ?」

 

 何気なく訊ねた。

 イザベリアンが口を開く。

 

「アーネスト師団長です。帰国の挨拶と報告とのことです」

 

「アーネストか……」

 

 水晶宮軍の将軍級の将校のひとりだが、あのケイラ=ハイエルがロウがハロンドールで受難に遭っていると耳にして、怒り狂ったまま無理矢理に連れていってしまった魔道師団軍の師団長だ。

 なんだかんだで、そのままロウの一連の戦いに同行して功績をあげ、ロウがあの王国の全ての騒乱を終わらせて王都に帰還したことを契機に、戻ってきたのだ。

 どうやら、やっと水晶宮に帰還を果たしたみたいだ。

 

「はい。そして、クロノス様の手紙を携行しているということでもございます」

 

 ロルリンドだ。

 

「ロウの手紙って──?」

 

 ラザニエルは、ロウの名前を聞き、たったそだけで、自分の中に巨大な歓喜が大きく迸るを感じた。



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949 副王への面会人

「ご苦労だったね」

 

 ラザニエルは、立って敬礼をしているアーネストに声をかけてからソファに腰をおろした。

 面会に使う部屋は幾つもあるが、その中でも最も小規模になる部屋である。間取りはごく普通の客室のようになっていて、十数人が座れるソファが卓とともに並んでいるという感じだ。

 謁見室のような場所も大小とあるのだが、あっちは儀礼が面倒なので、ラザニエルはもっぱらこっちを使うことが多い。

 上座に当たる場所に座ったラザニエルに、立ったままのアーネストが優雅に頭をさげる。

 

「とんでもございません、よい経験でした。それと、水晶宮から無断で離れたことをお詫びいたします。これについての責任は、このアーネストひとりにあります。どうか部下将兵にはお咎めはなきようにお願い申しあげます」

 

 水晶軍のうちアーネスト率いる第三師団の拠点はこのエランド・シティであり、水晶軍の多くは、いまはいまだにパリスの影響が残って、ナタル森林内に蔓延している魔獣、魔物の駆逐のためにあちこちに展開している。

 だが、あのとき、たまたま第三師団が水晶宮が残留していて、それをケイラーハイエルが無理矢理に連れていき、ロウのところに向かったのである。

 しかし、女王ガドニエルや副王でもあるラザニエルならともかく、王族の重鎮ではあるものの無役であるケイラ=ハイエルに、そんな命令権などない。

 つまりは、そのとき、目の前のアーネストは、ケイラの命令など突っ張らなければならなかったのだ。だが、アーネストは配下に出動を指示して同行した。

 これは、明確には軍務違反である。

 ラザニエルは肩を竦めた。

 

「そんなものはとっくの昔に、正規の命令に変えてるよ。そもそも、女長老のケイラ=ハイエルに逆らえるわけもないしね。だいたい、お前を処分したら、それを強要したケイラも、容認したガドニエルも罰さなければならない。そんなことできるわけないだろう」

 

「寛大な処置に感謝します」

 

「それだけじゃないよ。お前らには褒章も待っている。凱旋式典もある。覚悟しときな」

 

 ラザニエルは声をあげて笑った。

 

「ありがとうございます。それと数は多くありませんが、戦死した兵もいくらかいます。彼らの家族にも恩給を……」

 

「当然だ。あとで報告書を出しな。しっかりと処置する。なにしろ、お前らは英雄だからね」

 

「とんでもありません。本物の英雄をずっと見てきました。彼こそが本物の英雄です」

 

 アーネストが微笑んで笑みを浮かべた。

 そうでもいいが、こういう優雅な仕草が本当に似合う男だと思う。

 とりあえず、腰をおろすように言った。

 アーネストが上座に座るラザニエルの右横のソファに腰をおろす。

 すぐに、侍っている侍女のロルリンドとイザベリアンがラザニエルとアーネストの前に紅茶を出した。

 

「英雄というのは、ロウのことかい? まさか、うちのポンコツ女王のことじゃないのだろう?」

 

 ラザニエルは軽口を言った。

 素の姿のガドニエルのことは、世間には隠しておかなければならない秘密でもあるが、ずっと同行していたアーネストには無意味だろう。

 それに、いまのラザニエルの言葉にどう反応するかによって、ロウと一緒に旅をしたガドニエルがどんなふるまいだったかもわかるというものだ。

 すると、アーネストはにっこりと微笑んだ。

 

「我らが女王陛下があれほどに愛らしいお方とは知りませんでした。英雄公も、いつも楽しそうに愛でられておいででしたよ」

 

「なるほどねえ……。だが、そんな女王の姿のことは公然とは口にするんじゃないよ。少なくとも、あれの威厳を損なうようなことはね」

 

 一応、釘を刺しておく。

 まあ、エルフ族にとって女王の地位は高すぎるので、あれが実は淫乱で、被虐癖で、多少……いや、かなり頭が軽いとわかっても、王家の権威がさがるということはないが、あんなのでも黙っていれば、神々しいくらいに美しく、風格と威厳を備えた女王なのだ。

 その評判は守るべきだろう。

 

「英雄公に愛される女王陛下の姿が我らの女王への忠誠心を損なうことにはならないとは思いますが、余計なことは喋らないことは誓いましょう」

 

「そうしておくれ。ところで、お前から見ても、ロウという人間族は、英雄の器かい?」

 

 ラザニエルは訊ねた。

 見た目の若さからは想像できないが、このアーネストはナタル森林に定住し、水晶軍の将軍のひとりとして身を固めるずっと以前は、人間族の世界などを旅をしたりしていて、当時の人間族の王侯貴族たちからは「賢者」の称号ももらうほどの経験のある世間通だ。

 そのアーネストが評価するのであれば、やはり、ロウというのはそれなりの人物だということだ。

 

「器などではありませんね。英雄そのものです。知恵に優れ、判断も度胸も的確で、必要と思えば躊躇なく危難の正面に出て、そして、怯まない。しかも、強い。なによりも、一流の女たちを魅了する好色ぶり。まさに希代の英雄ですね」

 

 アーネストは笑った。

 

「好色も英雄の条件のひとつかい?」

 

 ラザニエルは苦笑した。

 

「もっとも重要な要件でしょう。すでに、このナタル森林国とハロンドール国は、彼の支配にあります。彼がちょっと本気になっただけで、この状況です。我がエルフ族の繁栄のためには、女王陛下には是非とも頑張っていただきたいですな」

 

 アーネストが微笑む。

 

「ほう、お前はエルフ族にとって、ロウが必要だと? 逆ではなくてかい? それが賢者と呼ばれたほどのお前の意見かい?」

 

「賢者とは懐かしい物言いを……。まあ、その通りですね。彼は面白き御仁です。斜陽の民であるエルフ族を救ってくれるかもしれません」

 

 斜陽の民か……。

 ラザニエルは苦笑した。

 

「なるほどね……。ところで話は変わるけど、ロウからの手紙を預かっていると聞いたけど?」

 

「これですね。では、お渡しいたします」

 

 アーネストが一通の手紙を差し出す。

 ラザニエルは、それを受け取って、すぐに怪訝に思った。

 表書きにロウの名があるが、それがガドニエルの字だと思ったからだ。そして魔道による封印がある。

 だが、それは逆に、封印についてはガドニエルの魔道ではなかった。多分、ロウが施した何らかの術だとは思うが、ラザニエルにも、どういう封印術なのか読み取れない。ラザニエルにも破れない封印術というのは、ちょっと考えられないはずなのだが、目の前の手紙はそんな感じなのだ。

 

「もしかして、これはガドの字かい?」

 

「ええ、そうです。英雄公の言葉のとおりに、女王陛下が自らお書きになっていました。英雄公は文字の読み書きが不得手のようですね」

 

「ふうん。まあ、つまりは、すでに女王の認める内容ということかい? それでどうやって、封印は解くんだい?」

 

「封蝋の部分に副王陛下の体液をお付けください。唾液でいいそうです」

 

「こうかい?」

 

 ラザニエルは、封印術で守られている手紙の封蝋の部分を舌で舐めた。

 金属音のような小さな音が鳴り、術が解けたのがわかった。

 中の手紙を開いて書かれてある内容を読んでいく。

 ちょっと驚いた。

 中身は、ロウからエルフ族に対して、あることを依頼するものだ。その背景も書いてある。

 ラザニエルは、気がつくと眉間に皺を寄せたようになっている自分に気がついた。

 

「……ここに書かれていることについて、お前はどのくらい知っているんだい?」

 

 ラザニエルはアーネストを見た。

 

「多少は……。私はまずは妹を派遣するつもりです。妹は英雄公を心酔しておりますので。英雄公の役に立つのだと言えば、喜んで応募すると思います」

 

「妹をかい」

 

 ラザニエルは手紙を横に置いた。

 アーネストには、かなり年齢の離れた妹がいる。その妹は実はパリスがイムドリスを占拠したときに監禁されていた侍女のひとりであり、そのあいだの惨い拷問を受けて頭を狂わせてしまった者のひとりだ。

 だが、その妹を含めた犠牲者たちを、あのロウは抱いて精を注ぐことで全員を治療してしまった。発狂した頭など、ガドニエル級の白魔道でも癒せないのに、あの男はそれをやり遂げたのだ。

 それ以来、アーネストの妹がロウを敬愛しているというのはラザニエルも知っていた。

 そんなエルフ族の女はほかにもかなりいる。

 

「はい。ほかにもできるだけ声をかけてみるつもりです。いつまでも森に閉じこもっていても、エルフ族に未来はありません。我々は外に目を向けるべきなのです」

 

「それは否定しないけどね」

 

 ラザニエルは言った。

 だが、半年か……。

 それが、ロウから実現して欲しいと求められていることの態勢を整えるまでの期限だ。

 それまでに目途がつくだろうか?

 簡単にはいきそうもないということだけは確かだ。森エルフの閉鎖性がそれを阻害する。しかし、実現できさえすれば、エルフ族とハロンドール国の関係は、さらに密接なものになるだろう。

 

「まあ、厄介なことだねえ。簡単には実現はできないだろうし」

 

 ラザニエルは息を吐いた。

 しかし、やるしかないのだろう。

 長期的に考えれば、エルフ族にとっても利のある話だ。森エルフは閉鎖的だ。それは、エルフ族の進歩を阻害していて、もう外に目を向けて、様々な変化を受け入れていく土台を作るべきと思っている。

 ロウの申し出を実現するのはかなりの反発もあると思うが、王家の強い意思だとすれば、それも打破できると思う。

 閉鎖的なのは、比較的老齢の者たちが主体であり、若い世代には外に目を向ける好奇心はまだまだ残っている。

 今回のことはいいきっかけになるとは思う。

 なによりも、ロウの指示だ。

 ラザニエルとしては、実現を追求するつもりだ。

 

「英雄公の言葉です。副王陛下に伝えてくれと言われた言葉があります」

 

 すると、アーネストが言った。

 

「ロウの言葉?」

 

「ええ。手紙を読んで悩むような表情になるだろうから、そのときには伝えてくれと言われました」

 

「なんだい?」

 

「“始めるのは、すぐにできる”と」

 

 アーネストの口から出た言葉にラザニエルは笑ってしまった。

 

「確かにそうさ。わかったよ。始めるさ。そして、最初のひとりは、お前の妹だ。説得に失敗するんじゃないよ」

 

「当然です」

 

 アーネストがしっかりと頷いた。

 そして、懐からまたもや、手紙を差し出した。

 さっきとは違う手紙だ。

 

「ああ?」

 

「英雄公からのもうひとつの手紙です。先ほどの手紙に納得された様子になられたら渡すように言われました」

 

「はあ? どういうことだい、アーネスト? そうやって、一通ずつこのわたしに渡すつもりかい?」

 

 ラザニエルは新たな手紙にちょっとむっとして言った。

 しかし、そのくらいで怯えるアーネストではない。微笑んだまま平然としている。

 

「英雄公のご命令でので。しかし、預かっているのは、これで最後です。今度は中身は承知しておりません」

 

「ふーん」

 

 ラザニエルは手紙を受け取る。

 さっきと同じように封蝋を舐める。

 すると、ぴりりとした刺激が全身に走るとともに、股間と乳首の先がかっと熱くなる感覚が襲った。

 

 媚薬か……。

 確信したラザニエルは内心で舌打ちした。油断した……。

 魔道で効果を消そうとする。だが、効かない。やはり、ロウの淫魔術か。

 

「くっ」

 

 熱い。

 そして、疼く。

 ラザニエルは思わず、股間と胸に伸びそうな手を我慢して、手紙を読む。

 今度は字が違う。

 ガドナエルでない。だが、ラザニエルが知っている誰の文字でもなかった。

 ラザニエルははっとした。

 

「その手紙については、英雄公が自らお書きになっていました。調べながら……」

 

 アーネストがぼそりと言った。

 それだけで、得たいの知れない悦びが生まれる。あのロウが自ら手紙を……。

 それだけで、目の前の手紙がどんな宝物よりもありがたく感じる。

 ラザニエルは改めて眼を通す。

 

 

“命令──。封蝋は協力な媚薬だ。効果は丸一日続く。その間に自慰を五回すること。ただし、一度も達してはならない。自分を寸止め責めするんだ。──ロウ”

 

 

「な、なんだってえ?」

 

 ラザニエルは悲鳴のような声をあげてしまった。

 しかし、同時に大きな充実感と幸福感も発生する。

 

 遠隔とはいえ、ロウに調教される……。

 そのことのなんと甘美な事実だろう。

 もちろん、無視するつもりはない。しかし、自慰をする余裕など午後にもありはしない。

 

 夕方まではきっと多分平然とできる。

 でも、それ以上は耐えられるわけもない。

 そして、ここにはいないロウの命じるまま自分に寸止め責めをすると思う。

 そして、狂うのだ。

 ラザニエルはほくそ笑んでしまい、気がつくと自分の唇をぺろぺろと舐め続けていた。

 

 

 *

 

 

 アーネストの次の面会は、タリオ公国からの使者だった。

 だが、ローム帝国を名乗っていて、その使者団ということになっている。

 ラザニエルは、さっきの部屋ではなく、大きな会議室でそれを受けた。

 こちら側はラザニエルひとりだが、向こうは団長だという上級貴族を筆頭に十人ほど並んだ。

 ここには入らなかった随行者を含めれば、全部で三十人ほどの代表団だという。

 面談は、まずは自己紹介から始まり、時候の挨拶に次いで、十数種類の贈答品の目録の説明を続いた。

 

 団長だという小男の話は長かった。

 名前は耳にしたが、すぐに忘却した。

 だが、そいつが語りだしたことを要約すれば、ナタル森林の危機を救ったのは、その陰謀を企てた旧皇帝家を駆逐した自分たちの功績であり、エルフ王家はこれに対して感謝をすべきだということを回りくどい物言いで求めるという内容だった。

 

 パリス魔の手からエルフ王家を救ったのは、一から十までロウたちのおかげであり、その場にいなかったタリオの連中などまったく関係ないと確信しているが、言い合うのも面倒なので、黙って聞いていた。

 ただ、うんざりとしている感情を隠しもしないラザニエルの表情で、交渉が芳しくないのはわかってきたのだろう。

 次第に、その団長はだんだん不機嫌そうになっていった。

 そして、再び、エルフ王家を救ったのは、ロウという一介の流民男ではなく、タリオ公国に間違いないのだという奇妙な論理を解き始めた。

 面倒になり、ラザニエルはそれを途中で遮った。

 

「わかった。それよりも交渉の要件はなんだい? ローム皇帝家がなくなり、新たにタリオ大公が皇帝となるのであれば、それは了承した。改めて、エルフ王家から新皇帝家へ挨拶の書簡を送らせてもらおう。これからも、いままでどおりの関係をエルフ王家としては望んでいる。そちらもそういう気持ちであれば、ありがたいね」

 

 ラザニエルは言った。

 皇帝を名乗りだしたタリオ公国のアーサーが、ハロンドールのロウを敵視しており、あまり関係がよくないことは十分に承知している。

 そのハロンドールのロウとエルフ王家が蜜月状態になるのであるから、タリオ側としては愉快ではないのだろう。

 ただ、あからさまな敵対を現段階でするつもりはない。

 だから、これまで通りと言ったのだ。

 

「いえ、一層の協調を我が国とするべきでしょう。エルフ王家とローム皇帝家は、相並ぶ歴史を持つ最古の国家。例えば、ハロンドール王国に常駐大使を置くということのようですが、むしろ、ロームとの歴史を考えれば、まずはロームにこそ派遣し、そして……」

 

「ああ、うるさい──」

 

 ラザニエルは怒鳴った。

 話を遮られた代表とやらは面食らった顔になる。

 

「ハロンドール王家とは、ロウ英雄公を通じて、婚姻関係が成立する。そのために、国としても家族としても、お互いのやりとりも激増するため、常駐大使というかたちになった。だが、それを除けば、エルフ王家はこれまで通りだ。特定の国との外交関係は最小限度というのがわたしたちの方針だ」

 

「ハロンドール王家と関係を深くする時点で、すでに特定の国と深い友好は結ばないという国是は成り立たないでしょう」

 

「そうかもしれないけど、現時点でハロンドール以外に常駐大使の派遣の予定はない。話はそれだけかい?」

 

 ラザニエルは言い捨てた。

 代表団たちはますます面食らった顔になる。

 

「ラザニエル副王陛下、よいですかな。ロームは歴史のある大国であって……」

 

「お前らは新興国だろう。お前らがかつてのロームの後継を気取るなら、この国に対する陰謀の賠償を請求するよ。なにしろ、女王に対する暗殺未遂だからね。国の乗っ取りだ。ごめんなさいで済ませる話じゃないよ」

 

「それは我らと関係のない話で……。さきほどの説明のとおりに、わが国は彼らの陰謀を阻止したのであり、繋がりなどまったくなく……」

 

「だったら、新興国だろう。とにかく、常駐大使の予定はない。ただ、お前らがこのエランド・シティに大使を置くというのであれば、認めてやる」

 

 ラザニエルは言った。

 これまでナタル森林王国のエルフ王家は、どんな国に対しても、外交使節を常駐させたことはなかったし、逆に正規の大使の設置も認めなかった。

 孤高を貫いていたのだ。

 しかし、ハロンドールに常駐大使を置くということになれば、その孤高の態度もこれまで通りというわけにはいかないとは思う。

 こちらからは派遣しないが、向こうが派遣するというのであれば、それくらいは認めてもいい。

 

「わかりました。それで結構です」

 

「ああ、じゃあ、あとは事務方で話しな。今日のところはこれでいいのかい?」

 

 ラザニエルは言った。

 こんな話は時間の無駄だ。

 

「いえ、お待ちください。もうひとつ交渉事が」

 

 すると、代表団の団長が言った。

 ラザニエルは、苛立つ気持ちを抑えて、団長に視線を向ける。

 

「もうひとつ?」

 

「はい。実は我らが皇帝陛下は独身であられます」

 

 突然、そいつがそう言った。

 ラザニエルは訝しんだ。

 

「独身? お前、なにを言ってるんだい。后妃はふたりいただろう。いや、ひとりは逃げられたんだっけ。だが、独身ということはないはずだけど」

 

 ラザニエルの言葉に、団長だけでなく、ほかの者たちもちょっと怒ったような顔になる。

 どうでもいいが……。

 

「あれは逃げられたのではなく……。いえ、それはいいでしょう。独身というのは、第一夫人、つまりは、正妃の地位が空いているということです」

 

「正妃がいないというのは独身なのかい。まあ、珍しい解釈だけど、それがどうかしたのかい?」

 

「ええ、ですから、よい話なのですよ。我らが皇帝陛下は、まだ正妃のいない独身のなのです。つまりは、ラザニエル副王陛下も、我らの皇帝陛下を夫にできるということです。アーサー帝は、条件によってはラザニエル副王陛下を正妃に迎えてもいいと申しております」

 

「はあ?」

 

 ラザニエルは唖然となった。



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950 副王の辛辣な返事

「アーサー帝は、条件によってはラザニエル副王陛下を正妃に迎えてもいいと申しております」

 

 タリオ、いや、新ローム帝国からの代表団の団長を名乗る男の言葉を受けて、ラザニエルは一瞬、唖然とした。

 そして、しばらくして笑い声をあげてしまった。

 ラザニエルの反応が意外だったのか、代表団たちは呆然となっている。

 

「お前ら、喧嘩を売りに来たのかい。なんで、わたしが会ったこともないお前らの皇帝の妃にならないとならないんだい──」

 

 ラザニエルが怒鳴りあげた。

 その権幕が意外だったのか、代表団たちは面食らった顔をしている。

 だが、それはともかく、いつもそうなのだが、あの男のする意地悪は本当に常軌を逸している。

 今更だが、アーネストが持ってきたロウからの手紙の封蝋を舐めて、あいつの準備した媚薬を体内に服用してしまった影響が身体に拡がり始めたのだ。

 股間と乳首の先に妖しげな掻痒感が走り出し、それがじわじわと身体の芯まで侵食しようとしてきている。

 ラザニエルは舌打ちした。

 

 ほんのちょっと舐めただけだ。

 だから、あまり重要視してしなかったのだが、これはちょっとつらいかもしれない。

 おそらく、単純な媚薬ではないだろう。ひと舐めでここまで効果を及ぼす媚薬などあり得ない。そんなものは劇薬も同じだ。

 多分、媚薬そのものではなく、それをきっかけに、ラザニエルの中に仕掛けてあるなにかが反応させられたのだと思う。

 ラザニエルをはじめ、ロウの女たちは、能力の大幅な引き上げを代償に、ロウによる身体の操りを許容させられている。まあ、勝手にそうなったのだが、とにかく、ロウはラザニエルの性感を自由自在に操れる。

 今回のものは、それを使った仕掛けに違いないと思う。

 ただ、これだけ離れた距離で肉体の感覚を操ってしまうなど、ちょっと常識外の能力ではあるが、ラザニエルもあの淫魔師のロウが、こと嗜虐にかけては規格外であることは認識している。

 

 これはもしかして、ちょっと大変なことになったかもしれない……。

 この状態が丸一日……。

 与えられた命令は、絶頂することなく、自分で寸止めを五回……。

 やっぱり、あいつは鬼畜男だ……。

 ここにはいないロウの命令に唯々諾々と従う必要もないし、背いたところでロウにはわかりようもないのだが、やはり、どうしてもラザニエルには、ロウの指示に逆らうという思考にはならない。それもまた、あいつの能力なのかもしれないが……。

 まあ、あれには世話になったし、最初のころに酷い目に遭わせたという負い目もあるので、操られることに不満はないが……。

 

 しかし、だからこそ、この股間と乳首の痒さが苛立つ。

 それに加えて、意識すれば、痒みと疼きが急激に耐えがたいものになってくる。

 さすがに、ちょっとだけ魔道で疼きを抑えようとするが、驚くことにロウの淫魔術による掻痒感がラザニエルほどの魔道を簡単に跳ね返してしまう。

 あいつ、どこまで能力が高いのだ……。

 呆れすぎて、笑いそうになってくるほどだ。

 

「わ、我らの皇帝陛下は、絶世の美男子であって、武勇に優れ、施政者としての能力も抜群で、どのような女性もたちまちに虜になるような英雄であられます。そうそう、映録球による姿像を携行しております。それを見ていただければ……」

 

 団長とやらが、居並ぶ代表団の要員のひとりに目配せする。

 すぐに球体がテーブルに置かれ、そこからひとりの人間族男の胸から上の像が浮かびあがった、

 確かに美男子なのだろう。

 しかし、驚くほどに興味が沸かなかった。

 ラザニエルは、この茶番を即座に終わらせる決心をしたが、なんと言ってやろうと考えて、次第に苦しくなる掻痒感に気を取られて、思考に集中できない自分に苛立ってきた。

 

 これもそれも、すべてロウが悪い。

 ガドニエルとケイラ=ハイエルがいなくなり、本来はあいつらが担うはずの仕事をラザニエルが負うのも、ラザニエル肉体がロウの精を長く与えられない被虐の飢餓に苦悶するのも、この股の痒みも……。

 

「やかましい──。だったら、はっきりと言ってやる。このラザニエルは、ハロンドール王国のロウ=ボルグにしっかりと惚れている。身も心も支配されてるんだ。お前らの皇帝とやらに伝えてこい。ほかの男に懸想している女に求婚など持ってくるなよね──。一昨日おいで──」

 

 ラザニエルは噴きあがった激昂のまま、新ローム帝国からの代表団にぶちまけた。

 女王ガドニエルだけでなく、副王を名乗るラザニエルまで、ロウの女だと公表することで、もしかしたら波紋もあるかもしれないが、いまはなにも考えられない。

 局部の疼きはかなり耐えがたいものに変わっている。

 

「そ、それは、どういう……?」

 

 団長だけでなく、ほかの者たちも眼を丸くしている。

 

「どうもこうもない──。いま言ったとおりだ。皇帝に伝えな。エルフ王家のガドニエルもラザニエルも、揃ってロウ=ボルグという男の女にされている。別の男の入り込む余地は微塵もないってね──」

 

 ラザニエルは立ちあがった。

 夜まで耐えるべきだと思ったが、むず痒さが加速度的に身体を苛んでくる。

 まだ呆然とした感じのロームからの代表団を置いて、ラザニエルは会同の場所を後にした。

 

「へ、陛下──。陛下、どこに? 次の面会の場所は最初の小会同室で、次の面会者は、副王陛下がご指示のあったデセオからの使者です。こちらではなく、反対側になります」

 

 廊下を出たところで、随行していた侍女のうちのロルリンドが後ろから追ってこをかけてきた。

 イザベリアンはいない。

 おそらく、ロームの代表団たちの会同の後始末をしているのだと思う。

 それはともかく、ロルリンドが口にした次の面会人と聞いて、ラザニエルは先日届いた無礼な手紙のことを思いだした。

 

 デセオ大公イザヤの名で送られてきたもので、そこにあった文面は“お前の秘密を知っている”とあり、その書簡を持ってきた者とラザニエルの一対一での面会を求めるものだった。

 まったく外交も内政もしないガドニエルの代わりに、副王のラザニエルはそれなりに面会人とは会っている。

 むしろ、政務の傍ら積極的にこなしているつもりではある。

 それでも、いまもって、面会希望者は耐えることなく、常識であればかなりの立場の者でも五日待ち程度が普通だ。

 ロームからの代表団というのも、話があったのはやはり十日前だった。

 しかし、ラザニエルは、そのデセオ大公からの書簡を受けると、すぐに翌日の面会リストに入れるように指示した。

 あの女か……。

 事前の報告書によれば、デセオ大公からの使者の名はコーラだ……。

 

「か、厠だ──。ついてくるんじゃない。あとで向かう──」

 

 ラザニエルは速足で歩きながら言った。

 

「そうは参りません。待機しております」

 

 ロルリンドはラザニエルを追いながら応じてきた。

 ラザニエルは、勝手にしろと言い捨てて、一番近い共用の厠部屋に飛び込んだ。

 個室に入り、水流に通じる便壺の上の穴の開いた椅子に座る。ロルリンドは、扉のすぐ外に立っているはずだから、自分の周りに防音の結界を張る。

 服の上から乳房をぎゅっと握った。

 

「くうっ」

 

 思ったよりも気持ちよくて、思わず声が出てしまった。

 防音をかけているとはいえ、もっと自重するつもりだったができなかったのだ。

 まあいい……。

 ラザニエルはさらに反対の乳房もぎゅっと服の上から握り、乳首の痒みを癒すために揉み始めた。

 

「はああっ」

 

 掻痒感が癒される気持ちよさは、本当に身体が溶けそうだった。

 あいつめ……。

 ちょっとばかり、淫魔術による身体の痒み発生の効果を強くし過ぎだろう。ラザニエルは惨めさに泣きそうになるのを自覚しながら、胸を揉む手に力を込めていく。

 乳首を刺激することで痒みは癒されるのだが、それで終わるわけではなく、さらなる刺激を求めて焦燥の炎が燃えあがってくる。

 

 終われない──。

 

 ラザニエルは胸への愛撫を続けつつ、右手をスカートの裾に入れて、一番痒い疼きが襲っているクリトリスを強く下着の上から指で揉んだ。

 

「ふくうっ」

 

 その途端に太腿をぴくぴくとおののかせた。

 頭が白くなるような快感が指で擦っているところから身体の芯まで噴きあがってきたのだ。

 ラザニエルは、そのまま一心不乱に乳房と股間への自慰を続けた。

 

 こんな場所で恥ずかしい……。

 だが、気持ちいい……。

 気がつくと淫らに腰を振っていた。

 

「ああ、あああっ、ああっ」

 

 突きあがる。

 絶頂感が襲い掛かる──。

 喜悦が深く、鋭さを増していく──。

 もうなにも考えられない──。

 

「くあああっ」

 

 しかし、踏みとどまった。

 与えられた命令は、寸止めだ──。

 絶頂してはならないのだ……。

 必死の思いで手を身体から離す。

 気がつくと、かなりの激しさで息をしていた。

 

 それを整えつつ、中途半端な焦燥感の苦悶をラザニエルはなんとか押しとどめようとした。

 

 

 *

 

 

「お前がコーラという女かい」

 

 待っていたデセオ大公の筆頭侍女を名乗る女を見るとラザニエルは吐き捨てた。

 苛立ちは頂点に達している。

 厠に飛び込んで行った一回目の寸止め自慰は、掻痒感を全く解消せずに、さらにラザニエルを苦しめるだけだった。

 もちろん、そんなことはわかっているが、それでも自慰をしないではいられなかったし、そして、業務もやめるわけにもいかないことはわかっている。

 

 苦しい……。

 また、股間を擦りまくりたい──。

 

 だが、やっていいのは寸止め自慰まで……。

 本当に、あいつは意地の悪いやつだ……。

 仕方なく、ぎりぎりと歯をかみしめる。

 苛立ちを目の前の女にぶつけたくてしかたなくなる──。

 

 それはともかく、待っていたのは、相変わらずの色香を漂わせた妖艶の美女のコーラだ。

 しかし、明らかにラザニエルに対する怯えがある。

 まあ、無理もないだろう。

 それにしても、あのイザヤがどれくらいコーラに話をしているのか……。

 

「デセオ大公イザヤの筆頭侍女をしております……。ラザニエル副王陛下のご尊顔を拝見し恐悦至極に存じ……」

 

 コーラが恭しく頭をさげる。

 ラザニエルは、魔道を飛ばした。

 コーラの全身に見えない糸をぐるぐる巻きに巻き付けたのだ。

 

「ひいっ」

 

 コーラが糸の拘束により、身体を真っ直ぐにして立つ姿勢になる、両手は身体の横だ。

 ちょっと強めに糸で締めあげてやる。

 コーラの顔が恐怖で真っ白になる。

 さらに糸を飛ばす。今度はコーラが身に着けている衣服の下のあちこちに糸を飛ばした。

 

「あ、あの……。へ、陛下──」

 

 コーラががたがたと震え出したのがわかった。

 

「いいから黙りな。ちょっとばかり、今日は機嫌が悪いんだ。望んだとおりに一対一の面談にしてやったよ。だから助けなんてない」

 

 ラザニエルは椅子に腰かけた。

 部屋には指示なく誰も入らないように言いつけている。

 防音の結界もした。

 この部屋のことは外に洩れることはない。

 

「ひっ、ひっ」

 

 コーラはいきなり魔道で拘束されて、可哀想なくらいに怯えまくっている。

 この感じだと、ラザニエルとイザヤの関係のことは知らないで派遣されたのかもしれない。

 まあいい。

 ちょっとばかり遊んでやるか。少しばかり、身体の苦悶も忘れられるかもしれない。

 

「さて、一介の侍女ごときに、このラザニエルが対面で会うなんて扱いは破格だけど、こんな無礼な文書を持ってきた者なら特別さ。さて、なにをしに来たのは簡潔に説明しな。何度も言うけど、ちょっと機嫌が悪いんだ。長い話には付き合えないよ」

 

 ラザニエルは言った。

 そして、コーラの服の下に飛ばしている魔道の糸を操作して、スカートの下の下着を糸で切断してやった。

 四つほどの布切れに切断されたコーラの下着がスカートの下に落ちる。

 

「ひっ」

 

「次は乳首を切断してやろうか? それとも、クリトリスがいいかい。じゃあ、この無礼な書簡を送りつけてきた目的をさっさと言いな」

 

 ラザニエルは殺気を込めた口調で言った。

 コーラがますます顔を蒼くした。



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951 副王の逆鱗、そして、少女娼婦

「ひっ、ひっ、ひっ」

 

 糸で身体を真っ直ぐにしたまま手足を動かせないように拘束しているコーラがすっかりと怯えた様子で口からおかしな声を出す。

 いきなりラザニエルの身動きできなくされたことで怯えているというのあるが、ラザニエルが魔道で発している「威圧」が殺気となってコーラに当てられているのだ。

 ラザニエルほどの魔道遣いの本気の威圧に対抗できるのは、ガドニエルに、ロウに、ほかには数名しかいないだろう。

 

「おかしな声を出すばかりじゃなく、ちゃんと喋らないかい──。言い分はなんだと訊ねてやっているだろうが──」

 

 大声で怒鳴りつけると、身体に巻きつけている糸を伸ばして、コーラの十本の指に掛けてやる。そして、ほんの少し、糸の締め付けを強めた。

 大した締め付けではないが、この威圧に当てられている状況での糸の締めつけは、まさに指を切断されるかのような恐怖に感じるはずだ。

 

「は、はい、そ、そ、そ、その、う……」

 

 コーラは一生懸命に口を動かそうとするが、舌が震えてうまく言葉にできないみたいだ。

 

「とりあえず、指を引き千切ってやるよ。覚悟しな──」

 

 さらに指に巻く糸を締めつける。もっとも、多少痛みを感じる程度でしかない。

 

「ひいいいっ、ゆ、ゆる、じ、でええ──」

 

 コーラが顔を真っ蒼にしてがくがくと震えだす。そして、ぼろぼろと涙をこぼしだした。

 さらに、呆れたことに、脚のあいだからじょろじょろとまとまった水流が落ちてきた。

 どうやら失禁してしまったようだ。

 

「お前、謁見の場で失禁とはどういうことだい──。それがデセオの作法かい──」

 

 怒鳴りあげた。

 ただし、糸の拘束は解いてやる。

 途端に、糸の切れた操り人形のように、コーラは自分が粗相をした床の上に腰を砕かせてしまった。

 

「も、申しわけありません……」

 

 コーラがか細い声で謝罪する。

 やっと、意味のある言葉を喋ったのは、ラザニエルが殺気を弱めてやったことによる。そうでなければ、このコーラはいつまでも、まともに口を開くこともできなかっただろう。

 

「とりあえず、床を拭きな。ここはお前らの家じゃないんだ。他国の王室の客間だ──。お前の小便を垂れ流していい場所じゃないんだよ──」

 

 わざとソファの手摺りをばんと叩いてやる。

 

「ひいっ、す、すぐに──」

 

 それだけでコーラはびくりと身体を竦ませた。

 そして、きょろきょろと周囲を見渡すとともに、ふらふらと立ちあがって、外に出ようとする。

 ラザニエルは、その足もとに軽い電撃を飛ばしてやった。

 

「きゃあああ」

 

 コーラがその場にひっくり返る。

 同時に、風魔道を飛ばして、コーラが身につけていた装束のスカート部分を太腿の半分から下を切断して布切れに変え、さらに上衣についても乳房から下を下衣ごと切って、腰の括れから臍を丸出しにしてやった。

 

「どこに行こうとしてんだい──。お前の小便を拭くために、この水晶宮のものを使おうとしてんじゃないだろうねえ──。自分のもので拭きな──。特別のはからいで、布切れは作ってやった。それで拭くんだよ──」

 

「は、はいっ」

 

 完全に怯えきっているコーラは、自分の周りに飛び散っている衣類の切れ端を集めると、腰が抜けたような状態のまま四つん這いになって、自分の小便の染みを掃除し始める。

 最初に下着を切断してやっていたので、短くなったスカートの下からコーラの白い尻がこちらから丸出しになっているが、そんなことに構う気にもなれないらしい。

 懸命に、絨毯を叩くようにして、絨毯が吸い取ってしまった水分を自分の服の切れ端に吸い込ませようとしている。

 

「もういい。立ってこっち向きな。とって喰いはしないよ。とりあえず、言い分を聞こうじゃないか」

 

 ラザニエルの言葉で、自分のおしっこを拭いていた布切れの束を身体の前で抱えるようにしてコーラがその場に立ちあがる。

 剥き出しになった両脚をすり寄せ、乳房から腰までを覆うもののない、おそよ貴族女とは思えない破廉恥な姿でコーラがまだ身体を震わせている。

 

「ふん、すっかりと娼婦のような格好じゃないかい。さっきの取り澄ましたような装束よりも、そっちの方がずっといいさ」

 

 ラザニエルは嘲笑した。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 だが、コーラはほんの少しほっとしたような、ぎこちない笑みを浮かべた。

 そういえば、このコーラは、これでも上級貴族の令嬢だったのを思い出した。デセオの不思議な慣習では、上流階級であればあるほど、高い性技の能力が求められ、デセオの貴族は成年の前後の時期に修行と称して、一定期間娼館に入るのだ。

 コーラにしても、いまはデセオ大公のイザヤにしても、普通に娼婦だった時代もあるのを思い出した。

 デセオでは、性技の技量が抜群でなければ娼館に入ることはできず、娼婦らしいというのは、デセオでは褒め言葉であるのだ。

 あのおかしな国の風習のことを久しぶりに思い出して、ラザニエルはちょっと懐かしい気持ちになった。

 

 また、それにより、ちょっと激昂していた気持ちが癒えてくる。

 こいつに、これほどの苛立ちをぶつけることはなかったか……。

 そもそも、はっきり言えば、イザヤからの書簡でラザニエルは怒りを覚えたということはない。

 脅されたとも思ってないし、“お前の秘密を知っている”などという戯言は、あのイザヤ独特の冗談とわかっている。

 ただ、股間と乳首の痒みが耐えられなくて、コーラ相手にちょっと八つ当たりをしただけだ。

 ラザニエルは、股間を襲う掻痒感と欲望の焦燥感に追い込まれ、無意識に太腿を擦り合わせる用に動かしていた。

 

「それで、お前の元召使いのイザヤは、わたしになんの用なんだい?」

 

 痒みを耐えるために、スカートの上からぎゅっと太腿を抓るとともに、かすかに足踏みをしながら、ラザニエルは訊ねた。

 すると、コーラが眼を大きくして少し驚くような表情になる。

 

「あ、あのう……。へ、陛下は、デセオ大公のイザヤがわたしの元召使いだとご存じなのですか?」

 

 コーラは首を傾げている。

 

「それくらい知っているさ。お前らの国では知らぬ者のないほどの成り上がり物語だろう」

 

 ラザニエルは笑った。

 性技の技量が尊敬の対象だとはいえ、一介の貴族令嬢の専従召使いが前大公に性技で気に入られて養女になり、ついに現大公になったというのは、ちょっとデセオ以外ではあり得ない大出世物語だ。

 むしろ、知らない方が珍しい。

 

「い、いえ、でも、そのイザヤの元の主人がわたしだというのは、さすがに知っている者も少なくて……」

 

「まあ、実際のところ、イザヤによく聞いているからね。お前は知らないだろうけど、実はお前ともずっと昔に会ったことがあるよ。イザヤに紹介されてね。娼館時代だ」

 

 ラザニエルの言葉にコーラはびっくりしている。

 

「もしかして、娼館時代のわたしたちをご存じなのですか?」

 

「ああそうだ。お前というよりはイザヤだけどね。そして、わたしというよりは、わたしの影だ。とにかく、知っているかと問われれば、イザヤとわたしは知古だ。よく知っているさ。なにせ、わたしはイザヤをわたしの愛人にしようとしたことがあるしね」

 

 ラザニエルは大笑いしたが、一方で、ちょっと語りすぎたかもしれないと思ったりもした。

 しかし、喋ってしまったものは仕方がない。

 イザヤは、アスカのことを知っているのだ。アスカ城と呼ばれていた魔城に監禁されてたラザニエルだったが、魔道で自分の姿の影を作って、あちこちに出没しては、愛人となる女を捜すということをしていた。

 そうやって、連れてきたのがエリカであり、エマだ。イザヤについても、アスカ城に誘おうとしたこともある。結局、イザヤが前大公の養女になるという話が立ちあがり、ラザニエルは断念をしたが……。

 だけど、最近になってアスカの名を捨てて、なに食わぬ顔でラザニエルに戻って水晶宮に副王として生きるようになったのだが、イザヤは、そのラザニエルがあのアスカであることに気がついたということなのだろう。

 イザヤに限って、ラザニエルを脅迫する意図がないこともラザニエルは十分に知っている。

 

「そ、そうなのですか?」

 

「ああ」

 

 ラザニエルは頷いた。

 しかし、それにしても、痒い。

 じっとしていたのだが、強い痒みと疼きが股間を中心としたおののきがぶるぶると四肢に拡がって、ラザニエルを苦悶させる。

 

「た、大公イザヤは、ハロンドール王国の独裁官のロウ=ボルグ殿との密かな橋渡しをラザニエル陛下に望んでおります」

 

 昔馴染みであることを教えられて、ちょっと安堵したのか、コーラがいきなりイザヤからの伝言を口にした。

 ラザニエルは首を傾げた。

 

「ロウとの橋渡し? お前らはローム帝国に従属したのだろう。タリオ大公を新皇帝として認めて」

 

「その通りです。しかし、デセオ大公イザヤは、実はそれを望んでおりません」

 

 コーラはきっぱりと断言した。

 ラザニエルにはやっとわかった。

 イザヤは、ラザニエルに助けを求めてきたのだ。

 地政学上、デセオ公国は飛ぶ鳥を落とす勢いで成長したタリオ公国に併合されることを容認するしかないのだろう。

 ただ、実際には、イザヤはそれを望んでいない。

 だから、新皇帝となったアーサーに知られないように、ハロンドールと手を結びたいのだ。つまりは、ロウに……。

 これは面白いことになったかもしれない……。

 

「ふうん……。どうでもいいけど、そんなことをわたしに喋っていいのかい? デセオが新皇帝を裏切るということなんだろう?」

 

「そんなことはありません。デセオのイザヤ大公は、ハロンドール独裁官のロウ殿と個人的友誼を望んでいる。ただ、それだけのことです」

 

 いつの間にか、最初の怯えは抜けたみたいだ。

 コーラの語りも堂々としたものに変わっている。

 

「なら、お前がここに来ていることをべらべらと喋ってもいいということでいいのかい。ちょうと、新皇帝アーサーの外交団が水晶宮を訪問中さ。折角だから、会っていくといいさ」

 

 ラザニエルは意地悪を言った。

 すると、コーラが眼を細め、ちょっと挑戦的な表情になった。

 

「そ、そのときには、わたしたちは、最初にお伝えした言葉を繰り返すしかありません」

 

「最初の言葉?」

 

「……お前の秘密を知っている……です……」

 

 コーラが頬をあげた。

 だが、見るとがくがくと脚は震えている。顔は蒼白だ。

 それなのに、あえて、その言葉をラザニエルに口にするのか……。

 小便をちびったというのはあるが、まあ、度胸だけは認めてやってもいいか……。

 

 こいつめ……。

 

 ラザニエルはもう一度、怖がらせてやろうかと思ったがやめた。

 どっちにしろ、ロウにとって悪い話ではない。

 ラザニエルは、橋渡しという役目を果たしてやることを決めた。

 

「いいだろう。だが、いまじゃない。時期を待ちな。そして、これをイザヤに渡しな」

 

 ラザニエルは履いていた靴の片側を脱いで、コーラに向かって放った。

 足もとに転がった片方の靴に面して、コーラは呆気にとられている。

 

「あの、これは……?」

 

「このところ急がしくてねえ。今日は朝から履きっぱなしの靴だ。汗と垢で汚れているわたしの靴だ。それをイザヤに渡しな。渡せばわかる」

 

「イ、イザヤに……ですか……。は、はい……」

 

 コーラが身を掲げて、靴を受け取る。

 ラザニエルは、コーラに退出を促した。

 狂おしいほどに身体を蝕む股間の痒みは、いよいよ耐えがたいものになっている。

 コーラが出ていったら、すぐにラザニエルは、許されている五回の寸止め自慰のうちの二回目を始めようと思っていた。

 もう我慢できない──。

 

「し、失礼いたします……」

 

 服を切断されたままのあられもない格好のコーラが切り刻まれた服の残骸とラザニエルの靴を持って出ていく。

 扉が閉まった。

 

「くううっ」

 

 すぐさま、ラザニエルは、スカートをまくって自分の股間を擦りまくりだした。

 

 

 *

 

 

 アーマンドは、ひとりの娼婦と対面していた。

 若い女だ。

 もちろん、ふたりきりではない。

 ここはデセオ公国内の公都にある娼館の一室だが、準備してもらった客室には、アーマンドがアーサー帝から与えられている武装した護衛が十人ほどいる。そのうちのふたりは魔道士だ。

 しかし、その護衛たちを前にしても、その若い娼婦はたじろぐ態度をほんの少しも出さない。

 それだけでも、この娼婦がただ者ではないとアーマンドは悟った。

 

 まだ少女といっていいだろう。見た目の年齢は十四か、十五くらいだろうか。まだまだ子供の面影を十分に残している。

 ただ、それにも関わらず、醸し出す雰囲気は、熟練したなにかの老練さを感じさせる。

 

 暗殺者……。

 工作員……。

 諜報員……。

 

 そんな感じだ。

 凄みもある。

 何度も死線を越えているという迫力もある。

 見た目が少女でしかないただの娼婦に求められた面会に応じる気になったのは、目の前の少女娼婦がちょっとあり得ないほどの殺気を気配として発していたからだ。

 いや、隠そうと思えば、この少女はその殺気を簡単に隠せるのだとは思う。しかし、そのときは、アーマンドにわざと悟らせるために、強い気配を発してきたのだ。

 本当なら相手にもしないが、その気配の発し方があまりにも見事だったので、彼女が寄越した面談を求める手紙に応じることにした。

 

「お会いになって頂いてありがとうございます。決して、損になる話ではありません。それはお約束します。ですから、あたしを買ってもらいたんです」

 

「不躾な手紙で、本来であれば相手にもしないところだ。だが、書いてある申し出には興味を抱いた。本当であればな。ただ、ただの冷やかしやつまらない手妻のようなものなら、お前がこの部屋を生きて出ることはない。それだけは言っておこう」

 

「その能力があるというのは本当です。いま現在では、それを証明する手段はありません」

 

 少女娼婦は言った。

 口元には笑みさえも浮かべている。

 たったいま、アーマンドは目の前の少女に、この場で殺すことを仄めかした。しかし、やはり動じる気配はない。

 

 ここは、デセオ公国にある一軒の官営娼館のひとつだ。

 獣人隊を率いてハロンドールに入った弟のフランコに対し、新皇帝アーサーの命令で、皇帝の使者団としてデセオ公国に部下とともにやって来たアーマンドたちだったが、その宿泊場所としてあてがわれたのが、この娼館だったのだ。

 性技こそ国是と口にして憚らない彼女、彼らにとっては、訪問者への最大のもてなしが、一流の娼館に連れていき、そこで性の相手をして快楽を与えることなのだ。

 そうやって、昼間はデセオ公国併合についての細かい交渉をし、夜は寝室に訪れる貴婦人の性のもてなしを受けるということを繰り返していた。

 

 目の前の少女娼婦が手紙を寄越したのは、三日目の朝のことだ。

 誰かに預けたということではなく、デセオ側の者には絶対に入れないような魔道具処置をしていた部屋に、堂々と手紙だけが置いてあったのだ。

 手紙の内容よりも、そのことに驚いた。

 次いで、その内容にも興味を抱いた。

 すると、その日の夕方になり、交渉から戻ったアーマンドの前にこの少女が現れ、強い気配を発することで、その手紙の差出人が彼女であることを告げたということだ。

 アーマンドは、娼館の者に命じて、急遽この客室を準備してもらって、少女娼婦に会うことにしたというわけである。

 

「ならば、話ならんな。信じろというのが無理だ。ハロンドールの独裁官のロウを陥れることができるということだったな。そんな眉唾事に耳を貸すほど暇ではない。証明できなければ話にもならん。言い渡したとおりに死んでもらおう」

 

 アーマンドは護衛たちに視線を向ける。

 脅しではない。

 興味のある話だったが、そもそも怪しすぎる。

 突然に現れた娼婦が、ハロンドールのロウを陥れる手段があるから、手を貸して欲しいなどというのは……。

 

「ふふふ、だけど、アーマンド殿に損をすることはありませんよ。あたしに与えるのは、ちょっとした小金と足のつかない腕のある手の者を十人ほどつけてくれればいいだけです。信用できないのはわかっているので、隷属をしても構いませんよ。その代わり、あたしに協力するという魔道契約を結んでいただきます」

 

 少女娼婦は平然と言った。

 

「隷属を受け入れると?」

 

 アーマンドは訝しんだ。

 隷属をしてしまえば、絶対に裏切ることはできない。絶対に信用ができるといっていい。

 彼女が望む魔道契約というのがなんなのかはわからないが、実際のところ、彼女がただ者でないことだけは確かなのだ。

 とりあえず、話だけは聞いてみることにするか。

 

「なにができて、なにを望む?」

 

 アーマンドは端的に訊ねた。

 

「ロウの正妻になる予定のエリカ……。これを操ることができます。誘拐して連れてきます。でも、あたしには、ロウには叶わない。だから、そのエリカはあなた方に渡しましょう。その代わりに、あなた方はロウを捕まえてください。でも、ロウを拷問した後には、必ず、あたしに息の根をとめさせること。それが条件です」

 

 少女娼婦は言った。

 

「正妻のエリカを操れる? どうやって?」

 

 ロウの周りには、大陸一の魔道遣いが幾人も揃っている。

 しかも、ハロンドール女王のイザベラとナタル森林王国のエルフ女王のガドニエルの両方の王配となるロウは、貴人中の貴人になるといっていい。ロウがどういう了見でふたりの女王たちではなく、エリカという平民女を正妻にしようとしているのかわからないが、そのロウの正妻ともなれば、防護は完璧だろう。

 もしかしたら、そこらの王族を誘拐するよりも難しいかもしれない。

 

「それは魔道契約に応じてもらってからお教えします。その後、隷属を受け入れるのですから、あたしから聞き出せばいいことです」

 

 少女娼婦は言った。

 アーマンドは唸った。

 そして、口を開く。

 

「本当にエリカを誘拐して連れてこれる方法があるのだな? つまらない出任せなら、隷属のあとで自殺を命令してしまうぞ」

 

「命などいらないね。あのロウに復讐できるのであれば……」

 

 少女娼婦が微笑んだ。

 ぞっとするほどの凄みのある笑みだ。

 そして、口調も変わった。おそらく、こっちが素なのだろう。

 いずれにしても、こんな表情ができるためには、どれほどの修羅場を潜ればいいのだろう。

 アーマンドは決めた。

 

「いいだろう。契約を結ぼう。その後隷属して、必要なものは与える。その代わりに、エリカをタリオ公国まで連れてこれるのだな」

 

「問題ないね。失敗したら死ねと命令しておけばいいよ。それであんたらに結びつく危険はなくなる。あたしが望むのは、ロウへの復讐だけさ」

 

 少女娼婦はきっぱりと言った。

 

「いいだろう。ところで、お前の名は?」

 

 アーマンドは訊ねた。

 まだ、名前を聞いていないことを思い出したのだ。

 

「ジャスランだよ」

 

「わかった、ジャスラン。じゃあ、まずは、お前をこの娼館から外に出す手続きをしよう。そして、魔道契約と隷属だ」

 

「感謝するよ」

 

 ジャスランと名乗った少女娼婦が嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 *

 

 

「じょ、冗談じゃありませんよ。あんなに怖かったことなどありません。本当に殺されるかと思いました」

 

 任務を終え、ナタル森林のエランド・シティの水晶宮からデセオ公国に戻ったコーラは、大公のイザヤの部屋に飛び込むなり、すぐに不満をぶちまけた。

 多分、交渉ごとは成功はしたのだろう。

 しかし、それに至るまでに、コーラは正真正銘の死の恐怖を感じた。

 あのラザニエルというエルフ族の副王の美女が、ほんの少しもコーラを殺すことに躊躇の気持ちを抱くような感じではなかった。

 あのとき、怖ろしく機嫌が悪そうなラザニエルがコーラを惨殺しなかったのは、決して、脅迫めいた言葉が効果があったということではなく、単純なラザニエルの気儘──。

 それだけだろう。

 いまだに、あのときに接したラザニエルのことを思い出すと身体が震えてくる。

 我ながら、よくぞ、あのラザニエル相手に、最終的に交渉のようなことができたものだ。

 本当に怖かったのだ。

 

「ふふふ、でも、命はとられなかったでしょう。お姉さまは実際には優しいのよ。ちょっと怖い面もあるけど、それは口だけ。だから大丈夫なのよ」

 

 イザヤは上機嫌だ。

 ラザニエルが交渉に応じてくれたのが本当に嬉しいみたいだ。

 

 だが、全く冗談ではない。

 あれが、優しい?

 絶対に違う──。

 イザヤは間違っている。

 

 まあ、そんなことは言っても仕方がない。戻ってきたのだ。もう二度と、あの怖ろしい副王に会わないことを祈りたい。

 とりあえず、コーラは諦めて、ラザニエルとの話し合いで交わした内容について説明した。

 イザヤは、終始にこにこしてそれを聞き続けた。

 

「……まあ、そういうわけです。ラザニエル殿は、とりあえず、時を待てと……。でも、一体全体、ラザニエル殿の秘密とはなんなのですか?」

 

 コーラは訊ねた。

 何度事前に訊ねても教えてもらえなかったが、やはり、好奇心は抑えられない。ただの言葉遊びなのかと思ったが、どうやら、ラザニエルの秘密というのは、本当に存在しているような雰囲気だった。

 

「それは、あなたといえ、口にできない。墓場まで持っていくわ……。それよりも、彼女から預かったものがあるって言ったわね。なんなの?」

 

 イザヤが言った。

 

「ああ、あれですか」

 

 魔道袋の魔具から、あの靴を取り出した。

 ラザニエルがそのときに履いていた靴の片側──。

 これがなんなのか、さっぱりとわからない。

 ただ、危険なものではないことだけはわかったので、コーラはそのままイザヤに渡すことにした。

 その瞬間に、イザヤが歓声をあげた。

 

「きゃあああ、師匠の靴──。師匠がわたしに──? 本当なのね──」

 

 イザヤは大喜びでそれを両手で捧げ持つように受け取った。

 だが、コーラは面食らった。

 

「師匠? ラザニエル殿のことを師匠と呼びましたか?」

 

「ええ、彼女がわたしの性技の師匠よ。いまのわたしがあるのは、全部師匠のおかげ……。ああ、師匠、まだお慕いしております」

 

 イザヤは両手で持ったその口を恭しく掲げるようにしたかと思うと、いきなりそれを舐め始めた。

 

「あ、ああっ、師匠……。会いたい……。お会いしたい……。師匠、愛しております、師匠……」

 

 そして、イザヤは感極まったように、靴に舌を這わせ始めた。

 コーラは唖然としてしまった。

 

 

 

 

(第13話『……娼婦に淑女』終わり、第14話に続く。)



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 第14話  マイム神殿事件
952 美少女姉妹への卑劣な罠


 路地に入ると、指示があったとおりの小さな家があった。

 入り口から中に入る。すると、家はひと繋ぎの広い場所になっていた。そして、真ん中にマットだけの寝台がある。

 

 人の姿はない。

 しかし、気配はある気がする。

 少なくとも、なんらかの手段でリンダを観察しているはずだ。

 リンダは、誰が、どこにいるのか探ろうとした。

 

『武器を置け、リンダ』

 

 すると、声がした。

 とっさに剣を抜いて、声の方向に構える。

 だが、そこには人の拳ほどの小さな箱が床に直接に置いてあるだけだった。

 

『武器を置くんだ、リンダ』

 

 剣を抜いたままその箱を観察していると、その箱からまた声が流れた。

 やはり、どこからかリンダを観察しているのだろう。

 リンダは注意深く、周囲を観察した。

 

「イルマはどこだい。約束通りにひとりで来たさ。さっさと解放しな、この卑怯者」

 

 リンダは怒鳴った。

 すると、箱からくすくすと笑う声が聞こえてきた。

 

「なにがおかしい──」

 

 リンダは喚いた。

 

『あいにくと妹はここにはいない。だが、ちゃんと会わせてやる。別にお前ら姉妹に恨みがあるわけじゃないからな。しかし、命令には従った方がいい。殺すつもりはないが、腕や脚はなくてもいい。むしろ好事家にはそっちの方が高く売れるかもしれないしな』

 

 箱から発する笑い声が大きくなる。

 リンダは歯噛みした。

 

 とにかく、突然のことだった。

 リンダとイルマは、姉妹でパーティを組んでいる二人組の冒険者であり、ハロンドールの王都ギルドに所属していた。ランクは(チャリー)である。

 年齢は十六と十四。自分で口にするのは恥ずかしいが、売り出したばかりの美少女姉妹パーティーというのが、リンダとイルマである。

 

 だが、クエスト帰りの昨日の夜に食材を買うために別れた妹のイルマが借りている家に戻らず、徹夜で探し回ったところで、一度戻った家に、イルマが身につけていたはずの衣類が箱に入って置いてあったのだ。

 しかも、下着や髪飾りを含めて、持っていた隠し武器を含めて、なにもかも一個の箱に入っていた。

 そして、箱には一通の手紙があり、王都ハロンドールの副王都と呼ばれるこのマイムの城郭内のこの場所が示されていたというわけだ。

 リンダのことは見張っていて、妹に会いたければ、その場からすぐにマイムにやってくるように指示があった。

 交渉の余地はなく、この場からマイムに向かわず、誰かに知らせようとする素振りをすれば、二度と妹に会える機会はなくなるとも書いてあった。

 

 妹のイルマは、誘拐されたのだ……。

 リンダは愕然となってしまった。

 

 仰天したが、リンダにはその手紙に従うことしか思いつかなかった。明らかな罠だし、のこのこと指示に従えば、イルマだけでなく、リンダも捕らわれるのだろう。

 このところ、若い女が行方不明になるという事件が続発していて、闇奴隷狩りではないかと噂されていたが、おそらく間違いないと思った。

 どこのどういう集団なのか思いもつかないが、その連中は王都をひとりで歩いていた妹のイルマをなんらかの方法で誘拐し、次いで、リンダがそのイルマの姉であることを知っていて、ついでに妹を人質にして、リンダもまたさらってしまおうとしているに違いないと悟った。

 

 どうすべきか……。

 

 妹とは二人暮らしであり、この家にはほかに居住者はいない。闇奴隷狩りだと思われる連中にこのまま従えば、リンダとイルマがいなくなってしまったことが、誰かに気がついてもらえるには、数日はかかると思う。

 まあ、夕べは、イルマの捜索について、正式に冒険者ギルド長に就任したミランダや、新たに副ギルド長になった黒エルフのイライジャに相談したので、それで悟ってくれる可能性はあるが、望み薄だ。

 

 迷った挙げ句、リンダはその脅迫状に従うことにした。

 早く両親を失ったリンダにとっては、イルマはただひとり残っている大切な家族だ。

 万が一の救出の望みがあるなら、それに賭けたい。

 リンダは、手紙に従って、半日の時間をかけて、このマイムの城郭の路地までやってきた。

 手紙に指定されていたのが、この場所だからだ。

 果たして、書かれていたとおりの家があり、そこに入ると、この小さな箱から声が聞こえてきたというわけだ。

 

『指示に従わなければ、これで交渉は打ち切ろう。一生懸命に妹のことを探すといい。さよならだ』

 

 リンダは手に持っていた剣を床に捨てた。

 仕方ない。

 いまは従うしかなさそうだ。

 鞘も外して床に置く。

 

「置いたよ」

 

『足首に隠しているナイフもだ。懐にある毒矢。具足も外せ。背負ってきた荷物。床に置いた武器を含めて、全部壁際に投げるんだ。お前自身は家の真ん中にある寝台のそばまで行け』

 

 指示に従う。

 だが、よくわかっている。

 足首に武器を隠しているなど、妹くらいしか知らないはずだ。イルマから聞き出したのだろうか……?

 リンダは、言われたまま、空身で家の中にただひとつある寝台のそばに向かう。

 そして、気がついたが、寝台の四隅には反対側が寝台の手摺りにかかっている四個の枷があった。

 どの枷も片側が開いてて、閉じれば施錠されるようになっている。

 リンダは嫌な予感がした。

 

「なにするんだい?」

 

 リンダは不貞腐れて訊ねた。

 また、どこで見張っているのか懸命に探る。

 しかし、わからない。

 イルマがここにいないのは確実なのだろうが、果たしてどこから観察をしているのか……。

 

『なにをするかな。せっかく寝台があるんだ。とりあえず、身体を味わうかな。まずはその場で素っ裸になれ。そして、寝台に寝そべって、四個の枷に手足を繋げろ。心配ない。ただ手首と足首を枷に当てるだけで、自動的に締まるようになっている』

 

 声が言った。

 リンダはかっと頭に血が昇るのがわかった。

 

「ふざけんじゃないよ──。そんなことできるわけないだろう──。ただじゃおかないからね──。妹はどこにいるんだい、この卑怯者──。殺してやるからね──」

 

 喚き散らした。

 すると、箱の中から嘲笑するような声が響いた。

 

『もっと叫ぶといいぞ。何事かと思って、誰かが入ってくれば、それで終わりだ。我々は二度と接触することはない。妹と会えることは一生ないだろうな』

 

 はらわたが煮えかえる。

 しかし、リンダは叫ぶのをやめた。

 だが、服を脱ぐ気にはならない。

 どうしていいかわからず、寝台のそばでただ立っていた。

 

『まあいい……。じゃあ、指示に従いたくなるように、妹の声を聞かせてやろう』

 

 箱が言った。

 すると、突然にすすり泣くようなよがり声が箱から聞こえてきた。

 はっとした。

 妹のイルマの声だ──。

 

「イルマ──? イルマなのね──。どこにいるの──?」

 

 箱に寄って叫ぶ。

 

「あっ、お姉ちゃん──。あ、ああっ、あっ、あああっ」

 

 箱から聞こえたのは間違いなく妹の声だった。

 だが、様子がおかしい。

 

「ああ、もう許して……。ああ、許してください……。ああ、ああっ」

 

 明らかなよがり声だ。

 性的な刺激を受けているのは間違いない。

 リンダは、愕然となった。

 イルマのすすり泣きに悲鳴のような嬌声が混じっている。リンダにはイルマがなにをされているのか、聞かなくてもわかった。

 

「や、やめなさい──。妹に手を出さないで──。イルマ、どこにいるのか言いなさい──。どこなの──?」

 

「わ、わからない……。目隠しをされていて……。いやあああ、もういやあああ。やめてええ──ああっ、あっ、あっ、あああっ」

 

「イルマ──。しっかりして、イルマ──。なにか覚えていることは──。聞こえるものはなに──。イルマ──」

 

「わ、わからない──。て、手がいっぱい……。あああっ、ああああっ」

 

 イルマの泣き声混じりの嬌声が響く。

 だが、それが中断されて、イルマの声が聞こえなくなる。

 しばらくすると、最初に聞こえてきた男の声がまた響きだした。

 

『ここまでだ。従う気になったか? これが最後だ。妹を助けたければ、そこで服を脱いで寝台に横になる。自分が助かりたければ、このままこの廃屋から出ていけ』

 

「よ、よくも……、よくも……。と、とにかく、イルマに手を出すのをやめさせなさいよ──。すぐによ。それをすれば、命令には従うわ。あたしが交替する。妹は解放しなさい」

 

『代わりにそこで裸になればな』

 

「や、約束するのね──? その保証は?」

 

『信用してもらうしかないな』

 

 声が笑った。

 憎悪と怒りで全身が震えてくる。

 おそらく、解放などしない。

 妹とともに、得体の知れないこの連中の玩具になるだけだ。

 そして、闇奴隷として売られる……。

 だが、従わなければ、絶対にもう妹には会えない。

 リンダはその確信だけはあった。

 

『さあ、どうする? もう一度、妹の声を聞くか?』

 

 再び、箱からリンダを呼んで泣き叫ぶイルマの声が聞こえてきた。

 

「やめてええっ」

 

 リンダは叫んだ。

 

「……言うとおりにする。するから……」

 

『服を脱いで、自ら拘束しろ。それで妹を責めるのはやめてやろう』

 

 箱からの冷たい言葉に、リンダはがっくりと項垂れてしまった。

 震える手で、身につけているものを脱ぎ始める。

 あっという間に下着だけになった。

 寝台にあがとうとした。

 

『まだ残っている。生まれたままの姿になってから、寝台にあがれ』

 

 箱から声──。

 口惜しい……。

 胸に巻いている布を剥ぎ、腰から下着を脱いで爪先から抜き取った。

 どこからか観察している卑劣極まりない連中……。

 そいつらの言いなりにならなければならないこの場に、怒りでいっぱいになる。

 

『気の強い冒険者とはいえ、やはり女だな。ほう、あちこちに傷があるな。妹もそうだったが、心配しなくていいぞ。売り物にするときには、傷ひとつない綺麗な肌に治してやるからな。それとも美人姉妹冒険家で売るか? だったら、そのままでいもいいかもな』

 

 やはり、どこかで見ているのだ。

 リンダは必死に手で股間と胸を隠しながら、寝台にあがった。

 だが、四肢を開いて自ら拘束されるのは抵抗がある。

 決心ができず、寝台の上にあがったまま、しばらく、両手で身体を隠して座り込んでしまった。

 

『ここまでしたのに、交渉決裂でいいのか? あと十数えるまで待ってやる。そのあいだも、自ら拘束しなければ、我々は交渉をやめる……。十……九……八……』

 

「ま、待って──」

 

 リンダは慌てて、寝台に身体を横たわらせた、

 脚を開いて、ますは足側の隅にある枷の開いている部分に足首を載せた。金属音がして、足首に枷が嵌まる。

 

「ひっ」

 

 自分の口から怯えた声が出たが、まだ箱から数をかぞえる声は続いている。

 リンダは、両手を大きく頭方向に開いて、頭側の枷に手首を載せた。

 がしゃんと音がして、枷が閉じる。

 これで、リンダはもう身動きできなくなってしまった。

 すると、人の気配が家の入口に集まるのがわかった。

 はっとなる、

 そして、扉が開く。

 どやどやと複数の男たちが入ってくる。

 十人はいるだろう。

 

「いやあああ」

 

 リンダは叫んでしまった。

 

「ははは、いい格好になったな。思ったよりもいい身体だ」

 

「十六だというが、妹もそうだったが色っぽいな」

 

「いいおっぱいだ。妹はちょっと小さめだったが、姉の方は大きいな。どれどれ……」

 

 男たちが好色そうな言葉を口にしながら、リンダの周りに迫ってきた。

 あっという間に寝台の周りに十人以上の男が集まった。

 誰もか彼も知らない者たちだ。

 

 いや、ひとり知っている……。

 だが、まさか……。

 

「じゃあ、まずは俺からでいいですか?」

 

 十人のうちのひとりが寝台にあがってきて、リンダの脚のあいだに座って、ズボンを脱ぎ出す。

 リンダは動顛した。

 だが、その男こそ、さっきまで箱を通して喋っていた男の声だとわかった。だったら、意外に近い?

 妹も近くにいる?

 しかし、思念はそれまでだ。

 一斉にリンダの裸身に手が伸びてきたのだ。

 十人以上の男の二十本の手がリンダの裸身を愛撫し始めた。

 

「な、なにする気よ──。や、やめなさいよ──。ひいいいいっ、いやあああ」

 

 リンダは絶叫した。

 

「へへへ、ここはまだ薄いな。妹と一緒だ。さて、妹は上付きだったが、お姉さんはどうかな」

 

 ズボンを脱いで股間を露出した男がリンダの局部を指で愛撫してきた。そのあいだも、全身を男たちに愛撫され、リンダは無理矢理にせりあげられる快感にわけがわからなくなる。

 これだけの手の一斉に愛撫には、もはや快感を耐えることなど不可能だ。

 口から嬌声が迸ってしまう。

 

「まだ潤いが少し足りなさそうだが、まあいいか。じゃあ、いかしてもらおう。生娘じゃなさそうだし、大丈夫だろう。とりあえず、ひとり目だ」

 

 股のあいだの男が体勢を変え、寝そべるようにして、四肢を大きく広げて拘束されているリンダに股間に勃起した男根を挿入してきた。

 

「ひぎいいいいっ、あああああっ」

 

 股をこじ開けられる痛みと、全身の愛撫による快感にわけがわからなくなり、リンダは右に左にと腰をよじり立てて、せめてもの抵抗をしようと暴れ狂った。



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953 少女冒険者の受難

 ふと、意識が戻った。

 リンダが横になっていたのは薄暗い部屋の中であり、しかも、その室内の一角に置かれている小さな檻のようなものの中に入れられているのがわかった。

 視線のすぐ近くに鉄格子があって、その鉄格子越しに物置のような広い場所が見える。

 

「くっ」

 

 起きあがろうとして、背中側に両手が水平に重ねるように折り曲げられてあり、革枷のようなもので離れないように拘束されているようなのがわかった。

 また、横たわったまま足元を見ると、足首にも肩幅ほどの短い鎖で繋がった足枷が嵌っている。

 それにしても、腰のあたりがまるで鉛でも入れられているように重い。

 

 はっとした。

 リンダは全裸だった。

 さらに、頭がはっきりすると、身の毛がよだつような屈辱の記憶が沸き起こってきた。

 妹を人質にされて、十人以上の男たちに代わる代わる犯され、失神と覚醒を繰り返させられながら輪姦されたのだ。

 おびただしいほどの精液を子宮に注がれ、口はもちろん、尻穴さえ凌辱された。

 それを思い出したのだ。

 気がつくと、嗚咽をしていた。

 口惜しくて、口惜しくて涙がこぼれ続ける。

 

「ははは、いくら女冒険者でも、やっぱり少女でしかないんだな。そうやって、泣いているのは可愛いぜ」

 

 小馬鹿にしたような言葉がかけられた。

 声の方向を見る。

 そこにいるのは、三人ほどの男だった。彼らに記憶がある。リンダを輪姦した男たちの中にいた者たちだ。

 ここがどこなのかわからないが、リンダは結局、最終的に意識を失ったのだろう。そして、ここに運ばれて、檻に入れられたということに違いない。

 

「こ、ここはどこよ──。イルマはどこ──? 妹に会わせて──」

 

 リンダは彼らに怒鳴りあげた。

 すると、ちょっと面食らったような顔になった三人が一斉に笑い出した。

 

「こりゃ、驚いた、いままでに扱った雌の中では一番のじゃじゃ馬なのかもしれないな」

 

 ひとりが嘲笑し、同調するようにほかの二人も笑いだした。

 リンダは歯噛みした。

 

「妹はどこだって、訊いてんでしょう──。さっさと答えなさい──」

 

 リンダは力の限り喚いた。

 すると、にやにや笑いを浮かべる三人がリンダを監禁している檻の前までやってきた。

 たじろぎを覚えてしまい、リンダは狭い檻の中を三人のいる側とは反対方向に背中をつけ、両膝を立てて身体を丸める。

 

「どうした? 威勢がよかったのに震えているのか? 訊きたいことがあれば訊いていいぞ。俺たちの相手をしながらだがな」

 

「それとも、その首輪に向かって、心からの隷属を誓うことだ。しっかりと隷属したことが確認できれば、次は妹とともに性奴隷の調教をすることになる。同じ檻に入れてやってもいいぞ」

 

「いずれにしても、妹は別に部屋だ。いつ会えるのかはお前次第だな。会いたければ、早く心の底からの屈服をすることだ」

 

 男たちがリンダに声をかける。

 首輪?

 そして、その言葉でリンダは、自分の首に奇妙な圧迫感があるのがわかった。

 もしかして、隷属の首輪を嵌められているのか?

 いや、そうなのだろう。

 愕然とした。

 

 隷属の首輪というのは、人を奴隷化するときに使う支配魔具だ。その首輪を隷属の魔道を込めて装着され、さらに奴隷になる者が心からの屈服を覚えることで隷属が完成する。

 そして、それからは「主人」の命令に絶対に逆らえない奴隷が誕生するというわけだ。

 だが、隷属の術が浸透していない者が隷属されるのは、術者の力だけではなく、隷属化する側にも、心からの屈服が必要になる。口だけの屈服ではだめであり、心の底から隷属を受け入れなければならないのだ。

 だから、大抵の隷属行為では、それに先立って、拷問という手段が用いられる。

 

「隷属? ま、まさか、もうイルマを隷属に?」

 

 三人に向かって声をあげる。

 また、リンダは思い出してきた。この隷属の首輪を装着されたのは、あのマイム城郭内の路地にあった空き家で輪姦されたときであり、男たちはリンダを犯しながら、隷属を誓えと繰り返し迫ってきていた。

 多分、気絶はしても、ついにリンダは隷属を受け入れなかったのだと思う。

 三人の言葉から、それは推測できる。そもそも奴隷化されている感覚はないし……。

 

 そして、この一団の目的は間違いなく闇奴隷狩りだ。

 リンダもイルマもそれに捕らわれたのだ。凌辱されながら繰り返し告げられた言葉を思い起こすると、それもまた確信できる。

 最近、ひそかに騒がれていた若い女の行方不明事件についても、こいつらが関連するのだろう。

 それにしても、王都や副王都マイムの中で、ここまで堂々と奴隷狩りが行われていたとは……。

 だが、それはともかく、妹のイルマのことだ。

 もしかして、すでに隷属化されてしまったのだろうか。

 

「妹はすでに隷属化は終わって、性奴隷として高値をつけるために性修行の最中だ。姉妹奴隷はそれだけで値が上がるから、早く姉妹調教に移りたいんだがな」

 

 三人のうちのひとりが言った。

 リンダは、その男を睨んだ。

 やはり、記憶違いではなかった……。

 

「どういうこと……?」

 

 リンダは呟いてしまっていた。

 

「よし、外に出せ」

 

 その真ん中の男が両側のふたりに声をかける。

 その二人によって、リンダの檻の鉄格子についていた施錠が外され、鉄格子が左右に開く。

 両側から男たちがリンダの腕を掴んで、檻の外に引きずり出す。

 

「は、離せええ──。離すのよお──。誰かあああ──。誰か助けてええ──」

 

 両手も両足首も拘束されているので、さすがに抵抗らしい抵抗できない。

 だから、ありったけの声で悲鳴をあげた。

 ここがどこだかわからないが、もしかしたら、どこかにリンダが助けを求める声が聞こえるかもしれない。

 

「おうおう、でかい声だなあ。いくら、ここが大丈夫とはいえ、やかましいし、口枷しますか?」

 

 リンダの腕を掴んでいる男のひとりが、指示を出していると思われる男に言った。

 三人ともどこかの与太男のような恰好をしているが、その指示する男には品のよさも感じる。

 そして、その男の正体について、リンダはいまこそ確信を持った。

 

 十人の男たちに輪姦されたときにも、この男はその場にいて、そのときも全体の指示をする役割をしていた。

 そのときは半信半疑だったが、さすがにもうわかった。

 この男は信じられないが、チャーリーという名のマイムにある神殿に所属する司祭だ。向こうはリンダのことは知らないと思うが、以前にクエストでマイムの神殿絡みの依頼を受けたことがあり、そのときに遠くから彼を見たことがある。

 それで覚えていたのだ。

 この神殿における司祭というのは、神殿長、副神殿長、筆頭巫女に次ぐ、十数人いる神官幹部の役職のことであり、信じがたいが、この男は司祭なのだ。

 

「チャーリー司祭──。あなたのような神官がこんなことをして許されませんよ。一体全体、どういうわけなのですか──?」

 

 すると、チャーリー司祭はぎょっとした顔になって身体を竦めた。

 しかし、すぐに落ち着いた感じになり、この倉庫のような部屋の中心部の天井から垂れていた鎖を手に取った。

 倉庫のような場所を感じさせるこの部屋には、リンダが入れられていた檻のほかに、あちこちに木箱が積みあがっているが、比較的真ん中は空間が開いている。

 リンダはこれまで気がつかなかったが、そこに天井から垂れる鎖が一本あったのだ。

 

「これは驚きましたね。私の顔を知っていたとはねえ。やはり、あの空き家で隷属を完成させておくべきでした。まあいいでしょう。結果は同じです。最終的に隷属させれば問題はありません。繋ぎなさい」

 

 チャーリーは口調を一転して改め、リンダの両側の男たち指示をだす。

 どうやら、いまのいままで、そのあたりの与太者を演じるために、意図的に行儀の悪さを装っていたみたいだ。

 この丁寧な口調の方が素なのか?

 いずれにしても、やはり、彼が間違いなくマイム神殿の司祭なのであると知り、心の底からぞっとなってしまった。

 神殿の現職の司祭による闇奴隷売買など前代未聞だ。

 

「ちょ、ちょっと、やめてよ──。司祭、どういうことですか──? 仮にもクロノス神にお仕えするあなたがこんなことをするなんて──」

 

 リンダは懸命に拘束から逃れようと暴れた。

 しかし、両脇の男たちから簡単に背中側の革枷に、天井からの鎖を繋げられる。

 高さを調整され、リンダはつま先立ちにされてしまった。

 

「屈服に言葉は不要です。口枷をしますが、折角なので“飴玉”にしましょう。所詮、彼女も女ですから、そっちに方が早く片がつくはずです」

 

 チャーリーが淡々を指示する。

 飴というのがなんであるのかわからない。

 だが、リンダの顔の前に、幼い子供の拳ほどの大きさの赤い色の球体が持ってこられた。その球体の両側には革紐が繋がっていて、どうやら、その球体をリンダの口に入れて、革紐で縛って口枷にするつもりみたいだ。

 

「な、なにをしようと……」

 

 ただの球体状の口枷でないことは雰囲気で明らかだ。

 リンダは必死に口をつぐんで抵抗しようとしたが、鼻を摘ままれて強引に口を開かされる。

 口いっぱいに赤い球体を押し込まれ、革紐を頭の後ろで縛られて固定されてしまった。

 すると、舌の上に載った球体から甘い味を感じた。

 

「んんっ」

 

 そして、途端に全身を虫が這うような感覚が襲い、身体が熱くなった。

 まさか、媚薬──?

 リンダは愕然となった。

 これは、多分、強烈な媚薬だ。しかも、口に入れた途端に効果が表れる媚薬など危険すぎる。

 しかし、口の中に押し込まれている以上、舌から離す方法はない。

 リンダは、腰が抜けたようになって、鎖に身体を預けたようにしてしまった。

 

「もう効いてきたか? いつもながら、こいつはすげえや。もう股から涎を垂らし始めましたぜ」

 

「ねえ、追い込む前に、もう一度味見をさせてくださいよ。その方が、この女も早く屈服しますよ」

 

 リンダを挟む男たちがチャーリーに媚びるような口調で言った。

 だが、リンダにとってはそれどころじゃない。

 目が回る……。

 身体が疼く……。

 股間や乳首や痛いように熱くなる。

 

「んんんっ」

 

 懸命に頭を振って、正気を維持しようとする。

 

「しょうがありませんね。一度ずつですよ。その代わり、最低五回は絶頂させなさい。そのあとで、膨らんだクリトリスに糸を巻きます。今日は糸責めにします。これまでに、クリトリスを吊られて音をあげなかった女はいませんから」

 

 チャーリーがいつのまにか、釣り糸のようなものを手にして、一端に小さな輪を作っている。

 糸吊りって、まさか……。

 冗談じゃない。

 

「へへへ、じゃあ、やらせてもらうか。俺が先でいいか」

 

「わかった。じゃあ、押えとくぜ」

 

 一度繋がれた天井からの鎖が外された。

 そして、近くに積み重ねてある木箱の上に上体を倒されて押えられる。

 もうひとりが、後ろからリンダの股間に手を伸ばして、内腿をくすぐり、媚肉の合わせ目を指でなぞりだす。

 

「んぐうううっ」

 

 信じられないような甘美感が触られた場所から迸り、リンダは腰を揺すって声を絞り出した。

 ここまで簡単に感じるのは、口の中で溶け続ける媚薬の影響なのは明白だ。

 すでに、リンダの股間からはおびただしい愛汁が流れていて、いまこの瞬間にも、どんどんと股間からあふれ出ていくのがわかる。

 力が抜けていく。

 

「こりゃあ、すげえや。前戯いらずだぜ。じゃあ、早速と……」

 

 後ろからリンダを愛撫をする男がズボンをさげる音が聞こえた。

 すぐに尻の下に男根が当てられ、リンダの股間に亀頭が埋め込まれてきた。

 

「もう入れるのか? 五回昇天させなきゃならないんだぜ」

 

 リンダの上体を押えている男が呆れたような声を出す。

 

「まあ、任せな。挿入してもしばらくは昇天させねえ。焦らし抜いてからいかせてやるさ。そっちに方が効率的だ」

 

 律動が始まる。

 泣くような快感が股間から全身に拡がる。

 

「んぐうううっ」

 

 リンダは最後の気力を振り絞って、膣で男根を思い切り締め付け、そして、挿入されている腰を力いっぱいに横に曲げる。

 ぐきりという音がリンダを犯している男の腰から発生した気がした。

 

「うぎゃあああああ」

 

 後ろの男が絶叫して悶絶したのがわかった。

 

「えっ?」

 

 もうひとりが驚いている。

 リンダは身体を跳ねあげて、その男の手を振りほどき、呆気に取られているチャーリーの顔面に思い切り頭突きを噛ませた。

 抵抗すると思わなかったのか、チャーリーは信じられないという顔のまま、鼻から血を流して崩れ落ちる。

 最後に残ってひとりに体当たりを喰らわせて吹っ飛ばす。

 

「ぐっ、な、なんてやつだ……。おい、しっかりと捕まえて……」

 

 鼻血を出している倒れているチャーリーが顔を押えて起きあがろうとした。

 

「んんんっ」

 

 足首に枷をされている両脚を跳躍させ、両足でチャーリーの顔を踏みつけた。

 おかしな声を出して、チャーリーが脱力した。

 

 扉に走る。

 足首の枷のせいで、よちよちとした歩みしかできないが、それでも必死に駆けた。

 鍵はしてあったが内鍵だ。

 ちょっと苦労したが、なんとか拘束されている背中側の腕で鍵を開けることができた。

 肩で体当たりをして強引に扉を開ける。

 薄暗い廊下に出た。

 

「う、うう……」

 

「畜生……」

 

 三人のうち、チャーリーとひとりの男が起きあがりかけているのが見えた。

 とにかく、廊下に飛び出す。

 両足で跳躍するようにして、廊下を光が入ってくる方向に進む。リンダが監禁されていた部屋の外は左右に廊下が伸びていて、一方が明るかったのだ。

 跳躍してそっちに進む。

 廊下の両側には、閉じ込められていた部屋と同じような扉が左右にあった。もしかしたら、そこに妹のイルマがいる可能性があったが、とりあえず、逃亡することが得策だと思った。

 一度逃げられれば、今度こそ、助けを得て戻る。

 ここが連中の拠点なのは確かだろうから、すぐに戻れば、そんなに早くはイルマを連れて逃げることはないだろう。

 ふたりで助かる方法はそれしかない──。

 

 やがて、上に通じる階段を見つけた。

 雰囲気からして、ここはどこかの建物の地下なのかもしれない。

 リンダは、階段を両足で跳躍するようにあがっていく。

 

「んふううっ」

 

 だが、まだ口の中に入れられている口枷の媚薬がつらい。

 局部が疼いて疼いて、頭がおかしくなりそうだ。

 

 やっと階段の上側に辿り着く。

 そこには板で封鎖されていたが、身体で持ち上げるようにすると、蓋を開くように板を押し上げることができた。

 ここには鍵がかかってなかった。

 這い進む。

 

「んん?」

 

 辺りは暗かった。

 どうやら夜だったみたいだ。その場所には窓があり、そこから夜闇が見えた。また、ここは広い場所であり、人影もなくひっそりとしている。

 そして、リンダは自分が出てきた場所に驚いてしまった。

 ここは、いわゆる礼拝堂と呼ばれる場所だった。その祭壇の後ろ側であり、リンダはそこに出てきたのだ。

 しかも、リンダはここを知っている。

 マイム神殿だ。クエストで神殿内に入ったことがあるので、この奥の場所を知っていたのだ。

 

 だが、神殿の地下に監禁されていた?

 リンダは、神殿の司祭のひとりが闇奴隷活動をしていたこと以上に、よりにもよって神殿内の地下に監禁されていたのだという事実に驚愕してしまった。

 

「そこにいるのは誰です──?」

 

 そのとき、光がかざされて女の声が礼拝堂に響いた。

 リンダはそっとに目を向ける。

 マイム神殿の筆頭巫女だ。確か名はライジャ。五十歳くらいのベテランの女神官だ。

 

 助かった……。

 リンダは安堵で全身の力が抜けてしまった。

 

「そこに誰かいるのですね──?」

 

 ライジャがカンテラを持ってやってくる。

 

「んんんっ」

 

 リンダは必死にライジャに危難を訴えた。

 

「こ、これはどうしたことです?」

 

 ライジャがリンダの身体を掴んだ。

 とてもびっくりしている。

 リンダは、必死になって、とにかく口の中のものを外して欲しいということを拘束されたままの身体でライジャに訴えた。

 

 すると、逃げてきた階段の下から複数の人物を足音が聞こえてきた。

 追ってきたのだ。

 リンダはさらに逃げようと思った。だが、リンダの腕をライジャが掴んで、それを阻む。

 顔や頭を押さながら、チャーリーともうひとりの男が階段の下からあがってきた。

 

「あっ、ライジャ様」

 

 リンダとライジャの姿を認めたチャーリーが罰の悪そうな表情になる。

 

「これはどういうことかしら、チャーリー? 失態ね。あたしだからよかったものの、ほかの者だったらどうするつもりだったのかしら。まさか逃げられるところだったの?」

 

 ライジャがチャーリーを糾弾するように言った。

 チャーリーは頭をさげる。

 

「油断して……。申し訳ありません……」

 

「言い訳はいいわ。次はないわよ」

 

 ライジャがリンダの腕をチャーリーに渡す。

 しかし、信じられなかった。

 まさか、マイム神殿の筆頭巫女のライジャまで闇奴隷組織の一味なのか?

 

「こいつ、しっかりとしつけてやる。覚悟しとけよ」

 

 チャーリーについてきた男が、チャーリーが持っているのとは反対側の腕を掴む。

 

「まったくです。今度こそ、逃げられないように細工してやりましょう。押えてください」

 

 チャーリーも激怒している表情だ。

 彼の手がリンダの股間に伸びる。

 はっとした。

 糸の輪を持っている。

 股間を愛撫されて、快感の矢が全身を貫く。

 

「んんん」

 

 もうなにも考えられない。

 脱力する。

 そして、あっという間に、クリトリスの付け根に糸がかかり、ぎゅっと絞られた。

 

「ふぐううう」

 

 リンダは絶叫してしまった。

 

「よし、来い」

 

 チャーリーがクリトリスに繋がっている糸を引っ張って、階段の下にリンダを連れていこうとする。

 リンダは絶叫した。

 

「んんんっ」

 

 そして、階下に引き下ろされながらも、リンダは必死に助けを呼ぼうとして叫んだ。

 だが、上側に残っているライジャが礼拝堂に通じる板を閉じ、そこはただの天井になってしまった。

 

「しっかりと進め」

 

 ぐんと糸が引かれる。

 リンダは涙をぼろぼろと流しながら、もう一度、あの地下の一室に連行されていった。






【マイム神殿事件】

 帝政以降直前のハロンドール王国における旧クロノス教会のマイム神殿が関与されたとされる闇奴隷事件のこと。
 当時は王政不可侵とされていた神殿を利用し、副王都マイム内にあったクロノス教会の一部の神官たちが、王都を含めた近傍地域から少女を拉致監禁して、闇奴隷を扱ったというもの。
 神官が起こした凶悪かつ破廉恥事件として、当時の人々を震撼させた。

 なお、本事件について旧クロノス教会は真偽を一貫して否定をしており、教会側は、その頃、ハロンドール王国の独裁官となっていたロウが、神殿側の権威を落とすために企てた陰謀であると主張している。

 いずれにしても、この事件が発覚した際、独裁官であったロウと、当時の冒険者ギルドが……。(以下略)

 ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)



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954 淫魔師の団欒(だんらん)─召使い道とボール遊び

 夕食の支度は、屋敷妖精のシルキーの監修のもと、リリスがすることになった。

 リリスは、元はサキであり、サキと名乗っていたときには、妖魔将軍の異名も持った妖艶な魔族の美女であったが、部下に裏切られて首から下を失い、それを復活させるための術を使った代償として、妖魔の童女の姿になって、ほとんどの魔道力を失っている。

 いま使えるのは人間族の下級魔道遣い程度の生活魔道くらいでしかなく、外観も人間族の五歳程度の童女だ。深紅の髪の中には、目立たないが曲がった小角があって、その角の存在が、リリスを魔族と認識させてくれる。

 

 それはともかく、半月後に迫っている婚姻式の後は、一郎の生活はこの屋敷と、王配である大公としての宮廷と、そして、実質的な一郎の後宮である新教の神殿やナタル国の公使館が主要な拠点となる予定だ。

 その時、リリスについては、王宮で活動するときの童女召使いとして、宮廷側に連れていくつもりである。

 王都で起こった一連の騒動のかなりの部分がサキの暴走であることは間違いないので、その懲罰措置の意味合いもある、

 無論、そのときには、頭の角を隠す手段を取らせるが、その準備も整っている。

 

 従って、サキは、それに間に合うように、シルキーの指導による召使い修行を続けている。

 屋敷妖精としてレベルアップしたシルキーも、「屋敷」ではない王宮については、今のところ支配が及ばない。

 その王宮における世話を任せるということで、シルキーは、念を入れてリリスに特訓を続けているという。

 一郎がナタル森林にクエストで向かう前は、シルキーは童女姿であり、サキは一郎の客人としてシルキーの世話を受ける立場だったので、成長によって童女姿ではなくなったシルキーと、いまのリリスでは、立場も姿もすっかりと入れ替わったような感じになっているのがちょっと愉快だ。

 

 そのリリスには、わざわざこの広いリビングに軽食が準備できる小さな厨房セットを運び込ませたものを利用して、そのセットの前で軽食を作させてる。

 これもまた、修行の一環とのことだ。

 ただし、一郎はリリスには服を身に着けずに、裸で料理をするように指示した。

 それだけでなく、両手首に革手錠を嵌めさせ、足首にも足枷代わりに革手錠を装着させている。手首も足首も枷を繋ぐ鎖は拳ひとつほどで、不自由だがなんとか料理はできるようだ。

 目の前で料理の修行をするリリスに枷をつけさせたのは、それほどの意味はない。

 なんとなく、性奴隷の雰囲気を出すためだ。

 

 そして、そのリリスには、もうひとつ装着させているものがあった。

 二本のディルドが付いている革ベルトの貞操帯だ。

 持ち込ませた厨房セットに背が届かないので、木の台に乗っているリリスの股間には、幼い股間とアナルに喰い込む淫具を挿入してあるというわけだ。

 もちろん、一郎の淫魔術で、振動でも、蠕動運動でも、抽送運動でも自由自在に遠隔で動かすことができる。

 ディルドの形は、しっかりと一郎の勃起した男根と同じにしてあり、リリスからすれば、一郎に二穴責めされながら料理をさせられているという状況だ。しかも、リリスの局部などで変化する赤いもやの濃い部分、すなわち、一郎だけに視認できる快感の場所を狙って刺激を与えるように自動制御もさせていて、リリスがこの淫具から快感を受け止めないようにするのは不可能だ。

 つまりは、この淫具は必ず感じる場所を刺激するようになっている「悪魔の淫具」なのだ。

 

「あっ、くっ」

 

 こちらから見れば、剥き出しの背中と革帯の喰い込んでいる尻姿の童女リリスが、一瞬、身体を硬直させ、食材を切断している手をとめて、台の上で棒立ちになった。

 一郎が前後のディルドを強振動で動かしたのである。

 その瞬間、リリスの尻たぶにシルキーの持っている乗馬鞭が炸裂した。

 鞭打たれたリリスの尻に赤い蚯蚓晴れの線が走る。

 さっきから、粗相をするたびにシルキーから打たれているので、リリスの背中ら尻にかけては、もう赤い線が二十本以上は走っていた。

 

「手をとめてはいけません。それとパンを切る幅が不揃いです。完璧に厚さを揃えてください。やり直しです」

 

 またもや、尻に鞭──。

 そして、ここからではよく見えないが、俎板に乗っているパンがシルキーの魔道でくっついて切断する前の状態に戻ったみたいだ。

 同じことをもう十数回は繰り返しているだろうか。

 完璧な切断面になるまで、シルキーはいくらでもやり直しをさせると、リリスに宣言をしており、そのとおりにしている。

 また、一郎に従順な屋敷妖精のシルキーが、鞭などを使ってリリスを訓練するのは、実は一郎に理由がある。シルキーには、宮廷で働かすリリスを「マゾ召使い」に仕上げてくれと、ひそかに頼んでいた。だから、その薫陶を受けて、シルキーは殊更、リリスを嗜虐的に扱っているということだ。

 

 その傍ら、一郎もまた、その状況をリリスの股間の淫具を時折動かすことで愉しんでいるということである。

 淫具に悶えるリリスの姿を眺めながら、一郎は淫具の刺激をとめる。こういうものは、振動をずっと続けると身体が慣れてしまう。慣れさせないように、短い時間で動かしたり、止めたりを繰り返すのが責めのコツだ。

 

「ま、またか──。だ、だが、しゅ、集中しようとすると、股間を刺激されるのだ。そ、それに、厚さなど、そんなに変わらん……、ひぐっ」

 

 股間を淫具に責められて、顔を真っ赤にしているリリスがさすがに怒ったような顔をシルキーに向けた。さすがに一郎には文句は言わないが、その分、何度かシルキーには苛立ちをぶつけている。

 幼くなっているとはいえ、元妖魔将軍の向ける殺気にはそれなりのものがあるはずだが、さすがにシルキーには効かないみたいだ。

 怯むどころか、前側からの乳首への鞭打ちで応じた。

 まだ膨らみはないが、乳首への直接に鞭打ちには、リリスもさすがに堪えたみたいだ。

 

「ううう……」

 

 身体を折り曲げて、痛そうに声をあげた。

 

「合格か、不合格かは、わたくしめが決めます。旦那様からは厳しく接するように指示されておりますので、リリスさんもその覚悟でお願いいたします」

 

 シルキーも容赦ない。

 

「リリス、召使い修行のときには、シルキーに絶対服従だと命令しただろう」

 

 一路は声をかけた。

 リリスがはっとしたようになる。

 

「あっ、す、すまん。つい……」

 

「俺の故郷には、“謝るだけなら、サルでもできる”ていう言葉があってな。ほら、口答えの罰だ」

 

 一郎は淫魔術でリリスの膀胱をぱんぱんに水分で膨らませてやる。

 最近になって、ベアトリーチェという面白い身体の尿道娘が性奴隷に仲間入りしたこともあり、尿意責めはこのところの一番のお気に入りの責めだ。ベアトリーチェのみならず、周りの女たちは、あの手この手で一郎の尿意責めの悪戯を受けている。

 

「あっ、ま、またか。うわっ」

 

 リリスが股をすぼめるようにして、ぶるぶると身体を震わせた。

 いきなり襲ってきた尿意に耐えているのだ。

 すると、またもや、シルキーの乗馬鞭がリリスの尻に飛んだ。

 

「尿意を覚えても、それを態度に出してはなりません。それが召使い道というものです。召使いは自分の都合で厠に行くことは許されないのです。しゃんと立つのです」

 

 そして、また尻に鞭──。

 

「くっ、うう……」

 

 リリスは怒りで顔を真っ赤にしながら、姿勢を正して身体を真っ直ぐにする。

 だが、その内腿はかすかに震えていて、しっかりと脚を密着させている。みるみると汗が肌に噴き出してもきた。

 一郎は容赦なく貞操帯のクリトリスに当たっている部位を振動させてやる。そこも局部的に刺激できるようになっている。

 

「おおっ」

 

 パンを切るナイフを持ち直そうとしたリリスが呻き声とともに、身体を突っ張らせる。

 

「また、手を止めましたね。手を休めてはなりませんよ」

 

 すぐに振動はとめてやったが、すかさずシルキーの鞭が炸裂した。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「さて、じゃあ、そろそろ、お前たちも休憩は終わりだ。集まってこい」

 

 ひとりだけソファに―座っている一郎が声をかけると、九人の女たちが集まってきた。エリカ、コゼ、シャングリア、イット、マーズ、スクルド、ガドニエル、ミウ、ユイナである。

 苦しそうに脂汗をかいている者、疲労困憊の者、比較的元気な者などぞれぞれだ。共通しているのは、全員が上半身だけにシャツを着ていて、下半身は裸体であること、そして、右手首と右足首、左手首と左足首をぞれぞれに手錠で繋がれて、身体を丸めた窮屈な体勢でしか動けなくされていること、そして、目隠しをされていることである。また、さらに全員の乳首とクリトリスの根元に指輪のようなリングが嵌っていた。

 その恰好をさせて、一郎はこの一ノスほど、全員にあるゲームを強要しているのだ。

 

 どういう遊びかというと、九人の女に対して、六個のボールを部屋中にばらまくのである。

 女たちは、視界を奪われ、手足を拘束された不自由な状態でその六個のボールを競い合って口で咥えて拾ってくるのだが、部屋に散らばっているボールを感知して、そのボール側に向かって正面に身体を向ければ、局部と乳首のリングが振動をするようになっている。しかも、距離が近ければ近いほど振動は強くなり、距離がなくなれば絶頂するほどの強い刺激がリングから全身に拡がるようになっている。  

 正面を向けば、三個のリングの全部が振動するが、ずれるとどちらかの乳首のリングしか振動しない。また、誰かがボールを見つけて口に咥えれば、その当人以外については、そのボールにはリングが反応しないことにもなっている。

 すなわち、目隠しをしたまま、その三個のリングの振動する部位と、強弱を目印にボールを探して、ボールを咥え運んでくるという遊びである。

 

 だが、これは探すのも容易でないし、探してから持ってくるのも簡単ではない。

 距離がなくなれば、絶頂するほどの振動の刺激に苛まれるということは、それを我慢して、一郎のところまで戻って来なければならないということだからだ。ボールを咥えている本人以外にはリングの反応はないが、本人だけは絶頂するのに十分な刺激を受け続けながら、ボールを運ばなければならないことになるということだ。

 嬌声でもあげて落としてしまえば、ほかの女に奪われる可能性もある。これまでのゲームでは、幾度もボールを落として、ほかの女に横取りされるという状況が繰り返されていた。

 なかなかに愉しい見世物だ。

 

 さらに、なによりも、ボールを持ってくることができなかった三人に与える罰が、この遊びを苛酷にしている。

 一郎は、ボールを見つけそこなった三名には、「イチジク浣腸」を施しているのだ。

 従って、罰ゲームを受ければ受けるほど、動きづらくなるということだ。「イチジク浣腸」は、この世界で一郎が仮想空間で作ったものであり、かなり効果を強くしている。

 

 いままで、五回繰り返し、浣腸を受けたのは、エリカが四回、ユイナが三回、ガドニエルとスクルドが二回ずつ、あとは、シャングリアとイットとマーズとミウが一回ずつというところだ。コゼについては、まだ一度も浣腸の罰はない。

 運動神経に劣るユイナが罰の回数が多いのは当然として、エリカの失敗が多いのはエリカについてはもともと、乳首をクリトリスにピアスの形状の淫具があり、根元に喰い込ませるリングが振動すると、そのピアスもまた振動するからのようだ。それで、よがりまくってボールに近づけないし、ボールに辿りついても、一郎のところに戻るまで、二度、三度と絶頂して、ボールを口から落としたりしている。

 

 実に面白い。

 

「い、いい加減にしなさいよ……。こ、こんなくだらないことをいつまでやらせんのよ……。ふ、ふ、ふざけないでったら……」

 

 のそのそと全員が集まってくるが、一番距離が遠いユイナが悪態をつきながらこっちに来る。

 すでに三個の浣腸を受けていることもあり、かなりの便意を感じているのだろう。脂汗まみれだし、身体の震えも大きい。

 また、ユイナを上回る四個の浣腸済のエリカは、喋るのもつらそうで、ぎりぎりと歯を喰いしばっている。

 

「なら、あんたが一番最初に離脱しなさいよ。ご主人様は、二人の負け抜けまで続けるって言ってんだから、最初はあんたよ」

 

 すでに一郎の前にいるコゼが言った。

 二人抜けで終わるというのは、動けなくなるか、我慢できなくて排便をしてしまえば、負けだと言っていて、それが二人になったとき、このゲームを終わると宣言をしているのだ。

 もちろん、敗者二人が決まれば、ほかの者は厠で排便ができる。

 その代わりに、負け抜けの二人は、仮想空間で丸一日のくすぐり責めということになっている。

 仮想空間は、一郎がすべてを支配できる空間であり、そこでのくすぐり責めはどんなに苦しくても、死ぬことも、気絶することができない。

 ひたすら笑い続けるのであり、想像を絶する苦しさであることは、全員がわかっている。

 だから、ユイナでさえも、一生懸命に、このくだらないボール拾いの遊びに参加をしているというわけだ。

 

「そういうことだ、ユイナ。負けを宣言して離脱するか? 指さえも動かせない状態で、くすぐり一日だ。大したことはない。それだけだ」

 

 一郎は手に六個のボールを持ったまま笑った。

 

「な、なにが大したことはないよ、この鬼畜──。だ、だったら、あんたが受けなさいよ──」

 

 ユイナが怒鳴った。

 

「そう言うな、ユイナ。意外に病みつきになるかもしれないぞ。次は罰でなくても、くすぐり刑を受けたいって気になるかもしれない」

 

「じ、冗談じゃないってば──」

 

 一郎の軽口に、ユイナが顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

「こ、ここからがきついところだな。面白くなってきたかもしれん……」

 

 ひとつ前で最初の浣腸を受けたシャングリアが浣腸の効果が始まったのか、苦しそうに言った。

 

「こ、今度は頑張ります……」

 

 こっちも、ひとつ前で二度目の浣腸罰のスクルドだ。

 

「う、うう……。も、もうつらいですわ。うう……」

 

 ガドニエルだ。彼女は最初と二度目が罰だったので、時間的に排便を我慢している時間がかなり長くなってきている。

 一時的に魔道遣いたちの魔道は凍結していることもあり、放っておけば、ガドニエルが粗相一番乗りだと思っていたが、一郎はひそかに、三回目以降はガドニエルの近くにボールを放ってやってる。それで以降の罰ゲームは逃れている。

 

「頑張れ、ガド。俺の雌犬になるんだろう? これはそのための調教だ」

 

「わ、わかっております……。ガ、ガドは立派な雌犬になるのですわ」

 

 ガドニエルが応じた。

 

「イット、マーズ、また、さっきの方法で……」

 

 声をかけたのはミウだ。

 

「わ、わかっている。つ、次のときはあたしでいいぞ」

 

「う、うん……。あ、あたしもまだ余裕は……」

 

 マーズとイットだ。

 

 この三人については、最初から共闘を組みだした。すなわち、三人集まってボールを探し、どうしても全員分を集められないときには、浣腸を受ける者を決めているのである。すでに、マーズ、イット、ミウが同回数の一回ずつの浣腸罰を受けているのは偶然ではない。

 そうやって、ひとりが集中して罰を受けないように、協力しているということだ。

 ミウの声掛けに対して、マーズとイットが次は自分でもいいというのは、浣腸の罰を受けてもいいと教えているのである。

 まあ、共闘とはよく考えたものだと思って、これは許すことにした。

 

「あ、あんたら、ひ、卑怯よ。正々堂々としなさいよ」

 

 ユイナがミウの声のする方向に怒鳴った。

 

「ユ、ユイナさんは誘ったのに拒否したんじゃないですか。あたしたちは正々堂々としてます」

 

 しかし、ミウも言い返す。

 一郎は苦笑した。

 

「ロ、ロウ様……。そろそろ……」

 

 エリカだ。

 目隠しをさせている眼には涙の染みがあり、かなり追い詰められていることがわかる。

 クリピアスと乳首ピアスのハンデのために、最後の五回目を除いて、連続で罰浣腸を受けているエリカは、かなり限界がきているようだ。

 

 さて、さて、最初に大便をするのは誰になるか……。

 回数の多いエリカか……。ユイナか……。

 それとも、最初に受けていて、そんなに我慢できると思えないガドニエルか……。

 まだ幼い身体のミウか……。

 

 いずれにしても、そろそろ、ハンデをつけるかな。

 一郎はひそかに、まだ罰を受けてないコゼの身体の感度を三倍、シャングリアとマーズとイットを二倍にしてやった。

 

「じゃあ六回目だ──。ほら、探せええ──」

 

 一郎は部屋に六個のボールを放り散らせた。



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955 副ギルド長の相談

「ひゃあああ」

 

「くわっ」

 

「うわっ」

 

 部屋のあちこちで一郎の女たちの阿鼻叫喚の嬌声が続いている。

 現在、六度目のボール拾い競争の真っ最中だ。

 九人の女たちの全員に目隠しを施し、右手首と右足首、左手首と左足首のそれぞれを革枷で拘束させた状態で、接近すれば股間を乳首の根元に喰い込んでいるリングが振動することを頼りに全部で六個のボールを見つけ、口で咥えて一郎のところまで咥えて返るという遊びなのだが、五回目までの結果で罰としての浣腸を受けている者は、いよいよ便意が差し迫って動けないし、それ程でもないコゼやシャングリア、イットについては、ひそかに全身の感度をあげてやったので、リングの振動による快感を受けすぎてしまい、振動を受けた瞬間に絶頂まで一気に快感を引きあげられて、その場で全身を突っ張らせてがくがくと震えるだけで、容易にボールに近づけないでいる。

 とにかく、そんな状況があちこちで繰りひろげられていて、とにかく大変な騒ぎになっている。

 一郎はにやにやと微笑みながら、女たちの醜態を見物して嗜虐心を満足させていた。

 

「う、ううっ、ううう」

 

 さて、一郎に近い場所には、まだほとんど動けてないエリカがいた。

 内腿をぴったりと密着させ、両膝を床に付けたままで身体を痙攣させており、全身はかなりの脂汗まみれだ。

 全部で五回の競争のうち、エリカはなんと、四回罰ゲームを受けて、四度の浣腸を受けている。

 一個一個の浣腸の薬液の量はそれほどでもないが、効果はそれなりに強くしている。

 始まってから時間も経っているので、エリカが便意を耐えている時間も長くなっている。だから、かなり追い詰められているのは間違いない。

 

「どうした、エリカ? 動かないと、また罰浣腸だぞ」

 

 一郎は声をかけた。

 

「わ、わかってます……。で、でも、ボールの方向に近づくと、リングの振動が……。そ、それに、もう無理なんです……。も、漏れそうで……」

 

 エリカが泣くような声をあげた。

 足首に革枷で繋がっている両方の拳がぎゅっと握られている。

 ちょっとでも動いたらもう崩壊しそうなので、動くに動けないのかもしれない。

 そもそも、ほかの者にとってはリングの振動のみだが、クリトリスと両乳首にピアスを装着されているエリカは、リングが振動することでピアスも揺れるために、それに耐えないとならないのだ。

 普段の生活には支障がないように、ピアスによる振動は淫魔術で抑えているが、ひとたび刺激されれば、その分も含めて快感が爆発するようになっている。

 エリカのひとり負けが続いている理由は、それである。

 

「そんなこと言うな。ほら、手伝ってやろう」

 

 一郎は立ちあがると、比較的近くにあったボールを軽くエリカに向かって蹴った。

 だが、接近すればするほど、振動が強くなる仕掛けにしてあるので、ボールが転がってくることにより、エリカに加わっている振動が一瞬ごとに増大していくことになる。

 

「ひびいいいいっ」

 

 エリカが奇声をあげて、その場で拘束されている身体を突っ張らせた。

 股間から潮のようなものが噴き出す。

 どうやら、絶頂してしまったみたいだ。

 

「だ、だめえええ──」

 

 股の前に転がってきたボールをエリカが蹴り避けた。

 ボールが近くにあるままだと、振動が止まらないからだろうが、折角足元に来たボールを遠くにやってしまうということは、勝つ手段を放棄するということにも繋がる。

 まあしかし、さっきの絶頂で、それでも糞便をまき散らさなかったのは立派なものだ。

 一郎は、いまだ動顛しているエリカの頭の上に手を載せた。

 

「よく耐えたな。偉いぞ。さすがはエリカだ。でも、せっかく寄せてやったのに、遠ざけるやつがあるか」

 

 一郎はエリカの頭を撫ぜながら笑った。

 

「だ、だって、だって、だって──。も、もう無理です──。ロウ様、無理です──。か、厠に──。厠に行かせてください──。お願いです──」

 

 エリカが絶叫した。

 一郎はエリカの頭を軽くぽんぽんと叩いた。

 

「わかった、わかった。なら、負けを宣言しろ。それで厠を準備してやろう。ただの木桶だけどな」

 

「ふ、普通の厠を──」

 

 エリカがすがるような顔で一郎を見上げた。その眼の部分は目隠しとしての布が巻かれているが、布にかなりの汗と涙がにじんでいる。

 まあ、もう限界だろう。

 そのときだった。

 

「旦那様、お愉しみの途中ですが、小屋敷のブラニーから緊急の連絡が入っております。イライジャ様が旦那様に急遽お取次ぎを願ってきたということです」

 

 シルキーが目の前に来た。

 一郎が他の女たちで遊んでいるあいだ、シルキーについては召使い候補生のリリスに料理指導をしていたのだが、それを中断してこっちに来たようだ。

 

「イライジャだと? 緊急?」

 

 屋敷妖精としてレベルアップしたシルキーは、いまは幽霊屋敷のみならず、「小屋敷」と呼んでいる王都屋敷も管理するようになり、もともと小屋敷を管理していたブラニーという屋敷妖精も統制下に入れて、両方を行き来できるようになっている。

 イライジャは、名目上の王都冒険者ギルドのギルド長だったイザベラが女王になったことを受け、長年の慣例を破って、これまで実質的にはギルド長だったミランダを正規にギルド長にしたことを受け、新たに副ギルド長として就任してもらっていた。

 ミランダも、イライジャの冒険者の管理能力は高く買っていて、イライジャを喜んでギルドに受け入れたのだが、そのイライジャの緊急の連絡ということになれば、冒険者ギルド絡みの案件だと予想された。

 

「わかった。イライジャを呼んでくれ」

 

 一郎は応じた。

 しかし、シルキーは一瞬の沈黙の後、再び口を開いた。

 

「申し訳ありません、旦那様。イライジャ様は、王宮側に行ってしまったようです。ブラニーによれば、旦那様だけでなく、女王陛下やアネルザ様もお呼び出ししようとしているとか。皆さんを小屋敷に集めようとしているようです」

 

「いよいよ、緊急の案件のようだな。わかった」

 

 一郎は頷いた。

 

「ロ、ロウ様──。き、緊急で、大切なことなら、す、すぐに対処……しないと……」

 

 横にいたエリカが縋るような表情をして、一郎を見上げている。

 一郎は肩を竦めた。

 

「そのようだな。残念だけど、遊びは終わりだ。みんな──。緊急の要件が入った。競争は中止する──。厠にも行っていい。とりあえず、エリカ、コゼ、シャングリアは同行しろ──。ほかの者はここで待機してくれ──」

 

 一郎は叫ぶとともに、全員の拘束と三個のリンクを淫魔術で身体から外し、球体についても収納術で消した。

 部屋中から安堵の悲鳴と嘆息の声が発生するとともに、尻もちをついて座り込む女たちの姿であふれた。

 

「シ、シルキー ──。厠までわたしを跳ばして、はやぐうう──」

 

 一方で、エリカが絶叫した。

 ほかの者は、とりあえず目隠しを外そうとしているが、エリカについてはそれさえも、もどかしそうだ。

 

「ええと……、よろしいですか、旦那様?」

 

 シルキーが一郎に視線を送ってくるので、意地悪をしようかとも考えたが、ここは素直に許すことにした。

 その瞬間、エリカの姿が消える。

 シルキーにより、厠まで移動術で送ってもらったのだろう。

 

「わ、わたしくも……」

 

「あたしも──」

 

「あたしが──」

 

 また、ほかの女たちも我先に厠に向かって、部屋を飛び出していく。

 一郎はにんまりとしてしまった。

 

「わ、わしは……、わしも厠に……」

 

 そのとき、いまだ持ち込まれた厨房セットの前の台上で苦しそうな顔をしている貞操帯姿のリリスが一郎に声をかけてきた。

 リリスには、股間に装着させているディルド付きの革帯のほかに、悪戯で与えた限界を越えた尿意のことがある。

 リリスは、いま、究極的な尿意に襲われているのだ。

 

「しっかりと、シルキーに教育を受けておけ。小便を漏らすなよ」

 

 だが、一郎は言った。

 まあ、このくらいの罰はいいだろう。

 リリスが宮廷の奴隷宮に令嬢や令夫人を監禁していたときには、調教と称して排尿や排便の時間を制限したということだ。

 自分が他人にさせたことは、しっかりと自分自身で味わってもらう。

 一郎の言葉にリリスががっくりとなった。

 

「まだ、終わりではありません。完璧に切断できるまで、パンを切るのです。旦那様のなさる躾もわたくしめが引き継ぎます」

 

 すると、肌を叩く小気味いい音が鳴り響いた。

 再び、リリスのところに瞬間移動したシルキーが乗馬鞭でリリスの背中を叩いたのだ。

 

「くっ。ま、また、それを──」

 

 リリスが身体を突っ張らせた。

 これはリリスに鞭打たれたことに対する反応ではなく、どうやら、鞭打ちに合わせて、リリスの股間の淫具をシルキーが動かしたようだ。

 だが、あれは魔道力ではなく、一郎の淫魔力で作動するように調整しているものだ。それがシルキーにも制御できるということにちょっと驚いた。

 そもそも、屋敷妖精のシルキーの能力は、屋敷の管理に関することに限定だ。

 屋敷に関するものであれば、その屋敷内ではほぼ無限の力を発揮するのだが、反面、それ以外の能力は発揮できないはずなのだが……。

 

「リリス様は、旦那様専用の召使いになるのですから、召使いをこなしながら、旦那様の淫靡な悪戯に耐えなければなりません。また、それで家事が疎かになってはならないのです。それの修行です」

 

 シルキーがきっぱりと言った。

 なるほど──。

 召使いの管理は、屋敷の管理の範疇なので、だから、リリスへの調教については、シルキーも力を発揮できるということのようだ。

 一郎は納得した。

 

「も、戻りました……」

 

「あ、あたしもです」

 

 すると、エリカとコゼがやってきた。

 まだ、服装が乱れていて、全身にかいている汗もぬぐってなかったが、冒険者としての格好をしてきて、武器も準備してきている。

 かなり急いで準備したみたいだ。

 

「じゃあ、シャングリアが来たら出発だ。シルキー、後を頼む」

 

「お任せを」

 

 シルキーが完璧な仕草で一郎に向かってお辞儀をした。

 

 

 *

 

 

「闇奴隷組織による誘拐事件?」

 

 一郎は眉をひそめた。

 王都側の小屋敷だ。

 

 エリカ、コゼ、シャングリアを連れた一郎が、ブラニーが管理している小屋敷にやって来たとき、すでに屋敷の客間には、冒険者ギルドのミランダとイライジャのほか、王宮からイザベラ、シャーラ、アネルザ、さらに、王軍の最高責任者となったラスカリーナが到着していた。彼女たちが護衛もなしにここにいるのは、スクルドが施した設備により、イザベラの寝室の姿見から、この小屋敷に一瞬で移動できるようになっているからである。

 そして、意外なことに、ベルズもいる。

 客室のソファに腰をおろしたのは、一郎のほかには、イザベラ、アネルザ、ミランダ、イライジャ、ラスカリーナ、そして、ベルズだ。ほかの者は、その後ろで立つかたちで話し合う態勢をとった。

 

 そして、最初に口を開いたイライジャが口にしたのが、この数日、ひそかに内偵調査をしていたという誘拐事件のことだった。

 一郎としては知らなかったが、王都に一郎たちがいなくなった時期から、少女や若い女が王都周辺から行方不明になるということは頻発していたのだそうだ。

 あまりにも王都で色々なことがあったため、その騒動に隠れて話題にはなってなかったが、ルードルフ王を排除して、イザベラと一郎が王都に戻ったことで、王都一帯は急速に秩序を取り戻していた。

 それで、これまでおざなりだった誘拐事件が目立つことになり、副ギルド長として王都冒険者ギルドに入ったイライジャは、ミランダと相談して、その調査をひそかにしていたということだった。

 一郎の感覚では、王都一帯の治安は、王軍の管轄というイメージなのだが、現実としては、金銭を通じて犯罪者を捕える機能のある冒険者ギルドは、庶民の中では最も身近で頼りになる治安組織なのだ。

 つまりは、王軍は大きな取り締まりでなければ動かないが、通常の犯罪で動くのは冒険者ギルドということらしい。だから、今回の闇奴隷事件についても、ひそかに冒険者ギルドとして動いていはいたということみたいだ。

 それをどうやって利益に繋げるかは、その後のミランダとイライジャの力量に違いない。

 

「闇奴隷組織だと? そんなものが横行しておるのか?」

 

 イザベラが不機嫌そうに言った。

 

「闇奴隷組織そのものは、大なり小なり、昔から存在しますね。正規の奴隷だろうと、闇奴隷だろうと、奴隷にしてしまえば区別がつかないし、奴隷にしてしまえば、自分が正規の手段で奴隷になったのではないことをその奴隷は誰にも喋ることができません。隷属の首輪と隷属術を掛ける手段さえあれば、あまり元手のいらない美味しい商売なんですよ」

 

 ミランダがイザベラに向かって説明する。

 

「まあいいよ。だけど、こうやって夜中に集めたんだ。それについての理由があるんだろう?」

 

 すると、アネルザが口を挟んできた。

 

「ええ、あたしは、いま大規模に横行している王都周辺の闇奴隷事件の首謀者は、副王都マイルにあると思っています。内偵調査も進めていました。その矢先に、一昨日から昨夜にかけて、王都ギルドに所属する女冒険者ふたりが行方不明になるという事件が発生したんです」

 

 イライジャが言った。

 

「それで? 所属の冒険者を守ることは、冒険者ギルドに認められている行動だけど、相手が問題だということなのかい?」

 

「その通りだよ、アネルザ。だから、あたしはここにいる者に集まってもらったんだ。その組織が問題さ」

 

 ミランダがさらに言った。

 

「どこなのだ?」

 

 イザベラがイライジャとミランダを見る。

 すると、イライジャが口を開いた。

 

「副王都マイムのクロノス教会です」

 

「クロノス教会?」

 

「まさか」

 

「はああ?」

 

 アネルザ、ベルズ、イザベラが相次いで驚きの声をあげる。

 ほかの女たちも大なり小なり、びっくりした表情になっている。

 

「馬鹿な──。ありえん。仮にも聖職者たる者が闇奴隷だと? そんなこと考えられん。間違いだろう」

 

 そして、ベルズが一蹴する。

 

「聖職者が犯罪を起こすのがあり得ないって? 冗談じゃないわよ。そんなの昔からよくある話よ。あたしたち奴隷仲間には、教会ルートと言われている奴隷たちが以前からずっと存在してたわ」

 

 コゼが吐き捨てるような口調で言った。

 ここに集まっている者の中では、コゼが唯一の奴隷あがりだ。その立場として知っていたこともあるのだろう。

 

「はあ?」

 

「教会って、魔道遣いの素質がある子供を農村から探して集めたりするでしょう。だけど、その中には使い者にならない子供も大勢いる。そういう者を死んだことにして、神官たちの小遣い稼ぎとして、闇奴隷に売るというのは、結構ある話よ」

 

「わたしたちは、教会に入るとともに、冒してならない誓いをクロノス神と女神とかわすのだ。その神官が自ら犯罪に手を染めるなど、あってはならんことだ。ましてや、マイムの神殿が? 繰り返すがあり得ん」

 

「あってはならないから、なんなのよ? うちの元女神殿長は、冒してならない誓いをしたはずだけど、そんなものは全部捨てて、屋敷で雌犬様をしているわ」

 

 コゼが言い返す。

 

「それとこれとは……」

 

「違わないな。実際のところ、マイムの神殿は、一年ほど前から胡散臭い話をよく耳にしていた。神殿だから清廉潔白だという論は無意味だな。正しい人間がいれば、悪い人間がいるように、正しい魔族もいれば、悪い魔族もいた。ロウの性奴隷にしてもらって、そういうこともわかるようになった。神官についても同様じゃないのか」

 

 シャングリアがぴしゃりと言った。

 

「あんた、凄いわねえ。やっぱり、最初に会ったときの偏屈なときとはまるで違うわね」

 

 コゼがシャングリアに言った。

 

「そうだろう。わたしも日々成長しているのだ」

 

 シャングリアが白い歯を見せた。

 

「まあいい、じゃあ、整理すると、イライジャはそのマイムの神殿が今回の闇奴隷犯罪の主犯だと思っている。そして、行動したい。その許可を求めている。そういうことでいいのか?」

 

 一郎はイライジャたちに視線を向ける。

 すると、ミランダが首を横に振った。

 

「いや、神殿ということになれば、ギルドの力だけじゃ無理さ。そもそも、さすがにあたしたちには、そんな権限はない。冒険者ギルドが神殿に押し入るなんて前代未聞だしね。王軍に動いて欲しい」

 

「それで、ここにわたしも呼んだのだな。わたしが出動命令を出せばいいということか?」

 

 イザベラだ。

 

「待ちな。王権と神殿は不可侵の協定を結んでいる。王軍を神殿に直接入れるということはできないよ。ルードルフが神殿を襲撃させるということがあったからね、それで、ローム神殿とは改めて、王家が神殿に対して不可侵であるということを約束し直したばかりだ。ただでさえ、どこかの独裁官のおかげで、神殿のとの関係が面倒な状況なんだ。ここは慎重にいく必要があるよ」

 

 アネルザが困ったような顔をする。

 そのあたりには、一郎もあまり関与してないのでわからないが、一郎がフラントワーズたちの新教を認めたり、神殿の専管だった暦法に手をつけたりしたことで、かなり神殿が今のハロンドール王家に不満を抱いていることは認識している。

 だが、ハロンドール王国全体に拡がっている神殿は、多くの魔道遣いを抱えているし、農村になればなるほど、子供の教育や魔道による治療などで地方と神殿の関係が深くなっている。それにそっぽを向かれれば、地方統治が瓦解しかねない。

 それで、苦労して神殿との新たな関係の構築にアネルザが努力している真っ最中なのだ。

 この状況で新たな確執を神殿側と生みたくないのだろう。

 

「ならば、放置せよというのか、母者?」

 

 イザベラが不満そうにアネルザを見る。

 王妃でなくなったアネルザのことをこのところ、“母者”と呼ぶ。血の繋がりはないが、それだけ親しみを抱くようになったということだろう。

 

「神殿における不正は、神殿内で取り締まってもらうのが協定さ。闇奴隷組織がマイムの神殿内に隠れているのであれば、まずはそれを訴え、彼らに取り締まらせる。それが筋だね」

 

「そんなことをしているあいだに、さらわれたリンダとイマルは闇奴隷として売られて、どこかに連れ去られてしまうよ。イライジャもあたしも、神殿全体とは言わないけど、ある程度の組織的関与はあると思ってるんだ。下手をすれば、全部隠されて、逃げられてしまうよ」

 

 ミランダが訴えた。

 イライジャも頷いている。

 リンダとイマルというのは、今回の話し合いの引き金になった行方不明の二人の冒険者姉妹だ。

 

「神殿が闇奴隷組織の温床だという絶対の確証はないのであろう?」

 

 ベルズがまた口を挟んだ。

 

「あたしは確証しているわ。首を賭けてもいい」

 

 イライジャがきっぱりと言い返す。

 

「だが──」

 

 ベルズがさらに反論しようとした。

 しかし、一郎はそれを手で制した。

 

「わかった……。ラスカリーナ、王軍をすぐに動かすとすれば、どれくらいの準備が必要だ?」

 

 一郎はラスカリーナを見た。

 

「ロウ殿──」

 

 ベルズが不満そうに怒鳴る。

 

「ロウ様の決定よ。話し合いはここまで」

 

 すると、ずっと黙っていた感じのエリカがぴしゃりと言った。その強い口調にベルズが少したじろいだ感じになる。

 一郎は嘆息し、逆に宥めるような物言いでベルズに語りかけることにした。

 

「いや、ベルズ、対応が遅れれば、それだけ捕らわれている者がどうなるかわからない。やるか、やらないかだ。決めよう。動く。動くと決めたら、すぐに動こう」

 

「実は、先にイライジャ殿から状況は教えてもらっていました。結論に関わらず、すでにベアトリーチェには、王軍騎兵を王都の外に展開させていて、連絡をすればすぐに動けるようになっています。マイムの駐留軍には知らせない方がいいでしょう。命令さえ、あれば、数ノス後にはマイムの神殿に騎馬隊が突入できます」

 

 ラスカリーナだ。

 

「すぐに出せ。俺たちも行くぞ。イライジャもだ。スクルドも連れていく。移動術で行く。王軍騎馬隊と合流して、マイム神殿に突入する」

 

 一郎は立ちあがった。

 ほかの者も動きだす。

 

「待ってくれ。ならば、わたしも行く。わたしも神殿への突入に加わる」

 

 ベルズが言った。

 

「じゃあ、一緒に来てくれ」

 

 一郎は応じた。



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956 姉妹なぶり─女芯結び

 リンダは、妹のイルマとともに、両手を拡げた幅ほどの間隔を開けて向かい合わせに立たされていた。

 一糸まとわぬ全裸であり、両手は頭上に高く引き上げられ縄で天井から吊られていて、足は爪先立ちだ。そして、両膝は短い棒を挟まれて縛られている。だから、脚を閉じることもできない。

 なによりも、リンダにしても、イルマにしても首に隷属の首輪が嵌っている。

 ついに、リンダの心が折れてしまい、隷属が刻まれてしまってから半日ほどが過ぎていた。

 

 もっとも、時間については感覚的なものであり、この神殿の地下には窓がないので、その前からずっと凌辱されていた時間を含めると、実際にはいまが夜なのか、昼間なのかさえ判然としない。

 ひたすらになぶられ、犯され、辱められる時間が続いている。

 もう疲労困憊だ。

 ただ、隷属が刻まれてしまってからは、妹のイルマに会うことができた。

 やはり、イルマもまた、このマイル神殿の地下に監禁されていたのである。この絶望的な状況の中で、妹の姿を見ることができたことのみが唯一の喜びだ。

 

「さて、次はなにをする? いい案が浮かぶ者はいるか?」

 

「じゃあ、ふたりで勝負させるか。ここには五人いるから、負けた側が五人に犯されて、そのあいだは、もうひとりは休めるということにするか」

 

「ひっ、や、やめろお」

 

 リンダの近くに立っている男がリンダの内腿を撫ぜあげ、媚肉の亀裂に指でいたぶってくる。この部屋にいるのは五人の男で、五人とも上半身が裸で下半身が下着だけの格好だ。

 ここは、この連中が調教部屋と呼んでいる元々はこのマイル神殿の地下倉庫のような場所らしい。いまリンダの股間をいたぶっている者以外の男たちは、壁に寄せられている木箱を椅子側にして座っている。

 

 また、ここの神殿の地下には、ほかにも、リンダやイルマを檻に入れて監禁するだけの場所があったり、さらにいるらしい奴隷女を置いている部屋もあるそうだ。

 先に捕らわれていた妹のイルマは、リンダの隷属が完了するまでのあいだは、やはり別室で性奴隷としての調教を受けていたそうだ。

 この部屋もそうらしいが、各部屋には防音の魔道具が置かれていて、どんなに叫んでも、廊下にすら声が洩れることはないらしい。

 

 もっとも、防音の処置がないとしても、すでに隷属を結んでしまったリンダには、逃亡の手段は存在しない。

 リンダにしても、イルマにしても、現段階で「主人」として刻まれているのは、このマイル神殿の司祭をしているチャーリーなのだが、そのチャーリーからは逃亡すること、助けを呼ぶこと、彼らに逆らうことなどを「命令」として禁止されている。

 いまは、そのチャーリーは部屋にいないのだが、「命令」は生きている。だから、リンダもイルマも逃げることは不可能なのだ。

 とにかく、リンダもイルマも、「出荷」は数日後ということだったが、それまではいまのように、ひたすらなぶられる時間が続くだけなのだろう。

 

「あ、ああっ、わ、わかったから、あたしが犯される。だから、妹はもう手を出さな──」

 

「だったら、大人しく調教を受けることだな。ほら、妹はもうこんなに素直だぜ」

 

 別の男が立ちあがって、イルマの股間を愛撫し始めた。

 

「ああ、あああ、もういやああ──」

 

 イルマがむせび泣くような悲鳴をあげてよがりだす。

 よくわからないのだが、一日早く捕らわれたイルマは、ここの連中によって全身を媚薬漬けにされたらしく、イルマと合流してから感じるのは、イルマの異様なくらいに敏感な身体の反応だ。

 いまも、ちょっと触られただけで、たちまちクリトリスが真っ赤になって勃起し、股間の割れ目からはおびただしい愛液が垂れ流れだしきた。

 なにをどうされれば、こんな身体になるのかわからないが、リンダはそんな妹の姿が可哀想で仕方がない。

 

「ははは、もうこんなになったのか。お姉さんも負けてられないぞ」

 

「だったら、そっちにも例の薬を使ってやればいいんじゃないか。あっという間に、こっちの妹のような色情狂の誕生だ」

 

「いや、それはチャーリー司祭の指示を待たないとな。勝手に動くのはだめだ。犯したり、淫具でなぶる分には、いくらでもやれということだったから、やっていいのは、その範囲だ」

 

 男たちが嘲笑の声をあげる。

 だんだんとわかってきたが、驚いたことに、こんな与太者のような態度や言葉使いでありながら、ここにいる連中は全員がれっきとした神殿関係者らしいということだ。

 マイル神殿の地下における闇奴隷狩り活動など、とても信じられることではないが、こんなにも大規模であからさまな活動場所を神殿の地下に作っているのはいまだに想像の外だ。

 仮にも聖職者たちだ。

 こんなことあり得ていいのか──。

 しかし、事実なのだ。

 

「よし、じゃあ、そのまま股ぐらを解しておいてくれ。そして、残ったお前たち二人で、ちょっとこいつらの脚を固定してくれよ」

 

 すると、ひとりが細い堅糸の両端に輪っかを作って、リンダとイルマのあいだにしゃがみ込んできた。

 とても嫌な予感がする。

 しかし、女芯をこねくり回す刺激に耐えられず、それ以上は考えられない。とにかく、リンダは妹を向き合わされて味わわされる淫靡な感覚を必死になって、歯を喰いしばり、迸りそうになる嬌声を噛み殺した。

 そのあいだに、リンダとイルマの足元には一本ずつの杭が新たに打たれ、膝とひざのあいだにある棒と縄で結ばれた。

 これで、リンダもイルマも、吊られている身体をほとんど前後に動かせない。

 

「さて、もう準備はいいようだな。お姉ちゃんの方ももう十分だ」

 

 真ん中にしゃがんでいる男がリンダの股間に糸の輪を近づけてきた。

 なにをされるのかやっとわかって、リンダは悲鳴をあげた。

 だが、指でいじられて膨らんだクリトリスの根元に糸の輪がかかり、きゅっと根元を締めつけられてしまった。

 

「ふぎいいい」

 

 リンダは絶叫した。

 抵抗し続けた隷属の刻みを、結局心が受け入れてしまったのは、こうやってクリトリスに糸を結ばれ、限界まで吊り上げられて、痒み剤を塗られて毛先が柔らかく細い刷毛でくすぐり続ける責めを受けたことによる。

 逃亡に失敗してから、鞭打ちに、電撃責め、木馬責め、水責めと繰り返された挙句、体力も思考力も奪われてから、痒み責めを受けたのだ。

 しかも、いくにいけない刷毛の刺激を延々と受け続けさせられた。

 そのあいだに五回、失神させられた。

 さすがに、この責めには耐えることはできなかったみたいだ。

 五回目の失神から気付け薬で無理矢理に覚醒させられたとき、リンダはいつの間にか、隷属を受け入れている自分を発見したのである。

 

「今度はこっちだ。腰を押してやってくれ」

 

 リンダとイルマは、立ったまま腰を大きく突き出す状態にされる。

 男はリンダのクリトリスに結んでいる糸の反対側の端末の輪を妹のクリトリスにかけて、ぐっと絞った。

 

「んぐうううっ」

 

「ひいいいいっ」

 

 リンダとイルマは絶叫していた。

 クリトリス同士を結ばれた糸の長さは、ふたりが腰を大きく前に出した状態から元に戻せない長さなので、リンダにしてもイルマにしても、爪先立ちで腰を突き出した格好から身体を動かせなくなってしまった。

 しかも、膝のあいだの棒が床の杭に引っ張られてるので、身体をもっと接近させて痛みをやわらげることもできないのだ。

 

「あああ、いやああ」

 

「お、お姉ちゃあああん、あああ──」

 

 クリトリス同士を結ばれている堅糸はぴんと張っている。

 股間から走る激痛に、リンダもイルマも身体を震わせて硬直して泣くしかなかった。

 

「これで、どっちかが悶えれば、相手を苦しませてしまうということだ。だから、一生懸命に我慢してくれや。それとも姉妹で一蓮托生で、ふたりで仲良く悶えるかだ」

 

 淫靡な恰好に固定されたふたりに、男たちが喝采をあげる。

 本当に聖職者とは思えない。

 また、まるで酒に酔っているように、常軌を逸してしまった感じだが、酒の匂いはしないし、こいつらが一滴の酒も飲んでいないのはわかっている。

 本当になんという連中だ──。

 

「さて、とりあえず、今度は羽根責め責めといくか。血の中まで媚薬を混ぜた妹は十分だから、お姉ちゃん側には、掻痒剤を塗ってやるか。これはチャーリーさんには禁止されてないしな」

 

 ひとりが小瓶を手に持って近づく。

 指にたっぷりと油剤が載せられて、それが乳首に近づいてくる。

 

「い、いやっ、やめてええ──。それはもういやよおお」

 

 さすがに身を捩って避けようとした。

 そんなものを塗られてしまっては、恐ろしいことになるのがわかっている。

 痒み剤を塗られて責められることの恐ろしさは、もう嫌というほどに味わった。あれは恐ろしい責めだ。

 女の尊厳という尊厳を簡単に破壊してしまう地獄の責めだ。

 

「あがあああっ、がああああ」

 

 その瞬間、向かい合っているイルマが悲痛な悲鳴をあげた。

 リンダが身体を動かしたために、クリトリスに結ばれた糸を思い切り引っ張った感じになったのだ。

 

「んぎいいいっ、ご、ごめんんん、イルマ──」

 

 また、それによりリンダにも激痛が加わる。

 リンダは悲鳴をあげつつ、イルマに謝りの言葉を叫んだ。

 

「動いちゃだめだぞ、リンダお姉ちゃんよ」

 

 油剤の載った指が乳首にまとわりつく。ねっとりとした油剤が乳首にしつこく塗られていく。

 だが、動くわけにはいかない。

 リンダは歯を喰いしばって耐えた。

 そのあいだに、反対の乳首やクリトリスにも薬液が塗られていく。

 動かないように耐えようとするが、どうしても腰を動かしてしまい、そのたびにリンダとイルマはふたりで泣き叫んだ。

 

「じゃあ、お姉ちゃんの油剤が効き始めたら勝負開始とするか。勝敗はどうするかな。まあ、早く絶頂した方が負けでいいか」

 

「そうだな。じゃあ、負ければ五人責めだ。そのあいだはひとりは休めるから、相手を想うなら、淫らによがり狂って昇天することだ」

 

「もっとも、腰を動かせば痛いだろうから、簡単によがれるとは思えないけどな」

 

 男たちがげらげらとわらう。

 本当に、正気を失ったように下品このうえない。

 

「さあて、じゃあ、そのあいだは、口づけの練習でもしてもらうか。“命令”だ。口に入れられた舌を舐めまくって奉仕しろ。自分が思う一番いやらしいと感じる仕草で口づけをするんだ」

 

 男のひとりが命令した。

 彼らは「主人」として隷属の首輪には刻まれていないが、「主人」であるチャーリーが男たちの命令に従えと、「命令」してから立ち去っている。

 隷属の首輪は、理解できる言葉で告げられた「命令」には絶対に逆らえない。

 ひとりがリンダに口づけをしてきた。

 吐き気さえしそうな嫌悪感だが、リンダの舌と口は、挿入してきた男の舌をむさぼるように舐めまくる。

 

「んぐうっ、んぎゅう──」

 

 口づけを強要されて、どうしても身体が動いてしまう。

 そのたびに糸が張って、激痛を発生させる。

 また、妹のイルマにも、同じ「命令」がかけられて、別の男と淫らな口づけを開始した、

 

 だが、口づけをしながら、リンダはあることに気がついた。

 男の唾液に違和感を覚えたのだ。

 ある特殊な匂いだ。

 

 魔毒薬──?

 

 男の唾液や息から感じたのは、以前、たまたまクエストで扱ったことがあるから知っていた、ある種の禁止薬物ではないだろうか。

 男から感じたのは、「魔毒薬」とも呼ばれていて、一時的な強い快楽と引き換えに、人の正気と理性を失わせて、感情の自制を失わせるとされるあの薬物のような気がしたのだ。

 強い中毒性もあるため、常習をすれば、短い時間であっという間に廃人になってしまうとされる恐ろしい薬物である。

 そして、そんな怖い薬物なのだが、別名「洗脳薬」とも呼ばれ、他人を操るには都合のいいものでもあるのだ。

 だから、裏社会で多用され、冒険者ギルドでは、たびたびその取り締まりのためのクエストがかかる。

 だから、リンダたちも、独特のその匂いだけは知っていた。

 

 それに似ている匂いの気がしたのだ。

 まさか……。

 だが、もしかしたら……。

 リンダは、男と淫らすぎる口づけを交わしながら困惑した。

 

 しかし、思念はそこまでだ。

 いよいよ、さっき油剤を塗られた場所から、狂うような痒みが沸き起こってきたのだ。

 

「おっ、そろそろいいか。腰と胸が震え始めたな」

 

 リンダとイルマの真ん中で見守っていた男が声をかけた。

 ふたりと口づけをしていた男たちが貌から離れる。

 

「あああ、痒いいい、ああああっ」

 

 口づけから解放されたリンダは、たちまちに悲鳴をあげてしまった。

 

「あっ、ああっ、いぎいっ、お、お姉ちゃん、揺らさないでえ──」

 

 すると、イルマが泣き声をあげた。

 どうやら、またもや腰を動かしてしまったみたいだ。

 リンダは身体を静止させようと全身に力を入れた。

 

 だが、痒い──。

 動かないでいるというのが不可能なくらいにどんどんと痒みが大きくなる。

 でも、動けば、イルマに苦痛を与えることに……。

 リンダは必死に痒みを耐えようとした。

 

「さて、始めるか。二人ずつにしようか。俺については、状況をみて交互に責めてやる」

 

 気がつくと、五人の全員の全員が毛先の柔らかそうな鳥の羽根を手にしている。

 しかも、左右にだ。

 そして、わっと五人が歓声をあげて、リンダとイルマに襲い掛かった。

 

「ひいいいいい」

 

 リンダは前からの二本の羽根と、お尻側の二本の羽根、さらに両乳首へのぞれぞれの羽根に襲われ、全身を突っ張らせて、その衝撃に悶え狂った。



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957 姉妹なぶり─結んで犯して

「あうあああっ、こ、こんなの卑怯おおお──。いやああああ」

 

「ひぎいいいっ、ひびいいいっ」

 

 リンダは悶え狂った。

 そして、妹のイルマの啼き声も部屋に響き渡る。

 

 耐えようと思うが、とてもじゃないが耐えられるものではない。

 気が狂うほどの痒みの場所が、柔らかな鳥の羽根でくすぐりまくられるのである。

 羽根が股間や乳首やアナルの表面を動くたびに、そこから脳天に貫くような衝撃が突き抜けていく。

 だけど、女芯同士を堅糸で結ばれているリンダとイルマは、ぴくりとも動くことは許されない。

 動けば、自分自身の股間に針で突き刺されたような激痛が走るだけでなく、相手にも苦悶を強いるのだ。

 腰を突き出す体勢で向かい合わせに立たされているリンダとイルマは、ひたすらに鳥の羽根にくすぐられて嬌声とともに号泣した。

 

「ほらほら、絶頂すれば、とりあえず、鳥の羽根のくすぐりからか解放されるぞ」

 

「もっとも、先に昇天すれば、俺たちに全員による輪姦が待っているけどな」

 

「相手を休ませたければ、自分が犠牲になるというのもいいかもな。ほら、いけ。これはどうだ? こっちはどうだ?」

 

 男たちがリンダとイルマの股間やお尻、乳房などをひたすらにくすぐり続ける。

 もうわけがわからない。

 股間と乳首の痒みは、もう限界を遥かに越えている。

 

 楽になりたい──。

 

 掻きむしって欲しい──。

 

 先に達して、せめて妹を楽にさせたい──。

 

 わかっているのだが、こんな触れるか触れないくらいの鳥の羽根の刺激などでは、簡単には絶頂などできない。

 しかも、絶頂できないのに、破裂するほどの甘美感が羽根が触れる場所から迸るのだ。

 

 でも、これだけではいけないのだ──。

 刺激が足りない──。

 絶頂できないのに、快感だけだどんどんと膨れあがる。

 もう狂いそうだ。

 リンダは泣き叫んだ。

 

「あああ、やめてええええ、せめて、あたしだけなぶってよおお──。あたしが犯されるう──。いやあああ」

 

 リンダは狂ったように声をあげた。

 身悶えを耐えるなど、もうそんなことはできない。

 リンダもそうだが、イルマもまた羽根責めに翻弄されて、腰を突き出す姿勢のまま、身体を悶えさせる。

 すると、股間に激痛──。

 それもまた、リンダが絶頂すること痒みに襲われている場所をくすぐられて、凄まじい快感が沸き起こる。

 そして、激痛で戻される。

 リンダはひたすらに、それを繰り返した。

 

「あああああっ、もういやあああっ」

 

 イルマは泣き続ける。

 クリトリスの糸が引っ張られて、またもや信じられないような痛みが迸った。

 

 とにかく、そうやって、リンダとイルマは延々と羽根で全身をくすぐり続けられた。

 悲鳴をあげ続け、のけぞり、のたうち、繰り返し堅糸でクリトリスを引っ張られる。

 全身からは汗が噴き出し、いつしか、全身がぼうっと熱くなっていく感じに襲われてきた。

 

「もう、許してよおお──。せ、せめて、イルマは許してやってよおお」

 

「あああ、お姉ちゃんんん──。もう、死ぬううう──。こんなの、いやああ──」

 

 リンダとイルマは、代わる代わる懇願をした。

 とにかく、身じろぎしたり、悶えたりするたびに、無情にもお互いに引っ張られるクリトリスの根元に喰い込む堅糸の刺激が耐えられない。

 しかし、どんなに哀願しても、男たちは羽根によるくすぐりをやめない。

 局部と乳首に塗られた掻痒剤は、狂うほどに痒くなっていく。

 

 痛い──。

 死にそなくらいに──。

 

 だけど……。

 

 どのくらい経った頃からだろうか……。

 リンダは、気がつくと自分の悲鳴に、いつの間にか甘い喘ぎ声が混じっていることに気がついてきた。

 堅糸で女芯を引っ張られるのは激痛なのだが、掻痒剤の影響もあり、同時に気持ちよくもある。

 そのことにはっとした。

 

「ほほう、お姉ちゃんはいよいよ、クリ引きが気持ちよくなってきたみたいだな」

 

「確かに、感じてきたみたいだ。反応が変わった」

 

「ち、違ううう──。あひいっ、ああっ」

 

 激しく首を横に振ったももの、口からは女の声が迸ってしまう。

 クリトリスを引っ張り合わなければならない惨めさなのに、しかも、妹の前で泣き叫ばされる屈辱なのに、身体の芯は蕩けるように熱くなる。

 自覚すると、もうだめだった。

 くすぐったさも、気が狂うほどの痒みも、クリトリスを引っ張られる激痛も、全部が気持ちいい──。

 全てが快感に変えられてしまう。

 なにかが股間から込みあがり、それが脳天に抜けて頭を真っ白にした。

 

「あああっ、んぐうううっ」

 

 リンダは全身を突っ張らせて、身体を痙攣させていた。

 達したのだ。

 全身から力が抜けているが、それでも腰を落とすことは許されない。リンダは必死に脚と腰に力を入れる。

 

「ははは、勝負あったな。媚薬漬け調教をした妹よりも、姉の方がマゾ奴隷の開眼が早いとは意外だったがな」

 

「じゃあ、約束どおりに、妹は休憩していいぞ。お姉ちゃんには、とりあえず、ひと周り俺たちを受けいれてもらおうか」

 

 すると、やっとクリトリスを結んでいる糸が真ん中で切断された。

 がくりと脱力するが、すぐに再び糸を引っ張られて、腰をあげさせられる。

 

「いぎいいっ、もうやめでえええ」

 

「ああああっ」

 

 ふたりで絶叫した。

 糸を切断したのは、リンダたちを解放するためではなく、糸の長さを調整するためだったようだ。

 ふたりのクリトリスから伸びる糸の端末に改めて小さな輪が付けられ、その輪と輪のあいだに細い鎖が足されて長くされる。

 一方で、リンダを吊っている両腕の鎖が緩められるとともに、膝と膝のあいだの棒に繋がる床の杭の位置も後ろにずらされて、リンダだけ腰を引いて、状態を前のめりに倒す格好にされた。

 それに対して、イルマについてはさっきと同じように、腰を思い切り前に突き出した格好のままだ。

 この状態のふたりのクリトリスを結ぶ糸が、ぴんと張るように長さを調整された。

 

「妹を泣かせないために、できるだけじっとしているんだな」

 

 ひとりの男がリンダの背後に立ち、両手でお尻の横を持つ。

 そして、その男の怒張がお尻の下を滑ってきて、ずずずと肉の合わせ目に押し入ってきた。

 

「さすがに達したばかりで濡れ濡れだ。いくぞ──」

 

 律動を開始してくる。

 腰がずんずんと前に突き押されだした。

 

「あああっ、いやああっ」

 

 リンダは泣き叫んだ。

 懸命に腰を動かさないようにしようと思うが、そんなことは不可能だ。

 

「あぐっ、ひぎっ、ぎっ、んぎいっ」

 

 リンダの腰が揺れると、イルマの腰に繋がっている糸も引っ張られて、イルマに激痛を強いる。

 イルマの口から苦悶に声が迸る。

 

「ああっ、や、約束が違ううう──。妹は休ませるって……。あっ、あっ、ああっ」

 

「それはお前が腰を動かすのが悪い。身動きしなければ、妹は苦しまなくて済むんだ。人のせいにしないことだな」

 

 周りにいる男たちが嘲笑した。

 そのあいだも、リンダは容赦なく後ろから犯され続ける。

 一方で、リンダの腰が動くことで、糸でクリトリスを引っ張られて激痛で泣くイルマの声──。そして、リンダ自身のクリトリスにも激痛が走る。

 しかし、犯される股間は気持ちいいのだ。

 身じろぎさえも許されないのに、男によってリンダの快感の場所を探られ、そこを怒張の先で抉られ、昂ぶらせられる。

 リンダは泣き喚いた。

 

「んぐうううう」

 

 そして、最後には子宮口に届いた怒張で子宮を揺すられて、またもや昇天した。

 精が放たれ、リンダの膣がひきつれたように収縮したのがわかった。

 すぐに、リンダを犯していた男が場所を空け、次の男がリンダの背後に来た。

 

「じゃあ、交替だ。だが、せっかくの格好だ。このままアナルをもらうか」

 

「ア、アナル? ば、馬鹿なことを──」

 

 リンダは狼狽した。

 アナルとはお尻?

 まさか、この状態で──?

 

「馬鹿なことか? だが、出荷のときには、多少なりとも後ろでも男を受け入れるようになっておらんとな」

 

 その男の指がリンダのアナルを捉えた。そして、ゆるゆと揉み込み始める。

 指になにか塗っているのか、ほとんど抵抗なく、リンダの尻穴に指が挿入されてしまった。

 

「だめええ、そんなところ、だめええ──」

 

 さすがに指を排除しようと腰を動かした。

 

「んぎゃあああ」

 

「いぎいいいい」

 

 クリトリスに激痛が走るとともに、イルマの口から悲痛な悲鳴が吐きだされた。

 排泄器官を犯されるということに動顛して、クリトリスを繋ぐ糸のことを忘れてたのだ。

 慌てて、身体を静止させる。

 

「そうそう、大人しくすることだ。すぐに気持ちよくなる」

 

 背後の男はゆっくりとリンダの尻穴を指で揉み解してくる。

 リンダは、全身が痺れるほどの被虐の快感に涕泣した。



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958 悪徳司祭

 チャーリーが「調教室」に顔を出したのは、明け方前のことだった。

 神殿の朝は早い。

 それは、司祭の地位にあるチャーリーにも例外ではなく、陽が昇る前に下級神官や見習い巫女たちが割り当ての仕事をするのに合わせて、チャーリーも神殿の中を見回って歩くということをしている。

 見回る場所は日によって異なるが、この日、チャーリーが最初に向かったのは、地下の調教室だ。

 

 数日前に捕らえた少女冒険者の姉妹を性奴隷用に調教中なのだ。

 よくわからない注文だが、戦えることのできる女をできるだけ多くということなので、それに合わせて捕らえた冒険者姉妹だ。

 また、それだけでなく、性経験がなければ必ず処女を奪っておくことが絶対条件で、可能な限り色情狂にしておけば、それに応じて買取額を上乗せしてくれることになっている。出荷のときには、値を付けるために「色情検査」もある。

 

 さらに、男の食指が伸びないような醜女はだめであり、それなりに美しいことも要件になっている。

 ここまでの注文だと、なかなか条件に見合う若い女は見つからないのだが、今回はうまく見つかってよかった。

 なにしろ、注文主は条件にさえ合致すれば、信じられないような大金を値に付けてくれるのだ。

 チャーリーとしてはおいしい仕事だ。

 要は金になりさえすればいいのだ。

 

 色々あるが、なんだかんだで世の中は金だ。

 金さえあれば、なんでもできる。逆になければ、虫けらとして扱われるだけだ。

 チャーリーはそれをよく知っている。

 生まれは、ここからずっと北にあるある小さな城郭だ。親はそこで小さな商いを営んでいた。五歳上の姉がいて、四人家族だった。

 だが、商いに失敗して、大きな借金をして親は借金奴隷として売られた。チャーリーが七歳のときだ。

 本当であれば、姉もチャーリーも借金奴隷として売られていたはずなだった。

 しかし、親は病死したという偽の届けをして、姉とチャーリーを逃がしたのだ。親としては、奴隷となるよりは、経歴のない人非人となってでも自由に生きて欲しいという思いだったとは思う。

 でも、チャーリーは七歳。六歳上の姉も十三歳でしかなかった。そんな子供ふたりでなにができるというのか。

 持たされたなけなしの財はすぐなくなり、姉とふたりで必死に生きた。あのとき、金の重要さは嫌というほど味わった。

 

 金があれば……。

 尊厳という尊厳を奪われる生活の中で幾度それを思ったかわからない。

 

 姉は、風邪をこじらせたチャーリーの薬代を稼ぐために、家を出てから半年くらいして、信じられないような安い金と引き換えに見知らぬ男たちに抱かれるようになり、チャーリーの回復と引き換えに、あっという間に性病を患った。

 チャーリーが神殿と縁ができたのは、その頃だ。

 病気を治すためには、神殿にいる神官か巫女のうち、治療のできる者に頼んで魔道をかけてもらうしかない。

 藁をもすがる思いで、神殿に姉を助けて欲しいと頼みにいった。

 だが、魔道による治療をしてもらうのは、神殿に渡す布施が必要だった。金がなければ、治療もしてもらえないのだ。

 姉を助けるために、チャーリーは必死に金を作ろうとした。それこそ、盗みでも何でもした。姉を救うためだ。悪事に手を染めることに躊躇はなかった。

 

 そんなときだった。

 金集めの傍ら、日参して治療をお願いにくるチャーリーに、その城郭の神殿長が目を付けたのだ。

 チャーリーが神官見習いになって、その神殿長の性の相手をすれば、治療術のできる巫女を姉のもとに派遣してやろうと言ってきたのである。

 七歳の自分は、まだまだ可愛らしい顔をしていたらしい。

 チャーリーは取り引きに応じて、その神殿長の性の相手をするようになり、姉は治療を受けることができた。嬉しかった。でっぷりと太った中年男の神殿長の性の相手をするのは、怖気がするほどに苦痛だったが、姉には変えられない。満足していた。

 性病の癒えた姉は、神殿の紹介で下町の料理屋で店員としては働けるようになった。あの神殿長は小さな男の子好きの変態だったが、それ以外については善人だったとは思う。

 

 そして、二年──。

 その料理屋で知り合った客と恋仲になり、姉が結婚することになった。

 すでに、チャーリーは見習い神官として神殿に住んでいたので、姉とは一緒には生活していなかったが、神殿に会いにくるたびに見せてくれる姉の幸せそうな顔はいまでも忘れられない。

 

 だが、その姉は結婚式目前で死んだ。

 自殺したのだ。

 チャーリーは気が狂いそうになった。

 自殺した理由が結婚をする予定だった男に捨てられたためであり、婚約破棄の理由が結婚相手の男に、もっといい金のある商家の娘との婚約が整ったためだと聞いたときには、腹の底から怒った。

 また、どうして男に捨てられたことで、姉が自殺をしたのかもわかった。姉の腹には子供がいたのだ。

 妊婦になって恋人に捨てられ、姉は絶望してしまったのかもしれない。

 それに、その男は婚約破棄の理由として、姉が過去に男に身体を売ったことを暴露したそうだ。しかも、姉の働く店の中で……。

 しかし、姉はそのことを隠していたわけではない。少なくとも、その男にプロポーズされたときに、姉はそれを告白して一度は断っている。それでもいいと言ってくれたと、後で泣きながら笑顔でチャーリーに告げた姉の顔は忘れたことはない。

 怒りでわけがわからなくなった。

 

 チャーリーは神殿を抜け、姉を捨てた男に夜道で襲いかかり、物取りの仕業に見せかけて殺した。また、その男の婚約の相手だという商家の娘については、人を雇ってさらわせ、闇奴隷として売り払ってやった。

 その金は、神殿長に毎夜抱かれるときに隙を見つけて盗んだものだ。そして、闇奴隷の伝手は神殿の中の繋がりによるものだ。信じられないことだが、性奴隷の闇奴隷とか、神殿内への娼婦や男娼の密かな連れ込みだとか、あるいは性宴に使う媚香だとか、神殿という場所は、そういう需要の実に多い場所なのだ。

 敬虔で真面目な神官もいるが、逆に性に狂う変態も多いし、王権の届かない治外法権地帯なだけに、世間に隠れて違法なことも数多くやっているのが神殿という場所だ。

 

 そして、十五年──。

 

 チャーリーは、司祭になっている。

 闇奴隷、禁止されている薬物などを扱えば、いくらでも金は作れた。金があれば、賄賂を使って神殿内でいい地位を得るのは難しいことではないし、金で転がらない者も、薬物漬けにしてやり中毒症状にしてしまえば、それからは薬物を得るためになんでもするようになる。

 高い地位にある神官や巫女には色だ。

 神殿という場所は、地位が高ければ高いほど、色に貪欲だ。

 それは能力のある魔道遣いというのが、おしなべて好色であるのと関係があるのかもしれないが、とにかく、金、薬、性──。

 これで落ちない者はない。

 

 いまや、このマイル神殿は、チャーリーの巣だ。

 神殿長も、副神殿長も、筆頭巫女も完全に堕落させている。神殿長と副神殿長は周りの者を使って毒を飲ませて、寝台から起き上がれない身体にしている。

 筆頭巫女の中年女は表向きには、チャーリーたちの闇奴隷商売の女首領だ。

 もっとも、本人にそう思わせているだけで、実際に全てを統制しているのは、チャーリーだ。

 あれは、自分を”ボス”だと信じている色狂いで薬物中毒の道化でしかない。

 

「様子はどうだ?」

 

 チャーリーは地下の調教部屋にやってきた。

 まずは、リンダとイルマという少女冒険者のふたりを調教させている部屋だ。

 次の「出荷」で出すのは、この姉妹を含めて七人の女の引き渡しを予定しているが、最後に捕らえた獲物であり、まだ五日ほどしか経ってない。姉については、三日だ。

 高い値をつけてもらうには、まだまだ色責めが必要であり、集中的にやらせている。

 残り五人については、ほぼ仕上がっていて、あとは出荷一日前くらいに、徹底的に焦らし責めにかけて、破裂するくらいに色情に狂わせてやるという段階が残るだけである。

 七人のうち、低位魔道遣いがふたりと、戦士は五人だ。注文通りに、七人とも戦うことができる素質があり、それなりに若くて顔もいい。そのうえで、色情検査でいい反応を示してくれれば、かなりのいい商売になると思う。

 

「う、うう……ゆ、許して……。もう、狂うわ……」

 

「もういやああ……。いやよおお……」

 

 この姉妹を任せている五人は、どれだけふたりを犯したのか、部屋はとんでもない匂いが充満しているし、少女たちの股間も尻穴も炎症を起こして真っ赤に腫れ上がっている。

 なによりも、姉妹の全身にはおびただしいほどの精液があちこちについていて、凄まじいことになっている。

 チャーリーは苦笑した。

 

「こりゃ、ひどいな。まあいい。とにかく、こいつらは時間がないしな。徹底的にやれ、最低あと丸一日は眠らせるな。それと、股ぐらと尻にこのポーションかけておけ。輪姦しろとはいったが、毀しちゃ値段はつかないんだ。そういうことも丁寧にするんだ。これは商売なんだぞ」

 

 チャーリーは、魔道収納のできる荷袋から出した低級ポーションを男たちのひとりに渡した。この男が五人の中でリーダー格なのだ。

 

「へへへ、わかりました。気をつけます……。おいっ」

 

 そいつが若い男にポーションを渡す。

 姉妹は後手に拘束され、床に横たわっていた。

 天井から両手を吊って立たせていたような感じだが、いまはおろして床に腰を落とすのを許していたみたいだ。

 脚の拘束はいまはない。その代わりに、姉妹の股間には、それぞれのクリトリスの根元を縛った堅糸で結ばれていた。

 もしかしたら、この状態でずっとなぶり続けたのかもしれない。

 なによりも、昨日の朝には逃亡しかけた姉だが、この状態ではさすがに逃げることはできないだろう。

 まあ、すでに奴隷の首輪が効果を及ぼしているので、そもそも逃亡は不可能なのだが……。

 

「それで、いま、なにをしている最中なんだ? 休ませるなと言ったはずだがな」

 

 チャーリーが入ってきたとき、たまたまなのか、姉妹は床におろされ、なにもしていなかった。

 しかし、チャーリーが指示したのは、徹底的な色責めなのだ。

 

「いや、休ませていたわけじゃあ……。だけど、ちょっと連続で俺らも出しすぎまして……。そのう……だから回復を……」

 

「つまり。犯しすぎて、お前らが勃たなくなったのか? しょうがない連中だ。じゃあ、姉妹でやらせろ。これを使え」

 

 チャーリーが魔道の収納袋から新たに出したのは、女同士の百合遊びのときに使う双頭の張形だ。

 魔道を注げば振動もする。

 しかし、それを見て、姉妹が悲鳴をあげた。

 

「いや、そんなことできるわけないでしょう──。あたしたち姉妹なのよ──」

 

「ひいいい──。いやあああ──」

 

「姉妹仲良く繋がらせてやろうというのだ。とりあえず、体験してみろ。案外にいいものかもしれんぞ」

 

 チャーリーは、ふたりのクリトリスを繋いでる糸を無造作に掴んだ。

 

「ひいいいっ」

 

「んぎいいいっ」

 

 ふたりが激痛に絶叫する。

 

「股を開け。さもないと、もっと引っ張るぞ」

 

 チャーリーは糸を引っ張りながら、まずは姉の股に双頭の張形の一方を押し入れていく。

 リンダの股間はすっかりと濡れそぼち、随分と犯されたせいだろう、まだ口が開いたままだ。

 簡単に根元まで押し込められた。

 

「じゃあ、次は妹だな」

 

 チャーリーは妹に視線を向けた。

 

「ああ、許して……」

 

 妹はしくしくと泣き始める。

 

「ねえ、チャーリーさん、せっかくなんで、趣向を愉しみましょうよ」

 

 すると、男たちのひとりが声をかけた。

 

「趣向?」

 

「へへへ、姉には塗ってやったんですけど、妹にはまだ掻痒剤は塗ってないんです。だから、たっぷりと塗ってやりましょう。泣き叫ぶくらいにね。だけど、その妹を助けるためには、お姉ちゃんがその張形で犯してやるしかないということです」

 

「ひいっ、それだけは許して──」

 

「そんなああ──」

 

 姉妹がそれを耳にして顔を引きつらせた。

 だが、チャーリ-は大笑いしてしまった。

 

「それは面白そうだ。すぐにやろう。お前らに渡したよりも強い薬がある。これを塗れば、それこそ、発狂するほどに痒くなる」

 

 チャーリーは、収納袋から強力な掻痒剤の油剤を取り出した。

 男たちがわっと歓声をあげた。



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959 早朝の闇奴隷たち

「ああ、いやあ、お姉ちゃん──。ああああっ」

 

 妹のイルマがつんざくような悲鳴をあげている。

 後手に拘束されているイルマは、床に尻を付き、膝を曲げた脚を大きく開くような恰好にさせられている。

 彼女は必死に身悶えをしているが、四人ほどの男たちに寄ってたかって身体を押えられて、そんな恰好にさせられているのだ。

 

「ああ、イルマ──」

 

 一方で、そんな妹と向かい合う状態にあるリンダもまた、ひとりの男に押えられて、妹と同じように脚を拡げて股を晒していた。

 妹と違うのは、双頭の張形というもの挿入されて、リンダの股間からはまるで勃起した男性器のような張形が股間からそそり勃っていることだ。

 

 妹のあられもない恰好を見ることも、自分の恥辱的な姿を晒すことも恥ずかしいし、これ以上ないほどの屈辱なのだが、リンダとイルマのクリトリスは根元を結んだ堅糸で繋がっていて、身体を背けることはできない。

 ただし、ずっとぴんと張った状態にされていたクリトリスを結ぶ糸は、かなり緩められていて、リンダとイルマの股間のあいだでだらんと垂れ下がっている。

 この連中の慈悲でそうなっているのではなく、掻痒剤を股間に塗る込まれてもがき狂うイルマが糸を引っ張られる痛みで痒みを癒すことができないようにするための、この連中のいやがらせなのだ。

 いずれにしても、リンダとイルマの股間の距離は、いまはかなり接近していて、リンダの股から出ている張形の先端がイルマの真っ赤になっている股間の亀裂にもう少しで触れんばかりになっている。

 そんな状態で、リンダもイルマも身体を押えつけられているのだ。

 

「ははは、そんなに痒いか、イルマ?」

 

 リンダたちや五人の男たちをただひとり椅子に座って観察している司祭のチャーリーが意地悪く言った。

 もうわかってきたが、この司祭のチャーリーというのがリンダたちをさらった闇奴隷一味の首謀者だろう。少なくとも、ずっとリンダたちを輪姦していた他の五人はチャーリーの指示には完全に服従しているし、考えてみれば、チャーリーが立場を隠していたリンダの捕獲のときも、チャーリーは明らかに全体の主導権を握っている感じだった。

 

「か、痒いいいい──。も、もうお許しを──。ああ、痒いいい──」

 

 イルマはすでに泣きじゃくっている。

 その追い詰められた悲痛な姿に、リンダはもまた、もうどうしていいのかわからなくなってしまっている。

 

「そうか。じゃあ、リンダ、妹については、この通り完全にできあがっている。このまま、いつまでも放置して苦しめるのもいいし、その股間に生やしてやった立派なもので痒みを癒してやるのもいい。好きな方を選びな」

 

 チャーリーが嘲笑する。

 リンダは歯噛みした。

 この男たちは、姉妹でまぐあいをさせようなどと、どこまで鬼畜なのだと思った。

 しかし、目の前で痒い痒いと狂ったように号泣するイルマを目の当たりにして、もうほんの少しの猶予もないことはリンダにもわかっている。

 おそらく、この連中はリンダがイルマを犯すまで、いつまでもこうやって、身体を押え続けるのだろう。

 

「へへへ、妹からもお姉ちゃんにお願いしな。どうか、それであたしの股ぐらを突きまくってくれってな」

 

「それとも、案外にお姉ちゃんも、妹を苦しめたいんじゃねえか。苦しんでいるは妹で、自分じゃねえしな」

 

「そらそら、時間はいくらでもある。もっと泣き叫びな、イルマ。リンダがその気になるまでな」

 

 身体を押えている男たちもまた、揶揄の声を出す。

 なんという卑劣な男たちなのだろう。

 しかし、これでもこいつらは、神殿の人間なのだ。神殿の地下にこんな場所があることも、この神殿内のこれだけの者たちが、この闇奴隷業に係っていることも、いまだに信じられないのだが、だが、れっきとした事実なのである。

 

「ああ、お姉ちゃん、助けてええ──。もう耐えられないいい──。痒いのおお──。お姉ちゃんならいい──。お姉ちゃんがしてええ──。それで犯してええ──」

 

 イルマが泣き叫んだ。

 リンダは意を決した。

 どうやっても、こいつらはリンダたち姉妹に、目の前でお互いに性交をさせたいのだ。

 時間をかけても、イルマを苦しめるだけだ。

 

「ああ、イルマ、なにも言わないで──」

 

 リンダは身体を起こして、男たちによって足を開いて仰向け気味にされている妹のイルマの上から覆いかぶさるようにした。

 剥き出しの乳房と乳房が重なる。

 さらに、下腹部同士を密着させるようにして、リンダは股間から出ている双頭の張形の一方をイルマの股間に押しつけていく。

 少しずつ挿入したかったが、後手に拘束されているリンダも自分の身体を支えることができない。

 結局、一気に最奥までイルマの中に張形を挿入させることになってしまった。 

 

「あっ、ごめん」

 

「あぐうう、お姉ちゃん──。ああっ、いいいい──」

 

 しかし、絶息するような声を出したかと思うと、イルマは全身を弓なりにして身体を突っ張らせた。

 そして、いきなり股間を自ら激しく動かしだした。

 

「あああ、いぎいいいっ」

 

「わっ、そ、そんなに激しくしないで──」

 

 おそらく、気が狂うような痒みが襲っている股間を貫かれて、少しでもそれを癒そうとしているのだろうが、暴れるように双頭の張形を動かされて、その刺激がリンダの股間を直撃してくる。

 思わず、リンダは腰を引いて、快感の襲撃を避けようとした。

 

「おっと、ちゃんとくっついてな」

 

「股ぐらだけじゃなくて、乳房も擦り合いな。舌も絡めるんだ」

 

「離れられないように縛ってしまおうぜ。対面座位でいいだろう」

 

 男たちが寄ってたかって、お互いの股間を双頭の張形で結ばれているリンダとイルマの腰に跨って両脚を背中側に回すかたちで縄で縛ってしまった。

 上半身同士についても縄で縛られた。

 そのあいだも、イルマは狂ったように腰を動かしている。

 余程に痒いに違いない。

 しかし、そのために、リンダも股間から身体の芯まで疼くような甘美感を急激に込みあがらせてしまう。

 

「ま、待って、イルマ──」

 

「だ、だめえええ──。痒いのおおお──。痒いのよおおお──」

 

「ああっ、イルマうう──」

 

 リンダはイルマに襲われるようになって、ついに絶頂してしまった。

 一方で、イルマもまた極めたみたいだ。

 少し遅れて、汗みどろの身体を弓なりにして、身体をがくがくと痙攣させた。

 

「さっそくふたりでを気やったか。だが、獣のように姉妹でまぐあいをするのも悪くないだろう? じゃあ、この不甲斐ない男たちが回復するまで、お互いに遊んでいろ」

 

 チャーリーが声をかけてきた。

 次の瞬間、股間に挿入されている双頭の張形がぶるぶると振動とともに蠕動運動をしてきた。

 おそらく魔道だろう。

 神殿というのは魔道遣いの巣のような場所だ。

 チャーリーもまた、魔道具を扱う程度には、魔道は遣うのだろう。

 

「あああっ、いやあああ」

 

「ああああっ」

 

 リンダとイルマは絶頂したばかりの身体を密着させたまま悶え合った。

 

「さっきはほぼ同時だったが、ちょっとずれていた。お互いに完全に同時に絶頂するまで、何度でもやり直せ──。それと、お前ら、せめてこいつらがその気になるように、全身をくすぐってやれ。身体の感度がどんどんを高まるはずだ。それくらいやれ。不甲斐ないお前らでもそれくらいはできるだろう」

 

 チャーリーだ。

 

「何度も不甲斐ないとはひでえなあ。まあ、やるか──。おい、お前たち──」

 

 五人男たちが笑いながら、またもや両手に羽根を持ってリンダとイルマを取り囲んだ。

 十本の羽根が同時に全身のあちこちをまさぐり始め、リンダもイルマもたちまちに苦悶の悲鳴をあげた。

 

 

 *

 

 

 少女冒険者の姉妹調教の状況を確認したチャーリーは、続いて出荷待ちの別の獲物たちを閉じ込めている部屋に向かった。

 残りの「奴隷」は二部屋に分かれていたが、最初は初級魔道遣いふたりのいる部屋だ。

 そこでは、両手を手錠で繋がれた十代半ばの少女ふたりが、見張りの男二人の前で狂ったように自慰をしていた。

 ふたりは、椅子に座っている見張りの男神官ふたりに前で床に跪き、手錠のかかったままの股間を一心不乱に愛撫している。

 また、ふたりとも全裸で汗まみれだ。その足のあいだの床には、かなりの量の愛液が小さな水たまりを作っている、

 その愛液の溜まりと、ふたりが股間をいじる手からねっとりとした愛液が糸を引いている。

 

 別段、魔道封じなどで魔道を封じているわけじゃないが、すでに隷属の首輪の効果が発揮されていて、魔道を使わないように命令しているので、魔道を使われることも、逃亡されることもない。

 そして、さっきの姉妹冒険者同様に、見張る男たちには服従を「命令」しているので、「主人」として刻まれているチャーリーだけでなく、チャーリーの示す男たちの言葉にも絶対服従をしなければならない状態だ。

 そして、実はこのふたりは、もともとは別の城郭の神殿に所属していた見習い巫女だ。だが、手を回してマイム神官勤めの異動をさせ、こうやって闇奴隷に堕としてやったのだ。

 

「あっ、チャーリーさん」

 

「おはようございます」

 

 見張りの男たちが気がついて立ちあがる。

 

「やっているな。ところで、夜明け前からなにをさせてるんだ?」

 

 チャーリーは訊ねた。

 

「寸止め自慰です。自分が感じる一番のやり方で自慰をして、ぎりぎりで寸止めするように命令してるんです。毎朝の日課で、あと半ノスはやらせます。それから今日の調教を開始する予定です」

 

「わかった。その調子で頼むぞ」

 

 チャーリーは、少女たちを眺めながら言った。

 

「あっ、あっ、あっ、あああ──。いやああ、またああ──」

 

 すると、丁度絶頂するところだったのか、ふたりのうちのひとりが感極まったような仕草になって身体を突っ張らせたが、やがて手を股間から離して がくりと身体を項垂れさせた。

 「命令」による寸止めをしたのだろう。

 チャーリーはほくそ笑みながら、部屋を後にした。

 

 さらに隣の部屋に向かう。

 そこには、三人の闇奴隷がいる。

 ひとりは冒険者で、残りふたりは王国の地方軍に所属する女兵士だ。年齢も二十代がふたりと、三十をすぎたばかりの女がひとりだ。

 三人のうち、ふたりは人妻である。

 いずれも、誘拐してきた。

 

 この部屋の見張りはひとりだけだ。椅子に座ってい眠っていて、チャーリーが入ってきても起きてこない。

 また、三人の闇奴隷たちは、全員が一個ずつの大型獣用の檻に入れられている。

 眠っているのだが、三人とも後手縛りにされており、股間には黒色の縄で股縄をされていた。

 あれは多分、媚薬を染み込ませた特別な縄だろう。

 それを締めつけられていては、満足に眠ることもできないと思う。

 それが証拠に、三人とも眠っていながら、苦しそうに呻き声のようなものをあげている。

 横たわっている全身は真っ赤で汗まみれだ。

 

「ああ……、お、お願いでございます。どうか、この股の縄だけでいいので外していただけないでしょうか……。何でもしますから……」

 

 そのときだった。

 一番手前の檻にいる女がチャーリーの存在に気がつき、哀れそうな声をかけてきた。

 もっとも年かさの女で三十は過ぎている女兵だ。所属していた地方軍では評判の美人兵らしく、確かに美しい。見た目も二十代前半にしか見えない。

 子供はいないが相思相愛の夫が下士官でいて、今でも夫は狂ったように、この女のことを探しているらしい。

 

「何でもか……。だが、その奴隷の首輪を嵌めらているうえに、隷属を誓ったんだから、なんでもするのは当然だ。それを強要されるのだからな。なんの交換条件にもならん。そのまま苦しんでろ」

 

 チャーリーは冷たく言った。

 

「で、でも、痒くて……」

 

 調教前はかなり気が強い女だったが、いまはしくしくと涙を流している。奴隷の首輪の効果を及ぼす過程の性拷問で、完全に心が折れてしまったのだ。

 いまでは、まるで人が変わったように弱気になってしまった。

 

「当たり前だ。そういう縄なのだ、それは──。だが、そういう調教を繰り返すことによって、男なしではいられない立派な性奴隷になる。今度の注文主はそれをお望みでな」

 

「ああ、そんな……」

 

 女ががくりと項垂れる。

 チャーリーは、そのままその部屋も後にした。

 

 次は地上階に戻り、とりあえず、神殿長と副神殿長の様子を見に行くかと考えた。

 ふたりとも、半年以内にマイム神殿に所属になった上級神官であり、地下のことはずっと隠していたが、懐柔して堕落させる前に発覚しそうになったので、毒を盛らせて昏睡状態にしてやった。

 殺してしまうと、次の神殿長などが派遣されるので、倒れていることは隠して、寝たきりにさせている。

 面倒を看るのは、チャーリーの息のかかった神官や巫女たちなので、ふたりが意識を取り戻すことはない。

 そのふたりがいる部屋に行こうとして、前から筆頭巫女の女が血相を変えて走ってくるのを見た。

 丁度、地下に潜る隠し階段がある礼拝堂にあがったばりのときだ。

 

「おお、ここにいたの、チャーリー──。通信球も封じられて、連絡がつかなかったのよ──。見つけてよかった──」

 

 筆頭巫女が泣くような声で叫んだ。

 

「どうした?」

 

 ただならぬ筆頭巫女の様子に、チャーリーは首を傾げた。

 

「襲撃よ──。王軍騎士隊よ──。この神殿を囲んでいるの──。強引に入ってくるわ──」

 

「王軍? まさか──。ここは神殿だぞ──」

 

 チャーリーは狼狽した。

 神殿を王軍が襲撃などありないことだ。

 このハロンドール王国内にある神殿群は、すべて、タリオ公国の公都にあるローム大神殿に所属し、王軍の権威の外にある。

 ローム大神殿とこの国の王家のあいだで不可侵の協定も結ばれており、王軍はローム大神殿の許可なしには、どこの神殿であろうとも、入ってくることはできない。

 そう決まっているのだ。

 

「わかっているわ──。でも、彼女たちは強引なの──。この神殿はすでに結界で封印されているわ。全ての魔道を使用不能にされている。移動術の護符も無効になっているの──。かなりの高位魔道遣いが同行しているのは間違いないの──。とりあえず、神殿の警備兵に抑えさせているけど、すぐに破られるわ」

 

 筆頭巫女が悲痛な声で叫んだ。

 

「なんだと──?」

 

 チャーリーはびっくりした。

 そのとき、遠くからなにかが破壊されるような大きな音がしたと思った。

 大勢の者が神殿に雪崩れ込んできたような、ものすごい喧噪も──。



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960 明け方の神殿襲撃

 夜が白々と明けてきた。

 マイムの城郭にも朝が訪れようとしている。

 

 一郎は、神殿の正門前に設営させた屋根のない天幕の中に準備してもらった簡易椅子に座っている。

 椅子に座っているのは一郎ただひとりであり、周りには、エリカ、コゼ、シャングリア、イライジャ、スクルド、ベルズ、さらにガドニエルもいる。マーズもだ。

 ガドニエルについては、一緒に連れていく予定はなかったのだが、置いてかれそうになったら、半泣きになって強引についてきたのだ。だから、周りには護衛の親衛隊もおらず、ブルイネンでさえも同行していない。

 完全なお忍び状態だ。

 そして、エリカ、コゼ、シャングリア、イライジャ、そして、マーズについては顔は隠していないが、ほかの魔道遣いたちは全員が顔にフードを被って隠している。

 

「完全に包囲しています。鼠一匹出しません」

 

 騎馬に跨がって一郎たちの前にやって来たベアトリーチェが、一郎のいる天幕の前までやってきて、下馬をして報告をしてきた。

 当初、一郎は「冒険者」として、このマイム神殿の襲撃に参加するつもりだったが、思うところがあり、「独裁官」として作戦に加わることにした。

 だから、黒色の軍装とさらに黒色で金縁の飾りのついた具足、それに肩から腰に掛けてのたすき掛けの赤と金の紋様にある「修帯」と呼ばれる太い布を身につけている。

 ハロンドール王家の伝統的な装束らしく、誰が見ても軍装だとわかる格好だ。

 できるだけ目立つためだ。

 今回のことは、間違えば神殿に対するハロンドール王家の大きな失態になる。

 だから、神殿の襲撃という掟破りが、独裁官たる一郎で行われたことを喧伝するのだ。

 

 そして、天幕の横には、独裁官としての大きな紋章の描かれた旗を近衛兵の装束のマーズが片手で持っている。

 独裁官たる一郎の旗は、ボルグ家の家紋として使っていたものを改良ものでもあり、ひとつの塔に二匹の蛇が巻き付いている模様のもともとのボルグ家の紋章の横に、右に鳥、左に獅子の図柄を加えたものである。

 中心にある塔は、「男性器」を示し、二匹の蛇は愛撫だ。右側の鳥は「優しくくすぐるような官能責め」の象徴であり、左側の獅子は「荒々しく痛めつける苦痛」を示す。

 そう教えてやったとき、女たちは複雑そうな表情で、身体をもじつかせていた。

 まあ、下地になっているボルグ家の紋章の塔と二匹の蛇は、全員の女たちの下腹部に刻んでやっている隠し性紋と同じであり、どの女もそれで辱められた経験を持っている。それを思い出すのかもしれない。

 

「ご苦労さん、ベアトリーチェ。そのまま待機だ。神殿内に押し入るときには、正面からのみでいく。俺たちも出るが、最初は選抜した二十名だ。人選をしておいてくれ」

 

 今回のマイム神殿の討伐にあたり、王都から送ったのは二百の騎馬隊だ。

 指揮はベアトリーチェであり、彼女たちが進発して、スクルドによる長距離移動術の設備により移動をした一郎たちが城郭で追いついたというかたちである。

 このマイムにも駐留隊はあるが、彼らはこの神殿包囲には関わっていない。

 なにも知らせずに城郭に突入すると、神殿を完全包囲してから、独裁官命令として、城郭内の神殿以外の神殿施設や要所の警備、さらに城郭から脱走しようとする者の取り締まりを指示した。

 信用していないわけではないが、ひとつの城郭における神殿の地位は大きい。

 癒着により結びついていないとは限らない。

 事前の指示で情報が漏れれば、ローム神殿との協定を破って急襲する意味がないのだ。

 

「わかりました」

 

 ベアトリーチェが頷いて、周りの王兵に指示を出す。

 すぐに伝令ががあちこちに駆けていくのがわかった。

 

「でも、あのう……。すぐに突入しないのですか? でも、突入組はすぐにでも出せますよ」

 

 ベアトリーチェだ。

 しかし、一郎は首を横に振る。

 

「まあ、待ってくれ。アネルザの苦労を少しでも軽減しないとな……。それよりも、そういえば、夜のあいだ、馬で駆け続けだったから、今朝の小便は当然まだだったな。大事な作戦だ。途中で漏れたりすることはないか? まだ大丈夫か?」

 

 一郎はすっとベアトリーチェとの距離を詰めて密着すると、ベアトリーチェの股間に手を伸ばして、軍装のズボンの上から股間をまさぐってやった。

 

「ひんっ、は、はい。ま、まだ、我慢できます……。も、問題ありません」

 

 ベアトリーチェが途端に真っ赤になり、身体を硬くする。

 すると、エリカがすっと手で合図した。

 周りから見えないように、エリカ、コゼ、シャングリア、さらにスクルドで囲んでしまう。

 よくできた女たちだ。

 

 一郎はほくそ笑みながら、ベアトリーチェの快感の場所を的確に突いて刺激を送り込んでやる。

 ズボンの上から静かに触れるようななんでもない動作だが、ベアトリーチェは衝撃的な快感の塊を続けざま注がれているような感覚になっているはずだ。

 その証拠に、必死に力を入れる脚がぶるぶると震えててきている。

 一郎は愛撫をしながら、いつものように、ベアトリーチェの膀胱を水分でいっぱいにしてやる。

 彼女が可愛いのは、ここから我慢して悶える姿だ。

 それに、このところ失禁を我慢させる調教をしっかりとやらせているので、この状況でも半日くらいは問題ない。

 それに耐えられずに失禁してしまったところで、罰を与える愉しみができるだけのことだ。

 

「あくっ、あっ」

 

 尿意を限界まであげられたことを悟ったベアトリーチェは、思わず両手で股間をさえるような仕草をしようとした。

 しかし、一郎の手がそこにあることで、すぐに手を引っ込める。

 一郎はベアトリーチェから手を離した。

 

「ならば、そのまま我慢しろ。ちゃんと任務を遂行できれば、ご褒美に厠でおしっこをさせてやろう。ただし、俺の目の前でだけどな」

 

「は、はい……。わかりました。そ、そのときにはお願いします……」

 

 ベアトリーチェが太腿を必死に締めつけるような仕草になりながら頷く。

 そして、一郎が何事もなかったように椅子に戻って座り直すと、ベアトリーチェもまた、天幕の外側に向かい、包囲をさせている王軍の騎兵たちに指示を出せる態勢になった。

 

「ところで、アネルザ様の負担を軽くするというのは、どういう意味なのですか、ロウ様?」

 

 エリカもまた、何事もなかったかのように、一郎の横から訊ねてきた。

 

「動くのは、もう少し民衆が集まってからにしようと思っている。神殿から捕らわれている奴隷が助け出されれば、どちらに非があるかは子供でもわかるだろうさ。ちょっとでも世論を味方につけようということだね」

 

「もしも、神殿が犯罪に手を染めているという前提が間違っていたら?」

 

 ベルズが不満そうに言った。

 

「あんた、まだ疑ってんの? いい加減にしなさいよ。神殿を信じたいのがわからないでもないけど」

 

 コゼだ。

 

「前提も間違いないわ──。首を賭けるって言ったでしょう。そもそも、あんた、いつまでも、ぐちゃぐちゃとうるさいのよ」

 

 今度はイライジャが文句を言った。

 

「なっ」

 

 その強い剣幕にベルズも思わず絶句している。

 まあ、王都第二神殿の筆頭巫女であり、元の伯爵令嬢、いまは王立魔道研究所の所長予定者としての立場もある。

 王都ではなかりの人望もあり、有名な存在でもある。

 そのベルズに、ここまで強気に出る者も少ないので面食らっているのかもしれない。

 

「まあ落ち着けよ。そのときは、俺の全責任だ。頭を掻いて誤魔化すさ」

 

 一郎はわざとお道化(どけ)けた口調で言った。

 しかし、一郎はすでに確信している。

 距離はあるが、一郎の魔眼は、神殿内の者についてある程度の探知をしている。

 さすがに、位置や細部のステータスまではわからないが、百人ほどいる神殿内の存在には、隷属魔道を掛けられている七名の奴隷が混ざっている。

 間違いなくここにいる。

 問題はどこにいるかだ。

 また、包囲された状況で、この中の連中が捕らえている闇奴隷を証拠隠しに殺すことが怖いが、いまのところ様子はない。

 ステータスに負傷の兆候を魔眼で感じることはない。

 

「そんないい加減な」

 

 ベルズが困惑している。

 

「ロウ様は、間違えないわ」

 

 するとエリカがぴしゃりと言った。

 

「しかし……」

 

「ふふふ、しつこいですわ、ベルズ。ご主人様……いえ、ロウ様が失敗なさることはありませんわ。万が一失敗したとしても、わたしたちがそれを帳消しにしてしまえばよいのです。なんの問題もありませんわ」

 

 スクルドがころころと笑う。

 

「まあ、もちろん、わたしもおりますわ──。ローム神殿でもなんでも、粉々にしますので、いつでもおっしゃってください」

 

 すると、ガドニエルがスクルドに負けじと口を挟んできた。

 

「粉々にしちゃいけないでしょう。そもそも、仮にもあんた、ナタルの女王なんだから、不用意に神殿を敵にする言葉は使っちゃいけないんじゃない。あの姫様だって、そこまでは口にしなかったわよ。まあ、奴隷狩りをするような連中を神官とは認めたくないけどね」

 

 コゼがくすりと笑った。

 

「そもそも、このところ、失敗が多いのは、ガドだけじゃなく、スクルドもそうだろう。失敗を帳消しどころか、失敗を作っているように思うのは気のせいか?」

 

 シャングリアが茶化すように言った。

 

「まあ、それは言わない約束ですわ」

 

「どんな約束よ」

 

 エリカが呆れた様子で言った。

 

「とりあえず、スクルドは、神殿全体の魔道を封印してくれればいい。それこそ、魔道で逃亡されるようなことだけはないようにしてくれ」

 

 一郎は言った。

 スクルドにやらせているのは、この神殿全体を魔道封じのの結界で封印してしまうことだ。

 万が一にも、移動術系の魔道で逃げられたら、本作戦は王家が神殿を不当に手を出したという失態で終わってしまう。

 

「それも問題ありませんわ。お任せを」

 

 スクルドがにこにこしながら言った。

 

「それにしても、この神殿全体の敷地を魔道封じで覆ってしまえるのか。いつの間に、魔道遣いとして、そこまで成長したのだ?」

 

 すると、ベルズは半分呆れたような口調で言った。

 最初に出会ったとき、スクルドもベルズも魔道遣いとしての大きな差はなかった。

 だからこそ、ここまでのスクルドの魔道遣いとしての成長がベルズとしては不思議なのだろう。

 

「それはもちろん、ご主人様に抱いてもらった回数の差ですわ。ベルズは数が足りないのですよ」

 

「いや、数の違いって……。まあ、ロウ殿が女の能力を向上させる不思議な能力があることは認めるが……」

 

 ベルズは半信半疑だ。

 一郎はくすりと笑った。

 

「本当だぞ。魔道遣いと、淫魔力は相性がいいようだ。一か月ほど、徹底的に調教を受けるか? 毎日趣向を凝らした責めを味わわせてやろう。もともと、ベルズはマゾだが、それこそ、人目を気にせず苛められたがる露出狂に仕上げてやる。その代わり、スクルド並みの魔道遣いにはなれると思うぞ。数が大切だというスクルドの言葉には聞くべきものがある」

 

 一郎はにやりと笑った。

 

「まあ、ベルズ──。よかったじゃないですか。わたしと一緒に、ご主人様のご調教を受けましょう」

 

「スクルドさんたちだけ、狡いですわ。もちろん、わたしも参加しますから」

 

 ガドニエルが慌てて口を挟む。

 

「いや、待ってくれ。ちょっと、考えさせて欲しい」

 

 ベルズがたじろいだようになった。

 

「うちの魔道遣いたちは全員が淫乱ねえ。ミウも、ほんと、小型スクルドだし」

 

 コゼが呆れたように言った。

 

「それが魔道遣いらしいぞ。淫乱であるほど、魔道が強くなる。クロノス教会の隠している秘法らしい。なあ、ベルズ?」

 

 一郎はベルズを見た。

 

「そ、そんなことは口には出せん」

 

 ベルズは困ったように、一郎から視線をそらせた。

 そして、動きがあったのは、さらにしばらくしてからだ。

 そのときには、かなりの群衆が集まっていて、神殿を包囲している王軍をさらに遠巻きにしてきていた。

 動きというのは、これだけの包囲にもかかわらず、全く反応らしいものがなかった神殿側の玄関の扉がかすかに開いたことだ。

 そこから、神官たちの集団が姿を示した。

 現れたのはある程度の地位にある男の神官と、神官に所属する十人ほどの神殿兵の一隊だ。

 神殿兵のひとりに、太陽と五個の月の印をあげた旗を掲げさせている。

 話し合いの使者という感じだ。

 ステータスを素早く読み、全員が小者だと判断した。

 

「神殿旗だ。神殿の権威の象徴だな。それを持ち出したか……。ならば、わたしが出よう。王都神殿の筆頭巫女のわたしだ。可能ならば説得もしよう。任せてくれ」

 

 ベルズだ。

 しかし、一郎はそれを制した。

 

「いや、話し合いの必要などない。ベアトリーチェ、構わん。捕らえさせろ」

 

 一郎は立ちあがって指示した。

 

「ロウ殿──。まさか、いきなりか? ならん、それこそ、神殿を敵に回すことに──。ルードルフ王に続いて、姫様の代においても神殿に軍を入れるとあっては……」

 

「しつこいわねえ。意見を言うのは結構──。だけど、ロウ様の決定には文句言わないの」

 

 エリカがぴしゃりとベルズを叱った。

 

「あの者たちを捕らえよ──」

 

 一方で、一郎の指示を受けたベアトリーチェが大喝した。

 正門から前庭を進んでこっちに歩み寄ろうしていた神殿の使者のような者たちがびっくりしている。

 問答無用で捕らわれるとは夢にも思わなかったのだろう。

 神殿を包囲させてそれなりの時間が経っているし、王軍が神殿を取り囲んでいるのはかなり目立つ。

 何事だろうと集まっている野次馬の数もそれなりになっている。彼らもまた、騒然となった。

 いずれにしても、そろそろ潮時だろう。

 

「うわっ、なにをするか──。わ、我らはマイム神殿の者で──。そもそも、このような暴挙は──」

 

 神殿の使者らしき男が狼狽の声を出している。

 しかし、あっという間に、同行の神殿兵ごと、ベアトリーチェたちによって捕らわれた。

 

「問答無用だ。独裁官ロウ=ボルグ・サタルスの命により、この神殿を封鎖して調査する。お前たちには、闇奴隷売買の嫌疑がかかっている。大人しくせよ──」

 

 一郎は周囲一帯に聞こえるように大きな声をあげた。

 遠巻きに集まっている市民たちが大騒ぎになった。

 

「そろそろ、いいだろう……。突入するぞ。ベアトリーチェ、さっき指示した突入隊を出せ。俺たちに続け──」

 

 一郎は捕らわれて縄掛けをさせているさっきの神殿兵たちの横を通り過ぎ、神殿の正門を抜け、さらに玄関に向かって進んでいく。

 エリカが素早く指示を出し、その周りや前を、エリカたちが隊形を作って一緒に同行してきた。

 

「念のためにお聞きしますが、ロウ様が自ら突入するのですか?」

 

 エリカだ。

 すでに武器を抜いて、一郎の右隣に位置している。

 また、左側にはイライジャ、前側にコゼとシャングリアがさっと位置をとっている。

 魔道遣いたちは、その後ろだ。最後尾を旗を持ったマーズがつく。

 

「俺が行けば、比較的すぐに、隠されているものを発見できる。だから、しっかりと俺を守ってくれ」

 

 一郎は玄関に向かって進みながら言った。

 

「わかりました。みんな、このまま、行くわよ──」

 

 エリカが大きく頷いた。

 すると、使者を出したために、わずかに開いていた神殿の玄関が固く閉じ直した。

 魔眼で見る。

 武器を持った多くの神殿兵の閉じた玄関の裏側についたのがわかった。

 

「扉と壁の向こう側に、神殿兵が配置されたぞ──」

 

 一郎は進みながら怒鳴る。

 次の瞬間、轟音とともに神殿の玄関が吹っ飛んで、そこに大きな穴ができた。

 もうもうとたちこめた砂埃の向こうに、呻き声をあげて倒れている大勢の神殿兵の姿を一郎は確認した。

 それが、スクルドが打った魔道砲のようなものによるものだとわかったのは、破壊された玄関のすぐそばまで辿り着いてからだ。

 

「なくなりましたわ」

 

 後ろから進んでくるスクルドがあっけらかんとした口調で言った。

 

「わっ、あ、あの次は、わたしに任せてください」

 

 ガドニエルが焦ったように叫んでいる。

 

「ガドはだめよ。あんただと建物ごと破壊しちゃうでしょう」

 

 エリカが前を向いたまま言った。

 

「それに、敷地全体にわたしの魔道封じの結界が効いてます。ガドさんでも魔道は邪魔されますわ」

 

「そういえば、そうなのね。でも、あんたは掛けられた。どういう仕掛けになってんの?」

 

 コゼが振り返ることなく、スクルドに訊ねてきた。

 

「秘密です」

 

 スクルドのお道化た返事があった。

 エリカが手を横に出して、全体を一度停止させた。壊れた入り口の前だ。

 

「コゼとシャングリアは中まで走って──。イライジャ、ロウ様から離れないでよ。わたしも前に出るわ」

 

 コゼ、シャングリア、さらにエリカがひと足先に神殿内に飛び込んでいく。

 一郎は少し待ち、続いて神殿の中に進み入った。

 

「突入──」

 

 さらにベアトリーチェ以下の王軍兵の突入が続いたのがわかった。



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961 悪徳司祭の逃亡

「あ、あああっ、いくう、いぐうう」

 

 リンダは狂乱の中でのたうっていた。

 ついさっきまでは、妹とともに双頭の張形で貫かれ、その淫具の振動で、妹とともに幾度も幾度も連続で絶頂をさせられていたのだが、そんなリンダたちの痴態に興奮したのか、しばらく休んでいた五人の男が再び、リンダたちを輪姦し始めたのである。

 

 リンダとイルマは、両手を後手に拘束されたまま膝をついて身体を倒す四つん這いに近い格好になり、それぞれに後ろから犯されるとともに、口で別の男の怒張を咥えさせられているということをされていた。

 舌で奉仕をするのではない。

 男たちがリンダたちの口を女性器にするように男根を突っ込んできて無理矢理に律動するのである。

 息ができないし、おぞましいし、苦痛でしかない。

 

 しかも、男たちは交替交替で、いまも少しのあいだ休んでいたが、リンダとイルマについては、昨日からずっと寝ることも許されずに犯され続けられている。妹のイルマなど、もう三昼夜のはずだ。

 連中が休憩と称するあいだも、姉妹で性交をさせられ、全身をくすぐられるという責め苦を受けていた。

 そして、再びの輪姦だ。

 

 もう息も絶え絶えであり、リンダの身体も毀れてしまったかのように敏感になってしまい、なにをどうされてもあっという間に果ててしまう。

 その状況で、数名がかりの壮絶な喜悦を送り込まれるのだ。

 

 もう何回も達した。

 頭は真っ白になり、なにも考えられない。

 男たちに危害を与えてはならない「命令」を受けているので、口に咥えさせられている男根を噛み千切ることはできないが、そうでなくても、もうリンダには抵抗の気力は消滅している。

 されるがままだ、

 肉棒を咥えている口の端からは、だらしのない涎がこぼれ落ちている。

 

 輪姦が再開して、まだ、どれほども過ぎていないと思うが、次から次にリンダは昇り詰めてしまっていた。

 本当に気が狂いそうだ。

 また、妹のイルマは、股間に掻痒剤を塗られていることもあり、すっかりと半狂乱だ。

 リンダと同じように連続で絶頂しつつ、狂ったように泣きじゃくっている。

 妹を助けられない無念さが、リンダを絶望に陥らせもする。

 

「ひいっ、ひっ、ひいっ」

 

 満足に息もできず、リンダは口に抽送される男の怒張に、白目を剥きそうになった。

 そのあいだも、股間を別の男に犯され続ける。

 

 そのときだった。

 突然に扉が大きく開き、司祭のチャーリーが入ってきたのだ。

 たまたま、視線を向けていたので視界に入ったが血相を変えている。ずっと保っていた人を小馬鹿にするような薄ら笑いは消滅していた。

 

 なにかがあった──。

 リンダは確信した。

 

「お前ら、調教は中止だ──。神殿が包囲されている。王軍だ。商売がばれた。一階でくいとめているが、突破されるのはすぐだ。逃げたければ、武器をとって一階から全員で突破するしかない──。お前たちが生き延びるにはそれしかないぞ」

 

 チャーリーが男たちに叫んだ。

 男たちは呆気にとられている。

 

「聞こえないのか──。女から離れて、さっさとズボンをはけと言ってるんだ──。一階に戻れ──」

 

 チャーリーがさらに怒鳴った。

 やっと、呆然となっていた男たちが慌てだす。

 リンダとイルマから離れて、服を身につけだす。

 

「武器は一階へ繋がる階段のところに置いてある。ほかの者も行かせている。とりあえず、そこに集まって、王軍が地下への階段を見つけたら、全員で飛び出せ。そして、遮二無二になって突破しろ。こっちからは出るな。油断をさせておいて、そこを突破するすかない。言われたとおりにしろ──」

 

「と、突破できるんですか──?」

 

「俺たちは神殿兵じゃないし、特別な武芸はないんですけど……」

 

 男たちが不安そうに言った。

 

「だから、まずは一階に通じる階段の下で隠れているんだ。一階では、すでに神殿兵はほぼ制圧されて、多分、ここに通じる隠し口もすぐにばれる。だから、見つかるまで待って、王軍が階段を見つけておりてきたところで、全員で武器を振り回して逃げろ。階段は狭い。不意を突け──」

 

 チャーリーが大声をあげる。

 男たちが次々に外に出て行く。

 部屋には、リンダとイルマ、そして、チャーリーだけになる。

 すると、チャーリーがリンダたちに近づく。

 

「いいか、改めて命令しておく。逃亡しようとすること、助けを求めようとすること、俺に危害を加えることを禁止する。もしも、俺が危なくなったら、命をかけて守れ──。これは絶対の命令だ──」

 

 チャーリーの言葉で、リンダの中に隷属による命令が浸透するのがはっきりとわかった。

 リンダは歯噛みした。

 こんな男を命を賭けて守らないとならないのだ──。

 口惜しさに涙が出てきた。

 

 また、チャーリーが腰にさげている収納袋に荷袋からナイフを出し、後手拘束をしていたリンダたちの革帯を切断してきた。

 そして、リンダとイルマに向かって、剣を放り投げる。

 さらに、ポーションらしき瓶もだ。

 

「それを飲め。抜けた腰にも力が入るはずだ。毒消しの効果もあるから媚薬の影響による痒みも消えるぞ。神殿全体で魔道が封じられているんだが、幾らかの魔道具程度なら扱える。よかったな」

 

 チャーリーがにやりと笑った。

 

「ああ、ちょ、ちょうだい──」

 

 イルマが手を伸ばす。

 しかし、手が震えているし、まったく身体に力が入ってない。また、いまだにぼろぼろと涙を流していて、自由になった片手を股間に伸ばして必死に掻くような仕草をしている。

 リンダは、自分も脱力して力が入らなかったが、慌ててポーションの瓶を取り、イルマに飲ませる。

 確かな効き目のようだ。

 イルマが目に見えて、力を取り戻したのはわかった。

 リンダも飲む。

 やっと自由に動けるようになる。

 

「感謝しろよ。奴隷にはもったないくらいの上級ポーションだ。なら、立て。さっきの命令を忘れるな。命をかけて俺を守るんだ──。それにしても、よくぞ、戦闘のできる性奴隷で注文がかかっていたものだ。多分、お前らなら、ここの神殿兵の連中よりも、ずっと強いだろう」

 

 チャーリーが笑う。

 リンダは床に置かれている剣を持って立ちあがる。

 

「あたしに背を向けないことだね。簡単には殺さないけど、的を外すようなことはないからね」

 

 どうやら、この男はリンダたちを盾にして逃亡しようとしている気配だが、身につけるものは一片も与えるつもりはないみたいだ。全裸で動けということなのだろう。

 しかし、隷属の首輪で刻まれた命令を与えられている以上、命令に背く行動をとることはできない。だが、いまのところ、言葉については何の命令もされてないのだ。

 だから、せめてもの腹癒せに悪態だけでもついた。

 

「あ、あたしも……必ず、あんたを殺すから……」

 

 イルマもチャーリーに憎悪に視線を向けている。

 だが、チャーリーは意に介す様子もない。

 それが口惜しい。

 

「黙って、ついて来い。命令だ」

 

 チャーリーが出ていく、

 「命令」なので、リンダたちの足は勝手にチャーリーの後ろをついていく。口も閉じられた。

 廊下に出ると、さっきチャーリーが言及していた一階へ通じる唯一の階段の方向というのはわかった。

 大勢の男たちの気配ははっきりとわかる。

 一階で神殿をほぼ制圧しているという王軍は、まだその隠し階段を見つけてはいないのだろう。

 彼らが戦っている様子はまだない。

 しかし、チャーリーが進んでいくのは、そっちとは真反対の方向だ。

 

 やがて、一番奥の場所に出た。

 そこは共用の厠だった。

 すでに五人の女がいて、リンダと同じように全裸で武器だけを持たされていた。五人のうち三人が剣で、ふたりは魔道の杖だ。魔道の杖というのは、中級以下の魔道遣いが自分の魔道を増幅するために使う短い樹の棒のようなものだ。そのふたりは魔道遣いなのだろう。

 全員の首に奴隷の首輪がある。

 チャーリーを認めて、リンダたちと同じように憎悪の視線を向ける者、不安そうにする者、諦念したように表情を変えない者とそれぞれだ。

 だが、全員がある程度の武芸の持ち主であることだけはわかった、

 

「今度から俺の言葉には即座に服従しろ。命令だ──。リンダ、扉を閉めろ」

 

 リンダが一番最後に入ったので、扉のすぐそばだった。扉を閉める。

 すると、チャーリーが奥の石壁を短い間隔でなにかの旋律のようなものを奏でるようなことをした。

 唖然とすることに、壁がいきなり崩れて、人がひとり入れるくらいの穴ができてた。

 リンダは驚いてしまった。

 

「真っ直ぐ一本道だ。ただ、屈んで進むくらいで済む高さはあるから、這い進まなくても済むぞ。先頭はお前ら姉妹だ。そして、次いで、お前」

 

 チャーリーはふたりの魔道遣いらしき者のうち、小柄な方を指さした。

 

「その後が俺だ。先に進む三人は、穴を最後まで進めば、小さな廃屋に出る。そこで安全を確保しろ。誰かがいれば大声で知らせて、すぐに相手を殺せ。命令だ」

 

 どうやら、チャーリーは、仲間らしき男たちを囮にして、ここから神殿の外に脱出をしようとする気配だ。

 つまりは、王軍がここに入ってきたというのは本当なのだろう。

 神殿という場所は王軍も入ることができない治外法権的な場所のはずだが、それにも関わらず王軍ここに入ったというのは驚きだが……。

 

「俺が進むときには、お前とお前が前後にぴったりとつけ。なにかに攻撃をされたら、必ず盾になって、俺の代わりにそれを受けるんだ。命令だ」

 

 不貞腐れている感じのもうひとりの魔道遣いらしき女と泣きそうな表情の少女が指される。

 そして、最後に、七人の中で一番大柄の女に、チャーリーが顔を向ける。

 

「お前は最後だ。途中で一箇所だけ這い進まないとならない狭い場所がある。お前だけはそこで停まれ。万が一、この隠し通路を見つけられたら、そこで抵抗するだけ抵抗して、最後に剣で自分の喉を斬って死ね。通路を塞ぐように倒れるんだぞ。命令だ」

 

「なっ」

 

 死ねと命令された女は絶句している。

 だが、それでも命令には逆らえないのだ。

 それにしても、どこまで卑怯で卑劣な男なのだろう。

 

「じゃあ、行くぞ。前を行く魔道遣いは、杖で灯りをつけろ」

 

 チャーリーがリンダたちを促した。

 リンダたちとともに先頭を命令された少女魔道遣いが杖の先に灯りをつけた。

 

「その前に、ここでおしっこしていいかしら。ここに監禁されてから、まともに厠にも連れてもらってないから、溜まってんのよね」

 

 ちょっと驚いて、声の方向に目を向けると、一番不機嫌そうにしている魔道遣いの少女だ。

 おそらく、せめてものいやがらせだろう。

 あるいは、ちょっとでも出立を遅らせようとしているのか……。

 

「奴隷に使わせる厠などない。犬猫並みに、その場で垂れ流せ──。そうだな。立ったままがに股になって、どこから出ているかわかるように、手でまんこを拡げながら小便しろ。やれ」

 

 すると、チャーリーがその少女を睨みながら言った。

 少女魔道遣いが、顔を真っ赤にする。

 

「なっ、い、いいよ……。う、嘘だから。出ない。我慢する。ごめんなさい」

 

 彼女が慌てて謝った。

 だが、チャーリーは眼を細めて、彼女を睨んだままだ。

 

「め、い、れ、い、だ」

 

「ああ、そんなあ……」

 

 隷属の首輪を使った「命令」に、その少女は泣きそうな顔になって、みっともなく脚を開いて、両手で性器を拡げた格好になり放尿を開始した。

 リンダはあまりもの彼女の惨めな姿に、慌てて眼をそむける。

 

「生意気なことを喋ると、お前らが奴隷だということを思い出させてやるぞ。それとも、折角の厠だ。今度はその場で立ったまま大便をするように命令してやろうか」

 

 チャーリーがいまだにがに股放尿を強要されているその少女の髪を掴んで、顔をあげさせる。

 

「う、うう……。申しわけありません……」

 

 彼女は泣き出してしまった。

 そして、やっと彼女の放尿が終わる。

 

「じゃあ、リンダから行け──。次は魔道使い。そして、妹だ」

 

 チャーリーが怒鳴り、リンダは先頭で隠し穴に身を投じた。



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962 神殿事件の決着と波紋

 チャーリーは、神殿の地下から神殿の外に通じる穴を進んでいる。

 穴の幅は狭く、人がひとり通過できるくらいであり、高さは上体を倒して屈んで歩く程度のものにしている。ただし、中間の一箇所だけ、意図的に低くしてあり、そこだけは膝をついて進まなければならない。

 中は暗い。

 

 しかし、先頭付近を進ませている魔道遣いの持つ杖の先に照明の灯を作らせているので、ぼんやりとは明るい。

 チャーリーのすぐ前は、確か女兵を誘拐して闇奴隷にした若い女に剣を持たせて進ませているが、その白い尻くらいは見える。

 先頭は三人。一番最後に闇奴隷にした冒険者の少女姉妹とひとりの魔道遣いだ。

 続いて、やや距離を置いているチャーリーたち──。

 前後を冒険者上がりと女兵あがりにぴったり挟ませた。なにかあったら盾になってチャーリーを守らせるためだ。

 そして、最後尾は背高く筋肉質の女兵。

 そいつには、途中の狭い場所にひとり残り、そこで死ねと「命令」した。

 回収する暇はないので、この通路が発見されずに誰も来なくても、あれはそこに餓死でもするまで留まることになる。

 闇奴隷がひとり減るものの、こいつについては後ろから追ってこられたときのための犠牲だ。仕方のない損失だろう。

 

 この神殿からの秘密の脱出口は、神殿から道路を一本挟んだ空き家に繋がっている。これだけの脱出穴を作成するのに、大きな魔石を二十個は使っている。

 かなりの投資だったが、もしもうまく逃げられれば、それだけの価値があったということだ。

 一応は、地下の共有厠に作った脱出口の入口は壁に戻した。

 そこが見つかるのは、時間がかかるのではないかと思う。

 問題は、隠し通路の向こう側の状況だ。

 神殿を囲まれている状況は確認しているので、空き家が王軍の囲みの外にあるのはわかっているが、神殿から覗き見たところ、王軍の囲みのさらに外を群衆が囲んでいた。

 それよりも外であるかだ。

 

「ここだ。最後尾の奴隷は、ここで死ね。追跡の邪魔になるようにうまく倒れろ。命令だ」

 

 チャーリーは最も狭いところを這い進んだ後に、後ろを向いて怒鳴った。

 返事はない。

 しかし、一度隷属の魔道を掛けられた奴隷は、「命令」という言葉によって告げられた内容には逆らえない。

 すると、すぐ前の女から小さな舌打ちが聞こえた。

 不満なのだろう。

 そういえば、こいつはさっき厠で生意気な態度をとったから、がに股で小便をする命令を与えてやったんだった。

 そのときには、惨めさに泣きべそをかいていたが、まだ自分の立場がわかっていないみたいだ。

 さすがに、ここで時間をとるわけにはいかないが、脱出に成功してからは、思い切り辱めてやろうと決心した。

 

 さらにしばらく進む。

 後ろ側の喧噪も感じない。まだ見つかってないようだ。

 これなら、逃げられるか……。

 

 脱出口の出口まで来た。

 そこには、土で作った階段の上に板が敷いてあり、こちらから持ちあげれば簡単に出口ができる。ただし、空き家側からは板は外れないという特殊な仕掛けになっている。

 先頭を進ませている三人の奴隷たちが、板を外したのが遠目に見えた。

 

「あっ」

 

 そのとき、もっとも先頭を進んでいる奴隷──名は、リンダだったと思ったが、そいつの叫び声が聞こえた。

 

「どうした──? 一切の嘘を禁止する。状況を簡潔に説明しろ──。命令だ」

 

 チャーリーが慌てて叫んだ。

 しかし、すぐに答えが返ってこない。

 なにがあった──?

 

「なんでもない──。誰もいない。問題ない──」

 

 だが、すぐさま、そのリンダからの返事が来た。

 ほっとした。

 「命令」された奴隷がそれに逆らうことはない。だから、なにもないという返事があれば、なにもないのだ。少なくとも、奴隷としてはそう認識しているということだ。

 しかし、一瞬の間があって、チャーリーを驚かせたことにはむっとした。

 驚かせた分は、さっきの舌打ち娘とともに、お仕置きをすることにしよう。なにをさせるか。注文主に納入しないとならないので、あまり無体なことはできないが、それなりにはしつけ直してやることにしようと思った。

 そして、少し前を進んでいる三人がなんの問題もなく、隠し通路からは空き家側に上がったのを確信した。

 チャーリーたちも進む。

 

「えっ?」

 

 しかし、上側に顔を出した瞬間、いきなり、前を進む奴隷の姿が消えた。

 そして、チャーリー自身の身体も浮き上がる。

 気がついたときには、思い切り背中を床に打ちつけていた。

 

「ぐはっ」

 

 一瞬息がとまる。

 なにが起きたのか理解できない。

 考える間もなく、頭に衝撃がきた。

 再び身体が浮きあがった感触──。

 壁に頭と身体を激突させていた。

 頭からどっと汗が流れる。

 しかし、頭から流れるものに手をやると、真っ赤だ。

 血──?

 汗ではなく、血のようだ。

 頭を打って出血?

 とにかく、状況がわからない。

 

「ぐあっ」

 

 再び、身体が横に吹っ飛んだ。

 今度は誰かに横っ腹を蹴り飛ばされたのだとわかった。

 ごろごろと床に転がりながら、やっと誰に蹴られたのか理解した。

 

 奴隷の姉妹のうちの姉だ──。名はリンダ──。

 しかし、なぜ──?

 理解できない。

 どうして、命令に背いて、奴隷が「主人」を攻撃できるのだ。

 それに、前後に盾になれと命令した奴隷をつかせていた。なぜ、チャーリーを守ってないのだ。

 

「悪いが、それくらいにしてやってくれ。個人的には、殺させてやってもいいが、首謀者を殺してしまうと、この神殿事件そのものがうやむやになるし、色々と背景を訊問しないとならない。まあ、手足の骨を叩き折るくらいで勘弁してくれ……。さて、スクルド」

 

 男の声がした。

 頭が温かいもので包まれる感覚が起きる。

 すると、頭の痛みが消える。

 もしかして、治療された?

 そんな感じだ。

 

 しかし、どういう状況なのだ。

 蹴り転がされて、壁に背中をつけて尻もちをついている状態で周囲を見る。

 目の前には、憤怒の表情を向けているリンダとその妹──。ほかの奴隷もいる。

 また、さっきの声の主は、その女たちの後ろ側にいるみたいだ。

 

「ありがとうございます。じゃあ、あたしは左脚にするわ。イマルは右でいい?」

 

「ええ、お姉ちゃん……」

 

 あの姉妹奴隷だ。

 

「そんじゃあ、あたしは、こいつの股ぐらをもらうわ。あれを踏みつぶしていいかしら」

 

 すぐ前を進ませていたはずの冒険者上がりだ。

 ほかにも魔道遣いふたりもいて、途中で置いてきた奴隷以外は全員いる、しかも、全員が武器を向けている。

 なんで?

 

「お、お前ら、なんで……。あっ、首輪──」

 

 思わず叫んだ。

 チャーリーに迫っている女たちの首には、あるはずの奴隷の首輪がなくなっているのだ。

 よく見れば、床に散乱している。

 もしかしたら、隠し通路から外に出た一瞬で、隷属を解除された?

 それしか考えられないのだが、そんなことが可能なのか?

 

「待ちなさい、あんたら──。ちょっと、一度下がりなさい。まずは名前──。あんたらって、神殿に捕らわれて、闇奴隷にされていたということでいいのね?」

 

 たしなめるような声は若い女の声だった。

 やはり、奴隷たちの向こう側だ。

 

「とにかく、これを身体に巻け。いつまでも素っ裸は目の毒だ」

 

 さっきと同じ男の声──。

 すると、奴隷女たちに毛布が渡されだす。それで裸身を隠す女たちがエルフ美女に促されて壁際に集まっていった。

 やっと視界が開けて、後ろにいる者たちの姿が見えた。

 王族の装束を身に着けた男とその周りにいる女たちだ。女たちは五人であり、エルフ族の女がふたり、人間族の女が三人である。

 どの女も美人だが、特にエルフ族の女ふたりの美しさは群を抜いている。

 チャーリーは、これまでの人生の中でこれほどの美女に接したことはないと思った。

 しかも、ただ美しいだけじゃない。

 とてつもなく色っぽい。

 なにをしているというわけでもないが、そこに存在するだけで周囲の男を圧倒するほどの色香を感じる。

 それはほかの女も同じだが……。

 だが、誰だ、こいつら──?

 

「た、助けていただいて感謝します。あ、あたしは冒険者のリンダというもので……」

 

 一方で毛布を身体に巻いた女たちが名前と神殿に捕らわれていたということを説明を始めた。

 チャーリーは唖然としたまま、その状況を眺めているしかなかった。

 もはや逃げる手段などないのは明らかだ。

 そんな素振りを示そうものなら一瞬にして、また痛めつけられるに違いない。

 

「王族……なのか?」

 

 思わず、疑念の言葉が口からこぼれた。

 だが、次の瞬間、またもや身体が浮いた。

 さっきのエルフ美女があっという間に距離を詰めて、チャーリーの髪の毛を掴んで、顔面を床に叩きつけていた。

 鼻が潰れた感触とともに激痛が走る。

 そのまま髪を掴まれたまま、膝をついた状態で顔だけをあげさせられた。

 男のすぐ前だ。

 

「訊ねられたことだけ喋りなさい。逆に、ロウ様に訊かれない限り勝手に喋るんじゃないわ、この悪党」

 

 エルフ女に耳元で怒鳴られる。

 そのあまりもの迫力に身体が竦んでしまった。

 だが、ロウ様?

 

「独裁官のロウ=ボルグだ。名前くらいは耳にしたことがあるだろう。俺がそうだ。司祭のチャーリーだな。どうやら、お前がマイム神殿で行われていた闇奴隷売買の首謀者のようだな。大人しく全てを白状すれば、多少は楽に処刑するように進言してやろう。だが面倒かけるようなら、生まれたのを後悔するような処刑をする。観念しろ」

 

 男が言った。

 

「独裁官様──?」

 

「ええ?」

 

「うそっ」

 

 毛布を巻いた奴隷女たちもびっくりしている。

 

「あんたら、あたしたちが誰だかもわかんないのに、この悪徳司祭に突っかかっていくんだもの。とにかく、王軍よ。あんたたちは外にいる王軍が保護してくれるわ。安心しなさい。ベアトリーチェという騎馬隊長がいるから、彼女に言えば、すぐに家族にも連絡してくれるわ」

 

 男の横にいる小柄な人間族の女が言った。

 

「あ、あのう、もうひとり……。こいつに途中で、戦った後に死ねと命令されたまま、置き去りにされていて……」

 

 リンダが慌てたように言った。

 ロウが頷くのがわかった。

 

「ああ、そういうことで、途中で動かないのか。わかった。コゼ、スクルドを連れて、奴隷解除して保護してきてくれ」

 

「わかりました、ご主人様。スクルド、行くわよ」

 

「はい」

 

 その小柄な女とスクルドと呼ばれた顔にフードを被った女がこちら側から穴に入っていく。

 すると、そのスクルドの前に透明の球が浮かんだ。

 通信球だ。

 それが割れる。

 

「あら、ご主人様、イライジャさんからですわ。神殿の制圧が終わったそうです。地下にあった奴隷部屋を確認したとのことです。それと、神殿長と副神殿長について、薬物中毒による瀕死の状況らしいということです。危ない状況なので、取りあえず、わたしか、ガドさんをそっちに寄越して欲しいと言ってきました」

 

 声は聞こえなかったが、通話相手限定の魔道がかかっていたのだろう。

 穴に入りかけたスクルドとやらがロウに報告する。

 

「人類最高の白魔道遣いを連れて、そっちに向かうと伝えてくれ。コゼとスクルドは、そのままもうひとりの被害者を保護して、神殿側から戻って来てくれ」

 

「わかりました」

 

 スクルドが目の前に球体を浮かべてそれが消える。

 通信球を送ったのだろう。

 しかし、誰だ?

 見たことがあるはずなのだが、思い出そうとすると、不思議にも顔の印象が頭から消えてしまって思い出すことができない。

 いや、そもそも、顔を認識できない?

 おかしな感じだ。

 

「ガド、そういうわけだ。ひと仕事頼むぞ。まあ、その前に、こいつを神殿前の王軍まで連れていくか。エリカ、シャングリア、彼女たちと、この悪徳司祭を連れてきてくれ」

 

 ロウが言った。すると、エルフ族の女と人間族の女がやってきた。彼女たちは縄束をそれぞれに持っている。

 いずれにしても、もう逃げることは不可能だ。

 チャーリーは観念した。

 

「待ってください、独裁官閣下」

 

 そのとき、リンダはロウに向かって声をあげた。

 

「どうかしたか?」

 

「さっきの話です。殺さない限りは、手足の骨を折ってもいいといいようなことを言われました。やらせてください」

 

 リンダがチャーリーを睨みつける。

 チャーリーはぞっとした。

 

「好きにしろ。終わったら神殿の前まで引きずってこい」

 

 ロウは事もなげに言った。

 次の瞬間、リンダをはじめとした女奴隷たちがチャーリーの身体を掴み、いきなり、右腕を間接の逆方向に捻じ曲げた。

 ぼこんと音がして、凄まじい激痛が腕を襲う。

 

「うがあああっ」

 

「まだまだだよ」

 

 今度は左腕だ。

 女たちが寄ってたかって、またもやチャーリーの腕を間接の逆方向に強引に捻じ曲げてきた。

 

 

 *

 

 

 二日経った。

 一郎は護衛としてエリカひとりだけを伴ったまま、アネルザの呼び出しにより、王宮内にあるアネルザの執務室に入った。すでに、夜も深い。

 

 ところで、イザベラの治政におけるアネルザの地位には、特別なものはない。表向きには、アネルザは元王妃として、ルードルフ王の処刑に伴い地位を失って、隠居のうえ蟄居したことになっている。

 しかし、実際にはこうやって、いまだに王宮の一室に執務室を持ち、独裁官ロウ、あるいは、女王イザベラの名で様々な業務を統括している。

 だが、元王妃のアネルザが「院政」のように業務を続けていることは、公然の事実として、ある程度拡まってもいて、イザベラ、ロウ、アネルザという三人態勢でハロンドール王国を動かしているというのが実態だ。

 

「遅れたか?」

 

 一郎は女たちが囲んでいるソファの一角にエリカとともに腰をおろしながら言った。

 すでに、アネルザ、イザベラ、ミランダ、さらに、ケイラ=ハイエルこと亨ちゃんが集まっていて、ソファに腰をおろしている。

 事前に連絡を受けていたこの集まりは、これですでに全員だ。

 

「いや、そうでもないさ。刻限通りだ。ところで、今夜はどこに回ったんだい?」

 

 アネルザが言った。

 

「今夜は、エルフ親衛隊です。しばらく、新教団正面が続いていたので、そっちということにしてもらいました」

 

 応じたのはエリカだ。

 暇さえあれば、のべつまくなしに女を抱きまくっている感のある一郎だが、性奴隷としての女が多くなってきたこともあり、気まぐれのまま好き勝手にというわけにもいかないところが出てきて、夜の訪問については、正妻となる予定のエリカに管理をしてもらうことにした。

 

 すなわち、一郎は夕食後から就寝までの時間のあいだに、ナタル女王国の公使館警備という名目で駐留しているエルフ族の親衛隊か、イザベラ侍女団か、フラントワーズが統括している新教団の性教徒などのどれかに赴いて、時間の経過のなくなる仮想空間を利用して、十人、二十人と抱きまくるということを日常としているのだが、それらのどこにいくかをエリカに一任しているのだ。

 

 抱き方は、ひとりひとり抱くこともあれば、まとめて抱くこともあるし、それとも、遊戯のようなことをして愉しむこともある。まあ、気分次第だ。だが、毎夜毎夜、どこに向かうのかということをエリカに任せているというわけだ。

 今日はエルフ親衛隊のブルイネン以下三十人の痴態をたっぷりと仮想空間で愉しんできた。

 

「ありがとう、お兄ちゃん。お兄ちゃんが可愛がってくれるおかげで、彼女たちはどんどんと強くなっているわ。人数こそ三十人だけど、水晶宮の魔道師団一個五百人以上の実力があるかもしれない。今回のことでかなりの実戦経験も積んだしね」

 

 亨ちゃんだ。

 

「ここだけの話、うちの女兵も片端しから犯しちまったらどうだい。それで、あっという間に、王国最大の精強部隊が誕生だ。どうなんだろうねえ、正妻殿」

 

 すると、アネルザが軽口を言った。

 

「ロウ様、次第ですね」

 

 エリカが応じる。

 一郎は横で肩を竦めた。

 

「むやみやたらに増やすつもりはないんだ。もっとも、成り行きで大所帯になってしまったけどね。ところで、そんな話で呼び出したんじゃないんだろう?」

 

 一郎はアネルザに視線を向ける。

 すると、アネルザが頷き、その口元から笑みが消えた。

 

「そうだね。先日のマイム神殿の件さ。ローム側の大神殿から早くも反応があったからね。とりあえず、お前の耳にも入れておこうと思ったのさ。ただ、微妙な話題なので、身内にもまだ拡げたくない。ここだけの話ということさ。人数もここにいる者だけにさせてもらったよ」

 

「あの闇奴隷騒動か。まあ、ローム教会との協定違反なのは確かだろうけど、あれだけ確かな犯罪の証拠があがったんだ。さすがに、ローム教会とやらも文句も言えないだろう。あれはれっきとした組織犯罪だ。謝罪のひとつでもしてきたか?」

 

 一郎は言った。

 

「とんでもない。謝罪どころか、教会としては、抗議してきたよ。あれは、こっちの陰謀による冤罪だそうだ。そもそも、マイム神殿にはチャーリーという司祭など存在しないし、当然ながら、神殿が闇奴隷の巣窟になっていた事実などあり得ないと主張してきた。あれからまだ二日だが、反応は早いよ。おそらく、かなりの高位魔道で情報の収集と交換してるのは間違いないね」

 

「はあ? あれが冤罪というのはどういう意味なのだ、母者? そもそも、マイム神殿の地下には、あそこに闇奴隷を監禁していた証拠が厳然としていまでも残っておるのだろう。関係者の証言も集まっている。チャーリーという首謀者の自白。毒を盛られていた神殿長などの証言。全て揃っておる。それはわたしも確認しているぞ」

 

 イザベラが口を挟む。

 アネルザは静かに首を横に振る。

 

「証拠を資料として送りつけたとしても、向こうはそれは王国が工作したものだと主張するだけだろうね。いずれにしても、マイム神殿のことについては、こっちもまだ調査中の段階なので、なにも送っていない。それなのに、これほど敏感に反応しているということは、今回の事件を教会側も重大視しているということは間違いない。だからこそ、絶対に認めないと思う。黒でも白だと言い切るつもりなんだろう」

 

「なんだいそれ? あれをなかったことにするということかい、アネルザ? 実際に、うちの冒険者は何人もさらわれてんだよ」

 

 ミランダが声をあげた。

 

「わたしに文句を言ったって仕方がないだろう。ただ、教会の連中は、謝罪どころか、こっちに抗議をしてきた。もともと、新教を認めたことや、新暦の設定のことで、ロウのことを糾弾していたこともあり、おそらく、徹底的に戦うつもりなんだろうさ」

 

「馬鹿げている。あれだけのことをして、謝罪どころか、王国を糾弾するだと? 冗談ではないぞ」 

 

 イザベラがまた文句を言った。

 

「いや、実は向こうの反応は、王国の糾弾じゃないんだ。ロウへの糾弾なんだ。いまのところ、信仰を冒涜する異教徒だと断定して、ロウの即時の王宮からの追放を要求してきている。まだ、正式なものじゃないけど、こっちの出方によれば、教会はそれを正規に出すだろう。場合によっては、破門宣言だね」

 

 アネルザだ。

 

「破門? なんだそれ? そもそも、俺はクロノス教会とやらに入信したつもりはないんだけどな」

 

 一郎はお道化た。

 

「笑い事じゃないさ。あのルードルフに対してでさえ、破門なんて宣言は教会はしてない。でも、教会の力は大きいよ。特に地方においてはね。教会が本気で王国を敵にすれば、民衆が叛乱を起こすかもしれない。それだけ、教会の影響というのは大きいんだ。さっきも言ったけど、地方に行くほどね」

 

 アネルザが嘆息する。

 

「ふふふ、お兄ちゃんを敵にするということね……。はーん、そう。へええ……」

 

 すると、亨ちゃんが不気味な口調で笑いだした。

 

「なら戦うだけだ。ロウ殿はわたしの夫になり、この子の父になる男だ。アン姉さまにとってもそうだ。王国はロウ殿を見放さん」

 

「わかってるよ、イザベラ。ただ、ロウ、いま言ったことは頭に入れておいてくれ。現段階でローム教会がお前を全面的な神敵だと主張すれば、少なくとも王国の地方は荒れる。なんとかしようとは頑張るけど、とりあえず、今はそういう状況ということだ」

 

「まあ、別段、追放でも構わないぞ。好きなように扱ってくれていい。特に王宮の権力に未練があるわけじゃない」

 

 一郎は言った。

 

「そのときには、ナタル森林に戻るといいわ。喜んで、お兄ちゃんを受け入れて、ローム教会とやらはぎたぎたにしてやるから」

 

 亨ちゃんだ。

 

「そうならないようにすると言っているだろう。とにかく、いまは、分断の工作をかけてる。ただ、時間が欲しい。待っておくれ」

 

 アネルザが大きく息を吐く。

 

「分断って?」

 

 ミランダが口を挟んだ。

 

「腐敗して、汚れているのは決して教会も例外じゃないということだよ。今回のマイム神殿のことは稀有な例じゃない。これまで、各地の神殿が王宮の権威が入らないことをいいことに、好き勝手にやっていたところもあるというのも確かさ。ざっくばらんに言えば、とんでもない神殿もあれば、素晴らしい神殿もある。汚れてきた神殿の実態に危機感を覚えている神官たちも大勢いる。それを取り込む。王国内の神殿を分断させて、一枚岩にならないように工作する。それで状況が複雑になり、こっちも対抗できる」

 

「わかったよ。ただ、必要であれば、俺を切り離してもいい。死んだという工作ならば、いくらもでやりようもあるしね」

 

 一郎は微笑んだ。

 

「やめておくれ。いまや、お前はこのハロンドールの英雄でもあるんだよ。お前を嘘でも処刑などすれば、破門宣言を受ける以上に、この王国は荒れるよ」

 

「ナタルもよ」

 

 アネルザに続いて、亨ちゃんも大きく頷いた。

 

「ミランダにも頼む。マイム神殿のような隠し犯罪をしている神殿がないのか。あるいは、マイム神殿のやっていた闇奴隷の背景がなんなのか。教会の悪事の実態がさらに拡大すれば、状況も変わる。連中もさすがに無視できなくなる。わたしの正面でも動くけど、冒険者ギルドとしても動いておくれ」

 

「了解さ。今回のことはギルドの冒険者の災難でもあるんだ。徹底的にこっちでも調査するよ。それこそ、この国にある闇奴隷組織は全部潰してやる」

 

 ミランダだ。

 

「頼むよ。ただ、ロウ殿、これだけは言わせてくれ。今回のことで、お前のしたことは正しい。これについては、わたしに不満もないし、イザベラもそうだろう。ただ、状況は簡単ではない。それだけなんだ」

 

「承知したよ、アネルザ。まあ、とにかく、万事よろしく。俺にできることがあれば言ってくれ」

 

 一郎は言った。

 

「そうだね。だったら、聖女でも寝取ってくれるかい? もしかしたら、それで解決するかもしれないね」

 

「聖女?」

 

「クロノス教団でもっとも権威のある巫女のことさ。まさに女神官の頂点だ。ローム教会の頂点は、教皇だけど、女神官の頂点は巫女の聖女だよ。あれを味方にできれば、万々歳なんだけどねえ。それこそ、分断だ。いまの聖女は、教皇クレメンスの孫娘のマリアーヌだ。美人らしいよ」

 

 アネルザが豪快に笑った。

 

「聖女マリアーヌか」

 

 一郎は肩を竦めた。

 

 

 

 

(第14話『マイム神殿事件』終わり)



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 第15話  女冒険者の帰還と受難
963 戻ってきた女冒険者


 マイムの城郭は、王都ハロルドの副都市とも呼ばれていて、王都とは徒歩で半日、騎馬なら数ノスの距離だ。

 

 王都に向けたシズたちの旅も、ほぼ終わりである。

 ここまでくれば、王都は目と鼻の先だし、追跡の心配はないと思う。ハロンドール王国内だからといって油断はできないものの、ここまでくればさすがにもう安全圏だ。

 

 しかし、ここまで大変だった。

 万が一にも、同行者のことを知られるわけにはいかないし、ちょっとでも情報が洩れれば、タリオ公国──いまは、新ローム帝国らしいが──、帝国は国境を越えようとなにしようと、必ず大規模な追っ手を送り込むことは予想された。

 だから、絶対に情報が洩れないということを重視して、ここまで旅をしてきたのである。

 

 なにしろ、ここまで連れ来てたのは、カロリック公国の少女大公だったロクサーヌなのだ。

 すでにカロリック公国はタリオに併合されて、公国はなくなっているが、公都失陥の直前にロクサーヌは公国を見捨てて逃亡し、行方不明になっていた。

 

 しかし、カロリックの公都近くの娼館で偶然にロクサーヌとその獣人戦士のルカリナと出会ったシズたちは、縁があり彼女をここまで護衛して連れてくることになり、やっと王都近くまで辿り着いたというわけだ。

 逃亡した元カロリック大公のロクサーヌのことを、新ローム帝国となったタリオ公国は、最重要手配者として、信じられないような賞金をかけて探しており、そのロクサーヌをここまで無事に連れてくるのは、片時も気を緩めることができない苦労だった。

 

 いずれにしても、ここまでくれば、もう安心だと判断して、シズとゼノビアは、マイムの冒険者ギルドを通じて、王都のミランダに連絡をした。

 カロリックからの逃避行を開始してから、ギルドに連絡をしたのも初めてだ。

 万が一にも、情報が洩れることを懸念して、用心に用心を重ねていたのである。

 

 それに対して、王都の冒険者ギルドからの返事は、マイムの城郭で待てということだった。

 シズたちは、マイムの冒険者ギルドに紹介してもらった中級規模の宿屋に移動して、そこで待機することにした。

 冒険者ギルドの息のかかった宿屋であり、安全は保障されるということだったので、シズたちは久しぶりに緊張感を緩めて休めることに安堵した。

 

「へえ、ここがギルド紹介の宿屋なのね。結構小奇麗な場所じゃないの」

 

 宿屋は商人用の体裁を整えた建物だった。一階は食堂になっていて、二階と三階が宿泊用の部屋になっているらしい。

 ゼノビアが宿屋と部屋の交渉をしているあいだ、シズは同行のロクサーヌと彼女の護衛のルカリナという獣人戦士とともに離れて待っていたが、宿屋の周りの雰囲気も穏やかでありながら、感じのよさそうな商店や食べ物やがある賑やかさもあり、シズはちょっと嬉しくなった。

 

 もっとも、マイムの城郭そのものは、かなり騒然としていた。

 耳にしたところ、数日前にマイムの神殿に王軍の捕縛隊が入ったということであり、しかも、神殿の地下で闇奴隷集めをしていたことがわかったらしく、城郭の民衆はまだ動揺しているみたいだ。

 しかも、それを取り締まらせたのは、あのロウということだ。

 ただし、市民は、かなりそのロウに好意的であり、一方でこの城郭に限れば、神殿への信頼は最低になっている。

 しかし、シズとしては、とにかく、あのロウには可能な限り関わりたくないので、ロウ関係の事件だと知ったところで、もう情報を得ることを避けている。だから、それ以上のことはわからない。

 

「お待たせえ」

 

 ゼノビアは鍵を二つ持って戻ってきて、そのうちのひとつを獣人のルカリナに渡した。

 なお、ルカリナはシズたちと同じ冒険者のいでたちをしていて、ロクサーヌについては、三人の冒険者パーティに雇われた雑役婦の格好をしている。身なりも四人の中では一番質素で、顔の半分には火傷の偽装もしている。

 

「部屋は三階に二部屋とった。ひとつは、あたしとシズで使うから、もうひと部屋はルカリナたちだ。部屋には、厠もあれば、身体を洗える魔道設備も備わっているそうだ。食事は宿屋に言ってあるので、ここに滞在しているあいだは、好きなものを注文して部屋まで運ばせるといい」

 

 ゼノビアがロクサーヌたちに言った。

 

「わ、わかり、ました」

 

 ルカリナが頷く。

 あまり喋るのは得意ではないらしく、いまでも会話はたどたどしい。

 すると、ゼノビアがさらに距離を詰めて、宿屋の者に聞こえないように声を潜める。

 

「……それと、酒でも何でも好きなものを注文していいけど、できるだけ部屋から出ないようにしてください。どうしても必要なものがあれば、隣室にあたしらがいるので声をかけてくれれば、買いに行きます」

 

 ゼノビアはロクサーヌたちに言った。

 

「なにからなにまで感謝します。それと、これからのことよろしくお願いします」

 

 すると、ロクサーヌが頭をさげた。

 この逃亡大公であるロクサーヌの希望はハロンドール王国への亡命だ。

 もちろん、それについて、シズたちはミランダを通じて、王家に彼女の存在と要望を伝えるだけであり、それを王都にいるはずのミランダが王家に告げれば、事実上のシズたちの任務は終わる。

 もっとも、本来のクエストは、偽者と入れ替わるために、誘拐されて娼館に売り飛ばされたテレーズ女伯爵とその娘の令嬢を探すことだったのだ。だが紆余曲折あり、女伯爵たちは連れ帰れず、その代わりに、目の前の逃亡大公を護衛して連れてくることになったのである。

 これだけの重要人物を連れて戻ったのだから、もともとのクエストについては失敗扱いにはしないように、ゼノビアとともに交渉はするつもりである。

 

「なあに、路銀については世話になりましたし、持ちつ持たれつですよ。よければ、さっきの話ですけど、夕食の注文と運搬の依頼もあたしでやっときましょうか?」

 

「あっ、はい。なら、お願いします」

 

「じゃあ、お任せを。二ノス後くらいに持ってこさせます。とにかく、あとは王都からの連絡待ちになります。もしかしたら、数日はかかるかもしれません」

 

「わかりました。よろしくお願いします」

 

「了解──」

 

 ゼノビアが元気に返事をする。

 そして、ロクサーヌとルカリナは、ゼノビアに促されて、先に三階にあがっていった。

 だが、随分とゼノビアは上機嫌そうだ。

 

「なにか嬉しいことがあったの、ゼノビア?」

 

 二人だけになったところで、シズはゼノビアに言った。

 

「マイムの冒険者ギルドから、とりあえず、ミランダに連絡が通じたんだけど、ここでの支払いは、全部ギルド持ちだそうだ。酒も食事も、飲み放題、食い放題だって。さすがに、通信魔具を使った連絡なんで、細かいやり取りはできなかったけど、この待遇なら、クエスト失敗扱いにはならないさ。よかったよ」

 

 すると、ゼノビアがにこにこ顔で応じた。

 なるほど、それで機嫌がよかったのだと悟った。とりあえず、シズもほっとした。

 

「本当? なら、しばらく連絡が来ないくらいで丁度いいわ。うんと、対応にもめてくれないかしら。野宿も多かったし、久しぶりにふわふわの寝台でゆっくりと寝れるわね」

 

 シズは笑った。

 すると、ゼノビアは意味ありげに微笑む。

 

「ゆっくりと寝れる?」

 

 そして、いきなりシズの胸を服の上から右の乳房を握りしめてきたのだ。

 

「んふっ」

 

 びっくりして悲鳴をあげそうになったが、必死に声を呑み込む。

 だが、一階部分の食堂の壁際で、シズたちの近くに誰もいないとはいえ、同じ一階に宿屋の者もいるし、早めの夕食をとるためにすでに食事をしている者も数名いる。

 ゼノビアの身体でやや隠れているものの、こっちに視線を向ければ、おかしなことをしているのは、彼らには丸わかりだろう。

 さすがに、シズはゼノビアの不穏な手をどけようとした。

 

「えっ、なに? シズはあたしに逆らおうとしているのかなあ? そんなことしていいのかなあ?」

 

 ゼノビアがシズの胸を揉み続けながら言った。

 それは、完全に嗜虐の情欲に火がついたときのゼノビアの物言いだった。

 どきりとした。

 そして、抵抗の手が途中でとまる。

 こうなってしまったら、シズはもうゼノビアに逆らうことができないようにすっかりと躾けられてしまっているのた。

 抵抗しようと一度あげかけた手を再び身体の横に垂らしてしまう。

 

「ふふ、いい子ね。それで、さっきの話……。ゆっくり寝れるなんて、とんでもないよ……。多分、まんじりともできないと思うわ」

 

 ゼノビアがシズの乳房を持ったまま、身体を抱くようにして、二階にあがる階段の横に連れていく。

 ほかの場所とは死角になった場所だ。

 

 すると、今度は手をシズのスカートの中に入れてきた。

 しかも、下着の横から指を入れてきて、シズの股間を軽く撫で始めてきた。

 

「あんっ」

 

 鼻から抜けるような息を洩らして、シズはがくんと膝を折りかけた。

 こんなところでとは思うのだが、緊張感のある旅をしてきたことによる反動もあるだろうし、ゼノビアからすれば、別にシズとゼノビアの関係がここで暴露したところで、どうということはないと思っているのかもしれない。

 いつになく、ゼノビアは大胆だ。

 

「あれ? 声を出していいの? 恥ずかしくないのな、あたしのシズは?」

 

 ゼノビアが愛撫を続けながらシズの耳元でささやく。

 シズは、必死に声を押し殺した。

 

「……お、お姉さま……。こ、ここでは……」

 

 シズは身体を固くして必死に哀願した。

 だが、すっかりとゼノビアに調教されてしまっているシズの身体は、ゼノビアの愛撫であっという間に反応をさせてしまった。

 また、他人のいる場所で隠れて股間を愛撫される恥ずかしさとは裏腹に、シズは抑えきれない情欲をすっかり目覚めさせしまう。

 ゼノビアの指がシズの股間をさらに激しく出たり入ったりする。もしかしたら、指になにかを塗っているのかもしれない。

 とにかく、なんの抵抗もなく奥の奥まで指に侵入を許してしまっている。

 ねちゃねちゃと水音をさせつつ、ゼノビアの淫らな指の刺激が続く。

 

「んふうっ」

 

 そして、大きな甘美感が突き抜けた。

 この旅のあいだ、ロクサーヌたちと離れて宿屋の部屋を取ったこともない。当然に、ゼノビアからのシズの責めも久しぶりだ。

 それもあり、シズはちょっと敏感になりすぎている自分の身体を感じていた。

 

「じゃあ、やめてあげるわ」

 

 ゼノビアが小さく笑いながらシズの股間から指を抜く。

 ほっとした。

 

「えっ?」

 

 だが、すぐに指が再び入ってきた。しかも、なにか小さくで丸みを感じる異物を奥まで押し込まれたと思った。

 その異物を残して、ゼノビアの指が出ていった。

 抱きつかれていたゼノビアの手も完全に離れる。

 

「あっ、なに……? あんっ」

 

 当惑したシズがゼノビアに声を掛けようとしたところで、いきなりその異物がシズの股間の中で激しく振動を始めたのだ。

 

「うんっ」

 

 思わず全身がよろけそうになる。

 シズは声が出ないように懸命に歯を噛みしめた。

 だが、なんだかおかしい。

 あまりにも感覚が鋭すぎる。

 

「お、お姉さま……」

 

 シズはゼノビアを見る。

 すると、ゼノビアがまたもやシズの耳元に口を寄せた。

 

「ふふ、もう効いてきた? 結構強い媚薬だしね。それと、だんだん痒くなるわよ……。じゃあ、一緒に来て。ロクサーヌ様たちの食事を頼みにいかなきゃ」

 

 ゼノビアが愉しそうに笑って、シズの肩を押して、宿屋の者のいる場所に誘導していった。

 シズの股間で淫具を激しく振動させたまま……。



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964 百合責めのお時間(1)

 ゼノビアが宿屋の女にロクサーヌたちの部屋に運んでもらう夕食を頼んでいるあいだは、シズの股間に挿入されている淫具の振動はとめられた。

 ほっとしたものの、それが決して、シズを休ませることにはならないことはすぐにわかった。

 

 ゼノビアの言葉のとおり、さっき股間に指を挿入されたときや、いま入っている淫具を入れられたときに、指や淫具にたっぷりと媚薬が塗ってあったのは間違いないみたいだ。

 得体のしれない媚薬を入れられた股間は、あっという間に熱くなり、いまはじくじくとした痒みを覚えるようになった。

 シズは、必死に押し込まれた小さな丸い淫具を締めつけて、少しでも痒みを癒そうとするのだが、股間の中の痒みを抑える効果には程遠かった。

 しかも、どんどんと痒みは大きくなっていく。

 

「……へえ、闇奴隷を神殿がねえ……。とんでもない事件じゃないかい。だけど、本当のことなのかい?」

 

 一方で、ゼノビアは、宿屋の女を相手に、わざとらしく世間話を始めている。

 これがシズが受けている苦悶を長引かせるためのいやがらせであることは間違いない。

 しかし、シズには、ゼノビアを振り切って、部屋に先に行ったり、あるいは、ここから逃げて、股間の淫具を取り出してしまおうと思うことはできない。

 そんな風に考えることなどできないように、完全に躾けられているのだ。

 だから、懸命にこの理不尽なゼノビアの悪戯に耐えるだけだ。

 

「本当さ。王軍の兵が神殿に入ったときには驚いたけど、地下に監禁されていたという若い女たちが王軍に助けられて保護されたからねえ、まあ、さすがは独裁官様だよ」

 

「独裁官様って、ロウという男だろう。さすがはって、どういう意味だい? あたしらは、クエストで国の外に行っていて、久しぶりに戻ったんだ。戻ったら、王様が処刑されて女王様に変わっているし、独裁官っていうのができて、国を牛耳っているし、あまりにも変わっているんでびっくりしているのさ。でも、独裁官様ってすごいのかい?」

 

「まあ、あたしらみたいな平民には、お貴族様やお城の中のことはわかりもしないけど、少なくとも治安はよくなったねえ。それに、しばらく荒れていた物の値段も安定して生活も楽になったしねえ。特に王都では大人気らしいよ。とにかく、かなりの評判さ」

 

「そんなことまでが独裁官様のおかげってことはないだろう。実際のところ、ただの女たらしってだけらしいよ。能力のある女を誑し込んで、仕事をさせて、それを自分の功績にしちまうんだ。まあ、そんなものさ」

 

 ゼノビアがけらけらと笑った。

 しかし、宿屋の女は顔をしかめた。

 

「あら、滅多なことを口しちゃだめだよ。お城のお貴族様の悪口を口にするなんて、捕まったらどうするんだい。だいたい、独裁官様はエルフ族の英雄様で、こっちの王国に戻ってからも、南方に巣くっていた兇悪な賊徒を女王様と一緒に退治したり、贅沢と増税で王都一帯を苦しめた前の王様を処断したりして、この王国でも英雄になったお方だよ。ありがたいと思っているのは、あたしだけじゃないんだからね。悪口は慎みな」

 

「こりゃあ、別に悪口のつもりじゃなかったんだ。ただ、あの人は冒険者上がりでね。あたしらも冒険者だから、満更知らないわけじゃないんだ。とにかく、あれはとんでもない好色男だよ。だけど、周りの女は一流さ」

 

「そういえば、冒険者だって話だねえ。それは耳にしたことはあるよ。それで、いまの女王様を仕留めて、結婚するんだよねえ。ああ、お姉様のアン様もか。だけど、知ってるって本当かい?」

 

「知っているとも。なあ、シズ?」

 

 不意に、ゼノビアがシズ話を振ってきた。

 股間の痒みにいよいよ追い詰められて、ほとんど話を聞いていなかったのでにシズはとっさに反応できずに、返答にまごついてしまった。

 その瞬間、股間の淫具が再び動き出した。

 

「あっ、ぐっ」

 

 思わず声を洩らして、その場にしゃがみ込みかけてしまう。

 懸命に脚を踏ん張って耐える。

 

「あれ、どうかしたのかい?」

 

 宿屋の女が心配そうに、シズの顔を覗き込んできた。

 顔がひきつりそうになり、慌てて顔を逸らす。

 すると、淫具の振動がとまった。

 

「ああ、ちょっとクエストで足を痛めてるんだ。長く立たせていたから、力抜けちまったんだろう。悪かったね、シズ。腰を持ってやるよ」

 

 もちろん、脚など痛めてはいない。

 淫具に翻弄されているだけだ。

 シズは、首を横に振った。

 

「だ、大丈夫よ、ゼノビア……。んふっ」

 

 すると、またしても淫具を振動された。しかも、今度はいままでの三倍くらいは振動が強い。それだけじゃなく、蠕動運動のようなものも加わっている。

 シズは思わず声が出そうになるのを必死に耐えた。

 

「ほらほら、言わんこっちゃない。とりあえず、掴まりな」

 

 ゼノビアはにこにこしながら、シズの腰に手を回してぴったりと抱き寄せるようにしてくる。

 そのあいだも振動が動き続ける。

 脚が震える。

 もう、力が入らない。

 シズはゼノビアの身体に、自分の身体をもたれかかるようにした。

 

「怪我かい? そりゃあ、いけないねえ。治療してんのかい。とにかく座りなよ、あんた?」

 

 宿屋の女がそばのテーブルから椅子だけを持ってきて、シズの後ろに持ってきた。

 

「ああ、大丈夫、大丈夫。治療は終わってんだ。だけど、せっかくだから、夕食を食っていこうかな。定食を二人前頼むよ。それを麦酒を二杯」

 

 ゼノビアが明るく言った。

 そして、やっと振動をとめてもらえる。

 

「あいよ──。じゃあ、どこでも座っておくれ」

 

 宿屋の夫人が奥に引っ込んでいく。

 とにかく、シズはほっとした。

 

「ひ、ひどいよ、ゼノビア……」

 

 ゼノビアから腰を抱き寄せられているシズは、ゼノビアとぴったりと密着している。シズの頭がゼノビアの首くらいの位置だが、そのゼノビアの顔をシズは見上げ、文句をささやくと頬を膨らませた。

 

「ふふ、だって、シズが可愛いからね」

 

 ゼノビアもほんのささやくくらいの声だ。

 また、夕食にはまだ少し時間が早いので、食事をするためにいる客はほとんどいない。

 十個ほどあるテーブルのうちの二つだけが、ひとりずつの男の客がいるだけである。ひとりは老人でうすらうつら居眠っていて、もうひとりは大人しそうな商人風の男だ。商人風の男は気にしていないような素振りだが、さっきからこっちをちらちらと見ている。

 

「大丈夫だよ。あの手合いは、ただ見るだけだ。なにもしてこないさ。面倒なことはないよ。気にしなくていい、シズ。それに、もしも、絡んでくればあたしが追い払う」

 

「追い払うって……」

 

「いいから」

 

 ゼノビアはすでにいる客とは少し離れているテーブルにシズを誘導していく。

 しかし、歩きながら、シズの腰を掴んでいる手で、シズのスカートの後ろをすっとたくし上げてきた。

 

「わっ、ちょっ」

 

 さすがに、手でゼノビアの好色な手を押えようとした。

 すると、またもや、股間の淫具が強い振動を開始する。

 

「うんっ」

 

 シズは身体を硬直させた。

 振動の衝撃に加え、妖しげな媚薬を塗られている股間には、甘い感覚が襲い掛かり、もうシズはなにも考えられなくなる。

 そのまま、ひとつのテーブル席に連れていかれた。

 

「抵抗しちゃあ、だめでしょう、あたしの可愛いシズ。スカートを押えたら、振動させるよ」

 

 ゼノビアがスカートを触ろうとしたシズの手を払いのけて、スカートを再びたくし上げてきた。

 男たちの位置からはシズの正面しか見えないので、まくられているスカートの中は見えないが、テーブルにまで来てシズたちがおかしなことをしているのは、少なくとも商人風の男にはわかるだろう。

 案の定、唖然として目を丸くしている。

 

「なんだい──。見るんじゃないよ──」

 

 そのとき、ゼノビアがすごみのある声で言った。

 商人風の男は慌てて視線を避けた。

 しかし、そのあいだも、ゼノビアはまくっているシズのスカートの後ろを離してくれない。

 

「お、お姉さま……。もう……」

 

 さすがにいたたまれなくなってきて、シズはゼノビアに哀願を目を向ける。

 そのとき、ゼノビアの手がシズの下着の中に入り、お尻を触ってきた。

 

「ひゃん」

 

 シズは思わずびくりと身体を震わせた。

 すると、お尻の穴になにかが入ってきた。

 股間に挿入されている淫具と同じものだととっさに思った。やはり、媚薬を潤滑油代わりに塗っているのか、あっという間にお尻の奥に淫具を押し込まれてしまう。

 

「お待ちどうさま──」

 

 そのとき、厨房の奥からさっきの宿屋の女が定食と麦酒を載せた盆を抱えてやってきた。

 

「おう、早いね。じゃあ、シズ、座りな」

 

 ゼノビアがやっとシズを椅子に座らせてくれた。

 しかし、その瞬間、アナルに挿入されたばかりの淫具が淫らな振動を開始した。

 

「くっ」

 

 シズは歯を喰いしばった。



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965 百合責めのお時間(2)

 シズとゼノビアとの食事が終わる頃には、少なかった宿屋の食堂も、ほとんど空いているテーブルがない状態になっていた。

 また、冒険者だと思われる客が多かったが、宿屋の格式がそれなりであることもあり、集まっているのは中級クラス以上の冒険者であるようで、そこそこ行儀はよかった。

 そうでなければ、明らかに様子がおかしいシズに絡んでくる酔客もいたと思う。

 シズは、自分の見た目がエルフ族で美女の範疇に入ることを自覚しているし、ゼノビアも男勝りで荒々しい雰囲気を醸し出していたり、顔に傷があったりしているがかなりの美貌だ。

 

 そんな女ふたりが、食事をしながら百合遊びに興じているのだから、本当は気がつかないはずはないと思う。

 でも、男が声を掛ける素振りや、じろじろと見る様子を見せると、ゼノビアはすぐに殺気を発して牽制していたし、声をかけようとするものなら、こっちの身が竦むような脅しの言葉をささやいて追い払っていた。

 酔客とはいえ、ゼノビアの強さはわかるのだろう。

 おかげで、食事のあいだ、シズが直接に絡まれるということは結局なかった。

 

 しかし、その代わりに、ゼノビアの悪戯は容赦なかった。

 食事のあいだ、何度も何度も、股間とアナルに挿入された淫具を振動させたり、静止されたりと繰り返されて翻弄させられたし、テーブルの下に手を伸ばして、シズのスカートの中を直接に愛撫をするということをされた。

 そのたびに、シズはびくびくと身体を震わせ、口からこぼれそうになる嬌声を必死に我慢しなければならなかった。

 

 なによりも、媚薬のせいもあり、淫具の責めを受けながらの食事は、すっかりとシズを追い詰めた。

 噛んでも噛んでも口に力が入らないし、肩や脚が震え、服の下では滝のように汗もかいている。

 

 それに、辛いのは淫具を振動されているとき以上に、動いていないときが大きくもあった。

 振動されているあいだは、必死に他人に淫情に追い詰められていることを悟られないようにすればいいのだが、淫具が静止してしまうと、媚薬を塗布されてしまった股間とアナルの痒みが壮絶に襲いかかってくるのだ。

 そのあいだは、ただただ、内腿を引き締めて痒みを我慢するしかない。

 気がつくと、せわしなく椅子に腰掛けたまま足踏みをしている自分がいて、ゼノビアに「目立っているよ」と耳元でささやかれて、慌てて身悶えを自重するということを繰り返すばかりだ。

 

「ふふ、やっと食事が終わったね。じゃあ、折角だから、外に出直して飲み直すかい?」

 

 ゼノビアの前の皿はもうすっかりと食べ終わっていて、すでに三坏目の麦酒に手を付けている最中だ。一方で、さすがに、シズはなかなか食べ終わることができず、一杯目の麦酒も手もつけていない。

 でも、ゼノビアはシズが食事を残すことを許してくれず、やっとのこと皿を空にしたところだ。

 

「い、意地悪を言わないで、お姉さま……。もう、部屋で……」

 

 シズは哀願した。

 これ以上の翻弄には耐えられない。

 こんこんと股間から流れ出ている愛液はすっかりと下着をびしょびしょにして、太腿を濡らしている。

 こんな状態で、ほかの店に行くなんて冗談ではなかった。

 

「いいよ、その代わりに、徹底的にシズを責めるからね。寝台に手脚を拡げて縛りつけて、媚薬をクリちゃんと乳首にも塗り直して、筆責めで苦しめるわ。シズがわんわんと泣いちゃうまで焦らし抜いちゃうわ。それとも、このまま外に出掛けて、その淫具を入れたまま、もう一軒行くかよ」

 

 ゼノビアがシズの耳に口を寄せて、意地悪く笑った。

 筆というのは、刷毛に似ているがもっと毛先が柔らかいもので、北側のエルニア国の筆記用具である。

 しかし、それをゼノビアはシズを責めるために使うのだ。

 

 ああ、そういえば、ロウも同じものを使っていたのを思い出した。ゼノビアとともに屋敷に監禁され、それこそ徹底的に苛められたが、筆によるくすぐり責めはそのときのひとつだ。ほかにも鞭で打たれたり、水責め、電撃責め、糞便まで責めの材料にされたりした。

 そして、思い出して身震いしてしまった。

 ロウのことを考えると、どうしても恐怖で身体が凍りついたようになって動けなくなる。

 会うたびにこっぴどく苛められるので、ロウに対する恐怖心は身体の芯まで染みついている気がする。

 シズは慌てて、頭をよぎったロウのことを振り払う。

 

「うう……。そのふたつから選ぶの、お姉さま……?」

 

 とにかく、シズは涙目で訊ねた。

 

「そうだよ」

 

「ああ……。じゃ、じゃあ、部屋でいい……」

 

 シズは仕方なく言った。

 

「ふふふ、部屋でなに? ちゃんと言いなさい、シズ。部屋でなにをされるの?  ちゃんとお強請(ねだ)りできないと、このまま外よ」

 

 今日のゼノビアはとことん意地悪だった。

 

「ううう……。お、お部屋で……筆責めと……焦らし責めをして……ください……、お姉さま……」

 

「はい、よくできました」

 

 シズはゼノビアに促されて立ちあがる。

 すると、不意に股間の中の淫具がまたもや、ゼノビアの魔力を注がれたことで暴れだした。

 

「あんっ」

 

 思わず、高い声を発して腰を折る。

 

「なにやってんの、シズ。行くわよ」

 

 だが、ゼノビアはすたすたと階段をのぼって言ってしまう。

 慌てて、それを追いかけようとした。

 しかし、今度は、お尻の穴に入れられている淫具も動き出す。

 

「おっ」

 

 シズは身体を弓なりにして、身体を静止してしまう。

 しかも、どんどんと振動が激しくなる。二倍──、いや、三倍──。さらに激しく……。

 

「ああっ、やっ」

 

 さすがに、その場にしゃがみ込んでしまった。

 だが、もうゼノビアは二階近くまで階段をあがってしまっている。

 ざわざわと近くの客たちがシズに注目しはじめた。

 必死に立ちあがったシズは、階段の手摺りにしがみつき、懸命に階段をのぼっていく。

 でも、股間とアナルの淫具の振動はとまってくれない。

 シズは、ほとんど手摺りにしがみつくようにしながら、やっとのことゼノビアの待つ二階に辿り着いた。

 

「ああ、ひどいよ、お姉さま──」

 

 二階に辿り着くと、やっと振動がとまった。

 シズはゼノビアに文句を言った。

 

「だって、可愛いんだもの。ほら、ご褒美……」

 

 ゼノビアがシズを抱き寄せて、口づけをしてきた。

 口の中にゼノビアの舌が入ってきて、掻き回される、

 それで、もうなにも考えられなくなり、シズはゼノビアにしがみついて、うっとりとゼノビアとの口づけに酔いしれた。

 もしかしたら、階下の食堂側から見られているかもしれない……。

 でも、どうでもいいのだ。

 なにもいらない。

 ゼノビアさえ、シズといてくれれば……。

 シズはゼノビアの背中に抱きつきながら、大きな甘美感に身を委ねた。

 

 

 *

 

 

 窓から漏れる日差しは、すでに朝というよりは昼に近い時間であることを示していた。

 ゼノビアはまどろみから眼を冷ました。

 感じたのは空腹だ。喉も乾いている。

 起きあがった。

 とりあえず、寝台の横の台に置いていた水差しで水を飲む。

 

「こりゃ、すっかりと寝坊だね」

 

 ゼノビアは自嘲気味に笑った。

 別になにかしなければならないことがあるわけではないが、夕べはシズを相手にはしゃぎすぎて、夜半どころか朝に近い時間までシズを責め続けた。

 だから、起きれなかったのだ。

 隣の部屋には、ロクサーヌとルカリナを置いたままだったので、結局、様子すら見にいっていない。

 夕食は部屋に運ぶように手配したが、朝食はどうしただろうか。

 数日宿泊することは宿屋には告げているし、ある程度の前金も渡している。だから、護衛のルカリナが頼みに行けばいいだけなのだが、ルカリナはどうにも、喋るのが不得手だ。

 気を使ったロクサーヌがうろうろしてなければいいが……。

 まあ、したとしても、変装はしているし、問題ないか……。

 とりあえず、寝台から出て洗面をして身支度をする。

 

「シズ、起きな」

 

 そして、簡単に身支度が終わったところで、シズを揺り動かした。

 シズは、まだ寝台の上で横向きになって、寝息をかいている。

 その手首には、まだ縄がかかっていて、両手をひとまとめに括ったままだ。

 ゼノビアはにやりと笑ってしまった。

 

 夕べは、久しぶりのシズ苛めだったので、すっかりとはっちゃけた。

 一階の食堂での淫具責めから始まり、痒み薬で追い詰めてやり、エルニア国の筆で散々遊んであげた。

 愉しかった。

 シズは泣き叫び、それでもやめず、ゼノビアは徹底的に焦らし抜き、シズは可愛らしくのたうち回った。

 焦らし責めは本当に面白かった。

 

 シズは淫魔に襲われているかのように、眼を朦朧とさせ、ゼノビアに媚びるように腰を必死に動かした。

 でも、ゼノビアもシズとは長い付き合いだ。

 百合の関係になってから、シズが実は“マゾ”であることはよく知っている。

 苛めれば苛めるほど、シズは感じるのだ。

 だから、徹底的に苛め抜く。

 一度も絶頂させずに、何度も何度も寸止めを繰り返した。

 最後には、シズは文字通りに号泣した。

 

 そして、ふたりして倒れるまで愛し合った。

 何度でも、何でもやった。そして、ひたすらに……。

 男と女であれば、男が精を吐いて性愛は終わるのかもしれない。でも、女と女の恋愛においては、終わりなどない。

 それこそ、体力のある限り、いつまでも続く。

 そして、ゼノビアにしても、シズにしても、冒険者としてはかなりの格上だ。

 どうしても、体力が尽きるまでに時間がかかる。

 終わりなどない。

 だから、明け方までにもの長い時間まで愛し合う時間が続いてしまったのだ。

 

「……う、ううん……お、お姉さま……」

 

 シズがやっと目を覚ました、

 そして、夕べの余韻の延長である、自分の手首の拘束に気がついて、ちょっと驚いている、

 

「シズ、可愛いね、大好きだよ。ほら、受け入れるんだ。命令だよ」

 

 ゼノビアは、水差しを手に取り、自分の口に含んでから、シズと口づけをしてシズの口の中に送り込んだ。

 

「んふっ、んふっ、んふっ」

 

 シズがむさぼるように、ゼノビアから与えられる水を飲む。

 やはり、喉が渇いていたのが、音を鳴らして水を飲んでいる。

 

 ああ、可愛いなあ……。

 シズと添い遂げたいなあ……。

 

 あのロウと関わった女は、ことごとく、ロウに心を奪われて離れられなくなるのだというが、ゼノビアにはそれは当て嵌まらない。

 ゼノビアは誰よりも、大好きなのはシズだ。

 ロウがどんな存在あろうとも、シズにそれが取って代わることはない。

 もしも、叶うなら、シズにゼノビアの子を産ませたい。それとも、ゼノビアが産んでもいい。

 

「お、お姉さま……。お、お早う……」

 

 水差しが空になるほどに飲むと、やっと眼がさめてきたのか、可愛らしく上目遣いでシズがゼノビアを見てくる。

 ゼノビアは、全裸のシズを抱き寄せて、朝の口づけを交わした。

 

「さて、腹も減ったね。着替えて、食堂で朝食をとろうか。シズも支度しな。あたしは、隣の様子を見てくるよ」

 

 シズの縄を解く。

 まだ、半分寝ぼけている感じで、シズは呆けている。

 ゼノビアは、部屋を出た。

 ロクサーヌたちの部屋は隣だ。

 だが、廊下からロクサーヌたちの部屋に入る扉の前に立って違和感を覚えた。

 

 気配だ……。

 

 まったく人の気配がない。

 いや、魔道で気配を消滅されている……?

 

 ゼノビアも魔道遣いの端くれなので、魔道の気配はわかる。

 しかし、ロクサーヌもルカリナも、魔道遣いなどではない。

 つまりは、目の前の部屋になんらかの魔道がかかっているということは、それをした誰かが存在するということだ。

 ゼノビアは、腰の後ろにさげていた短剣を抜いた。

 

 蹴破るか?

 だが、ゼノビアが迷っているあいだに、向こう側から扉がすっと開いた。

 

「お待ちしておりましたわ。随分と遅起きですのね、ゼノビアさん。ふふふ、だから、ロクサーヌさんたちはさらわせていただきました」

 

 部屋には、ロクサーヌたちはおらず、ただひとりだけ女がいて、寝台を椅子代わりにして座っていた。

 

「ええっ?」

 

 ゼノビアは、彼女を見てびっくりしてしまった。



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966 失敗クエストの代償

「お待ちしておりましたわ。随分と遅起きですのね、ゼノビアさん。ふふふ、だから、ロクサーヌさんたちはさらわせていただきました」

 

 ゼノビアは呆気にとられた。

 部屋の中には、いるはずのロクサーヌとルカリナはおらず、その代わりに顔にフードを被った女がひとりだけ、寝台を椅子代わりにして座っていたのだ。

 どこかで見たことがある?

 しかし、思い出せない。

 いや、そもそも、顔を認識できない。

 なんらかの認識阻害の魔道か?

 

 それはともかく、ロクサーヌたちをさらっただと?

 

「ちっ」

 

 一瞬にして、間を詰めて、抜いている短剣を突きつけようとした。

 だが、近寄った瞬間に、突如として身体が潰された。凄まじいほどの重さが全身に襲い掛かったのだ。

 それだけじゃなく、身体に重量物を括りつけられたのように、手足が動かなくなってしまった。

 

「うわっ」

 

 ゼノビアはその場に蹲ってしまった。

 

「あら、申し訳ありませんわ。一応、結界を張っておりましたので。いま解きますわね」

 

 女はなんでもないかのように、ゼノビアの手から短剣を奪うと、自分が座っていた寝台の上に置く。

 すると、急に身体が軽くなって、動けるようになった。

 ゼノビアは大きく息を吐いた。

 そして、どっと背中に冷たい汗が流れるのを感じだ。

 どうやら目の前の女は、かなり上級の魔道遣いみたいだ。

 また、背中側になった廊下との扉が元通りに閉められる。これもまた、魔道だ。

 

 しかし、本当に誰なんだ?

 だが、かなりの実力だ。ゼノビアはいったん抵抗を断念した。

 

 立ちあがりながら、もう一度顔を見る。

 すると、まるで霧でも晴れたように、女の顔がはっきりと視界に入った。

 女がフードを外す。

 

「わっ、あんた──。あっ、いや、あなた様は──」

 

 思わず声をあげた。

 そこにいたのは、第三神殿の女神殿長にして、ルードルフ王に処刑されたうえに辱められたというスクルズだった。

 髪の色は記憶と違うが、間違いない。

 スクルドが実は生きているというのは、カロリックで出会ったターナ=ショーという不思議な女が口にしていたが、どうやら真実なのだと悟った。

 また、このスクルズが神官長でありながら、あのロウに昵懇であり、ロウの下僕にも等しい女であることをゼノビアも知っている。

 つまりは、ロクサーヌは、ロウに保護されたということだ。

 

「わたしは、ただのスクルドでございますわ、ゼノビアさん。ロウ様というご主人様に可愛がってもらっている雌犬です。丁寧な言葉使いをなさる必要はありませんわ。それに、お仲間ではないですか」

 

 スクルズ……いや、スクルドがにこにこと微笑みながら言った。

 

「雌犬ねえ……」

 

 ゼノビアは嘆息した。

 そもそも、ゼノビアはロウやその女たちと仲間になった覚えはない。まあ、いちいち口に出すと、面倒なので反論はしないが……。

 

「じゃあ、ざっくばらんに話させてもらうよ。ロクサーヌ殿たちは、すでにそっちで預かったという認識でいいんだね、スクルドさん?」

 

「その通りですわ。イザベラ陛下のご命令です。直ちに保護せよということでしたので、申し訳ありませんが、夜中のうちに、王宮に移動してもらいました。ロクサーヌさんたちはくれぐれも、ゼノビアさんたちによろしくということでしたけど、お取込み中のようだったので、お声はかけませんでした」

 

 スクルドがころころと笑った。

 しかし、昨日の夜のことか……。

 確かに、昨夜はちょっとはっちゃけてしまい、シズと激しく百合遊びに興じていた。

 そのときに、ロクサーヌたちが連れていかれたのか……。

 

「まあ、安全が保障されるなら、それに越したことはないさ。でも、一応の責任もあるしね。できれば、取り込み中だったとしても、声くらいはかけて欲しかったね」

 

 ゼノビアは不満を言った。

 

「それは申し訳ありませんでしたわ。ゼノビアさんたちについては、ご主人様がそのままでいいというので、そうしてしまいました。申し訳ありません」

 

 スクルドは微笑みを浮かべたまま言った。

 ちっとも悪びれている様子はない。

 それはともかく、今、聞き捨てならないことを耳にした気がする。

 

「いま、ご主人様って言った? ご主人様って、ロウ殿のこと?」

 

「はい、その通りです」

 

「ここに来たの? 夕べ?」

 

「ええ」

 

 スクルドはにこにこしながら頷いた。

 だが、冗談じゃなかった。

 夕べのあの狂態の真っ最中に、ロウがすぐ隣の部屋を訪れていたなど……。

 ゼノビアはぞっとした。

 そのとき、廊下の扉が外から叩かれた。

 

「シズさんのようですね。入ってもらいますね」

 

 扉が開く。

 振り返ると、服装を整え終わったシズがいた。

 

「えっ?」

 

 シズもまた、部屋の中の様子に面食らっている。

 とりあえず、部屋の中に入れて、事情をシズにも説明した。

 シズは、困惑していたが、ロクサーヌが王家に保護されたということについては安堵した様子を見せた。

 ただ、夜にこの部屋に、ロウがやって来ていたということについては黙っていた。シズがロウに強烈な苦手意識を持っていて、怖がることがわかっているからだ。

 

「とにかく、皆さんを呼ぶ前に、まずはミランダから話があるということですので呼びますね」

 

 スクルドが言った。

 そして、立ちあがって魔道の操作をする素振りを示し始める。

 目の前の空間が揺らぎ始め、移動術を展開しているのだと悟った。

 一瞬、目の前のスクルドが消え、すぐにそのスクルドとミランダが一緒に現れる。

 

「ああ、ご苦労だったね、ゼノビアにシズ……。逃亡の女大公殿を保護して連れてきたというのは驚いたけど、さすがは、あんたらだ。大したものだ……。ああ、そのままでいい。シズも座っておくれ」

 

 現れたミランダは、ゼノビアたちを認めると開口一番にそう言った。

 また、ミランダとスクルドは、ゼノビアたちが座っている寝台の向かい側に、ふたりで並んで腰かけた。

 

「ああ、大変だったよ。大変なんてもんじゃなかった。それと、昨夜もギルドの通信具で連絡したけど、元々のクエストだったテレーズ伯爵母娘は見つけたし、一度は保護もしたんだ。ただ、戻りたくないというのは、あいつらの強い意志でね。それを証明する手紙も預かってきている。それをもって、クエスト成功として欲しいね」

 

 ゼノビアは言った。

 タリオに占領されたばかりのカロリック公国の闇娼館のような場所で見つけたテレーズ女伯爵母娘だったが、どうしても王国には戻りたくないというのは、本人たちの強い希望だった。

 本当は無理矢理にでも連れ帰らないと、クエストに不都合だったのだが、成り行きでロクサーヌ女大公の王国への亡命の手助けをすることになったこともあり、テレーズ女伯爵たちは、あのターナ=ショーという女に託した。

 これを証明する手紙も本人に書かせたので、とりあえず納得して欲しい。

 

「あとで提出してくれればいいさ。まあ、もともと、連れ帰ることが目的というよりは、王国の失敗の落とし前をつけたかっただけだしね。無事が確認できて、本人たちが望むなら、帰国しないことも仕方がない。こっちで裏が取れれば、クエストは成功扱いにするよ。デセオに行ったということなら、向こうのギルドを通して情報を確認するから、ちょっと待っておくれ」

 

「ありがたいねえ。時間がかかる分は問題ないさ。当分は王都を拠点にするつもりだしね。なあ、シズ?」

 

 ゼノビアはシズを見る。

 

「ええ、問題ないわ」

 

 シズも頷いた。

 

「それと、カロリックの女大公のことについては、別に報奨金が出る。こっちはクエストではないので、ギルドからは払えないけど、王家が支払う。大公が亡命してきたことについては、まだ公にはできないけど、旅にかかった経費も含めて報奨金を払うと、姫様から言葉を預かっている。それで呑んでおくれ」

 

「そっちも問題ないよ。別段、こっちは勲章とか欲しいわけじゃないしね。賞金が支払われるなら十分だ。それでどういうかたちでもらえるんだい? なにしろ、かなり金をばらまきながら、安全を買ってここまで来たんだ。かなり懐が寂しくてね」

 

 半分本当で半分嘘だ。

 かなりの金が手元からなくなったことは事実だが、これまでの冒険者生活や傭兵生活で貯め込んでいるものは、色々な形でまだまだ残っている。

 シズとふたりで、数年遊んで暮らしてもなくなるというものじゃない。

 

「すぐに払う。とりあえず、経費分に相当する額については、ギルドで払うさ。もともと、クエストでそういう約束だったしね……。まあ、その……。クエスト失敗の罰が終わったらね……」

 

 ミランダが言った。

 ゼノビアは首を傾げた。

 

「んん? いま、変なことを聞いた気がしたんだけど、クエスト失敗とか言わなかったかい? 聞き間違い?」

 

「そうね。言ったわ。クエストは成功扱いでいいんでしょう、ミランダ?」

 

 シズも言った。

 すると、ミランダが困ったような顔になる。

 

「まあそうなんだけど……。冒険者ギルドとしては、成功認定するさ。それに見合う報酬も準備する。ただし、クエスト条件は、テレーズ女伯爵を保護して連れ帰るということなんだから、クエスト失敗の罰は受けてもらうことにはなるね。まあ、成功扱いにするから、それは了承してくれ」

 

「いやいやいや、意味わからないんだけど。成功扱いなんだろう? だったら、なぜ、失敗として罰を受けるんだい?」

 

 ゼノビアは抗議した。

 まったくもって、意味不明だ。

 だが、よく見れば、ミランダもちょっと困った表情だ。

 ちょっと言葉に歯切れも悪い気がする。

 

「そもそも、失敗の罰ってなんですか、ミランダ? 追加クエストを無料で受けるみたいな?」

 

 シズが言った。

 

「いや、そういうんじゃないんだけど……。まあ、なんというか。うるさくってね……。失敗扱いにしろってね……。そのう、だから、ちょっと付き合ってももらえないかい……。ギルドとしては成功扱いで処理するから、まあ、なんだ。罰についてだけは、受け入れて欲しいということさ……。悪いね。じゃあ、決定事項ということで……」

 

 ミランダが話は終わりという感じで立ちあがる。

 しかし、ゼノビアはミランダの腕を掴んだ。

 

「待ちなって──。ちゃんと納得のいく……。んっ?」

 

 ゼノビアは肌にぴりつくような違和感を覚えて、意識をなにかの気配がする方向に向けた。

 移動術?

 またしても、空間が揺れていた。

 

「わっ」

 

「ひいいいっ」

 

 そして、ゼノビアとシズは、その場で悲鳴をあげてしまった。

 驚愕することに、今度はロウがそこに現れたのだ。さらに、エリカ、さらに、確かイライジャというシズの幼馴染もいる。

 

「話は終ったか、ミランダ?」

 

 ロウが上機嫌な様子で言った。

 

「あ、ああ……。話はしたよ。だから、もういいだろう。罰の内容までしてないけど、それはお前から説明しておくれ」

 

 ミランダだ。

 

「そうか。とにかく、久しぶりだな、ゼノビアとシズ。戻ってきたと耳にしてな。懐かしくて会いにきたぞ。とにかく、クエスト失敗の罰は、俺との一日デートだ」

 

 ロウが言った。

 だが、全く意味がわからない。

 なんで?

 そもそも、どうして、この一件にロウが出てくるのだ。

 

「シズは、わたしたちとよ」

 

「そうね。懐かしいわね。三人でなんて。一日愉しくやろうね」

 

 エリカとイライジャだ。

 だが、シズも呆気にとられて、絶句している。

 

「い、いや、ちょっと、なにがなんだか……。どういうことなんだい、ミランダ? ロウとデート? はあ?」

 

 ゼノビアはミランダを見た。

 しかし、ミランダはゼノビアたちに向かって、謝るような仕草をした。

 そして、ミランダはロウに視線を向ける。

 

「も、もういいだろう。言われた通りにしたよ。もう堪忍しておくれよ」

 

「まあ、いいだろう。そら」

 

 ミランダの哀願なような言葉に対して、ロウが愉しそうに笑った。

 次の瞬間、ミランダのスカートの中で金属音のような音がして、一瞬でミランダが真っ赤な顔になった。

 

「うわっ、ひっ」

 

 すると、ミランダのスカートから、ディルドが二本ついた革帯のようなものが落ちてきた。

 ディルドはてらてらと濡れて光っていて、たったいままで、ミランダに装着されていたのは明らかだ。

 

「ど、どういう……」

 

 硬直していた感じのシズがやっと、我に返ったようになって口を開く。

 

「さっき言った通りだ。ゼノビアは俺と。シズはエリカとイライジャと一日デートをする。それがクエストを成功扱いにする条件だ。ミランダの采配だ。嫌とは言わないよな」

 

 ロウが笑い声をあげた。



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967 一日デート(1)-籠の中の服

「一日デート? はああ? いやだ──」

 

 ゼノビアは、はっきりと言った。

 このロウとデートだと?

 そんなもの、ただのデートで済むわけがない。

 おかしなことをさせるに決まっている。

 絶対にいやだ──。

 ミランダを説得して、こいつをどうにかしようとも思ったが、そのミランダは、ディルド付きの貞操帯を抱えて、逃げるように部屋から出ていってしまった。

 

「まあ、そう言うなって。俺の眼を見てみろよ」

 

 一方で、ロウは、笑いながらゼノビアにそう言った。

 眼だと?

 訝しみながらも、ゼノビアは何気なくロウの顔を見る。

 その瞬間、なにかが頭の中に入り込んだような気がした。それがなんだかわからなかったし、ロウのすることはとんでもないことが多いのはわかっているので、動揺しかけたが、すぐに違和感は消滅したので安堵した。

 でも、なんなのだ?

 ゼノビアは首を傾げた。

 

「とにかく、折角のデートだ。服を準備してやったぞ。これに着替えてくれ。デートらしく待ち合わせをしような。城郭の中央広場にしよう」

 

 しかし、ロウがあたかも宙から出現させたかのように籠を取り出して手渡してくる。ふと見ると、中には女物の服と履物まで入っているみたいだ。

 だが、応じるつもりのないゼノビアは、受け取ろうとはしなかった。

 すると、ロウがにんまりと微笑んだ。

 

「受け取るんだ、ゼノビア」

 

 ロウが言った。

 驚いたことに、ゼノビアは次の瞬間、素直に手を出して、その籠を受け取っていた。

 唖然としてしまった。

 

「な、な、なんで?」

 

 どうして受け取ってしまったのか、全く理解できない。

 あくまで拒絶するつもりだったのに……。

 

「いいな、着替えるんだぞ。それと、そこに入っているもの以外を身につけることはだめだ。布一枚足してもならない。そういうことだ」

 

 ロウはくすくすと笑う。

 とりあえず、ゼノビアは衣服の入った籠を返そうと思った。

 でも、なぜか、身体が応じてくれない。

 じっと、籠を持ったまま身体が動かないのだ。

 ゼノビアは、だんだんと恐怖を感じてきた。

 

「ちょ、ちょっと待っておくれ。あんた、あたしになにかしたのかよ──?」

 

 ロウに向かって怒鳴った。

 

「本当ですね。なにかをされたのですか? もしかして、操り術のようなものですか?」

 

 スクルドが横から口を挟んでくる。

 だが、ぞっとした。

 操り術──?

 まさか……。

 

「聞き分けのない性奴隷には、淫魔力を使った操心術だ。しかし、安心していいぞ、ゼノビア。操られるのは、あくまでも身体だけだ。心も意思もしっかりと自分は保ってる。わかったら、着替えに行け。拒否できれば拒否していいけど、俺の性奴隷として支配されている以上、淫魔術を破ることは不可能だろうな」

 

 ロウが笑い声をあげた。

 ゼノビアはびっくりした。

 

「な、なんでだよ──。そもそも、あたしは、あんたの性奴隷になった覚えはない──」

 

「覚えがなくても刻まれているから仕方ないだろう。一度でも俺に犯されたことがあれば、俺はいつでもその女を支配下におけるんだ。それなのに、お前たち、何度俺に犯された」

 

 ロウがあっけらかんと言った。

 

「はああ──?」

 

 ゼノビアは思わず怒鳴った。

 そんなこと知らない──。

 本当に冗談じゃない。

 だけど、持っている籠から手が離れない。

 操り状態にあるというのは本当なのだろう。

 

「へえ、そんなこともできるのですね?」

 

 エリカだ。

 

「あんたって、本当に、いつの間にか、とんでもなくなったのねえ」

 

 イライジャは半分笑っている。

 

「好色なこと限定だけどな……。まあ、そういうわけだ。諦めろ、ゼノビア。逆らおうとしても無駄だ。どうしても俺の言葉に応じてしまう。そんな風に術をかけてる。というわけで、中央広場な」

 

 ロウが笑いながら言った。

 ゼノビアは歯噛みした。

 本当に逆らえない。

 ゼノビアの身体は、確かに、ロウの支配下になっている。

 拒否できないという感覚がゼノビアの中にある。

 

「じゃあ、ロウ様。わたしたちは、シズと遊んでますね。夕方くらいに合流しましょう……。スクルド、今日の護衛は頼むわよ。しっかりね──」

 

 エリカが言った。

 

「なんの問題もありませんわ」

 

 スクルドはにこにこと笑っている。

 そして、スクルドとロウの姿が消滅した。

 

「じゃあ、ゼノビアは着替えにこの部屋を使ってね。シズは隣に行こうか。イライジャと一緒に、色々趣向を考えているのよ」

 

 すると、エリカが硬直して黙り込んでいる感じのシズの腕を握ったのがわかった。

 

「あっ、やだ──」

 

 シズは我に返って振り払おうとする。

 

「あら、抵抗しちゃだめじゃないの、シズ。大人しくね……。そういうわけだから、シズを借りるわ、ゼノビア。じゃあね」

 

 イライジャもエリカの反対側からシズの腕を掴む。

 

「ちょ、ちょっと──」

 

 シズも振り払う素振りは示したが、エリカとイライジャから両側から腕を掴まれたらどうしようもないらしく、そのまま部屋の外に連れていかれてしまった。

 そのあいだ、ゼノビアは金縛りになったかのように、動けないでいた。

 気がつくと、ひとりで部屋に残されてしまっていた。

 

「な、なんで?」

 

 そして、やっと我に返ったようになり、思わず声をあげてしまった。

 

 

 *

 

 

「くっ、な、なんだよ、これ……」

 

 ゼノビアは城郭の中央広場の喧噪の中でひとりで立っていた。

 もともと、さまざまな理由で民衆が集まる場所であり、屋台もあれば、大道芸人などもいる賑やかな場所だ。

 王都の噴水広場ほどではないが、それに近いくらいの人が集まっている。

 だからこそ、いまのゼノビアは、すっかりと周囲の注目を浴びていた。

 なにしろ、ロウに渡された服を着替えてわかったのだが、それがかなりの破廉恥な恰好だったのだ。

 

 そもそも、ゼノビアは男冒険者風の服装しかしないので、女の格好はしたことはない。だが、あの籠に入っていたのは、ズボンではなく、スカートだったのだ。

 籠に入っていたもの以外を身につけてはならないというロウの言葉だったので、ゼノビアは従うしかないのだ。

 やはり、どうしても、逆らうということはできなかった。

 逃げるということもできない。

 広場に向かわずにいるということも無理だった。

 ゼノビアの身体は、ゼノビアの本来の意思に関係なく、ロウの言葉に従い、あの籠の中の衣服に着替えて、ここまで来てしまった。

 なんという術だ──。

 

 それはともかく、ロウが渡したのは、実にとんでもないスカートだった。

 恐ろしく短いのだ。

 このところ、この王国の王都を中心として、短いスカート丈が若い女の中で流行っているというのは知っているが、これは、その限度を越している。

 スカートというよりは、身体を拭く布を腰に巻いただけという感じなのだ。スカート丈は股間を辛うじて隠しただけでしかなく、太腿のほとんどは露わになっている。

 ちょっとでも動けば、籠の中にあった紐で横を縛る白い下着が見えてしまいそうだ。

 こんなものを強要して、人前に出させるなど、なんという意地悪だ。

 夜の街の娼婦でも、ここまで破廉恥じゃない。

 それなのに、まだ陽は中天にある真昼間だ。

 

 また、上半身も普通じゃない。

 ゼノビアに渡されたのは、ゼノビアの身体に比して一回り程小さい開襟の服一枚だった。しかも、胸に巻く下着のようなものはない。

 だから、それをまともに着れば、ゼノビアの大きめの乳房だけでなく、乳首がくっきりと布に形を作ってしまうのである。

 仕方なく、ゼノビアは一番上と次のぼたんを外して、その開襟服を着た。

 そうすれば、なんとか乳首は目立たないで済む。

 その代わりに、乳房の上半分は露出しなければならないが……。

 

「おう、姉ちゃん、立ちん坊か?」

 

 そのとき、またもや行儀の悪そうな男が二人連れで声をかけてきた。

 さっきから、この手合いがひっきりなしにやってくる。

 立ちん坊というのは、娼館ではなく、街の辻で客をとる下級娼婦のことだ。

 

「うるさい──。消えな──」

 

 ゼノビアは殺気を発して怒鳴る。

 さすがに、ゼノビアの本気の殺気に当てられれば、男たちも慌てて逃げていく。

 だが、そうやっても、しばらくすると、別の男たちがやってきて揶揄いの言葉をかけてくるのだ。

 それを繰り返している。

 

「うわっ、おっかねえ……」

 

 その男たちも逃げていった。

 だが、それはともかく、まだロウは来ない。

 ちょっと遅くないか……。

 ゼノビアは舌打ちした。

 そうやって、ゼノビアはしばらく待ち続けた。

 そして、かなりの時間が過ぎた。

 

「待たせたな」

 

 ふと、背後から声を掛けられた。

 やっとか……。

 ゼノビアは振り返った。

 

「ああ?」

 

 しかし、声をかけてきた男を見て、ゼノビアは思わず眉をひそめてしまった。



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968 一日デート(2)-羞恥検査

「ああっ?」

 

 声をかけてきた男は当然にロウだと思ったのだが、ゼノビアには誰なのがわからなかった。

 見知らぬ男だ。

 しかし、そうではないということに、すぐに気がついた。

 別に隠しているわけではないが、ゼノビアには声をかけてきた男の顔を認識できなかったのだ。

 

「ちっ、認識阻害の魔道かい? もしかして、ロウ殿か?」

 

 舌打ちとともに訊ねた。

 

「そうだな。抵抗するなよ」

 

 すると、その男がすっとゼノビアの腕に触れてきた。びくりと反応しそうになったが、なぜか身体が動かなかった。

 次の瞬間、霧が晴れるように、はっきりロウだと認識することができた。

 

「認識阻害の術は、明確に相手を認識すると、その者だけは術の効果がなくなるそうだ。一番いいのは、触ることらしくてね」

 

「その通りですわ。これでゼノビアさんについては、ご主人様の存在が認識できたはずです」

 

「えっ?」

 

 ロウのことはもうはっきりと認識できたが、続いて声が聞こえたのは女の声であり、そっちについては、いまのいままで、そばにいたことがわからなかった。

 だから、びっくりした。

 だが、声がした方向に目をやれば、今度は薄っすらとだが、そこに女が立っていることだけはわかった。

 こっちも認識阻害の術か──。

 ゼノビアは半ば唖然とした。

 

「へええ、じゃあ、あたしたちについては、いまは、ここにいながら、周囲の誰にも、いるかいないか認識できない状態にあるってことかい」

 

 ゼノビアは言った。

 すると、ロウがくすりと笑った。

 

「馬鹿を言うなよ。折角の色っぽい格好じゃないか。せいぜい、見せびらかしてやれ。認識阻害の効果を帯びているのは俺たちだけだ」

 

 ロウだ。

 ゼノビアは呆気にとられた。

 

「はああ? 自分たちは、そういう都合のいい術で顔を隠しながら、あたしにだけ、こんな格好をさせて、恥を晒せってことかよ──」

 

 思わず怒鳴った。

 しかし、ロウは軽く肩を竦めただけだ。

 

「別に恥じゃないだろう。綺麗な脚だ。ところで、今日一日は俺の言葉には一切逆らえないから、抵抗は諦めろ。デートが終われば術は解いてやる。それまでは、俺の言葉がゼノビアの意思に優先して、ゼノビアの身体を動かす」

 

「ちっ」

 

 ゼノビアはまたもや舌打ちをした。

 ロウの言葉に勝手に身体が従っているというのは、もう感覚的に認識している。せめてもの抵抗がこの舌打ちと悪態くらいなのだ。

 

「じゃあ、しばらく黙ってついてこい。遅れるなよ」

 

 ロウが歩き出す。

 

「ちょ、ちょっと、待ちなよ──」

 

 ゼノビアは、ひと呼吸遅れて、後を追った。

 しかし、本当に身体が勝手に動く感じだ。

 いや、ロウに逆らうという意思が発生しないのだ。

 それにも関わらず、身体を操られている気はしない。

 

 いずれにしても、追いかけるしかない。

 逆らえば、あの変態はなにをゼノビアにするかわからない。

 一生懸命についていく。

 

「くっ」

 

 しかし、ゼノビアはすぐに、ロウの淫靡な悪戯の仕掛けがわかった。

 短すぎるスカートは、足幅を大きくすると、すぐにずれあがってしまいそうになるのだ。

 さすがに、下着を見せる趣味はないので、ずりあがらないように手で押えるのだが、そうすると、かなり速足のロウに遅れそうになるのだ。

 あの男は……。

 歯噛みしつつも、歩幅をできるだけ小さくして、ロウについていく。

 すると、すぐに人通りの多い通りに入った。

 繁華街という雰囲気で、それなりに道も混み合っている。

 普通ではありえないような短いスカートで、脚を剥き出しにしているゼノビアの格好はかなり目立つ。

 さすがに、ゼノビアも平静ではいられない。

 

「おう、姐ちゃん、いい格好じゃねえか」

 

「わっ、なにあの格好?」

 

「ようよう」

 

 すれ違う者たちには、揶揄ってくる男、蔑みの言葉を吐く女、囃し立ててくる者など色々だ。

 なんでこんな目に……。

 しかも、ロウは、時々止まっては、じっと立っていたり、わざとらしく若い男たちが集まるところで、ゆっくりと歩いたりする。

 そのたびに、ゼノビアは恥ずかしい姿を晒し続けなければいかず、羞恥に腹が煮えそうになる。

 

「昼食にするか。ここにしよう。腹が減ったろう?」

 

 やっとのこと、ロウが口を開いたのは、そんな羞恥散歩を一ノス以上も続けてからだ。

 緊張のあまりすっかりと汗びっしょりになってしまっていた。

 しかも、気のせいかもしれないが、股間がむず痒くなってきた気もする。

 多分、緊張のせいだと思うが……。

 

「くっ、くだらない、いやがらせしやがって……」

 

 ゼノビアは悪態をついた。

 ロウは、それには応じず、店の中に入っていった

 店は食堂というよりは、喫茶店という感じだ。店内は若い男女で溢れている。そんな雰囲気の店だ。

 ロウが奥の四人掛けのテーブルに座ったので、向かい合う席に座る。

 一緒に歩いていたはずのスクルドがどうしているかわからない。歩いているときにはすでに気配はまったくなくなっていた。

 いまも、近くにいる様子はないが、ロウの護衛と言っていたので、そばにはいるはずなのだが……。

 

「わっ」

 

 そして、腰掛けた途端、ゼノビアは小さく声をあげてしまった。

 スカートなどはいたことはなかったので、なんとも思わなかったのだが、腰をおろしたことで、ただでさえ短いスカートがずれあがり、白い下着が露出してしまったのだ。

 慌てて、必死にスカートの裾を引っ張る。

 だが、そんなに伸びるわけでもなく、仕方なくゼノビアは手で股間を隠した。

 

「パンケーキと紅茶を二人前だ」

 

 やって来た女の店員にロウが注文をした。

 そして、店員がちょっと驚いたようにゼノビアをちらりと見てから戻っていく。

 すると、ロウが口を開く。

 

「たまには女らしい格好もいいだろう、ゼノビア? よく似合っているぞ」

 

 ロウはくすくすと笑う。

 ゼノビアはロウを睨みつけた。

 

「言ってな……」

 

「だが、どちらかというと仕草が男っぽいゼノビア様だろう。遠慮なく、脚を開いて座ってくれ。それと手は手摺りの上に置くんだ」

 

「はああ? やだよ──」

 

 冗談じゃない。

 そんなことをすれば、下着が見えてしまうだろう。

 

「命令だ」

 

 ロウが微笑みながら言った。

 すると、急に脚に力が入らなくなる。

 すっと勝手に脚が開いてしまった。

 しかも、両手がぞれそれの手摺りに移動してしまう。

 

「うわっ、わっ」

 

 ゼノビアは狼狽した。

 上から見ても、白い下着がはっきりと外に出てしまっている。

 そのとき、店員がさっき注文したものを運んでくるのが見えた。

 慌てて、脚を閉じようとする。

 しかし、金縛りになったように動かない。

 

「ちょ、ちょっと、ロウさん──」

 

 さすがに狼狽した。

 隠さないと店員に醜態を見られてしまう。

 しかも、今度は若い少年の店員なのだ。

 

「じっとしてろ」

 

 だが、ロウはぴしゃりと言った。

 ゼノビアは動けない。

 パンケーキと紅茶を運んできた少年の店員がテーブルにそれを置こうとして、ゼノビアの下着が視界に入ったのか、びっくりしたように目を丸くしたのがわかった。

 羞恥に下を向く。

 そのままなにも言わなかったが、少年はわざとらしいくらいにゆっくりとパンケーキと紅茶をテーブルに置き、やっと戻っていった。

 とりあえず、ほっとした。

 だが、どうして、こんな目に……。

 店員がいなくなったところで、ゼノビアは顔をあげてロウを睨んだ。

 

「も、もういいだろう──。脚を閉じさせなよ。い、いつまでこんなことをやらせるんだよ。こんなことして面白いかよ──」

 

 ゼノビアはほかのテーブルには聞こえない声量で言った。

 

「面白いかと言われれば面白いけど、それはお前も同じだろう、ゼノビア?」

 

「はああ? なにを言ってんだよ」

 

「ゼノビアの性癖は嗜虐側だろう? シズはお前の恋人であり、性奴隷だ。だけど、嗜虐は被虐の裏返しでもある。こうやって、辱められて悦ぶのも、ゼノビアの隠れた性癖だ。つまり、こういうことも愉しいだろう?」

 

 ロウがくすくすと笑う。

 

「そ、そんなわけないだろう──」

 

 思わず怒鳴った。

 だが、かなり声が大きかったことに気がつき、慌てて口をつぐむ。

 

「なら、その下着の丸い染みはなんだ? その格好で街を歩き回されて興奮したんだろう? だから、そんなに濡れている」

 

「えっ?」

 

 はっとした。

 驚いて股間に目をやる。

 すると、本当に下着の股間の部分に丸い染みができている。

 

「ち、違う──。これは汗だよ──」

 

 慌てて言った。

 

「そうか? だが、かなり薄くなっているな。実を言うと、その下着は特別製だ。ただの汗なら濡れるだけだが、女の蜜が混じるとだんだんと生地が薄くなって、やがて溶けてなくなる。もうかなり薄くなっているけどね」

 

 ロウが立ちあがって、ゼノビアのいる側の椅子に座り直す。

 しかし、それよりも、ゼノビアはロウが喋った内容に仰天した。

 女の蜜で生地が溶ける?

 驚いて、もう一度下着を見る。

 本当だ──。

 丸く濡れている場所は、よく見ればかなりはっきりと陰毛が透けている。

 ゼノビアは羞恥で全身が硬直した。

 

「両手を背中に回せ」

 

「な、なんでだよ──?」

 

「いいから、言われたとおりにするんだ」

 

 ロウの言葉でゼノビアは両手を背中に回してしまっていた。

 肩を軽く突かれて、ロウに背中を向けさせられる。

 すると、左右の親指を重ねさせられて、その根元をぎゅっと紐のようなもので縛られたのがわかった。

 

「えっ……? いたっ」

 

 わけがわからなくて、手を離そうと思ったら、親指に痛みが走る。

 指縛りだ──。

 

「な、なにすんだよ──」

 

「落ち着けよ。ゼノビアがどのくらいにマゾなのか点検だ。露出狂の検査だ」

 

 ロウがそう言うと、いきなり開襟シャツのぼたんを全部外してしまった。

 しかも、開襟シャツをくつろげて、両方の乳房を剥き出しにした。

 

「なっ、なに──。や、やめな──」

 

 身をよじって胸を隠そうとする。

 だが、後手に指縛りをされているので、隠すことができない。ゼノビアにできるのは人のいない壁側に身体を向けることしかなかった。

 

「そうか。やめて欲しいのか? だったらやめるか」

 

 ロウはあっさりと立ちあがって、元の向かいの席に戻る。

 ほっとしたが、すぐに唖然となった。

 まだ乳房を剥き出しにされたままなのだ。

 

「も、戻せよ──」

 

「食事が終わったらな」

 

 ロウが平然と目の前の自分のパンケーキを食べ始める。

 ゼノビアは生きた心地がしなかった。

 比較的奥側とはいえ、客の多い店内で股間から下着を晒して、乳房を露出させられているのだ。

 どんな痴女だ──。

 

「そろそろ、露出狂の反応が出てきたな」

 

 すると、ロウがパンケーキを食べつつ、くすくすと笑った。

 ゼノビアはびくりとした。

 実のところ、ゼノビアもロウに指摘されるまでもなく、自分の身体の変化には気がつかざるを得なかった。

 この異様な状況の中で、ゼノビアは確かに感じていたのだ。

 身体が熱い……。

 風の流れだけで、乳首が痺れるように疼いてくる。

 

「乳首が勃っている。そして、股間はほとんど透けたぞ。ゼノビア、もう一度言う。お前は露出狂だ。それを自覚しろ」

 

「ち、違う──」

 

「果たして、そうかな……。まあいい。さっきも言ったけど、その下着は感じると、溶けてなくなる。ここで下着を溶けてなくしたくなければ、感じないことだ」

 

 パンケーキを食べ終わったロウが再び、隣の席に移動してきた。

 そして、いきなり、ゼノビアの乳房を握りしめてきた。

 瞬時の鋭い快感が全身に迸る。

 相変わらずの神がかり的な愛撫だ──。

 ゼノビアは狼狽えた。

 

「うわっ、あっ、や、やめな──」

 

「店中の注目を浴びたければ、騒ぐことだな。見られたいのか?」

 

 ロウが耳元でささやきながら、下から上に、上から下に乳房を揉み動かす。

 

「くうっ、ううっ」

 

 ゼノビアは必死で歯を喰いしばり声を我慢した。



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969 一日デート(3)-露出責め

 任されていた大きな業務がひと段落しました。さすがに、生活に余裕がないとエロ小説は書けないですね……。

 *



「うっ、はあ……はっ」

 

 ロウによる乳房への愛撫が続く。

 ゼノビアは歯を喰い縛っている。

 抵抗の方法はない。

 わけがわからない操りにより、ロウの言葉に逆らえず逃亡できないだけでなく、今度は背中側で指縛りまでされてしまった。そのゼノビアの胸の膨らみを包み込むようにして揉みしだいてくる。

 

「声さえ出さなければ、ちょっとした死角になっているから、恥ずかしい姿を見られなくて済むぞ。それとも、露出狂のゼノビアは、わざと目立って恥ずかしい目に遭いたいか?」

 

 ロウが耳元でささやきながら、さらに先端の乳首を摘まんで、軽くくすぐるように転がしてきた。

 

「くはっ」

 

 稲妻でも浴びたような衝撃が脳天に貫いた。

 相変わらず、この男の愛撫は神がかりだ。そして、おそらく、ロウはいままで手加減をして、ゼノビアが声を我慢できるぎりぎりのところで留めていたのだということを悟った。

 この男がゼノビアへの愛撫を強めた途端に、四肢に巨大な快感が迸るとともに、恥ずかしい声を思わず吐き出してしまっていた。

 

「いいのか、声を出して?」

 

 ロウが笑いながら、胸を揉んでいるものとは違う手で、ゼノビアの露出している太腿を膝頭からすっと股間に向かって撫であげてきた。

 

「くううっ」

 

 ゼノビアは身体を前に折り曲げるように反応してしまう。

 また、膝を閉じようとしたものの、やっぱり脚はゼノビアの意思とは離れて動いてくれない。

 そして、ロウの指が股間を包む下着にまで到達した。

 すでに勃起しているように感じるクリトリスを薄い布越しにじわじわとと押してくる。

 

「きゃん」

 

 ゼノビアは恥ずかしい悲鳴をあげてしまった。

 慌てて口をつぐむ。

 

「実に愉しい玩具だな。それ以上濡れると、下着が溶けてなくなってしまうぞ」

 

 ロウが二度、三度、四度と下着をゼノビアの頂きの割れ目に沿って指を動かしてくる。

 だめだ……。

 完全に性感が目覚めさせられてしまった。

 こんなの我慢できない……。

 むず痒いような快感が全身を席捲する。触れられている場所だけでなく、全身の性感帯が痛いくらいに熱くなっているのがわかる。

 ロウの指が胸と股間で動くたびに、ゼノビアの股間はだくだくと新しい蜜を噴き出している。

 

「も、もう……いいだろう……。ゆ、許して──」

 

 ゼノビアは訴えた。

 自分の声をは思えないような、弱々しい哀願の口調だった。

 

「そうはいかんな。ゼノビアを露出狂に目覚めさせるまで続けるつもりだしな。新しい性癖を開花させたらやめてやるよ」

 

 ロウがさらに力を込めて下着を撫で返してきた。

 

「あっ、ぐううっ」

 

 ゼノビアは全身を突っ張らせた。

 そして、危うく洩れそうになる悶え声を懸命に我慢する。

 

「な、なったから──。だ、だから、もう──」

 

「なにに、なったって?」

 

 ロウが愛撫を続けながら、惚けるように訊ねてくる。

 

「お、お前がさっき口にしたことだよ──。くあっ」

 

「わからんな。はっきりと口にするんだ」

 

「ど、どこまで、意地悪なんだよ──」

 

「それが調教というものだ」

 

 ロウがスカートの中の手を伸ばして、臍側から下着の中に滑り込ませてきた。

 手で股間を直接愛撫される。

 しかも、二本の指がぬるぬるのゼノビアの股間に挿入してきた。

 

「ひいいっ、いっ、いっ──。言う──。言うから──」

 

 巨大な快感の波が襲い掛かってきた。

 ゼノビアは身体を震わせながら、必死にロウに哀願した。

 

「早く言えよ。さもないよ、声を我慢できない快感を送り込むぞ」

 

 ロウは愉しそうに指をゼノビアの膣の中でくいと曲げる。

 

「ひんっ」

 

 鋭い快感が背筋を突き抜ける。

 やっぱり、こいつの愛撫は気持ちよすぎる。

 頭が真っ白になるような甘美感が全身を包む。

 身体ががくがくと痙攣をする。

 

「か、感じている──。恥ずかしいことをされて感じている──。あ、あたしは露出狂だから──」

 

「ほう、自分が露出狂だと認めるのか?」

 

「み、認める──。認めるよう──」

 

 ゼノビアは泣きそうな声を出してしまった。

 すると、満足したのか、ロウが指を股間から離して下着から手を抜く。

 乳房からもだ。

 ゼノビアはがくりと脱力した。

 

「そうか。なら許してやろう。ところで、下着はすっかりと溶けてしまったぞ。もはや布の残骸だな」

 

「えっ?」

 

 すると、ロウが手に持っているものをすっとゼノビアの視線まで持ちあげた。

 はっとした。

 それははかされていた腰を包む下着だった。

 だが、びしょびしょに濡れて破れ、確かに布の残骸みたいになっている。

 

「わっ、な、なんだよ──。そ、そんなの出すんじゃないよ──。しまえったら──」

 

 ゼノビアは声をあげた。

 

「そういうわけで、下着はなくなったからな。気をつけて動くことだ。身体の自由を返してやるよ」

 

 ロウが笑いながら、その下着だった布を宙の中に消した。

 収納術なのだろう。

 だが、それよりも、ゼノビアはロウに言われたことに愕然としてしまった。はかされているのは、信じられないような短い丈のスカートだ。

 しかも、下着を脱がされた状態になってしまったなんて……。

 

「食事がまだだな。遠慮なく食べるといい。犬のように口でな」

 

 ロウが意地悪く言った。

 ゼノビアはロウを睨みつけた。

 

「こ、この変態が……。悪いけど、あたしは、あんたの女たちのように、お前に雌犬扱いされて悦ぶ趣味はないんだよ。腹は減ってない──。それとも、指の拘束を解きな」

 

 ゼノビアは言った。

 だが、ロウは肩を竦めた。

 

「犬喰いはいやか。まあいいだろう。だけど、露出狂ではあるんだろう? なら、行くか。今日はデートだからな。ついて来い」

 

 ロウが立ちあがる素振りをした。

 ゼノビアは慌てた。

 

「ま、待ちなよ──。胸を隠してくれよ」

 

 さっき開襟シャツを外されて、胸が完全に剥き出しなのだ。

 

「露出狂なんだろう? それで十分じゃないか」

 

「た、頼むから──」

 

 この男は……と思いながら、仕方なく哀願する。

 ロウは満足したように微笑んだ。

 

「まあ、なら、このくらいまでで許してやるさ」

 

 ロウがゼノビアのシャツを下からボタンをかけた。

 だが、半分でやめてしまう。

 乳首が隠れるぎりぎりの乳房の上半分は、まだ露出したままだ。

 

「く、くだらない意地悪しないで、全部のボタンをとめなよ──」

 

 さすがにかっとしてゼノビアは言った。

 しかし、ロウは無視して立ちあがる。

 

「ちょ、ちょっと──」

 

「ついて来い。それとも、首輪を装着されて、それに糸を繋げて引っ張られたいか?」

 

 そして、ロウはすたすたと席を立って歩きだしてしまった。

 

「ちっ」

 

 ゼノビアはまたもや舌打ちした。

 多分、この男はゼノビアが逆らえば、首輪を引いて歩かせるということくらいは躊躇なくするのだろう。

 そういう男だ。

 

 ゼノビアは仕方なく立ちあがってついていく。

 しかし、思ったよりも遥かに恥ずかしい恰好になっていることに気がつき、思わず、足を竦ませてしまった。

 下着をはいていないスカートは太腿がほとんど見えている短い丈であり、胸元からは乳房が半分も露出しているのである。しかも、長く座っていたので、スカートがまくれあがって一段と短くなっている。

 それにもかかわらず、背中で指縛りをされているので、身体を隠すこともできない。

 できるのは、後ろ側からスカートを少しでも下におろすことだけだ。

 

「おおっ?」

 

「なんだ?」

 

「ああっ?」

 

 これまで奥側の席だったので目立ってなかったが、やっぱりこれは目立つ。

 なにしろ、ゼノビアは太腿まで剥き出しにしているだけでなく、シャツの胸元が開いて、乳房の半分も露出しているのだ。

 男女の客たちや従業員が好奇の目をゼノビアに向けてくる。

 さすがのゼノビアも大股では歩けず、スカートがあがらないように小さな歩幅で歩み進む。

 食事代がどうなっているかわからないが、ロウはそのまま店を出ていく。

 ゼノビアもその後を追うしかない。

 だが、緊張が全身に走る。

 なにしろ、こんな格好で外に出されたのだ。

 

「どこに行くんだよ?」

 

 ゼノビアはロウの後ろにぴったりとついて歩きながら訊ねた。

 

「しばらく散歩だ。そしたら、特別な下着を装着させてやろう。今度は濡れても溶けないやつだ」

 

 すると、ロウが歩きながら笑った。

 

「は、はかせてくれるのかよ?」

 

「下着なしでいいなら、それでもいいぞ」

 

「だ、だったら、いま、はかせてくれよ」

 

「ここを抜けてからだ」

 

 ロウが連れてきたのは、かなり人混みの多い市場通りだ。

 ゼノビアはあまりの人の多さに目がくらみそうになってしまった。

 通りの両脇に屋台や露店が立ち並び、道は人でごった返している。これを通り抜けるには、周囲の人間を避けながら縫うように進まなければならない。

 それをこんな格好で進むなんて……。

 

「ど、どこまでも意地悪だな」

 

「まあ、そう言うな。その代わりに、ここだけを我慢すれば、下着なしは許してやろう」

 

 ロウが進んでいく。

 

「約束しろよ──」

 

「ああ、ちゃんとついてきたらな」

 

 ロウは人混みの中には言っていった。

 ゼノビアもついていくしかない。

 だが、あまりにも破廉恥なゼノビアの格好は周りの者たちの視線を集めまくる。ゼノビアからすれば、往来の道で全裸で歩くのにも等しい恥ずかしさだ。

 破廉恥な格好で通りを進むゼノビアに、唖然をする顔を向ける者も多い。

 とにかく、ゼノビアはともすれば、ずれあがりそうになる短いスカートを後ろ手で必死に裾をさげながら、歩き進んでいった。

 

「ふう、くっ……」

 

 だが、しばらく進んでいくうちに、だんだんと得体の知れない感覚に染まっていく自分に気がついた。

 まずは、不自然なくらいに息切れをしてきた。

 おそらく、あまりにも強い緊張感のためだろう。

 ゼノビアの恥ずかしい格好は間違いなく注目されている。

 剥き出しの脚も、乳房も見られている。

 意識すると、まるでその部分を愛撫されているような心地にもなってきた。

 それだけでなく、妖しい疼きが股間で沸き起こってきたような……。

 

 慌てて首を横に振る。

 自分は露出狂なんかじゃない──。

 見られて気分を出すなど、あり得ない──。

 

 だが、もしかして、濡れている?

 ゼノビアは、太腿の奥が熱い潤いに満ちていることに気がついてしまった。

 やがて、やっとのこと、賑やかな市場通りを通り抜けた。

 

「その感じだと、かなり興奮したようだな。たまには、自分が責められるもいいだろう、ゼノビア?」

 

 人通りが少なくなったところで、ロウが立ち止まって振り返り、ゼノビアの腕を掴んだ。 

 

「じょ、冗談じゃないよ──。とにかく、約束だよ。下着をよこしな」

 

 ゼノビアは言った。

 

「わかった。じゃあ、こっちに来い」

 

 ロウがゼノビアを路地に連れ込んでいく。

 そして、周囲に人影がなくなったところで、石壁に背中を押しつけられた。

 

「ところで、下着を与える前に露出狂の検査だ。どのくらい興奮したんだ、ゼノビア?」

 

 そして、いきなりロウがゼノビアのスカートの前を掴むと、ぱっとまくりあげた。

 

「ひっ、いやああっ」

 

 ゼノビアは反射的に両脚を閉じて、腰を崩してしまった。

 だが、腕を掴んでいるロウはゼノビアがしゃがみ込むのを許さない。

 

「なんだ、びしょびしょじゃないか」

 

 そして、嘲笑するように揶揄する。

 

「は、離せよ──」

 

 ゼノビアは懸命に腰をよじって、股間を隠そうともがいた。



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970 一日デート(4)-路地奉仕と新しい下着

「は、離せよ──」

 

 ゼノビアは腰をよじって、ロウの淫らな手をはね除けようとした。

 だが、こいつは戦闘能力は大したことがないくせに、女を襲うとなると、人が変わったように強くなるところがある。

 

「おっと」

 

 後手に指縛りをされているとはいえ、いとも簡単にロウに腕の関節を固められて動けなくなる。

 すると、ロウの二本の指が一気に股間の狭間に滑り込んできた。

 ねちょちねょと淫靡な音をたてて、ロウの指が律動を開始した。

 

「うわっ、やっ」

 

 ゼノビアは沸き起こった強烈な快感のために、一瞬にして脱力してしまう。

 それくらい、この男の愛撫は気持ちいいのだ。

 

「びしょびしょだな。こうやって苛められて悦ぶという一面もまた、ゼノビアの隠れている性癖でもある。それがわかってきたか?」

 

 ロウが愉しそうに、指でゼノビアの股間を掻き回す。

 淫らな水音がはっきりとゼノビアの耳に入る。

 ロウの言葉を否定することができない。そのことが、ゼノビアの羞恥をあおる。

 

「くっ、あっ、ああっ」

 

 ロウがゼノビアを責める。

 快感に逆らえない。

 気持ちよすぎる……。

 膣がぎゅっと締まって、侵入しているロウの指を絞り込むのがわかった。

 さらに、ロウがさらにシャツの上から荒々しくゼノビアの乳房を揉み始めた。かたちが変わるほどにこねくりまわされる。

 不本意ではあるが、露出責めの羞恥で興奮が昂ぶっていたゼノビアの身体は、強烈な甘美感のうねりにまき込まれしてまい、痴呆になったかのようになにも考えられなくなる。

 

「ああっ、だ、だめえ──」

 

 頭が真っ白になるような快感に貫かれ、ゼノビアは身体を弓なりにしてがくがくと身体を震わせた。

 

「やっと雌犬の顔になったな。ほら、口づけだ」

 

 ロウがゼノビアの顔を引き寄せて、唇に吸いつき舌を口の中に入れてくる。

 噛み切ってやろうかと思ったが、ゼノビアの本能はロウを拒むことなく、逆に夢中になって、ロウが口を蹂躙する舌に自分の舌を絡みつけていた。

 強烈な快感の波に突きあげられて、逆らう気持ちになれなかったのだ。

 

 舌と舌が重なり合う。

 

 いく……。

 

 もうなんでもいい……。

 露出狂でもなんでも……。

 

 こんなに気持ちいいなら……。

 

 ゼノビアは理性を忘れて、獣のような性の快感に身を委ねた。

 

「まだだな。お預けだ。それよりも、触られるだけじゃなく、奉仕もしてもらおうか」

 

 だが、まさに絶頂しようとした瞬間に、胸と股間を愛撫していたロウの手が離れてしまった。

 

「えっ、なに?」

 

 恥ずかしながらも呆けてしまったゼノビアの腕を掴んで、ロウが強引に地面に跪かせる。

 

「触られるだけじゃご褒美はもらえないぞ。ちゃんと奉仕もしないとな」

 

 ロウがズボンの中から怒張をとりだす。

 それを口に突きつけられる。

 

「くっ、な、舐めろってかい──。だったら、命令でもなんでもすればいいだろう。あたしを逆らえなくする術があるんだからね──」

 

 ゼノビアは吐き捨てた。

 どうせ、無理矢理にやらされるだけだし、口で性器を舐めるくらいのことはやってやってもいい気持ちにはなっていたが、さっきからの理不尽な扱いには、せめてもの抵抗をしたくなったのだ。

 

「それもいいけど、今日はゼノビアの意思で奉仕をさせてみたいね」

 

 ロウがぱちんと軽く指を鳴らした。

 すると、身につけていたスカートが消滅して、股間が剥き出しになってしまった。

 

「うわっ、ひゃあっ」

 

 びっくりして、跪かされていた脚をぴったりと閉じる。

 

「命令よりも脅迫だ。早く精を出させるんだな。そうすれば、下着もはかせてやるし、スカートも返してやろう。それとも、ここでその格好のまま放り出されるのがいいか」

 

 ロウが微笑む。

 ゼノビアは歯噛みした。

 

 だが、仕方ない……。

 

 ゼノビアは、勃起しているロウの性器を口に含む。そして、根元まで口に含み、そして、引き、また顔を沈めるように包み込む。

 

「んんっ、んっ」

 

 痺れるような快感が口全体から身体に拡がっていく。

 すっかりと昂ぶっていたゼノビアの中の性感がそれを引き起こすのか、あるいは、この男の性器からにじみ出る精液の呪術が関係しているのかわからない。

 だが、ついさっき絶頂寸前まであがっていた快感が、ロウの性器を含むことで、じわじわと再び上昇していくのがはっきりとわかる。

 

「気持ちよさそうだな。ここもいいだろう?」

 

 ロウがゼノビアの頭を押さえつつ、怒張の先端で上顎の一点に強く擦りつけるように動かした。

 

「んんんっ」

 

 その瞬間、つんと鼻から脳天に突き抜けるような峻烈な感覚に襲われた。

 

「ここもいいだろう?」

 

 次いで、ロウはちょっと幹を引き、ゼノビアの口の両側面を幹で擦り、舌の上面を先で抉った。

 

「んふうっ」

 

 またもや、身体を突き抜ける快感──。

 

 だめだ……。

 自制できない……。

 

 ゼノビアは気がつくと、むしろ積極的に舌をロウの性器に絡ませ、夢中になって唇に熱を込めて吸引していた。

 根元まで顔全体を舐めおろし、ぐいと深く呑み込む。

 我慢できなかった。

 ゼノビアは顔を激しく動かし始める。

 

「あおっ」

 

 快感の声を出したのはゼノビアだ。

 ゼノビアが好きなのはシズであり、ロウは恋愛の対象ではない。だが、シズとの性愛とは違う快楽がこの男との性交にあるのは確かだ。

 こいつに絡まれるたびに、ゼノビアがゼノビアでなくなるような錯乱に包まれるので忌避しているが、嫌いかと問われればそうではない。

 

 いまは諦念だ。

 そして、その諦念の向こう側にある被虐の酔いがゼノビアに我を忘れさせる。

 

 引き込まれる。

 

 この男の張った糸に絡みとられる気分だ。

 だが、それも悪くない。

 

 ゼノビアはなにかに憑かれたかのように、ロウの性器をむさぼった。

 正直にいえば、男とのセックスの経験がないわけではないが、気持ちいいとは思ったことはない。

 しかし、ロウは違う。

 この男の与える快楽は別格なのは認めよう。

 ゼノビアはもう本能に従うことにした。

 また、両手を封じられて、路地とはいえ、野外で下半身を露出させられる辱めを受けているというのが、ゼノビアにその行為に傾けさせているのかもしれない。

 やがて、口の中でロウの幹が一段と膨れたのがわかった。

 

「一滴残らず飲めよ」

 

 ロウの精が口の中に迸った。

 言われるまでもなく、ゼノビアはロウの精液をむさぼり飲んだ。

 それだけでなく、言われるままに一滴も残さないように、怒張の先端からも残っている精を強く吸い取る。

 

「いい子だ。ご褒美に下着をはかせて、スカートも返してやろう。さあ、デートの続きだ」

 

 ロウがゼノビアの掃除フェラを受けながら、頭を優しく撫でてきた。

 こうやって褒められるのも悪くないのかな……。

 ちょっとだけ、そんなことを思った。

 

 

 *

 

 

「ふ、ふざけるなよ」

 

 怒りで身体を震わせながら、ゼノビアはロウに向かって悪態をついた。

 再び城郭の商家街に戻ってきていて、ここはそれなりの高級品が並んでいる界隈である。

 後手の拘束からも解放されていて、両手の自由は取り戻していた。

 相変わらず胸を包む下着は与えられていないが、それでもボタンを上まで留めることができたのはほっとしている。

 

 スカートも返してももらった。

 しかも、さっきまでのスカートとはいえないような短いものではなく、太腿の半分ほどが隠れるくらいの丈のものだ。

 それでも短いものなのだが、これくらいなら最近、王都を中心として流行りだしているスカート丈の範疇である。

 心の底からほっとした。

 

 しかし、ゼノビアの腹を煮えさせたのは、新たにはかされた革の下着だ。

 装着されたのは、内側にたくさんの小突起がついた細い貞操帯型の装着具であって、二本のディルドだけでなく、クリトリスに当たる部分にも大きめ突起があって、いまはディルドが秘裂とアナルを抉っていて、クリトリスについても突起により革帯の内側で押し潰すようにされている。

 それだけでなく、ロウはこれを装着するときに、たっぷりとディルドに油剤を塗り込んできたのだ。

 クリトリスに当たる突起にもである。

 また、乳首にも執拗に塗ってきた。

 受け入れなければ、スカートを返さずに放り出すと言われれば、ゼノビアは受け入れるしかなかった。

 そのうえで、革帯を股間に装着して、ゼノビアの拘束を解いたのだ。

 

「どうしたんだ?」

 

 街をゆっくりと前を歩くロウが振り返ることなく訊ね返す。

 ゼノビアは歯を喰いしばった。

 どうして、ゼノビアが苦悶しているのかわかっているくせに……。

 嫌みな背中を蹴り飛ばしたい衝動をなんとか堪える。

 そんなことをすれば、それこそ、なにをされるかわからない。

 

「ど、どこかの路地に連れていっておくれよ。それとも厠に」

 

「なんでだ?」

 

「わ、わかっているだろう。痒いんだよ」

 

 ゼノビアは呻くように言った。

 あのときには、ロウの精をむさぼって味わった性の興奮の余韻に包まれていたので、こんなに濡れているのに、潤滑油をそれほどにディルドに塗る必要があるのかなあくらいしか考えてなかったが、なにを塗られたのかは、路地を出て賑やかな場所に戻った頃にははっきりとわかってしまった。

 油剤を塗られた場所に強烈な痒みが襲いかかったのだ。

 ロウが女を責めるのによく使うという掻痒剤をディルドや乳首に塗られたのは間違いなかった。

 

「そうだろうな。あのエリカやコゼやシャングリアが泣きべそをかくほどの掻痒剤だしな。それよりも、服を買ってやろう……。スクルド、どの店が一番人がいる?」

 

 ロウがなにもない空間に向かって声を掛けたと思った。

 すると、いままで誰もいないと思っていた場所に、すっとスクルドの姿が出現した。

 ゼノビアは目を見張った。

 

「うーん、どこもそれなりですね。そちらの店など、ちょっと込んでますね」

 

 頭にフードを被っているスクルドが首を傾げるようにしながらひとつの店を示す。

 

「なら、そこにするか。ゼノビア、ついてこい。プレゼントだ」

 

 ロウが店の中に入っていく。

 歯を喰いしばったまま、ゼノビアはあとを追いかける。

 

「ふふふ、ゼノビアさん、ご主人様は、いつになくお悦びですわ。ありがとうございます。頑張ってください。ちゃんと見守ってますから」

 

 すると、スクルドが声を掛けてきた。

 見守るんじゃなくて、助けてくれ──と言おうとしたのだが、ゼノビアの目の前でスクルドの姿が消えてしまい、再びどこにも姿が見えなくなってしまった。

 

「いらっしゃいませ。どのようなものをお求めですか?」

 

 店内ではすぐに、中年の女の店員が近づいてきた。

 どうやら、この店は高級品といえるものではあるが、既製品を売るタイプの服屋のようだ。

 若い男女向けのデザインのちょっと洒落た服が並んでいる。

 

「彼女に贈り物をしたくてね。意見を聞かせてくれますか」

 

 ロウがにこやかに応じている。

 そのあいだ、ゼノビアは多分、むっとした表情になっていると思うがひと言も喋らずに押し黙っていた。

 なにしろ、だんだんと痒みが切羽詰まったものになってきたのだ。

 しかし、さっきスクルドが言っていたとおり、店はそれなりに混んでいて、若い男女を中心に十人ほどの客がいて、同じ人数くらいの店員もいる。

 こんなところで、股間と乳首の痒みに苛まれていることを悟られるわけにもいかず、必死に我慢するしかなかった。

 

 とにかく、痒みをちょっとでも癒やそうと、打ち込まれているディルドを締めあげる。

 一度、店員がゼノビアに好みを訊ねたが、ゼノビアが不機嫌そうに黙ったままだったので、それからずっと店員はロウに話しかけ続けた。

 また、ブラウスやスカートをとっかえひっかえして、ゼノビアにあてがったりする。

 

 だが、痒い……。

 

 ゼノビアは、店内を移動させられながら、必死に前後のディルドを締めあげ続けた。

 

「ゼノビア、どれか気に入ったものはあったか?」

 

 ロウは話しかけてきたのは、おそらく半ノスはそうやって店内を引き回されてからだった。

 

「な、なんでもいいよ──。は、早く外に──」

 

 すっかりと掻痒剤に追い詰められているゼノビアは吐き捨てるように言った。

 

「そうか。申しわけありませんが、俺の恋人が気に入ったものはなかったようです。また今度にさせていただきます」

 

「そうですか。わかりました。またいつでもお立ち寄りください」

 

 ロウが出口に向かう。

 すると、次の瞬間、突如として前側に挿入されているディルドが激しく振動を開始した。

 

「うあっ」

 

 ゼノビアは一瞬硬直し、次いで、その場にがくりと膝を折ってしまった。

 

「わっ、お客様、どうされました?」

 

 女店員が慌てたようにゼノビアに手を伸ばしてきた。



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971 一日デート(5)-翻弄の貞操帯

「わっ、お客様、どうされました?」

 

 女店員が慌てたようにゼノビアに手を伸ばしてきた。

 ゼノビアはがくりと膝を折ったものの、慌てて背筋を伸ばして平静を装う。

 ロウが、ゼノビアが店の外に出ようとするのを狙って、股間に挿入されているディルドを振動させたのは間違いない。

 しかし、その当人は、ゼノビアを置いて、さっさと店の外に出てしまっている。

 その意地悪さに、腹が煮える。

 

「な、なんでもないよ──」

 

 ゼノビアは店員を振り払って、急いで店の外に出た。

 そのあいだも、ずっと股間に挿入されているディルドの振動は続いている。

 

「い、悪戯はやめろよ」

 

 外でにやにやしながら待っていたロウに、ゼノビアは噛みついた。

 

「だが、時々動かさないと、痒みで耐えられないだろう。かなり効いていると思うけどね。そんなに汗びっしょりじゃないか」

 

「く、くだらないものを嵌めさせるからだろう。しかも、えげつない媚薬まで塗りやがって……。さっさと外してくれればいいんだよ」

 

「まあ、そう言うな。外すのは夜だ。それまでは嵌めっぱなしだから、動かさないと狂ってしまうぞ。言っておくけど、その革帯は特別製で、外からの刺激を内側に伝えない術が練り込んである。うちの魔道師に作らせたものだ。嘘だと思うなら自慰でもなんでもしてみろ」

 

「お、お前たち、本当にくだらないものを……。と、とにかく、とめてくれよ」

 

「わかったよ」

 

 すると、やっと股間の振動がとまった。

 ゼノビアは一気に脱力してしまった。

 

「じゃあ、行くか」

 

「どこにだよ?」

 

「デートだろ。さっきの衣料品の店が気に入らないなら、次の衣料品店に行くだけだ」

 

「い、いらない。女の服なんて着ない。あたしは冒険者だ。宿屋暮らしだし、貰っても邪魔になるだけだ」

 

「そうかあ。なら、あれにするか。シズとゼノビアがもっと仲良くなれるものだ。多分、喜んでくれるだろうしね」

 

「あれってなんだよ?」

 

「あれはあれだ」

 

 ロウが惚ける。

 ゼノビアは舌打ちした。

 

「お、お前のことだから、さぞや、くだらないものなんだろうねえ?」

 

「まあ、お愉しみだ。だったら適当に歩くか。いずれにしても、ほかに欲しいものがあれば、声をかけてくれ。デートの記念にそれも贈っていい」

 

「いらないよ。あたしたちは、極力、あんたたちに関わりたくないんだ。あんたらの淫靡な性遊びに巻き込まないでくれ」

 

「そう言うなよ。腕を組むか?」

 

「いらないよ──」

 

 ゼノビアはロウがお道化たように腕を出したのを手で払った。

 

「そうか? 脚が震えているぞ。ちゃんと歩けるか?」

 

「お、お前のせいだろう──」

 

 ゼノビアはロウを睨みつけた。

 ロウの指摘のとおり、ゼノビアの脚はいつの間にか、耐えきれない苦悶によって、震えがとまらないようになってしまっていた。

 ディルドを挿入されている股間やアナル、そして、乳首が痒くて痒くて堪らないのだ。

 さっきまでは、まだ平静を装うほどには我慢できた。

 しかし、店の中で動かされたことで、股間だけとはいえ一瞬痒みが癒された。

 すると、刺激が停止すると、今度は桁違いの痒みが襲い掛かってきたのである。

 意識すると、もうだめだ。

 あまりもの痒さで、ゼノビアは無意識のうちに股間を小刻みに擦り合わせてしまっていた。

 

「まあいい。じゃあ、ついて来い」

 

「くっ」

 

 とにかく、歩き出したロウについていく。

 懸命に表情をつくろい、通りの雑踏の中に身を進める。

 しかし、そのロウはどこに行くというわけでもなく、ゆっくりと商店の並ぶ通りを歩いていく。

 そして、ときおり立ち止まっては、店の外から中を覗いたと思うと、また歩き出したり、あるいは、思い出したように引き返しては、また戻ったりもする。

 ゼノビアへのいやがらせにほかならないが、限界を越えた掻痒の苦悶に陥っているゼノビアにとっては、目的を知らされないこの散策は、地獄のようなものだった。

 

「あっ」

 

 やがて、ロウが何度目かの方向変換をしたとき、ゼノビアはついていけなくて、体勢を崩しそうになってしまった。

 脚が震えて力が入らなかったのだ。

 

「おっと、大丈夫か?」

 

 転びかけたゼノビアの腕をロウが掴んで支える。

 しかし、もう限界だ。

 これ以上は、無理だと思った。

 

「も、もう……許してよ……。ど、どこかで犯して……。それが目的なんだろう……?」

 

 ロウの腕にもたれかかるようにしながら、ゼノビアはロウの耳元でささやいた。

 これ以上、街中で翻弄されるくらいなら、犯された方がいい。

 

「さて、どうかな。さっきも言ったが、その貞操帯を外すのは夜だ。それまでは我慢してもらう。だから、ディルドを動かしてやろうかと言っただろう」

 

 ロウが笑った。

 ゼノビアは歯噛みした。

 汗びっしょりの顔をあげて、ロウを睨む。

 しかし、とてもじゃないが耐えられない。

 ゼノビアの身体は、振動による刺激が欲しくてたまらない飢餓状態に陥っている。

 

「だ、だったら、また路地に……」

 

「どこに行くかは俺の勝手だ。動かして欲しければ、ここでだ。いやなら、二度と頼むな。何度も繰り返すけど、外すのは夜だ」

 

 ロウが平然と言う。

 ゼノビアは悩んだ。

 いまいる場所は、かなり賑わっている大通りに面した場所であり、中央の通りはひっきりなしに馬車が往来しているし、歩く者でも賑わっている。

 人の歩く通りに突っ立っているゼノビアとロウのことを、さっきから邪魔そうに左右に分かれて人が過ぎていってもいる。

 こんなところで、股間を振動されたりすれば、どんな醜態を晒すかわからないが、しかし、それは備えればいいことでもある。

 振動を受けることを予期していれば、多分、平静を装えると思う。

 ロウの施す淫具による刺激なしに、夜まで過ごす自信は、もうゼノビアにはなくなっていた。

 

「わ、わかった。頼む。また、前を刺激して……」

 

「お願いしますだな」

 

 ロウが愉しそうに微笑んだ。

 ゼノビアは歯噛みした。

 

「くっ、お、お願いします」

 

「それと、ごめんなさいもだ。さっきは俺の折角の親切を拒否したしな」

 

「な、なにが親切だよ──。あ、あんなのお前が愉しんだだけだろう──」

 

「いやならいいさ。夜まで我慢しろ」

 

 ロウが散策を再開する素振りを見せる。

 ゼノビアは慌てて、ロウの腕に手を伸ばして、それを留めた。

 

「わ、わかった……。す、すみませんでした。だから、振動を……。んぐうっ」

 

 その瞬間、突然に股間が激しく振動を開始し、ゼノビアは股間に両手を当てたまま腰を抜かしそうになってしまった。

 いきなり振動を開始したのは、ディルドではなく、クリトリスを圧迫している突起部分だったのだ。

 そこも、ディルドと同じように振動するとは思わなかった。

 

「ああっ、あっ、や、やめて……」

 

 ゼノビアは両手で股間を押えて膝を崩したまま、ロウに涙目で訴えた。

 一瞬にして、痒みが癒える気持ちよさは、天にも昇るほどの快感でもあった。しかし、クリトリスへの振動の直撃は、ゼノビアの備えを簡単にぶち破ってしまっていた。

 一方で、突然に淫らな体勢になって悶えるゼノビアの姿に周囲が奇異の視線を向けている。

 

「だ、だめ……。お、お願い……」

 

 喰いしばる歯のあいだから、ゼノビアは必死に言った。

 クリトリスを刺激されることで飛翔する快感は、異常なほどの甘美な激情だった。

 

「だって、要望は前だったろう?」

 

 ロウが微笑む。

 また、クリトリスに当たっている突起の振動は続いている。

 ゼノビアは立っていられなくなり、腰を引いたまま、片手でロウの腕を掴んだ。

 

「ち、違う……」

 

 もうそれだけ口にするのがやっとだった。

 これ以上の刺激は、賑やかな繁華街の真ん中でゼノビアに嬌声をあげさせそうだ。

 

「違ったか? なら、こっちか」

 

 前の振動が停止し、今度はアナルに挿入されているディルドが蠕動運動とともに振動を開始した。

 

「ほごっ」

 

 ゼノビアはお尻をスカートの上から手で押えて、全身を突っ張らせた。

 

「こっちも違うのか?」

 

 ロウが笑いながら、さらに前側のディルドを動かした。

 お尻への刺激を続けたまま……。

 

「ひううううっ」

 

 ゼノビアはロウを掴んでいた手を離してしまい、その場に蹲った。

 

「んぐうううううっ──」

 

 周囲が騒然となるのがわかった。

 痒みが癒える気持ちよさとともに、ゼノビアはしゃがみ込んだまま、三箇所責めによって、絶頂を極めてしまったのだ。

 全身を硬直させたまま、がくがくと身体を震わせる。

 

「うわっ」

 

「なんだ?」

 

「きゃあああ」

 

 そして、辺りが悲鳴に包まれた。

 ゼノビアは股間から脳天を貫く快感とともに、失禁をしてしまったのだ。

 革帯の隙間から垂れ流れる小便がゼノビアの足元に水たまりを作っていく。

 

 次の瞬間、急に腹が捩じれるような感覚が襲い、気がつくと雑踏のど真ん中ではなく、再び路地の中にいた。

 周りには誰もいなくなり、じょろじょろと垂れ流れる水音が地面に落ちる音が耳に届いた。

 

「あれ以上は、支えきれないと思って、移動術で逃亡しました。お許しください、ご主人様」

 

 声はスクルドだ。

 そばに立っていて、ロウに話しかけている。

 

「いい判断だ。ありがとう、スクルド……。ところで、人前で絶頂しただけでなく、失禁までやってのけた気分はどうだ、ゼノビア? なかなかの体験だったろう」

 

 ロウが笑いながらしゃがんでいるゼノビアの頭に手を置く。

 

「はあ、はあ、はあ……。う、うっさいよ──」

 

 やっと放尿がとまったゼノビアは、怒りのまま、ロウの手を手で思い切り払った。

 

 

 *

 

 

 雑踏の中で絶頂と失禁をするという恥辱を味わったゼノビアだったが、ロウの悪戯は、勿論それでは終わらなかった。

 濡れたスカートも、失禁で汚れた貞操帯も綺麗にすることを許されないまま、ゼノビアは、すぐに再び雑踏の中に戻され、幾度も股間とアナルの三箇所の振動の責めを受けた。

 

 絶頂したとはいえ、股間の掻痒感が癒えることがあるはずもなく、すぐにゼノビアはまたもや痒み地獄の中に引き戻されていた。

 また、二度目の絶頂はなく、一度振動を開始すれば、限りなく絶頂に近いところまで快感が飛翔させられるが、ぎりぎりで刺激が停止するということが多くもなった。

 それこそ、何度も何度も、何度も寸止めをされた。

 

 ……そうかと思えば、しばらく刺激がとめられるということもされる。

 

 どのくらい街の中を歩かされただろうか。

 限りない翻弄により、ゼノビアは意識を保つのがやっとの状態にまで陥ってしまい、股間から伝えおちる愛液は内腿から膝に達し、そこからさらにくるぶしにまで到達するほどになっていた。

 噛みしめる歯には力が入らず、脚はとめることができなくなって痙攣が続いた。

 

 そして、なによりも苦しいのは、振動を受けているときよりも、止められているときだ。

 振動を受けているときには、必死に平静を装えばいいだけなのだが──それが可能かどうかはともかく──、振動がなくなると、すぐに死ぬほどの痒みが股間に襲い掛かり、ゼノビアができるのは、股間をアナルの中のディルドを必死に締め上げるということだけになるのだ。

 

 陽が中天を過ぎたころ、やっとゼノビアは、羞恥歩行から解放されて、再び食堂に連れていかれた。

 そこは個室ではなく、冒険者としてよく立ち寄るような大衆食堂であったが、見知らぬ男女連れと相席になり、ゼノビアはロウとともに、そこで食事をとらされた。

 食堂の中でも、淫具による翻弄はなくならず、股間とアナルとクリトリスの三箇所を、それこそ、何十回も短い時間振動を繰り返された。

 しかも、この男はゼノビアが定食を全部食べ終わるまで許さず、股間への刺激を続けながら、ゼノビアに食事をさせたのである。

 普通の三倍以上の時間がかかった。

 振動を受けるたびに、びくんびくんと動くゼノビアのことを、横の客が不思議そうに眺めていたのを思い出す。

 

 そして、午後になって連れていかれたのは、大きな劇場だった。

 ロウは、「桟敷席」と呼ばれる高級客用の個室席を予約していて、ゼノビアはそのボックス席の中の椅子に座らされ、両手を左右に手すりに縛りつけられた。

 すると、ロウはゼノビアのシャツのボタンを外して、乳房を剥き出しにすると、再び出現したスクルドとともに、左右から鳥の羽根で、ぞれまで一度も刺激してもらえなかった乳首をくすぐり始めたのだ。

 ゼノビアは、懸命に声を抑えながら、文字通りのたうち回った。

 ロウとスクルドは、鳥の羽根によるくすぐりを延々とやり続け、演劇が終わる頃には、ゼノビアは完全に自分の脚では立てない程に脱力しきってしまっていた。

 

「いつの間にか夕方だな」

 

 再び劇場の外に連れ出されたときには、陽は空からなくなっていて、そろそろ夜がやってこようという時間だった。

 また、劇場から出るときには、後手の指縛りをさせられていて、ゼノビアはふらつく脚で必死にロウの横を歩き進んだ。

 すでに、ゼノビアには、ロウに逆らう気力も、悪態をつく元気も消滅している。

 

「はあ、はあ、はあ……。も、もういいだろう……。い、いい怪訝に開放……し、してよ……」

 

 ゼノビアは十数回目の哀願をした。

 

「馬鹿いえ。お愉しみはこれからだろう。一日かけて、練りに練りあげたゼノビアを犯してくれる“男”がこの先のホテルで待っている。それがデートの最後だ」

 

 ロウが言った。

 

「男? お前のことか?」

 

「俺は脇役だ。主役の“男”は、多分、お待ちかねだぞ」

 

「も、もう、なんでもいい……。好きにして……」

 

 もうゼノビアはすっかりと観念しきっている。

 ロウに言われるままに、ついていくだけだ。

 

 そして、やってきたのは、貴族用のかなりの高級宿屋の前だった。

 五階建てになっていて、ゼノビアはそこに連れ込まれた。だが、導かれたのは、客用の表口ではなく、従業員用と思われる裏側の入口だ。

 裏口から建物の中に入ると、建物の上にのぼる階段があった。

 

「さて、じゃあ、目的地は五階だ。そこで待っているぞ。お前を犯す男を紹介してやる」

 

「はあ?」

 

 これまでの散々の責めで、ゼノビアは半ば意識が朦朧としていた。

 だから、なにを言われたのか、よくわからなかった。

 

「じゃあな」

 

 次の瞬間、またもやスカートがゼノビアの身体から消滅した。ロウの術だ。

 それだけでなく、シャツのボタンを全部外されて、乳房も剥き出しにされる。

 

「ひゃああ──。な、なにすんだよ──」

 

 ゼノビアはその場に蹲った。

 両手は後手で指縛りになっていて、身体を隠すこともできない。

 

「一応は従業員用の階段だから客は来ないが、もうすぐ昼と夜の従業員の入れ替えだそうだ。そうなると、その恰好は目立つから、早く上がってくることだ。それと、客用の階段に向かうのはやめておけ。その姿じゃあ、なにをされるかわからなからな」

 

 ロウが笑った。

 すると、貞操帯の中の二本のディルドとクリトリスに当たる突起がゆっくりと振動を開始する。

 

「んぐうっ」

 

 ゼノビアは歯を喰いしばった。

 

「じゃあ、頑張れよ」

 

 ロウがぽんぽんとゼノビアの頭を軽く叩くとともに、姿を消滅させた。

 ゼノビアはたったひとりで残された。

 

 前が開いたシャツと振動を続ける貞操帯だけの姿で、後手に拘束されたまま……。



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972 一日デート(6)-階段遊戯

「ううう……」

 

 ゼノビアは、恨みの呻き声を出しながら、しゃがんだままたったいままでロウが立っていた空間を睨み続けた。

 ここから逃亡するという選択肢はない。

 両手は後手に拘束されているし、なによりも、貞操帯に開襟シャツを被っただけの半裸である。

 そもそも、あの男は、女を責めるということについては手を抜かない男だ。

 何らかの方法でゼノビアを見張っているのは間違いない。

 意を決してゼノビアはふらつく脚で立ちあがる。

 

「あっ、くっ」

 

 だが、立ったことによる刺激で思わず、口から甘い声がこぼれ出た。

 いまこの瞬間もずっと、二本のディルドとクリトリスを刺激する振動がずっと続いているのだ。それが姿勢を動かしたことで、股間とアナルの中の気持ちのいい場所を抉ったのである。

 いやらしいのは、ゼノビアが耐えられるぎりぎりのところをついてくることだ。

 比較的振動はゆっくりとであり、なんとかゼノビアは立ちあがることはできたのである。

 しかし、もしも、これ以上激しく動かされれば、午後からの時間、ずっと掻痒剤を塗りこめられた身体に寸止めを繰り返されたゼノビアは動くこともできなかっただろう。

 だが、まともには動けない。

 腰を真っ直ぐに伸ばすこともできないし、脚は震えて力は入らない。

 ゼノビアはぽたぽたと貞操帯の隙間から垂れる淫液のしずくを階段に落としながら、一歩一歩と階段を昇り進んだ。

 

 畜生……。

 どうして、こんな目に……。

 

 どう考えても理不尽だ。

 こんなことさせられる謂れなどない。

 あの変態どもの倒錯した性の遊びに付き合わされるなんて……。

 

 ゼノビアは、心の中で幾度もロウたちへの悪態をつきながら、息だけは殺して階段を昇っていく。

 確かに人の気配はない。

 しかし、さすがのゼノビアもこの心細さには、心が折れそうになっている。

 なにしろ、両親指を後手で指縛りにされ、振動を続ける淫具に耐えながら裸身に近い格好で入ったことのない建物の階段を昇っていくのである。

 そんあいだも、休むことのない淫具は、ゼノビアの股間からおびただしいほどの愛液をあふれさせ続けている。

 

 二階までの階段は人の気配はまったくなかった。

 しかし、二階から三階にあがっていくと、状況が一変した。

 三階以上には、夜に宿泊に備えて部屋の準備を進める従業員が、せわしなく廊下を動き回っていたのだ。

 

 ゼノビアは表情を引き締めた。

 個々の従業員用の階段こそ誰もいないが、階段をあがって次の階にあがったときには、束の間ではあるが、一度はその階の廊下にあがらないとならないのだ。

 そのあいだに、この姿を見られたら終わりだ。

 

「くそう……」

 

 呪いの言葉を口の中で吐きながら、ゼノビアは力を振り絞って、速足で廊下を横切り、四階に昇る階段に着いた。

 ほっとする。

 再び階段をあがる。

 

 そのときだった。

 これまでゆっくりだった二本のディルドがいきなり激しく振動を始めたのだ。

 

「ああっ、ああっ」

 

 さすがに腰が抜けたようになってしゃがみ込むとともに、喰いしばる口から苦悶の声が洩れてしまった。

 脳天まで突き抜けるような衝撃だった。

 

 ロウの仕業に間違いない──。

 どこか遠くでゼノビアの痴態を観察しながら、あの変態男がこのまま順調では面白くないだろうとせせら笑っているような気さえした。

 

「くっ、うっ」

 

 立とうするが腰に力が入らない。

 すると、下側から数名の者がゼノビアがしゃがみ込んでいる場所に向かってあがってくる気配がした。

 ゼノビアは背中にどっと冷たいものを感じた。

 慌てて立とうとする。

 でも、どうしても力が入らない。

 

「く、くそうっ」

 

 小さな声で悪態をつきながら、壁に身体を預けるようにして、しゃがんだまま階段を昇り進む。

 四階に出た。

 一瞬だけ確認して、五階に昇る階段に飛び込む。

 とにかく、這い進むようにして昇っていく。

 だが、下から人がやってくる気配はなくならない。

 ゼノビアは最後の踊り場まで辿り着いたが、はっきりと階下からふたりほどの男の声が聞こえて、そのまま五階に昇ってくるようだということを悟ってしまった。

 

「ううっ」

 

 そのまま進む。

 

「おっ、女の声がしたか?」

 

「そうだな」

 

 声が聞こえた。

 そいつらが昇ってくる。

 ゼノビアは玩具に翻弄されながら、階段をあがる。

 五階に着いた。

 

 ほっとしたが、それは束の間だった。

 これまでのどの階にもなかった扉が五階部分にはあったのだ。

 後ろ手でドアノブを握る。

 しかし、鍵がかかっている。

 必死にがちゃがちゃと回すが、やはり開かない。

 

「おい、お前、そこでなにをしてる──?」

 

「なんだ、こいつ──?」

 

 声のする方に視線を向ける。

 従業員らしき若い男がふたり、ゼノビアの姿に目を丸くして立ちすくんでいる。

 ゼノビアは、扉に向かって顔を向ける。

 

「あ、あたしだよ──。開けなよ──。そこにいるんだろう──。もう、ふざけっこはなしだって──」

 

 必死に叫んだ。

 その瞬間、扉が内側から開いて、ゼノビアは五階の廊下に倒れ込んでしまった。

 

「よかったな。なんとか昇って来れて」

 

 ロウの声がした。

 安堵の気持ちと腹が煮えかえるような激怒が同時に沸き起こった。

 文句を言ってやろうと、顔をあげた瞬間、目の上になにかを巻きつけられた。

 目隠しだ──。

 

「うわっ、なに?」

 

 暴れようとしたが、見えない力で押えられて身体を動けなくされる。

 そのあいだに、布を巻かれた目隠しの上から、さらに金具のようなものも嵌められた。完全に視界が消滅する。

 すると、首になにかを嵌められた。

 首輪のようなものだと思ったが、なぜか、顔が床近くまで押し付けられて、頭をあげられなくなる。

 

「そのまま這ってくるんだ。お前を犯すために待っている“男”がいる部屋はもう少しだ」

 

「ふ、ふざけんじゃ……。あひいいっ」

 

 ディルドがさらに激しく動き出す。

 膝を擦り付けるようにしたゼノビアは、腰をあげるようなみっともない恰好で床に這いつくばって腰を振っていた。

 

「いつまでも廊下で遊んでたければ、そうしててもいいぞ」

 

 ロウが笑いながら歩き去っていく気配がした。

 ゼノビアは最後の力を振り絞って、ロウの足音を這い追った。

 

 しばらく進んでからだ。

 すると、またもや突然に身体を両側から掴まれた。

 身体が浮きあがる。

 そのまま、廊下から横方向に移動させられた。

 

「うわっ──。な、なんだよお──」

 

 わけがわからない。

 しかし、廊下からどこかの部屋に連れ込まれということだけは、なんとなく悟った。

 背後でばたんと扉が閉まった音がする。

 両側からゼノビアを掴んでいる者たちが、長細いものにゼノビアの上半身を載せた。

 それとともに、胴体がそれに縛られて上半身が離れなくなる。

 ゼノビアは、なにかに上体を載せて水平に折り曲げ、両脚で立つような恰好にされた。

 

「じゃあ、男と女のお遊びの時間だ」

 

 前にロウが立つ。

 髪の毛を掴まれて、顔だけをあげさせられ、口の中に勃起した怒張を突っ込まれた。

 口の中に挿入されたのは、間違いなくロウの一物だ。

 今日の昼間、フェラチオを強要されたのではっきりと感触を覚えている。

 

「んんんっ」

 

 一方で股間から貞操帯が外された。

 ゼノビアはロウの一物を咥えたまま、絶息するような声をあげた。

 

 次の瞬間だった。

 

 そのゼノビアの股間に、いきなり淫具ではない、生の男根が後ろから貫くのを感じた。

 

「んぐううう」

 

 顔と股間の両方から男根に貫かれたゼノビアは、目隠しの下で目を丸くしてしまった。

 

 そもそも、後ろのこいつは誰?

 

「うわあああっ」

 

 すると、後かはゼノビアを犯している“男”が泣くような声を発しながら激しい律動を開始した。

 

「んふううっ」

 

「おう、しっかり犯せよ。痒み剤を塗ってやった肉棒を癒すのは、そのゼノビアのまんこだけだ。最低五回は射精しろよ。そしたら、痒みを消してやる」

 

 前側にいるロウが後ろ側の“男”に合わせるように、ゼノビアの口に律動を始める。

 喉の奥にロウの怒張の先端を繰り返し突っ込まれて、ゼノビアは苦しさに涙をこぼしながら、繰り返しえずいてしまった。

 

「ああああ」

 

 すると、後ろの“男”が号泣するような声を出しながら、ゼノビアの中に射精するのを感じた。

 

 えっ?

 

 しかし、それよりも、後ろの“男”って……。



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973 一日デート(7)-お愉しみはこれから

「ああああっ」

 

 ゼノビアは円筒型の台座のようなものに胴体をうつ伏せで拘束され、前側からロウによって口を犯され、お尻側からは誰だかわからない“男”から局部を犯されていたのだが、吠えるような泣き声をあげている後ろの“男”が誰なのかわかってしまった。

 

「ん、んんっ?」

 

 口の中にはロウの怒張が突っ込まれて、乱暴にえずかされていたので言葉にはできなかったが、その反応によって、ゼノビアがもうひとりの“男”の正体に気がついたことを悟ったのか、ロウが笑いながらゼノビアの口から怒張を抜いた。

 

「もしかして、もうばれたのか? 誰だかわからない相手に犯させて、怖がらせたかったんだけどね」

 

 ロウが苦笑しているような声とともに、ゼノビアに施されている目隠しに手を伸ばした。

 次の瞬間、目隠しが消滅して視界が戻った。

 後ろを振り返ろうとしたが、胴体部も腕もしっかりと丸いあん馬のようなものに縛られていて、それは果たせなかった。

 その代わりに、大声をあげる。

 

「シズ──。シズなんだね──。シズなんだろう──?」

 

「うわあああ、ゼノビアお姉さまあああ──」

 

 すると、後ろからシズの号泣する声がして、股間から怒張が抜かれた。

 そして、そのシズがゼノビアの顔側にまわってきて、ゼノビアの顔に頬を擦りつけるようにしてきた。

 シズは全裸のようであり、その身体には堅く縄掛けされていて、背中側で両腕を水平にして胴体に緊縛されているだけでなく、股間にも縄掛けがされているみたいだっだった。

 首を動かして、なんとか、シズの下半身を見る。すると、驚いたことにシズの股間には、立派な男根が生えていて、その根元に縄が巻いてあって、股間を通してお尻側に股縄が喰い込まされている。

 ふたなり──?

 ゼノビアは目を丸くした。

 

「わっ、なんだい、それ?」

 

 ゼノビアは叫んだ。

 

「こら、だめでしょう、シズ。ロウ様に男の振りをして、ゼノビアを犯して怖がらせろって、命令されたんでしょう?」

 

「そうね。お仕置きね……。ふふふ、じゃあ、エリカ、また捕まえてよ。もう一度、寸止め射精十回の刑にしましょう」

 

「それと、亀頭に掻痒剤の塗り足しもね。ほら、命令に従わない罰よ。観念しなさい、シズ」

 

 エリカとイライジャだ。

 はっとして声の方向を見ると、ふたりは乳房を剥き出しにし小さな腰の下着だけの半裸姿であり、壁に接するソファに並んで座っていた。

 スクルドもいる。スクルドについては、フード付きの灰色のローブを身に着けていたが、なんとなくだが、その下にはなにも身に着けていない感じがした。

 それはともかく、エリカとイライジャが立ちあがって、シズの身体を掴んで、ソファの方に引き戻していった。

 ふたりとも、愉しそうだ。

 シズは簡単に横長のソファに仰向けに倒され、お腹側にエリカ、太腿側にイライジャが馬乗りになって、二人がかりでシズに股間の男根を擦り始めた。

 

「ひゃあああ、もういやああ──、許してよおお」

 

 シズは悲鳴をあげている。

 

「駄目よお、シズ。出そうになったら言ってね。ぎりぎりでやめてあげるから」

 

「ふふふ、だけど、こうやって、三人で遊ぶと少女時代を思い出して懐かしいわね。エリカもシズも苛められる側だったけど、特にシズは苛められるのが好きだったものね」

 

「苛められるのなんて好きじゃないわよお──。ばかああ──」

 

「まあ、照れちゃって」

 

 エリカとともに、イライジャも上機嫌でシズの股間を苛めている。

 なんなんだ、これ?

 

「ほら、余所見する暇はないぞ、ゼノビア。シズが言うことをきかなかったから、予定が変わったが、あいつらの責めがひと段落するまで、俺が相手をしてやろう」

 

 ロウがあん馬に押し付けられているゼノビアの乳房に手を伸ばした。

 両乳首をそれぞれの手の指で挟むようにしてから、静かに揉み始める。

 

「ひああっ、ひゃあああ」

 

 その瞬間、胸から電撃のような甘美感が迸り、ゼノビアは顔をのけぞらせて悲鳴をあげてしまった。

 相変わらずの神がかり的な愛撫の気持ちよさであり、あまりもの急激な快感の上昇が怖くて、懸命に身体を揺すって快楽の衝撃から逃げようとするのだが、掻痒剤を塗られてずっと放置されていたこともあり、ゼノビアは凄まじすぎる快感に完全に脱力してしまった。

 

「ああっ、やめえ──。やめてええ──」

 

 ゼノビアは声を震わせて啼いた。

 そのまま続けられば、胸だけで絶頂するのは明らかだと思った。

 しかし、そのぎりぎりでロウの手が乳房から離れていく。

 ゼノビアは、はあはあと息を乱しながら緊張を解いた。

 

「ほっとするのは早いぞ。今日は、ゼノビアの身体を作り替えてやろう。叩かれたり、苛められたりするのが興奮する雌犬にしてやる。俺から離れたくても、離れられないようにね」

 

 ロウがゼノビアの横にまわり、無防備な尻たぶに思い切り平手を叩き込まれた。

 

「ひあああっ」

 

 備えていなかったゼノビアは、情けない悲鳴をあげてのけぞり返った。

 尻を叩かれて泣き叫ぶなど、屈辱であり、腹が煮える。

 しかし、局部や乳首に塗られている搔痒剤は、ゼノビアを痒み地獄に陥らせている。

 愛撫のあいだは忘れられるが、ひとたびそれがなくなると、死ぬような痒みの苦悶が襲い掛かってくるのだ。

 だが、尻を叩かれると、それがなくなる。

 ゼノビアは、叩かれる快感が癖になりそうで怖くなってきた。

 

「気持ちよさそうだな。平手よりも鞭がいいか?」

 

 ロウの右手に乗馬鞭が出現するのが横目で見えた。

 それがびしりとゼノビアの尻に打ち込まれる。

 

「んぐううっ」

 

 ゼノビアは苦悶の声をあげた。

 

 三発目──。

 

 六発目──。

 

 乗馬鞭による打擲が続く。

 

 気持ちいい──。

 

 認めたくはないが、痒みが痛みで癒える感覚は頭が真っ白になるほどの快感だ。

 ゼノビアは狼狽した。

 

「ほらっ、もっと泣け」

 

 十発目くらいの鞭打ちのあと、不意に股間にロウの愛撫が襲った。

 指でクリトリスを刺激される。

 

「ああっ、いやああ」

 

 痒みが癒える激痛の快感に替わって、突き抜けるような鋭いロウの愛撫の快美感に、ゼノビアは総身を揺すった。

 だめだ──。

 こんなのおかしくなる。

 痛みも、愛撫も同じくらいに快感になってしまい、頭がおかしくなりそうだ。

 ロウの言葉の通りに、本当に身体が作り替えられそうで、ゼノビアは恐怖さえ覚えた。

 そのあいだも、ロウの愛撫が続く。

 しかも、今度は終わらない。

 

「ひあああっ、ああっ、ああああっ」

 

 一気に絶頂感が襲い掛かった。

 

「いぐうううっ」

 

 ゼノビアは全身をがくがくと揺すって断末魔の悲鳴を迸らせた。

 拘束されている身体が弓なりに反りかえって硬直する。

 

「なかなか、いい絶頂ぶりだったな、ゼノビア」

 

 ロウが手を離す。

 ゼノビアははあはあと荒い息をしながら、身体を脱力させた。

 

「ちょ、ちょっと待っておくれ。シズになにをしたんだい──? さ、さっきの男根はなんなんだい──?」

 

 ゼノビアは必死に言った。

 いまも、シズの泣き声は聞こえている。

 ふと、視線を向けると、相変わらず、エリカのイライジャによるふたりがかりの男根責めが続いていて、いつの間にか、鳥の羽根のようなもので、先端だけくすぐられている。

 シズの股間の男根は、赤黒くなってぱんぱんに膨れあがっていた。

 

「悪戯をしているのは俺じゃないぞ。ゼノビアが俺とデートで一日遊んだように、シズは、エリカとイライジャと遊んでいたんだ。そのとき、俺がシズに“ふたなりの張形”を施したんだけど、思いのほか、あいつらが気に入ってな。それであの感じだ。だけど、俺が苛めさせているわけじゃないぞ」

 

「ふ、ふざけるなよ。あんたが元凶なのはわかってんだよ──。それよりも、そのふたなりの張形ってなんだよ──?」

 

「言ったろう。プレゼントだ。今回のカロリックでのクエストのご褒美とお礼だよ。双頭型の張形なんだが、片方を女の股間に挿入すると、あんな風に本物の男根と同じように外に出ている側が変化するという淫具だ。お前たちのような百合癖たちには、もってこいの淫具だろう? だけど、最低五回は相手に射精しないと男根は消えないという仕掛けもある」

 

「はあ、なんだ、それ?」

 

 びっくりした。

 実にばかばかしい淫具だが、本物の男根になる張形なんて、聞いたこともない。ゼノビアも魔道遣いの端くれではあるので、それがとんでもない魔道具だということだけは理解できる。

 

「ただの淫具じゃないぞ。それを使えば、女同士でも子ができることは立証済みだ。まあ、あれは改良版だけどね」

 

「子ができる?」

 

 ゼノビアは唖然とした。

 こいつが言うのだから、本当のことのような気がするが、つまりは、あれは女同士で子供を作れる魔道具ということか?

 そんなことが可能なのか?

 だったら、嬉しい。

 シズとの子供……。

 それが現実になるなら、こうやって酷い目に遭っても、いくらでも我慢できる。

 

「ああ、そうだ。ところで、さっきから、また尻を振りだしたな。どうしたんだ?」

 

 ロウが意地悪く笑った。

 ゼノビアは歯噛みした。

 こうやって話をしているあいだも、すぐに痒みの苦しさがぶり返してくるのだ。

 痒い──。

 必死に気を紛らわせようとしていたが、放っておかれると、すぐに痒みが襲い掛かってくるのだ。

 ゼノビアは顔を向けて、ロウを睨んだ。

 

「わ、わかっているだろう──。か、痒いんだよ──。ああ、もういい──。頼むよ。また、鞭を──」

 

「こうか?」

 

 ロウが再び、鞭をゼノビアの尻に叩き込んだ。

 

「ひぎいいっ」

 

 激痛にゼノビアは悲鳴をあげた。

 しかし、同時に痒みが癒える快感も引きおこる。

 

「しばらく鞭だ」

 

 ロウが続けざまに乗馬鞭を振るった。

 ゼノビアは悲鳴をあげ続けた。

 しかし、もう痛みよりも気持ちよさがまさる。

 悲鳴に甘い響きが混じっているのが自分でもわかる。

 

「もう快感だか、苦痛だかわからなくなっているだろう?」

 

 指による股間への愛撫が開始した。

 尻を叩かれまくった激痛の底から、腰が抜けるような快楽が沸き起こる。

 

「あひいいっ、ぎもじいい──」

 

 ゼノビアはわけがからなるほどの快感に総身を揺すって、拘束されているあん馬をぎしぎしと揺すった。

 

「んひいいっ、いぐううう」

 

 またもや、呆気なく達してしまう。

 

「ロウ様、シズの準備ができました。もう一度、やらせてあげてください」

 

 そのとき、エリカの声がした。

 視線を向けると、小柄なシズが両脇からエリカとイライジャに抱きかかえられてやってくる。

 相変わらず縄でぎちぎちに縛られており、全身を真っ赤にし、また、激しく腰を揺すっている。

 

「ああ、痒いいい──。痒いよおお」

 

 シズが泣き叫んでいる。

 はっとした。

 そういえば、ふたりの男根の先に、掻痒剤を塗り足すとか口にしていた。

 射精寸止めの挙句に、それをやられたのだろう。

 可哀想に……。

 

「あ、あんたら覚えてなよ──。絶対に仕返してやるからね──」

 

 ゼノビアは怒鳴った。

 

「おう、愉しみにしてるよ。仲間内の苛めたり、苛められたりの繰り返しは大好物だ。嗜虐責めの醍醐味は、責める者と責められる者が突然に入れ替わることだからね」

 

 ロウがうそぶく。

 

「言ってろ──。そもそも、お前たちの仲間になった覚えはないよ──」

 

 ゼノビアは絶叫した。

 

「まあ、そう言うな……。シズ、続きだ。今度は途中でやめるなよ。また、エリカたちをけしかけるぞ」

 

「けしかけられなくても、もっと苛めちゃうかも」

 

 エリカだ。

 いつになくはっちゃけている。

 そして、シズがゼノビアの背後に再び連れてこられた。

 

「ああ、ゼノビアお姉さまああ。許してええ──」

 

 すると、シズの股間に生やされている男根がゼノビアの股間に襲い、しばらく花口を探っていたかと思ったら、一気に女の芯を深々と挿し貫いてきた。

 

「ああっ。シズううう──」

 

 ゼノビアは絶叫した。

 やっぱり、気持ちいい──。

 ほかの誰でもなく、シズに犯されているのだと思うと、今日の一日でロウに浴びた恥辱や激怒の感情が吹きとんでいく。

 そのシズが狂ったように、ゼノビアの股間にふたなりの男根を激しくぶつけてくる。

 ゼノビアは、あっという間に、またもや絶頂感に追い詰められた。

 

「ああああっ、あああっ」

 

 そして、身体を弓なりにして激しく身体を震わせた。

 

「シズ、今度こそ、途中でやめるなよ。ゼノビアが気絶するまで犯しまくるんだ──。エリカとイライジャは、ふたりで責め合え。負けた方はふたなりの罰だ。そして、ゼノビアとシズに責めさせるからな」

 

 ロウが笑った。

 

「ええ──? そんなああ」

 

「あら、わかったわ……。じゃあ、エリカ、おいで」

 

 エリカがびっくりしたように叫び、一方で、イライジャはお道化たように笑った。

 

「ご主人様のお相手は、わたしにさせてくださいね」

 

 見守っていた感じだったスクルドがロウのところに寄ってきて、ローブを左右に割るのが、横目に辛うじて見えた。

 やっぱり、スクルドのローブの下は全裸だった。

 だけど、もしかして、スクルドはゼノビアたちと一緒にいるときから、そうだったのだろうか?

 気がつかなかったが……。

 そのスクルドはロウに、立ったまま自分の足首を掴むように命令され、その恰好で後ろから犯されだした。

 

「ああ、ご主人様ああ、これ、すごいです──。すごいいい、あああっ」

 

 元が敬虔な神殿長とは思えないくらいに、スクルドはたちまちに淫らに悶えだした。

 

 しかし、思念はそこまでだ。

 ゼノビアは、シズに責められ、頭が溶けていくような快感とともに気をやってしまった。

 

「ああ、シズうううう──」

 

 ゼノビアは絶叫した。

 だが、シズの勢いはなくならない。

 ゼノビアの絶頂など関係なく、激しい律動を繰り返している。

 

「ははは、みんな、愉しんでるか? でも、お愉しみはこれからだぞ」

 

 スクルドを犯しているロウが大きな声で笑い声をあげたのが聞こえた。

 

 

 

 

(第15話『女冒険者の帰還と受難』終わり、第16話『ある少女公主の物語』に続く。)





 *

【シズ】

 ロウ=サタルス時代の女冒険者。エルフ族と人間族のハーフ(ハーフエルフ)。ロウ=サタルス帝の正妃エリカとは幼馴染。
 ロウ帝の愛人であったという証拠はないが、死後、帝の遺言に従い、ロウ帝の妻たちとともにロウ帝の帝墓に埋葬されたことから、愛人のひとりではないかとされている。
 知られている限りにおいて、女性同士で正式に結婚をした史上最初の例。当時の状況を記した書物によれば、かなりの物議を醸したとされるが、ロウ帝の裁可により、神殿による婚姻が認められた。
 子に二女がいるが、実子かどうか不明である。当時の書物には、共通して彼女の女の愛人であるゼノビアのあいだに生まれた子であると記録されている。
 しかしながら、女性同士で子を宿す魔道は、当時はもちろん現在でも知られておらず、現在の多くの識者はそれを否定している。


【ゼノビア】

 シズと婚姻した女性。傭兵にして冒険者として有名。
 シズとともに、ロウ帝の墓地地区に埋葬されている。


 (ボルティモア著『万世大辞典』より抜粋)


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 第16話  ある少女公主の物語(1)─【10歳】
974 (めかけ)童女の小さな世界【10歳】


「絶対に壁の外に出ちゃあ、なりませんよ。出たら最後、おっそろしい魔物に喰われちまいますからね」

 

「ロクサーヌ様、絶対に屋敷の外に出ては駄目よ。お嬢様なんて、あっという間にさらわれて、殺されるか、奴隷にされて二度と戻って来られない場所に売られてしまいますからね。外は恐ろしいところですよ」

 

「お嬢様、外に出ては駄目ですよ。なにか欲しいものがあれば、屋敷の者の誰にでも伝えてください。そして、旦那様にお伝えしますので……。でも、絶対に、外には出ないでくださいね。お嬢様を見ている召使いから隠れるのもやめてくださいね」

 

 ロクサーヌは物心ついたときから、そんな言葉を繰り返し聞かされて育った。

 屋敷で暮らしていた大人たちは、ロクサーヌのような子供というものは、好奇心が服を着ているような聞き分けのないものであり、油断していると、絶対に大人の言いつけに逆らって、悪いことをするものだと決めつけていたらしく、ロクサーヌは十歳くらいになるまで、およそ、たったひとりで何かをするという経験のないまま育った。

 

 屋敷は広かった。

 成長をして大人になってから、大公の血を引く者が暮らすには、そこはとんでもなく狭くて、考えられないような古い建物だったのだということを悟ったが、当時のロクサーヌのとっては、それが世界の全てだった。

 二階建ての母屋のほかに、敷地の中には平屋の建物が五個か六個あり、駆けまわるには十分な庭もあった。

 ロクサーヌがそこで暮らした十歳までの年齢の子にとっては、十分な広さだ。

 

 そして、基本的には、屋敷の敷地の中でさえあれば、ロクサーヌはどこにでも行ってもよかった。

 ただし、屋敷を囲む壁は、大人の背の三倍はある高い石壁であり、そこから外には出てはいけないことになっていたのだ。

 壁の外はどんな場所なのだろうかとも思わなかった。

 ロクサーヌの世界は、壁に囲まれた敷地の中であり、正直にいえば、幼いロクサーヌは、その世界の外にまったく興味を抱かなかったと思う。

 石壁に閉ざされた屋敷と庭──。

 それがロクサーヌの世界のすべてだった。

 

 従って、ロクサーヌが見たことがある者というのも限られていた。

 屋敷にいるのは、「じいや」「ばあや」と呼んでいた人間族の老夫婦であり、住み込みの家庭教師であり、十数人の人間族の男女の家人であり、あとは大勢の獣人の召使いだった。

 父親も母親も一緒には暮らしていなかった。

 だが、寂しいという感覚もなかった。なにしろ、親というものが物心ついたときからいなかったのだ。

 存在はするとは教えられたが、それだけだ。

 どこの誰かということも知らされなかったし、ロクサーヌも知りたいとは考えなかった

 ロクサーヌにとっては、親というのは世界の外の存在であって、ロクサーヌには関係のないものだったのだ。

 

 また、獣人については、名前を呼ぶのはもちろん、名を覚えるのも禁止されていた。

 召使いをしている獣人というのは、家具や道具と同じであり、言葉は喋るが、ただそれだけのものだと教えられた。

 そして、獣人たち──彼らが「獣人族」という人間族とは違う種族の人族だということがわかったのは、屋敷を出てからだったが──は、いつもおどおどしていて、周りにいる人間族の者たちをひどく怖れていた。

 首には首輪があり──これも後で知ったが、「奴隷の首輪」である──、屋敷のあちこちで鞭打たれたりしていた。

 ロクサーヌのような小さな者はいない。

 いるのは、大きな大人だけだ。

 それもまた、ロクサーヌの世界のすべてだった。

 

 いまにしてみると、恐ろしく狭い世界の中で暮らしていたのだとわかるが、それは父親であった当時の大公の二人目の大公弟がロクサーヌという娘を守るためであったのだ。

 ロクサーヌは(めかけ)の子だったらしい。

 そして、父親の正妻という女は大変な悋気者で、夫であるロクサーヌの父が自分のほかに愛人を持つのを許さず、愛人を作ったと知れば、すぐに人を送り込んで、殺させたりしていたらしい。

 もしかしたら、ロクサーヌの母親も、その正妻に殺されてしまったのかもしれない。

 

 ただ、ロクサーヌの父親の大公弟は、気が弱くて正妻に頭があがらず、そんな正妻をどうすることもせず、ただ、その正妻の手が及ばないように、絶対に見つからない場所に、妾腹の娘のロクサーヌを隠したのだ。

 それがロクサーヌが育った屋敷なのである。

 場所は、獣人族ばかりが住んでいる「獣人コロニー」と称する地域の中に作った屋敷であり、確かに、こんなところに人間族の、しかも、大公の血を引いている者が暮らすなど考えられない場所だったのだ。

 決して、屋敷の外に出るなというのは、その正妻の手の者に見つからないようにということだけじゃなく、獣人地域という治安の悪い地域にぽつんとある富豪の人間族の屋敷ということで、獣人たちの犯罪に巻き込まれないようにという理由だったのである。

 

 その世界が破れたのは、ロクサーヌがもうすぐ十一歳の誕生日を迎える頃のある日だった。

 その小さな世界が壊れるときがやってきた。

 

「火事だ──。火をつけられた──」

 

 夜のことだった。

 突然に屋敷の中が騒然となっていて、寝台にひとりでいたロクサーヌは叩き起こされた。

 寝ぼけ眼のロクサーヌを寝間着のまま担ぎ上げたのは、大柄の獣人族の女召使いだった。

 横には、ばあやと男の家庭教師がいる。また、ロクサーヌを抱きあげた獣人女のほかにも、五人ほどの獣人の男女もいた。

 うつらうつらしていたのはほんの少しのことだ。

 すぐに、十歳のロクサーヌにも、ただならぬことが起きているということはわかった。

 あっという間に、部屋が煙だらけになった。

 廊下側からは、がらがらとなにかが崩れるような音があちこちから聞こえる。

 

「ど、どうしたの?」

 

 ロクサーヌは獣人の女召使いに抱かれながら叫んだ。

 

「わかりません、ロクサーヌ様。とにかく、母屋だけでなく、他の建物も含めて屋敷のあちこちが燃えてます。襲撃されているのです。ここから逃げなければなりません──。お前たちは、お嬢様を連れて逃げなさい。コロニーを脱出して、お嬢様を安全な場所に……。これは絶対の命令よ」

 

 ばあやが叫ぶ。

 ロクサーヌを抱いている獣人女をはじめとして、他の獣人たちが大きく頷いた。

 

「心配ない。俺もいる。とりあえず、この屋敷を脱出しよう。俺に任せてくれ」

 

 声をあげたのは、人間族の家庭教師だ。

 ばあやと一緒にロクサーヌを確保しにきたようだが、ふと見ると右手に剣を持っている。

 ばあやが持っている灯りで、その剣の刃が赤く濡れているのが見えて、ロクサーヌはぞっとしてしまった。

 そして、さらに気がついたが、ばあやもまた、長い棒の先に刃物がついた武器を持っている。

 

「いくぞ」

 

 その家庭教師の合図で部屋を飛び出した。

 部屋の外は炎でいっぱいだった。

 あちこちが燃えていて、その炎で照らされているのだが、ロクサーヌたちがいる二階の下の一階では剣で戦っている者たちがところどころにいて、大変な状況だ。

 ロクサーヌは抱きかかえられながら目を見張った。

 

「いたぞ──。あそこだ──」

 

「捕まえろ──」

 

「逃がすな──」

 

 一階にいた賊徒たちが一斉に声をあげるのが聞こえた。

 そして、五名ほどの塊が、戦っている家人たちの隙間を抜けて階段をあがってきた。

 

「面倒だねえ──。シーン殿、ロクサーヌお嬢様から離れないでよ」

 

 飛び出したのはばあやだ。

 ロクサーヌは驚愕したが、階段の途中で賊徒たちを迎え撃ったばあやは、あっという間に大きな身体の賊徒の男たちを斬り倒してしまった。

 

「さすがは、元の(シーラ)ランクの女冒険者様だ。現役を引退して長いとはいえ、衰えてないな」

 

 苦笑気味に言ったのは、シーンという家庭教師の男である。

 シーンは、獣人女が抱えているロクサーヌにぴったりとついている。

 ロクサーヌは抱かれたまま、階段の途中にいるばあやに合流する。

 

「いや、歳はとりたくはないものさ。ちょっと腰にきてるよ。行くよ──」

 

 ばあやが階段を駆けおりていく。

 ロクサーヌたちも一丸となって、一階におりた。

 

 それからは、ただただ怖かった。

 目の前で血が飛び、人が倒れ、怒号と悲鳴の飛び交う中をロクサーヌたちは駆け抜けていった。

 やがて、気がつくとロクサーヌたちは炎に包まれている屋敷が見えるどこかの建物の横にいた。

 さっきまでの喧噪が嘘のように、辺りは夜のしじまの中にある。

 ロクサーヌは生まれて初めて、自分が屋敷の外に出たのだということがわかった。

 

「大丈夫か、婆さん。腕を斬ったか?」

 

 シーンだ。

 

「あっ、ばあや──」

 

 ロクサーヌも叫んだ。

 ばあやが右手に怪我をして血を流していることに気がついたのだ。

 

「掠り傷だよ……。だけど、一体全体、なにがあったんだろうねえ。とんでもないことさ」

 

 ばあやは獣人に命じて、自分の傷の手当てをさせながら舌打ちをした。

 

「これだけの人数を動かせるんだ。例の狂った正妻殿に間違いないだろう。多分、ついに、ロクサーヌ様の居場所を知られたんだろうな」

 

 シーンが言った。

 

「違いないねえ」

 

「だけど、そうだとすれば、まだ追っ手は来るぞ、ばあさん。念のためだ。あんたになにかあれば、こいつら奴隷を俺に隷属するように命じておいてくれ。あくまでも、念のためだ」

 

「そうさねえ。まあ、確かにね。あたしか、爺さんが死ねば、自殺するように命令してるけど、非常事態だしね。そうするよ」

 

 ロクサーヌがいる前で、ふたりがそんな話をしていた。

 言葉のほとんどは理解できなかった。

 とにかく、ひたすらに怖くて、ロクサーヌは獣人女に抱かれて震えていた。

 一方で、ばあやとシーンは、「なにかがあったとき」のために、獣人たちの隷属の譲渡についてやり取りをしたみたいだ。

 

「よし、じゃあ、行こう。とにかく、コロニーを脱出して、ほかに身を寄せる場所を探そう。そして、旦那様に連絡を……」

 

 シーンが行動を促す。

 

「そうだね。じゃあ、行こうか」

 

 再び、ばあやが先導で進みだす。

 その次の瞬間だった。

 一瞬にして、そのばあやの首が血飛沫とともに、胴体から離れて飛んだ。



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975 凌辱依頼

「きゃああああ」

 

 ロクサーヌは獣人女性の腕の中で悲鳴をあげていた。

 たったいままで喋っていたばあやが、一瞬にして首を切断されたのだ。

 周りの獣人たちも騒然としている。

 

「全員、動くな──。命令だ。お前たちの主人は、この(ばば)あが死んだことで、俺に譲渡になった。俺がご主人様だ──」

 

 剣を抜いたままのシーンが勝ち誇ったように言った。

 ばあやの首を一閃で切断したのは、シーンだ。

 ロクサーヌの目の前でばあやを殺したのだ。

 

 また、ロクサーヌは状況も理解した。

 おそらくだが、この家庭教師のシーンは、ロクサーヌが暮らしていた屋敷を襲った賊の一味なのだろう。もしかしたら、この男そのものが賊を呼び寄せたのかもしれない。

 

 そして、機会を待って、ロクサーヌを護衛するとともに育てていたばあややじいやと切り離すことに成功したということだ。油断させたところを後ろから殺したのだ。

 さっきの会話から考えると、正妻という人が差し向けた手の者ということになるが、それを知らずに、死ねば周りの奴隷たちの隷属権をシーンに譲渡する手続きをしてしまったばあやは、そのシーンに殺されて、ロクサーヌの周りの奴隷たちも、シーンの支配下である。

 ロクサーヌは、自分が生命の危機に陥っていることを正確に悟った。

 そして、獣人女奴隷に抱かれているロクサーヌの首に、シーンの手がすっと伸びる。

 ロクサーヌを抱いている獣人女は、シーンの動くなという「命令」が効いているので動くことはできない。

 

「ひっ」

 

 ロクサーヌは恐怖で息を呑んだ。

 シーンの片手がロクサーヌの首にかかる。

 ぎゅっと首を絞められて、息が詰まった。

 苦しい──。

 

「ひぐうっ、ぐっ」

 

 両手でシーンの腕を掴んだが、当たり前だがびくともしない。

 じわじわと首が絞められて、意識が遠のいていく。

 

 死ぬ──。

 ロクサーヌは絶望に陥った。

 

 しかし、急に喉に呼吸が戻った。

 シーンが手を緩めたのだ。

 

「かはっ、がはっ、げほ、げほっ」

 

 ロクサーヌは派手に咳き込んだ。

 

「ははは、まだ殺さないよ。このまま殺せば終わりの話なんだが、徹底的に辱めてから死骸を城郭の賑やかな場所に晒せという依頼でね。欲深い依頼人は、ただお嬢ちゃんを殺すだけじゃあ不満だそうだ」

 

 すると、そのシーンの顔に不意に気持ちの悪い笑みが浮かんだ。

 あとになって、ロクサーヌは、それが好色による卑猥なものであることを悟ったが、当時のロクサーヌには、ただただ気持ちの悪い怖気しか感じなかった。

 それにしても、わずか十歳の童女に性欲を向けるものなのか──。いまでも、そのときのシーンの行動には唖然とするしかない。

 いずれにしても、当時のロクサーヌには、これからシーンがロクサーヌにしようとしていることは理解はしていなかった。ただ、なにをされるかわからないが、おそらく、酷い目に遭いそうだということは悟っていた。

 そして、その後で殺されるのだ。

 逃げるしかないと思った──。

 

「いやあああ──」

 

 ロクサーヌは暴れて、獣人女の手から身体を振りほどいて、地面に転がり落ちた。とにかく逃げよう──。必死に駆けだす。

 「動くな」という命令を受けている獣人たちは、それを阻止しなかったが、それは、シーンがロクサーヌを捕まえろという「命令」を出し直すまでの話だ。

 体幹の優れる獣人たちにあっという間に捕まったロクサーヌは、シーンの前に連れ戻された。

 

「助けてええ──。誰か、助けてええ──」

 

 獣人奴隷たちの強い力でシーンの前に連れてこられたロクサーヌは、力の限り悲鳴をあげた。

 次の瞬間、凄まじい衝撃が頬に加わった。

 

「ひぶうっ」

 

 一発で頭が真っ白になるようなシーンの平手だった。

 反対方向からもう一発殴られる。

 それだけで、ロクサーヌは脱力して動けなくなってしまった。

 

「そうやって大人しくしていることだ」

 

 シーンがロクサーヌの寝間着の襟を掴む。

 一気に引き破った。

 

「ひいいっ」

 

 ロクサーヌはまたもや悲鳴をあげてしまった。

 その頬を再びとてつもない力で張られる。

 口の中に血の味がした。

 

「学習しない妾腹(めかけばら)だなあ」

 

 シーンが笑いながら、無理矢理にロクサーヌの上半身から上衣を剥ぎ取った。

 素肌にひんやりと夜の風が当たる。

 口の中にロクサーヌの寝間着を破って作った布切れを突っ込まれて、別の切れ端で猿轡をされた。

 また両手首もまとめて余った切れ端で縛られる。

 

「丁度いい空き家のようだな。連れて来い。俺が終わった後で希望する者には犯させてやるぞ。十歳の子供だが、人間族の女には変わりあるまい」

 

 シーンが言った。

 すると、周りの獣人たちがざわめいた。

 

「えっ、いいんですか?」

 

「お嬢様を、本当に?」

 

 一緒にきた獣人奴隷たちは五人である、そのうちの三人が獣人男だった。彼らが嬉しがっているような気配を感じる。

 

「ああ、どうせ殺すからな。使うだけ使ってから殺す。凌辱してから処分すれば、報酬の上乗せということになっている。お前らも、日頃の鬱憤をこの童女ではらすといい。いい仕事だろう?」

 

 シーンが笑い声をあげた。

 ロクサーヌは叩かれて朦朧(もうろう)となっている頭でぼんやりと聞いている。

 

「へっ、そりゃあ、もう……」

 

「ありがとうございます」

 

 獣人男たちがシーンにお礼を言った。

 もうどうでもいい……。

 ロクサーヌは観念した。できれば苦しまないで死にたい。思ったのはそれだけだ。

 

「よし、なら、そこの廃家に連れていけ。獣人女ふたりは外で見張りだ。なにかあれば、対処しろ。そして、異変があれば知らせろ。命令だ」

 

 シーンと獣人男三人がロクサーヌを連れて、そばの建物の中に入っていく。

 中は家具などなにもなく、大きな部屋になっていて、瓦礫の残骸のようなものがその半分を占めていた。

 ロクサーヌはその床に押し倒された。

 

「さすがに、なにもなしじゃあ、大人のちんぽは受け入れられないだろうから、薬を使ってやろう。あとはできるだけ抵抗しないことだ。そうすれば少しは楽になる」

 

 まだ残っていた下半身の寝間着も破り取られる。

 下着もだ。

 そして、素っ裸になったロクサーヌの幼い性器に、シーンが懐から取り出した小さな平たい缶に入っていた油剤を指に載せ、ロクサーヌの性器にそれを塗り始める。まずはロクサーヌの性器の周りにたっぷりと塗りたくってから、さらに指に油剤を足して、強引に股間の中に油剤を塗り込んできた。

 

「んぐうううっ、んぎいいいっ」

 

 あまりもの激痛に、ロクサーヌは涙を流して絶叫した。

 全力で暴れるが、獣人三人がかりで押えられているので、びくともしない。

 さらに油剤が塗りこめられる。

 ロクサーヌは号泣してもがいた。

 

「お前のような童女でも泡を吹いて悶え狂うほどの強い媚薬だぞ。これを準備したのは俺の情けだ。感謝して欲しいね」

 

 シーンがロクサーヌの股間に油剤をどんどんと塗り足していく。

 だが、なにかがおかしかった。

 すぐに異常な感覚が襲い掛かってきたのだ。

 身体がかっと火照ってきた。

 特に油剤を塗られた場所が熱い。

 こんな感覚は生まれて初めてだ。

 

「んんんん──」

 

「ほう、さすがに値段だけのことはあるな。濡れてきやがった。赤ん坊でも、老女でも、女である限り異常なほどに発情すると言った薬屋は嘘はつかなかったようだ」

 

 シーンが油剤を塗りながら笑っている。

 最初のときよりも痛くはない。

 それどころか、指が股間に出入りするたびに、得体のしれない感覚が襲い掛かってくる。

 ロクサーヌは首を振って、その感覚を追い払おうとした。

 だが、暴れようとすると、さらに身体が熱くなる。

 視界が歪む。

 なにが起きているのか、なにを、誰にされようとしているのか、わからなくなってきた。

 わかるのは、股間で動く指の気持ちよさだ。

 

「んっ、ふうううう──」

 

 ロクサーヌは突き抜けてい来る衝撃に身を委ねて、ぴんと身体を突っ張らせてしまった。

 なにが起きたのかまったくわからない。

 ただ、途轍もないものが襲い掛かり、全身を貫き、そして、それがロクサーヌの頭を真っ白にさせた。

 

「ははは、気をやったか。驚いたが、これほどの薬とは知らなかったな。なら、もういいだろう。説明に偽りなしか」

 

 なにが起きているのかわからない。

 わかるのは、身体の異常な感覚だ。

 そして、熱くて、疼いて、身体を触られると気持ちいい──。

 

 だが、次の瞬間だった。

 股間になにかが入ってきた。

 身体が裂ける──。

 千切れる──。

 

「んごおおおお──。んぎいいいい──。んぐうううう──」

 

 布を押し込まれている口から絶叫した。

 痛いなんてものじゃない。

 めりめりと身体が引き破られる感じだ。

 股に太い丸太を入れられて動かされているような感覚に、ロクサーヌは悲鳴をあげ続ける。

 

「おおお、締まりやがる。こりゃあ、気持ちいいぜ。十歳の童女を凌辱する依頼なんて、どうなるかと思ったが、思ったよりもいいなあ。おかしな性癖に目覚めそうだ」

 

 ロクサーヌの股間に下半身を密着させている男が愉しそうに喚くのが耳に入ってくる。

 犯されている──。

 辛うじて、それだけが知覚できる。

 ほかはわからない。

 とにかく、全身が熱くて、そして股間が千切れそうなくらいに痛かった。

 

 そして、意識が保てなくなり……。

 

 

 

 

 

 すっと身体が軽くなって……。

 

 

 

 

 

 なにかが見えた。

 

 ロクサーヌに向かって頭をさげている大勢の大人たち……。

 

 大きな街のあちこちが燃えている廃墟の光景……。

 

 街の広場に首だけでぶら下げられているたくさんの獣人の死体……。

 

 ロクサーヌの横に立つ誰か。

 その人のことを大好きになっていて……。

 

 あれ?

 動けない?

 枷?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだこれ──?

 

 

 

 

 そんな光景が次々に表れては消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ロクサーヌは声にならない悲鳴をあげた。

 覚醒する。

 

「んぐううっ、んぐうう──」

 

 現実に引き戻される。

 死んでしまうような股間の痛み。

 それなのに、身体の上の大人の男は、ロクサーヌの股間に性器を貫かせて動かし続ける。

 

 痛い──。

 痛い──。

 痛い──。

 

「んぐううう」

 

 ロクサーヌは号泣してもがいた。

 

「ふごおっ」

 

 だが、次の瞬間だった。

 突如として、股間の異物がなくなり、ロクサーヌに覆いかぶさっていた存在がなくなる。

 

「わああっ」

 

「なんだ、こいつ──?」

 

「いつの間に──」

 

 また、押さえつけられていた力もなくなり、ロクサーヌから離れた。

 ロクサーヌは眼を開いて、異変のする方向を見る.

 みすぼらしい格好をした背の高い獣人の女が男をぶん殴っているのが視界に入った。

 ちょっとだけ頭が正常になる。

 

 殴り倒されたのはシーンだ。ロクサーヌを捕えて犯した家庭教師である。思い出した。

 一方で、シーンを殴ったのは、やはり見知らぬ獣人の女である。だが、大人ではないだろう。ロクサーヌよりはずっと背が高いが、大人ほどではない。獣人の少女だ。

 お尻には長細い尾があり、髪は獅子の鬣を思わせるぼさぼさの茶色だ。

 

「ち、畜生──。な、なんなんだ、お前──」

 

 シーンが激怒して、起きあがりながら腰の剣を抜くのが見えた。

 だが、その顔面に獣人女の足がめり込む。

 

「ふぶええ」

 

 シーンは転倒して起きあがらなくなった。

 

「わっ」

 

「た、倒せ──」

 

「ご主人様を守るんだ──」

 

 三人の獣人男も、我に返ったように一斉に獣人女に跳びかかった。

 しかし、気がついたときには、その三人は倒れ、立っているのは獣人少女だけになっている。

 すると、その獣人少女が倒れているシーンの頭を掴んだ。

 ごんと音がして、シーンの首があり得ない方向に曲がった。

 ロクサーヌは眼を見張った。

 さらに、その獣人少女は、やはり倒れている三人の獣人男にも近づき、次々に首の骨を折っていく。

 やがて、生きているのがその獣人少女とロクサーヌだけになると、彼女はロクサーヌに近づいてきた。

 早口でなにかを喋りかけてきた。

 しかし、意味はわからなかった。

 媚薬の影響でまだ朦朧としているというのもあるが、聞いたことのない言葉だったのだ。

 

「……あまり、共通語は……うまく、ない。大丈夫、か? 人間?」

 

 喋りかけてきた。

 そして、手首を縛っていた布切れが外され、さるぐつわも取り除かれる。

 

「はあ、はあ、はあ……。だ、誰……? た、助けてくれたの……? はあ、はあ、はあ……た、助けて……お、お願い……」

 

 ロクサーヌは必死で言った。

 彼女が何者なのかはわからない。

 だが、もしも、生き残れる可能性があるとすれば、それは彼女がロクサーヌを助けてくれるときのみだというのはわかる。

 

 いずれにしても、身体が熱いのだ。

 股間がどうになりそうだ。

 犯された激痛は残っているが、それ以上に身体が火照りきって苦しい。

 

「助ける……のか? まあいい。可哀想だしな……。ここで隠れて寝てたらおかしなこと、するから、殺して奪うことにした、だけ。あたしは、ルカリナ。じゃあ、こいつらの……服、剥ぐから、待ってろ。それから、あたしの別のねぐら、連れていく」

 

 彼女は、ルカリナという名前らしい。

 そして、最初に剥ぎ取った男の上衣をロクサーヌに放り投げると、当たり前のように、死んでいるらしい周りの男たちから身ぐるみを剥ぎだした。



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976 夢見の少女(1)-最初の選択

 それからのことはよく覚えていない。

 ロクサーヌは、布のようなものに包まれて誰かの肩に荷物のように担がれ、どこかに運ばれている。

 

 とにかく身体が熱くて、疼いて、苦しかった。

 ひたすら呻いて、身体中を苛む得体の知れない身体の熱さに苦悶した。

 身体が千切れるような苦しさだ。

 ロクサーヌは、痛みのような、痒みのような苦しさが襲いかかっている股間を掻きむしりたかったが、四肢が弛緩してしまって思うように動かない。

 だから、身体の芯まで届くような熱い疼きに泣き続けることしかできなかった。

 やがて、どさりと寝台のようなものの上に身体をおろされたと思った。

 そして、そこに横たわるロクサーヌを誰かが見下ろしているのがわかった。

 

「ああ、苦しいの──。あついいい──。ああっ、身体が熱いいい──」

 

 とにかく、ロクサーヌは彼女たちに訴えた。

 身体の大きな少女と老女を思わせる風貌の人物だ。

 頭に房耳がある?

 ロクサーヌは朦朧としている頭でやっと少し思い出した。ふたりのうち、ひとりは確かルカリナという大柄の獣人族の少女だ。

 陵辱されて殺されかけていたロクサーヌを助けてくれたのだ。

 だが、ここはどこだ?

 さっきの場所とは違う。とても狭い小屋のようなところみたいだ。

 

「人間族の童女だね。これをどうしたんだい?」

 

「わか、らない。襲われて、いた。助けて、やって、くれ」

 

 辿々しい喋り方はルカリナだと思う。

 だが、ロクサーヌを助けようとしている?

 なぜ?

 どうして?

 

「ふん、なんの得があるのか知らないけど、払えるものはあるのかい? まあ、出すものを出してくれれば、あたしは誰であろうと面倒を見るけどね」

 

「これで、どうだ?」

 

 どさりとルクサーヌが寝ている寝台の横の机になにかが置かれた。

 横目で見る。

 さっきロクサーヌを襲おうとした者たちの衣類や荷物だとわかった。ルカリナが身ぐるみを剥がしてまとめていたのを覚えているので、それを運んできたのだろう。

 

「ふうん……。まあいいさ。とにかく、たちの悪い媚薬だね。淫情の魔素が練り込んである。解毒剤がいるねえ……。時間が経てば楽になるというものじゃない。熱を発散しない限り、ますます苦しくなると思うよ」

 

「じゃあ、解毒剤、頼む」

 

 そのふたりがロクサーヌを眺めながら会話をしていた。

 

「魔素の練り込んである媚薬だと言っただろう。いわば、魔毒の媚薬だよ。そんなものを解毒するほどの薬が、ここにあるわけないだろう。熱を発散させてやるしかないね。我慢させると頭が灼き切れるから、股をいじって落ち着くまで発散させな。脱水症状を起こしかけてるから、水を飲ませる。それを繰り返す。それしかないよ」

 

「わかった……。お前、名は?」

 

 ルナリナがロクサーヌの背中に手を伸ばして抱き起こすような体勢になる。そのまま寝台にあがってきて胡座をかくルカリナの膝にロクサーヌは抱き抱えられる体勢になった。

 

「ロ、ロクサーヌ……」

 

「呆れたねえ。名前も知らない人間族の娘を拾ってきたのかい」

 

 獣人の老女が小馬鹿にしたような口調で笑うのが聞こえた。

 

「可哀想、だったから……」

 

「お人好しも大概にするんだね。人間族というのは、あたしたちを奴隷にして虐げる者たちだよ」

 

「そう、かもしれない」

 

 ロクサーヌは自分を前にして行われている会話を聞きていて、このルカリナという獣人の少女は優しいのだと悟った。

 屋敷を襲撃され、守ってくれる者がどうなっているかわからない状況で、このルカリナを頼れないだろうか。できれば、なんとかして世話になりたいと思った。

 図々しいが、ロクサーヌには、それしか生き残れる方法がない。

 のこのこと屋敷などに戻れば、シーンのように正妻の息がかかっている者がロクサーヌを殺す可能性が高いのだ。

 

「お、お願い。な、なんでもします。わ、わたしを……匿って。お願いします。お願いします。お願いします」

 

 ロクサーヌは必死にルカリナに哀願した。

 ルカリナは、ちょっと戸惑ったような表情になったが、すぐに頬に笑みを浮かべた。

 

「わかった。だけど、いまは熱を発散」

 

 ルカリナの指がロクサーヌの股間に触れてくる。

 

「はっ、面倒を見るのかい? お前は馬鹿だよ。自分を奴隷にする者を匿うのかい」

 

 老婆の呆れた声が聞こえた。

 だが、ルカリナの指がロクサーヌの股間に触れて、もうなにも頭に入らなくなる。

 脳天に貫くような気持ちよさがロクサーヌを襲い掛かった。

 

「ひあああっ、あああっ、ああああっ」

 

 あまりの気持ちよさに全身の力が抜ける、

 股の奥に衝撃が走り、ロクサーヌは全身を激しく暴れさせた。

 その身体をルカリナがぎゅっと抱き締める。

 

「我慢、しろ」

 

 そのロクサーヌの身体をぎゅっと抱きしめて、さらにルカリナの指が股間を動く。

 

「ひああああっ」

 

 ロクサーヌはけたたましい悲鳴をあげて、股間を上下させた。

 とてつもないものが全身を貫き、ロクサーヌはがくがくと身体を痙攣させながら、頭が真っ白になる感覚を感じた。

 全身を嵐が駆け抜け、大津波になって全身をさらっていく。

 だが、終わらない。

 ルカリナはロクサーヌの愛撫を続けている。

 すぐに、次の衝撃が襲いかかり、ロクサーヌは悶絶の声を絶叫させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま。魚……だ。二匹。仕掛け、かかってた」

 

 隠れ処にしている森の洞窟に戻ってきたルカリナがロクサーヌに差しだしたのは、網かごに入れた二匹の鯉だった。

 ロクサーヌは驚喜の声をあげてしまった。

 

「うわああっ、すっごいいい。すぐに鍋にするわね──。みんな、ルカリナお姉ちゃんが魚を持ってきてくれたわ」

 

 ロクサーヌと一緒に、森で掘った山の芋を石ですり潰して粉にする作業をしていた子供たち三人は、一斉に歓声をあげるとともに、帰ってきたルカリナに抱きつきにいく。

 ロクサーヌはそれを眺めながら、板と包丁を準備して、さっそく魚を(さば)く支度を始める。

 一方で、まだ幼い子供たちはルカリナの持ってきた魚を見て、跳ねあがって喜んでいる。三人はまだ五、六歳くらいの獣人の子供だ。猫族の双子と姉妹と犬族の男の子である。三人とも、獣人族のコロニーの中で親を失って死にかけていたところをルカリナが拾ってきて連れてきた者たちである。

 

 ルカリナはお人好しだ。

 この三人もそうだが、ルカリナ自身が文無しの孤児なのだが、面倒を見る者がいなかったり、助けを求める者がいると、拾ってきてしばらく世話をするということを頻繁にやっていた。

 ロクサーヌと暮らしだすようになって一年が過ぎるが、引き取って暮らすまでしたのはロクサーヌを含めてこの四人だけだが、なにかを恵んだり、一時的に匿ったりして助けた者は大勢だ。

 

 このカロリックにおいて、獣人の暮らしは貧しい。

 誰もが生きるのに必死であり、獣人族の暮らすコロニーと呼ばれる居住区では、人間族の分限者たち手配した「奴隷狩り」もたびたび行われる。

 誰もがぎりぎりの状況で生きている。

 家族でもない者を……、いや、家族であっても、見捨てたりするのは普通だ。

 弱い者は殺されるか、奴隷狩りで奴隷にされるかなのだ。

 そんな環境の中で、ルカリナは困っている者がいれば助けてしまう。

 ルカリナというのは、そういう女なのだ。

 

 そして、ロクサーヌもまた、そうやって助けられた者のひとりだ。

 暮らしていた大公弟の別宅が襲撃され、その妾腹の娘だったロクサーヌは、このルカリナに助けられ、そのまま一緒に暮らすことになっていた。

 強引にロクサーヌが頼み込んだものであり、このお人よしで面倒見のいいルカリナは、縁もゆかりもなく、それどころか、獣人たちを虐げる側の人間族であるロクサーヌを可哀想だという理由ひとつだけで匿ってくれたのだ。

 ルカリナがねぐらにしている隠れ家に案内されて、転々と居場所を変えながら一緒に暮らすようになった。

 そして、一年がすぎていた。

 

 ルカリナは孤児だ。

 物心ついたときには山の中でひとりであり、獣のように生きていたが、森で暮らしていた獣人の老人に拾われて育ち、その老人が病になったので、治療を求めて山を下りて「コロニー」と呼ばれる町の中の獣人居住区に移り住むようになったのだそうだ。

 自分の年齢も知らず、老人の世話になる前は名前すらなかったという。

 “ルカリナ”という名は、老人がつけてくれたそうだ。また、年齢は二十歳ということにしているそうだ。

 ただ、それは老人に拾われてから数えだした年齢であり、実際にはさらに二、三歳は上かもしれないとも口にしていた。

 いまはその老人も死に、一緒に暮らしていたコロニーの中にあった小屋も、何度目かの人間族の分限者による「奴隷狩り」で焼かれ、それからはずっと宿もなく、ひとりで暮らしていたという。

 ロクサーヌと出会ったのも、宿無しになったルカリナがそうやって、あちこちのねぐらを転々としながら暮らしだして半年くらいの頃だという。

 

 ルカリナは強かった。

 体幹が高く、人間族よりも壮健で戦闘力に優れる獣人族の中でも誰よりも強かった。

 カロリックでは、獣人族単独では冒険者にはなれないが、その冒険者たちの助っ人として参加したり、あるいは腕っぷしが必要な雑務を請け負ったりして、それで小金を稼いでいたのだ。

 また、ルカリナは、数か月に一度くらいの頻度で繰り返されるコロニーにおける「奴隷狩り」から住民を守るということもやっていた。

 もっとも、目の前でさらわれようとしている者を見たら、奴隷狩りの連中をその場から追い払うということくらいだが、それでもルカリナに感謝をしている者たちは大勢いると思う。

 

 そもそも、このカロリックでは、住民を強引に奴隷にすることは法律で禁止されている。

 賤民扱いの獣人とはいえ同様であり、コロニーという居住区に集団で入り込んで、獣人の女子供をさらっていくというのは完全に違法である。

 だが、人間族の一部はそれを堂々とするのである。

 そして、人間族の軍も役人もそれを取り締まらない。

 獣人は個々には強いので、捕えられようとすると抵抗するが、人間族は魔道具を使ったり、まだ強さの足りない女や子供の獣人を中心に捕まえて奴隷にしてしまうのだ。

 あの屋敷にずっと閉じこもっていたロクサーヌは、そんなことが日常茶飯事で行われているということは知らなかったが、それが現実なのだ。

 

 ロクサーヌがルカリナの世話を受けるようになって、三度襲撃があった。

 最初の夜に媚薬の影響でおかしくなっていたロクサーヌを看た薬師の獣人のお婆さんも、一度目の奴隷狩りの襲撃で小屋を焼かれて焼け死んでいる。

 いま暮らしている獣人の子供たちも、二度目の襲撃で孤児になった子たちだ。

 それをルカリナが世話をすることにしたのだ。

 

 そして、三度目の襲撃のときには、この子供たちとロクサーヌが隠れていた場所が見つけられて、危うく連れていかれそうになってしまった。

 離れた場所で襲撃グループと戦っていたルカリナが駆けつけ、襲撃者たちを斬り倒して助けてくれたのだ。

 だが、その結果、なぜかルカリナは、殺人犯として手配されてしまった。不当な奴隷狩りは取り締まらないくせに、それに抵抗したら犯罪者扱いをされるということに憤りを感じたが、そういうものなのだと諦めるしかない。

 そこで、相談をしてほとぼりの覚めるまで、コロニーを脱して近傍の山の中に隠れることにした。

 もともと、ルカリナが死んだ老人と生きていた界隈であり、ルカリナは狩りもできるので五人で生きるのに支障はなく、五人で暮らせる洞窟も見つけて快適に暮らせている。

 最近は、ルカリナが狩りをして、ロクサーヌが調理をしたり、生活に必要な道具を作ったりという役割ができてもきた。あの屋敷でいた頃にはなにもできなかったこともできるようになり、いまは多くのことを普通にこなせるようになった。

 三人の子供たちも、近くで水を汲んだり、木の実を集めたりと役割を果たしている。

 とにかく、ロクサーヌはいまの生活に本当に満足していた。

 

 また、一年前の屋敷の襲撃のあとのことも少しわかった。

 あの屋敷の本来の持ち主であり、ロクサーヌの父親だという大公弟は、あの襲撃のあと、正妻という人を捕えて監禁し、行方不明になっているロクサーヌのことをかなり大規模に捜索をしたらしい。

 ただ、ロクサーヌがそれを知ったのは、ルカリナに匿ってもらってから一か月の経ってからのことだったし、知ったところで、ルカリナとの生活が充実していて、貴族の生活に戻る気は全くなくなっていた。

 ルカリナも戻れとはロクサーヌに言わず、そのままだ。

 

 父親の大公弟の捜索に引っ掛からなかったのは、元々、獣人族の女子供を狙った奴隷狩りに備えて隠れる生活をしていたためであり、また、獣人族は人間族を目の敵にしていて、進んで情報を洩らす者などいないからのようだった。

 いずれにしても、ロクサーヌが隠れて外に出ない選択をしたために、父親はロクサーヌを見つけられず、ロクサーヌはルカリナとともに暮らすことになったということだ。

 多分、いまは、もうロクサーヌは殺されたと思っているだろう。

 ロクサーヌが父親が捜索していたことを知った一か月の時期からは、大公弟の手の者による調査の気配はなくなっていて、あの屋敷があった跡地も壊され、すでに別の獣人族たちが勝手に小屋を作って住み始めているという状態になっていた。

 

「手伝うか?」

 

 ロクサーヌが洞窟の前で魚をさばき始めると、狩りと漁の網を洞窟に片付けたルカリナが戻ってきた。

 洞窟の前でじゃれ合っていた三人の子供は、そのあいだ、ずっとルカリナの手を握って離さない。

 

「だめよ。なにもしないで。あなたがやったら、折角の魚が台無しだわ。料理は任せてちょうだ」

 

 ロクサーヌは器用に魚を切り分けながら笑った。

 狩りでもなんでもこなすルカリナだが、料理だけは大雑把で味付けも得手ではない。細かい作業が苦手なのだ。

 一年前まではなにもできなかったロクサーヌの方が、いまではなんでも上手にこなす。

 

「そうか。なら武器の手入れ、してる」

 

 ルカリナが鍋を似ている焚火の前の石に腰をおろした。

 腰にさげていた剣の手入れを始める。

 一方で、ロクサーヌは、山菜や木の実をあらかじめ煮ていた大鍋に、切った魚を放り込んた。

 いい香りが周囲に拡がりだした。

 

「しっ」

 

 しかし、ルカリナが突然に立ちあがり、無言で子供たちやロクサーヌに洞窟に隠れるように合図を送った。

 ロクサーヌにはわからなかったが、なにかの気配を感じたのだろう。

 すると、森から規則的な口笛の音色が聞こえてきた。

 ロクサーヌはほっとした。

 ルカリナも安堵の態度になる。

 

 殺人犯の手配を受けてしまったルカリナだが、ここに隠れていることは、特に親しいコロニー内の獣人の幾人かには知らせている。

 彼らが、どうしてもルカリナに接触したいときには、聞こえてくる口笛が合図になっていた。

 やってくるのは、コロニーにいる者たちの中でも、ルカリナに助けられて恩に思っている者たちだけだ。これまでも、手配の状況などについて情報を運んできてくれていたので、もしかしたら、なにかの伸展があったのかもしれない。

 

 やがて、がさがさと草を払って近づく気配がして、ふたりの獣人族の少年が姿を見せた。

 トムとジェルという名の犬族系の十五歳程度の者たちであり、やはり、ロクサーヌとルカリナが会う以前にルカリナに奴隷狩りから助けてもらったことがあるそうだ。

 ここにはついてこなかったが、街のコロニー側にいたときには、ロクサーヌも何度か会っている。

 

「ああ、夕食の支度中か、ローヌ。だったら、これも渡しておくよ。大した量じゃないけどね」

 

 ふたりのうちのジェルがロクサーヌに麻袋を渡してきた。

 中身は稗と粟の混じったものだ。これを水と併せて練れば、団子のようなものを作ることができる。

 貧しい獣人族たちが一般に食べる穀物だ。

 また、“ローヌ”というのは、ロクサーヌのことである。

 ルカリナと暮らすようになってからは、ロクサーヌという本名ではなく、愛称の“ローヌ”が名前だと周りに説明している。

 

「いつもありがとう。悪いわね」

 

 ロクサーヌは袋を受け取って言った。

 

「いいってことさ。俺たちがこうやって生きているのは、ルカリナさんのおかげだしね」

 

「そういうことさ。それよりも、今日は大事な話でやってきたんだ。ルカリナさん

耳を貸してもらえる?」

 

 トムがルカリナに近寄っていく。

 秘密の話があるのだろうか、トムはルカリナに密着するように顔を近づけていく。

 ルカリナが首を傾げるように、トムの口に耳を向けた。

 そのときだった。

 

「ぐあっ、なにを──?」

 

 トムが弾き飛ばされた。

 ルカリナが腕で払ったのだ。

 ロクサーヌはびっくりしたが、ルカリナの腿に投げナイフのような刃物が刺さっている。

 信じられなくて眼を見張った。

 そのロクサーヌの首に短剣が向けられた。

 ジェルだ──。

 

「そのナイフを抜くな、ルカリナ──。それを抜いたら、この人間族の女を殺す──」

 

 ジェルがルカリナに向かって叫んだ。

 

「うぐっ」

 

 トムを払ったときに立ちあがったルカリナが苦しそうに呻き声をあげながら、その場に跪いた。

 もしかして、あのナイフに毒が──?

 ロクサーヌははっとしたが、それが事実であることを物語るように、ルカリナの身体からはものすごい量の脂汗が流れ始め、顔も血の気を失って白くなっていく。

 

「ああ、ルカリナ──」

 

 ロクサーヌは叫んだ。

 

「うるせい──」

 

 ジェルから剣の束で顔を殴られた。

 ロクサーヌはその場に崩れ落ちた。

 しかし、首の剣は向けられたままだ。

 

「や、やめろ──。抵抗しない……。だ、だけど、なんで……?」

 

 ナイフを抜く仕草をしていたルカリナが、掴みかけていた手を静止させて、ジェムに視線を向ける。

 そのルカリナの身体がさらにがくりと脱力した。

 

「ああ、ルカリナ……」

 

 殴られた頭が痛い。

 ロクサーヌは倒れたまま、ルカリナの名を呼んだ。

 

「なんでって、まあ、簡単にいえば賞金目当てかな。数日前にルカリナに賞金がついてね。それで町の連中と相談して、ルカリナを告発することにしたんだ」

 

 ジェルが言った。

 信じられなかった。

 ルカリナに助けられたことがある彼らが、ルカリナを売るなど……。

 すると、最初にルカリナに殴られて倒れていたトムが起きあがって、懐から何かを取り出して、空中に花火のような爆発音を放った。

 一方で、洞窟の前にいた三人の子供たちが固まって抱き合い身体を硬直させている。

 

 しばらくすると、武装した人間族の兵がわらわらと森の草の中から現れた。

 このふたりが連れてきたのだと悟った。

 三十人ほどだろうか。

 これくらいの人数なら、ルカリナはひとりで相手をできるが、いまはルカリナは毒が回って、完全に脱力している。

 

「観念しろ。この殺人獣人め。その人間族の娘も捕えろ──」

 

 その人間族の隊の隊長らしき男が命令し、ロクサーヌとルカリナはあっという間に縄で縛られてしまった。



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977 夢見の少女(2)-友情の代償

「んごおおお──」

 

 ロクサーヌは、床に固定されている椅子に針金で四肢を縛られた状態で、絶叫しながら身体を暴れさせた。

 カロリックの公都郊外の獣人地区のコロニー内に臨時で作られた軍施設の中である。

 そこで訊問という名の拷問を受けているのだ。

 おそらく、丸一日くらいはが経っていると思う。窓のない部屋なので、実際の時間はわからない。ただそう思うだけだ。

 

 そして、いまやられているのは、電撃を発生する魔道具の棒を全裸姿の腹に当てられる拷問だ。

 いまも電撃は続いている。

 かなり長い。

 ロクサーヌは、必死に首を横に振りながら、全身に走る不快な電撃の激痛に耐えた。

 また、何度目かわからない失禁が股間から流れて、座らされている椅子を濡らしていく。

 やっと、電撃棒が腹から離される。

 

「頷く気になったな、お嬢ちゃん。お前は、あの獣人女にさらわれて毎日暴力を振るわれていた。それを認めて、この調書に触れて口にしろ。それで魔道が結ばれて証言したことになる。それが終われば、釈放してやろう」

 

 脱力しているロクサーヌの髪を掴んで、カロリックの兵が顔をあげさせる。

 ロクサーヌは、気力を振り絞って顔を横に振る。

 暴力など受けるはずもない。

 ルカリナは優しい人だ。なんの繋がりのないロクサーヌのことをただ可哀想だという理由だけで匿い面倒を看てくれた恩人なのだ。

 彼女に酷い目に遭わされたことなど、ただの一度もない。

 また、ロクサーヌに強要されているのは、ルカリナが獣人の子供を奴隷として売っていたという証言もだ。そんなこともあり得ない。ルカリナは奴隷狩りから居住しているコロニーの獣人たちを守っていたのであり、そのルカリナが闇奴隷業をしていたなど荒唐無稽も甚だしい。

 

「ちっ──。おい、釘──。左手にもう一本だ。ほんと、子供のくせに、しつこいなあ」

 

 この部屋でロクサーヌの訊問に当たっている兵は三人だ。

 壁際に置いた椅子に座っていた兵が金槌と太い釘を持ってくる。

 ロクサーヌはそれに気がつき、涙目でも「もう無理だ」という意味を込めて、必死で首を横に振った。

 すでに、左の手のひらに釘が打ちつけられて、椅子の手摺りに打ち付けられている。その横に新しい釘が手の上から打ち込まれた。

 

「おがああああっ」

 

 ロクサーヌは絶叫した。

 

「声をあげるなと言ってるだろう、ガキ──。喋っていいのは、“わかりました。その通りです、兵士様”だけだ──」

 

 釘を打って動かせない手の指に、金槌が振りおろされた。

 悲鳴をあげれば、指を金槌で打たれることになっているので、ロクサーヌは必死に口を閉じるのだが、そんなことできるわけもない。

 口から悲鳴が迸ってしまう。

 

「うるせい──」

 

 すでに骨が砕けてしまって、動かすことができなくなっている指に金槌が打ちつけられる。肌が破れて骨が見えている指に金槌で打撃され、指の半分はほとんどなくなってしまっている。

 とにかく、ロクサーヌができるのは、首を横にして否定することだけだ。

 絶対に首を縦に振らない──。

 それだけはできない。

 朦朧としている頭にあるのはそれだけである。

 

「まったく強情だぜ。そらよ」

 

 電撃棒が臍の下に当てられた。

 またもや凄まじい電撃──。

 

「むむむううっ、くうう……」

 

 顎を突き出す格好でロクサーヌは電撃に耐える。

 しかし、今度はなかなか終わらない。

 気絶をするまで続けるつもりないのか。あるいは、このまま殺すつもりか……。

 ロクサーヌはだんだんと気が遠くなるのを感じていた。

 

 この拷問で求められているのは、ロクサーヌがルカリナに不当に扱われていたことと、闇奴隷の主犯であることを証言することだった。よくわからないが、彼らは闇奴隷狩りで人間族に反撃して相手を殺したことだけでなく、奴隷狩りそのものの罪も上乗せするつもりのようだった。

 彼らは魔道を帯びた調書というものを持ってきていて、それに指を置いて、彼らが言っていることが正しいと口にすることなのだ。そうすれば、印が結ばれ証言として、数日後に行われる評定に使われるということだった。

 

 あの洞窟の前で捕らわれたのは昨日のことだが、あれから、ルカリナがどうなっているのかわからない。

 ルカリナ、ロクサーヌ、さらに三人の獣人の子どもは、兵たちに捕らわれてこの施設まで護送されたのだが、ロクサーヌはひとりにされて、こうやって訊問を受けている。ルカリナを含めて、ほかの者がどうしているかはわからない。

 

 もっとも、最初はこんな拷問ではなかった。

 ルカリナに乱暴を受けて、監禁をされていたと証言しろと口で強要されただけだった。

 しかし、ロクサーヌが断固として拒否したので、身に着けているものを全部はがれて、こうやって拷問が開始されたのだ。

 

 そのとき、自分は大公弟の娘だとすぐに言った。

 失踪してすぐのときには、少なくとも探してくれていたはずなのだ。ロクサーヌがここにいて、そのことを知れば、釈放の手助けくらいはしてくれると思ったのだ。

 だが、兵たちはせせら笑っただけだ。

 そして、嘘の証言の強要と、それに次ぐ拷問が始まったということだ。

 

「ああ、やめてええ──。もおういやあああ」

 

 終わらない電撃に、ロクサーヌは禁止されている言葉を叫んだ。

 頭が焼き切れて、毀れていくのがわかる。

 ロクサーヌはただただ、哀願をしながら首を横に振ることを繰り返した。

 

 

 *

 

 

 ルカリナと再会したのは、二日後の評定のときだった。

 獣人族のコロニー内の広場に作られた簡易な評定場であり、机が並べられていて、そこには役人らしき人間族が四人座っていて、その周りを兵が取り囲んでいた。

 また、広場全体に縄が張られていて、そこにも兵が立っていた。

 そして、多くの獣人族の住民は、まるで余興を見物するかのように、その外側に集まっている。

 

 ロクサーヌは、昨日の夜まで拷問され、最小限の治療を受けてから粗末な貫頭衣を与えられて牢の中で寝ることを許された。

 調書への証言だけはしなかった。

 それだけは必死に拒否した。

 また、砕けた指では服を着ることも難しかったがなんとか身に着けて、あとは泥のように眠った。

 食事として、なにかを与えられた気もするが、食べてはいない。

 そして、少し前に、牢の中で蹴り起こされて、革枷を手首に装着されてここまで連れてこられたのだ。

 陽は中天にあった。

 

 この際、身体が衰弱して自分では歩けなかったので、大人の兵ふたりに引きずって連れてこられた。

 いまは、評定の行われる地面に膝をついて這いつくばされている。

 結局、ルカリナにさわられたのだと認めなかったロクサーヌは、ルカリナの共犯者として裁かれることになったのだ。

 

 そして、ルカリナが運ばれてきたのだ。

 ルカリナは、布切れ一枚身に着けていない全裸だった。そして、手足をひとつに束ねられて金属の枷と鎖で拘束されて、数名がかりで板に載せられて運ばれてきたのだ。

 

「ああ、ルカリナ──」

 

 板から放り投げられて地面に置かれたルカリナには生気はなく、ロクサーヌが呼び掛けても全く反応がない。

 眼はうつろでもしかしたら、強力な薬剤でも使われたのかもしれない。ルカリナに顔を近づかせると、ぷんと刺激臭が息に混じっているのを感じた。

 そして、なによりも驚いたのは、傷だらけの身体だ。

 裸の全身には、無数の鞭痕と火傷があり、熱湯でもかけられたのか、顔の半分が焼けただれていた。

 指には全部の指には爪がなく、それどころか、十本の半分も指が残ってなかった。指のない場所はすべて強い力で引き千切られたような痕になっている。

 

「喋るな──」

 

 棒で打たれてロクサーヌは黙らされた。

 そして、評定が始まった。

 

 だが、それは全くの茶番だった。

 調書により、ルカリナは役人の連れてきた兵を殺害しただけでなく、獣人のコロニーから獣人族をさらって闇奴隷として売り飛ばしたとういう罪状が読みあげられる。

 その後、証人が次々に連れてこられた。

 

 洞窟の前でルカリナを罠に嵌めたトムやジェルだけでなく、一緒に連行された三人の子供も、ルカリナにさらわれて乱暴を受け、闇奴隷に売られそうになったと発言をした。

 ほかにも、見覚えのある獣人族の住人たちがルカリナの罪を主張していった。

 ロクサーヌは信じられない思いだった。

 強要されているとはいえ、あんなに獣人たちのコロニーで尽くしたルカリナを、その獣人たちが糾弾するのは悲しかった。

 一方で、ルカリナもロクサーヌも、発言の機会は与えられない。

 もっとも、ロクサーヌはともかく、ルカリナは呻き声さえあげられない状態なのだ。喋ることは不可能だったろう。

 

 ルカリナについては、四肢切断のうえ、晒し刑による処刑──。

 

 ロクサーヌについては、広場に設置した檻の中で、死ぬまで晒し刑による処刑──。

 

 それが判決だ。

 

 すぐに刑は執行され、その場でルカリナは四肢を切断されて、治療薬で止血され、準備されていた直柱に鉄の首枷に繋がった鎖を結びつけられた。

 ロクサーヌは、その横に置かれた檻の中に放り込まれる。

 見張りの兵が立ち、刑の執行となった。

 ロクサーヌは、ルカリナに何度も呼び掛けたが、ルカリナが意識を取り戻すことはなかった。

 

 そして、その夜のことだ。

 もちろん、陽が落ちたところで、兵はいなくならないが、少し離れたところに移動していった。

 すると、獣人の男たちが大勢現れて、ルカリナを凌辱し始めたのだ。

 ロクサーヌは声をあげた。

 だが、兵は遠巻きで笑うばかりだ。

 もしかしたら、その兵たちに獣人男たちがけしかけられたのかもしれない。

 ルカリナはほとんど無反応だったが、時折、感じているような声を出すことがあった。

 それで生きているということはわかった。

 それがひと晩のあいだ続いた。

 

 

 *

 

 

 状況が変わったのは、翌々日のことだ。

 檻に入れられてるロクサーヌは、喉の渇きと飢えで衰弱しているものの、まだ死ぬような状況ではなかった。

 一方で、ルカリナは瀕死だった。

 一晩中犯され続け、それがふた晩だ。

 むしろ、まだ息があるのが不思議なくらいだった。

 そこに、人間族の一団がやってきて、見張りの兵たちになにかの書状を見せて、ロクサーヌを解放させたのだ。

 

 後でわかったのだが、それはロクサーヌの父親である大公弟の家人と私兵だった。

 ロクサーヌが晒し刑になったことで情報が入り、ロクサーヌを確保しにきたのである。どのような紆余曲折があったのかはわからないが、ロクサーヌは手続きらしい手続きもなく、迎えの馬車に乗せられた。

 それだけだ。

 突然のことだった。

 

 このとき、ロクサーヌは最後の力を振り絞って金切り声をあげ、ルカリナも一緒にと叫び続けた。

 大公弟の家人は迷っていたようだったが、その場にいた兵と交渉をして、ルカリナも馬車に乗せたのだ。

 そうやって、ロクサーヌたちは救出され、会ったことのない父親の屋敷に行くことになった。

 

 そして、半月──。

 ロクサーヌは連れてこられた屋敷の一角の小さな建物に入れられていた。母屋ではなく、敷地内の隅にある小さな平屋の建物だ。

 父親だという者は現れなかった。ほかの家族もだ。

 そして、治療のすえ、ロクサーヌ自身はなんとか動けるようにはなったが、ついにルカリナは意識が戻らないまま死んでしまった。

 そのあいだ、ロクサーヌは、ルカリナと離れることなく世話を続けた。

 ルカリナが息をしなくなった晩は、ロクサーヌは壊れたように泣きじゃくった。

 

 

 

 

 

 そして……。

 

 

 

 

 ……ロクサーヌは目が覚めた。

 

 悲鳴をあげ、そのロクサーヌの悲鳴にルカリナの叫び声か重なった。



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978 夢見の少女(3)-夢の中へ

 ロクサーヌを以前からの知り合いの薬師の(ばあ)さんのところに運び込んで丸一日が経った。

 婆さんは育ての親の老人の世話で知り合った間柄であり、薬代代わりに山で狩った獣の肉などを渡したりするということをしていて、それなりに親しくさせてもらっている。口は悪いが悪人ではない。

 

 それにしても、不思議な感じだ。

 あれは夢だったのだろうか。

 だが、一年ほどの時間を一緒に過ごしてきた実感はあるのだ。目の前で寝ているロクサーヌは、最初に会ったときのまま──実際、最初に会った翌日なのだが──、ルカリナの記憶にある姿からは一年分幼くなっている。

 まったく、とても奇妙な感じだ。

 

 いずれにしても、全部、はっきりと記憶に残っている。

 夢なのか、幻なのかわからないが、コロニーの獣人たちの誰も彼もがルカリナを裏切ったのに、ただひとり裏切らなかった人間族の少女のローヌ……。

 ロクサーヌの父親の手引きで解放されてから知ったことだが、拷問を受けながらも、最後までルカリナを裏切ることを拒否したローヌ……。

 ルカリナを裏切るくらいなら、ルカリナとともに処刑されることを選んでくれたローヌ……。

 死んでいくルカリナを最後まで看病してくれたローヌ……。すでにルカリナは喋ることはできなくなっていたが、あのときのロクサーヌの献身的な世話はよく覚えている。意識がないと思って、話しかけ続けてくれた内容の細かいものまで……。

 

 とにかく、ルカリナが自分の衰弱死を自覚した瞬間、気がつくと、ルカリナとロクサーヌが最初に出会った晩の薬師の婆さんの小屋の中に戻っていたのだ。媚薬に苦しむロクサーヌの熱を発散させるために、ロクサーヌをルカリナの膝に抱いている状態で……。

 

 だが、全部、覚えていた……。

 しかも、そのときにロクサーヌに確かめたが、ロクサーヌにも同じ記憶が残っていた。

 ルカリナが知らないロクサーヌの記憶として……。

 あれは、なんだったのだ……。

 到底、偽物の記憶とは考えられない。

 

 ともかく、現実の話として、ロクサーヌがこれまで過ごしてきた家庭教師とやらに襲われて塗られた媚薬の酷い禁断症状はなんとか消え、全身の倦怠感や高熱に泣いてはいたが、何とか乗り越えてくれた。

 いまは、小康状態だ。

 薬師の婆さんからは、早く出ていけと言われているが、なんとか頼み込んで置いてもらっている。

 いまは眠っていて、ルカリナは横たわって静かに寝息をかいているロクサーヌを眺めながら、あの不思議な体験のことを思い出している。

 

 あれは幻だった。

 だが、単なる幻とは思えないほどの現実感があった。

 果たしてあれはなんだったのか……。

 

 それが起きたのが媚薬で苦悶するロクサーヌの股間を愛撫して、熱を発散させようとしたときだというのは間違いない。あれは特別な媚薬であり、ああやって性欲を解放させないと熱で頭が灼き切れる危険があったのだ。

 そんな危険な魔毒入りの媚薬をこんなに幼い人間族の少女に使ったということについて、あの人間族の男に憤りのようなものも感じるが、それよりも、そのときに体験したのが、あの不思議な幻だった。

 多分、そのときにロクサーヌが深い絶頂に達した。

 それがきっかけだった気がする。

 

 ともかく、果たしてあれは、まだ起きていない架空の未来のことなのだろうか?

 ルカリナが目の前のロクサーヌという少女を匿って面倒を見ることにして、一緒に生活をするようになり……。

 そして、あの受難に遭い……。

 助けた獣人族の住民に裏切られ、人間族の兵とともに捕らわれたルカリナは、ロクサーヌとともに拷問を受け……

 そして、死ぬまで拘束して放置という晒し刑による処刑を受け……。

 さらに、人間族の兵は、四肢を切断させたルカリナに、獣人族の男をけしかけて、二晩も犯させ続け……。

 そして、ロクサーヌの父親に助けられたものの、ルカリナはそのまま衰弱して……、死んだ。

 

 それらのすべてをルカリナは、自分自身の視点でも体験した。

 それだけでなく、それは一年以上にもわたる長い時間だったのに、覚醒して気がついたのは、現実の時間はほとんど経っていないということだった。

 いずれにしても、単なる幻とは考えられない現実感があった。

 

 予知夢──?

 

 なぜ、それをルカリナが……?

 

 不思議に思ったが、幾度かロクサーヌが覚醒したときに、そのことについて話した。

 共通語がうまく使えず、稚拙な会話しかできない自分がもどかしかったが、驚いたのは、まったく同じ体験をロクサーヌもまた体感していたということだ。

 そして、内容も同じだった。

 だから、あれは、おそらく、ロクサーヌのなんらかの能力なのではないかと、ルカリナは思っている。

 

「……ルカリナ……?」

 

 そのとき、目の前の寝台で声がした。

 ロクサーヌだ。

 

「ああ、調子……どうだ?」

 

 呼びかけると、ロクサーヌが大きく眼を見開いた。

 

「ああ、ルカリナ──。よかった──。夢じゃない──。ああ、ルカリナ──」

 

 すると、いきなりロクサーヌが歓喜の声をあげて、ルカリナに手を伸ばして抱きついてきた。

 ルカリナは苦笑しつつ、ロクサーヌの抱擁を抱擁で受けとめる。

 あの幻の人生から戻って、ロクサーヌは何度も眠りと覚醒をここで繰り返しているが、目を覚ますたびに、ルカリナが生きて横にいることを喜んでくれる。

 まあ、ルカリナも同じ思いだが……。

 

「その調子なら、もう移動できるだろう。さっさと出ていきな、ルカリナ。その人間族の子供を連れてね」

 

 背中から怒鳴り声が響いた。

 薬師の婆さんだ。

 ルカリナは、ロクサーヌの顔に視線を向ける。

 

「ローヌ……、いや、ロクサーヌ殿……、移動、大丈夫か? 抱いていくが」

 

 ローヌと呼ぶわけにはいかないだろう。

 目の前の人間族の少女は、この国の大公の弟の娘なのだ。あの予知夢の中で知ったことであり、覚醒してから確かめたが、ロクサーヌはあっさりと肯定した。

 だったら、貴人に対する言葉使いに改める必要がある。

 もっとも、ルカリナの言語力では、あまり敬った言葉で喋ることはできないのだが……。

 

「ローヌと呼んで、ルカリナ。お願いします……。それと、わたしは大丈夫。あなたがそばにいてくれるなら」

 

 ロクサーヌが微笑んだ。

 その表情には心の底からのルカリナへの信頼に満ちている。

 あれば、幻だったのか、単なる夢なのか、それとも、予知の能力なのかはわからないが、ロクサーヌの信愛は、あの時間が偽物でない証拠だ。

 もちろん、ルカリナも同じ思いである。

 

「わかった。行こう」

 

 ルカリナはロクサーヌを毛布で包んで抱きあげた。

 この小屋の薬師の婆さんの毛布だが、手持ちの金で売ってもらったのだ。

 

「ああ、よかったね。やっとかい。清々するよ」

 

 婆さんが悪態をついた。

 

「あ、あのう……。お世話になりました」

 

 ルカリナに抱かれているロクサーヌだ。

 ロクサーヌは婆さんにしっかりと視線を向けている。

 

「なんだい? 文句あるのかい。どこの捨て子か知らないけど、無礼者の獣人の老婆をあとで殺しに来るのかい?」

 

 婆さんが悪態をついた。

 すると、ロクサーヌが首を横に振る。

 

「いえ、五日後の夜、このコロニーのこの地区一帯で奴隷狩りが行われて、この小屋は焼かれてしまいます。どうか、五日後の夜だけは、山に逃げてください。お願いします」

 

 ロクサーヌが言った。

 婆さんは怪訝そうな顔になる。

 

「意味わかんないよ。なんでそんなことがわかるんだい。奴隷狩りをする人間たちの仲間かい、お前?」

 

「予知のようなものとしか……。とにかく、わたしたちも一時的に山に逃げます。どうかそのときに一緒に……」

 

「はあ? ルカリナ、どういう意味なんだい。わけがわかんないんだけど」

 

 婆さんが困ったようにルカリナに視線を向ける。

 

「迎えに行く。準備してくれ」

 

 だが、説明のしようもない。

 だから、ルカリナはそれだけを伝えるにとどめた。

 

 

 *

 

 

「ひええ……、ひええ……」

 

 薬師のお婆さんは、眼下に見えるコロニーの一部にあがる炎を眺めながら、呆けた声をあげて地面に座り込んでいる。

 ここは、ルカリナがかつて暮らしていた山の中であり、また、ロクサーヌが幻の夢の中で最後に暮らした洞窟の近くである。

 公都の端にある獣人族のコロニーとは、歩いて二ノスほどしか離れておらず、ここからだと喧噪までは聞こえないが、眼下の夜闇の中のコロニーの一角が炎に包まれているのははっきりとわかる。

 

 ロクサーヌは、あのときの夢の中で暮らした一年間のあいだに起きた三回の奴隷狩りのことはよく覚えている。

 さすがに、二回目と三回目の正確な日付はわからないが、一回目だけは記憶していた。

 ロクサーヌがルカリナと最初に会って六日目の晩だった。

 そのときに、やってきた奴隷狩りの一団は、獣人族の女子供をさらうだけでなく、一角に火を放ったのだ。

 それで多くの獣人族が焼け死んだ。

 だから、あのとき、五日後の夜に奴隷狩りがあるとお婆さんに告げたのだが、やはり、それは正しかったみたいだ。

 

 半信半疑のまま、ロクサーヌとルカリナとともに、昼間のうちに山に逃げてきた獣人のお婆さんは、ロクサーヌの言葉の通りに奴隷狩りがやってきて、それだけでなく、「予言」のとおりに火災まで発生したことに、腰を抜かしたように驚いている。

 また、ロクサーヌが夢の記憶のことを教えたのは薬師のお婆さんだけだが、お婆さんは十人ほどに声をかけて、一緒に離脱していた。その中には、四人ほどの獣人の子供も混じっている。運べるような家財の荷も一緒だ。薬師のお婆さんは両手の大きな荷物に薬を抱えていた。

 彼らもまた、唖然としている様子である。

 

「婆さん、その小屋、自由に、していい。奴隷狩りは、明日、終わる」

 

 ルカリナが言った。

 すぐ後ろには、ルカリナが子供のころに山で暮らしていた時期の住居である山小屋があるのだ。

 十人が入るには狭いが、全員が横になれないわけじゃない。

 また、ロクサーヌとルカリナは、別の場所にあるあの洞窟に向かうつもりである。

 あのときの夢が本当の予知夢であるなら、ロクサーヌの記憶のとおりに、洞窟があるはずだ。

 

「行こう」

 

 ルカリナがロクサーヌに声をかけた。

 ロクサーヌは頷き、その洞窟に向かって、さらに山を登り始める。

 

「ちょっと待っておくれよ。一緒にいないのかい?」

 

 薬師のお婆さんが声をかけてきた。

 だが、ルカリナが振り返って、手を横に振った。

 

「あ、あたしたちは、別で」

 

 そのまま立ち去る。

 夢の中で瀕死だったルカリナにどれだけ記憶があるかわからないが、ロクサーヌは、今回の奴隷狩りで焼け死んだはずの薬師のお婆さんはともかく、お婆さんが連れてきた獣人の中に、あの評定の中でルカリナを冤罪で告発したり、あるいは、その後の晒し刑のときの凌辱に加わった者が数名混ざっていることを覚えている。

 だから、あまり関わりたくない。

 

 また、ほかにも、予知夢の中では、この山に逃げ込む原因となった三回目の奴隷狩りのほかにも、一回目でも、二回目でもルカリナは、幾人もの獣人を奴隷狩りから助けている。

 しかし、今回の一回目において、ルカリナは事前に山に逃げてしまっている。

 それがどういう影響になるかはわからない。

 ただ、ルカリナももう積極的には助けるつもりはないみたいだ。

 ロクサーヌとともに事前に避難することをまったく拒否しなかった。

 

 なによりも、今回一回目の奴隷狩りが記憶の通りに正確に発生したことで、あれが「予知夢」に近いことはわかった。

 だとすれば、ロクサーヌにしても、ルカリナを裏切ったコロニーの獣人たちには、起きていないことに対してとはいえ、不満や怒りがふつふつと沸いている。

 だから、一緒にいたくない。

 ルカリナも同じ想いに違いない。

 夢とはいえ、一年の時間を過ごした。

 ロクサーヌにもルカリナの心を理解しているつもりだ。

 

 洞窟に着いた。

 ふたりで協力して、洞窟の前に焚火を作り、洞窟の中に運んできた毛布で寝床を作る。

 屋敷の中だけで暮らしていたはずのロクサーヌには、そんなことできるわけがないのに、実際にやってみると、ルカリナになにも教わらなくても、ロクサーヌだけで手際よく火を作ることもできた。

 やはり、単純な夢ではない。

 ロクサーヌは確信した。

 

「ルカリナ、コロニーを出ましょう。お父様に保護をお願いしようと思うの。一緒に来て。多分、ルカリナも受け入れてくると思うわ。わたしの従者か護衛ということになると思うけど……、どうかなあ?」

 

 焚火を挟んで、準備していた携行食を口にしながら、ロクサーヌは言った。

 この五日間、考えていたことだ。

 「予知夢」の中では、ロクサーヌは父親の大公弟という人には近づかず、保護されたのは晒し刑になってからのことだったが、あれがあり得る未来であるとすれば、安全なのは獣人族のコロニーからは離れることだ。

 そしてまた、予知夢が正しいとすれば、少なくとも、あの状態のロクサーヌをルカリナとともに助けてくれた父親である。

 悪いようにはならないのではないだろうか……。

 

「そうだなあ……」

 

 ルカリナは考える恰好になった。

 ロクサーヌは一度立ちあがり、ルカリナのそばに寄っていって、ぴたりと身体をくっつけてしゃがみ直す。

 

「どうした、のだ?」

 

 ルカリナがロクサーヌに視線を向けた。

 ロクサーヌは、ルカリナの膝の上に乗った。

 ルカリナがちょっと驚いている。

 

「ルカリナ……、お願いがあるの。これを使って、わたしを苛めて欲しいの。お願い」

 

 ロクサーヌが渡したのは、ルカリナがいないときに、ひとりで薬師のお婆さんを訪ねて調合をしてもらった媚薬の油剤だ。最初はけんもほろろに断られたが、ロクサーヌは「記憶」の限りにおけるこの五日間の天気や出来事のことを口にして、それが正しければ、二度目と三度目の奴隷狩りの情報を教えると条件を示したのだ。

 お婆さんは馬鹿にしたが、三日目のときに、この油剤の缶を渡してきた。

 すべて正しかったからだ。

 最終的に、お婆さんが幾人かとともに、山に逃げることを選択したのはそれが理由でもある。

 ロクサーヌは、正確な日付まではわからないと言いつつも、どのくらいの時期に、どういう場所で、どんな風に奴隷狩りが発生するかを薬師のお婆さんに示した。

 お婆さんは、小馬鹿にした態度ながらも、眼だけは真剣にロクサーヌの話を聞いていた。

 

「えっ、だけど、それはなにもなかったし……」

 

 ルカリナが当惑の口調で言った。

 この五日間の中で、ロクサーヌの体調が回復してから、一度、同じことを試してみている。

 だが、あの予知夢のようなものをもう一度見ることはなかったのだ。

 そのことをルカリナは言ったのである。

 

「ううん……。なんとなくだけど、予感がするの。あのとき、わたしは屋敷には戻らず、ルカリナと一緒に暮らすことを選択して、その後でルカリナにいい気持ちにしてもらって、あの予知夢をみたの……。だから、もう一度……。だけど、いまはお父様に頼ることを決めた。もしかしたら、今度は別の予知夢が見れるかも……」

 

 ロクサーヌは言った。

 ルカリナが油剤の缶を受け取り、じっとロクサーヌを見る。

 

「だから、同じ、ように?」

 

「ええ、できるだけ同じに……。この前も薬を使われていたし、同じものじゃないけど、できるだけ同じように……。やってみようよ」

 

「なるほど」

 

 ルカリナが頷く。

 そして、ロクサーヌを抱いて立ちあがった。

 

「きゃん」

 

 いきなりだったので、ロクサーヌは小さな悲鳴をあげてしまった。

 ルカリナはロクサーヌを洞窟につれていき、毛布の上におろす。

 

「自分で股を開いて……」

 

 ルカリナが言った。

 ロクサーヌは下着は身に着けてなかったので、貫頭衣のスカートの下にはなにもない。

 お尻を毛布に着けた状態で自分でスカートをまくり、膝を曲げたまま脚を開く。

 

 まだ十歳でしかないロクサーヌだが、獣人族と人間族のあいだの性風俗の習慣は全く違う。

 人間族のような倫理観はないので、ルカリナは頼めば、ロクサーヌを愛してくれる。

 あの予知夢の中での一年間のあいだで、ロクサーヌはルカリナに何度か愛してもらった。お互いに愛し合うこと自体への抵抗はない。

 

「なら、できるだけ、同じように……」

 

 ルカリナがにっこりと微笑むと、油剤の缶を開けて、指にたっぷりと油剤をすくうと、いたわるように優しく油剤をロクサーヌの股間に塗りこめてきた。

 

「あっ、も、もっとたくさん……。うんと苦しいように……。あのときと同じように……」

 

 ルカリナの指の感触が気持ちいい。

 ロクサーヌは太腿をもがくようにうねらせながら言った。

 

「もっと、だな?」

 

 すると、ルカリナが再び、缶から油剤をすくい、撫ぜるように股間に塗っていく。

 

「あっ、き、気持ちいい──。も、もっと深くまでしてえ──」

 

 ロクサーヌは力いっぱいにルカリナを抱き締めて言った。



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979 夢見の少女(4)-二度目の予知夢

 まだ十歳でしかなく、性経験は乏しいものの、ロクサーヌは、あの「予知夢」と呼ぶべきか、あるいは「白昼夢」と呼ぶべきかはわからないが、それを引き起こしたのは、ルカリナに気持ちよくされたときの天にも飛翔するかのような幸福感が関係する気がしている。

 性的刺激で絶頂をしたのは、ルカリナとの行為が最初ではない。あの裏切り者の家庭教師に凌辱をされたときも、ロクサーヌは、媚薬を使われて一度絶頂をしている。

 しかし、あのときには、なにも起きなかった。

 不思議な「予知夢」を見たのは、ルカリナを相手にしたときだった。

 違いは、それにある。

 

 とにかく、だから、あのときと同じような媚薬まで準備した。

 ロクサーヌを犯した家庭教師ではなく、ルカリナに愛されるなら、媚薬はロクサーヌをいたぶる卑劣な手段ではなく、気持ちよくなるための材料になる。

 あのとき、ロクサーヌは気持ちよかった。

 だから、もう一度……。

 

「ね、ねえ、もっとローヌが苦しくなるように、くすりを塗ってね。うんと、意地悪するの──」

 

 ロクサーヌは、ルカリナにしがみつきながら言った。

 あのときのロクサーヌは、媚薬の影響で手足を動かすこともできなかった。そうやって、ルカリナに指で刺激され、死ぬほどの気持ちよさを感じたのだ。

 根拠のないロクサーヌの勘でしかないのだが、それを再現すれば、多分、あの「予知夢」は見れる。

 そして、ルカリナとコロニーで暮らすという選択ではなく、見たこともない父親に頼って身を寄せるという選択をしたことが正しいのか調べられる……。

 

「も、もっとか?」

 

 ルカリナは媚薬の油剤をロクサーヌの股間に塗り足しながら言った。

 

「う、うん──。ローヌが苦しくて、泣いちゃうくらいに塗り足すの」

 

 ロクサーヌは声をあげた。

 すでに、かなりの油剤を塗っていて、死ぬほどに股間が熱くて、そして、身体が溶けるようなむず痒さを感じだしているがまだまだ。

 身体からはまるで水でも被ったかのような汗にまみれている。

 あのときと一緒だ。

 

「あんっ、ルカリナ──。もっと、もっとなの──。でも、一度に気持ちよくしないで。何度かぎりぎりまで続けて、ローヌが泣くまでいかせないで。ううん、泣いてもなかなかいかさないで──。そっちが気持ちいいの」

 

 おそらく、ただ気持ちいだけじゃだめなような気がするのだ。

 死ぬほどの幸福感と快感の先に、あの不思議なことが起きると思う。なぜ、そう思うのかわからないが、そんな気がするのだ。

 

「わかった。容赦なく、だな」

 

 ルカリナが膝の上のロクサーヌを片手で強く抱き締めつつ、スカートをまくってロクサーヌの股間を弄り続ける。

 まだ、幼いロクサーヌだが、あのときの晩だけでなく、予知夢の中でもロクサーヌは幾度もルカリナと性の遊戯をしたから知っている。

 すぐに達しても気持ちいいが、何度か焦らされた挙句に達するのは、本当に天上に昇るほどに気持ちいいのだ。

 

「う、うん──。容赦なく──」

 

 ロクサーヌはルカリナの首に回している右手首を左手でがっしりと握った。

 股間が死ぬほどに痒くて、疼いて、熱くて自分で擦ってしまいそうなのだ。

 だけど、痒い──。

 ロクサーヌは知らず、ルカリナが動かす指に股間を押しつけるようにしながら、自分で激しく腰を動かしていた。

 

「だめだよ。自分で動いちゃ」

 

 ルカリナが股間に触れていた手をすっと離し、ロクサーヌの内腿を上から押さえつけた。

 強い力で押さえつけられて、ロクサーヌは悶えることさえできなくなる。

 すると、痒みが倍増する気がした。

 

「あああっ、かゆいいい──。死んじゃうう──。かゆいいい──」

 

 ロクサーヌは悲鳴をあげてもがいた。

 だが、しばらくのあいだそのままにされる。

 ルカリナの腕の中で暴れ疲れてきたロクサーヌが脱力しかけると、再び、ルカリナが油剤を塗り足してきた。

 しかも、穴の奥まで指で油剤を押し込んでくる。

 

「いいいいいっ」

 

 ロクサーヌは歯を噛み鳴らしながら呻き声をあげた。

 

「小さな淫女だな……。ふふ、あたしの淫女……」

 

 すると、ルカリナが不意に愉しそうに笑った。

 恥ずかしさととともに、大きな幸福感が襲い掛かる。

 

「んっ、くうううう──」

 

 ロクサーヌは身体を弓なりにして全身を突っ張らせた。

 いくっ──と思った。

 しかし、ルカリナの指はぎりぎりのところで離れていく。

 

「ああっ、やだああっ」

 

 寸前で絶頂を許されなかったロクサーヌは泣き叫んでしまった。

 そして、同じことを三回、四回と繰り返された。

 ロクサーヌは訳がわからなくなった。

 

「あああっ、もう許してよお」

 

 五回目の寸止めをされたとき、ロクサーヌはもう限界だと思った。

 すると、すぐに指が戻ってきて、今までとは比べ物にならないくらいに激しく指を動かされた。

 すると、股間がかっと火照りきり、想像もできなかったような気持ちよさが全身を貫いた。

 

「ああ、ルカリナ、だいすきいいい──」

 

 ロクサーヌはまるで雷にでも打たれた感覚になりながら、全身をぐっとのけぞらせた。

 太腿が張り、次いで、ぶるぶると痙攣が繰り返す。

 頭が真っ白になる感覚が襲い掛かり、ロクサーヌはすっと自分の意識が絶えるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大公弟家に保護されたロクサーヌたちに待っていたのは、お世辞にも歓迎とはいえない扱いだった。

 父親だという大公弟は、温和そうな顔をした小太りの男だったが、口元は微笑んでいるのに、目元はちっとも笑っていなくて、なんともいえない不気味さを覚えた。

 ロクサーヌに賊をけしかけたという正妻という女の人はおらず、最初から存在していなかったかのように、屋敷の誰に訊ねても行方を教えてくれなかった。

 もっとも、ロクサーヌは初日に母屋という大きな屋敷で父親に顔を合わせたものの、その日のうちに、敷地内の小さな離れに移動したので、母屋側の家人にはほとんど会わず、彼らと会話をする機会はほとんどなかったが……。

 

 兄という人が二人いたが、彼らと会ったのは半年以上経ってからだ。上の兄は既に成人をしていて、十六歳であり、下の兄はロクサーヌよりも二歳上の十三歳とは知ってはいたが、屋敷の庭で偶然に顔を合わせて、身なりや風体から兄たちだと悟って、慌てて声を掛けようとしたが、完璧に無視された。

 屋敷に入って一年経ったいまでも、一度も会話はしたことはない。

 

 いずれにしても、あれから一年──。

 ロクサーヌは、十一歳になっていた。

 

 ここまで無視するのに、どうして、わざわざ一年前にロクサーヌを探して引き取ったのだと思うのだが、まあ、それが貴族家というものだろう。

 いずれにしても、少なくともこの一年のロクサーヌの扱いは、最小限度の世話をされているが、この屋敷の中では存在しないも同じというものだ。

 

「夕食……です、ロクサーヌ様」

 

 メイド姿のルカリナが食事を運んできた。大柄の獣人少女であるルカリナに、可愛らしいメイド姿は似合わないのだが、所作については、この一年で粗雑さは消滅し、上級貴族のメイドらしくなってきた。

 相変わらず、喋るのは苦手のようだが、それを除けば、ルカリナも本当に努力してくれたのだと思う。

 ロクサーヌは、この屋敷に来てからあてがわれている家庭教師からの課題をこなしていたが、本を置いて席を立つ。

 

「ありがとう、ルカリナ」

 

 勉強部屋から食事のための部屋にルカリナの先導で歩く。

 テーブルには食事が並べられていて、若い人間族のメイドが明らかに不遜な態度で待っていた。

 ロクサーヌは溜息をついた。

 こちらの別宅に固定のメイドはおらず、大抵はルカリナだけだ。正確には、ルカリナはメイドではなく、ロクサーヌの専属奴隷なのだが、護衛でもあり、メイドの仕事もするということなのである。

 母屋では、向こうの家族で集まって食事をすると聞いているが、その家族にロクサーヌは含まれておらず、向こうに呼ばれることはない。

 だから、料理は母屋から運ばれてくるのだが、そのとき、向こう側の召使いがロクサーヌの食事につかなければ、ルカリナと同じテーブルで一緒に食事をすることにしている。

 だが、今日のように、彼女たちの眼があれば、それはできずひとりで食事をとらないとならない。

 だから、溜息をついたのである。

 

 いずれにしても、この一年色々あったが、まあ恵まれた暮らしをさせてもらっていると思っていいだろう。

 ロクサーヌとしては、屋敷で無視されようが冷遇されようがどうでもよく、ただただルカリナを受け入れて、一緒に生活をさせてもらえることだけが望みなのだが、それはかなっている。

 このカロリックでは、大貴族の子女に、獣人の専属奴隷をつけて護衛をさせることは一般的なので、ロクサーヌのそばにルカリナという存在をつけることはすんなりと受け入れられた。

 

 ただ、隷属することは求められた。

 ルカリナを奴隷にすることには、ロクサーヌには抵抗はあったが、ルカリナは応諾した。

 もっとも、隷属の魔道を結ぶためには、ただ応じるだけではだめで、心からの屈伏が必要であるので、それについては多少の手間はかかった。

 そのとき、ロクサーヌはルカリナとふたりきりにしてもらい、ルカリナに拘束を受けていてもらって、持っていた掻痒剤で放置責めにして苦しんでもらった。

 掻痒剤を塗った身体を指でくすぐりまくって泣かせ、ロクサーヌはルカリナへの隷属を結んだ。

 あれは思い出してもぞくぞくする思い出だ。

 

 物音ひとつ立てずに、ロクサーヌは食事をする。

 コロニーにいたときにも家庭教師がついてマナーは徹底されたが、この屋敷にきてからのマナー指導は、比べ物にならないくらいに厳しかった。

 いまでこそ、食事にマナー指導の教師はつかないが、最初の半年くらいは鞭打ちなしに食事などできなかったのを覚えている。

 

 そして、食事が終わる。

 給仕をしていた若いメイドはさがっていき、こっちの別宅にはロクサーヌとルカリナだけになる。

 基本的には、ふたりだけなのだ。

 だが、時折、ああやって、母屋側から誰かしらやってきたりもする。完璧に無視してくれれば一番いいのだが、よくわからないか、まあ、監視の目的などもあるのかもしれない。

 

「ルカリナ、食事は?」

 

 やっと二人きりになったところで、ロクサーヌは声をかけた。

 

「先に、食べた。いや、いただき……ました」

 

 たどたどしいルカリナの敬語に、ロクサーヌは悪いと思いながらもくすりと笑ってしまった。

 

「ふたりきりのときには無理して丁寧に喋らなくていいのよ。そう……。なら、しばらくしたら、汗を流したいので入浴の準備を……。もちろん、あなたも一緒に入るのよ」

 

 ロクサーヌはくすくすと笑った。

 一年前に、ロクサーヌの持つ不思議な能力のことがわかってから、ロクサーヌとルカリナの百合の関係は続いていた。

 なにしろ、ロクサーヌは性的興奮をしたときに、大きな幸福感に包まれると、これから起きることについて予知夢を見ることができるのだ。

 それは、他愛のない日常についての予知夢のときもあるし、大きな出来事に関する予知夢の場合もある。どのくらいの将来のことについてなのかということについても千差万別だ。

 いまだに法則性はわからない。

 ただ、ロクサーヌがルカリナと愛し合うと、予知夢が見れる。

 それは、味方のいないロクサーヌとルカリナがこの屋敷で生きるための最大の武器になっていた。

 実のところ、ロクサーヌはこれまでに三度毒を盛られたことがある。

 いずれも、予知夢のおかげでそれを回避した。

 まあ、いったい誰がなんのために、ロクサーヌの命を奪おうとしているのか、まったくわからないのだが……。

 

 いずれにしても、だから、ロクサーヌは毎夜、ルカリナに愛してもらわないとならない。

 これは必要なことなのだ──。

 すると、ルカリナが意味ありげに微笑んだ。

 

「手枷も、準備しておく」

 

 生真面目そうにしか見えないルカリナがロクサーヌだけに見せる笑顔だ。

 予知夢を見るためには、性的興奮が必要なのはもうわかっているが、ただ絶頂するだけでなく、激しく絶頂する必要もあるのだ。

 普通に愛してもらうよりも、拘束されてルカリナに愛してもらう方がずっと興奮する。拘束されてルカリナに苛められるのは、実はロクサーヌの毎日の愉しみのひとつになっていた。

 

「うんと、苛めてね」

 

「わかった。また、泣くほど苛める」

 

 ルカリナがくすくすと笑った。

 しかし、入浴でのルカリナとの逢瀬はお預けとなった。

 珍しくも母屋側から呼び出しがあり、向こうに赴くことになったのだ。

 ロクサーヌは身なりを整え直して、ルカリナを伴って、慌てて母屋に出頭した。

 案内をされたのは、父親である大公弟の部屋だ。

 入ると、上の兄が一緒にいて、ロクサーヌを待っていた。

 

「お前の婚約が決まった。ルクセン卿の正妻として嫁ぐ。もっとも、嫁ぐのは二年後だ。そのつもりでいろ」

 

 前触れなく突然に、父親である大公弟に告げられた。

 ロクサーヌは慌てて頷いた。

 だが、ちょっと疑念に思って、口を開く。

 

「承知しました。でも、ルクセン卿と言われるのは、あの第二将軍閣下であられると思うのですが、すでに三人の奥様がいたように思うのです」

 

 この一年のあいだに、散々に勉強をさせられたので、このカロリックにおける主要貴族については頭に入っていた。

 ルクセン卿というのは、もう六十を超えた重鎮であり、ロクサーヌとはかなりの年齢差だ。それはいいのだが、同じ年の正妻のほかに、四十代と三十代の妻もいる。

 そんなところにロクサーヌが嫁ぐということにも戸惑ったが、正妻というのはどういうことだろうか?

 嫁ぐとすれば、四番目以降の末席ではないだろうか。

 

 もっとも、その背景はわかる。

 これも家庭教師に教わった知識でしかないが、現在の大公は老齢であり、その後継者としてふたりの人物が主導権を争っているそうだ。

 すなわち、大公の子にはふたりの公子がいたのだが、第一公子は五年前に病で死去しており、その息子が二十歳になっていて、その大公孫の彼が正式の後継者なのだが、実は、四十歳になっている第二公子を推す勢力も大きく、現在はそれぞれの派閥が激しく競い合っているのだという。

 ロクサーヌの父親の大公弟は、第二公子派だと教わったが、ルクセン卿というのはどちらの派閥にも属さない中立だったはずである。

 その卿を派閥に呼び込むための婚姻なのだろう。

 

「妾腹といえども、この家から嫁ぐのだ。順位は入れ替わる。お前は正妻として向こうの家に入る」

 

 父親だという人の横で不機嫌そうな表情をしていた上の兄が言った。

 ロクサーヌとしては、頷くしかない。

 そんな風に入れば、さぞや恨まれるのだろうなとちょっと思った。

 

「わかりました……。ただ、ひとつだけお願いがあります」

 

「お願い?」

 

 上の兄がさらに不快そうな顔になる。

 

「ルカリナを同行させます。婚姻先に」

 

「その獣人奴隷か。嫁入り道具に加えるということか。まあ、咎める理由もないし、問題ないだろう」

 

 父親の大公弟が言った。

 

「ならば、問題ありません」

 

 ロクサーヌは頷いた。

 

「話は以上だ」

 

 ロクサーヌは部屋を追い出された。

 ルカリナはずっと黙ったままだったが、母屋から別宅に移動したところで、口を開いた。

 

「いいのか?」

 

 ルカリナの口調には、ちょっと心配するような響きがあった。

 ロクサーヌは、立ちどまってルカリナに微笑みかけた。

 

「まったく。あなたも一緒だもの」

 

 ロクサーヌはにっこりと微笑んだ。

 

 すると、すっと周りにあるものが急に真っ白くなっていったと思った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと、ルカリナの膝の上にいた。

 

 すぐには状況がわからなかったが、ロクサーヌとルカリナがいるのは、洞窟の中のようだ。

 だんだんと頭がすっきりしてくると、やっとはっきりと自覚した。

 まだ、ロクサーヌは十歳のままであり、獣人コロニーの屋敷への襲撃から逃れて、このルカリナとともにとりあえず、山の中に逃げてきたのだった。

 そして、もう一度予知夢を試そうとして、ルカリナに愛してもらったのだ。

 果たして、さっきまでいたのは、その予知夢の中のようだ。

 

「また、夢……」

 

 ルカリナがぼそりと言った。

 ロクサーヌはルカリナを見上げた。

 

「……そうね。ルカリナ、一緒に来てくれる? あなたのことを大切にすると誓う。誓います。だから、一緒に来て欲しいの」

 

 ロクサーヌは言った。

 だが、不安だった。

 今度の予知夢は悪いものではなかった。

 いや、むしろ幸せだったと言っていい。

 一年度に、老人に近い貴族と婚約するということについてはびっくりしたが、ルカリナと離れなくていいのであれば、なんの問題もない。

 ロクサーヌの望みは、ルカリナとずっと一緒にいられることだけなのだ。

 

「そうだな。問題ない。一緒に、行こう」

 

 ルカリナはすぐに頷いた。

 ロクサーヌはほっとした。

 だけど、信じてた。

 ルカリナなら、きっと応じてくれると……。

 傲慢じゃない。逆なら、ロクサーヌはルカリナのためになんでもする。いまは、逆の方が都合がいいだけ……。

 

「あ、ありがとう。ありがとう、ルカリナ──」

 

 だから、お礼だけを口にする。

 ロクサーヌはルカリナに抱きついた。

 身体は異常なほどに怠かった。たったいま、深すぎる絶頂をしたばかりだからだろう。

 だが、不思議な感覚だ。

 予知夢の中で、ロクサーヌはルカリナと、再び一年ほどの時間をすごした。

 しかし、この身体の脱力感は、その直前の記憶であるルカリナとの逢瀬から、ほとんど時間がすぎていないのだということを感じさせてくれる。

 ここから見えるが、洞窟の外の焚火も、まったく変化していない。

 ほんのわずかな時間だったのだ。

 

 だが、それはともかく、だんだんと股間が痒くなってきた。

 一度達したところで、たっぷりと塗った掻痒剤の効果は簡単には消えない。

 

「ああ、痒い」

 

 ロクサーヌはルカリナから手を離して、自分の股間に手を持っていく。

 しかし、ルカリナがその手をがっしりと握って、それを阻んだ。

 

「あん、やだ」

 

 ロクサーヌは身悶えた。

 一方で、ルカリナはくすくすと笑っている。

 

「ふふ、夢の中でローヌは苛められたがってた……。だから、苛める」

 

 ルカリナがロクサーヌの両手を背中に回して動けないように脚で挟んで固めてしまった。

 すると、地面に置いていた油剤の缶から新しい油剤を指につけて、それを股間に近づけた。

 しかし、すっとさらに違う場所に指が向かっていく。

 ロクサーヌはどきりとした。

 びっくりしたことに、ルカリナの指はたっぷりと油剤が塗ってあるお股ではなく、お尻の穴に向かったのだ……。

 そして、油剤を潤滑油にして、するりとお尻の穴の中にルカリナの指が入ってくる。

 

「きゃん」

 

 ロクサーヌは身体を跳ねあげた。

 

「ふふふ、ここ、触られるのも、好きだった……。だから、してあげる」

 

 ルカリナは悪戯を思いついたように、くねくねとロクサーヌのお尻の穴で指を動かし始めた。

 

「あん、ルカリナ──」

 

 ロクサーヌは悲鳴をあげて悶えた。

 

 

 

 

(第16話『ある少女公主の物語(1)』終わり、『2』に続く)



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 第17話  ある少女公主の物語(2)─【13歳】
980 大公一族の騒乱-女間者【13歳】


【カロリック公国勢力図】


【挿絵表示】



 *




 ルクセン=ブルック卿がその建物の地下室に到着したのは、深夜に近い時間だった。

 ここは、軍部や宮廷の牢ではなく、次期大公の座を巡っての激しい派閥抗争にあたって、今回のように敵派閥の間者などを訊問するために特別に準備している秘密の場所になる。

 

 第一将軍のレンネンと並ぶカロリック総軍の双璧と(うた)われている第二将軍のルクセンではあるが、年齢は六十四になる。

 なかなか、体力も若い時代と同じというわけにはいかず、夜中まで起きているのはつらいものもある。

 ただ、この仕事は第二公子ビンスの直々の命令によるもので、余人に任せるわけにはいかないし、また、情報の漏洩防止には最大限に配慮せよという指示も受けている。

 従って、虜囚を捕えたのも、監視をしているのも、ルクセンが完全に信用のできる部下だけであり、万が一にもビンス公と大公の後継者争いをしている死んだ第一公子の長子カートン公に転ぶことがあり得ない者を選定していた。

 

 老齢であるとともに病に倒れている現大公の後継者争いは熾烈を極めていた。

 すなわち、現大公にはふたりの息子がいて、まず第一の候補は、すでに逝去している第一公子の息子がカートン公であり、現大公からすれば孫にあたる人物で年齢は二十歳になる。

 現大公は、優秀と言われていた第一公子の忘れ形見であるカートン公を次期大公として公太子に指名している。

 ただし、その政治姿勢は冷徹で厳粛であり、不正など一切認めず、違法行為を犯す役人たちを厳しく処断していることで、高級貴族を中心に、カートン公に対する忌避感は高い。

 

 それに対して、厳格なカートン公太子に対抗するかたちで勢力を作っているが、現大公の第二公子のビンス公だ。

 粗暴で短絡的であることで、現大公からは嫉まれているが、カートン公の厳しさを嫌う大貴族たちからは人気はある。不正行為に容赦のないカートン公を厭い、これまで通りに甘い汁を吸いたい大貴族を中心に勢力を増やしているのだ。

 もっとも、もしも、現大公が病床でなければ、カートン公が次期大公で間違いないのだろう。残念ながら、現大公はすでに病床から離れることができずに発言力は失っている。厳粛屋のカートン公の後押しにはならない。

 

 そして、エルゲンは三年前に、大公弟のギストン公の仲介で、第二公子のビンス公の派閥に入った。

 厳しすぎることで大貴族に不人気のカートン公がこのまま大公になれば、公国は荒れると考えたからだ。

 重鎮の中でカートン公についているのは、現宰相と第一将軍のレンネン卿くらいのものだ。大部分の主要貴族は、現大公の指名したカートン公ではなく、ビンス公を推している。

 

 また、性格が粗暴というが、ルクセンからすれば、むしろ頼もしいと思っている。

 大公弟のギストン公の仲介で面談したが、すぐに馬が合うことがわかった。

 なによりも彼の女扱いがルクセンに共通するものがありすぎて思わず笑ってしまったものだ。

 

 嗜虐癖で好色──。

 

 周りの女たちを調教して、雌犬に堕とすのがビンス公の悪癖だという。

 だが、それこそ、ルクセンの性癖と共通するものだ。ルクセンはあっという間に意気投合した。

 

 いずれにしても、ルクセンの第二公子の派閥入りの証が、派閥最大の重鎮である大公弟のギストン公の娘のロクサーヌ嬢との婚約である。

 妾腹というがギストン公の娘だ。三人いる妻の序列を落として正妻として迎えろという条件だったが、これは承知した。

 

 だが、婚約したときには十歳であり、三年が経ったが、まだ十三歳でしかない。

 股毛も生えてないような童女に媚びを売る気にはなれず、婚約者といえどもほとんど会ったことはない。しかし、半年後には正妻としてルクセンの家に入ることになっている。

 年齢の割には大変な才女という評判だが、ルクセンはむしろ頭のいい女は大嫌いだ。

 気は進まない。

 なんとかして破談にしたいがいまのところ、ギストン公を納得させる口実は見つからない。婚姻さえすめば、ギストン公への遠慮も不要になるので、ゆっくりとルクセン好みに調教をしていくしかないのか。

 忌々しい。

 

「ご苦労様です」

 

 地下の訊問室に入ると、すでに待っている五人の部下が敬礼をした。

 ルクセンは準備されている部屋の隅のテーブルの前の椅子に腰掛ける。

 

「女はまだ牢におるのか?」

 

 ルクセンは、女の捕縛の実行をした将校に訊ねた。

 今回、大公孫カートン公の手の者だと発覚したのは、第二公子の新参侍女として入ったばかりのマリーという伯爵家の娘だ。

 伯爵そのものは、ビンス閥なので疑いもしなかったが、実は個人的にカートン公の正妻のシャルルに繋がっていて、ビンス派の要人に色仕掛けでつけ入り、こっちの情報を集めて、向こうに流しているらしいということがわかった。

 発見が早かったので、大した情報は流れていないらしいが、公都内の数箇所の拠点が襲撃されて、カートン派に潰されてしまったらしい。

 殺されたのは、末端の工作員の傭兵たちなので問題はないのだが、ビンス公はかんかんだ。

 厳しく拷問にかけろと命令されている。

 まあ。色仕掛けで工作をするだけあり、その侍女は美人らしい。だったら、せいぜい愉しませてももらえるというものだ。

 

「一度、軽く訊問しましたが、本格的にはまだです。本人は自分は間者ではないと否定してます。連れてきます」

 

 その将校が部下にマリーを連行するように指示した。

 部下がふたりが出ていく。

 

「お前の所見はどうだ?」

 

 ルクセンは言った。

 

「まあ間者でしょう。でも、プロではありません。小者です。見張っていましたが自殺の気配もありませんでした。もっとも、やろうとしてもさせませんけどね。ともかく、あんなものに引っ掛かるとは、こっちの重鎮たちも間抜けが多い」

 

 将校が笑い声をあげる。

 ルクセンは苦笑した。

 すぐに、両手首に手錠をかけられた侍女が部下に挟まれて入ってきた。

 訊問を指揮する将校の指示で、部屋の真ん中に置いてある背もたれのない丸椅子に侍女が座らされる。

 身体検査も終わっていて、侍女として身に着けていた装束はすべて剥ぎ取られている。いまは粗末な貫頭衣だ。

 だが、それは彼女の美貌を少しも損なっていない。

 身体もいい。

 蠱惑的な雰囲気をもったそれなりの美女である。

 なるほど、派閥の男たちがころころとこの女に落ちてしまっただけのことはある。

 

「わ、わたしは、なにもしておりません……。誤解なのです。ちゃんと調べていただければ……」

 

 マリーという侍女は蒼ざめている。

 小刻みに身体を震わせており、哀れさを感じさせる。

 だが、ルクセンはその眼の奥にあるしたたかさのようなものを感じた。確かに、間者だ。

 間違いないだろう。

 ルクセンも思った。

 

「じゃあ、始めるか」

 

 将校が天井から落ちている二本の鎖に、隅から運ばせた金属のパイプの両端を繋がせた。

 兵が両側から寄ってきて、マリーの手錠が一度外され、両手を拡げて掲げた状態にされ、さらに手首を金属のパイプに縄で縛られる。

 マリーが怯えた表情を見せる。

 

「ちょ、ちょっと、なにをするのです──。こ、こんなこと許されません」

 

 マリーが声をあげた。

 

「こんなこととはなんだ? これくらいで怯えていたら身はもたんぞ」

 

 将校の合図で金属パイプが吊り上げられていく。

 

「あ、ああっ──」

 

 マリーが苦悶の声をあげた。

 金属パイプが引きあがることにより、マリーの足が床から離れて身体が宙に浮いたのだ。

 鎖の引き上げがとまる。

 

「前後から鞭打て。その貫頭衣を引き裂いてやれ」

 

 鞭打ちが始まる。

 前後から全身が鞭打たれ、マリーは絶叫してしばらくのあいだ身体をうねらせ続けた。

 やがて、布が裂け、そこから皮膚に当たった鞭がマリーの皮膚を傷つけ、血が飛び始める。脚の横も部分もぱっくりと切れて、そこからかたちのいい脚が露出してきた。

 すると、そこから太腿がくねくねと揺れ動くのが見えるようになり、だんどんと実に官能的な情景になっていく。

 

「くくく、貫頭衣の中の下着を集中的に狙ってやれ。下着を鞭で落としてやるといい」

 

 ルクセンは初めて口を挟んだ。

 鞭打ちをする兵たちが前後からではなく、横の貫頭衣のスカート部分が切れているところを目掛けて鞭を打ち始める。

 そこから腰の下着を打つのだ。

 貫頭衣に比べて遥かに布の薄い下着はあっという間に切断されていく。

 

「あぎゃああ──。んぎいいい──。や、やめてください──。こ、このけだもの──」

 

 すると、マリーの態度が一変した。

 怯えた様子は変わらないものの、弱々しく見せていた表情はかき消え、その顔が怒りの感情で染まったのがわかる。

 こっちがマリーの本性なのだろう。

 

「そのけだものに裸を見られたくなければ、誰にそそのかされたかを口にすることだのう」

 

 ルクセンは言った。

 マリーは、すっかりと汗びっしょりになっている姿で、ルクセンをきっと睨んできた。

 

「どうやら、裸になりたいようだ。続きは全裸に剥いてからにしてやるがいい」

 

 ルクセンの言葉で鞭打っていた兵が鞭を投げ捨てて、マリーの服に手をかけた。

 前後からすでにぼろぼろの貫頭衣が裂かれていく。

 

「ああっ、いやああっ、やめてくださいませ──。ああ、お願いでございます」

 

 マリーが悲鳴をあげる。

 あっという間に下着姿になり、乳房に巻いていた布も取り去られた。

 大きな二つの双乳が露わになる。

 瑞々しいその乳房は、マリーの身悶えによりぶるんと揺れて、乳頭は屈辱でふるふると震えているように思った。

 

「ち、畜生──。お、お前らは豚だあ──。好色なくずどもだあ──。このくそったれえ──」

 

 すると、マリーが大人しそうな侍女の仮面をかなぐり捨てて、激しく罵倒を始めた。

 その貴族令嬢とは思えない姿は、自分が間者であると白状したのも同じだ。

 ただの貴族令嬢の侍女がこれほどの迫力で悪態をつけるわけがない。

 

「なにをしておる。まだ一枚残っておるではないか」

 

 ルクセンは笑った。

 鞭打ちで傷だらけにはなっていたが、随分と綺麗な身体だった。身体は全体としてしなやかで細いのに、乳房や腰つきは大きく本当に官能的である。

 

「ああ、やっ、やっ、ああっ、やめてええ──」

 

 兵の手が下着にかかると、マリーは必死に腰を振ってそれを阻止しようとした。

 だが、あっという間に引き下げられて、布切れが足首から抜かれる。

 すると、マリーががくりと項垂れて動かなくなった。

 

「どうですか、閣下。なかなかの裸ではないですか?」

 

 将校がマリーの身体をこっちに真っ直ぐに向ける。

 恥毛は髪の毛と同じ黒毛であり、茂みというよりは、薄くけむっているという感じである。

 裸にされて観念をしたのか、マリーはすっかりと大人しくなった。

 

「喋りたいことがあれば訊いてやろう。なにも言うことがないなら、まずは犯されてからだ。女間者が捕らわれれば、まずは凌辱をされると決まっておる。その覚悟はあったのであろう?」

 

 ルクセンは合図をした。

 将校はマリーの股間に後ろ側から手をやり、股間に指を押し入れようとしだした。

 マリーは金切り声をあげて、再び暴れ始めた。

 

「お前たち、この女の足首に縄をかけて拡げてやれ。その後、気が済むまで犯していいぞ」

 

 将校の言葉に、マリーが泣き叫び出した。

 最後の力を振り絞るように暴れる。

 だが、その脚に縄がかかり、床に打ち付けた金具に縄尻が繋がれた。

 マリーは全裸のまま両手両足を大きく広げて宙吊りにされた状態になってしまった。

 

「ああ、こんなのいやああ──。離して──。離してください──」

 

 マリーはすっかりと狼狽した感じになり、髪の毛を振り乱して暴れる。

 だが、宙吊りの身体では、それもままならず、やがて肩で息をしながらぐったりとなってしまった。

 

「鞭打ちで肌を破く前に、お前たちで愉しむがよい。まずは好きなようにせい」

 

 ルクセンは言った。

 将校は股間を愛撫し、三人の兵もマリーの裸身に群がる。

 乳房がそれぞれに揉まれだし、尻や内腿などに別々の手が這い始める。

 

「いやあああ」

 

 マリーがつんざくような悲鳴をあげた。

 そして、号泣を始めた。

 やがて、淫靡に悶えだす。

 すっかりと、気の張りを失った様子である。

 これは、すっかりと白状するまでに、それほどの時間はかからないだろうと、ルクセンは確信した。

 

 

 *

 

 

 ルクセン卿がビンス公のところに報告に向かったのは、マリーを訊問をした翌朝のことだった。

 間者だった侍女のマリーから訊問で引き出したことはそれほど多くなく、朝までには報告する準備は整った。

 その旨を使者を通じて知らせたところ、すぐに来いという伝言が戻ってきたのである。

 ルクセンは、大公宮の中の「第二公子宮」と称されている建物の中に出頭した。

 そして、最奥になるビンス公の私的居住部まで通された。

 案内をされたのは、私室部分の中でも人を集めて小パーティをするような比較的大きな広間だ。

 

 そして、ぎょっとした、

 部屋には、たくさんの下半身を露出した男で溢れていたが、その中心に素っ裸の男がひとりと、やはり全裸の女が三人集められていたのである。

 全裸の男は天井から両手を吊られて宙吊りになっており、脱力している様子からかなりの長い時間、その状態にされていたのを伺える。

 そして、すでに生気なくぐったりとしているものの、裸の女たちは右手首を右足首、左手首と左足首をそれぞれ束ねて縛られていて、うつ伏せになり尻を突き出すような恰好にされていた。

 周りにいるのは、三十人ほどの下半身が剥き出しの男たちだが、彼らがその三人の女の周りに群がり、代わる代わる犯しているというのは間違いないだろう。

 全身が男の精液でまみれている。

 そして、ルクセンは、宙吊りにされているのが、間者だったマリーの父親の伯爵であり、三人の女はその正妻と、長女、さらに長子の嫁ということに気がついた。

 

「これは……?」

 

 思わずルクセンは口走った。

 ビンス公は裸に薄物をまとっただけの軽装で、椅子に座って、侍女に酌をさせて酒のようなものを口にしていたが、ルクセンを認めてにやりと微笑んだ。

 

「マリーを送り付けた伯爵家の連中だ。残念ながら、長男には逃げられたが、すぐに捕られるだろう。それで、そっちはどうだった? あの女間者はなにか白状したか?」

 

 ビンス公だ。

 

「さようですね。やはり、裏にいたのはシャルル公妃に間違いありません。白状しました」

 

「あの女狐め……。ちょこまかと忌々しい」

 

 ビンス公が舌打ちをする。

 

「それで、マリーはどうしますかな? まだ生きておりますが、連れてきますか?」

 

「いや、いい。予定通りに殺せ。公都のどこかに晒しておけ」

 

「わかりました。では、できるだけ惨たらしい死体にして晒しておきましょう。女であることを徹底的に辱しめた死体にしておきます」

 

 ルクセンは言った。

 部屋の中で宙吊りにされている伯爵が泣くような声で呻くのが聞こえた。

 

「とにかく、やられたらやり返す。さもないと余の気が収まらん。あのシャルルだ。カートンの小僧の参謀を気取る生意気なくそ女め──。あの賢しら気な女に徹底的な恥辱を味わわせてやりたい。なにか知恵はないか、ルクセン──」

 

 ビンス公が呻くように吠えた。

 

「さようですなあ……」

 

 ルクセンは静かに頷いた。

 そして、ふと、大公弟ギストン公の娘にして、ルクセンの婚約者ということになっている十三歳の娘の存在を思い出した。

 もしかしたら、うまく使えば、厄介払いできるかもしれない。ビンス公の命令なら、ギストン公も文句は言えないだろうし。

 

「なんでもいい。とにかく、シャルルを捕まえるのだ。どんな方法でもよい。あのカートンの小僧は、シャルルにぞっこんという。人質にしてしまえば、あいつはなにもできん」

 

 ビンスが怒鳴った。

 ルクセンはビンスに視線を向けた。

 

「どんな方法でもよいというのは、間違いないですな?」

 

 ルクセンは不適に微笑んだ。



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981 専従奴隷の不在

 ロクサーヌが部屋に入ってきたとき、アントワークは机で書類を読んでいる最中だった。

 父であるギストン公が公都で過ごすときの執務室であるが、その父親は領土に戻らなければならない所用ができて不在であり、そのあいだの業務を長兄であるアントワークが代行をしているのだ。

 

 もっとも、アントワークが許されているのは、入ってくる報告や書類に目を通すだけである。

 自分で判断することは禁止されていて、実際の処置や指示は家宰が判断する。アントワークがするのは、その判断を了承して実行する命令を下すことだけだ。しかも、命令しないことも禁止だ。つまりは、アントワークは考えるなということだ。

 まだ任すことはできないというのが、父の判断なのだと思うが、十六歳で成年をして父の手伝いをするようになって三年であり、もう十九歳だ。

 いまだに、手伝い以上のことを許してもらえないのは、口惜しく思う。

 

「よろしいでしょうか、アントワーク様」

 

 顔をあげると、かなり取り乱した様子のロクサーヌが肩で息をしながら扉から入ったところで立っていた。

 かなり慌ててやってきたのだろう。

 髪も服装も乱れている。

 そして、激怒している表情でアントワークを睨みつけていた。

 大人しい人形のような童女だと思っていたので、こんなに感情をむき出にした表情ができるというのは意外だった。

 

 アントワークは、手に持っていた書類を机に置いた。

 また、ロクサーヌは、この家の長兄であるアントワークのことも、次兄のフランクのことも、“お兄様”などという呼び掛けはしない。

 禁止しているからだ。

 アントワークも、妾腹のロクサーヌのことを妹などとは思っていない。

 フランクもそうだろう。

 そもそも、ロクサーヌをこの公都屋敷に引き取ってから三年になるが、いまだに敷地内の別宅に暮らしだ。家族ではないからだ。ただ、父親のギストン公は最近では少しずつ態度を変化させていて、それは実に不愉快だった。

 

「見ての通り、忙しい。お前のために割く時間はいまはない。夕方に出直してこい」

 

「いえ、出直しません。ルカリナを解放してください。彼女が盗みなどするわけがありません。あれは冤罪です。そもそも、わたしもルカリナもずっと別宅で暮らし、母屋になど行きません。だから、銀細工の燭台など盗めるわけがないのです」

 

「だが、ルカリナの部屋から、昨夜なくなった燭台が出てきた。動かぬ証拠だ」

 

「冗談ではありません。ならば、ルカリナはわたしの専属奴隷です。わたしが命令すれば、嘘をつけません。わたしをルカリナのところに連れて行ってください。そこで真実を告げろと命令します。それで潔白が証明できます」

 

「だから、忙しいと言っているだろう」

 

 このロクサーヌが大切にしているルカリナという獣人奴隷を盗みの罪で地下牢に入れさせたのは、アントワークの指示である。

 だが、早朝の起床前のことであり、ロクサーヌはいつもいるはずのルカリナがいなくなったことで、動顛してあちこちを探し回ったに違いない。

 だから、こんなに服装が乱れているのだろう。

 人形のように感情を表さない女だが、頭はよく、すでに十三歳にして「才女」の評判を得ている。

 聞かれなければ黙っている大人しい態度なのだが、ひとたび口を開けば、子供とは思えない知識量を保有しているのがすぐにわかり、しかも、状況に合ったものを短切に説明することができる。

 

 アントワークの母親の悋気から匿うために、父親は三年前までどこかに隠していたようだが、その母は賊を雇って、その隠れ場所に火を付けて大勢の家人を殺させるということまでしたそうだ。

 その狂気を怖れて、ついに父は母を見限って処置し、ロクサーヌを呼び寄せた。

 

 ただ、その時点では父も、ロクサーヌに期待することもせず、ただ世話をする者をあてがうだけにとどめ、母屋に入れることもしなかった。

 だが、そのロクサーヌがだんだんと訪問をする貴族などに認められるようになると、父親のロクサーヌへの態度も変化をしだした。

 頻繁に連れ歩くようにもなり、他人にも披露する機会を増やしたりしている。

 二年前にハロンドール王国に、カロリックから使節団を派遣したときも、父はアントワークでもなく、弟のフランクでもなく、ロクサーヌを同行させた。

 最近では、まだ十三歳なのに、ロクサーヌ自身の社交も増えたりしていて、招待を受けて幾つかのサロンに顔を出すということも頻繁だ。

 父であるギストン公が許可をするのである。

 そして、先日は、一応は次代の大公候補筆頭であるカートン公の正妻シャルルのサロンからの正式メンバーとしての勧誘があったらしい。

 敵対派閥ながらも、シャルルの人気は高い。

 それが十三歳の年齢で招待されたのだ。

 いかに、ロクサーヌが特異な人物かであるかということだ。

 

 実に面白くない。

 アントワークやフランクの反対で実現していないが、父親はロクサーヌをそろそろ別宅ではなく、母屋で寝起きさせたい気配だ。

 また、ロクサーヌの評判があがる前の二年ほど前に、このロクサーヌは軍部の重鎮のひとりであるルクセン卿を第二公子派閥に引き込むために、六十余歳の彼を婚約をさせたが、才気も美貌もだんだんと極まってきたロクサーヌを見て、ちょっと早まったかもしれないと時折口にしたりもする。

 まったく忌々しい。

 

 いずれにしても、あの獣人奴隷を牢に入れさせたのは、アントワークの指示である。

 もちろん、盗みもでっち上げの冤罪だ。

 実際には、銀細工がルカリナの荷から出てきたどころか、なくなってもいない。

 ただ、捕らえただけだ。

 当然だが、これはアントワークだけの考えではない。もともと、そんなものは認められていない。

 父であるギストン公からの手紙による指示に沿ったものだ。話によれば、父は派閥の長である第二公子のビンス公から命令されたみたいだが、手紙にはそれへの不満が文間に表れていた気がした。

 とにかく、このロクサーヌにあることをさせるというのは、もともとはビンス公の指示のようだ。

 

「ルカリナに会わせてください。どんな指示にも従いますから」

 

「とりあえず、夕方だな」

 

 アントワークは、わざとらしく手で追い払う仕草をする。

 部屋には、家宰と始め業務のために五人ほどの家人がいたが、アントワークの仕草に接して、ロクサーヌを追い出すために立ちあがる。

 本当は、ルカリナを人質にしてやらせることがあるのだが、それはこの生意気な妾腹を苦悶させて、溜飲をさげてからでもいい。

 このロクサーヌがあの獣人奴隷を特別に大切にしていることはわかっている。

 

「お待ちください。わたしは屈服すると言っているのです。アントワーク様の言うとおりに何でもすると言っているのですよ。それが目的なのですよね。さあ、おっしゃってください」

 

「出ていけ──」

 

 アントワークはもうロクサーヌを見なかった。

 家人たちがロクサーヌに詰め寄っていく気配が起きる。アントワークは書類に目を戻した。

 だが、それにしても、ロクサーヌがこんなに喋るとは知らなかった。普段はほとんど向こうから口を開くということなどないのだ。

 

「お願いします。この通りです──」

 

 すると、足もとで音がした。

 家人を振り切るようなかたちで、こっちに飛び出してきたロクサーヌが床に膝をつき、手を頭を床につけて土下座をしていた。

 アントワークは呆れてしまった。

 

「やっぱり、妾腹は妾腹か? 仮にも大公家の血を引くお前が奴隷のために土下座か? お前には誇りというものがないのか」

 

「誇りなど、ルカリナのためならいくらでも捨ててみせます。お願いでございます。ルカリナに会わせてください。なんでもします。どんなことでもします。どうか、どうか──」

 

 ロクサーヌは泣き出してしまった。

 アントワークは嘆息した。

 まあいい。

 アントワークは家宰に視線を送る。

 

「ルカリナに会わせてやれ」

 

 そして、言った。

 

「承知しました」

 

 家宰がアントワークに向かって一礼した。

 

「ああ、ありがとうございます」

 

 ロクサーヌが床に頭をつけまま叫んだ。

 奴隷のために、しかも、獣人のためにここまでするか?

 こんな恥知らずに、自分と同じ血が半分はあるということが、アントワークにはどうしても信じられないことだと思った。





 *

 とりあえず、作った分だけ投稿します。


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982 檻の中の獣人奴隷

 捕らわれているルカリナに会うために、ロクサーヌは屋敷を移動していく。

 案内は、兄アントワークの命令を受けた家宰だ。

 

 だが、母屋の地下にある地下牢にでも監禁されていると思ったのだが、家宰が連れて行こうとしているのは、母屋を出て、さらに、大公弟家であるギストン家で雇っている傭兵の詰め所小屋の方向だった。

 ロクサーヌたちが暮らしている別宅も敷地内にある母屋とは違う建物だが、詰め所についても同じように敷地内の別棟になる。外壁沿いだ。

 しかし、ロクサーヌの記憶する限り、傭兵小屋に牢のような設備はない。傭兵たちの部屋のどこかに監禁されているということだろうか?

 ロクサーヌは訝しんだ。

 

「こっちにルカリナが? でも、こちらには、牢のようなものは、そこにはないのでは?」

 

 ロクサーヌは歩きながら訊ねた。

 別にルカリナを牢に入れて欲しいわけでもないし、そもそもルカリナが盗みをするなどあり得ない。これがでっち上げなことはお互いにわかっている。兄はロクサーヌに、なにかをさせたいのだ。だから、強引にルカリナを捕縛させたのだ。

 ルカリナを人質にすれば、ロクサーヌが絶対に逆らえないことがわかっているのだろう。

 まさに茶番だ。

 だが、父不在のあいだの当主代行であるアントワークが、そう主張する以上、ルカリナは犯罪を犯した奴隷だ。ならば、母屋の屋敷内にある地下牢に収容しているものだと思ったのだ。

 

「わざわざ地下牢に監禁をすれば、見張りを別に置かねばなりませんからな。傭兵たちには、屋敷の警備の傍ら、手の空いた者で犯罪奴隷を見張っておれと指示しております」

 

 家宰が感情のこもらない口調で応じる。

 やがて、傭兵小屋に着いた。

 平屋の建物内に入る。

 傭兵たちに宛がわれている個室の扉の前の廊下を通り過ぎながら、彼らが集まる広間のある方向に向かった。

 その広間に通じる扉に近づくと、大勢の男たちが昼間から酒を飲んでいる声が聞こえてきた。

 家宰が中に声をかけ、扉を開けて広間の中に入る。

 部屋にいたのは十数人の男たちだ。

 だみ声をあげて笑っていた彼らが、入ってきた家宰とロクサーヌに、一斉に視線を向ける。

 

「ああっ、ルカリナ──」

 

 ロクサーヌは、その部屋にいたルカリナの姿を見て、驚きで声をあげてしまった。

 彼らが集まって酒盛りをしている真ん中にある長い木のテーブルの上に、ルカリナは載せられていた。

 ただ、そこにいるわけでない。

 テーブルの上には、大型の獣を入れるような檻があり、その中にルカリナは入れられていたのだ。

 しかも、素っ裸だ。

 両腕は背中で水平にされて後手縛りに緊縛されており、両脚も胡坐をかかされて縄で縛られている。

 さらに、口には穴のついたボールギャグが嵌められている。

 そこから垂れ流れている涎で、ルカリナの顎や剥き出しの乳房をびしょびしょだ。

 

 だが、なによりも、ロクサーヌが怒りを覚えたのは、傭兵たちがルカリナにやっている仕打ちだ。

 彼らは、そんな惨めな姿にされているルカリナに対して、前後左右の鉄格子のあいだから、柄の先の先端に鳥の羽根をつけたものを差し入れて、ルカリナの身体のあちこちをくすぐって遊んでいるのである。

 ルカリナは、身体を小刻みに震わせながら、必死に身体を捩じって羽根を避けようとしているが、雁字搦めのうえに狭い檻の中では、四方向から襲ってくる羽根を避けることなど不可能であり、ボールギャグのあいだから抗議の声を迸らせて身体をくねらせ続け、また、彼女のお尻から伸びている細長い尾が狂ったように暴れている。

 もしかしたら、かなりの長い時間、そうされているのであろうか。

 ルカリナの褐色の肌は真っ赤に火照りきって、全身からはおびただしい汗が噴き出している。

 

「ああ、なんてことを──。やめてください──。やめるのです──」

 

 ロクサーヌは悲鳴をあげて、ルカリナが監禁されている檻に駆け寄って、傭兵たちの悪戯を払いのけた。

 そして、檻に抱きつくようにして、周囲の傭兵たちを睨みつける。

 

「なんということをするのです──。ルカリナは、わたしの専属奴隷です──。手を出すことは許しません──。この家の令嬢としての命令です」

 

 ロクサーヌは彼らに怒鳴った。

 この屋敷で生活をするようになって以来、大声をあげるのも、家人や傭兵に命令のような言葉を発するのも初めてだ。

 我ながら、自分がこんな声を出せるということにびっくりした。

 だが、周囲の傭兵たちは、酒臭い息を吐きながら、にやにやと笑うだけだ。

 

「おう、これはこれは、お嬢様。こんなところにようこそ。でも、あっしらが、これを連れてきたわけじゃありませんぜ。ここで見張ってろと、ご嫡男様から命令されて、獣人女を置いていかれただけなんです。なにしろ、絶対に逃亡を許さないようにしろというご命令なんですから」

 

 すると、傭兵たちのひとりが笑いながら言った。

 この中ではもっとも屈強な身体をしている比較的年配の男だ。もしかしたら、傭兵としての序列がこの中で一番高いのかもしれない。

 

「お、女であるルカリナをこんな風に辱めてですか──」

 

「辱めるというのは、裸にしていることですかい? なにしろ、逃げようという素振りだったんでね。縛ったのも、裸にしたのも、逃がさないためですよ。仕方なくそうしてるんです。裸にひんむきゃあ、この獣人でも外には出ていかんでしょう」

 

 男がそう応じると、周りの傭兵たちがどっと笑った。

 ロクサーヌは歯噛みした。

 

「だが、手を出すなと指示を出したはずだがな」

 

 そのとき、家宰が苦笑交じりに口を挟む。

 

「手は出しちゃいませんぜ。その証拠に、ちゃんと檻に入れているでしょう。檻に入れておけば、この手の速い連中も、獣人女に手は出せねえ。檻に入れているのは、この獣人女の貞操を守るためでもあるんですぜ……。ねえ、お嬢様、そういうわけなんですよ」

 

「じゃあ、さっきの鳥の羽根はなんだ? 手を出してるだろうが」

 

 家宰だ。

 叱っているというよりは、呆れて笑っているという口調である。

 

「ええっ? そんなことしてましたか? そりゃあ、こいつらがそんなことしてたなんて、気がつきませんでしたぜ。ちゃんと叱っときます……。おい、だめだぞ。悪戯すんじゃねえよ」

 

 その男がわざとらしく、周りに対して咎めるような物言いをした。

 どっと周囲が沸いた。

 

「し、白々しい……」

 

 ロクサーヌはルカリナが入れられている檻を抱き締めながら、男たちを睨んだ。

 そのとき、ロクサーヌは、ルカリナがさっきから、身体を震わせながら、「うう、うう」とロクサーヌになにかを訴えていることにきがついた。

 はっとした。

 檻の鉄格子のあいだから手を差し込んで、ルカリナの口に嵌っているボールギャグを外す。

 

「ロ、ロクサーヌ様……。お、お願い……」

 

 すると、ルカリナが涙目でロクサーヌになにかを訴えてきた。

 ルカリナの身体の震えは、まだ続いている。

 ロクサーヌははっとした。

 

「も、もしかして、厠……?」

 

 ロクサーヌはルカリナにささやいた。

 全身を緊縛されているルカリナが涙目で首を縦に振る。

 

「ルカリナを厠に行かせてあげてください。お願いします──」

 

 ロクサーヌは叫んだ。

 

「ああ、この獣人はもよおしてるんですかい? だけど、縄を解くことも、檻から出すこともできませんぜ、お嬢様。それだけは、だめです。ご嫡男様から命令されていますんでね。その中でしてもらうしかありませんね」

 

「ば、馬鹿なことを言わないでください。だったら、出ていって──。命令よ。わたしが面倒を見ます。そのあいだ、外に出てなさい──」

 

「見張りをやめるわけにはいきませんね。獣人が垂れ流すなら、垂れ流しても結構ですが、俺らが見ている前でしてもらうしかありませんぜ」

 

「そ、そんな……」

 

「いえ、アントワーク様からは、確かに、そのように指示をお与えなさってます。調べが終わるまで、このまま、こいつらに見張らせます」

 

 家宰が冷たく言った。

 ロクサーヌは、あまりの仕打ちに鼻白んでしまった。

 

「ロ、ロクサーヌ様……。こ、このままします……。そ、そこにある金桶を宛がってください。腰をあげますから……」

 

 すると、ルカリナがロクサーヌに訴えてきた。

 

「金桶?」

 

 ロクサーヌは、慌ててテーブルの上を探した。

 確かに、小さな金桶がそこにあった。

 それを掴む。鉄格子のあいだは、腕を通すくらいの幅はあるので、ロクサーヌが金桶を持って、中に入れることは難しくはない。

 

「がはははは、なんでえ、獣人──。小便でも、大便でも、言ってくれれば、桶を差し込んでやると言っただろうか」

 

 傭兵たちのひとりが揶揄うような口調で怒鳴った。またもや男たちがどっと沸く。

 

「な、なにを──。そう、言ったら、く、口に詰め……物を……」

 

 ルカリナが怒りの形相で男たちを見た。

 

「はああ? そんなたどたどしい喋りじゃあ、なに言ってのか、わかんねんだよ──。人間の言葉を喋りやがれ、獣──」

 

 さっきの男が檻に向かって吠えるように言った。

 ルカリナは、その男の前に身体を入れるようにして、彼を退ける。

 

「ルカリナに対する侮辱は許しません。あなた方のことはしっかりと記憶します。わたしは、あなたたちを許しません──」

 

 ロクサーヌは言った。

 とにかく、ルカリナを守らなければと必死だ。

 しかし、情けないが、強い言葉で傭兵たちと相対する一方で、膝ががくがくと揺れて止めることができない。

 

「ああ──。許さなければ、なんなんだよ──。この屋敷で虐げられている妾娘になにができんだい──」

 

 すると、嘲笑の顔が一変して、傭兵男が大声をあげて、ロクサーヌを睨みつけてきた。

 

「ひっ」

 

 それだけでロクサーヌはなにも言えなくなってしまった。

 すると、家宰が咳払いをしたのが聞こえた。

 

「やめなさい──。さて、ロクサーヌ様、この者たちには、しっかりと言い聞かせましょう。もう一度、アントワーク様のところにお戻りを。これで約束は果たされたでしょう。さあ、アントワーク様のお話を聞きに戻りましょう。ルカリナを早く解放したければ、それがいいと思います。そのあいだのルカリナの安全は、私が保障します」

 

 家宰だ。

 異母兄であるアントワークが、なにを企んでルカリナを冤罪で監禁されたのかはわからない。

 しかし、なにかをロクサーヌにさせようとして、ルカリナを不当に監禁させたのは間違いないのだ。

 つまりは、ルカリナは人質なのだ。

 ロクサーヌが、アントワークが与える指示に従わなければ、犯罪を犯した獣人奴隷として、ルカリナは処刑されるのだろう。

 あまりもの理不尽な仕打ちに、ロクサーヌは腹が煮えかえっている。

 

 ただ、救いはある。

 これまでに、何度も何度も「予知夢」は見ていた。

 しかし、そのどの予知夢でも、ロクサーヌがこの屋敷にいるあいだに、ルカリナが殺される予知夢はなかった。

 それだけが救いだ。

 もっとも、今日のこの仕打ちを事前に見ていれば、うまく対応できたのにと悔しくも思う。

 これまでの数年で、ロクサーヌの予知夢がかなりの精度であることはわかっている。でも、なにかを狙って夢をみることはできないのだ。

 ルカリナに苛めてもらって絶頂することでもたらされる予知夢の内容に法則性はなく、なにが見れるかは全くの偶然でしかない。

 

「ルカリナ、ごめんなさい。絶対に助けるから……」

 

 ロクサーヌは、檻の中に向き直り、腰の下に金桶を置くように差し入れた。せめて正面からの視線だけは隠そうと、身体を檻にぴったりと密着させて、少しでも傭兵男たちの意地悪な視線からルカリナを隠す。

 だが、意地の悪い彼らは、揶揄うような態度で立ちあがって、檻に寄ってきた。

 

「あ、あなたたち──」

 

 ロクサーヌは追い払おうとした。

 そのとき、ルカリナから声がかかった。

 

「か、構わない……。で、でも早く──」

 

 かなりの切羽詰まったルカリナの口調で、本当に限界なのだと、ロクサーヌは悟った。

 ルカリナが下半身を胡坐縛りのまま腰だけをあげ、ロクサーヌが桶を入れられる空間を作る。

 ロクサーヌが金盥を股間の下に置いた途端に、しゅっと音を立てて、ルカリナのゆばりが勢いよく放出された。

 

「ははは、おっぱじめやがったぜ──」

 

「よっぽど、我慢してたに違いねえぜ──。こりゃあ、すげえや──」

 

「お嬢さん、もっと、ちゃんと受けとめねえかい──。ほらほら、桶からはみ出ているぜ」

 

 周りの傭兵たちが割れんばかりの嘲笑をした。



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983 異母兄の命令

 ロクサーヌが家宰とともに母屋に戻ると、今度は執務室ではなく異母兄アントワークの私室に案内された。

 入口の扉に対して正対するように大きな机があり、それに面してアントワークは腰掛けていた。

 家宰は、すぐに部屋を出るように指示され、部屋はアントワークとロクサーヌだけになる。部屋にはソファなどもあるが、座るようには指示されなかったので、ロクサーヌは立ったまま、すぐに口を開いた。

 

「アントワーク様、すぐにルカリナの解放をお願いします。あれではひどすぎます。せめて、人らしい扱いを……」

 

「人らしく? 獣をか?」

 

 ロクサーヌの言葉を遮って、アントワークが嘲笑した。

 ぐっと歯噛みする。

 

「ル、ルカリナは、わたしの大切な友人です」

 

「だろうな。なら、しっかりと、これから告げる仕事を果たすことだ」

 

 アントワークが一枚の手紙を机を滑らすようにして、机の前に放る。

 ロクサーヌは、歩み寄ってそれを拾いあげた。

 宛名を見る。

 ロクサーヌ宛だった。

 しかし、すでに封は切ってある。中身を確認した。

 次期大公筆頭候補の筆頭であるカートン公の正妻であるシャルルからの茶会の招待状だ。

 茶会の日付は今日の午後である。

 しかし、この招待状そのものは、数日前に届いていた気配だ。

 

「あの……これは……?」

 

 ロクサーヌ宛の手紙を勝手に開かれて読まれたことはいい。

 しかし、アントワークがなにを求めているのかが疑念だった。だが、嫌な予感がする。

 現在の大公はすでに病床であり、次期大公の座を巡って、死んだ第一公子の嫡男のカートン公と、そして、現大公の第二公子のビンス公が後継者争いを激しくさせているのは承知している。

 ロクサーヌには興味もないが、甥と叔父の後継者争いということだ。

 そして、このギストン家は、第二公子のビンス派に属している。

 

 だが、ロクサーヌ個人については、ビンス派でありながらも、個人的な関係として、カートン公の正妻のシャルルが開くサロンのメンバーでもあるのだ。

 この屋敷でこそ、蔑ろにされて立場の弱いロクサーヌだが、実のところ、病床に倒れる前の現大公からは可愛がってもらっており、たびたび大公宮にも呼んでもらったし、外政にも連れていってもらったこともある。

 その縁で、カートン公やその正妻のシャロンと親しくさせてもらっていて、ロクサーヌについては、どちらかというと中立の立場に近いのだ。

 もっとも、まだ十三歳でしかなく、政治的な権力も皆無なので、派閥の垣根を越えた付き合いをしても、誰も気にせず咎めないので、許されているということだけではあるのだが……。

 

「すぐに支度をして、これに参加をしろ。茶会の場所はシャロンの暮らす別宮だ。そのとき、これをどこかに置いて来い。絶対に見つからない場所にな。お前がするのはそれだけだ」

 

 アントワークが机の上に、手のひらに載るほどの大きさの箱を置いた。

 ロクサーヌは、それを受け取るために、机に近づいた。

 そして、ぎょっとした。

 いままで距離があったので気がつかなかったのだが、アントワークの机の下の足元に誰かが蹲っていたのだ。

 

 えっ?

 まさか?

 

 ロクサーヌは、箱を受け取ろうとして手を伸ばした格好で硬直してしまった。

 

「気にするな。早く、とれ」

 

 アントワークが小馬鹿にするような口調で言った。

 慌てて、箱を手に取る。

 だが、ここからだと、机越しだがアントワークの足元にいる者がなにをしているか見えるのだ。

 わずかに覗く頭は女の頭髪だろう。

 そして、顔はアントワークの股間に密着して前後に動いていて、ぺちゃぺちゃと水音のようなものも耳に入ってくる。

 ロクサーヌは、わざとアントワークがロクサーヌに見せつけているのだろうと推測した。

 

 とりあえず、箱の蓋を開く。

 中身はかなりの大きさの魔石だった。薄っすらとだが、内側や表面に複雑な文様が刻まれている。

 ロクサーヌには、魔道は遣えないし、魔道の文様の心得もないので、これがなにかということはわからないが、なにかの効果を発揮する魔石具なのだろうということくらいはわかる。

 しかも、この魔石はロクサーヌの握りこぶしほどの大きさもある。

 それだけのものとなれば、かなりの大きな魔道効果を発揮するだろう。

 

 これを敷地内に隠して置いてくる?

 どうして?

 

「あのう、これはなんなのでしょう?」

 

 ロクサーヌはアントワークに視線を向けた。

 

「はぎいいっ」

 

 その瞬間、右腿に衝撃が走って、ロクサーヌはその場に蹲ってしまった。

 アントワークが手元にあった衝撃棒という武器で衝撃波をロクサーヌの右脚に発射したのだと悟ったのは、ロクサーヌがしゃがみ込んでからだ。

 だが、魔石については両手で握っていたので、なんとか落とさないで済んだ。

 しかし、右足には力が入らない。

 おそらく、最小限の出力だとは思うが、魔道武器を向けられたのは初めてであり、ロクサーヌはびっくりしてしまった。

 

「お前は、なにも知る必要はない。言われたことをすればいいだけだ」

 

 アントワークが侮蔑の表情をロクサーヌに向けている。また、アントワークが右に手に握っている衝撃棒の先端も、真っ直ぐにロクサーヌを差している。

 

「わ、わかりました……。で、でも、こういうものは、茶会の会場の出入りで改められます……。どうやって、持ち込めば……」

 

 茶会の会場となっていたのは、カートン公の正妻シャロンの屋敷であり、それは大公宮内の敷地内にある。

 これだけの魔石ともなれば、おそらく、大公宮の防護設備に探知される可能性が高い。

 ロクサーヌには、どうやって、それをかいくぐればいいのか見当もつかなかった。

 そもそも、そんな怪しげなものを簡単に大公宮内に持ち込めるなら、宮廷施設内の警備など無防備もいいところだ。

 だが、いきなり、ロクサーヌの足元に衝撃波が飛んだ。

 

「きゃあああ」

 

 ロクサーヌは悲鳴をあげて尻もちをついた。

 

「そんなことは自分で考えろ──。その年齢でも、女には変わりあるまい。女には隠す場所がいくらでもあるだろう。まさか、ギストン家の令嬢を全裸にして身体検査まではするまい。見つかったとしても、適当に誤魔化せ」

 

「ア、アントワーク様は、わたしにこの魔石を股に隠していけと言われるのですか?」

 

 ロクサーヌは驚愕してしまった。

 

「失敗すれば、お前の獣人奴隷は、盗みの罪で処刑する。家長代理の権限でな」

 

 アントワークが酷薄な口調で言った。

 ロクサーヌは、その表情を見て、それが単なる脅しではなく、ロクサーヌがこの命令に失敗すれば、おそらく、そうするのだろうと思った。

 背に冷たいものがどっと流れた。

 気がつくと、魔石を持つ手ががたがたと震えていた。

 

「……出すぞ。全部飲め」

 

 アントワークが呻くように言った。

 ロクサーヌに対する言葉じゃない。アントワークの足元にいる女に向かっての言葉だ。

 次の瞬間、アントワークの身体がかすかに震え、つんと異臭が漂ってきた。

 ごそごそと机の下にいる女が動く。

 

「いいぞ、立て」

 

 アントワークが足のあいだの女の頭を軽く叩いた。

 すると、ひとりの女が机の下から這い出て立ちあがる。

 メイドの装束を身に着けている。

 ロクサーヌは、目を見開いた。

 

「あっ、あれ?」

 

 思わず声もあげてしまった。

 

「この女をルカリナの代わりに、お前につける。メイドとして侍るが、見てわかった通り、俺の愛人でもある。常に見張らせる。少しでもおかしな行動をとれば、ルカリナは処刑する」

 

 アントワークは言った。

 ロクサーヌは、自分が次期大公争いの抗争のための、なにかの道具にされるのだということを悟って、ぞっとしてしまった。

 

「あまり母屋以外にはいかないから、知らないかもしれないけど、最近、この屋敷で働くことになったモイラよ。よろしくね、妾腹のお嬢ちゃん」

 

 すると、モイラと名乗った彼女が精液や陰毛で汚れた自分の口元を手で拭きながら近づくと、いまだに右脚の痺れで立てないロクサーヌを蔑むように見下ろしてきた。



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984 偽メイドと令嬢

 ロクサーヌは、揺れる馬車の中でモイラと正対するように座っていた。

 馬車がギストン家の屋敷の敷地内から出たところで、モイラが小さな黒い箱を座席の横に置く。

 

「これで、どんな魔道でも、この馬車の中の会話を聞き取ることはできないわ。安心して喋っていいわよ、妾腹のお嬢ちゃん」

 

 ロクサーヌに仕えるメイドに扮しているモイラが馬車の座席に深くもたれかかるような姿勢になって脚を組んだ。

 およそ、主家の令嬢の前でやっていい態度ではない。

 まあ、ロクサーヌの前で、このモイラがそんな姿を晒すのはいつものことではあるが……。

 

 それはともかく、本来であれば、このモイラの役割をするのは、ロクサーヌの専属奴隷である獣人のルカリナである。

 だが、そのルカリナは、異母兄であるアントワークによって冤罪で捕らわれ、アントワークが命じた工作の実行をロクサーヌに強要するための人質にされている。もしも、ロクサーヌがアントワークの指示に従わなければ、おそらく、ルカリナは殺されるだろう。

 それを阻止する力は、ロクサーヌにはない。

 

 また、ロクサーヌとモイラが向かっているのは、大公宮の敷地内にあるシャルルの住む別邸のはずだ。シャルルは、大公位継承者第一位のカートン公の正妻であり、大公宮内にある別邸に居を構えていて、今日は彼女の茶会に招待をされている。

 兄アントワークに命令をされているのは、兄に渡された得体の知れない魔石具を隠して置いてくることだ。

 その魔石具にどんな効果があり、そして、兄がなにを企んでいるのかは教えられていない。

 だが、実行しなければ、ルカリナは殺されるに違いない。

 どうしたらいいのか……。

 ロクサーヌは溜息をついた。

 

「そういえば、例の魔石はどうしているの? あの男の指示のとおりに、あんたのまんこに隠してきたのかしら?」

 

 すると、モイラがけらけらと笑った。

 ロクサーヌはスカートをたくし上げて、隠しポケットに入れていた魔石を外に出した。

 

「こんなの入りません。持ってきてます。でも、大公府内に入るときには、武器や魔道具の持ち込みは確認されますので、どうしていいのか」

 

 ロクサーヌは泣きそうになってしまった。

 すると、モイラがそれを手に取った。

 

「あの男も本当にいい加減なものねえ。そんな特殊工作を指示しといて、やり方は丸投げなんてねえ。まあ、任しなさい。あんたはなにも考えなくていいわ。こっちで動くから」

 

「どうするんですか?」

 

「それは、あんた聞く必要はないわね。ところで、驚いた?」

 

 モイラが悪戯に成功をしたような表情になる。

 

「驚きました……。まさか、アントワーク様と一緒にいるだなんて……」

 

「一緒にいるっていうより、あの男のあれを舐めさせられてたのよ。はっきり言いなさいよ。それで驚いたって。だけど、言っとくけど、あんたのせいだからね」

 

「わ、わたしのせいですか?」

 

「ええ、あいつは、これは自分の愛人であり、自分の息がかかっているから、絶対に、監視の目がなくならないということを伝えたかったのね。だから、わざわざ、あんたの前でしゃぶらせたのよ。趣味悪いったら……」

 

「えぅ、愛人……なんですか?」

 

「少なくとも、あれはそう思っているわね……。ところで、準備しなさい。降りるわよ」

 

「降りる?」

 

 ロクサーヌは首を傾げた。

 まだ、大公宮には程遠い場所だ。

 そして、近道でもしようとしているのか、馬車は大きな通りから外れて、両側に林が拡がる狭い場所に来ていた。

 すると、いきなり馬車がとまった。

 突然に馬車の扉が外から開かれた。

 

「ええっ?」

 

 ロクサーヌは声をあげてしまった。

 入ってきたのは、いまのロクサーヌと全く同じ顔をした少女だ。モイラにそっくりなメイド姿の女もいる。

 

「頼むわよ」

 

 モイラがロクサーヌから取り上げた魔石をひょいと、入ってきた女に手渡す。

 そのまま、モイラに押し落とされるように、馬車から放り降ろされた。

 

「走って──」

 

 モイラに引っ張られて、林の中に入って走らされる。

 一方で、背中側では、さっきまで乗っていた馬車がすで進んでいっている。すると、駆けた先にギストン家の馬車とは比べ物にならない小さな馬車があった。

 扉は開かれていて、中には誰もいないのがわかる。

 モイラが、ロクサーヌを中に押し込みながら、馭者に向かって手を振った。

 

「行って──」

 

 そして、乗り込むとすぐに、モイラがばんと御者台側の壁を叩いた。馬車が動き始める。

 あっという間のことだった。

 

「あ、あの、さっきのはどういうこと……」

 

「あんたに工作員のようなことができるとは思ってないわよ。あんたのお兄様も怒鳴るばかりで、工作の要領のひとつも指示しなかったから、こっちで手を打ったのよ。あれは、特殊な魔道具であんた変身している手の者よ。あんたの代わりにシャルル様の茶会に参加するわ」

 

 モイラだ。

 

「えっ、大丈夫なんですか?」

 

 ロクサーヌはびっくりしてしまった。

 

「だったら、本当にまんこに隠して、あの魔石具を持ち込む?」

 

 モイラが小馬鹿にしたような笑い声をあげた。

 だが、気がかりなのは、ルカリナのことだ。なにがどうなっているのか、さっぱりとわからないが、とにかく、兄が口にしたことに成功しなければ、ルカリナが殺されてしまうのだ。

 ロクサーヌが考えているのは、それだけしかない。

 

「い、いえ……。でも、ルカリナが……」

 

「あの獣人奴隷については待ちなさい。放っておいても、すぐには処刑されたりしないわよ。そんなことしても、アントワーク自身にも、ビンス派についても、なんの得にもならないしね。まあ、アントワークはあんたのことが嫌いみたいだから、ちょっとばかり腹いせに意地の悪いことをされるだけよ」

 

「でも、万が一にも」

 

「一応、ゼル様の指示で見張っている。殺されるような状況になったら介入するように指示しているわ。だけど、犯されるくらいは我慢するのね。貞操は諦めなさい」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 ロクサーヌは頭をさげた。

 モイラがくすくすと笑った。

 そして、身体の前に透明の球体を出現させた。

 魔道遣いが通信に使う「魔道球」だ。それが二個現れた。そして、消滅する。どんな言葉を送ったのかはわからないが、彼女からどこかに通信を送ったのだろう。

 とにかく、もう託すしかない。

 入れ替わりについて、馭者がなんの反応もしなかったが、あの馭者もまた、モイラの息がかかった者に入れ替わっていたのだろう。ロクサーヌは圧倒されてしまった。

 

 そして、馬車は移動を続けている。

 ちらりと外を見たが、明らかに大公宮に向かう道でもないし、かといって、ギストン家に帰る経路でもなさそうだ。

 ロクサーヌは、モイラに視線を向けた。

 

「あのう、この馬車はどこに向かっているのでしょうか?」

 

「大公府の郊外よ。多分、そのまましばらく、これから向かう場所で暮らしてもらうことになると思うわ。少なくとも、数日はあんたの屋敷には戻れないと思う。まあ、そう思ってて」

 

 モイラが事も無げに言った。

 ロクサーヌは唖然とした。

 

「ええ、このまま? じゃ、じゃあ、ルカリナは──?」

 

「あんたって、本当に、あの獣人奴隷のことばかりねえ。あとで連れてくるわよ。ゼル様の指示でね。だって、あんたは、あの獣人奴隷がいないと、予知夢は見られないんでしょう? あたしとしてはどうでもいいけど、あんたとゼル様の身柄は絶対に確保しろと言われているの。まあ、安心しなさい」

 

「つまり、守ってくれるということですか?」

 

 ロクサーヌはほっとした。

 大丈夫なんだ。

 アントワークに指示された工作行為については、どうしていいかもわからなかったが、モイラが引き受けてくれて、しかも、ロクサーヌだけでなく、ルカリナも連れだしてくれると言っている。

 よかった。

 

「安心していいかどうかは知らないけど、ビンス派がついに動くみたいだしね。だけど、カートン派も黙ってはいない。報復もすると思う。とりあえず、騒動の前に身を隠すのが得策よ。いい機会だし、多分、ゼル様は、あんたをあの屋敷から連れ出す気だと思うわ。よかったわね。あんたは前から出たがっていたものね」

 

「はいっ」

 

 ロクサーヌは大きく頷いた。

 モイラが口にした通り、居心地の悪いあの屋敷から逃げることは、ずっと考えていた。はっきり言って、ロクサーヌはルカリナさえいてくれれば、なにもいらない。

 今日のように冤罪を作られてルカリナを捕縛するということまでされたのは初めてだが、それに近い嫌がらせはずっとされ続けている。

 必要最小限の世話しかされてないし、家族だけでなく、家人からの意地悪も日常茶飯事でもある。

 なによりも、ロクサーヌの「予知夢」によれば、ロクサーヌが十四歳になる頃には、ギストン家ではなく、ビンス公の嫡男であるゼル王子の養女となって、そこで暮らすようになっているのだ。

 どういう紆余曲折でそうなるのかは、さっぱりとわからない。

 だが、何度か見た予知夢の中でそうなっていた。

 また、いま激しく次期大公の座を死んだ第一公子の嫡男もカートン公と、第二公子のビンス公が争い、大公国内の貴族が各派閥に分かれて激しく争っているのは知っているものの、これもまた、ロクサーヌの「予知夢」では、次の大公は、そのどちらでもなく、ビンス公の息子のゼル王子なのだ。

 

 だから、半年ほど前、ロクサーヌはルカリナを携えて、ひそかに、ゼル王子に接触した。

 もちろん、最初はまったく相手にされなかったが、ロクサーヌの予知夢の能力のことを話し、いくつかの日常についての予知を伝えた。

 最初の会合は、それで終わったが、十日もしないうちに、今度ゼル王子側から接触があった。

 そして、ロクサーヌは、いざとなったら助けてもらうことを条件に、ゼル王子の庇護に入ることになったということだ。

 

 庇護の約束を得た段階で、ロクサーヌは、自分の予知夢の中で、ゼルが次期大公になることを伝えた。彼が大公になるのは、いま争っているカートン公とビンス公がお互いに潰し合って共倒れになって、それでゼルが台頭するのである。

 それを伝えると、ゼルはびっくりしていた。

 

 しかし、満更でもないゼルの反応は、ロクサーヌにもわかった。

 ロクサーヌが、まだ十三歳であり、顔も童顔の傾向があるので、大人は油断して、色々と隠すことを忘れるところがあるが、実のところ、ロクサーヌは人よりもずっと相手の機微の変化に敏感だと思っている。

 ビンス公の息子であるゼルが、実のところ、カートン公のみならず、父のビンス公までも蹴落として、漁夫の利を得ようとしているのは間違いないと思う。

 なによりも、ロクサーヌの予知夢がそれが実現することを教えている。

 

 そして、そのゼル王子によって、ギストン家に送られてきたのが、目の前のモイラである。

 能力の高い女工作員であり、そもそも、最初のゼル王子からの接触は、彼女を通じて行われてきた。

 さらにしばらくして、そのモイラは、新人のメイドとして屋敷内に入り込むようになっていた。幾人かの手の者も一緒にだ。

 母屋ではなく、離れで暮らすロクサーヌには、そういう状況になっていることを知らなかったので、何食わぬ顔をしてモイラが屋敷のメイドになっているのを見たときにはびっくりしたものだ。

 

 そして、今日──。

 

 そのモイラは、いつの間にか、異母兄アントワークの愛人ということになっていた。

 とにかく驚いた。

 

「それにしても、到着までしばらくあるわね。おませさんのローヌに、奉仕でもしてもらおうかなあ。あんたって、本当に苛められるのが似合うのよねえ」

 

 すると、対面に腰掛けているモイラがメイド服のスカートをまくり上げて、股を拡げて股間を晒してきた。

 モイラは下着をつけていなかった。

 むんとする女の匂いと、さらに異臭のようなものがモイラの股間から漂ってきた。

 

 モイラがメイドとして、屋敷に潜入してきて、ロクサーヌとルカリナの倒錯の関係がばれたのはあっという間だった。

 それ以来、それを脅迫の材料として、時折、ロクサーヌはこのモイラにも性奉仕を強要されるようになっていた。

 あるいは、ルカリナと揃ってだ。

 それとも、ルカリナとモイラの両方に、ロクサーヌが奉仕をするということもある。共通するのは、いつも苛められたり、奉仕強要されるのはロクサーヌだということだ。

 ふたりがかりで泣かされることもある。

 

 とにかく、このモイラは、上級貴族の令嬢であるロクサーヌに、奴隷のようにモイラに従うことを強要するのが好きだ。

 モイラはそれが愉しいらしい。

 こうやって、股舐めをさせられるのも、何十回目になるのか見当もつかない。

 いつも、舌が動かなくなるまでやらされて、なかなか許してもらえない。

 

「わ、わかりました。奉仕します、モイラ様……」

 

 性奉仕のときだけは、モイラを様付けで呼ぶ。

 それもまた、約束事として強要されていることだ。

 ロクサーヌは座席と座席のあいだの床に跪き、モイラの股に顔をつけて舌を伸ばす。

 いつものようにぺろぺろとモイラの股を舐める。

 

「あっ、ああっ、気持ちいいわ──。貴族令嬢にはもったいないわねえ。あたしの性奴隷になりなさいよ──。ずっと飼ってあげるわ。あの獣人奴隷も一緒にね。それでいいんでしょう、あんた。ああっ、あああっ」

 

 モイラがすぐに羽目を外したような嬌声をあられもない態度を取り始めた。

 とにかく、ロクサーヌは一心不乱に、目の前のモイラの股間に奉仕を続ける。

 

 だが、そうやって舐めながら、思うこともある。

 

 ロクサーヌが見ている予知夢には、ゼルが大公となった後のこともある。

 それは、もちろん、ゼルにもモイラにも語っていないが、あのゼルについても、大公としての地位は短命に終わるのである。

 その理由は知らないが、その次の大公になるのが、なぜかロクサーヌになる。

 どうして、そうなってしまうのか見当もつかない。

 

 なんとか回避したい未来であり、そのための予知夢が見れればいいと思う。

 しかし、いまのところ、ロクサーヌが女大公になるのを回避している未来を予知夢で見ることは一度もない……。



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985 奴隷解放主義者

 夜になっても、ルカリナが現れることはなかった。

 もちろん、ここにロクサーヌを連れてきたモイラは、すぐにルカリナを連れてくるとは言わなかったし、どんな方法を使うのかわからないが、父が不在のあいだの家長代行をしているあの兄のアントワークが簡単に、ルカリナを解放してくれるとも思えなかった。

 

 だが、ロクサーヌは待つしかない。

 必ず、ルカリナを救出してくれるというモイラを通じて伝えられたゼルの言葉を信じることだけが、いまのロクサーヌにできる唯一のことなのだ。

 とにかく、ここに連れてこられて、この部屋で待つように言われたロクサーヌは、ルカリナの無事を信じてひたすらに祈り続けた。

 

 もっとも、ロクサーヌはここがどこなのかのかも知らない。

 自分の偽者と入れ替わったロクサーヌは、ゼルに仕える女工作員のモイラに連れられるまま、この建物の中にやってきたのである。

 馬車の中では、モイラの股間への舌舐め奉仕をずっと強要されていてまともに外を見ることはできなかったし、公都の城壁から外に出たと思われる場所以降は、馬車の窓を閉じられて、どこを馬車が進んでいるのかの気配を感じることも難しくなった。

 おそらく、二ノス程度は停まることなく、馬車は進み続けたと思う。

 そして、やって来たのがここなのだ。

 

 また、馬車から降りるときには、ロクサーヌは目隠しをされ、モイラに手を引かれて、屋敷に入って、この部屋に入れられた。目隠しを外すことを許されたのは、部屋に入ってからだ。

 この部屋には窓はない。

 モイラは部屋を出ていったが、鍵も外側からかけられた。

 ロクサーヌにわかるのは、馬車から降りるとき、喧噪のようなものは聞こえず、森の風のようなものを感じたということだけだ。

 もしかしたら、公都から少し離れた森の中にでも建てられた屋敷のような場所なのかもしれない。

 

 すると、外からかけられている鍵を開ける音に続いて、廊下側の扉が叩かれた。

 ロクサーヌは、あてがわれている部屋の中で静かに椅子に座っていたが、返事をするいとまもなく、扉が外から開いて人が入ってきた。

 ひとりは、女工作員のモイラであり、もうひとりは、顔にフードを被っていて、よく顔が見れなかった。

 モイラが、ロクサーヌの前のテーブルを一瞥して、鼻を鳴らした。

 

「呆れた。あんた、まだ食事をとってなかったの。食べなさいって、あたし、言ったわよね」

 

 モイラがロクサーヌの前に来て胸の前で腕組みしながら言った。

 部屋に食事が運ばれたのは、この部屋に監禁されて少ししてからだ。運んできたのはモイラであり、食事を置いてモイラは出ていった。

 それから、ずっと食事を載せた盆はそのままだったのだ。

 

「ご、ごめんなさい……。でも、食欲がなくて……。あ、あのう……、ルカリナはどうなりましたでしょうか? 無事でなのでしょうか?」

 

「君の獣人奴隷は無事だよ。それは確認している。不当な扱いを受けてはいるが、それは嫌がらせの範疇を越えてはいないね。話し合いには時間がかかる。ギストン家とは、君を養女としてもらい受ける話もあるし、もう少し待ってくれるかい」

 

 すると、フードを被っている男が柔和な口調で横から口を挟んだ。

 

「えっ、あっ、ゼル様──」

 

 ロクサーヌはその声で、彼がゼルだということに気がついた。

 現在、このカロリック公国は、病床に倒れている現大公の後継者について、第一公子の嫡男であり現大公から後継者の声を掛けられていたカートン公と、多くの主要貴族が推す第二公子のビンス公のふたつの派閥に分かれて骨肉の争いとしているのだ。ゼルは。第二公子ビンスの嫡男である。

 

 しかし、ロクサーヌは、これまで見た「予知夢」によって、次期大公がカートン公でもなく、ビンス公でもなく、目の前のゼルであることを知っている。

 それで、自分の予知夢の能力を告げて、ロクサーヌとルカリナの庇護を求めたのだ。

 なにしろ、ロクサーヌの父親である大公弟のギストン公は、ロクサーヌを引き取ったもののほとんど関心がなく、また、正妻の子のアントワークやフランクは、ロクサーヌを毛嫌いしている。

 ギストン家に居場所はなく、ロクサーヌは孤立しているのである。

 このままギストン家にいることは危険だという認識はある。

 だから、庇護を求めたというわけだ。

 

 そして、その状況で、今回のことが起きた。

 突然に、兄のアントワークがルカリナを捕縛させ、ルカリナを人質にして、ロクサーヌにカートン公の正妻のシャルルの開く茶会で、ある魔石具の搬入を指示したのである。

 困惑するロクサーヌに、以前からギストン家に潜入していたモイラが接触して、ロクサーヌをここに連れてきたということだ。

 

 とにかく、慌てて立ちあがって儀礼の姿勢をとる。

 しかし、ゼルはフードを外し、自分自身もソファに腰を沈めながら、手でロクサーヌに座り直すように促した。

 

「だけど、食事をしないのは感心しないねえ。君が食事を抜いても、ルカリナが早く救出できるわけじゃない。食べるときには食べなきゃ」

 

「で、でも、ルカリナがどうにかなっているじゃないかと考えると、怖くて……」

 

 ゼルにさらに手で強要されて、ロクサーヌも座り直す。上座側のゼルの左側面の位置だ。一方でモイラについては、ゼルとロクサーヌのあいだに立つ。

 

「まあいいや。あとで菓子か果物でもモイラに運ばせよう。とにかく、三日はかかるかな……。もしかしたら、明日にでもなんとかなるかもしれない。いずれにしても、あの獣人奴隷には、モイラの手の者もついている。僕としても、君の予知夢を引き起こすことのできる大切な者を失うわけにはいかないからね」

 

 ゼルが微笑んだ。

 しかし、ロクサーヌは、このゼルについて、物腰も柔らかいし、口調も穏やかだが、実はかなりの策士であり、腹黒いところもある怖い人物だということは知っている。

 ロクサーヌが自分の予知夢をルカリナ以外に教えたのは、このゼルがロクサーヌの予知夢では次期大公であるからというのもあるが、彼が優しい人格者でもあるという評判でもあったからでもある。

 しかしいまでは、このゼルが外面ほど柔和ではなく、目的のためには手段を選ばないような怖い人物だということをわかっている。

 そもそも、人畜無害のような男が、モイラのような海千山千の者を支配に置いたりできないと思う。そういう存在がゼルの周囲には大勢いるのである。

 

 また、ロクサーヌの予知夢がルカリナとの性愛でのみ引き起こされるということも、ゼルは知っている。

 そこにいるモイラに身体を愛撫されて、絶頂に達することも試したが、それがどんなに気持ちよくても、予知夢は起きないのである。快感だけでなく、幸福感も関係しているのではないかと推測もするが、とにかく、ロクサーヌが予知夢を見るのはルカリナに愛されたときのみだ。

 従って、ゼルはロクサーヌだけでなく、ルカリナもまた助けてくれると信じている。

 

「どうかよろしくお願いします。少しでも早くルカリナを助けてください。わたしの大切な人なんです」

 

 ロクサーヌは座ったまま頭をさげた。

 

「ふうん……。大事な人ねえ……。だけど、その大事って、自分の持ち物だから? 君はその大切な人を奴隷にしているんだよね」

 

 すると、頭の上から小さな舌打ちの音とともに、蔑むような言葉が降ってきた。

 驚いて、思わず頭をあげたが、そこには、たったいまの辛辣な言葉が嘘のような優しい微笑みの顔があった。

 

「ほらね。君の心からのお願いなんていうのはその程度なのさ。すぐに頭をあげてしまうような」

 

「あっ、いえ」

 

 しかし、ゼルが再び辛辣な言葉を告げた気がして、慌てて頭をさげ直す。だが、それを制されて顔をあげさせられる。

 

「嘘だよ。ごめんごめん……。いずれにしても、君の獣人奴隷のことは安心していい。それよりも、この前もらった予知夢について確認したいね。あのハロンドール王国が分裂して崩壊するって話。ちょっと信じられなくてね。もう少し詳しく教えてもらえるかな」

 

 ゼルが言った。

 ロクサーヌが目の前のゼルの庇護下に入る代償として求められているのは、ロクサーヌがルカリナとの睦事を切っ掛けに見ることができる「予知夢」の内容をこのゼルに提供することだ。

 予知夢らしきものに接したら、紙に書いてメイドとして屋敷に侵入しているモイラに渡すのだ。

 もっとも、ロクサーヌが見る予知夢は、なにかの大事な出来事とは限らない。むしろ、なんでもない日常の風景であることが多いのだ。また、予知夢の内容や時期をロクサーヌが操作することもいまのところできないでいる。

 だが、このゼルは、そんな他愛のない日常の予知夢から、重要なことを引き出すことができるみたいだ。

 自分の工作に利用しているのだ。

 例えば、パーティや茶会の光景でも、そこに誰がいて、どんな話をしていたかというだけでも、ゼルはそれを大切な情報に変えてしまえるみたいだ。

 もちろん、それは、彼自身が握っている現実の情報網と照らし合わせてのことであるようだが……。

 

 それはともかく、数日前に見た予知夢は、なんと、ロクサーヌとルカリナが殺される夢だ。

 このゼルの短命に終わった大公を継いだロクサーヌが国をうまく治めることができずに、民衆に暴動を起こされて捕らわれ、公都の広場で磔にされて民衆に石を雨あられとぶつけられて殺されるという夢だった。

 また、ルカリナについても、ロクサーヌへの見せしめとして、ロクサーヌが石投げの罰を与えられる前に、手足を縛られたまま、目の前で棒で滅多打ちにされて殴り殺された。

 そんな恐ろしい夢だった。

 

 本当なら、ゼルが大公として短命で終わることを示唆する夢の内容は伝えないことにしているので隠すのだが、そのときにはあまりの恐怖で悲鳴をあげてしまい、このモイラに予知夢を見たことをばれてしまった。

 だから、将来のカロリック公国やロクサーヌたちの身に起きることは伝えずに、隣国であるハロンドール王国に起きる出来事を見たと、とっさに伝えたのだ。

 予知夢の中にいるロクサーヌは、その時に自分が認識していたことや、その状況に至るまでの経緯について、「記憶」として覚えていることができる。

 処刑されるロクサーヌは、少女大公として、自国だけでなく、隣国の状況についても認識していた。

 それで、自分とカロリックに起きる悪夢に変えて、ハロンドールに起こる異変について教えたというわけだ。

 しかし、それにしても、あれは恐ろしい夢だった。

 どんなことがあっても、大公になどなってはならない──。

 ロクサーヌは自分に言い聞かせた。

 

「詳しくと申されても……。わたしは、ハロンドール王国で起きることを実際に経験する予知夢を見たわけではありません。そのときのわたしが認識していただけのことです。わたしがそう思っていただけで、実際には違うかもしれません。単なる令嬢のことですし……」

 

 ロクサーヌは言った。

 自分が女大公だったということは隠して、このゼルの養女として令嬢としての記憶だと伝えている。

 そもそも、ロクサーヌの処刑についても、タリオ公国のカロリックへの侵略を契機に発生するのだが、それも教えてない。

 

「まあ、それでもいいよ。君の口から直接に訊きたいだけさ。現在のハロンドール王は、ルードルフ王だけど、君の予知夢の中では、キシダイン王に代わっているんだっけ。モイラを通じて受け取ったメモにはそうあったね」

 

「は、はい……。ルードルフ王は……。確か、そのときには亡くなっていたと思います。王は戴冠したばかりのキシダイン王でした……」

 

 だが、まずは、キシダイン王の基盤である王国の南部地域で大規模な農民反乱が起きて、地方王軍が大敗をして破れてしまうのだ。

 同時期に、王国北西地域の彼らが辺境域と呼んでいる地域からキシダイン王に対する貴族連合の叛乱が発生する。現在の王妃アネルザの実家のある「辺境侯域」と呼ばれる一帯だ。

 しかし、そのときの叛乱主は、いまの王国の辺境侯ではなく、ワイズ家の女伯爵が盟主となって起こした叛乱だったと思う。

 その両方とも対抗することができずに、王国は混乱して完全な分裂状態になるのである。

 ロクサーヌは、モイラに教えたことを同じように、ゼルに向かって語った。

 

「面白いねえ。それからどうなったかわかるかい?」

 

「いいえ」

 

 ロクサーヌは首を横に振る。

 夢の中でロクサーヌは民衆に処刑されて死んでしまった。その後のことは当然にわからない。

 

「ふうん。まあいいか……。そして、エルフの国のナタル森林国についても異変が起きると言っていたよねえ?」

 

「はい、突然に魔獣が森林内に大量発生して、人の住めない地域に……。それもあり、森林を挟むローム三公国側と、ハロンドール側は地域的に分裂します。ただ、タリオ公国のアーサー大公が森林地域に軍を派遣して、魔獣討伐の準備を開始します」

 

 確か、そんな状況だったと思う。

 タリオによるカロリック侵攻は、タリオ公国が準備していた森林への魔獣討伐を隠れ蓑にして、突然にタリオ軍が国境を越えることで起きるのである。

 しかし、ロクサーヌはそれも教えない。

 もしかしたら、タリオ公国がカロリックに侵攻する未来を告げることで、それに備えることができるのかもしれないが、その未来は、ロクサーヌがルカリナとともに殺される未来でもある。

 そんなものは認めたくない。

 

「アーサーねえ。確か、いま内乱状態にあるタリオ国の一方の勢力の盟主だったね」

 

 ゼルが考え込むように言った。

 隣国タリオ公国は、カロリック王国同様に、大公の後継者を巡って内輪揉めの真っ最中だ。

 あっちは、すでに内戦状態にあって、勢力としては大公派と呼ばれる上級貴族連合が圧倒的なのだが、アーサーという大公家の傍流出身の男が中小貴族の支持を集めて軍事衝突を挑んだのだ。

 当初は、あっという間に鎮圧されるかと思われていたようだけど、とにかく、アーサーという男は戦争が上手らしい。

 上級貴族連合がともすれば主導権争いで足を引っ張り合うこともあって、もしかしたら、アーサーがまとめている新興派が内乱に勝利するのではないかという観測もあるみたいだ。

 まあ、これについて、ロクサーヌが十分に情報を得ているわけではなく、十三歳ながら、あちこちの茶会やサロンに呼ばれるので、そのときに語られていたことの単なる受け売りではあるが……。

 

「わたしの予知夢の中では、タリオ公国の大公になっておりました」

 

 大公どころではない。

 そのアーサーがカロリックに侵略を起こすのだ。

 すると、カロリックの諸侯は雪崩を打って、個々にアーサーに降伏していき、公都を脱出しようとしたロクサーヌは民衆に捕まってしまい、国を見捨てようとした悪女としてルカリナとともに民衆に殺されることになるのである。

 

「なるほどねえ。まあ、ちょっと、それをもとに国外情勢についても分析してみるかなあ……。そろそろ、この国の混乱も収まるだろうしねえ」

 

 ゼルが微笑んだまま、何気ない口調で言った。

 

「えっ、収まるのですか?」

 

 ロクサーヌは思わず訊ねた。

 すると、ゼルの口の端がさらに上にあがる。

 

「収まるね。今回のことを切っ掛けにして、我が従兄殿も、父上も激しく争い合う。それこそ、憎しみをぶつけ合ってね。その結果、どちらかが残るだろうけど、その一方が勝利者でいられるのは束の間のことさ。その勝利者についても、気がつくと、勝利者でなくなる。残るのは、僕ということさ」

 

 ゼルがくすくすと笑った。

 

「今回のこと……ですか?」

 

「ああ、君はいい切っ掛けを作った。まあ、いずれにしても、しばらくはここに隠れていてもらうよ。そうすれば安心さ。これから起きる騒動で万が一にも、君たちのことを危険にさらしたくない。なにしろ、君の予知能力は、本当に有益だからね」

 

「は、はい」

 

 ロクサーヌはそれだけを言った。

 なにを言っているのかよくわからないし、ゼルについても、ロクサーヌから気の利いた返事を受け取ることは期待していないだろう。

 

「せいぜい、殺し合うといいのさ。あの気違いどもは……。ねえ、君、僕はねえ。僕がこの国を治めることでやりたいことがあるのさ。君はこの国の獣人奴隷についてどう思う?」

 

 すると、突然にゼルがロクサーヌにそう訊ねてきた。

 

「獣人奴隷……ですか?」

 

 どう思うと言われても、なにを答えていいかわからない。

 ただ、このカロリック公国には、三公国内のほかの二公国やハロンドール王国に比べて、圧倒的に獣人族の数が多い。

 そして、その獣人族は、亜族扱いで差別の対象でもある。

 ほとんどの職業からは締め出され、自由に移動することや、一定以上の財を持つことも禁止されており、獣人地区と呼ばれるコロニー内でのみ生活をすることを許されている。

 例外は、人間族の奴隷になることであり、コロニーの外に出るには、ルカリナのように、人間族の誰かの奴隷になる必要がある。

 しかし、それについてどう思うかと問われても、ロクサーヌは答えに困った。

 ロクサーヌが生まれる前からそうだったことであり、なにも考えたことはない。

 ルカリナもいるし、幼い頃は獣人地区にいて、獣人奴隷に囲まれていたので、おそらく、ほかのカロリック貴族に比べれば、はるかに獣人との距離は近いとは思うが、獣人族が奴隷になることそのものについては、なにも思ってない。

 

「僕は理想主義者なんだよ。獣人といえども、人族には変わりない。獣人が奴隷にならないと、人間族の社会で生活できないなんて間違っていると思うんだ。許されないことだよね。そう思わないかい、ローヌ?」

 

 ゼルがロクサーヌを愛称で呼んだ。

 

「そ、そうですね……」

 

 ロクサーヌは頷いた。

 正直、完全に同意したわけではないけど、言われてみれば、そうかもしれない。

 ルカリナはロクサーヌの奴隷ではあるが、実際のところ、ルカリナを奴隷扱いしたこともないし、予知夢を見るときの睦事で意地悪をされて泣くのは、ロクサーヌの方である。

 ルカリナも、ロクサーヌのことを主人だなんて考えてないだろう。

 ロクサーヌとルカリナは親友であり、恋人だ。そう思っている。ただ、ルカリナに近くにいてもらうには、ルカリナがロクサーヌの奴隷でなければなければならない。

 だから、便宜上、なってもらっただけだ。

 

「よかった。だったら、ルカリナの隷属を解放してもらうよ。とりあえず、僕に隷属を移してもらう。僕は、どんな奴隷でも、奴隷扱いしないからね。僕に隷属するということは、事実上、奴隷解放したと同じことになる……。ああ、よかった、君が僕と同じ意見で。じゃあ、ルカリナを救出できたら、ルカリナの隷属権を僕に譲渡してね。よろしく」

 

 ゼルが事も無げに言った。

 ロクサーヌは驚愕した。

 

「そ、そんなことはできません──。ぜ、絶対です。わ、わたしがルカリナを奴隷扱いすることもありません。ルカリナとは親友なんです」

 

 ロクサーヌは思わず立ちあがった。

 冗談じゃない──。

 ルカリナを失うなど──。

 

「親友なのはわかっているよ。それを邪魔するつもりもないさ。なにそろ、君が予知夢を見るためには、あのルカリナが必要なのはわかっているからね。だけど、隷属だけは僕に移す。それだけさ」

 

「いや、いや、いやです──。ルカリナはわたしのものです。ルカリナだって、望んでません。そもそも、どうして、ルカリナをゼル様に──」

 

「いや、最終的には、僕はすべての奴隷を解放するつもりなのさ。だけど、物事は一気にはできない。だから、とりあえず、周りの奴隷から手を打っていこうと思っている。僕の周りにいる者については、すべての獣人を解放する。一度、僕の隷属に移すのは、その第一歩さ」

 

「だ、だったら、そのときに開放します。でも、ルカリナがほかの人のものになるなんて耐えられません。拒否します。それはもう絶対です──」

 

 ロクサーヌは激しく首を横に振る。

 すると、ずっと浮かんでいたゼルの口元の笑みがすっと消えた。

 

「ローヌ、これはお願いしているじゃない。命令だよ。君は僕の庇護下にある。それを誓ったはずだ。だから、こうやって匿いもしている。だけど、それは、僕の命令に従うということでもあるんだよ」

 

「なんと言われても、ルカリナの隷属を移すことには同意しません。わたしも何度も言います。ルカリナはわたしのものです──」

 

 ロクサーヌは言い切った。

 

「ふうん……。獣人は誰のものでもない……。その獣人自身のものなんだけどね……。まあいいや。君を説得する方法はいくらでもある……。ねえ、モイラ、このわからず屋の彼女を説得してくれるかい? どんな方法でも構わないよ」

 

 ゼルが後ろを振り返って、モイラに声をかけた。

 

「承知しましたわ」

 

 モイラが酷薄そうな笑い声をあげながら、ロクサーヌの腕を力一杯に掴んできた。



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986 大公宮襲撃

「すべての手はずは整っております、シャルル様」

 

 茶会が始まる直前に、シャルルは魔道師を伴なった警備隊長から報告を受けた。

 大公宮内の敷地内にあるカートン公とシャルルの暮らす離宮内に作られている地下の一室だ。

 この建物全体に防護魔道を施しているだけでなく、この地下一帯には二重三重の防護結界も施している。

 また、魔道具を使って、地上側で行われている茶会の様子も壁に投影させていた。そこには、十数名の淑女令嬢に囲まれているシャルル自身の姿もいる。今日の茶会は立席形式であり、すでに集まっている参加者たちの挨拶を受けているのだ。

 もちろん、そこにいるのはシャルルの替玉であり、特別な魔道具を使ってシャルルに変身している侍女だ。

 完璧にシャルルになりきっていて、シャルルが見ても違和感はない。

 話し方や仕草、話題の振り方など、なかなかのものだ。

 

「ならば、カートン公に報告を。今日こそ、ビンス公の悪徳を暴く証拠を押さえますとね」

 

「はっ」

 

 警備隊長が戻っていく。

 シャルルは、入れ直してもらった茶を手に取ると、投影されている地上の光景に目をやって微笑んだ。

 

「だが、他人が成りすましている自分を眺めながら、こうやって茶を飲むというのもいいのう。全ての公務はこれで済ませるか?」

 

「それは、エリーが気の毒というものです。シャルル様に成りすますという今回の任務に、胃が痛くなるほどに緊張していたのですから」

 

 シャルルの軽口に、侍女のひとりがくすくすと笑った。

 ほとんどの侍女には教えてないが、今日の茶会に出ているシャルルが本物ではなく影武者であることを知っている数名のうちのひとりだ。

 ここにはふたりの侍女がいて、入れ替わりを知っているのは、変身具を使ってシャルルの真似をしているエリーという侍女と、目の前のふたりのみである。

 そして、先程やってきた警備責任者と魔道遣いだ。

 あとは、シャルルの夫のカートン公とその関係者である。

 

「まあ、本当はわらわ自身が囮になるつもりではあったのだがのう。どうしても、カートン公がいかんというのだ」

 

「閣下は、お美しいシャルル様を愛しておられますから。万が一にも危ないことがないかと気が気でないのでしょう」

 

「愛が重いわ。わらわは、この国のことで精一杯よ。この国のためなら、命のひとつやふたつ惜しくはない。旦那様の愛まで受ける余地は残ってはおらんて」

 

「そんなことおっしゃってはいけませんわ、シャルル様。おふたりが相思相愛なのは、見ていてわかります。羨ましいほどです」

 

「羨ましくないわ。毎日、愛をささやかれても、鬱陶しいだけぞ」

 

 シャルルは笑い声をあげた。

 今日、こんな風に影武者を使って、身を隠しているのは、今日の茶会でシャルルを狙う襲撃が行われるという情報に接したからだ。

 しかも、襲撃の狙いはシャルルだという。

 その手段まで事前に判明している。

 夫のカートン公が使っている諜報によるものだが、ある魔石具が会場に持ち込まれるのだという。

 魔石具というのは、魔道力体である魔石に直接に魔道文様を刻んで、魔道効果を生むように細工をしたものだ。

 今回使われるらしいのは、結界を一時的に無力化する効果を持つものらしく、それで防護結界の力場を崩し、襲撃者が移動術の魔道紙で数名乗り込み、シャルルを抱えて再び移動術で逃亡をするということという。

 そこまでわかっていれば、阻止するのも容易だが、シャルルはそれを聞いて、自分が囮になって、襲撃者を一網打尽に捕えるという策に変えることにした。

 

 夫であるカートン公と、義理の叔父にあたるビンス公とのあいだで、骨肉を争う後継者争いが開始されて、それなりの時間が経っているが、このところ争いはさらに過激化し、尋常な手段のみならず、暴力を伴なうやり方でお互いの勢力を潰し合うという様相になっていた。

 つまりは、互いの派閥に属する重要人物の暗殺合戦だ。

 

 もっとも、いつも仕掛けてくるのはビンス派たちであり、こちらとしてはそれに対抗をして報復をしているだけだ。

 やられたらやり返さなければならない。

 さもないと、簡単に勢力を崩されてしまう。

 これは戦いなのだ──。

 

 そんな状態の中、今度はシャルル襲撃計画の情報が入った。

 シャルルはこれを好機をとらえて、逆に罠を張ることを主張した。襲撃することがわかっていれば、そこに警備の重点を作って襲撃者を捕えることは容易だ。

 そして、襲撃者にビンス派の関与を自白させるのである。

 捕縛さえすれば、自白を強要する魔道薬も幾らでも利用できる。

 確固たる証拠さえあれば、その大義名分のもと、ビンス派の関係者を一斉に捕縛させて、一気に形成をこちらに傾けさせてしまえるのだ。

 連中の暴力に訴えるやり方についての証拠はこれまで抑えられなかったが、今度は実行犯を捕えることで確実に証明できる。

 シャルルの主張に、夫のカートン公も結局は決心したが、シャルル自身が囮になることについては最後まで反対された。

 それで変身魔道でシャルルに扮した侍女が、囮役を務めることになったというわけだ。

 

「おっ、あれは、ロクサーヌだな」

 

 壁に映るひとりの小柄な少女に気がつき、シャルルは嘆息して呟いた。

 今回のビンス派が企てている襲撃計画の鍵を握るのが、このロクサーヌだ。まだ十三歳という幼い年齢の割には頭がよく聡明だ。

 シャルルはロクサーヌのことを、敵派閥の令嬢でありながらも気に入っていた。

 だから、派閥の壁を越えて、サロンに参加させたり、茶会に招待したりしていたのだが、情報のあった魔石具を持ち込むのが、このロクサーヌらしい。

 本当にがっかりだ。

 

 まあ、どういうわけで、そんな工作をすることになったのかはわからないが、シャルルとしては、裏切られた気持ちである。

 まあ、もっとも、たとえ情報がなくても、仮にも敵対派閥から参加する令嬢の行動を茶会で監視しないということなどないから、怪しげな魔石具の持ち込みなど、本来成功するわけもないのであるが……。

 

 そして、茶会がいよいよ本格的に始まった。

 茶会の会場に潜り込ませている「耳目役」の者たちから、次々に情報が入ってくる。

 当初は自然にふるまっていたロクサーヌがしばらくすると、不自然な行動をとりだした。

 そして、庭園に近いところに行き、スカートの中から大きな石のようなものを脚のあいだに落下させたような動きを示す。スカート丈が足首まであるのでわからないが、スカートの中の脚が動いているのだけははっきりとわかる。

 しばらくすると、何食わぬ顔でその場所を離れていく。

 だが、履物にはしっかりと土の汚れがついている。

 足で埋めたのだろう。

 

「お粗末な工作員だのう」

 

 映像を見ながらシャルルは笑ってしまった。

 だが、これで襲撃にロクサーヌが関与した証拠は得た。いまは泳がせるが、全て終われば、一網打尽の対象にロクサーヌも入ることになる。

 大公宮内に結界破りの危険物を持ち込んだとなれば、襲撃が未遂に終わっても、公国令によれば死刑に相当する罪に該当する。

 わずか十三歳で処刑というのは気の毒ではあるが、まあ、仕方ない。

 シャルルは、ロクサーヌが魔石を埋めた場所を重点に、ひそかに警備の重点を作ることを指示した。

 あの大きさの魔石一個では、結界の穴は精々、人間が両手を拡げた幅の円くらいの大きさにしかならない。

 襲撃者が出現するのは、そこになる。

 

 だが、結局のところ、茶会が終わるまで襲撃者が現れることはなかった。

 そして、夜になり、翌朝になっても異変はなかった。

 つまりは、夜通しの待ち受けが無駄になったのだ。

 シャルルはこの地下で仮眠をして朝を迎えたが、結局、あの魔石を埋めた場所から襲撃者が現れることはなかったのだ。

 

 シャルルは呆気にとられるとともに、意を決して、ロクサーヌが魔石を埋めたと思われる場所を探索させることにした。

 しかし、そこには土を掘り起こした痕はあったものの、魔石などなかった。

 

「仕方ない。兵を派遣して、ロクサーヌを捕縛させよ」

 

 朝になり、シャルルは指示した。

 何らかの理由で襲撃が中止になったということだろう。こうなってしまえば、明らかになっている罪は、魔石具の持ち込みだけだ。もっとも、問題となる魔石は消滅しているから証拠は魔道映像の記録しかない。

 まあ、あとは事情をロクサーヌから訊ねてからのことか……。

 

 そのとき、新たな情報が入ってきた。

 二件同時にだ──。

 

「いま、なんと申した──」

 

 それを耳にして、シャルルは怒鳴り声をあげてしまった。

 ひとつの情報は、大公宮の外壁の外に小さな子供の死体が投げ捨てられたということだった。

 その子供の身元はまだわからないが、身に着けていたものが問題だった。

 シャルルとカートン公のあいだには、三歳と一歳の息子がいるのだが、その子たちが身に着けている寝着そのものだったらしい。

 

 報告がそれだけだったら、気味の悪いこととだけしか捉えなかったが、続いて入ってきた報告には度肝を抜かれた。

 

 シャルルの子どもたちが寝室から忽然といなくなってしまったのだという。

 普段は、いまシャルルがいる離宮の上階で暮らしているのだが、昨夜については茶会を行った庭園における襲撃が予想されていたことから、一時的に大公宮内の別の建物に子供たちだけ避難をさせていたのだ。

 しかし、もちろん、警備はしているし、なによりも大公宮の敷地内だ。

 そこからいなくなってしまったらしい。

 寝室の外には見張りもおり、室内にも侍女がふたり詰めていた。寝室に接する部屋にもそれぞれの乳母たちがいて、そこにも侍女たちがいたのだ。仮眠をとっていた者もいるが、全員が寝ているわけでなく、起きてもいた。

 だが、早朝に気がつくと、それぞれの部屋から子供がいなくなってしまっていたそうだ。

 とにかく、シャルルは血相を変えて、そちらに向かった。

 

 建物に着く。

 ものすごい数の兵が集まっていた。

 建物を中心に大捜索が行われている。

 子供たちが寝ていたはずの寝室に入る。

 夫のカートン公がいて、悲痛な顔をしていた。

 乳母や侍女たちが号泣している。

 

「で、殿下、どうなっておるのだ──?」

 

 シャルルは怒鳴った。

 だが、椅子に座って頭を抱えたまま、カートン公は真っ蒼なまま首を横に振った。

 

「わ、わからん。しっかりと警備はしていたらしい……。しかし、忽然と消えたとしか思えない状況だ」

 

「ば、馬鹿なことを申すでないわ。人が消えるものか──。探せ。探すのだ──」

 

 シャルルは狼狽えて喚いた。

 しかし、そのとき、はっとした。

 

「もしかして、こっちが本命か……?」

 

 呟いた。

 

「あっ、いま、なんと言った?」

 

 夫カートン公が顔をあげる。

 

「待て、いま思考中じゃ」

 

 シャルルは手で制する。

 だが、思考すればするほど、絶望的な状況であることを悟ってきた。

 もしかしたら、昨日の茶会における襲撃という情報そのものが「ガセ」であり、向こうに警備の重点を作って、ほかの正面を油断させることが目的だったのではないか。

 そう考えれば辻褄が合うのだ。

 実際、まんまと陽動に嵌って、子供たちを普段とは異なる建物に寝泊まりさせたりした。そこでの警備を緩めたつもりはないが、平素とは異なる警備態勢であったことは間違いない。

 そして、さらわれた。

 外壁に捨てられていたシャルルの子の寝着を身に着けていた子供の死体は、おそらく脅しだろう。

 子供たちは、すでにさらわれている。

 そう判断するしかない……。

 

「シャルル?」

 

 カートン公が黙りこくっているシャルルに、怪訝そうな顔を向けてきた。

 

「ロクサーヌじゃ……。とりあえず、あいつじゃ。拷問してでも、知っていることを吐かせるしかないわ──」

 

「昨日の襲撃に関与したという話の小娘か? あれが関係するのか?」

 

 カートンが言った。

 

「なにを悠長なことを──。関係あるに決まっておる。わらわたちは陽動に騙されたのだ。茶会での襲撃計画など偽情報だったのだ。そっちに警備の重点を作らせて、この大公宮から子供たちをさらったのだ──」

 

「まさか──」

 

「まさかではない。ビンス派の連中じゃ──。だが、いま確実に関与していたのがわかっているのは、ギストン家のロクサーヌしかおらん。あやつを捕えるのだ──」

 

 シャルルは怒鳴った。

 

「すぐに兵を出せ──」

 

 カートン公が立ちあがって声をあげた。

 そして、衛兵のみならず、諜報組織などを使って大規模な捜索が行われることになった。

 ビンス派との接触もする。

 しかし、シャルルについては、一度、私室に戻って休息をするということになった。すでに探したところを手掛かりを求めて自分も探そうかとも考えたが周囲に反対されてしまった。

 仮眠をしたとあっても、空振りに終わった夜通しの警備対処のこともあり、心痛でかなり弱っているように見えるらしい。

 まあ、確かに、こうなってしまえば、シャルルにも、できることはなにもない。

 新たな情報が入るのを待つしかないのだ。

 シャルルは、とりあえず、大人しく私室に戻ることにした。

 自分についている侍女も、すでに捜索に参加しているので、同行させる侍女はふたりだけにした。

 ほかは護衛の兵である。

 

「では、外に待機しております」

 

 一緒にやってきた護衛が部屋の中まで同行し、敬礼をして部屋の外に出ていく。

 

「とりあえず、お着替えを。軽い食事も準備させます」

 

 すぐにふたりの侍女が動き出した。

 ところが、いきなりそのふたりが床に崩れ落ちる気配がした。

 

「えっ?」

 

 驚いて振り向く。

 唖然とすることに、そこにひとりの黒装束の男が立っていた。なにをされたかわからないが、侍女のふたりは、その男に抱えられるように床に横たえられている。

 

「そ、そなた──」

 

 一瞬にして魔道具で防護結界を展開させるとともに、悲鳴をあげようとした。

 しかし、その黒装束が手に魔道具の球体を握って、シャルルに向けていることに気がつきはっとした。

 昨日、茶会の様子を地下の隠し部屋に投影させたものを同種のものである。あの球体に映っている映像をどこかに送っているのだと悟った。

 

「……大声を出せば、取引きは終わる。外の衛兵を呼べば、子供が二人死ぬだろうな」

 

 ほんの聞こえるか、聞こえないかくらいの小声だ。

 シャルルは背に冷たいものが流れるのがわかった。

 

「そ、そなたは誰じゃ。わらわの子は無事か?」

 

 緊張で声が掠れる。

 そもそも、どうやって、この警備厳重な大公宮に侵入したというのか……?

 しかも、あちこちに罠も張り巡らされているシャルルたち私室まで入ってきたとは……。

 誰だ?

 そもそも、何者……?

 子供たちをさらったのもこいつか……?

 

「いまは無事だ。もともと、依頼主の狙いはガキじゃない。あんただ。いま作動させた防護結界を解いて、そこにある転移紋を踏め。移動した先にガキが待っている」

 

「ば、馬鹿な……」

 

 シャルルは眉間に皺を寄せた。

 だが、ふと見ると、部屋にあるソファの横に目立たないが、転移術の文様があることに気がついた。

 それを描いた大きな布が拡げられているのだ。

 小さな魔石の破片が散りばめらていて、おそらく、それを踏めば魔道が作動して、シャルルはどこかに瞬間移動させられると思う。

 しかも、その文様は大公家の一族が非常のときに使うものであり、それと同じ文様だ。

 つまりは、それであれば、大公宮の防護結界をすり抜けて、外にだって跳躍が可能なのだ。もともと、非常時の脱出に使うものである。

 だが、その文様は秘密であり、滅多なことでは知られないようになっている。それが外に出れば、出入り自由になってしまうからだ。

 つまりは、それをこの得体の知れない侵入者が知っていたということは、少なくとも大公家一族の誰かが、漏らしたということだ。

 おそらく、ビンス派……。

 

「なら、やめることだ。大声で叫べ、俺はそのまま逃げて、数日のうちに、お前のガキは見つかるだろう。死体になってな」

 

「き、貴様は……」

 

 シャルルは歯噛みした。

 

「さあ、どうするんだ、お母さん? 俺はどっちでもいいぜ」

 

 黒装束が覆面の下でにやりと微笑んだのがわかった。



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987 美妃凌辱(1)-言葉なぶり

 選んだのは森の中の家だ。

 なんの変哲もない平屋の屋敷だが。一番近い集落から歩いて一ノスほどの距離があり、その集落についても、住んでいるのはビンスが使っている手の者たちだ。

 つまりは、ビンス派の工作員の隠れ処一帯ということだ。

 その森の中の小屋敷に、ビンスは、派閥の重鎮のひとりである第二将軍のルクセンと一緒にいる。

 さらに平屋には、十数人の手下がいて、ひっきりなしに部屋に出入りしては報告を伝えていた。

 

「シャルル妃は、ひとりでこっちに向かっております。尾行している者がいないのは確認しています」

 

 部下の報告にビンスは頷いた。

 

「大丈夫ですかな? 仮にも、世子(せいし)妃を護衛もつけずに向かわせるなど。われらが手を付ける前にごろつきにでも襲われたら勿体ない。あれだけの美貌ですからなあ」

 

「問題ない。ひとりで歩いていると見せかけて、実際には俺の手の者が周囲をひそかに囲んでいる。ごろつきどころか、野犬一匹も近づけん」

 

 ビンスはテーブルの上の酒に手を伸ばしながら笑った。

 ついに、あの小生意気なシャルルを好きなように凌辱することができるのだ。そう思うだけで、すでに股間は固くなっていた。

 ビンスが大公になるのを邪魔する甥のカートンだが、実際に連中の派閥の中心にいるのは、カートンの正妃のシャルルなのだ。

 あの女に幾度煮え湯を飲まされたかかわらない。

 しかし、今日はついに、そのシャルルを手に入れることができた。しかも、自ら歩いて、こっちに向かっているという。

 

 到着したら、どんな風に犯してやろう。

 裸にして、縛りあげて、凌辱の限りを尽くす──。

 本当に愉しみだ。

 

「なるほど。それにしても、あの男も念の入ったことですなあ。あのシャルルに自ら移動術の魔道紋に乗らせて跳躍させたのはあっぱれですが、その跳躍地をここではなく、離れた森の場所に設定するとは」

 

「まあ、あの“カゲト”という男がそれだけ用心深いのだろうなあ。直接に、ここに跳躍地を設定していたのでは、シャルルが脅迫に屈しない場合、魔道紋を使って、ここに兵を送られる可能性もあった。だが、ああやって、森の中の違う場所に設定していれば、シャルルがひとりでない場合に、十分に姿をくらませられる。よく考えたものよ」

 

「全くです」

 

 ルクセンが感心するように頷いたので、ビンスは大笑いしてしまった。

 また、カゲトというのは、今回の工作でカートンとシャルルの子を誘拐し、さらにシャルルを連れ出すことに成功した諜者が名乗った名だ。

 

「なにを言う。お前の余の前に連れてきた男であろうが──。ロクサーヌというギストンの娘を使った陽動。攪乱によって警備が緩んだとはいっても、あの大公宮に単身潜入できる間者としての技能。そして、見事にシャルルをさらってきた腕前──。どれをとっても、あれは超一流の工作員よ。今回は試しということであったが、余は気に入った。あのカゲトを余はこれからも使うであろうよ」

 

「そう申して頂ければ、紹介したかいがありました……。と、言いたいのはやまやまなのですが、実のところ、あの男を紹介してきたのは、ビンス公殿下のご嫡男のゼル様でございましてな。是非に使ってみてくれと話がありましたので、今回、殿下に引き合わさせていただいたというわけでありまして……」

 

 ルクセンが言った。

 ビンスは意外な名前を聞いて驚いてしまった。

 

「あれは、ゼルの手配であったのか? 本当か?」

 

 ゼルはビンスの息子ではあるものの、優しすぎるところがあり、ビンスは軟弱者とみなしていた。

 大公の後継者争いの闘争にもゼルは消極的であり、あまり、積極的に加わったことはない。

 まあ、頭がいいのは認めるが、人を傷つけたり、殺したりするのが苦手な小心者であって、カートン派との戦いには役には立たないと思っていた。

 そのゼルがルクセンを通じて、シャルルをさらう手段を提供したということか?

 

 いずれにしても、今回の成功の功績が、ルクセンが紹介してきたあのカゲトにあるのは確かだ。

 得体のしれない諜者を扱うのは躊躇ったが、話をすれば策は確かなものだったし、ルクセンとのあいだに、「破ることができない盟約」を魔道で結んでいた。

 それで任せてみることにした。

 また、今回の策であれば、失敗したとしても、ギストンのところの妾娘を蜥蜴の尻尾のように切り離せば、ビンスたちまで手が伸びることはないからだ。

 しかし、あのカゲトという途方もない能力者をゼルがなあ……。

 

「まことです。よきお子に恵まれてうらやましいことですな。いずれにしても、今回、あの男を取り入れて、シャルルの誘拐に成功したのは、ゼル様の功績が大きいでしょう。後日、改めて、声をかけてあげてください。ゼル様は、いつも殿下を尊敬していると口に漏らしておりましたぞ。だが、なかなか認めてもらえないとも」

 

「認めないことは……ないがなあ。ほう、ゼルがか……」

 

 ビンスの息子のゼルは、事もあれば、獣人奴隷の開放などと(のたま)い、およそ、カロリックの貴族層が受け入れられない施策ばかりを口にしたりしていた。ビンスとしては、このままでは、とてもではないが自分の後継者にはできないと思っていたが、心を入れ替えてくれるのであれば、それにまさるものはない。

 ゼルの知能が高く、また人を見る目が高くて、なかなかに有能な部下を大勢集めているのは知っている。

 また、あのような軟弱者でありながら、下級以下の貴族や庶民には意外な信望を得ていたりもするのだ。

 

「シャルル妃が到着しました」

 

 すると、部下が報告をしてきた。

 ビンスは、身体検査をしてから、ここに通すように指示した。

 果たして、シャルルは本当にたったひとりだけでやってきたようだ。

 

 しばらくすると、そのシャルルが部下たちによって部屋に連れてこられた。

 森の中をしばらくひとりで歩いてきたせいか、装束は汚れていて、顔にも汗が浮かんでいたが、それはシャルルの美しさを少しも損なってはいなかった。

 あのカートンには勿体ない美妃だと思っていたが、こうやって面と向かって会ってみると、秀麗で神々しささえ感じるほどだ。

 男まさりの武芸もあり、事実上の首領として、ビンスたちと激しく派閥争いをしてきただけの度胸もある。

 まあ、大した女なのだ。

 

 その女がいま、ビンスに弱みを握られて、まさに窮鼠となった。

 実に小気味いい。

 また、いつもは編んでいる髪は真っすぐにおろしていて、髪留めのひとつもない。装飾具もすべて身に着けていない。

 あらかじめ部下に指示していたので、魔道具になりそうなものをすべて排除させた結果だ。

 

「よく来たな、シャルル。親族というのに、なかなかに会う機会もなかったが、今日は、わざわざ、余にそなたから会いに来てくれたのだ。歓迎するぞ」

 

 ビンスは持っていた盃を目の高さまで持ってくると、ぐびりと酒を口にした。

 テーブルを挟んで立っているシャルルが怒りで身体を震わせるのがわかった。

 

「な、なにを白々しい……。卑怯な手を使いおって……。子供たちはどこじゃ? 返せ──」

 

「これが戦いというものよ、シャルル。卑劣もなにもない。手段に卑劣などない。あるのは勝つか、負けるかだ。お前も、そうやって、これまで余と戦ってきたのであろう?」

 

「わかっておる。降伏する。カートン公を説得して、そなたを後継者として身を引かせる。盟約を結んでもいい。だから、子は返してくれ」

 

 シャルルが言った。

 盟約というのは、ルクセンが連れてきたあの諜者とルクセンとのあいだにも結ばれていたものでもあり、お互いに裏切らないという魔道を魂で誓い合うものだ。

 甥のカートンがシャルルの尻に敷かれているのは有名だから、このシャルルがビンスに降伏する盟約を結べば、それで事実上、後継者争いは終わりだ。

 ビンスはほくそ笑んだ。

 

「子供ふたりについては返してもいい。余にとっても、甥の子だ。無碍に殺したいわけではない」

 

 ビンスは言った。

 「殺す」という言葉で、シャルルが美しい顔を引きつらせて、一瞬にして顔を蒼くするのがわかった。

 

「な、ならば……」

 

 シャルルがビンスにすがるように哀願の表情を向けてくる。

 しかし、ビンスは、シャルルが言葉を続けるのを手で制した。

 そして、口を開いて、シャルルを遮る。

 

「だが、そなたが余に誠意を見せるのであればな──」

 

「誠意? あっ、いや、もちろん、誠意を示す。次の大公はそなただ。わらわが責任をもって、カートン公をはじめとして派閥の領袖たちを納得させる。さっきも言ったが、盟約も結ぼう」

 

「いや、そんなことではないのですよ、シャルル妃」

 

 口を挟んだのはルクセンだ。

 シャルルは、鋭い視線をルクセンに向けた。

 

「な、なにを言いたい、ルクセン──。そもそも、子供をさらわせるなど、それでも武人か──。ああ、そういえば、陽動として茶会で魔石具を持ち込んだのは、お前の婚約者のロクサーヌだったな──。あれも、お前の命令か──?」

 

 シャルルがルクセンに向かって怒鳴った。

 

「あの子供とは婚約破棄するつもりですよ。十三歳の童女をどうしても女とは思えませんのでな。ところで、そんなことより、誠意について教えて欲しいのではないのですかな? ここは殿下に、誠意を示した方がいいのではないですかな。殿下は、シャルル殿が誠意さえ示せば、お子は返すとおっしゃっているのですよ」

 

「せ、誠意とはなんじゃ?」

 

「スカートをめくってください。殿下に下着をお見せするのです。それが誠意の示し方です」

 

「な、なんじゃと──」

 

 シャルルが顔を真っ赤にして怒鳴った。

 いまにも、ルクセンに飛びかかるかるかのような仕草もする。

 

「ならば、帰ることだな──。ここがどこかもわからんだろうが、一生懸命に歩けば、どこかには着くだろう。大公宮に戻ることだ。そのときには、子供も帰ってるはずだ。死骸としてな」

 

 ビンスは吠えるように大声をあげた。

 シャルルが口惜しそうに歯噛みし、しばらくのあいだ、ビンスをすごい形相でにらみ続けたが、やがて、がくりと脱力した。

 

「わ、わかった……。そなたに抱かれよう……。寝室に案内をしてくれ」

 

 諦めたのだろう。

 シャルルは意気消沈している。

 しかし、まだまだだ。

 

「二度も、三度も同じことを言わされるのは、余は好かんな。ルクセンが伝えたであろう。誠意を見せよ。誠意の見せ方は理解できたのだろう?」

 

「なっ、わ、わらわに、ここで恥を晒せと申すのか──。ここで、スカートをまくって太腿まで覗かせろと──?」

 

「子供を助けたければね」

 

 ルクセンだ。

 屈辱のためか、羞恥のためか、怒りのためか……。とにかく、シャルルがぶるぶると激しく手を震わせる。

 

「な、ならば、人払いを……。周りの者をさげてくれ」

 

 部屋には、ビンスやルクセンのほかにも、五名ほどの部下がいる。給仕をする女も幾度も出入りをしている。

 

「こいつらは路傍の石とでも思うがいい。それで、誠意を見せる気になったか、シャルル?」

 

「くっ」

 

 シャルルが両手をスカートの上に置き、くるぶしまであるスカートを少しずつたくしあげていく。

 そして、膝上まで上がったスカートの裾を丸めるように持ち、さらに布があがる。

 シャルルの白くて豊かな太腿が露出した。

 そして、わずかに白い下着が見えたところで、シャルルの手がとまった。

 シャルルの眼は閉じられている。歯も喰いしばっていて、シャルルが抱いているであろう恥辱を垣間見ることができる。

 

「もっと上までですよ、シャルル妃」

 

 少し興奮したようなルクセンのしゃがれ声が響いた。

 ぎしりとシャルルが歯を強く噛む音が聞こえた。

 さらにスカートがあがる。

 シャルルは臍近くまでスカートをまくり上げた。

 白くて小さな下着が露わになっている。

 男好きするような匂うばかりの官能美だと思った。

 この気の強い女の服の下に、これだけの艶やかさが隠れていたのだと思うと、思わず感嘆の息を吐きそうになる。

 そして、そのシャルルをここまで追いつめている。

 ビンスは心の底からの歓喜を感じた。

 もはや、この女は思いのままだ。

 

「スカートをおろしていい」

 

 ビンスは声をかけた。

 シャルルははっとしたように目を開け、素早くスカートをおろした。

 

「じゃあ、次は全部脱いでもらいましょうか。全裸になってテーブルの上で土下座をして、殿下にお願いをしてください。どうか犯してくださいとね」

 

 ルクセンがい大笑いした。

 ビンスも嗜虐趣味だが、ルクセンはとことん女を追い詰めて恥辱を与えるのが性癖だ。

 なかなかなものだ。

 ビンスは苦笑してしまった。

 

「そ、そんな──。あ、あんな恥辱を与えておいて、まだわらわをいたぶるのか──」

 

「嫌なら帰ることですよ。子供を殺していいのであればね」

 

 ルクセンが言った。

 シャルルが口惜しそうな顔になった。

 

「わ、わかった、脱ぐ……。だが、わらわの服はひとりでは脱げん。自分で脱げというなら、切るものを貸してくれ。服を切断する」

 

 シャルルが言った。

 ビンスは大笑いした。

 

「ほう、貴族女の服というのは、難儀なものだのう──。ルクセン、切るものを与えてやれ。自ら服を切り刻ませるというのも、よい余興よ」

 

「わかりました」

 

 ルクセンが立ちあがって、懐から小さなナイフを出して、シャルルに手渡しにいく。

 そして、シャルルがそれを受け取った。

 次の瞬間、ルクセンの身体が横転した。

 

「なに──?」

 

 びっくりして声を上げたときには、シャルルは跳躍してテーブルの上に乗っていた。

 そのまま駆け出して、ルクセンから受け取ったナイフを握ったまま、ビンスに向かってくる。

 すでに鞘を払っている。

 

「うわあっ」

 

 ビンスは椅子ごと後ろに倒れて床にひっくり返った。

 そのビンスに上から刃物を持ったシャルルが襲い掛かってくる。

 護衛はまだ対応できてない。

 喉に刃物が突き立てられるのがわかった。

 だが、寸前で刃がとまる。

 

「動くな──。一瞬にしてこいつは死ぬぞ──。ビンス、すぐにわらわの子を開放するように命令せよ──。それとも死ぬか──。そなたが死ねば、わざわざ子殺しをするものはおるまい。わらわはどっちでもいいぞ──」

 

 シャルルが仰向けに倒れたビンスに馬乗りになって、刃の先をわずかにビンスの喉に喰い込ませた。

 

「ひいいっ」

 

 痛みが襲い、ビンスは悲鳴をあげてしまった。



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988 美妃凌辱(2)-媚薬破壊

「動くな──。一瞬にしてこいつは死ぬぞ──。ビンス、すぐにわらわの子を開放するように命令せよ──。それとも死ぬか──。そなたが死ねば、わざわざ子殺しをするものはおるまい。わらわはどっちでもいいぞ──」

 

 シャルルは、小刀をビンスの喉に突きつけたまま怒鳴った。

 一瞬の隙を突いた反撃は成功し、壁際の護衛はなにもできないまま固まっている。

 ビンスの前に連行されるときに、徹底的に身体検査されて、武器になりそうなものは髪留めまで奪われたが、まさか、自ら服を切り刻ませるために、小刀を与えてくれるとは思わなかった。

 千載一遇の機会にシャルルは、天空神に運を賭けることにした。

 

 そして、その賭けに勝った──。

 刃先は真っすぐに急所を向いている。このまま体重をかけるだけで、ビンスは即死する。

 ビンスが死ねば、シャルルの子を隠している者が殺害を実行することはないと思うが、万が一を思って、シャルルは躊躇った。

 確実なのは、まずは、このビンスの口からこの開放を命令させることだ。

 それさえさせれば、あとはシャルルはここで死んでも構わない。

 素早く周囲を確認する。

 護衛たちはまだ壁際だ。

 腰の剣さえ抜いてない。

 もしも、動けばシャルルは、躊躇なくビンスを殺すと決めている。

 その後、この身体を串刺しにされても構わない。

 

「ぐあああっ」

 

 しかし、次の瞬間、全身にすさまじい衝撃が走り、シャルルは身体をのけぞらしてしまった。

 さらに、どんと強い衝撃が走り、身体が宙に飛ばされる。

 強い力で蹴り飛ばされたのだとわかったのは、壁に身体を叩きつけられてからだ。

 からからと遠くの床に小刀が転がっていくのが視界の端に映った。

 

「な、なんで……」

 

 なにが起きたのかわからない。

 だが、横たわる身体の上に影が差し、首に細い棒の先端を押し付けられらのがわかった。

 はっとして首をねじる。

 シャルルを大公宮から連れてきた黒装束の男だ。

 森の中に跳躍した後、真っすぐに道を進むようにだけ伝えて消えてしまったが、突然に現れた。

 

「んぎゃああああ──」

 

 シャルルは絶叫して脱力した。

 電撃が全身を貫いたのだ。

 一番最初に襲ったのは、この電撃の衝撃だと悟った。

 この黒装束がビンスを襲ったシャルルに、この電撃棒で電撃を加えたのだ。

 電撃棒というのは、タリオ公国から拡がった魔道武器であり、乗馬鞭のような形状だが、普通に鞭にも使えるとともに、魔石が仕込んでいあり、先端から強い電撃を流せるという武器でもある。

 電撃の衝撃で身体が弛緩して動けないシャルルを黒装束が襟首を掴んで引き上げる。

 口づけをされる。

 

「んんんっ」

 

 顔を振り払おうとするが強い力で顔を押さえられて逃げられない。

 口の中にどろりとした液体を注がれる。

 それが喉の奥に押し込まれて、無理矢理に得体のしれない液体を飲まされてしまった。

 

「けほっ、けほっ、けほっ、な、なにをするか……」

 

 やっとのこと顔を黒装束の男の顔から離す。

 襟首から手を離されて、再び床に放り投げられた。

 次の瞬間、ぐらりと視界が揺れた。

 急激に熱くなり、全身が弛緩する。

 毛穴という毛穴から、凄まじいほどの汗が噴き出したのがわかる。

 

「ぐあっ、な、なんじゃ、これ……。な、なにを……」

 

 毒か──?

 慌てて咳込んで吐こうと思った。

 しかし、その力も出てこない。

 全身にむず痒さが襲う。

 身体がおかしい……。

 頭が朦朧としてくる。

 

「このくそ女がああ──。殺してやるわああ──」

 

 いつの間にか起きあがっていたビンスに腹を力いっぱいに蹴り飛ばされた。

 二転、三転と床を転がる。

 ビンスは憤怒の形相だ。

 さらに顔めがけて蹴りあげる仕草をした。

 全身が弛緩しているので避けられない。

 シャルルは死も覚悟した。

 

「お待ちください、殿下──。まだです──。まだ、早い──」

 

 しかし、そのビンスの胴体を掴んでルクセンが止めた。

 ぎりぎりで顔面への蹴りが回避される。

 

「離さんかあ、ルクセン──。この女の顔面をつぶしてやるわ──。余を舐めやがって──」

 

 そのルクセンを振りほどこうとしてビンスがまだ暴れている。

 だが、シャルルはそれどころではない。

 身体がおかしいのだ。

 股間が熱い──。

 疼くのだ──。とてつもなく……。

 服の下の胸も乳首が痛いほどに尖りきってきた。

 

「いや……。な、なんじゃ……。た、助けて……」

 

 知らず、股間と胸に手をやっていた。

 しかも、気がつくと、服の上から局部と胸を手で擦っていた。

 

「あっ、ああ……。な、なんで……。いや、ああっ」

 

 全身を快感が貫く。

 こんなのは耐えられん。

 

「んっ、どうした? 様子がおかしいな」

 

 ルクセンを跳ね除けたビンスが再びシャルルに近づいたが、様子がおかしいことに気がついたのか、唖然としたようにシャルルを見下ろしてとまった。

 一方でシャルルは、自分の意思に反して欲情しきっている身体をどうしていいかわからなくなっていた。

 目の前に男たちがいるのに、自らの愛撫をやめられないのだ。

 手をとめると狂ってしまいそうだ。

 

「あ、ああっ、な、なんじゃ、これ?」

 

 目が回る。

 身体に力が入らない。

 しかし、股と胸をまさぐる自分の手だけはとめられない。

 

「これはどうしたんだ? さっき、お前が飲ませたものせいか?」

 

「カゲト、説明せよ」

 

 ビンスの呆気にとられた口調に続いて、ルクセンが黒装束に詰問する声が聞こえる。

 意識はある。

 むしろ、シャルルの感覚という感覚が研ぎ澄まされて、どこまでも鋭敏になっている感じだ。

 そして、それは全て身体の性感を沸騰させている。

 

「大人しくさせるために、強い媚薬を飲ませました。ゼル様に、ビンス閣下への手土産として渡されていたものですが、勝手なことをしました」

 

「いや、これもゼルか。あいつ、堅物かと思ったが、さすがは余の息子というところだな。よいよい……。だが、どうでもいいが、凄まじい効き目だのう。さっきの戦乙女が人目を憚らずに、自ら乳繰っておるわ」

 

 すっかりと上機嫌になった様子のビンスが大笑いした。

 

「手を出すつもりはありませんでしたが、ここで殿下に死んでいただくわけにはいきませんので、依頼の外でしたが手を出させていただきました。申しわけありません」

 

「いや、よくやったわ。これより、余に直々に仕えよ。カゲトであったな。大義じゃ」

 

「ありがたき……。しかし、一応はゼル様に忠誠を誓っております。俺の進退はゼル様にお伝え願いたい」

 

「わかった。ゼルには余から言っておく……。それにしても、この女、どうしてくれよう……。おい、裸にひん剥け──。そして、テーブルに縛りつけよ──」

 

 ビンスが怒鳴ったのが聞こえた。

 部屋にいた護衛たちがわっと集まってきて、身体を掴まれる。

 抵抗しようと思うが、力が入らずに、ほとんどなにもできない。

 どんどんと身につけているものを剥がされていく。

 

「な、なにを……するか──。や、やめっ……。げ、下賎どもが──。わ、わらわに触れるでない──。くっ、ああっ」

 

 あっという間に下着姿にされ、さらにそれも奪われる。

 そして、全裸になった身体をテーブルにあげられ、四肢を大きく四隅に向かって拡げさせられた。

 

「ああっ、ひ、卑怯者──。あ、あうっ……」

 

 手首と足首に縄がかかり、テーブルの脚に固定されてしまった。

 

「さっきも言ったが、これは戦いぞ。それに、お前は余たちに犯されるのだ。卑怯もなにもあるか。だが、思った以上に色っぽい身体だのう、シャルル」

 

 ビンスがシャルルが磔にされているテーブルの横側に移動し、乳房と太腿にすっと手を載せた。

 

「ひああああっ、いやじゃああ──」

 

 たったそれだけで、気が狂うような淫情が迸り、シャルルは悲鳴をあげた。

 

「これはすごい効き目だ。カゲト、さっきの媚薬はまだ残っておるのか?」

 

 テーブルのシャルルの反対側についたルクセンだ。

 一方でビンスの手により、ぐにゃぐにゃと無遠慮を強く揉まれる。

 

「んぐうううっ、だめじゃああ──。頼む──。身体がおかしい──。おかしいのだ──」

 

 シャルルは泣き声をあげていた。

 

「ありますが、やめておいた方がいい。この媚薬はただの媚薬ではない。服用させると、知能が少しずつ崩れていく。一度に大量に服用させると、淫情に狂う雌になって元に戻らなくなる」

 

 黒装束……カゲトと呼ばれている男が感情のない口調で言ったのが辛うじて聞こえた。

 そして、ことんと身体の横になにかを置かれる音……。

 

「それはいい──。余に逆らい続けた忌々しい雌狐もこれで終わりだ──」

 

 ビンスが高笑いする。

 そして、口の中になにかを突っ込まれた。

 小瓶のようなものだとわかったのは、喉の奥まで甘い液体を飲み下してしまってからだ。

 そして、全身の血という血が沸騰した。

 シャルルは身体を限界までのけぞらした。

 

「うああああっ、あついいいい──。あついいいい──」

 

 絶叫した。

 

「わはははっ、これはすごいのう。まるで小便をするかのように、淫汁をどんどんと吹き出しよるわ」

 

 ビンスがシャルルの股間にずぶずぶと指を挿入させて、うねうねと揺らす。

 

「いぐうううっ、いぐうううう」

 

 シャルルはあっという間に絶頂してしまった。

 だが、そんなものじゃあ満足できない。

 狂ったような疼きが身体中を駆け巡っている。

 

「指を挿しただけでいくか? いくらなんでも淫乱すぎるであろう。シャルル、もう少し謹みを保たんか」

 

 ビンスが笑いながら指を抜いた。

 シャルルは絶望に陥った。

 

「いやああ、やめんでくれえ──。ご、後生じゃあ──。続けて──。続けてくれ──」

 

 自分でもなにを叫んでいるかわからない。

 しかし、さっき股間をビンスにいじくってもらったときの凄まじい喜悦がもう一度欲しいのだ。

 どうして、やめたのか──。

 なぜ、あっという間に指を抜いたのか──。

 

「どうした? なにをして欲しいのだ? しっかり言わんか」

 

 内腿をすっと指が撫でる。

 

「ひゃあああ──」

 

 身体の奥の奥から電撃のような快感が迸って全身を席巻する。

 しかし、すぐに手が離れてしまう。

 

「あああっ、い、意地悪せんでくれええ──。やめんでくれええ──」

 

 シャルルは号泣してしまった。

 

「シャルル、おまんこしてと、言え。そうすれば、犯してやろう」

 

「そ、そんなこと──」

 

「ならば、狂ったままでいよ。余たちは食事でもするか」

 

 すると、ビンスがすっと離れていく気配がした。

 シャルルは、愕然とした。

 

「いやああ──。おまんこしてくれ──。お願いじゃあ──。おまんこしてええ──」

 

 なにもされずに放置されるというのは、いまのシャルルにとって恐怖だ。憎悪しか感じないはずのビンスの愛撫をシャルルの身体が心から欲して、気が狂いそうなのだ。

 シャルルの心の奥底で、心が破壊されていくのがわかる。

 それはわかっているが、いまはビンスの愛撫が欲しかった。

 

「ははは、言いおったか──。わかった。おまんこをしてやろう。だが、もう少しばかり、余興をしてからだ──。おい、あれを持ってこい」

 

 ビンスが声をあげる。

 すると、部屋の扉が開き、なにかがトレイに載せられて運ばれてきた。トレイを押してくるのは、侍女のような女たちだ。

 だが、自分がどんな醜態を晒しているのかと考える余裕は、いまのシャルルにはない。

 ちょっとでも刺激がなくなると、気が狂いそうになるのだ。

 

「ああっ、おまんこじゃあ──。言った。言ったのに──。ああっ」

 

 シャルルは全身を揺すって泣き叫んだ。

 

「ちょっとは待たんか──。それでも大公家に嫁いできた妃か? さあて、折角準備したのだ。皮を剥いた山芋だ。まずは、これで犯してやろう」

 

 ビンスがトレイからなにかを持ってきてシャルルの股間に近づけたのを感じた。

 それがなんなのか、よく聞こえなかったが、刺激を期待して、シャルルは必死に身悶えを耐え、腰を少し浮かせて待ち受けの体勢をとった。

 すると、股間に大きなものがずぶずぶと貫いてきた。

 

「んほおおおっ、ほおおおっ」

 

 シャルルはがくがくと身体を痙攣させた。

 

「ほら、挿入してやったぞ。必死に締めつけるがいい。多少は疼きも消えるだろう。山芋の汁も穴の中に染み入るだろうがな」

 

 ビンスが高笑いする。

 シャルルは、なにも聞いていなかった。

 とにかく、やっと発狂するほどの疼きに襲われている股間に挿入されたものから、なんとか快感を引き出そうと、力の限り腰をうねり動かし続けた。



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989 美妃凌辱(3)-強姦暴行

「うあああ、おまんこしてええ──。痒いいいい──。痒いいいい──」

 

 四肢をテーブルに括りつけられたシャルルが狂ったように暴れている。

 すでに、山芋は股間から抜いているが、発狂するほどに発情する媚薬を大量に飲ませたうえに、痒み責めにしてやったシャルルは、もはや知性の欠片もない。

 いや、人間ですらない。

 ただの雌だ──。

 淫情に狂うけだものだ。

 

 ビンスは、部屋に待機している護衛兵たちに命じて、シャルルをテーブルからおろして後手に拘束し直すように命令した。

 どうやら、もう抵抗の意思は消滅したようだ。

 シャルルは、特に面倒を起こすことなく、唯々諾々と縄を受け入れている。

 そのあいだも、うわごとのように卑猥な言葉を繰り返した。

 

「こうなると、あの鉄の女シャルル妃も終わりだのう」

 

 ビンスは、テーブルからおろされたシャルルを床に押し倒した。

 そして、ズボンをおろすと、怒張をシャルルの真っ赤に熟れている秘肉にあてがった。

 

「あああっ、はやぐうう──。してええっ、もうじでえええ──」

 

 シャルルは、それだけで狂ったように髪を振りたてた。

 

「やはり、薬を使いすぎたか? もう少し毀す前に味わいたかったな」

 

「だから、申しあげたのに……」

 

 呟いたのは、壁に背をつけて腕組みをしているカゲトだ。得体の知れない男だが今回はこいつのおかげで、後継者争いに勝つことができた。

 カートン派とは言うが、それを保っているのは、あのカートンのような腑抜けではなく、このシャルルだ。

 そのシャルルがこうなってしまった以上、もう向こうの派閥は瓦解させたも同じだ。

 

「閣下、そのまま犯しては山芋の汁がつきますよ」

 

 ルクセンが苦笑交じりの忠告を口にする。

 

「構わん。そのときは、この雌の股ぐらを使って、痒みを癒やすだけだ」

 

 ビンスはぐちゃぐちゃに熟れきった女の股に、荒々しく怒張を突きたてた。

 そして、一気に奥まで挿入する。

 

「ほおおっ、んごおお」

 

 シャルルが凄まじい勢いで暴れ出す。

 そして、がくがくと身体を痙攣させて、あっという間に達してしまった。

 

「これは凄いな」

 

 ビンスは笑いながら律動を開始する。

 

「ああっ、ぎもじいいい──。もっどおおお──。もっどじでえええ──」

 

 腕は縛ったが脚は拘束してない。その脚でビンスの胴体を巻くようにしてくる。

 

「これでも、大公家の妃なのだがな」

 

 ビンスは抽送を続ける。

 だが、数回に一回の割りでシャルルは絶頂を繰り返していく。口から迸るのは喘ぎ声などという生やさしいものじゃない。

 獣の声だ──。

 みっともなく顔を崩し、涙に、鼻水に、涎にと、ありとあらゆる体液を撒き散らしながら、繰り返し達してしまう。

 

「うああああっ、まだいぐううう──」

 

 そして、ついに失禁をした。

 結合しているビンスとシャルルの股のあいだで、シャルルの放尿が弾け散る。

 

「これは参ったのう。小便まで漏らしたわ」

 

 ビンスは繋がったまま、護衛たちが縄で締めあげたシャルルの乳房を掴んで一度身体を起こさせ、そのまま回転させて、後ろからシャルルを犯す体勢に変化させた、

 

「ひいいいっ、ひぎいいいいっ」

 

 シャルルは尻を突き出して、ビンスに向けるような体勢に変わったが、それで気持ちのいい場所を擦りまくられたのか、縄掛けの裸身を大きくのけぞらせて、また果てた。

 

「ほら、もっと締めつかんか──。さもないと、もうやめるぞ」

 

 ビンスは後ろから突きながら、シャルルを揶揄う。

 

「いやああ、やめないでええ──。なんでもするうう──。なんでもするからああ──」

 

 シャルルが必死の口調で叫ぶとともに、ぎゅうぎゅうと股間を締めつけてきた。

 

「ははは、もっと締めんか──」

 

 ビンスは、さらに激しく律動する。

 シャルルが口から泡のようなものを噴き出しながら咆哮した。

 

「ルクセン、お前も参加せよ。口に一物を咥えさせてやれ」

 

「俺がですか? 噛みつかれては堪まりませんが?」

 

 ルクセンは笑っている。

 

「心配ない。もうこの女には、そんな気力などないわ」

 

 ビンスはシャルルを後ろから突きながら言った。

 

「では、シャルル妃、俺の一物を奉仕してもらいますか」

 

 シャルルの顔側に立ったルクセンがシャルルの髪を掴んで顔をあげさせ、露出した自分の性器を咥えさせる。

 シャルルは正気を失った様子で、それをむさぼった。

 いや、実際にすでに正気はないのだろう。

 カゲトもそのようなことを口にしていたし、あのシャルルをこれだけ狂わせるとは、なんとも怖ろしい媚薬だと思った。

 

 やがて、ビンスの快感も満ちてきた。

 律動の速度をあげる。

 

「んんおおおっ、んおおおおっ」

 

 シャルルがルクセンの一物を咥えたまま、鼻を鳴らして大きくよがる。

 

「シャ、シャルル──。余の精だ──。たっぷりと喰らえ」

 

「おっ、では、俺もご相伴に預かりましょう」

 

 ビンスの言葉にルクセンが反応した。

 そして、ビンスはシャルルの中に精を噴き出させる。

 

「おおっ」

 

 すると、少し遅れて、ルクセンもシャルルの口の中に精を放ったのがわかった。

 満足したビンスは、シャルルの中から男根を抜く。

 

「いやああ、まだああ、やめないでええ──。まだよおお──」

 

 すると、シャルルが泣き叫び始めた。

 ビンスは、その哀れな姿に噴き出してしまった。

 

「もっと愉しむつもりだったが、毀れてしまうと、思ったよりも興醒めだのう。ルクセン、あとは好きなようにせよ」

 

 ビンスはズボンに男根をしまいながら言った。

 

「いや、こうなってしまうと、俺もちょっと萎えますわ。よければ、彼らに任せましょう。人数もいるし、この狂女を満足させるまで相手をするのに具合がいい」

 

 ルクセンだ。

 周りの護衛たちを見ている。

 すると、護衛たちが息を呑むような仕草をしたのがわかった。

 

「よかろう。お前たち、この雌の相手をしてやれ。外の者も含めて犯しまくるのだ。正真正銘の雌に堕としてやれ」

 

 ビンスは言った。

 護衛たちが歓声のような声をあげた。

 

 

 *

 

 

 三日のあいだ、一睡もできなかった。

 

 カートンは、次期大公としてあてがわれている執務室で意気消沈していた。

 妃であるシャルルが不在となってから三日間、動かせる兵を総動員して行方を捜しているが、いまのところ手がかりはない。

 ただ、状況から考えて、大公宮から連れ出されるのに、魔道が使われたのは確実のようだ。シャルルの私室に、その痕跡があったのだ。

 大公宮には、魔道防止の結界や「移動術」による外部への跳躍を防ぐ魔道紋に守備させているが、それを出し抜く手段があったのだろう。

 

 つまりは、果たして、カートンとシャルルがいなくなったあの日──。

 そのふたりの子の捜索の混乱の中で、シャルルは大公宮から外に連れ出されたのだろう。

 だが、どういう状況だったかはわかららない。

 シャルルについていたふたりの侍女は悶絶させられており倒されていて、なにも覚えておらず、シャロンが魔道で連れ出されたと思われる部屋には、闘争があった形跡もなかった。

 シャルルは武芸にも優れ、そのシャルルが簡単に襲撃で無力化できるとも思えなかったが、実際には室内は荒れておらず、シャルルは忽然と消えている。

 

 だから、もしかしたら、シャルルはなんらかの取り引きのようなものを襲撃者としたのではないかとカートンは考えている。

 なにしろ、シャルルがいなくなった翌日、行方不明になっていたふたりの子供が大公宮の塀の外で発見されたのだ。

 いまは警護の兵に囲まれて部屋に休んでいる。

 薬のようなもので長い時間眠らされていた形跡はあったが、外傷はなく健康は害されてなかった。

 だからこそ、カートンはシャルルが自ら出ていった気がするのだ。

 子供たちを返す代わりに、自分が襲撃者に捕らわせたのではないだろうか……。

 

「殿下、大変です──。シャルル妃が見つかりました──」

 

 そると、突然に衛兵が駆け込んできた。

 カートンはびっくりして立ちあがった。

 

「どこでだ──。いま、どうしている──? 無事か──」

 

「王子殿下たちと同様に、突然に外壁のそばで発見されたそうです。いまは、保護されて治療を受けております」

 

 衛兵が報告する。

 それによれば、シャルルはたったひとりでふらふらと歩いているところを大公宮の警護兵が見つけて保護したようだ。

 その衛兵が報告しにくそうに喋った内容によれば、シャルルは布一枚身につけずに、正体のない様子で歩いていたそうだ。

 すぐに保護されて、大公宮内に運ばれ、いまは治療を受けているという。

 

「すぐに行く──」

 

 カートンは駆けだした。

 そして、シャルルがいるはずの部屋に着く。

 そこには、大公宮のものが大勢入口に集まっていた。彼らを押しのけて扉に向かう。

 

「おう、殿下──」

 

「宰相か──。シャルルは──? 我が妃は──?」

 

 扉の前では、カートンとともにシャルルの捜索に当たっていた宰相が部下とともにいた。

 心痛な表情でカートンを見てきた。

 

「中に……。だが、しかし……」

 

「どうした? 怪我をしているのか?」

 

「外傷については……。ですが……」

 

 なんだか煮え切らない態度だ。

 

「もういい。入るぞ──」

 

 カートンは扉の外の衛兵に扉を開けさせて入る。

 部屋には大公宮の専属医師や公国魔導師、さらに侍女たちなど十数名が集まっていて、その中央にある寝台に群がっていた。

 そこにシャルルがいるのだろう。

 魔導師を含めて、全員が女だ。

 男は閉め出されたのか?

 

「シャルル──」

 

 カートンは駆け寄ろうとした。

 すると、一斉に彼女たちがカートンに視線を向けた。

 

「あっ、殿下──」

 

「まだ、お入りにならないように──」

 

「お待ちください──」

 

 侍女たちが慌ててカートンを拒む仕草をしてきた。

 

「どかんか──」

 

 腹がたって、カートンは彼女たちを押し分けて、シャルルがいるはずの中央の寝台に駆け寄る。

 

「シャ、シャルル──?」

 

 だが、カートンは驚いてしまった。

 そこにいたのは、髪を振り乱して暴れるひとりの女だった。寝台に仰向けにされ、それを数名がかりで押さえつけている。

 さらに、その女の口には布のようなものも押し込まれていた。

 そして、その女は狂女のように、呻き続けている。

 カートンは、この女が妻のシャルルだと、認識するのに、いささかの時間を必要としてしまった。

 

「わっ、シャルル──。お前たちはなにをしておる──? 妃になにをする──」

 

 とにかく、シャルルに近づく。

 とりあえず、口の中に詰め込まれた布を自ら取り除く。

 

「いえ、殿下、これにはわけが……」

 

「ええ、シャルル様が舌を噛まないようにと……」

 

 筆頭侍女と女医が慌てたように、カートンに頭をさげる。

 

「黙れ──。場合によっては容赦せんぞ──。シャルル、大丈夫か──。無事か──」

 

 カートンはシャルルを抱きしめた。

 

「あああっ、お願い、おまんこしてえ──。お願い、誰でもいいの──。おまんこしてええ──。狂いそうなのお──。ああっ、してえええ──」

 

 すると、シャルルが周りの者の手を振りほどいて、カートンに抱きついてきた。

 

「シャルル?」

 

 カートンは呆気にとられた。

 そのカートンの口に、シャルルがむしゃぶりついてくる。

 舌を口の中に入れられ濃厚な口づけをしてきた。

 

「んんっ」

 

 そのままシャルルは押し倒さんばかりに、カートンに身体を預けて抱きついてくる。

 しかも、片手をカートンにズボンに伸ばし、カートンの一物を取り出そうとするようにまさぐってくる。

 カートンはびっくりした。

 

「んんっ、シャルル──。しっかりせよ──。俺のことがわからんのか、シャルル──」

 

 とにかく、シャルルを大人しくさせようと、カートンを手で拘束しようとする。

 しかし、シャルルは凄い力でカートンを抱きしめて離さない。

 

「シャルル様、お気を確かに──」

 

「とりあえず、薬物で弛緩させます──」

 

 侍女と女医たちがシャルルに飛びついて、カートンから離そうとした。

 

「だめええ、おまんこしてえええ──」

 

 シャルルがカートンに抱きついたまま絶叫した。

 だが、次の瞬間──。

 まだ、カートンに抱きついたままのシャルルの身体が突然に爆発した。

 カートンは全身が木っ端みじんになる感覚とともに、すべての意識を失ってしまった。



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990 勝利者たちの晩餐会

 ビンスは上機嫌で晩餐会を愉しんでいた。

 

 集まっている客は、ビンスを次期大公として推してくれている派閥の領袖たちであり、全員で三十数名である。

 その三十数名が長方形の長いテーブルに集まっていて、一番奥の上座席にはもちろんビンスが腰かけている。

 その右横の席は、第二将軍のルクセンだ。

 本来であれば、その位置は、ビンス派の最上級者である大公弟のギストン公であるはずなのだが、そのギストン公は領地に戻らなければならない業務があって不在にしている。その代わりに名代として嫡男のアントワークという若造が来ているが、名代にすぎないので末席とした。

 

 そして、今回のビンスの左隣の席には、ビンスの嫡男のゼルを指名している。いまも、物静かな態度で目の前の料理と酒を口にしている。

 これまで大公争いの派閥の活動には、一線を引いて参加してこなかったゼルであるが、態度を一転させてこれまでの無礼を詫び、これからは派閥の活動に積極的に参加したいと申し出てきた。

 その証として、カゲトという能力者を送り込み、カートンの子をさらわせ、それを材料にカートンの妃のシャルルを誘拐してみせたのだ。

 今回のことは、すべて、カゲトという男を通じたゼルの功績といっていい。

 

 だから、報奨として今夜の派閥の晩餐会の参加を許可したのである。

 ビンスの嫡男のゼルがビンスの片腕の位置に座ることについて、領袖たちも不満があるわけもなく、そもそもゼルはそれだけの功績を成し遂げている。

 なにしろ、ついにカートンを追いやり、ビンスが次期大公となることを確定させたのである。

 

 カゲトという能力者の工作で誘拐したシャルルを媚薬と凌辱で愉しんだのは三日前のことだ。

 その後三日三晩かけて輪姦させて徹底的に知性を破壊し、腹一杯の炸裂砂を飲ませて、昨日の朝早くにカートンのところに返した。

 炸裂砂というのは爆発性のある砂だ。爆発の程度は炸裂砂の質によって異なるが、今回は最大級の爆発効果のあるものを準備した。

 起爆については魔道を使った仕掛けだ。

 シャルルを返したのは、痴呆化したシャルルを目の当たりにすることでカートンを絶望に追い込むとともに、できればカートン派の重鎮の幾人かを巻き込んで爆発死させることを期待したものだ。

 

 ところが、シャルルをカートンのところに戻してから爆死させるように企てた工作が期待以上の成果を生み、大公宮に保護されたシャルルは、夫のカートンを巻き込んで、木っ端みじんに吹っ飛んだらしい。

 カートンの死についての公式発表はまだであるが、死んだのは間違いない。

 あらゆる情報がカートンの死を示唆している。

 まあ、なにかの間違いで生きていたとしても、再起には数年単位の時間を要するであろうし、大公争いの抗争はついに決着したといっていい。

 ビンス派の勝利だ。

 次期大公はビンスだ──。

 

 これだけの功績をあげたゼルを優遇しないという判断はありえず、今回、領袖たちへのゼルのお披露目を兼ねて、早速、今夜の晩餐会で派閥重鎮を集めて、それにゼルも参加させたというわけだ。

 すると、ゼルは、そのお礼として、晩餐会そのものの準備を申し出た。

 昨日早朝のシャルル爆殺事案から、わずか一日後の今夜のことであり、どれだけのことができるのかと訝しんだが、結果としてゼルはいい仕事をしてくれた。

 並べられている料理も急ごしらえの晩餐会にしては豪華すぎるものであるし、酒も最高級のものだ。

 また、晩餐会のこの場には、魔道で美しい音楽が流れていて、配膳や給仕を行う者も美女揃いだ。

 しかも、全員が下着姿という趣向であり、なによりも、集められたのが昨日までカートン派としてビンス派に対抗としていた家の令夫人や令嬢たちなのだ。

 それが半裸で恥辱に身体を震わせながら、料理を配り、酒を注いで回るのだ。

 なんという粋な仕掛けだと思った。

 わずか一日でここまでやってのけたゼルの手腕に、ビンスだけでなく全員が感嘆するとともに大喜びだ。

 

「ははは、実に愉快だ。皆の者よ。この光景を見よ。これが余に対抗として、カートンのような腑抜けを担いだ者たちの成れの果てよ──。とにかく、今回のことは、このゼルが功績第一等だ。それに異論のある者はおるまい?」

 

 ビンスは大声をあげつつ、グラスをゼルの方向にかざす。

 すると、次々に追従の言葉が領袖たちの口から返されてきた。

 

「恐れ入ります。まだまだ力不足ですが、これからは皆さまとともに、父の後継者として職務に励んでまいります」

 

 ゼルが口元に笑みを称えて会釈する。

 また、テーブル中から喝采があがる。

 実に愉しい──。

 素晴らしい気分だ。

 

 ビンスは今度は、長テーブルの反対側──長いテーブルを挟んで向こう側に座らせている「生贄」に声をかけた。

 

「ところで、妹殿よ。宴を愉しんでおるか? 愉しんでおられるといいのだがな」

 

 ビンスは大笑いした。

 テーブルについている者たちもどっと沸く。

 一方で、ずっとすすり泣きをしていた「生贄」がわっと号泣した。

 

「ああっ、お願いします。もうお許しを……。こんなこと酷すぎます。こ、こんな辱めを受けるくらいなら、いっそ殺してください──」

 

 その生贄が泣きながら叫ぶ。

 ビンスは噴き出してしまった。

 

「死にたいなら、舌を噛むなり、息をとめるなり好きにするがいい。だが、そなたが死ねば、お前の家は一族郎党皆殺しだ。それこそ、他家に嫁いだ者も含めて、ことごとくな。それを守りたいなら、惨めに恥を晒すがいい」

 

 ビンスは言った。

 すると、その「生贄」の娘がまたもや、わっと泣き出した。

 その生贄は、爆死させたシャルルの妹だ。年齢は十八であり、宰相家の嫡男に嫁いでいたのを「命令」により、今回の晩餐会に参加させたのである。

 カートン派の重鎮として、ビンス派との抗争の中心になっていた宰相であるが、その理不尽なビンスの命令を拒否せず、嫁いできた息子の若妻を今回の晩餐会に差し出してきた。

 それこそ、長く続いていたビンス派とカートン派の争いに決着がついたというなによりの証だ。

 令夫人や令嬢を給女として差し出したほかの家もそうなのだが、もう終わった抗争として、今度はビンスに媚びを売るという行動に出ているということだろう。

 

 いずれにしても、ビンスは向かい側の生贄の惨めな姿に、勝利者となったことを確認して溜飲をさげた。

 連れてこられたシャルルの妹は全裸であり、右脚と右手、左脚と左手をそれぞれに枷でまとめ、左右に肘掛けに膝を載せさせて開脚させて固定している。さらに、項垂れることもできないように、頭についても背もたれに括り付けている。

 つまりは、全裸で股間を晒し、俯くことも許されずに、シャルルの妹が恥を晒しているのだ。

 四肢を大きく開き、恥毛も恥部も露わにした若い人妻の姿に、集まっている者たちの眼が露骨に集まっている。

 

「ゼルよ、今回の晩餐会の準備は苦労だったが、こういう余興も次からは、そなたが凝らすようにせよ。工夫を愉しみにしてるぞ」

 

 ビンスはゼルに言った。

 晩餐会のそのものの準備はゼルであり、敵対していた家から令夫人や令嬢を集めたのもゼルの手腕なのだが、さらに死んだシャルルの妹を連れてきたのはビンスの命令だ。

 ゼルが令嬢や令夫人を給女にする手配をしていると耳にし、それにビンスが趣向を足したということだ。

 

「勉強いたします、ビンス公。これからもご鞭撻をお願いいたします」

 

 ゼルが微笑んだまま頭をさげた。

 ビンスは頷いた。

 そして、グラスの酒を呷って、空になったグラスを上にあげた。

 

「おい、酌だ。ちゃんと空になっていないかどうか、確認せんか──」

 

 大声で怒鳴る。

 

「は、はい、申し訳……」

 

 すぐに、一番近くにいた侍女になっている女が葡萄酒の瓶を持って注ぎにくる。

 確か、どこかの伯爵家の令夫人だっと思う。

 この女もそうだが、下着姿で酌をする女や娘たちの太腿は、なにかに耐えるように震えている。

 実は、この晩餐会を開始する前に、下着姿にするとともに、全員に利尿剤の入った水をひと瓶ずつ飲ませている。

 だから、全員が尿意に苦しんで身悶えをしているというわけだ。

 これについては、ゼルではなく、ルクセン卿の発案と指示だ。

 ビンスは後で報告を聞いて、愉快な趣向に手を叩いて笑ってしまった。

 

「これ、伯爵夫人よ。なぜ、そんなに震えておるのだ? ちょっと教えてくれんか?」

 

 すると、少し酔った感じのルクセンが夫人を揶揄って、ぎゅっと下腹部を押すような仕草をした。

 

「ああ、お、押えないでくださいまし。あまりでございます」

 

 夫人が悲鳴をあげた。

 全員がどっと笑った。

 また、利尿剤を飲まされているのは、給仕の女たちだけでなく、生贄の妹も同様だ。しかも、三瓶も飲ませたそうだ。

 だから、彼女は股ぐらを晒す恥辱だけでなく、尿意にも耐えなければならないということだ。

 いまでも歯を喰いしばって、小刻みに身体を震わせている。

 

「ところで、閣下。どうやって、シャルルを使ってカートン公を爆殺したのか教えてもらえませんか」

 

 すると、真ん中くらいの席から声がかかった。

 ビンスは頷いた。

 

「シャルルになあ、炸裂砂を詰めた小さな袋を飲ませたのだ。あれは最後の日だったのう。股ぐらに掻痒剤を水刷毛で塗って放置して、百袋飲まねば、いつまでも犯してやらんと脅したら、必死になって飲みよってなあ」

 

 ビンスは思い出して笑った。

 

「まことに惨めな姿でございました」

 

 ルクセン卿が付け足し、領袖たちがまた沸く。

 一方で、連れてこられている敵派閥の家の一員だった女たちは、一斉に悲しそうな顔になった。

 

「しかし、炸裂砂の起爆の仕掛けはどうしたのですか。魔道起爆で行ったと思うのですが、どうやってタイミングよくカートン公を巻き込んで爆発を?」

 

 別の領袖が訊ねてきた。

 今度はルクセンが口を開く。

 

「なに、別段に、カートン公を狙ったわけではないのだ。誰かしら巻き込めば御の字くらいの仕掛けでなあ。つまりは、時間を置けば自動的に腹が爆殺するようにもしていたのだが、もうひとつの切っ掛けは、口づけにした」

 

「口づけ?」

 

 訊ねた男が怪訝な顔になる。

 

「そうよ。シャルルが誰かと口づけをすれば、それを切っ掛けに腹の炸裂砂が爆発するように魔道紋をシャルルに刻んでいた。魔道紋の場所は足の裏だ。連中は魔道紋にも、腹の炸裂砂にも気がつかずに、シャルルを大公宮に連れて行ったということよ」

 

「なるほど、すると、カートン公が死んだのは、さしずめ、愛する奥方との最期の口づけの直後というわけですなあ」

 

 全員がまたもや爆笑した。

 そして、しばらくのあいだ、シャルルの凌辱のことなどの話題を中心に談笑する。

 

「ああ、お許しおおお──。お許しおおお──」

 

 すると、突然にテーブルの反対側に位置する生贄が大きな声で悲鳴をあげた。

 おそらく、尿意が限界なのだろう。

 ビンスは口を開く。

 

「ならんぞ。死ぬ気で我慢せよ。もしも、みっともなく失禁をすれば、そなた以外の誰かに毒杯を飲んでもらう。それは、ほかの女も同様であるぞ。友人や仲間を殺したくなければ、我慢することだ」

 

 ビンスは言った。

 その言葉に、生贄女をはじめ、給仕の女たちが絶望的な顔になる。

 

「そういえば、ゼル。お前に所望があるのだ」

 

 思い出して、ビンスはゼルに言った。

 

「所望でございますか? 僕にできることであれば、なんなりと」

 

 ゼルが座ったまま頭をさげた。

 

「あのカゲトを譲れ。あれは余の直属とする。そなたには、あれは身に余ろう。あれだけの能力。余が直接に使ってやるべき男だ。よいな」

 

「カゲトを?」

 

 ゼルが顔をあげた。

 ずっと浮かんでいた笑みが消え、顔から表情がなくなっている。

 

「不満か?」

 

 ビンスは腹が立ってゼルを睨んだ。

 

「不満というよりは、ひとつだけ、申したいことがあります」

 

 ゼルがぱちんと指を鳴らした。

 すると、誰もいなかったゼルの後ろの空間に、あの黒装束のカゲトが現れた。

 ビンスはびっくりした。

 

「カゲト、我が父がお前を所望だそうだ。お前ほどの能力者は、ぼくには勿体ないと申しておられる。しかし、その誤りを正そうと思ってな。カゲト、顔の装束をとれ」

 

 ゼルが言った。

 カゲトが貌に巻いていた布を外す。

 現れた顔を見て、ビンスはびっくりしてしまった。



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991 そして、血の晩餐会

 ギストンは、夜を徹して馬車を走らせてた。

 領地を出立したのは今日の昼間であり、危険だが夜通し馬車を進めれば、明日の早朝には公都に戻れる予定である。

 それにしても、重要な結節でたまたま公都を離れていたのは、これからのことを思えば、少し痛いことだ。

 なにしろ、ついに次期大公の座を巡った抗争に終止符が打たれたのだ。

 ギストン公が推していたビンス公側が、敵対するカートン公どころか、派閥の中心だったカートン公の妃のシャルルを殺害することに成功したのだという。

 だが、その大事な結節に、ギストンはたまたま公都を離れていて、その働きになんの参加もしていない。

 これについては、忸怩たる思いでしかない。

 

 だが、突然になにがあったというのだろう。

 魔道通信を使った連絡によれば、今回の決着は、ビンス公の嫡男のゼル公子が大きく関与しているのだという。

 もっとも、なにがあったのかの詳しいことは、さすがに距離があるのでわからない。

 わかっているのは、ゼル公子こそ、最大功績者だとビンス公が絶賛しているということくらいだ。

 しかし、おかしなことだとも思った。

 なにしろ、ゼル公子は、これまで、ビンス公とカートン公の後継者争いの抗争には一切参加せず、むしろ毛嫌いをしていたという印象だ。

 それなのに、どうして突然に積極的になったのだろう。

 

 そもそも、ゼル公子は獣人を大切にする「獣人保護主義者」だ。

 彼は前々から、獣人奴隷を解放することや、獣人の立場を人間族と同様にすることを求めていて、それで父親のビンス公も、嫡男でありながらゼル公子を見限っている感じだった。

 それがどうして、自分の信条と相容れないはずの父親に味方したのか?

 ギストンはそれがどうしても腑に落ちなかった。

 

 そして、今日、出発間際に届いたゼル公子からの手紙には、ちょっと理解するのが難しい申し出が書かれていた。

 娘であるロクサーヌを養女としてもらい受けたいという願いだ。

 とりあえず、無理だという返事を魔道通信で返したが、なぜ、突如としてそんなことをゼル公子が言い始めたのかということを含めて、ゼル公子との交渉はこれからのことになる。

 息子のアントワークやフランクは、ロクサーヌを毛嫌いしているので、すぐにでも応じそうだが、ギストンは、ロクサーヌについては、それなりに評価していた。

 年齢のわりには頭もよく、派閥争いの垣根を越えて上級貴族の令夫人たちなどに可愛がられる社交性も持っている。

 なによりも、勘がいい。

 ここぞというとき選択肢を誤らない嗅覚も持っているし、そして、十三歳にして可愛らしい顔立ちをしており、おそらく、数年でかなりの美女になる。

 すなわち、政略結婚の駒として、きわめて有用だ。

 それを理由なく、養女として渡すなどあり得ない。

 

 そのときだった。

 突然に馬車の中に喧噪が伝わってきて、馬車が一気に速度をあげた。

 

「どうした──?」

 

 ギストンはなにが起きたかわからずに、馭者に大声で訊ねた。

 しかし、返事はない。

 焦ったようになにかを叫び続けているのが辛うじて聞こえるくらいだ。

 

「あああっ」

 

 だが、その馭者が悲鳴をあげて遠くに行く気配がした。

 小窓から前を見ると、馭者席に誰もいない。

 ギストンは一気に血の気が引いた。

 もしかしたら、馭者台から馭者が落ちたのか?

 

 そして、次の瞬間、視界が回転した。

 馬車が横倒しになったとわかったのは、頭をはじめ全身のあちこちを馬車の壁や天井にぶつけてからだ。

 

「お館様──」

 

「お館様を守れ──」

 

 絶叫している護衛の騎兵たちの声が耳に入ってくる。

 しかし、その護衛たちも次々に倒されていく気配が伝わってくる。

 もしかして、賊の襲撃か──?

 ギストンは痛む頭を手で押えながら、なんとか身体を起こそうとした。

 すると、いまは天井側になっている馬車の扉が上から開かれた。

 

「ギストン公だな?」

 

 開いたのは、ギストンの部下の護衛ではなく、驚いたことに大公宮の衛兵だ。少なくとも軍装はそうだった。

 

「そ、そうだ。なにがあったのだ──? 説明せよ」

 

 どうして、こんなところに公都にいるはずの衛兵がいるのかわからない。

 あるいは、賊徒を追ってきていて、たまたまその賊徒の襲撃を受けていたギストンを助けてくれたのかもしれないが、そもそも、公都の外で賊徒の取り締まりをするのは、大公宮の衛兵の任務ではないのだ。

 

「なにがあったのかっていうとなあ。まあ、こういうことだ」

 

 その衛兵が頭に被っていた衛兵用の兜を脱ぐ。

 すると、そこには人間族ではない口元の犬歯と豊かな髪の中から出ている動物のような丸い耳のついた顔が現れた。

 

「じゅ、獣人か──?」

 

 ギストンは叫んだ。

 獣人の賊徒団か──。

 一瞬にして状況を理解した。

 危険な夜を徹して移動をしていて、獣人たちで形成された強盗団の襲撃に遭ったのだろう。

 このカロリックでは獣人族の生活は限界まで制約されている。

 職業や居住の自由はなく、私有財産についても一定以上は認められない。そんな獣人族たちの中には、そんな生活に反発して社会から抜け出して賊徒のような集団を作る者たちもいる。

 その獣人賊徒のひとつに襲われたのだとわかった。

 しかし、なぜ、その獣人賊徒が衛兵の格好を……。

 いや、そんなことは明白か。

 つまりは、油断させるために……。

 

モズの種族(モズロス)団だ。死ぬまでの短い時間、覚えておいてくれや、人間」

 

 その獣人男が横にどき、そこに別の衛兵の軍装をした獣人が現れた、

 弓をつがっていて、しかも矢の先がギストン公に向かっている。

 

「お、おい──。私はギストンであるぞ──。大公の弟の──」

 

 ギストンは唖然となるとともに怒鳴った。

 

「わかってるよ。そのお前を殺せというのが、主殿のご命令でな。あんたの護衛はすでに片付けた。あんたも冥界に追っていきな」

 

 矢が心臓に突き刺さる。

 すぐに別の獣人の賊徒が現れて、次の矢を射掛け──。

 瞬時に、さらに別の矢が射られ──。

 

 ギストンの意識はあっという間に闇に包まれた。

 

 

 *

 

 

「カゲト、我が父がお前を所望だそうだ。お前ほどの能力者は、僕には勿体ないと申しておられる。しかし、その誤りを正そう思ってな。カゲト、顔の装束をとれ」

 

 ゼルは、現れたカゲトに顔の装束を外すように命令した。

 ビンスは、そこから現れた姿に唖然とした表情を見せた。

 

「女──。しかも、獣人?」

 

「いかにも、彼女は獣人女です。男ではございませんよ」

 

 ゼルは微笑んだ、

 わざと男に見せかけているが、正真正銘の女である。

 

「余をたばかっておったのか──。卑しい獣人などを余に近づけたのか──」

 

 ビンスが真っ赤な顔で怒鳴りあげた。

 ああ、またか……。

 どうして、この国の人間たちは、こんなにも偏見に満ちていて、正しい判断ができないのか。

 獣人というだけで卑しいと決めつけるのはなぜだろう。

 ゼルから言わせれば、そんな偏った考えしかできない者たちこそ、心が醜くて卑しいのに……。

 

 いずれにしても、カゲトは女である。

 身体が大きかったので男だと思い込んでいたと思うが、長い髪と美貌の顔は間違いなく女の顔だ

 胸も大きく膨らんでいないものの、わずかに膨らみはある。よく見れば身体つきは女のものだ。

 なぜわからないのか……。

 

「紹介しましょう、父上。諜者としてはカゲトですが、本当の名はチムルと申します。僕の恋人であり、将来を誓った娘です。申し訳ありませんが、父上にはお渡しできません」

 

 ゼルは言った。

 

「はあああ──?」

 

 すると、ビンスはあまりもの驚きのためか、声をあげたまま身体を硬直させている。

 周りの領袖たちも唖然としている。

 

「こ、恋人だと──? 将来を誓う──。馬鹿か、お前──」

 

 そして、やっと出た言葉はそれだった。

 

「馬鹿とは心外ですよ、父上」

 

「ふざけるな──。獣人女を恋人だと断言したのも憤懣ものだが、さらに将来を誓っただと──。余の息子が獣人女とだと──。冗談ではないわ──」

 

「このチムルは、可愛いだけじゃないのですよ、父上。獣人特融の身体能力のみならず、魔道遣いとしても超一流なのです。それに、僕を愛してくれてます。もちろん、僕もね。将来は伴侶にするつもりなのです」

 

 ゼルは立ちあがって、カゲトと名乗っていた獣人女のチムルの腰を抱いた。そして、見せつけるように、その場で口づけをした。

 

「あっ、ゼル……」

 

 チムルは嫌がらなかった。

 照れたように赤い顔になったが、抵抗することなくゼルの口づけを受ける。

 ゼルは、ビンスをはじめ集まっている領袖たちが唖然としているのをチムルと口づけを交わしながら観察している。

 それは、個々に連れてこられた令夫人や令嬢たちも同様だ。

 ゼルが集めたのは、ただ彼女たちが敵派閥に属する夫人や令嬢だというだけじゃない。

 彼女たちは、大なり小なり、獣人差別が激しいという評判の女たちだけであり、日頃から獣人奴隷を惨く扱っていたという噂の女たちだ。

 だから、ここに呼びつけた。

 当然、女たちも人前で獣人女と口づけを交わすゼルに目を丸くしている。

 ここに集まっている者たちの価値観では受け入れられない行為なのだろう。

 恥ずべき差別主義者たちめ──。

 

「な、な、ならんわ──。そもそも、獣人と人間族の婚姻などありえん──。こ、殺せ──。そのような獣人女など、直ちに殺せ──。余の命令だ──」

 

 ビンスが我に返ったように怒鳴りあげてきた。

 

「父上に認めてもらうつもりはありません。ただ、最後に僕の決意をお教えしただけです。僕はどんなことをしても、このチムルと結婚します。そのための一歩として、この公国における獣人の地位を人間族と同じものにするつもりです。それは次期大公としての僕の決意です」

 

「お前はなにを言っておるんだ──?」

 

「僕が大公になった暁には、獣人奴隷を解放するつもりですよ。獣人だから、婚姻ができないなどあり得ないでしょう。こんなにも好きなのに」

 

「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ──。お前など廃嫡だ──。狂いおったか──。獣人女と結婚するだと──。この愚か者があ──」

 

「もちろん、理解してもらうつもりはないですよ、父上」

 

 ゼルは手をあげた。

 すると、チムルがゼルの腕を掴む。

 次の瞬間、ゼルはチムルとともに壁際まで移動していた。縮地という魔道であり、人間族の高位魔道遣いに匹敵する移動系の魔道能力を持つチムルだからこその瞬間移動である。

 

 同時に、部屋の四面の入口から大公宮の衛兵が雪崩れ込んできた。それがゼルのいる側の一面にあっという間に整列して並ぶ。

 実のところ、ゼルは現在の大公宮の衛兵の実に四分の一ほどを支配していた。特に下士官から下級については、ほぼゼルが把握している。

 残りはまだゼルの言いなりにはならないが、カートン公が死に、いまからビンスも死ぬ。

 そうなれば、残りの付和雷同の者たちはすべて、ゼルの支配に従うだろう。

 入ってきた兵は百人を超えている。

 その全員が銃を構えている。

 

「カートン公とシャルル妃の殺害の罪により、父上をはじめとして全員を捕縛します。十分な証拠は揃ってますからね。そして、誠に残念ながら、それに抵抗をしたことにより、あなた方を処断をします」

 

「きゃあああ」

 

「うわあああ──」

 

「ひいいい──」

 

 集まっていた者たちが一斉に悲鳴をあげた。

 このために呼んだのだ。

 全員を手っ取り早く一網打尽にする。

 それがどんなに理不尽な手段であっても、大義のためのはゼルは、それを厭うつもりはない。

 

「ゼルうううう──」

 

 ビンスが絶叫した。

 ゼルはあげていた手をおろして水平に向ける。

 轟音がして、まずは数十挺の銃が火を噴く。

 

「うぎゃああ──」

 

「あがあああ──」

 

「ひいいいい──」

 

 領袖たちも、集められていた女たちも区別なく、全員が銃弾に倒れる。それでもたまたま当たらなかった者もいる。

 それは必死に逆方向の壁に逃げていく。

 しかし、すぐに射撃の終わった十数名が下がり、二列目が前に出る。

 

「撃てええ──」

 

 指揮官の号令により、二段目が火を噴く。

 これで立っている者も、這う者もいなくなった。

 だが、さらに三列目が前に出て、三弾目を撃つ。倒れて血を流す身体に銃弾が撃ち込まれる。

 そして、四段目──。最後の列だ。

 轟音とともに一斉射撃──。

 

 今度は最初に射撃をした一列目が前に出る。

 すでに再装填が終わっており、射撃準備はできている。

 おそらく、倒れている者の全員が死んでいるだろう。

 呻き声しなくなった。

 だが、再び一斉射撃──。

 

 ゼルは三周りまで繰り返させて、ゼルはやっと射撃の中止を命令した。

 全員が死んだのは明らかだ。

 

「では、十名を残して、改めてとどめを刺すともに、死体の片づけをせよ。残りは大公宮に向かう。あとは手筈通りに」

 

 ゼルは出口に向かった。

 隊長がてきぱきと指示を発し、ゼルの後ろから兵の一隊が同行する。

 同じような暗殺隊を十か所ほどに出しているのだ。

 ビンス派にしろ、カートン派にしろ、ゼルの支配の邪魔になりそうな者は殺害を指示した。

 すべて成功すれば、それで終わりである。

 生き残る者には、もはやゼルが大公となる者を拒めるような気概のある者はいない。

 それは病床にいる現大公も同様だ。

 

「お供します」

 

 するとチムルが貌に布を巻き直し、当然のようにゼルの隣に並び歩いた。



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992 拷問四日目

 太腿を思い切り蹴りあげられた。

 

「起きろ──」

 

 そして、頭の上で大きな声がして、さらに腰の辺りを容赦なく蹴りあげられる。

 

「うあっ」

 

 熟睡していて身体はすっかりと麻痺していたはずだが、殴打はロクサーヌの骨の髄まで届くような衝撃だった。

 さらに、尻を蹴りあげられる。

 

「立つんだよ、ロクサーヌ」

 

 ロクサーヌはほとんどなにも考えられない朦朧とした状態のまま、とにかく立とうとした。

 だが、身体に力が入らない。

 それに、両腕が背中に回されて、革帯を巻かれて拘束されているので、腕を使わずに立つのは難しい。

 そもそも、もう三日以上も寝ることを許されなかった末に、それでやっと休むことを許されて、床で死んだように寝ていたのだ。

 そこを蹴り起こされたのである。

 簡単には、意識も身体も覚醒できない。

 

「聞こえないのかなあ」

 

 やっと、さっきからロクサーヌを蹴ったり怒鳴ったりしているのがゼルだとわかった。

 ゼルに最後に会ったのは、多分、四日前だ。

 ロクサーヌの目の前で、モイラに対して、ロクサーヌを拷問して、ルカリナの隷属支配をゼルに譲渡させるのに合意させろと言い残して去ったのが最後だ。

 あれから、三日三晩、モイラの拷問を受けていた。

 

 鞭打ち、水責め、痒み責め、くすぐり責め、棒打ち、火責め──。

 ありとあらゆることをだ。

 もちろん、いまもそうだが、素っ裸にされて、考えられるかぎりの辱めも受け続けている。

 

 三角木馬というものにも素股で跨がらされた。

 股間に鉄の杭を挿入されて、外に出ている反対側から火で炙られて膣の中を火傷させられるということもやられた。

 そのときには、傷を最高級の治療ポーションで完全に復元されたが、ロクサーヌは死さえ覚悟した。もっとも、数ノスでどんな負傷でも元に戻せるというのは、苛酷な拷問をさらに繰り返されるということでもある。

 ロクサーヌは、二日目のときに十回以上、股間の中を焼け焦げにされた。最後には、お尻の穴まで焼けた鉄の棒で焼かれもした。

 だが、ルカリナの隷属を譲渡することについては、絶対に合意しなかった。

 

 モイラは、すぐにロクサーヌがすぐに屈すると思っていたようであるが、一日がすぎ、二日が過ぎ、四日目になってもルカリナの譲渡を拒否するロクサーヌに対して、呆れ返った様子だった。

 とにかく、ロクサーヌは、傷をつけられればポーションで癒やされ、意識を保つ体力が消失しかかれば、回復薬を飲まされて、延々と拷問を受けさせられるということを続けられている。

 そして、四日経ち、眠らせてもらえないことから、頭が朦朧としていると、モイラが根負けしたようにしばらく横になることを許可してくれたのだ。

 しかし、死んだように眠っていたと思ったが、たったいま蹴り起こされてしまった。

 まだ、身体も頭も疲労の限界から回復していない。

 おそらく、数ノスも眠ってないだろう。

 

「ひがああああ──」

 

 次の瞬間、クリトリスが引き千切れそうな激痛に、ロクサーヌは絶叫した。

 そして、無理矢理にクリトリスを引っ張られて、強引に立ちあがらされる。

 なにをされたのかわかったのは、クリトリスの根元に元々繋がっていた糸を天井から落ちている鎖に繋がれて、爪先立ちまで引きあげられてからだ。

 四日間の中で、モイラが「クリ責め」と呼んだ責めは何度も受けている。

 そのときには、いまされているのと同じように、クリトリスを引きあげられて、無理矢理に歩かされたりした。

 その責めが終わって、次の責めになるときにも、根元に結んだ糸は外されずに、股間から垂れ下がっていたのである。

 それをゼルによって引きあげられたのだ。

 

「いいいっ、いいいいっ」

 

 糸が繋がっている鎖は、さらに天井にある滑車に繋がっていて、それは天井にあるレールに沿ってゆっくりと部屋を回るように動くようになっていた。

 つまりは、糸でクリトリスを引っ張られて、ロクサーヌはその爪先立ちのまま歩き続けるしかないということだ。

 この責めは、なによりも堪えた。

 モイラが休むときでも、ロクサーヌはこのクリ引きの責めで、休むことを許されずに、延々と歩かされる。

 例えば、ひと晩中だ。

 それを何度もやらされたのだ。

 

「ああっ、あっ、ひっ、いがいいいっ、いぎいいっ」

 

 ロクサーヌは必死に爪先歩きしながら、泣きべそをかいた。

 それでも容赦なく、クリトリスは糸で前に前にと引っ張られる。

 

「うーん、まだルカリナの譲渡には応じてないって、報告だけは受けていたけど、君って、思ったよりも強情で丈夫なんだねえ。普通、とっくの昔に屈服してもよさそうなものなんだけどね……。ところで、モイラ、おいで」

 

 頭は朦朧とする。

 脚もふらふらだ。

 それでも、ちょっとでも気を抜けばクリトリスに激痛が走るので、ロクサーヌは必死で歩く。

 一方で、ゼルはロクサーヌが歩かされている部屋の真ん中に立ち、そこにモイラを呼びつけた。

 

「はい」

 

 横目にモイラがゼルの前に向かうのがうつった。

 すると、ゼルがモイラの頬を思い切り張り倒した。

 

「はんっ」

 

 モイラが横倒しになる。

 ロクサーヌは驚愕した。

 

「ねえ、モイラ、僕はロクサーヌに拷問してでも、ルカリナの譲渡に応じさせろって言ったよねえ。それなのに、どうして、ロクサーヌを休ませてたの? それは、こいつに同情したから? 僕の命令よりも、ロクサーヌを優先しようということ? モイラって、そういう女?」

 

 ゼルの口調は優しいが、ぞっとするような酷薄な響きが混じっている。

 モイラも同様に感じたのだろう。

 「ひっ」とモイラは息を呑む音が聞こえる。

 

「ねえ、なんとか言いなよ、モイラ? 僕は馬鹿にされるのが一番嫌いなんだよね」

 

「うぐうっ」

 

 歩くのに必死なので見えてなかったが、肉を蹴るような音がしたので、おそらくモイラがゼルから腹でも蹴られたのだろう。

 

「も、申しわけありません……。こ、こいつが限界だと思ったので、一時的に回復を……。そっちの方が屈服は早いと判断を……」

 

 モイラがお腹を押さえて苦しそうに立ちあがるのが目に入った。

 やっぱり、ゼルがモイラを殴ったのだ。

 

「勝手に判断したらだめだよ、モイラ。いくらでも最高級のポーションでも回復薬でも使えって言ったよねえ。休ませる必要なんてないじゃないか」

 

 また、ゼルがモイラに張り手をした。

 

「し、しかし、身体は回復させられても、心が毀れれば、例の能力に支障が……」

 

「心が? ロクサーヌは身体をいくら痛めつけても、心が毀れるまで屈服しないってこと?」

 

「どんな苦痛に対しても耐えられる者はおります。それこそ、死ぬまで耐える者も少なくはないのです。そういうタイプの相手の場合は、心を屈服させるということには、それなりの技術も必要です。そのために、ロクサーヌの限界を見極めておりました」

 

「ふうん……。つまり、休ませていたのも、責めの一環ということ?」

 

「その通りです。いまだに、小娘ひとり堕とせないのは、あたしの不甲斐なさです。でも、決して、手を抜いていたわけでは……」

 

「そういうことか……。だったら、ごめんね。痛かったかい?」

 

「い、いえ……」

 

「苦痛には死ぬまで耐えるってねえ……。じゃあ、僕も試していい?」

 

「も、もちろんです……」

 

 モイラの声──。

 すると、クリトリスを引っ張っていた鎖が停止した。

 立ち止まって肩で息をするロクサーヌに、ゼルが近づいてきた。

 そして、いきなり天井方向に繋がっている糸を無造作に横に引っ張った。

 

「ぎゃああああ──」

 

 ロクサーヌは咆哮した。

 だが、爪先立ちをしている股間はこれ以上はあがらない。

 赤黒くなったクリトリスは信じられないくらいに伸びる。

 糸が切れた。

 ロクサーヌはその場に崩れ落ちた。

 髪の毛を掴まれて、顔をあげさせられる。

 

「モイラ、それ持ってきて……。ねえ、ロクサーヌ、こんなことしたくないんだよ。僕は君のことは評価しているしね。予知夢でいっぱい教えてもらった。誰が敵で誰が味方かを見極めるのに役に立ったし、これからも君のことを大切したいと思ってるんだ。ルカリナの隷属を外すことくらいで駄々をこねないで欲しいんだよ」

 

 ゼルは柔和に笑っている。

 

「ル、ルカリナは……渡せません……。それ以外のことなら……」

 

「ふうん、強情なんだねえ……。なんだか、気に入らないよ」

 

 すると、モイラが持ってきた革の帽子のようなものを頭に被せられた。顎に巻くベルトのようなものもついていて、強く密着して固定される。

 なんだろう、これ……?

 すると、突然に強い痛みが脳天に襲いかかってきた。

 

「うあああああ」

 

 ロクサーヌは跪いたまま、拘束された身体を弓なりにして絶叫した。

 電撃だ──。

 それが直接に頭に浴びせられる。

 さっきのおかしな帽子だと思った。

 とにかく、激痛というのもあるが、これまで味わったことのない不快な苦痛だ。

 あまりもの苦悶に、ロクサーヌは床にひっくり返ってのたうち回る。

 

「あがががが、ががががが──」

 

 さらに電撃が強くなる。

 脳の奥を直接に抉る電撃がこれでもかと襲い続ける。

 耐えるとか、耐えられるとかいうものではない。

 心を一気に消耗させるような、おぞましい苦痛だ。

 それがいつまでも襲い続ける。

 激しい嘔吐感が込みあがり、吐きそうになった。

 すると、電撃がとまる。

 

「僕が作らせた奴隷調教用の魔道の革帽子さ。僕の魔道波に合わせているから、他人には操作できないんだけど、威力は強力だよ。電撃は君の頭の中の痛覚に直接に襲っているからね。これを我慢するのは無理さ。最初から、これを使えばよかったかな」

 

 ゼルが酷薄に笑う。

 

「う、うう……」

 

 しかし、ロクサーヌは動けない。

 ただでさえ、限界まで疲労している身体に、想像を絶する苦悶を与えられ、完全に身体が麻痺してしまった感じだ。

 

「堪えたかい? じゃあ、ルカリナを連れてくるよ。ちゃんと、僕に隷属を譲渡すると口にするね。それで終わりだ。身体を清潔にして、柔らかい寝台で休ませてあげよう。おいしい食事もね。絶対に、ルカリナと別々しないとも約束するよ。僕の奴隷になっても、君の大切な人には変わりないからね」

 

 ゼルだ。

 

「……や、やです……」

 

 ロクサーヌは最後の気力を振り絞るようにして言った。

 再び、頭に電撃が襲う。

 

「ぐうううっ、あぐううっ、がっ、があっ、あああああっ」

 

 頭の中に電撃を注ぎ込まれ、ロクサーヌは身体を突っ張らせた。

 

「立つんだよ。立ったら、電撃をとめてあげよう。ほら、頑張って」

 

 ゼルの声──。

 ロクサーヌは必死に膝に力を込めてどうにか腰を浮かせた。

 やっと電撃がなくなる。

 まだ眩暈は続けている。

 気がつくと口が閉じずに、涎がぼたぼたと床に落ち続けている。

 そして、身体に力は全く入らないでもいる。四肢にもまだ電撃を帯びているような不快さが残っていた。

 脳に直接に苦痛を送る電撃……?

 

「僕は君を毀したくない。君の予知夢には、まだ使い道がある。屈服してくれるね?」

 

「よ、予知夢は……提供します……。これまでも……これからも……」

 

「うん、そうだね。でも、君は全部の情報は提供してないよね。そういうのは、わかるのさ。だけど、どちらかを奴隷にして支配すれば、今度は隷属の力で嘘はつけなくなる。君とルカリナ……。予知夢は君たちの両方が見るんだよね」

 

 やっと本音を出したと思った。

 やはり、それが狙いなのだ。奴隷解放がどうのこうのというのは建前だ。

 ロクサーヌは意図的に、予知夢の内容の一部を伝えることなく、ずっとゼルに接していた。

 もちろん、それを教えたことはないが、気がついたのだろう。

 だから、ルカリナを自分の奴隷に……。

 予知夢を見るときには、ロクサーヌだけでなく、ルカリナの記憶にも残るのだから、どちらかを隷属してしまえば、ゼルに内容を隠すことは不可能になる。

 だったら、なおさら承知できない。

 

「う、嘘はついたことは……ない……です。それと……ルカリナは、わたしの……ものです……」

 

「君も強情だねえ。この帯帽子で屈しないとは思わなかったよ」

 

 次の瞬間、またもやこめかみを電撃が貫いた。

 

「ぎゃうううう──」

 

 ロクサーヌは膝をがくりと曲げて、うずくまりかける。

 

「座れば、君の大切な獣人奴隷を拷問にかけるよ」

 

 そのとき、ゼルが言った。

 慌てて、懸命に脚に力を込める。

 ルカリナのためなら、いくらでも頑張れる。

 ロクサーヌは必死に身体に力を入れた。

 

 電撃がとまる。

 それでも、しばらくのあいだ、不快な身体の震えは収まらない。

 

「まだ、承知しないかい?」

 

「ル、ルカリナは……ルカリナは……大切な……」

 

「困ったなあ。そんなにこの帯帽子が気に入ったのかな? ああ、そうだ。すぐにわかると思うけど、君の父親は殺したよ。君のお兄さんもね。だから、もう君を養女にするのを拒む者はない。君は僕の娘になるんだ。父親として、君を大切にすると約束するから、そろそろ諦めてくれないかなあ」

 

「いやっ」

 

 次の瞬間、またしても痛烈な電撃が脳天を貫く。

 

「あぐうううっ」

 

 たちまちによろけて倒れそうになる。

 

「ロクサーヌ、倒れれば、ルカリナを拷問にかけるわ──」

 

 すると、しばらく見守っていた感じのモイラが大声を放つ。

 ロクサーヌは必死に脚を踏ん張った。

 必死に歯を喰いしばる。

 だが、頭の中に直接に苦悶を与えるという電撃の苦痛は、耐えるということを許さない

 ロクサーヌの身体の芯を内側から粉々にしていくかのようだ。

 だけど、ルカリナはロクサーヌのもの──。

 それだけは、だめ──。

 

 今度は長い──。

 膝が曲がった。

 身体が前に折り曲がる。

 胃袋から苦いものがあがってきた。

 股間からじろじょろとおしっこも流れ出す。

 それでも、電撃が終わらない。

 

「あああっ、やめてえええっ、やめてえええ」

 

 ロクサーヌは絶叫した。

 電撃がとまる。

 

「ルカリナを譲るな?」

 

 ゼルが耳元でささやく。

 ロクサーヌは首を横に振った。

 

「驚いたなあ。なんという強情さだ」

 

 ゼルが呆気にとられたような声をあげた。

 

「ゼル様、この小娘は、尻の穴や股間に、焼けた鉄杭を挿入されても屈しなかったのです。多分、隷属には不向きなのですわ。そういう者もいるんです」

 

 モイラが嘆息しながら言った。

 

「そのようだねえ。だけど、まずは、ルカリナ……。そして、このロクサーヌを支配したいんだけどねえ」

 

「でも、やっと、こいつの弱点がわかりましたわ、ゼル様?」

 

「弱点?」

 

「あの獣人奴隷ですよ。ルカリナです。連れてきましょう。その帯帽子、さすがの獣人奴隷でも泣き叫ぶでしょう」

 

「うーん、獣人を拷問にかけるのは、僕の矜恃に反するんだけど……。まあ、仕方ないか。連れてきてもらえるかい」

 

「わかりました」

 

 モイラが部屋を出て行く。

 ロクサーヌは、はっとした。

 

「ま、待ってください。ルカリナには手を出さないでください──」

 

「まあ、とりあえず、連れてくるだけさ。獣人奴隷を拷問されたくなければ、僕に隷属を譲渡すればいい。どちらにしても、目の前で隷属の移動を口にしてもらわないとならないから、連れてくるよ」

 

 ゼルがにっこりと微笑んで、頭に電撃が貫いた。

 

「あぐううう──」

 

 ロクサーヌはついに膝を崩して、少し前に自分が放尿した水たまりの上にしゃがみ込んでしまった。







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993 拒絶する少女

 ゼルは、「革帽子」あるいは、「電撃帽」とも呼んでいる電撃を流せる帽子で失神寸前まで追い込んだロクサーヌの右足首に向かって天井からの鎖をおろし、新たに右足首だけに革枷を嵌めた。

 そのまま、壁の操作具で吊りあげていく。

 

 ロクサーヌの頭が完全に宙に浮き、髪が垂れさがって床を掃くほどの高さで固定した。

 ほんとど力が残っていないのか、ロクサーヌは拘束されていない左足をあげることなく、だらりとさげて、股ぐらを晒している。

 十三歳といえども女には変わりあるまいに、だらしなく股を拡げる姿には、ゼルはちょっと呆れた。

 そして、ふと、ロクサーヌの股間がびっしょりと愛液で濡れているのを見た。

 

 ロクサーヌが受けたのは、頭に電撃を受ける拷問なのだが、なんの愛撫もないのに、しかも、まだ十三歳の童女がこれだけ股間を濡らすということに少し驚いた。

 ゼル自身は、獣人女のモイラのみしか性経験がないものの、そういえば、世の中には「マゾ」という性癖の者がいて、苦悶を快感に変えることができると教えてもらったことがあることを思い出した。

 だとしたら、ロクサーヌはマゾという性質になるのか?

 そして、だから、モイラの拷問で心を折ることができないのか……?

 

 いずれにしても、このロクサーヌの能力は必要だ。

 このロクサーヌ自身よりも、ゼルは彼女の力の有用性を理解している。

 しかし、同時に、ロクサーヌがどうやら、自分が見た予知夢を選定して、ゼルに告げているということにも気がついてきた。

 だが、いまのところ、予知夢に接するのは、ロクサーヌ自身と彼女の獣人奴隷のルカリナのみだ。

 性行為における激しい絶頂感の後にしか予知夢は見ないという風変わりな能力発揮なのだが、しかも、その性愛の相手がルカリナのときのみにしか予知夢は見ないのだという。

 試しに、モイラあたりにもロクサーヌの相手をやらせてみたが、失神するほどの絶頂感を与えても、予知夢は見なかった。それは確認した。

 そうであれば、ゼルとしては、ルカリナかロクサーヌ、あるいは、その両方を隷属するしかない。

 このロクサーヌの能力はそれほどに魅力的だ。

 

 ゼルは、ほとんど気を失っているロクサーヌの前に屈み込むと、回復薬の瓶の蓋を空けて、彼女の口に突っ込んだ。

 鼻を摘まんで、無理矢理に喉の奥に流し込でいく。

 たとえ、死にかけていても、無理矢理に身体を回復させる最高級のポーションだ。

 

「げほっ、げほっ、げほっ」

 

 ロクサーヌが咳き込みながら覚醒する。

 ゼルは、ロクサーヌの股間から垂れ下がっている糸を手に持った。モイラがこの数日のロクサーヌへの拷問の中で、クリ責めというものをするために、クリトリスの根元に結んだ糸だ。逆さ吊りで垂れ下がっていたその糸を無造作に引っ張る。

 

「ひああああっ、いぎいいいいっ」

 

 ロクサーヌが絶叫して、逆さ吊りの身体を跳ねあげた。

 

「みっともなく、股を拡げちゃだめだよ、ロクサーヌ。新大公の娘となる君への躾だ。どんなときでも、慎みを忘れずに、股を閉じなさい」

 

 ゼルはうそぶきながら、糸をぐいぐいと引っ張る。

 ロクサーヌの局部が惨く引っ張られる。

 千切れたって構わない。

 最高級の治療用ポーションがある。それで治療できる。

 

「がああっ、許してえええ──。許してくださいいい──」

 

 ロクサーヌは泣き叫んでいる。

 そして、必死に垂れ下がっている左足をあげようともがいているが、水平の位置にさえもあげられないでいる。

 ゼルは、糸から手を離すと、壁に置いてある幾つかの燭台から太い蝋燭を二本持ってきた。

 一見してただの蝋燭だが、魔道がかかっていて、蝋が完全になくなるまで擦っても、水に濡れても、なにをしても、魔道を掛けない限り火が消えることのない魔道の蝋燭だ。

 そのうちの一本をロクサーヌの股間に無理矢理に差し込んだ。

 

「んぎいいいいっ」

 

 かなり太いので、濡れているといっても、いまのロクサーヌには太すぎるのだろう。

 ロクサーヌが悲鳴をあげて暴れる。

 すると、まとまった垂蝋がロクサーヌの幼い股間にぼとぼとと落ちる。

 

「ぎゃあああ」

 

 ロクサーヌが泣きながら咆哮した。

 

「熱いのが嫌なら暴れないことだ。もっとも、この蝋燭は消えないからね。僕としては、炎が君の股間に届く前に、ルカリナの隷属を渡すことに合意してくれることを望むね」

 

 そして、前側からロクサーヌの背中側に回る。

 ロクサーヌの尻たぶの片側を掴んで、アナルを露出させる。そこに、もう一本の蝋燭の根元を当てた。

 

「ひいいっ、お、お許しを……」

 

 なにをされるかわかり、ロクサーヌが引きつった声をあげた。

 

「獣人を奴隷にして手放さない者に慈悲はないよ。潤滑油なしに無理矢理に尻穴に突っ込む。嫌なら、ルカリナを僕に渡すことに合意するんだ。そうしたとしても、なにも変わらない。君の大切なルカリナは、ずっと君のそばに居続ける。約束する。誓約をしてもいい」

 

 誓約というのは、いわゆる魔道による「破ることのできない魂の約束」のことである。

 魔導師同士の約束事に使われるものであり、ゼルも多少の魔道力を持っているので、それを使うことができる。

 ロクサーヌは表立った魔道は遣えないみたいだけど、予知夢のような特殊能力はあるので、魔道力が皆無ということはありえない。

 魔道誓約には問題ないはずだ。

 

「ル、ルカリナは……わたしのものです……」

 

 ロクサーヌが言った。

 ゼルは嘆息する。

 まったく、しぶとい。

 モイラが苦戦するはずだ。

 ゼルは、力いっぱいに蝋燭をロクサーヌのアナルの中にねじ込む。かなりの抵抗があったが、それでも強引に半分くらいを無理矢理にねじ込んだ。

 

「あぎゃあああっ、ぐがあああああ」

 

 ロクサーヌが暴れる。

 前側に挿した蝋燭から蝋が股間に迸るが、それすらも気にならないくらいの激痛なのだろうか。

 

 そのときだった。

 がらがらと滑車が回る音が廊下から近づき、部屋に滑車のついた大きな板が運ばれてきた。

 押してくるのはモイラだ。

 そして、その板には、股間にはく下着一枚のみの半裸のルカリナが、四肢を拡げて貼り付けられていた。

 手首、肘、肩、そして、胴体には胸の上下と腹部に革ベルトが巻かれて板に張り付けられている。

 それぞれの脚にも四箇所ずつだ。

 首と額にも革ベルトで板に密着させられている。

 

 ルカリナをギストン家の地下牢から連れてきたのは昨日のことだ。一応は手の者を貼り付けていたので、命の問題はないことは確認していたが、獣人嫌いの一族だけあり、かなりの辱めを受けていた気配だ。

 しかし、父と兄を同時に失った次の後継者のフランクには、ゼルの要求を拒む気概などなく、無条件にルカリナを引き渡した。

 同時に、ロクサーヌを養女として渡す交渉も開始したが、それも数日中にまとまるだろう。

 父親と次期後継者だった兄を失って、悲哀に暮れて動顛するだけの無能を晒しており、あれでは父親の築いたものを引き継いで維持することはできないだろう。

 ゼルがこれからむしり取るということもあるが、ギストン家は早晩終わりだ。

 

 それはともかく、連れてこられたルカリナは、ロクサーヌに会わせろと言って騒ぎ、しかも、この屋敷の家人の誰かが、ロクサーヌが拷問を受けていることを聞かせてしまったらしく、それからは暴れて大変だったみたいだ。

 仕方なく、牢で監禁させていたが、もしかしたら、ここに連れてくるときにもかなり暴れたのかもしれない。

 ふと見ると、モイラの髪も服装も乱れているし、息切れもしている。

 板に貼り付けられているルカリナの肌にも、あちこちに棒で打たれたり、電撃鞭による火傷跡のようなものもある。

 

「んんんんっ、んんんんっ」

 

 そのルカリナがロクサーヌの姿を見て、板に貼り付けられたまま、板を倒さんばかりに暴れ始めた。

 ルカリナの口には、穴あきのボールギャグが嵌まっているのだが、その小さな穴からルカリナの唾が大量に迸った。

 

「ああ、ルカリナ──」

 

「んんんんっ」

 

 逆さ吊りのロクサーヌも気がつき、回復薬を飲ませたとはいえ、どこにそんな元気が合ったのかと思うような大きな声でルカリナの名を叫んでいる。

 ゼルは、ロクサーヌの頭に被せている「電撃帽」に魔道波を送り込む。

 まだ試作品だが、拷問道具であり、ゼルが「思う」だけで電撃の激痛を頭の中の痛点に直接に送り込めるというものだ。ゼルにしか操作できないのが欠点だが、弱々しい外見に似合わず、ロクサーヌもなかなか頑固だ。

 これで屈しない人間など存在しないと思っていたのだが……。

 

「あがあああっ」

 

 ロクサーヌの逆さ吊りの身体が激しく痙攣をする。

 その揺れで、股間とアナルの二本の蝋燭から垂蝋が股間に飛び散っているが、その熱さも気にならないくらいに、脳天への衝撃が激痛のようだ。

 しばらく続ける。

 ロクサーヌの痙攣が小さくなり、びくびくと震えるだけになる。鼻水と涎と涙がこぼれ出た。

 ゼルは、電撃をとめた。

 

「んぐううううっ、んぐううううっ」

 

 ふと見ると、ルカリナが涙を流して暴れている。

 絶対に革ベルトは切れることはないはずだが、貼り付けられている板ごと破壊しそうだ。それくらいの激しさだ。

 

「獣人を慰めてやれ。少し静かにさせろ」

 

 ゼルはモイラに指示した。

 

「わかりましたわ……。さあ、ルカリナ。ちょっと、気を紛らわせてあげるわね」

 

 あらかじめ準備していたのか、モイラは指の部分に無数の極小の突起がついている手袋を両手にした。

 モイラが女責めのときによく使う魔道具の淫具であり、モイラが魔道を込めると、指部分が振動をするのだ。

 それをルカリナの股間に乳首に当てた。

 吠えるように抗議するような声をあげていたルカリナだが、しばらくすると、その声が口惜しそうに喘ぐ鼻声に変わっていく。

 ゼルは、それを確認してから、もう一度ロクサーヌに向き直った。

 

「どうだ、ロクサーヌ? もう降参するな?」

 

 ロクサーヌはすでに虚ろな目をしている。

 だが、ゼルの問い掛けに、はっとしたように逆さ吊りの顔を横に振った。

 ゼルは嘆息した。

 

「しぶといねえ」

 

 ゼルは嘆息した。

 だが、これほどの胆力がどうして、こんな小さな娘の中にあるのかと、正直感嘆もしていた。

 そして、ちらりとルカリナを見た。

 貼り付けにされている無防備な股間と胸を責められて、全身が真っ赤になり、鼻穴を膨らませて甘い声をあげている。本当に口惜しそうだ。

 身につけさせている下着には、モイラによって欲情させられた証である丸い染みが大きくできている。

 

「不本意だが、モイラの提案に従うか」

 

 ゼルは腰に吊っている一本の細い金属棒を抜いた。

 魔道の電撃棒だ。

 相手に苦痛を与えることに特化した武器であり、これもまた身体の中の痛点に直接に衝撃を注ぎ込むという魔道具だ。

 もともと、タリオ公国製であり、ゼルが取り寄せたものである。

 その先端をルカリナの股間に下着越しに当てる。

 モイラがルカリナを愛撫していた手を引いた。

 電撃棒に魔道を注ぐ。

 

「ぐほおおおおおっ」

 

 ルカリナが全身を突っ張らせて白目を剥いた。

 そして、激しく痙攣し、股間から失禁を垂れ流した。さすがの丈夫な獣人でも、股間への電撃棒の直撃が効いたようだ。

 

「ああっ、ルカリナああ──。やめてええ──。やめてください──。譲渡します──。隷属を譲渡します──。だから、ルカリナには手を出さないでええ」

 

 すると、ロクサーヌが泣きながら絶叫した。

 

「やっとか」

 

 ゼルは息を吐いた。



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994 隷属と盟約

「じゃあ、隷属の譲渡を口にしてくれ、ロクサーヌ」

 

 ゼルはいささかの疲労感を覚えながら言った。

 奴隷でない者を隷属にするのときとは異なり、隷属の譲渡はただ口にするだけでいい。

 これに対し、誰にも隷属していないものを隷属する場合は、口だけではだめであり、心からも屈服が必要とする。しかも、隷属の魔道を扱える者が注いだ隷属の首輪のような媒体が必要だ。

 すると、ロクサーヌが口を開いた。

 

「……ただし、条件が……。破ることのできない盟約を……」

 

「盟約──? あんた、そんな条件をつけられる立場だと思ってんの──?」

 

 呆れた大声をあげたのは、モイラだ。

 だが、ゼルはそれを制した。

 

「どんな盟約を結ぶんだい、ロクサーヌ?」

 

 ゼルは訊ねた。

 場合によっては条件を呑んでもいいと思ったのだ。

 破ることのできない盟約というのは、様々な物言いがあるが、つまりは魔道による盟約だ。

 魔道を遣ってお互いの魂による結びつきをするものであり、これを結べば破ることはできない。破った場合は、魂の破壊、即ち、死が代償となる。これはどんな高位魔導師でも覆せないし、むしろ、高位魔導師ほど強い心の縛りになる。

 

「わ、わたしを……ルカリナの奴隷に……。ルカリナをあなたに渡します……。その代わりに、わたしをルカリナの奴隷にして、譲渡できない盟約をしてください……。そうすれば、ルカリナを譲渡します……」

 

「はあ?」

 

 ゼルは思わず問い返してしまった。

 もともと、いずれはふたりとも奴隷にして、ロクサーヌの予知夢の能力を完璧に手に入れるつもりだったのだ。

 だが、隷属の譲渡の方が簡単なので、それを優先しようと思ったにすぎない。

 もっとも、こんなにも苦労するとは思いもしなかったが……。

 

「ルカリナを誰にも譲渡できない盟約で縛ってください……。わたしを奴隷にして手放せないように……。そうすれば、譲渡します。ルカリナはわたしのものです」

 

 ロクサーヌが限界寸前の身体を必死で鼓舞するように、逆さ吊りの状態で肩で息をしながら言った。

 ゼルにそれを拒否する理由はない。

 ルカリナがゼルの奴隷になれば、ロクサーヌに嘘をつくなと命令をさせればいいだけだ。労せずして、最終的な目的だったロクサーヌまで隷属できることになる。

 

「条件を呑もう。ただし、表向きには、君は僕の養女になるからね。隷属の首輪はつけられないよ」

 

「紋様を……。紋様奴隷にしてください」

 

 ロクサーヌが言った。

 紋様奴隷というのは、隷属の首輪ではなく、身体のどこかに隷属の紋様を入れることによって隷属化するものだ。隷属の首輪による、いわゆる「首輪奴隷」の場合は、首輪を外せば、隷属は解除されるが、紋様奴隷の場合は、奴隷の譲渡もし難いし、事実上、隷属を解除できない。

 一生誰かの奴隷として過ごさなければならない。

 そこまでして、ルカリナと離れたくないのかと思った。

 

「条件を呑むよ」

 

 ゼルはロクサーヌの股間とアナルに挿入していた蝋燭を無造作に抜いた。

 

「ひゃんっ、ああっ」

 

 ロクサーヌの声が悲鳴というよりは喘ぎ声に近かった。

 やっぱり、「マゾ」という性癖なのかと、ゼルは苦笑した。

 部屋の隅に置いてある台から高級ポーションを手に取る。

 手で大量についている蝋を払ってから、そのポーションを股間や尻穴にぶっかけた。

 真っ赤なっていたたくさんの火傷の痕がみるみると消滅する。

 とりあえず、逆さ吊りの身体をおろして、ロクサーヌを床に横たえた。

 

「モイラ、魔道盟約の仲介をしてくれるかい。この場合、僕とロクサーヌ、そして、ルカリナの三人の盟約になるねえ……。ルカリナは、ロクサーヌの隷属を誰にも譲渡できない。僕もそれを命令することはできない、という盟約だ」

 

 ゼルは言った。

 

「わかりました……。ルカリナもいいわね?」

 

 ルカリナの同意も必要だが、そのルカリナはちょっと考える様子を示した後で、大きく頷いた。

 

「盟約を実現化します──」

 

 モイラが声をあげた。

 ゼルとロクサーヌ、そして、ルカリナのあいだに魔道の結びつきができるのを感じた。

 

「お互いに誓いを」

 

 モイラだ。

 

「盟約に同意する」

 

 まずは、ゼルが言った。

 

「……同意します」

 

 ロクサーヌ──。

 そして、モイラがルカリナからボールギャグを外す。

 

「同意、する」

 

 ルカリナだ。

 その瞬間、心臓が締めつけられるような感覚が襲い、すぐに消える。

 盟約魔道が実効化されたのだ。

 

「ル、ルカリナの隷属を譲渡します」

 

 ロクサーヌが言った。

 ルカリナへの隷属がゼルに流れたのがわかった。

 

「これで、ルカリナは僕の奴隷だね。そして、ルカリナを通じて、ロクサーヌもだ。まあ、心配はいらないよ。君たちを奴隷扱いするつもりはない。僕に従順である限りね……。僕は誰も奴隷扱いしない。奴隷解放主義者なんだ」

 

 ゼルは微笑んだ。

 

「げ、下衆め……」

 

 ルカリナが呟くのが聞こえた。

 ゼルはにっこりと微笑んだ。

 

「ルカリナ──。今後、僕の言葉には絶対服従。どんなことでも嘘をついてはならない。自殺と自傷を禁止──。逃亡を禁止する。僕の命を脅かしてはならない。もしも、僕の危険を感じたら、身を挺して守ること──。これは絶対の命令だよ。加えて、ロクサーヌも同じ命令をすること。僕に絶対に服従をね。それを僕のことは、ご主人様と呼ぶんだ。これも命令だ」

 

 素早く奴隷の縛りをしてしまう。

 これで、ゼルが隷属を手放すまで、ルカリナとともにロクサーヌもゼルに逆らえないし、嘘もつけない。

 彼女の予知夢は完全にゼルのものだ。

 

「わ、わかった……、ご主人様……。ローヌ様……、命令……。ゼルご主人様に、絶対服従……。自殺、自傷、禁止……。逃亡、禁止。嘘、禁止……。そして……」

 

 ルカリナが忠実にロクサーヌに対して、さっきのゼルの命令を反復している。

 ふと、ロクサーヌを見ると、下腹部にこぶし大の隷属の紋様が浮かんでいる。すでに隷属の魔道が刻まれたようだが、これもまた、魔道盟約の影響だろう。

 また、すでにロクサーヌは、隷属を受け入れるくらいには、屈服状態だったということか……。

 それなのに、ルカリナの隷属譲渡だけには応じないのだから、まあ、大した気力なのだろう。

 

「わかりました……。ルカリナ……様……。これからは、あなたがわたしのご主人様ね……」

 

 すると、ロクサーヌが満足そうに微笑んで、そして、力尽きたように目を閉じ、そして、寝息をかきだした。

 

「お前たちの部屋に案内しよう。それと、一日一回、ルカリナはロクサーヌを愛せ。お前たちが見た予知夢は、事細かく、僕かモイラも伝えるんだ。命令だ」

 

「で、でも、ローヌ様は弱って、いる……。今日は、身体を、休めるべき……」

 

「命令だ、ルカリナ──。回復薬でも、治療ポーションでもいくらでも使え。言われたことに従え」

 

 ゼルは強く繰り返した。まさか、隷属した者に与える“命令”に口答えするとは思わなかったが、それだけ、ルカリナのロクサーヌに対する想いが強いのだろう。

 だが、知ったことではない。

 

「わ、わかりました……。ご主人様……」

 

 すると、ルカリナが不本意そうに返事をした。

 

 

 *

 

 

 眼が覚めた。

 ロクサーヌは、柔らかな寝台に横になっている自分に気がついた。

 ぼんやりとしていて、自分がどういう状況であるのか、すぐに認知できなかったが、だんだんと記憶が結びついてくる。

 

 そうだ……。

 数日間にかけて、モイラ、そして、ゼルの拷問を受け……。

 そして、ルカリナの隷属を譲渡させられ……。

 ああ、どうしても、拒否できなくて……。

 それで、咄嗟にロクサーヌ自身がルカリナの奴隷になることを要求し……。

 

「大丈夫、か? 数日、食べてない……。とりあえず、温かいスープを胃に……。水でも、なんでも……ある」

 

 すると、ルカリナに声を掛けられた。

 視線を向けると、素肌に胸巻きと半ズボンだけのルカリナが、盆に載せたスープ皿を運んできた。

 寝台の横の台に置き、ロクサーヌが寝台の上で食事ができるように、寝台用のテーブルを整えてくれた。

 上体をあげようとした。

 すると、ルカリナが背中に手を回して、身体を起こしてくれた。

 

 上半身にかかっていた掛け布が剥がれ、ロクサーヌの肌が露出する。

 どうやら、なにも身につけてなかったみたいだ。まだ、掛け布の下にある下半身についても、下着一枚身につけてない気配である。

 いずれにしても、身体が怠い。

 この数日で何十本のポーションを飲んだのだろう。

 傷ついた身体も直っているし、体力も戻っているはずなのだが、無理矢理に回復させられた後遺症なのか、異常に身体が怠い。

 

「とにかく、食べる……。考えるのは、その後……」

 

 ルカリナがロクサーヌの前に湯気の出ているスープを置いてくれた。

 スプーンを手に取ろうとして、ロクサーヌは思い出して、くすくす笑ってしまった。

 

「思い出したけど、どうして、あなたがわたしの世話をしているの、ルカリナ……? あっ、いえ、ルカリナご主人様」

 

 ロクサーヌはちょっとお道化て言った。

 拒みきれずに、ゼルにルカリナの隷属を譲渡したものの、ロクサーヌをルカリナに隷属させることで、結びつきを確保することができた。

 咄嗟の思いつきだったが、魂の契約とも称する破ることのできない盟約でロクサーヌとルカリナの関係は、以前よりも堅固に保持されることになったといっていい。

 隷属関係は逆転したが、ロクサーヌにはそれに不満はない。

 大切なのは、ロクサーヌとルカリナが離れない関係であることであり、どちらが主人で、どちらが奴隷かということについては、なんのこだわりもない。

 

 それはともかく、あのゼル……。

 奴隷扱いしないと口にしながら、ルカリナに与えた“命令”は、一般的な奴隷縛りそのものだった。

 あれは、あの男の心の中で矛盾をしたりしないのだろうか……。

 

「いいから、飲む。その後、説明、する」

 

 ルカリナがロクサーヌにスプーンを持たせた。

 ロクサーヌは、ルカリナの言葉に従い、大人しくスープを口に入れていく。とても美味しいだけでなく、ひと口、ひと口とどんどんと身体の芯に力が入っていく感覚も襲う。もしかしたら、薬草のようなものも混ざっているのかもしれない。

 

 スープだけの食事をしながら、改めて部屋を観察する。

 部屋には、寝台がふたつあり、左右の壁につけるように、それぞれ置かれていて、ロクサーヌはその一方に横になっていた。

 寝台と寝台の真ん中には、ソファーセットとテーブルもある。

 扉はひとつ。また、扉から見て奥側には、小部屋が幾つか連接されていて、そのひとつは小さな厨房みたいだ。

 このスープもそこで作ってくれたのだろう。

 

 スープを口にしながら、ルカリナに訊ねると、ほかの小部屋には衣装室と浴室だという。

 排便用の壺も浴室側にあり、至れり尽くせりみたいだ。

 この部屋だけで、ロクサーヌたちの生活は完結するようになっているといっていい。

 

「欲しいもの、一日一度、モイラか、その部下に、頼む機会、ある……。翌日までに大抵、持ってくると、言ってた。だけど、ここから出ない、命令、受けてる」

 

 ルカリナが言った。

 つまりは、豪華ではあるが、ここもまた牢のようなものということだろう、ロクサーヌとルカリナがここから出ないように命令をされているということは、つまりは、監禁されているのと、まったく同じ意味になる。

 

「ごちそうさま、ご主人様」

 

 ロクサーヌは空になった皿をルカリナに手渡す。

 正直、ぞくぞくする。

 ルカリナがご主人様……。

 悪くない。

 ゼルの思惑に嵌まってしまったのは気に入らないが、ロクサーヌとしては、ルカリナさえいてくれれば、それでいい。

 もう、それだけでいい……。

 すると、皿を横の台に移動させ、ルカリナがロクサーヌの顔に、密着するように自分の顔を寄せた。

 

「……多分、見張られてない……。隷属で縛ってると……思い込んでいる。廊下に見張りさえ、いない。鍵もない……。逃げられる」

 

 ルカリナは耳元でささやいた。

 ロクサーヌは怪訝に思った。

 

「なに言ってるの、ルカリナ……。わたしはあなたの奴隷で、あなたはゼル様の奴隷になって、逃亡禁止の命令を受けて……」

 

「いや……。違う」

 

 ロクサーヌの言葉を遮って、ルカリナがロクサーヌの下半身にかかっていた掛け布を引き剥がす。

 ロクサーヌの下腹部が露わになり、そこには隷属の紋様がくっきりと存在していた。

 だが、それにルカリナが手をかざした。

 次の瞬間、紋様が消滅して、なにもない肌になった。

 ロクサーヌは目を丸くした。

 しかし、すぐに紋様は元通りになった。でも、どうして、一瞬消滅? そういうことがあるの?

 驚いて、ルカリナを見る。

 すると、ルカリナがにんまりと微笑んだ。

 

「……誰にも教えてない……。あたしの固有魔道……。魔道がかかっていると……見せかけること、できる。ばれたことない。元々、隷属にかかってない……。そう思い込んでいただけ。そういう固有魔道。だから、あの盟約は無意味……。実際に結ばれてない……。それも、あたしの、固有魔道による、思い込み……」

 

「ええっ?」

 

 ロクサーヌは大きな声をあげかけ、ルカリナに口を手で塞がれる。

 とにかく、改めて訊ねた。

 それによれば、このルカリナには、実際にかかっていない魔道をかかっているように見せかける固有能力があるらしく、それを使って、これまでずっと隷属魔道がかかっているように見せかけていたということだ。

 しかも、どんな高位魔道遣いでも、あるいは、鑑定術でも、鑑定用の魔道具でも、誤魔化せるのだという。

 その能力を遣って、ずっとロクサーヌに隷属しているように見せかけていたが、実際には奴隷ではなかったそうだ。

 従って、ロクサーヌがルカリナの隷属をゼルにうつしたのは、そもそも成り立たず、それを前提にした魔道盟約も無効なのだという。

 ロクサーヌは、あのとき、確かに心臓を締めつけられるような感覚を覚えたが、あの現象自体も、ルカリナの固有能力の一種という説明だ。

 ロクサーヌは唖然としてしまった。

 

「つ、つまり、もしかして、あなたって、一度もわたしの奴隷じゃなかったの?」

 

「ローヌの責めなんかで、屈服なんて、しない。可愛い責め、だった。もっと苛められても、いい」

 

 ルカリナが悪戯っぽく笑った。

 ロクサーヌは呆れてしまった。

 ずっと、騙されていたのか……。まあ、騙すというのとは違うとか……。隷属にかかっている素振りで、ずっと命令に従っていただけか……。

 まあ、実際、ロクサーヌがルカリナに隷属効果を使って、なにかをさせたことなどほとんどないのだが……。

 

「……だから、逃げられる……」

 

 そして、ルカリナが真剣な顔に戻った。

 なるほど、そういうことか……。

 だが、ロクサーヌは首を横に振った。

 

「だったら、これからも、ずっと嘘を……。決してばれないように……。そして、機会を待ちましょう。もしも、逃げても必ず、ゼル様には捕まる……。捕まれば、今度こそ、本物の隷属を掛けられるわ」

 

 ロクサーヌは言った。

 それが最善策だと思う。

 ゼルは、ロクサーヌの予知夢に執着している。逃がすわけがない。

 あのモイラひとりでさえ、ロクサーヌとルカリナでは出し抜けないだろう。ほかにもゼルには、多くの能力者の部下を抱えている気配だ。

 

 そして、ロクサーヌは、まだゼルに教えてない、これからの未来を考えた。

 カートン公とビンス公で争っていた次期後継者争いは、そのいずれでもなく、ゼルが後継者の地位を得ることになる。

 しかし、そのゼルの大公としての期間は短く、ロクサーヌが次ぐことになる。

 そして、ロクサーヌは民衆に殺されるのだ。

 

 ロクサーヌの見る予知夢は、いままでのところ、ロクサーヌがなにもしなければ、予知夢の通りになり、予知夢の通りの未来を回避するようにロクサーヌが動けば、未来は変わることが多い。

 つまりは、なにもしなければ、少なくとも二年以内には、ゼルもまた失脚する。

 そのときには、ロクサーヌも、ルカリナも、誰の奴隷でもなかった。それだけは確かだ。

 だったら、まずはゼルの支配から脱出できるのを大人しく待つ……。

 これがもっとも確実だ。

 その後、ロクサーヌとルカリナの不幸な未来を回避するように動けばいい……。

 

「ロ-ヌに、従う」

 

 ルカリナが頷いた。

 

「ごめんなさい。あなたにも我慢させることになるわ。だけど、しばらくの辛抱よ。だから、ルカリナも、ゼル様の命令には従う振りをして。わたしに容赦なく命令してちょうだい。わたしも逆らえない振りをするから……」

 

 ロクサーヌは言った。

 すると、ルカリナがちょっと思い出すような表情になった。

 

「ああ、だったら、命令、受けてる。ローヌを一日以上、愛する。絶頂させて予知夢を見させる……。今日中にも一回……。だけど、そろそろ夜明け。命令の一日が終わる」

 

「えっ?」

 

 ロクサーヌは訝しんだ。

 そして、もう一度説明してもらう。

 ルカリナの説明は辿々しいが、やっと理解できた。

 ロクサーヌがルカリナの隷属に入ったことになった後、ロクサーヌは気絶したようだが、ルカリナはゼルから、ロクサーヌと一日一回以上愛し合い、予知夢を見させて、その内容を伝えるように“命令”されているという。

 しかも、その一日一回には、ロクサーヌは気を失ったときから数えるため、その日も含まれるのだそうだ。

 だが、ずっとロクサーヌが起きなかったので無視してたが、もうすぐ、次の一日が開始されるらしい。

 一日の終わりと、次の一日の始まりは、通常、日の出をもって数える。

 窓がないのでわからないが、もうすぐ日の出の時間という。

 ロクサーヌは、半日近くも眠っていたようだ。

 適当な出任せを教えることもできるかもしれないが、それは実現しなかった場合に悪手だろう。

 

「だ、だったら、すぐに……。お願い、ルカリナ」

 

 ロクサーヌは慌てて言った。

 すると、ルカリナが笑った。

 

「わかった。じゃあ、股を開いて。自分の足首をそれぞれ持つ。離しちゃだめ。命令」

 

 ルカリナがほくそ笑むような表情で言った。

 そして、寝台にあがってくる。

 

「命令……ね」

 

 本当に隷属していれば、ロクサーヌの意思に関係なく、身体が動く。

 だが、それはなかった。

 本当に、ルカリナの固有能力で見せかけているだけみたいだ。

 ロクサーヌは、自分の意思で、左右の足首をそれぞれの手で掴んだ。

 すると、ルカリナに軽く肩を押されて、仰向けにされた。ロクサーヌは大きく股を開いて上を向く体勢になる。

 

「あんっ」

 

 思わず身悶えた。

 

「ふふふ、もう濡れてる……。ローヌはマゾ……だな」

 

 ルカリナがロクサーヌの股間に顔を密着させた。

 そして、舌を這わせてきた。

 

「あ、ああっ、ル、ルカリナ……、そ、そんなこと……。あっ、おかしくなる──」

 

「おかしく、なっていい。ローヌはただ悶えるだけ」

 

 ルカリナが顔を離して言った。

 だが、局部に密着しているので、ロクサーヌの敏感な場所にルカリナの息がかかる。

 それさえも感じてしまう。

 ルカリナは、すぐに舌責めを再開する。

 

「ひあっ、あっ、きあっ、ああっ、お、おかしく、なる──。ああ──」

 

 ルカリナは執拗にロクサーヌのクリトリスを舐めあげてくる。

 あっという間に快感がせり上がり、電撃が走ったかのように、ロクサーヌはがくがくと全身を痙攣させた。

 だが、いきそうだと思ったところで、急に焦らすようにルカリナの舌が緩慢な動きに変化した。

 

「ひあああっ、それだめええ──。焦らしちゃやああっ」

 

 ロクサーヌは悲鳴をあげて、身体をのたうたせた。

 すると、ルカリナがゆっくりとロクサーヌのクリトリスに舌を動かしながら、くすくすと笑い声をあげた。

 

 

 

 

(第17話『ある少女公主の物語(2)』終わり、『3』に続く)






 *

【作者より】
 ルカリナの固有能力の描写は、「654 顔を隠す女(その2)」に登場済みです。
 一応念のため……。


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 第18話  ある少女公主の物語(3)─【15歳】
995 第二継承順位者【15歳】


【カロリック公国勢力図(2)】


【挿絵表示】



 *




 ロクサーヌがあてがわれているのは、宰相政務室と呼ばれている部屋だ。

 机の上は書類で溢れていて、さらに別の大きなテーブルには、業務の種類別に区分された書類の山が積みあがってもいる。

 ここで、ひとりで書類と戦い続ける。

 十数人いるばずの同僚もいない。だから、その十数人分の仕事をたったひとりでこなす。

 

 当然に仕事が回るわけもない。

 恒常的な業務だけでも遅れがちだ。

 だが、うまくいかない政策運営への不満は、それをあてがわれているロクサーヌに集まる。

 ゼルの養女にして、かたちだけの第二継承順位者だから、要職についているだけの無能だと、大公宮のあちこちで蔑まれているのも知っている。

 

 好きでやっているわけじゃない。

 実務のできる部下が周りにいないゼルに、「命令」されて、「全力」を尽くしているだけなのだ。本当なら投げ出したい。誰が理不尽な無能呼ばわりされながら、激務だけを与えられたいか──。

 ゼルが「大公代理」として事実上の大公位になってから一年足らず──。

 それが、いまのロクサーヌの状況だ。

 

 ロクサーヌは、呼び鈴を鳴らした。

 しばらくしてから、政務官室付の部員の若者がふたり入ってきた。

 

「処置の済んでいる書類を各部局に回してください。こちらに部門別になっています」

 

「ああ、これですね」

 

 ふたりがロクサーヌが準備した書類の束を手に取る。

 部屋に入ってきたとき、ふたりの息が軽く酒臭かった。昼間から待機室で酒盛りでもしていたのかもしれない。

 不謹慎とは思うが、いまの大公宮はそれを容認する雰囲気がある。

 本当は、彼らのような者をうまく使えば、もう少し業務は進む。だが、ロクサーヌにはその気もないし、正直に言えば、業務が停滞して、ゼルの政権が危うくなれば、それはロクサーヌの望むところである。

 

「ところで、昼食が届いていません。担当従者に伝えてもらえますか」

 

 出ていこうとする二人にロクサーヌはさらに声を掛ける。

 昼食を食べにいく余裕はないので、大抵はここに運んでもらうのだが、政務官室を担当している女従者はしばしば、それを忘れるのだ。

 今日も、本来昼食を運んでくる時間はかなり過ぎているが誰も来ない。

 

「ああ、来てませんか。わかりました。会ったら声を掛けておきましょう」

 

 ひとりがそう応じ、ふたりが退出していく。

 ロクサーヌは小さく嘆息した。

 会ったら伝えるではない……。伝えよと指示をしたのだ。まあ、おそらく、伝言をするつもりもないのだろう。

 まあ、いつものことだ。

 ロクサーヌは、部屋に設置してある茶器室で自ら茶を入れると、政務に戻った。

 

 ともかく、朝から晩まで、こうやって働き詰めになって、この大公宮で書類仕事をこなす。

 寝るのもここだ。だが、予知夢を見るために、この仕事場の一角で性的嗜虐も強要される。

 このところ、ずっと続いているロクサーヌの生活だ。

 もっとも、予知夢を見るには、相手がルカリナでなければならないということになっているので、そのときだけは、ルカリナを返してくれるので嬉しい。ルカリナとの破廉恥な行為は、いまのロクサーヌには救いだ。

 ただ、色々あって、日中の時間はルカリナは、大公代理のゼルの護衛をしていて、ルカリナはそばにはいない。それはとても寂しい。

 しかも、護衛任務は夜まで続くこともあり、そんな日はルカリナに会うこともできない。

 ゼルは、自分に隷属している──と思っている──ルカリナ以外の護衛はあまり信用しておらず、ルカリナを護衛として拘束する時間は格段に長い。

 ロクサーヌは寂しく思っている。

 

 ロクサーヌに与えられている大公宮における役職は「政務次官」である。

 宰相に直属する文官が政務官と政務次官であり、政務次官は本来は、数名いる政務官の指示に従って業務をするはずの役職なのだが、いまは、本来の政務官と政務次官がことごとく、粛正されるか、自ら下野してしまっていた。抜けた穴には、ゼル大公代理が獣人の解放を訴えた「人道宣言」の一環として、政務官や政務次官に獣人族が抜擢されたのだが、その彼らもいつの間にか、なぜか登庁しなくなり、いまや、ゼルの指名した新宰相とロクサーヌだけが、宰相業務を支えている状況である。

 

 しかも、その新宰相も、ロクサーヌに言わせれば、ゼルの獣人解放宣言に迎合しているだけの小者であるが、彼もまたほぼ業務をしないので、実際の業務は、ロクサーヌひとりに集中することになる。

 だが、ロクサーヌは、自分でも思ってもみなかったが、文官としての才能があったらしく、なんとかそれなりに、業務はかたちにしている。ただ、さすがにロクサーヌも、その場その場をしのぐだけで、中長期的視野による政策運営など不可能だ。

 

 そもそも、十五歳になったばかりのロクサーヌに、公国の中枢に関わることを一手に任せている状況は、ちょっと怖さもあるが、ゼルは気にしてない。

 業務が回っていればいいだろうという感じであり、いまの状況を問題視している気配はない。

 いや、正直、こうやって大公宮の業務に関わってくるようになると、施政者としてのゼルの手腕には、疑念も感じるようになっている。

 もっとも、この危うさについて、ロクサーヌはなにも言わない。主張するつもりもない。

 ゼル政権の傾きは、ロクサーヌの望みなのだ。

 失敗すればいい。

 崩壊すればいいのだ。

 そうすれば、ロクサーヌもルカリナも自由になれる。

 ロクサーヌは、いまは淡々と仕事をこなしながら、そのときがくるのをじっと待っている。

 

 ともかく、彼は、いわば、既存のものを毀すことには才能を発揮する「破の人」ではあるが、「護りの人」ではないのかもしれない。

 ロクサーヌは、一年程前には、大公弟の娘としてかなりの高等教育を受け、さらに元気な頃の現大公の外政に随行などをしていたとはいえ、まったくの素人に近いのだが、一年も政務の中心で業務をしていると曲がりなりにも、わかってくることもあるのだ。

 いずれにしても、こういう状況を生んでいるのは、すべてゼルという極端な改革者の作ったことである。

 

 一年前、当時、次期大公を争っていたカートン公とビンス公、そして、それぞれの支持者を謀略によって一気に暗殺すると、ゼルは瞬く間に、カロリック公国の事実上の最高権力者の地位に昇ることになった。

 現大公は、病床のまま身体を起こすことのできなくなっているが、いまのところ、まだ死んでいないので、ゼルはまだ「大公代理」という役職ではある。

 だが、実際的には、ゼルは大公という最高権力者だ。

 

 おそらく、現大公は近いうちに、ゼルに正式に大公位を譲位するか、あるいは、無理矢理に崩御させられるだろう。

 ゼルが現大公を殺さないのは、すでになんの力もなく、無害であるからにすぎない。もしも、現大公をなんらかの政治的利用をする勢力が現れれば、ゼルは躊躇なく、「処分」すると思う。

 ただ、ロクサーヌのみるところ、病床の現大公をなにかに利用するには、彼があまりにも弱りすぎている。

 ゼルがまだ、現大公を処分していないのは、一応は父親のビンスが死去して一年経たないと戴冠式の慶事ができないので、喪が明けるまで、残しておいてもいいかの気儘の範疇でしかない。

 

 一年前、ゼルは、大公代理として最高権力者に昇りあがると、「人道宣言」と発表し、獣人族に制限されているさまざまな自由を解放することを宣言した。

 まずは、獣人族の居住地域の自由解放、公職の解放などだ。

 さすがに、大きすぎる改革には反対も多かったが、その反対派が次々に「事故死」あるいは「自殺」していくと、表立って反対の声をあげる者はいなくなった。

 大公宮の政務官などに、獣人族があてがわれたのも、この頃である。

 

 だが、実際には、十分な教育を受けておらず、経験も不足する獣人族たちが、急に公職で能力を発揮するには無理があり、公職解放は早々と頓挫した。

 しかも、政務関しては素人同然の彼らなのだが、ゼルという最高権力者の後ろ盾をもらい、大公宮に入ってきた獣人たちは、元からの人間族の役人たち敵視して、かなり尊大に行動していた。

 奴隷のような身分差別に遭っていた者たちとはいえ、決して従順でもなければ、大人しくもなく、賤民扱いから解放されたことに対して感謝もしていなかった。

 あちこちで衝突が起こり、ゼルは獣人の肩を持った裁定することが多く、もともとの人間族の役人たちは、理由をつけて大公宮から離れてしまった。

 残ったのは、能力はないが、権力の甘い汁を吸いたい腐った役人たちばかりだ。

 

 その結果、あっという間に実質的な人手不足に陥り、そのときには、ゼルの養女として大公宮内に生活の場を移していたロクサーヌは、ゼルの命令で、まずは手紙の処置などの簡単な仕事をあてがわれ、すぐに外交文書や治政に関わる書類に触れるようになって、ロクサーヌが文官としてそれなりの能力があることがわかると、政務次官として、職務を与えられてしまったということだ。

 

 また、それが大公宮で受け入れられたのは、ロクサーヌの立場の背景もある。

 なにしろ、一年前は、大公家の一族としては、傍系側の妾腹でしかなかったロクサーヌだが、予知夢の能力欲しさに、ゼルが強引に養女としたことにより、まだ婚姻をしていないゼルの唯一の子になったのである。

 だから、大公位継承者順位は、事実上の大公である代行代理のゼルが第一位であり、ロクサーヌは継承順位だけは、第二位になったというわけだ。

 ならば、十五歳になっているロクサーヌが中枢政務に関わるのは、まったく不自然ではない。

 

 一方で、公職以外でも、公国内での混乱は続いている。

 解放された各種の職域を獣人族たちがうまく行うことは難しく、現実的には獣人族の自由拡大には繋がっていない。

 むしろ、獣人族たちの居住地域として固定されていた「コロニー」が施策として解体されたことで、獣人族たちが都市部に流入し、しかも、彼らは固定した職を持たないため、都市部の中で無法人になるしかなく、治安が悪化し、人間族の獣人族に対する忌避感は一気に増大する結果となった。

 地域によっては自治として、流入してくる獣人たちに暴力を与えるところもあるようだ。

 逆に、これまでコロニーに分かれていたとはいえ、それなりの秩序を保っていた人間族と獣人族の関係は悪化し、獣人族が暴力の対象になっているのである。

 

 しかも、コロニー解体のあおりを受けた力のない獣人族たちは、居住域とともに保証されていた職まで失う者も多く、公国の獣人解放の新政策には、反対している者が大半みたいだ。

 要するに、獣人解放はうまくいっていないのだ。

 これもまた、現実なのである。

 ロクサーヌは、「政務次官」として職務を任せられるようになり、あがってくる報告などに接することで、そういう「現実」も目の当たりにするようになった。

 はっきりと言えば、ゼルの突然の「人道宣言」は、かなりの失政として、公国全体でうねりのような悪評を生んでいる。

 

 だが、そんな情報はロクサーヌは、ゼルには伝えない。また、ほかの者もゼルにあげることはない。そんなことをして、政務を正しく支えようという気概の者は、いまはいない。

 ゼルは多分、一度に多くの殺しすぎたのだ。

 

 とにかく、ロクサーヌがゼルに公国の危険な傾きを伝える義務はないし、それをどうしようとも思わない。

 ロクサーヌはするのは、与えられていることは最小限はするが、積極的にはなにもしないということだ。

 なにもしなければ、ルカリナはロクサーヌに戻ってくる。

 なにもしなければ……。

 

 そのときだった。

 

「ひゃん」

 

 突然に、身につけさせている股間の革帯の内側が振動を開始した。

 誰の悪戯かもわかっている。

 ゼルのいまの「恋人」であるエルヴェラ夫人だ。

 

 十日前から彼女から渡されている帯状の革下着であり、内側には無数の突起があって、強く締めつけて装着しているので、その突起がクリトリスや陰部の入口、お尻の穴にしっかりと喰い込みぎみに当たっているのである。

 一応は、小尿だけはできる構造にはなっているので、装着前に厠が終わってから嵌めれば、なんとかなるが、油断すれば突起が敏感な場所を擦って、邪魔で仕方がない。

 しかも、大公宮内ならエルヴェラ夫人が持っている操作具で、こうやっていつでも振動させることができる仕掛けになっている。大公宮内限定の魔道具なのだ。

 最初の数日は、面白がって、数瞬置きに振動をさせられて、そのたびに悶えてしまって始末に終えなかったが、このところ飽きたのか、かなり振動の間隔が開くようになっていた。

 今日など、ずっと振動はされてなかったが、久しぶりに動かされて、思わず声をあげてしまった。

 ロクサーヌが業務の際に、人を近づけさせないのは、こういうこともあるからである。

 

「くっ、くくく……」

 

 ロクサーヌは、椅子に座ったまま、両手でスカートの上から股間を押さえて、振動が収まるのを待つ。

 そして、とまる。

 ほっとしたのも束の間、再び、動き出した。

 

「あくっ」

 

 脱力していた身体をまた硬直させて、机に突っ伏す。

 同じことをもう一度やられた。

 連続三回の長目の振動──。

 

 呼び出しだ。

 

 ゼルの新しい恋人になったエルヴェラ夫人には、ゼルの手配で王宮内に客室を与えられている。

 最初に、この革帯の下着を渡されたとき、幾つかの「合図」を教えられたが、呼び出しの合図もそのひとつだ。

 これをされた場合は、半ノス以内にエルヴェラ夫人のところに行かなければならない。

 それを怠れば、最大出力で連続振動ということになっているのだ。

 まったく、業務の邪魔だというのに……。

 

 しかし、エルヴェラ夫人の「命令」に逆らって、勝手に帯下着を外すことはできない。

 彼女に「命令」をされているのは、朝、業務を開始するまでにこの革帯を直接に股間に喰い込ませ、夜の就寝前まで勝手に外さないことだ。身体を洗うときには、外していいことにはなっている。

 これに逆らうことはできない。

 ロクサーヌは、ゼルからすれば、ルカリナを通じて、隷属の命令は効くことになっていて、そのゼルが「ロクサーヌはエルヴェラ夫人の言葉に従わなければならない」という命令を与えているのだ。

 もしも、ロクサーヌが革帯装着の命令に背けば、ゼルにロクサーヌが、本当は隷属などかかっていないことが暴露されてしまうのだ。

 

 鈴を鳴らす。

 ちょっと経ってからやってきた部員に、エルヴェラ夫人のところに向かうことを告げて部屋を出る。

 ゼルの愛人として滞在している彼女が、しばしばロクサーヌを呼び出すのは、いつものことなので、その部員も慣れたものでなにも言わない。

 そして、多分、要件もわかっていると思う。

 ロクサーヌが、エルヴェラ夫人の性的調教を受けていることは、公然の秘密のようになっていて、そういう呼び出しであることを見抜いている気配だ。

 

「わかりました。ごゆっくり、ロクサーヌ様」

 

 その部員もにやにやと好色そうな顔を向けてきた。

 

「ええ……、くっ」

 

 いきなり、クリトリスに当たっている突起が激しく振動をした。

 呼び出しの「合図」の後で、悪戯を与えられることを予想していなかったロクサーヌは、備えてなく、思わず露骨によがってしまった。

 

「おや、どうしました?」

 

 やはり、「調教」を受けている立場であることを知っているのだろう。

 目の前の部員の顔が好色に染まるのがわかった。

 しかし、手は出さない。

 以前に、ロクサーヌに露骨に迫った男の部員がいたことがあったが、ゼルの知るところになり、怒ったゼルによって、その日のうちに首を切られたことがあったからだ。

 比喩的表現ではない。

 言葉のとおりに、斬首されたのだ。

 

「な、なんでも……ありません……」

 

 すぐに振動はとまる。

 ロクサーヌは、エルヴェラ夫人が寝泊まりしている客室に急いだ。

 そのあいだも、短いが強い振動をたびたび受け、そのたびに、ロクサーヌは大公宮の廊下で身体を硬直させるということしてしまった。

 

 ともかく、なぜ、エルヴェラ夫人がこんなことをロクサーヌ相手にするのかというと、ゼルがそれを許すからだ。

 ロクサーヌが予知夢を見るのは、ルカリナを相手した性愛による性的興奮の際だというのは、ゼルは完全に認識している。

 だから、どうにか、ルカリナ以外が相手のときにも、予知夢を見れないかと、ゼルは時折、ほかの女にもそれを試させるということする。

 

 最初は、モイラという女工作員──。

 次いで、チムルという一年前まで、ゼルの恋人だった獣人女性──。

 チムルを遠ざけてから、ゼルは近寄ってくる女を次々に抱くようになったが、エルヴェラ夫人は、ゼルの「恋人」と認識されるようになった人間族の女性だ。

 そのエルヴェラ夫人もまた、今回「試し」をすることになり、モイラ、チムル、に次ぐ、三人目の試しの相手になったということだ。

 いまのところ、彼女たちを相手に強要される「調教」で深い絶頂感に襲われても、予知夢は見ることはない。

 ただ、エルヴェラ夫人は、これまでの試しの中でも、もっとも積極的であり、ロクサーヌが「マゾ」の性癖だということを認識すると、こうやって日中の時間を使っても、ロクサーヌを調教するようになった。

 ゼルには、そのうちにロクサーヌを堕してみせると豪語しているようだ。

 

 一応は、ゼルは、ロクサーヌの予知夢の秘密をエルヴェラ夫人に語るにあたり、得た知識を誰かに喋れないという魔道盟約を結ばせたみたいだが、それでも、予知夢のことを簡単に誰かに喋るなど、最高権力者になったゼルは、用心深さを忘れてしまった感がある。

 そもそも、ロクサーヌが「マゾ」の性癖であるなどと、べらべらと愛人に教えてしまったことも、迷惑極まりない。

 ロクサーヌは、マゾかもしれないが、それはルカリナ専用だ。

 本当は、苛められたいのは、ルカリナだけなのだ──。

 

 いずれにしても、ゼルは変わったと思う。

 ロクサーヌは当時は知らなかったが、一年前にふたりの競合相手を派閥ごと抹殺してまで、次期大公の地位を手に入れようとしたのは、愛人だった獣人女のチムルのためだったそうだ。

 しかし、そのチムルをあっさりと遠ざけた。

 まあ、それについては、ロクサーヌが関与していたというのは間違いないのだが……。

 

 そして、新たに恋人になったのが、エルヴェラ夫人というわけだ。

 ゼルが大公代理となってから、夜会で知り合ったらしく、独身だが自身が中級貴族の地位を持ち、もともと、派手な外観の美貌と巧みな会話で有名な女性だったらしい。

 だが、以前からの獣人女性のチムルを遠ざけたゼルは、夜会で誘惑されて、あっという間に夫人が気に入り、すぐにそばに置くようになったという。

 ただ、年齢は三十を超えているということであり、ゼルよりも十歳以上の年上ではある。

 噂によれば、デセオ公国の娼婦あがりということであり、抜群の性技でカロリック公国の重鎮たちが幾人も彼女の虜になったそうだ。

 そして、ゼルもまた、彼女に墜ちてしまったということだ。

 しかし、ゼルの前に現れたタイミングを考えると、もしかしたら、ゼルの獣人解放施策を嫌う旧勢力が送り込んだ色仕掛けの刺客ではないかと勘ぐりたくもなり、なんとなく、胡散臭さも感じるが、まあ、それも知ったことではない。

 だが、こうやって、やたらに、ロクサーヌに関わってくることだけは、閉口ものだ。

 

「うっ」

 

 何回目かの革帯による翻弄に遭いながらもやっと、エルヴェラ夫人の部屋の前に到着した。

 護衛が五人ほど立っていて、取り次ぎを頼んだ。

 ただ、護衛が五人とは、随分と厳重な警戒なのだなとは感じた。

 許されて部屋に入る。

 

「あら、やっと来たわね」

 

 そこには優雅な雰囲気でテーブルに向かって、お茶を愉しんでいるエルヴェラ夫人がいた。

 驚いたことに、そこには、ゼルもいて、ふたりが向き合ってお茶を愉しんでいるところだった。

 それはともかく、ゼルも一年前に比べれば、かなり太ったと思う。研ぎ澄まされたような鋭さもない。

 権力の座がそうしてしまったのだろうか……。

 まあ、それもまた、どうでもいいが……。

 

 また、ゼルの少し後ろには、武具を身につけて彫像のように立っているルカリナもいた。

 ルカリナは、ロクサーヌに接しても、まったく姿勢を変えず、目も向けない。もちろん、無表情だ。

 悲しいとは思うが、これは演技であることを知っている。

 ロクサーヌとルカリナの仲をゼルは承知しているが、なんとなくだが、ゼルはなるべく、ロクサーヌをルカリナから離したいと考えている気配なのだ。やっぱり、予知夢をもっと直接に利用したいようなのだ。

 ルカリナを隷属しただけでは、まだ足りないと思っているのだろうか。

 ともかく、引き離されることを警戒し、だから、話し合ってゼルの前ではなるべく親しくしないようにしている。

 

「ルカリナを残して、部屋の外に出よ」

 

 部屋には、ルカリナ以外にも五名ほどの護衛の衛兵がいたが、ゼルの指示で全員が外に出された。

 ロクサーヌ、ゼル、エルヴェラ、そして、ルカリナだけになる。

 

「ロクサーヌ、話がある」

 

 ゼルがふたりの前に立ったままのロクサーヌを見た。

 椅子もないし、座れても言われないので、このままなのだろう。

 

「待って、ゼル。わたしから話していいかしら」

 

「ああ、わかった」

 

 ゼルが鷹揚そうに頷く。

 すると、エルヴェラがなぜか、ロクサーヌの足もとの床にことんお茶受けの皿を置いた。

 そして、自分の目の前にあるお茶をとり、それを皿に向かって上から注ぐ。

 当然に、お茶は皿にも溜まるが、床にも飛び散って床に散らばる。

 

「えっ?」

 

 ロクサーヌは呆気にとられてしまった。

 

「実はねえ、あなたのお母さんになることになったわ。さっきプロポーズされたのよ」

 

 エルヴェラがにっこりと微笑んで言った。

 

「えっ……。あっ、いえ、おめでとうございます」

 

 慌てて言った。

 

「ありがとう。だから、つまりは、今日から、あなたの躾も世話も正式にわたしがすることになったの。なにしろ、お母さんなんだもの」

 

 エルヴェラが笑った。

 

「は、はい……」

 

 とりあえず、そう返事をした。

 

「だから、それを飲みなさい。あなたのお茶よ。こぼさないようにね。床に落ちたのも全部、舌できれいにするのよ」

 

 そして、エルヴェラが酷薄そうな笑みを浮かべながら言った。



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996 大公代理の婚約者

「だから、それを飲みなさい。あなたのお茶よ。こぼさないようにね。床に落ちたのも全部、舌できれいにするのよ……。もちろん、手は使わないのよ、雌犬ちゃん。命令よ」

 

 エルヴェラが酷薄な口調で言った。

 さすがに、この場で床に置かれた皿を舐めるのは躊躇する。

 だが、ゼルの眼がある。

 命令に逆らうわけにはいかないのだ。

 

 ロクサーヌには、ルカリナを“主人”とする隷属魔道がかかっていることになっていて、そのルカリナはゼルに隷属をしていることになっている。

 そして、ゼルは、ルカリナを通じて、ロクサーヌに、ゼルが口にするすべての命令に従うように命令をさせており、ゼルは、さらにエルヴェラの命令にも従えと、ロクサーヌに命令をしている。

 すべてはルカリナの欺編魔道であり、本当はまったく隷属は刻まれていないのだが、かかっているように反応しなければ、その事実がゼルにばれてしまう。

 

「う、うう……」

 

 ロクサーヌはエルヴェラの足元に跪いた。

 さらに口を近づける。

 

「待って」

 

 すると、エルヴェラが上から声をかけた。

 そして、驚いたことに、お茶が薄く注がれている皿をいきなり、靴のかかとで踏みつけた。しかも、さらに、皿の上のお茶で靴底を洗うような動きをする。

 ロクサーヌは呆然となった。

 皿にエルヴェラの靴底についていた土が混じる。

 そこに、もう一度、上からお茶を足された。

 

「美味しそうになったでしょう? マゾのお嬢ちゃん。お飲み」

 

 さすがに鼻白んだが、やるしかない。

 ロクサーヌは、諦めて皿の上に身を沈め、皿に口をつける。

 とりあえず、口でお茶をすすり、あとは舌で舐めていく。

 

「んふっ、ああっ」

 

 すると、股間の革帯がまたもや、強い振動を開始した。

 ロクサーヌはびくりと身体を硬直させてしまった。

 

「なにしているの。もっと、熱を込めて舐めるのよ。皿だけでなく、床にこぼれたものも舐めろと命令したでしょう」

 

「は、はい……」

 

 股間の振動に耐えて、床を舐める。

 

「今度はここよ」

 

 エルヴェラが自分の靴のかかとに、カップからお茶をかけて、足を組んで濡れた側の靴先をロクサーヌに向けた。

 仕方なく、一生懸命に舌先で靴を舐める。

 

「ゼル、やっぱり、可愛いわ。本当に好きにしていいかしら。前から、こんな可愛いペットが欲しかったのよ」

 

「好きにするといい。君の娘になる女だ」

 

 ゼルが笑って言った。

 

「嬉しいわ、ゼル。愛している」

 

 股間の振動に耐え、また、惨めさを感じながらエルヴェラの靴を舐め続ける。

 頭の上で、口づけの音がした。

 どうやら、テーブルに座っているゼルとエルヴェラがロクサーヌの上で唇を重ねたようだ。

 そのあいだも、ロクサーヌはひたすらエルヴェラの靴に舌を這わせる。

 

「ルカリナ、奥にボウルがあるから持っておいで」

 

「はい、エルヴェラ様」

 

 気配を消してゼルの後ろに立っているはずのルカリナにエルヴェラが声をかける。

 ルカリナの口調には、まったく感情がこもっていない。

 しばらくすると、ルカリナが戻ってきた。

 エルヴェラがルカリナが持ってきたらしい金属のボウルを床に置く。ボウルはかなり大きめのものであり、ロクサーヌの顔が全部埋まるくらいに大きい。

 エルヴェラが、そのボウルに手をかざした。

 すると、彼女の手の平から水が噴き出し、あっという間にボウルが満水になる。

 魔道だ。

 

「お前のために準備した飲み物よ。手を使っていいから、十を数え終わるまでに飲み干しなさい。ほら、命令よ。はじめ──。一……、二……、三……」

 

 いきなり、エルヴェラが数をかぞえだした。

 一瞬、呆気にとられたが、慌ててボールを手に取る。満水なのでかなり重い。

 とにかく、口をつけて急いで水を飲んでいく。

 

「ぶふっ、んぐっ」

 

 だが、途中でさらに股間に喰い込んでいる革帯の内側の突起の振動を強くされた。

 ロクサーヌは体勢を崩しかけるとともに、口に含んでいた水をボウルに吐き戻してしまった。

 結局、とてもじゃないが、十のあいだに水を飲み干すことはできなかった。

 エルヴェラが十を数えてから、かなり経って、やっとボウルが空になる。

 すると、やっと振動をとめてくれた。

 すでに、お腹が水で腹一杯だ。かなり苦しい。

 

「だめね。やり直しよ。はい、もう一度」

 

 だが、エルヴェラがロクサーヌがまだ持っていたボウルに手をかざし、再び満水にする。

 数をかぞえだす。

 ロクサーヌは涙目になりながら、ボウルの水を飲んだ。

 しかし、またしても、股間を途中で振動で刺激されて邪魔される。それでなくても、飲み終わらなかったと思うが、二度目も十のあいだには飲み干せなかった。

 

「駄目な子ね。もう一度よ」

 

 同じことをまたやらされた。

 またしても、駄目。

 

「次よ。今度こそ、成功しなさい」

 

 肩で息をしているロクサーヌの前のボウルをまたもや満水にされる。

 もう無理だ。

 ロクサーヌは首を横に振った。

 

「お、お許しを。もう、無理です」

 

「何度でも成功するまでやらせるわよ。命令よ、はじめ──」

 

 だが、容赦のなく再開を命令された。

 ロクサーヌはボウルを抱えて口をつける。

 やはり、無理だ。

 これまでで一番時間がかかったと思う。

 もう、ロクサーヌのお腹はかなり膨らんでいた。

 

「五回目ね。そろそろ、成功しないよ、死んでしまうわよ」

 

 エルヴェラが笑いながら、ボウルを魔道で水を満たしていく。

 

「無理です──。許してください」

 

 ロクサーヌは泣き出してしまった。

 

「五回目の挑戦をしなさい。命令──。はじめ──」

 

 だが、エルヴェラは愉しそうに笑うだけだ。そして、再開の命令を与えられてしまう。

 ロクサーヌは必死に水を飲んだ。

 確かに、いい加減に成功しないと、死んでしまう。そもそも、もう水は飲めない。

 懸命に喉を動かして水を飲む。

 

「んんっ」

 

 お決まりのように股間を振動されて妨害される。

 耐えて飲む。

 だが、胃から水流が逆流してきた。

 

「おええええ──」

 

 ロクサーヌはボウルに水を吐いてしまった。

 

「あらあら、吐いて許さないからね。六杯目にいくわよ。もっとも、その前に、その吐いたものも飲み干してからね」

 

 エルヴェラが口からだけでなく、鼻からも水を噴き出してしまったみっともないロクサーヌの姿に、手を叩いて笑った。

 

「ああ、お許しをおお、エルヴェラ様──」

 

 ロクサーヌは号泣してしまった。

 

「お母様と呼びなさい。その予定なんだから」

 

「お母様──」

 

 ロクサーヌはとにかく涙を流して哀願した。

 

「エルヴェラ、僕は行くよ。近いうちに婚約の手続きを進めよう。じゃあ、夜にでも」

 

 すると、ゼルが上機嫌の様子で立ちあがるのがわかった。

 

「わかったわ、では夜に……。ロクサーヌは、今日は、このまま借りていいかしら? それとも、どうしても、今日中にさせる仕事があるの?」

 

「問題ない。任せるよ」

 

 ゼルが部屋を出ていく。

 当然にルカリナもついていくが、ロクサーヌの横を通り過ぎるとき、一瞬だが、ルカリナがロクサーヌの肩を掴んで離した。

 たったそれだけのことだが、ルカリナの愛情を感じて、泣いていたロクサーヌは身体が熱くなる。

 一方で、エルヴェラは、ゼルが立ち去るのを椅子に座ったまま、顔だけを向けて見守っていたみたいだったが、ゼルが去り、外の護衛も遠ざかっていく気配がすると、ロクサーヌが抱えていた水の入ったボウルをすっと取りあげた。

 

「ふふふ、やっと行ったわね。本当に、あんたって、苛められるのがよく似合うわね。ぞくぞくするわ……。もういいわ。座りなさい、ロクサーヌ」

 

「えっ?」

 

 思わず、跪いたままエルヴェラを見上げてしまった。

 部屋には、もうロクサーヌとエルヴェラしかいない。

 ふたりきりだ。

 

「なに? それとも、もっと苛めて欲しければ、続きをしてもいいわよ。水飲みをまたやる?」

 

 エルヴェラが笑った。

 ロクサーヌは、急いで首を横に振る。

 よくわからない。

 許されたのか?

 

 とりあえず、おずおずと立ちあがって、さっきまでゼルが腰かけていた椅子に座る。

 だが、苦しい。

 また、水を戻しそうになった。

 

 ふとお腹を触ると、まるで妊婦のようにお腹が膨らんでいた。

 そして、急に尿意を覚えた。

 あれだけ水を大量に飲んだからだろうか。

 意識すると、もう我慢するのは難しい。

 ロクサーヌは手でぎゅっと下腹部をスカートの上から抑える。

 

「お、お母様……。あのう……。厠に行ってもよろしいでしょうか……」

 

 ロクサーヌはぐっと腿を密着させながら言った。

 必死に歯を喰いしばる。

 だが、おしっこがいまにも漏れそうで、脚が痙攣したように震えてとまらない。

 

「両手は背中で組みなさい。命令よ」

 

 だが、エルヴェラは聞こえなかったかのように、ロクサーヌの訴えを無視した

 仕方なく、両手を背中に回して、右手で左手首を持つ。

 

「あ、あのう、お母様……」

 

「エルヴェラでいいわよ。あんたの義理のお父さんと結婚する気なんてないから」

 

「えっ?」

 

 思わず、問い返した。

 だって、さっき婚約すると……。

 だが、なんとなくだが、エルヴェラのたったいまの物言いには、“あんたのお父さん”という呼び方をしたゼルに対する蔑みの口調が混ざっている気がした。

 

「それよりも、やっと、ふたりきりになったわね。なんだかんだと、少し前から、ずっとふたりきりになる機会を伺っていたんだけど、結構、あれが、ずっとくっついてきてねえ」

 

「えっ、“あれ”?」

 

 あれというのは、ゼルのことだろうか。

 だが、いままで知っているエルヴェラとは、まるで人が変わった感じだ。

 エルヴェラというのは、年齢こそ、ゼルよりも十歳も年上であるものの、ゼルにぞっこんであり、あのチムルという獣人女性をゼルが遠ざけてから、多くの貴族女性がゼルの寵愛を得ようと競う中、一番積極的に愛をささやいて、ゼルの心をものにした女性だ。

 少なくとも、ロクサーヌの認識はそれである。

 だから、ゼルを“あれ”呼ばわりするのは、信じられなかった。

 唖然として、エルヴェラを見た。

 思わず、一瞬だけ尿意さえ忘れたほどだ。

 

「そうよ。あれ……。ところで、あんたには、感謝しているわ。あのチムルという獣人女をあれから遠ざけてくれたことは、本当にありがたかったわ。それで一気にやりやすくなった。そもそも、どうして、急に獣人女を遠ざけたのか不思議だったんだけど、あんたの予知夢のことをあれに教えられて、合点がいったわ。あれは、あんたの予知夢をかなり重要視しているのね」

 

 エルヴェラが豊満な胸を揺すって笑った。

 

「あ、あのう……」

 

 どう応じていいかわからない。

 そもそも、どうして急に、ゼルの愛人にして、婚約者ともなった彼女がそんなことを言い出したのか……。

 

 また、チムルというのは、一年前までゼルの恋人だった獣人女性であり、魔道に長けた工作員だ。

 だが、ロクサーヌがある予知夢を告げたことで、ゼルは急にそのチムルを遠ざけてしまった。

 つまりは、チムルがある別の男に抱かれているという光景を予知夢で見たことを告げたのだ。

 それは事実であり、嘘は言っていない。

 ただ、その背景は喋らなかったし、内容を少し脚色した。

 ゼルに教えたのは、チムルが黒髪の男に寝台の上で抱かれている光景をロクサーヌが眺めていたという夢の内容だ

 ゼルは驚愕していたし、拷問まがいの訊問もされたが、ロクサーヌにはゼルに嘘を告げられない隷属がかかっていると信じているゼルは最終的にはそれを信じた。

 

 いずれにしても、権力者となったゼルは、かなりそれまでと人が変わったという評判みたいだ。

 ロクサーヌが耳にしているところによれば、大公代理となって権力と人望と財産を手に入れたゼルは、特に女性関係が華やかになり、次第に獣人女性のチムルを遠ざけて、別の女性たちとの逢瀬を繰り返すようになったそうだ。

 そして、ロクサーヌのその予知夢のことがあり、ついに恋人としての別れを告げたらしい。

 まあ、ロクサーヌの予知夢がチムルをそばから離すことのなにかの切っ掛けのひとつだったのかもしれないが、ロクサーヌとしては、ただそれだけでのことでと思いもする。

 その後、一気に華やかになったゼルの女性関係の末に、勝ち抜いたかたちなのが目の前のエルヴェラという女貴族なのである。

 

 それはともかく、ゼルに告げたとおり、ロクサーヌが見た予知夢は、黒髪の男に寝台で抱かれる獣人女のチムルの姿だが、ゼルに言わなかったのは、ロクサーヌはそれをただ眺めていたのではなく、同じように寝台に乗っていたのだ。

 しかも、裸で……。

 縄をかけられて……。

 いまでも、それを思い出すとどきどきする。

 そもそも、ゼルの恋人だった獣人女性とともに、同じ寝台でひとりの男に抱かれる?

 しかも、縛られて?

 その予知夢の中では、ルカリナがそばにいなかったので、ルカリナは予知夢を見ていない。

 多分、あれはかなり遠い先の未来だと思うが……。

 

「いずれにしても、さっきので確信したわ。実は、あんた、隷属にかかってないでしょう。下手くそ過ぎるのよねえ。本当に隷属にかかっていれば、あんな風に水は飲まないのよ。心では拒絶しながら、それでも手と口は勝手に水を飲むの。途中で吐き出しても、命令の解除がない限り、水飲みはやめないわ。あんたは下手くそ。あれは気がついてないけどね」

 

 エルヴェラが言った。

 

「えっ……」

 

 絶句した。

 あれは、ただのいやがらせではなく、ロクサーヌが隷属にかかっているかどうかを最終的に確認するための試し?

 背中に冷たいものが流れるのがわかった。

 

 だが、それよりも──。

 

「あ、あのう、お、お願いです。厠に……。厠に行かせてください──」

 

 ロクサーヌは声をあげた。

 もう限界だ。

 おしっこが漏れる──。

 

「ふふふ、だめええ──。あんたが可愛くて、苛めがいがあるというのは、嘘じゃなくて本当よ。まだ、我慢しなさい。ああ、言い忘れてたけど、さっきボウルから飲み続けた水は、ただの水じゃないわよ。利尿剤をたっぷり配合してあったの。それをあれだけがぶ飲みしたら、そりゃあ、おしっこしたくなるわよね。だから、まだ我慢しなさい。勝手に厠に行ったら、あれに、あんたたちが隷属かかってないってばらすからね」

 

「そんなあ……」

 

「なんて顔してんのよ。ばればれなのよ。あんたには、本当は隷属にかかってない。そうなんでしょう? そして、そうであれば、あのルカリナも実はそうなんでしょう? あれにばらしていい?」

 

 エルヴェラが意味ありげに微笑む。

 

「お、お待ちください。わ、わたしたちには、ちゃんと隷属魔道がかかっていて……。お疑いなら、どんな鑑定でも……」

 

「あーあ、そんな誤魔化しはいいから。多分、なにかの欺編をかけてるんでしょう? それがどんな方法だかわかんないけどね。だけど、本当はあんたらには隷属はかかってない。まずは、そこから話をしようか」

 

「……は、話とは……?」

 

 ちょっとだけ迷ったが、ロクサーヌは言った。

 それはともかく、尿意はもう限界だ。涙目である。

 ロクサーヌの全身には、脂汗が噴き出してきているのがわかった。

 

「わたしと取引きしようか? あんたたちは、あれを蹴落としたいんでしょう? 少なくとも自由になりたい。そうなんじゃない? 実を言うと、わたしの目的も同じところにあるんだよね」

 

 すると、エルヴェラがにやりと笑った。



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997 尿意と首輪

「わたしと取引きしようか? あんたたちは、あれを蹴落としたいんでしょう? 少なくとも自由になりたい。そうなんじゃない? 実を言うと、わたしの目的も同じところにあるんだよね」

 

 エルヴェラが言った。

 しかし、もうロクサーヌはのっぴきならない状況に追い込まれている。

 涙目で首を横に振る。

 

「あ、あの……。お話は、あとでお聞きしますから、か、厠に……」

 

 尿意の限界に陥っていた。

 もう、数瞬の猶予もない。

 利尿剤まで混ぜられていたらしい大量の水を飲んだ影響は、一気にロクサーヌに襲い掛かってきていた。

 

「ふふふ、本当に、あなたの困った顔は可愛いわねえ。あの獣人護衛が気に入るのはわかるわね。でも、だめよ。勝手に厠に行っても、我慢できなくておもらしをしても、あれに奴隷じゃないとばらすからね」

 

「そんなあ……。ああ、だめ……」

 

 ロクサーヌは必死に内腿を締めつけて尿意に耐えようとした。

 だが、そんなものでは、とてもじゃないがもちそうにないのは明白だ。

 とりあえず、ずっと後ろで握っていた両手を股間に持っていった。そこを押さえれば、少しは長く我慢できるかもしれないと思ったのだ。

 エルヴェラは、ロクサーヌの手が解かれたのを見て意味ありげに微笑んだ。

 後ろ手にしろという「命令」はまだ解除されていない。それにもかかわらず、ロクサーヌが勝手に後手を解いたことは、隷属がかかっていないというエルヴェラの言葉を認めたのも同じになるからだろう。

 だが、もう、ロクサーヌも嘘をつき通すのは断念した。

 

「やっと隷属がかかってないことを認めたわね。じゃあ、それがあれにばれたら、大変なことになることも理解してるわね? とにかく、あれも、最近は情緒不安定だし、あんたごとルカリナを激しく拷問するでしょうねえ。今度こそ、隷属をさせようと思ってね。まあ、奴隷解放主義をうそぶくわりには、身の周りを奴隷で固めようとするのは、理解できないけどねえ」

 

「お、お願いします……。見逃してください」

 

「取引に応じるわね?」

 

「と、取引きというのは……?」

 

「まだ、それを知る必要はないわ。あんたが知る必要があるのは、取引きに応じると答えなければ、あれに、わたしがあんたらが隷属にかかっていないことを暴露するということよ。それで十分でしょう? さあ、答えは、“はい”? それとも、“いいえ”?」

 

 エルヴェラが椅子の背に背もたれるようにして脚を組んだ。

 尿意がいよいよ迫ってきていた。

 ロクサーヌは、全ての気力を注ぎ込んで耐える。

 

「お、応じます……」

 

 それしか答えようがない。

 なにを要求されるかわからないが、確かにほかに選択肢はない。

 

「じゃあ、その場で服を脱ぎなさい。下着を含めて全てよ」

 

「えっ?」

 

 思わず問い返してしまった。

 

「おしっこしたくないの?」

 

「で、でも、それと裸になるのと、なんの関係が……。んふうっ」

 

 ロクサーヌは背中を弓なりにして全身を硬直させた。

 いきなり、しばらく静止していた股間の革帯が激しく振動を開始したのである。しかも、クリトリスに当たる部分だ。

 

「ひあああっ」

 

 ロクサーヌは、激しくよがってしまった。

 その瞬間、股間から放尿が迸る。

 みるみるうちに、スカートを濡らし、座っていた椅子を尿で汚してしまう。

 

「あああっ、いやああっ」

 

 必死でスカートの上から股間を手で押えるが、一度開始した放尿を途中で止めることなど不可能だ。

 スカートの中では激しい奔流となって、おしっこがまき散らされている。

 しかも、そのあいだも、股間の振動は続いている。

 放尿の解放感と、股間を刺激される甘美感が混ざり合い、ロクサーヌは酔いしれたような快感に襲われてしまった。

 

「あーあ、どうしてくれるの? 勝手に粗相して。わたしの部屋なんだけどねえ」

 

 エルヴェラが呆れたように言った。

 しかし、これまでに経験したこともないような勢いの失禁に、ロクサーヌはただただ、すすり泣き、そして、喘ぎ声をあげるしかなかった。

 そして、やっとおしっこが終わった。

 同時に、やっと振動もとまる。

 

「服を脱ぎなさい。二度と同じことは言わないわよ。まずは、自分の服でそこらへんを拭いてちょうだい。本当にだらしのないマゾ娘ねえ」

 

 エルヴェラが腕組みをして言った。

 同時に、スカートの中でかちゃんと金属音が鳴った。ずっと装着させられていた股間の革帯が外れたのだ。

 エルヴェラが持っている操作具は、革帯の内側の突起を遠隔で自在に動かせるが、外すこともできるようだ。これまでは、「命令」に従い、自分で着脱をしていた。

 

「あんっ」

 

 それともかく、ずっと受け続けていた股間の刺激がなくなることで、ロクサーヌは逆に疼くような甘美感に襲われてしまった。また、革帯が外れることで、帯の内側から外に出きれなかった尿とともに、どろりとした愛液が内腿にこぼれ出るのもわかった。

 

「やっぱり、淫乱ねえ。早くしなさい。あんたに逆らう余地なんてないのよ」

 

 エルヴェラがぴしゃりと言った。

 この人には逆らえない。

 ロクサーヌは心から思った。

 

 諦めて、その場で服を脱いでいく。ロクサーヌも貴族令嬢だが、世話をする者がほとんどないので、自分で着脱できる服を身に着けるようにしていた。

 急かされるまま、下着まで脱いで全裸になる。革帯の淫具はエルヴェラが回収した。

 

 ロクサーヌは、腕で身体を隠すようにしながら、汚れた椅子や床を服で拭きはじめた。

 惨めだった。

 だが、同時にぞくぞくするような身体の疼きも覚える。

 エルヴェラの揶揄のとおりである自分の中の被虐癖が恨めしい。

 

「もういいわ。じゃあ、この中に全部入れなさい」

 

 蹲っている身体の前に麻袋を放り投げられた、

 エルヴェラは、亜空間から荷を自由自在に出し入れできる魔道袋を持っている。そこから出したのだろう。

 言われるまま、身につけていたものを麻袋に丸めて入れた。すると、袋ごと取りあげられて、エルヴェラが腰かけている椅子の横に置かれる。

 

「わかったわね、ロクサーヌ」

 

 すると、エルヴェラが勝ち誇ったかのように言った。

 ロクサーヌについては、床にしゃがんだまま、両手で身体を隠している。

 

「わ、わかったとは……?」

 

 顔をエルヴェラに向けた。

 それはともかく、さっき終わったばかりなのに、再び尿意が迫ってきていた。ロクサーヌは自分の身体を疑った。

 まだ、ちょっとした経ってないのに……。

 しかも、残りの尿意という感じではない。

 さっきの放尿がすべての尿意のほんの一部でしかないかのように、あっという間に差し迫ったものに襲われてしまっていた。

 

「あんたがマゾということよ。こんなことがあんたは嬉しいのよね。間違いなく、お前は、いま侮辱されて、恥ずかしい仕打ちを受けて、股間を濡らしている。嘘は言わないのよ」

 

「そ、そんなことは……」

 

 だが、ロクサーヌは首を横に振る。

 そうかもしれないが、そんなことは口に出して認められない。

 

「そうだと言っているじゃないのよ──。そもそも、普通は、どんなに脅迫されたって、こんなところで全裸にはなったりしないわ。隷属の魔道をかけられているわけでもないのよ。それなのに、お前は自分で裸になったんだから。一体全体、どうするつもりなのよ。服を渡してしまった、お前はどうやって、自分の部屋に帰るつもりなの?」

 

 エルヴェラが嘲笑した。

 

「そ、そんな……。だ、だって、エルヴェラ様がそうしないと、わたしとルカリナを……」

 

「なあに? そうしないと、あれに隷属がかかってないことを教えるって脅したから? だけどねえ。それでも、普通の感覚の娘は、人前で全裸になったりはしないわ」

 

 エルヴェラがロクサーヌの言葉を遮って言った。

 そうなのだろうか……。

 ロクサーヌは、ぎゅっと自分を抱き締める手の力を強くした。

 

「まあいいわ。じゃあ、次はこれよ」

 

 床にどさりとなにかが投げ出された。

 今度は金属の手錠だった。短い鎖で繋がっていて、手首に嵌める金属環は開いている。力をかけて閉じれば、それで錠がかかり、今度は鍵がなければ外れなくなるタイプのものみたいだ。

 

「背中で両手首に嵌めなさい」

 

「えっ? だって……」

 

 こんな格好で後手に手錠を嵌めてしまえば、なにをされるかわからなくて怖い。

 それに、またもた尿意が切迫している。

 

「口答えはなしと教えたはずよ。マゾのロクサーヌちゃん」

 

 エルヴェラが立ちあがってロクサーヌの前に立ち、閉じた扇でロクサーヌの顎をしゃくった。

 

「あの……で、でも、また、したくなってしまって……」

 

 ロクサーヌは内腿を締めつけて訴えた。

 本当に、また漏れそうだ。

 

「ああ、おしっこ? まあそうでしょうね。かなり大量に利尿剤を水に混ぜたものねえ。一ノスくらいは、おしっこは止まらないわよ。厠のあるところに連れて行くから、命令に従いなさい」

 

 そして、エルヴェラがロクサーヌの首にがちゃりとなにかを嵌めた。

 首輪?

 首に嵌った首輪のようなものから細い鎖が繋がって、その端末をエルヴェラが握っている。

 

「早く、おし──」

 

 エルヴェラは鎖を握ったまま、扉に向かって歩いていき、いきなり廊下に繋がる扉を全開にした。

 

「あっ、やっ」

 

 驚いて、椅子の陰に隠れようようとする。

 しかし、エルヴェラはぐいぐいと引いて、ロクサーヌにそれを許さない。

 

「お、お願いです……。か、隠して──。扉を閉めてください」

 

 ロクサーヌは半泣きで言った。

 廊下には誰もいないみたいだが、ここは客間の前であり、結構人の出入りも多い。

 しかも、数名の者が廊下を近づいてくる気配がした。

 

「じゃあ、早く、手錠をかけなさい。もうすぐ前を通るわよ」

 

 エルヴェラがくすくすと笑った。

 ロクサーヌは慌てて腕を伸ばして、手錠を掴むと、すぐに自分で後手に手錠をかける。

 

「はい、よくできました。じゃあ、声を出すんじゃないわよ」

 

 エルヴェラがロクサーヌの耳元に顔を近づけてささやく。

 そして、さらに鎖を引っ張って、ロクサーヌを無理矢理に、廊下に近い場所まで連れて行った。

 

「くっ」

 

 ロクサーヌは必死で身体を丸めて身体を手で隠す。

 すると、なにを思ったのか、ぱちんと指を鳴らして、突然に大きな鈴の音を周囲に響かせた。

 召使いを呼ぶときに使う合図だ。

 だから、ロクサーヌは驚愕してしまった。

 

「エ、エルヴェラ様、お願いでございます──」

 

 必死に小さな声で訴える。

 だが、廊下からの足音が大きくなり、部屋に大公宮で働く女の小間使いが入ってきた。

 ロクサーヌは床の上で丸くなって、恐怖で身体を震わせた。

 その小間使いとロクサーヌのあいだを遮るものはなにもないのだ。

 

「お呼びでしょうか、エルヴェラ様」

 

 小間使いだ。顔をあげてないので足しか見えないがすぐそばだ。

 

「ここにある袋の中のものを洗濯係に出してくれる。実は、ロクサーヌ様のものなの。ここだけの話だけど、あの子、おしっこを漏らしたのよ」

 

 エルヴェラが笑っている。

 

「え、ええ? あっ、いえ、かしこまりました」

 

 小間使いはびっくりしていたようだが、すぐに態度を繕い、エルヴェラが示した麻袋を拾いあげた。

 さっき、ロクサーヌが服を丸めて放り込んだものだ。

 だが、それはともかく、ロクサーヌが見えないのか?

 すぐ目の前に、後手手錠の全裸の女がいるのに、小間使いにはそんなに動じた様子はない。

 そして、小間使いが部屋を出ていく。

 エルヴェラが笑いながら、扉を閉めた。

 

「ふふふ、肝が冷えたでしょう? まあ、マゾのロクサーヌちゃんなら、興奮したかしら?」

 

「あ、あのう……、どういうこと……?」

 

 顔をあげる。

 あの小間使いは明らかに、ロクサーヌが見えなかった感じだ。

 もしかして、なにかの魔道?

 

「その首輪よ。ハロンドールから輸入したものなんだけどね。ちょっと変わったものだったから、かなり値が張ったけど(あが)ったの。“カモフラージュ・リング”というそうよ」

 

「カ、カモフラージュ・リング……?」

 

 なんだろう、それ?

 だから、小間使いが気がつかなかった?

 

「それを嵌めた者の姿が一時的にほかの者には認識できなくなる魔道具だそうよ。もちろん、わたしには見えるわよ。嵌めたのがわたしだからね。それと、最初に見えなくても、触られたり、声をあげたりしたことで認識されてしまうと、リングの効果が消滅するということのようね。面白いでしょう?」

 

 エルヴェラがくすくすと笑った。

 認識阻害──?

 だから、小間使いはロクサーヌに気がつかなかったのかと納得したが、とんでもない魔道具だと思った。

 いずれにしても、見られていなかったことにはほっとした。

 

「交易人の話によると、開発したのは、ハロンドールの王都第三神殿の筆頭巫女様だという話だったわ。本当かどうか知らないけどね。まあ、いずれにしても、こんな風に、国境を越えて、マゾ娘の露出趣味を満足させるために使われるだなんて、このリングの開発者の筆頭巫女様は思いもよらないと思うわ」

 

 エルヴェラがけらけらと笑った。

 ハロンドール王国の第三神殿の筆頭巫女……。

 それで、ロクサーヌは思い出したことがあった。

 ハロンドールの第三神殿といえば、大魔道遣いに覚醒したというスクルズという巫女だ。

 少し前に、彼女の噂を耳にする予知夢を見たことがあり、そのときには、彼女は筆頭巫女ではなく、あの国で最も若い神殿長になっていた。そんなことがちょっと頭をよぎった。

 それはともかく、そのハロンドールについての予知夢は、このところ大きく変化している。

 少し前までは、ハロンドールの次期国王はキシダインという王族系の上級貴族だった。しかし、半年ほど前から、予知夢の内容は変化し、キシダインは失脚して命を失い、第三王女のイザベラ姫が王太女につく未来になっていた。

 ロクサーヌは、その予知夢を伝え、そのとおりに、キシダイン卿は失脚した。

 十日ほど前に、こっちにも伝わってきたことだった。

 ハロンドール王国のキシダイン卿の権勢は、こちらでも有名だったので、彼の突然の失脚は、カロリック国内でも衝撃として捉えられたみたいだ。

 

 どういう背景で、突然に未来が変わりだしたのか……。

 それについて、もしかしたら関わりがあると、ロクサーヌが感じているのは、最近の予知夢にかなり頻繁に出てくるようになったロウ=ボルグという人物である──。

 いまはカロリックでも、まったく無名の人物だが、ロクサーヌの予知夢の中では、彼が将来における重要人物であることをロクサーヌに教えてくれている。

 キシダイン卿の失脚についても、ロクサーヌの予知夢の中では、彼が中心的役割をしていた。まあ、これに関する情報は、現段階ではカロリックにはなにも入っていないようだが……。

 

 そして、これはゼルには伝えなかったことであり、当時はわからなかったが、ゼルの愛人だったチムルがロクサーヌの予知夢の中で性の相手をしたのは、そのロウに間違いない。

 彼に関する予知夢を何度か繰り返したことでそれがわかった。

 また、そのとき、ロクサーヌの性の相手をしていたのも、ロウだ。

 予知夢の中では、いまのロクサーヌがルカリナに向けている感情のようなものを、そのロウにも向けていた。

 どういうことでそうなるのかについては、まださっぱりとわからない。

 

「さて、じゃあ、立ちなさい──」

 

 すると、いきなり首輪を引っ張られて、強引に立たされた。

 そして、ロクサーヌの股間にエルヴェラの手がすっと伸びる。

 

「ひゃん」

 

 敏感な場所に触れられて、ロクサーヌは思わず声をあげてしまう。

 

「まあ、呆れたわねえ。びしょびしょじゃないのよ。これは、おしっこじゃないわよねえ。どうして、こんなに濡れてるの? 説明しなさい。それとも、このまま廊下に放り出されたい?」

 

 エルヴェラがロクサーヌの股間に触れていた指をロクサーヌの頬に擦りつけた。

 ねっとりとした粘性の体液の感触が頬に当たる

 指摘されるまでもなく、ロクサーヌは自分の股間がびしょびしょになっているのはわかっている。

 認めたくはないが、苛められたり、恥ずかしい仕打ちを受けると、どうしてもロクサーヌははしたなく股間を濡らしてしまうのだ。

 ルカリナ以外で感じたくはないのに、どうしようもないのである。

 

「も、申し訳ありません……。わ、わたしが、マ、マゾの性癖だから……です……」

 

「謝る必要はないけどね。わたしは、そういうローヌちゃんが可愛いと思っているから。ふふふ、意地悪してごめんね。あんたがあんまり、可愛いから悪乗りしたかもね……。ところで、これに、していいわ」

 

 エルヴェラが、さっきロクサーヌが水を飲まされたときに使った大きなボウルを床に置いた。

 飲み掛けの水が半分ほどは残っている。

 鼻白んだが、もう我慢できない。

 ロクサーヌは床に置かれたボウルの上にしゃがみ込もうとした。

 

「あぐっ」

 

 しかし、首輪が思い切り上に引っ張られた。

 エルヴェラが鎖の根元を握って、ロクサーヌがしゃがむのを阻止したのだ。

 

「立ったままよ。これから長い付き合いになるんだし、しっかりと調教してあげるわね。大丈夫よ。マゾのあんたを満足させてあげることを約束するわ。ルカリナとも話はついているのよ」

 

「ええっ? ルカリナ?」

 

 急に名が出てびっくりした。

 ルカリナと話がついているというのはどういうこと──?

 

「いいから、おしっこしなさい。ほらっ」

 

 ロクサーヌの股間にエルヴェラの手が伸びる。

 生え始めたばかりの薄い陰毛を引っ張られた。

 

「やっ、だめえ──」

 

 陰毛を引っ張られた痛みで、耐えていたものが崩壊してしまった。

 ゆばりが太腿の内側を濡らしだす。

 さっきのおしっこを上回るおびただしい量が股の下のボウルの中に飛び散る。

 じょろじょろとなる水音も恥ずかしい。

 しばらくして、放尿はとまったが、恐ろしいことに、すぐに次の尿意が襲い掛かってきた。

 

「あっ、ま、また、させてください──」

 

 ロクサーヌは股間の力を緩めようとした。

 

「利尿剤が効いているのね。だけど、だめよ。きりがないもの。彼女のところに行くわよ。そろそろ、取引きのことを話し合わないとね」

 

「んぎっ」

 

 首輪を強引に引っ張られる。

 慌てて、緩めかけていた尿道の力を入れ直す。

 

「ど、どこに……?」

 

 無理矢理に、廊下への扉に向かわせられる。

 もしかして、このまま廊下に?

 ロクサーヌは恐怖した。

 

「あんたのご主人様よ。面倒なんで、あの獣人娘も交えて話をするわよ。ゼルにはうまく言って連れ出すから、あんたも来なさい」

 

「で、でも、このままなんて……? あっ、ゆ、許して──」

 

 ロクサーヌは全くの全裸で、後手手錠なのだ。

 こんな格好で廊下を歩くなどあり得ない──。

 たとえ、カモフラージュ・リングとかいう認識阻害の魔道具を装着していたとしてもだ。

 

「心配ないことは教えたでしょう。口をきかずに、黙って歩けば誰にもばれないわ。ああ、それと失禁もだめよ。体外に放出されるおしっこは見えてしまうんだから、それこそ、あっという間に周囲の認識阻害が解けるわよ」

 

 エルヴェラが再び扉を開く。そして、鎖を握ったまま外に出ていく。

 そして、ロクサーヌは首輪の鎖を引っ張られて、無理矢理に廊下に出されてしまった。



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998 素裸で散歩

「こ、困ります、エルヴェラ様──」

 

 首を曳かれる格好で全裸で廊下に連れ出されてしまい、ロクサーヌは尻ごみしながら哀願した。

 カモフラージュ・リングという認識阻害の魔道具を装着しているとはいえ、全裸なのだ。しかも、両手を後手で手錠をかけており、身体を隠すことさえできない。

 

「困らないわよ。お前が口を開かず、誰にも触られないように歩けば、お前の姿を認める者はいないわ。それとも、お前のお尻でも思い切り叩いて欲しい? そうすれば、肉が叩かれる大きな音で認識阻害の効果が切れて、お前の姿が露わになるだろうけどね」

 

 エルヴェラはロクサーヌの耳元でささやいた。

 それだけで、抵抗できなくなってしまう。

 すでに、部屋を出て廊下にいるのである。

 

「お、お許しを……」

 

「だったら、大人しくついておいで……。ああ、そうそう、忘れていたわ」

 

 エルヴェラが魔道の収納袋から布を出して、ロクサーヌの眼の上を覆って、頭の後ろで縛った。

 

「ひっ」

 

 いきなり目隠しを施され、一切の視界がなくなって、ロクサーヌは恐怖に悲鳴をあげそうになった。

 だが、慌てて口をつぐむ。

 すると、片側の耳になにかを入れられた。

 

『ふふふ、聞こえる? お前の姿が見えないから、ひとりごとを喋りながら歩く、おかしな女だと思われかねないものね。これなら、扇で口元を隠しながら不自然でないわ』

 

 耳に入れられたものから、エルヴェラの声が聞こえてきた。

 これも魔道具なのだろう。

 

「くっ」

 

 また首輪を曳かれた。

 とにかく、引っ張られるまま足を進める。

 だが、怖い。

 それに、またもや猛烈な尿意が襲い掛かってきている。しかし、もしも、漏らしてしまえば、リングの認識阻害の効果が消滅するのだろう。

 ロクサーヌは必死に股間に全力を込めた。

 幸いなことに、いままでいた客室は大公宮の中でも奥まった一角であり、最初のうちは人通りの気配はなかった。

 しかし、鎖で引っ張れるまま足を進めて角を曲がったことろで、急に人の気配の多い廊下になる。

 

 立ちすくんで止まりそうになった。

 でも、もしも、それで転びでもしたら、大きな音でリングの効果が消滅する──。

 そう思ってしまうと、もう大人しく歩くこと以外には、なにもできなかった。

 

 窒息しそうな緊張感とともに、明らかに人通りのある廊下を進んでいく。

 前を進んでいるのが、ゼルの寵姫にして、ゼルが婚約者にすると宣言をしたエルヴェラであることから、通りすがる者たちが脇によけたり、挨拶をする声がひっきりなしにかかってくる。

 人の気配に襲われるたびに、ロクサーヌは身体が震えるほどの恐怖を覚えた。

 しかも、どんどんと尿意が迫ってくる。

 もう、いつ漏れてもおかしくないくらいに切迫していた。

 

『止まりなさい。静かにするのよ』

 

 すると、突然に耳からエルヴェラの声が響いた。

 慌ててその場にとまる。

 しかし、すでに、もう大公宮のどこを歩いているのかわからなくなっていた。立ち止まる場所がここでいいのかも判断はつかない。

 いまは、エルヴェラの「声」と曳かれる鎖だけが頼りなのだ。

 

「これはこれは、エルヴェラ様。おひとりですか?」

 

 男と声だ。

 おそらく、兵部卿だと思う。

 向こうは、彼だけでなく、数名の随行者がいる気配だ。

 

「ええ、ちょっとロクサーヌ様に話がありましてね。いらっしゃるかしら?」

 

「いや、確か、入口に不在の札がかかっていたと思いますね。わしも先程行ったのですが」

 

「あら、そう。じゃあ、ちょっと寄り道して出直そうかしら。一応は、事前に手紙で連絡はして、面談の許可は頂いているのよ」

 

 そんなものは貰ってはいないが、もしかして、ロクサーヌの執務室に向かっているのかと思った。

 あそこは、業務の中枢でもあるだけに、それなりに人通りがある。

 それにしても、もうおしっこが漏れそうだ。

 ロクサーヌは、内腿を締めつけながら、懸命に歯を噛みしめる。

 しかし、エルヴェラは嫌味のように、なかなか世間話のような会話をやめてくれない。

 

 追い詰められる──。

 それを感じる。

 しかし、同時にロクサーヌは想像を絶する苦悶と羞恥の中で、全身の毛穴という毛穴から痺れるような甘美な疼きのさざ波が沸き立つのも感じていた。

 やっぱり、こんなことに性の悦びを覚えるマゾなのだろうか。

 尿意に耐えるために締めつけている股間からは、とまることなくにじみ出ている愛液が内腿を潤わせている。

 

「……それでは」

 

 兵部卿たちが離れていく。

 

『ふふふ、汗びっしょりかいて……。しかも、そんなに、震えちゃって可愛いわねえ……。でも、よく我慢したわね。だけど、そろそろ限界よね。おいで、おしっこをさせてあげるわ』

 

 耳に声が届く。

 声を出せないロクサーヌは、ただ頷く。

 

『来なさい』

 

 首をぐんと曳かれる。

 それで身体がつんのめりそうになっただけで、おしっこが迸りそうになった。懸命に股に力を入れた。

 だが、すぐにその場所に連れて行ってもらえるのかと思ったら、なかなか移動をやめない。

 十回以上も曲がり角を目隠しをしたまま歩かされて、わけがわからなくなってしまった。

 

 やがて、脂汗にまみれている身体がひんやりと冷えるとともに、外気を感じた。

 もしかして、渡り廊下か、中庭にでも出たのだろうか?

 すでに、完全に方向感覚がなくなってしまって、どのあたりにいるのかも不明だ。

 大公宮の建物内から中庭などの外に出る場所には、十箇所くらいは心当たりがあるが、それのどこなのかはわからなかった。

 もともと、ロクサーヌは執務室にこもってばかりで、ほとんど部屋の外に出ることもないからだ。

 また、足は素足だったが、これまでの廊下に敷かれている絨毯の感触から、草の上を歩いている感覚に変化していた。

 そして、耳に入れられていた音声具のようなものを取られた。

 

「大きな声でなければ、話しても大丈夫よ。でも、ただ樹木で視界を遮られているだけで、渡り向こうの廊下には人が歩ているから、大声をあげたり、激しく反応したりして、リングの効果を解除してしまわないようにしてね」

 

 エルヴェラが小さな声で笑った。

 そして、首から鎖を外す気配がして、首輪の繋がりがなくなる。

 

「あっ、エルヴェラ様……?」

 

 ほんの小さな声でささやく。

 目隠しをされているので、鎖を外されてしまうことで、まるで置き去りにされるような心細さを感じたのだ。

 

「おしっこしなさい。限界なんでしょう?」

 

 声は背中側からかけられた。

 いずれにしても、もう数瞬の猶予もない。

 ロクサーヌはその場にしゃがみ込んで肢を開く。今度は立ったまましろとは言われなかった。

 股間の力を緩める。

 しゅっと激しくゆばりが股から飛び出すのがわかった。

 

「ほああ……」

 

 知らず、大きな息を吐いてしまった。

 狂うような尿意をやっと解放できるのは、とてつもなく気持ちよかった。

 かなりの時間、勢いよく放尿が迸り続けた。

 そして、やっとおしっこが終わる。

 

「そんな惨めそうな顔しちゃって。本当に、あなたって、苛められるのが似合うわねえ」

 

 すると、しゃがんでいるロクサーヌに背中から覆いかぶさるようにして、エルヴェラが胸と股間に指を這わせてきた。

 

「きゃああ」

 

 思わず高らかな悲鳴をあげてしまって、ロクサーヌは身体が竦んだ。

 慌てて口をつぐむ。

 しかし、エルヴェラはくすくすと小さく笑いながら、淫らな愛撫をやめてくれない。

 それだけでなく、なにか潤滑油のようなものを塗っている。

 さらに、その得体の知れない油剤とともに、指をロクサーヌの股間の奥まで打ち入れてきた。

 

「んんっ、んっ、んっ」

 

 激しく抽送と胸揉みを続けられる。

 ロクサーヌは必死に声を我慢した。

 そして、あっという間に絶頂感が襲ってきた。

 

「んんっ、んんっ、んんんっ」

 

 悶えたり暴れたりすると、その激しい仕草にどこからか気づかれてしまうかもしれないので、ロクサーヌはただ耐えるだけだ。

 そして、とてつもない大波がやってきた。

 

「んああっ」

 

 我慢できなかった嬌声が口から噴きこぼれる。

 がくがくと身体が痙攣をして、後ろから抱かれている身体を突っ張らせた。

 

「ふふふ、いきそうね……? でも、駄目よ。あなたにとどめを刺すのは、彼って決まってるのよ。その約束なのよね」

 

 しかし、ぎりぎりのところで、エルヴェラがロクサーヌへの愛撫をやめて、離れてしまった。

 ロクサーヌはがくり脱力する。

 

「じゃあ、彼を呼んでくるわ。あなたは、大人しくしてなさい。それとも、逃げる? まあ、好きにするといいわ」

 

 エルヴェラが立ち去っていく気配がした。

 ロクサーヌは仰天した。

 

「ま、待って──」

 

 本当に置き去りにされる?

 ここがどこなのかもわからないのに──。

 咄嗟に追いかけようとも思ったが、目隠しをされているので、どの方向に追えばいいかもわからない。

 声をかけることはできない。

 そして、本当に人の気配を感じなくなってしまった。

 ロクサーヌは途方に暮れた。

 

「う、うう……」

 

 仕方がない。

 このまま待つことにした。

 それしかない……。

 

 それはともかく、さっきエルヴェラは、彼を呼んでくると口にした?

 彼とは誰だろう……。

 

 泣きそうになってきた。

 とにかく、じっとして、エルヴェラが戻ってくるのをひたすらに待った。

 

 だが、やがて、胸と股間の周辺が急に熱を帯びてきたと思った。

 もしかして、痒い──?

 自覚してしまえば、苦しくなったのはあっという間だ。

 猛烈な痒みが襲い掛かってきた。

 さっき愛撫を受けながら、エルヴェラがロクサーヌに塗っていた油剤のせいだと思ったが、わかったところでどうしようもない。

 

「く、くくっ……」

 

 声を出すまいと思うのだが、呻き声が漏れ出てしまうくらいの痒さだ。

 ロクサーヌは、歯を喰いしばり、しゃがんだまま内腿を激しく擦り合わせる。既に全身にはかなりの脂汗が流れている。

 しばらくのあいだ、ロクサーヌはその状態で苦悶し続けた。

 

 また、掻痒感の地獄に陥っているあいだも、尿意も繰り返し襲ってきた。

 ロクサーヌは、その場にしゃがんだまま、そのたびに放尿を繰り返した。

 

 どのくらいの時間が経っただろうか。

 気絶しそうなくらいの痒みに耐え続け、やっと人が近づく気配を感じた。

 

 エルヴェラか──?

 だが、わからない。

 怖い──。

 

 もしかしたら、ただ偶然に近づいてきただけかもしれない。そうだとすれば、ロクサーヌの存在に気がつかれると、カモフラージュ・リングの効果が消滅してしまう。

 ロクサーヌは息を殺した。

 

「静かに……。ゆっくりと前に出なさい。ロクサーヌがいるわ……。まあ、それにしても、なにこれ? お前、何回おしっこしたのよ。いくらなんでも、慎みというものはないの?」

 

 はっとした。

 エルヴェラだ──。

 心の底からの安堵感に包まれるが、同時に恐怖も襲う。

 エルヴェラ以外の誰かがいるのだ。

 その人物に、ロクサーヌを認識させようとしている?

 

「エ、エルヴェラ様……」

 

 意を決して声をかけた。

 

「静かにしなさい、ロクサーヌ……。ほら、前に出て。声は出さないで、黙って犯しなさい。それが条件よ」

 

 エルヴェラだ。

 言葉の後半は、一緒に連れてきた人物に告げた言葉のようだ。

 それが誰なのかわからない。

 その人物が後ろから近づくのがわかった。

 ロクサーヌは身体を竦めた。

 

「んっ」

 

 思わずびくりとなった。

 両肩に手が当たったのだ。手袋のようなものをしている。

 その人物がロクサーヌの両肩に手を置いたまま、ちょっと当惑するような息を吐く。

 

 誰──?

 

「ほら、見えたでしょう、ロクサーヌよ。いいから犯しなさい。まずは、それが条件よ」

 

 エルヴェラが叱咤するような口調で言った。

 なにがどうなっているのかわからない。

 ただ、後ろからロクサーヌの肩を抑えていた人物は、少しのあいだ躊躇したように静止していたが、やがて、強く両肩を押して、しゃがんでいたロクサーヌの肩を草の上に押しつけるような姿勢にした。

 

「あっ」

 

 ロクサーヌは小さく声をあげてしまった。

 

「前戯なんていらないわ。一気に貫いてやってよ。露出歩きで興奮する変態娘だから、もう十分に濡れているわ」

 

 エルヴェラが笑い声をあげる、

 一方で、ロクサーヌは地面にうつ伏せになって、お尻だけを高くあげたような恰好にされている。

 そこに、後ろの人物がぐっと身体を密着してきた。

 

「はああっ」

 

 喰いしばっていた歯から声がこぼれ出た。

 お尻側から男根のようなものが股間の入口に当たったのだ。

 ずぶずぶと股間を貫かれる。

 

「んふううっ、ふううっ」

 

 経験がなかったくらいの巨大で峻烈な快感が駆け抜けた。

 油剤による掻痒感が癒されたからだけではない。

 カモフラージュ・リングで認識阻害であったとはいえ、全裸で大公宮内を歩かされ、しかも、激しい尿意の苦悶と付け加えられた掻痒感という二重、三重の苦悶を受けて、ロクサーヌの体内は異常なほどの昂ぶりに襲われていた。

 それが貫かれる快感を激しくした。

 認めたくはないが、他人に見られるかもしれないという恐怖がロクサーヌの性感を鋭く反応させてしまっていたのだ。

 

 自分はマゾだ──。

 いまこそ、ロクサーヌははっきりと自覚した。

 

「んんっ、んっ、んんっ」

 

 後背位での律動が続く。

 ロクサーヌは懸命に声を殺した。

 

 だが、無理だった。

 あっという間に頭が真っ白になるような快感が襲い掛かってきた。

 そして、後ろからロクサーヌを犯している人物が身体を突っ伏しかけた身体を乳房を掴んで支える。

 そして、揉み引っ張られる。

 

「あううっ、んぐうううっ」

 

 ロクサーヌはがくがくと身体を痙攣させて絶頂した。

 そして、なにもかもわからなくなり、真っ白な世界に包まれていった。



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999 予知夢と調略

「ロクサーヌ様、お時間になりました」

 

 ()()()のエルヴェラが声をかけた。

 ロクサーヌは頷いて立ちあがる。

 人の死を見るのは気持ちのいいものじゃない。

 だが、これもまた、新大公としての仕事だろう。

 

「行きます」

 

 立ちあがる。

 すぐに、護衛長のルカリナが儀礼用のマントを肩にかける。なかなか威厳のようなものが備わらない新大公のロクサーヌが少しでも惹きたてられるようにと選んだ真紅のマントだ。

 これを選んだのはエルヴェラであり、また、ロクサーヌ以外の者がマントをつけることを禁止もした。これもまた、エルヴェラの提言だ。

 

「……頑張る。その代わり、夜は苛めてあげる」

 

 ルカリナが耳元でささやいてから離れた。

 残酷な光景がロクサーヌが苦手なことを知っているので、ちょっとでも気を紛らわそうとしていれているのだろう。

 この大公の執務室には、他の護衛や侍女も大勢いるので、ルカリナの声はほんの聞こえるか、聞こえないかのささやき声だ。

 しかし、ロクサーヌは思わず、口元を綻ばせてしまった。

 

「失礼いたします」

 

 エルヴェラがロクサーヌの装束を整えるふりをして正面に立つ。

 胸元の宝石付きのブローチに、エルヴェラがそっと手を添えた。

 

「くっ」

 

 股間に装着している革帯の淫具がゆっくりと動き出し、ロクサーヌのクリトリスや女陰、さらにアナルの入口をくすぐるように刺激しはじめた。

 エルヴェラが触れたブローチが魔力を注ぐ吸収体になっていて、それを動力源にして、股間の淫具が動く仕掛けになっているのだ。

 大公として、この国の最高権力者の地位につきながらも、性感については、目の前のエルヴェラや、護衛長になっているルカリナに支配される。

 それもまた、新大公となったロクサーヌの日常だ。

 いずれにしても、朝から装着させられた股間の淫具を操作させたのは、ルカリナ同様に、ロクサーヌが処刑に立ち会うということがわかっているので、気を紛らわせようという配慮だと思う。

 このくらいの振動と刺激であれば、それを周りに気がつかせないようにするのは容易だが、それでもさざ波のような疼きが全身に走り、ロクサーヌを痺れさせる。

 ロクサーヌはぐっと両手を握った。

 

「勝手なこと、困る。ローヌはあたしの玩具……」

 

 後ろにいたルカリナがロクサーヌの背中にくっつかんばかりに接近してきた。

 いまの言葉は、エルヴェラに告げた言葉だろう。

 聞こえるか聞こえないかくらいの声であり、くっつているロクサーヌとルカリナとエルヴェラだけにしか聞こえないように配慮した言葉だ。

 玩具とはひどい物言いだが、ルカリナだと、そんな扱いも身体がかっと熱くなる。

 一方で、エルヴェラはくすりと笑った。

 

「あらごめんね。マゾのローヌちゃんが悦ぶと思ってね。あたしはついていけないから、あんたに操作具を渡していくわ。遊んでやって」

 

「それならいい」

 

 ロクサーヌ越しに、エルヴェラからルカリナになにかが手渡された。

 股間に嵌めている淫具の操作具だろう。

 

「行ってらっしゃいませ、大公陛下」

 

 エルヴェラが距離をとり、大きな声をかけた。

 今日の随行には、侍女たちは含まないようにしているので、エルヴェラは留守番だ。

 

「行ってきます」

 

 ロクサーヌは頷き返してから、おもむろに歩き始めた。

 

「んんっ」

 

 しかし、いきなり強振動でクリトリスを革帯によって振動させられた。

 周りの視線があるので必死に耐える。

 だが、さすがに歩みを続けることはできなかった。その場で身体を突っ張らせて硬直してしまった。

 声が出ないように歯を喰いしばる。

 それくらいの峻烈な快感だった──。

 

「うっ」

 

 そして、振動がとまる。

 息を整えながら、ロクサーヌは背後のルカリナに振り向く。

 ルカリナは悪戯が成功したのを嬉しがるように、ちょっと微笑んでいる。

 ロクサーヌは、ルカリナを睨みつけた。

 

 さすがに、それから大公宮を出発するまでは淫具は刺激されなかったが、馬車に乗って車内でロクサーヌとルカリナの二人きりになると、一転して淫具の悪戯をされてしまった。

 ルカリナはなに食わぬ顔をして、エルヴェラから受け取った操作具を使って、ロクサーヌのクリトリスと股間とアナルの部分を交代交代に振動させ続けた。

 そのたびに翻弄され、ロクサーヌは馬車の中で甘い声で悶えさせられてしまった。

 

 やっと馬車が公都の広場に着いた。

 すでに檻車は到着していて、広場に設置された処刑台の上に横づけされていた。

 また、処刑場の周りを大公軍の兵が取り巻いていて、柵で作った囲みの外には、大勢の民衆が集まって罵声のようなものを檻車に向かって浴びせている。

 檻車の中にいるのはゼルと、ゼルの側近だった五名だ。

 少し前までは、権力の頂点だった彼らは、いまや捕らわれの死刑囚となって、処刑寸前の状況だ。

 また、考えてみれば、ついこの間まで、ロクサーヌは死刑囚となったゼルの奴隷のようなものだった。いまは、すっかりと立場が入れ替わったということだ。

 なんとも、あっという間にこうなってしまったものか。

 

 いずれにしても、これからが大変だ。

 それはロクサーヌもわかっている。

 一年余りのゼル大公の治政は、公国に大きな混乱と秩序の崩壊をもたらす結果となった。

 治安の悪化、流通の混乱と物価の上昇──。

 それらがのしかかって艱難を受けたのは、やはり、まずは一般の民衆だった。

 

 また、獣人族優遇政策は、獣人族の利益にはならず、むしろ人間族と獣人族の対立を助長したことにしかならなかった。

 人間族が徒党を組んで、獣人族たちに暴力を振るうということも日常になっているし、そもそも、優遇施策で利益を受けたのは、一部の獣人族の種族だけだ。

 獣人族というのは、人間族とは異なり、種族間の垣根が高く、一部の獣人種族が優遇されたとしても、それが全獣人族の利益になったという価値観にならないのだ。

 だから、ゼルの獣人優遇は、むしろ、富める獣人種族と貧しいままの獣人種族の対立を呼んでしまった。

 優遇されない獣人族の種族グループは、施策に利益がないわりには、人間族側の反発だけを受けることになり、その不公正さに怒りを覚える獣人が大部分だったのだ。

 

 そうやって人間族から暴力で排除され、社会からはみ出さざるを得なくなった獣人族グループたちは獣人側で、集団を作り、盗賊団を結成して暴れたりする。

 ゼルが作り出した相互憎悪がすべての切っ掛けではないかもしれないが、いまの公国の混乱は、ゼルが大公代理となったことから始まったことは間違いない。

 

 なによりも、ゼルは大公代理として敵を作りすぎた。

 自分の父親を含む、大公一族の一斉の暗殺から始まり、重鎮たちの血の粛清──。

 また、敵派閥に属する令夫人や令嬢たちの惨殺に始まり、大公になってしばらくのあいだは、ゼルの治政に反対する者を次々に粛清し、あるいは、ひそかに暗殺させたりした。

 繰り返す粛清は恐怖を呼び、ついに、ゼルを共同して排除しようという気運で貴族たちを団結させてしまったのである。

 そして、社会混乱もまた、ゼルが大公となるのを民衆が拒絶することを促した。

 最後には、彼の権力基盤だった獣人族たちがゼルを見放すことで、ゼルは貴族たちの叛乱により逮捕されてしまったである。

 

 ロクサーヌの馬車が処刑台の前に到着し、準備されている大公用の席に着く。

 大きな歓声に応じながら、ロクサーヌは処刑台に面する椅子に座った。

 手をあげて、歓声をやめさせる。

 

 そして、刑の執行が始まる。

 檻車からゼルをはじめ囚人たちが連れだされた。腰と腕に縄がかかり、後ろ手に縛られている。足首と足首も短い縄で繋がれている。

 貴族たちの政変から、ゼルが権力を失って五日──。

 その死刑決定にロクサーヌは関わっていないが、随分に早い処刑である。

 

 五人が処刑台の上に置かれた台の上に立たされて、首に縄がかけられていく。

 縄は、高い横材からぶら下がっている。

 絞首刑による処刑からしばらくは、このままゼルたちの死体は、ここに晒すことにもなっているそうだ。

 

 首に縄を掛けられるゼルが正面にロクサーヌを睨んだ。

 なにかを叫びたいかのように口を開いたが、すでに舌は切断されている。これもまた、ロクサーヌではない貴族たちの処置だ。

 だが、そのゼルのあまりもの形相にロクサーヌは、無表情を作れなくなってたじろいでしまう。

 

「ふんんっ」

 

 その瞬間、お尻に当たっている股間の革帯の内側の突起が動き出した。

 最近、ルカリナとエルヴェラのふたりがかりの調教により、ロクサーヌのお尻もすっかりと激しい性感の場所になっている。

 そこを刺激されて、ロクサーヌは思わず、天を仰ぐように全身を硬直させてしまった。

 

 そのとき、わああという大歓声があがった。

 振動がとまる。

 はっとして、死刑台に視線を向け直した。

 ゼルたちが乗っていた足の下の台が取り払われて、ゼルたちが宙にぶら下がっている。

 ロクサーヌは、呆然とした気持ちになって、その光景に視線を向けた。

 

 

 *

 

 

 はっとした。

 目が覚めたのだ。

 

 いまのは……?

 また予知夢──?

 

 いまがどういう状況なのか、ちょっと思い出せなかったのだが、たったいま接したのは予知夢だ。

 ゼルの処刑──。

 新大公となって、それに立会するロクサーヌ──。

 少なくとも、ロクサーヌもルカリナも、その時点では、なにかを束縛されてはいなかったし、誰かの奴隷のような存在ではなかった。

 大公として権力を持っているとはいえなかったが、周囲の貴族たちに囲まれ、彼らの一定の管理下で大公として君臨し、務めを果たす──。

 それが、たったいまの予知夢の中のロクサーヌたちだった。

 いずれにしても、貴族たちの傀儡のような力のない大公であったが、ゼルの支配から脱却できた自由は手にしていた。

 いまの境遇のロクサーヌが最小限に望む未来がその予知夢にある。

 

「あらあら、そんなに気持ちよかったかな? 淫乱マゾ娘のロクサーヌちゃん」

 

 揶揄うような声がかけられた。

 エルヴェラ──?

 ロクサーヌはどうやら地面の上に跪いて両肩を地面につけてうつ伏せになっているようだ。

 両手首には背中で手錠がかかっている。

 しかし、一切の視界がない。

 

 そうか、目隠しか……。

 すると、その目隠しが外された。

 

「ローヌ様……、大丈夫か? びっくりしたか? 悪かったか」

 

 蹲っているロクサーヌは、背後から抱きかかえられるようにされていたが、それはルカリナだった。

 顔を振り返らせる。

 すると、ルカリナが股間に装着されているものが視界に映った。

 

「えっ?」

 

 ルカリナは服の上に、男根の形状をしたディルドを股間に革ベルトで装着していて、そのディルドは、たったいままでロクサーヌの体内に遭ったのを示すように、べっとりと体液で濡れており、湯気のようなものもあがっている。

 もしかして、男に犯されたと思っていたのは、ルカリナのこと?

 ふと見ると、ルカリナのズボンもべっとりと濡れている。

 これは、ロクサーヌとの性交によるものなのだろう。

 

 そして、さらに驚いたのは、ロクサーヌがいるのが、中庭でもなんでもなく、しっかりとした壁に囲まれたどこかの客室のような部屋だったことだ。

 ただ、足元には、本物の草の感触のある絨毯が敷かれていて、部屋の四隅には、魔石具があって、野外を錯覚させる風と樹木の匂いを部屋に作っていた。

 足元をもう一度見ると、ロクサーヌがしゃがみ込んでいた絨毯の場所には、大量の放尿の痕跡もある。

 やっぱり、ロクサーヌがいたのは、この場所みたいだ。

 

「ふふふ、驚いたかしら。また、遊びましょうね。あなたの恥辱にまみれた情けない顔は最高だったわ。なんだかんだで、ああいうことが好きでしょう、あんた? 認めなさい」

 

 すると、ちょっと離れた場所のソファに腰掛けていたエルヴェラが声をかけてきた。

 そして、手の上に小さな魔石を載せて示した。

 すると、その魔石から、たくさんの人の声や人の仕草の音、エルヴェラに挨拶をする声などが流れ出した。

 目隠しをされていたロクサーヌがずっと聴いていた声などに間違いない。

 ロクサーヌは呆然とした。

 

「も、もしかして、全部、嘘だったのですか?」

 

「全部ってことはないけど、万が一にでも、あんたが粗相をして、リングの効果は消滅しても大丈夫にはしてあったわ。あんたには、やって欲しいことがあるしね。そんなことになったら困るもの」

 

 ロクサーヌは脱力した。

 エルヴェラがなにかをルカリナに放り投げた。

 それを受け取ったルカリナが、ロクサーヌの後手の手錠に手をかける。

 手錠が外れた。投げたのは手錠の鍵だったみたいだ。

 ロクサーヌはしゃがみ込んでいた身体を手で隠す。

 すると、ルカリナがさらにロクサーヌを抱き締めて覆ってくれた。

 

「あ、あのう、どういうことなのでしょう?」

 

 さっぱりとわからない。

 

「まあ、別に、あなたをからかったのは、挨拶代わりのようなものよ。こんなに可愛くて、しかも、マゾだっていうんだから、そりゃあ、試したくなるでしょう。仕方ないじゃない。あんたも、満更でもなかったでしょう。結構、興奮してたじゃないのよ」

 

 エルヴェラが笑い声をあげる。

 だが、その顔が急に真面目な顔になる。

 

「……でも、要求は変わりないわ。あたしたちと手を組みなさい……。取引に応じるのよ。逆らえば、さっきの恥辱とは比べ物にならない拷問がお前とルカリナに待っているわ。もっとも、それをするのは、ゼルだけどね」

 

「取引とは? ルカリナは聞いているの?」

 

 ロクサーヌは自分を抱き締めているルカリナに顔を向けた。

 ルカリナがエルヴェラと組んで、ロクサーヌを男に強姦される恐怖を与えて脅かす悪戯をしたとすれば、すでにルカリナはエルヴェラと協力関係にあるということだろう。

 

「少しは……。ただ、あたしは、ローヌに従う。でも、エルヴェラの申し出、悪くない。思う」

 

 ルカリナはちょっとだけ申し訳なさそうな顔で言った。

 

「ルカリナがあんたを騙したって怒るんじゃないわよ。あんた同様に、ルカリナのことも脅したんだから。言うことをきいて、男になってあんたを犯す役を引き受けないと、本当は隷属がかかってないことを、あちこちに言いふらすって脅迫したわ」

 

 エルヴェラだ。

 ロクサーヌへの責めは冷酷でつらかったが、もしかしたら、思ったよりもいい人なのかもしれない。

 ちょっと、そんな風に思った。

 いずれにしても、すでにロクサーヌの腹は決まっている。

 なにを求められているのはわからないが、事前に聞いたらしいルカリナは、受けてもいいと言った。

 ロクサーヌとしては、それで十分だ。

 

 それに、たったいまの予知夢……。

 ロクサーヌとエルヴェラとルカリナは、悪い関係ではなかった。完全に仲間という感じだった。

 そして、エルヴェラと結託することで、ゼルの支配からロクサーヌたちが抜け出ることができるのは間違いないと思う。

 

「わかりました。お受けします」

 

 ロクサーヌはきっぱりと言った。

 

「あら、まだ、具体的な内容は言ってないけど、いいの?」

 

 エルヴェラが微笑む。

 

「具体的なことはわかりませんが、あなたの目的は、ゼル様を権力の座から追い落とすこと。それに間違いないですよね? それは、わたしたちにとっても必要なことです。ならば、わたしたちは協力関係になれます」

 

「協力なんておこがましいわ。あんたもルカリナも、拒否できない条件を突きつけられて、仕方なく応じざるを得ない立場なのよ。わきまえなさい」

 

「それでも結構です。ところで、エルヴェラ様は、ゼル様を陥れる目的で、ゼル様に近づいたのですか? そのために婚約者に?」

 

「一族の恨みを晴らす工作員としてね。女伯爵とか称しているけど、それは作り物の身分よ。本当はゼルに潰されたスペンサー家の一族のひとり。エルヴェラ=スペンサーよ。デセオに嫁いでいたけどね」

 

「えっ、粛清されたスペンサー家の一族?」

 

 ロクサーヌは声をあげた。

 スペンサー家というのは、もともとはカロリック公国の重鎮の大貴族であり、ゼルが粛清した元宰相家がそれである。スペンサー家は、元来カートン公派であり、カートンの正妃だったシャルルの妹がスペンサー家の嫡男に嫁いでいた。

 そのすべてを殺害し、大公代理として事実上の大公になると、スペンサー家の一族の生き残りも、ゼルは理由をつけて全員を粛正してしまった。

 その生き残りということ?

 

「粛清されたのは本家ね。でも、スペンサー家は代々の名家よ。公国だけでなく、他国にも一族の血は繋がっているわ。そして、スペンサー家は、ゼル大公代理を許さない。どんなことをしても滅ぼすと決めたわ。すでに、手はあちこちに伸びている。スペンサー家を中心として、あの狂った坊やに、家族や親族を無残に殺された者たちはすでにまとまっているわ。あなたにまず求めるのは、あたしたちに担がれる神輿(みこし)になることよ」

 

「神輿?」

 

 ロクサーヌは首をひねった。

 

「ゼルを権力から引きずり落とすのは難しいことではないわ。彼に本物の忠誠を誓っているのはほんの少数で、大部分は恐怖で縛られているに過ぎないわ。あたしたちは、それをひとりひとり裏切りをそそのかして、こちらの陣営に集めている。すでに調略は終わっていて、包囲網はほぼ完成しているわ。ゼルの権力基盤は、いまや、せいぜい一部の獣人族程度よ」

 

「そうなの……ですか」

 

「ええ、そうよ。あとは、獣人族の信望をゼルから離せば、彼を支える権力基盤は消滅する。それら工作や政治的な駆け引きについては、あなたに求めるものはないわ。そんなことは全部、あたしたちで終わらせる。あなたに求めるのは、あの童貞もどきがいなくなってからのことよ」

 

「童貞?」

 

 なぜかルカリナが小さく噴き出した。

 

「あっ、童貞は取り消すわ。一応、性経験はあったわね。下手くそだったけど」

 

「あの……本題に」

 

 ロクサーヌは口を挟んだ。

 

「ああ、そうね。ごめん。あなたに求めるのは、さっき言った通りに、あたしたちの神輿になってもらうこと。ゼルの次の大公は、あなたに……。あたしたちの傀儡(かいらい)になってもらうわ」

 

「傀儡……ですか」

 

 ロクサーヌは眉をひそめた。

 

「その代わりに、あたしひとりは、あなたに本物の忠誠を尽くすわ。次の大公陛下のロクサーヌ様に──。あたしがあなたのマゾを満足させる腕があることは十分にわかってくれたと思うけどね? どうかしら。あなたは、あたしたちの調略に応じて、ゼルを裏切って、あたしたちの陣営に入る。その見返りとして、スペンサー家の生き残りの一族をはじめとして主要貴族は、あなたが新大公になるのを容認する。さらに、あたしという性遊戯の上手な女があなたの部下になって尽くすわよ」

 

 エルヴェラは、大きな笑い声をあげた。

 

「エルヴェラの申し出、悪くない。思う」

 

 すると、ルカリナがロクサーヌを抱き締めながらぼそりとささやいた。



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1000 裏切りの予知夢

 1000話目は最終回にするか、区切りのエピソードにしたかったのですが、主人公たちの出ないエピソードの一部になってしまいました。
 なんか、ちょっと申し訳ありません。
 ロクサーヌ篇は、まだ続きます。(作者)

 *



「う、嘘じゃありません……。わ、わたしは、確かに予知夢を……」

 

「わかっているよ。君はルカリナに隷属していて、そのルカリナから僕に嘘を言えないように“命令”されている。君が嘘を言えるわけがないのはわかっているよ。だけど、僕としては、こんなことを告げた君を痛めつけなければ気が済まないのさ。それくらいに、モイラもチムルも僕の大切な人だったからね」

 

 ゼルが酷薄な笑みを浮かべながら、部屋の真ん中に全裸にされて拘束されているロクサーヌの顎を乗馬鞭の柄でしゃくった。

 ロクサーヌは、天井から両端を吊られた横向きの鉄パイプに、真横に両腕を拡げたかたちで拘束されていた。また、両膝にも肩幅ほどの長さの金属棒を挟んで革ベルトで膝を拘束されていて、その状態で爪先立ちで立たされている。

 そして、全身は数十発は浴びた鞭痕で覆われていた。

 目の前のゼルが、狂ったようにロクサーヌを鞭打ちした結果だ。

 

「ち、誓って嘘は……」

 

 つま先立ちの脚はすでに力を失い、ロクサーヌは両端を天井から吊られている鉄パイプに全体重を預けるかたちになっている。

 

「嘘じゃないことはわかっていると言ってるじゃないか、ロクサーヌ。そんなこともわからないのかな。だけど、僕が頭で理解していることと、心は別のものさ。君の予知夢には感謝しているし、信頼もしている。ハロンドールでのキシダイン卿の失脚という大政変でさえ見事に予知してみせたんだ。多分、正しいんだろうねえ。だからこそ、僕はあんな予知夢を僕に教えた君に腹が立つのさ」

 

 ゼルはそう言うと、持っていた乗馬鞭の柄をロクサーヌの股間にいきなり突き刺してきた。

 

「ひいいっ、うぐうううっ」

 

 堅い鞭柄を突っ込まれて抉られ、ロクサーヌは全身を突っ張らせて悲鳴をあげた。

 

「痛いかい、ロクサーヌ? 僕の心はそれくらい痛いんだよ。それはともかく、君という娘は、こんなに痛めつけられても、愛液を溢れさせるくらいに感じるんだね。面白い身体だよ」

 

 すると、ゼルが冷笑的な表情を浮かべながら、荒々しく鞭の柄を上下させる。

 感じさせようとする動きじゃない。わざと膣の中を傷つけるように抉るのだ。

 凄まじい痛みが襲う。

 しかし、一方でそれを快感として受け入れてる自分が存在するのことも事実だ。ゼルの言葉のとおりに、ロクサーヌは悲しいかな、これほどの惨い扱いにもかかわらず、しっかりと欲情もしているのである。

 それがロクサーヌという自分の身体に流れている被虐の血なのだろう。

 

「うぐううう、んぐうううっ」

 

 とにかく、ロクサーヌはただただ、ゼルから与えられる仕打ちに耐えた。

 できることはそれしかないからだ。

 

 こうなったのは、数ノス前に遡る。

 ロクサーヌがゼルに伝えた予知夢の内容のせいだ。

 できるだけ毎夜、予知夢を見るようにゼルに命令されているロクサーヌは、朝になり、その内容を伝えるというのが日課のようになっている。

 最近では、エルヴェラを通じてゼルに伝えるというのが専らだった。

 また、予知夢には、国政に影響するような重大な内容もあれば、他愛のない日常のこともある。むしろ、日常の出来事の方が多いだろう。

 ロクサーヌは予知夢は見るが、その内容を制御することはできないのだ。

 そして、今朝に伝えたのは、近い将来に、モイラとチムルが結託して、ゼルを裏切り暗殺しようとするという「予知夢」だった。

 それを伝え聞いたゼルは、驚愕してロクサーヌを呼び出し、ルカリナに改めて、「嘘を言うな」と「命令」させて、真偽を確認したのだ。

 ロクサーヌは、真実だと断言し、そうすると、顔を真っ赤にしたゼルが、突然にロクサーヌへの拷問を開始したというわけだ。

 理不尽な仕打ちとしか言いようがない。

 

「まあいい。君のようなマゾ娘には、素敵な拷問を受けてもらおうかな。気に入るといいんだけどねえ……。エルヴェラ、準備しているものをいいかい」

 

 エルヴェラは、部屋の隅でゼルが狂ったようにロクサーヌに鞭打ちのを見守っていたが、ロクサーヌの脚のあいだに鉄パイプを組み合わせた道具を持ってきた。

 すなわち、四個の脚のついた箱であり、箱から上に向かって太い張形がついていて。箱の横にハンドルがあり、それを回すと張形が上下するという仕掛けだ。

 鞭打ちの前に見せられたので、どういうものかは知っている。

 エルヴェラは、ゼルの指示で、上を向く張形がロクサーヌの脚の真下に来るように箱を置き、脚の長さを固定する。

 張形の先端は、膝を固定されて開脚させられているロクサーヌの股間のすぐ下だ。

 

「……ごめんね。こんなことになるなんて、予想外よ……」

 

 エルヴェラがからくり仕掛けを設置しながら、ゼルには聞こえないようにささやく。

 ロクサーヌはかすかに頷いた。

 すると、思い切りエルヴェラに尻を叩かれた。

 

「きゃん」

 

「みっともないマゾだこと。鞭打ちで慎みなく感じて、そんなに股間を濡らしたかい。だったら、この張形は気に入るだろうさ。いくよ──」

 

 一転して、エルヴェラがゼルに十分に聞こえるように大きな声を出す。

 実のところ、予知夢でチムルやモイラがゼルに毒を盛るのを見たというのは、エルヴェラから指示を受けた謀略であり事実ではない。

 つまりは、ずっと忠実だった部下や恋人をゼルに粛清させて、ゼロの求心力を一気に削ごうという計略なのだ。

 ゼルの引き落としのための貴族たちの工作の全部をロクサーヌは把握はしていない。

 ゼルに反乱を企てている一派は、あらゆることをしてゼルから力を削ごうとしており、これもその一環であるそうだ。

 

 ゼルに最も近かった女ふたりが裏切る予知夢について、ゼルは信じるだろうし、信じない理由はない。なにしろ、ゼルはロクサーヌが隷属の効果により嘘が言えないと思い込んでいるのだ。

 それに、ロクサーヌの予知夢はずっと当たっていて、信頼もしているだろう。特に、先日、ハロンドール王国におけるキシダイン卿の失脚を予言したことで、ゼルはどんなにあり得ないと思うような未来だろうと、ロクサーヌの予知夢に出たことは起こり得る未来だと認識を固くしたようだ。

 そうなれば、もともと、猜疑心の強い性格だし、裏切りや敵対には苛烈だ。エルヴェラは、かつての部下や恋人を見限ると予想しているようだった。

 しかし、予測の外だったのは、ゼルが予知夢を伝えたロクサーヌに、いきなり激しい拷問を開始したことだったみたいだ。

 ゼルによって、この拷問部屋に連行されたロクサーヌだったが、一緒についてきたエルヴェラに幾度か謝られていた。

 

 いずれにしても、予知夢をルカリナとともに見たと言わなくてよかったと思った。

 予知夢は、ルカリナと愛し合ったときのみ見るが、お互いの夢に表れるのは、それぞれの視点による内容なので、必ずしも予知夢をふたりとも見るとは限らないのだ。

 今回については、整合性が取れなくなることがないように、ロクサーヌしか見ていないと伝えた。

 だから、ゼルの拷問を受けるのは、ロクサーヌだけだ。

 それはよかったと思った。

 

「待て、エルヴェラ。それじゃ不十分だよ。もっと苦痛が大きいように、一番太いものに変えてやろうよ」

 

 そのとき、ゼルが声をかけてきた。

 エルヴェラがちょっと硬直したのがわかった。

 

「一番、太いもの……ですか。あれを?」

 

 エルヴェラはちょっと引きつった表情になったが、すぐに取り繕い、嗜虐の顔を浮かべ直す。

 

「そうですね。そうしましょう。膣が破けても治療する手段はあるし、この娘は貪欲なほどに、マゾで淫乱だから、多分悦ぶでしょう」

 

 ハンドルが回って、一度張形が下がる。

 箱を開いて、中にある引き出しのようなところから、別の張形を取り出した。

 ロクサーヌは鼻白んだ。

 エルヴェラが出した新しい張形は、男の腕ほどの太さがあったのだ。

 絶対に入らない──。

 ロクサーヌは恐怖に陥った。

 張形は根元をねじで固定するようになっていて、装着されていた張形が外され、そこに巨大張形が設置された。

 見下ろすと、やはり大きい。

 ロクサーヌは震えてしまった。

 

「む、無理です。は、入りません──」

 

「そんなことはないさ。まあ、たっぷりと潤滑油は塗ってやるさ。何事も経験さ」

 

 エルヴェラが油剤を取りに行く素振りをする。

 

「待て、いらん」

 

 だが、それをゼルが留めた。

 

「えっ?」

 

「そのままぶち込もう。やれ」

 

「えっ、しかし……」

 

「いいんだよ。このロクサーヌは苛めれば苛めるほど、悦ぶんだから」

 

 ゼルが笑った。

 その表情の底にある冷酷さに、ロクサーヌはぞっとしてしまった。

 

「そ、そうですか……。ふん、じゃ、じゃあ、覚悟しな、ロクサーヌ」

 

 エルヴェラがハンドルを回して、巨大張形をロクサーヌの股間の裂け目の真ん中にあてがう。

 それがゆっくとせりあがってくる。

 

「うぐうっ、あっ、いぎいいっ」

 

 必死で爪先立ちのかかとをあげる。

 しかし、それ以上は身体はあがらない。 

 そのあいだも、ハンドルを回されて容赦なく張形があがってきて、ずるりと先っぽが股間にめり込んだ。

 

「むぐううっ、うぐううう」

 

 しかし、さすがに大きすぎる張形は簡単には入っていかない。

 膣の先端に押されるように、腰が浮きあがる。

 だが、身体の重みで身体が下がり、ずぶずぶとロクサーヌの小さな膣を押し開き、ついに亀頭部分が内襞の中にずっぽしと入り込んだ。

 

「ふがああっ、あがあああっ」

 

 ロクサーヌはあまりの激痛に泣き出してしまい、悲鳴を部屋に轟かせた。

 エルヴェラは何ドルを回し続け、巨大張形は容赦なくせりあがる。

 また、身体が浮きあがっていく。

 

「手伝ってやろう」

 

 ゼルがロクサーヌの腰を持ち、体重をかける。

 ぐんと身体が沈む。

 

「うがああああ」

 

 張形が奥に押し込まれた。

 身体が引き裂かれる恐怖に、ロクサーヌは身体を限界までのけぞらせる。

 張形はさらにせりあがる。

 ちょっとずつ股間に張形がめり込み、ついに子宮部分まで巨大張形がロクサーヌの中に挿し入れられてしまった。

 

「ぐううっ、うぐうううっ、し、死んでしまます──。ああああっ」

 

 もう身動きもできない。

 ちょっとでも動くと、凄まじい激痛が走るのだ。

 ロクサーヌは息をすることもできないほどの苦悶に陥った。

 

「あと、三回回してやれ」

 

 ゼルだ。

 ロクサーヌは耳を疑った。

 ひと回しでどのくらい張形があがるのかわからなかったが、これ以上あげるというのが信じられない。

 ロクサーヌは泣きながら首を横に振る。

 

「でも……」

 

 エルヴェラが躊躇うような声を出す。

 

「やれ──」

 

「わかりました」

 

 エルヴェラがハンドルに手をかける。

 そのとき、はっとしたようにロクサーヌの裸身に目をやった。

 

「ま、まあ、あんた、これで感じているのね。こんなに乳首を勃起させて──」

 

 エルヴェラがびっくりしたような声で叫ぶ。

 まさか──。

 ロクサーヌは否定しようとした。

 だが、股間から拡がる激痛とともに、身体に拡がる得体の知れない疼きが肉体を席捲しようとしているのは感じていた。

 多分、その通りなのだろう。

 

「ふふふ、さすがはあんたね。じゃあ、まだ我慢できるわね。いくわよ」

 

 エルヴェラが勢いよくハンドルを回転させる。

 ぐんぐんと巨大張形があがり、子宮の中に張形の先端があがっていく。

 

「あがああああっ」

 

 ロクサーヌは絶叫した。

 そして、やっ張形の上昇が終わる。

 

「しばらくもがいてもらおうか。やはり、お前には拷問による被虐が似合うな。その張形に魔道力を注いでやろう。激しくうねり動くぞ。いくぞ」

 

 ゼルが言った。

 前からロクサーヌの下腹部に向かって手をかざす。

 だが、これが動く──?

 あり得ない──。

 ロクサーヌは蒼白になった。

 

「む、むりいいいい──」

 

 叫んだ。

 

「どうかな?」

 

 ゼルが笑った。

 次の瞬間、巨大張形がロクサーヌの中で振動を開始する。

 

「んごおおおお」

 

 ロクサーヌは意識を失った。

 

 

 *

 

 

「あがああああ──」

 

 目の前でモイラが大量の血を吐いて椅子から転げ落ちた。

 ゼルは、それを無表情で眺めながら、目の前のお茶を口にする。

 執務室である。

 人払いはしてあり、部屋にはゼルとモイラのふたりだけだ。

 重要な話があると言って呼び出し、向かい合うソファに座らせると、準備していた茶を飲ませた。

 モイラに口にさせる飲み物には、致死量の十倍の猛毒が入っていたが、モイラは警戒することなく、それを口にした。

 そして、少し経ったいま、のたうち回って暴れ始めたというわけだ。

 

「あがああああ──。な、なぜえええ──」

 

 モイラとしては、突然の仕打ちが理解もできないだろう。

 だが、昨日の朝、モイラとチムルがゼルを暗殺しようとするというロクサーヌの予知夢に接し、ゼルはふたりを始末することを決心した。

 ロクサーヌの予知夢には、明確な時期というものがなかったが、必ず裏切るとわかっている者を使う気にはなれなかった。

 すぐに処分しようと決めた。

 

 また。処分方法を毒殺に決めたのは、せめてもの慈悲だ。

 ロクサーヌの予知夢によれば、モイラとチムルがゼルを暗殺する際、その主犯は獣人のチムルらしい。

 モイラは、どちらかというと消極的に手伝う役割でしかなく、だから楽に死ねる方法にしてやった。

 

 しかし、チムルについてはそうはいかない。

 せいぜい、苦しんでから処刑すると決めている。まあ、それについては、エルヴェラの提案もあったのだが……。

 すでに、捕えて地下牢に監禁させている。

 魔道が遣えるので、魔道封じの首輪を嵌め、さらに手足を切断して、明日の朝まで男の囚人たちに輪姦させるように命令をした。

 今頃は、あれに対する凌辱が開始されているに違いない。

 すでに、未練はない。

 一時は婚姻さえ考えていたが、いまとなっては、あのときの自分の感情が不思議で仕方がない。

 

「ぐううっ、ぐっ、ぐっ」

 

 床で暴れ続けるモイラの動きが弱くなる。

 そして、何かを取り出そうとするかのように、その手が懐に動くのがわかった。

 ゼルは立ちあがり、懐に入った手を踏みつける。

 袋に入った粉薬のようなものを手にしていた。

 解毒剤かなにかだろう。

 特別に準備させたこの毒薬に効く解毒剤があるとは思えないが、足で蹴って薬を手放させる。

 モイラが完全に仰向けになる。

 そして、動きが止まり、その眼から生の色が消滅した。

 ゼルは鈴を鳴らした。

 人払いをしていた部下が戻ってくる。

 

「失礼します、陛下……。うわっ」

 

「なっ──」

 

 五名ほどの衛兵とともに部下が入ってきて、血を吐いて死んでいるモイラの姿にぎょっとしている。

 部下には、この場でモイラを処断することは伝えてなかった。

 ゼルが使う昔からの工作員であるモイラのことは知っているので、いつものように、一対一で指示をするのだと思っていただろう。

 全員が絶句している。

 ゼルは、蹴り飛ばしたために足先についたモイラの吐血をモイラの服にこすりつけて拭きながら、部下たちに目をやる。

 

「突然に血を吐いて倒れた。病気だったようだ。宮殿の外に捨てておけ」

 

 ゼルは護衛のうち三名についてくるように告げると、残りの者にそう言った。

 

 

 *

 

 

 チムルはぼんやりと天井を見つめていた。

 また、次の囚人たちが入っていたようだ。

 

 今度は何人?

 

 幾人かの男囚たちが、手足のないチムルを囲み、下品な言葉とともに下半身を露出する。

 もう一日以上続いている光景だ。

 だが、チムルはそれを頭に知覚することができない。ここに連れてこられた記憶も曖昧だ。

 おそらく、強力な幻覚剤を飲まされたと思う。

 薬を持ったのはゼル自身だ。

 寵愛を失って久しく閨に呼ばれることはなかったが、久しぶりに呼ばれたのだ。

 

 嬉しかった。

 あんなに愛を語ってくれ、チムルのために国すら奪ってくれたゼルの愛が失われるというのは信じられなかったが、やはり、チムルを遠ざけたのは一時的な気の迷いで、捨てられてはいなかったのだと思った。

 事実上の大公となったゼルの環境が変わり、多くの女性たちが彼の周りに集まるようになったのは意外とも思わなかったし、そういうものだろうとチムルは最初から考えていた。

 チムルはゼルに愛してもらいたがったが、別段、唯一の女になろうと思っていたわけでもない。いや、一番にすらなりたかったわけじゃない。

 ただ、少しでいいから、愛を向けて欲しかっただけだ。

 それだけで十分だった。

 

 チムルとの婚約を忘れたようになり寵愛を失っても、いつか、ゼルの心が戻ると信じていたし、それを待っていた。

 だから、ゼルに久しぶりに呼ばれたときには、心から喜んだのだ。

 

 そして、一服盛られた。

 閨で性愛を交わしながら、口移しで毒を盛られたのだ。

 頭が朦朧となり、手足が動かなくなった。

 次いで、意識がなくなって、気がつくと、魔道封じの首輪を掛けられてて、四肢が切断されていたのだ。

 

 さらに、意識が戻った瞬間に、男囚たちや看守たちよる凌辱が始まったというわけだ。

 一度犯した者も、ひと周りするとまだ犯したりして、もう一日以上は続いている。

 犯されているあいだに、頭の線がぐちゃぐちゃになるほどの強い媚薬を強引に飲まされたりして、いまでも知力が戻らない。

 もしかしたら、一生も戻らないかもしれないが、もうどうでもいい。

 おそらく、自分は死ぬのだろうと思った。

 理由はわからないが、ゼルはチムルを殺す決心をしたのだと思う。

 

 でも、なぜなのだろう?

 飽きたから?

 邪魔になったから?

 獣人だから?

 あるいは、新しい婚約者にしようと口にしていたエルヴェラという人間族の女がチムルの死を求めたから?

 わからない──。

 もう考える力も、その感情も残っていない。

 

 身体が持ちあげられる。

 

「あああっ、ああっ」

 

 股間に男根が挿入して律動を開始する。

 媚薬の影響が残っていて、気の遠くなるような快感が走る。

 チムルは手足のない身体を突っ張らせて身体を震わせた。

 すると、口の中に別の男の男根が入ってきた。

 

 なにも考えず、チムルはそれを舐め、吸い、口の中で擦る。

 

「おおおっ」

 

 股間に性器を貫かせている男が馬鹿みたいな声をあげて射精し、それに合わせるように、口を犯していた男のチムルに精を放った。

 すると、もぎ取られるように、待っていた男たちに身体を奪われ、すぐに股間に怒張を突き立てられた。

 

「あああ、ああっ」

 

 チムルは大きくよがり、もうそれ以上、自分を犯す男根のことしか考えられなくなった。



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1001 嵐の前

「ふふふ、なにか気に入ったものはあったかしら。娘になるあなたに、贈り物をさせてちょうだい。言っておくけど、これでも財はそれなりに持っているわ。まあ、あんたには、物欲がなさそうだけどね」

 

 エルヴェラがにこにこと微笑みながら、隣に腰掛けているロクサーヌに言った。

 大公宮に幾つかある談話室のひとつであり、ロクサーヌはそこにエルヴェラとともにやって来ている。

 前に拡げられているのは、宝石の類いだ。

 ロクサーヌも、妾腹といはいえ、一応は大公一族の端くれだ。多少の目利きはできる。

 並べられている美しい宝石群は、どれも一流の品物であることはわかる。

 また、目の前で商品を拡げて説明するのは、大公宮に出入りする御用商人だ。手代を称している三十歳ほどの男を連れていた。

 

「ロクサーヌ様は、とても可愛らしいお顔をしておられますからね。どれもお似合いになるでしょう。このネックレスなどいかがですか。イズムル石の一等品でございます。また、こっちはアメチ石。そして、どの宝石も魔石の粉を使った特別な研磨をしておりまして、宝石でありながら、魔力を込めることも可能なものです。たとえば、防御壁の魔道陣を組み込めば、短い時間ではありますが、咄嗟の歳に防御壁を展開することもできます。毒消しの魔道陣を刻めば、これを装着しているあいだは、毒を防ぐことができます」

 

 説明をするのは御用商人であり、手代は黙って、商品を拡げたり、片付けたりというのを手伝っている。

 今日は、エルヴェラがロクサーヌのために贈り物するという触れ込みで、御用商人に宝石などの装飾具を持ってこさせたということになっている。

 もちろん、商人を呼び出すことについてのゼルの許可は受けているらしい。

 

「ほう、面白いわねえ。どんな魔道でも刻めるの?」

 

 エルヴェラが身を乗り出した。

 

「それほど複雑な魔道でなければですが、我が商会も腕のよい魔道技師を揃えておりますので、満足して頂けるものをご提供する自信はございます」

 

「なるほどねえ。ならば、これなどはどう。これにも魔道を刻める?」

 

 エルヴェラが手を伸ばしたのは、並んでいる宝石群の中でも、赤ん坊の拳ほどの大きさの白いペルラ石だ。だが、通常のペルラ石はどんなに大きくても指先ほどの大きさが普通なので、これはベルラ石の中では巨石といっていい。

 おそらく、これもまた、なんらかの魔道処置をしていると思った。

 そうでなければ、この大きさはあり得ない。

 

「もちろん刻めます。しかし、この大きさでは、ネックレスにしても大きすぎますなあ。同じ形状のもう少し小さなものに致しますか? あるいは、これを土台になにかのかたちに加工してもよろしいですな。そして、ブローチなどにしてもよいかもしれません」

 

「いや、それには及ばないわ。この大きさのままでいい。ただし、形状は限りなく球体に近くで頼むわ。机上などに置く観賞用にするの」

 

「なるほど。では、それに見合う置き台も見繕わないとなりませんな。おい、右端の荷から宝石台の見本を出せ」

 

 商人が手代に指示をして、机の上に宝石台を五、六個並べ出す。

 見本というよりは、注文をイメージするための展示品という感じだ。宝石にしろ、宝石台にしろ、ここにあるものを買うのではなく、それを一例として、どのようなものを加工するのか指示をするのである。

 実際に物ができあがるのは、かなり先になる。

 いずれにしても、ロクサーヌのものを買うということになっているのに、商品を選んで喋っているのは、エルヴェラばかりだ。

 ロクサーヌはほとんど喋っていない。

 まあ、本当に興味がないので、どうでもいいのだが……。

 

「だが、この大きさであれば、魔道陣はひとつではなく、二種類刻めないかしら?」

 

 エルヴェラはさっきのベルラ石を指した。

 どうやら、これに決まりなのか?

 

「簡単なものであれば」

 

「いずれも、初級魔道よ」

 

「ほう。どのような?」

 

 商人が真っ直ぐにエルヴェラを見た。

 

「待って。ここから先は、ちょっと人数を制限させてちょうだい。ロクサーヌに贈る宝石にどんな魔道を組み込むのか知られたくないの。侍女と護衛はルカリナを除いて、全員さがりなさい。護衛は部屋の外で待機よ」

 

 エルヴェラの指示で、部屋の壁際にいた十名ほどの護衛と侍女が退出していく。

 彼らたちがいなくなり、部屋にロクサーヌとエルヴェラ、そして、ルカリナと、さらに商人とその手代の五人のみになると、手代が荷の中から小さな黒い箱をテーブルに置く。

 エルヴェラと商人が、その手代に視線をやった。

 すると、手代が頷く。

 

「この部屋にいかなる仕掛けがあったとしても、これで全て遮断する。喋って問題ない」

 

 手代が空いているソファに腰を沈める。

 商人が手代に頭をさげた。

 

「私は遮蔽袋を被って、後ろを向いております。声も視界もなくなりますのでご安心を。話が終わりましたら、肩を叩いて合図をください」

 

 商人が薄い布地でできた袋を手に取る。

 

「すまんな。感謝する」

 

「いいえ。私たち商会は、スペンサー家のご主人様には大変お世話になりました。できることはなんでもいたします」

 

 商人はそう言うと、壁際に向かってこちらに背を向け、その袋を頭にすっぽりと被った。

 それで、一切の外部からの音などが遮断されるのだろう。

 

「久しぶりね、ガット兄さん」

 

「お前もすっかりと、あばずれの真似が似合っているぞ……。ええっと……」

 

「エルヴェラよ。そう名乗っているわ」

 

「そうだったな。エルヴェラだ。女伯爵だ」

 

 手代ということになっていた三十過ぎの男、ガットと呼ばれた男が笑った。

 エルヴェラとは随分と親しげだ。

 “兄さん”とエルヴェラが呼んだが、兄妹?

 だが、ロクサーヌが考えたことがわかったのか、エルヴェラが笑って首を横に振る。

 

「兄妹なんかじゃないわ。従兄妹よ。幼い頃、二年ほど一緒に暮らしたことがあったわ。その頃の名残ね」

 

「まだ、シャルル様たちが生まれる前だな。ところで、お前がロクサーヌか。改めて名乗ろう。ガット=スペンサーだ。いつもは偽名を使っているが、いまはあえて、スペンサー家を名乗っておく。本家がゼルに粛正さされてから、生き残りのスペンサー一族は、俺がまとめた」

 

 ガットがロクサーヌを値踏みするような視線を向けながら言った。

 

「ガット兄さん。仮にも次期大公様よ。あたしたちが担ぐね。態度は改めなさいよ」

 

 エルヴェラが呆れた口調で口を挟んだ。

 

「まだ大公ではない。大願が叶えば、それなりの敬意は示す。だが、いまはまだ、力のない小娘であろう。ゼルの手のついた性奴隷のな」

 

「言っていくけど、あの男は、ロクサーヌ様に一度も手を出したことはないわよ。まあ、倒錯した感情をもっているかもしれないけどね」

 

 エルヴェラだ。

 倒錯した感情?

 

「ふん、どうでもよい。この娘がゼルの慰み者というのは、誰も知っておる公然の秘密よ。まだ童女だったロクサーヌに恋慕したあれが、無理矢理に養女にして、手元に引き取ったのであろう」

 

 驚いた。

 そんな噂になっているのかと思った。

 でも、本当に?

 

「どうでもいいでしょう──。そもそも、ロクサーヌ様という神輿(みこし)があって、初めて成功する反乱よ。あたしたちは、彼女を担いでゼルを排除する。ゼルを排除するのは簡単でも、問題はその後よ。大公一族の血を引く、彼女が必要なのよ。ロクサーヌ様を次の大公とすることで、反乱勢力をまとめあげたんでしょう。彼女がいなくなれば、ゼルを殺しても、また、次の大公の座を巡って、あっという間に内部分裂よ」

 

「わかっている」

 

 すると、ガットが尊大そうな態度で腰掛けていた姿勢をただし、すっとロクサーヌに向かって深く頭をさげた。

 

「我らが旗頭になっていただきます、ロクサーヌ殿下」

 

「わかりました。あなた方が望むように、旗頭にでも、傀儡にでもなります」

 

 ロクサーヌの言葉に満足したのか、ガットが大きく頷く。

 

「……それと、エルヴェラを通じて求められたチムルという獣人族の女の救助だが密かに、彼女の仲間による脱獄を手引きをさせました。連中は死体を入れ替えて、牢から脱出させたようですが、酷い状況だったようです。でも、あれを助けることになんの意味があるので? なにかの恩義でもあるのですか?」

 

 チムルというゼルの恋人だった獣人女性が地下牢に入れられたと耳にして、エルヴェラを通じて頼んだのは、できれば助けて欲しいということだ。

 モイラにしろ、チムルにしろ、ロクサーヌがゼルに嘘の予知夢を口にしなければ、死ぬことはなかった者たちだ。

 無分別に人の死を厭うわけではないが、ゼルがふたりの処刑を実行したことで、ゼルの昔からの部下たちがゼルを離反する状況を作りあげるという目的はすでに達したはずだ。

 ならば、できれば助けたかった。

 偽善といえば、偽善だが……。

 

「面識はありません。ただの自己満足です。ありがとうございました……。それと、ほかのわたしからの要求ですが、後ろに立っているルカリナ、彼女との静かな生活を要求します。いずれ、わたしにそれを与えると約束してください」

 

「ルカリナ? そこの獣人族の護衛のことか?」

 

 ガットは初めて、ルカリナの存在に気がついたような表情になった。

 そして、怪訝そうにロクサーヌに視線を戻す。

 

「そのルカリナです。わたしの大切な人です」

 

 ロクサーヌはきっぱりと言った。

 ガットは面食らったような顔になったが、すぐに噴き出した。

 

「ガット兄さん、無礼よ」

 

 エルヴェラが不快そうに言った。

 

「いいでしょう。我らの傀儡になっていただく代償に、ロクサーヌ様とそのルカリナに安寧の生活を贈ると約束いたします。ただし、十年は大公でいていただきます。そのあいだ、婚姻はしないでいただきたい。あなたに子ができれば、その子に継承権が生まれます。物事は複雑になりますから」

 

「婚姻については、その気はありません。でも、十年も……? 一年では?」

 

「一年? まさか。十年あれば、この国を大貴族による合議制の体勢に移行できます。だが、一年では……」

 

「一年で無理なら二年で。わたしが大公として、貴族議会を開きます。大公の命令は、すべて議会の承認を必要とするものと決め、実際の政事は議会が作る執行機関に委ねましょう。そうすれば、もっと短いかたちで自然に、あなたの主張する合議制の体勢が作れるのではありませんか」

 

「大公自らが自らの権威と権限を縮小するということですか?」

 

 ガットは不思議そうな顔になった。

 ロクサーヌは微笑んだ。

 

「もともと、なんの力もない傀儡のつもりです。でも、この国がひとつにまとまるためにできることはいたしましょう。ガット殿が大貴族を主体とした合議制体制がもっとも国を強くするというのであれば、そうしてください。でも、十年では遅すぎます。できれば、一年──。どんなにかかっても、二年でこの公国を再びまとめてください」

 

「二年という時間に、なにか意味が?」

 

「まとまることができなければ、この公国は外敵に必ず滅ぼされます」

 

 ロクサーヌはきっぱりと言った。

 すると、ガットがちょっと圧倒されたかのように、面食らった顔になった。

 そのとき、ぱんと大きく手を叩く音がした。

 エルヴェラだ。

 

「さて、あまり長く話し込むと、疑いを呼んじゃうわ。顔見せはここまでにしましょう。あの坊やを引きずり落とした後のことは、それからでもできる。いまは、お互いに協力できるということを確認できただけで十分じゃないかしら」

 

「そうだな。確かに。我々は協力できる。ロクサーヌ殿、時は明日──。我々は明日動く」

 

 ガットが言った。

 

「わかりました。ならば、わたしもその先頭に立ちましょう」

 

「ロクサーヌ殿が?」

 

 ガットは驚いたようだ。

 しかし、ロクサーヌは、もしも、反乱が実現するのであれば、そうしようと決めていた。

 

「立派な旗頭になってみせますね。それに、あのゼルには、わたしもルカリナも恨みがあるのです。あの男が転げ落ちるのをじっと待つだけなど、我慢できるわけありません。できれば、わたしたちも舞台に立ちたいです」

 

 ロクサーヌは微笑んだ。

 意外だと思ったのか、エルヴェラもガットも、ちょっと戸惑ったような顔になった。

 しかし、すぐに、まずはエルヴェラが笑顔になって口を開いた。

 

「恨みなら遠慮をしないで晴らしましょうよ。あれをどうしたいの? どんな風に殺したい? なにか仕返ししたい?」

 

「仕返し……ですか」

 

 そう言われても咄嗟には思いつかない。

 ロクサーヌがちょっと黙っていると、ずっと黙っていたルカリナが動いて、前に出てきた。

 なんとなく、三人の視線がルカリナに集まる。

 

「その場で、殺さず、囚人としての日々を。そして、処刑の日まで、女の格好をさせて、男に毎日犯させる」

 

 すると、ルカリナが無表情で言った。

 エルヴェラが噴き出した。

 

「そりゃあ、いいわねえ。絶対にそうしてちょうだい、ガット兄さん。それと、ロクサーヌが受けた拷問具に、無理矢理に巨大張形をねじ込む道具があるんだけど、それをあれの尻に突き刺すってのは?」

 

「是非に」

 

 エルヴェラの言葉にルカリナが頷く。

 えっ、あれを?

 ロクサーヌは呆気にとられた。



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1002 カロリック公国の政変

「いや、ああっ」

 

 エルヴェラの裸身が身体の下で狂おしく悶えて、腰を振り立てる。

 平素は勝ち気で気丈夫な性質のエルヴェラだが、閨ではこんな風にゼルの性技の手管に圧倒されて、弱々しくなる。

 これがエルヴェラの魅力だ。

 ゼルは、エルヴェラの熱い媚肉に怒張を押し立てていく。

 すでに蜜でびっしょりだ。

 挿入すると、奥に奥にと吸い込むように膣が動く。

 それに耐えて、ゼルは焦らすように半分で留めた。

 

「ああ、とめないでえ──。早くうう──。して──。もっとして、ゼル──」

 

「欲しいのか、エルヴェラ? 欲しければ強請ってみろ」

 

 ゼルは腰を逆に引くように動いて笑った。

 こういう焦らし責めも、最近覚えた性の技だ。

 すぐに奥まで挿入せずに、ゆっくりと律動すると、エルヴェラは必ずよがり狂う。

 

「気が変になるわあ……。お願いよお……」

 

 エルヴェラの膣がゼルを求めて、ぎゅうぎゅうと搾りながら揺すり引き込んでくる。

 これが気持ちいいのだ。

 ゼルはしばらくエルヴェラの痴態を愉しんでから、ついにぐっと最奥まで怒張を突っ込んだ。

 

「ああああっ、いいいいいっ」

 

 エルヴェラが乳房を揺すりたてて、ゼルの一物を咥えたまま激しく腰を振った。 

 そして、歓喜の声を放つ。

 ゼルは、怒張の先端が届いているエルヴェラの子宮を押し上げるように抉る。

 

「うああああっ、ああああっ」

 

 エルヴェラがすっかりとよがり狂った様子で四肢のすべてでゼルの胴体にしがみつかせる。

 ゼルは、快感に酔うエルヴェラを犯しながら、ここにはいない娘のことを頭に浮かべた。

 エルヴェラに限らず、女に精を放つ間際になると、いつもその顔を思い出すのだ。

 

 ロクサーヌ──。

 

 苦悶に悶える姿──。

 恥辱と羞恥にまみれ、心からの哀しみを見せる姿──。

 痛みや苦しみに震えながらも、それを欲情に変えて愛汁を垂らす淫乱さ──。

 

 あれを思い出す。

 

「くうっ、うっ」

 

 ロクサーヌのことが頭によぎった瞬間、ゼルは性欲の制御を失ってしまった。

 一気にエルヴェラの中に大量の精を放出した。

 

「あああ、いぐううっ」

 

 身体に巻き付いているエルヴェラの四肢がゼルの身体をこれでもかと締めつける。

 そして、貫いているゼルの怒張をぎゅうぎゅうと締めつけながら、エルヴェラが裸身をがくがくと震わせた。

 

 そのときだった。

 強い音で寝室の扉が叩かれている気がした。

 ゼルのことを呼んでいるような……。

 エルヴェラを離して、顔を向けようとした。

 

「ああ、やめちゃいやあっ──。もっと、もっとです、ご主人様──」

 

 だが、離れようとしたゼルをエルヴェラが顔を掴んで引き戻す。

 

「ご主人様?」

 

 いつもにはない呼び方に、ゼルはくすりと笑った。

 

「え、ええ、あなた様はあたしのご主人様よ──。もっと、苛めてください。荒々しく、物のように扱って苛めて──」

 

「物のようになあ。お前がロクサーヌにするように、お前は俺から苛めて欲しいということか?」

 

 ゼルは笑った。

 このエルヴェラは、ゼルに抱かれる女ではあるが、なぜか、あのロクサーヌには執着し、彼女を苛め抜くということに強い欲情を覚えるところがある。

 それは、心の底でゼルがロクサーヌに抱く執着心と似ているようであり、なんとなくおかしみを持って接していたのだ。

 だが、エルヴェラのロクサーヌへの嗜虐性は、エルヴェラ自身にある被虐性の裏返しもでもある。

 それくらいはわかるのだ。

 

 すると、さらに扉の外の物音が大きくなったと思った。

 怒鳴り声のようなものも、ひとりではなく複数になった?

 

「んっ、ちょっと待て、エルヴェラ」

 

 ゼルは我に返って立ちあがろうとした。

 しかし、またしても、エルヴェラが身体の下からしがみつく。

 さらに、ゼルの耳を手で押さえる。

 

「こうしてしまいますわ。これで聞こえません。さあ、ゼルご主人様──。あたしを犯してください。もっと、もっとです──」

 

 エルヴェラが甘く求めてきた。

 その物言いがおかしくて、ゼルは思わず相好を崩した。

 

「陛下あああ──。陛下あああ──」

 

 だが、突然に寝室の扉が外から開いて、誰かが入ってきた。

 側近にしている人間族の貴族だ。数名いる──。

 

「貴様ら、何事だあああ──。寝室に無断で入ってくるなど──。外の衛兵はどうした──」

 

 びっくりして怒鳴りあげた。

 いまだに、エルヴェラに跨がり、怒張を貫いたままなのだ。

 

「え、衛兵などおりませんよ──。それに、何度も呼び掛けました──。とにかく、それどころではございません──。反乱です──。大公宮の庭はすでに松明の火で満ち満ちております。大公宮すらも攻め入られている様子──。急ぎ、服装を整えて、場合によっては脱出の準備も──」

 

 側近が扉のところで跪いて叫んだ。

 ゼルはびっくりした。

 慌てて、エルヴェラから離れる。

 

「な、なにかの間違いだろう──。衛兵隊に対応させろ──」

 

「その衛兵が反乱勢力に加わっております──。すぐに──」

 

「なんだと──?」

 

 反乱か──。

 しかも、衛兵が反乱に参加している?

 ゼルは狼狽えた。

 とにかく、服を着ようと、寝台の近くにある椅子に手を伸ばした。そこにエルヴェラを抱く前に脱いだものを全部かけていたのだ。武器の類いもだ。

 部下たちからは、閨であろうと、近習のものを同室させて、衣類や武器や魔道具の管理をさせるべきだと忠言はされていたが、さすがに見られながら性行為をする気にはならず、エルヴェラも嫌がったので、そんな風にしていたのだ。

 

 しかし、はっとした。

 服がない──。

 

 ほかにも、一切のものがなくなっている。

 もしかして、エルヴェラが準備してくれたのかと思ったら、エルヴェラは裸身にガウンをまとい、寝台にあった掛け布やシーツを引っ剥がして、魔道の収納袋のようなものに無理矢理に詰め込んでいる最中だった。

 そのエルヴェラは寝台の反対側だ──。

 

「エ、エルヴェラ──?」

 

 目が合った。

 すると、エルヴェラは悪戯が見つかったかのように、にっこりと微笑んだ。

 

「服も武器も、身体にまとうようなものは隠したわよ。伝えとくけど、この部屋にも、隣の部屋にも、とっさに身体にまとうようなものはなにもないから探しても無駄よ。事前に隠しておいたからね。逃げたければ、フルチンで逃げるのね」

 

 そして、跳躍した。

 扉のところに跪いていた側近たちの横を脱兎のごとく駆け抜けて、部屋の外に逃げていった。

 

「捕らえろ──」

 

 叫んだ。

 だが、そのときには、エルヴェラの姿は完全に消えてしまっている。

 あっという間のことだ。

 

「こ、これは……? どうして──?」

 

 側近たちは呆気にとられている。

 だが、ゼルはやっとわかってきた。

 もしかして、エルヴェラはいま起きている反乱の一味か──。

 それで、服を隠した?

 

「服を探してこい──。いや、まずはお前の服を貸せ──」

 

 側近のひとりを捕まえて、無理矢理に上着を剥ぎ取った。

 それを腰の周りに巻く。

 この部屋には窓もない。だから、カーテンすらないのだ。

 そして、喧噪がいよいよ近づいてきた。

 悲鳴のような声も耳に入ってくる。 

 

 部屋にある机の引き出しを開く。

 誰にも教えてないが、「移動術」の魔道紙を隠しているのだ。大公宮全体については、移動術をはじめとする多くの魔道を無効化する術紋で覆われているが、この移動術の魔道紙だけは、それを破れるのだ。

 使い捨てだが、人ひとりを大公宮の外まで一瞬で運んでくれる。

 

「なっ」

 

 だが、引き出しの中にある隠し場所の仕掛けを外したが、そこにはなにもない。

 魔道紙は消え去っている。

 

「エルヴェラめ──」

 

 大声をあげた。

 すると、さらに廊下が騒がしくなり、衛兵が大勢入ってきた。

 気がつくと、ゼルは衛兵に両脇を押さえられていた。部屋にいた側近たちもだ。

 両手を背中に回させられて、手錠を嵌められた。足首にもだ。

 そして、それに魔道封じの紋様も刻まれていることに気がついた。

 

「なんの権限で、僕を捕らえる──。大公代理として命じる。すぐに拘束を解け──」

 

 すでに十数名の衛兵には入り込まれていたが、その中に衛兵隊長のひとりを見つけて怒鳴る。

 

「いいえ、すでに、ゼル殿は、大公代理を解任されております。そして、前大公陛下の命令により、わたしが新たな大公となりました。半ノスほど前から、わたしが大公です」

 

 廊下から声がした。

 驚いて視線を向ける。

 すると、真紅をマントを身につけたロクサーヌが部屋に入ってきた。

 一緒にルカリナがいて、さっき逃亡したエルヴェラもまた、ロクサーヌの後ろにいる。さらに十名ほどの護衛兵らしき衛兵もだ。

 ゼルは唖然とした。

 

「な、なんだ、この茶番は?」

 

「茶番とはご挨拶ですね。新大公として、あなたの捕縛を命令しました。わたしの父であったギストン公、兄のアントワーク、そして、ビンス公、カートン公、ほかにも大勢の殺害に関与しておりますよね、ゼル様。そして、可哀想なシャルル様の誘拐も。ご記憶がおありですよね?」

 

 ロクサーヌが蔑むような視線をゼルに向ける。

 この娘は、こんな表情もできるのかと思った。

 

「いまは、僕が君の父親なんだけどね」

 

「あなたを父と思ったことは一度もありません」

 

 ロクサーヌが毅然として言った。

 ゼルは舌打ちした。

 

「ところで、お前が大公というのは?」

 

「病床の大公陛下が、わたしを大公に任命するとともに、自らの退位を表明されました。証書もあります」

 

 ロクサーヌが横に視線をやる。

 すると、ひとりの男が一枚の羊皮紙をかざした。

 確かに、大公位をロクサーヌに譲位することを宣言する証書のようだ。サインもある。

 だが、あの男はすでに意識がないほどの病床の身だ。

 文字など書けるわけがない。

 

「大公は意識のない病床だ。その証書は偽造したものか?」

 

 ゼルはせせら笑った。

 しかし、ロクサーヌは優雅そうに微笑む。 

 

「いえ、この証書にサインをなさるときと、わたしに大公位を譲位すると宣言をされたときには、しっかりと意識を保っておられました。いまは、また意識がありませんけど」

 

「馬鹿な……」

 

「本当ですよ。前大公代理閣下。私も立会しました。ロクサーヌ新大公陛下のお言葉に間違いがないことを私も証明します」

 

 すると、証書をかざしていた男が言った。

 はっとした。

 やっと、その男が誰なのか気がついたのだ。

 

「ガット=スペンサーか……。生きていたか……」

 

 スペンサー一族の生き残りとして、公国中に手配をしていた男だ。それがロクサーヌについたということか……。

 それで、この反乱か。

 スペンサー家の傍系だが、英才と知られていて、ゼルは早くから理由をつけて粛正をするつもりだった。

 しかし、それを察したこの男は野に隠れ、自分を隠匿させてしまった。

 そして、一年をかけて、ゼルを引き落とす準備と手筈を整えたということか……。

 無駄なことを……。

 

「あの病人を無害だと思って生かしておいたのが失敗だったね。こんな偽の大公交替の演劇を作られる隙を与えてしまうとはな。いずれにしても、無効だ──。ロクサーヌ、命令だ。俺の拘束を解いて、そのガット=スペンサーの捕縛を指示せよ」

 

 ロクサーヌを隷属していることをこれだけの者の前で明らかにするのはまずいが仕方がない。

 ゼルは明確に、“命令”という言葉を口にした。

 隷属されている者は、この言葉を鍵として、絶対的のその言葉に従うことになる。

 だが、ロクサーヌは反応しない。

 相変わらずに優雅に微笑んでいるだけだ。

 

 どうして……?

 まさか……? 

 いつの間にか、隷属が消えている?

 そんなはずは……。首輪奴隷とは異なり、紋章奴隷の隷属を外すのは事実上不可能だ。余程の高位魔道遣いでもいれば別だが……。

 

「ルカリナ、これは絶対の命令だ──。俺を守れ──。ロクサーヌに、俺の言葉に従うように命じよ──。これは絶対の命令だ──」

 

 怒鳴った。

 なにかがおかしい。

 背にどっと冷たいものが流れる。

 すると、ルカリナが剣を抜いた。

 そのまま近づいてくる。

 

「ひいっ」

 

 思わず声をあげてしまった。

 ルカリナに、腰に巻いていた側近の上着を剥ぎ取られた。

 

「うわっ」

 

「お前の命令、従う素振り、そのたびにずっと不快だった。あたしに、命令していいの、ローヌ様だけ──」

 

 ルカリナが蔑んだ目でゼルを見下ろす。

 その瞬間、ずっとルカリナとロクサーヌに騙されていたことを悟った。

 

「うわああああ」

 

 慌てて逃げようとした。

 だが、後手に手錠をかけられ、足首にも枷をつけられているのだ。さらに両側を衛兵に押さえられていて、どうにもならない。

 そのとき、ルカリナが剣を一度おろし、剣の平たくなった腹の部分で睾丸を叩きあげられた。

 

「ほがああああっ」

 

 軽く叩いた感じだったが、脳天を貫くような激痛が走った。

 ゼルは悶絶しかけた。

 

「連れていく。逆らうたびに、玉を打つといい。ローヌ様への、仕打ち、こんなものじゃ、晴れないけど」

 

 ルカリナが言った。

 

「地下牢まで連れていけ」

 

 ガット=スペンサーが怒鳴る。

 すると、衛兵が動き出した。

 

「せいぜい遠回りをして、こいつのみっともない姿を晒しながら行くといいわ」

 

 エルヴェラが道を開けるように脇に避けながら笑った。

 

「この売女が……」

 

 通りすぎるときに、ゼルはありったけの憎悪を込めて、エルヴェラを睨んだ。

 この女もまた、ゼルを裏切っていたのだ。

 

「じゃあね、粗珍男。いまだから言うけど、あんたとの性交は最低だったわ」

 

 そして、両側を衛兵に掴まれているゼルの睾丸を持っていた扇子で下から叩いた。

 

「ぎゃあああ」

 

 またもやとんでもない激痛が走り、ゼルは崩れ落ちかけた。

 だが、衛兵に無理矢理に引き起こされる。

 

「行け──」

 

 ガット=スペンサーが再び怒鳴り、ゼルは無理矢理に大公宮の廊下を歩かされはじめた。

 素っ裸で──。

 

 


 

 

「ご苦労様、なかなかに様になっていたわ、大公陛下」

 

 部屋に戻ると、エルヴェラがお道化て言った。

 いままで使っていた私室でもなく、政務次官としての執務室でもなく、新たにあてがわれた新大公としての部屋だ。

 今夜からは、ここがロクサーヌの私室になる。

 護衛も侍女たちも人払いをしていて、部屋にいるのは、ロクサーヌのほかには、エルヴェラとルカリナだけだ。

 警護の者は、部屋の外にはいるが、室内には立ち入らないようにしている。

 指示をしたのは、エルヴェラだ。

 

「ご苦労、さま」

 

 ルカリナが三人分のお茶を準備して、テーブルに並べ、自分はロクサーヌの横に腰をおろした。また、エルヴェラは向かい合わせの椅子である。

 三人だけなので、儀礼のようなものはない。

 ルカリナもすでに護衛の格好はしていない。

 

「ありがとうございます」

 

「これからだけどね。あたしは、あなたの侍女長ということにするわ。常にあんたの近くにいる。身の回りの世話もね。これから、色々な者があんたに接すると思うけど、あたしが教える者以外は油断しないで。全員を敵と思いなさい。あんたの絶対の味方は、まずはルカリナ。そして、あたしよ」

 

「一番、安心できない」

 

 ルカリナがぼそりと言った。

 エルヴェラがにっこりと微笑んだ。

 

「全部が全部を疑ってたら、足もとを逆にすくわれるわよ。さっきのゼルのようにね。味方を見極めることも大切よ……。まあいいわ。ところで、腕を前に出して、ロクサーヌ」

 

「え?」

 

 どうしてとは思ったが、素直に両手をエルヴェラに向かって出した。

 すると、その両手にいきなり手錠を掛けられた。

 しかも、手錠の中心の鎖の部分に縄がかかっていた。

 

「それ」

 

「きゃあ」

 

 縄を引かれて、テーブルに真っ直ぐに腕を伸ばすようにして、身体全体を引っ張られる。

 そして、縄の端末をテーブルの脚に結ばれ、ロクサーヌはテーブルに上半身を突っ伏すような格好にさせられえてしまった。

 

「な、なにをするのですか、エルヴェラ様──?」

 

 びっくりして声をあげた。

 

「ふふふ、大人しくしなさい」

 

 エルヴェラがロクサーヌの背後にまわり、お尻をスカートの上から叩く。

 

「きゃん」

 

 ロクサーヌは上半身をテーブルの上に載せて、お尻を突き出して、両脚で立つような体勢になっている。

 

「わたしのことは、エルヴェラと呼び捨てにしなさい。あんたの侍女なんだから。ところで、昨日選んだ宝石のこと覚えている? ペルラ石よ。突貫作業で加工させたわ。魔道紋も刻んだのよ。ほら、これ」

 

 エルヴェラが魔道袋から、真っ白い赤ん坊の拳ほどの球体をとり出して、ロクサーヌの顔側に持ってきて見せる。

 昨日、ガットと会う際に、商人の手代にやつした彼に来てもらうための芝居として、宝石を購う素振りをしたが、そのときにエルヴェラが選んでいたものだ。

 もちろん覚えている。

 昨日、見たときに比べて、表面の角が削ぎ落とされて完全な球体になっていた。

 

「昨日の大きな石か。なんの魔道、刻んだ?」

 

 動じることなく見守っている感じだったルカリナが、横から口を挟んできた。

 

「ふふふ、刻ませたのは“洗浄”の魔道と“振動”の魔道。あたしからの大公就任祝いよ。魔力を溜めるための魔石のついたブローチもあげるわね。これがあれば、ルカリナでも、これを使って魔道調教ができるわよ。四六時中、振動で刺激してやってね。つまりは、このロクサーヌのお尻をふたりで調教しようということよ。いい考えでしょう」

 

 エルヴェラがくすくすと笑った。

 えっ──?

 お尻?

 

「ほう、面白い。これをローヌのお尻の中に?」

 

「入れておけば勝手に洗浄してくれて、常にきれいに保てるわ。排便の必要もなくなるのよ。そういう魔道なの。そして、お尻が身体のどこよりも感じる場所になるように、ふたりで毎日刺激してあげるというのはどうかしら、ルカリナ? 媚薬も交替で塗ってあげましょうよ。毎日ね」

 

「面白い、な」

 

 エルヴェラとルカリナがロクサーヌのお尻の前で、そんな会話をしている。

 ロクサーヌは焦った。

 

「ちょっと待って──」

 

「待たない。ローヌはいつものように、なにも考えなくて、いい」

 

 ルカリナだ。

 彼女が一度離れてから、すぐに戻ってきた。

 しかし、ロクサーヌはテーブルに貼り付けられているので、身体の後ろで行われていることは見えない。

 

「なによ、それ?」

 

 エルヴェラが面白がるような声で言った。

 

「ローヌの好きな、掻痒剤。まずは、これで解す。そんな大きい石は、すぐに入らない」

 

「なるほどね」

 

 エルヴェラが笑って、ロクサーヌのスカートを腰の上までまくりあげた。

 さらに、多分、ルカリナと思うが、腰から下着をおろされて、お尻を剥き出しにされる。

 

「ま、待って、お尻って、いきなりそんな……」

 

「いいから、いいから、あたしたちに任せなって」

 

「そういうこと。いくよ」

 

 ルカリナがゆっくりとロクサーヌのお尻をくすぐるようにくつろがせ、油剤のようなものをじわじわと、お尻の穴の周りに塗りつけていく。

 

「あたしも手伝うわね。あたしはこっちを受け持つわ。前後を一緒に刺激した方が調教の効果もありそうだしね」

 

 すると、エルヴェラも油剤のようなものを指に塗って、クリトリスから股間の亀裂にかけてをゆっくりとまさぐってくる。

 

「ああ、やん──。そんなのいやっ、助けて──」

 

 前後にルカリナとエルヴェラの指責めを受けて、ロクサーヌは身体を弓なりにして引きつった声をあげてしまった。

 

「もうすぐ痒くなるわね。あたしって、この娘の苦悶する顔が可愛くって仕方ないのよ。ほんと、すっかりと病みつき」

 

「ローヌは可愛い」

 

 ふたりが呼吸を合わせるようにして、愉しそうに愛撫の手を強め始める。

 ロクサーヌは、妖しい甘美感に襲われながら、これから自分が受けるであろう恥辱を想像して、被虐の快感がゆっくりと身体を痺れさせるのを感じてしまっていた。

 

 

 

 

(第18話『ある少女公主の物語(3)』終わり、『4』に続く)



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 第19話  ある少女公主の物語(4)─【16歳】
1003 会議は踊る


 いよいよ、公都における本格的な防御の準備が始まった。

 その内容について、女大公であるロクサーヌを参加しての枢密院会議による報告が続いている。

 ロクサーヌは、黙って報告を受けながら、居並ぶ枢密院の貴族たちを眺める。

 

 枢密院というのは、ロクサーヌが大公となったのと同時に作られた組織であり、立法上は、大公であるロクサーヌを支える諮問機関ということになっていて、約二十名の人間族の上級貴族から構成される。

 ただ、実際には、ロクサーヌはこの枢密院で構成される上級貴族たちの傀儡にすぎず、ロクサーヌは大公としての権力を握っていない。

 ロクサーヌに求められている役割は、大公による独裁制から上級貴族たちのよる寡頭制に移行するまでの過渡期の大公となり、この枢密院が名実ともにカロリックの最高行政機関となる体制が整うのを待ち、大公を退位をして権力を新たな寡頭制による政府に移行するというものだ。

 ロクサーヌも納得していて、宰相となったガット=スペンサーに、ゼムの統治によって荒れた公国の早急の立て直しをお願いしていた。

 

 できれば一年……。

 遅くとも二年……。

 

 さもなければ、カロリック公国は滅びる。

 ロクサーヌの予知夢は、それを教えてくれていた。

 だが、実際には、一年も過ぎないうちに、タリオ公国によるカロリック侵攻は開始されてしまった。

 三公国のかたちだけの宗主だった皇帝が冥王を復活させようという禁忌中の禁忌を犯そうとし、それを理由にタリオ軍が皇帝直轄領に侵攻したのだが、その皇帝一派をカロリック公国が匿ったという口実でだ。

 皇帝たちが冥王復活を企んだというのが寝耳に水ならば、タリオが皇帝直轄領に侵攻したのも驚きだった。しかも、タリオ軍の進撃は電撃のような速さであり、それが瞬く間にカロリックへの侵攻に移行したのだ。

 タリオ公国軍によるカロリック侵攻は、ロクサーヌは予知夢により予想していた。

 だが、全てが後手に回り、ロクサーヌにはなにもできなかった。

 予知夢などというが、それだけではなんの役にも立たないということを改めて思い知った。

 

 そして、抗議する余裕もなく開始されたタリオ軍による侵攻──。

 指揮官は、ランスロットというアーサー大公の服心の将軍だ。巧みな戦術と逆らった領主や守備隊長を家族ごと見せしめのように残酷に殺しながら、投降や調略による寝返りに対しては、篤く遇するというやり方で瞬く間に公都に進んでくる。

 すでに、公国の三分の一がタリオ軍に落ちているが、あの侵攻開始からまだ二十日ほどのことでしかない。

 ランスロット将軍の率いるタリオ軍の最前線からこの公都までは、すでに二個の砦しかない。

 また、タリオ軍が公都に近づくにつれ、公都から脱出しようとする者も増え、気がつくと枢密院の要員も三分の一ほどになっていて、やたらに空席が目立つ。

 

 報告は続いている。

 宰相のガット=スペンサーの報告によれば、公都で緊急に徴募した義勇軍の兵は、三千二百になったそうだ。

 それが多いのか、少ないのかは、ロクサーヌは判断はつかない。

 ただ、義勇軍といっても、タリオ軍が最初に国境を越えたとき、冒険者ギルドなどを通じて、戦うことのできる戦士については、すでに強制クエストで第一線に送っている。

 いま集めた義勇兵というのは、冒険者などという戦うことに慣れている者たちでなく、日常は武器をほとんど持ったこともないような者たちではないだろうかと思った。

 ロクサーヌは、報告が終わるのを待ち、口を開いた。

 

「義勇軍とした者たちは、戦う力を持っている者たちですか? 軍務の経験は?」

 

 ロクサーヌが質問をしたことに、ガットは嫌な顔をした。

 この手の会議でロクサーヌが言葉を発するということは滅多にない。明らかにむっとなって、ガットが応じる。

 

「ひと家族につき、一名以上の参加を義務づけています。軍務の経験は把握していません」

 

「つまりは烏合の衆ということですね。彼らをどこに配置に?」

 

「予備ということになるでしょうね。それまでは、調練に加えて、防御の準備を手伝わせます」

 

「素人にような者たちがそれだけいても、戦局を逆転するとは思えません。それよりも、市民の脱出計画を立ててください。ランスロット将軍は、これまで抵抗をした城郭には略奪をして火を放つということが専らです。公都における戦いが避けられないとなれば、戦闘のできない者たちは逃亡をさせてください」

 

「逃亡をさせて、どこに行かせようというのです。そんな場所はありやしませんよ」

 

「それを作るのが避難計画です」

 

「まあ、わかりました。ですが、やらなければならないことはいくらでもあります。物事には優先順位というものがありましてね。いずれにしても静かにしてもらえますか、大公閣下」

 

 ガットの物言いには侮蔑の響きがある。

 でも、ロクサーヌは、黙るわけにはいかない事情がある。

 タリオによるカロリック侵攻については、もっと幼い頃から何度も見てきた予知夢だ。

 しかし、その内容は、ロクサーヌの年齢の上昇とともに少しずつ変化をしてきている。

 数年前までは、タリオ公国が公都に近づくことによって、民衆が反乱を起こし、大公となったロクサーヌがルカリナとともに捕らわれて、その民衆によって残酷に処刑されるという内容に固定されていた。

 だが、最近では処刑される夢よりも、その民衆が火の海になった城郭の中でタリオ軍により虐殺されていくという夢も多くなってきた。

 あるいは、ロクサーヌとルカリナが逃亡に成功する未来もある。

 それが、このところ、毎日のように、変化をしているのだ。

 

 予知夢が変化をするということそのものが、どういう意味なのかわからない。

 あるいは、未来などなにも決まってないという暗示なのかもしれない、

 ただ、いずれにしても、それらに共通するのは、民衆が犠牲になることと、タリオ軍の侵攻に合わせた獣人族の反乱勃発だ。

 少なくとも、ロクサーヌは、カロリック公国がタリオ軍の侵略を防ぐ予知夢は一度も見たことはない。

 

「もう一度、使者を出しましょう。わたしたちは、皇帝一派を匿ってはおりません。ランスロット将軍にそれ使者を」

 

 ロクサーヌは食い下がった。

 

「その使者は二度出しました。門前払いどころか、使者団全員がタリオ軍の前で斬首されたそうです。貴族、平民、奴隷の区別なく容赦なくです。無駄ですね」

 

 だったら、これはどうか。

 

「な、ならば、降伏を……」

 

「もう黙れ──」

 

 ガットががんとテーブルを叩く。

 ロクサーヌはびっくりして身体を竦めてしまった。

 すると、すっと肩に手が触れた。

 後ろに立っている護衛長のルカリナだ。

 ロクサーヌは、大きく息を吐き、動揺した心を整える。

 

「それにしても、三千二百か……。少ないな。どうだろう。獣人族たちを使っては。コロニーを閉鎖して、全部を義勇軍に入れてはどうだろう。公都周辺の獣人を根こそぎ集めれば、少なくとも五千にはなると思うが?」

 

「獣人コロニーか」

 

 ゼルによって解体されてた獣人たちのコロニーだが、いまは復活して、都市部に集まっていた獣人たちを強制的にそこに移住させるということをやっていた。

 コロニーを解体したことにより、多くの獣人たちが公都をはじめとして都市部に集中して、スラム化して、治安が急速に悪化するということになったからだ。

 ロクサーヌの治世に入ってから、とりあえず彼らを専住地域に戻して、最低限の住居と職を与えるという施策を開始したばかりだ。

 だが、ロクサーヌははっとした。

 

「待って──。それは、獣人たちの反乱の可能性が……」

 

 ロクサーヌは声をあげた。

 

「やれることはやろう。卿が手配してくれ。大枠は任せる」

 

 ロクサーヌの言葉は完璧に無視されて、ガットが発言をした者に同意する。

 

 それからも会議は続き、公都防衛のための様々な意見が出され、防衛計画としてまとめられていった。

 ロクサーヌは幾度が発言を求めたが、ガットによって無視され、会議が終わるまでのあいだ、ロクサーヌはそこに存在しない者のように扱われ続けた。



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1004 仔猫たちのララバイ(1)

 形だけとはいえ、大公となったロクサーヌだ。

 タリオ軍が略奪をしながら公都に進軍してくるというこの国の未曾有の危機に際し、この国の民衆のためになにかができないかと頑張ろうとしたが、公都防衛のための枢密院の会議では、発言の機会はほとんど与えられず、発言したとしても全く無視され、結局は、枢密院貴族たちから侮蔑ととともに小馬鹿にされた態度をとられるだけで終わってしまった。

 ロクサーヌは、改めて自分の無力さを悟った。

 

 枢密院の会議が終わったのは、すでに夕刻を過ぎた夜のことであり、私室に戻ったロクサーヌは、そこで運ばれた夕食をすませて、湯浴みをすることにした。

 だが、湯浴みを終えて、身体を拭いて髪を乾かしてもらうと、着替えの部屋着も下着も渡されることなく、侍女たちは一斉にロクサーヌの前からいなくなってしまった。

 そして、困惑したロクサーヌが裸身に大きな布だけを巻いた格好で部屋側に戻ると、そこにいたのは、エルヴェラとルカリナだけだったのだ。

 

 すると、ふたりから両脇を持たれて、奥側の寝室に連れていかれる。

 そこには、寝台の横に椅子が準備されていた。

 だが、その椅子を見て、ロクサーヌはぎょっとしてしまった。

 その椅子には背もたれの上部分と、手摺りの部分に、たくさんの革ベルトが付いていたからだ。

 

「ふふふ、頑張った大公様に、ご褒美をあげるわ。あたしとルカリナからね。そこに腰掛けてちょうだい」

 

「あ、あのう、なにを……」

 

「ローヌ、頑張った。だから、エルヴェラに相談したら、嫌なこと忘れて、寝るのがいいと、いうことになった」

 

 ルカリナもロクサーヌの腰を抱いて、ロクサーヌをその椅子に誘導する。

 そして、腰をおろそうとする瞬間に、身体に巻いていた布を剥ぎ取られてしまった。

 

「あんっ、なんで……」

 

 さすがに、ロクサーヌはとっさに両手で裸身を隠そうとした。

 しかし、ルカリナに強引に椅子に座らされて、押さえつけられる。

 

「まあまあ、そういうことよ。ルカリナから、あんたが気疲れしているんじゃないかって相談を受けてね。それでよく眠れるように、徹底的に疲れさせてあげようと思ったわけよ。なんか、耳にしている限りでは、タリオの侵攻をなんとかしたいと頑張っているみたいだけど、あんたはただの雇われ大公なんだから、そんなこと気にしなくていいの。あんなのは、ガット兄さんたちに任せておけばいいのよ。やれることないのに、やろうとしないの」

 

 エルヴェラも来た。

 ふたりによって、両手を椅子の背もたれの上にあげさせられて、両手を上にあげた格好で革ベルトで両手首を拘束される。

 さらに、胸の上下とお腹にも革ベルトを巻かれて椅子に密着させられる。

 

「ああ、そんな……。こ、今夜はなにをさせられるのですか?」

 

 抵抗はするつもりはない。

 

「まあ、題して、“仔猫たちのあやし遊び(ララバイ)”ごっこね」

 

 なんだかんだで、このところ目の前のルカリナとエルヴェラから性的遊戯を受けるのは、ロクサーヌの日常になってしまった。

 遊戯といっても、一方的にロクサーヌがふたりから性的にいたぶられるというものだが……。

 ともかく、だから、苛められるのは諦めているし、正直、ロクサーヌの身体がそれを求めるところもある。

 だが、今夜はなにをされるのだろうかと考えると怖い。

 ルカリナにしても、エルヴェラにしても、なにかを企んでいる様子である。

 

「庭園を管理する庭師の家族たちが逃げたのよ。一斉にね」

 

「えっ、庭師?」

 

 エルヴェラの言葉に、ロクサーヌは首を傾げた。

 だから、なんだというのだろう。

 もっとも、いよいよタリオ軍が公都に接近してきたこともあり、この大公宮からも人がどんどん逃亡をしているというのは耳にしていた。

 貴族たちでもそうだ。

 今日の枢密院会議でも、半数以上は欠席していた。領地を持つ貴族は自領の防衛のために戻る必要があるというのもあるが、姿を見せていない枢密院議員の中には、領土を持たない貴族も結構いたと思う。

 ただ、庭師にしろ、貴族たちにしろ、逃げ場がある者はいい。

 しかし、大部分は、暮らしている場所以外にどこにも行き場のない者がほとんどだ。彼らは逃げたくても逃げられないのである。

 それを考えると、心が痛む。

 しかし、それはともかく、庭師が逃げたからなんだというのだろう?

 

「ええ、そして、その庭師が召使い長屋に飼い猫の仔猫を置いていってねえ。仕方ないから、侍女たちが預かって面倒を看ることになったということよ。せめて、ひとりだちできるまではってね。今夜はそれを預かってきたのよ」

 

 エルヴェラが言ったが、まったく意味がわからない。

 仔猫を預かったということと、ロクサーヌが椅子に拘束されたことの関係が不明だ。

 

「まずは準備。力を抜いて」

 

 すると、ルカリナがロクサーヌの右脚を抱えあげた。

 エルヴェラは左脚だ。

 手摺りの上に両脚を載せられて、革ベルトで固定させられる。

 さらに背もたれの部分もさげられて、椅子全体を寝椅子のような状態にさせられてしまった。

 しかも、椅子の傾きが調整され、股間とお尻の穴を天井方向に向けたような恰好になった。

 

「あっ、いやっ」

 

 さすがに、ロクサーヌも羞恥に身悶えした。

 一糸まとわぬ姿を大股開きにさせられ、股間もお尻も天井に向かって曝け出されてしまったのだ。

 

「いい格好ね……。やっぱりあんたって、責められるときの顔は可愛いわねえ……。ルカリナ、準備をお願いしていい? あたしは仔猫ちゃんたちの準備をしてくるわ」

 

「わかった」

 

 ルカリナが股間が上を向いたロクサーヌの腰にも革ベルトを巻いて固定しながら応じる。

 よくわからないが、このふたりは、このところずっと仲がいい。

 毎日毎晩、ロクサーヌをふたりがかりで責めているうちに、すっかりと打ち解けた感じである。

 それはともかく、ルカリナが天井に向かって手を伸ばして、ロクサーヌの腰に向かって持ってきたものに眼をやり、はっとした。

 

 糸だ──。

 しかも、糸の端末に小さな金属の輪っかがついている。

 それがロクサーヌの股間に向かって、天井側から近づけられていく。

 

「やん、ルカリナ──。それはいやよ。やめて──」

 

 なにをされるのか悟り、ロクサーヌは怯えてしまって身悶えする。

 幾度か同じような責めを受けたことがあるのだ。

 必ず決まって、泣きじゃくるほどに苛められてしまったものだ。

 だが、これだけ身体を雁字搦めにされていると、身体はびくともしない。椅子自体も床に固定されているのか、こゆるぎもしなかった。

 

「大丈夫。ローヌ様は、嫌がっても、心は違う。悦んでいる。いまも、もう、濡れてる」

 

 ルカリナがロクサーヌの女の部分に指を這わせだし、付け根の豆の部分を摘まむようにして指で揉み始めた。

 

「ひゃああん──。いやああ、ルカリナ──。そんなことされたら、おかしくなるの──」

 

 ロクサーヌは悲鳴をあげた。

 すでに濡れているというルカリナの言葉は正しいのだろう。

 股間を愛撫するルカリナの指には、たっぷりのロクサーヌの愛液がまとわりついているらしく、それが潤滑油となってクリトリスをしごくルカリナの指が気持ちよすぎて仕方がない。

 ロクサーヌは、あっという間に、達しそうになってしまった。

 

「ああん、ルカリナ──。いくの──。いきそうよ──。とってもいい気持ち──」

 

「もっといい気持ちになって、おかしく、なって──。ローヌ様、可愛い。あたしを、こんなに淫乱にした、責任、とってもらう」

 

「せ、責任って──」

 

 ルカリナの指がロクサーヌのクリトリスを愛撫し続ける。

 大きな波が襲い掛かり、快感の槍が一気に股間から脳天に貫いた。

 

「いぐううっ──」

 

 ロクサーヌは全身を突っ張らせて硬直させた。

 しかし、ぎりぎりのところで、ルカリナの手は離れてしまう。

 

「ああ……。ル、ルカリナの意地悪うう──」

 

 ロクサーヌは身悶えして、ルカリナに向かって口を尖らせる。

 

「本当の、意地悪、これから」

 

 すると、ルカリナの頬がにっこりと微笑んだ。

 そのとき、股間に大きな刺激が走った。

 

「ひゃん──」

 

 絶頂感を逃がされ、焦燥感にがっくりとなってしまったロクサーヌのクリトリスの根元がぎゅっと強く締まったのだ。

 びっくりして顔を向けると、天井から垂れている糸の端末のついていた極細の金属環がロクサーヌのクリトリスの根元に喰い込んでいた。

 なにかの仕掛けがあったのだろう。

 ルカリナがロクサーヌの股間に金属管を密着させると、クリトリスの根元に吸い付くように密着してしまったようだ。

 

「ひあああっ」

 

 ロクサーヌはぶるりと身体を震わせえて、大きく身体をのけぞらせてしまった。

 ルカリナがクリトリスに繋がった糸を思い切り引っ張ったのだ。

 激痛が走り、ロクサーヌは全身を強張らせた。

 

「ローヌ様……。もっと指、伸ばす……」

 

 ルカリナが今度は頭側に移動してロクサーヌに告げた。

 クリトリスを引っ張られる衝撃に、ロクサーヌはなにも考えられなくなり、言われるままに、頭側にあげている両手の指を思い切り伸ばした。

 すると、ルカリナがロクサーヌの左右の親指をまとめるようにして、二本併せて根元を糸で結ぶ。

 

「あっ」

 

 ロクサーヌはやっと、自分のクリトリスに結ばれている糸が天井の滑車を通じて、もう一方の端末がロクサーヌの頭側に下がっていることに気がついた。

 ルカリナは、そちら側の糸をさっき縛ったロクサーヌの親指の糸に繋ぎとめる。

 つまりは、ロクサーヌは天井の滑車を通じて、クリトリスの根元と頭の上にあげた親指の根元を糸で繋げられてしまったということだ。

 

「これで、準備完了。また、悶えて……。でも、手を動かすと、クリトリスが痛くなる……。気をつけて……」

 

 ルカリナが手首に巻いていた革ベルトを解いて、肘の上側に巻き直した。

 腕自体はおろせないが、肘から先は自由になる。

 とにかく、糸を緩めようとロクサーヌは手首を天井方向から真っ直ぐになるように向け直した。

 だが、ルカリナは、意地悪にも、また糸の長さを調整して、滑車からさがる糸がぴんと張るように戻してしまった。

 

「ふふ、ローヌ様、脇を舐めてあげる」

 

 ルカリナがくすくすと笑いながら、顔をロクサーヌの無防備な脇に近づけ、舌で脇のくぼみのところを舐めてきた。

 

「ひいっ、ひっ、や、やめてええっ、あ、あああ、だめええっ」

 

 脇を舐められるくすぐったさに、思わず身体をびくりと跳ねあげてしまい、それにより糸が結ばれている親指を動かしてしまった。激痛に悲鳴をあげる。

 とにかく慌てて身体を硬直させようとすが、執拗に脇を舌で刺激されて、そのたびにロクサーヌは糸を引いてしまい、さらにその刺激で狂おしく身体を揺すってしまう。

 どうしていいかわからず、ロクサーヌは泣き出してしまった。

 

「ふふ、やっぱりローヌ様、可愛い。大丈夫、いっぱい泣いて、いっぱいよがって、嫌なこと忘れて……。今夜は、疲れて、気絶するまで、ローヌ様、苛める」

 

 ルカリナが身体を移動させて、ロクサーヌの股間に顔を寄せてきた。

 なにをされるかわかって、ロクサーヌは悲鳴をあげた。

 

「やめてええっ──。ルカリナ、許してええ」

 

「大丈夫……。ローヌ様、とっても淫乱なの、知ってる。苛められると悦ぶ」

 

 ルカリナが輪っかと糸で吊り上げられているクリトリスの根元にゆっくりと舌を這わせる。

 

「ひいいっ、おかしくなるうう──。いいいいっ」

 

 ロクサーヌはがくがくと身体を痙攣させて泣き喚いた。

 だが、同時に全身を狂おしく溶かすような甘い疼きも全身を席捲する。こうやって、ルカリナやエルヴェラに苛められると、ロクサーヌの意思とは別に、ロクサーヌの身体がかっと熱くなって、被虐の快感に支配されてしまう。

 もう、どうしようもないのだ。

 

 もっと、ルカリナに苛められたい──。

 

 もっと、ルカリナに意地悪をされたい──。

 

 もっと……もっと……もっとだ──。

 

 心の底からそれを欲している自分がいるのも確かだ。

 とにかく、こうなってしまうと、ロクサーヌの身体はすっかりと制御を失ってしまう。

 ロクサーヌは、込みあがる被虐酔いに心を支配されてしまうのだ。

 

「あら、やっているわね。まあ、糸を指に繋いだのね。面白い考えだわ、ルカリナ」

 

 そのとき、エルヴェラが脚に車輪のついたトレイを押しながら、エルヴェラが戻ってきた。

 トレイには色々なものが乗っているみたいだが、一番上の台には編み籠の容器がある。

 中から“みゃあみゃあ”と鳴き声がしている。

 もしかして、さっきエルヴェラが口にしていた、庭師たちが置いていった仔猫たちなのかと思った。

 でも、なにをされるのだろう。

 ロクサーヌは怖くなった。

 

「ローヌ様、これで動けない。でも、敏感だから、どうしても動く。悲鳴が可愛い」

 

 ルカリナが顔をあげて身体を起こし、ロクサーヌの片方の脇を指でくすぐった。

 

「ひいいっ、ひぎいっ」

 

 ロクサーヌは無意識に脇を隠そうと腕をおろしてしまって、股間に激痛を味わってしまった。

 慌てて腕を真っ直ぐに伸ばす。

 

「ひゃああ、ああっ、ああっ、だめええ──」

 

 しかし、ルカリナはくすぐりをやめてくれず、幾度も股間の糸を引いてしまい、そのたびにロクサーヌは狂おしく悶えた。

 

「まあ、本当に可愛い。あたしは、こっちを苛めようかな」

 

 エルヴェラがトレイから羽先が柔らかそうな小筆を出した。

 それで、吊られているクリトリスをくすぐる。

 

「ひびいいっ」

 

 またしても、がくがくと全身を痙攣させてしまい、そのため、伸び切っている糸によって股間に激痛に襲われてしまう。

 

「もっと、苛めてあげる、疲れて眠るまで……」

 

 ルカリナが脇をくすぐる手が両手になり、両脇が同時にくすぐられる。

 さらに、股間を筆で責められていて……。

 かといって、糸のために身動きすること許されず、ロクサーヌはひたすらに泣き叫んだ。

 

「ああ、許してええ。もうだめええ──」

 

「ほら、逃げなくていいの? もっと逃げなさいよ。さもないと、いつまでも筆地獄よ」

 

「くすっぐったがりの、ローヌ様。可愛い……。ここもくすぐったい? ここは?」

 

 エルヴェラは執拗に、股間を小筆でくすぐり、ルカリナは脇だけでなく、横腹や二の腕などもくすぐってくる。

 なにをどうされても、おかしくなる。

 そして、しばらくふたりがかりで責められ、息も絶え絶えになったところで、やっとふたりが一度離れた。

 ロクサーヌは全身を汗まみれにして、ぐったりとなってしまった。

 

「さあ、そろそろいいわね。じゃあ、いよいよ本番よ。仔猫ちゃんたちの食事の時間……。実は、この仔猫ちゃんたちは、朝から食べてなくて、とってもお腹がすいているの。侍女たちも仕事があるから、ずっと世話をするわけにはいかなくてね。だから、食事を手伝ってあげて、ロクサーヌ」

 

 エルヴェラが今度はトレイから瓶を手に取る。

 なにか液体のようなものが入っているみたいだ。

 すると、それにさっきの小筆を瓶の中にどっぷりと浸してから、それをまたもやクリトリスに這わせてきた。

 刃物を突き刺されるような鋭い疼きがまたもやロクサーヌを襲う。

 

「いぎいいっ、も、もう、許してええ」

 

「そんなこと言わないでよ。仔猫ちゃんたちは、とってもお腹が空いてて、この液体は仔猫ちゃんたちが大好きな栄養が溶かしてある大好物なのよ」

 

 エルヴェラがしつこく猫の食事だという汁をクリトリスに塗り込んでくる。そして、さらに乳首と脇にも塗られた。

 それこそ、たっぷりとだ。

 

「さあ、これでいいかな。仔猫ちゃんたちを解放するわ」

 

 筆を手に持ったままエルヴェラが笑った。

 

「いや、まだ……。まだ、ここ、残っている」

 

 そのとき、ルカリナがロクサーヌのお尻を指でちょんと突っついた。

 

「あっ、いやあ、そこはいやああ」

 

 ロクサーヌは哀願した。

 大公になって以来、あの白い球体を毎日のようにお尻に挿入されて刺激され、ルカリナとエルヴェラからふたりがかりで開発されて、いまや、お尻の穴は膣以上の強い性感帯だ。

 そこをいじられると、絶対におかしくなる。

 

「ふふふ、忘れていたわ。じゃあ、たっぷりと塗らないと……」

 

 エルヴェラが残っている瓶の中に汁をお尻の中に注ぎ込んでくる。筆先で押し込むように、汁を中に入れてくるのだ。

 ロクサーヌはのけぞって苦悶した。

 

「じゃあ、準備はいいかな。仔猫ちゃんたち、ご飯よ」

 

 エルヴェラがトレイの上の籠の蓋を開けて、三匹の仔猫を抱える。

 それを椅子の上にあおむけになっているロクサーヌのお腹の上に、ひょいと置く。

 匂いがわかるのか、仔猫たちが一斉に、汁を塗った股間と胸などに向かって動き、二匹が両方の乳首を、一匹が股間を舐め始めた。

 ざらざらした仔猫たちの舌の感触に、ロクサーヌは絶叫を迸らせた。



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1005 仔猫たちのララバイ(2)

「ひゃあああ」

 

 ざらざらとした仔猫たちの舌が、乳首と股間に這い始めて、ロクサーヌは悲鳴をあげた。

 特に堪らないのは、股間に向かった仔猫が前肢でクリトリスに繋がっている糸を引っ掛けながら股間を舐めあげてきたことだ。

 ロクサーヌは全身を突っ張らせた。

 

「ローヌ様、もっと苦しんで……。嫌なこと忘れて」

 

 ルカリナが、乳首を舐めていた二匹の仔猫のうちの一匹を抱いて、股間側に移動させた。

 その猫は、たっぷりと汁の埋まったアナルに舌を動かしだす。

 

「ひぎいい」

 

 その刺激にロクサーヌはのたうちそうになる。

 でも、ちょっと身悶えしただけでも、自分の身悶えによって指を動かしてしまい、その指に繋がっている糸が引かれることで、股間に針を突き刺されたような激痛が走るのだから、とにかくじっと耐えるしかない。

 とにかく、糸の端末が上にあげる指に繋がっているので、ぴくりとさせただけでも痛いのだ。

 刺激を逃れるための一切の手段を封じられているため、ロクサーヌはひたすらに泣き叫ぶしかないということだ。

 それだけが、与えられているこの苦悶をちょっとでも逃がす唯一の手段なのだ。

 

「ほら、仔猫ちゃんたち、追加よ。もっと舐めてね。そして、大公様をうんと苛めてあげて」

 

 エルヴェラが小筆で新しい液体を股間や乳首に足していく。

 仔猫たちは、それを待って激しく舌を動かす。

 

「いやああ、助けてええ──。もうだめよおお」

 

 仔猫たちのざらざらした舌の感触は堪らない。

 それが快感の頂点の場所ばかりを舐めるのである。

 ロクサーヌは、いやがうえにも快感を刺激されて、泣きじゃくるしかなかった。そして、どんどんと妖しい感覚が膨れあがる。

 被虐の激しい疼きが股間から脳天に向かって突きあがっていく。

 

「ほら、こっちの猫ちゃんは、ここも舐めてあげて。このマゾの大公様は、脇の下も弱点なんだから」

 

 エルヴェラが小筆で誘導するように、乳首を舐めていた仔猫を片方の脇に向かわせる。

 

「お尻も、弱点……。こっちも……」

 

 いつの間にか小筆を握っているルカリナが、ロクサーヌのお尻の穴に新しい汁を刷り込む。

 二匹の猫が左右からアナルを舌で刺激する。

 一気に絶頂感がロクサーヌを貫きかけた。

 

「ひいいいいっ、ルカリナ、やめてえええ──」

 

 ロクサーヌは身体をがくがくと震わせて、身体を弓なりにした。

 しかし、その時、お尻を舐めていた一匹の仔猫の身体がクリトリスを吊っている糸にぶつかった。

 

「ふぎいいい──」

 

 糸が大きく横に動かされて、激痛が走る。

 さすがに絶頂感は一瞬にして消えてしまった。

 すると、上半身側では脇の下に辿り着いた仔猫が舌を動かしだす。

 

「ああああっ、もうだめええ」

 

 ロクサーヌはひと際大きく悲鳴をあげた。

 

「ほら、ここ」

 

 ルカリナが股の亀裂に新たに汁を刷り込んで、仔猫をちょっと動かす。

 股間側の二匹の猫は、一匹がアナル、もう一匹が女の最奥に向かって舌を潜らせた。

 ロクサーヌは狂乱した。

 

「ああ、許して──。もうやめてえっ。もう許してください──。お願いしますうう──」

 

「だめよ。ルカリナ、気絶するまで、くすぐってやってよ。もっと責めてあげましょう」

 

 エルヴェラが笑って、さっきまで仔猫が舐めていた乳首に小筆を這わせだす。

 

「わかってる」

 

 ルカリナはクリトリスだ。

 糸で吊られているそこをゆっくりとくすぐられる。

 

「おかしくなるのお──。いやあああ──」

 

 ロクサーヌは泣き叫ぶしかなかった。

 三匹の仔猫の舌に襲われ、さらに糸を仔猫に弾かれ、そのうえにふたりがかりの筆責めまで加わったのである。

 ただただ、悶え狂うしかない。

 

 どのくらい経っただろうか。

 気が遠くなるくらいに、仔猫責めと筆責めで追い立てられて、ロクサーヌはいよいよ被虐の悦楽に引き上げられた。

 

「ああ、ルカリナ──、エルヴェラ──。いぐうう、もういくうう──。いぐうう──」

 

 自分でもなにを叫んでいるのかもわからない。

 とにかく、狂乱していた。

 もはや、糸を引っ張られて激痛が走っても快感は失われない。

 いや、むしろ、その激痛こそが、ロクサーヌをさらに快感の頂点に押しあげる。

 

「いきそうね。いってもいいわよ。でも、今夜はいつもよりも責めるわね」

 

「まだまだ、続く……、あたしたち、飽きる、まで……」

 

「いえ、大公様が満足するまでよ。全部、忘れるくらいに……」

 

 エルヴェラとルカリナがが小筆を動かしながら、優しい口調で声をかけてくる。

 もうなにも考えられない。

 ロクサーヌは、がくがくと大きく身体を痙攣させた。

 糸を動かしてしまって、激痛が加わるが、それでもとまらない。

 二度、三度と身体が跳ねあがり、ついにロクサーヌは絶頂してしまった。

 

「ああああっ、ひいいっ、ああああっ」

 

 激しすぎる絶頂感に襲われ、ロクサーヌはがくりと脱力する。

 だが、休むことは許されない。

 この瞬間も、まだ仔猫の舌はロクサーヌの局部を動いているのである。

 

「いやあ、もう許してよお──」

 

 ロクサーヌは叫んだ。

 しかし、エルヴェラとルカリナは、再び小筆を這わせ始めた。

 

 結局、どのくらいのあいだ、仔猫責めをされたのだろう。

 

 ふたりは、ロクサーヌが気絶するまでと口にしていたけど、三度目の絶頂でロクサーヌが失神しても、責めは終わってくれなかった。

 やっと仔猫を離してくれたのは、五回目の絶頂が終わったときであり、お腹がいっぱいになった仔猫たちが新しい汁を与えても、舐めなくなったからだ。

 そのときには、ロクサーヌは完全に参ってしまっていて、小筆のくすぐりにもぴくぴくと身体を動かすくらいの反応しかできなくなっていた。

 

 だが、ふたりはそれで終わってくれなかった。

 仔猫をおろしたロクサーヌの裸身に、今度は掻痒剤の油剤を塗り込んだのだ。

 乳首とクリトリスと、膣の中とアナルに媚薬を塗られたロクサーヌは、脱力していたはずの身体を今度は痒みの苦しみで暴れさせてしまった。

 

「ああ、痒いいい──」

 

「ふふ、可愛い、ローヌ様」

 

「本当。この娘ほど、苛められるのが似合う子はいないわね」

 

 死ぬほどの痒みが局部などを襲い掛かる。

 

「お願いします──。痒いのおお。触って、触ってください」

 

「いいわよ。あたしと素敵な口づけができたらね」

 

 エルヴェラがロクサーヌの顔に口を寄せる。

 ロクサーヌは顔を突き出して、夢中になって口づけを交わした。

 

「ふふ、だめね。ただの口づけじゃない。あたしは、素敵な口づけと言ったのよ」

 

 エルヴェラは口を離すと、にっこりと微笑んでそう言った。

 

「ああ、そんなああ」

 

「次、あたしと。ローヌ様。素敵な、口づけ……」

 

 今度はルカリナが口づけを迫った。

 素敵な口づけといっても、どうしていいかわからない。

 ただ、時々ルカリナがやってくれるように、ルカリナの口に舌を差し入れて、あちこちを舐め回してみる。

 

「よくなった。でも、まだ」

 

「じゃあ、次はあたしよ」

 

 また、エルヴェラと……。

 とにかく、一生懸命にエルヴェラの口の中を舐め回す。

 

「ふふ、だいぶよくなったわ。もう少し頑張ろうか」

 

「じゃあ、あたし、と」

 

 今度は、またルカリナ……。

 再び泣き叫んだロクサーヌに、エルヴェラとルカリナは、ロクサーヌに交代で口づけしながら、だめ出しをして、ひたすら放置した。

 

「もういやああ──」

 

 ロクサーヌはついに号泣してしまった。

 

「あらあら、頭にきちゃたかな?」

 

「苛めすぎた?」

 

 さすがに号泣してしまったロクサーヌに、やっとふたりが責めを再開してくれた。

 しかし、許されたわけじゃなかった。

 またもや、小筆によるくすぐりだ。

 

「それはもういやああ。触ってええ──。叩いてもいいの。筆はいやああ」

 

「まあまあ、とにかく、この筆で達してごらん。そうしたら、楽にしてあげるわ」

 

 そして、小筆だけで達するまで続けると告げられた。

 筆だけの刺激で絶頂するのは、さすがにロクサーヌでも難しかった。

 でも、必死の哀願でも許されず、やがて、本当に筆だけの刺激で絶頂した。

 

 そして、やっと身体を寝椅子からおろしてもらえた。

 だが、すぐに後手に両腕を縄で縛られた。

 今度は、縄瘤渡りをさせられた。

 縄瘤をたくさんつけた縄を部屋の端から端に渡され、それを跨らせられて、前後に歩くのである。

 

 くたくただという哀願は無視された。

 それどころか、またもや痒み剤を塗り足された。

 足腰には力が入らないが縄が股に喰い込んでいるので、しゃがみ込むことはできない。

 それに、歩かないとまだクリトリスに繋がっている糸を引っ張られる。

 そもそも、狂うような痒みが襲っているので、縄瘤の刺激を得なければ、耐えられないのである。

 

「うあっ、うっ……ああ……」

 

 でも、縄瘤の結び目は、女にとって一番恥ずかしくて感じる場所をこれでもかと抉ってくる。

 まるで、全身の感覚という感覚が縄が喰い込んでいる一箇所に集中するみたいだった。

 それがクリトリスを潰し、局部を抉り、アナルを刺激する。

 でも、やっと終わったと思ったら、またクリトリスに……。

 ロクサーヌは痒みに耐えながら、そして、狂うような痒みを少しでも癒やすために爪先立ちで縄の上を歩き続けた。

 

 それで、爪先立ちの状態で、部屋の端から端まで十往復はさせられた。

 途中で縄瘤にも掻痒剤を塗り足されて、いつまでも痒みは消えていかない。それどころか塗り足されることで、もっと痒みは激しくなる。

 

 やっと縄瘤歩きを許してもらったときには、あまりの責めで、もうロクサーヌは感情の制御ができなくなって、号泣がとまらなくなってしまっていた。

 

「おいで、ローヌ様……」

 

「さあ、捕まって。よく頑張ったわ。これからは、ご、ほ、う、び……」

 

 すると、ふたりがロクサーヌを抱えるようにして、寝台に連れていく。

 横になれるわけじゃない。

 後手縛りの縄を天井から垂れる鎖につなぎ、寝台の上で膝立ちにされたのである。

 そして、ふたりとも裸になり、腰の前に張形をつけて革ベルトで固定し、前後からロクサーヌを犯しだした。

 

「ひあああっ、あああっ」

 

 前側をエルヴェラの張形で犯され、アナルをルカリナに貫かれる。

 

「いぐ、いぐ、いぐうっ──。いぐのお──」

 

「で、できるだけ、我慢しなさい……。ああ、でも、そんなに動かされると、あたしも感じちゃう……」

 

「う、うう……」

 

 エルヴェラとルカリナも切なそうな声を出していた。

 だが、ロクサーヌはそれどころではない。

 圧倒的な快感が全身を席巻する。

 

「いぐううう」

 

 そして、絶頂した。

 多分、あっという間だったろう。

 

「ふふ、じゃあ、交替しよう、ルカリナ」

 

「そう、だね」

 

 そして、ロクサーヌが達すると、今度は前後を交代だ。

 また果てると、交替──。

 延々と続く。

 

 これがもしも男だったら、果てて終わるかもしれないが、女同士の性愛には終わりなどない。

 疲れても、ふたりは前後から抱き締めながら、身体中を愛撫して、ロクサーヌの性感を休ませてくれない。

 

 それが三周りくらいしてからだろうか。

 やっと横になるのを許された。

 でも、ふたりによって、股間とアナルに痒み剤を塗り足されてからだ。

 ふたりはぎゅっとロクサーヌに密着して寝物語のようなものを語りかけるが、ロクサーヌはそれどころではない。

 後手縛りの緊縛状態では痒みを癒すには、ふたりにお願いするしかなく、結局泣いて愛撫を哀願するしかなかった。

 

「ああ、してください……。またしてください……」

 

 ロクサーヌはうわごとのように、そう繰り返した。

 

「わかった。エルヴェラ、また、最初から」

 

「そうね、最初から……。ふふふ」

 

 すると、元のように膝立ちで寝台の上に吊られた。

 また、前後からの張形責めだ──。

 

 幾度も交替して、しばらくしたら痒み剤を足しても、前後からの愛撫──。

 

 そして、放置と寝物語──。

 

 また、前後からの張形責め──。

 

 頭が真っ白になるまで責めたてられた。

 そして、死んだように眠った。

 ルカリナとエルヴェラに両側から裸で抱き締められ、心からの幸福感に浸りながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、ロクサーヌは、また予知夢を見た。

 

 公都の外にタリオ軍が迫り、公都内の獣人族が反乱を起こした。

 枢密院は降伏を決定し、ロクサーヌを戦争を開始した独裁者として捕縛した。

 ルカリナは、それを阻止しようとして殺され、ロクサーヌもまた、枢密院により、国を惑わした悪女として民衆の前で斬首されてしまった。

 しかも、驚いたことに、処刑執行の直前に公都の広場に連行されるロクサーヌを助けようとして、エルヴェラが十名ほどの徒党とともに襲撃し、その場で銃で撃ち殺されたのである。

 そんな予知夢だった。

 

 このまま、なにもしなければ、ルカリナは殺され、自分も死ぬ……。エルヴェラも……。

 ロクサーヌは、それを確信した……。

 

 なんとしても、未来を変えなければ……。

 変えなければ……。

 なにもしなければ、この未来しか待っていないのだから……。



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1006 切り捨てられた少女大公

「戦わずして落城──?」

 

 エルヴェラは声をあげた。

 大公宮内の宰相用の執務室だ。

 いまは夜である。陽が落ちて数ノスが経ち、外はすっかりと夜の闇に包まれている。

 

 一年ほど前までは、この隣室の宰相付の政務官室でロクサーヌひとりが執務をしていたのを覚えているが、いまはロクサーヌは新たな大公室に移動し、この宰相室には、エルヴェラの従兄のガット=スペンサーが宰相として勤務し、隣室もガットの指名した政務官たちであふれている。

 隣室はまだ人の気配がたくさんあり、まだまだ忙しく政務官たちが働いている感じだ。

 

 それはともかく、いまこの部屋にいるのは、ガットとエルヴェラ、ふたりだけだ。

 エルヴェラは、ガットに呼び出されて、この部屋にやって来たのだ。

 そこで伝えられたのは、この公都に向かって進軍をしているタリオ軍を迎え撃つために、外郭部に防衛線が作られているのだが、その公都外郭の防衛拠点であるふたつの砦のうちのひとつが戦わずして落城したということだ。

 エルヴェラは呆気にとられた。

 

「まだ隠蔽している情報だ。しかし、いずれ伝わってくるだろう。ただ、まだ防衛線は健在だ。最後の外郭砦が残っている」

 

 ガットの顔にはかなりの疲労困憊の色がある。

 それはともかく、そこまで戦況は進んだのだと思った。

 ならば、どうするかだ。

 

「それで、もしも、それも突破されたら? 公都において徹底抗戦? それとも降伏?」

 

 エルヴェラは訊ねた。

 ガットがエルヴェラを呼び出した理由は判然としないが、ロクサーヌの侍女長ということになっているエルヴェラは、それを知る必要がある。

 しかし、ガットは首を横に振った。

 

「まだ、決まっていない。今日の枢密院の会議では結論は出なかった。翌朝にもう一度情報を集めて、改めて方針を話し合うことになっている」

 

「今日の枢密院会議? ロクサーヌ様は呼ばれてないわよ」

 

 侍女長としてエルヴェラは、ロクサーヌの日常を完全に把握している。

 ほとんど発言権のないロクサーヌだったが、タリオ軍の侵攻に対する防衛要領について話し合う枢密院の会議については、必ず出席していた。

 また、そうでなくても、戦況についての報告も欠かさずにさせていた。

 なにもできなくても、できることを探そうと、ロクサーヌももがいているのだ。

 だが、今日のロクサーヌの予定に、枢密院会議などなかった。

 また、ロクサーヌに入ってきた戦況報告にも、外郭砦のひとつが戦わずして落ちたというものは入っていなかった。

 たったいま、ガットが告げられたことは、間違いなく、現段階でもロクサーヌの耳には入っていない。

 

「そうだな。呼んでないからな。明日早朝の枢密院会議にも呼ぶつもりはない。あの娘には、決定したことを伝えるだけだ」

 

「どうしてよ。そりゃあ、実権のない傀儡かもしれないけど、彼女も大公なのよ。情報くらい入れなさいよ。そもそも、あれでも彼女は頭がいいわ。情勢を見極める力もある。意見を聴くべきよ。非常時であればあるほどね」

 

 エルヴェラはむっとして言った。

 この情勢を見極める力というのは、すなわち、彼女の持つ予知夢の能力のことだ。

 ガットにはそれについては仄めかしている。

 しかし、ガットは予知夢という能力には懐疑的だった。

 そして、どんな予知夢なのだと問われたため、エルヴェラは、ロクサーヌはカロリックがタリオ軍に敗れることや、獣人族の造反を予想している教えた。

 そんなことは、誰でも喋れると一蹴されて終わった。

 

 それはともかく、枢密院とやらで、ガットたち主要貴族たちが話し合いを続けているが、エルヴェラの見たところ、いま少し結論のようなものは出ていない気がする。

 多分、非常時において、物事を話し合いで決めるということに無理があるのかもしれない。

 非常時には強烈な個性で、他人を引っ張る指導者が必要だ。

 ガットはそこまでの性格じゃない。それに宰相というのは、文治の長ではあるが、武門は権限の外になる。

 それこそ、本来はタリオ軍の侵略に対して、先頭になって公国を率いるのが大公の役割だ。

 だが、ロクサーヌには、その権限は与えられてない。

 まあ、エルヴェラの見たところ、おっとりしている雰囲気ではあるが、実は芯があるし、逆境にもめげない。庇護欲を掻き立てて、周りが積極的に支えたくなる雰囲気もあるので、おそらく能力のある者ほど、彼女の下で仕事はしやすいだろう。

 多分、いい大公になると思う。

 しかし、その立場は与えられてないのだ。彼女は枢密院の集まる上級貴族たちの傀儡にすぎず、貴族たちはロクサーヌには従わない。

 でも、それでも、ロクサーヌは彼女なりに、できることをやろうともがいている。

 だから、蚊帳の外に置くことだけはやめて欲しい。

 

「あんな娘の意見などどうでもいい。予知夢など世迷い言だ。それよりも現実の話だ。卑怯なタリオ軍に降伏などするつもりはないが、万が一のことは考えておかねばならない。降伏ということになれば、あの娘は切り捨てる。捕縛して処刑する。皇帝を匿ったのは、ロクサーヌひとりの責任として、カロリック自ら断じる姿勢を示す。それによって、降伏後の交渉から少しでも妥協を勝ち取る」

 

 すると、ガットが言った。

 

「なに言ってんのよ、あんた──」

 

 エルヴェラは思わず抗議の声をあげてしまった。

 もちろん、タリオ軍がカロリック侵攻の大義名分とした、皇帝一派を匿っているというのは、まったくの濡れ衣であることは、タリオ側もカロリック側もわかっている。

 しかし、どうやら、この男はその濡れ衣をあえて認め、ロクサーヌに全責任を押しつけて処刑することで、タリオ側の心象をよくしようと考えているみたいだ。

 まったく、なにを考えているのだ──。

 

「お前がこのところ、ロクサーヌを大切に扱っていることは知っている。しかし、もともと、あいつは我々同士の道具にするつもりに過ぎなかったはずだ。あれは、俺たち一族を粛正した悪党の娘だ──」

 

「馬鹿言ってんじゃないわよ。ロクサーヌこそ、犠牲者よ。そして、あたしたちに協力した。それを見捨てようと言うの?」

 

「仕方がない。公国のためだ。民衆を守るためだ。大公として犠牲になってもらう。俺も苦しいのだ」

 

「ふざけんじゃないわよ。犠牲にさせることが苦しいなんて、よくも口にできるわねえ。そりゃあ、いくらでも嘆くことができるでしょうよ。自分が犠牲になるんじゃなくて、他人を犠牲にするんならね」

 

「ロクサーヌは大公だ。戦に負ければ、大公は責任をとる。それ以外に大公の役割などあるか──」

 

「雇われ大公よ──。あたしたちが無理矢理に担いだね。犠牲になるなら、あんたたちが死になさいよ。あんたに加えて、枢密院の重鎮がふたりほど。三人くらい首を差し出せば、タリオ軍のランスロットも満足するでしょうよ。自分たちがやりました。ロクサーヌはなにも知りませんって、あの子を守りなさい──」

 

「お、俺は無理だ。敗北をしてもカロリックがなくなるわけじゃない。敗戦した公国を立て直すという責任が……」

 

「戦争に負ければ、それを導いた者は敗戦の責任をとるのよ──。ガット兄さんが言ったことよ──」

 

「まだ負けてない。ただ、万が一の話をしている。とにかく、そのときに、お前はロクサーヌが逃亡しないように見張っていろ。その動きがあれば阻止しろ。それがお前の役割だ」

 

「はああ?」

 

「特に、あの獣人女を無力化せよ。いずれにしても、ロクサーヌに自殺などをさせてはならん。あれの使い道は、民衆の前で処刑されることだ。こっそり死なれては、死が無駄になる。タリオ軍との交渉のために、あれは全責任を背負って民衆の前で処刑されねばならんのだ。希代の悪女としてな」

 

「なにが悪女よ。ただの無力な少女よ。ちょっとばかり淫乱のね」

 

「わかったな──」

 

 ガットがこれで話は終わりとばかりに大きな声を出した。

 

「あの約束は?」

 

 エルヴェラは言った。

 

「約束?」

 

「あんたは、ロクサーヌに約束したわよ。傀儡大公になってもらう代わりに、ロクサーヌとルカリナに、安寧の日々を与えるって約束したじゃないのよ。それを反故にするつもり──?」

 

「状況が変わったのだ」

 

「変わってないわよ。ロクサーヌはなにもしてないのよ。むしろ、タリオ軍が侵攻する危険を言っていて、それを回避するようにあんたに頼んだわ。国防の体勢を整えろってずっと言っていたわ。無能にも、なにもできなかったのはあんたらよ」

 

「話は終わりと言ったはずだ、エルヴェラ──」

 

 ガットが苛ついた態度で、椅子の手摺りを強く叩いた。

 エルヴェラは、ガットを睨みつけた。

 すると、ガットがふと険しい表情を緩めた。

 

「ロクサーヌと気を通じさせるようになって、切り捨てるのが辛いのは理解できる。だが、聞き分けてくれ。そもそも、あれにお前をつけたのは、あの娘が余計なことをしないように監視をすることだったはずだ。あれを逃がすな。聞き入れよ」

 

「皇帝を匿ったと認めれば、ロクサーヌどころか、一蓮托生であんたらも道連れよ。無駄よ」

 

「それは交渉による。民衆の前で処刑することで満足してもらえないなら、大公の別の使い道を考える。いずれにしても、公国のために死んでもらう。ロクサーヌも本望だろう」

 

 ガットは言った。

 エルヴェラは、歯噛みした。

 もはや、なにを言っても無駄なのだ。

 徹底抗戦を口にしつつも、枢密院の者たちの頭には、すでに敗戦交渉がある。

 そして、おそらく、枢密院では、それについても話し合ったのだろう。だから、ロクサーヌ抜きで会議を進めていたに違いない。

 その結果、ロクサーヌは切り捨てられたのだ。

 

 ならば、最善をとるしかない。

 もはや、それしかないのだ。

 エルヴェラは覚悟した。

 

「……わかった。聞き入れるわ。ロクサーヌが逃げないように、自殺しないように見張っている。捕縛のときには、ルカリナが邪魔しないように立ち回るわ。あんたに従う」

 

「おお、聞き分けてくれたか──」

 

 ガットが相好を崩す。

 

「でも、ひとつだけ条件があるわ」

 

「条件だと?」

 

 ガットが怪訝な表情になる。

 

「捕らえるのは、ロクサーヌひとり。でも、ルカリナは逃がしなさい。なにもせずに、城を出るのを邪魔しない。それだけは約束して」

 

「獣人を? だが、あの獣人女は、ロクサーヌと仲がいい。ロクサーヌを置いて逃げたりはしないだろう。むしろ抵抗する。ロクサーヌを捕縛させて、獣人女だけが逃げるとは思えない」

 

「それは説得するわ。あんたの問題じゃない。あたしが頼んでいるのは、ルカリナがひとりで逃亡することを選んだとき、邪魔をしないという約束よ」

 

「それはいいが……。だが、たかが獣人女だぞ。そんなにお前が肩入れをする価値があるのか? どうして、獣人女にこだわるのだ」

 

「価値があるかって? あるわよ。あいつは、あたしの友達よ──」

 

「友達だと──? 獣人と──?」

 

 ガットが噴き出して大笑いした。

 エルヴェラは腹が煮えかえった。

 

「なにがおかしいのよ──。約束するの? しないの?」

 

 エルイヴェラは声をあげた。

 すると、やっとガットが笑うのをやめる。

 

「わかった。約束しよう。その代わりに、ロクサーヌの捕縛には協力しろ」

 

「いいわ。了解よ」

 

 エルヴェラは立ちあがろうとした。

 だが、それをガットが押しとどめる。

 

「えっ、なに? まだ、なにかあるの?」

 

 エルヴェラは座り直した。

 

「盟約だ」

 

「盟約?」

 

「いまのことを盟約してもらう。お前が裏切らないようにな。破ることができない魂の盟約を俺と交わしてもらう」

 

 ガットが右腕を差し出した。

 エルヴェラは舌打ちした。

 魔道盟約を交わせば、もうその約束を違えることはできなくなる。魂が約定を縛り付け、もしも盟約を破れば、自らの魔道力が心臓を止めてしまうのである。

 つまりは、死だ。

 

「そんなことしなくても従うわよ。心配いらないわ」

 

「ならば、盟約を結んでも問題あるまい。万が一のことを考えると、ロクサーヌの監視役を別の者に変えた方がいいのだろうが、いまさら、ロクサーヌの周りからお前を外すわけにはいかない。そんなことをすれば、怪しまれて、先に行動をとられる」

 

 エルヴェラは嘆息した。

 

「……約束しなさい。ロクサーヌを捕縛するのは、あくまでも最終手段よ。タリオ軍に勝つために全力を尽くす。簡単には勝利を諦めない。そして、あの娘とルカリナに約束した安寧の生活を与える約束を守るって。それまでは、彼女を捕縛すると断言しないで──」

 

「当然だ。負けるつもりなどな。絶対にタリオ軍の侵攻を阻止してみせる。その努力を惜しまないと誓う」

 

 ガットは断言した。

 

「いいわ……」

 

 エルヴェラは、差し出されているガットの右手を握った。

 

「盟約を結び、お前、エルヴェラ=スペンサーは、俺が必要だと断言したときには、ロクサーヌの捕縛に協力する……」

 

 ガットがそう口にする。

 

「……その代償として、ガット=スペンサーは、ルカリナが逃亡するのを阻止しない。彼女が安全な場所に向かうための一切の邪魔をしない……」

 

 エルヴェラが言葉を足す。

 

「盟約を──」

 

「盟約を」

 

 ふたりのあいだに魔道が結ばれ、魂の盟約が自分の心臓に刻まれたのをはっきりとわかった。

 

 ごめんね、ロクサーヌ……。

 これしかなさそうだよ……。

 

 エルヴェラは心の中で彼女に謝った。



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1007 そして、お別れ

 情報が一気に入ってきた。

 

 宰相であり、エルヴェラの従兄でもあるガット=スペンサーと執務室で話し合ってから、わずか三日後のことだ。

 エルヴェラは、これまで蓄えていた私財の全て、直接に使っていた間者たち、ありったけの魔道道具を使って、タリオ軍とカロリック軍の第一線の状況が直接自分に入るように情報経路を確立させた。

 宰相となったゴッドを通じてではなくてだ。

 その結果、やっと正確なことを時間差なしにわかるようになったのだ。

 

 おそらく、明日──。

 もしかしたら、今夜のうちにタリオ軍は公都の城壁に辿り着くだろう。

 

 情報を握っている枢密院が懸命に隠しているが、タリオ軍の公都方向への侵攻を辛うじて抑えていた二個あるうちの外郭砦のうち、すでに一個は要塞指揮官が戦わずして降伏したことで落ちていたのだが、残りのひとつも、数ノス前についに落城したのだ。

 その原因は、防御守備要員の増員として送られていた獣人族たちの叛乱のようだ。

 タリオ軍を迎え撃つ外郭砦には、可能な限りの防御準備の手立てがとられていて、公都周辺から強制的に徴集した獣人たちが、防御要員の補填として送られていたのだが、その彼らが内側から城門を解放させたようだ。

 それでついに落城し、タリオ軍は最後の外郭砦も確保してしまったらしい。

 

 タリオ軍を率いるランスロット将軍は電光石火だ。

 これまでの例をとれば、次の砦に軍を送るのに数日もかけることはない。もしかしたら、そのまま公都まで、軍を侵攻させるかもしれない。

 なにしろ、最後の外郭砦がタリオ軍に落ちたいま、タリオ軍と公都を遮るものは、最早なにも存在していないのだ。

 すでに陽は落ちているが、あのタリオ軍なら、夜を徹して公都まで進軍してくる可能性もある。

 

 時間がない──。

 そして、ガットたち枢密院の重鎮たちもそう考えるはずだ。

 あの時の話し合いで、ガットはタリオ軍への降伏を決めた場合は、大公であるロクサーヌを生贄にして、降伏後の優位な条件を獲得するのだと明言している。

 ロクサーヌの見張り役として侍女長についているエルヴェラに与えられた役目は、そのときにロクサーヌを確実に生きたまま、ガットたちに引き渡すことである。

 そして、ロクサーヌは、敗戦の責任者として、味方から処刑される。

 これが彼女の運命なのだ──。

 とにかく、エルヴェラは、ロクサーヌとルカリナに会うために、大公宮を走っている。

 

「エルヴェラ様──」

 

 そのときだった。

 廊下の影から男が現れた。

 十数人いる直属の間者だ。

 非常時には、姿を現してエルヴェラに直接に報告するように指示していた。

 

「なに?」

 

 他の者に見られないように、男が物陰に連れ込む。

 

「公都内で暴動が発生してます。あちこちが襲撃を」

 

「えっ、どういうこと?」

 

「どうやら獣人族たちが徒党を組んであちこちを襲撃している様子です。公都の兵が対処に当たっておりますが、いまのところ沈静の兆しはありません」

 

 エルヴェラは舌打ちした。

 最後の外郭砦が落ちたのと、公都内で獣人たちが突然に暴れ出したのは、偶然ではないのだろう。

 タリオ軍の謀略なのは間違いない。

 ならば、最後に落城した外郭砦と同じことになる。

 

 公都の城門は内側から開かれる──。

 獣人たちの叛乱によって……。

 タリオ軍が今夜のうちに来る──。

 間違いない。

 エルヴェラは確信した。

 

「わかった。散りなさい。全員に伝達。それぞれに散って、最適の行動をすること」

 

 男が頷いて再び闇に消える。

 エルヴェラは、再びロクサーヌのところに急いだ。

 同じ情報を枢密院も掴んでる──。

 この戦いは負けだ──。

 ガットはそう判断するに違いない。

 

「ロクサーヌ──」

 

 扉をノックすることなく、大公として、彼女に与えられている私室に飛び込む。

 部屋の中には、ロクサーヌとルカリナしかいなかった。

 護衛も侍女もいないが、これはエルヴェラが手配させていたことだ。勤務割りを細工して、夜には誰もいなくなるようにしていたのだ。

 また、ふたりとも身軽な恰好をしている。

 これについても、しばらくは、そんな恰好をするように告げていたのだ。だから、このところ、寝るときでも寝着にはならなかった。

 従って、毎夜のようにやっていたロクサーヌ苛めも、この数日お預けだ。

 そればかりは心残りだ。

 

「あっ、エルヴェラ様──。いま、どういう状況なのですか? 随分と大公宮内があわただしいようですが」

 

 ロクサーヌがエルヴェラに気がついて言った。

 エルヴェラは苦笑した。

 

「あんたって、ついに、あたしを呼び捨てにすることができなかったわね。ずっと、呼び捨てにしなさいって、言ってたでしょう。様付けするたびに、お仕置きまでしてやったのに」

 

「あっ、つい……」

 

 ロクサーヌが顔を赤くする。

 侍女長であり部下なのだから、エルヴェラのことを呼び捨てにしろと、ずっとこっぴどく言っていた。だから、ロクサーヌは、普通はエルヴェラのことは呼び捨てにしているのだが、いまのように咄嗟のときや、気が動転しているときなどは、“エルヴェラ様”と呼んでしまう。

 そうやって、間違えて呼んだときは、翌日一日は罰の日と決めている。たとえば、振動する革帯の下着を一日嵌めさせるとか、身体の疼きを活性化させる淫具の玉を股間やアナルに入れっぱなしにするとかだ。

 何度お仕置きしても、時々失敗するので、もしかしたら、罰を受けたくてわざとやっているのではないかと勘繰ってしまう。

 

「まあいいわ。お仕置きはつけよ。いますぐに逃げなさい。どこでもいい。とにかく逃げるのよ。さもないと、あんたは捕えられて処刑されるわ。ガット兄さんたちによってね」

 

 エルヴェラは早口で言った。

 その瞬間、心臓をわしづかみされるような強い痛みが襲った。

 

「くっ」

 

 魔道の盟約だ──。

 

 エルヴェラは、ガットがロクサーヌを捕縛すると決めたときには、それに協力する盟約を結んでいる。

 いま、エルヴェラが喋ったことは、明らかに盟約違反だ。

 だから、エルヴェラの身体の魔道がエルヴェラの心臓をとめようとしているのである。

 エルヴェラは胸を押えつつ、懸命に自分に言い聞かす。

 

 これは、まだ盟約違反じゃない──。

 まだ、ガットからロクサーヌの捕縛は伝えられていない──。

 だから、盟約を破ってない──。

 破ってない──。

 まだ、盟約違反じゃない──。

 少し息が楽になる。

 

「大丈夫ですか? どうしたのですか──?」

 

 エルヴェラの様子がおかしいことに気がついたのだろう。

 ロクサーヌが慌てたように駆け寄ってくる。

 だが、近づいたロクサーヌをエルヴェラは追い払った。

 時間がない──。

 

 ガットの決断をエルヴェラに伝えられる前に手を打たないと、今度は盟約に従いロクサーヌが逃亡しないように動かなければならなくなる。

 

 あるいは、盟約違反の死かだ──。

 

「も、問題ないわ……」

 

「で、でも様子が……」

 

「いいから、行きなさい──。すぐに逃げないと、あんたを捕縛に来るわよ。タリオ軍は今夜中に来るんだ。しかも、獣人が公都内で暴れている。おそらく、タリオ軍の到着に合わせて、城門を内側から開かれる。彼らによってね。全部、あんたの予知夢の通りのようよ──」

 

 心臓が苦しい。

 立っていられなくて、エルヴェラはそばのソファに座り込んだ。

 そして、腰にさげている魔道の収納袋を外して、ルカリナに投げつける。

 

「ルカリナ、あんたなら、これを扱えるだろう。最小限度の路銀や食料、ほかに役に立ちそうな変装の道具を入れておいた。行くんだ。なんとかして、生き延びておくれ──」

 

「わ、わかった」

 

 ルカリナが魔道袋を受け取って腰にかけた。

 

「そ、それとこれだ」

 

 エルヴェラは別に持っていた銀細工の首輪を差し出す。

 カモフラージュ・リングだ。

 これを装着すると、相手に認識されにくくなる。

 

「これを首にしていくんだよ、ロクサーヌ。一年前を覚えてるかい? 最初に調教してやったとき、あんたを素っ裸にして、これをして歩き回らせたっけ。今度は、服を着ていいし、淫具もなしだ。それをつけて、大公宮を抜けるくらい、あの時に比べて、ずっと簡単だろう」

 

 ロクサーヌに渡す。

 だが、ロクサーヌは戸惑った表情になる。

 

「で、でも、逃げるって……。わたしは大公ですし、責任が──」

 

 リングを受け取ったものの、迷う様子を見せたロクサーヌに、エルヴェラはかっとなった。

 立ちあがって、ロクサーヌの頬を張り倒す。

 

「きゃあああ」

 

 ロクサーヌがその場に崩れ落ちて倒れる。

 

「余計なこと考えるんじゃないよ。あんたは、ただの傀儡大公だ──。なんの責任も能力もない小娘に過ぎないんだよ。一人前に大公の責任なんて言うんじゃない──。千年早いさ──。さっさとしな。それとも予知夢のとおりに、あたしたちの全員を巻き込んで処刑されたいかい──」

 

 怒鳴りあげた。

 数日前にロクサーヌが最後の見た予知夢では、ロクサーヌはこの大公宮で枢密院が送り込んだ衛兵に捕縛され、そのときにルカリナは死に、エルヴェラもまた、処刑場でロクサーヌを助けようとして死んだそうだ。

 いま、ロクサーヌがなにもしなければ、おそらくそうなるだろう。

 ガットとの盟約は、ロクサーヌが捕縛されることに協力することだ。捕縛された後は、盟約の外なのでエルヴェラは自由に動ける。

 その状況になれば、エルヴェラは予知夢のように動く気がした。

 しかし、そうなっても、誰も助からない。

 なにもしなければ、そうなるのだ。

 

 だったら、順番を変える──。

 

 それでロクサーヌたちが逃亡に成功する保障はないが、少なくとも可能性には賭けられる。

 エルヴェラの言葉にロクサーヌははっとなった。

 

「わ、わかりました。逃げます。運命を変えます」

 

 ロクサーヌがカモフラージュ・リングを自ら嵌める。

 エルヴェラが手渡した物なので、隠蔽効果はエルヴェラには効かないが、魔道が動いたのはわかった。

 

「ま、待って」

 

 ルカリナが慌てたように、ロクサーヌが立っている位置に手を伸ばす。

 おそらく、リングの効果により、ロクサーヌの姿がルカリナの視界から消えたのだろう。

 ルカリナの手がロクサーヌに届くと、ほっとした顔になった。

 

「ルカリナは、堂々と歩きな。あんたについては、誰も逃亡を邪魔しないように手は打っている。でも、あんたひとりだ。そばにロクサーヌがいると絶対に悟らせるんじゃない」

 

「わかった」

 

 ルカリナが頷いた。

 エルヴェラはほっとした。

 これでいい。

 もう後は、ふたりの強運に頼るだけだ。

 

「大公宮を脱したあとのことは知らない。それからはふたりでなんとかしな。おそらく、枢密院とタリオ軍の両方から、あんたには懸賞がかかる。このカロリック内に、あんたたちのに逃げ場はないよ」

 

「わかりました」

 

 ロクサーヌが大きく頷いた。

 

「じゃあ、行きな。時間がない。すぐに……」

 

 ロクサーヌがルカリナに頷き、ルカリナも頷き返す。だが、ロクサーヌがエルヴェラに視線を向けてきた。

 

「は、はい……。あっ……、でも、エルヴェラ様は……。あっ、いえ、エルヴェラは……?」

 

「あっ、あたし? あたしがどうしたんだい?」

 

「あの、その……。一緒に行きませんか?」

 

「一緒に?」

 

 エルヴェラは、呆気にとられた……振りをした。

 実のところ、三人で一緒に逃亡することはずっと考えていた。いや、そうするつもりだった。

 だが、ガットと魔道の盟約を結んでしまったことで、それは不可能になったのだ。

 

「は、はい。どこかに落ち着くところを探して、一緒に暮らしませんか? あのう……。わたしを好きなように扱って結構ですから……。そのう、調教とか……」

 

 ロクサーヌが真っ赤になる。

 エルヴェラは笑った。

 

「冗談じゃないわよ。もうあんたのような手のかかるマゾはご免さ。まあ、愉しかったけどね。とにかく、一緒に逃避行をするつもりはないね。そんなことなんでする必要があるんだい。これでも、女伯爵のエルヴェラ様なんだよ。苦労なんて願い下げさ。その代償があんたの身体を好きにする権利なんてね」

 

 わざと嘲笑してやる。

 だが、実際、悪くない。

 三人で一緒に暮らせば、きっと愉しいだろう。

 そして、ルカリナとふたりで、毎日毎夜、このロクサーヌを苛めて暮らすのだ。こいつも満更でもないみたいだし、ルカリナとエルヴェラがいれば、どこに行っても食うのには困らない。

 きっと面白おかしく暮らせる。

 

「そ、そうですか……。そうですよね……。じゃ、じゃあ行きます」

 

「ああ、ルカリナも頼むよ」

 

「わかった。じゃあ、どこかで」

 

 ルカリナが頭をさげる。

 

「きっとどこかで再会しましょう。この恩は忘れません。お世話になりました」

 

 椅子に座り直していたエルヴェラをロクサーヌが一度抱き締めた。

 続いてルカリナも──。

 ふたりと抱擁を交わし終わると、ふたりが出ていった。

 

 これでいい。

 

 これで……。

 

 あとは、大してできることはない。

 エルヴェラは、奥の寝室に向かって魔道を発した。

 偽のロクサーヌの気配を作る魔道だ。

 あとは、どのくらい時間が稼げるかだ。

 カモフラージュ・リングをさせているので、ロクサーヌ自身はなかなか見つからないと思うが、ロクサーヌが逃亡したことを知れば、ルカリナのそばにロクサーヌがいることは容易に想像はつくだろう。

 ルカリナについては捕まえないと、ガットは魔道盟約を結んでいるが、ルカリナの周りに魔道探知すればロクサーヌの発覚は一発だ。

 だから、とりあえず、身を隠すか、捜索の網の届かない遠くに逃げるかだ。

 いずれにしても、稼げる時間は少しでもあった方がいい。

 

 そして、どのくらい経っただろうか。

 廊下が慌ただしくなり、扉が乱暴に開かれた。

 十数名の衛兵が雪崩れ込んでくる。

 ガットも一緒だ。

 

「エルヴェラか。ルカリナがひとりで大公宮を出たことは報告を受けている。ロクサーヌを捕縛する。彼女はどこだ?」

 

 ガットが椅子に座っているエルヴェラに言った。

 

「寝室さ。ルカリナに見捨てられて、泣いているよ。しばらくそっとしておいておくれ」

 

 エルヴェラは応じる。

 その瞬間、心臓に強い痛みが走った。

 

「ぐっ」

 

 身体がぐらりと傾いた。

 

「んっ、どうした?」

 

 ガットが首を傾げている。

 

「な、なんでも……ない……」

 

 できるだけ平静を装ったつもりだったが、あっという間に脂汗が身体に包む。

 これが盟約に逆らう代償か……。

 苦しい……。

 息が……。

 

「なんでもないことは……ないだろう……。まあいい。おい、奥だ──。捕縛せよ」

 

 ガットが衛兵たちに指示を発した。

 

「させないよ──。しばらく放っておけって、言ってんだろう──」

 

 手にしていた魔道球を作動させる。

 暴風が巻き起こり、部屋中の者が一瞬にして衝撃とともに吹っ飛んだ。

 もちろん、エルヴェラもだ。

 全員が部屋の壁に叩きつけられる。

 

「うわああ──」

 

「あがあああ」

 

「ひいいい」

 

 衝撃で飛んだ衛兵たちがのたうち回って呻き声と悲鳴をあげた。

 

「な、なにをするかあ──」

 

 叫んだのは、ガットだ。

 頭から血を流しているが、比較的元気だ。

 うまく衝撃を直接に喰らわなかったのかもしれない。

 悪運はいいようだ。

 

 エルヴェラは爆風で壁に叩きつけられたまま、尻もちをついて壁にもたれていたが、もう立ちあがる力はない。

 ただ、背中は寝室との扉だ。

 一応計算通りだ。

 そうなるように、座っていたのだ。

 

「ち、近づくと……。もう一発……い、いくよ……」

 

 さっきの爆風の魔道球をもうひとつ出す。

 立ちあがれる者がエルヴェラに殺到しそうになったが、その魔道球を見て、ぎょっとしたように身体を硬直させた。

 

「な、なんの真似だ、エルヴェラ──」

 

 ガットが真っ赤な顔で怒鳴る。

 

 なんの真似もへったくれもあるものか──。あんたがあの子との約束を破るから、無理矢理に約束通りにしようとしてるんだよ──。

 

 そう叫ぼうとしたが、もう言葉を口にする力がない。

 大量の血が口から噴き出す。

 

 ここまでか……。

 ごめんね、ロクサーヌ、ルカリナ……。

 これしかなかったよ……。

 あたしが死んだと知っても、あまり悲しまないでくれるといいんだけどねえ……。

 

 エルヴェラは心の中で彼女に謝った。

 

 もう少し抵抗したかったけど、盟約破りで生きられるのはこれが限界だったみたいだ。

 胸の中でなにかが破裂したのを感じた。

 

 エルヴェラの視界は一気に消滅して、そして、なにもわからなくなった。

 

 

 

 

(『ある少女公主の物語』終わり、第20話『導きの巫女』に続く)



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 第20話  導きの巫女
1008 朝の中庭団欒


 剣を持っているルカリナが凄まじい勢いで突っ込んだ。

 相手をしているのは、イットという獣人の娘だ。

 ガロイン族という種族らしく、紹介を受けたところでは、戦闘のときには十本の手の指に刃物のような爪を伸ばして、それを武器にして戦うと聞いていたのだが、いまはまったく爪は出ていない。

 それどころか、構えてもいない。

 ロクサーヌには、ただ立っているだけに見える。

 ルカリナの握る訓練用の剣が横なぎに一閃した。

 

「うわっ」

 

 しかし、悲鳴はルカリナの口から迸った。

 一瞬にして、ルカリナの巨体が持ちあがって投げられたのだ。

 ルカリナの身体が地面に叩きつけられたときには、ルカリナが持っていたはずの剣がくるくると回転して上にあがっていることに気がついた。

 それをイットが宙で受けとめて、唖然とした顔で倒れたままのルカリナに差し出した。

 

「はい、どうぞ」

 

「えっ、えっ、なん、で?」

 

 ルカリナはあまりもの見事な自分の負けが信じられないみたいだ。

 ロクサーヌもまたびっくりした。

 ここまであっさりとルカリナが負けたのは初めて見たのだ。しかも、同じ獣人族とはいえ、大柄なルカリナと小柄なイットとでは、大人と子供ほどの体格差がある。それなのに、イットがルカリナを一瞬にして投げ飛ばしたのである。

 

「へえ、あんたって、いつの間にか体術みたいなのもできるようになったのね? あの長い爪で斬り刻むだけじゃなかったのね」

 

 揶揄(からか)うような口調で口を挟んだのは、コゼという小柄な人間族の女性である。少女のような可愛らしい顔をしているので、ロクサーヌとさほど年齢が変わらないと思っていたが、ロクサーヌよりも六歳の上の二十二歳だと教えてもらって、ちょっと驚いた。

 

 いずれにしても、ここの屋敷には、大勢の女性が住んでいるようだが、これまでに会った女性は誰も彼も綺麗で可愛い顔をしていた。

 その全員がロウという人の婚約者、または、愛人だというのだからびっくりだ。

 ハロンドール王国の独裁官になったロウ=ボルグのひととなりについては、旅の前も、旅が始まってからも情報を集めていたが、いまこうやって、会ってみると想像以上の女たらしみたいである。

 

「マーズと鍛錬しました。マーズが先生になって、色々な格闘技について、教えてもらってるんです。あたしだけでなく、一応、ミウやユイナさんも一緒に学んでるんです」

 

 イットがコゼに応じた。

 

「ふうん。あんたたちの新参者会とやらは、フェラチオの練習とか、ご主人様を悦ばせる色っぽい仕草とか、服装とか、そんなことばっかりやってると思ってたわ」

 

 コゼがけらけらと笑った。 

 だけど、フェラチオの練習? 色っぽい仕草?

 なにそれ?

 そもそも、イットもルカリナを投げ飛ばすような凄い獣人戦士の少女だ。

 そんな彼女が男に尽くすための勉強会?

 

「あっ、実際には、フェラチオとか、そっちの方が主体です。ほかにも体位とか、身体の開発とかです。体術は美容のためのようなものです」

 

 すると、ミウという人間族の童女が口を挟む。

 でも、この子、随分と幼いけど、すでに普通に性行為をしている──?

 ロクサーヌは目を丸くしてしまった。

 

「こら、ミウ」

 

 ミウの横の筋肉質の少女がたしなめる。

 彼女はマーズだ。元々は負け知らずで有名だった闘奴だそうだ。

 

「やめなさい、コゼ──。下品よ。ミウも──。お客様の前なのよ」

 

 すると、エリカというエルフ族の大美人が叱るような声を出した。

 それはともかく、このエリカにも驚いた。

 もう十日ばかり後に迫っているハロンドール女王とエルフ族女王とロウ=ボルグの合同結婚式なのだが、それにおいて、正妻としてロウと婚姻をするのは、ふたりの女王のいずれでもなく、なんの身分も持っていない彼女なのだそうだ。

 よくも両国が納得したものだと思ったが、すべて了承済みのことらしい。

 そして、このエリカは大所帯に見えるロウの女性集団の最初の愛人でもあり、「一番奴隷」だそうだ。

 奴隷といっても、いわゆる奴隷のことじゃない。

 彼女たちの言葉遊びで、ロウの愛人である自分たちを「性奴隷」と称しているみたいだ。

 まあ、とにかく、圧倒された。

 

「なにがお客様よ。どうせ、すぐに仲間になるんでしょう? 違うんですか、元大公様? ご主人様とセックスしますよねえ?」

 

 コゼがロクサーヌに声をかけてきた。

 

「セ、セックス?」

 

 あまりにも直接的な問い掛けで、ロクサーヌは戸惑ってしまった。

 もっとも、覚悟はしていないことない。

 旅の途中で、ゼノビアやシズから、もしも、ロウという人物の庇護を受けたいなら、すぐに身体を差し出した方がいいとは、繰り返し言われてきたのだ。

 ふたりが口を揃ってロクサーヌに告げたのは、ロウという人物は非常に義理難く、一度庇護に入った女を絶対に守るということだった。

 ただし、抱き方が非常に特殊だとも教えられた。

 覚悟しろとも……。

 つまりは、嗜虐趣味。女を縛ったり苛めたり、ときには、鞭打ちなどもあるそうだ。

 だが、具体的に、ゼノビアたちがどんなことをされたのかと訊ねると、ふたりとも口をつぐんでしまった。雰囲気から、あまり思い出したくない感じのようではあった。

 

 ロクサーヌがハロンドール王都に到着して二日目である。

 カロリック公国がタリオ軍の侵攻を受け、ルカリナとともに大公宮を脱出して逃避行を開始しようとしたロクサーヌたちだったが、それからが大変だった。

 大公宮そのものは、エルヴェラが与えてくれた「カモフラージュ・リング」の効果により、比較的楽に脱出できたが、城門が閉まっているために公都からは出られず、しかも、夜が明ける前にタリオ軍が公都攻撃のために城壁に殺到して、出るに出られらなくなったのである。

 

 次いで、獣人族たちの暴動が全公都に拡大し、さらに城門を突破したタリオ軍の略奪もあり、ロクサーヌたちは瓦礫や焼け焦げの影に必死に隠れて、自分たちの命を守るしかなかった。

 そして、公都の中に隠れているうちに、ロクサーヌの手配書が完全に出回り、高額の賞金がかけられるとともに、カロリック政府によって捜査網を敷かれてしまい、ほとんど出歩くのは不可能な状態になってしまったのだ。しばらくのあいだ、ロクサーヌたちは公都に焼け落ちた建物の中に棲み処を見つけて、同じように焼け出された住民たちとともに隠れていた。

 そのとき、エルヴェラが持たせてくれた変装具の中に、火傷痕を装うものがあったので、それで顔の半分に火傷を作って、ロクサーヌの身柄がばれるのを防ぎもした。

 

 また、そのあいだに、カロリック政府が解体されて、カロリックの統治がタリオ占領軍に移るということもあった。

 そして、ガット=スペンサーをはじめとする枢密院の議員を中心に、カロリックの政府高官が次々に、公都の広場で処刑されていくということも目の当たりにした。

 やがて、十日も過ぎたところで、公都は新しく統治者となったタリオ軍の占領下で次第に秩序をとり戻すという動きを見せるようにもなった。

 だが、そのとき公都だけでなく、公都を中心とした一帯を闊歩したのは、獣人族たちで作られた治安隊だ。

 タリオ軍の司令官のランスロット将軍が獣人族で構成される賊徒や叛徒たちを治安維持隊として任命して、人間族の取り締まりをさせたのである。

 これまでの鬱憤を晴らすかのような獣人族の人間族への暴行は、しばらく常軌を逸したものでもあり、暴力が日常となる地獄のような状況となった。

 その混乱に乗じて、やっと公都を出たのだが、やはり、そこから遠方に出るのは不可能と判断した。

 

 それで、ルカリナと考えたのは、ほとぼりの覚めるまでどこかに隠れることだ。

 だが、生半可な場所では、すぐにロクサーヌの捜索の網にかかってしまう。

 そして、選んだのは地下組織に近い闇娼館だ。

 変装をしてわざと奴隷狩りに捕まり、その闇娼館に連行されるように仕組んだのである。

 生き残るためにはなんでもする──。

 逃がしてくれたエルヴェラのためにも、その覚悟だった。

 そのとき、ロクサーヌは自分も娼婦をするつもりだったが、それはルカリナが阻止した。

 それで、変装用の魔道具で顔に酷い火傷の痕を作っていたロクサーヌは、ルカリナの世話をする下女として、ルカリナとともに闇組織に捕えてもらったということだ。

 

 それからも色々あった。

 ただ、娼館というのは存外に情報が集まる場所でもあり、そこにくる男たちは結構、外の情報を漏らしてくれる。

 娼婦仲間、下女仲間の団結も深く、情報のやりとりもできた。

 そうやって、状況を探りながら、カロリック脱出の機会を待つという生活を続けた。

 

 また、闇娼館で暮らす日々の中で、ロクサーヌたちが大公宮から脱走した日のうちに、エルヴェラか大公宮の中で死んでいたということを知った。

 信じたくなくて否定したが、さらに複数の証言が得られることで、どうやらそれが真実であることを確信した。

 エルヴェラの死が間違いないと認識したとき、ロクサーヌとルカリナはふたりで抱き合ってひと晩を泣き明かした。

 

 その後、その娼館で暴動が起こり、ロクサーヌたちは、ターナ=ショーという女性に助けられ、そのときの縁でハロンドールの女冒険者であるゼノビアとシズを案内者とすることができ、ついにカロリック公国を脱出したということである。

 

 ハロンドール王国内に入ると、一気に旅も楽になった。

 また、国境を越えてしばらくしたところで、カロリック公国を征服したタリオ公国が、新ローム帝国設立の宣言をしたということも知った。いよいよ、戻る場所はなくなったと、改めて、ロクサーヌは思った。

 やがて、やっと王都ハロルドの手前の城郭のマイムに着いた。

 そこでやっとゼノビアたちが冒険者ギルドを通じて、ハロンドール政府に連絡をしてくれ、つい二日前、ハロンドール王室に保護をしてもらったということだ。

 

 そして、昨日一日については、王宮内に留め置かれて、王太后アネルザやイザベラ女王に面談し、ロクサーヌは改めて身分を明かして保護を求めた。

 ふたりとも、カロリック公国から逃亡した大公であるロクサーヌの存在に唖然としていたが、とりあえず身柄の保護は約束してくれた。

 ロクサーヌはほっとした。

 ただ、王宮からの出迎えだったので、そのまま応じて、ゼノビアとシズに声を掛けられなかったのは、申し訳なかったと思っている。あんなに世話になったのだ。

 ただ、彼女たちもまた、ここの女性たちの仲間だということなので、すぐに会えるだろう。そのときに謝ろうと思っている。

 

 それはともかく、王宮に着いたその夜のうちに、所用で王都を出ていたらしい独裁官のロウ=ボルグと対面し、ロクサーヌたちは彼の保有する住居屋敷に滞在することが決まった。

 やはり、ロクサーヌの存在はしばらく秘匿することになり、その場合、王宮にロクサーヌがいるのは、都合が悪いからだ。

 それが昨日の夜遅くであり、いまは翌日の午前中だ。

 

 朝食の時間をすぎ、昨夜のうちに会った女性たちに続き、三々五々に起きてくる屋敷の女性たちと自己紹介と挨拶を交わしているうちに、なんとなく、ルカリナと彼女たちの中で腕に覚えがある者たちとのあいだで、腕比べをしようということになって、いま中庭にテーブルを準備してもらい、出てきたところである。

 

 ロクサーヌは、樹木の下に準備してもらった細長いテーブルの真ん中に中庭を眺めるように腰掛けており、お茶と菓子をもらっている。

 準備してくれたのは、シルキーという少女であり、驚いたことに屋敷妖精だという。

 そして、周りには、コゼという陽気な女性、エルフ族のエリカ、王軍騎士であり冒険者でもあるらしいシャングリア、人間族の童女のミウ、獣人少女イット、元闘奴だというマーズなどが集まっている。

 この屋敷には、ほかにも大勢暮らしているし、昨日のうちに、王宮とも、冒険者ギルドとも、移動術の跳躍ポッドで結ばれていることを教えてもらった。

 まだ会ってない女性たちもいるみたいだけど、全体的にみんな仲がいい雰囲気である。

 事前の印象では、ひとりの男性を中心とした後宮のような人間関係を想像していたので、それは予想外だった。ひとりしかいない男の寵を競い合うような、そんな殺伐さはまったくない。

 

 そもそも、この屋敷を含めて、ロウの周りに集まっている女性が千差万別だ。

 昨日から今日にかけて会った女性たちだけでも、目の前にいる女性たちのほかに、ロウの愛人だと名乗ったのは、女王、王太后、女王の護衛長のシャーラと女官長ヴァージニア、さらに女王の侍女たち。

 冒険者ギルド長のミランダも婚姻のメンバーだと言っていたし、王室と連絡を繋げてもらったイライジャという褐色エルフの女性は、セックスパートナーと口にしていた。

 ほかに、まだ会ってはいないが、新しく王軍総司令官となったラスカリーナもそうだという話だったし、新たにできたナタル森林王国の公使館の常駐大使のケイラ=ハイエルもロウの恋人ということである。

 その公使館の向かい側にある新教団の女教祖フラントワーズ、新設の王軍魔道研究所の所長にして第二神殿筆頭巫女のベルズもロウの恋人だそうだ。

 さらに、あちこちに大勢いるとのことだ。

 正直、なんという男なのだと思った。

 

 しかも、耳にする限り、普通の女性がいない。

 全員がなんらかの女傑である。

 旅の途中でロウの愛人になるべきだと諭されたロクサーヌとしては、ルカリナとともに保護をしてもらうためには、それもありだと思っていたのだが、いまは逆に圧倒されている。

 こんな女性軍団の中に、ロクサーヌを加入してもらうのは、無理なのではと思っている。

 

「そんなに、セックスで驚くことですか? 多分、ご主人様はその気だと思いますよ。さもないと、この屋敷には入れませんから」

 

 コゼが笑った。

 すると、その横にいたシャングリアが口を開く。

 

「まあ、無理には進めないが、ロウに愛してもらうのは気持ちいいぞ。やみつきになる。ロウはとことん、女を追い詰めるからな。そして、苦しめる。もう耐えられないと思ったとき、そこから先に連れていかれる。そうやって限界を越えたところで、最高の快感をくれる。一度、味わえば、もうほかのセックスは無理だな」

 

「は、はあ……」

 

 凛とした美貌のシャングリアから、ここまで赤裸々なことを語られて、なにを言っていいかわからない。

 

「やめなさいって。ロクサーヌさんはお客さんとして連れてこられたのよ。ロウ様もそう言っていたわ……。申し訳ありません、ロクサーヌ様。みんな節操がなくて」

 

 エリカだ。

 

「あっ、いえ、そんな……」

 

 ロクサーヌはとりあえず首を横に振る。

 

「じゃあ、次はあたしとやる、ルカリナ? 武器で勝負すると、あたしの相手にはならないだろうから、武器無しでやろうか」

 

 すると、コゼが立ちあがって、ルカリナの方に向かっていく。

 さすがに、ルカリナはちょっとむっとした表情になった。

 

「人間族と獣人。身体が違う。力も……」

 

「いいからいいから。おいで」

 

 コゼが挑発するように、ルカリナに手招きをするような仕草をした。

 顔を険しくしたルカリナが、唸りをあげるような拳をコゼに向かって振り抜こうとした。

 だが、コゼが紙一重でルカリナの腕をかわすと、その片腕をとってルカリナの背中に持っていく。

 さらに、反対の腕も抱え込んでしまった。

 

「わっ、ま、待って──」

 

 コゼに身体を固められたルカリナが前屈みのような恰好で動けなくなった。

 

「ふふふ、待たないわよ。言っておくけど、暴れると骨が折れるわよ。まあ、折れても、そこにいるミウがすぐに直してくれると思うから、試す?」

 

 コゼが笑う。

 ロクサーヌとしては、あんなに強いルカリナが、この屋敷の女性たちにかかれば、子供のように扱われるのを見て唖然とする思いだ。

 

「う、動けない」

 

 一方で、コゼに身体を固められ、ルカリナは目を白黒させている。

 そのときだった。

 

 屋敷側から、また人がやってくる気配がしたのだ。

 顔を向けると、ロウだった。

 両側にふたりいて、ひとりは冒険者ギルドのミランダで、もうひとりはエルフ族の美女だ──。

 また、案内を童女のメイドがしている。

 その童女メイドは、初めて見る顔だ。ただ、とても険しい表情をしている。また、すごくスカートが短い。

 また、なぜか時折なんでもないところで、つまずくような仕草もする。

 ロクサーヌは、かつて振動する革帯の下着を装着させられて生活させられたときのことを連想していまい、かっと身体が熱くなりそうになり、慌てて淫らな思考を自重する。

 

「くあっ、また……。ミ、ミランダ、いい加減に……」

 

 すると、なぜか童女メイドががくりと膝を折り、次いでミランダを振り替えって睨んだのがわかった。まだ遠いが会話も聞こえた。

 

「やられるのはごめんだけど、仕返しとしてやるのはいいわね。このところ、あたしもわりと苛められるから、あんたで腹いせよ。ロウの許可であんたを自由にしていいって言われてんのよ。あんたも逆らうのは禁止なんでしょう。ほらっ」

 

「ぐっ」

 

 すると、また童女メイドが身体を折った。

 なんだろう、あれ?

 そうこうしているうちに、ロウたちがそばに到着する。

 

「おっ、もしかして腕比べか? だが、ルカリナさんが圧倒されているみたいだな。どうだ、ルカリナさん、うちの女たちは強いだろう」

 

 そして、テーブルの前でロウが陽気な口調で言った。

 

「あっ、ロウ様──」

 

「ご主人様、おはようございます──」

 

 あちこちからロウに声がかけられる。

 その状況ひとつを見ただけでも、ロウがここにいる女性の全員に慕われているのがわかる。

 

「ああ、みんな、おはよう──。ロクサーヌ殿もよく眠れましたか?」

 

 ロウがロクサーヌの近くの空いている椅子に座りながら言った。

 

「あっ、はい。おはようございます」

 

 ロクサーヌも慌てて挨拶をする。

 実のところ、ロクサーヌは目の前のロウと倒錯した性行為をする光景を幾度も予知夢で見ている。

 だから、ロウと最初に会ってから、その予知夢の相手がやはり、ロウであることを確信して、どうしても意識してしまうのだ。

 とても落ち着かない気持ちになる。

 いまもそうである。

 

「ロウ様、おはようございます──」

 

 すると、ミウが椅子ごと持ってきて、ロウの横に強引に割り込ませた。

 

「あっ、出遅れた。小娘、そこどいて」

 

 すると、いつの間にかルカリナを解放したコゼがこっちに走ってきていた。いま目の前に立っている。

 

「いやです。ここはあたしの席です。早い者勝ちですよ」

 

 ミウはロウの腕にしがみついている。

 

「ええ──? じゃあ……」

 

 コゼがミウの反対側に視線を向ける。そこにいるのは、ロウと一緒に来たエルフ族の美女だ。

 だが、この女性もしかして……。

 ロクサーヌは訝しんだ。

 

「と、とんでもありません。ここは死守ですわ。わたしの席ですわ」

 

 その女性も反対側からロウの腕をがっしりと掴む。

 それはともかく、やっぱりこのエルフ族の女性って……?

 

「ガド、あんたも挨拶したら? そこにおられるのが、カロリック公国からロウ様に保護を求めてやってきた元大公陛下のロクサーヌ様よ」

 

 すると、エリカが言った。

 “ガド”?

 

「あら、そうですの? わたしは、エルフ女王国の女王のガドニエルですわ。ご主人様の雌犬です。よろしくお願いしますね」

 

 すると、その絶世の美女がロウの腕にしがみついたまま、満面の笑みを浮かべながら言った。

 やっぱり、エルフ族の女王のガドニエル陛下──? どうしてここに? 誰もなにも言ってなかった。

 そして、雌犬?

 ロクサーヌは仰天した。

 とにかく、挨拶をと思って、慌てて立ちあがる。

 

「申しわけありません。ご挨拶が遅れました。ロクサーヌ=ギストン・ビンス・カロリックでございます。人族発祥の森の守護者にして、女神アルティス様の末裔たる最古の国家ナタル大森林王国の女王ガドニエル陛下にご挨拶申し上げます」

 

 ガドニエルに向かって最上級の儀礼をする。

 

「あら……。ならば、わたしも挨拶を……。ガドニエル=ナタルである。ロクサーヌ=ギストン・ビンス・カロリック、よろしく」

 

 ガドニエル女王の態度が一転する。

 ロウから手を離し、座ったままではあったが、満面の笑みから柔和な笑みに表情を変えてロクサーヌに言葉を返してきた。

 さっきまでと同じ人物なのかと唖然とするほどの、ガドニエル女王の毅然とした態度である。

 とにかく、神々しいほどの美しく、また威厳がある。

 やはり、本物のナタルの森の女王なのだと思った。

 すると、シャングリアの笑い声が響いた。

 

「いまのはエリカが悪い。王侯貴族という生き物は、挨拶をするのも順番がある。ナタルの森のガドニエル女王ともなれば、ローム法王を上回る権威者だ。先に挨拶を促すのは、ロクサーヌ殿側だな」

 

 そのシャングリアが言った。

 

「あら、そういうもの?」

 

 エリカは、きょとんとしている。

 

「まあまあ、そんなことはいいだろう……。それより、ルカリナさん、見ている限り、随分とコゼにやられていたようだけど、戦士としてひと晩で強くなれる簡単な方法があるとしたら、興味はあるか?」

 

 すると、ロウがまだ中庭で呆然していたルカリナに声をかけた。



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1009 緊縛と凌辱のお誘い

「ルカリナさん、見ている限り、随分とコゼにやられていたようだけど、戦士としてひと晩で強くなれる簡単な方法があるとしたら、興味はあるか?」

 

 不意にロウが半分揶揄(からか)うような口調でルカリナに声を掛けた。

 しかし、ロクサーヌは、その横顔を見て、ロウの眼があまり笑っていないことがわかった。少なくとも冗談という感じではない。

 

「えっ?」

 

 一方で、ルカリナは、怪訝な表情でロウに視線を向ける。

 しかし、完全に興味を持ったのがわかった。

 戦士としての強さは、ルカリナの誇りであり、矜恃であり、プライドだった。それがここまで砕かれたのだ。

 まだ平静を装ってはいるが、ルカリナが内心では口惜しさを爆発させているのがロクサーヌにはわかる。

 そして、そのルカリナに強さを増大する方法があると告げたのだ。

 興味を抱くのは当然だ。

 そのルカリナは、さっきまで腕試しをしていた場所にいたが、とりあえず、ロウやロクサーヌたちが座るテーブルまでやってきた。

 テーブルを挟んだロウの前にルカリナが立つ。

 

「俺の女のひとりになる。それだけだ。それで、ルカリナさんは、これまでとは次元の違う強さを得ることができる」

 

「からかって、る?」

 

 珍しくルカリナがむっとした顔になった。

 

「揶揄ってなどいない。だが、信じられないのは仕方がないと思う。でも、本当だ。俺には身体を重ねた女の能力を飛躍的に向上させる能力があるようだ。それで、これだけの女が周りに集まっている。そうでなければ、こんな冴えない男に、これほどの美女たちが集まるわけはないだろう」

 

 ロウが笑い声をあげる。

 

「それで集まっているわけじゃないぞ。そもそも、わたしがロウの女になるのを決めたときには、ロウのそんな能力は知らなかった」

 

「あたしにとっては、ご主人様はあたしの命そのものです。でも、それは、ご主人様のそういう力とは関係ありません。ご主人様は、惨めな奴隷だったあたしに命をくれました。あたしはご主人様のものです」

 

 シャングリアとコゼだ。

 ほかの女たちも、同じようなことを口にする。

 ロウが笑いながらそれを制する。

 

「嬉しいけど、そんな大したものじゃない。俺は興味を持った女を抱いているだけだ。もちろん、好き勝手させてもらう分はできる限り大切にするけどね。だけど、結果として、彼女たちの能力があがるのも真実だ。だから、打算でも構わないから、俺に抱かれてみないか?」

 

「ええっと……。あたし、を?」

 

 そのとき、ルカリナがちらりとロクサーヌを見た。

 庇護を得るためにロウに抱かれるという話は、旅のあいだにずっとしていて、ロクサーヌもそれをロウが望むなら、そうしてもいいとルカリナに言ったりしていた。

 元カロリック公国の大公というだけで、なにひとつ持ってもおらず、渡せるもののないロクサーヌだ。

 いまはローム帝国となったタリオなどからの追っ手から守ってくれ、ルカリナとの安寧の生活を与えてくれるのであれば、大抵のことはする覚悟だとルカリナにも言っていた。

 しかし、そのロウが求めた相手はロクサーヌではなく、ルカリナみたいだ。

 それもあり、ちょっとルカリナも戸惑っているのだろう。

 

「人の言葉を喋るときには、舌がうまく動かないか? それも癒やせると思うぞ。俺に抱かれれば、君が望む自分になれる。別に、そこにいるロクサーヌ殿と別れろとか言っているわけじゃない。ただ、一度抱かれる。それだけだ。それで強くならなければ、俺がほら吹きなだけだ。君は貞操を失うが、損するのはそれくらいだろう。でも、真実であれば、君が得るものは大きいんじゃないか」

 

 ロウだ。

 

「確、かに」

 

 ルカリナが頷いた。

 

「決まりだ。両腕を背中に回して、背を俺に向けるんだ、ルカリナさん」

 

 ロウが立ちあがった。

 驚いたことに、どこから出したのかわからなかったが縄束を持っている。

 テーブルを回ってルカリナの方に向かう。

 

「えっ、縄? こ、ここで?」

 

 ルカリナが当惑している。

 ロクサーヌも驚いた。

 ロウが好色であり、女と抱くときの特殊な趣味のことはすでに知っていた。まあ、ロクサーヌも、自分自身がマゾでもあることは、さすがに自覚しているので、そういう性癖にも理解している。

 彼に抱かれるのであれば、必ず縛られるのだろうなあとは漠然と思っていたが、ここで?

 ロクサーヌは、急に喉が渇いた感覚なり、とても落ち着かない気持ちになった。

 

「縛られるのはここでだ。どうせ、俺のことは調べただろう? 俺の性癖は知っているはずだ。もっとも、心配しなくても、ここでは抱かない。ちゃんと寝室に連れていってやろう。最初くらいはね」

 

「さ、最初って……」

 

「それとも、ここがいいか? 俺はそれでもいいぞ。そういう抱き方もする。ここにいる女たちの全員がそういうことも経験済みだ。どこだ? ここか? 寝室か? それとも、俺に任せるのか、ルカリナ?」

 

「い、いや、寝室で」

 

 ルカリナが慌てて言った。

 ロクサーヌは、すでに、ルカリナがロウに呑まれてしまってたじたじになりかけていることがわかった。

 どんなことがあっても、平然をしている感のあるルカリナのそんな態度は珍しいと思った。

 

「わかった。じゃあ、後ろを向くんだ、ルカリナ」

 

 ロウがルカリナを呼び捨てにした。

 なぜだかわからないが、その言葉には、女を逆らえなくするなにかの不思議な力がある気がした。

 ふと気になって、ほかの女性たちを見る。

 全員が笑みなどを浮かべて、ロウのすることを見守っている感じだ。あるいは、こんなことはまったくいつものことだと言わんばかりに、隣の者と談笑したりだ。

 そんな状況の中でただひとり、ロクサーヌだけが緊張している気がする。

 心臓が痛いくらいに鼓動を繰り返していた。

 じゅんとした湿りと篤い股間の疼きも感じている。

 

 そして、ロウがルカリナの肩に軽く触れて、背中を向けさせる。ルカリナはもう抵抗しない。

 覚悟したのか、それとも、ロクサーヌと同じように、ロウの持つ不可思議な力に圧倒されたのか、大人しく背中に両腕を回した。

 その腕にロウの持つ縄がかかる。

 

「心配するな、ルカリナ。縛るのは支配されることを知ってもらうためだよ。それで気持ちよくなることも約束する。俺は女を支配して、欲望のままに、緊縛されたルカリナの美しさを味わう。可愛く気高いルカリナも俺の女になってもらうよ。その代償に、君は君が望む女になれる。そして、支配される快感を知ってもらう……」

 

「か、可愛い? あ、あたしが? んぐっ──」

 

 美しいとか、可愛いとか言われて、ルカリナが顔を真っ赤にして戸惑ったのがわかった。しかし、次いで、腕を縛った縄がルカリナの胸の上下にかかって締めあげられたことで、ルカリナが絶息したような息を吐いたのだ。

 

「縛るのは美しくしたいからだよ。少なくとも、俺にとっては縛った女は美しくて可愛い」

 

 さらにルカリナの二の腕に縄がかかって、首の後ろにも通り、さらに腕や胸の上下に縄が足される。腰の括れたところにも縄がかかって、後手側に縄止めが作られた。

 あっという間だ。

 ロクサーヌは、急に息が苦しくなってしまった。

 

「さて、足にも縄を掛けてやろうか」

 

 ロウが新しい縄束を出した。

 ロクサーヌには、宙から取り出したようにしか見えなかったが、どうやら収納術のようだ。

 しかし、なにから取り出したのかはわからない。

 あのエルヴェラは、魔道を帯びた小さな腰袋に収納をしていたが、ロウはそれに対応する物は持ってないように見える。

 ルカリナの膝に縄がかって、拳ひとつ分の間隔だけを作って、ルカリナの膝と膝が縄で繋がれた。

 

「さて、これで一応は終わりだ。寝室に行くか。ところで、俺の女になることを決めたルカリナに言っておくが、俺の女には全員がスカートをはくように命令している。しかも、できるだけ短いものをね。俺がズボンを許しているのはコゼだけでね」

 

 ロウが緊縛されて困惑した様子で立っているルカリナの腰を抱いた。

 

「わっ」

 

 ルカリナがいつになく、悲鳴のような声を出す。

 やはり、緊張しているみたいだ。

 それはともかく、ロクサーヌは、ふと周りを見回してみた。確かに全員が短いスカートを身につけていることに気がついた。

 例外はコゼだ。ひとりだけ半ズボンである。

 そして、比較的、みんなのスカート丈は短い。

 さっき、ロウたちと一緒に入ってきた童女メイドなど、下から簡単に下着が見えてしまうくらいの丈しかない。

 

 それにしても、冒険者ギルド長のミランダの横に立っている童女メイドの様子がやっぱり不自然なことに気がついた。

 顔が真っ赤だし、時折、びくんと身体を竦ませたりする。

 ロクサーヌも、同じようなことをされたことがあるので、もしかしたらと思うけど、こんな年端もいかない童女を……?

 おそらく、年齢は五歳か、六歳かだろう……。

 もっとも、見た目だけのことで、喋り方や仕草は、随分と大人の女性を感じさせないこともないのだが……。

 

「んんっ、リリスが気になりますか、ロクサーヌ殿?」

 

「えっ、あっ、申しわけありません」

 

 どうやら、ロクサーヌはちょっとのあいだ、そのリリスという童女メイドをじっと見つめすぎていたみたいだ。

 ルカリナの腰を抱いているロウが声を掛けてきた。

 それはともかく、みんなの前で縄で縛られて動けなくなっているルカリナは、ロウに腰を抱かれて居心地が悪そうな感じだ。

 だが、どきどきする。

 ロクサーヌもまた、なんだかいたたまれない気持ちになってしまう。

 どうして……。

 

「いや、いい。リリス、こっちに来るんだ」

 

「な、なんじゃ」

 

 屋敷妖精のシルキーとともに立っていたリリスがロウのところに向かう。

 すると、ロウがリリスの身体をロクサーヌに対して真っ直ぐの方向に向けた。

 

「スカートをまくって、ロクサーヌ殿に股間の状況をお見せしろ」

 

 ロウがなんでもないようなことに言った。

 ロクサーヌは耳を疑った。

 

「な、なんでじゃあ──」

 

 リリスが真っ赤な顔で抗議の声をあげた。

 

「うぎゃああああ」

 

 しかし、次の瞬間、そのリリスが絶叫してひっくり返った。

 それで短いスカートがめくれて、その中が覗いたのだが、リリスは黒い革製の小さな下着を身につけていた。

 リリスは慌てたようにスカートの裾を戻すものの、なぜかお尻を両手で押さえて絶叫している。

 しかし、一瞬ではあったが、その革の黒い下着が動いていたのをはっきりと見えたのだ。

 それだけでなく、割れた股からはべっとりと体液が溢れていた。

 想像の通り、メイド服のスカートの中で淫らな責めを受けていたことがわかって、ロクサーヌは自分でも驚くくらいに動揺してしまった。

 でも、本当に?

 眼の錯覚──?

 

「リリス、召使いというものは、旦那様の言葉に一切、逆らってはなりません。何度言えばわかるのです。反省しますね? それとも、まだ納得できませんか? そうであれば、お尻に流す電撃の威力をあげますよ」

 

 一瞬にして、屋敷妖精のシルキーがのたうち回るリリスの横に移動して、リリスを叱るような言葉を放つ。

 だけど、お尻にに電撃──?

 ロクサーヌは驚愕した。

 

「あらあら、相変わらず、リリスには厳しいわねえ、シルキーも」

 

「だが、いくら説教をされても、へこたれないから、サキも……いや、リリスも根性はあるな」

 

 コゼとシャングリアだ。

 こんな幼い童女が苦悶しているというにあっけらかんとしている。このふたりだけじゃなくて、ほかの女もだ。

 ここまで動じていない態度に接すると、自分の方がおかしいのかと思ってしまう。

 

「わかった──。わかった──。やめいいい──。だ、だが、お尻のディルドに電撃など、卑怯だぞ。ひぎいいいい──」

 

 リリスが泣き喚く。

 

「なにが卑怯なのです。やっぱり、もっと罰を強くしましょうか」

 

 シルキーが無表情で言った。

 

「わかったと、言ってるうう。んぐああああ──」

 

 リリスの眼がこれ以上ないと言うほどに見開かれた。

 跪いている身体が限界まで弓なりになる。

 

「もうやめなさいよ、シルキー。ロウ様に躾を命令されているといっても、お客様の前よ」

 

 エリカだ。

 

「わかりました、エリカ様。やめます」

 

 シルキーがエリカに向かって頭をさげた。

 リリスががっくりと脱力した。電撃がやんだのだろう。

 

「くくく、可哀想という気持ちにならないわね。まあ、頑張りなさい。これはもういいわ。誰かよろしく」

 

 ミランダがスカートの懐から小さくて板のようなものを出して、テーブルに放り投げた。

 なにかの操作盤という感じだ。

 表面に記号と矢印のようなものが幾つかついている。

 操作盤?

 

「ロクサーヌ殿、びっくりしたかもしれないけど、このリリスは見た目ほど幼くはない。むしろ、この中では一番の年上だと思う。ちょっとしたことがあって、この姿になったけど、本当は絶大な力を持つ高位妖魔だ。そして、いまは、仲間に迷惑を掛けた罰で、メイド修行中でね。だけど、慣れないから、いまのように粗相を繰り返すんだ」

 

 ロウが笑った。

 ようま?

 ようまって、妖魔?

 

「な、なにがメイド修行じゃ──。それとスカートをめくることと、なんの関係があるんじゃ──」

 

 リリスが膝立ちのまま身体を起こして怒鳴る。

 

「ミウ、お尻の振動を最大限」

 

 ロウが声を掛ける。

 

「これですか?」

 

 ミウがさっきミランダが投げた小さな板を拾って、指でその上をなぞった。

 

「やめええ──。ひいいいい」

 

 リリスがスカートの上からお尻を押さえて、身体を伸ばして硬直する。

 やっぱり、リリスが股間に装着させられてた革の下着は淫具に間違いない。ディルドと口にしていたので、多分それだろう。

 そして、なにかの仕掛けで、あの板で淫らな刺激が内側に伝わるようになっているのだ。

 ロクサーヌもまた、散々にやられたことがあるので確信した。

 ディル付きの革帯を股間に装着させられ、いつ振動で刺激されるのかという恐怖と焦燥──。

 あのときの不安と羞恥、望まない絶頂を無理矢理に与えられたときの高揚感──。

 それを思い出す。

 動揺して自分の顔が真っ赤になるのがわかる。

 

「まあ、リリスのことはいいか……。ところで、ルカリナ、話を戻すけど、俺の女になったら、普段はスカートをはくんだ。いいね」

 

 ロウがルカリナに視線を戻す。

 だが、まだ地面ではリリスが悲鳴をあげて、お尻を震わせている。そして、ほかの女たちもまた、平然としたままなのだ。

 まるで、こんなことはなんでもない日常だと言わんばかりだ。

 ルカリナも呆気にとられて見ていたが、ロウの言葉にはっとなった感じになる。

 

「えっ、い、いや、あ、あたしはスカートは、い、一度も……」

 

「口答えはなしだよ、ルカリナ」

 

 すると、ロウがルカリナのズボンにすっと片手を伸ばすと、いきなりズボンを緩めて、ルカリナが縄で縛られている膝の位置までズボンをおろしてしまった。

 

「うわっ、なに──」

 

 さすがにルカリナが動揺して、身体を捻って抵抗しようとしたが、縄で縛られているルカリナにはどうすることもできない。

 ルカリナは縄で縛られ、ズボンを膝までおろされて、下着を露出した格好になる。

 

「わっ、わっ、わっ」

 

 リカリナが必死で片脚をあげて、腿で必死に下着を隠すような仕草をするが、膝と膝を繋げられているので、ほとんど隠せないでいる。

 ルカリナの下着は、男がはくような大きな物だ。

 そんな可哀想な姿に、ロクサーヌも激しく動揺する。

 

「色気のない下着だな。後で俺が俺の女専用の紐パンを贈ってやる。それ以外は身につけるなよ」

 

「そ、そん、な……」

 

「返事──」

 

 ぱんとロウがルカリナのお尻を手で打つ。

 

「くっ、は、はいっ」

 

 ルカリナが顔をしかめた。

 だが、ロクサーヌもまた、自分がお尻を叩かれたかのように、歯を喰い縛ってしまう。

 

「さて、じゃあ、行こうか、ルカリナ。約束だからここで犯すのは勘弁してやろう。その代わり、寝室までこのまま歩いてもらうぞ。それと好色な俺のことだから、寝室につくまで、散々に悪戯するくらいは覚悟してくれ」

 

 ロウがルカリナの腰を抱いていた手をルカリナに乳房の上に移動させる。

 服の上からぎゅっとルカリナの胸を握る。

 

「あっ、ああっ」

 

 その瞬間、ルカリナががくんと膝を折った。

 ええ──?

 ロクサーヌは驚いた。

 

「驚くなというのは無理かもしれないが、ロウの手はまさに神の手だからな。本気になると、どんな女でもあんな風に気持ちよくなるんだ」

 

 シャングリアだ。

 ロクサーヌは唖然としてしまった。

 ロウがルカリナの胸から手は離したが、ルカリナはすでに息を荒くしている。

 そして、すでに怯えるような表情をしてロウを見ている。

 あんなルカリナの姿は初めてかもしれない。

 

「さあて、じゃあ、俺たちは寝室に行きますけど、ロクサーヌ殿はどうします?」

 

「えっ?」

 

 突然にロウがロクサーヌに話しかけてきた。

 なぜか、胸の動悸が激しくなる。

 

「あなたも縛られたいんじゃないんですか? このルカリナと一緒に辱められたいのでは? あなたが縛られたいと思うのであれば、そうしてあげますよ」

 

 ロウが柔和に微笑む。

 ルカリナと一緒に、ロウに縛られて辱められる?

 ちょっと想像しただけで、全身に震えが走りそうになる。

 

 どうしよう?

 どうしよう……。

 でも……。

 

「凌辱してあげましょうか? ルカリナと一緒に来ますか?」

 

 ロウが探るような視線をロクサーヌに向けてさらに言う。

 いつの間にかかなりの汗をかいている自分に気がついた。

 おそらく、ロウに抱かれれば、自分は変わる。

 理由はないが、ロクサーヌはそれを確信していた。

 同時に、取り返しのつかないことにもなる。

 

 多分、ロウはロクサーヌを変える運命の男なのだろう。予知夢でもそれを暗示していた。

 予知夢の中のロクサーヌは、このロウに心から支配され依存していた。

 だから、それは恐怖でもある。戸惑いもある。

 だけど、ロクサーヌの内心は、やはりそれを望んでいる。

 

 縛られて、辱められて、陵辱され、どうしようもなく恥辱に泣かされたい。

 どうして、ルカリナにロウは迫り、ロクサーヌにはあまり興味を示すような態度をとらないのか……。

 ちょっと、そう思っていた。ロクサーヌにも構って欲しいと……。

 でも、いま、ロウに求められた。

 ならば……。

 

「返事は? ロクサーヌ」

 

 ロウがにやりと微笑む。

 どきりとした。

 ああ、だめだ。

 多分、ロクサーヌは彼のとりこになる、

 そして、おそらく、ここまでことは、全ては彼の計算なのだろう。

 彼は知っているのだ。

 どうすれば、ルカリナが彼になびき、そして、どうすれば、ロクサーヌが堕ちるのかを……。

 だから、先にルカリナを誘い、仲のいいルカリナがロウにいたぶられるのを見せつけ……、ロクサーヌを焦れさせて……。

 

 本当は、そうではないかもしれないが、実際、ロクサーヌは出口がひとつしかない袋小路に追い詰められた気分だ。

 行き先は、ロウに嗜虐して欲しいと哀願するしかない方向だ。

 ほかには、行けない。

 ロクサーヌにはない。

 なによりも、ルカリナと一緒に……。

 

「わ、わたしは……」

 

 ロクサーヌは口を開いた。

 そのときだった。

 

「だ、旦那様──」

 

 さっきとは打って変わって焦ったようなシルキーが大きな声で怒鳴った。

 無表情に近かったシルキーは、いまは動顛している様子だ。

 

「どうした?」

 

 ルカリナの腰を抱き直していたロウがシルキーを見る。

 

「わかりませんが、何者かに外から屋敷を攻撃されています。結界が破れます──。凄まじい力です──」

 

 中庭からはなにも見えないが、何者かに攻撃されている?

 この屋敷妖精がこの屋敷に結界を敷いているのは、教えてもらっていたが、それが破れる?

 

「全員、ロウ様を囲んで──。ミウ、屋敷に残っている者にも、緊急事態だと知らせて──。防御体勢──」

 

 エリカが怒鳴った。

 

「みんな、武器だ──」

 

 ロウが叫んでたくさんの武器が弾け飛んだ。

 また、ルカリナの拘束が一瞬にして解けた。

 地面の上でお尻を押さえて暴れていたリリスも、淫具の責めから、解放されたみたいだ。

 

「来ます──」

 

 シルキーが叫ぶ。

 

「防護膜を張ります──。できるだけ集まって──」

 

 ミウが叫んだ。

 頭の上に見えない膜のようなものが張られたのがわかった。

 次の瞬間、空が破けて、そこから凄まじい程の衝撃波が中庭の真ん中をぶち抜いた。





 *

 ロクサーヌとルカリナの「主従合わせ責め」が寸止めになって申し訳ありません。次話は『怪獣大戦争』をお送りします(笑)。(作者)


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1010 怪獣大戦争

「うわっ」

 

「ひあああ」

 

「うわああ」

 

 空を突き破って黒色の衝撃波が地面に突き刺さって、大きな穴を開けたのを一郎は確認した。

 その一郎を女たちが寄ってたかって重なって、身を挺して一郎を守ろうとしてきた。重さで押しつぶされそうだ。

 また、ミウはすぐそばで全員の頭の上に、屋根のように薄い防護膜をとっさに敷いてくれたみたいだ。ただ、衝撃波はこちらには直撃せずに、誰もいない中庭側にずれたのだ。

 とりあえず、一郎はほっとした。

 

 周りを見回す。

 みんな無事のようだ。

 じっくりと味わうつもりで緊縛してやったルカリナは、とっさに緊縛だけは収納術で解いたものの、膝までおろしたズボンまでは間に合わず、身につけていた男物の下着を露出してズボンを膝までおろした格好で、一郎の身体の下にひっくり返っている。

 咄嗟に一郎が身体の下に守ったのだ。

 また、煽って一緒に味わう予定にしていたロクサーヌも無事だ。

 ほかの女たちは、全員が一騎当千だ。

 一郎の身体の上に跳び込んできたが、大丈夫そうだ。

 

「シルキー、なにがあった──? 屋敷側は無事か──?」

 

 女たちの身体の下から叫んだ。

 あっちには、まだアン、ノヴァ、ユイナなど、戦うすべも、守るすべも持たない者がいる。

 

「防護結界と遮蔽結界が破られたのは、ここだけです。すぐに修復します──」

 

 シルキーが必死の感情を露わにして叫ぶ。

 いつも無表情の屋敷妖精のシルキーだが、衝撃波を貫通されたときとともに、あれほどに焦った様子は珍しい。

 それだけの非常事態ということだろう。

 

 ところで、その女たちの身体の隙間から、一郎はガドニエルが一郎たちと中庭のあいだにガドニエルが立っているのが視界に入った。

 空に向かって、手をかざしている。

 すると、ガドニエルが手を向けている側の空がきらきらと光った気がした。

 

「さあ、問題ありませんわ。いま、防護結界をかけ直しました。なんでもありません。なんでもありませんたら、なんでもありません」

 

 ガドニエルがにっこりと微笑んでこっちを見る。

 だが、なんとなく様子がおかしい気がした。

 とりあえず、みんなに一郎の上からおりてもらう。

 すると、目の前の空間が揺れて、そこにスクルドが現れた。腰の紐パンにローブだけをひっかけた姿だ。ローブの前を留めてないので、小さな下着しか身に着けておらず、豊かな胸まで露出しているのが見えるのである。

 

「いまのはなんですか? ご主人様はご無事ですか? みなさんは──?」

 

 スクルドも驚いている。

 

「それよりも、なによ、その恰好は?」

 

 エリカだ。ちょっと呆れている。

 

「申し訳ありませんわ。突然のことでしたので。夕べはご主人様に可愛がってもらいまして」

 

 スクルドはあっけらかんとして、前の合わせ目を留める。

 

「なんでもないのです──。これはなんでもないことです」

 

 一方で、ガドニエルがまたもや、焦ったように叫んだ。

 やはり、なんとなく様子がおかしい。

 

「さっきから、なんで何度も“なんでもない”って、繰り返してんのよ、ガド?」

 

 コゼだ。

 そのコゼは、ぴったりと一郎の前に密着している。ほかに一郎の周りには、マーズ、エリカが隙間がないくらいに一郎に張り付いていて、ほかの女たちはさらにその周りに集まっている感じだ。

 

「だから、なんでもないからですわ。すぐに諦めますわ。跳ばしましたから」

 

「跳ばす? なに言ってんの、ガド? なにか知っているなら吐きなさい──」

 

 今度はエリカが怒鳴る。

 

「いえ、だから、問題ないのです」

 

 ガドニエルが必死の様子で手を横に振る。

 

「なに、スクルドみたいなことを言ってんのよ、ガド──。あんたらが、なんでもないって、言ったときに限って、なにかあるのはわかってんのよ。さっさと知っていることを言うのよ──」

 

 エリカがぶち切れた感じで怒鳴りあげた。

 いつもは常識人だが、短気で激情しやすいのもエリカの性分だ。だから、コゼにいつもそれを狙って揶揄われるのだが……。

 それはともかく、エルフの都を出立する頃には、ガドニエルが女王ということでそれなりの態度だったが、いまやエリカもガドニエルにはすっかりと身内意識である。

 まあ、いいことなのだろうが……。

 

 そのときだった。

 また、大きく屋敷全体がこの中庭を含めて大きく揺れて、空に衝撃音が轟いた。

 

「なにか空におるぞ──」

 

 リリスが指を差した。

 そこには、青空しかないが、実際には屋敷全体をシルキーの結界が覆っていて、遮蔽する防護膜のようなもので半球状に屋敷の敷地全体を覆っているそうだ。

 つまりは、その上に何者かがいて、こっちを攻撃しようとしているということか?

 シルキーの遮蔽があるので、こちらからも見えないのかもしれない。

 

「ちっ、早いですわねえ。蹴散らしますわ。シルキーさん、一度、結界の一部をこちらから打ち破ります。ご容赦ください」

 

 ガドニエルが舌打ちした後に声をあげると、こちらに背を向けて空を向く。

 内側から結界を破る?

 一郎は唖然とした。

 

「ガド──」

 

「ガドさん?」

 

 エリカが叫び、また、スクルドも困惑した様子だ。

 とにかく、ガドニエルがやっていることがわからないので、加勢のしようがないで困っているのだろう。

 

「うわあ……」

 

「ローヌ様、あたしのそばに」

 

 ロクサーヌとルカリナだ。

 やっと思考停止状態から解放されたみたいになっていたが、やっと我に返った感じだ。

 一郎はふたりに向かって口を開く。

 

「とんだことになりましたけど、続きは後で」

 

「あっ、いえ?」

 

 ロクサーヌが顔を真っ赤にして首を横に振る。

 ルカリナも複雑そうだ。

 一郎としても、何者か知らないけど、もう少しで主従丼で愉しめたと思ったのに、とんだ邪魔をされた気分だ、

 ロクサーヌがマゾでかつ受け身なのは、会ってすぐにわかった。しかも、従者のルカリナにかなり依存気味のところもだ。

 だから、ロクサーヌをその気にさせるには、ルカリナを最初に誘って、その状況でロクサーヌの心を揺さぶれば簡単に堕ちると予想していた。

 実際にその通りだった。

 いい感じだったのに……。

 まあ、後で仕切り直せばいいのだろうけど……。

 とりあえず、一郎はミウを見た。

 

「ミウ、一度、屋敷内に戻ってくれ。イットとマーズもだ。向こう側の安全を確保してくれ。こっちはこれだけいるからいい。それと、ロクサーヌ殿とルカリナも屋敷側に避難」

 

 一郎は叫んだ。

 

「了解です。イット、マーズ、こっちへ──。ロクサーヌ様たちも」

 

「あっ、はい」

 

「わかった」

 

 ロクサーヌとルカリナが慌ててミウに駆け寄る。

 マーズとイットも合流して五人が消える。

 移動術による跳躍だ。

 屋敷側に向かってくれたのだろう。

 

 すると、大きな白い光線がガドニエルから空に向かって、風を貫く轟音とともに発射された。

 反動でこちらまで地響きが伝わってくる。

 

 そして、空が破けたように空間が揺れ、次いでガドニエルの打った白い衝撃波が空全体に弾けて拡がったみたいになる。

 その直後、今度は最初に打ち込まれた黒い波動のようなものがガドニエルに向かって間髪入れずに戻ってくる。

 それが視界一杯に拡がる。

 

「うわあああ──」

 

「ひあああっ」

 

「スクルド、防護おおお──」

 

 悲鳴は誰と誰か──?

 エリカがスクルドに向かっての叫びが聞こえた。

 巨大な波動のようなものが一郎たちを中心とした一帯を包み込むと思った──。

 目の前が闇で真っ暗になる──。

 

「ふんっ──」

 

 ガドニエルが腹に気合を入れたような声を出す。

 包みかけていた衝撃波の闇が四散した。

 空とガドニエルの中間でそれが弾け飛んだのだ。

 だが、暴風が襲い掛かる。

 前のコゼが一郎にぶつかり、一郎もまた風で押される。

 しかし、身体が飛ばされそうになるのを、後ろにいたシャングリアとミランダが身体を掴んで支えてくれた。

 一郎は手を伸ばして、やはり飛ばされかけていたエリカの腕を掴む。

 

「しつこいですねえ──」

 

 今度はガドニエルが再び白光の衝撃波を発射する。すぐさま、空から衝撃波の打ち返しが来た。

 それが宙で弾けて、ガドニエルが間髪入れずにまた撃つ──。

 とにかく、凄まじいとしか言いようがない。

 ガドニエルがいるから、一発もまともにはこっちには来ないが、ガドニエルの魔道防護を突破されれば、今度こそ、周囲一帯が吹き飛びそうだ。

 一郎はガドニエルをここに残して、全員を離脱させるべきか、あるいは、ここで支援の体勢を続けるべきか迷った。

 

「お兄ちゃん──」

 

 すると、屋敷側から誰かの声がした。

 こちらに駆けてくる。

 亨ちゃんだ。

 

「ケイラ様──?」

 

 エリカが怪訝な表情で声を出す。

 スクルドが作った移動用のポッドで公使館とここも移動術で繋げているので、それでやってきたのだとは思うが、なにか焦っている感じだ。

 

「亨ちゃん、こっちはちょっとこういう状況だ。何者かに攻撃を受けている」

 

 辿り着いた亨ちゃんに、手短に状況を説明する。

 もっとも、わけがわからないので、大して説明できることはないのだが……。

 

「しゃらくさいですわ──」

 

 ガドニエルが叫んだ。

 白い光線が一発ではなく、五連斉射した。

 凄まじい轟音が空で響いた。

 

「な、なにあれ?」

 

「まるで戦争ね」

 

 コゼとミランダだ。

 

「確かに、怪獣大戦争だな」

 

 一郎はうそぶいた。

 

「怪獣? なんだ、それ?」

 

 シャングリアだ。

 怪獣はこっちにはない概念だ。

 大きな力を持つ巨大生物だと説明する。

 

「ああ、ドラゴンのようなものか。ロウの故郷ではそう言うのだな」

 

 シャングリアが納得したように言った。

 まだ、遭遇したことはないが、どうやらこの世界には、ドラゴンはいるようだ。

 そのあいだも、ガドニエルと外にいる攻撃者とのあいだの魔道の打ち合いは続いている。

 それにしても、何者なのだろう?

 さすがの一郎の魔眼でも、衝撃波の飛び交う結界越しでは、相手を読むことは不可能だった。

 

「遅かったわね。知らせを聞いて、すぐに来たんだけど。だけど、頭に血が昇っていたみたいだから……」

 

 亨ちゃんが呟いた。

 

「なにかを知っているのですか、ケイラ様?」

 

 エリカが怒鳴る。

 

「まあ、一応ね……。ガドニエル──。お前からの攻撃をやめなさい──。防護結界を解いて、入れればいいでしょう」

 

 すると、亨ちゃんがガドニエルに向かって大声を放った。

 

「大丈夫です。すぐに追い返しますわ。一度気絶させてから、移動術で身柄を送り返しますわ。それええ──」

 

 だが、ガドニエルが振り返ることなく、そう返事をすると、衝撃波を空に飛ばす。

 また撃ち返しがあり、周囲が揺れる。

 

「やめろって、言ってんのよ──。あんたが打ち返さなきゃ、ラザニエルも多少はのぼった血もさがるわよ」

 

「大丈夫です。追い返します。絶対にここに入れませんわ」

 

 亨ちゃんがまたガドニエルに叫ぶが、相変わらず、ガドニエルはこっちを向くことなく、衝撃波の打ち合いをしている。

 

「えっ、いまのどういうこと?」

 

 コゼが亨ちゃんに向かって叫んだ。

 

「もしかして、外から衝撃波を打ち込んでいるのは、アス……いえ、じゃなくて、ラザニエル様なのですか?」

 

 エリカもびっくりしている。

 

「そうなのか、亨ちゃん?」

 

 一郎は亨ちゃんを見た。

 すると、亨ちゃんはばつが悪そうな顔をする。

 

「いくら連絡をしても、戻ってこないガドニエルに対して、ついにラザニエルが切れてね……。このところ、あいつはラザニエルからの連絡すらも受け取りを拒否していたし……。それで、ついにラザニエルがこっちに乗り込むために出ていったって、水晶宮から緊急連絡があったから、こっちに素っ飛んできたんだけど、どうやら、ラザニエルの方が早かったみたいだね」

 

 亨ちゃんは苦虫を噛んだような顔をしている。

 

「つまりは、あれは姉妹喧嘩ってことか?」

 

 シャングリアだ。

 

「それで、なんでいきなりこの屋敷が攻撃されることになるのさ?」

 

 ミランダだ。

 

「まあ、ラザニエル様はそういうお方です。言葉が通じないときには、すぐに手を出します」

 

「そうだな」

 

 エリカの言葉に、一郎も同意した。

 

「いずれにいたしましても、これ以上はこの屋敷がもちません。これがさらに続けば、皆様の安全の確保も難しくなります。一度、旦那様をはじめ、皆さまはブラニーの屋敷側にご避難をお願いします。リリスも一緒に行ってください」

 

 シルキーだ。

 かなり疲労困憊している感じである。

 シルキーはシルキーで、ずっとこの途轍もない衝撃波の打ち合いで破れ続ける結界を繕い続けているに違いない。

 

「うむ、わかった」

 

 リリスも頷いた。

 

「ちっ、あいつらがやめればいいだけじゃないのよ……。こらああ、ガド──。屋敷ごと防護結界が破れるから、打ち合いをやめんのよ──」

 

 コゼが大声で叫んだ。

 

「大丈夫ですわ。もう少しです。必ず、悪者は追い返しますから、ご安心を」

 

 ガドニエルが衝撃波を撃ち合いながら叫ぶ。

 

「なにが悪者よ──。やめろって言ってんのよ──。姉妹喧嘩なら、外でしなさいよ──」

 

「も、もう少しお待ちを──。必ず、必ず追い返します──。必ずです──」

 

 ガドニエルもこっちを見ずに衝撃波を撃ち合い続けるばかりだ。

 

「あいつめ……」

 

 亨ちゃんがぎりりと歯を噛んだ音が聞こえた。

 

「とにかく、ご避難を──」

 

 シルキーが叫んだ。

 

「いや、不用だ。そういうことなら、俺に任せろ」

 

 一郎は衝撃波を撃ち合っているガドニエルを、まずは亜空間に収容した。

 ガドニエルが消える。

 

「スクルド、前面を防護──」

 

 ガドニエルがいなくなったので、魔道の壁が本来のシルキーのものだけになり、たったいまガドニエルがいた場所に、数発の衝撃波が続けざまに到達する。

 凄まじい轟音とともに爆風が飛んできたが、スクルドが新たに構成した防護膜で全員が包まれて護られる。

 そして、空間が揺れる。

 地面のすぐ上の場所の宙に、目を血走らせたラザニエルが出現した。

 

「あの馬鹿女王はどこだい──?」

 

 黒髪を振り乱して、憤怒の表情だ。

 一郎は、そのラザニエルもまた、淫魔術で捕まえて亜空間に放り込んだ。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくる。ちゃんと話し合いをさせてくるよ」

 

 一郎はみんなににっこりと微笑んで見せた。

 

「あっ、いってらっしゃい」

 

「お兄ちゃん、ごめんね」

 

「ご主人様お願いします」

 

 一郎は女たちの声に見送られながら、さっきガドニエルとラザニエルを収容した亜空間に自分の身体も収納した。






 *

 次回、ロクサーヌとルカリナの「主従調教(隷属化)」を期待されていた方がおられれば申し訳ありません。それに先立ち、次はガドニエルとラザニエルの「姉妹調教(お仕置き)」篇となります。


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1011 女王姉妹・懲罰調教(1)-強制対話

 亜空間に跳んだ。

 

 すべての因果律を無視して、一郎の欲しいままにすべての絶対支配できる、ある意味「神の領域」である。

 この場所では、全てが一郎の思うままに、自在に世界を作ることができるのだ。

 空間も時間も、なにもかもすべてだ。

 もっとも、この能力も一郎の淫魔師としての能力と結びついているので、亜空間に入れられるのは、一郎自身と淫魔術で支配をしている女たちに限る。

 

 それはさておき、ひと足先に収容したガドニエル、ラザニエルのはた迷惑姉妹は、すでに拘束していた。

 ふたりのために準備したのは、二本の柱に挟まれた「ギロチン台」だ。肩幅よりも少しばかり広い程度の板に作った三つの穴に、首と両手首を挟ませている。そして、板の位置は二本の柱に挟まれたまま、どの高さにも高さを変えることができる仕掛けにした。

 また、ふたりが乗っているギロチン台そのものが動かせる床板に乗っているので、好きなように台ごと動かすことも可能である。

 さらにふたりには、小さな頂点が上を向いている長い棒状の三角形の台を伸ばして、跨がせている。

 従って、首の高さに関係なく、ふたりとも腰の位置をさげることができない仕掛けというわけだ。もっとも、まだ三角棒の台の高さは、いまは、膝を伸ばして立てば股間には頂天が当たらない高さにしているので、まだ股間には当たってない。

 

 そして、いまギロチン台の首枷部分は、やや腰を水平にする状態の高さにしている。

 ふたりは、膝を伸ばして頭を前に突き出した格好だ。

 もちろん、亜空間への収納と同時に、ふたりからすべての衣類は剥ぎ取った。完全な全裸である。

 だから、並べているギロチン台の後ろ側に、椅子とともに登場した一郎からは、ふたりの隠すことができない尻穴と性器がよく見える。

 こうやって見ると、同じ姉妹であっても、尻穴や性器の形や位置は、やはり個人差があるようだ。

 

「な、なんだい、これ──。どういうことだい──。もしかして、ロウの仕業かい──」

 

 いまだに、頭に血が昇っている感があるラザニエルが怒鳴っている。ふたりとも台を一郎の反対方向に向けさせているので、一郎の存在が確認できないのだ。

 本来であれば、高い魔道力を持つラザニエルは、周りの存在など簡単に魔道で察知できるだろうが、いまは完全に魔力を無力化し、しかも常人以上に弱い筋力にもしている。

 

「ご主人様ですか。そこにいらっしゃるのですか?」

 

 また、ラザニエルと一緒に並べているガドニエルも、不安そうな声を出している。

 ただ、こっちは一郎が背後にいると確信している感じだ。

 そのためか、すでにつっと内腿に愛液が流れ出している。

 旅のあいだ、しっかりと躾けたので、すっかりと濡れやすいマゾの身体になったようだ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「さてと、まずは、熱くなっている頭を冷やすために、水でも被ってもらうか」

 

 指をぱちんと鳴らす。

 別に指を鳴らす必要もないが、まあ様式美のようなものだ。

 二人の顔の前に地面から伸びたホースが出現する。

 

「ああっ?」

 

「なんですか?」

 

 ホースの首が真っ直ぐそれぞれの顔を向いたところで、ふたりとも呆気に取られたような表情をした。

 次の瞬間、大量の水がふたりの顔にホースの口から迸る。

 

「ぷあっ、うわっ」

 

「きゃあああ、ぷはあ、あんっ」

 

 二人が悲鳴をあげて、必死に水を避けようとする。

 しかし、ギロチン台に固定されているうえに、ホースはどこまでも二人の顔の正面に向くように設定している。

 右を見ようと、左を見ようと、上だろうと下だろうとだ。

 なにをどうしても、ホースの首は真っ直ぐ顔の正面に来る。

 おかげで、眼も開けられず、息も満足にできず、悲鳴をあげれば口の中に水が注がれ、苦しくなって息をすれば、水を吸い込むしかない。

 そうやって、ふたりは悲鳴をあがてもがき続けた。

 

「た、たす、たすけ、ぷはっ、かはっ、い、息が……」

 

「ああ、くはっ、あんっ、げほ、げほ、げほ……。んがあっ、あがっ」

 

 ふたりとも苦しそうだ。

 息をしようと、必死に首を動かしている。

 一郎は、次いで、同じような地面からのホースを二本出した。

 今度は後ろからだ。

 ふたりの尻穴に向かって、水を高圧で吹きかける。

 

「んがあああっ、あがああっ、があっ」

 

「あがあっ、あぎゃっ、ぎゃっ」

 

 すごい勢いで水をアナルに直撃されて、ふたりの尻が暴れ出す。避けようと必死になっているのだ。

 こっちも、顔に向かうホース同様に、ホースは執拗に尻穴を直撃するようになっている。

 しかし、悲鳴をあげれば、顔にかけられる水が口の中に注がれて、口の中に入るのだ。ラザニエルもガドニエルも悲鳴さえ、あげられないというわけだ。

 

 だが、まだまだだ。

 一郎はさらに、ホースを地面から二本出した。

 今度は、ふたりの脚の真下からだ。股の下には三角棒があるが、それを避けて、ふたりのクリトリスにホースの口が向かう。

 アナル同様に高圧の水がそれぞれのクリトリスに直撃する。

 

「んがあああ」

 

「ふわあああ」

 

 ふたりが絶叫して暴れる。

 そのまま放っておいた。

 どんなに腰を振って逃げようとも、ホースは執拗に局部への水圧を叩きつけて追いかける。

 そのホースの水責めによって、ふたりとも、やがて、感極まってきたような態度を示すようになった。

 しかも、顔に水がかけられ続けているので十分な息ができずに、ちょっと朦朧となりかけているうえに、局部を高圧の水で刺激されて、いやがうえにも快感を覚えてきたのだ。

 さらに、ふたりの様子が変わってきた。

 人というものは、苦痛が続くと、その苦しみをやわらげるために、脳が苦痛を快感に変える分泌物を大量に放出するのだ。元の世界では「脳内麻薬」と称していたものであり、これがもたらすのは、まさに最高の快楽だという。

 呼吸が不十分なふたりにそれが起き、さらに直接アナルとクリトリスを徹底的に水で刺激されることで、快感の暴発が起きたのだ。

 淫魔術で快感度を確認しなくても、一郎にはわかる。

 ふたりの一番苦しいときは終わって、急激にその苦悶が快感に変わり、一気に甘美感が飛翔していく。

 

「ああっ、ああっ、ああああ」

 

「あはああっ」

 

 ふたりが絶頂した。

 一郎は、三個の水を消滅させた。

 

「くはっ、はあ、はあ、はあ……」

 

「あ、ああ、ご主人様……」

 

 ふたりとも特製のギロチン台に拘束されたままぐったりだ。

 一郎は、ふたりのギロチン台を回転させて一郎の方を向かせた。それとともに、頭と手が嵌まっている板を膝よりも低い位置にさげる。

 

「ああっ」

 

「んんんっ」

 

 当然に腰がさがろうとするが、股のあいだにある三角形の台がそれを阻む。

 指を軽くあげて、その三角棒の台をあげてやった。せり上がった三角棒の頂天はふたりの股間に喰い込んでいくことになる。

 

「あぎいいっ、こ、小僧、こ、これは……」

 

「あ、あああっ、ご、ご主人様あああ」

 

 窮屈な前屈の格好で小さな三角木馬に跨がらせたかたちのふたりが必死に爪先立ちになって、股間の痛みをやわらげようともがきだす。

 一郎は、しっかりと股に三角台が喰い込んだことを確認して、台の上昇をとめてやった。

 

「頭は冷えたか、ふたりとも? お前たちは、俺たちの屋敷を破壊するところだったんだぞ」

 

 一郎は立ちあがってふたりの前に立った。

 もっとも、ふたりの頭の位置は、一郎の膝よりも下にある。

 

「そ、それは……。だ、だけど、こいつが邪魔をしよとするから」

 

「いきなり魔道波を打ち込んだのは、お姉さまですわ」

 

「それは、お前がわたしの連絡を無視するからだろう。何十回、お前に戻ってこいと連絡したと思ってんだい。一国の女王が国を離れっぱなしなんて考えられないだろう──」

 

「お姉さまは許可してくれたじゃないですか。ご主人様と一緒に行ってもいいって」

 

「行きっぱなしで戻ってこなくていいなんて、言ってないだろうが。常識というものがあるだろう。そもそも、ハロンドールで婚姻式をするにしても、国側でもそれなりの行事があるんだよ。だから、戻ってこいって言ってたんだよ」

 

「なんですか、行事って──? そんなの必要ありませんわ」

 

「そんなわけあるかい──。それなのに、残りもう十日じゃないかい。とにかく、すぐに帰るんだよ。戻って、儀式がある。そして、ハロンドールに輿入れだ。エルフ族女王の婚姻は、数百年ぶりなんだ。最低限、エルティナ神への神殿詣だけはやってもらうからね」

 

「わたしは帰りませんわ──。ご主人様の雌犬として、ずっと飼ってもらうんですから。そもそも、わたしはお姉さまへの譲位状を送りましたわ。女王はお姉さまがやってください」

 

「あのふざけた紙かい──。あんなものは、一瞬で灰にしたよ。お前は馬鹿かい──」

 

「いやです。帰りません。わたしは、ご主人様たちと幸せに暮らすのです」

 

「お前は女王なんだよ──。その責任を果たしな──」

 

「わたしは百年間、女王をやってました。そもそも、本当はお姉さまが即位するはずだったんですから、別にお姉さまが女王になっても問題はないでしょう。今度はお姉さまの番ですわ」

 

「そ、それは悪かったとは思うけど、これと、それとは……」

 

「いいえ──。帰りませんたら、帰りません──。いずれにしても、わたしは、ご主人様と結婚するのです。絶対に一緒に暮らします。そして、毎日、ご調教をしていただくのですから──」

 

「だ、か、ら、そのこともあるから、一度戻ってこいって、言ってたんだよ──。イムドリスのことがあるだろう」

 

「イムドリス? 隠し宮ですか。いまは閉鎖中ですよ」

 

「わかってるよ──。だけど、イムドリスの隠し宮は、女王のお前にしか開けない女王の固有魔道なんだよ。それを相談しようと思っていたのに、いつまでも戻ってこないで、しかも、無視続けやがって──」

 

「女王の固有でしたら、お姉さまが女王になれば、固有魔道も譲渡されるではないですか」

 

「お前、いい加減にしな──。髪の毛むしられたいのかい──」

 

「や、やれるものなら、やってみればいいのですわ。負けませんわよ──」

 

 怒鳴り合うふたりをしばらく観察していたが、やがて、ただ罵り合うだけの言いたいになった。

 とりあえず、こんなところだろう。

 これ以上は、意味のある話し合いという感じにはならない気がする。

 

 窮屈な姿勢で顔だけを向かい合わせて怒鳴り合うふたりのギロチン台を再び回転させて、一郎に尻を向けさせる。

 亜空間側の倉庫から、準備していたものを出す。

 「山芋」と同じようなこの世界の芋であり、「ヤム」とよばれるものだ。効能も山芋と同じである、皮を剥けばねばねばとした汁があふれ出て、それが肌に接触すれば、強烈な痒みが生じる。ただし、その痒みは、一郎が知っている山芋の数倍は痒い。

 まずは、それをすりおろしてとろろ状になったものを、手袋をしてから、後ろからアナルに塗り込んでやる。

 三角台に乗って、お尻を突き出したような格好になっているので塗りやすい。

 

「あん、ご主人様、な、なにを……。ああっ」

 

「わっ、なに、なにしてるんだよ、ああっ、うわっ」

 

 そのひんやりとしてぬるぬるした特有の感触に、ふたりが身体をよじる。

 だが、動けば三角台の頂天が股間に喰い込むので、そんなに身じろぎはできない。

 まずは、とろろを潤滑油にして、指でたっぷりと尻穴の中にとろろ状の汁を押し込んでやる。

 

「だ、だから、なにしてるんだよ──。言わないかい──」

 

 ラザニエルが真っ赤な顔をして怒鳴りあげてきた。

 

「そう熱くなるなよ、ラザ。いつもの痒み責めだ。まあ、俺の責めとしては、マンネリかもしれなけど、痒み責めに慣れるということはないだろう。罵り合って、まずは発散したんだから、次は仲直りの番だ。そのために人肌脱いでやろうと思ってね」

 

 さらに一郎は、三角台の頂天部分や、花唇の表面や膣の内側にも、指を差し入れて塗り込んでいく。

 とにかく、執拗にたっぷりとだ。

 すべての作業が終わったところで、ふたりの尻たぶの上部分に丸いボタン上の金属板を貼り付けた。

 ラザニエルには赤色。ガドニエルには青色だ。

 同じものを手の甲にも貼る。やはり、ラザニエルには赤色。ガドニエルには青色だである。これは、一郎が外さない限り、どんなことをしても外れない。

 これで仕掛けは終わりだ。

 

「さて、どのくらい我慢できるかな」

 

 一郎は椅子に座り直す。位置はお尻側だ。

 ふたりが痒みに苦悶しだすのに、いくらもかからなかった。

 

「うああっ、痒いいい。痒いいい……」

 

「ああ、痒いです──。ああっ」

 

 ほぼ同時に、前屈の姿勢をしいられている身体を震わせ始めた。

 そして、三角棒の尖った部分に股間が喰い込んでいる腰を前後に動かし出す。

 

「ああっ、ああっ」

 

「あんっ、痒い……。あっ、あっ」

 

 懸命に腰を動かしながら、悶え声をあげ始める。

 一郎は笑った。

 

「あんまり擦ると、股間が擦り剥けるぞ。少しは自重しろよ」

 

「ふ、ふざけんじゃないよ。こ、この痒みが我慢できるものかい……」

 

「ああ、痒いっ、痒いですわ──」

 

 ふたりの尻踊りが続く。

 ラザニエルもがドニエルも、しばらくのあいだ、そうやって三角台に股間を必死に擦りつけていたが、一郎は頃合いを判断して、足のあいだの三角棒を消滅させてしまった。

 

「ああっ、なんだい──」

 

「あんっ」

 

 刺激を受けるものがなくなり、ふたりが焦ったように三角台を探して、腰を落とすような格好をする。

 だが、もう台はない。

 そのまま、跪いたかたちになってしまった。

 その状態で、ふたりが腰を激しく振り出す。

 

「ああ、どうして──?」

 

「痒いっ、痒いですわ──。ああっ」

 

 一郎は立ちあがって、ふたりの尻たぶにそれぞれに手を置いた。

 

「もう股はいいだろう。でも、まだ尻穴はそのままだ。でも、まだ我慢できるのか? それとも、ヤムを突っ込んでもらいたいか?」

 

「ヤ、ヤムって、なんだい──? さっき塗ったやつかい──?」

 

 ラザニエルだ。

 

「ああ、そうだな。それのまだ塊のものだ。もしも、尻穴にそのヤムを挿入して欲しければ、できるだけ尻を上にあげるんだ。高く上げた方にだけ、突っ込んでやる」

 

 一郎は、一本の皮剥きのヤムを手の中に出すと、ふたりの顔側に行ってそれを見せる。

 こんなものを入れれば、痒みは増大するだけだが、放置されるよりはましと思ったのだろう。

 ふたりとも、すぐに両膝をあげて、高尻の格好になる。

 

「お願いです。ご主人様、それをお願いしますわ──」

 

「く、くそう──。ひ、酷いじゃないかい──、お前──。わたしにもだよ──」

 

 痒みの苦しみに涙を流しながら、ふたりが懸命に尻をあげて身体をくねらせる。

 おそらく、少しもじっとしていられないのだろう。

 このヤムの芋の痒みは、それくらいに強烈だ。

 

「尻上げが早かったのは、ガドの方かな。じゃあ、ガド、ご褒美だ」

 

 一郎は背後にまわって、皮を剥いた長細いヤムを力強く押し込んでやる。

 

「んはあっ、あ、ありがとうございます──。あああっ」

 

 ガドニエルが喜悦の叫びを発する。

 そして、緩やかに抽送を開始してやると、その声がさらに甲高く甘いものに変わった。

 

「ああ、狡いよおお──。わ、わたしにもしておくれええ──。痒いいい。後生だよお」

 

 一方で、放置されているラザニエルはますます切羽詰まった悲鳴をあげた。

 

「そうか。じゃあ、次はラザだ」

 

 一郎はラザニエルの狂態に満足して、ガドニエルの尻を犯していたヤムを抜いて、それをラザニエルの尻穴に突っ込む。

 

「おほおおおっ、おおっ」

 

 ラザニエルが奇声をあげて、がくがくと身体を震わせる。

 

「あああ、もっと、もっとですう──。もっとですわあ。ああ、痒いいっ」

 

 すると、今度はガドニエルが泣き声をあげた。

 

「悪いが準備しているヤムは、この一本だけだ。だから、犯してやれるのは、どちらかひとりだけだ」

 

 一郎はヤムを操りながら、ラザニエルのアナルを犯す。

 だが、しばらくしたら、それを抜いて、またガドニエルの方にヤムを移動させる。

 

「んあああっ、ぎ、ぎみじいいですう──。もっどおお──」

 

 ガドニエルが高尻の身体を弓なりにさせた。

 

「あああ、だめええ──。やめると痒いいい──。痒いんだよおお──」

 

 ラザニエルが泣き叫んで、懇願するように尻を懸命に上にあげる。

 

「さっきも言ったが、ヤムは一本だけだ。話し合って決めてもらえれば、その通りにしてやる。どうするんだ? どっちに挿入するんだ?」

 

 一郎はガドニエルからヤムを抜いてしまった。

 

「ああっ、いやああ」

 

「お、お願いだよ──。痒いったらああ──」

 

 ふたりが尻を振って絶叫する。

 

「話し合えって、言っただろう──。さあ、どっちに入れるんだ? さっさと決めろ。もう、意見が合うまで、なにもしないからな」

 

 一郎は、小さな台をふたりの顔側に出現させると、一瞬で一郎自身と椅子を前側に移動して腰掛ける。持っていたヤムは、さっき出した台の上に置いた。

 

「んあああっ、わ、わたしに──。わたしを犯しておくれ──」

 

「わ、わたしです。ご主人様──。わたしを犯してくださいいい──」

 

 ふたりが必死に懇願する。

 

「話し合って、意見を一致させろと言っただろう」

 

 一郎はわざとらしく、椅子に深々と背もたれて腕組みをしてやった。



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1012 女王姉妹・懲罰調教(2)-協調誘導

「……十八……、十九……、二十──。よし、交替だ」

 

 一郎はガドニエルのアナルに挿入していたヤムの芋を抜いて、ラザニエルの方に移動した。

 今度は、ラザニエル側のアナルの入口に押し当てたヤムをずんと滑り込むように力強く移動する。

 

「わああっ。ほおおっ」

 

 ラザニエルがギロチン台に拘束されている身体をのけぞらせる。

 こうやって、交互にヤムをアナルに挿入してやって三回目になる。股間については一回ずつだ。

 痒みの限界を越えているアナルや股間を太いヤムの実で刺激されて、ラザニエルが言葉も出せないくらいに喜悦を全身に表してくる。

 

「ああ、痒いですうう。ご主人様、また痒いです。お願いします──。あああっ」

 

 一方で、刺激を中断された途端に、狂うほどの痒みが襲い掛かってくることで、ガドニエルはまたもや狂乱の態度を示す。

 ただでさえ、恐ろしいほどに痒いヤム責めをしながら、一郎はふたりのアナルの感度を数倍まで引きあげていた。

 

「だ、だめええ──。まだだめだよお──。もっと、もっとだよお──。おおおっ」

 

 堪え性のないマゾ女王のガドニエルは当然として、気位の高いラザニエルまで、泣き叫んでいる。

 

「ああ、狂っちゃいます──。痒いいい──」

 

「だったら、ラザに頼むんだな。二十回ずつと決めたのはお前たちだから、ラザが譲れば、ガドを責めてやるぞ……。ほら、一……、二……」

 

 一郎はうそぶきながら、ゆっくりとラザニエルの股間をヤムで抽送してやる。

 

「ああ、お姉さま、代わって──。代わってください──。もう一度、わたしに……」

 

 ガドニエルが泣き声をあげて哀願する。

 二十回といっても、一郎はふたりを達しさせないように、ゆっくりと律動している。

 だから、約束の二十回の出し入れをするのに、かなりの時間がかけている。従って、それまでのあいだ、待たされる側は地獄の痒みを味わわなければならないということだ。

 

「ああっ、ああ、いいいっ、ふ、ふざけるんじゃないよ、ガドニエル──。いまは、わたしの番なんだから──。あああああっ」

 

「そうだな。いまは、ラザの番だな」

 

 一郎は出し入れをしながら、ヤムを引き抜いては、入口を丸くなぞったり、あるいは、先っぽでクリトリスをくすぐり、膣に挿入したかと思うと、すぐに抜いたりした。

 さらに、すっかりと固く尖った乳首を指先で撫でてやったりもする。

 

「ほおおおおっ、はあああっ」

 

 その刺激のひとつひとつに、ラザニエルはあられもない声を発して、狂乱を示す。

 

「あああっ、まだですか──。まだでしょうかあ──」

 

 その隣でガドニエルがギロチン台をぎしぎしと揺らしながら、泣き声をあげ続ける。

 そして、長い二十回が終わる。

 

「よし、一度やめよう。しばらく、休んでいいぞ、ふたりとも」

 

 一郎は、ヤムの実を置いて椅子に座り直した。

 椅子の位置は、ふたりのお尻側である。

 

「な、なにしているんだい──。や、やめるんじゃないよ。痒いじゃないかい──」

 

 ギロチン台に首と手首を挟まれているふたりには、後ろは見えないが、椅子に座った気配がわかったのだろう。

 ラザニエルが怒鳴った。

 

「俺も少しは休みたいしな。休憩だ」

 

 一郎は笑った。

 

「そ、そんな──。ご主人様、次はわたしの番でした。わたしをお願いします」

 

「そ、それよりも、いい加減に開放しなよお──。もういいだろう──。いつまで、こんなことをさせんだい──」

 

 ガドニエルとラザニエルが代わる代わる文句を言う。

 相当に痒み責めが効いているみたいだ。

 気がつくと、ふたりともぼろぼろと涙を流している。

 一郎は微笑んだ。

 

「だったら、自分たちで癒すんだな」

 

 一郎は並べているギロチン台から、それぞれ相手に近い側の手だけを解放してやった。

 

「あっ」

 

「おお?」

 

 ふたりとも、すぐに脚を身体側に寄せて、自分で指で癒そうと動かした。

 ふたりの手がそれぞれのお尻に向かう。ほとんど、無意識に近い行動だろう。

 アナルについては、たっぷりと、ヤムの汁が沁みている、

 それこそ、常軌を逸するほどの痒みのはずだ。

 

「まさか、エルフ族の女王と副女王が揃って、尻で自慰をするつもりじゃないだろうな?」

 

 だが、寸前でわざと揶揄してやる。

 一瞬はっとしたように手を止めたのはラザニエルだ。

 ガドニエルについては、まったく躊躇することなく、自分の手をお尻の穴に持っていった。

 

「くうう、見るんじゃないよ──」

 

 そして、ラザニエルもやはり、すぐに手をお尻に持っていった我慢の限界は遥かに越えているのだろう

 

「ああっ、いや」

 

「あっ、なんで──」

 

 しかし、それぞれに、自分のお尻に手を持っていった途端に、絶望の声をあげる。

 最初に施していたコイン状の反発具のせいだ。ふたりの腰と手首の上に、ラザニエルについては赤色の、ガドニエルについては青色の小さな金属版を貼っていた。

 実はこれに仕掛けがあり、同じ色同士の金属板については強く反発をするようになっているのだ。

 しかも、近づけば近づくほど、強い力で反撥する仕掛けになっているので、自分のお尻に手を近づけようとした途端に、金属板の力で跳ね返されたということだ。

 

「ああ、酷いですわ──。ご主人様、もう狂ってしまいます。痒いんですう──」

 

「ち、畜生──。またしても、くだらない仕掛けを……。もういい加減にしてくれよお」

 

 ふたりの手がそれぞれのお尻のすぐ近くで、とめられてしまっている。空中で必死に手を握ったり、開いたりしているのは、やはり痒みの苦悶のせいだろう。

 

「どうすればいいか、考えてみたらどうだ? ラザには赤、ガドには青い金属板を腰と手首に貼ってやっている。同じ色は反発して近づけない。さあ、どうしようなあ?」

 

 一郎は笑った。

 気がついたラザニエルがぎりぎりと歯噛みをした音が聞こえる。

 

「ち、畜生──。そういうことかい──。ガド、わたしのお尻を指で刺激しておくれ。わたしも、お前の尻をいじってやる」

 

「ふわっ?」

 

 ガドニエルが一瞬、呆けたような顔をして、横のラザニエルの顔を見る。

 

「こうなったら、仕方がない──。それしかないんだ。そら、やるよ──」

 

 ラザニエルが隣のガドニエルの腰の方向に手を伸ばす。

 伸ばせば届く程度に、最初から近づけている。

 ガドニエルも、はっとしたように、ラザニエルのお尻に手を伸ばす。

 

「ああ、お姉さま、も、もっと右……。あっ、上……。そこ──。そこです──。ひあああっ」

 

「ガドニエル、そ、そこ……。そのまま、奥に……。あああっ、そこだよ──。指を突っ込んで──。ひああああっ」

 

 ふたりが自分のお尻の穴に相手の手を誘導して、自分のお尻に指を挿入させる。

 一郎の目の前で、相手の指による尻いじりが始まった。

 

「あああっ、もっと、もっと激しくしておくれ、ガド──」

 

「お、おお、お姉さまもそこです──。指を二本入れてください──。気持ちいい──。気持ちいですう──」

 

「わ、わかった──。だ、だけど、お前も……。ほおおおっ、ああああっ」

 

 これまでの一郎の焦らすような刺激ではない。

 相手に頼んで激しく刺激してもらい、すぐにふたりとも一本の指じゃ物足りないのか、二本に増えた。

 自制しようと思ってもできないだろう。

 腰まで使って、ふたりは相手の指を使った自慰を続ける。

 

「あああっ、うあああっ」

 

「んはああっ、お姉さまああ──」

 

 そして、仲良くほぼ同時に絶頂した。

 ギロチン台に拘束された裸身をそれぞれに、がくがくと震わせて甲高い嬌声を奏でる。

 

「仲良く達したな。じゃあ、ご褒美だ。とにかく、姉妹喧嘩もほどほどにしろ」

 

 一郎はラザニエルの後ろに立つと、股間を露出して、後ろからザニエルの亀裂を深々と貫いてやった。

 

「ああ、ああっ、ああ、ロウ──」

 

 一郎の男根がラザニエルの中に沈み込むと同時に、ラザニエルは叫びにも似た嬌声をあげ、狂ったように身を捩らせる。

 

「ああっ、ぎもじいい──、きもじいい──」

 

 お尻だけじゃなく、股間についてもじっくりとヤムの汁で痒みで狂わせている。

 それが怒張を貫かれて癒されるのは、想像を絶するほどの快感なのかもしれない。

 ラザニエルは、快楽をむさぼる雌になりきって、自ら激しく腰を動かしだす。

 

「ああ、ご主人様、わたしも──。わたしもですう──」

 

 一方で横ではまたもや焦れ切ったようなガドニエルの哀願が始まった。

 

「わかっている。すぐにガドも犯してやる。ちょっと待て──」

 

 一郎はラザニエルを犯しながら笑った。

 そして、ラザニエルが絶頂したところで、精を放ってやる。

 

 次はガドニエルだ。

 ガドニエルについても、やはりあっという間に一郎の性技によって達してしまう。

 一郎はそれに合わせてガドニエルにも精を放った。

 

 次はアナルだ。

 

 今度は、続けてガドニエルを尻姦で犯して、精を放つ。

 そして、ラザニエルも尻に精を放った。

 

 精を放てば、一応は痒みが収まるようになっている。

 だが、まだ許さず、ギロチン台に拘束したまま、一郎はラザニエルとガドニエルを数回ずつ交互に突いては、挿入する穴を変え、あるいは指も使って、同時に快感を引き上げさせたりと、淫魔師としての技巧で容赦なくふたりを追い立てていった。

 

 そして、またしても二人がほぼ同時に絶頂──。

 しかし、一郎は容赦なく、ふたりを後ろから犯し続けた。

 絶頂感覚から引き下げることなく、すぐさま、次の絶頂に追い立ててやる。

 

「あああ、もう許しておくれよお、ロウ──」

 

「わ、わたしももう駄目ですう」

 

 やがて、ふたりの絶頂回数が十回近くになったところで、ふたりが泣きじゃくりだした。

 達しすぎて、感情の抑制が効かなくなったのだろう。

 

「許してやるが、ちゃんとこれからのことについて話し合え、いいな──」

 

 そのときには、ラザニエルを犯しているところだったが、一郎は腰を突きあげながらラザニエルを諭す。

 

「ああ、わ、わかった──。わかった──。あああっ」

 

 そして、激しく身体を震わせてラザニエルが昇天する。

 吠えるような派手な嬌声あげたかと思うと、精魂尽きたようにがっくりとなった。

 すぐに抜いて、ガドニエルの方に移動する。

 

「ガドもわかったな──」

 

 ガドニエルへのとどめはアナルにした。

 尻穴を一気に貫いてやる。

 

「ほおおっ、死んじゃいますうう──。死んじゃいますう──。ひいっ、ひあああっ、ああっ」

 

「聞いてるのか──? ちゃんと姉妹仲良くしろ──。お前も、わがままばかり言わずに、ちゃんとラザに歩み寄れ──。わかったな──」

 

 一郎はガドニエルのアナルを律動しながら言った。

 

「はいいっ、わかりましたああ──。いぎまずうう──」

 

 ガドニエルが獣のような咆哮をあげて、是中をのけぞらせる。

 二度、三度と弓なりの背中をのけぞらせた。

 そして、ラザニエルと同じように、がっくりと脱力してギロチン台に身体を預けたようになってしまった。



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1013 騒動の後で

「んんっ、んっ」

 

「んんんっ」

 

 よろけるように広間を出ていく、ガドニエルとラザニエルの女王姉妹の姿をロクサーヌは呆然と見入ってしまった。

 ふたりは、「拘束衣」と呼ぶらしい革の上衣に上半身を締めつけられ、腕が長い袖の中にすっぽりと入って、余った袖を利用して身体にベルトで巻きつけるという奇妙な服を着せられている。

 そして、下半身は衣服はなにもなく、股間にロクサーヌがかつて装着させられて調教を受けていたような革帯をされているのみである。

 また、革帯自体がうねっているので、おそらく内側には魔道で振動するディルドがあって、それが女王たちの股間やアナルを刺激し続けているのだろう。

 さらに、その革帯のアナル部分の外には、床に届くほどの「尻尾」のようなものが繋がって、お尻の外から床まで垂れ下がっている。

 その尻尾は、どうやら革帯を挟んで、アナルの中のディルドにも繋がっている気配だ。

 

 ふたりとも、頭から水を被ったように濡れているが、あれは汗らしい。雰囲気から察すると、ロウ殿と一緒に消えているあいだに、散々に犯されたみたいである。

 そのせいだけではないだろうが、部屋の外に向かって歩かされているふたりの足腰はふらふらとおぼつかない。

 そして、その後ろを、リリスという名の童女メイドが鞭を持って追い立てているのだ。

 

「ほら、しっかりと歩きな、エルフ女王ども──。妖魔のわしが、エルフ族の女王を調教できるなんて、生涯ないようないい仕事さ。夕方までの短い時間だけど、しっかりと躾けてやるから覚悟しな──」

 

 リリスが手にしている長い鞭がふたりの尻を直撃する。

 

「んぐうっ」

 

「んふうっ」

 

 ガドニエル女王たちが拘束されている身体をのけぞらせて呻いた。

 しかし、ふたりの口には、穴の開いた丸い開口具が押し込まれて頭の後ろで結ばれている。だから、言葉を喋れないのである。

 そんな状態で、ふたりはリリスに背後から鞭打たれたり、突かれたりして、よろけるように広間を出ていった。

 それはともかく、あの童女メイドは、本当に妖魔だったようだ。

 そうであれば、童女姿とはいえ、見た目の年齢と実年齢がかけ離れているのは納得である。

 しかし、異界に封じられたとはいえ、実際には“はぐれ妖魔”と称される個体が人族の世界に混ざって生きているのは知っていたが、ロウ殿の愛人には、その妖魔族まで混ざっているのは驚きでしかない。

 妖魔族の残酷性の噂は承知しているので、その妖魔にエルフ女王たちの「しつけ」をさせるのは唖然とするしかないし、ほかの女性たちがそれに対して、まったく動揺せずに許容しているのもちょっと信じられない気持ちだ。

 

「あ、あのう、よいのですか? 女王陛下たちをあんな風に扱って……」

 

 ロウ殿が周りの女たちを嗜虐的に扱いながらも、それでいて、女たちがロウ殿を完全に慕っているという状況は理解してきた。

 一見して惨い目に遭っているようであるが、実際にはロウ殿と女性たちとのあいだは確かな信頼感で結ばれているような気がする。それは、ロクサーヌとルカリナ、あるいは、死んでしまったエルヴェラとの関係に似ている。

 だからこそ、ロクサーヌは支配され苛められつつも、それを快感として覚えてしまう被虐癖を持つ女は大勢いるし、そういう関係が決して一方的なものではなく、両者の同意のもとに成立している実態もあることをよく承知している。

 そもそも、ロクサーヌがマゾの性癖だ。

 恥ずかしいことをされて悦ぶ変態なのだ。

 

 しかしながら、とんでもない格好で連れていかれたのは、エルフ女王と女王の姉であり副王だという女王姉妹である。

 ロクサーヌがいま接していた限りにおいて、ふたりはとても不満そうだったし、無理矢理に拘束され、また、淫具も意思に反して装着された気配だ。さらに、ロウ殿自身ではなく、そもそもリリスという童女姿の妖魔に虐げられることは、女王たちにはとても受け入れられないという反応を感じた。

 

 だからこそ、それを強要しようとするロウ殿には驚いたのだ。

 エルフ族というのは、人族の中ではもっとの選民意識の強い種族だと言われている。

 その女王と副女王なのだ──。

 だから心配になってしまったのだが、ロウ殿はあっけらかんとしている。

 

「いや、問題ありませんよ。リリスは、童女化して能力低下していますけど、ガドにしても、ラザにしても、あの拘束衣を身につけている限り、魔道も使えないし、筋力も普段の十分の一ほどに低下します。だから、まず抵抗することは不可能なんです。いまのリリスでも十分に扱えます」

 

 ロウ殿が笑い声をあげた。

 そういう質問ではないのだが、とは思ったが、ロクサーヌもそれ以上深く訊ねるのはやめた。

 ただ、ロクサーヌの想像以上に、ロウ殿がエルフ王家と深い関係なのだということはよくわかった。

 

 一ノスほど前での中庭での騒動が嘘のようだが、すっかりと平静を取り戻した感じのあるロウ殿の屋敷の中だ。まあ、いまの女王姉妹が鞭打たれながら引っ立てられていったのを「平静」の範疇に入れていいのであればの話だが……。

 とにかく、その屋敷内の広間に戻ってきていた。

 ほかの女性たちも一緒であり、エリカ、コゼ、シャングリア、ミランダ、スクルド、そして、ケイラ=ハイエルが広間にあるソファーに集まっていた。屋敷妖精のシルキーと、童女メイドにして妖魔族のリリスもだ。

 ただし、ミウ、イット、マーズはいない。ユイナというエルフ族の少女が連れだしてほかの部屋に行った。その四人もかなり仲がよさそうだった。

 そして、そこに、ロウ殿が女王姉妹を連れて戻ってきて、たったいま、そのロウ殿の指示で、女王姉妹をリリスが連れだしたという状況である。

 

 あれから、不思議な術で女王姉妹とともにロウ殿が消滅した後、ロクサーヌはルカリナやほかの女性とともに、屋敷内の広間に戻ったのだが、どの女性も平然としてて、中庭で起こったことをなにも気にしていない感じだった。

 それどころか、何事もなかったかのように全員が談笑に興じていて、ロクサーヌはまごついてしまった。

 また、この広間に戻ってすぐに、昨日は会えなかったアン王女や、ユイナという愉快なエルフ族の少女などが現れて、少しだけ話をすることができた。ただ、まだまだ会ってはいない大物たちも大勢、ロウ殿の愛人であるそうであり、この屋敷に出入りもするので、そのうちに紹介するとも言われた。

 

 そして、このとき初めて知ったのだが、この屋敷にいたアン王女は、妊娠をしていて、イザベラ女王とともに、ロウ殿の子供を孕んでいるということだった。とても穏やかそうな女性であり、ロクサーヌたちが家族に加わることを歓迎すると悦んでくれもした。

 横にいたノヴァという侍女ととても親しそうだったのが印象深かった。

 いまは、また自室に戻ったが、夕方には全員で歓迎会があるので、そのときにまた話をしましょうと嬉しい言葉をもらった。

 

 そして、そうこうしているうちに、ガドニエル女王姉妹とともに消えていたロウ殿が戻ったのである。

 そのときには、女王姉妹はすでにさっきの格好であり、ロウ殿に首輪をつけられて、引きずられるようにして、ロウ殿とともに現れたのである。

 その際、ロウ殿は騒動の罰として、夕方までの時間をリリスから調教を受けることとふたりに申し渡したのだ。

 

 ガドニエル女王はともかく、ラザニエル副王は、それに対して烈火のごとく怒った感じだったが、口に開口具を装着されて、それ以上の言葉を口にすることを封じられてしまった。

 しかも、ロウ殿が仕掛けらしいラザニエル副王のお尻から出ている「尻尾」をぎゅっと握られ、絶叫してもんどりを打ってひっくり返ってしまったのである。

 びっくりすることに、その尻尾を握ると、お尻の中に電撃が走ることになっているそうだ。

 それを聞いたリリスが、面白がってふたりの「尻尾」を握ったりして、また怒らせていた。

 そうやって、たったいまふたりがリリスによって、引き立てられていったところというわけだ。

 

「まあ、お兄ちゃんが調教したら、それは罰じゃなくて、ご褒美になっちゃうものね。あの妖魔から折檻を受けるというのは、あいつらには、丁度いいお仕置きなんじゃないの」

 

 笑ったのは、ケイラ=ハイエルでだ。

 エルフ族の女長老で、エルフ族の王侯貴族を牛耳るとともに、エルフ族王家の長い歴史を裏から支え続けたというエルフ族王家の重鎮中の重鎮だ。

 今回のハロンドール王国とエルフ族王家が、このロウ殿という人物を通じて親族関係になるにあたり、このケイラ=ハイエルが駐留公使となって王都に来ていて、しかも、ロウ殿の愛人のひとりになったというのは耳にしていたが、“お兄ちゃん”とロウ殿を呼ぶほどの親密な関係とは改めて驚いた。

 もっとも、なぜ、年齢が遥かに上のケイラ=ハイエルがロウ殿を“お兄ちゃん”と呼ぶのかはわからないが……。

 また、そのエルフ王家の守り役と称される彼女が、女王たちのあの扱いを許容するなら問題はないのだろうけど……。

 ただ、なんとなくだが、このケイラ=ハイエルは、ロウ殿ことならどんなことでも無条件で引き受けるような雰囲気がある。だから、他人事ながら心配になった。

 

「ところで、ロウ、ここで待っている間に、ロクサーヌ公から話があったんだけどねえ……。面白いことがわかったよ」

 

 すると、ミランダが横から口を挟んだ。

 

「面白いこと?」

 

 ロウ殿がそのミランダに視線を向ける。

 

「カロリックからロクサーヌ公を脱出させるにあたって、骨を折ったのは、どうやら、ゼノビアたちだけじゃないみたいなんだ。ターナと名乗る謎の女が随分を助けたみたいだね。しかも、どうも話を聞く限り、もしかしたら、そのターナという女は、どうも王宮でルードルフ王を操って無法をしていた偽テレーズ女伯かもしれないんだ」

 

「偽テレーズ伯だと? 本当?」

 

 ロウ殿は驚いている。

 ロクサーヌもまた知らなかったが、ハロンドール王国で起こっていた前王ルードルフ王の凶荒の背景には、タリオから送られた闇魔道遣いの存在があったらしい。

 もちろん、それをタリオは認めないし、ハロンドール王国側としても、一国の国王が操られていたなどとは公にはできない。

 表向きには、ルードルフ王が自分の意思で蛮行をしたということで終わりにしている。すでに国王の処刑も終わっているのだ。

 しかし、その裏側では、そんなこともあったようだ。

 また、その闇魔道遣いもまた、タリオから意思に反して奴隷にされて、それをしていたらしく、ハロンドール側が彼女の隷属を解いたことで、彼女が寝返り、タリオの間者たちは駆逐されたそうである。

 そんなことまでロクサーヌに教えてもいいのかというような裏の話まで、教えてもらってしまった。

 

 それはともかく、ロクサーヌは、ゼノビアたちとともに、ロクサーヌがカロリックから逃亡をするのを助けてくれたターナ=ショーの存在も伝えないとならないという思いで語ったのだが、それを話しているうちに、あのターナ=ショーがタリオを寝返って裏切った後に逃走をしていた闇魔道遣いと同一人物である可能性に、ミランダやリリスが気がついたということだ。

 

「もしかしたらということだけどね。ロクサーヌ公から聞いたその謎の女の風貌は、偽テレーズ伯と合致するところがある。リリスも認めていた」

 

「ふーん、じゃあ、後でリリスにも確認するか……。だけど、ゼノビアはなにも言ってなかったな。これは再詰問案件だな。また、呼び出してくれよ。そういう大事なことを言い忘れた罰は与えないとな」

 

 ロウ殿が笑い声をあげた。

 ロクサーヌは慌てて口を挟む。

 

「いえ、むしろ、お世話になったのはわたしたちなのです。わたしたちこそ、ちゃんと語るべきでした」

 

 あのターナ=ショーがこっちでそんなことをやらかしていたとは驚きだが、合点がいったところもある。

 彼女は、自分がカロリックの娼館に追いやったことになるテレーズ母娘を助けるために、あの闇娼館に潜入したのではないだろうか。

 そういう前提に立つと、あのときのターナ=ショーの行った言動に辻褄が合うことに思い当たる。

 

「ふふふ、ロウ、それだけじゃないぞ。どうやら、ルカリナたちは、そのターナという女から路銀まで借りていたらしいぞ。しかも、その駄賃は、ターナをロウに紹介することらしい。先日はすっかりとすっぽ抜けていたようだけどな」

 

 茶化すように言ったのはシャングリアだ。

 その話もさっきした。

 ロクサーヌとしては、そういう条件でターナ=ショーの援助を受けたのだから、ゼノビアたちは、すでにロウ殿にそれを語っていたと思っていたのだ。

 だから、まだ伝わってないことを知って、先にロウ殿に言ってしまい、ルカリナとシズには本当に申し訳ないと思った。

 

「やっぱり、再確認だ。ミランダ、すぐにあいつらを呼び出してくれ。クエスト失敗の罰のやり直しだ」

 

 ロウ殿が白い歯を見せた。

 しかし、ミランダが首を横に振る。

 

「当分無理だね。あいつらは王都にはいない。もちろん、マイムにもね。しばらく、戻ってこないそうだ。結構、怒っていたしね」

 

「怒っていた? どうしてだ。ちょっとばかり、悪戯しただけだろう」

 

 ロウ殿だ。

 

「ちょっとばかり? 片棒を担がされたあたしが言うのもなんだけど、お前たち、ゼノビアたちを脅して、裸同然の格好で城郭内を連れ回した挙句に、縛り付けて全員で輪姦まがいのことをしたらしいじゃないかい。ちょっと酷いんじゃないかい。あいつらは、お前らを継ぐ、うちのギルドの看板パーティなんだよ。よそに逃げられたらどうしてくれるんだい」

 

「逃げないわよ。なんだかんだで、ゼノビアたちも、ご主人様からは逃げられないわ。どんなに嫌がっても、ご主人様に定期的には精を注いでもらわないと、禁断症状も起きるし、能力も低下していく。逃げないわよ。ちょっと不貞腐れているだけよ」

 

 コゼが笑った。

 禁断症状?

 なんだろう、それ?

 

「まあそうだな。絶対に戻ってくるな」

 

 シャングリアも横で頷いている。

 

「そういえば、そのターナ=ショーは、ロウ様に、前世の恋人、似ていると、言っていた」

 

 そのとき、ずっと黙っていたルカリナがぼそりと口を挟んだ。

 

「えっ、そうなの、ルカリナ?」

 

 ロクサーヌは覚えがない。

 だが、もしかしたら、そんなことも語っていたのかもしれない。

 でも、前世?

 

「前世ってなによ?」

 

 エリカだ。

 

「さあ?」

 

 だが、ルカリナもそれ以上は説明できないみたいだ。

 ロクサーヌにも訊ねられたが、やはり説明できない。とりあえず謝罪した。

 

「前世って……。だけど、ルカリナさん、あんた、いま、ターナー=ショーって言った? ねえ、お兄ちゃん、もしかしたら──」

 

 すると、突然にケイラ=ハイエルが興奮したように喜色を言葉に込めて叫んだ。

 なんだか、心当たりがある気配だ。

 

「いや、あり得ない……。あり得ないよ、亨ちゃん。だけど、やはり、話は詳しく聞きたいな。だけど、ゼノビアたちは、どこに逃げたかわからないのか……」

 

 しかし、ロウ殿は即座にケイラ=ハイエルの言葉を否定した。だが、興味は抱いた感じだ。

 

「わかりますわ」

 

 そのとき、スクルドという不思議な印象の魔道遣いが口を挟む。

 

「えっ、わかるの?」

 

 エリカがスクルドを見る。

 

「ええ、あの山の温泉ですわ。アッピア峠の……。おふたりには、わたしがあの山の温泉のことを教えたのです。移動術のゲートも手配しました。興味を抱かれた感じだし、おそらく、そこにお二人で向かったのではないかと思いますわ」

 

「でかした、スクルド──。だったら、ミランダ、すぐに伝言を送ってくれ。王都に直ちに戻って来いってな。さもないと、先日、木馬に縛り付けて犯された痴態が王都広場で映録球で公開されるぞと伝えるんだ。遅くとも、婚姻式当日までは戻れってね……。ああ、そうだ。出頭のときには、ふたりとも下着なしのスカートで来いとも言ってくれ。持っている服の中で一番短いやつだぞって」

 

 ロウ殿が笑いながら言った。

 

「また、お前は、そんなことを……」

 

 ミランダは呆れた感じだ。

 

「いやか? いやなら……」

 

「やるよ──。やればいいんだろう──。まったく、いつもいつも……」

 

 ミランダが怒ったように言った。

 ロクサーヌは、みんなの一連の会話に、すっかりと気を呑まれた感じになってしまった。

 

「さて、それよりもだ──」

 

 すると、ロウ殿がぱんと手を叩いた。

 ロクサーヌを含めて、全員が注目する。

 

「……それよりも、さっきはあいつらのせいで、始める前に終わってしまったが、仕切り直しだ。ルカリナ、趣向を変える。風呂に行くぞ。みんなも一緒に来い──。いつもの風呂だ。そこでルカリナの家族入りの儀式をする」

 

 ロウが声をあげた。

 この広間にいる全員にも呼び掛けた。

 

「ふふ、ご主人様、いつもの風呂ですね」

 

「そうだ。いつものだ。今日は全員が手錠だ。例外はなしだぞ」

 

 コゼが嬉しそうな表情で声をかける。

 「いつもの」とか、「手錠」とかいう意味はわからないが、女たちの顔が一斉に赤くなる。

 なんとなく性的な雰囲気を感じる。

 

「ルカリナには、そこで俺の女になってもらう。みんなの前でだ。いいな──。寝台と約束したがやめだ。もう、俺の女になると決まったルカリナだ。まだ、人前で俺に抱かれるのは抵抗あるかもしれないけど、ほか女たちもそうさせるから、観念してくれ」

 

 ロウ殿がルカリナを見る。

 

「あっ、はい。お、お願い、します。どこでも……。問題、ありません」

 

 ルカリナが頭をさげる。

 そのとき、慌ててロクサーヌは立ちあがった。

 あれから時間が経ったことで、すでにロクサーヌの腹は決まっていた。あのときはあまりもの戸惑いで即答できなかったが、改めて考えれば、ロクサーヌがどう反応すべきかということは自明のことだった。

 そもそも、ルカリナがロウの女になることを決心したのに、ロクサーヌが置いていかれるということはありえない。

 

「お待ちください、ロウ様──。どうか、わたしもお願いします。ルカリナと一緒に、ロウ様の女にしてください」

 

 ロクサーヌははっきりと言った。

 すると、ロウ殿がロクサーヌに視線を向けてにっこりと微笑んだ。

 

「いいでしょう……。じゃあ、ルカリナと一緒に来い、ロクサーヌ」

 

 ロウが口調をがらりと変えて、ロクサーヌに強い命令口調で言った。

 ロクサーヌは、どきりとしてしまった。



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1014 ファミリーの洗礼─脱衣場にて

 すでにじんわりと流れている汗を感じ取りながら、ロクサーヌは生まれたまんまの姿で視線を泳がせていた。

 ロクサーヌがみんなとともに、連れて来られたのはこの屋敷の地下にある大浴場に繋がる脱衣場だ。

 

 脱衣場といっても、それ自体がとても広く、また、浴槽が並ぶ浴室側とは壁による隔てがなく、お互いによく見える。

 ただし、透明の力場のようなものがあって、浴槽部側の湯気や湿気はこちらには流れ込まないようになっている仕掛けみたいだ。

 だから、ここからでも、この屋敷の豪華絢爛な浴室をよく眺めることができた。

 とにかく、驚いている。

 

 夕べは遅かったので、客室に置いてあった洗浄用の魔石を利用した魔道による身体の洗浄に留め、屋敷妖精に勧められたもののここを訪れなかったのだが、初めてやってきてびっくりしてしまった。

 まるで神々の宮殿の中にいるのかと思うような豪華で広い浴場だ。満々とお湯を称える浴槽は真ん中の大浴槽とそれを囲む四個の中浴槽の併せて五個の浴槽から成り、広い床には、身体を休めるための寝椅子やベンチなどが置かれていた、

 そして、なんといっても圧巻なのは、それぞれの浴槽に設置してある大理石の女神像だ。中心の大浴槽の真ん中に三体、周りの中浴槽に一体ずつの七体の像だ。

 これほどの大浴場は、カロリック大公宮はもちろん、どこの王宮にも存在しないのではないかと思った。

 

「あれっ?」

 

 だが、湯けむりに慣れて、女神像の姿が視認できるようになると、像が形作っている姿に、ロクサーヌは赤面してしまった。

 座って放尿をしている女神、犬のように四つん這いになって片脚をあげて放尿している像、乳首から放物線を描いて湯が迸っている像など、その姿がとても卑猥なのだ。

 

「ふふ、驚きました? ご主人様の趣味です。それに、ロクサーヌ様があたしたちの家族(ファミリー)になるなら、ここで可愛がってもらう機会も多いですよ。よく見てくださいね。寝椅子なんかには全部革ベルトとかついてますよねえ。あれもまた、ご主人様のご趣味のためのものですよ」

 

 声をかけてきたのは、コゼだ。

 そのコゼはすでに、服を脱ぎ終わっていて全裸だ。

 

「そ、そうなのですね」

 

「そうだな。そして、教えられたかもしれないが、この浴場は、シルキーのおかげで、一日中、綺麗なお湯が満々と湛えられている。夜中でも大丈夫だ。いつでもロウに抱かれたあとの身体を洗える」

 

 シャングリアも声をかけてきた。やはり、すでに服を脱ぎ終わっている。

 

「あっ、はい」

 

 ロクサーヌはとりあえず、頷いた。

 そして、ほかの女性たちも、ロクサーヌ同様にみんな全裸になっている。

 ロクサーヌは彼女たちの美しい肌や女らしい体形を目の当たりにして、言いようのない気恥ずかしさを覚えてしまっていた。

 

 自分の身体に自信がないわけではなかったが、ロウの女たちの身体は誰も彼も素晴らしい裸身だった。

 すべての女性は染みひとつない瑞々しい肌を保っており、胸も綺麗だ。

 スクルドやミランダやケイラ=ハイエルといった豊満な乳房の女性であっても、垂れている胸の女などひとりもおらず、張り具合、乳首への反り具合、丸みの深さから立体感まで、息を呑むほどに扇情的だ。

 また、彼女たちの引き締まった腰の括れやお尻の線もそれぞれに恰好いい。

 

 それに比べれば、さほどに大きくもないのに、垂れている自分の乳房や、鍛え方の足りない体形、幼い頃からのさまざまな仕打ちを通じて残った全身の痣や傷などは、ロクサーヌをとても惨めな気持ちにさせる。

 自分は、彼女たちのように強くもなければ、大した魔道を使えるわけでもない。

 カロリックの元大公とはいっても、名ばかりの治政者であり、しかも、タリオ公国の侵略で処刑されるのを恐れて、全てを捨ててルカリナとともに逃亡をしたような女だ。

 彼女たちの完璧な身体を前にしていると、その中途半端な自分という存在を改めて感じてしまう。

 

「脱いだな。よし、ルカリナとロクサーヌは縄を掛ける。他の者は手錠だ。終わった者から先に入れ」

 

 ロウが近くにやってきた。

 どきりとした。

 ロウもまた、完全な全裸だったのだ。

 しかも、股間には立派な男根がそそり勃っている。

 ロクサーヌは慌てて目を逸らす。

 すると、全員が集まってきた。

 

 とりあえず、いま浴場に一緒に来たのは、さっき広間に集まっていた者たちだ。

 ロクサーヌとルカリナのほかには、コゼ、シャングリア、エリカ、そして、スクルドとケイラ=ハイエル、ミランダだ。ミランダは、まだ仕事があるからと、拒もうとしていたが、ロウから強引に連れてこられていた。

 全員が裸だ。

 身体を隠すような布は、一枚も見当たらない。

 

「まずは、ルカリナとロクサーヌだ。ふたりとも来い」

 

「は、はい」

 

「はい」

 

 ふたりでロウの前に行き、両手を背中に回す。

 まずは、ルカリナに縄が掛けられ、ロクサーヌの隣で後手縛りになって、乳房の上下に縄が絞られた。

 あっという間だ。

 

「次はロクサーヌだ」

 

「お、お願いします……。んっ」

 

 後ろ手に回して水平にした両腕に縄がぐっとかかった。

 それだけで、ロクサーヌは恥ずかしい鼻息を鳴らしてしまい、顔を赤くしてしまう。

 

「敏感だな。縄酔いする方か?」

 

 ロウがさらに二の腕や胸周りに縄尻を伸ばしながらくすりと笑った。

 

「わ、わかりません……。あんっ」

 

 縄が上半身にかけられていき、要所で締めつけられる。

 そのたびに、身体の芯に得体の知れない疼きが走り、ロクサーヌは小さな声を出してしまう。

 我慢しようと思うのだが、縄を固く締めつけられることで、下腹部から全身に強い快感の波が迸って、どうしても声が出てしまうのだ。

 ロクサーヌは恥ずかしさに顔を俯かせたまま必死で歯を喰いしばった。

 

「敏感なのが恥ずかしいか?」

 

「は、はいっ、あっ、いえ……」

 

 ロクサーヌは首を横に振る。

 そのあいだも、ロクサーヌの裸身には縄が掛けられ続ける。

 

「すぐにやみつきになる。ロクサーヌには淫乱の素質があるな。縄が似合う」

 

 ロウが手を動かしながら耳元で言った。

 

「ひゃん」

 

 それがくすぐったくて、ロクサーヌは思わずびくりとなってしまった。

 いずれにしても、さっきまで丁寧な言葉使いをしていたロウが、ロクサーヌが愛人にしてくれと哀願した途端に、命令口調になった。

 よくわからないが、それもまた、ロクサーヌをどきどきさせる。

 そして、胸の下側にも縄がかかって、乳房が縄で突き出たようにされた。その縄尻が背中側で結ばれる。

 やはり、あっという間だ。

 

「ロクサーヌには、さらにおまけだ。最初はルカリナから俺の女にするからな。待っているあいだに、しっかりと股間を濡れすことができるように、もうひとつ特別な縄を追加してやろう」

 

 ロウが再び宙から縄を出した。

 それを二本折りにすると、ロクサーヌの胸に巻きついている縄に結び付ける。さらに垂直に伸ばして腰の括れに巻き付け、縄瘤を幾つか作ると、それを下降させて脚のあいだにくぐらせてきた。

 

「あっ」

 

 びっくりして、思わず、本能的に脚を閉じ合わせ縄を阻もうとしてしまった。

 しかし、そのときには縄瘤のついた縄が股に割り入ってしまっていた。さらにぎゅっと股間に喰い込んだ縄を手繰りあげられる。

 

「んんふうっ」

 

 敏感な局部を縄瘤に突き上げられて、ロクサーヌはぶるぶると身体を痙攣させてしまう。

 瞬時に作ったにしては、縄瘤はしっかりとロクサーヌのクリトリスと女芯に当たっていて、お尻を揺さぶって逃がそうと思っても縄瘤を逸らすことができない。それどころか、動くと縄瘤で刺激されて強い甘美感が身体を走り抜けてしまう。

 そして、いま、アナルにも大きめの縄瘤がぐいと埋め込まれた。

 

「あああっ」

 

 ロクサーヌは身体を伸びあがらせた。

 自分の身体のもっとも敏感な部分に縄瘤が喰い込み、そこからじわじわと甘い被虐感が込みあがてくる。

 つくづく、自分はマゾなのだと思ってしまった。

 

「気に入ったみたいだな。じゃあ、ルカリナとロクサーヌはそこで待ってろ。よし、じゃあ、先輩たちの番だ。順番に来い」

 

 ロウが愉しそうに笑う。

 ロクサーヌたちとロウの間に割り込むように、コゼが裸身を入れてきた。

 

「お願いします、ご主人様」

 

 そのコゼがロウに背を向けて手首を向ける。

 すると、すでにロウの手にはひと組の手枷があった。

 コゼの手首に短い鎖つきの枷が嵌められる。枷の材質はわからない。金属ではないが、革製という感じでもない。

 すると、ロクサーヌの前の前で、ロウがそのコゼの股間にすっと手を持っていった。

 

「んふうっ」

 

 手を股間に滑り込まれて、コゼががくんと膝を追って、ロウに身体を預けるような仕草をする。

 

「ほら、しっかり立て」

 

 ロウは愉しそうに笑いながら、コゼの股で手を動かす。見ているとかなり激しい。

 さらに、コゼに口づけをした。

 

「んんんんっ」

 

 やがて、コゼが全身を突っ張らせて身体をのけぞらせ、唇をロウと重ねたまま身体を痙攣させる。

 ロウがやっとコゼから手を離す。

 コゼはその場に跪いてしまった。

 

「はあ、はあ、はあ……。ご、ご主人様、あ、ありがとうございます……」

 

 コゼはしゃがみ込んだまま、肩で息をしている。

 いまのロウの愛撫で絶頂をしてしまったのは間違いないだろう。

 とにかく、ロクサーヌは唖然としてしまった。

 

「じゃあ、次はわたしだ」

 

 そして、シャングリア──。彼女にも後手に枷が嵌められる。

 すると、やはり、コゼのとき同様に、ロウがシャングリアの裸身のあちこちを触り始める。

 

「あっ、ああっ、ああっ」

 

 凛とした美人のシャングリアがたちまちの女の反応を示してよがり始める。

 その艶めかしい姿に、ロクサーヌは自分の心臓は激しく鼓動をするのを感じてしまった。

 

「ほら、もっと我慢しないか、シャングリア。敏感すぎるぞ」

 

「そ、そんなこと、い、言われても……。くあっ」

 

 ロウの手がシャングリアの全身のあちこちに触れるたびに、シャングリアは派手に反応をして裸身をくねらせる。

 あっという間にシャングリアの全身は真っ赤になり、かなりの汗が噴き出した。

 

「クグルスに合成させた媚薬だ。これを股間に入れてやろう。絶頂すると、それに反応して、殻が破けて中身の液体が飛び散る。とっびきりの痒み液が入っているから、それが嫌なら耐えることだ。一タルノスでやめてやる」

 

 ロウがシャングリア腰をがっしと掴んで、宙から親指の先ほどの小さな丸い球体のようなものを取り出した。それをシャングリアの股間に押し込んだのがわかった。

 

「くあっ、な、なんだ?」

 

 シャングリアの身体が前に折れ曲がる。

 

「締めつけ過ぎるのも気をつけろよ。敏感に作ってある。衝撃を与えると、やっぱり玉が破けて、痒み液が飛び散るぞ」

 

 ロウが股間を愛撫しつつ、さらにシャングリアの乳房に口をつけた。ねっとりと舐め始める。

 

「ああっ、な、舐めちゃだめえ──。んふううっ」

 

 シャングリアの身体ががくがくと揺れ始める。

 さらに、ロウの指がシャングリアのアナルに入った。

 食い入るように見入ってしまっていた自分に気がつき、慌てて視線を避ける。

 

「勝手に身を反らすな。しっかりと見ろ──。ルカリナもだ──」

 

 一瞬だけシャングリアから身体を離したロウがロクサーヌのお尻をぴしゃりと叩いた。

 

「ひゃん──。はいっ」

 

 強い痛みが走ったが、それよりもぞくそくとするような甘い疼きが全身を席捲する。

 ロクサーヌはじゅんとした愛汁を股縄に噴き出してしまったのを感じて、それを隠そうと股間を懸命に締めつける。

 ロウが再びシャングリアの身体を愛撫する。

 そして、コゼのときと同じように口づけを交わした。

 

「んんんんっ」

 

 シャングリアがロウの腕の中で身体を痙攣させた。

 達したようだ。

 

「あっ、うわっ」

 

 すると、シャングリアが身体を揺すって身悶えた。

 ロウが笑いながら身体を離す。

 

「玉が破けて、痒み剤がぶち撒かれたな。すぐに痒くなる。だが、我慢しろ──。ほら、次だ」

 

 シャングリアはロウからお尻を叩かれて、湯槽の方に追いやられる。

 そばでしゃがんだままだったコゼも一緒に行く。

 ふたりとも内股になって、足腰がおぼつかない感じて歩いていった。

 

「よし、エリカだ」

 

「は、はい。お、お願いします」

 

 次いでエリカ。ちょっと恥ずかしそうに胸と股間を手で隠していたが、大人しくロウの前で後手になる。

 すると、彼女の乳首と股間に指輪のようなものが嵌っているのが見えてしまった。

 あんなところに、もしかして、淫具?

 ロクサーヌはすぐに視線を泳がせる。

 すると、ロウの手が股間を割っている縦縄に伸びて、縄瘤を強く揺すられた。

 

「ひゃああっ、やんっ」

 

 ロクサーヌは思わず膝を折りかけた。

 

「目を逸らすなと言ったぞ、ロクサーヌ」

 

 またもや、ぱんとお尻を叩かれた。

 

「は、はい」

 

 慌てて身体を伸ばすとともに、しっかりと目を開ける。

 ロウがエリカへの本格的な愛撫を開始する。

 とはいっても、口づけをしたまま、エリカの両乳首と股間にある金属環のようなものを順番に軽く揺するだけだ。

 

「いいっ、いきますっ、いぎまずう──」

 

 そして、エリカがロウから口づけられている顔を左右に振って口を離すと、激しく身悶えさせた。

 

「おう、いけ」

 

 ロウがエリカの股間を手でしごきながら笑った。

 すると、エリカは成熟しきった太腿をぶるぶると震わせて、絶頂の仕草を示した。

 その色っぽさには、ロクサーヌも思わずたじろぎそうになった。

 

「んぐううっ」

 

 そして、派手なよがり声とともに、エリカが目の前で昇天する。

 

「さて、次は……」

 

 エリカを腕の中から解放したロウが残っている女たちを見る。

 そして、手を伸ばしてミランダの腕を掴んだ。

 

「あ、あたしは、いいって──」

 

 顔を引きつらせて逃げる素振りをするミランダだが、ロウのことを拒むことができないなにかがあるのか、あっという間に後手に手枷を嵌められて、ロウの愛撫を受けさせられる。

 

「んんんんっ──」

 

 やはり、あっという間に達して、その場に跪いてしまう。

 

「じゃあ、ゆっくりと浸かってろ、ミランダ。それと、特別な贈り物だ」

 

 そのミランダを支えて立ちあがらせたロウがミランダの腰をぽんと軽く叩いた。

 その瞬間、ミランダの眼が大きく見開いた。

 

「ひいいっ──。ロ、ロウ──。あ、悪趣味だよ、お前──」

 

 ミランダが腰を折り曲げて引きつった声で叫んだ。

 太腿がぴったりと密着されて、小刻みに震えている。

 

「な、なにを……?」

 

 あまりの不自然さに、ロクサーヌは思わず呟いた。

 すると、ロウがロクサーヌに向かって、白い歯を見せた。

 

「浴槽に浸かる前に、破裂寸前の尿意を送っただけだ。言っておくけど、俺の女になるということは、あらゆることを支配される。尿意も便意もだ。お前たちも覚えていけよ」

 

 ロウが笑いながら言った。

 ロクサーヌは自分の顔が引きつるのを感じた。

 そして、ミランダが無理矢理に、浴槽側に追いやられる。

 ミランダは涙目になりながらも、歯を喰いしばって、腰を屈めたまま、浴槽側に向かっていった。

 

「ふふふ、さすがはお兄ちゃん、みんなたじたじね。わたしのこともうんと苛めてね」

 

 今度はケイラ=ハイエルだ。

 彼女もまた、嬉しそうにロウによる後手手錠を受け入れた。さして、やはり目の前で愛撫を受けて絶頂した。

 

「ふあああっ、お兄ちゃん──。すごいいいっ──」

 

 最後にスクルド──。

 唖然とすることに、スクルドはロウの前にしゃがまさせられて、口で男根を頬張らされた。

 ロウはスクルドの髪を後ろから掴み、乱暴に顔を前後させる。

 そのあいだ、ロウは足の指でスクルドの股間を愛撫した。

 あまりもの粗雑な扱いに、ロクサーヌは身体が震えるほどの興奮を覚えた。

 

「んんんっ」

 

 やがて、同じように、スクルドもロクサーヌとルカリナの前で絶頂した。

 涙目のスクルドの顔がロウの股間から離される。

 しかし、スクルドは完全に雌の顔になっていた。夢遊病者のように足元がふらふらしているスクルドも湯槽側に追いたてられた。

 

「さて、じゃあ、まずは洗礼もおしまいだ。とにかく、これが俺たちファミリーだ。次はお前たちの番だな。さあ、中に行こう」

 

 やっとほかの女たちが浴槽側に立ち去ったことで、ロウがロクサーヌたちに声をかけた。

 だが、ロクサーヌは、すっかりと圧倒されて、精も魂も尽きたような気持ちになっていて、それに反応できない。

 喉も乾いた感じになり、いつの間にか肩で息もしていた。

 

「ふふ、ローヌ、濡れてる……。縄の色……」

 

 そのとき、後手縛りのままのルカリナがそっとロクサーヌの耳元に口を寄せてささやいた。

 はっとして、自分の股間に埋もれている縄に視線をやる。

 いつの間にか股間からあふれ出た愛液で太腿の内側はべっとりと濡れ、股縄が湿って色まで変わっている。

 恥ずかしさでかっと身体が熱くなる。

 

「よし、来い」

 

 ロウが左右の手でルカリナとロクサーヌの腕の縄を持つ。

 ぐいと前に引っ張られた。

 

「あっ」

 

 だが、その瞬間、縄瘤が大きく股間を抉ってロクサーヌはつんのめってしまった。股縄の刺激でぎゅっと下腹部が締め上げるような強い疼きが走ったのだ。

 

「あっ、お、お待ちください」

 

 ロクサーヌは腰を引いて、思わず哀願した。

 

「だめだ。全てを支配されると言っただろう。歩けないのを無理矢理に歩かされるのも調教だ。覚えておくといい、ロクサーヌ公」

 

 ロウに縄尻を引っ張られて浴槽に向かって進まされる。

 ロクサーヌは足を進めるたびに肉芯を疼かせる縄瘤に翻弄されながら、浴槽まで引きずるように連れてこられた。

 

「ほら、お湯をかけてやろう。ロクサーヌは次だ。そのまま待ってくれ」

 

 そして、強引に湯槽の中に入れさせられた。

 

「さて、じゃあ、折角の風呂だ。順番に洗ってやろう。まずは、ルカリナだな……。ミランダは順番になったら、小便をさせてやる。それまでミランダも待機だ」

 

 ミランダは中浴槽の横で辛そうに身体をしゃがませていたが、ロウの言葉にきっと鋭い視線を向けた。

 

「ひ、酷いよ……。せ、せめて、あたしから……」

 

「漏らすなよ。漏らせば、またお仕置きだ」

 

 ロウは愉しそうに笑うだけだ。

 とにかく、ロクサーヌは呆気にとられてしまった。

 

「さて、じゃあ、ルカリナ。俺の女になる時間だ。おいで……」

 

 ロウがルカリナをしゃがませたのは、ロクサーヌが浸かっている大浴槽の目の前だ。

 そばには肌を洗うためのオイルの瓶が並ぶトレイが寄せられていて、そのひとつをとって、ロウは自分の手のひらにのせ、縄のかかったルカリナの肌を手で洗いだす。

 

「んああああっ、ああっ」

 

 すると、これまで聞いたこともないような甘い声をあげてルカリナが大きく身体をよがらせた。



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1015 雌獅子、陥落

【支配前】

 

“ルカリナ

 獣人族(レオ族)、女

 年齢26歳

 ジョブ

  戦士(レベル40)

 生命力:100

 攻撃力:20(緊縛状態)

 魔道力:10

 経験人数:男10、女2

 淫乱レベル:D

 快感値:300

 能力

  魔道欺編(固有能力)”

 

 


 

 

 後手縛りに緊縛しているルカリナを一郎は、浴場の床に座らせた。

 大きな身体を窮屈そうに折り曲げて、ルカリナが正座になっている。

 イット以外の獣人族の女に触れるのは初めてだが、イットが山猫を思わせる風貌であるのに対して、ルカリナは、「ライオン」を思わせる身体をしている。雌ライオンというよりは、茶色の豊かな髪の毛がたてがみに似ているので、雄ライオンだろう。

 ステータスには「レオ族」とある。

 

 また、筋肉質の太い腕や脚には、多い体毛に隠れているが小さな傷がたくさんある。まさに戦士の身体だ。縄で絞りあげてやった乳房も、胸の筋肉と一体となっている。

 そして、獣人族らしく体毛は多い。

 肘から下の腕と、脚のすねに豊かな体毛があり、乳房の下半分から腹にも毛があって、それが陰毛に繋がっている。怪我をしやすい四肢の先側や内臓のある場所を体毛で防護するようになっているということだろうか。

 お尻の上から伸びている尾は長く、先っぽに房毛がある。やはり、ちょっとライオンっぽい気がする。

 

 ステータスにある男との性経験は十人とある。

 それが獣人族の性風習から勘案して、経験が多い方に入るのか、普通なのかはわからない。

 ただ、身体の感度は高くはないようだ。

 一郎だけに見える、身体に灯っている性感の印である赤いもやも、これまで接した女たちの中では薄い方だろう。ある一点を除いて、濃い赤い部分はどこにもなく、薄い桃色の場所が股間周辺や尾の付け根にあるにすぎない。

 淫乱レベルも“D”だ。

 不感症ではないが、ルカリナはそれに近いかもしれない。

 

 ルカリナとロクサーヌが主従関係でありながら、恋人関係でもあることは、見ていて察することはできるので、さしずめ、ルカリナが責め役で、ロクサーヌが受け役というところだろうか。

 まあ、ロクサーヌが根っからのマゾ体質であることは明白なので、ルカリナがS役をするのだろう。

 

 喋るのが得手ではなさそうなので、消極的で大人しい雰囲気も感じさせるが、観察をしていると、それはルカリナの性質の真反対であることがわかる。常にロクサーヌを見ていて、ロクサーヌがなにか困惑したり、不安そうにしたり、あるいは、危険に陥りそうになったら、積極的に声を掛けたり、身体に触れたり、身を挺して守る姿勢を示したりと、まるでロクサーヌの親であるかのように、陰日向となってロクサーヌを支えている。

 とにかく、性質は優しそうだ。

 温和というわけではないだろうが……。

 

 いずれにしても、ステータスで観察する限り、性経験が少ないわけではないが、ルカリナ自身が女としての快楽を極めたことは、ほとんどないのかもしれない。

 ならば、一郎の手管でそれを知ったとき、ルカリナという女戦士がどんな風に化けるか、ちょっと愉しみでもある。

 

 とりあえず、一郎は手に洗浄用のオイルをたっぷりと垂らして泡立たせると、ルカリナの胸をすくい上げるようにして、十本の指で乳房にめり込ませた。

 しかも、その一瞬、ルカリナの全身の性感帯を胸だけに集中させる。この瞬間については、乳房はクリトリスを遙かに越えるルカリナの性感帯というわけだ。

 

「んああああっ、ああっ」

 

 ルカリナがまるで電撃でも浴びたかのように、びくんと全身を竦ませ甘い声をあげた。

 そして、自分の声に戸惑ったかのように、慌てたように口をつぐむ。

 

「や、やっぱり……。な、なんで……?」

 

 ルカリナが目を白黒させて、一郎を見る。

 中庭でも同じように細工をして触ったが、そのときも派手に喘いでいた。自分の反応が信じ慣れないのに違いない。

 一郎はくすくすと笑ってしまった。

 

「自分の身体の反応が不思議か?」

 

 泡のついた手で乳房を擦ってやる。もちろん、あっという間に勃起した乳首も指で挟んで揺らす。

 ルカリナにとっては、クリトリスを両手で揉まれているようなものだ。堪ったものじゃないだろう。

 

「くあっ、うああっ」

 

 ルカリナが正座をした身体を激しく前に曲げて、一郎の手から逃れようとするように逃げる。

 そうはいかない。

 一郎はルカリナの身体の動きを利用して前に倒すと、ルカリナの肩を床に粘性体で密着させてしまう。

 そして、後手に緊縛されてうつ伏せになり、膝立ちでお尻をあげた状態で膝から下も脚をやや開いた状態で粘性体で貼り付けてやった。

 ルカリナは高尻の格好で動けなくなったということだ。

 

「わっ、わっ、な、なに? なに、これ?」

 

 高尻の姿勢で動けなくなったルカリナが困惑している。

 とにかく逃げようと必死でもがいているが、レベル200超えの一郎の粘性体の能力から脱せるわけがない。

 

「力を抜け。ただ身体を洗っているだけだ。それで感じるのは、ルカリナの身体が女らしいだけだ」

 

 一郎は腹部から脇腹にかけて、繰り返し手で泡を這わせていく。

 もちろん、それに合わせて、性感帯の集中点も移動させている。ルカリナからすれば、どうしてこんなに感じてしまうのか、信じられない思いだろう。

 そして、この性感帯集中の技の面白いところは、これを繰り返していると、脳が快感を覚えてしまって、いつの間にか、この能力を使わなくても、そこが感じる場所になってしまうということだ。

 そして、短い期間であっという間に、どこをどう触られても感じてしまう淫乱な玩具のできあがりというわけだ。

 

 一郎は、性感帯の集中箇所を一郎の手が当たる場所に移動させながら、全身に泡を伸ばしていく。まずは胴体部分を繰り返し擦り、だんだんと下腹部に手を近づけていく。

 

「くっ、うっ、ううっ……」

 

 ルカリナは必死に気力を集中させて、感じまいとしようとしているようだが、それは無駄だ。

 一郎は、ルカリナの性感を操りながら、彼女の眠っている性感帯を呼び覚ましてやる。

 

「あああっ、ああっ」

 

 浴室にひと際高いルカリナの声が響き渡る。

 泡を下腹部の陰部に向かって、すっと伸ばしたのだ。

 

「どうした? 身体洗いがそんなに気に入ったか、ルカリナ?」

 

「い、いえ……。ち、違う……。で、でも……」

 

 ちょっと揶揄ってやったら、完全に狼狽しているルカリナの反論めいた言葉が返ってきた。

 やはり、あまり女のエクスタシーにと達するような身体の快感には慣れてないみたいだ。ルカリナの肌を通して、彼女の戸惑いが伝わってくる。

 

「気に入ったから、そんな声を出すんだろう?」

 

 陰毛を軽く擦り、泡を足して太腿に手を這わせていく。

 

「ひゃんっ」

 

 ルカリナがびくんと激しく身体を震わせる。

 そして、腿から膝──。膝から(かかと)──。踵から足先にと泡をつけていく。

 右足が終われば、左足……。

 丹念に洗っていくと、いつの間にかルカリナの身体に浮かぶ「もや」は真っ赤な色を示すようになっていた。

 性感帯集中の技を使うまでもなく、一郎の手が触れるとことに、赤いもやができあがっていく。

 ルカリナの脳が快感を受け入れようとして、新たな性感の神経を繋いでいっているのである。

 

「たまには、こうやって、男に身体を洗わせるのも悪くないだろう。公主様にでもなった気分で、愉しむといい」

 

「こ、公主、さまって……。ひあああっ」

 

 ルカリナが身体を弓なりにして大きな嬌声をあげた。

 完全に後ろに回った一郎が、ルカリナのお尻に泡をつけながら、舌で尻尾を舐め始めたからだ。

 舌を尻尾の先に置いて、付け根に向かってつっと舌を動かしていく。

 

「ひあああっ、だ、だめえ──。そこ、だめえ──」

 

 ルカリナが舌っ足らずな感じで悲鳴をあげた。

 さらに、もともと敏感な尾の付け根を吸うように舌で執拗に刺激してやる。

 

「ひうううっ」

 

 ルカリナが腰全体を跳ねあげるように動かし、胸を喘がせる。

 一郎は、今度は、片手で尻尾の付け根を持って優しく愛撫しながら、尻尾全体を上にあげ、空いている片手で股間に泡を伸ばしつつ、舌先をルカリナのアナルに侵入させた。

 次いで、アナルの中に侵入した舌で中を舐めあげてやる。

 しかも、尾の付け根と股間を手で愛撫しながらだ。

 最初は、快感の場所に乏しかったルカリナの身体だが、唯一の例外がアナルの中だった。そこがルカリナの最大の性感帯であることは最初から知っていた。

 

「ああっ、うわああっ、ああああっ」

 

 ルカリナが甲高い声をあげて、一気に絶頂に向かって快感を飛翔させたのがわかった。

 股間から溢れんばかりの豊かな蜜がどっと噴き出る。

 そのまま、一気に絶頂まで追い込む。

 

「んぐうううっ、うぐうううっ」

 

 ルカリナががくがくと身体を震わせて絶頂する。

 一郎は口をルカリナの尻から離す。

 しかし、まだ許さない。

 舌を差し入れていた穴に指を挿入して、指の腹で赤いもやを擦ってやる。

 

「ひいいっ、ひんっ」

 

 ルカリナが激しく身体を揺すって、再び絶頂の兆しを示し出す。

 ほかの女たちも同じだが、絶頂したばかりの身体を余韻に浸ることを許されずに、さらに快感を飛翔させられるのは辛いようだ。

 いまのルカリナはその状態だ。

 今度は指でアナルを刺激しつつ、舌で尾の付け根を舐め回す。

 

「だ、だめえっ、ひいいっ」

 

 しばらく、そうやって愛撫をしていると、再びルカリナが絶頂に快感を駆けあがらせた。

 

 さらに続ける。

 

 しつこく愛撫をする。

 

「ああああっ、もう、だめえっ」

 

 絶息するような悲鳴をともに、ルカリナが三度目の絶頂をした。

 絶頂と絶頂の間隔が短く、まさに連続絶頂というものだ。

 

「ひぐうううっ」

 

 一番激しい絶頂だ──。

 粘性体を引き千切らんばかりに暴れる。

 ルカリナの股間からまるでじょろじょろと勢いよく液体が床に迸った。

 

「失禁か?」

 

 一郎は愛撫を続けながら笑った。

 

「だ、だめえ──。ゆ、許して。許して。許して──」

 

 ルカリナが激しく首を横に振りながら哀願する。

 ぼろぼろと涙をこぼしてもいる。

 まあ、そろそろ限界だろう。

 一郎は体勢を変えて、怒張をルカリナのお尻の下側に滑らせる。

 そして、燃え切ったルカリナの股間の中にずぼっと男根を押し入らせる。

 

「はああっ」

 

 ルカリナが身体を弓なりにして奇声をあげた。

 律動を始める。

 すでに、全身の性感を目覚めさせているルカリナは、一打ごとにぶるぶると身体を痙攣させて、歓喜の声を迸らせる。

 

「ふあああっ、き、気持ちいいい──」

 

 そして、またルカリナが達した。

 腰を貪欲なまでにくねらせて、ルカリナが快感をさらに昂ぶらせようと動く。

 だが、まだまだ──。

 一郎は、粘性体を使って、尾の付け根を包んで擦ってやる。

 そして、アナルだ。

 粘性体を潜らせて、最初に舌を差し込んだときと同じような舐め回す刺激を送り込む。

 

「ひあああっ、す、すごいいい──。すごいいっ」

 

 ルカリナが狂乱した。

 そして、またもや絶頂する。

 

「おごおおっ」

 

 ルカリナが悶絶の声を放つ。

 

「愉しいか、ルカリナ? これがセックスだ──。愉しいか?」

 

 一郎は律動を続けながら笑った。

 

「ああっ、だ、だのじいい──。もう、だめえっ──」

 

「そうだ、セックスは愉しんだ。愉しめ──」

 

「愉しい──。いぐうっ」

 

 ルカリナはもう自分がなにを喋っているかもよくわからないだろう。

 一郎は、最後のひと突きを子宮に当たる最深部に向かって勢いよく貫かせる。

 

「あああっ」

 

 またもやルカリナが絶頂する。

 今度は一郎も精を放った。

 

「ひいっ、あああっ、ああああっ」

 

 全身を硬直させて、ルカリナが大きな声を放つ。

 だくだくと精はルカリナの中に迸り続ける。

 犯している獣人戦士が一郎の淫魔術で完全に結びつけられるのがわかる。

 

 入ってくる、

 ルカリナの全てが──。

 その感情も──。強い快感が──。優しい心根も──。強い愛情も──。

 

「ルカリナ、これでお前は俺の女だ──」

 

 最後まで精を放ったところで、一郎はルカリナに言った。

 

「は、はいっ、はいっ」

 

 ルカリナがうつ伏せのまま、懸命に頷く。

 一郎は、粘性体を消滅させて、ルカリナを再び起こして正座の姿勢にする。

 彼女の前に仁王立ちになり、まだ十分に勃起している男根を顔に突きつける。

 

「舐めて、掃除しろ」

 

 一郎の言葉に、まるでお預けを喰らっていた犬が餌にありつくかのように、ルカリナが一郎の男根を口に含んだ。

 そして、夢中になって、一郎の男根をしゃぶる。

 彼女の精魂込めたような口吻に、一郎は欲望を覚えた。

 情熱的であり、しかも、丁寧でもあるフェラチオだ。

 ルカリナらしいと思った。

 

「出すぞ。全部、呑め──」

 

 一郎はルカリナの髪を頭の後ろで掴むと、ぐっと顔を一郎の腰に押しつけ、二度目の精を放った。

 

「んっ、んっ、んんっ」

 

 ルカリナは懸命に精を呑みくだしていく。

 しかも、まるでエクスタシーに達したかのように、喜悦に打ち震えている。

 一郎は、精を放ったところで、今度はルカリナの口の中に放尿をした。

 

「んんっ」

 

 目を白黒させたが、それでもルカリナは燃え狂ったような声をあげて、なおも怒張から口を離そうとはしなかった。

 

 


 

 

【支配後】

 

“ルカリナ

 獣人族(レオ族)、女

 年齢26歳

 ジョブ

  戦士(レベル70)↑

 生命力:100

 攻撃力:30(緊縛状態)↑

 魔道力:50

 経験人数:男11↑、女2

 淫乱レベル:B↑

 快感値:150↓

 能力

  魔道欺編(固有能力)

 状態

  淫魔師の恩恵↑”



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1016 大浴場の新たな仕掛け

 

「ロ、ロウ様、あ、ありがとうございました」

 

 たったいま、ロウに女にしてもらったルカリナが、正座のまま、うっとりとした視線でロウを見あげている。

 ルカリナのあんな表情は、初めてだとロクサーヌは思った。

 まさに、女の顔だ──。

 

 そして、いま、この瞬間において、ルカリナの頭には、ロウ以外の一切ものが存在しないに違いない。

 それくらい、微笑みとともに、一心不乱にロウを見つめている。

 ロクサーヌは、もやもやとした黒い感情が心に込みあがるのを感じた。

 

「愉しかったか、ルカリナ? 俺は十分に愉しかった」

 

 ロウが笑う。

 すると、ルカリナがさらに嬉しそうな顔になった。

 

「た、愉しかった……。お、お前は、あたしのつがいだ。つがいの忠誠を誓う」

 

 そして、ルカリナが正座の腰をあげて、ロウの足先に口づけをした。

 

「つがい?」

 

 ロウはきょとんとしている。

 

「レオ族は、強いオスに雌が集まる。これまで、あたしよりも強いオス、なかったから、つがいを探すの、諦めてた。でも、ロウ様は強い。つがいにする。ロウ様にはなにも必要ない。ただ、あたしが心からの忠誠を誓うだけ」

 

「つがいか? それはいいけど、俺は強くないぞ。いまは縄で縛っているが、解いてしまえば、ルカリナは片手で俺を殺せる」

 

 ロウが笑い声をあげる。

 

「無理……。あたしにはわかる。多分、かなわない。ロウ様、強い」

 

「わかったよ。ご主人様でも、つがいでも、主殿でも、旦那様でもなんでも気に入るようにしてくれ。でも、もうルカリナは俺の女だ。二度と離れられと思うな」

 

「よかった……。あたし、運がいい。つがいに巡り会えた」

 

 ルナリナが心からほっとした顔になった。

 やっぱり、ちょっと妬ける。

 ルカリナは、ロクサーヌに慈母のような、あるいは、親友のような目を向けることはあっても、いまのロウに向けるような表情を見せたことはない。あれは、ルカリナが初めて見せる顔だ。

 

「へえ、つがいねえ……。そういえば、あの女王様も、ご主人様のことをつがいって、言っていたわねえ」

 

 コゼだ。

 

「エルフ族のつがいと、獣人族のつがいは違う性質ものね。獣人族の場合は、伴侶というよりは、強い種を残すために、子種をもらう強い個体に対するものと聞くわね。種族によって異なるらしいけど、多分、ルカリナの種族は、強いオスに多くのメスが集まるハレムの風習があるんだと思うわ」

 

 ケイラ=ハイエルが付け加えた。

 すると、ルカリナは大きく頷いた。

 

「レオ族は、まさにそういう種族。強いオスに、メスが忠誠を尽くす。食べるもの、着るもの、住む場所……。すべてをメスたちが準備する。つがいのオスはその代償として、囲んだメスに子種を提供する」

 

 ルカリナは満面の笑みを浮かべている。

 さっき見ていたが、ロウはルカリナとの性交の最後に、男根を舐めさせ、精を口に放ち、おしっこまでルカリナの口に放っていた。

 そんなことをされても、ルカリナは嬉しそうだ。

 むしろ、精液やおしっこを愛おしむように、いまでもぺろぺろと自分の口の周りを舐め続けている。

 

「とにかく、これからよろしくね、ルカリナ。今日からあなたも、わたしたちのファミリー。ロウ様一家の一員よ」

 

 エリカが言った。

 

「あっ、よろしくお願いします、エリカ様」

 

 ルカリナが慌てたようにエリカに頭をさげた。

 そういえば、心なしか、いつもよりも、ルカリナの喋り方が流暢な気がする。ロウは、抱いて支配した女の能力を上げることができるみたいなことを口にしていたから、その影響なのだろうか。

 そうだとしたら、やはり、不思議な人物だと思った。

 

 それにしてもだ……。

 

 ロクサーヌは、湯の中に半身を沈めながら、激しくなる心臓の鼓動とじわじわと追い詰められていくような強い圧迫感に苛まれていた。

 肌を締めあげる縄は、自由を奪われているという現実と、なにをされても抵抗のしようがないという不安と緊張感をロクサーヌに与え続けている。

 ロクサーヌにとって、不安と緊張感は快感だ。

 自分がそういう性癖であり、縛られて苛められることで悦ぶ変態であることはもう認識している。

 だから、どうしようもなく、身体が疼くのだ。

 

 なによりも、股間を締めつけている股縄──。

 硬い縄瘤に圧迫されているクリトリスと花芯とアナルから拡がるどうしようもない痺れとも疼痛ともつかない異様な感触を心から締め出すことができない。

 

「あっ……」

 

 湯の中で身じろぎをしてしまい、股縄が股間を擦りあげてロクサーヌはわずかな喘ぎ声を洩らしてしまった。

 いずれにしても、ルカリナはロウの女になった。

 次は、ロクサーヌの番……。

 ロクサーヌは、熱い吐息をした。

 

「だ、だめだ──。これ以上は無理いいっ──」

 

 そのときだった。

 浴室の床を童女のように背の低い女が出口に向かって駆け出した。

 ドワフ族のミランダだ。

 すると、ロウがそっちに視線を向ける。

 ロクサーヌには、そのロウが満面の笑みを浮かべていることに気がついた。

 

「きゃああ」

 

 次の瞬間、そのミランダの裸身が前のめりに突然に傾いた。

 驚いたが、走っているミランダの両脚の膝から下が半透明のもので包まれている。それでつんのめったのだ。

 だが、ミランダの両手は後手に手錠を嵌められている。

 顔面からミランダが床に落ちていく。

 ロクサーヌは息を呑んだ。

 

「えっ?」

 

 だが、床からなにかが噴きだした。

 ミランダの足を包んでいるのを同じ半透明の不思議な物質だ。それが倒れようとするミランダの身体を支えるように包む。

 ウーズというスライム状の魔生物の存在を耳にしたことがあるが、ロクサーヌはそれを連想した。

 

「な、なにするんだよ、ロウ──。危ないだろ──」

 

 倒れようとしていたミランダを支えた半透明のスライム状のものは、ミランダをその場にしゃがませる姿勢をとらせると、宙に消えるように消滅してしまった。

 いまのは、ロウの術?

 そういえば、ルカリナを犯していたときにも、ルカリナを高尻の姿勢にして固める粘性体のようなものが床に出現したような気がしたが……。

 

「危ないのは、ミランダだろう。どこに行くんだ? おしっこは後でさせてやるから、大人しく浴槽に入ってろって言わなかったか?」

 

 ロウがミランダに近づいていく。

 

「承知してないよ──。とにかく、お前らの馬鹿騒ぎにあたしを巻き込むんじゃないよ──。離せ──。離しておくれったら──」

 

 しゃがんでいるミランダが一生懸命に自分の脚を引っ張る仕草をしている。

 それで気がついたが、さっきの粘性体のようなものが、ミランダの左足側の膝から下だけに残っている。

 それが床に貼り付いているので、ミランダがそこから動けないのだ。

 

「だから、待てというのに。この浴室に新しい施設を作らせたんだ。それを披露しよう思ってね……。シルキー──」

 

 ミランダの前まできたロウが叫んだ。

 

「お披露目の準備はできております、旦那様」

 

 すると、ロウの前に屋敷妖精のシルキーが出現した。

 しかも、全裸である。

 美少女人形のように美しい身体だ。

 

「みんな、上を見てくれ」

 

 ロウが言った。

 

「上?」

 

「なんですか?」

 

「あれ?」

 

 ほかの女たちも怪訝な感じで上を見る。

 ロクサーヌも見た。

 すると、天井から四本の鎖に吊られているなにかがおりてくる。

 透明の箱のようなものだと思った。

 その箱に向かって階段のようなものが下側についている。その階段も透明だ。とにかく、それが、ロクサーヌたちのいる大浴槽に向かっておりてきている。

 

「あっ、お、お前、まさか……」

 

 だが、ミランダがはっとしたような声をあげた。

 顔を向けると、ミランダの顔色が変わっている。ミランダからは横から見る角度なので、その透明の大きな箱がなんであるかわかるのだろうか。

 

「特別製の厠だ。この浴場でももよおすこともあるだろう。そのときに、自由に粗相のできる厠を準備したんだ、遠慮なく使ってくれ。ミランダには、最初に使ってもらおうと思ってね。日頃、お世話になっているお礼だ」

 

 ロウが笑った。

 そして、宙から細い鎖のようなものを出現させて、ミランダに手を伸ばす。

 

「や、やだ──。やだだからね──。絶対にやだ──」

 

「なんだ、それは“ふり”か? わかった。じゃあ、承知だな」

 

「い、言ってることがわかんないよ──。嫌だって言ってるだろう──」

 

「そうか。そんなに愉しみか」

 

 ロウがミランダの股間に手に持っている細い鎖を伸ばした。

 

「ひいっ」

 

 ミランダが必死にロウの手を脚で払おうとする。

 しかし、またもや粘性体が床から現れて、ミランダの抵抗を阻止して、しゃがんだ状態でミランダの脚を開かせてしまった。

 そのとき、ロクサーヌは鎖の先に透明の糸のようなものが出ていることに気がついた。ひらひらと動いていたので辛うじてわかったのだ。

 それが伸びて、ミランダの股間に巻きつく。

 

 さらに、きゅっと密着して細い鎖が股間に吸いついたようになった。

 もしかして、クリトリスに巻き付いた──?

 唖然としたが、間違いないと思う。

 これでも眼はいいのだ。

 

「じゃあ、厠に行くぞ、ミランダ。いやなら、抵抗してみろ。ただし、この鎖も拷問用だ。強い張力がかかると自動的に電撃が走る。それがいやなら、しっかりと歩くことだ」

 

 ロウが鎖を引っ張ってこっちに向かいだした。

 ミランダの脚を包んでいた粘性体が消滅する。

 慌てたように、ミランダが立ちあがり、必死の様子で追いかける。

 

「お、お前──。このところ、おかしな悪戯ばかりして──。こ、こんなことして覚えてなよ──」

 

「悪いな。このところ、柄にもない独裁官なんかして、心の疲れが溜まっているんだ。ミランダも俺の伴侶になるんだから、夫の心を癒やすのに協力してくれ」

 

 ロウはずかずかと大股で歩いてくる。

 しかし、いまロウが口にしたとおりの仕掛けがあるなら、ミランダがちょっとでも遅れれば股間に電撃が加わるということだ。

 ロクサーヌは唖然としてしまう。

 

「厠って、あれ、厠なんですか?」

 

 湯に浸かっているエリカが言った。エリカもまた、ロクサーヌと同じ大浴槽の中にいる。

 

「ああ、そうだ。真下から見えにくいけど、横からだと少しわかる。透明の床が二枚あって、上の床に跨がるかたちの便器がある。穴が開いていて、下の床に落とす構造だ」

 

 ロウが説明した。

 そのときには、ロウが大浴槽に中に入ってきていた。

 天井から降りてきた透明の箱は、すっかりとおりていて、そこにあがる階段が湯に浸かっている。

 なるほど、ここまで近づくと、確かに透明の便器のようなものが上にあるのがわかる。

 大浴槽の前に透明の箱に設置された透明便器があり、ここからだとそれを見あげるかたちになる。

 なんといういやらしい構造だろう。

 ロクサーヌは顔が真っ赤になってしまった。

 

「ふふふ、ローヌ、自分がさせられるのを想像した? 顔が赤い」

 

 すると、いつの間にかルカリナがそばにいて、愉しそうにロクサーヌに声を掛けてきた。

 

「あっ、ルカリナ」

 

 随分と上機嫌だ。

 やっぱり、獣人の女として、つがいを見つけた喜びなのか、ちょっと興奮気味かもしれない。

 とにかく、ここまで機嫌のいいルカリナは珍しい。 

 

「ローヌも、早く、ロウ様の女にしてもらうといい。世界が変わる」

 

 そのルカリナが言った。

 だが、そのとき、湯の中でルカリナの足がロクサーヌの足のあいだに入ってきて、足の指で股縄を強く擦ってきた。

 

「ひゃあ、ひゃああっ」

 

 ロクサーヌは大きな声をあげて、湯の中でひっくり返りそうになった。

 

「大丈夫、ローヌ。湯の中で暴れない方がいい」

 

 ルカリナが悪戯っぽく笑った。

 まったく、ルカリナめ──。

 ロクサーヌは、頬を膨らませて、ルカリナを睨んだ。

 

「ま、待てったら──。やだ。あんなところでおしっこなんてしたら、全部、下から丸見えだろう──。じょ、冗談じゃないよ」

 

「わかっているじゃないか。じゃあ、全員集合だ。厠の下に集まれ──」

 

 一方で、ロウはミランダの股間を引っ張りながら階段を昇っていく。

 ミランダは必死に文句を言っているが、あの鎖で股間を引っ張られている以上、ついていかないわけにはいかないだろう。

 内股で尿意を我慢しているような格好で、螺旋になっている階段をロウとともにあがっていく。

 

「ああっ、ロウ──。わ、わたしもなんとかしてくれ──。痒いいいい──。痒いんだあ」

 

 大きな泣き声のような声がした。

 シャングリアだった。

 そういえば、脱衣所で痒み液を股間に充満させられたといか言っていた。

 シャングリアは中腰になって、太腿の付け根を擦り合わせるようにしている。

 

「あら、大変。くすぐるくらいなら、やってあげるわよ、シャングリア。それ以上をすると、ご主人様に叱られるからだめだけど。それとも、舐めてあげようか?」

 

 コゼがシャングリアに寄っていき、後手手錠のかかっている手で指で宙を掻く仕草をする。

 

「お、お前はなにもするな、コゼ──。なあ、ロウ──。頼む。次はわたしを犯してくれ。痒いんだ──」

 

「わかった、わかった。じゃあ、ミランダの次だ。それまでは、そのままだ」

 

 ロウが透明の厠の箱に入っていきながら言った。

 

「ご主人様、わたしも躾けて欲しいですわ。うんと苛められたいです」

 

 ほかの中浴槽に浸かっていたスクルドがこの大浴槽に入ってきながら、ロウに媚びを売るように声を掛けている。

 

「わかった、わかった」

 

 ロウがミランダを強引に箱の中に連れ込み、またもやあの粘性体を出して、箱の中に強引にしゃがませながら、下に向かって手を振る。

 そのミランダは、ロウに向かって悪態をつき続けていて、それがここまで聞こえてくる。

 

「全員、見ろ──。眼を逸らした者がいたら浣腸だ。そして、大便をここでさせる。みんなに見られながらな」

 

 ロクサーヌだけでなく、みんなの顔が一斉に引きつったり、息を呑むのがわかった。

 女たちの視線が一斉に真上に向く。

 箱が透明なので、しゃがまされているミランダの性器が視界に入る。

 これは女として、最大の恥辱だろう。

 これほどに恥ずかしい格好はないと思った。

 ロクサーヌは、それをさせられる自分の姿をちょっと想像してしまった。

 

「ほら、準備できたぞ。始めていいぞ」

 

 上にいるロウがミランダに声を掛けた。

 あの粘性体によって、開いている脚を閉じられないのか、ミランダは嫌がっているが、しゃがんでいる姿勢を崩すことはしない。

 それはともかく、尿意の限界らしく、ミランダの股間は震えていた。そして、尿道口らしき場所が苦しそうにひくひくと動いている。 

 あまりにも、卑猥な光景であり、ロクサーヌは自分の顔が真っ赤になるのを感じた。

 

「いやあああ」

 

 ミランダが泣くような声で叫んだ。

 次の瞬間、しゅっと音がするような激しい放尿がミランダの股間から迸ったのが見えた。



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1017 まあだだよ(1)─狂乱のギルド長

「あっ、ああっ──」

 

 身体の下のミランダが悲鳴のような嬌声をあげる。

 一郎が前戯としての全身への愛撫から、ミランダの中に怒張を挿入しての本格的な抽送に入ったのだ。

 身体への愛撫のあいだは、ミランダをとことん追い詰めながらも、一度も絶頂させなかった。だからこそ、かなりの焦燥感の深みに陥ったに違いない。いまは、これまでとは反対に、手加減することなく、ミランダの膣にある赤いもやをこれでもかと怒張の先で擦り抉ってやっている。

 肉体に響き渡る快美観の鋭さに、一郎の手管によがりながらも、まだ不貞腐れて怒っていた感じだったミランダが、あっという間に我を忘れたようになった。

 

「ああっ、ロ、ロウ──。いくっ、いくうよお──。いくよおおお──。ああん、もっと、もっとだよおお」

 

 ミランダの小さな身体が寝椅子に上で踊っている。

 ふたりきりのときには甘えた反応や声を見せるミランダだが、いまのようにほかの女の前で抱くときには、一線を外さない傾向のあるミランダなのだが、たまたま広い浴室の端に近い寝椅子に横にして犯しており、ほかの女たちとの距離が遠いことから、今日は甘えん坊モードになってしまったようだ。

 一郎に犯されて放つ言葉に、一郎に媚びる甘い響きが混じっている。

 

「わ、わかっている。ここだろ? ここもいいだろ?」

 

 一郎は一打一打ごとに、怒張で抉る場所や角度、そして、強さを変えながら、ミランダに備えさせないように、それでいて、最大の快感を与えるように怒張を抽送している。

 早くも、ミランダは狂乱の兆しを見せるようになった。

 

 ロクサーヌやルカリナを性支配するために準備した屋敷の大浴場における饗宴だ。

 もともとは、最初くらいは、余人の眼のない寝室で抱くつもりだったが、中庭におけるラザニエルの乱入や、その直前におけるロクサーヌの反応などを観察し、やはり、他の女たちの目の前でルカリナもロクサーヌも抱くことにして、こうやって、ほかの女たちとともに、ロクサーヌたちを連れて浴室にやってきた。

 そして、ルカリナは一番最初に抱いて、すでに性支配したが、ロクサーヌについてはまだだ。

 また、ロクサーヌの性質も、だんだんと理解してきた。

 

 

 

“ロクサーヌ=カロリック

  元カロリック大公

 人間族、女

 年齢16歳

 ジョブ

  巫女(使徒・半覚醒)

  治政力(レベル22)

 生命力:50

 魔道力:40

 経験人数:男1、女3

 淫乱レベル:S

 快感値:110

 特殊能力

  不確かな予知夢(半覚醒)”

 

 

 

 内気であるが性に溺れやすい淫乱体質──。

 受け身的であり、押しに弱い被虐癖──。

 それでいて、侵略を受けて身の危険を感じると、全てを捨てて逃亡をする根性と度胸もあるのだ。

 治政者が自分の命を守るために、部下を見捨てるというのは、一見褒められたことではないように思えるかもしれないけど、一郎はかなりの決断力がなければできないことだと思っている。

 むしろ、危機に接して、身を守る最適の行動をとれるのは、乱世の治政者の器だ。

 

 また、一郎が言えたことではないが、ステータスにおける「治政力」のジョブレベルもかなり高い。

 ハロンドール王国に新たに組織したクラウディオ伯を中心とした諜報組織に集めさせた情報によれば、ロクサーヌは大公としては傀儡でほとんど実権を持ってなかったようだが、それにしては、かなりの能力だ。

 外見ではわかりにくいが、芯も強いかもしれないというのは、クラウディオ伯が付け加えた評価だ。

 もしかしたら、彼女の力を発揮する場と、優れた補佐役を得れば、ロクサーヌは治政者としては大成するのではないだろうか。

 ステータスをはじめとして、彼女に接したうえでの勘などを勘案して、一郎自身が新米の独裁官でしかないのに生意気かもしれないが、一郎はそんな風に思いかけている。

 

 だからこそ、ちょっと焦らしてやることにした。

 このロクサーヌに、自分から一郎を求めさせてやろう。もしかしたら、それがなにかの切っ掛けになるかもしれない。

 もともと、ロクサーヌが一郎の庇護を得るために、身体を開く意思であることはわかってた。

 また、ロクサーヌと一緒にいるルカリナは、ロクサーヌの百合の恋人だろう。そんなものは一発でわかる。

 しかも、ルカリナが責め役で、ロクサーヌは受けだ。

 だから、ロクサーヌを堕とすのであれば、まずはルカリナを堕とせばいい。

 あとは、黙っていても、ロクサーヌは、ルカリナとともにあることを望む。

 だからこそ、ルカリナを抱いた後に、すぐにロクサーヌを抱かずに、ほかの女をあいだに入れることにしたのだ。

 

 それはともかく、ロクサーヌのステータスには、おかしなものがある。

 「使徒」「半覚醒」「不確かな予知夢」……。

 なんだ、それ?

 まあいい。

 後で考えよう。

 

 いまはミランダだ──。

 戯れで作らせた透明厠で放尿姿を晒させたのは愛嬌だが、その結果、随分と怒っていた。

 しかし、寝椅子に両手を拘束して、こうやって抱き始めると、だんだんとミランダも怒りを表に出せなくなってきた。

 いまは後手手錠を外して、両手首を寝椅子の頭側に結んだだけの、比較的緩やかな拘束だが、すでに一郎を拒否したり、抗ったりする様子はない。

 一郎の与える快感に、なすすべもなくよがるだけのドワフ女がいるだけだ。

 

「も、もうだめええっ」

 

 ミランダが身体を弓なりにして叫ぶなり、自由な両脚を一郎の胴体に回してきた。

 はっとした。

 命の危険を感じた一郎は、とっさに粘性体を一郎の胴体とミランダの脚のあいだに発生させる。

 程度な堅さを注ぎ、それを緩衝材にした。

 

「ああ、いぐうう──」

 

 ミランダががくがくと身体を震わせて絶頂するとともに、これでもかと脚で一郎の身体を締めつけてきた。

 一郎はミランダを激しく犯しながら、つっと背中に冷たいものが流れるのを感じた。

 間一髪だった……。

 危なかった……。

 絶対の防護力を持つ粘性体を緩衝材としつつも、それでも一郎は胴体に圧迫感を覚えていた。

 なんという力だ──。

 

 いずれにしても、一郎は絶頂の波に包まれて、我を忘れたようになったミランダに対し、変わらず律動を続けた。

 たったいま昇りつめたところから、また絶頂感を引きあげてやる。

 これをすると、どんな女でも狂乱する。

 もちろん、ミランダもだ。

 

「きゃううん──。ひゃああああっ」

 

 連続で二度目の絶頂感に襲われたミランダが奇声をあげて悶える。

 一郎は、Gスポットも、ポルチオも、これでもかと抉ってやる。

 

「ひあああああっ」

 

 ミランダがまた絶頂する。

 緩衝材にした粘性体の胴巻きにひびが入ったのかわかった。

 またもや、馬鹿力を脚に加えてきたのだ。

 急いで補強する。

 

「ミランダ、口だ──。顔を向けろ──」

 

 律動しながら、ミランダの顔に口を寄せる。

 ミランダが唇を突き出した。

 その口に唇を重ねて、舌で口の中を愛撫してやる。

 

「んあああっ、んにゃあああ──」

 

 口をづけをしながらミランダがまたもや果てた。

 そこから、さらに次のエクスタシーの波に引きあげる。

 

「ああああっ、ああああっ」

 

 ミランダが激しく裸身を痙攣させる。

 一郎は最高の快感を送るために、子宮の入口を揺するとともに精を放つ。

 ミランダの股間から潮が噴き出し、一郎の下半身とミランダの身体をびしょびしょに濡らしてしまう。

 一郎は激しいミランダの姿に苦笑してしまった。

 そして、ミランダの身体から完全に力が抜けた。

 

「可愛いぞ、ミランダ」

 

 射精の余韻を熱いミランダの膣に一物を沈めたまま味わいながら、一郎は改めてミランダの顔を覗き込みながら言った。

 ミランダは、汗まみれの顔をきょろきょろさせて、ここがほかの女たちもいる浴場であることを思いだしたのか、急に照れたような、悔しがるような、複雑な顔になった。

 だが、すぐに頬に笑みが浮かぶ。

 荒々しく息をしながら、一郎を下から見上げた。

 

「ばか……。可愛くなんてないよ。荒くれの男冒険者どもも怖がる元(シーラ)ランクのギルド長様だよ。このあたしを可愛いなんていうのは、お前だけだよ」

 

 ミランダも苦笑してささやく。

 

「なら、見る目がないんだろうさ、可愛い奥さん」

 

 一郎はもう一度ミランダの口に唇を寄せた。

 ミランダは、まだ整わない息を肩でしながら、覚めない絶頂の名残を味わうように、自ら一郎の唇に吸い付いてきた。

 しばらく、舌と舌の感触を愉しんだ。

 やがて、ミランダの舌が動かなくなったので、改めて見ると、ミランダは寝息を掻いていた。

 一郎は、収納術で掛け物を取り出すと、両手を頭側に拘束したままのミランダの裸身にその掛け布を覆ってやった。

 

「ロ、ロウ──。た、頼む──。もうだめだ。許してくれ──」

 

 すると、ロウの足元に転がるように、ひとりの後手拘束の裸身が飛び込んできた。

 シャングリアだ。

 全身が真っ赤になってびしょびしょに濡れているが、一郎はシャングリアの全身にあるのが湯に浸かってから濡れているのではなく、痒みを放置されて苦悶しているうちに流れた脂汗であることを知っている。

 膣の中に痒み液をぶち撒かれたシャングリアは、まだ一度も湯槽の中に浸かってない。

 湯で洗えば、痒みが収まるというものではないのだ。一郎の使う痒み液は湯で温めたりすれば、むしろ、痒みが増大する。

 それがわかっているので、シャングリアは湯槽の外で必死に我慢していたのである。

 

「ああ、わかった。じゃあ、次はシャングリアだ。来い」

 

 歯を喰いしばるようにして跪いているシャングリアの欲しい首に、亜空間から出した鎖付きの首輪を嵌める。

 それを引っ張って浴場内を歩かせる。

 向かったのは、大浴場だ。

 ロクサーヌをはじめとして、ミランダとシルキーを除く全員の女がそこに集まっているのだ。

 シャングリアへの責めは、そこで行うことに決めた。

 これもまた、ロクサーヌの焦燥感を追い詰める材料だ。

 

「ど、どこに……?」

 

 湯の中に連れ込まれようとすると、シャングリアが狼狽の声を出す。

 その脚は内股であり、激しく擦り合わされている。

 少しも我慢できないのだろう。

 

「いいから、来るんだ」

 

 シャングリアにつけた首輪を引っ張って、じゃぶじゃぶと湯に入らせる。

 大浴場には、真ん中に島のようになっている台があり、そこに獣人族の女神のモズ、魔族の女神のインドラ、クロノスの正妻のメティスが向かい合って座り放尿をしている像がある。そこから流れる湯が台の縁から浴槽に流れ続けているのだ。

 シャングリアをそこにあがらせて、大きなインドラ像に首輪を括りつけた。

 さらに、鎖を出して、シャングリアの背中をインドラ像に背中に密着して固定してしまう。

 両腕は後手拘束のまま胴体ごと像に縛り、両脚も開かせて像に拘束する。

 

「さあ、シャングリア、じゃあ、もっと追い詰められてもらうか」

 

 一郎はそう言うと、亜空間から新しい液剤を出して、それをシャングリアの正面に手で擦りつけていく。

 もちろん、シャングリアが膣の中で放出されて苦しんでいる掻痒液と同じものだ。

 

「ああ、やめてくれっ、あああっ」

 

 シャングリアが悲鳴をあげた。

 構わずに、一郎はそれを胸の先端に塗りつける。

 やわらかく揉むように乳首に入念に塗り込み、さらに、股間に加え、手を伸ばしてアナルにも塗っていく。

 表面だけではない。

 しっかりと、指で奥まで粘膜に染み込ませた。

 

「全員、眼を離すなよ。しっかりと見るんだ。眼を離した者は、浣腸をして上の厠で脱糞の罰だ。罰を受けたければ、眼を離していいけどね」

 

 一郎は上を指さす。

 丁度この像のある小島の上に、今日お披露目をした透明の厠があるのだ。

 

「ひっ」

 

「わっ」

 

「ええ?」

 

 全員が慌てたように視線をシャングリアに向けた。

 一郎は、股縄を施された脚を切なそうに摺り寄せているロクサーヌもまた、視線を向けているのを確認した。横にはルカリナだ。

 相変わらず仲がよさそうだ。

 

「ああ、痒いい──。痒いいい──」

 

 一方でシャングリアが暴れだした。

 ただでさえ、痒みに襲われていたところに、新たに全身に塗布されたのだ。苦しさは数倍だろう。

 しかも、膣の中は二度塗りということになる。

 重ね塗りをすればするほど、痒みが拡大する掻痒液だ。

 シャングリアは七転八倒することだろう。

 

「久しぶりにこれでいくか、シャングリア」

 

 一郎は亜空間から柔らかい毛の刷毛を取り出した。

 それで、シャングリアの首から肩にかけてをくすぐる。

 

「ひいいいっ」

 

 シャングリアが絶叫して、全身を突っ張らせた。



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1018 まあだだよ(2)─積極的な性奴たち

「ひあああっ、それ駄目ええ──」

 

 大浴槽の真ん中にある島の上にある三体の女神像のうち、魔族の女神のインドラ像に背を向けるようにして、シャングリアの裸身を鎖で拘束している。

 乳房や股間にたっぷりと掻痒液を塗りたくったシャングリアの首筋を柔らかい刷毛の先でくすぐるとシャングリアが奇声をあげて激しく悶えた。

 

「ほら、シャングリア、ちゃんと我慢しろ。さもないと、いつまでもお預けのままだぞ。これは調教だ。感じないで我慢するんだ。そうすれば、解放してやろう」

 

 一郎は笑った。

 

「そ、そんなこと……」

 

 シャングリアは顔を真っ赤にしている。

 

「しばらくじっとしていられたら、ご褒美に犯してやろう。ただし、悶え動く限り、いつまでもくすぐられると思っていいぞ」

 

 一郎は左右の耳を刷毛でなぞりあげる。

 

「ひゃああ、ああっ」

 

 シャングリアは歯を喰いしばって備えようとしていたようだが、できなかったみたいだ。胴体を縛っている鎖が大きく音を鳴らすくらいに全身を跳ねあげてしまった。

 

「だめじゃないか」

 

「うう……。も、もう一度だ。こ、今度こそ我慢する」

 

 シャングリアが真剣な表情になる。

 こうやって、勝負事のようにさせてやると、むきになるのがシャングリアの愉快なところだ。

 一郎は刷毛を首筋から肩にかけて、すっと動かした。

 技巧を弄する必要もなければ、淫魔術で快感の場所の赤いもやを探る必要もない。ただ軽く触れるか触れないか程度の強さでなぞるだけだ。

 だが、人の手とは異なる刷毛の刺激が無防備な肌を移動するのである。

 その感覚には、なかなか耐えられるものではない。

 

「んくっ、くっ」

 

 シャングリアが必死に声を我慢して身体を硬直させる。

 だが、つらいのだろう。

 その身体は小刻みに震えている。

 一郎はさらに反対側の肩から二の腕にかけてを刷毛で掃いた。

 

「ぐっ」

 

 シャングリアが歯を噛みしめる力が強くなったのがわかる。

 まだ数回擦っただけだが、すでにシャングリアは肩で息を始めている。

 

「ほう、頑張れるじゃないか」

 

 一郎は刷毛を引きあげてシャングリアに声をかける。

 

「そ、そうだろう──。だ、だから……」

 

 一郎に褒められて、シャングリアがちょっと誇らし気に頬を緩めた。

 だが、その言葉が終わる前に、一郎はシャングリアの右に乳房を刷毛でなぞった。

 掻痒剤を塗られて固く勃起している乳首のほんの近くだ。しかし、刷毛の先は乳首そのものには当たっていない。

 

「ひああああっ」

 

 シャングリアが大きく身体を暴れさせた。

 必死に我慢している痒みに襲われている場所のすぐ近くを刺激されるのは、凄まじい衝撃だろう。

 シャングリアは、大きな悲鳴をあげるとともに、限界まで身体を弓なりにした。

 

「全然だめだな。これじゃあ、まだ許してやれないぞ」

 

「い、い、いまのは……」

 

 荒い息をしているシャングリアが口惜しそうな顔になる。

 一郎は、刷毛の先で乳首を上下に強く弾いてやる。

 

「んぐううっ、おおおおっ」

 

 シャングリアが身体を跳ねあげた。

 

「全然、我慢してないじゃないか」

 

 そのまま刷毛を臍に向かっておろし、そこから横に向かって、括れた腰からお尻の曲線に沿って動かしていく。

 

「ぐううっ」

 

 シャングリアが懸命に腰を捩る。

 そこを反対側から刷毛で擦ってやる。

 

「うあっ、あっ」

 

 すると、また弾かれるようにシャングリアの裸身が再び逆に捩じられる。

 

「我慢しろって言っているだろう」

 

「ああ、わ、わかってる──。わ、わかってるんだけど……。ふあああっ」

 

 はっとしたようになって身体を静止させようとしたシャングリアの身体がまた跳ねるように動いた。

 一郎の刷毛が内腿を擦ったのだ。

 そのまま、一度だけクリトリスから股間の亀裂、そして、アナルに向かって、手で届く限りをさっと刷毛を移動させてやる。

 

「くあああっ」

 

 シャングリアの股間が思い切り突き出された。

 一郎は刷毛を引きあげて笑ってしまった。

 

「全然なってないな。しばらくそのままでいろ。全員を一回りしたら、また試してやる」

 

 一郎はわざとシャングリアを放置して引きあげる素振りをした。

 シャングリアが慌てて、口を開く。

 

「ま、待ってくれ──。こ、このまま放置されたら死んでしまう。頼む。痒みをなんとかしてくれ、ロウ──」

 

「そんなこと言われてもなあ……。ちょっとのあいだ、じっとしてるだけでいいんだぞ。こんな簡単な命令もできない体たらくの女騎士様にかける慈悲は持ってないな」

 

 わざと煽ってやる。

 シャングリアががくりと顔を垂らす。

 そのあいだも、身体の震えがかなり大きくなってきている。 

 散々に塗られた掻痒剤の影響がいよいよ大きくなってきたに違いない。

 むしろ、頑張っているといえるだろう。

 シャングリアほど我慢強い女でなければ、うちの女たちであろうとも、すでに泣きべそを掻いているはずだ。

 すると、シャングリアががばりと顔をあげた。

 

「も、もう一度だ──。もう一度、機会が欲しい。今度こそ、意地でも我慢する、動かないで耐える」

 

 シャングリアが一郎を睨みつけるようにして言った。

 やっぱり面白い女だ。

 最初に会ったときからそうだったが、シャングリアの意地の張り方は実に愉快で可愛い。

 

「いいだろう。ただし、これをしてもらうぞ」

 

 一郎は刷毛を下に置き、収納術で目隠しを出した。

 それでシャングリアの両眼を覆い、頭の後ろで固定してしまう。

 

「あっ、ああ、そんな──。こ、こんなのない──。狡いぞ──」

 

「なにが狡いのかさっぱりとわからないな」

 

 床から刷毛を拾って、シャングリアのふくらはぎの内側のをすっと掃いてやった。

 

「んんんんっ」

 

 シャングリアの身体がぶるぶると震えて伸びた。

 だが、なんとか声だけは耐えたみたいだ。視力を奪われると、触感は通常の数倍に跳ねあがるものだが、よく耐えきったと思う。

 一郎は刷毛を離すことなく、だんだんと股間に向かってくすぐる場所をあげていった。

 だが、一直線にではない。

 刷毛を回すようにくるくると動かしながら、あげたり戻ったりを繰り返しつつ、徐々に脚の付け根に近づけていくのである。

 シャングリアの身体に震えが次第に大きくなる。

 それでも懸命に歯を喰いしばって耐えている。

 

「おう、やっと多少は我慢したな。だが、まだ合格は出してやれんな」

 

 付け根近くまであがっていた刷毛を膝の上に戻して掃きながら言った。

 シャングリアはびくんとなったが、それ以上は派手な動きはない。

 一郎はほくそ笑みながら、相変わらず刷毛を膝の上で動かしつつ、もう一方の手の中に新たな刷毛を出現させた。

 刷毛というよりは、筆に近いだろう。

 目隠しをしているシャングリアにはわからないだろうが、湯槽に入っている女たちが食い入るように視線を向けるとともに、一郎が新たな刷毛を取り出したことで数名が小さな声を出した。

 もちろん、まだシャングリアは気がつかない。

 それで、シャングリアのクリトリスをなぞってやる。

 

「ひあああっ、あひいっ」

 

 まったく備えのなかったシャングリアは大きな声をあげて、がくがくと腰を揺すった。

 

「不合格だ、シャングリア──」

 

 一郎は二本の刷毛を亜空間に収納して笑う。

 

「ああ、そんなあ……」

 

 シャングリアがかくりと身体を折った。

 そのシャングリアの拘束のうち、脚を動かせないようにしていた鎖を一瞬にして消滅させる。

 片脚を抱きかかえ、片足立ちになったシャングリアの股間に一気に怒張を貫かせる。

 

「ほおおっ」

 

 シャングリアが目隠しの内側で眼を見開いたのがわかった。

 激しく叩きつけるような律動をする。

 片脚を抱えあげている手を腕に抱えるように持ち替えて、アナルにも指を突っ込んだ。しかも、二本挿しだ。

 さすがに、かなり痛かったはずだ。

 

「くあああ、だめええ」

 

 シャングリアが喉を突きあげて、大声をあげた。

 耐えに耐えていた痒みを一気に解消されたのは、それほどの歓喜だったのか、シャングリアはあっという間に絶頂まで快感を駆け抜けさせてしまった。

 しかし、一郎は構わずに律動を継続する。

 股間の怒張も、アナルの指もだ。それだけでなく、粘性体で薄く乳房を包んで、乳房全体をこね回して、乳首を強く振動もさせる。

 

「ひああああっ」

 

 シャングリアが激しく腰を振る。

 二度目の絶頂だ。

 シャングリアが果てているあいだも、一郎の激しい責めは継続している。

 

「うあああ、ロウ──。気持ちいい──。気持ちいいよお──」

 

 シャングリアが泣くような声を出しながら、続けざまに三度目の絶頂をした。

 一郎は精を放つ。

 シャングリアは歓喜の悲鳴とともに、一番激しくがくがくと腰を動かしたかと思うとがっくりと身体を崩れさせてしまった。

 脱力したシャングリアから怒張を抜く。

 息はとまっていないが、失神している。

 限界まで我慢させてからの連続絶頂は、さすがのシャングリアも意識を失うほどの苛酷さだったみたいだ。

 

 シャングリアをそのままにして、湯槽を振り返る。

 女たちが赤い顔をして、じっと注目していた。

 赤い顔は湯あたりのせいではないだろう。もともと、長く入れるようにぬるま湯にしてもらっている。

 誰も彼も、一郎が徹底的に調教したマゾ女たちだ。

 シャングリアが一郎に責められる光景を目の当たりにして、すっかりと興奮してしまったに違いない。

 

 一郎はロクサーヌに視線を向けた。

 後手に緊縛されたままルカリナと一緒にいる。

 一郎と視線が合うと、なにかを言いたげに口を開きかけた。

 湯の中で太腿が切なそうに擦り合わされているのが見える。

 一郎は微笑んだ。

 

「あっ、あ、あたしがお掃除します──」

 

 だが、コゼが湯の中を滑るようにして距離を詰めてきた。

 とりあえず、シャングリアが脱力して失神している女神像のある小さな島の台を降りる。

 大浴槽の湯の高さは膝よりも少し高いくらいだ。

 そこに仁王立ちになった一郎の一物をコゼが口に咥える。

 ぺろぺろと一生面命に舐め、さらに精を出した残りを取るように口をすぼめて吸いだしてもくる。

 相変わらず健気だ。

 

 コゼはいつも一郎は、自分にとっての神様だと口にしてくれるが、そんな気持ちが本当に伝わってくる。

 不幸すぎる少女時代は、コゼの心にあまりにも闇をおとしているので、心を守るために、一郎が童女時代からコゼの「主人」だったという偽の記憶を作ったやったこともある。

 しかし、いまは、コゼの心もかなり安定をしているので、記憶の封印は解いて、ちゃんとした記憶を戻してやった。いまのところ、コゼは大丈夫だ。

 最初の頃は、人みしりが強くて、一郎やエリカくらいしか話さないこともあったが、いつの間にかそれも消え、初対面の相手にでも気後れせずに、軽口を堂々と放ったりする。

 そんなコゼの心の安定を一郎は嬉しく感じている。

 

「いい気持ちだ。じゃあ、後ろを向け。後ろから犯してやる」

 

 一郎がそう言うと、嬉しそうにコゼが一郎にお尻を向けた。

 だが、後手に拘束をしているので、お湯の中で顔を湯の外に出すためには、腹筋にずっと力を入れ続けなければならない。

 湯の中とはいえ、犯されながらだと、ちょっとつらいかもしれない。

 

「必死に湯の外に顔を出していろよ。犯されながら溺死なんてしたくないだろう?」

 

 一郎はうそぶきながら、コゼの胸を片手でもみ、舌をうなじに這わせ、脚に挟んだ腰を愛撫していく。

 

「あっ、あっ、き、気持ちいいです──。ご、ご主人様に、あんっ、お、犯されながら、し、死ぬなら、う、嬉しいです──」

 

 コゼが全身で悦びを表すように悶える。

 

「簡単に死んでもらっては困るな。コゼには長生きして、俺の面倒を看てもらわないとならないからな。お婆さんになったコゼがよぼよぼの俺のちんぽを舐めてくれるのを愉しみにしてるんだ。そのときは、なかなか勃たなくて、コゼはそんな俺の性器を延々と舐めさせられるんだ」

 

「よ、喜んで、な、舐めます──。い、命ある限り……。あんっ、で、でも長生きし、してください──。あっ、あ、あたしは、ご主人様が、し、死んだら、その場で死にます──。それまでは、ごしゅ、ご主人様の、ど、奴隷です──。ああ、あっ」

 

「そうだったな……。そういう約束だったな」

 

 一郎はコゼを責めながら苦笑した。

 そういえば、以前にそんな会話をしたことがあった。もしも、一郎が殺されても、コゼは仇討ちはしないらしい。それはほかの女に任せて、即座に自分の喉を割いて自殺すると言っていた。

 はったりでも、へつらいでもなく、コゼは本当にそうするのだろう。

 そんなコゼを一郎は受け入れている。

 コゼには、もしも、一郎が死んだから即座に死ねと命令した。

 心の底からコゼが嬉しそうな顔になったのを記憶している。

 

 一郎はコゼの身体を愛撫し続けている。

 コゼのよがり声と悶えがだんだんと大きくなってきた。

 それこそ、コゼの全身のあらゆる快感の場所を刺激している。

 すでに、膣の中に指が入っているが、しっかりと濡れてぎゅうぎゅうと指を締めつける。

 一郎は指を抜いて、さらにコゼの身体を前側に傾けさせると、跪いているお尻の下からコゼの股間に怒張を貫かせる。

 

「きゃうううう──」

 

 コゼが奇声をあげた。

 律動を開始する。

 激しく反り返ったコゼの身体が反動で湯の中にどぼんと浸かる。

 慌てたように顔をあげるが、一郎の施す抽送の快感に耐えられずに、また顔を沈める。そして、急いで顔をあげる。

 コゼが全身を揺するように喘ぎながら、その行動を繰り返す。

 

「ああっ、ご、ご主人様──」

 

 コゼが鼻と口すれすれに浸かっている顔を激しく左右に振って叫んだ。がぶがぶと湯がコゼの口に入って咳き込んだ。

 一郎は絶頂させるための刺激を怒張を深く押し込んで揺することで与えた。

 

「あああっ、いくうう──」

 

 コゼが絶頂する。

 一郎はコゼに精を放った。

 

「次は誰だ? 犯して欲しい者はちゃんと言え。今日はそういうことにする。さもないと、いつまでもお預けだ」

 

 一郎はコゼから怒張を抜いて笑った。

 女たちがはっとしたようになった。

 

「ご主人様、次はわたしですわ──」

 

「お、お兄ちゃん、久しぶりにうんと苛めて──」

 

「ロウ様、わ、わたしもです──。お、お願いします……」

 

 コゼから一郎が身体を離すと、待っていましたとばかりに、スクルドと亨ちゃん、さらに、珍しくもエリカも寄ってきた。

 一郎の宣言に慌てて、おねだりをしてきたみたいだ。

 なんだかんだで、一郎の女たちは、一郎に抱いて欲しいのだ。そう思うと嬉しくなる。

 

「よし、順番だ。待ってろ」

 

 とりあえず、一番近くにいたエリカに手を伸ばす。

 一郎はエリカを湯槽の縁に身体を預けさせると、後背位で犯しだした。

 

「あああっ、ああっ」

 

 エリカが一郎の怒張をぎゅうぎゅうと締めつけて身体を悶えさせる。

 

 そして、エリカに精を出し、亨ちゃん、スクルドと抱いていく。

 

 ひとりが終わるたびに、ロクサーヌが物を言いたげに立ちかけるが、すぐに一郎に次の女が来るので、唇を噛んで肩を落としたりしている。

 かなり焦れてきたみたいだ。

 一郎は遠目で観察しながら思った。

 

「ロウ様、来ました──」

 

「ご主人様」

 

「先生──」

 

 スクルドを抱き終わったときだった。

 順番からすれば、いよいよロクサーヌの番のはずだ。

 しかし、そのとき、新たにミウ、イット、マーズが浴場に乱入してきた。たまたま、広間にいなかったので誘わなかったが、一郎たちが浴場に移動して、乱交を開始したのをやっと知ったのかもしれない。

 三人がすっぽんぽんになって、こっちにやってきた。

 

「次はあたし──。あたしもお願いします──。新参者の会も参加です──」

 

 ミウが満面の笑みを浮かべて、裸で抱きついてきた。

 しかも、たったいま、抱き終わったスクルドを身体で押しのけるようにしている。

 仮にも魔道の師匠でもあるはずだが、容赦ないようだ。

 一郎は苦笑した。

 

「新参者の会はいいが、ユイナがいないな。一緒だったんじゃないのか?」

 

 ミウ、イット、マーズに加えて仲がいいのがユイナであり、この四人はいつも一緒にいることが多いという印象だ。

 なかなか他人を排除してしまう面がある天邪鬼のユイナだが、なぜか、このミウには優しいし、気を使ったりもしているのを知っている。

 この屋敷に貰った部屋も、いまはその四人で一室を使っている。

 

「ユイナさんは、また、研究所に行きました。なんか、新しく試したい魔道技術のことを思いついたとかで……」

 

 ミウが両手両足で一郎の身体に自分の裸身をしがみつかせながら言った。

 研究所というのは、一郎が新たに王都に設置させた「王立魔道研究所」のことである。

 第二神殿の筆頭巫女でもあるベルズに所長を任せ、若い技術者や研究家を集めさせた研究機関だ。

 それまで、ハロンドールには公的に技術を研究させる場所がなく、さまざまな分野でタリオ公国などの後塵を拝している感があった。その状況を改善させるために、王国として多額の資金を出して設立することにしたのである。

 そして、ユイナはその研究員のひとりだ。

 もともと、そういう正面に秀でているユイナに研究所への入所を強要したが、ユイナはその研究環境が気に入ったらしく、このところそこに入り浸りに近いと耳にする。

 意外なことに、あの堅物のベルズとも、結構馬が合うみたいだ。

 

「そうか……。じゃあ、順番か?」

 

 一郎はミウを抱きおろしながら言った。

 ふと見ると、ミウの無毛の童女の股間は、真っ赤になってすでに愛汁を垂らしていた。

 ミウを一郎の女にしたのは、ナタル森林に向かう旅のあいだのことだったが、たった数か月のあいだに、随分と淫乱な童女になったものだ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「ま、待ってください──。わ、わたしを先に……。皆さんよりも先にわたしをロウ殿の女にしてもらえないでしょうか?」

 

 そのとき、ついに意を決したようにロクサーヌが焦った表情で湯の中に立ちあがった。



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1019 まあだだよ(3)─股縄土下座

【支配前】

 

“ロクサーヌ=カロリック

  元カロリック大公

 人間族、女

 年齢16歳

 ジョブ

  巫女(使徒・半覚醒)

  治政力(レベル22)

 生命力:50

 魔道力:40

 経験人数:男1、女3

 淫乱レベル:S

 快感値:110→25↓

 特殊能力

  不確かな予知夢(半覚醒)”

 

 

 


 

 

「ま、待ってください──。わ、わたしを先に……。皆さんよりも先にわたしをロウ殿の女にしてもらえないでしょうか?」

 

 意を決したように、ついにロクサーヌが声をあげた。

 やっとか。

 一郎は、いまにも一郎を抱き倒さんばかりにしている目の前のミウの頭に手を置いた。

 

「悪いな。あとだ、ミウ」

 

 軽く口の横にキスをする。

 ミウが満面の笑みを浮かべた。

 

「はーい。わかりました。じゃあ、お湯に浸かってまあす。行こう、イット、マーズさん」

 

 ミウがイットやマーズを伴なって明るく離れていく。

 

「あっ、わたしも……」

 

 絶頂の余韻とともに、すぐ横でしゃがんでいたスクルドも湯槽に向かっていった。一郎はシルキーを呼び寄せて、口で摘まむ食べ物や飲み物を浴場内に準備してもらった。

 

「かしこまりました、旦那様」

 

 瞬時に、寝椅子やベンチの横に、各種飲み物や瑞々しい果物を乗せた皿などが並べられる。

 飲み物は瓶やコップではなく、平たい皿に置かれ、果物も一口大に切られたものがやはり皿に置かれている。全員が後手手錠をしているので、口だけで飲み食いできるようにという配慮だろう。

 全裸の美女、美少女たちが後手に拘束され、口だけで犬喰いする様子はそれだけで圧巻なのだが、一郎の悪戯やそういう遊びも慣れたものだ。女たちが、めいめいにテーブルに向かっていく。

 一郎は、ロクサーヌに向き合う。

 

「わかった。じゃあ、来るんだ」

 

 ロクサーヌを呼ぶ。

 ほっとした表情のロクサーヌが湯槽からあがってくる。

 ハロンドール王国の庇護を受ける代わりに一郎に抱かれることについては、すでに決心をしていたと思うが、ほかの女たちが次々に積極的に一郎に抱かれにくるのに接して、ちょっと気後れをしていたのは間違いない。

 ロクサーヌの本質は、受け身であり、真性のマゾだ。

 だから、ほかの女のように自分から強請(ねだ)らせるまで、ロクサーヌになにもしなかったのは、ちょっと可哀想だったかもしれない。

 誘いの言葉さえかけなかった。

 

 しかし、横目で観察していたが、ロクサーヌが一郎に声をかけるのを躊躇(ためら)っているあいだにおいて、幾度もルカリナがロクサーヌの背中を押すような仕草をしていた。

 それもあり、やっとのこと、ロクサーヌがついに自分から強請る言葉を口にしたということだ。

 

 一郎は、ステータスから見て、施政をする者としての彼女の素質に着目している。

 もしかしたら、この自信のなさそうな少女が、いい治政者になるのかもしれない。だが、そのためには、あまりにも消極的なのはだめだろう。

 それで、意地悪だと思ったが、股縄を締めつけさせて性の疼きを与えつつ、ルカリナを含めたほかの女たちが次々に一郎の抱かれる場景を見物させたのである。

 それですっかりと、できあがってしまったようだ。

 

 案の定、湯から出たロクサーヌの股間は、お湯以外のものでねっとりと濡れていた。

 ステータスにある「快感値」もすでに、“25”である。

 大まかな目安として、“30”を切れば、愛撫なしに挿入できるくらいに準備が整っているということになる。

 ロクサーヌは、一郎と女たちの交合を見て、すっかりと欲情をしてしまったということだ。

 

「くっ……」

 

 湯槽から出て一歩踏み出したところで、ロクサーヌが小さな吐息をした。

 縄瘤が抉っている股間が刺激で疼くのだろう。

 苦しそうに、ほんの少しだけロクサーヌが腰を落とすのがわかった。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

 いずれにしても、もうそろそろ、いいだろうか……。

 いや、まだだな──。

 もう少し、このマゾ少女殿と遊ぶことにするか。

 抱くのは、とことん、このマゾ娘を苛め倒して、圧倒してからだ。

 一郎は、後手に緊縛された裸身で一郎の前に立ったロクサーヌをじっと眺めたまま、亜空間から乗馬鞭を取り出した。

 

「あっ」

 

 ロクサーヌがそれを見て一瞬だけ身体を震わせる。

 

 

 

“ロクサーヌ=カロリック

 快感値:25→17↓”

 

 

 

 鞭を見せただけで、快感値が“8”もさがった。

 最初からここまでの被虐性を示したのは、一郎の女たちの中でもいなかったかもしれない。

 いたとしても、性質の異なるマゾだろう。

 まあいい。

 じゃあ、マゾ大公様のお望みのとおりしてやろうか。

 それが、“S役”の義務というものだ。

 

「最初に言っておく。これは、“プレイ”だ。プレイというのはわかるか?」

 

 一郎の左の手のひらに向かって乗馬鞭を軽く叩いて音をさせながら、一郎は言った。

 

「ぷ、ぷれい……ですか。いえ」

 

 ロクサーヌが小さく首を振る。

 

「ごっこ遊びのようなものだ。俺は冷酷で残酷なご主人様を演じ、ロクサーヌは従順な奴隷を演じる。途中でもう嫌だと思ったら合図を出せ。そうだな。“れっど”という言葉を合言葉にする。そのときには、責めを中止してやろう。わかったか?」

 

「れっど……。わ、わかりました」

 

 ロクサーヌが大きく頷く。

 

「えっ、ご主人様、優しい……。いつも無理矢理で、合図して拒否していいなんて初めてじゃないの」

 

 コゼだ。

 こちらに聞こえるように言っているわけではないが、つい聞こえてしまった。

 

「そうだな。わたしのときはなかったぞ。一切の拒否は認めてくれなかった。あっ、いや、耐えられなくなったら、やめていいと言われたか。その代わりロウの愛人にはしないと言い渡されたんだった」

 

「そうなのですね。わたしは強姦でした。拒絶したのに、拘束されて無力化されて犯されたのです。素晴らしい思い出です」

 

 シャングリアとスクルドだ。

 ぼそぼそと語っているがここまで聞こえてくる。

 

「静かに。ロウ様とロクサーヌ様の気が散るわ。ほら、わたしたちも飲み物のところに行くわよ」

 

 エリカが横から口を出して三人を誘う。

 一郎は横目でそれを見て、頬を緩めた。

 それはともかく、随分と大所帯になった一郎の愛人たちだが、その経緯については、コゼやリリスやシャーラやブルイネンのように襲ってきたのを返り討ちにしたり、ガドニエルやスクルドたちのように助けるために引き込まざるを得なかったり、それとも、シャングリアやイザベラや侍女たちやエルフ親衛隊や新教団の連中のように納得済みで性奴隷として加えたりであり、それなりに理由があったつもりだ。

 いまの会話のように、「無理矢理」に「拒否を許さず」、本物の「レイプ」で性奴隷にした例はほとんどない。

 多分、それに該当するのは、エリカくらいだ。

 ミランダや新しく加えたラスカリーナも、かなり強引だったが、直前には彼女たちの意思を尊重して確認だけはしたはずだ。

 まあいいか……。

 咳ばらいをして、改めてロクサーヌに強い視線を向ける。

 

「……ただし、そのときには、ロクサーヌを性奴隷にするということもなくなる。この屋敷に住めるのは、俺と俺の女だけだから、ロクサーヌには王家から、別に住まいを準備してもらう。もっとも、すでに俺の女になったルカリナとは、離れてもらうことになるがな」

 

 わざと意地悪を言った。

 赤く頬を染めていた感じだったロクサーヌの顔が一緒ににして蒼くなる。

 

「そ、それは……お許しを……。ル、ルカリナは……大切な親友なのです」

 

 声が小さいがしっかりとした口調で言った。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「なら、頑張ることだな」

 

 一郎は乗馬鞭を一閃して、ロクサーヌの内腿に叩きつけた。

 

「ひあっ」

 

 ロクサーヌが膝を折る。

 

「なにをしている──。俺に性奴隷にしてくれとお願いにきたんだろうが──。奴隷が二本の脚で立って頼みごとをするなどあり得ると思っているのか──。さっさと跪かんか──」

 

 大声で怒鳴って、反対側の太腿を鞭打つ。

 

「あっ、はいっ」

 

 ロクサーヌは慌てて、その場に跪こうとする。

 しかし、屈めば思い切り縄瘤が局部などを抉るので、一瞬硬直して身体を震わせる。

 

「遅い──」

 

 尻の横を打つ。

 

「ひあっ──。も、申し訳……。くっ」

 

 ロクサーヌがすぐに屈もうとするも、またもや縄瘤の刺激で動きをとめた。

 すかさず、乗馬鞭で引っぱたく。

 

「まだ、わからないのか──」

 

 中腰になった背中を打擲する。

 ロクサーヌが両膝をついて、後手縛りにされている身体を曲げて頭を床に持っていく。縄瘤が喰い込んで微妙な刺激をするのか、「あっ、あっ」と小さな喘ぎ声をあげている。

 

 

 

“ロクサーヌ=カロリック

 快感値:17→15……14……↓”

 

 

 

 しかし、快感値はさらにさがる。

 これは股縄の刺激ばかりではないだろう。

 ロクサーヌは、なんだかんだで、鞭打たれて嗜虐酔いになりかけているのだ。

 ちらりと、まだ大浴槽のルカリナを見る。

 一郎に苛められるロクサーヌを見て微笑んでいる。

 心配はまったくしていない。

 むしろ、悲痛な表情になっているロクサーヌを見て、興奮しているようにさえ感じる。

 いや、その通りみたいだ。

 透明の湯の中に浸かっている尻尾が興奮したように揺れていた。

 

「ル、ルカリナと一緒に、性奴隷にしてください──。ご調教をお願いします」

 

 ロクサーヌが深々と頭をさげる。

 

「わかってないな。頭をもっとさげろ──」

 

「はいっ」

 

 ロクサーヌは髪を床に垂らして額を床につけた。

 一郎は思い切り、その後頭部を足で踏みつけてやった。

 

「んぐっ」

 

 顔が床に押しつぶされた感じになり、ロクサーヌが呻き声をあげる。

 

「まだ、頭が高かったな。最初からそこまでさげるんだ。もう一度、哀願しろ──」

 

 顔に痛みが加わるくらいに、ぐりぐりと踏みつける。

 ロクサーヌが苦悶の声を出す。

 

「き、こ、え、な、い、の、か?」

 

 さらに足に体重を乗せながら言った。

 

「も、申し訳……。ロクサーヌを……性奴隷にしてください。調教をお願いします」

 

「声が小さい──」

 

「調教をしてください──。お願いします──」

 

 顔を床に押し付けられているロクサーヌがありったけの声をあげた。

 

 

 

“ロクサーヌ=カロリック

 快感値:13……11……↓”

 

 

 

 まださがっている。

 このまま、罵倒しているだけで、絶頂に達しそうだ。

 これは、真性だな……。

 一郎は改めて感嘆した。

 

「よし。最初からそれをしろ──。もう一度やれ──。最初からだ──」

 

 一郎はやっと足をどかした。

 ロクサーヌは大きく息をする。

 そして、そのままぎゅっと顔を床に自分で押しつけるようにした。

 

「ロウ様、どうか、ご調教を──」

 

 ロクサーヌが叫んだところで、乗馬鞭を背中に叩きつける。

 肉を打つ音が浴場に響き渡る。

 

「ずぼらをするな──。立ったところからやれ──」

 

 もう一度、打擲する。

 

「は、はいっ」

 

 ロクサーヌが慌てて立ちあがる。

 だが、動くと縄瘤が股間を抉るので、歯を喰いしばるようにして喉を上にあげて、身体を竦ませるような動きをした。

 一郎は、腹に乗馬鞭を一閃させる。

 

「ひんっ」

 

「今度、とまったら、終わりにする──。合言葉など出すことなく、調教は終わりだ──」

 

 今度は乳房を打ってやった。

 

「あぎいいいっ──。も、申し訳ありません──」

 

 ロクサーヌが歯を喰いしばって身体を真っ直ぐにする。

 そして、素早く跪く。

 股間縛りがまたもや股間を刺激して、ロクサーヌは真っ赤な顔をしかめている。

 

「と、調教をお願いします──」

 

「やり直しだ。もっと早く──」

 

 ぱんと肩を打つ。

 

「は、はいっ」

 

 ロクサーヌがまた立ちあがり、すぐに再び跪く格好になる。

 

 

 

“ロクサーヌ=カロリック

 快感値:11……9……↓”

 

 

 

 もう秒読み段階だ。

 

「ひうっ、調教を……」

 

「遅い──。やり直し──」

 

 背中を打つ。

 

「はいっ」

 

 また、ロクサーヌが立つ。

 すでに脚はふらふらだ。

 髪の毛がぐっしょりになるほどの全身が汗まみれでもある。

 薄い陰毛の残る股間は、ロクサーヌ自身の愛液でねっとりとなっている。

 

「ちょ、ちょう……」

 

「遅いと、言っているだろう──」

 

 休ませない──。

 縄瘤の刺激が続くように、口上が終わる前に、すぐに立ちあがらせる。

 罵倒して、鞭打つ。

 

「は、は、はい……」

 

 

 

“ロクサーヌ=カロリック

 快感値:7……5……↓”

 

 

 

 ロクサーヌは立ちあがろうとするも、もう力が入らないのか、腰を曲げたままでいた。

 一郎はロクサーヌの股間に喰い込んでいる縦縄に手を伸ばして掴む。

 強引に引きあげる。

 

「完璧にできるまで許さんぞ──。もう一度だと言っているだろう──」

 

 大声で怒鳴り、股縄を軽く上下に動かしてやった。

 

「ああっ、あっ、あっ、いいいっ──」

 

 ロクサーヌがぶるぶると腰を震わせ、ぐっと極端な内股になって、全身を硬直させた。

 

 

 

“ロクサーヌ=カロリック

 快感値:0(絶頂状態)”

 

 

 

「ああっ、あっ、あああ──」

 

 股縄を通して、ぼたぼたぼたと愛液が床に垂れ落ちる。

 ついに達したようだ。

 一郎は、一瞬にして乗馬鞭を収納すると、悦楽の余韻に達して脱力していくロクサーヌの身体を片手だけで抱き締めて支える。

 そして、抱きかかえながら、反対の手で股縄だけを外した。

 まるで、おしっこをちびったかのような大量の愛液が股間から迸り落ちる。

 どれだけ愛汁を溜めこんでいたのだと苦笑してしまった。

 

「だらしくなく達したな? これがプレイだ。わかったか、ロクサーヌ?」

 

「はあ、はあ、はあ……。ぷ、ぷれい……。は、はい……。ど、どうか、ご調教を……」

 

「もうとっくに始まっている──」

 

 一郎はロクサーヌを床に横たえると、両腕でロクサーヌの腿を抱えて、怒張の先端を亀裂にあてがう。

 次いで、腰を沈めて一気に貫かせた。

 

「あはあああっ」

 

 ロクサーヌが大きく身体を反り返らせた。



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1020 もういいね

【支配前】

 

“ロクサーヌ=カロリック

  元カロリック大公

 人間族、女

 年齢16歳

 ジョブ

  巫女(使徒・半覚醒)

  治政力(レベル22)

 生命力:50

 魔道力:40

 経験人数:男1、女3

 淫乱レベル:S

 快感値:**↑(絶頂状態から回復中)

 特殊能力

  不確かな予知夢(半覚醒)”

 

 

 


 

 

「んあああっ」

 

 怒張を埋めるなり、ロクサーヌはぶるぶると身体を弾ませた。

 なんだかんだで、股縄だけで絶頂に達するくらいに感じやすく、身体中の性感帯が抜群に敏感なロクサーヌだ。

 かなり激しい反応だ。

 とりあえず一郎は、ゆるかやに出し入れを繰り返しながら、次第に最深部にロクサーヌの股間を打ち抜いていった。

 

「あっ、あああっ」

 

 ロクサーヌはそれだけで、二度目の絶頂を極めそうになっている。

 

「気持ちいいか、ロクサーヌ? だったら、そう言うんだ。なにをどうして欲しい? 感じる場所はどこだ? 口で説明しろ」

 

 一郎は腰を使いながら、ロクサーヌを観察する。

 股縄を使って前戯だけで、ロクサーヌは十分に快感の喜悦を五体に響き渡らせている。

 一郎の問い掛けに応じる余裕はなさそうだ。

 甲高い声で嬌声を迸らせながら、息をしゃくりあげて一生懸命に頷いている。

 それが精一杯なのだろう。

 さしづめ、ロクサーヌは絶頂まで八合目くらいにいて、もう一押しというところだろう。

 一郎は律動の速度をさらに遅くしながら、浅い位置に怒張を引きあげていった。

 

「うあっ、いやっ──。そんな──」

 

 慌てたようにロクサーヌが叫んだ。

 なにしろ、絶頂寸前のところから、一気に刺激を緩められたのである。焦燥感が膨れあがり、ロクサーヌを我に返らせたに違いない。

 だが、そのときには、すでに一郎は怒張を抜いてしまっていた。

 

「どこがどんな風に気持ちがいいのか説明しろと言ったぞ。説明できないなら、おあずけだ」

 

「あっ、す、すみません。ぜ、全部気持ちいいです」

 

「そうか。淫乱だな。なら、おねだりの練習だ。いろいろと試してやろう」

 

 胡坐に座り直して、ロクサーヌを脚の上に同じ方向を向いて座らせる。

 後ろから、縄で絞られている乳房に手を這わせた。ただし、ほんの触れるか触れないかくらいの微妙な接触だ。

 それでいて、肌に浮かんでいる赤いもやの場所のあちこちをしっかりと指先で撫でてもいる。

 脇腹や腰、首にも浮かぶので、胸の刺激に合わせてゆっくりとくすぐるように愛撫をする。

 

「ふわっ、あっ、き、気持ち、い、いいです……。いっ、んんっ、あっ」

 

 一郎の両手が身体のあちこちに触れるたびに、ロクサーヌはびくんびくんと身体を反応させて、短く息を吐く。

 さらに胸から、すっと股間に片手を移動する。

 一番感じる場所ではなく、膝の裏あたりの隠れている性感帯を刺激した。普通なら見過ごすような身体の弱点も、一郎にかかれば、丸わかりだ。

 しっかりとそこを刺激する。

 

「くはっ、ああっ」

 

 ロクサーヌが一郎の膝の上で激しく緊縛された身体を前に折り曲げた。

 だが、すぐに愛撫を引きあげる。

 そして、別の場所の刺激に移行していく。

 繊細にして、熟達した性の技の全てを駆使し、そうやって、このマゾ少女を徹底的に追い込んでいった。

 しかし、それでいて、抑えた快感しか与えず、満ち足りないままで焦燥感に狂わせる。

 

 どこまでも浅く……。

 どこまでも深く……。

 どこまでも広く……。

 

 じわじわと狂おしく追い詰める。

 

 焦らすように……。

 

 だが、休ませることない、連続の刺激を身体のあちこちに加え続ける。

 

 ゆっくりと……。

 

 淫魔師の一郎だからこそ、できる性の技巧だ。

 

「どうだ? まだ足りないか?」

 

 一郎は、また乳房を触れるか触れないかの刺激で撫でてやる。

 

「あん、あっ、ああっ」

 

 ロクサーヌが全身を弓なりにした。

 胸を揉んでいる一郎に手に乳房を押しつけるようにしてきたので、すっと手を離してやる。

 そして、ほかの場所に触れ、また舌や歯を駆使し、耳やうなじなどを刺激する。

 ロクサーヌのステータスにある快感値は、“2”から“8”までのあいだをずっといったりきたりしている。

 実は、どんな女でも、一番狂おしい状態が、そうやって、ひと桁の快感値を長い時間維持させられ続けることだ。

 いくにいけず、それでいて解放されず、激しく悶え苦しむしかない。

 もうひとつの性の地獄は、絶頂状態の“0”の直前で快感値を止められることだと思う。もっとも、それは淫魔術などを使わないと、自然にはできない。だが、そんな絶頂禁止の寸止め状態にして、激しい快感をぶつけ続けたりすると、それこそどんな気丈な一郎の女でも七転八倒して泣きじゃくる。

 そんな女の苦悶に接すると、本当に興奮する。

 すると、ロクサーヌが激しく首を横に振った。

 

「も、もっと強く揉んでください」

 

 そして、意を決したように、ついにロクサーヌが切羽詰まったおねだりの言葉を口にした。

 

「揉んでるだろう。こうやって、ゆっくりとね」

 

 一郎は表面を撫でるだけの愛撫を繰り返した。

 

「ち、違うんです──。も、もっとつ、強く……」

 

「強くって言ってもなあ……。ぎゅっぎゅ、ぎゅうぎゅう、もみもみ、色々あるぞお」

 

 一郎は笑う。

 

「ぎゅ、ぎゅうぎゅうです──。ぎゅうぎゅうと形が変わるまで揉んでください──。お願いします──」

 

 ロクサーヌが大きな声で言った。

 一郎は、ロクサーヌの胸も膨らみを強く揉みしだいた。

 

「きゃううう──。き、気持ちいいです──。もっと、もっとです──」

 

「ああ、もっとどうして欲しい? わしづかみか? 優しく包み込むように? むちゃくちゃに捏ねくりますとか? ちゃんと言うんだ。どうして欲しいんだ」

 

 一郎は揉みながら言った。

 

「い、いまのまま──。気持ちいいです──」

 

 ロクサーヌが陶酔するような表情になって言った。

 おそらく、いまのままでも十分に快感なのだろう。

 だが、一郎は意地悪をして、手を離す。

 

「ちゃんと言わないならやめだ。周りだけを撫でてやろう」

 

 指で乳房の付け根の部分を回すように動かした。

 

「や、やん──。も、申し訳ありません──。言います──。下から持ちあげるように強く、強く揉んでください」

 

「そうすると感じるんだな?」

 

「は、はいっ、感じます。だから、強く──」

 

「ああ、わかった」

 

 ロクサーヌが口にしたように両手で乳房を下から持つように激しく揉んでやった。

 性感帯の赤いもやが、勝手にロクサーヌの乳房に集まって、しかも、色を濃くしていく。

 

「あああっ、き、気持ちいいですうう──。ああああっ」

 

 ロクサーヌが露わな声をあげて、上体をのけぞらせる。

 そして、一郎の愛撫に合わせるように、上体を小刻みにうねらしだす。

 彼女の「快感値」が一気に“0”に接近する。

 胸揉みだけで達しそうだ。

 

 だが許さない。

 

 達しそうになると、ちょっとだけ交わしてたら、揉み方を変化させて、快感を逸らし、また絶頂しそうになれば、やはり刺激を中断して、ほんの少しだけ回復させて、また強く刺激する。

 それを続ける。

 どちらかというと快感値を“0”に近いところから戻すというよりは、“0”になる快楽の場所をどこまでも引きさげてしまうという感じだ。

 

「ああ、も、もう、許してええ──。い、意地悪しないで──。最後までくださいい──」

 

 ロクサーヌが激しく喘ぎながら叫んだ。

 一郎は一度手を離して、ロクサーヌの顔を床につけさせて、お尻を一郎に突き出すのような恰好にした。

 

「ああ、なんで?」

 

「なんでじゃない。胸はもう終わりだ。次は尻穴だ。そこも感じるんだろう?」

 

 一郎は亜空間に置いているアナル用の淫具を取り出す。

 金属のボールが縦に繋がっているディルド型の淫具だ。玉の大きさは先端は親指の先ほどだが、だんだんと大きくなり、最後の八連目までくると、親指そのものの長さほどの太さの玉になる。

 それに、媚薬効果のある潤滑油を淫魔術でまぶし、まずは一個目の玉をロクサーヌのアナルに挿し入れた。

 

「ふああっ、あああっ」

 

 ロクサーヌが床に付けている顔を引きあげるようにして、悲鳴のような嬌声を出した。

 アナルがロクサーヌの性感帯であることも、ここを責められることが初めてでもないことは十分にわかっている。

 むしろ、ロクサーヌはここを苛められるのが好きだろう。

 さらに、二個目、三個目と奥に入れていく。

 

「んんんっ、あっ、ああっ、あはあっ」

 

 快感を全身に駆け抜けさせたロクサーヌが大きく身体を弾ませた。

 

「もしかして、アナルの方が感じるか? どうなんだ?」

 

 一郎は、四個目、五個目と押していきながら言った。

 随分と簡単に受け入れてしまうと感心した。

 

「わ、わかりません──。で、でも、き、気持ちいいです──」

 

 ロクサーヌが切羽詰まったように叫ぶ。

 一郎は五個目まで入れたところで、淫具をくるくると回転させた。

 

「ひゃああああ──」

 

 ロクサーヌの身体が痙攣をして弓なりになる。

 一気に全部を引き抜く。

 

「はううっ」

 

 ロクサーヌが絶頂した。

 一郎は激しく身体を震わせたロクサーヌの腰を抑え込み、再び玉をアナルに押し入れていく。

 

「ああっ、も、もう、だめえっ、お、お許しを──」

 

「なにを許すんだ? 気持ちいいんだろう?」

 

 一郎は笑いながら、再び一個二個と金属の玉を押し込んでいく。

 ロクサーヌが絶息するような息を吐きだし、またもや激しく喘ぎ始めた。

 そして、また抜いていく。

 しばらくのあいだ、それを繰り返す。

 

「あはああっ、いやああっ」

 

 一郎はロクサーヌから尻責めから次の段階に進むことを決めたのは、十回ほど挿入しては出すということを繰り返してからだ。

 もっとも、絶頂させたのは最初の一回のみで、残りは全部寸止めで留めた。

 ロクサーヌは狂乱した。

 

「あああっ、お許しを──」

 

 そして、アナルに十一回目の挿入をする。

 もう、最後の八個目の玉を受け入れており、ロクサーヌの尻穴は、握りこぶしほどの柄の部分だけが短い尻尾のように突き出ているだけになっている。

 一郎はロクサーヌの身体を起こし、対面座位のかたちで抱え込むと、ぐしょぐしょに濡れている膣に怒張を貫かせた。

 

「んあああああっ」

 

 一郎の胡坐の上でロクサーヌが限界まで身体を弓なりにした。

 

「ルカリナ、来い──。アナルは任せる。苛めてやれ」

 

 一郎は収納術でルカリナを緊縛していた縄を回収して、ルカリナを自由にして声を掛ける。

 ルカリナは一瞬だけ、呆気にとられた感じになっていたが、すぐに嬉々とした表情になり、こっちにやってきた。

 一郎はロクサーヌに挿入しまま、身体を仰向けにして、身体の上にロクサーヌが寝るようにさせた。

 ルカリナがやってくる。

 ロクサーヌのアナルから突き出ている淫具の柄を握り、ゆっくりと抜き始める。

 

「ふふっ、ローヌ、可愛いね」

 

 ルカリナは片手で一郎の上のロクサーヌの裸身を支えるようにしながら、淫具を回し抜いていく。

 一郎はそれに合わせて、ロクサーヌの腰を持って怒張を律動させる。

 

「だ、だめええ、ルカリナ──。き、気持ちよすぎる──。ああああっ──。ロ、ロウ様、お、お許しを──。お、お、おおおおっ」

 

 上下からのふた穴責めを受けて、ロクサーヌがあられもない声をあげた、

 ロクサーヌが一気に絶頂に向かって快感を飛翔させる。

 まだ完全ではないが、かなりの体液を吸い込ませているので、すでにロクサーヌの身体については、ある程度の制御が可能だ。

 一郎は絶頂を許さずに、今度は寸止めで快感値を静止させた。

 その状態でルカリナとともに責める。

 

「ひああああっ、なに? なに? なに──?」

 

 ロクサーヌが狂乱する。

 構わず、ルカリナとともに、ロクサーヌを責めたてる。

 

「いかせて──。いかせてください──。お願いします──」

 

 やがて、ロクサーヌが号泣し始めた。

 一郎は、ルカリナに眼で合図をして、制御していた寸止めを解除した。

 ふたりがかりで交互に激しく抜き挿しをする。

 一郎が股間に挿入している怒張を突っ込めば、ルカリナがアナルの淫具を引き抜き、膣から抜くような動きのときに、ルカリナがロクサーヌのアナルに淫具の玉を押し込むという感じだ。

 五回ほどやったところで、ロクサーヌが奇声をあげた。

 

「いぐううううっ」

 

 がくがくと震えるロクサーヌの眼が白目を剥いたのがわかった。

 そのまま精を放つ。

 ロクサーヌの身体に完全に淫魔術が刻まれるのを感じた。

 

 

 


 

【支配後】

 

“ロクサーヌ=カロリック

  元カロリック大公

 人間族、女

 年齢16歳

 ジョブ

  導きの巫女(使徒)↑

  治政力(レベル52)↑

 生命力:50

 魔道力:40

 経験人数:男2↑、女3

 淫乱レベル:S

 快感値:ー13……↓↓(絶頂状態から下降中)

 特殊能力

  予知力(覚醒)↑

 状態

  淫魔師の恩恵↑”

 

 


 

 

 

 ロクサーヌの新しいステータスが頭に入ってきた。

 「導きの巫女」だと?

 予知力が覚醒?

 

 それとともに、一郎はロクサーヌの身体を上に抱えたまま、急に真っ白い光に身体が吸い込まれていくのを感じた。

 

 なんだ?

 

 なにが起こった?

 

 一郎は当惑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

「皇帝陛下、時間になりました」

 

 声をかけたのは、エリカだ。

 一郎は、思念をやめて顔をあげた。



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1021 三つの予知夢

「皇帝陛下、時間になりました」

 

 声をかけたのは、エリカだ。

 一郎は、思念をやめて顔をあげた。

 

「わかった。だが、皇帝なんて呼ぶな。次にそう呼んだら、お仕置きだぞ」

 

「わかりました、ロウ様」

 

 エリカがくすりと笑った。

 控室として準備されている天幕を出る。一緒にいたほかの女たちもだ。

 ハロンドールの王都ハロルドの郊外にある軍の練兵場には、温かい日差しと気持ちのいい風が吹いていて、絶好の閲覧式日和といえた。

 エリカとともに、遠くにある観閲台に向かうために準備されている台の上に乗る。

 臨月に二か月を切っているエリカのお腹は、妊婦であることが誰の眼にも明らかな程度に膨らんでいる。

 無理をするなと一応は忠告はしたのだが、今日の行事にはどうしても参加するといってきかなかったのだ。

 まあいい。

 あんなことがあっても、健やかに育っている子だ。多少のことにはびくともしないのだろう。

 

「じゃあ、どうぞ、奥さん」

 

 左腕を出す。

 エリカがその腕に軽く手を添える。

 最初はぎこちなかった「正妻」業務も、随分と自然で精錬された所作ができるようになったものだ。

 そのエリカの手を腕に掴まらせ、外に準備されていた真っ赤な絨毯が敷き詰められている平たい台座に立った。

 

「エリカ、気分が悪くなったら言うのよ」

 

 護衛役のコゼが小さな声で声をかけた。そのコゼは一郎とエリカが並び立つ場所のちょっと左斜め後ろに立つ。

 

「大丈夫だったら。問題ないって言ってるでしょう」

 

 エリカが言い返す。

 

「ならいいけどね」

 

 コゼが肩を竦めるのが見えた。

 さらに、コゼの反対側にマーズが立つ。そして、ミウ。ミウはコゼの横だ。最後にスクルド。認識阻害の効果を刻んでいる紫色のフード付きのローブを身に着けていて、ミウとは反対側に立つ。

 このところ、一郎の護衛態勢は、この四人である場合が多い。

 まあ、世界最高級の魔道遣いがふたりに、武芸百般を極めている女戦士のマーズと、超一流のアサシンの能力を持つコゼだ。

 この四人をかいくぐって、一郎に近づける暗殺者も皆無だろう。

 最高の護衛たちだ。

 

「では、魔道を注ぎますね」

 

 ミウの言葉に一郎は頷く。

 最初に会ったときには十歳にもならない小柄でやせっぽちの童女だったミウも、いまや十四歳だ。少女の身体になり、すでにコゼよりも背が高い。

 そう考えると、なんとなく、時の歩みを感じる。

 

 ふわりと身体を浮き上がる感覚が襲う。

 足の下の台が浮きあがったのだ。

 一郎たちを乗せた平たい台がゆっくりと宙を進む。

 こういうことをわざわざする必要があるのだろうかと疑念も覚えるが、まあ、何事も演出というものは必要なのだそうだ。

 これもまた、名ばかりの皇帝を引き受けることになった一郎の役目のひとつなのだろう。

 

 大歓声があがる。

 統一帝国としての最初の行事ということになる各女王隊の閲兵式を見るために集まったハロンドールの王都周辺から集まってきた市民たち約十万人だ。

 一郎たちの姿は、その十万人に投影具も使って大きく映っているはずだが、その十万の観客が一郎たちが登場したことで、一斉に歓喜の声をあげたのだ。

 

 閲兵式の会場となったハロンドール王都の郊外にある練兵場には、各王国の女王たちと、それぞれが率いる大勢の武官、文官たちが並んでいた。

 これから、皇帝である一郎が観閲官となって、各女王隊を観閲するのである。

 つまりは、皇帝閲覧式典だ。

 

 大陸中の市民たちにどういうかたちで、統一帝国の樹立をしらしめすのかということについて、いくつかの意見が出たようだが、例の女王会議において、結局こういうかたちということになったらしい。

 

 荘厳にして、威厳のある一郎の姿を全世界にお披露目し、その一郎に対して、それぞれの施政地に君臨している女王たちが頭をさげて忠誠を誓う──。

 その姿を魔道映像を駆使して世界に示すことで、女王たちの上に立つ一郎がそれだけの権威を持っていることをすべての人の心に植え付けようということらしい。

 一郎のために一生懸命に考えてくれたことに、不満を言うつもりもなかったし、大人しく従うつもりだったが、正直、柄ではないと思う。

 だが、これもまた、一郎を慕ってくれて、尽くしてくれる女たちへの心遣いだ。

 今日は、大人しく彼女たちが求める役割を演じると決めている。

 

 台座が七色の光をまき散らしながら一段高い観閲台にゆっくりと降りる。

 歓声と拍手がひと際大きくなる。

 まるで、嵐のようだ。

 一郎はその迫力にちょっと苦笑した。

 とりあえず、手をあげる。

 それを合図に、会場が静まり返る。

 

 観閲台から見下ろす地上に整列している各女王隊が一斉に姿勢をただした。

 そのうち、もっとも中央に位置しているナタル森林王国のエルフ族たちが手に持っている剣や杖、あるいは腕を胸の前に置くなどの仕草で一郎に向かって敬礼をする。

 このナタル森林王国隊だけで千人はいるだろう。

 あらゆる種族の中でもっとも美しいと称されるエルフ族の美男美女が千人も集まっている光景は壮観だ。

 

「ナタル森林大王国女王、ガドニエル=サタルス・ナタル──。統一帝国に加わり、全住民とともに皇帝陛下に忠誠を誓いますわ。そして、今後、わたし、ガドニエル=ナタルは、ナタル国副王となり、偉大なるご主人様の奉仕者として尽くします──」

 

 ガドニエルがにこにこして叫ぶ。

 その声は風魔道によって会場中に流されている。もちろん、この映像は特別な通信魔道で全土に中継もされてもいる。

 また、ガドニエルは副王となることを宣言したが、それによって、女王でなくなるわけではない。

 ガドニエルは、ナタル森林大王国の女王にして、統一帝国のナタル地区の副王ということだ。

 この二重の地位構造は、ナタル地区ならず、全地域共通だ。

 統一帝国といっても、実際に治政をするのは、それぞれの女王たちなどであり、一郎はなにもしない。

 するつもりもないし、できるとも思わない。

 ただ、一郎は女王たちを性の力で支配し、名目だけで上に立つだけだ。まあ、そんな統一王朝など前代未聞だろうが、これもまた、女たちが求めることに応じただけだ。

 

 それはともかく、ガドニエルめ……。

 結局、「ご主人様」と呼びやがった。

 だが、続く言葉は「陛下の奉仕者」であったのは、まあよかったか。

 最初は、「性奴隷」だの、「雌犬」などの言葉を使おうとして、ラザニエルやエリカに散々に注意されたのだ。

 いまだに、この世における最高の美女と評判のままであるエルフ女王のイメージを損なうなと、それこそ一郎まで念を押して説得した。

 なんとか、まともでよかった。「ご主人様」呼び程度なら誤魔化せる。

 

 続いて、ナタル王国隊に並んで中央部分に位置するハロンドール隊が姿勢をただす。

 ナタル森林隊を凌ぐ三千だ。

 色鮮やかな軍旗が並び、その前に総軍司令官のラスカリーナが立ち、さらにその前に幕僚団を率いるイザベラが立つ。

 

「ハロンドール中央王国女王、イザベラ=サタルス・ハロンドール。全王国臣民とともに、統一帝国に加わり、ハロンドール中央地区副王として、皇帝陛下に忠誠を誓います」

 

 イザベラの宣言が行われる。

 続いて、今回の統一帝国成立を機に、正式に分割されることになったハロンドール王国の北西部の列州同盟──。

 無論、最前列の指揮は、盟主リィナ=ワイズだ。

 彼女は、列州同盟の初代統領として、統一帝国への参加を宣言した。

 

 そして、今度はエルザ──。いまは、エルザ=ハロンドール・アウステル女公爵──。

 彼女の宣言が終わり、エルザもまた、南方総督のままハロンドール王国の元南部地区を治政地域として、統一帝国の一員となった。

 

「デセオ公国大公イザヤ=デセオは、デセオ大公として、そして、デセオ地区副王として、陛下への愛を誓います」

 

 続いて、デセオ公国だ。

 最も数が少ない百人で今回の式典に参加してきたが、全員が肌も露わな布地の少ない衣装の娼婦たちだ。

 あの国では、娼婦こそが最も尊敬される職業であり、もっとも能力のある者は娼婦・男娼となり、次いで能力の高い者が王侯を名乗ると言われているそうだ。

 まあ、変わった国である。

 だが、百人の絶世の美女娼婦隊というのも圧巻だ。

 もしかしたら、今日の観閲隊の中で一番注目を浴びているかもしれない。

 

恵月(えづき)翠玉(すいぎょく)は、引き続き、宗主であり、夫である陛下に仕えます」

 

 そして、恵月国──。ハロンドール側からだと「エルニア王国」と呼ばれているが、彼女たち自身は、自国のことを「恵月」と呼ぶ。

 その女王だった翠玉は、婚姻式こそまだであるが、その娘である蒼玉(そうぎょく)とともに、すでに一郎の妻のひとりになっている。

 恵月国の統治権も、その手続きとともに、一郎に移っている。

 つまりは、一郎は現段階で、恵月国の国王でもあるのだ。

 だから、さっきの翠玉のような物言いになる。

 

「エイデン独立府は、皇帝陛下の庇護のもと、自治地区として帝国に加盟いたします」

 

 獣人五百人を率いたアヌビスだ。

 居並ぶ施政者たちのうち、唯一の男性である。

 

「タリオ・カロリック統一地区代表、ロクサーヌ=カロリック・サタルスは、地区の全住民とともに皇帝陛下に忠誠を誓い、皇帝陛下の信じるものを信じ、厭うものを敵とします。また、今後、地区代表の副王として、陛下に尽くします」

 

 最後にロクサーヌだ。

 女王たちによる宣言が終了したところで、一郎は軽く右手をあげた。

 

「イムドリス統一帝国の建国を宣言する──」

 

 一郎は大きな声で叫んだ。

 大歓声が発生する。

 それとともに、ミウとスクルドによる演出のための光と花火が会場を覆う。

 さらに歓声が大きくなる。

 

 また、イムドリスというのは、建国することになる統一帝国の国名を考えてくれというので、安易だが、いまは一郎の居城ということになっている亜空間宮の名称をそのまま使うことにした。

 亜空間にしかないイムドリスは、この世界のどこにもなく、また、同時にどこにでも繋がる。

 国の名称として悪くないのではないかと思った。

 もともとは、ガドニエルの隠し宮の名前なのだが、エルフ族の伝承によれば、クロノス神が女神たちと暮らした場所でもあるらしく、女神を使って世界を作ったという神話に、一郎と女王たちとの関係もなぞらえるのではないかと思う。

 結構、いい思い付きなのではないかと一郎は自画自賛してもいた。

 

 派手な花火が周囲を包み、そして、光の雨が降り注ぐ。

 その光が拡がり、真っ白な世界に一郎をあざなった。

 

 

 *

 

 

「皇帝陛下、時間になりました」

 

 声をかけたのは、ランだ。

 しばらくのあいだ、エルザのいる南方総督府にいたが、今回の統一帝国樹立にあたり呼び寄せて、宰相として働いてもらっている。

 南方総督府における業績と評価は高く、もともと無名の女給であり、爵位を持たない平民女であるが、このランが宰相に任じるにあたり反対者はほとんどなかった。

 そのランが天幕の中に入ってきた。

 一郎は、思念をやめて顔をあげた。

 

「わかった」

 

 控室として準備されていたその天幕を出た。

 ハロンドールの王都ハロルドの郊外にある軍の練兵場には、温かい日差しと気持ちのいい風が吹いていて、絶好の閲覧式日和といえた。

 ふと、ここにはいない正妻にしたエリカのことを思った。

 もしも、エリカが生きていれば、今日の式典で横に並ぶのは間違いなくエリカだったろう。

 めでたい式典だというのに、心の空虚さを感じてしまった。

 慌てて、そんな気持ちを追い出す。

 エリカを失ったのは、一郎自身のせいだ。

 それを悔いて、一時期廃人のようになったのを助けてくれたのは、ほかの女たちだ。

 だからこそ、もう死んだエリカのことで落ち込むのは、彼女たちに申し訳ない。

 

 まずは、ひとりで遠くにある観閲台に向かうために準備されている台の上に乗る。

 続いて、コゼ、ミウ、スクルド、マーズといったいつもの護衛たちが乗る。

 台は閲覧式典の会場である場所に向かって宙を駆けていく。

 

「いい風だな」

 

 だんだんと大きくなる各女王隊の姿を空から眺めながら、一郎はなんとなく独り言を呟いた。

 日差しが強くなる。

 一郎は真っ白い光に包まれた気がした。

 

 

 *

 

 

「時間だ」

 

 地下牢の鉄格子の外から声をかけたのは、アーサーだ。

 一郎は、思念をやめて顔をあげた。

 連日の拷問と苛酷な牢生活のために、一郎の身体は心身ともにぼろぼろだったが、この男を相手に弱みを見せたくなかった。

 残っている力を振り絞って、床に座ったまま背筋をただして顔をあげる。

 

「これはこれは、皇帝陛下、自らが今日の拷問係か? ローム帝国の皇帝というのは結構、暇なのか?」

 

 一郎は言葉に嘲笑を込めて言った。

 

「いや、それほど暇でもない。だが、これだけは直接に教えておいてやりたくてな、淫魔師」

 

 アーサーがなにかを企んでいる表情で顔に笑みを浮かべている。

 一郎はその言葉に返すことなく、アーサーを睨んだ。

 また、そのアーサーの周りには、アーサーの護衛と、いつもの拷問士が並んでいる。

 拷問といっても、何かを一郎に白状させるための拷問ではない。

 すでに、ハロンドール王国全体がアーサーの傘下になったいまでは、一郎の存在など大した価値はないだろう。

 アーサーは、長年にわたり、アーサーと敵対してきた一郎に、その処刑執行までの日々のあいだ、屈辱と苦悶を与えたくて、部下に一郎への拷問を命じているのである。

 相変わらず、考えることが下種な男だ。

 

「逃亡していたエリカを捕まえた。それを教えたくてな。これで、お前を慕って集まっていた女は最後だな。随分と時間がかかったが、やっとお前の元恋人たちとの追いかけっこも終わりだ」

 

 アーサーが言った。

 一郎は静かに目を閉じた。

 馬鹿な女だ。

 一郎のことは諦めて逃亡しろと、あんなに言い聞かせていたのに……。

 そうやって、一郎を助け出そうと無理をして、一人一人殺されたり、捕えられたりする。

 

 コゼ……。

 シャングリア……。

 ミランダ……。

 みんな死んだ。

 

 そして、ついにエリカもか……。

 逃げろと言ったのに……。

 

 すべての支配を外してやっていたし、淫魔師としての縛りもない。だから、もはや一郎に対する思慕など残っていないはずなのに……。

 だが、その判断が正しかったのか……。

 一郎のことを諦めさせるために、全ての淫魔師としての刻みを消滅させた。その結果として、能力の低下を招くことになったが、それで一郎のことを見限ってくれると思ったのだ。

 しかし、実際には、淫魔師の恩恵を失った彼女たちは、ひとりふたりとアーサーによる一郎の愛人狩りに捕らわれてしまっている。

 

「そして、なかなかにいい女だった。それを伝えたくてな。だけど、あの股間と乳首のおかしな飾りは、お前の趣味か? あれを触ると、狂ったようによがるから面白かったぞ。俺が味見をした後は、兵士たちに回して相手をさせている。いまでもさぞやいい声で鳴いていることだろう。それを教えたくてな」

 

 アーサーは大笑いした。

 一郎は鉄格子に向かって突進し、鉄格子から手を伸ばして、アーサーの胸ぐらを掴もうとした。

 

「あがああああっ」

 

 その瞬間、全身に電撃が走り、一郎は絶叫してその場に倒れた。

 装着されている能力封じの首輪から電撃が流れたのだ。

 

「明日、また来る。そのときに、どんな風にエリカが堕ちたか教えてやろう。あの女もお前同様に、いまさら奪いたい情報もないから、手っ取り早く薬でも何でも使って毀せと命令してある……。あっ、そうだ。言っておくが、俺がエリカを抱いたのは強姦じゃないぞ。あのエルフ女が自ら股を開いたんだ。お前の命を助けてやれるかもしれないと仄めかしたら、自分で服を脱いだ。健気な女じゃないか」

 

 いまだに電撃のために痺れている一郎に、さらにアーサーの笑い声が聞こえた。

 

「ぐああああ──」

 

 そこにまた首輪から電撃──。

 あまりの衝撃の強さに、一郎の意識は途切れ、真っ白い光の中に包まれた。

 

 

 *

 

 

「えっ」

 

 はっとした。

 なにが起きた?

 

 まったくわからない。

 いまのはなんだったのか?

 すると、身体の上のロクサーヌがまるで夢遊病者のように、ふらふらと身体を起こした。

 

「ひゃっ」

 

 そして、そのロクサーヌが甘い声をあげて身体をびくんと竦ませる。

 一郎に挿入されていた男根が抜けたのだが、そのときについ刺激を受けてしまったらしい。

 それはともかく、一郎はロクサーヌを仰向けになった身体の上に載せて犯して精を放ったはずだが、いまだ性器さえも抜いていなかったのだと思った。

 また、そのロクサーヌは自ら動いたものの、まだ意識を戻したという感じではない。

 虚ろな表情のまま、ぺたんと一郎の腹の上に跨ったままでいる。

 

「もしかして、ロウ様も見た? 予知夢を」

 

 そのとき、ルカリナが声をかけてきた。

 一郎と一緒になって、ロクサーヌに二穴責めをしていて、アナル責めを担任していたがロクサーヌを責めていたディルドタイプの「アナルビーズ」の淫具を手にしたままだ。

 とりあえず、抜きはしたようだが……。

 

「予知夢? いまのは予知夢なのか?」

 

 そういえば、ロクサーヌのステータスには、「予知夢」という能力が存在していた。

 いまは、一郎が精を注いだことで、なぜか「予知力」と変わっていたが……。

 それはともかく、いまの白昼夢のようなのが予知夢だと?

 でも、随分と風変わりな夢だった。

 最初と二番目は、一郎が皇帝になった夢だった。そして、そのふたつは同じ情景のようでもあったが、二度目の夢ではエリカが存在してなかった。

 

 三番目に至っては悪夢だ。

 もっとも、深いところまでは覚えてない。いまも、思い出そうとすると、ぼんやりとする。

 だから、どういう状況になると、ああいう場面になるのか想像もつかない。

 とにかく、あれを予知夢だと思いたくはない。

 

「ロクサーヌ様は、幸せなセックスをすると、予知夢を自分と相手に見させる。でも、これまで予知夢を起こせたのは、あたしだけ。でも、これからは、ロウ様になる」

 

 まだ少しばかりたどたどしいが、随分と流暢な口調になったルカリナが言った。

 だが、幸せなセックスで予知夢?

 つまりは、エクスタシーに達すると、予知夢を起こすということか?

 一郎は首を傾げた。

 

 そのときだった。

 心ここにあらずという感じでぼんやりとなっていたロクサーヌが不意に口を開いた。

 しかし、まだ意識が戻ったという感じではない。

 表情は虚ろのままだし、眼は閉じている。

 

「世界でひとりの君主が現れる……」

 

 だが、そのロクサーヌの口から、まるで詩歌のような言葉が不思議な旋律とともに流れてきた。

 

「ロクサーヌ?」

 

「ローヌ?」

 

 一郎とルカリナは同時に、ロクサーヌに声をかけた。

 しかし、返事はない。

 その代わりに、不思議な歌が続く。

 

「……だが、平和は長くはない……。憎悪と復讐と狂気が英雄を襲うだろう……。ああ、導きの巫女の声に耳を傾けさえすれば……」

 

 ロクサーヌが口を閉じる。

 すると、再び力を失ったロクサーヌの身体が一郎に向かって倒れてきた。

 一郎はとりあえず、彼女の身体を支えた。

 

「えっ、なになに?」

 

「なんですか、いまの?」

 

「強い魔道波のようなものが流れましたわ? いま、なにか起きましたか?」

 

 コゼとエリカが寄ってきた。

 ふたりは、ロクサーヌの不思議な歌が聴こえたのだろう。

 また、スクルドも来た。

 魔道の波が流れた?

 いまのロクサーヌのことか?

 だが、ステータスを読む限り、いまのは「予知」なのだろう。

 彼女の新たに覚醒した能力に、「予知力」の言葉があるのだ。

 もっとも、残念ながら、さっぱり意味がわからない。

 

「いまのはなんだ、ルカリナ?」

 

 念のために訊ねた。

 後でロクサーヌに訊くが、わからない可能性も高い。もしかして、さっきの記憶さえないかもしれない。

 

「いえ、さっぱり。こんなのは初めてで……」

 

 ルカリナも当惑している。

 まあいいか……。

 考えても仕方がない。

 

 それにしても、一郎の支配を受け入れた女たちの中で、「使徒」の言葉がステータスにある者がこれで三人か……。

 

 ひとり目は、使徒にして「勇者」の文字があるイット──。ただし、未覚醒。

 二人目は、「魔女」と表示されているラザニエル──。彼女もまた能力は未覚醒──。

 ロクサーヌは三人目だ。使徒にして「巫女」。能力は予知か……。

 

 ラザニエルからすれば、「使徒」というのは、かつてクロノス神に仕えた女神たちを指す言葉だという。

 一郎は、いまステータスに「クロノス」という表示があるが、そこに集まった獣人のイット、エルフ族のラザニエル、そして、今度は、人間族のロクサーヌか……。

 これはどういうことなのだろう?

 

 だが、……。

 まあ、いいか──。

 

「よし、それについては後で考えよう。いずれにしても、ロクサーヌに訊ねてみないと話もわからん──。ルカリナ、ロクサーヌを休ませてやってくれ。適当な寝椅子に横にしてやるといい」

 

 一郎は言った。

 ルカリナが頷き、ロクサーヌの身体を抱きあげた。

 それにしても、いちいち、深い絶頂をするたびに、おかしな夢を見させられたり、呪文のような詩歌を聞かされるのも面倒だ。

 しばらくは封印しておいてやるか。

 なによりも、さっきの三番目のような悪夢もどきの予知夢など冗談じゃない。

 そもそも、予知など必要ない。

 

 

 

“ロクサーヌ=カロリック

  元カロリック大公

 人間族、女

 ……

  導きの巫女(使徒)

  治政力(レベル52)

 ……

 ……

 特殊能力

  予知力(覚醒・封印)”

 

 

 

 結びついた淫魔力を使って、能力を塞ぐ。

 これで、抱くたびに白昼夢に襲われなくて済むか……。

 

 それはともかく、さっきの白昼夢……。

 

 あのときの一郎は、面白いことを思考していた。

 皇帝の居城は「イムドリス」──。

 イムドリスというのは、ガドニエルがいたエルフ女王の隠し宮だ。予知なのか、なんなのかはわからないが、あの中の一郎は、皇帝はイムドリスを宮殿にしていると思念していた。

 イムドリスか……。

 

 そのとき、どんと一郎の身体に誰かがしがみついてきた。

 

「ロウ様──。終わりましたよね──。だったら、あたしたちの番ですよ。まだ可愛がってもらっていません。お姉さまたちが終わったなら、あたしたちです──」

 

 跳びあがって抱きついてきたのは、全裸のミウだ。

 一郎は抱き支えながら微笑んだ。

 

「仕方のないミウだな。じゃあ、今日は厳しいのをいくぞ。たったいま、ロクサーヌをいたぶったアナル用の淫具だ。それで可愛がってやろう。しかも、一度アナルを犯したら明日の朝まで尻の穴に淫具を入れっぱなしにする。こってりといくぞ」

 

「あん、よろしくお願いします。すっごく楽しみです。怖いですけど」

 

「病みつきにしてやろう。四つん這いになって尻を向けろ」

 

 一郎は、ミウに一郎に向かって尻を向けさせると、亜空間から淫具を出した。たったいま、ロクサーヌをいたぶったのと同じ金属玉が八連繋がったディルド状のアナルビーズだ。

 そして、それを片手で持ったまま、まずは右手の人差し指でミウの小さなアナルをすっと撫であげる。

 

「んんんっ、あんっ、ああっ」

 

 ミウがぶるりと身体を震わせた、

 

「まあ、よかったですね、ミウ。淫乱になればなるほど、魔道遣いとして成長します。励みなさい」

 

 まだ横にいたスクルドが声をかけてきた。

 

「馬鹿みたいなことを、大真面目に言うんじゃないわよ。じゃあ、行くわよ……。ねえ、ご主人様、ミウの後はまたあたしを可愛がって欲しいです」

 

 コゼだ。

 

「おう、どんどん来い。今日はおねだりの上手な者を優先して抱くからな」

 

 一郎は言った。

 淫魔術で指の表面を潤滑油でいっぱいにする。

 すっと指をミウのアナルに挿し入れる。

 また、一方で集まってきていたコゼやスクルド、エリカなども一度離れていく。

 ほかの女たちもまた、めいめいに食事をしたり、寝椅子で休んだりしている。

 そんな感じだ。

 

「ああん、ひんっ」

 

 ミウが四つん這いになっている身体を跳ねさせる。

 一郎はミウの尻穴をゆっくりと解しながら、残った指を使って亀裂やクリトリスを刺激する。

 

「ひゃあああ」

 

 ミウが激しく小さな裸身を反応させ、甘い声を浴場に響かせた。

 

 

 

 

(第20話『導きの巫女』終わり、第21話『クロノスの女たち』に続く。)



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 第21話  クロノスの女たち
1022 女王たちと妖魔童女(1)─運動責め


 幽霊屋敷と呼ばれている一郎たちの屋敷は、地上二階に加えて、地下層を加えた三層の建物である。もともとは、ここに幽霊が棲み着いて度々騒動を起こしていたことから「幽霊屋敷」と呼ばれていたが、いまは外観は焼け落ちた残骸の見せかけで、シルキーが認めた者しか内側には入れない結界に包まれているので、外からは見えないのに実体があるという正真正銘の「幽霊屋敷」だ。

 そして、地下層については、完全に一郎好みに改装されている。

 すなわち、広い大浴槽と幾つかに分かれている「調教ルーム」である。

 

 一郎は、そのうちのひとつに来ていた。

 これまで女たちと大浴場で過ごしてきたので、裸身にバスロープだけを羽織った格好である。

 屋敷の中ということで、連れの女性たちはいない。十人ほどいた相手は、ことごとく抱き潰してやった。いまは、浴場内にある寝椅子に横たわり、あられもない格好で休んでいる。

 一応、拘束は解いてきたし、シルキーに世話を任せたから大丈夫だろう。

 

「ほら、ほら、もっと這い動きな──。電撃が尻穴に炸裂するよ。それとも、エルフ族の女王どもは、尻に電撃を喰らうのが好きなのかい?」

 

 その調教ルームを覗くと、こちらに背を向けている童女姿のリリスの嘲笑の声が聞こえてきた。

 そのリリスの先には、やはり、こちらに背を──いや、尻を向けているガドニエルとラザニエルの姿があった。

 ただし、ふたりとも首輪と四肢の手首と足首に魔道封じの腕輪と足環を装着した四つん這いである。

 その恰好で、息も絶え絶えの汗びっしょりになって、かなりの速度で床を駆けているのである。

 ふたりの足もとの床は、逆向きに移動しており、同じ場所に留まるためには、床が逆に移動する速度以上の速さで進まなければならないということだ。

 

 ここは、いくつかある調教ルームの中で、いわゆる「運動責め」という「プレイ」をする場所だ。一郎がイメージを説明し、シルキーがその通りに作ってくれたのである。

 さまざまな仕掛けがあり、壁の制御盤ひとつで趣向を凝らした運動を選択できるのであるが、リリスが選んだのは「調教道(トレーニングロード)」と一郎が呼んでいる運動責めのようだ。

 

 つまりは、「ランニング・マシン」だ。

 すなわち、一ぺス、つまり、一メートルの幅で約五ぺス、つまり、五メートルほどの長さの切れ込みが床にあり、その床が一郎の元の世界にあったベルトコンベアのように、魔道で動くのである。

 無論、責めのための細工もある。

 移動する床の周りは、完全に金属の棒で囲まれており、その周囲の金属棒には電撃が走っているのだ。

 つまり、床の移動に逆らって進まなければ、金属棒に当たって電撃が身体に加わるという仕掛けだ。また、周囲の棒は天井まで届いているので、どんなに高く跳んでもそれを越えることはできない。

 

 この調教道(トレーニングロード)に乗せられたら最後、外にいる誰かが道を静止させるか、周囲の金属棒に走る電撃を切断してくれない限り、延々と運動をするしかない。内側からでは制御不能だ。魔道を遣うことも不可能だ。そういう仕掛けになっている。

 長くやらされれば、かなり苛酷な責めなのは間違いない。

 

 一郎も、時折、プレイの一環として、淫具を装着させてこの上で女たちを走らせたりする。うちの女たちは、体力も根性もある者が多いので、なかなかに面白い。

 毎朝のマーズとのトレーニングは、駆け足や筋肉運動を終えた後に、マーズをこれに乗せるのが、最近の一郎のマイブームだ。

 あの筋肉少女が股間の淫具に翻弄されながら、電撃に怯えて駆け続ける姿は、かなり一郎の嗜虐心を刺激する。

 今度は、王都にできたエルフ王家の公使館に駐屯しているブルイネン以下の親衛隊を数名ずつ呼んでやらせようとも思っている。

 まあ、まずは隊長のブルイネンだろう。

 本来はガドニエルに密着していないとならないくせに、一郎に構われるのを嫌がって、公使館業務を口実に最近は離れがちだ。

 今日もそうだ 絶対に今度、無理矢理に呼びつけてやろう。

 

「そら、また遅れてるよ。へばってる余裕はないよ──」

 

 リリスが嬉々としている。

 元来、エルフ族と魔族は犬猿の中だ。そのエルフ族の頂点である女王と副女王を責める機会を得られて、心から悦んでいるみたいだ。

 リリスには、突然やってきてひと騒動を起こしたラザニエルと、騒動の原因を作ったガドニエルを懲罰調教するように命令していたのだが、リリスが連れて行ったのがこの調教ルームであることは知っていた。

 そして、あれから数ノスが経過しているので、ちょっと覗くと、この状況ということだ。

 もしかして、そのあいだ、ずっと運動をさせているのだろうか?

 いや、そんな感じだ。

 

 それはともかく、広間から連れていくときには、ふたりに拘束衣をさせていたが、それは脱がせたようだ。その代わりにされているのが、四肢の腕輪を足環と首輪の五個の環であり、実は、あれは折檻用の能力封じの魔道具であって、どんな能力者であっても一切の魔道が使えなくなるだけでなく、普段の力の十分の一ほどの筋力に抑えられるという道具だ。

 それを装着させられている。

 また、内側に二本のディルドがついている貞操帯も装着させていたが、それも外されている。

 ただし、尻からは長い尻尾が外に伸びているのはそのままだ。

 その尻尾は、尻穴に挿入しているアナルディルドに直結していて、尻尾を引っ張ったり、強い衝撃を与えれば、尻穴に強い電撃が加わる仕掛けにもなっている。

 つまりは、ふたりは、尻穴に長い尻尾付きの淫具を挿入されている全裸なのだ。

 四つん這いで駆けているふたりの乳房が激しく揺れている。

 

 しかも、リリスはふたりの尻穴から出ている尻尾をふたりの頭側に引っ張って、さらにロープを使ってふたりが進む側の壁に繋いでいる。だから、一定以上、前側の壁から離れると、自動的に尻穴に電撃が走るということだ。

 

「よし。もう少ししたら、また休憩をさせてやるよ。水飲みと小便休憩だ。その代わりに、その前に速度を上げるからね。気合い入れな──」

 

「んんんっ、んんっ」

 

「んんっ、んんっ」

 

 懸命に四つん這い走りをしているふたりが文句のような言葉を口にしたのが聞こえた。

 だが、その口には、穴あきのボールギャグが嵌められており、言葉にはならない。

 ただ、涎が迸るだけだ。

 その涎も物凄く、ふたりの口のボールギャグからは、白い唾液が何本も出て、それらが床まで届いていた。

 また、流れているのは涎だけじゃなく、涙も鼻水もだ。

 それだけ、苛酷な運動責めということなのだろう。

 

「ほら、女王──。速度が落ちているよ。気を抜くのは早いよ──」

 

 リリスは腰に丸めた長い一本鞭をつけていたが、それを抜いて金属棒のあいだから鞭を入らせて、ガドニエルの尻に叩きつけた。

 

「んんんっ」

 

 ガドニエルの尻に赤い筋が入る。

 ふたりの尻にはたくさんの鞭痕があるので、散々に打たれたであろうというのがわかる。

 

「ははは、鞭は真っ直ぐに尻尾に向かっているからね。当たったら衝撃で尻穴に電撃だけど、それが嫌なら、必死に尻を振りな。尻振り踊りをする限り、尻尾には当てないでやるよ」

 

 リリスが笑いながら、器用に鞭をくるくると戻し、すぐさま再び打つ。

 

「んんんっ」

 

 ガドニエルは半泣きの声を出して、四つん這い駆けをしながら右に左にと尻を横に振る。

 その尻たぶに交互に鞭が当たり続ける。

 なかなかの技術だ。

 一郎は感心した。

 

「じゃあ、次は副王だ。尻を振りな──」

 

 今度はラザニエルに向かって、鞭を連続に打ち始める。

 吠えるような怒りの声を出しながら、ラザニエルが左右に尻を振る。おそらく、これもまた散々にさせられているのだろう。

 あのラザニエルがリリスの与える理不尽な命令に従っているようだ。

 

「よし、じゃあ、休憩前の負荷運動の時間だよ──。準備はいいかい、奴隷女王ども。今度は速度だけじゃなく、坂道もだ」

 

 リリスが鞭を腰に巻き直して、ふたりを後ろから見る位置から、頭側の位置に移動する。

 そちら側の壁に、この「調教道(トレーニングロード)」の操作具があるのだ。

 リリスが壁の操作具に触れる。

 すると、床の移動速度があがっただけじゃなく、床全体がふたりの頭側だけ少し斜めに持ちあがった。

 これもまた、一郎がシルキーに指示して作らせた「調教道《トレーニングロード》」の仕掛けのひとつだ。

 

「んんんっ、んんっ」

 

「んがあああっ」

 

 ふたりが四つん這いで走る速度をあげるとともに、呻き声をあげた。

 しかし、その呻き声には、ガドニエルについてはは半泣きの口調が、ラザニエルは明らかに怒りの響きがあった。

 リリスもそれに気がついたようだ。

 しかし、やっと一郎の存在にも気がついた。

 こっちを見て、かすかに目を見開いた。

 だが、一郎は口に手を当てて、「黙っている」ように指示した。

 リリスがかすかに頷く。

 

「なんだい、ラザニエル──。まだ生意気な態度をとるのかい? じゃあ、お前だけ、蜥蜴(とかげ)だ。床を這いな──」

 

 蜥蜴(とかげ)──?

 

 なんのことかと思ったが、ふたりが四つん這いで駆けている調教道(トレーニングロード)の上に薄っすらと、白い光が水平に拡がっていることに気がついた。

 リリスがふたりの正面側の壁にある操作具に再び触れる。

 すると、いままで、四つん這いになった背中の少し上にあった白い光の天井が、ラザニエル側だけ低くなっていくのがわかった。

 これは、これまではなかった仕掛けだ。

 もしかしたら、シルキーに頼んで、急遽追加させた仕掛けなのだろうか。

 まあ、そうなのだろう。

 だが、感心もした。

 面白い──。

 なるほど、おそらく、その白い光に触れても、電撃が身体に流れるのかもしれない。

 だから、身体の姿勢も、その光の天井よりも低くしなければならないということか……。

 

「んんんんっ」

 

 ラザニエルが手足を懸命に動かしながら、必死の様子で首を横に振って抗議する。

 だが、その白い光がラザニエルの背中と腰に当たったと思った。

 

「んぐううう──」

 

 ラザニエルが雄叫びのような悲鳴をあげた。

 そして、一瞬身体が硬直したようになり、あっという間にラザニエルの身体だけが一気に後ろにさがっていく。

 尻尾が伸び切り、またもやラザニエルが絶叫して身体をがくがくと激しく痙攣させる。

 雰囲気では、アナルに電撃が流れた感じだ。

 

「んぐうう──、んがあああ──。んがががが──」

 

 ラザニエルが完全に態勢を崩して、「道」の上にひっくり返った。

 しばらく、尻尾で引きずられた感じになる。

 ラザニエルは、悲鳴をあげ続けて暴れている。

 

「はははは、しっかり這わないかい──。尻穴の電撃をとめたければ進むんだ。だが、背中の白い光にも当たるんじゃないよ。それでも電撃が走るからね」

 

 リリスは助けるわけでも、道の速度を緩めるわけでもなく、大笑いしている。

 やっとのこと、ラザニエルが体勢を戻した。

 だが、今度は四つん這いというよりは、手足を極端に低くし、乳房と腹を床に当たるぎりぎりまで落とした奇妙な恰好だ。

 

 なるほど、蜥蜴か。

 一郎は、ほくそ笑んだ。

 

 ふたりについては、魔道封じの環を装着はさせているが、拘束はしていないので、どうやって、四つん這い歩きを強要しているのかと思ったが、こういう仕掛けだったのだ。

 つまり、リリスは、ラザニエルだけの光の天井を低くしたのだ

 だから、這うような低い視線にならざるを得ず、その恰好が「蜥蜴」なのだろう。

 でも、あれは大変だ。

 当然ながらラザニエルが床を這う速度が一気に低下する。

 後ろから見ていると、ラザニエルは、局部も露わ丸出しにして、大股のがに股で必死にばたばたと手足を動かしている。およそ、これ以上はないというくらいに情けない格好だ。

 それでも、尻尾が引っ張られがちであり、見ていると早くも尻尾がぴんと張ってしまった。

 

「ほごおおお」

 

 ラザニエルが絶叫して、その電撃の衝撃を生かして、なんとか前に進む。だが、すぐに遅れて、また電撃で吠える。そして、前に這う。

 それを繰り返している。

 

「ははは、みっともないねえ。だが、わかったかい。生意気な真似をすると、こうだよ。反省しな」

 

 リリスが操作具で白い光の高さを戻した。

 ラザニエルがぼろぼろと涙を流しながら、四つん這いまで身体をあげた。

 

「よし、休憩していい」

 

 床がとまる。

 ふたりがその場にべたりとうつ伏せに倒れる。

 一郎は、もう少し見物していようと思い、亜空間から、以前にスクルドに作成させた「遮蔽リング」を出して自分の首に嵌める。

 もともとは、羞恥責め用の道具だが、このリングを首にすると、他人から存在を認識しにくくなるのだ。

 

「お前ら、そろそろ、水が欲しいだろう。飲ませてやるよ」

 

 頭側にいるリリスが移動する床の縁に、亜空間収容で出した大きめの皿を置いた。

 いわゆるスープ皿というものだ。

 すると、床が動き出す。

 激しく息をしながら倒れていたふたりが慌てたように、起きあがって歩く。

 だが、大皿がふたりの身体にぶつかる位置にくると、床が再びとまる。

 ふたりがボールギャグをしたままの口をその皿に突っ込む。

 しかし、一郎にも見えたが、その皿の中は空だ。

 ふたりがほぼ同時に、呆気にとられたかのように、リリスに向かって顔をあげる。

 その様子から、余程に喉も渇いているのだろ思う。

 

「ははは、その前に小便だよ。その皿にしな。もう数ノスもさせてないんだから、頑張れば出るだろう。ちゃんと皿に小便ができれば水をやるよ。ただし、拒否すれば、次の運動のときには、尻に電撃を流しっ放しにしてやる。それだけじゃない。尻尾を突き刺している尻穴に、浣腸液を注いでやるよ。浣腸液を注がれた尻に電撃を流して欲しけりゃ、拒否してみな。このリリス様には、二言はないよ。ほら、始めな──」

 

 リリスが浣腸袋を二個出して亜空間から取り出して床に置く。浣腸器であり、ポンプ式よりも簡単で、注入部分を尻穴に挿し、袋部分を握りつぶせば、あっという間に液剤が腸内に注ぎ込まれるというものだ。これも魔道具だ。

 背中越しだが、ラザニエルとガドニエルのふたりが鼻白むのがわかった。

 

 さて、どうするだろう?

 

 一郎は微笑みながら見守った。

 リリスのことを知っている一郎には、拒否すれば、本当に言葉の通りのことをリリスがするだろうとわかる。

 だが、自尊心(プライド)の高いラザニエルだ。どう反応するのだろうか?

 ガドニエルも、一郎には真性のマゾぶりを発揮するが、一郎以外に屈服して言いなりになる女ではない。

 

 さあて……。

 

 とりあえず、後ろからじっと見守る。

 ふたりとも、すぐには動こうとはしなかった。

 すると、リリスがわざとらしく大きく嘆息した。

 

「いまだけでも、従った方がいいと思うけどねえ……。まあいい。糞を垂れ流しながら、四つん這いで駆けたければそれもいいさ」

 

 リリスが立ちあがって、壁に触る仕草をする。

 

「んんっ」

 

 すると、ラザニエルが立ちあがった。

 四つん這いで歩いて、運ばれてきた大皿を股で挟む位置に進む。

 すると、ガドニエルも少し遅れて、同じような格好になった。

 リリスが壁から手を離す。

 

「そうだよ。格好つけたって、苦しいだけだ。とりあえず、いまは命令を聞くべきだろうね。ところで、犬の小便は片脚あげと決まっている。片脚をあげて小便だ。逆らえばわかってるね」

 

 リリスが大笑いした。

 ふたりの身体がびくりとなるのがわかった。



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1023 女王たちと妖魔童女(2)─お強請(ねだ)

「ところで、犬の小便は片脚あげと決まっている。片脚をあげて小便だ。逆らえばわかってるね」

 

 リリスが大笑いした。

 一郎は噴き出しそうになった。

 なかなかに、意地の悪い責めである。童女化したとはいえ、元妖魔将軍だ。「女王様」ぶりも堂に入っているし、とことん、心を抉る追い詰め方をする。

 一郎は、もう少し見守ることにした。

 まずは、ラザニエルやガドニエルの顔が見える前側に移動する。

 一郎の首には「認識阻害」の魔道具を装着しているので、ラザニエルやガドニエルには一郎の姿を認識できない。

 それはリリスも同じだ。

 リリスは、一郎の存在は知っているが、一郎が認識阻害の首輪を嵌めてからは、姿は見えなくなったはずだ。

 ただし、一郎が敢えて、相手の身体に触れるかなにかをして、強引に認識させれば、その瞬間に認識阻害の効果は消滅はする。

 

「う、うう……」

 

 ラザニエルの顔が真っ赤になって、穴あきのボールギャグを噛み砕かんばかりに歯噛みしている。

 だが、すっと片脚をあげた。

 リリスの脅迫に屈したのだ。

 股間からしゅっと音がするほどの勢いで、ラザニエルの股間から股のあいだの皿に向かって放尿が飛び出した。

 あれだけの汗をかいているものの、尿意は尿意で溜まってもいたのだろう。

 

「よし、副女王は合格だ──。ご褒美だよ」

 

 リリスが懐に入れていたラザニエルのアナルに挿入されている尻尾の根元部分を操作したのがわかった。

 外側の部分は長い尻尾だが、アナル側の内側部分はアナルバイブになっている。それは電撃を発生させることもできるが、淫具として普通に使うことも、もちろんできる。

 片脚あげで放尿をしていたラザニエルのアナルの中で、その淫具による蠕動(ぜんどう)運動が開始されたようだ。

 

「んがっ──。ふがあっ」

 

 放尿を続けていたラザニエルが眼を見開いて、びくんと腰を跳ねあげるようにした。放尿があちこちに飛び散る。

 

「ちゃんと脚をあげてな──。おろすと、浣腸だよ──」

 

 リリスがすかさず腰の鞭を抜いて、ラザニエルに先端を飛ばす。

 床を一度叩いて、正確にラザニエルの片側の乳首に鞭先が直撃する。

 

「んぐうううっ」

 

 ラザニエルが顔を引きつらせて悲鳴をあげる。

 だが、それで下がりかけていた脚はおりなかった。そして、放尿が終わる。

 それでも半分くらいは、皿に入ったろう。残りの半分はあちこちにまき散らされている。

 

「ぐずの副女王だねえ──。満足に小便もできないのかい──。まあいい。次だ──。女王、小便しな──。片足あげでね──」

 

 リリスが今度はガドニエルに鞭を飛ばした。

 さっきと同じように床を一度打った鞭先が、ガドニエルの股間に直撃する。それにしても、大した鞭捌きだ。

 

「んがあああ──」

 

 四つん這いのままのガドニエルが吠えるような悲鳴とともに、姿勢を崩しかける。

 

「聞こえないのかい──。女王──。小便だ──」

 

 再び鞭が走る──。

 今度は、ガドニエルが手で鞭を払って、自分の身体に当たるのを阻止した。

 

「このおお──。よくも避けたね──。自分の立場をわかってんのかい──」

 

 ガドニエルたちのアナルに埋まっている長い尻尾の先は、ロープを足されてこちら側の壁に繋がっている。

 それに衝撃を加えたり、張力を発生させれば、アナルに電撃が発生する仕掛けなのだが、リリスがガドニエルの尻尾に繋がっているロープを持って、思い切り引っ張った。

 

「んぎゃあああ──」

 

 電撃が尻穴を襲ったのだろう。

 ガドニエルがひっくり返る。

 

「小便だよ。片足あげでね──。やれええ──」

 

 リリスがロープを握ったまま怒鳴る。

 しかし、ガドニエルは眼に涙を溜めたまま、首を横に振った。

 リリスの顔が怒りで真っ赤になるのがわかった。

 

「くっ、いい根性だよ。だったら、宣言通りに浣腸だ。浣腸袋はいくらでもあるからね。とりあえず、五袋は入れてやるよ。そして、アナルバイブでかき回しながら、電撃責めで歩かせるよ──。覚悟はいいね──」

 

 リリスは壁に手を触れて、「調教道(トレーニングロード)」を囲っている金属棒のうち、前側だけをなくした。

 床に置いていた浣腸袋を手にして、そこからガドニエルのいる方向に向かっていく。

 一郎はそのリリスを後ろから追い、リリスがガドニエルの前に立ち止まったのを待って、肩に触れた。

 リリスがはっとしたように振り返る。

 一郎は口に指を当てて、静かにするように促す。

 そして、リリスと身体を入れ替えて、ガドニエルの真横に来た。屈んで手をガドニエルの胸と股間に伸ばす。

 

「んんあっ、あふっ」

 

 ガドニエルの身体ががくんと跳ねる。一郎はそのまま局部と胸を愛撫する。

 見えない何かに、突然に身体を触られて、ガドニエルはわけがわからないのだろう。

 よがりながらも、必死に顔をあちこちに向けて、得体の知れない感覚の正体を探ろうとしている。

 一郎は、ガドニエルの耳元に口を寄せた。

 

「……ガド、いやらしくて、可愛いぞ。だが、ちゃんと調教を受けるんだ。ご主人様の命令だ……。それと、俺については気がつかない素振りをしろ」

 

 小さな声でささやいた。

 

「んんんっ、んんっ」

 

 ボールギャグを咥えさせられているガドニエルの顔が満面の笑みになる。

 みるみると顔を赤らめると、激しく首を縦に振る。

 また、愛撫をしていた股間からどっと蜜が噴き出して、一郎の指にまとわりついた。

 正直な女だ──。

 

 一郎は手を離して立ちあがった。

 これで、ガドニエルとリリスについては、認識阻害の効果がなくなって一郎の姿を認めている。

 ガドニエルなど、嬉しそうな顔をしたまま一郎から眼を離そうともしない。

 

「んん? んんっ?」

 

 一方で、隣の「調教道(トレーニングロード)」にいて、まだ認識阻害の効果が続いているラザニエルには、ガドニエルの様子が変化したのは気がついたようだが、その理由はわからないようだ。

 怪訝な顔をこっちに向けている。

 

「ほら、ガド、片足あげ小便なんだろう?」

 

 一郎はガドニエルに声をかけた。

 すると、ガドニエルがちょっとはにかんだ様子になり、また、嬉しそうな表情のまま片脚をあげる。

 すぐに、皿に向かっておしっこを開始する。

 じょろじょろと皿におしっこが溜まっていく。

 一郎は、リリスに向かって振り返り、どうだという感じで軽く首を捻った。

 リリスが苦笑する。

 

「まあいい。じゃあ、ご褒美だ、女王」

 

 リリスが操作具でガドニエルのアナルバイブを動かしたのがわかった。

 

「んんんっ」

 

 ガドニエルのがくんと身体を震わせ、あげている片脚がおりかける。

 

「ガド、おろすな──。命令だ──」

 

 一郎は小さく叱咤する。

 ガドニエルが身体を固くさせて、なんとか姿勢を保つ。

 そして、ガドニエルについても放尿が終わる。

 

「ははは、いいだろう。じゃあ、水をやるよ。約束だからね」

 

 リリスがガドニエルとラザニエルの股の下にあった大皿に手を伸ばした。それぞれが、すっと移動して、ふたりの顔の下付近に位置し直された。

 童女化でほとんどの妖力を失ったリリスだが、それでも人間族の並みの魔道遣い程度には魔道を遣える。

 いまのは、念動力(サイコキネキス)だろう。

 さらに、手をかざして、さっきふたりがそれぞれに放尿をした皿に、水が溜まった。

 今度は、もっとも単純な水発生(ウォーター)術だ。

 

 それはともかく、それぞれにさせた小便に水を足すというのは、さすがはリリスだ。

 一郎はその底意地の悪さに笑ってしまった。

 ふたりとも、ちょっとのあいだ呆然としていたが、ガドニエルはすぐに、一郎の顔を覗き込むようにしてきた。

 一郎も苦笑しながら、「飲め」というように、皿を指差す。

 ガドニエルは、皿に顔を突っ込み、ボールギャグをしている口でズズズと音をさせて飲み始める。

 

「ほら、お前もだよ。それとも、浣腸がいいかい?」

 

 リリスもまた、苦笑いのままラザニエルに顔を向けた。リリスが複雑な表情になったのは、頑なに心を拒否しかけたガドニエルが、一郎が相手に変わると、瞬時に態度を改めたためだろう。

 一方で、ラザニエルは、顔を怒りで真っ赤にし、おそらく怒りのためだと思うが、激しく息を続けた後、やっと諦めたように皿に口をつけた。

 ガドニエルと同じように、音を立てて水を飲む。

 ボールギャグを嵌められているので、そうやってすするように飲むしかないのだ。

 おそらく、これもまた、ラザニエルにとっては激しい恥辱に違いない。

 いずれにしても、喉は乾いていたのだろう。ごくごくと勢いよく、水はラザニエルの口の中に入っていっている。

 

「よし、休憩は終わりだ。また、運動だよ。いいね──」

 

 リリスが調教道の囲みの外に向かう。

 一郎もそれを追った。

 外に出たところで、リリスはすぐに壁の操作盤に触れる。

 開いていたガドニエル側の前側の金属棒が元に戻り、ふたりが乗った床が動き出した。

 ふたりの必死の四つん這い走りが再開される。

 さっきまで飲んでいた皿は、あっという間に後方に流れていって、残りの水を床にぶちまけた。

 

「ほら、もっと脚と手を動かしな──。へばんじゃないよ──」

 

 リリスが鞭打ちをする。

 そして、ラザニエルに鞭が跳ぶ。

 今度は肌を打つ代わりに、腕にくるくると鞭が巻いて、ぐいと引っ張られた。

 

「んあっ」

 

 体勢を崩したラザニエルの身体がぐんと後ろに下がりかける。

 鞭が離れて、ラザニエルが必死の様子で手足を動かして前に出る。

 しかし、また鞭が跳ぶ。

 今度は反対側の足首だ。

 鞭がラザニエルの脚をぐんと引っ張って、今度は完全に体勢が崩れた。

 ラザニエルの身体があっという間に後方に向かう。

 

「んがあああ──」

 

 前の壁に繋がっている尻尾がぴんと張り、ラザニエルが吠えるように悲鳴をあげた。

 それこそ、必死の様子で懸命に体勢を戻そうともがきだす。

 やがて、やっとのこと、体勢を戻したところで、リリスの哄笑が迸った。

 

「ははは、副女王──。どんどんと行くよ。鞭を避けるんだよ。さもないと、また手足に絡みつくよ──」

 

 リリスが鞭をラザニエルに飛ばす。

 

「んんがああっ」

 

 ラザニエルが四つん這い走りをしながら、必死に鞭を避けるように動く。

 だが、うまくいかず、またもや二の腕に巻きつく。

 そして、軽く引っ張られて、また体勢を崩して、必死にもがくようにして前に進む。

 リリスも完全に体勢を崩すのではなく、もち直せるぎりぎりのところを狙って意地悪をしているようだ。

 ラザニエルにしても、阻止したくても、疲労困憊の状態ではなにもできず、リリスのやりたい放題されている。

 

「ははは、無様だねえ。もっと抵抗しないかい──」

 

 リリスが笑いながら、また鞭をラザニエルに向かって跳ばす。

 一郎は、リリスの耳元に口を寄せた。

 

「……ところで、そろそろ、ガドだけを連れていくぞ。話があってね。その代わりに、ラザニエルはもう少し相手をしてていい。あいつには、うまく言っておいてくれ」

 

「ふふふ、女王は釈放というわけだね。まあいいさ。女王は主殿(しゅどの)専用の雌犬ということもわかったよ。でも、副女王は、あれはマゾだね。気は強いけどマゾだ。わしにはわかる。もう少し遊ばせてもらうさ」

 

「わかった」

 

 一郎は頷き、ガドニエルとともに亜空間に離脱した。

 なにもない真っ白い空間に、ガドニエルと一緒に移動した。

 ガドニエルは、一瞬、なにが起きたかわからなかったみたいだが、とりあえず、移動する床の上にはいないことだけはわかったのだろう。

 その場にうつ伏せに倒れるように横たわった。

 真っ赤に火照った全身は水を浴びたように濡れていて、ボールギャグからはたくさんの糸を引いた唾液が伸びている。

 ぐったりとなり、ガドニエルは動くことのできない白い塊になって、ただただ荒い息をしている。

 一郎は、ガドニエルから、それまでにしていた魔道封じの首輪を四肢の環を外すと、後ろ側に留め具のある別の首輪を嵌めて、さらに前手錠にかけ直してから、その手錠を首輪の後ろに繋いだ。

 それから、ボールギャグを外す。

 

「ガド、頑張ったな。ご褒美だ」

 

 バスローブを脱ぎ、胡坐にかいた膝の上に、ガドニエルを跨がせる。

 だらしなく涎が流れているガドニエルの口を吸った。

 粘っこい大量の唾液が一郎の口の中に移動してくる。

 そのあいだ、ガドニエルはなにも動かないし、息を荒げた虚ろな眼の状態で一郎にされるがままになっていた。

 おそらく、喋ることも、思考することもできないのだろう。

 

 一郎は、ガドニエルの身体を仰向けに寝かせると、股間に触れて媚肉の状態を確かめた。

 湿り気は少ない。

 一郎は、指に潤滑油を大量にまぶして、自分の怒張とガドニエルの膣に塗った。

 次いで、ゆっくりとガドニエルの身体の中に男根を埋めていく。

 そして、根元まで挿入してから、しばらくじっとしていていた。

 

「あっ……はあ、はあ、はあ……、ご、ご主人様……?」

 

 やっと、ガドニエルの眼に光が戻った。

 自分の状態にも気がついたようだ。

 一郎は、軽く男根を動かす。

 

「あんっ、ひゃん──」

 

 ガドニエルが激しく反応する。

 

「どうだ? 調教は堪えたか? つらかったろう?」

 

 一郎はもう一度深く挿入し直してから言った。

 

「はあ、はあ……、い、いえ……。で、でも、ご主人様の……ちょ、調教……で、ですから……。ガ、ガドは……い、いくらでも……頑張ります……」

 

 ガドニエルが嬉しそうに微笑む。

 一郎は苦笑した。

 「一郎による調教」ではなく、「リリスによる調教」なのだが、ガドニエルの中では、そういうことになったのだろう。

 

「ところで、訊ねたいことがある。イムドリスのことだ。あれは、エルフ女王の固有魔道。エルフ女王にしか扱えず、逆に、エルフ女王であるガドには、自由にあの隠し宮を開くことができる。そういう理解でいいか?」

 

 イムドリスというのは、長くガドニエルが住まいとしていた亜空間にあるエルフ女王の隠し宮であり、この世界のどこにも存在せず、そこに行くことは、「門」と呼ばれる出入口でしかできない。

 その門は、ナタル森林の水晶宮に作ってあり、完全に出入りを制限していた。

 あのパリスにしてやられたのは、そんな孤立性のため、一旦、隠し宮側を制圧されると、そのことが水晶宮側でわからなかったためだ。

 ともかく、いまは、そのイムドリスの隠し宮は閉鎖しているはずだ。

 

「はあ、はあ……。は、はい……。そ、そうです……」

 

 ガドニエルが頷く。

 

「じゃあ、その出入口の門は同時に幾つ設置できる? 一箇所のみじゃないんだろう。実際には、水晶宮に加えて、俺たちが出会った狭間の森という特殊空間にも繋がっていたものな。それと、門を構築する場所は、なにか制約があるのか? ナタル森林でなければならないとか……」

 

 一郎は訊ねた。

 考えてみると、あのイムドリスの出入口は、水晶宮にある「門」の一箇所のみとされていたが、実際には、もうひとつあり、狭間の森というもうひとつの特殊空間にも繋がっていた。

 最初にパリスに襲われたとき、ガドニエルは部下の侍女とともに、イムドリスから狭間の森に逃げたのである。

 一郎が考えているのは、もしかしたら、あのイムドリスを使えば、このハロンドールの王都と水晶宮、あるいは、もっと多くの場所をイムドリスを通じて、簡単に繋げられるのではないかということだ。

 浴場でロクサーヌを抱くことによって見た白昼夢の中では、皇帝となった一郎がイムドリスを居城にしていると思考していた。

 つまり、多くの女王たちの宮殿に、「門」を作ってイムドリスに繋げることにより、一郎を初めとする女たちが、どの場所にでも行き来することを可能にしていたのである。

 それを思い出していた。

 あれが、本当に予知夢のひとつであるとすれば、予測されたことが現実になるかどうかということはともかく、イムドリスで各地を連接することができるのではないかと思ったのである。

 

「イ、イムドリスの門は……や、やってみないとわかりませんが……。多分、七か、八箇所くらいは……。距離に制限はありません……。イムドリスは、この空間のどこにもない場所……。こちら側の空間の距離に、意味はありません……」

 

「ならば、俺の屋敷にイムドリスの門を作り、さらに水晶宮に門を作った状態にすることは可能か? あるいは、ほかの場所にも門を……?」

 

 ガドニエルが怪訝な表情になる。

 しかし、すぐに眼を大きくして頷いた。

 

「で、できます……。可能です……。ああ、できますわ──」

 

 一郎はにっこりと微笑んだ。

 やっぱりできるのだ。

 そして、ふと、あの中庭での大騒動の後、亜空間にガドニエルとラザニエルを連行して、強制的に対話させたとき、ラザニエルがイムドリスのことについて、ガドニエルになにかを訴えようとしている気配があったことを思いだした。

 もしかしたら、ラザニエルも、同じことを考えているのかもしれない。

 

「じゃあ、してくれ。ここに門を作り、水晶宮にも門を作るんだ。そして、イムドリスを復活しろ。ほかにも、門を作って欲しい場所がある。そして、そのイムドリスに俺の後宮を作るぞ。ガドは、その番人だ」

 

「は、はい、わかりました──、ガ、ガドのものは、どんなものでも、ご主人様に差しあげます。あ、あのう、嬉しいです──。イムドリスをご主人様に捧げさせてください──」

 

 ガドニエルが満面の笑みを浮かべて言った。

 そんなにあっさりと、エルフ王家の隠し宮を引き渡していいものかと心配になったが、まあ、ラザニエルも、亨ちゃんも反対はしないだろう。

 すれば、賛成するまで説得すればいいだけだし……。

 

「よし、ありがとう、ガド。嬉しいぞ。さすがは、俺のガドだ」

 

 一郎はガドニエルの頭に手を置いて撫でた。

 ガドニエルが嬉しそうな顔になる。

 だが、すぐにはっとしたような表情になる。

 

「あっ、でも、いまは水晶宮だけと繋がってますので、それを個々に繋ぎ直すためには、一度向こうに戻らないと……」

 

 そして、暗い顔になる。

 余程に、ナタル森林に戻るのが嫌なのだろうか。

 一郎がくすりと笑った。

 

「移動術のゲート……。女王の道を使えばすぐなんだろう? ちょっと行って、戻ってくればいい。一度、イムドリスを繋いでくれれば、向こうとこっちがイムドリスを通じて、自在に出入りできる。ガドも水晶宮で女王をしながら、この屋敷に寝泊まりできるじゃないか。イムドリスの隠し宮で日常を送ろうが、イムドリスを通じて、その先のこっちの屋敷で暮らそうが同じことだ。女王業務のときには、戻ればいいんだ」

 

「はいっ、ご主人様、そうします──」

 

 ガドニエルが元気に頷く。

 よかった──。

 これで、ハロンドールとナタル森林の水晶宮、あるいは、エルザのいる南方や、リィナのいる辺境域との物理的な距離を消滅させることができる。

 移動術のゲートを構築するよりも、ずっとよさそうだ。

 事実上、各地を治政する宮殿を完全に一体化することができる──。

 本当は、王配になるとはいえ、エルフ族王家の歴代の王宮であるイムドリスを一郎に渡すなど、大変なことではないかと思うが、今回だけはガドニエルがちょろくて助かった。

 

「なら、ご褒美だ」

 

 一郎はずっと挿入したままだった怒張の律動を開始した。

 同時に、舌でガドニエルの乳首を転がし、あるいは、口づけをして気持ちを解していく。

 

「あっ、ああっ、気持ちいいです──。ご主人様、気持ちいいですうう──」

 

 あっという間にガドニエルに絶頂感がやってきたようだ。

 ガドニエルが甲高い声をあげると、一郎の下で裸体を波打たせながら、抽送する一郎の男根をぎゅうぎゅうと締めつけ、がくんがくんと繰り返し身体を反り返らせた。



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1024 女王たちと妖魔童女(3)─雌犬女王

 虚ろな視線を漂わせてぐったりとなったガドニエルの首輪の後ろに繋いでいた前手錠を外し、新たに短い鎖を首輪につけた。

 

「ほら、しっかりしろ。雌犬女王──」

 

 一郎はガドニエルの生尻をぴしゃりと叩く。

 極限まで体力を減らされたガドニエルを犯してやると、面白いくらいに連続で絶頂し、その連続絶頂が片手を超えたところで、ガドニエルは亜空間の中で意識を飛ばしてしまった。

 とりあえず、一郎は精を放ち、満足そうに寝るガドニエルをしばらくのあいだ休ませることにした。

 最初に身に着けていたバスロープを身体にまとい、脚を延ばして膝枕をしてやったのだ。

 そして、半ノスほど過ぎたところで起こし、いま、首輪に鎖をつけたところということだ。

 

「えっ……、あっ、ご主人様──」

 

 ガドニエルが赤い顔をして身悶える。

 

「雌犬らしく、四つん這いになるんだ。戻るぞ──」

 

 一郎はもう一度、尻を手で引っ叩いた。

 

「きゃん。わ、わかりました──」

 

 ガドニエルが必死の様子で身体を起こして四つん這いになる。

 だが、リリスによってぎりぎりまで体力を削られた挙げ句、さらに一郎に犯されたのである。いまだに苦しそうだ。

 まだ、力が戻らないのか、手足はぶるぶると震えている。

 とりあえず、尻を亜空間から乗馬鞭を取り出して一閃する。

 

「膝をつけるな──。ちゃんと四肢だけで立つんだ──。膝も曲げるな──」

 

 ガドニエルは膝を床につけて四つん這いになっていたのだ。

 

「ひんっ」

 

 ガドニエルが慌てたように膝をあげる。

 当然に尻だけが高くあがったようなみっともない格好になる。

 

「いいだろう。しばらく、会えなくなるからな。前からやって欲しいと言っていた雌犬の躾を本格的にやってやる」

 

 一郎はもう一度、ガドニエルの尻を鞭で叩く。

 

「んくうっ──。あっ、はい。躾はありがとうございます。でも、すぐに、ここに戻ってきますわ。すぐにです」

 

 ガドニエルがびくんと身体を震わせる。

 

「まあ、そのあたりは、ラザにも相談してくれ。真面目にな」

 

 一郎は、そのガドニエルの顔の下に、乗馬鞭を放り投げた。

 だが、ガドニエルは反応しない。

 一郎は、ガドニエルの尻を手で思い切り叩いた。

 

「きゃん──」

 

「その乗馬鞭はお前を躾ける道具だ──。口で咥えて持っていけ──。覚えておけ──」

 

 怒鳴りあげて、また叩く。

 

「は、はい──」

 

 ガドニエルが慌てて上半身を曲げて口で乗馬鞭を咥える。

 一郎は頷いて、ガドニエルの頭をなでる。

 

「よし、いい子だ」

 

 すると、ガドニエルが嬉しそうな顔になった。

 つくづく、マゾの女王様だと思った。

 亜空間から淫魔力で操ることができるようにしたローターを取り出して、ガドニエルの尻側にまわった。

 そして、気がついたが、すでに股間がびしょびしょに濡れていて、蜜が内腿まで垂れている。

 一郎はほくそ笑んだ。

 リリスに散々に折檻されたときには、それほど濡れていなかったが、一郎がちょっと尻を叩いただけで、ここまで濡らすのかと感心してしまった。一郎の膝枕で眠っているあいだに、性交のときの体液はちゃんと拭いてやったので、犯したときの蜜や精液が残っていたわけではない。

 やはり、一郎専用の雌女王ということだろう。

 一郎は、準備したローターに粘性体をまぶすと、ガドニエルのクリトリスの上にぴたりと密着させる。

 

「いくぞ」

 

 改めて立ちあがって、鎖を引っ張って歩き始める。

 それとともに、ローターを振動させる。

 

「んふっ」

 

 ガドニエルががくんと膝を落としかけたが、なんとか姿勢を保った。

 だが、力が入らないのか、膝を内側に折り曲げるような恰好で懸命に姿勢を支えている。

 

「しっかり歩けよ」

 

 一郎が亜空間から屋敷の地下の調教ルームに戻る。

 体感時間では半ノスほどが亜空間で経っていたが、特に調整はしていなかったので、亜空間の外の現実世界でも、同じ時間の半ノスが経っている。

 

 戻ると、調教ルームの様子が一変していた。

 相変わらずに、「調教道(トレーニング・ロード)」の上に乗って、ラザニエルが強制運動をさせられているのと、穴あきのボールギャグはそのままなのだが、ラザニエルについては、四つん這いではなく、二本脚で立って駆け足をさせられていた。

 ただし、両手は、亜空間の中で一郎がガドニエルに対してやっていたように、首輪を装着して、その首輪の後ろに両手首に掛けた手錠を繋げて、両手を頭の後ろに置いた状態だ。

 しかも、その首輪にラザニエルの頭よりも大きい鉄球がぶら下がっている。

 そのため、動く床の上を走るラザニエルは、極端な前屈みになっていた。

 そして、ずっと装着させられていた電撃を流せるアナルディルドに繋がった長い尻尾もなくなっていた。

 

 だが、様子がなんとなくおかしい。

 速度は、四つん這いで走らされていたときに比べれば、遥かにゆっくりだ。軽くジョギングをしている程度だろう。

 しかし、ラザニエルはかなり苦しそうである。

 必死によたよたと進み、極端な内股になっている太腿がぷるぷると震えている感じだ。そして、よく見れば全身にびっしょりと汗をかきながら、鳥肌が立っている。

 そして、一郎はその理由がすぐにわかった。

 調教道の後ろ側の移動する床が途切れたところに、空になった浣腸袋が五個も転がっていた。

 どうやら、リリスは、ラザニエルをいまの格好にするときに、無理矢理に浣腸をしたのだろう。

 電撃の尻尾が抜かれているのはそのために違いない。

 

 リリスめ……。

 一郎は苦笑した。

 また、リリスは腰に丸めてさげている鞭の代わりに、長くて細い棹を持っていて、その棹の先に鳥の羽根を括りつけたものを持っている。

 

「おう、主殿(しゅどの)か。戻ったのだな。やっぱり、そっちの女王については、主殿の調教が嬉しそうだのう」

 

 リリスがこっちを向いて白い歯を見せた。

 そのリリスは、重りをぶら下げて走るラザニエルの後ろ側にいる。

 

「四本脚走りは勘弁してやったのか?」

 

「うーん、もう少し搾りたかったがのう。この不甲斐ない副女王は、電撃でも動けんようになってな。それで二本脚を許可して、速度も落とした。その代わりに罰は与えたがな」

 

 リリスはにやりと笑う。

 

「んんっ、んん?」

 

 一方で、リリスが一郎のことを呼んだのを受け、ラザニエルが顔をあげて周りを見る仕草をした。

 だが、首をあげるのも辛そうだ。

 そして、四つん這いのガドニエルを認めたのか、ちょっと眼を見開いたが、さらにあちこちを見回す。

 一郎は、自分が認識阻害の首輪を装着しっぱなしだったことを思い出した。

 とりあえず、それを外して亜空間に収納する。

 

「んぐううっ、んごおっ、んごおっ」

 

 その途端、ラザニエルが一郎に向かって吠えるように、なにかを訴えてきた。

 すると、リリスが長い棹の先についた羽根を金属棒の囲いの中に差し入れて、ラザニエルの臀部の亀裂をくすぐった。

 

「んほおおっ、んくううっ」

 

 ラザニエルが電撃でも浴びたように身体を硬直させて身体を精一杯に伸ばした。

 だが、必死に腰を振って避けようとしているようだが、体力の限界に陥っている気配のラザニエルは、あまり動けない。

 それをいいことに、リリスは尻穴の上を直接に上下に羽根をしつこく動かし続けて刺激を与えている。

 

「排便を許可するのは、主殿が戻ってからとは言ったけど、その主殿がいつ許すかは、主殿が決めることだ。お前は、なにも考えずに走ってればいいんだよ。それよりも、尻穴をくすぐられたくなければ、もっと前に進みな。それと、みっともなく、糞をそのあたりにまき散らそうものなら、全部舌で舐めさせるからね。覚悟しな──」

 

 リリスがそう言って、ラザニエルの尻穴を羽根でくすぐり続ける。

 

「んんっ、んんっ」

 

 ラザニエルが必死の様子で脚を前に進めようとする。

 だが、リリスはそれを阻止するかのように、羽根を内腿のあいだに差し入れたり、あるいは、無防備な脇の下をくすぐったりもしている。

 やりたい放題だ。

 ラザニエルが吠えるような呻き声を迸らせながら、ぼろぼろと涙とこぼしだした。

 おそらく、もう限界だろう。

 

「もしかして、排便は俺の許可待ちということになっているのか?」

 

 リリスに訊ねる。

 

「まあそうだね。そろそろ許可した方がいいかもしれないねえ。エルフ族の副女王が情けなくも、走りながら糞を垂れる光景も愉快かもしれないけどね」

 

 リリスが笑った。

 

「わかった。床をとめてくれ。電撃の金属棒も解放だ」

 

「承知じゃ」

 

 リリスが棹付きの羽根を収納して、操作盤のある前の壁に移動する。

 床が停止し、金属棒の囲みもなくなる。

 

「んんんっ」

 

 ラザニエルがつんのめるように体勢を崩し、そのまま座り込んだ。

 だが、まだ身体は小刻みに震えている。

 一郎は、ガドニエルの口から乗馬鞭をとると、ガドニエルの尻を軽く鞭打ちした。

 

「よし、雌犬ガド、来い」

 

「ひゃ、ひゃいっ」

 

 ガドニエルの股間では、延々とローターの振動が続いている。

 その刺激に耐えるように、ガドニエルはうっすらと汗を全身にかいていて、脚を震わせながら四つん這いで進む。

 一郎はラザニエルのところにいくと、とりあえず、ラザニエルの口からボールギャグを外した。

 

「んはっ、かはっ」

 

 大量の唾液が泡とともに口から噴き出る。

 一郎は屈み込むと、その唾液を口づけをして吸い取ってやる。さらに首輪にぶら下がっている大きな鉄球も、留め具を外してやった。

 しばらく口づけを交わしたところで口を離す。

 

「かはっ、ロ、ロウ……。い、言いたいことも、や、山ほど、あ、あるけど……。と、とりあえず、か、厠に……。は、早く──」

 

 ラザニエルが切羽詰まった口調で叫んだ。

 

「いや、その前に、ガドが話があるそうだ。イムドリスについてね」

 

「イ、イムドリス……? い、いや、そ、そんなことよりも、厠に……」

 

「ガド、話せ」

 

 一郎はまだ四つん這いで立っているガドニエルの首輪に繋がった鎖を握ったままだ。

 鎖を軽く揺する。

 ローターの振動はとめた。

 

「あっ、あん……。は、はい、ご主人様──。お姉さま、イムドリスですが、ご主人様に譲ることに致しましたわ。今後、イムドリスはご主人様と、その愛人の方々の居城になるそうです。水晶宮だけでなく、このお屋敷をはじめとして、ご主人様の愛人の方々がおられる場所の全部に繋げるそうです。その手配のために、一旦、水晶宮に帰りますわ。でも、一旦ですよ。すぐに戻りますし。すぐにです」

 

 ガドニエルが一気に早口で言った。

 ラザニエルは、激しく息をして、朦朧とした感じだったが、ガドニエルの言葉に怪訝な表情を浮かべる。

 

「イ、イムドリス……を……提供……? い、いや、水晶宮と、ハロンドールをイムドリスで繋げることは……て、提案しようと思ってたけど……。ロウに贈る? いや、いや、いや。そんなのは……。あくまでも、門をここに構築するくらいで……。あれは王家の最大の宝物も同じだし……。しかも、他の場所にも門を? なにを馬鹿な……。と、とにかく、話は後だよ──。か、厠に連れて行っておくれったら──」

 

 ラザニエルが苛立ったように叫んだ。

 一郎は、ガドニエルの首輪の鎖を離すと、ラザニエルの首にある首輪を後ろから掴む。

 そして、強引に膝立ちにさせた。

 

「なんだ。話し合いをしたいのか。だったら、お互いに納得するまで話し合うか。でも、厠はその後だな」

 

 そして、持っていた乗馬鞭の鞭先を股のあいだに差し込んで、ゆっくりと局部からアナルにかけてを撫でてやる。

 

「ひあああっ、ああっ、ひ、卑怯だぞ、ロウ──」

 

 ラザニエルが狼狽えた声をあげる。

 

「なにが卑怯なんだ? イムドリスについては、俺からの頼みだ。無期限とは言わない。俺が死ぬまでだ。死んだら返す。だけど、それまでは俺の自由にさせてくれ。ガドは承知したぞ」

 

「こ、このポンコツがなにを、い、言おうと……。だ、だから、自由に使わせる……。だけど、ここ以外と繋ぐのは……。あ、あれはエルフ歴代の王家のもので……。わ、わたしたちの代の一存では……。ひいっ、ひっ──。と、とにかく、厠に──。頼むから連れて行っておくれったらあ──」

 

 ラザニエルが泣き声をあげた。

 

「なんだ。要望に応じる条件について話し合いか? いいだろう。俺からの条件は、ラザが納得すれば、排便をさせてやろう。嫌がらせもやめてやる。さて、どうする? ゆっくりと考えてくれてもいいぞ」

 

 一郎はラザニエルの首輪を掴んだまま、今度は亜空間から、責め用の大筆を出す。それでラザニエルのアナルの入口をくすぐってやる。

 

「ひいいいいっ」

 

 ラザニエルが絶叫した。





 *

 果たして、ラザニエルは一郎の説得に応じるか──? それとも、エルフ族王家の秘密の宮殿を守れるか──(笑)?
 次回に続く……。


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1025 女王たちと妖魔童女(4)─消極的承知

「ひいいいいっ」

 

 ラザニエルが絶叫した。

 一郎はラザニエルの首輪を掴んだまま、ガドニエルに視線を向ける。

 その間も、一郎の操る大筆はラザニエルのアナルの上をくすぐり続けている。

 

「ガド、ラザの股を舐めてやれ。なんとか、お前の舌鋒で説得してやってくれよ」

 

 一郎は笑った。

 

「わかりましたわ……。お姉さま、お願いです。反対なさらないでください」

 

 ガドニエルが四つん這いのまま、膝立ちのラザニエルの股に顔を突っ込む。すぐに舌を這わせだした。

 

「ひいっ、も、漏れる──。ば、ばかガドニエル──。や、やめないか──。ひいいっ」

 

 ラザニエルがのけぞった。

 だが、さすがは、一郎に従順な雌犬ガドだ。一心不乱にラザニエルの股に舌を這わせ続ける。

 

「や、やめええ──」

 

 ラザニエルが絶叫して暴れようとする。

 だが、これだけ疲労困憊している状態では、抵抗らしい抵抗にもならない。ましてや、いまだに魔道は封印状態になっているのだ。

 

「しょうがないなあ。なら、イムドリスのことを受け入れれば、このリリスへの仕返しをさせてやろう。時間がないから、一ノスくらいしか割けないが、俺も入れて、ガドも加えて三人で責めてやろう。それで納得しろ」

 

 一郎は笑って言った。

 

「な、なんじゃあ?」

 

 リリスは目を丸くして驚いたが、すかさず粘性体を飛ばして両腕を背中で拘束する。両足も逃げれないように、床に貼り付けた。

 さらに妖力も一時的に封印してしまう。

 

「うわあっ、そ、そんなのないぞ、主殿──」

 

 リリスがもがくが、もうどうしようもないだろう。

 一郎たちの前で完全に粘性体で拘束されてた。

 

「ほ、本当か──。こいつに仕返し──? わ、わかった──。承知する、受け入れる──。だ、だから、厠に──」

 

 ラザニエルが叫んだ。

 一郎は、ガドニエルにやめるように言った。大筆も収納する。

 

「よく承知してくれた。ありがとうな……。ところで、厠だ」

 

 一郎は収納術で水を汲むときに使うような木桶を出す。

 そして、ラザニエルの股のあいだに差し入れた。

 

「な、なに言ってんだい──。ちゃ、ちゃんとした厠に……」

 

「そんな暇ないだろう。ほら、ここでしろ」

 

 一郎は、強引に木桶の真上にアナルが来るように誘導すると、ラザニエルを片手で抱くようにしながら胸を揉む。さらに、股間を指で解してやった。

 

「ひゃあ、ひゃっ──。だ、だめええ──。か、かかる──。お、お前にかかるからああ──」

 

 ラザニエルががくがくと身体を痙攣させた。

 

「汚れても気にするな。臭い仲になろう」

 

 クリトリスを指で挟むようにして刺激する。

 そして、亀裂に指を二本挿入して、Gスポットを指の腹で撫でてやる。

 

「ひいいいっ」

 

 ラザニエルの股のあいだから、黄金色の汚物が凄まじい勢いで噴出する。

 無論、一郎の指も汚れるが、構わずに愛撫を続ける。

 大便をしながら愛撫されて絶頂させるという行為は、女の心を解すのにかなりの効果があることを一郎は経験則で知っている。

 このラザニエルはどうだろうか。

 

「ひいいいいっ、いぐうううっ」

 

 激しい排便を続けながら、ラザニエルが中腰のまま絶頂して果てた。

 一郎は、そのラザニエルの裸身をぎゅっと抱いてやった。

 いまだに続く排便をしながら、ラザニエルの身体が完全に脱力して一郎にもたれかかってくるのがわかった。

 

 やがて、長い排便が終わったところで、とりあえず、大便を集めた木桶を収納術で格納して、新たに水の入った木桶を出してやる。

 汚れたラザニエルの尻穴や腿などをその水で洗う。

 一郎自身の指と手のひらでだ。

 洗浄のあいだ、アナルに指を入れたときによがった以外は、ラザニエルは気が抜けたように大人しくしていた。

 終わったところで、ラザニエルの四肢の手首足首から魔道封じを外して、首輪も手錠ごと除去してやる。

 これで、ラザニエルは魔道を遣える状態になったはずだ。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 ラザニエルはまだ呆然となっている状態のままだ。

 一郎は、床に置いていた乗馬鞭を拾って、ラザニエルの尻を叩く。

 

「くあっ」

 

 ラザニエルが顔をしかめてのけぞる。

 

「ラザも、俺の性奴隷だ。奴隷がご主人様になにかをされたら、お礼だよ」

 

 もう一度叩く。

 

「ひんっ、くっ……。わ、わかったよ。あ、ありがとう……ございます……」

 

「そういうことだ。いい子だ」

 

 ラザニエルを抱き起して口づけをする。

 考えてみれば、ここまで従順にもなったラザニエルは、あのときのアスカなのだ。

 一郎を殺しかけたアスカがいずれ牙を抜かれて、一郎の性奴隷になってしまうなど、当時の一郎に告げても信じもしないだろう。

 

「んっ、んん」

 

 最初は戸惑ったかのように抵抗の姿勢をみせたラザニエルだったが、すぐに受け入れ、一郎を抱き返すと舌を一郎の舌に絡めてくる。

 しばらく、口づけを愉しみ、そして、手を離してやった。

 

「くっ、や、やっぱり、お前はやなやつだよ……。と、とにかく、わかった。イムドリスはくれてやる。好きにしな──」

 

 ラザニエルが吐き捨てるように言った。

 だが、その顔は照れたように真っ赤だ。

 一郎はくすりと笑った。

 また、そのラザニエルの身体の中で、なにかの魔道が走ったのもわかった。おそらく、身体の回復を魔道でしたのだと思う。

 ラザニエルは眼に見えて元気になった。

 

「ま、まあいい──。じゃあ、こいつだよ──。どうしてくれるか、わかってんだろうねえ──」

 

 ラザニエルがリリスを睨みつけた。

 次の瞬間、そのリリスの身体が突然に真っ直ぐに伸びあがる。

 

「ぐあっ」

 

 次いで、腰から下が勢いよく折れ曲がって、極端な前屈の姿勢に変わった。

 ラザニエルの魔道だろう。

 そのリリスが身に着けていたメイド服を引き破って下半身を丸出しにする。

 そして、ラザニエルは亜空間収納術と思われる魔道で、浣腸袋を取り出した。だが、その袋に入っている液剤の色は真っ赤だ。

 浣腸袋は、極限まで薄い革の膜なのだが、その革膜に透けるくらいに中身が真っ赤だ。

 一郎は首を傾げた。

 

「もしかして、その浣腸袋の中身は、特殊な液剤か?」

 

 訊ねた。

 

「特殊という程じゃないけどね。わたしも、水晶宮では、ガドニエルの元侍女たちや人格改造の猫など、性奴隷を数匹飼っておる。その調教用のものさ。中身は激辛の香辛料をたっぷりと溶かした液剤だ。これは効くよ──。このクソ妖魔の子供でも、のたうち回るだろうさ」

 

 ラザニエルは、前屈に固められたことで上を向いているリリスのアナルに、その真っ赤な液剤入りの浣腸袋の先端を挿入した。

 

「こ、香辛料だと──。や、やめんか──」

 

「やかましい──」

 

 ラザニエルが袋を握りしめる。

 一気に香辛料入りの液剤がリリスの腸に注ぎ込まれる。

 

「ふぎゃああああ──。ぐあああああ──」

 

 リリスが絶叫した。

 ものすごい力で暴れる素振りを示す。しかし、ラザニエルの魔道で動けないのか、リリスの暴れぶりのわりには、そんなに動かない。

 その代わりに、リリスのアナルから中心の肌の色が一気に真っ赤になる。

 

「お代わりだよ、くそったれのガキが──。全部で十袋はあるからね。そのうちの八袋は尻穴に突っ込んでやる。残りは口に突っ込んで無理矢理に飲ませる。覚悟しな──」

 

 ラザニエルが二個目の真っ赤な溶剤の浣腸袋を出して、リリスのアナルに注ぎ込んだ。

 

「ぎえええええ──。いがいいい──。いだいいいい──」

 

 リリスが必死に首を振ってぼろぼろと涙をこぼして出す。

 

「なら、全部注入したら、アナル栓をして犯してやろう。ラザ、尻穴を締めつけると、内側が回転して振動するアナル栓だ。これを使ってくれ」

 

 一郎は亜空間から取り出したアナル栓をラザニエルに手渡す。

 

「おう、ありがたいねえ。じゃあ、三袋目だ」

 

 ラザニエルがアナル栓を床に置き、三個目の浣腸袋をリリスの尻穴に突っ込んだ。

 

「あん、ご主人様、ガドはご主人様のものをお舐めしていいですか? ガドは、雌犬として、ご命令に従っておりますわ。ご褒美をください」

 

 そのとき、四つん這いのガドニエルが一郎の脚に顔を擦り付けてきた。

 一郎は微笑んだ。

 

「わかった。じゃあ、頼む。気持ちよくしてくれ。たっぷりと精液を出してやるぞ」

 

 一郎は、バスローブの裾を割って、股間を露出した。

 すぐに、ガドニエルが嬉しそうに、口を開いて、一郎の男根を口に含んできた。

 唾液を乗せたガドニエルの舌が、一郎の性器にまとわりつきだす。

 ねっとりとしたガドニエルの舌使いが、なかなかに気持ちいい。

 考えてみれば、いつの間にか、随分とガドニエルのフェラチオも上手になったと思う。

 これもまた、旅の成果かもしれない。

 

「ひぎいいい──。もう、ゆるじでええ──。いだいいいい──」

 

 一方で、四個目の香辛料入りの浣腸液を注がれたリリスが発狂したような声をあげた。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜──。

 

 ロクサーヌという人間族の元大公とその従者の獣人女、そして、追加のナタル森林国のラザニエル副女王の歓迎会──。

 加えて、一時的にナタル森林に戻ることになったガドニエル女王のお別れ会を兼ねたパーティという名の「大性宴」、つまりは一郎を中心とする乱交会が行われた夜のさらに深夜だ──。

 リリスは、この屋敷の地下層からさらに階下の地下二層に来ていた。

 

 この地下二層は、もともとあったものではない。

 屋敷妖精のシルキーに頼んで、特別に作ってもらった空間だ。ここに来るためには、地下一層目の一角からリリスが特別な妖力を注がなければならない。

 シルキーによって、それはリリスの妖力の波動のみに調整してもらっているので、ほかの誰もここには来れないことになっている。

 

 この場所の存在を知っているのは、リリスと屋敷妖精のシルキー、そして、人間族の魔道遣いのスクルド、それとロウだ。ただし、ロウについては、リリスがこの場所を作ったことは知っているが、ここに来たことはない。

 処分するも、しないも、リリスの好きなようにしろと言ったのみだ。

 

 魔道で灯っている蝋燭の明かりに照らされて、天井から鎖でぶら下げられている首から上だけの生首が目の前にある。

 鎖を繋げているのは、その生首の脳天にめり込ませている短い鉄杭だ。その鉄杭の頭部分にある丸い環に鎖が繋がっているのである。

 

 リリスは生首を正面から見た。

 か細いが息はしている。

 この状態で生きているのだ。

 そもそも、死ぬことはできない。自殺どころか、自然死に至る可能性のあるあらゆる手段を取りあげている。

 この生首は、ただただ苦しみながら生き続けるために、こうやって、ここにぶら下げられているのである。

 

「ラポルタ、久しぶりじゃな。わしだ。サキだ」

 

 リリスは声をかけた。

 閉じている瞼と唇がぴくりと動いた気がした。

 ただ、その瞼の下には眼球は残っていない。かなり前にくり抜いた。また、口の中にあるはずの舌もない。

 歯も全部抜いている。

 喉がないので、呻き声さえも出すことはない。

 ただ、息をするだけのものだ。

 また、切断されている首の下部分には、十数個の肉の腫瘍のようなものがある。これはこのラポルタが生存するために必要な最低限のものを与える役割と、死ぬことがないように制御する役割、さらに、あらゆる苦痛を頭に送り込むための機能を与えている。

 これから腫瘍により、ラポルタは生首のまま延々と生き続け、そして、苦しみ続けるというわけだ。

 

「退屈だったか? それとも、まだまだ苦しみ足りんか?」

 

 声をかけるが、返事は当然だが、反応もない。

 しかし、聴覚の機能は残しているので、聞こえてはいるだろう。

 その証拠に、さっきもそうだったが、唇と瞼のかすかな反応がある。

 

 このラポルタは、もともとリリスの部下だった者であり、ずっと女妖魔だと思い込んでいたが、実は男妖魔であり、リリスを裏切り、リリスを弄んで追い詰めた。

 

 ロウのおかげで、こうやって復讐の機会を得ることができたが、このラポルタを簡単に死なせることはできはずもなかった。

 生かし続けて苦しめてやる──。

 そう思った。

 だから、こうやって、首だけで生かしているのだ。

 リリスが味わった屈辱に見合う苦しみを返すには、百年あっても足りない──。

 そう考えていた。

 

 だが……。

 

「……お前のことを許さんと思っていたがな……。もう、やめることした。お前のおかげで、こんな童女姿になって、能力も失っておる。同居の人間族からも苛められることも多いし、屋敷妖精などからは散々じゃ……。この屋敷では、女同士でそういう嗜虐遊びをすることも多しな……。屋敷妖精のあいつなど、わしに家事をやらせて、股間に装着させた淫具を動かすのだぞ……。しかも、ちょっとでも反応すれば、尻を鞭打つのだ。あるいは、尻穴に電撃じゃ。情けないぞ──。尻穴に電撃を流されるのは……」

 

 話しかける。

 もちろん、答えはない。

 聞こえるか、聞こえないかの呼吸音があるだけだ。

 

「だがな……。最近は思うのだ。悪くはないなと……。まあ、わしも焼きが回ったのだろう。こうやって、能力を失って、力のない子供に戻って、毎日のように苛められる。しかも、抵抗もできん……。惨めな毎日じゃが、逆に充実もしておる。今日など、尻に香辛料入りの浣腸液を大量に注入されて、目隠しをして屋敷内を歩かされたのだぞ。アナル栓で尻の中をかき回されながらな。死ぬかと思ったわ」

 

 思い出したら、また尻に痛みが入る気がする。

 実際には、ロウの淫魔術で治療を受けたので後遺症も残るはずもないのだが、それくらいに強烈だったのだ。

 

「そのアナル栓で香辛料入りの液剤を掻きまわされながら、主殿はわしを犯すのだ。何度も何度もだ。そして、目隠しをして歩かされる。最後は浴場に作ったらしい透明の厠で、ほかの女に見られながら排便じゃ。主殿は、わしを辱めるためだけに、そこで休んでいた女たちを起こして、厠の透明の床の下に集めたのだぞ。そこで排便じゃ。なんという恥辱かと思ったわ」

 

 リリスは苦笑しながら嘆息した。

 あれは、散々だった。

 まったく、主殿め……。

 

「……しかしなあ……。それでも、終わったら悪くないなあとも思ってしまうのだ。ああやって、意地悪をした後の主殿は優しいしな。あの透明厠の後は、ずっと優しかったわ。夜の乱交のときも、多分、わしには優しかったな。ちょっと優越感も覚えたわ……。なにを言っているかわからなくなってきたが、総じて、わしはいまの生活に満足しているということじゃ……」

 

 リリスは、収納術でしまっていた一個の魔石をラポルタの首の下に置く。ラポルタの首はリリスの目線に合わせて天井からぶら下げているが、その首部分の下には、丸い皿のような丸板があるのだ。

 その上に、魔石を置いた。

 魔石は、妖力の乏しいリリスではなく、エルフ族の副女王だというラザニエルに魔道を注入してもらったものだ。

 いまのリリスの妖力では足りなかったのだ。

 なんだかんだで、あのラザニエルとも、こうやって私的な頼みをするくらいには親しくなった。

 お互いに全力で苛め合って、意気投合するというのは変な感じだが、まあ、そういうことになった。

 乱交パーティのときに話していると、あれはあれで気さくで気持ちのいい気性の女だった。

 エルフ族の王族にしては、愉快な女だと思った。

 とりあえず、友達といえるくらいには、親しくなったと思う。

 

「だからな……。(しま)いじゃ。終わりにしてやる。死ね──」

 

 魔石に発火のための妖力を込める。

 リリスの込めた妖力は小さなものでしかないが、あらかじめ込めてあったラザニエルの魔道が力を発揮して、魔石の上に業火を真っ直ぐに吹きあげた。

 一瞬にして、ラポルタの生首が灰になる、あとは鎖にぶら下がった鉄杭だけが残る。

 

 リリスは、鎖と杭を妖力で亜空間に回収すると、なにもなくなったこの部屋から離脱するための妖力を自分の身体に込めた。



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1026 闇の軍と闇の隊(1)─お喋り小僧

 この王国を走るどの街道からも離れた小さな山村──。

 

 獣道(けものみち)とまではいかないが、それに近いような舗装もされておらず、草も碌に払われていない、ただ踏み固められただけの細い山道を辿ったところに、その小さな村はあるらしい。

 王都からは一日程度しか離れていない場所にあり、麓にあった村の者しか知らないような名もない村だ。

 住民は五十人ほどだという。

 

 ノルズは、月明かりの下をその山村に向かって駆けている。

 夜ではあるものの、かなり朝に近い夜だ。

 もうしばらくすれば、一気に闇が晴れて、朝の黎明(れいめい)が訪れる。

 山村に入るのは、完全な夜が望ましかったが、時間を優先したために、この時間になったのだ。

 

 先日、捕えたひとりの獣人族の持っていた布の端切れに、その山村のことと思われる記号と印があった。

 訊問ができればもっと有益であやふやではない情報が手に入れられたのだと思うが、残念ながらその獣人族は、捕えて拘束した時点で歯の中に隠していたらしい毒で死んでしまったのだ。一緒に捕えたのは三人だったが、その全員がその場で自殺してしまった。

 死なせてしまったのは、ノルズの落ち度だ。

 

 口の中に毒を隠すなど、自白を強要されることを嫌う間者の常套手段である。もっとも、その獣人の身体には、隷属された奴隷であることを示す紋様が肌に刻まれていた。

 もしかしたら、あらかじめ、捕らわれて逃げられないと判断した時点で、自殺をするように命令を与えられていたのかもしれない。捕えた瞬間に、手足の骨を全部砕いて、自殺の気力など削いだつもりだったのだが、死なれてしまったのだ。

 連中が隷属の命令によって自殺を指示されているのだとすると、自殺をしないように気力を削ぐだけじゃだめなのだろう。

 物理的に自殺を防ぐすべての手段をとりあげなければ、あいつらは全部自殺をしてしまうのに違いない。

 

 もっとも、運がよかったのは、そのときに死んだ三人のうち、ひとりが髪の毛の中に、小さな布片を隠していたことだ。

 そこに書かれていたのは、数箇所の場所のことと思われる記号と日付だ──。

 しかし、場所については、暗号のような記号で書かれていて、場所が特定できたのは、いま向かっている山村だけである。ほかは、場所を表しているのだと思うが、どうしても判明できなかった。

 そして、布片に書かれていたのは、ある日付──。

 日付は、あと九日後に迫ったイザベラ女王の戴冠式と、ロウたちの婚姻式が行われる日を示していた。

 

 なにかある。

 

 ノルズは、とにかく手がかりを求めて、いま、その山村を向かっているということだ。 

 すぐに行動を起こして、この山村に向かってきた。

 その結果、朝に近い夜に、ここまで辿り着いたということだ。

 

 いずれにしても、このところ、得体の知れない獣人族が王都近くに入り込んできて、諜報活動のようなことをするということが続いている。

 調べているのは、王都周辺のことであり、特にロウに関することみたいだ。

 いまのところ、情報活動だけで実害はないが、どういう目的で、誰の指図で行動をしているのかと探ろうとすると、次々に死んでしまう。

 そういうことが頻発している。

 だから、今回のことは、初めての手がかりらしい手がかりなのだ。

 

「姐さん──」

 

 駆けていると、後ろを走っていた少年から声を掛けられた。名はスニフ──。

 直接の部下というわけではないが、クラウディオ伯という貴族が扱っている奴隷だ。

 奴隷といっても、その奴隷と主人であるクラウディオ伯との関係は、ロウとその女たちの関係に似ていた。

 性的関係をするときだけ、奴隷とか主人とか言い合って、嗜虐調教のようなことを愉しみ合い、普段は気さくに会話をする関係だ。

 奴隷関係でなくても、伯爵ほどの貴族と、それに仕える家人が敬語も使わずに会話をするというのはご法度だと思うが、クラウディオの奴隷たちは、主人であるクラウディオ伯を“ディオ”などと愛称で呼ぶ。

 扱いもぞんざいだ。

 実に興味深い。

 それでいて、本物の奴隷なのだ。彼らの身体には、クラウディオ伯を主人とする隷属の紋様がちゃんと刻まれていた。

 

「なんだい──?」

 

 今回、ノルズと同行しているのは、声をかけてきた奴隷の少年のスニフのほかに五人だけだ。スニフのほかは、全て少女である。

 瞬時に集まれるのは、それくらいであり、十分な人数を集める時間が惜しかった。

 時間との戦いだと思ったのだ。

 また、ノルズがこうやってクラウディオの奴隷と行動を共にしているのは、ノルズとクラウディオ伯を中心に、独裁官たるロウのために動く諜報組織を作っているからである。

 ただ、実際に指示を送るのは、ロウの愛人であり、エルフ族王家の裏社会を握ると存在だとされているケイラ=ハイエルというエルフ族の王族の女だ。

 そのケイラから、王都周辺に潜入してきている怪しい集団があるという情報をもらい、それを探るために動いていたところ、連続でおかしな獣人族の諜報員らしき者と接触したということだ。

 

「草の中から血の匂いがするっす」

 

 立ちどまったノルズに、スニフが近づいてささやいた。

 すでに、山村から離れた場所ではない。

 月明かりで見えにくいが、かなり距離はあるものの、遠目には薄っすらと山村の家屋群が夜闇に溶けている。

 

「はあ? どこだい?」

 

 ノルズは振り返った。

 また、ノルズとスニフ以外は、すでに周辺の草の中に展開している。

 指示しなくても、自然とこういう行動がとれるほどに、クラウディオ伯の奴隷たちは優秀だ。

 

「こっちですね」

 

 少女の声がした。

 イヴという少女だ。

 草から彼女が顔を出す。

 少女たちについては、全員が黒装束をしている。顔にも炭を塗っているので、眼と歯だけが闇に浮かんでいるようだ。

 そのイヴの方に向かう。

 

 すると、草の中に大量の血糊があった。そして、あちこちに散らばっている。

 なんとなくだが、複数人数のものだと思う。また、明らかに人のものだ。獣の血ではない。

 ただし、死骸のようなものはどこにもない。血糊以外の痕跡もなかった。

 

「新しいですね」

 

 ほかの少女たちも集まってくる。

 

「そうだね」

 

 血糊から類推できるとは、一日以上は経っていないだろうということだ。

 山の獣に死骸を喰われて持っていかれた可能性もあるが、それらしい獣の足跡もないし、痕跡がなさすぎる。

 

「ノルズ姐さん、こっちです」

 

 別の少女が声をあげた。

 少し離れた場所の数本の大きな樹が茂っている土だ。月明かりだけど、確かに土の色がわずかに周囲に比べて変わっている場所がある。

 

「よく見つけたねえ」

 

 ノルズは感心した。

 そして、その土の向かって手をかざす。

 魔道で土を表面部分から始まって徐々にどけていく。それほど深くまで掘り返さないうちに、三人の子供の死体がでてきた。

 五歳から七歳くらいだろうか。男の子がふたりと、女の子がひとりだ。

 衣類のようなものはすべて剥ぎ取られて裸で土の中に放り込まれていた。穴に入って、死体の身体を探る。三人の子供のうち、ひとりは背中を深く切られていて、残りの子供は頭を殴られていた。

 

「致命傷になる傷じゃなかったかもしれないね。少なくとも、頭を殴られただけの子供は、埋められた時点では死んではなかったかもしれない」

 

 ノルズが死体の状況を見て説明すると、集まっている少年少女たちは嫌な顔をした。

 

「この先の山村の子でしょうか?」

 

 少女のひとりがぼそりと言った。

 ノルズは肩を竦めた。

 

「なんともいえないね。身元のわかるようなものは、なにもなくなっている。ただ、可能性としてはそうなんだろう。そもそも、どういう経緯で殺されたのか」

 

 この死体でわかることはほかになさそうだった。

 魔道を遣って土を戻す。

 すると、少女がふたり、近くから握り拳ほどの石を持ってきて置き、たまたま近くにあった野花を埋めていた。

 相手の状況がわからない現状では、子供たちの死骸に誰かが触れたことをできれば知られたくないのだが、まあ、いいだろう。

 ノルズは、彼女たちのしたいように任せることにした。

 もう少し移動して、遠目からもわかる三本木のある場所を見つけた。

 再び、六人全員で集まる。

 

「よし、ここから先は二人ずつに分かれるよ。とりあえず、山村に潜入する。お前たち四人は、まずは姿を見られないように隠れな。あたしとスニフは旅人を装って明るくなってから山村に入ってみる。潜入組は夜までそのままだ。それまでに何かがあれば、ここが拠点だ。ここに戻るんだ。なにもなくても、夜になったら、この場所に集合。ただし、非常事態になったら、渡しているのろしで合図だ。質問?」

 

 五人が頷く。

 クラウディオの奴隷たちのうち、少女四人が草の中に消えるようにいなくなる。

 残ったのは、ノルズと少年のスニフだ。

 少女たちが黒装束だったのに対して、ノルズとスニフは、冒険者風の小汚い旅人の格好であった。

 この山村には、旅人を装って入ってみるつもりだった。

 だから、最初からこんな格好をしていたのだ。

 

「あたしたちは、明るくなるまで待機だ。冒険者を装って入るからね。いくらなんでも、夜明け前に入るわけにはいかない」

 

 ノルズは三本木の近くにあった大きな石を椅子代わりにして腰をおろす。

 スニフがにこにこしながら、向かい合うように別の石に座った。明るくなったら、隠れることなく山村に向かうので、堂々としたものだ。

 まだまだ山村までかなりの距離があるので村の者の眼にとまる可能性は低いが、見つかったら見つかったらで、会話をして村への立ち寄りを求めるという方法もある。

 この山村に近い場所に、最近魔獣が発生して、ギルドからクエストが発生しているのは確かなのだ。

 ノルズたちに限らず、このところ、目当ての山村に立ち寄る冒険者は皆無ではないはずである。

 

「火をおこしていいすっか? まだまだ、ここ村から離れているし、火は見えないっすよねえ? まあ、見えても問題ないっすし。なんかあったら、おれ、説明しますっし。もしかしたら、頼んで、村に入れてもらえるかもしれないっすしね」

 

 スニフが人懐っこそうな笑みを浮かべて言った。

 どうやら、ノルズと同じようなことを考えていたみたいだ。

 ノルズが頷くと、すぐに立ちあがって、近くから小枝を集めてくる。そして、背負っていた荷から火付けの道具を出して、あっという間に焚火ができあがった。

 

「へえ、慣れてるねえ」

 

「もともと、野暮らしでしたから。屋根のあるところに棲んだのは、奴隷狩りでとっ捕まってからのことっす。なんでもできますよ。ちょっと朝飯を調達してきますね」

 

「朝飯?」

 

 ノルズは首を捻ったが、スニフはすぐに立ちあがって、あっという間に立ち去った。

 唖然とするほどの行動力だ。

 やがて、夜の闇が開けて、白々とした明るさが空に混じってきた。

 すると、手に大きな大土鳥(おおつちどり)を二羽掴んだスニフが戻ってきた。さらに腰紐に小さな革袋もぶら下げていた。

 

「運がよかったっす。眠っている大土鳥の巣を見つけったっす。しかも、(つがい)で。あっ、これ小川の水です。どうぞ、姐さん」

 

 スニフがにこにこしながら、革袋を投げてきた。

 小川?

 事前の情報収集で、それなりの地形情報を頭に叩き込んできた。水を汲めるような小川まではかなりの距離があるはずだ。

 だから、この先の山村では溜池を作って飲料や生活のための水を確保しているという情報だった。

 どこまで行ったんだ?

 そういえば、スニフのズボンがかなり汚れている。

 だが、まあいいか……。

 ノルズは革袋の水をもらって喉を潤わせて革袋を返す。

 そのあいだ、スニフは器用に少しだけ鳥の羽根をむしってから、小刀で内臓を取り出すと、まだ羽根が残っている状態で、そのまま焚火に放り込んだ。

 

「豪快だねえ」

 

 ノルズは苦笑した。

 

「火で羽根は焼けてしまうから大丈夫っすよ。そして、焼けた羽根が炭になって、脂が外の出るのを防いでくれるっす。だから、美味いっすよ。一羽は村への土産にするっす。手ぶらで行くよりも、喜ばれるっすから」

 

 スニフが焚火に小枝を足しながら笑った。

 小さくなりかけていた炎が大きく燃えあがる。

 

「火加減が一番難しいっすよ。外側は一気に焼いて固めて、内側はじっくりと火を通すっす。まあ、任せてください。塩も持ってきてるっすから、それだけで、滅茶苦茶美味いっすから」

 

 スニフが枝で炎の中の大土鳥を木の枝で回していく。

 確かに手際はいい。

 しばらく感心して見守っていた。

 その間も、スニフは鳥の焼き方と炎についての解説をずっと続ける。まあ、よく喋るものだと、ノルズは黙って聞いていた。

 

「ねえ、姐さん、話しかけてもいいっすか?」

 

 すると、やがて、大土鳥と焚火を操りながらスニフが声をそうかけてきた。

 

「さっきから、話かけているじゃないかい」

 

 ノルズは半ば呆れて言った。二人きりになったのも、こうやって面と向かったのも初めてだが、このスニフという少年がかなり社交的でお喋りなたちであるというのは、すでにわかった。

 ずっと喋っているのだ。

 

「いや、でも姐さんって、なんか、話しかけるなっていう雰囲気を出すっすから。もしかして、うるさいなら、いくらかは黙っていられるっすよ。ちょっと苦しいっすけど」

 

「黙っていると苦しくなるのかい。呆れたお喋りだねえ。まあ、好きなようにしな。いちいち返事をしなくてすむならね」

 

「ありがたいっす。ところで、姐さんのスカートって短いっすよねえ。うちの女どもが身に着けているものに比べて、ずっと短いっすよ。王都ではそういうの流行っているすんよね」

 

「ああ?」

 

 むっとして、思わず不機嫌な声を出してしまった。

 スカートの丈が短かろうが、長かろうが知ったことかと思った。

 余計なことだ。

 

 それはともかく、スカート丈が短いのは、先日、ロウに会ったとき、「命令」として、太腿を半分以上露出しないスカートは身に着けるなと言われたからだ。

 そこまで短いのははいたことはないし、そもそも、男物ばかり身に着けていたので恥ずかしい感じもするが、ロウの言葉は絶対だ。

 幸いにも、ロウの女になったイザベラ女王、アネルザ王太后、神殿の筆頭巫女辺りがこぞってスカート丈が短いので、このところ、庶民の服でも貴族の礼装でも、スカート丈が短いデザインが大流行していて、手に入れるのも容易だし、極端に目立つということもない。

 それだけは、ほっとしている。

 いずれにしても、ロウの命令なので、ノルズとしては忠実に実行するほかの選択肢はない。

 

「似合うっすよ。脚が綺麗ですしねえ。鍛えてあるっすよねえ。色っぽいっす」

 

「お喋りしてもいいって言ったけど、前言撤回するよ。黙ってな」

 

 ノルズは舌打ちした。

 

「まあまあ、姐さん。言いたいのは、そうじゃなくってすっね。でも、姐さん、そういう短いスカート丈の服って慣れてないんじゃないっすか? さっきから見えてるっすよ。真っ白い下着が」

 

 スニフが笑った。

 

「は、はああ──?」

 

 ノルズはかっとなって、足元に遭った小石を拾うと飛礫(つぶて)にして、スニフの眉間に向かって飛ばす。

 死ぬような速度じゃないが、のたうち回る程度には激痛な程度の勢いだ。

 だが、スニフは首をかすかに動かすだけで、飛礫を避けてしまった。

 

「怒んないでくださいよ。おれはちょっと気になっちゃって。だけど、うちの周りにも女がたくさんいるっすけど、膝は揃えて斜めにするといいらしいっすよ。膝を揃えても、真っ直ぐだと見えるっす。しかも、姐さんって、膝が開いているし」

 

「喋んじゃないって言ってんだろう──」

 

 立ちあがって、魔道で衝撃波を飛ばす。

 だが、ほぼ同時に、スニフが枝で空中にできた魔道紋の出口を切って、魔道を無効化する。

 ノルズは眼を疑った。

 ただのお喋り小僧だと思っていたのに、ノルズの魔道を木の枝一本で制御してしまう程の力量があると思わなかったのだ。

 

「うわっ、気を悪くしたなら謝るっすよ。でも、見えてるから、教えた方がいいと思って。あっ、もしかして、わざと下着、見せてるっすか?」

 

「そんなわけがないだろう──」

 

 すっかりと調子が狂ってしまい、ノルズは再び石の上にしゃがみ込む。

 だが、思い出して、膝を揃えて斜めに傾ける。

 スニフがくすりと笑った。

 

「やっぱり、姐さんって可愛いっす。怖そうに見えるようにしてるっすけど、本当は可愛いっすよね。独裁官様もそれが気に入ってるに違いないっすよ」

 

「黙ってろと言っているだろう──」

 

 ノルズは怒鳴った。

 ただ、ノルズがロウの愛人のひとりであることは、すでに知られているので否定はしない。

 ノルズが教えたわけでないが、なぜかこいつらは知っていた。

 隠す理由もないので、そのままにしてたら、新しい諜報組織内においては、すっかりと自明のことと知れ渡ってしまった。

 

「それで、さっきの白い下着って、“紐パン”ってやつっすよね。うちの主人のディオさんも、娘たちにそれを身につけろって、全員に命令したっすよ。横の紐を解けば簡単に脱がせられるし、ディオさんもお気に入りっす。王都のなんとかって、商会で売り出したんすよね。あれ、凄いっすよね。姐さんもお気に入りっすか?」

 

「しゃ、喋んなって、言っているだろう……」

 

 ノルズは頭を抱えた。

 そして、最初に、好きなように喋っていいと言ってしまったを後悔した。

 

「でも、なんで、紐パンなんすっかね? パンじゃないっすよね。下着っすよね」

 

 ノルズは返事をしなかった。

 “紐パン”と名付けたのはロウだ。ノルズも、なんで“紐パン”なのかは知らない。紐はわかるが、“パン”というのはなんだろうとは思う。

 だが、ロウが言うのだから、誰も名前を変えようとはしなかった。

 あれを大々的に商品として売り出しているマア商会は、そのまま“紐パン”という名前で売っている。

 白だけでなく、様々な色に染めた商品を売り出すことで、王都を中心に爆発的な流行にもなっている。

 ロウは、あの紐パンの素材にもこだわっていて、柔らかくて、透けて見えるくらいに薄く、さらに着心地のいいものでなければ許さないと主張して、マアに商品開発を厳しく要求したそうだ。デザインにもこだわりがあるみたいだった。

 そのため、ほかの商家も追随をしようとするが、材質でも値段でも、同等のものを作ることはまだできないでいて、“紐パン”シリーズはいまだに、マア商会の独占状態らしい。

 

「ところで、ノルズ姐さんのお気に入りの色は白っすか? 時々、眼にするっすけど、いつも白っすよね」

 

「時々見る──? お、お前……」

 

 ノルズはかっとなった。

 

「だって、見えてしまうっすよ……。おれって、耳も眼も特別にいいんっすよ。とにかく、あの商会で売っているやつって、白以外にもいろいろな下着があるっすよね。なんで、白っすか?」

 

 白色は、ロウの命令だから身に着けているだけだ。

 下着の色は白と命令された瞬間に、ノルズは白以外の下着を捨てた。

 ノルズにとって、ロウは神様にも等しい。その神様に下着の色を限定されたときには、有頂天になるくらいに嬉しかった。

 

「おれのお気に入りは黒っす。黒を選んでるっす。ディオさんも色までは命令しないっすし。あっ、もしかして、白っていうのは、ノルズ姐さんの趣味じゃなくて、独裁官様の趣味っすか? だったら、しょうがないっすね。白以外身につけちゃあ……。でも、白って、濡れたりしたらすぐにわかんじゃないっすか。女の人って、男と違って、前戯のときから汁を股間から出すっすから、紐パンはいてて、下着だけになったら、感じているのが丸わかりになるじゃないっすか。だから、おれは黒にしてんすよね。姐さんたちは、そういうのは大丈夫なんっすか?」

 

「大丈夫じゃない──。……っていうか、もう喋んじゃないって言ってんだろ──」

 

 さらに怒鳴りあげる。

 だが、スニフは悪びれる様子もない。にこやかな表情を崩さずに口を開き続ける。

 

「だけど、あの商会って、女物の紐パンしか売り出してないんすよね。今度、男物も出して欲しいっす」

 

「男物? 男があの紐パンを身に着けるのかい?」

 

 相手にしないつもりだったけど、思わず聞き返してしまった。

 ノルズは内心でしまったと思った。

 だが、思い出してみると、さっきこいつは、自分は黒を選ぶと言っていた。あれは、もしかして、自分が女に身につけさせるときの好みではなくて、自分が身に着けるときの色か?

 そもそも、こいつも、クラウディオ伯の少年性奴隷だ。

 奴隷同士で性交をすることも多いようだが、こいつが相手の娘の下着の色を指定するということもないだろう。

 

「ディオさんの命令っす。ディオさんの性奴隷のおれたちは、男も女も性奴隷の全員が紐パンっすよ。命令だから、仕方ないんっすけど」

 

「なら、いまもお前は、女物の下着かい」

 

 ノルズは笑った。

 

「そうっすよ。見せるっすか? だけど、小さいっすよ。女は出ているものもないから、問題ないっすけど、男は勃起すれば、どうしたってはみ出るんすよ。おれもネロも、ディオさんの閨に入るときに、いつもそれで苛められるっす。最近のディオさんの流行は、“頭出したら駄目よ”遊びなんっすよ」

 

「頭出したらだめよ? なんだい、その呆れた名前の遊びは?」

 

 会話をしないつもりだったが、またもや、ついつい問い返してしまった。言葉を返した後ではっとしてしまった。

 

「おれとか、ネロとか男っすよね。寝台に四肢を拡げて拘束されるっす。紐パン一枚で。それで身体をディオさんに愛撫されて、みっともなく、下着から性器の頭を出したら、罰を与えられるっす。この前は、頭がはみ出た先っぽに、薬を塗られたっす。掻痒剤っす……。あっ、そろそろ、いいっすね。姐さんどうぞ」

 

 スニフがいい匂いがしてきた焼けた鳥肉を焚火から出して、塩を振ってから、小刀で二つに分けて、片側をノルズに渡してくる。

 確かに脂がのっている感じである。焼き加減も絶妙のようだ。

 

 それはともかく、ノルズとともに、ハロンドール王室の諜報組織を担うことになった“ディオ”ことクラウディオ=マイル伯であるが、実は、ロウと同じ性癖を持つ。

 つまりは、嗜虐癖だ。

 その相手たちの奴隷が嗜虐を与える「主人」を慕っているというのも似ているが、異なるのは、クラウディオは女相手だけでなく、男色家でもあるということだ。

 目の前のスニフも男にしては可愛らしい顔をしているが、少女たち同様に、クラウディオの性癖の相手をするのである。

 ロウも、自分の性癖を共有する男の友人など持ってなかったので、時折、嗜虐談義をクラウディオ伯としているということは耳にする。

 それにしても、なんというお喋り男だ。

 とりあえず、もらった鳥肉を口に入れる。

 

「なるほど、美味しいよ」

 

 ノルズは渡された肉にかぶりつき続けながら言った。

 それにしても、なんという赤裸々な猥談をするのだろうと思った。少年奴隷として与えられる自分への責めのことを語りだすとは……。

 

「あっ、そういえば、その掻痒剤って、独裁官様からもらった物って、言ってましたよ。もしかして、ノルズ姐さんとかも、掻痒剤で責められるっすか? あれ、きついっすよねえ……。泣いても叫んでも、なかなか許してもらえないっすし。あれは、尊厳という尊厳を砕けさせる責めっす。しかも、掻痒剤を塗った、先っぽを筆でくすぐるんすよ。男って、横を触ってもらえなくて、亀頭の部分だけを刺激されると、出すことできないのに、快感だけ膨らみ続けるだけで苦しいんすよ。でも、掻痒剤とくすぐり責めの組み合わせって、それも、独裁官様に教わった責めって、ディオさんが言ってたっすけど、ノルズ姐さんたちも、筆でくすぐられるっすか?」

 

「いい加減にしなって、言ってんだろう、このお喋り小僧──」

 

 とにかく、ノルズは怒鳴りあげた。



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1027 闇の軍と闇の隊(2)─山村の中で

 なんの変哲もない山村としか思えなかった。

 

 ノルズとスニフが村の入口に辿りついたのは、陽があがって二ノスほど過ぎた頃だ。

 まだ朝といえる刻限であるが、通りかかった旅人が村を訪ねるには不自然すぎる程には早すぎもしない。

 そのくらいの時刻だ。

 山村全体は、人の背丈ほどの丸木の柵で囲まれており、その柵の外には、転々と堀が作られている。

 入口から見える家屋は、二十軒ほどだ。

 平屋の建物と建物のあいだには、小さな畑があり、そこで年寄りや若い者が働いているのが見えた。

 ノルズたちが登ってきた山道に通じる村への入口には、屈強そうな壮年の人間族の男が三人立っている。

 狩猟用の武器を持っていて、歩いて近づくノルズたちにじっと視線を向けている。

 

「やあ、旅の者っすけど、ここから先の奥山に用事があるんすけど、入れてもらえないっすか? 泊めて欲しいっす。宿代は払うっすよ。できれば、情報も欲しいっすね」

 

 スニフは村の男たちに人懐っこそうに微笑んでまずは声をかける。

 

「山に? もしかして、冒険者か? またクエスト関連か?」

 

 男のひとりが苛立ったように言った。

 ほかのふたりも、なんとなくだが胡散臭そうな視線を向けていくる。もっとも、こういう閉鎖的な山村が部外の者を嫌うのはよくあることだ。

 

「またってのは、よく来るっすか、ほかの冒険者も?」

 

「小煩いことにな。もしかして、お前らは、クエストを貰って、ここまであがってきたのか?」

 

「まあ、そういうことっすね。それと、土産の鳥肉もあるっすよ」

 

 スニフが腰に吊っている焼けた大土鳥を軽く手で叩く。

 

「ふん──。まあ、だったら、村長のところに、行ってみな。どっちにしても、泊められるような部屋の余裕があるのは、村長のところだけだ。まあ、どっちにしても迷惑なこった。俺らには関係ないのによお」

 

 三人のひとりが地面に唾を吐く。

 ノルズは首を傾げた。

 

「関係ないってのは、どういうことだい? 山に魔獣が出るとなれば、命が危ないのは、この山村に棲むあんたらじゃないのかい?」

 

 ノルズたちがやってきたのは、この山村で何が起きているのか、あるいは、なにも起きていないのかを確認するためだが、冒険者ギルドで、さらに奥深い山中内に出没するという魔獣の確認と魔獣退治のクエストがかけられているのは事実なのだ。

 もっとも、クエストを依頼しているのは、この山村の者たちではない。

 魔獣が出るというのは、大なり小なり、特異点と呼ばれる異界との切れ間ができている可能性があり、それを数十年も放っておくと、やがて、始末することのできない異界との門になってしまうことがある。

 だから、魔獣退治とそれに伴う特異点調査は、王国がクエストをかけることが多い。

 今回のクエストも、王国がかけている。

 

「山なんかには行かねえしな。余所者は好きじゃねえんだ」

 

「山には行かないって、あんた方って猟師じゃないんっすか? 山に入るんじゃないっすか?」

 

 スニフが言った。

 男たちが持っているのは、そもそも狩猟用の武器なのだ。それに、眼に見える範囲に見える畑にあるのは、育てやすいが小さな野菜や、薬草の類いだ。

 それだけで五十人が生きていると思えない。

 おそらく、この山村は狩猟が主な生活手段の村だと思う。

 

「奥までは行かねえし、魔獣なんて出遭ったことはないってことだよ。まあいいや。お前らがギルドからクエスト絡みできた冒険者っていうんなら、さっきも言ったが村長の屋敷に行きな」

 

 ひとりが顎で村の中を示す。

 小さな小屋みたいな家屋が多い中、比較的小高い丘のような場所に、少し大きめの建物がある。

 平屋であることには変わりないが、あれが村長の家なのに違いない。

 

「ありがとさん」

 

 スニフが陽気に声をかけて、山村の中に入っていく。

 ノルズも隣りを進む。

 

「ちょっと待ちなよ、姐ちゃん」

 

 すると、少し進んだところで、さっきの三人のひとりが声をかけてきた。

 

「ああ?」

 

 ノルズは振り返る。

 

「村長のところで断られたら、俺のところでもいいぜ。寝具はひと組しかねえけど、姐ちゃんみたいに色っぽい女なら喜んで泊めてやらあ。あそこの一本気の根元の家だ。行商人も来ねえようなこの村じゃあ、金なんかもらっても使い道がねえから、代金はあんたとの一発でいい。その代わりに、美味い食事をつけらあ」

 

 声をかけた男がげらげらと笑った。ほかのふたりもつられたように笑い声をあげる。

 むっとしたが、揶揄い言葉にいちいち反応するわけにもいかない。

 ノルズは肩を竦めた。

 

「生憎と決めた男がいるんでね。だけど、心には留めとくさ」

 

「決めた男? その男も、ここにあんたが来ることを知っているのか? あっ、いや、もしかして、決めた男っていうのは、その子供か?」

 

 だが、そいつは、ちょっと顔をしかめた。

 ノルズはくすりと笑った。

 

「まさか。あたしの好きな男は、もっといい男だよ」

 

「けっ──。だが、どうせ、そいつはあんたがクエストでこんな辺鄙なところに来たことまでは知らねえんだろう? だったら、気にすることはねえさ。処女ってわけでもないだろうし」

 

「まあ、処女じゃないね」

 

 ノルズは吐き捨てた。

 それ以上は、話を続ける気にはならずに、山村を進んでいく。

 すでに、四人の少女奴隷たちが潜入をしているはずだが、当然ながら、それらしい気配はない。

 山村のあちこちで、畑やあるいは自宅の庭のような場所で働いている男女がいるだけだ。

 余所者であるノルズとスニフについては、それなりには目立っているとは思うが、ちらちらと見てくるものの、声をかける者まではいない。

 随分と閉鎖的な感じだ。

 

「気にしてたっすね」

 

 そのとき、スニフが小さな声でささやいてきた。

 

「気にしていた?」

 

「姐さんが男にここに来ることを告げたかどうかってことっす」

 

「あれは、それを気にしてたのかい。そもそも、それがどうしたって言うんだい」

 

 ノルズは鼻を鳴らした。

 

「もしも、冒険者でなく、ただ寄っただけの旅人だって言ったら、どうなっていたすっかね?」

 

「どうなってたって……。どうにかなっていたと思うのかい?」

 

 ノルズはスニフの顔を見た。

 いつものように人懐っこそうな微笑みがそこにあったが、眼は笑ってない。

 そして、はっとした。

 この山村の不自然なことについてひとつ気がついたのだ。

 もう一度、周りを見回す。

 

 いない……。

 

「もしかして、ノルズ姐さんも気がつきました? この山村は特別に年寄りばかりってわけじゃないっす。それと、男ばかりってわけでもないっす。ここから見えるだけでも、十人以上は若い女がいるっす」

 

 スニフが歩きながら小声で告げる。

 ノルズは頷いた。

 

「でも、子供はいないね……。少なくとも、十代から下はいない……」

 

「偶然かもしれないっすけどね。たまたま、この村にいる子供が家の中にいるだけかもしれないっす。でも、こういう場所の畑って、子供も仕事をやらせるっす。幼くてもできる仕事はあるっす。そもそも、見た感じ、山の中で猟をして生計を立てている村っすよねえ。そういう場所の畑って、まず子供も働くっす。働かない山村の子供って、あり得ないっす」

 

「……子供を隠した? それとも……?」

 

 山村から離れた場所で偶然に見つけた子供の死骸……。

 この山村に見当たらない幼い子供の姿……。

 どういうことか……。

 

「もうひとつ言っていいっすか?」

 

 スニフが声をかけてきた。

 

「おれって、特別に眼もいいし、耳もいいって言ったすよねえ」

 

「ああ、そういえばね」

 

「それだけじゃなくって、鼻もいいっす。この村って、ものすごい血の匂いがするっす。あちこちから……。異常なほどに……」

 

「ああっ?」

 

 ノルズは眉間に皺を寄せた。

 血の匂い?

 さすがに、ノルズにはわからなかったが、このスニフがそういうなら、そうかもしれない。

 そういえば、駆けている最中に、近くの草の中にあった血の匂いに気がついたのも、このスニフだった。

 やがて、村長らしき家に着く。

 垣根に囲まれていて、大きな庭と比較的大きい平屋の建物があった。

 声を掛けようとしたら、若い男女が裏から現れた。

 

「どちら様? 旅の人?」

 

 女が柔和な笑みを浮かべて言った。

 山村の入口で接した男たちとは全く異なる陽気な雰囲気だ。

 

「冒険者っす。ギルドに派遣されてたっすよ。この村の更に深い山奥で発生しているっていう魔獣調査のクエストっす。できれば、調査の数日泊めて欲しいっす。代金は払うっす。それとも、それ以外のものが要望なら、できることならするっす。調査クエストは、この村のためにもなるっすし、お願いできないっすか? 泊めてもらうだけでいいっすけど」

 

 例によって、まずはスニフが話しかける。

 すると、女だけでなく、横の男も破顔した。

 

「おう、魔獣退治──。なるほど、なるほど、よかった。なら、あがってくれ。村長にも話をして欲しい。俺たちは村長の家で働く者ですけど、どうぞ中に」

 

 男がノルズたちを招いてくれた。

 とりあえず、ほっとする。

 そのとき、スニフが近寄ってきた。

 

「……血の匂い……。とても、濃くなったっす。特に、庭の方から……」

 

「……庭?」

 

 ノルズは怪訝に思った。

 しかし、まあいい。

 先導する男に声をかける。

 

「ああ、いきなりお屋敷の中には……。こんなに汚れているし、泊めてもらうのは納屋の中でも横でもいいし、とにかく屋根さえあれば。話も汚い格好であがるのも気が引けますし、庭側にでも入れてもらえれば」

 

 ノルズは言った。

 建物の入口を開けようとしていた男が振り返る。

 

「えっ? 庭に?」

 

「どうか、庭に」

 

 ノルズは重ねて言った。

 家人だと言った男がちょっと女を見る。

 

「いいでしょう。じゃあ、庭の方にどうぞ」

 

 すると、女が言った。

 女はノルズとスニフを男と挟むように、後ろからついてきていたのだ。

 その女の案内で、庭にまわる。

 

 だが、庭に周り終わったところで、スニフがすっと離れた。

 しかも、脱兎のごとく駆けて、垣根に近い草むらに飛び込んだ。

 

「ちょ、ちょっと、なにを──」

 

 男がびっくりして声をあげた。

 女も呆気に取られている。

 

「スニフ?」

 

 ノルズも声をかけた。

 そのとき、すぐに戻ったスニフだったが、手に小さな布を持っていた。

 

 血……?

 

 紐が付いている白い布片だが、半分くらいは真っ赤に濡れていた。

 その赤いものが、人間の血であることは間違いなさそうだった。

 

 そして、そのスニフが持っている布片って……。

 ノルズもはっとなった。

 

「これは紐パンっす。姐さん、おれたちって、命令でみんな、この紐パンをはいてるっす。しかも、この血って、とても新しいっす。どういうことっすかねえ?」

 

 スニフが手に持った血糊についた紐パンを示しながら言った。

 ノルズは、家人だという男女を見た。

 

「説明してくれるかい? その布についている血は誰の者なんだい?」

 

 そして、その同行していた男と女を睨みつける。

 

「さあねえ。誰のだったかしら。お前、覚えている?」

 

「朝っぱらから、小さな羽虫がやってきたから退治したやつかな。でっかい虫がいたな。四匹ほど」

 

 すると、その男と女が懐からなにかを出した。

 ノルズは眼を見張った。

 ロウが扱うような短銃だ。

 すでに火縄がついていて、銃口が真っ直ぐにこっちを向いている。

 

「五匹目と、六匹目かい?」

 

「目的はなんだ? なぜ、ここに来た?」

 

 さらに、別の声がした。

 まるで宙から現れるように、周囲から男女が出てきた。

 その全員が筒の長い銃を持っている。

 しかも、十数人だ──。

 ノルズは眼を見張った。

 

「どうやら、本物の冒険者じゃないようだ。殺しても足はつかんだろう。だが、手足を狙え──。すぐに殺すな。撃て」

 

 建物側から老人の声がした。

 周囲の男女の持つ銃から一斉に轟音が鳴り響いた。



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1028 闇の軍と闇の隊(3)─五十人とふたり

 銃音が一斉に鳴った。

 

 しかし、そのときには、ノルズはスニフの襟を掴んで移動術で跳躍していた。

 移動先は、眼と鼻の先──。

 平屋の屋敷側から号令をかけた老人の背中側だ。

 銃は一度撃てば、再装填に時間がかかる。

 ぎりぎりで跳躍することで、囲まれた銃を無力化できたのは成功だ。

 

「うわっ」

 

 いきなり目の前の景色が変化したせいか、スニフが素っ頓狂な声をあげた。

 だが、構わない。

 ノルズは老人の首に暗器でもある針を突き刺した。

 針先には一瞬で昏倒するような猛毒が塗ってある。号令をかけていた以上、首謀者であるか、あるいはそれなりの立場の者に違いない。

 死にはしないが、少なくとも半日以上は目が覚めることはないはずだ。

 最悪、こいつだけ確保できればいい。

 

「くっ」

 

 老人が崩れ落ちる。

 ノルズは腰の剣を抜いた。片手剣だ。さらにスカートの太腿に隠していた小刀も左手に取る。

 

「うへっ、色っぽいすっよ、姐さん」

 

「口を開く暇があったら、手を動かしな──」

 

「動かしてるっす──」

 

 銃を撃ち込んだ者たちは、すでにその銃を捨てて、短くて細い剣を手にしていた。

 一斉にかかってくる。

 スニフもまた、腰に吊るしていた二本の短剣を抜いた。

 

「いくっすよ──」

 

 その襲撃してきた村人たちの全員を阻むように、彼らに向かって跳躍した。

 一方で、ノルズは足元の老人に向かって屈み込む。

 とりあえず、拘束だけでも──。

 スニフと襲撃してきた村人たちで乱戦が始まった一瞬の間隙を利用し、倒れた老人の左足首と右手首を強引に捻じ曲げて、収納術で取り出した手錠で手錠で繋げる。

 これで、間違って昏倒から回復しても簡単には動けない。

 

 轟音──。

 

 考えることなしに、ノルズは身体を横に倒していた。

 さっきまでノルズがいた場所に銃弾が炸裂し、倒れていた老人の身体を撃ち抜いた。

 

「あっ」

 

 横に転がりながら叫んだ。

 老人の心臓のある部分から血が流れている。おそらく絶命してしまったのは間違いない。

 

「あら、避けたのかい?」

 

 女の声──。

 家人だと名乗った女だとわかった。

 庭では、スニフと村人たちの集団が斬り結んでいるが、その女だけは、ノルズに身体を向けている。

 たったいま射撃した短銃を放り投げて、腰の袋から新しい短銃を出した。

 

 収納袋──。魔道具か──。

 火縄のついたままの短銃を数丁置いているのだろう。

 

 その短銃がノルズに向かって射撃される。

 

 移動術で消える。

 

 その女の真後ろに跳躍した──。

 背後から首を引き裂く。

 

「ぐあっ」

 

 女が喉から血を噴き出して倒れた。

 

「人間族の女は魔道を使うぞ──。全員でかかれ。斬り続けろ──。魔道を遣う隙を与えるな──」

 

 誰の声がわからない。

 そのときには、目の前に剣を持った五、六人の男がいた。

 待ち受けることなく、逆に飛び込んで、一気に三人倒す。

 残りふたりの剣を受け流し、さらに前に出た。

 

 新たな集団──。

 またもや、五人──。

 ふたり斬る──。

 

 横から突き出された剣を受ける。

 さらに、十人くらいが新たに集まる。

 さすがに数が多い──。

 

 もう、スニフがどうなっているかわからない。

 乱闘の気配はここだけじゃないので、まだ戦っているのだろう。

 しかし、それを確認する余裕がない──。

 

「ちっ」

 

 ノルズは跳躍して、目の前の男の肩を蹴って、大きく跳ぶ、

 囲まれている集団から、一度抜けようと思ったのだ。

 

 だが、宙に浮いているノルズの頭上に殺気──。

 剣を振りあげて、向かってきていたものを斬った。

 上にいたのは、ノルズ以上に高く跳躍していた大きな男だ。

 その男は絶命したが、身体がノルズに落ちてきた。

 

 地上に落下する前に、空中に左右に人の影──。

 咄嗟に目の前の身体を掴んで身体を捻る。

 大きな男の死骸に、左側の男の剣が刺さり、ノルズの突き出した剣が右側の男の腹に刺さる。

 

 地面に男の死体を上に叩きつけられる。

 地上に着くと同時に、十本近い剣が上から殺到した。

 

「鬱陶しいねえ──」

 

 至近距離から火炎弾をぶっ放して目の前で爆発させる。

 爆風で周りが吹き飛んだが、数本の剣はノルズの身体まで辿り着いた。

 大男の身体に覆われてなかった左肩、右脚に剣が刺さった。

 

「くあっ」

 

 大男の身体の下から脱出しながら、持っていた剣でまだ執拗に剣を刺そうとする周囲の男たちのすねを斬る。

 

 転がって距離をとる。

 脚に刺さった剣は抜けていた。

 右肩は刺さったままだったので、左手で抜いた。

 傷口から、だくだくと血が流れる。

 痛みで魔道が刻めない。移動術で脱するのは無理だ──。

 

 いきなり、矢が射かけられてきた。

 十数本が同時だ。

 短剣を振り回して払い続ける。

 太腿に一本だけ刺さる。

 

 屋敷の垣根の外に新手がいる。

 村の女や老人のような者たちが、小弓で射かけていた。

 

「死にな──」

 

 火炎弾を連射して、小弓を持っていた者たちが集まっていた一角を吹っ飛ばす。

 まだ乱戦が続いているまとまりに飛び込む。味方に対しては矢は射れないだろう。

 

 七、八人が集まっている真ん中にスニフがいた。

 すでに上半身は血だらけだ。

 脚にも数本の矢が刺さっている。

 しかし、まだ戦っている。

 後ろから二人ほどの首を跳ねる。

 

「スニフ──」

 

「姐さん──」

 

 お互いに気がついた。

 スニフの周りの者たちが一瞬、ノルズに意識を向けたのがわかった。

 その隙を突いて、スニフが三人の男を倒した。

 まだ、残っていたふたりをノルズが倒す。

 

 やっと、庭で立っている者がノルズとスニフだけになる。

 咄嗟に周囲を見る。

 垣根の外から矢を射かけていた者も姿を消している。

 

「なんだい、斬られたのかい」

 

「しくじったっす。でも、姐さんもやられましたね」

 

「こいつら、相当に腕が立つようさ。できれば、訊問のために数名は生かしておきたいけど、難しいかもね」

 

「そんな余裕ないっす。滅茶苦茶強いっす」

 

「確かに」

 

 ノルズも思った。こいつらがただの村人などというのは、とんでもないことだ。そんなものじゃない。

 ふたりで背中を寄せ合って立つ。

 ノルズは収納術でポーションを数本出して、半分をスニフに渡す。

 刺さっている矢などを抜いて、ほかの大きな傷とともにポーションをかける。少しだけ楽になる。

 

「姐さん──」

 

 スニフが声をあげた。

 

「ああ」

 

 スニフが気がついたものに、ノルズも気がついた。

 倒した村人たちの姿がいつの間にか、人間族の姿から獣人族の姿になっている。尾が生え、頭に耳が生まれ、毛深くて比較的身体が大きな獣人族たちだ。

 ただし、死んでいる。

 

「もしかして、なんらかの方法で、この村の人間族に変身していたっすか?」

 

「そういうことだね。死んだから、その術が解けたんだろう。だとしたら、村人全員が入れ替わってるのかもね」

 

「やたらに強いのも納得っす」

 

 すると、垣根の外にまた新手が現れた。

 さっきと同じような小弓を持っている。

 その弓がこっちを向く。

 さらに、十人ほどの集団が庭に雪崩れ込む。

 

「いくよ──」

 

 ノルズは移動術で跳躍して、庭の外に出た。

 

「うわっ」

 

「ひっ」

 

「あっ」

 

 背後に出現されたかたちの相手たちがびっくりしている。

 ノルズは、矢がつがえていた十人ほどに、衝撃弾を撃ち込むとともに、周りの者たちに斬り込む。

 三人ほどを同時に斬り、さらにひとりを斬る。

 次いで、剣をかわす。

 交わすのが精一杯だった。

 身体を入れ替わって、腕を掴んで回し、背中を蹴り飛ばす。

 ぶつかった男と女をまとめて剣で貫く。

 

「がああっ」

 

「ぎゃああ」

 

 悲鳴をあげて倒れる。

 刺さった剣はだめだ。

 身体を屈めて、そいつらが落とした剣を手に取る。

 そして、上に向かって斬りあげる。

 今度は、斬りさげる──。

 再び周りに人がいなくなる。

 

「屋敷を燃やせ──」

 

 遠くで声がする。

 はっとした。

 もしかして、燃やしたいものが屋敷にあるということか?

 だったら、ノルズは屋敷に駆け込もうと思った。

 

 だが、次の瞬間、大音響とともに、屋敷が爆発するように火を噴いた。

 思わず、身を屈める。

 多分、爆薬かなにかを仕掛けていたのだろう。

 振り返ると、屋敷全体が木っ端みじんになって、さらに火を噴いている。

 

「ちっ」

 

 ノルズは舌打ちした。

 あっという間に瓦礫になったが、その瓦礫自体が巨大な火炎とともに燃えている。

 もしかして、油でも仕掛けていたか?

 

「スニフ──」

 

 大声で呼んだ。

 屋敷側はほとんど壊滅状態だ。

 垣根でさえ、ほとんど残っていない。

 そして、煙と土埃がひどく、庭側がどうなったかわからない。

 

「大丈夫っす──」

 

 頭や上半身から血を流しているスニフが転がるように出てきた。

 ノルズはほっとした。

 

 だが、そこに矢が飛翔する音が聞こえた。

 少なくとも十数本が同時にだ──。

 

 ノルズは音の方向に備えるとともに、射かけられた矢を弾くために武器を構える。

 しかし、放物線を描いて飛んできた矢は、ノルズたちの頭を越えていく。

 矢先になにかが装着してあることに気がついた。

 

 次いで、庭が爆発し始める。

 さっきの矢に爆破薬が仕掛けられていて、それが庭に当たって爆破を次々に起こしているのだと悟った。

 庭に残っていた獣人たちの死骸が爆破薬で肉片となって飛び散るのがわかった。

 

「は、離れるっす──」

 

 スニフが焦ったように叫んだ。

 ノルズも頷き、炎上と爆発が続く、屋敷跡から離脱する。

 

 すると、遠目に、十数人の集団が一斉に山村の外に駆けていくのが見えた。

 残ったものを捨てて、逃亡していくように見える。

 すでに、かなり距離がある。

 見える範囲なら、ひとりであれば、移動術で追いつけないことはない。

 ノルズは迷った。

 

「姐さん──」

 

 スニフが彼らの背中とは別の方向を指差して駆けだした。

 背中側の屋敷とは別に、炎をあげている一軒の家があった。

 逃げていく連中が、ほかの家は燃やしてないのに、あの家だけを選んで火を放ったということは、そこになにかがあるということだ。

 ノルズは、その燃えている家に向かって移動術で一気に跳躍した。

 

 跳躍すると、炎をあげて燃えている一軒の家──。

 

 火の中に飛び込む──。

 

 ギロチン台のようなものに首と手首を固定されている娘がふたり──。イヴとサンディ──。

 天井から逆さ吊りで股を拡げてぶら下げられている娘がひとり──。エル──。

 両腕と両脚を切断されて、傷口を焼かれている娘がひとり──。名前はシャル──。

 

 四肢のない娘を含めて、全員が惨い傷だらけだ。だが、生きてはいる。もっとも、四肢のない娘はわからない。また、全員が全裸だ。

 四人とも、ノルズが早朝に潜入を指示したクラウディオの少女奴隷である。

 潜入したはいいが、あっという間に捕らわれたということか……。

 ノルズは舌打ちした。

 とりあえず、逆さ吊りの鎖を剣で切断して、娘を床に落とす。

 

「姐さん──。あっ、お前ら──」

 

 スニフもやって来た。

 ギロチン台の二人も、拘束を解く。

 スニフとも協力して、急いで火の外に彼女たちを出していく。

 最後に四肢を切断された少女を抱きかかえて、移動術で外に跳躍した瞬間に、家の屋根が崩れ落ちた。

 

「はあ、はあ、はあ……。大丈夫かい、お前ら──」

 

「イヴ──、サンディ──、シャル──、エル──」

 

 スニフが少女たちの名を呼ぶ。

 ノルズは、収納術でポーションを取り出した。準備していたものは、残り十本程──。

 とりあえず、少女たちの大きな傷にかけていく。

 また、四肢を切断されていた娘も息はしていた。ただし、性器は滅茶苦茶に毀されていた。

 そこにもポーションの液をかける。

 いくらかましになる。

 

 全員の呼吸が力の入ったものに変わっていく。

 四肢が残ってないシャルの身体をよく見れば、切断したというよりは、ハンマーのようなもので肘と膝の先を潰され、引き千切られた感じだ。

 傷は、スクルドにでも見せれば治療ができるだろうか……?

 

「ス、スニフ……。お、おまん……。おまんこを……」

 

 そのときだった。

 か細い声で、そのシャルがなにかを言った。

 

 だが、おまんこ……?

 

「はあ、なに言ってるっすか? こんなときに発情してるっすか? やめといた方がいいっすよ。まずは、治療が必要っす」

 

「……あ、あほ……。あ、あたしの……お、おまんこに……。ま、丸めた……紙……。破片……。調べられる前に……いきなり、焼けた鉄の棒を……突っ込んでてくれて……よ、よかった……。お、おかげで……残ったかも……」

 

 シャルがにやりと笑った。

 ノルズはびっくりした。

 

「ああ、シャル……。大丈夫?」

 

「シャル……」

 

「ああ、シャル……」

 

 ほかの少女たちも、虚ろな状態から順々にはっきりと意識を戻していく。

 シャルの名を呼ぶのは、四人の中で一番、このシャルが惨い拷問を受けたからだろう。

 いずれにしても、すぐに捕らわれたにしても、まだ数ノスだ。

 それでこんなに毀されるのだとすれば、救出がもっと遅ければ、全員が殺されていたかもしれない。

 それだけはよかった。

 

「手を入れるっすよ。耐えてくれっす」

 

 スニフがシャルの股間に指を挿入した。

 

「くっ、うっ」

 

 シャルが歯を喰いしばった。

 やがて、スニフによって小さく丸められた紙の破片が取り出された。

 ひとつ……。ふたつ……。三つ……。

 全部で五個あった。

 ノルズは、その一つを手に取って拡げた。

 

 記号と文字がある。

 ほかの破片もだ。

 

「た、多分、あ、暗号書だと……思います……。これを……村長の屋敷にあった……これを……盗もうと思ったら……捕まって……」

 

 シャルが言った。

 ノルズは彼女を抱き締めた。

 

「よくやったよ──。これで、少しは連中の企みに近づける──。よくやった──」

 

 ノルズには、この破片の重要性がすぐにわかった。

 すでにわかっているこの山村の場所と、事前に入手していた記号──。さらに、ここにあるほかの記号と言葉の結びつき──。

 詳しく解読すれば、おそらくわからなかったほかの記号が示している場所が特定できる。

 少なくとも、現時点でノルズは記憶にある記号の中から、すでに二箇所の地名が頭の中で解読できてしまった。

 この山村と同じように、人が少ないものの、王都に比較的近い距離にある場所だ。

 

 これは類推だが、この山村にやって来る切っ掛けとなった獣人族の間者らしき男が残した記号に書かれていたのは、イザベラの戴冠式やロウたちの婚姻式を襲撃するために作ろうとした拠点の地名ではないか──。

 そのやり口は、ここと同じだろう。

 獣人族の集団がやってきて、村人全員を殺し、その後、なんらかの変身具を用いて入れ替わる。

 そうやって、ひとつの過疎の里全体を拠点にしているのではないだろうか……。

 

「ノ、ノルズ姐さん……」

 

 そのとき、またひとりが口を開いた。

 

「どうした?」

 

 ノルズは彼女に視線を向けた。

 エルという少女だ。

 

「こ、ここの連中は全員獣人族……です……。村人を殺して入れ替わっていて……」

 

「ああ、そのようだね。死ぬと変身が解けて、ことごとく獣人族に戻っていた。なにか特殊な変身具を使っている可能性があるねえ……。とにかく、すぐに助けを寄越す。スニフは残って、それまで四人を守ってな。あたしは、一度戻る」

 

 この四人を連れては、すぐには戻れない。

 それに、新たに判明した連中の拠点──。

 すでに入れ替わりが終わっているのか、これから始まるのかはわからない。

 

 ただ、いずれにしても、時間との戦だ……。

 今度は、ノルズたち諜報組織ではなく、軍を動かした方がいい──。

 そっちが早い……。

 王軍の総司令官についたのは、確か、ラスカリーナ……。

 彼女もまた、ロウの愛人か……。

 

 いずれにしても、すぐに戻って動かないと……。

 こいつらを残しておけば、逃亡した連中が反転し、確認をしに来る可能性もあるものの、置いていかざるを得ない。

 

「わかってるっす。こいつらは、おれが守ってるっす。姐さんは少しでも早く戻ってくっす」

 

 スニフもわかっているようだ。

 珍しく顔の笑みを決して、真剣な顔で頷いた。

 

「じゃあ、頼む──。なんとか生き残っておくれよ」

 

 ノルズは立ちあがった。

 そして、まずは山村の入口に向かって、移動術で一瞬にして跳躍をした。



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1029 年命日と百合供養(1)─ふたつの盃

 エリカたちが暮らしている屋敷と、王都の冒険者ギルドとは、「ポッド」と呼ぶ移動術の設備で繋がっている。

 こっちのギルド側の出入口となるのは、頭から足もとまですっぽりとうつる大きな姿見である。

 もともとは、ギルドに寝泊まりとしていたミランダの寝室に置いてあったが、夜這いをかけられるのを嫌ったミランダが、その姿見をギルド職員が寝泊まりするための部屋のひとつに動かしたのだ。

 だから、そこが「ポッド」設置の専用部屋になっている。

 

 もはや、エリカもほぼ身内のようなものなので、勝手に廊下を進む。

 エリカが到着したのは、冒険者たちが集まるロビーや事務所のある側ではなく、その奥の職員が寝泊まりをする、いわゆる「私的空間側」になる。王都の混乱に伴う一時的に閉鎖されていた冒険者ギルドが復活したことで、多くの職員も戻り、職員用の空き部屋もかなり埋まっていた。

 ただ、すでに夜も更けており、ギルドも閉鎖しているので、寝ている者も多いのか廊下はひっそりとしていた。

 エリカが向かっているのは、ロウの推薦により、ここで副ギルド長をすることになったイライジャの私室である。

 

 そもそも、イライジャが副ギルド長をすることになったのは、ロウが独裁官についたことによる一連の王国改革の一環でもある。

 もともとは、いまは女王となった王太女時代のイザベラが名目だけのギルド長で、ミランダが副ギルド長だった。このハロンドール王国と冒険者ギルドの慣習的な関係であり、法的規制をギルドが免れるために、歴代の冒険者ギルドは王家のひとりをギルド長として迎えるのか習わしだったそうだ。

 しかし、ロウが独裁官となって、イザベラが女王に就任する機会に、その慣例を見直し、王家からのギルド長派遣はなくなることになったのである。

 そして、ミランダが正式にギルド長となり、副ギルド長の人選をミランダが考えていたとき、ロウがミランダに推薦したのがイライジャなのだ。

 ギルド職員の経験など皆無だったイライジャだが、ロウは十分に即戦力の能力があるとミランダに保証していたのを覚えている。

 実際、イライジャが十分に戦力になったということは、このところ、ミランダが冒険者ギルドの職務をイライジャに任せて、ロウの屋敷に入り浸り気味であることでもわかる。イライジャがひとりでギルドを回していける能力があるからこそ、ミランダも手が抜けるということに違いない。

 今夜、エリカがギルドを訪れたのも、今夜もミランダはこっちには戻らないという伝言をイライジャに伝えるためだ。

 

 イライジャの部屋の前に着く。

 副ギルド長になったイライジャの部屋は、もともと、イザベラ用としてあてがわれていたギルド本部の最奥の場所になる。

 名目だけとはいえ、王族のギルド長の部屋はかなり広くて豪華な造りだ。

 本来であれば、ギルド長になったミランダがここに移り、ミランダが使っていた部屋をイライジャが使うべきなのだろうが、面倒を嫌ったミランダが、もともとのギルド長の部屋をイライジャにあてがった。

 イライジャは、豪華すぎる部屋に戸惑ったみたいだが、そのまま使っているうちに、こっちが本来のギルド長の部屋だと知ったそうだ。

 ミランダ同様に無頓着なところがあるイライジャは、苦笑しつつ、そのまま使うことにしたみたいだ。

 

 それはともかくとして、エリカはノックをしようとして戸惑った。

 部屋の中からイライジャが静かにすすり泣く声が聞こえたのだ。

 

「イライジャ?」

 

 驚いたエリカは、ノックをすると、返事を待つことなく部屋に入った。

 広すぎる部屋の真ん中のソファではなく、イライジャは窓に近いテーブルの前に座っていた。

 テーブルの上には、三分の一ほど空になった茶色の液体の入った瓶があり、それを挟んで二個の盃があった。

 盃にはその茶色の飲み物が注がれてて、イライジャの前にあるものは半分くらいなくなっていて、イライジャの反対側の椅子の前にあるもうひとつの盃には、茶色の液体が満々と注がれていた。

 ただ、そこには誰もいない。

 そして、イライジャの顔には明らかな涙の痕があった。

 イライジャが泣くなど、見たこともなかったので、エリカはびっくりしてしまった。

 

「イライジャ──。どうしたの? なにかあったの──?」

 

 とにかく、エリカはイライジャのそばに寄る。

 イライジャは眼の下を押さえて涙を拭く素振りをすると、立ちあがって近くにあった椅子を寄せ、そこにエリカを促す。

 

「別になにもないわよ。それよりも、あんたこそ勝手に入ってきて、なにかあったの? まあ、要件は想像がつくけど」

 

 イライジャが苦笑する。

 そして、エリカを持ってきた椅子に座らせ、イライジャについては部屋の奥にある簡易調理場のような場所に消えた。

 そして、すぐに戻ってきて、幾つかの果物を小さく切って皿に盛ったものと、空きの盃、さらに、氷と小瓶を持ってきてテーブルに置いていく。

 氷は貴重品だが、この部屋には魔石を使った魔道の冷却庫があるのだ。そこで氷が作れるから、そこから持ってきたのだろう。

 

「あんたは、ロウからお酒を禁止されているらしいから果実水よ。それとも、エリカも飲む?」

 

 椅子に座り直したイライジャがエリカに空の盃を持たせて言った。

 

「エリカ“も”っとことは、それお酒? あっ、わたしは果実水で……」

 

 よく覚えてはいないが、以前にお酒を飲んで……というよりは、お酒をお尻の穴に注がれて泥酔して、暴れたことがあるそうだ。

 それ以降、ロウからエリカとスクルドについては未来永劫に飲酒禁止を申し渡されている。

 まあ、好きなものでもないから、それはいいのだが……。

 

「葡萄の蒸留酒よ。ナタル産のね。あの人の好きだったお酒……」

 

 イライジャが悪戯っぽく笑って、エリカの盃に氷と果実水を注ぐ。そして、自分ともうひとつの盃に、持ってきた氷を一個ずつ入れた。

 茶色の飲み物は、どうやらお酒だったみたいだ。

 そういえば、そんな香りもする。

 

「あの人って?」

 

 エリカは渡された果実水を口にしながら首を傾げた。

 

「トードよ」

 

「トードって、誰?」

 

 一瞬、誰のことかわからなかったが、すぐにエリカははっとした。

 そして、名前を言われて瞬時に思い出せなかった自分を恥じた。

 

「あっ、ご、ごめんなさい、イライジャ」

 

 エリカは慌てて頭をさげた。

 誰だなんて、失礼だ。

 トードとは、死んだイライジャの旦那さんだ。

 

 イライジャとエリカ、そして、ここにはいないシズの三人は、「自由エルフの里」という森エルフ族の里で育った孤児だ。

 その三人組の中でもっとも年長だったイライジャは、年頃になった頃に、偶然にその里に立ち寄ったトードという青年エルフと恋仲になって、トードの里である褐色エルフの里に行って結婚したのだ。

 その後、エリカも故郷の里を旅立ち、アスカと名乗っていたラザニエルの愛人になり、そして、ロウに拾われて旅をして、このハロンドールに辿り着いた。

 イライジャと再会したのは、その旅の最初の頃であり、イライジャの夫だったトードは、当時、里長になっていたダルカンに殺されていて、その復讐のための組織を作って戦っていたのがイライジャだったのだ。

 そのトードだ。

 

「ごめんなさいって、なにが?」

 

 イライジャは蒸留酒を手に取りながらくすりと笑った。

 

「いえ、だって、忘れていたみたいな反応してしまって……」

 

 エリカは申しわけなく思いながら言った。

 また、イライジャが泣いていたわけもわかった。亡夫のことを思い出して涙と流していたに違いない。そんなにイライジャの大切だった人を幼なじみで友人のエリカが忘れるなどあり得ない。

 もっとも、実際忘れていたのだが……。

 すると、イライジャがけらけらと笑った。

 

「心配しなくても、最近じゃあ、あたしも滅多に思い出さないわよ。そもそも、あんたも、一度しか会ったことがないじゃないのよ。忘れていて、当たり前よ」

 

「だけど……。うんうん……。それで、もしかして、このお酒は、トードさんへ」

 

 エリカは誰も座っていない椅子の前に置かれている蒸留酒に視線を向けながら言った。

 

「今日は、彼の年命日なのよ」

 

「年命日?」

 

「死んだ日。彼が事故に見せかけて殺された日よ。ロウがこの国の暦をわかりやすいものに変えてくれたからね。年命日も計算がしやすくなったわ。だから、せめて、今夜一日くらいは、お酒を一緒に飲もうと思ったのよ」

 

 イライジャは自分の盃を口にしながら微笑んだ。

 また、暦を変えたというのは、ロウが独裁官になったときの施策として開始した「新暦」のことだ。

 従来の暦は「教会暦」でもあり、夜空に浮かぶ五個の月に合わせたものであり、毎月の日数が毎月変化するという非常に難解なものだった。

 ロウは、それを、一か月を三十日とする新暦に改めたのである。

 暦法を独占していたローム教会は不満のようだが、いまのところ、一般の王民には好評だと耳にする。

 なにしろ、わかりやすいのだ。

 だが、「年命日」か。

 

「それで、涙の理由は、トードさんを思い出して……?」

 

「うーん、まあ、そういうことなんだけど、最近は、一生懸命に哀しかったことを思い出さないと涙も出ないわ。さっきのは、涙くらい出さないと彼に悪いと思って、一生懸命に振り絞った涙よ。愛していたはずだけど、もう忘れかけている。あたしは、つくづく薄情なたちなのよ」

 

 イライジャが自嘲気味に笑った。

 エリカは、手を伸ばして、イライジャの手に触れた。

 イライジャがエリカに顔を向ける。

 

「そんなことないわよ。イライジャは情に篤いわ。そもそも、死んだトードさんも、イライジャがいつまでも哀しんだままでいることは嫌だと思うわ。イライジャが過去にとらわれることなく、前向きに生きることを望んでいるはずだわ」

 

「あんたは、本当に真面目ねえ──」

 

 だが、イライジャはまたもや声をあげて笑った。

 そして、ちょっと落ち着いた感じになって微笑んだ。

 

「もしかして、泣いていたのを心配してくれているのかもしれないけど、そんなんじゃないのよ。さっきも言ったけど、一番哀しいことを思い出さないと、感傷的な気持ちにもなれないの。あたしは多分、他人よりも情が薄いのよ。篤くはない。夫がいたのに、ロウと愛し合うわ。なにもかも忘れて愉しむ。年命日というのは、そんなことに自己嫌悪に陥る日でもあるわね」

 

「仕方ないじゃないの。死んだトードさんには申し訳ないけど、イライジャは愉しく生きていいのよ」

 

「愉しくしているわ。その代わり、年命日だけは、あの人のことを思い出してあげないといけないと思ってね」

 

 イライジャは心配ないというように、エリカがイライジャの手を握った上から反対の手を重ねる。

 そして、手を離して、また盃を口につける。

 エリカも、果実水とともに果物を口にする。

 果物もとても冷えていて美味しかった。

 

「ねえ、トードさんというのは、どんな人だったの?」

 

 ちょっとの間の後に、エリカは訊ねた。

 イライジャがトードと婚約して里を出て行ったのは、あっという間だった。だから、ほとんどトードのことは知らないのだ。

 

「まあ、誠実な人よ。ロウとは逆ね」

 

 だが、その言い方に、エリカはちょっとむっとしてしまった。

 

「ロウ様は誠実よ──」

 

「そして、誰かさんと違って、あたしだけを愛したわ。情熱的にね」

 

 さらにイライジャがにやりと笑う。

 

「ロウ様は、愛が深いわ。そりゃあ、たくさんの女性を愛して、そして、愛されている。それはロウ様の欠点じゃないもの──。逆に素晴らしいところよ」

 

「欠点だなんて言ってないわよ。あのトードがどんな人だったか言っているだけよ」

 

 イライジャがまた笑う。

 その表情で、エリカは、半分揶揄(からか)われたのだとわかった。

 しばらくすると、イライジャが表情を戻す。

 

「……まあ、とにかく、馬鹿正直で狡さの欠片もなかったわね。あたしとは正反対。そんな彼が眩しくて婚姻を決めたのかもね」

 

「そうなの……。いい人だったということね」

 

「それはどうかしらねえ……。馬鹿正直だから、ダルカンが不正をしてるって、堂々と騒いで、あっという間に罠に嵌められて死んでしまったわ。女を残して死ぬなんて、あたしからすれば、最低の男よ。くそったれだわ……」

 

「イライジャ……」

 

「……あたしのことが好きなら、なにがなんでも生き延びて欲しかったわね……。だから、こんな風に忘れられちゃうのよ……」

 

 イライジャのその言葉は、ほんの聞こえるか聞こえないかと小さな声だった。おそらく、エリカに向かっての言葉ではなかったのだろう。イライジャの視線は真っ直ぐに、向かい側の誰もいない椅子に向いている。

 それからしばらく、エリカもイライジャもなにも語らなかったが、やがて、イライジャが思い出したように、エリカに顔を向けた。

 

「ああ、そういえば、あんたって、なにか用事があって来たんじゃないの?」

 

「あっ、そうだった。ミランダから伝言よ。今夜も、そして、多分、明日の午前中……もしかしたら、明日の終日も戻れないかもしれない。よろしく頼むということよ」

 

 エリカの言葉にイライジャが吹きだした。

 

「ははは、わかったわ。だけど、あの仕事の虫のミランダがねえ……。まあ、あと七日で婚姻式だし、あんたらも忙しいんでしょうしね。まあ、こっちは大丈夫と伝えてくれる。困ったら、すぐに呼び戻すともね」

 

「わかった」

 

 エリカは頷いた。

 とはいっても、婚姻前で忙しいというよりは、散々にロウがミランダを揶揄(からか)って意地悪をして抱き潰し、帰ろうとしても帰れないというのが実情だ。

 今夜も、適当な理由をつけて、ロウはミランダの股間を媚薬を塗ったディルドを挿入して貞操帯で封印してしまった。

 しかも、そんなミランダを今夜は寝室に呼んで、ほかの数名と一緒に、乳首調教をすると言っていた。

 あの状態で、乳首だけを責められるのはつらいだろう。

 そもそも、ロウの責めの激しさは、少々、常軌を逸するところがある。

 

 とにかく、少なくとも、しばらくはミランダも使いものにならないと思い、エリカは明日の午前中までは任せると伝えにきたのだ。

 下手したら、明日一日無理だろう。

 イライジャがギルドのことで切羽詰まっていたら、さすがにロウにミランダを解放させなければならないとも思ったが、この感じならいいだろう。

 ミランダには悪いが、まだ、ロウのご機嫌の相手をしてもらおう。

 

「じゃあ、そういうことで……。飲み過ぎないようにね」

 

 エリカは立ちあがろうとした。

 だが、それをイライジャが制した。

 

「なに?」

 

 エリカはとりあえず座り直す。

 

「ねえ、エリカも折角来たんだから、あたしの退屈しの……じゃなくて、あの人への供養をしてってよ。年命日ってことでね」

 

 すると、イライジャがちょっと意味ありげな表情で微笑んだ。

 なにか企んでいる?

 長い付き合いだから、イライジャが悪戯をするときの顔はなんとなくわかる。

 いまが、そうだ。

 ちょっと嫌な予感がした。

 

「……悪いけど、イライジャ……」

 

「あれ? あんたって、トードのことを忘れていたのに、供養のお祈りさえ、してくれないの?」

 

 イライジャが不満そうに言った。

 エリカは困惑した。

 

「そんなことは……」

 

「だったら、ちょっと彼のためにお祈りしてくれるくらいいいじゃないのよ。供養のお参りよ……。褐色エルフの里の習慣を教えるわ。身体の前で左右の手を握って、両方の親指を重ねるようにして立てて」

 

 手を握って、親指を重ねて立てる?

 聞いたこともないお祈りの仕方だけど、とりあえず、言われた通りにした。

 

「こう?」

 

「次に眼を閉じて……。供養の言葉を心に思うの…」

 

「うん……」

 

 イライジャの元夫のトード……。

 安からに……。

 

「まだ、眼を開けてはだめよ。次にあたしの言葉に次いで、眼を閉じたまま喋って……。わたし、イライジャの大切な友人のエリカは……」

 

「わたし、イライジャの大切な友人エリカは」

 

「年命日で心が沈んでいたイライジャの心を和ませるために……」

 

「年命日で心が沈んでいたイライジャの心を和ませるために」

 

「イライジャの玩具になります」

 

「イライジャの玩具になります……。ええ?」

 

 びっくりして眼を開けた。

 しかし、その瞬間、親指の根元に強い圧迫感を感じた。

 はっとして親指を見ると、細い紐で根元をまとめ縛られた。

 いわゆる「指縛り」だ。

 一瞬のことだ。

 

「ちょ、ちょっと──」

 

 抗議しようとしたが、その指縛りの紐の端末を引っ張られて、両手を頭の後ろまで一気に持っていかれる。

 しかも、その端末を喉に強く巻かれてしまう。

 

「くっ、な、なんで──」

 

 とにかく、慌てて手を振りほどこうとする。

 すると、喉を紐が強く圧迫する。

 

「んぐっ」

 

 エリカは呻き声をあげた。

 慌てて手の力を抜く。

 

「ふふふ、下手に逃げようとすると、首が絞まって死ぬわよ。だから、大人しくしなさい」

 

 そして、首に後ろの手首にがちゃんと手錠をかけられた。

 はっとした。

 ただの手錠じゃない。

 魔道封じの枷だ──。

 

「じゃあ、宣言通りに、あたしの退屈しのぎの玩具になってね、エリカ。それにしても、相変わらず、あんたは馬鹿正直で愉しいわ」

 

 イライジャがエリカの服の下に手を差し込んだ。

 しかも、胸巻きの中にまで両手を入れて、乳首に嵌まっているエリカの「乳首ピアス」を指で弾いて刺激する。

 

「ひゃん、やっ──。あぐうっ」

 

 ロウに施されている両乳首と股間のピアスは、ロウの能力によって平素は、エリカの身体を刺激しすぎないように制御されているらしいが、ひとたび誰かに触れられると、その制御されている分までまとまった大きな刺激が迸るようになっている。

 イライジャに両乳首のピアスを悪戯されたことで、脳天を直撃するような強い疼きが乳首に走り、思わず身体とともに両手を動かしてしまって、紐が喉に強く喰い込んだ。

 

「抵抗すると、喉が締まるって言ったでしょう。そんな風に縛っているのよ。諦めて、今夜はあたしの玩具になりなさい、エリカ」

 

 イライジャがエリカと対面するようにエリカの膝の上に跨がり、舌をエリカの首筋に這わせてきた。

 

「あっ、いやっ」

 

 エリカはぞくぞくとした疼きが身体に走り、思わず身体を前に折り曲げた。



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1030 年命日と百合供養(2)─意地悪お姉ちゃん

「ふふふ、頑張って逃げた方がいいわよ。さもないと、大変な目に遭わせられると思うわ。なにしろ、ミランダが戻ってこない冒険者ギルドを任されているんだもの。色々と気疲れが溜まっているのよね。今夜は、羽目を外したい気分なの。それなのに、のこのことあんたが来てくれるなんてね」

 

 イライジャは椅子に腰掛けていたエリカに向き合うように、エリカの膝の上に乗っている。

 しかも、お尻をエリカの股のあいだにおろしてしまったので、エリカは脚を閉じることもできなくなった。両腕は頭の後ろで指縛りと手錠で拘束されてしまって、まったく動かすこともできない。

 

 イライジャとエリカ、そして、シズは孤児の施設時代では百合愛の仲である。

 しかも、いつも責め役はイライジャであり、責められるのはエリカとシズという関係だった。だから、エリカも、いまだにイライジャには強気になることはできない。

 心と身体が、すっかりとイライジャに逆らえないようになってしまっているのだ。

 

 また、その頃から、イライジャは紐や縄を使ってエリカたちを縛るのがとても上手だった。そのイライジャが絶対に解けないと言うのだから、この指縛りから逃げるのは不可能なのだろう。そもそも、ちょっとでも動けば、きつく巻かれている喉に紐が喰い込んで息がとまりそうになる。

 どうやっても、逃げられそうにない。

 

「あら、すっかりと感じちゃって……。可愛いわよ、エリカ……。こうやっていると、昔を思い出すわね……」

 

「あっ……、くっ、イ、イライジャ……だめ……」

 

 その状態で、イライジャはエリカの服の下に手を入れて、乳房をこねるように揉み、乳首を指で挟んで捻りまわしてくる。

 乳首ピアスを動かされるたびに、電撃のような疼きが走ってしまうエリカは、それだけで全身が脱力するほどの快感が走り、抵抗の意思も、思考力そのものも奪われてしまう感じになる。

 

「あっ、あっ、う、動かさないで、イライジャ……」

 

 エリカは必死に、イライジャの淫らな手から逃れようとするのだが、とにかく、激しく動くと喉を締めている紐を引っ張ってしまうことになり、払いのけられない。

 

「まずは、ロウ直伝の掻痒剤から始める? すぐに効いてくるわよ。いやなら逃げなさい。この前、もらったんだけど、是非、あんたか、シズで試したいと思っていたのよね」

 

 いま気がついたが、イライジャはいつの間にか足もとに小さな木箱を準備していた。いったん胸揉みをやめたイライジャが、その箱をテーブルの上に置き直して、そこから見慣れた平たい缶を取り出した。

 エリカははっとした。

 このところ、ロウは、「創始の術」とか称して、あの仮想空間で作ったものを収納術で取り出すようにして、現実世界に持ってくるということをする。

 これについては、スクルドはおろか、ガドニエルにもできない能力であるらしく、つまりは、無から有を生み出して、空想だけで考えたものを現実化するという途方もない力らしい。

 もっとも、ロウが作れるのは、淫具や拘束具などに限るのだが、それでも凄まじい能力なのであろう。

 

 そして、イライジャが手に取った缶は、ロウが『蛇化油(じゃかゆ)』と名づけていたものだ。エリカも見覚えがあった。

 名づけの由来は、一度塗られれば、歩けなくなり蛇のようにのたうち回るしかなくなるという意味だそうだ。確かに、そのとおり凄かった。

 エリカも先日味わったのだが、ロウが使う掻痒剤シリーズの中でも指折りの効き目だった。

 ただ痒いだけではなく、性感も跳ねあがる。

 

 なによりも、一度塗られると、なにをしても痒みと疼きは収まらず、のたうち回るしかない。刺激を受けているあいだは、痒みも収まるが、刺激がなくなれば、たちまちに効果が復活する。

 まさに、地獄のような媚薬だ。塗られればなにもできなくなる。

 唯一の解決策は、ロウに精を注いで淫魔力によって効き目を収めてもらうことなのだが、ここにはロウはいない。

 従って、イライジャがそれを使えば最後、エリカは延々とここで苦悶しないとならないことになる。

  

「だ、だめよ、イライジャ──。その蛇化油は、塗ったら効果が消えないの──。ロウ様がいないと、痒みと疼きがずっと続くというものなのよ──」

 

「あら面白い。だったら、朝になったら、ロウを呼んであげるわ。正妻のあなたがお願いしたら、いつでも抱いてくれるんじゃない。あっ、そうだ。言い忘れていたけど、改めて結婚おめでとう。大変な人の正妻になることになるけど、エリカなら心配ないわ。幸せになりなさい」

 

「あ、ありがとう……って、だめだったら──。ああっ」

 

 イライジャが指にたっぷりと塗った「蛇化油」を乳首に塗りだした。

 たちまちに塗られた場所が熱くなる。

 

「ああっ、塗った──。だめって言ったのにいい──」

 

 エリカは歯を喰いしばった。

 塗られた瞬間、早くも大きな痒みと疼きが始まったのだ。

 

「ふふふ、可愛いわねえ。じゃあ、こっちも塗り塗りしましょうね」

 

 イライジャがお道化つつ、今度は手をスカートの中に入れてきた。紐パンの紐が解かれて股間から抜かれる。

 

「ひあっ」

 

 さすがに股間に薬を塗られることは避けたい。

 イライジャには悪いけど、脚で蹴りどかそうと思って、イライジャに跨がれている脚をなんとか抜いて、足の裏でイライジャの身体を押そうとした。

 しかし、イライジャは懐から指縛りをしたのと同じ紐を出すと、瞬時に足首に紐を巻き、思い切り頭方向に端末を引っ張って、エリカの脚をあげさせて、背もたれの上側に結んでしまう。

 

「あっ、痛い──」

 

「抵抗するから痛いのよ。じっとしてれば、痛くないわ」

 

 イライジャがくすくす笑って、反対の脚も同じようにしてしまった。

 エリカは脚を大きく頭方向にあげて開脚されてしまったのだ。そのため、股間を大きく前方向に突き出した格好にもなった。

 すでに下着を抜かれた股間は、スカートがめくれて完全に露出している。

 股間どころか、お尻の穴までイライジャの視界だ。

 さすがに恥ずかしい。

 イライジャは、今度は箱から縄を出して、太腿を手摺りに固定し、胴体も椅子に縛りつけた。

 もはや、完全に動けない。

 

「もはや、どうにでもしてっていう格好ね。服は明日にでも新しいものを贈るわ。婚姻祝いよ」

 

 今度は箱から鋏を出す。

 スカートから始まり、上衣までじょきじょきと縦に一直線にエリカの着ているものを切断していく。

 そして、左右にはだけ、エリカの裸身は完全に剥き出しにされた。

 

「イ、イライジャ、もう許して──」

 

 エリカは必死に言った。

 

「なにを許すの? まだ始まってもいないわよ」

 

 だが、イライジャはくすくすと笑うだけだ。

 エリカは、目の前の危険なものを感じてしまった。

 もともと、百合愛の性癖のあるイライジャだが、平素が真面目な反面、少女時代のときも、愛し合うときの羽目の外し方は凄かった。

 エリカもシズとふたりで、散々にイライジャに泣かされたものだ。

 あの当時と同じような目の色になっている。

 こんなときのイライジャは、人が変わったように冷酷で淫靡で好色になる。

 

「とにかく、もう諦めなさい」

 

 イライジャが改めて指に「蛇化油」を載せた。

 股間に亀裂に媚薬を塗り込んでくる。

 

「あっ、ああっ、ああ……」

 

「ふふ、もうたっぷり濡れているのね。ロウが女王たちを押しのけて、あなたを正妻にするくらいに執着するのがわかるわ。とっても敏感で淫乱ね……」

 

「い、淫乱って……。そ、そんなことない……」

 

「自覚はないの?」

 

 イライジャの指が油剤を足して媚肉の奥に繰り返し入ってくる。

 そして、すでに塗られている場所から、すでに痒みが始まってきた。塗り足せば塗り足すほど、効果が大きくなるのを知っているので、こんなに執拗に塗り足されたらどうなってしまうのか、考えるのも怖くなる。

 

「あっ、ああ……」

 

 喰いしばっている唇から掠れたような声が漏れた。

 

「言い忘れてたけど、ここは防音じゃないし、あのガドニエル女王様や、スクルドさんみたいに、部屋を防音にする能力はあたしにはないから、声はできるだけが我慢した方がいいわよ。まあ、喘ぎ声を聞かれても恥ずかしくないなら、まあいいけど」

 

「くっ──」

 

 慌てて口をつぐむ。

 だが、痒みが乳首を襲い、じわじわと股間を浸食してくる。

 どんどんと熱くなる身体に、知らずエリカの裸身は震えてくる。

 

「ここにも塗らないとね」

 

 イライジャがピアスが嵌まっているクリトリスに触れた。

 皮の中にもすり込むようにして、油剤を塗ってくる。

 

「んんっ、んああっ、んんんっ」

 

 我慢しようとするのだが、イライジャの指の動きがいやらしくて、どうしても声が漏れる。

 

「じゃあ、残りはお尻ね。お尻については、特別なことをしてあげるわね。これも、ロウからもらったものよ」

 

 イライジャがまたもや箱から取り出したのは、桃色の「ろーたー」という小さな楕円球の淫具だ。「ろーたー」というのは、魔道を遠隔で込めて振動させたりするものだ。ただし、その「ろーたー」はまだ見たことがないものだった。

 表面に奇っ怪な極小の触手のようなものが覆っていて、それがすでにうようよと動いている。イライジャはそれにも、「蛇化油」を塗りたくってから、エリカのアナルの奥に押し込んできた。

 

「うんんっ──」

 

 反射的にエリカはお尻をくねらせていた。

 油剤により、挿入自体は滑らかだ。

 だが、指でぐっと押し込まれた場所で、「ろーたー」の表面がうごめいていて、気色が悪い。

 しかも、早くもアナルの奥からじわじわと疼痛のような痒みと熱が襲いかかってくる。

 

「あっ、だ、だめっ、イライジャ……。こ、これは……。お願いだから……」

 

 エリカは拘束されている身体を悶えさせながら言った。

 

「なにがお願いなの?」

 

 イライジャが改めてエリカの身体に覆い被さってきた。

 そして、ねっとりとエリカの唇を舐めてきた。

 だが、もう乳首や股間のあちこちから痒みが襲いかかってきている。汗がどっと噴き出してもきた。

 口を開けば、声が出そうで、エリカは必死に口を閉じている。

 

「ほら、口を開けなさい……。お姉ちゃんの命令よ……。お姉ちゃんの舌を舐め返すのよ……」

 

 イライジャが孤児時代の言い方で、エリカに甘くささやく。

 頭がぼうっとする。

 エリカは、操られるように口を開いた。舌が差し込まれる。エリカはそのイライジャの舌に絡めるようにして、舌を動かした。

 

「んんっ、んっ、んあっ」

 

 淫靡な音が口づけを交わしている口で鳴る。

 一方で、全身を蝕むような痒みに襲われだして、エリカは我慢できなくなり、だんだんと身体を激しく揺すり動かしていた。

 

「ふふ、痒そうね、エリカ。あとどのくらい、そうしていられる? どうしても、我慢できなくなったら、イライジャお姉ちゃんにお強請りなさい」

 

 自分の口の周りを舐めながらエリカの顔から口を話したらイライジャがエリカの顔を見つめながら微笑む。

 だけど、すでに狂おしい痒みは、ほんの少しも耐えられそうにない。

 

「あ、ああ、お願いよ、イライジャ……」

 

「イライジャお姉ちゃんよ……」

 

 イライジャ自身もすっかりと興奮しているみたいだ。

 こんなときのイライジャはしつこい。

 

「イ、イライジャお姉ちゃん、お願いよ。痒みをなんとかして……」

 

「ふふふ、どうしようかしら」

 

 イライジャがにんまりと微笑む。

 その表情に、なぜかエリカはぞっとしてしまう。

 

 そのときだった。

 突然に廊下に通じる扉がノックされたのだ。

 エリカは竦みあがりそうになった。

 

『夜分に申しわけありません。当直のマーサです』

 

 当直というのは、夜間に閉鎖している冒険者ギルドではあるが、緊急の連絡があったり、非常事態の発生への対処が必要な場合がある。

 そのために、ひとりを事務所側に残しているのである。

 おそらく、なにかの報告事項があったのだろうと思う。

 

「どうしたの──? 悪いけど、そのまま報告してくれるかしら。ちょっと待ってね」

 

 イライジャが扉に向かって大きな声を返す。

 そして、エリカの顔を覗き込んできた。

 エリカはどきりとした。

 

「……じゃあ、行きましょうか……。さっきも言ったけど、声を出さないのよ」

 

 イライジャが椅子の下に屈み込み、なにかの操作をした。

 そして、立ちあがり、エリカが拘束されている椅子の後ろにまわる。

 すると、どういう仕掛けになっているのか、エリカを載せている椅子が滑るように床を進んでいく。もしかしたら、最初からこういうことをしようと思って、エリカを座らせた椅子に細工をしていたのだろうか。

 それはともかく、エリカはあっという間に、扉の前まで連れていかれた。

 開脚をして股を晒している正面を扉の前に向けられる。

 

「……覚悟はいい、エリカ?」

 

 イライジャの手から魔道が走るのがわかった。

 その瞬間、お尻の中で触手の生えている「ろーたー」が動き出す。触手も活発に動き出した気がする。

 

「んあっ」

 

 思わず声を出してしまい、エリカは必死に口を閉じる。

 とにかく、なにが起きたかわからなかった。

 これまでに体感したことのない衝撃が、お尻の中から全身に響き渡ってきた感じだった。

 

「んんんっ」

 

 エリカは歯を口をつぐんだまま、涙目でイライジャに向かって懸命に首を横に振る。

 とめてくれと、眼だけで哀願する。

 

『どうかしましたか、副ギルド長?』

 

 扉の向こうから怪訝そうな口調で声がかけられた。

 エリカの緊張は最大限に膨れあがる。

 

「ちょっと躓いたのよ。ところで、なにかしら?」

 

 イライジャがなんでもない口調で扉の向こうに声をかけた。

 エリカはとにかく、必死に歯を喰いしばった。



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1031 年命日と百合供養(3)─夜の面会人

 扉一枚挟んだ向こうに、親しくはないギルド職員がいる。

 その緊張の中で、エリカは必死に激しい掻痒感と身体の疼きと戦っていた。だが、すでに股間と乳首の痒みは痛みにも等しいほどの大きなものになっている。

 なによりも、アナルの中で暴れている触手付きの「ろーたー」の存在がエリカを追い詰めていた。

 椅子に両脚を頭側にあげられた破廉恥な格好で拘束されている裸身から流れる汗がとまらない。

 額はもちろん、首筋、うなじ、脇の下、股間、足先……。

 すべての場所で水でも被ったように汗が滴り落ちている。

 必死に身悶えをやめようとするのだが、あまりもの痒みは、エリカがじっとしたままでいるのを許してくれない。

 痒い……。

 疼く……。

 狂うほどに痒い──。

 

「……えっ、ミランダに面会? こんな夜中に?」

 

 一方で、イライジャは意地悪なことに、向こうが扉を開いたら、エリカの恥ずかしい格好が曝け出される状態にしたまま、何事もないかのように、扉越しにマーサと話を続ける。

 とにかく、エリカはひたすら声が漏れないように、歯を強く喰いしばった。

 

「はい、とにかく、ミランダを出せと怒っていて……。明日にして欲しいと伝えたところ、そっちからすぐに戻れと言ったのに、どういうことだと……。あんまりの権幕で、あたし、殺されるかと思いましたよ」

 

 また、職員当直のマーサという女職員の報告は、二人組の冒険者パーティがギルド長のミランダに緊急の用事ということで面談を求めているという話だった。そして、すでに冒険者ギルドは夜間閉鎖しているので、明日の朝にもう一度出頭して欲しいと告げたらしいだが、どうしても聞き分けないという話だった。

 

「はあ……。ミランダが呼び出したって、そいつらは言ったの?」

 

 イライジャは困惑した口調になった。

 そのときだった。

 突然に、イライジャがエリカの左の胸をぎゅっと握り締めてきたのだ。

 

「あうっ」

 

 エリカは思わず声をあげ、びくりと身体を跳ねあげてしまった。

 

『えっ? どうかしましたか、副ギルド長?』

 

 マーサが驚いた声を出した。

 エリカは懸命に口をつぐむ。

 

「なんでもないわよ。気にしないで、マーサ。それで、ミランダからの呼び出しというのはなんなの? 緊急クエスト? もっとも、あたしは聞いてないんだけど」

 

 イライジャは平然とした口調で会話を続ける。

 だが、話しながらも、エリカの胸への悪戯をやめてくれない。さらにくすぐるように静かにエリカの乳首に指を這わせ、さらに反対の乳首にも手を伸ばしてくる。

 

「んんっ」

 

 エリカはまたもや、いやらしい声を出してしまった。

 

『ええっと……。そこに誰かおられますか?』

 

「いないわよ。気のせいじゃない。それで、そのしつこい冒険者とやらは、ほかになにか言ってるのかしら?」

 

 マーサと扉越しに会話を続けながら、イライジャはエリカの乳首に刺激を与え続ける。

 エリカには、もうただただ耐えるしかない。

 しかも、ロウの「蛇化油(じゃかゆ)」という強力な媚薬を塗られたことによるむず痒さは、愛撫を受けたことにより、さらに強い刺激を求めて、より一層の苛烈さをもって焦燥感を噴きあげてしまっていた。

 いずれにしても、痒みと疼きに襲われている乳首に与えらてているイライジャの愛撫は、天にも昇るほどの快感に感じた。

 だからこそ、それを耐えるなんてできない。

 

 気がつくと、エリカはイライジャの手に乳房を押しつけるようにしていて、はっとして引っ込める。

 すると、イライジャは深追いのようなことはせずに、すっと手を離す。

 しかし、ほっとしたのは束の間だ。

 乳首に刺激を与えられて、ほんの少しでも掻痒感が癒えてしまったことで、それがなくなった瞬間に大きな苦悶が襲い掛かってきたのである。

 しかも、まったく癒されることなく放置されたままの股間が激しく痒いままだ。

 それなのに、声も出せないし、身じろぎも許されない。

 

「うっ……、くっ……」

 

 エリカは必死にこの痒みの苦しさに耐える。

 イライジャは、そんなエリカの苦悶の顔を見ながらにやにやとするだけだ。

 まったく意地悪だ。

 

『あっ、ああ……。それがとにかく、ミランダを呼べの一点張りだけで……』

 

「わかったわ。それで、そいつらの名は?」

 

『ゼノビア様とシズ様です』

 

「ゼノビアとシズ──?」

 

 マーサのその言葉を聞いた途端にイライジャは爆笑した。

 エリカもちょっと驚いた。

 そして、思い出した。

 そういえば、ロウがミランダに指示して、懲罰調教のやり直しだとか言って、どこかに逃亡したゼノビアとシズを呼び出した気がする。

 よくは聞いていなかったが、確か、ターナ=ショーというタリオの女工作員のことを巡って、ロウに報告を忘れていたので、すぐに戻ってこないと、映録球でふたりの痴態をあちこちに公開するとか脅していたような気がする……。

 

「ははは、そうだったの。ごめんごめん、それなら聞いているわ。通してちょうだい。あたしが話をするわ。面談室に通しておいて」

 

『わかりました……。では、お願いします。そのふたりを入れます』

 

 ほっとした様子のマーサが戻っていった。

 その足音が遠くなったところで、エリカはイライジャを涙目で睨んだ。

 

「ひ、酷いわよ、イライジャ」

 

「ふふ、でも、満更でもなかったでしょう? それよりも、ちょっとのあいだ仕事してくるわ。悪いけど、それまで、あんたには待ってもらうわね。仮眠室に行ってくれる?」

 

 イライジャがエリカが拘束されている椅子を押していく。

 この部屋には、仮眠室と呼んでいる寝室が併設させているのだが、そこに連れて行かれる。

 次いで、エリカを載せている椅子が寝台に横付けされた。

 

「一度解くけど、暴れちゃだめよ」

 

 イライジャが懐からアナルでうごめいている者と同じ触手付きの「ろーたー」を取り出した。

 そして、それをエリカの股間に押し込んだ。

 

「ひんっ」

 

 エリカは激しく身体を震わせる。

 ところが、次の瞬間、それがいきなり強く振動を開始した。

 

「んふうううっ、くうううっ」

 

 そのあまりもの甘美感に、エリカは腰が抜けたように脱力してしまった。

 すると、一瞬にして、太腿や胴体を縛っていた縄が解かれて、椅子からは外された。両手首こそ首の後ろに繋がったままだが、大きく開脚して頭側に持っていかれていた両脚もやっとおろすことができたのだ。

 とにかく、逃げようともがいたものの、淫具の刺激で腰に力が入らなかった。

 

 そして、イライジャが突き飛ばすように寝台にエリカを押し乗せる。

 さらに、強引に仰向けにさせると、まずは両足首に縄を巻いて、大きく開脚縛りで寝台の隅に固定してしまう。

 手錠にも縄を繋げて、寝台の頭側に固定された。

 あまりにもあっという間で、まったく逃げる隙がなかった。

 エリカが寝台に完全に仰向けで拘束されたところで、股間とアナルに挿入された「ろーたー」が完全に静止する。

 

「じゃあ、行ってくるわ。一応、鍵はしておくけど、静かにね。それと念のために、助けが呼べないようにしておくわ。まあ、その恰好を見られてもいいなら、騒いでもいいけどね」

 

 イライジャは、エリカの口にボールギャグを咥えさえ、頭の後ろで固定する。これも、ロウが最初に作ったものかもしれない。小さな穴が開いている丸い開口具であり、それをされた途端にすぐに小さな穴からエリカの涎が流れ出した。

 

「じゃあね、エリカ。ふふふ……」

 

 そして、イライジャは、エリカを置き去りにして、仮眠室を出ていく。

 執務室側に通じる扉が閉じられて部屋が真っ暗になった。

 だが、それはエリカの新たな絶望の始まりでもあった。

 痒い……。痒い……。

 

「んんっ、んんんっ」

 

 エリカはひたすらに身体をうねらせながら、呻き声を出し続けた。

 

 

 *

 

 

 今頃はエリカは、閉じ込められた仮眠室の寝台の上で、さぞやいやらしく身体を悶えさせているのだろう。

 その痴態を想像すると、イライジャは思わずにんまりとしてしまう。

 エリカには悪いとは思うけど、あの娘には苦悶の表情がよく似合う。

 今夜は久しぶりにとことん、エリカで遊ばせてもらおうと決めてしまった。

 わざわざ、ひとりでやって来たのがエリカの災難だろう。

 イライジャは、職員の部屋側から、普段冒険者たちが出入りするロビー側に向かいながら、置き去りにしてきたエリカのことを想像しながら、くすくすと笑った。

 

 やがて、ロビーに到着した。

 マーサは指示のとおりに、ゼノビアとシズを面談室に入れてくれたようだ。

 すでに夜間閉鎖している時間なので、ロビー全体は消灯をして人気もないが、ひとつの部屋だけ明かりが漏れていて、人の気配もしている。

 マーサには、気を使わないでいいふたりだから、マーサ自身は当直用の部屋に戻るように告げているので、部屋ではゼノビアとシズだけで待っているのだろうと思う。

 

 それにしても、考えてみれば、あのふたりもロウの犠牲者といえるだろう。

 もともと、ミランダの指示だった本物のテレーズ=ラポルタ女伯爵の捜索のために、ゼノビアとシズのふたりがカロリック公国に向かって経緯はもちろん承知している。

 結局、本物のラポルタ女伯とその娘の令嬢は、カロリックの闇娼館に売り飛ばされていて、ゼノビアたちは、その確認と救出までは成功はしたみたいだ。

 ただ、当の本人たちが、ハロンドールに帰国することを望まず、娼婦が娼婦として堂々と生きることができるデセオ公国行きを望んで、王国に連れ帰ることはできなかった。

 その代わりに、その娼館で偶然に出遭ったロクサーヌ少女大公をハロンドール王国まで連れ帰ったのだから、大したものだといえるだろう。

 クエストが成功かどうかの判断以上に、ふたりの功績は大きい。

 大公の保護と亡命の手伝いを冒険者ギルドが関与したということであり、改めて、ギルドの力を内外に植え付けることにもなるだろう。うまく喧伝すれば、ハロンドール地区内の冒険者ギルドの能力と影響力を世間に広く知らしめることにもなる。

 

 ところが、あのロウは、女伯爵母娘を連れ帰ることができなかったという一点で、失敗クエストだと言って、ゼノビアとシズに手酷い悪戯をしたのである。

 いま現在、イライジャ自身がエリカにしている仕打ちを思えば、ロウのことを批判することはできないが、ふたりにとっては気の毒で随分と理不尽なことだとは思う。

 ミランダはミランダで、なんだかんだで、ロウの押しに弱いので、その片棒を担いだ感じになって、その扱いにもゼノビアたちは怒っている。

 あとで知ったものの、しばらくは戻らないと激怒して、ふたりが王都から立ち去ってしまったのは、無理もないと思った。

 

 しかし、そのゼノビアたちを、ロウは再びミランダを使って、戻ってくるように命令したらしいのだ。

 それも、戻って来なければふたりの破廉恥映像を映録球で公開すると脅迫してだ。

 ロウの悪ふざけいつものことではあるものの、結局、ロウの言いなりになって、そのままの伝言を遠方に向かったゼノビアに送りつけたミランダにも呆れてしまう。

 とりあえず、どうやって宥めようかと考えながら、イライジャは面談室に入った。

 

「お待たせしたわね……。シズも久しぶりね。この前は入れ違いで会えなかったものね」

 

 イライジャは言った。

 

「う、うん、イライジャ……」

 

 シズが小さく頷く。しかし、なぜかシズはいつも以上におどおどしている感じだ。

 一方で、ゼノビアは明らかに激怒している。

 だが、それはともかく、イライジャは部屋に入ってふたりの姿を見て、ちょっと驚いてしまった。

 ふたりは椅子には座らずに、壁に背もたれるようにして、イライジャが来るのを不貞腐れた雰囲気で立って待っていた。

 だが、イライジャが戸惑ったのは、ふたりの服装だ。

 

 シズはともかく、いつもズボンしかはいているのしか見たことのないゼノビアがスカートをはいているのである。

 しかも、シズもそうだが、随分と丈がおそろしく短く、太腿のほとんどが露出している。丈が股間ぎりぎりくらいまでしかないのだ。

 さらに、上衣も変である。

 乳房の谷間がはっきりとするような開脚の襟で、全体的に小さめであり、身体の線も胸のかたちもくっきりと出ている。

 なによりも、胸当ての下着をしていないのか、乳首が布地にしっかりと浮き出ているのである。

 冒険者というよりは、まるで場末の娼婦だ。

 

「……というか、その恰好はどうしたのよ? 前回のクエストでは、娼婦になってまで潜入調査したらしいけど、娼婦の格好がやみつきにでもなったのかしら? シズも可愛いわよ」

 

 イライジャはくすくすと笑った。

 すると、もともと怒ったような表情で真っ赤だったゼノビアが、さらに顔を険しくして顔を赤くした。

 

「ああっ──。どうしたかだと──? あんた、そう言ったのかよ──。あんたのところのくそ魔術使いと、くそギルド長のせいだろうが──」

 

 ゼノビアがいきなり怒鳴りあげてきた。

 くそ魔術使い?

 くそギルド長?

 もしかしなくても、スクルドとミランダのことだと思うけど、どうかしたのだろうか?

 

「そのふたりがどうかしたの?」

 

「どうかじゃないよ──。もうひとつ加えれば、あんたらのくそ独裁官だ──。いい加減にしてくれよ──。もう構わないで欲しいんだよ。いい加減にしろってことだよ──」

 

 ゼノビアはますます怒りで顔を赤くする。

 いまにも、血管が切れそうだ。

 イライジャ首を傾げた。

 

「怒鳴るだけじゃなくて、怒っている理由を説明してくれないとわからないわね。とにかく座ろうか」

 

 イライジャは部屋の真ん中にあるソファに促して、まずは自ら座った。

 ふたりは、ちょっと迷ったみたいになったが、すぐにお互いの顔を見つめ合って、その後諦めたように腰をおろす。

 テーブルを挟んで。向かい合ったかたちになったが、改めてふたりのスカートの短さを実感してしまった。

 座ると、短いスカートがさらにせり上がり、股間を露出したのである。

 そして、イライジャはさらに、ふたりのそのスカートの中に違和感を覚えた。

 

「あんたら、もしかして、そんなに短いスカートなのに、下着をはいてないの?」

 

 イライジャは、呆れて言った。

 ふたりがはっとしたように、両手で股間を隠した。

 その慌てたような仕草が面白くてイライジャはちょっと笑ってしまった。

 

「お、お前らの伝言だろうが──。戻ってこないと、あたしらの破廉恥映像を王都の広場でばらまくって脅迫しやがって──。そして、仕方なく、あの女魔道遣いとミランダの指示に従って、ゲートを使って戻れば、さらに伝言の追加だ」

 

「伝言の追加?」

 

「そうだよ──。この服以外のものを身に着けて王都に入ったら、その瞬間に映録球の公開だという、ロウ殿からの伝言付きで、最後のゲートの前に置いてあったんだよ──。この馬鹿みたいな服はね──」

 

 ゼノビアがいつもの男勝りの姿ではなく、短い丈のスカートを持て余している感じで怒鳴った。

 どうやら、いつの間にか、ロウの悪戯が追加になっていたらしい。

 イライジャは噴き出してしまった。



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1032 年命日と百合供養(4)─クエストの見返り

「そりゃあ、あんたらも災難だねえ。それでその艶やかな恰好なんだね。よく似合っているよ」

 

 ゼノビアとシズには悪いが、イライジャは大笑いしてしまった。

 どうやら、ゼノビアとシズの破廉恥な恰好は、ロウの悪戯で強要されたもののようだ。

 ミランダがロウに言いなりになり、イライジャも立ち寄ったことがあるアッピアの山温泉にいたゼノビアとシズにロウからの脅迫を伝えて、ふたりを強引に呼び戻したことまでは承知していた。

 だが、ロウがさらに、王都に帰る直前のふたりに、追加の脅迫を送り届けさせて、目の前のような破廉恥服装を強要したというのは知らなかった。

 

 しかも、このふたりは、どうやら馬鹿正直にも、強要された格好をして、ここまでやってきたようだ。

 つまりは、怖ろしく短いスカート丈に、身体の線がはっきりと浮き出るほどの小さめの上衣という恰好だ。

 また、胸部分は開襟していて、乳房の谷間ははっきりと見えている。

 さらに、胸巻きも、腰の下着も身に着けてないようだ。

 ゼノビアの話によれば、最後のゲートの手前で、服を入れた荷とともに、これ以外ものを身につければ、ふたりの破廉恥映像を王都広場で公開するという脅迫を渡されたようである。

 だからといって、その脅迫に従ってしまうのは、なんだかんだで、ふたりがロウの悪戯と嗜虐に染まっている証拠なのだろう。

 いずれにしても、夜とはいえ、この格好で王都の街を歩くのは恥ずかしかったに違いない。

 あれだけ怒っていたのも、よくわかる。

 

「な、なにがおかしいんだい──」

 

 ゼノビアが真っ赤な顔で怒鳴った。

 スカート丈が短いので、座れば股間が露出気味になるため、手で恥ずかしそうに股間を押えている。

 こんな仕草が見たくて、ロウもこの服を送り届けたに違いない。

 王都を中心とした移動術設備の「ゲート」を事実上管理しているのは、スクルドなので、手紙と服をふたりに手渡されるように手配したのはスクルドなのだろう。

 まったく、ミランダといい、スクルドといい、ロウの愛人たちの悪い癖は、なにからなにまで、無条件にロウの言いなりになる傾向があることだ。

 

「おかしくはないけどねえ……。それにしても、胸の谷間を強調する服を着るには、ちょっと体形が不足するんじゃないの、シズ」

 

 イライジャはシズをからかった。

 豊かな胸のゼノビアとは異なり、シズの胸は小さめだ。

 シズが真っ赤になった。

 

「ひ、酷い、イライジャお姉ちゃん──」

 

 怒ってシズが頬を膨らませる。

 そんな仕草も可愛いものだ。

 

「とにかく、じゃあ、ミランダに取り次げばいいのね。まあ、そんな恰好でロウのところに出頭しようものなら、間違いなくロウの悪ふざけの餌食になるわね。さしずめ、明日一日は、その恰好で王都の街を徘徊させられるのかしら。覚悟することね」

 

 イライジャは、くすくすと笑いながら言った。

 まあ、間違いなだろう。

 すると、ゼノビアはイライジャを絞め殺さんばかりの眼で睨み、シズは不安そうに顔を蒼くした。

 イライジャは咳払いした。

 

「悪いことは言わないわ。あんたらに指名クエストをあげるから、この足で王都を出なさい。ロウにはどうしても、ギルドで必要な緊急クエストが発生したと説明して、とりなしてあげるわ。その代わりに、クエスト報奨は規定の最少額よ。ただ働きとは言わないけど、その恰好で真っ昼間に王都を歩かされるよりはいいでしょう?」

 

 イライジャは言った。

 すると、ふたりがぽかんとした表情になる。

 

「ああ? あのロウ殿をとりなしてくれるのか? 本当に?」

 

「本当、イライジャお姉ちゃん?」

 

 ゼノビアとシズが信じられないという顔をしている。

 

「あんたたちが思うよりもずっと、ロウは話もわかるし、理不尽じゃないわよ。いずれかのパーティに指名クエストを与えようとしていたのは事実だしね。これまで、特異点関連のクエストは、ロウたちが引き受けてくれてたんだけど、これからはやってもらえないだろうし、特異点の始末ができるパーティを育てる必要があるのよ。あんたらの実力なら大丈夫よ。受けなさい」

 

 特異点というのは、いわゆる異空間に通じる異相との切れ目のことだ。

 かつて、この世界では冥王戦争という魔族と人族との戦いがあり、人族の連合軍に敗れた魔族は魔獣とともに、異相空間に追放されたのであるが、その空間との壁は非常に不安定であり、しばしば、こちら側の空間相との壁にほころびが生じて、異相空間とこちらの空間が繋がることがあるのだ。

 それが「特異点」である。

 特異点は、地形地相に発生することもあれば、まれに、生物の身体にできることもある。特異点ができれば、そこからかつて異相に追放した魔獣などがこちら側に来てしまうので、特異点の周りには、魔獣などが溢れることになる。

 これを放置すれば、魔獣がはびこる人の住めない場所になるだけじゃなく、特異点がさらに広がって、数百年単位ではあろうが、あの冥王がこちらに復活するということもあり得るのだ。

 だから、特異点は発見次第に、小さいうちに潰して、空間のほころびをなくしてしまうというのが鉄則だ。

 王軍なのでも対応するが、それを軍以外で請け負うのが冒険者ギルドである。

 

 今回の特異点発見の報告は、王軍絡みのものだ。

 王都に近いさびれた山村の近くのことであり、魔獣が発生していたことから、冒険者ギルドでも調査クエストをかけていたが、その山村に理由があって、王軍が出動したことで付近の調査が行われ、特異点の発見が確認された。

 ただ、王軍そのものは別任務があって対応できないため、正式に冒険者ギルドに対して、特異点処置の依頼が王国から入った。

 イライジャは、どのパーティにやらせようかと悩んでいたが、ゼノビアとシズなら問題ないだろう。

 失敗すれば大変なことになるため、不安があるパーティには任せられない。

 その点、このふたりなら大丈夫と思う。

 

「特異点って……。あたしらは、特異点処理はやったことがないんだけどねえ」

 

 ゼノビアが当惑した表情で応じる。

 イライジャくすりと笑った。

 一生懸命に隠していたスカートの裾から手を離したため、下着を身に着けていない股がちょっと見えたのだ。

 エルフ族であるイライジャは、人間族とは比べ物にならないくらいに夜目も利く。だから、はっきりと陰毛の形まで見えてしまった。

 

「油断しないことね。見えるわよ」

 

「わっ」

 

 ゼノビアが慌てて、必死にスカートの上から手で股間を隠す。

 やっぱり、その恰好は破廉恥すぎるようだ。

 

「それでも、(ブラボー)ランクの冒険者なんだから、まるっきりやり方がわかんないことはないんでしょう? それに、このクエストに成功するれば、(アルファ)に昇格よ。やんなさい。ロウに苛めてもらいたいという希望であれば、ほかを当たるけどね」

 

 イライジャの言葉に、ゼノビアとシズが顔を見合わせた。

 そして、ふたりで小さな声で話し合いを始めた。

 イライジャは、それを見守ることにした。

 やがて、ふたりがイライジャに顔を向け直す。

 

「ほ、本当に……ロウ殿をとりなしてくれるんだね? 信じていいんだね?」

 

 ゼノビアが真剣な表情で言った。

 イライジャは頷いた。

 

「問題ないわ。ただし、とりなすのは今回のことだけよ。クエストが優先されるからね。それから先のことは知らないわよ」

 

「わかった。受ける。詳しく教えてくれ」

 

「了解よ。頼むわね」

 

 イライジャは、今回の特異点クエストの詳しいことを説明していく。

 ゼノビアとシズが神妙にそれを聞き入る態度になる。

 報酬については、かなり削ったので、不満げな顔にはなったが、明日まで王都に残っていたら、間違いなくロウの悪戯の餌食になると仄めかすと、それも了承した。

 よかった。

 おかげでかなり経費を節約することができそうだ。

 イライジャはほくそ笑んだ。

 そして、場所の詳細を言ったとき、シズが小さく首を縦に振る。

 

「ああ、あそこの山村の奥なのね。王軍が出動したところね」

 

 シズが思い出したらしい。

 

「へえ、よく知っているわねえ。王軍が出動したのは一昨日のことよ。しかも、一応は極秘出動らしいんだけどね」

 

 イライジャは言った。

 ゼノビアがにやりと微笑んだ。

 

「情報は冒険者の命だよ。色々と情報の網は伸ばしているさ。その山村を初めとして、五か所ほどに王軍が突然に出動しただろう。なにかの大掛かりな捕り物があったというのは耳にしてるよ」

 

「へえ……」

 

 イライジャ正直、感嘆した。

 確かに、冒険者の独自の情報網というのは、生き延びるための大切な要素だ。

 情報をおろそかにするパーティは、まず信頼できない。

 その点、やはり、ゼノビアは頼りになる。

 また、極秘情報なので、ここで話すわけにはいかないが、王軍が王都周辺の山村や過疎の里などに、一斉に出動したのは、王国に新たに編成された諜報機関からの情報によるものだ。

 イライジャはそれほどの面識はないが、その諜報組織を束ねるのも、ロウの女であり、ノルズという女性だ。

 彼女の情報により、おそらくタリオの工作員であると思われる獣人部隊の拠点の場所の情報がもたらされたらしい。王軍の出動は、それを一斉に摘発するものだ。

 イライジャは、冒険者ギルドへの内密の提供ということで、その情報に触れたが、現時点でゼノビアが王軍が出動したところまで知っていたのは、大したものといえる。

 

「じゃあ、こんなものかしら。仕事の話はここまでにしましょう。いずれにしても、明日の朝早くに王都を出るとしても、この時間じゃあ、宿屋を探すのも大変じゃないの? 同じロウを愛人にしているもの同士、あたしの部屋でよければ泊めるわよ」

 

 イライジャは言った。

 

「いいや、ありがたいけど、この足で王都を抜けるよ。間違って朝まで残って、あの独裁官様に捕まりたくないんでね……。いくよ、シズ」

 

 ゼノビアがシズを促して立ちあがる。

 余程にロウに捕まりたくないようだ。

 イライジャは、それを制した。

 

「まあ、待ちなさいよ。あんたらをご機嫌にする話があるわ。実は、そのあたしの部屋に、あと五日後に独裁官閣下の正妻になる予定のエルフ美女が待っているのよ。素っ裸で寝台に拘束されてね。さらに、媚薬をたっぷりと塗って放置したままなの。興味はない?」

 

「えっ、それって、エリカのこと?」

 

 シズが声をあげた。

 

「はっ? あんた、エリカを部屋に監禁しているのかい?」

 

 ゼノビアも驚いている。

 

「せっかくだから、遊んでいかないかしら? ロウへの仕返しは無理でも、それをエリカにたっぷりと引き受けてもらえばいいじゃない。あんたらが百合の関係なのは知っているけど、あたしもまた、そうなのよ。そして、知っていると思うけど、あたしとエリカとシズは、少女時代はそういう関係だったのよ。クエスト報酬を最小限にする見返りに、エリカにはなにをしてもいいわ」

 

 イライジャは微笑んだ。

 

「へえ、なにをしてもねえ……」

 

 ゼノビアが興味深そうに、イライジャに視線を向け直した。



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1033 年命日と百合供養(5)─百合(ゆり)の会結成

 狂う程の掻痒感と焦燥感──。

 エリカは暗闇の中で必死に戦っていた。

 痒みを伴なう媚薬を塗られて放置される責めは、ロウの好きな責めなので、エリカは、数限りなく、幾たびもその苦しみを味わう機会があるが、何度受けても慣れるということはない。

 しかも、革ベルトで両脚は開脚に拘束されており、いくら捻っても太腿さえこすりつけることはできず、寝台の頭方向にも鎖で繋がれている両腕は指縛りで端末を喉に巻き付けられているので、身じろぎすると首が締まり、もがくことさえままならないのである。

 エリカは、ボールギャグを嵌められている口の中から、ただただ呻き声をあげることだけしかできなかった。

 

 すると、突然に暗闇だったイライジャ用の仮眠室に明かりが灯った。

 やっと、イライジャが戻ってきたのだ。

 

「んんんっ、んぐううっ」

 

 エリカは懸命に首をあげ、部屋に入ってきたはずのイライジャに向かって、抗議の声をあげる。

 

「あら、本当にエリカがいるじゃないのよ。へええ、ちゃんと裸にされているのね」

 

「まあ、エリカ。久しぶり……ってほどじゃないか。先日はマイムで意地悪してくれたよねえ。よーく、覚えているよ」

 

 驚いたことに、ゼノビアとシズの声がした。

 まさか、イライジャがここに連れてきた?

 エリカは眼を見張った。

 

「あたしとエリカとシズの仲なんだから、シズが百合遊びに加わるのはいいわよねえ? さっき教えてもらったけど、あんたも、マイムでシズに散々なことをやったらしいじゃないのよ。そして、ゼノビアは特別招待よ。シズのいまの恋人だもの。追い返すわけにはいかないじゃない」

 

 イライジャだ。

 そして、三人がエリカが仰向けに拘束されている寝台の周りに集まる。

 エリカは不安におののいて、大きく胸を喘がせた。

 イライジャがもちろん、エリカの性感を知り尽くしていて、さらに女責めの性癖を持っているのはよく知っている。

 少女時代に、エリカやシズに、百合の性癖を教え込んで調教したのは、ほかならぬイライジャなのだ。

 そこに、さらにゼノビアだ。

 ゼノビアがイライジャ以上に危険な百合好きなのは完全にわかっている。

 その二人に加えて、シズがいるのだ。

 先日のマイムの城郭では、ロウにそそのかされて、散々にシズを羞恥責めに逢わせて愉しんだ。

 ゼノビアもそうだが、シズも相当に腹をたてていたように記憶している。

 そのふたりが、イライジャとともに来たのだ。

 エリカは、自分が大変な危機に陥っているような気がした。

 

「んんっ、んんんっ」

 

 とにかく、解放してもらおうと思って、エリカはイライジャに向かって、必死に訴える。

 塗られた媚薬は、ロウの精を注いでもらわないと、疼きも痒みも消滅することはないという特別なものなのだ。

 だから、ここにいるあいだは、エリカの苦悶がなくなることはない。

 とにかく、ロウのところに連れて行ってもらわなければ……。

 それを哀願する。

 

「なに言ってのかな? もしかして、触って欲しいのかい、エリカ?」

 

 ゼノビアがすっとエリカに手を伸ばす。

 そして、エリカの髪をすいて、エルフ族特有の長い耳を指で優しく撫でまわすと、さらに首筋や肩に指を這わせてきた。

 

「んんんんっ」

 

 なんでもない愛撫だ。

 だが、いまのエリカにはとんでもない衝撃として、全身に大きな疼きを迸らせた。

 エリカは拘束された裸身を弓なりにしていた。

 

「エリカは、脇の下も感じるのよねえ。昔はそうだったけど、いまはどう?」

 

 反対側からシズも手を伸ばしてくる。

 両方の脇の下を手で触ってくる。

 

「んふうっ──。ふううっ」

 

 泣くような快感が全身を走る。

 痒みの苦しみだけでなく、快感を底上げする強烈な媚薬にすっかりと溶け込んでしまったエリカは、なにをされても蕩けるような甘美感に包まれてしまう。

 シズの手が脇の下から乳房の裾野に近づく。

 エリカは痒みに苛まれている乳首に触れて欲しくて、ほとんど無意識にそっちに胸を傾けた。

 だが、シズはそれを裏切るように、裾野から先には進んでくれない。

 一方で、そのあいだも続いていたゼノビアの指は、いまは腰の括れに移動していて、それが突然にすっと内腿の付け根に触れてくる。

 そして、クリトリスをクリピアスごと、下腹部に向かって強くぎゅっと圧迫してきた。

 

「んぐうっ──」

 

 身体の芯まで貫く凄まじい気持ちよさに、エリカは吠えるような声をあげて、ゼノビアの手に向かって腰を突き出す。

 だが、触ってくれたのは一瞬だけだ。

 すぐにゼノビアは手を離してしまった。

 

「んんんんっ」

 

 残るのは、火のように熱くて痒い股間と、狂うような焦燥感である。

 エリカはぼろぼろと涙を流した。

 

「ふふふ、大丈夫よ、エリカ……。ちゃんと三人で可愛がるから……。それで、とにかく、これでいいわね。約束通りにエリカを責めさせてあげるわ。その代わりに、明日の朝、一番で特異点クエストに向かうのよ。いいわね」

 

 イライジャだ。

 エリカの頭側に位置をとったイライジャがエリカを慰めるかのように、すっと眼の下の涙を指ですくう。そして、ゼノビアとシズに向かって、なにかの念を押すような物言いをした。

 もしかして、なにかの交渉の材料にされた?

 さすがに、ちょっとむっとなる。

 しかし、いまのエリカには文句を言うこともできない。

 そもそも、よく覚えてないが、確か、そもそもロウはふたりに訊ねたいことがあると言っていた気が……。

 

「わかっているよ。まあ、ミランダを含めて、冒険者ギルドの扱いには、言いたいことが山程あったけど、あんたに免じて、気を直してやるさ」

 

 ゼノビアだ。

 妙に上機嫌だ。

 

「こういいのもいいよね。エリカ、この前のマイムでは、あんたが意地悪したけど、今夜は、あたしたちが意地悪する番よ。まさか、だめとは言わないわよね」

 

 シズもエリカへのくすぐるような愛撫を一度中断して、エリカの顔を覗き込んできた。

 シズもまた、愉しそうだ。

 

「んがご──」

 

 エリカはそのシズに向かって怒鳴った。

 “いやよ”──。

 そう言ったつもりだったが、ボールギャグに阻まれて言葉にならず、ただ口の中にあった大量の唾液が小さな穴から飛び出た結果に終わる。

 その唾液が顎から首に伝って落ちるのがわかる。

 それも情けない。

 

「エリカは悦んで承知だそうよ」

 

 イライジャが笑って言った。

 エリカは違うという意思を示すために、必死に首を横に振る。

 

「今夜のあんたには拒否権なんてないんだよ──。先日は、ロウとともに、このあたしを玩具にしてくれやがって。このイライジャとは、あんたに仕返しをさせてくれる約束で、ギルドに引き続き奉仕することに決めたんだ。そもそも、こんなに股を濡らしてくるくせに、駄々を捏ねんじゃないよ──」

 

 ゼノビアが再びエリカの股間に手を伸ばして、今度はクリピアスを握って乱暴に左右に動かしてきた。

 

「んごおおお──」

 

 激痛であるが、発狂するほどの痒みに苛まれているエリカにとっては、ありがたい刺激だった。

 大きく吠えるように叫んで、拘束されている身体を揺する。

 

「だめよ、ゼノビア。今夜は、乱暴はご法度よ。優しく扱うのが決まりね。今夜から、あたしたちは百合の関係になるのよ。ロウの愛人には、十歳のミウが中心となっている“新参者の会”というのがあるそうよ。知っているかしら?」

 

「新参者の会? なんだいそれ?」

 

 ゼノビアが呆れた口調で言った。

 新参者の会というのは、ミウが言い出したロウの愛人の中で作るミウの仲良しグループであり、ミウとマーズとイット、さらにユイナのことだが、よく集まってロウへの奉仕の練習や情報交換と、かなり好色な集まりをしているみたいだ。

 

「そういう集まりよ。だから、同じロウの愛人同士、あたしたちは“百合の会”というのを作るのはどう? メンバーはとりあえず、この四人よ。生贄はそのときどきで見つけてくるわ。まあ、メンバー同士で責め合うこともあるでしょうけど」

 

「百合の会? なんだ、その馬鹿みたいな名前は?」

 

「気に入らない? 目をつけている娘はいっぱいいるわ。順番にゲストとして、呼んでこうやって遊ぶのよ。呼びたい娘はいる? 唾つけとくわ」

 

 イライジャがくすくすと笑う。

 なにそれ──?

 エリカも呆れた。どうでもいいけど、巻き込まないで欲しい。

 いまも、死にそうなくらいに痒い──。

 こうやって放置されていることで気が狂いそうになる。しかも、長くほったらかしにされ、そこに刺激を受けて一瞬だけ快感に染まり、また会話のあいだ、なにもされない時間が続いている。

 それが死にそうなくらいに辛い──。

 いつの間にか、エリカは再び身体を必死にくねらせていた。

 

「呼びたい娘って……。あんたが呼んでくれるのかよ……。たとえば、くそ生意気なコゼとかも呼べんのか?」

 

 ゼノビアが怪訝そうに言った。

 コゼ──?

 

「コゼね。じゃあ、あんたらのクエストが成功して、(アルファ)ランクに承認したら、お祝いにコゼちゃんを連れてくるわ。みんなで責めまくろうか。いずれにしても、ロウの協力は必要だから、話は通すけど、秘密の会合は女だけよ……。そうねえ。コゼについては、ロウに頼んで幼児化の操心術をかけてもらってもいいかもね。幼児化したコゼを四人がかりで愉しむという趣向もいいわね」

 

「操心術? ロウ殿って、そんなこともできるのかい──?」

 

 ゼノビアは驚愕している。

 

「できるのよ。それで返事は? あっ、シズは拒否権なしね。拒否すれば、あんたを調教するところからやり直すわ」

 

 イライジャがエリカを挟んでゼノビアとシズを見る。

 シズは、イライジャには弱い。エリカもそうだが、少女時代のことがあるので、心が逆らえないのだ。

 シズは面食らった顔ながらも、イライジャの強引さに押されるように、すぐに頷かせている。

 

 それはともかく、コゼを幼児化して苛める──?

 それなら、やりたい──。

 滅茶苦茶やりたい──。

 

「んんんっ」

 

 エリカはイライジャにそう言った。

 すると、イライジャがエリカを見下ろして破顔する。

 

「シズとエリカも参加ね。ゼノビア、あんたは?」

 

「まあ、悪くないね。ロウ殿にちょっかいを出さないようにしてくれるならね」

 

「それは請け負えないわね。ロウはロウで自由だもの。多少のことは受け入れなきゃ。だけど、考えてもみなさい。ロウの中ではあんたらは、すでに自分の女のひとりよ。揶揄いもするし、嗜虐もするけど、愛しもするし、守ってもくれる。そりゃあ、特殊な抱き方をするけど、それは彼の性癖なのよ。受け入れなきゃ……。そして、それはあんたらの心とは関係ない。ロウの中ではすでに、ゼノビアもシズも、彼のファミリーの一員なんだから……」

 

「ファミリーって……」

 

 ゼノビアは当惑している。

 

「すでにとり込まれているということよ。だけど、それで損をすることはあるの? よく考えなさい。ロウが女の能力を引きあげるという特別な力があることは、すでに知っているんでしょう? 本当にロウから離れることができるのかしら? 冷静になってどう? ロウに愛されて、その女のひとりに加わることは不服? なにか損が?」

 

「そ、そりゃあ……。まあ、悪いことだけじゃないことは認めるけど……」

 

「なら、受け入れることね。どうせ、ロウにかかれば、拒否権なんかないんだから。そのうえで、愉しめばいい。百合の会としてね……」

 

 イライジャが蠱惑的に微笑む。

 エリカはちょっと怖くなった気もした。

 

「まあ、悪くないか……。なら、わかった。別に損をする話じゃないしね。百合の会──。入るさ。ロウに媚びを売れというなら売るよ。その代わりに、次は幼児化したコゼだ。約束は守んな──」

 

「決まりね。大丈夫よ。ロウを引き込む自信はあるの。問題ないわ。説得は任せておいて。とにかく、言質はとったわよ。ロウのことも多少は受け入れんのよ」

 

「わ、わかったよ」

 

 ゼノビアが渋々という感じで頷く。

 

「よし──。じゃあ、お愉しみの時間よ──」

 

 イライジャがポンと自分の胸を叩く。

 確かに、イライジャなぜか、ロウに対して、押しが効く。その傾向があることは以前から感じていた。

 イライジャ自身が言うとおり、イライジャには不思議な説得力もある。おそらく、ロウはイライジャが口にした「百合の会」とやらを気に入り、便宜も図ってくれるかもしれない。

 そんな気もする。

 まあ、もしかしたら、イライジャが性癖的には、ロウに近い責め側にあるというのもあるのかもしれないが……。

 だが、そもそも、イライジャそのものが一癖もふた癖もあり、なにを考えてるのか……。……。

 

「いずれにしても、さっきからエリカがお待ちかねよ。可哀想にこんなにお股で涎を流して……」

 

 イライジャがすっとエリカの股間を指で軽く抉る。

 

「んっふぐうううう──」

 

 痺れるような甘美感にエリカは、それだけで悶絶しそうになってしまった。



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1034 年命日と百合供養(6)─艶姿四人女

「そうとなれば、あたしの性の技を見せてやる。これでも、百戦錬磨のゼノビア様だからね。うんと、いい気持ちにさせてやるさ、エリカ。ロウに一途のあんただけど、女同士で愛する愉しみを思い出してもらうよ。これから朝までこってりと全員で相手をしてやる。それこそ、粘っこくね。何度失神しても許しはしない。それが女同士の性愛ってものさ」

 

 イライジャの口車にすっかりと乗っかった感じのゼノビアが、愉しそうにエリカの股間を微妙な手管で愛撫を開始してきた。

 

「んんんっ」

 

 丁寧な愛撫だ。

 いつものような乱暴さの欠片もない。

 焦れったさと、狂うような性の疼きを助長するような切なさを与えるような手管だ。

 ただれるような痒みに襲われている股間を深く抉るのではなく、指先だけを立たせてそっと這わせてくるのだ。

 そして、クリトリスの周りをゆっくりと触り、さらにアナルの入口だけをさりげなくまさぐったりする。

 

「んんっ」

 

 エリカはそれだけで、一気に追い詰められた感じになってしまった。

 

「ふふふ、エリカ、もう気持ちよさそうね……。さて、じゃあ、あんたに合わせるわね、ゼノビア」

 

 そして、イライジャもまた、エリカの裸身に手を伸ばす。

 そっと両手を乳房に触れてきた。

 ゆっくりと溶けるような優しくて繊細な揉み方だ。手のひら全体を使って小刻みに揺らしながら撫ぜ揉んでくる。

 しかし、ゼノビアにしても、イライジャにしても、一番エリカが苦しい痒みの頂点だけはなかなか触れないでいる。

 

「んんっ、んんんんっ」

 

 エリカはボールギャグ越しに悲鳴をあげながら激しく左右に首を振った。

 腰骨まで溶けるような甘い甘美感の広がりに、ただただ翻弄されてしまう。

 

「シズは足の指を舐めなさい。それと、そんな着ているか、着ていないかのわかんないような服は脱ぎなさいよ。女同士だもの。恥ずかしくもないでしょう。あたしたちも下着になるわよ」

 

 イライジャがエリカの胸を責めながらシズに向かって言った。

 それでエリカは、やっとシズにしても、ゼノビアにしても、随分と露出的な恰好をしていることに気がついた。

 胸は大きく開いているし、スカート丈も随分と短い。そもそも、ゼノビアのスカート姿など滅多に見ない。

 先日、マイムの城郭でロウから露出責めを受けたときにも、そんな恰好をしていたが、同じような感じだ。

 どうして、今夜もそんな恰好をしているのだろうか?

 

「んぐうっ」

 

 だが、そんな思念をゼノビアやイライジャのふたりがかりの愛撫が吹き飛ばしてしまう。

 ふたりが連携するかのように、ずっと触ってこなかったクリトリスを両乳首を同時にぎゅっと強く擦ったのだ。

 しかも、続けざまに強く擦られる。

 エリカは一気に悶絶するような快感に襲われた。

 やっと渇望していた欲しいものが与えられて、エリカはがくがくと身体が痙攣するように震えた。

 

「ははは、もう股を漏らしたのかい?」

 

 しかし、ゼノビアはさっと手を離してしまった。

 イライジャもそれに応じるように、愛撫を引きあげる。

 エリカはがっくりと脱力してしまった。

 

「エリカの股間はずっと濡れ濡れよ。あたしが一ノス以上も前から、仕込んでいるんだから……。それよりも、早く脱ぎなさい。いくらなんでも、エリカだけが裸じゃ可哀想よ。あたしたちの百合の会は、責め手を受け手の区別はあるけど、その立場は対等ということにするんだから」

 

 イライジャが笑い声をあげる。

 そして、服を脱ぎ始めた。

 

「服って……。あたしらがこの服を脱いだら、下着もないことを知ってんだろう。全裸になってしまうじゃないかい」

 

 すると、ゼノビアが真っ赤な顔になる。

 下着を身に着けてない?

 

「それに、なんの問題があるのよ。さっさと脱ぐのよ。エリカがこんな風に恥を晒してくれているんだから、尻込みしないのよ」

 

 イライジャはあっという間に下着だけになっている。

 胸巻きも外して、乳房も露出した。仰向けに拘束されているエリカの視界に、イライジャの豊かな乳房が映る。

 

「わ、わかったよ。脱げばいいんだろう──。脱げば──。シズ、脱ぐよ──」

 

「う、うん……」

 

 すると、やけくそのような言葉とともに、ゼノビア、次いで、シズが服を脱ぎ始める。

 ふたりがあっという間に全裸になる。

 

「今夜は苛めじゃないのよ。とことん、エリカを可愛がるのよ。わかっているわね、ゼノビア。シズもよ……。さあ、再開よ……」

 

 イライジャがくすくすと笑う。

 そして、改めて、寝台に開脚で拘束されているエリカに対する本格的な愛撫が再開された。

 シズがエリカの足の指の一本一本を丁寧にしゃぶり、イライジャとゼノビアという百合の責めに長けたふたりが、それこそ、股間や乳首を丹念に愛撫してくる。

 

「ここは、最後にとっておくよ。それよりも、その周りをいくからね」

 

 また、股間を担当するゼノビアがクリトリスを軽く押しては、すぐに手を離すということを繰り返す。

 そのたびに、「んふうっ」「んふうっ」と声を出してしまう惨めさ……。

 とにかく、三人がかりのねちっこいいたぶりは、エリカの被虐性の甘美感となって、臓腑を抉ってくる。

 恥辱であるが、気持ちいい……。

 もうなにも考えられない……。

 

「んぐううっ、んぐうっ」

 

 エリカは吠えるようにボールギャグ越しに声を出し続ける。

 女三人掛かりの責め……。

 特に、イライジャとゼノビアの愛撫がエリカをとことん追い詰めていく。強くしたり、弱くしたりしながら、エリカの思考を奪っていく。

 いつしか、エリカは、全身の官能という官能が燃えあがって気が遠くなりさえしてきた。

 

「そろそろ、玩具を使ってみる? どりあえず、アナルと股間には、“ろーたー”という楕円球の淫具を入れたままなのよね。これが操作具よ。まあ、ロウからもらったものだけどね」

 

 イライジャがゼノビアに小さな板のようなものを手渡したのがわかった。

 はっとする。

 

「これか……。そういえば、マイムの街ではこれに泣かされたよなあ」

 

 ゼノビアがその操作具に触れた。

 すると、ずっと静止したままだったアナルと股間に淫具が激しく暴れ出す。

 

「んごぅほおお──」

 

 エリカは背筋まで突き通すような快感に、全身を突っ張らせた。

 

「そろそろ、達したいかい、エリカ?」

 

 ゼノビアがアナルに指を挿入してきた。

 そして、激しく淫具に苛まれるお尻の穴を強く抽送してくる。

 

「んぐううっ」

 

 怖ろしいほどの痒みが一種にして癒える気持ちよさに、エリカはがくがくと身体を痙攣させる。

 

 いくっ──。

 

 頭が真っ白になっていく──。

 エリカはゼノビアに入れられているお尻の中の指を強く締めつけて、自らお尻を振って擦った。

 さらに快感が飛翔していく──。

 

「おっと、まださ」

 

 しかし、ゼノビアが笑いながら、さっと指を抜き、淫具の振動もとめてしまう。

 エリカはまたもやぎりぎりで快感をとりあげられて、がくりと脱力する。

 

「んんんっ」

 

 エリカはわけがわからなくなって、ただただ首を激しく振る。

 そして、愛撫をとめられると、一気にまた痒みが襲い掛かる。

 これもまた苦しい。

 エリカは刺激を求めて、腰を振ることしかできない。

 

「シズ、脚の指はいいさ。今度は股を舐め舐めしてあげなさい。だけど、いかせてはだめよ」

 

 胸を責め続けているイライジャがシズに声をかけた。

 

「う、うん……」

 

 すでに虚ろな表情のシズがエリカの股のあいだに正座をして、顔を埋めてきた。

 

「あら、凄いね、エリカ……。ぐっしょり……」

 

 そして、シズの舌がエリカの股間に襲い掛かってきた。しかも、シズは股間を舐めながら、両手で内腿を掃くように指を動かしてきた。

 

「んぐううう」

 

 エリカは身体を弓なりにした。

 

「あたしも舐め舐めしようかな」

 

「じゃあ、あたしもそうするかい」

 

 すると、イライジャとゼノビアもまた、エリカの身体に顔をつけた。

 まずは、脇腹と臍に舌を這わせられる。

 しかも、愛撫の手は身体を動き回る。

 三人の舌と、六本の手が身体を動き回った。

 そして、あちこちを甘く座れ、舐められ、あるいは、乳房を揉み解され、股間やアナルを刺激され続ける。

 なにがなんだかわからなくなる。

 名状のできない甘美感に、エリカの身体に、またもや鋭い絶頂感が噴きあがった。

 

「んぐうっ、んぐう──」

 

 今度こそ、いく──。

 エリカは身体をがくがくと震わせた。

 

「手と舌を離して──。まだまだよ──」

 

 だが、絶頂寸前で、イライジャが大声をあげた。

 三人の愛撫がなくなり、またもや絶頂感を引き下げられた。

 

「んぐううう──」

 

 エリカは、三度目の寸止めに、我を忘れて吠えるような声を出した。

 しかし、シズは酔うように……、イライジャは妖艶に……、ゼノビアは愉しそうに笑うだけである。

 

「しばらくしたら、また一度激しくいくわ。それまでは、快感がさがりすぎないように、肌を撫でてあげるわよ」

 

 イライジャが声をかけて、一転して触れるだけの刺激が加わる。だが、微妙すぎて、復活した掻痒感を助長させるだけでしかない。

 エリカは悶え狂った。

 

 やがて、絶頂感がすっかりと引き下がり、狂うよう痒みが本格的に戻ってくると、三人の愛撫が再開される。

 

 だが、もともと百合の性の技のあるゼノビアとイライジャは、どんどんエリカを追い詰める。

 すぐに頂点まで快感を引きあげられていく。

 本当にあっという間だ。

 

「ふふふ、いまよ……」

 

 しかし、絶頂しそうになると、やはり、愛撫が中断される。

 それとも、乳首やクリトリスを強く抓られて、強引に快感を逃がされたりもする。

 何度も繰り返されると、性の地獄だ。

 エリカは汚辱感と被虐感と絶頂への渇望に気が狂いそうになった、

 

 十回近くも繰り返しただろうか。

 またもや寸止めをされて、泣き声をあげるエリカのボールギャグをやっとイライジャが外してきた。

 

「そろそろ欲しくなったかしら、エリカ? まだまだ、寸止めして欲しい? それとも、あたしたちお願いするのかしら?」

 

「ああっ、もう、意地悪はいやよ──。もう、やめないで──」

 

 エリカは叫んだ。

 さすがに、これ以上やられたら狂ってしまう。

 エリカは、本当に追い詰められていた。

 必死になって、ゼノビアとイライジャに哀願した。

 もう、恥も外聞もなにもない。

 屈辱感もない。

 この性の苦しみをなんとかして欲しい──。

 それだけしか考えられない──。

 

「そろそろ、頭に来たようね、エリカ……。ふふふ、でも、まだまだ夜は長いわよ。お愉しみはこれからね」

 

 イライジャが笑う。

 そして、寝台から離れていく。

 

「休憩よ。飲み物を準備するわ。さあ、こっちに来て、ゼノビアにシズ」

 

 さらに、ゼノビアとシズのふたりを促して、エリカから三人が離れていく。

 エリカは愕然とした。

 

「ああ、そんなのないわよ、イライジャ──。ここで放置しないで──。気が狂っちゃうわ──」

 

 気がつくと、エリカは激しく涙を流していた。

 エリカは泣きながら訴える。

 

「お愉しみはこれからだと言ったでしょう、エリカ。まだまだ、一度目の絶頂は渡せないわ。しばらく、そこで痒みに狂ってなさい」

 

「はは、じゃあな、エリカ。また、しばらくしてから相手をしてやるよ」

 

「今日はエリカも大変ね」

 

 だが、イライジャに続いて、ゼノビアとシズも離れていってしまう。

 すぐに痒み地獄が戻ってきてしまった。

 

「あああっ──。痒いいい──。また、痒くなってきたの──。痒いいい──」

 

 エリカは呻き、芯まで届く痒みに激しく身悶えした。

 しかし、なすすべなどない。

 三人がまた戻ってくるのを待つしかないのだ。

 

「ああっ、お願いよ──。戻ってきて──。なんでもするからああ──。なんでもするうう──」

 

 とにかく、こんなの耐えられない。

 エリカは離れたために、視界から消えてしまって三人に、ひたすらに訴えた。

 

「あら、なんでもするの、エリカ? じゃあ、明日までの調教を受ける? 結構、きついのをやってもらうわよ。もしかしたら、口にするのも辛いほどのことをするかもしれないわよ。まあ、朝までのことだけどね」

 

 イライジャの声だ。

 

「ああ、もちろんよ──。受ける──。調教を受けるわ。その代わりに、戻ってきて──。掻いて──、掻いてよおお」

 

 エリカは自分でもなにを言っているかわからず、とにかく慈悲を仰ごうと、三人に、繰り返し訴え続ける。

 そのエリカを嘲笑うかのように、三人が愉しそうに酒を飲み始める気配が漂ってくる。

 エリカはがちがちと歯を鳴らしながら、ひたらに泣き声をあげた。





 *

 『エリカ・イライジャ篇』終わりです。


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1035 南方総督の失敗(1)─南方総督のある日常


 このところ、仕事が忙しかったです。
 *



 エルザは報告書に眼を通しながら、脚を組み替えた。

 報告書は、タリオ国内に所在するローム教会の大神殿内の動きに関するものだ。

 ロウがハロンドール王国の独裁官として、事実上の最高権力者となってから、神殿と距離を置くような動きが目立っており、それに対する神殿の反応についての情報である。

 

 南方総督として、エルザがこの地を管理することになって、約一か月と少しが経つ。

 一か月というのは、いわゆる従来の神殿暦ではなく、ロウが新しく広めようとしている「新暦」においてであり、つまりは三十日になる。

 神話に基づいて、月が全く出ない夜、あるいは、五個の月の全てが出現する夜を月の区切りとする難解な「神殿暦」とは異なり、一か月の月の日数が決まっている「新暦」は概ね世間から好評だ。

 

 このロウの改暦についても、旧態勢力ともいえる神殿への大きな挑戦状に等しい。

 地理的に、ローム神殿の総本山の大神殿と距離の近いローム三公国はもちろん、歴代のハロンドール王国の国王にしても、神殿権威の象徴ともいえる暦を独自のものに改めようとした王はいなかった。

 エルザは、長年にわたり人々の中に根付いてきたものが、簡単に変革できるとは思っていなかった。

 だからこそ、わずか三十日余りしか経たないのに、ここまで新暦が浸透しつつあるという現状に驚いている。改暦については、エルザの想像とは異なり、思ったよりも急速に世間から受け入れつつあるというのが実際なのだ。

 

 もっとも、それは、あっという間にこの国の流通をほとんど握ってしまったマアがすべての商取引をロウの新暦で扱うことを決めたことにもよる。あのマアのことだから、利便などなくても、ロウの発案の暦の改変に、一も二もなく飛びついただろうが、暦がわかりやすいというのは、商取引にとっては大変な利点があるらしい。

 マアは、今後は契約書における旧暦の併用もやめると言っており、少なくとも早晩、ハロンドール国内の暦は、独裁官ロウの発案の新暦に統一されることは間違いない。

 もともと女豪商として名高かったマアであるが、このところのマア商会の躍進は神がかりでもある。いまや、ハロンドールどころか、ローム地方や沿岸諸国にまでマアの支配の及ばぬ流通はないだろう。

 だからこそ、そのマアが全面的にロウの新暦の採用と後押ししている影響は大きい。

 

 神殿情勢については、王都の方でも積極的に諜報していると思うが、ほんの少し前までタリオ公国の大公妃でもあったエルザにも独自の情報網はあるのだ。

 それはともかく、表向きには、俗世の各王国の権威と一線を引いている神殿ではあるものの、実際には神殿というのは、王国間を跨る最高の精神的権威である。特にこのハロンドール王国においては、地方都市部に所在する地方神殿が、一般民衆の中から魔道遣いを見つけて教育をする仕組みや、その魔道遣いによる医療行為を一手に引き受けてきたという歴史があり、その影響力は計り知れない。

 それについて、ロウの周りの者たちはどう考えているのだろう?

 少なくとも、神殿権威と袂を分かとうとしているとも思えるロウの動きを大公妃となったアネルザや女王イザベラが制しようとする気配は感じられない。

 しかし、エルザは、それをとても不安に感じるのだ。

 

 いずれにしても、暦の改変というのは、王朝交代以上に、時代の変革を人々に意識させる行為だということをあのロウは承知しているのだろうか。

 承知してやったとすれば、エルザの思う以上に、あのロウは時代の動かし方を知っているということであろうし、そこまでの認識はなかったとしても、やはり、新しい時代を作ることができる者というのは、天分を与えられた人物なのだろう。

 歴史に詳しいエルザは、ひとつの時代が変わるとき、必ず、「英雄」と称せられる人物が出ることを知っている。

 英雄が歴史を変革させるのではなく、歴史の変革という事象が英雄を作るのだ。もしも、時代に望まれなければ、英雄的素質を持った者も、単なる世間からのはみ出し者で終わる。

 それが実際だ。

 そういう意味では、ロウは歴史の変革期が求めた希代の英雄なのかもしれない。

 

 だからこそ、ロウは危ういのだ。

 変革には、それを嫌う勢力が必ずいる。

 旧態勢力にとっては、時代を変えようするロウは、「悪」でしかないだろう。

 そして、その代表が、ローム神殿だ。

 

 神殿暦に変わる新暦の導入──。

 

 そして、王都に近いマイム神殿の王軍の介入──。

 

 このふたつは、新しいハロンドールの権力者であるロウが、神殿と敵対するということを決定づけた。

 もしかしたら、ロウはそんな風には考えてないのかもしれないが、この報告書に記されたローム神殿の反応については、それが避けられないことであることを明確に伝えている。

 

 すると、扉が外からノックされた。

 返事をすると、このところずっと南方に滞在してくれていたマアのようだ。

 ロウから南方総督に指名され、色々と問題のある王国南部地域を統括することになったエルザだが、その統治の基本方針は、ロウから打ち出された「金権主義」だ。

 すなわち、徹底的にこの土地を流通によって支配し、エルザを中心とした王国の作った南方総督府に積極的に従う土地には、多大な流通の利益をもたらし、逆に、封建的権威にしがみつき、南方総督府という新たな体勢に逆らうものは、流通の力でそれを排除するという政策だ。

 

 ドピィという叛逆者の発生により、旧クロイツ領を中心として人心の荒れた南方地域であるが、もともと、キシダインの勢力基盤でもあったハロンドール南域は、意図的にロウやマアにより、流通の大きな打撃を受けていた。

 そして、旧態依然とした施策を好む南方領主たちは、その損失を単純に増税で補おうとして、農民を疲弊させ、かなりの政情不安を生んでいた。

 クロイツ侯爵領で発生したドピィの叛乱は、各領主の勝手な重税施策の影響の最たるものだが、同様のことが起きるかもしれない社会的な不安定さは、まだまだ南部域全体に残っている。

 それをいまは、このマアの協力を得て、逆に流通の安定を図ることで、民心を安定させようとしているのが現在の情勢なのである。

 そして、エルザは、これまで領主の自由裁量であった税の種類と税率について、領主権限から、南方総督の統制にも入れようとしており、その受け入れについて、マア商会による事実上の流通統制は不可欠にものになってもいた。

 

「相変わらず忙しそうだねえ、エルザ殿。それとも、アウステル公と呼んだ方がいいのかしら」

 

 軽口を言いながら、そのマアがエルザの執務室に入ってきた。同行しているのは、マアの護衛であり、ハロンドールの騒乱が起こる前に一度タリオに戻っていたマアがハロンドールに帰ってくるときに同行してきたモートレットという男装の少女護衛だ。

 曰く付きの少女のようだが、怖ろしく無口な性質であるらしく、ほとんど無駄口というものを叩くことはない。

 

 マアは、エルザの反応を待つことなく、部屋のソファに腰をおろした。モートレットはその背後に立つ。

 ほかに随行者はいない。

 マアとは随分と親しくなっており、マアの入室のときには、身内ということで、自動的に人払いするように指示しているので、エルザの警備に当たる者も部屋の外に侍ったままだ。

 

「アウステル公爵の爵位をもらうのは、五日後のイザベラ殿の戴冠式に合わせてよ。まだ早いわね」

 

 エルザは報告書を机上に戻して、マアに向かい合うソファに移動する。

 アウステル公というのは、エルザが南方総督に正式につくにあたり、もらうことになっている爵位だ。

 一代限りではあるが、公爵の地位をもらい、エルザは王籍から抜ける。

 もともと、タリオ公国に嫁ぐにあたって、ハロンドール王国からタリオ公国に籍が移っていたのだが、正式な離縁手続きが終わることなく、エルザはこっちに戻ってきていた。だから、エルザのハロンドール王国内における貴族としての地位は非常に曖昧だ。

 そのエルザに改めて爵位を付与するのは、もはや、タリオにはエルザが戻らないというハロンドール王国としての意思表示でもある。

 また、南方総督となって、南部十三州と称される南域の諸領主の上に立つエルザに相応しい地位を与える処置でもある。

 また、“アウステル”というのは、「南」という意味の古語でもあり、エルザがこの南部の統率者であることを内外に知らしめる意味もあるそうだ。

 ただ、いずれにしても、エルザのアウステル公の付与を含む、今回の騒乱における論功行賞の陞爵などは、数日後に王都で行われるイザベラの戴冠式と婚姻式に合わせてということになっているのだ。

 

「一足先に王都に向かうことになるから、一応は別れの挨拶と思ってね。まあ、すぐに王都で再会することになると思うけどね」

 

 マアがにこにこしながら言った。

 普段は、六十を超えた年相応の見かけに見えるための魔道具を身につけているマアだが、この南方に来てからは、逆にそれは装着していない。

 だから、まだまだ、女の色香の残る三十過ぎの美女にしか見えず、このマアを大陸の全流通を支配下に収めつつある女豪商本人だと気づく者はいないだろう。

 この南方総督内でも、目の前のマアは、女豪商マアの代理人の交易人ということになっており、マア本人であることを知っているは数名でしかない。

 

「あらそうなの、おマア。てっきり、あのエルフ族のイムドリスの門を使って、戻るのだと思ったけど、あのスクルド殿のゲートを使ってということ?」

 

「欠かせない商談があってね。どうしても、明日には王都に戻りたいのさ。どっちにしても、すでにこの南方でやるべきことはやったし、今後は本物の代理人を使って交易は動かしていくよ。その代理人は王都で紹介するさ」

 

 マアが言った。

 本来であれば、この南方総督府のある旧クロイツ侯爵領から王都に向かうには、まずは、この総督府の場所から港湾のある港まで馬の脚で一日。そして、軍船の高速艇で海路を二日で進み、さらに陸路で二日の行程というのが最も最速の移動日程となる。全てを陸路にすれば半月だ。

 だが、いまは、あのスクルドが「ゲート」と呼んでいる移動術の移動設備を突貫工事で整えてくれたので、ひとりふたりであれば、一日で王都に辿り着くことが可能だ。

 エルザも、それで王都に向かうつもりだったが、昨日、緊急の魔道通信で、あのエルフ女王のガドニエル女王がイムドリスの隠し宮への門をこの南方総督にも作るという連絡があったのだ。

 

 よくはわからないが、その「門」を使うことで、エルフ族女王しか入れない異界に設置された隠し宮に入ることができて、さらに、そのイムドリスからハロンドール王都にも作られる「門」に出ることによって、あっという間に、ハロンドールの王都に行くことができるそうなのだ。

 移動術のゲートでも、かなりの時間短縮なのだが、ゲートの連続使用は、かなりの魔石を消費するし、ゲート使用の特性でもある「時差」が生じて、どうしても一日以上はかかる。移動人数が多くなれば、さらに時差は拡大だ。

 だが、今度のイムドリスを使用すれば、そのような制約なしに、幾度でも好きなように短時間で往復できるそうだ。

 しかも、王都のみんなとも、いつでも会うことが可能ということである。

 随分と便利になるものだと感嘆している。

 その「門」の設置も数日後に整い、少なくとも婚姻式の前日には必ず完了するということであるので、エルザはその手段を使って王都に戻ることにしていた。

 もっとも、イムドリスには入れるのは、ロウの愛人になった者限定ということではあるが……。

 

「そうなのね。とにかく、世話になったわ、おマア」

 

 エルザは頭をさげた。

 そのとき、またもやノックとともに、部屋の外から声をかけられた。

 ランだった。

 エルザの手伝いをするために、ロウがこっちに寄越した元々は冒険者ギルドの職員だった娘であり、その前は王都の下町で女給としていたという。

 そのランを部下として使ってくれということだったので、半信半疑で職務をやらせてみたら、エルザが驚くほどの有能ぶりを発揮した。

 即座にエルザは、ランに政務官という職務を与え、エルザの政策の手伝いともに、秘書のようなことをやってもらっている。

 同じロウの愛人であるということで絶対の信頼を置けるし、なによりも、子飼いの部下も、有能な補佐役もいないエルザにとっては、喉から手が出るほどに欲しかった存在だ。

 まだ、一か月にも満たないが、ランの有能さは、ロウに見出される前までは、せいぜいメニューが読めて、単純な金勘定ができるだけの無学に近い女でしかなかったというのが信じることができないほどだ。

 

「エルザ様……。あっ、おマアさんとモートレッド殿も一緒なのですね」

 

 書類のようなものを抱えたランがマアたちに会釈をした。

 そして、持っていた書類を持ったまま、エルザに視線を戻して小首を傾げる仕草をする。

 

「……頼まれたものをお持ちしましたが……」

 

「ああ釣書ね。受け取るわ。大丈夫よ。隠すようなものでもないし」

 

 エルザはランが持っていたものを受け取る。

 すぐに、その場で書類を拡げる。

 

「いま、釣書と言ったかい?」

 

 マアが怪訝そうに言った。

 

「ええ、そうね。実は午後から茶会をするのよ。多少はひととなりくらい頭に入れておかないと、いくらなんでも失礼というものだしね」

 

 エルザは白い歯を見せた。

 マアがますます不思議そうな表情になる。

 

「茶会なのかい?」

 

 マアが言った。

 

「茶会よ。侍女も同席させない二人きりではあるけどね」

 

 エルザは笑った。

 すると、ランが横から口を開く。

 

「ねえ、エルザ様。あたしは反対です。いくら統治に必要だとはいえ、婚姻をちらつかせて見合いをするなど。もしも、ロウ様にばれたら、それこそ大変なことになると思いますよ……」

 

「はあ、見合い? エルザ殿、あんた、見合いをするのかい?」

 

 マアが驚いた声をあげた。

 

「見合いじゃないわ。茶会と言ったでしょう。まあ、婚約を前提に会いたいと言ってきた相手だけどね」

 

「それは見合いじゃないかい──」

 

 マアが声をあげた。



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1036 南方総督の失敗(2)─見合いの相手

「それは見合いじゃないかい──」

 

 マアが呆れた口調で声をあげた。

 エルザは肩を竦めてみせる。

 

「どうかしら。少なくとも、わたしにその気はないわ。だいたい、タリオ大公妃だったわたしは、そう簡単に再婚なんて無理だもの。そもそも、あのアーサーは正式には離縁に応じてはないんでしょう。婚姻を前提にと言われても、そう簡単にはいかない事情を向こうも承知のことなのよ」

 

 そして、ちょっとお道化て答えた。

 

「そんな問題じゃないと思うけど……。ともかく、相手はどこの誰なんだい?」

 

 エルザは手に持っていた釣書を台紙ごとマアに手渡した。

 釣書には、顔の絵姿が同封されている。

 それを一瞥して、マアが顔をしかめた。

 

「随分と美男子だねえ……。女にもてそうな顔さ」

 

「実際にもてるらしいわ。年齢は二十七。愛人の数は五人。身体の関係だけの相手だと両手両足じゃあ足りないという噂ね。領主の跡取りということもあって、一夜の相手でもいいから抱いてくれという女は絶えないそうよ。女相手には相当の自信家であることは間違いないわね」

 

 エルザは笑った。

 マアが姿絵から釣書の中身に視線を移す。

 

「……ふうん……。アズコーン侯爵家のレス=アズコーン……。長子かい……。アズコーン……? ああ、そういうことかい。しかしねえ……」

 

 マアが釣書に目を通しながら眉をひそめた。

 だが、アズコーン侯爵家と知って、エルザの狙いはわかってくれたようだ。

 

「おマア、これは政治の話よ。南方政策を確かなものにするためには、使える武器は使わないとならないわ。それが単なる見せ剣だとわかっていても、あの侯爵家を今回のことでやっと交渉のテーブルに乗せることができたのよ。実際、レスという令息との茶会だけど、父親のアズコーン侯爵も同席するそうよ。面談ということになるんでしょうね。あの狸親父もやっと交渉の窓口を開いたということよ。対面さえできれば、いくらでも説得には自信があるの。だけど、その対面をアズコーンだけはずっと拒んでいたんだから。今回のことは大きいわ」

 

 エルザは静かにまくし立てた。

 南方総督としてエルザが管轄する王国の南方地区には、五十を超える分裂した貴族領がある。

 ただし、その多くは男爵以下の小貴族領であって、子爵領以上となれば、十三となる。そのうち、南方総督府を置いたクロイツ侯爵領については、王家の直轄領としたので実際には、いまは十二だ。

 いずれにしても、十三個の独立的な貴族領からこの南域が成り立つことから、「南部十三州」という別称もあるくらいだ。

 その中でもっとも影響力が強かったのは、このクロイツ侯爵領であったが、そのクロイツ侯爵領がなくなったことで、新たな南域貴族の盟主にならんとしているのが、アズコーン侯爵なのだ。

 クロイツ家とともに北側に港湾を所有し、交易も盛んであり、南域の貴族への影響力も低くない。

 そのアズコーン家が、実はエルザが押し通そうとしている南方総督の統制による税制の統一施策に抵抗をしているのである。

 

 もちろん、王家の後ろ盾を持っているエルザに面と向かっては反論はしてこないが、この一か月、のらりくらりとエルザからの使者との面談を拒否し続けている。

 アズコーン家がエルザの税制改革を受け入れないので、アズコーン領に接する領主も税制の統制には応じていない。

 従って、十二州のうち、エルザの税制改革の受け入れに意思表示をしていない領主が四家ということだ。残りの八家はマアとともに締めつけた流通施策によって、すでに受け入れを明言していた。

 だからこそ、今回のアズコーン家からのエルザと令息との見合いの打診は、寝耳に水ではあったが、逆に渡りに船というところでもある。

 だから、エルザはアズコーン家の令息のレスとを茶会に招待したのである。父親の公爵の同席を条件にだ。

 アズコーン侯爵側はそれを受け入れた。

 その茶会が今日の午後ということだ。

 

「見合いの見返りが父親との対面ねえ。でも、そんな面倒なことをしなくても、連中は落ちるよ。この南域において、このおマアの手に届かない流通はないんだ。南方総督の統制に応じなければ、その地区には外から物が入らなくなり、社会を支えるための魔石の供給もとまってしまう。実際に、アズコーンを中心とした四家については、そうなっている。そんな状態で、あの連中がどのくらいまで我が儘を言っていられると思うんだい?」

 

 マアが釣書をエルザに戻しながら言った。

 

「いくらでもよ。ああいう昔気質(かたぎ)の大貴族というのは、マアが思っている以上に頑なよ。利益では転ばない者も多いわ。(かすみ)を食べてでも、誇りを手放さないのが貴族というものよ」

 

「三人の王女の中で、もっとも庶民派とされているあんたが、貴族の誇りを語るとわね」

 

「茶化さないでよ。アズコーン侯も、統一税制を受け入れないと、流通で追い詰められるのはわかっているのよ。だけど、彼が応じないのは面子の問題だということよ。だから、彼が要求してきた令息との見合いを受け入れるの。それを口実に、アズコーン侯は妥協してくれる。まあ、そういうことよ」

 

「つまり、茶会をするだけで、そいつは南部総督府を受け入れると? もしかして、見返りに婚約を条件に出されれば、応じるつもりかい?」

 

 マアが言った。

 

「はっきりとした拒絶はしないわ。のらりくらりとかわすことになるんでしょうね。できれば、もしかしたら、令息に堕ちるんじゃないかと思わせたいわね。その裏で侯爵と南方総督府の統制の受け入れについて話し合いを続けるわ。少なくとも交渉が終わるまでは、あたしが気がある素振りを続けないとねえ……。まあ、任せておいて。そういうことは、タリオでアーサーを相手にしっかりと身に着けてきたわ。あの自尊心の尊大な大公閣下……、いえ、いまは皇帝になったんだったわね……。とにかく、多分、いまでも、わたしがあの坊やにぞっこんだと思い込んでるじゃないかしら」

 

 エルザは微笑んだ。

 

「あたしは反対です。ロウ様に対して不誠実です。そんなことをしたら怒られると思います」

 

 すると、横に立っているランが口を挟んだ。

 エルザは声をあげて笑ってしまった。

 

「不誠実? あの独裁官様に何十人の女がいるのよ。彼こそ、およそ、誠実には程遠いと思うけど? あっ、もちろん、わたしは誠実なつもりよ。でも、今回のことは純粋に南方総督としての仕事なの。独裁官様から託された治政の一環よ」

 

「じゃあ、レスという青年と茶会をしても、恋愛を仄めかすことなく、純粋に仕事の話だけをするということでいいんじゃないのかい」

 

 マアだ。

 

「婚姻を仄めかしながらはぐらかすのも交渉術の一環よ。顔を見て頬を赤らめたり、つまらない話に嬉しそうに頷くくらいのことはするかもね。もしかしたら、手も握らせるかも。思ったよりも御しやすそうな女だと、その令息や侯爵が思ってくれたら、それに勝る成果はないわね」

 

「呆れたわねえ。やっぱりやめておいた方がいいんじゃないかい。そんな接待婦のような真似をしなくても、十分に統制できるわ。南方総督に逆らえば、アズコーン領の繁栄は完全にとまる。ほかのどこでもよ。だけど、積極的に掌握下に入れば、繁栄が保障される。税収など問題にならない程に、どの領主家にも富が落ちる。そんなものを目の当たりにして、あのアズコーン領主がいつまでも我慢できるわけがないんだよ。考え直しなさい」

 

「これがほかのことなら、犠牲になったりはしないわ。でも、今回のことは、ただ、レスという男とちょっとばかり男と女の話をするだけで、問題が解決する可能性があるのよ。安い代償よ」

 

「施策を通すために、交渉相手を前にして股も開くのかい? およそ、健全な思考とも思えないけど」

 

「セックスはしないわ。口づけもね。それでロウ殿に捨てられたくはないわ。でも、もしかしたら、必要なら股も開くかもしれないわねえ。税制の統制は南域で暮らすすべての王民の幸福に繋がることなんだから──。とにかく、マアやランは身内だと思って打ち明けたのよ。ロウ殿や周りの女には余計なことは言わないでよね。あっ、モートレットもよ。頼むわね」

 

 エルザは釘を刺した。

 

 

 *

 

 

 南方総督であるエルザの執務室を出ると、マアはその足で南方総督府の地籍の一画に設置されている「ゲート」に向かった。

 ゲートとは、ほんの短い期間のあいだにあっという間に設置された王国国土内を瞬間跳躍する移動設備であり、あのスクルドとガドニエル、そして、ユイナという新しいロウの女を中心にして、王国の主街道に沿って急速な勢いで建設が進んでいるものだ。

 その中で最優先で進められているのが、まずはハロンドール王都と国境を越えてナタル森林王国内の同様の「女王の道」と称される移動術設備との連接であり、そして、この南方総督府と、もうひとつ辺境侯域と称されている王国の北西地区との連接だ。

 ここから王都までに移動についても、数名程度の移動であれば、すでに王都までの魔道移動が可能な状態になっている。

 

 マアたちの出立の準備はできていたので、エルザへの挨拶が終わったらすぐに、その足でマアは護衛役もモートレットとともに、ゲートの前の待機室に向かった。

 魔道による瞬間移動とはいっても、この南方総督府にあるゲートから王都内のゲートまでは、十数個のゲートを経由しなければならないので、一緒にマアとともにゲートで移動をするのは、モートレットのほかに五人の護衛を予定している。

 従って、マアは総勢七人で許可を受けた時間になるまで、そこで待つことになる。

 ゲートの利用は王国により厳しく管理されており、事前申請なしに移動できず、利用するにしても、申請通りにしか作動させない。

 マアたちが許可された出立までまだ半ノスほどあるので、ここでしばらくは待つことになるはずだ。

 

 ゲートで移動する女豪商のマアが本人であることを知っているのはモートレットのみだ。

 ほかの護衛にしても、ゲート管理の役人にしても、マアのことはその代理人の女商人という認識である。それもあり、決められた定刻でなければ、ゲート管理の役人もゲートを作動させることはない。

 野外に展開されている布テントの待機室に入ると、マアは、すでに待っていた五人の挨拶を受けながら、奥側にある布で遮られた個室にモートレットとともに入った。

 

「王都に戻れば、いよいよロウ殿に再会できるわ。ところで、まだ覚悟は決まらないのかしら? ロウ殿に犯してしてもらう決心はできた? 以前から言っているけど、あなたがあたしの護衛として侍る条件は、ロウ殿の女にしてもらうことよ。子宮にたっぷりと彼の精を受けなさい。それができなければ、残念だけど、離れてもらうしかないわね」

 

 布テントの中にある簡易的な個室なので、向かい合う小さな椅子がふたつとテーブルひとつがあるだけの簡素な場所だ。

 マアは椅子に座り、モートレットは布の仕切りのところで立っている。

 仕切りの向こうには、護衛たちがいるので、マアの声は向こうには聞こえないように配慮されたものである。

 さらに、マアはいま、簡易的な防音効果を発揮する箱をテーブルの上に置いた。タリオ産の製品であるが、これを作動させれば、布の向こう側からマアたちの会話に聞き耳を立てることは不可能だ。

 それをしっかりと作動させた。

 

 このモートレットについては、ロウの愛人のひとりとしてもらう気でタリオから連れてきた。

 だが、紆余曲折あって、実はまだこのモートレットは、まだロウの女ではない。

 まずは、ロウ自身が独裁官として多忙を極めて、ゆっくりと屋敷で過ごす時間が少なかったのとがその理由のひとつだ。そして、マアもまたそのロウの施策を助けるために、あちこちを動いていていて、接触の機会が限られていたということがある。

 しかし、なによりの理由は、このモートレットがロウの女になるのを、ちょっと待って欲しいと口にしたことだ。

 ロウは無理矢理にモートレットを抱いたりはせず、その意思に従おうと応じ、その後、マアがエルザを助けるために南方に赴いたので、そのまま保留になっていた。

 

 マアとしては、モートレットがどうするのか早急に返事が欲しいところだ。

 最初にロウに会ったときには、このモートレットは自分の貞操に少しの興味もなさそうな感じだったのに、いざ抱かれるとなったとき、なぜか急に拒む態度を示しだした。理由は不明だ。

 まあ、モートレットも、なんだかんだでまだ十五歳でしかないので、やっぱり怖気づいてしまったのかもしれないが、マアとしてはモートレットのこの躊躇が不思議で仕方がない。

 

 別段、無理矢理に、ロウの女になってもらうつもりはないが、そのときには、モートレットをマアに託したルビアには悪いが、モートレットは手放すことになるだろう。

 ルビアとは、いまは新ローム帝国となったタリオ公国の首都に位置するローム大神殿の法王の妻である老婆だ。

 マアは、そのルビアから、このモートレットを委ねられたのだ。

 実のところ、このモートレットは、その善良な性質のルビアと仲が良かったモルダという貴族女の娘であり、父親はあのアーサーである。

 若い時代のアーサーに捨てられたモルダがひそかに生んだのがモートレットであるが、アーサーはその事実は知らないはずだ。

 もしも、モートレットの存在を知れば、あのアーサーはモートレットを始末しようとするのではないだろうか。

 皇帝を名乗り始めたアーサーという男は、そういう男だとマアは思っている。

 

 ルートレットがロウを拒むことを決めたとき、モートレットがタリオにあるローム神殿の神殿兵として戻るのか、あるいは、冒険者などになって、ひとりで生きている道をとるのかは、このモートレット自身の選択になるだろう。

 もっとも、このモートレットは、かなり深いところまでロウたちと一緒に行動をしてしまった。

 もしも、モートレットがロウを受け入れることを拒否したら、残念ながらマアとしては悲しい決断をしなければならないと思っている。

 これについては、ロウを煩わせるつもりはない。

 

「戻ったら返事をします。ですから、待ってください」

 

 モートレットは、マアがこの問い掛けをするたびにしてきたのと同じ言葉を返してきた。

 マアは嘆息した。

 

「……返事を待つのはいいけど、さっきも言ったけど、あなたがロウ殿の女になるのを拒むなら、あたしはあなたを受け入れない。待つのは王都に戻るまでと思ってちょうだい。そうね……。じゃあ、あと一日だけ待ちましょう。そのときまでに決心できないなら、あなたを解雇するわ。決心なさい」

 

「わかりました」

 

 モートレットが頷いた。

 マアはモートレットに強い視線を向ける。

 

「お前が躊躇っているのは、もしかして、父親のことがあるから? ロウ殿とローム帝国は、遅かれ早かれ、いずれ本格的に敵対することになると思うわ。父親の敵の女になるのは嫌かい?」

 

「まさか。彼を父親だと思ってことはありません……。わたしについては」

 

 モートレットははっきりと言った。

 少なくとも、その言葉に偽りの気配はない。

 人の心を読むこということについては、マアも百戦錬磨のつもりだ。そのマアを出し抜いて、嘘で誤魔化すということがモートレットに可能とも思えない。

 

「まあいいわ。とにかく、猶予は残り一日。それまでは待ちましょう。それまでに、あたしの前から去るのか、ロウ殿の精を受け入れるのか決めなさい」

 

「わかりました」

 

 モートレットが無表情で頷いた。

 そのときだった。

 布の向こうから声がかけられた。

 驚いたことに、さっきエルザの執務室で同席したランだった。

 マアは、布の仕切りの前に立っているモートレットに、ランを招き入れるように指示する。

 入ってきたランは、どうやらひとりのようだ。

 ちょっと困ったような表情である。

 どうしたのだろう?

 

「どうかしたかい? もしかして、さっきの話の続きでも?」

 

 この南方総督府でエルザの仕事の手伝いをしているランが出立直前のマアに接触しに来た理由はわからない。

 だが、もしかしたら、エルザが受けようとしている見合い話のことではないだろうか。

 そんな予感がした。

 目的があるとはいえ、南方の有力貴族の令息と見合いとしようなどとは、あのエルザにも困ったものだが、エルザもあの気性だ。

 さすがに、ランでは止められないだろう。

 その相談かもしれない……。

 

「ああ……。ちょっと関係あるかもしれません……。とにかく、モートレットさんは、外で待ってもらえますか?」

 

 モートレットの横に立ったランがそのモートレットに顔を向けた。

 さすがに、モートレットは驚いた表情になる。

 

「わ、わたしはマア様の護衛で……」

 

「でも身内ではないわ。まだね……。外で待っていて。ちょっと身内でしかできない話なの」

 

 ランはきっぱりと言った。

 平民出身で大人しい印象もあったランだが、いまの物言いには、それを感じさせない毅然さがある。

 マアは感心した。

 それはともかく、ランがわざわざモートレットの人払いを要求するのであれば、それなりの理由があるに違いない。

 マアはモートレットを見た。

 

「外に出ていなさい。まだ身内ではないお前には、聞かせられない話だそうだよ」

 

 マアは言った。

 疎外されたことが、多少はロウに抱かれる決断の後押しになればいいのだが……。

 

「わ、わかりました……。布の仕切りの向こう側にいます」

 

 モートレットが出ていく。

 ふたりきりになってところで、マアはランにマアの向かい側の椅子に座るように腰掛けた。

 

「あっ、大丈夫です。このままで……。ああ、それは防音箱ですね。作動中ですか?」

 

 ランは椅子に座ることには応じず、布仕切りのところに立ったまま、テーブルに置きっぱなしだった防音装置の箱に視線を向けた。

 

「ああ、そうだね。作動させたままでいいのかい? もっとも、声だけが雑音になる簡易的なものだよ。物音までは消えないけどね」

 

 マアは言った。

 モートレットと会話をするために出したままだったが、マアに説明したとおり、気配までを完全に消してくれるまでの高性能性はない。

 ただ会話を聞き耳にさせないくらいの効果なのだ。

 

「さあ、どうでしょう……。それよりも、おマア様には申し訳ありません。あたしには逆らうことなどできませんし、逆らう気もありませんので、とりあえず謝罪させてください」

 

 すると、ランが深々とその場で頭をさげた。

 

「謝罪?」

 

 マアは訝しんだ。

 その直後、背中側に人の気配を感じた。

 はっとした。

 

 しかし、ランが立っている布の仕切り以外に、このテント内の個室に入る出入口はない。

 もしかして、移動術──?

 マアは振り返ろうとした。

 

「ぐあっ」

 

 だが、その後頭部を押えられて、強い力で上半身をテーブルに押さえつけられてしまった。顔をテーブルから離れられなくされたので、誰が後ろに来たのかわからない。

 しかも、さらに複数の人間に挟まれ、両手も左右から掴まれてテーブル側に伸ばさせられる。

 三人──?

 少なくとも複数の者に背後から押さえつけられてしまった。

 

 また、その勢いでマアの腰は椅子から浮き上がった。

 すると、椅子とマアの腰のあいだに誰かが身体を滑り込ませ、マアが腰を浮かせたばかりの椅子に、強引に座り込んできたのがわかった。

 

「さあ、おまんこの時間だ。お前らの悪だくみは教えてもらったぞ、美人の女商人さん」

 

 そして、マアの背後に座り込んできた「男」がマアが身に着けていたスカートに手を入れながら愉快そうに笑った。

 

「ひんっ」

 

 その男の指がマアの下着の一点を捉えて、薄い布の上からくるくると指を回す。

 マアは女としての官能を刺激され、下肢をぶるりと震わせてしまった。



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1037 南方総督の失敗(3)─女商人お仕置き

「ふううっ」

 

 マアは両腕と頭をテーブルに強く押さえつけられた状態で身動きできなくなっている。

 また、浮きあがったマアの腰の下に入り込んでいる「男」はスカートの中に潜り込ませた指を無遠慮に動かしつつ、さらに下着の中に入り込ませてきた。

 

「はうっ」

 

 電撃のような快感にマアは、声をあげてしまった。

 

「その防音の箱はいらないぞ。機能を停止しておいてくれ」

 

 「男」がマアの亀裂に沿わせて指を動かし、強く弱くクリトリスを揉み動かしてきた。

 

「うっ……、くっ……」

 

 その巧みな愛撫に声が漏れ出る。

 だが、それよりも、マアは「男」の物言いにびっくりしてしまった。

 防音の機能を停止する?

 布一枚向こうには、モートレットだけでなく五人もの護衛の男がいるのに──?

 

「ロ、ロウ殿──。ここでは、それは……」

 

 さすがに、マアはかすれた声で懇願した。

 もちろん、こんなことをするのも、これほどに一瞬で女を追い詰める愛撫ができるのもロウだ。

 レイプまがいの性交を仕掛けた相手がロウであることはすぐにわかった。

 

「なんだ。もうばれたのか」

 

 腰の下にいるロウが笑いながら言った。

 

「そりゃあ、そうでしょう。わかりますよ」

 

「まあそうね」

 

 エリカとコゼだ。

 マアの両腕と頭を左右から押さえつけているのは、そのふたりみたいだ。

 この女戦士ふたりに間接を固められてしまえば、非力なマアがなにもできないのは当然だ。

 そして、正体がわかっても、そのふたりはマアを押えている力を緩めてくれない。

 おかげでいまだに、顔を横に向けることもできない。

 

「よろしいのですか? 確実に声が向こうに洩れてしまいますけど?」

 

 すると、別の声がした。

 魔道遣いのスクルドである。

 どうやら、ロウとともに襲い掛かってきた正体は、ロウのほかに、エリカ、コゼ、スクルドだったようだ。

 おそらく、このテントの中へも、スクルドあたりの移動術の魔道で侵入したに違いない。

 

「問題ない。恥ずかしい声をたっぷりと外に聞かせてやろう。その代わりに、結界を張ってくれ。邪魔されないようにな」

 

 ロウが指を股間の亀裂に滑り込ませてきた。

 

「おうっ」

 

 マアはびくんと頭を伸ばすように動かしてしまった。

 甘い衝撃が快感となって全身を駆け抜けていく。

 

「ま、待って、ロウ殿──。ここでは……」

 

「エルザが見合いをしようとしているというのはランから報告を受けた。でも、マアにも緊急通信用の魔道具を渡してあったはずだ。そんな大切な報告を怠って、見逃そうとしたのはいただけないな。だから、罰だ──。マアはここでレイプされる。その声を布の向こうの者たちに聞かれるんだ」

 

「えっ?」

 

 驚いた。

 もしかして、エルザの見合いのことを知って、乗り込んできた?

 

 だが、マアからして、エルザが見合いを代償に政策を有力領主に呑み込ませようとしているなどを考えているのを知ったのはたったいまだ。

 それなのに、もう──?

 いや、そもそも、ロウたちは王都にいるはずだ。

 移動術設備である「ゲート」を使ってやって来たのだろうか? しかし、そのゲートはテントの外の目の前にある。

 マアがここに入ってから、外にあるゲートが作動した気配はなかったから、それよりも前にやって来たことになるはずだが……。

 

 すると、ロウがすっとマアの股間から指を抜いた。

 押えられていたエリカたちの手も離れる。

 しかし、自由になったわけではない。

 上半身全体が別のなにかによって、全体的にテーブルに押し付けられた。多分、ロウの能力のひとつである粘性体の術だと思う。

 マアの身体は膝をやや曲げてテーブルに上半身を載せた状態で、改めて動けなくなってしまった。 

 

「もしかして、俺たちがここに来たのが不思議か? ガドとラザに動いてもらっているイムドリスの門だ。王都以外では、ここを二番目に繋げてもらった。それが開設したのが少し前で、それでやってきたということだ。だが、エルザの見合いの直前に到着したのは偶然じゃないぞ。そんなお痛を考えているのは報告を受けていたから、それに合わせてやってきたということだ」

 

 マアのお尻に顔を向けていると思うロウが言った。

 

「えっ、知っていた……?」

 

 一緒にいたマアでも知らなかったのだ。

 それをどうやって、事前に知ったというのだろう。

 だが、すぐにはっとした。

 

 ラン……。

 もしかして……。

 

「あ、あのラン……。あなた……」

 

 顔を押えられているので見えないがランがそこにいるのは知っている。

 思わず、ランに声をかけていた。

 

「申し訳ありません。こちらのことについては日常的に王宮に報告をあげていました。エルザ様が釣書を取り寄せたことについても、そのときの話の流れで……」

 

 ランが申し訳なさそうな口調で言った。

 そういうことかと思った。

 だが、ランが定期的に王都に報告をあげていたのは、エルザも知らなかっただろう。

 いや、知っていたとしても、まさか、見合いの茶会のことまで報告されるとは夢にも思わなかったと思う。

 だけど、考えてみれば、エルザの下で働くように命じられていたとしても、ランはエルザの部下ではない……。

 それを忘れていた。

 そして、さっきはすでにロウに報せたことをおくびにも出さなかった。ただの平民あがりの女政務官ではないということを改めて知った。

 いずれにしても、ロウは知っていたのだ。

 マアは苦笑してしまった。

 

「ランに文句は言うなよ。俺が乗り込む可能性を口止めしたのは俺だ。とにかく、エルザの見合いを見逃そうとしたおマアもお仕置きを受けてもらう。無論、主犯のエルザはもっと恥ずかしい目に遭わせる予定だけどね。どんな風にお仕置きをしようかと、いまでもうずうずしてるよ」

 

「そういうこと……。でも、ロウ殿も意地の悪いこと……。エルザのお茶目を阻止するんじゃなく、その場に乗り込んで罰を与えにくるなんてねえ」

 

 マアはくすりと笑った。

 だが、ロウらしいとも思った。

 女に悪戯をする口実を見つけて、喜んで乗り込んできたのだろう。

 黙っていたマアも、お仕置きの対象ということか……。

 

「観念したようだね、おマア。おマアの罰は、ここで犯される声を外に聞かれることだ。心配しなくても、そのままゲートで護衛たちと帰るのは勘弁してやる。帰りは、俺たちと一緒にイムドリス経由だ。俺の恋人のひとりであるおマアは、イムドリスに入る資格はある」

 

「お、お手柔らかにね」

 

「それはどうかな」

 

 ロウが後ろで立ちあがったのがわかった。

 背後からスカートがたくし上げられて、下着をお尻の下までずりおろされる。

 すぐに、お反りの谷間に手を這わせて、その奥のアナルに指を滑り込ませてきた。

 

「あっ、いやっ」

 

 驚いてしまって、思わず大きな声をあげてしまった。

 慌てて口をつぐむ。

 だが、ロウの指は容赦なく、マアのお尻の中で動き回る。

 

「んふっ、くうっ、ほっ──」

 

 指に潤滑油でも塗っているのか、ぬるぬるとした感触とともに、お尻の中が無遠慮に擦られ続ける。

 それがあまりにも気持ちよくて、マアは鼻息とともに、その場に崩れ落ちそうになった。

 

「マア様──。どうされました──?」

 

 そのとき、布の外からモートレットがちょっと慌てたような怒鳴り声がした。

 さすがに、これだけ騒いでいれば、気がつかないわけはない。スクルドが防音箱の効果を消したと思うが、そうでないとしても、もともと声は消しても、人の気配や声ではない物音が消せないのだ。

 マアがここで襲われていることに気がつかれるのは時間の問題だったろう。

 そして、モートレットに気づかれたということは、ほかの五人の護衛の男にも気づかれたということだ。

 マアは焦った。

 

「だ、大丈夫よ、モートレット──。は、入ってはだめよ──。そこにいなさい──。ひあっ、ああっ」

 

 急いで叫ぶ。

 しかし、ロウの指はマアのお尻の中で動き続けるのだ。

 口を開くと、どうしても嬌声も漏れ出てしまう。

 マアは必死に口をつぐんだ。

 

「おマア様──。入りますよ──。あっ、どうして……?」

 

 モートレットが布をはぐろうとしたのが布の仕切りを擦る音でわかった。

 だが、開かないようだ。

 困惑したモートレットの声がこちらにも響き伝わってくる。

 

「問題ありませんわ。たとえ、百人の兵が突破しようとしても、この中に誰も入ることはできませんわ」

 

 スクルドがくすくすと笑ったのが聞こえた。

 

「俺たちの声は消してくれ、スクルド。だが、マアの声は消さなくていいぞ。これは懲罰だしね」

 

「すでに、そのようにしてありますわ、ご主人様」

 

 ロウの指示に対して、スクルドが反応する。

 

「わかった……。じゃあ、遠慮はいらんぞ、おマア。存分に悶えてくれ」

 

 ロウがマアのお尻に入っている指を鉤状に曲げてきた。

 その指先でお尻の内側の粘膜を掻きまわされる。

 

「くふうっ」

 

 大きな息とともに、またもや甘い声を出してしまった。

 こんなに気持ちのいい愛撫に耐えるなど不可能だと思った。

 立っているだけで必死だ。

 とにかく、マアは腰を落としかけて、懸命に力を入れる。

 

「モートレットだけじゃなくて、五人の男も布の仕切りに張り付いているようだぞ。恥ずかしければ、声を我慢することだ」

 

 ロウが指をお尻から指を抜く。

 だが、すぐに両手で尻たぶを掴まれて思い切り左右に引っ張られた。

 

 まさか……。

 

 マアはテーブルの顔をつけたまま目を見開いていた。

 次の瞬間、さっきまで指で蹂躙されていたお尻の穴にロウの怒張の先が当たったのがわかった。

 

「あっ、ま、待って──」

 

「なにを待つんだ、おマア?」

 

 ロウはゆっくりと怒張をマアのアナルの中に押し進めてきた。

 

「くああっ」

 

 息もできないような衝撃で、マアは腰を浮き上がらせた。

 

「マ、マア様──」

 

 モートレットの声がまた響いた。

 護衛の男たちのざわめく声もだ。

 布一枚向こうに本当にいるみたいだ。

 律動が始まる。

 マアは必死に口を閉じる。

 

「おい、なんだ? なにやってんだ──?」

 

「まるで、あの音みてえだな」

 

 すると、モートレット以外の護衛男たちの不審そうな声まで聞こえてきた。

 さすがに羞恥でかっと身体が熱くなる。

 だが、快感が大きすぎる。

 抜かれて……。また貫かれて……。また抜かれ……。

 

 我慢するなどやっぱりできない。

 気がつくと、マアはあられもない声をかなりの大きさであげてしまっていた。

 

「あっ、ああっ、き、気持ちいい──。あああっっ」

 

「その年でも随分といやらしい声だな、おマア。さすがは俺の恋人のひとりだ。最後はおまんこに精を注いでやろう。そのびしょびしょのおまんこにね」

 

 ロウが一度アナルから男根を抜く。

 すぐにお尻の下を通って、その怒張がマアの股間を貫く。

 

「ふあああっ」

 

 完膚なきまでの喜悦で四肢を討ち抜かれる。

 抽送が始まるとさらに桁違いの快感が襲いかかる。

 角度、強さ、擦る場所、勢い──。

 そのすべてが凄まじい──。

 

「ああっ、おおっ、ほおおっ」

 

 一気に絶頂まで飛翔してしまった。

 それに合わせるように、ロウがマアの股間の奥に熱い精を迸ったのを感じた。



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1038 南方総督の失敗(4)─黒い手紙

「お目に書かれて光栄です、閣下」

 

「こちらこそ、小侯爵。侯爵閣下にお会いできなかったのは残念ですわ。是非、お話をしたいこともあったのに」

 

 エルザが茶会として準備した場所は、庭園ではなく南部総督府の一室である。大きな窓に日差しが降り注ぎ、その窓から鮮やかな緑の庭園が覗けるという場所だ。

 すでに、十人の侍女が入っていて壁際に立っている。侍女ではあるが護衛も兼ねており、それぞれがかなりの武芸の持ち主でもある。

 

 また、茶会の席に待っていたレス=アズコーンは、噂どうりの美男子だった。

 精錬された動作で優雅に挨拶をして、茶会の席に入ってきたエルザに柔和な微笑みを向ける。

 いかにも女慣れしているという感じであり、襟足丈の銀髪と艶っぽい眉毛、意思の強そうな瞳、そして、細く通っている鼻と白い肌をした彼は、驚くほどに美しかった。

 随分女にもてるという話だったが、これだけの美貌であるなら、それも当然かとエルザは思った。

 

 それはともかく、部屋で待っていたのは、小侯爵こと、エルザの見合いの相手のレスひとりである。

 約束であれば、この席に父親のアズコーン侯爵も同席するはずだったのだが、急な頭痛ということで、宿で医師の診断を受けた結果、急遽来れなくなったということだった。

 しかし、わざわざ見合いだとわかっているレスとの茶会に応じたのは、エルザが進めようとしている南部十三州の税制統一の施策を実現するためであり、アズコーン侯を説得することは、その重要な鍵だったのだ。だからこそ、見合いであろうと、なんだろうと、侯爵が来るならという条件で応じたのに、ぎりぎりでそれを覆されるのは、エルザからすれば裏切られた思いである。

 侯爵が訪れないという事前連絡はなく、このレスが到着して初めて知らされたのだ。

 

 侍女から訪問者がレスのみであることと、その事情を知らされ、エルザは無意味となった茶会を改めて仕切り直すことだけを告げ、レスについては門前払いしようとさえ思ったが、こうやって会う気になったのは、そのレスから父親から手紙を預かっているという伝言をさらに侍女を通じて伝えられたからだ。

 はっきりとは言わなかったが、南部総督府の政策に関する侯爵の意見が書かれているということでもあった。

 だから、その手紙だけでも受け取ろうと、エルザは茶会の席にやってきたのである。

 

「父も残念そうでした。ただ、もともと持病もありまして、ここまで無理をして馬車で移動してきたこともあり、疲れも出たのでしょう。ただ、閣下のご懸念は預かっている父からの手紙で事足りるかと」

 

 レスが微笑んだ。

 どうやら、このレスも、どうしてエルザが見合いとしての茶会に応じたのか、理解している様子である。

 だが、エルザはそれに違和感を覚えた。

 レスは結婚こそしていないものの三十歳であり、本来であれば、侯爵代理として普通に領主業務をこなしていいくらいの年齢だ。

 しかし、レスは元来の怠け癖があり、放蕩者であって、見た目の美しさの反面、仕事に関しては全くの役立たずというのが事前調査の結果だった。

 だからこそ、エルザはレスひとりでは話にならないので、父親とも対面することを要求していたのである。

 ところが、まだほんの少しの会話でしかないが、目の前のレスは所作も堂々としているし、不思議な威厳のようなものも感じる。

 随分と評判と異なる。

 まあ、エルザとしては、施策の話ができるのであれば、相手が侯爵自身であろうとも、名代としてのレスであっても構わないのだが……。

 促してソファに座ってもらう。

 

「改めて、ご挨拶申し上げます、閣下。お美しい装いです。本当に素晴らしい」

 

 レスがじっとエルザを見つめてくる。

 この男が放蕩者の昼行燈?

 やはり、そんな感じには見えない。

 まあいいか……。

 それよりも侯爵からの手紙だ。

 

「ところで、まずは侯爵閣下からの手紙を拝見したのですが?」

 

 エルザは言った。

 

「もちろんです。ただ、その前にお人払いはできませんか? 見合いの席でもありますしね。ふたりきりになりたいですから」

 

 すると、レスが微笑んだまま言った。

 エルザは唖然としてしまった。

 

「そんなことができるわけがないでしょう。会ったばかりの男女がふたりきりなどあり得ませんよ。ちょっと無礼では?」

 

 エルザはレスを睨んだ。

 

「ははは、だめですか。まあ、でも、父からの手紙を読んでから、また考えてもらえませんか」

 

 レスが頭を掻く。

 なんだ、こいつ──と思った。

 とりあえず、レスが懐から取り出した封書を受け取る。

 蝋封があり、確かにアズコーン家の紋章だ。

 眼で合図をすると、侍女のひとりが盆に載せたペーパーナイフを差し出した。

 封を切る。

 

「えっ?」

 

 中に入っていたのは、手紙が一枚と、黒い紙だった。

 とりあえず手紙に眼を通す。

 時効の挨拶と、急な体調悪化のために訪問の約束を守れなかったことの詫び、そして、すべてを息子のレスに託しているので、レスが応じれば侯爵家としては、それを守ることを約束するという内容だった。

 つまりは、このレスが名代であることの明言だ。

 

「あなたに全て委ねるということなのですね」

 

 エルザはレスに視線を向ける。

 この場でしたかったのは、本来、政策の話だったので、それができるということはありがたい。

 まずは、見合い話をのらりくらりとかわしながら、どうやって、一緒にやってくるはずだった侯爵自身と税制の話をしようかと悩んでいたので、手紙といい、レスといい、向こうが最初から施策の話をしてくれそうなのは、本当にありがたいことだ。

 レスはにこにこと微笑んでいる。

 

「どうぞ。二枚目を」

 

 レスに言われて、視線を手元に戻して、二枚目を出す。

 しかし、二枚目は真っ黒な紙であり、中心に染みのような白いものがあった。なにかと思って、眼を近づける。

 

 模様……?

 

 文字ではない。

 なにかの図形のように思えた。

 だが小さすぎてわからない。

 顔を黒い紙に近づけて目を凝らす。

 

 えっ?

 

 魔道陣──?

 

 はっとした。

 

 これは魔道陣だ──。魔道の紋様だ──。

 

 二枚目の黒い紙そのものが、事前に魔道を込めた「魔道紙」になっていた。

 気がついたときにはもう遅かった。

 頭が見えないものに掴まれた感じになり、一瞬、一切の視界と音が消滅した。

 

 だが、すぐに晴れた。

 しかし、頭が霞にかかったような気持ちの悪さが残っている。

 とにかく、なにかを仕掛けられたのは明白だ。

 迂闊にも魔道紙を不用心に作動させてしまったのだ。

 助けを呼ぼうと、振り返って声を出そうとした。

 

「……静かに。動かないで……」

 

 そのとき、レスがぼそりと言った。

 ほんの聞こえるか、聞こえないかの小さな声だ。

 部屋は広いので、壁際の侍女たちには聞こえてないだろう。

 だが、エルザの耳には、明瞭な音として伝わった。

 しかも、その瞬間、金縛りになったかのように、エルザは声を出せなくなり、身体も動かせなくなった。

 エルザは愕然とした。

 眼を丸くして、レスを見る。

 

「大事な政策の話ですので、お人払いをしてください──。さあ、命令をしてもらえますか」

 

 今度はレスがはっきりとした声で告げた。さらに、小さな声で付け加えてきた。

 

「……あなたの権限でうまく人払いをするんです」

 

 怪訝に思ったが、驚愕したのは、エルザの口が勝手に開いたことだ。

 

「全員、外に出なさい。命令よ──。問題ない。外に出るのです」

 

 エルザは声をあげていた。

 それは、エルザの意思にまったく関係のないことであり、エルザは唖然となった。

 そして、恐怖した。

 

「し、しかし……」

 

 さすがにエルザとレスをふたりきりにするのを躊躇った感じの侍女の長が躊躇の言葉を口にする。

 だが、エルザが首を横に振った。

 これもまた、エルザの身体が勝手にしていることだ。

 

 これがさっきの魔道紙の効果──?

 

 身体を操るのか?

 

 そんな魔道など、隷属魔道でしか聞いたことはないが、隷属魔道とはそんな簡単にかけられるものではない。

 だが、これは隷属魔道にほかならない。

 どういうこと?

 エルザの背に冷たい汗が流れる。

 でも、逆らえない。

 

「これは絶対の命令です。こちらから指示があるまで、中の様子を探ってはいけません。なにかあれば、合図します。それまでは外で待機しなさい」

 

「わ、わかりました……」

 

 エルザの口から出た強い口調で侍女たちがぞろぞろと出ていく。

 レスとふたりきりになった。

 

「じゃあ、話をしましょうか。ただ、折角なので、話のあいだはスカートでもめくってもらいましょうかね。さあ、立ってスカートをめくってください」

 

 レズが微笑んだまま言った。

 すると、エルザの身体が立ちあがり、両手が勝手にスカートの裾をぎゅっと掴んだ。



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1039 南方総督の失敗(5)─肛虐好きの令息

「ただ、折角なので、話のあいだはスカートでもめくってもらいましょうかね。さあ、立ってスカートをめくってください」

 

 レスがにやにやしながら言った。

 すると、エルザの意思とは無関係に、エルザの両手がスカートの裾を掴む。

 そして、ゆっくりと上にあげ始めた。

 

「わっ、ちょっと待って──」

 

 驚いて声をあげた。

 だが、エルザの身体はまったく自由にならない。まるで他人の身体であるかのようにスカートをあげ続ける。

 いずれにしても確信した。

 これは間違いなく魔道だ。

 

 隷属魔道──?

 

 操心魔道──?

 

 どういう魔道なのかは検討もつかないが、間違いなく、あの黒い紙にあった魔道紋様を凝視した瞬間に、身体の自由を失っている。

 

「誰か、助けてえええ──。早く、来てえええ──」

 

 じわじわとスカートを手がまくりあげる一方で、エルザは力の限り絶叫した。

 さっき、「静かにしろ」とささやかれた直後には声を出すことはできなかったが、いまはできた。

 おそらく、人払いをしろと、別の命令を与えられたせいだろう。

 

 そして、はっとした。

 だったら──。

 

 エリザはスカートをめくったまま、身体を反転して扉に向かった。

 そして、動いた──。

 やっぱりだ──。

 最初に告げられた“動くな”という言葉の縛りは、“スカートをめくれ”という言葉を上書きされたことで、無効になっているのだ。

 エルザは扉に向かって体当たりしようとした。

 

「止まるんです──。一切の動作を静止しなさい。そのまま、こちらを見て、静止」

 

 レスの言葉が後ろから届く。

 その瞬間、エルザの身体は硬直して動かなくなった。

 そして、反転して、ソファに座っているレスに身体を向ける。

 すでに、スカートは上まであがっているので、身に着けていた下着まで露わになっている。

 

「くっ──。み、見ないでよ──」

 

 羞恥に耐えかねて、せめて脚を折って隠そうとするが脚も動かない。

 

「くくく、見せているのは、総督閣下の方ですよ。でも、そろそろ、掛けられている魔道の効果がわかったんじゃないですか。俺の言葉には逆らえません。文字通り、言葉の通りに身体が操られる魔道です……。ただ、命令を解除しない限り、命令を継続させることまではできません。それが隷属魔道よりも扱いにくいところでしてね。その代わりに、こうやって簡単にかけられることができます」

 

 レスが立ちあがって、ゆっくりとこっちにやってくる。

 恐怖が身体を包む。

 でも動けない。

 

 目の前にレスが立つ。

 そして、気がついた。

 机の上に小さな箱がいつの間にか置いてある。

 このあいだまでタリオの大公妃だったエルザには、それがタリオ公国の使う「防音箱」だとすぐにわかった。

 魔道具であり、簡易的な防音魔道を掛ける道具だ。

 だから、さっきのエルザの絶叫にもかかわらず、誰も来ないのだと思った。

 

「……タリオ? まさか、ロームと繋がりがあるじゃないでしょうね?」

 

 思わず、言った。

 あり得ることだ。

 このあいだまでなクロイツ領を席捲していたドピィの叛乱は、その背景にタリオがついていたことはエルザも知っている。

 そういうロームの諜報を南方から排除することも、エルザの役目だ。

 そもそも、事前情報では、愚物の噂はあったが、このレスにはこんなことをしでかす度胸も実行力もないはずなのだ。おかしすぎる──。

 

「どうかな? もしかしたら、さっきの操心の魔道紙もタリオ産かもね。ところで、面白い下着だな。王都ではそんな色っぽい女の下着が流行っているのですか?」

 

 レスが手を伸ばして、エルザが身についている下着の横の紐を指でつまむ。

 エルザは身体をびくりと反応させた。

 しかし、どうしても、これ以上は、金縛りにあったかのように、身体は動かない。

 紐がすっと解かれて、片側だけ下着が垂れ落ちる。

 

「あっ、いやっ」

 

 屈辱でかっと身体が熱くなる。

 こんなところで、こんな男に裸にされるなど──。

 しかし、エルザの両手はスカートをたくし上げたまま動かないし、両脚もわずかに震わすことができるだけである。

 

「いい身体をしてましすね。南方総督様がこんなにいい身体をしているなどとは思いもしませんでしたよ……。両脚を肩幅に開いて静止。両手は力を抜いて自分では動かさない」

 

 レスの言葉でやっと恥辱的なスカートのまくり上げから解放された。

 だが、それだけだ。

 肩からばさりと装束全体が足元に落ちた。

 内衣の紐も外され、剥ぎ取られる。

 続いて、乳房を巻いている布も解かれて床に捨てられた。

 

「こ、こんなことをして、ただで済むと思っているの……」

 

 だんだんと裸にされていく屈辱に歯噛みしながら、エルザは目の前のレスを睨みつけた。

 

「思ってますよ。あなたが思っている以上に、操心術というのは融通の利く魔道なんです。隷属魔道とは異なり、鑑定術などでは探知できませんしね。ハロンドールでは隷属魔道が主流ですが、おそらく、これからは操心術が操り術の主流になるかもしれません。高位魔道遣いにはかかならないなどという面倒な縛りも少ないですし……」

 

 レスの片手が剥き出しになったエルザの乳房に触れた。そして、乳首を摘ままれる。

 

「ひんっ」

 

 エルザは思わず甘い声をあげてしまった。

 鋭い刃のような疼きがレスに触れられたところから全身に迸ったのだ。

 

「敏感な身体ですね」

 

 レスが揶揄するように、指をすっと乳房から脇腹におろしていく。

 そわぞわとした得体の知れない感触がそこから拡がっていく。

 

「ひあっ」

 

 淫らな感覚が全身を席捲して、エルザは激しく狼狽した。

 指一本だ。

 それなのに、こんなに翻弄されるなど──。

 また、エルザは別の意味の恐怖を感じてしまった。

 

 エルザの想像以上に、このレスの愛撫が上手なのだ。的確にエルザの弱い場所を突いてくる。

 まるで、エルザの性感帯がどこであるかを熟知しているかのようであり、そこに最適の刺激を加えてくる。

 

 だからこそ、エルザは怖くなった。

 まだ指一本だし、レスからすれば、まだ遊んでいるような愛撫だろう。

 でも、早くもエルザは追い詰められかけている。

 おそらく、あっという間にエルザは、このレスの前で醜態を晒しそうだ。

 

 エルザが人払いを命じたとはいえ、いくらなんでも一ノスも経てば、侍女たちの誰かがこの部屋の様子を覗くとは思っている。

 それまで耐えればいいと思っていた。

 だが、おそらく、そんなに時間をかけずに、エルザは追い詰められてしまうだろう。

 そんなことには耐えられない。

 

「か、考え直しなさい──。いまなら間に合う──。わ、わたしの周りには高位魔道遣いがいる──。あなたの想像以上の魔道遣いよ。神の眼を持つ鑑定術を持った男も──。あなたが掛けられた操心術など一目で見抜かれて、解除される。そうすれば、わたしはあなたを含めた一族を極刑にするわ。この言葉に嘘はないわよ──」

 

 鑑定術では、操心術にかかっていることを発見しにくいかどうかなど知らない。

 だが、間違いなく、ロウはどんな異常状態であろうとも、エルザの異常を見抜くことができるだろう。

 エルザは叫んだ。

 

「そうなれば、そうなったときのことです。でも、もうわかっているでしょう。俺は、あなたにどんなことも喋らせることができるんですよ。愛の告白でも、結婚の承諾でも……。あなたは俺の妻になるんですから、その夫を処刑などできないでしょう」

 

 レスの指が股間に引っ掛かっていた紐パンの反対側の紐を解く。

 布切れになった下着が床に落ちる。

 レスが改めてエルザの裸身に両手を伸ばした。

 乳房と股間に手が触れる。

 

「ひんっ」

 

 乳房が粘っこく揉まれ、太腿から内腿をさすられる。

 びりびりとする快感の衝撃が走りまわる。

 やっぱり、このレスの愛撫は危険だ。

 エルザは必死に歯を喰いしばった。

 

「あなたには、奴隷妻になってもらいますよ。さっそく、その陰毛は剃ってしまいましょうね。奴隷妻の股間に毛は相応しくありませんから」

 

 レスが繰り返し柔らかい陰毛をまさぐり、その内側の粘膜を愛撫する。

 全身が火柱のように燃えあがるのを感じる。

 

「あっ、ああ……」

 

 懸命に口をつぐむのだが、どうしても生々しい喘ぎ声が出てしまう。

 

「濡れてきましたね。でも、簡単には犯しませんよ。こうみえても、ねちっこい性格でしてね。俺に後ろを向けなさい。尻たぶを両手で持って、尻穴を見せるんです。お尻は突き出すようにしてね」

 

 レスがエルザの身体から手を離した。

 エルザは耳を疑った。

 

「あっ、いやああ──。こんなのいやああ──」

 

 エルザは絶叫してしまった。

 身体がレスに対して反転してお尻を見せ、上半身を前に折り曲げるようにして、レスにお尻を突き出す格好になったのだ。

 しかも、両手がお尻にかかり、自分のお尻の穴を拡げるようにしてしまう。

 

「いやあっ、なんてこと命令をするのよ──。やめなさい──。やめなさいってばあ──」

 

 エルザは悲鳴をあげた。

 だが、レスの言葉に逆らえないエルザの四肢は、告げられたとおりのことをしてしまう。

 自分で自分のお尻の穴を開いて見せつけるようにしているのだ。

 逃れる術はない。

 

「なるほど、これが総督閣下の尻穴ということですね。可愛いものだ」

 

 レスがくすくすと笑う。

 そして、背後は見えないのだが、レスの顔がエルザのお尻に接近してくる気配を感じてしまって、エルザは怯えた。

 息がかかるくらいに、お尻に顔を近づけられたのがわかった。

 おぞましい視線と、鼻がくっつくばかりの熱い息が感じとれてしまい、エルザは屈辱で気が遠くなりそうになる。

 

「や、やめるのよ──。やめなさい──」

 

 エルザは絶叫した。

 すると、お尻の穴に強く息を吹きかけられた。

 

「ひああああ」

 

 エルザは悲鳴をあげてしまった。

 

「尻の穴を晒したくらいで、そんなに嫌がってどうするんです。いまから教えておきますが、実は俺は尻の穴を犯すのが大好きな性癖なんですよ。そのせいで、なかなか結婚できなくてですね。でも、あなたは俺に逆らえない奴隷妻になるのですし、しっかりと尻穴を調教してあげますよ」

 

「ふ、ふざけんじゃないよわ──。あんたなんかと結婚するわけないでしょう──。わ、わたしには恋人がいるのよ──。英雄殿よ──。ロウ殿よ──。わたしにこれ以上手を出せば、ロウ殿が──独裁官殿があんたを一族郎党皆殺しにするわよ──。いい加減にやめなさい──」

 

 ロウのことを出すつもりはなかったが、こうなったら暴露するしかなかった。

 いまや、ロウは独裁官として、英雄として大変な人気と評判を持つ。さすがに、ロウの名を出せば、こんな地方貴族の令息には手を出すことを躊躇すると思った。

 

「なるほど、じゃあ、俺はあの独裁官閣下の女を寝取って、尻穴の処女をもらうことになるのですね。愉しみです。もちろん、お尻はまだ処女ですよねえ?」

 

 レスの指がエルザの排泄機関に触れる。

 

「いいいいっ、やめてえええ──、指をどけるのよお──」

 

 エルザは喉を振り絞って叫んだ。

 身体の芯から汚辱感と怖気の震えが走る。

 

「なかなかの尻穴の手触りですよ。中はどうですかね」

 

 レスの指が指で円を描くように、お尻の中に入っていきそうになる。

 エルザはすくみあがった。

 

「んっ? あれっ?」

 

 だが、そのとき、急にレスが怪訝そうに唸った。

 しかも、いまにも奥に突き刺されそうだった指がお尻の穴の入口でとまっている。

 

「おかしいな……。入っていかない……。抵抗している感じじゃなくて、なにかの魔道?」

 

 レスがひとりごとのように呟いたのが聞こえた。

 エルザははっとした。

 思い出したのだ。

 ロウに犯してもらって子宮に精を注がれたとき、確か、ロウ以外の者には犯されないように、魔道の貞操帯のようなものが局部に刻まれると告げられた気がする。

 半信半疑だったが、それは本当だったのだ。

 エルザは急いで口を開いた。

 

「あ、諦めなさい──。わたしの身体には魔道の封印があるのよ──。ロウ殿以外が犯すことなどできないわ。だから、わたしを妻にすることなんて諦めなさい──」

 

「ふうん……。まあいいでしょう。封印を解く方法はゆっくりと探りましょう。犯せなくても、愉しむ方法はいくらでもありますし、安心してください」

 

 だが、レスは動じた様子はない。

 指を挿入するのを諦めて、入口部を揉み解しだす。

 ぐいぐいと粘膜側に指が押されて、エルザは思わずぶるぶると身体を震わせた。

 

「魔道の貞操帯とは不可思議ですが、自分では入れることはできるのですか、閣下? じゃあ、お尻の穴に右手の指を入れて、感じる場所を探して内側を愛撫してください。姿勢はそのままですよ」

 

 レスが言った。

 

「ひあっ」

 

 すると、尻たぶを掴んでいた右手が離れて、自分のお尻の中に入っていく。かなり窮屈だがぐりぐりと回し入っていく。

 やがて、根元近くまで入ったところで、指が折れ曲がった。

 柔らかくお尻の内側を揉み解していく。

 

「いやああっ」

 

 さすがにエルザは泣き叫んだ。

 

「自分で犯す分は大丈夫なのですね。しばらく続けてください」

 

 レスが離れる気配を感じた。

 だが、逃げることはできない。

 それどころか、エルザは信じられないような恥ずかしい格好で、自分で自分のお尻の中の愛撫を続ける。

 あまりものおぞましさに、身体の震えがとまらない。

 だが、一方で、レスの言葉に“感じる場所を探して愛撫をする”というものがあったため、エルザの指は快感を求めて、ちょっとでも感じる場所を揉み移動する。

 自分の身体なので逃れようもない。

 込みあがる快感と、指でほぐれて緩む肛門の感覚が拡がっていき、そのむず痒いような感覚に、エルザの歯がかちかちと鳴る。

 

「あまり不自然でないくらいに会談は引きあげなければなりませんしね。結婚の承諾は、会談終了後に全員に対してやってもらうとして、それまでに一度浣腸をしてもらいましょうね。空いている左手でこれを持ってください。あっ、右の指はそのままですよ」

 

 戻ってきたレスに左手でなにかを掴まされる。

 液剤の入った袋のようなものだ。

 

 だが、浣腸──?

 

 まさか……。

 これは「浣腸袋」──?

 知識としては知っている。

 でも、もちろん、使ったことなどない。

 顔が硬直し、引きつるのがわかった。

 

「い、いやああ、じょ、冗談じゃないわよ──。そ、そんなことさせたら承知しないわよ──」

 

 エルザは叫んだ。

 

「指は抜いていいですよ。そこに管を差し込むんです。あとは握りつぶすように両手で袋部分を握りつぶすんです。すぐに排泄感が襲うように、とりあえず三袋といきましょう。全部を注入してください。足りなければさらに注入しましょう」

 

 レスが言った。

 エルザの指が抜け、後ろ手の状態で両手が浣腸袋の嘴管(しかん)を探して肛門に挿し入れた。

 

「いやああああっ」

 

 エルザは絶叫した。

 自分の両手が浣腸袋にぐっと力を込めるのがはっきりとわかった。



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1040 南方総督の失敗(6)─浣腸か、張形か?

 浣腸袋に自分の両手の力が加わるのを感じた。

 知識としては知っていて、浣腸袋には腸内洗浄の魔道紋が薄く描かれており、握った瞬間にあとは自動的に腸の中に液剤が注ぎ込まれる仕掛けだ。

 注がれてしまえば、あとは大きな排便感に襲われてのたうち回るしかない。

 

「いやあああっ」

 

 そのおぞましさにエルザは、激しくかぶりを振った。

 

「待て──。そのまま待機──。まだ浣腸袋に力を入れなくて、結構です──」

 

 だが、レスが寸前で声をかけた。

 エルザの両腕は、浣腸袋の両手で握りしめたままとまった。

 

「説明を忘れてましたよ。嘴管を挿したまま、こっちを向いてください。あっ、そうそう。奴隷妻の正しい“立て”のポーズは、両膝を左右に開いたがに股です。これから、“一番の姿勢”と言われたら、例外なく、どんな場所で、周りに誰がいようとも、膝を直角に曲げて左右に拡げるのです。これは特別に、刷り込みという操心術を使ってあげましょう。暗示が刻まれますから、二度と解けませんよ。この紙を凝視して……」

 

 レスがいつの間にか準備していた黒い紙を取り出して、エルザの顔の前にかざす。

 さっきとは似ているが微妙に魔道紋の形は違う。

 見ては駄目──。

 そう思うが、逃れる手段はない。

 エルザは自分の頭の中になにかの縛りのようなものが注ぎ込まれるのがわかった。

 

「くっ」

 

 口惜しさに歯噛みする。

 

「ふふふ、しっかりと擦り込まれたようですね。やってみますか。奴隷妻のポーズの“一番の姿勢”──」

 

 レスが微笑みながら言った。

 エルザは両手でお尻に挿さっている浣腸袋を支えながら、左右に脚を開いてがに股になった。

 屈辱だけでなく、かなり体力的につらい姿勢なので、エルザの膝が震えるのがわかる。

 

「あまり鍛えてはいないようですね。これから、奴隷妻として長く俺の奉仕してもらうためには、体力も必要になりますよ。少しずつ鍛えていきましょうね」

 

「だ、誰があんたみたいな卑劣な奴に──」

 

 エルザがレスを睨みつけた。

 視界が歪んだので、どうやらあまりの口惜しさに、自分が涙を流しているということがわかる。

 一方で、レスは余裕綽綽(しゃくしゃく)の表情でにやついている。

 口惜しさに腹が煮えかえる。

 

「まず最初に言っておきます。浣腸袋の嘴管(しかん)がしっかりと嵌ったようですが、わかるとおりに、そんなものでも魔道がかかってますから、もう、片手で支えるだけで外れることはありません。両手を離しても、尻穴から抜けません。ですから、持つのは左手でけで結構です、右手は頭の後ろに置きましょう」

 

 その言葉が終わると同時に、エルザの両手は言われた通りに動く。今度は右手が頭の後ろに張り付いて動かなくなった。

 

「うっ」

 

 さすがにあまりもの屈辱的な姿勢に気が遠くなりさえする。

 

「もうひとつ付け加えておきますが、中に入っている薬液は特別性のものを準備させてもらいました。あっという間に排泄感が襲い掛かってきますから、覚悟をしてください。それとも、どうしても浣腸液を受け入れたくないなら、ひとつ条件を出しましょう。それをすれば、浣腸袋を抜く命令を出してあげましょう」

 

 レスが微笑んだまま言った。

 エルザはかっとなってしまった。

 

「条件ってなによ──。言っておくけど、あんたなんかと結婚なんてお断りよ──。最初からその気なんてないわよ──。あんたとの見合いを受けたのは、それを切っ掛けにして、侯爵家に政策を呑ませるためよ──」

 

 エルザは怒鳴りあげた。

 だが、レスは軽く肩を竦めただけだ。

 

「そんなことはわかっておりましたよ。だから、最初から罠をかける道具をたくさん仕込んできたんです。それに、結婚なんてものは条件には出しませんよ。それは操心術で承諾させますしね。条件というのは、この特別に準備してきた淫具で自慰をしてもらうことです。これで俺の眼の前で昇天してください。そうすれば、浣腸以外のいたぶりに変えてあげますよ。ここで糞便をさせるのもいいのですが、実際問題として片付けが大変そうでしね」

 

 すると、レスが今度は懐からなにかを取り出した。

 レスが取り出したのは、細長い箱だった。

 だが、レスがその箱を開いて中を取り出したとき、エルザはぎょっとしてしまった。

 

 中身は一本の張形だ。

 しかも、小さな触手のようなものが表面にたくさんうごめていて、触手の表面からはねばねばとした粘性状のものが噴き出している。さらに、全体的にうねうねとゆっくりと振動しており、根元の部分にはぐるりと突起がついていて、それもまた振動をしている。

 

「な、な、なによ、それ──」

 

 エルザは叫んだ。

 

「凄いでしょう。特別に準備したんですよ。表面のねばねばしているものは媚薬です。これもまた魔道具なのですが、なかなかの高額でしてね。まあ、俺には貢いでくれる女が大勢いるんで大丈夫なんですけど」

 

「そ、その女たちも、こんな卑劣なやり方で支配しているの──?」

 

「さあ、どうでしょう。まあ、よろこんでもらっているからいいんじゃないですか。ところで、どうするんです? 選ばせてあげましょう。浣腸袋三袋を受け入れるか、この触手張形で自慰をするかです。さあ、総督閣下、どうしますか?」

 

 レスがにやにやと微笑んで、触手張形をぐいとエルザの顔に近づける。

 エルザはぞっとした。

 

「え、選べるわけないでしょう──。ど、どっちもいやよ──」

 

「選ばなければ両方にしますよ。浣腸液を注いでから、この張形で自慰を命令します。操心術でね……。あなたには逆らえませんよ」

 

 レスが触手張形の表面をエルザの乳首に擦りつけるようにした。

 瞬時に乳首に触手が絡み動かしだす。

 

「ひあああっ、やめてええ──」

 

 エルザは激しく狼狽して身体を打ち振った。

 おぞましい刺激だ。

 これを股間に自分で貫くなど、想像しただけで気が遠くなる。

 

「いやああっ、離して──。離して──」

 

 エルザは泣き叫んだ。

 レスが張形を離す。

 

「どっちにするんです? 浣腸か、張形か?」

 

「ど、どっちもいやよ──」

 

「じゃあ、仕方ありません。両方です。浣腸をしてから、触手張形ですね。ここで糞便をまき散らさないでくださいよ。さすがに掃除まではしませんからね。排便をした言い訳は自分で考えてください」

 

 レスがソファ側に離れていき、座っていた席の横に置いてあった鞄から追加の浣腸袋を取り出してテーブルに並べていく。

 全部で五個あった。

 いま挿しているのと併せて六個──。

 三個だけでなく、追加もあると言ったのは嘘ではないのだ。

 エルザは自分の顔が蒼くなるのがわかった。

 レスが左手で追加の浣腸袋二個、右手に触手張形を持って戻ってくる。

 

「じゃあ、最初の一個目です。握りつぶしてもらいましょう。いいですね。これが最後のチャンスですよ。張形か、浣腸か──。それとも両方ですか?」

 

「ああ、もうやめてえ。お願いよお──」

 

 エルザは完全に追い詰められた気分になった。

 どう考えても、この男は狂人だ。

 理屈ではない。

 常識で考えれば、南方総督であるエルザにこんなことをして、ただで済むわけもないし、操心術で結婚をするなど成功をするわけもない。

 しかし、この男はそれを繰り返しても、意にも返す様子もない。

 理屈が通じないのだ──。

 つまりは、狂人だ。

 その手の相手には、一切の交渉など無意味であることをエルザは知っていた。

 ここは、もうこの場だけのことを考えるしかない。

 そして、助けを待つしか……。

 ならば……。

 

「わ、わかった。浣腸は許して」

 

 エルザは決断した。

 とにかく、浣腸液など受け入れてしまったら終わりだ。

 それだけは避けなければ……。

 

「もっとはっきりと選んでください。両方させますよ。次が泣きの一回です。次で選ばなければ、浣腸と張形の両方をさせます」

 

「うう……」

 

 そんな恥辱的なことを……。

 

「言わなければ、両方ですね」

 

「……張形を……」

 

 火を噴かんばかりの恥辱感ととももに、エルザは唇を震わせた。

 それだけで、全ての誇りをむしり取られた気持ちになる。

 がに股の姿勢のまま、がくりと首を垂らしてしまう。

 

「張形でなにをするんですか? おまんこをするんですか? はっきりと言ってください」

 

 しかし、レスはどこまでも執拗で、ねちっこかった。

 エルザは歯噛みした。

 

「も、もういい加減にしてよ──」

 

 絶叫した。

 すると、レスは目の前にかざしていた張形を引く。

 

「なるほど、それが閣下の答えですね。わかりました。じゃあ、浣腸袋三個のあとに、張形自慰といきましょう。浣腸袋をつぶし……」

 

「わあああっ──。おまんこ──。張形でおまんこをします──」

 

 慌てて叫んだ。

 レズがくすりと笑うのが聞こえた。

 

「わかりました。では、張形で達してください。この張形を右手で持って、自慰をするんです」

 

 差し出された触手張形をエルザの右手が掴んだ。

 うねうねを動く張形を右手が媚肉に持っていく。

 

「ひいっ、いやあっ、こんなのいやああ」

 

 必死で腰を動かして避けようとする。

 しかし、いまのエルザの身体は、レスの言葉の操りのままだ。

 触手張形の先端が股間に当たり、その表面の潤滑油を利用して、くねりながら埋めてくる。

 挿入による膣全体が一斉に触手によって掻き回される。

 クリトリスをはじめとして局部の周りのすべてが振動で刺激されていく。

 望まない快感がエルザを駆け抜けた──。

 

「いやああ、やめてええ──。許してええ──」

 

 のけぞった喉から悲鳴が噴きあがる。

 がに股煮なっている腰が勝手に淫らに踊りだす。

 とにかく凄まじい刺激だ。

 息もできないような快感で一斉に脂汗が噴き出た。

 

「自分で張形を挿しておいて、やめてはないでしょう。どっちにしても、いくんですから、どうせなら気分よく達してください」

 

「ああ、いやああ……」

 

 あっという間に込みあがってきた。

 張形が奥まで達する。

 子宮の入口から膣の出口の外まで、ありとあらゆる場所が触手で刺激されていく。

 クリトリスまでもだ──。

 こんなもの耐えられるわけがない。

 すぐに絶頂感が襲い掛かってきた。

 

「あああああっ、あああっ」

 

 エルザは腰を激しく震わせて、身体をがくがくと震わせる。

 

「少し休みましょう。手を止めてください。触手の振動もとめてあげます」

 

 だが、レスの操心術により、突然に手の動きを静止させられてしまった。触手のうごめきも、張形の振動もぴたりとなくなる。

 エルザは昇りつめかけたところで、突如として快感をとりあげられてしまった。

 

「ああ……」

 

 思わずエルザはがくりと脱力してしまった。

 知らず、手で張形を動かそうとしてしまう。だが、操り状態のエルザの手はもう動かない。

 昇りつめかけていた快感がじわじわとさがりだす。

 

「では、再開しましょうか。続きをしてください」

 

 レスの言葉でエルザの右手が再び張形を操りだす。張形全体と触手もまた振動を再開した。

 前後に動かされながら、膣全体が激しく刺激される。

 

「あああああっ」

 

 再び、エルザは頂上を極めかけた。

 

「はい、そこまでです」

 

 ところが、またしても、ぎりぎりで止められた。

 エルザは口惜しさに歯を喰いしばった。

 

「こ、こんなことしてなにが愉しいのよ──。ふざけないでよ──」

 

 怒りが込みあがって、エルザは絶叫していた。

 

「再開してください」

 

 今度はすぐに張形が動き出し、エルザの右手も動き出す。

 一瞬にして、またもやエルザは昇りつめかけた。

 

「あああっ──」

 

 ぶるぶると全身を痙攣させた。

 

「停止──」

 

 ところがまたしても、ぎりぎりでとめられる。

 口惜しさで頭に血が昇る。

 

「こ、こんなことって──」

 

 エルザは狂ったように頭を左右に振った。

 

「達したいなら、お願いするんですよ。いかせてくださいってね……。じゃあ、再開してもらいましょう。はじめ──」

 

 またもや張形の責めが再開──。

 甘美な疼きが巨大になり、それを拡大しようと腰が勝手にうねる。

 張形の先端が子宮口にあたり、淫らな刺激を触手が作る。

 

「ああっ、あふううっ」

 

 がに股のまま身体がのけぞった。

 

「はい、やめっ──」

 

 またしてもぎりぎりの寸止め──。

 

「ああっ」

 

 エルザは髪を振り乱した。

 

「どうですか。焦らし抜かれて、おかしくなりましたか? 絶頂したいですか? それとも、まだまだ焦らされたりないですか? 選んでください」

 

 レスが笑いながら言った。

 

「もういやああ──」

 

 エルザは泣き叫んだ。

 しかし、絶頂させてくれなどとは言えない──。

 どうしても言いたくない──。

 エルザは激しく頭を振り続ける。

 

「仕方ありませんね。じゃあ、別の張形で達してもらいましょうか。今度は本物の男根そっくりの張形ですよ。また右手で挿してもらいます。腰は逆に前に突き出すようにして……」

 

 レスに触手張形を返すように指示され、新しい張形を自分で挿入するように言われた。

 触手張形を手渡す。勝手に腰が前にでる。

 

「その前にこれを見て……。さあ、今度は本物の男根そっくりの肉張形ですよ……」

 

 さっき見せられた“刷り込み”のための魔道紋を描いた紙だ。

 なぜか、それを顔の前に突き出されて、凝視させられる。

 またもや、強い力で頭を掴まれたような感覚が一瞬だけ発生する。

 

「では、これが次の肉張形です」

 

 新しい張形が股間の前に持っていかれた。

 それを持つ。本当に本物そっくりの感触だと思った。

 右手で掴んだ張形がエルザ自身の手により、挿入されていく。

 

「ああっ、ああっ」

 

 いまいましいことに、気持ちのいいところに張形が当たる。大きな疼きがまたもや襲い掛かる。

 

「ぐいぐいと締めつけてきますね。挿さったらもういいですよ。今度は俺が動かしてあげましょう。右手はお尻の浣腸袋を支えるように持って」

 

 エルザの右手が左手とともに、浣腸袋を支える体勢になった。

 レスによって、張形が前後に動かされる。

 ロウの淫紋による貞操の守りがあるはずだが、自ら挿してしまってからは、その護りが無効になるのか、レスは一切阻まれることなく、エルザの股間を張形で責め始めた。

 触手張形で弄ばれたエルザが、その仕打ちに耐えられるわけもなく、快感がどんどんとんと駆けあがっていく。

 憤怒で爆発しそうなのに、身体に加わる快感には抵抗できない。

 またしても、強烈な快美観が襲い掛かる。

 

「あああ、も、もうやめないで──。いかぜてええ──」

 

 なにを口走ったのかもわからない。

 肛門に挿さってる嘴管に肉一枚を隔てて張形がこすれる、

 すると、快美の衝撃に身震いして、エルザはあられもない声を抑えられないでいた。

 

「あああっ、許してええ──。もう許してえ──」

 

 絶頂に向かって駆けのぼる。

 今度は寸止めされない。

 

「んぐううっ──。あはああっ──」

 

 エルザは身体をのけぞらしたまま、股間をぎゅうぎゅうと締めつけながら絶頂した。焦らし抜かれた分だけ、絶頂感も巨大だった。

 大きな脱力感が襲い掛かる。

 

「ふふふ、暗示を解きますよ。肉張形の正体を見てください」

 

 レスがエルザの身体を掴んで、耳元でささやいた。

 一気に頭の霞が晴れる。

 はっとした。

 張形だと思っていたのは、レスの怒張であり、エルザはレスに犯されていたのだ。

 そして、その瞬間、エルザはレスによって子宮に射精をさせられた。

 

「ああっ、いやああ──」

 

 なぜ──?

 どうして──?

 混乱と汚辱で気が遠くなる。

 レスに犯されていた?

 

 もしかして、エルザがただの張形だと暗示をかけられたので、ロウの貞操の護りを突破されて犯されることを許したのか──?

 いずれにしても、明白なのは、エルザが犯されたという事実だ──。

 エルザは狂乱しかけた。

 

「浣腸袋を絞れ──。力いっぱいにな──」

 

 だが、その瞬間、非常な指示がエルザにかけられる。

 操心術の力により、エルザの両手が浣腸袋を握りしめた。

 一気に薬液が腸内に注ぎ込まれていく。

 

「ひいっ、いやああっ、約束が違うわ──。卑怯者おおお──」

 

「そう言わないでください。閣下の膣の締め付けが気持ちよかったですからね。これはお礼です」

 

 レスがエルザの股間から男根を抜く。

 そのあいだも、液剤はお尻の中に注ぎ込まれ続けていき、もはや流入をとめる手段のないエルザが、汚辱感で気が遠くなりそうになった。





 *

 もう少し、続きます。


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1041 南方総督の失敗(7)─容赦なき嗜虐者

「ああ……、や、やめて……。か、浣腸は……もう許して……」

 

 エルザは息も絶え絶えに言った。

 すでに、浣腸袋は二袋目になっている。

 じわじわと膨れあがっていく便意はエルザの恐怖を呼び起こす。

 いずれにしても、手玉にとるはずのとるに足らない凡庸な貴族は、エルザの想像を絶する狂人だった。

 エルザは、その狂人にしてやられる隙を作ってしまったことを心の底から後悔していた。

 

「そうですねえ……。予定では三袋でしたけど、ここには六袋あります。折角です。それを全部挿入してあげましょう。心肺りません。あなたの部下がこの部屋の様子が不自然であることを怪しんで入っているのに、半ノス以上はあると思いますよ。六袋の注入が終わるのなんてあっという間です」

 

 すると、エルザが操心術の縛りによって、自ら浣腸液を腸内に注入する姿をソファで見守っていたレスがおもむろに立ちあがった。

 はっとした。

 縄束を持っていた。また、三個目の浣腸袋もだ。

 そして、それらを持ってゆっくり近づいてくる。

 

「な、なにをするのよ──。もういいでしょう──」

 

 エルザはおぞましさに顔をしかめた。

 一方で、やっとに二個目の浣腸袋も空になったのがわかった。

 そのときだった。

 これまでの便意など、予兆でしかなかったのだと気づかされるほどの大きな便意のうねりが襲い掛かってきた。

 

「あっ、くっ、だ、だめ……」

 

 すでに脂汗にまみれている裸身からさらに汗が噴き出す。

 エルザは頭の後ろの置かされている右手をぐっと握る。

 

「三個目の前に、排便をするために支度をしましょう。閣下には縛られたまま、俺の前で排便をしていただきます。ただし、厠に行けるのはずっと後ですけどね。耐えられなくなったら、その場でまき散らしてください。大声で人を呼んであげましょう……。さて、じゃあ、真っ直ぐに立って。そして、両手を背中に……」

 

 レスの言葉に瞬時に身体が反応する。

 エルザの両手は背中側で水平に重ね合わされた。

 また、空になった浣腸袋は、魔道が解けてその場に床に落ちていった。

 レスがその場に三個目の浣腸袋を置いて、エルザの両腕に縄を掛け始めた。慣れた手つきで、重ね合わせた腕に二重に縄を巻き、腕全体とともに乳房の上下に縄を掛けて上半身に繋ぎとめていく。

 

「し、縛る必要はないでしょう。そもそも、こ、これをどうやって言い訳するつもより……。裸で縛られたわたしを見て、部下たちがどう思うかしら……? あなたはあっという間に捕えられるわ。もはや、わたしの言葉など無関係よ。操心術でなにを喋らせようとも、捕らわれるわ」

 

 胸に縄の圧迫を受けながら、エルザは顔をしかめつつ言った。

 そのあいだも、便意の波はエルザのアナルに押し寄せ続けている。

 

「心配ないとだけ言っておきますよ。仕掛けはこれだけじゃありません。俺が捕まることはありませんから」

 

「む、無駄よ──。なにをするの──? 誘拐? この総督府から移動術で逃亡するつもり? はっ、無理よ。結界が張ってあるのよ──。あなたが手に入れられるような魔道護符で突破できるわけないわ。信じられないなら一度やってごらんなさい」

 

 便意に耐えながら、エルザは挑発するように言った。

 それは事実だ。

 どこの王国施設にも大抵は、移動術による侵入や逃亡を防止する結界が刻まれている。

 余程の高位魔道遣いであれば、それを無効化することも可能だが、ここの結界を刻んだのは、あのスクルドだ。彼女が施した結界紋が刻まれている。

 ちょっと淫乱だが、あの女魔道遣いの魔道力はかなりのものだった。

 それを上回る魔道遣いなど、いくらタリオと縁があるとはいっても、このレスが繋がりを持てるわけがない。

 ならば、もしかして、この挑発で移動術の護符でも試してもらえれば、跳躍に失敗するだけじゃなく、この総督府全体に警報が発動する。

 そんな仕掛けになっているのだ。

 助けを呼べる。

 

「あなたが心配することではありませんね。じゃあ、三袋目ですよ」

 

 上半身は完全に後手縛りに緊縛させられた。

 レスが縄を掴んで、エルザを反転させる。

 そして、床に置いてあった浣腸袋を拾い、エルザのお尻に嘴管(しかん)を突き刺した。

 

「ひゃあっ、いやああっ」

 

 エルザは悲鳴をあげてしまった。

 すでに、便意は限界だった。

 さらに、三個目を足されるなど冗談じゃない。

 

「浣腸袋を押されるが嫌ですか? だったら、今度は俺の一物を舐めてもらいましょうか。そうすれば、三個目は許してあげましょう」

 

 すると、レスが浣腸袋を離して再びエルザを反転させて、レスの身体を向かせる。

 浣腸袋から手を離しても、嘴管はお尻に突き刺さったまま外れはしない。そういう魔道がかかっているのである。外れるのは浣腸袋が空になってからか、誰かが抜く動作をしたときのみである。勝手には外れないのだ。

 お尻の中に大きな重量感がある。

 強い便意に襲われてるいまのエルザには、それさえも大きな苦役だ。

 

「さあ、舐めてもらおう」

 

 レスがエルザを跪かせようとして肩を下に向かって押す。

 エルザは我に返った。

 

「な、舐める──? ふざけないで──」

 

 必死に脚を踏ん張ってしゃがませられるのを阻止する。

 

「そうか……。なら、その気になるようにさせてあげましょう。両脚を硬直させろ──」

 

 レスの言葉が終わるとともに、またしても全身が金縛りになったように動かなくなる。

 

「くっ」

 

 エルザはぞっとした。

 なにをされるの……?

 すると、レスがエルザの肢体を眺めまわすように見つめ回しながら、すっと手をエルザのお尻に回して、尻たぶの亀裂を指でするりと撫でおろした。

 

「ひんっ」

 

 さすがにエルザは身を捩った。

 そして、排泄の恐怖で懸命にお尻に力を入れる。

 

「排泄に耐えて鳥肌を立てている閣下も美しいですね」

 

 頭を掴まれてレスの顔に寄せられた。

 耳の中に息を吹きかけられて、片手で乳房をぎゅっと握りしめられる。

 

「ふんっ」

 

 衝撃の深さにエルザは、苦悶を忘れかけて全身をのけぞらせる。

 慌てて、お尻に力を入れる。

 だが、アナルの防御に全力を注ぐということは、他のすべての場所の守りを捨てることでもある。

 揉まれ続ける乳房から拡がる快感の衝撃が全身を貫く。

 そのまま溶けてしまうような胸の愛撫だ。

 

「もう、濡れてきたのですね。やっぱり、閣下はマゾだ。最初からわかりましよ。マゾの奴隷妻」

 

 レスが今度は股間を弄り始める。

 

「んふうううっ」

 

 エルザは緊縛された裸身をおののかせて、身体を震わせた。

 とにかく、全手の力をアナルの一点に集中する。

 

「一度、犯せれば、もうおかしな貞操の護りなど効きませんよ。ほらっ」

 

 レスがエルザの縄尻を取って。ソファに向かって導く。

 金縛りのように動かない脚が引きずられるようにされ、後手縛りの上半身をソファのひとつの背もたれに倒された。

 

「うううっ、や、やめっ」

 

 お腹が圧迫されただけでなく、刺さったままの浣腸袋が揺れて、凄まじいほどの衝撃がエルザのアナルに伝わってくる。

 

「邪魔だな」

 

 うつ伏せになっているエルザのアナルから浣腸袋が手で持ちあげられる。

 そして、次の瞬間、浣腸袋を動かした隙間のお尻の下からレスの男根が股間にあてがわれたのがわかった。

 

 まさか──?

 

 エルザは眼を見開いた。

 だが、レスは本気だった。

 男根がずぶずぶと背後から打ち沈められてきたのだ。

 

「いやあああっ」

 

 エルザは悲鳴をあげた。

 アナルから一瞬も気を逸らすことのできない状況で、背後から犯されたのだ。

 

「ひんっ」

 

 一度律動された。

 凄まじい愉悦が股間から全身に拡がった。

 あっという間に昇りつめそうな、苛烈で巨大な気持ちよさだった。

 抵抗したくても、その余裕はない。

 だが、絶頂などしてしまえば、間違いなくエルザはここで排泄をしてしまう。

 間違いない──。

 

「いやあ、やめてっ、許して──。いまは許して──」

 

「だったら、口で奉仕をしますか? それなら中断してあげますよ」

 

 抽送は一度だけでとめられたものの、エルザは自分の身体がレスから与えられる怒張の刺激で女としての反応を示してしまっていることを自覚せずにはいられなかった。

 身体が熱い。

 挿入したままだけでも、どんどんと全身の疼きが膨れあがる。

 だからこそ、恐怖が四肢を駆け巡る。

 すると、今度は小刻みに怒張の先で子宮を続けざまに押し揉まれた。

 

「いやあ、いやっ」

 

 エルザは全身を凍りつかせた。

 本当に漏れる──。

 歯を喰いしばる。

 

「やめて欲しいときにはどうすればいいか、教えましたよ。それとも続けていいですか?」

 

 緩慢だが、ねっとりとした律動が開始された。

 しかし、気持ちいい──。

 確実に感じる場所を刺激している。

 

「やめてええ──。わかった──。わかったわ──。口で──。口でするううっ──。いやああ」

 

 もう、受け入れるしかない──。

 躊躇うことは許されない。

 アナルはぎりぎりの状態だ。

 すべてのお尻の肉を引き締めて、巨大な便意の波をせき止めているのだ。

 

「口で奉仕させてくださいと言うんですよ、閣下」

 

 レスが律動しながら言った。

 

「さ、させて──。口で奉仕させてください──」

 

 エルザは狂乱の中、必死で叫んだ。

 レスが怒張をやっと引き抜く。

 

「さあ、身体の暗示は解除しましたよ。始めてください」

 

 ソファから上半身をおろされて、その場にしゃがみ込まされる。

 今度は抵抗しなかった。

 そんな気力などない。

 だが、口で受け入れるが、噛み切ってやると決心していた。

 その後に、助けを呼ぶのだ。

 エルザが口を開くと、レスはエルザの両頬に指を添えて、男根を突っ込んだ。

 

 いまだ──。

 

 エルザは力いっぱいに歯を立てた。

 

「んぎいっ」

 

 悲鳴はエルザの口から迸った。

 性器を噛み切ろうとして口を閉じようとした瞬間に、レスが頬を持った指に力を入れて、頬の内肉を歯のあいだに入れ込んだのだ。

 だから、エルザの歯はレスの男根ではなく、思い切り自分の頬を噛んでしまった。

 しかも、しっかりと顎を握られて、口を閉じなくされなくもされた。

 

「無駄ですよ。噛もうとすれば気配でわかりますからね。同じことを繰り返すだけです。さあ、舌を動かして……。さもないと、いつまでも厠には行けませんよ」

 

 レスが顎を緩めた。

 噛み切ってやろうとする気持ちは消え失せた。

 もうぎりぎりなのだ──。

 崩壊してしまう──。

 

 仕方ない──。

 エルザは観念して、舌を這わせてレスの肉棒を舐める。

 すると、エルザの頭がぐっと押されて、レスの腰に顔が密着させられた。

 

「んほっ」

 

 苦しい──。

 喉の奥に男根の先が当たって抉れる──。

 エルザはもがいた。

 

 だが、そのとき、レスの片足がエルザの後ろ側に大きく踏み込むように動いた感じがした。

 次の瞬間、いまだに嘴管が刺さったままだった浣腸袋が足で踏まれたのがわかた。

 

「んごおおっ」

 

 エルザはもがいた。

 勢いよく新しい液剤が大量に腸内に流れ込んでくる。

 

 もうだめ──。

 エルザは泣きそうになった。

 

「じゃあ、おしゃぶりだ。終われば厠に連れていってあげましょう」

 

 レスがエルザの頭から手を離した。

 エルザは股間から口を引っこ抜いた。

 

「おやおや、やめるのですか? だったら、さらに三個追加しましょうか? どっちでもいいですよ」

 

 レスが意地の悪い微笑みを浮かべながら、エルザを見下ろしてくる。

 エルザは肩で息をしていた。

 いまだに液剤は流れ込み続けている。

 懸命に歯を喰いしばる。

 だが、どんなにお尻を締めても、どうすることもできないような便意の圧倒的なうねりだ。

 

 そして、三個目の浣腸袋が空になる。

 役割を終えた嘴管がお尻から抜けて離れる。

 

 しかし、だんだんとわかってきた。

 この圧倒的なレスの追い詰めぶり──。

 

 容赦のない嗜虐の責め──。

 途方もない性技の巧みさ──。

 

 なによりも、たびたびに繰り返して、ロウの施した淫魔術による貞操の護りを突破してしまうこと……。

 

 しかし、よく考えれば、エルザに施されている貞操の護りが健在なら、暗示をかけられて受け入れさせられたことはともかく、その後も犯されたし、その前には浣腸袋の嘴管を簡単に突き刺された。

 ロウがその「淫紋」という名の貞操の縛りを施すとき、それを破れるのは、ロウと同等以上の能力を持った存在だけだと言っていた。

 

 従って、そこから導き出される結論はひとつだ。

 おそらく、間違いない。

 

「はあ、はあ、はあ……。あ、あなた……、ロウ殿ですね?」

 

 エルザは言った。

 すると、「レス」がにやりと微笑んだ。



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1042 南方総督の失敗(8)─嗜虐者の正体

「……あ、あなた……、ロウ殿ですね?」

 

 エルザは跪いたまま言った。

 王都にいるはずのロウがここにいるはずはないが、その気になれば、あのエルフ族の女王もいるし、スクルドもいる。そして、スカンダと名乗っていた妖魔の童女もいる。

 そもそも、ロウは、この南方から王都に向かうとき、そのスカンダの能力を使って、わずか一日で王都に向かったのだ。

 考えてみれば、その逆も可能だろう。

 

 巧みな性技──。

 とことん女を苛め抜く嗜虐──。

 畳み掛けるような女の追い詰めぶり──。

 なによりも、圧倒的な威圧感──。

 エルザともあろうものが完全に彼に対して呑まれていた。

 こんなのロウ以外にあり得ない──。

 

「ははは、なんだ。もうわかったのか。もう少し遊びたかったけどね」

 

 「レス」が笑いながら、右手の人差し指にしていた指輪を外した。

 すると、服装はそのままだが、姿はロウに戻る。

 一方で、ズボンを下ろして露出している性器はそのままだ。いまにして思えば、犯されたときも、口で奉仕をさせられたときも、性器はロウのままだったことがわかった。

 

「ど、どうして……?」

 

 エルザは歯を喰いしばりながら言った。

 いまにも引き締め続けているアナルが弾けそうなのだ。

 

「もちろん、俺に黙って、地方貴族の令息なんかと見合いをしようとしたエルザをお仕置きするために来たに決まっているだろう。もうひとつは、まだ一か月余りだけど、確実に南方については落ち着きを取り戻してきている。独裁官として、南方総督閣下に、直々にご褒美をあげようと思ってね」

 

 ロウが宙から一本の乗馬鞭を取り出した。

 その先をエルザの股に差し込み、すっすっと股間を撫でる。

 

「ひいいっ、いやああ──。も、もう漏れます──。か、厠にいかせてください──」

 

 エルザは竦みあがって悲鳴をあげた。

 腹には三袋もの浣腸液が注がれているのだ。限界を遙かに越えた便意がいまでも暴れ回っているのだ。

 エルザは哀願の気持ちを首を左右に振ることで示した。

 

「そうか? まだ我慢できるだろう。それに、そんなにおっぱいが膨らんで、乳首がおっ勃ってるじゃないか。そんなに悦んでもらえるなら、まだまだ責めないとな」

 

 ロウが鞭先をエルザの胸に移動させて、左右の乳首を交互に下から上に軽く弾くようにする。

 

「ひゃんっ」

 

 それだけでエルザは快感の槍を身体に突き刺されたような感じになり、緊縛された身体を弓なりして反応してしまう。

 だが、ロウの指摘は事実でもあった。

 さっきまでは嫌悪感しかなかったこの嗜虐が、相手がロウだったと認識した瞬間に、気がつくと責められる被虐の悦びに目覚めきっている。

 成熟している女としての官能が、責め者がロウであることで、正直に反応してしまったようだ。

 しかし、いまはそれは危険なことだ。

 快感に身を委ねれば、その瞬間にアナルは崩壊する。

 

「いずれにしても、これはお仕置きだ。それを自覚しろ。俺は一度懐に入れた女を手放すことも、裏切ることもないけど、浮気も許すつもりもない。それこそ、持っている力の全部を使って邪魔するし、それに応じるお仕置きもする」

 

 ロウが鞭を引き、その代わりに今度は強い力で乳房を絞りあげ、次いで人差し指と親指で乳首を挟んできゅきゅと捻りあげた。

 強い衝撃がそこから全身に迸る。

 

「うあっ、はうんっ──」

 

 エルザはまたしても身体を大きくよじりかけた。

 駆け抜ける快感の深さが桁違いなのだ。

 しかし、瞬時に、もう激しく反応をすることは危険だと悟って懸命に耐える。

 もはや、愛撫を避ける動きも、それで身体を動かすことも許されない。

 わずかな不要な動きだけでも、糞便が漏れ出てしまいそうだ。

 

「お、お願いです、ロウ殿──。あ、謝ります──。謝りますから、いまは厠に……」

 

 エルザはさらに哀願した。

 もはや、余裕などない。

 ここまで耐えているだけでも不思議なくらいだ。

 

「だったら、口で奉仕して精を出させるんだね。そう言ったはずだよ」

 

 ロウが乗馬鞭をびしりとエルザの右の太腿に一閃した。

 だが、痛みよりも、それにより気が引き締まった感じになった。

 ああ、そうだ……。

 まだ、耐えられる……。

 エルザは後手に緊縛されている両手の拳をぎゅっと握る。

 

「厠は、性奴隷としての奉仕の後だ」

 

 今度は左肩に鞭──。

 

「ぐうっ」

 

 エルザは呻いた。

 

「まだ我慢しろ──。いいな──」

 

 ロウが強い口調で怒鳴る。

 

「は、はいっ」

 

 エルザはさらに歯を喰いしばった。

 喰いしばり続けているために、歯茎の感覚さえもなくなりかけているほどだ。

 もうなにも考えられない。

 ただ、「まだ我慢しろ」というロウの言葉だけが頭に繰り返し響いている。

 

 主の命令だ──。

 

 だったら、耐えなければ──。

 

 考えているのはそれだけだ。

 すでにおびただしいほどの汗のために目はかすんでいる。

 意識も朦朧となりかけている。

 それほどまでの便意なのだ。

 とにかく、ひたすらに我慢しろという命令を実行する。

 それ以外の余裕はない──。

 

「舐めろ。命令だ──」

 

 ロウの言葉が響く。

 はっとする。

 なにも考えない。

 エルザは、ただ突き出された怒張を口に含んだ。

 すぐに一心不乱に舌で刺激する。

 すると、ロウの手が頭に触れ、ゆっくりと髪を撫でてきた。

 心の底からの嬉しさ込みあがる。

 

「エルザは頭がいい……。いつもよく考えている……。だから、俺に責められるときにはなにも考えるな。我慢しろと言われれば、死ぬまで我慢しろ。舐めろと言われれば、舌が動かなくなるまで舐めろ。お前はただそれだけでいい」

 

 ロウが優しく言い聞かせるように言った。

 エルザは奉仕を続けながら小さく頷く。

 そして、持っている知識を総動員して口の中のロウの怒張に刺激を与える。

 お尻に必死に力を入れたままで……。

 

「エルザ、そのまま聞け。本物の侯爵親子は、新しく部下にしたマイル伯という男に指示して捕らえさせた。あのスカンダをつけてね。マイル伯は、面白い男で俺と同じ嗜虐癖なんだが、男もいけるという両刀遣いでもある。調べた限りでは、かなり下衆な親子だが、父親も息子も顔はいいようだね。マイル伯の性奴隷たちと一緒に、きっちりと調教してしあげると言っていたよ。あいつらに任しておけば問題ない。改めて十日ほど後にここに来させる。そのときにはすっかりと従順なマゾ男たちになっているはずだ。だから、好きなように指示するといい。あの親子はそのマイル伯が連れてくる……」

 

 ロウがエルザの奉仕を受けながら言った。

 あの侯爵親子を性調教──?

 驚いたし、半分呆れたが、まあ、そんな方法もあるのかと思った。

 

「……スカンダを使って、そのふたりに変身するための体液も、ここに運ばせたということだ。だから、息子に変身をしてエルザを脅かしたというわけでね。怖かったか?」

 

「んんっ」

 

 エルザは怒張を咥えたまま頷く。

 恐怖だけでない。

 汚辱感も恥辱感も巨大だった。

 なんという意地の悪いことをするのだろうと思う。

 

「なにしろ罰だからな。よし、出すぞ──」

 

 すると、ロウが精を放つ。

 エルザは懸命に口の中の迸った粘性物を喉の奥に押し込んでいく。

 

「よし──。じゃあ、ご褒美だ」

 

 ロウがエルザの口から怒張を抜き、エルザを立たせた。

 手になにかを持っている。

 見ると、小型のアナル栓だ。

 後ろを向かされて、アナルに差し込まれる。

 

「おおっ、いやあっ」

 

 アナル栓がアナルに施された瞬間に、そのアナル栓がお尻の中で激しく振動を開始したのだ。

 エルザは眼を剥いた。

 

「お尻を締めつければ振動をする仕掛けだ。振動がいやなら、尻を締めつけるのをやめることだ」

 

 ロウが笑った。

 意地の悪い男だ──。

 これだけの便意に襲われているエルザがお尻の力を緩められるわけがない。

 出口まで迫っている薬液と糞便がアナル栓により掻き回される。

 信じられないほどの苦痛が襲いかかる。

 

「さて、じゃあ、厠に連れて行ってやろう」

 

 ロウがエルザの首になにかを嵌めた。

 首輪──?

 首になにかを嵌められて、それに細い鎖がついている。

 それを引っ張られて、エルザは部屋を歩かされていく、

 

「ちょ、ちょっと待って──。どこに行くの──?」

 

 最初は引っ張られるまま足を進めたが、ロウが廊下に繋がる扉に向かうのがわかり、さすがに尻込みした。

 なにしろ、エルザは素っ裸だ。

 しかも、後手縛りに緊縛をして、それを首輪に繋いだ鎖で引っ張られているという格好なのである。

 そんな状態で部屋の外に出られるわけがない──。

 

「ま、待ってください、ロウ殿──。こんな格好では出られません──」

 

 エルザは叫んだ。

 

「問題ない。エルザが喋らなければ、姿を知覚できない。いま首にさせたのは、“カモフラージュ・リング”という隠蔽具だ」

 

 だが、ロウが力いっぱいに鎖を引っ張り、強引に扉の前まで連れていかれた。

 カモフラージュ・リング?

 なんだ、それ?

 しかし、気がつくと、ロウもまた、いつも間にか銀色の金属の細い首輪をしている。

 間違いなく、さっきまでしていなかったものだ。

 もしかして、あれがカモフラージュ・リングだろうか?

 

 すると、容赦なく、ロウが廊下に通じる扉を開けた。

 外には、総督府の護衛もいたし、人払いで部屋から出された侍女たちもいた。

 彼らが一斉にエルザに向かって視線を向けた。

 

「いやあっ」

 

 エルザは声をあげて、その場にしゃがみ込んでしまった。

 そして、はっとした。

 しまった……。

 いま、悲鳴を……。

 

「まあまあ、喋ってはいけませんのに……」

 

 すると、ロウとエルザの後ろから、さらに女の声がした。

 驚いて、エルザは顔を後ろに向けた。



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1043 南方総督の失敗(9)─マゾ奴隷の性交

「えっ?」

 

 エルザが振り向くと、そこにはエルザ自身がいた。

 令息のレスも一緒だ。

 いや、エルザはここにいるし、レスの正体はロウだ。本物のロウはエルザの前で、エルザが装着された首輪に繋がっている鎖を持って、エルザの前にいる。

 だから、そこにいるのは偽者ではあるのだろう。

 しかし、エルザにはどういう状況なのかまったく理解できない。

 

「話し合いは終わりました。お客様はお帰りです。見送ってください。それと、わたしはしばらく執務室に入り、王都と魔道で連絡をとります。指示があるまで部屋には誰も入れないようにしてくださいね……。では、レス殿、見送りは致しませんが有意義な時間でした」

 

 偽者の「エルザ」が廊下でも待っていた侍女や護衛たちに声をかける。

 

「こ、こちらこそ」

 

 「レス」も頭をさげる。声は引きつった感じで不自然だが、声はレスの声だ。

 そして、「エルザ」は、そのまま侍女たちを引きつれて立ち去って行った。同様に、「レス」も護衛たちに連れられて、何事もなかったかのように、反対側に去っていく。

 エルザは、エルザは後手縛りにされている裸でうずくまったまま、唖然としてしまった。

 

 そして、周りに誰もいなくなる。

 昼間の総督府のことなので、人っ子ひとりいなくなるということはないが、とりあえず、遠目に忙しそうに歩いていく文官などが見えるだけになり、周りからは人が消えた。

 すると、ぐいと首輪を鎖で引っ張られた。

 

「あぐっ」

 

 無理矢理に立たされて、思わず呻き声をあげてしまった。

 鎖を持っているロウがくすくすと笑う。

 

「声を出すなと言うのに。多少の会話は大丈夫だけど、さっきみたいに悲鳴のような声をあげると、たちまちにカモフラージュ・リングの効果は切れてしまうぞ。さっきの悲鳴は、スクルドが気を利かして声を消してくれただけだ」

 

「ス、スクルド殿……? ど、どういう……意味……? あっ、ああっ」

 

 まったく意味がわからなかったが、廊下側で集まっていた侍女たちが平然としていたことを考えると、エルザのこの姿を見られなかったということではあるのだろう。

 迸ってしまった悲鳴もだ。

 そして、エルザを連れだしたロウの姿もわからなかった気配だ。

 彼女たちが注目していたのは、偽者のエルザとレスだけだ。

 それはともかく、いまでもエルザに施されたアナル栓が出口まで押し寄せている薬液を掻きまわしながら振動を続けている。

 エルザは崩れそうな腰と膝に必死に力を込めた。

 

「さっきのエルザとレスは、俺と同じように変身リングでなり済ましているスクルドとエリカだ。相変わらず、エリカは芝居が下手だけどね……」

 

「エ、エリカさんも……?」

 

「ともかく、心置きなく、エルザが総督府で羞恥散歩ができるように、侍女たちを連れて行ってもらったということだ。言っておくけど、ずっと同じ部屋にいたんだぞ。あいつらもカモフラージュ・リングをさせていたから気がつかなかっただろう?」

 

 ロウが笑った。

 同じ部屋にいた?

 本当に気がつかなかった。

 だが、だとしたら、ロウがレスに成りすまして、エルザをいたぶっていた姿を見られていた?

 エルザはかっとなった。

 

「あいつらを悪く思うなよ。俺の命令だ。いずれにしても、もうスクルドはいない。次に声を出すと、いまの姿がエルザの声を聞いた者に露わになると思ってくれ。もちろん、糞便をまき散らしてもね」

 

「そ、そんな……」

 

「とにかく、その姿を見られたくなければ、声を出さないことだ。練習してみるか? 声が出そうになったら、俺の肩でもなんでも噛んでいいぞ。それとも、口づけでもね」

 

 練習?

 肩を噛む?

 口づけ?

 

 なにを言っているのかと思ったが、ロウによって背中を壁に押しつけられた。

 そして、顎を掴んで舌を口の中に押し込まれてきた。

 

「んあっ、あっ」

 

 気持ちいい……。

 気がつくと、エルザは夢中になってロウに舌に舌を絡めていた。

 すると口づけを交わしながら、ロウが縄で強調されている乳房をやんわりと揉み始めてくる。

 

「んんっ」

 

 エルザはびくりと上体を弾ませた。

 さっきも犯されたが、今度はまったくの廊下だ。

 こんなところで──?

 信じられない。

 だが、痺れるような大きな快感がエルザに抵抗の意思を失わせる。

 

「うんっ、んんっ」

 

 あっという間に激しい快感がエルザを包む。

 欺編用の魔道具を首にされているとはいえ、緊縛された全裸で総統府内の廊下に連れ出された羞恥がエルザに大きな緊張感で包む。

 また、激しい便意との戦いが完全にエルザから、ロウから与えられる官能に耐える気力を喪失させている。

 

 ものすごい勢いで妖しい快感が全身を席捲する。

 ロウは口づけから舌による愛撫に移行し、胸を揉みながら、舌を首筋から肩にかけて滑りおろしてきた。

 

「くあっ、だめえっ」

 

 嬌声が漏れ出る。

 慌ててエルザは口をロウの肩に押し当てて声を殺す。

 

「そうそう。そんな風に声を我慢するんだ」

 

 エルザの背中を壁に押し付けたまま、耳元でささやく。

 さらに、ロウが身体を動かして、エルザの片脚を大きく持ちあげた。

 ロウがズボンをさげ、怒張を露出したのがわかった。

 片脚を抱えられているエルザの股間に、その怒張の先端をあてがわれた。

 直立した肉棒がゆっくりとエルザの中に打ち沈められていく。

 

「あっ、ロ、ロウ殿……」

 

 そのときだった。

 エルザの視界にこっちに向かって廊下を進んでくる数名の文官が入ったのだ。

 慌てて、ロウの声をかける。

 

「問題ないよ。俺がしているカモフラージュ・リングは特別性で、俺から声を掛けない限り、俺の姿だけは知覚できることはない。だから、俺の姿が発覚することはない。でも、エルザのは別だ。しっかりと我慢しろ」

 

 ロウの怒張が子宮の奥まで挿入される。

 後ろで暴れまわっているアナル栓の振動とあいまって、凄まじい衝撃がエルザを包む。

 

「うあっ、ああっ」

 

 文官たちに気がつく様子はないが、彼らはすぐそこだ。

 そして、目の前を歩き去ろうとしている。

 

「んんっ」

 

 慌てて顔を伸ばして、ロウの口で唇を塞ぐ。

 こんなの声を耐えるなんて不可能だ──。

 律動が始まる。

 下から上に、ずんずんと怒張で股間を突きあげられる。

 うち響く愉悦の深さも鋭さも桁違いだ。

 

 もうなにがなんだかわからない。

 総督府の中で全裸で緊縛されて、部下たちの視線の前に連れ出される──。

 限界を越えている激しい便意──。

 快感と苦痛を同時に与え続けるアナル栓の淫らな振動──。

 そして、声を出せば、たちまちにこの羞恥の姿を晒さなければならない気絶しそうな緊張感──。

 あらゆるものがエルザに襲い掛かり、もうなにも考えられない。

 

「んんんんっ」

 

 もう一度、自らロウの口に吸いついて声を殺す。

 あまりもの甘美な感覚に、エルザはがくがくと身体を揺らしながら絶頂していた。

 その目の前を何事もないかのように、談笑しながら男たちが通り過ぎていく。

 これは夢か──。

 エルザは、とても現実のこととは思えなかった。

 

「これがマゾ奴隷のセックスだ。その自覚を叩きこんでやろう。二度と浮気などしないようにね」

 

 エルザが果てても、ロウの抽送は終わらない。

 いつまでも一定の速度で出入りを繰り返す。

 しかも、その一打一打が腰が抜けるほどの気持ちいい──。

 

「いいいっ……。う、浮気など……。わ、わたしは……う、裏切ってなんか……」

 

「そうか? なら、罰が受けたくて、見合いを受け入れたか」

 

 ロウがエルザを犯しながら言った。

 怒っている感じではない。

 しかし、エルザとしては裏切りなどと言われて心外だ。そんなつもりなどまったくなかったのだ。

 いずれにしても、押し寄せる官能のうねりは、想像を絶するほどに巨大だ。

 またもや、絶頂しそうだ。

 

 マゾ奴隷──。

 

 これがマゾの快感──。

 

 改めて、ロウという男によって、エルザの身体の奥底に眠っていたなにかが引き出されていく感じがする。

 もうどうなってもいい──。

 大声を出せば、この姿が見られるとわかっていて、うんと淫らな言葉を叫びたくなる。

 

「うぐうううっ」

 

 また絶頂する。

 今度は口づけが間に合わなくて、ロウの肩に噛みついて声を耐えた。

 全身をぴんと突っ張らせて、緊縛されている裸身を緊張させる。

 それでも、ロウの律動は終わらない。

 またしても、そのまま抽送を継続される。

 

 死ぬ──。

 死んでしまう。

 

「あっ、ああっ、も、もう、だ、だめです──。お、お願い、あっ、し、します……」

 

 エルザはロウの胸に顔を擦りつけるようにして、なんとか哀願の言葉を口にした。

 

「なら、精を強請ってみろ。俺が精を放てば、やめてやろう」

 

 ロウが笑いながら、ずんと打ち入れた怒張で子宮の中心を強く抉った。

 

「ああっ、く、ください──。精をください──。あなたの奴隷のわたしに──」

 

 もう訳がわからなかった。

 なにを口走ったかの自覚もない。

 ただただ、雌の快感があるだけだ。

 

「じゃあ、しっかりと奴隷の味を堪能してくれ、エルザ」

 

 ロウがさらに激しく律動を始める。

 

「んんんっ、んんんんんっ」

 

 エルザは生々しい呻きをあげながら絶頂まで駆けあがっていった。

 だが、終わることのないロウの律動が、その絶頂に続く第二波を呼び込んでくる。

 

「んぐうううっ」

 

 再びロウの肩に噛みつく。

 肉を抉る感覚が口に伝わる。

 激しく絶頂するエルザの中に、ロウがやっと精を放つ感覚が襲ってきた。

 エルザは目の前が真っ白になる感覚を味わった。

 すると、ロウが怒張を抜く。

 そのまま崩れ落ちそうになったエルザをロウが抱え支える。

 

「よく頑張ったな。じゃあ、厠に連れて行ってやろう。到着したらすぐに排便がでいるように準備しておこうか」

 

 脱力しかけているエルザを抱えているロウがすっと、エルザのお尻に手をやったのがわかった。

 すると、いきなりアナルからアナル栓が引き抜かれた。

 

「うああっ」

 

 エルザは両膝を折って、両脚を力一杯に擦り合わせた。

 犯されているあいだ、便意が収まっていたわけではないのだ。

 それどころか、アナル栓を抜かれた瞬間に、これまで以上の強烈な便意の波が押し寄せてきた。

 

「ぐうううっ」

 

 渾身の力をアナルに込める。

 

「じゃあ、行こうか。早く厠に行きたいだろう?」

 

 ロウがエルザを離して、首輪に繋がっている鎖を引っ張った。

 数歩歩いたものの、無理だと思った。

 便意に耐えることも、歩くこともだ。

 たったいま、激しすぎる快感で四度も五度も連続絶頂したのだ。

 腰にも、膝にも力が入らない。

 エルザはみっともなく腰を引いた状態で、ロウに顔を向けて涙目で首を振る。

 

「む、無理です……」

 

 アナルが崩壊する。

 それがエルザにははっきりとわかる。

 

「だったら、ここですればいい。そのまま、誰かが見つけるまで、ここに放置するぞ。総督閣下が廊下を汚したということについては、独裁官命令で緘口令を敷いてやろう。安心しろ」

 

 ロウが冷酷に言った。

 本当にそんなことをするのかは、わからない。

 だが、いずれにしても、こんなとこをで醜態を晒すわけにはいかない──。

 

「お、お願いします──。もう一度、栓を……」

 

 エルザは必死に訴えた。

 もう立てない。

 だが、ロウが鎖を引きあげて、エルザにしゃがみ込むことを許さない。

 

「忘れたのか? これは懲罰だぞ。厠まで我慢しろ。奴隷の厠はここじゃない」

 

 ロウが冷たく告げる。

 そのとき、ロウがいつの間にか棒の先についている鳥の羽根を持っていることに気がついた。

 

 そして、一瞬のことだった。

 へっぴり腰で身体を支えているエルザの股のあいだに、その棒が差し込まれて、鳥の羽根がアナルの入口をさわさわとくすぐってきた。

 

「ひんっ」

 

 エルザは悲鳴ともにその場に座り込んでいた。

 首輪が引っ張られたが、腰が抜けてしまって立ち続けることができなかったのだ。

 

 ああ、漏れた──。

 

 全身の毛穴という毛穴からどっ脂汗が噴き出す。

 腰全体が股間を中心に激しく痙攣を起こした。



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1044 南方総督の失敗(10)─白昼夢の排泄

「や、やめてえっ──」

 

 エルザは本気で泣き声をあげた。

 全勢力をそこだけに集めていると言っていいアナルを羽根でくすぐられ、崩壊してしまった──。

 絶望感が襲う──。

 ついに漏らしたと思って、目の前が真っ暗になる。

 

 だが、緩むことなく耐えてきたアナルがわずかに開いたかもしれなかったが、亀裂部分がわずかに染みただけで、なんとか糞便そのものは、まだ外には出ていなかった。

 ぎりぎりで留まっている。

 とりあえず、安堵する。

 エルザは、ロウを怒りとともに睨んだ。

 

「な、なにをなさるのですか──?」

 

「なにをしようが俺の勝手だろう。これはお仕置きだと言ったはずだけどね。立ち止まるとくすぐるぞ。ほらっ」

 

 ロウが今度はクリトリスの付近をさわさわとくすぐってきた。

 鋭い快感の衝撃が貫き、エルザは再び全身を硬直させた。

 

「ひんっ」

 

「声が大きい。そんなにカモフラージュ・リングの効果を消滅させて、醜態と痴態を晒したいか? 言っておくけど、これは脅しじゃないぞ。こういう遊びは、ほかの女たちも何度かやっている。エリカは結局、効果を消してしまった醜態を晒したな。王都の王軍には、新しく仲間にしたナールという女将校がいるけど、そいつは王都広場で大勢の市民の前で小便を漏らしたっけ。ほかにも同じようなことをさせたかもね。責めのときには俺は容赦ないぞ。エルザはどうかな」

 

 ロウが一度引いた羽根をまたもや股間に差し込んできた。

 

「た、立ちます──。歩きますから──」

 

 エルザは涙目で最後の力を振り絞って立つ。

 真っ直ぐに立つことはできなかったが、なんとか腰だけはあげることはできた。

 

「は、早く、厠に……」

 

 エルザは訴えた。

 こんなところで排泄などしたくはない。

 考えたのは、それだけである。

 

「いいだろう」

 

 ロウの手から羽根が消滅して、ぐんと首輪が引っ張られる。

 

「あぐっ、うう……」

 

 エルザは、必死で足を前に出す。

 すると、大きな波がまたもや襲い掛かってきた。

 懸命にアナルに力を入れて耐える。

 

「今度、止まったら、容赦なく羽根でくすぐって絶頂させる。それで漏らさなければ、厠に向かうことに改めて挑戦できる。しかし、醜態を晒せば、それで終わりだ。まあ、そのときは、せめて人前で排泄する快感を味わってくれ」

 

 ロウは鎖を引いて進みながら意地悪く笑った。

 惨めだった。

 本当の犬になって気分だ。

 すぐに息があがった。

 

 そして、朦朧としてくる。

 ここでなにをしているのか……。

 その感覚が消えていく……。

 

 排泄感に襲われている裸身を緊縛されて、総督府の廊下を首輪で引かれて歩かされる。

 これは本当に現実か?

 気が遠くなるような恥辱感に包まれる。

 だが、ただ苦悶しているだけじゃない。

 一方で酔いのような官能もエルザを襲ってもいた。

 信じられないが、エルザは、こうやってロウに恥辱を与えられて、それで悦びもまた感じている。

 不可思議な熱さの疼きにも見舞われていた。

 そして、排泄感に耐えて裸で歩く続ける苦悶で、その疼きは膨らんでくる。

 

「あっ……はあ、はあ……はあ……」

 

 全ての抵抗の手段を奪われ、なにも思考できず、こうやって信じられないような恥辱を与えられているのに、エルザはこの行為に快感を味わいつつあるのか?

 でも、実際に感じている……。

 太腿を力いっぱいに締めつける内腿には、いつの間にかねっとりとした体液で濡れていた。

 それは、先程の性交の残痕ではない。

 いまでもだくだくと新しい蜜が股間から染み出ている。

 エルザは、それに気がついてしまった。

 

「うっ、ううう……」

 

 やがて、幾度となく、波が押し寄せる。

 そもそも、厠というのはどこなのだ。

 実際の共同厠は、この建物の裏側に大きなものが作られている。あるいは、エルザもそうだが、ある程度の地位以上の者については、魔道具としての便壺が部屋の隅に設置されたりしている。

 ほかにも、仮眠室、建物内の宿泊場所にも、排泄できる場所はあるはずだ。

 

 その中のどこに、ロウは連れて行こうとしているのだろう?

 なかなか、ロウは止まってくれない。

 あとどのくらい耐えればいいのかわからないというのは、それもまた苦痛だ。

 

「ま、まだでしょうか……?」

 

 エルザは幾度となく言った。

 しかし、その都度、ロウは「もう少しだ」と応じるだけである。

 心の底から恨めしく思う。

 

「人の多いところを通るよ。ぶつからないように気をつけてな」

 

 執務用の部屋が集まっている廊下にやってきた。

 相手から気がつかれていないとはいえ、普通に歩いている者のあいだを緊縛された全裸で歩き進むというのは、途方もない羞恥だ。

 また、ロウの言葉の通り、相手に存在を知覚させれば、欺編効果が消滅するのであれば、ぶつかっただけでも、エルザの姿は露わになるのだろう。

 でも、もはやエルザには、素早く避けるということはできない。

 とにかく、やってくる人を見ながら、ぶつからないように意識を集中して進む。

 

 そして、再び人の少ない場所に来た。

 でも、もう限界だ──。

 

「も、もう……だ、だめ……。か、厠はどこでしょうか……?」

 

 エルザは訊ねた。

 

「この上だよ。驚いたよ。その苦しみに耐え抜くとは思わなかった。本当に廊下で排泄させるつもりだったが、耐え抜くとはねえ……。まあいい。階段をあがった場所に準備している。そこですっきりするといい。よく頑張った」

 

 ロウが急に優しい口調になった。

 エルザの首輪に繋がっている鎖を外し、エルザの後ろにさがる。

 ロウが指差した方向を見た。

 目の前は突き当りになっていて、そこから上に昇る階段がある。

 さらに、上……。

 エルザは泣きそうになった。

 

「くっ、うっ……」

 

 必死にあがる。

 お尻の肉も股関節も硬直してほとんど自由は効かない。

 とにかく、必死で階段を進む。

 ほとんど気力と意地だけだ。

 

 やっと上に辿り着いた。

 そこに扉がある。

 ロウは開いてはくれない。

 背中を向けて、緊縛されている手で扉のドアノブを探して掴む。

 鍵は閉まってなかった。

 肩で押すようにして、押し開ける。

 

「えっ?」

 

 外に出た。

 総督府の建物の屋上だ。

 厠などない。

 石積みの柵があるだけのだだっ広い場所だ。

 よく考えれば当たり前だ。

 こんなとことに、厠などあるわけがない。

 

「もういらないな」

 

 階段を後ろからついてきたロウが背後から手を伸ばしたのがわかった。

 首にされていた「カモフラージュ・リング」が外されたのがわかった。

 

「あっ、そんな──」

 

 エルザは狼狽した。

 リングを首から外されたということは、この瞬間以降は、誰からもエルザの裸体が見えるということなのだ。

 

「総督閣下──」

 

 すると、突然に呼び掛けられた。

 ロウとは別の声だ。

 恐怖で竦みあがる。

 その一瞬は便意さえも忘れた。

 

「ひっ」

 

 とにかく、その場でしゃがみ込む。

 

「止まったらくすぐりと伝えたけど、どうやら、総督閣下はまだ羽根責めが足りないようだ」

 

 ロウの声──。

 はっとする。

 しゃがんだお尻の下から、またもや棒付きの羽根を差し入れられて、アナルの入口をくすぐられた。

 排泄感の頂点の場所を刺激されて、エルザは跳びあがりそうになった。

 

「ああっ、ゆ、許してください──。立ちます──。立ちますから──」

 

 エルザは必死に腰をあげて立ちあがる。

 

「おやおや、これは大変な恰好で……。ロウ殿も容赦ないねえ……」

 

「ああ、羨ましいですわ。わたしも、久しぶりに躾けて欲しいです。どうか、わたしも王都の街で苛めてください」

 

 また、別の者の声──。

 そして、やっとわかったが、さっきの呼び掛けも女の声だった。

 しかも……。

 肩越しに振り返る。

 

「えっ?」

 

 そこにいたのは、ロウの女たちであり、エルザが仲間になった者たちだ。

 ランであり、マアであり、スクルドであり、さらに、エリカとコゼもいる。どうやら、マアはまだゲートで王都に向かってないみたいだ。

 また、マアの護衛の麗人であるモートレットだけはいない。

 

「みんなに集まってもらったぞ。モートレットには、さらに階段をあがってくる者がいないように、下で見張ってもらっている。最後の頑張りだ。厠はあそこだ」

 

 ロウがさらに先を指差した。

 よく見れば、そこに木桶が一個置いてある。

 屋上の端っこであり、かなり距離がある。

 

「そ、そんな……。ちゃんとした厠に……」

 

 エルザは哀願した。

 

「そんな余裕はないだろう?」

 

 ロウが意地悪く告げる。

 確かに、そうだ。

 もう、階段を降り直して進む力はない。

 あの木桶の位置までもわからない。

 

「うう……」

 

 エルザは木桶に向かって進みだす。

 

「頑張ってね──」

 

「もう少しよ、エルザさん。しっかり──」

 

 コゼとエリカだ。

 激励の言葉をかけてくれる。

 ほかの女たちもついてくる。

 一歩、一歩と折り曲げた身体を進めながら、エルザは木桶に向かっていく。

 

 そして、やっと木桶の位置に着いた。

 木桶にお尻を乗せるようにしゃがみ込む──。

 

 いや、しゃがみ込もうとした。

 

 ところが、最後の最後でまたもやロウに後ろから掴まれて、木桶の寸前で留められた。

 縄尻を掴まれて、少し引き戻される。

 

「あっ、いやっ──」

 

 身体を回転させられて、ロウに抱きすくめられた。

 エルザは泣き声をあげた。

 

「そう簡単に許してもらえると思ったか? 一応、懲罰調教だしね。木桶にしゃがむのを許可するのは、ここで一度絶頂してからにしようか」

 

 ロウがエルザの股間に手を差し込んで、荒々しく愛撫を始める。

 一気に大きな甘美感が襲ってきた。

 さすがに、もう耐えられない。

 ついに、その崩壊の瞬間がやってきた。

 エルザのお尻から、凄まじい勢いで黄金色の汚物が液剤とともに噴火を開始した。

 

「あっ、ああああ──」

 

 エルザはロウの愛撫を受けながら、中腰のまま身体をがくがくと痙攣をさせながら、空を見上げた。

 青い空と白い雲が視界に入る。

 そこに向かって、昇天しているような錯覚が襲う。

 凄まじい勢いの排泄は続いている。

 

「ああっ、あああ、気持ちいいです、ロウさまああ──」

 

 排泄の快感とともに、ロウから加えられる快感の気持ちよさ──。

 もう二度と、ロウには逆らわない……。いや、逆らえない……。

 

 性奴隷だ──。

 エルザは、ロウの性奴隷なのだ──。

 

 糞便を宙にまき散らしながら、エルザは恍惚となって官能の頂点を極めていった。

 

 

 *

 

 

 激しく肩を揺すられた。

 

「あああ、いやあああ──」

 

 エルザは大きな声を張り上げていた。

 だが、はっとして、眼を開いた。

 

「えっ?」

 

「どうしましたか、閣下?」

 

 顔を覗き込んでいるのは、アズコーン侯爵家の令息のレスだった。

 いや、それに変装したロウ?

 

 とにかく、どういう状況──?

 ぼんやりとしている頭を振って、周囲を見回す。

 ここは、目の前の令息と見合いをするために準備した茶会をしていた部屋だ。

 

「えっ、えっ、えっ」

 

 わけがわからない。

 さっきまで屋上にいたと思ったのに……。

 そして、木桶に糞便をさせられそうになり、しかも、ぎりぎりでロウに阻止されて、愛撫をされて絶頂とともに、糞便をその場でしてしまって……。

 しかし、そんな気配はない。

 あんなに苦しかったお腹に痛みもない。排泄をしていたという感覚も消えている。

 

「ど、どういうこと──?」

 

 レスを押しのけて、立ちあがる。

 軽く脚がよろめいた。

 

「どうして、ここに? みんなは?」

 

 確か、周りにはロウだけでなく、エリカやコゼやマアなどもにいて……。

 すると、レスがくすくすと笑った。

 

「お忘れですか? あなたに人払いをしてもらったじゃないですか」

 

 レスが笑いながら言った。

 人払い──?

 

 すぐには理解できなかったが、どうやら、一番最初に、レス……いや、レスに変装していたロウから不思議な黒い紙を見せられて、操心術にかかって抵抗できなくなり、そのレスの「命令」で侍女たちを部屋の外に立ち去らせたことを言っているようだ。

 

 もしかして、さっきのは夢──?

 本当にどういうこと?

 

「ちょ、ちょっと、どういうこと……」

 

 エルザはレスを見た。

 なにが起こったのか……。

 もしかして、白昼夢?

 エルザは呆然とした。

 

「……あなたって、ロウ殿? どういうことですか?」

 

 これはロウの不思議な能力なのか?

 時間を引き戻された?

 そんなこともできるのか?

 じっと、レスの顔を見る。

 

「ロウ? 誰ですか、それ……。まあ、そんなことはいいでしょう。とにかく、あなたは、すでに操心術にかかってます。俺の言葉には逆らえません。さて、なにをしてもらいますかね。とりあえず、自慰でもしてもらいましょうか。スカートをまくって下着を脱ぎ、俺に秘部を見せながら、寸詰め自慰をしてもらいましょう。十回です──。それが終わったら、掻痒剤をたっぷりと塗った張形を股間とアナルで咥えてもらって、庭園でも散歩をしましょうか……。じゃあ、始めてください」

 

 レスの言葉が終わると同時に、エルザの身体は勝手に動き出し、片手でスカートをめくって、レスに正面を向けたまま、反対の手で下着をおろしてしまった。

 

「あっ、いやっ」

 

 エルザは悲鳴をあげた。

 とにかく、必死に抵抗しようとする。

 だが、エルザの手はまるで他人の手であるかのように、レスに見せつけながらエルザ自身の股間をねちゃねちゃと愛撫を始めだした。

 

「あっ、ああ、そんな……」

 

 エルザはたちまち甘い声をあげて、身体をくねらせてしまった。





 *

 エルザ篇、終わりです。


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1045 二つの心─支配を逃れる特訓

 いつもの場所だった。

 

 真っ暗な空間であり、モートレットはそこに立っていた。

 モートレットやモードリッドたちは、そこを「心の部屋」と呼んでいるが、実際のところ、ここがモートレットたちの頭の中であり、実際には存在しない特別な場所であることはすでに理解している。

 もっとも、他の人たちには、頭の中には部屋などなく、ましてや、自分ではない他人など、頭の中に存在しないということを知ったのは、タリオにある大神殿で神殿兵としての生活を開始してからのことであり。かなり最近のことだ。

 モートレットにとって、もうひとりのモードリッドという少年とこの身体を共存しているのは当たり前のことだったが、ひとつの身体に二つの心があるということは、極めて珍しい話だというのは、それまでついぞ知らなかった。

 

 暗闇が薄っすらと晴れて、視界が拡がる。

 だが、光があるわけではない。

 ただ、見えるようになっただけだ。

 

 この心の部屋において、光というのは特別な意味を持つ。

 モートレットとモードリッドのどちらの人格が表に出るのかを決めるときに発生するのであり、光が上から出て、その下に身体を置けば、光に入った人格が表に出るのである。

 しかし、その光を操れるのは、もうひとりのモードリッドだけだ。

 モートレットもそうだし、まだ人格といえるほどに成長していないほかの無数の「なりそこない」たちも、モードリッドの意思に反して、表に出ることはほとんどできない。

 もうひとつの人格であるモードリッドは、この心の部屋の唯一の支配者であり、絶対の存在なのだ。

 彼以外は、モードリッドの命令に従う有象無象に過ぎないのである。

 

 どうして、そういうかたちになったのかは覚えてもいないし、それ以外の状態になることは想像することもできない。

 モートレットとモードリッドがひとつの身体に二つ以上の人格があるのは本来あり得ないことだと知って以来、モードリッドは、この身体の本来の持ち主はモードリッドなのだと主張する。

 ほかは、モートレットを含めて、モードリッドが作った人格だというのだ。

 モードリッドの言葉には逆らえないし、もしも、逆らえばとんでもない罰を与えられるのだが、モートレットはひそかに、それは変ではないかと思っている。

 なにしろ、モートレットやモードリッドがいるこの身体の性別は女だ。

 モードリッドは少年の人格だし、女の身体の本来の人格が女だというのは、不自然な気はするのである。

 そういう意味では、モートレットこそ、性別は女なのだから、表の身体に合致する心というのは、モートレットの方ではないのだろうか……。

 まあ、いまになっては、モートレットとモードリッドのどちらが本来の人格であるかということを知るのは無意味ではあるが……。

 

「おう、なりそこない。なんで、ここに呼び出されたかわかっているだろうな?」

 

 目の前に椅子に腰掛けたモードリッドが現れた。

 モートレットとは同じ年の十五歳であり、性別が男だということ以外は、モートレットによく似ている。

 モートレットから髪を短くして、胸の膨らみをなくせば、そのままモードリッドになる感じだ。

 また、モードリッドは、滅多なことでは、ほかの人格たちの名前を呼ぶことはない。

 すべて、“なりそこない”だ。

 モードリッドに言わせれば、この心の部屋に集まっている人格は、モートレットを含めて、すべて偽者であり、“なりそこない”なのだそうだ。

 

「昼間のこと?」

 

「そうだ」

 

 昼間のことというのは、マアから申し渡されたロウからの性愛を受け入れるかどうかということの決心のことだ。

 マアの護衛としてロウのそばに侍るにあたって、以前より、マアからは、ロウに寵愛を受け入れて、彼の性支配を受けることを条件にしていた。

 モートレットとしては異存などなく、特段に大切にしたい貞操でもないので問題なく受け入れるつもりであったのだが、それに激怒したのは、目の前のもうひとりの人格であるモートレットだ。

 モートレットがロウに犯してもらうつもりになったとき、モードリッドはやはり、いまのようにモートレットをこの場所に呼び出して、徹底的にモートレットを虐待して、翻意をさせた。

 モードリッドとしては従うしかなく、翌日には、ロウとマアには、まだ決心がつかないからと断った。

 それから、いまに至っている。

 

「でも、そろそろ、引き延ばしは困難だと思う……。ロウ殿のそばにいるのは、彼の精を受け入れるのが絶対条件……。モードリッドの考えの通りに、アーサー様に認めてもらうために、ロウ殿のそばにいることを望むのであれば、やはり、彼の性支配を受け入れて、性奴隷になるしか……」

 

 モートレットは淡々と言った。

 ロウという独裁官は、かなりの大らかな性質だ。だから、いまだに性支配を受けていないモートレットのことを気にしていない雰囲気はあるが、彼の周りにいる女性たちは別である。

 彼女たちは、毎日のようにロウに性的悪戯を受けたり、嗜虐的に愛されながらも、性奴隷ではなく、優秀な女傑として彼の周りを守っている。

 モートレットの存在についても、近いうちにロウの性支配を受けるという前提で、存在を認めてくれているが、これが最終的にモートレットが支配を拒めば、その瞬間に、モートレットがロウに近寄ることを許さない気がする。

 少なくとも、これまでのように同じ屋敷で暮らすということは認めないだろうし、近習としても置かれることはないはずだ。

 結果的に、モードリッドが望むようなことができなくなり、彼が心の底から望んでいる父親のアーサーに認めてもらえる手柄を土産に、タリオに戻るということは不可能になると思う。

 

「あがあああ──」

 

 その瞬間、腹に凄まじい殴打が叩きつけられた。

 瞬間跳躍のように、モートレットの前に出てきたモードリッドがモートレットを殴りつけたのだ。

 身に着けていた服は消滅し、完全な全裸になった。それでけではく、モートレットは四肢を大きく拡げた格好になり、その状態から動けなくなっていた。

 ここはモードリッドが支配する世界だ。

 彼の思うままに、すべてが作られる。

 モードリッドの一部であるモートレットについても、あらゆるものが彼の思考の通りになるのである。

 

「お前に口答えする権利など与えてねえ──。このできそこないの分際で──」

 

 憤怒の表情のモードリッドが手に短い鞭を持っている。

 横からモートレットの臀部を打ち据えた。

 

「ひゃうっ」

 

 ただの鞭ではない。

 先端に鉄の重りがつけられた特別なものだ。

 さらに、前から股間に向かって縦に鉄の重りのついた鞭が喰い込む。

 灼けつくような激痛が走り、モートレットは拡げた四肢を揺すって泣き悶えた。

 これが外の世界であれば、痛みにも苦痛にもいくらでも耐え抜く自身はある。だが、ここはモードリッドが支配する心の部屋だ。

 モートレットの痛覚は、表に出ているときの十倍くらいに引きあげられている。

 死ぬような痛みが走る。

 でも、死ぬことはない。

 たとえ、ここで死んでも、モードリッドがモートレットを生き返らせる。

 

「お前が外に出てても、これは俺の身体なんだよ──。俺にあの腐れ男の精液を受けろと言ってんのかよ──。あいつは、俺たちの親父の敵なんだぞ──」

 

 間髪入れずに、乳房に鞭が喰い込んだ。

 大きくはないが、それでも多少は膨らんでいる。そこに鞭を叩きつけられて、絶息するような衝撃が走る。

 

「お前が表に出ているからと言って、これは俺の身体だあ──。男に、ましてや、親父の敵に犯されるなんて冗談じゃねえぞ──」

 

 鞭を投げ捨てたモードリッドがモートレットの頬を拳でぶん殴った。

 

「ふがっ」

 

 口の中に鉄に味が拡がった。口の中が裂けて血が出たのだろう。

 モートレットは唾液とともに血を吐いてしまったが、もちろん、モードリッドの暴力はそれで終わらない。

 ほとんど感情の動かないモートレットとは異なり、モードリッドは癇癪持ちだ。滅多に外に出ることはないが、一度、大神殿で神殿兵として訓練を受けている時期に、モードリッドが外に出て、たまたま接触してきたほかの神殿兵見習いの男たちの数名を半殺しにしたことがある。

 激昂して我を忘れたモードリッドが頭に血が昇りすぎて意識を失い、モートレットが急遽人格を交代することにならなければ、おそらく、あのまま殺していたと思う。

 考えてみれば、モードリッドの命令なしに、モートレットが表に出たのは、あれが最初で最後かもしれない。

 

 ただ、モードリッドも馬鹿ではない。

 興奮して激しく暴力を振るったあとは、少し冷静になれるのだ。

 自分が外に出るとなにをするかわからないということもわかっていて、いまではほぼ外に出ることはない。

 その代わりに、こうやってモートレットを心の部屋で支配して、表における行動を制御するということを専らとしている。

 反対側の頬にモードリッドの殴打が喰い込む。

 

「へべっ」

 

 顔だけが横に跳ぶ。

 すると、そっちの方向からまた拳──。

 鼻が潰れて、鼻血が跳ぶ。

 また、反対側の顔を殴打──。

 今度は逆──。

 十発ほど殴られてからだろうか。

 やっと拳の嵐がなくなる。

 意識が薄れてきたモートレットの前に立って、殴り疲れて肩で息をするモードリッドが顔を血だらけにして項垂れているモートレットの髪を掴んで顔をあげさせた。

 

「支配を受けるわけにはいかねえ……。あの男が鑑定術の達人であることはもうわかっている。特に、支配した女については、単なる能力だけでなく、感情まで読むことはもうわかってんだ……。もしも、お前が支配を受ければ、この身体にある本物の人格が俺であることがばれてしまう……」

 

 モードリッドが言った。

 その懸念は、前々からここでふたりで話し合っていたことだ。

 ロウに出会う前までは知らなかったが、はっきりと明確にはしないものの、ロウが接する者の能力などをかなりの精度で見破っているのはわかってきていた。

 特に、女に対する能力の見破りは神がかりですらある。

 最初の段階で、ロウのその能力を知らなかったので、それを知ったとき、もしかしたら、ひとつの身体に二つの心があるモートレットたちの正体を知られたのではないかと思ったが、いまのところ、それはないようだ。

 ロウがモートレットの能力を読み、性経験のことまで見破ったのは確かだが、現段階では、表に出ていたモートレットのことは鑑定したものの、隠れているモードリッドの存在まで読んだ気配はない。

 凄まじい能力の鑑定術だが、やはり、表に出ていない人格まで読み取るのことはなかったのである。

 

 だからこそ、モードリッドは怖れている。

 一度、モートレットがロウに、いつでも性支配を受けると口にしたときも、あとでこうやって激怒したのだが、モードリッドは性支配を受けることで、自分の存在を暴露される懸念を感じているようだ。

 だから、なんとかしろと、モートレットに詰め寄るのだ。

 すると、モードリッドの膝がモートレットの股間に叩きつけられた。

 

「んがあああっ」

 

 さすがに絶叫した。

 股間付近の骨が砕けた感触がモートレットに伝わってきたのだ。

 そこに、もう一度、膝──。

 

「はがあああっ」

 

 さらに骨が砕ける。

 モートレットの股間からじょろじょろと放尿がしたたり落ちていく。

 

「汚ねえなあ」

 

 身体の拘束がなくなり、モートレットはその場に崩れ落ちた。

 いまだに放尿は続いていて、自分の小便溜まりの上に座り込んだかたちになったが、熱いものに包まれて、折れた鼻の骨や口の中の怪我、さらに股間の骨も元通りになったのがわかった。

 殴られた痛みも、すっと消えていく。

 

「……思い知ったか……。表の身体でどうするのかを決めるのは俺だ……。まあ、もっとも、お前の言うことも一理ある。親父に認めてもらえるようなロウの弱みに関する情報を握るのは、あいつのそばにいる立場を守らなければならないのは確かだ」

 

 座り込んでしまったモートレットを見下ろすような体勢で、モードリッドが半分、独り言のように呟く。

 こんな風に、暴力を振るったあとで、モードリッドは冷静さを取り戻すのである。

 だから、気に喰わないことであり、モードリッドが激怒するとわかっても、口にした方がいいのだ。

 

「あいつのそばにいるためには、支配を受けるしかねえな……。これまでのまま、中途半端なまま位置づけるというわけにはいかねえわなあ……」

 

「無理と思う……。おマア様は頑固……。ロウ殿が許しても、おマア様はもう許さない。今日も置いていかれた」

 

 モートレットは言った。

 もともと、明日を期限として、マアからはモートレットが支配を受けなければ、護衛の任務を解くと告げられたのが、今日、南方総督府から王都に戻るにあたり、ガドニエルというエルフ族の女王の手配で構成したらしい「イムドリスの門」を使って、ロウたちと戻ったマアだったが、まだロウの支配を受けてないという理由で、モートレットについては容赦なく置いていかれ、人数が変化したことで、改めて調整する必要になった移動術設備の「ゲート」で一日遅れで戻るように言い渡されてしまった。

 そんなわけで、表にあるモートレットの身体は、まだ南方総督府であり、明日の朝を待って、改めてゲートでひとり王都に向かうことになっている。

 つまりは、最後通告といっていいだろう。

 王都に戻っても、もうマアは、モートレットがロウに抱かれることなく、マアの護衛を続けることを許さないと思う。

 

「だけど、親父に認めてもらうには、あれの弱点を手土産にするのがいいんだ……。できれば、あいつの首を持って……」

 

 ふと、モートレットが見上げると、モードリッドは思案をするように右の爪を噛んでいる。

 それは、モードリッドの癖なのだ。

 そして、モートレットは心底どうでもいいが、モードリッドは血縁上の父親であるアーサー大公……いまは、アーサー皇帝だが、彼に認められて、息子として受け入れていもらうことを心の底から夢見ている。

 モートレットからすれば、会ったこともなく、そもそも、相手も存在を知らないような父親に愛してもらいたいというのは、ほとんど理解の外なのだが、とにかく、モードリッドの行動理念は、どうにかして、父親であるアーサーに手柄を持っていき、いつか認められて、子として褒められのだという彼の想いから成り立っている。

 だが、そんな機会などなかったのだが、紆余曲折あり、モートレットがマアという女豪商の護衛になって、ロウのそばに近づくことができたのを最大の好機として捉え、なんとかこれをものにするのだと息巻いている。

 モードリッドは必死であり、モートレットが少しでもそれに外れるようなことをしようとすれば、いまのように暴力で支配を加えようとするのである。

 

「わたしの腕では、ロウ殿の首を取るのは不可能……。彼のそばにいる女性たちの存在だけでなく、彼自身がかなりの腕を持っている」

 

 冷静になったときのモードリッドはある程度の聞く耳を持っている。

 モートレットからすれば、ロウを暗殺することもそうだし、それで逃げおおせて、タリオまで向かい、さらにアーサーに認めてもらうなど、絵空事としか思えないが、モードリッドは頑張ればそれができると考えているようだ。

 それで、いつか成功だのと虎視眈々と機会を狙っている。

 まあ、モートレットを使ってだが……。

 モートレットとしては、それがいかに無謀なことなのかを、少しずつ悟らせるしかない。

 その気になれば、モードリッドは、いつでもモートレットに変わって、この身体を使ってロウに斬りかかることができるのだ。

 

「わかってんだよ……。まあ、そうなれば、お前があれの女になるというのも、ひとつの得策か……。問題は、性支配を受けることで、中に隠れている俺の存在に気がつかれるかどうかだ……。気が付かれなければ問題ねえか……。閨で寝首を掻くと言うことも可能かもしれねえな……。だが気付かれれば……」

 

 モードリッドはまたもや爪を噛んだ。

 かなりの時間、モードリッドは熟考していたが、やがて、指を口から離して、モートレットに視線を落とした。

 

「要は、あれと性交しても、支配に陥らなければいいんじゃねえか? そうなら、ただ支配に入った振りをすればいい。お前は支配に入らないんだから、俺のことを見破られる心配は薄い。なにしろ、いまと一緒だ。いまの時点では、あれは俺の存在に気が付いてないんだから、お前が支配されなければ、俺のことが読まれることは絶対にない」

 

 モードリッドが納得したように破顔した。

 モートレットとしては馬鹿じゃないかと思ったが、黙っていた。そんなことはありえないなどと、ここで告げれば、またもや興奮する気がしたし、無謀なことさえしなければ、モートレットとしては静観できる。

 

「そうとなれば、特訓するぞ。最終的には、精を受けろ。だが、それまでに支配を受けないための特訓をする。お前が快感に強くなれば、精を受けても大丈夫だ。そうなるまで、あれと愛し合うことは許さないが、俺が許可したら精を受けに行き、元通りにそばにいる立場を取り戻せ」

 

「はっ?」

 

 素で呆れた。

 もともと、感情的な男だが、快感に強くなる特訓?

 なんと阿呆げたことをと思った。

 そもそも、観察している限り、ロウと愛を交わした女性は、全員がロウのとりこになっているように感じる。

 多分、ロウには女を支配することに関しても、不可思議な能力を持っていると思う。

 モートレットがそばにいるときには、マアやほかの女もはっきりとしたことを口にはしないが、多分間違いない。

 冷静さがとりえのモートレットには、おそらく、なにをしても、ロウの支配を受けずに性愛を交わすことは不可能だと思うし、ましてや、特訓したところで性経験も皆無のモートレットに可能とも思わない。

 まあ、感情的なモードリッドには、彼の想い込みが間違っている説明しても、受け入れるとはないだろうが……。

 

「どうせ、親父に劣る程度の女たらしだ。本物の女たらしの親父ほどじゃないはずだ。見せかけだけ、支配された振りをしろ。あれがそれなりに、女扱いが上手なのは見ていてわかるが、お前にはそれに抵抗する力を身に着けてもらう」

 

 モードリッドがひとりで納得したように大きく頷く。

 しかし、モートレットは逆に白けていた。

 そういう問題ではないと思うのだが……。

 

「そうとなれば、早速特訓だ。今夜から毎晩やるぞ。俺が合格を出したら、そのときには、あれに抱かれにいくんだ。そのときまでは、少しのあいだ、あれから離れるのもやむを得ないだろう」

 

 モードリッドが言った。

 すると、次の瞬間、モートレットの両手は背中にまわって、身体全体が仰向けに倒れ、膝が曲がって脚を胸につけた格好で動かなくなった。

 

「うわっ」

 

 股間を上に晒した屈辱的な体勢だ。

 感情を動かすことのないモートレットも、これにはさすがに羞恥に顔が赤くなる。

 

「確か、あれのよくやる調教は痒み責めだったな……。とりあえず、痒みに強くなれ。要は慣れだな」

 

 モードリッドが機嫌よく大笑いした。

 まるで子供のような笑い声だが、それこそがモードリッドの本質であることをモートレットは知っている。

 会ったことがない父親を求め続ける幼子の心のままの人格──。それでいて、モートレットを支配し、ほかの人格未満の“なりそこない”を支配し、感情を剥き出しにして振る舞う少年──。

 それが、このモードリッドだ──。

 

「えっ? うわっ──」

 

 だが、次の瞬間、モートレットの思考は吹き飛んだ。

 股間の中と表面がとんでもなく痒くなったのだ。

 いや、乳首も痒い──。

 お尻の中もだ──。

 

「か、痒いいい──」

 

 モートレットは絶叫した。

 身体の芯まで届くような凄まじい痒みだ──。

 それがモートレットに襲い掛かる。

 

「ひいいっ、なにこれええ──。んぎいいいっ」

 

「ははは、まんぐり返しだな。しばらくもがいてろや」

 

 モートレットは動かない身体を捩らせ、必死に身体を暴れさせた。

 だが、モードリッドの力により硬直させられた身体は自由になならない。ただ、まんぐり返しとやらの身体がゆらゆらと揺れるだけだ。

 下腹部から突きあげるような狂おしい痒みは、どんどんと大きくなっていく。

 モートレットは眼を剥いた。

 

「そんなことでどうすんだよ──。確か、女を痒みで追い詰めるのは、あれの得意技だろう? このくらい平然と受け取れるようになりやがれ。なりそこないどもを呼んでやる。あれは、痒みで狂う女の股を刷毛でくすぐってたな。じゃあ、それにも耐える特訓だ」

 

 モードリッドが言い終わると同時に、顔のないのっぺらぼうの三歳児のような存在が十人ほど沸くように現れた。

 それぞれに、両手に柔らかい刷毛を持っている。

 

「いけ──」

 

 そして、モードリッドの指示で一斉にモートレットに群がって、全身をくすぐり始める。

 

「ひああああっ、やめてえええ──」

 

 モートレットは絶叫して暴れまわった。



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1046 列州同盟の執政官(1)─執務室にて

 このところ、仕事が多忙で家のパソコンにも向かいませんでした。しばらくぶりでした。

 *



「よろしいでしょうか、リィナ執政官?」

 

 リィナ=ワイズの執務室にセントが入ってきた。

 セントというのは、リィナがこの辺境域の新しい盟主となるにあたり、直属の政務官として集めた十人の中のひとりである。

 

 「辺境域」と称されているこのハロンドール王国の北西部一隊について、リィナが事実上の支配に置いてから約一か月が過ぎていた。

 この一帯の環境は、以前から準備していたこともあり、まだ一か月とは思えないほどの劇的な変化をした。独裁官となったロウの仲介もあり、王国からこの地域を事実上の独立させるとともに、やはりロウが橋渡しをしてくれたことで、いまや国境を跨ぐ豪商となったマアや、エルフ族女王のガドニエルなどからもたらされる富や魔石が一気にこの地域に活気を引き起こしたのだ。

 おそらく、この辺境域がこれ程の好景気に沸くのは、かつてないことだと思う。

 多分、この場所は、世界のどこよりも素晴らしい場所になる。リィナはそう自負している。

 もっとも、まだまだやりたいことは山積みであり、この地域をどこよりも豊かな場所にするまでには、遠い道のりなのはわかっている。

 

 リィナは、この地域の事実上の盟主になるにあたり、それまでマルエダ辺境侯の当主が、盟主としてほかの主要五家をなんとなく支配し、また、なんとなく支配されるというかたちを全て改めた。

 即ち、それまでは、形式の上では、辺境域の各領主は、すべて王都に位置する国王に忠誠を誓っていて、爵位の上下はあれど、国王に従属するという意味で対等であったのだが、リィナはこの辺境域に属する各領主については、国王ではなく、盟約によって「盟主」の統制下に入り、その領主たちが「代表者」として選んだ盟主がハロンドール王国の王に対して封建を誓うというかたちに直した。

 地域ごとの、事実上の王家からの独立である。

 

 だが、マルエダ家の嫡男がタリオの工作に嵌った罪を問われて盟主の地位を失うという混乱はあったものの、それはあまりもにも平和的に移行されたため、ほとんどの者は、その変化に気づくこともなかった。

 精々、新たにワイズ伯爵家が盟主となったのが変化らしい変化だと認識するくらいだろう。実際には、大きな政治体制の変革なのであるが……。

 

 そもそも王家が、ハロンドール王国の国境沿いの地域である「辺境域」の独立を許すなどあり得ず、リィナはマルエダ家からの盟主の地位の簒奪後、少なくとも十年の時間を使って、地域の独立性を確保する算段だったのだ。

 しかし、ロウは、新たな辺境域が王家との相互不可侵及び同盟関係を維持することを条件に、リィナの組織する列州同盟の政治的自由を保障した。

 そして、ロウは約束を守った。

 もっとも、実際のところ、リィナは半信半疑だった。なにしろ、ロウは女王となるイザベラの愛人だとはいえ、もともとは、この王国の貴族の血すら引いていない流浪人であり、彼の個人的な能力は認めても、王家や中央貴族たちを納得させるような力があるとは思えなかったのだ。

 ところが、実際にはロウが王都で口添えをして、女王となったイザベラは列州同盟の存在を認め、リィナの列州同盟地区を王国における半独立地域としての立場を容認したのである。

 列州同盟の成立については、王都ではまったく問題視すらされなかったらしい。

 リィナは、ロウの影響力の凄まじさを改めて思い知ることになった。

 

 いずれにしても、リィナは、マルエダ家からワイズ家が盟主になるにあたり、各領主が国王ではなく、直接には盟主に従うことを認めさせ、「列州同盟」という地域連合体を正式のものとして発足させた。

 盟主という曖昧な立場の名前も改め、列州同盟に所属する各領への統制機関を「同盟本部」として、その長を「執政官」という呼称とした。

 執政官は世襲ではなく、数年置きに各領主の合意によって選ばれた者に交替するのである。

 

 また、もうひとつの大きな改革は軍事制度だ。

 これまで各領主ごとにもっていた国境警備のための軍を統一し、ひとりの将軍の指揮する統一守備軍としてまとめあげることにしたのである。

 統一軍の総司令官も各領主の合意によって選定するのだが、今回の話し合いにより、初代司令官にはリィナの息子のひとりが就くことになった。

 

 つまりは、列州同盟本部初代統一執政官がリィナ=ワイズであり、軍指揮官がリィナの息子ということだ。

 形式はともかく、実際的にはリィナを長とする独裁態勢ということだ。

 

「例の件についての報告?」

 

 リィナは執務をする机の前に座ったまま顔をあげた。リィナの前にも横にも、様々な内容の書類の束がうず高く積みあげられている。そのリィナの後ろには、護衛役であり、直接の補佐役であるアンテローナという三十歳の女が影のように控えている。

 

「王都地区に流れた武器の流れがわかりました。やはり、荷を運ぶ船を利用したものでした。ただ残念ながら、その武器の動きは二か月程前のことのようです」

 

 セントが報告をしてきた。

 彼にやらせていたのは、王都地区近辺で、タリオのアーサー帝によるものだと思われる諜報組織の拠点が相次いで摘発されたことを受けて、その諜報組織が集めた人や武器がどういう流れで動いたかという調査だ。

 タリオが支配しているタリオ地区及びカロリック地区からそれらが流れたとすれば、そのルートはほぼ間違いなく、この辺境域を通過していたことになる。

 ルートが現存しているのであれば、早急に潰さなければならず、これはハロンドール王宮からの依頼でもある。

 つまりは、ロウの要望ということであり、リィナにとっては、「主」からの指示ということだ。

 リィナは、このセントにそれを調べ、すぐに摘発するように指示していた。

 

「二か月も前?」

 

 リィナはセントを見た。

 セントの表情から類推すると、どうやら摘発という状況にはならない気配だ。おそらく、すでに、その密輸のルートについては閉鎖されてしまっているのだろう。

 

「当時のことですが、夜中に三艘の大型の輸送船が河川を使って移動したのが目撃されておりました。怪しいものでなく、書類も整えられたものだったようです。ただ、臨検は書類のみで、荷を改めなかったことは、当時の担当の役人だった者に吐かせました。(まいない)を受け取っていたようです」

 

「二か月前というと、臨検に当たったのは、マルエダ家の手配した者たちね」

 

 この地域の盟主の座が辺境候のマルエダ家から、リィナのワイズ家に移動したのは、まだ一か月足らずだ。

 武器が密かに流れたのが、二か月前なら、そのときはまだマルエダ家の手配の役人だ。リィナがマルエダ家を盟主から引きずり落としたときには、マルエダ家はタリオの諜者に虫食いのように巣くられていた状態だったのだから、大抵のことはやられただろう。

 いまは、役人も総入れ替えをして、厳しく取り締まりをさせている。

 

「そのとおりです。おそらく、それ以前から頻繁に使われていたのでしょう。その方法でタリオの武器が大量に王国に入ったのではないかと推測します。あの南方のドピィに叛乱においても、この経路が使われたかもしれません」

 

「南方の叛乱は十年以上の時間を使って準備されていたという噂もあるわ。つまりは、十年以上も、一般の荷船にやつした水路で、タリオからの武器が叛乱者などにひそかに流れていたということになるのかしら?」

 

「あくまでも推測です。今回については、王都で摘発された獣人族部隊の拠点を逆に辿って、辺境域を通過する荷物船に辿り着いたのです。裏付けはとれませんでした」

 

「裏付けがとれなかったというのは?」

 

「関わっていた商人が姿を消したのです。数日後、殺されているのが発見されました」

 

「口止めということかしら?」

 

「そうかもしれません。まだ疑惑の段階だったのですが……」

 

「商人のことなら、商人から辿れるかもしれないわね。いいわ。それについては報告書を出しなさい。そっちの正面からさらに探索をしましょう」

 

 リィナが考えたのは、いまやハロンドールのみならず、ローム三公国にまで販路を拡げて流通を牛耳る勢いのマアのことだ。

 会ったことはないが、ロウを通じて手紙のやり取りはしている。

 彼女を通じて、その商人について辿ってもらえば、なにかがわかる可能性はある。

 

「すでに、その道は消されたと思いますよ。いまさら調べても、摘発には至らないでしょう。すべて闇に隠されているに違いありません」

 

 セントが首を横に振った。

 

「わかりきったことを口にしないで。それでも、どういう方法でしてやられたかを確認するのは大事よ。とにかく、武器搬入経路と、謀略員の獣人たちの潜入経路は別々ということね?」

 

「間違いないと思います。曲がりなりにも辿れるのは武器の搬入経路です。この王国は、流人の入国を制限していません。王都近郊で捕えた獣人兵たちが人間族に変装していたのだとすれば、ましてや辿りようもありません。実際、冒険者にでもなって、適当なクエストで入国をしたりしていれば、自然に入れるのでしょう。彼らの全てを取り調べるわけにはいきません」

 

「そりゃあそうね。まあ、人の動きについてはいいわ。今後も武器の流れに的を絞って調査を継続しなさい。その水路のルートを閉鎖されたとしても、新たな搬入経路が作られているはずよ。ひとつひとつ発見しては摘発するしかないわ」

 

「わかりました」

 

「この件について、ほかに報告は?」

 

「大きなものについては……」

 

「わかったわ。じゃあ、さがりなさい」

 

 タリオのアーサー帝は、派手な武略と果断な政略で知られるが、実は謀略や諜者の使い手であり、大量の諜報者を対立する勢力に送り込み、表側の動きと相まって、裏の謀略による攻略を得意とすることはあまり知られていない。

 だが、彼の野望であったローム三公国の統一を成し遂げたいま、次の標的がこのハロンドールであることは間違いないだろう。

 特に、ハロンドールの独裁官となったロウとは、個人的にも対立しているということは、最近になって知った。

 アーサーがハロンドールに手を伸ばすとすれば、その入口は間違いなく、この辺境域になる。

 リィナは、自分が盟主となったこの地域で、これまでのようにタリオに好き勝手させるつもりは毛頭ない。

 リィナの見るところ、王都周辺で摘発された怪しげな獣人部隊の集団は、アーサーが企てている謀略の氷山の一角だと思う。

 まだまだ、水面下の戦いを続ける必要があるだろう。

 少なくとも、リィナの支配する地域から、好き勝手に武器を密輸するなど冗談じゃない。

 絶対に潰してやる──。

 

「あっ、いや、別件ですが、ご報告が一件」

 

 セントは立ちあがることなく、リィナにやや身を乗り出すようにしてきた。

 

「別件?」

 

 リィナはセントを睨んだ。

 

「クレオンのことです」

 

「クレオン? 辺境侯のこと?」

 

 リィナは訝しんだ。

 クレオンというのは、クレオン=マルエダ──。前盟主にして、王太后となったアネルザの実父である人物だ。紆余曲折あって、この列州同盟では執政官リィナの相談役の立場を渡している。

 ただ、そのマルエダ家がタリオの工作に引っ掛かり、この国を大きな危機に陥れかけたということから、マルエダ家が盟主の立場から落ちたことを失脚だと捉える勢力が少なからずある。

 呼び捨てには驚いたが、おそらく、セントもそういう前盟主を軽んじたい者のひとりなのだろう。

 

「彼について怪しい動きがあります。最近になって、頻繁に神殿の者と面会する動きがあります」

 

 セントが神妙な表情で言ってきた。

 リィナは驚いてしまった。

 

「お前に、辺境侯について調査を命じた覚えはないわ──」

 

 リィナは声を荒げた。

 

「申し訳ありません。独自の判断で動きました。しかし、クレオンが怪しい動きをしているのは事実です。神殿の後ろには、間違いなくタリオがあります。調べさせてください。タリオの謀略の動きを阻止することに繋がるのは間違いありません」

 

「もう一度言うわよ──。お前に、辺境侯の調査を命じた覚えはないわよ。そもそも、彼を呼び捨てにするのはやめなさい──」

 

「も、申し訳ありません……」

 

 セントが頭をさげた。

 だが、その顔には明らかな不満が浮かんでいる。

 リィナは嘆息した。

 

「不服なの?」

 

「いえ……。ですが不安なのです。急に始まった王国と神殿界との対立ですが、私の勘ですが、現在起こっているこの王国とローム神殿との対立もタリオが背景にいる可能性も……」

 

「わかりきったことを言わないのよ。ローム神殿の背後に、タリオのアーサーがいることは間違いないに決まっているでしょう」

 

「で、でしたら、その神殿に急に接近しているクレオン……いえ、辺境侯には怪しいものがあります。少なくとも動きを監視させるべきです。俺にやらせてください」

 

 セントが言った。

 王国と神殿界の対立というのは、王都で始まっている事象のひとつであり、あのロウがこれまで神殿が独占していた暦法管理を神殿側と協議することなく、一方的に新たな暦を王国に取り入れたことから始まったものだ。

 そもそも、神殿の管理していた暦は、神話に基づくものであり、五個の月が全て出る夜か、あるいは、全く出ない夜ごとに、月を入れ替えるというものであり、毎月の日数が異なり、また一年間の月数も毎年変化するという極めて難解なものだった。

 それをロウは、一か月を三十日、一年を十二か月にする新暦を作りだして、神殿暦との併用を宣言したのである。

 リィナとしては、ロウの発案はもっともなことで、利用しやすい新暦はまだわずかな日数であるにもかかわらず、急激な勢いで王国に拡がっている。

 早晩、従来の神殿暦にとってかわるのは間違いないと思う。

 だが、それに怒ったのは神殿側だ。

 しかも、暦法問題に加えて、不正を繰り返していた神殿をロウが摘発したことや、王都を中心に拡大しているという新たな民衆信仰をロウが認めたということも、王家と神殿の対立に拍車をかけることになった。

 

 王家……というよりは、独裁官のロウにだが、神殿界側は強い抗議の姿勢を示していて、もはや、ロウへの破門宣言も辞さない構えだ。

 この国にとって神殿の影響は高く、特に地方においては、一般民衆の医療や教育に直接に結び付いていることから、王国内の神殿が一斉に反発すれば、今度こそ、かつてない動乱に襲われる可能性もあるのだ。

 リィナも、これについては頭を痛めるとともに、とるべき処置を急いでやらせている。

 

 セントの発言は、それを受けてのものであるが、まさか、神殿とクレオンを結び付けて、勝手に調査を実施しているとは思わなかった。

 リィナは唖然としてしまった、

 実のところ、辺境侯であり相談役となってクレオンに、神殿への工作を頼んだのは、リィナの発案だ。

 外から見れば、前盟主であり、リィナに立場を奪われたクレオン=マルエダが王家やリィナの列州同盟に恨みを抱いているのが当然と思うだろう。

 神殿界の総本山はタリオにある大神殿であり、ローム皇帝を僭称したアーサーの妃は、大神殿の教皇の孫娘である。

 ロウのことをよく思っていないアーサーが、神殿とロウの対立を利用するのは当たり前であり、当然にクレオンに接近すると思っていた。

 だから、クレオンにはあえて、それを拒まずに受け入れ、ひそかにリィナに情報を提供するように頼んでいたのである。

 まさか、それをセントが勝手に近づき、摘発しようと動いているのは夢にも思わなかった。

 とにかく、絶対にセントはとめねばならない。

 おかしな動きをすれば、折角のクレオンの工作が無駄になる。

 

「もういいわ──。辺境侯のことについては一切の介入を許しません。手を引きなさい。お前は、武器の密輸ルートを追いなさい。それに専念をしなさい。これは絶対の命令よ」

 

「わかりました」

 

 セントが出ていった。

 やはり、不満そうな顔をしていた。

 セントが部屋から出ていったところで、すぐにリィナは後ろに立つアンテローナを振り返った。

 

「セントを消しなさい。自殺したかたちでいいわ」

 

「承知しました。今夕にでも」

 

 アンテローナが静かに頷いた。

 セントはリィナが直接に指揮する十人のひとりであり、当然ながらかなりの権限を持っている。

 だが、指示した以上にほかのことをするとは思わなかった。

 あの感じだと、リィナの命令に反して、クレオンの周りを独自に探ることはやめない気がする。

 彼に情報を与えてないのが理由でもあるが、リィナの指示に従わず、勝手に動かれるのは困る。

 

 使えない──。

 

 降格させてもいいが、クレオンに対して余計な反感もあるみたいだ。

 それに、すでにかなりの裏を教えてしまった。

 処分する方が安心だ。

 

「彼に変わる政務官の候補をあげてちょうだい。明日の朝には欲しいわね」

 

「それも了解しました」

 

 アンテローナが無表情のまま頭をさげた。

 相変わらず、愛想がない。

 彼女との付き合いは短くはないのだが、いまだに、彼女が笑ったりするのを見たことがない。

 

 そのときだった。

 目の前に、透明の球体が出現した。

 いわゆる「通信球」というものだ。

 魔道遣い同士が連絡に用いるものであるが、高位魔道遣いは、相手が魔道遣いでなくても、それを送ったりできる。

 リィナは魔道はないので、誰かが一方的に、リィナに送ったのだろう。

 とりあえず、指で突く。

 すると、球体が弾けて、「声」がリィナの頭に響いた。

 通信球には、周りの全員に聞かせるものもあるが、いまのように、特定の者にだけ知らせるものもある。

 リィナに送り付けられたのは、後者だったみたいだ。

 

「アンテローナ──。席を外しなさい。言われたことを実行するように──。そして、一ノス……。いえ、二ノスのあいだ、わたしをひとりにして──。質問はなし──。言われたことを実行しなさい──」

 

 リィナは相好が崩れるのを必死に我慢しながら、アンテローナに声をかける。

 ちょっと戸惑った感じだったが、リィナがひとりにしてくれというのは珍しいことではない。

 考え事をするときには、リィナはいつもひとりにしてもらう。

 思考のときの癖なのだ。

 アンテローナが部屋から出た。

 

 さっきの通信球による伝言は、これからすぐにロウが来るという伝言だったのだ。

 王都にいるロウがどうして、ここに来たのは知らない。

 そもそも、ロウと女王たちとの婚姻式は数日後だ。

 一番忙しい時期にもかかわらず、ロウがわざわざここに来るというのは、余程のことがあったのだろうか?

 いずれにしても、ロウに会える──。

 リィナは自分の中に大きな喜びが膨らむを自覚した。

 そして、我慢しようとしても、どうしても表情が雌の顔になりそうなことも……。

 

 すると、目の前の空間が歪んで机の上に鞄が出現した。

 ロウではない。

 リィナは首を傾げた。

 

 鞄の横に紙がある。

 文字が書いてあるので、取りあえず読んだ。

 

《鞄にある下着に着替えろ。すぐにだ》

 

 そう書いてあった。

 

「えっ?」

 

 リィナは訝しみつつ、鞄を開いた。

 そして、驚きで眼を見開いてしまった。



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1047 列州同盟の執政官(2)─ふたりの訪問者

《鞄にある下着に着替えろ。すぐにだ》

 

 移動術で届けられた鞄の中にはそう書いてあった。

 

「えっ?」

 

 リィナは一瞬に呆けてしまったが、すぐにロウの性的悪戯だと悟った。

 そして、自分の顔が真っ赤になるのを自覚した。

 

「ロ、ロウ殿……」

 

 とりあえず、周りを見渡す。

 もちろん、こんなことをするくらいだから、どこかでリィナを観察しているのだろう。

 だが、当然のことだが何の気配も感じられない。

 

 とにかく、鞄に入っていたのは、革製の下着だった。

 上下に分かれており、股間に身に着ける側については、ロウの女の全員が身に着けることを要求されている「紐ぱん」のような股間を覆う部分が極小のものであり、しかも、下着の内側には二本のディルドが生えている。

 そして、胸につけるものについては、これでも下着といえるのかわからないが、乳房を包む部分に穴が開いていた。

 戸惑いながら取り出すと、さらに一枚の紙が入ってきた。

 

《すぐにやれ。調教だ。ディルドが挿入しにくい場合は、外のポケットにある油剤を使え。乳房用の下着は根元までしっかりと嵌めること。ロウ》

 

 調教という単語に、リィナの身体はかっと熱くなる。

 すでに、リィナにはこの下着を身につけないという選択肢はない。

 だが、もう一度周りを見る。

 とにかく、ロウに会いたかったのだ。まだ、一か月程でしかないが、ロウたちがこの地を去ってからの時間は、リィナについてはつらい時間でもあった。

 また、王国では辺境域と称されているこの地の混乱を収めたあと、あのロウがまずは王国南方域で、そして、王都近郊で戦場に出たのも知っている。心配もしていた。

 

 いずれにしても、寂しいというのもあるが、ロウの愛人になるのを承諾して数日間の日々は、完全にリィナの肉体を作り変えてしまった。

 ロウに犯され、蹂躙され、被虐の快感を覚えさせられて、リィナはこの歳にして、すっかりと性欲に目覚めてしまったのだ。

 あのロウに躾けられて、いたぶられることを想像して、自慰に耽ったの夜は両手では足りない。

 五十を越し、大勢の子供もいて、孫もいるような女が恥ずかしいとは思うのだが、ロウの不思議な能力で若返ってもいるリィナの肉体は、女の悦びを求めて疼くようになってしまっていた。

 しかも、その疼きは、日に日に大きくなる。

 ロウに会いたい──。

 滅茶苦茶に調教されたい──。

 こうやって、日中のあいだは、執政官としての多忙さにかまけられるが、ひとりになってしまうとそうはいかない。

 その原因を作ったロウが戻ってきた。

 リィナは大きな喜びに包まれていた。

 いささかの不安とともに……。

 

 しかし、やはり、気配はない。

 だが、どこかで見ているのだろう。

 とりあえず、身に着けているものを脱ぐ。

 普段着なので、ひとりで脱げないような衣服はつけない。

 内衣も脱いで胸を剥き出しにすると、鞄に入っていた革の胸当てに腕を通す。

 

「くっ……。これって……」

 

 腕は通せたが、穴の大きさが小さいのだ。

 とてもじゃないが、「指示」の通りに、根元まで嵌められるとは思えなかった。

 躊躇ってはいられない。

 ロウの命令なのだ。

 鞄の外のポケットを探り、溶剤の缶を見つけた。

 蓋を開けて、油剤をたっぷりと両手につけると、乳房の表面に塗り込んでいく。

 塗ると、油剤の当たった部分がかっと熱くなる気がしたが、それよりも、リィナは早く、ロウの指示に従おうと必死になっていた。

 左の乳房から穴に押し込んで、下着の穴の中に乳房を入れていく。

 

「くっ」

 

 乳房の先端部に指を喰い込ませて引っ張り、なんとか穴の中に乳房全体を通した。

 次いで、右の乳房……。

 

 ロウに抱かれることで、若さと美しさを得たリィナの乳房は、垂れることなく丸みを帯びてやや上に突き出るようになっていた。

 こんな美乳になったのは、リィナの若い頃でさえもない。

 ロウが与えてくれた、素晴らしい贈り物だ。

 リィナは、ロウの女になって、身体が作り替えて以来、この身体が大好きになっていた。

 ただ、その乳房はいまは歪に変形されている。

 

「ふう……」

 

 大きく息を吐いてから、スカートを捲る。

 下着を脱ぐ。

 股間に嵌める革の下着を股間に持っていく。

 内側の二本のディルドには、よく見ると小さな突起が前側についているのがわかった。

 それがどこに当たるものかは、身につけなくてもわかる。

 リィナは恥ずかしさに、さらに身体が熱くなった。

 

 もう一度、油剤をとる。

 ロウに会える喜びと、調教を受けられるようだという期待で、いつの間にか股間は糸を引くほどに濡れているが、それでもディルドはそれなりの大きさなので、そのまま挿入できない気がしたのだ。

 それに、二本のディルドとも同じ大きさであり、アナル側を油剤なしに挿入するのは不可能だと思った。

 ディルドに油剤を塗りたくる。

 それにしても、このディルドの形と大きさに見覚えがある。

 多分、これは勃起したときのロウの怒張の形と大きさに合わせているのだと思う。

 

「うっ……くっ……」

 

 声を噛み殺しながら、なんとか前後の穴に挿入して、革の下着を股間に密着させていく。

 腰の部分はベルト式だ。

 そのベルトを腰の横で突起に入れて締め付ける。

 

「あっ」

 

 そのとき、思わず声を出した。

 金属音のような音がして、さらに全体が強く絞られたのである。

 咄嗟に外そうとしたが、もう外れないようになっていた。

 

 そのときだった。

 廊下に通じる扉が控え目にノックされた。

 リィナは慌てた。

 ノックに次いで聞こえたのは、アンテローナの声だった。

 

「な、なに──? ちょっと取り込んでいるから開けないで──」

 

 リィナは急いで怒鳴る。

 アンテローナには、声をかけるまでひとりにしろと命じていた。だが、それにも関わらず声をかけてきたのだから、なにか重大事があったのかもしれない。

 しかし、リィナはまだ乳房を剥き出しにしたままだ。

 とにかく、慌てて服を着直すとともに、まくっていたスカートも元に戻す。

 

「申し訳ありません、リィナ様。そのう……。王都からの使者の方がご訪問を……」

 

「王都からの使者?」

 

 リィナは服装を整えながら言った。

 意外な答えだった。

 王都だろうが、なんだろうが、列州同盟の「盟主」の地位にもなったリィナは、簡単には人に面会を許すことはない。

 無論、面会を求める者は大量だが、順番待ちの状態であり、突然にやってきた相手とすぐに会うことなど、そもそもあり得ない。

 アンテローナもそれを知っているはずなのだが、それにもかかわらず、人払いをしていたリィナに、予定のない訪問者をアンテローナが取り次いだのが意外だったのだ。

 

「どういうこと?」

 

 リィナは扉に近づく。

 しばらくひとりにしろと命じているので、アンテローナも声はかけてきても、扉は開けずに、扉越しに声をかけてきた。

 リィナも部屋に入れる予定はないが、誰がやってきたのかくらいはとりあえず、訊ねようと思ったのだ。

 

「あうっ」

 

 しかし、動いた瞬間に強い衝撃が襲い掛かってきた。

 転びそうになるのをなんとか踏ん張って、下腹部を両手で押えるようにして耐える。

 そして、よろけそうになりながら、なんとか扉の前まで来た。

 

「ど、どういうこと? 後にしなさい──。いまは、面会の余裕はないわよ。誰なの──?」

 

 リィナは訝しみながら言った。

 

「いいから開けるのよ、おばさん──。あんたの大切なロウの使いで来たのよ。さっさと入れなさい。それとも、ロウの指示で、あんたがどんな格好をしているのか、大声でばらされたい?」

 

 揶揄うような少女の声が扉の外から聞こえた。

 ロウの使い──?

 すると、扉の下から一枚の手紙が差し込まれた。

 屈んで拾うとして、また声を出しそうになる。今度はなんとか耐えて、拾いあげる。

 表書きにはロウの名前と、ロウが使っていた紋章印が押されていた。

 中を開く。

 手紙には、この書類を持ってきた者に最大限の便宜を与えることという趣旨の言葉が書かれていた。

 

 ロウの手紙?

 だが、リィナにはそれが本物なのかどうかの判断はつかない。ロウの文字など見たことがないからだ。

 そもそも、ロウが自分で文字をかいたり、読んだりした場面に接したことはない。誰かの手紙のようなものでも、周りの女たちに読ませていたので、もしかしたら、ロウは文盲ではないかと思っていたくらいだ。

 それはともかく、アンテローナも、リィナがあのロウに特別な感情を抱いていること知っているし、ロウとリィナの特殊な性的関係も承知だ。

 だから、取り次ぐことにしたのだろう。

 いずれにしても、ロウがこっちに来ているのは間違いないのだ。

 そのロウの使いというのだから、誰だかわからないが、ロウの意を汲んでここに来たのは間違いないだろう。

 

「いいわ。会うわ」

 

 リィナは扉を開けた。

 外にいたのは、周りをアンテローナを含むリィナの部下に囲まれているふたりの女だった。

 ひとりは褐色エルフで、ひとりはたてがみのような髪をした獣人女だ。

 いずれにせよ、やはり面識はない。

 

「はじめましてね。わたしはユイナという者よ。ロウの指示で、夕方まであんたの相手をするように命じられたの。こっちは、ルカリナ。新入りよ。夕方までよろしくね」

 

 ユイナと名乗った褐色エルフの少女が愉しそうに笑った。

 だが、リィナには訳がわけがわからない。

 そもそも、なにしに来たのか。

 いや、それよりも、ロウはどこなのか?

 

「夕方までって……。とにかく、ロウ殿はどこなの?」

 

 リィナは眉をひそめた。

 すると、ユイナが鼻を鳴らした。

 

「わかってないわねえ、おばさん。夕方まで、わたしらがあんたの相手だって言ってんでしょう。さっさと部屋に入れなさい。それとも、お仕置きされたい? 言っておくけど、こうやって、わたしらが来たのは本意ではないのよ。あのロウの命令なの。まあ、悪く思わないでね」

 

「あたしも、このユイナ殿と組まされるとは思わなかった。初めまして、ルカリナという。本来は、あるお方の護衛なのだが、ロウ殿の命令でね。ユイナ殿の言い草じゃないが、悪く思わないで欲しい」

 

 ルカリナという獣人女性が苦笑している。

 ロウの使いだと名乗っているが、なんという随分な無礼なふたりだろう。

 なんなのだ。

 

「悪いけど、忙しくてね。ロウ殿自身でないなら、申し訳ないけど時間は割けないわね。出直しなさい──」

 

 リィナは言った。

 そして、アンテローナに、追い返せと眼で示す。

 ロウの使いだといきなり言われても納得がいかないし、そもそも、このユイナというエルフ少女の態度には、むっとくるものがある。

 ロウの指示だとしても、相手にしないと決めた。

 

 その瞬間だった──。

 突然に、股間を貫くディルドが激しく動きだしたのだ。

 

「うわっ、あっ」

 

 なにが起きたのか半分も理解できずに、リィナは腰を折ってスカートの前を押えていた。

 とにかく、強烈な刺激が股間から全身を貫く。

 

「リィナ様──」

 

「閣下──」

 

「閣下」

 

 アンテローナや護衛たちが一斉に声をあげて、リィナに駆け寄ろうした。

 だが、崩れそうになったリィナを支えたのは、目の前にいた大柄の獣人女のルカリナだ。

 そのルカリナが耳元でささやいてきた。

 

「ふふふ、その玩具はユイナ殿の持っている操作具で動く。ここは逆らわない方がいい……」

 

 ルカリナがくすくすと笑いながら、小さな声でささやく。

 

「そういうことよ、おばさん」

 

 ユイナもそばに寄り、反対側からリィナの身体を掴んで、耳元でささやいた。

 すると、さらに激しくディルドが動いてきた。

 

「あっ、だめ──」

 

 思わず股間をすり寄せて叫ぶ。

 

「リィナ様、どうしたのです──?」

 

 アンテローナがリィナの身体をふたりから奪うようにして抱きかかえた。

 



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1048 列州同盟の執政官(3)─突然の百合調教

 たまには趣向を変えて、ロウではなく、ユイナ(傍若無人娘)とルカリナ(むっつりS女)によるハード調教を……。珍しいコンビですが……。

 *



「あなたたち──。なにをしたのです──。この者たちを拘束しなさい──」

 

 アンテローナがリィナを抱えたまま、護衛たちに向かって叫んだ。

 ユイナたちふたりに話しかけられた直後に急に倒れかけたのだから、当然、彼女たちがリィナになにかをしたと判断したのだろう。まあ、実際そうなのだが……。

 一方で、そのときには、股間で暴れ回っていたディルドの振動はとまっている。リィナは足を踏ん張って身体を伸ばす。

 さらに、アンテローナの手を払いのけた。

 

「不要よ──。なんでもないわ。ちょっとした立ちくらみよ。なんでもない──」

 

 リィナは怒鳴った。

 まさか、ロウからの使者という女ふたりを捕縛させるわけにはいかないのだ。

 

「し、しかし……」

 

 アンテローナも護衛たちも戸惑った様子だ。

 一方で、ユイナという少女は、不敵な笑みを浮かべたままだ。だが、リィナはその右手に手の平に隠れるくらいの小さな板のようなものが握られていることに気がついた。

 もしかして、あれが股間の淫具を動かす操作具?

 すると、その板を握っているユイナの指がすっと動いたのがわかった。

 

「んんっ」

 

 リィナは腰をぶるぶるとかすかに動かして目を閉じた。

 今度は、股間のクリトリスに当たっているディルドの小枝の部分が静かに振動を開始したのである。

 女にとって、もっとも感じやすい性感の場所であることは当然だ。

 リィナは歯を喰いしばった。

 

「リィナ様?」

 

 アンテローナもリィナの異変に気がついたのだろう。

 再び、慌てた様子を示す。

 

「ロウからの言いつけを受け入れるの? それとも、拒む? はっきり言って受け入れてもらわないと困るのよね。なんだかんだで、あいつは、こういう無茶なことを要求しては、失敗するのを手ぐすね引いて待って、女にお仕置きするんだから」

 

 ユイナは苦悶するリィナの姿を眺めて微笑んでいる。

 リィナはむっとして歯を喰いしばった。

 それはともかく、この少女は周りの者たちに聞こえるように、赤裸々な物言いを堂々をした。そのことに愕然とした。いまのユイナの言葉は、性的なことを彼らに連想させるのには十分なものだ。

 リィナは困ってしまった。

 

「だ、黙って……」

 

 リィナは、ユイナを睨んだ。

 

「えっ?」

 

 すると、アンテローナがちょっと困惑したように硬直した。

 隠してはいないので、リィナがロウの愛人であることについては周りの大部分が承知しているが、アンテローナにだけは、さらに、ロウの特殊な愛し方について教えていた。

 以前にロウがここを立ち去るときに、身近な者に対しては、ロウとリィナの具体的な性関係について教えておくように申し渡されたのだ。

 「調教」を仕掛けているときに、危害を加えていると間違って判断されては困ると笑いながらだ。

 ロウの言いつけは絶対なので、リィナはアンテローナには、リィナがロウの「雌犬」であることを教えていた。

 男関係に乏しい女であるので、調教だの、嗜虐などという行為を通じた男女関係というものにちょっと驚いた感じで、珍しくも顔を赤くしたのを記憶している。

 このアンテローナが顔色を変えたのは、後にも先にもこのときだけだったので、よく覚えていた。

 

「……も、もしかして、あの……英雄公の……ご調教……?」

 

 リィナを支えているアンテローナが耳元でささやいた。

 

「どうするの、おばさん。わたしたちを部屋に入れる? それとも追い返す? どっちでもいいわよ。もちろん、あいつには言いつけるけどね。あんたがあいつの言葉を無視したってね」

 

 次の刹那、クリトリスに当たっている突起だけでなく、前後のディルドが一斉に激しく動き出した。

 

「あうっ」

 

 さすがに、リィナはがくがくと膝を弾ませて、その場にしゃがみかけた。

 衝撃は強い感覚となって、脳天を突き抜ける。

 

「おっと、では、リィナ様を預かります。それでいいですね」

 

 アンテローナに代わってリィナを抱き支えたのは、ユイナと一緒にいた大柄の獣人女だ。名前は確か、ルカリナか……。

 それはともかく、まさか、こんなことを部下の前で……。

 リィナは初めて味わう強烈な快感と刺激に狂いそうになった。

 

「わ、わかったわ──。へ、部屋に入って──。アンテローナ──。問題ないわ──。か、彼女たちは信用できる……。つ、つまり、そういうことなの……」

 

 リィナはなんとか声を絞り出した。

 言葉の最後は、アンテローナにしか聞こえない声でささやいた。ロウとの特別な性関係を認識している彼女ならわかってくれるだろう。

 アンテローナは迷った感じだったが、すぐに護衛たちを遠ざけてくれた。

 リィナはとりあえず、ほっとした。

 そして、心配そうにしているアンテローナを残して、リィナはユイナとルカリナだけを連れて、再び執務室に戻る。

 

「と、とめなさい──。す、すぐによ──」

 

 三人だけになると、すぐにリィナはふたりに言った。

 

「じゃあ、夕方まで、わたしたちに従うって誓ってくれる? それとも、この鈴で呼んじゃおうか。あんたの部下さんをね」

 

 いまだに股間に嵌まっている淫具の激しい振動は続いている。

 リィナは立っていられなくて、床にしゃがみ込んでしまった。

 また、ユイナはリィナの執務用の机にある鈴を手に取った。

 それは、外から部下を呼ぶための鈴であり、それを鳴らせば、おそらく、またアンテローナたちがやってくるだろう。

 リィナは両手で股間を押さえつつ、顔が真っ赤に染まるのを自覚した。

 

「わ、わたしを愚弄するのはやめなさい──。こ、こんなことすぐにやめるのよ──」

 

「わかってないわねえ。これは、あいつの命令で仕方なくやっていると言ったでしょう。文句なら、後で顔を出すと言っているあいつに言いなさいよ」

 

「うあっ」

 

 リィナは脚をぺたんと床につけたまま、身体を弓なりにして突っ張らせてしまった。

 股間の淫具がさらに振動を強めたのだ。

 突き抜ける快感に、リィナは一気に昇天しそうになってしまった。

 

「あっ、ああっ、あううっ」

 

 感極まってしまって、ついにリィナは絶頂に追い込まれた。

 もうどなってもいい。

 身体をがくがくと痙攣させ、抵抗するのをやめて、リィナは強烈な甘美感に身を委ねた。

 だが、突然に全部の刺激が一斉になくなる。

 リィナは大きな焦燥感とともにがくりと脱力してしまった。

 

「誓うわね、おばさん? それとも、外にいる怖そうな女を呼ぶ? あいつの前で無理矢理に躾けられたい? それとも、あの女を巻き込んじゃう?」

 

 ユイナがリィナに見せつけるように、操作具を持ってひらひらと振る。

 リィナは諦念した。

 

「わ、わかったわ……。本当にロウ殿のご命令なのね……? あんたたちに従うことが……」

 

 リィナはふたりを見あげる。

 

「当然でしょう。じゃあ、夕方まで、あんたはわたしたちに躾けられる犬よ。服を脱ぎなさい。さっき自分で身につけた革の下着以外の全部を脱ぐのよ」

 

「い、犬? なにを言って……」

 

 かっとなった。

 ロウ自身ならともかく、その伝令だという小娘に、“犬”呼ばわりなど──。

 

「おごおおおっ」

 

 だが、次の瞬間、凄まじい衝撃がアナルで沸き起こり、リィナはひっくり返ってしまった。

 

「あがああああ、んごおおお──」

 

 お尻を押さえてのたうち回る。

 なにが起きたかをすぐに理解することはできなかったが、アナルに挿入しているディルドに電撃を流されたのだとわかった。

 激しい電撃の痛みがお尻の穴に襲い続ける。

 

「や、やめてええ──」

 

 リィナはスカートの上からお尻を押さえたまま絶叫した。

 だが、はっとした。

 おそらく、アンテローナはリィナを心配して、廊下で待機しているだろう。こんなに大声を出せば、すぐに強引に押し入ってくるだろうと思った。

 だが、リィナが悲鳴をあげ続けても、一向に扉が開く様子も外からかけられる奴大声も聞こえない。

 

「あっ、もしかして、外に悲鳴が漏れることを心配しているんだったら大丈夫よ、おばさん。この部屋には、防音だけじゃなくて、普通に会話をしている声がしているように聞こえる魔道具を置いてるの。わたしの作ったものでね。だから、悲鳴はあげ放題よ。いくらでも叫んでいいわよ、おばさん」

 

 ユイナだ。

 

「ここは従った方がいい。ユイナの仕掛けた淫具は、股間にも電撃を流せる」

 

 ルカリナという獣人女が冷静な口調で付け加える。

 そのあいだも、電撃はとまらない。

 

「脱ぐうう──。脱ぐから──」

 

 リィナはついに叫んだ。

 すると、やっと電撃がとまる。

 リィナは床に突っ伏したまま脱力してしまった。

 すると、間髪入れずに、再びお尻に電撃が加わる。

 

「いやあああ──。やめてええ──。脱ぐって、言っているでしょう──」

 

 リィナは再びのたうち回った。

 

「わたしはすぐに脱げって言ったのよ。すぐというのは、文字通り、すぐということよ」

 

 ユイナがソファに座り直す。

 電撃をアナルに流され続けながら、リィナはなんとか上体だけを起こして、服を首から抜く。

 スカートもだ。

 革の下着以外には、それしか身につけてなかったので、それだけで革の下着だけになる。

 すると、やっと二度目の電撃がなくなった。

 リィナはすでに汗びっしょになってしまっていた。

 

「ふふふ、じゃあ、調教といこうかしら。ルカリナ、頼むわ」

 

「わかった……。じゃあ、立って……」

 

 ルカリナが寄ってきて、リィナを部屋の真ん中に立たせた。

 すると、いつの間にか、獣人女は奇妙なものを持っていて、それを嵌めようしてきた。

 つまりは、まずは革の顎枷であり、棒状のものを口に咥えさせられる。

 次いで、乳首への固定具だ。穴あきの胸の下着から突き出ている乳房の先端の乳首に小さな二枚の板をねじのようなもので挟んで固定される。その板には鎖がぶら下がっていて、乗馬に使う(あぶみ)のようなものがぶらさがっていた。

 

「んぐうっ」

 

 それだけで、かなりの重みであり、乳首でそれをにぶら下げられたリィナは思わず呻いて、それを外そうとした。

 だが、その手を掴まれて、強引に背中で革手錠を両手首に嵌められてしまう。

 

「では、リィナ様、雌犬調教です……。あたしを乗せて、歩いてください」

 

 すると、ルカリナが強い力で強引にリィナを跪かせて、驚くことに両肩に乗ってこようとした。

 リィナは唖然とした。

 ロウの不思議な力で見た目が若返ったとはいえ、リィナもかなりの年齢だ。そうでなくても、この大柄の獣人女を肩に乗せて歩けるとは思えない。

 

 絶対に無理だ──。

 

 リィナは、口に嵌められている棒枷の下から激しく首を横に振る。

 しかし、ルカリナは容赦なくリィナに肩車の体勢で乗ってしまった。さらに、乳首から吊られている足乗せに、自分の足を置いた。

 

「さあ、歩いてください。まずは、立って……」

 

 ルカリナがぐいと足に力を入れる。

 

「んぐううっ」

 

 千切れるのかと思うほごの痛みが乳首に走る。

 ずしんとくる重みに耐え、その痛みを反動にして、リィナはなんとか気力を振り搾って腰を浮かせていく。

 

「顔をあげてください」

 

 ルカリナがリィナの髪の毛を掴んで、顔を無理矢理にあげさせた。

 その力が強い──。

 

「ぐうっ、ぐっ」

 

 リィナは声を喉の奥から絞り出した。

 だが、一方で驚愕することに、リィナはルカリナを肩に乗せたまま立ちあがっていた。

 自分のどこにそんな力があったのか信じられない。

 

「やればできるんじゃないの、おばさん。あと十回くらいは、あんたの尻に気合いを入れてあげないと立てないかと思ったんだけどね。まあ、ロウも言っていたけど、あんたも、この列州同盟を支える女傑だものね。大抵の責めには耐えるだろうという、あいつの予想は本当のようね。じゃあ、歩いてもらおうか。部屋の端から端まで三往復──。行きなさい」

 

 ユイナが怒鳴る。

 だが、さすがに、リィナも歩き出すまではできない。

 ルカリナの重みで押し潰されている背筋には激痛が走り続けているし、腰はいまにも崩れそうだ。

 膝だって間接は外れるのではないかと思うほどの圧迫感である。

 ルカリナを落とさないように立つだけで必死なのに、歩くなどできるわけがなかった。

 

「んぐうっ」

 

 本当に無理──。

 リィナは涙を流しながら首を横に振る。

 

「歩くんです。さあ、しっかり」

 

 ルカリナが足を踏ん張った。

 

「んぎいいいっ」

 

 凄まじい激痛に耐えられず、リィナは滑るように小さな一歩を踏み出した。



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1049 列州同盟の執政官(4)─雌”馬”執政官

「うっ、くうっ、うっ」

 

 リィナは、わずかに足を滑らせるように前に出した。

 それだけで、肩と腰と膝にのしかかる重圧が数倍になって襲いかかる。

 

「そうよ。しっかり歩きなさいね。さもないと、お尻をびりびりよ。わたしも何度も味わったけど、あれを味わわされると、さすがに逆らう気は消滅するわよね。そうじゃないという者は一度やられればいいのよ」

 

 ソファに大きな態度で座っているユイナが手の上で操作盤をもてあそびながら笑う。

 さすがにふらふらと揺れるのだが、一応はは肩の上に乗っているルカリナが落ちないようにバランスはとってくれる。

 ただ、そのたびに強く髪の毛を引っ張られて、強い痛みが走る。

 

「ふう、ふう、ふう……」

 

 まだ数歩だ。

 しかし、リィナの身体にはおびただしい汗が噴き出しいるし、荒くなった息が棒状の口枷の隙間から吐き出すようになっている。

 なぜ、こんなことを……。

 こんな不条理な扱いを受けるなど、信じられないことだ。

 だが、リィナは気がつくといつの間にか、社会的地位も人格も、矜恃も誇りもすべてを捨てさせられて、惨めに裸で歩かされている。

 

「もっと、早く歩きなさい。気合いを入れてあげるわね。軽く股に電撃を流すから、ひっくり返るんじゃないわよ」

 

 視界の隙間に、ユイナがすっと操作盤に指を動かすのがうつった。

 

「ううっ、ううっ」

 リィナは必死に哀願するが、棒革のさるぐつわに阻まれて言葉にはならないし、大柄のルカリナが肩に乗っているので、首を横に振ることさえできない。

 

「うおおおっ」

 

 リィナは口を大きく開いて絶叫していた。

 ユイナの予告のとおりに、びりりとした電撃が股間を貫いた。

 だが、その激痛に身体を反応させる余裕は、いまのリィナにはない。大きく身体を崩してしまえば、その瞬間にルカリナを落としてしまうのは間違いないからだ。

 やがて、やっとのこと、壁まで辿り着く。

 すでに、疲労困憊だ。

 リィナは息を整えようと、束の間足をとめた。

 

「んぐうっ」

 

 その瞬間、思いきりルカリナに足乗せに力を入れられて、乳首が千切れるのかと思うような痛みが走る。

 両乳首を挟んで小さな金属板がぶら下げられていて、それに鎖で繋がっている足乗せにルカリナが足を乗せているのである。

 それを踏み引っ張られたのだ。

 

「ふふふ、とまったらだめです、閣下。すぐに回れ右」

 

 ルカリナが頭の上で言う。

 口調は優しいが内容は辛辣だ。

 

「そういうことよ、おばさん。これは、自尊心の高いあんたがただの雌犬になるための訓練だと思いなさい。いまのは大目に見るけど、今度勝手にとまったら、お尻に強烈な電撃をお見舞いするわよ。それこそ、うんちが垂れるくらいのね」

 

 ユイナが笑う。

 リィナは足を小刻みに動かして、なんとか身体の向きを反転させる。

 すぐによちよちと歩き出すが、反対側の壁までの距離の遠さに悄然となってしまう。

 しかし、逆らうことは許されない。

 リィナは、電撃の恐怖に追い立てられるように、これが最後だと思いながら、次の一歩を進ませ続ける。

 口枷の隙間から絶えず垂れ続ける涎が乳房を濡らし、さらにそこから床に向かって垂れ落ちる。

 呼吸も苦しい。

 太腿は引きつるような筋肉の痛みに耐えかねて、ぶるぶるとした痙攣が起きている。

 

 やっぱり無理だ……。

 こんなの絶対に……。

 そう思いながら、リィナはとにかく歩き続けた。

 

 


 

 

「へえ、思ったよりもやるわね、おばさん……。さすがね。回れ右よ」

 

 ユイナに背中からかけられた言葉で、いつのまにか反対側の壁に辿り着いていたことを知った。

 汗のために、目もかすんでよくわからなかったのだ。

 リィナは再び、身体を反転させていく。

 だが、身体を回すということは腰を捩るということであり、それがぎしぎしと腰骨と背骨を押し潰す。

 いまだに、ルカリナを落とさないでいられるのが信じられない。

 

「頑張るのよ、犬──。ルカリナ、顔をあげさせない」

 

 ユイナが声を掛けてくる。

 髪の毛がまたもや引っ張られて、視線をあげさせられた。

 視界に一往復してきた床がうつる。

 転々と涎が線になって残っていた。

 前盟主のクロイツ=マルエダから盟主の座を奪って、いまや辺境域六家を完全に牛耳る女伯爵の自分が自らの涎ひとつ処理できない事実は、リィナを汚辱感に追い込む。

 余りもの苦痛と疲労のために頭がぼんやりとしてきた。

 だが、犬だという言葉だけが頭の中で明晰に繰り返す。

 

 そうか、犬なのか……。

 

 リィナは進みながら思った。

 だが、それで屈辱から解放されるわけではない。

 犬としての恥ずかしさも、犬としての苦しさも、犬としての矜恃とともに、しっかりと身体の芯に刻まれているような気がした。

 

 


 

 

 幾度目かの、二往復目が終わる。

 あと、一往復……。

 絶対に終わらないと思っていた、三往復の終わりが見えてきた。

 それは絶望の中にやっと垣間見えた希望だった。

 そして、それはリィナから奪いさられようとしていた女執政官としての誇りと矜恃、なによりも、人としての自信を蘇らせる。

 すでに、歩き方はわかってきた。

 

 いける……。

 

 多分、大丈夫……。

 

「んおおっ、おおっ」

 

 ところが、最後の一往復のための身体を回転させようとしていた刹那を狙って、突然に股間とアナルのディルドが激しく動き出した。

 一気に腰の力が抜ける。

 腰が揺れて、ルカリナを支えられなくなった。

 リィナは途方に暮れてしまった。

 そのあいだも、股間を襲う快感の衝撃が脳天を貫いて揺さぶる。

 

「とまるんじゃないわよ──。電撃よ。それとも、最初からやり直しさせられたい?」

 

 ユイナが怒鳴る。

 

「んんっ、んんっ」

 

 リィナは全身を震わせながら、必死に身体を捻ろうとした。

 だが、股間に激しい刺激を受けながら、この疲労困憊の状態で身体を支えるのは無理だった。

 

「んんんっ」

 

 リィナは天を仰ぐような体勢で胸と腰を揺らして、がくがくと身体を痙攣させていた。

 凄まじい歓喜が身体を抉り、駆けあがり、脳天を突き抜けた。

 気がつくと、リィナは両膝を床につけ、ルカリナを落としてしまっていた。

 

「おごおおおおっ」

 

 次の瞬間、電撃がアナルに襲いかかった。

 絶頂したばかりの無防備な身体に、電撃の激痛が貫く。

 

「あがががががが──」

 

 しばらくのあいだ、リィナは電撃の苦しみにのたうち回っていた。

 そして、やっと電撃が終わる。

 すると、そばにいたルカリナが棒の口枷をリィナから外す。

 

「残念だったわね。やり直しよ。罰として、五往復にしてあげるわ。それとも、やめる? その代わり、ロウには会えないわよ。あいつには、あんたが完全な犬なったときに会わせてあげるわ」

 

 ユイナが意地の悪いことを言った。

 冗談じゃない。

 そんなの嫌だ──。

 

「いえ、やるわ──。もっとしつけて──。ちゃんと雌犬の調教をしてください──」

 

 リィナは叫んでいた。

 

 


 

 

「あっ、ああっ、あっ」

 

 体力も気力もすでに尽きていた。

 だが、いまだにリィナは歩き続けている。

 それはもはや、意地だった。

 絶対に成功してみせる。

 その意思の一点だけで頑張っていた。

 

「頑張って……。でも、遅くなっている。それじゃあ、雌犬は失格……」

 

「ひぎっ」

 

 肩に乗っているルカリナが容赦なく足を踏ん張って、乳首に激痛を加えた。

 

「そういうことね。性奴隷の雌犬だというなら、だんだんと歩くのが速くなるくらいでなきゃ。歩けと言われれば死んでも歩く。休むなと命令されれば、休まない。それが雌犬奴隷というものよ。あんたはだんだんと遅くなっているじゃないの」

 

 ユイナだ。

 そして、今度は股間側のディルドは激しく振動を再開した。

 

「あっ、おおあああっ」

 

 リィナは吠えるように、ルカリナを肩に乗せたまま全身を突っ張らせた。

 絶頂していた。

 だが、それでも肩の上のルカリナを振り落とさないだけの姿勢を保つことはできた。

 いまや、限界を越したリィナの身体は敏感になりすぎてて、ちょっとした刺激にも耐えられなくなっていた。

 またもや、リィナは立ったまま絶頂してしまった。

 

「休むなというのにねえ……。でも、ルカリナを落とさなかったのはよくやったわ。ご褒美に目標を減らしてあげる。目標は十往復よ。その代わり、最初から。はじめ──」

 

「ひごおっ」

 

 アナルに電撃──。

 倒れはしなかったが、容赦のない激痛にリィナは涙をぼろぼろとこぼしてしまった。

 だが、その苦悶の一方で、リィナは酔うような開放感と甘美感を味わっていた。絶頂したばかりの身体に新たな絶頂が襲いかかる。

 

「んごおおっ──」

 

 そして、昇天した。

 リィナはルカリナを乗せたまま、腰を震わせて身体を突っ張らせる。

 

「リィナ様、すごい……。立ったまま、絶頂……。すごい、雌犬に近づいている……」

 

 頭の上のリカリナがリィナの頭を撫でる。

 嬉しい……。

 もう頭は朦朧としてなにも考えられないのだが、褒められて嬉しいという感情だけが大きく沸き起こる。

 

「始めなさい──。十往復よ」

 

 ユイナが叫ぶ。

 リィナはよろよろと再び歩き始めた。

 

 もうどのくらいこの苦役を続けているのだろうか?

 すっかりと思考は麻痺して、わからなくなっている。

 とにかく、失敗するたびに、罰として目標の距離を伸ばされて、最初は三往復の目標がいまや、十往復が目標に変わっていた。

 そして、一度も成功していない。

 あと少しというところで、必ずディルドの振動で邪魔をされ、腰を抜かして膝を崩すか、立ち止まって、やり直しを命じられるということをひたすらに繰り返すだけだ。

 だが、もはややめるという感情はない。

 それは、雌犬としてのリィナの誇りであり、強い矜恃でもあった。

 

「速度をあげなさい。クリトリスを刺激しっぱなしてあげるわね。その代わりに、速度は倍──」

 

 ユイナだ。

 そのとおり、クリトリスに喰い込んでいるディルドの枝が前後左右に動き出す。

 大きな甘美感が貫く。

 なにがその代わりなのか、理解不能だ──。

 またもや、快感の矢が全身を貫く。

 

「んごおおっ」

 

 噛まされている棒状の口枷の下から吠えるような声をあげて絶頂する。

 

「言っているそばから止まるんじゃない──。やり直し──」

 

 どうやら、またとまってしまったらしい。

 すると、股間とアナルとクリトリスにも強い電撃が迸った。

 

「あがあああっ」

 

 リィナは悲鳴をあげた。

 

 


 

 

 股間がぶるぶると震える。

 最後の一往復は、前後二本のディルドを一度も止められることなく歩かされた。

 

 幾度も絶頂した。

 

 だけど、一度もとまらなかった。

 

 それは股間やアナルに電撃を浴びさせれても同じだ。

 

 漲る汗は、リィナの裸身をまるで飴細工にしたかのように光り濡らしている。

 

「ふふふ、よくやったわね、まさか成功するとは思わなかったわ。お疲れさん。十往復よ」

 

 ユイナの声がした。

 ついに、十往復やり遂げたのだ。

 ルカリナが待ちきれなかったように、リィナから跳び降りる。

 口枷も外してくれた。

 一方で、リィナは身体を支えることができずに、うつ伏せに倒すと、そのまま荒い息をしたまま身体を床に横たわらせた。

 

「頑張ったわね、執政官様。ご褒美だそうよ」

 

 ユイナがくすくすと笑ったのが聞こえた。

 すると、がちゃんと音がして、股間に嵌められていた革の下着が緩んだのがわかった。

 

「こういう仲間内の《プレイ》も俺たちの仲間になった証だ。どうなることかと思ったけど、リィナも満更でもなかったようだったから放っておいた。心配しなくても、後でしっかりと、このふたりを責めさせてやる。そのときに、しっかりと仕返してしてやれ」

 

 股間からディルドがずるずると引き抜かれる。

 抜かれるときに、かなりの愛液が一緒に放出されるのがわかった。

 それはともかく、驚いて身体を動かして顔をあげる。

 目の前にロウがいた。

 いつ来たのか、どうやって現れたのかわからない。

 だが、事実として、目の前にロウがいる。

 なにも考えられずに、リィナは残っていないはずの体力を使って身体をよじり起こし、後手に拘束されている身体をロウにぶつけるようにくっつける。

 

「ああっ、ロウ殿──。おおっ、ロウ殿──」

 

 なにも考えられない。

 ただただ、嬉しい──。

 会いたかった──。

 ロウが目の前に現れてくれた。

 もうそれで十分だ。

 なにもかも、それで報われた。

 リィナは感情を爆発させてしまって、とにかく号泣した。

 

「ちょっと待ってよ。いま、聞き捨てならないことを聞いたんだけど? 仕返し調教をさせるって言わなかった、ロウ?」

 

 そのとき、ユイナの呆れた声が聞こえた気がした。

 だが、すぐに忘れた。

 いまはロウだ。服を着ていない素裸だった。

 とにかく、ここにロウがいる。

 

「うわあああん」

 

 リィナは感極まってしまって、ひたすらに身体をロウに擦りつけ続けた。

 

「当然だろう。お前ら、雌犬プレイをやれとは言ったけど、かなりえげつなく責めていたじゃないか。可哀想に……」

 

 ロウが笑っている。

 

「だったら、とめればいいでしょう。そうしなかったのは、あんたがこのリィナ様が苦痛に悶えるのに興奮してたからでしょうに。この変態──」

 

「まあ、否定はしないよ。でも、仕返しは甘んじて受けろ。ルカリナもだ」

 

「ふふふ、もちろんです。リィナ様、よろしくお願いします」

 

 ルカリナは笑っているようだ。

 

「さて、じゃあ、雌犬になった執政官殿の淫乱度を点検してやろう」

 

 ロウがリィナを跪かせて、お尻側を自分に向けた。

 アナルの先端にロウの先をあてがったのがわかる。

 アナル──。

 はっとしたが、忌避感はない。

 ゆっくりと股間に入ってくる。

 

「あはああっ」

 

 あっという間だった。

 身体はどこもくたくたであり、腰も膝も太腿もなにもかも疲労困憊なのに、快感だけが凄まじい津波になって襲いかかってきた。

 いや、この極限状態だからこそ、快楽が平常の十倍、いや、二十倍にもなって増幅されたのだろう。

 

「いぐううっ、いぎまずうう──」

 

 次の瞬間、リィナは上体を突っ張らせて、脳天にまで響き渡る喜悦の衝撃に身を委ねていた。

 大きな快感がリィナの全身を貫いたのだ。

 

「そんなに敏感になってしまったら、身体がもつのかなあ。大事な話もあるんだけだけどねえ……。とりあえず、イムドリスのことだ。この辺境域にも、イムドリスの門を開設させた。これからは、毎晩会える。しっかりと、雌犬……、いや、雌馬調教をしてやるな。さっきのように……」

 

 ロウがリィナのアナルを犯しながら言った。

 話の意味はまったくわからない。

 とにかく、あまりにも敏感な極限状態のリィナの身体は、狂ったような連続絶頂をリィナから引き起こしていく。

 

 雌馬調教……。

 

 それがどういうものなのかは検討持つかない。

 だが、新たな情欲の深淵に引きずり込まれるのを予感した。

 とにかく、アナルを犯されながら、リィナは全身の肉の喜悦に身体も心も激しく踊らせた。

 究極の悦びから至上の悦び、さらなる歓喜がリィナの中で噴き出し、揺れ、弾み出していくのを感じた。

 

 

 

 

(第21話『クロノスの女たち』終わり、次回より最終話『クロノスの婚姻』)



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 最終話   クロノスの婚姻
1050 王太后と娘たち


 王宮内にあるアネルザの私室にイザベラとアンがやってきた。

 イザベラはともかく、アンはいまは、ロウたちの屋敷で暮らしているので、例の「ポット」とかいう移動術の設備で来たのだろう。

 それはともかく、いつもアンと一緒にいる侍女のノヴァが今夜に限っていないようだ。

 また、イザベラも護衛は廊下に置いてきた。シャーラがいれば、必ず部屋に入ってくるから、彼女もまた今夜は同行させていないのだろう。

 アネルザは侍女を置かないので、三人だけになる。

 

「お母様、ご挨拶に参りました」

 

 アンがにこにこと微笑みながら言った。

 ロウに身柄を引き取られて以来、アンはいつもこうやって幸せそうな顔をしている。

 本当に、あのときロウにアンたちを助けてもらってよかった。

 もしも、ロウがいなかったら、このアンはまだキシダインのところで監禁されて、不幸な毎日を送っていたのだろう。そして、アネルザはキシダインの準備したアンの偽者と会い、なにも知らずにいたに違いない。

 想像するとぞっとしてしまう。

 

「挨拶って? それに、いつもくっついているノヴァはどうしたんだい?」

 

 だが、今更、挨拶とはなんだろう?

 アネルザは首を傾げた、

 

「今夜はわたしたちだけで参りました。王太后と王女ではなく、母と娘としての訪問です」

 

「つまりは、婚姻前の花嫁の挨拶だ、王太后殿。いや、母上だな。シャーラは、ロウ殿の手伝いだ」

 

「手伝い?」

 

「ロウの準備した婚姻衣装をエリカたちに着せる手伝いだ。つくづく、ロウに任せないで済んでよかった。わたしたちは王家伝来の装束があるからな。だが、うっかりとロウに任せた連中はいま大変だ」

 

 イザベラが苦笑した。

 よくわからない。アネルザは首を捻るしかない。

 一方でイザベラとアンについては、アネルザがいたテーブルを囲む椅子に座った。

 そして、イザベラかテーブルに飲み物の入った瓶と三個のグラスを置いていく。

 魔道の収納袋に格納していたようだ。

 三人でテーブルを囲むかたちになる。

 

「明日は婚姻式ですから、一言ご挨拶をと思いました。お忙しいのはわかっているのですが……」

 

 アンが瓶をとり、アネルザの前に置いたグラスに瓶から葡萄酒のようなものを注いでいく。

 アネルザは苦笑した。

 

「忙しいのは事実だね。まあ、大丈夫だよ。だけど、悪いけど酒はやめておくよ。これでも一応妊婦でね」

 

 アネルザの腹にはロウとのあいだにできた子がいる。

 まさか、この歳で新しい子を宿すとは夢にも思わなかったが事実だ。アネルザは苦笑を浮かべつつ、まだ全く膨らんではいない自分のお腹に触れた。

 

「それはわたしも同じだし、アン姉さまもだ。葡萄酒ではなく、それに似せた果実酒だ。形だけのものだ」

 

 イザベラが笑った。

 アネルザは、注がれたグラスを手に取って鼻に寄せてみた。

 だが、葡萄酒のような香りはある。

 本当に酒ではないのか?

 まあいいか。

 

「それにしても、さっきの話はどういうことなんだい? 婚姻衣装の準備が大変というのは? いや、大変なのはわかるけど、普通の衣装合わせじゃないのかい?」

 

 アネルザはさっき気になったことを訊ねた。

 明日は、いよいよ、イザベラの戴冠式、さらに、そのイザベラと目の前のアンに加えて、エルフ女王国のガドニエル、そして、エリカ、コゼ、シャングリア、ミランダ、マーズ、イットとロウとの婚姻式である。

 ロウが王都に戻って一か月半ほどの時間で突貫で準備したものであり、本来であれば王家の婚姻をこれほどの短時間の準備で行うのはあり得ないのだが、ハロンドール王国の混乱が収まったことを内外に示すのはいい機会だし、無理を押して明日に行うことになった。

 幸いにも、超一流の魔道使いが幾人もいるし、後継となったマア商会が潤沢な資金を湯水のように提供してくれた。

 おかげで、なんとかかたちにはなったが、それでも王家の婚姻にしてはかなり質素かもしれない。

 ただ、ハロンドール王国とナタル森林のエルフ王家が結びついたことを示すには、外交的にもこれ以上はない式典なので、強行することにしたのである。

 

 それはともかく、その一連の準備の中で一番難航したことのひとつが、花嫁たちの衣装の準備である。

 イザベラ、アン、ガドニエルについては王家伝来のもので対応することになり、また、その必要があったのだが、問題はその他の女たちだ。

 婚姻衣装というのはそう簡単に短期間で準備できるものではないし、そもそも、一か月やそこらで準備できるのは、せいぜい既製品を加工するくらいのものでしかない。

 エリカたちは、それで不満はないみたいだったが、それでは王族組とそれ以外の者たちのあいだで格式に差ができてしまう。

 正妻の座をエリカにしたのもそうだが、ロウとしては、王族であろうが、元奴隷であろうが、自分の女のあいだに上下をつけたくないだろう。女を全員平等に扱うことは、ロウの強い要望でもあった。

 王家の装束に匹敵する衣装を作れる技術を持った縫い子を集めるのも容易ではなく、アネルザが途方に暮れていると、その解決策を提示したのもまたロウだった。

 

 それによれば、ロウには「創始の術」という力があり、あの仮想空間とやらで産み出したものを収納魔道で出せるのだと……

 この国よりももっと文化の発展した世界の知識があり、装束を扱う職の経験もあるので、エリカたちの衣装も作り出せる。

 問題ないと……。

 

「衣装合わせというよりは、つまり、ご主人様が作り出せるものは、淫具か、それに類するものでしかできないそうなのです。ですから、その衣装を着るためには、特別な準備をするそうなのです」

 

 アンがくすくすと笑った。

 

「特別な準備?」

 

「まあ、あれだな。わたしも少し覗いたが、あれはつらい。それこそ、息をかけられても吹き飛ぶほどに、淫情を溜めさせるのだと言っていたからな」

 

 イザベラが複雑そうな表情で嘆息をした。

 よくわからないが、あの男のことだから、碌でもないことに違いない。

 アネルザは、それ以上の好奇心を抱かないことに決めた。

 首を突っ込めば、それこそ、アネルザも巻き込まれる。

 

「まあいいさ。それはともかく、律儀なことだね。婚姻式は明日だから、お前たちも忙しいだろうに。それに、イザベラまで、わたしを母と呼んでくれるのは嬉しいねえ。ありがたいことさ」

 

 イザベラとアンのグラスに葡萄の果実酒が注がれるのを待ち、アネルザはグラスを目の高さにあげる。

 ふたりはそれに合わせた。

 口をつけた果実酒は、確かに酒ではないようだが、ほとんど遜色のない味もして、香りもだ。だが、本当に酒ではない。

 

「しばらくは酒も自重しないとならないから、こういうものがあれば助かるというものさ。これをどこで手に入れたんだい?」

 

「おマア様ですわ。お酒の飲めない方のために開発した飲み物だそうです。“無酒精”という名で売り出すそうですわ」

 

「酒のような酒もどきということかい。あいつも、まだまだ稼ぐつもりのようだね。だが、わたしのような酒好きの妊婦にはありがたい。まとまった数を王室に献上させないとだね」

 

 アネルザは笑った。

 

「献上ではなく代価は払った方がいいだろう。おマア殿は王宮といえども、無償では渡さないと思うぞ」

 

「いや、ロウが気に入ったと言うさ。わたしじゃなく、独裁官が好きだと伝えるよ」

 

「ならば、工場ごと献上しそうだな」

 

 イザベラが声をあげて笑った。

 

「それにしても、考えてみれば不思議なものさ。わたしとお前は、殺し合ったこともある。それがいまは、こうして母と娘として言葉を交わし、さらに、同じ男の子を孕むとはねえ」

 

「殺し合った覚えはない。わたしは王太后を殺すつもりなどなかった。ただ、逃げてただけだ」

 

 イザベラだ。

 別に不機嫌な様子はない。ただ単純に昔のことを思い出して喋っているという感じだ。

 

「そうだっだね。だが、謝らないよ。お前はわたしの政敵だった。政敵は容赦なく潰すのが当たり前だ。そういう意味では、わたしは手を抜いたつもりはない。後悔はしているけど、それはわたしの人を見る目がなかったことに対してだよ」

 

「お母様」

 

 アンが微笑みを浮かべたまま、たしなめるように口を挟む。

 

「いや、いいのだ、アン姉さん。多分、母上は言いたいことがあるのだろう」

 

 イザベラが微笑んだ。

 アネルザは、目の前の葡萄酒もどきで口を湿らせる。

 

「まあね……。政敵といえば、また貴族どもの一部に手こずっているようだね。政策の協力を拒んでいるんだろう?」

 

 いま、実質的にハロンドール王宮の政務を支えているのは、アネルザに加えて、イザベラの女官団の女たち、そして、最近では、ロウの精を受けることで政務能力を格段に備えるように変わった新教団の女たちだ。

 男の官僚もいるが、業務能力や発想力に隔たりがあり、従来の官僚や役人たちが新参の女たちに押されているというのが実態だ。

 

 ただ、アネルザも表向きには、引退をした立場であり、直接に貴族たちとやり取りをするわけにはいかない。

 いま、ハロンドール王国内で急速に進めようとしているのは、学校の整備、診療所の整備、さらに魔道使いの能力を持ったものを発掘して、それを育成する仕組みの確立だ。

 それはこれまで、すべてローム教会が担っていた役割であり、王都を始め都市部以上に、地方においては教会が民衆の生活に密着している。単に宗教の問題では片付かない民衆の生活そのものに、深く教会が民衆社会に浸透しているのである。

 

 ところが、独裁官となったロウは、そのローム教団と袂を分かつように治政の舵取りをしている。

 元々問題のあった教会を容赦なく潰し、教団が専管していた暦法を改め、さらに、成り行きとはいえ、ローム教団に変わるラスカリーナたちの新教団の存在を許した。

 そのひとつをとっても、ローム教団には我慢ならないことであり、ローム地方のタリオに総本山の大神殿と持つ教団は、これまで数回使者を送ってきた。

 その都度、追い返しているが昨日は、ロウが独裁官として対応し、けんもほろろにあしらったようだ。

 冒険者あがりの成り上がり者だと、やってきた枢機卿が尊大な態度だったせいもある。

 アネルザは報告を受けただけだが、おそらく、近いうちにロウに対する教団の破門宣言も出るかもしれない。破門宣言を受けようが、ロウの地位に変わりはないが、それが貴族たちがイザベラの治政に抵抗する大義名分になりつつあるのである。

 

 アネルザとしては、ロウがローム教団の影響をハロンドール王国から排除すると決めたのであれば、それが実現するように動くだけなのだが、そのためには、これまで社会の中で教団が担っていた役割を早急に作り出す必要がある。

 それが魔道使いの養成を絡めた教育制度の改革であり、地方医療態勢の充実なのだ。

 ところが、王家の直轄地とは異なり、貴族領においては勝手にはならない。彼らとしては、いくら王家の助成を受けられても、それまで教団が担っていた役割を自分たちが行うように変えるのは面倒でしかなく、そもそも、これまでうまくいっていたものを変える必要性を感じていないのである。

 だから、急に教団との関係を悪化させ始めた独裁官のロウや新女王のイザベラに反撥している勢力も少なくなく、彼らの非協力的な態度で、諸処の制度改革も滞りが見られるというのが現状なのだ。

 

「貴族派のことを言っておるのか、母上? まあ、踏ん張りどころとは思っている。じっくりと腰を据えて話をしていくつもりだ」

 

 イザベラが飲み物に手を伸ばして口につける。

 貴族派というのは、新しい王家が教団と仲違いをしていることを理由として、王家の政策を受けいることを拒んでいる領地貴族のことだ。

 その中心だった元宰相のフォックス家を潰したために、求心力は失っているが彼らが少なくない数であることは事実である。

 

「フォックスを一族ごと潰して大人しくなったけど、最後にはそれでいくしかない。逆らい続けるようであれば、連中が再びまとまる前に、領主貴族のふたつか三つの首を刎ねな」

 

「処断の姿勢を見せつけることで押さえ込むということか? まあ、処断はいつでもできるが、わたしは穏便なやり方を模索したい」

 

「穏便な政事などないよ。血を吸うのが政事というものよ、イザベラ」

 

 アネルザはきっぱりと言った。

 

「もう身内で殺し合いはしたくない。領主貴族を処断をしてもいいことなどない」

 

「そういう綺麗事はお前の弱点だね。まあ、ロウなら必要であれば、手段は選ばないだろうから、あいつがお前についている限り、これ以上は言わないけど、これだけは覚えておいておくれ。王が優しいと悪いことが起きる。だから、優しくてはならないんだ」

 

「優しくして、悪いこととはなんなのだ、母上?」

 

 イザベラが顔をしかめた。

 

「寝首をかかれる。お前だけじゃかく、そのお腹の子にだって手が伸びる。皇帝を僭称したアーサーもいる。調略で内側から崩していくのが、あいつの常套手段だ」

 

「うっ、寝首か……。わたしが甘いと、この子も攻撃されるということか……。そういうものか……」

 

 イザベラが考え込む表情になった。

 寝首などと言ったのは初めてだが、アネルザはそういうものだと思っている。

 穏便な話し合いなど絵空事だ。最後には力がものを言う。

 王家に逆らえば、一族郎党皆殺しになる──。

 その態度を示すことで初めて、領主貴族は王家に忠誠を尽くす振りをするのだ。

 

「難しい話はそれくらいでいいのではなくて? 今夜は王太后と女王ではなく、母と娘として会っているのですから。イザベラもお母様も、いまはお腹の子を無事に産むことを第一に考えましょう。もちろん、わたしもです」

 

 アンがにこにこと微笑みを浮かべたまま口を挟んできた。

 アネルザも、ちょっとばかり熱くなっていたのを自覚して、自嘲気味に笑ってしまった。

 

「そうだね。悪かったよ、イザベラ。その通りさ。いまは子を無事に産むことが一番大切だったよ。それにしても、お前たちだけじゃなくて、わたしまで孕むとはねえ。想像もしなかったよ」

 

「ロウ様のおかげです。こんなに幸せな気持ちになれるのですから」

 

 アンだ。

 その顔を見れば、心の底から幸せなのだと感じているのがわかる。この表情ひとつだけでも、ロウがアンを引き受けてくれてありがたいと思う。

 

「まあ、だけど、この子については心配さ……。もちろん、できるだけ、イザベラの邪魔にならないようにするつもりではあるけど……」

 

 アネルザはそっとお腹に手をやって息を吐いた。

 イザベラが首を傾げた。

 

「なにを心配しているのだ、母上?」

 

 イザベラがアネルザに視線を向ける。

 

「魔道で見てもらった。このお腹の子はおそらく男の子らしい。ロウの子であり、実際には、イザベラやアンの子の異母兄弟なんだけど、対外的には叔父と姪になるからね。王族の血を引いた同世代……。こいつは男で、イザベラの子は女……。考えたくないけど、次の王の座を争う立場にもなりかねない。歳が近すぎる。それを考えるとねえ……」

 

 まだお腹で育ちきっていないので、鑑定魔道も絶対ではないが、かなりの確率でアネルザの子は男だと言われている。

 そして、逆に、イザベラの子は娘だ。

 アンも娘のようだが、アンの子はともかく、イザベラの子とアネルザの子については、育て方を間違えれば、次代の王の地位を争う火種になりかねないと思う。

 それこそ、キシダインとイザベラが争ったように……。

 身内で憎しみ合うようなそんな関係にだけは、この子たちをしたくない。

 

「ふふふ、問題ありませんよ、母上。ロウ様がおられるのです。なにからなにまで、ロウ様にお願いすればいいのです。そして、わたしたちはロウ様をお助けするのです。それで十分なのです」

 

 アンが笑った。

 心の底からそれが十分な答えだと信じ切っている表情だ。

 アネルザは肩を竦めた。

 

「確かにね……。わたしたちにはロウがいるか……。いずれにしても、この子たちのことは、確かに生まれてからのことだ。お互いに頑張ろう。わたしにできることがあれば、いつでも、なんでも言っておくれ。きっと力になるから」

 

 アネルザはイザベラとアンに向かって言った。

 

「母上もな」

 

 イザベラが笑い、アンもその横で大きく頷いた。



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1051 花嫁たちの前夜祭

「んんっ、あっ、うんんっ」

 

 穴あきのボールギャグから唾液の塊を噴き出しながら、エリカが台上に仰向けに拘束されている裸身を激しくうねらせる。

 しかも、ただの仰向けではない。

 エリカは手術台のような大きな台に両腕を頭上にあげるようにして仰向けにされていて、上半身については胸の上下を腹部にしっかりと革ベルトが台にエリカの上半身を密着させている。だが、台は腰の下までであり、腰から下には台はなく、その代わり左右の足首に革枷をつけて、開脚で天井から吊っているのである。

 局部も尻穴も曝け出している圧巻の光景がそこにあった。

 そんな恥ずかしい格好をエリカをはじめ、女たちに強要しているというわけだ。

 

 婚姻式を明日に控えた前夜だ。

 場所は、屋敷妖精のシルキーの管理する一郎のいつもの屋敷であり、そこに王族の三人を除く、明日の婚姻式の花嫁たち六人を集めさせていた。

 すなわち、エリカと同じような恰好になっている女がほかに、コゼ、シャングリア、ミランダ、イット、マーズの六人である。ほかにも、二十五人の新教団の令嬢たちがいて、一郎の屋敷の大広間は、女の匂いでむんむんとしている。

 

「ほら、こっちはどうだ?」

 

「んぐうっ」

 

 一郎はそのエリカの足側にいたが、太腿の付け根をしばらく刺激してやっただけで、エリカは身体のぶるぶると痙攣させて、股間からまとまった愛汁を噴き出した。

 もう夕方前から始まり、そろそろ夜半近くになったいままでの半日以上も続けている連続責めだ。

 こうやって、六人が容赦のない連続刺激を与え続けられているわけであるが、絶頂だけはしてない。

 彼女たちの身体には絶頂防止の淫紋を刻んでいて、どんなに快感がせりあがっても、絶頂寸前で快感が寸止めとなり、それがしばらく維持するようになっている。

 そんな仕掛けをさせられて、本来であれば、何十回も連続絶頂するほどの快楽を与え続けられている女たちは半狂乱だ。

 さすがに哀願や怒りの声を叫びだしたので、全員に穴あきのボールギャグを装着させている。うるさいことには変わりないが、少なくとも意味のある言葉は叫べなくなった。

 まあ、そういう感じだ。

 

 そもそも、なんでこんなことをしているのかと言うと、それほどの理由があるわけではない。

 紆余曲折あり、王族のイザベラ、アン、ガドニエルはともかく、ほかの女たちに王族も含めた合同の婚姻式に相応しい花嫁衣裳を揃えるのは、尋常な手段では無理であり、それで一郎が「創始の術」という無から有を生み出す能力で作ることにしたというわけだ。

 ところが、便利な能力なのだが、一郎の術はすべて淫靡なものでなければならないという制約がある。つまり、創始の術で作れる衣装も淫具として作る必要があるのだ。

 そうでなければ、想像を現実化できなかった。

 衣装そのものは、一郎が前の世界で結婚式場の派遣社員をしたことがあるし、衣装屋の経験もある。頭の中にはこの世界よりも清廉されたデザインの花嫁衣裳の記憶もある。

 しかし、普通に衣装を出そうと思っても、創始の術が発揮しなかったのだ。

 

 だから、今度は裏地を柔らかい羽根が全身をくすぐるように細工をしたものにすると想像し、それを沸騰するくらいに寸止めで追い詰めた女たちの裸身に直接着させるとして想像してみた。

 すると、見事に現出できたのだ。

 一郎の淫魔師としての能力が、それを衣装ではなく、淫具として認めたということである。

 

 裏地が鳥の羽根でも外観に問題はない。

 明日の着つけを任せる侍女たちに見せたが、イザベラたちの衣装に勝るとも劣らないものと感嘆をしていた。

 だが、そういうものである以上、それを身に着ける女たちには、実際に沸騰するくらいの快感を身体に集めてもらう必要がある。

 それで、六人を呼び出し、令嬢たちの手伝いも受けて、寸止め責めを継続しているというわけである。

 なにしろ、創始の術というのは厄介なものであり、淫具限定で作ったものをそれ以外の用途で使用すると、消えてしまう可能性があるのである。

 それはそれで面白いかもしれないが、そうならないために、こうやって女たちに寸止め責めを受けてもらっているということである。

 

「んぐううううっ」

 

 目の前のエリカが涙をぼろぼろと流しながら、一郎に慈悲を縋るかのように首を横に振って視線を向けた。

 だが、まだまだだ。

 一郎はすっとエリカの上半身側に移動して、亜空間から取り出した二本の筆を左右に持つ。

 とりあえず、右の乳首を軽く筆先で擦る。

 

「ううっ、うふうっ」

 

 エリカが反射的に筆を避けようと、拘束されている身体を可能な限り左に振る。

 だが、そこには一郎が手にしているもう一本の筆が待ち構えている。

 その筆が左側からエリカの乳首に襲い掛かる。

 エリカの弱点は、一郎がエリカだけに装着させている乳首ピアスだ。それを刺激すれば、一気に快感が爆発するように仕掛けている。

 それを強く筆で弾いてやる。

 

「んぐううっ」

 

 エリカが大きく眼を見開いて、今度は右に身体を振る。

 だが、そこにも筆が待ち構えている。

 左右から筆が襲い掛かる。

 

「んんんんっ」

 

 右にも左にも逃げられないエリカは。涙を流しながら、胸を天井にあげるように上体を反らした。

 

「ははは、いやらしいぞ。じゃあ、ご褒美だ。犯してやろう。もっとも、絶頂できない身体で犯されても苦しいだけだろうけどね。まあ、明日までの辛抱だ。我慢してくれ。こうすることが俺の準備する衣装を身に着けるために必要なんだ」

 

 両脚を天井に吊りあげているエリカを犯すのは簡単だ。

 どろどろに濡れているエリカの腰を軽く持ちあげ、股間に怒張を貫かせる。

 

「んっ、んんんっ」

 

 挿入しただけでエリカは絶頂するだけの快感を拾ってしまったようだ。エリカが激しく反応して絶頂の姿を晒す。

 だが、いけないのだ。

 快感の姿が苦悶の表情に変化する。

 

 そのエリカにしばらく律動を続け、おもむろに精を放った。

 おそらく、本来であれば、いまの短い律動だけでも三、四回は絶頂したと思うが、そのすべてで寸止め状態になっているエリカは、精を放たれても苦しそうに痙攣を続けていた。

 そのエリカから離れて、一郎は部屋の中に待機している新教団の令嬢たちに声をかけてから、今度はコゼのいる台に向かうことにした。

 

「エリカについては、また一組が対応してくれ。徹底的に筆責めを続けろ……」

 

 令嬢たちに声をかけると、六組に分かれている下着姿の令嬢たちのうちの一組の三人がくすくすと笑いながら、エリカに群がり直す。

 一郎の手伝いをするこれらの令嬢たちが、今日から明日の婚姻式のための花嫁たちの「前夜祭」のためにフラントワーズから借り受けている二十五人だ。

 エリカの横にやってきた一組目の組長は、筆頭性奴隷ことアドリーヌであり、エミールとカミールの姉妹が組員だ。性技はすでに熟練の域に達していて、この三人揃っての筆責めには、さすがのうちの女傑たちもかなり苦しんでいる。

 

「んんんっ」

 

 エリカが必死の様子で、ボールギャグを嵌められた口で拒絶の声をあげた。

 そのエリカにアドリーヌたちが笑いながら、筆で襲い掛かっている。

 

「アドリーヌお姉さま、わたしはエリカ様の脇の下にいきます。あと首と耳を……」

 

「じゃあ、わたしはお尻の穴にするわ。それでいい、アドリーヌ?」

 

「わかりました。では、わたしはあちこちを遊撃的に責めます。ちょっとでも反応があれば、しつこくいきますので、場合によってはそこの責めに代わってくださいね」

 

 アドリーヌが清楚な性情の外見には相応しくない淫靡な笑みを浮かべて、ふたりに指示をしている。

 その三人の筆が一斉に襲い掛かり、エリカは激しくのたうち、そして、大きな悲鳴を迸らせた。

 

「さて、次はコゼだぞ。どうだ、調子は?」

 

 コゼには六組のうち、四組があたっていた。四組の三人には、一郎が仮想空間で作り、「創始の術」の能力で現実世界に現出させた「電気あんま」を持たせている。まあ、動力は魔石なので、「魔石あんま」というのが正しいのかもしれないが、それで全身の好きな場所に当てるということをしている。

 一郎がひと回りをするあいだは、特に指示がなければ、同じ責めを令嬢組から受け続けるので、もしかしたら、かれこれ一ノス以上もコゼは、電気あんまを当て続けられているかもしれない。

 一郎がやってきたときには、三個とも股間とアナルに当たっていたが、コゼは拘束している革ベルトを引き千切らんばかりに、暴れ続けていた。

 

「どうだ?」

 

 一郎はコゼの前に来て、令嬢たちに声をかけた。

 コゼについては、一郎がそばに来てもわからないくらいに狂乱していて、吠えるような絶頂をボールギャグ越しにあげ続けている。

 この様子では、声をかけても一郎のことを認識できないかもしれないので、それで、令嬢に声をかけたのだ。

 

「ふふふ、天道様が前回お越しになってから、二度失禁なさいましたわ。とても可愛らしいです」

 

 四組長はエリザベスである。

 彼女の操る電気あんまは、コゼのお尻に強く当たって動かない。ほかの二個はクリトリス付近を両側から押すように接している。

 これはつらいだろう。

 

「んごおおおっ」

 

 すると、次の瞬間、コゼの股間から失禁が迸り、電気あんまの表面に阻まれて、そこら中にコゼのおしっこが飛び散った。

 一郎は声をあげて笑った。

 

「こっちも失禁だ。こんにゃく組の六組、コゼを掃除だ」

 

 一郎は六組に声をかけた。

 六組はイットに当たっていたが、一郎の指示を受けてそこからこっちにやってくる。

 こんにゃく組にした六組に渡しているこんにゃくは、ただのこんにゃくではない。そもそも、この世界にこんにゃくに類する食べ物はないのだが、これもまた創始の術で現出させたものであり、人肌よりもやや温かく調整したものに、媚薬を限界まで染み込ませて、その媚薬汁を染み出させるように細工をしたものである。

 それで肌を擦られると、気持ちよすぎるらしく、しばらく続けられると、必ずどの女たちも絶頂できない寸止め連続絶頂で、泡を吹いてしまう。

 もしかしたら、六組中、最高の責めがこのこんにゃく洗いかもしれない。

 

「お前たちは、イットに向かえ。イットは尻尾の付け根が弱点だ。しっかりと刺激してやるんだぞ」

 

 コゼから電気あんまを離した四組の令嬢に言った。

 三人が同時にくすくすと笑う。

 

「さっきやりましたから承知しております」

 

「エリザベス様、今度はわたしに、イット様のお尻尾側をやらせてください。尻尾を刺激されて泣くイット様って、とっても可愛いんですもの」

 

「いっそのこと、全員で尻尾を責めましょうか? それも面白いかも」

 

「ふふふ、決まりですね」

 

 三人が愉しそうに笑い合いながら、イットの台に向かっていく。

 一方でイットについては、ほかの女たちよりも、更に両脚を天井に高く吊り上げさせており、腰が完全に浮いた状態でお尻側から尻尾を前側に持ってきて、両脚をとともに三本の鎖で持ちあげている状態だ。

 さっそくエリザベスたちが、三個の電気あんまを尻尾とお尻に当てた。

 

「んんんんっ」

 

 イットもまた、両脚と尻尾を引き千切らんばかりに暴れさせるのが見えた。

 一郎は、こんにゃく洗いで再び暴れ出したコゼから、今度はマーズの台に向かうことにした。

 

「んああああっ、ああああっ」

 

 マーズに当たっている三組はいぼ付きの手袋をしての愛撫責めだ。しかも、手袋はゴム手袋のような触感であり、さらにいぼがすべて微弱の振動をしているというものだ。

 それで全身を刺激され、さすがのマーズも狂乱状態だ。

 一郎はマーズについている令嬢たちに、三人でその手袋で胸責めをするように指示し、空いた下半身にまわって股間に怒張を貫かせた。

 

「おおおおっ」

 

 マーズが絶叫する。

 無意識だと思うが自ら腰を振り出したマーズの尻を一郎は、横からぴしゃりと叩く。

 

「マーズ、これも調練だ。もっと締めつけろ。そして、必死で我慢しろ。身体の気を練って快感を押し戻せ──。それが気を鍛えることになる──」

 

 律動を始める。

 もちろん、でたらめだが、一郎の言葉は耳に入ったらしく、マーズの中で気が制御され出したのを感じた。

 快感を殺そうとしているのだろう。

 それを邪魔するように、膣の中の赤いもやの濃い場所をこれでもかと怒張の先で押し揉んでやる。

 

「ほごおおっ」

 

 マーズは嬌声をあげながら、懸命に歯を喰いしばった感じになった。

 耐えようとしているのだろう。

 可愛いものだ。

 一郎は、マーズの気による抵抗を愉しみながら、抽送を継続した。

 そして、ほかの女たちを見る。

 

 シャングリアは二組の責めを受けている。

 ほかの組は三人ずつだが、二組だけは大所帯であり、十人だ。

 その十人が舌でシャングリアの身体を一斉に舐めまわしている。下着姿の十人の令嬢たちが、女騎士のシャングリアの全身を舐めまわす光景は、それはそれで、かなり淫靡だ。

 令嬢たちは、きゃあきゃあと笑い合い、シャングリアは狂態を示している。

 

 また、ミランダには各種淫具を持たせた五組が当たっていて、いわゆるローターとバイブ責めを受けているようだ。

 一郎は、五組に声をかける。

 

「ミランダのクリトリスに糸を結んでやれ。それにローターを振動させたままぶら下げるんだ。それとミランダには痒み液を塗り足せ。次はそっちに行く」

 

 指示だけして、目の前のマーズに意識を戻す。

 そのマーズが震え出す。

 絶頂の兆しを示しだす。

 

「んぐうううっ」

 

 そして、絶頂──。

 だが、寸止めの淫紋がそれを阻止する。

 マーズが苦しそうに顔を歪めた。

 

「あと三回いくか……。いや、いけないんだったな」

 

 一郎はそううそぶくと、さらにマーズを追い詰めるために、律動をもっと激しいものに変化をさせた。



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1052 朝の挨拶──婚姻式の朝

 翌朝に目覚めた一郎は、夜明け近くまで続けた嗜虐を思い出して、思わずほくそ笑んでしまった。

 なにしろ、エリカたち六人を夕方前から開始し、徹底的に夜通しなぶり抜き、焦らし責めの凌辱を続けたあげく、一度も昇天させないまま夜を開けさせたのである。

 身体が敏感になりすぎて、それこそ、指一本であっという間に絶頂に達するかもしれないほどに追い詰めてやった。

 あの女傑たちが我を忘れたようになって、髪を振り乱して狂乱する姿はものすごく色っぽかった。

 しかも、ついに絶頂させることなく、溜まりに溜まった淫情をそのままにして放置だ。

 気絶もできない程に巨大な疼きで狂わせたまま、いまは強制的に眠らせ身体の回復をさせているところである。

 

 本来であれば、眠れるはずもないほどに身体が疼いているはずなのだが、さすがにそのまま一連の行事に参加させられないので、淫魔術を使って疲労と気力は完璧に整えてやった。

 肌の色艶だって、徹夜で責められたとは思えない程に美しくした。

 しかし、沸騰した淫情だけはどうしようもない。いまだに、絶頂禁止の淫紋は刻んだままなので、まあ、愉しい婚姻式になるのだろうと予感している。

 そんな経緯もあり、一郎は久しぶりに添い寝の女のいない朝を迎えることになったというわけだ。

 いや、もしかしたら、この世界に転移させられて、ひとり寝は初めてかもしれない。

 一郎の記憶にはない。

 

「おはようございます、旦那様」

 

 すぐに、屋敷妖精のシルキーが姿を現した。

 シルキーのもとで召使い修行中のリリスも一緒だ。

 ついこのあいだまでは、屋敷妖精のシルキーが十歳ほどの童女姿であり、いまはリリスになった妖魔将軍のサキが妖艶な大人の姿だったのに、すっかりと外観が逆転している。リリスは人間族であれば、七歳から八歳程度の童女姿である。まあもっとも、シルキーは大人の女というよりは、十代半ばの少女という感じだが……。

 

「おはよう、シルキー。リリスもな」

 

「ああ」

 

 リリスが不機嫌そうに応じる。

 ふと見ると、リリスの短いメイド服のスカートの裾からリリスの愛液だと思う汁がつっと流れて膝まで伝って落ちている。

 驚いたが、朝っぱらからではあるが、リリスもこのシルキーからなにかをされたのだろう。メイド修行を命じているが、シルキーもわかっていて、一郎を悦ばせるために、事あれば、そのリリスを性的ないたぶりをして追い詰めている。

 一郎を満足させるためだ。

 どんなことであろうと、主人と認めた相手の満足度を最大限に引きあげるために屋敷で動くのが屋敷妖精の習性だ。

 淫乱で嗜虐好きの一郎を愉しませるために、あてがわれたリリスを一郎の前で意地悪をするのもまた、屋敷妖精のシルキーの本能というわけだ。

 まあ、なにをされたのかわからないが、一郎の眼を愉しませるために、ああやって直後に影響が残るほどの「お仕置き」をシルキーはリリスに施したに違いない。

 一郎は、シルキーの心遣いにほくそ笑んでしまった。

 

「朝からリリスの鍛錬か?」

 

「家事をさせました。クリトリスを刺激されると動けないなど、一層の修行をしなければなりませんね。リリスを一人前にするにはまだまだかかりそうです」

 

「そうか。だが、明日からは昼間は王宮に連れて行く。俺の身の回りの世話をさせるからな。その代わり、朝と夜はこれまで通りにしごいてくれ」

 

「かしこまっております」

 

 シルキーが頭をさげる。

 

「な、なにを勝手に決めておるか──。わ、わしの召使い修行は終わりだ。もういい加減に開放せよ。いつまでこんなこと続けさせるつもりなのだ──」

 

 後ろにいるリリスは真っ赤な顔で怒鳴る。

 一郎はぱちんと指を鳴らして、リリスの膀胱を一瞬にして水分でいっぱいにしてやる。別段、指を鳴らさずとも、淫魔術で支配している女の身体はいくらでも操れるのだが、指を鳴らすのは、まあ様式美だ。

 突然に耐えられない程の尿意を与えられたリリスが眼を大きく開けて、両手を股間に当てて身体のくの字に折り曲げた。

 そのリリスのお尻に、シルキーが手に持つ乗馬鞭が炸裂した。

 鞭を亜空間から取り出したシルキーがリリスのお尻をスカートの上から思い切り打ち据えたのである。

 

「しっかりと立つのです、リリス。どんなことがあっても、理由なく姿勢を崩してはなりません。それが召使い道です」

 

「な、なにが……。な、ならば、お前がやってみい……。く、くそう……。しゅ、主殿(しゅどの)……厠に行く許可を……」

 

 怒りで顔を真っ赤にしながらも、リリスは身体を真っ直ぐにした。

 だが、当然だが許可などするつもりはない。

 素知らぬ顔をして、シルキーを見る。

 

「シルキー、リリスの休憩時間は次はいつだ?」

 

「旦那様が王宮に出立すれば、そこから三ノスほどは休憩をさせる予定です」

 

「聞いた通りだ。厠はそのときだな。我慢しろ」

 

 一郎はにんまりと微笑んだ。

 我ながら、つくづく鬼畜な性格に変わったものだと思う。

 以前はもう少しは、遠慮深かかったと思うが、最近では自分の性癖の嗜虐癖に拍車がかかり、女たちの苦悶する表情が見たくて仕方がなくなってきている気がする。

 これもまた、一郎の淫魔師レベルが限界突破をして、いまだにあがり続けている影響だろうか?

 ますます本能に従順になっているような感じだ。

 

「う、うう……。が、我慢すればいいのであろう。わ、わかった──」

 

 リリスは吐き捨てるように言った。

 まあ、今日は本当に忙しい。

 一ノス程度で出立するつもりだ。

 リリスも、それくらいなら我慢できると思ったのだろう。

 一郎は笑った。

 

「ところで、旦那様、食事の用意はできております。ここにお持ちしますか? それとも、食堂でなさいますか?」

 

 シルキーが訊ねた。

 いつもだったら、周りに女たちがいて、シルキーがいなくてもあれこれ世話をするので、実際、シルキーに起こされることも、起床の挨拶を受けることもない。

 ある意味新鮮だ。

 

「すぐに王宮に向かうので、ここに頼む。女たちはどうしている?」

 

 一郎は訊ねた。

 夜通し焦らし責めで責め抜いた三人娘に加えて、イット、マーズ、ミランダが強制睡眠で休んでいることは知っているが、この屋敷には、ほかにもスクルド、ミウ、ユイナ、アン、ノヴァ、イライジャ、さらにカロリックから亡命中のロクサーヌとルカリナも一緒に暮らしている。

 おしっこ騎士のベアトリーチェなんかもいる。

 また、もうひとりの屋敷妖精のブラニーが管理している王都の小屋敷も、壁にとりつけた移動術のポッドで連接しているので、そちら側にいるベルズとウルズも同居のようなものだ。

 まあ、そういう意味では、王宮、新教団の屋敷、冒険者ギルドなども移動ポッドで瞬間移動できるようにしているので、同じ生活空間のようなものではある。

 女たちで賑やかではない朝など珍しいかもしれない。

 

「エリカ様たちはご指示のとおりに、昼前まで強制睡眠をしてただいております。ほかのお方々も、すでに早朝から準備に入られておられます。皆様、食事も終えられ、いまは美容マッサージや整髪準備などに入られております。お呼びしますか? 皆様、旦那様にご挨拶をなさりたがっておりましたが」

 

「そうか。女は時間がかかるしな。俺については、シルキーの魔道ですぐに終わるけどね」

 

 一郎は笑いながら頷いた。

 今日はいよいよ一郎たちの婚姻式である。ハロンドール王家とナタル森林国のエルフ王家が親族となる歴史的な合同婚姻式であり、一連の儀式は三日に渡って続くことになっている。

 内外から多数の要人の集まる式典であり、一般民衆へのお披露目もある。ガドニエルの魔道通信で全大陸の都市部への魔道映像の公開も予定されている。

 手を抜くわけにもいかずに、女たちの準備も大変なのだろう。

 一郎の女たちは、花嫁でなくても祝宴には出席であり、朝からその準備ということだ。

 式典に参加しないのは、死んだことになっているスクルドくらいだが、裏方に回っていて、参加者よりも忙しいかもしれない。さすがに、この一両日は雌犬調教がどうのこうのというお強請りは影を潜めている気がする。

 

 第一日目の今日については、昼前にイザベラの戴冠式、それに引き続き、今回の王国の騒乱において功績をあげた者に対する陞爵式となる。そして、数ノスを挟んで、王宮における婚姻式だ。

 代々の王族の婚姻式は、王都の三神殿のいずれかで行われていたが、一郎と神殿との折り合いが悪いことと、なによりも、神殿側が獣人のイットが新婦に加わることを忌避したために、どの神殿でも行わず、そのまま王宮で実施することになった。

 

 従って、神官の参加も一切ない。

 王家が誓い、一郎が誓い、女たちが誓い合うという趣旨の儀式になる予定だ。

 それでも、国内の貴人が集まり、外国から代表も出席を予定している。あのローム新帝国からは、皇帝名代ということでランスロット将軍が訪れていて、昨日から王都に滞在中だ。

 この際、ランスロット側が女王イザベラではなく、一郎との面談を希望してきており、一郎としては受けるつもりだ。

 正規の会談ということであり、それは、今日の陞爵式後、婚姻式までの少しの時間を使って、ねじ込まれることになった。

 ランスロットが一郎にどういう要件で懇談を申し込んできたのかは、いまのところわからない。

 いずれにしても、忙しい一日になるだろう。

 

「女たちについては、そのままでいいよ。挨拶なしに向かう。だから、王宮で合流しようと伝えてくれ」

 

「かしこまりました」

 

 シルキーが頭をさげ、寝台で上体を起こしただけの身体が温かいもので包まれる。

 洗浄魔道だろう。一瞬にして身体の洗浄と手入れ、髪の整髪が整う生活魔道である。普段であれば、朝風呂に女たちの幾人かを連れて、地下の大浴場に行くことが多いが、シルキーは一郎はすぐに王宮に向かうと告げたので、時間の節約のために魔道で整えてくれたのだと思う。

 ただ、この魔道も、個人に合わせた調整が必要らしく、現段階でシルキーが一発で身支度を魔道で完了させられるのは、一郎に加えて、エリカたち三人、ミランダ、マーズ、イットに限定だ。

 それもあり、ほかの女たちは早朝から身支度に取り掛かっているのである。

 

「ありがとう、シルキー」

 

「いえ……。ところで、旦那様、失礼いたします」

 

 シルキーが突然に頭をさげた。

 

「あぐっ」

 

 すると、ずっとシルキーの後ろで黙って立っていたリリスが、悲鳴をあげてその場に崩れ落ちて、股を開いて尻もちをつく。

 短いスカートがまくれ上がり、いつもの革帯を装着させられているリリスの股間がちょっとだけ露わになった。

 おそらく、シルキーによって、前か後ろの穴に挿入させられているディルドに電撃を流されたのであろう。

 開いた股側でなく、とっさにお尻側に手をやったので、多分、お尻だろう。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「な、なにをするか──。あっ、ああ、うわあ……」

 

 リリスが真っ赤な顔で怒鳴る。

 だが、リリスがお尻を押えて尻もちをついた直後、股間を締めつけていた革帯の隙間から大量の放尿が迸ってきた。

 それがみるみると床に拡がり、スカートを濡らして水たまりを作る。

 アナルへの電撃で尿道を緩めてしまって、失禁してしまったのだ。

 リリスは、怒りつつも、すっかりと情けない顔になっている。

 

「黙りなさい。どうして、なにもせずに突っ立っているのですか。なぜ、あなたを連れてきたのか、まるでわかっていないのですね。旦那様の朝の支度は大抵の支度は、わたくしめだけでできるのです。リリス殿を連れてきたのは、ほかにやることがあるからです。どうして、それを探して率先してやらないのです──。ましてや、休憩まで我慢できずに失禁するとは、召使い失格ですね。反省しなさい」

 

 シルキーが無表情のままぴしゃりと言った。

 起きあがって乱れたメイド服を整えながら、リリスが赤い顔のままシルキーを睨む。

 

「わ、わかるか──。なにをしろというのだ──。言わんとわからん──。ああ、こんな……」

 

 やっと放尿が止まって水たまりの拡がりはなくなったが、リリスのメイド服のスカートはびしょびしょだ。

 床もすっかりと汚れてしまった。

 

「言われなければ動けないメイドなど三流以下です。一人前のメイドになるには、常に旦那様に何が必要なのかを想像しなければなりません。旦那様は超一流の淫魔師様です。だから、常に淫気の補充が必要ですが、今朝は、皆さまお忙しくて、旦那様のお相手をするのが難しいのです。ならば、召使いのお前が率先して、旦那様に淫気を提供なさい」

 

「そ、そんな召使い道などあるか──。くっ、だが、主殿にお仕えするのは、わしの本意だ。こ、こんな状況で申し訳ないが、ご奉仕させてくれ。主殿、寝台にあがっていいだろうか?」

 

 リリスが諦めたように嘆息する。

 一郎は淫魔術でリリスのスカートを剥ぎ取って、亜空間に収容する。そして、すぐに出して、シルキーに渡した。

 リリスは上半身にメイド服の上衣を身に着けて、下半身は革帯だけの姿になる。

 童女姿だが、なかなかに扇情的な格好だ。

 

「ひあっ」

 

 リリスがびっくりして、両手で股を隠した。

 一郎は手に取っているスカートをシルキーに手渡す。

 

「今夜は客が多い。罰として、リリスはその恰好で給仕だな。その恰好で一日いてもらおう。それと、奉仕はいい。それよりも、目の前で自家発電だ。そのディルドが喰い込んでいる腰を振って、せんずりをしてくれ。それで十分に堪能できる。それが終わったら、身支度をするよ。今日は忙しいから早くな」

 

 一郎はくすくすと笑いながら言った。

 リリスはまたもや顔を真っ赤にする。

 

「なんでそんなことを──」

 

「やりなさい──」

 

 またもや、シルキーが乗馬鞭をリリスにお尻に一閃した。

 今度は布越しではなく、生尻に直接だ。

 妖魔将軍だった大人の身体とは違い、童女体のいまはまだまだ防護力も低い。リリスは痛みに顔をしかめた。

 

「あぐっ、わ、わかった──。や、やるわい──。だ、だが、わしがいい気持ちになっても、主殿は気持ちよくなかろう。それよりも、口でも、股でも、この身体でできる限りのことをして、主殿を気持ちよくしたいのだが──」

 

「心配ない。俺はリリスの情けない顔を見る方が興奮するんだ。それが俺の性癖でね。俺自身が気持ちよくなる必要はないんだ。とにかく、始めてくれ。さっさと手を後ろで組んで腰を揺するんだ」

 

 自家発電の罰は幾人かの女にさせて遊んだが、リリスではない気もする。

 童女になってもプライドは高いリリスなので、かなりの恥辱だろう。だが、一郎の命令ならやるはずだ。

 リリスは、顔を赤らめたまま、腰を右に左に動かしだす。

 

「そうじゃない。横じゃなくて、前後だ。ほら、手伝ってやろう」

 

 一郎は起きあがって、寝台の縁に座るように腰掛け直し、亜空間から長い棒の先についた鳥の羽根を出す。

 それをリリスの太腿のあいだに差し入れて、革帯の縁をくすぐってやる。

 

「うわっ、あっ」

 

 ゆっくりと前後に腰を揺らしだしたリリスが羽根によるくすぐりで腰をぶるりと震わせた。

 一郎は魔眼を駆使し、性感帯の印である赤いもやを狙って羽根を場所を動かしてやる。すると、すぐに鼻にかかったような甘い吐息が混じるようになってきた。

 一方で、リリスの股間とアナルに喰い込んでいるディルドは、腰の動きにより肉層を刺激して、淫らな刺激を膨らませていることだと思う。

 ここに来る前に、シルキーにより愛液を垂らすほどの刺激を事前に受けていた身体だ。

 快感を込みあがらせるのも早いようだ。

 

「シルキー ──」

 

 一郎は股間を開いて、股間を指差す。

 シルキーは一郎の股のあいだに正座をして座り込むと、一郎の寝着のズボンと下着をずらして、一郎から男根を露出させた。

 

「失礼いたします」

 

 シルキーがまずは一郎の怒張の先端に口づけをしてから、小さな口をいっぱいに開いて一郎の男根を咥える。すぐに舌を動かしだす。

 ねっとりしたシルキーの舌使いで一郎の下半身に快感がせりあがってくる。童女から少女に外観を成長させたシルキーだが、それに応じて性技も上手になった気がする。

 

「もっと激しくだ、リリス」

 

 一郎はリリスに喰い込んでいる革帯の内側のうち、クリトリスの部分の突起を大きくして、さらに包み込むようにしてやる。

 もともと、一郎の淫魔術で作り出した革帯の貞操帯だ。

 そういうこともできる。

 

「ふわあっ」

 

 刺激が拡大したリリスは膝をがくんと崩しかけながら、びくんと身体を突っ張らせる。

 一郎は、羽根をしまうと、今度はリリスのアナルの内側の感覚を自分の左手の人差し指にうつし、右手全体で包み込むように持って擦り動かす。

 これもまた、一郎の淫魔術であり、「性感帯移動」の能力だ。

 アナルの内側の感覚が、一時的に指にうつり、その指を擦ることでアナルの内側に同じ刺激が伝達するのである。

 強くもなく、弱くもなく、最高の愛撫を指を通して、リリスのアナルに送り込んでやる。

 本来のディルドで擦る刺激に加えて、性感帯移動の術を使った刺激も同時に与えられて、リリスの快感が一気に飛翔したのがわかった。

 

「ああっ、いぐううっ」

 

 リリスがぐっと奥歯を噛みしめたようになって顔をあげた。

 脂汗がつっと顔を流れ、リリスの全身が突っ張る。

 激しく腰が動き、太腿が密着して、ぶるぶると震えた。

 ついに、絶頂したのだ。

 一郎は、それに合わせて、シルキーの口の中に精を放った。

 

「いやらしかったぞ、リリス。格好悪い姿を見せてくれてありがとう。十分に堪能した」

 

 一郎は精液の嚥下を続けるシルキーの頭をなでながら、リリスに笑いかけた。

 

「ま、満足してくれればよい……」

 

 絶頂の余韻で肩で息づくリリスが顔を前に垂れさせたまま応じる。

 ふと見ると、いつの間にか、リリスが粗相した放尿による水たまりはすっかりと消えてしまっていた。



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1053 招かざる者

「ご婚姻おめでとうございます。また、陛下並びに、英雄公のご尊顔を拝謁できましたことは、卿が生涯の至福といたすところになりましょう。まことに恐悦至極に存じまする」

 

 目の前で跪いた男が頭をさげて、定型文の口上を口にする。

 戴冠式を目前に控えたイザベラの待合の部屋だ。

 あの一ノスもあれば、国内の要人、次いで、外国の要人たちが式典となる王宮の大広間に入っていくことになる。

 アネルザ、シャーラ、ヴァージニア、さらに、エルフ族のナタルから来ている親衛隊長のブルイネンあたりが中心となって進めてきた式典の準備はおそらく完璧に整っているはずであり、そのことに一郎は不安ない。

 この婚姻式が内外に、ハロンドール王国の威信の回復をアピール絶好の機会ではあるはずであり、アネルザあたりがそれを最大限に活用するはずだ。

 

 いずれにしても、まもなく開始されるイザベラの戴冠式からはじまる婚姻式に関わる公式行事は三日続く。

 すでに、王都ハロルドでは全ての通常業務が停止状態だ。

 耳にしているところでは、王都のほとんどの都市部と、さらにナタル森林でも祝祭が行われているらしく、少女王イザベラの戴冠と婚姻、さらに数百年ぶりらしいエルフ女王の婚姻の熱狂的な祝賀を参加しない者はいないほどだという。

 マアが集めに集めた巨額な資金を躊躇なく、祝賀のためにあちこちにばら撒いているのも、民衆の熱狂的な興奮に拍車を立てているようだ。

 

 それはともかく、いま一郎がやっているのは、イザベラとともに拝謁とともに祝賀の品の献上を望む者に対する相手だ。

 真面目なイザベラは、時間のある限り、少しでもいいので直接対面したいという希望を出しており、おかげで戴冠式直前だというのに、いまの時間も対面の拝謁がねじ込まれている。

 王配となる一郎も、一緒に拝謁を受けているが、面倒などと言ったら叱られそうだが面倒だ。

 だが、戴冠式までのわずか一ノスという隙間時間にまで、拝謁を希望する者との謁見を受け入れるというのは、イザベラも真面目過ぎるように思う。

 

「そんな顔をしてくれるな。これも王の務めだ」

 

 さっきの拝謁者が退出をしていくと、イザベラが一郎の耳元に顔を寄せてささやく。

 横を見ると、イザベラは苦笑している。

 

「顔に出てたか?」

 

「出てたな」

 

「イザベラが身体を張って退屈しのぎをさせてくれれば、愉しそうな顔ができるかもな」

 

 一郎は笑った。

 イザベラがぎょっとした顔になる。

 すかさず、淫魔術で粘性体の小片をイザベラの下着の中に飛ばして、薄い膜を張ってクリトリスを包み動かす。

 外はともかく、この部屋にはいつもの侍女たちとシャーラたちしかいない。だから、このくらいの悪戯は許されるだろう。

 

「あっ、いやっ。なにをする……」

 

 イザベラが顔を真っ赤にして身体をくねらせた。まるで、おしっこでも我慢するように、切なく腰を揉み動かしている。

 

「ほら、しっかりしろ。面会の者にばれるぞ」

 

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「ロウ殿……。そのう……。ほどほどに……」

 

 シャーラだ。後ろから困ったようにささやいてくる。

 

「わかった。ほどほどだね」

 

 ほどほどというのは我慢できるぎりぎりまではいいということだろう。一郎は敏感なクリトリスの振動を微弱にして、今度はアナル側を少し強めに粘性体の膜で揉んでやる。

 

「ひんっ」

 

 イザベラが椅子の上で一瞬、全身を突っ張らせた。

 

「次がいまの時間の最後となります。その後、半ノスで戴冠式です」

 

 すると、後ろに控えているヴァージニアが躊躇いがちに声をかけてきた。

 

「わかった。通してくれ」

 

 悶え戸惑っているイザベラの代わりに、一郎が頷いた。

 

「ま、待て」

 

「待たないよ。通してくれ」

 

 一郎はイザベラの言葉を遮る。

 ヴァージニアが入口側にいる侍女のひとりのモロッコに声をかけ、さらに彼女が扉の外の王兵に面会者の入室を促す。

 次の謁見希望は、確か、沿岸諸国のうちのフロア国からの代表団のはずだ。

 沿海諸国というのは、この大陸の西側の海であるルードの海に接する地域になり、ハロンドール王国の北西部に位置する。

 都市程度の小さな諸国がひしめき合うように成立していて、代表的な都市国家がニース、ラフレシア、アレシア、レイニアの四箇国だ。だが、その四箇国のほかにも多数の都市国家があり、フロア国は沿岸四箇国に比べれば、国力も十分の一にもならない小国だ。

 国というよりは里であろう。

 外国の要人との会談は、この三日間のあいだのどこかに、ある程度の時間を設定して組まれているようだが、フロアほどの小国となるとイザベラとの直接面談の予定はもともとの計画にはなかった。

 それをイザベラが組み込ませたのだ。

 

「ロ、ロウ、変な真似は……」

 

 イザベラが小声で訴える。

 

「変な真似って、これか?」

 

 一郎はすかさず粘性体の振動の場所をお尻から再びクリトリスに移す。

 しかも、強振動だ。

 

「うあっ」

 

 イザベラが腰を伸ばして顎を天井に向かってあげる。

 

「入室されます──」

 

 モロッコが入口側で怒鳴った。

 一郎は振動をすべて停止した。

 イザベラががくりと脱力したようになる。

 

「いやらしい妊婦様だ。可愛いぞ」

 

「あ、あほ」

 

 イザベラが薄っすらと涙を浮かべた眼で一郎を睨みつけた。

 

「フロア国大使、シンドル公──」

 

 左右に扉が開き、頭を伏せた五人ほどの男の一行が入ってきた。先頭に立つ男がシンドルとやらなのだろう。

 全員が肌が黒く、頭に布を巻き、チョッキにふっくらとしたズボンと、まるで一郎の前世界のアラビアンナイト風の装束という感じだった。

 また、五人の後ろに人足がふたりいて、白い布を被せたなにかを台に乗せて運んできている。

 魔道具?

 祝い品であり、事前にチェックは終わっているとは思うが、一郎は念のために魔眼を使った。背後にいる人足たちが運んでいる荷に、魔道の流れのようなものを感じたのだ。

 男の場合は、あまり詳細な鑑定はできないが、それでも隠し持っている武器や魔道具の存在程度は読める。

 

 

 

“マホル

  フラウ国工人

 人間族、男

 ……

 魔石彫像を保持

 ……”

 

 

“……(アサム・ナン)

  エルニア(恵月)国の諜者

 人間族、男

 ……

 魔石彫像を保持

 ……”  

 

 

 

 瞬時にふたりのステータスを読む。

 持っているものは、魔石を使った彫像のようだ。通常の魔石は球体であるが、魔石彫像というのは、特殊な技術を使ってそれを加工して石像のようにしたものであるはずだ。

 被っている布の大きさから考えて、かなりの大きな魔石を元にしたものだと思う。魔石なので、一郎の魔眼が無意識にそこから流れる魔道の流れを感じてしまったのだろう。

 なるほど、危険なものではない。

 ただ、それには安堵したが、エルニア国の諜者だという情報に戸惑った。

 「恵月国」ともいうエルニアはこの百年鎖国状態であり、もちろん、今回の行事にも人を派遣していない。

 そのエルニア人というのだから驚きだ。

 

 会見そのものは、他愛のないものだった。

 一応全員のステータスを魔眼で呼んだが、おかしな表記があるのは、その人足だけだった。

 

「ほほう、これはすごいな……」

 

 挨拶が終わり、使者団が運んできた贈答品を前に押しやって布を外す。

 人の顔ほどの大きさのドラゴンの彫像だった。この世界にもドラゴンは生息しているらしい。

 一郎はまだ目にしたことはないが、この王国のさらに南域にキマイラという場所があり、そこは多数のドラゴンが生息するような人の住めない土地だそうだ。

 人の生息地域には現れないので、実際的には幻獣に近いが、そのドラゴンを魔石で形どった彫刻である。

 かなり精巧なものであり、素人の一郎でも感嘆する出来栄えだと思う。

 

「大儀である」

 

 イザベラが言って、短時間のうちに謁見が終わる。

 ほんの少しイザベラと視線が合ったが、ほっと安堵の表情を浮かべていた。

 一郎ははっとした。

 そういえば、あの人足に気を取られ、イザベラで遊ぶのを忘れていた。

 だが、いつ刺激を受けるのかと、ずっとそわそわしていたのだろう。イザベラは落ち着かないように、腰をかすかに揺らしていた。

 まあいいか。一郎は微笑んだ。

 

「シャーラ──」

 

 使者団が出ていくと、すぐに一郎はシャーラを呼んだ。

 

「さっきの一団のうちの人足の後をつけてくれ。どうも怪しい」

 

 一郎はふたりの人足のうち、エルニアの諜者だとステータスに出た男についての特徴を伝えた。

 

「怪しいとは?」

 

 シャーラが怪訝な顔になる。

 

「どうかしたか、ロウ?」

 

 イザベラも口を挟んだ。

 

「間者かもしれない。勘だけどね」

 

 魔眼とは伝えなかった。

 淫魔術についてはある程度伝えているが、魔眼についてはほぼ隠している。どんな相手でも、自分の情報が筒抜けであるというのは気味が悪いと感じるだろうと思うからだ。

 しかし、すぐに納得したようだ。

 

「姫様、少し離れます」

 

 シャーラがすっと姿を消した。

 

 


 

 

「お待ちを──」

 

 廊下を抜けて、戴冠式の会場に進むフレア国の一団に声を掛けた。

 外国からの招待者については、ほとんどの者が戴冠式から始まる一連の行事に出席することになっている。

 時間から考えて、イザベラとの謁見後はそのまま向かうだろうと思ったが、その通りだった。

 ロウの指示で、彼らが連れてきた人足のひとりについて調査をしようと思ったが、とりあえず、普通に声を掛けてみることにした。

 ただ、さっきの部屋にいた一団のうち、人足の格好をした者はひとりしかいなかった。ロウが怪しいと睨んだ人足はもうすでにいない。

 それもあり、声を掛けることにしたのである。

 

「これは……先程の……」

 

「陛下に仕えておりますシャーラという者です」

 

「おう、側近の……」

 

 フレアの大使はシャーラについて認識があったようだ。

 とりあえず、事務的な確認事項にやつして、他愛のないやりとりをする。その後、ついでのように、もうひとりの人足について訊ねた。

 

「人足というのは、これなる工人のことを申しておられるのですか? さて、魔石像を運んでいたのはひとりですよ。もうひとりというのは何のことですか?」

 

 大使が首を傾げた。

 シャーラは驚いてしまった。

 

「いや、確かにふたりおりました。確かです──」

 

 シャーラは詰め寄った。

 しかし、大使だけでなく、ほかの者も人足はひとりであり、ほかにはいないの一点張りだ。

 後ろで黙って頭をさげているもうひとりの人足にも直接訊ねた。

 さっきの魔石彫刻は、ひとりで運んでおり、ほかにはいないと明言をした。

 嘘を言っているような雰囲気ではない。

 シャーラは唖然となってしまった。

 そのときだった。

 廊下の窓から見える外の庭に、さっきの人足風の男が樹木を背にして。遠くに眼をやっていることに気がついたのだ。

 

「失礼する」

 

 シャーラは挨拶もそこそこに、フレア国の一団から別れると、物陰に隠れてから一気に、さっきの男がいた庭の樹木の位置に瞬間移動した。

 事前に隠れたのは、この王宮全体に魔道封じの結界魔道がかかっていて、誰であろうと魔道が遣えないようになっているからだ。

 例外は、シャーラのようなロウの愛人たちであるが、他国に魔道を封じておいて、自分たちだけ自由に目の前で魔道を使うのは外交上の非礼にあたる。

 それで気を使って、移動術を目の前で遣うのを避けたのである。

 

 樹木を背にしている男がいた場所に出た。

 果たして、さっきと同じ姿勢で樹木を背にして、男が腕組みをして立っている。ただ、シャーラが現れるのを予期していたかのように、現れるシャーラに身体を向け直していた。

 

「こんなにすぐに反応があるとは思わなかったな。女王の護衛のシャーラだな。森エルフの神官家の長女でありながら、人間族の王家に仕えて生きることを選んだ変わり種だ」

 

 男が笑った。

 シャーラの経歴など、この王宮内でもほとんど知られてないことだ。

 さすがに驚いてしまった。

 だが、これでこの男がただの人足でないことは決まりだ。

 さすがは、ロウだ。

 

「何者なの?」

 

 シャーラは剣を抜いて、喉元に剣先を突きつける。

 だが、男は眉ひとつ動かさない。

 平然と微笑みを浮かべたまま、シャーラを見ている。

 かっとしたシャーラは、剣を一閃して、男の首の皮一枚を斬った。

 男の首に赤い線が走る。

 

「痛いな……」

 

 男が手で自分の首に触れて、手についた自分の血を見て驚いたような顔になる。

 

「今度は脅しじゃ終わらないわよ。答えなさい。お前の名は? 何者なの?」

 

 もう一度剣を首に突きつける。

 

「ナン。ただの人足だ。仕事が終わって、お役御免になったのでちょっと散歩をしていただけだ。そう熱くならないでくれないか。美人が台無しだ」

 

「指定された場所以外に行くのは禁止になっているのよ。ちょっと散歩をするのもね。あなたを拘束するわ。大人しくしなさい──」

 

 シャーラは電撃を飛ばして、男を無力化しようとした。

 だが、その瞬間、いきなり自分の身体が硬直したのを感じた。

 腕から力が抜け、だらりと腕が身体の横に落ちる。

 持っていられなくて、手にしていた細剣を手放してしまった。剣が音を立てて地面に落ちる。

 

「……」

 

 叫ぼうとしたが声が出なかった。

 声も封じられた?

 シャーラは焦った。

 

「殺しはしない……。でも、傷をつけられた仕返しくらいはするよ……。どこがいい。顔……? 首? それとも、ここにする?」

 

 ナンと名乗った男がシャーラが手にしていた剣を拾って、すっと剣先でスカートの裾の下にやった。

 ロウの好みに合わせて、シャーラたちのスカートは短い。

 膝上の位置にあったスカートが剣でまくりあげられていく。

 

「……」

 

 もう一度暴れようとしたが、やはり、まるで金縛りになったように動かない。

 スカートが下着が露出するまで完全にあげられた。

 

「ほう、王国の女の下着はいやらしなね。これも報告にあげなくっちゃ」

 

 ナンがくすくすと笑った。

 シャーラはかっとなった。

 次の瞬間、その剣がなにかに弾かれるように横に飛んだ。

 黒いローブに身をまとったスクルドが現れた。

 

「すぐに王兵が来ますわ。それにしても、王宮で堂々と破廉恥行為に及ぶというのは、呆れた闖入者ですわね。お仕置きいたしませんと」

 

 スクルドがシャーラを庇うように身体を入れる。

 そのスクルドの身体の前には、防護結界があることに気がついた。王宮の警備はラスカリーナ以下の王兵が受け持っているが、スクルドはスクルドでひそかに魔道で全体を見守っていたのだろう。

 

「お仕置きなあ」

 

 だがナンは怯んだ様子はない。

 そして、突然にスクルドの前から防護結界が消滅した。

 シャーラは驚いた。

 また、相変わらずシャーラの身体は動かないし、声も出ない。

 

「あの独裁官たちの愛人たちか。だが、警告しておく。俺は別段、なにもするつもりはない。ただ、頼まれて、この王宮や王国を眺めにきただけだ。しかし、それにもかかわらず、不合理にも俺を攻撃してくれば、俺も相応の態度をとらせてもらうぞ」

 

 ナンが手を伸ばして、スクルドが頭に被っていたフードを取り去る。

 そして、スクルドの頭に手をやり、唇を奪った。

 シャーラの目の前で、スクルドが口づけを奪われ、やがて、そのスクルドが身体をぶるぶると震わせだす。

 彼女が激しく欲情している状態にあるのは明らかだ。

 

「じゃあな」

 

 そして、スクルドから身体を離すと、ナンは一瞬にして身体を消滅させた。

 移動術だ──。

 結界により、他の魔道遣いが魔道を使用できないようにしているにも関わらず……。

 

 そして、身体の硬直が解けた。

 シャーラはスクルドとともに、その場に崩れ落ちてしまった。

 

「ス、スクルド殿……、大丈夫……?」

 

 声も出る。

 スクルドもなにが起きたのかわからないかのように、呆然としている。

 

「だ、大丈夫というか……。まるで覚えてません。急に頭がぼんやりとして……」



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1054 戴冠式と論功行賞

 ざわめいていた宮廷の大広間がだんだんと静かになってきている。

 一郎はイザベラとともに、会場である大広間の状況が覗ける奥側で入場の合図を待っているところだ。

 すでに、主要貴族や主立つ高級軍人たちも入っており、さらに異国からの招待客たちのほとんども席についている。いまは入場の最後の組になる国内外の上級貴族が会場入りしたところだ。

 これですべての出席者が入り、イザベラと一郎の入場を待つだけの態勢になったはずだ。

 例外は、まだ到着していないエルフ族女王のガドニエルたちである。

 ここからでも会場の様子は垣間見れるので、ちょっと覗いてみると、ナタル国森林王国からの列席者の席は、この戴冠式の左側の最前列に三十ほど準備されていて、およそ三千人ほどの人間がひしめき合っているこの式典会場において、その一角だけぽつんと空いていた。

 

「そろそろです、姫様、そして、ロウ様」

 

 女官長のヴァージニアが会場側と魔道通信でやりとりをしながら、一郎たちに声を掛けた。

 

「わかった」

 

 イザベラが頷く。

 一郎はイザベラの手を取りエスコートの体勢をとる。これから行われるのは、イザベラの戴冠式であるが、一郎がイザベラのエスコートをして入場するのは、王配となる一郎の存在を内外に喧伝するためでもある。

 エルフ女王ガドニエルが寵愛していることですっかりと有名になった一郎の存在は、ハロンドール王国が一郎を通じて、孤高の古国だったナタル森林王国と深い同盟関係になる象徴だ

 まだまだ大きな功績に乏しいイザベラだが、一郎が伴侶であることを示すことで、イザベラに箔がつくそうだ。

 一郎びいきのアネルザの言葉であり、そこまで一郎の存在を高評価されると恐縮してしまうが、まあ少しでも役に立つなら、なんでもするつもりだ。

 だが、握ったイザベラの手は驚くほどに冷たかった。

 一郎は微笑んだ。

 

「緊張しているのか、女王陛下殿?」

 

 ちょっとお道化けて言った。

 

「か、からかうな。緊張などしておらん。問題ない」

 

 強気な口調だが、やはり、心なしが声が震えている気がする。

 無理もないかもしれない。

 よく考えれば、このハロンドールの女王になったといえども、イザベラもまだ十七歳になったばかりの少女に過ぎない。王太女になって表に出るようになったのは、キシダイン失脚後のことでしかなく、それまでは王女とはいえ、キシダイン派の主要貴族に蔑まれる立場であり、あまり大勢の中に出ていくことはなかったはずだ。

 まだまだ場慣れが足りないのかもしれない。

 一郎は、さっきの謁見のときからイザベラの下着の中に薄い膜にして忍ばせている粘性体を不意に振動させた。

 

「うわっ、またっ」

 

 しばらく、まるで存在していないかのようになっていた粘性体による悪戯を突然にされたイザベラが面白いように反応して、その場で崩れ落ちそうになる。

 一郎は腕をとって支えてやった。

 

「お、お前、また──」

 

「ちゃんと立つんだ。さもないと、粘性体に痒み成分を足してしまうぞ」

 

 一郎は微弱な振動をやめることなく、イザベラを強引に真っ直ぐに立たせる。

 

「む、無理だ──。と、とめよ──」

 

「無理じゃないさ。歯を喰い縛ってでも、毅然としてみせみせるんだ」

 

「で、できん。うっ、くっ」

 

 イザベラもすっかりと一郎によって性感を開発されている。しかも、このイザベラがどこをどうすれば感じるかなど完全に認識している。

 そもそも、この気が強くて真面目な少女は、実はかなり羞恥責めに弱い。まあ、そんな風に調教したというのもあるが……。

 だいだい、心の底から嫌がるようであれば、そこまで羞恥責めも強要しないのだが、心の底でこういう扱いに欲情するイザベラがいるので、ついつい構ってしまう。

 一郎は、振動を強くして、一気に快感を飛翔させてやった。

 

「あっ、ああっ……。や、やめろというのに──」

 

 イザベラは一郎から手を離して、ついに股間を押さえてその場でしゃがみ込んでしまった。

 一郎は、そばにいるヴァージニアに視線を向ける。

 

「そろそろじゃないのか?」

 

「そうですね。ロウ様と姫様の入場をさせてくれと、向こうから促されていますわ……。そういうわけですので、姫様、しっかりとお立ちくださいな」

 

 ヴァージニアがイザベラに言った。

 この女官長も、すっかりと一郎の嗜虐に心服してしまって、まず、この手のことに口を出さない。

 それどころか、こと「責め」においては、むしろ一郎に喜んで協力する傾向がある。ほかの侍女たちにしても、イザベラにしても、どこでどんなことをされても、一郎に逆らってはならないと自分で決めている感じだ。

 そのほかのことでは、真面目で有能な女官長なのだが……。

 

「お、お前……」

 

 イザベラがヴァージニアを睨む。

 

「ほら、約束だろう?」

 

 一郎はイザベラの腕をとって、真っ直ぐに立たせた。

 粘性体の膜による振動は緩めはしたが、微弱な振動は続けた。

 すると、膝の少し上まである女王の装束のスカートの裾からつっと、愛液が膝まで伸びたのが見えた。

 感じやすい身体だ。

 一郎はほくそ笑んだ。

 

「や、約束だと?」

 

 イザベラは眉間に皺を寄せた。

 

「最初に会ったときの約束だ。俺はイザベラの絶対の味方になると誓い、イザベラはその代償として、俺の調教を受けることを約束したはずだ」

 

「ううう……、つ、つまり、これは調教……?」

 

「まあ、そういうことだな」

 

「くっ、わ、わかった……」

 

 健気なイザベラは、なんだかんだで、あのときの一郎との約束をなにかの大切な掟でもあるかのように心に刻み込んでいるみたいだ。

 「調教」という単語は、イザベラにどんな破廉恥なことでも受け入れさせてしまう、魔道の言葉のようなものだ。

 

「行こう」

 

「あ、ああ……」

 

 一郎とイザベラは戴冠式の会場に進み入る。

 集まっている三千人が一斉に拍手で迎える。

 イザベラが片手をあげて、それに応えた。だが、平静を装っているが、脚は少しよろけ気味だ。

 これなら、もう少し大丈夫か?

 クリトリスをちょっとだけ激しく揉み動かしてやる。

 

「くっ」

 

 イザベラは一瞬立ち止まったが、すぐに何事もなかったかのように進みだす。大した自制心だ。

 割れるような歓声と拍手である。

 その中をイザベラはおぼつかない脚で必死に股間の刺激に耐えて歩き進む。だが、少なくとも緊張だけは消滅しただろう。

 

 一郎とイザベラは、玉座となっている席の横に作られた仮座に並んで腰掛けた。

 座っても、振動はそのままだ。

 また、この光景は魔道通信により大陸全土に映像を流している。

 荘厳な趣で始まった戴冠式で、この少女女王が股間をいやらしく苛まれていると誰が思うだろう。

 そう考えると、嬉しくなる。

 

 会場となる大広間の中央は、意図的に誰もいない空間となっている。

 そこが光り輝きだした。

 演出ではあるが、その光の輝きが小さくなると、光の中心だった場所にナタル女王ガドニエル以下の女王団が移動術で出現する。

 女王の正装をしたガドニエルを先頭に、そのやや後方の両横に副女王のラザニエル、ケイラ=ハイエルこと、亨ちゃんだ。二列目以下にはブルイネン以下の親衛隊は十人だけが同行している。ほかに、いつの間にか、ハロンドール正面のエルフ軍の総帥のような立場になった将軍アーネストたちエルフ軍の上級軍人が加わり、総勢三十人のエルフ族たちだ。

 以前も凱旋パレードのときに、エルフ隊も加わったが、こうやってまとまったエルフ族の女王団を初めて見る者も多い。

 その美男、美女ぶりに会場がどよめきに包まれる。

 イザベラが立ちあがった。一郎も合わせて立ちあがる。

 すると、ガドニエルが厳かな雰囲気を打ち破って、満面の笑みを浮かべたのがわかった。

 

「ご主人様──。戻りましたわ──。意地悪なお姉様がわたしを監禁していたのですよ。お会いしとうございましたわ──」

 

 ガドニエルがいきなりこっちに向かって駆け出してきた。

 

「わっ、馬鹿が──」

 

「ちっ、このぽんこつ女王……」

 

 ラザニエルと亨ちゃんが同時に舌打ちしたのが聞こえた。

 

「ああ、ご主人様の匂い……。懐かしすぎて酔ってしまいそうです……」

 

 ガドニエルが一郎の首にしがみついてくる。

 会場でどよめきとざわめきが沸き起こる。

 

「懐かしいって……。まだ数日だろう」

 

 一方で、一郎はガドニエルにしがみつかれながら苦笑した。

 予定では、まだまだ神秘的なイメージの強いガドニエル女王を演出するはずだったのだが、まあ、これはこれでいいだろう。

 一郎の存在を通じたナタル女王とハロンドール王国の親密さは、これでも演出できる。

 追いかけてきたラザニエルが無理矢理にガドニエルを引き離し、エルフ族団の席に移動させる。

 

 そんなちょっとした混乱もあったが、いよいよ戴冠式の式次第が開始された。

 王国の伝統に乗っ取って、まずは近衛隊の忠誠の誓い、さらに王軍の総司令官となったラスカリーナによる王軍の最高総帥となるイザベラへの宣誓の儀、新女王となるイザベラの紹介、代々の国王に渡される宝具の伝授と続く。

 そのあいだ、一郎はイザベラの股間の振動を弱くしたり、強くしたりと繰り返す。

 ずっと強いままよりも、強弱をつける方がかなり効果的なのだ。

 刺激の度合いが変化するたびに、横のイザベラがびくんびくんと身体をかすかに弾かせるのが愉しい。

 

 やがて、イザベラ自身による宣誓式となった。

 イザベラが立ちあがる。

 そして、中央に準備されている玉座の前に立つ。

 本来であれば、大神殿の神殿長で選ばれた者か、あるいは場合によっては、ロームの大神殿から法王を呼んで王冠を戴冠してもらうらしいが、今回は神殿関係者は誰も参加していない。

 事前に玉座の横に置いてある王冠をイザベラ自ら手にとって、自分で頭に戴冠する。

 

「イザベラ=ハロンドール、ここにハロンドール王国の王位につき、信念と真理を捧げて、この国と土地と民を守ることを宣言する──」

 

 イザベラが大きな声で王位を宣言すると、万雷の喝采が再び起きて、「女王万歳」の叫びが怒濤のごとく連呼される。

 一郎は股間の振動を強めてやった。

 それだけでなく、イザベラの股間の性感を数倍にあげてやる。

 

「うくっ」

 

 イザベラが王笏を握る片手をあげて喝采に応じながら、腰をぶるぶると震わせた。

 こちらからでも、イザベラの眼が大きく見開いているのがわかる。

 さらにイザベラが、もう一方の手で目の前の台座を握って自分の身体を支えた。そして、彼女の身体がぐんと突っ張る。

 どうやら、達したようだ。

 一郎は振動を緩めた。

 だが、やはりとめたわけではない。

 脱力しかけているイザベラは、かすかに肩を揺らしている。

 おそらく、ハロンドール王国の歴史がいかに長くても、王位宣言で達してしまったのは、イザベラが最初だろう。

 

 そのとき、イザベラが仮座にいる横の一郎を強く睨んでいることに気がついた。

 イザベラの顔は真っ赤だ。

 一郎はにんまりと笑いかけた。

 すると、怒ったような顔になっていたイザベラの表情が崩れ、諦めたように嘆息をした。

 イザベラが玉座に座る。

 一郎は立ちあがって、イザベラの前に跪いた。

 

「ロウ=ボルグ・サヴァエルヴ・サタルス、臣を代表して宣誓いたします。偉大なる女王陛下に忠誠を尽くし、王国のため、民のため、この世界に生きる者の全てが愛と幸福感に包まれるという理想のために重責を遂行いたします」

 

 これも式次第のとおりだ。

 そして、顔をあげると、イザベラにだけわかるように片目を一度つぶると、またもや股間を粘性体の膜で刺激してやった。

 

「くっ」

 

 イザベラが両手で玉座の手摺りをぐっと掴んで身体をびくりと緊張させる。

 可愛いものだ。

 だが、懸命に無表情を装っている。

 あまり、追い詰めても可哀想だろう。

 一郎は悪戯をやめた。

 イザベラがほっとしたように軽く吐息をつく。

 

「ロウ=ボルグ・サタルス……。卿のこれまでの王国への愛に感謝する……。独裁官の任を解き、王配とともに、新たにハロルド公の地位を与える。新たなハロルド公の地位は、政務、外交、軍権などすべての王権の職権において、女王に次ぎ、女王を除くすべての地位の上位となる……。これからも頼む」

 

「クロノスと七人の女神に誓って……」

 

 一郎は頭を垂れた。

 ハロルド公というのは、キシダインが就いた役職であり、決まった責務があるわけではない。

 ただ、王都ハロルドの名をとった一代限りの職名であり、王位に次ぐ地位というイメージは定着しているらしい。一郎は新たに、そのハロルド公の称号を得ることになった。

 その権限は、勝手に僭称した独裁官と同様であり、名は変わるが、引き続き、軍政のすべてに口を出す権限を一郎が保持したということだ。

 また、“クロノスと女神に誓って”というのは、この大陸における誓いの言葉の定型文のようなものであるようだが、本来は、“クロノスと五人の女神”が正しい用法だ。一郎は、それに追放された獣人の守神のモズと、魔族の女神であるインドラを加えて、“七女神”と口にした。

 一郎のこだわりであるが、どれだけの者が言い回しの違いに気がついただろうか……。

 

 イザベラが立ちあがり、横の台からイザベラの女王冠よりも、やや小さな冠を両手で捧げ持つ。

 そして、首を垂れている一郎の頭に被せた。

 王配冠だ。

 視線を床に向けている一郎には、イザベラの腰が少しふらついていることと、内腿を伝った愛液がくるぶし近くまで垂れていることが見えた。

 思わずにんまりとしてしまう。

 

 一郎は玉座の隣に設けられている王配としての椅子に座る。

 次いで行われるのは、王国の騒乱と新たな体制のための論功行賞だ。

 三代前のイザベラの曾祖父となるエルゲン王の時代に大きな粛清があったため、もともと上級貴族の数が少ないのだが、王都騒乱の中でランジール家とグリム―ン家の公爵家が滅び、さらに一郎たちと敵対した元宰相のフォックス家をはじめとする五家ほどを一郎が潰した。

 これに代わるのが、一郎たちに味方した者たちであり、これから開始する陞爵は、権威が改まることに対する象徴のようなものだ。

 

 まずは、エルザ──。

 ガドニエルたちが設置してくれたイムドリスの門を使って、南方からこの式典に参加するために王都に来ていた。

 彼女が玉座の前に進み出て跪く。

 

「エルザ=ハロンドールにアウステル公爵の地位を与える。引き続き、南方総督として責務を遂行せよ」

 

 イザベラが玉座についたまま告げる。

 アウステルというのは、「南方」を意味する古語であり、エルザはこれにより、王族を抜け、アウステル公爵家の当主ということになる。また、曖昧になっているタリオ大公妃についても、ハロンドールが彼女に公爵位を付与して、南方総督の地位にあることを正式に宣言することで、王国としてはアーサー帝との婚姻関係を完全に絶たせたという意思を示したということにもなる。

 

「微力を尽くします」

 

 エルザが頭をさげる。

 続いて前に出たのは、リィナ=ワイズだ。

 一郎がイムドリスの設置とともに辺境域に向かって、リィナをさんざんにいたぶったのは、一昨日のことだ。

 玉座の前に進み出たとき、リィナがちらりと一郎に眼をやって、顔を赤らめた。もしかしてそのときのことを思い出したのかもしれない。

 また、リィナ=ワイズの名が呼ばれるに次いで前に進み出た彼女の姿に、あちこちの王国内の貴族席がどよめいている。

 耳聡い貴族たちは、辺境域の盟主がマルエダ家からワイズ家に移ったことは知っていると思うが、女伯爵のリィナ=ワイズは、本来は五十歳の中年の女性だ。だが現れたのは、どう見ても三十歳くらいにしか見えない女性であり、しかも、一郎の性支配によって顔も身体も美しくなっている。

 もともとのリィナを知っている貴族たちは、いまのリィナの姿に驚愕しているようだ。

 

「ワイズ家を伯爵から侯爵に陞爵させる。列州同盟の統領として王国の国境を守り、その地域をまとめよ。王国への忠誠を誓う限り、王家は列州同盟を庇護する」

 

 イザベラが告げる。

 列州同盟の存在を公に認めるという王家としての言葉だ。

 

「忠誠を誓います……」

 

 リィナが応じる。

 さらに、陞爵式は進む。

 続いて、ユンゲル=モーリア──。

 シャングリアの実家であるが、領地も大きく、また幾つもの傭兵団を支配下においており、大きな軍事力を保持していたが、地位だけは男爵家と下級貴族扱いだった。

 これを一気に「伯爵位」とし、モーリア家に近い王領を与えることにした。

 もともと、貴族家には一郎の味方は少ない。

 だから、信頼のできる貴族家には地位を与え、これからのイザベラの統治に協力して欲しいのだ。

 国境沿いでは、一郎たちがナタル森林から王国内に入るときに、ジャスランに操られて一郎たちを邪魔したという経緯はあったが、それには目をつぶり、ルードルフ王の糾弾を宣言した王太女イザベラに対して、どの貴族家よりも最初にはせ参じたことと、王都外郭における戦いで功績をあげたことが陞爵の理由である。

 

「心からの忠誠を……」

 

 モーリアが告げる。

 次は、クラウディオ=マイル──。

 人を喰ったような男だが、ノルズに任せている新たな王国の諜報組織を任せることになった男である。

 性癖が一郎と同じで「SM趣味」であることは個人的にも好感を持っている。性談義ができる一郎の大事な友人だ。

 実際の諜報組織の束ねはノルズだが、表面的なリーダーは、このクラウディオになる。

 伯爵位ではやや立場が弱いので、王都外郭の戦いにおける功績を理由に侯爵とすることにした。

 

「ありがたき幸せ。これからも王家と王国のために……」

 

 次にアン──。

 エルザと同様に王女であるが、かたちだけのことであれば、キシダインの寡婦ということになり、なんの地位もなかった。

 今回の論功行賞に合わせて、アンを王族から抜けさせ、一代限りの伯爵とした。

 

「一代限りの伯爵の地位を与え、アン=ハロンドール・アモールとなれ。また、アモール家には王位継承位はないものとする」

 

「ありがとうございます」

 

 妊婦であるアンは跪かずに、頭をさげるだけでよいと配慮をした。アンの横にはいつものように、ノヴァがしっかりと横についている。

 エルザにしても、アンにしても、王族から抜けることを正式にして、貴族としての地位を付与したのは、王国の王位継承権を複雑にしないためである。

 もともと魔力を一切持たなかったアンやエルザたちには事実上、王位継承権はないのだが、その子が魔力を持っている場合は、王位継承もあり得ることになる。

 だから、前もって彼女たちを王族から抜けさせることで、彼女たちの子の代で王位継承の争いが発生しないようにするそうだ。

 これについては、一郎ではなく、アネルザが主張したものであり、そういうことになった。

 

 これをもって、戴冠式に続く、論功行賞としての陞爵式が終わった。

 いよいよ、婚姻式である。

 もっとも、そのあいだに、一郎については、ローム帝国からの皇帝名代の立場で式典に参加しているランスロットとの会談がある。

 ふと視線を向けると、外国からの招待者席の最前列に座っているランスロットがなにかを見定めるように、じっと一郎に静かな視線を向けていた。

 

 


 

 

 スクルドは、魔力を飛ばして懸命に、あの魔道遣いの気配を追っていた。

 いわゆる「気配探知」であり、薄く魔道の波を伸ばして、それに触れる魔力の異物を探るという術だ。

 少なくとも、彼が魔道遣いであることは明白だろう。

 この結界が張ってある王宮内で堂々と魔道を使って移動術で消えていったのだ。

 

 だから、必ず探知できるはずだった。

 しかし、いまのところ、それらしい気配を感じることはできない。

 すでに、王宮の敷地内から外に出ていっている可能性もあるが、彼は自らどこかの諜報員であると仄めかしていた。

 つまりは、まだ王宮内に潜伏している可能性がある。

 

 それにしても、さっきのはなんだったのか?

 スクルドともあろうものが、突然に魔道を無力化され、抵抗することもできずに、唇を奪われてしまったのだ。

 その得体の知れない能力は不気味ではあるが、このスクルドの身体は毛先一本までロウのものであり、ロウ以外の男がスクルドに触れるなど、とても許せることではない。

 思い出すと煮えたぎるような怒りが込みあがり、スクルドはなんとしても、あのナンという男を捕えて、それに応じる酬いを与えなければ気が済まない気持ちになっている。

 

 そのときだった。

 スクルドの探知のための魔道波がやっと異物を感じたのだ。

 場所は、王宮内でも王軍の軍営に近い場所であり、樹木の茂る王宮内の林の中だ。

 スクルドは、一緒に彼の捜索に当たっている者たちに通信のための魔道球を飛ばすとともに、瞬時にその場所に移動術で跳躍した。

 

「見つけましたわ」

 

 いた──。

 さっきと同じように、全く警戒をする様子もなく、樹木を背にして立っている。

 移動術で出現すると同時に、彼の周りを小さな結界で包んで閉じ込めた。

 

「さっきの美人さんだな。なんか、色んな連中が俺のことを追いかけて探しているようだけど、俺に構うなと忠告したはずだけどねえ」

 

 すでに、ナンは魔道で作った見えない檻の中に監禁状態だ。

 だが、慌てる様子もなく、平然としている。

 

「捕えましたわ。観念してください。もうすぐ王兵が来ます。それまで大人しくしてもらいますね」

 

 スクルドはさらに魔道結界を重ねて、三重に彼を閉じ込めた。

 いくらなんでも、ここから逃亡することは不可能なはずだ。

 

「ははは、美人に追いかけられるのは嬉しいけど、王兵は面倒だな。場所を変えるか。美人さん、これを解いてくれよ」

 

 魔道檻の中でナンが笑った。

 次の瞬間、信じられないことが起きた。

 スクルドの中から勝手に魔道が流れて、稼働檻が解除されてしまったのである。

 

「えっ?」

 

 スクルドは呆気にとられた。

 

「せっかく、わざわざ捕えられに来てくれたんだ。色々と教えてくれよ。大人の遊びながらね」

 

 ナンがスクルドの腕をとる。

 

「わっ、きゃああ──」

 

 すると、一気に身体が脱力して、手足が動かなくなってしまった。

 スクルドはナンに抱きかかえられる体勢になってしまった。

 

「さっきから、変だなあと思ってたんだが、あんたの顔がちっとも記憶に残らないのは、その得体の知れない首環のせいだな。外してくれよ」

 

 スクルドを抱き締めているナンがスクルドが首に嵌めている「認識阻害の首輪」に触れる。

 すると、またしても、スクルドの中から魔道が放出されて、勝手に首輪を外してしまった。

 もしかして、スクルドの魔道を勝手に操っている?

 そんなことが可能なのか?

 とにかく、逃げようと必死に抵抗しようとするが、まったく身体は動かない。

 

「へえ、そんな顔か。事前調査で得た情報にあったな。もしかして、第三神殿の神殿長だったスクルズか? あの兇王に殺されたという話だったが、もしかして生きてた? こりゃあ、いい土産話ができた。それにしても、この王国の、いや、魔道遣いというのはそんなこともできるのか。びっくりだよ」

 

 ナンが首環を地面に放り投げて笑った。

 

「あ、あなたは……魔道遣い?」

 

 おかしな物言いだと思った。

 “この国の魔道遣い”と言うのだから、この王国の者ではないことは確かだが、まるで自分は魔道遣いではないという言い方だ。

 いや、そもそも、スクルドはここまで自分が歯が立たない魔道遣いが存在するというのが信じられない。

 

「魔道遣い……じゃあないな。俺の国じゃあ、道士と呼ぶな。それよりも、さっきから一生懸命に抵抗しようとしているけど無駄だぞ。すでにあんたの身体中の気功は支配した。だから、こんなこともできる」

 

 道士?

 それは、北に位置するエルニア独特の呼び方だ。あの国では、こっちで魔道と呼ばれている力について、“道術”という言い回しを使うと耳にしたことがある。

 もっとも、それが本当に魔道と同義であるかどうかは、エルニア国が鎖国状態であるため、よくわかっていない。

 だが、思念はそこまでだ。

 ナンが腕を腹を抱いていた手をスクルドの乳房と股に持ってきたのだ。

 

「あっ、いやっ、な、なに──? な、なんです、これ──」

 

 その途端に、むず痒い感覚が胸と股間に襲いかかってきて、スクルドは悲鳴をあげてしまった。

 

「ははは、こんな感じだ。あんたの身体はすでに支配している。全ての感覚を思うがままだ。あんたをあっという間に色情狂に変えてやれるぞ。さあて、場所を変えるか。あんたがさっき言っていた王兵とやらが来る前にな」

 

 次の瞬間、スクルドはナンに抱えられたまま、どこかわからない場所に転移されてしまっていた。






【“終身独裁官”ロウ=サタルスについて】

 一般に伝承されているものの多くには、後に副王となるイザベラ女王によって、ロウ=サタルスが「終身独裁官」に任じられたとされたという内容が多いが、歴史的記録の観点ではそれは誤りである。
 諸王国時代の末期において、ロウは行政の全権限とともに軍の絶対指揮権を保有する臨時的な役職の「独裁官」には任じているが、イザベラの女王戴冠とともに任じられたのは「ハロルド公」であり、終身独裁官ではない。
 それにも関わらず、ハロルド公の名称が一般的でないのは、与えられたハロルド公の役職が独裁官と同じであったことと、ハロルド公就任の二年後にロウが皇帝位を得たことで、ハロルド公時代が極めて短期間であったことによる。
 また、ハロルド公時代においても、公的文書、私的文書のいずれにおいても、ロウを「独裁官」と称している記録が多く存在しており、これにおいて、ロウが引き続き「独裁官」という職名で一般的に呼ばれていたことも明らかにされている。

 いずれにしても、ロウが独裁官に任じた当時のハロンドール王国は、北方のエルニア国(恵月国)や西方の新ローム帝国、さらに旧皇帝家との軍事的対立が次々に発生し、その存亡をかけた挙国一致が必至となった時期であった。
 その軍事衝突がロウの独裁官としての辣腕の発揮の必要を生み、その推移の中で、建前上は独裁官とならなかったロウが結果的に、さらに権力を集中させた「皇帝」の地位に君臨する結果に繋がることになるのである。

 つまりは、当時の歴史的な背景がロウに「独裁官」としての立場をとることを求め、その役割を果たしていく過程で、ロウをもって、「ハロルド公」の正式名称よりも、「独裁官」あるいは、皇帝の同義語である「終身独裁官」の名称が一般的になっていったということである。
 
 
ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。


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1055 敵対皇帝の親友

「ご無沙汰しています。ところで、なんとお呼びすればいいですか? 先回にお会いしたときには、冒険者殿として会いました。しかし、ナタル森林では英雄公の肩書を授けられ、王国に戻ったという情報とともに、あなたは独裁官になったと知らされました。先ほどの戴冠式では、ハロルド公になったとか……。あなたに会ったり、噂に接するたびに地位も役職も変わっていく」

 

 目の前のランスロットが屈託のない笑みを顔に浮かべた。

 先ほど終わったイザベラの戴冠式と、今夕に予定されている一郎たちの婚姻式典の間隙を利用して行うことになったランスロットと一郎との会合だ。

 ランスロットは、ローム新皇帝を称したアーサーの親友にして腹心であり、今回の式典には、そのアーサー帝の名代として出席していた。

 これまでの一連の王国の騒乱のかなりの部分で、アーサーの謀略が関わっていることはわかっているし、アーサー側についても、エルザの帰国要請をこっちが無視していることで、いまや、両国間の関係は最悪の状況となっている。

 だが、表向きには、友好的な顔を見せ合っている。

 それが外交というものなのだろう。

 今回のランスロットの訪問にあたり、女王イザベラではなく、一郎と面会をしたいと希望を出したのは、ランスロット側だ。

 一郎は応じることにした。

 

 王宮内に設けられたふたりの会合のための部屋であり、一郎はベアトリーチェ以下の王軍から派遣された護衛数名である。

 いつもの三人は、婚姻式のための準備から抜けられないし、スクルドについても、いまは、あのナンという得体の知れない侵入者の行方を追っている。捕えたという報告はないから、まだ追っているのだろう。魔眼でも読み取れることは少なかったし、かなりの能力者ではないかという予感はある。

 それはともかく、会合に際して、ランスロットは、彼以外の誰も連れてこなかった。

 ただのひとりである。

 ランスロット自身が武芸に秀でており、彼に護衛は必要ないことはわかっているものの、これについては、一郎もちょっと呆気にとられた。

 

「お好きなように呼んでください。まあ、ロウとでも気軽に」

 

 ランスロットの言葉に、一郎はそう応じた。

 

「なるほど、それであれば、俺についても、ランスロットと呼んでください」

 

 ランスロットが笑みを浮かべる。

 それはともかく、一郎は目の前のランスロットが以前に会ったときの印象に比べて、いまの印象が随分とかけ離れていると思った。

 前回会ったのは、あのアーサーがこの王都に騎士隊を連れてやって来たときであり、一年近くほど前のことだ。

 キシダイン失脚の直後であり、アーサーは自分の妃として、アンやイザベラをもらい受ける交渉にやってきたのであり、ランスロットはその随行者のひとりだった。

 そのときのランスロットは、生真面目そうな好青年という印象であり、ひと癖もふた癖もありそうなアーサーに対して、ランスロットは控えな行儀の良さが目立っていた気がする。

 ところが、目の前にいるランスロットは、同じ人間ではあるものの、まるで別人であるかのような太々しさを感じる。

 なんというか、全体的に毒がある印象だ。

 まあ、根拠のない一郎の直感のようなものなのだが……。

 とりあえず、ステータスを読む。

 相手が男の場合は、大した情報は得られないのだが、それでも、その印象の違いの根拠が得られるかもしれない。

 

 

 

 “ランスロット=デラク

  人間、男

   新ローム帝国筆頭将軍

   伯爵家三男

  年齢:28

  ジョブ

   軍師(レベル50)

   戦士(レベル50)

   魔道遣い(レベル10)

  経験人数

   男0、女1

  ***と共生状態”

 

 

 

 共生──?

 なんのことだろう?

 だが、それ以上の情報は、一郎には読むことはできなかった。

 それに、以前に会ったときに比べて、ジョブに示されている能力レベルが随分とあがっている。

 確か、一年前のステータスでは、戦士レベルは“30”程度だったように記憶している。それが倍以上にあがっている。ほかのジョブレベルもだ。

 経験や訓練によって能力向上があることは当然だが、それにしてもあがりすぎだ。

 おそらく、よくわからない「共生」というのが関係あるのだろう。

 そして、もうひとつ興味を抱いたのは、一年前には童貞だった性経験が“女1”に変わっていることだ。女については、誠実そうな男なので恋人でもできたか?

 まあ、どうでもいいが……。

 

「ところで、ロウ殿、酒は飲みますか?」

 

「酒? まあ嗜みはしますね」

 

 飲むかと問われれば、特別に好きでもないが、飲めないわけでもない。

 ただ、酒といえば、以前に、無理矢理にエリカだか、スクルドだかに、尻から飲ませて大騒ぎになったことをふと思い出した。

 すると、ランスロットが腰に掛けていた袋から一本の瓶を取り出した。魔道袋だったみたいだ。

 

「デセオ産のドメーヌ・ワインです。あの国は女の味も格別ですが、酒の味も一流です。帝室の酒造から出してきたものです。四十年物です。この国でいえば、この国の内乱と粛清の嵐に導いた兇王と呼ばれたエンゲル王の時代です。まあ、時代はともかく、この年代のワインは最高級だと知られています」

 

 皮肉のつもりなのだろうか?

 ランスロットが木箱に入ったワインを差し出す。

 一郎は戸惑いながらそれを受け取った。

 でも、なんで、ワイン?

 

「乾杯……でもしますか?」

 

 婚姻式は夕方であり、まだ数ノスはある。

 一杯程度飲んだところで、特段に影響はないので試しに言ってみた。

 すると、なぜかランスロットは首を傾げた。

 

「うーん、飲みますか。だが、いまの反応でわかりました。ロウ殿は、酒には興味はないようですね。デセオ産のドメーヌ・ワインのその年代物は最高級品とされてます。ただ、戦争の重なった時代で残っているものも少ない。愛好家であれば、どれだけの代価を支払っても味わいたいと思うような貴重な逸品です」

 

 まったくなにがしたいのかわからない。

 とにかく、一郎は、護衛のベアトリーチェにグラスを二つ準備するように指示した。

 

「しかし……」

 

 だが、ベアトリーチェはちょっと躊躇うような反応を返した。

 こういう場では、簡単には開いての差し出す飲み物を食べ物を口にしない。毒が混入している可能性があるからだ。

 毒は必ずしも即効性とは限らない。

 魔道が発達しているこの世界では、遅効性にして、たちの悪い毒はいくらでも存在するようだ。

 

「問題ないよ、ベアトリ-チェ。悪意があれば、悪意で返せる。毒にしろ、剣にしろ、悪意をもって俺を傷つけようとすれば、その悪意は仕掛けた側に跳ね返る」

 

 これははったりだ。

 以前は、ルードルフ王がしていた「王家の宝珠」というすべての悪意ある攻撃を仕掛けた者に跳ね返すという暗殺防止の守り具を持っていたが、それは壊れてしまった。

 ただ、ランスロットがワインを手にしているいま、魔眼により、それがただのワインであることは読み取っている。なにも仕掛けられていない。

 ベアトリーチェの指示で、すぐに眼の前にワイングラスが運ばれてきた。

 

「せっかくなので、いただきますか。今度はロウ殿の喜ぶ土産を持参することにしましょう。俺もワインに眼がないので、世の中の者はすべてワイン愛好家と思ってしまう」

 

 白い歯を見せたランスロットが取り出した器具を使って洗練された動作でワインの栓を抜いた。

 その言葉で、一郎はやっとなんのためにワインを差し出したのかわかった。

 

「もしかして、これって、お土産という意味ですか?」

 

「個人的なね。帝国からの贈答品については、これとは別に正式な目録を渡してあります。これについては、俺が帝室の保管庫に忍び込んで持ってきた正真正銘の個人としての贈り物です。婚姻おめでとうございます」

 

 ランスロットが笑いながら、準備されたふたつのグラスにワインを少しずつ注ぐ。

 一郎はそれを手に取った。

 それはともかく、ランスロットの友好的な態度には戸惑うばかりだ。

 

「それはありがとうございます。うちには酒好きの女も多いので、ありがたく飲みます」

 

「それはいい。あと二本あります。後ほど、それもお渡ししましょう……。では、ロウ殿とあなたが愛する女性たちのために……」

 

 乾杯をした。

 

「……そして、この大陸を統一する新しい皇帝のために」

 

 すると、ランスロットが悪戯っぽく小さく付け足してから、ワインに口をつける

 一郎も口をつけた。

 最高級品とは言われたが、やはりよくわからない。多分、美味しいのだろう。

 一郎はグラスをテーブルに戻した。

 一方で、ランスロットは眼を閉じ、ワインの味を堪能するかのように、しばらく無言でワインを口の中で転がしてから、喉の奥に飲んだ。

 

「お土産で持ってきたもので、俺が愉しんではいけませんね。だけど、あなたがなにを好むのかという情報がなかったのでね。教えてもられば、改めて祝いの品を送りますから、よければ趣味とかを教えてください」

 

「いや、十分な贈り物です。感謝します」

 

 一郎の趣味といえば、まあ、いわゆる責め具だろうが、まさか、そんなものをランスロットに送ってもらうわけにはいかないだろう。

 性風習の盛んなデセオ産の淫具というのは興味はあるが……。

 

「そうですか?」

 

 ランスロットがグラスを置く。

 あっという間だが、いつの間にか空になっている。

 ワインを注ぎ足そうとワインに手を伸ばしたが、それはランスロットが制した。

 

「もう十分です。残りは是非、皆さんと」

 

 ランスロットはワインの瓶を横に移動させた。

 

「ところで、さっきのランスロット殿の言葉ですが、この大陸を統一するというのは、ハロンドール、ローム、ナタル、そして、エルニア国のことですよね。いつか統一されるのですか?」

 

「我が皇帝陛下はそれを望んでいますね」

 

 ランスロットがにやりと笑った。

 一郎はちょっと驚いた。

 

「つまりは、このハロンドール王国は、いずれ、ローム帝国に呑み込まれるということになりますが?」

 

「それは仕方はないかもしれません。さっきのワインが生まれた五十年前は、タリオはローム地区にあるひとつの小国にすぎなかった。そして、ハロンドール王国は途方もない巨人だった。しかし、いまや、タリオは日ののぼる国であり、ここの王国は日の没する国だ。あと十年もすれば、巨人というのはロームのことになり、ハロンドールというのは、帝国に含まれる一地方のことを差す地名になっているのかもしれませんよ」

 

「ローム帝国には、このハロンドール王国を侵略する意思があるということですか? わざわざ、それを宣言しに? だったら、それ相応の対応をしなければなりませんね。とにかく驚きました。とりあえず、我が女王陛下に報告してもよろしいですか?」

 

「いくらでもどうぞ。ただし、いまここで話していることは、俺の個人的な話です。帝国としての言葉ではないことは言及しておきます」

 

「個人的言葉? それがこの会談の目的ですか? 俺はてっきり、エルザをいまだにタリオに帰国させないことに抗議をされるのかと思ってましたけどね」

 

 一郎は笑った。

 

「もしも、ここでの話をなにかに記録するのであれば、ローム帝国から正式に抗議があったと記録しておいてください。実際のところ、どうでもいい。ああ、個人的にはですよ。妃に逃げられるのは、アーサーが悪い。あれは決して、いい夫とはいえないですからね。ああ、これは記録には載せないでください」

 

 ランスロットが首を竦めた。

 一郎は唖然とした。

 

「記録など作りませんよ。だけど、ちょっと驚きましたね。あなたは、アーサー陛下の親友だと思っていたんですけどね」

 

「親友ですよ。少なくとも、俺はそう思っています。ただ、あいつは嫉妬深いんですよ。それなのに、手に入れた女を大事にしない。だから、エルザ妃は逃げたのです。でも、正直、驚いたのは事実です。エルザ妃は、タリオにいるときには、アーサーに心酔しきっているようにしか見えませんでしたから」

 

「猫を被るのが上手なんですよ、あいつは。そして、したたかだ」

 

 一郎は声をあげて笑った。

 ランスロットは眉をひそめた。

 

「もしかして、エルザ妃については、もうロウ殿が? あなたが女扱いが上手なのは有名ですしね。アーサーは自分がそうだと思っているけど、本当の女たらしはロウ殿です。アーサーが喉から手が出るほどに欲しかったガドニエルの女王や、イザベラ女王の心を掴んだ。アーサーが嫉妬に狂うのは当然だ。だから、アーサーはこの国を目の仇にする」

 

「まさかとは思うけど、皇帝陛下の嫉妬心から、ハロンドールを侵略するんじゃないでしょうね」

 

 一郎はわざとらしく笑った。

 

「実際の話、戦争などというのは、実に馬鹿馬鹿しい理由で起きるものなのですよ。それを大義名分とかいう飾りで偽装する。しかし、本当に裏にあるのは、人の感情です。アーサーはロウ殿に強い感情を向けている。もしかしたら、憎悪に近いかもしれません。それを忘れないことですね」

 

「もしかして、俺は脅迫されているのですか?」

 

 どうして、ランスロットがさっきから挑発的な言葉を並べるのかわからない。

 そもそも、アーサーが一郎に敵愾心を抱いていることを改めて強調する意味も不明だ。

 すると、ランスロットが首を横に振った。

 

「俺はロウ殿を脅迫しているつもりもないし、敵対したいと思っているわけではありません。それだけは言っておきます。さっきも言いましたが、これは個人的会合です。ローム帝国の代表団としての言葉と、俺というランスロットとしての言葉は別です」

 

「わからないですね。つまりは、なにが言いたいんですか?」

 

「そうですね。つまりは、ここにいるランスロットは、目の前のロウ殿に個人的な友愛を求めているということです。土産はあなたが喜ぶものとしては不十分だったかもしれませんが、友情を約束してもらうのに、なにか求めるものはありませんか。品物でも……。なにかの行動でも……。あるいは情報でも……」

 

「友情? 情報?」

 

 一郎は面食らった。

 

「例えば、ロウ殿は今現在、タリオに総本山があるローム神殿と仲が悪い。それを取り持つとかはいかがです?」

 

「それをする代わりに、ランスロット殿と友情を? ああ、それは構いませんよ……。いや、そうじゃなくて、もちろん、友情を結ぶのはありがたい。個人的なことですよね。でも、教団との間に入ってもらうのは不要です」

 

「そうですか。わかりました。まあ、実際、神殿など伏魔殿ですしねえ」

 

 ランスロットは大きく息を吐いた。

 一郎はますます困惑した。

 

「もしかして、ランスロット殿は、個人的に俺になにかを頼みたいとか?」

 

 試しに訊ねてみた。

 さっきからのランスロットの言葉や態度から考えると、もしかして、そういうことではないだろうか?

 

「いまは、なんの頼み事はありません。将来はわかりませんけどね。俺が求めるのは、ロウ殿に貸しを作ることです。なにかのときに、俺の個人的な頼みを受け入れてくれるだけの貸しを……」

 

 ランスロットが意味ありげに言った。

 そして、握手を求めるように手を差出してきた。

 よくわからないが、まあ、いいだろう。

 一郎は差し出されたランスロットの手を握った。すると、さらにランスロットがもう一方の手を重ねてきた。

 手をがっしりと両手で握られる。

 すると、一郎の手の中になにかを握らされた。

 

「えっ?」

 

 握らされたのは紙の破片みたいだった。

 後ろの護衛たちにわからないように、なにかを渡された手を胸に移動する。そして、手の中を覗き見た。

 やはり、紙の破片だ。

 一郎はこの国の文字はまだ読めないので、はっきりとはわからなかったが、小さな字で地名や人の名前が書いている感じだ。

 すぐに、その紙を亜空間に移動させる。

 

「調べてみるといい。今日は時間をとっていただき感謝します。渡したものが有意義なものだったら、ロウ殿の借りにして欲しい。それと、さっき戦の話を少ししたけど、戦というのは、軍と軍がぶつかることだけを言うんじゃない。それは最後だ。戦いというのは、この平素の段階から起きるものです。謀略や調略とかね」

 

 ランスロットはそれだけを言うと立ちあがった。

 そして、魔道袋からさらに二本の木箱の入ったワインを出すとテーブルに置いてから退出をしていった。

 とりあえず、その場で見送りをしたが、結局首を傾げることばかりだった。

 

 ただ、もしかしたら……とは思った。

 

 あるいは、最後に隠すように渡されたのは、タリオが謀略や調略をかけている場所や相手のリストを示している?

 それをひそかに、ランスロットが一郎に漏らした?

 対価として、一郎になにかを求めるために?

 いずれにしても、首を傾げることばかりの会同であったことには違いない。 



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1056 寝取られ妃【旧大公宮】

 タリオ大公宮は随分とひっそりとしていた。

 夫アーサーとの婚姻生活を放棄しているエリザベートが、獣人少女のギネビアとともに暮らしている小家屋は、もともと人の往来が少ない大公宮の敷地の隅にあって周りは静かだったが、いまや、大公宮全体が閑散としている。

 しばらく前にローム皇帝を宣言したアーサーが主要な行政機構のほとんどを引きつれて、カロリックの公都ファンゴルンに移動したからである。

 それが、一時的なものになるのか、新ローム帝国としての恒久的な処置となるのかは、エリザベートは知らない。

 教えられてもいない。

 

 ただ、どうやら、ほとんどの行政組織を丸ごとファンゴルンに連れて行ったところを考えると、アーサーは設立を宣言した新ローム帝国の帝都をファンゴルンに置こうと思っているのかもしれない。

 ロームとは、いまや三つに分かれているタリオ、カロリック、デセオの地方の集まりだ。地政学的にはタリオのアナクレオンはやや北に寄りすぎ、カロリックの公都だったファンゴルンこそ、三地域の中心側に位置する。

 そんなこともあり、もしかして、アーサーはタリオ公国の行政機能をそのまま移動させ、旧カロリックの者も集めて、新たな首都を作ろうとしている可能性はある。

 

 いずれにしても、そんな慌ただしい引っ越しに、エリザベートたちは関係ない。アーサーにも一緒に移動するようにとは言われていないし、おそらく、言われても無視するだろう。まあ、無理矢理に強制されれば別だが……。

 もっとも、自尊心の高いあの男のことだから、ずっと蔑ろにしていたエリザベートを強引に連れて行こうとはしないと思う。

 エリザベートに意識を向ければ負けくらいに思っているに違いない。

 多分、どんな状況であろうとも、エリザベートが折れるまで徹底的に無視する。

 そんなわけで、エリザベートは、人が減って静かになった大公宮の敷地内で、相も変わらず好きなことをして勝手に暮らしているということだ。

 

 エリザベートは、いつのも通りに、庭に作った小さな畑に水やりをしていた。

 獣人娘のギネビア以外の一切の侍女などを排除しているエリザベートは、事実上の二人暮らしであり、毎日の畑仕事や家事は、エリザベートの日常だ。

 警備もいると思うが、アーサーはエリザベートに見えないようにさせて、余程のことがなければ、警備の兵などの姿を見ることもない。

 できるだけ寂しく、さらに不安にさせておくというのが、アーサーのいやがらせらしく、この状況になってずっとこの感じだ。

 だから、腐っても大公妃であるエリザベートが畑仕事をしようと、外で洗濯をしようと、邪魔な視線もない。

 エリザベートはせいせいしている。

 

「遅いわねえ……」

 

 エリザベートは畑仕事の道具を片付けながら、林に向こうに見える大公宮の本館側の屋根を眺めながら呟いた。

 水撒きと雑草抜きを終えると、陽は中天に近くまであがっていたが、いつもなら、まだ早朝のうちに大公宮の厨房から食材を受け取って戻るはずのギネビアがいまだに戻ってないのだ。

 大公宮内の獣人差別は禁止されているが、実際には獣人であるギネビアへの風当たりは強いと耳にする。

 しかも、エリザベートがアーサーから疎外された「忘れられた大公妃」と呼ばれているのを知っており、それもあって、ほかの大公宮内の侍女や召使いなどが、ギネビアに対して、苛めのような嫌がらせをするのも日常茶飯事だという。

 明るいギネビアはなにも言わないが、また、意地悪をされているのではないかと心配だ。

 

「あれ?」

 

 しかし、室内に戻ったエリザベートは、思わず声をあげてしまった。

 テーブルの上に、一個の半透明の球体がぽつんと置いてあったのだ。こんなものは、エリザベートが庭に出る前にはなかったものだ。

 それに、もしかして、これは「映録球」というものではないだろうか。

 映録球というのは、どこにでもある記録用の魔道具であり、この中に映像や音声を記録して、好きなときに自由に投影できるようにしたものだ。

 

 だけど、どうして、こんなものが……?

 

「ギネビア、戻っているの?」

 

 返事はない。

 エリザべートは首を捻った。

 すると、いきなり映録球の投影が開始された。

 

「えっ、ええっ?」

 

 エリザベートは目を丸くした。

 球体から宙に投影され始めた映像は、男女が寝台の上で絡み合う姿だった。しかも、場所はこの建物の中であり、愛し合っているのはエリザベートとランスロットである。

 一瞬にして、頭から血がさがるのがわかる。

 それがいつのものなのか、エリザベートにははっきりとわかった。

 カロリックの遠征から戻ったランスロットが半ば強引にエリザベートを襲い、そして、エリザベートもそれを受け入れた。

 あの夜のものだ。

 

 そのときのランスロットは、エリザベートの知っていたランスロットではなかった。

 憤怒──、悔悟──、憎悪──、悲観──。そういう悪感情に包まれた追い詰められているランスロットだった。

 その理由も後でわかった

 ランスロットは、アーサーに対して、カロリック遠征の報償として、エリザベートの降嫁を願ったのだそうだ。しかし、あの唐変木はそれを拒絶したらしい。

 エリザベートはそれを教えられて、アーサーへの怒りしか沸かなかったが、ランスロットは絶望したようだ。

 そして、処刑を覚悟でエリザベートを凌辱したのである。

 

 嬉しかった……。

 あれほどの激しい愛──。

 拒絶できる女などいるだろうか……。

 そして、エリザベートは受け入れた。

 受け入れて、ランスロットの女になった。

 

 多分、そのときのものだ……。

 

 まさか、記録されていた……?

 

 慌てて、映録球の映像をとめようとした。

 だが、そのやり方がわからない。

 動顛して映録球の表面を手で押えてみたが、変わらず映像は投影され続ける。しばらくすると、愛をささやき合うふたりの睦声まで流れ出した。

 

「いかがですか、大公妃殿下。ご感想は?」

 

 突然に声がした。

 はっとして我に返る。 

 ふり返る。

 騎士の格好をした男が立っていた。エリザベートにはその男に記憶があった。アーサーに命じられて、この小屋敷の警護をしていた男だ。

 名前も知らないが、最初に挨拶をされて、その後数回接触したことがある。

 

「お、お前がやったことですか──。すぐに消しなさい。これは命令です──」

 

 エリザベートは怒鳴った。

 だが、男はにやにやと微笑むだけだ。

 エリザべートはかっとなった。

 

「とにかく、映像をとめて──。すぐによ──」

 

 エリザベートは金切り声をあげた。

 すると、やっと映像が空中から消滅する。

 

「気に入ってくれると思ったんですけどねえ。言っておきますが、これは複製です。映録球の複製というのは簡単にできるんですよ。そして、俺になにかがあれば、これを公都の広場で再生する手筈になってます。それだけでなく、主要な高官や高級軍人のところに無記名で送られます。もちろん、カロリックにおられる皇帝陛下のところにも届くでしょうね」

 

 エリザベートは愕然となった。

 

「お、お前はなにを言っているのかわかっているのでしょうね──。そ、それを他人に見せると?」

 

「そうですよ。不貞の証拠です。俺としては、報告の義務があります」

 

「待ちなさい──。それは許しません」

 

 エリザベートは素早く戸棚に走った。

 そこに短銃があるのだ。火縄式ではなく、タリオにおいて最近開発された最新のものであり、火薬と一体型になった弾丸というものを装填するタイプのもので、技術なしに女子供でも扱えるというものだ。

 すでに弾丸は装填してあり、引きがねを引けば弾が出るようになっている。

 それを男に向ける。

 

「あなたの名は?」

 

 訊ねた。

 ここでこいつを殺したとして、すぐに仲間を捕えて、映録球に複製を処分する必要がある。服装も平服であり、これといって特徴はない。

 そのためには、まずは誰が協力関係にあるのか白状させることだ。

 一方で、エリザベートが名前を訊ねると、男が目に見えて失望した表情になる。

 

「覚えてないのですか?」

 

「いいから名前を言いなさい──。撃つわよ──」

 

 エリザベートは短銃を男の膝に向ける。

 本当に撃とうと思った。

 

「ネトルとでもしときましょうか。あなたの護衛です。いつもあなたを見てます。いつもね……」

 

「護衛?」

 

 記憶にはない。

 だが、護衛というのであれば、そうなのかもしれない。

 

「ええ、護衛です。もうひとつの役割は、エリザベート妃殿下の監視ですね。申し訳ありませんが、俺が見聞きしたものは、すべて報告の義務があるんです」

 

 エリザベートが銃を向けているというのに、ネトルは怯む様子もない。

 だが、まずい……。

 諜報員か……。

 アーサーがそういう存在をひそかに潜ませているのは十分に予想できることだ。

 エリザベートは自分の迂闊さを悟った。

 

 しかし、こうやって、そのネトルが映録球をエリザベートに見せたということは、なにかの取引をしたいのだろう。

 さもなければ、報告をして終わりだ。

 そもそも、あの映録球の映像は、一か月くらい前のことだ。

 おそらく、ネトルは、これをまだ報告していない。

 間違いない。

 

「取引をしましょう。わかったわ」

 

 エリザベートは用心深く銃を向けながら言った。

 ネトルがにやりと笑った。

 

「話が早いですね。さすがは妃殿下です。今夜一晩。それで結構です。それと引き換えに、映録球をお渡しします。複製のうちの半分を」

 

「半分? なにを言っているのよ。全部よ──。あっ、いえ、そもそも、複製は全部でいくつあるのです?」

 

「約五十個でしょうか。言っておきますが、その銃で脅しても無駄ですよ。あちこちに隠してあります。それに協力者に渡している分の複製の保管場所は、俺は知りません。俺を拷問して情報を引き出しても、映録球が出回ることになってます」

 

「はったりね……、あなたは、映録球をひとりで隠している。協力者がいるなんて嘘よ。あなたが言ったとおり、拷問をして聞き出すことにするわ」

 

 エリザベートはネトルの頭に銃を向け直す。

 すると、ネトルが笑いだした。

 

「なにがおかしいのよ──」

 

「それを撃つと後悔することになりますよ、妃殿下。テーブルの下にある箱を見てください」

 

「箱?」

 

 エリザべートは眉をひそめた。

 だが、テーブルの上にばかり気を取られて気がつかなかったが、テーブルの下に見知らぬ木箱がある。

 

「なにが入っているの?」

 

「開けてみることです。それでわかります」

 

 ネトルがお道化たように言った。

 エリザベートは迷ったが、テーブルから距離をとって離れ、銃を向けてネトルを見る。

 

「開けなさい。ゆっくりとよ」

 

 顎で箱を示す。

 ネトルが肩を竦めた。

 だが、逆らうつもりはないみたいだ。

 エリザベートの言う通りに、ゆっくりとした動作で箱に近づいて箱をテーブルの上にあげた。

 そして、蓋を開いて、中のものをテーブルの上に拡げる。

 

「あっ」

 

 エリザベートは思わず叫んだ。

 中に入っていたのは、ギネビアが今朝、身に着けていた服だ。間違いない。しかも、下着まである。

 どういうこと?

 エリザベートは自分の顔がさらに蒼ざめるのを感じた。

 ギネビアはさらわれて監禁されている?

 しかし、まだ幼さが残るギネビアだが、戦闘力はかなりのものだ。そのギネビアをさらって監禁し、服を剥した?

 ならば、本当に協力者がいるというのは信憑性がある。

 

「協力者がいるということが理解できましたか、妃殿下? あなたには俺との取引に応じるしかないということです。俺の分の半分の複製については、さっき告げた条件で全部渡します。不安であれば、魔道契約書を交わしてもいい。約束しましょう」

 

「魔道契約書……?」

 

 魔道契約書というのは、言葉の通り契約事項を魔道で約束することだ。破ることのできない盟約ということになる。

 エリザべートは魔道を遣えないのが、この場合、どちらか一方が魔道遣いであれば、盟約は成立する。

 

「嘘じゃありません。準備してきてます……。出しますよ。撃たないでくださいね」

 

 ネトルが懐から水色に染まった羊皮紙を取り出した。

 魔道契約用の用紙だ。

 

「わかったわ。なら、条件ね。それと残りの半分とギネビアの身柄も返すと約束しなさい」

 

「俺が契約できるのは俺の分だけです。しかし、契約にギネビアの身柄を渡すというのは載せてもいい。協力者と会わせるということもね」

 

 エリザベートは迷った。

 だが、協力者というの誰かわからない限り、応じるしかないだろう。ギネビアを人質に取られているということもある。

 こいつがなにを要求するか不明だが応じるしかないのか……。

 

 とにかく、いまなら間に合う。

 場合によっては、ハロンドール王国に行ったランスロットに知らせて、そのまま逃がすという手もある。

 それで思ったが、目の前のネトルがいまエリザベートに接触したのは、そのランスロットがこの国にいないせいだろう。

 ランスロットは、ローム帝国からの出席者ということで、ハロンドールで行われるロウ=ボルグと女王たちの婚姻式典に参加しに行っている。

 

「条件を言いなさい」

 

 エリザベートは言った。

 すると、ネトルが笑いだした。

 

「条件はさっきも言ったじゃないですか。今夜一晩です。俺と寝てもらいます。そのお美しい身体で、いまから明日の朝まで、俺に仕えてもらいます。性奴隷としてね」

 

 エリザベートは表情を強張らせてしまった。

 

「馬鹿なことを言わないで──」

 

 大声で怒鳴った。

 自分の声が震えているのがわかる。

 

「馬鹿なことですか?」

 

「あ、当たり前です──。わたしをなんだと思っているんです──」

 

「アーサー陛下の妃でありながら、筆頭将軍のランスロット閣下を閨に連れ込んだ悪女でしょう。それ以外のものはいりませんし、興味もありません。でも、考えてみてください。妃殿下が俺と一晩付き合う。たったそれだけで、話が終わるんです」

 

「冗談じゃないわ」

 

 この男と性愛をすること想像しただけで虫唾が走る。

 

「そうですか? 悪い取引じゃないと思いますけどね」

 

「ふざけないで──」

 

「じゃあ、はっきり言いましょう。俺も協力者も求めるのは同じです。たったの二回。それですべてが収まる。あなたは何食わぬ顔で、ランスロット将軍と密会を続ければいいし、ランスロット将軍もあなたも不義密通で処刑されなくて済む。取引に応じれないなら、その引き金を引いてください。ただし、あなたは将軍を道連れに破滅することになります」

 

 身体が凍りつく。

 確かに、これが発覚すれば、エリザベートは当然として、ランスロットもただでは済まない。

 あのアーサーの気性はエリザベートがよく知っている。

 自尊心の高いあの男が自分の妃を寝取られて許すとは思えない。

 もっとも、アーサーとランスロットは、親友にして盟友だ。これからもランスロットの武勇は、ロームになくてはならない存在だ。

 もしかしたら、エリザベートとランスロットの不貞を知っても、黙って許す可能性があるのか?

 いや、そうだとしても、それはこの不貞が世間に公になっていない場合だけだろう。

 公都の広場で一般に公開されてしまったりしたら、アーサーもランスロットを処罰しなければならなくなる?

 だめだ。

 思考がまとまらない。

 

 どうすればいい?

 どう選択したら、ランスロットに迷惑がかからない?

 それにギネビアのことも……。

 

「考えるだけ無駄なんだよ──。お前は取引に応じるしかないんだ──」

 

 突然にすぐ近くでささやかれた。

 いつの間にが、すぐ目の前まで距離を詰められていたのだ。

 咄嗟に短銃を撃とうと思ったが、それは呆気なく取りあげられた。

 

「あっ、いやっ──」

 

 気がつくと、身体を抱きすくめられていた。

 床に膝立ちでうつ伏せに倒される。

 しかも、両手首を背中に回されて後ろ手に紐で固定されてしまった。

 あっという間のことだ。

 

「な、なにをするのよ──。離しなさい──。離して──」

 

 必死に暴れようとした。

 だが、ネトルから簡単に関節を決められて動けない。

 しかも、口に丸薬のようなものを入れられた。すぐに吐き出そうとしたが、口を塞がれて、それを阻止される。

 

「んっ、んんんっ」

 

 丸薬が唾液で溶けていくと、瞬時に身体が弛緩していった。

 しかも、身体がかっと熱くなる。

 それだけでなく、胸や下腹部から強烈な疼きが発生して、全身に拡がっていく。

 まさか、媚薬──?

 

「すぐに効いてきますよ。魔道が刻んである特別な薬ですからね。あっという間に思考ができなくなり、あとはただの雌犬に成り下がります。言っておきますが、まだ契約前なんで、これは映録球を渡す条件には入りませんからね。どういう盟約を結ぶかは、一晩かけて犯しながら話し合いましょう」

 

 後ろからスカートがまくられ、下着が剥された。

 そして、秘部を指でまさぐられる。

 

「んんん──。んぐうう──」

 

 犯される──。

 エリザベートに本物の恐怖が走る。

 そのあいだも、口の中の丸薬が溶け続けるのがわかる。もうほとんど飲んでしまった。

 すると、視界が揺らぎ、ぐるぐると目が回った感じになり、なにも考えられなくなる。

 また、股間の異常な熱さがさらに大きくなる。

 

「もうびしょびしょだ。これを準備したのは正解だったな──」

 

 指が抜かれて、ネトルが下半身を剥き出しにしたお尻に密着させたのがわかった。

 さらに勃起している男根がお尻の下に伸びてきて、媚肉に挿入してきた。

 

「あああっ、いやああ」

 

 やっと口から手が離れた。

 だが、すでに、媚薬は完全にエリザべートの身体の中だ。

 逃げようとしたが、自由になった手で改めて身体を押えつけられて動けなくなる。

 そのあいだも、挿入が深まっていき、そして、すぐに律動が始まった。

 

「ああっ、あっ、やめて──。やめてええ──」

 

 快感が拡がる。

 口惜しいが気持ちいいのだ──。

 抽送が激しくなり、気がつくと、エリザベートの悲鳴は嬌声に変わってしまっていた。

 繰り返し後ろから子宮を突かれ、エリザベートは絶望しながらも、快感を飛翔させていった。

 

「ああ、やった──。俺はやった──。犯してやった──。エリザベートを犯してやった。もう逃がさねえ。俺から逃げられないように、盟約を結んでやる。俺の性奴隷だ──。ああっ、出る──。出るうう──」

 

 ネトルが激しく腰を打ちつける。

 そして、精を噴きあげたのがわかった。

 

「あああっ」

 

 膣の中に粘っこい濁液が氾濫する。

 そのおぞましさに震えながらも、エリザベートは絶頂の声をあげてしまっていた。





 *

【作者より】

 この続きとなるエリザベートの凌辱は、現段階で投稿の予定はありません。(書けば長くなるので…)。その後の物語は、いずれ機会がありましたら…。


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1057 魔女狩りの道術士

 移動術──?

 

 跳躍のときの独特の感覚が身体を襲う。

 しかし、どこかに辿り着いたと思った途端にくスクルドの視界は消滅した。

 まったく眼が見えなくなったのだ。

 また、四肢が完全に弛緩して、その場に跪いていた。

 

「あっ、どうして──?」

 

 動顛して、必死に辺りを探ろうとする。

 だが、両手を背中に回させられて、手錠のようなものを両手首に嵌められてしまった。

 ただ、スクルドが蹲っている場所は土や草ではなく、木の床の感触があった。また風の動きも感じない。

 もしかしたら、どこかの建物の中に連れてこられたのかもしれない。

 でも、どこなのか?

 しかし、それ以上考えることができなかった。

 襲い掛かっている掻痒感がいよいよスクルドを切実に蝕み始める。

 

「ああっ、な、なんで……」

 

 スクルドは背中で拘束された拳を握りしめ、太腿を必死に擦り合わせた。

 

「ははは、あんたには、あの独裁官のことを色々と教えてもらうとするかな。死んだはずのあんたが生きているというのは、多分、あの独裁官様が深く関わっているんだろう? まあ、悪く思うな。これも商売でな」

 

 さらに、首になにかを嵌められた。

 首輪のような感触だ。

 そして、股間と乳房に猛烈な痒みが襲い掛かってきた。

 

「ああっ、これはなに──。痒いわ──」

 

 スクルドは歯をかちかちと鳴らしながら、腰や胸を狂おしく捩った。

 

「痒いだろう。だんだんと痒くなるぞ。まあ、ありきたりだが、女を訊問するには色責めが効果的だ。しかも、女ってえのは痛みに強いのが多いが、痒みには耐えられないみたいだしな。あっ、いや、これは女も男も一緒か」

 

 ナンがすぐそばで高笑いしている。

 そのあいだも、どんどんと痒みが激しくなる。

 

「痒い──。痒いわ──」

 

 必死に身体を揺すった。

 だが、全身の痺れのような脱力感は消えない。

 まるで、自分の身体でないかのようだった。

 

「おいおい、ちっとは慎み深くしてくれよ。山の中の一軒家じゃないんだぞ。王都で借りてる住居街の一角だ」

 

 ナンがまた笑う。

 王都の住宅街……。

 すでに、王宮ではないのか……。だが、まだ王都内か……。

 とにかく、懸命に魔道を練る。

 しかし、身体の中の魔力の元である魔素の流れが凍りつかされたかのように動かない。なにかによって、魔道が阻止されているのだ。

 だが、まったく動かないわけではない。

 身体の中の魔素の流れをせき止めているなにかをぶち破ろうと、一気に大量の魔素を動かす。

 

 回復術──。

 

 すると、失われていた視界が回復した。

 ぼんやりとだが、見知らぬ建物内の風景が眼にうつる。

 一組の木製の机と椅子、そして一枚の毛布が転がっているだけの何もない小屋のような建物だ。

 

「ほう、驚いたな。支配してやったと思ったけど、まだ、魔道を動かせるのかい。だけど、無駄なことだ。あんたの魔道は俺が乗っ取ってる。魔道遣いってのは、身体を魔素で充満させるんだろう? だから、こうやって気功で支配してやれば、肉体どころか、感覚までも思うままだ。痒みを引きあげてやるよ」

 

 とんと首の後ろを指で圧迫された。

 すると、股間にさらに猛烈な痒みが襲い掛かった。

 

「うああっ、そんなあ──」

 

 スクルドは歯を喰いしばった。

 限界を遥かに越える痒みだ。

 気が変になりそうなくらいだ。

 

「そらよ。股ぐらを椅子に擦りつけな。逃げられない程度に脚の力を戻してやる」

 

 ナンが部屋の隅から椅子を持ってきて横倒しにする。

 また、まるで感覚がなかった両足に、ほんの少しだけ力が戻った気がした。

 もう、なにも考えられない。

 できることはひとつだ。

 這うようにして椅子に辿りつき、最後の力を振り絞るようにして、横倒しの椅子の背もたれ部分に跨る。

 ローブとスカートの内側の下着の布地に、背もたれ部分が直接に当て、自ら腰を前後に動かした。

 

「ああっ──」

 

 スクルドは天井を仰ぐようにして、甘い声をあげていた。

 強烈な痒みが椅子の背もたれに擦れて癒されるのは、脳天が解けるほどの気持ちよさだ。

 快感の塊が次々に稲妻のように突き抜けていく。

 

「哀れなもんだな。大美人が台無しだ。じゃあ、せんずりは終わりだ。そろそろ訊問だ」

 

 首が引かれて、身体を床に引き倒された。

 あまりもの掻痒感に意識が回らなかったが、やはり首に鎖付きの首輪を嵌められていたのだ。

 それを思い切り引っ張られて、椅子から離された。

 

「あの独裁官の秘密を知っている限り喋るんだ。だが、その前に、あんたを見てると堪らなくなってきた。一発抜かしてくれよ」

 

 身体からローブが剥ぎ取られ、次いで、内側の服を引き破られた。

 あっという間のことだ。

 ナンにお尻を向けさせられて、下着も剥ぎ取られた。

 

「ああっ、なんだこれは──?」

 

 だが、スクルドが身に着けていた下着を放り捨てようとして、ナンが叫んだ。

 下着を裏返して、股間の部分をじっと見ている。

 

「この薄いのはなんだ? ただの当て布じゃねえな。なんだ、この細工は──?」

 

 腰を蹴られて仰向けにひっくり返された。

 そのスクルドの腹をナンが踏みつけ、下着の裏地側をスクルドに見せつける。

 

「べ、べっとりと濡れてますね。い、淫乱な身体で、も、申し訳ありません」

 

 スクルドは微笑む。

 もっとも、確かに下着の内側はスクルドの愛液でびっしょと糸を引くほどに濡れていたが、ナンが見つけたのはそれではない。

 スクルドが身に着けていた下着の股間の裏地には、緊急信号を発散する護符がついていたのだ。

 ほんの薄いものであり、小さな布片ではあるものの、ちゃんと魔道陣が刻まれていて、王都内程度なら救援を求める魔道信号を放出できるようになっている。

 作ったのはユイナであり、魔道紋を刻んでいる布部分に熱を込めたり、強い力を与えれば、魔道が効果を及ぶと説明されていた。

 だから、必死で擦って摩擦による熱を与えたのだ。

 馬鹿なものをとは思ったが、万が一を思って下着に忍ばせておいてよかった。まあ、ほかにも数箇所に隠しているが、ほかの場所は不自然な動きでばれると思ったので、うまく発動できてよかった。

 スクルドの身体の魔素は支配されたが、護符から発散するのは、スクルドからではなく、あらかじめ護符に刻まれている魔素だ。

 ナンの支配の外だったみたいだ。

 

「もしかして、魔道護符とかいうやつか──。この紋様の意味は? 言わねえか──」

 

 首差の鎖を引っ張れて、頬を思い切り張られた。

 スクルドの顔が横に跳ぶ。

 しかし、首輪の鎖に阻まれて引き戻される。

 

「質問に答えろ──」

 

 反対側を張られる。

 

「ひんっ」

 

 スクルドは悲鳴をあげた。

 口の中に鉄の味が拡がる。どこか切ったのかもしれない。

 

「そ、それは、わたしの自慰のときに使う淫具ですわ。ご主人様に構ってもらえないときには、それで慰めるのです」

 

 顔を引きあげられて、再び詰め寄られたので、スクルドは微笑みながら言った。

 すると、首に手がかかり、そのまま投げ飛ばされた。

 

「ふぐう──」

 

 壁に叩きつけられる。

 スクルドはそのまま股を拡げてひっくり返ってしまった。

 

「舐めると承知しないぜ。女には優しいが、それは嘘をつかれない場合だ。俺は嘘を言われれば切れる」

 

「あぐうっ」

 

 近づいてきたナンに横腹を蹴られた。

 しばらく息ができず、スクルドは嘔吐を堪えて、激しく咳き込む。

 

「はあ、はあ、はあ……。わ、わかりました……、ほ、本当のことを言います……」

 

「本当のこと?」

 

 ナンが訝しむようにスクルドを睨む。

 

「さ、さっきのは嘘でした……。ご主人様にお会いしてから……じ、自慰なんかしません……。ご主人様の愛がき、気持ちよくて……そんなんじゃ、ま、満足できなくて……」

 

「こいつ──」

 

 ナンの顔が怒りで真っ赤になる。

 だが、すぐに冷静さを取り戻したような表情に戻った。

 

「こりゃあ、俺としたことが熱くなったか……。自分で口にしながら忘れてたぜ。女には蹴ったり叩いたりするよりも、色責めだ」

 

 すると、ナンが両手を身体の前で上下に重ねながら、ぶつぶつとなにかを呟きだす。

 

「ひああっ──。あああっ」

 

 スクルドは大きく上体をのけぞらせた。

 股間をなにかに貫かれたかのような感覚が襲い掛かったのだ。貫かれたのは男の性器だ。

 もちろん、その感覚だけで、実際にはなにも挿さってはいない。

 だが、感覚だけは紛れもなく、見知らぬ男の性器だ。

 それが繰り返し律動を繰り返す。

 掻痒感に襲われている股間に、凄まじいほどの快感が迸る。

 

「あああっ」

 

 スクルドは絶叫した。

 再びナンの笑い声が部屋に響き渡る。

 

「ははは、しばらく擬似セックスで悶えてな」

 

 ナンの嘲笑が聞こえる。

 だが、五体に響き渡っていく愉悦がそれを認識の外に追い出していく。

 眼が眩むほどの快感だ。

 おそらく、また肉体の感覚を操作されたのかもしれない。

 鮮烈な快美観が身体の芯に次々に繰り返して襲い掛かる。

 

「ああ、いやああっ」

 

 どこまでもせりあがる快感に耐えられずに、スクルドはあられもない悲鳴をあげていた。

 

「じゃあ、これはどうだ。敬虔な元神官様は、アナルセックスなんて、経験がないだろう? こんな感覚だ」

 

 腰の横をとんと指先で押される。

 すると、なにも入っていないはずのお尻の中がまるでディルドのようなものでかき回されるかのような感覚が襲い掛かる

 

「あおおっ」

 

 脳天を突き抜けるような感覚だ。

 スクルドは全身を突っ張らせた。

 それまでの刺激とも次元が違っていた。

 身体の芯にあるものが完全に砕かれたような感じになる。

 ナンの高笑いが響く。

 

「魔女様の感覚は、もうなんでも操れるぜ。試しに、絶頂中の感覚をそこで停止してやろうか? 何度か試したがどんな気丈な女傑でも、絶頂状態での感覚維持には、のたうち回って、憐れみを乞いたぞ。あんたはどんな醜態を晒すかな? こんな気持ちのいいことの経験はねえだろう? あんたを朝から晩まで性のことしか考えられない色情狂にしてやろうか」

 

 すると、全身の熱さがさらに拡大する。

 スクルドは歯噛みした。

 またもや、感覚をいじられたに違いない。

 

「うあああっ」

 

 前後からの律動の感覚は襲い続けている。

 そして、ついに快感が限界を突破してし、峻烈な絶頂感が襲い掛かった。

 

「ほら、ここで停止だ」

 

 とんと頭を軽く指で突かれた。

 その瞬間、明らかに全身に異変が起きた。

 ナンの言葉通りに、絶頂感覚が静止したのだ──。

 本当に、絶頂が爆発した、まさにその瞬間のまま……。

 

「あああっ、あがああっ、いやああっ──」

 

 スクルドは悲鳴をあげて、動かない身体で全身をのたうちまわした。

 膨れあがった絶頂感がそのままずっと保持されている。

 狂う──。

 こんなの狂ってしまう。

 

「暴れるなって……。言っておくが、俺が術を解除しねえと、いつまでたっても、その状態のままだ。俺は道士は道士でも、色術が一番得意でな。淫魔師様のナンだ。そうだなあ。なんでもいいから、独裁官について知っていることを喋ろ。それで解放してやる……。ただし、次の訊問もあるぞ。今度は絶頂寸前で感覚を静止して訊ねてやる」

 

 ナンがスクルドの腹を踏みつけた。

 スクルドはまるで捕えられた虫のように身体を暴れさせる。

 しかし、次の瞬間、不意に圧迫感がなくなった。

 

「うがあっ」

 

 ナンの悲鳴が響く。さらに床に叩きつけられたような音も……。

 身体が抱き起される。

 

「スクルド──」

 

 抱き起したのはベルズだ。

 神官服を身に着けていて、そのベルズからスクルドの身体の中に魔道が注がれるのがわかった。

 途端におかしな感覚が消滅して、身体が楽になる。

 苦しかった掻痒感も一気に小さくなった。

 

「エルニアの犬って、耳にしたけど本当かい? 大人しく閉じこもってりゃいいのに、なんの目的で間者を送ってきたんだい?」

 

 顔を向ける。

 スクルドたちと、床に倒れたナンのあいだに、ノルズが立っている。

 雰囲気からすれば、どうやら、このふたりは移動術でここまで転移するとともに、ノルズがナンを蹴り飛ばしたみたいだ。

 ナンがゆっくりと立ちあがった。

 

「エルニア? なんで、そう思う?」

 

 ナンがちょっとだけ顔をしかめている。

 

「なんでだっていいだろう。だけど、好き勝手やってたようだね。大人しくな」

 

 ノルズが腰から短剣を抜いた。

 

「まあいいや。とにかく、やっぱり来たな。次はふたりか。逃げてもよかったが、もしかしたら、また魔女でも狩れるかと思って時間を潰して待ってたぜ」

 

「はあ?」

 

 ノルズがじりっとナンに寄る。

 ナンが宙から剣を取り出すようにして構える。

 収納術だろう。

 

「今度も美人だな……。そして、そっちは第二神殿の筆頭巫女のベルズだな。足技の得意な日に灼けた姐ちゃんは知らねえなあ。二人とも魔道遣いか?」

 

「さあね」

 

 ふたりが剣を構えて向き合う。

 

「き、気をつけて──。その男は不思議な術を使います。わたしたちの魔道を操るのです」

 

 スクルドは叫んだ。

 

「そういうことだ」

 

 ナンが笑った。

 

「はうっ」

 

 次の瞬間、スクルドを抱きかかえていたベルズが突然に脱力した。

 

「ひいっ──。なに、なにこれ──」

 

 ベルズがスクルドを抱きしめたまま身体を突っ伏す。

 はっとした。

 おそらく、スクルドと一緒だ。

 いきなり、身体の感覚の支配を奪われて、弛緩させられただけでなく、性感を操られたのだ。

 顔を真っ赤にして震える姿は、まさに全身の性感という性感を沸騰させらているように感じる。

 

「ああ、ベルズ──」

 

 スクルドは叫んだ。

 だが、いまの一瞬、魔道を操られて支配を乗っ取られる切っ掛けがわかった気がする。

 スクルドもそうだったが、ベルズがナンの前で魔道を遣ったときだ。さっきスクルドに回復術を掛けてくれたが、もしかしたら、そのときにナンに魔道の支配を奪われたのかもしれない。

 

「ちっ、おかしな術を……」

 

 ノルズがナンに跳びかかる。

 ナンがノルズの短剣をいなして、身体を横に跳ばせる。

 ノルズも横に跳ぶ。

 

「ノルズ、気をつけて──。魔道を遣うと、身体の支配を奪われるわ──」

 

 スクルドは声をあげた。

 しかし、次の瞬間、突然にスクルドの手がノルズに伸びて、手から電撃がノルズに向かって発射された。

 

「うがああっ」

 

 背中に電撃を浴びたノルズがその場に崩れ落ちる。

 スクルドの魔道を操って、ノルズに襲わせたのだ。

 ナンが蹲ったノルズの眉間に指を置いた。

 

「ぐあっ」

 

 ノルズが眼を剥く。

 そして、身体が硬直したようになり、その全身から汗が噴き出して、身体が震え出した。

 ナンは指をノルズの眉間に押し続けていて、さらにノルズの身体の痙攣が大きくなる。

 

「ああっ……や、やめ……やめて……あっ、あああ……あああっ」

 

 ノルズが尻もちをついて崩れ落ちた姿勢のまま、身体を伸びあがらせた。

 その身体ががくがくと揺れる。

 そして、それがしばらく続き、やがて、ノルズの腰の下から放尿が床に拡がりだす。

 

「威勢はよかったけど、気持ちよすぎると失禁するタイプか? まあ、そういうのも嫌いじゃねえけどね」

 

 ナンがノルズの首に鎖付きの首輪を嵌め、さらに両腕を背中に回させて手錠をかかける。それだけでなく足首にもかけた。手錠や首輪はやはり、収納術で出していた。

 そのあいだ、ノルズは抵抗しなかった。

 できないようだ。

 まだ、絶頂感が連続で続いているようであり、いまだにびくびくと身体を震わせている。

 

「お痛は終わりだな。これで三匹。いやあ、いい狩りだった。三匹も独裁官様の女を集めれば、情報収集には十分かな」

 

 ナンが新しい手錠を出して、こっちに向かってくる。

 

「ああ、ベルズ──」

 

 スクルドは必死にベルズを揺する。

 だが、ベルズは太腿を擦り合わせて震えるだけで、スクルドの上から動かない。

 

「おおっ?」

 

 しかし、近寄ってきていたナンが急に跳び退がった。

 目の前の宙が揺れる。

 すると、白い下着に包まれたお尻が目の前にでんと出現した。



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1058 道術士と花嫁軍団

 目の前に白いお尻──。

 そのお尻に、でんと顔を突き飛ばされた。

 

「あれ、ごめん」

 

 ふり返った彼女に、首に輪っかのようなものを嵌められた。スクルドはナンから首輪を嵌められていたので、二重に首に嵌められた感じだ。

 身体の上のベルズの首にも、輪っかが嵌る。

 装着されたのは「魔道封じの首輪」だ。

 そして、それをしたのはコゼだ。

 驚いたことに、コゼは下着姿だった。胸から腰の括れまでを包む白い下着を身に着けていて、股間にはいつもの紐下着。さらに腰の上にガーターを嵌めて白いストッキングを吊っている。

 

 移動術で現れたのは、そのコゼだけではなかった。

 コゼのほかに、エリカ、シャングリア、マーズ、イット、ミランダの五人だ。しかし、なぜか、六人が六人とも下着姿である。

 だがみんな剣に細剣に斧と得物を手にしている。

 

「ほう、また、罠に掛かりに来てくれたんだな。嬉しいぜ。しかも、全員の顔を知ってるぜ。今晩の花嫁さんたちじゃねえかい。随分と色っぽい格好で現れてくれて嬉しいけど、こんなところになにしに来たんだ? 忙しいんじゃないのか?」

 

 ナンが軽口を言った。

 だが、ナンは油断しているわけじゃないことはわかる。注意深く状況を確認している様子だ。

 そのナンをエリカ、コゼ、シャングリア、マーズ、イット、ミランダの六人が武器を持って取り囲んでいる。

 

「みんな、わかっていると思うけど、魔道は駄目よ。こいつは他人の魔道を操るのよ」

 

 エリカが言った。

 

「魔道を操れるのは、エリカだけだ。忘れたのか? ミランダも魔道リングは置いてきている」

 

 シャングリアがくすりと笑った。

 

「置いてきたんじゃなくて、取りあげられたのよ。あの嗜虐好きのあたしたちの旦那さんに、例の令嬢たちをけしかけられる前にね」

 

「そうだったわね」

 

 エリカだ。

 そのエリカはノルズのいる場所の近くに出現していたが、ノルズに近づいたエリカがノズルの首に、やはり魔道封じの首輪をかける。

 さっきのように、同士討ちをさせないために、あらかじめ準備をして、スクルドたち三人の魔道を封印したのだろ思うが、なぜ、ナンの特殊能力を事前に知っているのか……。

 

「あんたが股で擦って作動させた緊急信号の護符は、正確な位置をみんなに伝えるだけでなく、会話の声も送る仕掛けになっているようよ。あのくそ生意気な黒エルフだけど、まあ、魔道具作りの才能だけは認めざるを得ないわね」

 

 そばのコゼだ。

 まるで、スクルドの疑念を読んだかのようにくすくすと笑いながら言った。

 だが、身体はしっかりと、ナンに向ている。

 コゼだけでなく、全員がそうだ。

 

「おっかねえなあ。じゃあ、これで手打ちにしようぜ。最初に捕まえたスクルズの姐ちゃんだけでいいや。俺はそういう異教徒の清楚で敬虔な美人巫女を調教して淫女に仕立て上げるのが大好きでな。ほかの二匹は置いていくよ。それでお互いに分かれようぜ」

 

 ナンがくすくすと笑った。

 異教徒か……。

 彼がエルニア人なのはほぼ確かだろう。そのエルニアの国教は、クロノス信仰ではなく、ヤエフ教という特有の一神教だ。

 ヤエフ教徒から見れば、当たり前のクロノス信仰も異教徒扱いなのか……。

 

「冗談じゃないわよ。そもそも、あんたは逃げられると思ってんの?」

 

 エリカだ。エリカが構えているのは細剣である。

 

「まったくだよ。ロウにいろいろとやられて、これ以上ないくらい苛立っているんだよ。しかも、時間がないからって、こんな姿で送り込まれてね。さっさと捕まえて帰りたいんだ。大人しくしな」

 

 そして、ミランダ。

 本来のミランダは小柄なミランダの背丈ほどの二本の大斧が武器だが、いま持っているのは右手に一本だけだ。

 しかも、手斧のような小さなものだ。

 おそらく、狭い建物内では、振り回すような大きなものは邪魔になるので、それにしたのだろうと思う。

 

「そういえば、お前の会話を聞いてたから、一言教えておくけど、この淫乱元巫女を淫女に調教したいって言うけど、こいつはとっくの昔に、すでに淫女よ。アナルセックスだって別に初めてじゃないわ。ねえ、スクルド? ご主人様にお尻を犯されるのは好きよね?」

 

 コゼが笑った。

 

「まあ……そうですね。淫女であることは認めますわ」

 

 スクルドは応じた。

 

「はあ、冗談だろう?」

 

「冗談なわけないでしょう。あたしたちの仲間の中でも、一、二を争う淫乱女よ。ご主人様に毎日犯される生活がしたくて、死んだふりして巫女をやめたのに、それを清楚で敬虔だと思うなんて、あんたって、女を見抜く力ないわねえ」

 

 コゼが笑う。

 そのコゼは両手に短剣を構えている。

 ほかにも、マーズとシャングリアは剣──。

 イットは、いつものように武器は持たずに、両手から刃物のように長くなった爪を出している。

 全員が色っぽい下着姿なのは、本当に夕方の婚姻式の準備の最中に、ここに送り込まれたのだろう。

 申し訳ないことをしたと思う。

 

 そして、ふと気がついた。

 目の前のコゼをよく見れば、下着に包まれている身体が真っ赤に火照ったようになっている。

 また紐で結ぶ下着に包まれている股間はすでに濡れていて、ぷんと女の匂いがするだけでなく、隙間から愛汁が内腿に垂れてもいる。

 よく見ると、ほかの五人の状態も同じような感じだ。

 

 そういえば、ロウの悪戯で、この六人は壮絶な焦らし責めを朝まで受けていたのだ。

 疲労と睡眠不足については改善回復をしてもらったはずだが、肝心の暴れ狂う性欲の疼きだけは放置されているはずだ。

 しかし、そのまま、送り込まれたのだろう。

 改めて観察すると、六人とも、なんとなく腰がふらついている感じもする。

 大丈夫だろうか……。

 

「もしかして、ご主人様も、状況をご存じなのですか?」

 

 スクルドはなんとなく訊ねた。

 

「知ってるわ。だから助けにきたんでしょう──」

 

 エリカは応じた。

 そして、スクルドは、やっとこの建物の隅の空間に、移動術の魔道紋が浮かんでいることに気がついた。

 あの魔道紋を通じて、ほかの場所のどこかに繋げられたままみたいだ。多分、ロウたちがいた王宮の控室かどこかに違いない。

 その移動術の出入り口を守るように、大型のマーズが武器を持って構えている。

 

「さあ、観念しなさい──。この破廉恥魔──」

 

 エリカがナンに跳びかかる。

 

「おっと──。ところで、あんた魔道遣いだな?」

 

 エリカの斬撃は稲妻のような俊敏な動きだが、ナンは焦った様子もなく、軽々と剣でエリカの細剣を受け流す。

 そのナンの手がエリカの身体に伸びた。

 

「エリカさん、身体に触れさせてはだめえ──」

 

 スクルドは絶叫した。

 だが、そのエリカとナンのあいだに、跳躍したイットが割り込む。

 

「しゃああ──」

 

 イットの爪が剣を握るナンの腕に伸びる。

 

「ちっ──」

 

 舌打ちしながらナンが跳躍して退がる。

 今度は、そこにミランダが飛び込む。

 

「おっと」

 

 ナンが剣でミランダの斧を受けながら横に跳ぶ。

 だが、今度は距離を詰めたシャングリアが待っていた。シャングリアの剣が一閃する。

 だが、ナンの身体は宙を飛んで、それを避けた。

 それにしても、エリカたちも凄まじいのだが、その剣戟を簡単に防げるナンも動きはすごい。

 スクルドも、あんなに速く動ける男に接するのは初めてだ。

 

「いまよ、イット──」

 

 エリカが叫ぶ。

 そのときには、すでにイットは天井近くまで跳びあがったナンに飛び込んでいた。

 

「そらよ。俺の気功支配が、魔道士限定だと思ったか?」

 

 だが、一瞬天井に張り付くようになったナンがその天井を蹴って逆にイットに飛び込む。

 イットの爪がナンの胸に伸びた。

 だが、ナンは両腕を身体の前に置いて、それを受けた。

 

「うわっ」

 

 体当たりされたイットがそのまま、床に叩きつけられる。

 体勢を崩したイットの眉間をナンが指で突く。

 また、ナンの腕の袖がイットの爪で切断されて、両腕が露わになったが、その両腕には、金属の覆いが巻き付けられていた。それでイットの爪を受けたのだろう。

 

「獣人、桃源郷に行ってきな」

 

 ナンが笑いながら、イットの尻尾に手を伸ばす。

 そのナンをイットが蹴り飛ばした。

 

「うがあっ」

 

 ナンが壁に叩きつけられて呻き声をあげた。

 そのナンに向かって、起きあがったイットがさらに跳ぶ。

 だが、ナンは横に跳んで、それを避けた。

 

「な、なんで、気功が効かねえんだよ──」

 

 ナンは蹴られた腹を押えてしかめ面をしている。

 

「知らない──」

 

 イットが執拗に追いかけて斬り込む。

 今度はナンは剣でそれを受け、剣の柄でイットの顔をぶん殴った。

 

「イット──」

 

 庇うようにミランダが前に出てきた。

 ナンの足がとまり、距離をとる。

 

「ちょろちょろとしつこいわねえ──」

 

 そこにエリカが飛び込む。

 

「こっちのセリフだ、下着女ども──」

 

 また、ナンが天井に跳ぶ。

 今度は天井を駆けて、エリカの後ろに跳び込み、移動術の魔道紋の前に立っているマーズに向かった。

 懐に手を入れて、なにかを投げ込むとしているように見えた。

 ナンも、その魔道紋に気がついていたのだ──。

 

「なに隠しているの──?」

 

 驚いたことに、スクルドたちの前に立って、ずっと守るようにしていたコゼが一瞬にして、ナンに距離を詰めている。

 ナンは宙で身体を捻って避けたが、そのコゼの短剣がナンの腕に当たり、手首から先が跳んだ。

 その手首の手には、白い球体のものがあった。

 

「エリカ──」

 

「わかっている──」

 

 コゼが離れながら叫び、エリカがその手首に向かって魔道を放ったのがわかった。

 次の瞬間、手首が丸い球体ごと大爆発を起こして、部屋に轟音が起きる。だが、エリカが防護魔道のようなもので手首ごと包んでいて、爆発はその小さな一角だけで収束した。

 

「痛てええなあ──。なあ、エルフのお嬢ちゃんよ。もう一度、魔道を放ってくれよ。いまのは捕まえそこなった」

 

 右の手首から先を失ったナンだったが、噴き出した血はすぐにとまった。なんらかの方法で血の流れを制御して止血したのだろうか。

 ナンは左手に剣を持ち換えている。右手首から先を切断されたというのに、まだまだ軽口を言うほどに余裕がある。

 だが、そのナンをエリカたち六人が完全に囲んだ。

 ナンの顔から笑みが消えた。

 

「仕方ねえ……。出直すぜ」

 

 その身体の前に魔道紋が薄っすらと出現したのがわかった。道術士と自称していたから、ナンは自分の術をそう呼ばないのかもしれないが、原理は魔道と共通するのだろう。

 スクルドは魔道紋が現れたことを叫ぼうとしたが、そのときにはイットがナンに飛び込んでいた。

 ナンが避け、イットの爪は宙を払う。

 だが、それで紋様が切断され、宙の魔道紋が飛散して消滅する。

 

「くそっ、俺の式紋が──」

 

 ナンが退がりながら、また紋様を宙に浮かべた。

 だが、すでにコゼが詰めている。

 宙に浮かびかけた紋ごと、ナンの胴体を短剣で払う。

 血しぶきが飛ぶ。

 

「くっ」

 

 ナンの片膝が折れた。

 そこに再びシャングリアが斬り込む。

 剣でシャングリアの斬撃を受けたナンがシャングリアの腹を蹴る。

 シャングリアは数歩退がっただけで、大して体勢は崩れていない。

 ナンが前に出る。

 

 そこに、イットとコゼ──。

 ふたりの爪と短剣が左右がナンに向かう。

 だが、今度はナンが避けることなく、イットの爪に自ら右手の二の腕を差し出すように前に出した。

 ナンの腕がすっ飛ぶ。

 

「えっ_」

 

 一瞬だけ、イットが驚いたように硬直したのがわかった。

 その隙を逃さずに、ナンがイットの背中にまわる。

 イットが盾になったために、コゼの攻撃が途中で止まる。

 脱兎のごとく、ナンが女たちの包囲の外に出ようとする。

 

「行かせないわ──」

 

 ミランダが立ちはだかった。

 そのミランダに向かってナンが切断された側の腕を振り、まとまった血をミラだの顔に飛ばす。

 

「うあっ」

 

 血しぶきがミランダの顔にあたり、ミランダが怯んだ。

 ナンはそのミランダを攻撃せず、そのまま横を走り抜けた。

 

「しまった──。追って──。ミウ──。こっちに──」

 

 エリカが叫びながら走る。

 すでに、片腕を付け根近くから失ったナンは、反対側の壁だ。

 そこには誰もいない。

 宙に紋様が出現して、ナンがそれに飛び込んで消える。

 

「来ました──」

 

 ミウだ。

 マーズが守っていた移動術の紋様から飛び出してきたのだ。

 向こう側で待機していたに違いない。

 

「あの魔道紋に魔道を撃ち込んで──」

 

 エリカの言葉が言い終わるよりも早く、ミウの身体から放出された魔道波がナンの魔道紋に吸い込まれる。

 その瞬間、魔道紋ごとなにもなくなった。

 

「どうなった?」

 

 シャングリアだ。

 すると、エリカが残念そうに首を振る。

 

「逃げられたわ……。多分……」

 

 全員が集まった。

 スクルドも、ベルズをそっと床に置いて、ナンが消えた場所に行く。ベルズもそうだが、ノルズもナンの性感攻撃に遭って意識を失った状態になっているのだ。

 すると、やって来たスクルドの首からエリカが魔道封じの首輪を外した。

 スクルドの中の魔道が制御を取り戻したのがわかる。

 

「跳躍先を追える、スクルド?」

 

 エリカがこっちを見た。

 しかし、スクルドは首を横に振るしかなかった。

 完全に魔道紋の残痕はなくなっている。これでは追いようもない。

 

「申し訳ありません。無理です……」

 

 スクルドは頭をさげた。

 

「……まさか、逃げおおせるとはね」

 

 後ろから声がした。

 

「ロウ様──」

 

「ご主人様」

 

「ロウ──」

 

 一斉に振り返った感じになった。

 そこにいたのは、ロウだ。

 ミウとマーズが守るように横にいる。

 さっきミウが飛び出してきた移動術の魔道紋から出てきたのだろう。

 

「申し訳ありませんでした」

 

 ちょっと項垂れた感じにエリカが頭をさげる。

 だが、その頭にロウが優し気な感じで手を置く。

 

「まあ、お前ら全員かかって逃げられたんなら仕方ないさ。怪我がなくてよかった。但し、約束は約束だ。守ってもらうぞ」

 

 そのロウがエリカをはじめ、女たちに白い歯を見せた。

 すると、エリカたちの顔が引きつったようになった。

 スクルドは首を傾げた。

 

「あ、あのう、申し訳ありませでした……。不甲斐なくて……」

 

 それはともかく、スクルドはとにかくロウに謝った。

 あんなわけのわからない男に、唇を奪われ身体を自由にされてしまったのだ。犯されなかったとはいえ、スクルドは罪悪感で一杯だ。

 すると、お尻を思い切り、ロウに叩かれた。

 容赦のない打擲であり、ほとんど服をナンによって剥ぎ取られていたスクルドは、生尻を直接に平手で打たれて、思わず顔をしかめてしまう。

 

「そうだな。不甲斐ないな。だが、残念ながら、たまたま今夜は時間がない。お仕置きはお預けだ。そこで伸びているベルズとノルズ、それに、ウルズも含めて、明日にはお仕置きセックスの時間を作る。覚悟しておけ。ああ、もちろん、ウルズはお仕置きをする俺の手伝いな」

 

 ロウが笑った。

 スクルドは心の底からほっとした。

 無理矢理で防げなかったとはいえ、スクルドはロウではない男に肌を見られ、間接的とはいえ、好きなように身体を弄ばれた。

 ロウから見限りられはしないかと心配だったのだ。

 まあ、見限られかけたとしても、離れるということはないのだが……。

 

「は、はい、わかりました……」

 

 スクルドはもう一度頭をさげた。

 すると、突然、激しい尿意が襲い掛かってきた。

 いや、そんな生易しいものじゃない。

 破裂寸前の限界を遥かに越えた尿意だ、

 

「ひあああっ」

 

 スクルドは悲鳴をあげて、その場で両手で股間を押えて崩れ落ちしてしまった。

 だが、なぜかおしっこが出ていない。

 いや、我慢しようとは思ったが、そんなことが不可能だとわかる尿意だったのだ。それなのに、まるで尿道が封鎖されたように外に出てこない。

 そして、さらに不思議なことに、だんだんと尿道が熱くなるような……。

 いや、勘違いじゃない……。

 得体の知れない疼きが下腹部、特に、尿道付近に襲い掛かってきている。しかも、むず痒い……。

 

「ああ、なんで……」

 

 スクルドは泣き声をあげていた。

 

「それはそうだろう。明日にちょっと厳しく調教されるくらいじゃ、不甲斐なかったことのお仕置きにはならんだろう。ノルズとベルズはともかく、スクルドは罰の付け足しだ。尿道調教だ。おしっこ袋と尿道を徹底的に調教してやろう。それこそ、小便するたびによがるようなくらいにね。手始めに、明日まで強力媚薬を充満しておけ。頑張っても尿道は封鎖したから漏らすことはない。明日まで、媚薬の液体をたっぷり膀胱と尿道に充満させて愉しんでくれ」

 

 蹲るスクルドの上からロウから声を浴びせられた。

 この途轍もない尿意を明日まで……。

 考えるだけで気が遠くなりそうだったが、一方でそれを悦んでいるスクルドがいる。

 ロウはスクルドを見限ってない。

 だから、調教してもらえる。

 それを思うと心の底から嬉しい……。

 でも、この媚薬と尿意は……。

 

「ロ、ロウ、頼むよ。せめて下着くらいないと、あの婚姻のドレスは……」

 

 そのとき、横でミランダが泣きごとのような物言いでロウに話しかけた。

 

「そ、そうです。せめて、この下着くらいは……」

 

 エリカだ。

 よくわからないが、さっき、ロウと取引きのようなことをした物言いだったので、あのナンを取り逃がしたことで、なにかの条件をエリカたちが受け入れざるを得なくなったということだろうか……。

 

「いや、今回は俺としては、かなり条件を緩和したつもりだぞ。ちゃんとあのナンを捕まえられたら、下着を許可するつもりだった。でも、できなかったんだから、受け入れてもらう。準備した婚姻ドレスを全員が下着なしで直接肌に触れるように着てもらう。約束通りにな」

 

 ロウがきっぱりと言った。

 よくわからないが、そのロウの言葉に、今夜婚姻式をあげる予定の六人が一斉に嘆息するのが聞こえた。



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1059 猥褻(わいせつ)婚とイムドリスの乱交(最終回)

 扉が左右に開かれ、一郎はエリカとともに、準備された「ヴァージン・ロード」の前端に進み出た。もっとも、この世界には「ヴァージン・ロード」という単語は存在しない。この会場の下見に来たとき、一郎が思わず「ヴァージン・ロード」と呼んだとき、どういう意味かと女たちに首を傾げられたほどだ。

 考えてみれば、処女どころか、アナルまで調教してやった女たちを相手に、「処女の道(ヴァージンロード)」もないだろう。

 だから、一郎は、新郎と新婦がこの世界に誕生し、それぞれに出会ってきた軌跡をなぞらえた表現だと説明したら、なんとなく納得した顔になった。

 

「行くぞ。そんなへっぴり腰になるな。しゃんとしろ」

 

 一郎は、一郎の左肘に手を添えて横に立つエリカに声をかけた。

 

「わ、わかってます……」

 

 エリカが視線を真っ直ぐに伸ばす。

 だが、その顔は真っ赤だし、懸命に我慢しているが、すでに息も荒い。

 なにしろ、この衣装を着こなすには、かなりの忍耐力が必要だ。心の忍耐ではなく、性感の刺激に対する忍耐だ。

 エリカのみならず、一郎が開発しまくってすっかりと感じやすくなったエリカたちには、つらい「ヴァージン・ロード」になることだろう。

 一郎は横でほくそ笑んだ。

 

 真っ白で宝石と凝った細工の刺繍やショールに飾られたノースリープのドレスは、美しいエリカを一層惹きたて、彼女の魅力をいつも以上に溢れさせている。

 出会い以来、一郎の言いつけを忠実に守るエリカは、常に膝上のスカート丈の服しか着なかったが、さすがに今日は足首まで隠れる一般的なドレス丈にさせた。

 それがエリカに一番に似合っているからだ。

 

 だが、ドレスのデザインや光沢の際立ちなどについては、この世界の技術ではまだないものであり、一郎が前の世界の記憶をもとに現出させた無二のものだ。

 金銭を積もうが、どんなに熟練の技術者を集めようが、おそらく、同じものは作れない。

 一郎の元の世界の進んだ工業技術と縫製技術を取り入れた逸品だなのた。ここに召喚される前に、一郎はありとあらゆる職業の派遣をやった。それがここで生きた。

 

 ともかく、仮想空間で想像によって作り出したものを、そのまま現実世界に持ってくるという一郎の「創始の術」という能力によるものであり、これがなければ、王都に戻った一か月ほどでみんなの花嫁衣装を準備することは不可能だったのは間違いない。

 ただし、一郎の「創始の術」にはひとつだけ、発動条件がある。

 淫具、もしくは、淫靡な目的に使うものに限るということだ。

 一郎の能力は、一郎の固有ジョブである「淫魔師」によるものだ。

 淫魔師の力の源は、「淫気」であり、淫情への欲だ。

 だから、ウエディング・ドレスも、淫具として現出する必要があった。

 それが、エリカを苦しめているのである。

 

 パイプ・オルガンの音調に似た荘厳な趣の音楽が会場を包む。

 すると、婚姻式の会場に集まった数千の来客たちが一斉に拍手を開始した。

 一郎とエリカは、その数千の人間の視線を浴びながら、ゆっくりと歩き進む。

 

 向かう先にあるのは婚姻の誓いを交わす祭壇だ。その祭壇に続く中央の通路には、赤い絨毯が敷き詰められていて、さらに神秘的な効果の演出のために、膝から下の部分には、真っ白な霧のようなものをたちこめさせている。

 通路の長さは、八十ベス──、即ち、八十メートルくらいだ。この世界にやってきて二年以上になる。いまや、数を数えるときの単位は、こちらの世界の単位の方がすぐに頭に浮かぶようになった。

 

「ふう……、くっ……うっ……」

 

 万雷の拍手と音楽のために周りには聞こえないが、一郎だけには、横を進むエリカが必死に噛みしめている口から漏れ出る甘い吐息が聞こえている。

 無理もないのだ。

 一郎が現出したウエディング・ドレスには仕掛けがあり、外観は華やかで美しい豪華なドレスなのだが、内側は柔らかい羽毛がびっしりとついていて、それが特別な仕掛けで絶えず、柔肌の隅々をくすぐるようになっているのだ。

 それだけでなく、これを身につけるにあたっては、夕べひと晩かけて、たっぷりと焦らし責めにかけてやった。

 沸騰するほどの絶頂への渇望を積みあげさせ、さらにその羽毛ドレスを直接素肌に着けさせているということだ。

 ただでさえ、一郎の調教で敏感な身体になっている女たちにとっては、さぞやつらいことだろう。

 

 だが、一応は助け船を出してもみた。

 あのナンとかいう得体の知れない間者を捕らえられたら、素肌に羽毛ドレスは勘弁してやるとは条件を出したのだ。

 一郎は、エリカたちなら捕らえると思っていた。もうひとつの仕掛けもあるし、下着くらいは許してやろうと考えたのだ。

 しかし、逃亡を許してしまった。

 ならば、仕方ない。

 婚姻式のあいだ、羽毛のくすぐり責めに耐えてもらうしかない。

 

 そして、八十ベスのうちの最初の十ベスの距離が終わった。

 あらかじめ決めていた約束事により、エリカの立ち位置が一郎の左側から右側に変わる。

 そのため、エリカが一度右手を一郎の肘から離して、一郎の右側に移動していく。

 その動作は、よく見ればぎこちなくあるが、不自然ではない範囲を逸脱していない。

 

「頑張っているな、エリカ。でも、そんなに簡単じゃ面白くないだろう?」

 

 一郎は小さくささやき、膨らんでいるスカート部分を軽く手で揺らしてやった。 

 

「ひんっ」

 

 エリカが馬鹿みたいに大きな声を出して、その場に膝を折りかけた。

 ちょっとした悪戯のつもりだったので、あまりもの派手な反応に、慌てて一郎はエリカの腕をとって、身体を支える。

 

「ほら、しっかりしろ」

 

「い、悪戯は……」

 

 エリカがうっすらと涙を浮かべて訴えるような表情を見せた。

 だが、そんな顔は逆効果だと、いつになったら覚えるのだろう。返事の代わりに、もう一度ドレスを揺らす。

 

「くっ」

 

 今度は姿勢を崩さなかった。

 まあ、ちょっとばかり身体を硬直させる仕草にはなったが、なんとか一郎の右側に来る。

 一郎の右肘に手をかけ、再び進む。

 このドレスのもうひとつの淫靡な仕掛けは、「啼き環」と名づけたクリトリスの根元を締めつける金属の輪の存在だ。

 それをくびりだしたクリトリスに嵌め、啼き環に繋がる極細の鎖を腰まわりの腰の奥に喰い込ませている。そして、さらに前に二本、後ろに二本の極細の鎖が伸びて、膨らんでいるスカートの型枠に繋がっているのだ。

 だから、一郎がスカートを揺らすことで、鎖を通してクリトリスが刺激されたということである。

 

 この啼き環には、羽毛ドレス以上に、女たちは拒絶反応を示した。

 だが、愉快なことに、現出させたドレスを、この啼き環なしに身につけさせると、なぜかドレスそのものが消滅してしまったのである。

 しかし、啼き環を嵌めて身につけると、ちゃんと残るのだ。

 おそらく、一郎がドレスを想像するときに、啼き環とセットで想像してしまったために、そうなったのだろうと思うが、啼き環なしに着るとドレスが消滅するという実際を目の当たりにして、全員が受け入れた。

 おかげで、この婚姻式は、ずっと愉しみで仕方がなかった。

 

「エリカ、これからも頼むな。なにも知らなかった俺がまだこの世界で生きていられるのはお前のおかげだ。改めて感謝するな」

 

 祭壇はまだ先だが、エリカとふたりだけで歩くのはもうすぐ終わる。

 だから、一郎は改めて、思いの丈をエリカに告げた。

 

「……い、いえ……。わ、わたしがロウ様を勝手に連れてきて……」

 

「いや、それも含めて感謝だ。いずれにしても、ほかの誰でもない。俺はエリカを正妻にしたかった。受け入れてくれてありがとう」

 

「と、とんでもありません……」

 

 エリカはちょっと戸惑ったような、そして、ちょっとだけ嬉しそうに顔を綻ばせた。

 本当に、エリカは心が単純で、思っていることや感じていることがすぐに顔に出て愉しい。

 

 印のついている地点につく。

 一度立ち止まると、移動術でコゼが出現した。

 コゼのドレスは、前の世界で「Aライン」と呼ばれていたかたちのデザインにした。スカートは膝下程度の短めで、小柄なコゼの可愛さを引き立ててよく似合っていた。

 そして、やはり、顔が赤く、動作がぎこちない。

 羽毛のくすぐりと、クリトリスの啼き環が辛いようだ。

 

「ご、ご主人様、よろしくお願いします……」

 

 コゼがさっきまでエリカがいた一郎の左側に位置する。

 一郎たちは右にエリカ、左にコゼというかたちで、再び歩き進む。

 最初に会ったときには、この世の全てに絶望していたようなコゼだったが、気がつくと陽気で、ちょっとばかり毒舌の明るい女性になっていた。

 見た目の可愛さからは信じられないような冷徹なアサシンでもあるが、それは一郎の敵限定だ。

 無邪気で可愛く、そして、アナルに弱い一郎の二人目の花嫁だ。

 

「これからも俺を守ってくれ……」

 

 一郎は歩き進みながら、コゼにささやく。

 

「もちろんです」

 

 コゼが一郎の方を向いて破顔する。

 一郎は微笑んだ。

 

「そして、これからも性奴隷として愉しませてくれ……。死ぬまでな」

 

 粘性体で小さな球体を作り、コゼの尻穴に出現させる。

 ひとつ……ふたつ……みっつ……。

 しかも、磁力のようなものを帯びさせて、球体同士が接すると反撥して跳ねるように細工をする。

 当然ながら、三つの球体がコゼのアナルの中で何度も反撥して弾き動くことになる。

 

「んんっ」

 

 コゼが眼を大きく見開いて、全身を突っ張らせた。

 しかし、一郎は立ち止まることを許さずに、そのままの歩みを続ける。

 

「一番奴隷はエリカだが、コゼには俺の筆頭性奴隷にしてやろう。だから、いつ、どんなことを、どこでされても文句はないよな?」

 

 必死で悶え声が漏れ出るのを我慢し始めたコゼに再びささやく。

 コゼは小さな声で「もちろんです」と応じた。

 

 そして、次の十ベスが終わる。

 シャングリアが出現する。

 凛とした女騎士のシャングリアに準備したのは、宝塚の男役風のドレスである。ウエディングドレスというのは困惑するような白いタキシード風で下はズボンだ。

 これもまた、シャングリアにはよく似合っている。

 会場からもどよめきが起きている。

 ただし、内側が羽毛のくすぐりの仕掛けがあることと、クリトリスを苛む啼き環がズボンの内側に繋がっているのは同じだ。

 いや、むしろ、スカートよりも、ズボンの方が啼き環の揺れが大きくなるだろう。

 ちょっとばかり内腿をもじつかせつつも、女騎士らしい姿勢を崩さないシャングリアもきれいだ。

 コゼが後ろに移動し、コゼのいた場所にシャングリアが位置する。

 

「丸い染みができているぞ」

 

 白い布地だけに、ちょっとした染みも目立ちやすい。

 一郎はシャングリアの股間が早くも丸いかたちに濡れているのを見つけて揶揄った。

 

「し、仕方がないだろう……。お、お前が、わ、わたしにだけ……」

 

 シャングリアが一郎を恨めしそうに睨んできた。

 同じ被虐癖でも、ハード志願の傾向のあるシャングリアについては、羽毛と啼き環の仕掛けだけでなく、クリトリスと乳首に掻痒剤を塗ってやった、

 支度のときに、シャングリアにだけそれをしたときには、シャングリアは顔を引きつらせていたが、シャングリアは追い詰めれば追い詰めるほどに感じるのだ。

 そういえば、シャングリアへの最初の責めは、掻痒剤を塗ってからの市内歩きだった。

 もしかして、そのときにシャングリアも、いまの性癖に目覚めたのかもしれない。

 さすがにつらいのだろう。

 三人のうちの誰よりも汗をかいている。

 

 次の地点──。

 移動術で現れたのはミランダだ。

 ハロンドール王都の冒険者ギルド長として、ある意味王族よりも有名人かもしれない。

 ドワフ族特有の小さな身体は、彼女の童顔もあり、人間族の童女にしか見えないところもあるが、胸だけはそれに不似合いに大きい。

 

「う、うう……」

 

 そのミランダが後ろにさがるシャングリアに代わって、一郎の左側に入ろうとして、明らかに辿々しく歩いてくる。

 クリトリスを苛む啼き環で、一番影響を受けたのがミランダだった。

 羽根くすぐりも堪えるらしく、着替えた後の控え室では身動きもできずに、ずっと蹲っていた。

 また、ミランダの身につけているウエディングドレスは、膝の半分までの丈しかなく、それは人間族の童女の外観のミランダに合っているが、可哀想に股間から垂れる愛液がストッキングを濡らして、くるぶしまで繋がっている。

 

「もっと自然に歩かないか、ミランダ……。ついでに、エリカもな」

 

 ミランダと腕を組む直前に、またミランダのスカートを揺らしてやる。

 さらに、無言で懸命に歩みを進めるエリカのドレスも動かした。

 

「ひんっ」

 

「ふくうっ」

 

 ふたりが両側で膝を同時に崩しかける。

 ドレスが激しく動けば連動して、クリトリスに嵌まっている啼き環に刺激を与える仕掛けであり、露骨な反応を示すふたりに、一郎は嗜虐心が刺激されて、大いに満足した。

 

「や、やめないか」

 

「ロウ様──」

 

 ふたりが左右からそれぞれに一郎の腕を掴んだ。

 その力があまりにも強くて、一郎も顔をしかめてしまった。

 

 次の場所に着く。

 現れたのは、ハロンドール女王のイザベラである。ミランダはコゼとともに後方に移動する。

 ロードを歩く順番は、一郎が出会った順にした。

 貴賤も、種族も、王族も元奴隷も関係ない。イザベラもガドニエルも、また、アネルザやラザニエルなども、これには文句は言わなかった。

 ハロンドール王家伝来の婚姻衣装のイザベラは、白ではなく薄桃色のドレスだ。この世界ではクラシックなデザインになるらしい。

 従って、羽毛のくすぐりはないが、啼き環だけは強引に装着させた。

 かなり嫌がっていたが……。

 

「転ぶなよ。大事な身体だからな」

 

 イザベラもお腹は、すでにそれなりに大きくなり、敏い者が見れば、妊婦であることがわかるくらいには目立つようになった。

 一郎の軽口に、左横のイザベラが睨みつけてくる。

 

「だ、だったら、自重すればよいであろう……。こんな悪戯はなしで……」

 

「でも、ほかの女たちには仕掛けがあるのに、なにもなしじゃ寂しいだろう。まあ、愉しんでくれ」

 

「愉しめるか──」

 

 大きな声ではないが、はっきりと一郎だけに聞こえる声で文句をイザベラが文句を伝えてくる。

 

 その次に出現したのはアンである。

 ほかの花嫁にはいないが、アンだけで後ろから付き添う介添えがいる。

 介添えはもちろん、ノヴァである。

 

「ご主人様、よろしくお願いいたします。これからも可愛がってください」

 

 イザベラが横にずれて、あいだにアンが入る。

 そのアンの顔も汗が浮かんでいて、顔が上気しているのは、やはり、啼き環の影響だ。

 でも、アンは嬉しそうだ。

 隠す素振りもなく、一郎に愛おしそうな表情を向けてくる。

 

「もちろんだ。これからは夫婦だ。そして、次はノヴァだな。お前たちの子を孕んでもらおう」

 

 一郎の言葉にアンとノヴァが揃って、はにかむように頷いた。

 

 次に現れたのはマーズ──。

 すでに奴隷解放は終わっているが、彼女が闘奴隷とはいえ、奴隷身分であることは、ここに集まっている者の全員が知っている。コゼも奴隷あがりだが、それは隠れているからだ。

 そういう意味では、奴隷身分出身者が王族と同等の立場で共通の男と婚姻を結ぶのは前代未聞なのだ。

 マーズもイットもそれを気にして、正式に婚姻をすることに気乗りしない感じだったが、それは一郎が強引に強行した。

 イザベラとアンが横にずれて、マーズが一郎の左に入る。

 

「似合うな、マーズ」

 

 大柄で筋肉質のマーズだが、顔は小さく可愛らしので、こうやって華やかな格好をすれば、かなりの美しさになる。

 これまでの女たちが、羽毛くすぐりと啼き環にたじたじになっているのに対して、マーズは一番平然としている。

 

「ありがとうございます、先生」

 

 マーズが微笑んだ。

 

「平気そうだな」

 

「先生の教えのとおり、気を練ってます」

 

 マーズは応じた。

 だが、淫魔術で観察すれば、マーズの股間はびっしょりと濡れて内腿を濡らしている。

 別に感じていないわけではないのだ。

 一時的に感覚を制御しているのであり、一郎の出鱈目を真に受けて、本当にそれができるようになったマーズも、凄いと思う。

 

 そして、イット──。

 獣人族の登場に、再び会場が少しどよめく。

 やはり、獣人族は賤民族という感覚が強く、差別意識を向ける者が少なくない。

 だが、こうやって、人間族の王族、エルフ族の女王、ドワフ族も、獣人族も対等なかたちで婚姻を結ぶ映像は、エルフ女王国の王族魔道で大陸中に流れている。

 これを機に、少しでも、この大陸で固まった価値観の意識改革がなされればいいと思う。

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 マーズがさがり、イットが横に着く。

 イットは啼き環などに苛まれているのもあるが、緊張しているようだ。

 顔が引きつっていて、声も掠れている。

 

「ああ……」

 

 一郎は腕を組んだあと、イットの性感を操り、乳房の周りだけ十倍の感度にする。

 魔道の影響を全く受けない特殊体質だが、なぜか一郎の淫魔術だけは効果があるイットなのだ。

 

「ひゃん」

 

 胸に羽毛が擦れて、可愛らしい声をあげた。

 ただ、これで緊張も取れただろう。

 イットを迎えて、十ベスを歩く。

 

 最後はガドニエルだ。

 数百年ぶりに世に登場したエルフ族女王の神々しいほどの美しさに、改めて、会場がどよめきに包まれるのが聞こえた。

 残念ながら、ガドニエルだけでは控え室が別だったこともあり、意地悪な仕掛けるする機会を逸した。

 ガドニエルが満面の笑みを浮かべ、幸せを全身で表すように一郎の横に並ぶ。

 

「ガド、ちゃんと女王をやって来たか? ラザに迷惑をかけなかったか?」

 

 数日ぶりの再会だが、さすがに一郎も忙しくて、十分な時間がなく、また、エルフ女王の正式の訪問ということで、それに関する公式行事もあり、まともに話すのはこれが最初だ。

 

「迷惑など……。そもそも、迷惑をかけていたのは、お姉さまですわ。だから、わたしは、迷惑をかけてもいいのです。これからはずっと、ご主人様のそばにいますわ」

 

「声が大きい」

 

 ガドニエルも隠すことなく、普通の声で喋るので、近くにいる者にはガドニエルの言葉も聞こえるだろう。

 通路側の客が唖然とした顔になったのがわかった。

 

 やっと祭壇につく。

 婚姻式を仕切る大神官はいない。

 

「ロウ=ボルグ・サヴァエルヴ・サタルス・ナタル・ハロンドールは……、エリカ=サタルス、コゼ=サタルス、シャングリア・モーリア・サタルス、ミランダ……」

 

 九人の名前をあげていく。

 その順番もあえて、一郎が出逢った順番だ。

 貴賤も、種族も関係ない。

 一郎の女ということでは、全員が同じだという意思表示である。

 

「……そして、ガドニエル=ナタル・サタルスを妻として、敬い、慈しみ、生涯にわたって愛を注ぐことを誓う」

 

 まずは、一郎が誓う。

 次いで、エリカ──。

 

「エ、エリカ=サタルスは、ロウ様……あっ、いえ、ロウ=ボルグ・サヴァエルヴ・サタルス・ナタル・ハロンドールを夫として愛することを誓います」

 

「コゼ=サタルスは……」

 

 さらに、ひとりひとりと愛の言葉を宣言だ。

 これもまた、さっきの順番だ。

 ガドニエルの誓いまで終わり、祭壇側から振り返って客席を向く。

 拍手喝采が沸き起こり、祝福の音楽が会場に流れる。

 

 すぐには音楽と拍手は鳴り止まない。

 前もって頼んでおり、魔道で会場に鳴り響かせている祝賀の音楽がだんだんと音を大きくしていき、それに合わせるように拍手も大きくなって、この宮殿が揺れるかのような祝いの響きが続く。

 

 一郎は、全員の股間に粘性体を跳ばす。

 男根のかたちにして、一郎の一物と全く同じ大きさ、触感、熱さにして膣に挿入して激しく蠕動運動を起こしてやる。

 もちろん、クリトリスを包む啼き環も激しく振動させた。

 

「んふうっ」

 

 最初に絶頂したのはエリカだ。

 辛うじて立ったままだったが、膝を折って、その場で腰を落とした。

 

 次いで、コゼ──。

 コゼは前と後ろとクリトリスの三点責めだ。

 感じやすいエリカとほとんど同時に達した。

 

 動作が不自然だと思う観客はほとんどだとは思うが、さすがに淫靡な悪戯を受けていると思う者もないだろう。

 感動で感極まったと思うくらいか?

 音楽と喝采が大きいだけあり、彼女たちの嬌声までは聞こえていない。

 

 次は意外にもイットが絶頂した。

 胸の感度を上げっぱなしだったことが要因か?

 

 四番目はミランダ。

 ミランダは耐えられずに、絶頂とともに蹲ってしまった。

 そのまま立ち上がれずに、しばらく腰を抜かした状態でいた。

 

 そして、イザベラ……アン……ガドニエルと次々に達していく。

 

 さらにマーズ……。

 

 最後はシャングリアが耐えに耐えて、ついに絶頂をせずに音楽が終えるまで我慢し続けた。

 

「可愛かったぞ、みんな」

 

 一郎は祭壇で声をあげて笑った。

 これで、一郎たちは、夫婦になった──。

 

 

 

 


 

 

「うう、酷いよ──。絶対に許さないからね──」

 

 ミランダが激怒している。

 すでに、ドレスは脱ぎ捨てている。啼き環も外したようだ。

 一郎は、全裸のミランダに押し倒されるかたちになった。婚姻式の悪戯により、ミランダは汗や体液でびっしょりであり、茹であがったかのように、上気した肌から湯気のようなものが出ている。

 

 婚姻式の誓いのセレモニーに続き、解放した宮殿の一部に集まった王国市民へのバルコニーからのお披露目、そして、凱旋式でも使ったパレード用の馬車でのパレードなどの一連の婚姻行事が終わり、やっと一郎たちになったところだ。

 夜はすっかり更けている。

 みんなで集まったのは、王宮でも、いつもの屋敷でもなく、イムドリスの隠し宮である。

 

 ガドニエルが一郎に譲渡したものであり、本来はエルフ族王家の伝来の異空間宮殿である。

 そこに繋がる複数の「門」をナタル森林の水晶宮とハロンドール王宮だけでなく、一郎の元々の屋敷、エルザの南方総督府、リィナ=ワイズの列州同盟の行政府にも繋いで、一郎と一郎が淫魔力を刻んで性支配をした女に限り自由に出入りできるようにした。

 これで、各地に拡がった一郎の女たちがひとつになったということだ。

 

 それはともかく、婚姻式そのものだけでなく、バルコニーからのお披露目でも、パレードでも、散々に一郎にいたぶられた女たちは、疲労困憊して、イムドリスにやってくるなり、全員が崩れ落ちた。

 例外はミランダであり、悪戯のあいだは一番悶絶していたくせに、いまは腹を立てて、一郎に組み付いてきた。

 一郎はほかの花嫁たちも淫魔術で淫具やドレスを消滅させて全裸にするとともに、自分の身につけているものも消滅させ、全裸になる。

 

「わかった。じゃあ、好きなようにしていい。抵抗しないから」

 

 一郎は笑って、仰向けのまま力を抜く。

 

「本当だね──。マーズ、脚を押さえておくれ。シャングリアでも、コゼもでいい──。手を押さえるんだ。あっ、いや、ルカリナがいいね」

 

 ミランダは目が血走って、常軌を逸している感じだ。

 

「ええ?」

 

「本当に……?」

 

 名指しされたマーズとルカリナだけでなく、ほかの女たちも集まってくる。

 今夜のイムドリスには、一郎は全員集合をかけていた。

 だから、婚姻式をした九人だけでなく、集まれる者は集まってくることになっている。

 すでに、侍女たち、新教団の令嬢たちも来ているし、ほかの女たちもやってくる。

 到着したら、全員が全裸になるようにも指示している。

 いまは着いたばかりなので、それぞれに笑いながら服を脱いでいる真っ最中だ。

 

「あたしは、ご主人様のおちんぽをお元気にします」

 

 コゼがいち早く一郎の股間に吸いついてきた。

 柔らかくもねちっこい舌遣いに、一郎の一物が大きくなる。

 

「邪魔だよ──。どいておくれ──」

 

 だが、ミランダがコゼを押しのけるようにして、一郎の肌に、自分の乳房や腰をすりつけ、さらに自ら一郎の怒張に股間を乗せるようにしてきた。

 ずぶずぶと、騎乗位で自分の股に一郎の怒張を包み込んだ。

 

「ああっ、ああっ、あっ、こうしてやるよ──。こうしてやる──。あっ、ああっ、ああっ」

 

 ミランダが自ら激しく腰を振る。

 余程に追い詰められ、頭に来てしまったのか、いつものミランダらしくない、淫乱ぶりであり、そして、激しい。

 一郎は面白くて、されるがままにされたが、ミランダはあっという間に達してしまい、一郎の腰の上で果ててしまった。

 ミランダががくりと脱力する。

 

「不甲斐ないわねえ、ギルド長様。交替ですよ──」

 

 コゼがミランダを突き飛ばすようにして、同じように騎乗位で乗ってくる。

 そのあいだも、女たちがどんどんとイムドリスに集まってくる。

 

「やっているね」

 

「ロウ殿、ご無沙汰だね」

 

 アネルザとマアだ。

 

「し、失礼します」

 

「ロウ様」

 

「お邪魔します」

 

 ランスカリーナ、ナール、ベアトリーチェの王軍組も来た。警護任務は残っているが、今夜だけは強制命令で任務を交替して集合させた。

 エルザとともに、ランの姿も見つけた。

 また、ミウが隅の方で、イットとルカリナなどの前で、身振り手振りで一生懸命になにかを訴えている。

 もしかしたら、また、「新参者倶楽部」とやらの勧誘でもしているのかもしれない。ルカリナもにこにこしている。

 

「ああっ、あっ、気持ちいいです。気持ちいいです──」

 

 コゼも一郎の腰の上で騎乗位で感極まった声をあげている。

 一郎はそれを見ながら、腕を押さえていたルカリナの手を抜いて、そのルカリナの腰に手を伸ばして、さわさわと尻尾を擦る。

 獣人族共通の性感帯だ。

 また、足も抜き、マーズの股間を足でさする。

 

「うわっ、あ、相変わらず、じょ、上手……。おおっ」

 

 ルカリナが嬉しそうな声とともに、びくんと身体をくねらせた。

 

「ひゃん」

 

 マーズも可愛い声をあげた。

 

「うわっ、もう盛ってんの?」

 

「ぱーぱあ──」

 

 その声はユイナとウルズのようだ。

 童女返りのウルズとユイナとは面白い組み合わせだ。

 最近は、王国魔道研究所絡みで、ユイナとベルズが関係深くなっているようなので、それで、ウルズのこともユイナが看るようになったのだろうか。

 そのウルズが服を脱ぎ出す。しかし、うまくできないみたいだ。それをユイナがかいがいしく手伝っている。なんだか微笑ましい。もっとも、ウルズの方が背が高いのだが……。

 

 それはさておき、ウルズも脱いだら一郎に向かって飛び込んでくるのだろ。

 一郎は起きあがって、怒張を繋げたまま対面座位に体位を変えると、コゼの腰を両手で抱えた。そして、すでにないがずっと淫具が入っていたアナルに指を挿入する。

 

「んくうううっ」

 

 コゼがあっという間に絶頂する。

 そのコゼをおろす。

 

「次はシャングリアだな。婚姻式のときに一番に頑張ったしな。だが、両手は後ろだ。拘束して抱く。その方がいいだろう?」

 

 シャングリアを呼んだ。

 まだ掻痒剤の余韻の影響が残っているのか。シャングリアは両手で自分の胸と股間を強く押さえた感じで、もじもじしていたが、ほっとしたようにやってくる。

 一郎は粘性帯を紐状にして、瞬時にシャングリアを後手縛りに拘束すると、コゼと同じように対面座位に抱え込む。

 

「ううっ、ああ、気持ちいい……。ああ……」

 

 シャングリアが一郎の腰の上で喘ぎ声をあげる。

 改めて、イムドリスの大広間を見回す。

 さらに集まってきている。

 

 フラントワーズたち新教団の夫人軍団がいま現れた。

 

 ロクサーヌも隅にいるのを見つけた。エルザやイザベラやリィナ=ワイズとなにかを話している。仲がよさそうだ。だが、イザベラとリィナは全裸なのに、エルザとロクサーヌはまだ下着姿だ。

 こっちから下着を消滅させた全裸にする。

 イザベラとリィナを含めた四人が驚いている。

 

 ガドニエル、ラザニエル、亨ちゃんなどのエルフ王国組は、まだ姿は見えない。

 まあすぐに来るだろう。

 そのときには、またガドニエルがいつものように、甘えに甘えてくるに違いない。

 

 一郎はシャングリアを犯しながら、手首を擦って魔妖精のクグルスを呼んだ。

 

「じゃじゃじゃじゃあーん。呼ばれて飛び出て、クグルスだああ──。わおっ、雌奴隷どもが集まっているな。お前らどんどんとご主人様に犯してもらうんだぞ。そっちは、まだ服を着てんのか。さっさと裸になれ──」

 

 状況もわかってないはずだが、クグルスは裸になっている女たちや、シャングリアと抱き合っている一郎の姿に接して、すぐに乱交状態だと悟ったようだ。

 

「見ての通り、みんなで乱交大パーティーだ。クグルスも愉しんでくれ」

 

「ありがとう、ご主人様──。あいあいさあー」

 

 クグルスが部屋中を飛び回りだして、女たちをあおり出す。

 

「きゃああ、魔妖精様よ」

 

「魔妖精様、こっちに──」

 

「こっちにもおいでください」

 

 また、新教団の令嬢組は、なぜか魔妖精の大ファンが多く、クグルスの登場に大騒ぎだ。

 

「あうう、いいいっ、いいっ」

 

 一方で一郎の腰の上のシャングリアががくがくと身体を震わせて果てた。

 一郎は精を注いで、影響が残っている掻痒剤の効果を消してやる。それもあり、シャングリアがほっとしたように脱力する。

 

「ぱあーぱあ──」

 

 ウルズがすっぽんぽんで抱きついてきた。

 とりあえず、シャングリアにどいてもらい、ウルズを横抱きにする。そして、身体を優しく愛撫していく。

 

「あん、あっ、あん、き、気持ちいいよう、ぱーぱあ、ああっ」

 

 ウルズが一郎にしがみついてくる。

 

「ご主人様──」

 

「ロウ──。おっ、これは……」

 

「お兄ちゃん」

 

 そして、ガドニエル、ラザニエル、亨ちゃんのエルフ王家組がやっと来た。もちろん、ブル゙イネンや親衛隊組もぞろぞろと入ってきた。

 クグルスに怒鳴られている。

 慌てて、服を脱ぎだしている。

 

「シルキー ──」

 

 一郎はどんどんと集まってきている女たちの姿を確認し、屋敷妖精のシルキーを呼ぶ──。

 視界の前にシルキーが出現した。召し使い見習いの元サキことリリスもだ。

 一郎の屋敷限定でしか活動できない屋敷妖精なのだが、レベル向上とともに、姿が童女姿から少女姿に変わり、あの幽霊屋敷のみならず、一郎が屋敷とみなした建物のすべてで行動可能になった。

 イムドリスの譲渡に伴い、シルキーの活動範囲にイムドリスが含まれるようになるのか疑念であり、愉しみだったが、一郎がこのイムドリスも自分の「邸宅」だと認識したことで、シルキーが管理できるようになったのだ。

 それは数日前に確認済みである。

 ちなみに、シルキーは最初から全裸でやってきた。リリスは貞操帯だけは装着している。

 

「全員に飲み物と軽食を……。そして、大浴場の準備も頼む」

 

「かしこまりました。いきますよ、リリス様」

 

「ひんっ。いちいち、動かすでないわっ」

 

 貞操帯の内側のディルドでも動かされたのか、少女姿のリリスが両手で股間を押さえて膝を折った。

 また、一方で、瞬時に、なにもなかったこの大広間に、所狭しと食台に乗った軽食や果物、飲み物をが並んたを。

 多分、別の場所に大浴場も準備してくれたと思う。

 シルキーの屋敷管理に不可能はない。これでイムドリスも完璧な一郎の性宮殿になるだろう。

 

 一郎は、イムドリスごと、女たちを仮想空間に包む。

 これで、時間経過は消える。

 一郎が空間を解除するまで、一切の外の時間は流れない。

 

「ひゃあああ。またいくのおお」

 

 身体の上のウルズが悶絶してぐったりとなった。いつの間にかベルズとスクルドがそばにいて、ウルズを引き取った。ノルズもいる。もしかして、この四人が完全に揃うのは久しぶりか?

 

「明日はお前たち三人は、懲罰調教だぞ。忘れてないよな」

 

 一郎は話しかけた。

 

「もちろんですわ。ふふ……」

 

「うう……。わかっています」

 

「は、はい、ロウ様──」

 

 それぞれに返事をした。

 一郎は三者三様の返しがなんとなく面白くて、思わず笑ってしまった。

 

「さあ、今夜は大乱交だ。全員かかって俺を参らせてみろ。だが、負ければ全員揃って、淫靡な罰があるからな。次は誰だ? 正妻様のエリカか?」

 

 一郎は大声をあげた。

 

「あっ、はい」

 

 名指しされたエリカが慌てて、寄ってくる。

 なにも言わないのに、両手を背中に回している。

 一郎は苦笑してしまった。

 

 また、一郎のさっきの言葉に、女たちが一斉に声をあげた。戸惑いの叫びが多かった気がしたが、令嬢グループと親衛隊グループについては、なぜか嬉しそうな歓声のような黄色い声をあげている。

 

 いずれにしても、お愉しみはこれからだ──。

 

 

 

 

(『異世界で淫魔師ハレム』終わり。『異世界で淫魔師ハレム2』に続く……かもしれない……)





 *

【作者より】

 本作はこれで最終回とさせていただきます。長いあいだありがとうございました。
 作品が終わっても、一郎やエリカたちの活躍は続きますし、まだまだ波瀾万丈の出来事が待っております。

 アーサーの逆襲が始まり、エルニア、ローム、さらに、旧ローム帝国残党の包囲網が一郎たちを危難に陥らせます。
 しかしながら、それはまた別の物語……。それはいつか、別のときに語ることとさせていただきます。

 ともかく、随分と長いあいだ、本作にお付き合いしていただいてありがとうございました。一度、バンされたときも、変わらずの激励やバックアップの提供など有り難かったです。もう一度感謝します。
 続編はいつ作るか未定ですし、どういうかたちで発表するかはわかりません。発表する際にはまたお知らせます。

 いずれにしても、直近としては、『嗜虐西遊記』の続き(ひとつのエピソードだけなので、長いものではありません)の投降を予定しています。
 次いで、途中で止まっている『魔王のいる学園』を進めたいと思います。
 ……とはいっても、嗜虐西遊記はともかく、魔王のいる学園については、改めて読み直さないと続きを書けないので、ちょっと時間がかかるかもしれません。

 繰り返しになりますが、いままでありがとうございました。

 では、また会う日まで……。


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